龍姫の異世界漫遊記 (龍姫の琴音)
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邂逅編
第一話黒龍の誕生


この世界には様々な力が存在する

魔力、妖力、霊力など人や魔族は自分に適した力を持ち、行使する事でその力を発揮する

だが自然界には全ての力から独立し、誰からも干渉を受けない目には見えないエネルギーが存在する

火山には火のエネルギー、湖には水のエネルギーが存在し、世界は自然のエネルギーによって形成されている

自然エネルギーは長い時間をかけて変化していき、温泉のように火と水の複数のエネルギーが混ざり合う事で新たなエネルギーを生み出しながら世界の均衡を保っている

 

世界を満たしている自然エネルギーは長い時間をかけて一か所に収束されていくと『龍魂』と呼ばれる人でいう所の魂のようなものが核として生まれ、それは次第に姿を変えていき龍へと姿を変える

龍は自然界のエネルギーの集合体であり核である『龍魂』を破壊されない限りは永遠に生きる事の出来る不老不死の種族であり、世界を構成する自然のエネルギーで形成されたその身体は同じ自然エネルギーから生まれた龍でしか傷つける事は出来ず、龍は最強の種族として世界に君臨している

そして、今日も世界のどこかで新たな龍が生まれようとしていた

 

※※※※※

 

ここは世界の闇が集まる場所

闇とは日の当たらない場所、光によって現れた影、夜などが闇に分類される。そして、闇の中で最も深い闇は人間の怒りや憎しみと言った負の感情

様々な闇が集まり次第に闇は大きくなると『龍魂』が形成され、『龍魂』を守るかのように闇は龍の姿へと変わり全身を漆黒の鱗で覆われ、血のように紅い瞳をした闇を司る黒龍ダークドラゴンが生まれた

 

『我、最強を求める龍なり』

 

龍は生まれるとすぐに自身の本能に従い戦いを求めて動き出す

龍は生まれながらにして最強になるという本能を持っており、生まれてすぐに戦いへと身を投じる

黒龍も生まれてすぐに動き出すと前方に赤い鱗の龍を見つけた

おそらく火を司る龍であろう。相手も黒龍の存在に気付くと2体の龍は同時に攻撃を仕掛け戦いが始まる

司る力は違うが、どちらも自然エネルギーから生まれた存在のため互いの攻撃がぶつかると周囲に衝撃波が発生し戦いは熾烈なものへと変わる

何度も互いの腕や尻尾をぶつけ合うが互いの力は拮抗しており決着がつかない。すると、2体の龍はおもむろに距離を取ると互いに力を収束させていく

 

『ダークブレス』

 

『ファイヤーブレス』

 

黒と赤のブレスがぶつかり合い接戦を繰り広げるが太陽が沈み辺りが暗くなると黒龍の司る闇の1つである夜が訪れると黒龍の力が大きく高まり、黒龍のブレスが大きくなると火龍のブレスを押し返し黒龍のブレスが火龍に直撃する

 

『がぁぁぁぁ!』

 

火龍が苦悶な叫びをあげながら闇に包まれるとその場に倒れ込んだ。黒龍はゆっくりと倒れた火龍の方に向かうが火龍は起き上がる事が出来ず、黒龍を見上げて口を開く

 

『闇を司る龍よ。我が力、受け取れ。そして、いつの日か、最強の龍となれ』

 

『言われずとも。貴様の意思も、想いも、強さも全て背負って最強へとなる事を約束する』

 

黒龍の言葉を聞き火龍は満足したかのように目を閉じると体が崩れ去り『龍魂』だけが残る。黒龍は残った火龍の『龍魂』を掴むと口に放り込み飲み込む

『龍魂』が体の中に入ると火龍の力が溶け込み体全体に広がり、さらなる力を黒龍へと与える。力が漲っているのを感じていると違う龍が黒龍の前に現れる

 

『俺は最強となる闇の龍ダークドラゴン。いかなる龍の挑戦も受けて立つ』

 

初戦を勝利で収めた黒龍は新たなる戦いへと身を投じた



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第二話暗黒龍へ進化

黒龍として戦いを続けて長い年月が流れた

毎日のように黒龍は龍と戦い続け『龍魂』を取り込み強さを増していき、今日も龍との戦いに勝利し『龍魂』を取り込む

 

『がぁっ!』

 

いつものように『龍魂』を取り込むと、体に強烈な痛みが入り黒龍はその場に膝をつく。身体がマグマのように熱くなり黒龍の体から湯気が立ち上る

 

『これは・・・』

 

自身の体の変化に驚くが、本能なのか体は変化を受け入れていき、黒龍は翼を大きく広げると自身の身体を翼で包み込むと闇が黒龍を包み込み、黒い球体となり黒龍は眠りへとついた

 

意識を取り戻し目を開けるとそこは闇が支配する暗黒の空間だった

 

『闇・・・いやもっと深い闇だな。深淵なる闇と言ったところか』

 

闇を司る龍である自分ですらもここまで深い闇を制御する事は出来ないほどの深く、見ているだけで飲み込まれてしま程の闇だ

 

『なるほど。この闇を手にした時、俺はさらなる強さを手に入れるという訳か』

 

この空間が何を意味するのかを理解した闇龍は口元に笑みを浮かべると目の前に真っ黒な本が浮かび上がる

 

『いいだろう。その力、最強となる俺のものにしてやる』

 

黒い本に触れると本は液体のように溶けると黒龍の体を飲み込むと黒龍の頭に様々なイメージが流れ込む

深淵なる闇から火、水、風、雷、地の5つの属性の魔法が抽出され、世界に広がると残った闇は光と表裏一体となり相反する属性となる

 

『これは、魔法・・・か?』

 

魔法は人間や魔族が使用するものであり、龍には関係のない事なのだが、深淵の闇に触れた事で黒龍は魔法というものが闇から生み出されたものであるという事を完全に理解する

黒龍の目の前に黒炎、黒水、黒風、黒雷、黒土が出現すると黒龍の体の中に取り込まれていき、体の奥底から先程取り込んだ5つの属性の力が漲り新たなる力が黒龍の体を巡る

 

『感じるぞ・・・闇以外の力でありながら闇の力も感じる。この力で、俺は更なる高みへと向かう』

 

新たな力を得た事で黒龍は大きく咆哮すると周囲の空間に亀裂が走り、深淵ある闇の空間は崩れ去っていった

 

闇の空間に亀裂が走るのに連動して黒龍を包んでいた黒い繭に亀裂が走り、砕け散ると中から進化した黒龍が出て来た

全身を黒い鱗で覆われた体には赤いラインが何本も走り、目は血のように紅く輝きを放っている

翼を大きく広げ空に向かって飛び、雲を越えた先には翡翠色の龍がいた。おそらく風属性の龍であろう

黒龍の姿を見つけると力を収束させて風を司る龍は黒龍に狙いを定める

 

『テンペストブレス』

 

嵐のように激しい風のブレスが放たれると黒龍は右手を前に突き出すと左腕から黒炎が放出され龍のブレスを相殺した

 

『馬鹿な!貴様は闇の龍であろう。何故、炎が使える!?しかもそれは魔法!一体どういうことだ』

 

闇の龍が火属性の攻撃を使えたことに驚いていると黒龍は動揺している風龍の隙を逃さず、今度は左手に黒炎を纏わせると一気に加速して風龍の懐に入り込むと強烈な一撃を叩き込み、風龍の『龍魂』を引き抜くと『龍魂』を抜き取られた風龍は消滅し、黒龍は『龍魂』を喰らう

 

『今の俺は闇の龍では無い。深淵なる闇を取り込み魔法を理解した事で新たなる進化をした。俺は闇と魔法を司る暗黒龍ダークネスドラゴンだ』

 

新たな力を手にした暗黒龍はさらなる高みを目指すため、次なる獲物を探し始めた



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第三話究極進化!龍王カオスエンドドラゴン

暗黒龍ダークネスドラゴンへと進化してからも熾烈な戦いを続けていたある日、暗黒龍は自分とは正反対の龍と出会った

暗黒龍が人間の負の感情から生まれた存在であれば今、目の前にいる龍は人間の喜びや嬉しさの感情から生まれた存在。全身を光り輝く白い鱗で覆われ、黄金色の目は慈愛に満ちている

 

『忌々しい存在だな輝煌龍シャイニングドラゴン』

 

暗黒龍が敵意をむき出しで輝煌龍を睨みつける

光と闇、白と黒。互いの存在の全てが真逆であるため、相手の事を受け入れられずに敵意だけが向けられる

 

『暗黒龍、1つだけ聞かせてください。貴方は人間をどう思っていますか?』

 

『下らん質問だ。自分より劣る下等な存在なんてどうも思わない

奴らは自分達の私欲のために争い、互いを憎み合う。同族でも上下関係を作り、上の人間は下の人間を見下す。ただ、それだけの存在だ』

 

闇を司る暗黒龍は人の負の感情を自身の力へと変える事が出来るため、人の悪意を吸収する際に人間の怨嗟の声を聞くがどれも自分勝手な怨みだけ

 

『それはあなたが人間の悪い所だけを見ているからです。私は知っています

憎しみは何も生まないと考え心を入れ替える人、他人に優しさを受けて自分自身を見つめ直し、人生をやり直せる人。光と闇は常に表裏一体。我々も話せば分かり合えます』

 

輝煌龍は暗黒龍を諭すようにいうが暗黒龍は輝煌龍の言葉を鼻で笑う

 

『なら、その逆だってある

善人でがあるために悪人に騙され悪へと落ちた奴もいる。人間とは善にも悪にもなる。だが、一度でも悪に落ちると善人に戻る事が出来ない。そうだろう輝煌龍』

 

『・・・』

 

暗黒龍の言う通り人間の心など季節の様に移ろう。生きとし生ける者の中で人間という種族のみが嘘をつく

感情を持ち、他者を蹴落とし、自分だけが良ければそれでいいという人間も居るのは確かだ。だが、輝煌龍は人間の良い所も知っている。良い所も悪い所も全て知っている。それでも輝煌龍にとって人間とは興味深い存在である

 

『例えそうだとしても私は人間という存在が羨ましく思います

短い命を悔いのないように必死に生きて最後は死を迎える。どんなに世界が不公平だとしても皆等しく死が訪れる。そんな人間が私は羨ましいです』

 

『なら、俺がお前に死を与えてやる。そして、俺の力となり俺はさらなる高みへ、最強へとなる!』

 

話し合いを強制的に終わらせ暗黒龍は全力で輝煌龍を倒すために龍力を全開にし戦闘態勢に入ると輝煌龍も同じように龍力を解放すると、力を収束させ同時にブレスを放つ

白と黒の光線がぶつかり合い混ざり、そして大爆発を起こし煙が舞い上がり暗黒龍と輝煌龍の戦いが始まった

 

暗黒龍と輝煌龍との戦いは熾烈を極める戦いとなった。互いに弱点となる属性を持っており、戦いは拮抗し数日間もの戦いが行われた

上空で2体の龍が激しくぶつかりあうと輝煌龍は暗黒龍に向かってブレスを放つ

暗黒龍もブレスを放ち対抗するが現在は太陽が昇っており、輝煌龍の司る光の時間帯のため輝煌龍のブレスの威力が上がり暗黒龍のブレスを飲み込んでいく

 

『ちっ!』

 

舌打ちをして暗黒龍は回避行動を取るが輝煌龍のブレスは暗黒龍の右の翼に当たり暗黒龍の翼が完全に消滅した

翼を失った暗黒龍は飛ぶ事が出来なくなりそのまま地面へと真っ逆さまに落ちていく。地面にぶつかる直前に暗黒龍は自身の体に黒風を纏わせて直撃を防ぎ落下のダメージを無効にして上空を飛んでいる輝煌龍に視線を向ける

 

『悠々と空を飛びやがって・・・あまり使いたくないがやるしかないな!』

 

苦渋の決断をすると暗黒龍は両手を左右に伸ばすと右手に黒雷、左手に黒炎を纏わせると両手を合わせ2つの属性を混ぜると黒炎が黒雷を纏う

 

『暗黒雷炎砲』

 

炎と雷の複数の属性を持つ砲撃が放たれるが輝煌龍は再びブレスを放ち一撃で暗黒龍の砲撃をかき消す

 

『っ!』

 

ブレスで砲撃をかき消すといつの間にか暗黒龍が輝煌龍の目の前まで接近していた

暗黒龍が先程放った砲撃は輝煌龍をその場に留まらせるための囮

砲撃を放つ事で一時的に輝煌龍の視界から暗黒龍の姿を隠し、輝煌龍がブレスを放っている間に暗黒龍は黒風を使って輝煌龍へと接近した

 

『黒風の速度じゃ追いつけねぇからな。囮にさせてもらった』

 

輝煌龍の上を取り黒風を解除すると今度は輝煌龍めがけて落下する

 

『くっ!』

 

回避は間に合わないと判断し輝煌龍は攻撃を選択し爪を振り暗黒龍の右目を斬り裂いた。だが、暗黒龍は攻撃を受ける事を覚悟しており目に傷を負うがお構いなしに輝煌龍の腕を掴む

 

『これで終わりだ!』

 

暗黒龍の拳が輝煌龍の鱗を砕き、体を貫いた

 

『ぐっ・・・』

 

輝煌龍は苦悶の表情を浮かべながら地面へと落下し暗黒龍はゆっくりと腕を引き抜くとその手には『龍魂』が握られていた

 

『俺の勝ちだ。輝煌龍』

 

『その、ようですね。暗黒龍、最後に、頼みがあり、ます』

 

『敗者の頼みを俺が聞くと思うか?』

 

『それでも、構いません。暗黒龍、人間を・・・生きるという事を知って、下さい・・・』

 

それだけ言い残すと輝煌龍は絶命し、体が崩れていき消滅した

 

『人間を知れだと・・・ふん、嫌というぐらい知っている。愚かで下等な人間の事なんてな』

 

人間の悪の部分から生まれている暗黒龍は人間の醜さをよく知っている。これ以上に人間の何を知ればいいんだと思いながら輝煌龍の龍魂を喰らう

 

『っ!』

 

輝煌龍の龍魂を喰らい体が輝煌龍の力を取り込んだ瞬間、身体に尋常ではない程の鋭い痛みが走りその場に膝をつく

前回の闇龍から暗黒龍に進化した際の痛みと違い命の危機を感じる

 

『なんだこれは・・・拒絶、か・・・?』

 

今までに感じた事のない違和感に命の危機を感じていると拒絶反応は強くなっていく

 

『ぐっ・・・がぁぁぁぁ!』

 

まるで体を斬り裂かれるかの様な強烈な痛みに悲鳴を上げるが途切れようとしている意識を何とか保たせながら痛みに耐える

 

『こんな所で・・・死ねる、か・・・。俺は・・・最強の龍に・・・』

 

今まで数えきれないほどの龍を喰らってきた

今ここで輝煌龍の力に負けるという事は今まで戦ってきた龍達を裏切る事になる

互いに己の全てを賭けて戦い、暗黒龍に負けた全ての龍が最強になろうという強い意志とその力を遺した

暗黒龍には倒してきた龍達の想いを背負う責任がある。それをここで放り出すのは決して許される事では無く、暗黒龍自身もそれは望まない

だからこそ、暗黒龍は輝煌龍力を取り込むために痛みに耐え続ける事を選んだ

 

あれからどれだけの時間が流れただろうか。痛みに耐えるのに必死で時間の流れを忘れてしまい気付いたら痛みは治まっていた

身体をゆっくりと動かして起き上がり水辺で自分の姿を見て暗黒龍は絶句した

水面に映る自分は左半身は自分の身体だったが、右半身は輝煌龍の白い鱗になっていた

輝煌龍との戦いで失った右目は治り輝煌龍と同じ黄色の瞳となり、完全に消滅したはずの翼は輝煌龍の翼が生えていた

 

『何だ・・・この姿は』

 

自分のあまりの変わり様に驚くがそれ以上に驚いたのは自分自身の力の異常な高まりだ。身体の奥底から力が無限に湧き上がっていく感覚がある

 

『人間どもの悪意を吸収していた時以上の力の高まり・・・』

 

悪意を吸収するとその時の人間の抱いた感情の言葉も聞こえてくるのだが今は憎しみの言葉以外にも他の言葉を感じる

目を閉じて意識を集中してみるとそれは人間の善意であることに気付いた。笑い、喜び、楽しそうな感じが伝わって来る

 

『輝煌龍の力を吸収した事で俺の『龍魂』と輝煌龍の『龍魂』が混ざり合い新たな存在へと進化したという事か』

 

今、自分が置かれている状況を推測するにおそらくそう言う事なのだろう。その時、輝煌龍の最後の言葉を思い出す

 

『人間を知れ、か・・・。確かに俺が感じていたのは冷たい悪意だけだった。だが、善意とは幾分かは心地よい温もりを持った感情だな』

 

輝煌龍の言っていた事を少しだけ理解出来ると次なる戦いを求めて歩き出す



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第四話人間の住む世界

輝煌龍の力を手に入れた暗黒龍は自分の力が変異していることに気付いた

元々は闇と魔法を司る龍であったが、今は輝煌龍の力の全てがそのまま受け継がれ、更に力同士が混ざり合って新たな力も生まれていた

 

暗黒龍が持つ闇と魔法、輝煌龍の光と守護が備わり、光と闇が混ざり合った事で混沌という新たな力が生まれた

この力は今まで闇属性が付与された火や水属性に更に光属性が追加された

今までは複数の属性を同時に使用する事が可能だったが、火と水のような相反する属性を同時に使用する事は出来なかったが、混沌の能力により相反する属性を同時に使う事も2つの属性を融合させて新たな力を生み出す事も可能となった

