兎男 ~ バニーボーイの店 ~ (入峰 結羽)
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[小話]sideさしみ ~ 明日はある ~ 1

 

とてもとても、楽しい一日だった。

 

いつも通りの朝、いつも通りの店、いつも通りの裏の仕事。

任務を終えて店で着替えて、「また明日!」っていうときだった。

 

……隣を並んで歩いていたMACHiさんの首が音もなく宙を舞ったのは。

 

慌てて身構えようとしたけど、もう遅かった。

MACHiさんを挟んで奥を歩いていたハヤテをかろうじて視界の端に捉えたが、ハヤテも既に首から上がなかった。

首から噴き出す血液が現実味を帯びずに垂れ流されていくのを、傾き回りながら低くなっていく視点の中で見届けていた。

 

──不思議と、痛みはない。

 

(あぁ、これで、終わりなんだ…私たち…)

 

唐突な終わりの訪れを自然に受け入れてしまっていた。

何故だか、抵抗する気が起きなかった。

視界が少しずつ明るさを失っていく。

地面を舐めるような視点が徐々に徐々に暗くなっていく。

 

暗くなりきるその直前、目に入ったのは──血に濡れた刀を持った無骨な首のない男だった。

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────

 

 

「ッッ!!?!???!」

 

飛び跳ねるようにベッドから起き上がる。

思わず自分の首に指を沿わせて確認してしまった。

 

「……っ、まだ、付いてる」

 

斬り落とされた首、回る視界、血に沈む仲間、落ちた首を見下ろす影──。

思い出した途端、その現実味に耐えがたいほどの吐き気を催して洗面所へと走った。

 

「っ…!!ぁ…ぅ…ッ!!」

 

声にならない嗚咽が零れだす。

一瞬、一瞬だった。本当に瞬きする間もなく、刹那の速さを以て死は訪れた。

嘘のような一瞬で、きっと夢であるはずなのに…それは余りにも現実味を帯びてしまっていた。

まるで本当にあった出来事であることを証明するかのように、先ほど触れた首から強い痛みを感じた。

 

「──っ、ぁ、ふぅ……ヒドイ…夢…」

 

果たして本当に夢だったのか?と自問自答してしまうほど、私はそれを夢だと思い込めなかった。

明晰夢にしてもたちの悪い、タールのようにこびりつく不快感に顔を顰めつつ落ち着くために水を飲む。

 

夢見が悪いなんてそうそうある訳じゃないのに、どうして今日に限ってこんな悪夢を見てしまったんだろう。

別に、何か不安になるようなこともストレスに感じるようなこともなかったはずなのに。

 

「…まぁ、いっか」

 

能天気なのが私の取り柄だ。思い切り両頬を叩いて活を入れる。

 

「ッッッつぅぅぅ~……っ!!!」

 

……ちょっと強くし過ぎたかもしれない。

鏡を見て腫れてないことを確認して、ようやく落ち着いてきた。

随分と寝汗を掻いていたようで肌に張り付くパジャマが気持ち悪かった。

まぁ、あれだけの悪夢だったら仕方ないか、もしかするとかなり魘されていたのかもしれない。

 

気を取り直して時計を見ると、いつもなら出勤する時間より長針が5目盛りほど傾いていた。

 

「遅刻しちゃう!!?怒られる!!」

 

慌てて支度をして職場に向かうことにした。

 

 

 

空は秋晴れ、清々しい気分のまま店の扉を思い切り開けた。

 

「おっはよーございますっ!!」

 

「うるせぇぞ小娘」

 

余りの勢いに軋む店の扉の音をかき消すかのような大声で挨拶したのに、返ってきたのは不機嫌そうに顔を顰めた咥えタバコの男──店長、入峰──のこれまた不機嫌そうな低い声だった。

 

「お前遅刻ギリギリに来たと思ったら爆音で囀りやがって」

 

「挨拶は明るく元気に、ってママが言ってたので!」

 

「限度があるだろ、限度が。…まぁ、いい。さっさと着替えてこい。もう開店までそんなに時間ないぞ」

 

「えっ!?もうそんな時間なんですか!?さしみ着替えてきます!」

 

「まったく…騒がしいやつだ」

 

厄介払いだと言わんばかりに片手を振る入峰の横を通り過ぎて店の裏の更衣室に走った。

店の奥側、スタッフオンリーの掛札がかかった扉の奥の女性用更衣室、その扉を勢いよく叩きつけるように開け放つ。

 

「おっはよー!!!!!MACHiさ~ん!!!!」

 

「……さしみさん、また遅刻ギリギリなの?早くしないと遅れちゃうよ。…おはよ」

 

その先にいたのは既に着替え終わって表に出ようとしていた同僚にしてチームメイトのMACHiさんだった。

呆れたようにはにかみながら、静かに話しかけてくるMACHiさんの声に癒される。

 

あぁ、やっぱり夢だった──良かった。

 

「さしみもすぐ着替えていくからMACHiさん先に行ってて良いですよ!」

 

「元気ねぇ…うん、先に行ってるね」

 

扉を開けて出ていくMACHiさんの背中を見送る。

──不意に首元に視線が行ってしまった私は悪くないと思う。

 

夢だとわかっていても正直、実感が持てていなかった。

それほどにあの夢は現実味を帯びていて、思い出して少しだけ眉間に皺が寄ってしまう。

 

「小皺になっちゃうよ~…まっ、さしみまだ20代だし、大丈夫でしょ!」

 

独り言を言えるぐらいには余裕取り戻せてきたな~なんてぼやきながら手慣れた手つきでバニー衣装へと着替えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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