鬼滅の刃 蝶と日と (毛利カトリーヌ)
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残酷

時は大正。大日本帝国は日露戦争に勝利し、帝国主義の国際情勢の中どうにか安全保障を確立しつつあった。


そんな中、一人の少年が雪深い山中を歩いていた。瀕死状態の少女を背負って。


――禰豆子だけまだ体に温もりがある。医者に診せれば助かるかもしれない……。なんでこんなことになったんだ。熊か? 冬眠できなかった熊が出たのか?

 

少年――竈門炭治郎は家族に起きた突然の悲劇に混乱していた。炭売りとして暮らし、いつものように炭売りに出て帰ってきたら一家が全員、惨殺されていたのだ。そんな中、妹――禰豆子だけは脈があることがわかり、町の病院に連れて行こうとしていた。

 

しかし、息が苦しい。凍てついた空気で肺が痛い。前に進め、もっと速く足を動かせ! 極寒の中、炭治郎は己を必死に鼓舞して足を動かす。禰豆子だけは絶対に死なせない。お兄ちゃんが助けてやるからな……

 

決意を新たにした時だった。

 

「グオオオオオオ!」

 

背後で呻き声がしたと同時に炭治郎は衝撃を受け、足を滑らせてしまった。

 

しまった……

 

炭治郎は禰豆子と折り重なるように崖から転がり落ちた。幸いなことに積雪がちょうど枕となり、致命傷は負わなかったものの、身体中に衝撃が走る。

 

しかし炭治郎は己の痛みなど忘れて妹の安否を確かめる。ちょうどその時だった。

 

「グオオオオオオ!」

 

なんと、禰豆子は炭治郎に覆い被さり、目を大きく見開いて威嚇するように吠えていたのだ。

 

鬼だ――。

 

炭治郎は咄嗟に思い出した。ここまで帰ってくる時、最近、人喰い鬼が現れている、という噂を耳にしたのだ。禰豆子が人喰い鬼? いや、違う。禰豆子は生まれた時から人間だ。だけど匂いがいつもの禰豆子ではなくなっている――。

 

炭治郎は優れた嗅覚を駆使しながら素早く状況を分析し、熊などの襲撃に備えて携えていた斧を禰豆子の口に押し付けた。

 

「禰豆子、頑張れ! 堪えろ、頑張ってくれ! 鬼になんかなるな!」

 

禰豆子は人喰い鬼ではないし、なるような人ではない。炭治郎は確信していた。口の周りに血はついていないし、弟の六太を庇うようにして倒れていた。人喰い鬼にならぬよう、必死に抗っていると信じている。

 

しかし、斧で押される力はどんどん強くなっていく。凄い力だ。押し返せない。

 

「禰豆子! 頑張ってくれ!」

 

炭治郎は必死に訴えた。禰豆子の力は僅かながら弱まり、その大きな目からはボロボロと涙が溢れ出る。炭治郎の確信通り、彼女も葛藤しているのが伝わってきた。

 

二人が揉み合っている背後で、蝶がひらひらと舞ったかと思うと……

 

「あらあら、どうしたのかしら?」

 

ふんわりとした女性の声がした。とても優しい香りがする。禰豆子以外の家族を殺された悲しみさえも軽く癒してくれそうな――

 

炭治郎は声の主を確かめる前に禰豆子は口に咥えていた斧を捨て、素早く振り返り、警戒するように吠える。

 

「グオオオオオオ!」

 

「あらあら」

 

女性は一切、動じることなく微笑んでいる。二つの蝶飾りで留められた、長くてサラサラとした黒髪に端正な顔立ち。やや下がった眉が優しさを醸し出している。蝶のような模様の羽織を身に纏い、刀を提げている。

 

刀を目にした炭治郎は妹を殺されるかもしれないと直感し、必死に訴える。

 

「あの、この子は禰豆子といいまして、俺の妹なんです。絶対に人を殺したりしませんので、殺さないでやってください!」

 

「あら~。禰豆子ちゃんというのね。私は胡蝶カナエといいます。決して怪しい者ではないわよ~。私、あなたたちを助けに来たの。それともそんなに私、怖いかしら?」

 

「……」

 

カナエのフワフワとした声に炭治郎は思わず拍子抜けした。禰豆子の表情もすっかり緩んでいる。このお姉さんの温かな匂いは禰豆子にも伝わったようだ。

 

「ここだと寒いから、あなたの家に戻りましょう。どこにあるのかしら?」

 

そう言ってカナエは炭治郎たちを手招きするが、炭治郎は本来の目的を思い出す。

 

「しかし、禰豆子を病院に連れて行かなければ…!」

 

「それは大丈夫よ。」

 

カナエはそう言ったが、慎重に言葉を選ぶように続ける。

 

「今から伝えること、正直あなたにとって辛いかもしれない。受け入れられるかしら?」

 

「はい、勿論です!」

 

炭治郎は覚悟していた。禰豆子の状況がどんなに辛いものであっても受け入れ、命を助けられるよう、全力を尽くす。

 

「あなたの御家族は鬼に襲われてしまったの。ただ、禰豆子さんだけは命は助かったけど、傷口に鬼の血を浴びて鬼になってしまったの。鬼になった場合、人間と違って身体の再生能力は高いから、禰豆子さんの傷ももう少しすれば治るけど……。」

 

そう言った後、カナエは謝る。

 

「間に合わなくて本当にごめんなさい。あと少し、早ければ家族を救えたかもしれないのに」

 

「いや。こっちこそ禰豆子を鎮めてくれてありがとうございます!」

 

「突然のことで整理がつかないかもしれないけど、御家族の遺体を埋めた後、私の家に来ない?禰豆子さんと一緒に。」

 

「いえいえ、そこまでしてもらって悪いですよ!」

 

「もう、遠慮しないの。これくらいさせてちょうだい。部屋は余っているし、禰豆子さんを人間に戻せる方法を探っていきたいわ」

 

「本当ですか? 禰豆子を人間に戻せるのですか?」

 

禰豆子を人間に戻せる方法と聞いて、炭治郎の目に輝きが戻った。

 

「可能性はあるわ。私、鬼と仲良くするのが夢で、これまでたくさんの鬼に話しかけてきたけど、初めて応じてくれそうなのですもの~。」

 

そういえば禰豆子はというと、鎮まった後は何と眠りについている。

 

「鬼と仲良くですか?」

 

炭治郎は驚いて聞き返す。

 

「ええ。私は鬼殺隊といって、鬼を殺す仕事をしているから、本当はそんなこと思ってはいけないのだろうけどね。」

 

「いえ、そんなことないですよ!」

 

炭治郎はカナエの気持ちに共感できる気がした。多くの鬼はきっと禰豆子と同じく、好き好んで鬼になったわけではないのだから。

 

「話を戻すけど、禰豆子ちゃんを元に戻すためだと思って、私についてきてちょうだい?」

 

「はい!」

 

禰豆子の鬼化を治せる希望があるなら、と炭治郎はカナエの提案に乗ることにした。

 

「よしじゃあ、決まりね!ところであなたの名前は何というのかしら?」

 

「竈門炭治郎です!」

 

「炭治郎君ね!それにしても、辛かったでしょう。私も両親を鬼に殺されたからわかるわ。だから思いっきり泣いていいわよ」

 

温かい笑みを浮かべて言うカナエに、炭治郎の緊張の糸は完全に切れた。大粒の涙がボロボロと零れ落ち、降り積もる雪の中に吸い込まれていく。

 

炭治郎は思いっきり、嗚咽を上げた。家族たち一人ひとりの笑顔が走馬灯のように蘇り、いなくなってしまったという現実を改めて突き付けられる。

 

「うんうん。辛かったわね~。でもこれからは私があなたたちを守る。」

 

カナエはそう言ってそばで寝ている禰豆子共々二人を抱き寄せてくれた。彼女の温かい手、匂いに炭治郎は心から安心して思い切り泣き、カナエは優しくその背中をさすり、慰めるのだった。

 

炭治郎はようやく泣き止み、ある決意をした。

 

「鬼殺隊って誰でもなれるのですか?」

 

「どうしたの?突然」

 

「俺、鬼殺隊に入って俺たちのように鬼に家族の幸せを奪われるような悲しみを減らしたいんです!そして、俺の家族を奪った鬼に刃を振るい、必ず敵を取ります!」




※ということで二次創作ですので、もし万が一、著作権などの面で差し支えることがあれば感想欄などにご連絡いただけますと幸いです。直ちに対応させていただきます。
ただ自分は一鬼滅ファンとして同作品の益々の人気を願っており、だからこそ「IF物」を書かせて頂いているのであって、他意はございません。


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胡蝶カナエ

家族を惨殺された炭治郎は鬼殺隊に入る決心をするが……


炭治郎の言葉を聞いた胡蝶カナエは一瞬、驚くもすぐに冷静になり諭す。

 

「鬼殺隊は決して甘いものではないのよ。家族を殺されて無念なのは痛いほどわかる。ただ、鬼殺隊は明日の命の保障はない。それに禰豆子ちゃんだって鬼にされているし、私だって禰豆子ちゃんなら有り得ないと信じているけど、もし万が一禰豆子ちゃんが人間を食べたらどうするつもり?」

 

「……」

 

「食べてしまった場合、禰豆子ちゃんは即座に殺し、あなたは切腹しなければならない。そこまでの覚悟はあるかしら? 私は炭治郎君に命を粗末にして欲しくないし、御家族の分まであなたには幸せになって欲しい。」

 

「いや、禰豆子は絶対に人間を傷付けさせませんし、もし傷付けてしまった時は責任を取る覚悟はできております! だからどうか、鬼を殺す方法を教えてください!俺、このままで普通に暮らすなんて到底できません!」

 

炭治郎は眦を決して言った。すると、カナエは溜息をついた。

 

「わかったわ。御家族の遺体を埋めた後早速、あなたの鬼殺隊としての適性を試しましょう。」

 

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

その後、炭治郎はカナエを自分が住んでいた家まで案内し、遺体を埋めるのを手伝ってくれた。そして鬼は日光を浴びると溶けて死んでしまう、ということで竹を使って禰豆子を背負う箱を一緒に作ってくれた。そして禰豆子の口には竹の口枷が嵌められた。禰豆子は遺体を埋めている時に目を覚まし、大人しくしていた。

 

「禰豆子、この籠に入れるか?」

 

禰豆子はゆっくりと籠に向かい、頭から入る。禰豆子の身長ではこの籠には収まりそうにない。

 

「禰豆子、小さくなれ小さく!」

 

炭治郎はおまじないをかけるように言う。さっき襲われそうになった時、身体がひとりでに大きくなったような気がした。だからもしかして、縮ませる力があるかもしれないと思った。

 

炭治郎が念じた通り、禰豆子は最終的に籠に収まった。脚を折り曲げて見事に収まっている。

 

「あらあら~いい子ね!禰豆子ちゃん」

 

カナエが満面の笑みを浮かべて禰豆子の頭を撫でる。炭治郎も続けて「偉いぞ!」と言いながら頭を撫でる。

 

二人に頭を撫でられ、禰豆子はニコニコと笑みを浮かべる。鬼になってもやはり、人間の頃の気持ちは忘れていなかったみたいだった。禰豆子は絶対に人喰いなんてしないし、させない!炭治郎は改めて決意するのだった。

 

 

「よし、これで大丈夫でしょう!」

 

「すみません。何から何までありがとうございます。」

 

「お安い御用よ。」

 

ニコニコしながらそう言ったカナエの顔は急に真剣なものになる。

 

「炭治郎君。確認だけど、鬼殺隊に入るという覚悟、本物よね?」

 

「ええ! 勿論です!」

 

炭治郎は力強く答える。どんな茨の道も全速力で駆け抜けてやる!

 

「わかりました。私がこれから責任を持ってあなたを鍛えるので、必ずついて来ること。ついて来れなければ鬼殺隊に入るのは諦めなさい。」

 

「はい!必ずついていきます!」

 

「では、今から私の家まで走ります。炭治郎君、禰豆子ちゃんを背負った状態でついてきて!」

 

そう言うや否や、カナエは走って行ってしまった。

 

「待ってください! カナエさん!」

 

炭治郎は慌てて追い掛ける。

 

――速い!こういっては失礼だが、とても乙女とは思えない速さだ!それにカナエさん、全然息を乱していない……

 

カナエは汗ひとつかかずに涼しげに走っている。

 

「今日は夜まで走り通すからね。街に出たら宿に宿泊して、明日もひたすら走って私の家に向かうわよ~。明日早朝に出て走ればそうね、早ければ夕方くらいに着くかしらね~」

 

カナエは振り返ってさらりと言ってのけた。

 

――うわ……。気が遠くなりそうだ。。しかし、禰豆子のためだ!ただ心配なのは、走り続けることで籠が激しく揺れてしまうことだった。

 

――禰豆子には小さい時から我慢ばかりさせて来たな……。

 

炭治郎は兄弟が多く、自分が一番上で禰豆子が二番目だったため、禰豆子は何かと我慢することが多かった。今もこうして我慢させてしまい、本当に申し訳ない! だからせめて人間に戻す手掛かりを掴むべく、歯を食いしばってカナエさんについていかねば!

 

「わかりました!」

 

炭治郎が息を切らして宿に着いたのは深夜頃、周りがすっかりと寝静まって人通りもまばらになった時だった。

 

宿の前には藤の花の紋があり、鬼殺隊専用の宿であり、各地にあるようだった。応対に出たのは年老いた女性であり、早速、和室に通してくれた。そこには既に布団が何と、禰豆子の分まで3つ敷かれている。

 

「ここの宿の人は鬼殺隊に救われた、という人たちで、私たち鬼殺隊を無償で泊めてくれる宿なのよ!」

 

カナエは早速、布団に仰向けになって言った。

 

「そうなんですね! ここのおばあさん達からも何か、カナエさんのような温かい匂いがしました!」

 

「もう!炭治郎君ったら! たらしなのね!」

 

カナエは頬を赤らめて笑ってみせる。

 

「しかし炭治郎君、よく私について来れたわね。何かやっていたのかしら?」

 

「俺の家は炭売りでしたから、炭を籠いっぱいに背負って街に運んだりしていたのと、あとはヒノカミ神楽という舞を舞っていたくらいです!」

 

「ヒノカミ神楽?」

 

カナエは驚いて聞き返す。

 

「竈門家に代々、伝わる舞です。全部で12あるんですけど、全てを舞おうとすると、息が続かなくて」

 

「そうなのね!じゃあ、私の家に着いたら見せてよ?」

 

「わかりました! ちゃんと舞えるかわかりませんが」

 

そう言って、炭治郎も布団を被って横になる。禰豆子もすっかり籠から出て布団に横になり、スヤスヤと寝ている。そんな禰豆子を挟んで炭治郎とカナエは話し続ける。

 

「それにしてもカナエさん、ここまで走ってきて息を全く乱していませんでしたね!」

 

「まあ、鬼殺隊員で鍛えているからね。あなたも鍛練すれば息を乱さずに走れるようになるわよ」

 

そう言って、炭治郎に顔を向けてこう続ける。

 

「さっきも少し話したかもしれないけど私、鬼と仲良くしたいと話したじゃない、炭治郎君とならこの目標を共有できるんじゃないかと思っていて、凄く嬉しいわ。この禰豆子ちゃんこそが鬼と仲良くできる象徴となる気がするの。ただ鬼殺隊には禰豆子ちゃんを鬼だからということで、どうしても受け入れられない、という人が多いかもしれない。鬼殺隊に入る人はみんな炭治郎君や私のように家族を鬼に惨殺されて……、という人ばかりだから。しかし安心して。私がその都度説得するし、炭治郎君とともに禰豆子ちゃんを守るわ!」

 

カナエの力強い言葉に、炭治郎の胸が熱くなる。

 

「ありがとうございます! 俺、家族を失いましたが、あなたが助けに来てくれたのが本当に救いでした。感謝してもしきれません! カナエさんに必死についていき、いつかカナエさんをも守れるような立派な鬼殺隊士になってみせます!」

 

「またまた~、嬉しいこと言ってくれるじゃないの~!禰豆子ちゃんを守るという使命、私にも背負わせてね? 炭治郎君はこれまで十分、家族のために頑張ってきたと思うの。これからは私も肩代わりさせてもらうし、炭治郎君一人に抱え込ませないから」

 

「ありがとうございます!」

 

炭治郎は再び礼を言い、ふと疑問に思ったことを口にする。

 

「ところで俺たちを一緒に住まわせてくれると言ってましたが、今カナエさん以外に誰か住んでいるのですか?」

 

「そういえば私の家について話してなかったわね!うん、今から話すわ。私は蝶屋敷という所に住んでいて、しのぶという妹や、それ以外にも鬼に殺されて孤児になった女の子たちを家族として迎え入れているの」

 

「えぇ~! そうなのですか?」

 

炭治郎は驚きの声を上げる。

 

「そうよ! 両親を鬼によって殺されたから、私のような目に遭った人たちの少しでも救いになれば、と思って」

 

「そこまでするって凄くないですか?」

 

「そうかしら? 炭治郎君も覚えておいて欲しいんだけど、人のためにすることは結局、巡り巡って自分に返ってくるのよ」

 

「そうですね。俺は長男でしたから今までずっとその心掛けで生きてきましたが、これからも忘れません!」

 

「ふふっ。私たち、気が合いそうね」

 

カナエは一瞬、笑みを浮かべた後、話を戻す。

 

「私と住んでいる家族、詳しくは屋敷に着いてから紹介するけど、しのぶは正直、怒りんぼな所があって私と違って鬼に対しての憎悪も凄いから禰豆子ちゃんに対しても最初は敵意を剝き出しにするかも知れない。しかし私が説得するし、根は世話好きでいい子だから必ず禰豆子ちゃんも含めて受け入れてくれるはずよ。」

 

「鬼殺隊に入ろうとしながら鬼を連れて来るんですから、普通は受け入れられないですよね。大丈夫ですよ、カナエさん。俺も禰豆子についてちゃんと他の鬼殺隊員を説得する覚悟はできておりますから。ところでしのぶさんも鬼殺隊員なのですか?」

 

「そうよ。私たち、家族を殺されたから、私たちで鬼を狩って少しでも私たちのような悲劇を減らすことを約束したのよ。その思いで頑張り、私、これでも柱という鬼殺隊員の最高位に就いてま~す。」

 

「柱、ですか?」

 

「そうよ。鬼殺隊には流派があって、岩、風、雷、水、炎の五つが基本の流派で、その五つから派生している流派もあり、それぞれの流派の最上が柱になるのよ。例えば岩の最上なら岩柱になる。ただしどんなに多くても9人までしかなれない。私は花柱よ。水から派生している花という流派よ。しのぶも最近、柱になって、花から更に派生した蟲柱になったわ!」

 

「えっ、それってつまり姉妹で柱、ということですか?」

 

炭治郎はヤバいくらい偉い人に会ってしまったかもしれない、と改めて恐縮する。繰り返し失礼になるが、このような乙女に見えて、鬼殺隊の最高幹部の一人なのだ。しかも妹も。

 

「うん! 柱は継子といって弟子を取ることが認められているから、もし炭治郎が私についてきてくれるならビシビシ鍛えるから、覚悟しておいてね?」

 

「はい!」

 

「鬼殺隊に入れば正直、常に死と隣り合わせになるわ。茨の道よ。しかしそんな中でも私は炭治郎君には生きて帰って欲しいの。私もこれまで継子を取ったけど、鬼との戦いに敗れて亡くなってしまった人もいる。だから炭治郎君にどんな強い鬼と遭遇しても必ず生きて帰って来れるよう私、心を鬼にして指導するから、絶対についてきてちょうだいね?」

 

「わかりました! お願いします!」

 

炭治郎は改めて身が引き締まる思いがした。

 

「ただこれだけは忘れないで。私は常に炭治郎君と禰豆子ちゃんの味方だから。何かあったらいつでも私に相談して。何でも受け止めてあげるから。」

 

「ありがとうございます!」

 

ああ、この方はどこまで慈悲深いのだろう……。これまでも鬼によって家族を奪われた人たちを家族として迎え入れて……。

 

「あと、今、しのぶの継子でカナヲという女の子がいるんだけど、彼女は身売りに出されていた所を私が救って家族として受け入れたの。なかなか自分の思いを伝えるのが苦手な所もあるけど、炭治郎君と同じくらいの歳だから、仲良くしてあげてね」

 

つまりカナエさんの下で修業することになったら、同僚ということになるのか。

 

「わかりました!俺、どんな相手でも心を開かせるのは得意ですから、任せてください!」

 

「ええ、頼むわ!」

 

カナエは笑顔で頷いた。

 

それから間もなく二人は眠りに就いたのだった。




次回は蝶屋敷編です。果たして禰豆子も含めて無事、蝶屋敷から家族として認めてもらえるのか? そして炭治郎の地獄の修行が始まります。お楽しみに。


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蝶屋敷

翌朝、炭治郎は朝日が昇っている最中に起こされた。

 

「うーん……」

 

「炭治郎君、おはよう。今日は朝日が綺麗ね」

 

昨日、走らされた疲れは全然取れておらず、到底寝足りない。それでも寝ぼけ眼を精一杯、凝らすとカナエは眠そうな顔1つ見せず、太陽のような笑顔を浮かべている。既に身なりを整え、いつでも出られる態勢だ。

 

「おはようございます。」

 

「今日も屋敷まで走り通すわよ~。早く身支度してね。」

 

「はい!」

 

炭治郎はノロノロと起き上がり、洗面所で顔を洗ったり歯を磨いたり、着替えたりなどの身支度をする。

 

 

身支度を終えると、禰豆子もカナエから起こされたのか、起きていた。

炭治郎はカナエからおにぎりを1つ分けられた。

 

「あなたもこれから私の弟子となることだし、これからは炭治郎と呼ばせてもらうわね?」

 

カナエはおにぎりを頬張りながら言った。炭治郎も一口、かぶりつく。なかなか旨かった。

 

「わかりました!」

 

これで継子として認められたも同然だ。気分が高揚する。このまま何としても胡蝶家の許での修行を認めさせ、禰豆子を何としても人間に戻し、家族の敵も取ってやる!

 

「ふふっ。素直でよろしい! お姉さん、素直な男の子好きだぞ~、炭治郎」

 

カナエはニコニコして言った。

 

「ありがとうございます! 精一杯、修行に励みますので、ご指導お願いします!」

 

「はい! 頼まれました~!」

 

朝から炭治郎は、カナエのペースに引き込まれっぱなしだった。

 

2人が朝食を食べ終えると、カナエは烏のような鳥を手に留まらせ、手紙を括り付けて飛ばした。

 

「手紙を送ったのですか?」

 

「ええ。今飛ばしたのは、鎹烏といって、手紙を送ってくれたり、任務といって鬼を退治しに行く時には情報を貰って来てくれたり、他の隊員と連携するのに情報をやり取りしてくれたりするのよ。鎹烏、話せるからね~。炭治郎も鬼殺隊に入れば貰えるわよ! で今、送った手紙は蝶屋敷宛で、妹のしのぶたちに炭治郎と禰豆子ちゃんを預かるという内容を送ったわ。」

 

「そうですか! ありがとうございます!」

 

「いえいえ~。では今から出発するわよ!禰豆子ちゃん、籠に入れられるかしら?」

 

「はい!」

 

炭治郎は籠に手招きすると、禰豆子は素直に籠に入り、ぴったりと収まった。

 

「ふふふっ。今日もカワイイわね〜」

 

カナエが禰豆子を撫でると、禰豆子も嬉しそうに微笑む。

 

「じゃあ、ついてきて」

 

そう言うや否やカナエはスッと前を向いて走り去って行き、炭治郎も遅れじと追い掛けていった。

 

今日も禰豆子のためだと歯を食いしばって何とか走り抜き、蝶屋敷に着いた時にはちょうど、太陽が沈んでいる最中だった。

 

「カナエさん、ハァー、ハァー、凄い、ハァー、ハァー、、ですね」

 

炭治郎は手で膝を押さえ、息も途切れ途切れになりながら言った。彼女は昨日からの強行軍を妖艶な顔のままこなしてしまうのだから。今も息ひとつ乱していない。

 

蝶屋敷はどこまでも続く大きな塀で囲まれており、まるで城のようだった。門を入ると立派な石が散りばめられた広大な庭があり、真ん中には池がある。極めつけは、おびただしい数の艶やかな蝶が飛び回っている。

 

カナエが玄関の鍵を開けて入り声を掛けると、すぐさま小柄な女子がきびきびとやって来た。髪の毛を青色の蝶飾りで二つに結っている。

 

「おかえりなさい、カナエ様。そちらはどなたですか?」

 

うわっ、カナエさんと違ってなかなか気の強い匂いがする……。

 

「突然、すみません。俺は竈門炭治郎です! 家族を鬼に襲われて俺だけ難を逃れていた所をカナエさんに助けていただいたんです。よろしくお願いします。」

 

「私、彼を継子にするかどうか試すことにしたから、宜しくね~!」

 

ニコニコしながら言うカナエを尻目に、青の髪飾りの彼女はその真っ青で大きな目をスッと細める。

 

「私は神崎アオイです。ところで炭治郎さん、背中に背負っているものは何ですか? 鬼の気配がしますが」

 

冷たい声だ。カナエも蝶羽織の下に詰襟の隊服のようなものを着ているが、アオイも同じようなものを着ているので、鬼殺隊の関係者だろう。であれば、最初はこのような反応するのも仕方ない。

炭治郎は臍下丹田に力を込めて口を開く。

 

「これは、俺の妹なんです。家族で唯一、生き残ったのですが鬼にされてしまいまして、俺は妹を何とか人間に戻すために鬼殺隊入りを志願しました! 俺、炭売りの家生まれなのでご飯を炊くのも得意ですし、どんなことでもやりますのでどうか宜しくお願い致します!」

 

「……」

 

呆然とするアオイを尻目に、後ろでカナエがふふふっと笑う。

 

「炭治郎はもう、真面目なんだから~。この家の主である私が許可しているんだから、そんな堅苦しい挨拶はいいのよ~。アオイも別にいいわよね? それに炭治郎君の妹、禰豆子ちゃんって言うんだけど、とてもかわいいのよ~。ほら、禰豆子ちゃん、出てきていいわよ~。」

 

カナエは炭治郎の背中の籠を覆っていた布を外した。炭治郎もそれに合わせて籠を下ろす。そして、禰豆子が籠からゆっくりと出てこようとした所、紫の蝶が舞い……

 

カキーン!

 

カナエが咄嗟に籠の前に出て刀で弾いた。相手はカナエとよく似た顔で、髪の後ろに紫の蝶飾りを付けている華奢な女子だった。

全く見えなかった。カナエが守ってくれなければ籠ごと禰豆子は串刺しに遭っていた所だった。

 

「あれ? 姉さん。どうして邪魔するのかしら?」

 

笑みを浮かべながらも、額に青筋を立てている。これには最初に気が強いと思ったアオイも呆然とするばかりだった。もしかして、この人がカナエさんの怒りんぼな妹か。

 

「あらあら、しのぶ。どうして殺そうとするのかしら~。この子とてもかわいくて今、アオイに見せようとしていたところなのよ。ねえ、アオイ?」

 

「しのぶ様も心配していましたがカナエ様は人が良すぎるんです! 鬼によってどれだけの幸せが奪われたか、カナエ様も御存知でしょう!」

 

一瞬、呆然としていたアオイはしのぶの肩を持つ。

 

「そうよ! 姉さん。あなたはこの男に騙されているのよ!」

 

そう言ってしのぶは、青筋を立てて凍りつくような笑みを浮かべた顔を炭治郎に向け、刃も向ける。

 

「坊や、姉さんをどうやって言いくるめたのですか? 姉さんがお人好しだからといって口説き、鬼を手引きして私たちの幸せを壊そうとしているのですか?」

 

俺が人の家の幸せを壊す? 

 

急に悪者にされた炭治郎は戸惑う。しのぶの口撃は容赦なく続く。

 

「私は怒っているのではないですよ~、確認しているだけ。お前のやましい意図を暴き出し、今すぐここから出て行ってもらいます。さあ、簡潔に話して下さい。私たちも忙しいので。」

 

竈門炭治郎と禰豆子兄弟は一転してピンチに追い込まれた。



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蝶屋敷(2)

炭治郎と禰豆子はカナエの招きで蝶屋敷に入ったが……


突然、しのぶに悪者扱いされた炭治郎は弁明しようと口を開きかけたが、カナエは「私に任せて」といって代わりに答える。

 

「ちょっとしのぶ。何を物騒なことをしているのかしら? 初対面の相手に刃を向けるなど、無礼にも程があるわよ」

そう諭すカナエは、笑ってはいるもののゾッとするような匂いがする。やはり鬼殺隊トップの一人なだけあって、ただの心優しい乙女ではない。

 

対するしのぶも負けじと姉に向かって抗議の眼差しを向ける。

「私は鬼が居て、それを唆す奴が居たから対処しようとしただけで正当そのものよ。しかし、姉さんのこの行為は隊律違反なのでは? だって鬼殺の妨害よ?」

 

「勿論、そう言われるのはわかっている。しかし、一瞬だけ冷静になって禰豆子ちゃんの姿を確かめて欲しいの。この鬼からは殺意を一切感じないわ。あなたたちも鬼殺隊なら感じるはずでしょ? もしいつもの人を喰らう鬼なら私たちはとっくに襲われているわよ! アオイもお願い、花柱・胡蝶カナエに免じてわかってくれないかしら?」

 

カナエから最後に突然、水を向けられたアオイは溜息をつく。鬼殺隊になれたは良かったものの、鬼への恐怖から鬼を殺す任務には一切就けなくなった過去があるので、しっかりと任務をこなしている鬼殺隊、特に柱に対しては負い目があった。しかもカナエには自分を拾ってもらった恩義がある。

 

「しのぶ様。鬼は籠に入ったまま襲ってくる気配もないですし、処分するのは鬼の姿を見てからでも遅くないのではないですか?」

 

「……」

 

しのぶは言葉を詰まらせる。怒りは続いているものの、どうやり返せばいいか迷っている様子だった。

 

「アオイさん、ありがとうございます! 妹は皆さんを襲ったりは決してしません!」

 

カナエに制されて成り行きをハラハラと見守っていた炭治郎はここがチャンスとばかりに口を挟むと、アオイは仏頂面のまま釘を刺す。

 

「勘違いしないで下さい。別にあなたのために言ったのではありません! 怪しい動きを見せたらしのぶ様が即、毒殺しますから!」

 

うわっ、しのぶさん、毒を使いこなせるのかと驚く間もなくしのぶが口を続ける。

 

「その通りですよ、坊や。あなたがやろうとしているのは鬼を庇うことであり、言語道断ですからね。しかし、アオイの言う通り、見てみるだけ見てみましょう。私も少し感情的になりすぎました。それに坊やが嘘を言っているようにも感じなかったので」

 

しのぶの青筋は少し、緩くなった。炭治郎はすかさず、ありがとうございますと言った。

 

「よし、みんな賛成ね! お姉ちゃん安心したわ~。禰豆子ちゃん、今度こそ出てきて〜!」

 

カナエは笑顔で呼び掛けると、禰豆子は籠から出て両手をペタっと床につけて出てきた。

 

「……」

 

しのぶもアオイもそれまでとはうって代わって口をポカンと開ける。そこには鬼とは到底思えないような、竹の口枷を咥えた、髪の長い美少女が佇んでいた。極めつけは「うー!」と言いながら身体をひとりでにズズズっと伸ばし、今、この場に居る女子たちと遜色ないくらいの背になる。

 

「あら~! 禰豆子ちゃん! なんてかわいいの!」

 

カナエは早速そう言って、禰豆子の頭を撫でる。禰豆子はそれに応えるかのように笑顔でカナエに抱きつく。カナエも抱きしめる。

 

「もう! 姉さんったら!」

 

しのぶはそう言いながらも、禰豆子を許容してくれたような匂いだ。明らかに問答無用で炭治郎ごと排除しよう、という匂いは消えかかっている!

 

「それより、任務を終わったばかりのカナエ様を休ませないと!」

 

アオイは肝心なことを口にする。そもそもカナエにとっては、炭治郎たちを助けに行くという任務から帰って来たばかりなのだ。

 

「姉さん、行きますよ! あなたもさっさと上がりなさい」

 

しのぶは姉を促すと共に、何と炭治郎にも声を掛けたのだ。

 

「えっ、俺、上がっていいのですか?」

 

「いいですよ。禰豆子ちゃんも受け入れることにします。姉から鬼を連れている、というからどんな詐欺師かと思ってしまいました。ところで名前聞いていなかったですね」

 

「竈門炭治郎です。よろしくお願いします」

 

俺は詐欺師と思われていたのか……。炭治郎は心の中で苦笑する。

 

「はい。改めてカナエの実の妹の胡蝶しのぶです。炭治郎君、これだけは約束して下さい。くれぐれも姉さんを悲しませるようなことだけはしないで下さい。悲しませたらわかっていますね?」

 

しのぶの笑顔ほど恐ろしいものはない。炭治郎は改めて感じる。

 

「勿論です! 俺の命に懸けて、禰豆子には人を襲わせませんし、この家でできることは何でもやります!」

 

「約束ですよ?」

 

「はい!」

 

炭治郎としのぶが話し終えると、アオイが口を開いた。

 

「これから炭治郎君には手を洗って貰って、泊まってもらう部屋を案内します」

 

「禰豆子ちゃんは私と来てね?」

 

カナエが言うと、禰豆子は嬉々として彼女の蝶羽織を掴む。すっかりカナエに懐いているようだ。

 

「カナエさん、禰豆子を可愛がってくれてありがとうございます!」

 

「いいのよ~! これからは禰豆子ちゃんは私の新しい妹だし、炭治郎君は弟子であり弟よ!」

 

カナエは快活に言い、しのぶもやれやれといったように続ける。

 

「あらあら。こうなるともう止められないわね」

 

アオイも炭治郎を見て頷いている。家族として受け入れる、という匂いだった。

 

「皆さん、ありがとうございます! この御恩は一生、忘れません!」

 

「ふふふっ」

 

カナエだけでなくしのぶも笑う。

カナエが禰豆子を連れて上がると、炭治郎はアオイに洗面所を案内され、手を洗った。そして、部屋まで連れて行ってくれた。

 

「ここが、あなたの部屋になります!」

 

案内されたのはベッドが1つ敷かれた部屋だった。シーツも枕もシミ1つなく綺麗だ。

 

「いいですか? 絶対にカナエ様やしのぶ様を困らせたりしないで下さいよ? もし困らせたらお仕置きしますからね?」

 

アオイは眉間に皺を寄せて迫ってきた。

 

「はい! 勿論です、誓ってしません!」

 

アオイは扉を閉めて出て行った。

 

「ふう」

 

女子たちからの追及を何とか乗り切り、ようやく炭治郎は休むことができた。窓からは、ささやかな風が木の葉を揺らし、蝶が数匹飛んでいるのが見える。

しかし、あまり休む間もなく扉が開かれる。

 

「夕飯の支度」

 

彼女は戸口に立ったまま、それだけ言った。ピンクの蝶飾り(カナエとお揃いの)で結んだサイドテールに、小柄だったしのぶやアオイよりは背があるものの華奢めな身体つき、そして紫色の大きな瞳が特徴的だ。

 

「こんばんは! 竈門炭治郎といいます。俺は禰豆子という妹以外の家族を鬼に殺された所をカナエさんに拾って貰いました! 宜しくお願いします!」

 

炭治郎は弾かれたように立ち上がり、威勢よく挨拶したが……

 

「……」

 

彼女は微かな笑みを浮かべただけで何も答えない。炭治郎はまたしても啞然とさせられたのだった。



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新たな家族

「あ、あれ、どうしたのですか?」

 

炭治郎はしどろもどろになって聞くも、紫の瞳の彼女はなおもニコニコしながら黙っている。

炭治郎はどう話し掛けようか考えていると、カナエとの会話を思い出した。しのぶさんの弟子で、自分の思いを伝えるのが苦手な人がいる、と。

 

「もしかしてあなた、カナヲさんではないですか? カナエさんがしのぶさんに継子の女の子がいるって……」

 

「……」

 

彼女は黙ったまま、銅のコインを出した。そして、宙に投げたのだ。

 

「何、してるの?」

 

炭治郎が問いかけるのも構わず、彼女は宙から落ちてきた銅貨をキャッチした。それを確かめた彼女はようやく口を開いた。

 

「そう。栗落花カナヲ。炭治郎に夕飯の準備を手伝わせるよう、指示があった。」

 

そう言って、彼女は踵を返してしまった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

炭治郎は慌てて追い掛ける。しかし、彼女は応えることなく廊下を進んで行く。

 

「ねえ、さっきの銅貨は何だったの? カナヲさんはしのぶさんの弟子なんですよね?」

 

炭治郎がなおもめげずに話し掛けると、別の女性の声がした。

 

「あらあら炭治郎。カナヲと早速、仲良くなっているのかしら?」

 

カナエさんだ! 振り返るといつの間にか炭治郎たちについて来ていたのだ。

 

「いや、初めて話したばかりでお互いの自己紹介をしていただけです! カナヲさん、これから夕食を作るからって呼んできてくれたんですよ~!」

 

炭治郎は笑顔で答える。会話が殆ど嚙み合わなかったことはおくびにも出さなかった。

 

「そうなのね~! カナヲ~、炭治郎はとてもいい子で歳も同じくらいだから、心を開いて話してみるといいわよ~!」

 

快活に言うカナエに、廊下をずんずんと進んでいるカナヲは一瞬、振り返って炭治郎を見た。ニコニコと笑顔を浮かべて。

 

「カナヲさん、俺のことを歓迎してくれる、と顔に書いてありましたよ! ありがとうございます! これからお互い、胡蝶家の同僚として仲良くしましょう!」

 

「……」

 

カナヲは尚も振り向かなかったが、表情を若干、綻ばせたのだった。

 

「ああ、そうそう。禰豆子ちゃんは寝てしまったみたいだから、部屋のベッドに寝かせてきたから」

 

「わかりました。ありがとうございます。」

 

禰豆子……。俺がずっと走ってて籠で揺られていたもんな……。そりゃ疲れるよな。

 

炭治郎がそう思っている間に、三人は胡蝶家の厨房に着いた。

厨房に着くと、三人の幼い少女たちが切り盛りしていて、彼女たちは三人に気付くと直ちに駆け寄ってきた。

 

「きよです。」

 

「すみです。」

 

「なほです。」

 

三人が自己紹介した。三人とも、めいめいが蝶の髪飾りで髪を留めている。

 

「はじめまして、竈門炭治郎です。家族を殺されたところ、カナエさんに拾ってもらったんです! 宜しくお願いします!」

 

三人ともまだ背が低いので、炭治郎は彼女たちの目線に合わせるようにしゃがんで挨拶した。

 

「宜しくお願いします!」

 

三人とも笑顔で言ってくれた。カナエにしのぶ、カナヲにこの三人が蝶屋敷の「家族」だ。そこに炭治郎たちが加わる形だ。アオイがそうだったように、この三人も鬼によって家族を奪われた所を拾ってもらった、とのことだった。

それから炭治郎は三人に案内されながら夕飯作りを手伝いはじめ、そこにアオイやしのぶも合流した。

 

「炭治郎ってご飯も作れるのね~!」

 

カナエは鍋をかき回しながら言った。

 

「はい! うちは家族が多くて毎日火を焚いてご飯作ってましたから!」

 

炭治郎は得意げに言った。絶妙な火加減でご飯を炊き、食材も手際よく切って料理していく姿にカナエだけでなく蝶屋敷家族一同が驚いていた。

 

「家事ができる人手が増えたのは純粋に助かるわ!」

 

しのぶもこの時は本当に笑みを浮かべて言った。カナヲはどうしているかと見てみると、微かに笑顔を浮かべながら食材を切っているところだった。

和やかな雰囲気のまま夕飯はでき、居間に運んだ。そして炭治郎も含めた七人は食卓を囲む。

 

「今日もみんな、ありがとね。いただきます!」

 

カナエが言うと、一同が手を合わせて「いただきます!」と言った。

炭治郎は一口を口にした。旨い……。そして思わず目に涙が溢れる。

 

「あれ、どうしたのかしら?」

 

カナエがすかさず、炭治郎の顔を覗き込む。

 

「すみません。俺もついこの間までは家族でこうして団欒していたな、と思い出しまして……。」

 

そう言っている間にとうとう溢れてしまう。

 

「炭治郎の悲しみはわかるわ。炭治郎にとって、すぐに私たちが今までの御家族の代わりになる、とは言えないかもしれない。しかし私たちは皆、家族を失ったもの同士が集まって家族になっているの。血は繋がっていなくても皆、家族同士。炭治郎の悲しみも辛さも私たちは分かち合うわよ~」

 

そう言ってカナエは温かな笑みを投げかけた。しのぶもアオイも当然だとばかりに炭治郎に頷いてみせ、すみ、なほ、きよの三人も眩しいばかりの温かい笑みを浮かべている。カナヲは表情を変えることなくひとり黙々と食べている。彼女も自分を新たな家族だと黙許してくれているような匂いだった。

 

「ありがとうございます! 本当に助かります!」

 

そう言って炭治郎は涙を拭い、ガツガツとご飯を掻き込んだ。その様子にカナエは「フフフッ」と笑ってみせた。

 

「炭治郎君は本当に甘えん坊ね。昔の私を見ているようだわ~!」

 

しのぶも笑いながら言う。

甘えん坊? そう言われ、炭治郎は心外だった。

 

「すみません! 見苦しい姿を見せてしまって。俺は家族を失った悲しみ、悔しさをバネにして鍛錬し、鬼殺隊に入り、俺のような悲劇を少しでも減らします!」

 

「あらあら。素晴らしい意気込みね! でも私にとって炭治郎は可愛い弟。辛いことがあったら何でも頼るのよ~?」

 

「そうですよ、炭治郎さん! 炭治郎さん一人で勝手に抱え込んだらカナエ様は悲しみますからね!」

 

「無茶して姉さんを悲しませたら姉さんが許しても私が許しませんよ~! 辛い時はここにいる誰かに必ず頼ってください!」

 

「ほらしのぶとアオイ、プリプリしてはダメよ? 姉さん、あなたたちの笑った顔が好きだな~!」

 

アオイとしのぶがいきり立って言う姿にカナエは笑顔で窘める。

 

「別に怒ってないわ!」

 

「そうです! 怒ってません!」

 

何気ない胡蝶家の談笑に、炭治郎の心も和らぐ。

 

やがて食べ終わり、皆で食膳を片付けた後、カナエは炭治郎にこう話した。

 

「炭治郎、御家族で伝わる舞がある、と言っていたよね? 確か、ヒノカミ神楽だっけ? ちょっと中庭の方で踊ってみてくれるかしら?」

 

「わかりました! ヒノカミ神楽は踊るのに下準備が要るのですが、準備しても大丈夫ですか?」

 

「ええ。構わないわよ~! どんな踊りか姉さん、楽しみだわ~!」

 

カナエは満面の笑みを浮かべて言い、中庭まで案内してくれた。他の家族たちもついて来て、誰もがワクワクしている匂いだ。

正直、今日は走り通してきたばかりで身体中クタクタだが、もうひと踏ん張りせねばと炭治郎は身体に鞭打つ。

 

そして、アオイに聞いて薪を中庭まで運んできてそれを高く積み上げる。

 

「炭治郎、準備はどうかしら?」

 

「あっカナエさん。これで火を起こせば始められます!」

 

「よし、では火をつけようか、アオイ、つけてくれる?」

 

「はい!」

 

そう言ってアオイはマッチを手にスタスタと庭まで出てくる。他の家族たちは床に座った。

 

「カナヲ」

 

炭治郎は突然、声を掛ける。

 

「これから俺が神楽を舞うからよければ見てくれ。うちのヒノカミ神楽には無病息災の祈りが込められているんだ。だからこれからは、健康で健やかにカナヲが自分の心に素直になっていけるようにきっとなる。だから見てくれ!」

 

 

「……」コクン

 

 

「ふふふっ。やはり炭治郎は天然のたらしよね…」

 

カナエが笑い、しのぶも口を開く。

 

「あなたはこれから姉さんの見習いとして鍛錬するのだから、女性を口説くのはほどほどにしなきゃダメでしょ!」

 

「す、すみません……」

 

しのぶさん、やはりきつい……。

そのやり取りの間にも、アオイによって薪に火がつけられた。

 

いつもは暗く、月明かりと星に照らされる中庭は、煌々と燃え上がる炎により明るく照らされている。

 

その傍らで、 『ドン! シャン!! ドドン!!! ドン!!!』 と拍子を刻みながら一人の少年が舞う。

 

 

炭治郎は父に習ったことを思い出しながら必死に舞う。「ヒノカミ神楽と耳飾りだけは必ず継承していかなければならない」という父の言葉が木霊する。

 

一方、見ている側は誰もが息を呑んでいた。

 

「炭治郎が繰り出す一つ一つの舞は何処か、鬼殺隊それぞれが使用する呼吸と型の名残のようなものを感じさせない?」

 

しのぶが口を開く。

 

「そうね! ただ、今まで見てきたどの呼吸とも違うわ。実際に日輪刀で振れば威力も高そうね」

 

とカナエが答える。岩でも炎でも水でも雷でも風でもないし、一体どの呼吸と結びつくのでしょう……。

 

ここで異変が起きる。炭治郎が十個目の型を披露したところで動きが止まったのである。

 

 

「はぁはぁはぁ…」

 

炭治郎の身体に限界が来て、とうとう倒れ込んでしまったのだ。

 

「炭治郎!どうしたの!!」

 

直ちに駆け寄るカナエ。しのぶたちも心配そうに注目している。

 

「すみません、カナエさん……。父曰く呼吸を意識して正しい呼吸で踊れば雪が降る中でも休まず踊ることができるそうなのですが……。」

 

やっぱり全集中の呼吸なのね……。

カナエは確信を強める。

 

「すごいわ~!炭治郎、今の舞とても凄かったわ。ねっ、みんな?」

 

「ええ! いい舞だったわ!」

 

しのぶが言うと、アオイとカナヲが揃って頷き、すみたち三人も満面の笑みで拍手する。

 

「今日は朝からよく頑張ったわね~! 今日はこれで終わりにするから、ゆっくりと休みなさい」

 

「はい! ありがとうございます」

 

炭治郎は何とか立ち上がって言うと、カナエは笑顔で抱きしめてきた。

 

「うん。頑張った、頑張った」

 

カナエは抱きしめていた身体を放し、急に真面目な顔になった。

 

「決めたわ!姉さん。竈門炭治郎、あなたを立派な鬼殺隊にする道がこれで見えました。よって、あなたを正式に私の継子とします。明日から容赦なくビシビシ鍛えますので、覚悟するように」

 

いつになく厳かなカナエの言葉に炭治郎は「はい!」と力強く返事した。ヒノカミ神楽と鬼殺隊が何かリンクしているとは俄かには信じがたかったが……。

 

「異論はないわね?しのぶ」

 

「ええ。私も炭治郎君からは鬼殺隊としての無限の可能性を感じました。なので異論はありません!」

 

しのぶも力強く答えた。彼女が賛同した以上、カナヲやアオイ、あとの三人にも当然、異論はなかった。

 

「ありがとうございます! 俺、これから精一杯、頑張りますので、ご指導お願いします!」

 

「はい。期待しているわよ~」

 

炭治郎の改めての弟子入りの挨拶に、カナエは笑顔で答えたのだった。

 

竈門炭治郎、いよいよ鬼殺隊に向けての修羅の道が始まる。



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修行

翌朝。炭治郎は寝ぼけ眼で指定された道場に向かうと……。

 

「おはよう」

 

カナエは隊服に蝶羽織を身に纏い、凛々しい姿で迎えた。やはり隊士としての彼女はいつもの姿ではない……。並々ならぬ匂いを早速、炭治郎は感じる。

 

「おはようございます!」

 

ちゃんとしてないと怒声が飛んでくると直感し、ハキハキと挨拶した。

 

「よし、今から私がいいというまで屋敷の周りを走って来なさい」

 

「はい!」

 

蝶屋敷の周りは坂が多く、走り切るのにひと苦労だった。何週走ったかわからないくらい走った時、炭治郎は息が切れてしゃがみ込んでしまった。しかしそこにすかさずカナエが仁王立ちになり……。

 

「立ち止まることは許しません。しっかりしなさい!」

 

炭治郎は立ち上がろうとするが、身体が言うことをきかない。

 

「すみません。身体が……!」

 

「関係ありません。立ちなさい、竈門炭治郎。深呼吸して息を整えてすぐ走りなさい」

 

カナエの表情は真剣そのものだった。これぞ花柱・胡蝶カナエ!というような。

 

禰豆子のためだ! ぐあああああ! 

