鬼斬り ~艦これ改に捧ぐ~ (日明月)
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第一話

~作品ご案内~


舞台

平行世界。昭和までは同じ元号、以後は平正そして零和へ。物語の時代は皇紀2681年(零和3年)


組織

鎮守府………突如あらわれた深海棲艦を敵対勢力と見做した政府の号令のもと、宮内省の外局として誕生した国史庁管轄の防衛組織。世間の目を忍ぶため歴史交流局という名称を与えられている。
鎮守府や司令部とは、艦娘や職員同士の会話でのみ使われる呼称

司令部………歴史交流局の組織運営を担う総務課や人事課その他などをまとめて指して使われる呼称。急いで組織としての体裁をととのえるため他の省庁からの引き抜きを続けた結果、さまざまなオモワクが交錯する伏魔殿に

派閥…………さまざまな省庁から送り込まれた人物が司令部で形成しているシュウダン。艦娘に好意的な派閥ばかりではない

艦隊…………深海棲艦との戦闘を担う実行部隊で、歴史交流局内での正式名称は広報課。東京近郊の司令部を中心として、第一から第八まで8つの艦隊が点在している

提督…………それぞれの艦隊に於ける戦闘部門の最高責任者で、艦娘や職員のみが使う呼称。歴史交流局内での正式名称は広報課第〇分室室長(〇にはそれぞれの艦隊の数字)

匿名制度……鎮守府で働く職員すべての遵守事項なので本名を名乗る者は皆無。艦娘という神秘の存在との共闘を開始するにあたり、当時の宮内省陰陽寮の意向により制定された。まだ幼い時期にマコトの名を知られることは災厄を招く、という古来の伝承に基づく対策


登場人物(艦娘および鎮守府職員)

天龍…………歴戦のツワモノ。初代提督と共に主人公を厳格に育てあげた艦娘だが、厳しいのは主人公に対してだけではない
龍田…………天龍の妹。主人公に厳しい天龍を見て自分は優しくしようと決めた
木曾…………天龍にひけをとらないツワモノ。かつて突入収容艦として一大撤収作戦に参戦した経歴によりチートスキル「隠密」を持つ
暁……………吹雪型改特型Ⅲ姉妹の長女。戦闘面だけでなくその洞察力で主人公を支える
響……………吹雪型改特型Ⅲ姉妹の次女。主人公を翻弄するのは真意なのか照れ隠しなのか。木曾と同じく突入収容艦として一大撤収作戦に参戦した経歴により隠密スキルを持つ
雷……………吹雪型改特型Ⅲ姉妹のSUN女。主人公を明るく支える艦娘で、四姉妹のなかでは最も落ち着きがある
電……………吹雪型改特型Ⅲ姉妹の末っ子。新参である主人公との接し方がわからず戸惑い気味
五月雨………木曾や響と同じく撤収作戦に参戦したが、周囲の警戒艦だったので隠密スキルは持たない。守るための戦いこそ信条
明石…………かつての戦いで数々の仲間を修繕した工作艦娘。現世では人と接するうえで距離を置かない、分け隔てのない女性
雪風…………主人公の秘書艦。仕事上の失敗はするけれど、いつもいっしょうけんめいな艦娘
職長…………第八艦隊の古株。工廠を取り仕切る妖精さん
ゲン…………第八艦隊の古株。国土省からの転向組
ゴロー………第八艦隊の古株。国防省からの転向組
ハヤ…………第八艦隊の炊事係
イダ…………第八艦隊の洗濯係
ギチ…………第八艦隊の正門守衛
先代…………第八艦隊の初代提督。ゲンとゴローの親友
主人公………第八艦隊の二代目提督。艦娘がそばに居れば幸せ。あたらしい仲間の言葉が契機となり、司令部の命令にただ従うのではなく戦いに隠された真相への仮説を構築しながら戦うように
局長…………???
サチ…………???
課長…………歴史交流局人事課の課長。国防省からの転向組


登場人物(深海棲艦)

深海棲姫(数字が小さいほど高い序列で、うしろに号を付けると呼称)

ミルディ(中間棲姫)一
軍勢の最高指揮官。当初は主人公を警戒していたが、とあるキッカケで……
???(戦艦棲姫)三
ミルディの右腕。鬼軍勢との戦闘に於て……
よっちゃん(水母棲姫)四
ミルディの部下。常に冷静
はっちゃん(港湾棲姫)八
ミルディの部下。常にマイペース
クッキー(北方棲姫)九
ミルディの部下。普段は物静かだが実は気性が激しい
くー(駆逐棲姫)十
ミルディの部下。主人公の進む道に光明を灯す
ネビュラ(重巡リ級)十一
ミルディの護衛艦。リリィと共にあるじを守る。実直な性格
タルト(戦艦タ級)十四
ミルディの部下。とある目的で鎮守府の第五艦隊に接触していたが、主人公に出会ってからは……
リリィ(重巡ネ級)十五
ミルディの護衛艦。ネビュラと共にあるじを守る。歯に衣着せない性格
???(雷巡チ級)十六~二十三
戦闘に於てミルディの部下である分隊長たちを補佐する
???(駆逐イ級・輸送ワ級)
兵力の大半を占めている


深海棲鬼

リックル(軽巡棲鬼)
軍勢の最高指揮官。策謀に長けている
???(泊地水鬼)
リックルの右腕。軍勢をまとめていたが……
リッティ(離島棲鬼)
リックルの部下。戦局の見通しに暗雲が垂れ込めるにつれ、彼女を疑問視するように
???(戦艦水鬼)
リックルの部下。その火力は強烈だが……
???(港湾水鬼)
リックルの部下。彼女との付き合いは長い
???(南方棲鬼)
リックルの部下。強大な戦闘能力を誇るが……
???(駆逐イ級・輸送ワ級)
兵力の大半を占めている点は姫軍勢と同じ


深海棲姫と深海棲鬼は対立関係にあります


年表

2681年(零和3年)2021年
2月 泊地棲鬼を打倒(物語冒頭)
2680年(零和2年)2020年
11月 主人公、妖精さんたちと共に第一から第七の鎮守府を偵察
4月 主人公、第八艦隊の戦闘指揮官(広報課第八分室室長)として任命される
2679年(2019年)
零和元年12月 主人公、初陣で負傷
平正31年4月 主人公、第八艦隊の鎮守府に到着
2678年(平正30年)2018年
加古鷹、第一艦隊から第二艦隊へ異動
2677年(平正29年)2017年
加古鷹、改二に改装される
2676年(平正28年)2016年
あちこち転戦しながら暮らしていた姫軍勢が無人島を拠点に生活を開始
2675年(平正27年)2015年
姫軍勢が鬼軍勢と開戦、これにより鬼は事実上の二正面作戦を強いられ形勢が悪化
2673年(平正25年)2013年
加古鷹、現世に顕現し第一艦隊へ
2672年(平正24年)2012年
天龍姉妹、現世に顕現し第八艦隊へ
2667年(平正19年)2007年
陸上で暮らしていたミルディが恋人と別れ海に戻り、やがて数年かけて姫軍勢を結成
2665年(平正17年)2005年
金剛や他の海軍艦娘が大勢で現世に顕現、鬼軍勢と開戦
2658年(平正10年)1998年
国史庁歴史交流局(鎮守府)、発足
2655年(平正7年)1995年
深海棲艦の存在が初めて確認される
2649年(平正元年)1989年
主人公、誕生
2605年(昭和20年)1945年
日本、2600年あまりの歴史に於て初めての敗戦および被占領統治を迎える




第一話

 

 

 

ドド…ドオォン…

 

 

 

寄せては返す波の音に混じり沖合より微かに聞こえる轟音、すなわち鉄に火薬が炸裂する破壊の具現に耳を澄ませる。

 

「かなり爆発の回数が減ってきたな。どうやら今回の会戦も終わりが近いらしい」

 

「はい。みなさんご無事です、良かったです!」

 

傍らに立ち、双眼鏡を通して把握した海上戦況を伝える嬉しそうな声。

そうか、無事なんだな…。

この距離じゃ「念話」が届かないので歯痒い。作戦を計画し、戦いへと送り出した者としては、早く彼女たちの声を聞きたいと思う。

 

漆黒に包まれた天に向けて赤龍の如く吹き上がる炎と煙は、今なお勢いを失わず破壊の凄まじさを物語っている。

その峻烈な色彩は、まるで深海棲鬼たちの怨嗟そのものだ。

 

「一歩間違えていれば貴様らこそが、黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)を下っていた事であろう…!」

と叫んでいるような、そんな錯覚。

それはしかし一瞬の些事に過ぎない。

 

現実に於て勝利を収めたのは先ほど雪風の語った通り我が艦隊であり、艦娘なんだ。

彼女たちが振るう比類なき「力」を前にしては、如何に深海の鬼といえども太刀打ちできるものではない。

かくして我々は今日も皆が揃って、鎮守府へと帰還することができる…。

さあ、彼女たちと合流しないとな。

 

(明石、頼むよ)

 

(はい提督、お任せを。みんな、オイルフェンスの準備よろしいですね)

 

(ん)

 

(準備万端なのです)

 

(すぐ終わらせるから、もう少し待っててね司令官)

 

(行きましょう!)

 

(ああ、みんな気をつけて)

 

戦場から離れた海上に予め待機していた支援艦隊との念話を終え、彼女たちの姿を…見つけた。

深海棲鬼らの艤装から流出した機関油を囲い込むためのオイルフェンス、それを積載した5噸(トン)に満たない小さな船を4人の駆逐艦娘が曳いてゆく。

汚染から海を守るという使命を帯びる「海上保安省」に、余計な負担を掛けるわけにはいかないんだ。

もしも俺たちが戦闘ばかりに明け暮れたりしたら、いつか司令部は保安省からキツい肘鉄を喰らってしまうだろうな。

つまりこの支援作業は戦闘と同じく重要な任務、そしてこの役目には、資材の扱いに長ける工作艦と俊敏な駆逐艦の彼女たちが適任。

高速の航行ができない明石は船内に在り、だから一行の速度は減じられる事なく、勢い凄まじく遠ざかってゆく。

 

「みんな張り切ってますね、元気いっぱいです」

 

艦娘との念話は極力、大勢で共有するようにしているので、雪風の精神にもしっかり伝わっている。

 

「そうだな、帰ったら全員でお茶会を開く予定らしいぞ」

 

「それで気合いバッチリなんですね。任務に全力集中、頼もしいです」

 

微笑む雪風。

そんな彼女を見て、思わず

 

「本来なら雪風だって楽しまなくちゃいけないんだ…ブラック企業ならぬブラック上司だよ俺は。かならず埋め合わせするから」

 

本音を漏らす。

 

「気にしないでください!私だってきちんと休暇は頂いてますから」

 

違う。

実際は俺を補佐する秘書艦として多忙な日々。

今日だって、明石たちのお茶会に参加したいだろうに、それもできないのだ。

 

「それは三ヵ月も前だろう。部屋に戻ったら眠るだけの毎日って知ってるぞ」

 

「司令」ニッコリ

 

「…。いつもありがとな、雪風。なにか手伝えることがあれば…おおッ!?」

 

「じゃあしばらく、このままで」

 

かろやかな動物の如く、華麗に素早く身体を寄せてきた雪風を抱きとめる。

 

「いいのかよ、こんな…」

 

「はい。これで癒やしてもらえます」

 

久しぶりに感じる雪風の体温。

暖かい。

こうしていると、癒やされているのは彼女ではなく自分のほうだと思うんだが。

いや間違いなくそれが雪風の狙いだろうな。

…やべぇ気持ちいい。

ここ数日間にわたる作戦準備で、すっかり疲労困憊のカラダに活力が注がれてくる感覚。

まったく、いつも雪風には…。

 

「かなわないよ」

 

「司令?」

 

「雪風は凄いなって」

 

「ありがとうございます。みんな凄いですよ、鎮守府で一緒に頑張るみんな」

 

「そうだな…」

 

抱擁のおかげでカラダの疲労が和らいだんだろう、だんだん元気が出てきた。

我ながら本当に単純な奴だ。でも愛くるしい艦娘に元気づけられりゃ当然だよな。

…そういえば先月、司令部で偉いさん連中を相手に彼女たちの素晴らしさを力説したら、まるで哀れな物体でも眺めるような眼差しを向けられたが、あれは何故だろう?

分からん。

まあいい、それより今は…

 

「じゃあそろそろ、みんなを迎えに行こう」

 

「はい、行きましょう!」

 

抱擁を解き、二人で連れ立って海岸に向かう。

戦闘状況を把握する上での利便性を考慮して、松林に覆われる高台に潜んでいたので、坂道をくだれば砂浜だ。

歩みを続けながら噛み締める作戦成功の喜び。

艦娘の力は凄まじく、敵が如何に強大であっても結局は凌駕してしまうのだから、

作戦に於ける俺自身の貢献度などは本当にちっぽけなものだろうな、と思う。

 

だがそれでいいぜ。

 

何よりも重要なのは、彼女達が自らの実力を余すところなく発揮して、俺たちの大八島國(オオヤシマグニ)をおびやかす鬼どもを叩き潰すという役目を、きちんと全うできるように支える事。

司令部で訓練を受けてきたとはいえ、俺が奴らと対峙する羽目に陥ったとしたら(考えたくもないが)、さしずめ泥んこのバリケードが象に踏み潰されるような呆気ない末路を辿るだろうな。

分相応。

適材適所。

 

俺は彼女たちを支える黒子。

 

黒子は黒子なりの意地を胸に、作戦成功を目指すのみだ。

 

「司令、もうすぐですね」

 

「ああ、下り坂は楽だな」

 

目指す海岸へと近付くにつれて段々と大きくなる波の音。

そして…

 

「司令官さん!」

 

「ただいま戻りました、提督」

 

「お疲れさん、提督!」

 

ああ…たまらねぇ、この瞬間は、いつも…。

夜明けが近いのかな、ひとりひとりの姿がオーラか何かに包まれているみたいに見える。

思わず見とれそうになる自分を制しつつ、彼女たちへの感謝を込めて俺は…

 

「みんな、お疲れ!」

 

 

 

          続く




大好きな作品なのでずっと書きたいと思っていました
読んでくださった誰かの印象に残れば望外の幸せです


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第二話

思わず見とれそうになる自分を制しつつ、彼女たちへの感謝を込めて俺は…

 

「みんな、お疲れ!」

 

 

 

第二話

 

 

 

チチチ…チュンチュン…

 

 

 

枕元の置時計に目をやる。

九時をたっぷり過ぎているのを確認して心地よい布団から抜け出て、制服に着替える。

今日からしばらく、ここ鎮守府では休養日が続くので、別に私服を着用しても構わないんだけど、やはり何かあったときに即応できる服装がいい。

また、彼女たち艦娘の強大な力に頼りながら作戦を遂行している組織の一員としては、たとえ休養日でも、ある程度は緊張感をまとうべきだと思うのも理由の一つだ。

雪風からは時おり、制服では疲れを癒やせない、と言われるけれども……。

部屋の扉を閉める前に、室内を見渡す。俺の布団の隣にはスヤスヤ眠る雪風、反対側は…誰だ?

段ボール箱やガラクタで隔てられた隣の執務室で、艦娘たちと共に書類の束を片付けた昨晩。ここで眠ったのは俺と雪風だけだったはず。

布団から小さな足だけ見えてて頭は完全に隠れてる…苦しくないのか?

気になるな。

 

起こしてしまわないよう注意しつつ、かまくらみたいな布団をゆっくりと平らにしていくと…。

 

(おはよう…司令)

 

かまくらから現れたのは雪風と同様、昨晩のメンバーだった響の顔と、そして鈴の音を思わせる透き通った声。念話だ。

 

(気をつけたんだが。すまない、起こしてしまった)

 

(だいじょうぶ…起きてた。司令が着替えたとき)

 

(どっちにしろ俺かよ…でも今日から休養日だ。俺が眠ってからここに来て布団に入ったんだな? 遅くまで手伝ってくれたんだ、もう少し寝ているといい)

 

(でも…)

 

(昨晩はありがとう、助かった)

 

彼女の頭を撫でる。

 

(うん)

 

(おやすみ、足を冷やさないでな)

 

眼を閉じたのを見届けて、今度こそ廊下へ。

非番の艦娘は立ち居振舞いがとても穏やかで、彼女たちが歴戦の強者ぞろいであるという事実を忘れてしまいそうになる。まるでおとぎ話に登場する妖精みたいだ。もともと謎だらけで神秘的な存在だし。

でも忘れちゃいけない。

艦娘は、自らに乗艦した兵士たちの魂や気迫を受け継いでいる。その彼女たちにしてみれば、指揮官を見る眼は厳しいだろう。

適度に気を引きしめるか。

 

「おはよう!」

 

階段を降りて1階の大広間を通り抜けるとき、凛々しさに満ちあふれた声が。

 

「おはよう、木曾。元気だなぁ」

 

「ああ。一日の始まりだぜ、当然だろ」ニッコリ

 

「戦闘が終わってから、まだ一週間だぞ…今さらだけど、艦娘って本当に活発でしかも精強だよな。みんなのチカラを借りて戦える俺は運がいいよ」

 

「おいおい、お前はオレたちの指揮官だぜ。もっとこう、部下をグイグイ引っ張っていく気概を見せてくれよ。オレたちとの訓練時間をもっと増やして、ついてこい! てな具合にな」

 

「あぁ…またその話か」

 

今までに何度か話し合ったことがあり、お互いが納得に至るためにはもう少し時間のかかりそうな問題。

 

「オレは真剣に言ってるんだぜ」

 

じっくり話さなきゃいけない流れみたいだな。でも艦娘に対する俺の考えだって、中途半端なものじゃないんだ。

 

「座って話そうか」

 

「ああ」

 

大広間の一角にある扉を開けて中に入る。応接用のソファその他いろいろが置かれた大きな部屋だ。俺たちは靴を脱いで、向かい合うかたちで腰掛ける。

 

さてと。

 

俺は木曾に、艦娘をどう思っているのか、率直に伝えた。

艦娘は一騎当千の戦士集団であり頼みの綱。

新米提督の俺は彼女たちから学びたい、率いるのではなく支えたい。

かつての海軍提督、海の男たちの真似ごとができるなどとは思わないでほしい、等々……。

そして付け加える、

 

「俺はみんなと同じ目線に立って一緒に戦うんだ。他のトコには、艦娘を平気で酷使する連中もいるって聞いてるだろ?」

 

「まあ…な」

 

小さくなる声。俺がこの件に言及するのは意外だったか。実は知ってたよ、以前から。

よしココで一気に押すか。

 

「俺は絶対にあんなことしたくない。お前が言ったように艦娘をグイグイ引っ張ってた連中が今や、ああいうふうになってしまったんだぜ。あくまでも俺のやり方で、お前たちを支えさせてくれ。強大なチカラを手中にした人間ってのは、本当にヤバいんだ…まさに今の俺だよ。万能感に酔い痴れた挙げ句、下手すりゃヒトとしての感情を忘れてしまう危険だってあるんだ…。もちろん助言してくれる木曾の気持ちは嬉しいさ。

でもお前やみんなとの関係をヤバくしそうなものは、何であろうと全力排除だ。お願いだよ、これからも今まで通り俺と一緒に戦ってくれ」

 

「……本気なんだな」

 

「もちろんだ。そのためにここにいる」

 

じっとこちらを見つめる木曾の隻眼。

声も凛々しいが目も負けちゃいないな。やばい見とれてしまいそうだ。

 

「言い出したら聞かない奴だな、お前は」

 

「頑固なだけじゃないぞ、みんなへの気持ちだって本気だからな」

 

「わかってるさ。お前が後任の提督としてここに来てから二年、ずっと見てたんだ。オレの目は節穴じゃねぇぞ」

 

「でもなかなか納得してくれないじゃないか」

 

「したよ。たった今な。お前のような子どもは、あれこれ言うよりも黙って見守ってやるほうがいいのかもな」

 

子どもって…31歳なんだが。しかも今年で32、数え年なら33歳だぞ。大正生まれの彼女にしてみれば、そう思うのが自然なのかな。パッと見、俺より一回り以上は年下の女性に言われるとスゲー違和感だ。

 

「やれやれ…毎日オレたちと付きっきりになれば、お前が抱えてる余計な仕事に振り回されることもなくなると思ったんだけどな」

 

え…もしかして俺の身を案じて、今まで何回もこの話題を?

 

「…知ってたのか」

 

「節穴じゃないって言ったろ。お前が深夜になっても眠らずに、執務室で考えごとしてるトコを何度も見れば、鬼どもとの戦闘とは別の事案に首を突っ込んでることぐらい分かるさ。戦のほうは順調なんだからな」

 

「気付いてるのは?」

 

「今のところオレだけだ。でも時間の問題だろうな。響がお前の隣で眠ってたのは、単なる気まぐれじゃないと思う」

 

なるほどな。木曾だけじゃなく、響にも心配させたのか俺…。もう隠す意味はないな。

 

「さっきの話に出た連中のことだよ。俺は他の鎮守府を探ってる」

 

「危険なことしやがって」

 

やや苛立ちのこもった声。

 

「でも、お前らしいな。さっきも言った通り、お前の言い分はよくわかった。もう反対はしないさ」

 

「分かってくれて嬉しいよ。ありがとう、木曾」

 

「そんじゃ話はおしまい。ほら」

 

両手をひろげる木曾。

意図を察した俺は、テーブルを回り込んで彼女に近づき、その体を抱きしめる。彼女は座ったままなので俺は膝立ちの格好だ。そして木曾も同じように俺を。

ここはスキンシップを受け容れる艦娘が多い…他の鎮守府では違うらしいけど。

 

「まったく。本当に頑固な奴だ」

 

さっきの議論とは真逆の柔らかな声…やばいよ反則だろ。そのうちマジで魅了されてしまうのかな俺。彼女だけじゃない。なんで艦娘にはこんなに、心を惹かれるんだろう?

心地良いけど気をつけないとな。

 

「頑固にもなるさ。艦娘のことなんだから」

 

「お前はいつもそうだな。オレたちのこととなると、やたらとムキになって」

 

呆れたような、でもどこか楽しそうな声。

 

「ま、いいさ。でもな…気を付けろよ。戦前の軍部はお前の想像を絶する世界だったんだ。オレたち艦船を再び指揮下に置いたことで、カン違いしてる輩が過去の亡霊に憑かれないとも限らない」

 

「気を付けるよ。ちゃんと」

 

「約束だぞ。ん……誰か近付いてくるみたいだな」

 

「ああ、足音が聞こえるな。でもこのままでいいだろ」ムギュー

 

「あのなぁ…。お客かもしれないだろ」

 

「今日は来客の予定なし」

 

「何だ、そうか」ナデナデ

 

コンコン。

 

「いいよ、入って」

 

「失礼します」ガチャ

 

「よかった! ここにいらっしゃったのね、おはようございます提督。…あら、おはようございます木曾。お二人はほんと仲良しですね」パタン

 

「おう、おはよう」

 

「おはよう、明石。俺を探してた?」

 

「はい提督、司令部より連絡です。先週の戦闘についてですが、海上保安省からの反応は問題ないようです」

 

「そうか、ありがとう。明石の特製オイルフェンスが大活躍だったからな。あ、座って」

 

「はい、失礼します」

 

さっきまで俺が座っていたところに腰かける明石。そして木曾成分をしっかり補充した俺も、明石と向かい合って木曾の隣に着席。

 

「通常のオイルフェンスは大きいから、数十噸以上の船舶で曳きながら設置するんだけど。明石は凄いよ、あんなにコンパクトで運びやすいフェンスを作っちゃうんだから」

 

「いえ…。油の拡散規模はそれほど大きくありませんから。深海棲鬼たちの艤装って、私たちのものと同じくらいの大きさですからね。作るのは短時間で済みました」ニッコリ

 

「本当に助かる。ウチは余所と違って大型船舶を買うゆとりなんてないからね。保安省の人たちが及第点を出したのなら、明石の仕事は一流ってことだ。あとはプロの彼らが引き継いでくれる」

 

「私たちが処理もできれば理想的なんですが」

 

「いろいろ処理方法があって、どれも非常に困難な作業らしい。適材適所、俺たちにできるのは拡散防止までだよ。それにしても、海上戦闘を続ける限り、この問題につきまとわれるわけだな。あれが初めての実施だったけど、その前の初陣(ウイジン)には間に合わず海を汚してしまった」

 

「それは仕方ないだろ。オレたちの鎮守府はまだまだこれからなんだ」

 

「ありがとう木曾。ま、何とかできるだろう。ここにはみんなが居るんだ。明石、他には?」

 

「それだけです、司令部からは。ただ…その…」

 

あれ? 珍しいな、竹を割ったような性格の明石が口籠(クチゴモ)るなんて。

 

「何でも言ってくれ。明石の身近なこと?」

 

「はい。実は、第六駆逐隊のみなさんが」

 

「暁たちが?」

 

「司令官はエッチなのに、なぜ誰にも手を出さないのかな、と」

 

おいいいいいいい!?

 

真剣な打ち合わせの流れが一瞬で吹き飛んだぞ!

 

「ブフッ」

 

あ、木曾が笑いやがった。

つーか明石も目が思いきり笑ってね?

いや、それよりも。

ここ鎮守府では、マスコット的な存在の暁たちが言ったことはそこそこ大きな影響力を持つ。

戦闘では木曾たちが、非番では第六の駆逐艦娘たちが存在感を放っているというわけだ。

 

尤も、俺の中ではマスコットから小悪魔にクラスチェンジしたばかりだが!

 

「そうか。先週、明石が開いたお茶会だな。もしかして…」

 

「はい、鎮守府では今や、みんな知ってるホットワードです」クスクス

 

うわあああああああ!

やっぱりか!

あと明石、笑いすぎ。お前って素直だな。

 

「……まいったなあ、俺はそんな驚愕デビューしてたのか。ここ数日、食堂や中庭で会った職員が妙な雰囲気だったのは、気のせいじゃなかったんだな」

 

艦娘との距離が近すぎた?

それがこういう結果に?

いや、それより…何だろうこの虚無感。ゲームに出てくるメンタル系バステ魔法って、リアルで喰らえばこんな感じかもしれない。

 

「気にするなよ。でも怒ったりしないんだなフフフ」

 

「当たり前だろ、彼女たちが悪気で何か言ったりするもんか。…ちょっとグラッときたけどな。ありがとう明石、助かったよ。知らずに過ごすところだった」

 

「さすがにこれはお伝えしようと…では、これで私は失礼しますね! 大丈夫です、ウワサなんてあっという間ですから……あら?」

 

「明石?」

 

「何だか、騒がしいです」

 

ドタドタ

 

本当だ。こちらに向かって駆けてくる複数の足音…。

緊急の事案か?

さっきまでのムードは霧消、気を引きしめる。

ガチャリ!

現れたのは…。

 

「司令官!」

「司令官さん!」

「司令官、報告なのです」

 

来たか第六の小悪魔(×3)。

引きしめた気がしぼみそうになったぞ。

落ち着け俺、心を澄ませて穏やかになるんだ。

お茶会トークに狼狽する指揮官など噴飯ものだ…。

そう…俺は…冷静な男。

 

「落ち着くんだ。さあ、ゆっくりと話してごらん…」クール

 

「え…司令官? ええと…」

 

「何でもないさ雷。ほら、何かあったんだろ暁」

 

木曾が先を促す。

 

「そうなのです! さっき、姫が…」

 

「姫」? まさか……

 

「先週の戦闘に於て拘束した深海棲姫が、目覚めました」

 

 

 

          続く




新年おめでとうございます
何とかして月イチのペースを守り書いていこうと思います


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第三話

「そうなのです! さっき、姫が…」

 

「姫」? まさか……

 

「先週の戦闘に於て拘束した深海棲姫が、目覚めました」

 

 

 

第三話

 

 

 

ヴィイン…ヴイイイン…ガタン

 

コツコツ…スタスタ…トコトコトコ…

 

 

 

我が鎮守府の地下に広がる特別区画へと繋がるエレベーターから降りて、特別区画へと歩みを進める俺と木曾、さらに第六駆逐隊。

これから対面する深海棲姫は、俺たちの敵であり脅威たる軍勢の一員だ。貴重な機会だし、ウチにいる艦娘を全て連れて来ようかと思ったが、考え直した。彼女たちは艦船だ、敵を目(マ)の当たりにすれば、いくら戦場ではないとはいえ戦士の本能が覚醒して、襲いかかっていく可能性がある。

いやむしろ。

戦場ではなく鎮守府だから

こそ、更にヤバいと思う。

 

ここは彼女たちの家。

 

かつて日本に点在していた母港がそうであったように、今この時代ではここが家なんだ。先週の戦闘後、ここに収容したことは艦娘全員に知らせてある。この1週間は何事もなかったけれど、家の中に敵がいるという状況は、彼女たちの神経に少なからず負担を掛けたはず。今その状態で対面させれば、何名かは冷静さを失うかも知れない。全員を一度に集めて会わせるのは、やめておこう。

まずは、いつも落ち着きがあって頼りになる木曾と、レディーたらんとするだけあって、必要なときには物静かな振る舞いのできる暁が率いる第六駆逐隊の面々からだ。

そして…

 

プシュー…ウイイン……

 

目の前の機械制御式隔壁が左右に開く。この先は厳重に管理されているということが、ひしひしと伝わってくる重厚な造りだ。

中から現れたのは雪風、そしてその隣に響。俺と木曾が話をしていた間に、この特別区画を監視する職員から深海棲姫が起きたという連絡を受け、直ちに駆けつけてくれた2人。いつも思うけど、ココは艦娘も職員も皆、熱心に働いてくれるからありがたい。前任の提督が素晴らしい手腕を振るって築きあげた鎮守府、ということかな。

 

「おはようございます、司令! 目下、異状ありません」

 

「おはよう雪風。そうか、ありがとう。二人一緒に出迎えてくれたってコトは、隔離場内の監視をゲンさんかゴローさんが?」

 

「ゲンさんです。雪風が残ろうとしたんですけど、二人で迎えに行くようにと…」

 

「ゲンさんらしいなあ」

 

「司令、おはよう」

 

「おはよう響、あれからしっかり眠れたか?」

 

「うん…ニ時間ぐらい。もう元気いっぱい」シャキーン

 

「そのチカラを頼りにさせてもらうぞ、ヤバいときには。姫はどんな様子?」

 

「なんだか戸惑ってるみたい」

 

「はい、暴れることも無く、隔離場内をウロウロと歩き回っています」

 

「やはり姫、ということかな…もしも鬼のほうだったら、状況は全く違っていたかもな。俺たちは運がいいよ、行こう」

 

隔壁をくぐり抜けて通路を歩いて行き、やがて次の隔壁に辿り着く。雪風が自身のカードキーを操作盤上の挿入口に差し込んで、幾つかのボタンを押すと、先ほどと同じように開いた。

 

目の前に広がるのは、凸(トツ)の形をした大きな区画。正面と左右にそれぞれ1つずつ、合計3つの扉があるが、俺たちの目的地は左側だ。

 

「ここに来るのは一週間ぶりだな。駆逐棲姫を収容して以来だ」

 

「この場所…いつも冷たい雰囲気」ギュッ

 

「ああ同感だ。初代提督の時代にいろいろ騒動があって以来ずっと、ここは使われてなかったらしいよ。だから当時の殺風景な状態のままなんだ」

 

「いつか変えられる?」

 

「変えられる。変えるさ。今は俺が戦闘部門の責任者だからね、この地下施設もこれからは遠慮なく手を加えさせてもらう」

 

響の小さな手を握りかえしながら扉へと近づく。

 

ガチャリ

 

入ってすぐ正面の壁に据え付けられているのは、横長の大きなディスプレイ画面。その両隣には、同じく横長だが小さな画面が2つずつ設けられている。隔離場内に埋め込まれた、5つの監視カメラから送られてくる映像を映し出すためのものだ。

そして、その中の1つに映るのは……

 

 

やっぱり可愛いな。

 

 

先週の戦闘後に拘束したときは既に失神してたけど、その整った顔立ちにはビックリした。

こうして動き回っているのを見ると、また違った印象が新鮮で目が離せない。

とはいえ、艦娘よりも可愛い存在なんていないけどな!

……おっと。

やべぇ何興奮してんだ俺。

今は目の前に集中だ。

 

……ヤツは敵。

ここ1週間、ずっと自分に言い聞かせてきたことだ。

ヤツは敵。

見た目に惑わされてどうするんだ俺。

深海棲艦どもの情報をあらいざらい白状させて、俺たちの勝利フラグを立てるんだろ。

指揮官らしく、敵に対して非情になれ!!

非情に………

非情…

 

 

 

 

 

 

 

 

…………できるかああああああああああああ!

何が非情だあああああああああああ!

そんなの鬼畜鎮守府の連中と変わらんわああああああああああああああ!!

 

決めた。

たった今決めた。

こんなに無垢そうな女の子に敵同士モードなんて発動できてたまるか。

見ろ、暴れるどころか好奇心に目を輝かせて子犬とかハムスターみたいにテクテク歩いてるじゃんか。

やーめた。

捕虜扱いやーめた。

そもそも最初から違和感あったんだ。敵だの情報だの、映画やドラマじゃあるまいし、艦娘の黒子たらんとする俺が自分の一存で、こんな一大事についての判断を下してどうするよ。

彼女の処遇は、艦娘みんなの反応を見ながら決めていこう。

あー何だかスッキリした。

 

 

「雪風、あいつは確かに駆逐棲姫で間違いない?」

 

「はい。ずっと以前に司令部から与えられたファイルに記述と写真があり、内容は一致しています。間違いありません」

 

「わかった。俺も早いとこ読んでおかなくちゃな」

 

「近いうちに一緒に読みませんか? 雪風は何回も読んだから、いろいろ役に立つかも」

 

「雪風、私たちとのお茶会も忘れないで。明石が残念がっていたのよ」

 

「あ…、すみません暁。はい、必ず行きます!」

 

「司令官、雪風にもリラックスさせてあげてほしいのです。もっと私たちのことも頼りにして」

 

「全くその通りだよ暁。俺がみんなに遠慮した結果、雪風の負担が増えた。演習と任務で疲れてるのに悪いが、これからは書類仕事も頼むことが増えそうだ。みんなの親睦を台無しにしないためにも」

 

「いつでも言ってね」ニコ

 

「助けられてばかりだな俺、嬉しいぜ……じゃあこっちは片付いたな。次は駆逐棲姫のほうだ。彼女の体調に問題はなさそうに見えるな。雪風、さっきと違うトコある?」

 

「いいえ、相変わらずですね。場内を歩き回りながら、あんな風に興味津々な様子で床や壁をペタペタ触ってました」

 

「てコトは雪風と響が入室した一時間前あたりから、ずっと同じ調子でハムスターしてたワケか…よく飽きないな。あんなに好奇心を示すぐらいだから、彼女たちの本拠地は、かなり違う造りをしているのかも知れない」

 

「司令官さん、ハムスターがどうしたのです?」

 

いけね、心の叫びが発露したか。

 

「少し気になることがね。それと、後でみんなに伝えたいことがある」

 

それにしても。

「駆逐棲姫」か。

「姫」……。

深海棲艦の呼び名はどういうわけか、だいぶ以前から知られている。

「駆逐」とか「軽巡」といったお馴染みの呼称がヤツらにも付けられているんだが、旗艦クラスになると更に別の単語が登場する。

 

根城とするエリアを表す「北方」とか「離島」とか「南方」などの単語が使われ、最後の締めくくりに「姫」または「鬼」のどちらかが付いて完成、だ。

 

例えば「軽巡棲鬼」とか「北方棲姫」なんて具合になるんだけど……

 

なんで姫と鬼なんだろう?

 

この鎮守府に配属されて、色々と学び始めた頃から持っていた疑問点。

未だに解消されなくてモヤモヤする。

まるで昔ばなしのヒロインとラスボスじゃないか。この国に仇(アダ)なすヤツらは当然ラスボスとその配下だしヒロインなんていないぞ。

以前は、そう思ってた。

 

深海棲艦の存在が初めて確認されたのは、皇紀2655年頃だったらしい。今は2681年だから、26年も前か。

勿論、当時は鎮守府の存在しない時代だったけど、戦後に組織された「国防省」の職員たちが活躍して、深海棲艦の生態を少しずつ明らかにしていったらしい。

その過程で、ヤツらを的確に描写する名称が導き出された……。

その頃の人たちに尋ねてみたいと、以前は思ってた。何で姫と鬼なんですか、って。

何で全て鬼って呼ばなかったんですか、って。

これじゃまるで、深海棲艦は凶悪な連中ばかりじゃないって言ってるみたいだよ、って。

 

でも今は違う。

さっき俺は何て言ったか。

 

やはり姫、ということかな…もしも鬼のほうだったら、状況は全く違っていたかもな。俺たちは運がいいよ

 

俺はとっくに姫と鬼の分類を受け容れていた。いつ頃かは覚えてない…最初は違ってたし。でも、俺にとって、深海棲艦は鬼ばかりじゃないというこのカテゴライズには、今じゃとても馴染んでいる。

捕虜扱いしないって決めた俺としては、自分を肯定してくれてるみたいで嬉しくもある。背中を押してくれるような、そんな感覚。

 

艦娘のみんながどう思うか、という問題は確かにある。

でも。

立ち止まってたまるかよ、もう決めたんだ。

みんなには、精一杯伝えよう。

 

「ちょっと待ってくれ、確かめたいことがあるんだ」

 

一同に声を掛けてから、壁に取り付けられた内線電話の受話器を手に取り、通話ボタンを押す。

 

プルルル

 

 

「お疲れ様ですゲンさん。さっきはありがとうございます」

 

室内の監視カメラに向かって軽く手を振る俺。

 

「やあ久しぶりだね大将。よくできたコだねえ、本当は大将に早く会いたいだろうに、ワシを独りにするのは申し訳ないって残ろうとしたんだよ。こっちはコーヒーとお菓子たっぷりの監視室でカメラを見てるから、気にしないで行ってあげなさいって言ったのさ」

 

よく通る元気で張りのある声。鎮守府のあちこちに目を光らせる、還暦を少し越えた古参の職員だ。

 

「艦娘と一緒の時間が少しでも増えるのは、嬉しいです。姫が目覚めたときなんですけど、様子を教えてもらえますか?」

 

「ああ、寝返りを何回か打ったから、そろそろ起き上がるのかと気をつけて見ていたら、間もなく目を覚ましてね。最初はビックリしていたよ。自分が何故ここにいるのか、見当もつかないといった様子だったな。キョロキョロしていたが、しばらくすると布団から出て、歩き始めたんだ」

 

「興奮しているとか、声を張り上げたりとかは…」

 

「全くなかったよ。こちらが拍子抜けするぐらいさ」

 

「そうですか…ゲンさんとゴローさんで昼夜ずっと見張ってて、どんな印象でした?」

 

「どんなって…あれは敵じゃないか」

 

「もちろんそうです。ただ、あの姫を長く見てる人としての率直な意見が聞きたいんです。敵という立場を抜きにして、単なる一人の部外者として見た場合、邪悪そうだとか、禍々(マガマガ)しくて落ち着かないとかってあります?」

 

「うーん…ヘンなこと聞くねえ。あ、おい、デスクに乗せるなよ! 書類が汚れたりしたら、俺たちゃこっぴどく怒られるからな…そう、そこでいい。ありがとう。……ああ、ごめんよ大将。食堂から昼食を運んで来てくれてね。えぇっと…そうそう、深海棲姫の印象だったか…。そうだなあ、単純に見たら、邪悪とか…そういうのは無いね…あくまでもワシの主観だよ。というか、むしろ可愛らしいぐらいだ」

 

可愛らしい…か。また背中を押してもらえたなあ。

 

「ゲンさんありがとう、凄く参考になったよ。しばらくしたら、彼女と直に会うから、監視続行よろしくです」

 

「いよいよやるのかい。わかったよ、任せな」

 

「お願いします」カチャン

 

 

「今の会話、聞こえたね。というわけで、一週間ぶりのエンカウントなワケだけど、ここで俺の考えを述べておこうと思う。

俺はあの子を追い詰めたくない。

できることなら、お互いに意志の疎通を図りたいと思ってる。理由はいろいろあるけど、彼女に友達ができれば、きっと何かイイことが起きそうな気がするんだ。当たり前だけど、艦娘みんなの戦いを否定する積(ツモ)りなんて一切ないからな。深海棲艦は敵で、みんなは頼りになる大切な存在だよ。でも、全てを撃滅なんてしたら、それは単なる新しい恐怖の誕生だ。そんな鬱エンド、俺は嫌だ」

 

「ああ」

 

「ん」

 

「分かりました」

 

「しっかり守るからね」

 

「気を付けてくださいね」

 

「さあ行くのです」

 

「みんな疑問とかないのか? 俺はとんでもないことを言ってるんだし」

 

「はい、ありません。私たち、司令に反対なんてしませんよ」

 

「雪風の言う通りだ、お前をずっと見てきたのは、オレだけじゃないんだぜ」

 

「分かった。行こう」

 

 

 

心の中で感謝しつつ、隔離場内へと通じる、ただ1つの扉の前に立つ。

 

(電、扉の陰は大丈夫か)

 

(はい司令官さん、姫は離れてますよ)

 

カメラの映像を確認するために残った電との念話。

いきなり激しいプレッシャーを与えたくはないからな。

 

ギイイィ……

 

こちらへと振り向いた駆逐棲姫。少し驚いたようだが、表情に怯えた様子はない。天龍が一緒だったら、反応は違ったろうけど。

 

(木曾、もしものときは頼むぞ。それまでは、扉のトコで待機しててくれ)

 

(ああ、任せとけ。あいつがヤバい雰囲気になったら、飛び出て守ってやる)

 

(心強いよ)

 

「今回は初めての接触だから、慎重に慎重を重ねるぞ。暁、響、雷、雪風。これを彼女からよく見えるように食べるんだ」ジャジャーン

 

「明石が焼いてくれるクッキーじゃない! どうして司令官がこれを?」

 

「俺は甘いものが好きだからな。昨晩の作業の合間に全員で食べようと思って、焼いてもらってたんだ。結局その時間はなかったけど、ここで出番さ」

 

「それじゃ、いただきます」パク…モグモグ

 

「いただきます、司令」

 

「ほら、暁、響も」

 

「いただきます」

 

敵意がないことを相手に伝えるためには、贈り物をするというのは適切な手段だ。言葉じゃ時間が掛かるからな…通じるかどうかもわからないし。

 

トコトコ…。

 

近付いてくる彼女。今のところ順調だな。だがここで焦ると台無しだ。俺は残りの明石クッキーをカゴに入れて床に置く。早くテーブルとかも入れたいな…危険だから今はダメだが。

 

「よし、ここまでだ。ちょっと素っ気ないけど、欲張ると失敗するからな」

 

相手をビックリさせないように、ゆっくりと離れる俺たち。しばらくこっちを不思議そうに見ていたが、視線は直ぐに、床のカゴへ。

そして……

 

 

 

パクッ

 

 

…………ニッコリ

 

 

 

あー、あれだ。

一生忘れられないってやつだ、これ…。

 

 

 

          続く




書くことの難しさを実感しています
でもだんだん充実感が


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第三ー2話

パクッ

 

 

…………ニッコリ

 

 

 

あー、あれだ。

一生忘れられないってやつだ、これ…。

 

 

 

第三ー2話

 

 

 

トコトコ……ドサッ

 

 

 

「これで全部よ、司令官」

 

「お疲れさん、暁。みんながいると、あっという間だから助かるよ」

 

「司令官、ほんとにいいの? ここをあの子の部屋にして」

 

「ああ、彼女の近くにいることが、きっとお互いの為になると思うからな」

 

「司令官…大胆だね、執務室の隣だなんて」

 

「下心ってワケじゃないぞ。何かあったら直ぐに対応できるようにだな」

 

「エッチなモードの司令官さん、何だか生き生きしてるのです」

 

必死に自分の煩悩を抑えたコメントをスルーかよ。

つーか俺そんなモード持ちだったのか。

エッチなのに手を出さないなんてヘタレそのものの烙印を押されて凹んでたが、俺のキャラどこまでカオス進化するんだろう。

 

「最初はおとなしい子だと思ってたけど、電ってマイペースだし主張もするよな、意外と」

 

「え…そう思います?」///

 

何で照れてるんだろう。

 

「電は、司令官に見てもらえてるって分かって嬉しいのよ」

 

雷は俺が何も言ってないのに、まるで心を読んだみたいなリアクションするときがある。

最初の頃は驚いたな。

 

「俺は指揮官だからね、いつも見てるぞ…電のこともみんなのことも。さあ、ひとまずこれで完成だ。足りないものがあれば、後から入れていけばいい」

 

「そろそろくーちゃんが戻って来るわ。今ごろ不思議がってるかもね、いつもの隔離場と違う道へ連れられて」

 

駆逐棲姫だからくーちゃん。彼女と接し始めてから約1ヵ月、いつの間にかそうなってた。

ニックネームか…いいな。

機密上の理由で個人名の秘匿されている提督としては何だか羨ましい。俺は本名を名乗ることが許されず、これからもずっと「提督」であり「司令」のままだ。

仮名のゲンさんや、他の職員と同じように。

 

「気に入ってくれたらいいんだけどな…お、来たか」

 

コツコツ……コンコン

 

「雪風です、くーちゃんをお連れしました」

 

「ああ、入ってくれ」

 

ガチャリ

 

「ただいま戻りました。くーちゃん、あなたの新しいお部屋ですよ」パタン

 

「おへ…や…?」

 

静かだが風鈴のようによく通る心地よい声。不安よりも好奇心の勝るその目は、キラキラと輝いている。

 

「くーはこれから、ここで暮らすんだ。バスルームもキッチンもあるし、不自由しないと思う」

 

「ばするーむ?」

 

いけね、分かりにくかったか。

 

「お風呂だよ、キッチンてのは台所な。しばらくは雪風や暁たちが代わり番こで一緒だから、すぐに慣れるさ」

 

「うん、わかった」

 

素直だな…深海棲艦へのイメージがグラついてしまいそうだ。ヤツらの中には、こんな子が他にも……いや余計な想像だな。

 

「雪風との散歩は楽しいだろ? もうだいぶここに慣れたか?」

 

「うんたのしい。わからないことあるけど、ここけっこうすき」クールニッコリ

 

この微笑みを、いつまで見せてくれるんだろうか。くーが俺たちに敵意を向けないのは、どうやらあの戦闘での面識がないかららしい。俺は雪風と共に海岸で戦況を確認しながら指揮を執っていたし、吹雪型改特型の四姉妹と明石はフェンス設置だったので交戦はしていない。

そして戦闘で対峙し、くーを捕獲した天龍…彼女は今、遠征中なので不在だ。

以上の理由から、俺たちは彼女にとって「敵」ではなく、「敵と何かしらの繋がりがありそうだけど、詳しくは分からない存在」というわけだ。

他の深海棲艦なら、その認識だけで充分襲い掛かってくる理由になるだろう…特に「鬼」連中なら尚更だ。

それとも単に、彼女の生来の気質が穏やかだから、うまくいってるってことかな?

 

 

 

「それじゃお引っ越し記念に、楽しくやりましょう。はいどうぞ、くーちゃん。司令官もね」

 

「ありがとう雷。お、シュークリームか……うん、美味い」ムシャムシャ

 

「雪風もお食べなさい」

 

「ありがとうございます、いただきます」

 

「雷、私たちもいただくわね。ほら、響も電も」

 

「ん」パクッ

 

「ありがとう……とっても美味しいのです。はわわ、くーちゃん食べるの速い」

 

「ちゃんと多めに買ってあるから、まだまだあるわよ…って、くーちゃん?」

 

 

 

モグモグ。

美味ぇ。和む。

いいなこういうの…今は深海棲艦も鬼畜鎮守府も考えないでおこう。暫くしたら、またヤツら相手の作戦を練るが、それまでは……

 

 

 

はむっ。

 

 

………ん?

 

 

ペロ…ペロペロ……

 

 

……へ?

これってまさか…くー!

俺の指を嘗め…て…!?

…クリーム付いてたのか?

それ目当てに指を…。

 

クチュ…ペロ…

 

ちょっ…!

空いてる方の手で、急いで別のシュークリームを箱から取り出した。

 

「ほ、ほら、くー。 これも美味そうだぞ」サッ

 

「…………!」パク!

 

「ほら、しっかり両手で持って…よし、たくさん食べるんだぜ。美味しいだろ」

 

「うん!」ニッコリ

 

ふぅ……やばかった。

メチャクチャやばかった。

完っ全に不意打ちだったぞ…

女の子の比率が圧倒的に高いこの戦闘部門で、何の間違いも犯さず2年間やってこれた理由が2つある。

1つは必死に煩悩を抑えつけてきたからだけど、今の不意打ちは…いや、不意打ちじゃねーな。

穏やかなムードで気を緩めたのは俺だ。

いけね。

 

「ちょっと出てくる。直ぐに戻るから!」

 

「え…う、うん」

 

明らかに不自然だな俺、けれども今は気持ちを落ち着かせるのが先決だ。

 

ドキドキ…

 

やべぇよ心臓、まだ静まらねぇ。

 

ガチャリ…パタン

 

 

 

 

 

「……よし、ここなら誰もいないぜ」

ほっと一息。

いい天気だ。

居住区画の外れにある森の入り口に立つ俺。

それにしても、くーヤバ過ぎるだろ。何て言うか、子犬みたいな無邪気さの奥に、サキュバスの妖しい色気が潜んでるような感じ。

彼女の唇と舌の感触が、まだ指に残ってる。

でも。

 

「邪悪な感じは、ないな」

 

それは断言できる。

俺は人の気配とかに割と敏感だし、何より雪風たち艦娘が真っ先に察知するだろう。折角ここまで築いた交流、今さら水の泡にされてたまるかよ……さあ、少し落ち着いたし、みんなのトコに戻るか。

さっきのシーンを思い出すとまだドキドキするけど、すぐ戻るって言ったんだ。

 

ザッ…ザザッ……

 

ん、前方から、砂利道を踏み歩きながらこちらに近付いてくる音。

茂みがジャマで見えね。

誰だろう。

 

「おーい、いるんだろ」

 

この声……

 

「木曾だな! こっちだ」ザザッ

 

飛び出る俺。

 

「ああ、やっぱりな……ったく、どうしたんだよこんなトコに……おぉっと」ガシッ

 

「木曾お!」

 

ギュウウウウウ!

 

思い切り木曾を抱きしめる。こないだの静かな抱擁よりもずっと激しく。

 

「苦しいんだな…いいぜ、好きなだけそのままで」

ナデナデ

 

…………落ち着く。

すっげえ落ち着く。

さっきまでの興奮も煩悩も潮が引くように消えていく。

 

俺が間違いを犯していないもう1つの理由。

 

艦娘との抱擁。

 

彼女たちの体温に包まれていると、不思議と落ち着くんだ。もちろんドキドキするのは当然だが。

この2年間で、もう何回も助けてもらった。

どんだけエロいんだよ俺。

 

「ありがとう木曾、落ち着いた。……まただよ、久しぶりにやっちまった」

 

「お前が独りで歩いていくのが見えてな。もしやと思ってついて来たんだよ」

 

「あれ? 俺十分ぐらい立ち止まってクールダウンしてたぞ。遅いな」

 

「いきなり追いついたらお前がゆっくりできないだろ。暫く待ってたんだよ」

 

……ッ!

 

ギュウウウッ

 

「…いいか? お前はもっともっとオレたちとの時間を増やさなくちゃダメだ。この前、大広間で言ったようにな。だから暁にも注意されるんだぞ」

 

「キツいこと言ってくれるぜ…俺がどんだけ我慢してると思うよ? これ以上みんなと近くなったらマジで俺、ケダモノにトランスフォームだぞ。そうなったら終わりだ、みんなと一緒にいられなくなる」

 

「分かってる。お前をずっと見てるんだぜ。だからこそハッキリ言うぞ、オレたちにもっともっと近づけ。お前のアレが出たら、すぐにオレたちが鎮めてやるさ、今みたいにな」

 

「…それは」

 

余りにも大胆な木曾の言葉に、思わず目をそらす。

 

「何回も繰り返していけば、お前もだんだん慣れて、誰に対しても自然に振る舞えるようになるさ…おい、こっち向け」

 

優しく、そして強い響きのある声。彼女の方に顔を……

 

 

 

……………?!

 

 

 

 

目の前がよく見えない。

 

当たり前だ、木曾の顔がすぐ数ミリのところにあったんだから。

 

「…ん……」

 

彼女の声が聞こえる。

 

俺…木曾とキスしてるな。

 

頭の中が一瞬、真っ白。

 

でも妙に冷静な心持ち。

 

「……ぷはぁ……なあ、お前の望みは何だ? 司令部の言うこと聞いて、ただひたすら戦うだけか」

 

「いや、違う」

 

しっかり彼女の目を見て

 

「戦うのはあくまでも目的を果たすための手段。目的じゃないし望みでもない。聞いてくれ、ヤツらと内通している連中がいる。調べたからな」

 

本当の望みを伝える。

 

「俺は叩き潰したい。ヤツらも、ヤツらと内通している鎮守府も」

 

 

 

          続く




艦これ改6周年おめでとう!
キャラの表情変化とか音楽とかインターフェースとか本当に素晴らしい作品


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第四話「裏切り者を特定せよ!」

「戦うのはあくまでも目的を果たすための手段。目的じゃないし望みでもない。聞いてくれ、ヤツらと内通している連中がいる。調べたからな」

 

本当の望みを伝える。

 

「俺は叩き潰したい。ヤツらも、ヤツらと内通している鎮守府も」

 

 

 

第四話「裏切り者を特定せよ!」

 

 

 

ガサッガサガサ…

 

 

 

「どれだったかな…ああ、これだ。書類の束ってのは魔境みたいだな。雪風、これ読み上げて」パサリ

 

「はい、司令。

 

 

 

第一艦隊

バランス型

最低でも五十人以上の艦娘を擁する規模

練度が非常に高く資源資材も豊富な最強艦隊

 

第二艦隊

重巡主体型

二十人ぐらいの規模

練度が高く資源資材も豊富

 

第三艦隊

重巡主体型

二十人ぐらいの規模

練度は高いが資源資材は不足気味

 

第四艦隊

航空母艦主体型

十人ぐらいの規模

練度は普通で資源資材はそこそこ

 

第五艦隊

第六艦隊

第七艦隊

いずれも軽巡主体型

規模は不明、どうやらお互いに融通し合っている模様

資源資材についても不明

 

追記

あらゆる艦船カテゴリの中でも圧倒的な数にのぼる双璧の一つ、駆逐艦娘は言うまでもなく重要な存在であり、全ての艦隊に配属

 

 

 

……以上です。

 

あの…司令、こんなに調べていたんですか。ビックリです」

 

「重要な存在だって…」///

 

「事実だぞ電。妖精さんのお陰だよ、雪風。他にもいろいろ分かったけど先ずはこれだけな。前に言ったかもだが、小さい頃からいろいろ見えてたから相性がいいのかもな、凄く捗ったよ。黙ってたのは、みんなを巻き込みたくなかったからだ。でも、これからはどんどん頼るって決めた。一蓮托生だよ。いいんだな?」

 

「雪風の気持ちは変わりません。おじ様からも司令の力になるように言われていました」

 

「おじ様」というのは前任の提督だ。厳しくて優しい先生って感じの人。

 

「みんなも?」

 

「お前を見守るのがオレの役目だ」

 

「暁も一緒に行くのです。でも驚いたわね、雷」

 

「本当よ。まさか司令官がこんなことをねー。危険よ、大丈夫なの? あ、勿論だけど私も一緒に行くからね」

 

「危険は承知だ…最初は、艦娘を大切にしない鬼畜鎮守府を探ってたんだ。そしたら、よりにもよって、パワハラだけじゃなく深海棲艦との内通だぜ。一つの鎮守府だけが両方やってるのかも知れないし、二つの鎮守府が片方ずつかも知れない。そこまではまだ分からないけど、少なくとも行われているのは間違いない。それに…」

 

話してるうちに湧き上がってきた怒りを、何とか抑えながら

 

「本当に危険な目に遭(ア)ってるのは艦娘なんだ…もう許せない。叩き潰す」

 

「司令官さん……」

 

「フェスチバーリの始まりだね。どこから攻めるの?」

 

祭典ときたか。響、もしかして高揚してるのかな?

……っと、笑顔の明石と目が合ったぞ。彼女も気持ちに変わりなし、か。ありがてぇ。

 

「軽巡グループだ。調べた感じ、一番怪しい。俺たち第八艦隊と同じ編成タイプだから、あわよくば何人か引き抜いてやろうと思う」

 

「ほんとなのです!? 仲間が増える!?」ドゴォ

 

げふぅ

 

「う…うまくいけば、だよ。どうなるか分からないが、手ぶらで帰る積りはない。それと電、お前たちは力が強いから気をつけてな」ポンポン

 

「あ…ごめんなさい。でも、嬉しいな…」///

 

電のタックルは久しぶりだ…効いた。筋トレしなくちゃだな。

 

「提督、天龍たちが戻るまで待つのは無理ですか? やっぱり人手は多いほうが好都合なのでは」

 

「確かにな、明石。でも帰還を待ってるうちに、こっちの海域で鬼が出現する可能性もある。そしたらスパイは中止だ、抜錨しなくちゃいけないからな。それに」

 

「それに?」

 

「天龍は今回、こっちに加えない。くーと仲良くなってほしいから、戻って来たら直ぐ、好感度アップに専念だ」

 

「そうか、くーを倒したのは天龍ですものね。二人が仲良くなれば、万が一の心配もなくなる」

 

「その通りだ。今のままじゃ、天龍と会った途端に取り乱すかも知れない」

 

「分かりました。私はどうしましょうか」

 

「変装して、鎮守府の周りや、できたらゲート近辺も調べてほしい」

 

「お任せください!」

 

明石のコミュ力を前に、ガードを固められる職員なんて、殆どいないだろう。

 

「変装アイテムは、全員分を頼む。ここから最も近いのは第六艦隊の鎮守府だけど、みんな、行ったことは……」

 

「大丈夫よ、司令官。私たち全員、他の鎮守府は行ったことあるわ。任せて」

 

「頼もしいな。それじゃ明石みたいに、それぞれの役割分担を説明する。集まってくれ」

 

ひとりひとりに、果たすべき目的や注意事項を伝えていく。いよいよって感じだな。

 

「司令官さん、スマホ持って行ったらダメ? あったら便利じゃないかな」

 

「紛失の可能性がある。もしも相手に拾われたら、バッドエンド直行便だ。心配ない、少し離れた場所から俺がサポートするよ」

 

「どうやって?」

 

(こうやって、だ)

 

(あ……念話)

 

(みんなもちゃんと聞こえるな? さあ、目にもの見せてやろう。頼りにしている)

 

 

 

(司令官、カッコいいけど、くーに指を嘗められたぐらいで動揺しちゃダメ。もしかしてロリコン?)

 

ぐっはあああああああア!

 

「見、見てたのかああああああああ!? うまく誤魔化したとばかり……!!」

 

(大海原で戦う艦娘の視力をナメちゃダメ。それより……ねえ、ロリコンなの? 答えて)

 

「そのスレスレワードはやめろおおおおおお!

人生詰ませるレッテルワードおおおおおお!」

 

(司令官さん、やっぱりエッチなのです。しかもロリコン)

 

グハァ!!!

お……お前か、電…

今やっと分かったぜ…

明石プレゼンツお茶会で、エッチなのに手を出さないヘタレッテルをお見舞いしてくれやがったのは……!

 

(司令官、ほっぺた真っ赤)

 

「お前からだよ不死鳥!つーかいつまで念話なんだよ!」

 

いつの間にか床で仰向けの俺。ついでにローリングでもしてやろうかな!

 

「四人とも、少し怒ってるんだよ? …ほっぺた冷やしてあげる」サスリサスリ

 

「響、何を…あ、両手が気持ちいいなコレ」

 

「良かった…頑張ろうね、司令官」ペロリ

 

 

 

……2回目かよ。

指の次は頬。でも、さすがに慣れるわ。

 

 

 

「そう、それでいいの。指揮官は常に冷静にね」ペロ

 

 

 

          続く




図鑑も素晴らしいですよ
あのイラスト群はスゴいの一言


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第四ー2話

「良かった…頑張ろうね、司令官」ペロリ

 

 

 

……2回目かよ。

指の次は頬。でも、さすがに慣れるわ。

 

 

 

「そう、それでいいの。指揮官は常に冷静にね」ペロ

 

 

 

第四ー2話

 

 

 

バタン… ブロロロオォ……

 

 

 

車から降りて、運転席の職員と言葉を交わしてから、遠ざかってゆくのを見送る俺たち。

人目を避けるために選んだココは、雑木林の中だ。

 

「この辺りに来るのは五年ぶりだわ。司令官、くーちゃんはまだ起きないわね」

 

「ああ雷、車外の景色に興奮してたからな。その分、疲れたんだろう…朝も早かったし」

 

「帰りは暁だからね!」プイッ

 

「分かったよ、くーが膝に乗りたいって言わなければな」

 

「言わないわよ、だから私!」プイッ

 

「あらあら、怒っちゃった。ねえ、くーを連れて来てよかったの?」

 

「留守番だけは絶対ダメ。彼女の心に孤独感や不信感を生んでしまうからな」

 

「そうね、分かったわ。他のみんなは、まだなのかしら?」

 

「もうそろそろだろう、サービスエリアを出たのは二台とも同じぐらいの頃だったし…あれ、あっちで木曾が手を振ってるな」

 

(どうした木曾?)

 

(来たぜ、徒歩だ。車はとっくに降りたみたいだな)

 

(分かった)

 

「暁、雷。行こう、合流だ」ザッザッザッ……

 

 

 

「提督!」

 

「明石、それにみんなもいるな。少し体をほぐそう、これから長丁場になる」

 

「あっ、くーちゃんいいなぁ。司令官さんにだっこしてもらってるのです」

 

「もう起きそうだよ。…くー、着いたぞ。立てるか?」

 

「ん…できる」

 

こうしていると、あの時に感じた動悸が全然出てこないな…今の彼女は無垢そのものだ。

こうやって少しずつ慣れていこう。

 

「よし、降ろすからな」

スタッ

 

寝ぼけまなこな様子は全くない。車内で1時間は眠っていたから、元気そうだ。

 

「ねぇ、司令官さん。くーちゃんもすっかり馴染んだね。……帰るなんて、言わないよね」

 

「いきなりどうした、電」

 

「だって……くーちゃんは深海棲艦だったのです。向こうに友だちとかいたら、寂しくないかなって」

 

そうか、突然いなくなるのが心配なんだな。俺も決して楽観はしていないが、サヨナラする積りなんてねーぜ。

くーの居場所は第八艦隊だ!

 

…けれど。

もしも彼女の気持ちが違っていたら…?

俺は無理強いしてるのか?

 

 

 

「くー、お前は俺たちの仲間だ。どこにも行かないでほしい。…お前は、海に戻りたいか?」

 

「え? くーはどこもいかない。ここがおうち」

 

「あ……」///

 

(やったな、電……)「そうか、俺たちのそばが、居場所だと思ってくれるのか。嬉しいよ」ナデナデ

 

「………」ギロリ

 

暁のレイピアみたいな視線が突き刺さるのを背中に感じるが、スルーしておく。メデューサじみた今の彼女と、視線を合わせるような愚行など犯さぬわ!

 

「ん~、しれいもみんなもだけど、それだけじゃない」

 

…あれ?

 

 

 

「ここ。このとち。このひろーいくに。くーは、ここにくるためにみんなとがんばった。まけたけど、けっきょくこれた。うれしい」

ニッコリ

 

 

 

負けた…? ああ、2度目の会戦のことか。

 

「くー、お前はただ単に、この大八島國(オオヤシマグニ)……この日本に来たかっただけなのか? 攻めるとかじゃなくて?」

 

「せめない! おうちだよ?」

 

(確かに、砲撃を開始したのはオレたちからだったな。おい、どうなってるんだ?)

 

(分からん…判断材料が少な過ぎる、待ってくれ)

 

……深海棲艦は日本を攻めない、だと……だが、くーは嘘を吐(ツ)いたりしない…俺はそう思ってる。俺たちは…いや、俺たちを束ねる司令部は、何か大きな勘違いをしているのか?

これはいずれ、じっくり取り組むことにしよう。

今は第六艦隊だ。

 

「分かった、話してくれてありがとう。さあみんな、そろそろ始めるぞ。明石、変装のほうは…明石?」

 

いない…どこ行ったんだ。

 

ガサッ

 

「すみません提督、お話の間に、そこの草むらで着替えて準備してました」

 

「そうか、それじゃ早速……あ、明石!?」

 

「どうです、似合ってますか?」

 

「…ああ、凄く」

 

現れた明石は見事に変装、いや変身していた。

青のジーンジャンパーに白のベースボールキャップ(海外か?)、そして背中には大きなデイパック。これだけなら別に驚きもしないんだけど…。

 

「綺麗な黒髪だな。俺は普段のが好きだけど」

 

「まあ提督ったら」ニコッ

 

いや本音だぞ。

 

「勿論、市販じゃないよな。フェンスもビックリしたけど、変装も凄いよ。ただ、その…な」

 

「あら、どうしたんです? 目をそらさないで、しっかり見てくださいな」ズイッ

 

以前の俺なら、ここで真っ赤だな。でも木曾と響の言葉は、俺をちょっとばかり変えてくれた。

 

「すまん、失礼だったな…ちょっと照れたんだ。……うん、似合ってるよ」

 

ジージャンの胸元は大きく開かれ、白いシャツはUネックなので豊かな双丘の谷間がしっかりと見えている。そして大胆なカットオフジーンズから伸びる足が、太ももから足首まで余すところなく自己主張しながら放つ脚線美。

 

「凄くセクシーで、カッコいい旅行者だ。さすが明石」

 

「まあ……! 提督、ありがとうございます!」///

 

明石の意図が分かった。古典的かつ効果的な手段を明石は選択したわけだ。相手の職員がどの程度の手強さかは知らないが、結果など分かりきってるな。

 

「第六艦隊の鎮守府は直ぐ近くにある。行くぞみんな、フェスチバーリの開幕だ」ザッ

 

視界の片隅で、響がニヤリと笑った気がした。

 

 

 

          続く




執務室を自由に模様替えできるの良いですね


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第四ー3話

「第六艦隊の鎮守府は直ぐ近くにある。行くぞみんな、フェスチバーリの開幕だ」ザッ

 

視界の片隅で、響がニヤリと笑った気がした。

 

 

 

第四ー3話

 

 

 

カチャリ…ギイイイィ…

 

 

 

(……よし、開いたぞ。そっちは大丈夫か)

 

(ああ問題ない。みんなの様子も連中の動きも全て分かってる)

 

(そうか、大したもんだな。オレのは一機だけだし、大半の軽巡もだ。重巡だって多くて六機だぞ)

 

(ココの提督も妖精さんを使って何かするかもな。一度も会ったことないけど)

 

(心配するな。妖精をそんな風に使役(シエキ)できる提督は、お前だけだよ)

 

(本当に? でも妖精さんは全部の鎮守府にいるはずだろ。彼女たちとのコミュニケーションは提督の役目だし、似たようなスキル持ちだっているんじゃないか?)

 

(いや、いない。オレたちは全員、余所の鎮守府のことならいろいろ知ってる。お前が調べた艦隊編成とか機密事項は除いてな…あれは驚いたぞ。…いろんな関係者がいるが、お前が今やってるみたいな芸当ができる奴なんて聞いたことないぜ。いたら必ず耳に入ってたさ)

 

(そうか、それなら好都合だな。俺たちは邪魔者を気にせず調査できる……ん、連絡だ。ちょっと待ってくれ)

 

(ああ)

 

俺は探索状況を報告してくれている妖精さんの言葉…いや思念の受信に集中する。彼女たちは喋る代わりに、精神の感応(カンノウ)で伝えてくれる。時間の掛かる言葉と異なり、いろんな情報が一瞬でこちらに飛び込んでくるから、慣れると便利だ。

 

(お前たちのエリアで先行して飛んでる妖精さんからだ。そこから真っ直ぐ行って、突き当たりを左に曲がると階段がある。そこから一番下まで降りてくれ。大きな扉があるから、鍵穴から零式水偵を侵入させるんだ)

 

8つの鎮守府は全て、それなりの年月を重ねた建物を根城としている。お陰でこういう手段が可能となるんだが、カード式セキュリティーの鍵穴なし扉とかだったら完全に詰みゲーだ。

 

(誰もいないか?)

 

(艦娘も職員もいないぞ、大丈夫だ。賑やかなフロアは上のほうだ…そうか、昼休みどきか……食堂があるんだったな。みんながココに来たことあって助かるよ、俺は初めてだから心強い。知り合いの艦娘がいれば、言うことなしだったんだけどなあ)

 

(全くだな。まあ八つもあれば疎遠になるのも仕方ない…っと、ココと第五と第七は別だったか。…お前は、全てのフロアが見えているのか?)

 

(バレるといけないから艦娘の集まってる辺りは避けてるが、やろうと思えばできる。全部で二十八機の水偵に乗って飛び回ってる妖精さんたちの協力を得てな。しかも、俺たちの鎮守府よりもかなり小さいし)

 

(航空戦艦の搭載数並みだな…まったく、今回のお前には驚くばかりだ)

 

(元はといえば、お前たち艦娘がいてくれるからこそのチカラだよ。コレも、念話もね。さあ、監視カメラの位置も全て確認済みだから安心して進んでいい…それじゃ木曾に響、頼むぞ)

 

(ああ)

 

(司令も気をつけてね)

 

(ありがとう響)

 

(雪風、司令を守るのよ)

 

(はい、響)

 

 

 

ファンタジーRPGのパーティーでとても重要なポジションのキャラって何だろう?

人によって違うだろうけど、俺なら迷わずシーフを選ぶ。冒険とは見通しの良い闘技場だけじゃない…危険極まりないダンジョンや荒野だってあるんだ。

パーティーみんなが自らの力をしっかり発揮できるよう、あるいはトラップで大ケガしたりしないよう周囲に気を配ったり偵察に行ったりするシーフ、それが艦娘の黒子を目指す俺の立ち位置だ。

 

そしてこれが俺の特技。

こんなにたくさんの妖精さんたちが何故、俺に協力してくれるのかサッパリ分からない…彼女たちは本来、鎮守府で艦娘建造(と言っても、造るのは艤装だけだ…そこに魂が宿り艦娘が誕生する)や見張りに従事するんだから。

 

でも。

 

艦娘の役に立てるのなら、ありがたくその協力を仰ごう。鎮守府のシーフとして戦うために。

 

「雪風、周囲の様子はどう? 誰か近付いたりしてないか」

 

「はい司令、私たち以外には誰もいません。ご安心を」

 

俺と雪風、そしてくーが今いるのは、車を降りた場所からあまり離れていない山の斜面。第六艦隊の鎮守府がよく見える絶好のポイントだ。正面ゲートでは明石と職員たちとの間で会話が未だに続いている…彼女の会話センスと大胆な姿は思った通り効果バツグンで、木曾と響は易々(ヤスヤス)と侵入できた。

 

「分かった。……雪風、いつもありがとうな。今度は少し…いや、かなりメチャクチャやってるが、途中下車する積りは一切ない。最後まで付き合ってもらうよ」

 

「お任せを。悪い人たちには負けません!」ニコリ

 

 

 

          続く




素敵な音楽の数々…
6年たっても全く色褪せません


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第四ー4話

「分かった。……雪風、いつもありがとうな。今度は少し…いや、かなりメチャクチャやってるが、途中下車する積りは一切ない。最後まで付き合ってもらうよ」

 

「お任せを。悪い人たちには負けません!」ニコリ

 

 

 

第四ー4話

 

 

 

タッタッタッ…スタタタタ…ギュイイィン………

 

 

 

(終わったぞ! オレの水偵とお前の妖精が上機嫌だぜ、楽しみにしてろ。 今から戻る!)

 

(まだ食堂からは誰も出てこない…侵入ルートを逆走しろ、オールクリアだ!)

 

(よしッ!)

 

「雪風、明石と雷に念話を頼む。木曾と響がゲートを通れるように職員の注意をそらしてから、雷のポケットにいる熟練見張員の誘導に従ってこちらへ戻るように、ってね」

 

「司令、それじゃ暁と雷はゲートが…」

 

「大丈夫、別ルートを準備してあるよ」

 

「分かりました、司令!」

 

(暁、港はどうだ?)

 

(変化なしよ、とても静かね)

 

軽巡主体の艦隊では艦娘が互いに行き来して人手不足を補っているらしいから、もしかしたら誰か来るかもと思って、暁と電に港の見張りを任せたんだが…当てが外れたかな。

 

(仕方ないな、二人とも引き揚げだ)

 

(了解、戻ります)

 

(はいなのです)

 

(木曾、水偵を格納してくれ。妖精さんも一斉撤収するから、エントランス周辺が密集状態になるかも知れない。なるべく分散させるが、衝突リスクは少しでも下げたい)

 

(分かった、そうする)

 

艦娘の水偵や妖精さんは自身のサイズを縮めることができる。必要なら鍵穴でも服の中でも思いのままだ。

 

(司令の妖精はどうするの?)

 

(そのまま飛行継続だ、二人をサポートする。気を付けて戻るんだぞ)

 

(…うん)

 

後は、みんなが揃ったら一刻も早く立ち去るだけだ。これでもう、引き返せないトコまで来てしまったな。

だが構うものか。

 

(司令官、プレジャーボートが一隻、近付いてきます。 指示を!)

 

来たか! もっと早ければじっくり対処できたんだが、今からでも収穫はあるだろう。

 

(連中が下船して船がカラになったら、中を覗いてくれ、どんな荷物があるのか気になる。それと、メンバーの中に艦娘がいれば後で特徴を教えてほしい。誰か船内に残るかも知れないから、慎重にな)

 

(分かったわ)

 

二人の退路を確保しなくちゃだな。妖精さんに、ちょっと残業を頼もう。

…ったく、つくづくブラック上司だな俺。

 

ザッザッ……

 

「司令、他のみなさんが戻って来ます」

 

「やったな! さっさと引き揚げようぜ」

 

「長居は無用だね」

 

「提督、ただいま戻りました!」

 

「明石って結構大胆ねー。見張っててハラハラしたわ」

 

「ふふ、お疲れ様でした雷」

 

それぞれの役割を果たしたみんなの表情はイキイキしている。素晴らしい艦娘に囲まれてる自分の幸運を実感する瞬間だ。

 

「みんなお疲れ、後は暁と雷だけだ。少し休憩するといい。明石は着替えを……」

 

「もうしばらく、このままでもいいですか? 実は結構、気に入っちゃって……」///

 

ええっ? ドキリ

 

「ま、まあ明石の判断に任せる。四月とはいえ風が冷たいときもあるし、体を冷やさないようにね」

 

「はい、ありがとうございます」ニコッ

 

明石ってこんなキャラだっけ? さっきのゲートで、職員から凄く褒められたのかな。

 

(司令官、こっちもオッケーよ! 戻るからね!)

 

(ドキドキしたけど、お役目完了なのです!)

 

ドキドキか。まだ終わらないぞ、喜んでくれたら良いんだけどな。

 

(よし分かった、こっちも揃ってるから途中で合流するぞ。水偵の妖精さんたちが見えるな? 彼女たちにぜんぶ任せとけ。どこにも行かなくていい)

 

(ええー! 捕まっちゃうのです! イヤなのです!)

 

最後の部分しか聞いてないのかよ…それともインパクトの余り、他のワードが吹き飛んだのか。脱力しそう。

 

(もう司令官さんのことエッチなんて言わないから、助けてですううぅ!)

 

匿名ネット掲示板なら泣き顔AAが文字数リミットまで乱舞してそうな勢いの電。あのな…エッチは構わないんだよ、ダメなのはヘタレとロリの二つだあああああ! 特に後者、せめて他に言い方あるだろう。

 

(暁、何だか電がヘンなスイッチ入った。妖精さんに任せておけば大丈夫だから、落ち着かせてやってくれ)

 

(了解よ、まったくこの子は…)

 

言葉とは裏腹に優しい声。お姉さんだな。

 

「おい、何が始まるんだ? アイツら大丈夫なのかよ」

 

「心配ないよ、木曾。みんな、引き揚げだ! カバンは雪風のところに集めてるぞ」

 

「この格好もおしまいね、新鮮だったわ。明石、ありがとうね」

 

「みなさんよく似合ってますよ。また必要なときは、いつでも用意しますね」

 

「オレはこのジーンズってヤツが気に入った。動きやすくていいぞコレ。でも茶髪ってのは落ち着かねーや」

 

今回も明石は大活躍だった。みんなの変装グッズを揃えるのは大変だったろうに、それを一切表情に出さない彼女。

 

「そろそろ登山口だ。スマホ持って来てないから、合流ポイントに三時間ごとの間隔で来てくれるよう伝えてある。今からなら十五時の迎えに間に合うぞ、ゆっくり歩こう」

 

…さてと、そろそろかな。

 

(し、司令官さああああああん!!)

 

(凄いわ。素敵な眺め)

 

「おい、暁と電だぜ」

 

「ああ、どうやら脱出成功だな。俺と妖精さんたちはリンクしてるから、こっちの位置はしっかり伝わってる。どこか人目につかない適当な空き地で降ろしてもらって合流しよう」

 

「降ろす? 何のことだ?」

 

「あ、みてあそこ」ギュッ

 

「ん? お、おい何だありゃ!」

 

「まぁ…」

 

「あらあら、サプライズね」

 

「いいなぁ…」

 

 

 

 

 

(司令官さあああん!! 飛んでます!!! 電、飛んでるうううううう!!)

 

(電、もっと景色を楽しみなさい。落ち着いて。ほら、水平線の彼方までよく見えるわ)

 

(だって! だってええええ!!)/////////

 

(司令官、ビックリです。妖精って、こんなこともできるのね)

 

(製造に関してはプロの妖精さんだからな。そのワイヤー、凄く丈夫だろ? 三十機近くの水偵が力を合わせれば、乗客二人は軽いもんだ)

 

高度をなるべく上げるように頼んであるから、通行人に見られても鳥だと思うだろう。小柄だし短時間フライトだ。

 

(本当に素敵…そうだわ司令、帰りは暁だからね!)

 

(ああ、くーには後部座席デビューしてもらうよ)

 

(楽しめると思うわ。…あ、暁じゃなくてくーのハナシよ!)

 

 

 

          続く




BGMを好みでチェンジできるのが素晴らしい仕様だと思います


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第四ー5話

(本当に素敵…そうだわ司令、帰りは暁だからね!)

 

(ああ、くーには後部座席デビューしてもらうよ)

 

(楽しめると思うわ。…あ、暁じゃなくてくーのハナシよ!)

 

 

 

第四ー5話

 

 

 

コトッ

 

 

 

「どうぞ木曾、熱いからお気をつけて」

 

「お、ありがとな」

 

コトッ

 

「提督、どうぞ。美味しいですよ」ニッコリ

 

「ありがとう明石、いただくよ」ゴク

 

コーヒーうめぇ…体が暖まるぜ。

夕方に帰ってきてから俺たちは各自の用事と入浴そして久しぶりの食事を済ませ、ここ執務室に集まった。日付が変わるまでには3時間ほどある。飲み物が全員に行き渡ったみたいだし、そろそろいいかな。

俺と同じくウッディな椅子に座っている4人を見渡してから、

 

「それじゃ始めるぞ。まずはみんなお疲れ、今日はありがとう。暁、響と雷は電のそばで様子を見てくれてるんだな?」

 

「ええ、司令の言う通りにね。あれだけはしゃいだから多分朝までグッスリよ、くーと一緒に。二人ともコッチに呼んでいいんじゃない?」

 

「いや、もしも途中で起きたらココに来ようとするかも知れないからね。朝までゆっくり眠ってほしいんだよ、俺としては。こちらもできるだけ早く済ませよう。今から話し合う内容は、暁から明日の朝にでも三人に伝えてくれ。木曾、頼むよ」

 

俺に協力してくれた妖精さんの1人は木曾の水偵と一緒にあの部屋を調べたから、俺もある程度は知っている。でも先に木曾の出番だ。響と共に危険を冒(オカ)して潜入してくれたんだから。

 

「ああ。地下の部屋にあったのは走り書きのメモと写真だ。大きな部屋にテーブルがあって、そこの書類から水偵と妖精が見付けたんだけどな。メモの方は数字が五つ並んでて、写真も五葉なんだ。関連あるんじゃないかと思うが、お前はどうだ?」

 

こちらを見つめる木曾。

俺は頷いて、

 

「同感だ。みんな見てくれ、木曾が発見したのはこんな内容のメモだ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

① 1/5 火 OK 9 土 ⑤ OK

② 2/8 月 OK 13 土 ⑦ OK

③ 3/13 土 OK 19 金 ⑤ OK

④ 4/20 火

⑤ 5/12 水

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「妖精さんが木曾の水偵と一緒に調べているとき俺にも内容を伝えてくれてな、それを写しておいたんだ」

 

ここでしばらく俺の言葉が途切れたので、こちらに注目する一同。

 

「木曾、どんな写真だった? 発見時のお前の高揚ぶりからすると、大収穫だろうと思うんだけど」

 

俺を見つめる木曾。いつも通りの、凛々しい隻眼だ。

 

 

 

「その前に、だ」

 

 

 

おや? 木曾が立ち上がったぞ。

 

「オレはもう自分の決心が出来ている。この先に何があろうと、コイツと共に行く積りだ。暁、雪風、明石。お前らはどうなんだ? オレたちの提督とドコまで付き合いたいんだ?」

 

俺の髮を撫でながら、傍らに立って三人に問いかける木曾。気持ち良くて表情が緩みそうになるが、何とか堪える。ていうか木曾のワードチョイス、ちょっとおかしくね?

 

ムニュッ

 

…え?

 

「お前はオレのおっぱい、好きだよなぁ? ずっとそばで守ってやるから、こういうことだってできるんだぜ?」ムギュー

 

ふくよかな胸の感触に、くーのサキュバスじみた魅力を前にして危険を感じたときの記憶がフラッシュバックする。あのときは助かった…が、いきなりどうしたんだろう木曾は。

 

「これから先は、もっと厳しい探検になるかも知れないんだ。コイツから離れず、しっかり守るって気があるのか、お前らは」

 

あぁ、そういうことか…。でも俺は今でも充分、みんなに守られてるって実感してるんだが。

それとな、木曾。あまりみんなを刺激すると

 

 

ピシィッ!

 

 

あ、室内の空気が一変したぞ。

 

「……暁も同じ気持ちです」

 

三人の中で最年長の暁が最初に答える。というか、この鎮守府で暁より年上なのは天龍と龍田、そして木曾の3人だけだ。

 

「妹たちはいつも楽しくしているの。きっと司令のそばにいるのが気に入ってるんだわ。私もよ。だから」

 

ピョン!

 

!?

ちょっ! 自分の席から俺のとこまで、一気に…!

 

ポフッ

 

俺の太ももの上に着地。まるで木登りするみたいにこっちにしがみつく。

 

「私たち四姉妹は、司令とずっと一緒」ムギュー

 

「ありがとう暁。えっとな…、嬉しいシチュなんだが、今は写真の話を」ギュ

 

そう言いながらも暁を抱きしめる俺。

 

「提督は時々、危なっかしくて困ってしまいます」

 

席から離れてこちらに近付く明石。

 

「だからこれからも、目が離せません。提督、失礼します…あら、提督の太ももって、けっこう筋肉あるんですね。固い」

 

「明石? 太ももに座って何を…」

 

暁と明石、二人の体温が伝わってくる。

暖かい。

 

「こうするんです。暁、窮屈だったらごめんなさい」

 

「大丈夫よ、遠慮なくやりなさい」

 

自転車の後ろに腰掛けるみたいに、俺から見て右側へ向けて両足を揃えて座ってる明石。いきなり上体を捻り、俺の顔に

 

 

 

「…提督…」クチュ…

 

 

 

明石とのキス。

 

気持ちいい。

 

不思議と、落ち着いてる俺。驚きとか全然なくて。

 

「うふふ。みなさんの前で、しちゃいましたね」///

 

暁と俺を解放して、立ち上がる明石。顔がほんのりと上気している。可愛い。

 

「明石は最近、いろいろ大胆だよ…。照れるって」

 

「私も提督を見守りたいんです。木曾、お望みならもっとイロイロお見せしましょうか?」クールニッコリ

 

「いらねぇよ、お前が本気だってことはハッキリ分かったさ。それじゃ最後は雪風、お前だな」

 

「雪風もずっと司令と一緒ですよ、木曾。でも私は、司令と仲良くするのは二人きりがいいです、だからここではちょっと…ごめんなさい。ねえ木曾、私たちは家族です。同じ釜でご飯を食べる家族なんですから、司令とずっと一緒、もちろんあなたとだって一緒にいます。今さら私たちを試すなんて、どうしてなのかワケを教えてください」ピタッ

 

座っている俺の首に後ろから両手を回し、横から頭と頭をくっつける雪風。だがその目は、しっかりと木曾に向けられている。

 

「俺からも頼むよ、木曾。お前がみんなを信頼してることは、俺がよく知ってるんだ。もういいだろ、何があった? 写真か? 写真に何か問題でも?」

 

「分かった分かった、オレだって仲間を、家族でもいいぜ、疑ったわけじゃないさ。ただ、これからは海上戦闘だけじゃなさそうでな。コイツらは第八艦隊司令官のことが本当に好きなんだって、この目で確かめておきたかった」

 

「しっかり確認できたろ?」

 

「まあな。それじゃ、写真の話に入るとするか」

 

……何だか緊張してきた。でも確かめなくちゃ。鬼と鬼畜をやっつけるって選択肢は、俺が選んだんだ。

 

「落ち着いて聞くんだぜ」

 

俺たち全員を見渡しながら、木曾が口を開く。

みんなの注目。

一瞬の静寂。

そして

 

「写真は、重巡リ級ネ級と戦艦ル級タ級、そして空母ヲ級だ」

 

さらに続けて

 

「艤装や衣服は全部外して、胸だけを手や腕で隠した上半身が写ってた。カメラ目線でニッコリとな」

 

 

 

          続く




図鑑はページ切り替えがゆっくりだけど
スティックを左右どちらかに寄せたままその位置で上下を繰り返せば方向に応じて高速スクロール!


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第四-6話

「写真は、重巡リ級ネ級と戦艦ル級タ級、そして空母ヲ級だ」

 

さらに続けて

 

「艤装や衣服は全部外して、胸だけを手や腕で隠した上半身が写ってた。カメラ目線でニッコリとな」

 

 

 

第四-6話

 

 

 

…ドクン…ドクン!

 

 

 

理性が吹き飛ぶかと思った…上半身裸でカメラ目線だとおおお!?

何とか耐えたけど心臓の鼓動が激しい。くーのときと同じだ…!

 

「…五人全員か?」

 

平静を装いながら。

 

「五人全員だ。水偵は上機嫌だったがオレも興奮したぜ、遂に証拠を掴んだんだからな。軽巡のグループが怪しいってお前の考えは当たったんだ」

 

「やりましたね司令。やっぱり不審な点とかありましたか?」

 

あれ…何だか気持ちが落ち着いてきた。2人の言葉で。

 

「俺が妖精さんの力を初めて借りて、パワハラ鎮守府は何処だろうかといろいろ探っていた頃に、軽巡グループだけは情報収集に苦労したんだ。それを不審に思ってた」

 

「情報のガードが不自然に固かったんですね?」

 

「そうだ。一つ例を挙げると、職員同士の会話が殆どなかったから手こずったよ。いくら鎮守府でも、日常会話ぐらいするもんだ…おかしいことなんだよ本来は。但し、何らかの秘密を隠すため普段から厳格に情報管理してるなら話は別だ」

 

「……司令独りぼっちで、あちこち行ってたんですね」

 

あ、やべぇ。雪風が思い詰めたときのオーラだ。こういうときは、ゴチャゴチャ言い訳しないことだ。

 

「これからはやらないよ、約束する。みんなを巻き込みたくないなんて、俺の独りよがりだった。仲間に対して失礼だった」

 

 

 

もっとオレたちと一緒にいろ

 

もっと頼りにして

 

木曾と暁に注意されたときの言葉が脳内再生される。そういや響にも心配させたな。

 

 

首に回されている彼女の腕に触れて、他のみんなを見ながらゆっくり立ち上がって伝える。

 

「許してほしい。改めてだけど、これからもみんなを支えたい。お願いだ」

 

「オレはもう聞いてるぜ、くーが目覚めた朝にな。今も同じ考えだよ」

 

「暁は別に気にしてないわ。これからしっかり頼ってね」

 

「さっき言った通りですよ、提督」ニッコリ

 

「あ…あの…」

 

「ん、どうした雪風。何でも言ってくれよ」

 

「雪風は、司令を責めてないです。ただ、初めて聞いたときは本当に驚いて、それで…」ギュウッ

 

悪いことをした。彼女は俺の秘書艦なんだから、立場的にもショックだったろう。

 

「これからは必ず、みんなに相談する。許し…」

 

おっと。責めてないんだから、許してくれるかな、はおかしいだろ。ここは…

 

「…もう家族に心配させたりしない。それでいいかな?」

 

「…はい、司令官!」/// ギュウゥ

 

ふぅ。

2年前に来た頃は、こんな会話するなんて夢にも思わなかったな。気を引き締めてきた積りだけど、艦娘から教えられることに比べるとまだまだかも。

 

「よし、それじゃ続きだ続き! 雪風、目にゴミでも入ったのか? 顔洗ってきな」

 

「は、はい…! 司令、ちょっと失礼します」

 

「分かったよ、待ってる」

 

雪風が出ていくのを見送りながら、俺にまだしがみついているコアラに声を掛ける。

 

「暁、腕が疲れただろ。さ、雪風が戻ったら続きだぞ。そろそろ椅子に…」

 

「平気よ、でも仕方ないわね。分かったわ」スタッ

 

手足の力を抜いて床に立つ暁。何だか暁のスキンシップが増えたな…帰りの車内でも膝の上で上機嫌だったし。

 

「みなさん、お待たせしました」カチャリ

 

「提督、それでは」

 

「ああ再開だ」

 

みんなの着席を確認してから、

 

「木曾が見付けた写真のカギは、さっきのメモにあると思う…そうそう、④と⑤の日付はまだだから、空欄なのは当然だな。暁、これ見て何か気付いたか?」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

① 1/5 火 OK 9 土 ⑤ OK

② 2/8 月 OK 13 土 ⑦ OK

③ 3/13 土 OK 19 金 ⑤ OK

④ 4/20 火

⑤ 5/12 水

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「そうね……。右の⑤⑦⑤は、どう考えても第五艦隊と第七艦隊よ。軽巡は三つ全部グルで、ル級たちは自由に出入りしてるんだわ。これって行き先のメモね」

 

「三つ全てが…だと…?」

 

そんな、まさか……。

いや、しかし暁の言葉を否定する材料なんてあるか?

思い出せ、俺。

単独行動で調査したとき、情報収集に苦労したのはドコだ?

 

3つの軽巡主体艦隊じゃないか。だからこそ怪しいと思ったんだ。

 

でもそれは、深海棲艦と内通してる艦隊が1つ、パワハラ艦隊が1つ、何か別の大したことない隠し事してる艦隊が1つ、じゃないかと見ていた。

できない。

暁の言った可能性をゼンゼン考えてなかった俺は、今さら彼女の推測と異なる予想なんてできない。

 

「…それでいこう。有力な筋道だと思う。⑥がないのは、第六艦隊が第五と第七への中継地点だからだな」

 

「そう思うわ。六番目が深海棲艦の指令階級と連絡し合ってるのよ。目的地はあくまでも五番目と七番目。何か悪いことやる場所なんじゃない?」

 

「OKってのは何だ? 」

 

「ル級とかが、ちゃんと着いたしるしだと思います、木曾。左の日付は第六艦隊に、右の日付はそれぞれの目的地に着いた日。このメモを書いたのはきっと……」

 

「深海棲艦の受け入れと送り出しを手配するほどの立場にいる奴。第六艦隊の提督あたりだな、とんでもねぇヤロウだ」ギリィ

 

「ああ、同感だ。鎮守府の裏切り者だぜ」ギリリリィ

 

「提督、木曾も。落ち着いてください、まだ会議の途中ですよ…」

 

ああ、分かっているが、艦娘の敵と内通だなんて……

 

 

 

せめない! おうちだよ?

 

 

 

待て待て待て待て、深海棲艦が敵なら、くーの言葉は嘘になるじゃんか!

……やべぇ、あの裏切り野郎の所為でアタマに血がのぼってきた…! これじゃいつまでたっても煮詰まらねぇぞ…ええい!

 

「みんな、今日は本当にお疲れ! とりあえずここまでだ、続きは明日ア! 」

 

「し、司令!?」

 

もうダメだ。クエストが大成功だっただけに収穫もデカ過ぎる。一気に片付けるのはムリだああああああああああ!!

 

「明石、ご馳走さま美味しかったぞ! 暁と一緒にカップの片付けを頼む!」

 

「わ、分かりました」

 

「任せて、さあ行きましょう明石」

 

「俺はウッディな執務机セットを片付けるから、雪風と木曾は布団な! 俺も直ぐに手伝うから」

 

「お、おう」

 

「はい司令。木曾は久し振りでしたね、お布団はこちらです」ガサゴソ

 

「ああ」ガサガサ

 

 

 

 

 

「……提督、今日は楽しかったです」

 

「疲れてない?」

 

「ええ、ちっとも。ここでみんなと眠るのも久し振りで、ワクワクします」

 

妹たちの様子が気になる暁は隣部屋で寝ると言ったので、執務室から寝室へとチェンジしたこの大部屋には今、俺と雪風と木曾と明石の4人が横になっている。執務室での集(ツド)いが夜遅くまで続いたら、ココか隣部屋での就寝が暗黙の了解だ。何せ廊下の照明は全て、二十一時で落とされるし。

 

「司令、どこかへ行くときは雪風も起こしてください。お願いです」

 

くーが目覚めた朝のことだな。

 

「分かってる、もう単独行動はナシだからな」

 

「はい」ニッコリ

 

「あのな雪風。お前は秘書なんだから、先に起きて待ってるもんだぞ」

 

木曾のツッコミ。

 

「っ! そ、そうでした~! 司令、雪風が起こしますからね!」

 

「それじゃお互いにやっていこう……あ、すげぇ眠く……そろそろ寝るか…みんなおやすみ……」

 

「おやすみなさい司令」

 

「おやすみ、よく休めよ」

 

俺と枕を突き合わせて寝ている2人の声は頭上から。そして隣の明石からは…

 

「おやすみなさい、提督」ナデナデ

 

布団の中で俺の腕に触れる、明石のひんやりした掌だった。

 

 

 

          続く




図鑑が読みやすくて素晴らしいです
ふりがなとかレイアウトとか様々な配慮がある希ガス


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第四-7話

俺と枕を突き合わせて寝ている2人の声は頭上から。そして隣の明石からは…

 

「おやすみなさい、提督」ナデナデ

 

布団の中で俺の腕に触れる、明石のひんやりした掌だった。

 

 

 

第四-7話

 

 

 

ザザザザザアアァァ……!

 

 

 

「着いたぜ、気を付けて降りろよ」

 

「ああ。お疲れ、木曾。ありがとうな」ザッ

 

彼女を背後から抱きしめていた両腕をほどいて、小さな川の河口に降り立つ。鬱蒼(ウッソウ)とした森が両方の岸から迫ってくる、自然豊かなところだ。

 

「首の周りは何となく息苦しいな。次からは胸でいいぜ」

 

俺の腕をドコに巻き付けるか、だな。

 

「いや体勢的に無理があるだろ。上体が下がり過ぎて落ちるさ」

 

「オレのおっぱいがイヤなのか?」ジロリ

 

目が笑ってる…冗談まじりか。でもこっちは率直に。

 

「木曾のおっぱい大好きだぞ。柔らかくてあったかい」

 

「アハッ、そうか」パアアァ

 

破顔一笑の木曾。やべぇ。クールな普段とのギャップで可愛い。第六艦隊から帰った夜の問いかけにキチンと返事しなかったから、モヤモヤしてたのかも知れないな…でもあのときは木曾の様子に違和感があったから答えられなかった。

勿論、彼女の胸が気持ち良くて夢中だったのも大きな理由だが!

 

「お、雪風も来たぜ…誰にも見られてないんだったな?」

 

「ああ、妖精さんは既に半径一キロの範囲で展開している。大丈夫だ」

 

ザザザザアアァ……ザッ

 

「お待たせしました司令」

 

「ゴローさんは何か言ってた?」

 

「はい、一つだけ。司令に、気を付けてって」ニコリ

 

「ありがたいな…あ、動き始めた」

 

沖合いに向け手を振る。

俺たち3人を運んでくれたプレジャーボートが方向転換し、やがて走り去った。操縦者はウチの重鎮が1人、ゴローさんだ。

 

「あれが第五艦隊の鎮守府だ。離れてるってのもあるが……ほんと小さく見えるもんだぜ」

 

「前に来たときに俺もそう思ったよ。最初の第六艦隊と同じで、中には入れず周辺からの探索だったけどな」

 

「まあ一人じゃムリだろうな、いくら妖精がいても」

 

「その通りだよ、二度目の第六艦隊はみんなのチカラが加わって成功したんだ……そして今日はお前たちがいてくれる。さっき通り過ぎたヤツらのボート、あそこに到着してるらしい。行こう」

 

「ああ、任せとけ」ニッ

 

「はい、司令」ニコリ

 

 

 

約1時間ほどで森を通り抜けて辿り着いたのは、鎮守府の裏手へと続く山腹の丘陵。あちこちに隆起している岩場の1つに、身を寄せ合って潜む俺たち。さっき視界の片隅を横切ったのはトカゲかな?

 

「あれだ…鎮守府を取り囲む壁が見える。おい、もう少しこっち来いよ。ちゃんと隠れないと見付かるぜ」

 

今回も来てくれた妖精さんの水偵で、見張りがいないのは上空から確認済みだし、木曾も水偵を飛ばしているから分かってて言ってるんだ。冗談のフリして実は彼女なりの気遣い、ここは遠慮なく貰っておこう。

 

「分かった、そうする」ズイッ

 

ふにゅ

 

腕が木曾の大きな胸に当たるが、彼女はまるで気にしていない。

 

ギュウッ

 

「司令、失礼しますねっ」

 

「雪風?」

 

「見付かったらいけませんから!」ムニュ

 

二人の体温が両腕に。

 

「気持ちいい。落ち着くよ」

 

すぐ近くにある木曾の茶髪と雪風の黒髪からの甘い匂いが、鼻腔(ビクウ)をくすぐる。

 

「ひと仕事の前に景気づけだ」ニヤッ

 

チカラが湧いてきた。始めるか。

 

「俺たちが潜んでるとも知らず、目の前を通り過ぎてからだいたい二時間近くだ、ちょうど今頃はパーティーの最中だと思う。木曾、中庭の外れに煉瓦(レンガ)造りの建物があるだろ」

 

「ああ」

 

「中から大勢の声がするらしい…そして、艦娘の気配と、【初めて感じる艦娘に似た何者か】の気配だ!」

 

「おい、まさか…」

 

「司令、それって!」

 

興奮の響きに満ちた2人の声。

 

「まず間違いないだろう。ここは今、信じられないほどの無防備ぶりだ。仕事をナメてやがる…見回りなし、監視カメラに頼りきりのお粗末さだ。勝手に入らせてもらおう」

 

「本当にスマホもカメラもなくて大丈夫なのか? そりゃ、紛失はヤバいけどさ」

 

「分かるよ木曾、しっかりした証拠が欲しいんだろ。でも心配ない、あれから妖精さんと練習した成果を見せるから」

 

「何かあるみたいだな。お前がそう言うならいいぜ」

 

「行きましょう司令、妖精さんと水偵さんがいれば、監視カメラなんてヘッチャラです!」

 

「ああ、行くぞ。木曾、雪風、潜入開始!」

 

 

 

それは一瞬。

 

2人の体温が感じられなくなったと思った刹那、見れば既に姿は数メートル先。しなやかな体躯を大草原の捕食動物が如くうねらせ、ぐんぐん加速してからの跳躍は鎮守府の壁面を難なく凌駕し最上部に到達。

 

艦娘の身体能力。

 

もう何回も見たけどやっぱりすげぇ。深海棲鬼がどれだけ強かろうと、それを上回るのは間違いないという俺の予感……いや確信。

彼女たち艦船の建造って、当時は一体どんだけ凄まじい情熱が注がれていたんだろう。技術だけじゃない迫力、いつもそれをみんなから感じる。

 

「上げるぜ、しっかり握ってろよ」

 

「ああ」

 

グイイイイィッ!

 

トランポリンみたいな浮遊感。木曾のロープが降りてきたと思ったら、あっという間に俺を壁面のてっぺんに上げてしまう。まるで昔の時代に流行ったおもちゃみたいだな。

 

「司令、あれですね」

 

雪風が敷地内の一角を指差す。

うわぁ、本当に小さな鎮守府だな。前回は遠くから妖精さんに遠隔指示だったけど、こうして見ると町中の小学校みたいだ。

ん……あれは鎮守府の本館か。妙にキレイで羨ましいな、かなり資金潤沢なのかなココは……てコトは資源資材も豊富だろう。ウチはデッカイけど、その分、改修工事の費用がかさむんだよなぁ………。去年の年末は図書館の修繕で、総額7ケタの……。

 

…うおおおおお何だかメチャクチャ悔しくなってきたあああああああああ!!

 

(行くぞ二人ともおお!)ダッ

 

(はい、司令!)シャッ

 

(ああ!)タタッ

 

駆け出す俺たち。

風だ、風になるんだ俺ええええぇ! ゴオオオォ

最初の角をターン!

中庭を横切る必要などない。

見張りどころか監視カメラも有刺鉄線もないこのザル壁面を上から回り込んで、煉瓦の館の近くで降りてやればいい!

そして慎重に…

 

(………、……!)

 

あれ? 妖精さんから?

 

(こっちは順調だ、水偵で建物からの目視を警戒してくれてるからね……どうした、何かあった?)

 

(………!)

 

(へ? 窓? ああ、いま二つ目を曲がったからもう少しで見えるぞ……)

 

(………!…………!)

 

な、何いいいいいィ!?

マジか!?

この目で確かめ………

………ッ! 見えた、煉瓦建物の窓だ。

一番近くて、よく見おろせる場所まで移動する。

中で何が………

 

 

 

 

 

昼間とはいえ警戒心ゼロで

カーテン開けっ放しの窓から見えたもの。

 

2人の男女が絡み合っている。

 

1人はスーツに身を包んだ年配の男。ソファに体を沈めて嬉しそうに笑みを浮かべている。

 

もう1人は……

 

美しいロングヘア。

こちらはラフなワンピースを着こなしている。

そして妖艶(ヨウエン)な笑みを浮かべるその顔には、国防省のファイルで見覚えが……

 

 

……戦艦タ級!

 

 

ぶちっ

 

 

あ、もうダメだ。

 

 

鎮守府を裏切って。

 

 

好き勝手やりやがって。

 

 

もう止まらねぇ。

 

 

 

 

 

(爆装妖精さん来てくれええええええええぇ!)

 

(やるのか!?)

 

傍らの木曾。

 

(全員まとめて捕まえる)

 

 

………キュイイイイイイン!!

 

 

水偵には爆弾を積むことができる…今回は少人数、しかも戦闘能力の劣る俺も侵入するので、万が一の事態に備えて積んでもらったんだ。

 

(屋上と最上階はクリアだ! やっちまってくれええええええ!!)

 

(……!)

 

 

ズガアアアアン!!!

 

 

絶妙の加減で小型化した妖精さんと水偵が、ちょうどいい大きさの侵入路をポッカリと。

 

「ありがとう! うおおおおお!!」

 

ヤツらを観察できるほど壁面の近くに建ってるから、高低差はちょっとあるが距離的には屋上まで大したことない。

爆発音で驚いているであろう今のチャンスを生かすためには、一瞬もムダにできないんだ!

 

ガシッ

 

空中でカラダに感じる柔らかな感触。木曾と雪風が左右から俺を抱き抱え、先に着地して衝撃を完全に無効化してくれた。

 

「もう、ムチャするんですから」

 

「コイツはこうなったら止まらねぇよ」

 

爆破時に発生した熱の破片に注意して飛び込む。最上階はどうやら物置らしく、いろいろな家具や道具の上に、吹き飛ばされた天井部分のガレキが飛び散っている。これなら床から高くなってるから着地はカンタンだ。

 

スタッ

 

階段から下のフロアへ。

廊下には扉が1つだけか、つまりヤツらのパーティー会場!

 

(妖精さん、扉が開いてる! 逃げた奴は!?)

 

(………!)

 

(建物からは誰も出ていない? 分かった、もしもタイムラグでこの後に出て来たら、例の打ち合わせ通り頼む!)

 

(…!)

 

(ありがとう、そっちもな)

 

ダダッ

 

 

室内に突入 ……!

 

 

「全員、動くな。 こちらは武装しているッ!」

 

「ヒイイイイイッ!?」

 

「わあああ!」

 

「き、貴様あ! なな何の積りだ…!」

 

辛うじて口の利けるこの男…歳は俺より15ぐらい上か。フツーの人なら仰天する爆発なのに、ある程度の冷静さを発揮してるトコを見ると第五艦隊提督かも。声は震えてるが。

 

そして。

 

窓際のソファに目をやると、さっき壁面の上から見た年配のスーツ男は完全に気が動転して、口をパクパクさせている。だが隣の不敵な美女は、男の頰への口づけをやめてこちらに向き直り、

 

「…あら、はじめまして。ずいぶん勇ましい男の子ね? 後ろのお嬢さんたちも」ニッコリ

 

「私は戦艦タ級。あなたたちの呼び方では、ね」

 

 

 

          続く




加賀岬イイですね
歌もBGMバージョンも


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第四-8話

だが隣の不敵な美女は、男の頰への口づけをやめてこちらに向き直り、

 

「…あら、はじめまして。ずいぶん勇ましい男の子ね? 後ろのお嬢さんたちも」ニッコリ

 

「私は戦艦タ級。あなたたちの呼び方では、ね」

 

 

 

第四-8話

 

 

 

カタッ…カタ…

 

 

 

テーブル上のグラスを握りしめた男の手が震え、時おり耳障りな音を立てている。どうやら爆破ショックで機先を制することができたみたいだな。他の連中も同様……ただ1人を除いて。

 

「聞かせて、あなたたちのお名前」

 

冷静さを失うことなく、こちらをしげしげと見つめるタ級…例の走り書きメモの4番目。俺たちの服装は3人ともレギュラーシャツで、俺と木曾はジーンズそして雪風はキュロット。この会場には思いきり不釣り合いに見えてるだろうな。

 

「名前は明かせない。彼と同じ組織の所属だ」

 

俺たちに対して最初に口を利いた男をチラリと見ながら答える。さあ、ここからだ…情報開示は慎重に。

 

「そう…それで? あなたたちは敵なの?」

 

うん?

妙な質問だな。こっちは鎮守府の所属だって伝えたんだし、屋上だって吹き飛ばしたんだぞ。敵だって分かるだろ。

俺たちの敵は深海棲艦……

 

 

せめない! おうちだよ?

 

 

……くーの言葉!

いけね、会議の晩に結論を出せなかったんだ…取り敢えず後回し!

 

「何が同じ組織だ! それなら部署を言ってみろ! 貴様ぁ、よくもこんな、こんなことを!」

 

さっきより動揺が治まってるな。だが今度は興奮気味か? 調子に乗らせると面倒だな……こんな衆人環視で情報を与えたくないんだけど。仕方ない…

 

「第八艦隊から来た指揮官だ。嘘だと思うのなら司令部に連絡してみるんだな、俺が話をするよ… 鎮守府を裏切った男が何を騒いでいる。もう終わりだよ、アンタは」

 

「な………そんな………。この…この野郎ぉ…………」

 

「鎮守府」や「司令部」なんて、部外者が口にする単語じゃない。市民から見れば鎮守府は、ヒマそうな職員が門番をしているだけの、単なる一般人立ち入り禁止の港湾施設だ。

 

ドサッ

 

男の膝が床に。

観念したか…おや?

 

「しっかりして。あなたは責任ある立場の人。投げ出してはいけないわ」

 

ギュッ

 

タ級…男を抱きしめ…て…?

 

赤ちゃんをあやす母親みたいだ、一瞬そんな風に思った自分に驚いた。

 

(司令…)

 

心に伝わってくる雪風の声にも明らかに動揺が。他の連中はぼんやりと眺めているだけ。

 

「…う…うぅ…」

 

さっきの勢いは消え失せたか…飛びかかってくる気配も司令部に連絡する様子もなし。予想外過ぎる事態でメンタルがメーター振り切ってしまったな…体も震えている。怒りというよりも、この先への不安か。

 

 

 

ダダダダッ!

 

 

 

近付いてくる駆け足の音が複数。

いよいよ艦娘のお出ましか。

 

(木曾)

 

(ああ)タタッ

 

 

 

 

 

「提督! ご無事ですか!」

 

「夕雲、気を付けなよ」

 

「そろそろだね…」

 

 

 

「お前らの提督は無事だ。そこで止まれ」

 

木曾の凛々しい声が響く。

 

 

 

「ッ!?」ザッ

 

「きゃっ! 夕雲、急ブレーキはダメ……なぁーに、アンタ? ここで何して……ありゃ? 夕雲、なんか…ヤバそうじゃない? この人」

 

「どうしたの秋雲…って、DQN女子が何でこんなトコに? あ、もしかして特別ゲストぉ? 好色だねぇ…守備範囲広過ぎでしょ」

 

「二人とも、黙って! この雰囲気…私たちと…同じ……それに…」

 

「!?」

 

「え…夕雲?」

 

夕雲……だと!?

さっきから確かにそう言ってるぞ。

まさか、こんな偶然が…。

タ級たちへの警戒を怠らないよう注意しながら、

 

(木曾。夕雲って、お前と共に…)

 

(……ああ、まさかこんな場所でな…でも、間違いねぇよ、思い出せるぜコイツの雰囲気……)

 

 

 

「お姉様だ…」タタッ

 

「ちょっ……! 夕雲、危ないっ!」

 

「お姉様ああああ!」

 

「夕雲! 元気にしてたかよ!!」

 

ギュムウウウウ!

 

「……へ? どうなって……え…この人まさか…」

 

「ふーん感動の再会? つーか誰」

 

温度差すげぇ。

でも、後の2人は片方が秋雲って呼ばれてたな。「感動の再会」はまだ続きそうだ。

 

(雪風。木曾の方は大丈夫そうだし、こっちを片付けるぞ。引き続きガードよろしく)

 

(分かりました…司令、良かったですね…)

 

(そうだな…こんなことってあるんだね。電との約束、いけるかも)

 

「……少し落ち着いた?さ、そこに座りなさいな。あなた、その水差しをお願い。……提督、これをどうぞ」

 

「………」ゴクゴク

 

 

 

やはり提督だったんだな。

……やがてタ級がこちらを向いて、

 

「さ、私たちもお話の続き、しましょ?」ニコッ

 

何だか間合いの近い戦艦だ。

調子狂うぜ。

 

 

 

          続く




あちこちで見られる妖精さんの演出が楽しくて飽きません


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第四-9話

やがてタ級がこちらを向いて、

 

「さ、私たちもお話の続き、しましょ?」ニコッ

 

クールそうに見えるのに何だかのんびりした戦艦だ。

調子狂うぜ。

 

 

 

第四-9話

 

 

 

タタタ…タタッ

 

 

 

「提督…まあ、何てこと…。お姉様、あの御方は司令部の…?」ヒソヒソ

 

「後で説明する。夕雲、お前たちは深海棲艦と結託しているんだな?」

 

「…はい。いつかこうなる日が、来ると思っていました」

 

「…そうか。でもオレたち艦船にとって、上の命令は絶対だ。これは、お前たちの提督が強引に従わせたんだろ?」

 

「…………………」

 

「いいさ、夕雲。お前を問い詰める積りはない…でも、覚悟はしておけ。ここから彼のことを見ていろ」

 

「……はい」

 

「お前たちもな」

 

秋雲と、もう1人の返事は聞こえない…夕雲の更に後ろの立ち位置だったからな。さぁ次はこっちだ。

 

「余裕のある態度だな。自分たちの立場が分かっているのか?」

 

「ええ、勿論。こうなった以上は、ここにいる皆さんへの丁重な扱いを願うのみ。その代わり、何でも答えます。但し」

 

「何だ」

 

「提督は、そっとしておいてあげて。質問は、私だけに」サスリサスリ

 

ずっと肩を落としている傍らの人物…近いうちに自らの地位も肩書も失うこととなる男…の背中をゆっくりと撫でているタ級。

ひと波乱あるかと覚悟していたから正直、拍子抜けの展開だ。

……こちらを油断させるための演技か?

 

「よし、それなら聞こう。ここで何をしている……しかも初めてじゃないよな。 これは何の集まりだ?」

 

「おもてなし、よ。お金と引き換えにね。私たちには必要なものだから」

 

「男女の関係になるのか」

 

トークが上手そうだ。ペースを握られると厄介なので単刀直入に尋ねる。

 

「…私は、してないわ。キスとかハグとかタッチ、そこまで。本当よ…あなただって、するでしょう?」

 

彼女がチラリと、俺の背後に視線を向けた…雪風と木曾か。やけに興味深そうな光が宿ってる目だ……ほんと調子の狂う戦艦だな。

 

「好きに想像しろ。お前以外の深海棲艦は来ていないのか? 見当たらないが」

 

「ええ、私だけ。今回はね」

 

あのリストには⑤⑦⑤と書かれていたから、このタ級が来たことで⑤⑦⑤⑤になったワケだな。

 

「今年に入ってから、……今が皇紀二六八一年の四月だってことは理解しているな? 今年に入って、お前はここの何番目の訪問者だ?」

 

「四番目よ。他には三人、ここに来たの。一人ずつ別々にね」

 

⑤⑦⑤⑤…つまり、今タ級が言った内容は真実。彼女は俺を、騙したりしない可能性が出てきた。

予定変更。

彼女に対する警戒を1段階だけ下げる…油断はしない。

 

「お金が必要ってのは? この国で何か企んでるのか?」

 

 

 

「悪事を働く積りなんて、ないの。ただ私たちはこの国で暮らしたい。それだけよ」

 

 

 

…………何だって?

 

 

 

俺たちや他の鎮守府と交戦してる連中が?

 

この大八島國で暮らす?

 

「…何を言ってるッ! 艦娘を何度も傷付けておきながら! まだ死者は出てないがこの先どうなるかなんて分からない……彼女らを出撃させるときのツラさが分かるのかよ!」

 

「お、お前! さっきから何だ、ガキのくせに偉そうに! だいたい……」

 

「黙れこの野郎!! オマエの出る幕じゃねぇ!!」

 

着飾った男…参加者の1人が俺に対して威圧を試みたが、木曾の一喝でビクリと体を震わせ、口を閉じた。

…………クソッ、冷静にやらなくちゃいけないのに。響に注意されたのに。

だがタ級はそんな俺の言葉にも慌てることなく、

 

「ごめんなさい。私ではあなたたちの敵を……あなたたちが深海棲鬼と呼ぶ者たちの動きを抑えることができない。彼女たちと距離を置くのが精一杯…それすらできない者は、乱暴に使役されて傷付き、命すら落とすのよ。私たち全てが、あなたたちに危害を加えたいワケじゃないの」

 

「…………。その深海棲鬼について聞きたい。どんな連中だ?」

 

「…私のさっきのお願い、叶えてくれる?」

 

…一瞬だけ不安そうな光を浮かべた瞳。こんな表情するのか…警戒をもう1段階下げる。

 

「この連中への丁重な扱いだったな。約束する。可能な限り温情ある処分を司令部には求めよう。それでいいか?」

 

「えぇ、感謝します」ニコリ

 

この戦艦…もしかして…。

 

「軽巡棲鬼。泊地棲鬼。泊地水鬼。空母棲鬼。装甲空母鬼。港湾水鬼。離島棲鬼。南方棲鬼」

 

そこで一旦、言葉を切って

 

「この国への憎しみという憑き物に囚われてしまった、哀れで強大な怪物です…かつては八体だったけれど、今は四体だけ。泊地棲鬼と空母棲鬼と装甲空母鬼、そして南方棲鬼はもういないわ。ある者はあなたの仲間によって倒され、またある者は深海棲姫…あ、姫さまの方ね…によって。今は綿津見神(ワタツミノカミ)さまの元に…海の底よ」

 

 

 

          続く




ヘクスの離れてる艦隊同士で瞬時に装備やアイテムの交換ができる利便性
プレイしてて快適です


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第四-10話

「…泊地棲鬼と空母棲鬼と装甲空母鬼、そして南方棲鬼はもういないわ。ある者はあなたの仲間によって倒され、またある者は深海棲姫…あ、姫さまの方ね…によって。今は綿津見神(ワタツミノカミ)さまの元に…海の底よ」

 

 

 

第四-10話

 

 

 

ズシャッ…ドスン…

 

 

 

頭上から微かに聞こえる、何かが滑り落ちたような音。破壊した屋上の瓦礫が、微妙なバランスを失って床に落下したのかも知れない。

 

それにしても。

深海棲艦が深海棲艦の手によって…だと…?

こんなの初耳だぞ。

司令部は知っているのかな?

いや待てよ、司令部は知っているが、何らかの理由で俺たちの艦隊には知らせてないって可能性はどうだろう?

今後は司令部の動向にも注意しておくか。

 

「率直に言って衝撃的な話だ。真実という証拠はあるのか?」

 

「いいえ、残念ながら。でも」

 

 

「あなたたちを統制する組織、司令部だったかしら…そこには私たちとの戦闘の記録があると思います。それを見れば、戦いの数は確実に減ってきている筈。深海棲艦が次々と命を落としたからよ」

 

……………。

 

(雪風)

 

(事実です、司令。おじ様は一年間で五度も出撃なさったことがあります…。

他の鎮守府も多かったらしく、特に第一艦隊の働きは獅子奮迅の気迫あり、と何回も呟いていらっしゃいました)

 

すげぇな。

俺はこの2年間で2度の出撃しか経験してないぞ。

でも今、気になるワードあったな。

 

(雪風……他の鎮守府も多かったらしく、とは? 一緒に出撃したことがあれば、多いか少ないか直ぐ分かるだろう?)

 

(あ…それは……)

 

口ごもる雪風。

いつもハキハキしてる彼女らしくない…どうしたのかな。

 

(すまない、答えにくい質問したみたいだな。木曾、いいか?)

 

(第八艦隊は、他の鎮守府との合同作戦を実施したことがないのさ…お前には伝えてなかったな…。だからオレたちは、他の鎮守府への臨時応援なら経験が豊富だが、要は出撃中の留守番だ。提督と艦娘は不在の静かな鎮守府なんて、寂しいもんだぜ)

 

何だよそれ。

ひでぇな。

雪風は他の鎮守府で艦娘たちに会いたかっただろうに…でも、それは実現されなかった。

今、木曾は寂しかったと言ったが、雪風だって同じ気持ち…いや、もしかしたらもっともっと。

 

 

でも見てろよ、雪風、木曾。

お前たち、そして恐らくは暁も響も雷も電も明石も味わったその寂しさを吹き飛ばす方法が、1つだけあるんだ。

俺は艦娘の黒子。

その役目を今から果たす。

 

 

「深海棲鬼と深海棲姫、発音が同じで判別が困難だ。これから先、お前との会話では【鬼】と【姫】という単語を使いたい。どちらがどちらを指すのかは明白だと思うが…どうだ?」

 

「ええ、分かったわ。では私もそのように」ニッコリ

 

「助かる。今の話だが、鬼と姫が戦うということはつまり、お前たちの軍勢は内部で分裂してるんだな?」

 

「その通りよ。私は、この日本で暮らしたいグループの一員なの。さっき言った通り、悪事を働く積りは一切ありません」

 

何となく見えてきた。

 

「つまりお前が所属するのは、姫のグループだな? そして俺たちの大八島國を憎む鬼は、そんなお前たちに反発した。このパーティーはこの国に住むための資金を稼ぐ場であると同時に、将来、日本で暮らすときに備えて現代文化とか生活様式とかを知るための場でもある……そんな感じか?」

 

「…驚いたわ。何でも答えるとは言ったけれど…これでは私たちの計画の全貌が知られるのも、時間の問題かしら」

 

ほんの一瞬、目をパチクリさせるタ級…表情豊かな戦艦だな。でも、相手のプライドをくすぐることも忘れないトコは、やっぱりトーク上手だな。気を付けよう。

 

「お前がキチンとこちらの質問に答えてくれるからだよ…では、肯定と受け取っていいな?」

 

「ええ」

 

コクリと頷くタ級。

その拍子に彼女のとても大きな胸が、ほんの少し揺れる。

…薄いワンピースの破壊力やべぇ。まさか赤面とかしてないだろうな、俺?

 

「いろいろ答えてもらえたことには感謝する。じゃあ次は、さっきの約束についてだ。司令部には必ず温情ある処置を願うが、その上で一つ提案がある」

 

まったく、この部屋に飛び込んだときは激怒してたのに……この深海棲艦と話してるうちに、だんだん頭が冷静になってきた。

不思議な戦艦だ。

 

「提案…何かしら?」

 

「このまま司令部に報告してしまえば、たとえ俺の口添えがあっても、お前たちは厳罰に処せられる可能性がある。そんなことは勿論、願い下げだろう? だから、お前たち……正確には第五、第六、第七艦隊の首謀者全員で話し合って………三つの艦隊がグルだってことは調査済みだぞ………こんな集まりなど最初から存在しなかったことにして、別の理由をでっちあげて自分から異動とか退任を申請するんだ」

 

「え…」キョトン

 

(し、司令!?)