 

輝煌龍が司る光属性の持つ悪を浄化する浄化という特性は力が高まり、闇属性を吸収した事で終焉と呼ばれる属性に変わり触れた物の特性や事象を打ち消す事が可能となった

 

更に右半身が輝煌龍そのものになっているため、右目は輝煌龍と同じ黄金色になり精霊や妖精、幽霊と言った本来なら見る事の出来ないはずの者を認識する事が可能となり、対話することまで出来るようになった

 

これらの能力の追加に強大な力が備わった事で暗黒龍は本来ではあり得ない第二の進化を遂げ、混沌と終焉を司る龍王カオスエンド・ドラゴンとなり全ての龍からその強さを認められ最強の龍王という称号を得た

 

遂に龍王の称号を獲得し、最強の龍となったがそれと引き換えに龍王は退屈な日々を過ごしていた

強くなりすぎたせいで挑んで来る龍との戦いは数分で終わってしまうし、例え複数の龍を相手にしたとしても苦戦はしても命の危機を感じるほどの緊張感のある戦いをする事がなくなったため龍王は戦いという龍の持つ闘争本能すらも無くなっていった

 

『最強とは退屈なものだな』

 

こんな思いをするために今まで戦ってきたわけではない。だが、何のために戦い続けて来たのかと言われると理由は無い

ただ、生まれながらにして戦う事が本当であったから戦い続けた。そして、最強の存在である龍王になって自分には戦う以外に何もないことに気付く

そんな時、龍王は輝煌龍と交わした会話を思い出す

輝煌龍は人間という存在を羨ましがり、人間のように生きたいと考えていた。そして、死ぬ直前に人間という存在、生きるという事を知れと言っていた

 

『まぁ、暇つぶしには丁度いいだろう』

 

龍王になってから1つの真実を知った

それは世界とは複数存在し、こことは違う世界を異世界と呼ばれているという事だ

おそらく、龍の上位種である龍王になった事で今まで感じ取れなかったものが感知できるようになったのだろう

異世界は様々な形で存在し、人間だけの世界、魔族だけの世界のように1つの種族しかいない世界や複数の種族が共生する世界、争いを続ける世界など様々だ

龍王のいるこの世界は表と裏の2つの世界が存在し2つの世界は陰陽を現すかのように正反対の世界が広がっている

表の世界は科学が発達した人間の住む世界、そして裏の世界は科学ではなく魔法が発達した世界で龍王は裏の世界の住人だ

本来であれば異世界への移動、裏の世界の住人が表の世界に干渉する事も移動する事は出来ない。だが、龍王は混沌を司る存在だ

混沌とは本来なら相反し絶対に相容れないはずの光と闇が混ざり合った無秩序とも呼べる世界の事を意味する

あり得ない事が起こる。つまり、不可能すらも混沌の前では可能になってしまうという事だ。この力を使えば龍王は本来なら干渉する事が出来ない世界の理にすら干渉する事が可能であるという事

 

龍王は左腕に闇、右腕に光の龍力を収束させると両手を合わせると光と闇の力が混ざり混沌の力が発生し足元に左半分が黒、右半分が白の魔法陣が展開される

 

混沌の扉(カオス・ゲート)

 

魔法陣が強い光を放つと目の前に混沌によって扉が出現した

 

「輝煌龍、お前の言う人間という存在を見てきてやるよ」

 

これで何かが変わるわけではないが龍王は単なる気まぐれ、暇つぶしぐらいの気持ちで人間界へ続くゲートをくぐった



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第五話絶望の少女

ゲートをくぐった先は月が浮かぶ夜空の上だった。下を見ると雲の隙間から街の明かりが見える

 

『さて、この姿を人間に見られると厄介だな』

 

この世界で龍とは空想上の生物でしかないため見つかったら色々と面倒な事になる

そう考えて龍王は翼で身体を覆うと体が光に包まれ、龍王の体が小さくなっていき猫ぐらいの大きさになるとゆっくりと降下していくと真下に白い建物があり、龍王はとりあえずその建物の屋上に降りる

 

『ふむ・・・闇が薄いな。電気のせいで夜でも明るいせいで居心地が悪いな』

 

闇や夜、影といったものは闇属性に区分されるがこうも明るいと自然から得られる闇の力が少ない。闇が少ないという事は人間の生活が豊かという事

だが、全ての人間が豊かではなく繁栄の陰には豊かさの恩恵を受けられない人間の負の感情がこの夜以上に濃い闇を生み出している

 

「そこにいるのは誰?」

 

『!』

 

初めて来た事の高揚感や好奇心で注意が疎かになり誰かが居る事に気付く事が遅れた

振り返るとそこには黒い髪を腰の辺りまで伸ばした10歳ぐらいの女の子がいた。女の子は龍王の姿を見るとゆっくりと近づきがバッ!と龍王に抱き着いた

 

「可愛い!何の動物か分からないけど可愛い!」

 

今の龍王は小さくなっているため人間には愛玩動物の様に見られている

しかも、小さくなったせいで力の出力を落ちているので女の子の拘束すら振りほどく事が出来ない

 

『人間の分際で俺に抱き着くな!』

 

「えっ・・・」

 

突然、声が聞こえ驚いた女の子は龍王と視線を合わせる

 

「今、喋った?」

 

『人間が喋れるんだ。龍王である俺が喋れない道理はないだろう』

 

「すっご~い!」

 

パァァァ!と喜びの笑みを浮かべると女の子は龍王を持ち上げて振り回す

 

『おい!よせ!』

 

遠心力で身体が引っ張られていると急に回転が止まる

 

『ん?どうした?』

 

女の子に視線を向けると女の子は膝をつくと急に咳き込みだすと口から血を吐く

 

『お前、病気か?』

 

今まで戦いしかしてきていない龍王でも戦い以外で血を吐く事なんてあるはずがない

 

「ちょっと・・・はしゃぎ、すぎ、ちゃった・・・」

 

そう言うと女の子はその場に倒れてしまった

 

※※※※※

 

私は生まれた時から身体に大きな病気を抱えていた

その病気はゆっくりと私の体を蝕んでいき、来年の春を迎えられるかも怪しいとお医者さんに告げられ、両親は絶望したかのように泣いていたが私は良かったと思えた

両親は私に生きて欲しいと様々な治療を受けさせるが、私は治療の度に何度も苦しい思いをしなければならないのが嫌だった

薬の副作用でひどい吐き気や虚脱感がずっと続いたりと苦しい事しかなかった。そんな苦しいだけの人生を早く終わらせたかった

だから私はあの夜に屋上に向かった。自分で自分の人生を終わらせるために、この苦しみから解放されるため。でも、私は出会ってしまった。世にも不思議な存在に・・・

 

目を覚ますと見慣れた白い天井が目に入った。薬品の匂いがツンッ!と鼻につき視線を横に向けると担当医の人が目を覚ましたことに気付きこちらに話しかける

 

「目が覚めた?昨日の夜に点滴が外れちゃったみたいだね。今日は検査はないからゆっくりと休んでね」

 

それだけ言うと担当医は病室を出ていき少女は起き上がり右腕に刺さっている点滴を見る

 

「夢・・・だったの?」

 

『夢ではないぞ』

 

「!」

 

声が聞こえるとベッドの下から昨日の夜に会った小さな龍が姿を見せた

 

『貴様が倒れたからここまで運んでやったんだ。感謝しろ』

 

「夢じゃ、なかったんだ」

 

小さな龍は翼を羽ばたかせ私の前に降り私の顔を見る

 

『お前、死のうとしていたな』

 

まるで心を読まれたかのように私の気持ちを言い当てられて驚いた

 

「どうして、分かったの?」

 

『俺は人間の負の感情、つまり怒りや憎しみ、絶望なんかを喰らう龍だ

あの時、お前から感じたのは楽になりたいという願いだ。そして、この部屋にはお前の負の感情で満ちている。楽になりたい、生きているのが辛い。そんな感情ばかりだ』

 

「うん。私は死にたい。もうこの苦しみから解放されたい。ねぇ、私を殺してくれない?」

 

もう生きていても意味はない。このまま死ぬまで苦しみ続けなけれないのなら私はすぐにでも死にたい

 

『断る。自ら死を望むような奴は俺は嫌いだ。だが、俺の願いを叶えるというのであればお前を殺してやってもいいぞ』

 

「願い?」

 

『俺にこの世界の事を教えろ。お前の持つ全ての事を教えれば俺はお前の願いを叶えてやる』

 

私には今まで友達と呼べる存在はいなかった

周りにいるのはいつも大人だけ。大人達は病気の私を見て可哀想とか、同情する人しかいなかった。でも、今、目の前にいる小さな龍は私の事を何とも思わずに自分の事だけを考えて取引を持ち掛けて来た事が少しだけ嬉しかった

 

「うん約束だよ」

 

こうして最強の龍王は病弱の少女との生活が始まった



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第六話龍王との生活

約束を交わしてから数日が経過した

基本的に病室に人が来る時間は決まっており、それ以外の時間は誰も来ないため龍王は1日の半分以上を病室で過ごしている

今は昼食の時間で看護師が昼食を置いて病室を出ていくと龍王はベッドの下から出て世界の歴史が書かれた書物を読み始める

 

「龍王、そんな本ばかり読んで楽しいの?」

 

毎日のように世界で起きた歴史の本を読んでいる龍王に質問する。病室から出る事の出来ない病人からすれば世界で何が起きていた歴史を聞かされても興味がない

 

『お前からすればそうかもしれないが、俺からすれば人間の歴史とは面白い

戦争を経験して二度と戦争をしないと言いながら戦争は起こる。現在も国の限られた地域で考え方の違いで銃器を使って互いを傷つけあう。実に滑稽で面白い』

 

「趣味悪い・・・」

 

『俺は人の負の感情を喰らう暗黒龍でもあるからな。人間達が戦い、憎み合えばその感情によって俺は強くなれる』

 

「ふ~ん・・・」

 

会話を終え再び暇になってしまった私はスプーンでお椀をコンコンと叩き続ける。最初は無視していたがお椀を叩き続けると龍王の体がプルプルと震え始める

 

『だぁぁぁ!さっきからコンコンコンとうるさいぞ!』

 

遂に我慢の限界が来た龍王は本を読むのを中断して抗議する

 

「だって今は夏だから暑いし、病院食って味が薄くて美味しくないんだもん。龍王、食べて?」

 

『それは無理だ。龍は自然のエネルギーが集合して生まれる種族だ

火の龍なら火がある所にれば活動するためのエネルギーを補える。俺は何もしなくても人間の感情を吸収する事が出来るからお前達の様に食う事も寝る事もしない』

 

「じゃあ食べても味がしないって事?」

 

『試した事がないがおそらくそうだろな

後、たとえ食ったとしても食べ物を消化する器官も栄養を吸収する臓器もないから食ったものがどうなるかもわからん』

 

「便利な体だね。私も龍に生まれたらこの病室の外に広がる広い世界を見て回れたのにな・・・」

 

窓から見える外の景色を見ながらそう呟く

この病室は私の専用部屋となっており、龍王が読んでいるような教養のものから漫画や小説、ゲームまで置かれている

だが、所詮は作り物の風景のため本物には敵わない。偽物ではなく本物の外の世界というのを見てみたい

 

『はぁ・・・仕方のない奴だ』

 

溜め息を吐きながら龍王は本を閉じ飛んで私の頭の上に乗っかる

 

「ん?急にどうしたの」

 

『お前が文句言っているばかりだとこっちは本を読むのに集中できん。お前が満足できるかは分からんが外の世界に連れて行ってやる』

 

龍王は五芒星の魔法陣を展開すると魔法陣から白と黒の強い光が発生しると私の意識は光の中に飲み込まれた

光に飲み込まれ気が付くと私は病室ではない違う場所に立っていた。草木が生い茂る森の中、目の前には大きな湖がある

 

「ここは・・・?」

 

『ここは俺の記憶の世界を再現した場所だ。再現と言っても記憶から造られているから触った感触や匂いまで全てが現実と変わらん。病気のお前を連れ出せる限界がこの結界の中だ』

 

私は恐る恐る手を伸ばし地面に生える草に触れる

 

「柔らかい。これが、草なんだ・・・」

 

草から手を離し大きく深呼吸をして体全体で自然を感じ取る

 

「龍王の世界は自然が豊かできれいな所だね。羨ましい」

 

『お前が俺にもっと知識を教えてくれるというのならたまに見せてやるよ。まぁ、死ぬ前の冥土の土産だと思え』

 

「うん」

 

それからも龍王との交流は続いた

夏は七夕の日に星空がよく見える場所に行き、秋は真っ赤に燃える紅葉が広がる山に行くなど様々な場所に連れて行っていると次第に私の体調も良くなっていき、医者からは驚異的な回復と驚かれるぐらいだった

そして今日も私は龍王に行きたい場所について話している

 

『オーロラだと?』

 

「そう。このゲームのパッケージに描かれているような綺麗なオーロラが見たい!」

 

龍王に見せたのはパッケージに2人の少女がオーロラをバックに手を繋いで微笑んでいる絵だ

 

『そのゲームは昨日クリアしたとかで騒いでいたやつか』

 

「だって昔からの幼馴染の2人の少女が互いを想い合い、いつしかその気持ちは恋心へと変わり、最後は幸せな結末を迎える。最高の結末でしょう!」

 

『俺には恋愛というのが分からん。恋というのは異性を好きになる事だろう。そいつらは女同士ではないか。意味が違うだろう』

 

「多様性ってやつよ」

 

『多様性?』

 

言葉の意味を調べるために龍王は辞書を取り出し調べる

 

『多様性とは様々な考え方の事か。つまり、これをそのゲームに言い換えると恋愛であれば男性と女性では無く女性同士、男性同士の恋愛の事を指すという訳か

こう聞くと随分とマニアックな趣味を持っているな』

 

「ずっと病室に籠りきりだと次第にやる事がなくなって色々な事を試さないと物事にも飽きちゃうから。それで、オーロラって見た事ある?」

 

『そうだな・・・確かオーロラは寒冷地帯で見られる現象だったな。なら、氷結龍と戦った場所が氷に閉ざされた絶対零度の世界と言われていたからその記憶を再現すればおそらくは見えると思うが・・・少し待ってろ』

 

少しだけ考え込むと龍王は自身の左半身の暗黒龍の鱗を数枚抜き取りそれを重ねてベッドの上に置く

 

『おい、前にお前が言っていたあの漫画を出せ』

 

「それって・・・これ?」

 

私が取り出したのは男物の袴を着て、手には刀を持った女性が書かれた漫画だ

 

『表紙じゃなくて後ろの方』

 

クルリと本をひっくり返すと、後ろには女性の後姿が描かれており袴の上には黒の羽織を肩に軽くかけるように羽織っている

 

『そのまま持ってろ』

 

龍王は抜いた鱗に両手をかざすと五芒星の魔法陣が展開される

 

創造(クリエイト)

 

魔法を使用すると鱗は次第に形を変え、黒い羽織へと変わった

 

『それを着ろ』

 

龍王に言われ羽織ると羽織った瞬間、身体が温かくなり寒さを一切感じなくなった

 

「やっぱり魔法って凄いね。全然寒くない」

 

『暗黒龍の鱗は魔を纏う。それを着ていれば熱さ、寒さなど様々な効果を持つ。それじゃあ行くぞ』

 

いつものように龍王は自身の記憶を結界内に再現する

雪山は銀色の世界が広がっており、夜空には雲一つなく満天の星が輝いている。そして、星にカーテンがかかっているかのようにオーロラが少女の目の前に広がっている

 

「これが、オーロラ・・・綺麗」

 

予想していた以上の綺麗さに言葉が出ず、ただオーロラを見続ける。この光景を忘れないように目に焼き付ける

 

『随分と気に入ったようだな』

 

「あ・・・」

 

お礼を言おうと口を開いた時、視界がグニャリと歪み体から力が抜け私はその場に倒れた

 

『おいっ!』

 

まるで糸の切れた人形のように突然倒れたため流石の龍王も驚き近寄る

口を開くが、口の中には鉄の味が広がり声が出ない。おそらく血を吐いたのだろう。

血は体の中からどんどんと溢れ出していき大量の血が流れ出し真っ白に凍った氷の地面を赤く染めていく

 

『どういう事だ!?』

 

焦りの声が頭の中に響き、それを最後に私の意識は真っ黒な世界へと引きずり込まれた



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第七話龍姫の誕生

それからどれだけの時間が過ぎただろう。私は意識を取り戻した

 

(あれ、私は・・・)

 

記憶が曖昧だが、なんとか最後の記憶を呼び起こす

 

(確か、オーロラを見て、あまりの景色に感動して、それから・・・)

 

そこから先の記憶がないためその時に気を失ったのだろう

うっすらと目を開けると口には人工呼吸器が取り付けられており、腕には点滴が打たれ、ベッドの横に置かれている機械からピィ、ピィ、ピィと一定間隔のリズムで電子音が聞こえる

 

『目が覚めたか?』

 

視界に龍王の姿が映り、喋ろうとするが声が出ない

 

『今は喋るな』

 

「・・・」

 

私は龍王に状況を教えて欲しい視線で訴え続ける。それに気づいた龍王はため息を吐き首を横に振る

 

『確かにお前には自分の状況を知る権利がある

だが、それは明日にでも親から聞かされる。家族でもない他人の俺が言う事では無い。今はゆっくりと休むんだな』

 