 

炭治郎は渾身の力を振り絞って立ち上がり、今にもふらついて倒れそうになりながら深呼吸する。

 

「そう。炭治郎ならどんな厚い壁も乗り越えられるわ。頑張って!」

 

「はい!」

 

炭治郎は再び走る。そして昨日舞った、ヒノカミ神楽について思い出す。父さんはあれを踊り切るのに楽な呼吸法があると言っていたが、一体どんな方法だ?

長時間走っても息が切れない方法もそこにある気がしたが、とうとう炭治郎は思い出せなかった。

 

カナエに休憩していいと声を掛けられた時には、既に昼を回っていた。アオイが持ってきたおにぎりを食べ、午後は道場で鍛錬することとなった。

 

「これから柔軟体操をやります。足を横に開けるかしら?」

 

完全に水平とまではいかなかったが、何とか開く。

 

それを確認したカナエは炭治郎の後ろに回り、両方の肩を押さえる。

 

「よし、では今からぐーっと前に押して行くわよ?」

 

「はい!」

 

炭治郎の返事と共に、炭治郎の上半身は床に向かってぐーっと押された。

 

「いたたたたたたた!」

 

下半身、とりわけ股間のあたりがもう割れてしまうのではないかと思うほどの痛みが走り、炭治郎は呻く。

 

「あらあら。これでも手加減してるのよ?」

 

えっ? これでも? 

 

炭治郎は絶望するも、禰豆子のためだと言い聞かせて雄叫びを上げながら耐えた。

 

午前中の走りと併せ、下半身が筋肉痛となっていたがその後も修業は続く。

 

「次は全集中の呼吸をやるわよ」

 

「全集中の呼吸、ですか?」

 

「ええ。鬼は人間よりも力が強いし、基本的に日光を浴びない限りは死ぬことはないの。殺すには日輪刀という特殊な刀で首を切らなければ死なない。傷を負わせても、あっという間に回復してしまうわ。そこで、全力で呼吸することによって血を全身に巡らせることで一時的に鬼と同じくらいの力を得られるのよ。これを呼吸法といって鬼殺隊の基本技よ」

 

「そうなんですね~!」

 

「この間、五つの流派があって、私は花の呼吸だと言うのは話したことは覚えているかな?」

 

「覚えています! そしたら俺は花の呼吸を今から学ぶ、ということですか?」

 

「それなんだけど、私、昨日踊ってくれたヒノカミ神楽。あれを炭治郎の呼吸法にできないかな、と思っているの」

 

「えっ、ヒノカミ神楽って岩、風とかの五つのうちどこからか派生しているのですか?」

 

「いや、派生してないわ。でも、ヒノカミ神楽は炭治郎の武器になる! 私もしのぶもそう思ったの! だから炭治郎にはこれから、ヒノカミ神楽の舞を全部完璧に踊れるようになってもらうわ!」

 

えーっ!

 

炭治郎は心の中で思わず叫んだ。疲れていない時でもあれを一回、踊り切るだけでもひと苦労だった。父さんは楽々と何万回も踊っていたが、どうすればあんなに楽に踊れるのか全く見当がつかなかった。

 

「カナエさん、聞いてもいいですか?」

 

「ん? 何かしら?」

 

「ヒノカミ神楽、父さんは正しい呼吸法がわかれば簡単に踊れるようになると言っておりました。俺は全くその方法がわからないんですが、どうすればいいかわかりますか?」

 

「うん。それが全集中の呼吸だから今からやっていきましょう。それとヒノカミ神楽の練習の時はアオイに拍子をとってもらうようにするから、それで踊ってみてくれるかしら?」

 

「わかりました!」

 

「ヒノカミ神楽より前に全集中の呼吸よ、呼吸。この瓢箪を破ってちょうだい。深く呼吸して指先まで息を巡らせるイメージで」

 

そう言って小さな瓢箪を出した。炭治郎は早速、口をつけてできる限り息を深く吸って吹きかけたが、瓢箪はびくともしなかった。しかも深く呼吸したことで耳鳴りがし、肺も痛くなった。

 

「ほら、起きなさい、炭治郎。鬼と戦ってやられた時、そうやって蹲っているつもり?」

 

カナエは、思わず蹲ってしまった炭治郎を掴んで強引に起こす。

 

「す、すみません、もう一度やります」

 

「とにかく息を整えなさい」

 

炭治郎は息を整えてもう一度、瓢箪を吹く。そして痛みに悶える……。

この時は瓢箪をびくともさせられなかった。

 

それから炭治郎は、アオイが拍子木で拍子を取りながらヒノカミ神楽を踊った。今度は十二の型まで踊り切る。こちらは拍子を取ってくれていることで昨日よりは楽に踊れたが、四回目を踊った後は流石に限界が来た。全身に痛みが走る。

 

「よし、少し休憩してさっきの瓢箪を吹いてみましょう」

 

「はい!」

 

そういえば舞っている最中にいつの間にか、深く呼吸が出来ていた気がする。

五分後、舞った時の感覚を思い出しながら吹いたら瓢箪はパン!と割れた。

 

「よし! やったね、炭治郎!」

 

カナエは満面の笑みを浮かべて抱きしめる。

 

「炭治郎さん、稽古一日目でできるなんて凄いです!」

 

アオイも手放しで褒めてくれる。

 

「いえ、これに満足することなく、引き続き鍛錬していきます!」

 

「うん。その意気よ! 全集中の呼吸は寝ている時も含めて四六時中、やってちょうだいね。寝ている時は炭治郎がきちんと全集中の呼吸をやっているか、すみ、なほ、きよにチェックしてもらうことにするわ。私も全集中の呼吸は今でも四六時中、やっているからね。今日はこれで終わりにするから、ゆっくり休んでちょうだい」

 

カナエは厳しい宿題を課しながらも、炭治郎を心から労るように言った。とても温かい……。尤もカナエからはこの時だけでなく、修行中、叱られた時もいつもと同じよう温かい匂いをしっかりと感じていた。

いつ如何なる時もカナエは愛情を持って俺に向かって来てくれている。俺はしっかりと応え、石に齧りついてでもついていかねばならない。炭治郎は改めてそう感じるのだった。

 

尤もその夜、睡眠中に炭治郎は全集中の呼吸を徹底させられず、何度も三人に叩き起こされて翌朝は寝不足の状態となってしまったのだった。

 

翌日も朝早くから走り、その後は剣の練習があり、何千回と素振りさせられた。その上で今度はより大きな瓢箪割りに挑戦させられることとなり、ヒノカミ神楽の十二の舞も延々と踊らされた。

カナエから度々怒号を浴びたり、改善点を指摘されたりしながら。

 

そして全集中、常中の技を炭治郎は一週間でマスターすることができるようになった。今ではある程度の大きさの瓢箪であれば割れるようにはなった。深く息を吸って吐いても身体が苦しくなることはなくなった。

ヒノカミ神楽も大分楽に踊れるようになっている!

 

それから炭治郎はいよいよ、剣技の本格的な実戦稽古を挑むこととなり、

道場で木刀を構えてカナエと向かい合った。




~大正コソコソ噂話~

禰豆子は初日にカナエの部屋で寝て以来、目覚めなくなりました。炭治郎たちは一瞬、死んだのかと驚きましたが、脈はしっかりとあったのでしばらくこのまま様子を見よう、ということになりました。


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体験入隊

とうとう花柱・胡蝶カナエへの弟子入りを認められた竈門炭治郎。全集中の呼吸をマスターし、いよいよ剣技の稽古の火蓋が切って落とされる。


ヒノカミ神楽 円舞

 

炭治郎はヒノカミ神楽を舞った時の感覚を思い出しながら木刀を振る。しかし……

 

花の呼吸 壱ノ型 紅蓮華 

 

あまりに素早くて力強い一撃に、炭治郎は木刀を落としてしまった。

 

「あら? 炭治郎の力はこんなものかしら?」

 

カナエは汗ひとつかかず、涼しい顔で言った。

 

「しっかりと息を吸って全力でかかって来なさい!」

 

「はい!」

 

炭治郎はバネのように前方に飛び出し、カナエの周囲を舞うように動き、彼女の死角を狙って木刀を振るう。

 

炭治郎の必死のヒノカミの舞は、カナエの肩、胴、足、手と狙うが、彼女の表情に焦りは無い。

 

 

 

 ――花の呼吸 弐ノ型 御影梅。

 

 

 

カナエが周囲に放った斬撃は自身を護るように、炭治郎の斬撃を叩き落としていく。カナエは肺活量が半端ではなく、人間くらいの大きさの瓢箪を一瞬で割ってしまうほどだ。呼吸を深くできる分、漲る力も強くなるし、何より激しく動き続ける持久力が凄い。

 

その凄まじい肺活量が遺憾なく発揮されるのがこの“御影梅”だ。相手からのどんな攻撃をも切り刻んでしまい、その防御力は水柱・冨岡義勇の「凪」に匹敵する。

どれだけ炭治郎が必死にヒノカミ神楽を舞ってもその壁は崩せない。

 

 

しかし一週間後には10回に1回くらいは御影梅を突破して間合いに迫れるようにはなってきた。毎日のヒノカミ神楽の舞の練習が剣技に活きてきたことが大きい。

しかし彼女の護りを突破しても……

 

 

花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

 

身体を捻って躱され、捻った勢いで炭治郎の木刀ごと斬り上げられる。

 

「参りました」

 

何度言ったかわからないくらいのギブアップ宣言をする。

 

カナエさん、動きに死角がなさ過ぎてどうすれば白星を上げられるか、全く見当がつかない。

 

それでもカナエは気長に稽古してくれた。炭治郎の場合、とにかく数をこなすことで少しでもヒノカミ神楽を剣に馴染ませるしかないのだと言う。そして……

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

ヒノカミ神楽 斜陽転身

 

ようやく一矢報いることができた。カナエの渾身の九連撃を相殺することができたのだ。

 

「よし! 炭治郎、この調子よ!」

 

 

「はい!」

 

炭治郎は1カ月後、まだまだカナエが優位であるものの、5回に1回くらいは勝てるようになった。

 

「これでようやく鬼殺隊として及第点かな」

 

「これでも及第点ですか?」

 

血を吐く思いで柱相手に渡り合っているのに? 炭治郎は啞然とする。

 

「ええ。でも炭治郎には鬼殺隊に入っても絶対に生きて帰ってきて欲しいから、求める敷居が高いし、最終戦別には柱くらいの実力をつけてから行ってもらいたいと思っている」

 

「えーっ?」

 

炭治郎は気が遠くなりそうだった。少しずつ勝てるようになっているとは言え、柱なんて1万歩は遠い。最終戦別の話は既に聞いていた。鬼が沢山閉じ込められた山中を1週間、生き延びねばならない。しかし、その最終戦別を受けて乗り越えなければ鬼殺隊としてのスタートラインに立てない。

 

しかしカナエは意に介さずニコニコしながら言う。

 

「私は炭治郎には期待しているのよ。炭治郎は近いうちに絶対、柱くらいの実力を身に着ける。そのためと言ったら何だけど、私の任務に同行してもらおうかなって思うの」

 

「カナエさんの任務にですか?」

 

 

「ええ! そうよ。鬼殺隊として強くなるには鍛練も重要だけど、鬼を退治する現場も経験しなければと思うのよね~。いわば鬼殺隊の体験入隊、というやつよ。あっ、勿論私がついているから、炭治郎は私から離れないようにするのよ?」

 

「はい!」

 

いよいよ本格的な鬼殺に足を踏み入れるか!

炭治郎が気を引き締めると、カナエは次の決め台詞を吐く。

 

「もし炭治郎が襲われたりしたらこのお姉さんが守ってあげる」

 

炭治郎はこんな端正な美少女から言われ、一瞬ドキッとするも、

 

「いや、守ってもらうなんてとんでもない! 必死に刃を振るい、少しでもカナエさんの役に立ちます!」

 

炭治郎はどこまでも長男気質だった。誰かに依存する、守ってもらうといった発想は端からなかった。

 

「偉い!その意気よ! 炭治郎がピンチになったら私が受け止めるから、今までの修行の成果を精一杯出しなさい!」

 

「はい! 頑張ります!」

 

そして任務は間もなくやって来た。

 

「カァー! 胡蝶カナエ、胡蝶カナエ〜! 北西の街へ向カエェェ! 北西の街デワァ、毎夜毎夜、少女が消えているゥ! その後は浅草に向かうべしィ!」

 

「少女が襲われているのね。胸が痛むわ」

 

カナエは眉を顰める。

 

「炭治郎、今回の任務で禰豆子ちゃんを連れていくわよ? 禰豆子ちゃんを背負う箱も用意してあるから」

 

「禰豆子を、ですか?」

 

禰豆子はと言えば、カナエの部屋で眠ったままで今も目覚めていなかった。

 

「浅草で、禰豆子ちゃんの今の状態を診てくれる、という方と会えることになったの」

 

「ありがとうございます! カナエさん!」

 

炭治郎はパーッと明るい表情を浮かべて言った。ようやく禰豆子を目覚めさせられるかもしれない!

 

「いえいえ。当然のことをしたまでよ」

 

それから二人は準備し、炭治郎は禰豆子を中に入れた木の箱を背負って蝶屋敷を出た。

蝶屋敷からはしのぶ、アオイ、カナヲ、きよ、すみ、なほと総出で見送りに出ている。最近はずっとカナエと稽古していたため、彼女たちとの接点は少なくなっていた。

それにしのぶカナヲ師弟も稽古が本格化して忙しくしていた。

 

「炭治郎、決して無理はしないで下さいね?」

 

しのぶが言うと、アオイも続く。

 

「炭治郎さんは私にとって初めてできた弟のようなものです。もし炭治郎さんに万が一のことがあればカナエ様だって私たちだってみんな悲しみます。だから絶対に無事に帰ってきて下さい! 約束ですよ?」

 

「大丈夫よ。だって私がついているんですもの~」

 

カナエはフワフワとした声で言う。これには誰も「理屈になってない!」とは突っ込まない。花柱・胡蝶カナエがついている。蝶屋敷一同にとってこれほどの安心感はなかった。

 

「姉さんもお気を付けて」

 

しのぶがそう言うと、他の皆もそれに続き、カナエと炭治郎師弟は笑顔で送り出された。

 

炭治郎は鬼殺隊ではなく、鬼を殺せる所謂日輪刀は支給されていないので、蝶屋敷から借りた刀を帯刀している。隊服も蝶屋敷から借りた者を着ている。

そして両耳には日の耳飾り。ヒノカミ神楽と共に、父からの形見だ。これは肌身離さず身に付けている。

 

「私、禰豆子ちゃんには人間は味方で敵は人間を襲う鬼と毎夜、暗示をかけているの。だからこれから起きたとしても人を襲うとはないと信じたいけど……、もし襲いそうになれば一緒に止めましょう!」

 

「勿論です! カナエさん!」

 

「よし、くれぐれも私から離れないようにね!」

 

「はい!」

 

二人は並んで蝶屋敷から離れて行った。しのぶ達は二人が見えなくなるまで見送っているのだった。

 

 

 

問題の街に着き、二人は状況を把握する。日中、炭治郎は匂いを嗅ぎまわり、鬼が出没したところを探る。カナエは道行く人に聞き取りをしていった。カナエのような美女に話し掛けられて、相好を崩さない者はいない。しかも話すのも聞くのもとても上手い。まるで聖母のようだ。たくさん情報を集めることに成功した。

炭治郎はカナエの情報と合わせ、日が暮れた頃には鬼が出没する路地を特定する。

 

「炭治郎がいて助かるわ。炭治郎がいなければどこに鬼が出没するかこんなに早くわからなかったわよ。姉さん、頼りにしてるぞ~」

 

「任せてください! 俺、鼻だけは利くんで!」

 

炭治郎はニコッと笑って言った。

 

間もなく夜になり、寝静まろうとしていたある家では……

 

炭治郎と同世代くらいの少女が布団を被って眠りに入ろうとしていた。ここ最近、夜な夜な少女が誘拐されている、という噂は耳にしていたので、その子たちは大丈夫だろうか、無事だろうかと頭に浮かぶ。

 

やがて眠りにつくと、布団の周辺はどす黒いものに覆われ、どす黒い何かから爪が鋭い両手が現れた。

彼女は目覚めるが、その刹那、口をその両手で塞がれ、少女の身体ごとどす黒いものに引き込まれ、消えていった。

まるで沼に引き込まれるように。

 

「カナエさん、鬼の匂いが濃くなりました! こっちです!」

 

炭治郎は全速力で駆けていく。

 

「わかったわ!」

 

カナエも炭治郎の匂いを信頼して後に続く。

いよいよ、竈門炭治郎の「鬼殺隊体験入隊」における「実戦稽古」が始まる。




~大正コソコソ噂話~

花の呼吸 壱ノ型 紅蓮華について

原作では出てきていませんが、花の呼吸の基本技で、水平に鋭く相手を斬りつける技です。壱の型ながら威力は凄く、ピンク(花の呼吸使い手の色)の日輪刀で斬りつけると相手からの血しぶきが飛び、まるで紅蓮華のように見えることからこう名付けられました。


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浅草

胡蝶カナエの継子となった竈門炭治郎は、修行を経て鬼殺隊の見習いとしてカナエの任務に同行することに。
同時に蝶屋敷に着いてから眠りについたまま目覚めない禰豆子について、浅草で診療してくれる話となり、箱に背負って連れていくこととなった。
炭治郎の「体験入隊」の結末や如何に?


「このあたりです! カナエさん。この道の下から鬼と人間の女性の匂いがします!」

 

炭治郎はそう言って道に剣を突き刺した。すると、黒い渦のようなものが出現したと同時に気を失った女性の身体が姿を現した。すかさず引っ張り上げると、服が破れる音がしながらも何とか地上に上げることに成功した。

 

「大丈夫ですか?」

 

カナエはすかさず駆け寄り、そばに座らせる。

しかし、女性を引っ張り上げた渦から鬼が出現し、近くにもう一つ渦ができ、鬼が出現する。二体とも長髪で、激しく歯軋りしているのが特徴的だ。

 

「貴様!」

 

「俺が先だ!」

 

鬼たちが歯軋りしながら渦から出てカナエたちに襲い掛かるが……

 

「あらあら」

 

フワフワした声と同時に……

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

ピンクの刀が一閃したと思いきや、鬼は二体とも、黒い渦に潜る間もなく頚を斬られた。たちまち塵となり、消滅した。

 

「速い……」

 

炭治郎は啞然として師匠の剣裁きを見ていた。

 

「ん? どうしたの?」

 

カナエは可愛らしく首を傾げる。とても今、鬼たちを一閃した人とは思えない。

 

「い、いや。すごいなって」

 

「炭治郎も今くらいの鬼なら殺せるようになるわよ。そういえば大丈夫かしら」

 

カナエは救出した女性を思い出し、そばに駆け寄って彼女の身体を触って脈を確かめる。

 

「脈はあるようね」

 

そう言った時だった。

 

ガタガタガタガタ!

 

炭治郎は慌てて振り返ると、再び黒い渦から長髪の鬼が歯軋りしながら出て来たところだった。

 

ヒノカミ神楽 陽華突

 

炭治郎は素早く日輪刀を抜いて一閃した。手応えはあり、鬼は近くの壁に串刺しの状態で叩きつけられた。

 

「お前たちは腐った油のような匂いがする。酷い悪臭だ。一体、どれだけの人を殺した」

 

炭治郎が凄むと、鬼は逆ギレする。

 

「女どもはな! あれ以上生きていると醜くまずくなるんだよ! だから喰ってやったんだ! 俺たちに感謝しろ!」

 

炭治郎は串刺しにしている刀に力を込める。鮮血が流れると共に、鬼は悲鳴を上げる。

 

「あらあら。聞き捨てならないわね~」

 

カナエがやって来てピンクの日輪刀を抜き、首をあっさりと一閃してしまった。

 

「ありがとうございます!」

 

「ううん。炭治郎が串刺しにしてくれたお陰で楽に首を斬れたわ! それに今の突き技、見事だったわよ!」

 

「ありがとうございます! この調子で頑張ります!」

 

師弟が話している間に鬼は塵となって消え、炭治郎は落ちてきた刀を受け止めた。

 

鬼の匂いが消えたことを確認し、炭治郎とカナエは救った女性を手当てしていると、間もなく女性は目覚めたので、無事、家の前まで送って街を去ったのだった。

 

 

続いて、炭治郎とカナエは浅草に向かった。もちろん炭治郎は箱を背負って。

 

「そういえば浅草に着いたら炭治郎に蝶の髪飾りを買ってあげようと思っているの」

 

「えっ、そんな俺、男ですし、いいですよ」

 

「いや、男でも充分似合うわよ! それに蝶飾りは家族としての証だから是非、受け取って欲しいの。どんな模様にするかは炭治郎が選んでいいから」

 

「……はい」

 

「ついでに禰豆子ちゃんの髪飾りも買ってあげなくちゃ。私と御揃いのがいいかしらね……」

 

禰豆子はどんな髪飾りでも似合う気がする。

 

「ありがとうございます。何から何まで」

 

自分に蝶の髪飾りが合うかという不安はあれど、感謝の気持ちを述べずにはいられない。

 

「お安い御用よ。あなたたちは家族なんですもの~! さ、私から離れないようにね」

 

そう言ってカナエは炭治郎の手をぎゅっと握った。カナエの手は真っ白で指一本一本が綺麗に整っており、とても温かい。瞬く間にその温もりが伝わってきた。

炭治郎は思わず顔を赤らめた。

 

「あらあら。恥ずかしがらなくていいのよ~。私たちは家族なんだし」

 

カナエはすかさず炭治郎の気持ちを見透かすように覗き込み、悪戯っ子のように笑ってみせる。

 

「そ、そうですね」

 

炭治郎は辛うじて返事して、師匠の手を握り返す。それを確認したカナエはフフフっと笑ったのだった。

 

 

 

浅草は行きかう人々でごった返していた。田舎に生まれ、過ごしてきた炭治郎にとって衝撃的だった。高くそびえ立つ建物がたくさん立っており、しかも日本の伝統を残していてどことなく厳かで、思わずめまいがしそうだった。

くれぐれもカナエとはぐれてはいけないとその手を強く握りしめる。

 

「ふふふっ、炭治郎、ちょっと痛いなぁ」

 

「あっ、ごめんなさい! 都会にきたのは初めてで怖くて」

 

炭治郎は慌てて握力を緩める。

 

「あらあら。初めてなのね。はぐれなければ大丈夫よ、炭治郎」

そう言ってカナエはそっと身体を寄せてきた。

 

「ありがとうございます!」

炭治郎は再び顔を火照らせながら言った。

 

「ふふふっ、今日も素直ね。そんな炭治郎君には、御馳走してあげましょう!」

 

そう言って、カナエは近くの店に入って食事を御馳走してくれた。どれもこれも美味しかった。

食事しながら、カナエは何か悩みはないかとか聞いてきたが、特にないですと答え、炭治郎自身について色々聞かれたので、一つひとつ答えていった。「私、炭治郎についてもっと知りたい!」と言って。

炭治郎も炭治郎でカナエに質問したりして、楽しい食事となった。そして剣士として重要な心構えを言われる。

 

「炭治郎、あなたはとても綺麗な心を持っているわ。だからその心を大切にして、優しくて強い剣士になるのよ? 真に強い人というのは普段は強さの欠片も見せないものだから。鍛錬して強くなった力は自分の身の周り、そして守りたい人がピンチに陥った時に初めて披露する。あとは何より自分自身が身の危険から守る時に使う。普段は決して誰かを威嚇したりするのに力は使わない。このことは忘れないでね?」

 

「はい! 必ずやカナエさんのような立派な剣士となり、多くの人々の幸せを守ります!」

 

「うん。期待しているわよ!」

 

炭治郎とカナエは価値観が似た者同士、分かり合えたのだった。

 

食事が終わるとカナエに別の店に連れられ、蝶飾りを選ぶことになった。炭治郎は辞退したのだが、断り切れなかった。

 

カナエとカナヲはピンク、しのぶは紫、アオイは青……。蝶屋敷の面々の蝶飾りの色を思い浮かべる。

 

「カナエさんとお揃いでお願いできますか? 禰豆子のも含めて」

 

「わかったわ! 禰豆子ちゃんは髪が長いから、蝶飾り二つ買って私と同じ髪型にしたらいいかしらね~!」

 

「ありがとうございます。ただカナエさん、俺は男で髪が長くないので、髪飾りをつけるのは髪が伸びてからでもいいですか?」

 

「仕方ないわね。でもあれは蝶屋敷の家族の証だし、お守りみたいなものだから、出来ればつけて欲しいなぁ~」

 

「わかりました!髪が伸びたら必ずつけますし、それまでは絶対に肌身離しません!」

 

今の髪に似合うかは別として、家族の証をもらえたことは率直に嬉しかった。炭治郎は買ってもらった蝶飾りを大事に懐にしまったのだった。

 

夜になっても浅草は明かりが灯され、明るいままだった。藤の花の宿を目指してカナエと手を繋いで歩いていると、何やら鬼の匂いがした。それも強烈な。

しかも、自身の家族が殺された時、家に残っていた匂いだ!

 

家族の仇―――つまり鬼舞辻無惨の。

 

「カナエさん、鬼がいます! あっち側に!」

 

「そのようね!」

 

カナエも気配を感じたようで、炭治郎を引っ張って人混みを掻き分けていった。 




~大正コソコソ噂話~

原作通り、沼鬼が出てきました。
ピンチに陥ったら黒い渦に潜って地下に退けるのが武器でしたが、花柱・胡蝶カナエは決して地下に逃しませんでした。


さて、次はいよいよ無惨が登場します。お楽しみに。


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鬼舞辻無惨

炭治郎は鬼舞辻無惨について、一通りはカナエから聞かされていた。

鬼の始祖にしてトップであり、千年以上前、平安時代から君臨し続けているという。

過去、無惨を滅ぼし掛けた鬼狩りが一人だけいたが、彼を最後に無惨を追い詰めた人は一人もいない。そもそも無惨は巷からは身を隠して生きており、尻尾を掴むことすら困難だ。

しかし、その無惨の匂いがする!

 

炭治郎の匂いとカナエの気配は見事に一致し、その存在を突き止めた。

 

コイツが、鬼舞辻無惨―――

 

炭治郎もカナエも唖然としていた。

 

紳士的なスーツ姿にシルクハットを被り、穏やかな笑みを湛えながら妻と子どもを連れている。

傍から見れば理想的な家族そのものであり、人間を襲い、喰らう鬼の気配はどこにも感じないだろう。

現に妻は彼を愛する夫として接しているし、子どもも彼に懐いており、人間の天敵な存在だとは思っていない。

 

だから妻と子どもが危ない!しかし…

 

「炭治郎、彼は並の相手ではないわ。様子を見ましょう」

カナエはそう言って炭治郎の手を握る指に力を込める。

 

「いや、このままだと妻と子が危ないです!」

そう言って炭治郎はカナエの手を振り解き、藪から棒に

 

「鬼舞辻無惨はお前か?」

 

シルクハットの彼を見て叫んだ。カナエが尚も引き止めようとするのを押し切って。

改めて相対すると、その赤い目からはどこまでも残酷な匂いを感じる……。下手したらこの後すぐ死すら訪れてしまう、というような。

表面上はどこまでも紳士だが、炭治郎の匂いは決してごまかせない。

 

「ん? 人違いではないですか?」

 

彼はキョトンとして訊ねた。妻や子どもからも怪訝そうに見られる。

 

「人違いなんかではない! お前が俺の両親を殺したんだ!だから…」

 

「すみませんね〜。うちの弟がでしゃばりなもんで〜」

カナエが出てきて、炭治郎は口を塞がれ、強引に連れ出される。

 

「待ってって言ったよね? 師範の言うことはしっかりと守って欲しいわ」

 

そう言われながらも炭治郎は振り返り、

 

「鬼舞辻無惨! 俺はお前を決して許さない! 地獄の果てまで追い掛けてやる!」

 

と叫び続けた。

 

「ちょっと、いい加減にしてくれないかしら?」

 

カナエが珍しく怒り、耳をグリグリと引っ張られ、痛い!と絶叫した時のことだった。

 

無惨が居た方で「キャー!」という叫び声がした。

 

振り返ると、人垣に阻まれながらもある男性の顔色がみるみるうちに変わり、表情、目つきも豹変していくのが視認できた。禰豆子が鬼になった時と同じような状態だ! そして、

 

「ワアアアアア!」

 

男性は暴れだし、隣の妻に飛びかかっていった。炭治郎は思わず駆け出していた。人垣を搔き分けて男性を両手で押さえる。

 

「あなた!」

妻は肩を喰われ、血を流している。カナエがすかさず出てきて、布を取り出す。

 

「大丈夫ですか?」

そう言って、カナエは布を女性の肩に巻き付けて止血する。

 

「堪えてください! 鬼になんかなってはいけません!」

 

炭治郎は必死に押さえる。この人はまだ誰も食べていない! 奥さんも致命傷ではない! カナエさんが女性を診ている間に俺が何とか誰も襲わないように押さえなければ!

 

「麗さん危険だ。向こうへ行こう」

 

無惨の声だ! 少し離れた所に視認できた。しかし、この人を放って追い掛けられない!

炭治郎は思わず絶叫する。

 

「鬼無辻無惨! 俺はお前を逃がさない! どこへ行こうと! 地獄の果てまで追い掛けて必ずお前の頚に刃を振るう! 絶対に許さない!」

 

 

「あなたは心優しい方で決して、誰かを襲ったりするような方ではありません。どうか目を覚まして下さい」

 

そばでカナエの温かい声がした。女性の手当を終え、炭治郎の隣にしゃがんで男性を押さえているところだった。

と、そこに黒い詰襟の服を着た警官がぞろぞろと来る。

 

「貴様ら何をしている。酔っ払いか? 離れろ!」

 

「ほら、下がれ下がれ!」

 

そう言って、数人の警官たちがカナエを引きはがしにかかる。

 

「ごめんなさいね~。この人はあなたたちでは手に負える相手ではないんです。私たちに任せてくれませんか?」

 

カナエは全く動じることなく、いきりたつ警官たちを宥めようとするも……

 

「うるさい! 君たちガキが対処できる相手ではない!」

 

そう言って、引き離す力を込めたので……

 

「カナエさんに触るな!」

 

炭治郎が割って入った。カナエが「炭治郎は引っ込んでなさい!」と言うのもお構いなしだ。

 

「やめてくれ! この人を押さえられるのは俺たちしかいない! この人には誰も殺させたくない! お願いだから邪魔しないでくれ!」

 

ん? 何だ、この匂いは! と炭治郎が思った刹那……

 

惑血 視覚夢幻の香 

 

女性の声と共に周りから警官たちや人混みが消え、代わりに紋様のような景色で埋め尽くされる。

周りが見えない! カナエさんは? 

 

「炭治郎、鬼かもしれないから構えて」

 

よかった。そばにいた。

 

「はい」

 

炭治郎も構えると……

 

「あなたたちは」

 

知らない女性の声がした。

 

「鬼となった者にも『人』という言葉を使ってくださるのですね。そして助けようとしている」

 

着物姿の、カナエと勝るとも劣らぬ美女と隣に白い服を着たおかっぱ姿の少年。二人、いや二匹とも鬼の匂いがする!

 

着物姿の女性はカナエを見て言う。

 

「あなたが胡蝶カナエさんですね?」

 

「ええ。花柱・胡蝶カナエです。お会いできるのを楽しみにしておりました! この人は私の継子である竈門炭治郎です。」

 

カナエは立ち上がり笑顔で挨拶し、炭治郎も続く。

 

「改めて、竈門炭治郎です。カナエさんの下で鬼狩りになるために修行しております。しかしなぜですか、あなたの匂いは……」

 

鬼なのではないかと言うべきか躊躇っていた所を着物姿の彼女が引き取る。

 

「そう。私は鬼ですが医者でもあり――あの男、鬼無辻を抹殺したいと思っている。それに私はあなたたちが鬼になってしまった者を必死で助けようとしているのをしかと確かめました。だから今度は私があなたたちを手助けします」

 

「いえいえ、当然のことをしたまでですよ~。今日はこの炭治郎が箱で背負っている、妹さんをちょっと診て頂きたいなと思いまして……」

 

「お安い御用です。では私たちについて来て下さい」

 

こうして、眠り続ける禰豆子は診てもらえることになった。

 

 

 

一方、炭治郎に地獄の果てまで追い掛けると言われた鬼無辻無惨は、家族を連れて人混みから離れながら考え事をしていた。

 

あの少年、俺を唯一追い詰めたあの始まりの剣士を思い起こさせる……

 

両耳に花札のような耳飾り、まだ少年だがとんでもない鬼狩りの素質を感じさせる佇まい、そして人間の命を粗末にすることを誰よりも許さないといったうざったい正義感。

 

無惨は家族に、商談にいかねばならないと言い、別れて、一人路地に入っていった。

すると酔っ払いに絡まれる。

 

「痛っ! 何だてめえ」

 

「……すみません」

 

能面で言う無惨に対して更に絡む。

 

「おい! 待てよ!」

 

そう言って、酔っ払いは無惨の肩を掴む。

 

「すみません、急いでおりますので」

 

「おいおい随分いい服を着てやがるなあ、お前。気に入らねえぜ。青白い顔をしやがってよ! 今にも死にそうだぜ!」

 

この酔っ払いの言葉には無惨が反応し、その赤い目で睨み、手を上げた刹那……

 

ドシャッ!

 

酔っ払いは壁にぶつけて血を流し、事切れていた。

 

「おい! 弟に何しやがる!」

 

今度は禿げ頭で、やはりガラの悪そうな男性が突進してきたが、これも無惨が手を上げると同時に男性は宙に高く舞い、落ちると同時に事切れる。

 

その間、女性が現れて最初に絡んで来た男性の看護をしようとしていたが、今度は無惨がその女性に絡む。

 

「私の顔色は悪く見えるか。私の顔は青白いか、病弱に見えるか? 長く生きられないように見えるか? 死にそうに見えるか?」

 

「……」

 

顔中に冷や汗を浮かべる女性を尻目に無惨は続ける。

 

「違う違う。私は限りなく完璧に近い生物だ」

 

そう言って無惨は人差し指を女性の額を指し、突っ込む。驚きで目を見開く女性の額にはたちまちひびができる。

 

「私の血を大量に与え続けるとどうなると思う?」

 

無惨の指からはとめどなく血が流れている。

 

「人間の身体は変貌の速度に耐えきれず、細胞が壊れる」

 

「ギャアアア!」

 

女性の断末魔の叫びなどものともせずに、無惨は指をパチン!と鳴らした。

 

すると、男と女一人ずつの鬼が現れ、平伏した。男の方は数珠を首に巻きつけている。

 

「何なりとお申し付けを」

 

女の鬼が平伏したまま口を開く。

 

「耳に花札のような飾りをつけた少年の頚を持って来い。いいな」

 

鬼無辻無惨は冷酷な目つきで命じたのだった。



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珠世

禰豆子を謎の女性の鬼に診療してもらえることになり、炭治郎とカナエはその鬼の後をついていく。

鬼になった男性は着物姿の女性鬼によって眠らされ、炭治郎が両手に抱えて運んでいる。鬼化した男性に襲われた女性は、着物姿の女性鬼に応急処置され、致命傷ではなかったので帰した。

 

鬼の後をついていきながら炭治郎はカナエに注意された。

 

「炭治郎。お願いがあるんだけど、私が下がってって言ったときはちゃんと下がってくれるかしら? 勿論、炭治郎にとって家族の敵だから悔しい気持ちはよく分かる。ただ、考えて欲しいの。鬼舞辻無惨は私たちだけで対処できる相手ではない。もし鬼舞辻が本気を出せば私たちは瞬殺されてたかもしれないのよ。私はともかく、炭治郎が死んだら誰が禰豆子ちゃんを護るの? 誰が禰豆子ちゃんを人間に戻すの?」

 

「……」

 

カナエさんが本気で心配してくれている匂いがする。返す言葉もない。

 

「それだけじゃない。蝶屋敷のしのぶだってカナヲ、アオイ、きよ、すみ、なほだって悲しむわよ?」

 

「それはカナエさんだってそうですよ! 特にしのぶさんにとって、カナエさんは唯一の肉親です。カナエさんこそ死んだら困りますよ!」

 

炭治郎はすかさず返す。

 

「もう、口答えしないの。それに私は柱よ? そう簡単には死なないわ。いい、炭治郎?」

 

そう言ってこう諭す。

 

「鬼殺隊は確かに命懸けの世界。誰もが明日の生命の保証はない。しかし、命には懸け時がある。決してそれを見誤ってはダメ。無惨はそれこそ柱全員で相手しても倒せるかわからないし、無惨配下の十二鬼月という選ばれた十二体の鬼がいるんだけど、その中でも上位六位は特に強く、ここ百年以上、誰も敗れたことがないの」

 

「ひ、百年以上、ですか?」

 

鬼無辻無惨に辿り着くまで、想像を絶する距離があると炭治郎は実感する。

 

「そうよ。上位六人の鬼は上弦というんだけど、最低柱三人は必要かもしれない。上弦の中にも順位があって、壱、弐、参くらいは三人でも足りるかどうか。だから上弦と遭遇した場合は逃げてちょうだい。炭治郎ならいずれ命の懸け時が見つかるはずだから」

 

「……はい。しかし、カナエさんも絶対に死なないで下さい!」

 

「まあ、炭治郎は優しいわね~。そういう所、お姉さん好きよ~」

 

抱えている鬼化した男性の、寝ている顔を見て炭治郎は思う。この先、全ての命を救うことは難しいこともあるかもしれない。しかし、こういうことを積み重ねていくことで少しでも人の幸せを守ろう、鬼に不幸にされる理不尽をなくしていこう、と。

 

「あ、そうそう。私、禰豆子ちゃんを診て貰える者がいるか、お館様と相談したら今、前を歩いている珠世さんという女性の鬼を引き合わせて貰えたの。これで禰豆子ちゃんが眠り続ける理由がわかり、人間に戻す手掛かりがつかめるかもしれないわ!」

 

女性の鬼、珠世というのか……

 

「それで浅草で落ち合っていたんですね! すみません、ここまでして下さってありがとうございます!」

 

「いいのよ。お姉さん、家族のためなら何だってやるもの~!」

 

炭治郎とカナエが後ろで話しているうちに、四人は浅草の喧騒からはすっかり離れ住宅街に来ていた。そして突き当たりに差し掛かると……

 

「今から我々の屋敷に入る。後に続け」

 

珠世の傍らにつき従っている少年姿の鬼が急にこちらを振り向いて言った。

 

「はい。鬼の家ってどんな家なのでしょう~! 楽しみだわ~!」

 

カナエは相変わらずフワフワした声で返すと、少年の吊り上がったような目つきが豹変し、顔をフッと近づけてきた。

 

「いいか? 俺はお前らがどうなったっていいんだ。しかし、珠世様がお前らをどうしてもお連れせよと言うから、仕方なく案内しているんだ! 珠世様に危害を加えればただじゃおかないからな!」

 

「あらあら。私たちがそのような人に見えますか? 悲しいです……。私は人間と鬼が仲良くできることを願っており、炭治郎もそうですよ」

 

「……」

 

少年にもカナエさんの温かさが伝わったか?