 

(雪風、黙って見てるんだ)

 

(あ…はい、木曾)

 

 

さあ、ここからだぞ。

 

ウチのみんなが寂しい思いをしてたなんて、知らなかった。

 

何か事情とか理由とかあったのかもだが、そんなの知ったこっちゃない。

 

艦娘が艦娘と一緒に楽しく過ごせないなんて、そんなのあっちゃいけないんだ。雪風のお茶会タイムをダメにした俺だけど、それもまとめて精算してやる。

 

「そうすれば、司令部から厳しい糾弾を受けることはない…何しろ自主的な希望なんだからな。普通に受理されるだけだ」

 

ウチの前任提督も自ら退任を申請して承認されている。

 

「こんな提案をするのは勿論、こちらも相応の見返りを期待しているからだ」

 

ちょっと息を整えて、

 

「お前たちの艦隊に所属する艦娘を、我が第八艦隊の仲間として迎えたい。司令部に出向いた際に、その旨(ムネ)を上申してくれるなら、俺は今度の件について無言を貫くことも約束する」

 

 

 

          続く




お茶会といえば金剛のお茶会セット
本当に素敵ですね


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第四-11話

「お前たちの艦隊に所属する艦娘を、我が第八艦隊の仲間として迎えたい。司令部に出向いた際に、その旨(ムネ)を上申してくれるなら、俺は今度の件について無言を貫くことも約束する」

 

 

 

第四-11話

 

 

 

サクッ

 

 

 

「はい、司令官。あーん」

 

パクッ。モグモグ…。

 

「どう? 美味しい?」

 

口の中に広がるイチゴとクリームの甘み、そして柔らかな歯ごたえ。

 

「すごく美味しいよ、雷のケーキって味も香りもバッチリだな」

 

「そうでしょうそうでしょう、たくさん食べてね。はい、あーん」ニコニコ

 

パクッ。

 

「もっと欲しいな。コレも頂くぜ!」ヒョイッ…パクッ

 

「あらら、まるごと食べちゃった。しょうがないわねぇ」ニッコー

 

「明石、大変だよ。司令官がクッキーからケーキに浮気しそう。ちゃんと胃袋を捕まえなくちゃ」

 

不死鳥が何か言ってるな。

 

「相手は雷、ハッキリ言って強敵です……。でも私、信じてます! 提督はきっと、帰って来てくれるって」グスン

 

あれ? なんか悪役っぽくね俺。

 

「明石、お前って本当に素直だな。だけどいくら響が先輩でも、炎上芸のファイアバードに付き合わなくてもいいんだぞ」

 

「…じゃあ、私のクッキーは?」ジーッ

 

「袋詰めのヤツを、さっき一袋ぜんぶ頂いたよ」

 

つーか響、俺がクッキー食べたの知ってるのに明石を煽ったな。

 

「本当に…? それじゃあ、私まだ雷に負けてませんね! 響、すみません…残念ですが、コンビは解消で…」

 

コンビだったのかよ。

 

「仕方ないね…これからは遠くから応援してるよ。再結成したくなったら、いつでも呼んで」

 

やる気ゲージ満タンじゃんか。

 

「ありがとうございます響。でも、いいんですか? みんないろいろアピールしてるんですよ?」

 

「大丈夫だよ、司令官と共にたくさん夜を過ごしてるのは私だから。僅差で先行してる雪風さえ撃破すれば、もう司令官は私の虜(トリコ)」チラッ

 

怖ぇよ。

でも俺がみんなに頼るようにしてから、響がたくさんの書類仕事を片付けてくれてるのは事実だ。

 

「しれい、くりーむついてる…おくちのまわりに」ペロ…クチュ…ペロリ

 

「わぁ、くーちゃん大胆なのです」///

 

もう慣れたけどね。

前に木曾が言った通り、みんなとのスキンシップが増えたら、以前みたいな醜態をさらすことがなくなった。もっと早く、こうしてりゃ良かったかな。

 

ポン。

 

腰掛けてる俺の肩に柔らかく触れる手。

 

「どうだ、楽しんでるか?」ニッコリ

 

見上げると、ポテトを片手に柔らかな笑みを浮かべた木曾。

 

「みんながいる。仲間も増えた。料理もデザートもメチャクチャ美味い。もう言うことなしってぐらい、楽しんでるよ」

 

今日の執務室はパーティー会場。派手な飾り付けはないけど、所狭しと並ぶ料理

と、そして新しい艦娘の顔ぶれ。俺的には、最高だ。

 

「そりゃ良かった。お前はそれだけの働きをしたんだからな、こんなときぐらい羽を伸ばすんだぜ」

 

「ありがとう木曾、でも俺だけの力じゃないぞ、みんなの力だ。勿論お前もな、木曾」

 

彼女の手を握る。

 

「そうか。お前の力になれたんなら、それでいいさ」ギュッ

 

 

 

第五艦隊の鎮守府に俺たちが忍び込んだあの日から数日後、例の提督は配置転換となり、そして俺は今日、司令部に呼び出された。

 

 

 

ガチャ

 

「待たせたな。お互いに忙しい身だし、手早く済ませるぞ」

 

「おはようございます、課長。ヒゲ伸びてますよ」

 

「昨日の晩から泊まりなんだよ、代わってくれ」

 

「ウチの艦娘と離ればなれなんてツラくて耐えられません。コレどうぞ」ガサガサ

 

「うなぎ弁当か、分かってるじゃねぇか。ありがたく頂戴するぜ」ガサガサ…パク!

 

俺たち提督…いや、全ての鎮守府職員の上司に相当する人事課課長。疲労の色が見える顔に笑みが浮かぶ。

 

「美味ぇよ、ありがとな。お前、昼メシは?」

 

「もう食べました。はい、お茶。もう五月だから冷えてるの買いました」コトッ

 

「うなぎを冷やさんように別々に運んだのかよ。お前いろいろ気が利くね。その若さで苦労してるのか?」

 

7月で32歳なんだけど、未だにかなり年下扱いされてるな俺。課長だけじゃないが。

 

「大して変わらないでしょう、まだ四十代じゃないですか」

 

ふと第五艦隊の提督を思い出す。実年齢は同じくらいだろうけど、課長のほうがかなり若々しく見える。

 

「四十代つってもな、こちとら後半戦に突入してんだよ…モグモグ…。お前も今のうちに楽しんどけよ」ニヤリ

 

「分かりました。課長、司令部全体が何だかバタバタしてますね。鬼どもですか?」

 

俺たち艦隊は年中無休だが司令部は違う。時おり職員が鎮守府の様子を見に来るけれど、それがない時期なら日々のスケジュールはキツくない。

本来は。

 

「さっき泊まりって言ったろ、実は出たんだよ。第二艦隊が退けた」

 

てことは昨日からか。

 

「被害は?」

 

「ゼロだ…モグモグ…あちらさんは甚大。懲りない連中だぜ…ご馳走さん!」ゴクゴク

 

食事が済んだので本題に入る。

 

「それなんですが、ヤツらって全て侵略者だと思います?」

 

「どういう意味だ、何か掴んだのか」

 

課長の目が突如、鋭い光を帯びる。不用意な人間は大抵、これで面食らう。

 

「単なる思い付きです。二月の戦闘、相手の戦意がやけに低かったので、違う目的のヤツもいるのかなって」

 

タ級に聞いたとは言わない。彼女たちの集まりについては司令部に漏らさないって約束だ。くーを仲間にしたことも報告してないし、また秘密が増えたな。

 

「ふーん。まあ気にするな、俺たちは上層部の指示に従ってりゃいい」

 

「お前たち」とは言わず「俺たち」と言う課長。俺が彼に親近感を持つ理由の1つだ。

 

「でも勘違いするなよ、お前の意見はちゃんと覚えとくぜ。それじゃ、お前にわざわざ来てもらった用事を片付けよう…伝達事項だ、読むぞ」ガタッ

 

椅子から立ち上がる課長。すかさず俺も。

 

「指令書。歴史交流局広報課第八分室室長。新たに創設せられたる特務分室室長を命ず。零和三年五月十日 宮内省特別外局国史庁歴史交流局局長」

 

書面を読み上げる課長。一旦言葉を切って、

 

「ま、平たく言やあ統合だ。提督がまとめて退任してな、第五ないし第七艦隊はお前の第八艦隊と結び付けられ、新しい艦隊が誕生する。艦娘の数で言えば、第二、第三艦隊に匹敵する艦隊がな」

 

やっと、ここまで来たか。でもこれは単なる通過点だ。深海棲艦との内通者は去ったが、パワハラ野郎がまだ残ってるんだ。

 

「気を付けるんだぜ。これからお前はしばらく、他の鎮守府から徹底的にマークされるだろうよ」

 

 

 

          続く




今さらですが艦隊これくしょんって本当に素晴らしい作品ですね


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第四-12話

「気を付けるんだぜ。これからお前はしばらく、他の鎮守府から徹底的にマークされるだろうよ」

 

 

 

第四-12話

 

 

 

ゴシゴシ…

 

 

 

まだ眠気が完全には消えていないのか、着席してからしきりに目の周りを指先で揉みほぐす課長。

 

「あー、やっぱり四時間じゃ足りねぇや…あ、もういいんだよ座れ座れ。お前、きちんと睡眠とってるか?」

 

「はい、艦娘のみんなが助けてくれますから。問題なしですよ」

 

着席する俺。

 

「羨ましいぞ、おい。人望ってヤツか?」

 

「とんでもない、周りのお陰ですよ。前の提督や職員がウチの鎮守府を良い雰囲気にしてくれたからこそ、新参の自分でもガキ扱いされずにここまで来れた。知ってますよ、他の鎮守府じゃ横暴な指揮官がいるらしいって」

 

人事課長は俺たち提督…つまり広報課分室室長たちに睨みを利かせる立場の人間で、直属の上司である広報課課長でも頭が上がらない。そんな人に向かって、まるで監視の不行(フユ)き届きを指摘するみたいな言い方だったが、課長は意外にも、

 

「あー、やっぱりお前にゃバレてたか。第三艦隊だ」

 

え?

 

一瞬、虚を衝(ツ)かれた。

 

「だから、第三分室の室長だ。そいつが艦娘に対して威張りちらしてる」

 

マジかよ。何か参考になる手掛かりでも得られればいいな、程度の発言だったんだけど。

 

「……課長、ダメですよ。そんな重大情報をポロッと」

 

「構わねぇよ、上じゃ以前から問題になってたんだ。今から俺が言うのは独り言な」

 

まさか…まだ情報をくれる?

 

「お前も気付いてるだろうが、我が歴史交流局は決して一枚岩じゃない。西暦の二十世紀末期に急ごしらえで成立した組織だが、深海棲艦の出現に頭を痛めていた為政者の前に突如現れた艦娘を奪いあって、国防省と国土省が凄まじい争いを繰り広げたんだ」

 

「はい」

 

前の提督から聞いたことのある内容だ。

 

「国防省の管轄は侵略からの防衛。国土省の管轄は船舶の運航や発展。当然、自分たちの組織こそが艦娘を引き受けるべきだという主張がぶつかり合った。俺は当時、まだまだ新人だったけどさ、まさか上のほうでそんなことになってるなんて、知らなかったよ」

 

課長は国防省から歴史交流局へと引き抜かれた外様(トザマ)組だが、今や揺るぎない地位を確立している。

 

「そこへ宮内省から鶴の一声、ですね」

 

「そうそう、これにゃ双方とも黙って従うしかなかった。何しろ、軍艦…本来は海軍艦船の全てを指す言葉ってワケじゃないんだが、今じゃ誰もそんなの気にせず全てを指す積りで使ってるな…とにかく、軍艦とは天皇陛下から賜(タマワ)る大切な船、という意識が昔の日本では浸透してたからな」

 

「そして特別外局たる国史庁が誕生、艦娘の所属も晴れて歴史交流局の広報課分室に決定」

 

「そこだよ。そこまでは確かに良かったんだが、掌握が無理ならせめて自分トコの職員を出向させたくなるのがお役人の人情だわな。その結果、歴史交流局には三つの省庁の人間が形成する有象無象(ウゾウムゾウ)の派閥が出来上がり、すっげぇカオスな組織になっちまった。第五分室の室長な、あいつもバックの派閥が支援してたのさ」

 

成る程な……タ級に寄り添われていた姿からは荒事に不向きな印象を受けたが、政治力のほうに長けた人物だったのか。夕雲から、第五・第六・第七艦隊は全部ひっくるめても9人の艦娘しかいなかったから互いに行き来して何とか支えてたと聞いたが、局長にしてみれば指揮能力の不確かな人物に、大勢の艦娘を振り分けることはできなかったんだろうな。第六・第七の提督は恐らく…同じ派閥で彼の友人もしくは取り巻き。そして3人は、深海棲艦との取引で入手した手数料を山分けしてたってトコか…彼らの派閥は今頃、失望してるだろう。

そして、それを潰したんだな俺は。

 

「お偉方は今回の件で、大層お前に感心している…勿論、俺の印象だ…自分たちでそんなこと言うワケないからな。だが、表情ってのは隠せないもんだ。口元なんてどうにでもなるが、目は絶対に誤魔化せない。だからお前にゃ、ここまで話せるのさ……おっと、あくまでも独り言だぜ」ニヤッ

 

俺に感心?

おかしいな、表向きは自主的な申請にするよう勧めたんだが…何で俺が急浮上してるの。第六艦隊に潜入したことは絶対にバレていないハズだ…妖精さんや艦娘みんなの協力で成功させたんだから断言できる。

てコトは…

 

「三人とも、局長に言ったらしいぜ。第八分室の室長はまだ若いが、この先が面白くなりそうな奴だって。我々が築けなかった信頼関係を、残していく艦娘たちと築けるかも知れないって。彼女ら全員を任せたい、だとさ」

 

やっぱりそうか………俺の提案通りに…。

電、やったぜ。

 

「上は、お前が三人の退任劇に何らかの形で関わったと見ている。何せ、艦娘の行き先を第八艦隊に指定したんだからな」

 

司令部のアンテナに引っ掛かるのは想定の範囲内だ。第五分室室長に交換条件を提示したからこそ、艦娘を迎えられるんだ。

 

「さっき、徹底的にマークされるから気を付けろと言ったのはそこさ。消滅したとしか思えない艦隊のメンバーが全員、第八艦隊に行くんだ。当然、他の室長らも上層部と同様、お前が関わったと思うだろう。新参者だと思ってた若造が僅か二年で今や、第二・第三艦隊と肩を並べる規模の艦隊指揮官だ。いいか、特に、第三艦隊の指揮官には気を付けろ」

 

まさかのお宝情報ザックザク展開。ここまで来れたのも、普段から支えてくれてる鎮守府みんなのお陰だな。

そして、これ以上の情報を尋ねるような愚行は犯さない。さっき課長は、独り言だと言った。本来なら望むことすら能(アタ)わない貴重な情報の数々…これは、課長のギリギリ精一杯の厚意。これ以上、甘えちゃいけない。

ゆっくり立ち上がる俺。

 

「ありがとうございます、課長。頂いた情報、きっと生かしてみせます」

 

「お前ならそうするだろうよ、しっかりな…そうだ、最後に二つだけな」

 

 

「はい」

 

「第三艦隊の指揮官も第五・第六・第七と同様、とある別の派閥の出身だ。もう一つは、さっき第二・第三艦隊と肩を並べるなんて言ったが、ありゃ間違いかも知れん」

 

今までで、最も楽しそうな笑顔を浮かべた課長。

 

「ど、どういう意味ですか?」

 

噛んだよ。カッコ悪っ!

 

「今のお前なら上層部はもう、頼りない新人扱いなんてしないってこった。特に、それが貴重な存在である艦娘の意志に関わる事柄ならな」

 

???

 

「ハハハ、きょとんとしやがって。まあいい、気を付けて帰れよ。ほら指令書だ」パサッ

 

 

 

 

 

「提督、もうお腹いっぱいなのですか? みなさんのお菓子にお料理、まだまだありますわ」

 

……いけね、回想モードそろそろ停止だな。それにしても、課長のセリフは一体……?

 

「まだまだ食えるさ、夕雲。いろいろ手伝ってくれたんだってな、ありがとう」

 

立ち上がって、自分の皿にテーブルの料理をどんどん盛り付けていく。

 

パクッ。

うん美味い。

 

「ほら、夕雲も食べなよ。美味しいぜ」

 

「私はもうお腹いっぱいで…あ、下さるんですか? それじゃ、いただきます」パクッ

 

「ウチはデカいから何かと物入りなんだが、食事の費用だけは絶対に最優先なんだ。良かったら、これからも腕を振るってくれると嬉しいな」

 

新しい仲間にウチの方針を伝えておく。

 

「まぁ、そうでしたか。ふふ、そうですね。機会があれば是非」ニコッ

 

「約束だよ。分からないことがあれば、何でも……」

 

 

 

「ひぎいいいいぃぃぃぃぃぃ! 痛たたたたたたたたたたナックルパートはダメ! ダブルナックルで頭プレスとかダメだから! 痛たた! ゴメンって木曾!」

 

室内に響きわたるスクリーム。

 

「逃げられると思ってたのか? DQN女子ってのは、どういう意味だあ長波ィィィ!」グリグリグリ

 

「あ、ダメ! それダメ! 言ってるから! メリメリ言ってるから! しょうがないじゃない、収容任務の木曾や夕雲や秋雲と違って、私は離れて周辺警戒任務だったんだからぁ!! あいた! 直ぐには気配に気付かないってばぁ!! やばっ! ちょ、やばッ!」

 

「それはつまり仮にオレだって気付いても、内心ではやっぱり思ってたんだろうがああぁ!? そもそも港じゃ一緒だァ!」グリグリグリグリ

 

「ひぎいいいい! あ、秋雲! 助けて! アンタ何楽しそうに笑ってんのよ! 助けてってば!」

 

少し離れて、生暖かい目線を長波に送ってる秋雲。長波と違って、ギリギリとはいえ木曾のことを思い出してた彼女にしてみれば、ただただ自らの幸運を噛みしめる瞬間なんだろう。それを放棄して騒ぎに飛び込むのは……ないな、うん。

 

「あひいいいいいい! いいの!? 私がキズ付いたら、大事な戦力の損失よ!? ここのお風呂は凄く素敵だし、こうなったら一ヵ月ぐらい戦線離脱で優雅にセレブ気分を満喫だわ!」

 

すげぇ。

あの木曾を相手に、懇願から反撃へとシフトしたぞ…なかなかできることじゃねぇ。それに、もうウチの入渠施設をチェック済みかよ。

長波か…やるなあ。

 

「あぁん? こんなの撫でてんのと変わんねえだろうがああ!!」グリグリギリギリ

 

「ちょっ!? ありえないから! ヒネリ入れるとかマジありえないからああ! 誰か助けてええぇ!」

 

 

 

提督と艦娘は不在の静かな鎮守府なんて、寂しいもんだぜ

 

 

 

普段から元気な木曾だが、こんなにはしゃぐ木曾は見たことない。やっぱり嬉しいんだろうな。そして木曾は、決して誰かを傷付けたりしない娘だ。

 

「木曾、そろそろカンベンしてやってくれないか。頼む。長波は多分、悪気なんてなかったんだよ。つい思ったままに言っただけなんだ」

 

「そう! そうなのよ! ねっ、木曾! 提督のお言葉よ! ちゃんと聞かなくちゃダメなんだから! イタッ!」

 

「…まったく。分かったよ、お前に言われちゃしょうがねぇ…勘弁してやるか」

 

「ふい~、助かったあ~。あ、ありがとね、提督。改めて、これからヨロシク!」ギュッ

 

ムダのない動作で俺の手を握る長波。てか、もう復活したのかよ。今までのウチにはいなかったタイプだな…これから楽しくなりそうだ。

 

「木曾は本当に素敵な艦娘だよ。長かった空白を、これからココで埋めてくれ」ギュッ

 

「…やっぱり、面白そうな人だ。活躍してあげるから期待してて! そうだ、夜になったら会議だっけ?」

 

「慌ただしいが、みんなを迎えられて嬉しいんだ。少しでも早く、お互いの自己紹介を済ませたい」

 

「素直だねえ、いいよ~」ニッコリ

 

 

 

          続く




来月は9周年ですね
本当に愛されてる艦隊これくしょん


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第四-13話「任務達成」

「…やっぱり、面白そうな人だ。活躍してあげるから期待してて! そうだ、夜になったら会議だっけ?」

 

「慌ただしいが、みんなを迎えられて嬉しいんだ。少しでも早く、お互いの自己紹介を済ませたい」

 

「素直だねえ、いいよ~」ニッコリ

 

 

 

第四-13話「任務達成」

 

 

 

カチャ…ゾロゾロ…パタン

 

 

 

新しい仲間を連れて、いつもの会議室…要するにさっきまでは歓迎会の会場だった執務室に入室する。

今日の彼女たちはお客様なので、後片付けを手伝わせるわけにはいかない……しばらく大広間でゆっくりしてもらい、準備ができてから俺が迎えに行ってきたんだ。

 

「みんな、お待たせ。早速だけど会議を始めよう…とは言っても、さっきのパーティーの雰囲気を忘れないでほしい。堅苦しいのはナシだ、今日はめでたい日だからね。それじゃ名取、よろしく頼むよ」

 

既に着席して待っていた木曾たち古参メンバーと同じくウッディな椅子に腰掛けて、俺の後から入ってきた艦娘たち…その一番右側に立つ女の子に声を掛ける。

 

 

 

「は、はい…。わ、私…名取です…私たちのために、パーティーを開いてくれて、嬉しかったです…よろしく」ペコリ

 

「名取の凄まじい戦歴は、ここにいる全員が聞いたことあると思う…戦闘部門の責任者として、身の引きしまる思いだ。よろしくお願いするよ」

 

「そ、そんな…! わ、私…そんなに凄くなんて…ううぅ……」///

 

「謙虚だね。それじゃ次、鬼怒」

 

名取の左隣に立つ少女。

 

「みなさん、はじめまして。名取の妹、鬼怒です。お料理、ご馳走様でした。末っ子の阿武隈ともども、よろしくお願いします!」ニッコリペコリ

 

「第四潜水戦隊の旗艦、そして第十六戦隊の旗艦を務めたことのある経験豊富な戦士だ。これからよろしくね」

 

「はい、こちらこそ!」ニコッ

 

「次は阿武隈、頼むよ」

 

「は、はいぃ、第一水雷戦隊旗艦でした、阿武隈ですぅ! えと、さっきはとても楽しかったです…みんなにまた会えたから…。名取と鬼怒の妹です…よろしく、お願いします!」ドキドキペコリ

 

阿武隈。

 

海軍史上の光輝たる作戦に参加した数々の艦船の中でも、特にその目的地に肉薄して任務を達成した11隻の実行部隊……夕雲・秋雲・長波と同じく、そのメンバーの1人である艦娘。

 

綺麗な髪だな。

第六艦隊から脱出する直前に、暁と電がプレジャーボートから降りてくる彼女を見かけている。

聞いた通りの特徴だ。

 

これでウチは、11人のうち7人が所属する艦隊となった。

 

ヤバい。

緊張と興奮で心臓がすっげぇドキドキする。落ち着いて冷静に振る舞わなくちゃダメだな。

 

「隠密作戦の得意な艦娘が増えるのは心強い。よろしくね」

 

艦娘は自らに乗艦した人々の気質や特技を受け継いでいることが多いが、従事した任務の特性に応じたスキルを獲得しているケースもある。

 

「は、はい!」チラッ

 

俺の隣に座ってる木曾へと視線を送る阿武隈。

絆、ってやつかな……。

 

「次は海風だね。お願いするよ」

 

「はい、提督! 白露型駆逐艦七番艦、改白露型一番艦の海風です。今日からお世話になります。提督、みなさん、どうぞよろしくお願い致します」ニコッペコリ

 

「よろしく、海風。五月雨は今、天龍や龍田と一緒に遠征中なんだ。長引いてるんだが、戻ったら直ぐに知らせるよ」

 

長引いてるというか、俺の一存で長引かせている。勿論、くーの件に関する理由で。

 

「わぁ…五月雨姉様が…こちらに? そうだったんですね! はい、その時はよろしくお願いします!」ギュウウウッ

 

瞬時に間合いを詰める鮮やかな身のこなしで俺に抱きついた海風。彼女の柔らかな胸がムギュッと押し付けられる。

 

「お、大胆だな。いいぜ、素直なヤツは好きだ」ニヤッ

 

木曾の楽しそうな声。

彼女はいつの頃からか、俺が誰かから高く評価されたり、誰かから好意的な態度を示されるのを喜ぶようになった。

 

「楽しみなんだな? これからはココで姉妹仲良くね」

 

「はい………はぃ…」グスッ

 

あ。

海風、感極まったか。直ぐに立たせることはないな。

 

「それじゃ次。谷風、頼むよ」

 

「うん、提督。陽炎型十四番艦の谷風だよ。さっきのゴハン、凄く美味しかった! みんな、よろしくね!」ニッコリペコリ

 

「もう知ってるだろうけど、雪風は俺の秘書艦なんだ。これからは姉妹で仲良くしてくれると嬉しい」

 

「お任せあれだよ、提督。ねっ、雪風!」ニコッ

 

笑顔で雪風に向かって手を軽く振る谷風と、同じく笑顔で手を振って応じる雪風。

胸熱だぜ。

 

「次は夕雲だね、お願いするよ」

 

「はい、提督。みなさん、先程は歓迎の宴(ウタゲ)を開催してくださり、まことにありがとうございます。夕雲型駆逐艦一番艦の夕雲です。お役に立てるよう、微力を尽くす所存です。どうぞよろしく、お願い致します」ペコリ

 

「木曾は俺だけでなく、艦娘みんなを支えてくれてる素敵な艦娘だ。どうか、彼女の右腕になってほしい。これからよろしくね」

 

隣の木曾が、何故か急に下を向いた。俺、何かヘンなこと言ったかな。

 

「はい、お任せください。お姉様を支えていくことは、この身の喜びです」

 

「ありがとう。木曾のことは、みんなが信頼してるんだ。特にウチの大黒柱(ダイコクバシラ)である天龍は、木曾を絶対に遠征には連れていかない。何故なら、木曾が留守番に残らなければ、鎮守府のことが心配で仕方なくて、とても遠征どころじゃないからだよ。換言すれば、木曾がいれば何の心配もないのさ。本当に木曾は、強くて優し…ムグッ!?」

 

何だ? 何が起きたんだ俺の身に!?

 

「た、頼むから…」

 

うん? 木曾の声が?

 

「もうそれぐらいでいいだろ……恥ずかしくて、顔から火が出そうだ……。頼む、もうカンベンしてくれ…」//////

 

見ると隣の木曾が、着席してはいるものの、体を俺の方へ密着しそうなほどに傾けて顔を真っ赤にしている。彼女の両手は、俺の口を塞いでいる……でも乱暴じゃなく、優しく加減されて。さっき長波とはしゃいでいた時も、ちゃんと手加減していたのは見てて分かった。こういうトコが、木曾らしいんだよな。

 

「まぁ…お姉様が、あんな表情をなさって……何だか素敵ですわ、照れるお姉様も。提督、お話しくださって、ありがとうございます」///

 

夕雲は木曾推しか。

 

「ええ…私の時とはえらい違いじゃないの。次はこの手でいこうかな~。木曾、素敵だよ! もうね、ス・テ・キ! みたいな~?」ウフフ

 

全っ然懲りてねぇ。

長波、恐ろしい艦娘だな…第五室長も手を焼いたのかも。

 

(分かったよ、木曾。新しい仲間にココの決まりとか教えようとしただけだ。ほら、まだ三人の自己紹介が終わってないぞ。気を悪くさせて済まなかった)

 

(べ、別にそんな……恥ずかしかっただけだ。ほらよ、続けるんだろ)ススッ

 

「済まん木曾、悪気はなかった…じゃあ次、秋雲の番だね」

 

海風は俺に抱きついたままだが、みんなは何も言わない…彼女の状態が、ちゃんと分かってるからだ。ハンカチで拭(ヌグ)ってやろうかとも思ったけど、やっぱりそっとしておこう。

 

「うん、陽炎型駆逐艦十九番艦の秋雲だよー。つーか、陽炎型にイロイロ手直しを加えたのが夕雲型ね。私はちょうどビミョーな境目で、自分じゃ夕雲型だと思ってるの。歓迎会、ほんとにありがとう。これからよろしくね」ニッコリペコリ

 

「よろしく、秋雲。第六艦隊の時は、驚かせて悪かった。分からないことがあれば、何でも質問してほしい」

 

「分かった。ありがとね、提督」ニコリ

 

「さ、長波の番だ。始めてくれるかな」

 

「あいよ、夕雲型駆逐艦四番艦の長波だ。前の戦いではいろいろあったけど、私は命の大切さを実感できたと思ってる。今回の戦いでは何が起きるか、今からドキドキしてる……よろしくね、歓迎会ありがとう」ニッコリペコリ

 

「ウチの鎮守府が明るく賑やかになると嬉しい。これから、よろしくね」

 

「うーん、期待されちゃ仕方ないねえ。任せといてよ!」ニッコー

 

「早霜、いよいよラストだ。しっかり頼むよ」

 

「はい、分かりました。夕雲型駆逐艦十七番艦、早霜です。お料理もお菓子も、素敵でした…ありがとうございます。姉たちと共に、これからお世話になります。どうぞよろしくお願いします」ペコリ

 

「ここが早霜にとって、楽しい居場所になることを願っている。これからよろしく、早霜」

 

「…は、はい、提督」///

 

早霜は竣工から僅か8ヵ月で命を落としている。

彼女の心に、楽しみとか喜びを届けることができたらいいんだけどな。

 

 

 

海風に小声で声を掛ける。

 

「そろそろ立たなくちゃいけない。もういいかい?」ヒソヒソ

 

「はい、ごめんなさい提督。もう大丈夫ですぅ」///

 

俺は立ち上がりながら、そっと海風を解放する。

 

「ありがとう、みんな。改めて、第八艦隊にようこそ。俺はここで第八分室室長として、戦闘部門の責任者を務めている。本名は明かせないが、これには個人情報の秘匿(ヒトク)という目的以外にも、呪術的な理由に基づくという側面がある…歴史交流局の方針だ。俺たちの艦隊は以前からずっと、軽巡と駆逐艦を主体とする水雷戦隊を志向していて、俺は二代目の指揮官なんだけど、その方針に従う積りだ」

 

そして俺は、くーを手招きして隣に来てもらう。

 

「さっきのパーティーで、みんながこの子に驚いたりしなかったを見て、本当に嬉しかったんだ。彼女の名前はくー。何か聞きたいことは?」

 

いきなりムチャな方法だったなんて、全く思わない。くーをパーティー会場から遠ざけて新しい仲間を迎えるなんて、そんなマネは絶対しない。

くーの両肩に手を乗せて、彼女と共に新しい面々の方へと向き直る。

 

(司令…)

 

(これは大切なことだからな、雪風。任せといてくれ)

 

(はい、頑張ってくださいね、司令)

 

(ああ)

 

「はいはいはい! 何でも質問いいんだよね? えっと、この子は深海棲艦だね?」

 

「そうだ、秋雲。国防省ファイルでは駆逐棲姫。でも俺たちは、くーと呼んでる」

 

「くーだよ。みんな、これからいっしょだね?」ニコ

 

……………。

 

静寂が室内を包み込む。

艦娘たちの戸惑いか?

さっきは適当に距離を保つことができたが、今はそうはいかない。

そして俺は、ここで口を出したりしない。

今、会話しているのはくーだ。

彼女はまだ幼いが、歴(レッキ)とした1人の女性。

次は艦娘たちが答えるターン。

俺は黙って見守るのみだ。

 

その静寂はしかし、ほんの一瞬だった。

 

「そうだよ、よろしくね、くーちゃん! さっき言った私の名前、覚えてくれた?」ニッコリ

 

あ………。

 

「えっとね、あぶくま?」

 

「そう! 太平洋に注ぐ宮城県の阿武隈川から命名されたの! 建造は浦賀だけど、気に入ってるの。これから一緒だよ」

 

「ちょっと阿武隈、私が先に話してたのに~」プンスカ

 

「直ぐに答えてあげなくちゃダメ! まったく、秋雲はのんびり屋さんなんだから」

 

「もぉー、違うって。あんまり可愛いから、ちょっと見とれてたの! よろしくね、くー」ニッコリ

 

「うん、あきぐも」ニコ

 

「海風です。よろしくお願いしますね」ニッコリ

 

「うみかぜ、よろしくね」ニコ

 

艦娘たちがどんどん、くーと言葉を交わしていく。その様子を、いつの間にか彼女たちから離れて見守っていた俺。

 

俺の杞憂だったな。

 

よく考えれば、彼女たちはタ級たちを知ってるんだ。俺は少し言葉を交わしただけだが、タ級の柔和な態度ですっかり毒気を抜かれた。

ましてや、長期間にわたって接していた彼女たちは………。しかも、俺がまだ会っていない他の4人にも会ってるんだ。

もしもその4人が、タ級に負けず劣らずの穏やかな性格だったとしたら?

 

別室に待たせている彼女は、もしかしてこういう展開をお見通しだったんだろうか?

 

勿論、くーの素直な性格はきっと伝わると思ってた。

でも万が一には備えるもんだ。場合によっては、次の手段を考える積りだったけど……そんな必要、なかったぜ。

あー、まだまだ洞察力が足りてないわ俺。

こんなことじゃ、鎮守府のシーフになれるのは当分先だな。

 

(司令)

 

(やったよ、雪風。今日は忘れられない日になったぜ)

 

(そうですね。くーちゃん、嬉しそう…)

 

(良かったですね、司令官さん)

 

(どうだ、電。賑やかになったぞ…これから楽しくやれそう?)

 

(はい……あの…ね、司令官さん)

 

(うん?)

 

(ありがとう…)

 

 

 

          続く

 




100人以上の艦娘のモーション製作
凄まじい作品です


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第五話「新艦隊を編成せよ!」

(どうだ、電。賑やかになったぞ…これから楽しくやれそう?)

 

(はい……あの…ね、司令官さん)

 

(うん?)

 

(ありがとう…)

 

 

 

第五話「新艦隊を編成せよ!」

 

 

 

ゴロゴロ…カタッ

 

 

 

会議や講義には欠かせない教室セットの1つ、黒板。雪風が奥から引っ張ってきたコレは、明石が市販のホワイトボードを利用してあちこちに移動できるよう改造してくれたんだけど、本来の用途通りに壁掛けもできる逸品で重宝(チョウホウ)してる。

 

「ありがとう雪風。それじゃみんな、これを見てくれ。最近のウチの動きを書いておいたんだが、先ずは一通り読んでから色々と質問してほしい…雪風、十分たったら教えて」

 

「分かりました、司令」

 

俺は黒板の横に立ってみんなを見ているから、彼女たちの様子がよく分かる。

それじゃ、この機会を利用して………。

 

 

 

(もしも驚かしてしまったら、済まない……誰か、俺の声が聞こえるかな? 聞こえたら何か合図してくれ………あ、響。何やってんだよ、投げキスとかいいんだよ……ちょっ、明石。服を捲(マク)っちゃダメだって、ヘソが見えてるから! お前たちさあ、後ろの席だからって好き放題だな……ほら電、脱ぐな。張り合わなくていいぞ)

 

堅苦しいのはナシだ、とは言ったが…どんだけフリーダムなんだよ。

 

(司令官、名取たちと念話が通じるかどうか、試してるのね)

 

(そうだ暁、もしも可能なら大きなチカラになるからな…)

 

(しれい)ニコリ

 

!!?

 

おいマジかよ。

最前列のウッディに腰掛けてるくーと目が合う。

 

(くーちゃん!?)

 

(おい…驚いたな。くーが話せるなんて、オレは全然、気付かなかったぞ)

 

(俺もだよ。くー、もしかして以前から?)

 

(うん、みんなですぱいしたあたりから)

 

第六艦隊の鎮守府に忍び込んだ頃か…もう1ヵ月以上も前じゃないか。

 

(直ぐには言えなかったのかい?)

 

(うん。しれい、いそがしくしてたから)

 

みんなに心配させてた時期だな。だが、もうあんなことは繰り返さないぜ。

 

(これからはいつでもいいからな、くー)

 

(うん、わかった。しれい、みて。うみかぜ)

 

え?

くーの言葉で、海風の方に視線を向けると……。

 

ニッコリと笑みを浮かべている彼女が、こちらをじっと見ていた。

 

(海風、もしかしてコレ聞こえてるのか?)

 

(はい、提督……何だかビックリです。不思議ですね、みなさんこんなことができるなんて……)

 

(今はもう、海風もだよ。確認するが初めてだよな? それと、他のみんなは?)

 

(はい、こんなの初めてですぅ……素敵。あ、前の艦隊では誰もできませんでしたよ。あ、でももしかしたら……)

 

(もしかしたら?)

 

(……ご、ごめんなさい、何でもないですぅ! 恥ずかしい…)///

 

恥ずかしい? サッパリ分からないけど、話しにくいなら無理強(ムリジ)いしちゃいけないな。

 

(分かった、気が向いたらでいいよ。それじゃ、他には…)

 

(おーい)

 

(長波だね。これで三人目だ)

 

(あの…)

 

(早霜か、四人目だな。他に誰かいる?)

 

………………シーン

 

(十人の中で四人か。これから増える可能性だってあるし、幸先のいいスタートだよ。長波、どんな感じだった?)

 

(うーん、最初は無線の雑音みたいでさ、何かと思ったぞ。でもね、だんだん提督の声がハッキリ聞こえるようになって、それからくーと海風。んで、自分でもいけるかな、って。これさあ、大声で叫んだりしたらどうなるの? やっぱりヤバい?)

 

(いや大丈夫。念話じゃ不思議なことに、聞こえる声量はどれも同じぐらいなんだよ…ほんの少し違うな、ってのは分かるけど。あ、念話ってのは俺たちなりの呼び方な)

 

(成る程ねえ。早霜、いいよねコレ?)

 

(そうね、長波姉様。戦場で活用できそう…)

 

あ、それは。

 

(ムリだよ。これは司令官がいる場合にだけ可能な方法なの。艦娘同士だけでは使えないんだ)

 

(そうなのですか…では、提督が中継してくだされば可能ですか?)

 

(うん…でも、司令官が戦場に立つのは怖い。距離があるほど聞こえにくくなるから、それを避けるには司令官が危険水域に近付かなくちゃいけなくなる。それだけはダメ)

 

(あ、すみません…軽率でした。提督、申し訳ありません)

 

(いいんだよ早霜、響は別に責めたわけじゃく、俺を気遣ってくれたのさ。俺は、必要な際には戦場に赴く積りだ……でも響、その気持ち嬉しいよ。早霜、これからも何かアイデアがあれば、どんどん聞かせてくれると嬉しい)

 

(はい、提督!)///

 

(響~、アンタってクールだね。妹を怖がらせちゃダメだぞ)

 

(そんな積りはないよ長波。早霜はもう、仲間だもの。勿論、長波もね)クールニッコリ

 

(…うん、分かった。また一緒に頑張ろうぜ、響。よろしくね)

 

(うん、長波。栄光の第一水雷戦隊は不滅さ)

 

ギュッ。

 

静かに握手を交わす2人。

 

数十年の時が過ぎても消えない絆で結ばれた姿には、不思議な感情を掻き立てられる思いがした。

この2人だけじゃない。

響と木曾。

響と第六駆逐隊のみんな。

駆逐艦と駆逐艦。

駆逐艦と軽巡。

挙げていけばキリがない。

俺は今、こんなに凄い艦娘たちと同じ場所にいるんだな。

 

「みなさん、十分経過しました! それでは提督、質問の時間に入りたいと思います。よろしくお願いします」

 

「分かった。これを読んで、みんなはもう我々第八艦隊の状況を概(オオム)ね理解できたと思う。分かりにくいとか、これ興味あるから詳しく聞きたいとか、何でもいい。どんどん質問してほしい」

 

「はい、提督!」サッ

 

「お、最初は鬼怒か。どうぞ」

 

「えっとね、第六艦隊および第五艦隊に潜入行動って書いてあって、それって凄くヤバいような気がするんです。やっぱり、司令部の命令ですよね? 特別な任務、とか」

 

「いや、違うんだよ鬼怒」

 

「…え?」

 

「俺が立案して、俺が木曾たちを引き連れて実行した。全ては、深海棲艦と密通してる陰謀を叩き潰すためだ」

 

「ええっ!? バレたらどうするんですか!? 提督、クビになっちゃう!」

 

「もう大丈夫だよ、でも鬼怒の言う通りになってただろうな、もしも第六艦隊の鎮守府で捕まっていれば。でも俺たちは今、この通り元気だし、新しい仲間も増えた。それは第六の鎮守府で陰謀の証拠を入手して、第五の鎮守府で言い逃れのできない現場を突き止めたからさ…艦娘と妖精さんのお陰だよ。みんながいなきゃ、俺は何もできなかった。雪風、第五から第七の妖精さんたちは、いつ頃に到着する?」

 

「明日の午前中か、遅くとも昼頃の予定です。ゴローさんの班が、バショウで早朝に出発して迎えに行きます」

 

バショウというのはウチの数少ない貴重な船舶の1つで、20噸を越えるプレジャーボートだ。木曾、雪風そして水偵搭乗の妖精さんたちと一緒に第五艦隊へ潜入した時に使ったのがコレ。

 

「ゴローさんは、ここの古参職員だ。明日、紹介するよ。他の質問は?」

 

「提督、よろしいでしょうか?」サッ

 

「夕雲か、どうぞ」

 

「初めてお会いした時の爆発についてです。みなさん、怪我は大丈夫でしたか?」

 

気遣ってくれてるのは嬉しいが、勿論それだけが質問の意図ではないだろう。

 

「ああ、負傷は全然してない。それと、当初は密かに忍び込んで密会場面の証拠を入手する予定だったんだ…それから第五室長と交渉ってね。でも状況に変化が生じたから別の策を選んだ」

 

「証拠…ですか。写真とか?」

 

「いや、妖精さんと一緒に色々と練習したんだ…木曾たち軽巡を見ても分かるように、艦娘は自らの水偵が見た光景を瞬時に把握することができる……それは、思念だけでなく、見た光景までも水偵が発信するからだよ。俺たちの念話は多分、前者と似た霊的現象だと思う。だから、もしかしたら後者もできるかなって試したんだ」

 

「な……提督、もしかしてみなさんは、水偵と同じように遠隔での意志疎通ができるのですか? も、もしかしてお姉様も……」

 

「ああ、そうだぜ夕雲。コイツはオレたち艦娘の力だって言うが、オレは違う考えだ…間違いなくコイツ自身のチカラさ。そして、水偵に乗り込んだ妖精たちを使役することもできるんだぜ……だからオレたちはお前たちに気付かれず潜入できた…大したヤツだよ」

 

「ありがとう、木曾…あの時に話した練習の成果を今から見せるぜ。ま、そんなわけで夕雲、後者の方を実演したいから、ちょっと額(ヒタイ)を、俺の額とくっつけてくれる? 俺は少し猫背になるからね」

 

「?…はい、これでよろしいですか提督?」ピタッ

 

「ありがとう、ちょっと照れるから目を閉じさせてもらう………ほら、どうかな?」

 

「…………え…そんな……まあ! これはタ級! それに、提督……! それと提督の仲間たちですわ! あの時の部屋!!」

 

提督とは勿論、第五室長のことだ。

 

「なになに、どうしたの夕雲? 独り占めしないで教えてよ!」ハラハラドキドキ

 

「秋雲、ここに来て。今、俺がやってたみたいに夕雲と額を合わせるんだ」

 

「うん、分かったよ………………え、ええええ! 何これぇ! 木曾と再会した時の場面じゃない! 凄い! 凄いよ提督!!」

 

室内がザワつき始めたな…彼女たちの驚きと興奮が、艦娘に伝わってるんだ。

 

(お前、どこまで規格外なんだよ……まったく、子どもだと思ってたら時々、いきなりオレを驚かしやがる)

 

(言ったろ、お前たち艦娘みんなのお陰だよ……これだけは絶対だ。俺は艦娘のことに関しては頑固なんだからな)

 

(ああ、知ってるよ…本当に、頑固なヤツだ……。お前はこれを証拠として突き付ける積りだったんだな?)ニッコリ

 

(そうだよ、結局は使わなかったけどね。それじゃ賑やかになってきたし、今日のメインだ)

 

(おっ、そうだったな。しっかりな)

 

(ああ)

 

執務室の扉へと近付く俺。

さっき、彼女の待つ部屋に設置されているブザーを鳴らすボタンを押しておいた。

今はもう、廊下で待ってるハズだ。

 

 

 

「タルト、入ってくれ」

 

 

 

「はい。お邪魔するわね」

 

 

 

ガチャリ

 

 

 

室内に入ってきたのは……。

 

「まあ! タ級じゃない! ああ、何てことかしら……提督、私はもう、何が何だか………」オロオロ

 

「落ち着くんだ、夕雲。木曾、頼む」

 

「ああ。ほら夕雲、しっかりしろ。そんなことじゃオレたちの提督には、ついていけないぜ」ギュッ

 

「あ…お姉様……」///

 

「お久しぶり、夕雲。そしてみなさん。そうそう、そちらの方々は、はじめまして……」

 

相変わらずの穏やかな物腰。そして、

 

「もうタ級じゃありません……私はタルト。提督から頂いた名前よ」

 

 

 

          続く




図鑑に艦娘の指輪シーンが追加されていく仕様
しっかりした配慮だと思います


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第五-2話

「お久し振り、夕雲。そしてみなさん。そうそう、そちらの方々は、はじめまして……」

 

相変わらずの穏やかな物腰。そして、

 

「もうタ級じゃありません……私はタルト。提督から頂いた名前よ」

 

 

 

第五-2話

 

 

 

スッ…

 

 

 

流れるような身のこなしで俺の傍らへと近付いてきた彼女。こういうトコは艦娘そっくりだ…身体能力の高さが表れている。

そして2人で黒板の隣へ。

 

「名取たちは勿論、よく知ってるね…そして、くーも。暁、響、雷、電、明石。彼女はタルト……鎮守府ではタ級として分類されているが、今後は名前で呼んでくれ。新しい仲間だ」

 

「て、提督! もしかして、一緒に戦うんですか!?」

 

「そうだよ、阿武隈。深海棲艦の軍勢は一枚岩じゃないんだ…ずっとタルトや他の四人を見てきたみんななら、何となく気付いてたんじゃないかな。彼女たちのグループは、俺たちの味方だ……不安かい阿武隈?」

 

「うーん…不安というか…ビックリしました。でも、木曾や暁を見てたら分かるよ、提督のこと凄く信頼してるね……私も、信じます! ごめんなさい、もう平気!」

 

「分かった。ありがとうな、阿武隈」

 

くーと、タルトとの出会いは、俺の中から深海棲艦に対する先入観を根こそぎ排除した。もう俺はただ、彼女たちのありのままの姿が、艦娘みんなへと伝わるように努めていけばいいんだ。

 

「タルト。みんなに挨拶を」

 

「はい、提督」

 

一歩前へと進み出る彼女。

 

「あらためまして、タルトです。みなさん少なからず驚いていらっしゃるとは思います………。ですが、どうか信じていただきたいのです。私、そして私がみなさんと信頼関係を構築することを心から願っている私の仲間………私たちは、真剣です。この国で暮らしたい、という悲願の成就に向かって戦います……私は今回、そのための尖兵としてみなさんに助太刀するよう、派遣されました。どうか、よろしくお願い致します…」

 

深々と頭を下げる彼女の綺麗な長髪から、幾つかの房がフワリと垂れ下がる。

そしてそんな彼女を、静かに見つめている艦娘たち。

 

「ありがとうタルト…さあ、次はくーの番だ。来てくれ」

 

言葉での説明も大切だが、先ずは2人の会話をみんなに聞いてもらうのがいいだろう。

 

くーがコクリと頷いて、近付いてくる。

 

「タルトには、もう何回か話したな……彼女が、くーだ。今は俺たちの仲間さ……久し振りだろう?」

 

「ええ、本当に……そう、あなたも新しい名前を貰ったのね」ニッコリ

 

「うん。ひさしぶり。しれいといっしょに、たたかうの?」

 

「そうよ。私たちの気持ちを信じてほしいから、私たちも戦わなくちゃ、ね」

 

「わかった。しれい、くーもたたかう。たるととおなじ」

 

「え……くーちゃんが? 司令官さん、どうするのです…?」

 

この時が来るだろうと、ずっと思ってた……答はもう決まっている。

 

「くーも歴とした一人の戦士だ。その彼女が自分の意志で戦うというのなら、その力を借りようと思う。よろしくな、くー」

 

「うん。がんばる」

 

スッ。

 

くーが俺に手を差し出す。彼女の手を握る俺。暁たちよりは少し大きいが、それでもやっぱり小さな手だ……でも、しっかりした手応えを感じる。

 

「提督、あの…」

 

タルトか。

 

ギュッ。

 

もう一方の手で、ゆっくりと差し出された彼女の手を握る……もしも今、くーとタルトが手を繋いだら3人の輪の出来上がりだな。マイペースで言葉巧みな女性に見える彼女だが、実はその仮面の下には本来の繊細な一面が隠されていることに、最近気付いた。

 

「よろしくな…そして、あの時の態度を謝る。お前のことを知らなかったとはいえ、冷静さを欠いていた。どうか…」

 

頭を下げようとした俺……だけど。

 

スッ。

 

!?

 

俺との間合いを詰めて、ピタッと密着したタルト。俺は彼女の肩に阻まれて、それ以上は頭を下げられなくなった。マントとセーラー服ごしに感じる鎖骨と、そして柔らかな肢体…。

 

「提督、どうぞ頭を上げてください。今より私は、あなたの部下……あなたの獰猛なる刃(ヤイバ)となりて、あなたの敵を喰らう者。私があなたから頂く言葉は、戦場の命令、ただそれだけ……」ジーッ

 

俺の顔を覗き込む彼女と、まともに目が合う。

そして普段から伝わってくる妖艶な魅力とは全く違う、全身に漲(ミナギ)るバトルオーラ。

やべぇ。

ビリビリ感じる迫力。

 

キレた時の天龍にも匹敵するかも知れない……。

 

 

 

1年と半年前の初陣を思い出す。

 

イ級に襲われて負傷した俺を見た瞬間、天龍は鬼神へと化身した。

 

敵は全滅。

 

あの時の天龍は一生忘れない。

 

大蛇退治伝説の速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)みたいだ…。

 

傷の痛みも忘れ、ただただ天龍に目を奪われながら、そんなことを思っていた。

 

 

 

「分かった、そうするよ。でも、ムチャだけはするなよ。約束してくれ」

 

彼女の目をじっと見つめながら伝える。

 

「約束します、提督」

 

「よし」

 

くーとタルトから離れて、みんなの方へと向き直る。

 

「というわけで、二人とも新たな戦力として迎える。何か質問は?」

 

「提督、いいかな?」

 

「長波か、どうぞ」

 

「タルトって、どんな由来なの? 提督の趣味?」

 

そこかよ。

 

「タ級じゃあまりにも素っ気ないなって。最初の文字だけ同じにして名付けたんだ。女の子って、お菓子とか格好いいファッションとか似合うだろ。んで思い付いたのがタルトさ」

 

「ふーん。フツーだな」

 

「ネーミングに刺激を求められても。ま、俺はタ級よりタルトの方が可愛いと思うぞ。他には?」

 

「提督、いい?」

 

「どうぞ、谷風」

 

「えっとね、黒板に書いてるけど、提督たちが潜入したのって、内通者、前の提督を捕まえるためだね。でも聞いたハナシじゃ結局、自分で辞めさせた。どうして捕まえなかったの?」

 

「ああ、それはね、谷風たちみんなを仲間にしたかったからだよ。秘密にするのと引き換えに、みんなをウチに迎えたいって言ったんだ。うまくいって良かったよ」

 

「でもさ、あの提督が約束を破って司令部に話したらヤバかったよ。てか、これから先、破るかも」

 

「大丈夫。もしもあの時、彼が司令部にバラしていたら、深海棲艦と内通するという前代未聞の不祥事を、こちらも司令部に伝えただけさ…夕雲と秋雲が、さっき確かめてくれたスキルを使ってね。そうなれば彼と彼の派閥は破滅、そして司令部……つまり歴史交流局で今、指揮を執っている局長たちも、責任を問われただろう。後は引責辞任からの人事刷新…お決まりのパターンさ。第五室長は局長のグループから恨みを買いたくないから、バラさなかったよ」

 

それに恐らくタルトは、彼が提案通りに退任するよう説得したんだろう。彼女は彼のことを、本当に案じていたから。

 

「だから、これから先も大丈夫。要するに俺は、彼の派閥と上層部の命運を左右するほどの秘密を握ったわけだからね」

 

「提督、いろいろ考えてるんだね。分かったよ、ありがと」ニコッ

 

「ああ、谷風。それじゃ次は……っと、暁か。何が聞きたい?」

 

「あのね、その深海棲艦だけど…くーもタルトも仲間になったワケだし、次は私たちが何か言われたりしない?」

 

ああ、成る程な。

深海棲艦と内通して金銭的利益を得ていた第五室長たち。

くーとタルトを仲間にした俺。

司令部にしてみれば、両方とも同じじゃないかということだな。

 

「鋭い質問だな、暁。くー、そしてタルト……暁は今ここでハッキリさせておくべきことを、提起してくれただけなんだ。暁も俺も、ちゃんと仲間だと思ってるからね。暁、その点も考えてあるから大丈夫だ。先ず第一に、俺は二人を利用して私腹を肥やすなんて、絶対にしない…当たり前だけどな…。タルトから聞いたが、室長は深海棲姫…つまり姫たちの願いが、この国で暮らすことだということは、一切知らなかったんだ…俺たちが潜入した部屋でタルトが明かしてくれるまではな。彼の目的は自らの利益だ。タルト、あの部屋にいた連中は……」

 

「友人です。裕福な人ばかりで、私たち深海棲艦に性的な興味をお持ちです。そして、部外者……一般の人はいません。この戦いについては色々と心得ているご様子でした」

 

「分かった、ありがとう。市民を巻き込むようなマネはしなかったワケだな。暁、これが第五室長だ……俺は絶対に、あんなことしない。話を続けるぞ」

 

「も、勿論よ。司令官は違うわ、信じてるんだから」

 

ありがとう暁。

明日のおかず、分けてやるからな。

 

「第二に、くーもタルトも仲間だ……こうなったら、仲間が喜ぶような展開にしようぜ。雪風、各々(オノオノ)の分室には運営上の裁量権を行使する権限が認められている……そうだな?」

 

「はい、司令。何かある度に歴史交流局に報告して指示を仰いでいては支障をきたすので、任務遂行に必要であると分室室長が認めた場合に限り、報告をせずに独自の判断で行動することが認められています」

 

「暁、みんな。俺はくーとタルト、そしてこれから出会うであろう姫たちを、歴史交流局にとって大切な存在であると判断する。友好的な彼女たちの保護は、ウチの局の使命にも合致するからな。未知の危険と困難から守るため、彼女たちの情報は厳重に守り、安全が確認されるまでは司令部に明かさないことにする」

 

暁の方に視線を向け、

 

「これで大丈夫だよ暁。俺たちは内通者じゃなくて、彼女たちの仲間であり友人だ」

 

「うん、分かったわ…それなら安心です。でも司令官、それ書類にしなくちゃいけないから、また夜のお仕事が増えたわね」

 

グハァ!

 

「だ、大丈夫だ…筋トレの時間を減らすから」

 

「ダメよ、それくらい暁がやります。司令はハンコだけでいいの。ちゃんと運動してね」ニコッ

 

天使かよ。

おかず、もう一品つけるからな。

 

「暁、私の仕事を取らないで。雪風に追い付いて撃破するんだから」

 

「えぇッ!? 雪風、撃破されちゃうんですか!」ビクン

 

いつもの光景だ。

もしかすると、新しい仲間に見せることで、早く雰囲気に慣れさせてあげようとしてるのかもな。

 

「何言ってるの、響。三人で協力すれば書類なんてあっという間よ。時間つくって、司令官と過ごすの。分かった?」

 

「ん…それもいいかな。分かった」

 

「みんな、お疲れ。そろそろお開きにしよう……今日は疲れただろう。各自、部屋でゆっくりし……」

 

ガバッ

 

「提督………」

 

「タルト、どうした? いきなり抱きついて……」

 

「提督……」

 

「うん? どうした」

 

「……………」ギュッ

 

露出度の高い戦闘装束に身を包んだ彼女。とてもふくよかな胸が、密着している。

以前の俺なら卒倒してたな。

 

ジーッ。

 

あ。

みんな見てる。

やべぇ緊張してきた。

 

「…タルト、ひょっとして眠いのか…? ここには布団あるから、お前さえよければ………」

 

「提督……り……ぅ」

 

「………?」

 

「あり…が…とぅ……」グスッ

 

……海風の次はタルトかよ。

新しい仲間たち、すっげぇ感情豊かだわ。

 

 

 

          続く




支援艦隊の雷撃はアングルが格好いいです!
あとヒットする瞬間の疾走感


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第五-3話

「提督……り……ぅ」

 

「………?」

 

「あり…が…とぅ……」グスッ

 

……海風の次はタルトかよ。

新しい仲間たち、すっげぇ感情豊かだわ。

 

 

 

第五-3話

 

 

 

スタッ…ドサッ

 

 

 

「大将、これで全部です。でも本当にいいんですかい、我々が運ばなくて?」

 

「大丈夫だよ。朝早くから頑張ってくれたんだ、ここから先はこちらでやります……どうです、新しい仲間の印象は?」

 

バショウから下船した妖精さんたちを新しい職場となる工廠に送り出した後で、名取やタルトたちをゴローさんと彼の部下に紹介した。青空の下で潮の香りに包まれながらの対面ってのも、なかなかいいもんだな。

 

「天龍さんや木曾さんとは、また違った感じですな……特に名取さんは、何て言うか、その……」

 

「大人しい?」

 

「ですねえ。拍子抜けたあ言いませんが、ちょいと驚きました。暁さんたちは、まあ仕方ありませんが、あの方はもう見た感じ高校生ぐらいなのに」

 

「多分これから、いい意味で驚かしてくれると思います。くーやタルト……いちばん小柄な子と、マントの子はどうですか?」

 

「…あ…それはまあ…小さなほうは、静かに見えても結構ハキハキしてそうで、響さんに似てますな…。ただ、マントのほうは…」

 

口籠るゴローさん。やっぱり刺激が強過ぎたか。

 

「露出が多いからね。ビックリしました?」

 

「そりゃあもう。肩や脚の防具とかマントは頼もしい感じですけどね、他はセーラー服と小さな水着だけですぜ……しかも本人は平気でニッコリ笑ってた。こいつらの驚きぶりを見たでしょう? 大将、くれぐれも間違いだけは起こさないでくだせえ」

 

「はいゴローさん。以前の俺ならともかく、今はちゃんと自分を抑える自信があります」

 

「それなら安心です……艦娘を一気に十人以上も仲間にするなんて、流石は大将だ。これからもゲンやあいつらと一緒に、お手伝い致します」

 

「ありがとうゴローさん。食堂にお昼の準備ができてますから、ゆっくりしてください」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

「ありがとうございます!」

 

「いただきます、隊長!」

 

ゴローさんと彼の部下たちが、元気な声で応えてくれる。

俺の肩書は分室室長だが、ココのみんなには思い思いの呼び方があるし、俺もそれでいいと思ってる。艦娘のみんななら提督とか司令、職員のみんななら大将とか隊長といった具合だ。

 

「また何かあったら、頼りにさせてもらうよ。今日はありがとう、お疲れ!」

 

「お疲れ様です大将」

 

「お疲れ様です!」

 

食堂へと向かう一同を見送り、すぐ傍らに浮かぶバショウへと視線を移す……早朝から活躍してくれた彼ら。

ほんと助けられてるな俺。

 

「司令官、お話終わった?」トコトコ

 

自己紹介が終わった艦娘たちと共に待っててくれた雷が、こちらへと向かってくる。

 

「ああ、終わったよ。お待たせ雷、木箱は妖精さんの荷物、段ボール箱は司令部からだ」

 

ヒョイ。木箱を1つ持ち上げる。

 

「俺はみんなと一緒に木箱を工廠まで運ぶよ。雷、段ボール箱を執務室に運んでおいてほしい」

 

「ええ、任せて…あ、ちょっと待って! すぐ終わるから、屈(カガ)んでくれる? 箱も下ろしてね」

 

 

「これでいいかな」

 

片膝を折り曲げてしゃがむ俺。何だか女王様との謁見みたいだな。

 

「少し俯(ウツム)いて…うん、それじゃ始めるわね…よいしょ」スッ…サッ、ササッ

 

雷の小さな手が、髪の中を何回も軽(カロ)やかに流れていく。

気持ちいい。

 

「ちゃんと櫛で梳(ト)かさなくちゃダメよ…司令はちょっと目を離すと、直ぐにボサボサなんだから」

 

俺の頭を両腕で包みこんでいる彼女の声が伝わってくる……そして柔らかな体の感触と、多分シャンプーの心地よい香り。

 

「はいおしまい。お昼ご飯、ちゃんと食べてね。食堂でもいいけど、冷蔵庫におにぎりもあるから」ニッコリ

 

天使の微笑みに魂を持っていかれそうになったが、何とか踏みとどまることに成功する。

もう1人の天使は今朝、おかずを分けたら不思議そうな顔をしつつも、美味しそうに食べてた。

 

「雷の艦むすを食べそこなうなんて大事件だよ。ありがとうな、頂くよ…梅干しある?」

 

「バッチリ。それと、昆布もね……あ、みんな来たわね。それじゃ午後も頑張ってね」ヒョイ

 

段ボール箱を軽々と持ち上げて立ち去る雷。そして、こちらへと近付いてくる仲間たち。

 

「提督、大きな港だね~。大型船の喫水でも余裕でしょ? あ、手伝うよ」ヒョイ

 

「コンテナ船や豪華客船でも全く問題ないくらいだよ、秋雲。レジャーとか向けに貸し出して、使用料を得られたらいいんだけどなあ」

 

「機密上、不可能ってわけだね。ココって、もしかして赤字?」

 

「もう秋雲ったら、そういうことは……」ヒョイ

 

「いいんだよ夕雲、ここはもうみんなの家だ。自分の家について知るのは自然だよ……夕雲にも、そしてみんなにも知っておいてほしい」

 

ほんの少し声を大きくして、

 

「運営の費用に関しては大丈夫だ。ただ、見ての通りの規模だ……施設の維持管理が、とにかく大変なんだよ。さっき雷が運んでいったのは司令部からの荷物なんだが、恐らく予算の配分に関する通知も入ってると思う。後で読んで、これからの任務に役立てる積りだ」

 

「あれ? えーっと、鎮守府の運営ってさ、資金とか予算に関しては総務課の仕事でしょ……提督はあくまでも戦闘と鎮守府防衛、それと対外交渉の責任者よね?」

 

「その通りだよ。但し俺たち広報課の分室室長にも、総務課よりは劣るが、ある程度の範囲内で予算を組む権限が与えられているんだ。無駄遣いしないように気を付けてるよ」

 

「あ…あの……」

 

「海風、どうした?」

 

「昨日、私たちのために開いてくれたパーティーって、もしかして……」ヒョイ

 

「そうだ。俺が費用を計算して、金庫から出してきたんだ。よし、みんな持ってくれたね……後は歩きながら話そう。くー、俺たちの運んでる木箱はちょっと重いから、職員にぶつかったら大変なんだよ……先頭に立って、誰か来たら、ぶつからないように守ってほしい。目的地は工廠だ」

 

「うん、わかった。にんむだね」トコトコ

 

「そうだ、しっかり頼むよ。それじゃ行こう…………海風、話の続きだけど、みんなの歓迎パーティーはとても大切な行事だ。そのための予算を出すのはむしろ、嬉しいくらいだよ。気にしないでほしい」

 

「そうなんですか……分かりました、提督。ありがとうございます」ニッコリ

 

「提督、重くない? 重かったら持つよ? これ結構、目方あるよ…私たちは平気だけど」

 

「ありがとう鬼怒。そうだな、三十キロぐらいありそうだな……でもこの程度なら大丈夫だよ。中身は妖精さんたちの工具とか部品らしい。気を付けて運ぼう」

 

「はい、提督」

 

「提督、よろしいでしょうか?」

 

「いいよ夕雲、どうしたの?」

 

「提督、あの時……一人だけ、会場から逃げ出した人がいたんです…」

 

「俺が第五室長と対峙した時か。確かにいたね」

 

「はい。あの人はどうなったのか、ご存知ではありませんか?」

 

「その男なら無事だ。夕雲たちが入ってきた直後に建物から飛び出したんだけど、水偵の妖精さんが複数で進路を妨害しながら包囲して、逃亡を諦めさせたからな。第五室長が出ていく時に、一緒に引き揚げたよ」

 

「そうでしたか…安心しました、ありがとうございます」ニコリ

 

俺は連中のことを、許すべからざる内通者と断じていたんだけどな……夕雲といいタルトといい、どうも俺とは考え方が違うみたいだ。例の密会は半年くらい続いていたらしいから、彼女たちはその間、第五室長らと会話や歓談を交わしていたわけか。意外と優しかったとか、紳士的だったとかかな……。

認識を修正。

取り敢えず、単なる悪人だと決め付けるのはやめよう。

 

「あのね、おにもつはこんでるの。あぶないから、ちょっと、まっててくれる?」

 

くーの声。見ると、食堂スタッフの1人だった。いつも明るくて礼儀正しいので、ココでの人気が高い女の子だ。

 

「あ、そうなんだ。分かった、待ってるね……室長さん! お疲れ様です」ペコリ

 

「ハヤもね。これから寮に戻るのかい?」

 

「はい、お昼のピークは過ぎたので夕方までのんびりしちゃいます」ニッコリ

 

「ウチは五十人を越える大所帯だから大変だよな。ゴローさんたちの分も、ありがとう」

 

「ステーキ定食六人前ですよ! しかも大盛り! みなさん相変わらず健啖家ですね。 室長さんのポケットマネー、たっぷり頂きました」ニヤリ

 

「食費だけは絶対に出し惜しみしないからな、これからもお願いすることは何回もあると思う……そうだハヤ、もっと大所帯になったぞ。さっき声を掛けた艦娘も含めて、総勢十一人の新しい仲間さ。みんな、食堂のスタッフとして頑張ってくれてるハヤだよ」

 

「あ、こちらのみなさんなんですね………今朝の回覧板、見ましたよ。今回の艦娘さんは、交流局にも秘密なんですよね、了解しました! みなさん、私はハヤです、よろしくお願いします!」

 

回覧板というのは昨晩、暁と響そして雪風が作成してくれた2種類の書類……書庫に保管する書類と、鎮守府の職員たちに通達する書類……その後者の方を挟んだクリップボードだ。

メールは各自の端末に残るからヤバい。

何でもかんでもスマホやPCに頼るから、世間じゃ個人情報の流出が止まらないんだと思う。

俺たちは特別な場合を除いて、昔ながらの方法を採用しているんだ。

 

「くーだよ。よろしくね、はや」

 

「はい、くーちゃんよろしくね!」

 

「よろしく!」

 

「よろしくお願いします!」

 

次々に挨拶していくみんなと、それに応えるハヤ。一列縦隊に並んで、しかも荷物ありだ…きちんとした自己紹介は後日、各自で……だな。

 

「ハヤ、そろそろ行くよ。今日はありがとうな」

 

「あ……あの、またのご利用お待ちしてますね」ニコッ

 

「ああ、じゃあね」

 

再び歩き始める俺たち……やがて見えてきたのは、木々に囲まれた大きな煉瓦造りの建物。年季を感じさせる赤茶色の煉瓦1つ1つがたくさん集まっている色彩は、一種の重厚さを放っている。

 

「うわー……すっごい年代物だな……しかもおっきい。前のトコとは大違いだ」

 

感嘆の声が長波から。

 

「三つの艦隊から来てくれた妖精さんたちが暮らすためのスペースも、たっぷりあるぞ。一階は大広間になってるんだ」ザッ

 

周りをぐるりと囲む煉瓦の壁に設けられた唯一の門をくぐり、正面玄関へと近付いていく。そして

 

 

ギイイィ………。

 

 

あと数歩というところまで来た時に、扉が開け放たれた。中から現れたのは、作業着に身を包んだ1人の小柄な女の子。

 

 

 

(……………!)

 

「(ああ、久し振りだね職長! この前はありがとうな、暁も電も空中ブランコ、凄く喜んでたよ)」

 

彼女たち妖精さんは、言葉ではなく思念を伝える。内容をみんなにも分かってもらうために、言葉と念話の両方を使ってやりとりする俺。

 

(………………! …………?)

 

「(ごめんよ、もっと来るべきだった……ああ、妖精さんたちの荷物だよ。そして彼女たちも、新しい仲間だ)」

 

 

 

          続く




オープニング本当に素敵です
これから始まるストーリーへの期待を掻き立ててくれるような


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第五-4話

彼女たち妖精さんは、言葉ではなく思念を伝える。内容をみんなにも分かってもらうために、言葉と念話の両方でやりとりする俺。

 

(…………! …………?)

 

「(ごめんよ、もっと来るべきだった……ああ、妖精さんたちの荷物だよ。そして彼女たちも、新しい仲間だ)」

 

 

 

第五-4話

 

 

 

ゴトッ…

 

 

 

大広間の一角に、木箱を並べていく。工廠の区画まで運ぼうかと聞いてみたんだけど、職長からはココでいいとの返事だった。

妖精さん以外の者が仕事場に立ち入るのは、好ましくないと思っているのかも知れない。

 

(提督って、スゴいですね……ビックリしちゃいました)///

 

海風か。

 

(全員が念話できるようになれば、音声は不要なんだけどね。今はまだ四人だけだから、しばらくはこんな感じでいくよ)

 

(妖精のみなさんと言葉で話せたら、素敵ですよね)

 

(だよなあ……)

 

(提督、タルトで五人です。これからはどうか、お忘れにならないで)

 

(そうか、お前もできるように……何か相談とかあれば、遠慮なくコレ使えよ。いつでもいいからね)

 

(…はい)///

 

(提督、それじゃ谷風も!?)

 

(六人目か。勿論だ谷風、いつでもどんなことでも)

 

(やったぁ! ね、他にもいるかもだねぇ)

 

(確かにそうだな、急に増えたし)

 

(阿武隈はね、提督の好きな食べ物とか知りたいなあ)

 

七人目。いい感じだ。

 

(おにぎりだな。日本が生んだ最高の食文化だ!)

 

(あ…そうなんだぁ。いいよね、おにぎり!)

 

(うんうん、王道っしょ)

 

秋雲だ…八人目。

 

(同感! おにぎりだよ)

 

九人目の鬼怒だ。

 

(提督の世代なら、舶来のお食事がお好きかと思いましたが……)

 

これで十人! やったぜ。

 

(ああ、洋食も大好きだよ夕雲。でもな、具材を変えるだけで、あっという間に洋風ライスボールに早変わりだ。やっぱりおにぎりこそ至高だな)

 

(て、提督ったら……そ、そう、ですか……)///

 

あれ?

 

(どうしたんだ夕雲、何か俺、気に障(サワ)ること言ってしまっ……)

 

(そ、そんな…! 違います! ただ……)

 

(ただ?)

 

(……………)

 

夕雲の言葉が途切れる。このまま彼女に話し掛けるのは、何だか良くない気がする。それならば……

 

(秋雲。助けて)

 

(あのね提督、さっき夕雲に言ったセリフね、覚えてる?)

 

(洋食は大好きだと言ったさ。それが何か…)

 

あ。

 

(そ。その大好きの後に、誰の名前があったか思い出してみ? もう、提督ってば大胆)クスクス

 

やっちまったあああああ!

 

ガバッ

 

「待ってくれ夕雲!!」ギュッ

 

「あ…て、提督………」///

 

「夕雲、お前は誤解している…俺はメシのことしか頭にないって思ってるだろう? 違うからな」

 

「…ありゃ? 提督?」

 

「て……提督ぅ?」

 

「あのさ、そこはさ、ビックリさせたのを謝ってさ、これからは気を付けるからよろしくねって感じで…」

 

外野から何か聞こえるが、今はそれどころじゃねぇ。

さっきは焦ったが、考え方によっては、ちょうどいい機会だ……こうなったら俺の本音をハッキリさせてやる!! このままじゃ、仮に謝ったとしても夕雲とは気まずいままだ……伝えたいことも伝えずにお互いモヤモヤ過ごすぐらいなら、伝えたいことを伝えてバッサリ斬られたほうがまだマシだ。

 

「いいかい、夕雲……俺はメシの話をしただけだ、夕雲とはフツーにやっていきたいだけなんだ………なんて言うとでも思ったか? 俺は夕雲のこと、好きだからな! 木曾はお前を大切に思っているが、俺は木曾も夕雲も好きだ! 雪風も明石も遠征トリオも駆逐隊カルテットもここにいるみんなも、一人残らず大好きなんだ!! 分かってくれるか!!?」

 

「ええええええええ!?」

 

「きゃあああああああああああああああああ!!」

 

「な、何だってえ!!!」

 

「くーも、しれいすき」

 

「うそ! うそでしょ! 提督、冗談言っちゃダメ!」

 

「提督…本当、なのですか……?」

 

「やべぇよ………この男やべぇなマジで。私の想像、軽く越えてたわ……」

 

「提督…そう、タルトのことを……」

 

「えっとねぇタルト、みんなだからね? つまり谷風もだね」

 

「提督、そんな、いきなり……恥ずかしいよ……」

 

「私……私のこと……」ギュッ

 

 

 

クラッ……

 

少し足取りが覚束(オボツカ)なくなった夕雲を正面から支える。

 

「……もう…提督、ビックリしましたあ……」

 

「ほら夕雲、しっかり……木箱に腰掛ける?」

 

「いえ、このままでお願いします……」ギュッ

 

「いいよ……夕雲、今の話だけど、いい加減な気持ちじゃないって分かってくれた?」

 

「はい、それはもう……」

 

「なら良かった。……ん、職長が戻って来たみたいだ、奥から音がする」

 

「あ……それじゃ私も、ちゃんと立たないと……」

 

「いいって。気にするな」ギュッ

 

みんな少しザワザワしてはいるものの、ちゃんと落ち着きを取り戻している。こういうトコは流石だな……後は、彼女たちが俺の言葉をどう受け止めるか、だ。

…ただ、名取だけが、念話に入ってこなかったのが気になる。まだ発動できないのか、それとも……。

 

 

 

ガチャリ

 

車輪付きの運搬台を両手で押しながら入室する職長。その台の上に載せられているのは………

 

 

 

「あ、くーのだ。ひさしぶりだね」ニコッ

 

「くー、ここで装着してくれるか?」

 

「うん、わかったよ…………あれ、たるとのもある」カチャ

 

「ああ、同じように改造を依頼しておいたんだ。タルト、頼む」

 

「はい、提督」カチャ

 

2人が各々の兵装を身に付けていく………それを興味津々の表情で見守る艦娘の面々。

 

(職長、本当にありがとう。いつも無理を言って、すまない………)

 

(………………!!………!)

 

(他人行儀はやめろ? ああ、分かったよ。まったく、怒りっぽいんだからな! 俺に何か手伝えることがあったら、いつでも言ってよ)

 

(……………♪……!)

 

(子どもが生意気言うなって? 顔が嬉しそうだぞ。とにかく、ありがとう)

 

「あの…提督、どのような改造なのか、お聞きしてもよろしいですか……?」

 

「うん早霜。くーもタルトも、みんなとは交戦したことないな?」

 

「はい、二人ともあの通り目立ちますから、戦場で遭遇していれば絶対に忘れないと思います。姉様たちも私も、イ級やハ級は何回も沈めましたが、二人とは一度も戦ったことがありません……」

 

やはりな。

くーもタルトも、何とか鎮守府とは交戦しないように注意してたんだろう。

 

「分かった。俺たちは二月に、くーと戦ったんだ……失神で済んだのは、不幸中の幸いだった。彼女の兵装には驚いたよ、見た目の迫力がヤバくてね……仲間にするなら何とかしなくちゃいけないと思ってた。タルトとは交戦したことないけど、何回か交渉しているうちに兵装を見せてもらってね、やっぱり彼女のも何とかしようと思ったんだ」

 

「仲間にするために…ですか……」

 

「ああ。鋭い歯を剥き出しにした三連装砲や連装砲ってのは、艦娘の兵器として相応しくないからね」

 

「艦娘……あ……提督、さっき食堂の女性……えっと、ハヤさんにも、そう仰(オッシャ)ってましたね」

 

「ああ、くーもタルトも艦娘だ。俺は、そう思っているよ」

 

「しれい、くーはかんむすなの? いなずまとおんなじ?」トコトコ

 

「装着できたんだな。ああ、そうだよ。同じだ」

 

まだ確証などないが、俺の中では1つの考えが形を成しつつある……艦娘も深海棲艦も、心の根底に宿る魂は、とある人々から託されたものではないかという考えが………。

 

「うん、わかった。おんなじだね」ニッコリ

 

「提督、とても良い感触です…外見こそ違いますが、この子の魂は少しも変わっていません。この砲身と共に炎の剣となりて、あなたの前に立ち塞がる鬼を斬り裂いてみせます。どうか、ご命令を」

 

「くーもだよ…おくちなくなったけど、ちっともかわってない。おに、ちかくにいるよね…かんじるよ? くーがたおす」

 

明らかに普段とは様子の違う2人……いや、戦の船にとっては、今の姿こそが「普段」なのかも。久しぶりの武装に、精神が高揚しているんだろう。

 

「提督……、敵が近くに、いるの?」

 

「阿武隈、みんな、よく聞くんだ。第二艦隊が敵の殲滅に失敗した…。さっきゴローさんに聞いたが、残敵を索敵中の艦娘を視認したそうだ。司令部は第二艦隊に任せる積りだろう……だが、俺たちの海域に侵入する可能性があるなら話は別だ。タルト、鬼どもの配下は傷を負わされた場合、帰投か復讐か、どちらを優先する?」

 

「復讐です、提督。奴らは鬼と同じく、血に飢えています」

 

決まりだ。

 

「分かった。二人とも司令部の大切な客人だが、ここでは戦士であり艦娘だ…。タルト、そしてくー。鎮守府の指揮官として出撃を要請する。残敵の殲滅だ」

 

「御意」

 

「おまかせあれ」

 

 

 

          続く




こんなに凄い作品を制作するために一体どれほどの人々が……
想像するだけでも圧倒されてしまいそうです


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第五-5話

「分かった。二人とも司令部の大切な客人だが、ここでは戦士であり艦娘だ…。タルト、そしてくー。鎮守府の指揮官として出撃を要請する。残敵の殲滅だ」

 

「御意」

 

「おまかせあれ」

 

 

 

第五-5話

 

 

 

ザッバアアアアアン!!

 

 

 

晴れわたった青空の下に広がる、穏やかな海原……そして突如、水面より立ちのぼる巨大な水柱。戦艦の三連装砲から放たれる砲撃の威力を目の当たりにしたのは初めてだ。岸壁の名取たちは、どんな思いで見ているんだろう?

 

(みっつ。のこりはふたつで、おにとざこ)

 

くーとタルトの気配を感知して接近したら、海岸線を形成する断崖絶壁の陰からいきなり攻撃を浴びた鬼たち。さっき奴らの存在を感じると言ったくーの索敵能力は非常に高く、敵の速度と進路を把握するほどだった。その結果、易々(ヤスヤス)と待ち伏せからの迎撃に成功……先ずは上々だ。

 

(生体反応まで確認できるのか。二体の様子は?)

 

(どっちも、うごきとまったよ)

 

驚いて警戒しているか、ダメージで行動力が低下したか、或いは……。

 

(くー、背後から接近。但し攻撃無用、回避優先で即座に離脱、タルトに合流)

 

(りょうかい)ザザッ

 

(タルト、火力抑制、砲撃続行。合流するまでは、くーの援護に専念だ)

 

(了解しました)

 

ズガガガガガガガ!

 

敵の速射砲撃……あれは軽巡ヘ級か。思った通り、ダメージを受けたフリして接近を誘ってからの不意打ちを狙ったな。

だが。

 

ザザザ……バシャアッ!

 

駆逐棲姫くーは見事なまでの俊敏さで回避していく。

あんな戦法は見たことがない……まるで水面の上を疾走するトビウオみたいに飛び上がったかと思えば、次の瞬間にはカーリングのようにピッタリと海の表面にくっついて自由自在に動き回っている。

起立の体勢で戦う他の艦娘とは異なり、正座みたいな状態で移動しているから、安定性が抜群に良さそうだ……攻撃機能と移動機能の両方を兼ね備えたくーの兵装といい、そして彼女を倒した天龍の強さといい、艦娘の凄さには驚くばかりだな。

 

(引っ掛かったぞ…艦載機まで出してるが砲撃の回避に気を取られ周りを全然見ていない。魚雷同士を炸裂させ下から爆発で空中に吹き飛ばせ…支援攻撃開始)

 

(了解!)

 

(Да(ダー)!)

 

(了解!)

 

(了解!)

 

「了解!! しっかりつかまってろ!!」ザザザアッ

 

潜んでいた岩場や断崖の陰から飛び出す木曾と俺、そして暁たち。木曾は背負っている俺の目方など全く気にせず、素晴らしい速度で鬼と軽巡にぐんぐん迫る。

そして

 

シュパアアアッ!

 

腕を華麗に一閃、軽快な音と共に着水した魚雷は、水を得た魚の如く急激に加速していく……その直後に放たれた暁たちの魚雷と合わせて計5発、全て狙いあやまたず目標に炸裂する…。

次々と響きわたる轟音。

 

「!!」

 

再び水面から勢いよく昇る水柱と共に、空中へと吹き飛ばされる深海棲鬼……。

 

(くー、タルト。落下点に向け集中砲撃開始)

 

(りょうかい)

 

(はい、提督)

 

バシイイッ

 

水面へと叩き付けられる水鬼……重巡主体で編成された大火力艦隊との交戦で手勢(テゼイ)が激減した状態だ、これだけの艦娘を相手にするのは不可能だな。

 

 

 

ズガッ! ドガアン!! ドガガガッ!!

 

 

 

とどめの砲撃。

くーの連装砲、そしてタルトの三連装砲だ……落水の瞬間は回避行動なんて不可能。まともに命中した。

 

「木曾」

 

「艤装が四散している……ヤツは浮いたままだ」

 

「……分かった」

(…明石、鬼を埋葬する……オイルフェンスの設置は、遺体を収容してからだ)

 

(分かりました提督、モジャコで接近して収容の準備に入ります)

 

(ああ)

 

(司令官さん……)

 

(そろそろ第二艦隊の艦娘たちが接近する頃だ…数は三人、木曾が確認した。電たちは、彼女らを鎮守府に連れていってくれ…入港を許可する。埋葬に立ち会ってもらうことにする)

 

(分かりました)ザアッ

 

(くー、タルト、お疲れ。初陣の勝利おめでとう……まだ、お前たちを他の艦隊に見られるわけにはいかない。直ちに帰投だ)

 

(りょうかい。しれい、ありがとう)ザアッ

 

(提督、了解しました。………あの、………いえ、帰投致します)ザザザ……

 

やがて、水鬼の浮かぶ水面へと接近する小さな船が見えてきた……操縦しているのは明石。2月の戦闘では暁たち4人が曳いていた。

 

「木曾、俺は明石を手伝う。あそこまで頼む」

 

「分かったよ。オレも手伝うぜ」ザアッ

 

ありがとうの代わりに、木曾の後ろ髪をゆっくりと撫でる俺。すると彼女は、自分の首の周りを包み込んでいる俺の腕に軽く、ポンポンと手を。

 

 

 

          続く

 




普段は明るい表情を見せてくれる艦娘でもそうじゃない時がある艦これ改
ゲーム内でムチャな戦闘をすることへの警鐘を鳴らす演出が多い作品という印象です


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第五-6話

ありがとうの代わりに、木曾の後ろ髪をゆっくりと撫でる俺。すると彼女は、自分の首の周りを包み込んでいる俺の腕に軽く、ポンポンと手を。

 

 

 

第五-6話

 

 

 

ザッ…ザクッ……

 

 

 

もう既に日がかなり傾いているので、辺りは薄暗い。スコップを地面に置きながら声を掛け、そのまま屈んで土を手に掬(スク)いとる。

 

「みんな……ここからは手で、な」

 

さっきの交戦直前、木曾が水偵で偵察した時に確認した姿……頭部から左右へと生えた角のような白い突起物。雪風の提案で一緒に読んだ国防省ファイルに載っていた。俺たちが今、取り囲んでいるのは泊地水鬼の墓だ。

 

「はい提督」

 

「うん、分かったよ」

 

「分かりました、提督」

 

俺と同じくスコップで、水鬼が横たわる穴を土で埋め戻していた鬼怒と阿武隈そして海風が、各々の道具を地面に置いた。

 

パサッ…トントン

 

パサッ……

 

パサッ…

 

今、第八艦隊の鎮守府に揃っている16人の艦娘たちが、土を手で運んで被せていく。スコップを使えば早く終わるんだが、これは効率の問題なんかじゃない……気持ちの問題だ。彼女たち全員が、同じ作業に参加しながら気持ちを1つにしている、ということが大切なんだ。

 

「あの、提督……あ、いえ、提督さん。お願いです、私たちもお手伝いしたいです!」

 

少し離れた場所から俺たちの様子を眺めていた2人の艦娘の1人がこちらへと近付いてきて、俺に声を掛ける。あどけなさの残る柔らかな声……そして、どこか芯の通った強さを感じさせる声の主(ヌシ)は第二艦隊に所属する重巡洋艦であり、彼女の自己紹介によれば旗艦であるとのことだった。

 

「いいのかい古鷹? さっきスコップの作業を手伝うと言ってくれたのを断ったのは悪かったと思っている……でもあなた方は初めて出会うお客さんだ、お客に作業を手伝わせるわけにはいかなかった。このまま見守ってもらうのは無理なお願いかな?」

 

「はい、無理です!」キッパリ

 

いきなり間合いを詰めて、水晶のように透き通った目で俺の顔をじっと見つめる古鷹。天龍や木曾ほどじゃないけど、それでも初見なら間違いなくビックリする素早さだ。

 

「此度(コタビ)の不手際、本当に申し訳ありません…でもお願いです、これじゃ私たち恥ずかしくて帰れません! お願いします」ペコリ

 

聞けば第二艦隊は今度の海戦で、30体以上の深海棲艦を沈めたとのこと……驚嘆に値する戦果なのに「不手際」だなんて、戦闘能力に関しての自信が強過ぎるんじゃないかと思う。彼女たちの艦隊は、完全勝利しか許されない組織なのか? それとも、出撃せざるを得なかったウチの艦娘の身を案じているのかな? だとしたら、とても心優しい女の子だが……。

 

「ウチの艦娘は一切、負傷していないから気にしないでほしい。それと手伝いのことだけど……お願いするよ。こちらの言い分を聞き入れてくれたんだ、古鷹の願いもちゃんと聞かなくちゃ不公平だからね」

 

 

 

気を付けるんだぜ。これからお前はしばらく、他の鎮守府から徹底的にマークされるだろうよ

 

 

 

課長の言葉を思い出す。

こうして出会ったからには、こちらも彼女たちに悪い印象を与えてしまわないよう気を付けなくてはならない。他の分室から名取たちを引き取った時点で俺は、他の室長たちからマークされる条件を満たしてしまったのだから。

 

でも構わない。

 

艦娘を仲間に迎えて鎮守府が賑やかになって、みんなが楽しく過ごせるのなら、それを実現させるための過程にはツラいことなんて何もありゃしないんだ。

先ずは彼女たちとの会話をきちんと、だな。

 

「ありがとうございます提督! 加古、早くこっち来て! お手伝いするからね」

 

古鷹の言葉に応じて、彼女の仲間である艦娘が近付いてくる…背筋をピンと伸ばして歩くその姿は力強さに満ちているが、彼女の表情にはツワモノにありがちな威圧感が全く感じられない。気を抜いているわけではないし……鷹揚な性格なのかな。

 

「古鷹さぁ、さん付け忘れてるぞ…。ま、この人はそんなの気にしない感じだね。あのさ提督さん、少し暗くなってきたしさ、泊めてもらえないかな?」

 

「ちょっと加古、ダメだよ。提督、あ、ごめんなさい! 提督さん、加古が言ったこと、どうか許してください。私たち、お手伝いしたら帰ります!」

 

「えぇ~、鎮守府に着く頃には真っ暗だよ。提督ぅ、ダメ?」

 

何だかのんびりしたコンビだな…加古も提督さんから提督になってるし。適度な緊張感は必要だが、この2人に対してはあまり肩に力を入れることもないか。

 

「とんでもない、こちらから聞いてみようかと思ってたところだよ。古鷹、夜中の航行なんて危険だよ。遠慮は無用だ、今晩はゆっくりしていってほしい……それに、一足早く帰った初春には、今晩は帰れないかもって伝言をちゃんと託したんだろう? もしかして第六艦隊の鎮守府に泊まる積りだったのかも知れないけど、あそこは今、無人だぞ……民間警備会社のセンサーが張り巡らせられているから、入港したら騒ぎになる。ここに泊まるといい」

 

恐らく彼女たちは何回も宿泊したことがあるんだろうな……3つの鎮守府に9人の艦娘しか所属していなかったんだから、いくら小規模とはいえ空き部屋はかなりあったハズだ。

 

「ええっ……そうだったんですか…。ど、どうしよう、加古ぉ」

 

「やったぁ、ありがとね提督。古鷹、こういう時は有り難く厚意を受け取るもんだよ。先に行くからね」ザッ

 

「あっ……もぉ~加古ったら…。提督さん、本当に、いいんですか?」

 

「勿論だ。古鷹や加古の第二艦隊がダメージを与えていたからこそ、ウチは首尾よく勝利することができたんだ。これは、こちらの感謝のしるしだと思ってくれれば嬉しい」

 

一瞬、ビックリした表情を見せた古鷹。泊地水鬼を取り逃がしたことで、何かキツい言葉を浴びせられるかと思っていたのかな……そんなことをしそうな提督なら、1人だけ心当たりがあるけどな。

 

「……ありがとうございます、お言葉に甘えます! 手伝ってきますね」ニッコリ

 

素直な女の子だな。もしかしたら第二艦隊とは、うまくやっていけるかも知れない。

さあ、話もまとまったし俺も手伝わなくちゃだな。

 

(司令、お二人とのお話、どうでした?)

 

雪風には、出撃ではなく職員たちと共に鎮守府防衛の役目を担ってもらっていた。ウチの16人に古鷹と加古が加わり今は18人もひしめいているから、ちょっと見付けにくい。

 

(雪風か。とても穏やかなコンビだよ、強さを内に秘めていながらそれを誇示する様子が全然ない)

 

(古鷹は第二室長さんの秘書艦なんですよね。デキる女って印象ですか?)

 

(艦隊で、とても慕われているんじゃないかな。人当たりが良いから交渉事には強そうだ…ただ)

 

(?)

 

(加古のほうも、なかなか手ごわいぞ。古鷹は帰る積りだったが、加古がそうさせなかったんだ。雪風もみんなも知ってる通り、ウチは他の艦隊からマークされてる。呑気なように見えて、実はその任務を忘れずにきちんと旗艦をサポートする冷静さを備えてる。流石だと思うよ)

 

(ここに泊まって、私たちの様子をじっくり確かめるってことですか?)

 

(そう。戦闘の後で彼女たちには報告書作成に付き合ってもらったから、その時にウチの内部も見られてる。でも一時間ほどで終わったから観察するには不充分だよ。ここに泊まれば、もっと色々と分かるって考えたんじゃないかな)

 

(司令、どうしましょう? 雪風、少し気になってきちゃいました…)

 

(俺たちが二人を警戒している様子なんて見せたら大変だぞ、彼女たちだって心を閉ざすからね。それに、第八艦隊はお客を夜中に帰らせるような連中だなんて評判は絶対にダメだ。雪風、ウチの艦隊はずっと他の鎮守府と交流してないんだよな?)

 

(はい、おじ様の時代からずっと、私たち十人は他のトコで寂しくお留守番とか、そんなのばかり……)

 

(だからこそ、だよ。相手のことを知らないから慎重になるのは当然さ……でも、疑いの目で相手を見るのは絶対やっちゃいけない。こちらの感情ってのは、必ず伝わってしまうからね。先ずはフツーにいこうよ)

 

(フツー、ですか)

 

(そう、フツーだよ。そして、今まで交流できなかった遅れを取り戻すんだ)

 

(…そう、ですね……分かりました、司令!)

 

(のんびりやっていこう。みんなの様子はどうだった?)

 

(全く問題ありません。みなさん、とても冷静に行動なさいました……おじ様の頃にも、直ぐ近くでの交戦は何度かあったんです。経験がちゃんと生かされてました。やっぱり素晴らしい鎮守府です!)

 

やや興奮気味の声。まるで雪風の笑顔が目に浮かぶようだ。ここの職員は各自の業務に習熟しているだけでなく、危機対処意識も充分だから心強い。

 

(それを聞いて安心した。雪風、古鷹と加古が今晩ここに泊まることになったよ……食事と浴衣、寝室の手配を頼む)

 

(もうできてます! 司令なら、そうするんじゃないかなって思って)

 

雪風のドヤ顔が目に浮かぶようだ。彼女にはいつも助けられてばかりだなあ。

 

(ありがとう雪風、本当にかなわないよ……いつもありがとう)

 

(雪風は司令の秘書艦ですから! それじゃ、できるだけ早くお戻りになってくださいね)

 

(ああ、分かった……そうだ、雪風)

 

(はい)

 

(時間のある時に、お参りを頼む。彼女は敵だった…でも今はもう、憎しみや怨念から解放されたんだ)

 

(はい……司令、分かりました)

 

 

 

          続く




どうか全ての方々のご無事と一刻も早い救助を


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第五-7話

(時間のある時に、お参りを頼む。彼女は敵だった…でも今はもう、憎しみや怨念から解放されたんだ)

 

(はい……司令、分かりました)

 

 

 

第五-7話

 

 

 

コンコン…

 

 

 

「しれい、くーとたるとだよ。はいるね」

 

「ああ、待ってたよ」

 

ガチャ

 

「提督、お二人は……?」キョロキョロ

 

……ん? 2人とも、何だか顔が赤いような。

 

「大丈夫、露天風呂だよ。くー、ちゃんとノックしてるんだな。ほら、夜食だ」つ

 

「わあ……あかしのくっきーだいすき。ありがとう」パクッ

 

「司令官、私も」ガシッ

 

「暁、ずるいよ。私も」ギュッ

 

お揃いの帽子を被った姉妹が左右からしがみつく。今日は会議じゃないからウッディのセットはナシ。戦闘や埋葬で疲れているみんなは今、フワフワ絨毯の上で寛(クツロ)いでいる。

 

「もう最後の一枚だよ……もっと多く、頼んでおくべきだったかな。でも明石、やっぱり今より増えたらキツいよな?」

 

「そんなことありませんよ、提督。みなさんが美味しく食べてくれるなら、もう何十枚でも」

 

「何十枚というか、今日だって五十枚は軽く越えてたと思うぞ」

 

「えぇっ……そんなにありました? うーん、まだまだ余裕ですね。次は百枚でもいけますよ!」ニコッ

 

「やる気充分か。ありがとう、作業の邪魔にならない時を見計らってまたお願いするよ。何か足りない部品とか、大丈夫?」

 

「はい、職長の仲間……というか部下が増えましたから。あの木箱の中はきっと、お宝で一杯です!」キラキラ

 

目を輝かせる明石。分かるぜ、ゲームでも宝箱を開けるのは興奮する瞬間だ。

 

「そうか、その手があったな。明石は職長と心を通わせることができるからバッチリだ。ほらタルト、雷のケーキと並ぶ我が鎮守府の名物、明石のクッキーだよ」

 

「私が……頂いてもよろしいのですか?」

 

「勿論だ。もうココにいるみんな、二人が来る前に食べてるんだからね。これはお前の分だよ」つ

 

左右からしがみつくコアラたちが不満そうに唸ってるがスルーしておく。

 

「あ……はい、では、頂きます…」パクッ

 

口元に手を添えて味わうタルト。前から思っていたが、戦いに明け暮れている艦娘にしては所作(ショサ)が洗練されてるな……第五室長や部下の艦娘たちとの触れ合いを重ねるうちに学んだのか、それとも彼女の身近にいる深海棲姫の誰かが教えたのかな?

 

「とっても…美味しいです……」///

 

「まあ、本当に? 嬉しいな、これからも食べてくれる?」ニッコリ

 

「は、はい、明石」ドキドキ

 

まだ少しぎこちないが、打ち解けて話せるようになるのも間近という気がする。お菓子がキッカケで仲良くなってくれれば嬉しいな。

 

「これで全員、揃ったね。それじゃ始めるぞ、先ずはみんな、今日は本当にお疲れ様。強力なて……」

 

「お疲れ様です!」

 

「お疲れ様です!」

 

「お疲れ様、提督!」

 

「お疲れ、よくやった!」

 

「凄かったです、もうビックリしました!!」

 

室内に次々と響きわたる元気な声。18人いると、流石に大迫力だ。

 

「ありがとう、でも真の功労者はみんなだからな………強力な敵にも拘(カカ)わらず勇敢に戦ってくれたくー、タルト、木曾、暁、響、雷、電。そして、この鎮守府をしっかり守ってくれた雪風、明石、名取、鬼怒、阿武隈、海風、谷風、夕雲、秋雲、長波、早霜。本当にありがとう。これからもよろしくな」

 

「わ、私たち……岸壁で見てただけです。お役に立ったんですか……?」

 

お、名取の発言だ。

 

「勿論だよ、名取。武装したみんなが居並ぶ姿は圧巻だったぞ。くーの感知能力で敵の総勢は鬼一体と配下四体だと分かってたから、鬼の足止めさえ成功すれば、仮に配下が突破したところで、鎮守府に辿り着く前にみんなの力で全滅することは分かってた。だから俺たちには、精神的なゆとりがあったんだ……第二艦隊に負けて、まる一日逃げ続けてた水鬼たちとは大違いさ。今回はココにいる十八人全員の力で勝利したんだ」

 

「提督、十九人です」

 

「ありがとうな、夕雲」

 

「分かりました提督……嬉しいです」///

 

「俺も名取が質問してくれて嬉しいぞ。みんなも遠慮しないでほしい……個人的なことなら、念話でも構わないからね。そうそう、念話で内密の話をしてるときは周りを遮断してしまうんだ……その時は後から誰かが加わることもできないし、話してる俺たちも全く気付かないから注意してくれ」

 

「え~、不便だね。電話みたいにさ、ちゃんと着信に気付いて保留できたらいいのにさ」

 

「俺もそう思うよ谷風。だから戦闘中とか危険な雰囲気の時とかは、必ず多人数用の念話にしておく。もしも俺だけに呼び掛けて応答ナシなら、それは俺が誰かと一対一で話してるか、敵が近くにいてヤバいから多人数用にしてるってことだ」

 

ギュッ

 

俺の身を案じてくれる2人の腕に、力が込められる。

 

(司令官は戦場から離れててほしかったのに)

 

心の中に伝わってくる響の声。早霜にもそんな話をしていたな。表情は見えないが、少し拗ねてるのは声で分かる。

 

「みんなすまない、これだけ目を通すから、一分だけ待ってくれ」パサッ

 

手元の書類に目を落とす。

 

(天龍が不在という初めての戦闘だ、今日は俺が陣頭指揮を執るしかなかった。それに、何かあったら響が守ってくれるからな)

 

(惚れた?)///

 

(お前たち四姉妹が、提督に叱られて凹んでた俺にキスして励ましてくれた日から、ずっとだよ)

 

(私だけを選ぶのは無理なの?)

 

(響もみんなも好きだからな)

 

(今ならお得だよ?)

 

(通販かよ)

 

(長波たちにも好きって言ったんだよね?)

 

(もっと増えるかもな)

 

(もっと性的なコト、したい?)

 

(どうなんだろう……今でも充分、満たされているからな…みんな大胆だし。うん、やっぱりこれ以上のトコまでは別に……だな。そういうのって、楽しいのは最初だけだと思うぞ。俺はいつまでも、みんなと一緒に楽しくやりたいんだ)

 

(司令官の気持ち、分かったよ……みんなにフラれても、私はちゃんと側にいるから安心して)

 

(男はそういうセリフに弱いんだよ、あまり多用するなよ)

 

(ん)クスクス

 

響も小悪魔みたいなトコあるな……四姉妹すべて小悪魔かよ。

 

「みんな待たせたな、もういいよ」バサッ

 

「提督、私たち今晩はこちらで休めばよろしいのですね?」

 

「そうだ。隣はくーの部屋だから、タルトも一緒に住むといいと思ってるんだ。もしも一人部屋が希望なら……」

 

「いいえ、是非お隣で!」クワッ

 

「そうか、分かった。明日からは隣で新しい生活の始まりだ。昼間にも言ったが、お前たちを古鷹や加古に見られるわけにはいかない……深海棲鬼に見付からないよう、司令部にも報告せずにみんなで慎重に匿(カクマ)っている最中だからな。この執務室は俺の私室でもあるから、ココなら二人は近寄らないよ」

 

「へ? 何でだ?」

 

「あのねぇ長波。古鷹は第二艦隊の旗艦、つまりあちらさんの提督の秘書艦だよ? 仲がイイに決まってんじゃん、夜中にオトコの部屋なんて絶対にア・ウ・ト!」

 

「秋雲の言う通りだ……昼間の書類作成で、ここの奥は俺の部屋だって話をしたらビックリしてたよ。加古は仕事熱心だねって言ってくれたけどな。そして俺の見た感じ、加古は古鷹をとても大切に思ってる。古鷹の側を離れたりはしないだろうから、古鷹が来ないような場所には加古も来ないと思うよ」

 

「成る程ねぇ。そういや、夕雲も第五艦隊の秘書艦だった頃は、室長と仲が良かったもんな」

 

そうか、夕雲が……。だから室長の仲間を心配してたのか。

 

「もう、長波。今は私たち一同、第八艦隊に所属する身よ…私たちはこれから、提督にお仕えするの。いいわね?」

 

「あ~、はいはい分かってるって。そうだ海風、アンタさぁ、提督に尋ねたいコトあったんじゃなかったっけ?」

 

「あ、そうそう! ありがとね長波。あのぉ提督、お聞きしたいことが。よろしいですか……?」

 

「何でもいいよ海風、遠慮しないでね」

 

「ありがとうございます、提督! 初春のことです」

 

「古鷹の指示で、第二艦隊への伝言を届けるため先に帰った駆逐艦娘か。彼女がどうかした?」

 

「それです。伝言なんかお電話ですれば、一人で帰らなくて済んだのに………」

 

「心配だった?」

 

「はい……やっぱり仲間と一緒がいいと思います」

 

「出発前に初春から聞いたんだけど、第二艦隊の艦娘が他にも近くまで来ていたらしい。あの三人の後を追いかけながらね。だから初春は、そのグループと一緒に帰ると言ってた」

 

「そう…ですか。良かったあ……」ホッ

 

「それと電話の件だが、どの鎮守府に於ても無線や電話は極力使わないことになってる。緊急時は別だよ。でも普段は機密を守るため、できるだけ使わないんだ」

 

「あ、そうなんですね。でも提督、ココに初めて来た時に驚きましたけど、みなさんスマホ持ってますよね」

 

「? 司令部の支給品だけど……緊急時の通話のためだ。みんな、普段は通話もSNSもしないぞ…専(モッパ)ら動画とかテレビさ。あのさ海風、もしかして持ってないのか? 何だかそんな風に聞こえるんだが」

 

「はい。私も長波も誰も持ってないですよ? 」

 

「何だって? 雪風、何か知らないかな」

 

「すみません司令、まだお伝えしてませんでした……おじ様です。本来はドコの鎮守府にも支給されてなかったんですが、私たちには与えてやってほしいと、司令部に要望を出してくれたんです」

 

「俺がもっと早くに尋ねておけばよかったんだ、雪風は悪くない……そうか、提督の要望は司令部から認められたんだね」

 

「はい、おじ様は凄いです」ニッコリ

 

こうなったら俺も司令部に海風たちの分を申請しなくちゃ……いや待て、くーとタルトはどうする……2人のことは秘密だろ! …やれやれ、どうしようかな。

 

「海風ありがとう、全く知らなかったよ。これからも色々と聞かせてね」

 

「はい、勿論です!」ニコリ

 

「提督、今日の戦闘だけどさぁ、近くの町とか村は大丈夫だったのかい?」

 

「問題ないよ谷風。この辺りには、現代の日本が忘れかけている畏敬(イケイ)が今でも残ってるんだ……天津神(アマツカミ)さまや国津神(クニツカミ)さま、そして綿津見神(ワタツミノカミ)さまや八百万(ヤオロズ)の神さまへの畏敬の念が、ね。ここの人々は日本を襲う深海棲鬼の存在に、何となく気付いている。科学と数字しか信じない人々とは違ってね」

 

「自分たちでどうするか考えて、身を守ってるってこと?」

 

「そういうことだ。政府はパニックを避けるため実情を巧妙に隠しているから世間には知られていないけど、日本古来の呪術や民間伝承を信じる人々ってのは科学とか権力を盲信したりせず、自らの判断基準に従って行動する。この地域の人たちはヤツらを妖怪の類(タグイ)として認識しつつ、今日みたいな時はお互い協力して対処するんだ。谷風やみんなが、職員と協力して鎮守府を守ってくれたように、だよ」

 

「へーえ。まだそういう人たち、いるんだねぇ。昔は当たり前だったけどね。町はココとの繋がりとかあるのかい?」

 

「食糧や日用品から船の燃料まで、ずっと納入してもらってるんだ。先代の提督の頃からね。ハヤは休みの日によく出掛けて楽しんでるよ」

 

「前の鎮守府とは全然違うねぇ。雪風、イイ鎮守府だよ」

 

「そうでしょう? 谷風、いろいろ手伝ってくださいね。頼りにしてるから」

 

「うん」ニコリ

 

「提督、また襲撃あるかな?」

 

「阿武隈、今度の事態はあくまでもイレギュラーだ。襲撃は続くけど頻繁には発生しないだろうと思う。タルト、泊地水鬼を倒したから、これで残る鬼は三体だな?」

 

「は、はい提督」ドキ

 

「うん? どうした」

 

「いえ、あの……タルト、一回しかお伝えしてないのに、まさか覚えていらっしゃるなんて……」

 

「港湾水鬼、離島棲鬼、そして軽巡棲鬼だな?」

 

「………! はい、提督。とても恐ろしい連中です。水鬼はヤツらの補佐役だったのです。今頃は混乱している筈です……なかなか帰ってこないのですから」

 

「いいことを聞いた。阿武隈、混乱しているのなら、次の襲撃までには時間があると思うぞ。タルト、補佐役というと三体の間で連絡係を務めたり、お互いの活動予定を調整したり……かな?」

 

「おっしゃる通りです。これからヤツらが苦労するのは間違いありません」

 

やったぜ。

この機会を活用して艦隊を再編成だ。迎撃態勢を整えてやろう。

 

「あいつ、つよかったんだよ。でもぜんぶ、やっつけちゃった。しれいすごい。みんなすごい」

 

「ありがとな。戦闘前に、くーがヤツらを引き寄せるって言った時は驚いたけど、うまくいって良かった。凄いのは艦娘だよ、お前たちみんなだ」

 

「えへへ」///

 

「提督、ごめんね……第二艦隊の敵が迫ってる大変な時に、歓迎パーティー開いてくれて。何も知らないで楽しんじゃったよ」

 

「逆だよ、鬼怒」

 

「えぇっ?」

 

「みんなが楽しんでくれることこそ、俺の望みだ。新しい環境に移ってきた鬼怒たちには当然、不慣れな場所での戸惑いや移動の疲れがあるだろうと思ってた。だから先ずはとにかく、パーティーで楽しんでほしかったんだ。出撃させずに岸壁で防衛に専念してもらったのも、緊張や疲労を少しでも減らしたかったからだよ。ただでさえ俺たち室長は、いつも艦娘みんなに危険な役目を背負わせているんだからな」

 

「………………」

 

…………………………

 

あれ? また何かやらかしたのか俺。鬼怒もみんなも黙ったままだぞ、おい。

 

………………

 

やべぇよ。

仕方ない、今日はここまでにするか。

 

(気にするな。コイツらはちょっと、ビックリしただけさ。直ぐに元通りだ)

 

(木曾、俺はビックリさせるようなこと言ったのか?)

 

(ああ。お前らしいよ、まるで自覚ないんだな)ニヤリ

 

釈然としないんだが。

でもまあ、木曾のお陰で気分が楽になったぜ。

 

「みんな、今回もありがとう。前もって伝えておいた通り、二十一時を過ぎたら廊下は真っ暗闇だからココで就寝だ。雪風、名取たちに布団の場所を頼む。俺はタルトに教える」

 

「お願いします提督」

 

「分かりました、司令! 谷風、みんな、こちらへ」

 

「うん雪風。提督、お疲れ様だよ」

 

「提督、お疲れ様です!」

 

「お疲れ~」

 

木曾が言った通り、室内はすっかり普段通りの雰囲気だ。

 

「提督、あの……」

 

「ああタルト、こっちだ。この大部屋は執務室以外にも、色々な用途に対応できるんだ……今からは寝室だぞ。ほら、ここだ。襖を開けて、こうやって取り出して……お前、背が高いな。そら、しっかり持てよ」フワリ

 

「はい」ギュッ

 

「よし、そうそう。足元に気を付けてな。布団で寝るのは?」

 

「初めてです。第五艦隊の施設では、いつもベッドでした…ちょっと楽しみ」///

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴソゴソ……

 

 

 

………うん?

 

 

 

…ゴソ……モゾモゾ

 

 

 

何だろう……布団に違和感が……コレで目が覚めた……のか……?

 

ムニュッ

 

「提督……」

 

………?

 

「提督……鬼怒です……」

 

鬼怒? 何で鬼怒の声が……消灯してるから周りの様子は分からない……ま、直ぐに目が順応するだろうから問題ないけど。つーか、もうみんな眠ってるハズなんだが。

 

「鬼怒、どうした? 眠れないのか?」

 

「そうだよ……提督。起こしちゃってゴメンなさい…でも、もうガマンできない」ナデナデ

 

「どうした、俺の顔なんか撫でて……寝ぼけちゃったのかい?」

 

「逆だよ、凄く目が冴(サ)えてる……でも仕方ないですよね、提督があんなことやこんなこと言うんだから……」ナデナデ

 

「鬼怒の手って気持ちいいな……あ、俺の上に乗ってるのか。暖かいと思ったよ。俺、何か言ったっけ?」

 

「もう、提督ってばぁ。そんな提督には、こうですよぉ……ん………んむ」

 

待て。これって。

 

「……んむぅ。……提督、提督……」クチュ…

 

 

 

ザワ…ザワ……

 

 

 

「…鬼怒、キスは嬉しいが、みんな見てるぞ。さ、もう寝よう、な?」ファサ……

 

鬼怒の髪を撫でる。何となく事態が飲み込めてきたぞ……さっきの沈黙は、つまりそういうことか。

 

(木曾、起きてるな? こうなるって知ってただろ)

 

(ああ。お前の第八艦隊は今、大きく生まれ変わろうとしている。そのために、お前には艦娘の結束を強固にする役目があるんだぜ…何故なら、お前にしかできないことだからだ。スキンシップはとても重要なんだ、分かるな?)

 

(分かる。分かるが、俺は時間を掛けてやっていこうと思ってた)

 

「見たい人には、たっぷり見せてあげます。提督……好き。私も、好きだよ」

 

暗闇に目が慣れてきた。ぼんやりとだが、いつも元気な鬼怒の顔が見える。

 

「あの時の返答か……ありがとうな鬼怒。嬉しいよ」ギュッ

 

「ひゃうっ……けっこう力あるんですね。提督のカラダ、ほかほか……。ずっとこうしていたいけど、みんな待ってるんだ。残念だけど、今日はここまでです」クチュ…

 

最後にもう一回キスしてから離れていく鬼怒。

幸せな気持ちと残念な気持ちが混ざり合う、不思議な感覚だ……。

 

(言ったろ、大きく生まれ変わるって。悠長に構えてちゃダメだ。やるべきことは沢山あるんだからな、さっさと片付けていくんだぜ。これからは訓練だって大変だぞ?)

 

確かにな。天龍たちが帰ってきたら、ウチは20人を越える規模になる。訓練だけでもかなりの時間を割かなくちゃいけなくなるだろう。

 

(分かったよ、木曾。やってやるぜ)

 

(それでいい。心配するな、疲れたらオレがいつでも助けてやる。お前を見守るのが、オレの役目なんだからな)

 

 

 

          続く




海外との外交って容赦ないですね
一部の国々は日本らしさを平気で足蹴にする


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第五-8話

(分かったよ、木曾。やってやるぜ)

 

(それでいい。心配するな、疲れたらオレがいつでも助けてやる。お前を見守るのが、オレの役目なんだからな)

 

 

 

第五-8話

 

 

 

クチュ…レロ…

 

 

 

「凄いよ阿武隈、積極的だね。気持ちいい?」

 

「…カラダがあったかくなってね、素敵なの…まだダメだからね、響。今は阿武隈なんだから」クチュクチュ

 

「せっかく、久し振りに会えたのに冷たいね。響は寂しいよ」

 

「あむ……はむぅ……、響にもみんなにも会えて阿武隈、嬉しいんだよ? ……でも……今は、んむぅ…」クチュゥ…

 

さっきの鬼怒と同じように俺の上で横になっている阿武隈……寝間着代わりのシャツ越しに、彼女のふっくらした胸の感触と温かな体温が伝わってくる。

 

「んふぅ……阿武隈、おかしくなりそう……。提督、どうしよう?」チュウウ…ペロ

 

「おかしくなっていいんだよ、阿武隈。俺はそんな阿武隈も見たいんだ」

 

「ああっ…そんなぁ……。提督ってば、エッチだよね。んむ……はむぅ」

 

「阿武隈のキスが気持ちいいからだよ」

 

「んふふ……提督ぅ……はむ……ぷはぁ………。提督、ずっと阿武隈の髪なでなでしてる…くすぐったいよぉ」///

 

「綺麗な髪してるな。手入れとか大変だろう?」

 

「うん。私の前髪、くずれやすいんだよ~。気を付けて触ってね」///

 

「これからも触ってイイってことだな、嬉しいよ」ナデナデ

 

「ふふ……。提督、そろそろ……ね?」

 

「ああ分かった。阿武隈、気持ち良かったぞ」

 

「阿武隈もだよ……提督が好きって言ってくれたの、最初はビックリして信じられなかったの。でも今は違うよ…はむっ」///

 

布団から出ていく阿武隈がもう1回、キスを。

 

「提督…頑張るから、阿武隈のこと見ててね。海風、おいで」

 

「は、はいッ!」///

 

「海風は、どんな感じがイイの? ちゃんと提督にお願いしなくちゃ」

 

「はいっ、私は……その、提督の横で……」//////

 

「分かったよ。ほら、海か………!?」

 

「失礼しますううう!」

 

ギュウウウ!

 

横になって、俺を抱きしめる海風…だが緊張してるんだろう、力の入れ具合がとんでもないことになってる。

 

「う、海風。もう少し手加減してくれ……頼む」

 

彼女の顔に左右から両手を添えて、目をじっと見つめながら話しかける。

 

「え…? ……あ、ああっ? て、提督…! ごめんなさい! ごめんなさい、大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫だ……」

 

「提督さん!? 海風、何するの!」

 

「電、落ち着け。アイツはそんなヤワじゃないさ。お前らも静かに、な」

 

「むー……」

 

「提督、ほんとに大丈夫……?」

 

心配そうな表情の阿武隈が四つん這いになって、俺の顔を覗き込む。

 

「大丈夫だよ阿武隈。それより、早く布団に。体を冷やしたらいけない」

 

「うん…分かったよ。海風、落ち着いてね」

 

海風の頭を軽く撫でてから立ち上がる阿武隈。その拍子に、美しくて長い髪がフワリと。

 

「提督…ごめん…なさい…」グスッ

 

「全然気にすることないぞ。それより、海風の返事が聞きたいな。ほら、職長の工廠での」

 

「う……うぅ…」

 

聞こえてない。

心ここにあらず、か……落ち込むようなことじゃないんだけどな。言葉だけじゃダメか。

 

「海風」ギュッ

 

「あ…」

 

「海風」ナデナデ

 

「……」///

 

「好きだ、海風。海風はどうなのか教えてほしい」

 

「わ、私…私は…」

 

「うん」

 

「……………」

 

ダメか。

さっきので海風は傷付いてる。

だったら次は俺だ。

抱きしめてくれた彼女に、俺が。

 

 

 

グイッ

 

 

 

「ひゃあッ!?」

 

 

 

右腕を海風の左肩から右肩へと滑り込ませ、そのまま右手で彼女の右肩を柔らかく掴む。そして左腕を、座り込んでいる両脚と布団との隙間に差し入れて、一気に!

 

フワッ

 

「て、提督ううう!?」

 

戦場では凛々しく勇ましい艦娘だが、兵装がなければ俺でも軽々と持ち上げられる。

 

ポフッ

 

お姫様だっこの海風をゆっくりと布団の上に横たえる。仰臥(ギョウガ)の姿勢、つまり仰向けだ。

 

「………」パチクリ

 

ビックリしているけど、今ので泣きやんだな。

よし。

 

「うわ~、鮮(アザ)やかだねえ提督!」

 

「獲物を仕留めた野獣だよ。今日の餌食は海風」

 

「私たちみんな、食べられちゃうんだね……」

 

「お前ら楽しそうだな。……海風、好きだ」

 

「きゃあああああああああ!!」///

 

一斉に盛り上がる室内。

やっぱり楽しそうだ。

 

ガバッ

 

海風の上に伸し掛かり、そのまま彼女の唇にキスする。

 

「て、提督! 私も……んむうっ」

 

うん? いま海風、何か言おうとしたかな? まあいいや。

 

「ん…………んふ……」///

 

海風の唇をゆっくりと味わう。柔らかくて、しっとりとした感触。まるでフルーツみたいだ。

 

「あむ……あふ……はむぅ」クチュ…クチュ…

 

海風の寝間着もシャツだ……大きな胸が呼吸に合わせて上下しているのが、暗い室内でも分かる。まだ少し、遠慮があるのかも知れないな。暁たちは、もうだいぶ以前からパジャマ姿を見せてくれている。

 

(提督…)

 

(海風? どうした、念話なんて使って)

 

(キスしてるから、話せないから……)クチュウ……

 

(話したいことがあるのか。どんなこと?)

 

(私…も……)

 

(うん)

 

(私も…提督のこと……好き……ですぅ…!)

 

……………!

 

(海風…嬉しいよ…。あ、もしかしてさっき、何か言おうとしたのって)

 

(はい、好きですって……でも、提督が突然で…)///

 

(海風、俺ってさ…そそっかしいマネするんだよ。でもね、お前たちみんなを支えていきたいんだ……これからも、一緒にいてくれるかな?)

 

(はいい……あ、あのぉ提督ぅ)クチュ…レロォ…

 

(ん?)

 

(初めてコレでお話した時に言ったこと……途中で恥ずかしいなんて言って、やめちゃって………)

 

(そういえば、そんなことあったな。それが?)

 

(あれね、このことなんです……この…念話…って、多分…提督のことが好きな艦娘……なんですぅ……)クチュ

 

え?

 

(ほら……最初は四人だけ……だったでしょ……でも、だんだん…増えて。きっとみんなが……だんだん、提督を好きに…なった…から)レロ……ペロッ!

 

(……考えたこともなかったよ海風。でも言われてみれば、そうだな……色々と符合するよ。凄いな海風、やるじゃないか)

 

(んふふ………提督、提督ぅ……)///

 

海風の目がトロンとしてきた……このままだと、一線を越えちゃうかも知れないな。

 

「海風、そろそろ交代だ。立てるかい?」

 

「あ…………残念ですぅ。はい、大丈夫です。また、してくださいね」

 

「これから何回もね」

 

「はい」ニッコリ

 

「提督、谷風も提督のこと好き! あむ……れろっ」

 

谷風?