そう言って龍王は姿を消した

それから私は少し眠り、次に目を覚ますとベッドの脇で両親が辛そうな顔をしてこちらを見ている

両親に自分の状況を知りたいと言うと両親は素直に今私が置かれている状況を説明してくれた

少し前まで体調は良かったがあの日、体調が急変し精密検査が行われると病気が心臓へ転移している事が分かり、治るのは不可能と医者に告げられ春を迎える事は出来ないと言われたらしい

両親は何故、自分の娘がこんな目に遭わなければならないんだと悔やんでいたが、私は不思議と穏やかだった

元々、医者からは春を迎えられるかも分からないと言われていたので長生きできるとは思っていなかった

面会の時間が終わり両親が帰り1人だけになると私は腕を動かして口につけられている人工呼吸器を外す

 

「出てきて龍王」

 

龍王が姿を現すと私は龍王に視線を向ける

 

「私、もう生きられないって」

 

『そうだな』

 

「まだ、龍王に教えていない事、いっぱいあるのにゴメンね」

 

『だったら俺に病気を治す様に懇願するか?俺は生き物を生き返らせる以外の事なら何でも出来る』

 

終焉の力を使えば私の病気を無効化して打ち消す事が出来る

周囲は怪しむだろうが絶望の淵の少女の命が助かれば人間はそれを奇跡という曖昧な言葉で片付ける。私にとって良い提案のはずだが、私は首を横に振る

 

「私ね、今はすっごく生きたいの。おかしいよね

龍王に殺して欲しくて一緒にいたのにいつの間にか生きたいと思うようになっちゃった。龍王の見せてくれた世界は綺麗だった

今、病気を治しても私は普通の生活を送る事は出来ない。だったらせめて、私の代わりに龍王が世界を見てきて欲しいの

私にとってはあの病室から見える窓の外に広がる外の世界を見たい。だから龍王、私を外の世界に連れて行って」

 

『断る』

 

即答するが想定していた答えだったので満足そうに頷く

 

「そうだよね。龍王はまだ生きれるのに生きようとしない人は嫌いだもんね」

 

少女の心の変化に龍王は過去に輝煌龍との会話を思い出す。龍王は悪に落ちた人間は善に戻る事は出来ないと考えていた

だが、目の前にいる少女は違った。出会った当初は自ら死を選ぶほどに絶望していたのに、今では生きたいという希望を持っている

かつて、輝煌龍が言っていた悪人が善人に変わるような変化が少女の心の中で起こった。その要因となったのが龍王と少女が過ごした短い時間だ。だからこそ龍王は少女に提案をする

 

『だが、俺と契約するというのなら考えてやる』

 

「契約?」

 

『俺は異世界を渡り、自分より強い奴と戦いたい

だが、龍が現れればそれだけで混乱を生み戦争になる。俺は強者と戦いたいのであって戦争をしたいわけではない

俺の力をお前に貸してやる。お前の思った通りに世界を旅しろ。そして、俺と同等、もしくはそれ以上の強敵を見つけろ。それが条件だ』

 

「私、世界を見れるの?」

 

『それはお前次第だ。お前が五感全てを使って世界を旅をすればいい。俺は強者と戦えればそれでいい。どうだ?』

 

世界を見れる。旅が出来る。叶わないと思っていた自分の願いが全て叶う。そう考えると嬉しくて涙がとめどなく溢れ出す

 

「うん。私、もっと生きたい。もっと世界を知りたい。だから、お願い龍王」

 

『契約成立だ』

 

龍王は魔法陣を展開すると少女の体から魂を抜き取る

そして、龍王は龍の姿から人の姿へと形を変えると少女の魂を取り込み同化を果たすと転移魔法を使用してどこかへと転移し魂が抜かれた肉体は生命活動を停止しピィィィ!という甲高い機械音のみが病室内に鳴り響く

 

※※※※※

 

季節は巡り春となった

桜の花びらが舞い散る霊園を18ぐらいの女性が歩いていた

その女性は下は藍色、上は桜色の袴を着ている。髪色が左半分が黒で右半分が白という奇妙な色をしており、目の色も左目が赤で右目が黄色と左右で瞳の色が違う

女性はとある墓の前に着くと墓を見下ろす。その墓には自分の名字が彫られており、隣の石碑には自身の名前が彫られている

 

「自分自身のお墓を見るなんて一生できない経験だろうな」

 

『この世界ではお前は死んだ事になっているからな。だが、自分の墓を見たいとは変わった考えだな』

 

頭の中で龍王の言葉が響く。龍王は自身の姿を渡しが求める理想の女性像に形を変え、私の魂を迎い入れ体の主導権を私に託している

 

「このお墓を見る事で自分が本当に自由になったんだなって実感が欲しかっただけ。後、この光景も見たかったから」

 

風が霊園の中を吹き抜けると墓の近くの桜の木々から花びらが舞い散る

 

「ねぇ、龍王。私は花の中で桜が一番好きなの。咲いたと思ったら一瞬で散り、その一瞬で見る者を感動させ、心の中に刻まれる。この桜を最後に見ておきたかったの」

 

『なら、存分に心に刻めばいい。まぁ、お前の場合は魂だけの存在だから魂そのものに刻む事になるがな』

 

「うん」

 

長い時間をかけて私は桜の光景を目に焼き付け、自分の魂に深く刻みつけると自分の墓に背を向ける

 

「さてと、ここから新しい私の旅が始まるわよ」

 

そう言って龍王から貰った黒の羽織を肩に軽く羽織ると右腰に自分で作った刀を指す

 

「私の名前は琴音。混沌と終焉を司る龍王カオスエンド・ドラゴンのもう1つの姿

龍姫の琴音」

 

異世界への門を開き琴音はこれから始まる旅にワクワクしながら異世界の門へと最初の一歩を踏み出した



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設定

主人公の設定です
1枚目の挿絵 TwitterでGond(@gond_7)さんにキャラデザを書いていただきました
2枚目の挿絵 Twitterで架界ヒカル(@kasakai_hikaru)さんにキャラデザを書いていただきました


 

【挿絵表示】

 

 

琴音

 

性別 女

 

年齢 不明(見た目的には18前後)

 

容姿

腰まで届く髪をストレートにし左半分が黒、右半分が白という2色の髪色をしており瞳の色も左が紅、右が黄色の異色瞳(オッド・アイ)

髪や瞳の色、容姿自体もを変える事も出来るが本人はこの姿を気に入っているため変えるつもりはない

 

服装

 

龍王の袴

龍王カオスエンドドラゴンの鱗から造られた袴で下は藍色、上は桜色になっている

龍王の鱗で出来ているため、普通の武器や魔法などでは傷一つ付ける事が出来ず、それ以外にも耐熱、耐寒、風除けなど様々な能力が付与されており、たとえ傷がついたとしても自動的に修復する自動修復能力もある

琴音の意思で袴を違う服に変える事も可能で、その際に色を変更する事も出来る

 

龍王の羽織

琴音が袴の上に肩にかける程度に軽く羽織っている黒の羽織りで袴と同じ龍王カオスエンドドラゴンの鱗から造られている

基本的には袴と同じ能力を保有しており、本人は羽織をオシャレ目的で羽織っているだけで羽織本来の役割は自分以外の人に羽織らせて守るのに使用するぐらい

 

武器

 

龍葬

龍王カオスエンドドラゴンの牙と爪、鱗から造られた刀

切っ先から石突までが漆黒に染まり龍王の力が宿っており、相手の魔法を斬り裂く事が可能で自身の力を刀身に宿らせることも出来る

龍を纏い、魔を斬り裂き、龍すらも一撃で葬るほどの力を秘めている

 

龍燐の鞘

龍王カオスエンドドラゴンの鱗から造られた鞘

刀と違い、白く守護の力が宿っており、その力は悪しき力から琴音を守り、他人に渡せば鞘から琴音が死なない限り絶対に破壊されない『龍結界』を作り出す事が出来る

 

設定

人間の時は不治の病を患った少女だったが龍王と出会い、契約をした事で龍姫となり異世界を旅している

 

性格は好奇心旺盛で知らないものや美味しそうな食べ物などに興味を持ち、可愛い女の子には手当たり次第に声を掛ける

 

好奇心がある一方でかなりワガママな性格でもあり、自分が気に入らない事があると真っ向から相手を否定し、例え世界や神を敵に回す事になったとしても理不尽な運命を龍王の力を使って捻じ曲げて自分の思い通りの結末に変えようと奮闘するが、その際には周りの人をお構いなしに巻き込む

(このワガママな性格は自身が生まれながらにして不治の病を患っていたという理不尽な運命を経験した事がキッカケ)

 

生きたいと願う者、助けを求める者、死を望みながらも本心では生きたいと思う者には救いの手を差し伸べる(龍王が琴音に救いの手を差し伸べてくれたから琴音も同じように生きたいと願う者の気持ちが分かるため誰であろうと助けて欲しいという意思や願いがあるのなら助ける)

 

だが、死ぬ覚悟が出来ており死ぬ事に一切の迷いがない者はその死を見届ける

その一方で相手が気に入った者だった場合や周囲の人達がその人の死を望んでいない場合は相手の覚悟などお構いなしに助けるので自己中心的な所もあるともいえる

(これは誰かが死ぬ事で世界が救われるという一を犠牲にして全てが助かるという犠牲の上に成り立つ平和という物語の結末が嫌いなためでもある)

 

日常生活では『友好には友好を、敵対には敵対を』

行動理念としているため、友好的に接して来る人には友好的な態度で接するが、敵意を持っていたりする者とは仲良くなろうとしない

しかも、龍王の能力で相手の感情を読み取る事が出来るので嘘が通じないので琴音を騙すのは基本的には無理だったりする

 

日常生活では友好的な人には優しいが、戦場では一変し

『殺す覚悟を持って武器を取れ。生き抜く覚悟を持って戦場に立て』

という行動理念に変わり、敵として自分の目の前に立つ者は例え命乞いする者であろうと、相手が女や子供であろうとも容赦なく殺す

人間の頃はアニメやゲーム、漫画にドハマりするオタク気質な面があり、様々な状況をアニメなどに照らし合わせて最善の手を打つなど人間の時の知識をフル活用している

特に、女性同士の恋愛、いわゆる『百合』のジャンルを崇拝しており異世界では可愛い女の子には声をかけるほどの女好きになっている

 

混沌と終焉を司る龍王カオスエンドドラゴン

 

容姿

左半身は漆黒の鱗で覆われ右半身は白い鱗に覆われた龍で左目は紅、右目は黄金色の異色瞳(オッド・アイ)

 

設定

元々は闇を司る闇龍ダークドラゴンだったが、龍は自分が最強の龍であることを証明するために生まれながらに他の龍と戦い魂を喰らい続けた事で闇龍から闇と魔法を司る暗黒龍ダークネスドラゴンへと進化した

 

暗黒龍に進化するが戦いに終わりはなく、その後も戦い続けるが最後に自身とは正反対の光と守護を司る輝煌龍シャインニングドラゴンを喰らった事で本来なら相反する光と闇が混ざり合い融合した事で混沌と終焉を司るカオスエンドドラゴンに進化した事で唯一無二の存在となり最強の龍王になった

 

龍王になってからは戦いが無くなり暇を持て余していたある日、気まぐれで人間界を訪れ琴音と出会い人間の世界の歴史に触れる

 

琴音の死期が迫った時、琴音に異世界を旅して龍王の強さに匹敵する最強の敵を見つける事を条件に龍王は琴音の魂を取り込み、龍王の体を琴音に貸している

 

旅をする時は琴音が望む姿に変身魔法で変わり普段は琴音が人の体になった龍王の体の主導権を持ち自由に体を動かし龍王の持つ全ての能力を使用する事が出来る

自分に匹敵する力を持った強い敵が現れたら時だけ龍王が表に姿を現す

 

能力

 

混沌 光と闇が混ざり合う事で生まれた能力

全ての属性の魔法を使用する事が可能となり、自身の龍力を使用して物を創り出したり、2つの魔法を融合させてオリジナルの魔法を創り出す事も出来る

ただし、使う魔法や作り出すものを強く想像しないといけないという点と作り出された魔法には強制的に光と闇の2つの属性が付与される

 

終焉 光を取り込んだ事で進化した能力

全てのものに終わりを告げる

状態異常や相手の能力、特性を無効化する事が出来る能力で不死者の不死身という能力を終焉で消して不死者を殺す事が出来る

 

暗黒龍の瞳 左の瞳に宿る暗黒龍の能力

この瞳で見た魔法を解析しその魔法の属性、威力、射程など全てを解析し琴音自身も使用可能となる

その魔法が血筋によるもの、特殊な武具や道具を使用しての魔法だとしても使用する事が出来る

 

輝煌龍の瞳 右の瞳に宿る輝煌龍の能力

人には見えない妖精、精霊、死霊などを視る事が出来る

相手の嘘を見抜く事が出来るようになるが、嘘を見抜くと言っても心を読める訳ではないため、嘘をついているという事が分かるだけ

 

感情を読み取る能力

暗黒龍は嫉妬や憎悪といった悪の感情、輝煌龍は喜びといった善の感情を司るため相手が自分に抱いている感情が分かる

(分かるだけで心を読めるわけでは無い)

 

龍魔法

混沌の能力で琴音のみが使用できる魔法

龍力を自身の身体強化や火などの属性に変換して使用する事が出来る

使用方法は琴音が魔法を想像で作り出し射程、威力、属性を決めて魔法として放つ事が出来る

魔法のイメージが強く出来ていればいるほど術の完成度は上がり強力な魔法になるがイメージが不完全だったり精神が不安定になっていると威力や射程が落ちる

 

龍魔法を使用する時は五芒星の魔法陣が展開され左半分が黒、右半分が白の魔法陣である

龍魔法を使用すると光属性と闇属性の2種類の属性が付加される

 

 

【挿絵表示】

 

 

龍人化(ドラゴン・フォース)

琴音の強化フォームで刀と魔法を組み合わせた戦闘スタイルから格闘と魔法を組み合わせた戦闘スタイルへと変わる

自身を龍へと近づけた姿のため両腕は龍の腕となり背中からは左右非対称の翼が生え、尻尾も生える

龍に近付いた姿をしているため、龍力を通常以上に引き出す事が可能となり、通常時より龍魔法が強化される

だが、龍に近付く事で琴音の意識と龍王の意識が混ざり合い、容姿、意識は琴音のままなのだが精神に龍王の影響を受け、好戦的な性格に変わり、一人称が私から俺に変わり、口調も荒っぽくなり好戦的な性格へとなる

 

用語解説

 

龍力

全ての龍が持つ力

龍力は全ての力から独立した力で自然からエネルギーを鱗から吸収してそのエネルギーを自身の力に変換する

しかし、自然エネルギーは全ての力から独立した力のため、治癒魔法や強化魔法といった龍力以外の力で使用された魔法の効果を一切受ける事が出来ないので怪我の治癒は温泉や湖など自然からより多くのエネルギーを吸収できる場所で療養しなければ傷が癒えない

転移魔法で一緒に転移する事も出来ないし、仲間からの念話と言った心のやり取りもできないと結構不便な面もある

 

龍王

その世界で存在する龍の中で全ての龍に最強と認められた龍に与えられる最強の称号

 

龍姫

カオスエンド・ドラゴンが琴音の姿になっている時に自称する時に使っている。理由としては女の子の姿をしているから王ではなく姫が正しいという理由で人間の時のみ自分の事を龍姫として自称している



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修行編
第八話龍が最強である理由


異世界の扉をくぐった先はなにもない場所だった

草木も無ければ水も無い。岩山だけが幾つか存在し、空には雲一つなく太陽も月も無くただ黒く染まっている

 

「龍王、ここが私が頼んでた世界でいいんだよね」

 

『あぁ、生物は存在せず、ただ世界の寿命が尽き滅ぶの待つだけの死んだ世界。お前のご要望通りどれだけ暴れようとも問題ない』

 

「そっか」

 

『それでこの何もない世界でお前は何をするつもりだ?』

 

私が異世界に旅立つ際に龍王に一番最初に生物が一切存在せず何しても問題ない世界に行くように頼んだ

龍王とは体を共有しているが互いの思考までは共有できないので龍王は私がこの世界を指定した理由が分からない

 

「それは、龍王の力を完璧に使いこなすため」

 

『使いこなす?』

 

「そう。この体は龍王のだけど今は私が龍王の体を操っている状態

でも、私は病弱な体で今まで生きて来た。そんな人間の中でも最弱の体を持ち主である私が世界で最強の種族の王である龍王の体で戦おうとすれば・・・」

 

腰に差している刀『龍葬』を抜くと、その刀は切っ先から石突に至るまで全てが漆黒に染まった刀が姿を現す

『龍葬』を軽く振ると刀身から衝撃波が放たれ、近くにあった岩山を真っ二つに斬り裂いた。予想通りの結果に頷きながら私は龍葬を鞘へと納刀する

 

「こうなる」

 

『力の制御が出来ないという事か』

 

「そういう事。今の私は人間の限界を超えたパワー、スピード、そして龍のみが使える力『龍力』を持っている

そんな力がもしも制御できずに暴発や暴走なんてしたらどんな大惨事になるかなんて簡単に想像できる

だからこそ私は龍王の力を自分が思うように使いこなすためにも修行は必須という訳よ」

 

このまま異世界に旅立つのは危険だと判断したからこそ私は誰にも迷惑のかからないこの世界で力を完璧に使いこなさなければ私の世界を見るという目的、龍王の自分よりも強い奴と戦うという目的が果たせなくなってしまう

 

『まぁ、異世界を旅するための準備期間とでも思っておく。気が済むまで修行すればいい』

 

「ありがとう。じゃあ、早速だけ『龍力』について色々と教えてくれない?」

 

『いいだろう。少し待て』

 