 

「とにかく、あの方に危害を加えたら許さないからな!」

 

「はーい。勿論でーす」

 

少年はくるりと前を向くと、行き止まりの壁に消えていった。

 

「こっちだ」

 

少年が壁から顔を出して手招きする。二人は壁に近づき、通ることができた。

 

壁を越えた先は、一軒の屋敷がそびえ立っていた。蝶屋敷のように大きい屋敷ではなく、一軒家程度の大きさだ。

珠世はもう玄関の前に着いており、炭治郎たちを待ってくれていた。

 

「改めて、いらっしゃい」

 

珠世は炭治郎、カナエを中に招き入れた。炭治郎はゆっくりと男性を下ろす。

 

「この方は気の毒ですが、地下牢に拘束しなければなりませんね。愈史郎、この男性を地下室へ」

 

「はい」

 

愈史郎が炭治郎と同様、いとも簡単に男性を抱えると……

 

「名乗っていませんでしたね。改めて珠世といいます。この男性を抱えている子は愈史郎。仲良くしてやってくださいね」

 

その瞬間、愈史郎の鋭い視線を感じた。誰が仲良くするか! というような……

 

「はい。喜んで」

 

愈史郎の鋭い視線などお構いなく、カナエはニコニコと微笑む。

 

「あの珠世さん。先程、女性に手当されておりましたが、人の手当をして辛くないですか?」

 

炭治郎が口を開くと、愈史郎は男性を素早く床に置いて飛びかかってきた。

 

「ごめんなさいね~。愈史郎さん。炭治郎には私から後で言い聞かせますので、勘弁していただけませんか?」

 

気付けば、カナエはニコニコしながら愈史郎の、炭治郎に飛びかかろうとした腕を押さえている。

 

「……」

 

「愈史郎。暴力は許しませんよ。早くその男性を地下牢に連れて行きなさい」

 

珠世も同調したため、愈史郎は精一杯嫌悪感のこもった目で炭治郎たちをひと睨みし、再び男性を抱えて去っていった。

 

「辛くはないですよ」

 

珠世は改めて、炭治郎の質問に答える。

 

「普通の鬼よりかなり楽かと思います。私は、私の身体を随分いじっていますから、鬼無辻の呪いも外しています」

 

「かっ、身体をいじった?」

 

炭治郎は唖然とする。

 

「人を喰らうことなく暮らしていけるようにしました。人の血を少量飲むだけで事足りる」

 

「血を、ですか?」

 

カナエが思わず口を挟む。

 

「不快に思われるかもしれませんが、金銭に余裕のない方から輸血と称して血を買っています。勿論、彼らの身体に支障をきたさない量です」

 

そうか……。この人たちからは鬼特有の異臭がしないのだが、理由はそれなんだ。でも人の血は必要なのか……

 

「愈史郎はもっと少量の血で事足ります。愈史郎は私が鬼にしました」

 

「えっ、珠世さんがですか? でも鬼無辻以外には……」

 

カナエが言いかけたのを、珠世が引き取る。

 

「そうですね。鬼無辻以外には鬼を増やせないとされている。これは概ね正しいです。二百年以上かかって鬼にできたのは愈史郎ただ一人ですから」

 

「二百年以上かかって鬼にできたのは愈史郎ただ一人ですから? 珠世さんは何歳ですか?」

 

「女性に歳を聞くな、無礼者!」

 

いつの間に地下牢に男性を閉じ込めて戻って来た愈史郎が飛びかかってくるのを再びカナエが止める。

 

「あらあら。ごめんなさいね~。炭治郎には後で言い聞かせますから許してもらえませんか?」

 

「……」

 

「愈史郎。次にその子を殴ろうとしたら許しませんよ」

 

珠世も凛とした声で窘める。

 

「はい!」

 

怒った顔も美しい……。愈史郎はそう思いながら姿勢を正した。カナエには色気は感じず、あくまで珠世様一筋なのだ。

 

「一つ…誤解しないで欲しいのですが、私は鬼を増やそうとはしておりません。不治の病や怪我などを負って余命幾許も無い、そんな人にしかその処置はしません。その時は必ず本人に鬼となっても生き永らえたいか訊ねてからします」

 

「珠世さん。ありがとうございます。色々と話してくれて」

 

カナエが頭を下げて礼を述べた。

 

「改めて直接、お会いしてあなたなら信頼できる方だと花柱・胡蝶カナエは確信しました。是非、この炭治郎が背負っている妹の禰豆子ちゃんを診ていただけないでしょうか?」

 

「わかりました」

 

炭治郎は眠っている禰豆子を箱から出し、珠世に案内されたベッドに寝かせた。

竹の口枷を嵌めた禰豆子は、どこまでも安らかに眠っている。

 

「人は誰も襲っていないということですよね?」

 

珠世は禰豆子の脈を取りながら確認する。

 

「はい」

 

「寝ている以外は脈もあるし、何ら異常がない状態ですね。鬼の場合、普通は人を喰らうことで力を得るのですが、禰豆子ちゃんの場合、眠ることで体力を得ているのかもしれません。普通の鬼とは違ってますね」

 

「では、このまま様子を見るしかない、ということですか?」

 

カナエの問いに、珠世が答える。

 

「そうですね。下手したら一年、二年とかかかる可能性もありますが、この子がいつか、目を覚ますことを願って様子を見るしかないですね。でも身体に全く異常はないので、いつか必ず目を覚ますことでしょう」

 

この方でも禰豆子の目を覚まさせられなかったか……。

 

「珠世さん、鬼になってしまった者を人に戻す方法はありますか?」

 

炭治郎は何とか希望を見出すべく質問する。

 

「あります」

 

「教えてくだ……」

 

炭治郎が思わず身を乗り出そうとした刹那、愈史郎が……

 

「寄ろうとするな! 珠世様に!」

 

炭治郎が投げられようとするのをカナエが押さえる。

 

「すみませんね~、何度も。炭治郎には言い聞かせますので、許してもらえないかしら?」

 

「……」

 

「愈史郎」

 

今度こそ珠世の怒りの匂いがした。

 

「殴ろうとしてません! 投げようとしただけです!」

 

「どちらも駄目です」

 

ピシャリと言った後、珠世は続ける。

 

「どんな傷にも病にも必ず薬や治療法があるのです。ただ、今の時点では鬼を人に戻すことはできない。ですが私たちは必ず、その治療法を確立させたいと思っています」

 

「それですが、私は柱ながら鬼殺隊の治療などを担当しているので、薬について少し精通しておりますし、私の妹が今、鬼を殺す毒の開発をやっております」

 

「鬼を殺す毒、ですか?」

 

珠世が聞き返す。

 

「ええ。妹は背が小さく、鬼の頚を斬れないため、毒で鬼を殺そうとしているのです。今度ぜひ、私の妹と会っていただきたいなと思っております。それで妹も一緒に開発させてもらえば必ず、鬼を人間に戻す薬を開発できるはずです!」

 

カナエの必死の訴えに、珠世は笑顔で応える。

 

「わかりました。今度ぜひ、妹さんをお引き合わせ下さい。ただ、治療薬を作るにはたくさんの鬼の血を調べる必要があります。あなたたちにお願いしたいことは二つ」

 

珠世はそう言って、今度は炭治郎を見る。

 

「一つ。今、眠っていらっしゃる炭治郎さんの妹さんの血を調べさせて欲しい。二つ。できる限り鬼無辻の血が濃い鬼からも血液を採取してきて欲しい。禰豆子さんは今、極めて稀で特殊な状態です。ずっと眠り続けている、とのお話でしたが恐らく身体は変化している。通常ずっと長い間人の血肉や獣の肉を口にできなければまず間違いなく狂暴化します。しかし驚くべきことに、禰豆子さんにはその症状がない。この奇跡は今後の鍵となるでしょう」

 

禰豆子……。今すぐ目は覚まさないかもしれないが、それでも炭治郎の下に僅かながら光が差した気がした。

 

「もう一つの鬼無辻に近い鬼の血の採取。これは非常に過酷なものとなるでしょう。鬼無辻の血が濃い鬼とは即ち、彼に近い強さを持つ鬼、ということです。そのような鬼から血を採るのは容易なことではありません。それでもあなたたちは願いを聞いてくださいますか?」

 

「それ以外に道がないなら俺がやります」

 

炭治郎は即答し、カナエも続く。

 

「私と炭治郎ならどんなに強い鬼でもきっと倒してみせますし、たくさんの鬼の血を調べて私たちで薬を作れるなら禰豆子ちゃんだけでなくもっとたくさんの人が助かりますよね?」

 

「そうね」

 

珠世は微笑んでそう言った途端、屋敷の中に突然、毬のような爆弾みたいなものが大量に飛んできた。

 

「珠世さん、愈史郎さん、伏せてください!」

 

カナエは毬を避けながらピンク色の「悪鬼滅殺」と記された日輪刀を抜いて臨戦態勢に入った。炭治郎も刀に手を掛けて、臨戦態勢に入った。



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手毬遊び

毬の爆弾のようなものが部屋に飛んできて、カナエと炭治郎は禰豆子が寝ているベッドの前で身構える。

 

ベッドの後ろでは、愈史郎は珠世を庇うようにして覆い被さっていた。

 

花の呼吸 弐の型 御影梅

 

カナエは飛び出し、飛んでくる毬を斬って回りながら侵入者に立ち向かっていく。

 

「キャハハッ! 矢琶羽の言う通りじゃ! 何もなかった場所に建物が現れたぞ!」

 

女性の鬼だ!

 

「巧妙に物を隠す血鬼術が使われていたようじゃな。それにしても朱紗丸、お前はやることが幼い、というか、短絡、というか…、儂の着物が汚れたぞ」

 

今度は男性の鬼の声がした。

 

「うるさいのう。私の毬のおかげですぐ見つかったのだからいいだろう。たくさん遊べるしのう」

 

「お言葉ながら」

 

カナエが鬼たちの会話に口を挟む。

 

「遊ぶのは結構だけど、人に危害を加えない形で遊んでくれないかしら?」

 

「キャハハッ! 見つけた、見つけた! 何か言うておるわ~! しかもあの方が仰っていた、花札の耳飾りをつけた少年もおるぞ! 十二鬼月である私に殺されるのを光栄に思うがいい!」

 

女の鬼こと朱紗丸は笑いながら毬を数回、地面に叩きつけるや否や再び投げて来た。

 

十二鬼月?

 

炭治郎は一瞬、身震いしたが深呼吸して動揺を鎮める。カナエさんとあれだけ修行してきたんだ。対応できないはずがない!

 

一方、カナエも極めて冷静に対処する。その大きな双眸は真剣そのものとなり、深く息を吸い……

 

花の呼吸 弐の型 御影梅

 

再び技を出し、毬をことごとく斬って回りながら朱紗丸に迫っていく。

 

炭治郎もカナエの後を追っていく。男性の鬼は近くに隠れているのか、姿を消している。

 

「私の毬を躱してきたのか?」

 

朱紗丸が初めて怯えをみせる。

 

「これから本気の毬で……」

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

カナエがピンクの日輪刀を一閃させると、朱紗丸の頚は宙に飛び、地面にドンと落ちた。

 

「なんで? もう遊べないのか? もっと遊ぼ……」

 

そう言いながら、朱紗丸は灰となって消えていく。

 

「言ったでしょう。遊ぶなら誰かに危害を加えないようにって」

 

カナエは眉を顰めて言った。その間に珠世が出てきて短刀を刺し、朱紗丸が完全に消滅する前に血液を採取した。

 

「この短刀を使って下さい。これを鬼の身体に刺せば自動的に鬼の血を採取してくれます」

 

「ありがとうございます」

 

炭治郎は短刀を受け取ると、鼻を利かせて警戒を強める。

 

「カナエさん、もう一人どこかにいます」

 

「そうね」

 

とカナエが返事した刹那、炭治郎に矢印が飛んでくる。これを受けるとその矢印の方向に飛ばされてしまう。

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

カナエは矢印を相殺しながら突進していき、炭治郎も続くと、矢琶羽は木の上に居るのがわかった。

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

カナエは大きく飛んで木の上の矢琶羽に斬りかかり、頚が胴体から離れたと思った瞬間、矢琶羽は飛び降りてきた。

 

「土埃を立てるな」

 

ボン!

 

再び矢印を飛ばしてきたので……

 

ヒノカミ神楽 円舞

 

炭治郎が矢印を相殺している間、カナエが矢琶羽の間合いに踏み込み、矢琶羽もカナエに手を向けると……

 

花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

身体を大きく捻って矢琶羽の矢印を避けつつ、日輪刀を彼の頚に掛ける。

 

その間に炭治郎も動き出す。

 

ヒノカミ神楽 飛輪陽炎

 

カナエ、炭治郎師弟の刀が見事に矢琶羽の頚に当たり、落とすことに成功した。

 

「バカな……おのれ! 汚い土に私の顔をつけおって!」

 

頚から上の矢琶羽が地面の上で惨めにも喚きたてるのをカナエがピンクの刀で斬り刻んで止めを刺す。

 

「ごめんなさいね~。この姿になっても矢印を飛ばそうとしていたので」

 

凄い……、これが柱か! 常に敵を先読みしている!

 

戦いは終わり、炭治郎はまだ消滅していない頚から下の部分に短刀を刺し、血液を採取すると、カナエと共に刀を納めて珠世たちの所に戻ってきた。

 

部屋は破壊されているが、珠世たちと禰豆子は無事なようだ。

 

「大丈夫でしたか?」

 

そう聞くカナエも毬がかすったのか、僅かに顔にかすり傷を負っている。

 

「あなたたちが戦ってくれたお陰で、私たちは大丈夫です。ありがとうございます」

 

そう言って頭を下げる珠世に、炭治郎は短刀を返す。

 

「いえいえ。無事でよかったです! 男の鬼の方の血液を採取してきました」

 

「ありがとうございます。カナエさんならお分かりと思いますが、あの鬼は残念ながら十二鬼月ではありません。あの毬を投げた鬼が勝手に名乗っていただけです」

 

「十二鬼月なら、目に上弦か下弦と壱から陸までの数字が書いてありますからね」

 

カナエの言に、珠世はそうです、と言って続ける。

 

「ところで炭治郎さん。炭治郎さんの呼吸法は日の呼吸ですね?」

 

「日の呼吸?」

 

炭治郎とカナエが同時に聞き返す。

 

「俺が使ったのはヒノカミ神楽で、先祖代々受け継がれた舞であり、それを剣技に取り入れただけですが……」

 

「炭治郎さんの呼吸は日の呼吸といって、継国縁壱様という過去、鬼無辻を追い詰めた唯一の剣士と同じ呼吸です。まさか縁壱様と同じ呼吸の剣士が現れようとは……」

 

「……」

 

心底、感動している珠世に、炭治郎は啞然としていた。そもそも炭治郎はまだ「剣士」ですらないのだが……

 

「炭治郎のヒノカミ神楽、全集中の呼吸に通じるものがあると直感して、毎日練習させていたのですが、まさかそんな凄い呼吸法か何かだったのですか?」

 

カナエも驚いた様子で聞いている。炭治郎のヒノカミの舞は剣技に活かせると直感はしたものの、それが日の呼吸という呼吸法だとは全く知らない様子だった。

 

「日の呼吸は鬼殺隊で初めて生まれた呼吸法です。だから始まりの呼吸とも言われ、縁壱様は始まりの剣士と言われています。縁壱様は鬼無辻を追い詰めたのですが、鬼無辻は細胞を粉々に分裂させることで何とか逃れ、縁壱様が生きている間は身を隠していました。縁壱様がお亡くなりになってから再び姿を現し、日の呼吸を知る剣士を抹殺してしまいました。だから日の呼吸に関する情報が途絶えていたのだと思います。それがこういう形で継承されていて、嬉しいです」

 

そう言って珠世は炭治郎をギュっと抱きしめた。

 

「……」

 

愈史郎のただならぬ視線を感じ、炭治郎はどうすべきか困惑する。しかもカナエも目が笑っていなかったのだが、それは気付いていない。

 

「ありがとうございます。珠世さん!」

 

炭治郎は珠世から身体を放し、続ける。

 

「俺、珠世さんのためにも、そして家族の仇を取るためにも、縁壱さんのためにもこのヒノカミ神楽を極め、鬼無辻に刃を振るいます!」

 

「頑張ってくださいね。ところで禰豆子さんについてですが、私たちがお預かりしましょうか?」

 

「えっ?」

 

「絶対に安全とは言い切れませんが、戦いの場に連れていくよりは危険が少ないかと」

 

炭治郎が答える前に、カナエが口を開く。

 

「いや、禰豆子ちゃんは既に私たちの家族となりました。これからもそうです!」

 

「カナエさんの言う通りです! 禰豆子は常に俺と一緒です!」

 

「わかりました」

 

珠世は微笑みながら炭治郎たちの意向を尊重する。

 

「では、武運長久を祈っております。今度是非、しのぶさんと会わせて下さい」

 

「わかりました。今日は危険な目に巻き込んでしまい、ごめんなさいね~。では」

 

「じゃあな」

 

最後に愈史郎がそっぽを向きながらぶっきらぼうに挨拶した。

 

炭治郎はニヤッと笑ってみせ、禰豆子を箱に入れてカナエと共に毬ですっかりボロボロになった屋敷を後にしたのだった。




読んで下さっている皆様、私のささやかな二次創作に付き合って下さり、ありがとうございます。

来年も、カナエと炭治郎の熱い物語を鋭意、執筆しますので、ぜひ楽しみにしていただければと思います!

よいお年を!



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鼓屋敷

珠世たちが隠れていた屋敷を去った後……

 

「炭治郎、また一段と成長していたわね! ヒノカミ神楽もきちんとモノになっているわよ!」

 

「ありがとうございます! 大分ヒノカミ神楽が剣に馴染んできました。これもカナエさんのお陰です! ありがとうございます!」

 

「それにしてもヒノカミ神楽、日の呼吸という立派な呼吸だったのね……。しかも初めての呼吸法で、しかも鬼無辻を追い詰めている。もし炭治郎がヒノカミ神楽を日の呼吸として受け継ぐことができたら、始まりの剣士以来の日の呼吸の使い手となるわね!」

 

「はい! 俺、縁壱様の遺志を継ぎ、絶対に鬼無辻を倒してみせます!」

 

「うん! そのためにもまずは軽く柱くらいの力量になってもらった上で最終戦別を突破しなければならないけど、炭治郎なら近いうちにその領域になれるわ!」

 

「いやいや。カナエさんに比べたら俺なんか」

 

カナエの剣技を目にして、如何に自分が未熟か感じさせられる。

 

「蝶屋敷に戻ったら修行は一段と割り増しにするからね。覚悟しといてね」

 

「はい!」

 

「それと、珠世様に年齢を聞いていたけど、女性に年齢を聞くのは失礼だから、気を付けて欲しいわ。それと炭治郎、珠世さんに抱き着かれていたけど、炭治郎はまだ修行中の身。女性と関わりを持つのは慎重にして欲しいわ」

 

「いや、あれは珠世様に突然、抱き着かれただけで、俺の意思ではありません!」

 

炭治郎は色をなして反論する。

 

「ふふふっ。冗談よ」

 

カナエは笑ってみせた。炭治郎は今日もカナエのペースに乗せられているのだった。

 

しかし炭治郎は蝶屋敷に戻った後、姉妹たちに更に振り回されることとなった。

 

「炭治郎。ちょっといいですか?」

 

しのぶが満面の笑みを浮かべている。しかし、怒りの匂いしかしない……。

 

「はい」

 

炭治郎は一室に連れられ、正座させられた。

 

「いくつか確認したいことがあります。まず鬼無辻無惨と遭遇して、姉さんが止めるのも聞かずに飛び出したんですって?」

 

うわ……。カナエさん、しのぶさんに話してしまったか……。

 

「はい。でも、それは鬼無辻が俺の……」

 

「言い訳は無用です」

 

しのぶは笑顔でピシャリと言った。

 

「私、言いましたよね? 姉さんを困らせたら許しませんよって。それに炭治郎はまだ鬼殺隊士ではない。

鬼無辻が相手の場合、本来であれば殺されていたのかも知れないですよ? それに鬼の珠世さんと抱いたんですって? 説明してください!」

 

この調子で、しのぶからは一時間ほど説教され、その後アオイが眉間に皺を寄せて入ってきて更に三十分ほど説教されてしまった。

 

炭治郎はそれから、毎日、走り込み、カナエとの稽古、ヒノカミ神楽の練習に加え、しのぶとの稽古とカナヲとの身体訓練を行った。

 

しのぶとの稽古では……

 

「蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き!」

 

「ヒノカミ神楽 円舞!」

 

「遅いですね~、炭治郎。そんなんでよく姉さんの業務命令に逆らえましたね~!」

 

笑顔でグサグサ来る。

 

しのぶの武器は「速さ」。「姉さんを困らせた罰」として容赦ないスピードで襲ってくるから、炭治郎としても常に気が抜けなかった。

 

カナヲとの身体訓練では、道場でカナヲと鬼ごっこをするのだが、カナヲもカナヲで速くすばしっこくてなかなか捕まえることができない。

 

過酷さがパワーアップした修行を三ヶ月ほどこなしてようやくしのぶやカナヲの速さについていけるか?となった頃、カナエに新たな任務が舞い込んできたため、同行することとなった。相変わらずカナエの部屋で眠ったままの禰豆子は置いて。

 

場所は屋敷で、元十二鬼月によって稀血の人間が囚われている、とのことだった。

 

問題の屋敷の前に着くと、男子と女子が抱き合った状態で怯えていた。

 

「あら、どうしたのかしら?」

 

カナエは彼らの背丈に合わせて屈み、優しく訊ねる。

 

「ば、化け物の、家だ……。夜道を歩いていたら、お兄ちゃんがだけが連れて行かれたんだ……」

 

凛とした大和撫子に安心したのか、男の子は泣きながらそう言った。

 

「あの屋敷に?」

 

炭治郎が聞く。

 

「はい……」

 

「安心して」

 

カナエはそう言って男子と幼い女子の肩に両手を乗せた。

 

「お姉さんたちがその化け物たちをやっつけてお兄さんも連れ戻すから、あなたたちはここで待ってて」

 

幼子たちは何とか頷くと、カナエに促され、二人は屋敷に足を踏み入れた。

 

廊下が続いており、取り敢えず炭治郎たちは近くの和室に入った。

 

その時だ。

 

ポン!

 

鼓の音と共に部屋が変わった。

 

ポン!

 

また変わる。

 

「なるほど。ここの鬼は鼓を叩くと人を別の部屋に移動させられる血鬼術を操っているのね」

 

カナエが呟く。

 

「炭治郎、私から離れないでね」

 

「はい!」

 

カナエも炭治郎も刀に手を掛けて備える。と、その時、手書きの原稿用紙が落ちており……

 

「あら、原稿用紙ね」

 

カナエは一枚を手にとって読んでいると……

 

「おお! うまそうな子供と女だ! 舌触りが良さそうだ!」

 

足が四本の鬼がのしのしと和室に登ってきた。

 

ヒノカミ神楽 烈日紅鏡

 

カナエが日輪刀を振るう前に炭治郎が一閃し、鬼を灰にしてしまった。

 

「ありがとう! 炭治郎」

 

「いえいえ」

 

「それにしてもここの鬼、人間時代は作家だったのかな~」

 

「そういうことなのですかね」

 

再び鼓の音がし、部屋がポンポン変わり、ついにその鬼は正体を現した。

 

長髪で、図体の大きい身体には鼓を三個つけている。そして片目には「下陸」の文字の上に×が。元下弦の陸、ということだ。

 

「虫め……消えろ……虫め……」

 

呪詛のように言葉を述べている。

 

「あなたは小説家だったのですか?」

 

「消えろ!」

 

鬼は鼓を更に叩いた。

 

「あらあら。私、あなたの小説をきちんと読みたいの。まだ一枚しか読んでいなかったけど、とても興味深かったわ!」

 

「……」

 

鬼は鼓を叩くのをやめた。そして……

 

「小生の小説、面白そうか?」

 

静かに聞いてきた。炭治郎はあっさりと対話に応じてくれたことに一瞬、啞然としたが、すぐにこの鬼は人間時代をはっきりと覚えているんだと確信した。

 

「ええ。最初から最後まで読んでみたい! その鼓で原稿のある部屋まで案内してくれないかしら?」

 

カナエは穏やかな笑みで問い掛ける。

 

「読んでくれるのか!」

 

「ええ。その代わり、読んでいる間は邪魔しないでね?」

 

鬼が鼓を一回、叩くと書斎の部屋になった。その部屋は机が置かれ、原稿用紙が机に畳に散乱している。

 

「炭治郎、読書の邪魔しないよう見張ってて。人間時代、小説家だった彼なら読書を邪魔される時の気持ちはわかると思うけどね」

 

「はい!」

 

そう言って鬼を見ると、鬼はカナエを驚きの眼差しで見つめていた。

 

「あっ、立っているのも何だし座ったら?」

 

カナエが再び声を掛けると、鬼は素直に従った。

 

その後も炭治郎は匂いを研ぎ澄まして鬼を監視したが、襲って来る気配はなく、大人しく正座していた。

 

「読んだわ!」

 

カナエは原稿用紙を机にトントンとして顔を上げた。

 

「感想を言います。設定は素晴らしかった。ただ全体的に説明的な文章が多かったかな? あと会話ももっと流れが良いと面白いかな」

 

それからカナエはざっと改善点を述べると、鬼は心底感動した様子で……

 

「小生は響凱。お主らの名は何という?」

 

「私は胡蝶カナエといいます」

 

「胡蝶カナエの弟子の竈門炭治郎です」

 

「小生は人間だった頃、小説家だったが誰からも評価されなかった。趣味で行っていた鼓も趣味の域を超えることはなかった。それがどうだ? 初めて小生の小説を評価し、あまつさえ改善点まで述べてくれる人と出会った。小生はこれで充分だ。どうか頚を斬ってくれ」

 

そう言って、頭を下げた。

 

「わかりました」

 

カナエはゆっくりと応えた。

 

「あなたの頚を斬る前に、この屋敷に囚われている少年を解放してくれませんか」

 

 

「了解した」

 

響凱がポン!と鼓を叩くと、冷や汗を浮かべている少年の部屋に移った。少年も鼓を持っている。

 

少年は鬼の存在に気付き、悲鳴を上げる。

 

「大丈夫よ。今、頚を斬るからね」

 

カナエがそっと少年を撫でると、大人しくなった。それでもまだブルブルと震えている。

 

「じゃあ炭治郎、お願い」

 

「はい」

 

炭治郎は刀を抜き……

 

「響凱さん。あなたの血鬼術は素晴らしかった」

 

ヒノカミ神楽 烈日紅鏡

 

響凱の頚が宙に舞い、畳にボトっと落ちた。

 

「そこの少年よ、小生の血鬼術は素晴らしかったか……」

 

響凱はそう言いながら灰となり、消滅した。

 

「来世では鬼となりませんように」

 

炭治郎は手を合わせてそう呟いた。カナエも一緒に手を合わせた。

 

「すみません。助けていただき、ありがとうございました!」

 

少年は何度も頭を下げて御礼を言った。

 

「お安い御用ですよ。怖かったでしょう。一緒に屋敷を出ましょうね」

 

カナエは少年を抱きしめると、少年は思いっ切り泣いた。炭治郎も一緒になって慰め、三人は部屋を後にした。

 

「僕、たまたまある部屋に入ったら鼓が置いてあり、それを叩くと部屋を移動できたので、鬼が来たら鼓を叩くことで何とか逃げ回っていたんです。でも、怖かった……」

 

「もう大丈夫よ! 弟さんや妹さんも外で待っておりますよ!」

 

途中、一匹の大きな鬼が

 

「随分活きのいい人間だ! お前らの肉はえぐり甲斐がありそうだ!」

 

と言って襲ってきたが、カナエの紅花衣の一閃で消滅させ、三人は無事、屋敷の外に出ることができた。

 

「お兄ちゃん!」

 

先程の幼い男子と女子が駆け寄った。長兄も二人を抱きしめ、三人は無事、再会できたことを喜び合った。

 

それを確認した炭治郎とカナエは三人と別れ、帰路に就く。

 

「それにしてもカナエさん、どうしてあの鬼にああやって話し掛けたのですか? 襲われるかも知れなかったのに」

 

「ちょっと! それは花柱・胡蝶カナエは急に襲われたら対処できない、とでも?」

 

カナエは頬をプッと膨らませてみせる。

 

「それは……」

 

勿論、少しでも襲われる気配があれば始末つもりだった、ということか!

 

「ふふふっ。響凱さんには人間らしさを感じたのよね。勿論、人はたくさん喰ってきているかもしれないけど、何か屈折している、というか、本当は悪い人ではなかったのに何か間違えて鬼になってしまった、というか。他の鬼と比べて悪意が少ないように感じたのよね~」

 

カナエの相手を見る目をつくづく感じさせられる。

 

「俺も頚を斬った時、これまで誰にも認めて貰えなかったのが、初めて認められた、というような匂いがしました」

 

「私たち鬼殺隊は鬼を殺すためにやっているのではない。みんなの幸せを守るために働いているの。炭治郎もそこを違わないようにね」

 

「勿論です!」

 

そしてカナエと炭治郎がある路地に差し掛かると……

 

「おや? こんな夜中に逢い引きかな?」

 

「!?」

 

カナエと炭治郎は即座に身構える。鬼の悪臭がする。それも強烈な。

 

声がした方を向くと……

 

金髪。ただしてっぺんだけ赤い髪で美男子風の鬼。その両目にはそれぞれ、

 

「上弦」 「弐」

 

と刻まれている。

 

鬼無辻無惨を除けば、二番目に強い鬼がヘラヘラとした様子で立っていた。




次はいよいよお待ちかねの童磨編です!

果たしてカナエと炭治郎は生き残ることはできるのか?

どうぞお楽しみに!


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童磨

鼓屋敷で元十二鬼月をカナエの懐柔策で見事に討伐したカナエと炭治郎。
その帰りに上弦の弐と出くわし……


「おや? こんな夜中に逢い引きかな?」

 

久しぶりに親しい友人にでも会ったかのような馴れ馴れしさ。

 

 

「初めまして。俺は童磨」

 

閻魔のような衣装を身にまとった、全身が血塗られたかのような美男子風の鬼が、カナエと炭治郎に声を投げかけた。両手には金色の扇子がある。

 

十二鬼月の、上弦の弐。

 

上弦の鬼は鬼殺隊が百余年あまりの間、その一角すら欠けさせることの出来なかった最強の悪鬼達。その上から弐番目の埒外の化物が、今目の前に立っている。死が、目の前に笑顔を携えながら佇んでいる。

炭治郎は一瞬で直感した。

 

 

カナエも『柱』として数多の死線を潜り抜けてきた経験と直感が予知にも似た確信をしたのか、

 

「炭治郎、今すぐ逃げなさい」

 

と厳かな声で告げる。

 

 

炭治郎は一瞬でカナエさんはここで死ぬつもりだ、と直感する。絶対にカナエさんを一人にはしない。鬼殺隊ではないとはいえ、あれだけヒノカミを踊ってきたのだ。それに、ヒノカミ神楽の剣技はかつて、鬼無辻を追い詰め、かつ元祖・呼吸法だったのだ。

 

縁壱様の呼吸法で誇り高く戦い、絶対にカナエさんを死なせない!

 

炭治郎は呼吸を整え、口を開く。

 

「いえ、今回はカナエさんが何を言おうとも逃げません。今までの訓練してきたヒノカミ神楽で精一杯、戦います! 絶対にカナエさんの足手まといにはなりません!」

 

「あれ? 俺、会話から取り残されちゃった気がするのだけど……。君たちのやり取り、愛の力という奴かな? しかし安心して。俺が君たちを救済してあげるから」

 

「……救済?」

 

カナエが聞き返す。

 

「そう。救済さ」

 

そう言うや、童磨は芝居がかった大袈裟な手振りを加えて言葉を紡ぐ。

 

 

「俺は万世極楽教の教祖でね。俺が君たちを喰べる事で、君たちは仲良く俺の中で永遠に生き続け、高みへと昇り続けるんだ」

 

「………は?」

 

「これまで俺が救済してきた人間は沢山居るんだよ。俺に喰べられた人たちはもう何も苦しくないし、辛くもない。俺の中で永遠に生き続けることができて幸せだろうね」

 

話について行けないカナエと炭治郎を他所に、童磨は尚も続ける。

 

 

「君たちは信者ではないけど、俺がしっかり救済してあげるからね」

 

「お前の言う救済はただの殺戮だ! 上弦の弐、童磨! お前は今からでも直ちに地獄に行かねばならない糞野郎だ!」

 

炭治郎は上弦を相手にしても一切、怯むことなく吠える。

 

人を喰い物にし、それを救済と謳っているだけ。

 

何の罪も無い人達の命を平気で奪い、犠牲を積み重ね、それを過ちとすら認識出来ない。それを正しい行いだと本気で思っている。崇高な行為であると、信じて疑わない。

 

屑だ! 正真正銘の屑。悪鬼。

 

「つれないなあ。初対面なのに随分、とげとげしいなあ。それにあれえ?」

 

そう言って童磨は炭治郎の耳に注目する。

 

「花札のような耳飾りをつけた少年って君のことかな? あの方からその少年を見つけたら殺すよう命じられているんだけど、これは夢のようだ! そしてそこの君も美人だし俺の中で永遠に生きるに値する女の子だ! うん、仲良く救済してあげるよ! ところで君の名前は何と言うのかな?」

 

閉じた金色の鉄扇を口元に当て、せせら笑いながら言う童磨に対してカナエは言葉を発した。

 

 

「……哀れで可哀想で、愚かなのはあなたでしょう?」

 

童磨の質問に答えず、軽蔑したように言う。

 

「え?何?」

 

 

意味が分からず首を傾げる童磨。

 

カナエの双眸から放たれる視線は冷たく、まるで氷刃のようだ。

 

「あなたは先程から救済、救済と言っていますが、残念なことに私には微塵も響きません」

 

「えー、それは君が不感症なだけなんじゃない?」

 

「あなたの言葉には重みが無い。感情が乗っていない。……思うに、あなたは知らないのでしょう?誰もが当たり前のように感じる喜びや悲しみを」

 

「…………」

 

童磨は笑みを浮かべたまま無言。

 

対してカナエはその艶やかな唇を三日月のように釣り上げ、ありったけの侮蔑を込めて嘲笑する。

 

「哀れですよね。陽の光の美しさを忘れ、暗闇の中をひそひそと回虫のように這いずり回るしかできないなんて。おまけに感情が欠落してると来ましたか。加えて善悪の判断もできない愚鈍な頭……。教祖たるあなたがこのザマでは信者の方たちが救われませんね。最も救済が必要なのはあなたではないのですか? そんな奴に炭治郎は絶対に殺させません」

 

「そうでしょう?上弦の弐・童磨」

 

カナエの憐憫を含んだ声音が、閑散とした通りに響き渡る。

 

腰に差したピンクの日輪刀を引き抜き正眼に構え、その切っ先を敵意と共に童磨へと向ける。

 

炭治郎も日輪刀を抜いて激しい敵意と共に切っ先を童磨に向ける。

 

やはり事もなさげに薄ら笑いを浮かべた童磨はやれやれと嘆息し、カナエと炭治郎を交互に見る。

 

 

「えー、もしかして俺と戦う気?えー………」

 

 

 

鉄扇を口元に当てながら、童磨は再びカナエを一瞥する。

 

女性にしてはそこそこ背がある。見る者を魅了する美貌を持ち、確固たる強い信念を宿した大きな双眸。うん、まさに喰べるに相応しい上質なご馳走だ。

 

しかし、何よりも目に留まったのは、ピンク色の日輪刀の根元に刻まれた『悪鬼滅殺』の文字。

 

 

「えぇー!君、そんなに可愛いのに柱なんだぁ!」

 

 

小馬鹿にするようにカナエを指さし仰々しく驚いてみせる童磨。もう、これが素なのだろう。いちいち癪に障る。

 

「ええ。今から私、花柱・胡蝶カナエがあなたを救済して差し上げます」

 

「うん。君には無理さ」

 

と言った刹那、童磨は消え…

 

たと思いきやカナエの目の前に飛んできて金の鉄扇を一閃した。

 

「カナエさん!」

 

炭治郎は驚いて叫んだが、カナエは避けていて…

 

花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

避けた身体をバネにピンクの日輪刀を一閃させる。

 

炭治郎も深呼吸し、

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

刀を両腕で握り、太陽を描くような太刀筋で童磨に斬りかかった。

 

「いや。危ない危ない」

 

童磨は慌てて後退する。頚を二人の刀がかすったようで、鮮血が出るも、傷はすぐに塞がった。

 

「じゃあ俺もいくよ~」

 

血鬼術 蓮葉氷

 

鉄扇を軽く振るうと、蓮の花の形をした氷が出てきて二人に襲い掛かる。

 

炭治郎はこの氷に触れるとまずいと直感する。

 

「カナエさん! 氷に触れないよう気を付けてください!」

 

カナエにしっかりと伝わったようで、

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

周囲に花の斬撃を繰り出して、氷の斬撃を綺麗さっぱりと相殺した。

 

「お~! 君、かわいいのに強いんだね~! 俺も本気出さなくちゃ!」

 

童磨のヘラヘラした様には本当、イラつく! カナエも炭治郎も同じようにそう思った。

 

血鬼術 寒烈の白姫

 

鉄扇から二体の氷姿の女性の上体が出現し、それらの口からフーっと吹雪が吹かれた。

 

炭治郎たちはたちまち極寒と氷刃と吹雪に襲われた。

 

「カナエさん! 氷の前で息したらまずいです!」

 

炭治郎は匂いで即座に血鬼術の本質を見抜き、

 

「ええ!」

 

カナエも阿吽の呼吸で技を出す。

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡

 

炭治郎も技を繰り出して寒烈の白姫を壊しにかかるも……

 

血鬼術 冬ざれ氷柱

 

炭治郎とカナエの頭上から無数の氷刃が落ちてきた。

 

カナエと炭治郎は辛うじて後ろに飛び退く。

 

「どんどんいくからね~!」

 

血鬼術 寒烈の白姫

 

「炭治郎、私が氷を破壊するからついて来て!」

 

「はい!」

 

花の呼吸 参ノ型 桜花爛漫

 

カナエはピンクの斬撃を広範囲に放ち、氷を消し去りながら童磨に突進していった。炭治郎も残った氷を斬りながらついていく。

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

カナエが最大九連撃できる花の斬撃を童磨に放つと共に、炭治郎も童磨に斬りかかり、太陽を描くようにぐるりと刀を振るう。

 

しかし、童磨は左の扇でカナエの斬撃を、右の扇で炭治郎の斬撃を受け止め、悉く捌いてしまう。

こいつ、血鬼術も凄いけど、反射神経も半端ない。これぞ『上弦の弐』。

 

「二人ともいい連携だけど、俺の頚は斬れそうにないな~!」

 

血鬼術 凍て曇

 

粉のような氷でカナエさんも含む周囲が見えなくなったと思いきや……

 

血鬼術 散り蓮華

 

細かいガラスのような花弁の氷刃が襲う。

 

炭治郎は氷を吸わないよう気をつけながら……

 

日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡

 

を連発し、少しでも視界を開こうとする。

 

花ノ呼吸 弐ノ型 御影梅

 

と共にカナエも現れる。

 

「炭治郎、無事だったのね!」

 

「カナエさんも大丈夫ですか?」

 

「ええ! とにかくこの氷の攻撃を凌ぎましょう!」

 

「はい!」

 

「ん? また俺、会話から外されたかな? つれないなあ。俺に勝てないからと朝日が昇るまで時間稼ぎしようって? そうはいかないよ? だって二人とも絶対に俺が救済するんだから」

 

血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩

 

その声と共に、氷で造られた大仏のような菩薩が現れる。その肩に童磨はヘラヘラしながら座っている。

 

菩薩が息を吹きかけると、先ほどの寒烈の白姫と比較にならない程の吹雪が二人を襲う。

 

こ、これは……

 

カナエも炭治郎も驚きながらも

 

花の呼吸 参ノ型 桜花爛漫

 

日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡

 

菩薩を破壊しようとするも破壊しきれず……

 

血鬼術 冬ざれ氷柱

 

空から無数の氷刃が降って来て、二人は慌てて後退するも、全ての氷刃は躱しきれなかった。

 

氷刃が当たった部分はたちまち凍る。

 

それに二人は呼吸技をたくさん連発しており、炭治郎は勿論、カナエも息が上がり始めていた。

 

「よし! 止めを刺そう! これで君たちは仲良く救済だ!」

 

次の血鬼術は炭治郎とカナエを完全に絶望させるのに充分すぎる程の血鬼術だった。

 

血鬼術 結晶ノ御子

 

童磨の形をした小さな氷人形が鉄扇から出てきて、大きくなると……

 

血鬼術 蓮葉氷

 

本体ではなく、その氷人形が術を出したのだ!

 

「これはね、俺の分身さ。是非、可愛がってやっておくれよ~!」

 

血鬼術 結晶ノ御子

 

と五回繰り返され、次々と童磨の氷人形が出て来る。

 

「本体と同じくらいの強さを持つ分身が出て来るとかありかよ!」

 

炭治郎は思わずそう叫んでいた。

 

花の呼吸 参ノ型 桜花爛漫

 

カナエは早くも花の斬撃を繰り出して何とか炭治郎も含めて防御しようとしたが、

 

六体の氷人形からは次々と血鬼術が放たれる。

 

血鬼術 寒烈の白姫

 

血鬼術 蔓蓮華

 

血鬼術 散り蓮華

 

血鬼術 凍て曇

 

血鬼術 冬ざれ氷柱

 

竈門炭治郎と胡蝶カナエに最大のピンチが訪れていた。



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蝶と日の意思

上弦の弐と遭遇し、善戦するも大仏のような巨大な氷の血鬼術に加え、童磨本体と同じ能力を持つ氷人形から雨あられと浴びせられ、炭治郎と花柱・胡蝶カナエは大ピンチに陥り…


炭治郎もカナエも致命傷は何とか躱したものの、目の前は極寒地獄で、このままいけば二人とも凍死するよりない、という状況だった。

 

二人とも氷による軽い傷は無数に負っており、童磨の頸を斬るどころか、朝日が昇るまで凌ぐことすら絶望的だった。

 

「カナエさん。あれで切り抜けます!」

 

炭治郎はそう言い、カナエが、

 

「ちょっと炭治郎、やめなさい!」

 

と止めるのも聞かずに、

 

日の呼吸 拾参ノ型 円環

 

ついに切り札を出した。

始まりの剣士、継国縁壱が日の呼吸で生み出した奥義であり、壱ノ型〜拾弐ノ型までを高速で一気に出す技だ。

 

炭治郎は鼓屋敷から帰ってヒノカミ神楽を日々練習していると、自身が先祖の炭吉になりきって縁壱と家の縁側で話す夢を見た。

 

その時、鬼無辻無惨と遭遇した時のことをこう語っていた。

 

「出会った瞬間に私は、この男を倒すために生まれて来たのだとわかった。その男は暴力的な生命力に満ち溢れていた。ぐつぐつと煮えたぎり、全てを吞み込もうとしていた。男が腕を振るうと、それはそれは恐るべき速さと間合いの広さ。攻撃を避けると遥か後方まで竹が斬り倒される音がした。かすり傷でも死に至ると感じた。私は生まれて初めて背筋がひやりとした。男には心臓が七つ、脳が五つあった。この瞬間に私の剣技の型が完成した」

 

縁壱さんは物静かで素朴な人だった。

 

無惨との遭遇について語った後、炭吉の妻のすやこさんが型を見たいとせがんだら快く見せてくれたのだ。

 

それが無惨をも殺しかけた、拾参ノ型だった。壱~拾弐ノ型を繋ぎ合わせた型。それは精霊のように綺麗で、壱~拾弐ノ型を繰り返すことでちょうど円環を成す。

 

しかしこれは縁壱だから使いこなせた技で、炭治郎のような素人には簡単に扱える技ではない。一回使うと大技の反動で身体に負荷がかかり、しばらくは戦闘不能になる。だから諸刃の剣でもあった。しかし、今はこれで生に活路を見出すしかない。

 

『縁壱さん、日の呼吸は驚くほど正確に伝わってました。今、あなたの技でこの糞野郎を葬ります! やれるかやれないかではない、やらなければならない!』

 

炭治郎は刮目し、ヒノカミ神楽の最初から最後までを高速で舞う要領で技を繰り出し、氷に突撃した。

 

童磨の六体の氷人形を血鬼術ごと破壊して回り、氷刃が多少刺さってもものともせず突進し、菩薩に突進する。

 

カナエも炭治郎を止めるのは諦め、後ろから残った氷刃を斬りながらついて来る。

 

「あれ? これだけの血鬼術を放っても生き残っちゃうの、君たちが初めてだよ~!」

 

童磨は菩薩の上でせせら笑うと、鉄扇を振るう。すると、巨大な手が炭治郎たちに落ちて来た。

 

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

カナエの御影梅でさえも歯が立たないと思われたが……

 

炭治郎の拾参ノ型に斬りつけられると、巨大な手は焼け落ちた。

 

返す刀で菩薩をあっさりと砕いてしまった。童磨は慌てて飛び降りる。

 

「おっと危ない、危ない」

 

初めて童磨の表情に動揺が走った。

 

「カナエさんの命はー!」

 

炭治郎は吠える。

 

「誰にも奪わせなぁい!」

 

炭治郎の奥義が童磨を襲う。

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

カナエの九連撃も童磨に襲い掛かる。

 

血鬼術 枯園垂り

 

童磨は二本の鉄扇から氷刃を出して迎え撃つ。カナエの連撃のうち一撃が童磨の胸をかすり、炭治郎の拾参ノ型は童磨の腕を斬り、腹を負傷させることに成功したが、急所の頚だけは鉄扇で防がれる。しかし……

 

「いたっ!」

 

童磨が初めて苦悶の表情を浮かべたのだ。カナエからの傷は直ちに回復したが、炭治郎からの傷はなかなか回復しない。

 

これを見逃すカナエと炭治郎ではない。

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

カナエの花の一閃と共に、炭治郎も渾身の力を込めて童磨の頚目掛けて刀を入れる。

 

二人ともこのクズを屠ることでコイツによる『救済』の犠牲者が金輪際なくなることを心から願って。

 

が……

 

血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩

 

再び大技を出された。

 

「悪いけど夜も明けるし、救済はまたの機会だね。うん。じゃあね~!」

 

「待て! 逃げるな~!」

 

炭治郎は菩薩を切り刻もうとするが……

 

がくっ

 

膝をついてしまった。大技の反動が来てしまったのだ。どんなに憎悪で満ちていてもどうしても身体に力が入らない。同時に菩薩から放たれる極寒と氷刃が炭治郎の体力を一気に奪っていく。

 

「炭治郎!」

 

カナエに抱きかかえられ、菩薩から飛び退く。

 

「逃げるな、卑怯者~! 卑怯者~!」

 

カナエに抱きかかえられながら、炭治郎はあまりの悔しさに涙を流しながら叫んでいた。その間に菩薩は消えてなくなり、周囲の残存していた氷刃も綺麗さっぱり消え、童磨も姿を消していた。

 

炭治郎は朝日が差し掛かった空を一瞥した後、意識を失った。もう限界だった。




~大正コソコソ噂話~

炭治郎が出した日の呼吸 拾参ノ型は上弦の弐相手でも一瞬では回復させないくらいの傷を与えることには成功しました。
(人間が傷を負った時のように、しばらく休めば治る傷です)

しかし、縁壱の赫刀のように、斬ったら永遠に回復させなくするまでには全然至っておりません。炭治郎がこれから如何に成長してそれに近付けるか、今後の見所の一つとなりそうですね。


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最終選別

炭治郎の思わぬ反撃を食らい、瞬きでは再生できない傷を負った上に朝日という時間切れが来てしまった童磨は逃走した。

 

「それにしてもあの回想は…」

 

炭治郎に日の呼吸 拾参ノ型で斬り込まれた時の記憶。耳に花札のような耳飾りをつけた、一見物静かそうな剣士。彼が繰り出す人間離れした精霊のような、怪物のような剣技。その人間離れした剣技により、殺されかけた記憶…。そう、あの方の。

 

鬼舞辻無惨の回想が乗り移り、炭治郎の決死の斬撃は始まりの剣士・継国縁壱思い起こさせたのだ。

 

「俺の善行や大義を理解できない、あの耳飾りの子は絶対に『救済』してあげなくちゃ」

 

童磨は傷を必死に再生させながら、人間には決してわからないであろう正義を妄想するのだった。

 

 

童磨はその後、無惨から呼び出されて直ちに彼の今の住まいを訪れたが……

 

「上弦の弐ともあろう鬼が鬼殺隊員ですらない竈門炭治郎に一撃を食らうとはどういうことだ?」

 

無惨は紳士服姿で、目の前に座る上弦の弐をこれ以上ないほど冷酷に睨みつけて言った。

 

しかしそれで物怖じする童磨ではなかった。たとえ無惨が相手でもヘラヘラしながら話す。

 

「ちょっと遊んでやろうと思ったら朝が来てしましました~。どのようにお詫びしましょうか? 目玉をほじくり出しましょうか? それとも…」

 

「誰が無駄口を利いていいと言った!」

 

無惨の冷たい一喝と共に、童磨の胸から鮮血が迸る。

 

「俺は以前からお前が気に食わなかった。それでも数多くの鬼殺隊を葬る実力があったから目を瞑ってきた。しかし、それができないお前は何だ? 何の存在価値もない。鬼が人間に勝つなんて複雑でもなんでもない筈だ。それなのに貴様は柱どころか鬼狩りですらない小僧すら始末できなかった。なぜできなかった? 上弦の弐も落ちたものだ。童磨、童磨、童磨!」

 

「……」

 

流石の童磨もヘラヘラした表情を消し去り、鉄扇を片手に持ちながら俯く。その間に血はボトボトと床に落ちる。

 

「もういい。貴様に任務をお願いすることは当分ないから下がれ」

 

童磨は力無く去り、外に出ると……

 

バーン!