 

「えへへ、提督としちゃったぁ………ほら秋雲、長波、早霜の番だよ! くーとタルトも待ってるんだから、さっさとしてあげるんだよ」

 

何だかペースが上がってきたな。

 

「うん、分かってるって。ね、提督って結構面白いね。秋雲、お世話になるからね!……はむっ…」

 

「提督さぁ、痴情のもつれには気を付けなよ……? ま、私を好きになるくらいなら、女を見る目はあるか。あむぅ……はむ」

 

「提督。私がこの海に戻ってきた意味を、貴方なら見付けてくださるかも……はむ…れろぉ」

 

「谷風、秋雲、長波、早霜。ずっと一緒にいてくれるなら、本当に嬉しい。そのためにも、お前たちを支えてみせるよ」

 

俺の言葉に笑顔で答えてくれる4人。名取と夕雲がいなかったのは残念だけど、大切な仲間であることに変わりはない。これからも一緒に戦っていくんだ。

 

「さぁ、くー、タルト。二人で最後だよ……返事を、聞かせてくれるな?」

 

「うん」///

 

「はい……」///

 

 

 

          続く




本当に
酷い会社だと思います


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第五-9話

俺の言葉に笑顔で答えてくれる4人。名取と夕雲がいなかったのは残念だけど、大切な仲間であることに変わりはない。これからも一緒に戦っていくんだ。

 

「さぁ、くー、タルト。お前たちで最後だよ……返事を、聞かせてくれるな?」

 

「うん」///

 

「はい……」///

 

 

 

第五-9話

 

 

 

チュルッ…クチュ………ペロペロ

 

レロ…ペロ……クチュウ……

 

 

 

「しれい………くーのきす、じょうず? ぺろぉ」

 

「ああ、くーは上手だぞ。とっても気持ちいい」

 

「ふふ……うれしいな……くちゅ…たると、しれいのほっぺた、おいしい?」

 

「………ぺろ……れろ…とっても……美味しい…。でも、あの…ね……」チラッ

 

「しれいと、きすしたいんだね。いいよ、こうたいしてあげる……はい」

 

くーが、俺の体から降りていく。

 

「まあ……ありがとう、くー………」///

 

「ほら、しれいのうえにちゃんとのって……たるとはおっぱいおおきいね…すごい。しれい、くーのからだ、みりょくない?」

 

「そんなことない。くーは魅力的だぞ」ナデナデ

 

「ひゃんっ……おへそ、くすぐったい……ね、このふく、かっこいいでしょ?」

 

「とっても似合ってる。ちょっと大胆なデザイ……ヘソの見える大胆なカッコが、くーの魅力を引き出しているよ」

 

「えへへ」///

 

(提督ったら、もう……明石だって、お見せしたんですよ? ちっとも喜んでくれないんですから)プンスカ

 

ご機嫌ななめな明石からの念話。名取たちに念話を試してみた時のことか。

 

(あの場面で夢中になって見とれたりしていたら、俺はみんなから氷の視線で串刺しにされていたよ。第六艦隊に潜入した日だってな、ずっと自分を抑えてたんだぞ。魅惑的な変装だったからな)

 

「くーはいまから、しれいをぺろぺろするよ。たると、しれいにたくさんきすしてあげなさい」

 

「うん……嬉しい」ドキドキ

 

(本当に……? また見たいですか?)

 

(ああ。次は任務以外で)

 

(分かりました提督)///

 

さっきと違って嬉しそうな声の明石。いつか、そんな機会があるかな。

 

「提督、失礼致します……ん……しょ」///

 

鬼怒と阿武隈のように、俺と向かい合った状態で上から横たわるタルト。くーが感嘆した豊満な爆乳が、俺の体に押し付けられる。柔らかくて重みのある感触だ。

 

「提督…はあ……はぁ…」///

 

タルトの顔が、とても赤い……室内に入ってきた時よりも、ずっと深みを増している。そして、くーも。

 

「タルト、くー。俺の指揮は初めてなのに、よく頑張ってくれたな……本当に嬉しいよ」

 

「ありがとう……ございます…提督……」///

 

「しれいの…おか…げ…。くーもうれしい……」ニコリ

 

「好きだよ。お前たちのことが好きだ。これから先も、一緒にたたか……んうっ」

 

声を途切らせる俺。タルトに唇を塞がれた……。

 

「提……督…ッ! 勿論、ですうっ! あむうっ! はむ……んむ…くちゅう……」///

 

「しれい、ずっといっしょ…はあはぁ…ぺろぉ」レロォ

 

凄い。何だこれ。

 

「んちゅう…はむ……んむぅ…提督……提督ぅ…」ジュルッ……プチュウ

 

「ぺろ……れろ…れろぉ……しれいのおみみのなか、くーがきれいにしてあげるね……ちゅるうっ!」

 

「気持ちいいよ、くー。ありがとうな」ポフポフ

 

「ふふ………」///

 

「提…督……タルト…ね…悲しい……」クチュウゥ

 

「悲しい? どうしたんだ」

 

「だって……」

 

だって? 珍しいな、あのタルトが……。

 

「だって……提督が、命令してくれないんだもん…あんなに……お願いしたのに……出撃を要請、だなんて…ひどい…です」ペロペロ…クチュ…

 

薄暗い中でも分かるタルトの表情……眉を八の字にして、大袈裟ではなく本当に悲しそうな表情だ。

 

「タルト、無茶を言うな。お前もくーも、俺の大切な仲間だ。でもな、二人はまだ書類上では、広報課分室の所属じゃないんだぞ……歴史交流局、つまり司令部には秘密にしてるんだからな……鎮守府の命令系統に組み込まれていないお前たちに命令を下すのは違反行為だし、お前たち二人の指揮官に対しても非常に無礼なことなんだぞ。だから、要請なんだ」

 

俺たちの鎮守府には艦娘をはじめ、様々な人々が関わっている……俺が誤解を招くようなマネをしていては、ここにいるみんなに迷惑を掛ける。今、タルトを中途半端な同情で慰めるなんて、絶対にやっちゃいけないことだ。重要なことはハッキリ伝えなくちゃ。

 

「そう……なの………? 提督は……んちゅ……タルトに命令したくないんじゃ……なく…て、決まりを…んむっ…くちゅう……守っただけ…なの?」

 

タルトの表情から、徐々に悲しみの色が消えていく。

 

「その通りだぞタルト。だから、お前が悲しむことなんて、何もないんだよ。お前だっていつかはこの大八島國で暮らすんだから、日本の考え方ってものに今から慣れておくんだな。分からないことがあったら、何でも聞いてくれ……いつでも念話を使えって、言っただろ?」

 

ファサ……。寒色系の色をした綺麗な長髪を撫でる。

 

「あ………」///

 

気持ち良さそうに目を細めるタルト。何だかネコみたいだな。

 

「たるとはね……れろぉ…ぴちゃ……くちゃ…いつもいっしょうけんめいなの。だから……ぺろん……つい、おもいつめちゃうの………ほかのこたちと、よくけんかしてたし…くちゅ……はむ…。しれい、おねがい……あむ…ちゅう……たるとに、やさしくしてあげて……」レロ…クチュッ

 

「そ、そんなぁ……提督に…はむっ…何てこと………くちゅ…言うのお…」///

 

慌てるタルト。でもキスをやめる気はないみたいだ。

 

「たると……もっと…ぺろ…んちゅ……すなおになったほうがいい…よ………ちゅうぅ……いなずまたちをみて……しれいと…いつも…おはなししてる…よ…」クチュ…ペロ

 

くーがこんなに語るのも珍しいな。

 

「しれい…くーね、しれいだいすきだよ……ぺろ…れろお………しれいのおはだ、ふしぎなあじ…もっとぺろぺろする……くちゅ…れろ…たると、あなたもはっきりきもちを………つたえ…なくちゃ……」ペロ……ペロォ…

 

「嬉しいよ、くー。これからも一緒だからな」ナデナデ

 

「うん」ニッコリ

 

「タルト……お前はどうなんだよ……焦らさないで、返事を聞かせてくれ」

 

彼女の目を、じっと見つめて。

 

「ああ……提督ぅ………好き…んちゅう……大好きなの…あむッ………もう、帰りたくないい………ずっと…ぢゅるうっ……ここにいるのお…」

 

今までタルトと交わした様々なやりとりが一瞬、脳内を駆け巡る。

色んなことがあったけど、それが今、やっと1つの実を結んだ……艦娘や職員、そして多くの人々に助けられながら、何とかやってきたからだ。

 

「嬉しいよ、タルト……お前、けっこう苦労人なんだな……。普段キリッとしてて余裕ありそうだったから、気付かなかった。ごめんな」

 

「たるとはがんばりやさんだから」ペロ……チュ…

 

「くちゅっ……提督、謝らないでください……んちゅ…ぢゅるぅ……残念ですけどお、命令は………ガマン……あむっ…しますう………でも、タルトは…待ってますから……」チュルッ

 

「分かったよ、タルト。これから一緒に、戦っていこうな」ナデナデ

 

「あむぅ………提督う…」///

 

嬉しそうに微笑むタルト。彼女もくーも、俺の仲間なんだ……心の底から、そんな気持ちが湧きあがる。

 

「二人とも、ヤバいくらいに顔が赤いぞ…大丈夫なのか?」

 

今や彼女たちは、完全に紅潮した顔になっていた。尤も、原因の大半は俺だろうけど。

 

「だいじょうぶだよ…ぺろ……くーたちはね、いつもこうなの………じゅるぅ…たたかったあとはね、すごくきもちがこうふんして…くちゅう…からだがあついの………」レロ……ペロ

 

「提督、私たちはいつも、その興奮を…れろっ……抑えるのに苦労しているんです……ちゅっ……だから今は、本当に満足です……」

 

「今はもう、落ち着いたってことか?」

 

「うん」ニコッ

 

「はい。とても」///

 

以前の俺と似ているな。俺は木曾の助言があったお陰で、何とか克服できたが。

 

「そうか、それなら良かったよ………さ、二人とも。そろそろ寝るとしようぜ。日付も変わる頃だろうし、夜更かしは美容にも良くないからな」

 

「うん」

 

「はい……」

 

「あ~楽しかった! ね、提督っ、こういう暗闇パーティーもイイね! 何だかイケナイことしてるみたいでさ」ニンマリ

 

「秋雲は元気だな。しっかり休んで、また明日からも頼むよ。みんなもな」

 

「任せといて!」

 

「はーい、司令官! 今夜はグッスリ眠って、疲れを癒してね」

 

「ありがとう雷。艦むす美味しかったぞ、ご馳走様」

 

「お粗末様でした」ニッコリ

 

「雷の言う通りだぞ、しっかり休めよ。お前は今日、よく働いたぜ……でもな、その分だけ疲れてるワケだ…特に心のほうが、な。これで、お前が少しでも元気になればいいんだけどな」

 

 

 

これで? 元気に?

 

 

 

そうか、つまり今夜の出来事は………ここにいるみんなで、俺をねぎらってくれてたってワケか。

まったく、ドコまで俺を魅了するんだよみんな。ますます好きになっちまうじゃねーか…………。

 

「ありがとうな木曾。しっかり休ませてもらうぞ」

 

「ああ」ニッコリ

 

木曾には見抜かれていたようだ。敵とはいえ、死を目の当たりにした衝撃を。でも、立ち止まったりはしない。

これは、俺が選んだことなんだから。

 

「提督、それじゃ…残念ですけれど、失礼しますね……」

 

「おやすみ、しれい」クチュ

 

「お休み、くー。タルトも、ゆっくり休めよ」

 

「はいっ。お休みなさい、提督」

 

「お休みなさい、司令」

 

「提督、お休みなさい」

 

「お休み~」

 

「ああ。みんな、お休み」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴソ……ゴソ…

 

 

 

 

 

 

モソモソ……

 

 

 

あれ……俺、眠ったハズなのに…。何だろう……何かが這い寄ってくるような。

 

 

 

(テイトク…)

 

「うん? 誰だ?」

 

(タ・ル・ト……)

 

「タルト? どうした……何してるんだ?」

 

何だろうこの既視感。

 

(ウフフ…)

 

見るとタルトが、仰向けの俺に馬乗りの状態でこちらをジッと見つめていた……マウントポジションだ。

 

(何だと思います……?)

 

 

(うふふ)///

 

??

 

(えいっ)グイッ

 

!?

 

いきなり俺の手首を掴んで自らの体へと導くタルト。その先は……。

 

むにゅん

 

(ああ……提督、タルトのおっぱい……どう? 気持ちいいですか?)///

 

ふにゅ……むにゅ……

 

俺の掌が自分の胸に当たるよう巧みにセーラー服の中へと導き、掴んだ手首をそのまま何回も動かして恍惚の表情を見せるタルト。

 

(タルト! お…お前な!)

 

一気に目が覚める。

 

(んふふ……念話にしてくれましたね。これでもう安心。みんなにバレません)

 

柔らかで、熱を帯びた感触……赤い顔してたけど、ここまで体温、上がってたのかよ……。

 

(うふふ……抵抗しても……んふぅ……ムダですよ…その体勢でしかも片腕では、私の両腕の腕力には敵いません………海上ではないので…あふぅ……かなり低下しますが、それでも私……戦艦なんですよ?)グニュ……ムニュ

 

タルトの言う通りだった。戦艦の名はダテじゃない……凄い力だ、陸上でコレだけ出せるんだから。しかもコイツ、器用だな……いつの間にか、折り曲げた右脚で俺の左腕を挟み込んでいる。これじゃ、左腕は使えない。

 

(ああ……とても、気持ち良いです…。ねえ提督、答えてください…タルトのおっぱい、どう……ですか?)///

 

(どうって……とても気持ちいいぞ……。それより、どうしたんだ、タルト? キスだけじゃ不満だったのか?)

 

タルトの驚異的なほどに豊満な双丘を撫で回している快感に身を任せたくなる誘惑を、何とか堪える。

 

(そんなこと……んふっ……はあ…はぁ…ありません…でも、提督に…感じてほしい……もっと私を、知ってほしいんです)グニュウ……フニュ

 

(これからじっくり、お互いを知っていけばいいだろう? 何を焦ってるんだ)

 

(焦ります……当たり前……あうぅっ……じゃないですか。みんな、あんなに可愛いんですから……あ、提督。あまり……あはぁ……動かないでください…お布団が、乱れてしまいますよ)

 

興奮のあまり気付いてないのか、さっきと違ってタルトの上半身がかなり不安定になってる……揺れ動いているし、腰の位置も俺の目の前へと近付いてきているんだ……それなら。

 

 

 

ギュッ

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

 

右脚を三角に立て、そのまま力を入れて右足で床を押し、右半身を布団から一気に浮かせる俺。いくら戦艦のタルトでも、不意打ちされてはどうしようもない。

 

ギュムッ

 

左へと倒れてきたタルトの上半身を、できるだけ柔らかく抱きしめながら、右側へ引き戻す。

 

(声を出すな。みんなが起きてしまうぞ)

 

(………)パチクリ

 

何だろうこの既視感。

 

(大丈夫か、タルト? まったく、無茶するヤツだな……まあ俺も、人のことは言えないけどさ)

 

第五艦隊に潜入した時のことを、一瞬だけ思い出す。

 

(ほら、布団に入れ……)

 

(あ……提督)///

 

(今日だけだぞ? いいかタルト、繰り返すぞ。焦るな。ゆっくりでいいんだ…ゆっくり、お互いを知っていけばいいんだ。ほら、髪を背中の下に入れるな。寝てるときに寝返り打って抜けたら大変だぞ………痛いし。お前は長髪なんだからな、気を付けろよ。日本じゃ髪は女の命って言うんだ、覚えとけ)パサッ

 

髪を束ねて、セーラー服の上に掛けてやる。

 

(…………)///

 

(さ、もう寝るぞ。しっかり休むんだぜ)

 

(提督…)

 

(うん?)

 

(タルトのこと、嫌いにならない……?)

 

(好きだって言ったろ。ならねーよ)

 

(私……他の男の人たちと、キス……しちゃってたんですよ……)

 

(第五艦隊での件か。それがどうしたんだよ、タルトは面白半分で男と遊ぶような女の子じゃねーよ)

 

(え………)

 

(俺と木曾と雪風がお前たちの部屋に突入した時な、お前さ、客の一人にキスしてただろ。爆発音にも拘わらず、だぜ………普通なら、慌てて逃げ出すもんだよ。あの男の恐怖を、取り除いてやろうとしていたんだろ、優しくキスして。違うか?)

 

驚愕で見開かれるタルトの両目。古鷹は水晶みたいに神秘的な目をしているけど、タルトの両目は宝石みたいだな。

 

(で……でも………ハグとか……その…おっぱい、とかも…他の人たち、と……)

 

成る程な。そういうのを気にしていたから、少しでも打ち消そうとして、さっきはあんな大胆なマネを…。

 

ムギュ

 

(提……督………)///

 

体の右側の側面だけを布団に着けて、こちらをジッと見つめているタルトを、そのまま抱きしめる。

 

(あのな、タルト。お前はさ、日本に興味津々なんだよ、きっとな……。これから過ごす場所の住人に対する関心を持つのは、ちっともおかしくないぞ。ただ、男への興味が多少強過ぎるのかもな……)

 

(ほんとに……嫌いにならない……?)グスッ

 

(何で泣いてんだよ……。嫌いになんて、絶対にならない。好きだぞ、タルト)ギュッ

 

 

 

「う……うぅっ……えぐっ」

 

(声を出すなって)

 

「うう…………う…」

 

(木曾と雪風といえば、お前、あの二人に興味ありそうだったな……ツラいこととかあったら、二人に相談しろ。きっと助けてくれるからな)

 

(分かり……ました…でも)

 

(うん?)

 

(やっぱり……提督が………いい…)グスン

 

(ああ、いいぜ……なあタルト、初めての布団の感触さ、どうだ?)

 

(とっても……)

 

(とっても?)

 

(あったかい……です)///

 

 

 

          続く




他にもあんな会社があると思います
恐ろしい


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第五-10話

(ああ、いいぜ……なあタルト、初めての布団の感触さ、どうだ?)

 

(とっても……)

 

(とっても?)

 

(あったかい……です)///

 

 

 

第五-10話

 

 

 

パフ…ギュッ……

 

 

 

「お待たせ加古、はいどうぞ」つ

 

「ありがとう提督。…あむっ……ごくん……あ~美味いッ」パアアァ

 

「加古はほんと美味しそうに食べるんだな。見てて気持ちがいいよ」

 

「んふふ~。一日の始まりだからね~」

 

木曾みたいなセリフだな。もしかしたら2人は気が合うかも。

 

「加古ぉ~、少しは遠慮しなきゃダメでしょう。提督、すみま……あぁっ?」

 

「ほら古鷹、茶碗がカラッぽだぞ……ちょっと待ってて……はいどうぞ」つ

 

「あ…あの……」

 

「遠慮しなくていいんだよ、古鷹。加古みたいにリラックスしてほしいな」

 

「古鷹。提督は昨日からね、アタシたちを歓待してくれているの。こういう時に遠慮するのは逆に失礼だよ? ほらほら、有り難くいただくの!」

 

(艦隊で歓待………うふふ)

 

(楽しそうだな不死鳥。頼むからいきなり吹き出したりするなよ)

 

(ん)コクリ

 

俺と加古、そしてニッコリ微笑む雷と響を前にしては古鷹も分が悪い。そして……

 

「分かったよ加古……提督、ありがとうございます!」スッ

 

俺の手を何のためらいもなく、両手で包み込んで触れながら茶碗を受け取る古鷹。すべすべした心地よい感触に、少しドキッとする……自覚ナシに男を魅了するタイプかな?

 

「はむっ……」パクパク

 

「古鷹、ほうれん草のおひたしです。どうぞ」コトッ

 

「ふわぁ……美味しそう。ありがとう、雷」パク

 

「いかが?」

 

「……美味しい……」///

 

「良かったぁ…いっぱい召し上がってくださいね」ニコッ

 

「雷~、アタシもアタシも」

 

「は~い、加古。どうぞ」

 

「こら、加古ぉ~!」

 

「いいからいいから。雷も、どんどん食べてもらえるのが嬉しいんだからさ」

 

「そうです、古鷹。お箸の手が止まってますよ?」

 

「あ……いけない」パクパク

 

「雷は料理上手だねぇ。提督さぁ…もしかして毎日、雷の手料理なの?」

 

「雷の料理が多いのは確かだけど…毎日じゃないな。パーティーとか開いて、料理が余ったら容器に移して、翌朝に食べたりもするからね」

 

明石が作ってくれるのも理由の1つなんだが、まだそこまで言う必要はないだろう。

 

「パーティーかぁ、いいね。ウチはそういうの全然だから羨ましいよ。ね、古鷹」パク

 

「そうだね……でも、提督は忙しいから仕方ないよ」

 

「忙しいっつってもさ、たまに開催することぐらいできるよお。ま、若いからお役目のことで頭が一杯なんだろうけど~」

 

第二艦隊の指揮官はまだ若いのか……ふむ。

 

束の間の沈黙に包まれる食卓。とはいえ、美味しそうに食べてくれる2人の様子が、場の雰囲気を和ませてくれる……。

 

「加古。俺はまだ、第二艦隊の指揮官に会ったことがないんだ。どんな人なのか興味がある。聞いてもいいかな?」

 

「そうなの? いいよ、えっとねぇ……トシは若くてね、二十五歳だよ」

 

ウチの艦娘たちは皆、数え年で年齢を言い表しているのをずっと見てきた。きっと加古や古鷹も同じだろう。つまり今年で24、誕生日がまだなら23か……。恐らく室長の中で最年少だろうな。

 

「確かに若いね。俺は三十三だよ」

 

「ええぇっ!?」

 

「ちょ……本当に~!?」

 

驚きのあまり目を見張る2人。もうすっかり慣れたリアクションだ。

 

「見た目、ウチの提督とそんなに変わんないよ!? うわぁ~、驚いたなぁ」

 

「ビックリです……てっきり少しだけ上くらいかな、って……」///

 

「あのさ、付かぬ事を聞くけど…数え年、だよね?」

 

「え………勿論だよ提督ぅ~。満年齢なんてさ、同じ一年の中なのに誕生日の前か後かで異なっちゃうんだよ? ややこしいって」

 

「そうだね。せっかく年齢を教えてくれても、誕生日を過ぎてるトシなのか過ぎてないトシなのか、分からないよね」

 

「そうそう。数え年なら、その一年ずっと変わらないからラクだよ」

 

「そういうものなのか。満年齢に慣れてる身としては、コッチの方がしっくりくるんだけどね………。二人とも、今日はゆっくりしていってくれるんだろう? 敵はもう、いなくなったんだし」

 

「あ…ええと…」チラッ

 

「……すみません提督…お言葉は嬉しいのですが…」

 

残念だな……そろそろお別れの流れか、これ。まあ仕方ないな。

 

「やっぱり、忙しい?」

 

「はい……さっき加古がちょこっと言いましたが、私たちの提督って結構……仕事熱心で、たまに、そのぉ……」

 

「自分だけの世界に入っちゃうの。その分、他のことが疎かになるから古鷹はいつも苦労しているんだよ……何しろ秘書艦だからね。もうちょっと何とかしてほしいんだけど……」

 

「加あ~古お~!」

 

古鷹のオーラが燃え上がる……んだけど加古に対してはまるで効き目がない。

 

「もっと経験ある誰かが、協力してくれたら…ね…。…………。古鷹、ちょっと黙っててよ。提督、聞きたいことがあるんだ…。いいかな?」

 

「え…加古ぉ?」キョトン

 

先程までとは打って変わった雰囲気を醸し出している加古。

彼女のもう1つの顔というわけか。

 

(司令官)

 

(何となくだけど、こんな展開になりそうな気がしてたぜ……大丈夫だ、雷)

 

(うん、分かったわ)

 

(頑張って、司令官。もしもの時には、響が守るから安心して)

 

(警戒しなくてもいいぞ、加古は話し合いがしたいだけなんだから。ありがとな響)

 

(ん)///

 

「何でも聞いてくれ。お前たちとは、何だか仲良くなれそうな気がするんだ……でもそのためには先ず、質問にキチンと答えなくちゃいけないみたいだからな」

 

「その通りだよ提督。アンタを試させてもらうよ……まどろっこしいのは性に合わなくてね。……この鎮守府は最近、急に賑やかになったよね? しかも、第五艦隊ないし第七艦隊の消滅というオマケまで付いてね………ウチの提督から聞いてはいたけど、半信半疑だったんだ……でも昨日、第六の鎮守府が無人だって聞いて分かったよ……ああ、本当だったんだなってね……。提督さあ、もしかしてここは他の鎮守府を食らい尽くして、自分たちが権力を握る積りかい?」キッ

 

当然の疑問だ。他の室長たちも、加古と全く同じ警戒心を抱(イダ)いている筈。

それにしても………凛々しい目だな。やはり何となく、木曾と気が合いそうな印象だ。

 

「加古……」

 

「心配しなくていいよ、古鷹。加古はね、第二艦隊を守ろうとしてるだけなんだ。つまり古鷹を、ね」

 

「え……え…と……ええっ?…」///

 

「加古。今の鎮守府をどう思う?」

 

「何かが起きようとしている……そんな感じかな。その中心にいるのは、どうやらアンタみたいだね」

 

思った通りだ。手ごわいぞこの艦娘……これ程までに俺を疑っていながら、ずっとポーカーフェイスで食事してたのか。

 

「……俺はここ数ヵ月、色んな体験をしてきた……艦娘や妖精さん、職員みんなの協力のお陰でね。そしてそれまでは知らなかった鎮守府の別の一面を見たのさ。加古、お前は鋭いよ…でも惜しいことに、まだまだ気付いていないことがあるように見えるぜ。俺が知っていることを今、全てお前に伝えたら、恐らく仰天すると思うよ。この組織には沢山の秘密が隠されているんだ……加古、第一艦隊の編成内容を知っているか?」

 

「何を言ってるんだよ、そんなの分かるワケないだろ? 鎮守府はお互いに切り離されているんだし。ましてや艦隊編成なんて、機密事項だ。しかも、あの第一艦た……」

 

「俺は知っている。調べたからね」

 

「提督ッ!?」

 

「そん…な……」

 

「加古。俺の目的は権力を握るなんてことじゃないんだ……そんなのは国史庁の派閥がやってることだよ。俺は鎮守府という組織の在り方そのものに、大きな疑念を抱き始めている……鎮守府に入った二年前の頃には知らなかったことを、色々と知ったからね。俺が欲しいのは権力なんかじゃなくて、艦娘のための鎮守府だ」

 

「…………」

 

俺が通常とは明らかに異なる手段を行使して、編成情報を入手したと悟った様子だ……当然の帰結だな。本来であれば加古の言った通り、機密なんだから。それを入手したということはつまり、俺が既に一線を越えてしまっているということに他ならない。

でもこれで、俺が中途半端な気持ちで行動しているんじゃないってことは、間違いなく伝わっただろう。

 

(雪風)

 

(ご指示通り、くーちゃんの部屋で待機中ですよ司令)

 

(いよいよ例の説得を開始する。目的は協力関係の構築だが、雪風の気持ちは今も変わらない? 異存は?)

 

(ありません。前にもお伝えしましたが私たち、司令に反対なんてしませんよ。それに)

 

(?)

 

(古鷹は長崎のご出身。きっと同じ長崎の木曾も喜ぶと思います)

 

(分かったよ雪風。それと、食事に同席させてやれなくて、すまなかった。指揮官と秘書艦が並んでいたら、加古が必要以上に警戒して口を閉ざすかも知れないと思ったんだ)

 

(お気になさらないで司令。雪風はちゃんと分かってます)

 

(しれい、がんばって)

 

(ありがとう雪風、くー)

 

ほんの一瞬で念話を終了。慣れると言葉での会話よりも手短に済むから便利だ。

 

「お互いに切り離されている、か……言い得て妙だな、その通りだと思うよ。俺たち第八艦隊の艦娘はな、ずっと寂しい思いをしてきたんだ。他の艦隊の艦娘と交流することすら許されず……たまに呼び出されたかと思えば、ガランとした鎮守府の留守番さ。でも加古の話からすると、どうやらウチの艦娘だけじゃなかったみたいだな………そんなのって、おかしいと思わないかよ、加古!? みんなは仲間だろう、古鷹!? 何で艦娘同士で、仲良くしちゃいけないんだよ!!」

 

「提督ぅ………」

 

「艦隊がバラバラに散らばっているのは、アタシだって不思議に思ってたさ………でもね、深海棲艦を撃退するためには複数の拠点を持った方がいいのかなって、ムリに思い込んで納得しようとしてた。提督さあ、アタシたちにどうしろ……と…?」

 

ちょっとビックリさせ過ぎたかな………せっかく、雷の美味しい朝食を堪能してくれていたのに……でもこれは避けて通れない道……是が非でも、二人を説得しなくちゃいけないんだ。

 

「深海棲艦の侵略は、その大半が東京から静岡のエリアに集中していることぐらい知ってるだろ……不思議な現象だし理由も不明だが、事実は事実だ……艦隊を分散させる必要なんて皆無だよ。一つで充分だ。しかも万が一に備えて、それぞれの艦隊からの遠征部隊が日本沿海区域でパトロールしているんだからな。ウチもこの前、三人を派遣していたよ………もう十年以上も遠征部隊の交戦記録はないけどね」

 

「………」

 

「古鷹、加古。お互いに切り離されていた俺たちがこうして出会えたのって、凄く幸運なことだと思うんだよ」

 

「幸運…ですか……?」

 

「そうだよ古鷹、幸運だ。付近の住民にも艦娘にもケガはなかったし、俺たちはこうして一緒に食事を楽しめる関係になった。そして加古、お前がこの話を始めてくれたからこそこうして議論が煮詰まって、俺たちは次の段階へと進むことができるんだからね……第二艦隊旗艦、古鷹」

 

「はっ、はい!」ピャッ

 

急に改まった呼び方をされて、思わず姿勢を正す古鷹。

 

「俺たちと手を組まないか? 俺は鎮守府を、艦娘みんなが笑顔で過ごせる場所にしたいんだ」

 

 

 

          続く




大型連休も終わりですね
休みを多く取る風潮が広まればいいなと思います


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第五-11話

「はっ、はい!」ピャッ

 

急に改まった呼び方をされて、思わず姿勢を正す古鷹。

 

「俺たちと手を組まないか? 俺は鎮守府を、艦娘みんなが笑顔で過ごせる場所にしたいんだ」

 

 

 

第五-11話

 

 

 

バサバサ……バサッ…

 

 

 

俺たちが毎朝、交替で掲げている国旗が、やや強めの潮風を浴びながらポールの天辺(テッペン)で翻っている。

……空が薄い雲に覆われている……天気は大丈夫かな。

 

「司令、お二人が」

 

「分かったよ、雪風」

 

仰ぎ見る視線を空から離して、有能な秘書艦の方へと振り返る。向こうの岸壁に居並ぶウチの艦娘たちとの別れの挨拶を済ませた古鷹と加古が、こちらへと近付いてくるところだった。

 

(頑張ってくださいね)ニコリ

 

(ああ。見ててくれ雪風)

 

2人に会釈して、他のみんなの方へと歩み去る雪風。さあ、最後の仕上げだ。

 

「古鷹、加古……会えて良かったよ。次の機会には是非、第六戦隊のみんなで来てほしいと思う。きっと天龍も喜ぶからね」

 

「はい、提督。楽しみです」ニッコリ

 

「加古、お前たちが協力してくれた報告書の写しが入っているよ……司令部に提出する報告書を作成する時に、役立つだろう。提督によろしくな」つ

 

防水加工が施されたショルダーバッグを加古に手渡す俺。たすき掛けにできるから、波で足元が揺れてしまう海上での移動には便利だろう。

 

「分かったよ……ありがとう提督。コレさあ、貰っちゃってもいいの?」

 

「勿論だよ加古。それと、雨具を二つ入れてあるから、もしも雨が降ってきたら使ってほしい……一旦どこかに上陸して艤装を外さなくちゃいけないけど、水偵を先行させれば浜辺とか手頃な場所が見付かると思うよ」

 

「提督……ありがとうございます」ペコリ

 

「古鷹、どう致しまして。加古、第二艦隊と第八艦隊が手を取り合う関係になれば、これからは加古だって何回もココに来てくれるだろう? その時には是非、そのバッグを活用してくれ」

 

「提督、ありがと。アタシも、さ……ココのみんなとは仲良くなれそうだと思ってたんだよ。でもね、提督のことは第二艦隊でも話題になってて、中には少し怖がってる駆逐艦もいる。アタシは、見極めなくちゃいけなかったんだ……貴方を試したこと…怒らないで」

 

「当然だ。加古は古鷹と第二艦隊のためにやったんだからな。怒るなんてとんでもないことだよ……で、今はどうかな? 俺の印象は」

 

「もう警戒なんてしてないよ。本当だからね」

 

「そうか、分かった…嬉しいよ加古」

 

「……あのね。今さっき、あの子たちと話をしててさ……驚いたことがあるんだ」

 

「あ……私も、ビックリです……」///

 

この反応は……やっぱりあの件だろうな。

 

「俺が彼女たち全員を好きだって言った話かい?」

 

「!! や、やっぱり本当なんですね……」

 

「本当だよ古鷹。俺はみんなが大好きだし、彼女たちが笑って過ごせる鎮守府にすることこそが、俺の望みだ……二人は仰天してたけど、第一艦隊を探ったのもそのためだ」

 

「仰天するさ! 提督、そんなこと初対面のアタシたちにバラしたらダメだって~」

 

「加古を説得したかったからだよ。お前は何かが起きようとしているって言ったけど、それだけじゃなく既に起きてしまったこともあるんだってことを伝えたかったんだ……加古の知らないヤバいことが起きていて、俺はそれを何とかしようとしてるんだよ、ってことをね」

 

「それは何となく分かったけどさ………。提督はその…つまり、艦娘に何か良くないことが起きてるのを知って、第一艦隊を……いや、それだけじゃないね? アタシたちの第二艦隊も調べたんだろう?」

 

「ええっ?」

 

「加古、その通りだ。勿論、敷地の中には立ち入っていない。周囲からだよ」

 

「結果はどうだった?」

 

「怪しいところはナシ」

 

「ほっ……良かったです」

 

「てコトは他の艦隊だね」

 

「そうだ。名取たちのいたところさ」

 

「成る程ね。提督、やるねえ。第五ないし第七艦隊を消滅させたのはやっぱり提督だった……でも、悪いことしてたのは室長たち。提督は艦娘をほったらかしにしないで、ちゃんと引き取ったワケか」ニヤリ

 

察しのいい艦娘だ。それもこれも、古鷹をサポートしようと頑張ってるからこそなんだろうな。

 

「ああ。でもまだ終わってはいないぞ。この組織に入り込んでる不穏分子には、一筋縄では太刀打ちできやしない……だから仲間を増やしたいんだ。古鷹や加古の艦隊と仲良くなりたい理由の一つさ」

 

「理由の一つですか……えっと……提督ぅ、他に別の理由があるんですか?」

 

「ああ、一番大きな理由がね……仲間が増えたらみんなが喜ぶから、だよ。これよりも重要な理由なんて一つもない。電はね、仲間が増えてとても喜んでくれたんだ……数十年間も離ればなれだった仲間に再び会えるなんて、素晴らしいことだよね。俺は三十三だけど、自分の生きてきた人生の倍の時間を経てから再会する喜びの大きさなんて、デカ過ぎて想像もできないよ。これからも電や他の艦娘が喜ぶ顔を、もっと見たいと思う。だから俺は第二艦隊と仲良くなりたい」

 

「…………提督…さん……」

 

「提督……、朝ゴハンの時にさ、艦娘を笑顔にって話をしてくれたね。提督って何ていうかさ、動機が終始一貫してるよね」

 

「当然だろ? 誰だって自分だけの、たった一つの譲れないモノに従って生きてるんじゃないかな。笑顔といえばね、さっきも言ったけど天龍はお前たちと再会できたら、凄く喜ぶと思うぞ……アイツはクールなとこがあるから、あまり表情には出さないかもだけど」

 

でも本当は誰よりも熱くて真っ直ぐな艦娘だ。面倒見もイイし。

 

「信頼してるんだね」

 

「とっても。ウチの大黒柱だよ」

 

 

 

「古鷹」

 

「分かってる、加古」

 

 

 

あれ?

それだけでいいの?

今、お互いに何かを確認したって感じだが……よく分からないぞ。ま、この2人なら以心伝心ってヤツなのかな。

 

「提督。私たち、そろそろ発ちます。元はといえば私の不手際ですが、それでもココの艦隊と巡り会えたのですから、悪いことばかりではありませんでした」ニッコリ

 

「色々とありがとうね、提督。報告書、ちゃんと届けるからね……あ、そうだ。これから司令部に行く用事があったらさ、帰りに寄ってよ! アタシらの艦隊は司令部に一番近いんだからね!」ニコッ

 

「そうです! 加古、えらいよ! 提督ぅ、絶対ですよ。必ず来てくださいね」

 

やべぇ。

一瞬だけどウルッときた。

そしてどうやら、第二艦隊の提督は悪い奴じゃなさそうだ……旗艦とその右腕たる艦娘が、こんなにも明るく溌剌と振る舞っているんだから。

 

「ありがとうな、二人とも……ああ、いつかお邪魔させてもらうよ」

 

「待ってるからね」

 

「きっとですよ? はい、提督」スッ

 

まず右手を握りこぶしにして、小指だけを伸ばして俺に差し出す古鷹。

あ、コレ懐かしいな……。

子どもの頃にはまだあちこちに残ってたけど、今じゃ殆ど見かけなくなったおまじない。

 

「提督、アタシも~」スッ

 

同じ要領で左手の小指を差し出す加古。

 

「加古もか、分かったよ。それじゃいくぞ……」

 

彼女たちと小指同士を絡み合わせて、軽く振りながら……

 

「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、ゆーびきった!」

 

海の風を浴びながら、三人で声を合わせて唱える。日本の長い歴史に於て、かつては人々の生活と共に在った呪術や昔話や諺(コトワザ)の数々……これも、その1つだ。やがて忘れ去られ、今や朧と消えゆく言霊たちの後を追うのかも知れない。でもこうして誰かが唱える限り、それはまだ先のことなんだ。

 

チャプッ

 

指をほどいて岸壁から華麗に身を翻し、水面へと降り立つ古鷹と加古。艤装を身に纏いながらも無駄のないその動きは優雅ですらあり、まるで白鳥みたいだ。

 

「じゃあね提督! 待ってるよ~」

 

「約束しましたからねー! やぶったらダメですよー」ブンブン

 

「気を付けて帰るんだぞ! またね」

 

俺も手を振る……彼女たちに向けて。

やがて二人はこちらに背を向け互いに寄り添うようにしながら、水平線へと吸い込まれるように去って行った。

 

 

 

          続く




海への畏怖を忘れるのは危険なことだと思います


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第五-12話

「じゃあね提督! 待ってるよ~」

 

「約束しましたからねー! やぶったらダメですよー」ブンブン

 

「気を付けて帰るんだぞ! またね」

 

俺も手を振る……彼女たちに向けて。

やがて二人はこちらに背を向け互いに寄り添うようにしながら、水平線へと吸い込まれるように去って行った。

 

 

 

第五-12話

 

 

 

ザアアアア………

 

 

 

「雨……ずっと……降ってるね…あむっ……んちゅう」

 

窓の方をチラリと見ながら

呟く雷。彼女の髪を撫でながらキスを堪能する俺。

 

「メイストーム……いや、それ程でもないか、これは違うな……。沖縄が梅雨入りしたし、来月の初旬あたりはコッチもだね」

 

「二人はもう……到着したかな…くちゅ…あふ…」

 

「心配か響?」

 

「雷のゴハン……美味しそうに……ちゅっ……あふ……食べてた……あれは高得点だから…むちゅ」

 

見るトコちゃんと見てたってワケか。響らしいな。

 

「んちゅるう……提督さん、あの人たちより……今は私たちだけを……くちゅる……れろ……見てくださいですぅ……」ペロ

 

「ああ、分かったよ電」ナデナデ

 

「んふふ……司令官さぁん………好きぃ」クチュクチュ…

 

「電も変わったわね……ちゅうっ……司令官、そう思わない?」ペロン

 

「暁、同感だよ。前に比べるとストレートで……それと、穏やかになった感じがする」

 

「ふふ……電はもう子どもじゃないのです」ニッコリ

 

「確かにな。少しお姉さんになった印象だ」ギュッ

 

以前、くーをだっこした時に電が羨ましそうにしていたのを思い出し、両腕で抱きしめてみる。

 

「ん……司令官さんのカラダ、あったかい…のです……」///

 

「電も色々……あったから……あむ……はむっ…ね」

 

「電は電なりに、お前と仲良くなろうとしてたのさ……んちゅ……でも方法が分からないから、あれこれ試してたんだ。時にはそれが、お前を戸惑わせることもあったみたいだけど……な……くちゅ」

 

「そうだな。でも今じゃ楽しかった思い出だよ……木曾、お前のおっぱい凄く気持ちいいぞ」ムニュ

 

「ああ……んふ……あむっ……好きなだけ揉むがいい、さ……あ……あん……」///

 

「そうさせてもらう」

 

俺が木曾の大きな胸を揉んでいくと、彼女の切なげな声が零れ落ちてきてドキッとする……普段の凛々しい姿が周囲を惹き付ける彼女だが、こんな一面も魅力的だ。着丈の短い戦闘装束なので、引き締まった腹筋の触り心地もしっかり堪能しておく。

 

「あ………あんッ……」///

 

「提督、私のおっぱいも忘れないでくださいね…」

 

ムニュッ

 

背後から俺の首筋に両手を巻き付けながら、豊かな胸を押し当ててくる明石。柔らかな感触だけでなく彼女の体温も感じることができて、とても気持ちいい。

 

「忘れてないよ明石。第六艦隊での変装だけどさ、今でも思い出すんだぞ……本当にドキドキしたよ」

 

い草の畳の上で前後から木曾と明石に包み込まれながら、その周りを取り囲む暁たち四姉妹が交替でキスやハグをしてくれている。

 

「提督、とても褒めてくれましたね……嬉しかったです。はむっ……くちゅう」

 

俺の耳に舌を這わせる明石。滑らかな感触が、心地いい。

 

「第六艦隊の正面ゲートでも注目の的だったな。職員たちの視線、明石に釘付けだったろ?」

 

「くちゅ……れろ…はい……みなさんと世間話をしてたんですが、ジッと私の胸や脚を見てました……」ペロリ

 

「お陰で潜入も脱出も全く問題なかったよ。明石は人の視線が気にならないほう?」

 

「少しは、ですね。でもゲートのみなさんが喜んでくれてるのを見ているうちに、何も気にならなくなって……」チュッ

 

「RPGの踊り子みたいに、大勢を魅了して元気にする天賦(テンプ)の才があるのかもな………木曾、顔が真っ赤だぞ。大丈夫か?」

 

「悪ィ……くちゅる………ちょっと気持ち良すぎて……これ以上はヤバそうだ……明石、頼む…んちゅ」

 

「少し横になるといい……木曾、俺だってとても気持ち良かったよ」

 

俺の言葉に微笑んだ木曾はそのままその場に横たわり、代わって明石が俺と向かい合う形になる。

 

「分かりました木曾。これでキスできますね、提督……んむ…じゅるり………はむぅ」

 

「司令官、今の話なんだけどね……どうして第五艦隊の時は明石の変装を使わなかったの?」ペロ…

 

「明石に夢中だったゲート職員が、第五艦隊にその話をする可能性があったからだよ暁。第五と第六と第七は密接に繋がっていたからな、俺たちと違って日常的に、電話で世間話くらいは平気でしているかも知れないと思ったんだ」

 

「分かったわ……明石のことを聞いた第五艦隊の職員だって、数日後に……ぺろ…くちゅ……同じような美人が自分のトコに現れたら、いくら何でも不審に思うってわけね……れろ…」

 

「そういうことだ。計画を実行に移す際には、できるだけ危険を排除したいからね。そして明石が不在だからバックアップ役…あの時は雷だったな…も当然、お留守番だ。どうせ人員が二人も減ってしまうのなら、思い切って俺と雪風と木曾だけにして、二人の身体能力でグイグイ押し切ってみることにしたんだ……妖精さんという心強い支援隊もいたからね」

 

「ふふ……司令官が傍らにいれば、私たちはあの厄介な陸上制約を受けないもんね……ぺろ…」

 

「くちゅ……それどころか、ずっと一緒に暮らしてきた私たちのチカラだって飛躍的に上がる……ぺろ…れろ……しかも木曾と雪風の組み合わせ……凄かったでしょ……?」クチュウ…

 

「ああ、大船(オオブネ)に乗った気持ちだったぜ」

 

「司令官……ぺろ…昨晩の海風とタルトだけど……あれって、やっぱり……」ペロ

 

「まさかとは思ったけどな、でも俺も同じ考えだよ雷……あの二人はどういうワケか、もう既に俺の補正をかなり受けている。一緒に暮らし始めたばかりなのに不思議だよ……タルトは戦艦だが、俺だって筋トレしてるんだ……いくら両腕を使ったとはいえ、陸上で俺の腕を圧倒する筋力なんて、普通なら有り得ないよ。海風の抱擁にも驚かせられたぜ……電のタックル以上の衝撃だったからな」

 

「提督…手を止めないで……お願いです、もっと…」

 

「すまない、明石」

 

彼女への愛撫を再開する。

 

「んふぅ……ああ…」///

 

「それって相当な力よ……でも変ね。タルトは昨晩、自分の力が強過ぎるって思わなかったのかしら? 陸上での生活は第六艦隊で慣れてるんだから、司令官に出会う前の自分はゼンゼン力が出なかったってことぐらい、知ってるハズよ?」

 

「暁、多分タルトは昨晩みたいに、強い力を出す機会がなかったんだと思う……まあパーティーで力なんて出すわけないよな。俺が抵抗しようとしたからアイツも目が真剣だったよ……陸上で初めての全力だっただろうから、あれが本気の強さだと思い込んでしまったんだと思う。これから徐々に、あれ? おかしいって気付くんじゃないかな」

 

「それに暁、タルトはとても興奮していたよ。自分のチカラを冷静に把握するなんて、ムリ」

 

「それもそうね…。分かったわ司令官、響。ちょっと疑問に思っただけよ……頼りになりそうな仲間が増えてきたわね」ニコッ

 

「ああ、これからが楽しみだよ……他のみんなも、どんどん強くなるよ」

 

「アイツらはお前のことが大好きだからな。いい子たちだ」

 

「木曾、もう平気なのか?」

 

「ああ、大丈夫だ。それより海風とタルトだけどな、お前に向ける好意がチカラになってるんだよ、きっとな。オレたちだって同じさ、お前と一緒に長く過ごしてきたからこそ、お前との絆が強くなったんだ……お前の補正はな、きっと絆の強さに比例してるんだよ」ニヤリ

 

「絆、か」

 

「ああ、絆だ」

 

海風にも似たようなことを言われたな…念話の件で。

 

「タルトは、司令官以外の男性にも興味ありそうだよ?」

 

「確かにな。でもそれも含めて、タルトだよ……アイツはこれから、色々と覚えていくんだ。男のことだけじゃなく色々なことをね」

 

「ん、分かった」

 

「成る程ねー。海風とタルトはもう、司令官とずっと一緒の私たちと同じくらい、あなたのことが好きなのね……あら、電………? もう、この子ってば……さっきから静かだと思ったら、寝ちゃってるわ」

 

(そうか、昨日の戦闘の疲れが残ってたんだな。起こしたら可哀想だ………明石、残念だけど今日はここまでだよ……立てるかい?)

 

(ん……分かりました、提督……はい、大丈夫です。また次の機会に、ですからね)ニッコリ

 

(ああ、楽しみにしてるよ。雷、まだ十八時過ぎだけど雨で暗くなっているから、このままでも眠れると思う……よっ、と………よし、ここに布団を敷くからな)ポフッ

 

(あ、待って… 私が敷くわ。司令官、ちょっと電をだっこしてあげて……私たちじゃ、起きちゃう)

 

(そうなの? 分かった)

 

電を抱き上げる俺。少し身動(ミジロ)ぎしたが、目を覚ましそうな気配はなかった。

 

(はい、お待たせ司令官。お願いね)ポンポン

 

(ああ)

 

雷が整えてくれた敷き布団に電を横たえて、掛け布団を被せる。相変わらずの無邪気な寝顔だ。

 

(さ、出よう……襖を閉めるぞ)

 

(ああ)

 

(はーい)

 

(うふふ……こんな時間から、しちゃいましたね)

 

(ん……昨日の晩は新入りに譲った…今日は私たち)

 

(アイツらは?)

 

(体育館で畳を敷いて稽古中です、木曾。雪風を相手に)

 

とても大きな執務室の一番奥を占める俺の部屋。襖を閉めておけば、向こう側で会議していても室内の光やフツー程度の話し声なら遮断されるから、起こしてしまう心配もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

カチャカチャ……コトッ

 

 

 

「はいどうぞ、司令官。熱いから気を付けてね」

 

「ありがとう雷………ぷはぁ。美味い」ゴクゴク…モグモグ

 

「はむっ……雷、お前のおにぎり…美味いな」モグモグ

 

「ふふっ、ありがとう司令官、木曾。沢山あるからどんどん食べてね二人とも」ニッコリ

 

お馴染みウッディな椅子に腰掛けて夕食を頬張る俺たち。真ん中のテーブルには、雷の作ってくれた握り飯が大きな皿の上に並んでいる。

 

「雷がいると、ついつい食堂から足が遠退(トオノ)くわね」パクパク

 

「そうだな……ハヤのおススメ定食、しばらく食べてないや」モグモグ

 

「いかづち、おにぎりおいしい。あむっ」///

 

「ありがとね、くー」///

 

「雷、これは何て言うのですか?」

 

「レタスの海苔あえよ、タルト。おにぎりの余った焼き海苔を使ったの。どう、お味は?」

 

「サッパリしてて、海苔もピッタリ……美味しい」///

 

「嬉しいわタルト。ありがと」ニッコリ

 

「雪風、みんなとの稽古はどうだった?」

 

「司令のご指示通り、基本技を中心に行いました。秋雲と長波は、試合をしたいと言ってましたが……」クスクス

 

「あの二人は元気だな……雪風は俺がいない時でもかなり強いから、手加減だけは絶対に忘れないでね」

 

「はい、司令。気を付けて稽古します!」パク

 

「まったく、長波のヤツ……なあ、オレが稽古をつけてやろうか?」

 

「お前は初日に、その長波の件で鬼軍曹のイメージを植え付けてしまったからダメだよ。もっと一緒に過ごして、みんながリラックスして接するようになってから、だね」

 

「ちぇ……分かったよ」モグモグパクパク

 

「雪風。柔道着は各自、風呂の残り湯で洗うように伝えてくれた?」

 

「はい、みなさんキチンと部屋に持ち帰りました」

 

「私たちみたいに、イダにお願いするのは、しばらく先だね?」

 

「そうだ響。最初のうちは自分で、だよ」

 

「ん」パク

 

「イダ……ですか?」

 

「ああ。タルトは昨日、ハヤに会っただろう? 彼女は食堂スタッフであると同時に、鎮守府に於ける炊事関連の仕事全てに関わっている。同じように、洗濯と掃除を担当するスタッフもいるんだ……洗濯の方で働いているのがイダさ。ハヤよりも少し年上の女の子だよ」

 

「あ……そうなのですね。じゃあ私とくーも、自分で……」

 

「そうだな。柔道着は当分、自分の部屋で入浴した後に残り湯で洗ってくれ。でも柔道着だけだからな? それ以外の洗濯物は、各フロアの大浴場内に置いてあるカゴに入れておけば、イダや他のスタッフが回収して、翌日には洗濯して同じトコに置いといてくれるよ」

 

「はい、分かりました」

 

「ただ、タルトの柔道着は用意するのに少し時間が掛かる……その、サイズが……分かるだろ?」

 

「あ……はい」クスクス

 

「稽古は道着が届いてからだ。それまでは見学な」

 

「分かりました」ニッコリ

 

「急ぐ時はね、カゴの近くにあるコインランドリーを使うといいわ。司令官、タルトとくーにも私たちのお給料と同じように、何か代わりになるものが出るわよね?」

 

「暁、勿論だよ。タルト、くー。これを受け取ってくれ」つ

 

手元のクリアファイルから2つの封筒を取り出し、彼女たちに手渡す。

 

「提督、これは何でしょう………?」

 

「なかに、なにかはいってるよ」

 

「ちゃんと給料として渡したいんだが……。タルトに伝えたように、お前たち二人は命令系統に入っていないから、それができないんだ。でも俺はそんなの納得できないから、これを用意した……これは昨日の戦闘での働きに対する俺の感謝のしるし……仲間であるお前たちが受けるべき正当な報酬だよ。勿論これから先も、ちゃんと渡すからな」

 

「まあ………提督……ありがとうございます……私たち、お金が必要ですから」ギュッ

 

封筒を胸に抱きしめるタルト。喜んでくれたみたいだな。

 

「お前は第五艦隊や第七艦隊で頑張ってたもんな」

 

「提督……はい……」

 

「しれい、ありがとう。これで、おかしかえるね?」

 

「ああ、たくさん買えるぞ。食堂の中にある購買部で、好きなのを買うといい」

 

「えへへ……うれしい」///

 

(タルト。くーは多分、貯金なんてムリだ。お前の封筒に、くーの分を混ぜてあるから代わりに貯めてやってくれ)

 

(提督、分かりました……うふふ、お気遣いありがとうございます)///

 

「くーちゃん、電と一緒に行ってあげてくれるかな? 楽しみにしていたから」

 

「うん、ゆきかぜ。くーもいなずまといくの、たのしみ」ニコッ

 

「あの子、喜ぶわね………あ、司令官。タルトに補正のコト、伝えなくちゃ」

 

「そうだったな。タルト、雪風と腕相撲してほしい」

 

「え……腕相撲、ですか? はい………あら、提督。どうしてタルトから離れるんです?……あの………」

 

電が眠っている俺の部屋ギリギリまで離れる……この部屋ほんと広いな……タルトまでは、ざっと15メートルくらいか。ま、巨大な鎮守府だもんな。

 

(タルト、ここから見ているからな。頑張れよ)

 

(提督、どうして念話を……あ、電が眠っているんでしたね。分かりました、やってみます……)

 

(木曾、開始の合図を頼む)

 

(よし)

 

ウッディなテーブルの上に右腕を載せ、互いの手を握り合う雪風とタルト。その手を包み込むようにして木曾が両手を被せる。そして、

 

「レディ………ゴー!」

 

パシッ!

 

合図と同時に両手で2人の手を勢いよく叩く木曾。始まりだ。

 

「ん……んッ………」

 

「く………ん……」

 

(タルト強いね……流石だよ)

 

(ああ……雪風を相手に、これだけ粘るなんてな)

 

でも

 

 

「く………あ……ああッ?」

 

やがて雪風の手がタルトのそれを圧倒し、テーブルに組み伏せる。決着だ。

 

「…………………」キョトン

 

信じられない、といった様子のタルト。昨晩、俺に対して発揮した力とは明らかに違うことを今、実感してるんだろう。

 

(タルト、落ち込むな。第二試合だよ……ちょっと待ってろ)

 

(え……提督?)

 

フワフワ絨毯に膝立ちのタルトに寄り添い、彼女の肩を抱く。補正値マックスの体勢だ。

 

「あっ……あの…提督?」///

 

「雪風」

 

「はい司令。タルト、もう一回ですよ?」ギュッ

 

雪風がタルトの手を取り、再び開始待ちの状態にさせる。

 

「戦艦の意地を見せてくれ」

 

タルトに囁く。

 

「!」

 

「木曾、頼む」

 

「ああ。レディ……ゴー!」

 

パシッ!

 

「やあああああああッ!!」

 

「くぅっ!?」

 

ドン

 

「ん……勝負あり」

 

「…………………うそ」キョトン

 

「嘘じゃないぞタルト。よくやったな」

 

「…………………?」

 

「負けました……流石だね、タルト。戦艦のスゴさ、確かに味わいました」

 

「雪風に勝つとはな。やるじゃないか」ニヤリ

 

「えと………ありがとう………ございます……」

 

「これが昨晩のお前だよ。タルト、よく聞くんだ………艦娘はな、ずっと一緒に過ごした指揮官が側にいる時に、凄まじいチカラを発揮できるんだ……陸上制約なんて無効化さ。木曾は絆って言葉を使ってるけどな。一回戦は離れていたから、お前には補正が殆どなかったハズだ。しかし雪風には、あの距離でもちゃんと補正が付与されていたんだ」

 

「え……あんなに離れていたのに、ですか?」

 

「そうだ。オレたちはコイツとの絆が強くてな、お前に会った第五艦隊に忍び込んだ時は、コレが大いに役立ったぜ……二回戦でも雪風には勿論、補正があったけどな……一回戦と同じくらいだよ。オレたちはもう上限の辺りまで来てると思うからな、距離は関係ない」

 

「木曾の言う通りだ。ココにいる初期メンバーはもう、これ以上の強化は難しいと思うよ。でもタルトやくー、名取たちはこれからまだまだ伸びる。だからお前は二回戦で、一気に強化されたんだよ」

 

提督から、艦娘を強化する指輪について聞いたことがあるけど……指揮官補正とどっちが強いのかな?

 

「分かりました……昨晩の私は、提督のチカラで強化されていたに過ぎなかったんですね……」

 

「そう、それを伝えたかったんだ。お前たち艦船にとって陸上が危険だということだけは、絶対に忘れないでほしいからな………くーもな」

 

「はい、提督」

 

「うん、しれい。わかった」

 

「よし、そろそろ解散しようか。みんなから何か、言っておきたいこととかあるかな?」

 

「提督。一つだけ、よろしいですか?」

 

「ああタルト、何だい?」

 

「さっき私たちの仲間から、使いの者が参りまして……」

 

「仲間か。姫グループだな」

 

「はい。私たちに指令を出す指揮官がいるのですが、その者からの連絡です」

 

待ってたぜ。

俺たちは手を取り合わなくちゃいけないんだ。

 

「聞かせてくれ」

 

「第八艦隊と手を結びたい。友好の証として、私自らがご挨拶に伺いたい、とのことです」

 

 

 

          続く




あの会社はもう二度と営業してはいけないと思います


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第五-13話

待ってたぜ。

俺たちは手を取り合わなくちゃいけないんだ。

 

「聞かせてくれ」

 

「第八艦隊と手を結びたい。友好の証として、私自らがご挨拶に伺いたい、とのことです」

 

 

 

第五-13話

 

 

 

ザザッ…ザッ…ザッ…

 

 

 

俺たちの鎮守府から直ぐ西隣に広がる大きな砂浜に、18人の艦娘みんなと共に足を踏み入れる。この辺り一帯は周囲の森林も含めて立ち入り禁止区域なので、海水浴シーズンでも人はいない。あと2ヵ月もすれば、毎年ここで泳いでいるウチの艦娘や職員にとって楽しみな時期が到来するんだ。

 

「あれだね……来たよ提督、報告の通りだね!」

 

「うん阿武隈、俺にも見えたよ。でも人数は不明だな……あまり大勢で行くようなことはしない、って連絡だったけど。くー、頼む」

 

「さんにんだよ、しれい。しきかんとね、おともがふたり」

 

護衛がたったの2人?

途中で鬼どもから襲撃される可能性だってあるだろうに。ということは………

 

「くー、姫の指揮官はとても強い人かな?」

 

「うん、すごいの! ふだんもつよいけどね、おこったらすごくこわいの……おになんかこなごなだよ!」

 

粉々か。相当な手練れだな。

 

「分かった、ありがとう。くーの探知能力は折り紙つきだな……しかも陸上でも発揮できるのが有り難い。名取は陸上からの索敵って、どう?」

 

「は……はい、提督…だいじょうぶ、です………」///

 

緊張しつつも、こちらの質問にはキチンと答えてくれる名取。焦らず彼女のペースに合わせていこう。

 

「鎮守府でいつも頑張ってくれてる熟練見張員のみんなと同じか……暁、艦娘は陸上からの砲撃や射撃が一切不可能なのに、何で索敵や感知はできるんだと思う?」

 

「はっきりしたコトは分からないの。あくまでも私の想像で良ければ………」

 

「構わない。是非とも聞かせてくれ」

 

「分かりました……陸上で私たちの体力が激減して火器が使用不可能になるのは、私たちが艦船だからという事実で説明できると思うの……でも索敵って、艦船に備えられた設備だけで行うワケじゃないでしょう?」

 

「そうだな。双眼鏡を使う索敵だってあるもんな」

 

「それよ。私たち艦娘は、あの頃の人々と共に戦った。だから私たちはあの人たちの思いや願いだけでなく、様々な技術をも受け継いでいる………たとえば柔道」

 

「確かにそうだ。みんなが今の時代に顕現してから誰かに教わったわけでもないのに、最初から身に付けている。昔の柔道人口は凄まじかったからな」

 

「索敵も同じだと思うわ。あの人たちが日々、雨の日も風の日も欠かさず繰り返していた苦闘の名残が、今の私たちに宿ってる。柔道や索敵は私たち艦船固有の能力じゃなくて、当時の人々から受け継いだもの……だから陸上でも、発揮できるんじゃないかしら」

 

「成る程な……よく分かったよ。ありがとう暁、これからも相談に乗ってね」

 

「当然よ。レディーの嗜(タシナ)みなんだから」ニッコリ

 

「ね、提督! 提督は艦船じゃないから、もしかして陸上でも私たちの兵装で攻撃できるんじゃないですか!?」

 

えッ?

 

「お、それは試してみる価値アリだな」ニヤリ

 

「ちょっと待て木曾、考えたこともなかったぞ。つーか兵装だって艦船の一部分だしムリだろ。どうしたんだ鬼怒? いきなりだね」

 

「だって、提督って結構イイ体付きだから、小さな兵装ならきっと反動にも耐えられます! ゴローさんは、もっとスゴいけど」

 

「あの人は元々国防省派閥の一員で、若い頃は人事課長と同じく現役の隊員だったんだ……並大抵の体力じゃないよ。何故か派閥を離れて、我が第八艦隊に来てくれたんだけどね」

 

「今でも派閥とは繋がってんの?」

 

「長波、あの人はもう何年も国防省には行ってないよ。時おり司令部に顔を出すことはあるから、昔の同僚と旧交を温めるくらいはあるかもだけど」

 

「人事課長とか?」

 

「有り得る。聞いたことはないけど、ゴローさんが話す気になれば話してくれるだろうし、こちらから詮索はしないよ」

 

「提督、おととい雪風と一緒に食堂でお昼食べてたらゲンさんって人に初めて会ってね、挨拶したよ。あの人も同じ派閥かい?」

 

「いや、ゲンさんは国防省じゃなくて国土省の派閥だったんだよ谷風。でも二人はココの古株で、先代の提督と仲が良いって共通点があるね。三人は本当に互いを気の置けない相手として接しているのを、何回か見たことあるよ」

 

「両方の組織とパイプがあるのですね。困った時には、何かしらの援助を請うことができるかも知れませんわ」

 

「同感だ夕雲。どちらの組織でも海をよく知る大勢の人たちが働いているから、協力関係を保つのは非常に重要だ」

 

第五室長の秘書艦だった夕雲。室長の派閥はどっちなんだろう? でも彼女に聞いてみたりはしない……それはとても無礼なことだ。夕雲には夕雲の私生活がある。

 

「かなり近付いてきたな……くー、タルト。俺の側に来てくれ。俺たち三人が、みんなの前に出る形にしたいんだ。向こうからよく見えるようにね」

 

「うん、わかった」ザッ

 

「分かりました、提督」ザザッ

 

「ね、私たちもちゃんと整列した方がいいかい?」

 

「いや、フツーでいいよ。この交渉が双方の合意に達するかどうか、現時点では不明だからね。いつの日か司令部のお偉方が登場するぐらいの関係になれば話は別だけれども、今はフツーにいこう」

 

「うん、分かったよ提督」

 

「来ました……ちょっとドキドキしますぅ…」

 

 

 

 

 

ザザザアァ………ザザッ!…ザッ…

 

 

 

移動の速度を減じてから次々と砂浜へと上陸する3人の深海棲艦たち。色白な肌に陽光がキラリと反射する様子は、何だか妖しい色香(イロカ)を感じさせる。でもその身に纏う戦闘装束と艤装が放つ輝きは紛れもなく、彼女たちの前に立ち塞がる敵が最期の瞬間に味わう死神の鎌のそれだ。

 

 

 

「提督、指揮官ぽい人が艤装を外してるね?」

 

「そうだな谷風。どうやら護衛は、あそこで待っている積りらしい……彼女だけが、こちらに歩いてくるんだろう。谷風、みんな、ここで待っていてくれ……雪風、くー、タルト。行くぞ」

 

「はい、司令」

 

「うん」

 

「分かりました、提督」

 

(しっかりな)

 

(ありがとう、木曾)ザッ

 

 

 

陸上では艦娘も深海棲艦も兵装による攻撃を封じられる。艤装を外さなくても危険はないわけだが、友好の意思表示のためには必要な行為だ。

 

 

 

 

 

「遠路はるばる、ようこそ鎮守府へ……第八艦隊鎮守府の戦闘部門指揮官です。規則により名前を明かせないご無礼を、どうかお許しください。今回のお申し出を嬉しく思います」ペコリ

 

今回の話し合いは向こうからの申し出によるものだ。こちらはそれを受諾する側になるから、人によっては尊大な振る舞いを見せる場面だろうけれど、俺は敢えて自分から先に挨拶の口上を述べることにする。こちらが姫グループとの交流に積極的だということが、これで何となく伝わってくれると良いんだけど。

 

 

 

「こちらこそ……わざわざお出迎えくださるご厚情に感謝致します……。かつて深海棲艦すべての軍勢を束ねし女王……私は彼女の、第一の従者でございます。故あって、名乗る名を持たぬこの身ではありますが、みなさまとの交流を……心より望んでおります」ペコリ

 

 

 

名前がないのは予想通りだ……くーとタルトだって国防省ファイルでは駆逐棲姫と戦艦タ級だし、彼女に至っては一切記述されていない……そもそも深海棲艦同士が固有の名前で呼び合うなんて聞いたことがない。彼女たちには独自の識別方法があるだろうし、くーにもタルトにも聞いてみたことはない。

そして彼女自身の言葉によれば、かつて深海棲艦の統率者だった女王の右腕……つまり以前は軍勢のナンバー2だったわけか。ここ数日間の準備中、くーとタルトに、彼女については何回か聞いてみたけどこれは知らなかったな………。

 

 

 

チラリ

 

 

 

ん、一瞬だけくーとタルトの方を見たのか…やっぱり気になるんだな。タルトのようなバトルオーラは感じられない……こちらへの警戒心を解いているということかな?

雪のように白く美しい髪と肌。こちらを見つめる眼差しは穏やかでありながら真剣な輝きを宿している……そして、思わず目を疑う程の爆乳を少しだけ隠している大胆なドレスは白を基調としながらも、所々に黒のアクセントが鏤(チリバ)められている。上半身とは対照的に腰から裾までゆったりと広がりながら包み込んでいるデザインは、タイトアンドフレアラインってやつかな……お洒落な深海棲姫なのかも。

 

 

 

「分かりました。お互いの呼び方については、これから何とかするとして……先ずはご紹介します、第八艦隊旗艦の雪風……鎮守府では秘書艦とも呼ばれます」

 

「雪風です。はじめまして」ペコリ

 

「どうぞ、よろしく…」ペコリ

 

「そして……ご紹介、ではなくて………本当に、心強い仲間、ですよ。くー、そしてタルトです。二人の指揮官である貴女となら、是非とも協力したい」

 

「ひさしぶり。くーだよ、おなまえもらったの」

 

「お久し振りです。今の我が名はタルト、です」

 

「まあ………本当に、久し振りね…………」///

 

ほんのりと頬に赤みが差してる。さっきまでの凛とした印象が何だか和らぐな。

 

「あの……、この者どもに、名前を授けてくださったのかしら?」

 

かしら?

 

「出過ぎた真似をしてしまったこと、どうかお許しください……駆逐棲姫、戦艦タ級などという呼称は、あまりにも似つかわしくないと思いましたので」

 

「これからは、くーってよんでね。でないと、おへんじしない」

 

…何だか強気だな。大丈夫なのか?

 

「私もです。そして今の私は提督を守る鎧であり刃でもある。もう貴女の指揮下には戻らぬから、その積りで」

 

!?

ちょっ………! おま!!

 

 

 

「……………………………」

 

 

 

何でこうなるんだよ!

慣れない口上を練習して今日に備えた俺の苦労、どうしてくれるんだお前らああああああああああ!!

 

「……………………そう」

 

………どうすりゃいい。

2人を力ずくで押さえ付けて謝らせるか?

いやムリだ…俺の補正を受けてる。ここは陸上だがこれだけ俺の近くにいる2人はヤバい。特にタルト。勝てる気がしない。

 

「本当に…………変わったわね。いえ、変えてくれた、かしら…………ね、提督…………」

 

決裂かよ。

こうなりゃヤケだ。

やってやる。

くーとタルトと連携して彼女を確保してからの説得作戦………よし。

みんなが見てるんだ。

姫グループとは、絶対に協力しなくちゃいけないんだ!

 

 

 

むにゅん

 

 

 

………え?

 

 

 

「まったくもう……どうしてくれるの?」ギュウウ

 

……………………この感触。

 

「もう! 私の部下を、こんなにステキにしてくれちゃって!! 信じられない!! 提督ちゃん! アナタ、自分が何したか分かってる!? もう~提督ちゃん! 決めたわ!! おい、私の艤装を持ってこい! 我らは今より提督殿の本陣へと赴き同盟を結ぶ! 」

 

「はっ!」

 

「…………重いんだけど、コレ………人使い、荒っ」

 

「さぁ~提督ちゃん、行きましょ!! 案内、よろしくね?」ニッコリ

 

 

 

 

(…………タルト)

 

(これが、私たちの指揮官、です。甘やかすと調子に乗りますよ、お気を付けになってください……)

 

 

 

          続く




艦これ改のビジュアルって音楽やシステム同様に素晴らしいです


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第五-14話

「さぁ~提督ちゃん、行きましょ!! 案内、よろしくね?」ニッコリ

 

 

 

 

(…………タルト)

 

(これが、私たちの指揮官、です。甘やかすと調子に乗りますよ、お気を付けになってください……)

 

 

 

第五-14話

 

 

 

ムギュウウウウ

 

 

 

「う~ん変わってないわね! あの頃を、思い出すわ~」///

 

森を通り抜けて鎮守府に戻ってきた俺たち。そして敷地内に入った途端に、歓声をあげた指揮官……彼女は歩きながらずっと、俺の腕に抱き付いている。タルトよりも更に豊満なふくらみを押し付けながら。

 

「提督ちゃん、ずっとここで戦ってるんだあ………そっかあ……」///

 

「もしかして……以前、ここに来られたことがあるのですか?」

 

さっきの遣り取りでペースを乱した……何とかしないといけない。出来るだけ平静を装って、話し掛けてみる。

 

「うっ………」

 

「う?」

 

「うわあああん! 提督ちゃんが、フツーに話してくれないいいい! 私、頑張って仲良くお話してるのにいいいい! やだああああああ!!」ブワッ

 

なんでガチ泣きなんだよ!

 

「隊長!! どうしました!?」ザザッ

 

「何でもない! 大丈夫だからゲートに戻っていいぞ、ギチ!!」

 

「そう…ですか? でもお客様が、隊長に抱き付いて泣いてるんですが」

 

「色々あるんだよ! 傷付きやすい年頃って誰でもあるからな!」

 

もう何言ってんだか自分でも分かんね。

 

「大丈夫よ。あの人ね、鎮守府を見て感激してるの。ここは私たちに任せて」

 

「暁さん…分かりました。では隊長、失礼致します!」ペコリ

 

帽子を取り一礼してゲートへと戻る職員のギチ。後で差し入れ持って世間話ついでに説明しておこう。

 

「ほら、落ち着いてくだ……落ち着いて。みんなが見てるよ、あなたの部下も」

 

「うぅっ……提督ちゃん……少し優しくなったあ…」///

 

マイワールドの住人かよ。脱力しそう……。

 

「提督を困らせないで! 私、提督の鎧だって言ったよね!?」

 

「う……ううぅ~」

 

(頼むタルト。そっとして

やってくれ)

 

(でも……)

 

(嬉しいよ、ありがとな)

 

(……)///

 

いつものタルトとは違った雰囲気だな。あんな声も出すのか。

 

「ぜんぜんかわってない。しれいにきらわれるよ?」

 

「いやあ! 提督ちゃん、嫌っちゃいやあああ!」ギュウウウウ!

 

しがみつく指揮官。でも陸上だから、力は微々たるものだ。

 

(くー。彼女はいつも、こうなのか?)

 

(うん、いつもだよ。たたかうときはきびしいけど、ふだんはおとこのひとがだいすきなにくしょくなの。しれいはわたしたちにやさしいってわかったから、しきかんはしれいがきにいったの)

 

そうか、部下を大切にしてるんだな……少しだけど彼女との距離が縮まった気がする。

けれど……

 

(男? 姫グループに男がいるのか?)

 

(ううん、いないよ。しきかんはね、むかしつきあってたの。すきなひとと)

 

何だって?

 

もしかして鎮守府を見たことがあるのは、陸上で好きな男と一緒に生活していたからか? そしてその相手は、鎮守府に出入りすることができた人間?

 

「提督ちゃん、嫌わないで! 嫌わないでええええ!!」ブワッ

 

さっきまでは年上のお姉さんって印象だったけど、今は子どもみたいだ……そう言えばさっき、一瞬だけ泣き止んだな。よし、それなら試してみるか。

 

(提督、大丈夫ですか? 私たちに何か、できることがあれば……)

 

(ありがとう早霜、大丈夫だよ。ちょっとビックリしたけどね……何とかしてみる。見ててくれ)

 

(はい、提督)

 

彼女の護衛2人が、こちらをジッと見ている。俺がどうするのか確かめる積りだろうな。しくじるわけにはいかない。

 

 

 

「いい子だから、そろそろ泣き止むんだ……ほら、行くよ」ポンポン

 

「…………ふぇ?」グスッ

 

「俺たちの同盟だよ。結んでくれるんだよね?」

 

「あ……うん、そう。そうなの………提督ちゃんと、同盟を結ぶの……」

 

いいぞ。このままいけそうだな。

 

「俺の執務室に案内する。大きな部屋だから、ゆっくりできるよ。紅茶とレモンティー、どっちがいい?」

 

「え……えっとね、紅茶…」

 

(雷、明石、頼む)

 

(分かったわ、先に行くわね)タッ

 

(クッキーたくさん焼いたんですよ、いっぱい召し上がってくださいね!)タタッ

 

手を振って2人を見送る。

 

「紅茶だな、分かったよ。さ、行こうか」ギュッ

 

指揮官の肩を抱きながら歩き始める俺。背が高いんだな……タルトと同じくらいあるぞ。

 

「うん、提督ちゃん」ニッコリ

 

さっきまでの泣き顔が嘘みたいに思える笑顔……やっぱり子どもみたいだな。理性よりも、感情を優先する性格なのかも。

 

(提督、あの………)

 

(名取、どうした?)

 

(あ、あの………指揮官さんの兵装が、お口を開けて、グゴゴゴゴって唸ってて……)

 

指揮官の兵装は、今まさに炎の息を吐き出さんとするドラゴンがパックリと開けた口を思わせるような、恐るべき外見をしている………岩をも噛み砕いてしまいそうな歯は1本1本すべてが、まさにドラゴントゥースだ。尤も、飛び出てくるのはブレスじゃなくて艦載機だろうけど。

 

(多分だけど、主が機嫌を直したから喜んでるんじゃないかと思う。護衛の二人は特に何も気にしてないだろう?)

 

(あ……はい、その通りです……。すみません提督……私、余計なこと……)

 

(何言ってるんだよ、俺だけじゃ気付かないことが沢山あるんだ。どんどん遠慮せずに言ってほしい……頼んだよ?)

 

(はい、提督………)///

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

 

「ほら、着いたよ。ここがわた………俺の執務室なんだ。さ、入って」

 

「うん! お邪魔しまぁ~す!」タタッ

 

俺の腕から離れて室内へと

歩(ホ)を進める指揮官。その目には好奇心の光が宿っている。

 

(提督の執務室って、言わばこの鎮守府の司令室だよ。緊張感ないねー)

 

(長波、同感だけど今は静観してくれると有り難い。俺も今、手探りで暗中模索の状態なんだ……この指揮官、別の意味で手ごわい)

 

(あいよ、頑張ってね提督)ポンポン

 

(長波、ありがとな)

 

「あ、提督ちゃん! あの襖の奥には何があるの?」

 

いきなり俺の部屋かよ。

 

「そこは、俺の部屋なんだ。何かあったら、直ぐに執務室で対処できるようにしておきたくてね」

 

「へぇ~、そうなんだあ。提督ちゃんのお部屋かぁ」

 

「提督の私生活です! ちょっとは自重して!」

 

やや怒気を含んだタルトの声が響く。こんな姿を見るのは初めてだ。

 

「……どうした? しばらく会わぬうちに、随分と大口を叩くようになったな。我(ワレ)は軍勢の長であり、この場に在っては相応の分別を心掛けている。お前は黙って見ていろ」

 

……さっきまでの物腰とは似ても似つかない迫力を漂わせる指揮官。加古と似ているな……オンとオフをキッチリ切り替えるタイプだ。

 

「…………ッ!」

 

「たると、だめ。おさえて」

 

やや焦りながら、声を漏らすくー。

 

「おい……どうする?」

 

「………ワタシらの出番じゃないし………あの子もそれなりのカクゴしてるっしょ」

 

「そうだな」

 

護衛の2人か。

リ級とネ級。

共に重巡の深海棲艦。

すると彼女たちもタルトと同様、第六艦隊で見付けた写真の子か。

 

(夕雲。あの二人には、見覚えがあるね?)

 

(はい提督、間違いありません。タルトと共に、室長の友人の方々を、……接待していました)

 

(分かった、ありがとう)

 

(……あの、提督……!)

 

(あの夜のことかい? 残念だったけどね、仕方ないよ。夕雲には夕雲の気持ちがあるんだから……でも俺は夕雲のこと仲間だと思ってるから、それだけは信じてくれ)

 

(はい……提督…)

 

(司令、ご指示を)

 

(雪風、タルトはその場の勢いだけで軽率なマネをするような子じゃない……ここはアイツに任せてみよう。俺のカンだけど、二人の間には何かがある……それを放置したら、同じことの繰り返しだ)

 

(はい、分かりました)

 

(タルト)

 

(提督……ごめん…なさい……でもタルト、くやし……)

 

(やれ、タルト)

 

(!?)

 

(お前は彼女に、何か言いたいことがあるんだろう? 俺はずっと見てきたんだ、タルトのことをね……だから分かる。やるんだ、タルト。お前の思いを伝えろ)

 

(提…督……)///

 

(戦艦の意地を見せてやれ)

 

(………はい、提督!!)

 

 

 

 

 

「分かったな? 我は提督殿との同盟をむ………」

 

「この程度で、大口を叩くなどと仰るのか。私の本心すら知らず、よくも勝手なことが言えたものだ」

 

「…………貴様」

 

(みんな聞こえるな。今から俺たちは、ちょっとした修羅場を目の当たりにすることになる。でもこれは、みんなと共に戦った人々も見せていた姿だよね……大海原を駆けるみんなの腕の中で。いざという時は俺が止めるから、二人を見ていよう)

 

(分かりました、司令)

 

(お前が決めたんだ、それでいいさ)

 

 

 

 

 

「私を威圧するの? でもね、これだけは覚えておいて。鬼どもとの戦いで、私はこの身に鞭打って軍勢の勝利に貢献してきたということをね!! 貴女は確かに最強の指揮官だが、私だって勝手の分からぬ分隊指揮を執らされながら、この手を血に染めてきたんだッ!! 彼女がヤツらの凶弾に倒れたとき、私は一番近くにいたの!! ヤツらは、全て沈めてやったわ………。彼女ね、私に何て言ったと思う!? 後を、頼んだわよって!! 同じ戦艦のあなたが、みんなを、守ってねって!! そう言ったのよ!!! だから私は、彼女の代わりになろうとした……周りの者からは、彼女と比べられて色々言われながらね!! 貴女に威圧される覚えなんてないわッ!!」

 

(海風、誰か来るとややこしくなる。扉を閉めて)

 

(はい、提督………)パタン

 

「吠えたな………軍勢の勝利に貢献するなど、戦士として当たり前のことだろうが!! 貴様の味わった苦しみに、我が気付かぬとでも思ったか!! だから貴様を戦闘から外して第六艦隊に送り込んだんだ!! 好色な連中だが、貴様を傷付けたりはせぬという確証を得てからな………我自らが実地に赴いて確かめたんだぞ!!」

 

成る程な。戦闘からは外したが、将来この国で暮らすための資金を調達する任務を与えたんだな。そしてタルト以外にも、4人を加えて………。

 

「貴女って、いっつもそう! 自分は何でもお見通しって積り!? だったら私の気持ちだって少しは分かってよ!! 会ったばかりの提督に、あんなにベタベタして!!! 分かるわよ、私だって提督のこと大好きなんだから!! でもね、提督が私より貴女のことを好きになったら、タルト、貴女に何も勝てないただのおバカじゃないのッ! 冗談じゃないわ!!」

 

「何? 貴様……提督殿のことを」

 

「そうよ、悪い!? だから、貴女の指揮下にはもう戻らないって言ったの!! タルトはね、ここでみんなと一緒に戦うの!!」

 

「そうか………ふふ」///

 

「な……何よ!」クワッ

 

「提督殿には、何故か気の置けないものを感じているのだ………我もつい、浮かれてしまったようだな。貴様の……いや、タルトの気持ちはよく分かった。提督殿、本当に嬉しいよ……あんなに内気だったこの者が、今やすっかり年頃の娘に相応しいワガママを言っておる」

 

「提督に、余計なコト言わないでよ!!」///

 

「くくっ……本当に変わったなタルト……大人ぶって第六艦隊で男を手玉にとっていた姿とは別人みたいだわ。今回は我の負けだ、認めよう。まさか……嫉妬で怒り狂うなんてね………うふふふ。ごめんなさいタルト、悪気はなかったのよ? 私に盾突いたことは許してあげるからね」

 

「………そう。分かった」

 

喋り方が戻ってる。もう安心かな。

 

「でもね、タルト。私も提督ちゃんのことが好きなのよ。提督ちゃんが第五から第七の艦隊を消滅させた時にね、提督たちのことを失職しないように守ってくれたの、覚えてるわよね?」

 

……? 俺、彼女に好かれるようなこと何かしたのか。

 

「…当然だ。私もその場にいたのだから」

 

「第六艦隊の提督はね、私が好きだった人の友達なのよ。だから私たちに協力してくれたの。二人ともすっかり年をとったけれど、あの頃は若くてステキだったわぁ……」///

 

やはりな。彼女たちも艦娘と同じく、エルフみたいにずっと若々しいんだ。それにしても、第六艦隊が深海棲艦との窓口になっていたことは暁が予想した通りだけど……まさかそこまで個人的な繋がりがあったなんて夢にも思わなかったな。

 

「だから、提督に感謝していると?」

 

「そういうこと。それと勿論、好意もね……よくお聞きなさい、タルト。私はもう、お前を子どもだとは思わない。さっきのお前を見て、お前はもう自分の新しい居場所を見付けた、一人の女だと思ったわ。だからお前は、お前の道を歩みなさい……これからは指揮官と部下という関係だけではなく、女と女よ。私の戦闘指揮下に戻りたくないと言うのなら、それでも構わない…でも、組織上の繋がりだけは守りなさい。もう、二度目のごめんなさいはしないわよ。いいわね?」

 

「…………望むところよ」

 

「くー」

 

「はい」

 

「お前はまだまだ若い。けれどお前も、どうやら提督ちゃんの側にいるのを望んでいるみたいね………そのための覚悟は、あるの?」

 

「…かくごとか、よくわかんない。でも、しれいとしれいのなかまをくるしめるやつは、くーがたおす」

 

タルト………くー………。

 

「そう…………二人とも、本当に………ね……。提督ちゃん、正直に答えて。この二人のこと、どう思う?」

 

俺の答えなんて勿論、決まっている。ありのままに伝えるだけだ。

 

「大切な仲間だ。俺はくーもタルトも、大好きだよ。ずっと一緒に戦うんだ。そして戦いが終わったら、みんなで一緒に暮らす。鬼どもの襲来から守ってもらって、それが終わったらはいサヨナラだなんて、ご免こうむるからね」

 

「みんな?」

 

「今ここにいるくーとタルト、そして十六人の艦娘のみんなに加えて、今は遠征に出ている三人の艦娘……合わせて二十一人の艦娘みんなだよ」

 

「まあ……タルトもくーも、提督ちゃんから見たら艦娘なんだ………」///

 

「勿論だよ。俺は艦娘みんなに支えられたから、今までやってこれたんだ」

 

「分かったわ、提督ちゃん……………もっと早く、アナタに会いたかったな……提督ちゃん、お願いがあるの。いいかな?」

 

「同盟以外に?」

 

「そ。同盟以外に」

 

「いいよ、俺にできることなら」

 

「ありがとう……あのね、この二人のことなの」

 

「くーとタルト?」

 

「ええ、そうよ。この子たちにはね、提督ちゃんの鎮守府が必要なの……だからね、同盟を結んでから私をアナタの部下にしてほしい。そうすれば私が軍勢を統率する命令系統はアナタの掌握するところとなり、くーとタルトもアナタの部下になる……タルトはアナタの戦闘指揮下に入ることができるのよ………」

 

 

 

          続く




徹底的な調査を
二度とあんな会社ができないように


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第五-15話

「ええ、そうよ。この子たちにはね、提督ちゃんの鎮守府が必要なの……だからね、同盟を結んでから私をアナタの部下にしてほしい。そうすれば私が軍勢を統率する命令系統はアナタの掌握するところとなり、くーとタルトもアナタの部下になる……タルトはアナタの戦闘指揮下に入ることができるのよ………」

 

 

 

第五-15話

 

 

 

ゴクゴク……ゴク

カチャ

 

 

 

うん、美味い。

指揮官のチョイスに合わせて俺も紅茶を頼んだけれど、何だかホッとするな。

目の前に座る彼女も、気に入ったみたいだ。

 

「とっても美味しい……提督ちゃん、いつもこんなに美味しいお飲み物を堪能してるんだね」///

 

さっきの剣呑(ケンノン)な雰囲気からは想像もできない笑顔。どっちが彼女の素顔なんだろう?

 

「雷と明石のお陰でね。最初の頃に手伝おうとしたら、自分の仕事すら半人前なのに余計なことをするな、って先代の提督に叱られたことがあってね。それ以来ずっと、彼女たちには頼りっぱなしだよ」

 

「まあ……厳しい人なのね」

 

「色々と教わったよ……あの場合は、役割分担について、かな」ゴクゴク

 

「私も……部下に何かを教える時は、それを先ずキチンとできるようになってほしいかな。その提督はもしかしたら、提督ちゃんが色々と抱えて多忙になっちゃうことを避けたかったのかもね……多忙は人を、蝕(ムシバ)むものだから」

 

「そんな風には……考えたことなかったな。しょっちゅう叱られてたし」

 

「提督ちゃん……大変だったのね。でも安心して。これからは、私たちも一緒だからね」ニッコリ

 

今は休憩タイム。

他のみんなはフワフワ絨毯に思い思いの体勢で座りながら、俺たちと同じくお菓子や飲み物を片手に会話している。リ級とネ級は……主にくーとタルトが相手になって会話しているけれども、時おり谷風や秋雲、そして長波も何か話し掛けているみたいだ……何だか見てて和むな。

 

「それなんだけどさ。本気かい? 俺の部下になるなんて……まだ驚いてるよ」

 

「提督ちゃん。私は本気」

 

穏やかだけど、真剣な光の宿っている目。

 

「俺だって手を結びたい。でもそれは、お互い対等な立場を堅守した上でという意味だよ。俺の部下になったら今まで従ってきた軍勢はどうなる? 鎮守府と協力するなんて、断じて受容できない部下は絶対にいる筈だ。例えば俺たちは三ヶ月前に、くーと交戦したんだ……彼女の仲間だって沈めたんだぞ。ただ、対峙した天龍……ウチの大黒柱だ……天龍以外とは、あの時に遭遇していなかったんだ。どうやらそれが幸いして、くーは俺たちに対して敵意を向けない。でも天龍と再会させるためにはどうしようかと、頭を捻(ヒネ)ったよ」

 

声の大きさに気を付けて話す俺。くーは離れているけれど、俺たちが同じ室内にいることに変わりはない。

 

「そうだったの……提督ちゃんって、本当に色んなこと考えてるのね。でも提督ちゃん、あの子…くーの随伴艦を沈めたのが、どうしていけないの? あの時あの子と共にいたのは、深海棲鬼とその部下だったのよ? 」

 

「ああ。泊地棲鬼だな……強かったらしいよ。ウチの三羽烏をまとめて相手にしたんだからな」

 

天龍、龍田、そして木曾。

我が第八艦隊の主力トリオとして先代と共に戦い、鍛え抜かれた艦娘たち。3人とも、かつての現役時代には20年以上に亘(ワタ)り戦い続けた戦歴のある巡洋艦娘だ。

 

「強かった…らしい?」キョトン

 

「ああ、その時は天龍が戦闘指揮を執ったんだよ。俺が初陣で負傷したから、彼女は断固として自分がやるって言ったんだ……俺が事前に立案した戦術に従ってね。俺は海岸から全体の指揮を執っていたから、ヤツの姿や強さを間近で確認してはいないんだ」

 

「提督ちゃん、ケガしたの!?」

 

「も、もうとっくに癒えたよ……。どうしたんだよ、ちょっとビックリしたぞ」

 

「あ……、ゴメンね………」

 

談笑していたみんなが、何事かとこちらを見つめている。軽く手を挙げて、何でもないよと伝える俺。

 

「気にしないでいいよ……それより、泊地棲鬼の話だけどね。姫と鬼が行動を共にしていたのは驚きだったけど、俺には分からない経緯とかがあったんだろう? 一緒に行動していたのなら、くーだってその鬼には仲間意識を抱いていただろうと思うんだけど……俺たちは、そんな深海棲艦を沈めたんだぞ。いけないことじゃないか」

 

「ううん、違うのよ提督ちゃん。奴らはあの子を利用していたの。あの子の索敵能力、凄いでしょ?」

 

「うん、知ってる。それがどうかした?」

 

「泊地棲鬼はね、鎮守府の艦娘たちを暗殺しようとしていたのよ。彼女たちの強大な戦力に向かって真正面から突撃するのは、余りにも分が悪いから……。くーの能力からは、どんな艦娘だって逃れられない……遠隔狙撃なら自分は安全だし、仮に失敗しても距離が離れているから逃亡は容易よ」

 

「……知らなかったよ。くーは暗殺の片棒を担(カツ)がされるところだったのか」

 

「そうよ……奴らは多分、あの子を何とか口車(クチグルマ)に乗せて連れ出したのね。私、慌てて追い掛けたわ……でもね、結局は間に合わなかったの。泊地棲鬼は沈められ、くーは連れ去られた後だったわ……でも、提督ちゃんはあの子に、とても優しくしてくれたみたいね!」///

 

そうだったのか。ということは、くーの仲間でも何でもないじゃないか! つまり天龍は、くーを陰謀から救い出した功労者だ……!

光明(コウミョウ)が見えてきたな……時間を掛けて、くーの警戒心を溶かしてから再会させる積りだったけれど、今やその必要もない。

天龍。龍田。五月雨。

もう直ぐ、彼女たちに会えそうだな。

 

「……提督ちゃん、どうかしたの? 何か考え事かな?」ジーッ

 

「うん、遠征組のことを、ね。それより、くーを追い掛けただって?」

 

「ええ。間に合わなかったけれど、ね……。あの子が心配だったけど、ここに突入しようなんて思わなかった。泊地棲鬼を無傷で倒す強さは危険だし、ひたすら無事を祈っていたわね」

 

「…全く気付かなかったよ……あの時、あそこに居たんだな。くーを確保した、あの晩…いや、未明に」

 

暗かったとはいえ、何て迂闊だったんだよ俺は!! 勝利の興奮で舞い上がって、周囲への警戒を疎(オロソ)かにするなんて!!

……あんなことじゃダメだ。もう二度と、あんな失敗なんてするもんか………俺は艦娘の黒子、そして鎮守府のシーフになるんだからな。

 

「提督ちゃん、怖い顔しちゃイヤよ……怒らないで………」

 

「違うよ、腹を立てたのは自分に対してだ。気にしないでね」

 

「本当に? うん、分かった」ニッコリ

 

表情が目まぐるしく変わる指揮官。ほんと、子どもみたいな素直さだ。

 

コトッ

 

「提督、お代わりをお持ちしました。指揮官さん、どうぞ召し上がってください」ニコッ

 

見るとウッディなテーブルのお皿から、いつの間にかお菓子がなくなっていた。

 

「お、ありがとう明石」パクッ

 

「ありがとう、とっても美味しいわ………マフィンもクッキーも。これ全部、あなたが?」

 

「いえ、今あそこで飲み物を配っている雷と一緒に焼いたんです。ありがとうございます!」ペコリ

 

空っぽの皿を持っていく明石。

 

「お料理かぁ……いいなぁ……」ポツリ

 

「……不思議に思ってたんだけど。もしかして、この大八島國で暮らしていたことが?」

 

「興味ある? 気になる?」///

 

何で嬉しそうなのかな。

 

「正直、かなりね」

 

「もう~、しょうがないなあ。いいわよ、提督ちゃんには教えてあげるね……うん、そうよ。さっき言った通りね、好きな人がいたんだ……でも結局はね、別れちゃったな。半年くらい、だったかな……」

 

明るく話そうとしてはいるが、言葉に宿る哀切な響きまでは隠せていない。

 

「ごめん。傷付けたな」

 

「いいの! 提督ちゃんだって私と同じ指揮官なんだから、情報は集めないとね。それにね、私は提督ちゃんに聞いてほしいの」ニッコリ

 

「そう言ってくれると有り難いよ。その時の経験で、日本に興味を持ったの?」

 

「うーん………。楽しかったけれど、この国で暮らしたい願いは、もっともっと強い気持ちに根差したものだから……。あの半年間がなくても、私は同じ気持ちだったと思う」

 

 

 

 

 

せめない! おうちだよ?

 

 

 

 

 

あの時の、くーの言葉。

ずっと気になってた。

あの時は、木曾の質問に返答できなかったけれど。

でも指揮官の話を聞いて、俺なりに温めてきた考えが、ようやく纏まった。

 

「まるで、魂の奥底から湧き出てくるような感情、かな?」

 

彼女の目をジッと見つめて、問い掛ける。

 

「え……提督ちゃん?」

 

少しビックリしている彼女。

 

「くーが俺に言ったんだよ。この国が、お家だって。ここに、来たかったんだって、ね。だから、俺は思うんだ……深海棲艦はみんな、人々の魂を受け継いでいるんだよ。艦娘だけじゃなくてね。あの戦争で戦の船に乗って、兵士として戦い続けた人々……その人々の魂が艦娘と同じように、深海棲艦にも受け継がれているんだ。あの人々の願いとは、故郷を守ることだった……愚かな為政者たちが招いた惨禍の真っ只中へと駆り出された彼らはそれでも、自らの命を賭(ト)して故郷を、家族を守ろうとしたんだ………やがて迎えた敗戦、国土荒廃という結末。そして」

 

「そして……?」

 

「故郷を守ろうとして戦場に散った人々の、故郷に帰りたいと願う気持ち………だよ。戦後の経済発展というお祭り騒ぎの陰に追いやられ、顧(カエリ)みられることのなかった人々の魂の……最後の願いだ」

 

室内が、いつの間にか、静かだ………みんなが、こちらを見ている。

だからこれは、彼女だけじゃなく、みんなにも伝える言葉。

 

「故郷に帰りたい……日本で、永遠に眠りたい……大海原に散った願いを、その身に受け容れたのが深海棲艦だ。侵略なんかじゃない! 人々の魂を送り届けようとしているんだよ」

 

「提督……ちゃん」

 

驚愕の表情を浮かべる指揮官。でも俺は不思議と冷静に穏やかに、これが真実であると確信していた。

 

「こんな考え、司令部に知られたら騒ぎになるだろうな。でも仕方ないよ、現実から目を逸(ソ)らすなんて真っ平ご免だからね……そうだ、一つだけ聞いておきたい。国防省ファイルには見当たらなかったけれど、関係者の間では何かしらの呼び名があったんじゃないかな? くーやタルトみたいに、さ」

 

「あ………うん、えっとね……あんまり、好きな名前じゃなかったけど……中間棲姫、って呼ばれてたの」

 

中間……ミドル、………ミッド……か。成る程な。あの海域との何かしらの関連性とか繋がりを、当時の職員たちは彼女の中に見出だしていたんだろうな。

 

「俺も、そんな呼び方をするのは気が引けるよ……。俺からの提案があるんだけど聞いてくれるかな、ミルディ?」

 

「み、みるでぃ!? だ、誰………え…えと、どうしたの、提督ちゃん!?」アタフタ

 

かなりビックリしてる……ま、当然かな。初対面の相手から、いきなりこんな呼び方されたら。

 

「今だけ、だよ。名前がないのは不便で仕方ない……中間を意味するミドル、置き換えてミルド、そんでもって愛称風にしてミルディだ」

 

いつもなら、そろそろ響や長波からツッコミの念話が飛んでくる頃なんだが。流石に、この静まりかえった場面ではムリかな。

 

「ミルディ……。わたし……ミルディ……」///

 

……あれ?

 

「そうだミルディ、お前の名前だよ。ミルディ、さっきの続きだけど、提案がある。俺たちの司令部は大きな勘違いをしている……深海棲艦は海からの侵略者で、災いをもたらすから倒さなくてはならないと思ってるんだ………えっと、ミルディ? 聞いてるかい?」

 

「え! あ、あの……ごめんなさい、その、ドキドキしちゃって………本当に、ごめんなさい」///

 

どうやら、気に入ってくれたみたいだな………良かった。

 

「続けるぞ? 俺はこれからも鬼と戦っていくけれど、全てを倒す積りじゃないんだ。何故ならさっき言った通り、彼女たちは戦場で亡くなられた人々の魂をその身に宿しているからだ……こちらからの説得に耳を傾けてくれる相手は、倒すんじゃなくて助けたい」

 

「うん……分かるよ、提督ちゃん」コクリ

 

「ありがとうミルディ。そのためには、この方針に賛同してくれる大勢の仲間が必要になる。ミルディが賛同してくれるのなら、俺は喜んで部下として迎えたいと思うんだ」

 

 

 

          続く




ゲーム内でそれぞれの月末頃にターン表示の色が変わるから分かりやすいですね
早く任務を消化しなければとか気付かせてくれます


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第五-16話

「ありがとうミルディ。そのためには、この方針に賛同してくれる大勢の仲間が必要になる。ミルディが賛同してくれるのなら、俺は喜んで部下として迎えたいと思うんだ」

 

 

 

第五-16話

 

 

 

ギュッ……

 

 

 

ミルディのひんやりとした両手が、俺の手を包み込む。スベスベの手触りがとても気持ちいい………姫グループを率いる最強の艦娘って、こんなに柔らかな手をしているんだな。

 

「提督ちゃん、勿論よ。アナタの方針、素敵だと思う……だからミルディね、賛同するよ。提督ちゃんが鬼を倒すなって命令したらね、ちゃんと言うこと聞く。私の軍勢のことは心配しなくていいよ、ミルディに逆らうヤツなんていないんだからね」

 

俺の目をジッと見つめながら話すミルディ。言葉は穏やかだけど、指揮官としての自信を感じさせる響きに満ちている。そして彼女の表情からは、迷いの色が感じられない……うん、大丈夫だな……これなら。

 

 

 

「分かったよミルディ………第八艦隊の戦闘指揮官として、お前の軍勢との同盟を結ぶ。そしてこの同盟関係に於て、ミルディを部下として迎えるよ。これから、よろしく頼む」ギュッ

 

彼女の両手に、もう一方の手を重ねる。

 

「よろしくお願いします、提督。我らの力をご覧になってください……」///

 

 

 

パチパチパチパチ!!

 

 

 

拍手の音で満たされてゆく執務室……みんなが俺たちのテーブルまで近付いてきて、祝福してくれている。この同盟の締結を見届けた、艦娘のみんなが。

 

「………うわー。ほんとにやっちゃったかー」8888

 

「いいじゃないか、この艦隊は裕福そうだぞ? この規模だからな」8888

 

「まーねー。もうハダカの写真を撮られることもないのかー………ならイイや」8888

 

「何言ってる。けっこう楽しそうだったろうが」8888

 

拍手に混じって聞こえてくるリ級とネ級の話し声。

第六艦隊の鎮守府で木曾の水偵が見付けた写真……恐らく招待客を勧誘するための道具 ……のことだな。撮影していたのは多分、第六室長だろう。ミルディが好きになった男ならきっと悪い奴じゃないだろうし、その友人である室長だってタルトやリ級たちが嫌がる注文はしなかった筈だ。

 

「みんな、ありがとう。この同盟に、堅苦しい書類は一切不要だ……みんなが立会人だからね、それで充分だよ。深海棲艦を敵視していた俺が何を今さら、って感じだけどな……でも俺はみんなのお陰で、何とかギリギリでバッドエンドを回避できたと思ってるんだ。そして勿論、くーのお陰でもあるんだぞ……ありがとな」

 

「ここがおうちだって、いったこと?」

 

「そうだよ、くー。お前のあの言葉は俺を悩ませ、考えさせ、そして気付かせてくれたんだ。見えなかった真実にね」

 

「………うん」

 

「だから、ありがとうだよ、くー」ナデナデ

 

「………」///

 

「あらあら……提督ちゃんったら」///

 

「……信じらんない。アタマ撫でられて、あんなに嬉しそう………」

 

「ああ。すっかり馴染んでるな。私も驚いてる」

 

(くーが普段、どうやってケーキ食べてるか知ったらもっと驚くぞ。気を付けなよ提督)ニンマリ

 

(雷と明石には、なるべくマフィンやクッキーを用意してくれるよう頼んであるよ長波。くーがフォークを怖がるなんて、想像もできなかったな………)

 

(あれあれ~自分から嬉シチュフラグ折ったの? 勿体ないことするね)

 

(それは認める。でもこれからはタルトやくーを陸上での生活に慣れさせないといけない。見ず知らずの他人と接する機会も増えるから、抑えるトコは抑えないとな)

 

(いつもお疲れさん。でもね、提督)

 

(うん?)

 

(自分を抑えるあまり、あの子たちとのスキンシップが疎かになっちゃダメだからね? 私の見た感じ、あの子たち…特にタルトは男に対する興味………ううん、衝動が強いよ。ちゃんと発散させてやった方がいい)

 

長波も気付いてたのか。

 

(分かったよ、目を離さないようにする)

 

(色々と大変だろうけど、しっかりね)

 

(ありがとう長波)

 

姫グループとの同盟を結ぶことができたのは、とても嬉しい。でもそれは同時に、彼女たちとの距離が近くなり、今までは起きなかったようなことが起きてくるということを意味している。ただ単に喜んでばかりいるようじゃダメだな。

 

「コイツらのことも忘れるなよ? みんな、お前を支えようと頑張ってるんだからな」

 

「それだけは絶対に忘れないぞ、木曾。見ててくれ」

 

「ああ」ニッコリ

 

「みんな、本当にありがとうな……繰り返すけど、最悪の事態を避けられたのも、こうして同盟を結べたのも、全てみんなのお陰だ……みんながチカラをくれるから、俺は戦える。これからは司令部の指示を鵜呑みにせず、自分で考えてみんなと話し合いながらやっていく積りだよ。これからも、よろしくな」

 

「任せて任せてー」ニッコリ

 

「楽しみですわ……これからの提督が」ニコッ

 

「私もですぅ」///

 

「司令官、何だかオトナみたいだよ………遠くに行っちゃヤだ」ショボン

 

お前の中での俺は30過ぎてピーターパンこじらせてるのか?

 

「もう、響ったら。本当はちょっと嬉しいクセに」クスクス

 

「ん……雷、黙って」///

 

「………さてと、ミルディたちがわざわざ来てくれた用事は片付いたんだ、みんな、楽しくやってくれ。雷、明石、すまないがもうしばらく……」

 

「いいのよ、私たちに任せといて。司令はゆっくりすること」ニッコリ

 

「そうですよ。 提督、今日はお疲れ様」///

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

 

「あ、提督! やっと用事が終わったんだねー、もうこっちはみんなご馳走様しちゃったよ?」

 

「ああ、ちょうどギチは引き継ぎで忙しいところだったからね。しばらく待ってから、色々と話をしたんだよ」

 

「差し入れ、喜んでたでしょ?」

 

「とっても。雷と明石は職員のみんなの間でも大人気だからね……秋雲はもう、お腹いっぱいか」

 

「うん…もう大満足。あの二人さあ、お菓子もゴハンも上手だね。あのさ、提督。ココってね、何だかいつもみんな一緒にお食事してるみたい」///

 

「イベントが続いたからな……俺は嬉しいよ。賑やかなのは、見てるだけで楽しいからね」

 

「そっかー。夕雲から聞いたんだけどさ、提督は食事の費用を出し惜しみしないんだって?」

 

「いつも必ず、ってワケじゃないけどね……他の出費がキツい時とかは仕方なく減らすんだ。でもそれ以外なら、可能な限り出すようにしている」

 

「鬼怒ね、トレーニングが捗るって喜んでたよ。食事が栄養満点だからって。ほら、もう居ないでしょ? さっき出ていったよ、食後の運動するんだって」

 

「あ、本当だ。そうか、鬼怒は運動好きなんだな。職長のトコに木箱を運んだ時は内心、驚いたよ……陸上なのにあれだけ力があるんだからな」

 

「あれはキツかったなー。でも提督が一番重いのを運んでたことには、気付いてなかったみたいだけどね」

 

え。

 

「秋雲、知ってたのか?」

 

「私、イラスト描くの好きでさー。観察するクセって言うの? そういうの、割とね」

 

「それぞれの木箱の目方なんて、詳しくは判別できないだろう?」

 

「みんなの表情見てれば分かるって。運ぶのに苦労してるコなんて、一人も居なかったよ。陸上で私たち駆逐艦娘が両手で運べる荷物はね、頑張っても二~三貫が限界。軽巡艦娘の名取や阿武隈は少し増えて四貫、鬼怒なら……五~六貫ぐらいかな。でも提督はあの時、三十キロ? そう言ったよね? 確か三十キロってさ、十貫ぐらいでしょ」

 

「八貫だよ。そうか、俺の言った数字とみんなの表情を勘案して、俺の木箱が一番重いって分かったんだな……。頼む秋雲、鬼怒には黙っててくれ。あの子は厚意で言ってくれたんだ…俺の方が重かったなんて知ったら、きっとガッカリする」

 

「うん、私もその積りだから安心してよ。それとね、提督。私たちはこの時代に顕現してから日が浅いから、今の度量衡(ドリョウコウ)には戸惑うばかりなんだよね。換算するのは面倒だし、キロとかグラムとか何それって感じ」

 

「日本は昔と比べて本当に変わったからな……艦娘のみんなは多分、どの艦隊でも苦労していると思う」

 

思い出すのは古鷹と加古の顔。数え年の話をした時の、朝食の場面だ。

 

「鬼怒もね、同じなのよ。まだ換算に慣れていないから、提督の言った数字が何貫なのか分からない。もしも慣れていたら、きっと鬼怒は提督のが重いって気付いたと思うよー。注意してあげてね」

 

「そうか、俺はもう少しで鬼怒をガッカリさせるところだったんだな。数字なんか言わないでフツーに、ありがとう大丈夫だよって言えば良かったんだ。秋雲、気を付けるよ」

 

「ま、鬼怒は元気だから直ぐに元通りだって。気にしない気にしない」ニッコリ

 

「そうかもね。秋雲、俺はミルディと話があるんだ。今から隣のくーの部屋に行ってくる」

 

「まだ仕事するの!? 提督ぅ、ちゃんと健康管理しなくちゃダメなんだからね……………ちゅう…はむっ」

 

秋雲のキス。フルーツっぽい味と香りがする………デザートかな。やべぇ、甘くて気持ちいい。

 

「元気でてきた。頑張ってくるよ」

 

「行ってらっしゃーい」ノシ

 

 

 

 

 

コンコン…

 

 

 

「あいてるよ、はいってー」

 

「お邪魔するよ、くー」

 

「あ、しれいだー!」ガバッ

 

飛び付いてくるくーを柔らかく受け止める。何だか電みたいだ。最近のタックルはとても穏やかになったけれども。

 

「みるでぃと、おしごとのおはなしするの?」

 

「そうだよ、くー。みんなの寝る時刻までには終わらせるからな」ナデナデ

 

「しれえ………」///

 

うっとりした表情を浮かべるくー。

 

「というわけだ。待たせてすまないミルディ、始めようか」

 

「はい、提督ちゃ……あ」

 

ミルディが慌てて口に手を当てる。うーん………これじゃ少し、やりにくいな。

 

「ミルディ、肩の力を抜いてくれ……部下としての振る舞いを意識してくれてるのは嬉しいけれどね。呼びやすいように呼んでくれて構わないからさ」

 

「え……本当ですか!?」パアアァ

 

「ああ、本当だよ。この鎮守府ではみんな、俺のことを好きなように呼んでくれてるんだ……もうミルディも仲間なんだからな」

 

「良かったぁ………もう、提督ちゃんって呼べないかもって、気になってたんです……あ、それでね、提督ちゃん。本題に入る前に、お願いがあるの……」チラッ

 

傍らに立つリ級とネ級を素早く一瞥したミルディ。どうやら彼女たちに関することらしい。

 

「いいよ、遠慮しないで何でも言ってくれ」

 

「はい…ありがとうございます。……ほら、聞いての通りだ。お前たち自らの言葉で、お願いするんだ」

 

「は、はいっ」

 

「………分かったよ……」///

 

リ級とネ級。

こうして対面するのは初めてだな。2人ともタルトほどの背丈はないが、姿勢が良いから実際の身長よりも高く見えている気がする。髪の色はそれぞれ、黒と白……コントラストを成していて、何だか印象に残るコンビだ。

 

「ミルディの護衛だね。遅くなったけれど、はじめまして。この第八艦隊で戦闘部門の責任者を務めている。これから、よろしく」

 

「…!? こちらこそ、よろしくお願い致します!」ペコリ

 

「……先手を打たれるなんて……不覚……よろしくお願いします……。あの、お願いがあります……聞いてくれますか?」ペコリ

 

「ああ、勿論。何かな?」

 

「………あの、私たちに…」

 

「二人に?」

 

「名前を………下さい……」

 

「お願いします!」

 

 

 

          続く




あさって29日は鬼怒の100歳の誕生日ですね
天龍や龍田や木曾と同じく20年以上も戦い続けた軽巡洋艦の


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第五-17話

「ああ、勿論。何かな?」

 

「………あの、私たちに…」

 

「二人に?」

 

「名前を………下さい……」

 

「お願いします!」

 

 

 

第五-17話

 

 

 

トコトコ……スタスタ…ポフッ

 

 

 

 

押入れから布団を出して床の上に敷いていくタルトと、その形を整えたり枕を出したりして彼女を手伝うくー。けっこう慣れてきた感じだ。

 

「たると、これでいい?」

 

「ええ、助かったわ。お布団が多くても二人で一緒にやればカンタンね」ニコッ

 

「うん。しれいのおはなしおわるまで、またなくちゃね」

 

「そうね。私たちはあちらで本でも読んでいましょ」

 

「うん」トコトコ

 

電から聞いたけど図書室から絵本を借りて読むらしいな。タルトが読んであげたりしているのかな?

 

「………………」///

 

二人を見て目を細めるミルディ。雰囲気が何だかお母さんみたいだな……見た目はお姉さんだが。

 

「それは構わないが……いいのかい? ミルディじゃなくて俺で」

 

「はい!」

 

「……ミルディ指揮官は……私たちに名前なんて、ムリですー。おい、分隊長とか。お前に任務を与える、とか……。そんなのばっかりですー」

 

役職名、そして直接的な二人称。確かに戦闘では使いやすいが……。

 

「つまり二人とも…いや、姫グループのみんなも今までずっと、名前が?」

 

「ぐるーぷ…ですか? ………あ、我々の軍勢のことですね。はい、名前を持つ者は誰もおりません」

 

「…………ミルディ?」

 

「うっ…………だって。だってえええええええ! 私たちって、ぜんぶ合わせたら三百ぐらい居るんだよ!? ムリ! ぜーったいムリなの!! ミルディはね、もう提督ちゃんにおんぶなの!!」クワッ

 

おい最強指揮官。

 

「………」

 

「……はぁ」

 

悲しげな目を上官へと向ける2人。あれ? 何だか見覚えあるな、この視線……そうだ、司令部でお偉方の面々を相手に、艦娘の素晴らしさを力説した時のリアクションだ。あの時の俺ってもしかして、今のミルディみたく見られてたのかな。

 

「ううううう! 提督ちゃん、この子たちの目が冷たいよおお!!」ブワッ

 

「落ち着けミルディ……ほら、お夜食だ。寝る前だから少しだけだぞ」つ

 

軽い頭痛を覚えながらも、いつも着ている濃紺色の制服、そのジッパー式プリーテッドポケットから袋詰めの明石クッキーを取り出して、1枚だけ彼女に手渡す。

 

「あらあら~! 提督ちゃんありがとうございます~。パクッ」///

 

……。

 

「…美味しい……」ニッコリ

 

「そうか……。…えっとね、二人とも。知ってるかもだけど、全ての鎮守府には国防省ファイルという資料があって、その中に於てお前たちはそれぞれリ級およびネ級と呼ばれている……俺たちはいつも、その資料を活用しながら作戦を立てているんだけど、今から考える名前もそれを参考にしようと思うんだ」

 

「はい、ミルディ指揮官からも聞いておりました……私はリ級と呼ばれていることを。どうか、お願い致します」ペコリ

 

「私もですー。……どうせなら白き重巡戦姫とかが良かったです。それなのに、ネ級って…。名前……お願いします……提督」ペコリ

 

落胆とそして期待の入り交じった色を浮かべるネ級。けっこう表情豊かだな。

 

「………お爺さ……、お地蔵さま…、売れな……た笠…」

 

タルトの声……あ、やっぱりくーに読んであげているのか。こうして見ていると、仲の良い姉妹みたいに思えてくる。

 

「気を落とすな。いよいよ新しい名前を頂くんだ」

 

「……うん」

 

……………へぇ。良いコンビかも。第二艦隊の2人を思い出す。

 

「白き、か…………よし」

 

「あ、提督ちゃん。決まったんだね」

 

「ああ、二人は黒と白の対比が格好いい………それと、俺の見た感じだけど息の合った二人一組だ。だからお互いを思い遣(ヤ)る気持ちを名前に込めてみようと思う」

 

「まぁ……提督ちゃん」///

 

先ずはリ級。

 

「二人はさ、戦闘で一緒に戦うことが多いのかな?」

 

「はい……提督殿の仰る通り、呼吸が合うと言いますか…」

 

「分かったよ、お前のパート……相棒の呼称であるネ級のネを、心に結び付けるという意味を込めて……ネビュラ。漆黒の宇宙に輝く星雲のことだ。どうかな、ネビュラ?」

 

「星雲……星の、集まり…」

 

「そう。その艶(ツヤ)のある黒髪を宇宙に、そして星雲という白い輝きを……」

 

ネ級に一瞬、視線を向けてから、

 

「彼女に見立てたんだ。リ級のリではなく、敢えてネ級のネに肖(アヤカ)ることで二人の絆を強調せしめるようにしてみた。気に入ってくれたかな?」

 

 

そしてネビュラは

 

 

「ありがとう……ございます。…はい、嬉しい…」///

 

 

「良かった。さあ、次だ」

 

ネ級の方に向き直る俺。

 

「……あの…、お願いしますー」///

 

「うん、ネビュラと同じようにしてみたよ。ネ級のネじゃなくて、リ級のリを土台にする。…あのさ、その白い髪…ほんと綺麗だな」

 

響の髪も、本当に綺麗だけど。負けてないな。

 

「………そんなぁー。恥ずかしい、ですー」///

 

「……あらあら、赤くなっちゃって~。私だって、富士に降りたる白雪みたいな髪なのにな~」ジトー

 

やや苛立ちの表情でネ級を見つめるミルディ。

 

「………黙って。つーか、黙らせられたい?」ギロリ

 

「うわあああああん!! 提督ちゃあああああああん!! ミルディ、みんなの指揮官なのにいいいいいい!!」ブワッ

 

…頭痛薬、まだ救急箱にあったか?

 

「………それは今までのハナシ。これからは、提督が私たちの指揮官………。貴女は、提督の……部下」

 

「はっ! 私、もしかしてドジ踏んじゃった!?…ううん、そんなことない!! ないんだからああああああ!!」

 

「……ミルディ」つ

 

「まあ!! ありがとう提督ちゃん~。パクッ」///

 

よし、今のうちに……何だか三枚のお札を使って山姥(ヤマンバ)から逃げ切った小僧みたいな気分だな。

 

「…その髪を見て、思い浮かべたんだよ。リ級のリから………リリィ。百合(ユリ)の花って意味だよ……どうだ、リリィ?」

 

「リリィ……私の…お名前……」

 

「そうだリリィ。ネビュラとの絆って意味を込めた、お前の名前だよ」

 

 

ガバッ

 

 

飛び付いてきたリリィ。彼女の戦闘装束は体にピッタリとフィットしていて、ふくよかな胸の形がハッキリと浮かび上がっている。

 

 

むにゅうう

 

 

「ありがとう提督。私……嬉しい…リリィかー。えへへ…」///

 

彼女の抱擁。風呂あがりだろう、暖かな体温と良い匂い……そしてふっくらとした胸の感触。豪華すぎるお返しを、遠慮なく堪能する。

 

「気に入ってくれたみたいだな。良かったよ」ギュウウ

 

「あはぁ………。提督…提督う……」///

 

「提督ちゃん……ありがとうございます、私からのお願いを聞いてくれて。それじゃ次は、提督ちゃんのお話……かな?」

 

そうだ、そのためにミルディを待たせていたんだったな。この調子でさっさと済ませるとしよう。

 

 

 

          続く




図鑑の空欄がまだまだあります
もう凄いボリュームとしか


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第五-18話

「提督ちゃん……ありがとうございます、私からのお願いを聞いてくれて。それじゃ次は、提督ちゃんのお話……かな?」

 

そうだ、そのためにミルディを待たせていたんだったな……この調子で、さっさと済ませるとしよう。

 

 

 

第五-18話

 

 

 

チラッ

 

 

 

くーとタルトは……よし、ちょうど1冊目を読み終えたところだな。いい頃合いだ。

 

(くー、タルト)

 

(はい、提督!)

 

(しれい?)

 

(今からミルディと始めるのは、とても大事な話なんだ。二人にも聞いてほしい)

 

(うん、わかった)

 

(分かりました、提督)

 

「(直ぐに始めるよ、そのままで待っててくれ……)そうだね、ミルディ。同盟は結んだけれど、他の事柄に関しても幾つか尋ねておきたいんだ。リリィ、残念だけどここまでだ。これからは仲間だよ……改めてだけど、よろしくな。ネビュラも、よろしくね」

 

「はい、提督殿!」ペコリ

 

「……残念ですー。……はい、よろしく…お願いします……あむっ」///

 

離れぎわの、軽いキス。大人しそうな印象だったけど、意外と積極的だな。

 

「それじゃ始めるぞ、ミルディ。座って話そう」

 

「提督ちゃん、はいどうぞ」つつ

 

「座布団か、ありがとう。ネビュラとリリィも座ってね」ストン

 

「はい、提督殿」ペタ

 

「ありがとうございますー」ペタン

 

「提督ちゃん、失礼します……。それでね、お話って?」スッ

 

正座か。ミルディも所作が洗練されてるな……タルトみたいだ。陸上での生活の賜物(タマモノ)か。

 

「とても重要な話だよ。だからミルディ、今から始めるこの会話は、みんなに聞いてもらいながら進めようと思う。いいね?」

 

「ええ、勿論よ提督ちゃん……? でも、タルトもくーもネビュラもリリィも、さっきからずっと聞いてるわよ?」キョトン

 

「そうだな。そして別室に居る仲間みんなにも、だよ」

 

「え……………あ! もしかして、心で会話できるっていうアレかな!?」

 

「この鎮守府に来たことがあるミルディなら、きっと知ってるだろうと思ってたよ。そう、ここの仲間はみんな念話が使えるんだ……それじゃ、いくぞ……(ミルディ、聞こえるか?)」

 

(あ……提督ちゃん!! 提督ちゃんだね……うん、よく聞こえるよ! へえ~、こんな感じなんだ)ニッコリ

 

(よし、次だ………ネビュラ、リリィ。二人とも聞こえるかい?)

 

(はい、聞こえます…!)

 

(聞こえますー。………何だか、フシギですー)///

 

3人とも話せるんだな……有り難い。さてと、みんな離れているからいつもより出力を上げなくちゃだな。

 

(順調そうだね、いい感じだ。他のみんなも聞こえるな? 俺は今からくーの部屋でミルディと、これからの方針について重要な打ち合わせを始める。みんなもしっかり聞いててくれ…それとね、これは念話の距離テストも兼ねているから、聞き取りにくい場合にだけ直ぐに知らせてほしい。何も連絡がなければ、きちんと聞こえているものと判断して、どんどん話し続けるからね)

 

……………………。シーン

 

よし。

 

(……先ずはミルディ、ありがとう。今回の同盟は元々、ミルディが打診してくれたからね……繰り返すよ、本当にありがとう)

 

彼女の目をしっかり見つめながら伝える。

 

(あ……て、提督…ちゃん。あの…その……)///

 

(俺さ、深海棲艦のことをずっと敵だと思い込んで戦ってた。でもな、ミルディを見てて気付いたんだよ……陸(オカ)に上がって人を好きになるなんて、誰が何と言おうと人間の友達に決まってるって。その女性に仲間がいたのなら、いくら暴走しているとはいえ、説得してみるべきだって)

 

右も左も分からない場所なのに、それでも好きな相手と暮らす……とても素敵なことだと思う。

 

(だから……これからの、俺の方針だよ。みんなのチカラを頼りにして取り組んでいく積りだ)

 

(……さっきタルトから聞いたけど……提督ちゃん、泊地水鬼を倒したんだってね。危険なヤツだったでしょ? だから他の鬼も、ね……説得するなんて無理じゃないかな……?)