すると私の体から何かが抜けるとその何かは病室の時に過ごしていた小さな龍王の姿となり私の前に現れた

 

「その姿を見るのもなんだか久しぶりかも」

 

『さっさと始めるぞ』

 

私の感想を無視して龍王は説明を始める

 

『まず、世界には3つの力が存在する

1つは『体力』体を動かすのに必要な力だ

2つ目は『精神力』、もしくは『魔力』だ

『精神力』は『魔力』を持たない生物が持つ力だ。お前が読んでいた漫画では『気』とも呼ばれていたな

誰もが持っているが、それを自在に扱える者はそうはいない。『火事場の馬鹿力』とか『我武者羅』などの土壇場で通常時以上の力を発揮できるのは生きたいという生存本能が働き無意識に『精神力』がバフとなっているんだ

『魔力』は・・・まぁ、説明しなくても分かるよな』

 

「うん。魔法を使うのに必要な力でしょう。私の世界は科学方面に発達していたから魔法を使える人なんていなかったけどね」

 

『俺が見た限りではお前の世界でも魔力を持つ者はいた。だが、扱い方が分からないから誰も自分に魔力があることに気付かずに一生を終えるがな』

 

「そうなの!?じゃあ、私にはあったりした!」

 

龍王の言葉に私は興奮して自分にも魔力があったか聞いていみる

 

『お前にはない』

 

「バッサリと・・・」

 

少しのフォローもなく真正面からバッサリと言い切られた。分かってはいたがそこまでハッキリと言い捨てなくてもいいじゃないと思う

 

『話を続けるぞ。最後の3つ目は自然エネルギーだ

これだけは異質だがお前の世界では風力発電、火力発電、水力発電など自然で発生しているエネルギーを別のエネルギーに変換する技術があったな

自然界にのみ存在するエネルギーでそのエネルギーが長い時間をかけて一か所に集まる事で『龍核』が生まれ、その『龍核』を守るように体が構成され生まれたのが俺達のような『龍種』だ

そして、俺達『龍種』は自然エネルギーを吸収してそれを力に変える。変換された力を『龍力』と呼んでいる

具体的に言えば火山では火の龍が生まれる。そして火がある場所でなら力は増幅され休む事もなく戦い続ける事が可能となり、傷を負っても傷を負った場所に自然エネルギーを集中させれば一瞬で傷を癒す事が出来る

それ故、龍は自分の縄張りの中であれば再生が追い付かない程の高威力の攻撃でも喰らわない限り死ぬ事は無い』

 

「なるほど。自然を味方につけているから龍というのは生まれながら最強の種族という事なのね」

 

『あくまで俺の世界では龍とはこうやって生まれる。世界が違えばまた違った方法で生まれる』

 

「そっか・・・あれ、前に龍王は人の負の感情を喰らうと言っていたけど感情って自然エネルギーじゃないよね?」

 

以前、龍王は自分の事を負の感情を喰らう暗黒龍だと言っていた。しかし、自然エネルギーの集合体である龍からしたら龍王は生まれ方が違う気がする

 

『俺は特殊だ。元々は闇を喰らう闇龍だった。だが、それから暗黒龍へと進化した時に闇や影と言った自然エネルギー以外に人間の負の感情も『龍力』に変換できるようになったんだ

人間には感情があり、その感情がどす黒い程に得られる『龍力』も大きくなる。むしろ自然エネルギーを吸収するよりも大きな力が得られる。人間の他人に抱く怒り、妬み、憎悪は底知れないからな』

 

「そういえば人間の持つ感情は七つの大罪なんて呼ばれていだっけ。大罪なんて言われるぐらいだから龍王からすれば底なしの力が得られるってわけね」

 

傲慢、憤怒、怠惰、嫉妬、強欲、色欲、暴食の7つは人間が犯す罪の原因となる欲であり、その欲は自制が効かなくなると際限なく様々なものを欲してしまい身を破滅させる

 

『納得したようだな。だが、今は少し違う。暗黒龍だった俺は自分とは正反対の存在である輝煌龍に出会った』

 

「輝煌龍?って事は光?」

 

『あぁ、奴は俺と同じように人間の善となる部分、つまり美徳を『龍力』に変換できる』

 

「美徳?」

 

聞き慣れない言葉に私は龍王に聞き返す

 

『七つの美徳と呼ばれ、七つの大罪とは対となる言葉だ

傲慢ではなく忠義、憤怒ではなく寛容、怠惰ではなく勤勉、嫉妬ではなく慈愛、強欲ではなく分別、色欲ではなく純潔、暴食ではなく節制

この七つが美徳とされ、輝煌龍はこの美徳を『龍力』に変換できる』

 

「という事は2体の龍の力は互角って事?」

 

『本来であればな。だが、美徳を意識する人間は多くない。それに対して競争本能がある人間は七つの大罪を胸の中で抱えている

もしも全ての人間が美徳を持って過ごしていれば世界から全ての犯罪が消えるからな』

 

「納得したくないけどそれが人間だよね。自分を変えるより他人を貶しめ、足を引っ張って引きずり下ろす方が楽で簡単だもんね

じゃあ、2体の龍の対決は暗黒龍が勝ったから龍王の体に宿る魂は暗黒龍って言う事なんだね」

 

『その通りだ。それと同時に光と闇という本来は交わるはずのない2つの力が混ざり合った事で俺は光でも闇でもない新たな属性『混沌』に変わった事で俺は混沌と終焉を司る龍王カオスエンドドラゴンになった

この姿になってから俺は輝煌龍の能力と特性まで引き継いだ事で今は七つの大罪と七つの美徳の両方を『龍力』に変換できるようになった』

 

「・・・待って。つまり、龍王は光に照らされた昼間、闇に包まれた夜間のどちらでも常に全力の力を使う事が可能で、しかも人間の光と闇となる部分の両方を『龍力』に変換することが出来るって事は・・・龍王ってもしかして最強無敵?」

 

輝煌龍を吸収した事で弱点だった全てが強みへと変わり文字通り最強になった龍王。そんな龍王が望む強い敵と戦うという目的が私には本当にそんな敵がいるのかと疑問に思える

 

『それを見つけると言ったのはお前だろう』

 

私の顔を見て龍王は不敵に笑う。これは、かなり骨の折れる大仕事になりそうだと私は心の中で予感した

 

『あぁ、それと1つだけ言っておかないといけない事がある。『龍力』は全ての力から独立した力だ。そのため、魔法による支援が受けられない』

 

「それって治癒魔法とかが受けれないって事?」

 

『治癒魔法の他にもバフを掛ける支援魔法、通信魔法、転移魔法による効果を受け付けない』

 

「なにその集団行動の出来ないようなデメリット!あ、でも相手からのデバフも効かないか。それでもデメリットの方が強いな・・・」

 

『そもそも龍は孤高な存在だ

俺の世界では龍というのは生まれながらにして戦いを求め龍同士で殺し合いする種族だ。俺も生まれてすぐに出会った龍と戦い、相手を喰らう事で強くなっていった。誰かと手を取り合って助け合うという思考自体がないからな』

 

「まぁ、これに関してはしょうがないわね。了解しました。他には何かある?」

 

『これで終わりだ。後はお前の努力次第だ』

 

そう言って龍王は私の体の中へと戻っていった

 

「じゃあ、私なりに頑張ろうかな」

 

やる気に満ち溢れたまま私は修行を開始した



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第九話実戦修行

「さて、まずは魔法の修行ね。確か、龍王は魔法を司るからイメージさえすれば何でも出来るんだったね」

 

とりあえず左手の手の平の上に炎を想像すると手の平から中心が光属性の白い炎と闇属性の黒い炎が混ざった白黒の炎が出てきた

 

「火属性に光と闇の2つの属性が加わっている。これが基本的な魔法でこれを攻撃に使うと・・・」

 

斬撃によって真っ二つに斬られた岩山に炎を投げると岩山に着弾した炎は一気に燃え上がり岩山を包み込み跡形も無く消し去った

 

「・・・龍王。もしかしてだけど龍王が求める敵って神様ぐらいしかいないんじゃないの?」

 

いくら制御できていないと言え、本気でもない魔法がこれだけの威力を誇るとなると全力で魔法をぶっ放したら世界そのものが壊れるかもしれない

 

『相手になるのなら俺は神でも構わない。だが、お前の読んでいた漫画の中にも世界を破壊する力を持った奴は普通にいただろう』

 

「あれは漫画の中の話でしょう・・・って言いたいけど今の私もそれと同じように力を持っているから何とも言えないけどね

とりあえず、魔法はイメージさえ出来れば何とかなる。つまり、毎日のように想像という名の妄想をしていた私ならすぐに出来るはず!」

 

一度、大きく深呼吸をして私は意識を集中する

 

(まずは手のひらに収まるサイズの小さな炎をイメージ)

 

すると手の平に蝋燭ほどの小さな炎が灯る。だが、すぐに炎は形が崩れ消えてしまう

 

「集中・・・私には今まで見てきたアニメや漫画の知識がある

その知識を応用すれば出来る。主人公達の姿に自分を重ねる。今の私達は憧れた主人公と同じ場所に立っているんだから」

 

何度も夢に見た場所に私はいる

最強の主人公、仲間想いな主人公、ハーレム主人公、最弱ながらも仲間に恵まれた主人公。様々な主人公に憧れた

どの主人公もどんな困難を前にしても決して諦めない。なら、主人公を目指す者として、この困難は最初に私が乗り越えなければならない壁だ。その壁が大きければ大きいほど主人公というのは燃えるものだ

 

「燃えて来たぜ!」

 

左手に炎を灯すと今度は形を維持し続ける事が出来た

 

「まずは制御と操作」

 

炎を作ると、今度は炎を伸ばしたり縮めたりして鞭のように振ったりする

炎の形を操作して自在に形を変えて龍力が暴発しないように制御する。アニメや漫画の主人公達はこれを簡単にしているが初心者の琴音にはかなり難しい

だが、何度も繰り返していく内に次第に扱い方を理解し始め炎を手足のように自在に扱えるようになった

 

「制御と操作はとりあえずこれぐらいにして、次は威力の調整

龍王はイメージがそのまま龍魔法に反映されるって言っていたからイメージさえしっかりとすれば威力の調整も出来るはず」

 

炎を出現させると小さな爆発するようなイメージをして炎を地面に落とすとボフンッ!と音を立てて小さな爆発を起こす

 

「思った通り。だけど、戦闘を行いながら威力の制御もするとなると難しい

2つの事を同時に出来るようにする方法は反復して体に感覚で教え込む必要がある。となると実戦で鍛えるしかないよね」

 

師匠なんて者が存在しない以上、龍魔法の扱い方は自分自身が実践して習得するしかない

初心者が一番手っ取り早く習得する方法は頭ではなく体に直接叩き込むのが最も効率的で、危険なやり方だ

だが、今の私には何のリスクもなくこのやり方を実行できる

龍王は核となる『龍魂』さえ破壊されなければ傷を癒す事が出来る。裏を返せば『龍魂』が破壊されない限りはどんな無茶でも出来るという事だ

 

「さぁ、命がけの実践訓練を始めましょうか」

 

修行を行うために私は目を閉じて意識を集中し、頭の中でイメージを固めていく

 

「もう少し・・・もう少し」

 

イメージをする事は出来るが、それを確固たる強くイメージするというのは難しい

少しでもイメージが崩れると魔法に反映されず、出来たとしても造られるのは不完全なものになってしまう

イメージ作りにに苦戦すること数分後、ようやくイメージが固まると私の足元に魔法陣を展開する

 

「出でよ我が分身!」

 

魔法陣が強く光り出すと、魔法陣から私と瓜二つの女性が姿を現した

 

「分身魔法、成功」

 

私が創り出したのは私自身のスペックを踏襲したもう一人の私。思考、行動、身体能力が100%反映されている分身体だ

 

「さて、じゃあ始めようか。分身体」

 

『了解・・・と、言いたいところだけど提案があるんだけどいいかオリジナル』

 

修行を始めようとすると分身体は神妙な顔をして修行を一時中断して提言する

 

「どうかした?」

 

『修行の前に龍魔法に名前をつけない?』

 

「名前ってなんの?火の玉ならファイヤーボールみたいな?」

 

『それは後々考えればいいんだけどそれよりもっと基礎的な事よ』

 

そう言って分身体は目の前に火、水、風、雷、土の5つの属性の龍魔法が展開された

 

『5つの属性は全てが混沌が付与される。これは私達だけにしか扱えない混沌属性の魔法という事。なら、私達が名前を付けないで誰がつけるというの』

 

分身体は力強く熱弁すると私は腕を組む

 

「確かにそうね」

 

『でしょう。だからまずはこの新たな属性に名前を付けよう!』

 

はたから見ればただの一人漫才だが本人達は大真面目に話し合っており修行を中断して会議を始める

 

「やっぱり混沌属性からの派生だから混沌というワードは入れたい」

 

『うん。通常の時は混沌属性として火や水に変化した場合の名前よ』

 

「なら、混沌の劫火、混沌の止水なんてどう?」

 

『なるほど。火の上位種である炎のさらに上の最上位種の劫火

水の上位種は氷。氷魔法は時を止めるほどの魔法もあるから止めるという漢字を使い、澄んだ水面を現す明鏡止水で水を表現しして混沌の止水。いいと思います

じゃあ、風と雷は疾風迅雷の四字熟語から取って混沌の疾風と混沌の迅雷なんてどうかな?』

 

「いいんじゃない。最後に地属性はどうしようか?」

 

残された地属性は一番厄介だ

地属性は言ってしまうとかなり地味な魔法だ。アニメや漫画でも主人公が使うというよりは重戦士が前線で盾役に使うぐらいだ

だけど地属性は錬金術や大地を動かしたりとすごい能力を秘めている。ようは使い方次第ではかなりの強さを誇るという訳だ

 

『混沌の大地なんてどう?』

 

「う~ん・・・地属性ってそれぐらいしかないわよね

岩、石、地で上位魔法とかはゴーレム作成やダイヤと言った硬度の高い物質を作れるぐらいだしとりあえずいいんじゃない。私達しか使えない龍魔法だから後から変えても誰も文句言わないし」

 

『それもそうね。じゃあ、名前も決まったことだし』

 

「えぇ」

 

「『実戦訓練を始めましょう』」

 

私達は龍葬を抜き、私は分身体に攻撃を仕掛ける

振り上げた龍葬を振り下ろすと分身体は後方に下がり斬撃を回避すると、すかさず二撃目を仕掛けるが分身体は二撃目も余裕の表情でかわす

 

『斬撃は攻撃が直線だから軌道が読みやすいよ』

 

分身体は斬撃をかわしながら私に助言をする程にまで余裕だ

 

「なら、これでどう!?」

 

地面を強く蹴り分身体の上を取り空中に魔法陣を展開し、展開した魔法陣を足場にして一気に急降下し斬撃を繰り出す

分身体は後ろに大きく後退して斬撃をかわすが、本体は地面に着地と同時に地面を強く蹴り一気に加速して分身体との間合いを詰め、斬撃を繰り出す

 

『っ!』

 

回避が間に合わないと判断したのか分身体は龍葬を抜き斬撃を防ぎ、互いに鍔迫り合いになる

 

「剣術が素人だから超スピードを生かした超接近戦。これなら素人でも戦えると思わない?」

 

『そうね。身体能力がカンストした状態だからカンターにも対応できるし、魔法も左目の能力で効果が分かればすぐに対処も出来る。この戦術は良いと思う』

 

「なら、ここからは本気でお願いね分身体」

 

『えぇ、殺す気で行かないと修行の意味がないからね』

 

修行の方針が決まると2人は後退して距離を取ると分身体は龍魔法を発動させ、魔法陣を幾つも展開し、混沌の劫火で形成した火の玉を射出する

魔法による攻撃を前に私は龍葬を振り上げ、刀身に混沌の劫火を纏わせる

 

「劫火・龍撃衝」

 

混沌の劫火を纏った衝撃波が放たれ、分身体が射出した炎を飲み込み分身体へと迫る

 

『なら、こっちだって。劫火・龍撃衝』

 

分身体も同じ技を繰り出し私の技を相殺し炎が掻き消えると同時に私は追撃を行うために飛び出し斬撃を繰り出す

 

『その思考は読めているよ』

 

分身体は私の行動を読んでおり追撃を仕掛けた私の攻撃を難なくかわす

 

「やっぱり思考が同じだから戦術とか組み立てても無意味ね」

 

『そりゃあ、そうよ。だって私は貴方の分身体だからね。でも、斬撃を飛ばすって言うのはやっぱりやってみたいよね』

 

「うんうん。剣士は斬撃を飛ばして初めて一人前って言う風潮があるもんね」

 

どのアニメでも剣士が強くなると必ずと言っていい程斬撃を飛ばす技が生まれる

勿論、斬撃を飛ばさないキャラもいるが、やっぱり斬撃を飛ばすというのは浪漫がある

 

『そうだよね~。後は魔法でどでかい魔法砲撃とかもしたいけどあれは絶対に避けられるから実戦には向かないけど決まれば勝確のロマン砲だよね。本体の私はその辺の技を習得する気はあるの』

 

「ロマン砲は実戦じゃ使い物にならないけど巨大化した敵とか巨大な障害物を吹き飛ばすといった使い道があるから習得するつもりだよ。まぁ、それはおいおいするとして、今は修行と行きましょうか分身体」

 

「了解。こっちも本気で行くよ」

 

そして、再び2人は戦いを再開した



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第十話理不尽な運命

剣術の修行を始めてからどれだけの時間が経過しただろうか

龍王はその場に居るだけで活動すためのエネルギーを吸収し続ける事が出来るので休む事も眠る事も無く何時間もぶっ通しで修行が出来るため、戦いの成長は尋常じゃない程に早く龍王の力を制御が出来るようになっていった