 

鉄扇を近くの家に思い切り叩きつけると、その家は直ちにミシミシという音と共に崩壊した。

 

「どうしてあの小僧は俺の大義を理解できないのかな。竈門炭治郎、お前は絶対に『救済』してやる」

 

倒壊した家からの断末魔の悲鳴などお構いなく、童磨は能面で、呪詛を唱えるように言ったのだった。

 

 

 

 

「ここは……」

 

炭治郎がゆっくりと目を開けると、見慣れた場所だった。新しい家族たちに囲まれ、居心地の良い。

 

「やっと目覚めたのね!」

 

カナエの声だった。隣にはしのぶとアオイの険しい表情が控えている。

 

「姉さんを困らせないでってあれほど言ったでしょう! もう!」

 

「しのぶ様の言う通りですよ! 炭治郎さん、この蝶屋敷のベッドで三日間ずっと起きなかったんですよ。もしこのまま起きなかったらって気が気でなかったんですから!」

 

アオイは最後、涙声になっていた。

 

「あらあら。二人ともぷりぷりしないの。炭治郎はこうして目を覚ましてくれたことなんだから、感謝しましょう。炭治郎、鬼殺隊員じゃないのによく、上弦の弐を目の前して生き残ったわね」

 

カナエはニコニコして炭治郎の頭をなでなでした。その美人な顔には切り傷が残っていた。

 

「カナエさんは大丈夫なのですか?」

 

「ええ。身体の所々が氷による火傷を負っていたけど、何とか治ったわ! 炭治郎も氷で体温が下がっていたし、全身大火傷していたけど、しっかり休んで毎日軟膏を塗れば大丈夫そうね」

 

「ありがとうございます。身体が治ったら早速、鍛錬を再開します!」

 

「ええ。しかし、鍛錬再開はしのぶが判断するから、それに従うのよ?」

 

それを受けて、しのぶも口を開く。

 

「もしベッドを抜け出したらわかってますね?」

 

しのぶの笑顔ほど恐ろしいものはない。

 

「はい」

 

炭治郎は素直に返事した。

 

「それからヒノカミ神楽を日の呼吸として炭治郎の呼吸法にすることにしたの?」

 

「はい。かつてない程の危機を前にして、ヒノカミ神楽を日の呼吸として正式に受け継ぎ、何としても使いこなしていく肚が固まりました!」

 

「そうなの? 流石、炭治郎! 私の自慢の継子だわ〜!」

 

「最早炭治郎はすっかり立派な『剣士』ね」

 

しのぶも今度は、心からの微笑みを浮かべて同調してくれた。

 

「炭治郎も目覚めてくれたことだし、私、巡回に戻るわね」

 

そう言って蝶の羽織を翻して扉を開けて部屋を出ようとした矢先、こちらを振り返った。

 

「あ、そうそう、炭治郎。身体治ったら機能回復訓練、というのをやって貰うから、それをやったら最終戦選別に行くことを許可します」

 

カナエは出て行った。

 

「良かったですね、炭治郎」

 

しのぶが笑顔のまま言った。アオイも表情を緩ませ、穏やかに微笑んでいる。

 

「さっきはついつい怒鳴ってしまいましたが、姉さんを助けてくれてありがとうございました。しかし炭治郎は私たちの大切な弟。もしものことがあったらと思うといてもたってもいられません。そのことはわかってくださいね?」

 

「わかりました。看病してくれてありがとうございました」

 

炭治郎が礼を言うと、しのぶは益々微笑み、アオイは炭治郎の頭を撫でてきた。

 

「当然のことですよ、炭治郎さん。改めてお帰りなさい」

 

「あっ、ただいま戻りました」

 

炭治郎が慌ててそう言うと、

 

「それを私たちは聞きたかったんですよ~」

 

としのぶが言った。

 

その後、アオイからざっと機能回復訓練について説明を受け、炭治郎は引き続き休むこととなった。

 

五日間、蝶屋敷の女子たちからの手厚い看護ですっかり回復した炭治郎はようやくしのぶから許可を受け、機能回復訓練を行うことになった。

 

まずきよ、すみ、なほから三人がかりで炭治郎の身体を容赦なく解された。

 

次にアオイを相手に動体訓練。道場で身体を張っての対決だ。アオイは最初、鬼殺隊を目指して蝶屋敷に修行していたものの、体験入隊で鬼を前にして恐怖のあまりトラウマになってしまい、早々に鬼狩りの道に見切りをつけて裏方に回っていた。

 

とは言え、鬼殺隊を目指していただけあってそのパワーは伊達でなく、病み上がりの炭治郎は最初、勝てなかった。しかし、何回か対戦しているうちに勝てるようになった。

 

しかし問題はカナヲとの訓練だ。道場で炭治郎が鬼役で鬼ごっこ、その後は複数の湯吞茶碗から薬油を当ててそれをカナヲに掛ける対決。

炭治郎は鬼ごっこでカナヲをなかなか捕まえられず、いつも薬湯をかけられた。

炭治郎は嗅覚が優れているのに対し、カナヲは視力に優れている。だから、襲われた時も瞬時に相手の動きを追って、避けるなどの対応ができるのが強みだった。しかも師範のしのぶからは速い身の熟し方をみっちり叩き込まれている。それでも…

 

「焦らないで、炭治郎。これはあくまで休んだ身体を叩き起こすためにやっているから。全集中の呼吸を思い出して使えば勝てるわよ!」

 

カナエがそう諭してくれ、炭治郎は全集中の呼吸を改めて再び自らの身体に徹底させると、ついにカナヲの袖を掴み、湯呑茶碗対決も制すことができた。

勿論、炭治郎はカナヲ相手に薬湯はぶっかけず、その頭にちょこんと湯呑茶碗を載っけた。

 

体力が戻り、炭治郎は蝶屋敷最大の瓢箪割りに挑むこととなり、一週間で割ることに成功した。そしてついに…

 

「行っていいわよ、最終選別に」

 

正式に最終選別に参加する許可を得た。しのぶもカナヲの最終選別への参加を認め、炭治郎とカナヲは共に最終選別に参加することとなった。

 

最終選別を前にして炭治郎はカナエにこう言われた。

 

「やっぱり炭治郎に買ってあげた蝶飾り、お姉さんはつけて欲しいなぁ。女の子向けかもしれないけど、あれは私たち家族の証だし、お守りみたいなものなの。それに炭治郎、髪多いから似合うんじゃない?」

 

後ろで髪をまとめて留めれば良いか…

 

「わかりました。つけていきます!」

 

「ありがとう、いい子ね。それとあなたに羽織を作ったから着てもらえるかしら?」

 

そう言って、カナエは羽織を持ってきた。青色の蝶羽織だ!

これなら男子が着ても遜色ない。

 

「ありがとうございます!」

 

炭治郎は早速着ると…

 

「あら〜! 凛々しいわ! 炭治郎!」

 

それからカナエは蝶飾りを髪につけてくれた。しのぶ達も呼んでどうつけるのが似合うか笑いながら話し合い、炭治郎の赤みがかかった髪で遊びながらつけてくれた。

 

「うん! これで大丈夫!! 似合うわよね~? しのぶ、アオイ、カナヲ?」

 

「ええ!」

 

しのぶとアオイが笑顔で頷き、カナヲまでが表情を綻ばせて蝶飾りで結られた炭治郎の髪型を静かに見つめる。

 

最終選別の前日なのに、賑やかな蝶屋敷なのだった。

 

翌日、蝶屋敷の女子たち総出で見送られ、最終選別に出発した。

 

最終選別が行われる藤襲山。

ここに鬼が閉じ込められているので、そこで一週間生き延びたら合格して晴れて鬼殺隊員となる。

 

炭治郎たちが藤襲山に行くと、既に様々な思いを抱えた鬼殺隊候補が来ていた。

 

「カナヲさん、協力して絶対に生きて突破しましょう!」

 

カナヲはこくりと頷いた。

 

主催者であるおかっぱ頭の女子たち二人の合図で、選考者たちは山に放り込まれた。

 

体験入隊で鬼と実戦し、上弦の弐とまで戦った炭治郎にとって藤襲山の鬼など敵ではなかった。

ヒノカミ神楽、いや、日の呼吸で遭遇した鬼を難なく倒していく。カナヲも傷一つ負わず、服を塵一つ汚さず花の呼吸で鬼を倒していく。

 

しかし四日後のことであった。

 

 

「鱗滝め、鱗滝め、鱗滝め、鱗滝め……!」

 

呪詛のように唱えるドスの効いた声。

 

手をあちこちに生やし、明後日の方向を向いた目をした巨大な鬼と、花柄の着物姿で、狐のお面を横につけた小柄な少女が対峙している。

 

「なんであなたが鱗滝さんを……」

 

驚いて訊ねる少女に、鬼は夥しい手をせわしなく動かしながら応える。

 

「知ってるさァ! 俺を捕まえたのは鱗滝だからなァ。忘れもしない! 四十六年前、アイツがまだ鬼狩りをしていた頃だ。江戸時代……慶応の頃だった」

 

鬼狩り……江戸時代?

 

少女は驚いて目を見張る。

 

「五十人は喰ったなァ。ガキ共を」

 

鬼は驚いたままの少女を尻目に続ける。

 

「十一、十二……お前で十三だ」

 

鬼は少女を指差した。

 

「な、何の話よ?」

 

少女は剣を構えて訊ねる。

 

「俺が喰った鱗滝の弟子の数だよ。アイツの弟子はみんな殺してやるって決めてるんだ」

 

そう言って、鬼は目を細めてほくそ笑む。

 

「そうだなぁ。特に印象に残っているのは珍しい毛色のガキだ。一番強かった。宍色の髪をしてた。口に傷がある。目印なんだよ。その狐の面がな。鱗滝が彫った面の木目を俺は覚えてる。アイツがつけてた天狗の面と同じ彫り方」

 

「……」

 

「厄除の面とか言ったか? それをつけてるせいでみんな喰われた。みんな俺の腹の中だ。鱗滝が殺したようなもんだ。フフフッ」

 

鬼は再びほくそ笑んだ。少女は剣をガクガクと震わせ、可愛らしい大きな瞳に涙を浮かべる。

 

「き、今日で終わりにするわ」

 

次の瞬間……

 

「ワーーーー!」

 

少女は泣き叫びながら突進し、

 

全集中 水の呼吸 肆ノ型……

 

技を出そうとした瞬間、彼女は鬼の夥しい手に捕らわれてしまった。

 

「フッフッフ……!」

 

――――もう駄目。鱗滝さん、ごめんなさい。私はバラバラにされて……

 

夥しい手により、まさに手足が捥がれようとしたその時、「ゴォォォォー!」という呼吸音がして……

 

日の呼吸 拾ノ型 火車

 

少女の手足を捕えていた夥しい手が一気に斬られ、少女は地面に落ちた。そこにカナヲが駆け寄って黙ったまま彼女を抱えて鬼から遠ざける。

 

「まだ幼い少女を踏みつけにして、俺はお前を絶対に許さない! 今からお前を斬る!」

 

青い蝶羽織姿にピンクの髪飾りで赤い髪を後ろで結った竈門炭治郎はヒノカミの舞を舞って突撃していくのだった。




※アオイは原作では最終選別を経て鬼殺隊士になっていますが、そこは設定を微修正しております。


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鱗滝真菰

カナヲと共に最終選別に参加した炭治郎は日の呼吸で鬼を次々に倒していくが、身体中から手が生えた鬼に花柄の着物姿の少女が襲われているのを目にし、助けに入り……


「まだ幼い少女を踏みつけにして、俺はお前を絶対に許さない! 今からお前を斬る!」

 

炭治郎は飛びかかると、鬼はすかさず手を伸ばして来る。

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

炭治郎は幻日虹による攪乱で鬼の手を躱しつつ、瞬く間に太い首の間合いに入った。

 

―――俺の頚は硬い。あのガキでも斬れなかった。俺の頚を斬り損ねた所に頭を潰してやる。アイツと同じように……

 

鬼はほくそ笑みながら目の前の獲物を待つが……

 

日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡

 

炭治郎は鬼の頚に痛恨の二連撃を浴びせた。

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

少女を側に座らせたカナヲもジャンプして鬼を斜め上に斬って援護する。

 

手応えはあり、ザン! という音と共に頚は地面に落ち、頚より下もカナヲの一撃によってみるみるうちに崩れ落ちていった。

 

「クソッ! クソ! 死ぬ……」

 

鬼の断末魔の姿から炭治郎は悲しみの匂いを感じた。

 

―――兄ちゃん怖いよ……、どうして俺は兄ちゃんを咬み殺したんだ? 兄ちゃん、手を握ってくれよ……

 

―――しょうがないなあ、お前は怖がりなんだから。

 

「次に生まれてくる時は鬼になりませんように」

 

炭治郎は灰になって消えていく鬼の、大切だった人との切ないやり取りを匂いで感じ、そう願わずにはいられなかった。

 

「大丈夫ですか? 応急処置しないと……」

 

炭治郎が少女に駆け寄ると……

 

「もうした」

 

カナヲが短く答えた。しのぶから怪我している鬼殺隊士がいたら手当しなさいと指導されているので、コインを投げるまでもなく自ら進んで真菰の手当を済ませていたのであった。

少女の手足には包帯が巻かれている。

 

「ありがとうございました」

 

少女は顔を綻ばせた。

 

「私は真菰といいます。鱗滝さんという師匠に水の呼吸を教わり、最終選別を受けに来たんです」

 

「俺は竈門炭治郎で、彼女は栗花落カナヲといいます。俺たちはそれぞれ花柱の胡蝶カナエさんと蟲柱の胡蝶しのぶさん姉妹の継子なんです」

 

「へぇー、そうなんですか~」

 

真菰はフワフワした話し方をする少女だった。どこかカナエさんと似たような話し方だ。

 

「私、あなたたちが来てくれて本当に助かりました。鱗滝さんの弟子は毎回、あの鬼に喰われていると聞いて動揺してしまって……。あのままいけば間違いなく私も喰われてました」

 

「いえいえ。当然のことをしたまでですよ。俺たちは同期。このまま一緒に選別を乗り切りましょう!」

 

炭治郎は微笑むと、真菰も微笑んだのだった。とても優しい目をしていて、可愛らしい少女だった。

 

カナヲもかすかに微笑みながら蝶を手に留まらせている。黙って真菰のことを受け入れてくれている匂いだった。

 

それから三人は行動を共にして、主に炭治郎と真菰が話して最終選別を乗り切った。

朗らかな性格の真菰はカナヲにも当然、話し掛け、カナヲがコインを投げて応えるたびに真菰はニコニコと眺めていたのだった。

 

最終選別を乗り切ったのは炭治郎、カナヲ、真菰ともう一人の四人だけだった。

 

「お帰りなさいませ」

 

「おめでとうございます。ご無事で何よりです」

 

主催者のおかっぱ頭の女子二人が、合格者三人を前にして口々に言った。

 

一人は白髪でもう一人は黒髪で、顔は一卵性双生児の双子かと思うほどそっくりだ。

 

「まずは隊服を支給させていただきます。体の寸法を測り、その後は階級を刻ませていただきます」

 

白髪の女子が言い、

 

「階級は十段階ございます。甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸。獪岳様とカナヲ様と真菰様は一番下の癸、炭治郎様は選別前、上弦の弐と遭遇して生き残ったため、丁からのスタートとなります」

 

黒髪の女子が言うと、もう一人の合格者がいきり立って前に出て、二人の髪を両手で鷲掴みにする。

 

「おい! 何で俺は一番下からの出発なんだよ! 俺には才能がある! そんなこともわからないてめえらはカスだ!」

 

彼は髪の毛をツンツンと立てており、鬼と戦ってきたせいか、黒い服は汚れている。彫りの深い顔からは勝気そうで、とにかくいつも満たされていない、というような匂いがプンプンする。

 

「この子たちから手を放せ! 放さないなら折る!」

 

炭治郎は獪岳の手を掴む。

 

「てめえか? 俺を差し置いて丁から出立するのは? いい度胸だ! やってみろ!」

 

炭治郎は手に力を込める。グニャッという鈍い音と共に言葉通り、彼の両腕を折ってしまった。

 

「……」

 

獪岳は腕を押さえながら悔しそうに炭治郎を見上げる。

 

「お話は済みましたか?」

 

黒髪の女子が口を開いた。今、襲われそうになったことなどおくびにも出さなかった。

 

その後、隊士には鎹烏という烏と刀が十五日以内くらいに支給されることを告知され、刀を造る鋼を選ばされて、解散となった。

獪岳もその後、悪態をつきながらも炭治郎に報復することなく、解散となるや真っ先に帰っていったのだった。

 

「行こうか」

 

炭治郎は二人の女子と一緒に帰った。炭治郎とカナヲが真菰を救ってから三人は一緒に過ごしたことで、自然と絆が出来ていた。

 

「そうそう。私、あなたたちに鱗滝さんを紹介したいと思って。ついて来てくれるかしら?」

 

「いいよ! 是非会いたい!」

 

炭治郎は快諾し、カナヲも頷いた。

 

「鱗滝さんはね、天狗のお面を被っているのよ~。私、家族を鬼に殺されて一人だったからさ、拾ってここまで育ててくれた鱗滝さんが大好きなんだ~!」

 

「俺も似たような境遇だよ。家族を妹以外、全て殺されて花柱様に拾ってここまで育てて貰ったんだ。だから絶対、俺たちの代で悲しみの連鎖を断とう!」

 

「ええ!」

 

狭霧山という山を登り、三人は真菰の師匠の宅に着くと、真菰が言っていたような赤い鬼のお面を被った男が出てきて真菰に駆け寄り、抱きしめた。

 

「よく戻ってきてくれた!」

 

「鱗滝さん! 私、この人たちに救われて戻って来ることができました」

 

真菰は目に涙を浮かべて言った。

 

「おお! そうか! 真菰を守ってくれて本当にかたじけない」

 

彼は炭治郎とカナヲを交互に見て言った。

 

「いえ、当然のことをしたまでです。俺は竈門炭治郎。彼女は栗花落カナヲ。俺は花柱様の、彼女は蟲柱様の継子をしております!」

 

「おお、胡蝶姉妹のか! 立派な隊士だな! 儂は鱗滝左近次だ。昔は水柱だった」

 

その後、鱗滝は炭治郎たちを中に入れてくれ、雑炊を振舞ってくれた。その後、炭治郎とカナヲは鱗滝と真菰に見送られながら別れ、蝶屋敷に帰ったのだった。

 

「二人ともよく戻ってきたわね!」

 

「なかなか帰って来ないから心配したじゃない!」

 

二人の帰りを心待ちにしていた胡蝶姉妹はそれぞれ、第一声を発し、目に涙を浮かべて二人を抱きしめた。

声を聞きつけたアオイやきよ、すみ、なほたちも駆け寄って来て二人を抱きしめた。

 

それから驚いたことに……

 

トテテテテテテテ……

 

「禰豆子!」

 

ずっと眠りについて目覚めなかった禰豆子が駆け寄って来て、炭治郎を抱きしめたのだ。

 

「お前、何で急に寝るんだよ! ずっと起きないでさぁ! 死ぬかと思っただろうがぁ!」

 

炭治郎は涙を流しながら禰豆子を抱き返す。

 

「禰豆子ちゃん! ついに目覚めたのね! なかなか目覚める気配がないから心配したけど、良かったわ!」

 

カナエが炭治郎の上から禰豆子を抱きしめる。しのぶやアオイたちも涙を流しながら禰豆子を抱きしめた。

 

「禰豆子ちゃん!」

 

「禰豆子さん! 生きてて良かったです!」

 

家族っていいなあ。

 

本当の家族は殆ど失ってしまったけど、新たに家族が出来て幸せ者だと炭治郎は我ながら思った。

 

 

最終選別が終わり、鬼殺隊本部では……

 

「四人も生き残ったのかい。優秀だね。しかも上弦の弐と遭遇して生き残った竈門炭治郎も無事、生き残ったか。あの始まりの呼吸の使い手の。また私の『子供』たちが増えた。どんな剣士になるのかな」

 

長髪姿の鬼殺隊当主が、鎹烏を手に留まらせてそう喋っていた。

 

 

 

 

炭治郎とカナヲが蝶屋敷に戻ってきてから二週間後。

 

幾つもの風鈴を下げた笠を被った男性が蝶屋敷を訪れた。

 

「どなたですか!」

 

アオイが応対に出る。

 

「俺は鋼鐵塚という者だ。竈門炭治郎と栗花落カナヲの刀を打った者だ」

 

「こちらへどうぞ」

 

間もなく炭治郎とカナヲは大広間で来訪者と対面することとなった。後ろには二人の師匠であるカナエとしのぶが控えている。

 

「これが日輪刀だ」

 

そう言って彼は二つの細長い箱を出し、顔を上げた。ひょっとこのお面を被っている。

 

―――うわっ

 

炭治郎がお面姿に面食らっていると、鋼鐵塚は話を続ける。

 

「日輪刀の原料である砂鉄と鉱石は太陽と一番近い山で採れる。『猩々緋砂鉄』『猩々緋鉱石』。陽の光を吸収する鉄だ。陽光山は一年中陽が射している山だ。曇らないし雨も降らない」

 

鋼鐵塚の笠の風鈴がチリンチリンと鳴る。

 

―――相変わらず自分から一方的にしゃべりたがる方ね……

 

カナエは心の中で苦笑する。

 

「すみません、取り敢えずお茶を持って……」

 

炭治郎がそう言いかけると、彼はお面をつけた顔を炭治郎に向け、まじまじと見る。

 

「んん? んんん? あぁお前、『赫灼の子』じゃねえか。こりゃあ縁起がいいなあ!」

 

「いや俺は炭十郎と葵枝の息子です」

 

「そういう意味じゃねえ」

 

そう言って、鋼鐵塚は炭治郎を指差して続ける。

 

「頭の毛と目ん玉が赤みがかかっているだろう。火仕事をする家はそういう子が生まれると縁起がいいって喜ぶんだぜぇ」

 

「……そうなんですか。知りませんでした」

 

「こりゃあ刀も赤くなるかもしれんぞ。なあ、胡蝶」

 

「そうなのね~! やっぱり炭治郎は『持っている子』なのね~! 姉さん嬉しいわ~!」

 

カナエはすっかり有頂天で、しのぶは呆れたように姉を見ている。

 

「さぁさぁ、刀を抜いてみな!」

 

そう言って鋼鐵塚は二つの細い箱から刀を取り出し、炭治郎とカナヲに渡す。

 

炭治郎が抜いている間にも鋼鐵塚は解説を続ける。

 

「日輪刀は別名色変わりの刀と言ってなぁ、持ち主によって色が変わるのさぁ」

 

刀を抜くと、ズズズっという音と共に漆黒の色になった。カナヲも刀を抜いており、こちらはピンクでカナエさんと同様だった。

 

「おお!」

 

炭治郎はあまりの黒さに驚いていると、鋼鐵塚も同様に驚いている。

 

「黒っ!」

 

「えっ、黒いと良くないんですか?」

 

炭治郎が聞くと、カナエが代わりに答えてくれた。

 

「お館様に聞いたんだけど、日の呼吸の適性者は刀が黒くなるんですって! 炭治郎はまさに日の呼吸の使い手なのね~!」

 

カナエは益々、微笑むが、目の前の刀鍛冶からは怒りに震えている匂いがして……

 

「俺は鮮やかな刀身が見れると思ったのに、クソーーーっ!」

 

そう言って炭治郎に飛びかかり、頬をつねってきたがカナエがその腕を押さえる。

 

「すみません。炭治郎を制裁していいのは師範である花柱・胡蝶カナエだけですよ? 放してくれませんか?」

 

カナエはニコニコと笑みを浮かべて言う。

 

「……」

 

鋼鐵塚は仕方なく手を放し……

 

「用はこれで済んだから俺は出て行く! 例えお前らが柱であってもこんな扱いをされた以上、これから刀壊れても直してやるかわからんぞ!」

 

挨拶することもなく彼は突然席を立ち、屋敷を荒々しく後にしたのだった。

 

「あらあら」

 

「姉さん、鋼鐵塚さんをあんなに怒らせて大丈夫なの?」

 

「大丈夫よ~! 今度会った時、みたらし団子を持っていきましょう~!」

 

「えっ、鋼鐵塚さんってみたらし団子が好きなのですか?」

 

炭治郎が聞く。

 

「ええ。鋼鐵塚さん、短気なんだけど、みたらし団子をあげるとたちまち機嫌が直るのよ~! だから今度持っていってあげましょうね~!」

 

「はい!」

 

それから間もなく……

 

「カァァ! 竈門炭治郎! 胡蝶カナエと共に北東の街へェ 向かェェ! 鬼狩りとしての最初の仕事デアル! 心シテ、カカレェ!」

 

竈門炭治郎は晴れて鬼殺隊として任務に就くこととなった。

 

それから炭治郎はカナエと共同か、或いは単独でも任務に就くこととなり、次々と鬼を日の呼吸で倒していった。

 

カナヲはしのぶとの共同任務が中心で、任務中に怪我した鬼殺隊を回収する隠と呼ばれる部隊の護衛を主にやり、こちらも並外れた動体視力を活かして次々と鬼を葬り、蟲柱・胡蝶しのぶのサポート役をそつなくこなした。

 

ヒノカミ神楽のおかげで順調な鬼殺隊生活を送っていた竈門炭治郎に、本格的な試練が訪れるのは入隊後一年以上経った後のことであった。




~大正コソコソ噂話~

最終選別が終わった時に出てきたおかっぱ姿の少女二人について。
二人は鬼殺隊当主、産屋敷家の子供で黒髪の方は実は男子、世継ぎの輝利哉君で、病弱とみられていたため、この時は女子として育てられていたのでした。



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下弦集結

炭治郎とカナヲが鬼殺隊となって1年数ヶ月が経った頃。

 

階段が無数にある空間で……

 

ベン!

 

一人の女性が琵琶を鳴らすと、新たな階段と共に一体の鬼が姿を現す。獣のような鬣に、額と鼻、目の下に線が入っていてそれは『エ』の字のようになっているのが特徴で、片目には『下陸』と刻まれている。

 

ベン! ベン! ベン! ベン! ベン!

 

琵琶の音と同時にまた新たな階段と鬼が一体ずつ姿を現していく。

 

燕尾服姿の『下壱』。

 

図体が大きくて土木職人的な出で立ちの『下弐』。

 

額と頬に×の傷がついた『下参』

 

ファーを首に巻き、着物姿で角を生やした赤い顔に白髪。まるで雪女風の『下肆』。

 

やや長髪で青白い顔に赤い斑点がある『下伍』。

 

誰もが怪訝そうな表情をする中、鬼六体はいつの間にか踊場に集めらた所に着物を着た切れ長の女性が現れ……

 

「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」

 

六体は一斉に平伏した。

 

―――無惨様だ。無惨様の声だ……。凄まじい精度の擬態でわからなかった……。

 

下陸は汗を浮かべる。

 

「も、申し訳ございません。お姿も気配も異なっていらしたので……」

 

雪女風の鬼が釈明しようとすると……

 

「誰が喋っていいと言った?」

 

鬼無辻無惨は冷酷な目つきでピシャリと遮った。

 

雪女風の鬼はたちまちガクガクと身体を震わせる。

 

「貴様らのくだらぬ意思で物を言うな。私に聞かれた事にのみ答えよ」

 

そう言って、本題に入る。

 

「私が問いたいのは一つのみ。何故に下弦の鬼はそれ程まで弱いのか。最近も佩狼が殺されて下弦の弐が入れ替わったばかりだ。十二鬼月に数えられたからといって終わりではない。そこからが始まりだ。より人を喰らい、より強くなり、私の役に立つための始まり。ここ百年余り、十二鬼月の上弦は顔ぶれが変わらない。鬼狩りの柱共を葬ってきたのは常に上弦の鬼たちだ。しかし下弦はどうか? 何度入れ替わった?」

 

―――そんなことを俺たちに言われても……

 

下弦の陸はそう思ったところ……

 

「『そんなことを俺たちに言われても』 何だ? 言ってみろ」

 

「……」

 

思考が読めるのか……! まずい!

 

「何がまずい? 言ってみろ!」

 

無惨は益々青筋を立てて迫った。

 

次の瞬間、下弦の陸は無惨の手から伸びた、触手のようなものに掴まれ、上まで持っていかれた。

 

「お許しくださいませ! 鬼無辻様どうか! どうかお慈悲を!」

 

「……」

 

無惨は黙ったまま下弦の陸がもがき苦しむのを眺めていたが、やがて口を開く。

 

「私の役に立たないで下らないことを考えるのは死に値する。このことをお前らは確と胸に刻め。私は十二鬼月だからとお前らを甘やかし過ぎた。これからは死ぬ気で私の役に立て。そこでだ。お前らに任務を与える」

 

そう言って下弦の陸を触手から解放してやると、話を続ける。(解放されると同時にドン! という音と共に下弦の陸は床に落ちるや直ちに平伏し直した)

 

「下弦の伍の累が棲む那田蜘蛛山。ここにはこれまでもたくさんの鬼殺隊が迷い込んできたが、ここにこれから最大限、鬼殺隊をおびき寄せて餌食にする。さすれば柱も黙っておらず、那田蜘蛛山にやって来るだろう。そこにお前らを鳴女によって那田蜘蛛山の各所に転送させるから、柱を含む鬼狩り共を始末するのだ」

 

無惨は踊場を行ったり来たりしながら続けた。

 

「それから最近、竈門炭治郎という耳に花札のような耳飾りをつけた少年が入ってきた。そいつと会ったら必ず始末するのだ。柱や竈門炭治郎を始末できた暁にはお前らに私の血を更に分けてやろう。ただ、それができなければ最早お前らの命はないと思え! いいな?」

 

下弦の鬼一同は頭を床に擦り付けて蹲った。

 

「もう一つ。下弦の壱の魘夢と下弦の参の病葉は別命を与えるから今回は鋭気を養ってろ」

 

その言葉と共にベン! という琵琶の音がしたと思いきや、無惨は姿を消した。

 

「ほお、別命ですか。夢見心地でございます~」

 

下弦の壱がうっとりと独り言を言っている間にも鬼たちは琵琶音と共に次々と空間から姿を消していった。

 

ベン! ベン! ベベン! ベン!

 

「僕たちは家族だ……。誰にも邪魔させない。邪魔する奴はすぐに殺す」

 

琵琶を鳴らしていた女鬼こと鳴女によって『棲家』に帰ってきた下弦の伍、累はそう呟いた。



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那田蜘蛛山

最終選別を危なげなく突破し、順調に鬼殺隊生活を送っていた竈門炭治郎。
そんな中、那田蜘蛛山に行くよう緊急指令が下り……。


炭治郎は鎹烏からの緊急指令を受け、青い蝶羽織を着て、ピンクの蝶飾りで髪を纏めて蝶屋敷を後にした。

 

カナエは別の任務中なので、今回は炭治郎単独で向かうこととなった。

那田蜘蛛山の前で他の隊員と待ち合わせ、一緒に共同で任務に当たれ、との指示だ。

 

山の前に着くと、黄色の隊服を着た小柄で金髪の隊士が真菰に何と、口説いているのが目に入った。

 

「助けてくれ! 俺はこのまま山に入れば死ぬ死ぬ死ぬ! 死ぬ前に結婚してくれ~!」

 

「大丈夫って言っているでしょう。私がついているんだから。あなたそれでも男なのかしら?」

 

心が広い真菰でも、この少年の扱いに戸惑っている様子だった。

 

「お前は真菰に何してるんだ! 嫌がってるだろう!」

 

炭治郎が早速割って入った。黄色隊服の少年は振り返り…

 

「お前誰だよ! てか、何だよ、その髪型は! オトコンナだな! 俺はこの任務で死ぬんだよ!! だから俺の死ぬ前の告白を邪魔するなよ!」

 

声を上ずらせ、早口で彼はまくし立てた。炭治郎は汚いものでも見るような目で一瞥し…

 

「何だよ! その目は!」

 

黄色隊服の彼はすかさず炭治郎を指さして喚き立てた。

 

「俺は竈門炭治郎だ。いいか? 女子に対して乱暴なことするな!」

 

「竈門炭治郎?」

 

黄色の隊服の彼は目を剥き、素頓狂な声を上げた。

 

「炭治郎は胡蝶カナエさんという美人な柱の弟子なの。蝶飾りはカナエさんたちの家族だという証。だからあなたとは違って女子に対してとても弁えてるの。」

 

真菰がニコニコして解説している間に、彼はみるみるうちに恐ろしい形相となる。

 

「竈門炭治郎」

 

これまでとは打って変わった低い声に炭治郎は驚いて背筋を正す。

 

「俺は我妻善逸だ。お前のことは獪岳から聞いた。乱暴して腕を折ったんだってな。それに今まで美人とウキウキウキウキしてたって?」

 

「あの、それは…」

 

「そうよ。初対面だし、炭治郎は先輩…」

 

炭治郎は釈明しようとしたが聞く耳を持たなかった。真菰が止めようとするのも耳に入っていない。

 

「いいご身分だな〜、炭治郎! 鬼殺隊はなぁ〜、お遊び気分で入る所じゃねえ! お前のような奴は即、粛清だよ! お前のような奴はな〜!」

 

「善逸君、落ち着かなきゃダメよ」

 

真菰は小柄な身体で今にも炭治郎に、日輪刀を抜いて飛びかかろうとする善逸の身体を止め、炭治郎も、

 

「待ってくれ、善逸! 俺にも説明させてくれ!」

 

炭治郎が必死に訴えようとした時…

 

「猪突猛進! 猪突猛進!」

 

その掛け声と共に襲われる気配がして炭治郎は身体を動かして何とか回避するが、善逸はもろにぶつかってしまう。

 

「いた〜い! 何なの、ちょっと!」

 

善逸は今までキレていたことなどすっかり忘れたように素頓狂な声を上げ、炭治郎も誰が襲ってきたのだろうと構えたら、猪頭がこちらを向いていた。

 

「誰なんだ、お前は? いきなり襲ってきて何なんだ!」

 

炭治郎が問い掛けると…

 

「勝負だ! 勝負ぅ!」

 

と言って突進してきたのだ。

 

「お前が、並外れて、強いのは、わかった、から、これからの、任務で、その力を、貸して、くれないか?」

 

身体のあちこちを殴ろうとしてくる彼から必死に避けながら炭治郎は途切れ途切れに言った。

 

「そうよ。私、あなたのような強い人に憧れる。だけど、同じ仲間ではなく鬼にその素晴らしい力を向けてくれたらもっと好きになっちゃうな~、私」

 

「……」

 

真菰のフワフワした言葉に猪突猛進の彼はたちまち固まった。

 

「俺たちは仲間だ! お前も鬼殺隊員だろう? 俺は鼻が利くから、匂いでわかるんだ。一緒にこの山に入っていこう?」

 

(善逸が「え〜っ! いやだ〜!」と悲鳴を上げたが一同は無視する。)

 

「お前ら! これ以上俺をホワホワさせんじゃねえ! いいか? 俺は嘴平伊之助だ! 先に行くから、お前らはブルブル震えてついて来やがれ! 腹が減るぜ!ハハハッ」

 

そう言って、猪頭の彼こと嘴平伊之助は山に向かって走って行ってしまった。

 

「腕が鳴るだろ……」

 

善逸が呟くが、炭治郎と真菰は一切気にも留めていない。

 

「よし、俺たちも行こう!」

 

炭治郎が早速、後に続いて真菰も眦を決すると…

 

「ちょっと、ちょっと待ってくれないか!」

 

これまでにない善逸の真剣な声に炭治郎たちは立ち止まる。

 

「怖いんだ! 目的地が近づいてきて! とても怖い!」

 

善逸は座り込んでしまった、その時だ。

 

血の匂いがするや否や……

 

「たす、助けて…」

 

鬼殺隊士が入口で倒れていたのだ。

 

「大丈夫か!」

 

炭治郎と真菰は座り込んだ善逸を置いて駆け寄ったが……

 

「アアアア! 繋がっていた、俺にも! 助けてくれえ!」

 

隊士はひとりでに宙に浮き、山に吸い込まれていった。まるで何かに操られているように。

 

「俺は行く」

 

炭治郎は改めて決心して立ち上がる。

 

「私、善逸を何としても説得して連れて行くから、あなたは猪頭の人を追っていって」

 

「わかった!」

 

真菰ちゃんはどこまで人がいいのだろうと思いながら、炭治郎は那田蜘蛛山に入り、駆けていくと、苛々している伊之助に追いついた。

 

「チッ、蜘蛛の巣だらけじゃねえか! 邪魔くせえ!」

 

那田蜘蛛山は蜘蛛の巣だらけで、伊之助にも蜘蛛の巣がかかったみたいで必死に振り払おうとしているみたいだった。

 

「伊之助」

 

「何の用だ!」

 

伊之助は驚いたように振り返る。

 

「伊之助が一緒で心強かった。山から来る、ただならぬ危険な匂いがして正直、俺はこの山を前にして足が竦んだんだ。ありがとう」

 

炭治郎は笑顔で言うと、伊之助は再び固まってしまった。

 

「……」

 

ホワ、ホワ……

 

「伊之助!」

 

炭治郎は隊士を見つけ、伊之助を促して隊士の下に駆け寄る。

 

「応援に来ました。階級・丁 竈門炭治郎です」

 

「丁……。何で柱じゃないんだ! 柱でない鬼殺隊が何人来ても同じだ!」

 

隊士の顔からは冷や汗が出ており、心底怯えている様子だ。

 

炭治郎はすぐさま、自分は大抵の鬼よりは強い、上弦の弐と遭遇して生き残った実績を話そうとしたが……

 

ドン!

 

猪頭が飛んできて隊士は顔を殴られた。

 

「伊之助!」

 

炭治郎は窘めようとするが、聞く耳を持つ伊之助ではない。

 

「うるせえ!」

 

そして、鼻血を出して倒れている隊士の髪を鷲掴みにして言う。

 

「意味のあるなして言ったらお前の存在自体、意味がねぇんだよ! さっさと状況を説明しやがれ弱味噌が!」

 

「か、鴉から指令が入って十人の隊員がここに来た。山に入ってしばらくしたら……隊員同士が斬り合いになって……」

 

 

 

 

 

 

ちょうどその頃……

 

「ウフフフフフ」

 

山の奥では青白くて長髪の女の鬼が岩に座って複数の蜘蛛の糸を操っていた。

 

「さぁ、私のかわいいお人形たち。手足が捥げるまで踊り狂ってね」

 

 

 

 

 

 

鬼殺隊本部では、胡蝶しのぶがお館様に呼ばれていた。しのぶは所用でちょうど鬼殺隊本部にいたのだ。

 

「私の剣士(こども)たちは殆どやられてしまったようだ。しかも十二鬼月がいるみたいだ。『柱』を行かせなくてはならない。カナエには鎹烏で那田蜘蛛山に直行するように命じた。しのぶも直ちに向かうように」

 

お館様は鎹烏を撫でながら命じ、しのぶは

 

「御意」

 

と言って平伏するや否や、直ちに駆け出した。

 

 

 

 

 

 

炭治郎と伊之助たちは隊員と同士討ちになっていた。先ほどの隊士からの説明受けた後、隊士たちが奥から次々に出てきて襲ってきたのだ。

 

「こいつらみんな馬鹿だぜ! 隊員同士でやり合うのはご法度だって知らねえんだ」

 

伊之助は隊員たちからの攻撃を柔軟な身体を生かして躱しながら言った。

 

「いや、違う! 動きがおかしい。何かに操られている!」

 

「よし! じゃあぶった斬ってやるぜ!」

 

伊之助は二本の刀を掲げる。

 

「駄目だ! まだ生きてる人も混じってる! それに仲間の亡骸を傷つける訳にはいかない!」

 

「否定ばっかすんじゃねえ!」

 

伊之助は味方の炭治郎に体当たりしてきた。

 

「あああ!」

 

悲鳴と共に、隊員たちの動きが激しくなってきた。炭治郎は匂いを嗅ぎ……

 

「糸だ! 糸で操られている! 糸を斬れ!」

 

「お前より俺が先に気づいてたね!」

 

伊之助の意地っ張りな言葉はともあれ、炭治郎と伊之助は隊員たちを操ってい糸を一気に斬った。

 

―――敵はどこだ。操っている鬼の位置!