 

(それでも、だよ。俺の考えが間違っていなければ、彼女たちだって人々の魂を受け継いでいる筈だ……この日本に帰りたいと願う魂を、ね。ミルディの姫グループが日本で暮らしたいと願うのも、人々の魂がそうさせているんだと思う)

 

(考えたこともなかったな……。それじゃ、どうして奴らは攻めてくるの? 本当に帰りたいだけなら、提督ちゃんたちを傷付けるなんて、おかしいよ)

 

(それはね、ミルディ。怒りなんだ)

 

(………怒り…なの? どういう怒り?)

 

(自らを死地に追いやった内閣と軍部に対する怒り、だよ。そして、それらの組織によって建造され……これは年若い艦船に限ったケースだ……古参の中には、明治時代から戦っていた艦船だってあったんだからな……建造され、整備・改修されていた艦船の魂が、乗組員として共に戦った当時の人々の魂と結び付いて今の時代に顕現した存在……それが、艦娘だ。つまり艦娘は、深海棲鬼に宿る魂たちから見れば、怒りの矛先を向ける為政者たちに仕えた、忠実な戦士に他ならないのさ……だから鬼たちは、艦娘を攻撃する。その艦娘たちを支えたい俺を亡き者にせんとするのは、鬼たちにとって当然の行為なんだ。これが、質問の答えだよ)

 

(提督ちゃん…………いや。そんな…怖いこと、言わないでよ……)

 

(少しも怖くないよ、ミルディ)

 

(え…………?)

 

(ここには、みんなが居るんだからな……しかもミルディたちが加わって、艦隊は更に強力になったんだ。怖いことなんて何もないよ。そうだろ?)

 

(…うん、提督ちゃん。そうだったね)///

 

(ああ。そしてお前が言った通り、俺はみんなの力を使って泊地水鬼を倒した。鬼たちの指揮官は今頃、配下を四方に派遣して誰に倒されたのかを探っている筈だ……少なくとも俺ならそうするね、脅威の正体を特定するために。やがて俺たちの第八艦隊が怪しいという結論に辿り着くのは、時間の問題だと思う……何しろ、泊地水鬼が消息を絶ったのはこの海域なんだからな。だからこちらも、色々と準備をしなくちゃ)

 

(……どうやって、準備するの?)ジーッ

 

(そうだな、先ずは情報の共有といくか。ミルディ、俺たちはまだ、鬼グループの指揮官……つまり俺たちにとって最大の敵が誰なのか、知らないんだよ。だからそこから始めよう。教えてくれ……一体、誰なんだい?)

 

 

 

(あ、それはね……軽巡棲鬼、なの……)

 

 

 

………意外だ。

残る3体の中で、最も火力の低そうな軽巡棲鬼か。

 

(とても狡猾で、残忍なヤツなのよ……提督ちゃん、アナタのね、説得するって方針に従いたいよ……でも、あいつだけは私、無理だと思うな……)

 

(? 理由を聞かせてくれ)

 

(あいつはね、嵌(ハ)めたの……私たちの、とっても強かった仲間を、ね……)

 

(罠か……一体、誰を?)

 

(………戦艦棲姫よ、提督ちゃん。タルトに最期の言葉を託した、とっても優しかった女の子……)

 

 

 

彼女ね、私に何て言ったと思う!? 後を、頼んだわよって!!

 

 

 

戦艦棲姫。

国防省ファイルで見たことがある。凄まじい強さである、と記述されているんだが……そうか、もう……。

 

同じ戦艦のあなたが、みんなを、守ってねって!! そう言ったのよ!!!

 

戦艦棲姫……同じ、戦艦から……タルトは突然、重大な役目を託されたんだな。

 

 

 

たるとはね………いつもいっしょうけんめいなの。だから…………つい、おもいつめちゃうの………ほかのこたちと、よくけんかしてたし…

 

 

 

タルトが喧嘩してた原因は恐らく、戦艦棲姫を失った苦しみに耐えていたということに加えて、分隊長だったであろう彼女の役目をも引き継いだことによる精神的疲労だな。ミルディも言っていたな……疲労は人を蝕むものだって。タルト……お前、ほんと苦労してたんだな。そして、そんなタルトに様々な役割を与えなければならなかったミルディはどうだったんだろう? 会ったばかりだけれど、彼女はそういうのって苦手そうな気がする。

もしかすると、ミルディもタルトと同様に、精神的な苦しみを味わっていた可能性が………?

 

(ミルディ)

 

(はい、提督ちゃん)

 

(鬼グループの総勢は?)

 

(分からないの。全く、分からない…ごめん……)

 

!?

 

待て。

それじゃ相手との戦力差はずっと不明のままじゃないか。危険過ぎるだろ……そんな戦い方を続けてきたのか? 無論、ミルディにも事情があったんだろうけど。

それにしても、危険過ぎる………ある日の会戦で突然、普段の十倍の戦力で襲ってきた、なんてことになったら一巻(イッカン)の終わりだぞ。

この話題はマズい。ここまでにしよう……ミルディの指揮能力にみんなが疑問を抱くなんて事態は避けなくちゃ。

 

(分かった……苦しい戦いを重ねてきたんだな。お前の言う通り、かなり狡猾な相手だと思う。それじゃ次の質問だよ……姫グループは三百ぐらいだってさっき言ってたけど、分隊長クラス……さっきタルトは分隊指揮という言葉を使っていたから、この呼び方で合っていると思うんだが……ミルディから直々(ジキジキ)に指令を与えられ、ミルディの手足となって戦う分隊長クラスは今、何人いる?)

 

ミルディとの会話を重ねてきて分かったことだけど、タルトは姫グループの序列に於てかなり高い位置を占めている。ミルディとタルトの双方から話を聞きながら進める方が、情報共有は捗るんだけどな……でも、それはやめておこう。今のタルトは間違いなく、戦艦棲姫のことを思い出しながら俺たちの会話を聞いている。そっとしておくべきだ………。

 

(以前からの分隊長は四人だよ、提督ちゃん……。もっと大勢いたんだけど、今はもう、ね………)

 

か細い声のミルディ。4人か……戦艦棲姫が果たしていた役割をタルトが受け継いだから5人の時期もあった筈だが、第六艦隊に派遣される際にその任務は解除となったから今は4人、ということだろう。

 

(全員の呼び名を)

 

(水母棲姫、港湾棲姫、北方棲姫…そして駆逐棲姫、くー)

 

(強くて冷静な子だと思っていたよ。成る程な、分隊長を務めているとはね)

 

(でも今は提督ちゃんの側がいいみたい。他の分隊長についてはね、水母棲姫と港湾棲姫がお留守番して指揮を執ってるの。私がいないからね)

 

(北方棲姫は?)

 

(あの子はとても気性が激しくて、あちこちで奴らと戦っているの。時おり、弾薬を補充するために戻ってくるけれど。もう……困った子なんだから)

 

(一人で?)

 

(うん、一人だよ。でもね、さっきの泊地棲鬼みたいなマネはしないよ。正面から一対一の戦いに持ち込むの)

 

………。

ここまで話をして分かったことがある。

ミルディにとって、指揮官という任務は荷が勝ち過ぎている。

彼女が懸命に戦っていることは間違いないが血気(ケッキ)盛んな部下の行動を制御できていないし、何より敵の規模を把握していないのは致命的だ……それでも戦い続けているのは驚嘆に値するけど。ミルディの性格から推測すると……索敵部隊を派遣してはみたものの生還すること能わずの憂き目を見るに至り、悲しみのあまり二度と偵察を命じないようにしている……ってところかな。

今、確信した。ミルディもタルトと同じだ。休息させなくちゃ。これ以上は、ヤバい。

よし決めた。

 

 

 

(………俺の部下になってくれたミルディ。最初の、命令を下す)

 

 

 

(………!!)ササッ

 

立ち上がるミルディ。マイペースな性格してるけど、こういうトコは律儀だ。俺も立ち上がる。慌てて、ネビュラとリリィも。

 

(提督ちゃん、お願いします!)

 

真剣な表情。どこか幼さの残る顔立ちをしているから木曾や天龍の凛々しさとは少し雰囲気が違うけれども、これがミルディの素顔なんだ……マイペースで、だけどいざという時には部下思いな、彼女の。

 

(これ以上、姫グループの被害を拡大させるわけにはいかない。ミルディ、俺たちをグループの本拠地に案内するんだ。残っている軍勢を脱出させる。そして全員、第八艦隊の仲間としてここを新たな拠点にして戦っていくぞ)

 

 

 

          続く




西洋ファンタジー素晴らしいです
そして日本ファンタジーも本当に


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第五-19話

(これ以上、姫グループの被害を拡大させるわけにはいかない。ミルディ、俺たちをグループの本拠地に案内するんだ。残っている軍勢を脱出させる。そして全員、第八艦隊の仲間としてここを新たな拠点にして戦っていくぞ)

 

 

 

第五-19話

 

 

 

ペコリ…

 

 

 

(分かりました……提督ちゃんの艦隊をご案内し、部下たちを脱出させます)

 

(しっかりやっていこう。そうだ、最後に一つだけ)

 

(はい)

 

(ミルディ、そしてみんな………もしかするとみんなの中には、こんな考えが出てきているかもしれないね。深海棲鬼の軍勢が艦娘を襲うというのなら、艦娘がしばらく身を隠しておけば全てうまく片付くんじゃないか、とね。そうすれば鬼グループは艦娘を気にすることなく魂と共にこの日本へと上陸し、それにより悲願が成就して戦いは終わる筈だと………)

 

そんな風にいけば、どれだけ楽なことか。

 

(でもね、残念ながらこの考えには賛成できない……みんなに宿っている魂のことがあるからね。鬼に宿る魂から見たら戦友、 共に戦った仲間同士なんだぞ? 確かに為政者への憎しみは想像を絶する深さだと思うけど、それでもみんなに対して仲間意識を抱く魂だって居る筈なんだ。居なきゃおかしい)

 

(でも実際、私たちは何度も襲われているね………)

 

(そう。本来ならおかしいんだよ……ミルディも艦娘なんだからな。てことは、その「本来」を歪めてしまうようなことをやってるんだろう)

 

(提督ちゃん…それは?)

 

(鬼の軍勢に対してひたすら戦闘を命じ、艦娘への友好的な態度など断じて許さない。恐らく軽巡棲鬼がそんな姿勢を貫いているんだと思う。だから戦友の魂が宿る艦娘すら攻撃するんだ。憎しみに支配されているが故の姿勢なんだろう。残念だけど、艦娘が身を隠して鬼を迎え入れたとしても、彼女はそんなことお構いなしに軍勢を率いて襲ってくるよ。鬼のグループを迎え入れれば全て終わり、めでたしめでたしになるわけじゃない。だから、ドンドン上陸させるってのはナシだ。あくまでも、こちらの説得に耳を傾けた鬼だけを迎え入れるんだ…これは鉄則だよ)

 

(分かりました、提督ちゃん)

 

(但し俺は、説得に固執する積りはない……俺が最優先するのは艦娘みんなの安全だ。こちらの説得にも拘わらずみんなを傷付けようなんてマネしたら、俺は躊躇なく攻撃命令を出す………絶対にだ。こんなところかな。俺からの話は以上だよ、みんなお疲れ。ゆっく………)

 

(くーだよ。しれい、ごめんなさい。みんなにおはなししたいの。いい?)

 

くー?

驚いたな……彼女がこういう場面で発言するなんてケースは初めてだ。

でも

 

(くー。俺たちの仲間として言いたいことがあるんだな…分かったよ。聞かせてくれ)

 

(しれい、ありがとう。……あのね、みんな。しれいのおはなしなんだけどね。くーは、しんじつだとおもうの。くーがひとりのときに、おおきなてっぽうかついだおにがきてね、こういったの……もうわるいことしない。わたしたち、たたかいをやめてあのくににいきたいって)

 

くーを連れ出した泊地棲鬼か。

 

(だから、くーのちからがいるんだって。いっしょにあのくににいきましょうって、そういったの。くー、そのときね、いっしょにいきたいっておもっちゃったの……てきなのに。じぶんでもわかんなかった。でもそうおもっちゃったの。しれいのおはなしはね、ほんとなの。わたしたちは、ここでくらしたいってたましいがいっしょなの……)

 

くーの言葉が途切れる。考えを纏めながら言葉を選んでるんだろう。

 

(…いまね、とってもうれしいの…ここでくらしてるから……てきのおにも、おなじ。くーは、おにがいいこになるのならつれていってあげたい。いなずまはてきでもたすけたいっていうの。くーもおんなじ。しれいがせっとくするの、てつだうよ)ニッコリ

 

俺に微笑みかけるくー。

……ありがとうな天龍。

彼女を仲間にできたのは、お前が連れてきてくれたからだ。

 

(嬉しいよ、くー。その力を頼りにさせてもらうからね……みんなもだよ)

 

(うん)///

 

(ミルディ…今日はお疲れ。ゆっくり休んでね)

 

(はい、提督ちゃん)///

 

 

 

ガバッ……ギュウウ!

 

 

 

「提督………本、当…ですか……私、たち……グスッ…これから、ここ…………、で……?」///

 

リリィが再び抱き付いてきた。さっきよりも力強い抱擁……でも声が、震えている?

 

「ああ本当だよリリィ。嬉しいのかい?(みんな、脱出作戦には驚いたかな? でも仲間を助けるなんてのは当たり前のことだからね。分からないことがあれば、いつでも聞いてくれ。それじゃ今日はここまで…脱出作戦に関する詳しい打ち合わせは、明日以降に行う。みんな、おやすみ)」ギュッ

 

「ひゃうんっ……。はい、とっても嬉しい…で……す…………」///

 

(おやすみなさい提督)

 

(おやすみー)

 

(戦闘になりますね……頑張ります提督! おやすみなさい)

 

(疲れたらいつでもオレの部屋に来いよ。おやすみ)

 

(私のお部屋も! おやすみなさいですぅ)

 

(賑やかになりそうね……龍田と五月雨には、ちゃんと説明しなくちゃ。おやすみなさい)

 

(おやすみなさい)

 

(おやすみー)

 

みんなの声を聞いていると元気が出てくる。敵を倒すばかりじゃない。周りを元気にしてくれるのも艦娘のチカラだ。

 

「リリィもお疲れ。さ、この部屋でゆっくり休むんだ」ポンポン

 

「………………」

 

リリィ………?

 

「……すー」

 

「まったく……提督殿、申し訳ありません。どうやら緊張の糸が切れたようです」

 

いやリリィの体温が気持ち良くて役得だぞ。

 

「いいんだよ、それだけココで安らいだ気持ちになってくれたってことだ。くーとタルトが布団を敷いてくれてて良かったよ……タルト、掛け布団を頼む」

 

「はい、提督」スッ

 

「ありがとう。………よし」

 

リリィを横たえて掛け布団を戻してやる。穏やかな寝顔だ。

 

「ミルディ、雪風がみんなの浴衣を用意したと思うんだけど。リリィは風呂上がりだよな?」

 

「あ……うん、雪風ちゃんはキチンと用意してくれたよ。でも、見た目がとてもキレイでしょ? この子、ビックリして……」

 

遠慮したってわけだな。

仕方ないか。

 

「……ミルディ。本拠地で暮らす環境は、やっぱり過酷かい?」

 

「…うん、提督ちゃん。島で暮らしているとね、風とか湿気とか凄いよ……でもね………」

 

「でも?」

 

 

 

「でも……それ、も……もう……すぐ……うっ………終わるんだ、ね………」

 

 

 

俯きながら両手を口に当てて涙を堪えるミルディ。

 

風とか湿気とか、か……。

とても、そんな言葉じゃ言い尽くせないよな。お前たちが味わってきた苦しみは。

 

ミルディに寄り添い彼女の肩を抱く。

 

「この鎮守府はとても広いんだ…三百人なんて全く問題にならないから安心していいよ。とは言っても、大半はイ級かな?」

 

「うん……そう……だよ…。あと、ワ級……輸送艦の…。みんなにお名前…付けてあげなくちゃいけないのに……ね…。私ったら、……ほんとに…」

 

「ミルディだって大変だったんだ。気にしちゃダメだぞ……タルト、くー。ミルディを頼む」

 

ミルディを抱きしめたい衝動を辛うじて抑える俺。二人きりならともかく、今はいけない。もう指揮官ではないけれど、それでもミルディは姫グループを率いてきた戦士なんだ。涙を流しながら誰かに縋(スガ)る姿を部下に見せるわけにはいかない。

 

「わ…分かりました、提督」

 

「うん、わかった。みるでぃ、おちついて。あとでみんなでいっしょにおふろはいろ?」

 

「ええ……そう、ね……」グスッ

 

タルトは戸惑っているな…無理もない。彼女の中でミルディという指揮官は強く大きな存在なんだ。初めて見る姿に、どう接するべきなのか分からないんだろう。しかもさっきは自らの感情をぶつけたんだ、気まずさを感じているかも。

でも、それでいいと思う。

ミルディはタルトの意外な気持ちを知り、タルトはミルディの意外な一面を目の当たりにした。

こうやって少しずつお互いの距離を縮めていけば、きっといつか良い関係が生まれる。

 

「みんなおやすみ……また明日な」パタン

 

扉を後ろ手に閉めて廊下に出る………照明が落ちていて、とても暗い。そうか、もう二十一時を過ぎてるんだな。月明かりのお陰で周囲の様子は何とか把握できる。

 

 

 

ガチャ…パタン

 

「あの……提督殿」

 

あれ? この声は…

 

「ネビュラ。どうかした?」

 

振り向くと、こちらをジッと見つめる彼女と目が合った。ビキニしか身に着けていない大胆な姿は、室内とは異なるこんな暗闇の中では刺激的すぎてドキッとするなあ……彼女やリリィ、そしてタルトの扇情的な写真について木曾から聞いた時の驚きを思い出す。今ではみんなの積極的なスキンシップのお陰で、ちょっとしたことでは狼狽(ロウバイ)しなくなったけど。

 

「その…、提督殿。今日は色々と……本当に、ありがとうございました」ペコリ

 

「いいんだよネビュラ、俺だって姫グループと同盟を結べたことが嬉しくて仕方ないんだ。タルトから俺たちのことを聞いたんだね?」

 

「はい。第五艦隊での出来事を聞いた時はミルディ指揮官……あ、申し訳ありません……ミルディも我々も驚きました。でもタルトは、計画が失敗したというのに何だか妙に楽しそうで…今ならその理由が分かります。あいつはきっと、予感していたのでしょう」

 

「予感?」

 

「はい提督殿。あなたがきっと、我々に何か素敵なものを齎(モタ)らしてくださる……そんな予感、です」

 

「嬉しいな。でも俺だって同じだよ…お前たちが来てくれたことは、とても心強いんだ。お互い様だよ」

 

「提督殿……ありがとうございます。それと、ミルディのことを…」

 

「ミルディの?」

 

「はい。彼女はタルトから詳しい話を聞いた途端に、とても喜んだのです。最初はとても驚いて……いえ、怒りすら見せていたのに」

 

当然だな。彼女たちにとって、生活資金を蓄えることはとても重要なんだ。俺はそれを潰したんだから。

 

「ミルディが喜ぶ姿なんて、我々は見たことがありません……ですが第五艦隊から第七艦隊の提督が、提督殿の計らいにより失職せずに済んだとの経緯をタルトから聞くや否や、彼女は我がことのように喜んだのです。やがて、貴方と同盟を結びたいと言い始めて……」

 

それが俺を好きだと言ってくれた理由…?

艦娘たちを仲間にしたかったから、室長たちに交換条件として保身への協力を提案しただけなんだけどな。

 

「かつて愛した人の友人らしいからね、第六艦隊の提督だった男は」

 

「はい。そして今日のミルディ………私は今でも驚きを禁じ得ません。戦場では凄まじい迫力で敵を屠る彼女が、提督殿の前ではまるで駄々をこねる少女のように……いえ、まるで、というのは違いますね」

 

 

「あれこそがミルディの本当の姿なのでしょう。提督殿…ミルディは貴方を、心から信頼しています……自らの素顔を見せてしまうのですから。今日の彼女の振る舞いが何よりの証拠…お願いです、どうかこれからもずっと支えてあげてください……」

 

ミルディ…お前って素敵な部下に囲まれてるよな。

 

「分かったよネビュラ…お前のその気持ち、何て言うかグッときたぞ。それとね……ミルディだけじゃないからな?」

 

「え………提督殿?」キョトン

 

「お前たち艦娘みんな、だよ。ミルディもネビュラもリリィもみんなだ。俺の仲間なんだからな……みんなを支えることこそ、俺の役目なんだ。俺はそのために、ここに居る」

 

「で、でも……私たちは、部下……」

 

「確かにそうだ。命令系統に於ては、ね。でも単なる部下じゃなくて仲間だ。小柄な女の子が四人いただろ……かつて第六駆逐隊と呼ばれていた面々だ。あいつらな、非番の時は朝から俺の部屋に来て布団に潜り込んでくるんだぞ。どこかに連れていってとか、ゲームしようとか」

 

「て、提督殿の寝床に、ですか!?」///

 

「そうだ……自分たちの部屋からパジャマ姿のままで来るんだ…近いからいいんだけどね。気が向いた時は前の晩から俺の部屋で寝てる。部下だけどそんなのお構いなしだ……でもな、ネビュラ」

 

「はい…」

 

「俺はそんな風に過ごすのが好きなんだ。部下だけど、まるで家族みたいに接してくる彼女たちが居てくれるから、鎮守府の中が本当に柔らかな雰囲気に包まれる。だからネビュラ、部下という立場であっても俺はそんなの気にしないよ。俺は艦娘みんなが好きなんだ……部下ではなく、仲間として。だからみんなを支える。お前たちみんなをね」

 

「………提督殿…」

 

「うん?」

 

「失礼…しますッ! はむ」///

 

ネビュラのキス。艦娘ならではの身のこなしで、あっと言う間に距離を詰めて。

 

「はふぅ………じゅるっ……あむぅ」

 

むにゅ……ぐにゅう

 

俺の首に両腕を巻き付けるネビュラ。密着する体勢なので、ビキニしか着けていない胸のしっかりした張りの感触がこれでもかと伝わってくる。

 

「提督……殿…れろぉ……んちゅう………私も…貴方を……支えます…」ジュル

 

(ありがとうな、ネビュラ。嬉しいよ)

 

(あ……こんな使い方…ふふ、便利ですね……)ペロ…ジュムッ…

 

(念話は本当に役立つ…戦闘でも、こんな時でもね。但し、艦娘同士の念話は俺の近くでないと不可能なんだ。忘れないでくれ)

 

(あ……そうなのですね。分かりました…んむぅ………あふぅ)クチュ…ペロ

 

(ネビュラ。そろそろお前の様子を見に誰かが部屋から出てくる頃だ。残念だが………)

 

(あ………はい…提督殿)ショボン

 

(またいつでもできるよ)

 

(はい。では、最後に…)ギュッ

 

俺の腕を両手で掴んだネビュラ。もしかして。

 

(うふふ……リリィの奴には先を越されましたから…)ニッコリ

 

むにゅん

 

ビキニをずらしながら俺の手を胸に導くネビュラ。しっとりとした手触りで気持ちいい。

 

(積極的なんだな…素敵なおっぱいだよ)

 

彼女の胸を揉んでいく。しっかりした手応えだ。

 

(あ……あぁ……ん……これで…私のおっぱいが先…です……ね…あふぅ……)///

 

(そうだな。満足したかい?)

 

(まあまあ…です……ほんとは……あぅ……あ…接吻も先にしたかった………です)

 

(リリィも大胆だからな……ネビュラ、そろそろ明日に備えて寝るとしよう。……っと、大丈夫か?)

 

よろめくネビュラ。どうやらキスと愛撫で気持ちよくなってくれたみたいだ。

 

(はい……提督………殿。では、これで……)///

 

「ああ。おやすみ、ネビュラ」

 

「おやすみなさい、提督殿」ニッコリ

 

胸元を整えて室内へと戻るネビュラを見届けてから、俺も執務室へ。本当に色々なことが一気に進展した一日だった。明日からも忙しくなりそうだな……。

 

 

 

…………、…………

 

 

 

……………?

 

何だ、今の。

森の方から……誰かの声が聞こえたような………?

 

廊下の窓に近付き外を見下ろす…が、別に異状は見受けられない。

風の音が人の声みたいに聞こえたのかな?

…異状がないのなら構わない。

そろそろ寝よう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザアアアアアア…………!

 

 

 

 

 

澄みわたる青空の下、姫グループの本拠地たる島を目指す第八艦隊。入念な準備のために費やされたここ数日間の貴重な時間は今日、確かな実を結ぼうとしている。

 

 

 

(提督ちゃん…もう少しで島が見えてくる頃だよ……)

 

(分かった。くーの感知能力によればそろそろ鬼たちが接近してくる頃だぞ……気を付けて)ギュ

 

(あぁッ………は、はい。分かりました………あ)

 

来たか。

 

(みんな…お出迎えだぞ。くー、さっきよりも詳しく頼む)

 

(かんさいきがたくさん。そのあとから、おにがひとりと、たくさんのぶか。ぜんぶかたまってこっちにくる…あんまりはやくないよ)

 

大部隊だな……密集隊形からの火力で圧倒する積りか。でもそれは同時に、縦横無尽の動きを自ら封じてしまったということだ。

 

(先ずは空の部隊だ…ネビュラ、リリィ。こちらも発進させるぞ、しっかり支えてくれ)

 

(了解!)

 

(了解ですー!)

 

お互いが常に並走しながら海上を移動している2人により運ばれている艤装は、ミルディの相棒。本来の居場所は彼女の背中だが、今は俺がおんぶなので譲ってもらった格好だ。

 

(ミルディ、離れてるけど大丈夫だな?)

 

(はい提督ちゃん。あの子たちと私はしっかり繋がっています。任せて)

 

(よし、艦載機発進だ。攻撃目標、爆撃機部隊)

 

(了解!)

 

 

 

          続く




80年ですか
平和が一番だと思います


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第五-20話

(ミルディ、離れてるけど大丈夫だな?)

 

(はい提督ちゃん。あの子たちと私はしっかり繋がっています。任せて)

 

(よし、艦載機発進だ。攻撃目標、爆撃機部隊)

 

(了解!)

 

 

 

第五-20話

 

 

 

ゴオオオオオオオン!!

 

 

 

以前はドラゴンのような口をしていたが、今や職長の手により新たに改装された飛行甲板から一斉に飛び立つ白い艦載機たち。まるでホワイトブレスだな。

 

(くー、奴らの艦載機に変化は?)

 

(うん、ふたつにわかれた……あ、ひとつがおりてきたよ。もうそろそろみんなにもみえる)

 

(分かった。高度を下げ始めたのか……雷撃だな。名取、鬼怒、先ずは魚雷同士の炸裂だ……目視(モクシ)できた時点で、二本一組でどんどん放つんだ。爆発地点は彼我(ヒガ)の中間あたりが名取で、少し手前が鬼怒だ。こちらに一直線だから進路を見破るのは簡単だろう、水柱で歓迎しよう)

 

(りょ、了解ですー!! ………魚雷発射!)シュパアッ

 

(了解! ……いっけええええええ!!)スパアン!

 

 

 

 

 

ザバアアアアアアン!!!

 

 

「ギャア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!?」

 

 

ズガガガガッ!!

 

 

水中で味方同士の魚雷を炸裂させて巻き起こした爆発。それにより次々と噴出した巨大な水柱に向かって、高度を水面近くにまで下げた雷撃機が為す術なくどんどん突っ込んでくる。

衝突の刹那、幽かに聞こえたのは断末魔か……。

 

 

ズガアァン!!

 

 

水柱から爆発音。搭載魚雷が何発か誘爆を起こしたな。これで指揮官も多少は動揺しているだろう。

 

 

ドガガガガッ!

 

 

ズガアッ!!

 

 

ガガガガガガガ……!

 

 

仰ぎ見れば、敵の爆撃機を次々と撃墜していくミルディの艦載機編隊。泊地水鬼の艦載機を見たことがあるけど…動きが段違いだ。かなりの練度だな。

 

 

ドガアン!!

 

 

!?

……マジかよ。投下された爆弾を空中で破壊……?

 

(……ミルディ。やるじゃないか、驚いたよ)

 

(ありがとうございます提督ちゃん)///

 

最強指揮官の率いる飛行部隊、か……。姫グループがずっと戦いを継続できている理由は間違いなくコレだろう。

 

(初手を封じたな……先ずは上々だ。重巡および軽巡はタルトを中心に集結、砲撃を開始。駆逐艦隊で左右から挟撃するから射線は敵集団の中心に固定だ)

 

(了解!)

 

(了解しました!)

 

(了解ー!)

 

 

ドゴオオオン!!

 

 

ドガアッ!!

 

 

ドドドドドドド!!!

 

 

(ミルディ、編隊を奴らの後方へ)

 

(了解しました)

 

(雪風、体勢的に後ろを見ることができない…気配は感じるんだが念のために確認だ。くーと一緒に離れずついてきてるか?)

 

(勿論です司令、くーちゃんもしっかり! ただ…ミルディが思ったより速くて驚きました。これってやっぱり司令の……?)

 

(ああ、ミルディは俺の補正を受けている。お陰で俺は安心して指揮に集中できるよ……見た感じ、フツーのよりも強力な障壁だ)

 

亀の甲羅みたいな模様が空中に白く浮かぶ様子は幻想的ですらある。

 

(やっぱりコレ、提督ちゃんのチカラなんですね……ビックリしました。陸上制約を打ち消して強化するだけかと……)

 

(それプラス、海上に於ては攻撃力、防御力、霊力に速度の向上だ。今、ミルディが展開してくれてる障壁は戦艦の砲撃にも耐えられるよ…でも回数には限りがある。注意してくれ)

 

(分かりました!)

 

この念話は今、多人数向けに設定しているから艦娘全員に聞こえている。情報を一瞬で共有できるのは本当に便利だな。

そして、それを目的にミルディの話題を持ち出した雪風の配慮……頼りになる、大切な秘書艦…。

 

 

ドガアアアン!!

 

 

ドドドドドド……!!

 

 

「グギャア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」

 

 

「ギイ゙イ゙イ゙イ゙イ゙!!」

 

 

敵を貫く砲撃。やはりタルトの火力は頼りになる。

 

 

ドゴオン!

 

 

ドガアッ!!

 

 

(反撃を開始したぞ! 砲撃中止、タルトを中心に障壁を展開しろ!!)

 

 

(! はい提督!!)

 

(了解!)

 

(了解しました!)

 

 

ズガガガガガガガ!!

 

 

(くうううううッ!!)

 

 

(ああああああッ!?)

 

 

(く……ううう!!)

 

 

(提督ちゃん、あれを!)

 

 

ミルディが指し示す先は…

敵艦隊の全容。

……なんてこった。

海が真っ黒だ…駆逐イ級と輸送ワ級が密集しているのか!

 

(暁! 夕雲!)

 

(はい!)

 

(はい提督!)

 

(暁は響、海風、谷風を! 夕雲は秋雲、長波、早霜を率いて左右に別れ全速直進、二時と十時の方角より一斉砲撃だ!!)

 

(了解! 十時より砲撃します!)

 

(了解ですわ! こちらは二時! みんな! ついてきて!)

 

(あいよ!)

 

(やってくれる……見てなさい!)

 

(海風、谷風。行くよ)

 

(はい!)

 

(よしきた!)

 

最初の砲撃が効いている…敵の視線はタルトたちに釘付けだ。駆逐艦隊に注意を払う深海棲艦は少ない。

どうやら指揮官は火力を重視するあまり、自らの統率力には収まらない規模で艦隊を編成したらしいな。

それにしても…この規模!

ミルディも驚いているようだ……表情は見えないが、密着しているのでさっきまでとは違う緊張が彼女の全身から伝わってくるのが分かる。

 

(ミルディ。編隊は?)

 

(…全機健在、敵集団を越えました)

 

(よし。二直角転回、十二時の方角から連続雷撃!)

 

(はい提督ちゃん! お前たち…やっておしまい!)

 

 

ゴオオオオオオ…………バシュウッ!! バババババッ!!

 

 

 

 

 

ドゴオオオン!

 

 

ドガアアアアア!!

 

 

「ガア゙ア゙ア゙ア゙!!」

 

 

「ギャギャアアア!!!」

 

 

(くー、敵の数は?)

 

(だいぶへったよ…すきまできた。これならかぞえられる……うん、にひゃくぐらい)

 

200か……。

もっと減らして指揮官を捕縛したいところだ。

 

(タルト、ネビュラ、リリィ、名取、鬼怒。 ミルディ隊の魚雷を避けてしまうイ級がいるかもしれない。障壁を水面下にも展開しろ! 防御最優先だ、そして各自の判断で隙に乗じて砲撃だ!!)

 

(はい、提督!)

 

(了解しました!)

 

(了解です!)

 

(了解!)

 

(了解!)

 

暁と夕雲は……よし、駆逐艦隊が指定ポイントに到達したな。

 

(雪風、砲撃中止! 離脱だ!)

 

(は、はい!)

 

(いくわよ…砲撃開始!)

 

 

ドガアアアン!

 

 

ドゴオオ!

 

 

(私たちも…! 撃てえ!)

 

 

ズガアアアッ!

 

 

ドゴオオ!

 

 

「ギャア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

 

 

(ミルディ、鬼の様子は?)

 

(密集陣形の中心から艦載機を繰り出そうとしています……でも砲火が飛び交っているので阻まれています、提督ちゃん)

 

(艦載機か……さっきの残存兵力だな…港湾水鬼?)

 

(いえ…あれは…間違いありません、離島棲鬼です)

 

(今までに交戦した?)

 

(はい、何度か。でも取り逃がしてばかり…あの鬼はいつも、自分の周囲を配下で固めているのです。でも今日は……信じられない規模です)

 

(遙かに多い、と?)

 

(はい。比較にならないほどに)

 

……………。

何故こんな大部隊……いや大艦隊を編成したんだろう?

ミルディの本拠地を今日こそ陥落せしめんと?

……いや。

軽巡棲鬼は俺たちの艦隊が泊地水鬼を倒したことに気付いている筈だ。

つまりこれは……俺たちを迎撃するための編成?

 

俺たちがミルディと手を組んで本拠地に来ると予想していた?

 

……上等じゃんか。

 

俺には艦娘みんなが力を貸してくれる。

 

あくまでも俺たちの艦隊に戦いを挑むというのなら、俺はいつも通りみんなを信じて突き進んでやろう。

みんなの黒子として、どこまでも。

 

 

ズガガガガガガ!!

 

 

(こんのおおおお!!)

 

 

ドガッ!

 

 

ズガアアン!

 

 

ガシャン!! ……カチッ! カチッ!

 

 

(……提督…! 弾切れですぅ!!)

 

ここまでか……でも、充分だ!

 

(分かった。みんな、よくやったぞ! あとは俺たちとミルディ、くー、雪風に任せろ! 他のみんなは砲撃圏から離脱!)

 

(な……ッ!?)

 

(提督!?)

 

(みんなの兵装は殆ど同じだ! 一つの連装砲が弾切れになったんだ、他のみんなも時間の問題だってことぐらい分かるだろう! くー、回避最優先で外周を攪乱! 雪風はくーに気を取られた艦を片っ端から攻撃! 二人とも、外周だぞ! 絶対に呑み込まれるなよ!!)

 

(りょうかい!)

 

(了解です司令!)

 

 

ドガガガガガガ!!!

 

 

(俺たちも行くぞ! ミルディ、突っ込め!)

 

(うん、提督ちゃん!!)

 

(て、提督!!)

 

(ダメ!! 提督に当たっちゃう! 砲撃中止!!)

 

(……………くっ!!)

 

(そんな……提督…!)

 

(暁……これ…)

 

(ええ、響……みんな、混乱してるわ。司令でもムリなんですもの、私たちが説得してもムダでしょうね)

 

(司令は無謀な戦いなんてしない。でも今回初めて司令の指揮を目にしたみんなには、まだそれが分からない……)

 

(私たちには分かるけどね……この会話も、みんなには通じていない。聞こえてはいるけど、通じない)

 

そういうことか……。

戦闘の勝算はあるかということばかり考えて、新しい仲間たちはまだ俺のことをよく知らないんだってことを失念していた。

これは俺の失態だ。

 

でも、それは後回しだ!

 

今はみんなで勝つことに集中する!

 

(暁、響。こうなったら仕方ない。みんなが離脱しないのなら、せめてガードしてやってくれ! 勝算は充分ある!! それまで頼んだぞ!!)

 

(分かったわ、任せて!)

 

(司令を困らせて……仕方ない子ばっかりだよ)

 

ありがとな暁、響。

でもな、確信してるんだ。

新しい仲間のみんなとも、いつかきっとお前たちみたいな関係になれるって。

 

 

ドガアン!

 

 

ズガガガガッ!!

 

 

(……………なにそれ…。やるきあるの?)

 

 

シュパアアアアッ!

 

 

「…………………!?」

 

 

ドガアアアアアアッ!

 

 

ガガガガガン!

 

 

「グギャアアアアアアアアアア!!」

 

 

「グオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!」

 

 

イ級とワ級の攻撃を、悉(コトゴト)く回避してみせるくー。そしてスキを見せた艦は雪風の砲撃でどんどん沈められてゆく。

……さてと。

 

(タルト。そちらは大丈夫か?)

 

(はい提督、問題ありません! ですから…!)

 

(落ち着け。戦艦のお前は大丈夫でもネビュラやリリィ、名取に鬼怒は小破…いや……中破に近いダメージじゃないのか?)

 

(…………はい)

 

(つまり障壁が完全に消滅したから、みんなの装甲がダメージを受けたんだ…危険な状態だぞ。それ以上の戦闘継続は許さない。そこでみんなを守るんだ。今日は第八艦隊の大黒柱に自己紹介してもらう大切な日なんだからな)

 

(………………え?)キョトン

 

(…………提督?)

 

(……司令官。まさか)

 

(しれい、 ものすごいはやさでだれかくるよ。 でも、おにじゃない……かんむすだよ!)

 

(今までに会ったことある艦娘かい?)

 

(ううん、しらないひと。あ……ほかにもくる! みんな、しらないかんむすのひとだよ)

 

覚えていないのか。やったぜ、これで俺たちの艦隊は…死角ナシだ…!

 

(くー、そのひとたちはとても強い艦娘だ…安心していいぞ。それとな、みんな……俺が接近に気付いたくらいなんだ、みんなはもっと早くに気付くことができたハズだぞ。ミルディ、爆撃開始だ! 一発も残すなよ!!)

 

(了解、提督ちゃん!)

 

(雪風、くー、みんな! 離脱だ! ミルディの艦載機編隊の凄まじさを目の当たりにしただろう!! タルトに合流しろ!!)

 

(はい、司令!)

 

(りょうかい!)

 

(りょ……了解!)

 

(了解ですー!!)

 

(了解……提督、申し訳ありません…)

 

 

ドゴオオン!!

 

 

ドゴオッ!!

 

 

ドドドドドオン!!!

 

 

「ギエ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙!!」

 

 

「ギャアアアアアアア…!」

 

 

(提督ちゃん! あれ、ヘ級だよ! 今まで見えなかったのに!!)

 

(ああ、見えた! 誰かを取り囲んでるな!)

 

イ級とワ級で構成された外殻部分は、もう崩壊寸前だ……その結果、弾幕や砲塔からの煙で見えなかった陣形の中心が姿を現した。つまり、ヘ級たちの内側に潜んでいるのは………

 

(離島棲鬼よ、提督ちゃん! もう少しで届く!)

 

 

 

ザシュウウウウッ!!

 

 

「ギャア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」

 

 

ドガガガガガガガ……!!

 

 

バシュウウッ! ブシュ!

 

 

(提督ちゃん!? これって………?)

 

(援軍だよ…アイツはこんな時、決して遅れたりしないんだ)

 

この凄まじさ……相変わらずだな…心強いや。

 

 

 

 

 

ザグウウウウッ!!

 

 

「ギャヒイ゙イ゙イ゙イ゙イ゙!」

 

 

ガガガガガガ…ブシャッ!

 

 

 

「天龍さまのお通りだああああああ!! 雑魚は引っ込んでなああああァァァッ!!!」

 

 

ズガガガガガガッ!!

 

 

バシュッ! ブシュウウ!

 

 

スパアアン!!

 

 

「あらあら~たくさんいるわね~。ウチのボウヤを攻めてる悪いコだ~れだ?」

 

 

ドガアンッ!!

 

 

「ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!」

 

 

(提督、お待たせしました……ご命令を!)

 

 

 

          続く




何回もプレイしました
本当に素敵な作品だと思います


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第五-21話

「天龍さまのお通りだあああああああああ!! 雑魚は引っ込んでなああああああァァァッ!!!」

 

 

ズガガガガガガッ!!

 

 

バシュッ! ブシュウウ!

 

 

スパアアン!!

 

 

「あらあら~たくさんいるわね~。ウチのボウヤを攻めてる悪いコだ~れだ?」

 

 

ドガアンッ!!

 

 

「ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!」

 

 

(提督、お待たせしました……ご命令を!)

 

 

 

第五-21話

 

 

 

ザクウッ! バシュッ!

 

 

スパン! ガスッ!!

 

 

ズガアン!!

 

 

 

(五月雨、もう勝敗の趨勢(スウセイ)は決したよ。第八艦隊の誇る遠征部隊の帰還が決め手になって、ね。敵はもう双龍に呑み込まれてしまうか逃亡するかのどちらかだ…いちばん重装備の艦船が見える?)

 

(はい、提督……あの、もしかして…深海棲艦なのですか?)

 

(違うぞ、新しい仲間だよ。いっぱい増えた新しい仲間の一人だ。彼女は戦艦、そして名はタルト……負傷したみんなを守っている。彼女と暁、そして響の動きを見ながら三人を補助して仲間の安全を確保するんだ。逆上したイ級やワ級が突っ込んでこないとも限らないからな)

 

(分かりました!)

 

この戦闘も間もなく終了だ……今回も、艦娘の強大な力のお陰で。

 

(海風!)

 

(はい、提督ぅ!)

 

(聞いての通りだ、今から五月雨がそちらへと向かうからね……しっかり頑張って、彼女に随伴するんだぞ!)

 

(は……はい。分かりました提督!!)///

 

(五月雨、海風は弾切れだから連装砲か機銃を貸してやってくれ。そして妹に、色々と教えてあげるんだ。今回は俺が居るから艦娘同士でも念話が可能だ……一対一の念話を使うといい)

 

(海風……。あぁ…提督……はい、提督! お任せください!)

 

(頼んだよ……天龍! 龍田! ヘ級に守られている離島棲鬼が指揮官だ、捕虜にしてくれ!!)

 

(げっ!? 本気か、何で沈めねーんだ!!)ドガガガガ

 

(そうね~、この数相手の中では骨が折れるかしら~。提督、どうしても捕虜にしなくちゃダメですか~?)スパァン!

 

(ああ! 試すのは一度きり、危なくなったら直ぐに離脱してくれ! 詳しくは後で説明するが、彼女たちは単なる鬼じゃない! 沈めちゃいけないんだよ!)

 

(…天龍ちゃん、提督は本気よ~。私が取り巻きの相手するから~、天龍ちゃんは指揮官をお願いね~)

 

(仕方ねぇな……離島棲鬼は…あそこか。 ヘ級を切り崩してからオレが突っ込む! ついてこい!!)

 

(あらあら~待ってよ天龍ちゃ~ん)

 

艦隊の古株である2人は国防省ファイルの内容をしっかり記憶している。斬撃と銃撃、それに砲撃を繰り返しながら離島棲鬼を目指して駆けてゆく天龍と龍田……イ級とワ級が装着している砲塔を踏み台にしつつ、一歩一歩と着実に。

 

(うわー………因幡(イナバ)の白兎みたいだね)

 

それとも源義経かな。

 

(提督ちゃん、あの二人が……?)

 

(そうだよミルディ、第八艦隊の大黒柱たる天龍と、その姉妹艦の龍田だ。見ろ、陣形が崩れ始めたぞ。奴ら逃亡しようとしてるんだ………戦闘機は上空を旋回しつつ待機、爆撃機と雷撃機は格納庫へ)

 

(了解しました、提督ちゃん……ありがとうね…こんな艦隊相手じゃ、私なんてとても勝てなかったよ………)

 

勝利を確信して緊張が緩んでいるミルディ。勿論、俺たちの勝ちは間違いないんだけど、まだ戦闘は終わっていない。本来なら、気を抜いてはいけないぞと注意する場面なんだが。

俺は…

 

(お前たちが仲間になってくれたお陰だよ。お礼を言うのはこちらだ…ありがとうな、ミルディ)ギュウッ

 

(あぁんっ……提督…)///

 

ミルディはタルトと同様、もう限界に近い状態なんだ……緊張を強いる言葉なんて、今は不要。

 

(みんな、逃亡する艦には構うな……向かってくるヤツだけを相手にするんだ。密集したままで、暁、響、五月雨と海風が対処するんだ)

 

(了解よ)

 

(ん…了解)

 

(了解しました)

 

(了解です!)

 

(タルト。手負いの連中は帰還よりも復讐を目論むって話だったが……奴らの動きを見て、どう思う?)

 

(提督、奴らは戦意を喪失しています。前の戦闘では泊地水鬼という指揮官が一緒でしたが、今度は指揮官である離島棲鬼に新手のお二人が突き進んでいるので形勢不利を悟っています。復讐は次の戦闘に持ち越しでしょう……尤も、逃亡できればの話ですが)

 

(確かに、向かってくる奴は見当たらないな……暁、そちらはどうだ?)

 

(ほんの少しだけ倒したわ…でも他は逃亡ばかり。私たちの中から誰か一人でも、天龍と龍田の援護に向かいましょうか?)

 

(そうだな……よし暁、天龍が離島棲鬼を確保したら龍田と共に天龍を護衛しろ。運ばなくちゃいけないから、両手が塞がってしまうからね)

 

(了解!)

 

 

よし。こんなところだな。

 

 

(みんな、そろそろ決着だぞ。しっかり見ててくれ)

 

 

(……提督、あのね…鬼を捕虜にするのって、とても難しいんじゃないかな?)

 

(大丈夫だ阿武隈、ほら)

 

 

 

 

 

(「おりゃああああああああああああ!!」)

 

 

 

ザバアアアアアン!

 

 

 

(う~ん天龍ちゃん、流石ね~)///

 

(提督、今…何が?)キョトン

 

(みんな稽古してるぞ? 柔道だよ)

 

(……マジで?)

 

(…信じらんない。深海棲鬼を相手に、素手とか)

 

素手、か………。でもね秋雲、艦娘の体力を以(モッ)て放つ技は歴とした武器だ。

 

(鮮やかに入ったね……天龍の肩車)

 

(早ッ!もう絞めてる!)

 

(……あのさ。ヘ級は?)

 

(とっくに逃げたみたいね。何体か倒されてから)

 

陸軍とは異なり、海軍では広く受容せられたかつての柔道。その凄さと、そして恐ろしさ……投げから絞めに移行する連絡技は非常に合理的なので、攻撃や護身だけでなく相手をなるべく傷付けずに制圧する場合にもピッタリだ。

くーを確保したあの夜明け、外傷がなかった様子を見て直ぐに分かったなあ…柔道の技を使ったんだなって。

 

(……提督ちゃん、戦闘機……どうしましょう?)

 

(さっきは砲火で飛ばせなかったから、壊滅寸前の今なら出すかもしれないと思ってたんだが……もう大丈夫だよ、格納してくれ)

 

(はい、了解しました)

 

(司令官、こちらの残敵は片付けたわ!)

 

(提督、お疲れ様~)ニコッ

 

(おいボウズ、 確保したぜ! 今からそっちに戻るからな)ニヤッ

 

 

 

          続く




艦娘ひとりひとりのキャラクター設定
いったいどれほどの時間と創造力が注がれたのか
想像するだけでも圧倒されてしまいそうです


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第五-22話

(司令官、こちらの残敵は片付けたわ!)

 

(提督、お疲れ様~)ニコッ

 

(おいボウズ、 確保したぜ! 今からそっちに戻るからな)ニヤッ

 

 

 

第五-22話

 

 

 

ザザザザザ……ザバッ

 

 

 

ザシュッ! ザッ! ザザ……

 

 

続々と砂浜へと上陸する仲間たち。みんなの表情には疲労の色が浮かんでいる…日が暮れる前に到着できたことが、本当に嬉しい。

 

「………へぇ。けっこう大きな島だな」

 

周囲を見渡す天龍の声。

 

「ああ、岩場や洞穴が目立つ。身を潜める場所が沢山ありそうだ…この環境がミルディたちを守ってくれたんだな」

 

木々や草花が殆ど見当たらず、ただゴツゴツとした姿で屹立する山々が連なる光景とは物悲しいものだけれども、その一方では、そんな環境に在っても様々な野性動物や野鳥が逞しく生きているという現実が、生命とか大自然とかに対する驚嘆や畏敬の念を呼び起こしてくれる。

 

「はい、到着……っと。お疲れ様です、提督ちゃん。ずっと脚の筋肉を使ってなかったから、最初はゆっくり動かないと危ないですよ? 気を付けて降りてね」

 

「分かったよ、ミルディもお疲れ。今日はお前の強さを本当に実感できたよ。お陰で俺は無傷で済んだ……ありがとうね」

 

「ま……まあ、私が本気を出せば…これくらいは、ね?」///

 

彼女なりの照れ隠しだ。少しずつだけど、ミルディのことが分かってきた気がする。

 

「本当に、ありがとう……ミルディ、ここがお前たちの……?」

 

「ええ提督ちゃん、本拠地です。船舶の航路からは離れているけど、それでも年に何度か漁船が近付いてくることがあるの。そんな時にはみんなで島の反対側に移動して隠れなくちゃいけないから、大変です」

 

「待てミルディ。年に何度か、だって……?」

 

その言い方だと、まるで何年もここに住んでいるみたいじゃないか!

 

「あ……うん、そう…だよ。ごめんなさい提督ちゃん、私ったら余計なこと……」

 

しまった、という表情を見せたミルディ。俺を心配させたくなかったのか。

 

「余計なことなんてあるもんか。ミルディ…一体ここで、何年暮らしている?」

 

「えっと……あの人と別れたのが二六六七年で、それからしばらくして海に戻って暮らし始めて……」

 

………………!

 

「…何年か経(タ)ってから、バラバラだった深海棲姫のみんなが私のトコに集まるようになって、それからタルトやネビュラやリリィ…やがて戦いが始まって、ここで暮らすようになって…ごめんね提督ちゃん、ハッキリとは分からないけど多分、五年か六年くらいだと思うの……」

 

何…だと……。それじゃミルディや姫グループのみんなは、俺が第八艦隊に配属された頃にはもう既に、何年も戦い続けていたのかよ!

なのにお前は普段から、あんなに明るく振る舞って!

 

 

ギュウウッ……ムニュン!

 

 

「あはぁんッ! て…提督ちゃん……今日は、大胆だね……」///

 

密着しているミルディの感触が、とても愛おしい。

 

「私は背が高いから、首の周りじゃなくて胸の方に腕を巻き付けてほしいと言ったのはミルディじゃないか。俺だって今日はずっとドキドキしてたんだぞ?」

 

第五艦隊に潜入した日のことを思い出す。木曾の背がもっと高ければ、彼女の言葉通りに胸を抱きしめられたんだけど。

 

「だって…首の周りは苦しいんです……」

 

「分かるよ…木曾もそう言ってる。それよりミルディ、お前たちはやっぱり日本で暮らさなくちゃダメだ! 生活資金稼ぎの邪魔をした俺が何を今さらって感じだけどな、埋め合わせする方法をずっと考えていたんだ。鎮守府に帰ったら説明するよ。おーい! ネビュラ、リリィ! 追っ手は?」

 

「はい、今のところは大丈夫です!」

 

「こっちも……異状なしですー、提督!」

 

「分かった、ありがとう! ミルディ…疲れているのに悪いけど、島の仲間たちのところに行って説明を頼む。俺たちがイキナリ押し掛けたら驚かせてしまうから、先ずはお前たちだけだ。俺たちはこの砂浜で待ってるから、話が終わったら来てほしい」

 

「分かりました。提督ちゃんのご命令通りに先行させた艦載機たちから、さっき無事にみんなと合流したとの連絡を受けています……説明を直ぐに終わらせて、お迎えに参りますね。提督ちゃん、安全帯は……」

 

「ああ、もう少しで外せるよ……っと、よし」カシャン…スタッ

 

ミルディと俺を繋ぎ止めていたベルトを外して、さっき彼女からもらった助言の通りに気を付けながら地面に降り立つ。十数時間ぶりの感触……砂浜とはいえ、やはりしっかりした地面を踏みしめるというのは気持ちを落ち着かせてくれる。

 

「あぁ……提督ちゃんの体温、離れちゃった…。それじゃ行ってきます。タルト、ネビュラ、リリィ! 一緒に来るんだ!」

 

気を遣わせたか…ありがとうミルディ。

 

「……ええ、分かったわ! 提督……直ぐに戻りますから……!」ザッ

 

「はっ、分かりました! 提督殿、失礼致します」ザザッ

 

「あ…ッ! ………ちょっとネビュラ、急に動かないで。 コイツ………ほんと重いんだからね」

 

「お前は気を抜きすぎだ、リリィ。いくら一つの戦いが終わったとはいえ、それは次なる戦いの始まりに過ぎないんだぞ。さっき提督殿が我々に、追っ手の確認をされただろうが…気を抜くな」

 

「分かってるって。アンタはいつも真面目だねー……あんまり気を張り詰めてると……カラダ壊すよ?」

 

「体調の管理はしているさ。ほら、行くぞ」

 

「うん……提督、ちょっとだけお別れですー。この大入道(オオニュウドウ)を……運んできますね」ザザッ

 

大入道…妖怪じゃねーか。

 

「グルルルル……!」

 

ほら怒ってるぞ。

 

「…………なぁーに? 今日ずっとアンタを運んであげてた私たちに…モンクあるの?」ギロリ

 

「……………クゥン」

 

大入道のターン終了かよ。

 

「よろしい………つーかさ、アンタ…以前のデッカイお口がなくなったのに………どうやって唸ってるのかな」

 

「お前も口より手足を動かせ」

 

切り立った山の麓、その一角を占める岩場の陰へと歩み去る4人…いや5人を見送る。

 

「くー。ミルディの兵装は、いつもネビュラとリリィが運んでいるのか?」

 

「そうだよ。たたかいがおわったときはね、いつもはこんであげてるの。みるでぃはせんとうしきでつかれているから、ふたりでささえてあげてるの」

 

ミルディ……お前も素晴らしい部下に囲まれてるんだな。

 

「ありがとう、くー。雪風、くーと一緒に待っていてくれるかな? ミルディの配慮を無駄にしたくない。ようやく第八艦隊のみんなが揃ったんだ……ここから、新しい仲間たちとの結び付きを少しずつ固めていくよ。準備ができたら呼ぶから来てくれ」

 

「はい、司令! くーちゃん、私と一緒にお話しましょう」ニッコリ

 

「おはなし……? うん、たのしそう」///

 

「少しだけ、待っててね」

 

「うん!」ザザッ…

 

 

 

「天龍、龍田、五月雨。おかえり、本当にお疲れだったね。いつもありがとうな」

 

本来の遠征任務に加え、俺の一存で帰還を先延ばしにした彼女たち。感謝の気持ちで一杯だ。

 

「おう、ありがとよ!」

 

「いいのよ~、ボウヤ。また一緒に頑張りましょうね」ニッコリ

 

「三ヵ月ぶりですね、提督……。少しカラダが大きくなったみたい。私たちの遠征を延長なさったのは、何か事情を抱えていらっしゃったからですね?」

 

「その通りだよ五月雨、新しい仲間のことでね……。どうかな、やっぱり驚いてるのかい?」

 

「はい…海風と再会できたことは、本当に嬉しいです……色々とご活躍だったと聞きました。提督、ありがとうございます!」ペコリ

 

「気にしないでくれ、五月雨。海風はみんなと同様、とても任務に熱心で素敵な艦娘だぞ。……五月雨、率直に答えてくれ。タルトたちに対しては複雑な気持ちを抱いている……かな?」

 

「はい……申し訳ありません、提督。私たちはずっと十人だけでやってきましたので、新しい仲間という存在に戸惑っております」

 

電は喜んでくれたんだが……難しいもんだな、こういうのって。

 

「私も、ビックリね~。こんなに増えたら、揉め事が増えちゃうんじゃない?」

 

「オレは驚いてなんかいねぇぞ。仲間が増えて賑やかになるのは大歓迎だ! アイツら喜んだろ?」

 

「ああ、特に電がね。くーと一緒に遊んだりお菓子食べたりして毎日が楽しそうだ……くーの活躍は、さっき見たな? 彼女はとても頼りになる戦士だよ」

 

龍田と五月雨の反応は予想通りだ…俺が来る前から第八艦隊の鎮守府で暮らしていたんだし、自分の居場所に見知らぬ誰かが入ってくるのは我慢できないんだろう。これを懸念していたからこそ、初めてくーと対面する際には遠征組のみんなを連れて行かなかった。

でも、今なら。

 

 

「あそこに手頃な岩場がある。座って話そう」

 

ミルディたちが去っていった辺りからは、やや離れた場所に位置する岩場。そこで見付けた大きくて平坦な岩に、4人で腰掛ける。

 

「お腹すいたな…ほらみんな、明石のクッキーだぞ」つ

 

「おっ、いただき!」パク

 

「あら~ありがとう」パク

 

「わぁ……久し振りですね。いただきます」パク

 

美味しそうに頬張る3人の姿をしばらく眺める。何だか和むなあ……それじゃ、始めるとするか。

 

(雪風)

 

(あ、司令…。さっきの件ですね)

 

(ああ、準備できたよ。くーを連れて、こっちに来てほしい)

 

(分かりました、司令)

 

 

 

          続く




強大な力を手に入れるって本当に恐ろしいことですね


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第五-23話

(雪風)

 

(あ、司令…。さっきの件ですね)

 

(ああ、準備できたよ。くーを連れて、こっちに来てほしい)

 

(分かりました、司令)

 

 

 

第五-23話

 

 

 

ザザッ…スタスタ…トコトコ

 

 

 

「お待たせしました司令」

 

「しれい、おまたせ。えんせいのみなさん、はじめまして。くーです」ペコリ

 

「……ほぉ、こりゃ驚いたな…オレは天龍、艦隊じゃ一番の古株だ。コイツが認めたんならこれからは仲間だぜ、よろしくな」ニコリ

 

「よろしくおねがいします、てんりゅー」ニッコリ

 

「………………………」

 

「………………………」

 

無言、か。でも2人の表情から推察するに、くー個人を拒絶しているワケじゃなさそうだな……どう接していくべきなのかが分からない戸惑い…そんな感じだ。こうなったら仕方ないな、ここは俺が敢えて口出しを……。

 

 

「おい龍田! 五月雨! 何だその態度は!!」

 

 

周囲の空気をビリビリと震わせんばかりの迫力に満ちた声が響きわたる。久し振りに落ちたな……天龍のカミナリが。

 

「新入りが挨拶してるんだぞ! 返事はどうした!」

 

「あ……そう、ね。私は龍田……よろしくね」

 

「……五月雨です。よろしく……」

 

「たつた、さみだれ。よろしくおねがいします」ペコリ

 

……………くー。

 

「お前ら……さっきから聞いててヘンだとは思ってたけどな、最低限の礼儀は守れよ。そうすりゃオレだって、いちいち細けぇことは言わないさ……十人十色、人それぞれなんだ………でもな!!」

 

ビクリと肩を震わせた五月雨。龍田の様子は変化なしだが…内心はきっと2人とも似たようなものだろう。何しろ艦隊の大黒柱であり最年長者でもある艦娘から叱責を浴びているんだ。

 

「キチンと挨拶してる相手に返事もしてやらねぇ奴ぁロクなモンじゃねえぞ! 分かってんのか!!」

 

返事はない…中途半端な言葉や空虚な謝罪は天龍を更に怒らせるということが分かっているから。自らの態度を詫(ワ)び、くーを心の底から仲間として受け容れる……天龍を納得させるためには、そうしなくちゃいけないと分かっているから。だから2人は、曖昧な返事をしてはいけないと思い黙っているんだ。静寂に包まれた俺たちに聞こえるのはただ、寄せては返す波の音のみ。

 

「天龍。龍田も五月雨も、突然の変化に驚き戸惑っているだけなんだ……俺が艦隊を様変わりさせたからな。さっきの二人の態度は、それが表れてしまっただけだと思う。悪意なんて一切ないぞ……俺が断言するよ。変化を受け容れるには時間が必要だ、それを二人に与えてやってくれ…頼む。俺も、そのための手立てを考えているところだ」

 

「…するってぇと、お前が何とかできるって言うのか?」

 

「いや違うぞ、俺だけじゃそんなことできない。お前たち不在の間にな、俺は艦娘みんなと職員みんなの協力を得て深海棲姫との交流を重ねることができたんだ。今回も同じだよ……お前と、龍田と、五月雨と、そしてみんなの協力を得て新しい第八艦隊を編成する積りだ……頼りにしてるよ天龍。龍田、五月雨……俺は信じてるからね…きっと新しい仲間を受け容れてくれるって」

 

「ボウヤ……」

 

「…提督」

 

「…………」

 

三者三様。俺の言葉は今、彼女たちの心の中でどんな

風に受け止められているんだろう。

 

「ボウズ。オレはまだコイツらと話がある。お前らは向こうに行ってな」

 

「分かったよ天龍。雪風、くー、行くぞ」

 

立ち上がる俺。

 

「うん」

 

「はい司令。天龍、失礼します」

 

「ああ…雪風、お前ちょっと顔付き変わったな……コイツも最初はおっかなびっくりだったのに、今じゃまるで家族みたいに話し掛けてるぞ。今の旗艦はお前だ、これからもその調子だぜ」ニヤリ

 

え……俺って雪風に緊張してたのか…?

 

「は…はい、天龍!」///

 

けっこう自然に話せてた積りだったのに。自分のことって自分が一番分かってるもんだと思うんだけど、そうでもないのかな……意外だ。

 

 

 

 

 

さっきのと似ている形の大きな岩を見付けた俺たち3人。丁度いい。

 

「ここに座ろう……うん、平(タイ)らでいい感じだ。ほら雪風、くーも」

 

「はい司令、失礼します」スッ

 

「うん……よいしょ」ペタン

 

「くー、今日はお疲れ…大活躍だったな。はい」つ

 

「あかしのくっきー! いただきます」パクッ

 

「雪風も相変わらず凄かったな……お疲れ。はい」つ

 

「ありがとうございます、いただきますね」パク

 

「…ごくん……おいしい! ごちそうさま……あのね、しれい。くー、たつたとさみだれとなかよくしたい。できるかな?」ジーッ

 

「勿論だよ、くー。お前はもうとっくに俺たちの仲間なんだ…龍田も五月雨も本当に優しい女性だから何も心配しなくていい。ただ…俺たち日本人は元々、組織や共同体への帰属意識…要するに愛着が強過ぎる時があるんだよ。最近はインターネットの普及で変わってきてるけど」ナデナデ

 

くすぐったそうに目を細めるくー。戦闘時の鬼気迫る表情とは別人みたいだ。

 

「ねっとが? どうしてなの?」

 

「実際に会って一緒に何かをするってのは良いことがある反面、利害関係が衝突して仲が悪くなることも多いんだ。でもネットならお互いの私生活に干渉することがないから心地よい交流ができるし、実際の会話と違って文章で伝えるから送信する前に見直して、どんどん良い表現に改めることも可能だ。愛好者は増加する一方だよ…全くネットを知らなかった世代の人々の間でもね」

 

「………? でも、ひとのきもちって、そんなにかんたんにかわらないよ? にっぽんのひとは、じぶんのそしきがいちばんだいじでしょ?」

 

「それが変わるんだよ、くー。いくら愛着が強くてもね、厳然たる現実を目の当たりにしたら人は自らの考えを変えるんだ。今の日本はネットによって凄まじい変化を遂げつつある。そして…」

 

「そして?」

 

「それが最も激烈に起きてしまったのが七十六年前、皇紀二六〇五年なんだ。二千六百年も無敗だった俺たちの国が、初めて敗北した年だよ……政府からの召集令状一枚で行きたくもない戦争に引っ張り出され、郷土から遙か遠く離れて戦った兵士の人々は、戦後の時代になって年下の世代からずっと侮辱されたんだ…戦前は非常に尊敬されていたのにな。俺が子どもだった平正の初頭頃まで、国防省は無礼な人々から税金泥棒なんて呼ばれてたらしいよ……以前、課長が教えてくれた。西暦が新しい世紀を迎える辺りから、やっと良い方向に変わってきたんだってさ。くー、お前たちもこれからずっと日本で暮らすんだから、人々の気持ちには気を付けておくんだよ……何かの切っ掛けでガラッと変わってしまうものなんだ、ということを常に忘れずにね」

 

「……………うん、わかった…」

 

ビックリしているな…でも心配しなくていいよ、困ったことがあったら必ず手助けするからな。みんなも同じ気持ちだ。

 

「雪風。ここまで突っ走ってきた俺のこと、どう思う? 雪風だって、十人体制の頃からの古参メンバーなんだ。やっぱり戸惑ってる?」

 

彼女の目をしっかり見て尋ねる。天龍の言う通り、少し顔付き…変わったかな?

 

「いいえ、そんなことありません! 雪風は司令の秘書艦です。司令がお決めになったことなら、雪風は戸惑ったりしませんよ」ニコッ

 

「雪風はいつも俺を信じてくれるんだな……ありがとう。でも何か気になることとかあったら、その時は直ぐに言ってほしい」

 

「はい。それじゃ、あの……さっきの戦闘のことで一つお聞きしてもいいですか?」

 

「戦闘の? 何だい?」

 

「その……敵は大規模な艦隊でしたよね。戦闘しながらこの島の附近まで移動すれば、ミルディの部下が合流してくれたと思うんです。そうなれば、もっと早く勝利できたんじゃないかなって……」

 

「確かにね…俺も当初は考えていたよ。もしも鬼と遭遇したら、姫グループと合流して戦うのも一つの選択肢としてアリだなって。でも、くーの索敵報告を聞いて大規模な編成だって分かったから、それは除外した。大艦隊と大艦隊が交戦する時の危険は火力だけじゃないんだ…乱戦状態になってしまったら双方の陣形はバラバラになるから、誤って友軍を攻撃してしまう可能性が発生する。それだけは絶対にダメだ」

 

「だから司令は、たとえ相手が大規模でも、こちらは少数精鋭で迎撃するんだと決断されたんですか?」

 

「その通りだよ雪風、こちらの陣形を崩されさえしなければ、同士討ちなんて起こらない。戦力差なんて全く問題にしてなかったよ…みんなは平常時でも充分強いのに、俺の指揮官補正を受けているから戦闘能力はチートレベルだ。遠征トリオには俺たちと合流するよう連絡しておいたし、万が一の場合に備えて阿武隈を最後まで温存しておいたんだからな。それとね…気付いたかい、天龍と龍田がイ級やワ級を踏み台代わりにして進んでた時、何体かが二人に向けて砲撃したことに? 無茶苦茶だよ、あんな密集陣形でそんなことするなんてな。結局は一発も当たらなかったよ……味方以外にはな」

 

「あ……それで暁は、あんなに早く残敵を壊滅させることができたんですね」

 

「そうだ。激怒したイ級たちが撃ち返したのさ…ほんの一瞬だったけどね。その瞬時の刹那で奴らは次々と沈み、残りは慌てふためいて逃走……後は暁が止(トド)めを刺した」

 

「同士討ち……司令の大好きなゲームで言うところの、パーティーアタックですね」

 

「ゲームは様々なことを教えてくれる……コンピューターゲームであろうとボードゲームであろうとゲームブックであろうとね。ゲームは人々の叡知と創造力が生み出した素晴らしい発明だよ………夢、冒険、探索、謎解き、物語、攻略、思考、戦略……色んなことを教えてくれるんだ…!」

 

「うふふ……司令って本当にゲーム大好きですね。ゲームを語る時の司令、楽しそう」ニコッ

 

あ、いけね……またやっちまったか。でも確かに楽しいけどな!

 

「天龍たちは……まだ話を続けているな。それなら俺たちも、しばらく何か話していようか。くー、何か聞きたいこととか、あるかな?」

 

「えっとね……しれい。おはなしじゃなくてね……」

 

…くーの顔が赤みを帯びている。これ、もしかして。

 

 

 

だいじょうぶだよ…くーたちはね、いつもこうなの…たたかったあとはね、すごくきもちがこうふんして…からだがあついの………

 

提督、私たちはいつも、その興奮を……抑えるのに苦労しているんです

 

 

 

あの件だろうな、やっぱり。

 

 

 

「からだがね、あついの。くー、どうしたらいい?」

 

「おいで、くー。兵装はそこに……よし。岩がゴツゴツしてるからな……俺の上に乗るといい……そう、そんな感じだ」ギュッ……

 

「あ……あぁ…しれい……。あったかい…よ……」///

 

「くーの体も暖かいぞ。キスするからな……」

 

「んちゅ……ぢゅるうっ……ん……あふ…しれい……」クチュ

 

「雪風、ちょっと待っててくれ。くーや他のみんなはどうやら戦闘での極度の緊張が原因で、身体の接触を求めるからね。今からくーを………ん?」

 

雪風が、岩の上に寝そべる俺と、俺の上に乗っているくーを両手で包み込むようにしながら自らの体を横たえてくる。

 

「あれ……ゆきかぜ?」

 

「雪風、どうした? もしかして……」

 

「司令……どんどん指揮がお上手になりますね……お陰で今日も我々の勝利です。私、今日はビックリしました…他のみなさんも、きっと私とおんなじ気持ちですよ………ね、くーちゃん」///

 

雪風の顔にも、くーと同じように浮かんでいる赤みが見える。二人とも気持ちが高揚しているんだな。

 

(うん、くーもそうおもうよ……くちゅ…ぺろ………ゆきかぜ、くーといっしょにしれいときす、しよ?)チュル…ペロ……クチュ…

 

(? 違うぞ雪風、くー。俺の指揮じゃなくて、お前たちみんなが素早く動いてくれるお陰で勝てたんだ)

 

(しれい、たるとににてる…たるともね、たたかいをほめるとてれるの)

 

マジか。タルトが聞いたら何て言うかな?

 

(司令ったら…ご謙遜ですね…。はい、くーちゃん……私も……司令と、キスしたい…よ…あむっ…れろぉ…)ペロ

 

木曾には、人前でしたくないって言ってたんだけどな……雪風。気が変わったのかな?

 

(ん……雪風のキス…久し振りだな……分かったよ……くー、雪風。しばらくの間は大丈夫そうだ)

 

(うん………しれい、くーのおっぱい、さわってほしい…)クチュ…チュル……

 

(ああ、遠慮なく)

 

ギュ……ムニュ……フニュ

 

柔らかいけど、それなりに張りもある感触。あどけない表情から発せられた挑発的な言葉にドキッとする。

 

(あ……あぁ…しれえ……しれぇ…)///

 

(くー、前より大きくなってないか? ……ほら、唇がお留守になってるぞ……)

 

(あ……ごめんね、しれい…。くちゅ……あむぅ…あふぅ)///

 

(くーちゃん、嬉しそうな顔……。司令、雪風……何だか緊張します…。ちゅう……じゅるっ……じゅる)チュル

 

(緊張? どうして?)

 

(あ……わかるよ。おそとでしてるんだもんね……ぺろ………でも、きもち……いい……ね)

 

(二人とも、今日は大活躍だったな……ミルディたちが戻ってきたら、また打ち合わせだ。今は戦闘の高揚を少しでも静めてくれ)

 

(うん……しれい…くちゅる……れろ…)ジュル…

 

(そうですね……ちゅるうっ…。今は…、今だけは………)///

 

 

 

          続く




ずっと国連に高額の拠出金を差し出してきた日本
でも国連は日本をパートナーとしては見てないですね
見ているのならとっくに常任理事国入り


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第五-24話

(二人とも、今日は大活躍だったな……ミルディたちが戻ってきたら、また打ち合わせだ。今は戦いの高揚を少しでも静めてくれ)

 

(うん……しれい…くちゅる……れろ…)ジュル…

 

(そうですね……ちゅるうっ…。今は…、今だけは………)///

 

 

 

第五-24話

 

 

 

チュプ……クチュ…

 

 

 

(ぢゅるっ……ぺろ………しれいのゆび、なんだかふしぎなあじ……じゅるる)///

 

(くーは舐めるの好きなのか?)

 

(ちゅる…うん、なめてるとね、おくちのなかがふしぎなかんじで……きもちいいの。ちゅるっ…くちゅ…もっとなめてもいい?)

 

(ああ、好きなだけ舐めていいよ)

 

(ふふ……やったぁ…じゅるる…くちゅる…ぺろぉ)

 

(司令…あむっ……はふぅ…服の中に、司令の手が……あぁっ…あったかい……です…ちゅるう)クチュ…

 

(ケガしてないかを確認しないとな……うん、大丈夫みたいだな)ナデナデ

 

(あぁ……あ…)///

 

(じゅる………はじめてしれいのゆびをなめたとき、しれい、とてもどきどきしてたよね……? でも……ちゅうっ……れろぉ……さいきんのしれいはすごくおちついてる…すこしざんねん)

 

響に注意されたからな。あれは確かに見苦しい振る舞いだったぜ。

 

(今でもドキドキしてるぞ? くーもみんなと同じようにとても魅力的な艦娘だからな。ただ……あの時のように、お前たちの美しさだけに囚われたりはしないよ。もっともっと、心の中で繋がりたいんだ…そう思うようになったのは、くーや雪風やみんなが大胆な、そして心の籠もったスキンシップを何回もしてくれたからだよ。俺はもう、みんなの魅力に酔ったりしない)ナデナデ

 

(ひゃあんっ……し、しれい……くー、けがしてないよ……だいじょうぶ)///

 

(ああ、そうみたいだな…確認した……安心したよ。でもね、くー、雪風)

 

(はい……司令?)

 

(しれい?)

 

「俺の見たところ、くーと雪風の戦い方は似ているんだ。敵集団の懐(フトコロ)へと躊躇なく飛び込んで、全く動じる様子がない……二人の凄まじい能力があるからこそ可能なんだろうけど、くれぐれも自分の身を守ることだけは忘れないでくれ。俺からのお願いだよ」

 

「司令…はい、分かりました。気を付けます」

 

「くーも、きをつける。だから、くーをはずさないで……おねがい」

 

「勿論だよ、くー。雪風もお前も、本当に頼りになる仲間なんだ。これからも一緒に戦おう」

 

「うん……ずっといっしょだね」///

 

「ご一緒します……雪風は司令の秘書艦ですから!」

 

「その通りだよ二人とも。それからね、雪風。かつての第八艦隊旗艦は初代提督の秘書艦を務めた天龍だったが、今は雪風…お前が旗艦だよ。頼りにしてるからね」

 

「はい、お任せを」///

 

「てんりゅーが、きかんだったんだね」

 

「ああ。でも提督が去ってから、次は雪風が秘書艦になるべきだ、ってアイツが強く主張してね……ん」

 

 

ザ……ザザッ……

 

 

「足音が近付いてくるな…多分、天龍だろう」

 

足音と足音の間隔が短くて力強い、この歩き方は。

 

「おはなし、おわったんだね」

 

「そうだな。くー、雪風、そろそろ休憩は終わりだ」

 

「うん」

 

「分かりました。色んなことが山積みですね」

 

「みんなの力があれば大丈夫だよ。天龍、こっちだ」

 

「おぅ」

 

かなり日が傾いてきているので周囲は薄暗い。だから最初はよく見えなかったんだが……。

 

「離島棲鬼じゃないか。どうしたんだよ天龍、わざわざ運んでくるなんて?」

 

天龍にお姫様だっこされている敵指揮官は、まだ目覚めていないようだ。何か夢でも見ているんだろうか?

 

「コイツのことでお前と話がしたい。そんで、目覚めたらオレたち二人で問い詰めるんだよ。だから運んだんだ。それにしてもコイツ軽いな。服の方が重いんじゃねーかって思っちまうぜ」

 

「ああ随分と凝ってるし洒落てるよな。戦闘装束には勿体ないぜ、こういうのはパーティーとか社交場で着てこそ輝くのに………天龍、二人でってどういう意味だ? 雪風とくーを同席させない積りか?」

 

「ああ、その通りだぜ……ちょっと待て、コイツをこの岩の上に寝かせるからよ………っと、よし。雪風、くー」

 

「はい、天龍」

 

「はい」

 

「お前たちは龍田と五月雨のトコに戻ってさっきの続きだ。お灸(キュウ)を据えておいたから、ちゃんとした会話になるだろうぜ…さっきと違ってな。雪風、くーをしっかり支えてやんな」

 

「分かりました天龍。くーちゃん、行きましょう」ザザッ

 

「うん、ゆきかぜ。てんりゅー、いってきます」ザッ

 

「ああ」ニッコリ

 

 

 

 

 

「可愛いじゃねえか。あんな顔されちゃ、何も言えなくなるな……」

 

再び岩の上に腰掛けている俺。傍らには同じように座っている天龍と、そして反対側には離島棲鬼の横たわる姿。

 

「いつも暁たちと仲良くやってるぞ。特に仲が良いのは電だ」

 

「そうか。ちゃんと面倒見てやってんだろうな?」

 

「それは帰ってから、お前自身の目で確かめてくれ…俺がどんな風にして彼女に接しているのかを、な」

 

「コイツ……口が達者になりやがって」クシャクシャ

 

俺の頭を手荒く撫で回す天龍。いつも武器を握り締めているとは思えないような感触が気持ちいい……全然ゴツゴツしてなくて、すべすべしている。

 

「……ごめんよ、天龍。お前たちの遠征を長引かせたのは、くーがお前と再会した時に、戦闘のショックを思い出して俺たちを敵視するかもしれないと思ったからだ。出来るだけ時間を掛けて俺たちとの関係を強固にしつつ、お前と戦った記憶を少しでも薄れさせようとしたんだよ。でも……その必要はなかった。あの子は索敵能力が凄まじく高いんだが、お前の気配にまるで心当たりがないんだ。つまり、お前のことを全く覚えていないんだよ。本当にホッとしたぞ……お前さ、くーと交戦してないな?」

 

「何だ、気付いてなかったのか? 背後から絞め落としたんだよ、一番確実だからな」

 

「それは分かってる。でもな、接近するためにはある程度の攻防の応酬が不可避だろう? ところがくーには、お前に関する記憶が全然ないんだぞ。一体どうやって姿を見られないままで間合いを詰めたんだ? これがゲームなら、インビジブルの魔法でも使ったとしか思えないぞ」

 

「あぁ、そっちか。アイツはな、オレたちが随伴艦の鬼どもを沈めたのを見て驚いて……いや、違うな……」

 

 

「悲しみだよ。背後から迫ったから表情は見てないけどな……探照灯で照らされているのに一切お構いなしで、鬼が沈んだ方向を見つめていた。ありゃ悲しそうな背中だったぜ」

 

「そんな馬鹿な……そいつらはくーを利用するために、騙して島から連れ出したんだぞ。何でくーが悲しむんだ……いや……待てよ、口車に乗せて引っ張り出すくらいの芸当ができたんだ、もっともっと出任せを並べ立てて自分たちを深く信頼させるようにしたのかもな………。天龍、お前はその隙に乗じてくーを失神させたんだな?」

 

「ああそうだ。ボウズ、騙して連れ出したってのはどういう意味だ? 仲間だったんだろ?」

 

「違う。これはしっかり覚えておいてくれ。深海棲艦は一枚岩じゃないんだ、二つの勢力に分裂している。深海棲鬼と深海棲姫の分類についてはファイルで知ってるだろ、俺たちは姫の方に味方しているんだ。くーは敵対する鬼に騙されて協力させられたんだよ。二月の戦いでお前が撃破した奴だ……目的は艦娘の暗殺。くーの言葉によれば巨大な鉄砲を担いでいたらしいぞ」

 

「ああ、覚えてるぜ。そいつなら確かにオレが沈めた。成る程な…あれは狙撃用の兵器だったのかよ」

 

「そういうことだ。天龍、この離島棲鬼のことで話があるって言ったな。でもそれだけじゃないだろう? ミルディたちのことだな」

 

「まあな。詳しく聞かせろ、お前があの連中を信用する理由をな。オレはお前の決断を信じてる。その説明が聞きたいだけだ」

 

「分かった。ミルディ…姫グループの指揮官だ……彼女は俺たちの鎮守府と何らかの繋がりを持っていたようだぞ。第六室長の友人と恋に落ちたこともある。それからな、天龍……彼女たちも艦娘なんだよ」

 

「……どういう意味だ?」

 

「ミルディは、姫グループが俺たちの大八島國で暮らすことを望んでいるんだと言っている。それって、あの戦争で戦い、そして命を落とした人々の願いそのものだと思わないか? 俺は彼女たちも艦娘と同じように当時の兵士の魂を宿していると思ってる」

 

「あいつらがオレたちと同じ、だと? 興味深いな。もっと詳しく」

 

天龍の目が鋭さを帯びる。相変わらずの迫力だ……でもその奥には、とても優しい光が宿っていることを知っている。

 

「ああ。彼女たちも艦娘なんだ……司令部は完全に誤解している。それとも、知っていて俺たちには秘密にしていたのかもな……今のところはサッパリ分からない。侵略なんかじゃなくて、魂を送り届けようとしてるんだよ。 艦娘みんなはな、既にミルディやくーたちを受け容れているんだ……それってつまり、同じ艦娘だと認めているからだと思うよ。それからな、俺が姫グループを信じる一番の理由を伝えるぜ……彼女たちと共に戦ったのはこれで二回目だ。前回のメンバーは二人だけだったが。そして実感したよ、素晴らしい戦士ばかりだってな。戦闘能力は言うに及ばず、残虐な一面など全く見当たらない…今日の戦いを見ただろう、逃亡するイ級やワ級を追撃した者は誰もいなかったぞ。あ、そうだ天龍……戦闘してない時の、普段のアイツらを見てみるといいよ。百聞は一見に如かずだ」

 

「……お前の言い分はよく分かったぜ、充分だよ。そうか、アイツらもオレたちの仲間になるんだな。楽しくなりそうだ」ニッコリ

 

「嬉しいよ天龍。お前たちが帰ってきたんだからな、今の第八艦隊は鬼に金棒だ。頼りにしてるぞ」

 

「任せとけ。ところでな、ボウズ。木曾のヤツは元気か?」

 

「ああ、とっても。いつも通り、お前が不在の鎮守府をしっかり守ってくれてるよ」

 

「そうか………………」

 

俺から視線を逸らして空を眺める天龍。物憂げな表情を浮かべている時の天龍ってとても大人っぽい雰囲気なんだよな。

 

「まだ気にしてるのか…木曾ではなく雪風を、俺の秘書艦に推薦したことを?」

 

「…………まあな。アイツ、何か言ってなかったかオレのこと」

 

「アイツはお前を慕っているからな。早く帰ってきてほしい、元気かな、しっかり食べてるかな……大体そんな感じだぞ」

 

「…………そっか」///

 

嬉しそうな顔。大人から一気に少女みたいな雰囲気へと変わった。

 

「そろそろ聞いてもいいか? 何故、木曾ではなく雪風を推薦したんだい?」

 

「……木曾は…お前に甘いからな。まるで、弟を溺愛する姉みたいな表情を見せる時がある」

 

………あぁ。確かに。でもそんな木曾に俺は、何回も助けられた。

 

「秘書艦ってのは要するに副官だ。そして副官が上官を甘やかすなんてなぁ絶対にダメだ。でも雪風はまだまだ若いからな、お前を甘やかせられるほどのガラじゃねぇ。アイツならお前にグイグイ引っ張られていくだろうから、丁度いい関係になるだろうと思ったんだよ」

 

「雪風はとても頑張ってくれているよ。素晴らしい秘書艦さ。そして木曾も、そんな雪風をしっかり見守ってくれている。お前のお陰だよ、天龍………ありがとう」

 

「大人びた口を利くようになりやがって…あーあ、もうオレの引退も近いのかもな! 後はお前ら若い連中だけでやっていくのか!」

 

「何を言ってんだよ天龍、お前にはまだまだ働いてもらうからな。先ずは第二艦隊だ、古鷹と加古がお前に会いたがっていたぞ。近日中に付き合ってもらうよ、一緒に会いに行こう」

 

「お前な、オレのいない間にどこまで動き回ってんだよ……でも…そうか、古鷹と加古かよ………そっかぁ」///

 

第一次ソロモン海戦で共に戦った僚艦……戦友、か。今の時代じゃ、その言葉の重みを真に理解できる人はもう僅かだろう……。

今、天龍の胸の中にはどんな思いが去来しているのかな?

 

「おっ………今、身じろぎしたぜ。そろそろ目覚めそうだな」

 

「よし。この離島棲鬼は降伏させる。戦闘は一切ナシだ。いいな、天龍?」

 

「分かったよボウズ…オレたちの提督! 仰せのままに、だ」ニッコリ

 

 

 

          続く




外国の言いなりになるのはカンベンしてほしいですね


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第五-25話

「おっ………今、身じろぎしたぜ。そろそろ目覚めそうだな」

 

「よし。この離島棲鬼は降伏させる。戦闘は一切ナシだ。いいな、天龍?」

 

「分かったよボウズ…オレたちの提督! 仰せのままに、だ」ニッコリ

 

 

 

第五-25話

 

 

 

……ムクリ

 

 

 

「……………?」

 

 

「お目覚めか。ウチの連中をずいぶん可愛がってくれたみてぇだな?」ジロリ

 

 

「…………。……!?」

 

 

ザザッ!

 

 

「おぉっと! 待ちな!」

 

ガバッ!

 

逃走を試みる離島棲鬼。でも天龍の前でそれは無駄な足掻きだ。岩から地面へと降り立つことすら能わず、背後から一瞬で組み伏せられる鬼。いつでも絞め技に移行できる体勢だ。

 

「往生際が悪いぜ? 妙なマネすんじゃねぇぞ…艦載機でも出そうなんてしやがったら、もう一度絞め落とす」ギュ

 

 

「しないわよ、そんなこと……。私をどうする積りなの? 尋問? 処刑? それとも……」

 

 

敵意に満ちた棘だらけの、初めて耳にする鬼の声。でもフツーに喋ればきっと綺麗な響きをしてるんだろうな…そんな印象を受けた。

 

「そいつの相手でもさせられるのかしら」ジロリ

 

何とか視線をこちらに向けながら放たれる悪態。精一杯の虚勢だな……その目の奥に、僅かながら怯えの色が浮かんでいるんだから。

 

「そんなワケないだろ、頼むからそういう下品な発言はこれっきりにしてくれ」

 

俺たちの大八島國は言霊(コトダマ)の国なんだ。粗暴な言葉にはバチが当たる。

 

「あらそう。それなら貴方はどうなの? 私たち深海棲艦を片っ端から沈めておきながら、自分は清廉潔白でも気取る積りなの?」

 

「それなんだが、お前たちがもっと穏やかに事を起こしてくれていれば……と思うよ。この国で暮らしたいのなら、人々に警戒心を抱(イダ)かせるような行動は禁物(キンモツ)だぞ」

 

「………何を言ってるの?」

 

「気付いてないとでも思ったか? お前たちは侵略者なんかじゃくて、心に宿る魂の願いを叶えようとしているだけだ。俺たちの司令部はどうか知らないけどな、少なくとも俺はそう判断している。俺の仲間たちも同意してくれているよ。俺はお前を倒す命令なんて出さない。さっき戦ったのは、あくまでも対話をするためだ……強大な軍勢を率いている指揮官に向かってイキナリ説得なんて愚の骨頂だからな。俺たちと一緒に来てくれ」

 

 

「………ふざけないで」

 

 

「……………」

 

 

「ふざけないでよ!! 私たちの仲間をみんな殺したくせに今さら何言ってんのよ!! あんたなんかと一緒になんて、絶対お断りだわ!!」ギロリ

 

 

激しい剣幕。でも俺もおんなじ事をしちゃったんだよな……タルトに。

 

 

ギュウウウ!!

 

 

「あぐぅッ!」

 

 

「威勢がいいな……だがテメェの立場を弁えろ。敗北した艦船という立場をな。もう一度コイツを侮辱しやがったら許さねぇぞ」ギリギリギリ

 

 

「あ………ぅ…」

 

 

「お前の言う通りだ。俺は泊地棲鬼と泊地水鬼を殺した。許してほしいなんて言わない。俺は一生、その事実を忘れずに生きていく。そして」

 

 

「…………何…よ」

 

 

「お前たちは運河棲姫と戦艦棲姫……空母棲姫と飛行場姫、そして装甲空母姫を殺した」

 

 

「……そう…知ってたのね」

 

 

だからどうした、と言わんばかりの態度を装っている離島棲鬼。戦いの日々が彼女をこんな風に変えたか。

 

 

「彼女たちの指揮官だった戦士がもう直ぐ部下と一緒にここへ来る」

 

 

「!!」

 

 

「お前が今言った、仲間を殺された怒りと悲しみ……それを胸の奥底に秘めた、かつての指揮官がな。覚えてるだろ、さっき凄まじい攻撃力を以てお前の艦隊に襲い掛かった艦載機たちの主だ…ここは彼女たちの本拠地だよ。好きな方を選ぶんだ。俺の言葉を受け容れて一緒に来るか……それとも彼女に向かって、もう一度さっきと同じセリフを叩き付けるか。どうする?」

 

 

「私を連れて………何をさせる積りなの?」

 

 

さっきまでの勢いが削がれてしまった声。抵抗は無意味と悟ってくれたようだ。

 

 

「先ずは情報の提供。そして、俺たちと一緒に暮らすんだよ……お前自身の目でこの戦いの無意味さを確かめるんだ。残忍な指揮官の命令なんかに振り回されることなく、ね。以上の二つを約束するなら、俺もお前を守ると約束する」

 

 

「…………分かった」

 

 

「約束だぞ?」

 

 

「約束する……もう私は帰ることができないもの。貴方たちに負けた私は役立たず。戻っても追放されるだけ。この国は許せないと思ってたけど、でもやっぱり暮らしたい……白状するわ、貴方が言った通りよ。この国で…ね」

 

「よし分かったよ。天龍」

 

「ああ。ほら、起き上がるんだ」

 

天龍に抱き起こされて地面に降り立つ離島棲鬼。ドレスに付着した埃を丁寧に払い落としている。投げ技で海面に叩き付けられた際の水気は殆ど乾いているな…即座に引っ張り上げられて立ち姿勢で絞められたから、大して海水に浸らなかったんだな。

 

「……やっぱりお前の言った通りだったんだな。これからの目的は、コイツらを日本で暮らせるようにしてやること……それでいいんだな?」

 

「ああ、その通りだよ。但し……親玉の軽巡棲鬼だけは難しいだろう。さっきも言ったけど残忍な指揮官らしいからね。いろんな問題が山積みだ…天龍やみんなにはこれからも苦労させると思う。すまない」

 

タルトにとって軽巡棲鬼は戦艦棲姫の敵(カタキ)だし、ミルディにとっても部下たちの敵だ…でも、軽巡棲鬼にだって人々の魂が宿っている筈だ。何とかして魂を解放したい。どうすりゃいいんだろう。

 

「あまり抱え込むなよ。ひとつひとつ片付けていけばいいんだ。おてんと様はちゃんと見てるさ、お前の頑張りをな」ポンポン

 

「ありがとう天龍。そうだ、この子に名前を付けなくちゃ。……よし決めた、リッティだ。早速だがリッティ、確認したいことがある。民間人や船舶には手出ししてないな?」

 

「するワケないでしょ? 私たちの目的は艦娘を排除してからの上陸。民間人の船に攻撃なんかしてどうするのよ……貴方たちの恨みや怒りを買うだけじゃないの。非合理的すぎるわ」

 

「確かにその通りだ。安心したよ、リッティ」

 

あくまでも確認だ。課長から聞いたことがあるが、民間人や船舶の被害は一度も報告されていない……リッティの言葉には充分な説得力が含まれているが、それだけじゃない。谷風にも話したけど、自分の身は自分で守るんだという意識を忘れずに生きる人々がまだまだ居るという事実も、被害が出ていない一因だろう。

 

「それに、海の民ってのは神様や大自然に対する畏敬の念が強いからな。怪しい気配を察知したら決して近寄ったりしない」

 

「そうだな天龍。陸では衰えつつあるけど、海に生きる人々は畏敬や信仰を失っていないもんな」

 

呪術も同じだ。決して消えたりしないだろう。

 

「あのねぇ。それはいいんだけど」

 

「うん? どうしたんだリッティ」

 

「この子って何よ! 貴方みたいなお坊っちゃんに何で子ども扱いされなくちゃいけないのよ!? 大して変わらないじゃない!」

 

「だってどう見ても十代じゃないか。俺は三十三歳だぞ」

 

「うそ!?」

 

あ、そのリアクションいいな。すっげぇ感情豊かで。

 

「嘘じゃないぞ。お前たちってエルフ……西洋で言うところの妖精みたいにずっと若々しいんだろ? もしかしたら実際は見た目より長生きしてるかもだけど、それでも間違いなく俺の方がずっと年上だな」

 

「……はぁ。貴方と話してると何だか頭が痛くなってくる。もういいわよ」

 

呆れられた。

 

「おい。名前はリッティでいいんだな?」

 

「い……いいわ。離島棲鬼だなんて、呼びにくいでしょ」

 

嫌がるかもと思ったけど、けっこう柔軟だな。天龍に対してはまだ緊張しているが、少しずつ慣れていくだろう。

 

「なあ。俺ってそんなに子どもっぽい?」

 

「あたりめーだろ。あの時代じゃ三十代の貫禄は今の時代の五十代の辺りだ。お前はオレから見りゃギリギリ二十代ってトコだぜ。髭でも伸ばすか?」ニヤリ

 

「この前な、暁たちと一緒にゲームしてる時その話をしたら一刀両断された。似合わないからやめてって」

 

「そうか。雷と電は元気にしてるか?」

 

「とっても。お前に早く会いたいってさ」

 

「アイツら……」///

 

戦場ではドラゴンみたいな迫力と破壊力を発揮する天龍なのに。普段はこんな表情するんだもんなぁ……。

 

「リッティ。何であんな大規模艦隊を編成したんだ? 確かに攻撃力は向上するが、あれじゃもっともっと指揮官の数が必要だぞ」

 

「分かってるわよ、そんなこと。でも仕方なかったのよ……泊地水鬼を貴方が沈めたんだから。彼女はね、軽巡棲鬼の右腕だったのよ………まあ副官ってトコね。組織内の命令系統はもうズタズタよ」

 

タルトは泊地水鬼が、この離島棲鬼を含む三人組の補佐役だと言ってた。しかも軍勢を率いる軽巡棲鬼の副官だったとはな。これは俺たちが優位に立ったということだな……でも気を抜いちゃダメだ。

 

「あの編成は組織が混乱した結果ということか?」

 

「そうよ。私は護衛を強固にしてもらいたかっただけなのに。出撃時に集合したらビックリしたわよ! あんなに大きな艦隊なんて、私が束ねられるワケないじゃない!」

 

「おいボウズ。その泊地水鬼を倒したのは何時(イツ)のことだ?」

 

「ちょうど一週間前だ。その後で泊地水鬼の代わりを務めた配下の働きぶりが、メチャクチャだったんだろうな。だから鬼グループは混乱してるんだろう」

 

「貴方たちにとっては好都合でしょうけれど」

 

「確かにそうだ」

 

リッティの言葉が少し柔らかな響きを帯びてきた。良い感じだ。

 

「右腕と言ったな。もしかして軽巡棲鬼は重要なヤツ……総大将なのか?」

 

「その通りだよ天龍。それからな、リッティを連れて行くから残る鬼は二体だけだ。港湾水鬼、そして軽巡棲鬼な」

 

「へぇ…やるじゃねえか」ニヤリ

 

「そこまで知っていたのね。私、捕まったのは幸運だったのかしら……」

 

「そうであれば嬉しいな。港湾水鬼と軽巡棲鬼が心配だろうが、こちらも心を鬼にしてお前を連れていく。ちゃんとした待遇を用意する積りだ」

 

「心配…………、か」クスッ

 

「心配だろ? 仲間なんだから」

 

「貴方って、変わってるわね。笑ったことは謝るわ。そんな感情を奴らに対して抱いたことはなかったから……今のはただの自嘲の笑いよ」

 

心配してないってことか? どうなってんだ鬼グループは。

 

「おいボウズ、話はここまでだ。どうやらオレたちを呼びにきたらしいぜ」

 

ミルディと仲間たちか。どんな艦娘が居るのかな。

 

「リッティ、お前は今から姫グループの戦士たちと対面することになる。俺たちも同席するから心配しなくていいぞ。行こうか」ザッ

 

「わ…分かったわよ。あ、あのね……」

 

「どうした?」

 

「別に……大したことじゃないんだけど…貴方の後ろから行きたいから…その、できれば…先頭に…」///

 

最後の方は消え入りそうな声。怯えているんだ…当然だよな。

 

「ああ勿論だ。さ、行こう」

 

「……ええ」ザッ

 

(天龍。俺は彼女が恐怖心を抱いたりしないように、何とかして会談が少しでも穏やかになるよう努めてみる。援護射撃、頼むぞ)

 

(ああ。コイツはオレたちと同じで艦娘なんだろ? だったら、ほっとけねぇさ…任せとけ)ザッ

 

 

 

          続く




そろそろ今年の折り返し
後半はどうか平穏に


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第五-26話

「ああ勿論だ。さ、行こう」

 

「……ええ」ザッ

 

(天龍。俺は彼女が恐怖心を抱いたりしないように、何とかして会談が少しでも穏やかになるよう努めてみる。援護射撃、頼むぞ)

 

(ああ。コイツはオレたちと同じで艦娘なんだろ? だったら、ほっとけねぇさ…任せとけ)ザッ

 

 

 

第五-26話

 

 

 

チャプ…ゴシゴシ

 

 

 

渓流のひんやりとした水を染み込ませたタオルで今日一日の汗を拭(ヌグ)ってゆく。汗と一緒に疲れも落ちていくような感覚が心地よい。

 

「提督ちゃん、タオル足りそう? まだ予備の分、あるよ?」

 

「ありがとうミルディ、大丈夫だよ…汗は全部拭き取れたからな」

 

シャツと制服を身に着けながら周囲を見渡すと、木々に覆われた辺り一面の視界が目に飛び込んでくる。ここは小さな森の中だ。

 

「ミルディ、そのカジュアルな服装も似合ってるな。そのままココでキャンプとかできそうだ」

 

「あらあら、ありがとね提督ちゃん。提督ちゃんは心配してくれたみたいだけど、私たちって頻繁に戦闘してるワケじゃないからね、のんびりしてる時期も結構あるの。あれ、私のお気に入りだから、本当に大事な時にだけ着ているの」

 

「生地を傷(イタ)めないよう大切にしてるんだな。あのドレス、本当に綺麗だよ」

 

「ありがとう……。あのね提督ちゃん、この森のことなんだけど…気に入った? 素敵なトコでしょ?」ニコッ

 

「ああ、本当にね。最初は竹島のように岩場だらけの島かと思ったよ。でも実は鬱陵島のように、ちゃんと樹木があったんだな」

 

対照的な2つの島……とは言っても、竹島の方は、それ自体が既に2つの小さな島を含んでいるんだけど。後醍醐天皇が、島流しにされていたという隠岐(オキ)…そこから更にずっとずっと離れた島ではあるけれど、それでも今から300年も前の昔、既に隠岐の漁師の人々により発見されていた島……勿論、漁だって行われていた。でも今は他国に支配されている島だ。

 

「ビックリしたかな? 私も提督ちゃんと同じでね、この島に初めて来た頃は岩だらけだと思ってたから、何日か後に初めてココを見付けた時は驚いたよ~。この森には、本当にお世話になったの……。もう直ぐお別れかあ」

 

「この渓流は貴重な飲料水をもたらしてくれたんだろうね……でもそれだけじゃなくて、心も癒してくれそうな雰囲気の森だって気がする」

 

「うん……ここは落ち着くよ。最初の頃は、よく来てたの……考え事をしたり、ね…………」

 

愛おしそうに傍らの樹木をゆっくり撫でているミルディ。でけぇ……これって確か、ブナの木だったよな。本州から離れた島だけど、ちゃんと生長しているんだな。

 

 

ガサガサッ

 

 

「お話中のところ失礼する。あなたが提督だね? 私は分隊長を務める者の一人。どうぞよろしく」ペコリ

 

分隊長か。この前ミルディが教えてくれた4人の内の1人だな…リッティと同じく、黒を基調とした服装を身に纏った女の子。長い黒髪には大きなリボンが踊っている。そして首にはチョーカー……と言っていいのかな…そしてそこに結び付けられた長い鎖。ゲームに出てくるショップで、魔法の品物を売ってくれる魔術師みたいな雰囲気だな。彼女の姿はファイルの内容と一致している……水母棲姫だ。俺が希望した通り、会談を始める前に会いに来るようミルディが手配してくれたんだな。

 

「はじめまして、第八艦隊の鎮守府で指揮官を務めている。こちらの司令部の決まりで、本名を明かすことができないんだ……すまない。ミルディのお陰で同盟を結べたことに感謝している。これからよろしくね」スッ

 

「あ……よろしくお願いします、我らの新しい指揮官殿」ギュッ

 

少し、はにかみながらも俺の手を握ってくれた。可愛い。

 

「提督ちゃん、もう一人いるの……おい、何をしている? 早く来なさい」

 

少し離れた場所にある茂みに向かって呼び掛けるミルディ。どうしたのかな?

 

「えっと…ミル……ディ? どうしたんだ……言葉遣いが何だかヘンなんだけど」

 

怪訝(ケゲン)な表情をしてミルディを見つめながら声を掛ける水母棲姫。俺と話す時のミルディは穏やかだから、ギャップに戸惑ってるんだな。

 

「な、何を言ってる……そんなコトはどうでもいい。……ほら早く! 」

 

「ミルディは俺と話す時、こんな感じなんだ。直ぐに慣れるよ」

 

「そう…ですか、分かりました。提督、彼女の名前はもしかして……」

 

「うん、俺が名付けたんだよ…仲間のことは名前で呼びたいからね。リリィから聞いたんだけど、みんなは名前ではなく役職名とかで呼ばれているんだよね?」

 

「はい。あと、番号ですね。彼女は一号で指揮官、私は先程もお伝えした通り分隊長で四号。役職名を持たない者も居ますが、番号は全員が持ってます。イ級やワ級でさえも」

 

番号、か。リリィは言及してなかったな……でも彼女の気持ちは分かるような気がする。確かに呼び掛けるには手っ取り早いけど、それでもやっぱり番号よりも名前だよなぁ…。彼女たちは海軍艦船じゃないから名前を持っていないのは仕方ないけれど、これからはその点も変えていこう。

 

「よく分かった。できれば俺は、全員が自分の名前を名乗るようになってほしいと思ってるんだ。でも強制はしないよ……そもそも俺だって名前を隠しているからね。あくまでも俺の希望だ。ただ、個人を特定できる呼称だけは必ず持っておいてほしいんだよ。番号じゃなくてね」

 

「分かりました、提督」

 

ミルディやタルトは俺が考えた名前たけど、自分で決めるのだって勿論アリだ。

 

「提督ちゃん、ごめんなさい~。ほら、さっさと歩く!」グイグイ

 

「うううぅ~恥ずかしいよぉ~。引っ張らないでええぇぇ」ズザザザ…

 

3人目の分隊長だな。ミルディ曰く、北方棲姫は気性が激しいらしい……声の雰囲気は…激しいどころか、のんびりしている。てコトは多分、港湾棲姫だな彼女は。

 

「ミルディ、大丈夫か? 何だか大変そうだけど」

 

「気にしないで提督ちゃん、大丈夫だからね……ほら、ご挨拶するんだ!」

 

「う……うううう~。ぶ、分隊長……です…。この子とおんなじ、なの……」チラッ

 

一瞬だけ水母棲姫の方に視線を向ける港湾棲姫。

 

「よ……よろしく…です」

 

俯いたままなので、彼女の額(ヒタイ)からユニコーンみたいに伸びてる黒い角が丁度、俺に向かってロックオンされてるような角度に。ドキッとするけど、いちいち指摘して彼女を困惑させる必要なんてない。彼女は頑張って挨拶してくれているんだ。

 

「よろしくね、分隊長。こちらは第八艦隊の鎮守府で指揮官を務めている。仲間のみんなからは提督とか司令官とか呼ばれているから、できればこの二つのどちらかで呼んでもらえると有り難いんだ。ミルディたちはいつも助けてくれるから、本当に感謝している。これからよろしくね」スッ

 

「し、司令官! よろしくうぅ!」ギュウウッ

 

両手で握手してくれた! 何だか嬉しい。ロックオンなんて気にならないぜ。

 

「まったくもう………顔が真っ赤だぞ。我らの新しい指揮官に、くれぐれも失礼のないようにね」

 

「だって男の人だもん…。あなたってイロイロ強引」

 

そういう一面もあるかな。でもミルディは部下思いな女性だ。

 

「提督…平素であれば彼女は非常に頼りになる戦力です。今は提督の存在感に、少々気押(ケオ)されているだけ。お気になさらないで」

 

「分かったよ分隊長、きっと慣れてくれると思う。くーのように、ね」

 

「司令官……あの子、ずっと司令官と一緒だったんですね?」

 

「ああ、今はもうすっかりみんなと打ち解けているよ。とくに、電っていう駆逐艦娘と仲が良いんだ」

 

「そう…ですか。仲間と一緒に、ずっと仲良くしてたんだ……」///

 

くーのことを心配していたのかな……今日は久し振りに再会できて、きっと嬉しく思っているんだろうな。彼女も、くーも。

 

「ミルディ、そろそろ始めようか。疲れているのに、すまない。でも軽巡棲鬼が次の襲撃を画策している可能性があるからな……こちらも後手になるわけにはいかない」

 

「分かりました提督ちゃん……離島棲鬼は、どちらに?」

 

「さっきミルディが用意してくれた俺たちの部屋に居るよ……他のみんなと一緒にね。とても快適そうな部屋で驚いたぞ。洞穴の中を住居に改造するなんて、流石だな」

 

「そうでしょう~。いろいろ工夫したからね」ニッコリ

 

「何だか…違う人みたい」

 

「同感だが慣れるしかないね」

 

2人の分隊長の言葉……でもミルディは嬉しいのか、まるで気にしていない。

 

「では、提督ちゃんのお部屋でよろしいですか? あの部屋は、かなり大きいですし」

 

「そうしよう。それからね、みんなに聞いてほしいことがある」

 

「え……提督ちゃん?」

 

「今から離島棲鬼に会って話をするけれど、みんなの心の中の怒りや苦しみは、彼女にぶつけないでほしいんだ。仲間を殺されたみんなに向かって、勝手な言い分だということは承知している。それでも、彼女を怯えさせたくはないんだよ。詳しい説明は後日の機会に譲るが、俺たちは鬼グループを全滅させちゃいけない……そんなことしたら新しい鬼の誕生だからね。彼女に宿る魂は、帰還を望んでいる。だから彼女を鎮守府に連れていく。みんなの新しい我が家に、ね……」

 

「私はもう、提督ちゃんの方針に従うって決めています。その気持ちがあったからこそ、アナタの部下になりました」

 

「さっきミルディから、幾つかの話を聞きました。驚いたけど、私は彼女が信じる人なら信じることができる。お言葉通り、怒りは抑えます」

 

「約束する。強引で、男の人が大好きで、一度思い込んだらドコまでもワガママ。でも……私たちを、とても大切に思ってくれるんだもの。約束します、司令官」

 

「分かったよ。ありがとう……みんな…」

 

「ちょっと、八号! 提督ちゃんの前で何てこと言ってくれてんのよ!」クワッ

 

……俺の感激ムード返せ。

 

「落ち着けミルディ。言葉遣いが変わってる……もうタルトやくーに話すときと同じように統一したら?」

 

「え……あ…ああああッ!」

 

慌てて口元に両手を添えるミルディ。もう遅い。

 

「そ…それはね、ダメ。私は提督ちゃんの部下だけど、でもねっ! 威厳は重要だから! あの二人は例外……そう、例外なの!」

 

何だ、威厳を気にしていたのか。

 

「ミルディの場合さ…威厳は厳しさよりも、優しさの方に宿ると思うぞ?」

 

「え…………そう、かな?」

 

「そうだよ。今晩、寝る前に少しでもいいから今の俺の言葉について考えてみてくれ。さ、それじゃみんな、行こうか」

 

「は…はい、提督ちゃん」

 

「分かりました」

 

「うう……私たちの指揮官が……新しい指揮官に首ったけだよう……」

 

 

 

          続く




すごく暑かったですね
今年の海はきっと賑やかに


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第五-27話

「ミルディの場合さ…威厳は厳しさよりも、優しさの方に宿ると思うぞ?」

 

「え…………そう、かな?」

 

「そうだよ。今晩、寝る前に少しでもいいから今の俺の言葉について考えてみてくれ。さ、それじゃみんな、行こうか」

 

「は…はい、提督ちゃん」

 

「分かりました」

 

「うう……私たちの指揮官が……新しい指揮官に首ったけだよう……」

 

 

 

第五-27話

 

 

 

ガサガサ……

 

 

 

よしずの端を少しだけ動かして出来た隙間をくぐり、俺たちが間もなく話し合いを始める部屋に入室する最後のチ級。椅子として使われている大きな流木に腰掛けている俺たちとは異なり、彼女たちはテーブル……これも海岸で拾ってきた流木だが椅子よりも巨大で、うまく削られているから食事も快適にできそうだ……これをぐるりと取り囲む形で立っている。雷巡チ級か……お揃いの戦闘装束に身を包んだ戦士たちが居並ぶ様子は壮観だ。

 

「提督ちゃん、これで揃いました。北方棲姫を除く全ての分隊長と副隊長です」

 

指揮官を務めていたミルディに、彼女の護衛のネビュラとリリィ。くーを含む3人の分隊長と元、分隊長のタルト、そして8人の雷巡チ級……つまり副隊長だ。分隊長と同様、かつては副隊長の人数だってもっともっと多かったんだろうな……。

 

「分かった、ミルディ…それじゃ始めよう。先ずは副隊長のみんな、はじめまして……もう既に俺のことは知っているだろうけど、鬼のグループと戦う鎮守府の人間なんだ、これからよろしく。本題に入る前に一つだけ伝えておきたい…仲間になってくれたみんなには率直に言うけれど、こちらの司令部から姫と鬼の対立を聞かされたことは全然なかったんだ……幸運にも俺は戦艦のタルトから真実を教えてもらって彼女と何回か会うようになり、その様子を知ったミルディ……みんなの指揮官の新しい名前だよ……彼女が俺たちの艦隊に興味を抱いてくれたんだ。その後はみんなの知ってる通りだよ。俺はもしかしたら、みんなと交戦するという大失敗を犯していたかも知れないが、姫のみんなのお陰で回避できたのさ」

 

ちょっと中断して室内の様子を見渡してみる…うん、みんな熱心に耳を傾けてくれている。

 

「だから俺は、俺たちの本当の敵が誰なのかということを間違えないように注意するようになった。手を結べる相手が居れば、俺たちはそうするべきなんだ。みんなの新しい指揮官になって間もないというのに、いきなりのお願いだが、どうかこれだけは受け容れてほしい。彼女の名前はリッティ……これから俺たちと一緒に行動する。この島からみんなと共に出発して、我が第八艦隊の鎮守府へと向かうんだ」

 

隣に腰掛けているリッティの方に視線を向けながら、

 

「リッティ」

 

「わ、分かったわ……」

 

立ち上がり、周囲を見渡す彼女。まだ緊張してはいるが、少し落ち着きを取り戻しているように見える。

 

「私は……リッティ。あなたたちの新しい指揮官から貰った名前よ……」

 

 

一瞬だけ俺を見てから、

 

 

「私は、降伏する。正直、戦いに負けてまだ混乱している。でも…これだけは約束するわ……私は二度と、あなたたちに刃向かわない。聞かれたことには答える。お願い、信じてほしい……」

 

 

静寂に包まれる室内。リッティを見つめる副隊長たちはまるで、射るような鋭さを帯びた視線を向けている……予想通りだな。

それじゃ、こちらもそろそろ始めるとするか。先ずはくーが仲間になった経緯を活用する。知らない者同士が仲間になることの素晴らしさを説くように、話の流れを持っていくんだ!

 

「天龍。お前は去る二月に泊地棲鬼を沈めたが、随伴していた駆逐艦娘くーを傷付けたりはせずに確保した。何故なのか、ここに居るみんなに説明してくれ」

 

「分かった」

 

リッティの隣に腰掛けていた天龍が立ち上がる。

 

「艦隊の最古参、天龍だ。彼はこの世界に足を踏み入れてからまだ二年くらいだが、見所のある指揮官だってことはオレが請け合う。質問の答だが……くーは心の優しいヤツだってことが分かったからだ。自分が劣勢に立たされているにも拘わらず、沈められた鬼のことを悼(イタ)むほどの優しさを、この目でハッキリと見たからだ。傷付けるなんて考えられない」

 

「よく分かった。くー、驚いたかい? お前を気絶させて確保したのは天龍なんだよ。彼女が遠征から帰ってきたら、お前に伝えようと思っていたんだ」

 

くーの表情に浮かぶ微かな驚き……でも、大丈夫だ。天龍に確保された時のことを全く覚えていない……つまりくーは、天龍への怒りや憎しみを抱く前に気絶させられたのだから、確保されたという真実を聞いたところで、心の蟠(ワダカマ)りを天龍に向けるなんて心配はない。今、くーが感じている驚きは単に、狐につままれたような驚きに過ぎない。もしもあの瞬間に天龍の顔を見ていたら、くーの心の中は復讐心で満たされてしまっていた可能性が高い……鬼に騙されていたという事実なんて関係ない。どんな理由があろうとも、ひとたび心の中に芽生えてしまった負の感情は、ずっと消えないもんだ。

俺たちは運が良かった…。

 

「あのおには、くーをだましたんだって、みるでぃにきいたよ。ちんじゅふにみるでぃがきたとき。でも、それだけじゃなかったんだね? あいつ、わるいやつだね…てんりゅーをころそうとしたなんて、しらなかった……」

 

泊地棲鬼の言葉を信じて一緒に行動したくー。確証はないが、彼女を騙して連れ出すという計略を案出したのは軽巡棲鬼だろうって気がするな……。泊地棲鬼との出会いについては、くーが鎮守府で説明してくれた。巧妙な手際だが、くーの心を動かすにはどのような言葉を使えばいいのかを把握していたと思われる狡猾さだ。

 

「てんりゅー、ありがとう……。てんりゅーのおかげで、くーはいま、こうしてみんなといっしょにいられるんだね…ありがとう」ペコリ

 

流木チェアから立ち上がり天龍に向かって頭を下げるくー………何だか胸が熱くなってくる。今この瞬間、俺がずっと抱いていた懸念は雲散霧消したんだ。第八艦隊は一歩、強固な結束へと近付いた。

 

「いいってことよ……お前が今、仲間と楽しい時間を過ごせているんならオレはそれで満足だぜ」ニッコリ

 

「うん!」ニコッ

 

「だからな、くー。お前のその笑顔と楽しい時間をな……リッティにも分けてやってほしい。オレからの頼みだ……いきなり仲間になるのはムリかもしれねぇが、でも努力しなけりゃ何も始まらねぇ。どうだい?」

 

 

天龍………ナイスだ!!

 

 

「うん、りってぃはもうてきじゃないよね? くー、りってぃがいいこになるようにきょうりょくする! そしたら、なかまだね」

 

やべぇ。少しウルッときた……あぶねぇ。

 

「ありがとよ、くー。おいリッティ、仲良くするんだぜ」

 

「うん、分かった……」///

 

リッティのぎこちなかった態度が柔らかくなってきている。いい感じだ……ありがとうな天龍、くー。

 

「ミルディ、ネビュラ、リリィ、タルト、よっちゃん、はっちゃん、副隊長のみんな。今、くーが言ってくれた言葉……みんなはどう感じたかな? 俺はね、凄く嬉しいよ。みんながくーの言葉を胸の奥に刻み込んでくれたら言うことなしだ。リッティを連れてきた甲斐があったよ……あ、リッティ。もう座っていいぞ」

 

「わ、分かった」

 

上首尾だがココで焦っちゃダメだ。今日のところは、これで充分。

 

(ありがとうな、天龍)

 

(いいってことさ)

 

「あの~………私、はっちゃんなんですかぁ?」

 

お、食い付いてくれたか。

 

「ああ、八号だからね。勿論、押し付けたりはしないぞ? 俺がそう呼ばせてもらうだけだよ。今まで通り、番号も使ってほしい」

 

神風型駆逐艦「神風」は、その前に第一号駆逐艦って呼ばれてたんだよな。昭和の初期に制度が変更されてから、番号じゃなくて神風の名で呼ばれるようになったんだ。当時の人たちも、きっと番号より名前の方がいいと思ったんじゃないかな……。

 

「何だか……照れる」///

 

イヤってわけじゃなさそうだな。良かった。

 

「直ぐに慣れるよ。もしも他に好きな名前が浮かんだら、いつでも言ってくれ。そちらの名で呼ぶようにするからね。よっちゃんも」

 

「提督、それでは四号の呼称は、使い続けてもよろしいのですね?」

 

「ああ、その番号はミルディと一緒に戦い続けた証だと思うからね。そこは絶対に尊重する……役職名もね。詳しくはミルディから聞いてほしいんだけど、俺はここに居るみんなも艦娘だと思っているんだ。番号で呼ばれていた時期もあるが、海軍艦船といえば、やはり名前だよ。だから鎮守府の艦娘は様々な名を持っているし、同様にみんなにも名を持ってほしいと思う。但し繰り返すけど、番号と役職名も尊重する。みんなは番号と役職名、そして名前を使い分けてくれ…よっちゃんはこれからも分隊長であり、四号だ」

 

「分かりました、それなら安心です」

 

「これからも分隊長…? でも提督ちゃん、第八艦隊には分隊長なんて役職、なかったよね?」

 

「その通りだ」

 

「え、えっと……。提督ちゃん、私たち……艦娘なんだよね? 提督ちゃんの部下だよね?」

 

「大切な部下であり艦娘であり仲間だぞ。分隊長の制度については何も心配しなくていいよ…ミルディの軍勢内の制度を変更していきなり鎮守府の中に組み込むのはムチャだから、当分の間は現行の制度を続けるってだけのことだ。天龍を筆頭とする従来のグループと、ミルディを筆頭とする新しいグループ……二つのグループが共存することになる。そしてそれらを纏めるのが俺と秘書艦の雪風。やがて近い将来、二つのグループは一つになるんだよ。お互いの絆が強くなった時にね。ミルディ、何か質問は?」

 

「あ……いえ、ありません。ごめんなさい提督ちゃん、私ったらちょっとビックリして、つい……」

 

「いいんだよ、疑問に思ったことは今みたいにどんどん尋ねてくれると有り難い。それじゃ最後に、確認だけしておくよ……これが済んだら今日は解散だ。ミルディ、この島を離れる準備は、どんな具合になりそう?」

 

「はい、提督ちゃんをお待たせしている間に、私たちで話し合いました。反対する者は居ません。物資を運ぶのは輸送艦ワ級に任せれば大丈夫です。明日一日で準備を完了できます」

 

よし……!

 

「分かった、それじゃ出発は明後日だ。俺と雪風とミルディは、北方棲姫が帰ってきてから彼女と合流して一緒に出発する」

 

 

 

          続く




明日は七夕ですね
気の滅入るニュースが多いから明日ぐらいは穏やかに



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第五-28話

「はい、提督ちゃんをお待たせしている間に、私たちで話し合いました。反対する者は居ません。物資を運ぶのは輸送艦ワ級に任せれば大丈夫です。明日一日で準備を完了できます」

 

よし……!