 

「龍撃衝」

 

混沌を纏った衝撃波を発すると分身体は攻撃をかわし、魔法陣を展開すると3本の鎖が射出される

 

「っ!」

 

捕縛されるのは危険と判断し、空へとジャンプすると鎖は3方向に散って空へと延び琴音を捕縛するために動く

捕縛されるのはマズイと考えて体に混沌の疾風を纏い、宙に浮き上がり空中を高速で移動し迫りくる鎖をかわしていくが回避に集中するあまり分身体への注意が疎かになり気が付けば分身体は前方の方に立っていた

 

「げっ!」

 

気付いた時は既に遅く、左手に収束された龍力が琴音めがけて極太のレーザーとして放たれた。急停止して龍葬を両手で強く握りしめ龍力を龍葬へと収束する

 

「龍刃閃」

 

龍葬を思いっきり振り下ろして砲撃に迎え撃つ。初めは拮抗していたが龍力を溜める時間がほとんどなかった琴音は次第に砲撃に押され始めジリジリと後退していく

 

「こんのぉぉぉ!」

 

このままでは押し負けると感じ龍力を滅茶苦茶に龍葬にぶち込むと刀身から火花が散り始める

だが、砲撃を迎え撃つ事に集中しすぎて火花の事に気付かずに更に龍力を込めると火花は激しく散り始め、刀身は熱を持ち始めてようやく龍葬の異変に気付く

 

「あ・・・」

 

気付いた時には既に龍葬は限界を迎えパキィン!と刀身が折れ、砲撃の中へと飲み込まれた

琴音を飲み込んだ砲撃はそのまま地面に衝突すると同時に周囲の地面に亀裂が走り砲撃が着弾した場所は大きなクレーターが出来上がり、そのクレーターの中心で琴音は仰向けに倒れていた

 

「あぁ~やっちゃった・・・」

 

後悔しながらぼやいていると上空にいた分身体がクレーターに降りると、近くに落ちていた折れた刀身を拾い、の元に持っていく

 

『見事に折れちゃったね』

 

「いくら龍葬が龍王の爪や牙で出来ていても龍の力を相手に無理したら折れるのは当然よね。分身体、悪いんだけど修行は中止。これから龍葬の修復に入るね」

 

『了解。お疲れ様』

 

分身体は手を振りながら消滅すると、琴音は起き上がり龍葬と折れた刀身を地面に置き、折れた部分をくっつける

 

「直るかな・・・」

 

心配そうにしながら龍葬の置かれた地面に魔法陣を展開する

 

時間逆行(タイム・リープ)

 

時間を巻き戻す龍魔法を発動させ修復を開始する

本来であれば龍魔法を発動させればすぐに修復が終わるが、龍葬は龍王から作り出された特別な武器であり、龍魔法による修復には時間がかかる

琴音は近くに落ちていた手ごろなサイズの石の上に座り修復が完了するのを待つ

 

「はぁ・・・強くなることに拘り過ぎて周りが見えなくなり何かを失う

力を追い求めた主人公が仲間を失い後悔するってイベントがあるけど今の私はまさにそれね」

 

悲惨な結末となる展開。やってはいけないと分かっていても実際に自分が同じ立場になると分からなくなってしまう。身をもって経験させられるとは思ってもいなかったためかなり落ち込む

 

『随分と落ち込んでいるな』

 

今までずっと黙っていた龍王が声をかけていた

 

「そりゃそうよ。力を扱えるようになって調子に乗って無茶やったせいで自分の命を守るはずの武器を自分で折ったんだから

それより、そんな話をするために声を掛けて来た訳じゃないんでしょう、何の用?」

 

『ちょっとした興味本位で聞きたい事があってな

お前は何故、力を求める。今のお前は俺の力を完全に制御できている。当初の目的は既に達成した。それなのにお前はまだ、がむしゃらに修行を続けている。まるで何かに必死に抗うかのように。お前はそこまで力を求めて何がしたいんだ?』

 

龍王の問いに琴音は空を見上げ口を開く

 

「龍王。世界ってとっても理不尽なんだって知っていた?」

 

『どういう意味だ?』

 

「そのままの意味だよ

私ってさ、どうして病気になったのかな?人を殺した?他人が大切にしていた物を盗んだ?

ううん。何もしていないのに病気になったんだよ

ただ、この世に生を受けただけなのに神様は私に生まれながらにして一生治る事のない不治の病を与えたんだよ

アニメとかで死ぬ時は笑っている人、大切な仲間に看取られて死ぬ人

色々な最後を迎えるけど、それって人生を一生懸命に生きる事が出来たからそういう幸せな迎える事が出来るんだ

その反面、私はどう?やりたい事は何にも出来ない。自由もなく毎日のように薬を飲んで、その副作用に苦しめられる日々。そんな辛い日々を過ごして死ぬ時に笑えると思う?良い人生だったって、胸を張って言えると思う?」

 

『・・・』

 

龍王は、琴音の言葉に肯定も否定もせずに黙って聞く

今のは全て、琴音の本心であり今まで自由の無い人生を送って来た琴音に対して自由に生きて来た龍王の言葉では説得力なんてものは微塵もないからだ

 

「でも、そのおかげで龍王に会えた。その事には感謝している。だから、私は決めたの

ここを出て、本当に旅を始めた時にもしも、私と同じように理不尽な運命を背負った人と出会った時は手を差し伸べる

その人が私の手を取るというのなら、私はたとえ世界であろうと、神であろうと敵に回す

理不尽な運命を粉々にぶち壊して、自分の思い描くワガママな結末へと塗り替える。そのためには絶対的な力が必要なの

どんな敵にも立ち向かえる圧倒的な力が欲しい。その為なら私は何でもする。それが龍王に命を救われた私が唯一出来る事だから」

 

あの日、本当なら自殺するはずだった

しかし、運命の悪戯なのかその日に龍王と出会った。共に過ごし、死にたいという気持ちが次第に生きたいという気持ちに変わった

そして龍王は救いの手を差し伸べた。龍王がしてくれたように琴音自身も自分のように生きたいという気持ちを持ちながら理不尽な運命を背負った人を助けたいと思うようになった。龍王との出会いが琴音をここまで変えたのだ

 

『そうか。なら、とっておきの方法が1つだけあるぞ』

 

「本当!」

 

『あぁ、だがこの方法はかなりの危険を伴う。下手をすればお前の魂は完全に壊れる。そうなればお前は天国にも地獄にも行く事も出来ずに永遠に苦しむ事になる。それでもやるか』

 

「勿論!例えどんなに過酷な修行であろうと私は・・・私がしたい事をするために、何があっても負けない」

 

何の躊躇も無く、琴音は龍王の提案を飲む。その心意気に龍王は口元に笑みを浮かべる

 

(全く・・・輝煌龍の言葉で琴音と出会い、ちっぽけな存在だった琴音と共に過ごしている内に俺も随分と人間の感情というものに興味を持つようになっちまった。だが、琴音となら戦う事しか知らなかった俺に戦い以外の面白さを見つけられるかもしれないな)

 

ただの暇つぶしで人間と出会った龍王は琴音との出会いを経て、龍王自身も考えが変わっていく。互いが互いに影響を与え合い、理解し合う事で2人の間に強い絆が芽生えていた



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第十一話龍人化

龍王は強力な技を教えるために自身を中心に、半径数百キロにも及ぶ広範囲を包む結界を作る様に指示し、結界を形成する

 

「龍王、この世界には私達以外はいないんだから結界を張る必要ってないんじゃないの?」

 

『俺の力は世界そのものを破壊する力だ。もしも失敗すればこの世界自体が崩壊する危険だってある。滅びゆく世界と心中するのはごめんだ』

 

「あはは・・・納得」

 

ようやく龍王の力を制御できたというのにこれ以上の力が使えるとして使いこなせるわけがない。力が暴走したらこんな世界なんてあっという間に消滅してしまう。そうならないためにも結界は必要なのだろう

 

『結界を張り終えたなら早速始めるぞ』

 

「うん。それで、どういった技を教えてくれるの?」

 

『これから教えるのは俺の魂とお前の魂を一体化させ龍という存在に近付ける術だ。お前の好きなアニメや漫画風に言うのなら『融合』だ』

 

龍王の言葉を聞いた琴音は腕を組んで数分程考え込み口を開く

 

「融合・・・今の私は、龍王の体に龍王の魂である『龍魂』と私の魂の2つがあって、身体の主導権を私が持っているから私の意識が表に出て体を動かす事が出来るし、龍王の体を動かしているから龍王の力を行使する事が出来る

そして、『龍魂』と私の魂が融合する事で私の魂は龍王の存在に近付く事になり、今まで以上に龍力を行使する事が出来るという事ね」

 

『・・・そう言う事だ』

 

これから説明しようとした事の全てをたったの数分で答えまで導き出し、龍王は説明する手間が省けたがアニメや漫画の知識だけで言葉の全てを理解されてしまい龍王は複雑な気分になる

 

「龍王、決めポーズとか決めてもいい?」

 

ワクワクが限界突破して一人で盛り上がってポーズを取り始める

 

『まぁ、決めポーズを決めた方がテンションが上がるならそれでも構わないが』

 

それからポーズを取り続けること数分・・・

 

「よしっ!このポーズに決めた」

 

『ようやく決めたか。ポーズが決まったなら次に行くぞ』

 

「了解。次は何をすればいいの?」

 

『その前に最終確認だ。さっきも言ったがこの技は失敗すれば死ぬ。それでもやるんだな』

 

「うん。私は力が欲しいの。その為なら出来る事は何でもする。でも、その前に龍王にお願いがあるの」

 

『何だ?』

 

「もしも私がこの技を会得したら、私の名前を呼んでほしいの」

 

『名前だと?』

 

どんな願いをされるかと思ったら予想外な願いに驚く

 

「龍王は一度も私の事を名前で呼んだ事ないって知ってた」

 

『・・・』

 

龍王は琴音と初めて会った日から『お前』としか呼んでおらず名前で呼んだことは一度もない

 

「これから一緒に旅するんだから私の事は名前で呼んで欲しいの」

 

『技を習得出来たら考えてやる』

 

「約束だからね。じゃあ、改めて技を教えて龍王」

 

『さっき考えたポーズを取って魔法陣を展開しこう唱えろ『龍人化(ドラゴン・フォース)』とな』

 

「分かった!」

 

パンッ!と胸の前で両手を合わせ足元に魔法陣を展開する

 

龍人化(ドラゴン・フォース)

 

龍王に言われた通りに唱えると龍王の意識が私の意識の中に流れ込むと瞬く間に龍王の意識が私の意識を侵食し始めた

それはまるで、龍王が私の全てを食らい尽くすかのような恐怖すら覚える感覚だ

 

「負けて・・・たまるか!」

 

意識を完全に侵食される直前で何とか踏み留まるが、龍王の魂を侵食は止まらず、次第に押され始める

 

「諦めない・・・諦めて、たまるか!」

 

力を手に入れるため、運命に抗うため、そして、龍王に名前を呼んでもらう前に琴音は踏ん張りをみせるが抵抗むなしく琴音の意識は龍王に全て飲み込まれた



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第十二話受け継がれる龍の意志

意識を全て呑み込まれた琴音は気が付くと真っ白な空間の中にいた

 

「そっか・・・私、負けたんだ・・・」

 

悔しさが込み上げてくると琴音の前に白い光が収束していき真っ白な龍が姿を現した

 

『初めまして琴音。私は輝煌龍シャイニングドラゴンです』

 

「輝煌龍って確か、龍王に進化するキッカケになった龍」

 

龍王から聞いた話に出て来た光を司る龍の名前だ

かつて龍王がまだ暗黒龍で会った頃に戦った龍で、輝煌龍の『龍魂』を喰らった事で龍王へと進化したと聞いた

 

『ここは龍王の意識の中。この中には暗黒龍が今まで喰らってきた龍達の魂の残滓が存在します』

 

周りを見渡すと何十体もの龍がおりこちらを見ている

 

『私達は魂の残滓としてここから外の世界を見ていました

人間嫌いな暗黒龍が人間の少女の魂を取り込み、龍王の力を使わせようとするなんて暗黒龍だった頃からはとても想像できないほどの心境の変化です。これも貴方のおかげです。ありがとう琴音』

 

輝煌龍からお礼を言われるが琴音は輝煌龍から視線を逸らす

 

「でも、私は龍王に意識を完全に飲み込まれてしまったから死んだも同然。これからはここで一生を過ごす事になるからお礼を言われる資格も無い」

 

ここに輝煌龍達の魂があるという事はここは龍王に喰われた魂が行き着く終着点

戻る事も出来なければ、進む事も出来ない。そして、生きながら魂を龍王に喰われた琴音は龍王の警告通りここで一生出る事が出来ない

 

『いいえ、貴女はここから出る事が出来ます。そして、龍人化(ドラゴン・フォース)の習得も出来ます』

 

「えっ!?」

 

もう全てが終わりなんだと思っていたのに輝煌龍の言葉に驚き聞き返す

 

『ここに居る龍達の魂の残滓を力に変えて貴方に与えます

そうすればもう一度だけ外の世界に帰る事が出来ます。ここにいる全ての龍の力を用いれば龍人化(ドラゴン・フォース)だって完成できます

龍王には貴女が必要です。貴女に出会えたから龍王は変わる事が出来ました

これから先、貴女と龍王がどういった未来を歩み、どんな結末を迎えるのか。私達はそれを見届けるために貴方の力となります』

 

周囲にいた龍達は自身の姿を力に変換して琴音の中へと吸収されていくと体の奥底から力が溢れ出し、それと同時に龍達の想いが伝わって来る。それは龍王として最強になりたいという強い想いだ

 

「これが龍王が今まで喰らってきた龍達の想い。私も最強になるためにも、みんなの期待を裏切るわけにはいかない。そして私自身も最強になるってここに誓う」

 

龍王が今までそうやって龍達の魂を喰らってきたのなら、龍王と共にある琴音自身もその想いに応えなければならないと思う

 

『純粋で真っ直ぐな想い。その想いを忘れてはいけませんよ』

 

輝煌龍の姿が光り出すと他の龍達のように琴音の中へと入って来た

 

『龍王の事をお願いしますね琴音』

 

輝煌龍の魂が琴音の中に入り輝煌龍の想いを受け取り深く頷く

 

「安心して輝煌龍。だって私は、最強の龍姫だから」

 

次の瞬間、体から『龍力』が溢れ出し、真っ白な世界を埋め尽くした

 

※※※※※

 

『戻って来たか』

 

まるで、私が輝煌龍達と会った事を知っていたかのように呟くと、私の左手の指先から龍の手に変わっていき、左腕全体が黒く染まり、右腕は白く染まる

背中からは白と黒の翼が生え、尻尾が生え、瞳は龍のように鋭い眼光へと変わり、変身を終えると自分の姿をまじまじと見つめる

 

『龍と同化した感想はあるか』

 

「最高な気分だな」

 

龍王と同化した事で龍王の意識が強く反映されてしまい、口調が変わるがあまり違和感がない

 

「龍王、この姿は武器を使うというよりは体術を使うような感じだな」

 

『俺は常に己の体一つで戦ってきたからな。武器なんて使った事がない』

 

「という事はこの姿では体術をメインにするという事だな。なら、この姿に合った衣装を変えないとな『龍姫のお色直し(ドレス・チェンジ)』」

 

龍魔法を発動すると袴が形を変えていき新たな衣装に身を包む

 

「この服装なら動きやすくていいな」

 

身体を軽く動かし動きやすさを確認する

 

「龍王。意識を呑まれた時に輝煌龍達に会った」

 

『知ってる。意識を完全に飲み込んだ時にお前の魂を輝煌龍達が守るのを感じていた。全ての龍の力をその身に宿した今のお前ならこの姿になる事も可能だ』

 

「俺はあいつらに会って改めて龍王というのはとんでもなく凄い存在なんだなって再認識した

人間の俺からしたら龍王の力って言うのは、持て余してしまう程の強い力だというのも分かった

だが、これだけは言わせてくれ。これから先、何があろうと俺はお前と共に歩む。それが例えどんな結末を辿る事になったとしてもな」

 

『当然だ。さぁ、修行は終わりだ。さっさと新たな世界に向けて旅立つぞ琴音』

 

龍王に初めて名前を呼ばれ口元に笑みを浮かべる。技を解き、元の姿に戻り龍王の言葉に大きく頷く

 

「うん。これからもよろしくね龍王」

 

修行を終えた琴音は龍王と共に歩む新たな物語が始まる



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第十三話旅立ち

技の習得を終え、修復が完了した龍葬を手に取ってまじまじと眺める

 

「綺麗に直っている。ううん、強化されているようにも思える」

 

握ったか感触は変わらないのに、龍葬から伝わる力が以前よりも格段に上がっている

 

『当然だ。その刀には龍の爪や牙の他に鱗も使われている

龍は自然のエネルギーを鱗から吸収し力に変える。つまり、傷や欠損もエネルギーを吸収すれば自動で回復する機能が付いている。しかも、以前よりも強くなるオマケ付きでな』

 

「再生能力に加えて強化のオマケ付きとは聞けば聞く程に龍っていう種族はチート性能が盛り沢山の種族ね。まさに、戦うために生まれた種族って感じ」

 

味方であれば心強いが、たった一体の龍でも敵に回したら世界の全てを敵に回す以上の脅威になる恐ろしい存在でもある

 

『琴音、旅立つ前にお前に聞きたい事がある』

 

「聞きたい事?」

 