 

炭治郎は再び匂いを嗅いだが、刺激臭が襲い、うまく嗅げない。しかも炭治郎の隊服には蜘蛛が数匹、よじ登ってきて……

 

炭治郎は蜘蛛を直ちに払い、刀で後ろを一閃して自らを捕えようとしていた糸を斬った。

 

しかし振り返ると、先ほど糸を斬ったはずの隊員たちには再び糸を繋げられ……

 

「糸を斬るだけでは駄目だ! 糸を操っている鬼がいる! その鬼を探さなくては!」

 

そう言って炭治郎は再び鼻を利かせるが、やはり刺激臭でうまく嗅げない。

 

「伊之助! 俺とそこの隊員でこの操られている人たちはどうにかするから、もし伊之助に鬼の居場所を正確に探る何らかの能力があるなら、探ってくれないか?」

 

炭治郎は再び襲い来る隊員をいなしながら言った。状況を説明してくれた隊員も、何とか立ち上がり、糸に操られた隊員をいなす。

 

しかしその時だ。

 

「僕たちの静かな暮らしを邪魔するな」

 

肩まで伸びた髪に、青白くて赤い斑点のある顔の鬼が、宙で浮くようにして立っている。

いや、宙で浮いているのではなく糸の上を歩いているのだ……

 

「お前らなんてすぐに母さんが殺すから」

 

母さん?

 

炭治郎が考えている間にその鬼は踵を返し、伊之助が「オラァ!」という声と共に宙に向かって飛びかかっていっても、届かなかったし鬼も一切振り向かなかった。

 

「クソ! そこ行きやがる! 勝負! 勝負!」

 

「伊之助! あの子は恐らく操り糸の鬼ではないんだ。だからまず先に……」

 

「あーあーあー! わかったっつうの! 鬼の居場所を探れってことだろ! うるせえ、紋治郎が!」

 

伊之助は苛々したように言って、二本の鋸のような切れ込みの入った日輪刀を地面に刺し、しゃがんで両手を横に伸ばし……

 

獣の呼吸 漆ノ型 空間識覚

 

伊之助は並外れた触覚を持っており、集中することで微かな空気の揺らぎすら感知し、直接触れていないものでも捉えられる。

 

「見つけたぞ! そこか!」

 

伊之助は愁眉を開いた。

 

 

 

 

 

 

花柱・胡蝶カナエは別の任務を終えて夜道を急いでいた。

 

「炭治郎、絶対に死なせないからね! 待っててね!」

 

十二鬼月がいるかもしれないことは鎹烏から報告を受けていた。上弦の弐相手に生き延びれたので、そう簡単に殺されることはないだろうが、十二鬼月は例え下弦でも柱以外の隊士にとって簡単に勝てる鬼ではない。

カナエは目をキリっとさせて那田蜘蛛山へと急いだのだった。



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蜘蛛鬼

伊之助が糸を操っている鬼の居場所を突き止め、刮目すると……

 

「ここは俺に任せて先に行け!」

 

最初に状況を説明してくれた彼が尚も操られた隊士たちと切り結びながら言った。

 

「小便漏らしが何を言ってるんだ」

 

伊之助が即座に言うと、彼もすかさず言い返す。

 

「お前に言ってないわ! このクソ猪が!」

 

「何だと?」

 

いきり立つ伊之助を無視して彼は続ける。

 

「改めて自己紹介するけど俺は村田だ。情けない所も見せたが、水柱の冨岡義勇と同期だ。お前の先輩としてここは何とかする! 糸を斬ればいいというのはわかったし、操られている奴らは動きが単純だ。蜘蛛にも気をつける。鬼の近くにはもっと強力に操られている者がいるはず。二人で行ってくれ!」

 

「ありがとうございます! 感謝します!」

 

そう言って炭治郎は、「まずお前を一発殴ってからだ!」といきり立ったままの伊之助を強引に引っ張って奥に進んで行った。

 

「アイツ、絶対ぶん殴ってやる!」

 

「そういうこと言うのやめろ!」

 

「クソ猪とか言われたんだぜ紋治郎?」

 

「炭治郎だ!」

 

炭治郎と伊之助が奥に進みながら言い争っていると……

 

「こっちに来ないで!」

 

女子の悲鳴が聞こえた。

 

「階級が上の人を連れてきて! そうしないと私、みんな殺してしまう! お願い、お願い!」

 

髪の毛を後ろで一つに結っている女性隊士で、泣きながら必死に訴えてくる。複数の糸に、日輪刀を振り回して他の隊士を殺させるよう操られているのがわかった。

 

 

 

 

 

「ウフフフ。私に近づくほど糸は太く強くなり、お人形も強くなるのよ」

 

女性の鬼が敵が近づいてきているのを察知し、岩に座って複数の糸を操りながらどう仕留めるか思案していると……

 

「母さん」

 

肩まで伸ばした髪に青白い顔、顔に赤い斑点がいくつかある少年風の鬼が木陰から呼んだ。

 

「累」

 

振り向いた『母さん』の表情に動揺の色が走る。

 

「勝てるよね? ちょっと時間かかりすぎじゃない?」

 

「……」

 

「早くしないと父さんに言いつけるから」

 

「大丈夫よ! 母さんはやれるわ! 貴方を必ず守るから! 父さんはやめて! 父さんは!」

 

「だったら早くして」

 

累はピシャリと言うと、フッと消えた。その後を『母』は激しく呼吸し、汗をびっしょりとかきながら震えていた。そして……

 

「死ね! 死ね! さっさと死ね! でないと私が酷い目に遭う!」

 

累の母は、『息子』に脅されたのをそのまま自分より弱い人にやり返すかのように、糸を激しく揺さぶった。

 

 

 

 

「逃げてえええ!」

 

女性隊士は炭治郎たちを襲い掛かるように激しく動かされ、悲鳴を上げた。炭治郎は女性隊士の刀を避けながら一瞬考えた。まず、この人たちの動きを止めてその間に糸を操っている鬼を退治しなければならないが……

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

炭治郎は操られている隊士たちの中に飛び込み、彼ら全員の攻撃を躱しながら手刀で気絶させていき、糸も一気に斬ってしまった。

 

「何じゃあ! 今のは!」

 

驚いている伊之助を尻目に、炭治郎は指示する。

 

「伊之助! 取り敢えずこの隊士たちには悪いけど、手刀で気絶させたから、糸が繋がったら斬り続けてくれ! 俺は操っている鬼を倒しにいくから!」

 

「おい! お前! 俺に指図すんじゃねえ! 俺は親分でお前は子分だ! おい! おーい!」

 

しかし炭治郎は行った後で、伊之助は地団駄を踏む。

 

「何なんだよ、豚太郎は! アイツも後で絶対ぶん殴ってやる!」

 

そういきり立ちながらも伊之助は、炭治郎に気絶させられた隊士たちに再び繋がる蜘蛛の糸を二本の刀で斬っていくのだった。

 

 

 

 

 

炭治郎は奥に進んでいくと、頸のない大型の鬼に遭遇した。急所がわからず一瞬、躊躇うも…

 

日の呼吸 拾弐ノ型 炎舞

 

飛びかかるや、日輪による縦の二連撃で袈裟斬りにしてしまった。

 

鬼はたちまち灰になり、消滅する。

 

炭治郎は返す刀でその先を駆け抜け、再び飛び上がって身体の天地を入れ替え、岩の上で糸を操っている女性の鬼に刀を振り下ろした。

 

日の呼吸 漆ノ型 斜陽転身

 

まるで太陽が沈むように炭治郎の身体が、日輪と共に女性の鬼目がけて降ってくると同時に、下弦の伍・累の『母さん』の頚が胴から離れ、土に落ちた。

 

―――今の鬼、むしろ殺されたがっていたような……

 

今まで恐怖で縛られていたのが、死ぬことで解放されたと安心しているような匂いがした。来世でこそは鬼とならず、立派な人として誰かの恐怖に支配されないことを願わずにはいられない。

 

「この山には十二鬼月がいるわ。気を付けて……」

 

彼女は最後、涙を流しながらそう言い残して灰になった。しかし、鬼のおぞましい匂いは消えるどころか益々濃くなり……

 

「そうよ。十二鬼月がいるわ。お前を嬲り殺すために」

 

突然、女の声がした。振り返ると、炭治郎の身体は思わずブルブル震えた。

 

白い髪に真っ赤な容姿の雪女風の鬼で、頭には角を生やしており、片目には『下肆』と刻まれている。

鬼は炭治郎の耳飾りに注目するや、目をすっと細める。

 

「私、あんたのせいであの方からお叱りを受けたのよ? 大体何なの、その女々しい格好は? 髪飾りなんかつけて。ふざけてるのかしら? そんなつもりで私たちと相手しようだなんて虫酸が走るわ。今すぐその頚を差し出してくれないかしら、この雑魚が」

 

早速、罵詈雑言を浴びせてきた。炭治郎は日輪を構え直し、改めて対峙した。

 

 

 

 

 

 

「ヤダー! 行きたくない! 真菰ちゃん! ここは引き返そう!」

 

善逸は炭治郎と伊之助が山に入った後も座り込んで悲鳴を上げていた。

 

「大丈夫。私がいるから。ほら、私の手に掴まって」

 

「真菰ちゃ~ん! お前は天使だよ~」

 

善逸はそう言って泣き崩れる。

 

「私、知ってるんだ。善逸が優しくて、強いのも」

 

そして、決め台詞を吐く。

 

「もし一緒について来てくれたら抱きしめてあげようかな」

 

この言葉に善逸はピタリと泣き止み……

 

「行きます、行きます、行きます、行きま~す!」

 

サッと立ち上がり、山に入っていった。真菰はやれやれと言うように微笑みながらその後に続いた。

 

しかし何とか山に入ったものの、那田蜘蛛山特有の不気味な雰囲気、あちこちで蠢く蜘蛛、そして刺激臭に善逸は何度も悲鳴を上げ、その度に真菰は善逸の手を握り、優しく声を掛けて宥める、ということを繰り返しながら二人は山の中を進んで行った。

 

炭治郎たちに合流しようとした二人だったが一向に見つからず……

 

「いたっ! 刺された!」

 

善逸は再び悲鳴を上げる。

 

「蜘蛛に?」

 

「そうだよ。蜘蛛も一生懸命生きているんだろうけどさ、じっとして欲しいよね。俺は真菰ちゃんを何としても護りたい。護りたいんだけどさ、もう泣きたくてしょうがないよ!」

 

「大丈夫よ。私はそんなにヤワじゃないわ」

 

真菰はどこまでもフワフワとしていた。しかしその優しい双眸からは、善逸のことは放っておかず、とことん面倒見る、という決意で溢れていた。

 

しかし次の瞬間、善逸は恐怖のピークに達する。

 

「ギャアアアアアア!」

 

善逸が指差した先に、人間のような形の頭を持つ蜘蛛がいて、こちらを見上げていたのだ。

 

「こんなことある?」

 

しかし善逸が悲鳴を上げたその瞬間、真菰はサッと前に出てその『人面蜘蛛』を日輪刀で突いて瞬殺してしまった。

 

「ありがとう。真菰ちゃん、一生恩に着るよ~」

 

善逸は再び泣いて真菰を抱こうとするも…

 

「敵が出てきた」

 

冷静にそう告げ、日輪刀を構えた。善逸は前方を見ると、空中にあばら家が浮かんていて、そこの戸口から大型の人面蜘蛛が身体を逆さにして姿を現したのだ。刈り上げ姿の頭で、旨そうな獲物が来たとばかりにこちらを見てほくそ笑んでいる。

しかもその傍らには何人かの鬼殺隊士が気絶した状態で糸に吊るされている。

 

善逸はすかさず腰を抜かし、大型の人面蜘蛛を指差して喚く。そうすることで半端ない恐怖を何とか誤魔そうとばかりに。

 

「何なんだよ! お前は! 俺はお前とは話したくないからな? 俺は何としても真菰ちゃんを護ると決めてるの! お前、友達とか恋人とか絶対いないでしょ? ねえ 」

 

「お前らはすでに負けている」

 

大型の人面蜘蛛はせせら笑いながら言った。

 

「手を見てごらん?」

 

善逸は自らの手を見ると…

 

「ギャアアア!」

 

善逸の叫び声が木霊した。その手は紫がかっていたのだ。何かの毒が回ったかのように。

真菰の「落ち着いて」と窘める言葉も全然入って来ない。

 

「毒だよ。さっき蜘蛛に咬まれたろ? お前も蜘蛛になる毒だ。これで四半刻後には俺の奴隷となり、地を這うのだ……」

 

そして更に続ける。

 

「見てみろ。時計だ」

 

そう言って足先に、壱から拾壱まで記された小さな時計を吊るした。

 

「針がここに来ると、手足に痺れと痛みが来る」

 

壱を指して説明し……

 

「ここに来たら……」

 

次は参だ。

 

「めまいと吐き気が加わる」

 

そして今度は肆を指し……

 

「ここで激痛が走って身体が縮み出して失神し、目覚めた時には……」

 

「ギャアアアアアア!」

 

蜘蛛に変身していくあまりに生々しい説明に、善逸は耐え切れず再び絶叫する。しかも何匹もの人面蜘蛛が善逸と真菰の周りを蠢いている!

 

真菰は善逸と違って怯えてはいなかった。人面蜘蛛のボスの話を聞きながらも日輪刀を構えたままの状態で決定機を探っていた。

直ちに日輪刀を振るって人面蜘蛛を瞬殺し、あばら家に日輪刀を向け、

 

水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

 

水の呼吸で飛びかかるが、届くことはなく……

 

斑毒痰!

 

紫の液体を吹きかけてきた。これを少しでも浴びると蜘蛛にされてしまう。

 

真菰は空中で身体を捻って避けたが、善逸は益々耐え切れなくなりとうとう気絶し、倒れていびきをかき始めた。

 

「善逸! 善逸! 起きてよ!」

 

真菰はいつものフワフワさをかなぐり捨てて直ちに駆け寄り、必死に呼び掛けるが一切起きない。人面蜘蛛のボスはほくそ笑み、どこからともなく再び夥しい数の人面蜘蛛が真菰に駆け寄り、再び斑毒痰を吹きかけられる。

 

真菰は持ち前の速さを生かして避け、また人面蜘蛛と班毒痰のダブル攻撃を受け、避ける、を繰り返した。しかし、蜘蛛からの攻撃は避けられても、宙に浮かぶあばら家へのこちらからの攻撃はどうやっても届きそうにない。どう挽回するか悩んでいたその時のことだった。

 

「シィィィィ~!」

 

気絶していた筈の善逸が目を瞑ったまま立ち上がり、日輪刀の柄に手を掛けて深呼吸したのだ。そして……

 

 

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 六連

 

 

目にも留まらぬ速さで善逸はあばら家まで飛び上がり、人面蜘蛛のボスの頚を斬ってしまった。これぞ居合の極致であり、速さを武器とする真菰でも抜刀して納刀するまでの動きは追えなかった。

 

―――善逸は私が思った通り、強いのね。緊張しいなだけで。

 

 

一方、蜘蛛鬼は斬られたことにすら気づいていない。

 

「斬られた? 俺が? アイツに?」

 

蜘蛛鬼の頚は哀れ、真菰から少し離れた所にゴン! と落ちると同時に灰になってしまった。

 

善逸はそのままあばら家の上に仰向けで倒れ、目を覚ました。

 

「善逸~! 大丈夫?」

 

真菰の呼びかけに、善逸は力なく「大丈夫」と答えた。蜘蛛の毒が回ったせいで、善逸は最早喚いたりする力すらなかった。

 

―――呼吸で毒の回りを遅らせろ。諦めるな。

 

善逸は師匠からの「諦めるな」という言葉を胸に、呼吸法で何とか意識を保つ。真菰ちゃんは何としても護らねばならない。しかし、図体が大きい何かが善逸を踏みつけ、真菰の前に降臨した。

 

「蜘蛛鬼がくたばったことでご馳走が転がり込んで来たぜ」

 

図体の大きい、土木職人風の鬼。その片目には『下弐』と刻まれていた。

 

真菰は刀を構え、早速技を出した。

 

水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

 

那田蜘蛛山の戦いは各地で本格化していく。



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下弦の肆

炭治郎は伊之助の協力もあり、隊士たちを糸で操っていた鬼を突き止めて殺すことに成功した。しかし、その直後に雪女風の下弦の肆が現れ、罵詈雑言を浴びせられた。

 

「なぜお前は人間を踏みつけにしようとする? 何が面白い? あなたも元々は人間だったのだろう? あなたからはいつも何かに怯えているような匂いがする。自分が弱いから、自分より弱い相手は虐めることで何とかごまかそうとしているような。例えばいつも、柱からは逃げて平隊士を狙っているのではないか?」

 

炭治郎の言葉は目の前の十二鬼月をグサグサと抉る。下弦の肆は一瞬ハッとするも、すぐにむきになって怒鳴る。

 

「う、うるさいわよ! 口を閉じてろ、この雑魚が! 雑魚のくせに生意気ね! お前のような雑魚は私に平伏し、餌食になればいいのよ!」

 

血鬼術 細雪(ささめゆき)

 

次の瞬間、鬼の口から雪のようなものが吹き出て、炭治郎を直撃した。

 

「この雪に当たればお前の身体はたちまち凍り、死ぬわ! 存分に味わいなさ~い、この雑魚が!」

 

炭治郎は即時、冷気を感じるも日輪で反撃する。上弦の弐の血鬼術と似ていると即、感じた。

 

日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡

 

炭治郎は何とか雪を斬り刻んで彼女の間合いから大きく飛び退く。

 

「ふふふ。逃げるのね。やっぱり弱虫で、雑魚ね! 人間って生まれてもやがては老いていくだけの弱い生物。鬼に絶対に叶わない。つくづく可哀想な生物ね!」

 

下弦の肆はなおも嘲り回す。

 

「人間は皆、強くはないながらもそれぞれ楽しい思い、悲しい思い、辛い思い、悔しい思い、嬉しい思い、様々なことを感じながら必死に生きている! 時に助け合い、支え合い、そして愛し合いながら生きている! それに俺の場合、帰りを待ってくれる人がいる! 可哀想なのは常に妬み、憎しみの気持ちを持つことしかできないお前ら鬼だ!」

 

炭治郎はそう言って斬りかかる。

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

血鬼術 雪礫

 

彼女の口から、前に掲げた両手から、最初よりも特大で鋭い雪刃が日輪に対して襲いかかる。日と雪の技のぶつかり合いとなり、炭治郎は雪の血鬼術を相殺させて緩和させることには成功するも、下弦の肆の頚には到底、届かない。しかし、上弦の弐との遭遇で、これより遥かに強力な氷の血鬼術を経験したためか、十二鬼月相手でも迎撃は出来ている!

 

「雑魚の癖によく耐えたわね」

 

下弦の肆はやや、感情を落ち着かせた。炭治郎の善戦に感心したようだった。

 

「俺は、弱い者を踏みつけにつる奴を決して許さない!」

 

炭治郎はそう言って日輪刀を構えてみせる。すると下弦の肆は再びいきり立つ。

 

「すぐ殺すのは可哀想だからと休憩してやったのに! 何なのその態度は? 雑魚のくせに! 私は零余子。十二鬼月、下弦の肆よ! 今からお前のことをこれまでにない残酷なやり方で殺してやる!」

 

血鬼術 雪風巻(ゆきしまき)!

 

次の瞬間、炭治郎に激しい雪刃に加え、暴風が襲った。

炭治郎は吹き飛ばされながらも木々にぶつからないように避けながら何とか受け身を取って着地することができた。

 

しかし零余子は再び襲って来る。

 

「やっぱり雑魚ね!」

 

血鬼術 雪礫

 

再び特大の雪刃が迫り、今度こそ炭治郎はトドメを刺されるかに思われたが…

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

日の呼吸 㭭ノ型 飛輪陽炎

 

炭治郎は残像をくっきりと残してトドメを刺したと思わせながら素早く避けて攪乱し、零余子が一瞬、混乱している隙を突いて、刀を両腕で振りかぶって独特な振り方で頚を狙ったが、ギリギリで避けられた。

 

ピシャッ!

 

斬撃は零余子の胸を斜めに裂き、夥しい血が出る。

 

「斬られた? 私が? この雑魚に? しかも何? なかなか再生しないじゃない!」

 

今回の日輪は上手く当たったらしい。下弦鬼の傷の再生を遅らせるくらいには。

 

炭治郎はここぞとばかりに、

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

素早い回転斬りで再び頚を狙うも…

 

血鬼術 終式 雪上加霜(せつじょうかそう)

 

次の瞬間、零余子の口から、かざした手から雪風巻を遥かに上回る吹雪に加え、大きな雪刃の塊が炭治郎を襲った。

 

その四字熟語の意味を極端に誇張したような、人間を死と隣り合わせレベルの災難に継ぐ災難に遭わせる禁じ手のような血鬼術だ。

 

ドシャッ!

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

雪刃の下敷きになって即死するかと思われた刹那、炭治郎は日の呼吸で何とか躱し、大きく飛び退くが再び雪刃の塊は襲い、しかも吹雪は周囲の木々を絡め取って炭治郎の上に浮いたと思いきや、炭治郎目掛けて一気に襲ってきた。

 

「雑魚のくせに随分イライラさせてくれたわね~! でもこれでおしまいだわ! 死ね!」

 

雪刃や木がかすり炭治郎は身体に激しい痛みが走る。既に炭治郎は日の呼吸の連発、激しい血鬼術に対する対応で息を乱しており、ここに来ての怪我は痛みもひとしおだった。顔は雪刃によって火傷し、それ以外にも背中、腕、脚から夥しい血が出ている。

 

「ハハハ! 惨めね! これもお前が雑魚で生意気にも私に抵抗し続けるからこのように苦しむのだ! お前みたいな雑魚は黙って私の餌食になればいいのよ! そうすれば苦しみは一瞬だけで済む!」

 

零余子は狂ったように高笑いする。人間の幸せな営みを壊すのがさも当たり前、自然の摂理だと言わんばかりの物言いに炭治郎は怒りに震える。

 

「俺はどんなに身体を痛めつけられてもお前のことは決して許さない!」

 

炭治郎は激痛に必死に歯を食いしばりながらそう唸った。

 

「それが生意気なのよ!」

 

再び下弦の肆の最終奥義が襲う。

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

炭治郎は身体に鞭を打って必死に避けるも、もうすぐ身体は動けなくなる。何としてでもカナエさんの下に帰るという思いを胸に、避けながら必死に呼吸を整え……

 

日の呼吸 陸ノ型 日暈の龍・頭舞い

 

炭治郎は龍が舞うように素早く突撃し、襲い来る雪刃なども斬撃で五回ほど強行突破し、その斬撃ごとに勢いをつけて零余子に飛びかかり……

 

力一杯一閃した。

 

とうとう零余子の頚は胴から離れ、地に落ちた。同時に血鬼術により造られた銀世界もたちまち消滅する。

 

「負けた? この私が?」

 

下弦の肆は信じられない、といった顔だった。炭治郎は近くに駆け寄ると、自分は弱いということに対するコンプレックスの匂いがした。弱いから、自分より弱いと見做した人に対して攻撃的になる。

 

「俺もわかる。カナエさんを見てると世の中にはこんなにも完璧な人がいるんだな、と自分の小ささを感じさせられるから」

 

零余子が灰になっていく過程で一瞬、彼女に涙を見たような気がした。鬼という立場から解放され、己の本音をさらけ出した瞬間。

 

間もなく、どこかから猫がやって来て猫の蓋がひとりでに開き、毬使いの鬼と矢印の鬼と戦った後に貸してくれた短刀のようなものが顔を覗かせた。鬼の身体に刺すことで血液を採取できる短刀だ。

 

珠世さんからの使いだと感じた炭治郎は短刀を取り、まだ残っている零余子の頚から下の部分に刺したのだった。

 

竈門炭治郎は単独で十二鬼月討伐を果たした。



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下弦の弐と伍

真菰は倒れている善逸を守るべく、下弦の弐・轆轤に立ち向かっていき、水の呼吸定番の攻撃型である打ち潮を放ったが……

 

血鬼術 空裂

 

「お前らはチビだなぁ。旨そうだなぁ」

 

轆轤の声がしたと同時に、真菰の周囲が空間ごと抉れ、近くにあった木ごと吹き飛ばされてしまった。

真菰も吹き飛ばされてしまい、水の呼吸で何とか受け身を取ろうとする。

 

水の呼吸 弐ノ型 水車

 

真菰は何とか着地し、急ぎ元の場所に舞い戻る。すると気絶した状態の善逸に、下弦の弐が迫っていたので……

 

水の呼吸 拾ノ型 生生流転

 

真菰は刀を回転させながら、龍のように駆けて再び突撃するが……

 

血鬼術 地裂開

 

真菰が走っている地面が抉れ、再び吹き飛ばされると思った刹那……

 

水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦

 

真菰は攻撃を水のように流し、その勢いを取り込み……

 

水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

四方八方に素早く動いて攪乱しながら目にも留まらぬ速さで一閃すると、遭遇して初めて下弦の弐に斬撃を入れられた。

 

「速さだけはあるんだなぁ。褒めてやる」

 

轆轤は斬られた大きくて前に突き出た腹の傷を一瞬で治しながら言った。

 

「どうも」

 

真菰は小さくそう言った後、再び斬撃を繰り出した。

 

水の呼吸 拾ノ型 生生流転

 

血鬼術 土裂

 

真菰の前に突然、土でできた岩のようなものが出現するが、龍のような舞で岩を斬り伏せ、再び……

 

水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

血鬼術 開天僻地

 

「二度も同じ手を食らうわけねぇな。そろそろお前らには死んで貰わんとなぁ」

 

空裂とは比較にならないくらいの力で真菰は周囲ごと吹き飛ばされ、頭が下の状態に身体を回転させられ、物凄い勢いで振り落とされた。

 

何とか受け身を取り、頭からの落下は防いだものの落ちた衝撃で身体中に激痛が走った。

 

「もう終わりのようだなぁ」

 

轆轤はそう言って大きな手を向けてきた。真菰は刀を持って技を出そうとするも激痛で身体がどうしても動かない。

 

「俺はいつも人間を吹き飛ばし、落下させて殺してから喰うんだなぁ。俺の大地を吹き飛ばす力。どんな鬼殺隊も絶対に逆らえない。ヒヒヒ……」

 

とうとう真菰は下弦の弐の両手に掴まってしまった。そして、口の近くに持っていかれ……

 

「お前はこれから永遠に俺の腹の中で俺と共に生きるんだなぁ。この世で選ばれし十二鬼月、轆轤様と共に」

 

真菰は最後の力を振り絞って両手で刀を構え、

 

水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き

 

轆轤の顎を突くが焼け石に水で、真菰は轆轤の両手に益々固く握られた。

 

その時、真菰は走馬灯を見た。身寄りのない自分を拾ってくれた鱗滝さんと鍛錬した毎日。最終選別で殺され掛けるも助けてくれた竈門炭治郎。そして無理に誘って瀕死状態に追いやってしまった我妻善逸。

 

何事にも達観した考えを持っていた真菰は鬼殺隊に属した以上、いつかこういう時が来ることは覚悟していた。自分は本来、最終選別で戦死する運命だった所を炭治郎に救われたのであって、こうして生きているだけで奇跡なのだから。

 

しかし、山の前で善逸が足を竦ませていた時、甘言を弄して連れてきたことだけは後悔の気持ちで一杯だった。自分が死んでても善逸だけは護らねばならない。しかし、それも叶いそうにない。

 

「ごめん、善逸。無理にこの山まで誘ったりして……」

 

真菰の小さな顔から一筋の涙がこぼれるのを最後に、その小柄な身体が下弦の弐の口へと消えようとしたその時……

 

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

その声と共に轆轤は真菰を掴んでいた手ごと斬られ、真菰は解放されると同時に宙に投げ出された。

 

水の呼吸 捌ノ型 滝壷

 

真菰は即座に水の呼吸を使って正しく着地し、様子を確認すると、轆轤と善逸が折り重なるように倒れていた。

 

「善逸? 大丈夫なの?」

 

真菰は駆け寄って確かめる。蜘蛛の毒のためか身体はすっかり縮み、下半身は隊服に埋もれつつあったのを確認した時、再び地面に衝撃が走った。

真菰は辛うじて飛び退き、衝撃を回避して日輪刀を構える。

 

「この黄色い小僧、死んだと思ったんだけどなぁ。危うく頚を斬られる所だったなぁ。しかしこの小僧、今度こそ死んだぞ? 次こそトドメだな!」

 

血鬼術 開天僻地

 

水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦

 

地面が抉れると同時に真菰は、吹き飛ばされる血鬼術を水のように受け流しつつ、それを反撃への梃子にしようと試みる。水の呼吸は相手の攻撃を受けやすいというメリットがある。とにかく水に徹する。鱗滝さんに教わったことを無駄にはしない!

それにまたしても死ぬ所を救われた。今度は絶対に自分が救う。例え相討ちになっても。身体への痛みなどどうでもいい。死ぬ前、人間は爆発的に力を発揮するとされるが、今にまさにその境地なのかもしれない。

 

水の呼吸 拾ノ型 生生流転

 

血鬼術を陸ノ型で受けた勢いを持って、真菰は捨て身の突撃を敢行した。刀は再び轆轤の頚に刃を通す。が、轆轤も真菰を掴んで必死に抵抗する。

 

「お前は身体が小さいから絶対に勝てないなぁ」

 

次の瞬間、真菰の日輪刀はパキン! という音と共に折れてしまった。

 

今度こそ真菰は万事休すとなった。轆轤の餌食となり、永遠にこんな鬼の腹の中だ……。

 

「ごめん、護れなくて……」

 

善逸は自分を護ったばかりにもしかしたら死んでしまったかも知れない。こればかりは本当に悔やんでも悔やみ切れない。真菰はギュッと目を閉じた。が、甘い香りがして……

 

再び自分を掴んでいた轆轤の手が斬られ、解放された。目を開けると蝶が飛んでいるのを見かけると同時に、艶やかな蝶羽織を纏った女性の手に優しく掴まれる。

 

「大丈夫かしら?」

 

女性は絹のように綺麗で長い黒髪をピンクの蝶飾り二つで留めていて、容姿端麗で大和撫子然とした女性。花柱・胡蝶カナエだ。

 

カナエは着地すると、真菰を下ろしてピンクの日輪刀を抜いて構える。

 

「よく耐えたわね。あとは私に任せて」

 

「ありがとうございます」

 

真菰はお礼を言うと、その場で気を失ってしまった。

 

「おお! これはこれは餌食が増えたなぁ!」

 

轆轤はカナエを見下ろして、恰も食べ物の品定めするかのようにまじまじと見つめる。

 

「つくづくあなたたちは可哀想ね。人間はお日様が当たる中、様々な仲間、家族、大切な人たちと助け合いながら人生を堂々と楽しめるのに、鬼は暗い夜、恐れ合い、憎しみ合いながらコソコソと生きなければならない。鬼なんかやめて、人間として生きたらどうかしら?」

 

カナエはニコニコしながら、フワフワとした声で言う。カナエ特有の暖かさが下弦の弐にも伝わったのか、轆轤は一瞬、躊躇うもすぐに反論した。

 

「いや、鬼は無限の命があるし、強さも無限なんだなぁ!」

 

血鬼術 開天僻地

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

「仲良くするのは無理かぁ」

 

カナエは轆轤の血鬼術を難なく受け流し、斬り刻みながら間合いに入り……

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

薙ぐような花の鋭い斬撃に、下弦の弐・轆轤の頚はとうとう胴体から離れた。

 

するとすかさず、猫がやって来て背中にある蓋がひとりでに開き、短刀が顔を覗かせる。

 

「珠世さんからね。ご苦労様」

 

カナエは猫を撫でながら短刀を手にして、灰になりゆく下弦の弐の身体に刺した。

 

採血した短刀を猫の蓋に入れ、去っていくのを確認すると、鎹烏が炭治郎の居場所を知らせてきたので、カナエは真菰と善逸に脈が残っていることを確かめ、応急処置を施すと鎹烏にはそのまま、隠に真菰と善逸を引き取って蝶屋敷に連れて行くことを伝えるようにと言うと、先を急いだ。

 

 

 

炭治郎は蝶屋敷から持ってきた軟膏で応急処置すると、川に出て、その向こうの方を歩いた。ここの山を支配する十二鬼月がいて、その十二鬼月が多くの鬼殺隊を餌食にするよう仕組んだに違いないと考えたからだ。身体は正直、痛むがまだまだ戦える。

 

森の中を歩いていると、叫び声がした。

 

「ギャアアアアアア!」

 

炭治郎は驚いて声のした方を見ると、何やら女の鬼が顔を埋めている。埋めているてからは夥しい血が零れ落ちている。

 

「何見てるの? 見せ物じゃないんだけど」

 

糸の上を歩いていた少年風の鬼だ! 手に糸を綾取りのように絡め、そこからは血が滴っている。

 

「何してるんだ? 仲間じゃないのか?」

 

炭治郎は訊く。

 

「仲間? そんな薄っぺらなものと同じにするな。僕たちは家族。強い絆で結ばれているんだ。それにこれは僕と姉さんの問題」

 

そして炭治郎に蜘蛛の糸を向け、

 

「余計な口出しするなら刻むから」

 

しかし炭治郎は怯まず、言い返す。

 

「家族も仲間も強い絆で結ばれていればどちらも同じように尊い。血の繋がりが無ければ薄っぺらだなんてそんなことはない! それから、強い絆で結ばれている者は信頼の匂いがする。だけどお前たちからは恐怖と憎しみの匂いしかしない!」

 

そして炭治郎はこう続ける。

 

「こんなものを絆とは言わない! 紛い物、偽物だ!」

 

「……」

 

少年の鬼に傷つけられた女の鬼が衝撃を受けたような顔をした、その時だった。

 

背後から隊士が忍びより……

 

「お、丁度いいくらいの鬼がいるじゃねえか。この鬼を殺したら山をさっさと下りて出世するか。そこのお前、引っ込んでな」

 

そう言って隊士は刀を鞘から抜き、炭治郎が止めるのも聞かずに後ろから斬りかかるが……

 

ブツン!

 

一瞬のうちにサイコロステーキのようにバラバラにされてしまった。

 

「何て言った? お前!」

 

後ろを向いたまま難なく隊士を一瞬で斬り刻んでしまった少年の鬼は、蜘蛛の糸を益々手に絡ませて言った。

威圧感が半端でない。空気が重くなってきた。しかしこれで怯む炭治郎ではない。

 

「何度でも言ってやる! お前の絆は偽物だ!」

 

「ふーん。なら、お前はうんとズタズタにしてから刻んでやる。それに君は耳飾りをつけている。あの方が言っていた竈門炭治郎か?」

 

「だったら何だ?」

 

「あの方がお前を殺そうとしている気持ち、良くわかる。お前ほどイライラさせられた者はいない。うんと苦しめて殺してやる」

 

そう言って、糸が絡まった両手をかざしてきた。

 

炭治郎は避け、日輪刀を構えて……

 

日の呼吸 陸ノ型 日暈の龍・頭舞い

 

炭治郎は糸を斬りながら突進するが……

 

「ねえ、これが糸の硬さがこれが限界と思っていたの? 僕は下弦の伍、累だよ?」

 

血鬼術 刻糸牢

 

「もういいよ。さよなら」

 

しかし炭治郎は糸を斬り続けた勢いのまま、刻糸牢の糸をも斬り、ついにその頚にも手を掛ける。

 

驚いた顔をした下弦の伍、累の頚は胴から離れ、地面に落ちた。

 

「終わった……」

 

炭治郎は倒れた。下弦の肆から続く戦闘で、身体が限界に来ていた。視界が狭まり、全身が激痛で、耳鳴りまでする。回復して残っているであろう鬼を退治しなければならないとわかっていても全く身体を動かせない。その時だ!鬼の血の匂いが濃くなり……

 

「僕に勝てると思ったの? 可哀想に。哀れな妄想をして幸せだった?」

 

何と累は頚を斬られていなかったのだ!

 

「僕は自分の糸で頚を切ったんだよ。お前に頚を斬られるより先に」

 

そして累は頚を胴の上につけ、

 

「もういい。お前は殺してやる。こんなに腹が立ったのは久しぶりだよ。前にも腹が立ったことがあったけど、いつのことか思い出せないくらい久しぶりだよ。不快だ。本当に不快だ。苛々させてくれてありがとう」

 

血鬼術 殺目籠

 

炭治郎は回復しろ、回復しろ、と言い聞かせるが身体はどうしても動かず、累に刻まれるかに思われた刹那、蝶が舞い……

 

ピンクの日輪刀の一閃で、炭治郎を刻もうとしていた糸はたちまち斬られた。

 

蝶羽織に二つの髪飾りで留められた綺麗な黒髪。

 

「ごめんね。遅くなって」

 

聞き慣れたフワフワした声に、炭治郎は安心感を覚えた。カナエさんだ。

 

「次から次に邪魔するクズどもめ!」

 

そう言って累は両手に渾身の糸を絡め、

 

血鬼術 刻糸輪転

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

カナエは一瞬で人間をバラバラにする、下弦の伍最強の糸をいとも簡単に斬り刻むと、累の頚をあっさりと斬ってしまった。

 

累は自分の最硬度の糸を斬られて信じられない、といった表情をしたまま今度こそ頚が胴から離れた。曲がりなりにも十二鬼月である累でも自分に何が起きたか理解できないほどの一瞬の花の斬撃だった。

 

 

 

「炭治郎、大丈夫かしら?」

 

「だ、大丈夫、です」

 

炭治郎は何とか言葉を絞り出した。

 

例によって再び珠世からの猫が出てきたので、カナエは短刀で灰になりゆく累から採血して猫に渡した。

 

それからカナエは炭治郎の身体全体を触っていき、怪我の状況を確認する。

カナエの手は温かく、炭治郎はこれだけても治療されてるような、温もりを感じた。

 

「炭治郎、あなた相当無理したのね。ごめんなさいね、無理させてしまって。しかし私がいないにも関わらず下弦の肆を一人で撃破して本当に凄いわ! 流石私の弟子♪」

 

カナエは炭治郎の身体に軟膏を塗っていきながら言った。

鎹烏から炭治郎が下弦の肆を単独撃破したという報告を受けていた。

 

「い、いえ、俺はカナエさんの足下にも及びません」

 

「ふふっ。炭治郎は謙虚ね。でも炭治郎は隊士になる前から上限の弐と遭遇して生き残り、下弦の肆を一人で討ち取った。文句無しにあなたは柱になれるわよ!」

 

「俺が、柱に?」

 

「ええ。誰にも文句言わせないわ。柱になったら先輩として色々教えてあげるね♪」

 

応急措置を終えたカナエは炭治郎を背負い…

 

「身体中を骨折しているようだから、私が背負っていくわね?」

 

「ありがとうございます」

 

炭治郎を背負うカナエに、僅かではあるが陽光が差した。

 

 

 

 

時を巻き戻す。

嘴平伊之助は炭治郎に置いていかれながらも、炭治郎に眠らされた隊士にくっつこうとし続ける蜘蛛の糸を斬り続けたが、やがて糸は出てこなくなった。

 

「健太郎の奴、倒したのか? アイツが? クソー! アイツにできることは俺にもできるぜ!」

 

そう言って駆け出そうとした伊之助の背後を何者かに体当たりされそうになるが…

 

「誰だ? お前は?」

 

伊之助は素早く反応して自らを襲った存在を確かめる。

 

獣のような鬣に、額から鼻にかけて「エ」の字のような線が入っているのが特徴的な鬼。

そして片目に刻まれている「下陸」。

 

「ハハハー! 俺は知ってるぞ? お前が十二鬼月ということをな! 俺がお前を倒したら俺は猪柱か? 獣柱か?

どっちが良いと思う? えっ?」

 

あたかも鬼の首を取ってしまったかのように歓喜する、伊之助の声が那田蜘蛛山に木霊したのだった。



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猪VS獣

「会った時から真菰ちゃんは優しくて強い音がしたんだ。短い間だったけど俺、真菰ちゃんと居られて幸せだったよ。真菰ちゃんは心臓の音がはっきりと聞こえるから絶対に生き抜いてね。君なら絶対に立派な隊士になれるからさ」

 

真菰は下弦の弐との戦闘で意識を失った後、善逸が現れてそう言ったのだ。これまでの怖がりで情緒不安定な部分はどこにもなく、はっきりとした言葉だった。

 

「善逸、無事なの?」

 

真菰はゆっくりと起き上がって問いかけるが、善逸は笑いかけたかと思うと踵を返して去ってしまった…。

 

 

 

「もしもーし? 大丈夫ですか?」

 

カナエが下弦の弐を瞬殺して炭治郎の救出に向かって間もなく、入れ替わるように妹の蟲柱・胡蝶しのぶが来て、真菰と善逸に呼び掛ける。傍らには継子である栗落花カナヲと忍のような姿の隊士、「隠」が控えている。隠とは戦場で怪我した鬼殺隊士を、(鬼殺隊にとっての病院でもある)蝶屋敷に運ぶ役割を担っている。

 

「……」

 

二人から返事がないので、しのぶは二人の脈を取る。

 

「この女の子は脈があるようだから蝶屋敷に連れていって看護して下さい」

 

「はい」

 

隠は直ちに真菰を抱きかかえる。

 

「こっちの黄色い隊士は脈がなくなってしまったみたいですね……。蝶屋敷に連れて行ってもしご家族がいらっしゃれば訃報を伝えましょう。残念ですが」

 

しのぶは顔を顰めて言った。

 

我妻善逸は蜘蛛鬼の攻撃により身体が縮み、特に下半身はすっかり下着に埋もれてしまっている。

ただでさえ瀕死状態だった中、下弦の弐に踏みつけられた上に決死の攻撃を仕掛けたことで力尽きた。しかし、安らかに眠る善逸の顔は鬼殺隊としての役割をきちんと果たし、微塵も後悔はないといった顔つきだった。

 

隠たちが善逸の遺体と真菰を連れていった後、しのぶはカナヲと共に山に残る鬼を狩りにいく。

 

「私が毒でサポートするからカナヲは安心して鬼を狩りなさいね」

 

「はい」

 

二人は駆けていくと川に出た。すると、女の鬼を目にし、しのぶは目にも留まらぬ速さで女の鬼の許へ飛んでいき、カナヲも駆け寄って川に入る。が……

 

「お父さん!」

 

女の鬼が呼ぶと同時に、

 

ドン!

 

長髪で図体の大きい父鬼が二人の前に振ってきた。

 

鬼は目の周りにも小さな目のようなものがいくつもあり、口元から牙を生やして醜悪そのものの姿だった。

 

「ウウウウウウウ!」

 

二人を威嚇するように唸り……

 

「オレの家族にィ! 近づくナァ!」

 

「カナヲ」

 

しのぶが促すとカナヲは日輪刀を抜き、

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

最大九連撃できる花の斬撃で、父鬼はバラバラになり、消滅していった。

 

 

その間に対岸に逃れる女の鬼こと累の姉鬼に、しのぶはあっさりと追いついて掴む。

 

「あら? 何で逃げるんですか? 今日は月が綺麗なので一緒に月見でもしましょうよ~」

 

しのぶの笑顔の呼び掛けに対し、姉鬼は両手からの繭の攻撃で応えた。

 

繭に絡めとられ、閉じ込められると人間は服ごと溶けて餌食になってしまう。

 

しかししのぶは蝶が舞うようにひらひらと飛びながら繭の糸に一切触れることなく躱し、姉鬼の胸倉を押さえてしまった。

 

「私と仲良くする気はないみたいですね」

 

しのぶは笑顔で言った。側にはカナヲがやって来て日輪刀を構え、いつでもトドメを刺せるようにしている。

 

一方、しのぶの笑顔に隠れている、累以上の殺気を感じた姉鬼は顔に汗を滲ませ……

 

「ま、待って!」

 

驚くしのぶを尻目に訴え続ける。

 

「私は脅されているの! 従わないとバラバラに刻まれる! さっきも脅されていたんだけど、あなたと似たような髪飾りをつけた男の鬼狩りが来たから、どさくさに紛れて逃げて来たの!」

 

「髪飾りをつけた男?」

 

ああ、炭治郎のことね。さっさとこの鬼は始末して助けに行かなくては……

 

「嘘をつかなくてもいいですよ。私は山に入ってから、何十もの繭を目にしましたよ? 自ら進んでやっていますよね? 私は確かにあなたと仲良くしたいと思っております。しかしそのためにはあなたの目玉をほじくり出し、内臓を斬って引きずり出し、手足を切断してあなたが人を殺した分、拷問した上でなければなりません。まさか多くの人を殺しておいて、何事もなかったように仲良くしたいと思っていたのですか?」

 

しのぶは益々、冷たい笑みを浮かべる。

 

「……」

 

「しかし大丈夫です! お嬢さんは鬼ですし、死んだりしませんし、後遺症は残りません! 辛いでしょうけど一緒に頑張りましょう!」

 

姉鬼はとうとうしのぶの過酷な条件に耐え兼ね……

 

「冗談じゃないわよ! 死ね! クソ女!」

 

再び両手から繭を出すも、しのぶはあっさりと躱し……

 

「仲良くするのは無理なようですね。残念残念」

 

蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ

 

しのぶは四方八方に飛び、目にも留まらぬ突きの斬撃を複数回、与えた。

 

「頚が、斬られてない?」

 

姉鬼は一瞬、何が起きたかわからず戸惑っていたがすぐにほくそ笑んだ。

 

「あの女、身体が小さいから頚が斬れないんだわ。これなら勝てる」

 

そう言って手をかざして繭を出そうとしたがその途端……

 

ドシャッ!