 

「分かった、それじゃ出発は明後日だ。俺と雪風とミルディは、北方棲姫が帰ってきてから彼女と合流して一緒に出発する」

 

 

 

第五-28話

 

 

 

ガタガタ…ゴトッ

 

 

 

「はい秋雲、これで最後ね」

 

「分かった。あのさ長波、龍田と五月雨はドコか知らない?」ヒョイ

 

「あれ? アンタを手伝ってココと向こうを行ったり来たり運んでたっしょ。居ないの?」

 

「戻ってこないの。まあコレで最後だし、いいんだけど」

 

「二人は今、ワ級への積み込みを手伝ってる。今から秋雲が運んでくれる分でラストだからな、こっちには戻らないでそのまま残ってタルトたちを手伝ってくれるように頼んでおいたんだよ」

 

出発は明日なのに、今から荷物を背負っていても平気だなんて……ワ級って大したもんだな。お陰で今晩も明日の朝もゆっくりできる。

 

「あ、そうなんだ。んじゃ私も、向こうでコレ載せるの手伝ってくるわね」

 

「助かる。ありがとう秋雲」

 

「いいっていいって。んじゃね提督、また後で」スタスタ

 

「私も積み込みを手伝いに行こうか?」

 

「長波は暁たちを手伝ってほしいんだ。みんなの昼食を用意してくれてる最中なんだけど、人手が足りないんだよ…暁たちの居場所、分かる?」

 

「うんにゃ。連れてって」

 

「よし。こっちだ」

 

長波と連れ立って歩き始める俺。しばらくすると彼女が話し掛けてきた。

 

「……あのさ提督。昨日の戦闘が終わってから他のみんなは先に帰ったけどさ、提督のこと心配してたみたいだったぜ。せめて無傷の阿武隈は一緒に残っても良かったんじゃない?」

 

「名取と鬼怒が負傷したからな、阿武隈には二人を護衛するという大事な役目があった」

 

「それは分かるけどぉ…でもほら、小破だよ?」

 

「中破に近い小破だ」

 

「もう……過保護だなぁ」

 

「艦娘のことに関しては頑固だからな、俺」

 

「もうみんな知ってるよ。提督ってさ、何だか私たちのこと人間みたいに思ってない?」

 

「普段はね。でも戦場では歴とした艦娘だと思ってる。強くて凛々しい戦士としての艦船だ」

 

「うわぁ……照れるぜ」///

 

「昨日だって戦闘の疲れが残る体で帰らせたんだ。往復で五百キロくらいあるんだぞ、本当に無理をさせていると自覚してる」

 

「五百…キロ……えっと…」

 

あ、いけね。

 

「すまん、二百八十海里くらいだよ」

 

「あのねぇ提督。私たちは昔、それこそ何千海里もの海原(ウナバラ)を駆け巡ったんだよ? 二百八十とか、お散歩とおんなじ!」

 

う…。確かにそうかも。

 

「そりゃ姿は変わったし? ちっちゃくなったし? あの頃と全く同じってワケじゃないけどさ。でも、三百にも満たない距離なんて全然たいしたコトないね。やっぱり提督は私たちを人間として見てるね~」ニヤリ

 

「…反論できねぇよ。でもまさか、みんなを手荒に扱えなんて言わないよな?」

 

「残念でした、そのまさかでえす! 提督はね、私たちに甘いんだ! いい? 私たち艦船にとって、人間は大切な存在なの! 私たちはそのために造られたんだぜ? 人間の提督が私たちを大切にしてくれるのは嬉しいんだよ…でもそれだけじゃダーメ! 私たち艦娘だってね、もっと提督を守りたいの! もっと手荒でイイんだよ提督…俺を守れ! ってな感じで!!」

 

ぐはあああああッ!?

 

な、何だこの衝撃!!

 

「い…いつも俺のことを守ってくれてるじゃないか! それなのに、もっと守りたいだなんて! 俺を骨抜きにする積りか!?」

 

ゆるんでしまいそうになる表情を引き締めながら、何とか言葉を絞り出す俺。

 

「小破ぐらいで帰らせちゃダメなの! 名取と鬼怒は命令通りドック入りするためにみんなと帰ったけど、ほんとは提督と一緒に居たいって表情してたんだぞ。え…気付かなかったって? 提督ってたまにそういうトコあるよねー、戦闘指揮は上々なのにさ。あの時はねえ、みんなココに残れば良かったんだ…そうすりゃ二人は満足できたの! それくらい手荒にしてイイんだからね!!」

 

「そ……それじゃまるで……二人のケガよりも、俺のことの方が大事…みたいじゃないか……」

 

「大事なの! 提督は艦娘を人間扱いしすぎ! さっき言ったけどね、私たちは多少のことなんてへっちゃらなんだからな! 提督が甘いから、私たちはますます提督のことが…ありゃ? 提督、どうしたの……何だか…息、荒くない?」

 

「……長波」ゼーハー

 

「は……はい?」

 

 

 

「好きだあああああ!」

 

 

ガバッ!

 

 

「ひいいいいいいィ!?」

 

 

「お前って奴は! どこまで俺に優しいんだよ!」

 

 

「んうッ!? あふ……んむぅ…」///

 

 

(触れるぞ)

 

 

ぎゅ……ふにゅん

 

 

「ひゃああああん!」

 

 

重なった唇が離れてしまうほどの声を出す長波。頬が紅潮している。

 

 

「ダ…ダメ…提と…わぷ!」

 

 

(いいじゃないか。長波があんなこと言うから俺、ドキドキしてる)

 

 

「むふぅ……あふ……あむ…くちゅ……はふぅ」///

 

 

(長波って綺麗な髪してるよな。ちょっとだけ撫でさせてくれ)ナデナデ

 

 

(そ、そうなの? 照れるぜ)///

 

 

 

しばらく長波を愛(メ)でてから、密着したお互いの体を離す。出発の準備中じゃなければ、もっとゆっくりできたんだけど。

 

 

「ふぅ満足した。もう少しで着くよ、行こう」

 

「スッキリした顔しちゃって……。フツーさあ、逆だよね? だんだん興奮するもんだよね? 提督は何で私たちとスキンシップしたら落ち着くワケ? 」

 

「艦娘は頼もしい存在だからね、触れ合っていると凄く大きな力に包まれてる感じがする。安らぐのは当たり前だろ?」

 

「顔から火が出そうだよ。私たちの艤装を部屋に持ち帰ってウットリ眺めたりしてないだろうね?」

 

「してないよ。できればそうしたいんだけどな」

 

「うわぁ」

 

 

 

 

 

長波を暁たちのトコに案内してからは、あちこち歩き回って、出発準備に追われるみんなの手伝いをして過ごした。昼食のおにぎりがとても美味しかったお陰で俺は、夕方になってからミルディが準備完了宣言を出すまでに一度も休憩をとることなく手伝いに奔走することができた。

 

 

 

 

 

「来たなボウズ! こっちだ、こっち!」ノシ

 

「見晴らしの良さそうな岩山だな。今行くよ天龍」ザッ

 

「気を付けて登ってこいよ。ゆっくりな」

 

 

 

天龍が南の浜辺にある岩山で待ってるという伝言を、さっき雪風から受け取った。

 

「ミルディも一緒に来てほしい、との事ですよ」

 

「分かった、ありがとう雪風。みんなは川で水浴びしてるから、一緒に疲れを癒すといい。悪いがミルディを見付けたらね、着替えてから俺のトコに来てくれるよう伝えてほしい。自分の部屋で待ってるよ」

 

「分かりました、司令」

 

 

 

 

 

「ミルディ、手を繋ごう。足元に気を付けながら登らなくちゃね」つ

 

「うん、提督ちゃん」ギュ

 

天龍が俺たちを呼び出した理由には心当たりがある。明日は天龍たちがこの島から離れる日だから、その前に語っておきたいんだろう……。3人で一緒にココへ登ることはせずに、雪風へと伝言を託したのは多分、しばらく独りで物思いに耽るためだ。

 

 

 

「お待たせしました、天龍さん。あの…お隣、よろしいですか?」

 

えぇ……残念だな。

 

「天龍でいいぜ……ああ、座ってくれ。ボウズ、お前はこっち側だ」

 

「二人の間に座りたかったな。ミルディ、しばらくお別れだよ」

 

「何言ってやがるんだよ」

 

「うふふ……提督ちゃんったら」ニコッ

 

まあ仕方ないか。天龍とミルディはこれから戦闘部門を支える2つのグループの筆頭。初対面だし、お互いの距離を少しでも縮めておきたいという気持ちの表れなんだろうな。ここは大人しく引き下がるぜ。

 

 

 

しばらくは2人の艦娘同士が色々と話し合うのを聞いていた。時おり、ツッコミを入れたり相槌(アイヅチ)を打ったりはしたけど、基本的には聞き役だ。やがて彼女たちの会話が途切れがちになってきた頃を見計らって、こちらも口を開く。

 

「……風が少し吹いてきたな。寒くないか、天龍?」

 

「ああ、平気だ」

 

「ちゃんと水浴びしたのかよ」

 

「お前たちよりも少し早くにな。暁のヤツがな…ここは自分たちに任せて、先に汗を洗い流してきて……だとさ」

 

「いい子だよな」

 

「ああ」

 

「提督ちゃんのことを、とても信頼してるみたい」

 

「そう……かな?」

 

「ええ。見てれば分かりますよ。他の子たちも、そう。とってもいい雰囲気の艦隊だから……。提督ちゃんってモテるのかな……」

 

モテる、か。

 

「ミルディ、彼女たちは艦娘だ。かつて大勢の人々をその身に抱擁しながら戦った艦船の魂が、現世に目覚めて、縁あって俺たちに結び付けられている。モテてるんじゃなくて……多分、俺を…俺や鎮守府の職員みんなを見守ってくれてるんだよ」

 

「そうなの? でも私は提督ちゃんのこと好き」

 

「嬉しい。ただね、ミルディ。タルトの資金集めに協力していた提督たちを、俺が穏便に救い出したみたいに思ってるみたいだが、彼らの身を案じていたワケじゃないんだぞ? あちらに所属していた夕雲たちを引き抜きたかったから、交換条件を提示しただけなんだ。アレが切っ掛けで俺のことを気に入ってくれたのなら……」

 

「ううん……提督ちゃん、それは違うの」

 

え?

 

「勿論、私が好きだった人のお友達を助けてくれたのは嬉しいよ。でもそれは大した理由じゃない。初めて会った時に言ったでしょ、私は提督ちゃんがくーとタルトを素敵な子に変えてくれたから、提督ちゃんのことが好きなの」

 

「二人はもともと素敵だと思うけどな」

 

「提督ちゃんの前では猫かぶってるだけ。私にはほんと遠慮しないんだからね、あの子たち」

 

微笑みを浮かべながら話すミルディ。お母さん……いや、お姉さんみたいだな。

 

「好きだって言ってくれてんだ、素直に受け取りなよ」

 

「ああ。ミルディ、俺もミルディのこと好きだぞ。これからもよろしくね」

 

「はい。こちらこそ」ニコリ

 

「今のうちに話しておくことあるんじゃないのか? 明日のこととか、な」

 

「そうだな……北方棲姫を待ってる間は、ミルディの力が頼りだ。今回は電探を置いてきたから雪風の探知能力は発揮できないし、妖精さんたちが留守番だから俺も役立たずだ。頼んだよ、ミルディ」

 

「あ…それなんだけどね、あの子はもしかしたら、あした一緒に出発できるかも」

 

「え……そうなのか。もしかして、よっちゃんが?」

 

「うん、水上偵察機をあちこちに飛ばしてくれているの。危ないから、普段なら絶対にさせないけどね。でも、奴らを敗走させた今なら安全だからって言ってたし、私も賛成したの」

 

「成る程、確かにね。くーに、ちゃんと確認した?」

 

「ええ、大丈夫。敵の気配は一切感じられないって言っていたわ」

 

「なら安心だな。見付かるといいなあ」

 

「四号の探知能力は、くーの感知能力に負けないくらい凄いの。精度も範囲もね……きっと見付けて、連れ戻してくれるよ」

 

「期待できそうだね。んじゃ、次だな……天龍、お待たせ。俺たちを呼んだ理由、聞かせてくれ。………天龍?」

 

両膝を抱えた三角座りの彼女はまるで、俺たち2人の存在を忘れてしまったかのように、心ここにあらずといった様子だった。こちらの声は聞こえているけれども、それに対して自発的に耳を傾けようとする気配がないんだ。その視線は水平線の更に向こう、遙か彼方へと向けられていた……暮れゆく太陽を見る限りでは、方角は南だ。………やっぱりな。

 

 

 

「提督ちゃん……天龍、どうしちゃったの……?」

 

「硫黄島(イオウトウ)だよ。ここから、ずっと南の……」

 

「……あの、大激戦、の…」

 

「その通りだよ。この島は、本土から大体二百五十キロくらいだ。そして硫黄島はここから更に、南へ千キロくらいだよ……。交戦は二六〇五年の二月から。本当に、大勢の人々が、お亡くなりになられたんだ」

 

天龍の心には今、どんな思いが去来しているんだろう? もしも開戦から1年後に命を落とすことがなかったら、硫黄島の戦いに馳せ参じることができただろうに……そんな気持ちなんだろうか。

 

「それじゃ、天龍は今……その人々のことを……」

 

「ああ、間違いない……俺たちが来るまでに、ずっと思いを馳せていたんだろうけど……でも、どうやらミルディとの挨拶が済んだことで、心の中は再び、南のあの島へと引き戻されたらしい。本当は俺たちと語り合う積りで呼び出したんだろうけど、この様子じゃもう無理だろうな。話し掛けるのは、やめておくことにしよう………でも」

 

天龍に密着して、彼女の肩を抱く。せめてこれくらいは、いいよな。

 

(ミルディ、そちら側から同じように、天龍の肩を…うん、そんな感じだ……よし、いいぞ)

 

(しばらく、このまま……なんだね?)

 

(風が吹いてるからな。でもこうしていれば、三人ともあったかいよ)

 

(うん………)

 

 

 

薄暗さのせいでやや削がれてはいるけれど、それでも強い彩度の赤色と橙色(ダイダイイロ)に彩(イロド)られた巨大な雲の数々。それらが浮かぶ夕焼け空は、陸で見られる時のそれとは全く別物だ。息を呑む景色ってのは多分、こういうのを指すんだろう……。

天龍は相変わらず無言のままだ。でも今のこの場に、言葉は必要なかった。

 

 

 

          続く



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第五-29話

天龍は相変わらず無言のままだ。でも今のこの場に、言葉は必要なかった。

 

 

 

第五-29話

 

 

 

ギイイイ……ガシャアン

 

 

 

機械仕掛けの扉が左右から迫り来て、やがて重厚な音を響かせながら互いに合わさり、本来の堅固な境界線たる姿を現した。

 

「提督、イ級やワ級がみんな入っちゃいましたね。あんなに大きな洞窟がウチの地下にあったなんて、よくご存知でしたね?」

 

「先代から、以前にね。みんなは知らなかった?」

 

「ええ、恐らく。私が知らなかったくらいですから。あ……、でも天龍ならもしかして」

 

「確かに。あの人の秘書艦だったもんな。響は?」

 

「私も知らなかったよ。ここは冷たい雰囲気が漂っていたからね、あまり近付かないようにしてたの」

 

「くーに初めて会った日にそんな感じのことを言ってたっけか。でも、あれから色々と手を加えたからね。結構ましになったろ?」

 

真っ白なコンクリート壁を明るい色に塗り変えたり、観葉植物をたくさん並べたり。また暇があったら続きをやろう。

 

「うん……。司令官がギチ君と一緒に頑張って模様替えしてくれてたの知ってるよ。ありがとう…」ニッコリ

 

「喜んでもらえたなら何よりだよ」

 

「まあ。提督自ら……?」

 

「みんなは訓練や戦闘で疲れているんだ……今日だってみんなはしっかり働いてくれた。俺だって、あれくらいはやらなくちゃね。明石、暁、響、雷、電。今日はお疲れ様。あれだけの大規模な集団をしっかり誘導するのは大変だったろ?」

 

「羊の群れを導く牧羊犬の気持ちが少し分かったかも。けっこう楽しかった」

 

「響らしいよ。お疲れ様」

 

「ん…」///

 

「大変という程ではありませんでした…そうでしょ、雷?」

 

「そうね、電。私たちはお留守番だったんだから、お役に立たなくちゃ。司令官、本当にお疲れ様。今夜はゆっくり休んでね」

 

「ありがとう。新しい仲間がココに慣れたら、ゆくゆくは扉の鍵をずっと解錠しておく積りだ。そうすればこの地下は、大洞窟への近道になるから海にも裏山にも短時間で行けるようになる。大変な毎日だけど、せめてもの息抜きを……ね」

 

ギュッ。

 

「ん、どうしたんだ電?」

 

見ると電が、片脚にしがみついていた。

 

「司令官さん」

 

「うん」

 

「いつもありがとう」

 

「電もな。木曾と雷と明石と一緒にきちんとココを守ってくれたな。ありがとう」ポンポン

 

「うん……」ギュ

 

 

 

「エレベーターが来たわ。さ、行きましょ」

 

「分かった、暁。ほら、電も」

 

エレベーターに乗り込む俺たち。これで、今日の仕事は殆ど片付いたな……大変だったけれど、どこか心地よい疲労感だ。

 

 

 

「……………うん、それでいい。頼むよ。………………そうだなぁ……あまり気を遣うと、よっちゃんたちも居心地が悪いと思う。自然体でいこう。…………え? ああ、悪い。水母棲姫のことだよ……そう、額(ヒタイ)に大きな黒いリボンしてる艦娘だ。………………分かるぞ、可愛い女性ばかりだからな。……………本当に? ああ、食事に誘うぐらいなら全然構わないぞ。………うん、それじゃまた明日な。お疲れ」ガチャ

 

「ギチか?」

 

「ああ。男たちの間で、新しい仲間の話題が盛り上がってるらしいぞ。仲良くなれば嬉しいんだけどね」

 

「ミルディの部下たちか。気にならないのか?」

 

「? そりゃ最初はお互い緊張もするだろうね。でもやがて慣れるさ」

 

「いや、そうじゃなくてだな……その、新入りが鎮守府の男たちにとられるなんて、イヤなんじゃないかってな……」

 

「別に気にしないぞ? 彼女たちはやがてこの国で暮らすんだから、日本の男とたくさん接しておくのは大事なことだよ。それに」

 

「それに?」

 

「もう俺にはお前たちが居てくれてるじゃないか。他の男と仲良くしながらも、結局は俺のことも見てくれてる。今のままで大満足だよ、木曾」

 

「……そっか。お前らしいな」ギュッ

 

執務机に向かい書類を整理してる俺の背後から抱擁してくれる木曾……癒されるわぁ。

 

「天龍は何か言ってた?」

 

「特に何も。いつも通りのアネキだよ。でも今度は長かったからな、オレも嬉しかったし、アネキも喜んでくれてた……かな」

 

天龍は木曾よりも2年と9ヵ月、年上だ。

 

「俺の所為だ、すまない」

 

「何言ってる、アネキとくーのためにやったんだろ? 分かってるよ」

 

「ありがとう。……天龍がな、龍田と五月雨を叱ったんだよ。くーに対して、ちょっと戸惑った態度を見せてしまって」

 

「そうか。アネキはそういうのに厳しいからな」

 

「あいつは見た目、普段通り泰然としてるが、何も感じてないハズなんてない。木曾、頼みがあるんだけど……」

 

「分かってる、任せとけ。アネキとアネゴ、五月雨の間がギクシャクしないように見ておくさ」

 

「木曾はいつも俺を助けてくれる。ありがとうな」ギュ

 

腕をレの字に曲げて、俺の胸の前にある彼女の手を、包み込むようにしっかり握る。

 

「お前は頑張ってるからな。頑張ってるヤツを放っておけるかよ」

 

「木曾……」

 

「それとな……あの子をいつも、ちゃんと一緒に連れてるんだろうな?」

 

「お前に言われた通りに、ね。今も小さくなって胸ポケットに入ってくれてるよ……でもあの子は本来、お前たち艦娘の形代(カタシロ)だぞ」

 

「だったら、オレたち艦娘の指揮官だって守ってくれるさ。これからもずっと一緒に居るんだぜ?」

 

「分かった。この子のためにも、ムチャはしないよ」

 

「ああ、それでいい」ギュ

 

 

 

コンコン。

 

 

 

おや。

 

「提督、早霜です……。あの、いらっしゃいますでしょうか?」

 

「ああ。入っていいよ、早霜」

 

(木曾……残念だけど)

 

(やれやれ……)

 

木曾のぬくもりが離れていく。まるで元気の補給を中断された気分だ。

 

「失礼します、提督」ガチャ

 

「どうしたの、早霜?」

 

「はい、実は……あ、木曾…こんばんは。新しい仲間の一人が……提督はドコなんだー! と、興奮して……」

 

ちょ。まさかアイツか。

 

「何だそりゃ? 変わった奴だな」

 

「北方棲姫だよ。今朝、初めて会ったばかりだけど…かなり元気な女の子だぞ」

 

「お前に興味あるみたいだな」

 

「というか…ココ全体に、じゃないかな。早霜、あの子は?」

 

「はい……さっき見た時は響が抑えていましたが、ちょっと苦戦していたかも……」

 

ちょ。あの響が。

 

 

 

ドドドドドドド………!

 

 

 

来たか。

 

「お…おい。何の音だ?」

 

「木曾は副隊長たちに部屋の案内してくれてたから、まだ会ってなかったな。下がってるんだ……俺が相手するよ。ほら、早霜も。そこに立ってると危ないから、木曾の隣に」

 

「! は、はい……!」ササッ

 

「木曾…早霜を頼むぞ」

 

「待てよ! 危ないって、いったいどういう……!」

 

もう遅い。

 

 

 

ドゴオオオオオオオ!

 

 

 

「ぐはあああああア!?」

 

 

「きゃああああああ!」

 

 

「テメエええええ! 何しやがる!!」

 

 

「だ……大丈夫だ木曾! この子にはな、まったく悪気がないんだよ……」

 

 

「はあ!?」

 

 

「環境が変わったからな…多分、驚きとか興奮とか、自分の気持ちが抑えられないんだ……」ゲフッ

 

 

「だからってイキナリ弾丸みてえなタックルお見舞いされちゃたまんねーよ!」

 

確かにな……効いたぜ。ポケットは……うん、無事だな。小柄だから腹のあたりで済んだ。

 

 

 

「見ぃつけたあああ! さがしたんだよ! ねえ、お兄! あそぼ! はやくあそぼ!!」ギュウウウ!

 

 

 

          続く



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第五-30話

「見ぃつけたあああ! さがしたんだよ! ねえ、お兄! あそぼ! はやくあそぼ!!」ギュウウウ!

 

 

 

第五-30話 

 

 

 

ドドドドドドド………!

 

 

 

響だ。追い掛けてきたな。

 

「見付けた……確保する」タタタッ

 

「あー! 響しつこい!」ササッ

 

俺の腰にしがみついていた北方棲姫が、両手を離して執務室入口に現れた響と向き合う。

 

「ムダだよ! わたしにかなうワケない!」

 

「甘いね。ココには司令が居るんだから」

 

 

スパァン!

 

 

ドスン!

 

 

「え……あれ?」キョトン

 

「!? もう司令ってば!危ないよ……」

 

「まったく…響は負けず嫌いなんだからな。大丈夫かい? 俺の近くに居るときの響は強いから注意な」

 

閃光のような大内刈で倒された北方棲姫が、すべりこんで受け止めた俺の胸の上でポカンとしている。何が起きたのか分からなかったんだな。

 

「ほら、立てるかい? 今日はもう遅いから、明日遊ぼうな」ヒョイ

 

彼女の手を握って立たせてやる。小さな手から伝わってくる、柔らかな感触。

 

「ありがと、お兄。かばってくれたんだ……」ニコリ

 

「響はちゃんと手加減したんだけどね。ついカラダが動いた。木曾、もう怒っちゃダメだぞ。さっきも言ったけどこの子は……」

 

「新しい環境で興奮しているだけ、だろ? 分かってるさ……腰、平気か」

 

「ああ、大したことない。フワフワカーペットだからな」

 

「響。オレたちの指揮官はこういうヤツなんだ。ケガさせるなよ」

 

「木曾……はい」

 

「響、つよいな! またあそぼうね!」ニッ

 

「う………。調子くるう」

 

良い意味で鈍感なところがある北方棲姫は、響にとって初めて見るタイプの仲間だろう。この出会いが響をさらにたくましくしてくれるかも。

 

「さ、もう部屋に戻るんだ。早霜、この子の部屋わかる?」

 

「はい、木曾が案内した人たちとは別のグループを担当しましたから……彼女も案内しました。大丈夫ですよ」

 

「すまないが残業を頼む。部屋まで連れていってあげてほしい」

 

「分かりました、お任せください」

 

「えーっ! わたし、ちゃんと戻れるよ!」

 

「この建物の大きさは、入ってくる時に見ただろう……新入りが迷うのはここじゃ珍しくないんだ。あんなにスゴい勢いで走りまわった後なんだ、どこをどう進んできたのかなんて覚えてないハズだよ。ひとりじゃ間違いなく迷う」

 

「う~…………」

 

ご機嫌ななめだ……何でもひとりでできるんだ、子どもじゃないんだって意地があるのかな? でもこういう時に自然な振る舞いができるってのも、脱・子どものためには必要な条件なんだけどな……。

 

「私、あなたとお話してみたいな。あなたの部屋に着くまでのあいだだけでも…ダメかしら?」

 

「え……わたしと?」

 

「ええ、そうよ」ニッコリ

 

「うん、いいよ! 」///

 

早霜ナイス。成る程、こうすりゃいいのか。

 

「それじゃお兄、おやすみなさい。わたし、もどるね」

 

「ああ、おやすみ。それとね……」

 

「?」

 

「鎮守府にようこそ。敵の勢力はもう、殆ど残ってない……決着の日は遠くないと思う。その時に向けて、よろしくね」

 

「うん、わたしもたくさんやっつけたよ!! いっしょにがんばろうね!!」ニッコリ

 

「ああ頼りにしてる……それじゃ、また明日な」

 

「じゃあね」ノシ

 

「おやすみなさい、提督」

 

「おやすみ、早霜」

 

 

 

パタン……。

 

 

 

「お前の言った通りだ。元気なヤツだな」

 

「今朝は驚いたよ。島から出発する頃にあの子が飛んできてな、ギリギリ間に合ったわけなんだ。一緒に戻ってくる道中では質問攻めだったよ……島の外から来た人間がよっぽど珍しかったんだろう」

 

「だろうな。好奇心旺盛そうな目をしてる」

 

「しかも猪突猛進だよ。司令を探して走りまわってて騒がしかったから止めようとしたの。でもすばしっこいの……しかも足払いされたし」

 

「それを見て早霜が知らせに来てくれたわけか。仲良くできそう?」

 

「うん、悪い子じゃないみたいだし……できると思…う。………あうぅ……司令……あぁ」///

 

響の頭を帽子ごと撫でる。目を細めているのが可愛い。

 

「オレは寝る前にアネゴの様子を見にいく。響はコイツの部屋で寝るんだろ?」

 

「うん。木曾も一緒に……ね?」

 

「そうだな…アネゴ次第ってトコだ。話が長引かなけりゃあな」ガチャ…パタン

 

「響、もうみんな部屋で待ってるぞ。お前のパジャマも持ってきてるって言ってたよ」

 

「あ……そうなの? じゃ私、着替える」

 

「分かった。俺はちょっと用事がある。直ぐ戻るよ」

 

「ん、待ってる」

 

 

 

コンコン。

 

 

 

「みんなまだ起きてる? ちょっといいかな?」

 

「提督!? いま開けますから!」

 

ガチャリ

 

出迎えてくれたのはタルトだった。ほんのりと上気している端正な顔立ちにドキッとする……。そして潤(ウルオ)いのある綺麗な髪。風呂あがりか。

 

「あの……て、提督?」///

 

っと……いけね。見とれてた。

 

「悪い……。なんだかタルトさ、日に日に魅力アップしてるな。第六に行ったら気を付けるんだぞ。入ってもいいかな?」

 

「え……あ、あの、はい勿論です! さ、どうぞどうぞ!」///

 

「ありがとう、みんなの気持ちを確認しておきたくてね。うん、みんな揃ってるな」

 

「あら、提督ちゃん!」

 

「しれい、おつかれさま」

 

「これは提督殿!」

 

「提督、こんばんはー」

 

リッティとの戦闘で疲れているのは間違いないのに、そんなそぶりを一切見せることなく声を掛けてくれるミルディたち。いつも思うことだけど……艦娘って、本当に気立てのいい女性ばかりだな。ミルディたちの魂を育(ハグク)んだ艦船の名前は不明だが、その程度のことじゃ、彼女たちも歴とした艦娘だという俺の考えは微塵も揺らいだりしない。あの戦争で沈められたのは軍艦や潜水艦だけじゃないんだ……兵士や物資のための輸送船として、数多くの民間商船が使役された。そして本来の建造目的から乖離した任務の途中で、大海原へと姿を消した。

 

艦船に宿る魂。

 

軍艦に魂が宿るのなら。

 

商船や客船にだって魂が宿ったって、ちっとも不思議なんかじゃない。

 

日本の昔話には、人々が長く大切に使い続けた道具に魂が宿るストーリーが沢山あるんだ。スゴいのになると、絵に魂が宿って紙から飛び出して描き手を守った話なんてのもある。

 

深海棲姫。

 

彼女たちの艦名は不明だけれど、天龍たちとは異なり、その名が大勢の人々に記憶されることがないまま戦場に散って、今も海の底に眠る数千隻の船舶。その中のどれかに、ミルディやタルトたちの魂のふるさとである船があるんじゃないのか。

そうだ……ミルディといえば、ファイルでの呼び名は中間棲姫。彼女の船は、あの激戦海域で最期を迎えたんじゃないのか……だから国防省の職員は、あの呼び名を採用したんじゃないかな……。

 

彼女たちは歴とした艦娘。

これは俺の確信。

これからも天龍たちと同じように、大切な仲間として接していこう。

 

 

 

「くつろぎの時間を邪魔してすまない……第六の話だよ。慌ただしい中で聞かせてしまったからね、もしかしたら気持ちが変わったかも知れない。そう思ったから最後の確認に来たんだ。みんな、今ならまだ構わないよ………どうする?」

 

深海棲姫たちの願い……この日本で暮らすこと。そのための資金調達を台無しにした俺。だからずっと考えていた、その埋め合わせの方法。それを今日、ここに帰ってきた直後にみんなに打診した。みんな、合意してくれたんだけど………。

 

「提督ちゃん、私たちの気持ちは変わらないよ。せっかく提督ちゃんが、提案してくれたんだもの。私たち、行きます。第六艦隊の鎮守府だったあの施設で、地域の人々をおもてなしする、新しいお役目を果たすために」

 

 

 

          続く



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第五-31話

「提督ちゃん、私たちの気持ちは変わらないよ。せっかく提督ちゃんが、提案してくれたんだもの。私たち、行きます。第六艦隊の鎮守府だったあの施設で、地域の人々をおもてなしする、新しいお役目を果たすために」

 

 

 

第五-31話

 

 

 

バタン! ブロロロォ……

 

 

 

俺たちを送り届けてくれた運転手が、ウチの数少ない貴重な車輛の一台で走り去っていくのを見送る。今は一時的に活動停止状態の第六艦隊。あの鎮守府への潜入行動の際、行きと帰りでみんなを運んでくれた2人のうちの1人が彼だ。

ここは司令部の正門前。いまは入場手続きの最中だ。

 

「……はい、結構ですよ。では、こちらのカードをお持ちください。場内では決して離さぬようお願いします……」つ

 

ここへ来ると繰り返されるお馴染みの手続きだ。

 

「分かりました。そうだ、課長の様子どうですか? 先週来たときは徹夜明けでしたね」

 

「室長さんの差し入れ、喜んでましたよ。数日は徹夜の疲れが抜けてない様子でしたが、今週に入ってからはすっかり元気を回復してます。まあその分、我々は戦々恐々なんですが」

 

と言って苦笑する。いつも応対してくれる顔馴染みの壮年職員だ。課長は厳しいからな……執務室から遠く離れているこの正面受付にも目を光らせているんだろう。

 

「課長のカミナリは強烈ですからね…お察しします。良かったら、コレ見に来てください。ちょっとした気晴らしになれば」つ

 

「これは……入場券? えぇと……地域交流の…集い?」

 

「ウチの艦隊に協力してくれてる部隊が、第六の周辺地域の人々をおもてなしするんです。券のない人は入場できません」

 

初開催だから慎重にやらなくちゃ。料金さえ払えば誰でも入場できるという形式には客層的にリスクが伴う。こちらはこういう分野に関しては素人なんだし、闇雲に手を出しちゃいけない。

 

「へえ……いいんですか、我々が受け取っても?」

 

「課長を通じて、司令部の許可を貰いました。開催の許可は勿論、ココで券を配る許可も。大丈夫ですよ」

 

「ははぁ……そういえば誰かが、近々おもしろそうなイベントがあるって言ってたっけ……。有り難く頂戴しますよ」

 

「開催は明日、土曜日スタートで以後は不定期開催です……お待ちしてます。それじゃみんな、行こう」

 

「ああ」

 

「待ってボウヤ。迷ったら大変ですよ~、手を繋ぎましょうね」ギュ

 

「アネゴは相変わらずだな……」

 

 

 

広い敷地内の並木道を進んでゆく俺と、第八艦隊の誇る軽巡三羽烏。途中ですれちがう何人かの職員が立ち止まって敬礼していったところは、流石の貫禄と言うべきか。

 

「ふぅ……久し振りに来たけどやっぱり堅苦しいのはニガテだぜ。な、お前もそうだろ?」

 

律儀に返礼している木曾。ちょっとお疲れ気味だな。

 

「同感だよ木曾。ココは国土省だけじゃなく、国防省から入った人も多いからなあ……彼らはお前たちの正体を知っているから畏怖の対象なんだよ。尤も、何も知らない若手の職員から見れば美人のお姉さんたちが歩いてるとしか思わないけどな」

 

「そ…そうか……」///

 

「何だ、照れてんのか木曾?」ニヤッ

 

「ち、違うよアネキ! からかうなよ……」///

 

「からかってなんかいないの。天龍ちゃんはねー、木曾のそういう可愛いトコが見たいのよー」クスクス

 

「おい龍田! 余計なコト言ってんじゃねーよ」///

 

「はぁい。ほらほらボウヤ、離れちゃダメですよ~」ギュ

 

手を繋いでいただけのハズが、いつの間にか俺の腕に体ごと密着している龍田。よかった……いつも通りのマイペースな龍田だ。おとといの晩に彼女の様子を見にいった木曾は、ものの数分で戻ってきた。聞けば龍田は天龍と1階の大広間で、時おり笑顔すら浮かべながら会話していたらしい。姉妹の絆の前では、俺の懸念なんて杞憂に過ぎなかったというわけだ。あとは五月雨だけど…彼女だって、天龍との付き合いは俺よりもずっと長いんだ。海風も居てくれる。何の問題もないだろう。

 

「龍田はお姉さんみたいだな。もう遠征は終わったことだし、また鎮守府でみんなを見守ってくれるんだよね?」

 

「そうね~、それもいいけど……でもね、ウチのみんなを見守るのは天龍ちゃんの役目ね。私はボウヤと天龍ちゃんで手一杯よ~」

 

「あのな。オレはお前に見守られてんのかよ」

 

「だって天龍ちゃん、危なっかしいんだもの~。独りでどんどん飛び込んでいくんだから~」

 

「それは戦闘の話か?」

 

「戦闘だけじゃないわよ~、ボウヤの前任だったあの人と口論してる時あったでしょう? 私、その後で気落ちしたあの子を励ましていたものよ」

 

マジか。あの提督と。

 

「龍田、俺の前でそこまで話していいの?」

 

「ええ、勿論ですよ~。いまの指揮官はボウヤなんだから、過去の私たちや提督のことも知っておいてね~」ニッコリ

 

龍田から見れば、俺よりずっと年上の先代も「あの子」か。大正生まれの彼女なら当然といえば当然なんだけど、やっぱり違和感あるなあ。

 

「それは……知らなかったな………」

 

図星を指され、意外な事実も聞かせられてトーンダウンする天龍。

 

「だからね天龍ちゃん、これからはボウヤにもみんなにも優しくしなくちゃダメよ~? もう今は昭和じゃないんだから。新しい時代、零和なんだからあ」

 

「……分かったよ」プイッ

 

(あらあら拗ねちゃった…心配しなくていいからね、ボウヤ。天龍ちゃんは直ぐ拗ねるけど、引きずったりしない子だから)

 

(ああ、龍田がそう言うんなら安心だよ)

 

(うふふ)///

 

 

 

 

 

 

ゴクゴク……コトッ

 

 

 

「ご馳走さん、ありがとうな!」

 

持参したうなぎ弁当を美味しそうに頬張ってからお茶で喉を潤す課長。こういう表情を見せてくれると買ってきた甲斐があるってもんだ。

 

「明日の準備はどうだ、順調か?」

 

応接用の長椅子に腰掛けている俺たちへと声を掛ける課長。自身は執務机に向かいながら椅子に腰掛けたままだ。

 

「お陰様で。許可を頂けたのは課長のお陰です。ありがとうございます」ペコリ

 

「ん? お前の働きを上が認めたんだ。俺は関係ねぇよ」

 

「それも課長がウチの艦隊を支えてくれたからこそ、ですよ。石油や鉄は勿論、弾薬や開発資材を課長が手配してくださるから僕らは働ける。町で調達するだけじゃとても足りない。三日前の戦闘だって例外じゃない……これ、報告書です」つ

 

「お前……十日前にも戦ったばかりじゃねえか。ケガしてねぇだろうな……おっと失言でした。みなさんが一緒なんだから、愚問ですな」

 

「いいんだよ、オレたちの提督を心配してくれてるんだからさ」ニッコリ

 

「恐れ入ります」

 

国防省から転身して入った課長は艦娘に対する敬意を忘れない。ただ、本来なら立ち上がって頭を下げて謝りたいくらいなのに、歴史交流局(戦闘してることを世間から隠すための名称だ)の中では艦娘よりも立場が上なので自重している。万が一、他の職員に見られたら組織の体面を汚す者だと見做(ミナ)されてしまうから……。いま天龍に敬語を使ったのは課長なりのせめてもの意地であり、歴史交流局に対するささやかな抵抗だ。組織ってのはほんとイロイロと面倒くさい。

 

「大丈夫です、課長の言う通りみんなのお陰で。……その報告書、すべて書いてはいません。特別条項に基づいて、一部を秘匿しています……時が来れば必ずすべて報告します」

 

リッティを確保したこと。そして他には、ミルディたち姫グループを仲間にしていること……だ。

 

「ああ、急迫した特別の事情に於ける室長の報告義務免除……だったな。構わんぞ、お前たち室長に与えられた権限だからな。もう秘密にする必要がないとお前が判断してから、こちらに知らせろ。長引いてもいいぞ」

 

夜のミーティングで、雪風に確認した件だ。

 

「分かりました。これ、明日の入場券です。場内をよく見てもらえれば、ウチの秘密が何となく分かると思います」つ

 

「……いいのか?」

 

「はい。お世話になってる課長にダンマリをきめこむのは、何だか違う気がして……まだ上層部には明かせませんが、課長は別です」

 

「問題発言だぞ? 俺の胸にしまっておくけどな」

 

これだ。こういうトコが俺の琴線に触れるんだ。

 

「それじゃ……問題発言ついでにもう一つ。上は僕ら室長に、何か隠してはいませんか?」

 

「ボウヤ!?」

 

龍田の声。驚かせちゃったかな。

 

「慌てるな龍田。ボウズに任せろ」

 

「天龍ちゃん……」

 

「大丈夫だよ龍田、心配しなくていい。…課長、この部屋は盗聴器が一切仕掛けられない特別製でしたよね。だから話します……課長は深海棲艦たちが、二つの勢力に分裂して互いに争っているってご存知でしたか?」

 

「何だと? 初耳だぞそんな話は。確かなのか?」

 

「禍津日神(マガツビノカミ)さまに誓って、真実です……ポイントは国防省ファイルの「姫」と「鬼」というカテゴリ。そして今から話す内容は、僕らが可能な限りの手を尽くして入手したもの。それをお伝えします…課長、僕らはこの国に仇なす侵略者を倒すために戦ってる。司令部のためじゃない。聞いてくれますか?」

 

「…その前にな…………さっき言った、十日前の戦闘な。その前日にココに来たお前が俺に言ったこと、覚えてるか?」

 

えっと……。

 

「深海棲艦がすべて侵略者だと思いますか……確か、そんなことだったと思います」

 

「そうだ。俺はあの時に、お前が日々の疲れのあまり突拍子もないことを唐突に口走ったんだろうと思ったぞ。この司令部じゃ、奴らは例外なく侵略者だってのが常識なんだからな。だが俺はな、色々と調べてみたんだ……お前に約束したからな」

 

眼鏡の奥からこちらをしっかりと見据える鋭い目が、さらに研ぎ澄まされた光を帯びる。

 

「上は俺たちに何かを隠している。お前の話を確かめるために俺が国防省ファイル以外の関連書類を求めた途端、対応した管理の連中は他に急な仕事があるからと言ってな、そそくさと退散した。一人残らずな。こっちは手ぶらで退室という有り様さ」

 

「課長……ありがとう…信じてくれたんですね」

 

「当然だろ? お前は今や特務室長なんだ。誇れよ」

 

「あら…ボウヤは第八室長よ~。どういうこと?」

 

「龍田殿、彼は新しい役職に就いたのです。第五、第六、第七艦隊は現在、彼の掌握するところ。三つの艦隊が消滅したと思っている者も居ますが、実態は異なります。あくまでも彼の艦隊に統合されただけ。彼がその気になればいつでも復活させることができますし、関連施設はすべて彼の思うがまま。明日のイベントが第六艦隊の敷地で開催可能となったのも、彼が施設管理権を持つがゆえ」

 

「あらあら……驚いた。ボウヤ、頑張ったんですね」ニッコリ

 

「龍田やみんなのお陰だよ。課長、彼らは課長に真実を知られることが恐ろしいんです。他の一般職員ならどうとでもなりますけど課長はそうはいかない。課長の人脈やチカラは凄いから」

 

「かも知れんな……よし、お前の話を聞こう。奴らは内紛を起こしていると言ったな。そして奴ら深海棲艦は、すべてが侵略者というわけではない……そうだな?」

 

「はい」

 

「他には何がある? すべて話せ」

 

「あと三つあります。ひとつは、第五から第七について。あんなに奇妙な艦隊編成は見たことがありません……艦娘が九人しか居ないのに、そのメンバーを三つの艦隊で互いに融通しあっていた。第一艦隊は五十人以上も居るのに。そして所属していた九人のうち、阿武隈と夕雲と秋雲、そして長波はあの素晴らしい栄誉ある撤退作戦に従事した艦です。わずか九人のうち四人もですよ……単に派閥から送り込まれてきただけの室長たちを優遇するためには、とても好都合な艦隊だったと考えるのが妥当かと」

 

「とても戦闘など任せられない三人だったな。だが、とある有力派閥から来ていた以上、無下に扱うことはできん……」

 

「そこで阿武隈たちの出番です。彼女たちを部下にできたのは、彼ら三人を大いに満足させたことでしょう。そしてもしも万が一、彼らが素晴らしい働きぶりを見せるようなことがあれば、艦娘を追加で配属させる積りだったんですよ」

 

「成る程な……お前はきちんと接しているのか? 阿武隈殿たちを迎えて、あの作戦に参加した艦娘はお前の艦隊の中でかなりの数に上(ノボ)るんだろう?」

 

「七人です。最初の頃は興奮と緊張でなかなか眠れませんでしたよ。もう大丈夫です」

 

木曾と響、そして五月雨。二年前はこの三人だけでも

緊張していたんだから。いま思うと……響がやたらと俺に構うようになったのは、あの緊張を解きほぐそうとしてくれていたのかな?

 

「侵略者と戦うための組織が、派閥の顔色うかがいのために艦娘を利用、か……やってられねぇな。次の一つは?」

 

「いまの話と少し重複しますが、艦隊の数についてです。この組織には現在、休眠状態のものも含めて八つの艦隊があります。あまりにも多過ぎます。鬼どもの大半は東京と静岡の間の海域にしか現れない。課長はとっくに知ってますよね」

 

「まあな。だが例外はあるんだぞ……紀伊水道や瀬戸内海に出現したケースもあるんだ。そういった事態に備えることも必要だ」

 

「それなら九州や四国、そして北海道にも設置するべきでしょう? でも実際はそうなってない。艦隊の数は多いのに、その配置はここ関東に集中している。出現海域が分かっているからですよ。上は知ってるんです……いま課長が言ったイレギュラーには遠征で充分に対処できるんだって。東京~静岡エリアを重点的に監視していれば、何の問題もないんだって」

 

「仮に、お前の言う通りだとしよう。その場合、深海棲艦の出現ポイントが偏っているのは何故だ? 説明できるのか?」

 

「はい。深海棲艦には戦場で命を落とした人々の魂が宿っているからです。日本に伝わるつくも神の伝承、ご存知でしょう。艦船が魂を宿したのが艦娘。そして人々の魂を宿した艦娘が深海棲艦……彼女たちがこの国を目指すのは、魂がそうさせるからです。侵略なんて意図、殆どの深海棲艦にはないんですよ……ただ帰りたいだけ。例外として、軍部への憎しみに心を乗っ取られてしまった艦船だけは、こちらに所属する艦娘を沈めようと向かってきます。鬼から見れば、艦娘は軍部の忠実な所属艦船ですからね」

 

「そうか……何となく見えてきたぞ。東京といえば天皇陛下のいらっしゃる皇居がある」

 

「そして西には日本一の霊峰、富士山が聳(ソビ)えていますね」

 

「当時の人々にとって、故郷の日本を象徴する存在といえば……天皇陛下、そして芙蓉(フヨウ)だからな」

 

「その思いが、魂にちゃんと残っているんです。だからその魂を宿す深海棲艦の出現する地点は、あの海域に集中している。…………」

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

「……それを攻撃と見做され、沈められてしまった深海棲艦は……何人…いや、何十人いたんだろう、と」

 

 

 

「それはお前が心を痛めることじゃない。俺たちは特別な力を身に付けているわけじゃないんだ。ただ一つ言えるのは、この海域を守るために戦った艦娘と提督の働きは信念に根差したものであり、誰も責めることなんてできないってこった。そして俺たちはな、己(オノレ)の過ちを認めて再び歩みを始めることができるんだ……いや、そうするしかないんだよ」

 

力強い言葉。でも最後の部分にはほんの少し、柔らかな響きが。

 

「……はい」

 

納得なんてできない。でも今は、目の前のことを片付けなくちゃ。

 

「…決めたぞ。今後の戦闘に関しては全て、お前に一任する。もう敵も残り少ないだろうからな……お前が先ず、対処するんだ。お前が許可しない限り、他の艦隊には一切手出しさせん。そして援護が必要な場合は俺に知らせろ、直ちに最寄りの、あるいはお前の指定する艦隊を派遣する。どの艦隊でもいいからな。事後承諾でも構わんぞ……希望する艦隊に直接連絡のうえ協力して事態を収拾した場合は、できるだけ早くこちらに報告しろ。いいな」

 

課長……!

 

「それならもう、魂が沈められてしまうことはありません! 分かりました!」

 

「まあボウヤ、嬉しそうな顔して」

 

「当然だろ。なあ木曾」

 

「ああ、アネキ。コイツはオレがいつも見てるんだからな。これでこそオレたちの指揮官だ」

 

何だか恥ずかしいな。もしかしたらおとといの長波も、こんな気持ちだったのかな。

 

「よし、気合い入れてやるんだぞ。質問の続きだ、瀬戸内海とかのイレギュラーな出現海域はどう説明する?」

 

「奈良と京都ですよ、課長。確か大阪湾には、京都に至る川と奈良に至る川が注いでいますよね……きっとそこを通ろうとしたんですよ。かつて、天皇陛下の都が存在した地域……東京よりもそちらのイメージを強く抱いていた人々の魂を宿した深海棲艦だったんです。関東に現れる深海棲艦には皇居や富士山のイメージの強い魂が多く、関西に現れる深海棲艦には都のイメージの強い魂が」

 

「故郷を目指すというのなら、日本のあちこちを目指す筈なんじゃないのか? 北海道出身、東北出身、北陸出身……いろいろだ。しかし実際はそれぞれの地域へと向かってはいない。何故だ?」

 

「一人の深海棲艦に宿る魂が一人だけの魂なら、そうなりますね」

 

「うん……?」

 

「一人の深海棲艦に宿る魂は、恐らく一人じゃないんです。大勢の魂が深海棲艦一人ずつに宿っている。ひとりひとりの魂がイキナリ自らの故郷に向かおうとすれば大混乱ですよ……深海棲艦の体は一つしかないんだから。船頭の多い舟と変わりません。だから先ずは日本を目指そう、そして日本に着いたらそれぞれの地元に帰ろう…そういうことなんだと思います。皇居や都、そして富士山は魂が合意した解散の場……最終目的地の故郷へと向かう途中の、解散場所……」

 

「……………」

 

室内に満ちる静寂。俺の言葉が課長の心へと染み込んでいってるんだ。もしかすると、俺と肩を並べて着席している天龍と龍田、そして天龍の隣に座る木曾の心にも。

 

「よく分かった。お前の話を他の艦隊に伝え、そして納得してもらいたいところだが、人手も時間も足りん……なにしろお前ひとりが頼りなんだからな……お前はどうする?」

 

「そうですね……我々は既に第二艦隊の艦娘と会っているので、彼女たちとの繋がりを深めていきながら、今の話を伝えます」

 

「ああ、それでいい。これからはどんどん交流しろ。邪魔者連中など知ったことか」ニヤリ

 

凄味のある笑いを浮かべる課長。現役時代が何となく想像できるなあ。

 

「第三艦隊も放っておきません。特にパワハラ室長」

 

「任せる。俺たちが手を出せば騒ぎが大きくなるかも知れんからな……よし、最後の三つ目の話は何だ?」

 

「艦娘同士の交流があまりにも希薄なことです……パワハラ野郎もだけど、これは本当に許せない。他の鎮守府の留守番に呼ばれ、それが終わればさっさと帰らせられるなんて……仲良くさせてあげるべきです」

 

思い出すのは以前の電。時おり本当に寂しそうな顔をしていた。

 

「俺も知っている。だが傍観者に過ぎんな…すまん」

 

「いいえ、課長はきっと尽力してくれたんだと思いますよ……でも、課長より上連中の遣り方はメチャクチャだ……ひとつひとつの鎮守府を、まるで艦娘の収容所みたいにしている。お互いの交流なんて聞いたことないし、ウチの第八艦隊も同じです。みんな寂しい思いをしてきた……今ここに居る木曾も。課長、司令部は艦娘を分断しているんじゃないですか?」

 

「現状を見る限り、否定はできんな。目的は何だと思う?」

 

「すべての艦娘が団結した暁に実現するであろう巨大勢力の誕生……それを阻止すること、だと思います。司令部の実体は宮内省と国防省、そして国土省……でもそれだけじゃない。他の省庁からも出向……いや、潜入している関係者が居るのは分かってます。主導者は恐らくその連中。恐らく僕ら室長や艦娘のことを嫌っていて、国防とか自衛という言葉を聞いただけで拒絶反応を示すグループが、交流局内で暗躍している……だから艦娘同士の交流を意図的に阻んでいるんです。この組織では艦娘ひとりひとりが大きな発言力を持つ……ましてや彼女たち全員が団結したら、艦娘アンチの連中は間違いなく居場所を失いますから。違いますか、課長?」

 

「………お前を現場に回した上層部は、こんな日が来ることを期待してたのかもな。お前はさっき上を批判したが、心ある人も中には居るんだってことだけは忘れないでくれ……。それにしてもたまげたぞ。お前ひとりの力じゃあるまい、きっと良き理解者が周りに居るんだろう……お前に助言してくれる仲間が、な」

 

「最初は誤解してました。でも今は、とっても感謝してます」

 

「そうか。……話は終わったな? それじゃあ、まとめてみよう……

 

一、深海棲艦は分裂して互いに争っている

 

二、深海棲艦のすべてが侵略者というわけではない

 

三、司令部は別組織の派閥から来た人間を厚遇するために艦娘を利用した

 

四、司令部は深海棲艦の出現ポイントが限られていることを把握しているにも拘わらず、艦隊を集結させないで八つに分割している

 

五、司令部には艦娘たちの団結を恐れる勢力が潜入しており、艦娘同士の交流を妨害して分断を図っている

 

………やれやれ」

 

これが……俺たちの置かれている現実なんだな……。メンタル削られるぜ。

 

「世話になってる身だ、あまり言いたかないが」

 

天龍が口を開く。

 

「難儀な組織だな。同情するぜ」

 

「ただただ赤面の至りです。ですが次はこちらの番。奴らに一泡吹かせてやりましょう」

 

「フフ……その意気だぜ」ニヤリ

 

課長に負けてない迫力のある笑いを浮かべる天龍。最後の決戦に近付いているのをひしひしと感じているんだろうな。

 

「ボウズ……ここまでよくやったな。胸を張るんだぜ」ニッコリ

 

ここでその笑顔かよ………まったく、天龍にはかなわないや。

 

「天龍殿の言う通りだぞ。本当によく調べたな」

 

「課長、ありがとうございます。仲間のお陰ですよ」

 

すべての始まりはくーの言葉だったな。あの森の中で。

 

「そうだろうな。さてと、俺だってじっとしてはおらんぞ。さっきお前に言ったことを実践しなくちゃならんな」ガチャリ

 

執務机に置かれた内線電話の受話器を手に取る課長。ということはこの敷地内のどこかに居る人に掛けるんだな……どんな用件なんだろう。

 

「……どうも、こちらは人事課です。……はい、少々やっかいな事案が……はい、その通りです……。………例の…………ええ、私が以前お伝えした男です………はい、それでは……」カチャン

 

受話器を置いて俺を見詰める課長。こいつはどこまでやれるんだろう……そんな感じのする目で。

 

「お前に今後の戦闘を一任し、どの艦隊にも援護を要請できる権限を与えることは、さっき伝えたな。それに付け加えることがある」

 

「はい」

 

俺も課長の顔を、しっかりと。

 

「お前に全ての艦娘同士の交流を任せる。さっきのは戦闘時の権限だが、これは平時の権限だ。お前は今後、交流させる必要があると判断した艦娘たちを、いつでもどこの艦隊からでも呼び出すことができる。たとえ第一艦隊であろうと文句は言わせん………今までの空白を、埋めてやってくれ」

 

 

 

          続く



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第五-32話

「お前に全ての艦娘同士の交流を任せる。さっきのは戦闘時の権限だが、これは平時の権限だ。お前は今後、交流させる必要があると判断した艦娘たちを、いつでもどこの艦隊からでも呼び出すことができる。たとえ第一艦隊であろうと文句は言わせん………今までの空白を、埋めてやってくれ」

 

 

 

第五-32話

 

 

 

タタタタタ……

 

 

 

ガバッ!

 

 

 

「ほんとに提督だあー! 第二艦隊にようこそ!」ギュウウウッ

 

ここは第二艦隊の鎮守府、正門の守衛室前。連絡を受けて迎えに来てくれた2人の艦娘のうち、まずは先頭の少女が歓迎してくれた。

 

「十日ぶりだね古鷹。先週さ、帰りに雨が降っちゃったけど大丈夫だった?」

 

「雨具のおかげでへっちゃらでしたよ~。ありがとうございます提督」ギュー

 

大きな胸をギュウギュウと俺に密着させながら抱擁してくれる古鷹。大胆というよりも、心が素直なのかな……まるで子どものようにストレートな歓迎の気持ちが伝わってくる。

 

「そうか、良かった」ギュ

 

「提督う、来てくれたんだね!」

 

あとから続いてきたもう1人の少女から発せられた明るくて快活な声。姉の古鷹に似て、周囲の雰囲気を和ませるような響きがある。

 

「加古、お邪魔するよ。先週はいろいろありがとうね」

 

「アタシのほうこそ。さ、入って入って!」ガシッ

 

素早く距離を詰めて、こちらの腕に自らの腕を絡める加古。無駄のない動作。動きがよく見えなかったぞ…柔道、強いんだろうなあ。

 

「加古、気持ちは嬉しいんだけど、事前連絡をせずに来たこちらが建物に入るのは……。正門の辺りで少し立ち話でもする積りだったんだよ」

 

「もー、何言ってんの! アタシたちが先週ヤツらを追い掛けたとき! 提督はアタシと古鷹を泊めてくれたじゃない!! 美味しいゴハンまで出してくれて! さあ、入るの! 今すぐに!」グイグイ

 

「そうです提督! 私たちに恥をかかせないで~!」ガシッ

 

「待ってぇ加古、まだだよっ。お連れのみなさんを置いてっちゃダメー」

 

いま入場手続きを終えた守衛室からの、加古を呼び止める声。ここに所属している、ほかの艦娘のものだ。

 

「あれ、そうだったのか」

 

「え……提督ひとりじゃなかったんですか……?」

 

「まあね。さっき課長に会ってきたんだけど、今までとこれから先の流れを共有しておくためにね、ウチの重鎮三人と一緒だったんだ」

 

「司令部の帰りに寄ってくれたんだね! 挨拶しなくちゃ。ほら、古鷹」

 

「……うん、そうだね……」

 

しょぼんとした古鷹が抱擁を解いてゆく。こちらを歓迎してくれる気持ちが強かったのかな。

 

「古鷹。一緒に連れてきた理由はもう一つあるんだ。先週話したことを実現させるために、だよ」

 

「え……提督?」キョトン

 

「ごめんよ子ノ日。二人に再会できて、俺もついつい舞い上がってしまった。もう終わったかな?」

 

正門の守衛室。その受付の窓ごしに、室内で勤務する元気いっぱいな艦娘へと話し掛ける。さっき俺の手続きをしてくれた時、あっという間に仲良くなったんだ。

 

「うん、手続き終わったよ! さぁみなさん、どうぞ場内へ」

 

「ああ、ありがとな」ガチャリ

 

室内で手続きを終えた天龍たちが、扉を開けてこちらへと向かってくる。

 

「!?」

 

「まさか……」

 

「天龍。いまは第二艦隊の旗艦、古鷹だよ。そして妹の加古」

 

そして次は2人に向き直って、

 

「古鷹、加古。第八艦隊の大黒柱、天龍だ。遠征から無事に帰還したよ」

 

 

 

ザッ……

 

 

「ウチのボウズが世話になったらしいな、ありがとよ。二人とも元気にしてたか?」

 

 

「あ…ああ……」

 

 

「てん……りゅ…」

 

 

「天龍だ! 天龍お姉ちゃんだあああー!」ガバッ

 

 

「おう」ギュッ

 

天龍にしがみつく古鷹。木曾と再会した時の夕雲のように。

 

「ほんとうに……お姉ちゃん……なんだね」///

 

 

「旗艦やってるんだってな。大したもんだぜ古鷹」

 

 

「うん……私……重巡洋艦みんなのお姉さんだもん」ニコッ

 

古鷹は重巡洋艦カテゴリの中で最年長、そして天龍はその古鷹よりも、さらに7つ年上だ。

 

「そうだったな。加古、ほらコッチ来いよ」

 

 

「うん、天りゅ………わわッ!?」

 

 

加古の髪を撫でる天龍。加古は恥ずかしそうな、くすぐったそうな表情を浮かべている。

 

「その姿……お前も古鷹とおんなじ、改二になってたのかよ。もう八十年ぶり…になるのか?」

 

「七十九年さ。この時代にアタシらが顕現したのは八年前でね……それ以外はほとんど眠ってたカンジ。でもさ、目覚めてからは頑張ったんだよ! アタシたちが改二になったのは第一艦隊に居た頃さ……それからコッチに、ね」

 

「そうか、オレよりも少し後に目覚めたんだな。八年も離ればなれだったわけか」

 

「でもさ、やっと会えたよね……」ニッコリ

 

「ああ。そうだな」ナデナデ

 

「も、もぉ……天龍」///

 

「何だよ、いいじゃねえか。久し振りなんだし」ニッコリ

 

天龍、古鷹、加古。

共にソロモンの海戦で戦った仲間同士。そして、第一次の戦いを終えての帰途…潜水艦からの雷撃を受けた加古は………。

 

「それにしてもさ、天龍」ジーッ

 

きっと加古の心には今、様々な思いが去来して……

 

「あん? どうかしたか」

 

ちょっと待て。加古がジッと見ているのは、もしかすると天龍の……。

 

 

「いったい何食べたら、そんなに立派になるワケ?」

 

 

加古!?

 

「ちょっ………! な、何言ってやがんだよ!?」ガバッ

 

服の上からでもハッキリ分かる天龍の爆乳。慌てて後ずさりしながら両腕で自らを抱きしめるようにして隠そうとする。あ、カオ真っ赤だな。

 

「きゃっ!?」

 

それまで天龍に密着していた古鷹は当然、いきなり引き離される格好に……。

 

「加あ~~古お~~!!」ズゴゴゴゴ

 

「わ、悪かったよ! その…な、あまりにもスゴかったというかさ……古鷹よりもデカいなんて信じられなかったっていうか……」

 

 

ブチッ

 

 

あ。

 

 

「もおおおおおお!! 提督の前でええええええ!! あ、こら待ちなさいいいいいい!!!」

 

脱兎の如く逃げ出す加古。重巡なのにすげぇスピードだな……天龍や木曾にも肉薄できる速さだ。古鷹も負けじと飛び出たけれど、スタートの差で距離ができてしまっていた。……って、あれ? 第二室長は今ココに居ないんだから、まともに陸上制約を受けてるハズだぞ。なのに2人とも何であんなに速いんだ?

そういえばおとといの晩、北方棲姫も……。

 

「もう……加古ったら。知らないっ」プンスカ

 

こちらへと戻ってくる古鷹。驚いたな……先週、一緒に食卓を囲んだ際には、どちらかというと加古の方が古鷹を精神的にリードしているように見えたんだけど。いざという時はやっぱりお姉さんの方が強い、ってことなのかも。

 

「若葉。加古と古鷹、大丈夫かな……?」

 

子ノ日と共に守衛室で勤務している、もう1人の艦娘に話し掛ける。

 

「問題ない……あの二人はとても仲が良い。こんなことで絆が揺らいだりはしない」

 

「そうか、なら安心だね。ありがとう若葉」

 

「おやすいご用……」

 

「そうだね、いつも直ぐに元通りだもん」

 

「子ノ日。艦隊のみんなは仲良さそうだね?」

 

「もうバッチリですー! 毎日がね、とっても楽しいんだよ~」ニッコリ

 

「そうなんだ。ま、旗艦があんなに明るくて素敵だもんね」

 

「はい!」///

 

破顔する子ノ日。この艦隊は問題ナシか。ということは矢張り、第三艦隊だな…俺が新しい権限を使って艦娘を呼び出すべき艦隊は。そこからパワハラ野郎に関する情報を集めるとしよう。決戦は近い。なるべく急がなくちゃ。

 

「あ、あのお……すみません、提督う…。その……私たちのこと、呆れちゃいましたか……?」///

 

戻ってきた古鷹が傍らに立って、伏し目がちにこちらの様子を窺(ウカガ)いながら尋ねる。

 

「そんなことないよ。あのさ、気が変わったんだ……古鷹と加古の厚意、ありがたく受け取ろうと思う。案内してくれるかな? 古鷹が働いている場所、早く見たい」

 

「あ……はい提督! ご案内します! 子ノ日、若葉あ~、あとはお願いね!」パアアァ

 

あ、いつもの古鷹だ。

 

「承知」

 

「はーい。お客様の前ではおしとやかにね~」

 

「ありがとう二人とも。じゃあね」

 

「これからよろしくです~」

 

「いつでも来るといい。それにしても」

 

 

「どんな人かと思ってたけれど安心した。これから…どうかよろしく」ペコリ

 

あー、俺ココで怖がられてたんだっけ。振る舞いには気を付けよう。

 

「ありがとう。こちらこそよろしくね、若葉、子ノ日」

 

「提督、こっちこっち!」ギュッ

 

(みんな。少し予定変更になるけど、いいよな?)

 

(ああ、ボウズのやりたいようにやれ。こりゃ一気に話を進める好機かもな)

 

(新人の頃はしょっちゅう天龍ちゃんに指示を仰いでいたボウヤが、今じゃ自分で……。変わりましたね~)ニッコリ

 

(コイツは頑張ってるからな。当然だよアネゴ)

 

 

 

 

 

ガチャ…

 

「ここが応接間です。ゆっくりしてくださいね」

 

高価そうな調度品が並べられていて、思わず気圧(ケオ)されそうになりそうな雰囲気を醸し出している部屋へと案内された。第二艦隊の鎮守府……煉瓦造りのこの建物はあまり大きくないけれども、いま歩いてきた屋内を見る限りでは手入れが行き届いていて心地よいという印象だ。

 

「ありがとう古鷹。でも本当にいいのかい?」

 

「勿論です! さ、座ってくださいね。お姉ちゃんもみなさんも、ほらほら!」

 

「分かった。古鷹も座ってよ、先週から今日までのこととか聞きたいし。天龍だって古鷹と話したいことが沢山あると思う」

 

「はい、分かりました。それじゃ失礼して……」

 

全員がソファに腰掛ける。良い座り心地だ……ウチの応接室のソファよりも柔らかいかも。

さてと、いきなり本題に入ることはない。先ずはゆっくりとお話だ…もっともっと交流を深めるために。

 

 

 

 

 

「……それ以来、私と加古はずっとココを任せられています。ですので私たちの室長があんなに頑張り屋さんなのは……もしかしたら私たちへの対抗意識がそうさせているのかも」

 

「成る程ね、彼が何か作戦を立案しようとしても、古鷹と加古がそれ以上の良策を提示するから……彼にしてみれば立つ瀬がないな」

 

「そうなんです……いま思うと、もっとうまくリードしてあげるべきでした…」

 

やや気落ちした表情。とても弾んでいた会話はいつしか古鷹と加古の第一艦隊時代へと話題を変え、やがて第二艦隊を切り盛りするようになった経緯について俺たちがいろいろ質問するようになっていた。

 

「それは仕方ないだろう。お前たちだって新しい艦隊に来て張り切っていたんだからな。これからだよ」

 

「うん……ありがとうお姉ちゃん」ニコッ

 

「ボウヤみたいに先任の室長が居れば良かったのにね~」

 

「同感だよ。右も左も分からないのにいきなり艦隊の指揮官だなんて、本当に辛かっただろうな。司令部も酷なことをしたもんだ」

 

今なら分かるぜ。

司令部が鬼たちを打倒するための指揮官として頼りにしているのは第一艦隊提督だけだ。それ以外の艦隊は第一のサポートと艦娘分散が存在理由だ……たとえば第一の艦娘が負傷したら第二の誰かが臨時で第一に赴く、みたいな感じで。そして艦娘を第一艦隊に集中させてしまうと司令部内に潜り込んでるアンチ派閥にとって脅威になるから、分散させた艦娘の居場所として第二以降が必要となる。アンチ連中がイロイロと理屈を並べて上層部を上手く説得し、現在の艦隊編成にさせたんだろうな。

つまり今の司令部にとっては、第二艦隊以降の提督がどんな能力値であろうと大した問題じゃない。敵は第一室長がやっつけるんだから。

 

「第一艦隊の提督ってどんな人?」

 

 

 

「もう卒寿を迎えていらっしゃいますよ。私たちが第一艦隊を去ってココに来た頃に、だから……うん、三年前です」

 

 

 

卒寿!?

 

90歳かよ!?

 

それが3年前ってことは……今年で93歳じゃないか!

 

……いや違うか。

 

古鷹たち艦娘は数え年で年齢を把握しているから……誕生日前なら91歳、もう誕生日を過ぎていれば92歳だな。それでも仰天してしまう年齢だ。何だか今日は驚かせられてばかりだぞ……鎮守府のシーフになりたいのに、シーフどころかいきなりギルドの長みたいな権力持ったし。

 

 

 

(どうした?)

 

(何でもないよ木曾。ただ、いろいろ起きるから飽きないなあって)

 

(確かに目まぐるしいな。でもそんな中でお前は頑張ってるよ。大したもんだぜ)

 

(ありがとな……第六の鎮守府に潜入した時さ、お前の質問に答えられなかったの覚えてる? ずいぶん時間が掛かったけどさ……司令部でさっき課長に話したことが、あの森での質問の答だよ。遅くなってゴメンな)

 

(そんなこともあったな。ああ、確かに受け取ったぜ)

 

(古鷹の艦隊を仲間にする。見ててくれ)

 

(勿論だよ)

 

さあ、古鷹の真意をきちんと見極めなくちゃ。彼女たちを仲間に迎えるために。

 

「驚いたよ……元気な人なんだね」

 

「はい。毎日の稽古を欠かさないお方ですから」

 

「天龍。ウチのみんなは顕現してから直ぐに第八へ来たんだよな?」

 

「その通りだぜ。第一艦隊で勤務したことのある奴は一人も居ない。雷は五年ほど前に第六艦隊へ顔を出したことがあったっけな…。ま、オレも龍田も木曾も誰も、第一艦隊の室長や艦娘には会ったことがない」

 

「オレはコイツが居ればそれでいいけどな」ギュッ

 

隣に座っている木曾が片腕で俺の肩を抱く。ふくよかな胸の感触とシャンプーの香りに意識を持っていかれそうになるけど、何とか耐える。

 

「ふわぁ……羨ましいですう」ジーッ

 

あれ? 俺に関心持ってくれてるのかな。

 

「古鷹、お前もオレたちの仲間になれ。そうすりゃ今よりもずっとコイツの近くに居られるぞ。先週の返事、そろそろ聞かせてくれよな」ニヤッ

 

俺が古鷹に、手を組まないかと打診した件だ。不在だった天龍と龍田には、ココに来る前にもう説明してある。

 

「あ……はい、そうでしたね。私たちはもう結論を出しています。それをお伝えするため、先ずは私たちの指揮官……第二室長がこちらに同席することから始めたいと思います」

 

フリートークの時間は終わりだな。そろそろ本題だ。

 

「そうだね、彼には是非会ってみたい。お願いするよ、古鷹」

 

「はい、提督!」ガチャリ

 

テーブルの端に置かれている内線電話の受話器を取り上げたが、耳へと添えることはせずにボタンを押してから直ぐに受話器を元に戻した古鷹。そうか、彼女からの呼び出し音が鳴ったら第二室長がこちらへと来るように予(アラカジ)め打ち合わせしていたわけか。

 

「提督、私たちの指揮官が最初からお出迎えしなかったことをお詫びします。実は、その……」

 

だが俺は、

 

「いいんだよ古鷹。聞かせてもらった話から判断すると、彼はとても大変な日々に忙殺(ボウサツ)されている。余計な負担を掛けるわけにはいかないよ。しかもこちらはアポなしだ」

 

「提督…」

 

 

コンコン

 

 

お。ご対面だな。

ソファから起立する俺。ほとんど同時に、ウチの三羽烏が続く。そして古鷹も。

 

 

ガチャリ

 

 

「…あの……はじめまして」

 

 

小鳥のさえずるような……いや、鈴の音のようなというべきかな。初めて会うことができた第二室長、数え年で25だと聞いてはいたが……思ってた以上に……。

 

「第二分室室長、です……。ようこそ第二艦隊鎮守府へ」

 

大きくはないが瑞々しい響きがあってよく通る声。しっかり休息してから学生服を着たら間違いなく高校生に見えるであろう童顔。でも思った通りだな、その表情には疲労の色が浮かんでいる。鬼だけではなく司令部の面々をも相手にしなければならないし、なかなか慣れないんだろうな。森から離れて騒々しい人間世界で迷ってしまった妖精って感じかも。

 

「はじめまして。もと第八分室室長、いまは特務分室室長です。突然お邪魔したにも拘わらずお時間を割いてくださり、本当にありがとうございます」

 

頭を下げる俺。さっき古鷹は第二艦隊に来てから3年だと言っていた。それなら彼の着任だって3年前の可能性がある。俺は2年前。ここは先手を打って礼儀をわきまえておこう。

 

「天龍だ」ペコリ

 

「龍田よ」ペコリ

 

「木曾だ。よろしく」ペコリ

 

「えっ!? あ、あの……そんな……! 僕のほうが年下なのに…あと、特務分室って!? えっと、その、はじめまして!」ペコリ

 

少し緊張させてしまったかな? 話を長引かせるよりもさっさと要点を述べたほうがいいか。

 

「先週は古鷹と加古に色々とお世話になりました。実は今日、お願いがあるんです。われわれ第八艦隊と手を組んでほしいんです」

 

「それは先週、古鷹から聞きました。でも……あの、手を組むって…。僕らはもう仲間ですよね? 同じ組織に所属してるんだから」

 

あー、そこからか。

自分なりの世界観が強過ぎるから、リアルを生きていく中でどうしても違和感に悩ませられるタイプ……。

 

「勿論そうであればいい。でもね、実際は……同じ組織に居るからといって仲間だとは限りません。むしろ足を引っ張ろうと待ち構えている奴だって居る。仲間になるにはいろんなことをしなくちゃいけない。自分を見せること。相手を信じること。そういうのをしていきたい。君の艦隊と」

 

「……………」

 

無言だが目はしっかりとこちらを見ている。いい感じだ。

 

「第二艦隊とは仲良くなれそうな気がしていたんだ。それは古鷹や加古の物腰や言動から判断したんだけどね……。こんなに素晴らしい艦娘を擁する艦隊なら、きっと指揮官とだって仲良くなれる。そう思ってました」

 

「…僕と?」

 

「そう」

 

「……………」

 

ふたたび無言に。でも何だか……目の奥に宿る光が、さっきよりも力に溢れているような。

もう一息か?

 

「この戦いはもうすぐ終わりを迎える。勿論、長年に亘(ワタ)る第一艦隊の活躍に負うところが大きい。でもね」

 

「……?」

 

「第一艦隊だけで戦ってるわけじゃない。俺たちの艦隊にも歴とした任務がある。第一艦隊は第一艦隊の戦いかたを貫けばいい。俺たちは俺たちの戦いかたを、だよ。つまり協力だね。仲間としての」

 

「………分かりました。僕らはもう、結論を出していたんです。加古、はいってきて」

 

「ええっと……さっきはその、変なトコ見せてゴメンね提督。えへへ」///

 

「もう加古お、反省してない!」

 

「してるよ、してるって! それより古鷹、今はその話じゃないよ」

 

「んもぅ……」

 

「加古はマイペースだね。ここに来てくれたってことは、いよいよ返事を聞かせてもらえる……そういうことだよな?」

 

「ああ。アタシは最初からこうなることを望んでたんだ。言い出したのはアタシさ。先週からずっとココのみんなを説得してるのもアタシ。ほら古鷹、提督に伝えることがあるだろ」

 

「そうだね。……提督、私たちを仲間にしてください。私たち、一緒に戦います。敵はとても少なくなったと聞きましたが……でもでも! 戦力が多ければそれだけお互いに助け合うことができる筈です!」

 

……よし!

 

「嬉しいよ古鷹。そういえばあの時、加古は何かを思い付いたみたいな様子だったね。加古、何か特別な希望があるのなら言ってほしい」

 

「提督は切れ者だねえ。その話はね、本人から…ね」

 

「本人?」

 

「僕のことです。僕も二人と同じ気持ち………仲間に、してください! それから……その…」

 

「遠慮しちゃダメだよ」

 

「………僕の艦隊を」

 

「うん」

 

「第八艦隊に、吸収してほしいんです! それが、僕の希望なんです!」

 

 

 

          続く



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第五-33話

「………僕の艦隊を」

 

「うん」

 

「第八艦隊に、吸収してほしいんです! それが、僕の希望なんです!」

 

 

 

第五-33話

 

 

 

カチャカチャ…パクパク

 

 

 

「提督……いかがです? お口に合いますか?」

 

「とっても美味しいよ。チーズのまろやかさがハンバーグ全体に染みわたってて、もう最高!」カチャカチャ

 

「良かったぁ……」///

 

「初霜は食べないの?」

 

「今日は私たちが食事当番ですから。それに、お客様と同席するなんて……」

 

「そういえば守衛室では若葉と子ノ日が受付業務やってたね。ここの運営は全て艦娘のみんなとアユムだけで?」

 

「あ、もう二人に会われたんですね。そうです、第一艦隊のような職員はひとりも居ないんです」

 

「大変なんだな…。ご馳走様、本当に美味しかったよ」カチャリ

 

「ええッ!? もうぜんぶ……まあ! こんなにキレイに平らげてくださって……お粗末様でした」///

 

「兄さん、もしかして足りなかった……かな?」

 

「そんなことないよアユム、お腹いっぱいだ」

 

第二艦隊を第八に吸収してほしい。そう言った第二室長は、しばらく話し合いを続けるうちに、俺のことを兄さんと呼ぶようになっていた。少し驚いたけれど、この短時間で俺もすっかり慣れたみたいだな……。ま、お互い本名を明かせない者同士、代わりの呼び名があるのはとても便利でいい。仮の名前のお礼……というわけではないだろうけど、昼食をご馳走になれたのは有り難いな。古鷹や加古も同席していれば、もっと嬉しかったんだけど……こちらのために気を利かせてくれた彼女たちとアユムには、感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

「あの、提督……アユムというのはどんな由来でお付けになられたんですか?」

 

「将棋だよ。歩(フ)はひとつずつしか動けないけど、対局のためには欠かすことのできない駒だからね。一歩一歩、コツコツ歩む駒。アユムに合うと思った」

 

「わあ……なんだか素敵。……あら? アユム提督、いま嬉しそうなお顔でしたね」ニッコリ

 

「え? そ…そんなことないさ。気のせいだよ」///

 

分かりやすいなあ。

 

「えぇ……そうでしょうか?」ジーッ

 

「そう……そうなんだよ初霜っ。それよりさあ、アユム提督って……」

 

「あら? アユムさん、のほうがよろしかったですか?」

 

「そ、そういうことじゃなくて…その……」アタフタ

 

「?」

 

「なんでもない! 呼び方はみんなに任せるっ」

 

「分かりました、アユム提督」ニコッ

 

「……兄さん。何だか恥ずかしい」

 

「俺たちって室長とか提督と呼ばれるのが大半だもんな。新鮮というかくすぐったいよな」

 

「うん……」///

 

「それでさ、アユム」

 

「なに?」

 

「ほんとにいいのか? 第二を第八に吸収しても」

 

「うん、お願いだよ! もう室長の役割は僕じゃ力不足なんだ!」

 

「言い切るんだな。でもアユムはもう三年くらい頑張った。いいよ、任せとけ」

 

「え……兄さん、なんで僕が三年やってるって分かったの? まだ言ってなかったよね?」

 

「古鷹がココに来たのは三年前らしいからな。艦娘の居るところには常に提督アリだよ。前任者なんてのも居なかったんだろ?」

 

「…そうかぁ、それで分かったよ。うん、居なかった。僕は古鷹と加古からイロイロと教わったんだ。他の室長はどうなのかな?」

 

「俺は前任の室長から薫陶を受けた。ほかの室長については知らないな、ずっと 疎遠 だから。艦娘の交流すら許されない程に」

 

「兄さん、いま怖い顔してた……」

 

「あー、すまない。ちょっとね。それよりもアユム」

 

「うん」

 

「第三艦隊への訪問に行ってくれた古鷹たちのこと、改めて礼を言う。ありがとうな、本来なら俺たちが赴かなくちゃいけないのに」

 

「僕も感謝してるんだよ。だからおあいこ。第五艦隊の鎮守府って、兄さんの第八艦隊の近く?」

 

「いや、ウチから一番近いのが第六で……それから第五。ちなみに第七はその次だな」

 

「そうなんだ。てことは西から順に、八、六、五、七、僕らの第二……」

 

「ここから直ぐ近くに司令部、その東に第四、第三、そして」

 

「いちばん東が第一だね。最強の、第一艦隊……」

 

「第一ってのは後付けだな。もともとはあの艦隊が国史庁そのものだった筈だ。俺たちはサポート艦隊だよ」

 

「そうなの!?」

 

「証拠資料なんてものがあるワケじゃないけどね……でも俺はそう確信しているんだ。今までに倒された鬼は……泊地棲鬼と泊地水鬼に離島棲鬼、南方棲鬼と空母棲鬼、そして装甲空母鬼だ。つまり六人。第二と第八で倒したのが前半の三人で、第一が倒したのは後半の三人のうちの誰かだ。凄まじい戦果だよ…」

 

「えっと……第二って。もしかして僕らは鬼の誰かを倒したの?」キョトン

 

「なに言ってるんだよアユム、泊地水鬼の艦隊に大打撃を与えただろ。第二艦隊の働きがあったからこそ、泊地水鬼を倒すことができたんだ。もう一回言うぞ、泊地水鬼を倒したのは第二艦隊と第八艦隊だ」

 

「……逃げられてしまったんだよ?」

 

「ああそうだったな。でもな、市民に被害が及ぶ前に倒すことはできたじゃないか。それって結局は、俺たちが協力して倒したってことだよ。第一艦隊のマネして完璧主義に陥る必要なんてないさ。俺たちは俺たちの遣り方で……つまり協力して結果を出す。それでいいじゃん」

 

「兄さん……何だか嬉しいよ」

 

「それだけの働きをしたんだ。誇るべきだよ」

 

「同感だ。お前は控えめなんだな。若いんだからさ、もっと図太くてもイイんだぜ」

 

「えぇっ!? ぼ…僕がですか!? そんなあ」

 

「天龍ちゃん、いきなりムチャ言わないの~。ほら、困っているわよ~」

 

「何がムチャだ。室長を任せられてるんだぜ、それくらいのことができる強さはちゃんとあるさ」

 

「え………あ、あの。ありがとうございます……」

 

「これからのアユムに期待だな。話を戻すけど、第一艦隊の戦果は圧倒的だ。鬼の勢力は壊滅寸前だが昔はこんなもんじゃなかったんだからね。第一艦隊は昔から、フルパワーの敵勢力と戦ってきたんだ。残存戦力と戦ってる俺たちと根本的に異なるのはそこだよ。これだけでも、俺たちがサポート艦隊だってことが分かる。第一艦隊が非番の時などに、代わりの戦力として戦う。それが俺たちだ」

 

「そうか……そういえば僕ら、第一艦隊と一緒に出撃したことなんて全然ないや」

 

「俺たちもだよ。サポートだからさ」

 

「うん……。話は変わるんだけど、さっきの兄さん、三人のうちの誰かって言ってたね。どういうこと? 第一艦隊なら間違いなく三人全員を倒せると思うよ。誰かじゃなくて、全員だよね?」

 

「実力的には確かにそうだ。でもな、鬼たちと戦ってるのは鎮守府だけじゃないんだ。深海棲艦の軍勢は二つに分裂してるのさ。姫のグループと鬼のグループにね。だからさっきは、第一艦隊が三人とも倒したとは言わなかった」

 

「それ兄さんの脳内ストーリー?」

 

「いや、マジ話。ていうかけっこうツッコミの切れ味するどいな、お前」

 

「あっ……ごめん兄さん! 違うんだ、そんな積りじゃ……」

 

慌ててフォローしようとしてる。うん、思ってた通りだな。悪い奴じゃない…。ただ、その気立ての良さが社交面に於ては足枷になっているのだとしたら、勿体ないな。

 

「いいんだよ、分かってる。今はただ頭の片隅に留めておいてくれればいい」

 

「うん……分かったよ」

 

「いま話せるのは以上だ。アユム、あらためてよろしくな」

 

「僕のほうこそ、よろしくお願いします」

 

「提督、よろしくお願い致します。私たちの艦隊…その…けっこう大変だったものですから」

 

「ああ、加古が切っ掛けをつくってくれたんだ。無駄にはしないよ、初霜」

 

「はい!」ニッコリ

 

「それじゃ区切りもついたことだし、古鷹たちの帰りを待たせてもらうとしようかな。どこかの部屋で待っていても構わないかな?」

 

「勿論だよ兄さん。最初に古鷹が案内した応接間を使って。帰ってきたら知らせに行くからね」

 

「ありがとう。…あれ?」

 

「……どうしたの?」

 

「誰か来る。足音が複数だ。もしかしてまだ会ってない艦娘を呼んでくれたのかい?」

 

「ううん、呼んでない。古鷹と加古だよ、きっとね」

 

「分かった。それならこのまま話をしよう。天龍、どうやら休憩は中止だ」

 

「みたいだな。構わないだろ、オレたちにはやらなくちゃいけないことが沢山あるんだからな。どんどん片付けるとしようぜ」

 

「ああ、そうだな。アユム、すまないが……」

 

「大丈夫、このままこの部屋を使ってね」

 

「助かる。ありがとう」

 

 

 

ガチャリ

 

 

 

「古鷹、戻りましたー。あ、良かったあ…お姉ちゃんも提督も、ずっと待っててくれたんだ」パアアァ

 

「同じく加古。提督、ちゃんと連れてきたよー! ふふ~ん、ついてたね! 司令部に行ったらさ、たまたま第三艦隊のメンバー見付けたんだよ。ほらほら、ご挨拶ご挨拶!」

 

 

 

「分かったって! もう加古、荒っぽいんだよ!」

 

「あれ~アンタがそれ言うの? ま、いいけどさ。それよりねぇ、さっさとするの! 二度は言わないよ」

 

「わ、分かったって!」

 

古鷹と加古の間に立っている艦娘の口から発せられた声。張りがあって、よく通る響きをしている。そして

何より印象的な、彼女の目。快活で凛々しい光が宿っているが、自らと他人との間に揺るぎなき一線を画(カク)するために、相手をしっかり観察することのできる冷静な目だ。

……妙だな。

これほどの迫力がある艦娘に対して、パワハラ野郎が何かできるんだろうか?

 

「えぇーっと、摩耶だ」

 

明らかにこの場に於ては気乗りしていない様子の艦娘、摩耶。加古の言葉があるから仕方なく、という表情がありありと浮かんでいる。

 

「ちょいとした用事で司令部に居ただけなのに、ココに呼び出された。さっさと済ませてくれ」ジロリ

 

鋭い視線を摩耶から向けられる俺。呼び出したのはお前だな、という苛立ちがハッキリと伝わってくる。さあ、やっとここまで来たんだ。彼女の険しい目が少しでも柔らかくなるよう、慎重に進めよう。

 

 

          続く



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第五-34話

「ちょいとした用事で司令部に居ただけなのに、ココに呼び出された。さっさと済ませてくれ」ジロリ

 

鋭い視線を摩耶から向けられる俺。呼び出したのはお前だな、という苛立ちがハッキリと伝わってくる。さあ、やっとここまで来たんだ。彼女の険しい目が少しでも柔らかくなるよう、慎重に進めよう。

 

 

 

第五-34話

 

 

 

ガタッ

 

 

 

腰掛けていた椅子から立ち上がり、摩耶の方へと少しだけ歩み寄る俺。

 

「特務分室室長だ。初めて会えたのは嬉しいし、せっかく来てくれたのに悪いんだけど……先ずは摩耶の勘違いを訂正しておく」

 

「あん? なんだと」

 

あからさまに不機嫌な声。まるで室内の温度が下がったみたいだぞ。

 

「ここに摩耶を呼び出したのは任務遂行の一環だ。別に気まぐれで呼び出したわけでもなければ、取るに足らない用件で呼び出したわけでもない。とある特殊な任務を片付けるために来てもらったんだ。司令部から俺に与えられている権限に基づいて、だぞ。摩耶にはそのために協力してもらう。いいね?」

 

「この摩耶様はな、第三艦隊に所属してるんだ。初対面で、しかも第八艦隊のお前がこの摩耶を呼び出す権限なんてドコにある?」

 

ん? 第八艦隊所属ってのは言ってないんだけどな。そうか、もう既にマークされてたってわけか。この前、課長から言われた通りだな。

 

「人事課の説明を受けただろう? 俺には正当な権限があるって納得したからこそ、呼び出しに応じたと思うんだけどな。違うのか?」

 

古鷹と加古には出発前に、一通りの手筈を説明しておいた。第三艦隊の艦娘を呼び出す際には、人事課に連絡して権限の説明をしてもらうように伝えておいたんだけどなあ。何か手違いでもあったのかな。

 

「したさ。でもな、人事課の課長が不在だったんだ。説明してくれたのは別の職員だ。内容はよく分からなかった」

 

ああそうか……忙しい人だもんな。課長なら事細かに説明できるけれども、他の人じゃそうはいかないだろう。何しろ今日、ほんの数時間前に頂いたばかり……言わば出来たての権限だし。

 

すると……摩耶は来てくれたというよりも。

 

「加古? もしかして摩耶のさっきのセリフは、この場に限ってたわけじゃなくて、司令部でも?」

 

「あ………え~っと。エヘヘ~」

 

「同郷の摩耶が相手だから強引にいけたんだろうけどな。そのパワーは戦闘だけで、ね」

 

「はぁい」

 

「提督、私も悪いんです。どうか、加古だけじゃなく私にも…」

 

「大丈夫だよ古鷹、今のは叱責でも注意でもない。お願いだよ。俺のために二人が行ってくれたんだ。感謝してる。これからもこうやって距離を詰めていこうよ」

 

「はい、分かりました提督」///

 

「摩耶、事情は分かった。最終的な確認は摩耶のほうで済ませておいてくれ……もしもその積りがあれば、だけどね。先ずは俺から説明しておこう。ざっくり言うと、もっと艦娘みんながお互い仲良くなれるようにするための権限だ。そのためなら、俺は艦娘をいつでも呼び出すことができる」

 

「仲良く? 何だよそれ。幼稚園じゃあるまいし」

 

「何言ってる、幼稚園てのは喜びや楽しみ…要するに生きるチカラを身につけるための大切な場所だぞ。艦娘だってそういう場は絶対に必要だ。お菓子にお茶…そうだ、一緒にゲームってのも良いな。あとはみんなでどこかに出掛けたり、だな」

 

「ははっそりゃイイや。でも残念だったな、そんなのは絵に描いた餅さ。訓練と戦闘の繰り返し…それが鎮守府ってモンだ。お前だって室長なんだから、それぐらい知ってるだろ……」

 

いま………少し笑ってたな、摩耶。ほんの一瞬だけど。ようし。

 

(頑張れよ。ちゃんと見てるから)

 

(ありがとう木曾。お前はいつも俺にチカラをくれるね)

 

 

 

「ウチは最近、艦娘がドンドン増えてる。もう知ってるだろうけどね。そんな時には必ずパーティーだ。摩耶の第三艦隊はどうだ……いや待ってくれ、答えなくていいぞ……当ててみせるからね。艦娘のことを戦闘機械みたいに扱うクソッタレな指揮官が……いや、違うな。そんなヤツに指揮官なんて呼び名は相応しくないね……クソッタレな野郎が、お前たちに威張りちらすだけの毎日ってトコだろう。どうだい?」

 

「て、提督!?」

 

「加古、ダメだってば! 静かに!」

 

「あ……悪りィ」

 

 

 

「……………あんた」

 

摩耶が目を見開いてこちらを見詰めている。今の俺の発言は、得体の知れない初対面の俺がどんな奴なのかということを理解するための判断材料を彼女に与えたことだろう。少なくともさっきまでの態度は、影を潜めること間違いなしだ。

 

「いまの発言は第三室長への侮辱だよ。分かってんの」

 

「それは質問じゃなくて単なる確認だな。もう摩耶は理解している筈だぞ。俺は自分の意思で発言しているんだ。部下である艦娘を大切にしない上司なんて最低だからな、遠慮なんてしないぞ。俺の発言を司令部に報告したいのなら今すぐそうするといい。暴言による侮辱は重大な規律違反だからね。アユム、悪いけどさっきの古鷹と加古みたいにタクシーを………」

 

「え、えっと…兄さん……。そんな……」

 

「待ってよ、待てってば!! そんなことしないから!!」

 

さっきまでの氷みたいな声とは打って変わった響き…感情の宿った声。うん、やっぱり言葉ってのはこうでなくちゃ。日本は言霊の国。低温で空虚な言葉が世の中に溢れてしまえば、人のココロも国のチカラも荒んでいくだけなんだ。

 

「ありがとう摩耶、さっきまでとは別人みたいだよ。さてと……摩耶はウチの大黒柱を見て、まだ何も思い出さないのかい? 彼女は天龍だよ……ソロモンで共に同じ第七戦隊所属だったろう」

 

「え………」キョトン

 

「よぉ。今日は懐かしい顔に縁があるな」ガタッ

 

立ち上がる天龍。この時代での見た目はお互い初めてだ。でもそんなことなど問題にならないほどの絆があるから、彼女たちはお互いのことを直ぐに思い出すことができるんだ。たとえ70年以上が過ぎていても。

 

「天龍姉さま!? …………その…えぇっと……」

 

緊張の色がありありと浮かんでいる…無理もない。天龍より7つ年下の古鷹……その古鷹よりも、摩耶はさらに5年と8ヵ月ほど年下なんだ。長幼の序が今とは比べものにならないほど厳しく重んじられていた時代に誕生した艦娘たち。今でもその気風を忘れていない艦娘は多い。

 

「その…ご無沙汰……してた…ね。これは、その…」

 

「肩の力を抜け、摩耶」ポン

 

「………」///

 

「あら~カオ真っ赤ね~。天龍ちゃんと一緒に飛行場攻撃の作戦に従事したんだっけ~」

 

「ああそうだ。…考えてみりゃヘンな話だぜ。こんなに次々とアッサリ再会できるんなら……もっと早くできててもおかしくなかった筈なんだ。ボウズの言う通りだな………オレたちゃ作為的に隔離せられていた」

 

「そうね~ボウヤが動き始めてから、なんだかイロイロ変わってきたわ~。ねぇボウヤ、課長はもっと早くボウヤにこの権限をくれることだってできたんじゃないですか~?」

 

「残念ながらそうじゃなかったんだよ龍田。さっきの司令部での会話を思い出してみて。みんなが戦闘に勝利したという実績。みんなのお陰で入手した手掛かりを元にして俺が今まで考えてきた仮説。この二つを課長に示したからこそ、課長は俺に二つの権限を与えてくれたんだ。以前の俺は戦闘の指揮経験に乏(トボ)しく、そして考えも纏まっていなかった……深海棲艦の正体や司令部の暗部にも気付かず、命令された業務をひたすら片付けるだけの毎日だった。そんなヤツには課長どころか、誰も肩入れするワケにはいかなかったんだよ。実績のない者を重用しちゃうと、組織では吊(ツル)し上げを食らうからね」

 

「アネゴ。課長が誰かに内線を掛けてただろ。あの相手も多分、課長と同じくオレたちの提督を見守ってる派閥の一人だよ。彼らはきっと待ってたのさ、この子がきちんとした結果や決意を示すのをな」

 

「ふぅ~~組織っていうのは複雑怪奇なものね~。あの戦いもきっとそうだわ。内閣や軍部の偉い人たちがきっと、足の引っ張り合いとかしてたのよ。間違いないわ、その混乱が最前線をメチャクチャにしたの。戦場で血を流した彼らの本当の敵は、果たしてどちらだったのかしらね~」

 

あ。龍田、怒ってるな。

 

「俺が言えた義理じゃないけど、問題発言だぞ龍田…司令部では今の話、絶対にしないでね」

 

「はぁい。大丈夫ですよ、ボウヤを困らせたりはしないから~」

 

「ありがとう龍田。あのね摩耶、俺たちの任務に話を戻すけれど……こちらはもう、お前の艦隊で何が起きているかを知ってるんだ。もともとの発端は俺なんだけど、課長からもお墨付きを頂いてるぞ。任務ってのは第三艦隊のパワハラをやめさせること。そのために、本来は艦娘交流を促進するための権限を使って、あの艦隊に所属するお前を呼び出した。いつでも艦娘を呼び出すことができる権限で、ね」

 

「さっきの言葉、取り消すよ……あんたが使えばスゴそうなチカラだな。あたしは何をすればいい?」

 

摩耶の態度がすっかり柔らかくなっている…みんなのお陰だな。イイ感じだ。

 

「実態の詳細を。それと、こちらが第三に乗り込む際には摩耶に同伴してほしい。お前が居てくれたら、きっと他の第三メンバーも協力してくれるだろうし」

 

「分かった。あんたって何でもスラスラ喋るんだね…あ、誤解しないでよ、褒めてるんだ! 今まで苦労してきたんだろ?」ニヤッ

 

「課長からも似たようなことを言われたよ。でも苦労したことはないな。艦娘や職員のみんながいつも助けてくれるから」

 

「へぇ………あんたって変わってんな。あのクソ野郎に聞かせてやりてぇよ」ニッコリ

 

「俺は艦娘が好きだからな。いつも彼女たちを見てい………」

 

 

 

バタン!

 

 

 

「提督さんいらっしゃあああああああい!!」

 

 

 

!?

 

 

 

ズドオオオオオオン!!!

 

 

 

「ぐぼはああああああああッ!!?」

 

 

 

「兄さあああん!?」

 

 

 

「鈴谷でえええええええええすぅッ!! なになに、鈴谷のコトが好きって言ったのおお!?」ギュウウッ!!!

 

鈴谷……? この子も確か…メリメリィ……ソロモンの………ゴキッ……あ……出てきちゃいけねぇ音が……

 

「ねえ提督! 言ったよね! ねえってばあああああ!!」ギシギシ……ギュウウウウ

 

「確かに……言った…よ。というか…みんなすき………もうちょい……やさし…く」ゴフッ

 

……夢中になると手加減てのをどこかに置き忘れる性格みたいだな。俺がMだったら最高のご褒美だったかも。

 

「え……? あ、ゴメンゴメン! やだなー、鈴谷ってばちょっとだけやり過ぎた!? あれ……おかしいなー、なんだかいつもよりチカラ溢れてる感じー! ゴメンね、これならどうかな?」フワッ

 

あ……。

 

「気持ちいい……な…。えっと…鈴谷? 鈴谷も第二艦隊の……」

 

「そうだよー、よろしくね提督!」ニコッ

 

朗らかな笑み、そして制服と覚しき衣服に身を包んだその姿……どこからどう見ても高校生だな。

 

「あ、コレ? 似合うでしょー、少しだけなら触ってもいいよー!」

 

いけね、目線があからさま過ぎたか。

 

「今日はこのハグでいいよ。これからよろしく、鈴谷」ギュウッ

 

「んふふ~提督にギュッてされちゃったー!」///

 

お互いの抱擁を解いた鈴谷と俺。この明るさ……あの偉大な作戦の指揮を執られた、静岡出身のあの人譲り……なのかな、もしかして。あの作戦よりも以前に鈴谷の艦長を務めていらっしゃったんだよな。

 

「鈴谷、扉のトコで立ち聞きしてたね?」

 

アユムの咎めるような声。

 

「ごめんねー、久し振りのお客様でしょ~気になっちゃってね」ニコリ

 

「もう…兄さん大丈夫?」

 

「ああ大丈夫、タックルには慣れてる。ココは明るい艦娘が多いな…毎日楽しいだろ?」

 

「兄さんならピッタリだと思うよ……僕は…ついていくだけで精一杯」

 

あーそうか。アユムには物静かな艦娘のほうが……。

 

「吸収させてもらうから。これからは変わるよ」

 

「うん。これで、やっと僕も…」ホッ

 

「愛情たっぷりの抱擁じゃねえか、気に入られたみたいだな」ニコッ

 

北方棲姫の時とは異なるリアクションの木曾。あの時は彼女もビックリしてたけど、二回目だからさすがに慣れたんだな……俺に対して好意的な人物が現れると木曾は何故か喜んでくれる。

 

「艦娘は大勢の兵士の人々を守っていた艦船だからな……男に優しいんだよ。木曾、お前に縁のある鈴谷だ……鈴谷、ウチの重鎮が一人、木曾だよ。二人ともお互いのことは知ってるよね」

 

「ああ、勿論だ。あの人の指揮は神業だ……これからよろしくな、鈴谷」ニコリ

 

「あの島で活躍した一人、木曾だね。もちろん知ってるよー! こちらこそよろしくー」ニコッ

 

そして

 

「天龍、今さらだけどさ…お前って一体、どんだけ艦娘と絆あるのかな……天龍とおんなじ第七戦隊所属だった鈴谷だよ。鈴谷、ウチの大黒柱の天龍だ」

 

「ああ覚えてるさ。鈴谷、久し振りだな」

 

「天龍じゃーん!! おっぱいデカっ!! 元気にしてたー!?」パアアアァ

 

「お前も充分大きいだろうが。元気そうだな」ニヤッ

 

加古と同じこと言われてる。でも流石に二度も同じ狼狽は見せないか。こういうトコ、天龍らしいな。

 

「鈴谷はいつも元気だよー! きょうは素敵な日だね!! 同窓会? て言うのお? ね、提督。こういうのイイよねー?」///

 

「鈴谷ってほんと明るいんだな。うん同感だよ、艦娘はもっともっと一緒になるべきなんだ」

 

「だよねー。今ってなんだかバラバラ。なんで~?」

 

「この組織に悪い奴がいるからだ。しかもたくさん。今日ココに摩耶が来てくれたのは、そいつらの一部を何とかするためだよ…鈴谷、同じ第七戦隊だった摩耶だよ。摩耶、僚艦の鈴谷だ。二人はソロモンで重巡コンビだったね」

 

「え………ま…や…? あー! 摩耶だああ!!」ドゴオ!

 

「痛ッてー!? タックルなら提督だけでいいだろ! てか、陸上制約あんのに何だそのスピードは!!」

 

「ありゃ。いけない、鈴谷ったらナゾのパワーアップしてるの忘れてたー! 痛かった? ゴメンね~摩耶!! 」

 

「……た、大したことねぇよ。…久し振りだな鈴谷、ここの艦隊だったのか」

 

「まーね。摩耶、元気にしてた? 今のはゴメンね、提督みたいに摩耶からもギュッとされたかっただけなの」

 

「だったらタックルはやめとけ……いいよ、もう気にすんな。ま、それなりに元気だよ……いろいろあるけどさ」

 

「さっき提督が言ってた悪い奴?」

 

「そうさ。その点、お前たちの艦隊は問題ナシみたいだな。羨ましいよ」

 

「指揮官がイイからね。でも、もうちょいグイグイ引っ張ってほしいかな」ジーッ

 

「う……鈴谷、ムチャ言わないでよ」

 

「ムチャなことなら言わないよ、キミならできると思うから言ってんの!」

 

「それは……うん、ありがと」

 

へえ……アユムを応援してるのか。

 

「それなんだけどね鈴谷。この第二艦隊は暫くの間、俺たち第八艦隊との交流期間に入る。決めたのはアユムだから、これはもう決定事項だ」

 

「そうなの!? それならもう、みんなバラバラじゃなくなるじゃん!! うわあ……素敵!!」

 

破顔する鈴谷。彼女の表情を見て、太陽のもとでスクスクと大きく育ったひまわりがふと思い浮かんだ。

 

「でもさ、そんなことできるの? 司令部が許してくれる? 鈴谷たちをずっとバラバラにしてきたんでしょ、悪い奴が」

 

「できる。俺は今日、司令部で課長…人事課の課長、良心派の筆頭格だよ……課長から新しい権限を与えられたんだ。これからは俺が任意に、どの艦隊からでも艦娘を呼び出すことができる。艦娘同士を交流させるためにね」

 

「すっごーい!! 人事課の課長って権力あるんだね。すごいや」

 

「艦娘みんな、それと俺たち職員の日常生活とか役職に関しては人事課が掌握しているからね。艦娘の交流は重要な問題だと判断してくれたんだよ。艦娘をバラバラになんてさせない。先ずはココ、第二艦隊から変えていく」

 

 

 

「……ね、初霜」

 

「なんでしょう、鈴谷?」

 

「あの戦争さあ、鈴谷たち、なんで負けたのかな?」

 

「唐突な問いですね、それは……。情報漏洩、物資不足、戦争末期における正体不明集団の跳梁跋扈(チョウリョウバッコ)……でも鈴谷。あなたの言いたいのは、そういうことではないのでしょう?」

 

「うん。鈴谷はね、みんながもっともっと、結び付いていれば良かったのにって思うよ」

 

「結び付き……ですか?」

 

「うん、そう。人が人を大切にするの。仲間を仲間として大切にするの。軍人がね、部下の市民を大切にするんだよ」

 

…………………。

 

「鈴谷」

 

「いろいろあり過ぎたよね。鈴谷たちの心の中には、今でもあの人たちの魂が生きている。天龍だって初霜だって古鷹だって、たまに声が聞こえるでしょ? ひとつひとつの声はそんなに大きくないけど、でもね……それが大きな声になって聞こえることもある」

 

「…………………」

 

「………………」

 

 

 

さっきまでの賑やかさは何処へやら、みんな口を開くことなく鈴谷の言葉に耳を傾けている。彼女の言葉に心あたりがあるからだ。

 

 

 

「みんなを大切にしろって。いま生きてる鈴谷たちが。そんな風に言ってる気がするんだ。だからね、提督のこと……鈴谷は信じられる。艦娘はもっともっと一緒にならなくちゃいけないって提督の言葉ね、鈴谷の心の中の声にそっくりだもん。そいつやっつけてくれるよね? 悪い奴なんだよね」

 

「相手のあることだから、どうなるか断言はできない。でもな……当たって砕けろさ。絶対に許さない。俺は直接、第三艦隊に乗り込む積りだよ……手ぶらで帰るなんてことだけは、絶対にしない」

 

「ボウズ」

 

「………」

 

「お前がやるって決めたんだ。とことんやるべきさ」

 

「フフ……提督って熱いんだね。断言できないなんて予防線張っておいてさ、でも実はやる気いっぱいじゃん」ニッコリ

 

「艦娘のことに関しては頑固だからな俺。艦娘にパワハラとか俺の天敵だよ。ヤツを追い詰めていけばラスボスに辿り着く。ヤツは暗部の下っ端だ。そういう確信があるんだ……」

 

よし決めた。もう少し先にする予定だったが、鈴谷の言葉がテンション上げてくれた以上は直ぐに動くべきだな。こういうのは間を空けちゃダメだ。

 

「摩耶、詳しい話を頼む。今から乗り込むよ」

 

 

 

          続く



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第五-35話

よし決めた。もう少し先にする予定だったが、鈴谷の言葉がテンション上げてくれた以上は直ぐに動くべきだな。こういうのは間を空けちゃダメだ。

 

「摩耶、詳しい話を頼む。今から乗り込むよ」

 

 

 

第五-35話

 

 

 

ザザ………ザアアア……

 

 

 

海岸のある方角から波の打ち寄せる音が聞こえてくる。そちらに視線を向けても、見ることができるのは鎮守府の建物とそれをぐるりと取り囲むくすんだ無彩色の塀と、その上部に張り巡らせられた鋭い有刺鉄線ばかり。半年前、妖精さんたちのチカラを借りて不穏な鎮守府はドコかと偵察していた時に、当然ココにも来たが……ものものしい雰囲気は相変わらずだな。まったく変わってない。あの野郎にはピッタリの根城ってところか。

 

「ボウヤ、みんな降りたわよ~。運転手の人たちは少し離れた場所で待っていると言ってくれました~」

 

「分かった、ありがとう龍田。集合してあの木立(コダチ)の辺りで待っててくれ。直ぐに行くよ」

 

「はぁ~い」タタッ

 

「龍田さんって兄さんによく話し掛けるんだね。仲良さそう」

 

「俺が新人の頃からずっと助けてくれてるよ。天龍に叱られた時なんて、何回も庇ってくれたんだ」

 

「そうなんだ……。兄さんが叱られてたなんて意外。何でもできそうだし」

 

「何でもってワケじゃないが、できることが増えたのは天龍たち艦娘や職員みんなのお陰だよ。それよりもな…アユムは良いタクシー会社を知ってたんだな。やっぱりコチラの事情に関しても?」

 

「うん、みんな気付いてるよ。運転手は余計な詮索とか一切しないし口も堅い。司令部の総務課に頼んで会社の調査もしてもらったんだけど、全く問題なしだって」

 

「第二艦隊には職員が居ないもんな……どうしても民間に頼らなくちゃいけない。そんな中でも頑張ってるんだなアユムは」

 

「に、兄さん……」///

 

「照れるなよ本当のことなんだから。それにしてもさ、アユム」

 

「なに?」

 

「お前って順応力あるよな。アユムって呼び名に違和感もってないし俺とだって自然に会話できてる。一緒に話してると何だかもう何年も付き合ってる感じがするよ。なんで艦娘みんなには、そうできないの?」

 

「それは………僕、学校でクラスの女子から可愛いって言われてオモチャ扱いだったから……会話のペースとか話題の選び方がサッパリ分からないんだ」

 

あー。瞬時でビジュアル浮かぶな。

 

「彼女たちは艦娘だぞ? 女子学生とは違うよ」

 

「そうだけど……でもムリだよ。僕から見たら大して変わらない。でも兄さんは……話しやすいから…」

 

「そうか、ありがとなアユム。大丈夫だよ…お前は少しずつ慣れていける。俺が見た感じ、鈴谷はお前を応援してる。あと、初霜は物静かだから相性良しだと思うぞ」

 

「ええっ!? 鈴谷が?」

 

「さっきの言葉を聞いただろ、キミならできるって。あれはな、お前にエール送ってんだよ」

 

「鈴谷が……僕に…」ポカーン

 

「活発だしハキハキしてるから、お前は少しニガテに思ってるかもだけどさ、言葉の響きに圧倒されちゃダメだぞ? 鈴谷はあれがデフォなんだからな…フツーに受け止めてりゃいいんだよ。言葉そのものに気を取られるんじゃなくて、その言葉を紡(ツム)いでくれた心の中を想像するんだ」

 

「心の……中?」

 

「ああ。アユム頑張れ。アユムならできる。そう思ってるんだよ。嬉しくないか? 頑張って働いてる姿を鈴谷に見せようって気にならないか?」

 

「…………………やってみるよ、兄さん。できるかどうか分かんないけど、やってみる」

 

「ああそれでいい。アユムのペースでいいんだ。秘書艦の古鷹だって助けてくれてるだろ?」

 

「うん。でも古鷹はずっと色々と教えてくれたから…秘書じゃないよ。先生って感じ」

 

成る程な。もうアユムの中では序列ができてしまっているってワケか。人事課も酷なことをしたもんだ……最強艦隊で鍛えられた艦娘と何も知らないハタチそこそこの少年を、同時に同じ艦隊へ配置するなんて。一般的なことを言えば20歳は大人だが人には個人差ってものがある。ただ、2人が第二艦隊で勤務スタートした3年前といえば、人事課のトップは今の課長じゃなかった。課長は確かそのしばらく後で就任したんだ……アユムの苦しみは前任者に責任の一端があるな。

 

「そうか。でも古鷹も、アユムのことをちゃんと見守ってるぞ……俺だってアユムを応援するからね」

 

「うん!!」///

 

本当に嬉しそうな顔。よし、アユムはこれで大丈夫だな。

 

「あのね兄さん、さっきはほんとゴメンね。脳内ストーリーなんて生意気なこと言っちゃって。僕、ほんとにビックリして……」

 

「深海棲艦の話か。気にしなくていいんだよ、俺だってタルトから初めて聞いた時は仰天したんだから」

 

「タルト……? 誰?」

 

「仲間だよ。とっても頼りになる艦娘なんだ」

 

 

 

 

 

サラサラ……スッ

 

 

 

「記入、終わったよ。これでいいかな?」

 

正門横にある守衛室で入場申請用紙への記入を終えて、目の前で対応してくれている黒髪の女性に不備の有無を確認する。穏やかな面持(オモモ)ちをしているが、その目には芯の強そうな光が宿っている。彼女も艦娘だ。

 

「………はい、問題ございません。あらためまして、ようこそ第三艦隊にお越しくださいました」ニッコリ

 

優しげな笑顔に穏やかな声。

 

「ありがとう時雨。それじゃ、入らせてもらうね」

 

「はい、あの中央の建物です。……あの……室長さん」

 

「何かな?」

 

「みなさんのご来訪……なんとなくだけど理由、わかります。ボクたちの艦隊を…どうかよろしくお願いします」ペコリ

 

立ち上がり深々と頭を下げる時雨。そうか……こちらの魂胆(コンタン)はとっくにお見通しか。それもまあ当然だろうな。俺はずっと他の室長からマークされていたんだから。

 

「わかったよ時雨、待っててくれ。大丈夫だよ、艦娘みんながチカラを貸してくれるからね」

 

「はい…分かりました。摩耶、しっかりね」

 

「ああ、吉報を待ってな」

 

 

 

 

 

「摩耶。いまの守衛室、けっこう大きいのに時雨ひとりだけなんだな」

 

「……………」

 

「他の艦娘が別室でカメラを使って監視してるな? 普通はあの大きさなら三人くらい居てもよさそうなもんだよ。あの野郎の方針かい? それともずっと以前からかな?」

 

「ただの人手不足さ。……って言ったら、信じるか?」

 

「信じないね。第三艦隊は重巡主体型、規模は二十人ほど……もう調べは済んでいる。それだけ居れば室長と艦娘だけでも艦隊を運営することは充分可能だ。守衛室に五人入れても十五人くらい残る。食事当番、掃除、洗濯、巡回、資材や設備の点検……艦娘はみんなハイスペックだから何の問題もないな」

 

「まいったな…そうだよ、アイツがそうさせたんだ。今日は白露と村雨と初風が隣室で監視してるんだ……カメラなら相手に気付かれることなくジックリ細部まで監視できるからな。以前はみんな対面で応対していたのにさ」

 

防犯意識が高いと言えば聞こえはイイけどな……あの野郎が関わってるとなると印象がまったく違ってくるぜ。

 

「来訪者の正体が犯罪者とかで不測の事態が発生しても、監視メンバーが飛び出てくる寸法だな。そうすれば相手は加勢に驚いてスキが生まれる」

 

「! ねえ、提督…」

 

「うん?」

 

「あんたって、司令部を乗っ取る積りなの?」

 

「加古にも似たようなことを言われたよ。そんなの全く興味ない……俺は艦娘みんなの笑顔が見たいんだ。権力なんて欲しくもないね」

 

「でもね……あんたのその切れ者っぷりはヤバい。カン違いされないように気を付けなよ、鋭さってのは刃物や凶器だけの専売用語じゃないんだ。要らぬ誤解を与えてしまうぜ……人が恐れるのは暴力とか腕力だけじゃない」

 

「忠告ありがとう摩耶。そうだな……気を付けるよ」

 

「うん」

 

「話は変わるけどね摩耶。お前が教えてくれた詳細な話、驚いたよ……。艦娘をパワハラに利用するとかとんでもねえ野郎だな」

 

「高雄と霞。あの二人がヤツの手足となってココを統制してる。だからあたしたちじゃ何もできない。手強いよ……頑張ってくれ、提督」

 

「お前のお陰で心の準備ができたんだ。やってやるさ」

 

 

 

いいか、特に、第三艦隊の指揮官には気を付けろ

 

 

 

課長の言葉を思い出す。もしかすると課長はあの時から……いや、もっと前から分かっていたのかな? いつか俺が、こういう場面に臨むんだろうなって。

 

 

 

 

 

ガチャリ……ギイィ…

 

耳障りな程に大きな開閉音が響きわたる。時雨が教えてくれた建物の大きな扉を開ける俺……あまり油を差していないみたいだな。そうか、この艦隊は艦娘の練度が高いが資材は不足しているんだっけか。

 

「て、提督う! いきなり開けちゃうなんて……!」

 

「ノックはしたよ、古鷹。それに…守衛室からヤツに連絡が入ってる。古鷹が俺を歓迎してくれた時のようにね。遠慮は不要だ」

 

「古鷹、ここはもう敵地だよ。アタシたちにとって」

 

「うん……それは分かってるんだけどね……加古。提督のこういうトコ、お姉ちゃんに似たのかな……」

 

「どうだろうな。ま、ボウズだって男の子なんだ。これぐらいでいい」

 

「室長は居るかしら~? まさか不在なんてことはない?」

 

「問題ないよ龍田。時雨はこちらの意図を察していた……ヤツに会いに来たという俺たちの意図をね。不在なら俺たちを通したりしないよ、無駄足だからね。通してくれたのは中に居る証拠だ………ん、どうやらお出迎えだよ」

 

俺の言葉を聞いてみんなの表情に緊張が走る。現れたのは……

 

 

 

「特務分室室長殿でいらっしゃいますね……ようこそ我が艦隊へ。私は神通と申します……みなさんをご案内致します……提督が、お待ちです。どうぞこちらへ……」

 

夏のそよ風に揺れる風鈴の音色のように可憐な声で話す少女、神通。だが彼女はコロンバンガラ島沖の死闘で、2000発以上の攻撃を浴びて戦い続けた果てに轟沈した第二水雷戦隊旗艦…まさに鬼神だ。格闘技の選手はある一定のレベルを越えると、非常に落ち着いた物腰を身に付けることがあるけど……神通を見ていて、何となくそんなことを思い出した。

 

「お願いするよ神通。みんな、行こう」

 

室内は大きなロビーになっている。殺風景なもんだな……観葉植物とか絵画の類(タグイ)が一切見当たらない。部屋を横切って奥にある階段のもとに辿り着く俺たち。こちらです、と先導する神通に続いて階段を上ってゆく。最初に到達したフロアには入ることなく上り続けて、次のフロアで廊下へと進んでゆく。

やがて

 

 

 

「ここでみなさんをお待ちです。どうぞ、お入りになってください……」

 

扉の横の壁面に「武道場」と書かれたプレートがある。こちらは9名……広さという点に関しては適切なチョイスだな。だがそれだけじゃない……俺たちをヤツなりに歓迎する積りなんだろう。いいぜ、上等だよ。

 

「俺が開けるよ。神通、いいかな?」コンコン

 

「室長殿の仰せのままに」

 

「なんだかワクワクしてくるねー! 提督はそっちからね、鈴谷はこっちー! お邪魔しまーす!!」ガラガラ

 

通常の部屋とは異なり、武道場ってのは練習する大勢の人たちが一回で出入りすることがあるから、観音開き式では具合が悪い。その点、こういう引き戸式の扉なら出入りをスムーズに行うことができる。

 

「鈴谷ってほんと元気だな……っと」ガラガラ

 

 

 

 

 

板の間かよ………本格的なんだな。でも、さほど広くはないか…ウチの第八艦隊には板の間の練習場とマットの練習場……その両方が備えられているが、その板の間のほうだけと比べても半分くらいの広さだな。

 

 

 

「よく来たな」

 

 

 

……ようやくご対面かよ。

 

 

 

「どうも、第八室長だ。お邪魔するよ」

 

 

 

居並ぶ艦娘たちの中央、背の高い男がこちらをじっと見詰めている……背丈は俺よりも5~6cmほど高いな。だがゴローさんと比べると同じくらい低いか。髪は短く整えられており、妙に醒(サ)めた目付きは感情を巧妙に隠していて、こちらを観察するのに余念がないといった印象だ。年齢は50歳ぐらいだろう……だが顔に刻まれた皺の数は、年相応と思えるくらいのそれを余裕で凌いでいる。四六時中、理不尽に怒鳴り散らしてばかりいる者……そういう輩に特有の現象だ。

やっと会えたなパワハラ野郎!!

 

 

 

          続く



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第五-36話

……四六時中、理不尽に怒鳴り散らしてばかりいる者……そういう輩に特有の現象だ。

やっと会えたなパワハラ野郎!!

 

 

 

第五-36話

 

 

 

ペコリ

 

 

 

ここは武道場。入る時と去る時には必ず礼、だ。間違ってもヤツに対する礼じゃないけどな! 誤解されると悔しいからあくまでも場内全体を見渡す視線を意識しながら礼をする。この場所に宿る荘厳(ソウゴン)な精神への敬意を込めて。他のみんなも俺に続いて次々と、礼を。

 

ガラガラ……ピタッ

 

俺たち9名すべてが入ったことを確認した神通が扉を閉める。そして第三艦隊の面々の所へとゆっくり歩んでゆく足音……彼女は俺のすぐ背後を通り過ぎる際に小声で、

 

 

 

「私も時雨と同じです。どうか……我々を…」

 

 

 

第三室長への視線をロックオンしたままで神通の声を聞く。そして同僚の艦娘の傍らに立ち、こちらへと視線を向ける彼女。その目に浮かぶ感情は穏やかで、敵意などは微塵も感じられない。ヤツとは大違いだな。

 

 

 

「お邪魔するよ、か」ジロリ

 

威圧的な響き。上から目線で他人を値踏みすることにすっかり慣れきっている人間だけが出せる声だ。

 

「大した礼儀だ。道場は敬うがコッチにゃお構いなしってわけか」

 

「お会いするのは初めてだけどね第三室長、この際ハッキリさせとこう。俺は第八室長……同じ室長だがあなたとは同僚でもないし、ましてやあなたの部下でも後輩でもない。単に同じ広報課分室に所属しているというだけの話だ。今日はこちらの要求を伝えに来たんだよ」

 

広報課に入ったのは後からだけど自分が後輩だなんて全く思わない。先輩後輩の関係ってのは順番だけじゃなくてもっとイロイロ必要なものなんだ。

 

「ナメた口を利くじゃねえか。 お前が? 俺に? 要求だと?」

 

セリフ刻んできやがったよ……言葉を弄(モテアソ)ぶとかどんだけ言霊リスペクト欠けてんだ? そうやって話せば威圧感を出せると思ってるのか。

 

「俺が勝手気ままに要求するんじゃない。人事課より与えられた権限を正当に行使するんだ……今、この場に限って俺の言葉は人事課の言葉だと思ってもらう。第三艦隊に所属する艦娘全員を我々第八艦隊に出向させることを要求するよ第三室長。目的は艦娘同士の交流による全員の心身の充実および親睦の促進だ。あなたには拒否権などない。何故ならこれは俺が保持する権限なのだから」

 

 

「……………ふざけるな」

 

 

………………………。

 

 

 

「ふざけるなああああああああッ!!! そんなの聞いたことねえぞ!!」

 

あまりにも分かり易いリアクション。もっと手強い奴かと思っていたんだけど…だが油断はしない。たとえこんな奴が相手でも。

 

「あんたが知らなかっただけだよ。ただ、それもまあ仕方ないという側面も確かにある……権限を与えられたのは今日だからな。疑うなら人事課に確認してもいいぞ。だがいずれにせよ艦娘のみんなは連れて行く」

 

 

 

「第八室長」

 

実直そうな声の主に目を向けると、そこに……ヤツの隣に、佇んでいるのは声に違(タガ)わぬ緊張感を身に纏う軍服姿の艦娘。ああ、彼女は……

 

「高雄だね。何だい?」

 

「……私を、ご存知で?」

 

「北のアリューシャンや南のソロモン……それと、サンタクルーズ諸島にマリアナ諸島だったか……。太平洋を所狭しと駆け抜けた艦船だね。そして今はここ第三艦隊の支配者を支える参謀ってところか」

 

「支配者などと。彼は私たちの指揮官でいらっしゃるのですよ? 口を慎みなさい」

 

「私たち、と言ったね。その私たち、の中に含まれている艦娘は……はたして何人いるんだい? 俺の見たところとても全員とは思えないし……そうだな、高雄と……彼の隣、高雄とは反対側の隣にいる彼女。きみたち二人だけだな、その男をリーダーと仰ぐのは。尤も、その数をひとりでも多く増やそうと日々がんばっているんだろうけどね」

 

反対側の隣にいる艦娘というのは、さっきから剣呑(ケンノン)な視線をこちらに向けている小柄な少女だ。間違いない…彼女が霞だな。

………ちくしょおおお艦娘にこんなカオさせやがってええええええ!! 艦娘にはな! 笑顔が一番似合うんだよおお!! この子だって笑ったら絶対に可愛いんだ!!! 歴戦の艦娘相手じゃ自分ではとても敵わないからってよりによってその艦娘の中から抜擢して艦隊内の監視役を務めさせるなんて!! 響に注意されたから何とか冷静に喋っているけど……やべえキレそうだよ!!