龍葬を鞘に納刀し、出発の準備を完了させながら龍王に聞き返す

 

『お前は人を殺す事が出来るか?』

 

「・・・」

 

私が黙り込むが龍王は更に言葉を続ける

 

「お前は言ったな。理不尽な運命から救うためなら世界だって敵に回すと。その時、お前は邪魔する者を殺す事が出来るのか?」

 

「・・・正直な事を言えば殺すのは嫌

出来る事なら戦いたくもないって言うのが本音だよ。でも、そんな甘い考えが通じる世界じゃないのも知っている

アニメだってそう。主人公がどんなに正しい事を言っても、敵がそれに同意するとは限らない

主人公は自分の考えを通すために、自分の正義を貫き通すために戦う。だから私も、自分の正義を信じて戦う

世界が私を非難しようと、私の行動を間違っていると言われても、私は自分の信じた事を最後まで信じて戦う

その為なら私は、目の前に立ち塞がる者達を容赦なく殺す

それにね、昔見たアニメでこんなセリフがあるの『殺す覚悟がないなら武器を持つな、生き抜く覚悟がないなら戦場に立つな』

これを聞いた時に私はこの考えをカッコいいって思えたし憧れた。私は刀を取った。戦いの場所に立った。なら、迷うことは無い。これが私の答えよ龍王」

 

『覚悟は本物のようだな。なら、後ろを見てみろ』

 

振り返るとそこには魔法陣が展開されていた

 

「何の魔法陣?」

 

とりあえず左目に意識を集中して魔法陣を見る事で能力が発動し、魔法陣の解析結果が脳に情報として伝わる

 

「使い魔を召喚する用の転移魔法陣・・・という事は私を使役するために召喚しようとしている召喚士がいるって事?」

 

『その通りだ。行ってみるか?』

 

「まぁ、特に目的地とかないいいけど一つ聞いていい?」

 

『なんだ?』

 

「異世界に干渉できるのは龍王だけなのにどうして異世界召喚の魔法が存在するの?」

 

龍王は異世界に干渉できるのは自分だけといった。だが、琴音の目の前にある転移魔法は此処とは違う世界から干渉してきている

 

『その質問に答えるには少し複雑な説明が必要になるから想像しながら聞け。まず、大きな円を想像しろ』

 

「うん」

 

言われた通りに頭の中で大きな円を想像する

 

『その大きな円の中に小さな円が密接するようにいくつもあるとする』

 

「了解」

 

『大きな円を大世界とするならその中にある小さな円は小世界だ。小世界なら技術さえあれば移動することも干渉することも出来る

だが、大世界から他の大世界への移動はたとえ神であっても絶対に出来ない。出来るのは龍王である俺と龍王の力を扱えるお前だけだ』

 

「つまり、私がいた世界から今いるこの小世界に移動した。そして、同じ大世界の中にある他の小世界から私の元に召喚魔法が来たって事?」

 

『その通りだ』

 

「理屈は分かったけど神でも他の大世界に干渉できないのはどうして?」

 

『力の源が原因だ。神というのは絶対的な力を持っているが、その源というのは生物からの信仰心だ

神という存在を信仰されていればその信仰心を力に変える事が出来る。名を知られている神ほどに力が増す。例えその名前が小世界の中で違っていたとしてもだ

だが、他の大世界では認知されていない。一度でも他の大世界に移動した瞬間、信仰心がゼロとなり存在自体が消滅するというわけだ』

 

「なるほどね。じゃあ、誰か分からないけど召喚されてみますか」

 

龍王の説明に納得し、私は魔法陣の上に乗るが魔法陣に変化がなく、転移も発動しない

 

「あれ?転移が始まらない」

 

魔法陣には乗っているはずなのに魔法が発動せず、魔法陣はゆっくりと小さくなっていく

 

『さっき説明しただろう。龍は魔法の効果を受けられないと』

 

「あ、そうだった。という事は召喚魔法も私が解析した情報を基に転移魔法を再構築しないといけないって訳?」

 

『そう言う事だ。魔法陣が閉じる前に同じ魔法陣を作れ。だが、ここまで小さくなると召喚される場所に誤差が生じるかもしれない』

 

「なら、転移してから召喚者を探す」

 

そう言って解析した転移魔法を龍魔法に変換して左手を前に出す

 

混沌の門(カオス・ゲート)

 

魔法陣が展開されると混沌の門が出現する

 

「さて、慌ただしくなったけどここから私の物語が始まる。龍王、これからも散々こき使い続けるつもりだから退屈する暇なんてないから覚悟しなさいよ」

 

『お前こそ約束は忘れるなよ』

 

「分かってる。さぁ、龍姫の物語の始まりよ」

 

転移魔法を発動させ、龍姫としての物語が幕を開けた



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龍姫と半妖の鬼姫編
第一話邂逅


混沌の門(カオス・ゲート)をくぐり、転移した先は自然が溢れかえる幻想的な場所だった

木々が生い茂り、大きな湖が広がっている。空から降り注ぐ太陽の温かな光が水面に反射してキラキラと輝いている

 

「キレイ・・・」

 

『おい、感動していないで下を見ろ』

 

「下?」

 

初めて見る景色に感動していると龍王の言葉が頭の中に響き、龍王の言葉に従い視線を下に向けると草むらに尻餅をついてこちらを見上げる女の子がいた

 

年は15,6ぐらいで長い桜色の髪に、草原のように綺麗なエメラルド色の瞳をしている

女の子は巫女装束を着ており、右手には札が握られている。そして、彼女の外見で最も特徴的なのは額から伸びている1本の角。姿は人間と全く変わらないが角だけが異様な存在感がある

 

「あ、あの・・・」

 

女の子は恐る恐る口を開き声を掛ける。琴音は膝を曲げて女の子と目線の高さを同じにする

 

「私を召喚したのは貴女?」

 

「は、はい。私はサクラと、言います!人間と鬼のハーフです」

 

緊張しているのか上手く話せず言葉を詰まらせる

しかも、人と鬼のハーフという重要そうな情報まで喋っている。普通なら異種族同士で生まれたという事を隠すが堂々と言えるという事は自分の出生に誇りを持っているか、もしくはこの世界ではハーフというのは珍しくないのかもしれない

 

「私は琴音よ。早速で悪いけどサクラに1つ、質問させて」

 

「な、何ですか?」

 

「そんなに身構えなくても平気よ。私が聞きたいのは私を召喚して、サクラは何がしたいの?

こう見えても私は最強の存在だから人を生き返らせる以外だったらなんだって出来る。世界を支配する事も出来るし、富や名声だって簡単に自分の物に出来る。これほどまでの強大な力を持った私を召喚してサクラは私に何を願うの?」

 

琴音を召喚しようとしたという事はそれなりの才能があるか、もしくはサクラは人と鬼のハーフであり同じように龍王の体に人間の魂というある意味ではハーフのような存在であるため共通する部分があったという可能性もある

だが、いかに才能が有あろうとも目的によっては協力を拒否するつもりでもいる。いくら琴音を召喚できる程の実力を持っていようとも召喚した目的によっては力を貸す事を拒否する事も考えている

 

琴音の問いにサクラは少し考え込み口を開く

 

「私の両親を探すお手伝いをして欲しいんです」

 

「両親探しって何か訳あり?」

 

ここがどういう世界かは知らないが、か弱い女の子が1人で出歩けるほどに安全な世界ならわざわざ召喚する必要はない。そんな世界で両親を探しているという彼女に興味を持った

 

「私は生まれた時から祖父母に育てられました

両親は私が生まれてすぐに亡くなったと聞かされていました。ですが私の16歳の誕生日の日に祖父母が私に両親が生きていると教えてくれたんです

この世界の何処かで両親は生きている。生まれたばかりの私を置いて行かなくてはいけないほどの大きな事情があると言ってました」

 

「一人娘を置いて行くほどの事情ね・・・それにしてもどうして急に本当の事を話す気になったの?

話を聞く限りだとサクラの両親は生きて帰れるか分からないかもしれないからサクラには真実を話さずに死んだという事にしていたのに」

 

「分かりません。ですが私なら運命を変えられるかもしれないとだけ言ってました」

 

「運命ね・・・」

 

こういう時の運命というのは世界を巻き込むようなとんでもないっていうのがアニメでのお約束だが、琴音がいるのは空想の世界ではなく現実世界だ。本当にそういう事が起きるかなんてわからない

でも、世界中を旅するとなるなら世界を見るという目的と最強の敵と戦うという龍王の目的の両方を達成できる

 

「合格かな。そういう事なら協力してあげる」

 

「本当ですか!?」

 

「えぇ、私もこの世界を旅するのが目的だからね。利害の一致ってやつよ。というわけでこれからよろしくねサクラ」

 

「はい」

 

手を差し出すとサクラは私の手を取り固く握り返す

こうして龍姫は初めての異世界で出会った鬼姫と共にこの世界での物語が始まった



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第二話ギルド

「そういえば両親を探すのは分かったけど、具体的にはこれからどうするの?」

 

サクラはまず、国に来て欲しいと言って森の中を歩く。その道中で琴音は今後の方針と両親探しの具体的な方法を聞こうとサクラに尋ねる

この世界がどれぐらいの広さがあるのかは分からないが、何の情報もなく適当に探すとなれば効率が悪すぎる

 

「まずはギルドで冒険者登録をします」

 

「ギルド!」

 

アニメでは主人公が利用する大事な拠点になる場所でもある。自分がそのギルドに入れると考えるとわくわくが止まらない

 

「ギルドに入れば情報が手に入ります。それに、ランクを上げれば立入禁止区域へ入る事も出来ますし危険な情報も売ってくれます」

 

「確かにいい作戦ではあるけど時間がかかるよ。普通に無断侵入して、裏ルートから非合法に情報を売ってもらった方が早いと思うけど」

 

アニメや漫画での知識でしかないが、どの世界にでも裏ルートというのは必ず存在する

裏ルートなら表では出回らないようなヤバい情報もある。高値にはなるが情報屋も命がけで情報を収集して販売する

勿論、その中にはがセネタもあるだろうが琴音には嘘が通じないし、危険となれば力でねじ伏せる事だって容易に出来る

 

「そんなことしちゃ駄目です!みなさんが毎日のように頑張ってランクを上げているんですから私たちだってちゃんとした方法で行かないといけません!」

 

手っ取り早い方法を提案するがサクラは真っ当な方法で上に上がりたいようで琴音の提案を強く却下する

 

「真面目だね~。私の力があればそれぐらい余裕なのに」

 

「駄目なものは駄目です。さぁ、もうすぐですよ」

 

森を抜けると整備された道があり、道の先には城壁で囲まれた国が見える

 

「あそこが東の大国『ムサシ』です」

 

門の前にたどり着くと門番をしている男は鎧武者の恰好をしており、腰には刀を差している

 

(東の国、鎧武者の装備。東の国ってだけで日本と同じような扱いになるのって世界共通なのかしら)

 

転生系の漫画とかだと東の国とか東の出身者が登場すると大体が侍だったり忍者のような恰好をしている。サクラだって格好は完璧に巫女そのものだ

 

「お願いします」

 

サクラは門番に何かカードのような物を見せた後にコインを一枚に渡すと門番は国の門を開けた

 

「なにをしたの?」

 

「国に入るには身分を証明するものが必要なんです。私はすでに冒険者として登録されているので大丈夫ですが琴音さんのように身分を証明する物がない人には入国料としてお金が必要なんです」

 

「なるほどね」

 

門をくぐると国の中は江戸時代を思わせるような光景が広がっていた

長屋の建物に漢字を連想させるような文字が看板に書かれている。国の奥の方には日本の城のような大きな建物がある

様々な人が道を行きかっており、着物を着ている者や鎧を着ている者、洋服を着ている者もいる

 

「いろいろな服装をした人がいるのね」

 

「ムサシは武具の製造が盛んですからね

どの国も武具は安く大量生産するんですがこの国では一つ一つをオーダーメイドするので他と比べ物にならないほどの上質な武具が人気で世界中から自分に合った武具をそ揃えるためにムサシに冒険者が集まります

近くに海があるので海路が確保され、交易も盛に行われるので様々な国の人達がこの国に集まり自然と今の形になりました」

 

「異文化が集まり、混ざり合う事で新たな文化が生まれる。素敵な国ね」

 

「私もこの国が大好きです」

 

この国の魅力を嬉しそうに語りながら国の中を進んでいくと日本風の建物から一変、レンガで造られた洋風の建物が出てきた

 

「急に異質な建物が出てきたけどこれがギルド?」

 

「はい。さぁ、行きましょう」

 

ギルドの中に入ると、冒険者達が酒を飲み交わしたり、次のクエストについて話し合っていたりと騒がしいが私にとっては新鮮な光景でテンションが上がり、周囲をキョロキョロと見ながらサクラの後に付いていく

 

「こんにちは。椿さん」

 

「こんにちは。サクラさん。そちらの方は?」

 

ギルドのカウンターに行き、受付嬢の女性に話しかける。椿という名前の女性は黒い髪を伸ばし、頭に白の椿の花飾りをつけた眼鏡をかけた女性だ

 

「紹介します。私とコンビを組む琴音さんです」

 

「初めまして琴音です」

 

「初めまして。私は冒険者ギルドの受付嬢をしている椿です。以後、お見知りおきを」

 

挨拶を済ませ椿は一枚の紙を差し出す

 

「では冒険者登録をするのでこちらの紙にお名前の記入をお願いします」

 

名前を書けと言われ紙を見るが予想通り読む事は出来ずサクラに渡す

 

「サクラ、私の代わりに書いてくれない?」

 

「はい。任せてください」

 

サクラに代筆を頼み、名前を書いてもらい椿に提出する

 

「琴音さんですね。少々お待ちください」

 

椿は籍を立ち、奥の部屋に入ると数分で戻ってきてカードを差し出す

 

「こちらが冒険者ギルドの会員証です。こちらのカードがあれば全てのギルドが利用可能となります」

 

渡されたカードの表面には名前と思われる文字が書かれており、裏にひっくり返すと、カードの左側にブロンズ色の星が書かれており、その隣に空欄となった星が2つ並んでいる

 

「これは私の冒険者としてのランクって事?」

 

「その通りです。冒険者になって最初に与えられるのは星1つ、つまりブロンズ階級です。ですので受けられる依頼も限られています」

 

「上のランクへの上がる条件は?」

 

「クエストをこなした数、達成したクエストの数から算出されたクエストの成功率です。裏話になりますがクエストにはギルドが設定した難易度が存在していますが冒険者も受付嬢である私にも分かりません」

 

「なるほど。実力さえつければ後は数をこなせば自然と上に上がれるって事ね」

 

短期間で上に上がるには簡単なクエストで短時間周回して回数を重ねる。もしくはブロンズで受けられるクエストの中で難易度の高いと思われるものをこなすかのどちらかにある

「クエスト受注までの流れを教えて」

 

「あちらにクエストボードと呼ばれる掲示板に貼られている依頼書を選んで会員証と共に私に提出してください

ブロンズ階級の方は1階のクエストボードのみです。1つ上のシルバー階級の方は2階まで、ゴールド階級の方は3階までのクエストの自由に受けられます

クエストには魔物の討伐系、薬草などの採取系が主で、他には魔法を教授、依頼人の護衛など内容は様々です」

 

「クエストを1度に複数受ける事は出来る?」

 

「出来ません」

 

1つしか受けれないとなるとクリア毎にギルドに戻って報告して再びクエストを受注して出発するとなると効率が悪いかもしれない

 

「討伐系のクエストを達成を確認する方法は?」

 

「魔物を討伐、解体して体内から『(コア)』と呼ばれる紫色の結晶体を摘出してください。それを私の元に持ってきて下されば後は、専用の魔法計測器で測定します

魔物の解体に関してですが自分で解体する、もしくは誰かに解体を依頼する事です。依頼をした場合は報酬分から差し引かせていただきます。ですがサクラさんは解体の技術を持ってますから心配はいりませんと思いますが」

 

「サクラってそんな特技があるの?」

 

「はい。祖父母達は昔、冒険者でしたので魔物の解体術、薬草の種類と見分け方、野営での料理の仕方まで冒険者として必要な事は叩き込まれました」

 

今まで蚊帳の外だったせいなのか自分の話題になった途端、自信満々に出来る事アピールする

 

「うん。サポートの方は任せるわね。ちなみに、討伐対象の魔物を討伐後に谷底に落としたとかで討伐の確認が出来ない場合は?」

 

「その場合はギルド直属の捜索部隊が動きます。ちなみに捜索部隊を動かした場合は相当な額になりますので下手をすると報酬金以上の金額が請求される場合もあります」

 

「それは気を付けないと大変そうね。まぁ、とりあえずクエストを受けてみようかしら。サクラ、クエストを選ぶの手伝って」

 

「任せてください!」

 

クエストボードの前に行くが依頼書に書かれている文字は読めない。絵を描いてある依頼書もあるが絵だけではどういう依頼なのかは分からない

 

「う~ん・・・やっぱり見ても分からないわね。サクラ、一気に稼げるようなクエストってない?」

 

「一気にですか?」

 

「うん。例えば、大型の魔物の討伐とか、討伐した数で報酬が決まるみたいな依頼」

 

「そうですね・・・あ!」

 

クエストボードを見渡すと何かを見つけたのかサクラが1枚の依頼書をボードから外す

 

「旧金鉱を住処にしているゴブリンの討伐。報酬は討伐したゴブリンの数に応じて上がるとあります」

 

「ゴブリン・・・まぁ、それにしましょうか」

 

アニメや漫画では代表的な雑魚キャラだが、数が多く、武器を使うというイメージがある

 