 

血を吐いたのを皮切りに、姉鬼はもがき苦しみながら倒れた。

 

「頚を斬られてないからって安心してはいけませんよ。私、蟲柱・胡蝶しのぶは鬼を殺せる毒を作り、使えるちょっと凄い人なんですから」

 

「……」

 

しかし姉鬼は既に事切れており……

 

「あら失礼しました。死んでるからもう聞こえませんね、うっかりです!」

 

しのぶはテヘっと笑った。直後、鎹烏がやって来てカナエが累を撃破して炭治郎を救出したことを報告し……

 

「姉さんに先を越されてしまいましたか……」

 

そう独り言を呟くと、再び別の鎹烏がやって来た。

 

「嘴平伊之助! 嘴平伊之助! 下弦ノ陸ト戦闘中! 至急、救出ニ向カウベシ!」

 

「カナヲ、行きますよ」

 

「はい」

 

しのぶとカナヲの師弟は眦を決して再び戦場へと向かうのだった。

 

 

 

 

嘴平伊之助は下弦の陸・釜鵺と遭遇し、勝てば柱になれると歓喜の声を上げると……

 

「お前、頭大丈夫か? 俺、十二鬼月だよ? 何かお前、猪の格好してるけど、そんなことして強がったって無駄だよ? 今からお前を狩り、それからこの周辺で気を失っている奴らも纏めて喰らってやるから」

 

「は?」

 

伊之助は一瞬、固まったが次の瞬間、大激怒する。

 

「十二鬼月だからなんだってんだ! 俺は嘴平伊之助だ! 猪突猛進、猪突猛進!」

 

獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き

 

伊之助は両手に鋸状の日輪刀二本掲げて飛びかかり、釜鵺も血鬼術で返す。

 

血鬼術 獅子虎爪

 

両者の技が激突した。釜鵺は虎のような格好に変貌し、鋭い爪で伊之助を負傷させようとしたが、鋭い皮膚感覚を持つ伊之助は殆ど躱した。釜鵺も釜鵺で伊之助の斬撃は血鬼術で相殺してしまった。

 

「ふーん。なかなかやるじゃねえか。でもな」

 

血鬼術 猿鳴・衝脚

 

釜鵺が今度は猿の格好となったと思った瞬間、衝撃波が放たれ、伊之助は吹き飛ばされてしまった。

 

「何なんだ、これは」

 

伊之助は辛うじて受け身を取って着地し、二つの刀を構え、追撃してくる釜鵺に飛びかかり……

 

獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き

 

懐に飛び込んで二刀流の斬撃を食らわせることに成功し、釜鵺は胸から夥しい血が流れ出るが、瞬く間に回復し……

 

血鬼術 獅子虎爪

 

再び虎の姿になって伊之助に襲い掛かる。

 

獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き

 

伊之助は二刀流の絶え間ない連撃で迎え撃ち、虎の爪を捌いていく。

 

「俺はこれまで森の中で生きてきたからな! 動物からの攻撃には慣れているんだよ!」

 

獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き

 

「往生しやがれ! この獣もどきが!」

 

伊之助がトドメを刺したと思った刹那、釜鵺は姿を消し……

 

「お前こそが往生しろ!」

 

血鬼術 怪狸妖炎

 

釜鵺は狸に姿を変えて、炎を纏いながら背後に回り、伊之助に飛びかかってきたが、伊之助は背後から殺意を感じ、辛うじて飛び退いた。

 

「俺は自然の中で生きてきたからな! 不意打ちなんて通じないんだよ!」

 

しかし、釜鵺は姿を消して再び炎を纏って襲ってきて、伊之助は再び避けて……というのを繰り返し、流石の伊之助も息が上がってきた。裸姿で鍛えられた上半身に少なからずの傷ができている。

 

「お前、なかなかしぶといな。どうだ。お前も鬼にならないか? お前となら一緒に切磋琢磨しながら最強の鬼を目指せる気がしてな。鬼になれ、伊之助」

 

釜鵺は一旦、炎を消して純粋な狸の姿となって勧誘してきた。

 

「は?」

 

伊之助は一瞬、二本の刀を上げて拍子抜けするも、すぐに言い返す。

 

「何でそうなるんだよ! いいか? 俺は鬼殺隊、嘴平伊之助だ! お前は絶対に倒して柱になる!」

 

獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き

 

伊之助は再び釜鵺に飛びかかり、二刀流の斬撃をかました。

 

血鬼術 獅子虎爪

 

釜鵺も虎の姿に変貌して反撃してきた。虎の爪を捌きながら頚を狙うも、虎の爪による斬撃が速くかつ鋭くてなかなか頚に斬り込めない。

 

血鬼術 猿鳴・衝脚

 

獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き

 

再び猿姿での衝撃波に対し、伊之助は二刀流の連撃で何とか血鬼術の相殺を図って衝撃を緩和させながら、後方に飛び退いた。

 

「鬼になる気がないなら殺すまでだ」

 

血鬼術 八岐大蛇

 

今度は数匹の黒い蛇がくっついた状態で襲ってきた。黒い蛇たちの口が開き、伊之助に嚙みつこうとした刹那……

 

獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き

 

伊之助は再び、二刀流の斬撃で迎え撃って蛇たちの頭や身体を斬ってしまった。

 

しかし釜鵺は直ちに飛び退いて何事もなかったように最初の姿に戻り……

 

「ここまで手こずらせたのは何年ぶりだろう。やっぱり伊之助、鬼にならないか? 一緒に強くなろう!」

 

「だからならねえっつってんだろ! しつこいんだよ、お前は! 俺はお前を殺して必ず柱になるんだよ! とっとと往生しやがれ、獣もどきが!」

 

「そうか。じゃあ仕方ねえな」

 

血鬼術 雷獣高翔

 

今度は顔は猿、胴体は狸、そして虎のような鋭い爪を持った手足、そして蛇のような尻尾を持つ姿となった。まさに鵺となった釜鵺は高く飛び、雷を伊之助目掛けて落とした。

 

鋭い皮膚感覚のお陰で即死は免れたが、完全には避け切れず、伊之助の身体からは夥しい血が流れ出る。

 

しかも追い打ちをかけるように鵺の姿で炎を纏い、虎の鋭い爪で襲ってきて……

 

獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き

 

伊之助は迎撃を図るも、出血によりふらつき始め、技は思うようには出せない。

 

「どうした? もう終わりか? 鬼になれば怪我などすぐに回復できる。だから鬼になれって言ってんだよ!」

 

そして、纏っていた炎で一気に焼き殺そうと図るが、伊之助は辛うじて避けた。

 

しかし、伊之助も限界を遥かに超えて戦っており、次に攻撃が来たらもしかしたら死ぬかもしれない、と思った。

 

畳み掛けるように釜鵺は虎の爪で襲ってきて……

 

獣の呼吸 壱ノ牙 穿ち抜き

 

伊之助は辛うじて釜鵺の頚に突きを入れるも、身体を爪で掴まれてしまった。

 

今度こそ下弦の陸の餌食になる刹那、伊之助は走馬灯を見た。まだ赤ん坊の時に母から川に投げ捨てられて以来、自然の中、一人で生きてきた人生。鬼殺隊でも自分一人で鍛錬し、獣の呼吸まで生み出した。

竈門炭治郎だけにはホワホワさせられる。もう一度会って殴ってやらないと気が済まないが、それも叶いそうにない……

 

しかしその時、蝶が舞うと同時に釜鵺の腕がピンクの日輪刀で斬られ、伊之助は解放された。

 

「だ、誰だ?」

 

伊之助は地面に倒れながら確かめると、蝶飾りをつけた女性隊士が二人。一人はピンクの髪飾りで左に一つに髪を結んでいて面長なのが特徴で、もう一人は髪は短めで、後ろに紫の蝶飾りをつけている。

 

栗落花カナヲと胡蝶しのぶだ。

 

伊之助を救い出したカナヲは彼を問答無用で引っ張り、下弦の陸から引き剝がす。

 

「何するんだよ! 放せよ! 俺はまだ戦える!」

 

伊之助は振り解こうとするが、カナヲの掴む手はとても強く、到底振り解けなかった。

 

「カナヲ、その子を頼みます」

 

「俺は伊之助と共に強くなろうよ、と話してたんだけど? 邪魔しないでくれるかな? それとも俺に喰われたい?」

 

早速の下弦の陸からの威嚇に、しのぶは笑みを浮かべる。

 

「随分、派手にやってくれたみたいですね。その落とし前はつけてもらいますよ? たっぷりと」

 

これにはカナヲは勿論、伊之助すらも絶句した。

 

「この女、つええのか?」

 

「柱よ」

 

カナヲは伊之助を手当しながら短く答えた。

 

「重傷だからこれ以上、動かないで」

 

 

その時、しのぶは技を繰り出した。

 

蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角

 

血鬼術 雷獣……

 

しのぶは目にも留まらぬ速さで釜鵺に飛びかかり、血鬼術を放たれる前に、六方向から一気に大量の毒を叩き込んだ。

 

「クソ女(あま)ー! 何しやがった……」

 

これには釜鵺も顔色を変え、血鬼術を放つどころではなくなる。伊之助はこれには啞然とさせられた。

 

―――すげぇ。毒を使ってこの伊之助様が苦戦した十二鬼月を倒してしまった。しかも速さが段違いだ……

 

「誰がクソ女ですか? いいからさっさとくたばって貰えますか? 気色悪いので」

 

しのぶは凍りつくような笑みを浮かべて釜鵺がもがき苦しむのを眺める。

 

間もなく、下弦の陸・釜鵺は大量の血を吐いて倒れ、事切れた。

 

その時、伊之助の叫び声が木霊した。

 

「おい! そこの蝶羽織の毒使い! お前はあの十二鬼月に勝った! 今度は俺と勝負しろ! そして俺はお前に勝つ! そうすれば一番強いのは俺、という寸法だ! ウハハハハハ!」

 

いきなり挑戦を受けたしのぶは笑顔で返す。

 

「まず君は最低限、人に対する礼儀というものを覚えましょうね。それに重傷だから、怪我を治しましょうね。その後に修行し直してください。あなたが柱に勝とうなんて百年早いですよ~」

 

「なにぃ~!」

 

その後も怒る伊之助をしのぶは笑顔でいなし続けて隠に引き渡し、しのぶとカナヲはその後も山での怪我人の回収を隠に指示したりしていった。

 

 

 

 

 

 

カナエが任務先から那田蜘蛛山に直行し、しのぶもカナヲを連れて山に向かった後、一人の荒々しい格好をした剣士が蝶屋敷の前に立った。

 

留守居をしていた神崎アオイが応対に出ると、たちまち緊張が走る。

 

「これは、風柱様……」

 

傷だらけの強面で、白髪をツンツンと立てた剣士。彼こそが泣く子も黙る風柱・不死川実弥だ。

 

その荒々しさは隊士たちから畏怖の対象となっている。

 

「ここに鬼がいるだろォ! 今すぐ差し出せェ!」

 

実弥は並々ならぬ殺気を放っている。彼の隊服の後ろに大きく記されている「殺」という文字。そこには、鬼は誰であれ絶対に受け入れない、目にしたら必ず殺してやるという鉄の意思が込められていた。

 

「まだしのぶ様とカナエ様が帰られておりませんので、また出直して貰えますか?」

 

アオイは緊張を隠してそう言うも、実弥は「うるせェ! 入るぞォ!」と言ってずかずかと屋敷に入って行った。

 

「ちょっと風柱様! やめて下さい!」

 

アオイが必死に止めても取りつく島もなく、きよ、すみ、なほ達が出てきて止めても同じだった。

 

実弥はアオイ達を振り切り続けて部屋を探して回り、

 

「ここかァ!」

 

ついにカナエの部屋に入り、ベッドで寝ている禰豆子を抱き抱えようとするが、アオイ達が立ちはだかる。

 

「禰豆子さんを連れていくなら私を殺してからにして下さい!」

 

アオイは毅然と言った。元々自分は鬼殺隊にはなれなくて、カナヲのように役に立てていない。だからせめてここでは役に立たなければ!

 

きよ達三人もアオイの側で同調してみせる。

 

「そうかィ。だったらしょうがねえなァ! お望み通り、ぶち殺してやらァ! 鬼殺隊で鬼を庇うなんざ隊律違反だァ! 風柱として許さねェ!」

 

実弥は益々、恐ろしい表情となった。



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鬼殺隊柱合裁判

カナエが炭治郎を背負って那田蜘蛛山を降りていたところ、鎹烏の指令が木霊した。

 

「伝令! 伝令! カァァ! 伝令アリ! 伝令アリ!」

 

カナエは足を止め、次の言葉に耳を傾けたが、その言葉は驚愕の内容だった。

 

 

「竈門炭治郎拘束シ本部ヘ連レ帰レ! 連レ帰レ! 竹を噛んだ鬼禰豆子は既に拘束シタ! カァァ!」

 

「禰豆子……」

 

炭治郎は激痛に耐えながら思わず、そう呻く。とうとうバレる時が来てしまったか……。しかし、カナエは、

 

「大丈夫よ」

 

そう言って背負っている炭治郎を抑える手に力を込めた。

 

「花柱・胡蝶カナエが絶対に守ります」

 

「ありがとうございます」

 

炭治郎は思わず涙を浮かべて言った。これほど頼もしい言葉はない。

 

「ううん。師範として当然のことよ。むしろ本部に連れていくことになってしまってごめんね~。炭治郎は遠慮せず眠ってて大丈夫だからね」

 

「はい」

 

直後、炭治郎はカナエの背中で気を失った。

 

カナエはキリっとした双眸で那田蜘蛛山を降りていった。

 

 

 

 

炭治郎が目を覚ますと……

 

左右にはカナエとしのぶが控えていて、背後を見ると……

 

荘厳な姿をした鬼殺隊士がずらりと並んでいる。

 

カナエさんも凄いけど、この人たちから醸し出す威厳は半端でない……

 

恐らくは鬼殺隊でトップクラスの実力、要するに柱か?

 

 

数珠姿で身長が2m以上ある大柄な岩柱・悲鳴嶼行冥。

盲目らしく、両目は白目を剝いている。

 

悲鳴嶼に次ぐ大男で、美男子風の音柱・宇随天元。

宝石の髪留めで、長い銀髪を纏めている。

 

金と赤が混じった、まるで炎のような髪型が特徴で、顔つきも炎のような熱さを醸し出している炎柱・煉獄杏寿郎

 

小柄で年齢も幼げな霞柱・時透無一郎

 

桃と緑が混じった髪を三つ編みにし、胡蝶姉妹に引けを取らぬくらいの可憐な容姿の恋柱・甘露寺蜜璃

 

そして彼らから少し離れた所にポツンと突っ立っている、片身替模様の羽織を纏った切れ長の目つきの水柱・冨岡義勇がいた。しかしそんな彼をカナエは放っておく筈がない。

 

「義勇くんもこっち来なよ~。これから私のかわいい継子を紹介するんだから♪」

 

「いや、俺はいい。俺はお前たちとは違う」

 

その言葉に誰もが聞き捨てならないというように振り向くが、

 

―――冨岡さん! 離れた所に一人突っ立っていて可愛い 

 

恋柱・甘露寺蜜璃はただ一人、冨岡にときめいていた。

 

「冨岡さん? またそんなこと言うんですか? これだからあなたはみんなから誤解されるんですよ? わかってます? いいから早くこっち来てください」

 

今度はしのぶが笑顔で言った。炭治郎は知っている。笑顔に隠された並々ならぬ怒りを。

 

「……承知した」

 

怒りは義勇にも伝わったらしく、水柱・冨岡義勇は柱たちの輪に加わった。

 

そして話題は炭治郎と禰豆子の処分の是非についてとなり……

 

「うむ! 裁判の必要などなかろう! 鬼を庇うなど隊律違反! 我らの判断のみで女の鬼もろとも即座に斬首! それでよかろう!」

 

炎柱・煉獄杏寿郎は炭治郎たちの即刻処刑を主張した。

 

「うん! ド派手にな! 俺が派手に頚を斬ってやる! 誰よりも派手に血しぶきを見せてやるぜ」

 

音柱・宇随天元が煉獄に同調する。

 

「あぁ、なんというみすぼらしい子供だ……。生まれてきたこと自体が可哀想だ……」

 

岩柱・悲鳴嶼行冥が数珠で両手を合わせながらさりげなく煉獄や宇随以上の毒舌を呟いた。

 

言いたい放題の柱に対し、花柱・胡蝶カナエは反論する。

 

「これまでみんなに隠していたことは謝るわ。しかし、私が上弦の弐に襲われた時、炭治郎がいたから生き残れたし、それに那田蜘蛛山では十二鬼月を単独で撃破したわ」

 

「十二鬼月を撃破した、だと……」

 

宇随が驚きの声を漏らした。

 

「上弦の弐との戦いで生き残り、十二鬼月を撃破するなんて……。無一郎君に続く天才だわ!」

 

恋柱・甘露寺蜜璃が両手を組み、再びときめきの声を上げた。

無一郎とは霞柱・時透無一郎のことで、炭治郎や禰豆子の処分を決めているこの時に、ボーっと空を見上げている小柄な少年だ。

しかし彼は鬼殺隊員になってからわずか二ヶ月で柱になったので、天才剣士と言われていた。

 

「十二鬼月を撃破したからといって下弦の鬼だろう? それに問題はそんなことではない。鬼殺隊なのに鬼を庇っていた、ということだどう責任を取る? これは胡蝶姉妹、お前らの責任でもある」

 

ネチネチとした声が上から降ってきて、炭治郎は何だろうと見上げると、蛇を首に巻きつけている蛇柱――伊黒小芭内が木の上から指差して、炭治郎だけでなく胡蝶姉妹をも追及している。

 

「隊律違反は鬼を屋敷に匿っていた胡蝶たちも同じだろう? 未だに処罰されていないことに俺は頭痛がするんだが。どうするどう責任を取らせるどんな目に遭わせてやろうか」

 

―――伊黒さん、相変わらずネチネチしていて蛇みたい! しつこくて素敵❤️

 

甘露寺は自分と同じ女性隊士である、胡蝶姉妹をも槍玉に挙げられたにもかかわらず、今度は伊黒にときめきを見せた。

 

「伊黒さん。まだお館様が見えておりません。お館様の判断なしに処罰を決めるなどそれこそ隊律違反ですよ。それに禰豆子さんはどこですか? 早く連れてきて下さい」

 

しのぶが能面で言ったその時……

 

「鬼を連れてる隊士はそいつかィ?」

そう言ってやって来たのは風柱・不死川実弥だった。

しかも、禰豆子の箱を背負っている!

 

「禰豆子……!」

 

炭治郎が駆け寄ろうとする前に、しのぶが消え……たと思いきや、箱を取り戻した。

 

「ほら炭治郎、禰豆子さんですよ。守ってあげなさい」

 

「ありがとう…ございます」

 

風柱・不死川ですら反応できないほどのしのぶの速さに、炭治郎は呆気に取られた。

 

「あらあら」

 

そう漏らすカナエの声に、怒りが込められている。

 

「お前ら揃いも揃っていい度胸してるぜェ! いい度胸してるといえばお前らのとこの女子たちもそうだったからよォ、風柱として指導してきたわ」

 

お前らのとこの女子ってもしかしてアオイさん、カナヲ……?

 

「わかりました」

 

カナエが冷たい笑みを浮かべて口を開いた。隣ではしのぶが厳しい表情で不死川を睨みつけている。

 

「不死川君がそのつもりなら私にも考えがあります。この後、お館様がいらっしゃるでしょうからそこで訴えさせてもらいます」

 

「オォ! そうかァ! やれるもんならやってみやがれェ!」

 

胡蝶姉妹と不死川が一触即発の雰囲気になり、甘露寺が「キャー! ダメダメ!」と止めに入るのも双方の耳に届かず、といった所におかっぱ頭の産屋敷家の子供たちが姿を見せ……

 

「お館様の御成りです」

 

最終選別が終わった時にいた人と同じ人だ……

 

その言葉と共に柱たちは一斉に正座して深々と頭を下げ、胡蝶姉妹も不死川も喧嘩をやめて頭を深々と下げた。

 

「炭治郎、頭を下げるのよ」

 

カナエに促され、炭治郎が柱たちと同じように頭を下げると、鬼殺隊の『お館様』が姿を現したのだった。



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日柱・竈門炭治郎

「よく来たね。私の可愛い剣士(こども)たち」

 

『お館様』は開口一番、そう言った。

 

代々、鬼殺隊士たちを束ねる当主を務めてきた産屋敷家。その現当主の輝哉だ。

 

何かの病気にかかっているのか、薄紫に爛れた皮膚。しかし、それを気にさせないほどの温かい匂いがする……。

 

「おはよう、みんな。今日はとてもいい天気だね。顔ぶれが変わらずに半年に一回の柱合会議を迎えられて嬉しく思うよ。しかも今日は新たな『柱』が仲間として加わる。始まりの剣士以来、柱はどんなに多くなっても9人だったが、前回の柱合会議で10人になり、今日で11人目だ」

 

柱が増えるってまさか俺が『柱』、に……? カナエさんが那田蜘蛛山下山の時に言っていたお世辞がまさか現実になるなんて……

 

「お館様におかれましても壮健で何よりです。益々のご多幸をお祈り申し上げます」

 

不死川が頭を下げたまま言った。さっきまでの知性も理性も全く無いような、荒々しさは欠片も感じさせなかった。

 

「ありがとう。実弥」

 

「ところでお館様。『柱』が増える、というのはまさか、この竈門炭治郎なる者ではありませんよね? 竈門炭治郎は鬼を連れており、明らかに隊律違反を犯しております。即座に打ち首にすべきと考えますが」

 

実弥の殺気立ったような直訴にもお館様は全く動じず、笑顔を浮かべながら答えた。

 

「済まなかったね。驚かせて。炭治郎と禰豆子のことは私も容認していて、カナエに預けて貰っていた。それに炭治郎は隊士になる前に上弦の弐と遭遇したにも拘わらず生き残り、柱であるカナエを救い、隊士になってからも多くの鬼を狩って、那田蜘蛛山でも十二鬼月を倒してきた。炭治郎は十分、柱に値すると思うし、みんなにも受け入れて貰いたいと思っている」

 

「ありがとうございます、お館様! 炭治郎は私の自慢の弟子で、始まりの剣士の呼吸技を使えるんですよ?」

 

カナエが畳み掛けるように言ったが……

 

「嗚呼。例えお館様のご意向であってもこればかりは承服しかねる……。鬼を連れた隊士が処罰されないどころか、柱に抜擢されるなど前代未聞……」

 

悲鳴嶼が手を合わせながら言い……

 

「俺も派手に反対するぜ! 鬼を連れた隊士など鬼殺隊の風上にもおけない!」

 

宇随天元が同調し……

 

「信用しない、信用しない、処罰されないどころか柱として一緒になるとか論外だ……」

 

伊黒がネチネチと呟き……

 

「僕はどっちでもいい。どうせすぐ忘れるから」

 

時透無一郎が相変わらずそっぽを向きながら呟き……

 

「心より尊敬するお館様であるが全く理解できないお考えだ! 断固反対する!」

 

煉獄杏寿郎がキッパリと言い……

 

「お館様。鬼殺隊のけじめとして竈門は勿論、胡蝶姉妹も処罰願います!」

 

最後に不死川が殆どの柱を代表してそう言い、頭を下げた。

 

しかしそんな中でも胡蝶姉妹以外で唯一、庇ってくれたのが甘露寺蜜璃で、

 

「私はお館様の命に従います!」

 

と言ってくれた。

 

 

いきり立つ柱たちに対し、お館様は白髪の娘を促して手紙を読ませた。

 

「こちらの手紙は竈門炭治郎の師範である花柱・胡蝶カナエからのものです。一部を抜粋して読み上げます」

 

そして……

 

「炭治郎が鬼の妹を連れていることをどうかお許しください。私が蝶屋敷に引き取ってから、鬼の妹の禰豆子ちゃんは強靭な精神力で人としての理性を保っており、どんなに飢餓状態でも全く誰も傷つけることなく2年が経過しました。俄かには信じ難いことですが、紛れもない事実です。もし禰豆子ちゃんが人を襲った場合は竈門炭治郎及び私、胡蝶カナエ、胡蝶しのぶ、冨岡義勇の4名が切腹してお詫び致します」

 

炭治郎たちの命に、胡蝶姉妹だけでなく何と、水柱・冨岡義勇の命も懸けられることとなったのだ。

炭治郎は驚いて義勇を振り返ると、俺は全く何もしていないとでも言うように能面を浮かべている。

 

炭治郎は思わず涙が出ると共に、禰豆子を絶対に、これからも人を襲わせまいと固く誓う。

 

一瞬の静寂が走ったが、不死川たちは尚も受け入れない。

 

「切腹したから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死ねや。命を懸けた所で何の保証にもなりゃせん」

 

「不死川の言う通りです! もし竈門少年の妹が人を喰ってしまったら取り返しがつかない!」

 

煉獄も不死川に同調する。

 

「確かにそうだね。これからも全く襲わないという保証はない。ただ、人を襲うという証明もできない」

 

「……」

 

「それに禰豆子には炭治郎に加え、柱3名の命が懸けられている。これを否定するには相当な根拠がなければならない。それに鬼無辻は炭治郎に向けて追っ手を放っている。炭治郎のお陰でようやく鬼無辻の尻尾が掴めるかもしれないんだよ。それにしのぶ、説明してくれるかい」

 

「はい。禰豆子さんは鬼として非常に特異な状態です。鬼は人間を喰らうことで体力をつけるのに、禰豆子さんは眠ることで体力を回復させております。私は現在、禰豆子さんをどうすれば人間に戻せるのかを研究しており、もしかしたらそこに鬼無辻を倒す手掛かりがあるかもしれない。禰豆子さんのことは責任を持ってこれからも蝶屋敷に預かり、誰一人殺させません。ですのでどうか、わかってください」

 

そう言ってしのぶは頭を下げ、続いてカナエも頭を下げた。炭治郎もここぞとばかりに「お願いします!」

と頭を下げると、何と甘露寺蜜璃もしのぶたちと並んで、

 

「お願いします。こんなかわいい子を殺すなんて……、胸が痛みます」

 

頭を下げ、そして冨岡義勇も黙って前に出て頭を下げた。

 

「……」

 

他の柱たちは言葉に詰まり、遂に容認に転じたと思いきや……

 

「お館様! 失礼仕る」

 

不死川がそう言うや否や、炭治郎に斬りかかってきた。

 

炭治郎は素早く避けて、戦闘態勢に入る。

 

「不死川君! お館様の前よ!」

 

カナエがすかさず炭治郎の前に立って庇おうとするが……

 

「カナエさん、大丈夫です! 不死川さんのように、良い鬼か悪い鬼か区別のつかない鬼は柱の資格などないし、襲ってくるのなら受けて立つまで」

 

「炭治郎! 成長したね! お姉さんは取り敢えず見守っているね」

 

カナエは脇に退くと、不死川は早速、威嚇してきた。

 

「そんな女々しい蝶羽織なんか着やがってるくせにいい度胸してるぜェてめえは! 死にたいようだからお望み通り、殺してやるよォ! 鬼を連れている柱なんざ、この風柱・不死川実弥が全力で排除してやるぜェ!」

 

風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

地面を抉りながら目に見えぬ速さで襲い来る不死川に対し、炭治郎は直ちに回避技を使う。

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

そして……

 

日の呼吸 拾ノ型 火車

 

背後から斬りつけたと思いきや、不死川は素早く振り返って刀で受けた。

 

ガキン! という鍔迫り合いの音が響いた。

 

「アオイさんたちに何をしたんですか!」

 

炭治郎がそう迫ると、しのぶも冷たい笑みを浮かべて同調する。

 

「そうですよ! 何をしたんですか!」

 

「アイツらか? 手刀で気絶させてやったんだよォ! 殺すのは造作もなかったが隊律違反だしよォ! お前ら揃いも揃って鬼殺隊として常識がなってないぜェ!」

 

これには鍔迫り合い中の炭治郎だけでなくしのぶも眦を決するが……

 

「実弥、炭治郎。そこまでだ」

 

お館様の声に、不死川は我に返り……

 

「申し訳ございません。つい熱くなりすぎてしまいました」

 

と平身低頭になった。

 

「炭治郎の実力、みんなも見たでしょう? 実弥の攻撃にもしっかりと対処した。改めて竈門炭治郎は『日柱』として活躍して貰いたいんだけど、大丈夫かな?」

 

「……」

 

柱からは異論は全く出なかった。風柱・不死川実弥相手に渡り合った実力は嫌でも認めざるを得ない、といった雰囲気だった。

 

ただ一人、不死川だけはそっぽを向いたが、反論は一切しなかった。

 

炭治郎はカナエを見ると、カナエは笑顔で頷いた。堂々と拝命していいのよ、とでも言うように。

 

炭治郎は遂に決心した。

 

「わかりました。改めて柱として精進し、十二鬼月、そして鬼無辻無惨に対して刃を振るい、悲しみの連鎖を断ち切ります! 禰豆子のことも俺が責任を持って人を殺さないようしっかりと管理します!」

 

「うん。よく言ったね。これからよろしくね」

 

お館様が笑顔で言った後、白髪の娘が再び口を開いた。

 

「階級・丁 竈門炭治郎。あなたを改めて日柱に任命します」

 

その言葉と共に、新しい日輪刀を渡された。刀の下には『悪鬼滅殺』という字が彫られている。これぞ、柱たる証明だ。

 

炭治郎は使命感で胸を熱くした。絶対に鬼無辻まで辿り着いてやる!

 

その後、屋敷が与えられるとも言われたが、炭治郎は固辞し、当面は蝶屋敷に住むことを選んだ。

 

そして最後にお館様から早速、初任務を仰せつかった。

 

「炭治郎。早速だけど初任務だ。無限列車という列車に十二鬼月がいて、毎日、多くの人々が殺されているらしい。杏寿郎が向かうから、炭治郎も一緒について十二鬼月を討伐しておいで」

 

「かしこまりました!」

 

日柱・竈門炭治郎がここに誕生し、炭治郎は早々に柱としての初任務に向かうこととなった。

 

 

 

 

 

時を僅かに遡る。

 

鎹烏から弟弟子の那田蜘蛛山でのピンチを聞いた獪岳は急ぎ駆けつけた。

 

アイツはカスだ。

 

「消えろよ!」

 

それは木に生っている桃を頬張っていたある時のことだった。

 

獪岳はその言葉と共に、力なく立つ弟弟子の善逸に向かって食べかけの桃を投げつける。

 

「朝からビービー泣いて恥ずかしくねえのかよ! 先生は凄い人なんだ! 柱だったんだぞ? 鬼殺隊最高の称号を貰った人だぞ? 元柱に教わるなんて滅多にない。それなのにお前はなぜ泣き虫なんだ? そんなに涙を堪えられないなら鬼殺隊から消えろよ! カス!」

 

そうアイツはカスだ! あの臆病ぶりは鬼殺隊どころか一般人でもそうはいない。最も鬼殺隊に向いてないタイプだ! なのに未だに鬼殺隊にしがみつき、命の危険に晒されている……!

 

「何やっているんだよカス! 会ったら絶対にぶん殴ってやる!」

 

なお、獪岳が言っていた『先生』とは、元鳴柱・桑島慈悟郎のことだ。元雷の呼吸の使い手で、女に騙されて借金ができてしまった善逸を引き取り、借金も肩代わりして養育してきた。

 

その時に同じく桑島に師事していたのが獪岳で、カスと罵りながらも同じ釜の飯を食ってきた。放ってはおけない。

 

しかし、那田蜘蛛山に着いた時には戦いは終わった後で、どこを探してももぬけの殻だった。

 

獪岳は不安に駆られながらも下山した時、鎹烏から訃報を聞いた。最も恐れていた事態だ。例えアイツがいくらカスでも。

 

「善逸……! このカスが!」

 

獪岳は走り、その身体が眠っているという蝶屋敷に向かった。



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無限列車

「善逸……!」

 

獪岳は蝶屋敷に着くや否や善逸の眠るベッドに駆け寄った。

 

「ご、ごめんなさい……。私があの山に誘ったが故に……」

 

善逸の側には真菰がいて、涙を流している。

 

「善逸……! このカスが!」

 

そう言う獪岳の目には涙が溢れていた。

 

「真菰は悪くない。生きて帰って来なかったこのカスが悪いんだから」

 

「獪岳君。あなたにとって大切な弟弟子だったんだから、カスと言うのはやめてあげましょう」

 

真菰は溢れ出る涙を拭いながらそう諭すと、獪岳は益々大泣きして善逸の遺体を抱きしめた。

 

そんな獪岳を、真菰は背後からゆっくりと抱きしめたのだった。

 

 

 

 

「改めて柱就任、おめでとう!」

 

柱合会議が終わり、蝶屋敷への帰路でカナエが言った。

 

「ありがとうございます。これもカナエさんやしのぶさんのお陰です。それに今の会議でもカナエさんたちが護ってくれなければ俺の命はありませんでした」

 

炭治郎は恐縮して言った。

 

「いいのよ。師匠として当然のことをしたまでよ。それに炭治郎が柱になれたのは純粋に実力があったからよ! それに私だって炭治郎にこの命、救って貰っているわけだし……」

 

「そうよ。炭治郎がいなければ姉さんは上弦の弐に殺されていました。ここまで来れたのは炭治郎の努力の賜物だから、そこは自信持ちなさい」

 

しのぶも口を挟んだ。

 

「これからは柱の先輩として色々と指導していくから、改めて宜しくお願いしま~す」

 

カナエがフワフワした声で言うと、炭治郎も返す。

 

「はい! 宜しくお願いします!」

 

胡蝶姉妹と炭治郎が一緒に帰っていると、水柱・冨岡義勇が前を一人で歩いていたので……

 

「冨岡さん!」

 

炭治郎が呼び止めると、義勇は黙って振り向く。

 

「あの、柱合会議の時は俺と禰豆子を命を賭して守ってくれてありがとうございました!」

 

「鬼殺隊、ましてや柱になったからには一体でも多くの鬼を狩ることで報いろ。以上だ」

 

義勇はニコリともせずそう言って踵を返そうとすると……

 

「ちょっと冨岡さん? 折角お礼を言いに来てくれた人に何て態度なんですか?」

 

しのぶが額に青筋を立てて詰め寄り……

 

「ちょっとしのぶさん! 俺は別に大丈夫ですから……!」

 

炭治郎が慌てて止め……

 

「あらあら」

 

カナエはいつものようにフワフワとした声を出し……

 

義勇はしのぶの怒りに当惑しているのだった。

 

 

 

 

蝶屋敷に帰ってからは身体の傷を治し、アオイやカナヲたちと機能回復訓練を行った。アオイは禰豆子を守ろうとして風柱に気絶させられたというのに、全く気にしていない様子だった。

 

すっかり全快した日柱・竈門炭治郎は無限列車という列車で、炎柱・煉獄杏寿郎と合流することとなった。

 

今回はカナヲと伊之助を連れていくこととなった。なお、伊之助も蝶屋敷に運ばれて機能回復訓練などを受けていた。

 

「なんで俺様がお前に従わねばならないんだよ!」

 

三人で向かっていると、猪の被り物を被った伊之助は早速、文句を垂れた。

 

「いや。俺はまだ到底、柱になれるだけの実力が備わっていないと思ってるんだ。だから今回の任務は正直、怖い。だから伊之助、そしてカナヲが来てくれて本当に心強かった。心から頼りにしているし、君たちも柱になれるよう、俺も出来る限り協力するよ!」

 

「……」

 

ホワ、ホワ……

 

伊之助はたちまち固まる。カナヲはマイペースで、指に留まらせている蝶を眺めながらながら歩いている。

 

「てめぇ! 俺をこれ以上ホワホワさすんじゃねえ! ぶっ殺すぞ、コラァァ!」

 

「やめてくれ伊之助~! 落ち着け~!」

 

炭治郎の柱としての威厳はあったものではなく、現場に向かうまで炭治郎はひたすら、伊之助からの攻撃をかわし続けるのだった。

 

 

「何だ? これは!」

 

駅に着き、真っ黒な機関車を前にして伊之助は目を丸くした。炭治郎も啞然としている。本人たちは列車だとは認識しておらず、得体の知れない何かだと思っている。

カナヲからも驚きでいっぱいの匂いがする。

 

当然だ。三人とも都会で育っておらず、伊之助とカナヲに至っては幼い頃から両親がおらず、伊之助は自然の中で自給自足することで育ち、カナヲは奴隷として売られ、悲惨な環境で育ってきたのだ。

 

「よし、勝負だ! 勝負、勝負! 猪突猛進!」

 

何を思ったか、伊之助は機関車に突進したのだ。

 

周囲は列車を乗り降りする人々で行き交っており当然、彼らは炭治郎たちを怪訝そうな目で見る。しかも炭治郎たちは刀を腰に差しているので、益々不審者のような目で見られた。

 

「伊之助! やめろ! この土地の守り神かも知れないだろう! 急に攻撃するのは良くない!」

 

炭治郎は必死に止めたが、その論理は激しくずれており、カナヲもカナヲで一切突っ込まない。

 

「うるせえ! 俺に命令すんじゃねえ!」

 

抵抗する伊之助を、カナヲにも頼んで抑えてもらっていると……

 

「何してる! お前ら!」

 

ぞろぞろと詰襟の服を着た警備員がやって来て……

 

「こいつら刀を持っているぞ! 警察だ、警察を呼べ!」

 

三人はたちまち現実に戻り、

 

「逃げるんだ!」

 

炭治郎は他の二人を誘導して刀を何とか隠そうとしながら逃げた。

 

「何だかわからないけど、この中に煉獄さんがいる! きっとこれが鴉の言っていた列車だ!」

 

カナヲは勿論、伊之助もここは逃げないとまずいと察知し、炭治郎に従う。炭治郎も伊之助もカナヲも実力ある鬼殺隊員である。目の前の機関車が列車とは認識できなくとも、とにかく飛び乗ってみるしかない、という本能が芽生えていた。何が何だかわからなくてもとにかく突き進んで活路を見出す。そういった感覚が身についていた。

 

三人が乗ると同時に、機関車の扉が閉まり、動き始めた。

 

駅が流れるように離れ、それからも景色が流れていく様に炭治郎は興奮した。

 

伊之助に至っては……

 

「おおおおお! すげえ! はえええ! 主の腹の中だ! 戦いの始まりだ!」

 

周囲を憚ることなく大声を出している。

 

「伊之助。煉獄さんを探そう! 戦いはそれからだ!」

 

炭治郎はカナヲと共に伊之助を再び連れ出し、列車の奥に進むと……

 

「うまい! うまい!」

 

快活な声がする。煉獄さんの声だ!

 

そして次の車両のドアを開けると……

 

「うまい!」

 

夥しく並んでいる座席の一つに座り、金色と赤色の混じった髪をツンツンと立て、まるで炎のような髪型をした炎柱――煉獄杏寿郎が駅弁を何個も平らげている所だった。



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煉獄杏寿郎と眠り鬼

日柱・竈門炭治郎は柱就任後、無限列車への任務を命じられ、栗花落カナヲや嘴平伊之助と共に向かい、炎柱・煉獄杏寿郎と合流するが……


「うまい!」

 

炎柱・煉獄杏寿郎が駅弁に舌鼓を打ち、唸り続けており、炭治郎はどう話し掛ければいいか困惑した。伊之助も流石に困惑しているのか、黙っている。

 

「うまい!」

 

「あ、あの……」

 

炭治郎は何とか声を上げると、煉獄はこちらに顔を向け、

 

「うまい!」

 

「あ、あの……、それはわかりましたので……」

 

炭治郎は困惑しながら言うと、煉獄は改めて炭治郎たちにしっかりと向き合い、

 

「おお! 溝口少年、だったかな?」

 

「竈門です!」

 

炭治郎は直ちに訂正する。

 

「そして君は猪頭少年、それに……」

 

「カナヲです。しのぶさんの継子の栗花落カナヲです!」

 

炭治郎が紹介した。なお、伊之助が勝手に猪頭と綽名をつけられていることについては訂正しなかった。

 

「おお! 胡蝶のか! そういえば竈門少年も胡蝶の姉の継子だったな、ハハハハ!」

 

煉獄は快活に笑った。

 

「うおおおおお! すげえ、はええええ!」

 

炭治郎が煉獄と話している間、伊之助は通路を挟んだ隣の席に陣取って窓を開け、身を乗り出していた。そこになんと、カナヲが駆け寄ってその身体を掴む。

 

「ん? なんだてめえ」

 

「やめて。危ないから」

 

「そうだ、危険だぞ! いつ鬼が出てくるかわからないんだ!」

 

煉獄が腕を組みながら同調する。

 

「そういえばここでたくさんの人間が攫われているってお館様が言ってましたが、煉獄さんはもう鬼と遭遇したんですか?」

 

「まあな。その鬼は倒してしまったけどな。ハハハハ!」

 

「流石、煉獄さん!」

 

炭治郎が感心していると、煉獄は突然立ち上がり……

 

「待て。鬼が近くに潜んでいる」

 

そう言って構える。炭治郎も鼻を利かせると、確かにきな臭い。と、そこに車掌が入ってきた。

 

「ご乗車、ありがとうございます……」

 

車内改札にやってきた車掌は、下を向いており、どことなく辛気臭い。炭治郎は益々、何らかの危機に近付いている匂いを感じ取った。向かいの席では伊之助とカナヲも構えている。

 

「み、みんな!」

 

カナヲが突然、声を上げた。一同は振り向き、カナヲはたちまち声を詰まらせる。

 

「どうしたんだ、カナヲ?」

 

炭治郎は優しく問い掛け、カナヲが話しやすいように気を配る。

 

「この車掌さんの改札を受けては、いけない。この車掌さん、絶対、誰かに操られている。改札を受けたら毒を喰らってしまうとか、そんな感じかも知れない……」

 

「……」

 

一同は一瞬、黙った。それを尻目に、車掌は黙ったまま改札用の鋏を取り出し、いよいよ炭治郎たちの改札に乗り出そうとしたが……

 

「車掌さん、危ないですから一旦、下がっててくれ! 火急の用ゆえ、帯刀のことは不問にして頂きたい!」

 

煉獄が通路に出て車掌を下がらせた時には、一匹の巨大な鬼が姿を覗かせていた。

 

「その巨大な身体を隠していたのは血鬼術か。全く気がつかなかった! しかし罪なき人たちに牙を剥こうものなら、この煉獄の赫き炎刃がお前を骨まで焼き尽くす!」

 

鬼は巨体を生かして煉獄を圧倒しようとしたが……

 

炎の呼吸 壱ノ型 不知火

 

煉獄の、炎を発するような勢いの袈裟斬りで、鬼はたちまち灰になってしまった。

 

「流石、煉獄さん……」

 

あまりの呆気なさに炭治郎はこれが柱か……、と改めて自分の新たな同僚たちの人間離れぶりを再確認した。

 

伊之助も喧嘩を挑むどころではなく、口をポカンと開けて唖然としている。

 

「俺とは格が違うぜ……」

 

「まだいる……!」

 

カナヲが突然、声を上げた。今度は逆の方向から再び鬼が現れた。龍のような格好をした鬼で早速、襲い掛かって来るが……

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

煉獄の赫き炎刀が抜かれる前に蟲柱継子・栗花落カナヲの薄桃色の刀が抜かれ、鬼を一薙ぎにした。

 

「おお、良くやったなカナヲ! 流石、しのぶさんの継子だ!」

 

鬼が灰になっていくのを尻目に炭治郎が手放しで称賛する。

 

「うむ! 胡蝶妹に鍛えられてるだけのことはあるな!」

 

煉獄も太鼓判を押す。

 

「クソ! 俺だって鬼の一匹や二匹、瞬殺だぜ!」

 

我に返った伊之助は強がってみせた。その意気込みはいいので、鋭気を養っていて欲しいと炭治郎は思った。

 

「鬼は倒しましたが、本命の鬼がこの汽車のどこかに潜んでいるのではないですか?」

 

「恐らくそうだな。これからその鬼を探しに行かないとだな」

 

煉獄も同意する。

 

「では手分けして……」

 

と言った瞬間に炭治郎は思い出す。

 

「伊之助って鬼の居場所を探れたよね? 探ってくれないか?」

 

「猪頭少年は鬼の居場所を探れるのか! うむ! 関心関心!」

 

伊之助は羞恥心を見せながらも……

 

「わ、わかったよ! この伊之助様にできないことはねえ! 探ればいいんだろ、探れば!」

 

そして鋸状の刀二本を床に刺して両手を広げ……

 

獣の呼吸 漆ノ型 空間識覚

 

伊之助が本命の敵を探っていたその時、

 

トトトトトト!