 

「たとえ何人だろうと貴様の知ったことじゃないわ。帰りなさい! さっきのタワゴトは聞かなかったことにしてあげるわよ」ギロリ

 

「霞……悪いが……それはできないな。艦娘のお前に…そんな表情させる野郎を放っておけるかよ。最後に笑ったのは一体いつだよ? ……覚えてねーんだろ」

 

あ。もうダメ。フツーに話すのキツい……感情を抑えるのマジきつい。俺の中の怒りゲージ急速上昇中。危険ブザー鳴りまくってるわ。アクション映画で崩壊する基地の中のスタッフが泣き叫びながら必死で食い止めようとしてるシーンで鳴ってるアレ。

 

「そう……私の名前まで知ってるの。……どうでもいいわ、そんなこと! 帰りなさい! 貴様みたいな奴は……あッ!?」

 

「……! 提督、いけません!!」

 

いきなり飛び出て俺に向かって突っ込むヤツに驚く高雄と霞。

 

「ガキが調子に乗ってんじゃねええ!! 誰に向かって野郎とかホザいてやがるんだああッ!!」ドタタタッ

 

右腕を振り上げたままで突っ込んできやがったなああああああ!! その体勢と身長なら頭部ねらいのパンチかよ上等だあああああああ!!

 

(みんなは手を出さないでくれよおおお!!)ザザッ

 

(やっちまえボウズ!)

 

(頑張れ~ボウヤ)

 

(……ツラいが。我慢するぜ)

 

(!?)

 

(なんだ、コレ!?)

 

(提督の声が……私の中から……?)

 

(やるじゃん提督。こんなコトできるんだ)

 

「兄さん!! あぶな………わわっ!! 放して鈴谷! 放せよ!!」

 

 

 

「テメエだよ……テメエ以外に誰が居るってんだよおおおおおおおおおッ!?」

 

「くそガキがあああああああああああッ!!」

 

 

ドガァッ

 

 

痛てえええええ!! ガードおかまいなしに殴りやがったマジ痛てえええ!! だけどなああああ!! みんなの寂しそうなカオ見るのは!! もっともっと痛てえんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

ギュウウッ!

 

「!?」

 

つかんだぜ……伸びきったスキだらけの腕!! テメエの右をガードした左! だがメインの目的はコッチなんだよ! 左で引き付けてえええええええ! 右で巻き込んでえええええええええええええええええ!!

 

「どりゃあああああああああああああ!!!」

 

「ひぎぃっ!?」

 

 

ズダアアアアアン!!

 

「きゃああああ提督やったあ!!」

 

「古鷹~、テンション高過ぎるって~」

 

「いいぞおボウズ!」

 

「室長さん……いいえ、提督。一本背負い……お見事です」

 

「兄さん……よかった……。あれ? 鈴谷どこ?」

 

 

「提督!?」タタッ

 

「やめな。高雄」スウッ

 

「………あなたは」

 

「久し振りだね高雄。提督のジャマしたら鈴谷が許さないよ」

 

「鈴谷!? そんな……。そう……せっかく数十年ぶりに会えたのに、共に戦った私の邪魔をするのね」

 

「それは今カンケーないよ。だまって見てるの! ヤボなことしちゃダメだかんね……いまの鈴谷は強いんだよー、摩耶がビックリするぐらいにねー」キッ

 

「鈴谷? あなたまさか」

 

「黙って見てるって……何言ってるんだい鈴谷、もう兄さんの勝ちじゃないか」

 

「そっかー、キミも寝技よか投げ技重視だったんだ。まだ続くよ……ほら」

 

「あ……」

 

 

 

ギリギリギリィ……

 

「ぐぎッ……は……放…せ…えッ……」

 

立ち技だしたらすぐさま寝技、我らが日本の伝統技術だ!!

 

「放してほしけりゃ自分のチカラで離れてみやがれえええええ!!!」ギュウウウウウ!!!

 

「……!」

 

「よしッ三角絞(サンカクジメ)入ったあ!!」

 

「わわッ……木曾さんビックリしたあ(でも凄く嬉しそう……こんな表情するんだ)」

 

「あらほんとね。こういうボウヤは久し振りだわ~初陣の時も凄く気合い漲ってたものね~」

 

「あの時の話はするな龍田。アイツはもうあの頃の青二才じゃねーんだ」

 

「はぁい天龍ちゃん」

 

「木曾さん、何ですかあれ!? あんなの見たことない!! えと……三角絞ってのは前から仕掛ける技でしょう? 海外プロレスで見たことありますから! あれは違いますよね、何ですかアレ!!」

 

「だから三角絞さ、あれも歴とした三角絞なんだ。ただし後ろからのな……お前が知ってるのは前、横、後ろのうちのひとつだ。よく見てみな、相手の右腕を両腕でしっかり伸ばしながら首も両脚で絞めてるだろ。あの子の勝ちだ」

 

「兄さんの!? やったああ!!」

 

いいぞアユム……そうやって少しずつ感情を出していくんだ。ん……このパワハラ野郎、もしかして……。

 

「……………………………」

 

 

 

「提…督………。……鈴谷、あなたの所為で……提督が負けたわ! 第三艦隊はね、第一艦隊の支援という重要な役割をどこの艦隊よりも忠実に果たしているの!! 提督は日々の激務で稽古だって満足にできてなかったのに!!」

 

「ハァ!? 最初のは力任せのチンピラパンチだったじゃん!! 稽古とかカンケーないし!! 投げてくださいって言わんばかりのチンピラパンチ、全力で投げられにいっといて何言ってんの!? 高雄、もしかしてアイツさあ、じつはMなの!?」

 

「あ…あ……あなたって娘は……!」

 

「高雄、もうやめて。残念だけど提督は負けたわ。介抱しなくては」

 

「……そうね霞。鈴谷、もういいわ。あなたと交わす言葉がもう私には残っていない……」

 

「ふーん。鈴谷にはそうは見えないけど? それにさあ……鈴谷を倒してやりたいって目、してるよ」ニヤッ

 

「………くやしいけれど、今のあなたには勝てないわね。提督補正があるなんて知らなかったわ……せいぜい、あなたの提督から離れないようになさいな」

 

「ほせい? よくわかんないけどさ、高雄が負けを認めるんならそれでいいよ。勝ったのは提督だかんね。お疲れ様、提督!」ニッコー

 

「ああ、ありがとう鈴谷」

 

「………そうね。第八室長殿、勝負ありです。お見事でした」ペコリ

 

へえ。高雄って………。

 

「ありがとうな高雄……もう技はとっくに解除してる。天龍、すまないが活(カツ)を頼む」

 

「教えてやっただろ。ちゃんと練習しとけよ……ま、よくやったぜボウズ」///

 

「アネキ、無茶言うなよ。この子が活を入れる機会なんてないさ」

 

「ん? ………あー、そうかそうだな。悪りぃボウズ、今のはオレが悪かった」

 

「いいんだよ天龍、お前の手を煩(ワズラ)わせているのは事実だ」

 

「兄さん、いまの木曾さんが言ったのってどういう意味? はい、スポドリ」つ

 

「おっ、準備いいじゃんか。ありがとな」ゴクゴク…プハー

 

「……指揮官補正だよ。俺が艦娘と稽古するってことはつまり、海上と同じステータスのみんなを相手にするってことなんだよ……絶っっっっ対に勝てねえ。俺が活を入れるなんて有り得ない」

 

「補正できるんだ……やっぱり思った通りだよ。何でもできるんだね……スゴいや。でもさ、それなら兄さんじゃなくて艦娘同士で稽古して、誰かが失神した場合に兄さんが活を……」

 

「それは危険だ。ハイスペ同士の稽古は一歩間違えれば大怪我だからな。俺が稽古に立ち会うことはないんだ……普段は雪風が担当している。俺の秘書艦だよ」

 

「そっか、だから兄さんが艦娘の誰かに活を入れるなんてムリなんだね」

 

「そういうこと。お、目を覚ましそうだなアイツ。身動きしたぞ……天龍に感謝しろってんだ」

 

「え………あ、ほんとだ」

 

このままあの野郎に対面しても……ヤツの傷口に塩を塗り込むだけだな。自分がくそガキと呼んだ相手に負けたんだ、しかも部下の前で。もうプライドはズタズタだろう。ヤツはもう充分に報いを受けた……三角絞という肉体的苦痛と、そして衆人環視の中での敗北という精神的苦痛だ。この上さらに俺が奴に何か言えば、それは単なる言葉の暴力だろう。いや正直、始まる前はメチャクチャにしてやりてえと思ってた! そりゃもうてんこ盛りで! だけど今の気持ちは……うん、ダメだ。それをやっちゃおしまいだろ。テメエが艦娘にやったのと同じマネを、俺がやってたまるもんか。俺はテメエみたいな野郎にはなりたくないんだよ……。

 

 

 

「あの野郎に話すことなんてねーや。アユム、俺には急用ができたということにして、うまく……」

 

「任せてよ。僕だってここまでついてきたんだから役に立ちたいさ」

 

「ありがとう」

 

艦娘のみんなに取り囲まれている第三室長の方へと向かうアユム……頼んだぜ。

 

(天龍、龍田、木曾。あとは任せる。アユムを頼むぞ……外で待ってる)

 

(分かったぜボウズ)

 

(あの純粋なボウヤが今じゃこんなに空気読むようなオトナになっちゃって。複雑なキモチね~)

 

(そこは素直に喜べよアネゴ。……お疲れ様)

 

 

さて、と。

 

 

(いま廊下に居るね……よくココまで来ることができたな雪風。指揮官に帯同していない艦娘は不審に思われるんだけどね)

 

(コロンバンガラで神通と一緒だったんです……守衛室がスグに通してくれました。彼女から私のことを聞かせられていたようです)

 

コロンバンガラ………神通の……。いけない。この話題はダメだ。

 

「もしかして……監視を頼んでおいた森か?」

 

あの声を放ってはおけないからな。

 

「その通りです提督」

 

少し興奮気味の声。ほんとうにわずかだが……もう2年も一緒に居るんだ。ハッキリ分かる。

 

「落ち着いて聞かせてくれ。何があった?」

 

「はい……。泊地水鬼…です……私たちが埋葬した彼女。提督に会いたい、そう言っています。軽巡棲鬼を止めなくちゃ、と……」

 

 

 

          続く



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第五-37話

「落ち着いて聞かせてくれ。何があった?」

 

「はい……。泊地水鬼…です……私たちが埋葬した彼女。提督に会いたい、そう言っています。軽巡棲鬼を止めなくちゃ、と……」

 

 

 

第五-37話

 

 

 

ザザザザア………!

 

 

 

はるか彼方の水平線。どこまでも澄みわたる青空と紺碧(コンペキ)の大海原は、あの向こう側……もっともっと遠くへと続いているんだな。ただ単に、これ以上は目に見えないというだけなんだ……圧倒的なスケールの大自然。そして…そこを戦場として戦い続けた人々の、筆舌に尽くしがたき七難八苦……。

 

(司令、しっかりつかまっててくださいね!)ザザザザザ

 

(久し振りだから力加減おかしくなるかも。苦しかったらゴメンな)ギュッ

 

(あ…ぁん…………だ、大丈夫です! 雪風は気にしません!)///

 

(頼りになるな雪風は。でもさ……タクシーじゃダメだったのか? 俺はこっちのほうが嬉しいけどさ、いま汗かいてるんだぞ。雪風のセーラー服が汚れちまうよ)

 

(雪風のほうが速いですからね……運転手のみなさんには天龍への伝言をお願いしておきました。一刻も早く彼女にお会いになってください、司令。それと……雪風は司令の秘書艦です、司令の汗を嫌がったりしません!)

 

(分かったよ、俺の大切な秘書艦雪風。ちょっと第三しつちょ………うおおおッと!?)ガクン!

 

(ご……ごめんなさい司令!! おケガは!?)ズザザザ…ッ

 

(あ、ああ大丈夫だ。イルカでも居たのかい?)

 

(いえ……その…………司令が、雪風のこと……)///

 

いけね。さっきの興奮がまだ消えてないな……気持ちが高ぶってやがる。自分の本心を封じている普段通りの振る舞いができねぇ。

 

(……ビックリしてバランス崩しちゃいました……すみません)///

 

(いや悪いのは俺だよ……すまない。雪風、どこか痛めてないか?)

 

(はい、大丈夫です……)

 

(そうか……よかった。第三室長との話し合いがほんのちょっとヒートアップしてね、ひと汗かいてきたんだ)

 

(……お顔と腕にアザができてるのに。ほんのちょっとじゃありません……今、みんなは第六で明日の準備中です。キズの手当て、医務室でできる筈ですから寄っていきましょう! さっきはお拭きしただけですから心配です……)

 

明日はミルディたちの地域交流イベントだ。でも死者が甦ったとあっては……。

 

(いや、このまま第八へ頼む。俺のキズなら大丈夫だよ、先ずは泊地水鬼だ)

 

(……はい。分かりました司令)

 

トーンダウンする声。

 

(医務室に行くよりも雪風に癒してほしい。なめて)スッ

 

背後から抱きしめている体勢を崩さないように注意しながら、左腕をゆっくりと彼女の顔へと近付けていく。雪風はちょっと小柄だから、安定感を損なうことのないよう気を付けなくちゃだな。

 

(あ………はい、分かりました……あむっ……んちゅ…ちゅ……ちゅるるうっ。れろ……じゅる。れろぉ」ペロペロ

 

(気持ちいいな……痛みが消えていく。もっと強く)

 

(ちゅうっ……ふあい……わはひまひはあ……ん…ちゅうっ……れろ。じゅるっ! じゅぽおッ」///

 

(とても気持ち良かったよ……雪風、ありがとう)

 

「ぢゅる……はむっ…あむう………んふぅ…」///

 

(雪風?)

 

「はふぅ………あむ。……ぺろ…」///

 

夢中になっちゃったのか。何だか嬉しいような気恥ずかしいような。ま、ムリに中断させることもない。俺は彼女の髪を撫でながら束(ツカ)の間の快適な航海を楽しむことにした。

 

 

 

ガチャリ

 

 

 

「おう帰ってきたか! まったくもう、ここは賑やかじゃな~!!」

 

「あ!」

 

「司令官!」

 

「あらお帰りなさい!」

 

「司令官さん!」

 

ドドドドドド………ガバッ!

 

「みんなただいま。暁、泊地水鬼はドコに居る?」

 

「おかえりなさい。もう雪風から聞いたのね……って司令官、頬にケガしてるじゃない! 救急箱取ってくるわ!」

 

「だいじょうぶ暁、もう取ってきた。司令官……じっとして」ペタペタ

 

「アンカー外してる時のお前は神速だな……ありがとう響。……暁、ちゃんと腕でガードしたんだよ。勢いがあって顔に少し当たっただけだ……平気だからそんなカオしなくていいよ。泊地水鬼は?」

 

「……ほらココよ、司令官のお布団の上。お座布団の代わりに、ね」

 

俺が使ってる敷き布団と掛け布団が畳まれた状態で積み重ねられている。その上にちょこんと腰掛けているのは………。

 

「泊地水鬼」

 

「うむ。お前さん良い部屋で暮らしてるんじゃな。それにこの布団……このまま睡魔に身を委ねたくなりそうじゃ」トローン

 

美しい黒髪に白く鮮やかな角……このあたりは10日前に交戦した時と全く変わっていない。だが、劇的に変わった点が1つある。まるで人形のように小さな体、およそ30cmぐらいってところか。

 

「暁たちと談笑していたみたいだな……敵意はない、そう思っていいか?」

 

「うむ」

 

「俺はお前を死なせた。なのにお前は、それを責めはしない……と?」

 

「勿論じゃよ。お前さんは自らの役割を果たしただけじゃ。我の目的はな、お前たちが軽巡棲鬼と呼んでいるあやつを止めることよ」

 

「不思議なことを言う。奴はお前の仲間だった筈だよな? ……いや待ってくれ。お前はもしかして復活したというより、生まれ変わった…ということなのか?」

 

「そんな気がしておる。うまく伝わるか分からぬが、お前さんのあの攻撃を食らった時に目の前が真っ白になってな……気が付いたら我は全身土まみれのままで、雪風といったか……そこでお前さんに寄り添ってる艦娘と見詰めあっていた……というワケじゃ。肝を冷やしたぞ、大入道に食われてこの美少女も一巻の終わりかと思うたわ」

 

「ごめんなさい、森の中で巡回していたらお墓のトコで発見して…何だか可愛くてついジッと見てました」///

 

「雪風、彼女の遺体は?」

 

「分かりません……ですが、彼女がいま着用……っていうかぐるぐる巻きにしているのは明らかにあの時の戦闘装束です。ところどころ千切れているのは戦闘の証。もしも遺体がまだあるのなら、この小柄な体ではとても引きずり出せなかったと思います」

 

「その通りじゃよ、我の体は今やただひとつあるのみ。裸では不便なのでな、またこれを着ることにしたぞ。ツノでちょちょいのちょい、じゃ」ニッコリ

 

サイズに合わせて角で裁断したのかよ。器用だな。

 

「司令、余ってる大きいのはちゃんと保管してありますよ」ジーッ

 

お。雪風の目、もしかして……。

 

「分かった雪風、頼むよ」

 

「お任せを!」///

 

「……なんじゃ? 何の話をしている?」

 

「ちょっとね。泊地水鬼、お前の変身だけど……何か心当たりは?」

 

「さっぱり分からん。じゃが不愉快な気持ちは全くないぞ。それよりもな……お前さんこそちっとも驚いてなさそうじゃの。物足りんわ」

 

「昔話には、忠犬の遺体が埋葬されて、やがて枯れ木に花を咲かせてゆくストーリーがあるからな。お前はいま、現にそうしてそこに居る。それで充分じゃないかな?」

 

「………ほう。成る程な」

 

「お前が仲間に加わってくれるなら心強いが、俺たちは軽巡棲鬼を倒す。辛くないのか」

 

「我も違和感をいだいておったんじゃよ。こんな戦いに意味があるのかと。もっと別の道があるのではないかとな。お前さんに尋ねたい……この戦いの正体は、なんじゃ?」

 

この戦いの正体……か。以前の俺ならとても答えられない問いだな。

 

 

 

「偽り、だよ。何者かが何らかの目的の為に、お前たちを悪者に仕立てて鎮守府と戦うように仕向けている。本来なら戦う理由なんてないんだ……どちらも艦娘なんだから。お前たち深海棲艦はただ、亡くなられた人々の魂を送り届けようとしているだけなのに。尤も、役目とはいえお前を葬った俺が偉そうに言えたことじゃないんだけど……とにかく、この戦いは偽りだ」

 

「…………。我の仲間が世話になっておるらしいな」

 

「リッティか? いい子だよ、少しずつココでの暮らしにも慣れてきている」

 

「すまぬが彼女に会わせてほしい。二人で話し合って、お前さんの役に立つよう努めてみよう。ところでお前さん、キズは大丈夫なのか?」

 

「ああ何ともないよ。こうして仲間がいつものようにしっかり癒してくれるからな。リッティの件、確かに引き受けた。ん……終わったのかい響? ありがとな」

 

「薬の力と私の愛情。どんなキズだって治る……」

 

「ああ。その通りだ」ポンポン

 

「…………」///

 

「司令官さん……おカオ、痛そう。誰です? 誰がこんなヒドいことを」ナデナデ

 

電の表情がいつになく険しいな……いや、彼女だけじゃない。他のみんなの表情にも動揺と怒りの色が浮かんでいる。誤魔化したり隠したりすると大変なことになりそうだな。

 

「第三室長だ。でも勘違いするなよ、ケンカなんかじゃないからな? みんなだってこういうのはよく知ってる筈だ。お互いに譲れないものがあったんだよ」

 

「司令官が譲れないのって私たちのコトに決まってるじゃない。私たちも当事者だわ……司令官お願い、私たちにも何かやらせてちょうだい。あなたのために」

 

「そうです司令官さん!」

 

「ありがとう雷、電。でもな……第三艦隊に乗り込んで片っ端から投げ飛ばすなんてのはナシだぞ。もう勝敗は決したわけなんだし、大勢がそれを見届けたんだからね」

 

「投げ飛ばすのはダメ……なの?」ガサゴソ……パタン

 

「それと絞め落とすのもダメだ。あと、関節技もな」

 

「うぅ~! それじゃ行っても意味ないじゃない!」

 

やっぱり行く積りだったのかよ。

 

「だからココで待ってるんだよ。いまの雷の話だけどな、お前たち四人には重大な役目を引き受けてもらいたいんだ。もうすぐココへお前たちの新しい仲間が到着する。部屋の割り当てや案内を頼むぞ」

 

「まあ素敵ね! 今回はどれくらいの規模なのかしら?」

 

「第二艦隊と第三艦隊だよ。但し第三艦隊は何名か向こうに残るだろう……」

 

艦娘は義理堅い。あんな野郎が相手でも寄り添わんとする艦娘は必ず居る。

 

「ざっと三十人ってところだな恐らく」

 

「司令官さん! やったああああああぁ!」ギュウウッ

 

俺が第五艦隊に潜入したモチベはこの電の笑顔が見たかったから。何だかもう、ずいぶん前のことみたいな気がするなあ……。

 

「今まで寂しい思いをさせてきたからな。せめてもの罪滅ぼしだよ」ナデナデ

 

「罪じゃないのです……罪なんかじゃ………」

 

「そっか。ありがとな電」

 

「………」///

 

「第二艦隊の提督も来るぞ。彼のことは俺が預かる」

 

「男かぁ……タルトやミルディが放っておかないかも知れないわね。でも司令官はむしろそっちの方がイイのよね?」

 

「雷はお見通しか……その通りだよ、姫のみんなは対人スキルをもっともっと伸ばせるハズだからな。大切な機会だ」

 

「司令官……私たちの第八艦隊ってもしかして、第一艦隊よりも大きくなる?」

 

「どうだろうな……あそこは謎が多いから即答は避ける。でも、間違いなく肉薄はするだろう。何か気になることでもあるのか暁?」

 

「えっとね………先ずその前に……おめでとう司令官。パワハラ指揮官をやっつけたのね?」

 

「……俺の自慢話みたいになるとイヤだから適当にはぐらかした積りだったんだが……。くわしくは後で雪風や天龍たちに聞いてもらおうと思ってたんだよ……まあ……やっつけたってことになるのかな。ありがとう暁」

 

「そんなことだろうと思ったわ……言っておきますけど、響も雷も電もとっくに気付いてるからね?」

 

ま、そうだろうなぁ。

 

「まったく……お前たちには敵わないよ。これからも頼りにさせてもらうからな、忙しい日々が続くぞ…覚悟しててくれ」

 

「ふふ……お任せあれ。本題に入るわね、第三室長…パワハラの元凶をやっつけたってことは……彼の背後に居る親玉にとっては青天の霹靂ね」

 

親玉? あんな唯我独尊野郎に親玉なんて居るのか……? いや待てよ、あいつのパワハラは個人的な振る舞いではなく、その親玉の指図だったってことなのか?

 

「暁。すると奴は単なる……」

 

「ええ、恐らくはその親玉の手先。だって艦娘を相手にしてパワハラなんて、どう考えてもムチャよ。自慢じゃないけど私たちがその気になれば、一個人の室長なんて相手にもならない」

 

「確かにな。いくら陸上制約を受けるとはいえ、司令部での絶大な発言力はそれを補ってなお余りある」

 

「そこよ。彼に協力してる艦娘が居たんでしょ? だから彼は無事に過ごせていた……私たちのあなたに倒されるまでは、だけど」ニコッ

 

高雄と霞だ。あと暁、ここでそのセリフと笑顔は反則だ。今晩のおかず、分けてやるからな……。

 

「二人居る。さっき俺が、第三艦隊は何名か向こうに残るだろうと言ったのは彼女たちのことだ」

 

「気になること、何か言ってなかったかしら? 例えばそうね……第三艦隊という組織に関してとか」

 

組織か……そういえば……!

 

鈴谷、あなたの所為で……提督が負けたわ! 第三艦隊はね、第一艦隊の支援という重要な役割をどこの艦隊よりも忠実に果たしているの!! 提督は日々の激務で稽古だって満足にできてなかったのに!!

 

「確かに…言ってたぞ。第三艦隊にとってはな、第一艦隊の支援こそが何よりも重要な役割なんだという口調だったぞ……。待て暁……そうか、親分って……そういうことか!」

 

俺が予測していたサポート艦隊なんてレベルじゃねえ! もっともっと深くて強い結び付きなんだ。

 

「間違いないと思うわ。第三艦隊のパワハラは第一艦隊の差し金よ。そう考えれば、単なる職員の室長に艦娘が二人も従っていたことの説明が可能だわ……第三室長個人の力で従わせるなんて絶対ムリ。目的は多分、あなたが言った通りですね……艦娘同士の団結を阻止すること。パワハラで……つまり厳しい訓練と戦闘の日常を押し付けて団結なんて夢にも思わなくさせることね。そうすれば余計なことは考えず、司令部のためだけに働く忠実な艦娘を育成することができる。第一艦隊の提督は私たちの敵よ。それともうひとつ……」

 

なんてこった……どこまでイカレてんだよこの組織!

 

「……第一艦隊とは要するに司令部……いや、この国史庁歴史交流局の存在基盤そのものだ……。暁、もしかしてお前が言いたいのはつまり」

 

「はい。第一艦隊の提督はあくまでも指揮官に過ぎないのです。あの巨大な艦隊を支え、そして意のままに操るためには、この交流局そのものでなければ不可能だわ。つまり真のトップでなければ」

 

………………!

 

「パワハラ指揮官の親分は第一艦隊提督。そして第一艦隊提督の親分は……歴史交流局の局長、この組織のトップね。三人は縦の線で繋がっているの。私たちの戦いは、あと二人の男と軽巡棲鬼を倒すことで終わる……心配しないで司令官、私たちはずっと一緒だから大丈夫よ!」

 

 

 

          続く



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第五-38話

「……心配しないで司令官、私たちはずっと一緒だから大丈夫!」

 

 

 

第五-38話

 

 

 

ザワザワ…ガヤガヤ…

 

 

 

「お待たせしました。お並びのみなさん、どうぞこちらへ!」

 

「いらっしゃいませー」

 

「いらっしゃいませ!」

///

 

「いらっしゃいませー。うん……ネビュラだいぶ慣れてきたね……」

 

「そうだね、りりぃ。さいしょはすごくきんちょーしてたからね」

 

「一般市民が相手なんだぞ。鬼どもを相手にしてきた身としては勝手も分からぬ」

 

「ねびゅらはがんばってるよ。くーもまけないから」

 

「ああ、今日のこの催しは提督殿のご厚意だからな。お互い頑張って役目を全うしよう」

 

 

「あのさー、優待券ってのもらってきたんだけど。コレ使えるの?」

 

「失礼、拝見します。……はい、本日15時半までに限り軽食一回分を無料でお出し致します。いつでもご利用いただけますが……さっそくお使いに?」

 

「んー、いや後にする。ありがとなメイドさん」ノシ

 

「どうぞごゆっくり」ペコ

 

 

 

「たいしたもんだ……みんな本当に頑張ってくれてるんだな」

 

「そうでしょ~。ビックリした、提督ちゃん?」ニコリ

 

「ビックリしたし何より本当に嬉しいよミルディ……これなら次回もその先も安心して開催できる。短い準備期間でよくここまで教えられたね」

 

「私、陸の上での生活が長かったですから。それにほら、あの子たちって器用だし」

 

「そうだけど……それでもやっぱり大したもんだよ。今日は初回だからゼロプライス多めだけど、次からはしっかり値段設定する。お前たちの蓄えにしっかりプラスできるようにね」

 

ギュッ

 

流れるような身のこなしで俺の手を自らの両手で包み込みながら、顔の高さへと導いてゆくミルディ。

 

「提督ちゃん……ありがとうね。私たちのために、ここまでしてくれるなんて」ギュ

 

「元はと言えば、そもそも俺がタルトたちの接待パーティーを台無しにしたわけだからな。埋め合わせはしっかりさせてもらう……ミルディやみんなが喜んでくれるなら何よりだ」

 

「もちろんよ! 私もみんなも、心の底から喜んでるもの! あのね、みんなこの国に生きる市井(シセイ)の人々との初めての交流をね、本当に楽しんでいるの……。お給料を頂いたから貯金はちゃんとできてるのに、ここまで………私たち、に…………」グスッ

 

「ミルディは感激屋さんだな。初めて会ったときはクールな印象だったよ」

 

長いあいだ張り詰めていた緊張感が緩んできたんだろうな。いまのミルディこそ彼女が他者に見せまいとしてきた本当の姿なんだ。

 

「ご、ごめんね…私…」///

 

「謝らなくていい。この前言ったろ? ミルディは厳しく振る舞うよりも本来の優しさを出して振る舞うほうが威厳あるってさ。どんどん自分を出してほしい」

 

「提督ちゃん……」

 

少しビックリした表情を見せたミルディ。でも直ぐに、はにかんだ表情に。

 

「もうしばらく頑張って。俺は他のみんなのトコも見てくるよ……直ぐに戻らなくていいよ、気持ちが落ち着いてからでいいからね。それと写真撮影には気を付けて……ネットにアップされてるのは確実だからな」

 

「うん、分かった……全員ウィッグとかで変装してるしメイド服の露出度も低いから、目立たないけど……気を付けるよ」

 

「みんなキレイだからその程度の変装じゃ魅力を隠しきれてないけどな……それじゃ、頼んだよ。また後で」

 

「うん……」ノシ

 

 

 

 

 

ドドドドドドドドド……!

 

 

 

来たか。

 

「お兄いいいいいい!!」ドゴオオン!

 

「うおおおおおお!!」ガシイィッ!

 

ズザザザザザ……!

 

北方棲姫の抱擁タックル……相変わらず元気いっぱいだ。

 

「ふわぁ……うけとめられちゃった。お兄すごい!」ニッコー

 

「クッキー、そのメイド服かわいくて似合ってるぞ。みんなは?」

 

彼女、北方棲姫は姫グループで九号と呼ばれていたらしい。そこで試しにクッキーって名前を提案してみたら、とても気に入ってくれたので即採用。

 

「へへ~ありがと! タルトはモテモテだよ、さっきも男が大勢あつまってたんだ!」

 

やっぱりな。いくら変装してもあの美貌は隠せない。しかも第五艦隊でたくさんの男を魅了してきた話術と包容力の持ち主なんだから。

 

「ファンクラブができても驚かないよ。ここはフィッシングとランチとリラクゼーションのエリアだったな。ここの担当はクッキーとタルトに、よっちゃんとはっちゃん……あと、雷巡の副隊長たちだったな」

 

「ヘッドギア外したとこ見たの初めてだよー! 八人ともちゃんと違うおカオだった!」

 

「接客はどんな感じ? やりにくそうとか、そういうのなかった?」

 

「えーと……ううん、だいじょうぶ。ミルディが教えたとおりにできてるよ」

 

「そっか、よかったよ。クッキーはどうだい、楽しんでるか?」

 

「うん、楽しい!! 知らない人とお話したりね、お菓子やジュース持っていってあげたり………とっても楽しいの!!」///

 

本当に心から楽しんでるって分かる表情のクッキー。はやくこの戦い、終わらねえかな………そうなればみんな、毎日こんな素敵な表情を見せてくれるだろうし。

 

「提督! 我らの様子を見に来てくれたのか」

 

「司令官……お疲れ様ですぅ」

 

「あの…………お、おつかれさま……です」///

 

「よっちゃん、はっちゃん、お疲れ! ………と、ええと」

 

誰だっけ………あ、もしかして!

 

「副隊長のひとり……だね? こうして話すのは初めてだよ。調子はどう?」

 

「な、なんとか……です。あの……提督、きょうは……ありがとう。私、がんばります……」

 

「俺のほうこそ。初めての土地に連れてきたりいろいろと強引だったと思ってる。今日だって……」

 

「いいえ。新しい生活は暖かいお布団や美味しいお食事がいっぱい。そしてここで暮らす人々との出会い。とても嬉しい……。ミルディは島を離れるのが辛そうでしたが、でも……」

 

「うん」

 

「彼女もいつか、きっと実感します。この国こそが私たちの居場所なんだって」

 

「そうだな……。ああ、その通りだ。これからはみんな、ここで暮らしていくんだからな」

 

「はい」///

 

「提督」

 

「司令官……」

 

「お兄、私も?」

 

「もちろん。クッキーもみんなと一緒だ……ここでずっとだよ。タルトは何処に居る?」

 

「あれ………さっき男にかこまれてたのに。よっちゃん知らない?」

 

「いや……そういえば見当たらんな。八号、知らんか?」

 

「もぉ~。八号じゃなくてはっちゃんだってば」

 

「おっと…そうだったな、すまない。で、どうなんだはっちゃん」

 

「タルトはよく働いてるからぁ~、あちこち動き回ってるの。男の人がいっぱい居るところに行けばきっと見付かります~」

 

なんだか魚の群れを探すときに、海鳥のたくさん集まってる場所を目印にするのとそっくりだな。

 

「分かった探してみるよ。みんな、引き続きよろしく頼む。また後でね」

 

 

 

 

 

どうやら今日のイベントは成功間違いなさそうだ。お客の数はざっと見ただけでも優に100を越えているし、表情には満足そうな色を浮かべている人が多い…それもこれも、彼女たち艦娘の働きが素晴らしいからだな。

 

 

 

「よう! なかなか繁盛してるじゃねえか」

 

「あ……課長! 来てくれたんですね。ありがとうございます」

 

「デスクワークなんざやってられるかってんだ。今日は久々にゆっくりできるんだ……お前のイベントを視察するって大義名分のお陰でな」ニヤリ

 

「……課長って何だか、現役の頃の情熱をそのまま持って背広組になったって感じがします」

 

「ワハハハハそうか! そう見えるか!」wwwww

 

屈託のない笑顔。こういう時の課長はまるで少年みたいだ。

 

「なあ、いつもの制服はどうしたんだ? お前だと気付くまでに時間が掛かったぞ」

 

「あの服のほうがいいんですけどね。この会場には合わないと思ったので、今日はこの通りラフな格好ですよ」

 

「雰囲気を壊さないように、か。確かにそうしてると来場者みてぇだな……だが警戒心を忘れるなよ。敵はもうズタボロだがそういう奴は何をしでかすやら分からんからな」

 

「はい。そして……昨日の件では、お騒がせして申し訳ありません」ペコリ

 

「構わん……お前のその顔と腕のキズ見りゃ分かる。男らしく正々堂々と何かのルールに則(ノット)り勝負を挑むならまだしも……防具すら着けずに殴るなどクソのやる事だ。お前の報告書は読ませてもらったぞ……それと、第二室長からの報告書もな。今朝、古鷹殿がわざわざ司令部まで届けに来てくださったんだ。お前のことを熱心に庇っていたぞ……何ページもな」

 

アユム……あいつ。

 

 

 

「ちょっと疲れたね……どこか休憩できる場所は…」

 

「んーそうだね。ココってけっこう広くてビックリしたよー。いつも立入禁止だったもんね」

 

お客だな……夫婦か恋人同士って感じの若いカップルだ。

 

「休憩所ならこのまま真っ直ぐの所です。食事もできますので、よければどうぞ」

 

「あ……そうなの。行ってみる?」

 

「うん行ってみよ。どうもですー」

 

「ご来場ありがとうございます」

 

立ち去るカップル。そしてふたりを見送る俺と課長。

 

「なかなかなモンじゃねぇか。お前にゃそうやって艦娘と一緒に働くほうが似合ってるのかもな……戦闘よりも」

 

「でも今は、戦闘に集中するようにしています。古鷹は何か言ってましたか?」

 

「指揮官と同じだよ……お前を庇っておられた。話が途中だったが、俺はお前たちの報告書を読む前から分かっていたよ。お前がきちんと結果を出すだろうってな。だから昨晩、アイツが青ざめたツラして俺んとこに顔出した時にな、俺は何のためらいもなく処分を言い渡すことができたんだ」

 

そうか……もう処分が……。

 

「先週の月曜日……お前に特務分室室長の任に就かせる指令を伝えたな。あん時な、最後に俺が言ったこと覚えてるか?」

 

そういえば……何か言われたぞ。ええと………。

 

 

「……さっき第二・第三艦隊と肩を並べるなんて言ったが、ありゃ間違いかも知れん」

 

今までで、最も楽しそうな笑顔を浮かべた課長。

 

「ど、どういう意味ですか?」

 

噛んだよ。カッコ悪っ!

 

「今のお前なら上層部はもう、頼りない新人扱いなんてしないってこった。特に、それが貴重な存在である艦娘の意志に関わる事柄ならな」

 

???

 

「ハハハ、きょとんとしやがって。まあいい、気を付けて帰れよ。ほら指令書だ」パサッ

 

 

思い出した。あの時は課長の言ってる意味がよく分からなかったけど……。

 

「覚えてますよ。課長、今なら分かります……あの時の言葉の意味。課長は、我が第八艦隊の規模が第二・第三艦隊に並ぶどころじゃなくて、ずっと大きくなるって予言してたんですね。実際、どうやらその通りになりそうですよ……もしかして課長には分かってたんですか?」

 

「傍(ハタ)から見てりゃ分かるさ。岡目八目って言ってな……。お前はな、艦娘からとても評価されてるんだよ。だからあの人たちがどんどんお前んとこに集まってるんだ。俺たちの派閥連中もお前を評価してるが、その重みは比較にならん。あのヤロウが誰の操り人形だろうとな、お前は負けねぇよ…こちらもある程度は黒幕の正体に関して予想を立ててるけどな。俺たちと……そして何より、あの人たちがお前を後押ししてるんだぜ。頑張れよ、あと少しだからな」バシィ!

 

背中に激励の一撃。凄い力だ……あの野郎なんて比較にならないってハッキリ分かる。それでいて、ちっとも痛くなくて……心を奮い立たせてくれる。そんな不思議な感覚。

 

「はい……課長。きょうはわざわざ、ありがとうございました」

 

「他にも何人か来てるんだよ……お前のくれた優待券を持ってな。さしずめ、会場内の治安対策に、かな」ジーッ

 

バレてるよ。さすが課長だな。

 

「降参します! 帰りの道中、お気をつけて」

 

「ああ、ありがとよ……おっと忘れるとこだったぜ。お前、なんであのクソに勝った後でいろいろ問い詰めなかったんだ? お前だって言いたいことは山ほどあったんだろうが」

 

「ええ確かに……でも、あの時はそれがマズいかなって思ったんです。興奮してましたし、あのままじゃ余計なコトまで言ったかも。大切なのはパワハラを止めさせることです。あの野郎を必要以上に追い詰めちゃいけないと思いました……今も同じ気持ちですよ」

 

「…………そうか」

 

「それにアユムが……あ、第二室長が後を引き受けてくれましたから」

 

「ああ、立派な報告書だったよ。お前を庇う記述が多過ぎたけどな……お前の言い分は分かった。後はこっちに任せとけ。今日のイベントの報告書、忘れるなよ!」

 

 

 

          続く



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第五-39話「任務達成」

「……お前の言い分は分かった。後はこっちに任せとけ。今日のイベントの報告書、忘れるなよ!」

 

 

 

第五-39話「任務達成」

 

 

 

ピンポンパンポ~ン

 

 

 

「本日はご来場くださり誠にありがとうございます。みなさまにお伝え致します……現在、時刻はちょうど四時でございます。あと三十分でイベントを終了させていただきます。お忘れ物などなさいませんよう、お気をつけになってください………」

 

場内アナウンスだ……もうそんな時間なのか。司令部の人たちには一通り挨拶したし、あとはタルトだけだな……料理を担当してくれた業者スタッフによると、数人の男のグループと一緒にこっちへ向かったって話だったけど……だんだん周りに木立や芝生といった緑が多くなってきたな。第六艦隊の鎮守府だった頃には休憩や気分転換の場所として使われていた区画なんだろう。

 

「……………さ………レイだよね……」

 

 

「ほん…………そうだね。まるでモデ…………………」

 

複数の男のものと覚しき話し声だ。近いな……こっちか。……ん? 遠くに見えるあの山……そうだ、艦隊のみんなや妖精さんたちと一緒にココへ来た時、俺と雪風が隠れていたのがあの辺りだったな……。つい先月のことなのに、何だかもうずっと前のことみたいだ。

 

「ふふ……ありがとうございます。でもみなさんのほうこそ、ちゃんとリフレッシュできましたか?」

 

「すげぇ元気でたよ! メイドさんのお陰さー」

 

「俺も俺も。マッサージすっげえ上手でビックリしたし! またやってほしいわー」

 

タルトはリラクゼーション担当だったな。かなりの力仕事だが、いくら陸上制約があるとはいえ戦艦のタルトなら問題はない………ひとり、ふたり……男は5人か。全員若いな、アユムとあまり変わらない感じだ。タルトは………居た。男たちの輪に囲まれて談笑している。

 

「もしも次回の開催があればまたお越しくださいね。おもてなし致します」ニッコリ

 

「マジで!? そんなら俺さ、絶対来るし!」

 

「僕も僕も。楽しみだなあ」

 

「メイドさんに会えるイベント………もしも次やらなかったら主催者は単なる無能……許しませんフヒヒ」

 

聞こえてんぞこのヤロー。だがしかしタルトの魅力が分かるってのはナイスだ。

 

「………無能じゃありません。タルトにとても優しくしてくれるんですよ?」

 

「え……メイドさんさー、タルトって名前なの? なんかプロっぽくね」

 

「なぁメイドさんもしかしてさ、主催者ってメイドさんのオトコなわけ?」

 

「なんですと! それは聞き捨てならん!」

 

「たりめーだろ。こんなにキレイでしゃべりが上手いんだぜ。オトコがほっとくワケねーじゃん」

 

「な、なるほどな。拙者としたことが……」

 

「ね、お姉さんドコのお店から来てるの? やっぱり東京のほうとか?」

 

「え………あの。その……お店?」キョトン

 

ポン。

 

「あ………」///

 

「なあコイツの質問に答えてやってよー。俺も聞きてーしさ」

 

「あ、なに気安く肩なんか触ってんだよ。俺だって」ギュッ

 

「ああっ……だ、ダメ……です」///

 

「まあまあそう言わないでよ……メイドさん、さっきはほんとキモチよかったよ。ありがとう」ギュッ

 

「ど……どういたしまして……。喜んでくれたならタルトも嬉しい……」///

 

「そりゃもう。うわ……手ぇスベスベだね。すげえキレイ」ギュッ

 

「あは……あ、あり……がとぅ」///

 

「ん………メイドさん何だか顔が赤いような。大丈夫でござるか?」ピトッ

 

「……………!!」ビクン

 

「どうよ?」

 

「ふむ。熱はないようでござる……」

 

「タルトを……心配してくれてるの……? はぁ……はあ……」///

 

「お、おいメイドさん平気? なんか様子がヘンだぜ……どうなってんだ」|||

 

「ああ……目が…とろけてるような」|||

 

「ちょ………メ、メイドさん?」|||

 

「なに引いてんだよ。僕たちをリラックスさせるためにこんなステキな場所まで連れて来てくれたんだよ? 芝生に寝かせてあげようぜ……ほらメイドさん、ここに」ファサッ

 

自分が着てるパーカーを芝生に……かよ。あの男、どうやらリーダーっぽいな。優しいトコあるじゃないか。

 

「そ、そうであるな。メイドさん、拙者につかまって……ほら寝かせるでござるよ」

 

「はぁ…はぁ……はいぃ…ありがとう…ございますぅ」

 

むにゅん

 

「あぁ…ッ」///

 

「うほっ!」

 

タルトを支える腕に豊満な胸が触れたもんだから奇声を発しやがった……リアクションと本能がゼロ距離で直結してるなアイツ。

 

「うっせーよ……何ヘンな声だしてんだよ」

 

「な、なんでもないでござる!」ドキドキ

 

「ほらほら大きな声ださないで……メイドさんビックリするだろ」

 

「あ……不覚。メイドさん許してくだされ」

 

「い、いいんですよ……少し楽になりました………みなさん……ありがとう」///

 

「けどよ心配だぜ。俺、さっきんトコ戻って誰か他のメイドさんに伝えてくるわ。お前らメイドさん見とけよな」

 

「わーってるよ、さっさと行け。しっかり頼むぜ」

 

「おう」ザザッ

 

 

どうやらタルトの男好きが発動しちゃったみたいだな……それにしても気のいい連中だ。よし、そろそろ行くとするか。

 

ガサガサッ

 

「あん?」

 

「おやぁ……どちらさまでござる?」

 

「あ、えっとこれは、なんでもなくてその……」

 

「メイドさんの具合が悪いみたいで……ここの関係者ですか?」

 

「ああ、そうなんだよ。会場を見回りながらその子を探していたんだけど……どうやらお世話になったみたいだね。ありがとう」

 

「よかったあ。ツレがメイドさんの仲間を呼びに行ってるんです。メイドさん、あなたを探してる人が来てくれたよ。ほら」

 

「え……?」

 

(タルト、具合はどうだ? イベントは大成功だよ、お前たちのお陰でね……ありがとうな)

 

「あ…あぁ…て…ていと…」///

 

「帝都? なにやら古風な単語がでてきたでござる」

 

!? ちょっ……! それは俺たちの正体を知らない人の前では言っちゃいけない禁止ワードだろ! やべえ!

 

ズザザザザ!!

 

 

ギュウウウッ!!!

 

 

「あはあぁあん!!」///

 

「うほおおおお!」///

 

「いやだからオメーそれやめろっての」

 

「うわスッゲ……見えなかったわ」|||

 

「僕も。それに……なんて情熱的なハグ」ジーッ

 

(タルト落ち着けえええええ! それダメだから! ほかのどんな呼び方でもいいが提督はダメだ!! あとモチロン司令もな! な! な!)|||

 

「あ……はいぃぃ………あはあ……ご主人様あ………」///

 

念話で話し掛けてんのに素で返事してる……こりゃかなり興奮してるな……。

 

「フヒヒご主人様キター! それでこそ真のメイドさん!! キタ━(゚∀゚)━!」

 

「なんで涙目で喜んでんだよ。つーかメイドさんなんかスゲー元気になったな」

 

「ああ、チカラみなぎってるじゃん……フラフラだったのに」

 

「残念……僕らじゃムリかあ……すごくタイプなのになぁ」

 

このメンバーならみんなに良い影響を及ぼしてくれそうな気がする。鎮守府の中だけじゃなく、もっともっと広い範囲の人々と付き合わなくちゃダメなんだ……よし決めた。

 

「また来てくれるんだろう? 他のメイドだって魅力的な子がたくさん居るんだからね」

 

「そ、それはもちろんでござる! ということは次も!?」

 

「ああ開催するよ。約束する」

 

「うおぉやったぜ! 俺、ゼッテー来るし! オマエラはいいわ」

 

「ざけんな。俺だって来るにきまってんだろ」

 

「我が守護霊たるニンフよスプライトよピクシーよ。愚かなるこの者どもを滅ぼさんと欲(ホッ)す。我が願い聞き届けよ……我にチカラを……以て邪悪なる者どもに裁きを………」フオオオ

 

「んなコトで妖精に頼ってどーすんのさ。えっと……ツレがメイドさんと一緒に戻ってくると思います……担架ありますよね」

 

「ああ、スタッフルームにちゃんと備えてあるからきっとそれ持って……んぷぅ!?」

 

「ひょええええええ?!」

///

 

「いやだからオメーさあ……いやもういい好きにしろ」

 

「…………わぁ」///

 

 

「あむっ………じゅるっ………あふう………ああ……くちゅう………」///

 

俺の首の周りにしっかり両腕を巻き付けてキスしてくるタルト。そしてその様子を見ている4人。

 

「くーたちはね、いつもこうなの………たたかったあとはね、すごくきもちがこうふんして……からだがあついの」

 

思っていた通りだ……リッティとの戦闘で体が火照っていたんだ。それが分かっていたから、このイベントで新鮮な体験をすることで欲望が昇華されるように手筈を整えたんだが……タルトにはイマイチ効果が足りなかったか。他のみんなは問題なさそうだったから、彼女も同じく何とかなるんじゃないかと思ってたんだけどな。

 

「じゅるる………くちゅ……はふ……んふ…れろ」///

 

「…………………」

 

4人とも全く声を発することなく俺たち……いやタルトの方を食い入るように見詰めている。

 

「んふぅ………ちゅるう……ご主人様ぁ……タルトのおっぱい触ってえ……」ガシッ

 

な………ッ! すげえ……ものすげぇ腕力! ウソだろ…まだ補正が上がり続けてるのかよ!?

 

むにゅう……ぐにゅう!

 

「ふひゃあ!!!」///

 

「…………すっげ」

 

「すごいや………メイドさん、その人のことそんなに……」

 

「あはぁ………うふふ。ご主人様のおてて凄く気持ちいい……あの夜は引っくり返されちゃいましたけどぉ」

///

 

ぐにゅっ……

 

「きょうは逃げられませんよぉ………ほらあ……もっとぉ……」ギュムウ…

 

まったく……戦闘では一切スキを見せないタルトなのにな。今はまるで周囲に注意を払っていない。俺の方ばかり見ている……。だから向こうから歩いてくるミルディたちに気付いていない。彼女たちに何とかしてもらってもいいが……それだとタルトが責められてしまう展開かも知れないな。それなら……

 

「タルト。ひとつお願いがあるんだが」

 

「くちゅう……ふえ……? お願い、ですかあ?」ペロ

 

「ああ。いっぺんお前をだっこしてみたいと思ってたんだ。いいかな?」

 

「ええ……私…大きいからムリですよぉ………170cm以上あるんですからぁ」

 

「知ってる。だからさ……お姫様だっこってやつのほうだよ」

 

「え…………」///

 

「それならカンタンにできるからさ。な、いいだろ」

 

「でも………それじゃおっぱい触ってくれないじゃないですかあ」

 

「タルトはイヤなのか? 俺にお姫様だっこされるのが」

 

「そ、そんな! そんなワケありません!」クワッ

 

お。普段の口調が戻ってきたぞ。

 

「さっきタルト、あの夜のこと言ってたな………俺もあの夜にハッキリ言ったぞ。タルトのことが好きだってな」

 

「! ご主人様……タルトにお、お姫様だっこ……してください……」///

 

「おほおおおおお! メイドさんよく言ったああ!」ブワッ

 

「………オメーほんとブレねーのな」

 

「もうすぐ門が閉まるね。僕たちもそろそろ帰らなくちゃ」

 

「だな。ダラダラしてたら今日の楽しさがうすれちまうわ」

 

「よし分かった、それじゃいくぞ…………よっと」

 

 

フワリ

 

 

俺がタルトを抱えあげるのと同時に絶妙のタイミングで地面を軽く蹴ってくれたから、彼女の体は軽々と舞いあがる……そして両腕でしっかり受け止めたその拍子に、ウィッグの黒の下から舞い踊る本来の寒色系の美しい髪が少し見えた。でも他の4人は気付かないだろう……辺りは夕焼けに包まれているから視界は昼間のように鮮明ではないし、タルトとの距離だってそんなに近くはない………もちろん、あくまでも物理的な意味で。精神的には……どうなんだろう? さっき一瞬とはいえ、ドン引きしてたのが気になるけど……タルトの良い友達になってくれたらいいんだけどな。そしてやがては……地域の人々も。そしてタルトとだけじゃなく、他のみんな全員とも、だ。

 

「行くぞ。さっきみたいにしっかりつかまってなよ」

 

「はい、ていと……ご主人様」ギュッ

 

「みんなも。今日は本当にありがとね」

 

「いいえ、それほどのことは……。行こう」

 

「楽しかったでござる。それにしても帝都とは結局、なんだったのやら……」

 

「あっという間だったな。ちょっとビックリしたけど」

 

「………メイドさん嬉しそうだな」

 

 

(長波、聞こえるかい?)

 

(バッチリだよー。そこを見渡せる丘の上に居るんだ。今日もイロイロお疲れ様、提督みてるとほんと飽きないぜ)クスクス

 

(あの4人……いや5人のこと、どう思う?)

 

(ずっと見てたけどイイ子たちだね。3人はちょっとワルを気取ってるけどその年齢ならちっともヘンじゃないよ)

 

(同感だ。他のエリアはどうだった?)

 

(問題ナシ! 秋雲が退屈だって言ってた)

 

(そうか良かった。司令部の人たちとお前たちのお陰で無事に終われる。ありがとう)

 

(提督はほんと抜け目ないねー。タルトの様子はどうだい?)

 

(どうやらすっかり落ち着いたみたいだよ。さっきは少し驚いたけど)

 

(だから言ったでしょ? タルトはしっかり発散させてあげなくちゃ)

 

(長波の言う通りだ。イベントでの経験が衝動を抑えてくれると思ったんだが甘かったよ)

 

(お店でのタルトは落ち着いてたよ? 男の客に次から次へとマッサージしてあげてもね、ちっとも興奮してなかったし)

 

(だろうな。タルトは真面目な艦娘だからな、仕事中は決して自分を見失ったりしないよ。ただ、屋外の開放的な雰囲気はマズかったな)

 

(それはこれからの課題だね。……さてと、どうしよっか? もうしばらく巡回しとく?)

 

(いや、もう終了してくれて構わない。ありがとな、長波……みんな、ありがとう。お疲れ)

 

(ん、分かったぜ。ミルディと護衛とさっきの男子がそっちに向かってるからね)

 

(ふぃ~おわったおわったー。お疲れ様~)

 

(ね、提督。なかなか個性的なメンバーじゃん? なんだか楽しくなりそう。お疲れ様ー)

 

(お疲れ様…です……それでは私はこれで………)

 

 

(提督……ずっと………タルトのこと………)///

 

(当たり前だろ。勿論、これからもね。よろしくなタルト)

 

(………………!!)ギュウウゥ

 

 

 

 

 

パクパク……モグモグ

 

 

 

「このちょこおいしい。しれえも……はい、あーん」つ

 

「お、ありがとうくー」パクッ

 

「わー大胆! くーの指ごと舐めちゃった!」

 

「最初は俺がしてたんだけどな。いまはくーもこうして俺に食べさせてくれるんだよ」モグモグ

 

うん美味え。

 

「くっきー。おたべ」つ

 

「ありがと!」パクッ

 

「うわあくっきーもだいたんだね。しれいとかんせつきす」パクッ

 

「あはは、いきおいついちゃった。うまくチョコだけ食べようとしたけどさ」

 

「いいよ、しれいはみんなのことがだいすきなの。くっきーもしれいとどんどんなかよくすること」

 

「まかせといて。それにしてもアンタ……ちょっと明るくなった?」

 

「そう? じぶんじゃわからない」

 

「クッキーの言う通りだな。くーは明るく、それに表情豊かになったよ」

 

「たぶんしれいやいなずまのおかげ。ここにきてからほんとうにやさしくしてくれたから」

 

「嬉しいよ。それ、電にも言ってあげてくれるかい? ぜったい喜ぶから」

 

「そうなの? わかった」コクリ

 

「それじゃ始めようか。こんな時間にわざわざ執務室まで来て、どんな話がしたいんだい二人とも?」

 

お互いに見詰めあう2人。どちらが話すのかアイコンタクトで確認してる。

 

「あのねしれい……ぱわはらやろーのことなの」

 

! 俺が使ってたアイツの呼び名……だ。

 

「くー、悪かった……どうやらお前の前で汚い言葉を使っていたらしい。すまん、あの男のことは第三室長とか室長と呼んでくれるかい?」

 

「ん………くーがいうとしれいはつらい?」

 

「ああ。別にくーを他のみんなと区別してるわけじゃないんだ。それだけは断言する。あくまでも俺からのお願いだよ」

 

「うんわかった」

 

「クッキーもな。勝手だがこれだけはお願いするよ」

 

「いいよ、お兄のお願いだもん」ニッコリ

 

やれやれ……気を付けなくちゃ。どうやらくーは俺の言った言葉遣いを真似していたらしい。彼女はしっかりしているから、自分で考えて表現を使いわけているだろうと思い込んでいた。くっきーもくーと同様に幼い外見だから、丁寧な言葉遣いをしてほしい。勝手なこと考えてんな俺……ほんと、俺自身が気を付けなくちゃ。2人の前では特に。

 

「しれいはわるいしつちょーをやっつけた。もうみんなしってるよ。でもね……しつちょーはね、なんであきらめたの?」

 

ふうむ。

 

「諦めた……か。ずっと艦娘へのパワハラをしてたくせに、なぜ俺に負けただけでパワハラを止めたのか、それが分からない?」

 

「うん」

 

「そうなの。いきなりお兄をなぐったんだよね……すごくイヤなヤツ」

 

「クッキー。頼むよ」

 

「あ、ごめん。きたない言葉はダメ、なんだね。えっと……負けたらパワハラやめるって約束があるならさ、わかるけど。でもそんなのしてないもん。負けただけでやめちゃうなんてわからないよ」

 

「くー、クッキー。それはな、メンツとかプライドってやつなんだ。男ってのは自分のメンツやプライドをへし折られるとな、ガクッとしちゃうことがとても多いんだよ。それまでの勢いなんて雲散霧消(ウンサンムショウ)……消えてしまうのさ。第三室長はプライドを折られたんだよ。だから意地を通し続ける気力を失ったんだ」

 

「…………………??」

 

納得……してないなあ。こりゃちょっと難しいかも。

 

「えらいひとにおこられたんじゃないよね?」

 

「ああ。課長はそれを懸念していたよ……騒ぎが大きくなってしまうからな」

 

「お兄、むずかしいよー」

 

……幼稚園の先生って本当に凄いと思う。言語能力や周囲の人々との共通認識がやっと発達しはじめたばかりの世代にわかりやすく物事を教えていくんだから。

 

「えっとな、クッキー。組織ってのはとても繊細なんだ。何かトラブルが起きたらな、ちゃんとした方法で対処しないと大変なことになるんだよ」

 

「だったらえらい人が怒ればいいじゃない。そのためのえらい人でしょ。ちがうの?」

 

「そうだよ。こどもをしかるのはおとなのしごと。なんでえらいひとがなにもいわなくてしれいがいたいめをみなくちゃいけないの? ほんとにおかしい」ナデナデ

 

負傷した左腕をやさしく撫でてくれるくー。

 

「二人とも、ファンタジーの町の中でいきなりドラゴンが現れたらみんなどうなると思う?」

 

「ええー! 大騒ぎだよ、みんな逃げるよ!」

 

「だな。じゃあファイターとかシーフは?」

 

「それはふつう。だれもおどろかない」

 

「その通りだ。組織ってのはな、町と同じなんだよ。そこで働く人たちはしっかり役目を果たしたら家に帰ってゆっくり休む。それを繰り返す。そうやって懸命に働いているのにさ、ある日とつぜん騒ぎが起きたら誰だってビックリしちゃうよ。日々を平穏に過ごしたいだけなんだからな」

 

「…しれいぶのえらいひとたちは、どらごんなの?」

 

「そうだ。強大な権力と財力を持つ恐るべき存在だ。そんなのが組織の問題にいちいち対処していたら非常に目立つし、働いている人たちは何事かと驚愕すること間違いなしだ。そんなのは町にドラゴンが現れるぐらいにとんでもないことなんだ。でも、俺みたくただの室長が動くだけなら全く問題ない。それなら目立つこともないし、万が一失敗しても別の人間にやらせればいいだけさ」

 

「はたらくひとをびっくりさせちゃだめなのね」

 

「そうだよくー。組織の静けさを乱す者は絶対に許されない。そいつの選択肢は三つ。心から謝罪するか、組織を辞めてしまうか、それとも」

 

「どらごんとおなじぐらいつよいなかまをみつけてたいこうする」

 

くーは本当に頭の回転が速い。この短時間の会話でもう俺の言わんとすることを察したか……その洞察力は暁にも負けてない。

 

「それが第三室長だよ。だから途中まではうまくいっていた。でもな……ドラゴンと同じくらい強い仲間は結局、ほかにも居たんだ。俺はそのチカラを借りた。そしてあの男は処分を受けた。クッキー、くー。お前たち艦娘のお陰でね」

 

「私も艦娘……なんだよね?」///

 

「歴とした艦娘だよ、誇ってほしい……。あいつは油断してた。あんなことをずっと続けていられると勘違いしたんだ。組織をよく知ってるからドラゴンはなかなか手を出せないと油断した……まさかドラゴンのチカラを借りた凡人が来るとは夢にも思わなかったんだろう」

 

「しれいはぼんじんじゃないよ。わたしたちのしきかんだもん」

 

「ありがとな、くー」

 

「う~ん何となくわかってきたよ。それじゃあもうひとつの問題。なんであの室長はプライドなんか気にしてパワハラをやめたの? プライドってそんなに大事なの?」

 

「男ってのはとにかくメンツやプライドを気にするんだ。もっと上の世代なら矜持(キョウジ)とか誇りって言葉を使う。それを他人に折られたらね、それまでの勢いや気力を失うんだよ。逆にね、折られてないうちは凄まじい力を与えてくれるんだよ。だからプライドを折られていない人間はバリバリ働くし、他人に対して攻撃的な態度を示す者も居る」

 

「ええ~? 組織ってのは静かにしなくちゃいけないんでしょ? おかしいよそんなことしたらみんなおこるよ」

 

「いや怒らない。対立する相手を攻撃するのは社会では珍しいことじゃない。問題にならない範囲から飛び出たりしないように注意していれば、誰も怒らないんだ……たとえば誰も見ていない時に相手を攻撃する、とかね」

 

「ひどい! そんなの卑怯だよ! なんでそんなことするの!?」

 

こんな風に断言できるクッキーが羨ましいな。俺も何十年かしたら、「卑怯なヤツ」になるのかな……ったく冗談じゃねーぜ。

 

「何故ならプライドがそうさせるからだ。太陽が植物に光合成させるのと何も変わらない。プライドは人を突き動かす。プライドは人を豹変させる。そんなシロモノに心を乗っ取られた人間が大勢いるのが社会なんだよ……社会ってのはプライドという暴風が人の数だけ渦巻いてるようなトコなんだ。そして、負けたプライドはもはや暴風になれない……小さなそよ風みたいになるだけだ。その時になって初めて悟るんだよ、自分が今までどれだけ多くの人間を傷付け倒してきたのかを、ね。室長の場合はプライドをへし折られただけでなく、その場面を部下や俺や俺の仲間に見られたんだから致命的だ。ヤツは俺を最初から見下していた……ま、それがスキを生んだんだから自業自得だな。そんな相手に負けて、しかもそれを大勢に見られたんだからプライドは粉々だよ」

 

恐らく生涯級のトラウマだろうな。だが高雄と霞はヤツを見捨てたりしないって確信がある。

 

「プライドってこわいよ。まるで悪魔みたい」

 

「王さまの枕元に現れて、願いを叶えてやるから千人分の国民の魂を差し出せ……ってのと、ちっとも変わんないな。プライドもな、こんな風にささやくんだよ……あいつ生意気だから恥かかせてやれよ。あの部長に好かれたら得するぜ、部長のライバルを潰しちまえよ……こんな感じだよ」

 

「…………………こわい」

 

「うん。ひどいよね」

 

「だから二人には、そういう連中に関わってほしくないんだ。そんなのは俺の役目だよ……あいつはプライドに支配されてたから、艦娘にパワハラするなんて愚行を犯した。そうしていれば自分の居場所を確保できると錯覚してたんだよ」

 

力に憑かれてしまった者の末路だ。

 

「だからかんむすだいすきなしれいはおこったんだね……だからやっつけたんだね?」

 

「そうなんだよね、お兄? そうだって言って!」

 

 

「そうだよ二人とも。あんな奴を放置してたまるか。同じような奴が現れたら、俺は何度だってあいつの後を追わせてやる」

 

「しれい……」///

 

「言ったねお兄」ニッコリ

 

「お前たちにこんな話をするのは気が引けたよ。でもね、今のこの国の現実を知っておけば、不必要な厄介事に巻き込まれることはないだろうと思ったんだ。ほら、もう二十一時を過ぎてるぞ……廊下は真っ暗だから今日は俺の私室で寝るんだ」

 

「うん! しれいおやすみ」

 

「おやすみ、お兄!」

 

「お休み、二人とも」

 

「くっきーはしれいのおへやでねるのはじめてだね。おふとんのばしょおしえるからきて」トコトコ

 

「うん、お願いね」タタタ

 

 

 

 

 

パラリ……

 

 

 

今日の船便で司令部から届けられた書類。これで今日の仕事は終了だな……くーとクッキーの話し声が微かに聞こえてくる。2人が夢の世界に遊ぶのは少し先になるだろう。

 

 

 

歴史交流局広報課第三分室室長に関する懲罰および第三分室の処遇に関する報告書

 

歴史交流局総務課第一調査室

 

零和三年五月二十二日

 

 

 

本日零和三年五月二十二日に第三分室管理敷地内に於て発生したる第三分室室長による特務分室室長殴打事件に関して、当調査室は事態を重く受け止め、当該事件を調査しここに途中報告するものである。

 

……………………………………

……………………………

…………………

 

………第三分室室長は当初、その暴力性を否定し格技教練課程に基づく合同練習に於ける不慮の事故であるとの主張を繰り返していたが、調査の結果、その様な合同練習の事実はなく、第三分室室長の個人的………

………………………………

………………………

 

第二分室室長および同分室事務員の証言によれば、まず第三分室室長による殴打が実施せられ、それに対する特務分室室長の…………

………………………………

…………………………

………………………………

 

第三分室室長による同分室事務員に対する日常的暴力的・暴言的なハラスメントに関しては、当該事務員の数名による証言が……………

…………………………

…………………………………

…………………………

 

絶叫や竹刀での示威行為による威嚇は日常的に行われ、………………………

……………………………

大声による服従の強要、数時間に及ぶ教練課程、その不合理性

……………………………………

………………明らかに社会通念上許容される範囲を逸脱しており……………………………同僚に水分補給を施したる事務員に屋外運動場コースの周回を命じるがごときは、………

…………………………………

…………………………

…………………………………

……なお、第三分室に所属する事務員は今後、特務分室室長の裁量により新たなる所属先が………

…………………………………

……………………

 

 

追記

 

第二分室室長証言に於ける特務分室室長の指摘に関して

 

…………………………………………

………………………………………

…………第三分室管理敷地内入場門守衛室に於ては対応係一名のみ、別室監視係三~五名という奇妙な………

……………………………………

………………………………

…………………明らかに緊急の事態に備えることよりも、不審人物の捕縛に重きを置いた………………………………

………一種の攻撃性……………

………………………………

…………精神鑑定の必要性に関してはこれを認めず、但し継続的な観察を以て事態の………………………………

…………………………

…………………………………

……………………………

 

人事課は既に第三分室室長に対する処分を言い渡しているが、今後、事態の推移に於て変化が発生すれば、その内容は変更の可能性が…………………

……………………………………

 

……………………………………

…………………………

 

なお本書は途中報告に関するものであり、より詳細な……………………………

…………………………

 

 

 

          以上

 

 

 

…………………ヤツの処分はまだ確定していないってわけか。でも課長は、やると決めたことを中途半端なままにしておいたりする人ではない。処分が追加されることはあっても、軽減されることはないだろう。

でも………………

第三室長のパワハラはもう二度と、艦娘に対して振るわれることなんてないんだ。局長と第一室長だってこの報告書を読めば、さすがに暫くはおとなしくしているだろう。くーとクッキーの話し声はもう聞こえない………ゆっくりと休んでいるんだ。物音で起こしてしまうのは忍びない……今夜は久し振りにココで眠るとしよう。それにしても、ウチの新しい編成は随分にぎやかになったな………こうなると予想していた課長でさえ、具体的な数字を見たらきっと驚くだろう。変装しているとはいえ、タルトやミルディの姿も見てもらったし、もう薄々と気付いているに違いない。報告書を提出すれば、一連の艦隊編成はすべて終了だ。もう終わりは近いな………局長と第一室長はいったい、何をやろうとしているんだろう……?

 

 

 

          続く



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第六話「軽巡棲鬼を打倒せよ!」

……報告書を提出すれば、一連の艦隊編成はすべて終了だ。もう終わりは近いな………局長と第一室長はいったい、何をやろうとしているんだろう……?

 

 

 

第六話「軽巡棲鬼を打倒せよ!」

 

 

 

「心配するな……私には彼らの魂が宿っていない。受け継いだのは魂ではなく、怒りと悲しみだからな。さようなら……」

 

 

 

ズガガガガガガガ!!

 

 

ブシュウウッ!

 

 

 

「………まったく。もうどうしようもないね」ガシャン!

 

「ああ、勝ち目なんて万に一つもないのにな。イヤんなっちゃうよ」ズザザザ

 

(ボウズ。古鷹と加古が調子に乗っている。指揮官として一言ガツンと雷を落としてやれ)ドガガガ!……ザザザザ………

 

(ちょっ!? そりゃないよ天龍! 大丈夫だからね提督、ちゃんと気を抜かないでやってるって!)ドドドド!

 

(ごめんなさいお姉ちゃん、あまりにも一方的だから……胸が苦しくて……)ズガガ! ドゴオン!

 

(ボウズ!)スパアン! ザシュッ!

 

(古鷹、加古。こちらが圧倒的優勢であるのなら、その勢いを弱めることなく敵を全滅させる積りでやってほしい。もうボロボロに追い詰められた軽巡棲鬼が遂に出てきたんだ、つまりヤツは何か恐ろしい秘策を用意しているか……さもなければ自暴自棄の当たって砕けろ戦法だよ。どちらにせよヤバいことに変わりはない)

 

(………はい)ズドオン!!

 

(………うん)ドガガガ!

 

(…………)ザクウッ

 

(だからね、俺たちが勝つ方法はひとつしかない。

……潰せ。躊躇なく壊滅させろ。古鷹も加古もみんなと同じように、本当に頼りにしてる。今日は、鬼になってくれ)

 

(………我ら姉妹の戦い、お見せ致しましょう提督)ザザッ

 

(そうだね。提督……ご覧あれだよおお!)ズザザザ

 

(ああ。しっかり見てるからね)

 

ありがとな古鷹、加古! 多人数用の念話だから今の会話はみんなに伝わった。全員の気持ちを引き締めるために敢えて演技してくれた2人と、そうと分かっててツッコミ入れてくれた天龍。俺ってほんと果報者だよな……もうこの戦いは勝ち確定だ。軽巡棲鬼たちにはこんなチームワークなんて、絶対にムリだろうし!

 

(司令、なんだか燃えてますね?)ザザザザ……!

 

(分かるかい雪風)

 

(はい勿論です。司令のカラダから……伝わってきますから)

 

(仲間に恵まれてるなあって思ってたんだよ。どんどんチカラが湧いてくる)

 

(司令………)

 

(雪風。司令官を独占して楽しそうだね。あとで私の部屋に来てちょうだい)ズガアン! ドドドド……!

 

(ひ、響……! あ…あのその、雪風は司令の秘書艦ですから! 楽しいとかじゃなくて…、そう、司令をお守りしているという充実感なんです!!)

 

(そういうことだ響。後輩を優しく見守るのも先輩の務めだぞ。これからの時代は特にな)

 

(そうなの? 時代は変わったんだね……なんだか浦島太郎の心境だよ)ドガガガ

 

(変われば変わるものね。隔世(カクセイ)の感を禁じ得ないわ。あの頃はゲンコツなんて挨拶代わりだったから)ドゴオン!

 

(そうね。私たちもこの時代に適応しなくちゃね)バシュウ!

 

(司令官さん、あの室長は時代に乗り遅れたんですか?)ズガガガガ

 

(確かにそうだ。そして局長や第一室長がバックに居てくれていることで、完全に思い上がったんだよ。報告書を読んだがマジでうんざりしたよ……。アイツが払いきれなかったツケはあの二人に払ってもらわなくちゃだな)

 

(司令……ムチャはしないで。お願いです……)

 

(雪風の言う通りだね。司令官、またバリバーする積りでしょ?)ドゴオン!

 

(雪風も響もよく分かってくれてるんだな……ああ、その積りだ。話し合える相手なら艦娘へのパワハラを黙認なんてしない……ハラワタがずっと煮えくりかえってるんだよ。軽巡棲鬼を倒したら次はヤツらの番だ。艦娘が味わった痛みを着払い返送してやる)

 

(……畏怖される者とはすなわち尊敬される者……司令官、なんだか変わったね)ズガガガ!

 

ん? もしかして褒められてるのかな俺。

 

(畏怖かどうかは知らないが邪魔者だと認識されてるのは間違いないな……奴らが黙認していたパワハラを強制停止させたんだからな。………さてと、この辺りは片付いたようだな……よし、これなら大丈夫だ。雪風はくーと合流だ、索敵する彼女を護衛せよ! 暁姉妹は遊撃!)

 

(分かりました司令!)

 

(了解よ! 行くわよみんな)ズザザザ………!

 

(わかったよしれい! いまからそっちいく)

 

(囲まれたりしてないだろうな? 急がなくていいぞ)

 

(だいじょうぶ。まかせて!)

 

(分かった! それじゃ俺は……誰かこっちに来てくれ! こっちのみんなにはもう補正は要らない……次だ!!)

 

 

ザザザザザザ………!!

 

(提督、ボクにつかまって!!)

 

(時雨か! 雪風!)

 

(了解!)ザザッ!

 

接近してくる時雨が途中で左へ直角転回したので、俺たちから見ると横スクロールのシューティングゲーみたいに右へ右へと進んでいく形だ。すかさず雪風が俺の目方をものともせず急発進して、瞬く間に彼女へと追い付き並走する。

 

(雪風、ボクの手を!)つ

 

(はい!)ギュウッ

 

(提督! いいよ!)

 

(ああ、行くぞ!)

 

ガシッ!

 

繋ぎ合う2人の腕を手すり代わりにしながら右手でしっかり握り、時雨のほうへと体重移動しつつ左手で彼女の背中の艤装を包み込んでいく……熱い。砲塔が熱を帯びている……さっきまで撃ち続けていたんだろう。でも火傷なんて心配は全くない程度の熱さだ。すぐさま俺の左腕を時雨が両手で胸に押し付けてしっかりと固定してくれた。

 

(提督、右手でボクの砲塔を! 左手はこのままだからねッ)ギュッ

 

(ああ分かった! 敵が密集してるのは何処だ!? このまま連れてってくれ!!)

 

おそらく軽巡棲鬼の最後の戦力なんだろう、リッティと戦った時ほどではないが敵の数がかなり多い。そいつらがあちこちに散開しているから面倒だな……効率よく倒していくためには、少しでも多くの敵が集まっているところを叩かなくちゃだな!

 

(それは危険だよ! ボクも結界は張れるけど、そんなに何度も耐えられるワケじゃ……どう見てもこちらが優勢じゃないか! みんなに任せて、ボクたちは周辺の……)

 

(頼む時雨!)

 

(提督……)

 

(指揮官補正は艦娘との距離が近ければ近いほど効果あるんだ! たしかにマックスまでいけば距離はカンケーないぐらい強力になるし、雪風や木曾は特にそうだ! 天龍もなー! 離れていても充分補正は効くさ! でもな、時雨!)

 

(………うん)ギュッ

 

(それでもやっぱり少しでもみんなの近くに居たいんだよ!! だからさっきだって雪風にくっついて暁たちの陣形内に居たんだよ! ドンドン近付けばもしかしてマックスよりも更にスゴい補正とかあるかもしれねーだろ!? なんでもかんでも理屈通りとは限らないって!! 優勢なのは俺だって分かってる! それでもだ! お願いだよ時雨、敵が集まってるとこへ! 俺を! 頼む!!)

 

指揮官命令だ! と言えばカンタンだ。その一言で時雨は直ちに動いてくれる……でも! そんなのはイヤだ! それじゃあ俺とあの野郎は何も変わらないじゃないか。同類だ。一つ穴の狢(ムジナ)だ。そんなの……冗談じゃない!! 俺はあんな風にはなりたくないんだから。

 

(……分かったよ提督)

 

(時雨、それじゃ!!)

 

(うん。ボクたち新参が少し手古摺(テコズ)ってた相手だよ……まだ戦闘は続いてると思う。今からそこへ連れていくよ、提督)

 

(ああ、頼む!)

 

(古鷹から聞かせられてはいたんだけど………提督ってさ……)

 

(うん?)

 

(ボクたちのことで……心も頭もいっぱいなんだね!)ザバアアッ……!

 

 

 

          続く



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第六-2話

(古鷹から聞かせられてはいたんだけど………提督ってさ……)

 

(うん?)

 

(ボクたちのことで……心も頭もいっぱいなんだね!)ザバアアッ……!

 

 

 

第六-2話

 

 

 

ザバアアアアン!!

 

 

 

「グガアアアアア゛!!」

 

ズガガガガッ!

 

「おせえんだよおッ!」ドガガガ!

 

「…ギャア……アア゛ア゛………」バシャッ

 

(ッたく……次から次へと。キリがねぇ)ガシャン!

 

(ほらほら摩耶ぁ、口を動かす前に手を動かすの! さっきの提督の言葉、ちゃんと聞こえたでしょ~)ズドドドド!

 

(久し振りに会えたと思ったら提督ベッタリなんだな。そんなにあの男を信頼してるのかよ長波!)ドゴオン!

 

(まーね~。なになに摩耶ぁ、もしかして妬いてんの~!?)バシュウウ!

 

(ばッ………バカ言うなよ! そんなんじゃねぇって!)ズドゴオン!!

 

(キスしてくれたんだよ~? あと他にもイロイロね~)ズガガガガ

 

(な………ッ!!)///

 

(長波~、あなただけじゃないよお? 阿武隈だって提督にキスしてもらったんだからあ)ズドドドドド!

 

(な……な………)///

 

(あらあら……それなら私だって……)///

 

(……こんどは誰だ?)ボーゼン

 

(摩耶……お久し振りですね………早霜です。いけませんよ長波姉様、摩耶が当惑しています)ドガガガ

 

(早霜か……ああ、久し振りだな……じゃなくて! 頼む早霜、コイツを何とかしてくれ!)///

 

(だってさー摩耶ったら意地っぱりなんだもん。ほんとは提督のコト嫌いじゃないくせにさ、それを認めないの。まだ第三艦隊気分が抜けてない証拠だね!)ズドドド……!

 

(たりめーだろ! 交流プログラムだか何だか知らないけどさ! イキナリ異動させられて、はいわかりました受け容れますとはならねーだろうが!!)ドゴッ!

 

(摩耶……私はまた、摩耶と一緒に戦えるのなら嬉しいです。摩耶は、私たちと一緒になるのはイヤですか?)ズドン!

 

(え………いや、そんなコトないって!! ただ、何て言うかさ、その………)

 

(歯切れが悪いね摩耶。提督は面白い人だよ~? 私たちをね、いつも見てくれてるの)ズガッ! ドゴッ!

 

(ああ……艦娘みんなが好き、とか言ってるらしいな……)ドゴオンッ!

 

(なに他人事みたいに言ってんの。摩耶だってその艦娘の一人でしょ! ………っとコラァ! 提督のほうには行かせないよ!!)ズガアン!

 

「グギ ャア″ア″ア″ア″ア″ア″!!」ボンッ

 

(すげーな……。もしかして補正なのか?)

 

(私だけじゃないけどね。摩耶もほかのみんなもこれからは提督の仲間なんだからさ、もっと強くなれるよ)

 

(まさかだろ? だって今回の第三と第八の交流は、あくまでも一時的な処置で……)ズドン!

 

(うんにゃ? 提督は多分だけど、摩耶たち第三艦隊を帰したりなんてしないよー。私たちの交流は提督だけの特別な権限らしいし……期間の制限なんて無かったハズだよ)ドドドドド!

 

(えぇっ!?)

 

(ちょッ……それホントお!?)

 

(そうなのー? ま、それもイイかぁ~)

 

(よくねーだろ! 室長はどうなるんだよ!?)ズザザザザ

 

(高雄と霞が居るじゃないのさ。あの男はタダじゃ済まないけどさ、それでも二人ならきっとついていって支えてあげるだろうって提督が言ってた)ズガッ!

 

(………そうか。やっぱり恐ろしい男だよ、提督は何でもお見通しってワケか。フフ、もしかしたらこの組織を変えちゃうかもな!)ドゴオン!

 

(きっとそうなるって。古鷹が言ってたよー、ココは良い艦隊だねって)ザザザ……ドドドドッ!!

 

(うんその通りだよー! だからね摩耶、しっかり頑張ってお役に立とうね! 重巡洋艦のチカラを提督に見せてあげるの!!)ズドオオン!

 

(いちばん上の姉貴に言われちゃしゃーねーや。分かったよ! 摩耶様の戦い見せてやるからさ、期待してろよな提督!!)ズガガッ! ドゴオ!

 

(長波、ひとりで突っ込んでっちゃダメだって!)ズガガガガ!

 

(だったら秋雲もコッチ来て手伝ってよ!! 主力艦隊の護衛は私たち駆逐艦の役目でしょおー!!)ドガガガ

 

(ああもう分かったわよ! すぐ行くから!! 早霜!)ザバアアッ

 

(はい秋雲姉様! まったく……長波姉様はほんといつも元気なんだから)ザザザザ……!

 

 

 

 

 

摩耶は少し俺のことを過大評価してるのかな? 嬉しいけどちょっとだけプレッシャーだなあ。

 

(……提督ってスゴいね。ボクたちみんなを恋人にする積りなの?)ザザザザザ……

 

みんなの念話をジッと聴いていた時雨が口を開く。彼女の表情はこちらからでは見えないけど、なんだかとても真剣だったような感じがする。ずっと無言だったし。

 

(そうなったら嬉しいんだけどね。まだまだだよ)

 

(…………? でも提督はもうみんなとキスとかほかにもイロイロ……)

 

(ああ、みんなのことが好きだからな。でもまだまだだよ……もっとしっかり自分の役目を果たして、みんなに心の底から好きだって思ってもらえるようにならなくちゃ。艦娘は優しいからね、こんな煩悩丸出しの俺でも認めてくれる……本当に有り難いと思ってる。でもそれに甘えてばかりじゃいけないことぐらいは分かってる積りだ)

 

(提督………)

 

(それとね)

 

(?)

 

(俺は先ず、みんなと家族になりたいんだ。恋人になりたい気持ちも確かにあるんだけど、今は家族になりたいって気持ちの方が強い)

 

(家族か……指揮官と部下じゃダメ?)

 

(ダメ。あの戦いは軍上層部が、兵士の人々を大切な仲間として尊重しなかったのが負けた一因だと俺は思ってる。もしも俺がそんなふざけたマネをしでかしたら、その時はみんなに俺のことを思いっきり叱って罰してほしい。それができるのは部下じゃなくて、家族だからね)

 

(…………)

 

(あの頃の日本人はね、とても天皇陛下を敬っていらっしゃったと聞いている。だから軍部は天皇陛下を利用したんだ……自分たちの命令は即ち天皇陛下の御命令と同じなんだと思い込ませられれば、誰も逆らわないからね。そして実際その通りになって、軍部は暴走の限りを尽くすことができた)

 

(うん……そうだね)

 

(………………)

 

(……………)

 

(……………………提督)

 

(…………)

 

みんなが俺の言葉に耳を傾けてくれている……この話をするのは初めてだ。

 

(あの戦いでさ、人々がチカラを結集して軍部を打倒することができていれば、大勢の命が奪われることもなかったと思うよ……俺の妄想に過ぎないけど。部下なんて組織の歯車に過ぎないと思ってる輩は、いまの時代にも大勢いる……たとえば企業のワンマン社長とか。でもね、部下だって歴とした人なんだ……生活もあれば大切な人も居る。そういう人たちが、いざという時には部下としてではなく一人の個人として行動できる……そんな組織こそ理想的なんじゃないかな)

 

(提督はボクたち艦娘に、そういう存在であってほしいんだね)ギュッ

 

(そうだ、なんでもかんでも盲従するってのはとても危険なことだから。無論、俺は決してみんなを単なる部下扱いになんてしないけどね! ところで時雨、あれがさっき言ってた戦闘か!?)

 

両陣営が入り乱れながら繰り広げられている交戦の様子が、前方から視界に飛び込んでくる。陽光が強いので海面の波にギラギラと反射している……その所為で少し見づらいが、間違いなく激しい戦闘だ。

 

(………! そう、あれだよ! 驚いた……話しながらもちゃんと周りを見てたんだね)

 

(もちろんです、私たちの提督ですから! 時雨姉さんお久し振り、五月雨です!)ズザザザ……!

 

(五月雨!? そうか……第八艦隊に居たんだね。元気にしてたかい?)

 

(はい……姉さん。海風も居るんですよ、後で会ってあげてくださいね)

 

(そうしよう。五月雨、気を付けてね)

 

(はい!)ザバアッ

 

(時雨、接近してくれ……流れ弾に注意しながらね)

 

(はい、提督!)

 

(時雨、結界を張れ。ボウズにケガさせるなよ)

 

(はい、天龍! お任せを!)ザバアン!

 

(天龍! もしかして派手にやってるのはお前なのか!?)

 

(いや、オレはそこじゃねえ……だが目視で確認できるぜ、なかなか激しくやってるな。ちょっと待ってろよ……龍田! そこに居るんだろ!!)ザシュッ! スパァン!

 

(私と夕雲と鈴谷よ~。うふふ………ボウヤのチカラがどんどん流れてくるの! 痛快よ!)ザグウ! ブシャア!

 

高揚しているな。だが戦場の艦船にとっては、これもまた素顔なんだ。

 

(やっちゃいな龍田! 天龍聞こえる!? 龍田は鈴谷がしっかり守るからね! 第七戦隊の名にかけて!)ズガガガ! ドゴオン!!

 

(そう……我らは天龍と共に第七戦隊としてソロモンを駆け抜けた。その天龍の妹の前で、無様な戦いを見せるわけにはいきませんわ!)……ドガッ!

 

(時雨。さっき言ってた新参のみんなは居ないみたいだね)

 

(どうやら龍田たちに任せて移動したみたい………白露! 村雨! 無事なのかい!?)

 

(……………………)シーン

 

(あれ………? 白露! 村雨! 返事してよ!)

 

 

 

(………あれね、このことなんです……この…念話…って、多分…提督のことが好きな艦娘……なんですぅ……ほら……最初は四人だけ……だったでしょ……でも、だんだん…増えて。きっとみんなが……だんだん、提督を好きに…なった…から)

 

 

 

(時雨、この念話ってのは使いこなすまでには時間が掛かるんだ。個人差があってね……白露と村雨はまだ使えないんだろう。さっきは驚いたぞ、時雨がいきなり使えるようになってたんだからな)

 

好感度と連動してるなんてことまでは伝えなくていいだろう。時雨と、そして他の何人かがこんなに早く使えるようになってくれた。それで充分だ。

 

(え……そうなんだ……)

 

(龍田!)

 

(大丈夫よ~ボウヤ、二人は無事だから! 少し大変そうだったから夕雲だけ残ってもらって、離脱させたの。あとは私たちに任せてね! 天龍ちゃんのところから合流できると思います~!!)ザシュウウッ!

 

(分かったよ龍田! 聞こえたな天龍!)

 

(合流して援護する! 任せとけ!)ザザザアッ!

 

(時雨、二人は大丈夫だよ。天龍は強い)

 

(はい……良かった)///

 

(龍田、どうやらお前たちが相手してるのが最後の大勢力だ! 気を付けて戦ってくれ、軽巡棲鬼は狡猾で危険なヤツだからな! そろそろ奥の手を出してくるぞ!!)

 

タルトが慕っていた戦艦棲姫を謀殺したんだ……どんなに警戒しても、し過ぎることはない相手だ。

 

(安心してボウヤ、私が全て沈めてやるわ~! ほらほら出ておいで!! 軽巡棲鬼!! 見てるんでしょおッ!!)ズガガガ! ザシュウッ!

 

 

 

 

 

(キサマラハ……)

 

 

 

!!

 

 

(キサマラ……ダケハ……)

 

 

いまや激減しつつある敵勢力の陰から現れた何かが、こちらへと近付いてくる。とうとうご対面かよ………うん? 2体いるのか………これはどっちの声だ? まるで洞窟の奥から叫んでるグールみたいに不吉な声だな!!

 

(提督!)

 

(司令!)

 

(いや………なにコレえ! なんてイヤな声!)

 

(落ち着け谷風、ココにはみんなが居るんだ。何も心配しなくていいからね)

 

(……う、うん提督……ゴメン。もう平気だよ!)

 

(みんな……目の前の敵を倒したら、こっちに合流してくれ。新手は二体だ……空中にフワフワ浮いてるトンデモねえ奴と、すごくデカイ奴だぜ……)

 

 

 

 

 

(ホロボシテヤルウウウウウウ!!)ザバアアアアン!!

 

 

 

(龍田! 夕雲! 鈴谷! 頼む! 先鋒(センポウ)は任せたぜ!!)

 

(あはははは! ボウヤのジャマするなら沈めてあげるわ~!!)ザバアッ!

 

(あなたの所為で大勢の魂が……許しませんわ!)ズザザッ!

 

(鈴谷のカラダ……どんどんチカラが湧いてくるよ。とりあえず食らえええ!)ドゴオオン!!

 

 

 

          続く



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第六-3話

(あはははは! ボウヤのジャマするなら沈めてあげるわ~!!)ザバアッ!

 

(あなたの所為で大勢の魂が……許しませんわ!)ズザザッ!

 

(鈴谷のカラダ……どんどんチカラが湧いてくるよ。とりあえず食らえええ!)ドゴオオン!!

 

 

 

第六-3話

 

 

 

バキイイイイン!!

 

 

 

!?

 

(ちょっ……鈴谷の15.5センチ砲はじいたのお!? ムカー!)

 

(結界を使ってやがるんだ! 補正アリの鈴谷の攻撃をはねかえすなんて、かなり霊力強いぞ。鈴谷は砲撃中止! 夕雲、フワフワを狙え! デカイのはヤバい!!)

 

(了解しましたわ!)ズガガガガ!

 

(提督、鈴谷が夕雲の援護する! 小さいほうのヤツには効くかもだよね?)ジャキッ!

 

 

(………………………)ザザッ……

 

 

(ダメだ! 見ろ鈴谷、デカイのがフワフワの盾になりやがったぞ!)

 

(あ………ダメだ………はじきかえされた砲弾が!)

 

(そうだ、夕雲に当たる可能性がある! 砲撃中止のまま待機!!)

 

(わ、分かったよ提督!)

 

(夕雲、自分の弾丸を食らってないよな!? 攻撃中止、直ちに離脱!)

 

(大丈夫です提督! 離脱します!)ザアッ!

 

ならば残る手段は人海戦術からの圧倒。先ずは……!

 

(龍田あッ!)

 

(もう許さないから……ボウヤの念話に……私たちの念話に土足でズカズカとッ!! 許さないからあああああッ!!)ドオンッ!!

 

驚いたぜ。念話が使えるなんて!

 

(龍田!? 砲撃はダメええっ!!)

 

(大丈夫だよ鬼怒、ほら見てごらん)

 

(え………?)

 

 

ザバアアアアッ!!

 

 

(………………!)

 

 

(あらあらビックリしたかしらああッ!?)

 

ズバアアアン!!

 

(龍田すごい! 水しぶきの目くらましだ!!)

 

ドガアアッ!!

 

爆発! 龍田の一閃、デカイ奴の砲塔にダメージ与えたな! よおおおぉし!!

 

 

(キサマ……キサマアアアア………!)

 

 

(龍田、ヤツは結界を解除したのか!?)

 

(はいボウヤ! 砲撃しようとしてたみたい!)

 

(そうか、砲撃する時は砲塔周辺に結界張ってるワケにはいかないもんな。解除したら予想以上に龍田が速くてハルバードの一撃を食らったってことか! これならいけるぞみんな!!)

 

(はい司令! 待っててください、直ぐ行きますから!)ズザザザザ……!

 

(はる………えっと、何?)ドガガガ…!

 

(ハルバード。西洋の矛(ホコ)だよ長波。司令官は竜とか妖精とかファンタースチカ(幻想)の物語が大好きだからね、用語を知っておけば話が盛り上がるよ)ザザッ

 

(ふーん。響は提督のコトよく知ってるねぇ)ガガガガ

 

(もっとイロイロ教えてあげようか? あとで私の部屋に来てちょうだい)

 

(わかった!)ドゴッ! ズザザザ

 

(長波ずるい、私も行くから! いいよね響!)ズゴオン!

 

(え~)

 

(仕方ないね。いいよ秋雲、ただしお菓子持参で)ドガガ

 

(りょーかーい!)ザバアッ!

 

(秋雲は強引なんだから。さすが我が姉上だよ)ザザッ

 

(おい不死鳥、なに俺の個人情報をシェアしようとしてんだよ………それとな、雪風も呼び出してたろ)

 

(あ)

 

(忘れてたのかよ……)

 

(うぅ……忘れないでください響、なんだか雪風には冷たくないですかぁ…?)グスッ

 

(あのな雪風、お前は秘書艦なんだからボウズと接する機会が多いんだ。響にしてみれば複雑な思いなのさ。それくらい笑って受け流せ……いいな)ズガガガ……!

 

(はい天龍……わかりましたあ)ショボーン

 

(元気だしてくれ雪風。いつもありがとな)

 

(し……司令!!)シャキーン!

 

(くッ……しくじったか)

 

(何か言ったか響)

 

(ううん、なんでもないよ! こっち片付いたら直ぐ行くから待ってて司令官、それとあの任務もちゃんとやるから!)ザアッ!

 

まったく、古鷹といい加古といい響といい……。新加入のメンバーたちには今の会話で、俺たち第八艦隊の普段のノリがしっかり伝わっただろう。少しは緊張もほぐれたハズだ。ありがとな響。

 

(うふふ……仲がいいんだから。ねぇボウヤ。私、お役に立ててる?)

 

(言うことナシ、ってぐらいにね! 流石だよ……そのまま離脱してくれ、砲撃を開始する!)

 

(了解、ボウヤ!)ザアッ

 

(夕雲、鈴谷、砲撃を再開だ! 目標、大型艦!!)

 

(了解!)ドガア!

 

(了解だよおッ!)ズガガアン!!

 

さっきの会話も俺の指示も、その為に要した時間はほんの一瞬だ。慣れてさえしまえば、音声による通常会話よりもずっと速く話ができるから念話ってのは本当に便利だ。だが……

 

 

 

 

 

(……キサマが指揮官か。どうやら三人目の提督というわけか。あの男は退任したのだったな……)

 

 

これだ……こちらの伝達事項がすべてヤツらに筒抜けなんだよな。これは非常にマズいんだが念話を使わないわけにはいかない。艦娘のみんなが猛スピードで縦横無尽に駆け巡る戦場では水しぶきを立てる凄まじい音が発生するから、お互いの声なんてまったく聞こえないんだ。しかも一人や二人じゃなく大勢が行動するんだし、おまけに砲撃や銃撃の音も加わる。

 

 

(そうだ! お前の軍勢と長きに亘り戦って、甚大な損害を与えた第一艦隊提督。そして合同作戦の機会こそなかったが、それでも同時期にお前たちを相手に戦った第八艦隊提督……つまり二人目の提督だな。俺は彼の後任だ。お前が……軽巡棲鬼だな?)

 

(左様。キサマの指揮を聴かせてもらったぞ……若いのによくやる。よもや私をここまで追い詰めるとはな。もはや我らが命運は尽きたやも知れぬ……)

 

語る口調はやや古風だが声は若々しい……いや、どことなく幼さすら感じさせる響きだ。しかしデカイ奴とはまた違った種類の迫力がある! 距離があるから大型艦と同様、表情までは分からないがきっと憎悪で歪んでいるんだろうな。

 

 

ズガガガガガッ! ドオオン!!

 

 

(グギギ………キサマラ!)

 

 

夕雲と鈴谷、そして次々と合流した雪風や響やみんなが砲撃を浴びせている。結界は霊力が尽きれば消滅するんだから、こちらはひたすら撃ち続けていればいい。多勢に無勢、あの大型艦はもう為す術(スベ)なしだな……結界を張る鬼なんて初めて見たから驚いたけど、手の内がわかってしまえばこっちのもんだ。

 

(そう思うのなら降伏するんだ、お前の配下が深い傷を負う前にな)

 

(降伏……? 我らを壊滅させるために来たのであろうに。何を言うか)

 

(お前たちに多くの人々の魂が宿っているのは分かってる……お前たちを沈めるわけにはいかないんだ。仲間には既に伝えてあるんだぞ、お前たちを倒すのではなく捕虜にするようにな)

 

(なに……?)

 

(もしも龍田が……こっちの会話は筒抜けなんだから誰のことか分かるよな? 龍田が本気だったなら、さっきのダメージはあんな程度じゃ済まなかったことを忘れるな)

 

(手加減したと言うのか。その割には凄まじい程に殺気立っていたな)

 

(いいや。俺の邪魔をしないのであれば、龍田はお前たちを沈めたりはしない。邪魔ってのはつまり、俺の降伏勧告を聞き入れずに徹底抗戦して仲間を傷付けるって意味だ。お前は本気の龍田を知らない……もう一度言う。もしも仲間を傷付けたらあんな程度じゃ済まないぜ)

 

かつて前任の提督と共に戦った天龍や龍田たちからは、軽巡棲鬼のことを聞いたことがなかった。恐らくヤツは当時、みずからが戦場に赴くことはせずに信頼できる配下に任せていたんだろう……だから龍田と軽巡棲鬼はお互いのことを知らないんだ。

 

(………………)

 

さあ………どう出てくる。

 

(…降伏などできぬ! 彼らの怒り……キサマらには分からぬわ! どうやらここまで……ならばせめて一隻でも多く道連れにしてやろうぞ!!)クワッ!

 

そうくると思ってたぜ。仕方ない、リッティのように実力行使からの捕縛しかないな!

 

 

(出てこい! 共に歩みし戦いの日々、今日が最後となろう!)

 

 

ブワァッ!!

 

 

………何だ? ヤツの体から煙幕……いや、黒い……霧が?

 

(司令……あれは…?)ズガガガ

 

(何か出てきそうだな。雪風、大型艦の結界は?)

 

(まだ消えません。でも相手は全く身動きできないままです! それにさっき、龍田の攻撃に続いた夕雲と鈴谷が新しい結界の直前にダメージを与えました!! このままいけば私たちが圧倒して……)ドオンッ!

 

(その積りだったが俺が戦いで優先するのは常にひとつだけだ。雪風なら分かるね?)

 

(司令……勿論です、雪風は司令の秘書艦ですから! みなさん! 砲撃中止です! 新手が来ます、司令官のトコまで後退!!)

 

(了解!)ズザザ

 

(Да!)ザアッ

 

(了解ですわ!)ザザ!

 

(了解! 鈴谷の一撃、効いたっしょー!? そんじゃーね!!)ザザザア!

 

(なんと! ここまで追い詰めておきながら後退とな! 我らの新しい指揮官殿は随分と慎重なのだな!!)ザザザ……

 

(利根、お前たち艦娘は本当に強くて頼りになる存在だ……こちらは約五十人、しかし相手はその十分の一にも満たない。みんなにムチャをさせれば一気に勝てる)

 

(そうだ! ワガハイは重巡洋艦ぞ、奴らの攻撃などワガハイを沈めること能わずだ! 結界も使えるのだぞ?)

 

(ごめんなさい……利根姉さんは少し興奮しているのです。提督にカッコいい姿を見せたくて……ほら姉さん、提督を困らせてはいけません。戻りましょう)ザザザ

 

(ええぃ筑摩は余計なコトを言うでない!)///

 

2人は俺との会話を続けながらも、キチンと雪風の言葉通りに少しずつ後退している。こういうトコは流石に艦娘だ。

 

(筑摩はお姉さん思いだな。利根、戦いってのは目の前に見えてる相手がすべてじゃないんだぞ。お前の索敵能力なら分かる筈だ。ここに接近しつつある大艦隊の存在が)

 

くそッ……もっと時間が欲しかったな。奴らにしてみれば長年の宿敵だ、必ず何らかの行動を起こすだろうとは思っていたけど……早過ぎるッ。

 

(!?)

 

(まぁ……流石は提督。姉さんよりも早く気付いていらっしゃったのですね)

 

(俺の力じゃなくて妖精さんのお陰だよ……彼女たちとは一緒に色々な場所へ行った仲なんだ)

 

ほかの艦隊の編成を調べたり、第五・第六艦隊の鎮守府に忍び込んだり。いま思うと勢いだけでメチャクチャやってたな俺。

 

(……指揮官殿。ワガハイも今、把握した……なんだこの規模は……しかも)

 

(ああ、ひとりひとりの練度が半端ないよな……だから利根、いまはこちらに戻るんだ。目の前の相手にだけ夢中になるのはとても危険なことだぞ)

 

(確かに……いま戻る、指揮官殿。筑摩!)ザアッ!

 

(分かりました姉さん)ザザザ……!

 

(みんなも聞こえたな? 各々の心の準備はもう既にできていると信じてるよ。今は兎に角、態勢を整えるんだ。霧の中から出てきたアレは……艦載機だな。みんなは見ていてくれ、必要なら次の装弾もしておいてね)

 

(はい!)ガシャン!

 

(見ている……ですか? では次の攻撃は誰が……)ガシャッ

 

(大丈夫だよ潮、心強い仲間は他にも居るんだ)

 

(ボウズ、もしかしてアイツらにやらせるのか?)

 

(職長の性格は知ってるだろ? 決戦の日に後方で待機しててくれなんて言ったらどうなると思う?)

 

(うん……そうか、そうだな)

 

(………………!! ………!)

 

(噂をすればほら、な。あと、さいきん気付いたんだけどね、どうやら俺の補正は彼女たちにも効いてるらしい)

 

(何だって? ボウズ……お前どこまで規格外なんだよ?)

 

木曾にも言われたなそれ。

 

(いまの声は……誰なのですか?)

 

(第八艦隊の工廠(コウショウ)を切り盛りする妖精だよ。第一と第四艦隊以外の妖精がみんなウチに揃ったから大喜びなんだ)

 

(スゴい! あれ見て大編隊だよ! 仲間……なんだよね!)

 

(勿論だよ。先頭が職長機さ)

 

(えぇっ? それじゃ、あの艦載機に乗ってるのは妖精さんですかぁ! まさかいまから空中戦をする積りなの!?)アタフタ

 

(子ノ日、落ち着くんだ。新しい指揮官に醜態を見られては艦娘の名折れ……)

 

(ん~若葉はクールねぇ)

 

(始まります。みなさん、しばらく司令に話し掛けないでください……実戦で八十機以上を統率するのは司令も初めてです)

 

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドオオオオオオオオオオン!!!!!!

 

 

 

(ガアアアアアッ!?)

 

(ぐわああぁぁ!!)

 

(ギャアアアア!)

 

(うぐぅ!!)

 

 

ドゴゴゴゴゴゴオンッ!!

 

ズゴゴオン!!

 

ゴゴゴ………ゴオオン!!!

 

滝のように降り注ぐ爆弾が敵の艦載機を次々と飲み込んでゆく。ある者は機体を真っぷたつにされ、またある者は爆炎に包まれながら堕ちてゆく………。

 

 

(……………………!!)

 

(ああ見えるよ、職長の視界が俺にも伝わっているからな。指揮官クラスはあと二体……軽巡棲鬼と港湾水鬼だけだと思ってたんだが四体も居たんだな……だが想定内だよ、ゲームじゃこんな展開は珍しくないからね)

 

(…………、………?)

 

(最初は二体だと思わせておいてから頃合いを見計らって召喚すれば、こちらを驚愕させられると思ったんだろう。艦載機をたくさん出せば数の劣勢をある程度は挽回できるからね。だが五十発の爆弾を上空から浴びせられたら、そんな小細工は何の役にも立たないからな!)

 

(……………、…………!)

 

(第五で屋上をブチ抜いてくれた妖精さんか! あの時はありがとな、スゴかったぞ!!)

 

(………………)///

 

(え? ああいいよ、俺でよければ必ず付けてあげるから。待っててくれ)

 

(………! ……………!!)

 

(!? ……………!!)

 

(ほらほらケンカしちゃダメだって。…………え、職長も名前が欲しいって? ひとりだけズルい? 分かったよ職長にも付けてあげるから待っててよ)

 

(…………)///

 

(…………、………?)

 

(まあそう言わないでよ。彼女は前任の提督の頃からの古参リーダーだからね、ひとりで抱え込むツラさをたくさん経験したんだと思う。これくらいは見守ってあげようよ)

 

(…………、…………)

 

(そういうこと。仲間が一気に増えたから、もうこれからはそんな心配なんて無用だ! 全機そのまま上空で待機、接近中の艦隊に気を付けてな!)

 

(……………!)ゴウッ

 

(……………!)ゴオオン

 

ゴオオオオオオオオオオ……………

 

 

 

 

 

(て、提督……容赦ないね)

 

(すごい…………ですぅ)

 

(ヤツらに同情はしないが……今のは驚いたな)

 

(ああ、空中戦なんてモンじゃねぇ。まさに問答無用の破壊力だぜ)

 

(司令官だって本当はこんなことしたくないのです。でも相手が無駄な抵抗をするからいけないの。大丈夫よ、相手は結界を張ったみたいだから司令官の予定通り……誰も沈んでないからね)

 

(そうだ暁、沈めるのではなく捕縛が目的だからな。ついでに言うとさっきのは霊力を奪う特製爆弾だ……殺傷目的ではない。もちろん重量があるから艦載機なら叩き落とすし、破片が飛び散れば肉体的なダメージも与えるけどね)

 

(作ったのは?)

 

(職長たち妖精さんだよ)

 

(暁は提督のことが分かるんだ……羨ましいな。時雨だよ、覚えてる?)

 

(もちろんよ。久し振りね時雨……雷と電は鎮守府を守ってるわ。会ってあげてね、とても喜ぶから)

 

(きょうは素晴らしい再会の日になったな……うん、必ずね。提督、次はボク…どうすればいいの?)

 

(いま職長の視覚を通して軽巡棲鬼たちの姿を確認している……もうボロボロだからそろそろ捕縛できる頃合いだ。できればいきなり捕らえたりせず、先ずは説得や会話を試みたいな……でも大艦隊が接近しつつあるこの状況では厳しいだろう。時雨、特に指示はないけれども、今はみんなに軽巡棲鬼たちの様子を伝えておくことにする)

 

(うん提督。分かったよ)

 

(分かりました提督!)

 

(了解だよ。提督ぅ、相手はどんな感じ?)

 

(空中に浮いてる小型艦が親玉の軽巡棲鬼……フワフワというより最早フラフラだな。凄まじい形相でこちらを睨んでいたが虚勢に過ぎないな……艤装に取り付けられている砲塔を使う気配は全くない)

 

(提督、それならもう私たち……)///

 

(戦闘能力は格段に落ちている。でも油断しちゃいけないよ、アイツは策略で敵を倒してきたんだからな)

 

(あ……)

 

(他の三体はデカイな……最初に現れた大型艦は国防省ファイルでも見たことがない。ツインテールに赤いリボン、そして黒のビキニだ……両腕は機械で覆われていて、脚から下の艤装は砲塔だらけだな。口をパカッと開いているが、なんだか必死で呼吸しているようにも見える……とにかくデカイぞ)

 

(お口かあ……食べられるのはイヤだよぅ………)

 

(大型艦その二が港湾水鬼だな、これは以前からファイルに掲載されている。黒い霧の中から登場しようとした瞬間に爆弾を浴びたから驚いただろうな……もうボロボロだよ、もしかしたら霧の所為で爆弾をしっかり視認できなかったのかもな。額にはユニコーンみたいな角(ツノ)が生えているよ。艤装はまるで巨大な要塞みたいだが、そこから発進するべき艦載機はひとつも出てこない……取り壊されたビルって感じだ)

 

港湾棲姫のはっちゃんにそっくりだな。ふたりはどういう関係なんだろう?

 

(ということは……ほぼ同時に現れた三体目も相当に損傷しているのでは?)

 

(当たりだよ筑摩、黒のドレスに身を包んだ黒髪の深海棲鬼だ。その背中には双頭の恐竜みたいなヤツがピッタリくっついている。肉体のあちこちに砲塔が付いているが、どの砲身も火を吹く気配はないよ。大きな口を二つ、あんぐりと開けているぞ)

 

(……苦しそうに?)

 

(苦しそうに。二、三ヵ所から赤い血が流れている。俺たちと同じだ。ただ単に姿が違うだけ……俺たちと同じように生きているんだ)

 

(………………司令)

 

(提督………)

 

(提督。ご命令を)

 

(そうだな……矢張りじっくり説得するのはムリみたいだ……もう少し時間があれば良かったのに! 五月雨、命令は少し待ってくれ)

 

(え………それでは遂に)

 

(司令……!)

 

 

 

 

 

(…………! ……………!!)

 

(これ………さっきの、えっと……職長さんの声だ!)

 

(ああ……何言ってるか分からねぇが……でも間違いなく、妖精たちが艦隊を視認した一報に決まってるぜ!)

 

(妖精さんと会話できるのは司令と明石、それにほんの一握りの艦娘だけですからね。司令、とうとう来ましたね)

 

(ああ。天龍、龍田、古鷹、加古。 九時の方角だよ。まだ身構える必要はない……その辺りで適当に散らばるだけでいいぞ。取り敢えずは自然な雰囲気で迎えるとしよう)

 

(分かったぜボウズ。龍田、古鷹、加古。行くぞ)ザザッ!!

 

(了解よ~。最強の艦隊、どの程度なのかしら)ズザザザ……!

 

(了解。もう私たちは第一艦隊を離れた身……行くよ加古)ザバアッ!

 

(了解。アタシから離れるんじゃないよ古鷹)ザバアン!!

 

(五月雨)

 

(はい提督! ご命令を)

 

(軽巡棲鬼と三体の大型艦を、第一艦隊の攻撃および捕獲から護衛する任務を命じる。今よりこの任務に関しては俺に次ぐ指揮権を一時的に与える。絶対に奴らの手に渡すな!)

 

(了解しました! 長波、来て!)ザザアッ!

 

(あいよー! 島風が居ないのが残念だね!)ザアッ!

 

 

(なん……だとッ!?)

 

 

(聞いていたのか。意識はあるんだな、安心した。負傷してるんだから、あまり喋るなよ)

 

(そんなことはどうでもいいッ! どういうことだキサマ、私たちを護衛とは! 答え………あぐぅッ!!)ズキン!

 

(だから言ったんだ、喋るなって! 念話だって気力を使うんだぞ! 時雨、接近してくれ!)

 

(はい!)ザアアッ!

 

(ぐ………ううぅッ……)

 

ズザザザッ!

 

目の前で軽巡棲鬼が艤装に腰掛けたままの姿勢で水面に浮かんでいる……波に揺られつつ前後左右に微動を繰り返しながら。もう浮遊する霊力も残っていないみたいだ。さっき職長の視覚で見たときは凄まじい形相だったが、いまは傷の痛みに耐える弱々しい表情を浮かべている。いや……耐えている痛みは肉体的なものなのか? もはや戦いの日々から解き放たれようとしている今この瞬間……長きに亘る心の傷の痛みが急に噴き出したとしても、決して不思議ではないんじゃないのか?

 

(まったく……おとなしくしてろ。奴らには渡さないから安心しな)

 

(だが私は……死ぬのだろう?)

 

(何を言ってる、人々の魂を宿しているお前もお前の仲間も死なせてたまるかよ……さっきの爆弾は妖精さん特製でな、破壊力はそこそこ凄まじいが主眼はあくまでも殺傷じゃなくて霊力を奪うことなんだ……但し、艦載機は諦めるんだな。爆弾の特殊な仕様はもちろん捕獲のためだよ。今お前が感じている疲労や脱力感はそれが原因なんだ。ほんとはじっくり話をしたかったんだがムリだ。でも念話なら短時間で済む。要点だけ伝えるから、黙って聞いててくれ……。返事もナシだ)

 

(……………………)

 

(そうだ、それでいい。さてと……お前が十年以上に亘って戦い続けた第一室長はな、パワハラで艦娘を自分たちの言いなりに管理しようとしてた野郎の親玉なんだぞ……よくそんな野郎を相手に戦ってきたもんだよな)

 

(………………)

 

(パワハラの目的は艦娘同士の団結を阻止すること。スパルタで艦娘を従順にしておけば、団結なんて考えないだろうという馬鹿げた発想だ。艦娘が団結したら自分たちの発言力が低下するって恐怖に駆り立てられたのさ)

 

(………………)コクリ

 

うなずく軽巡棲鬼……肯定か。

 

 

降伏などできぬ! 彼らの怒り……キサマらには分からぬわ!

 

 

(お前は「彼らの怒り」と言ったな……お前たちが艦娘を襲うのは彼女たちが海軍の艦船だからだな? 大勢の人々を問答無用で死地へと送り込んだ戦時内閣、その内閣に操られた海軍に所属する艦船だから襲った……。お前は人々の魂の怒りと無念を彼らに代わって晴らそうとした)

 

(!…………………)コクリ…

 

(奴らは何故かお前たちが魂を送り届けるのをずっと邪魔してきた。お前たちを倒す任務を果たしたんだと室長は胸を張るだろうな。でもそんなのは絶対におかしい。艦娘の任務はこの国を守ることだ……人々の魂を宿す相手を倒せなんてのはまともな命令じゃない! 艦娘の役目なんかじゃないよ……俺も過ちを犯したけど。なあ軽巡棲鬼、今まで成功したことあるのか? 魂を無事に送り届けたことがあるのか?)

 

(………………)ブンブン

 

(否定か。まあ最強艦隊に片っ端から倒されたんだから当然か……)

 

(……………)

 

(お前は俺の仲間の姉貴分を謀殺した。お前の身柄は俺の上司に委ねる積りだ。でも局長に引き渡したりはしない……局長は第一室長の親玉だからな。そのままゆっくり休んでるんだぞ)

 

(………………)コクリ

 

(五月雨、長波。大型艦たちの様子は?)

 

(だいじょうぶ、戦闘不能ですが意識はハッキリしています)

 

(背中の恐竜もね!)

 

(分かった、ありがとう。軽巡棲鬼と大型艦たちを頼む。そろそろ連中が到着する頃だから出迎えてやるとしよう)

 

(提督……お気を付けて)

 

(ありがとう五月雨)

 

(提督、頑張ってね。んでさ……みんなで帰ろ)

 

(そうだな、長波。行ってくるよ二人とも!)ザザアッ!

 

 

 

 

 

………ザザザザザザザ

 

ザザザザザザザザ

 

ザザザザザアアッ……!

 

 

 

次々と姿を現す艦娘たちが目の前の波間で勢揃いしてゆく……まるで観艦式みたいな華やかさだな! だがその艦隊が明らかに友好的ではないと分かりきっている意思を向けてくるとあっては、そんな感激も瞬時に雲散霧消してしまう!!

 

(司令…すごい数ですね)

 

(これが…第一艦隊か……)

 

うわぁ………マジかよ……何なんだこのビリビリ伝わってくるプレッシャーの凄まじさ……。みんながそばに居てくれなかったら……これだけでとっくに気絶してるな俺!

 

 

(て、提督………私たち、大艦隊なんですよね…?)|||

 

(勿論だ名取、五十人以上の艦娘が集う第八艦隊は正真正銘の大艦隊だぞ)

 

でも今は……何人か鎮守府の守備隊として残ってるんだよな。名取は勿論そのことを知っているが、あえて言及はしないみたいだ。

 

(………な、なら私たちは堂々としていればイイんですよね!)

 

(その通りだよ。もう段取りは済んでいる。みんなが信じてくれるなら俺には何の不安もない!)

 

(はい!)///

 

木曾、みんな……うまくやってくれよ、頼むぜ。

 

(見てあの兵装………戦艦なんだよね………すごい迫力)

 

(せ、戦艦………)|||

 

(なに緊張してんだよ、別に戦闘するワケじゃないんだからさ。さっき提督が言ったろ……自然な雰囲気でいいんだよ)

 

(うん……)

 

第一艦隊の艦娘たちは、ざっと見たところ三十人以上ってところだが……人数が多過ぎて後ろのほうがよく見えないな。つまりもっともっと多い可能性だってある。職長たちを接近させて、その視界を使うことができれば具体的に把握できるんだが、そんな危険なマネは絶対にさせない。なにしろ相手がどう出てくるかがまだ分からないからな。

 

 

ザザザザ…………。

 

 

うん? 大型のプレジャーボートが一隻、艦娘たちの中からこちらへと……?

 

(提督。あれが第一室長の船です)

 

(古鷹、戦闘にはいつも室長が?)

 

(はい。必ず、私たちと共に行動する指揮官でしたから)

 

……90歳を過ぎてるって聞いたけど。元気なんだな。

 

 

 

ガチャリ……

 

 

 

(船は止まったが船室から誰か出てきたぞ。巫女さんみたいな格好の女性だ。尤(モット)も……袴じゃなくて黒のスカートだけど)

 

(へ?)

 

(あれれ………第一室長は確か……)

 

(ああ、男だよ……古鷹、あの女性は誰なのか知ってる?)

 

(………はい、提督。彼女は室長の部下であり、艦娘です)

 

艦娘!? でも……

 

(武装してないんだな。てコトは船内に保管してるのか……名前は?)

 

(金剛、です)

 

(……戦艦の?)

 

(はい)コクリ

 

(古鷹………なんか金剛さあ、提督の方をジーッと見てない?)

 

(あ……本当だ)

 

(少し距離があるからハッキリとは分からないけど、でも……そうだな。確かに俺を見ている)

 

でもずっとこうしてるワケにもいかないだろ……いったい彼女はどうする積りなんだろう?

 

 

 

 

 

(…………特務分室室長殿)

 

 

 

(ええぇッ!?)

 

(……まじ? きょう二度目だよ?)

 

(……………………)

 

あ、ヤバい。龍田が般若みたいな表情してる……彼女は仲間意識が誰よりも強いんだ。まだ仲間と認めていない者が入ってくることを非常に警戒する。

 

(龍田。抑えて)

 

(……はい。ボウヤの為なら我慢するわ)

 

(ボウズ、龍田なら大丈夫だ。お前は金剛を頼む)

 

(分かったよ。それとな天龍、龍田、それにみんなも……。彼女までもが念話を使った以上、俺たちの会話は彼女に筒抜けだ。なぜ念話を使えるのか? 今はどうでもいい……ひとつだけ確かなのは、俺たちにはこれを使うしかないってことだよ……筒抜けで不利になるかも知れないが、以後も引き続き念話を使用する。いいね?)

 

(了解しました司令)

 

(はい、提督)

 

(了解だボウズ……)

 

 

 

 

 

(特務分室室長殿。こちらの要求を伝える……)

 

 

…………!

 

 

(国防省ファイル記載の軽巡棲鬼ならびに港湾水鬼、および二体の深海棲鬼をこちらに引き渡すよう求めます……)

 

やっぱりそう来るよな。でも……こちらの方針には変更ナシなんだよ!

 

(その者たちは、我ら第一艦隊にとって積年の宿敵。あなた方にこれ以上の負担を掛けることは本意にあらず……後は我らに託されたく存じる次第です)

 

 

 

          続く



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第六-4話

(国防省ファイル記載の軽巡棲鬼ならびに港湾水鬼、および二体の深海棲鬼をこちらに引き渡すよう求めます……)

 

やっぱりそう来るよな。でも……こちらの方針には変更ナシなんだよ!

 

(その者たちは、我ら第一艦隊にとって積年の宿敵。あなた方にこれ以上の負担を掛けることは本意にあらず……後は我らに託されたく存じる次第です)

 

 

 

第六-4話

 

 

 

シーン………

 

 

 

青く澄みわたる大空の下にひろがる広大な大海原の一角は静寂に包まれている。今この場を支配する緊張感が強過ぎるからだ……向こうの艦娘たちは距離の所為で表情が分からないけど、誰も身動きひとつせずジッとこちらに正対している様子を見れば充分だ。でも艦娘は視力が高いから、もしかするとお互いの表情は見えているのかも………。

 

 

 

(こちらの要求は伝えました……返事をお聞かせ願います、特務分室室長殿)ジーッ

 

 

プレジャーボートは部下の艦娘たちよりもこちらへ突出しているので、金剛の表情はある程度だけど分かる気がする……いまは穏やかな感じだ。さっきから聞こえてる彼女の声も、とても落ち着いてるな……。でも

 

 

 

(拒否する)

 

 

(………………)

 

 

あああああ言っちゃったよおおおお! これで金剛の表情も豹変するだろうけど、人々の魂が宿る鬼グループを第一艦隊に引き渡すのだけは断じてダメだ!

 

(もう戦闘なんてコリゴリなんだよ! これ以上、誰かが沈められるのなんて見たくもねぇ! 軽巡棲鬼たちはウチの艦隊で手当てしたのちに人事課へと委ねるんだ!)

 

ここまでブチまけちゃったらもう後にはひけないよな……もう緊張なんてしてる場合じゃない。こんな時はみんなに頼るぜ!

 

(雪風!)

 

(はい司令!)

 

(お前からも言ってやってほしい。頼むぞ俺の秘書艦!)