(エロ系だと女を凌辱する魔物でもあるけどこの世界ではどういう立ち位置か分からないけど私がいれば大丈夫よね。なんせ私は最強の龍姫なんだから)

 

一抹の不安はあるが何とかなると思いながら椿の元に向かう

 

「このクエストの受注をお願い」

 

そう言って琴音とサクラは会員証と依頼書を提出する。椿は依頼書と会員証を確認する

 

「確認できました、ゴブリンは悪知恵が働きますので油断せずに挑んでください」

 

「分かったわ。じゃあ、行ってきます」

 

「行ってきます椿さん」

 

「行ってらっしゃい琴音さん、サクラさん。ご武運を」

 

椿に見送られ琴音とサクラは初めてのクエストに出向いた



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第三話2人の共通点

『ムサシ』を出国し、依頼書に描かれている金鉱へ向かう地図を見ながら道を進み、金鉱の入り口の前に到着する

 

「ここが依頼のあった金鉱?」

 

「はい。依頼書の説明ですと、この金鉱は30年前に金を採りつくした事で閉山されたとあります」

 

「人がいなくなったところにゴブリン達が住処にしたってわけね」

 

金鉱の入り口はそこまで広くなく、琴音とサクラが並んで入れるぐらいの広さしかない

 

「この狭さだと刀は使えなさそうね」

 

狭すぎる場所で刀を振れば壁や天井に当たる危険性がある

相手が複数で攻めて来た時に刀が壁などに当たって弾かれれば隙が生まれる。たとえそれがほんの一瞬だとしてもその一瞬が生死を分ける事もある

状況的に刀を使うのは適切ではないと考え、琴音は腰から鞘ごと抜いて袖に刀を収納する

 

「琴音さんのその袴って魔法がかかっているんですか?」

 

「そうだよ。袖の中に別空間を作って収納しているだけのシンプルな魔法だけど生き物以外なら重さや大きさに関係なく入るから使い勝手がいいからね。サクラのその巫女装束もそうでしょう?」

 

「はい。と言っても私の方には制限が色々とありますけどね」

 

「制限っていうのはサクラの特殊な力の影響?」

 

「!?」

 

琴音の言葉にサクラは驚き目を見開く。自分の事情を一切話していないのにまるで心が読めるかのように言い当てる

 

「どうして・・・分かったんですか?」

 

「いい機会だし話しておこうかな。私の正体と目的を」

 

そう言って琴音はサクラに全てを話した。自分の事、龍王の事、龍王と交わした約束によって龍王の体を借りて龍姫としてここにいるという事を

 

全てを語るとサクラは目を閉じて今までの事を整理し始める。自分の理解を遥かに超える情報を聞かされるとその情報を処理するのに時間がかかるものだ

 

「琴音さんの事はよく分かりましたが・・・私の予想を遥かに超えていました。私の事情が霞んでしまうぐらいです」

 

「まぁまぁ、そう言わずに次はサクラの番」

 

「分かりました。ちょっと長くなりますが聞いて下さい

まず、『ムサシ』という国は特殊な国で数百年前まで鎖国をしていたんです。鎖国の理由は『ムサシ』特有の生態系です

魔物は本能のままに行動し、上位種である魔族に進化します

ですが『ムサシ』には妖怪と呼ばれる固有の生物が存在しており古来から『ムサシ』の住人と妖怪の戦いを行ってました

ですがある日、妖怪が魔族の王である魔王と手を組み、魔と妖が融合した新たな種族『妖魔』が生まれました。これにより、『ムサシ』だけでは対処できなくなり、鎖国を解き異国と協力をする事になりました

 

「歴史については分かったけどサクラの父親が鬼って事は妖怪の中でも魔王に寝返った者とそうじゃない妖怪がいたって事よね」

 

もしも妖怪全員が魔王と協力したとなれば鬼と人のハーフであるサクラは人間の敵となる。だが、サクラはこうして人と共に生活が出来ていると言う事は魔王に従う事に賛同しなかった者たちもいると言う事だ

 

「妖魔にならなかった妖怪はいましたが、大半の妖怪が妖魔になったため妖怪の数が激減しました。数が減った事で『ムサシ』との戦力に大きな差が出た事でこのまま戦っても全滅すると結論を出した妖怪の総大将が『ムサシ』に条件付きで降伏しました」

 

1つ、妖怪を奴隷扱いしない

2つ、妖魔討伐に妖怪達も協力するための戦力を提供する

3つ、妖怪は人間を二度と襲う事をせず、共存する

 

「この3つの条件によって妖怪は敵から『ムサシ』で暮らす住人となりました。そして現在の姿が琴音さんも見たあの形です」

 

「なるほどね。妖怪達には生き残る道がなかったわけね。人間と戦争したら負ける。妖魔と戦おうにも戦力差がある。人と魔王のどちらに降伏してもどんな扱いが待っているか分からない。なら、自分達も妖魔討伐に加わる事で戦力を提供し人間と共存する道を選ぶ

共通の敵なら敵を倒すまでは協力関係を築くことが出来るし、妖怪は人間よりも遥かに長寿であるから最初は嫌われ互いに溝がある。でも永い年月をかければ溝も埋まり、妖怪を嫌う人間はいなくなれば友好関係が築ける。その妖怪の総大将はかなり頭が回るみたいね」

 

「私の両親もそうやって結婚したのでしょうか?」

 

「それは、逢った時に聞いてみればいいじゃない。それより、前置きも終わったしそろそろ教えてくれない?」

 

「あ、そうでしたね。元々は私の話でしたよね」

 

元々はサクラの力について話すはずだったのに前置きが長すぎて忘れるところだった

 

「妖怪は『ムサシ』にしかいない固有種であり、扱う力も魔力ではなく妖力と呼ばれる魔力とは全く異なる力です

そして、私の母は霊力と呼ばれる力を持った巫女で霊力は邪を払い、守護する力です

異国では光の魔力と呼ばれますが光の魔力は魔族に大ダメージを与えますが、霊力は妖怪に大ダメージを与えるという似たような性質です

父の妖力、その妖力と相反する霊力の2つを持った私は力を行使しようとすると互いの力が反発しあって使えません」

 

そう言って巫女装束の袖からお札を取り出す

 

「この札は『ムサシ』のご神木から作られた特別なお札で私の力を吸収する事で結界、毒などの状態異常の浄化などが使用できます。使用した札は回収すればもう一度使うことも出来ます」

 

「相反する力ね。そう言った点で言うと私も同じなのよね。闇と光が混ざり混沌という新たな属性が生まれた事で2つの属性が扱えるようになったし、サクラも修行すれば使えるかもね」

 

前例がないというだけで不可能ではないので、もしかしたら霊力と妖力の2つの力を合わせた新たな力を使えるようになるかもしれない

 

「琴音さんがそう言うなら出来るかもしれませんね」

 

「そうそう。やれば案外できるもんだよ。さて、お互いの身の上話はこれでお終い。ここからは仕事の時間よ。覚悟はいい?サクラ」

 

「はい!」

 

「いい返事ね」

 

左手に魔法陣を展開すると魔法陣の中から峰側が白、刃側が黒の短刀が出現し逆手持ちにする

 

「さぁ、ゴブリン狩りの始めましょうか」

 

琴音とサクラの初めてのクエストが始まった



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第四話命を奪う覚悟

金鉱にの入り口から中を覗き込むと暗闇が広がっている

琴音なら暗闇でも視界を確保する龍魔法を思いつくが基本的なやり方もしっかりと体験しておく必要がある

 

「となると松明が必要ね」

 

「松明を使うんですか?火を焚くと敵に気付かれちゃいますよ」

 

「それが狙いよ。こっちはさっさと上に上がるためにもこの金鉱内にいるゴブリンを片っ端から倒す必要があるからね。火は敵をおびき寄せるための罠みたいのものよ」

 

「なるほど・・・そこまで考えているなんて琴音さんは凄いですね」

 

「本当は金鉱の中に水を流し込んで、そのあとに電撃を送り込んで中にいるゴブリンを殲滅する事も出来るけど金鉱内部が外に繋がっていたら被害が大きくなるし、もしもガスとかに引火して爆発したら困るしね」

 

うっかり金鉱が崩壊して死体を回収するのが面倒になる事も避けたいという考えもある

 

「さて、ちょっと試してみようかな」

 

右手に魔法陣を展開すると魔法陣から混沌の劫火が人魂のように宙に出現する

 

「黒い炎でも炎としての性質はちゃんとあるから暗闇でも周囲を明るく照らす・・・こう考えると闇と火って実は正反対の性質なんだ」

 

アニメでは黒い炎とか普通にあるから疑問を持たなかったが実際に自分がその能力を持つと黒いのに炎のように周囲を明るく照らすという矛盾に気付く

 

「まぁ、矛盾なんて龍王の前では考えても無意味か」

 

龍王は光と闇という相反する両方の力を持った混沌を司る龍王。龍王の前では本来不可能である事であろうと、物事が矛盾していたとしても存在する事が出来る。そういうあり得ない力なのだから

 

「さてと、サクラは私の傍から離れないでね。後、お札は常に持っておく事。すぐに結界を貼れるように準備は絶対にしておく事。いいね」

 

「はい!」

 

サクラが両手に一枚ずつお札を持ったことを確認すると琴音達は金鉱の中へと入っていく

金鉱に入ってすぐに遠くからペタペタと足音が複数聞こえ、琴音は短刀を握り直し、サクラは札を構え、いつでも結界が貼れるように準備する

 

「先手を取るよ」

 

「いつでも大丈夫です」

 

灯りの届く範囲に1匹のゴブリンが見えた瞬間、短刀を投擲しゴブリンの頭に突き刺す

 

「ギャァ!」

 

短い悲鳴を上げ、投擲による衝撃で体が宙に浮く

 

「ギィ?」

 

突然、横にいたゴブリンの頭に短刀が突き刺さった事に驚き、残りのゴブリンがそちらに視線を移してしまったため琴音達を視界から外してしまう

その隙を逃さず、地面を蹴り一瞬で短刀の場所まで移動して頭に突き刺さった短刀を掴み、引き抜く際に横にいたゴブリンの喉元を切り裂く

 

「残り・・・3匹」

 

接近した際に数を確認し、灯りとして使っている混沌の劫火に向かって右手を突き出す

 

混沌の弾丸(カオス・バレット)

 

混沌の劫火が弾丸となり発射され、3匹のゴブリンの脳天を的確に射貫き血を流して地面に倒れる

 

「制圧完了」

 

戦闘を終えると琴音は短刀を握る左手を見つめる

 

(これが、生き物を殺す感覚と感触。喉元を切った時に骨も一緒に切り裂いたけど柔らかいような固いような何物にも言い換えられない感触だった)

 

「これは・・・慣れるのが大変かもね」

 

初めて殺した感覚に嫌な気持ちになりながらも自分が決めた道を進まなければという決意を思いだしながら初めての戦闘を終えた

 

戦闘を終え、殺した5匹のゴブリンを地面の上に並べる。まじまじと見るとアニメとかで出てくるゴブリンにそっくりだ。見た目は小さく、肌は緑色、体に合っていない武具を身に着けているから殺した冒険者から奪った物のだろう

 

「サクラ、解体をお願い」

 

「はい」

 

サクラは袖の中に手を入れるとナイフと医者が手術する時に身に着けるようなゴム製の手袋、返り血を浴びないようにエプロン、マスクをを取り出し、身に着けて解体を始める

初めにゴブリンが身に着けている防具を取り外し、ナイフを持ち、首から腹に向けてナイフの刃を滑らせ切開する。その後、両手を使って切開した場所を広げる

隣でその様子を琴音が見ており、内部を見ると人間の心臓に当たる部分に紫色のクリスタルの形をした結晶が埋まっている

 

「これが核?」

 

「はい。後はこの核の周囲についている血管をナイフで丁寧に切り離せば・・・」

 

周囲についてる血管を1本ずつナイフで切断していき、全ての血管を切る事でようや核を取り出す事が出来た

 

「これがゴブリンの核です。もっと上位の魔物になると核も大きく、色も濃くなっていきます」

 

「なるほど」

 

サクラから受け取り、まじまじと見つめ、その間にサクラは他のゴブリンの解体を始める

 

その様子を見ていると頭の中に龍王の言葉が響く

 

『心が荒れているな琴音』

 

琴音は目を閉じると意識が引っ張られる感覚に襲われ、目を開けると目の前には龍王がこちらを見ている

 

「初めて命を奪ったからね。今でも手にあの感触が残っている」

 

アニメとかで初めて人を殺したキャラが何度も手を洗う心境というのがよく分かった

どんなに手を綺麗に洗おうと殺したという事実は変わらない。この気持ちを一生背負って生きていかないとけないと思うと心が荒む

 

『覚悟が鈍ったか?』

 

「確かに覚悟は鈍った。でも・・・だからと言って歩みを止めるつもりはない

私は、自分の信じる道を進む。その道を否定し、前に立ちはだかると言うのなら私はそいつらを殺す。世界が私の行いをいくら否定し、非難しようとも私は迷わない」

 

琴音の言葉と覚悟を聞き龍王は満足げな顔をする

 

『なら迷うな。これから先、このような事は何度でも起こる。何度でもお前に困難が待っている。自分の目的、俺の目的。どちらの目的を達成するまで死ぬなよ琴音』

 

「分かっている。龍王、これからもよろしくね」

 

『ならさっさと現実に戻れ。そして、お前が今、すべき事をしろ』

 

それだけ言うと私の意識が再び引っ張られ、琴音は現実世界へと帰った



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第五話ゴブリンの王

意識が現実世界に戻るとサクラは残りのゴブリンの核を取り出し袋の中に収納し、解体に使用したナイフに着いた血を綺麗に拭き取っていた

 

「あ、終わりましたよ琴音さん」

 

「ごめん。ちょっと意識が無かった」

 

「えっ!それって大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫。ちょっと龍王と話しただけだから。それよりも、終わったなら先に進みましょう」

 

出発の準備を整えて再び金鉱の奥へと進んでいく。奥へ進むにつれてある疑問が生まれる

先ほどのゴブリンが縄張り内の見回り役だとしたら帰ってこない仲間に不信を持って他のゴブリンが確かめに来てもおかしくない

それなのになんの音沙汰もなく自分達は奥へと進んでいける。この現状に一抹の不安があった

 

(そこまでの知能がない?あのゴブリン達はたまたま外に出ようとしていただけ?)

 

推測を立てても答えなど見つかるわけもないため警戒を強め奥へと進んでいく。すると、奥の方に灯りが見えてきた

 

「灯りって事は外に繋がっている?」

 

「ゴブリン達が新しい道を作ったって事ですか?」

 

「そこまでは分からないけど用心した方がいいわね」

 

「・・・お札を準備しておきます」

 

サクラも危険を感じてお札を持ち、いつでも結界を発動できるように準備を整える

用心しながら灯りがある場所に到着するとそこは広い空間になっていた。周囲の壁や地面は鉄板で補強と舗装がされており、壁には等間隔に松明が置かれ空間内を明るく照らしている

そして、中央には何かの骨で出来た玉座のようになっており、ゴブリンと同じ特徴をした魔物と思われる者が座っていた

見た目はゴブリンに似ているが体はゴブリンよりも大きく成人の男性ほどの身長がある。頭には鹿と思われる頭蓋骨をお面のように被り、玉座の横には巨大な剣が地面に突き刺さってる

 

「あれは・・・ゴブリンキング!?」

 

魔物の姿を見てサクラは驚きの声を上げて後ずさりする

 

「どうかした?」

 

龍王を見慣れているせいで目の前の敵があんまり強そうに見えないがサクラはかなり動揺している。顔からは恐怖の表情が読み取れ、体が震えている

 

「琴音さん!今すぐ逃げましょう!あの魔物は危険です!」

 

「危険?」

 

「はい。ゴブリンキングは名前の通りゴブリンの王です。ゴブリンキングは魔力で強化したゴブリンの兵士を使役し指揮します。さっき戦ったゴブリンなんか比ではない強さです!しかもキング1人で使役するゴブリンの数は100体です」

 

「100のゴブリンを指揮して戦うゴブリンの王・・・へぇ、面白そうじゃん」

 

意外な強敵の登場に琴音は口元に笑みを浮かべ、灯りとして使っていた混沌の劫火を消して手に持っている短刀を袖の中へとしまうと代わりに龍葬を袖の中から取り出し鞘から抜く

 

「サクラはここで見てればいいよ」

 

「ま、待ってください!琴音さんは、どうするんですか!?」

 

「私が世界を旅する目的は2つ。世界を見る事、そしてもう1つは強い敵と戦う事」

 

ゴブリンキングに向けて走り出すと、ゴブリンキングは玉座に座ったまま両手を前に出し魔法陣を展開するとゴブリンキングの前に100体のゴブリンが召喚される

前衛のゴブリンは剣を持ち、中衛のゴブリンは槍持ちと弓持ち、そして後衛には杖を持ったゴブリンが配置されている

 

子鬼の剣士(ゴブリン・ソルジャー)子鬼の槍兵(ゴブリン・ランサー)子鬼の弓兵(ゴブリン・アーチャー)子鬼の魔術師(ゴブリン・ウィザード)って所かしら」

 

相手の装備を見て冷静に分析するとジャンプしてゴブリン達の上を取る

琴音の行動にすぐさま対応して弓矢を持っているゴブリン達は狙いを定め矢を一斉に放つ

 

「龍撃衝」

 

混沌を纏った斬撃を飛ばし、矢を全て薙ぎ払いゴブリンの群れの中に着弾し周囲にいたゴブリン達を吹き飛ばし、ゴブリンの群れの中に穴が出来る

追撃をしようと右手から混沌の混沌の迅雷を発生させバチバチッ!と音を立てて右手に収束させていく

 