 

先程の車掌が能面のまま、包丁を前に突き付けて突進してきた。

 

ドン!

 

伊之助に当たるか、という所を煉獄が手刀で気絶させてしまった。

 

「気の毒だが、一旦はこうするしかないな」

 

「見つけたぞ!」

 

伊之助は刮目し、

 

「あっちだ!」

 

伊之助はドアまで駆け出した。

 

「俺は伊之助についていきますので、煉獄さんとカナヲは乗客を護ってくれますか?」

 

「うむ! 勿論だ! 気を付けるんだな、竈門少年!」

 

炭治郎は駆け出し、伊之助を必死に追った。

 

乗客たちは皆、眠りこけており、誰もが幸せそうな表情を浮かべている。恐らく誰も、この汽車に鬼がいることに気付いていない。

 

「伊之助! 鬼はどこだ~?」

 

「列車の上だ!」

 

伊之助は窓から身体を出し、列車の上によじ登った。炭治郎もそれに続く。鬼の匂いは益々濃くなってきた!

 

「伊之助! 列車の先頭だ!」

 

「先に気付いてたね!」

 

そしてその姿は見えた。燕尾服の鬼の後ろ姿が見えた。

 

「よし! ぶった斬ってやる! ぶった斬ってやる!」

 

鬼は振り向き、

 

「あれ? おはよう」

 

どこか甘ったるいような声。そして片目には「下壱」と刻まれている。

 

「みんな眠らせたのになぜ、君たちは眠らないのかな? せっかくいい夢を見させてやろうと思ったのに」

 

下弦の壱・魘夢は餌となる人間をまず眠らせ、最初にいい夢を見せる。そして悪夢を見せる。これで大抵の人間は不幸に打ちひしがれる。この時の人間の反応が堪らなかった。

 

寝かせる方法だって用意周到だ。例えば今回は、車掌が改札する切符に俺の血痕をつけた。切符を鋏で切ると血鬼術が発動し、乗客は夢の中に落ちる。

 

寝てしまえばもうこちらのもの。の筈だったのに。

 

しかしあれぇ。猪の後ろにいる少年、耳に飾りをつけてる。早速来た! まさに夢心地だ!

 

魘夢が心の中でほくそ笑むのを尻目に伊之助は二本の刀を掲げて突進した。

 

「お前の術なんか、この伊之助様には通用しねえんだよ!」

 

魘夢は獲物が網に掛かったとばかりに笑みを浮かべ、手の甲をかざし、

 

 

 

血鬼術 強制昏倒催眠の囁き

 

 

 

手の甲には口があり、その口から血鬼術が発せられた。

 

「お眠リィ~!」

 

「伊之助!」

 

炭治郎は素早く動き、

 

 

日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡

 

 

日の呼吸の受け技でたちまち魘夢の血鬼術を無効化してその頚に刃を掛け、斬った。

 

音による血鬼術のため、普通は受け切れないのだが、魘夢に驚かせる暇さえ与えなかった。

 

しかし、手応えを全く感じない。下弦の肆を倒したときのような。

 

この鬼は下弦の肆や伍より弱いのか?

 

「あの方が柱に加えて耳飾りの君を殺せと言った気持ち、凄くわかったよ」

 

背後で声がして振り返ると、魘夢の頭が列車と、肉塊でできた管のようなもので繋がって斜めに浮かんでいる。

 

「何かこう、存在自体が癪に障る感じ」

 

「……」

 

死なない? 

 

炭治郎は驚きで目を見開く。

 

「素敵だね。そういう顔を見たかったんだよ。うふふふ。どうして頚を斬ったのに死なないか教えて欲しいよね」

 

魘夢は炭治郎たちが衝撃を受けるのを心から楽しんでいる。

 

「いいよ。俺今、凄く気分がいいから。うふふふ。赤ん坊でもわかることさ。それは本体ではなくなっていたからだよ。今喋っているこれもそう。頭の形をしているだけで頭じゃない。俺は既に、この汽車と融合した! つまりこの汽車全てが俺の血であり肉であり骨となった。わかるかな? 汽車に乗っている乗客はみんな俺の人質であり餌。君たちは200人以上いる乗客を守り切れるかな? 俺にお預けさせられるかな? ふふふふいいね、その顔。せいぜい頑張りたまえ~!」

 

魘夢の頭は笑いながら肉塊の管ごと列車の中に沈んでいった。

 

「ふふふふ」

 

「どうした? 伊之助?」

 

「この伊之助様の目はごまかせねえ! こっちだ!」

 

「どこが急所かわかるのか?」

 

「ああ! 俺の全力の空間識覚でお見通しだ! 伊之助様のお通りじゃあ!」

 

伊之助は二本の刀を掲げながら列車の上を前に向かって全力で駆け、炭治郎もそれに続いた。炭治郎も伊之助の勘に従うのが正しいと直感していた。

 

 

 

一方、列車の各車内では天井から肉塊が眠りこけている乗客たちに伸びてきて、絡めとって餌にしようとしていた。

 

煉獄はカナヲに素早く指示を出す。

 

「この汽車は8両編成だ。俺は前の4両を守るから君は後ろの4両を守ってくれ! 鬼の本体は竈門少年たちを信じよう! 今はとにかく乗客を守ることだ!」

 

「はい」

 

カナヲの返事を聞く前に煉獄はフッと姿を消していた。カナヲは急いで後ろの車両に全力で駆け、

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

既に車両中を覆っている肉塊を縦横無尽に斬って回った。

 

そして前4両でも炎柱・煉獄杏寿郎の赫き炎刃が魘夢の肉塊を焼き尽くしていた。

 

 

伊之助が全速力で向かったのは一番前の運転室だった。

 

「何だお前は 夢の邪魔をするな!」

 

運転士が突然、炭治郎に飛びかかってきた。炭治郎は手刀で失神させ、側に座らせた。

 

「うわっ、きもッ!」

 

伊之助が肉塊による攻撃に苦戦していたので、

 

日の呼吸 壱ノ型 円舞

 

二連撃で伊之助に纏わりつく肉塊を斬った。

 

「伊之助! この下だな!」

 

「ああ!」

 

獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き

 

伊之助が運転席の床目掛けて斬り込むと、骨が姿を現した。

 

「骨だ! よし!」

 

日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天

 

炭治郎は両手で刀を握り、床に飛び降りながら空中で円を描くようにして魘夢の骨目掛けて刀を振るった。

 

次の瞬間、列車に激しい衝撃が走ってたちまち脱線してしまった。

 

「凄まじい揺れと、鬼の断末魔が!」

 

炭治郎が必死に身を庇いながら言うと、伊之助も応える。

 

「頚を斬られてのたうち回ってやがるぜ!」

 

列車は炭治郎たちが乗っている運転席も含めて横転したが、夥しくへばり付いている柔らかい肉塊がクッションのような形になり、怪我はなかった。

 

運転士は頭から血を流したまま地面に投げ出され、気絶している。

 

「大丈夫ですか!」

 

炭治郎は駆け寄り、布を出して運転士の出血を抑える。

 

「コイツ死んでいいと思う! だってお前を殺そうとしたんだぜ!」

 

伊之助は炭治郎の人の好さに心底、不思議がっている様子だ。

 

「いや、この運転士さんも鬼に操られた純粋な犠牲者だ! それよりも伊之助! 他の乗客も無事か、見てきてくれ!」

 

「わかったよ! 俺は親分だからな!」

 

伊之助は曲がりなりにも柱に対して憎まれ口を叩きながらも地面に投げ出された乗客のもとへ向かった。

 

その時だ。

 

バン!

 

爆発音のようなものがしたかと思いきや、目の前に細身ながら筋肉質な姿がしゃがんでいる。

 

紅梅色のクシャクシャな髪型。アーモンドのような形をした釣り目。そして何より特徴的なのが顔を含めた全身に藍色の線状の紋様が入っている。

 

極めつけはアーモンド形の両目に「上弦」「参」と刻まれていた。




~大正コソコソ噂話~

カナヲも炭治郎と過ごすことで、自分の意思で行動することが少しずつできるようになってきました。
それが伊之助の猪突猛進的な振る舞いを諫めたり、といった行動に繋がっております。

それにしても今回は大活躍でした。カナヲの優れた視力で、切符に魘夢の血が混じっていることを看破してしまいました。それを聞いた炭治郎、伊之助、煉獄も並外れた感覚の持ち主なので、即座に車掌から改札を受けたらまずいことを直感し、夢に落ちずに済んだのでした。


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猗窩座

無限列車が脱線して斃れ、眠らされていた乗客が投げ出されててんやわんやになっている中、

眠らせていた正体である下弦の壱・魘夢も乗客たちと共に投げ出されてひっそりと最期を迎えようとしていた。

 

「体が崩壊する……。再生できない……」

 

僅かに残った肉塊に「下壱」の目があり、もはや原型をとどめていない。

 

「負けたのか? 死ぬのか? 俺は。馬鹿な……、馬鹿な……!」

 

そして努力出来なかった者に限って言う常套句を口にする。

 

「俺は全力を出せていない!」

 

「これだけ手間暇かけて、こんな姿になってまで準備したのに、人間を一人も喰えなかった……。汽車と融合して大量の人間を喰う計画は台無しだ……! そう、アイツがいけないんだ。耳飾りのガキ。アイツとあの猪! アイツらが眠りに落ちず襲ってきてからがケチのつき始まりだ! それに耳飾りのガキは俺の昏倒催眠の囁きを破った。これが柱の力。しかも二人ともすぐ、俺の急所を見破った。それだけじゃない。あの炎の柱。三百人も人質にとっていたようなものなのに、それでも抑えられた……。それとあの小娘! 並外れた視力で、車内改札で切符を切ってもらった時に発動する血鬼術を見破った……」

 

ぶつぶつ負け惜しみを吐いている間にも魘夢の身体は灰になっていき……

 

「俺はここで柱二人を殺し、大量に喰らって強くなってあの方に認めてもらい、上弦と入れ替わりの血戦を申し込みたかった……。ああ、やり直したい、やり直したい……。悪夢だ……、悪夢だ……」

 

下弦の壱・魘夢は誰にも看取られることなく、完全に灰燼に帰した。

 

 

 

日柱・竈門炭治郎の前には新たなる脅威が聳え立っていた。上弦の参。

 

炭治郎は隊士になる前に上弦の弐と遭遇したことがあるが、この鬼も決して只者ではない、強烈な匂いがする……。

 

上弦の参は早速、電光石火の如く拳を繰り出してきた。

 

日の呼吸 壱ノ型 円舞

 

炭治郎は上下二連撃で襲い来る拳を斬った。

 

上弦の参は斬られた手から流れ出る血をペロリと舐めている間にすっかり手を再生させてしまった。流石上弦。再生能力も違う……

 

「良い刀だ……」

 

上弦の参はなぜか、関心したように言った。

 

「ん? 耳飾り……。ああ、お前があの方が言ってた耳飾りの少年、竈門炭治郎か!」

 

「だったら何だ!」

 

炭治郎は構えながら言った。例え相手が上弦でも柱として、命を投げ出しても戦い抜く覚悟だった。

 

どうやら自分はすっかり、鬼たちの間で「お尋ね者」になっているらしいが、これぞ強い証。炭治郎は光栄に思った。もっと畏れられる存在になり、鬼無辻無惨に刃を振るうまでだ!

 

「お前を殺す前に素晴らしい提案をしよう! 炭治郎、お前も鬼にならないか? 何よりお前は上弦の弐と遭遇して生き残った。しかも柱だな? 何より鋭い感覚、練り上げられた技、身体から燃え滾るような闘志! 無惨様が意識されるだけのことはある!」

 

「は?」

 

炭治郎は突飛な提案に一瞬、言葉が詰まったが次の瞬間、激しい怒りに襲われる。

 

「俺が鬼に? ふざけるな! なるわけないだろう! 俺は鬼無辻無惨によって家族を殺され、妹も鬼にされた! その仇を取るために鬼殺隊に入り、必死に鍛錬してこうして柱になれたんだ! だから俺は日柱・竈門炭治郎として相手が上弦であっても容赦なく刃を振るう!」

 

「俺は猗窩座。なぜお前が至高の領域に踏み入れないか。人間だからだ。老いるからだ。鬼になれば老いることはない。不老不死だ。だから一緒に鬼になって鍛錬し続けよう!」

 

「俺は人間であることを誇りに思っている。貴様の下らぬ考えを押し付けるな! 俺は決して鬼には絶対にならない!」

 

炭治郎が眦を決して言った。本当に腸が煮えくり返る。鬼に降参する程度の覚悟で柱になったというのか? 甚だしい侮辱だ!

 

「そうか」

 

猗窩座はアーモンド形の釣り目を細めてそう言った後、両足を開き、片手を出した。

 

 

術式展開 破壊殺・羅針

 

 

すると、雪印のような羅針盤が現れ……

 

 

「鬼にならないなら殺す!」

 

と言っている間に、猗窩座の拳が炭治郎の胸を襲う。

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

炭治郎は回避を図るも、速すぎて回避しきれないと思った時……!

 

炎の呼吸 壱ノ型 不知火

 

炎柱・煉獄杏寿郎が助けに入ってくれた。

 

「よもやよもや。竈門少年が新たなる敵と遭遇していようとは!」

 

「煉獄さん、伊之助は? カナヲは? 乗客は無事ですか?」

 

「ああ。みんな無事だ。乗客もみんな無事で、猪頭少年と胡蝶妹の継子が手当てして回っている」

 

「よかった……」

 

取り敢えず伊之助とカナヲが無事で良かったと炭治郎は思った。

 

「お前、煉獄と言うのか? お前も柱か! 見ればわかるぞ!」

 

煉獄の助太刀に対し一旦後退した猗窩座は、ボクシングの如くいつでも殴れる構えを崩さぬまま、口を挟んできた。

 

「炭治郎をも凌ぐほどの燃え滾るような闘志、練り上げられた剣技! お前も炭治郎と一緒に鬼になれ。ここで命を無駄にすることはない。共に鬼になって切磋琢磨し続けよう!」

 

「俺は炎柱・煉獄杏寿郎。俺もどんなことがあっても決して鬼にはならない! 今、ここでこの煉獄の赫き炎刃がお前を骨まで焼き尽くす!」

 

「そうか。なら二人纏めて殺す!」

 

破壊殺・空式

 

猗窩座は間合いを詰めぬまま拳撃を乱打してきた。柱でなければこの拳の打撃は見切れず、即死だっただろう。

 

炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

煉獄の迎撃に呼応して、炭治郎も、太陽を描くようにして刀を振るって迎撃技を繰り出す。

 

「素晴らしき才能を持つ者たちが醜く衰えていく。俺は辛い。お前らの素晴らしい剣技も失われていくのだ杏寿郎、炭治郎! 悲しくないのか!」

 

「悲しくない! 人間であるなら誰でもそうだ!」

 

煉獄が迎撃しながら毅然と言い、

 

「煉獄さんの言う通りだ! お前の下らぬ考えを押し付けるな! 猗窩座、今からお前の頚を斬る!」

 

炭治郎はすっと近づくと、煉獄も猗窩座の間合いに入った。猗窩座が虚空を拳で打つと打撃が当たってしまい、頚は狙えない。であれば近づいた方が危険に見えても勝ちを狙える……!

 

炭治郎と煉獄の見立ては一瞬で一致した。

 

煉獄杏寿郎・竈門炭治郎の二人の柱が上弦の参の懐に飛び込み、激しく打ち合った。

 

しかし相手は上弦の参。一筋縄ではいかず、柱二人の猛攻に対しても拳で悉く捌かれた。柱二人の方もまだ傷は負ってないが、人間である以上、息が切れるのは時間の問題だ。現に炭治郎は息が上がり始めている。

 

炎の呼吸 伍ノ型

 

煉獄が仕掛ける

 

破壊殺 乱式

 

猗窩座もすかさず全力の近距離戦を仕掛け、

 

炎虎!

 

煉獄の、猛虎を生み出すような激しい炎刀と猗窩座が真っ向からぶつかった。

 

日の呼吸 漆ノ型 斜陽転身

 

炭治郎は高く飛び上がり、落ちる圧力を梃子にして猗窩座の頚を狙おうとするが、拳に阻まれた。

 

炭治郎の頭の片隅にはあの取って置きの技が浮かぶが、あの技を一度使うと少なくともしばらくは戦えなくなる。正に諸刃の剣のようだった。

 

炭治郎はそれからも立て続けに日の呼吸で横から猗窩座の頚を狙い続けたが……

 

日の呼吸 陸ノ型 日暈の龍・頭舞い

 

捌ノ型 飛輪陽炎

 

玖ノ型 輝輝恩光

 

拾ノ型 火車

 

……

 

決定打がなかった。

 

あまりの激戦に砂埃が舞い、一瞬の間ができる。

 

煉獄もすっかり息が上がっている。炭治郎も同様で、何とか呼吸を整えようとする。どうすればこの頚を斬れる。引き続き死角を探している間に、元々あった額の痣が濃くなった。

 

「死ぬな。杏寿郎、炭治郎。一緒に鬼になろう!」

 

「猗窩座! お前も人間だったんじゃないのか!」

 

「何? 何だと?」

 

炭治郎の指摘に、これまで戦いながら軽いノリで鬼の世界に勧誘し続ける余裕を見せていた猗窩座がはじめて動揺を見せた。

 

「お前も人間で何か満たされないことがあったから鬼になった。違うか? それにお前は人間の時、恋人がいた! こんなことして恋人に申し訳ないとは思わないのか!」

 

炭治郎は匂いで何となく感じ取った猗窩座の背景を話してみせた。

 

「炭治郎」

 

猗窩座は釣り目をギュッと上げた。

 

「無惨様が仰っていた通りだ。お前はやはり不快極まりない。一刻も早く消えて欲しいような……そんな感じがする。もういい、お前ら揃って消えろ」

 

そして再び拳を構え……

 

 

術式展開 終式 青銀乱残光

 

 

全方位への絶え間ない乱れ撃ち。速さも精度もこれまでの比ではない。炭治郎はあれを使う時が来たと確信する。

 

炎の呼吸 奥義 玖ノ型・煉獄

 

日の呼吸 拾参ノ型 円環

 

煉獄が最終奥義で立ち向かうと共に、炭治郎も日の呼吸壱から拾弐ノ型を一気に素早く放ち、拳の乱れ撃ちを躱し、叩き斬り、猗窩座の死角に入る。

 

煉獄は拳の乱れ撃ちなどお構いなしに猗窩座の身体を大きく抉り、炭治郎は死角から猗窩座の頚を狙った時、何か一瞬、知覚したような気がした。透けて見えるような。何と、上弦の参の体内が透けて見える!

 

それに周囲もこれまでとは遅く流れているような気がした。よし! これならいける!

 

炭治郎は猗窩座の頚をとうとう刎ねた。猗窩座の術式展開による敵の探知能力をもかい潜って。

 

呆然とした表情をした猗窩座の頚は床にボトンと転がり落ちた。頚から下は煉獄によって深く抉られていた。

 

続けて炭治郎は残りの身体を斬り刻んで止めを刺した。

 

そして灰になり消えゆく頚。

 

「炭治郎。お前の技は見事だった……」

 

猗窩座からは感謝の匂いがした。死により、「上弦の参」という立場から解放してくれたことに対する。

 

「成仏してください」

 

炭治郎はそう願わずにはいられなかった。もしかしたら猗窩座が人間であれば分かり合えたかも知れないと思う。

 

炭治郎は煉獄を見ると、変わり果てた姿で、しかも腹が貫通しているのが見えた。

 

煉獄が最終奥義で、取って置きの攻撃で殺しにくる猗窩座を特攻している間に日柱・竈門炭治郎が上弦の参を撃破したのだった。

 

「上弦の…参に、勝った……。煉獄さんを犠牲にして……」

 

その声と共に炭治郎は倒れた。

 

 

 

 

ベン!

 

無限城では、琵琶の音と共にスラリとして目鼻立ちの整った美女が現れた。目には「上弦」「陸」と刻まれている。

 

「ここに呼ばれたということは、上弦が鬼狩りにやられた?」



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上弦集結

異空間無限城では琵琶の音が鳴り響くと同時に上弦の陸が現れ、再度琵琶の音と共に今度は壺が姿を現した。

 

その壺からは「ヒョッ!」という声と共にぬっと蛇のような細長い姿が現れた。

 

人の形をした鬼では珍しく、人外の個性的な姿で、本来の両目が口となっており、本体の口がある部分と額の中央に目があり、額の方に「上弦」、本来の口の方に「伍」と刻まれている。

 

まるでランプの魔人を彷彿とさせる。

 

「これはこれは堕姫嬢! ますます綺麗になられてなにより……。90年ぶりでございましょうかな? 私はあなたが遊郭でダメな男に弄ばれていないか心配で心配で胸が苦しゅうございました!」

 

「……」

 

上弦の陸の美女こと堕姫の表情がたちまち強張った。

 

「恐ろしい、恐ろしい。玉壺は暫く会わぬ内に年も数えられなくなっておる……」

 

今度は耄碌した爺の姿をした鬼が現れた。上弦の肆・半天狗だ。 

 

「呼ばれたのは113年振りじゃ。割り切れぬ数字、不吉な丁、奇数! 恐ろしい、恐ろしい……」

 

半天狗の独り言の後、上弦の陸が口を開く。

 

「ねえ、琵琶女。あの方はいらっしゃらないの?」

 

ベン!

 

「まだお見えではありません」

 

琵琶を弾いている女鬼こと鳴女が淡々と答えた。

 

「やあみんな、久しぶりだね」

 

今度は上弦の弐・童磨が姿を現した。

 

「猗窩座殿が亡くなったんだって? 無二の親友だったのに。悲しい……」

 

そう言って童磨は涙をこぼした。しかし、これには誰も反応しなかった。思ってもないことを、とでも言うかのようだった。

 

「上弦の壱はどこよ? まさか上弦の壱もやられたわけじゃないわよね?」

 

「上弦の壱様は最初からずっとそこにいらっしゃいますよ」

 

鳴女の声と共に御簾が現れ、スルスルと上がっていくと共に姿が明らかになっていく。

 

武士が着るような着物を着ており、腰には刀を差しており荘厳な出で立ちで、熟達した武士の姿そのものだった。上弦の壱だけあって何より威圧感が他の上弦の比ではない。上弦は選ばれし鬼だが、壱だけは明らかに別格だと感じさせるような。

 

御簾が完全に上がりきると、長髪も露になった。

 

鬼無辻無惨を除けば、最強の鬼である上弦の壱・黒死牟が姿を現した。

 

「私は……ここにいる……」

 

慎重というか、間の多い話し方が特徴的だ。

 

「無惨様が……お見えだ……」

 

上弦の壱の声と共に天井と机が現れた。天井からは鬼無辻無惨が立っている。

 

上弦は皆、一斉に平伏した。

 

「猗窩座が死んだ」

 

無惨はワイシャツにベストの姿で、薬品をいじっている。今回は薬の研究者の姿のようだ。

 

「上弦の月が欠けた。あの竈門炭治郎に負けた」

 

「……」

 

これには上弦たちも返す言葉がなかった。

 

「私はもう、お前らの存在理由がわからなくなってきている」

 

「またそんな悲しいことを仰る……」

 

童磨の呟きも、無惨は一蹴する。

 

「青い彼岸花はまだ見つかっていない。産屋敷一族を未だ見つけていない。それにお前も竈門炭治郎を殺せなかった」

 

「あ、その節はどのようにお詫びしましょうか? 目玉をほじくり出しましょうか? それとも……」

 

「必要ない! 貴様の目玉など!」

 

無惨が手を振ると、童磨の顔から血が出たが、直ぐに傷は塞がる。

 

「無惨様! 私は違います!」

 

上弦の伍・玉壺が壺を揺らしながら必死に訴えた。

 

「貴方様の望みに一歩近づくための情報を私は掴みました! ほんの今しがた……」

 

「私が嫌いなものは変化だ」

 

無惨は玉壺の頚をいつの間にもぎ取って、手に載せている。

 

「状況の変化。肉体の変化。感情の変化。あらゆる変化は殆どの場合、『劣化』なのだ」

 

※頚を捥がれた玉壺は喜んでいる。『無惨様の手が私の頭に! いい! とてもいい!』

 

無惨は続ける。

 

「私が好きなものは『不変』。完璧な状態で永遠に変わらないこと。113年振りに上弦を殺されて私は不快の絶頂だ。まだ確定していない情報を嬉々として伝えるな!」

 

無惨は玉壺の頚を放り投げた。

 

「さて上弦の参だが、後任を就ける」

 

これにすっかり頚を元通りにした上弦の伍が「自分のことか?」とばかりに細長い身を乗り出し、上弦の陸・堕姫も大きくて澄んだ瞳で無惨をうっとりと見上げた。すると無惨は堕姫を確と見返し……

 

「妓夫太郎」

 

そう囁いた。

 

すると、上弦の陸の身体からたちまち、別の姿が生えてきた。堕姫とは全く対照的で、細長い身体は斑点のようなものがいっぱいで薄汚く、顔にもやはり斑点が浮き出ており、醜悪そのもの。両手には血に塗れた鎌を持っており、まるでカマキリのような姿だ。

 

そして醜悪な顔に載っている両目には「上弦」「参」と刻まれている。

 

※この時、玉壺は『妓夫太郎が上弦の参? 私を差し置いて無体な……! でもそこがいい!』

 と心の中で呟いていた。

 

「妓夫太郎。お前を猗窩座の後任の上弦の参とする。もう二度とあの耳飾りの小僧に討たれるようなヘマはせず、より人を喰らい、より強くなるのだ」

 

「ハハーッ! 絶対に取り立ててみせますなァ!」

 

新・上弦の参は細長くて醜悪な身体を丸めて平伏した。

 

「堕姫。お前は誰よりも強い。そして美しい。沢山の人間を喰らい、柱を7人葬った。もう妓夫太郎の助けがなくとも、お前は立派に上弦としての務めを果たせる」

 

「無惨様……! 勿体なきお言葉……」

 

堕姫はガクガク震えながら平伏した。無惨の言葉を光栄に思いながらも、自分一人でやれるだろうかといった不安も混じっているようだった。

 

「お前は引き続き遊郭に迷い込む人間たちを喰らい、強くなるのだ。そこに柱が迷い込んできたら始末しろ」

 

「勿論ですとも! 無惨様!」

 

「遊郭には妓夫太郎も向かわせるから今度こそはしくじるな。私はお前たちを上弦だというだけで甘やかしすぎたようだ。これからは死に物狂いでやったほうがいい」

 

その言葉と共に、無惨は天井と共に姿を消した。

 

一瞬の間の後、童磨が堕姫にヘラヘラと話し掛ける。

 

「ねえねえ、堕姫ちゃん。遊郭、俺も一緒に行っていいかい? 俺、これ以上上弦はだーれも欠けてもらいたくないんだ。それに招待したの、俺だから堕姫ちゃんと妓夫太郎殿には死んでもらいたく……」

 

その時、荘厳な姿が童磨の背後に回り……

 

ボトン!

 

童磨の腕が斬られ、床に落ちた。

 

「これはこれは、黒死牟殿! 如何されたかな?」

 

腕を斬られたというのに童磨は相変わらずヘラヘラしている。

 

「童磨……。お前は緊張感がなさすぎる……。鬼殺隊士でもなかった小僧に逃げられておいて……」

 

「いやー、あれはだね。向こうも幼かったから、手加減してやっただけさ!」

 

そう笑ってみせて童磨は再び腕を生やした。

 

「あの方はお前には何も命じていない……。失せろ……」

 

「はーい。誰も彼もつれないなァ」

 

童磨は金の扇子を掲げて渋々ながら了解した。

 

その後、琵琶の音が鳴り響くと共に、上弦の鬼たちは順次、無限城から姿を消していった。 




~大正コソコソ噂話~

新・上弦の参こと妓夫太郎と上弦の陸・堕姫にはその後、無惨から大量の血を分け与えられました。そのため、遊郭では原作よりもパワーアップした姿で待ち構えております。

今後益々、炭治郎たちと上弦の戦いが激化していきます。是非、ご期待ください!


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宇随天元

竈門炭治郎は既に妻と結婚し、子供が産まれていた。

 

妻は子育てに疲れているのか、寝息を立てて昼寝している。

 

妻に代わり、竈門家に居候しているとある剣士が赤ん坊を見ていた。その赤ん坊も剣士の腕の中でぐっすりと眠っている。

 

「すみません。客人に子供を世話させてしまって。お腹空いたでしょう。どうぞ食べて下さい」

 

炭治郎はそう言いながらおにぎりとお茶を載せたお盆を置く。

 

「いや、私はお茶を飲んだら出ていく。ただで飯を食い続けるのも忍びない」

 

剣士は遠くを見ながら言った。

 

「そんな! あなたは命の恩人だ! あなたがあの時、助けてくれなければ私たちはこうして生きておりませんし、この子だって産まれてきませんでした」

 

「君は何か私を何か凄い人だと勘違いしているようだが」

 

剣士がこちらを振り返った。切れ長の目に物静かそうな出で立ち。

そしてその両耳には耳飾りをつけている。

 

「私は大切なものを何一つ守れず、人生において為すべきことを為せなかった者だ。何の価値もない男なのだ……」

 

剣士の言葉に炭治郎は思わず涙した。

 

―――ああ、縁壱さん。そんな風に言わないで欲しい。どうか、頼むから自分のことをそんな風に……! ああ、悲しい……

 

次の瞬間、炭治郎は目覚めた。涙を流したまま。

ベッドに横たわっており、視界にはたちまち自分の居場所が広がる。

 

「もー! 炭治郎。お姉さん、心配したのよ~!」

 

そのフワフワした声には安心させられる。

 

「カナエさん……」

 

「大丈夫? 戦いの後、ニケ月もの間、意識が戻らなかったのよ。一時期はどうなるかと思って私、心配で心配で!」

 

カナエは思わず涙ぐみ、

 

「みんなを呼んでくるわ!」

 

間もなく、蝶屋敷の撫子たちがやって来て……

 

「炭治郎。姉さんを悲しませたら許さないって言いましたよね?」

 

蟲柱・胡蝶しのぶの凍りつくような笑顔。

 

「……」

 

「しのぶ様の言う通りですよ! 炭治郎さんはもう死んでしまうかも知れないと気が気でなかったんですよ!」

 

神崎アオイが目に涙を浮かべて言った。その後ろで、カナヲも何か言いたそうな表情をしている。

 

「まあまあ。いいじゃないの。炭治郎はこうして目を覚ましてくれたんだから♪」

 

カナエが皆を宥める。

 

「炭治郎。何があっても絶対に死なないで! あなたにもしものことがあればみんなが悲しむわよ」

 

「そう言ってもらえて何よりです。ありがとうございます」

 

蝶屋敷の女子たちに自分の命を気遣って貰えるのはありがたいが、柱ともなると命を賭けて戦わねばならないので、中々そうもいかない所が辛かった。

 

しかし、彼女たち家族のためにもどんな修羅場でも必ず生きて帰ると炭治郎は誓うのだった。

 

「炭治郎。絶対に私たちを置いて命を落とさないで下さいね? あともうしばらく休めば回復するので、そしたら機能回復訓練ですよ? 命を危険に晒す羽目にならないよう、みっちり鍛えますからね?」

 

しのぶの笑顔に、炭治郎はただただ恐縮して返事するのだった。

 

それからカナエたちは寝室を後にし、カナヲだけが残った。

 

「カナヲも無事でよかった。伊之助も無事なのか?」

 

「うん。列車の客の手当をした後、無事に帰れたよ」

 

「そうか。なら良かった」

 

「炭治郎」

 

カナヲがおずおずと声を掛けた。

 

「うん? どうした?」

 

カナヲが話しやすいよう、炭治郎は努めて明るく反応する。

 

「ありがとう。生きて帰ってくれて」

 

そう言うカナヲに炭治郎は一瞬、驚いたがすぐに応えた。

 

「カナヲも生きて帰ってくれてありがとう」

 

 

 

カナエやしのぶをはじめとする蝶屋敷の女子たちの看護もあり、すっかり回復した炭治郎は早速、機能回復訓練を受けた。

 

しのぶの警告通り、地獄の特訓だったが炭治郎は難なくついていった。訓練にはカナヲや伊之助も混じり、次の戦いに向けて切磋琢磨していった。

 

そして炭治郎は任務に復帰し、カナエの補佐としてカナエの警備地区を共に巡回しつつ、日柱として担当地区も割り振られ、鬼が出現しないか警備を行うこととなり、鬼が出てくれば日輪で焼き尽くした。

 

任務に復帰してから二か月後、単独任務から蝶屋敷に帰ってきた時のことだった。

 

「キャー! やめてください!」

 

アオイの悲鳴がした。蝶屋敷の門のあたりで身長2メール以上あり、ヘッドギアをつけている筋肉隆々の美少年風の男―――音柱・宇随天元が、アオイときよ、すみ、なほの身体を纏めて掴んで拉致しようとしている所だったのだ。

 

「炭治郎さ~ん! 人さらいです、助けてくださ~い!」

 

きよが泣き叫ぶ。

 

炭治郎は眦を決し、

 

「ちょっと宇随さん! 女の子に何てことをするんだ! 手を放せ!」

 

早速、宇随に突進して頭突きを喰らわせようとし、打撃を与えたと思いきや宇随の姿は消えており……

 

炭治郎はそのまま地面に投げ出された。

 

「愚か者が」

 

地面に身体を打ち、痛みを堪えている炭治郎に宇随の声が降ってくる。

 

「俺は元忍の宇随天元様だぞ。でめえの鼻くそのような頭突きは俺には通用しねえんだよ」

 

宇随はアオイたちを抱いたまま門の上に飛び乗っていた。

 

「アオイさんたちを返せ、この人さらいめ!」

 

「てめえ、誰に向かって口利いてんだ、コラ! 俺は柱でもベテラン、大先輩だぞ!」

 

「俺はお前を柱とは認めない! むん!」

 

炭治郎は一歩も引かなかった。

 

「何がむん、だ! 脳味噌爆発してんのか? お前が認めないからって何だってんだよ! 俺は任務で女の隊員が要るから連れて行くんだよ! 継子じゃない奴は胡蝶の許可を取る必要はねえ!」

 

「私たちは隊員じゃないです! 隊服着てないでしょう!」

 

今度はきよが必死に訴える。

 

「あっそ。じゃあ、いらね」

 

宇随はあっさりと振り落とした。

 

「何てことするんだ! この人でなし!」

 

落ちてくる三人を炭治郎は何とか受け止めながら抗議した。

(三人は「わーん、落とされました~」と言って泣いている」

 

しかし宇随は無視して続ける。

 

「取り敢えずコイツは任務に連れて行く。役に立ちそうもねぇが、こんなのでも一応、隊員みたいだしな」

 

こんなのと言われたアオイは益々、涙目になる。

 

炭治郎が尚も抗議しようと口を開いたところ、フワフワした声がした

 

「あらあら」

 

花柱・胡蝶カナエだった。いつものようにおっとりとした雰囲気ながらも目が笑っていない。

 

「私の大事な大事な家族への暴力、許せないなぁ」

 

宇随は面倒なことになったとばかりにそっぽを向き、舌打ちした。

 

「何不貞腐れてるのかしら? 今すぐアオイを放して貰えるかしら?」

 

「やだね。俺はこれからの任務にどうしても女が必要なんだよ」

 

「いくら柱だからといって勝手に私の家族に手を出すことは許しません。アオイを放さないならお館様に訴えて柱から追放してもらおうかしら?」

 

よく言った! カナエさん! 

 

カナエは普段はおっとりとしているが、怒ると本当にしのぶに引けを取らぬ程おっかない。

 

炭治郎も畳み掛ける。

 

「そうだそうだ! 俺もお前を柱としては認めない! アオイさんを返せ! アオイさんの代わりに俺が行く!」

 

「そんなに女性に行って欲しいなら私も行くわ! だからアオイを放して!」

 

「俺も今、帰ってきたばかりで体力が有り余っているから行ってやってもいいぜ?」

 

突然、伊之助が門の上に現れて言った。

 

「ありがとう! 伊之助!」

 

「ありがとね! 伊之助君! 助かるわ」

 

炭治郎とカナエはすかさず歓迎した。

 

「おうよ!」

 

「……」

 

宇随は一瞬、沈黙したがやがてアオイを放した。

 

「あっそ。じゃあお前らに来て貰おうかね」

 

宇随は捨て台詞と共に門の外に飛び降りた。

 

(ようやく解放されたアオイはカナエに手を貸してもらいながら降り、泣きながら炭治郎とカナエに礼を言い、三人で抱きしめて暫しの別れの挨拶を交わした。)

 

アオイたちと別れ、蝶屋敷の外には音柱・宇随天元、花柱・胡蝶カナエ、日柱・竈門炭治郎、嘴平伊之助が集まる。

 

「で、どこ行くんだ、オッサン?」

 

伊之助の問いに、宇随は答える。

 

「日本一、色と欲に塗れたド派手な場所」

 

「?」

 

炭治郎たち三人はすかさず疑問に思うが、宇随は振り返って続けた。

 

「鬼の棲む『遊郭』だよ」




次回はいよいよ遊郭編突入です!

お楽しみに!


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遊郭潜入大作戦

炭治郎たちは嘴平伊之助、師匠だったカナエと共に新たな任務地、遊郭に向かうことが決まり……


「遊郭までの道のりの途中に藤の家があるから、そこで準備を整える。ついて来い」

 

そう言うや否や音柱・宇随天元はフッと消え、走り去ってしまった。

 

「は、はええ……、もうあの距離。胡麻粒みたいな姿になっとる……」

 

伊之助が思わずそう漏らす。

 

「ほら、私たちも行くわよ」

 

そう言ってカナエも走り出した。

 

「はい」

 

炭治郎はカナエの後ろをついて走り、更にその後ろを伊之助が追いかける。

 

カナエに遅れまいと必死に足を動かしながら炭治郎は、鬼殺隊に入ることを決めて蝶屋敷まで走ったことを思い出した。思えばあの時からかなりの短期間でカナエさんと同じ立場になるまで突っ走ったものだ、と思う。

 

禰豆子は必ず人間に戻す。この初心を炭治郎は片時たりとも忘れていなかった。

 

カナエと炭治郎、伊之助は宇随に追いつき、藤の花の家紋がある家に入り、客室に入ると……

 

「しのぶさん!」

 

蟲柱・胡蝶しのぶが笑顔で正座していた。が、その目は笑っていない……

 

「おお! 胡蝶の妹も来ていたのか。これはちょうどいい!」

 

宇随が言うと……

 

「ちょうどいいとは何のことですか? 宇随さん」

 

しのぶは相変わらず、ニコニコと笑みを浮かべて言う。

 

「何か私たちに言うことがあるんじゃないですか?」

 

「そうよ。私たちの大切な家族のアオイたちに対する振る舞い、どう落とし前つけてくれるのかしら?」

 

カナエがすかさず、しのぶの隣に正座して宇随に問い詰める。

 

「お前ら、姉妹して派手に……。どうした?」

 

「そうだよ! 落とし前とは何のことだよ!」

 

「伊之助君は黙ってて貰えるかしら!」

 

伊之助の割り込みに、胡蝶姉妹は揃ってピシャリと制す。

 

「……」

 

いつもは猪突猛進の伊之助も、胡蝶姉妹の恐ろしさを直ちに知覚したのか、たちまち口を噤む。

 

「もし連れて行ってアオイたちにもしものことがあったらどうするつもりだったのですか?」

 

しのぶは改めて再び問い詰める。

 

「……」

 

「ん? 黙っていてはわかりませんよ? 何とか仰って下さい」

 

しのぶは益々、凍りつくような笑みを浮かべる。

 

「実は遊郭に、俺の嫁を潜入させてたんだが連絡が途絶えていてな」

 

それから宇随はアオイたちを攫おうとした動機をぽつりぽつりと語った。

 

「嫁、もう死んでんじゃねえの?」

 

伊之助が猪の被り物の鼻をいじりながらそう呟くと、直ちに宇随の鉄拳が飛んで伊之助は失神した。

 

こればかりは伊之助が不謹慎だったので、カナエたちも伊之助を庇わなかった。

 

「…それで嫁の安否を確かめるのに、遊郭に潜入させる女の隊士が必要、というわけだ」

 

失神中の伊之助をよそに、宇随は話し終えた。

 

「わかりました」

 

しのぶは溜息をつきながら口を開いた。

 

「今回は貸しとしましょう。その代わり」

 

「その代わり?」

 

「任務が終わったら、宇随さんには蝶屋敷の清掃などを二週間、やってもらいます。いいですね?」

 

「しのぶの言う通りよ! あなたが拉致しようとしたアオイ、すみ、なほ、きよ達の指示の下、しっかりと蝶屋敷での雑用をこなしてもらいます」

 

宇随の聞き返しに、しのぶ、カナエが続けて答えた。

 

「……わかったよ」

 

宇随は渋々、了解したのだった。これは宇随にとってこれ以上ない過酷な罰だと炭治郎は思った。自分が危害を加えた人たちの指示で作業するとか、気まずいことこの上ない。やはりこの姉妹だけは敵に回せないとつくづく思う。

 

その後、どう潜入するかを打ち合わせた。

 

宇随によれば怪しい遊郭の店が3つあるという。

 

「『ときと屋』に須磨、『荻本屋』にまきを、『京極屋』の雛鶴を潜入させている」

 

須磨、まきを、雛鶴とは宇随の妻の名前である。宇随には妻が3人居るのだ。

 

カナエ、しのぶに加え、炭治郎も女装してそれぞれ、その3つの遊郭の店に潜入することとなり、伊之助は宇随と行動を共にすることとなった。

 

任務地である吉原遊郭。

 

浅草と勝るとも劣らぬくらい、人でごった返している。

 

胡蝶カナエ・しのぶ姉妹の着物姿はそれはそれは遊女の最高位―――花魁(おいらん)そのものであった。実際、道行く誰もが姉妹を振り返った。

敢えて言えばしのぶの方は背が低いことが玉に瑕だが、それを補って余りある程の容姿端麗ぶりだ。

 

姉妹とも元々容姿端麗で、そこから化粧などで磨きをかけるのだから、正に鬼に金棒とはこのことであった。姉妹がいつも通りつけている蝶飾りは、他の遊女たちにとっての簪のような役割を果たしており、姉妹の美しさを更に際立たせている。

 

当然、姉妹は直ぐ就職が内定し、カナエは京極屋に、しのぶは荻本屋に大歓迎されたのだった。

 

問題は炭治郎。胡蝶姉妹と同様に化粧をし、口紅まで塗り、蝶飾りで結った髪型。(蝶飾りはいつも通りだが)

 

誰がどう見ても『男子を無理やり女装させた姿そのもの』で、残るときと屋で宇随が『炭子』として売り込んでも不細工と言われてしまった。

 

しかし宇随がゴリ押しすると、女中の一人が「素直そうだから一人くらいなら」と言ったことで、

炭子こと炭治郎も無事、就職が内定した。

 

炭子は女中たちからのイメージ通り、自ら進んで下働きをこなしていったので、評判は上々なものとなった。

 

そんな中、ときと屋花魁の鯉夏の部屋では……

 

「京極屋の女将さん、窓から落ちて死んじゃったんだって。怖いね、気を付けようね」

 

「最近、足抜けしていなくなる姐さんも多いから怖いよね」

 

と幼い少女たちが噂話をしていたのを、炭子が抱えていた荷物を置いて割って入る。

 

「足抜けって何?」

 

「えーっ、炭ちゃん、知らないの?」

 

「すごい荷物だね~!」

 

「鯉夏花魁への贈り物だよ」

 

その後、足抜けの意味について少女たちは教えてくれた。

 

ここ遊郭の遊女たちは借金を返すために身売りしに来るが、その借金を返さぬまま逐電してしまうのを足抜けというのだという。

 

「この間だって須磨花魁が……」

 

少女のその言葉に炭子は反応する。

 

須磨? 宇随さんの奥さんか!