 

(分かりました! 金剛、聞こえますね? 雪風です!)

 

 

(ええハッキリと。雪風……久し振りですね)

 

 

(お久し振りです。えっと、金剛は私に……いいえ、私たちみんなにとって特別な存在です。あなたは帝国海軍の誉(ホマ)れ高き軍艦にして、私たち全ての艦船の姉でもいらっしゃいます……でも)

 

 

(…………)

 

 

(いまの私は司令の秘書艦なんです! 第一艦隊のみなさんならとっくにご存知のハズです、私たち第八艦隊の戦う理由を! あなたとの思い出話はまた次の機会です、今は帰ってください! お願いです!)

 

 

(……………)

 

 

(ありがとう雪風。金剛、彼女のことも覚えているよね……もう一人だけ、金剛と共に戦った艦娘の言葉を聞いてほしい。 鈴谷、頼むよ!)

 

(任されたよー! 金剛! おっ久し振りー! 鈴谷だよー!)ノシ

 

 

(す、鈴谷……アナタまで第八艦隊に? いや、今は特務艦隊ですか。私たちの要求をアナタも拒絶するというのですか鈴谷?)

 

 

(ん~、情報のアップデートが遅れてるって感じ? ダメだよ金剛、そっちはどうせ資金もヒトも設備も豊富なんでしょ? なのに鈴谷たち第二艦隊がこの前、提督んトコに移ったってコトも知らないなんて! これからはちゃんとしなくちゃだよ~! ちょっと気が緩んでるんじゃない?)

 

 

(なッ!)

 

 

言ったああああ! 最強艦隊の戦艦にハッキリ言い切っちまったああああああああ! 鈴谷なら俺のこの甘っちょろさを一刀両断して気合いを入れてくれると思ったんだ……ありがとう鈴谷! もうこうなったらトコトンやるしかねええええ! ハラ括(クク)るしかねえんだ、やれ、やるんだ俺えッ!!

 

(それとねえ金剛!)

 

まだあんのかよ!? いいぜ、何でも言ってやれ! なんだか体の奥からチカラが湧いてきたし!!

 

 

(まだ何かあるのですかあッ!?)

 

 

!? さっきまでの口調がガラッと変わったぞ。凛々しい姿の中身はもしかして……こっちが素顔の金剛なのか? 元気で快活な女の子って感じだ。

 

(あはッ、やっぱりムリして喋ってたんだ!? いいよいいよ金剛、お互いホンネで話そうよー!)パアアァ

 

(提督さん。アイツら今、全身に緊張感が走ったよ。一瞬で)

 

金剛の感情変化にシンクロしたってわけか。

 

(夕立、それはつまり彼女たちが臨戦体勢へと?)

 

(うん移行した。気を付けてね提督さん、夕立は強いけどこの艦隊には少し手を焼くかも。時雨、ちゃんと守ること)

 

(任せなよ。もう第三艦隊には戻りたくない。ボクはこの艦隊で生きていく)ギュッ

 

時雨が俺の左腕を両腕で抱きしめながら、自分の胸に押し付けている。伝わってくる………柔らかくてとても安心できる暖かさが。

 

(ありがとう二人とも。夕立、その強さはもう少し後になってから頼らせてもらうよ)

 

(もう既に手は打ってあるっぽい? 素敵)///

 

(司令、けっきょく彼女たちの力を借りませんでしたね……あのチカラがあればたとえ戦艦でも……。ほんとガンコなんですから)クスクス

 

(あの子たちはまだまだゆっくり眠らせておいてあげたい。俺の都合で眠りを妨げて顕現させるなんてできないよ。雪風なら分かってくれるだろ?)

 

(もちろんです、司令の秘書艦ですから!)

 

(聞こえたね金剛? 提督は何か策を張り巡らせたみたいだよー! それでもほんとに私たちと腕だめしするのかな? やめといた方がイイんじゃない!?)

 

 

(す、す、鈴谷あッ!)

 

 

怒っていても愛嬌のある可愛い声だな。多分、人の良さが表れているんだろう。

 

(さっきの続きだけどー、人と話す時はねー、そんな船の高いトコからなんてダメだから! ちゃんと同じ場所に立って話さないと相手は不愉快になるだけだかんね!! そっちのオジイチャマにも教えてあげな! てかオジイチャマ、いいトシなんだからそれくらい分かるでしょー!!)ニヤッ

 

 

(な、な、な…………!!)パクパク

 

 

まるであの時の高雄みたいに激しく狼狽している金剛。それでもやっぱり彼女には、どこか柔らかで穏やかな雰囲気が漂っている。

 

(……って言っといて。コッチの念話は聞こえないだろうし、金剛は特別なケースでしょ? なんとなくそんな気がする。最後に言っとくよ、金剛……今は帰りな。その方が身のためだよ)

 

 

(鈴谷アアアアッ! 分かりましたあッ! もう説得はやめにします!)タタタ……バタン!

 

(ありゃ)

 

怒って船内に戻ったか。ついさっきまでの内心の緊張が、もうすっかり消えている……艦娘がそばに居てくれれば何も怖くない。新人の頃は苦労の連続だったけど、やっと俺なりの戦い方のコツが分かってきたかな……俺は艦娘の黒子、そして鎮守府のシーフ。俺は俺らしく、艦娘を信じてりゃいいんだ!

 

(提督ゴメン! 鈴谷、失敗した?)

 

(任せたのは俺だよ、鈴谷は失敗してないし謝ることもない。ありがとうな鈴谷! 来るぞおっ!)

 

 

 

ザザザザザザアッ!!

 

 

 

動き始める第一艦隊。室長と金剛が乗るプレジャーボートはまだ停止しているが、その両舷からは艦娘たちが突っ込んでくる。先頭を占めるのは金剛とソックリの装束に身を包んだ三人の姿、そしてその兵装の迫力たるや尋常のものにあらずだ!

 

(ボウズ!)

 

(ああ! お前たちはそのまま待機だ! 艤装があるから肩車や大外刈で攻めるんだ!)

 

(肩車ッ……!?)

 

あ。

 

(提督、たぶん金剛だね)

 

(聞かれたな。でも大丈夫、こちらの手の内すべてを明らかにしたワケじゃないからね)

 

(まだ他にも……?)

 

(勿論)

 

阿武隈! 響! 夕雲! 秋雲! 頼むぜええ!!

 

 

 

ザッバアアアアアアアアアッ!!

 

 

 

「きゃああああッ!!」

 

「ぐああ!?」

 

((水柱!? ドコからだっ!))

 

((わかりません……!))

 

((わからないだと! 索敵はずっと続けていた筈だろう!))

 

((でも……、わからないんです……。すみません、那智……))

 

((くッ! 私に続……))

 

 

ザバアアア!!

 

ザバアアアアアン!!

 

 

「あぐうう!」ズザザ!

 

((那智!?))

 

ザザアン! ザバアアッ! バシャアア!!

 

「…………………!!」

 

「ゲホッ! ゴホン!」

 

「イヤあああああ! なにこれええっ!」

 

「わたしの砲塔が! もう、あいつらッ!」

 

 

 

「なにキレてるの?」ザアッ

 

 

「!?」

 

 

「手加減したのが分からない? ワザと当てないようにしてあげたのに……今からでも当ててほしい? 水浸しで砲塔が使えなくなる以上にキツいコト……してほしいの?」ジーッ

 

 

「……お前……第八の!」

 

ガシャン! カチッ!

 

「…………くっ。矢張り」

 

「撃とうとしたね? 司令官に報告しておく。これだけ目撃者が居るから言い逃れできないよ」

 

「威嚇よ! 同じ艦娘を攻撃するワケないじゃないの!」

 

「それは分かってるよ、銃身は明らかに私以外の方を向いていた。でも関係ないね……こちらは海の噴水、そちらは威嚇とはいえ射撃を試みた。あとは総務課が判断する……指揮官の管理能力が問われるだろうね。部下の問題行動は指揮官の責任だから」

 

「……………」

 

「組討ちする? それでもいいよ」

 

「……お断りよっ。自信に満ちたその目は剣呑過ぎるわ! 残念だったわね、私を捕らえたいんでしょうけど、そうはいかないんだからッ!」キッ

 

「そう……分かったよ」ザアッ

 

 

 

「………ウソ。だって、索敵してたのに。なんの反応も………」

 

ザバアアン! ザバアッ!

 

「うっわー。もう………しつこいなー」

 

「……さっきの如月の様子を見て私も索敵してみました。でも同じですよ初雪、私も察知できませんでした」

 

「……綾波も? ……どーすんのこれ」

 

「………」

 

 

(響、行くよ~。初手はコチラの勝ち。ほらほら急いで)ザアッ!

 

(ん……分かったよ阿武隈。夕雲と秋雲は?)ザザア!

 

(もう離脱したよ~)ザザザザ………

 

 

 

((全艦に告げるわ……いま私は第八所属の艦と肉声で会話したの。いい、よく聞いてちょうだい……第八艦隊には索敵の効かない艦娘が居るわ。もう一度言うわよ、こちらの索敵が効かないのッ! さっきのは如月の不手際なんかじゃない、誰にも察知なんてできないのよ!!))

 

((!))

 

((そんな………))

 

((なにそれ。それじゃあ私たちは見逃してもらってるってこと?))

 

((………だろうな。これだけの数なのに私たちには全く直撃していない))

 

((……………))

 

((しかも数隻よ……名前は分からないけど、もしかすると金剛には何か聞こえてるのかも。この水柱は無論、魚雷によるものよ……魚雷同士をぶつけた爆発でね))

 

((………器用なマネを))

 

((…………))

 

((私は今、自分で語っておきながら自分の言っているコトが信じられないわよ……各自、警戒してちょうだい!))

 

((………あううぅ……))

 

((えっと……意味が分からないんだけど))

 

((………金剛、今の内容を提督へ。手遅れになる前に))

 

((そうだね……分かったよ))

 

 

 

 

 

ズザザザザ…………!

 

 

 

何人か突破したか……あの巫女さんトリオはどうなったのかな!

 

(よくやったぞ阿武隈、響、夕雲、秋雲ぉ!!)

 

(えへへ~)

 

(……褒められた)///

 

(ふふ……提督のお役に立てるなんて光栄ですわ)

 

(ま~、長波にばっかりイイとこ取られるのもね~)

 

(姉が妹をライバル認定だぜ。提督も罪なオトコだね)

 

(俺はみんなが大好きだからな。天龍、龍田、古鷹、加古! 殿(シンガリ)を頼むぞ! 投げ飛ばせ!)

 

(任せろボウズ!)ザザ!

 

(なるべくケガさせないようにするんでしょ? お任せくださいボウヤ~)ザアッ!

 

(提督、私を見てて!)ザザザ!

 

(古鷹は気合い入ってるなあ……長波に同意だよ、提督。ほんと果報者だね!)ザア……!

 

(ああ、みんなと一緒に居られる限り俺は世界一の幸せ者だ……他のみんなは回れ右! 全速離脱だ! 五月雨!)

 

(はい提督、こちらは準備万端です! みんな行くわよ! 私たちの家に向けて出発! 長波!)ザザアッ……!

 

(任せなよ五月雨!)ザッ!

 

(私は暁よ、司令官のお気に入りの艦娘。ほら行くわよ。しっかり私たちにつかまってて)つ

 

(……………………)つ

 

(……信じられない。私たちの為に仲間と敵対するなど……お前たちの指揮官は普通ではない)つ

 

(ちょっと違うわね)

 

(……なに?)

 

(司令官にとって、第一艦隊は仲間じゃないわ。少なくとも今は)

 

(…………)

 

(まったく……何故あなたは戦艦棲姫を謀殺したの? 司令官はね、できることならあなただって仲間にしたかったのよ? 司令官を悩ませないでよね)

 

(強敵だった。だから策を用いた。それだけよ)

 

(事情があったってワケ? でもね、人は正面からの戦いの結果ならある程度は受容することができるけど、陰謀とか闇討ちってのはダメ。そういうのは人の心に強い不快感を与えるの)

 

(……………)

 

(海外にはね、狙撃手を非常に憎む兵士が治める地域もあるらしいわ。言いたいこと分かるでしょ? だからね、軽巡棲鬼)

 

(…何かしら……えっと、暁)

 

(これからは二度とそんなことしないで。司令官だって色々な作戦を立てて私たちを勝利に導いたわ。でもね、あなたのとは根本的に違う。罠とか闇討ちなんて、司令官は絶対にしない……あなたも、もうやめてほしいの)

 

(………わかったわ)

 

(約束よ。あなたと私の)

 

(約束するわ、暁)

 

 

 

「おりゃあああああ!」

 

 

ザバアアアンッ!

 

 

「……………!」ゴボゴボ………

 

 

「次はどいつだ! こんな程度なのか第一艦隊は!? 最強の名が泣くぜ!!」

 

 

「くっ! やああああああああッ!!」ガシイイッ!

 

 

「いい気迫だ! だがなあッ!」ガバァッ!

 

 

「!!」

 

フワリ

 

「焦って上半身ばかり前のめりだっ! 稽古が足りん、 出直してこいッ!」

 

ザブウウウウン!

 

((菊月まで!? 白雪! 威嚇射撃で怯ませよう! そうすれば……!))ザッ…!

 

((何を言うのです深雪! 私たちは所属こそ違えど、かつては同じ戦場を駆けた仲間なのですよ!?))ズザザザ

 

((だーかーらー、威嚇だってば! このままじゃ軽巡棲鬼が逃げちゃう! 見なよ、もうあんなトコまで!))

 

((私もツラいよ白雪……でもね、この四人はやばい。まさに壁だよ。一歩も進めない……ついさっき、もう誰かが撃とうとし……))ザザザア!

 

((何ですって!? 誰です、そんな暴挙を犯したのは!!))

 

((最後まで聞いてよ白雪、撃とうとしただけだってば! 水柱でズブ濡れなんだからさ、撃てるわけないでしょ!))

 

((敷波も深雪も! 何故そんなに平然としていられるの!?))

 

((平然じゃないよ! イヤだよ! でも命令なんだから仕方ないじゃない!))

 

((ほら、もうあんなに遠くまで! 敷波の言う通りだってば、これじゃ私たちココに釘付けのまんまだよお!))

 

 

ザッバアアアン! ザブウウン!

 

 

((また誰か投げられたよ!))

 

((軽巡洋艦天龍……まさに荒ぶる天龍川の名に恥じない姿……))

 

((……白雪))

 

((二人とも………ご覧なさい、あの姿を! たった一発の弾丸すら放つことなく、己(オノレ)の肉体のみを駆使して戦ってる! なのに私たち第一艦隊は……そこに付け込んで威嚇射撃などとッ!!))

 

((……なんで。ねえ金剛! 昨晩の作戦会議は何だったの!? いつも通り余裕で勝てる流れだったじゃないのさ!!))

 

((仕方ありません、索敵範囲内には特務分室室長たちの姿しか認められなかったのだから! ワタシだってあの有名な作戦は知ってますが、まさかステルスフリートを再現するなんて信じられない! オーバーマイヘッドね!))

 

((作戦って……もしかして、アリューシャンでの救出作戦?))

 

((他に何があるのさ。第八艦隊……侮っていたか))

 

((金剛。私は……さっさと制圧できると思ってた。軽巡棲鬼を倒せばこの戦いも終わって、また昔の絆を取り戻してみんな一緒になるって! だから命令に従ったのにっ!))

 

((…………))

 

((………………))

 

((白雪……))

 

((こんなの私だって初めてだもの、もうどうすればいいのか分からない! あなたたちの気持ちも分からないッ!))ザアッ!!

 

((ああっ!? どこに行くのさ白雪!!))

 

((深雪、それどころじゃない! 天龍とは別の…………きゃああああっ!!))

 

((敷波!?))

 

ザッバアアアアン!!

 

「…………あ」

 

 

「仲間割れとはね! 何たる醜態かッ!!」

 

ザブウウウン!

 

「ボウヤの邪魔する者は容赦しないわ! 次ッ! かかってきなさい!!」ザザアァッ!

 

 

 

 

 

よし……かなり引き離したな! これなら軽巡棲鬼たちはもう大丈夫だ!!

 

(五月雨! みんなを連れてそのまま鎮守府へ向かえ! 迎えが来るから合流するんだ、護衛任務は駆逐艦の本領発揮だからしっかり頼むぞ!)

 

(了解しました提督! どうかムチャだけは……なさらないでください!)

 

(肝に銘じておく! 迎えは明石とゲンさんゴローさん、護衛を連れてこちらに向かってる頃だ! 打ち合わせておいたからな! トウヒャクとオヘライベを出してくれるように頼んである!!)

 

(まあ! バショウではなくあの二隻を!? それなら私たちは……)

 

(そうだ! 五月雨たちはオヘライベに乗り込め! 第八艦隊で一番の大型ボートだ、全員が余裕で乗れるからな!)

 

燃料もたっぷり食うから滅多に出さないけどな! 考えただけで頭痛がしそうなくらいたっぷりと! だが今日だけは特別だ、好きなだけ食わせてやる!

 

(分かりました、あとはトウヒャクと護衛メンバーに任せて私たちは帰投すればよろしいんですね!)

 

(その通りだ五月雨! 気を付けてね……みんなもな!)

 

(はい提督! 海風を……よろしくお願いします!)

 

(司令官……待ってるからね)

 

(私も!)

 

(私だって!)

 

(やっぱり罪なオトコだ。でもほんと面白い人……初めて会った時からね)

 

(私たちの新しいおうち、なんだよね? 待ってます提督!)

 

(みんなありがとう。時雨、行くぞ!)

 

(はい!)ザザアアッ!

 

 

 

 

 

((もう信じられない! みなさんどうしちゃったんですか!? 私たち、仲間じゃないですかあああああっ!!))ズガガガガガ!!

 

「きゃあああああッ!?」

 

ザバアアッ! バシャアアアン!! ザブウッ!!

 

((おっとっと………危ないクマー))ヒラリ

 

((………まずいにゃ。カンタンに制圧できるハズだったのに……予定が狂ったにゃ))ヒョイ………ヒラリ

 

((ちょっ……! やめて! やめなさい羽黒おッ!))

 

((白雪の言葉を聞いたでしょう! 私も同感です! こんなの間違ってる!))ズガガガガ……! ズガガッ!

 

((だからやめてってば! いい加減にしないと怒るよ!!))ジャキン!

 

((叢雲! 妹に手を出すかッ!))グイイイッ!

 

「くっ!?」

 

フワッ

 

バシャアアアアン!

 

((…………………那智))

 

「やっちゃったにゃ……」

 

「これは………もう」

 

((何も言うな金剛。羽黒に銃口を向けるなど断じて許さんぞ。たとえ威嚇でもな))ザザザッ!

 

 

ガガガガガ! バシャアアッ!! ザバアア!

 

「誰か! 羽黒を止めてえええっ!!」

 

((うわあああああん! もうイヤああああああ!))ズガガガガガガガガ!! ガシャン! カチッ! カチン!

 

((あ………))

 

((弾切れだ! よおおおし!))

 

((待ちなさい卯月、何する積り!?))

 

((決まってるでしょー、羽黒を取り押さえるの! うーちゃんが突っ込むから睦月、如月、横からカクホしてよね!))ザッ!

 

((ええっ!?))

 

((そんな………いけません、卯月!))

 

ガシイッ!

 

((あうっ!?))

 

((まったく……無茶をするなよ卯月))グググ

 

((皐月、放して! みんながケガする前におとなしくさせるの!))ジタバタ

 

((よく見るんだ。羽黒を))

 

((え……?))

 

((私が……みんなを守らなくちゃ……こんなのダメ……仲間にケガさせたら、もう私たち、戻れない………))

 

ガチャ!

 

((ちょっ!?))ザザザ!

 

((ウソ、やめてえっ!))ザッ!

 

((いや……20.3センチ砲……やめて……やめてよ))

 

((私が………みんなを……守るの))ジャキイイン! ガシャン!

 

 

 

ギュッ………

 

 

 

((あ…………誰ッ!?))

 

 

 

((羽黒))

 

((那智…お姉ちゃん……))

 

((よしよし………怖かったんだな? 後戻りできない過ちを犯したら……もう彼らに顔向けできないからな))ポンポン

 

ブラリ…………ザブウン!

 

「羽黒の砲塔が……」

 

「やれやれ、ひと安心クマー」

 

((重いのか? 仕方ないな、私が持っててやる))チャプ……

 

((お姉ちゃん……私、わたし………))グスッ

 

((羽黒。すまなかったな……これは前線指揮官たる私の責任だ。お前に、白雪に、皆(ミナ)に怖い思いをさせた……))ギュ

 

((ううん……そんなこと、ない………お姉ちゃんの所為なんかじゃないよ))ギュ

 

((羽黒……))

 

((ただ、私……この戦いが終わるの、すごく楽しみで…………ぐすっ……もう少しだったのに……それなのに、……みんな平気で……艦娘のみんなを撃とうと……うっ……うわあああああああああぁああぁぁッ!!))

 

((よしよし……羽黒……))

 

 

 

(ボウズ……アイツらの動きが鈍ってきたぞ。どんな様子だ?)

 

(妖精さんからの映像で確認した。艦娘のひとりが取り乱したらしいな)

 

(えぇっ? どうしてそんなコトに………)

 

(もしかするとだけどね古鷹、みんなを攻撃………いや、そんなことするワケないな。みんなに対して何らかの示威的(ジイテキ)な行動をするのが耐えられなかったのかもね)

 

(攻撃じゃなくて、示威的な……か。たとえば威嚇射撃とか?)ザザザザ……

 

(恐らくね、加古。そうだ二人とも! ちょっとこっちに来てくれ)

 

(? うん分かった)ザアッ!

 

(? はいっ)ザザアッ

 

(龍田、そっちはどう?)

 

(………えっとね、ボウヤに言うのは恥ずかしいんだけど)

 

? 歯切れが悪いな。いつもの龍田らしくないぞ。

 

(仲間割れ、してたの。もうスキだらけよ………まとめて全員、投げ飛ばしてきました……)

 

(えええっ! 司令!?)

 

(情けない……第一艦隊、この程度なのか。気にするなよ龍田)

 

(うん……天龍ちゃん)

 

(どうやら流れは俺たちに傾きつつあるかもな)

 

(提督……やったぁ!)

 

(あらあら……嬉しいですが、少々複雑な思いもございます……)

 

(筑摩は繊細だな。そんなことを気にするのは後にせい。今は目の前の相手に集中せよ)

 

(はい、姉さん……)

 

(天龍。結界の調子は?)

 

(まだまだ大丈夫さ。何か思い付いたのか?)

 

(この展開を見て室長は間違いなく焦ってる。少なくとも平静では居られない)

 

(ああ。それで?)

 

(当初は俺たちを適当にあしらいつつ、まずは軽巡棲鬼たちを捕らえる積りだったんだろう。だが目論見(モクロミ)が外れて艦隊は混乱している。奴はもう俺たちを相手にせず、五月雨たちを追跡するよう命じると思うんだ)

 

(………なら、速度の出る艦載機の出番だな。航空母艦か)

 

(そうだ。見えるかい天龍、ボートの後方に未だ動きを見せないグループが居るぞ……空母は恐らくあの中だろう。そろそろ動き始める!)

 

(ワクワクしてきたぜ……兵装を外して片っ端からブン投げろってことだな?)

 

(当たりだよ天龍。万が一に備えて装備してもらってたが、どうやらもうその心配はなさそうだ……結界が使えるならそれで充分だよ。動きにくくてストレス溜まったろ!? もう気にしなくていい! 全員まとめて海水浴を楽しませてやれ!!)

 

(了解だボウズ! 龍田あッ!!)つ

 

(任せて~、しっかり預かるわ! 頑張ってね天龍ちゃん!)つ

 

(お姉ちゃん! 頑張って~!!)

 

(行ってくる!)ザザザザァッ!

 

(うわぁ……凄いスピードだね。駆逐艦にも負けてないよアレ)

 

時速33海里……天龍が誕生した時、彼女の航行速度は巡洋艦としては世界最速だったもんな。颯爽とした姿が本当に似合う、頼りになる艦娘だ。

 

(提督。古鷹と加古だよ)

 

(うん。時雨、ちょっと待ってね)

 

(提督、お待たせしましたあ)ザザッ

 

(提督ぅ、どうしたの?)ザアアア

 

(古鷹、顔を近付けて……俺のほうにね)

 

(えっ……は、はい!)///

 

あれ? 古鷹……なんだか顔が紅潮して………

 

 

「あむっ……んふぅ」///

 

古鷹!? あ、コレ……は。

 

(あ~やっちゃったよ。提督、古鷹を大切にしてよね。頼んだよ)ジーッ

 

(提督……古鷹とキス、してるのかい?)

 

(なァッ!?)

 

ちょ……今の声は!

 

(あ……金剛だね。何だかヘンな声だしてんじゃん……ナニやってんだか。……ん? もしかして金剛って……)

 

「……ん………ぷはぁ」///

 

「古鷹……ドキドキしたよ」///

 

「……はい。私も、ですぅ……」///

 

ニッコリ笑ってる古鷹。どうやら俺がキスする気なんだって思わせちゃったみたいだな。ま、いいか! なんだかカラダがポカポカしてきたし。

 

(古鷹、兵装を加古に預けるんだ。天龍と一緒にディフェンスラインを頼む。今のは激励のキスだよ)

 

(はい! 了解です、提督! 加古ぉ、お願い!)つ

 

(はいはい………ん、しょっと……頑張ってきなよ、古鷹!)つ

 

(任せてぇ!)ノシ

ザザアアッ!!

 

 

古鷹の後ろ姿を見送るのはこれで2回目だな。でも異なる点が1つだけある……あの時は別れの場面だったが、今回は違う! もう彼女はドコにも離れて行ったりしないって点だ!

 

「あ~あ~嬉しそうなカオして行っちゃったよ。ほらほら提督、アタシはどうすればいい?」

 

「伝えたいものがある。額と額をくっつけるんだよ」

 

「ん、分かった。こう?」

 

「それでいい………よし、いくよ」

 

 

…………………………。

 

 

コレを使うのは久し振りだな。前回は夕雲に見てもらったんだ。

 

……………………。

 

 

(これは………那智と羽黒だね。ふぅん……やっぱりスゴイんだね提督。妖精さんの見たものを知覚するだけじゃなく、それを他人と共有できるなんてさ)

 

(那智と羽黒か……妙高四姉妹の)

 

(そう! 懐かしいなあ。那智は第一艦隊の前線指揮官だったのさ。たぶんだけど、今でもね。羽黒は……そうか、取り乱したってのは羽黒だね。カオ真っ赤だ。ギュッとしてあげてるのが那智だよ……とても強いんだ)

 

(この風格と迫力。うん、納得だな……ありがとう加古、それだけ分かれば充分だ)

 

(司令。ご命令を)

 

(五月雨たちが離脱したから戦力は低下したが、心配は要らない……仲間がこちらへと向かっている。目下(モッカ)の懸案事項は奴の次の手だ。空母が出てくるだろうからこちらも艦載機を出す)

 

(提督さん? えっと……第八艦隊には空母も軽空母も居ないっぽい!)キョトン

 

(大丈夫だよ夕立、向こうが次の手を打つならこちらも打ってやるさ。夕立、そのチカラを借りる時が来たぞ……夕立を含む元・第三艦隊メンバーは空母およびその随伴艦をすべて投げ飛ばすんだ!)

 

(了解、提督さん!)

 

(了解だ提督。ウデが鳴るぜ……なんだか最近、カラダの調子がイイんだよな)

 

(はーい!)

 

(そして加古を含む元・第二艦隊メンバーは防衛線を張る天龍および古鷹を支援だ、遠慮なく投げ飛ばすんだ!)

 

(よっしゃああ! 任せてよ提督!)

 

(加古の独壇場になりそうだな……了解した)

 

(それ以外のメンバーは俺と一緒に行動だ。それから注意事項をひとつ。これは格闘戦だから、武器の扱いだけに慣れてしまってる場合には骨の折れる任務だよ……訓練だけでなく稽古もキッチリこなすなんて、時間的にも体力的にも困難だからね。みんな、ムリはしないでくれ。いいね?)

 

(はい、司令)

 

(了解です~)

 

(元・第二は天龍と古鷹を中心に、元・第三は摩耶と神通、そして夕立を中心に動きつつ、危ないと思ったらすぐに後退すること。結界が切れた子は問答無用、力ずくで後退させるからね。何か質問は?)

 

(司令、みなさんの兵装が多過ぎます。これを誰かに持っててもらうのはムリです……)

 

(確かにその通りだ雪風。だからね、みんなは暫く、このまま待機しててくれ)

 

 

ザバアン! バシャアアアッ!

 

 

始まったか。でも補正アリの天龍と古鷹のコンビに勝つのは至難の業だ。

 

 

 

 

 

(特務分室室長殿)

 

 

(金剛だね。どうした?)

 

(ワタシ……アナタたちを過小評価してたみたいです。ひとつだけ聞かせて……軽巡棲鬼を引き渡してもらうのは、ムリですか?)

 

(ああ。絶対にね)

 

(同じ艦娘同士で戦いたくない………それでも?)

 

(艦娘と言ったね。軽巡棲鬼たちも、艦娘だぞ)

 

(なッ!?)

 

(祖国から引き離されて劣悪な環境の戦場に引っ張り出されて、それでも勇気を出して戦った人々の魂。金剛に宿っているように、深海棲鬼にも宿っている。鬼の正体は怒りと憎しみだよ……あの人々の人生を踏みにじった戦時内閣に対して、のね)

 

(軽巡棲鬼が、ワタシたちと同じ!? 報告は本当だった……室長、アナタはやっぱり深海棲艦のことを……)

 

驚愕と憤怒が混ざった声。無理もない……第一艦隊は俺なんて比較にならない数の深海棲艦を沈めてきたんだ。いま俺が金剛に言ったセリフは、彼女にしてみれば同族殺しだと言われたに等しい。

 

(俺だって過ちを犯したよ………くーが居なけりゃ俺は今でも、真実を知らずに深海棲艦と戦っていたろうさ。自分は任務を忠実に果たしていると思い込みながら、ね)

 

(くー? 誰ですか?)

 

(彼女も艦娘だよ……俺たちの大切な仲間だ)

 

(………………)

 

(金剛。すぐ近くに第一室長が居るんだろ? 彼に伝えるかどうかは任せるけど……これだけは言っておく)

 

(…何ですか?)

 

(俺は彼を絶対に許さない。きっと何らかの理由や事情はあるかもだが、そんなの知ったことじゃない。魂の帰還を妨害し、歴史交流局の派閥内でヌクヌクとしてる連中の居場所を守るために艦娘をスパルタで管理して団結の意思を奪おうとするなんてな!!)

 

(違う! 違います! それは第三室長の仕業で……)

 

(第一と第三が密接に繋がっていたのは知ってるんだ! ヤツひとりであんなマネはできない!)

 

(……………そんな。ウソです……そんな)

 

(金剛は知らなかったのか? だったら今からでも遅くはない。直接、聞いてみるといい)

 

(…………)

 

(俺たちの大八島國では古来より、ひとびとの和が尊しと唱えられてきた。でもね、その陰ではいつも誰かが虐げられてきたんだ。そのひとつの例が第三室長であり、それに加担した第一室長だよ………さあ金剛、いくよ。決着をつけよう)

 

 

 

          続く



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第六-5話

(………でもね、その陰ではいつも誰かが虐げられてきたんだ。そのひとつの例が第三室長であり、それに加担した第一室長だよ………さあ金剛、いくよ。決着をつけよう)

 

 

 

第六-5話

 

 

 

ズガガガガガガ! ドガガガガガッ! バシャアアアアアン! ザバアアアン!

 

 

 

(きゃあっ!)ズザザザ

 

(冷たッ! も~かなわんなぁ! ウチらのカラダも兵装も小さなってるんや! こんなんビショビショにされるわ!)ザアッ!

 

(司令官の戦法を模倣ですか! 魚雷の代わりに艦載機の銃撃ですね!)ザザア……!

 

(気を付けてくれ青葉、みんなも。銃撃だけじゃない。恐らく爆弾投下も始まる筈だ)

 

(ええーッ!?)

 

(青葉、落ち着け。オレたちに当てるワケじゃねーんだ。あせらず冷静に回避すりゃいいんだ。そうだろボウズ)

 

(その通りだ……爆弾とて恐れることはない。艦載機の機銃で爆発させるだけだろう。水柱には注意してくれ)

 

(は、はい!)

 

(………へぇ。落ち着いてるんだね)

 

(みんなの指揮官だからね。羽黒のリアクションは間違いなく室長、そして第一艦隊を動揺させている。みんなにケガさせるようなマネはしないさ。万が一そんな事態になれば室長の船は彼女たちに包囲されるだろうからな。だから青葉は天龍の言う通り、落ち着いて行動してね。だいじょうぶだよ)

 

(了解です司令官っ)ザザザッ!

 

 

 

(………! ……、………!)

 

(分かった! ありがとう)

 

(妖精さんだね。なんて言ってるの?)

 

(格闘班のみんなは離脱だ、 味方のワ級が先行してこちらに接近している! 響、格闘班を先導して全員の兵装を預けてくるんだ! ミルディの島からの脱出、覚えてるよな!)

 

(Да! みんな、私についてきて!)ザアアアッ!!

 

(え!? わ……ワ級って)キョトン

 

(命令は聞こえただろう子ノ日。遅れるな、行くぞ)ザア!

 

(あっ、待って! 待ってよ若葉~!!)ザザッ

 

(陽炎! 不知火! ウチらも行くでー!)ザザザア!

 

(うん。何だか退屈しない艦隊だね!)ザザザザ!

 

(行ってまいります司令。しばしお待ちを)ザザア…!

 

……………念話を使える艦娘がどんどん増えている。こういう胸熱展開、ほんと嬉しい。でも感激のあまり判断の冷静さを欠くようじゃ指揮官失格、いまは目の前に集中だな!!

 

 

 

 

 

バシャアアアアン!! ザッパアアアアアッ!!

 

「うおおおおおおッ!」

 

「たああああああッ!」

 

 

ザバアン! バシャアン!

 

 

((………ダメ。強過ぎる))

 

((しょうがないわよ。私たちが常勝無敗なのは深海棲艦が相手のとき。こんなの、想定外だものッ!))ザブッ! ザザア!

 

((叢雲!? 兵装はずして何する積りなの!!))

 

「お相手願うわ! いくわよおおッ!!」ガシイッ!

 

「いいよお! たあッ!」

 

「肩車か……せいっ!!」ヒラリ……ギュウ!

 

「あぐっ!!」バシャ!

 

ギュギュウ………!

 

「好き放題やってくれたわねえっ! あなたたちが邪魔さえしなければ、今ごろは………!」ギリギリ

 

「古鷹!」ザバアン!

 

「だ…だいじょうぶだよ……お姉ちゃん……提督……が……わたし……に………」

 

「さっさと落ちなさい! そうすればラクに……」

 

「わたし……に……」グググ……

 

「!? う……うそ。こんなに絞めてるのに……なんで立ち上がれる……の……」ギリギリ

 

 

「激励のキスしてくれたんだからああああッ!!」

 

ガシイッ!

 

 

「あ……なんて力……腕が」グググ……

 

 

「やああああああっ!!」

 

 

「きゃあッ!?」

 

 

ザブウウウン!! ゴボオオッ………!

 

「……ぷはあっ! ゴホッ! ゴホン!」

 

「古鷹! お前の勝ちだ、よくやったな!」グイッ

 

「うん! 私、重巡洋艦だもん! パワーなら負けないんだから!」ニッコリ

 

 

((金剛。神秘的なオッドアイの艦娘は古鷹らしいよ。武装してないから判別が難しいけど、確か重巡なんだよね?))

 

((…………………))シーン

 

((……あれ? 金剛?))

 

 

((古鷹ですって!? そう……こんな再会になるなんて……でも仕方ありませんね))

 

((妙高お姉ちゃん…?))

 

((落ち着きましたか羽黒? あなたは暫く離れているのですよ……。那智))

 

((どうした妙高))

 

 

((どうやら私たちの連勝記録は今日、初めて途絶えることになりそうです))

 

 

((…………え))

 

((……妙高。今ここで言うことではなかろう))

 

((いいえ、みんなはもう気付いていますよ。今は現実を受け入れなくてはならない。あなたにも見えているのでしょう? あの二人はとても強いわ……間違いなく指揮官補正を受けている))

 

((………そうか。おかしいと思ったんだ。我らとて補正を受けているんだからな……それでもまったく歯が立たん。叢雲は健闘したがな))

 

((ええ。どうやら彼らの絆はとても強く結ばれているようです。そして特務室長の方針かしら……稽古も充分こなしているわね。戦闘訓練ばかり重視の私たちと違って))

 

((……お姉ちゃん))

 

((妙高。提督のお耳に入ったらどうする積りだ? 金剛、いまのは黙っているんだ。皆(ミナ)も))

 

((…………………))シーン

 

((金剛? …………またか))

 

((さきほど金剛は特務分室室長との会話中に、なにやら衝撃を受けていた様子。今は、そっとしておきなさい))

 

((…そうか))

 

((もしも私たちがあの二人を無視して一丸(イチガン)となって軽巡棲鬼を追跡しようものなら、特務室長は二人に命じて提督を捕縛してしまうでしょう))

 

((打つ手なし、というわけか))

 

((だからあなたは、この状況に於て自らが最善と思う選択をしなくてはなりませんよ? あとは任せます!))ザザア!

 

((妙高お姉ちゃん!?))

 

「最善、か………」

 

 

 

 

ザバアアン! ゴボゴボ……

 

「三日月まで!?」

 

「あ~あ……今日はとんでもない日になったな」

 

「砲塔も機銃もここまで水浸しにされては使い物にならん。迂闊……もっと稽古に励むべきだったか」

 

「長月~、魚雷は?」

 

「発射管の内部がズブ濡れだ……さっきからチャプチャプうるさくて敵(カナ)わん。撃てんことはないが滑ってドコに向かうか分からんぞ」

 

「………うげ」|||

 

「こちらは三分の一が戦闘不能。砲も機銃も魚雷もやられたよ。どうする?」

 

「指揮官は那智だ。我々だけではどうにもならん」

 

「だよね~」

 

 

((全軍に告ぐ))

 

 

((那智!))

 

((第八……いや、特務艦隊の新手が確認された。いま索敵した如月から口頭で報告を受けた))

 

((ええっ!?))

 

((そんな………))

 

((…………))

 

((第一陣は深海棲艦ワ級の大群。第二陣は高速プレジャーボートおよび艦娘四人。そして……))

 

((ワ級? ワ級って言った? しかも大群って!))

 

((ミーティングの報告通りだな。第八艦隊はやっぱり深海棲艦と……))

 

((長月、望月、ちょっと待って! ねえ那智、まだ他にも!?))

 

((………第三陣は、艦娘一人。そして深海棲艦が八体だ。人型のな))

 

「………勝てないよ。こんなの、勝てっこない」

 

「…………」

 

「何者なの? 特務室長って……」

 

((そして……我々が接近した時に軽巡棲鬼らを攻撃していた、艦載機編隊のことも失念するでないぞ。例の二人は妙高と鳳翔に任せよ……他の者は加賀らの護衛とする。いいか、護衛だぞ。軽巡棲鬼どもには艦載機だけでよい))

 

((ええぇっ!?))

 

「あらら。とうとう奥さまの出番なのかクマー」

 

「おそろしいヤツにゃ。できれば仲間として会いたかったにゃー」

 

((………鳳翔の手を煩わせるなんて、何年ぶりかしら。ごめんね那智……情けない))ギリィ

 

((言うな足柄。それより皆に伝えたいことがある。聞いてくれ))

 

((那智?))

 

((…………?))

 

((先手を打たれて私ともあろうものが狼狽した。すぐさま態勢を立て直すべきであったのにな……だがこのままで終わらせはしない! トキシラズに艤装・兵装すべて置いてこい! たまには紺碧の海を舞台に野外稽古というのも一興だろうさ!!))ザザザザザッ……!

 

((了解、那智!))ザザザ!

 

((…………うん。やっぱりそれがいいよね))ザアッ

 

((那智お姉ちゃん……。お姉……ちゃん))///

 

((よーし!))ザザアアッ…!

 

 

 

ザバッ!

 

「……ゲホン! ゴホッゴホッ!」

 

「…叢雲、あなたの闘志……素敵でした。どうやら那智は、迷いを振り切ることができたみたいね」ニッコリ

 

「二度も水浴びさせられてステキもなにも………」

 

「……………」ニッコリ

 

「…………う。ま、まあ気持ちはもらっとくわ」///

 

「はい。さ、どうぞ叢雲」つ

 

「あ……私の兵装。持っててくれたの? ……ありがと」つ

 

「どういたしまして。私たちも早くトキシラズに……ね? こんな結末も案外、悪くはないかもしれませんよ」

 

「私は勝ちたかったな。まあいいわ、行きましょ吹雪!」ザッ!

 

「ええ、叢雲」ザザアッ

 

 

 

 

 

「たあああああ!」ガシッ

 

「…………ッ!」バッ!

 

ザザザア!

 

「てええええい!」ブンッ

 

「くうううっ! ………まだまだあっ!」ガシイイッ

 

「…………! ならばッ!」ガッ

 

「うっ!?」

 

 

グルリ

 

 

ザバアアアアン!!

 

 

「ふうっ! まだまだいけるよお! 次は誰かなああっ!?」ニッコリ

 

「大外刈を必死に跳んでかわした妙高にすかさず同じ脚で小内刈か……」

 

「うわぁ……素敵」///

 

「………やれやれ」

 

 

ザバア!

 

 

「……ゴホッ! ゲホッ! こ……ここは私に任せて! 早く行きなさい! 鳳翔が来るまでもちこたえてみせます!」

 

「分かった!」ザアッ!

 

「うん、仲間同士で傷付けるよりよっぽどイイもんねっ! なんだか元気でてきた! 頑張って!」ザザザ!

 

「行くわ! あなたもしっかりねっ!」ザザザザザアッ……!

 

 

「あ……あれれ? お姉ちゃん……これって……」キョトン

 

「……オレたちを放っておく積りか。ボウズ、聞こえるな……奴らの動きに変化アリだぞ。一人だけ残して全員が移動開始だ……それとな、どうやら別の艦娘がこちらへ向かっているらしい。名は鳳翔。どうすればいい?)

 

(例の後方グループと合流するのか、或いは室長の船をガードするのか……まだ分からないが今は気にしなくていい。それと、鳳翔か……空母だったな。それなら軽巡棲鬼を追跡する筈なんだけど……おかしいな……)

 

何か仕掛ける積りか? だが想定内だな。こちらにはみんなが居るんだ。何の不安もない。

 

(…天龍と古鷹はそのまま鳳翔ともう一人の対処を。それと、ついさっき目視でワ級との接触を確認したぞ……響が手際よく仕切る姿が目に浮かぶようだな!!)

 

(そうか! てコトは!)

 

(うん、やったねお姉ちゃん! 提督、もうすぐ私たち……!!)///

 

(ああ。第八艦隊の真の姿を見せてやろう……みんなは誰にも負けないよ)

 

(司令……!)///

 

(当然ね~。だってボウヤの艦隊なんだから)

 

「そっか……提督の艦隊、か。これからはボクだって……!」

 

 

 

「なんかスゴイこと言うてるで……引越しホヤホヤでイキナリ出撃や思うたらあの第一艦隊を倒してしまうんかいな。えらいトコ来てしもたなあ……ほい、ウチの艤装しっかり頼むでワ級ちゃん!」ゴトッ……ガチャン!

 

「ギャギャ!」バシャバシャ

 

「おおッ!? 返事しよったで、この子。かしこいなあ~!」

 

「施錠はしっかりね、黒潮」///

 

「大丈夫や、問題ないで! それよりなあ響、なんかカオ赤いで? どないしたんや~?」ジーッ

 

「な、何でもない」///

 

「黒潮に同意する。そしてこれは縁(エニシ)だろう……ならば艦隊のために、司令のために全力を尽くすのみ」ゴト……ガチャリ

 

「せやな不知火」ニヤリ

 

 

 

(軽巡棲鬼をめざして飛んでいった艦載機の心配はもう無用だよ。空母の艦娘を無力化させれば追跡続行はもう不可能だからな……これより第一艦隊の制圧を開始する!)

 

 

 

          続く



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第六-6話

(軽巡棲鬼をめざして飛んでいった艦載機の心配はもう無用だよ。空母の艦娘を無力化させれば追跡続行はもう不可能だからな……これより第一艦隊の制圧を開始する!)

 

 

 

第六-6話

 

 

 

バシャアアン! ザブン! ザッバアアアアン!

 

「たああああッ!」ギュウウ

 

「っしゃああああ!」ザザッ!

 

ドボン! バシャア!

 

「げふっ……まだまだあああッ!」ガバア!

 

((うっわ~……もう艦娘というより柔道娘だにゃ))ザザザ!

 

((いいんじゃないかクマ? むしろ最初からこうすれば良かったんじゃないかクマー))ザアア……!

 

((………そうすれば勝てたかにゃ?))

 

((それは分かんないクマ……勝負だから。でも))

 

((なんにゃ?))

 

((少なくとも仲間割れはなかったクマ。それに、最初から全力を出すことができたに違いないクマー))

 

((同感にゃ……))

 

((過ぎたことはもう仕方ないクマ。せめて今からでもコッチの意地を見せるクマー!))ザザアッ!

 

((そうだにゃ!))ザア!

 

 

 

ズガガガ! ………バシャアアアン! ブシャアアアアア!!

 

(くうっ………艦載機が次から次へと! かなり軽巡棲鬼を追いかけたハズなのに……!)ズザザ

 

(ああ、まだこんなに飛んでくるとはな。この数は……間違いない、正規空母だろう)ザアアア

 

ズガガガッ! ドゴオオオオン!! ブシャアアアアアアッ!!

 

(うわっぷ!)ズザザ

 

(提督の言った通りだね……爆弾を機銃で爆発させて水柱を噴き上げさせてる)ザアッ

 

(これじゃ空母に近付けないよ~! 提督、どうすればいい!?)

 

ワ級に艤装や兵装を預けたみんなが続々と戻ってきている……身軽になって素早さ倍増って感じだな!

 

(そうだな陽炎……人海戦術で圧倒してやるとしよう。 みんな、ここまで本当によくやってくれたな……軽巡棲鬼たちも確保できたし言うことなしだ! そろそろ到着する援軍には少しビックリするかもだけど、慌てずしっかり連携してくれ!)

 

(もうたっぷりビックリしたよ! 任せて!)ザザア!

 

(提督はどうなさるのですか?)

 

(室長を捕まえるよ、筑摩。あのボートまで頼むぞ時雨!)

 

(まあ!)

 

(おっとぉ!? 指揮官みずから!)

 

(提督、まかせて……ボクがちゃんと一緒に居るから!)ザアアッ!

 

(いよいよだわ……とりあえずアイツらは全員、二等兵からスタートで第八艦隊に編入、一から叩き直して……ウフフ)フフフ

 

(ちょっと曙。目がマジなんだけど)|||

 

(曙には鬼教官の素質があるかもな……ズブ濡れにされた礼をしてやれ)

 

(その積りよ提督!)ザザァ!

 

 

 

(特務室長……)

 

お。

 

(金剛か。しばらく無言だったみたいだが……もしかして、さっき俺が言ったことを確かめに?)

 

(…………はい。ワタシ……ワタシ…………)

 

声に元気がないな……とうとう事実を知ったか? …いや、あの室長が金剛の質問に素直な返答をしたとは限らないな。だとすると……無言を貫いたとか、余計なことを聞くなと追い返したとか、そんな感じか。金剛は室長の言葉ではなく、態度で真実を察したというところだろうな。

 

(金剛はね……それでいいんだと思うよ)

 

(………え?)

 

(金剛には……いや。艦娘のみんなには、俺たちのヨゴレた組織の色になんか染まってほしくない。みんなは、みんならしくしていればいいんだよ。だから金剛も、今のままの金剛でいいんだ。事実を知らなかったのは、金剛が俺や室長みたいに汚れてない証拠だ)

 

(………………)

 

(司令は汚れてなんかいません!)クワッ

 

(ありがとう雪風)

 

でもな。組織ってのは知らず知らずのうちに人を蝕むものなんだよ。ましてや俺たちの組織は……まったく。

 

(ボウズが話してるんだ。静かにしてろ、雪風)

 

(………はい)

 

(この後どうするか。それは金剛がしっかり決めることだね。暁、響! 奴らの左からまわりこめ! 雷と電は右からだ、全速力で通過しろ!)

 

(了解よ司令官!)ザアッ!

 

(了解。全員の装備、積み込み完了したからね)ズザザザ

 

(了解! ふぅ~間に合ったわね)ザザア!

 

(司令官さん、はいなのです!)ザザザザ!

 

(ミルディ、ワ級たちはちゃんと四人のあとについてきてるな!?)

 

(だいじょうぶだよ提督ちゃん! あのコたちはね、しっかり躾けてあるから!)ザザザザアアッ!

 

(え………)

 

(ねえ提督………いまの、誰?)

 

(頼りになる味方だ! まだまだ来るぞおッ!!)

 

 

 

 

 

……ズザザザザザザザザアアアア ア ア ア アアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 

「きゃああああっ!!」グラリ

 

「わあッ!?」グラ……ザブン!

 

((な、何!? どうしたの………きゃあ!))グラアッ

 

((曳き波だ! みんな、重心を下げて身構えろ! 引っくり返されるぞ! わわッ!))グラリ

 

 

ふだん海に馴染みのない人が、釣りやクルージングに誘われて船に乗った際にまず驚くのは乗り心地だ。波はあらゆる方向から船を揺さぶる。とにかく揺れる! そして……気を付けなくちゃいけないのは、他の船が擦れ違いや追い越しの際に曳き波をまきおこすってことだ……大きい船体でスピードを上げて走ってるヤツは特にタチが悪い! こちらの船室内におさめてある備品なんて、バラバラに飛び散ってしまうほどに!

 

 

「わああッ!」ザブウン!

 

 

でも今回だけはそれを敢えて利用してやる……第一艦隊の艦娘みんなを傷付けずに勝利するためなんだからな!

 

 

((ああッ!?))ザブウン!

 

((ワ級が………ワ級がああああっ!))ザッバアアン!

 

((Yの字に分離して私たちを左右から波で揺さぶってる! 信じられない!))ザザザ…!

 

((これじゃ、あの二人に近付く前に……きゃああああっ!))ドボオン!

 

((あ……見て見て、千歳姉ぇっ!))ザザザザ

 

((なぁーに千代田!? 水柱をもっともっと立てなさい! せめて少しでも足止めを………))ズザザザ

 

((いいから見て! ほら、あそこ!))|||

 

((! ワ級の群れの中から……新手の深海棲艦ですって!?))|||

 

「……姉さんの言った通りの結末か。この私が圧倒されるなんて……私は、いつの間にか……驕(オゴ)っていたのだろうか?」ザザザ

 

((那智))

 

((金剛か。声が途絶えたから何事かと思ったぞ……もう大丈夫なのか?))

 

((ゴメンね那智。これだけは伝えておこうと思ったの……て………特務室長が、提督をねらっているよ))

 

((何っ!))

 

((ワタシは彼の念話ならすべて聞こえるからね。アナタもトキシラズに戻ってきて。ここに居れば彼は必ず来る))

 

((罠の可能性は?))

 

((ある。彼は本当に恐ろしい男……ワタシと那智が提督の船に行けば、それはつまり第一艦隊の主要メンバーが勢揃いするってこと。彼にとっては勝利をつかむ絶好の機会だよ……わざと念話で手の内を明かしてワタシたちを一ヵ所に集めることくらい、カンタンにやっちゃうだろうね))

 

((…………………))

 

((提督が負けたら鳳翔は戦えない。ワタシとアナタが負ければ艦隊の命令系統は消滅する。だから……トキシラズの三人が負けたら、この戦いは終了))

 

((その通りだな。まさかこんな事態に陥るなどとは思ってもみなかった。だから、非常時の予備系統を構築しなかった))

 

((それはアナタの所為じゃないよ……ワタシたちみんなの責任))

 

((金剛……))

 

((ねえ那智。たとえ罠でもさ、私たちには選択肢なんてないんじゃないかな?))

 

((確かにな。我らとて意地を見せなくてはならん。ヤツ……いや。彼に、正々堂々と対峙すること。それがせめてもの意地))

 

((うん))

 

((ここまで我らを追い詰めるとはな……大したものだ))

 

((この十一年間……楽しかったね。最後を勝利で飾れたら良かったんだけれどもね))

 

((もうそんなになるのか。ああ……楽しかったな。まさか古鷹や加古とこんな形で再会するとは思わなかったが))

 

((そうだね。那智、ワタシね……ふたりの提督の戦いには手を出さない。ただ見届けたいの))

 

((ああ。どうやら我々も彼女たちも、ふたりの露払いを務めることになりそうだな))

 

((それとね、あの……))

 

((特務室長のことか。古鷹や加古、そして第八の面々が彼を慕っていることなら私も知っているよ。お前は明治生まれの最年長、言わば私たち全員にとっての姉だ……昭和海軍の長女といっても過言ではあるまい。そんなお前のことだ、大切な妹たちが信頼を寄せる彼のことが……気になって仕方ないのだろう?))

 

((那智はお見通し、だったのネ……))

 

((いままで共に頑張ってきた仲だ。当然だろう))

 

((最初はね、警戒ばかりしていた。だって彼ってばドンドン出世したんだもの。それまでは目立たない職員だったのに、なぜかイキナリ頭角を現した。それ知って直感したよ……いつかワタシたちの行く手を阻むかもって))

 

((第五から第七の室長が一斉に退任した件だな。覚えている。提督は彼らを利用していたからな))

 

((組織をまとめるため、裏でイロイロと活動させていたね。でも………マサカ、ワタシマデ……))

 

((ん? すまんよく聞き取れなかった))

 

((あ、なんでもないヨ! えっとね、それでね……提督のコト………あっ!? やだワタシ、なに言って……し、室長のコト、自分でも知らないうちにね、警戒心が薄らいでいって、それで……もっとよく知りたくて……))///

 

((……もう彼とは対立したくない、か))

 

((那智………ゴメン))

 

((なぜ謝る。私とてこの艦隊の因業(インゴウ)なら知っているぞ? 我らは所詮、艦隊の手足に過ぎぬ身。ここは提督と鳳翔の艦隊だし、いままでの所業に関しても、お二人にはお二人の考えがあるのだろう))

 

((………………))

 

((だがな、金剛は金剛なんだ。ここの色に染まらないからといって、今まで充分に尽くしてきたお前を責められる者など……ひとりもおらぬよ。お前はお前の信ずる道をゆけばいいさ))

 

((ユアソゥファンタスティック……ありがとね、那智。フフフ…念話なのに、ずいぶんカゲキなお話、しちゃったね))

 

((皆にも鳳翔にも聞かれたな。でも最後の思い出話なんだからな、愚痴のひとつやふたつ……構わんだろう))

 

((うん))///

 

((今からそちらへ向かうよ。区切りをつけるとしよう、金剛! ))ザザザアアッ……!

 

 

 

 

 

ザザザザザアア……!

 

 

 

(あ……ほら提督、始まってるよ!)

 

時雨の視線の先。彼女の言葉通り、そこでは第八艦隊のみんなが次の段階に入った作戦行動を実施している。よし、こちらは順調だな。

 

(あ、司令官! どんどんワ級に乗せてるわよ! ……あ、もう! じっとしてなさい! もっとペース上げようか!?)バシャバシャ

 

(急がなくていいぞ暁、第一艦隊のみんなを丁重にな!)

 

(ワ級に百人分のスポンジマットを巻いた司令官が言うと説得力あるのです。はいおしまい、お行きなさいな!」ポン

 

(マットを巻いたのは俺だけじゃないぞ。ギチや隊員みんなもだ)

 

「ギャオオン!」ザッバア!

 

「きゃああああああ!? は、速い! 速いってばあああ!」ギュウウウ…!

 

海外のドキュメンタリーチャンネルで、犬の背中に抱きついて移動させてもらってるコアラを観たことがある。ワ級にしがみついてる艦娘……ちょっと似てるかな?

 

「にぎった両手を離しちゃダメよ~! 逃げようとしたらガブッと咥えて力ずくで連行するように命じてあるんだから!」

 

「そんなああああぁぁ!」ザアアア………

 

いくら艦娘とはいえ水中じゃ、ワ級には敵わない。潜水艦……鎮守府の地下で眠るあの子たちを除いては。ポジショニングってのは肉弾戦の力関係を左右する、本当に重要な要素なんだ。

 

(第一艦隊の規模は司令官の調査によると五十人以上だったわね。でも百人分はさすがに多すぎるんじゃないかしら?)

 

第一艦隊

バランス型

最低でも五十人以上の艦娘を擁する規模

練度が非常に高く資源資材も豊富な最強艦隊

 

(途中で破損する可能性があるからな。予備を含めたんだよ雷)

 

(もう……ほんと艦娘には甘いんだから)クスクス

 

(ワ級の背中はカタイからな。当然の対策だ)

 

(雷、電! 段取り、分かってるわね?)

 

(ええ暁。艦娘を十人乗せたワ級をひとつのグループ単位として、私たちが複数で鎮守府まで引率するのよね)

 

(そうよ、最初の十人は電でいいかしら。いっしょに引率する艦は、あなたが好きに選びなさい)

 

(はいなのです。響はもう段取りを?)

 

(ええ。なにしろあの子は……)

 

(私は司令官の指示なら、誰よりもすばやく正確に理解し実行するんだから。当然だよ電)

 

(わぁ……響は相変わらずなのです)

 

(ふふ、響らしいわね)

 

 

 

「なんつーか……イレギュラーな戦闘に慣れてるカンジ? 私たちとはぜんぜん違うな」

 

「指揮官が違うと艦隊って……ううん……艦娘ってこんなに変わるんだね……もうズブ濡れだし、好きにして。………ごめんなさい、那智」

 

 

「いいわよ……ほら、ワ級の体を包み込むようにつかまって……慌てないでゆっくりね。そう、それでいいわ」

 

(暁。軽巡棲鬼と会話してみてどんな印象だった? 率直に頼む)

 

(そうね……意外、かしら)

 

(意外か。予想とは異なる人物像だった?)

 

(うん。オへライベとの合流が早かったから、ほんの少ししか話していないけど……根っからの悪じゃなかった……そんな印象)

 

観察眼に優れた暁の言葉なら説得力あるな。それなのに……まったく。 なんで戦艦棲姫を、あんな手段で……! まだ総務課の調査室からは音沙汰ないし、手間のかかる艦娘だな!

 

(みんな、暁の言葉……聞こえたな? 俺も暁と同じ気持ちだ。新しく仲間になってくれたみんなの中には、まだ違和感を感じている子も居るかもな。何しろ相手はあの深海棲艦なんだからね)

 

(……………)

 

(だが俺には疑念や迷いなど一切ない……深海棲艦だって艦娘だ! 仲間が教えてくれたことを自分の目と耳で確かめたからね! ………室長の船にかなり接近した。しばらくみんなとは話せなくなるが、その前に伝えておく……さっきから天龍と古鷹の声が聞こえない。苦戦してるんだろう)

 

(あ………そう言えば)

 

(司令、どうすれば……)

 

(提督! アタシが行く! いいでしょ!?)

 

(勿論だ加古。ただし!)

 

(……な、なに?)

 

(あくまでも第一艦隊の艦娘たちを、ワ級で鎮守府に連れていくのが優先事項だからな! 水柱も曳き波も柔道技も、すべてはこのため……第一艦隊の無力化のためだったんだから、そこは間違えないこと!)

 

(うん……分かってる。それはちゃんとやるよ、どんどん投げ飛ばしてやるよ! だからさ、提督……!)

 

(ああ、それなら構わない! それからね、よく聞いてくれ加古もみんなも。鳳翔を集団で制圧するのは禁止だからな!)

 

(ええっ!? なんで!)

 

(提督……あの天龍と古鷹が苦戦しているのなら、手段を選んでいる余裕などないのではありませんか?)

 

(ボウヤの命令よ。納得できないと言うのなら……)

 

(あ……そういう積りでは……)

 

(いいんだよ龍田、俺の考えを伝えておく良い機会だ。それに俺は、みんなが意見を言ってくれるのが嬉しいからね。いいかみんな、これは戦いだが争いではないんだ! 艦娘同士で争いなんてするワケないんだからな!)

 

(うん。その通りだよ提督、ボクもそう思います)

 

時雨が背負ってる砲塔をつかんでいる右手を一瞬だけ離して、返事のかわりに彼女の美しい黒髪をなでる。

 

(あ……あんッ)///

 

(今は立場の違いから、こういうカタチになってしまってるだけなんだ! ほら見なよ、彼女たちもコチラと同じように水柱で対抗し始めてる……みんなに砲弾が当たらないように、しっかり距離を確保しながらね!)

 

(はい司令、第一艦隊のみなさんも私たちの仲間ですから!)

 

(雪風の言う通りだ! だからみんなも、鳳翔を多人数で圧倒して捕縛するなんて、ゼッタイしちゃいけない。彼女とは、乱取り稽古をする気持ちで胸を貸してもらってこい!)

 

(えっと…それはつまり、まず一対一で戦って、負けたら次の艦娘が立ち向かうってコト?)

 

(そうだ加古。彼女は強いんだからな、きっと実りある稽古になるぞ……争いじゃなくて稽古だ! 柔道の親睦だ! 負けたら息をととのえて再チャレンジすればいいんだよ、存分に楽しんでくるんだぞ!)

 

(まさに稽古そのものだね。うん! 分かった!)

 

(……司令)///

 

(おっしゃあ!)

 

「……ふうん。なるほどね。第八艦隊、か」

 

(……………)///

 

(提督! 着いたよ!)ズザァッ!

 

よし、いよいよだな……やってやる! この組織の象徴そのものであった第一艦隊の指揮官! この船に居るんだ!!

 

(みんながここまでやってくれたんだ、俺だってやってやるさ! 行ってくる)

 

 

 

 

 

ズガガアン! ドゴォッ! ザバアアアン! ザバアアッ!!

 

((日向、もっと気合い入れて撃ちな! どんどん来るよ!!))ドオン!

 

((分かっている……だがな伊勢、我々には……この水芸…骨が折れるな………))ズドォ!

 

((まあね……当てないように撃つのって疲れるね。でもね、とにかく怯ませればいいんだ。そのスキに乗じて仲間が投げ飛ばす!))

 

((数々の強敵を沈めてきた私たちの36センチ砲……まさかこんな使い方を………ねっ!))ズドン!

 

((軽巡棲鬼ども。あの距離なら、余裕で炸裂させられる筈だった。一瞬で終わらせて、驚愕する特務艦隊のみんなを優しくいたわって、勝者として暖かく迎えてあげる筈だった。それが……火器の無力化だけでなく……視界を遮られて逃げられてズブ濡れとはねッ!))ズドオン!

 

「あ~、昨晩のミーティングか。もう遠い過去みたいなカンジだね~」ザザザザ……

 

「北上さん……」ザザザ

 

「見てよ大井っち。まるで夏祭りの水風船だ………こんなにジュプジュプいってる軽巡なんて、サマにならないね~」

 

((伊勢! 聞こえる!?))

 

((千歳か……? どうした、金切り声などあげて。らしくもないね))

 

((ワ級の群れの中から新手が現れたわ! 艤装が明らかに違う……深海棲艦よ! そっちへ向かってるの! 加賀たちを守ってあげて!))

 

((……! さっき那智が話してた内容と違うぞ……如月の索敵からどうやって逃れ……そうか! ワ級の巨大な群れの中に潜んでたから感知できなかったんだね。数は!?))

 

((分からないの! 次から次へとキリがないわ! ……ああっ!))

 

((こんどはどうした!))

 

((艦載機だわ! どんどん発進してる!))

 

((なッ…………))

 

((………勘弁してよ))|||

 

 

 

ズガガガガガガ!! ドガガッ! ザザアン! ブシャアアアッ!! ズガガガ!

 

 

 

(さぁ………いくわよお! 提督ちゃんに勝利を捧げるのっ! みんな、しっかり頼むわねぇッ!)ザアッ!

 

(ミルディ……なんだか雰囲気が変わったな。鬼指揮官の面影がどこにも見当たらん)ズザザ……!

 

(よっちゃん、それは当たり前~。ミルディは司令官に首ったけなんだもの~。あの人の言うことなら何でも聞くし。空を飛べって言われたらほんとに飛ぶよ~。そのうちお揃いの服を着たいなんて言い出すかもね)ザザザアッ!

 

(はっちゃんはミルディのことをよく見ているんだな。そこまでとは気付かなんだわ)

 

(ねびゅら。りりぃ。あなたたちはどう? みるでぃのぼでぃーがーどでしょ)シュパアアアッ!

 

(はぁ……お恥ずかしいことながら……気付きませんでした。不覚であります)ザザザザ

 

(私も~。てか私たちだって提督のコトは好きだし? べつにミルディのことは気にしなかったな~。くー様は?)ザバアッ!

 

(わたしはきづいてたよ。たるとも)

 

(あのコもスゴイですよね~。前はさー、提督って呼んでたのに。今じゃ………)

 

(ミルディ! 抜け駆けは許さないんだからぁっ! ご主人様に勝利を捧げるのはこの私ぃッ!!)ザザザザアアッ!

 

ガバァッ!

 

 

「あうっ!?」

 

(せいやああああッ!)

 

ザブウウウウン!

 

(……うっわ~。恋愛モードのピンク戦艦ってヤバいね、クッキー)

 

(ほんとだねリリィ。でも本人はなんだかすごく幸せそう)バシャアアア……!

 

(見たかはっちゃん。今の動き)

 

(ううん、見えなかった。スゴイね~)

 

(うふふ……勇ましいわね。ま、提督ちゃんのお役に立っている限り、少しくらいのナマイキは許してあげる)

 

(なッ………)

 

(言ったわよね? これからは女と女だって。もうあなたを子どもあつかいしないわ……でもね、もしも提督ちゃんの足を引っ張るようなマネしたら……その時は容赦しないからね)ニッコリ

 

(……そんなコト、しないもん。私はずっとご主人様のそばに居たいの! それだけなんだからッ!)

 

(そこは同感よ。……ミルディ隊より暁隊へ。ウチの戦艦が張り切ってます……恐らく十人以上は確実、鎮守府への連行をよろしく! 我々はこのまま空母へと向かいます!)ズザザザアアッ………!

 

 

((わわっ……きたあ!))バシャアアッ!

 

((いやああああッ!))ズザザア……!

 

((きゃあああああ!))ザブウン!

 

((磯波っ!?))

 

ズガガガガガ! ガガガガガガ! バシャアアン!

 

((伊勢! もう砲撃は無意味……! こちらの懐(フトコロ)に飛び込まれたッ!))

 

((…………))

 

((伊勢!?))

 

ガガガガ……! ズガガガ!

 

「あぐぅっ!」ザバアン!

 

((……何という精緻(セイチ)な銃撃だ。ねぇ日向、なんだいコレ? こんな大編隊でさ、何百発も撃ってるのに……私たちにはカスリ傷ひとつ負わせていないよ))

 

((伊勢……))

 

((なのに私たちは……敵を沈めることしか考えてなかった私たちときたらさあ……水柱で相手を攪乱することすら満足にできない有り様だよ! ハハッ……ざまぁないね!))

 

((…………))

 

ザバアアン! ザブン!

 

((どんどん投げられてるね。まるで間欠泉みたいに海のシャワーをどんどん浴びせられるんだもん、相手に集中して身構えるなんてムリだね))

 

((そうだな……凄まじい練度だ………))

 

((あの編隊を飛ばしてるのって誰なんだろうね? さあ日向、扶桑、山城! トキシラズに向かうよ、もう援護の砲撃は必要ないからね!))

 

((私たちも……兵装をあずけて格闘戦ってわけだね))

 

((分かりました……ああ………深海棲艦をたくさんたくさん沈めてきた私たち………なのに、こんな結末……))

 

((扶桑姉さま……))

 

((これが敗北か……この時代でも味わうなんてね))

 

((違いますよ川内。敗北なんかじゃありません))

 

((金剛!? さっきの話さぁ、ヤバイって!))

 

((いいえ、ワタシはもう決めたの。これからどうするのかをね。よく聞いてね川内、これは確かに戦いだけれど………でもね、争いなんかじゃないんだヨ?))

 

((何言ってんのさ金剛! あと少しだったんだよ!? 今日が最後の戦いの日になるハズだったんだ! 私は途中参加組だけど、軽巡棲鬼は第一艦隊の長年の宿敵じゃないか! 特務艦隊にジャマされたんだよ! 台無しにされたんだよ!? 争いじゃないなら一体、なんなのさ!!))

 

 

((ワタシたちは家族だよ! そんなコト言っちゃダメなんだから! 家族は争いなんてしないッ!! ケンカはしても争いなんて絶対にしないッ!!))

 

((………金剛))

 

((川内。私も特務室長と彼の艦隊には複雑な思いがしています……でもね、金剛の言う通りですよ……私たちは一つの家族なんです))

 

((白雪じゃないか……今ドコに?))

 

((トキシラズに。もうすぐ特務室長がここに来られます))

 

((ああ、さっき金剛と那智が話してたっけ))

 

((はい。私は彼を見てみたい……私たちの提督とどのような会話を交わされるのか……確かめたい))

 

((……会話というより怒鳴り合いじゃないの? この時代の男の子って、年長者に遠慮しないでしょ))

 

((うふふ、そうかも知れませんね……。繰り返しますよ川内、私たちは家族です……そして家族とは、決して争ったりしないものなんです。だからね、金剛が言わんとするのは………家族の間に、敗北なんて言葉はないってことです。ありません、そんなの。勝ち負けなんて考えてちゃメッ! ですよ?))

 

((そっか……ちょっと興奮してたよ。ゴメンね))

 

((ありがとう白雪、ワタシの気持ちが伝わったみたいです。あのね、みんな…もうコチラの艦娘はかなり第八鎮守府へと連行されました……そろそろ終わりが近付いてきたようです。だからね、一緒に見届けませんか? 私たちの第一艦隊の終焉を………))

 

((終焉………))

 

((そう、終焉です。これ以上の抵抗は最早、無意味。であれば私たちはおとなしく、心を鎮めて、私たちの歩んだ道の終わりを受け容れましょう))

 

((…ううっ…………))

 

((うわあああぁぁあん!))バシャアン!

 

((ああああっ……! うわああああッ!))バシャ!

 

((……みんな))

 

((悔しいよ金剛! 那智! 今までずっと一緒に頑張ってきたのに! あと少しだったのに! こんなのって………ないよおおぉ!))

 

((………皐月。そうだね……ずっと一緒だったよね))

 

((……私からも頼む。皆で最後の戦いを見届けよう))

 

((ぐすっ……那智、そこに居るの? 金剛と一緒なの……?))

 

((提督もな。いま柔道衣に着替えていらっしゃる最中だ。三人で特務室長を待っているよ))

 

((……鳳翔は?))

 

((提督の奥方だ、ご自分の意志を貫くだろう。彼女のことは気にするな))

 

((……那智。残念です…))

 

((すべて私の責任だ。このようなこと、もはや言えた義理ではないが……お願いだ、残った者はもう抵抗するな。トキシラズに集まってくれ……))

 

((そんな……那智が私たちに、お願いだなんて……))

 

((もっと早くこういう振る舞いを身に付けるべきだったのかも知れん。思えば私は、いつも突っ走っていたな……たまにはお前たちの意見に耳を傾けるべきであったよ。謙虚さを欠いていたのだな))

 

((やめて那智! あなたの口からそんな言葉、聞きたくない!))

 

((叢雲か。さっきはすまなかった……私は妹のことになると心を乱す))

 

((いいわよ気にしてないんだから! でもね、あなたには常に堂々とした指揮官であってほしいのッ! 責めるなら不甲斐ない私たちを責めて! だって、あなたのお陰でこの艦隊は勝ち続けてきたんだからあっ!!))

 

「!」

 

((ワタシも叢雲の言葉に賛成ですよ、那智。反省と卑屈はまったく違います……アナタは私たちを支えてくれた指揮官なんですからね?))

 

((そうですね。私たちにとって、大切な指揮官ですよ……))

 

((……………))

 

「那智……?」

 

((………お前たち。私を……指揮官を、泣かせるな……まったくッ))

 

((那智……うん、ゴメンナサイ))ギュ……

 

((…………ありがとう。みんな))

 

((お姉ちゃん………))グスッ

 

 

 

 

 

「たあああああッ!!」ガシイ!

 

「くううううっ!」ザザ!

 

「古鷹………動きが鈍ってきたのではなくて!? 鳳翔にあれだけ投げられては、流石のあなたでも………!」ザザザアッ!

 

「ま…まだまだああっ!」ガシッ!

 

「……くっ!」ザアッ!

 

「…………」ニッコリ

 

「なぜ……笑っているのです古鷹?」

 

「だって嬉しいんだもん! 共に戦った仲間が、こんなに強く己を鍛え上げてるんだから! それでこそ重巡洋艦だよっ!」ガバア!

 

「なあッ!?」

 

ザバアアアン!! ゴボゴボオ…………

 

「ぷはあっ!」ザバッ!

 

「落下する瞬間に息をとめたんだね。やっぱり強いなあ……第一艦隊の頃も、あの頃も……妙高はまさに重巡洋艦の鑑(カガミ)だよっ!」ニコッ

 

「………なんて笑顔……これが………ワタシタチノ……ハイインカ」

 

「? 妙高?」キョトン

 

「何でもありません……さあ、いきますわよ!」

 

「うんっ!」ザザア!

 

 

 

「おりゃああああッ!」ザッ!

 

「…………!」ヒラリ……ザアッ!

 

「なにっ!?」

 

「遅い………たあっ!」ガバアッ

 

「! …………ぐううッ!」ザバアンッ!

 

「なッ………水中に!?」

 

ザバア!

 

「こっちだ………」ガシイ!

 

「!」

 

「うおおおおおおお!」

 

グルン!

 

「な……しまっ………!」

 

「おりゃあああああ!」

 

ザバアアアアッ……ゴボオッ!

 

「恐ろしいほどの闘志じゃな。自ら海水にもぐって、下から抱えあげおったぞ……相手は一瞬、出遅れたな」

 

「天龍は強いよ……私は一瞬で叩き付けられたわ」

 

「ほう……認めるのか、あの艦娘の強さを」

 

「事実だし。でも……このままじゃマズい……」

 

「同感じゃな。相手は化け物か?」

 

「私たちと同じ艦娘よ。ただ、特別な絆を結んでいるわね……人間と」

 

「それが奴の強さの源(ミナモト)か……それにしても……」

 

「何?」

 

「まさかお前が自分のことを艦娘、とはな……。いや驚いたわ。あの男に感化されたか」

 

「なッ……!」///

 

「照れることはあるまい。あいつはお前を仲間だと思っているようじゃぞ?」

 

「そんな………こと……」///

 

「この服を見てくれ……あいつの秘書艦が縫ってくれたんじゃ。まったく、変わっておるわ。どちらも」

 

「………」

 

「もうすぐこの戦いは終わる……たぶん、お前が勝ってほしいと望む男がな」

 

「……っ! だから、その話は……もうッ!」プンスカ

 

「我らの頭領たちは鎮守府へと送られたぞ……お前はどうする積りなんじゃ? 意地を張るのもほどほどにせい……あいつの艦隊で、これからも過ごしたいと望むのであれば、な……」

 

「……わかってるわよ。それくらい。それより! あなたはどうなのよ!」

 

「お前と同じじゃ。あの男に興味があるよ……ただのう、こんな美少女がすぐ近くに居るというのに、仕事ばかりしておるのはどうかと思うが………さてとリッティ、あいつが船から出てきたら我らの役目を果たすとしよう。局長との戦いには、きっと我らの霊力が役立つであろうからな」

 

 

 

          続く



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第六-7話

「………さてとリッティ、あいつが船から出てきたら我らの役目を果たすとしよう。局長との戦いには、きっと我らの霊力が役立つであろうからな」

 

 

 

第六-7話

 

 

 

ザザザザアア…………!

 

 

 

「はいよ、お嬢さん。熱いから気を付けてね。そら、ほかのみなさんも」つ

 

「………ありがと」つ

 

「……」つ「……」つ「……」つ

 

コク…………

 

 

「美味しいわ。えっと…」

 

「ゲンといいます……仮の名前ですが。大将のお仕事を手伝ってましてね………みなさんかなりこっぴどくやられたみたいですな。どうか大将を恨まないでくださいよ」

 

「……分かってるわよ……私たちは敵なんだから。この船、ドコに向かっているのか教えてくれるかしら?」

 

「我々の本拠地ですよ。それとね、お嬢さん」

 

「? 何かしら」

 

「あなたがたはもう敵じゃありません。ウチの大将は、ここにいらっしゃる五月雨さんをはじめとする艦娘のみなさんに並々ならぬ好意を寄せていましてね。おなじ艦娘のあなたがたを、敵視なんてするもんですか」

 

「それ、本人から聞いたわ。不思議な男ね……」

 

「大将の前で、ご自身を敵だなどと言わないでくださいよ? あの人はマイペースに見えるが、人から遠ざけられると傷付くんだ。くれぐれもお願いします」

 

「そう……善処するわ。それで、私たちはどうなるの? やはり監禁かしら」

 

「………………イヤダ。コロサレル……アイツ、コワイ」カタカタ

 

「その積りなら先程の戦闘で我ら全員、今ごろは海の藻くずだろうよ。あんなカラクリ爆弾などではなく、本物の信管入りを使ってな。まったく……冥土が見えたぞ。まだ力が戻らぬわ」

 

「…………ソウナノカ」

 

「そうよ。下らないこと気にするのはおよし。頭領がなんとかしてくれるさ……ね、それ飲まないなら頂戴? カラダの震えが止まらないの」ゴクゴク

 

「……ダメダ。コレアタシノ」ゴク……

 

「監禁などとんでもない! なんの心配もありませんよ、安心してください。それにしても……毎晩、妖精のみなさんと何やら造ってると思ったら………なるほどねぇ。……隣のお嬢さん。そう、あなただ。あなたはさっきまで、背中に巨人を従えておいでだったようですが。見当たりませんな」

 

「いつも出しっぱなしというわけではない。それでは霊力がもたぬ……うむ、美味い」ゴクリ

 

「お口に合ったようで何より。それでは、私はこれで……」

 

「待って。ひとつだけ聞いていいかしら?」

 

「勿論ですよ。何でしょうお嬢さん」

 

「あなたって、まるで若旦那に仕える先代番頭みたいな口振りね。仕事を手伝ってるって言ってたけど、手伝うというよりまるで見守ってるみたい。彼のこと……誰かから頼まれたの?」

 

「………これは驚いた。少しばかりお喋りが過ぎましたかねえ。はい、その通りですとも……大将に惚れ込んで、すべてを託した男がいましてね。あいつとゴロー……いまこの船を操舵してる男ですが……そして私の三人は昔からの遊び仲間でね……」

 

「先代の、提督ね」

 

「ご明察……あの男は私らに言ったんです。あのガキならきっとやってくれる……霊感も霊力もない俺にはもうムリだがアイツは違う、あとは子守りを頼むぜ、ってね」

 

「……そう。あの提督が、そんなことを……」ポツリ

 

 

「軽巡……棲鬼………?」

 

「お静かに……五月雨。どうやら重要なお話のようですから」ボソッ

 

「あ……すみません初霜」ヒソヒソ

 

「いいえ。ほら、ここはひとつ静聴すると致しましょう……」

 

 

「あいつは独りで仕事を抱え込む性格でね……私とゴローには滅多に任務の話なんてしなかった。天龍さんも同じでしたな……そんな彼がある日、とある話をしてくれたことがありました」

 

「どのような?」

 

「あなたのことですよ。嵐の吹き荒(スサ)ぶ中、とある島であなたと一度だけ言葉を交わしたことがある、と」

 

「!!」

 

「理由は分からないが、軽巡棲鬼はなにか得体のしれないモノに操られている。根っからの悪ではない……話をしてみて確信した、そう言いましたよ。確かにね」

 

「え……!?」///

 

「尤も、教えてくれたのは後年になってからですが。ふと気まぐれでも起こしたんでしょうな」

 

「あの人が………そう」

 

「ですからね、お嬢さん……大将の気持ちを、どうか汲(ク)んでやってください………あいつが自分のすべてを叩き込んだお方です、きっとあいつの思いが大将の心のどこかに残ったんですよ。くーちゃんのお陰で真実に気付いたと言ってますがね、あの子の言葉に耳を傾けたのは、あいつの教えがあったからに違いない……そうでなくば、聞き流しておしまいだったでしょう」

 

「くーって?」

 

「艦娘です…大将のお仲間ですよ。彼女だけでなくあなたたちも艦娘なんだと断言する大将の気持ちを、どうか……お願いします」

 

「それは…………」

 

「いやいや、この場で返答なさらずとも結構ですよ。少しずつでいい……大将の気持ちをわかってくれればね。さてと、そろそろゴローの奴と交代してやらなくちゃ。この船に乗られた人はみな、快適だったと口を揃えます。みなさんもどうか、おくつろぎになってください。五月雨さん……あとはよろしく」ガタッ

 

「はい。お任せを」ニッコリ

 

 

パタン……

 

 

「ふふ……提督ってもしかして、実はすごい人なのかも知れませんね」

 

「そうですね五月雨。人見知りするアユムさんが懐いた理由、少しわかった気がします」ニッコリ

 

「だいぶ鎮守府に近付いてるはずです。オヘライベの乗り心地を堪能できるのもあと少し……速くて大きくて、良い船でしょう?」

 

「はい、とっても。………不思議な心地です……かつては艦船であった私たちが新たな肉体を得て、いまではこうして……船に揺られて海行(ユ)かば。そう思いませんか……五月雨?」

 

「そうですね、同感ですよ初霜」ニッコリ

 

 

 

 

 

「だあああああッ!」ガバア!

 

「ぐううううッ!?」

 

ザバアアン!

 

「天龍!」

 

「…信じられない……」

 

「天龍が……苦戦して……る…」|||

 

 

………バシャアッ!

 

 

「……ぐふっ! げほっ!」ザザッ!

 

「さあ……そこをどきなさい。私には果たさねばならぬ役割があるのです。あなたがたと同じように」

 

「……断る。我らが指揮官はな、軽巡棲鬼らを艦娘だと言ったんだ。彼のジャマしようとしているお前に、追跡させるワケにはいかねーんだよ鳳翔!」

 

「そうですか。ならば力ずくで通るとしましょう」スウッ……

 

 

「……いや、オレはここまでだ。負けたよ」

 

 

ピタリ

 

「ううっ………天龍お姉様……」

 

「ほらほら夕雲、天龍は堂々と闘ったんだからさ。そんなカオしないの」ポン

 

「ええ、そうね……秋雲……」

 

「夕雲のお姉様はもう一人いるでしょ?」

 

 

 

「負けを……認めるのですか? ですがあなたは確かに先程、断ると言いましたよ」ジーッ

 

「言ったさ。だがさっきのはな、オレ独りだけでお前をどうにかしてやるって意味じゃない」

 

「………?」

 

「オレたち全員で、お前の追跡を阻止するって意味だぜ! 加古おおおッ!」

 

ザザザザザアアッ!

 

「いくよ鳳翔! ここから先は通さないからねえええええッ!!」

 

ガバアアッ!

 

「ッ……なかなかの踏み込み!」ズザアアッ!

 

ガッ!

 

「! くっ……」

 

「おらあああああッ!」ザザア!

 

グルン………ザザア!

 

「………フン。やるねぇ! アタシの体落(タイオトシ)から回転で逃げ切るなんてさ!」ズザザザ

 

「……当て身ありの柔道とは……面白い。古(イニシエ)の柔(ヤワラ)こそはあらゆる技を内包する究極最強の武術。あなたに遠慮は無用ですね……」ズキッ…

 

「ねぇ若葉、いまの加古、なにかしたの~?」

 

「技にはいる直前、右手で鳳翔を掴みながら鎖骨あたりに右肘を当てたようだな」

 

「うわ~。アグレッシブだね」

 

「性格だな。やはりこの稽古は加古の独壇場か」

 

 

ザザザ!

 

「!?」

 

「周りをよく見なくちゃダメじゃん鳳翔っ! 鈴谷だよ……お久し振りいッ!」ガッ!

 

「くっ……背後!?」

 

ザザアッ!

 

「おおっとッ……この体勢から跳ぶかなフツー。よっと」ヒラリ

 

ザバアン!

 

「あぶないあぶない……でもね、鳳翔」

 

ザザザザ………ザアッ!

ザザッ……

 

 

「これは……囲まれましたか」

 

「おお~? 加古に囲まれたってか! やるなあ鳳翔!」パアアァ

 

「いや、黒潮……。鳳翔はべつにギャグで言ったワケじゃないし」

 

「えぇ~、そうなん!?」

 

 

「やるじゃん鳳翔。ちょっと驚かせてやろうとしたのにさ。鈴谷ごとジャンプしてさあ、背中から海面に叩きつけようとするなんて! その敢闘精神…ゾクゾクしちゃうゥッ!」ニヤリ

 

「鈴谷……本当に、お久し振りですね。あなたこそ器用な真似を……まるで猫のよう。金剛への挑発は、褒められたものではありませんでしたが」ジッ

 

「そんな積りじゃなかったんだけどさー、あまりにも勝ちすぎて、お鼻が天狗になってるみたいだったから……つい、ね」

 

「つい、ですか」

 

「そ。ついでに言うと鳳翔、アンタもね。左手の指輪……キレイだね。何だかすごいチカラ感じるよ……それが強さの秘密?」

 

「………さあ。どうかしら」

 

「あらら。まあイイけどさ。えっとぉ、天龍に勝つなんてオドロキだけど、でもね……それだけで鈴谷たち全員を相手にするなんてちょっとムボウだよね! 第一艦隊ってさ、みんな天狗なの?」

 

「な……!?」

 

「……あのさあ鈴谷、提督のコトバ忘れたの? ひとりひとり、順番に鳳翔と稽古するんだよ~」

 

「私と……ケイコ、ですって?」キョトン

 

「わかってるよ加古。だから言ったでしょ、ちょっと驚かせようとしただけ。こっちのペースに引き込むためだよ!」

 

「そういうことは成功してから言うの! しょうがないなぁ鈴谷は」

 

「えへへ、そこはまあ……でもさほら、見てよ加古。やっと自分の立場に気付いたみたい。もう追跡するのはムリだよ……鈴谷もみんなもコテンパンに倒さない限りはねっ!」

 

「そういうことですか。この包囲は私を潰すためではなく、……稽古。まったく、変わった指揮官なのですね……特務分室室長殿は」

 

「個性的だと言ってほしいね! いっくよおおおおおおおッ!!」ザバアッ!

 

 

 

 

 

「ねえ。あなたのこと……何て呼べばいいのかな。軽巡棲鬼じゃなくて、ちゃんとしたお名前おしえて」

 

「五月雨、だったな……私に名前などない。好きに呼べばいい」

 

「そうですか……じゃあ提督に新しい名前をお願いしてみませんか?」

 

「…唐突ね。彼にはそんな役割もあるのかしら」

 

「役割というか趣味かな。深海棲姫……姫のほうね……あの人たちの名前、ほとんど提督がつけたのよ」

 

「さきほど擦れ違ったワ級どもの中に紛れ込んでいたわね……いまいましい顔があったわ」

 

「そっかぁ……宿敵同士だもんね。でも提督ならゼッタイにそんなの許さないよ。彼にとってはあなたたち全員、おなじ艦娘なんだからね」

 

「でしょうね……でも、私はもう………」

 

「?」

 

「いや………何でもない。気にしないで」

 

 

「………あなたたちはカラダの中に戦士の御魂(ミタマ)を宿しているんだよね? 私たちとおんなじ」

 

「………そうよ。気がついたら私たちはいつの間にかこの時代に存在していたの。魂と共にね。彼らは国に帰りたいと願っているわ……だけど私は失敗した」

 

「ヤツラノセイダ。キニスルナ、トウリョウ」

 

「やつら……? あ……第一艦隊………。……初霜、この会話をこれ以上つづけてもよろしいのでしょうか……? 私は秘書艦でもありませんし」

 

「五月雨、あなたの懸念はよく分かります……これは明らかに提督の専管事項。ですが忘れましたか? あなたは今、護衛に関して、その提督の命令により彼に次ぐ権限を与えられているのですよ」

 

 

軽巡棲鬼と三体の大型艦を、第一艦隊の攻撃および捕獲から護衛する任務を命じる。今よりこの任務に関しては俺に次ぐ指揮権を一時的に与える。絶対に奴らの手に渡すな!

 

 

「あ…………」

 

「別行動になるのですから提督が臨時の指揮官を任命なさったのは当然です……つまり提督不在の目下、この船内に於ける命令系統の最上位者は五月雨、あなたですよ……あなたが指揮官なんです。護衛のことだけで頭がいっぱいになるようではダメ。あなたが考え、決断し、この船を守るのです」ニッコリ

 

「私が……指揮官。すみません初霜……分かりました! では……別室で待機中の艦娘みんなをこちらへ! そしてゴローさんもお願いします!」

 

「了解しました」タタッ……パタン

 

 

「……ヨクワカラン。メンドクサイナコイツラノソシキハ」キョトン

 

「敗北した我らの言うことではなかろう。組織とはこういうものだ」

 

 

「ごめんなさいみなさん。こんな取り調べみたいなマネ……でも、そんな積りはありません! 聞くべきことだけを聞いたらそれで終わり! 鎮守府に着いたらすぐに入渠の準備をします……みなさんに負担を掛けるコトなんか、今のうちにさっさと終わらせておきたいの!」

 

「なぜそんな……申し訳なさそうな表情をしているの? いま彼女が言ったでしょ、私たちは敗者。遠慮など無用なのに」キョトン

 

「提督ならそんな扱いはしません! 戦いは終わったんだから敗者とか関係ないんです! 私たちにはみなさんを保護し、丁重に遇(グウ)する義務があるの!」

 

「……ほんと、あなたたちって変わってる」

 

「ソウカ? ……マアヤツラトハスコシチガウカ」

 

「そうね。ま、どうでもいいんじゃない……快復できるんならそれでいいし」

 

「お任せください! 私たちのお風呂、きっと気に入りますからね!」///

 

 

 

 

 

バシャアン! ザブウンッ! ザバアアンッ!

 

 

 

「あぐうぅッ!」ザブン!

 

 

ズザザザザザ………!

 

(……これが第一艦隊か。流石に手強い……でも)ザザザザ

 

(はい。火器の操法ならば手練(テダ)れ揃いでも体術がやや劣ります)ザザザザアッ

 

(………見えた。空母群)

 

(では……!)ザアッ!

 

 

 

((……加賀さん。こちらの編隊はいまだ目標を視認すること能わずとの報告……そちらは如何ですか?))

 

((こちらも同じよ赤城。………恐らく快速艇に乗り込んだのね))

 

((そんな……あれだけの人数を収容し得(ウ)る大型船が、私たちの艦載機を振り切るほどの速度を……?))

 

((全員が乗船する必要はないわ……軽巡棲鬼たち四体と護衛隊の隊長、そして護衛の得意な艦娘が数名……あとは操舵手と機関整備士が居れば充分。せいぜい十名ってところね。ほかの艦娘は特務室長に合流したのでしょう……))

 

((蒼龍、飛龍))

 

((我々も同様です赤城。どうしましょう……?))

 

((どうしようもないよ蒼龍。十人くらいの収容規模なら時速三十海里(約55km)は出せるでしょ。あ、艤装があるからもうちょい大きな船か……速度はすこし落ちるかも。ま、確かにこちらのほうが速いよ? でも距離を縮めてるうちに追いかけっこはオシマイでしょ))

 

((う~……………))

 

((……残念だけれども飛龍の指摘は正しいわね。先手を打たれたのは痛いわ………あれで一気に突き放された))

 

((…………………))

 

((特務室長は型やぶりな指揮官であるとの報告でしたね。すでに機関の改造など施しているかも知れません))

 

((………前言撤回、します))

 

((そうね。これだけ追跡を続けているのに航跡すら見えないのだから。伊勢……聞こえる?))

 

((………………))シーン

 

((………伊勢?))

 

((………………))

 

((取り込み中か………仕方ないわね。護衛のお礼を兼ねて、撤収の連絡を入れておこうと思ったのだけれど))

 

((加賀さん……それでは))

 

((ええ。我々の勝機は潰(ツイ)えた。これ以上は時間の空費よ))

 

((…………はい))

 

((分かりました……))

 

((加賀……第八艦隊の鎮守府まで飛んで一矢報いてやりませんか?))

 

((蒼龍))

 

((もしかしたらほら、下船している最中の軽巡棲鬼を仕留めることができるかも))

 

((それは……))

 

((私……悔しいです。折角みんなで今まで頑張ってきたのに。皐月の気持ち、とてもよくわかる……ねぇ飛龍、あなたはどうなの!?))

 

((そりゃ私だって悔しいよ。でもさ、金剛と那智の言葉を聞いたでしょ。私たちは、負けたんだよ……))

 

((やめて! そんなの聞きたくないッ! 私たちには任務がある! それを果たさずして誰に顔向けできるのよっ!?))

 

((………蒼龍))

 

((負けたですって!? それじゃ私たち、二度目の敗北じゃない!!))

 

((蒼龍。あなたのその諦めない心は立派です。ですが…………))

 

 

 

「やめておけ赤城。蒼龍は疲れと悔しさで我を忘れているのさ。それ以上、何を言ってもムダだ」

 

 

 

「…………!?」ザザアッ!

 

「誰ッ!」ズザザザ

 

「確かに聞こえた! いまの声ドコからっ!?」

 

「……誰も……何も居ない………?」

 

 

 

「居るさ」スウッ………

 

 

 

フワリ

 

「!!」

 

ザッバアアアアッ!

 

「蒼龍ッ!?」

 

「………あのさ蒼龍。ひとりで何やってんの?」ジーッ

 

「違う。投げられた」

 

「えっ!?」

 

ザバアッ!

 

「ゲホッ! ゲホッ!」

 

「蒼龍!」

 

「………第八艦隊の」

 

 

「そうだ。お前たちとは同じ作戦に参加した木曾だ。尤もオレは北方部隊だったが。蒼龍……もう冷静になったか? 血気盛んは結構だが退くときは退け」

 

「木曾………もしかして……ゴホッ! 金剛の言ってたステルスフリートの正体って」ゴホン……

 

「ああ。オレと阿武隈、響に夕雲と秋雲だ。風雲たちは……どうしてるのかな」

 

「………信じられない。まったく見えないよ。まだこんなに明るいのに」

 

「明るいからこそ、かもな」

 

「え………」

 

「蜃気楼。光の屈折が通常とはちがう変化をおこして視覚を混乱させることがあるだろ」

 

「……!」

 

「あの子……オレの提督は、蜃気楼に似た現象をオレたちが意識的に発生させられるんじゃないかって、教えてくれたぜ……まあ実際の原理はオレたちにも分からないんだけどな。ただ念じるだけでできるんだから」

 

「どうして……私たちに秘密を明かすの……?」

 

「もう隠す必要がないからだよ、終わりが近いからな。あの子は阿武隈が仲間になった時には既に気付いてたっけな……お前らの指揮官はどうなんだ? ちゃんと仲間の特性を把握しているのかよ」

 

「仲間………? 私たちは提督の部下ですよ。何を言って………」

 

「………成る程な。これが第一艦隊か……もったいない」

 

「?」

 

「…………」

 

「なんでもないよ……オレはもう行く。お前たちは水浴びしているんだ。一矢報いるというのなら、せめて稽古で見せてやるんだな」ザザザアッ……!

 

 

 

 

 

「うおおおおおお!」ガバアアッ!

 

 

「甘いわあッ!!」バシィ! ドガッ!

 

 

くっそおおおおお!

 

ガバッ!

 

「まだまだああああッ!」

 

 

「甘いと言っておる!」バシイッ!

 

 

痛てえええ! もう何発目だよ! 動きが……速過ぎるぜ!

 

「だあああああ!」ザザッ!

 

「………ふん」スッ……

 

 

ぐるん……

 

 

!! やべぇ投げられた! これアレだっ……十数年ぶりに味わう………圧倒的力量差からのカンペキな技を食らったときの回転! ちくしょおおおおおお!!

 

ズダアアアアン!

 

 

「………!」

 

「提督の投げを……受け身で凌いだか……」

 

「提督……負けないでクダサイ」ボソッ……

 

「お姉さま……それどっちの提督?」ヒソヒソ

 

「やったあ提督! まだまだいけるよ! がんばってええええ!」

 

谷風……! そうだよ……あきらめてたまるかあああっ!

 

「うおらああああっ!」

 

バシイィッ!

 

「ぬぅ!」ガッ!

 

「パンチ!? ひっどぉーい!」

 

「うるさいよ! さっきからそっちだってバシバシ当ててんじゃん!」クワッ

 

「そんなハッキリした打撃なんて出してないもん!」クワアッ

 

「打撃は打撃でしょー!」ズゴゴゴ

 

 

「せい…やあああああああッ!!」ズシャア!

 

「っ!」

 

ズダン!!

 

「あああっ!?」

 

「フフ……さすが司令官」

 

「目くらまし打撃からの双手刈(モロテガリ)……素晴らしいわ。やはり強敵相手には奇襲も有効ね」

 

「司令官、いけーやっちゃえー!」

 

「司令官さん………」ギュッ

 

 

やべぇ。気持ちがめちゃくちゃアガるぜ……みんなが居てくれりゃあ! こんな痛みなんてどうでもいいよなあああああッ!

 

ガシィッ!!

 

「ぐう!」

 

「やだ何あれ………脚を?」

 

「……まずい。上半身ではなく脚を狙うとは……」

 

鍛え上げられた肉体……90歳を過ぎてるなんて信じられねえ力強さがビンビン伝わってきやがる! 太さはないがその固さ! 頑丈さ! 密着した皮膚をとおして伝わってくる! 丸太ではなく鉄棒………そんな感じだな!!

 

 

「いっくぜええええええ!!!」

 

ギリイイイイイ!!

 

「ぐ………があッ!?」

 

 

「提督!?」

 

「あれは……膝十字?」

 

「違う……あれは……」

 

「ヒールホールドだよ。あの人は寝技もしっかりできているけど……海外からの関節技だから驚いたかも」

 

 

「膝が破壊されるぜ! 降参しろッ!」

 

「ぐあああ!」

 

「違うだろ! 降参しろって言ってんだよおっ!」グイイイ

 

「あが……が………な、生意気を言うヒマがあるなら……さっさと折れえっ! 壊せええッ!」

 

 

なんだとお……この……!!

 

 

「……いや。やめてえ!」

 

「司令官……どうするの」

 

 

「わからず屋があああああっ! アンタら大人はいっつもそうだ! こっちの言い分に耳も貸さないで! 自分のチカラばかり誇示して年下をバカにしてやがる!! たまにはこっちの言うこと聞いてくれたってイイだろうがあああッ!!」

 

ちくしょう! このままじゃマジで壊しちまう! できるかよ金剛や那智の見てる前でそんなこと! こうなったら絞め落としの体勢に移行し………いやムリだムリだ! 落ち着け俺! 力量が違い過ぎる! 技を解いた瞬間に逆襲されるに決まってるぜ! そうなったらもうお仕舞いだ! 仕方ない……挑発して興奮させスキをつくるか!

 

「小僧が……ほざくな! ぐあああ…………!」

 

「やめて! やめてったらあっ! うーちゃん怒るよ!?」

 

「卯月……黙って見ていろ」

 

「那智!? なんでよ!」

 

「提督は降参していないだろう。ならば彼とて技を解くわけにはゆかぬ」

 

「……そんなぁ……ヒドイ……よ」

 

「卯月。どうか落ち着いてください……私たちが勝負のジャマしたら、お二人はきっと………怒ります」

 

「……誰よアンタ。うーちゃんに向かってなれなれしいね」キッ

 

「卯月……うぅ……」

 

「あきれたね卯月。雪風だよ……分からないの? 私はあなたの気配……なんとなくだけど分かってたよ? この豪華な船に乗り込んで、この贅沢な広間に入室した時からずっとね」

 

「響。言い過ぎ」

 

「ん……司令官の気持ちを代弁してみた」

 

「まあ確かに司令官は苦労してるけどね……財政で」

 

「え……うそ……雪風。ほんとに雪風なの!?」

 

「はい……卯月。お久し振りです。そしてこちらは響……ちょっとコワイけど頼もしい先輩」ニッコリ

 

「……」///

 

「響!? それに雪風まで………うわああああん! 雪風え! 響いいいい!」ダダッ!

 

 

「あっ! こら卯月!」

 

ガシイッ!

 

 

「ぐぶぅえ゛!」ビクン! カクン

 

「…………うわぁ」|||

 

「う………うづき……?」|||

 

「………あ。う、卯月……すまん。もしかして絞まったのか?」

 

「…………」

 

「こ、金剛……どうしよう?」

 

「騒いだ卯月にも非はありますが……とりあえず安静に……」

 

「う、うむ……そうだな。ほら、卯月……」スッ……

 

「大丈夫……卯月は強い。すぐに目覚めるから……」ナデナデ

 

「弥生は動じないねぇ」

 

 

なんだか周りが騒がしいな……でも……対立とかそんなんじゃない……どちらかというと穏やかで、温かな雰囲気だ! やっぱり艦娘って最高だな。強い強い絆で結ばれているんだから……!

 

 

ガバアッ!

 

 

! ………っと! あぶねえ! 両腕で俺の脚を一気に外そうと………! なんて筋力してるんだよ!?

 

「提督!?」

 

大丈夫だよ時雨……ぜったいに負けるもんかよ! もう一度ロックだ!

 

ガシイッ!

 

「ぐ………」|||

 

いくぜ、口撃開始だ……急がなくちゃ。この男、マジでやべえ!

 

 

「無茶するじゃんかよ……いまのでヒザに負担かけたぞ! 艦娘を平気で沈める冷血鬼だもんな、自分のカラダにも頓着しないのかよ!!」

 

「な……何いいッ!!」クワッ!

 

よし……食いついたな。

 

「だってそうだろう! 人々の魂を送り届けるために上陸しようとした軽巡棲鬼たちを攻撃するよう命令したのはアンタだ! 防衛という名目でなあッ!」

 

 

「え……何の話………?」

 

「静かに」

 

「知らなかったとは言わせねえぜ……アンタはこの艦隊の指揮官だ! そしてパワハラ野郎の親玉だ! 魂を宿す鬼グループを上陸させたくない理由があるから組織を強固な体制で引き締めようとしたな! 軽巡棲鬼たちが同じ艦娘だと知ったらみんなはきっと救いの手を差し伸べる! それが困るからパワハラで縛り付けて何もさせないようにしようとしたんだろうがあああ!」ギリギリギリ……!

 

「ぐが………ああああ!」

 

この野郎! はやくスキを見せやがれ!

 

「………うそ。そんな……」

 

「那智」

 

「ああ……でもこれでいい。いいんだ金剛」

 

 

「小僧がッ! お前に儂の考えなど分かってたまるかあ!」

 

力強い肉体に精悍な顔つき。日に焼けた皮膚には皺が目立つが俊敏な動作や物腰がそれらを補ってなお余りある。短く整えられた髪には白いものが目立つが皮膚の浅黒さと好対照を成している……長年に亘り稽古に励むとここまで年齢を超越できるものなのか……!

 

でも

 

「艦娘にツラい思いをさせたアンタが吠えてんじゃねえッ! 言ってみろよ……アンタの考えとやらを! どうせたいした理由なんてないんだろおけどなあッ!」

 

「この餓鬼があっ! 言ってやる! そんなに聞きたければ言ってやるッ!」

 

 

……………!

 

 

「深海棲艦に宿る魂はっ! この国を守らんと奮闘なさった方々の魂なんだ! その魂をををっ! こんな! 堕落した今の時代にいっ! お迎えできるはずなどなかろうがあああああアアアッ!!」クワアッ!

 

 

 

          続く



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第六-8話

「深海棲艦に宿る魂はっ! この国を守らんと奮闘なさった方々の魂なんだ! その魂をををっ! こんな! 堕落した今の時代にいっ! お迎えできるはずなどなかろうがあああああアアアッ!!」クワアッ!

 

 

 

第六-8話

 

 

 

こんの野郎おおおおおおおおおお! そんな! テメエ勝手な都合で!!

 

「……いままで戦ってたのかあああああああッ!!」

 

バシィン!

 

「がああ!?」

 

「キャアアアア!」

 

「折ったの!? バカアアアアッ!!」

 

「ドコを見てるのかしら。技は解いてあるのに」

 

「…………提督」ギュ

 

 

スッ……バシン!

 

「司令官!?」

 

「技を解いて……前方受身?」

 

「あっ!」

 

ガシイ!

 

「前回り受身で室長の左側に移動してから背後に密着! やるねぇ提督!」///

 

 

「ぐふっ!」

 

やはり絞め技だよな……究極のフィニッシャーはああああああ!

 

ギュウウウウ!

 

 

「速い…」

 

「でも……提督が背後をとられるなんて!」

 

「あいつ……ダメージを受けた右脚といっしょに左脚まで持ち上げてから一気に右へ振ってマットへ叩き付けた……」

 

「提督の体はそれにつられて右へと寝返りを打たせられた。その分だけ防御が遅れたのは当然ね」

 

「えぐいことするね。パワハラとか言ってるけどさ、自分だって相当なもんでしょ」

 

 

俺も同類か。でも反論はできないな……俺は今、そう言われてしまうほどのことをやってるってことだ。彼女たちの指揮官に対して。

 

「誰だ! いまのは!」キッ!

 

…………。

 

「やめなさい響!」

 

「暁!? あなたは平気なの!!」

 

「やめなさいと言ってるの! 私たちがここで騒いだら司令官はますます白眼視されるわよっ!」

 

「………イズヴィニーテ ザ…… エータ……」

 

「……私も…ごめんなさい。怒鳴ることはなかったわ」

 

 

「ケンカしてるわ。見苦しいわね」

 

 

ッ………!!

 

 

ギリイイイイッ!

 

 

「…………か……は…」

 

 

「ああっ!」

 

「提督! あぶないッ!」

 

「提督! いっけえぇ!」

 

 

「…………………」スッ………

 

 

「司令官!? どうして技を解くの!?」

 

「え…………」

 

「提督……!」

 

 

「が…………がはっ! ごほっ! ぜえっ……はあ……」

 

 

((金剛。これは……))

 

((那智……提督はネ、勝てば第一艦隊との間に亀裂が走ると判断したんですよ))

 

((なに!? では彼は勝利を目前にしておきながら、故意に……だと!))

 

((そんな……ウソだわ))

 

((やめなよ。二人の会話だよ))

 

((サスガ提督でーす! カレにとってのファーストプライオリティはやっぱり艦娘ね!))///

 

 

ススッ……バッ

 

 

ペコリ

 

 

「ごほッ! それは何のマネだっ!?」

 

スッ……

 

「負けたよ。アンタたちのしたこと……俺は許せない。だが俺は負けたんだ。ほんとはアンタを捕縛して艦隊まるごとウチに連れて行く積りだったが、アンタは強過ぎるから捕縛なんてムリだな。でも、礼だけは欠かしちゃいけない。そう思っただけだよ。……ありがとうございました」

 

「……どこが負けだ! あと少しで儂の膝は破壊されるところだった!」

 

「さっきの投げ」

 

「…………なに?」

 

「この大部屋、チーク木材で床張りしてるから。ウチのオヘライベにそっくりだな……アンティーク感のある素敵な船だ。まだ左腕がビリビリ痺れてる……このマットがなかったら間違いなく続行不能になってたよ。アンタたちさ、俺との決着のために敷いてくれたんだろ?」

 

「……………うむ。まあな」

 

「マットに少し黴(カビ)が生えてるよ。けっこう長いこと船倉にしまいっぱなしだったんだな……戦闘訓練も結構だが、たまにはお互いの触れ合いも大事だと思うぜ。さてと、俺は負けたんだ。これで失礼するよ。今日の顛末はもちろん報告しておく。いずれ司令部から沙汰があるだろう……俺たちにもアンタたちにも」

 

「……儂からも報告をしておく」

 

「艦娘みんなをしっかり休ませてあげてほしい。それだけは絶対にだ!」

 

「ふん! 生意気な男だ」

 

「え……………と」

 

「提督の………勝ち?」

 

「…………」

 

 

「ちょっとだけ仲間と話をさせてもらうよ…………近くに居るよな木曾? すまない………負けた)

 

(どうした、そんな声して。なにかあったのか?)

 

ヘンな声なのか今の俺?

 

(負けたんだ。当たり前だろ)

 

(なに言ってる。力比べで負けたくらいでそんな声になるワケないだろ……お前がそういう声を出すのは、仲間に何かあった時だ)

 

……………木曾。

 

(敵わないな。室長を攻めてる時にな……艦娘同士で仲間割れしそうになったよ。向こうとこちらでな)

 

(心配するな、直ぐに元通りになるよ。今はアイツらな……気が立ってるだけなんだ。向こう側もコッチ側もな。オレたち艦船にとってヒトってのは本当に大切な存在だからな、ムキにもなるさ………そうだ、オレが景気づけにひと働きしてやるよ!)

 

(ありがとうな……木曾。強敵がひとり居る。今、みんなに経験値をドンドン稼いでもらってるんだがそろそろ潮時だ。頼む!)

 

(ああ、任せとけ!)ザザア!

 

(みんな、コレ聞いてるよな! 俺たちの家に帰るぞお! 明石!)

 

(しっかり聞こえてますよー、こちらトウヒャクで待機中!)

 

(明石がコッチに来てるってことは……軽巡棲鬼たちのコンディションには異状ナシだな?)

 

(まったく問題ありませんでした。あの程度なら、私の出番はありません! 提督……爆弾の数を減らしましたね?)

 

(万が一ってことがあるからね。明石の判断で疲労の度合いが酷いと思う子の収容を頼む。そして信号灯を発射して職長たちを集合させるんだ。一緒に帰投してくれ!)

 

(了解!)

 

(今日の締め括りは木曾に任せる! 第八艦隊、総員に告ぐ………順次、離脱し、帰投するんだ!)

 

(はい司令!)

 

(了解です~)

 

(はいです提督!)

 

(了解したぜ! ハデにやってやるからさっさと離脱しろよ! 遅れたヤツはどうなっても知らねーぞ!)

 

 

「提督……」

 

「金剛、お別れの時だ」

 

「はい……仕方ありませんね。あの子たちのこと、お願いシマス」

 

「違うよ、金剛も来るんだ。そこであどけない寝顔してる卯月……その子もね」

 

「えぇっ!?」///

 

「金剛姉さま!?」

 

「ほら金剛、那智や仲間にお別れの言葉を。心配ないよ、会いたくなったらいつでも港を使えるようにしておくからな」

 

「あ、あの………」///

 

「金剛を、連れてゆくか」ザッ

 

立ち上がる第一室長。痛めた右脚を気にする様子など微塵も見せずに。左脚に体重を集中させ右脚を庇うということもなく。しっかりと、左右均等に体重を乗せて立っている……。

 

「第一室長、異議は認められないぞ。相互交流の件は知ってると思うが……そちらの艦娘にはウチで親睦を深めてもらう。こちらにはそのための権限がある」

 

「はぁ!? 何それ!」

 

「知っておるわ。那智の報告を聞いた時は仰天した。金剛……行くのか」

 

「え………ほんとの話?」ボソッ

 

「みたいね」ヒソヒソ

 

「……………はい。どうやらこの艦隊にワタシの居場所は、もう……」

 

「お姉さま! そんな!」

 

「そうか。いいだろう。卯月を運んでやれ」

 

「はい……」スッ……ヒョイ

 

「ムニャア……」スピー

 

 

「金剛と卯月の艤装をワ級に積み込むから手を借りたい。えっと……弥生」

 

「はい」

 

「一緒に来てくれるかい」

 

「勿論です………きっと司令部は……あなたを次の総司令官に………。ふつつか者ですが……どうぞよろしく」ペコリ

 

「ありがとう。彼女が目覚めたときに友だちが居れば安心するだろうからね」

 

「お任せを。司令官……今まで……本当にありがとうございました」クルリ…ペコリ

 

「壮健でな」

 

「弥生………」

 

「那智。アナタは素晴らしい指揮官だよ。またスグに会おうね!」ニッコリ

 

「ああ。ありがとう……私たちの、姉さん」///

 

「ヤだあ! お姉さま!」ガバッ!

 

「ちょ……ちょっと……比叡………」ポンポン

 

比叡……金剛型の二番艦だな。お姉さんっ子なのか。

 

 

「金剛。相部屋だよ、いいね?」

 

「て……提督!? はいッ! アリガトウっ!!」///

 

 

「……むぅ。あんなに嬉しそうな顔をするとは………」ボソッ

 

 

「暁、響、雷、電、谷風、時雨! 行くぞ!」

 

 

 

 

 

バッシャアアアアン!

 

 

 

「いいねえええぇ燃えてきたよおおおおッ!!」ザザザア!

 

ザバッ!

 

「くッ……! 何という闘志!」ザザッ!

 

 

ガシィ!

 

 

「たあっ!」

 

「わわッ!?」

 

ザブゥン!

 

………ザバッ!

 

「……ぷはぁ! ここで巴投げくるかあ!」ザザ!

 

「…………!」

 

 

「加古、すごいね……鳳翔の動きがだんだん鈍くなってきてるのに……」

 

「ああ。加古のヤツはどんどんキレが良くなってきてるな。大したもんだよ」

 

「投げられても投げられても向かってゆくわ~。さすが古鷹の妹ね~」ギュウッ……ザバー

 

「えへへ~。龍田、ズブ濡れですね……お疲れ様でした」

 

「稽古が足りねぇぞ龍田。帰ったら久々に相手してやる……いや、龍田だけじゃねえな」

 

「お手柔らかにね~」

 

「お姉ちゃん……提督はケイコだって言ってたけど、これでみんな強くなれたのかな?」

 

「まあ……受身は格段に向上するんじゃねえかな」

 

「あはは……片っ端から投げられちゃったもんね。鈴谷以外は。ほら見て、みんな龍田みたいに服をしぼってるよ」

 

「強いわね~。でも私たちだってボウヤから指輪を貰えれば……ね?」

 

「まあな。だがそれはアイツが決めることだ」

 

「…欲しいんでしょ~?」

 

「ンなっ!?」///

 

「わぁ……そうなんだ。お姉ちゃんもやっぱり、提督のコト……」

 

「ち、違………アイツは、まだまだこれからなんだ! だから! 今は……まだそんな先のことは………」ゴニョゴニョ

 

「あらあらカオ真っ赤。ゆでダコみたいね~」ウフフ

 

「………龍田。その様子じゃまだまだ元気そうだな。帰ったら十人組手、いっとくか!」ニヤリ……

 

「ええッ!? ご、ゴメンね天龍ちゃん! 謝るわ。だ、だから………!」アタフタ

 

「もう二人とも仲がイイんだからあ………あれ? 誰か来るよ……見たことない人が」ジーッ

 

「どっちだ?」

 

「ほら、あそこ。お姉ちゃん、誰だか分かる?」

 

「あれは……木曾か!? なんだアイツ……やけにめかしこんでるじゃねえか」

 

「おーい天龍~!」

 

「どうした衣笠!」

 

「提督が念話でなにか話してるよー! みんなあ、ちょっとストップ! 聞いて!」

 

 

(………そうだ、オレが景気づけにひと働きしてやるよ!)

 

(ありがとうな……木曾。強敵がひとり居る。今、みんなに経験値をドンドン稼いでもらってるんだがそろそろ潮時だ。頼む!)

 

(ああ、任せとけ!)

 

(みんな、コレ聞いてるよな! 俺たちの家に帰るぞお! 明石!)

 

(しっかり聞こえてますよー、こちらトウヒャクで待機中!)

 

 

「帰るんだって………帰れるんだあ! やったね衣笠あ!! 終わったんだよねえっ!!」///

 

「そうだね、古鷹! ねー天龍! 提督が何か木曾に頼んでたよ! 何するのかなー!?」

 

「アイツのあのカッコ……アイツ、もしかして改二に………ボウズと訓練してたのかよ!」

 

「…………? おーい、天龍ってば~!」

 

「天龍ちゃん?」

 

「衣笠あ! 急いでココから離れろ! 全員だッ!」

 

「! ……了解っ! 青葉、行くよお! みんなを連れて離脱する!」ザザザッ!

 

「了解~。天龍の雰囲気、タダゴトじゃないからねぇ」ザアッ!

 

「お姉ちゃん!?」

 

「古鷹、龍田、オレたちもだ! 鈴谷っ!」

 

「加古を連れて離脱だね? お任せあれ~!」ザザッ!

 

 

(今日の締め括りは木曾に任せる! 第八艦隊、総員に告ぐ………順次、離脱し、帰投するんだ!)

 

(はい司令!)

 

(了解です~)

 

(はいです提督!)

 

(了解したぜ! ハデにやってやるからさっさとしろよ! 遅れたヤツはどうなっても知らねーぞ!)

 

 

(…………! お、お姉ちゃん!?)ザザザザ……!

 

「木曾! まったく、相変わらずボウズにべったりだなッ!」ザアッ!

 

 

 

 

 

ザザザア………ガシイッ!

 

ぎゅむううう!

 

 

!?

 

 

「提督見い~つけたああ~! お疲れ様、提督う! あのね、海風、三人やっつけたよお!」ギュウウウウ!

 

海風の熱烈な抱擁。五月雨たちの帰還にタイミングを合わせてこちらに合流するよう段取りしておいたメンバーに、彼女も含まれていたんだ。あの日の晩の内気な姿からは想像もできないほど、積極的なスキンシップをしてくれる今の海風。あ………船内に入れなくて周囲を取り囲んでいた第一艦隊勢がポカンとした目でコッチ見上げてるな。

 

「海風!? それじゃ……その子が」///

 

「よく来てくれたな海風。そうだよ時雨……海風だ。海風、彼女はしぐ………」

 

「提督………んぐ……んむぅ……」///

 

聞いてねえ。

 

 

「キャアアア!」///

 

「うわ………」///

 

「」///

 

(提督。もう海風と……キスしちゃう仲だったんだね?)///

 

(けっこう前から。もう今じゃ古参のほうだ)

 

「………ん。ぷはぁ……」///

 

いま海風、離れぎわに流し目でコッチ見てたな。小悪魔属性あるのかな……ステキ過ぎるぜ!

 

「帰るぞ海風。新しい仲間と、そしてお姉さんの時雨と一緒にね」

 

「え……時雨姉さまですかあ!?」///

 

「海風……久し振りだね。五月雨にはもう会ったよ、二人とも元気そうだね」ニッコリ

 

「姉さま……はい。お久し振りですう!」ガバッ!

 

「行くよ海風。提督をボートに」ギュッ…

 

「はい、時雨姉さまっ」

 

 

チャプン………ザアッ……

 

船体後部に設置されているプラットフォームから一人、また一人と海面に降りてゆく第八艦隊勢。さすがに大型船だ、充分なスペースがあるから艤装を再び身に着けたみんながゆったりと移動できている。ま、ウチのオヘライベだって負けてないけどな!

 

「提督。どうぞ私の後ろに!」

 

「分かった、ありがとう」ギュッ……

 

「暁。私たちもいつか大きくなれるのかな?」

 

「当然でしょ。その日までは艦隊の愛くるしいマスコットよ」チャプン!

 

「ん……そうだね」チャプ…

 

「あ、制服が破れちゃってますね……」

 

「強敵だったよ」

 

 

 

コツ……コツ………

 

「特務室長」

 

 

あれ? この声……。わざわざここまで見送りに来てくれたのか?

 

「那智」

 

「負けたよ。また会えるか?」

 

凛々しい顔立ちに浮かんでいるのはとても柔和な表情だった。陽光がいつの間にか赤みを宿しつつある時間帯に入っていた。そんな光を受けながらこちらを見つめる姿には、思わず魅入られてしまいそうな不思議な威厳がある。10年以上もの年月を重ねた戦の日々から解放されるんだな……彼女も、彼女の仲間たちも。

 

「勿論。先ずは司令部で、だろうね。今日の件で呼び出されるだろうから」

 

「ふふッ……確かにな。こわいこわい」ニコッ…

 

ちっともこわくなさそうな表情で話す那智。

 

「仲間のことは心配いらないよ。ウチの職員はみんな優秀だし、ちゃんとした待遇を約束する」

 

「ああ、よろしくな。交流プログラムはいつまで続く?」

 

「必要だと判断する限りはずっと、だ。この組織は歪んでいる……そして艦娘は今まで不当な扱いを受けてきた。その歪みを、少しでも取り除いてやる積りだ」

 

「そうか」

 

「那智、いつでも第八艦隊に来てくれ。金剛のためにもね」

 

「ああ……ありがとう」

 

那智はもう話すことがない様子か……みんなのことで念を押しておきたかったんだろうな。

 

「雷、電。那智に別れの挨拶を」

 

「はーい」

 

「はいなのです」

 

「……さっきは気付かなかったな。そうか……ふふふ、お前たちが……」///

 

「久し振りね那智。会えて嬉しいわ」ニッコリ

 

「お久し振りです、那智。艦隊の前線指揮官だなんて……ビックリなのです」///

 

「いろいろあってな。もう私の手は血まみれだ………まったく。お前たちが羨ましいよ」

 

「那智……」

 

「なら、あなたも一緒に暮らしましょう? いまはムリでも私たちずっと待ってます! ね、司令官さん。いいでしょう!?」

 

「電の言う通りだ。いつまでも待ってるから」

 

「…………」ギュ

 

「あ………那智」///

 

「………」ギュ

 

「ありが………とう」

 

 

(海風)

 

(はい……)ザザアッ!