 

「噂話はよしなさい」

 

女性の声がしたので振り返ると、簪をつけた美人な女性が立っていた。目がパッチリとした胡蝶姉妹とは対照的に、やや切れ長の目が特徴的だ。

 

「運んでくれたのね。ありがどう。おいで」

 

彼女は炭子に向き直り、微笑みながら言った。

 

「はい」

 

炭子は彼女に近付くと、

 

「お菓子をあげようね。一人でこっそり食べるのよ」

 

彼女はそう言って飴をいくつか載せたちり紙を差し出した。

 

「わー花魁、わっちも、わっちも」

 

少女たちも駆け寄る。

 

「だめよ。さっき食べたでしょう」

 

切れ長の美人な彼女―――ときと屋花魁・鯉夏が窘めた。

 

「あの、須磨花魁はどうして足抜けしたんですか?」

 

炭子が聞くと、鯉夏は不審そうに目を細める。

 

「どうしてそんなことを聞くんだい?」

 

「……」

 

炭子は頭が真っ白になった。何て言おう。怪しまれない答え方は……

 

「私、須磨の姉なんです」

 

辛うじて捻りだした。これで誤魔化せるか?

 

「姉さんに続いてあなたも遊郭に売られてきたの?」

 

「はい」

 

「そうだったの……」

 

鯉夏は特にそれ以上は詮索してこなかった。良かった……、取り敢えず大丈夫だ……。

 

「私も須磨ちゃんが足抜けするとは思えなかったわ。しっかりした娘だったもの。男の人にのぼせている素振りもなかったのに、日記が見つかっていて、そこに足抜けすると書いてあったみたいなの。捕まったという話も聞かないから、逃げ切れていればいいんだけど……」

 

足抜けするという日記は嘘だ。炭子は直ちに思った。というのも、これは鬼にとって都合が良い。

人がいなくなった場合、遊郭から逃亡したと思わせれば例え鬼が殺すなりしても、誰もわからないからだ。

 

どうか須磨さん、無事でいて欲しい……

 

炭子こと炭治郎は心からそう思った。

 

 

 

荻本屋では……

 

「まあなんという美しさ……!」

 

「京極屋の蕨姫や、ときと屋の鯉夏を超える花魁になれるわ~!」

 

早速、しのぶは大評判だった。

 

「ありがとうございます」

 

しのぶも満面の笑みで慎ましく返すので、女中たちは益々、有頂天になるのだった。

 

そんな中、宇随の妻の一人であるまきをは囚われの身となっていた。ある部屋で身体中を鮮やかな帯で捕らわれている。両腕も帯によって持ち上げられていた。

 

「さあ。答えてごらん。お前はこの手紙を誰に出そうとしていたの」

 

「……」

 

「答えるんだよ!」

 

まきをに巻き付いている帯がギュッと締め付けられた。

 

「何とか、外に、出なければ……。天元様に、伝えなくては……」

 

まきをは帯による拷問に苦しみながらも何とか外に出ようともがいていた。

 

 

 

 

京極屋でも、カナエは大評判で、一瞬にして京極屋花魁である蕨姫に取って変わり得る逸材と評される程になった。

 

カナエも女中や少女たちに持ち前の優しさ、朗らかさを遺憾なく発揮して接するので、評判は益々、うなぎ登りとなった。

 

しかし、肝心の雛鶴に関する手掛かりは見つかっていない。廊下を歩いていると襖の向こうで女の子の泣き声がした。

 

カナエはすぐ襖を開けると、中は散らかっており、その中でただ一人、少女が泣いている。

 

「大丈夫?」

 

カナエはすぐに少女に駆け寄り、抱きしめた。

 

「お姉さんが来たからもう大丈夫よ……」

 

カナエは少女の背中を優しくさすりながら言った。少女もカナエの袴に顔を埋めて涙を拭った。

 

その時だ。カナエは悪寒がした。誰かの気配がする。しかもただならぬ……

 

振り向くと、簪をつけた美女が首を傾け、こちらをぞっとするような冷たい目つきで睨み付けている。

 

「アンタ、人の部屋で何してんの?」

 

「あらあら」

 

カナエはゆっくりと立ち上がった。

 

「女の子の泣き声がしたものでどうしたのかと思ったのよね」

 

「お前、私を誰だと思ってるんだい? 蕨姫花魁よ。新参の分際で人の部屋にズカズカ入り込むなんて随分、調子に乗っているわね。躾がいるようだね、お前は。きつい躾が」

 

蕨姫花魁はカナエを睨み付けながら傲岸不遜に言った。

 

「あら。躾とは。随分恐ろしいこと。あなたこそ花魁であることを笠に着て、調子に乗っているようね。私、宣言します。京極屋の花魁は今から私、胡蝶カナエに変わります。あなたは出て行って貰えるかしら」

 

続いてカナエは今も抱き着いている少女が益々、震撼することを言ってのけた。

 

「それにあなたは人間じゃないようだし」

 

「話はそこまでよ。お前は私が強くなる滋養となりなさい」

 

その言葉と共に蕨姫花魁から桃色の帯が伸びてきて、少女も悲鳴を上げた。しかしカナエは直ちに避け、近くの窓を開けて屋根に飛び出た。

 

「ふーん。鬼殺隊でしかも柱ね」

 

蕨姫花魁も屋根に飛び出てきた。簪は外して髪は下ろしており、その目には『上弦』『陸』と刻まれている。

 

「そうよ」

 

カナエはそう言って袴を脱ぎ捨てた。

 

いつもの蝶羽織姿となり、花柱・胡蝶カナエは薄桃色の刀を抜いて蕨姫こと上弦の陸・堕姫と対峙する。

 

「花柱・胡蝶カナエ、遊郭に棲んで数多くの人間を喰い殺してきた蕨姫花魁を成敗し、私が京極屋の花魁となります」

 

女同士の戦いの火蓋が今、ここに切って落とされた。



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堕姫

花柱・胡蝶カナエと屋根の上で相対した上弦の陸・堕姫は早速、複数の鮮やかな帯を出して絡め取ろうとしてきた。

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

自らに襲い来る帯を全て斬り刻み…

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

返す刀で上弦の陸の頚に斬りかかった。次の瞬間、頚は帯に変わり、柔らかくなる。

 

よし! これで斬れる?

 

カナエは上弦の陸のあまりの弱さに半信半疑になりながらもピンクの日輪刀に力を込める。しかし、堕姫の頭と胴を接続している帯はいくら力を込めても斬れそうで斬れない。

 

「アタシの頚は硬いのよ。あんたなんかに斬れやしないわ」

 

次の瞬間、衝撃波を出されてカナエは飛び退いた。

 

「そうですか。流石、上弦になっただけのことはありますね」

 

カナエは日輪刀を構え直しながら言った。

 

「そういえばあなたはなぜ、鬼になったのですか? あなたのように美貌であれば人間のまま、遊郭で活躍できたでしょうに」

 

「うるっさいわね! あんたには関係ないでしょう! 人間の頃の記憶なんて綺麗さっぱり忘れた」

 

堕姫は両手を腰につけ、心底煩わしそうに答えた。

 

「それにしてもあんた、稀に見る美貌ね。それは認めるわ。久しぶりのご馳走」

 

堕姫は舌なめずりし、

 

「あんたは上弦に喰われることを誇りに思い、共に生きなさい!」

 

堕姫から帯が再び伸びてきて、カナエは

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

再び防いだ。

 

その時、堕姫は胸騒ぎがした。自分の身体が何かに侵食されているような。

 

堕姫が直感したように、すでに事は起こっていた。

 

 

 

音柱・宇随天元と嘴平伊之助は遊郭の路地を、屋根を走り回り、宇随の妻たちを探し回っていた。

 

「どけどけ宇随様の御通りじゃああ!」

 

「猪突猛進! 猪突猛進!」

 

京極屋の屋根の上に立った宇随は伊之助を向いてこう言った。

 

「俺はここに忍び込み、雛鶴の居場所を聞き出してくる。お前はここら辺で鬼の気配を探ってくれ」

 

「おうよ! 俺は山の王だからな。ガハハハッ!」

 

「は? 何言ってんだ? お前」

 

宇随は心底、白けた表情をした後、続ける。

 

「少しでも自分の命が危ないと感じたら吉原を出ろ。俺はお前たちに悪いことしたと思っている。俺がここに戻ってきて、お前が待っていなければあとは俺一人で動くから気にするな」

 

そう言った瞬間、宇随は姿を消していた。

 

「……何なんだよ! 俺のことを見くびりやがって! 俺は山の王、嘴平伊之助様だ!」

 

そう言って伊之助は鋸状の二本の刀を屋根に置き、両手を左右に伸ばして鬼の気配を探った。

 

獣の呼吸 漆ノ型 空間識覚

 

「よし! 見つけたぞ!」

 

伊之助は宇随を待つことなく京極屋に突入し、目的地に向かってひたすら猪突猛進した。

 

遊女たちは皆、振り返り、「猪の化け物が出ている」とたちまち騒ぎになるが、伊之助はお構いなしだった。

 

「ここだ!」

 

伊之助は獣の呼吸で廊下の床を破壊すると、細長い穴が出来た。

 

「キャアアア! 誰か!」

 

遊女たちが尚も叫ぶのをよそに、伊之助は穴に身体を突っ込む。が、入らない。

 

「そうか。関節を外さなきゃならないんだな」

 

そう言ってポキっという音と共に伊之助は猪の頭から穴に突っ込んだ。すると入ることができ、下へ下へと滑るように進んで行く。

 

「グハハハハ! 俺は頭さえ入れればどんな小さな穴にも入れる男! 誰にも俺は止められねえ! 猪突猛進! 猪突猛進!」

 

そして間もなく、伊之助は空間に落ちた。そこは桃色を中心とした派手な色をした帯で散らかっていた。まるで巨大なミミズが数多く、蠢いているように。

 

「何だ、このミミズ帯は? 気持ち悪いな。小便かければいいのか?」

 

一瞬、伊之助は戸惑ったがすぐに理解した。何だか知らないが誰か鬼の空間か何かで、ここに捕まえた人間を閉じ込めて好きな時に出して喰うのか……

 

帯からは人間の感覚が伝わって来るのだ。

 

その時、そばの帯がピクっと動いたと思いきや、喋りながら伊之助に向かってきた。

 

「何だい? よそ様の食糧庫に入り込みやがって。汚い、臭い、糞虫が!」

 

「グネグネグネグネ気持ち悪いんだよ! このミミズ帯が!」

 

伊之助は二本の刀で帯を斬ってしまった。すると、女性が落ちてきた。

 

それからも帯は次々と襲いかかるが、伊之助は二本の刀を振り回して次々と斬って喰われた女性たちを救っていく。

 

「アタシを斬ったって意味ないわよ。だって本体じゃないもの」

 

今度は別の帯が喋りながら迫ってくる。それ以外にも何本もの帯が伊之助に向かっている。帯は斬っても斬っても湧き出てくるようだった。

 

獣の呼吸 陸ノ牙 乱杭咬み

 

伊之助は呼吸技で喋った帯に斬りかかるが、斬れそうで斬れなかった。二本で斬っても。

 

「アンタなんかに斬れるはずないわ。そもそも斬る意味すらないのに。哀れだわ」

 

帯がせせら笑い、続ける。

 

「それよりせっかく救えた奴らが疎かだけど、いいのかい?」

 

その言葉と共に複数の帯が地面に倒れている女性たちに向かう。再び帯に閉じ込めるために。

 

「アンタにやられた分はすぐ取り返せるんだよ!」

 

―――クソ! 人間を守りながら戦わねばならねぇのに! やべぇ!

 

さすがの伊之助も焦っていると、どこからか苦無が放たれ、伊之助に迫っていた帯は飛び退いた。

 

「ミミズ帯とは上手いこと言うもんだ!」

 

短い金髪の女性が言った。隣には黒髪の女性が泣きながら怯えている。

 

「ホントその通りです。気持ち悪いです。天元様に言いつけてやります!」

 

「アタシたちも加勢するから頑張りな猪頭!」

 

そう言いながら女性二人は苦無を帯に投げつけていった。

 

「誰だ、お前ら?」

 

伊之助が聞くと、泣いている方の女性が必死に帯を避けながら答える。

 

「宇随の妻です! ごめんなさい、アタシたち、あんまり戦えないですから!」

 

「須磨ァ! 弱気なこと言うんじゃない!」

 

金髪の女性がすかさず殴り、須磨と言われた女性も必死に言い訳する。

 

「だってまきをさん、私が味噌っかすなの知ってますよね? すぐ捕まったし」

 

そして須磨は益々、泣きじゃくる。

 

「無茶ですよ! 人間を守りながら戦うなんて!」

 

「そうだ。よくわかっているね」

 

帯が割って入ってくる。

 

「さあ、どれから喰おうか」

 

―――この帯は斬れそうで斬れねぇ! このまま暫くは凌げるだろうが、斬れない限りは絶対に不利になる……。さあ、どうする!

 

その時だ! 激しい爆発音がしたと同時に、何者かが降ってきた。暫く煙に包まれていて正体が見えなかったが徐々に煙が晴れ、正体を現していき……

 

「天元様……」

 

金髪の方の女性であるまきをが呟いた。

 

煙は完全に晴れ、二本の刀を背負った音柱・宇随天元が立ち上がった。

 

「須磨、まきを」

 

宇随は妻たちの名前を呼び、

 

「遅れてすまなかったな。こっからはド派手に行くぜ!」

 

須磨だけでなく、まきをも嬉し涙を流したのだった。




~大正コソコソ噂話~

宇随は原作通り、京極屋の店員に刀を突き付けて雛鶴とこの遊郭を支配する鬼の正体を聞き出し、その後須磨たちが捕らわれている帯の場所も気配で突き止め、道路に穴を開けて須磨とまきをの救出に向かったのでした。

次回は雛鶴を救出し、鬼殺隊と遊郭に棲む鬼たちとの戦いが激化していきますので、是非、ご期待ください!


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番外編 胡蝶カナエの接待

遊郭に潜入した炭治郎たち。

そんな中、遊女として潜入した胡蝶カナエ・しのぶ姉妹はその美貌から遊郭ではたちまち、評判になっておりました。

今回は番外編で、カナエの遊郭での接待の様子について描写します!



時を僅かに巻き戻す。

 

京極屋に潜入した花柱・胡蝶カナエはたちまち、そこで評判になっていた。

 

「まあ、綺麗ですね! きっとうちの蕨姫花魁と張っちゃうくらいですよ」

 

「絶対に仕込んで遊郭一の花魁にするわよ!」

 

女中たちが口々にそう言うのをカナエはフワフワした声で謙遜する。

 

「いえいえ。私なんてそんな……。蕨姫さんってそんなに綺麗な方なのですか?」

 

「ええ。それはとても綺麗だわ。うちは遊郭でも大層繫盛しているけど、それは蕨姫花魁あってのことなのよ」

 

「へえ、そうなんですね。是非、お会いしてみたいですね」

 

カナエは興味津々に言うが、女中からこう釘を刺された。

 

「しかし蕨姫花魁には気を付けたほうがいいわ」

 

「えっ、なんでですか?」

 

「かなり気性が荒く、気に入らないことがあると折檻される、という噂よ」

 

「それは妬みとかで誰かが根も葉もない噂を流しているとかではなくて?」

 

人の好いカナエはそう尋ねる。

 

「いや、それが彼女と接した者は大体、足抜けしてしまうらしいから、気を付けることね」

 

「は~い!」

 

女中たちから、遊女としての手解きを受け、カナエもカナエで吞み込みが早く、数日で遊女として使われることとなった。

 

十分に化粧を施されたカナエの姿は、まさに荘厳そのものだった。端正な目鼻立ちが化粧でより際立ち、簪で絹糸のように綺麗な黒髪を後ろで纏めた姿。

何より、接待用の鮮やかな着物姿が非常に映え、カナエの完璧すぎる容姿を何倍にも際立たせている。

 

まるで花魁そのものの姿に、男たちは誰もが振り向き、息を呑んだ。

 

「こ、これは……。新しい花魁か?」

 

「今まで出会ったどの花魁よりも美人だ……」

 

「あらあら。私はまだ新米ですから……。でもそう言ってくれてありがとうございます」

 

カナエもカナエで精一杯、笑みを浮かべて殊勝に答えた。そして、男性たちと共にお酒を飲む。

 

カナエの盃には男たちによって、我も我もとばかりに次々とお酒注がれ、カナエは喉をゴクンと鳴らしながら一気に飲み干した。

 

カナエの飲みっぷりに一同からは拍手が沸き起こった。

 

「お酒強いんだね! 姐ちゃん!」

 

「俺の酒にも付き合ってくれ!」

 

「はいはい」

 

カナエは顔色を一切変えることなく、男たちのお酒に付き合っていった。お酒を酌み交わしながら、男たちに他愛もない話を振り、彼らの話をじっくりと聞く。

 

カナエは聞き上手で、相手のどんな話も受け入れる包容力がある。ニコニコと笑顔を浮かべながら慎ましく頷きながら聞く様子に、どんな相手もたちまち心を開いてしまうのだ。

 

彼らの心をすっかり掴んだカナエは、いよいよ核心な話題に入る。

 

「そういえば少し前に雛鶴という花魁がいなくなったと聞いたんだけど彼女、どうしたのかしら?」

 

「いや、それが俺もわからねえんだよ。なんか突然、足抜けしたんだよな?」

 

「ああ。だけどここでは足抜けなんてしょっちゅうだから、そんなに気にすることはないだろうよ。それより新しい花魁さん、俺の頭を撫でてくれ~!」

 

「バカ! 俺が先だ!」

 

「はいはい」

 

カナエは笑みを浮かべたまま、彼らを抱きしめてそれらの頭をゆっくりと撫でていくのであった。カナエは既に何倍も盃を空けているにも拘らず顔色一つ変えていないのに対し、男たちはすっかりと顔を赤らめている。

 

それからもカナエの下にはひっきりなしに男たちが集い、カナエも相手にしていき、夜はあっという間に明けていった。

 

この夜の接待で、胡蝶カナエ改め胡蝶花魁はたちまち、京極屋で期待の遊女となったのだった。




次回は妹のしのぶの接待です!

お楽しみに!


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胡蝶しのぶの接待

蟲柱・胡蝶しのぶは荻本屋に潜入し……。


胡蝶しのぶも姉と勝るとも劣らぬ美貌から、潜入した荻本屋では即座に近い将来の花魁として期待された。

 

「まあ~! ここまで綺麗な子、何年振りかしら~!」

 

「荻本屋の『蕨姫花魁』として仕込むわよ~!」

 

指導係の女中たちからの褒め言葉に、しのぶは笑顔でこう返す。

 

「ありがとうございます。不束者ですが、絶対に荻本屋イチの花魁になってご覧にいれます」

 

 

「まあ~! その意気よ~!」

 

女中たちは益々、恵比寿顔になってしのぶを仕込むのだった。

 

しのぶも姉と同様、吞み込みは早く、忽ち遊女としての立ち振る舞いを身に着け、早々に男たちの相手をすることとなった。

 

紫色を中心とした鮮やかな着物に身をつつみ、簪で紫がかった短めの髪を結った姿。後頭部にはいつもの紫色の蝶飾りをつけている。

 

そして何より目立つのが、顔だった。シミ一つない色白な顔にある、輝きを放つ人一倍大きな瞳。綺麗な形をしていて筋の通った高い鼻。

女中たちによって施された化粧により、こうした完璧すぎると言っていい顔を何倍も引き立たせている。

 

しかも華奢な姿から、守ってあげたいと思わせるような、可愛らしさを併せ持っているのもしのぶの特徴であった。

(ただし幼少期は怒りっぽかったのでそういった可愛らしさは台無しだったが。)

 

しのぶは忽ち、男たちから話しかけられた。

 

「よお、姐ちゃんよ! とても綺麗だね! あんたきっと、近いうちにここの花魁になれるよ!」

 

「俺たちと一緒に呑まない?」

 

しのぶは笑みを浮かべたまま、こう返す。

 

「あなたたちは礼儀というのを知らないんですか?」

 

「えっ?」

 

いきなりそう言われ、男たちはたちまち面食らった。

 

「私たち、初対面ですよね? なのに何でそんな馴れ馴れしいのですか? それにお互い、誰かも知らないんだからまずは名を名乗るべきでしょう?」

 

「……」

 

黙ってしまった男たちに、しのぶは尚も畳み掛ける。

 

「ん? 黙っていてはわかりませんよ? それとも、親に甘やかされてきたから、そんなことも知らないんですか~?」

 

笑みを浮かべながら言うしのぶの大きな瞳には、侮蔑の色が籠っている。

 

そして男たちも血相を変えた。

 

「何だとてめえ!」

 

男が我を忘れてしのぶに殴りかかろうとし、もう一人の男もしのぶを蹴り上げようとするが、しのぶは後ろに飛び退き、そして……

 

ドン!

 

鈍い男がすると同時に、男たち二人は気絶し床に倒れてしまった。しのぶは男たちの攻撃を避けた後、すかさず飛んで蟲の呼吸の要領で男たちを素早く殴り倒してしまったのだ。

 

一瞬のうちに起きた乱闘に、周囲は悲鳴を上げるも、しのぶは凍りつくような笑みを浮かべたまま、平然としている。

 

「ちょっとあんた、何してくれてるの?」

 

しのぶは女中に詰問されるも、冷静にこう反論する。

 

「客の礼儀がなっておらず、しかも私を殴ろうとしてきました。ですのでこれは正当防衛です」

 

しかし、この日の客たちのパニックは止まらず、大多数が帰ってしまったため、荻本屋に入る筈だった収入がほぼ台無しになってしまった。

 

当然、しのぶは荻本屋の幹部的な人に呼び出されることとなった。

 

「お客さんになんてことしてくれるの!」

 

中年男性の幹部は怒鳴り声を上げた。

 

「お騒がせしたことはお詫びしますが、私、男性に殴られそうになったんです。それに対処しただけです!」

 

「遊女はね、多少男に嫌なことをされても我慢するものなの! わかる? それで稼いでいるんだから! あんたは確かにここ最近で稀に見る美貌だけど、遊女としては向いてないね。悪いこと言わないから、ここを去ってくれないかね?」

 

これにはしのぶも眉をギュッと吊り上げた。

 

「多少男に嫌なことをされても我慢するもの? 聞き捨てならないですね~! 女性を何だと思っているのですか? こんな所、私から願い下げです!」

 

そう言ってしのぶは簪を取るや力一杯、床に叩きつけて木端微塵にし、着物も脱ぎ捨て、元の蝶羽織姿になる。

 

「おい! この簪、高いんだぞ! どうしてくれるんだ!」

 

幹部がそう喚くのをよそに、しのぶはこう告げる。

 

「最後に言っておきますが、あなたは私が遊女に向いていない、と言いました。しかし、あなたこそここの管理する立場に向いていません! あなたの下で働いている女性が心底、可哀想ですわ。では~」

 

しのぶは笑みを浮かべながら荻本屋を後にした。

 

去り行くしのぶの姿に、幹部は尚も怒鳴り続けているのだった。

 

こうして潜入が失敗に終わったしのぶだったが、後悔していなかった。そもそも、宇随さんがアオイたちを連れていこうとしたのがいけないんです! 任務が終わったらみっちり蝶屋敷で雑用させますから!

 

しのぶは怒りに震えながらも取り敢えず、夜の吉原遊郭を歩く。

 

こうなったら遊郭周辺を歩き回って気配で潜んでいる鬼を探すしかない。それに万が一、店への潜入が必要になった場合でも、別の店に受け入れてもらえる自信がしのぶにはあった。

 

やがて、店の群れからは外れ、人混みもまばらになり、周囲の灯りも少なくなってきた、その時だった。

 

巨大な蟷螂のような姿が現れた。全身が薄汚く、顔も醜く、まさに醜悪そのもので、両手には夥しい血糊のついた鎌が握られており……

 

しのぶは瞬時に鬼、しかも上弦だと察知し、構えた。

 

そのぎょろっと突き出たような目には「上弦」「参」と刻まれている。

 

「いいなぁ~、お前! その顔、綺麗だなぁ~! 肌もいいなぁ! シミも痣も傷もなくてなぁ。俺はおめぇみてぇな恵まれているような奴、心底許せねぇんだよ! ああ妬ましいなぁ。妬ましいなぁ。死んでくれねぇかなぁ。そりゃあもう、苦しい死に方でなぁあ。生きたまま生皮剥がされたり、それからなぁ……」

 

「もういいですから。お前が苦しい死に方で死んでくれませんか? 私、今凄く怒っていて、絶対に容赦しませんよ?」

 

しのぶが満面の笑みでそう言うと、上弦の参は飛び出るような目をさらに見開き、眦を決して両手の鎌を振り上げ、思い切りしのぶに振り下ろした。

 

血鬼術 飛び血鎌!

 

蟲柱・胡蝶しのぶと新上弦の参・妓夫太郎との戦闘が始まった。



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妓夫太郎

妓夫太郎から血塗れの鎌が力一杯振り下ろされると、胡蝶しのぶはすかさず飛び退き、

 

その怜悧な頭脳からどれくらいの毒を叩き込めばいいか瞬時に算出し、刀に猛毒を装填すると……

 

蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ

 

独特の形をした日輪刀を月光に輝かせながら蝶そのもののように四方八方に飛びながら、すれ違いざまに妓夫太郎の身体に複数回、猛毒を叩き込んだ。

 

妓夫太郎はその醜悪な顔を歪め、鎌を持ったまま血を吐いた。

 

「このクソ女~! 何しやがる!」

 

妓夫太郎の呻きに、しのぶは

 

「誰がクソ女ですか?」

 

と涼しい笑顔で言ったと思いきや、トドメを刺しにいった。

 

蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角

 

しかし……

 

血鬼術 跋孤跳梁

 

妓夫太郎はいつの間に立ち直ると鎌で迎え撃ち、斬りつけてきた。上弦相手には毒が通じない、ということか……。

 

しのぶは辛うじて避けるが、今度は妓夫太郎からトドメの一撃が繰り出された。

 

血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌

 

螺旋状に繰り出される斬撃。ああ、私ってなんて無力なんでしょう。あまりに高速で避けようがないし、腕力が足りないため、迎え撃つこともできない……。

 

姉さん、炭治郎、カナヲ、アオイ、きよ、すみ、なほ、ごめんなさい……。

 

しのぶが斬撃に吞み込まれようとしたその時だった。

 

日の呼吸 玖ノ型 輝輝恩光

 

「炭治郎……」

 

日柱・竈門炭治郎がしのぶの前に降り立った。妓夫太郎は飛び退き、新たに現れた敵の正体を見極める。

 

「しのぶさん、大丈夫ですか?」

 

「私は何とか大丈夫ですけど、この鬼、上弦の参ですよ?」

 

「上弦の参?」

 

上弦の参ならこの間、無限列車で煉獄さんと共に倒した筈だが……。もう補充されたのか?

 

「お前、耳飾りをつけた日の呼吸の剣士、そうだよなぁ?」

 

妓夫太郎が薄汚い指を炭治郎に差しながらそう絡んできた。

 

「だったら何だ! しのぶさんを殺そうとしたの、俺は決して許さない!」

 

「あぁぁぁぁ! そうか! お前も死んでくれねぇかなぁ! あの方も、始まりの剣士によって負けそうになったと仰っていたなぁ。その剣士は日の呼吸を使っていたそうだ。だから根絶やしにした筈なんだけどなぁ。なんで日の呼吸の剣士が生きているのかなぁ。死んでくれねぇかなぁ。それにその綺麗な眼。美しいなぁ。憎いなぁ。お前ら二人、纏めてあの世へ行ってくれねぇか……」

 

蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き

 

妓夫太郎の醜悪極まりない愚痴が終わるのを待たずに、しのぶが妓夫太郎の目を突いた。

 

「炭治郎! お願い」

 

しのぶに頼まれるまでもなく、妓夫太郎が毒でよろめいた一瞬の隙を炭治郎は鋭く突いた。

 

日の呼吸 陸ノ型 日暈の龍・頭舞い

 

いくつもの円を描くように斬りかかったが……。

 

血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌

 

妓夫太郎はいつの間に立ち直り、再び渾身の攻撃を仕掛けてきた。

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

炭治郎は刀を両手で握り、太陽を描くように振るいながら妓夫太郎の斬撃を迎え撃ち、

 

蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ

 

しのぶが毒で援護してくれたが、妓夫太郎はすぐに立ち直って血鬼術で炭治郎を追い詰めてくる。

 

「オイオイ、どうした? この女を守るんじゃないのか? 男なら守ってやれよなぁ。みっともねえなぁ」

 

妓夫太郎はせせら笑いながら、当たったら死に至る、竜巻のような円斬旋回の斬撃で猛攻してくる。

 

しのぶはなおも妓夫太郎の死角を狙いながらも自らの無力さに思わず目に涙を浮かべていた。

 

誰かの不幸が人間以上に美味な『餌』である妓夫太郎なら即、しのぶのことも罵倒しただろう。

 

しかし炭治郎が全力で迎え撃ち、しのぶを罵倒する余裕すら与えなかった。主君の血で強化された妓夫太郎の血鬼術は鋭く、炭治郎は幾度となく押しつぶされそうになるも、刀に力を込め、何とか耐え続けた。

 

しかし次の瞬間、

 

「お前ら、纏めてお陀仏だ!」

 

妓夫太郎の声と共に血鬼術が盛大に爆発した。

 

 

 

 

花柱・胡蝶カナエと上弦の陸・堕姫、女同士の戦いを佳境を迎えていた。

 

堕姫は食糧庫にしている帯から、獲物である美女たちが脱出したのを感じていた。もういい。柱であるこの女をすぐに殺してしゃぶりつくしてくれようじゃないの!

 

堕姫の身体には各方面から帯が次々と吸収されていき、髪は白髪になり、端正な顔には紋様が現れた、

 

「あらあら」

 

カナエはいよいよ攻撃が本格化することを悟り、薄桃色の刀を構える。

 

血鬼術 八重帯斬り

 

次の瞬間、無数の鮮やかな帯が交差しながら空から降ってきた。

 

「アンタとはこれでおさらばね! 私の餌になりなさい」

 

帯がカナエに落ちてくる刹那、

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

カナエは振り落ちてくる帯を斬り裂き、躱しながら堕姫の死角を探る。

 

しかし帯は無尽蔵で、次々にカナエを襲ってくる。

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

カナエは次々に襲い来る帯を縦横無尽に切って回り、堕姫に迫る。堕姫も後退しながら次々と帯を繰り出す。

 

上下左右を帯に襲われながらも、カナエは帯をかわし、斬ってまわり、付け入る隙を与えなかった。

 

しばらく双方共に決定打がないまま、堕姫の無数の帯をカナエが迎え撃つ構図が続いていたが、カナエはついに勝負手を放った。

 

花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

カナエは身体を空中に反転させながら堕姫の頚を斬りつけた。頚は次の瞬間、帯に変わったのだが、その帯が斬れそうで斬れない。

 

フゥゥゥゥ!

 

カナエはまさに全集中で薄桃色の刀に力を込める。が、

 

「アンタにあたしの頚なんて斬れやしないわよ」

 

その声と共に、数本の帯が襲ってきたことでカナエは一旦、飛び退き、屋根から地面に降り立った。

 

「逃がさないわよ?」

 

堕姫も降りてカナエの前に立ちはだかり、再び無数の帯で襲ってきた。

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

カナエは再び高速で帯を縦横無尽に斬って回った。堕姫は後退を繰り返しながらも次々と帯を繰り出してきたが、カナエの斬撃の速さがやや、上回り始めた。

 

カナエは鬼殺隊に入ろうとした時のことを思い出していた。

 

両親を鬼に殺され、自分たち姉妹も殺されそうになったところを岩柱・悲鳴嶼行冥によって救われた。

 

そこで胡蝶姉妹は鬼殺隊に入ることを志願し、悲鳴嶼の許を訪ね、猛反対に遭いながらも条件つきで鬼殺隊を育てる育手を紹介してくれることとなった。

 

その条件がとてつもない巨岩を動かすことだった。

 

どう考えても動かしようのない岩。鬼殺隊入隊を拒むためにわざとこんな試練を課したとしか思えなかったし、事実、悲鳴嶼自身もそのつもりで、入隊を断念させるつもりだった。

 

しかしカナエは渾身の力を込めてしのぶと共に岩を押した。全ては鬼によって家族を殺されるような悲劇をなくすために……。

 

当時の感覚を思い出しながらカナエは身体にこれ以上ない程の負荷をかけて帯を切り刻むや、ついに堕姫の目前に迫り、

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

高速で再び頚を斬りつけた。頚は再び帯に変わり、斬れそうで斬れなくなるもカナエは渾身の力を込めて帯に切り込みを入れ、そして……

 

堕姫の頚はとうとう胴から離れ、営業が終了して灯りがすっかりと消えている店の扉に跳ね返り、地面に落ちたのだった。



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ついに姿を現す

「き、斬られた? アタシが?」

 

上弦の陸・堕姫は頚が胴体と離れていることに気付くや否や、金切り声を上げて泣いて喚いた。

 

「ウェエエエン! お兄ちゃーーん!」

 

「あらあら」

 

カナエは乱れに乱れた息を整えながら堕姫の頚の前に座った。全集中の呼吸を乱発してきたせいか、今にも倒れそうだ。それでも流石は花柱、倒れそうになりながらも尚も堪えて満面の笑みを浮かべる。それは慈悲深い聖母そのものだった。

 

「鬼舞辻無惨に操られ、さぞ苦しかったでしょう? これで解放されるわ」

 

「うるっさいわね! アンタに、、私の、何がわかるのよ!」

 

涙を流しながら堕姫が言った。その間にも少しずつ堕姫の頚、胴体共に少しずつ消えていっている。

 

「お兄ちゃああん! アタシ、死にたくない!」

 

堕姫は益々、泣き叫んだ。

 

「うんうん。今まで辛かったわね。もう十分よ」

 

そう言ってカナエがその乱れに乱れた堕姫の白髪を撫でようとした、その時だった。

 

ブン!

 

カナエは咄嗟に飛び退いた。

 

カナエや堕姫とは対照的な醜悪そのものの姿。やはり薄汚い両手には血に塗れた鎌を握りしめており、ギョロっと突き出たような両目には『上弦』『参』と刻まれており…

 

「俺の妹をよくも殺してくれたなぁ。妹を殺した奴には精一杯、取り立ててやらねぇとなぁ。それにお前、いいなぁ。その顔。さっき殺ってきた小娘に似て美しくてなぁ」

 

「殺ってきた娘……?」

 

まさか、しのぶのこと?

 

「ああ。後ろに紫の蝶の飾りをつけていたなぁ。それに、あの方が言っていた耳飾りをつけた少年もいたなぁ。二人とも血鬼術を爆発させて纏めて殺してしまった」

 

そう言って上弦の参・妓夫太郎はクククっと笑った。

 

「……」

 

カナエの表情はキリリと引き締まり、そして厳かに口を開いた。

 

「あなたとは如何なる話し合いも無駄なようですね」

 

そう言って、薄桃色の刀を抜いた。

 

「私の大切な家族を殺し、それでも平然と笑っているあなたを決して許しません」

 

花柱・胡蝶カナエと上弦の参・妓夫太郎の間に一瞬、夜風が吹き…

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

血鬼術 飛び血鎌

 

花柱と新上弦の参の技が激突したのだった。

 

 

時を僅かに遡る。

 

堕姫の食糧庫に妻たちを助けるべく、救援に駆け付けた音柱・宇随天元。

 

「派手にやっていたようだな。流石、俺の女房だ」

 

そう言って宇随は須磨とまきをの頭を順番に撫でた。

 

「オイ! 祭りの神! ミミズ帯共が穴から散って逃げていったぞ!」

 

伊之助が指摘するが、宇随は眉を吊り上げて怒鳴り返す。

 

「うるせぇ! 捕まってた奴ら全員助けたんだからいいだろうが! まずは俺を崇め称えろ! 話はそれからだ!」

 

そんな中、まきをが臆せず指摘する。

 

「天元様! 早く追わないと被害が拡大しますよ」

 

「よし、取り敢えずここを出るぞ! みんなついて来い!」

 

宇随も応え、一同は地上に脱出した。

 

須磨とまきをは手分けして、遊郭にまだ残っている人たちに危険を知らせ、遊郭の外に避難させることとなった。

 

「お前は胡蝶姉妹や竈門を探して加勢しろ。俺は雛鶴を探してくる」

 

「おうよ!」

 

伊之助が返事している間にも宇随はいなくなり、続いて伊之助も鋸状の二本の刀を置いて炭治郎たちの居場所を探知した。

 

獣の呼吸 漆ノ型 空間識覚

 

「よし! あそこだ! 見つけたぞ! 猪突猛進! 猪突猛進!」

 

伊之助も駆け出していった。

 

 

 

宇随天元は、病気にかかった遊女たちが休んでいる切見世という女郎屋で雛鶴を抱いていた。

 

「ごめんなさい、天元様……」

 

雛鶴は顔中に汗を浮かべ、身悶えている。

 

蕨姫花魁が怪しいと気づき、捜査しようとした所を早々に怪しまれ、毒を飲んで病に罹ったふりをして何とか遊郭から脱出しようと図ったのである。

 

「いや、俺もお前らには申し訳ないことをしたと思っている。解毒薬が効いたら吉原を出ろ。いいな」

 

そう言って去ろうとする宇随を、「天元様……」と呼び止めた。

 

「ん? どうした?」

 

「私、見ました……。ここで。病気に罹った者を喰い物にする鬼が……。しかも恐らくはあなたの弟……」

 

「その通りだ。天元」

 

宇随が顔を上げると、額と両頬に×の傷がついた鬼が立っていた。そして片目には「下参」と刻まれているのだった。



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宇随兄弟の対決

自身の妻三人を遊郭に潜入させていた音柱・宇随天元。しかし妻たちの消息は途絶え、胡蝶カナエ・しのぶ姉妹と日柱・竈門炭治郎、嘴平伊之助と共に遊郭潜入作戦を実行して、何とか妻たちは救い出すも、宇随の弟と称する下弦の鬼が現れ…

※前回から1年以上更新が滞ってしまいすみませんでした。。




「天明か。久しぶりだな」

 

宇随天元は一瞬、驚くもすぐに冷静さを取り戻した。

 

「その名はとっくの昔に捨てた。それに俺らは兄弟でもなんでもねえ」

 

人間時代は宇随天明だった下弦の参、病葉はにべもなく答えた。人間時代に忍をしていた時以来の徹底的な無機質、冷酷さ。部下は駒としか思わず、妻は跡継ぎさえ産んでくれれば用済み、死んでさえ構わないと思っていた。人の心というものを持たず、兄である天元はこのような人にだけはなるまいと思っていたのだった。

 

「俺はこの遊郭に病原菌をばらまき、使えなくなった女を次々に死なせていった」

 

病葉は続けると、天元も眉を吊り上げた。

 

「俺もお前なんか弟とも何とも思わない。それに何だ? 顔の×印は。お前は鬼になって益々醜くなってるぞ。自分の鏡を見てみろ」

 

すると病葉は益々低い声を出す。

 

「もうおしゃべりはやめだ。今度はお前に病原菌をくれてや…」

 

音の呼吸 壱ノ型 轟

 

天元は飛び掛かり、二本の刀を力一杯、振り下ろした。爆発音がして病葉は粉砕されたと思いきや…

 

「やるなあ、お前」

 

病葉は近くの屋根への飛び退きに成功していた。

 

「しかしお前には俺は捕まえられない。俺は忍者の術に加え、鬼になって益々強くなった。」

 

そして屋根を伝ってさっと逃げ始めた。宇随も即座に追う。

 

「待て!」

 

下弦の参は屋根を飛び移りながらひたすら遊郭中を逃げ回り、宇随もそれに続く。

 

音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々

 

鎖も使って無数の爆発と斬撃を繰り出して捉えようとするも、すんでの所で逃してしまった。

 

その後も天元は追跡を続けて斬撃を繰り出すも、下弦の参はかいくぐり続けた。

 

ーーーーこの鬼は珍しい。ひたすら逃げに徹している。逃げ続けているせいで柱一人が拘束され続けている…

 

宇随の焦る気持ちと裏腹に、徐々に息が上がり始めた。さすがに柱なのでまだ、耐えられる程度ではあるものの、鬼は疲れを知らない生き物であるのに対し、人間は身体を酷使し続けると必ず限界が来る。

 

やがて逃げ続けていた下弦の参はいきなり振り向き、

 

血鬼術 虎列剌(コレラ)

 

次の瞬間、細長い白い物体が大量に宇随目掛けて襲い掛かる。

 

「これでお前は遊郭でくたばったゴミ女どもと同様、コレラで死ぬことになる」

 

しかし、宇随は飛び退きに成功し…

 

「ははは。人間様を舐めんなよ?こんな子供だましみたいな血鬼術に引っかかるとでも思っているのか?」

 

音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々

 

再び派手な爆発音を出して技を繰り出すが、再び下弦の参に避けられた。

 

ここから宇随兄弟は屋根で、そして地面でそれぞれ音の呼吸技と伝染病の血鬼術をかけ合って戦うも、どちらも敵の攻撃を躱すことに長けているため、決定打がないまま仁義なき戦いが続いた。

 

 

 

一方、上弦の陸・堕姫を倒した花柱・胡蝶カナエは息つく間もなく堕姫の兄、妓夫太郎に仇討ちを仕掛けられていた。

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

 

血鬼術 飛び血鎌

 

 

鎌に触れると死に至ると直感したカナエはすかさず妓夫太郎の間合いから飛び退く。

 

 

「ふふふ。逃げても無駄だぞ。俺は絶対、取り立てるからなあ!」

 

 

血鬼術 飛び血鎌!

 

 

術名を言い終わらぬ内に畳み掛けるように超高速の鎌が振られた刹那…

 

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

 

カナエは周囲に斬撃を放って鎌の攻撃を受け流す。

 

 

「お前妬ましいなあ! 上弦の鬼を倒して見た目も美しくてこの俺の攻撃にも耐えた! ますます妬ましいなあ!オイ、死んでくれないかなあ!」

 

 

「あらあら」

 

 

カナエは一切笑っていなかった。キリリとした表情で、カナエとは全く対照的な醜悪そのものの新上弦の参を睨み付ける。

 

 

血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌

 

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

 

腕の振りもなく放たれた最初とは比較にならない血鬼術に受け呼吸技を再び出すも、カナエは受けきれず吹っ飛び、地面に叩きつけられた。

同時に周囲の建物はたちまち焼け落ちてしまった。

 

 

地面に落ちたカナエは薄桃色の日輪刀を握りしめたまま自然に受け身は取っていたものの、腕に力が入らない。

上弦との激戦続きがいよいよ堪え始めたのだ。

 

 

「お前いいなあ!」

 

 

妓夫太郎は一転、狂気の笑みを浮かべて迫ってきた。

 

 

「惨めだな!オイ! 妹も弟も守ってやれず、こうして惨めに死んでいく」

 

妓夫太郎は再び、表情を強張らせて益々、低い声をだして罵声を浴びせる。

 

 

「俺は絶対、堕姫を殺したお前だけは許さねえからな。すぐになんて死なせねえ。俺様の毒で少しずつ苦しみを味わわせてじっくりと殺してやる。」

 

そう言って、妓夫太郎はカナエの目前に迫って鎌を振り上げ…

 

 

ーーーーこの期に及んでも腕に、力が入らないわ。ごめんなさい、しのぶ、炭治郎、カナヲ、アオイ、禰豆子ちゃん…

 

カナエは家族を思い浮かべて涙を浮かべていたのだった。

 



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