 

離れゆく俺たちを見送る少数の艦娘たち。敵意のこもった目をしている。でも木曾がさっき教えてくれたんだ。すぐに元通りだって。艦娘同士は強い絆で結ばれているもんな。

 

(提督。もしかしてボクたちの戦闘編成を?)ザザザア

 

(もちろん全てじゃないけどね。まあ大体は。図書室には戦史に関する書籍が豊富に揃ってる)

 

俺は艦娘の黒子。できることは何でもやっておきたいからな。

 

(図書室かあ。ボク、行ってみたい)

 

(二十一時の消灯前ならいつでも利用していいぞ)

 

(うん!)

 

 

 

 

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 

 

「きゃあああああッ!?」

 

「なに、今の!?」

 

 

(ビックリしてるね、司令官)ザザザザ

 

(俺たちと違って木曾の念話を聞いてないからな。でも驚くのはまだ早い)

 

(そうだね)

 

(これでフェスチバーリは閉幕だ。響……どうだった? )

 

(ん………楽しかった、かな)

 

(そうか)

 

無理してるな。さっきの今じゃ複雑な気持ちだろうに……でもこれが響なんだ。仲間に心配させるくらいなら、ムリして強がってみせることを選ぶ艦娘…。

 

 

 

ザッバアアアアアアン!!

 

ドバアアアアアッ!!

 

 

「これは…………!」

 

 

「えええええっ!? アタシ………空飛んでる!」

 

(加古、時間切れだよ。帰ろ)ガシッ!

 

(鈴谷!)ギュッ

 

(鳳翔、強いね。だから提督から第一艦隊に、スコールのプレゼント~!)

 

(………ここ空中なんだけど)

 

(だから鈴谷が迎えに来たの! しっかりつかまってて! この水柱を蹴るの! 艦娘ならできるっ!)ザアッ!

 

「マジで!?」ザッ!

 

 

(んー、もうちょい大きいの上げとくか…………)

 

(分かりました木曾。では六名でよろしいですか?)

 

(ああ………いくぞ!)シュパアアアッ!

 

(はい!)(了解!)(了解…)(承知)(……!)

 

バシュウウウウ!!

 

……………ドガアッ!!

 

 

ザバアアアアアアアン!!

 

 

(おおっ、バッチリじゃーん! 大きさ! 距離! 言うことナシだねっ!)

 

(そうか………あの水柱のてっぺんに!)

 

(そういうコト! 水柱の階段だよー!)バシャア!

 

(………よっと!)バシィ!

 

 

ザバアアアアン!

 

(次、アレだかんね! 行くよおっ!)ザアッ!

 

(ハハ………なんだか楽しいなコレ! 凄いよっ!)ザッ!

 

 

 

(提督さん! 空母群はやっつけたよ! お姫さまチームと一緒にね! みーんなワ級に乗せたから!)ザザア!

 

(提督………私、お役に立てましたでしょうか……?)ザザザ……!

 

(言うことなしだよ神通。夕立もお疲れ! 二人とも帰投だ!)

 

(了解しました提督)

 

(了解!)

 

(提督ちゃん! 私たちも帰投しますね!)ザザザアッ……

 

(お疲れ、ミルディ。誰も負傷してないな?)

 

(はい、みんな元気ですよ~。提督ちゃんはボートで?)

 

(いま乗船した……みんながそうしろって言うんだよ。ほんとは疲れてる子のために準備した船なんだけどな)

 

(あらあら~。きっとみんな、提督ちゃんにくつろいでほしいのよ)

 

(嬉しいよ。ゆっくりさせてもらうことにする)

 

(お疲れ様。それじゃ、また後でね~)

 

 

 

 

 

ポツ………ザアアアアアアアアア!!

 

水柱のスコールだ。室長の船は飛沫範囲内だから騒ぎになってるだろう。木曾の雷巡コス、近くで見たかったな……。帰ってからのお楽しみ、か。

 

(木曾)

 

(加古と鈴谷は合流した。すべてお前の手筈通りだよ……雷巡チ級と合わせて総勢十一名、帰投するぜ)

 

(加古は多分、途中で眠ると思う。とっても頑張ってたみたいだから。加古を頼むよ)

 

(だ……大丈夫だよ~、提督……う…)

 

(睡魔には勝てないってば………任せたぞ、木曾)

 

(わかったよ……お疲れ様、ゆっくり休めよ)

 

(ありがとう)

 

 

タタタ…………

 

 

「終わったか。外は物騒じゃからの、この船で待たせてもらったぞ。さっきちょいとだけ様子を見に出ておったがな」

 

「えっと………。お疲れ様。ケガ、してない?」

 

離島棲鬼のリッティと、その肩にちょこんと座っている泊地水鬼。今日の作戦は軽巡棲鬼が相手だったから、彼女たちには自由行動を許可しておいたんだ。いざという時には説得役を頼むつもりで。

 

「ありがとう、大丈夫だよリッティ。二人とも来てたんだな」

 

「うむ……疲れてるところ悪いが、早く伝えておくに越したことはないと思うてな。お主の、最後の相手についての話じゃよ」

 

 

………局長か!

 

 

「聞かせてくれ」

 

「リッティ。教えてやるんじゃ」

 

「分かったわ。あのね………落ち着いて、聞いてちょうだい」

 

「? うん」

 

何だろう……驚くような内容なのか?

 

「あなたの最後の敵、鎮守府の……歴史交流局の局長はね、人間じゃないの」

 

……………え?

 

「私たち、いろいろ調べたの。彼は霊体よ………詳しくは分からないけど。でもね、人間ではないのは確かよ」

 

 

 

          続く



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第六-9話「任務達成」

「あなたの最後の敵、鎮守府の……歴史交流局の局長はね、人間じゃないの」

 

……………え?

 

「私たち、いろいろ調べたの。彼は霊体よ………詳しくは分からないけど。でもね、人間ではないのは確かよ」

 

 

 

第六-9話「任務達成」

 

 

 

ガタン! ……ドサドサァッ!

 

 

 

ズドドド!

 

 

 

「司令!?」タタタッ

 

「げふっ………大丈夫だよ、雪風。埃はすごいけどね。それよりほら見付けたぞ」ガサガサ

 

「もぅ……それよりじゃありません。こっち向いてください司令」スッ……

 

ハンカチで俺の顔についた汚れを拭き取ってくれる雪風。5ヵ月前の戦闘後に抱擁してくれたのを思い出す。なんだか指揮官というより手のかかる子どもにでもなったような気分だ。

 

「はいおしまい。本当に、だいじょうぶなんですか……?」ジーッ

 

「ああ。雪風こそ大丈夫なのか? 一気に艦娘が増えたからイダやハヤとの打ち合わせで大変だろ」

 

「お二人とも頑張ってますから! 雪風が弱音をはくわけにはいきません!」ニコリ

 

「ワーホリにはならないでくれよ………って、さんざんこき使ってた俺が言えたことじゃないな」

 

いまの雪風は明石のお茶会にも毎回出席できてる。俺が何かとみんなに頼るようにしてから、彼女の仕事量が減ったためだ。でも何故かその割には、俺を手伝ってくれることが以前よりも増えているような………?

 

「そんなことありません。これからもどんどんお手伝いしますからね」

 

「ありがとう。そうそう、話はかわるけど、あの船……トキシラズだったか。何か収穫はあった?」

 

「いいえ、残念ながら。司令のご指示通り、あくまでもみなさんの艤装を船尾に運ぶ下船準備をしながら調べましたので……」

 

「不審に思われたら面倒だからね。些細なことでいいんだよ、例えば見慣れないものがあったとか」

 

「見慣れないもの………あ」

 

「どの部屋?」

 

「操舵室です」

 

「どんなもの?」

 

「写真です。のどかな村が撮られていました」

 

「写真か。一枚だけポツンと?」

 

「あ、いいえ。ウインドゥの直ぐ手前に平らな箱とノートがあって、その箱の中にあったんです。ペンやマジックと一緒に」

 

随分ヘンテコな置き方だな。写真ならやっぱり壁に留めたり写真立てに入れて机の上とかだろ……。もしかして、ふだんは懐にいれてる写真を見ている最中に俺たちが先手を打ったタイミングが重なって、あわてて部屋から出ていく時に箱の中へポイッと?

 

「村に何か特徴は?」

 

「ええと……特には。いくつかの民家と、その遠くに山並みが……。室内に入って、もっと近くで見ておくべきでした……」

 

「いや、目立たないようにと指示を出したのは俺だからね。雪風は気にしなくていいよ。報告ありがとう、俺たちはこの書類を調べて局長の居場所を突き止める。引き続きみんなのサポートよろしくね」

 

「了解しました、司令!」

 

 

 

 

 

ガサガサ……パラリ

 

 

 

「ずいぶんと貯めこんだものじゃのう。ここは昔、軍事施設じゃったのか?」

 

「俺も詳しくは知らないんだ。でも白ペンキであちこち塗られているのを見ると、まるで往時の面影をムリヤリ消し去ろうとした感じがするね。ちなみにこの束はずっと昔からあるわけじゃなくて、第八艦隊がうぶ声をあげて以来アチコチから運び込まれた物品のひとつだよ」

 

「なんじゃ、そうなのか。お主が埃まみれになったというからてっきり年代物かと勘違いしたわい」

 

「面影を消し去る……たとえば、地下室かしら?」

 

「リッティもだいぶここに慣れてきたみたいだな。当たりだよ。前は本当に酷かったからな、あそこ」

 

ふだん冷静な響が動揺してた程だ。あそこにだけは滅多に近付こうとしなかったな。

 

「いまは違うじゃない。あなたが手を加えたらしいわね?」

 

「仲間に手伝ってもらったんだよ。俺ひとりでやったわけじゃない」

 

 

サラ………

 

え………。リッティが俺の髪を……撫でてる?

 

「謙遜しちゃって。あなたって、戦闘では容赦しないクセに普段は別人みたい」サラサラ

 

7月にはいったばかりで今は梅雨。あと3週間もすれば本格的な夏の到来だ。でもリッティの指は少しひんやりとしていて気持ちいい。

 

「自分を見失いたくない。それだけだよ」

 

「おいリッティ、我らも手伝うぞ。とんでもなく賑やかになったからのう、この辺りで存在感を印象づけておかねばならん」ピョン! スタッ

 

「お、おい! 足を痛めたらどうするんだよ。危ないだろ」

 

リッティの肩からイキナリ机の上に飛び降りた泊地水鬼。なんだか行動がどんどん大胆になってきてないかこの艦娘。

 

「これくらい平気じゃよ。さあさあそれよりも、さっさと仕事を片付けようではないか」パラパラ

 

「そうね。座っても?」

 

「手伝ってもらうんだ、勿論だよ。確認しなくていいからね」

 

「ダメよ。これは任務の一環であなたは指揮官なんだから。私はあなたの部……いいえ、仲間たちから睨まれたくはないわ」ガタッ

 

ここではもっと身近に接してほしいんだけどな……でも言われてみればリッティの言い分は尤もか。

 

「悪い。軽率だった」

 

「気にしないで。この一覧表の中からいちばん怪しいものを選べばいいのね?」

 

「そうだ。ふたりは局長の正体を察知するほど霊的なカンが良いからな……頼りにしてる」

 

「あらあら。これは気合いをいれなくちゃね」パラリ

 

黒のドレスに身を包んだリッティの顔に笑みが浮かぶ。最初は頑(カタク)なに振る舞う彼女だったが、今ではこんな表情を見せてくれるようになった。深海棲鬼だって本来は艦娘。怒りや憎しみから解放されればみんなと何も変わらない、同じ仲間だ。

 

「任せておけ。ところで頭領たちはどうしておる?」パラパラ

 

「まだ会わせてやれなくてすまないと思ってる。入渠は完了した。いまは四人とも快復して相部屋で過ごしてもらっているよ。みんなよく食べてくれるってハヤが……ウチの炊事スタッフが喜んでたぞ」

 

「そうか。良かった」///

 

心底うれしそうな泊地水鬼。仲間思いなんだな。

 

「なあ。前から考えてた名前があるんだけどさ、付けてもいいかな?」

 

「へっ?」キョトン

 

「もうリッティと同じ仲間なんだ。な、いいだろ?」

 

「えと………それは構わぬが。よいのか?」

 

「職長たちにも付けたからね、もう名無しはひとりもナシにする。自分で名乗りたいのがあるなら別だけど」

 

「いや、お主に頼む」

 

「分かった、嬉しいよ。それじゃ……ディーネだ。水鬼だから水の精霊、ウンディーネから拝借したんだけど……どうかな?」

 

「ふむ。精霊とな。ディーネか……うむ、頂戴したぞ! 感謝する」ニッコリ

 

「良かったわねディーネ。私は離島棲鬼の離島からリッティ。不思議ね……長い付き合いなのに、なんだかとても新鮮な心持ちだわ」

 

「ほう、お前の名はそんな由来だったか。確かにいままでとは違うな。お互い、別人に生まれ変わったのかのう」

 

「リッティにはもうひとつの意味を込めてある」

 

「あら、そうなの? 教えてちょうだいな」

 

「ビッグって単語をビギィに変えると立場の高い人って意味になるんだ。それにならって、リトルって単語をリッティに変えてみたんだよ」

 

「リトル? 小さいとか少しって意味よね」

 

「それだけじゃないよ。もうひとつの意味が………」

 

 

パタパタ……バタン!

 

 

「司令官、あーそーぼー!」ガバア!

 

「司令官、おいしいケーキ焼いたの………って。あらら、暁、ストーップ! お仕事中だわ!」

 

「え……あ! ゴメンなさい!」バッ

 

「おっと、逃がさないぞ」ヒョイ

 

「きゃッ!?」

 

「手伝ってくれ。今からリッティとディーネが……」

 

「えぇっ!? やだ、司令官ひとりじゃなかったの!? わ、私……戻る!」ジタバタ

 

「ダメだ、暁にも手伝ってほしい。もう俺の膝の上はイヤになったのか? 寂しいな………」

 

「そんなワケないじゃない! ただ、その……」///

 

「あなたの負けよ暁。おとなしく司令官の言う通りになさい。はいどうぞ、大きいの焼いてて正解だったわね。もう切れ込みいれてるからね」カチャリ

 

「パウンドケーキか、美味しそうだな! ありがとう雷。暁と一緒に……」

 

「ううん、コッチに向かってる響と電とほかのみんなを止めておかなくちゃ。リッティ、えと……ディーネ、司令官をよろしくね」スタスタ…パタン

 

(すまん雷、この埋め合わせは必ずする)

 

(気にしないで、いつもお疲れ様。暁ね、イキナリみんなの居る前で司令官に会いに行こうって言い出したの……普段なら司令官の予定をバッチリ記憶してる子なのに。かなり疲れが溜まってるわね)

 

(ほんと頑張ってくれてるからな。暁のことは任せてくれ)

 

(お願いね)

 

 

 

「ほら暁、リッティとディーネが資料の中から局長の居場所を探るからな。俺がそれを見ていろいろお前に質問するよ。頼んだからね」ギュッ

 

「あんッ……わ……わかったわよ。まかせて」///

 

 

 

 

 

スタスタ……

 

「あ、テイトク! お疲れ様です!」タタッ

 

廊下の向こうから俺の姿を認めて小走りで近付いてくる金剛。あの邂逅から2週間が過ぎて、彼女もここでの暮らしにかなり慣れてきたようだと職員のみんなから聞いている。

 

「会いたかったです……提督。またお仕事?」

 

「局長の居場所を調べていた。やっと目星がついたよ」

 

「提督……それじゃ、いよいよ」

 

「ああ、いよいよだ。準備を整えて近日中に出発するよ」

 

「ごめんなさい。提……室長の護衛官を務めていたワタシが、なんのお役にもたてなかった………」

 

「第一室長が気を許していたのは鳳翔だけだ。彼は局長に関して金剛に何も知らせてなかったんだから、無理もないことだよ」

 

「いま振り返ってみると、ワタシたちって駒みたい」

 

「駒?」

 

「そう、駒です。敵を倒すだけの。あの人にとってワタシたちはその役目以上の存在意義なんてなかった」

 

「……………」

 

「でも、あの頃はそんなこと気にしなかった。深海棲艦とのバトルは連戦連勝、毎日が充実感で満たされていた………フフフ、まるで長い夢でも見てたみたい。夢からさめてみれば、後には空虚な日々が待っていました、とさ………。なんてネ」

 

「金剛……それは」

 

あとに続く言葉が出てこない。表情こそ穏やかだが、言葉から伝わってくる響きは哀切さが強すぎて。

 

「だからワタシは、こっちに来て良かったと思ってるんです! あらためて、これからヨロシクお願いします!」ニッコリ

 

「ああ、こちらこそよろしくね金剛」

 

 

ギュッ………

 

差し出された手を握る。数々の戦いで何百回もの砲撃を放ったであろうその手はしかし、とても柔らかな感触だ。霊的な存在である彼女たちにはタコやマメなんて無縁なのかな? 言葉にも、いつもの朗らかさがもどってるみたいだ……。

 

「それと……球磨と多摩のことなんですケド………」

 

「一応、警戒はしていたんだけどね。ビックリしたよ……でもあの負けん気はさすが、艦娘だね」

 

「自由というか奔放というか……あの二人はほんと気ままで。まさかココまで追い掛けていたなんて思いませんでした」

 

「熟練見張りの妖精さんが興奮していたよ、こんなことは久し振りだってね。でも火器は一切使わなかったよ……素敵なコンビだね」

 

「……砂浜で何人か投げ飛ばしたって、ホント?」クスクス

 

「ほんとだよ。慌てて鈴谷に取り押さえてもらったんだ……強いんだね」

 

「格闘であの二人に勝てる子は少ないですヨ。……ねえ提督ぅ、鈴谷が強いのって、やっぱり………」

 

「ああ、間違いなくヒゲの艦長さんの強さを受け継いでいるんだと思う。本当に……偉大な軍人だよね。柔道が強くて、部下思いで、あの撤退作戦を成功させて………ね」

 

傲慢で唯我独尊な軍上層部。でも、決してそれだけじゃなかったんだ。

 

「阿武隈、木曾、響、夕雲、秋雲………あの撤退作戦で、おヒゲの艦長さんと共に霧の中を突き進んだステルスフリート…………」

 

「そう。あれこそ日本のあるべき姿だよ。破壊ではなく、人々を守るためにこそ力を発揮するんだ」

 

「ワタシたち、迂闊でしたネ。アナタたちの編成は把握していたのに、あの作戦と結び付けて考えることができませんでした。艦娘は、かつての戦いの中で様々なスキルを身に付けている……わかっていたハズなのに」

 

「あまりにもチートスキルだからね。百戦錬磨の室長や艦娘でも思い付かなかったのは仕方ないよ」

 

どんなゲームマスターでもプレイヤーに与えることを躊躇するレベルだ。シナリオのバランスが根底から覆されること間違いナシの。

 

「うん……確かに、そうですね……」

 

 

 

「提督、金剛。お疲れ様です!」

 

廊下の中央で会話する俺たちに元気よく声を掛けてきたのは水上機母艦の千歳だった。第一艦隊所属でありながら、俺に対して穏やかに接してくれる艦娘だ。

 

「お疲れ千歳。金剛、少し窓のほうに………」スッ

 

「あ、ハイ提督」サササ…

 

「千歳、ココでの暮らしはどう? もう慣れた?」

 

「はい、それはもう! 職員の方々がとても良くしてくれますから」ニコッ

 

「それ聞いて安心した。何かあったら遠慮なく言ってね」

 

「はい。あの……早速なんですけれど、私たち、毎日楽しくみんなと過ごしていますが……これで良いのでしょうか?」

 

「? 勿論。そのためにみんなをウチへ連れてきたんだからね」

 

「せめて何かお仕事を……」

 

「いままで離ればなれにされていた艦娘のみんなには謝っても謝りきれない。そのスキマを少しでもたくさん埋めてほしい。仕事といえば、それがいちばん重要な仕事だよ」

 

「………」チラッ

 

金剛に視線を送る千歳と、それに対してコクリと頷く金剛。

 

「分かりました提督。ですが、ご用があればいつでもお気軽に! それでは」ペコリ…スタスタ

 

ありがとう千歳。卯月もだけど、この2週間で第一艦隊の艦娘が少しずつ態度を柔らげてくれているし、いまのやりとりで肩の荷が軽くなった気がするよ。

 

「ワァ……ほら提督、ここから第八艦隊の鎮守府がよく見えるんですね。ステキ」ジーッ

 

「うん、クラフィ職長の工廠から正門までバッチリだよ………ん?」

 

「提督? なにか………あ」

 

金剛も気付いたみたいだ。窓の外、視界の端に見える砂浜とは反対側の、もう一方の端に見えている小高い丘の頂上にある神社……そこへと至る参拝口に、小さな人影が見える。誰かな?

 

「金剛、あれ誰か分かるかい?」

 

「ちょっと待っててくださいネ………あれは軽巡棲鬼です」

 

そうか、そろそろ散歩の時間だったっけ。そういえば彼女とはここ数日、会ってなかったな……。

 

「ありがとう金剛。会いに行ってみるよ」

 

「提督、ワタシは、その……」

 

「ああ、金剛は宿敵だったからね。まだ顔を合わせないほうがいいな……それじゃ、行ってくる」タタッ

 

 

 

 

 

ザッ………

 

 

 

緑豊かな丘の中腹。この先には、えびす様を祭神と崇(アガ)めたてまつる神社が荘厳(ソウゴン)たる姿で佇んでいる。その神社へと続く

石段のふもとには………。

 

 

 

「あら。もしかして私に会いに来たの?」

 

木立ちの下に立っている軽巡棲鬼。数日ぶりに目にした今日の彼女の表情は、なんだか憂いを帯びていて……艶(アデ)やかさが漂ってて少しドキッとした。

 

 

 

「うん、窓から見えた。久し振りに話がしたくてね」

 

「そう………」

 

俯(ウツム)き加減の軽巡棲鬼。会話する気分じゃないのかな?

 

「もしもひとりで居たいなら………」

 

「あ、違うのよ。ちょっとね……今までのことを思い返していただけ。ここに居てちょうだい」

 

「分かった。……なにか、気になることでもあるのか?」

 

「………………ええ。大勢の命を奪ってきた私だからな。いろいろと………ね」

 

………なんだかイヤな雰囲気だな。これはいけない。

 

「それなら俺もだよ。言っておくが気休めじゃないからな。新人の頃は、何度も夜中に目が覚めたんだぜ」

 

「でも克服したんでしょ? あなたには仲間が居るから」

 

「お前は違うのかよ。お前にもちゃんと仲間が居るじゃないか、港湾水鬼たちのほかにもリッティや泊地水鬼が。いまはディーネって名前だけどな」

 

「あら……彼女の名付け親になったのね」

 

ほんの少し見開かれる目。よし、感情が出てきたな。

 

「お前たち全員に名付ける積りだからな? イヤなら自分でなにか好みのやつを見付けておくんだ」

 

「くす………何だそれは。まるで私たちのこと、仲間みたいに思ってる言い方」

 

「みたい、じゃなくて仲間だ。那智が言ってたよ……私の手は血まみれだってな。お前もそれを気にしてるってんなら、俺がお前もお前の仲間も那智もまとめて一緒にココで暮らす」

 

「な………それ、本気で言ってるのか?」

 

「大風呂敷をひろげてると思うか? 本気だぞ」

 

「……………」

 

「……………………」

 

 

「……暁の言った通りね。あなた、ほんとに私たちを仲間にする積りだったんだ。あなたのこと困らせるな、って叱られたわ」

 

暁……ありがとな。今晩の俺のおかず、もう好きなだけ食べていいからな。

 

「それを目標に……いや違うな」

 

「え……?」

 

「それを楽しみにしてたから、ここまでこれたんだ! 俺は艦娘のことが大好きなんだよ!」

 

「………ふぅん。でも私のこと、す……」

 

 

「好きに決まってんだろ! 何回でも言ってやるよ!」

 

「!」

 

「俺はエロでスケベだけどな! 嘘で好きだなんて絶対に言わねえよ! さっきからどうしたんだよ……お前、なんだか様子が尋常じゃないぞ? 言ってくれよ、言ってくれなきゃ分からないんだよ!」

 

「私はあなたのことが大好きなタルトの大切な姉を殺したっ! 卑怯な手段で! ここで暮らすってのはアイツらと暮らすってことじゃない! ムリよ! ムリに……決まってるじゃない………」

 

涙が軽巡棲鬼の両目から流れ出している。つやつやのふっくらした頬を流れ落ちてゆきながら。

 

(なら、直接きいてみなよ)

 

「え………?」

 

(念話だよ。お前もちゃんと使えるだろ)

 

(私………誰と)

 

(タルト。聞こえるか?)

 

(はい。ご主人様)

 

「! い………いやっ! ひどい! ひどいっ………どうして、こんなことっ!」ガバッ!

 

(軽巡棲鬼の気持ちを聞いたよ。彼女は戦艦棲姫を罠に嵌めたことを心から悔いている。次はお前の番だ)

 

(はい………)

 

「いや………いやあ………」グスッ

 

 

ギュッ

 

 

「……………っ?」

 

 

草の生(オ)い茂る地面にくずおれた軽巡棲鬼を背後から抱きしめる。ビクリと身を震わせたが振り払う様子はなさそうだ……。

 

 

(ねぇ……聞こえる? 私たちの軍勢で最強の艦娘、覚えてるよね? 彼女の後ろにいつもくっついてた私、タルトよ………)

 

(…………ええ。覚えてる)

 

「その調子だ」ギュ

 

(あなたのこと……ほんとに恨んだ。毎日毎日、ずっとね)

 

(………………)

 

(でもね。いまは違うの)

 

(……………え?)

 

(ご主人様はあなたのこと仲間にしたいと思ってる。私がいつまでもワガママ言ってたら、私……嫌われる。いやよそんなの。絶対にイヤ)

 

(……………)

 

(ね………聞こえてるの?)

 

(あ………ごめんなさい。ちゃんと、聞いてる………)

 

(ご主人様はね、ほんとに凄いの。ね、お姉ちゃん?)

 

(え?)

 

 

(そうね。無人島でずっと震えてた私をその手で助け出してくださったんだから。あなたと違ってね、タルト)

 

(お願いお姉ちゃん、それはもう許して…………)

 

(ミルディもミルディだわ。長年の相棒をほったらかしにして。ね、聞こえてるかしらミルディ?)

 

タルトは無視かよ。手厳しいんだな。

 

(……………)シーン

 

(だんまりか。まったく、困った指揮官だわね。だいたいアイツは昔から……)

 

(おいトール)

 

(何でしょう、我があるじよ)

 

(この念話はみんなが聞いている。暴露話はダメだ)

 

(む………そうですか。承知しました)

 

「………………まさか」ギュ…

 

抱きしめてる俺の前腕を握りしめる軽巡棲鬼。こんな小さな手でずっと戦ってきたんだな。

 

(ディーネが復活したろ。だから閃いたんだよ。もしかしたらトール……戦艦棲姫も何処かでさまよってるんじゃないかってな)

 

(一年間、ずっとひとりぼっちよ。まったく……なんで無人島に埋葬したのやら。ミルディの島なら直ぐに会えたのに)

 

緑豊かで生命力に溢れた島だからな。殺風景なあの島じゃなく、安らぎのありそうなあの島で眠ってもらいたかったんじゃないかな。

 

(それはこれから、たっぷり問い詰めてやるんだな。今は軽巡棲鬼のことだよ)

 

(は……承知しました)

 

(こんなことって………私………わたし……)

 

(トールにもディーネにもあの人々の魂が宿ってるんだからな、驚くことはないよ……故郷に帰りたいという気持ちが奇跡を起こしたんじゃないかな)

 

政府の陰陽寮で働いてる職員ならもっと詳しく説明できるだろうけど、小さい頃にいろいろ見えてたって程度の俺じゃ、これくらいが精一杯だ。

 

(私はこの通りピンピンしているわよ。体躯が小さくなったのには閉口したが、もう慣れた………だから、お前も気に病(ヤ)むのはもう、おやめなさい)

 

(グスッ………わたし…………わたし……)

 

もう会話はムリだな……でもトールやタルトにはしっかり気持ちが伝わっただろう。今はこれで、充分だ。

 

(トール、タルト。彼女はいま話せない……続きはまた、今度な)

 

(いつでもお呼びを。我があるじよ)

 

(分かりました、ご主人様…………)

 

 

 

 

 

ザザッ………

 

 

 

ゆっくりと立ち上がる軽巡棲鬼。さっきとは違って向かい合う体勢だから、俺の両肩に左右の手を乗せながら。涙はすっかりおさまっている。

 

「もういいのか?」

 

「ええ、何だかスッキリした。もう大丈夫よ」

 

「そうか。良かったよ」ザッ

 

「本当にありがとう。でもね、やっぱりここには居られないな」

 

「おい、まだそんなことを!?」

 

「落ち着いて聞いて。もう私は冷静よ。ヤケになったりしないから安心して」

 

「それなら、なんで………」

 

「私なりのケジメ、かな。これからは私、どこかの島でひっそりと暮らすわ」

 

「お前にもあの人たちの魂が宿っているんだ。ここで暮らして、魂の願いを少しでも叶えて…………」

 

「心配するな……私には彼らの魂が宿っていない。受け継いだのは魂ではなく、怒りと悲しみだからな。さようなら……」

 

「そうはさせねえよ。お前ってさ、ほんと頑固だよな………言ったろ、仲間だって」ギュ

 

「……………」///

 

「ここに居るんだ。な?」

 

「私には魂が宿ってないのよ。だから私は、復活することができない………もしも私が、その………なにかあったら、あなたを苦しませるわよ?」

 

そんなの気にしてたのかよ。俺がいちばん苦しむのは、艦娘と離ればなれになるってことなんだよ!

 

「ウチは今や名実ともに最強の艦隊だ。お前に危害を加えようとするヤツなんて蹴散らしてやるさ」

 

「ずっと敵だった私を、守ってくれるかな……?」ギュッ……

 

「みんな素晴らしい仲間だ。これからじっくり時間を掛けて、それを実感させてやるよ。心の底から」

 

「………………うん」ポフッ

 

頭をゆっくりとこちらに委ねてくる軽巡棲鬼……サラサラの髪の感触が、くすぐったい。

 

 

 

 

 

ガタン…………。ザッ

 

 

 

「ここか………。随分と静かで、のどかなところだな」

 

「今はな。かつてはここに、本土決戦の施設が築かれたんだよ」

 

「日本のあちこちに、だな?」

 

「その通りだ、木曾。まったく、戦争ってのは人を狂わせるよな………」

 

いや、それとも最初から狂ってる人間こそが戦争を仕掛けるものなのか? 俺にはサッパリ分からない。

 

「ああ。それにしても……国鐵(コクテツ)も今やジェイレールかよ。何もかも変わっていくんだな」

 

「変わらないものだって、きっとあるんじゃないかな………行こう、みんな」ザッ

 

「ああ、分かったよ」

 

「海から陸へ、か……」

 

「人の業(ゴウ)、じゃのう」

 

ザッ……ザザッ……ザッ……

 

 

 

          続く




この1年間、小説を書くということの難しさをただただ思い知らせられました。
あの戦争でムリヤリ戦地へと追いやられた人々を非難してきた時代は何か間違ってたんじゃないか、そんな思いに駆り立てられて書き始めたのがこの作品です。
みなさんに伝えたいことのうちで、果たしてどの程度が伝わったのかはわかりませんが、なにか少しでも印象に残ることができていれば、本当に嬉しく思います。
この作品はあと数回で終了しますが、次回は年末年始を挟んで、1月13日(金)の投稿を予定しています。
そしてこれが、最後の後書きになると思います。初めて書いた小説が艦これ改という素敵なゲームの二次創作で、とても嬉しいです。みなさん、どうぞ良いお年を!

きょう89歳の御生誕日をお迎えになられた上皇さまの御健康をお祈りし、小説の題材にさせていただいた艦これ改、そして艦隊これくしょんという素晴らしいコンテンツに感謝すると共に、これからのますますの大展開を願いつつ……。


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第七話「局長と最後の対面をせよ!」

「変わらないものだって、きっとあるんじゃないかな………行こう、みんな」ザッ

 

「ああ、分かったよ」

 

「海から陸へ、か……」

 

「人の業(ゴウ)、じゃのう」

 

ザッ……ザザッ……ザッ……

 

 

 

第七話「局長と最後の対面をせよ!」

 

 

 

ガサッ……ガサガサ

 

 

 

電車から降りてから暫くの間、無人駅に興味津々なディーネとリッティが駅舎のあちこちを見てまわり、すっかり満足してから商店街で水などの必需品を買い求め、俺たちは駅の裏手にある山道を登りはじめた。舗装などまったく施されていないにも拘わらず木曾とリッティの足取りは軽快そのもの。さすがだ。

 

「なあ。地元の役所との話はもうついてるのか?」ザザッ

 

「勿論だよ木曾。総務課がお膳立てしてくれたんだ。さっき俺たちが商店街から戻ってくる時に、白い車がついてきてただろ?」ザッ

 

「ああ、気付いてたぜ」

 

「俺たちが山に入るのを見届けるために来てくれてたんだよ。役所の関係者に間違いない」

 

「よそよそしいわね。声くらい掛けてくれてもいいと思うんだけど」ザッザッ…

 

「それは仕方ないさリッティ。この地方の人々にとって、本土決戦の施設なんてのは忌まわしき負の遺産そのものなんだ……この山を見る度にあの敗戦を想起させられるんだからな。そこにやって来た俺たちは彼らにとって、単なる邪魔者だ。追い返されたりしないだけでも充分ありがたいよ」

 

「……そう。ま、あなたが納得してるのなら私は構わないわ」

 

そう語るリッティの表情は穏やかだ。ミルディの島の近くで対戦した彼女だけど、ほんと変わったもんだよなあ……。

 

「ありがとなリッティ、同行してくれて。お前とディーネは呪術に詳しそうだから心強いよ」

 

「べ、別にいいわよ……。まあ頭領ほどじゃないけど、私だって霊力は強いほうだし」///

 

「リックルってやっぱりすごく強いのか?」

 

「あなたの念話に割り込んだでしょ? 霊的な能力に関して彼女は天才。あれで火力も高ければもう手のつけられない暴れ者ね」

 

あれは霊力の発露だったのか。すげえな。

 

「リックル……それが頭領の新しい名前か。お前さんは次から次へとよく思い付くもんじゃのう」

 

小さい頃からゲーム好きで自分でもよくストーリーを創作してたからな。地名や人名なんてしょっちゅう考えてたし。

 

「巡洋艦を意味するクルーザーにリトルのリを付けてリックルだ。復活したトールと会話させた後に名付けたんだけど、照れながらも喜んでくれていたよ。ディーネもありがとう、局長がまさかこんなに離れた場所に潜んでいるなんて夢にも思わなかったよ」

 

「いろいろ彼に関する話を聞いてからというもの、なかなか姿を見せないなど不審な点があったからのう。調べてみれば案の定じゃ……礼なら艦隊の職員に言うてやるとよい。本当によく協力してくれたぞい。お陰ですこぶる捗(ハカド)ったわ」

 

ディーネの言葉を聞きながら、そこまでの違和感を持たなかった自らの不明ぶりが恥ずかしくなる。どうやら彼女たちからは、まだまだ見習うべきことがありそうだ。

 

 

 

ザッザッザッ………

 

 

 

渓流のせせらぎに沿って登山を続けることおよそ1時間。やがて樹林は途切れ、それまで木々にさえぎられていた陽光と共に、ひろびろとした空き地が目の前に広がっていた。その向こう側に見える大きなトンネルは……。

 

「ここか」

 

「ああ、着いたよ。本土決戦のために軍部が各地に建設させた地下施設……そのひとつだ。ここで休憩しておこう。シートを広げるからちょっと待ってくれ」ガサガサ

 

 

 

「緑豊かで素敵なところね……こんな場所で戦おうとしていたのね、日本軍は」

 

「そうだな。戦線が一気に後退したにも拘わらず降伏を拒んだんだ。よりによって本土決戦などと……信じられないよ」

 

そしてその結果、ふたつの都市はピカドンの悪夢を味わうことになった。制空権を失っていながら、自分たちはまだ戦えるなどと妄想していた軍令部がもたらした悲劇だ!

 

 

ポン……

 

「……木曾?」

 

「そんなカオするなよ。今から局長と対面するんだからな……心を研ぎ澄ませておかなくちゃダメだぜ」

 

俺の髪を優しく撫でる木曾。どうやらまた、内心のざわめきが表情に表れていたらしい。

 

「悪い……」

 

「お前はよく頑張ってる。疲れがたまってるんだよ」ナデナデ

 

う……気持ちいいけど、リッティやディーネの前だと恥ずかしいな。

 

「鳳翔を海面に叩きつけ、トキシラズを台風一過のごとく水浸しにしたお前さんも、この男のこととなると別人じゃな。好いておるのか?」

 

「決まってるだろ………本当はな、オレがこの子の秘書艦になるハズだったんだ。それなのに………ッ」ギュウ

 

地面にひろげたブルーシートに体操座りしている俺の頭を、膝立ちの姿勢で抱きしめる木曾。体がほんの少しだけ震えている……彼女にとって俺の秘書艦の一件は、今でも区切りがついていないんだな。

 

「頼りにしてる。今日もたのむぞ木曾」ギュッ

 

「……ああ。任せとけ」

 

「ディーネ。鳳翔は海面に叩きつけられたわけじゃないぞ。そうだな木曾?」

 

木曾のふくよかな胸に顔をうずめたまま話す俺。

 

「あ、ああ……。加古や鈴谷と同じように衝撃を減らすよう、小さな水柱を立てておいたからな。鳳翔にケガはないと思う」

 

「あれは着水のしぶきではなかったのじゃな。すまぬ、我の失言じゃ」ペコリ

 

「いいさ、気にするなよ」ニッコリ

 

木曾の体から震えが消えている。どうやら落ち着きを取り戻したみたいだ。

 

「もう少ししたら中に入ろう。恐らく地縛霊や餓鬼のたぐいが徘徊しているだろうけど、こちらの準備にだって抜かりはない」

 

背負ってきた大きなリュックサックをチラリと見ながら、みんなに声を掛けた。

 

 

 

 

 

コツ……コツ……、コツ………

 

 

「………………」

 

 

コツ……コツ……カサ………

 

「木曾。これを」つ

 

「わかった」つ

 

 

パラパラッ………

 

 

「ギャギャ!」カサカサ! パクッ

 

「……」

 

「ギャ………クウウ……」シュウウウウ………

 

浄化されたな……辛うじて日光が射し込んでいたトンネルと違い、眼前にひろがる起伏だらけの通路は漆黒の暗闇だから俺にはほとんど何も見えない。でも、あやしく輝くふたつの目は、一瞬だけど見えた。

 

「餓鬼が消滅してゆくわ……お米の力って矢張り偉大ね」

 

「そうだな……あと、木曾の霊力もたいしたもんだ」

 

「オレの霊力を吸収したのか?」

 

「うん、ハヤに頼んで町に行って取ってきてもらった特製の呪具、ご祈祷を受けたお米さ……単体でも強力だが木曾の霊力も加わったんだから無敵だよ。いまの餓鬼はきっと何の苦しみもなく旅立ったろうな」

 

「うむ、安らかな声をあげておったからの……」

 

イザナギ様とイザナミ様が国生みの最初におつくりになられた淡路島には、おにぎりを放り投げて餓鬼の注意をそらし、ご先祖の魂を守る呪術がある。呪術の国日本とお米は、切っても切れない関係にあるんだ。

 

 

ペタ……ペタ……ペタ

 

 

「ん。今までとは違う足音……新手のお出迎えか」

 

「安心しろ。お前はオレが守る」

 

「あなたっていい耳してるわね。私たちも居るわ、大丈夫よ」

 

「大船に乗った気でおるがよい」

 

「ありがとう木曾、リッティ、ディーネ。みんな頼りにしてるよ」

 

 

 

ペタ…………ペタ

 

 

「よく道がわかったね? お兄ちゃんたち、何しに来たの?」

 

俺たちの目の前、3メートルほどのところで立ち止まったのは……おかっぱ髪が防空頭巾の下からのぞいている小さな女の子だった。背中には白い風呂敷包みを背負い、それをボロボロの帯でたすきがけに固定している。暗闇の中なのに姿が見えているのは……彼女自身が、朧げながらも青白い光を放っているからだ。

 

「ここで一番偉い人に会いに来た。この人たちは海軍に所属しておられるんだ。俺は軍人ではないが、訳あって行動を共にしている者だよ。通ってもいいかな?」

 

そう言って一歩前に進みながら、木曾たちを彼女に紹介する。

 

「海軍の……。それなら、いつもの人はどうして来ないの?」ジーッ

 

いつもの人か……第一室長のことだろうな。彼が単独でこの場所へと何回も足を運んでいることは、既に調べてある。

 

「いつもの人というのは、髪が白くて日に焼けたたくましい人のことかい?」

 

コクリ。

 

首肯する女の子。やはりな。

 

「柔道の稽古で膝を痛めたんだ。いまは療養している」

 

「まあお気の毒に。だからお兄ちゃんが来たんだね。わかりました、どうぞ」

 

自分が今やって来た方向へと振り向いて、そのまま歩き始める彼女。どうやらついて来い、というわけだな。

 

(……ずいぶんと油断ならぬ相手じゃな。くれぐれも見た目に惑わせられぬようにな)

 

(分かるのか?)

 

(うむ。霊力も高い)

 

(そうね。さっきの餓鬼なんて相手にもならないわ。気を付けて)

 

(そうしよう。彼女は……もう?)

 

(残念ながら、ね。幽明の境を自在に行き来できる存在よ)

 

(ここを見張っているってワケか……行こう)ジャリッ……

 

 

 

 

 

瓦礫だらけの通路を何とか転倒することなく歩み続け、やがて辿り着いたのは大きな空間だった。扉すら取り付けられていないその内部は、大きなドームになっているようだ。あちこちに浮かびあがる青白い無数の鬼火が、全体の姿をハッキリと浮かびあがらせている。だが………不気味さはなかった。少なくとも俺はむしろ、穏やかな印象をその光景から受けていた。

 

(ちょっとよいか? この地下基地はちと肌寒いというか………。できればお前さんのその、暖かそうなポケットなんて良さそうじゃな~、なんて………)

 

(体が冷えたんだな? いいよディーネ、おいで。左のポケットは満室だから、右なら……)

 

 

バッ!

 

 

俺の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで右胸のポケットに飛び込んできたディーネ。体のサイズを自由に変えられるのは妖精さんたちと同じだな。

 

(何よ、私の肩じゃ不満なの?)

 

(許せリッティ。あぁ~極楽極楽じゃ)///

 

温泉客かよ。ほんとディーネはマイペースだな。

 

 

 

「今日の客人は五人か! いや結構なことだ! なにもないところだが、まあゆっくりしていけ!」

 

 

朗々と響き渡る声。見ればさっきの女の子の隣に立つ大きな人影が。彼女と同じく青白い光を放っていて、六尺近くはあるだろう……肉付きもがっしりしている様子だ。

 

「もうご存知だと思うが、海軍艦船の力を借りて任務を遂行する組織から来た。あなたが……局長か」

 

自らの言葉にあまり感情をこめてしまわないよう、できるだけ冷静に話した積りだったが……果たしてどれだけ成功したのか自信はない。この男は第一・第三室長の行いを知っていて不問に付していた筈なのだから、俺にとっては好意的に会話のできる相手じゃないんだ。しかし男の返答は……

 

 

「無理もないが、まあそう熱くなるな。貴様の働きに関しては評価しているのだ! これからは貴様が思い描く通りに歩めるよう計らうからな……局長として保証してやろう!」

 

とても明るくて、こちらのわだかまりなど易々と打ち砕いてしまうような言葉だった。

 

 

 

          続く



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第七-2話「任務達成」

「……これからは貴様が思い描く通りに歩めるよう計らうからな……局長として保証してやろう!」

 

とても明るくて、こちらのわだかまりなど易々と打ち砕いてしまうような言葉だった。

 

 

 

第七-2話「任務達成」

 

 

 

ジャリッ……

 

 

 

「ここは暗くて貴様の顔がよく見えん。場所を変えるからついて来い! サチ、一緒に歩いてやれ」

 

「はい」ススッ……

 

俺たちに背を向け、しっかりとした足どりでドームの奥へと進み始めた局長と、軽やかな動きで俺の隣へと歩み寄るサチと呼ばれた少女。この場所も通路と同様に瓦礫だらけなので、彼女の体から発せられる光は転倒防止のために有効だ。

 

「お兄ちゃん、すごく強いチカラあるんだね。後ろのお姉ちゃんたちのチカラと、ほかにも大勢のお姉ちゃんのチカラ……」

 

艦娘みんなのチカラか。確かにずっと一緒に過ごしているし、最近になってからは劇的といってもいいくらいに大所帯になった。彼女たちの霊力や生命力の一部を、太陽や雨のめぐみを受けて育つ草花のように吸収していたとしても不思議はないだろうな。

 

「いろいろと助けてもらっているよ。彼女たちは付喪神(ツクモガミ)……海軍艦船に宿る魂と、兵隊さんの魂が一体となった存在だ」ザザッ……

 

「素敵。とても強そう……あ、そっちは危ない」ギュッ

 

俺の手を握り引っ張ってくれるサチ。穴でもあったのかな?

 

「ありがとうサチ。局長はどこへ向かっているんだい?」

 

「お山の森。静かなところですよ」

 

 

 

バサバサバサ……!

 

 

鳥たちの羽ばたきの音が幾重にもつらなりながら木々の間から聞こえてくる。俺たちの気配で静寂の安らぎを乱してしまったことに少しだけ罪悪感をおぼえながら、局長の後に続いて森の中へと歩みを進めていった。

 

「ここらでよかろう。おい貴様、その背に負いたる荷より何か手頃なものを出してくれんか。立ち話では興(キョウ)も削がれよう」

 

座って話そうということか。

 

「すこし待ってほしい。ブルーシートを出す」

 

 

やがて俺と木曾とリッティは、局長と彼の隣のサチに向かい合うかたちで腰をおろし、ふたりが語る話に耳を傾けた。ディーネたちがかねてより察知していた通り局長はもはやこの世の人ではなく、ずっとサチと共にこの山の地下施設で過ごしていたこと……何年たっても肉体が老化しなかったなど、様々な現象を体験することにより生者ではないことを悟ったのだという。ふたりとも、ある日突然そこで目が覚めた時には記憶の大部分を失っていたのだということ。基地施設が瓦礫だらけなのは恐らく、占領軍による全国武装解除の際に調査されたのち爆破されたのだろうということ。別々の部屋で目覚めた時にやや遠くから大きな轟音が聞こえたのを覚えているとふたりは口を揃えた。そして他にもいろいろなことを……。

 

「周囲を探索してみたのだが誰も居(オ)らなんだ。ここで我らはふたり、身を寄せ合い過ごしてきたのだよ。そして数十年後、第一室長らの調査隊がここを訪れ、我らは邂逅を果たしたというわけだ。彼は組織の重鎮衆のひとりだが、あいつらは俺に義理立てして局長と呼んでくれるのよ」

 

胡座(アグラ)をかいた姿勢で背筋をピンと伸ばし張りのある声で語る局長には一種の威圧感があった。暗闇のせいでよく分からなかったその姿は黒の学生服の上にインバネスをまとったという出(イ)で立ちだ。学帽の下の表情は精悍だが、どことなくあどけなさをとどめている様子から見て、年齢はたぶん二十代前半あたり。尤も、俺とならんで歩いたら局長のほうがはるかに貫禄あるだろうな。

 

「話し過ぎたようだな……ちと疲れた。いや、気遣いは無用だ! 我らの身は飲食を必要としておらん。外(ホカ)に何か聞きたいことはあるか? 貴様らは戦いを終えた今、最後の区切りをつけんと欲(ホッ)してこの地にやって来たのであろう? 遠慮は無用だぞ」ニヤリ

 

「………あなたたちはもう直ぐ、行ってしまうのか?」

 

「それを最初に尋ねるか。成る程、確かに報告の通りだな。頭は切れるが、甘さが抜けておらん」

 

「指揮官としては問題あり、と? でも俺はみんなのチカラのお陰で戦いを終わらせることができた。あとは故郷に帰りたいと願う魂を……じっくりと、時間を掛けて見送っていく。必ずやり遂げてみせるさ。俺は完璧な指揮官ではないよ、でも……そもそも完璧である必要なんてないんだ。自分の足りない部分は仲間が補ってくれるんだから」

 

「…………ほう」

 

こちらの目をしっかり見据えて興味深そうな表情を浮かべている局長。きょう会ってから、彼の注意をこんなに惹き付けたのはこれが初めてだな。

 

「それが貴様の戦い方か」

 

「そうだよ。俺だって以前は自分なりに完璧であろうとしたことがある。でもその結果、ひとりで突っ走って、大切な秘書艦を傷付けてしまったんだ。あの頃の自分を殴ってやりたいよ……俺はもう二度と、あんな愚かなマネはしない」

 

「任務を果たすことこそが指揮官の役割だ。指揮官が秘書の顔色を窺ってどうするッ」ジロリ

 

「下らないね。仲間が居るから戦える。仲間が居るから日々を楽しく過ごせるんだ。上意下達(ジョウイカタツ)に凝り固まった硬直思考のなれの果てが、仲間を仲間とも思わぬあの残忍無比な作戦だよ。その結果はむごたらしい敗戦だ! あんたも知っての通りのな!」

 

 

ギュッ……

 

 

「……木曾?」

 

両肩に感じる柔らかな手の感触。局長と同じく胡座をかいて座っている俺の背後で、さっきまで隣に居たはずの木曾が局長を見詰めている。上から聞こえてくる声の位置からすると、膝立ちの体勢なんだろう。

 

「ゴメンな、会話を邪魔しちゃって。でもお前が怒るカオなんて見たくないから、さ」

 

柔らかな声と、そして両手こめられる優しげな力加減。背後にいる木曾の表情は見えないが、見なくても分かる。ニッコリ微笑んだんだろうって。

 

「なあ局長。この子はな、数え切れない困難にぶつかりながらも挫けることなく全てやりきったんだぜ。それ以上の詰問(キツモン)はオレが許さねえ」キッ

 

木曾……。

 

「そうね……私たちにはまだまだ彼が必要よ。初対面で不躾かも知れないけれど、あなたって彼のことが羨ましいんじゃないかしら」

 

「俺が? 何故だ」

 

「仲間の力を誰よりも信じているからよ。自分の力を過信せず、たとえ相手が部下でも頼るべきときはかならず頼る……。でもあなたの生きた時代って、そういうのを軟弱よばわりしてたんでしょ?」

 

「否定はできんな。いやまったく、時代は変わったものよ」

 

「兄さん……」

 

局長を心配そうに見やるサチ。兄さん、って呼んでるのか……そういえば鎮守府で留守番してるアユム、今ごろどうしてるかな? パワフルな艦娘のみんなに圧倒されているか、やっぱり。

 

「ふふふ……」ニィッ

 

局長?

 

「………?」

 

あ、木曾も戸惑ってる気配だな。どうしたんだろう局長は……。

 

「なに……何が可笑しいのかしら?」

 

「はははは! 貴様らの返答、確かに聞かせてもらったぞ! 勘違いするなよ、この男の働きは評価していると言っただろう! もとより詰問など意図しておらぬわ!」

 

「…………調子くるうぜ」

 

「ほんとね」

 

愉快でたまらないといった表情の局長。笑うとまるで課長みたいだな……少年のような表情だ。でも年齢を計算してみれば、もしかすると第一室長よりも年上なのかも知れない。いや、きっとそうだろう。さっき局長は、室長や他の重鎮が自分に敬意をはらっているという意味のことを言ってたもんな。

 

「質問に答えよう。その通りだ、我らは行かねばならぬ……俺にもサチにも、見届けるべきことは最早ないからな。そうだな、サチ?」

 

「はい兄さん。海軍のお姉ちゃんたちの戦いを見られて……良かったです」

 

え?

 

「戦いを……見たって?」

 

「そうだよお兄ちゃん。私は何回か遠出して、お姉ちゃんたちの勇姿を見ていたの。兄さんにお話を聞かせてあげるために。もうだいぶ以前だけど」

 

「楽しい時間だったぞ。海軍は俺たちの憧れだったんだ。その海軍の船が復活したと聞いて、冷静でなど居られるものか!」

 

破顔する局長。

 

「俺もそう思うよ。あんたには艦娘に対するパワハラ……あんたの時代の言葉でいえば、気合いをいれるってヤツか? それを放置したあんたとは気が合うとは思わない。でも、今あんたが言ったことには同意するよ」

 

「お兄ちゃん。組織にはね、お姉ちゃんたちを利用してね、兄さんのやり方に逆らおうとしてた人がいたの。だから、兄さんはお姉ちゃんたちに厳しく……」

 

「サチ、やめなさい」

 

「兄さん……」

 

「組織を優先するよう指示を与えたのは俺だ。彼らは俺の言葉に従っただけ。彼女らの苦しみはすべて俺の咎(トガ)よ」

 

何だと?

 

「それなら艦娘のみんなにひとこと、反抗的な派閥には注意しろ、と。利用されないようくれぐれも気を付けろ、と……それだけでいいじゃないかよ!!」

 

「ダメだって……頼む。落ち着いてくれ」ギュッ……

 

ぐッ………木曾にそんな辛そうな声で懇願されたら、なにも言い返せないじゃないか!

 

「……分かったよ。悪かった」

 

「ううん……そんなこと、ない」

 

まだ俺の両肩に置かれている木曾の手の感触。それが俺の怒りを、ゆっくりと鎮めてゆく……。

 

「貴様には不愉快な思いをさせた。だがな、彼女らは戦士だ。少々のことで音(ネ)を上げる者など皆無であるし、高雄と霞には監視も担当させた。間違いが起きてからでは遅いからな」

 

「あの二人は第三室長の手足となり艦隊の仲間を苦しめていたんだぞ」

 

「それは誤解だ。彼女らは室長を監視していたのだ。必要以上に艦娘を苦しめないようにな」

 

「時雨はもう第三艦隊に戻りたくないと言ったんだ。ひとりひとりの心ってのはな、みんな違っているんだ。あんたたち組織の長(オサ)とか頭(カシラ)ってのは誰でも似たり寄ったりだな。ひとりひとりを見るのではなく、全体をまとめて扱うから少数派のことなどお構いなしだ」

 

「そうすることが必要な時には、だな。貴様にもいつか分かるだろう」

 

「あまり彼を刺激しないで。あなたは組織を守るために、艦娘が利用されることのないよう室長に命じて彼女たちを厳しく規律で縛り付けさせた。でもね、彼に言わせればそれはね、艦娘の自然な団結をも封じ込めてしまったのよ?」

 

「…………」

 

リッティ……。

 

「 厳しい訓練と実戦の繰り返しばかり……そんな暮らしをしていれば、かつて共に戦った仲間の思い出も台無しね。同じ艦隊内だけで群れてばかりの、勝つことしか考えない戦闘人形の出来上がりだわ。不気味」

 

「いまリッティが言ったのは第一艦隊……アンタの組織の中核を成す連中のことさ。オレはアイツらと言葉を交わし、立ち居振舞いや戦いぶりも間近で観察したが……」

 

「戦闘人形だ、と。そう言いたいのか?」

 

「ああ。名は伏せるが、かなりアブナっかしい奴も居たぜ。ま、オレのスコールで多少は頭も冷えただろうとは思うけどな」

 

「そうか。スコールとはよく分からんが、お灸をすえてやったということだな」

 

「まあね……局長、アンタの言い分も分かるぜ。この子が納得するような方法では、あの巨大な組織をまとめるのはとても骨が折れるだろうな……」

 

…………………。

 

「だがな、それでもオレはやっぱり、この子の好きなようにさせてやりたい!」

 

 

「アンタはさっき言ったよな! これからは貴様が思い描く通りにしてやるとかなんとか……局長として保証してくれるんだよな?」

 

やべぇ……。

 

「木曾、嬉しいよ……ありがとな」ギュ

 

「ハハッ……やっと笑ってくれた」ニッコリ

 

ありがとう……お前はいつも俺のそばに居てくれるんだな。調子に乗って甘えないように気を付けるよ、天龍からも釘を刺されたからな。本当にありがとう。

 

「ああ、確かにそう言ったぞ。繰り返すが、この男の働きに就いては評価しているのだからな! 俺からのささやかな感謝のしるしだ、遠慮なく受け取れ! 帰ったら人事課に行くんだぞ、手続きはすべて完了している筈だからな」ニヤリ

 

「なんだか、楽しみになっちまうな……ありがとう。あんたと話し合うにはもっともっと時間が必要だと思う。でも、さっきからサチがそわそわしている。残念だけど、時間が……来たんだろう?」

 

「ふふふ……貴様は頭が切れるというよりも、誰かを気に掛けるからこそ洞察力を発揮するのかも知れんな」スッ……

 

ゆっくりと立ち上がり、シートのすぐ外側に並べてある靴を履く局長……霊体でもそういうトコは俺たちと変わらないみたいだ。サチが彼の後に続く。そして勿論、俺たちも。

 

「あんたがつくった組織で俺はいろいろな経験を積むことができた。いろいろ言いたいこと言ったけど、でも……ありがとう」

 

「貴様の言葉は独特だが、なかなかに楽しめた。道を違(タガ)えるなよ……言い切ったからには何がなんでも自らの信ずる道を歩め」

 

「歩んでみせる。俺は艦娘が大好きなんだから」

 

「………時代は変わるものだな。まったく」

 

穏やかな笑み。もう少し長くいろいろと語り合うことができればな……。ほんの一瞬だけど、そんな思いがした。

 

「サチ。彼に渡すものがあったろう」

 

「あ……はい」ガサガサ

 

 

「お兄ちゃん……これを」つ

 

サチが背中の風呂敷包みを解いて取り出し俺に手渡したのは、大きくて茶色の封筒だった。A4くらいってとこかな……しかもけっこう分厚いぞ。

 

「兄さんの部下のみなさんにね、お手紙書いたの。中には小さな封筒がたくさん詰まってるの……」

 

うん、確かにそんな手触りの感触だな。

 

「これをみんなに渡せばいいんだね? 分かったよ、任せてくれ」

 

「お願いします、お兄ちゃん!」ニッコリ

 

間違いなくサチのほうが本来は俺よりもずっとずっと年上なんだろう……でも、彼女の笑顔を見てるとそんなことはどうでもよくなってくる。

 

「そろそろお別れだ。二人とも、出ておいで」

 

「うむ」ヒョコッ

 

「…………///」ヒョコッ

 

「一寸法師みたいだな。随分と愛くるしい姿をしているものよ」

 

「こっちは艦娘で名前はディーネ。そしてこっちは……」

 

「艦娘の身代わりとなりて守護する妖精……いや、女神だったな。会えて嬉しいぞ、この男を守っているのだな?」

 

「…………」コクリ

 

「しっかり務めを果たせよ……心配するな、この男は決して身代わりなどさせぬよ。そうやってそばに居てやるだけで良いのだ」

 

「………」ニコッ

 

「そして、ディーネだったか。なかなかにできる霊能者と見える」

 

「恐縮じゃ。どうじゃ、お主も我々と一緒に来てはどうかの? この男もきっとそれを望んでいよう」

 

「ディーネ、そんなことが可能なのか?」

 

「死者の霊魂はいつも生者を見守っておる。それくらい知っているじゃろう」

 

「ああ。でも局長とサチは……」

 

「確かに特殊なケースよの。じゃがな、我らは魂を宿す艦娘。そう言ったのは誰じゃ?」

 

「……依り代としての素質は充分だな。局長、サチ。どうだろう?」

 

「え、えと……」

 

「それは何とも言えぬな。だが、貴様らのことはずっと見守ってやりたくはあるな。気持ちは有り難く頂いておくぞ。木曾、リッティ、達者でな」

 

「ああ」ニッコリ

 

「ありがとう」///

 

「貴様もな。しっかりやれ」

 

「…………はい」

 

 

 

「サチ」つ

 

「兄さん」つ

 

 

それが、最後に聞いたふたりの声だった。輝く光に包まれたりとか、ハデなエフェクトは何もなく……。ふたりの姿はいつの間にか、見えなくなっていた。最後にふたりがこちらを見て、笑顔を浮かべていたような気がした。

 

 

 

          続く



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第八話

ふたりの姿はいつの間にか、見えなくなっていた。最後にふたりがこちらを見て、笑顔を浮かべていたような気がした。

 

 

 

第八話

 

 

 

ガサガサ……パサッ

 

 

 

かつて日本軍により、本土決戦基地として建設された施設が隠された山で昨日、サチから託された手紙の山。それらをひとつひとつ丁寧に、愛用の机の上へと並べてゆく課長。

 

「これはお前に宛てられている。ほら、受け取れ」つ

 

俺に? まさか局長とサチは会ったこともない俺に、前もって手紙を書いておいてくれていたのか……? にわかには信じ難い。

 

「……ちょっと宛名を確認します」つ

 

「好きにするといい。驚くのも無理はないからな」

 

手渡された長形封筒のおもてに書かれている達筆な文字は……歴史交流局広報課特務分室室長殿、か。驚いたな。本当に、俺に宛てられた手紙だ。

 

「…課長は局長に会ったことがあるんですか?」

 

「お前が俺に、兵士の方々の魂の件を教えてくれた日の翌日にな。無論それ以前にも、何回も会っていたさ」

 

「局長に報告を?」

 

「そうだ。かなり驚いた様子だったぞ。俺は内心、小気味よかったがな。大した奴だよ……お前は」ニヤリ

 

「局長は報告内容を信じてくれましたか?」

 

課長はもう俺が、姫グループと鬼グループのみんなを第八艦隊で匿っていたことを知っている。鎮守府の規程を利用して上層部への報告を先延ばしにしていたけれど、戦いの終わった今となってはその必要もなくなったので、この部屋に入室してから直ぐに伝えたんだ。課長は少し驚いていたけれど、彼女たちの身の安全を確保するために情報を秘密にしていたんだと伝えたら、納得してくれた。ペナルティは勿論一切ナシだ。

 

「しばらく考え込んでいたよ、局長にとっても青天の霹靂だったんだろう。彼は鬼をすべて倒すため、この国史庁の設立を目指していろいろと尽力したんだからな。第一室長やウチの部長も関わっていたが」

 

「この戦いで、大勢の深海棲鬼が犠牲になってしまいました……俺の過ちです」

 

「そうだな。だが俺たちはな、ただ前に進むしかないんだよ。過去に犯した過ちを決して忘れることなく、だが今を生きているということも忘れずに、ひたすら前へ前へと進むんだよ。それとな、お前の過ちは俺たちの過ちでもある……ひとりで抱え込むな」

 

「はい……」

 

「そんな顔するなよ、リックル殿やリッティ殿を救ったのは事実なんだからな。そうだ、最後に局長からの指令を伝えておくぞ。お前に局長補佐を命ずるとのことだ」

 

「ちょっ……課長!?」

 

「俺に文句を言うな。決めたのは局長なんだからな。ちなみに新しい局長は第一室長だよ……だがな、あの男には最早、後ろ楯となる人物が誰も居(オ)らん。それに引き換えお前には俺たち人事課の面々がついている。この意味が分かっているだろうな?」

 

課長の鋭い視線がこちらに向けられる。

 

「はい。ポストは補佐であっても、事実上の局長としての権力は俺の掌中にあるということですね」

 

「その通りだ! 室長は第一艦隊の提督を引き続き兼務することになるからな、組織での影響力は未だ健在というわけだ。それゆえ新局長を務めるのは必然の流れなんだが、決して安泰というわけではない。もしもお前が艦隊の艦娘をすべて……おっと、鳳翔殿だけは不可能だったな。彼女以外を第八に連れていけば、彼はもうお仕舞いだ」

 

「やろうと思えば可能です……交流プログラムの権限がありますから。でも、それはしません。彼の艦隊で働き続けたいと思っている艦娘がまだ居るんです」

 

「お前ならそう言うだろうと思っていたよ」

 

「尤も、卯月たち数名はこちらに頂きました。すっかり馴染んでいますよ」

 

「ハハハハ、それは彼女たちの選択だから仕方あるまい! 室長も理解している筈だよ、お前がその気になればいつでも裸の王様にされてしまうってことをな。だから今後は、二度と張り合ってやろうなどとは思わんだろう。仲良くやってくれ!」

 

「分かりました。局長の気持ち、有り難くお受けします」

 

「話は以上だ。さてと、それじゃあ俺はお前の気持ちを頂くとするか。さっきからハラぺこで仕方ないんでな! 書類はこれから作って後日届けさせる。お前の部下として働くなんて、本当に楽しみだぜ……気を付けて帰るんだぞ」ガサガサ

 

持参したうなぎ弁当に舌鼓を打ち始めた課長の部屋を後にして、建物から玄関の外に出た俺の目に映ったのは、鎮守府司令部の緑あふれる敷地と、7月の暑い日差しを浴びながらその中を行き交う職員たちの姿だった。以前の俺だったらきっと、新しく背負う責任の重大さに尻込みしていただろう。でもたくさんの仲間が居てくれる今は、そんなことなんてまるで気にならない。俺は艦娘の黒子として精いっぱいやるだけだ。この組織を艦娘みんなが笑顔になれる場所にするというミッションを、精いっぱい……。

 

 

 

ガチャリ

 

 

 

「あっ、司令! お帰りなさい!」

 

「司令官、お帰り!」

 

「提督……お帰りなさい。お邪魔、してます……」

 

「お帰りなさい、司令官さん!」

 

「やっと帰ってきた……待ち焦がれるあまり食事も喉を通らず、この身は痩せるばかり………」

 

「くちにクリーム付いてるぞ。シュークリームか、響?」

 

「はッ!?」ゴシゴシ…ペロ!

 

あわててクリームを指で拭いて舐め取る響。

 

「おかえりしれい。ひびきはまだまだあまいね。それはふかないで、しれいにくちうつししてあげなきゃ」

 

「んなぁ!?」ガーン!

 

執務室には賑やかな雰囲気が満ちていた。この部屋は本当に広いから俺ひとりだとあまりにも寂しい。だからこうしてみんなが集まってくれるのは、とても嬉しいんだ。

 

「みんなただいま。あ、名取にもスマホ来たんだね。良かったよ」

 

「はい、響たちに使い方を教えてもらっていたんです。提督……ありがとうございます。嬉しい……」///

 

「喜んでくれたなら何よりだよ。他のみんなにも順次、配布される手筈になっているからね。タルト、ただいま。ミルディは?」

 

「ご主人様、お帰りなさいませ! あの女はご主人様のご指示通り朝からずっと、私たちのグループと鬼グループに宿る魂を解放する手伝いをしています」

 

「進捗状況は?」

 

「順調です。えびす様の森の中で、リッティとディーネが儀式の進行を担当し、あの好色は万が一のトラブルに備える役割……くーと私はもう終了したので、こちらでご主人様をお待ちしてました」ニッコリ

 

「体調はどうだ? ディーネには、くれぐれもみんなの体力を優先するよう言っておいたんだけど」

 

ずっと一緒だった魂とのお別れだ。体力的にも精神的にも、何らかの影響があって当然だろうと危惧していたので、気を付けて解放の儀式を行うように念を押しておいたんだけど……。

 

「問題ありません。私も最初は不安でしたが、まったくの杞憂でした……ご心配して下さるのですか?」

 

「当たり前だろ。俺の専属メイドとして頑張ってるタルトなんだから」

 

「ありがとうございます……」///

 

「くーも大丈夫?」

 

「うん!」

 

「嬉しそうだねタルト。でも気を抜いたら許さないから」

 

タルトに釘を刺す響。もうさっきの衝撃から立ち直ったか。

 

「はい響。決して気を抜くことなく、ご主人様の身の回りのお世話に励みます」

 

「ん。雪風も負けないようにね」

 

「はい! 司令の秘書艦としての意地を見せてあげますから!」ニコッ

 

「ふふ……どうぞお手柔らかにお願いします」ニッコリ

 

「響も丸くなったわね。以前のあなたが司令官にメイドだなんて聞いたら、大慌てだったんじゃないかしら?」

 

「司令官の仕事はこれからますます大変になる……もしも体を壊したりしたら大変だもの。少しでも負担を減らす役職は、ぜったいに必要だから」

 

「同感だわ。司令官、私も美味しいケーキ作って差し入れするから、ちゃんと食べてね?」

 

「ありがとう雷、嬉しいよ」

 

「それから、きそも……だよね?」

 

「もう知ってるのか。くーは耳が早いな」

 

「えへへ」///

 

「え……なになに、教えて下さいなのです」

 

「木曾には俺の専属護衛艦になってもらう。あくまでもボディーガードだから、雪風の仕事には一切関与しない」

 

「ふぅん……でもタルトのライバルになるかもなのです」

 

「負けません。専属メイド艦として!」クワッ

 

「頼りにしてるよ。俺の身の回りに関しては今まで通り雪風とタルト、場合によってはいま電が指摘したように木曾の出番かも知れない。それと書類仕事に関してはまず雪風だな……忙しい時にはみんなのお世話になる。今まで通りにね」

 

「はい、お任せあれなのです」ニコ

 

あの山で木曾が抱擁してくれた時に分かったんだ……木曾は俺のそばに居たいと思ってくれてるって。強くて凛々しい木曾だけど、いろいろとガマンしているんだって。だから、俺が木曾のためにできることは何だろうって考えた……そして思い付いたのが身辺警護役だ。これなら、彼女が秘書艦になることを認めなかった天龍でも反対はしない。そして俺と木曾は、一緒に居られる時間が増えるというわけだ。

 

「きそはなんだかほかのみんなとちがうの。しれいをまるで、おかあさんみたいにだいじにしてるの」

 

そう、まさにそこだ……子を守らんとする母親よりも強い存在なんて、この世に居るわけがないんだ。ボディーガードとしての木曾なら、天龍は賛成すること間違いなしという確信がある。なんたって彼女は、遠征の際には木曾が鎮守府で留守番してくれるなら安心して出発できるというくらい信頼しているんだから。

 

「くーのお母さんはやっぱりミルディかな?」

 

「うん、いつもやさしいの。おかあさんみたいに。たたかいではきびしいけど」

 

「ほらほら司令官、まずは座って。局長と会ったお話、きっとみんな聞きたいと思うのです。はい、響が三つも食べちゃった美味しいシュークリームよ」つ

 

「暁、うるさい」///

 

「響も座ろうぜ。ありがとう暁、頂くよ」つ

 

 

それから俺はたっぷりと時間を掛けて、局長とサチ…ふたりと過ごしたひとときの話をみんなに語っていった。いまや大所帯となった我が第八艦隊の艦娘全員にも職員のみんなにも、しっかり伝えてもらえるよう、できるだけ詳しく丁寧に……。

 

「……局長とサチさん。ほんとうに消えちゃったのかな?」

 

「いま司令官がそう話してくれたでしょ」

 

「そうだけど……でも、ディーネはふたりを誘ったのです。もしかして一緒に来てくれているかもなの」

 

!?

 

「ここはにほん……せいれいさまやみたまさまのくに。じゅうぶんありえるとおもう。いなずまに、さんせい」

 

「えへへ~ありがとうくーちゃん」ギュッ

 

「///」

 

局長はディーネの誘いをハッキリとは受け容れなかったが……でも言われてみれば確かに、断ったわけでもなかったな。あれは単に、ディーネたちを依り代とすることが可能かどうか不明だったから、明確な返答をしなかったというだけなのか……?

 

(ディーネ。ちょっといいか?)

 

(おや、帰ってきたのか! こちらは順調じゃよ、蛍のようでとても綺麗じゃ……まだ昼間だというのにハッキリ見えるわい! お前さんも早く来るといい)

 

それは……

 

(ただいまディーネ。すまないが遠慮しておくよ)

 

(はあ!? 何言ってんのよ! 戦いを終わらせた功労者のあなたが来なくてどうするのよ!)

 

「肩を揺らすな! 我を振り落とすつもりか、たわけ!」

 

「うるさいわね、ちょっと黙っててよ!」

 

(リッティ、ただいま)

 

(お、お帰りなさい……。えっと、だから! あなたは早くコッチに来てよ!)

 

(俺の言い分、なんとなく分かってくれてるよな?)

 

(それは……私たちの軍勢を沈めたからでしょ? この場に来て顔向けなんてできない……そう思ってるのね?)

 

(そうだよ。それにね、俺だけじゃないぞ。お前たち以外に誰か、そこに居るかい?)

 

(ううん……誰も)

 

(だろ? みんな俺と同じ気持ちなんだよ。もちろん天龍や龍田、木曾は間違いなくその近くで待機してくれてるよ……不測の事態に備えてね。命令は出していないが断言できる。でも、姿を現すことはしないさ)

 

(………どうしても、ダメ?)

 

(頼むからそんな声を出さないでくれ。決心が鈍る)

 

(こんなにお願いしてるのに……ちょっと、リックル! 黙ってないであなたも何とか言ってよ!)

 

(………随分と大きな口を叩くようになったわね。以前とは別人みたい)

 

(あら……もう忘れたのかしら? 私たちの軍勢は崩壊したのよ。あなたも私も負けたんだから。新しい指揮官は彼。あなたはもう頭領ではないわ)

 

(反論の余地はないな。いいわ、彼を説得してあげる。……ミルディ、我が宿敵だった者よ……聞こえてるんでしょ? 彼を愛するあなただもの、手伝ってくれるわよね?)

 

局長とサチの件について聞きたかっただけなんだが。どうも変な展開になってきたな。

 

(聞こえてるわよ~。もちろん手伝うけれど、あなたドコに居るの? こちらにいらっしゃいな)

 

(遠慮しておくわ。理由は彼と同じ)

 

(自分は来ないのに、提督ちゃんには来てほしいって説得しても……それじゃ多分、あなたの気持ちは伝わらないわよ?)

 

(……キャップ、聞こえるかしら?)

 

(しっかり聞こえてる。ただいま、リックル)

 

(お帰りなさい、キャップ。あのね……今ミルディが言ったこと、ほんと?)

 

(そうだな、俺を説得するのならリックルも来てほしい。同じ場所で、俺と同じ気持ちを分かち合ってほしい)

 

(……うん分かった。私も行く。だからね、あなたも来て。お願い)

 

うーん……。

 

(提督ちゃん、お帰り! 無理強いなんてする積りはないのよ……でもね、お見送りをするのは、お世話になった者として……当然の礼儀じゃないかな?)

 

(ただいまミルディ。お世話になったってのは……どういう意味なんだい?)

 

(兵士の人々の魂はね、いろんなチカラを私たちに貸してくれたんだよ。トールとディーネが復活したでしょ? もうね、ビックリしちゃったの! ほんとに嬉しいんだけど、あの子ったらヒドいんだよ! あの時は私だって一生懸命探したの知ってるクセに、ずっと私を責めるんだもん! 今朝だってね、提督ちゃんが司令部に出発したらね、急に不機嫌になって私にネチネチ………)

 

(……ちょ、ちょっと?)

 

戸惑いと驚きが入り交じったリックルの声。まだミルディの素顔に慣れていないんだな……彼女の中のミルディは今でも、凛々しくて勇猛な恐るべき戦士のままなんだろう。

 

(ミルディ。お世話になったってのは……どういう意味なんだい?)

 

さっきと同じ質問を繰り返す。

 

(え……? あ……えと……。あ、そうなの! だからね、復活させたり戦闘能力を強化してくれたり、私たちをいろいろ助けてくれたのがみなさんの魂なんだよ! 艦娘が強いのはね、魂の力が宿っているからなの。提督ちゃんが勝利したのは指揮が上手いからだけどね、魂のお陰でもあるんだよ。…ゴメンね……内緒にしてたワケじゃないんだけど、提督ちゃんは色々と大変だったから……あまりアレコレ言わないようにしていたの)

 

(成る程。艦娘はデフォルトのステータスも高いけど、それを更に飛躍的に向上させてくれていたのが魂だったわけか。それなら確かに、お世話になったね)

 

気付かなかったな……復活はともかく、戦闘の力には思い至らなかった。もしかして指揮官補正も、魂が俺とみんなの橋渡しをしてくれていたからこそ生まれたものだったのかな?

 

(うん。だからね提督ちゃん……お礼の意味も込めてね、お見送りを………)

 

そうだな……そうするべきだな、俺は。

 

(今からそっちに向かう)ガバッ

 

(良かった……)

 

(うん。待ってるよ)

 

「みんな、行くわよ」スッ

 

「はい暁。ご主人様について行きましょう」スウッ

 

局長とサチの気配が感じられないかどうか、確かめてもらいたかったんだけどな……。仕方ない、まずはこちらの方を先に済ませるとしよう。

 

 

 

ふわ……ふわ………ふわり。

 

 

 

第八艦隊の母港たる鎮守府、その広大な敷地の一角にそびえる小高い山……その平坦な頂上に広がる森の中に建立されたえびす様の赤く美しいお社を、まるで抱擁するかのように取り囲むたくさんの木々。降り注ぐ木漏れ日はまだ明るくて、森の中でも遠くのお社がハッキリ見えている。

 

ガサガサッ………

 

「おう、来たかボウズ!」

 

「帰ってきたばかりなのに大変ね~。あと少しだから、頑張って下さいね~」

 

「あとでオレの部屋に来い。な、いいだろアネキ」

 

「…ああ、好きにしろ」

 

「木曾の部屋にお邪魔するのは久し振りだな。みんなは?」

 

「お前を追って続々と集まってきてるぜ。儀式のジャマにならないよう遠慮してるんだろう、遠巻きに眺めてる」

 

木曾の言葉通り、木々の間にはみんなの姿が見え隠れしていた。あ……古鷹だ、ニッコリ微笑んでくれている……隣に寄り添っている加古はいつも通りの澄まし顔だな。あ、サムズアップだ……ねぎらってくれてるみたいだな。あっちの茂みには……夕雲と秋雲、それに長波か。3人とも笑みを浮かべながらこちらを見ている。おっ、長波が手を振ってくれてるぞ。

 

「ほら提督、リッティがずっとコッチ見てるよ。特等席で見てきなよ!」グイグイ

 

俺の手を握って、儀式の進行役を務めているリッティたちの方へと引っ張る鈴谷。今日も元気だなあ。

 

「鈴谷はココで見てるからね!」ノシ

 

「ああ。行ってくるよ」

 

 

 

ふわ……ふわ………ふわり。

 

 

 

蛍のよう、か……。淡(アワ)く緑色に光る、丸い球、たま、魂の、かたち。この緑色は……もともとの色なんだろうか。徴兵され、戦争へと駆り立てられた人々の魂は………緑ではなく、怒りの赤色に染まっている筈じゃないのか……そんな思いが一瞬、ふと浮かんできた。それとも……本当は色なんてなくて、ただ単にまわりの木々の緑色が、球に照り映えているだけなのかな。ふわりふわりと、体から浮かび上がって空中に漂っていって……今はクッキーと、港湾水鬼の番だな……ふたりの体から浮かび上がった魂の光球たちは、あまり高くないあたりをふわふわと漂いながら………消えた。

 

「……綺麗だ」

 

「ええ。本当にね……」ギュ

 

リッティの手の、柔らかな感触が伝わってくる。

 

「達者になったのは口だけではないようね。男を魅惑する術(スベ)も会得(エトク)したのかしら」ギュ…

 

「さあね」

 

「リックルか。来てくれたんだな」

 

「約束だもの。あのね、さっきのミルディのことなんだけど……許してあげてね。強大なチカラをもたらす魂を解放すると、私たちは弱体化するの。あなたはカンが良いから、余計な情報を伝えたらきっとそのことに気付くに違いない……彼女はそう思ったのよ」

 

「……そうなったらきっと悩んだと思うよ。俺の指揮は綿密に組み上げた戦術ではなく、みんなのスペックに頼っているものばかりだ。勝つためには魂を解放してはいけない。でも、兵士の人々の魂なんだから解放しなくちゃいけない……板挟みのあまり、精神が病んだりしていたかも知れない」

 

「でもミルディが黙っていたお陰で、あなたはそれに気付くことなく戦いに集中することができた。その分、彼女は辛かったんじゃないかしら……あなたに明かすことなく、黙っていたんだもの」

 

俺は驚いて、リックルの顔を見た。

 

「な、何……?」///

 

「お前がミルディを気遣っているから、ちょっとビックリしたんだ。宿敵だったミルディを、ね」ギュ

 

「ひゃんっ……。も、もう敵じゃない、から……」///

 

「…何よ、可愛い声だしちゃって。男を魅惑してるのはあなたじゃないの」ギュウウ!

 

う!?

 

「リッティ、少しは手加減、してくれ……」ズキズキ

 

「え……私、もう解放を済ませたわよ?」

 

「指揮官補正だよ。そっちはちゃんと残ってる」

 

「ご、ごめんなさい! 私ったら、つい……」バッ!

 

慌てて俺の手を放すリッティ。でも

 

「おっと! 手を離すことないだろ」ギュッ!

 

「あ………」///

 

「これでいい。なあリックル、さっきの続きだけど……これからミルディと、仲良くやれそうか?」

 

「分かんない……でも、今までのわだかまりを捨てなくちゃいけないとは思ってる……。せっかくあなたが新しい名前を付けてくれたんだもの。台無しになんて、したくない」

 

「そうか……」

 

「私も付けてもらったわよ。あなたよりも先に、ね」

 

「それは良かったな。ひとつ忠告しておこう……嫉妬深い女は嫌われるわよ」

 

「何ですってぇ!」///

 

顔を真っ赤にしてリックルを睨むリッティ。まだ鬼グループと敵同士だった頃は、まさかこうして手を繋いで……しかも深海棲鬼のこんな表情を間近で見る日がやってくるなんて、夢にも思わなかったな。

 

「リッティ」ギュ

 

「う……わ、わかった……。もう騒がないから」

 

「ん、次はミルディの番みたいだな……リックル、お前は以前、魂を無事に送り届けたことはないと言ってたよな。それってやっぱり、戦闘能力が衰えてしまうことを避けるため……だったのか?」

 

「………ごめん」

 

「………………」

 

「ごめんよ、辛いことを思い出させてしまったな……もう二度と聞かない」ギュッ……

 

「……」ギュ

 

おそらくミルディも同じ理由で悩んでいたんだろうと思う。でも戦いが終わった今となっては、もう苦悩の日々も終了だ。とは言うものの、何もかもすべてが片付いたワケじゃない……。

鎮守府の地下に広がる大洞窟……今ではすっかりワ級たちの家になっている洞窟の手前にある大部屋。くーと初めて出会った大部屋の向かい側に位置するその場所に眠る、潜水艦娘たちの魂。彼女たちを起こすのはいつが良いだろう?

この戦いではたくさんの艦娘に巡り会えたけれども、日本海軍の艦娘はまだ他にも存在している……彼女たちは今、どこで何をしているのかな? これから先、巡り会える可能性はあるんだろうか。

そして、ミルディたち姫グループの真の長……彼女は今、どこに居るんだろう? ミルディは彼女のことをあまり語らないから、詳しいことはサッパリ分からない。長から軍勢を託されてからは、まったく会っていないらしいけれど……。

 

「お、いよいよミルディの出番じゃぞ!」

 

足元から聞こえる元気な声。

 

「ディーネ。今までドコに行ってたんだよ」

 

「そこの暴力女に辟易(ヘキエキ)したのでな。お前さんが来るのを待っておったのよ。じゃがな、両手に花とばかりに甘美な喧騒を楽しんでいる様子じゃったからの……」

 

ちょっとご立腹な様子のディーネ。

 

「近寄れなかったってワケか……悪かった。ふたりとも、ちょっとゴメン……ほらおいで」ザッ

 

「うむ!」ピョン!

 

跳び上がったディーネを両手で受け止めて、そのまま彼女を右の胸ポケットへと導き、直ぐに立ち上がる。

 

「やはりココは極楽じゃな~。たまらん」ニコニコ

 

「あらあら、嬉しそうね。いっそのこと放り投げてやればよかったかしら」ジーッ

 

「やかましいわ! 決めたぞ、たった今から我の居場所はココじゃ! もうお前には頼らぬぞ」

 

「あらそう、いいわよ。でもね、昨日みたいな時には……」

 

「分かっておる。協力すべき時には私情を交(マジ)えたりなどせぬわ」

 

「それなら構わないわ。ほらあなた、手を繋ぎましょ」ギュッ

 

「お前もすっかり変わったな。以前の面影がまるで見当たらないわね」ギュウッ

 

「憑き物が落ちたんじゃよ。お前と同じようにな」

 

「そうかもね……」

 

 

 

ふわ……ふわ………ふわり。

 

ひとつ……ふたつ………みっつ………もっともっと。

さすが……姫グループ最強の艦娘。

魂の数、数、数……すごい光景だ。

 

ふわ……ふわ……。

 

まだ終わらない。これだけの魂が離れてゆくのを見てしまうと、ミルディの体調は大丈夫なのかと心配になってくるな……。彼女の表情は穏やかそうに見えるが、でも……。

 

「ディーネ」

 

「安心せい、儀式はすべて我とリッティの管理下にある。間違いなど起こさせぬよ」

 

「よろしく頼むよ」

 

「任せておけ」

 

「リッティもな」ギュ…

 

「うん…」///

 

 

ふわ………ふわり……。

 

 

浮かび上がる光球の数が、少し減ってきたように思えてきた頃………。その中のひとつを目で追っていた俺が見付けた姿は………。

 

「ん? どうしたんじゃ、お前さん。さっきから何をジッと見つめているのかの」

 

「……なにか居るの?」ザッ

 

「地縛霊? この儀式に引き寄せられて……?」スッ

 

そうじゃない。悪さをするような存在ではないんだよ。それどころか………。

 

「……身構える必要はないよ、二人とも。ディーネ、リッティ………ほら、あそこだ。ミルディの背後の茂みから少し左だよ……昨日会ったばかりの二人の姿、まさか忘れてないよな?」

 

「え………」

 

「ほう。我の提案、どうやらムダではなかったか。この森には良い気が満ちている……これで、安心じゃ」

 

「見えたわ。あなたの方をずっと見詰めているわね……誰?」

 

「紹介するよ、リックル。二人はね、ずっとずっと戦ってきたんだ……愚かな戦時内閣によってズタズタにされたこの国で、あきらめることなくずっとね。俺がみんなに巡り会えたのは、二人のお陰だよ……まず、女の子のほうの名前は………」

 

 

 

          続く



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第八-最終話

「……俺がみんなに巡り会えたのは、二人のお陰だよ……まず、女の子のほうの名前は………」

 

 

 

第八-最終話

 

 

 

…………………ザワ……ザワ…

 

 

………は……、元気に………

 

酒保は……まだ……

 

……ほら、応急配食だ…!

 

 

ん…………真っ暗なのに……なんだかにぎやかだな………誰かいるのか?

 

 

………見ろよ、戦艦だ!

 

 

……戦艦?

あれ……なんだか急にまわりが明るく………な……なんだアレ!? まっくろな山……じゃない!

あれは……菊のご紋章!?

いま聞こえた声の通り……戦艦なんだ! でっけぇ! あ……艦首に立ってる誰かがこっちに手を振ってる! みんなビックリしてるな……ほんとでっかいもんな!!

 

あれ……?

 

………みんなって?

…………まわりにいるみんなは……誰なんだ…? さっきから声は聞こえているけど、その声の主(ヌシ)の姿は見当たらないじゃないか。

 

 

帽振れええええッ!

 

 

父さん!

 

 

母さああああん!

 

 

うおおおおおおおおおおおおおッ!!

 

 

!!?

 

ガバァッ!

 

 

………………ドクン、ドクン!

 

 

…………夢かよ。心臓がバクバクいってら……。あ……室内にうっすらと光が差し込んでいる……もう朝なのか、起きなくちゃ。

……いやちょっと待て。

いまのが………夢だって?

違う。

あの戦艦の迫力……海面を切り裂きしぶきを撒き散らす音がいまにも聞こえてきそうだった!

そして最後に見えたのは……たくさんの人々の、顔だった。こちらをジッと見ているまるで武士のような迫力と威厳に満ちあふれた顔、ほほ笑みを浮かべている女性の顔、心配そうな表情の、いまにも泣き出しそうな子どもの顔、顔、顔………。ひとりひとりと実際に対面しているような瞬間だった。夢だったなんて、とても思えない……。

 

 

「ゴメンね提督。ビックリさせちゃったね……」

 

あれ? この声………。

 

「でもね、提督には聞いてほしかったんだ。鈴谷たち艦娘にはいつも聞こえてる、あの勇敢な人々の声を」

 

「……鈴谷。おはよう」

 

「おはよ提督。珍しいね、誰も添い寝してないなんてさ」ニッコリ

 

俺の布団に寝そべりながら、こちらを見上げて微笑んでいる鈴谷。少しずつ明るくなりつつある部屋の中、朝の光を感じたのかちょっとまぶしそうに瞬きしている。

 

「みんなが気を遣ってくれてね。局長とサチの手紙を読むんだからジャマしないでおこうってんで、昨夜は誰も来なかったよ」

 

「え……提督が帰ってきたの、一週間も前じゃん。 ずっと読んでなかったの?」

 

「もっと早く読みたかったんだけどね。でも読むなら仕事を片付けてゆっくり読みたかったんだ。せっかくふたりが書いてくれたんだし」

 

「そっかぁ。てコトはもうお仕事、終わったんだ! いよいよ提督が局長補佐になるんだね!」

 

「あとは着任日時の通達を待つだけだよ……ってか鈴谷、よく知ってたね?」

 

「金剛が第一艦隊に顔を出してるでしょ、引っ越しの打ち合わせとかで」

 

「ああ」

 

「んでね、なんだか金剛の表情がさぁ……ここ数日、ミョーに明るかったの」

 

「金剛はいつでも明るいぞ?」

 

「ちーがーうーの! アレは嬉しくてニヤニヤしてたの! ほんの少しだから提督は気付かなかったかもだけど、普段の金剛じゃなかったね! だからさ、夕食のあとで聞いてみたの……何かいいコトあったの? って」

 

「そしたら?」

 

「そしたら向こうの艦隊でね、第一室長が教えてくれたんだってさ。提督が局長補佐になるって」ガバ!

 

瞬時に上半身を起こした鈴谷。猫のような俊敏さだ。

 

「おめでとう、提督。やったね!」ギュッ…

 

「ありがとう……鈴谷に抱きしめてもらえるのは二回目だな。気持ちいい」ギュ

 

「んふふ~正直な提督は好きだよ~! ね、さっきのコトだけど……聞こえたね? 彼らの声」

 

「ビックリしたよ。あれは鈴谷が聞かせてくれた声だったんだな」

 

「おめでとうを言いに来たらさ、まだ気持ち良さそうに寝てるんだもん。それでね、鈴谷ひらめいたの。霊力のある提督なら、もしかして鈴谷の中に宿る声が聞こえるかもって」

 

「確かに聞こえたよ………まだドキドキしてる」

 

ただただ圧倒されるばかりだったけれども。

 

「驚かせるつもりなんてなかったの……本当にごめん。でもね、こんなこと誰にでもするワケじゃないからね。鈴谷の大切な魂だもん、提督だから聞かせてあげたかったの……」

 

「聞かせてくれた声、ずっと忘れないよ。この国には確かに、家族を……大切な人々を守るため勇敢に戦った海の男がいっぱい居たんだ、って」

 

「うん。嬉しいよ提督」ギュッ

 

抱擁の腕に力をこめる鈴谷。彼女の体温が伝わってくる……いつも明るくて周りのみんなを元気にしてくれる鈴谷の、あたたかい体温が。

 

「……ねぇ。局長補佐のチカラで、この組織を変えてくれるんだよね?」

 

「変えてやる。そのためにここまで来たんだ」

 

 

 

ザッ…ザッ……

 

きのうの晩に雷がつくりおきしてくれたおにぎりを鈴谷とふたりで平らげてから、彼女から見送られたあとに鎮守府の館内や敷地の中をのんびりと歩き回る。

人々の魂を解放したあの日から1週間が過ぎたが、艦娘のみんなはまだあの時のことを話題に語り合っているみたいだ。ミルディの魂の数…スゴかったねと談話室で子ノ日が興奮気味に口を開けば、卯月はそれに同意しつつ、でもタルトやリッティの解放した魂もなかなかの数だったと付け加えていた。そして思い思いの意見を述べて会話にさらなる花を咲かせていたのは、周りに集まっている他の艦娘たち。他にもあちこちで同じ光景が繰り広げられていたし、この話題は当分のあいだ続くんだろう。あれは間違いなく、戦いの日々が終わりを迎えたという重要な節目だったんだから……。

 

「あぁっ提督だあ! おはようございます!」

 

「おはよう! オレに会いにきたのか? ほらほら座れ!」カタッ

 

館内の廊下の一角に設けられた休憩のための空間。椅子や本棚にテーブル、そしてその上にはポットなどのお茶セットが揃っている快適な場所だ。そこで談笑していた木曾と古鷹が、こちらに気付いて声を掛けてくれた。

 

「すまない木曾。わざわざありがとう」ガタッ

 

「なに言ってる、オレはお前の護衛艦になったんだぜ。これくらい当然なんだから礼なんて要らないね」ニコリ

 

声を弾ませ満面の笑みを浮かべる木曾。なんだか俺まで嬉しくなってくるな。

 

「うふふ……木曾お姉ちゃん、ほんと嬉しそう。良かったね」///

 

木曾は古鷹よりも4つと少し年上だ。

 

「ああ、これからはずっとそばに居てやれるからな」

 

「書類の山は全部片付いたし、手紙も読み終えたよ。たった今から俺の護衛任務に就いてもらうぞ……これからずっと、よろしくね木曾」

 

「おう、任せとけ!」///

 

「提督とずっと一緒、かあ……羨ましいなぁ。それじゃ、お部屋は……?」

 

「オレの部屋は夕雲に譲ったよ。その代わり、荷物をこの子の執務室に運んでもらったけどな」ニヤリ

 

「あれ? 提督のお部屋じゃなくて執務室なの?」キョトン

 

「この子にだってひとりきりになれる時間は必要だよ。オレは執務室で暮らすんだ、あそこは広いからな」

 

「あ……そっかぁ。でも私ならお部屋にお邪魔するかなあ」

 

「……お前、けっこう大胆だな。ま、この子が求めればいつでもオレたちみんなで……な?」

 

「うん……」///

 

先週の儀式の日、木曾に招かれた俺は晩になってから彼女の部屋を訪れ、一夜のあたたかく、情熱的なもてなしを堪能した。文字通り身も心もすっかり疲れが落とされて、いまや意気軒昴(イキケンコウ)そのものだ。

 

「ありがとう……どうしてもみんなのぬくもりに触れたくなる時がこれからもあると思うよ。こんどは司令部に巣くう魑魅魍魎みたいな連中が相手だからな……今までとは勝手が違う」

 

「疲れたらいつでも言えよ……オレが癒してやる」

 

「私もです。負けないでくださいね、提督。私たちみんながついてるんですから!」

 

「それならもう百人力(ヒャクニンリキ)だな。負けないよ、絶対にね……話は変わるけどふたりとも、あの儀式の話をしてたのかい?」

 

「はい。先週のミルディ、とっても綺麗だったねって話を……」

 

「確かにね。たくさんの魂の光に包まれていて……」

 

普段のマイペースな彼女を知っているから、あのとき見た美しさはより一層の印象深さだったな。

 

「なぁ。本当に良かったのか? 姫と鬼の全員が魂を解放してしまったけどさ」

 

「みんな賛成してくれたからな。それにあの人たちの魂は日本に帰りたいからこそ、姫や鬼のみんなに乗り移り、その代わりにチカラを貸してくれたんだ。あれ以上の遅延は許されないことだぞ」

 

「そうだけどさ……戦力の低下が……」

 

「心配するなよ木曾、魂がくれた指揮官補正のチカラはちゃんと残ってる。だから低下といってもほんの少しだよ。それに、パワーダウンしたのは姫と鬼だけだ……もともと乗組員の魂と完全に一体化しているお前たち海軍勢は、相変わらず無敵さ。そうだろ?」

 

ディーネやトールを救ってくれた復活の力が使えなくなったのは正直、辛い。でも命ってのは本来、たったひとつなんだ。あるべき姿に戻っただけなんだ。

 

「フフ……そうだな。分かったよ、そんじゃこの話はもうおしまい! あのさ、リックルには魂ではなく怒りや憎しみが宿ってしまっていたんだったな?」

 

「そう。だから鬼グループは第一艦隊の艦娘に襲いかかったんだよ……海軍を内閣と同一視する魂の怒りや憎しみに呼応して。そしてそれを知ったから、ミルディは鬼との交戦を決意したのさ。姫グループには怒りも憎しみも宿っていなかったからね」

 

「ムチャで無謀な作戦……ううん、そんなのは作戦なんかじゃない。そんな酷いことが繰り返されていた」

 

「すべてじゃないが、敗戦が間近となった戦争末期には特に多かったからな。でもそんな命令でもな、みんな懸命に戦ったんだよ……大切な人のためにな。内閣への怒りは当然だぜ」

 

「リックルやミルディたちは元々、海軍に所属する船だったんだろう。破壊され沈没した船のカケラに魂が宿ったから、復活したんだと思う」

 

「え……海軍に所属? 提督ぅ、それならどうしてミルディたちには、私たちと違って船名がなかったんですか?」

 

「こなごなに破壊されたんだよ。それだけじゃない、船そのものに秘められていた、本来めざめるべき魂も……ね」

 

「そんな……」

 

目を伏せる古鷹。

 

「だからミルディやリックルたちは自分の船名を覚えていないんだろう……船体も心も微塵に砕かれたんだから。なにもかも失った船の残骸に、海をさまよっていた人々の魂が乗り移ったんだ……そしてバラバラになった残骸が魂の力で組み合わせられて、新しく誕生したのが……」

 

 

「深海棲艦なんだね」

 

 

「その通り……姫と鬼、だよ」

 

「待ってくれよ、リックルはどうなるんだ? アイツには魂が宿っていないんだろう」

 

「怒りと憎しみ。それらが魂と同じ役割を果たし、リックルを誕生させたんだろうね……復讐してくれ、我々の無念を晴らしてくれ……と。でも、復讐すべき戦時体制はとっくに消滅していた」

 

「だから、私たちを……」

 

「……………」

 

「それとね、海軍に所属する船と言ったけど、日本海軍とは限らないぞ。激戦で破壊されたのは日本の船だけじゃないんだから」

 

「? 提督、それって……」

 

「成る程な」

 

木曾はもう分かったみたいだな。

 

「ねぇ古鷹……ミルディやタルトの姿を見て、どう思う?」

 

「どう、って……。えっと、その」キョトン

 

「彫りが深くて、背も高くて……まるで海外の人々だよね」

 

「!」

 

「ほかのみんなも似ているだろう? 彼女たちは言わば、混血の艦隊なんだよ」

 

「複数の国の船から生まれた、まったく新しい船……なんだな」

 

「そうだ、あの戦いに参戦した船の国籍はひとつやふたつじゃないからな。付け加えると、軍艦という縛りもない。あの戦いにはたくさんの民間船も赴いたんだからね……戦闘用に改装されてから。船名の特定なんて永遠に不可能だな」

 

ミルディが国防省ファイルのなかで中間(ミッド)棲姫と呼ばれていたのはきっと、あの諸島海域のあたりで彼女の姿を当時の職員が確認したからなんだろう。もしかするとミルディはその頃、あちこちをさまよっていた途中だったのかな?

いずれにせよ、深海棲艦に呼び名を付けるとすればそれくらいの方法が限界だったんだ。本来の名前はもう誰にもわからない……。

 

「あ、あの……。衣笠のことなんですけど、彼女もけっこう彫りが深いと思いますっ。髪だって……。もしかして」

 

「彼女も混血じゃないかって? どうだろう……彼女の故郷は古鷹や木曾の長崎と同じく、異国情緒の名残ある神戸だ。影響をおよぼしたのは、むしろそっちの要素じゃないかなぁ」

 

同様に古鷹と木曾、ふたりにもどことなくそんな異国の雰囲気があると思う。エキゾチックなたたずまい、とでも言うべきかな。

 

「あ……そうなんですね」

 

「でも今の指摘は興味深いな。もしかすると誰かほかにも混血の艦娘が居るかも知れないね」ガタッ

 

「や、やっぱり……!」

 

「ま、これから分かるだろうさ。古鷹、オレたちはそろそろ行くよ。この子にはまだ他にも見回るトコがあるからな」カタッ

 

「うん! しっかり提督をお守りしてね。提督、私のアンケート、ちゃんと書いたから読んでくださいね!」ノシ

 

重巡のいちばん年上のお姉さん、古鷹。いつも快活なその声はこれからもずっと、鎮守府の艦娘と職員を励ましてくれるんだろう。

 

「ありがとう古鷹、勿論だよ」

 

そう、アンケート……艦娘がどんどん集合して大所帯になったから、この機会を利用して鎮守府に対する彼女たちみんなの要望や提案を、無記名アンケートの形式で書いてもらっていたんだ。書き終わったアンケート用紙を入れる箱は、雪風が管理していたな。

 

(雪風)

 

(お疲れ様です司令! ただいま稽古中です!)

 

(いま話しても大丈夫かな?)

 

(あ、大丈夫ですよ。いまは鈴谷が十人組手をしています)

 

(いま何人目?)

 

(七人目です……相手は比叡。さすが戦艦ですね、鈴谷を相手にまったく怯むことなく闘っています)

 

みんな、それぞれの場所でしっかり頑張っている……俺だって、負けていられない。

 

(二週間前に始めたアンケートの件だ。そろそろ全員分、集まったんじゃないかな?)

 

(あ……すみません! お手紙を読まれてから、お渡ししようと思って……今朝お渡しするべきでした。申し訳ありません、司令……)

 

シュンとした声。雪風はいつも一生懸命で、そして真面目だ。これまで何回、彼女に助けてもらったことだろう……本当に頼りになる大切な秘書艦だ。

 

(稽古の準備にそれだけ集中していたってことだよ。いまから木曾と一緒に敷地内を見回ってから、執務室に戻る。それまでに机の上に置いといてくれればいいからね)

 

(分かりました……司令)

 

(…俺は雪風の元気な声を聞くのが好きなんだ。だからさ、雪風。頼むよ)

 

(は……はい! 回収箱は司令がお戻りになられるまでに、必ずお届けします!)

 

うん、これでこそ雪風だ。

 

(ありがとう、よろしく頼むね)

 

(了解しました、司令!)

 

 

 

木曾と連れだって外に出て港へと続く遊歩道に差し掛かったとき、楽しそうに会話している時雨と海風に出会った。それからしばらく4人で談笑していたんだけど、やがて話題は第一艦隊と遭遇した日のことに移っていった。

 

「……ねぇ海風。あの時どうして、提督にキスしたんだい? 少しビックリしたよ」

 

時雨の声……静かで穏やかないつも通りの声、なんだけど……それだけではないような。

 

「それはね時雨姉さん、提督がなんだか元気なかったからなんですぅ。きっと船内でアイツらから何か言われたと思うの……ね、提督、そうですよね?」

 

第一室長と勝負していたあの時に、暁と響が口論したことを思い出す。ふたりは周囲の艦娘たちの冷ややかな敵意を前にしてすっかり平常心を奪われていた。辛い思いをさせてしまったな……。

 

「海風の言う通りだ。もっともっと経験を積まなくちゃダメだと思い知らされたよ……見ててくれ時雨、海風。俺は変わってみせるから」

 

「提督」スッ……

 

ふたりに言い終えるやいなや、時雨が一瞬で目の前に。素早い動きに揺れる美しい黒髪。そして

 

「ん……あふぅ………」クチュ

 

「わぁ……姉さんもやっぱり……提督のコト」///

 

「…………」ニヤリ

 

「んむふぅ………あむ…ぷはぁ」ペロ

 

甘美な感触。時雨って、どちらかというと大人しくて控え目な性格だと思ってたけど……。

 

「ボクはこれからこの艦隊で生きていく。海風ともども、よろしくお願いします。提督」ペコリ

 

実はとても芯が強いのかも。

 

「! わ、私も、えと……時雨姉さんともども、よろしくお願いしますぅ!」ペコリ

 

時雨を見て、あわてて同じようにお辞儀する海風。まるで町でたまに見かける、お姉ちゃんの後を必死に追いかけてる幼い妹みたいだ。

 

「こちらこそ。あらためてよろしくね、時雨、海風」

 

「はい。提督」ニッコリ

 

「はい!」ニコッ

 

 

 

時雨そして海風と別れてから、俺たちは港へと足を伸ばして水平線を横切る雄大な積乱雲や、大空に高々と舞う鳥たちの様子をのんびりと眺めて過ごした。夏の海ってのはどうしてこんなに魅力的なんだろう……そしてこの、潮風のにおい。海……おおきなおおきな、生命を育む、生み……海。

ここは戦争をする場所なんかじゃない……心の底から、そう思う。だが80年前、この国の政府は既に西洋の軍事技術と植民地政策にすっかり魅了されており、どこをどう曲解したのか諸外国を支配する権利と力が我々には備わっているんだという妄想に取り憑かれた。

 

そしてこの青い海は赤く染まり

 

青い空は白い閃光と黒い雲に覆われた

 

それは、力に目がくらんだ体制が迎えた辛苦(シンク)の結末だ。

 

ファンタジーの小説やゲームを紐解けば、支配欲に我を忘れ強大な権力を求めて禁忌に手を出した王や貴族、あるいは強大な魔力に魂を奪われ悪魔と取り引きした魔法使いたちの悲しき最期が、これでもかと描かれている。

あの戦時内閣は物語やゲームの悲劇的人物と同じ道を辿り、大災厄をもたらした。もう俺たちの大八島國に、あんな愚かな戦争なんて二度と要らない。

そのためにはファンタジーの中から多くのことを吸収していくことも、決してムダではない手段のひとつなんじゃないかと思う。

平和に賢明に生きる術を楽しく学ぶことができれば最高じゃないか。

 

 

 

パカッ……ガサガサ

 

ドサドサァッ!

 

「うっひゃあ……凄い量だな。あ……何枚か落ちたぞ。拾ってやるよ」orz

 

港でゆっくりしてから、あちこちの施設を巡り歩いた。工廠ではクラフィ職長と部下の妖精さんたちと楽しく過ごし、厨房では一気に増えた新しい家族のために奮闘するハヤたちをねぎらい、正門の詰所で目を光らせるギチと仲間たちに声を掛け、食堂ではゲンゴローさんコンビにアユムという組み合わせの面々が、熱く美味しい夕食で頬張っているところに同席した。アユムはふたりから色々と教わっているらしく、その横顔がなんだか以前よりも精悍に見えたのを頼もしく感じた。イダは洗濯場で、山のように積まれた柔道衣を鬼のような形相でかたづけていたが、俺たちに気が付くと一転して笑顔を向けてくれた。みんなとの時間をたっぷり満喫してから戻ってきた執務室で待っていたのは、雪風が届けてくれたアンケート回収箱。さてと、日もすっかり暮れたことだし今日の仕事もそろそろ終わりだな。すべて読むのは無理だから、何枚か読んで続きは明日にしよう。

 

「オレは扉の外で見張ってるよ。あいつらの気持ち、じっくりと読んでやってくれ」

 

「え? 何でだよ、ここに居ればいいじゃないか」

 

「ダメだぜ、昨晩は誰も来なかったんだろ……そろそろ響たちが今晩こそはとやって来る頃だ」

 

「木曾……」

 

「このアンケートはな、みんながお前に読んでもらうために書いたんだ。オレや響たちが執務室に入るのはルール違反だぜ……」

 

穏やかな雰囲気……でも同時に、有無を言わせぬ力強さも伝わってくる木曾の声だ。

 

「分かったよ木曾。初日から残業だがよろしく頼む」

 

「うん、任せといて」スッ…

 

離れぎわ、頬にキスしてくれた木曾が扉を開けて出ていく。ゆっくりと閉じられたのを見届けてから、椅子に腰掛けて机の上に広がる手紙の山を見渡すと……

 

「何だこりゃ……あ、もしかして響のヤツ」

 

二つ折り、三つ折り、あるいは折られていないままのアンケート用紙……当たり前だがすべて、記入が終わってからそのまま回収箱に入れられたものばかりだ……たったひとつ、小さくて可愛らしい熊の顔が所狭しとプリントされた便箋を除いて。

 

「……まったく。無記名アンケートだってのに、これじゃ手紙だろ」

 

思わず苦笑する。こんなことするのはひとりだけしか居ない。

 

ガサガサ……

 

 

親愛なる司令官へ

いつもありがとう。司令官へのようぼうなんてないよ。がんばる司令官にこれ以上なにかお願いしたら、きっとバチがあたる。でも、健康だけは気をつけて。

響より。愛をこめて。

 

 

ぐはああああああッ!?

響、お、おま……お前、いきなり何てこと書いてんだよおおお!?

いつものマイウェイ全開な内容だろうと予想してたから完全に不意打ちくらった! ヤバい! ウルッときそうだったぜ!?

今日こそは艦娘の黒子たる指揮官として仕事をクールに締めくくれそうだったのに!

……響の気持ち、確かに受け取ったよ……かなり驚いたけどな。常に冷静だけど本当は不死鳥の名の通り、とても気持ちの熱い響。できればこれからは、お手柔らかにな!

 

ガサガサ

 

正直なところ、困惑している。住み慣れた第一艦隊から離れてしまったのに、なぜか毎日が楽しくてしかたない。それはきっと、お姉さまがそばにいてくれるから。あなたを信じられるかもしれないと、そう思い始めている私です。

 

お姉さま……第一艦隊。比叡か……あのさ比叡、これ無記名アンケートなんだけどな……書きにくいことを書きやすくするための。でもありがとう比叡。その気持ち、とても嬉しいよ。

 

(金剛)

 

(提督!? どうしたの、何かありましたか?)

 

(今日は会えなかったからね、金剛の声が聞きたくなったんだ)

 

(まあ……嬉しいです! ワタシもいつか提督と、ゆっくりお話したいですね~)

 

(俺もだよ。最近、忙しいみたいだけど……疲れてない?)

 

(あ……ワタシは大丈夫です。でも羽黒が、ちょっと……)

 

(羽黒?)

 

(ほら……提督に初めて会ったあの日、羽黒が乱心して……)

 

ああ。仲間に向けて銃撃してしまったんだよな……幸い、ケガ人は居なかったらしいが。

 

(もしかして、孤立してるとか?)

 

(那智が庇っているから、表立った非難はありませんが……)

 

仲間思いの金剛のことだ、羽黒のことをずっと心配していたんだろうな。

 

(なんとかできないか検討してみる。色々と大変だろうけど気を強く持ってね、金剛)

 

(提督……ありがとう、ございます……)

 

(邪魔したね。おやすみ)

 

(グッナイト、提督!)

 

検討とは言っておいたけど実のところ、俺が選ぶ手段はただひとつだけだ。悪いな室長、あなたの艦隊規模は近日中にまた縮小することになる。

 

ガサガサ

 

うーちゃんだっぴょーん!

 

ガタンッ!

……椅子から転げ落ちそうになった。俺、たしかに無記名アンケートだってみんなの前で言ったよな……? だんだん不安になってきたぞ。

 

(………!?)

 

(ああゴメン、ちょっとね……。驚いたかい?)

 

左の胸ポケットにはいっている女神。彼女をビックリさせてしまったみたいだ。

 

(………、……)

 

(そうか。窮屈じゃないか? ポケットから出てもいいんだよ)

 

(………!? ………!)

 

(アンケートを見たらいけないからこのままでいいって? 分かったよ、それじゃ俺は、続きを読むからね)

 

うーちゃんだっぴょーん! ここは楽しい。まえの艦隊にはないなにかがある! なんだろう、ゆるい? なまぬるい? それは大切なことだから! これからよろしくね。うーちゃんより。

 

………一応、褒められているのか? まあ卯月が楽しんでいるのなら、それでいいか……よろしくな、卯月。

 

ガサガサ

 

この用紙に就いてなのですが。当世の西洋文化隆盛は重々承知しておりますが、横書きというこの形式には違和感を禁じ得ません。改善の実現を期待しております。

 

これは……うん、やっとアンケートらしくなってきたな! 横書きには違和感、か……そうだな、次は縦書きの用紙も準備しておこう。

 

ガサガサ

 

提督ちゃん、お疲れさま!

 

…………うん、お疲れさま。無記名アンケートなんだが……脱力するしかないよなぁ……もうね。

 

要望とか提案なんて、なにもありません。提督ちゃんは、提督ちゃんの信じるとおりのことをするべきです。

 

ミルディはどうやら響と考えが似ているようだな。

 

あ、いま思いつきました! わたしたちは儀式をしたけれど、戦闘能力はなんの問題もありません。でも、何人か、心細いとか寂しいとか、不安そうにしています。

 

……!

 

これはわたしのほうだけじゃなくて、リックルたちも同じ。だから、元気づけてあげて下さい。提督ちゃんにしか、できないことだから。スキンシップしてあげてね。わたしにも!

 

最後の部分はさておき、とても示唆に富んだ内容だったよ……ありがとうミルディ。そうだよな、ずっと一緒にいた存在を失ったんだ……不安に苛(サイナ)まれるのは当然だ。みんなの様子にはしっかり注意を払っていこう。強くて凛々しくて、そして本当はとても傷付きやすいミルディ。彼女にはいつも驚かせられたり助けてもらったりだったな……。

 

ガサガサ

 

提督、お疲れ様です! 要望とか提案ですか? そうですね、できればいつか鎮守府みんなで混浴の温泉に行ってみたいです! 第六艦隊に行ったときのこと、覚えていますか? みんな一緒で、楽しかったですよね。ギチ君は最近、チ級のひとりと仲良くしています。私は提督のことが好きです。でも、みんなで裸のお付き合いもいいかな、と思います。ここで働く男性に興味しんしんな艦娘、増えてますからね!

 

これは……。裸のお付き合い、か……そうだな、ギチは以前から艦娘のみんなが気になって仕方ない様子だったし。ギチの同僚や若手のみんなだって同じ気持ちだろう。これは重要な問題だぞ。

 

(天龍)

 

(ボウズ、頑張ってるみたいだな。だが健康には気を付けるんだぜ、お前の体はもうお前だけのものじゃないからな)

 

(気を付ける。みんなを心配させるようでは指揮官として失格だからな)

 

(それが分かっているならいい。どうした? 何かあったのか)

 

(相談したいことがある。艦娘と職員の交際……ハッキリ言うぞ、男女関係だ)

 

(……また頭の痛くなる話だな。だが、そうだな。いずれ何とかしなくちゃいけないとは思ってた)

 

(だろう? ウチの艦娘はもう五十人を軽く超過している。パートナー選びは重要な問題だ)

 

(お前が全員の想い人になる積りはないのか?)

 

…………………。

 

(まだ艦隊規模が小さかった頃には、そうなることを夢想したことも何回かあった。でも今はもう無理だよ)

 

(まったく、本当にウチはでっかくなったもんだよな。お前の尽力の賜物(タマモノ)だよ)

 

(違う。みんなのお陰だ。もちろん天龍だってな。いつもありがとう、天龍)

 

(言うようになったな……ボウズ。あんなにオレの後を必死で追いかけてたお前が)

 

あれ? いまの天龍の声……なんだか元気なかったな。

 

(天龍。どうかしたのかい?)

 

(!? な、なんでもない! すまんボウズ、この話はまたあしただ! 龍田が呼んでるからな!)

 

(え……龍田が?)

 

いきなりテンション高くなった天龍に、一瞬たじろいでしまった。

 

(じゃあな、おやすみ!)

 

(お…おやすみ)

 

……どうしたんだろう、あんな天龍は珍しいな。仕方ない……彼女の言う通り、続きはあしたにしよう。それじゃ次のアンケートは、どれにしようかな……。

 

コンコン

 

……っと。木曾だな。

 

「いいよ、木曾」

 

ガチャリ

 

「消灯だ。ほら」

 

執務室に入ってきた木曾が、まだ閉ざされていない扉の向こう側を五指で指し示す。廊下は真っ暗だ。

 

「もう二十一時か。すっかりアンケートに夢中だったよ」

 

「案の定、響たちが来たぜ。残念そうにしていたよ」ガチャ……カチッ

 

「明日はしっかり時間をとっておくさ。木曾、もうそろそろ風呂にはいって寝るとしよう」

 

(……………?)

 

(もちろん三人一緒に、だよ)

 

(……………)///

 

「うん……その前に……あのさ、その。本当に、お疲れ様。よく頑張ったな」

 

こちらをジッと見詰めながら言葉を紡いでいる木曾。その表情は穏やかで、見ていると心がなごんでくる。

 

「嬉しいな……ありがとう、木曾」

 

「先代からは何か、言ってきたか?」

 

先代……つまり俺の前任だった室長だ。雪風はおじ様と呼んでいる。

 

「まだ何も音沙汰なしだ。どうやらもっともっと結果を出せ、ということらしいな」

 

「そうか……お前がこんなに頑張ってるってのに!」

 

「いいさ、あの人にはあの人なりの考えがある。今の俺には、木曾のその言葉だけで充分だよ……ありがとう」

 

「そうか……うん、分かったよ。なぁ……この戦いって、いろんなことがあったよな」

 

「そうだね。木曾と雪風と一緒に第七へ忍び込んだのは、いま思い出してもワクワクする」

 

「アハッ……そうか」

 

「これからも頼りにしてるよ。木曾」

 

「お前を傷付けようとするヤツはオレが叩き潰してやる。深海棲鬼は怒りが原動力だったけど、オレは違うぜ……お前を守りたい。ただそれだけだよ」

 

木曾……。

 

「これは関西地方の昔話なんだけど……聞いてほしい」

 

「ん……いいよ、聞かせてくれ」

 

「山奥に住む鬼がとある村にやって来て悪さをして、村人から懲らしめられたんだ。鬼は指に棘(トゲ)を刺されてしまったんだけど、やがて村にある棘抜きの石……要するにマジックアイテムだね。その石の力で棘を抜いてもらってからは改心して、村人たちと仲良く暮らしたんだよ」

 

「へぇ……よくある鬼退治と違って、鬼もめでたしめでたし、なんだな」

 

「そう。素敵な話だと思わないか? この話さ、まるで悪さをした子どもを叱るくらいの感じで、鬼が描かれているんだよ……。鬼といっても、すべてが剛力無双で悪逆無道な妖怪ってワケじゃない」

 

「…………うん」

 

「ほんとうに残酷な鬼は退治しなくちゃだよ。でも、その鬼の正体も分からないのに、最初から残酷に違いないと決めつけるのは、絶対におかしいと思う」

 

「……………」

 

「この昔話の村人ってさ、とても寛容だろ? これはね……鬼に対する本当の接し方を教えてくれる昔話だと思うんだ」

 

「だから、オレにこの話を……?」

 

「ああ。リックルは過ちを犯した……俺もだ。でも彼女には棘を抜いてもらう機会が与えられ、彼女は今や俺たちの仲間だ。これってさ、素晴らしいことだと思う」

 

「そうだな……わかるよ」

 

「だから、木曾。お前のその強大な力を振るうときはね、どうか相手をしっかりと見てほしい。鬼そのものを斬るんじゃなくて、心の棘を抜いてやるだけで改心してくれる鬼は絶対に居る。斬るのは、怒りや憎しみだけでいい……それが本当の鬼斬りだ」

 

そうだよな、リックル?

 

「…悪かった、少し興奮していたみたいだな。ああ、約束するよ……オレの提督様。力に溺れたりはしないと約束する。相手をしっかり見ることも、な」

 

「それを聞いて安心した。それとね、さっき木曾が言ってくれた言葉、ほんとうに嬉しかった……ありがとう。さ、風呂にはいろうぜ」

 

「ああ!」ニッコリ

 

笑顔を浮かべながら、執務室の一角にある浴室へと向かう木曾。その後ろ姿を追う前に、まだカーテンを閉めていない窓の外を眺めてみると……闇夜に包まれている鎮守府の敷地内、局長とサチの姿を再び目の当たりにした森が生い茂る、100メートルにも満たない小さな山が、本当にかすかにだけど辛うじて見える。その頂上にあるえびす様のお社……ふたりが過ごしている場所は、やっぱりそこなんだろうか? なんとなく居心地が良さそうな感じがするし。姿は見えたけれども言葉はまだ交わしていない……すくなくとも、今のところは。いつかは感応を交わすことができたらいいな……。

ふたりが書いてくれた手紙を読んだのは昨晩のことだった。艦娘みんなが書いてくれたアンケートに触発されたのか、あのとき読んで印象に残っていた内容が、ふと心の中でふわりと浮き上がってくるのを感じた。

 

 

 

 

 

特務室長殿へ。

 

これまでの働きに、心からの賞賛と感謝をおくる。

 

我が使命とは何であろうか。

 

何故、我が身はこの数奇なる運命にここまで翻弄されねばならぬのか。

 

しかし、考えてみれば太古の昔より、この國にて生命を謳歌せし人々は、様々な運命に翻弄されてきたのではなかったか。

 

天より授かりし日々、ただ一心不乱に邁進すること。それが、幸福への道であるやも知れぬ。

 

まこと不可思議な縁により結ばれたる我々が会えるその日を、一日千秋の思いで待っている。

 

よく学びよく食べてよく眠り、いつまでも壮健であれ。

 

 

 

はじめて会うお兄ちゃんへ。

 

どんな人なのか、楽しみです。

 

兄さんもわたしも、会えるのを楽しみにしています。

 

日本は、海のくにです。

 

どうかわたしたちの海を、まもってください。

 

おふねのお姉ちゃんたちと、いつまでもなかよくしてください。

 

 

 

            ~完~



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