混沌の雷撃(カオス・サンダー)

 

着地と同時に右手を思いっきり床に手を叩きつけると右手に収束されていた混沌の迅雷は床へと流れ周囲にいた全てのゴブリン達が雷撃を喰らいその場に倒れた。最初は雷撃の影響で痙攣していた体はやがて動かなくなった

 

「これで部下は全滅。さて、次は貴方の番よゴブリンの王」

 

龍葬の切っ先をゴブリンキングに向けて挑発するとゴブリンキングは玉座から立ち上がると床に突き刺してある大剣を右手一本だけで引き抜き軽々と振り回す

 

『ガァァァァァ!』

 

部下を殺された怒りなのか挑発された事に対する怒りなのかは分からないがゴブリンキングは琴音に向けて殺意を込めた咆哮を浴びせるとそのまま走り出し目の前まで接近すると大剣を大きく振り上げた

 

「琴音さん。避けてください!」

 

相手が攻撃のモーションに入っているというのに一切動かない琴音にサクラは声を上げる

だが、サクラの言葉が届くよりも早くゴブリンキングは振り上げた大剣を力任せに振り下ろした。だが、ゴブリンキング放った攻撃は右手一本で受け止めた

 

『!?』

 

攻撃を受け止められた事に驚き、すぐに離れようと大剣を引くが、大剣はピクリとも動かない。そんな状況を見て琴音はため息を吐く

 

「ゴブリンの王って大層な名前をしていても大したことないね」

 

期待外れの強さに落胆し、右手を少し上げるとゴブリンキングの体ごと宙に浮かし、そのまま壁に向けて投げ飛ばし、ゴブリンキングの巨体が壁に激突し壁が大きく凹む

 

「凄い・・・」

 

琴音の力にサクラは呆然と立ち尽くす。サクラは強い人を望んだ。それは叶ったのだが予想を遥かに超えた実力を持っていた事に頭が追い付かないでいた

呆然と立ち尽くし無防備な姿をしているとゴブリンキングがサクラの存在に気付くと大剣を握り直す

 

「サクラ!気を抜かない!」

 

大声で叱責された事で我に返るとキングゴブリンは琴音ではなくサクラに狙いを変えると大きく跳躍してサクラに斬撃を仕掛ける

 

「っ!」

 

左手に持っていた5枚のお札を前方に投げるとお札はまるで意思を持っているかのように動き、空中で静止すると札から霊力の糸が放出し札と札を糸が結び五芒星を形成する

形成された五芒星にゴブリンキングの斬撃が当たるとガキィィン!と固いものにぶつかる音と共にゴブリンキングの斬撃が弾かれた

 

「ガッ!?」

 

自分の斬撃が防がれると思わなかったのか拍子抜けな声を出すと、次にゴブリンキングの目に映ったのは琴音が龍葬を振り上げ攻撃を仕掛ける姿だった

 

「龍刃閃」

 

龍葬から放たれた一撃がゴブリンキングの体を斬り裂き、ゴブリンキングはそのまま床に倒れ絶命した

戦いを終え龍葬を軽く振って刀身に着いた血を払い鞘へと納刀した

 

「ゴブリンキングの攻撃を防ぐなんてサクラも結構強いんじゃない?」

 

「必死だっただけですよ」

 

琴音の言葉に苦笑しながらサクラは床に落ちた札を回収する

 

「その札に込められていた霊力を全部使い切っちゃったけどまだ使えるの?」

 

「はい。このお札は霊樹と呼ばれる樹から作られています

霊樹は霊力を吸収する性質を持っているので例え霊力を使い切っても再び霊力をこめれば使えます。もっとも、私は人の霊力と鬼の妖力を持っているせいでこのお札がないとまともに術も使えませんので私にとっては自分自身の身を守る上での必需品ですから」

 

「なるほどね・・・」

 

(でも、格上であるはずのゴブリンキングの一撃を完璧に防ぐ事が出来たという事はサクラ自身の霊力は相当なはず。これは、もしかしたら修行をつければ相当な術者になれるかもしれないわね)

 

サクラに秘められた可能性に内心ワクワクしているとと琴音はある事に気付いた

 

「そういえば、私達のクエストってゴブリンの退治だったけどゴブリンキングまで倒しちゃって大丈夫かな?」

 

指定された以外に魔物討伐。ゲームではサブ的な報酬がもらえるが現実で考えれば規定に違反する可能性もある

 

「それは大丈夫です。事後報告をきちんと行えばなにも罰則はありません」

 

「そっか。それならよかった」

 

「ですが・・・流石にこの数のゴブリンを解体するのは大変ですけど・・・」

 

目の前にはゴブリンキングの死体が1つ、その周りには100体のゴブリンの死体が転がっておりサクラが1人で全部を解体するのは大変だ

 

「私も手伝うよ。核を取るだけなら私でも出来るからね」

 

そう言って袖の中から先ほどしまった短刀を取り出し2人は核の回収作業を始めた



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第六話ギルドマスター

あれからどれだけの時間が経過したのかは分からないが2人は全ての核を取り出し解体作業を終えた

 

「終わった・・・」

 

「お疲れ様です琴音さん」

 

「サクラもね。こういったクエストはもう無理。次は大型の魔物の討伐のクエストにしよう」

 

回収した核を袋の中にしまいながら愚痴を溢す

 

「確かに核の回収作業は楽ですけど大型の魔物は解体が大変なんです

私が持っているこの解体用のナイフは初心者用の物ですから魔物によっては解体できない場合もあります」

 

「そうなんだ。ちなみに、解体用ナイフってやっぱり高い?」

 

「はい。鉱山で採掘される鉱物を使ったナイフは安いですが、魔物の牙や爪などから作られるナイフは性能が良いので値段もそれに比例するように高くなります」

 

「だったら私の使っているナイフ使う?自称だけど切れる物などないと断言できる世界最強の性能を持った解体ナイフだと思うよ」

 

なにせこのナイフは混沌の大地から作られたナイフ

龍力によって作られた土属性のナイフは龍王の鱗と同等の硬度を持ち、いかなる物を切る事が可能で刃こぼれだってしない

琴音がナイフを差し出すとサクラは首を横に振る

 

「お気持ちは嬉しいのですがそれは出来ません。

私達の今のランクでは魔物を解体するのに特別な事は必要ないのです

しかし上のランクに上がると特定の魔物、妖魔を解体に特殊な形をしたナイフや道具を使う必要が出てきます

ですので、ギルド公認の道具屋で買ったり鍛冶師の方にオーダーメイドしてもらう必要があります

例外として使用した鉱物、用いた技術など細かい書類を作成してギルドに申請すれば使えるようになりますが申請の許可が下りるまでにはかなりの長い時間がかかるので自作の道具を使う人は滅多にいません」

 

「何かめんどくさい規定がいっぱいあるって事がよく分かったわ。それなら仕方ないか」

 

考えてみれば陸、海、空に生息する魔物を相手にするとなれば生息地や気候などに対応した体になる

相手に適した戦い方をしなければならないように解体するにも相手に合わせたやり方をしなければならないのだろう。サクラの言葉に納得してナイフを袖の中へとしまう

 

「さてと、解体作業に結構な時間がかかっちゃったけど今ってどれぐらいの時間かしら?」

 

サクラは懐から時計を取り出し時間を確認する

 

「もう夕暮れ時ですね。今から帰ると門が閉まる時間までに帰れるか分かりませんね」

 

「となるとこのまま野宿する事になる訳か・・・それは嫌だからさっさと帰りましょうか。サクラ、私の手を握って」

 

「なにをするんですか?」

 

サクラが差し出された手を握ると足元に転移の魔法陣を展開すると転移魔法を発動させ、2人は金鉱から『ムサシ』の門の前へと転移した

 

「到着」

 

門の前に着くと空は赤く染まり夕暮れ時になっていた

 

「・・・」

 

「ん?どうしたのサクラ」

 

「琴音さん、今の魔法って・・・」

 

「転移魔法」

 

そう言うとサクラは頭を抱える

 

「琴音さん!魔法使うなら先に言ってください。後、琴音さんが当たり前のように使った転移魔法だって私達の世界では個人で使う事の出来ない魔法なんですよ」

 

「そうなの?」

 

「はい。国で一番魔力が集まる場所に魔法陣を敷き、国同士を繋ぐ魔法です。使うには魔力を提供、もしくはお金を支払う必要があります。しかも魔法の使用にはかなりのお金がかかります」

 

「へぇ~・・・まぁ、私は行った事のない場所には転移できないけ行った場所にならどこでも転移できるし、たとえ世界の反対側でも一瞬で転移できちゃうけどね」

 

「琴音さんといると私の常識が壊れそうです・・・」

 

琴音の規格外の魔法にサクラは頭を抱える

 

「私の前では非常識が常識だからね

まぁ、どんな不可能な事でも私だから出来るぐらいの軽い気持ちでいればすぐに慣れるって。それよりも門番の人がいないんだけど何かあったのかな?」

 

最初に来た時はすぐに門番の人が出てきたのだが、今は門の前には誰もおらず無人となっており、しかも門もあけっぱなしになっている

 

「門番がいないなんて初めてです」

 

「う~ん・・・どうであれこのまま入ったら不法入国になるよね?」

 

入国と出国の際に身元と証明する物を提示する方法を取っているとなるとこのまま入国したら不法入国に当たる可能性がある

そんな事を考えていると国の中から馬に乗り鎧を纏った20人ぐらいの部隊が走ってきた。脇に避け道を譲ると先頭を走っていた騎士がすれ違い際に一礼して走り去っていった

 

「あの方達の鎧は中央国家の聖騎士様ですね」

 

「中央国家?」

 

「はい。『ムサシ』は東の大国と言われるように東西南北に1つずつ大国が置かれており、その中央にある国は中央国家と呼ばれ、国通しの揉め事などの仲介に入り厳正に審議する国家です」

 

「という事はあの先頭にいた騎士はあの部隊の隊長って所かしら」

 

「あぁぁ!」

 

突然、背後で大声が上がり振り返ると門番の人が戻ってきていた

 

「お2人さん、ご無事でしたか!?」

 

「無事?なにかあったの?」

 

「はい。さっき、聖騎士様達がこられまして冒険者ギルドに緊急クエストの指令が出たんです。何でも強大な力をもった魔物が出現したとかで冒険者ギルドは戦いに備えて大慌てって話です。今から行けば緊急クエストを受けられるはずですから急いだほうがいいですよ」

 

「何か大事になっているみたいだけど緊急クエストで一番活躍すれば昇級試験を受けられるかもしれない。サクラ、急ぐわよ!」

 

「はい!」

 

急いでギルドへと向かうとギルドの中は戦いの準備をする者達が慌ただしくギルド内を走り回っていた

 

「みんな凄い剣幕。やっぱり緊急クエストって言うだけあってみんなやる気ね」

 

「琴音さんは準備とかしないんですか?」

 

「しないしない。どんな時でも最強の相手と戦えるようにいつでも準備万端だからね。それよりも早く椿ちゃんの所で換金とクエストの達成の報告をしましょう。後、緊急クエストの事も聞かないと」

 

「そうですね」

 

受付に向かうと椿はこちらに気付き、受付のカウンターから飛び出してきた

 

「琴音さん、サクラさん。無事だったんですね」

 

「私たちの事は後でいいから今は緊急クエストの事、聞かせてくれない?」

 

「あ、その前にギルドマスターを呼ぶので待ってください。ギルマス!琴音さんとサクラさんが戻ってきました!」

 

椿がギルドマスターを呼ぶと奥から1人の男が出てきた

子どものように背は小さいが白い髭を生やし、黒と赤を基調とした着物を着用している。左手には酒と書かれた大きな瓢箪を持ち、床を引きずりながらやってきた

 

「ワシがギルドマスターの八海じゃ。お前さんが新人の琴音か?」

 

「初めましてギルマス。それで、私達に用があるらしいけど何の用?」

 

「今回、ワシらに出された緊急クエストに関係する事じゃ。まずは全員に話す事があるから待っていてくれ」

 

そう言ってギルマスは冒険者の前に出る

 

「全員、聞け!」

 

ギルマスの声がギルド内に響き渡ると冒険者が一斉にギルマスに注目する

 

「皆も知っていると思うが中央の聖騎士から旧金鉱を根城としたゴブリンキングの討伐の緊急依頼が来た」

 

(うん?ゴブリンキング?)

 

「ゴブリンキングは周囲のゴブリンを強化し100体のゴブリン部隊を作る

力は弱いが集団での戦いになればゴブリンは手ごわく、それに加えゴブリンキングは100年に一度、出現するか分からないぐらいの希少種であり、保有している能力もゴブリンを統率する指揮官の役割を持っており危険な存在じゃ

例えワシらが束になったとしても犠牲者は必ず出るだろう。だが、放置すればこの国を襲うのも時間の問題じゃ

ワシと共にこの国を守るために全力でゴブリンキングを倒すぞ!」

 

「おぉぉぉぉ!」

 

ギルマスの言葉に冒険者達は拳を振り上げ自らを鼓舞し、戦いの覚悟を固める

皆がゴブリンキングという共通の敵を目の前に一致団結している横で琴音とサクラは何とも言えない表情でその光景を見ていた

 

「サクラ、旧金鉱のゴブリンキングってあいつよね」

 

「はい。さっき琴音さんが倒した奴と同個体だと思います」

 

「ですよねぇ・・・」

 

死ぬ覚悟までしなくてはいけないほどの大事なのだが私とサクラは先ほどの戦いでそのゴブリンキングを倒してしまっているため、その真実をいつ伝えるべきかと悩むが答えなど出るはずもなく、結局は正直に言うしかないと考えギルマスの話に口を挟む

 

「盛り上がっているところ悪いんだけどゴブリンキングの事で言わないけない事があるんだけどいいかな?」

 

「おぉ!ワシらの戦いのためにも少しでも情報が欲しかったのじゃ。教えてくれぬか琴音」

 

全員の視線が集まる。その視線は死を恐れておらず、いかにして敵を倒すか真剣な目をしている。皆の視線と期待を一心に受けながら口を開いた

 

「そのゴブリンキングなら私が討伐したよ」

 

「・・・はぁ?」

 

私の言葉にその場にいた全員が首をかしげる。みんなが私の言葉を理解するよりも早く次の言葉を口にする

 

「信じられなくと思うから先に証拠をだすね。サクラ」

 

「はい」

 

討伐したゴブリン達の核が入った袋を取り出しそれを椿に渡す

 

「依頼で討伐した魔物の核よ。これを鑑定すればすぐに分かるからお願い」

 

「え、あ、分かり、ました・・・」

 

未だに私の言葉を理解できないのか椿は言われるがままに受付カウンターに戻ると四角い箱のようなものを取り出す

箱の上部についてる蓋を開けると中に魔法陣が刻まれており、箱の中に魔物の核を全て入れ、再び蓋をする

すると箱の上にモニターが出現し文字が浮かび上がるが当然、私はその文字が一切読めない

 

「嘘・・・」

 

モニターに映し出された文字に椿は驚愕しながらもゆっくりとモニターに表示された文字を読み上げる

 

「ゴブリン、5体、子鬼の強化兵(ゴブリン・ソルジャー)、100体。そして・・・ゴブリンキング1体!」

 

鑑定結果にギルド内でざわめきが起こり琴音に注目が集まる

 

「お前さん。いったい何者なんじゃ?」

 

キングゴブリンをたったの2人で倒した事に驚き、ギルマスが問うと口元に笑みを浮かべる

 

「私は琴音。世界の頂点を目指す最強の龍姫よ」



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第七話指名クエスト

ゴブリンキング討伐の報告によってあれからギルド内は緊急クエストの準備していた時以上に慌ただしくなった

中央に討伐の報告を伝えたが中央はその報告を信じず、旧金鉱に再び舞い戻って死体の確認やその際の戦闘の様子などを細かく聴取され、時間はどんどん流れていき次の日になってようやく調書が終わりクエストの報酬が支払われた

色々あったがゴブリン討伐の報酬に加え、ゴブリンキング討伐による追加報酬が上乗せされた事で私達の手元には大金が転がり込んできた

 

「まさか1回のクエストでこんだけの大金が手に入るなんてラッキー♪」

 

ギルドに設置されているテーブルで今回の報酬を前にして上機嫌になる琴音に対してサクラは落ち込んでいた

 

「どうかしたのサクラ?」

 

「いえ、今回のクエストで私は何の役にも立っていなかったと思いまして」

 

今回のクエストに関してサクラ自身は戦闘では何もしておらず、ゴブリン達を解体しただけだ

 

「何も出来んかったってサクラは自分が戦闘が出来ないから私を呼んだんでしょう。今回のクエストは私の専門分野なんだからサクラが何も出来ないのは当たり前じゃない」

 

「確かに私の能力では戦闘では一切の役に立ちません。ですが、全てを琴音さんに任せたくないんです。私は琴音さんと一緒に上に行きたいんです」

 

「なら、修行してみる?」

 

「修行、ですか?」

 

「そう。修行と言っても私が出来るのはサクラに力の使い方を教えるだけ。その力を今以上に使いこなせるかどうかはサクラの努力次第。それでもやる?」

 

「はい。精いっぱい頑張ります!」

 

「その意気よ」

 

修行をする事を決めると琴音達の元に椿がやってきた

 

「琴音さん、サクラさん。今、よろしいでしょうか?」

 

「どうかしたの?」

 

「ギルマスがお呼びなんですが」

 

「うん了解。行きましょうサクラ」

 

椿に続いてギルドの中を歩くと周囲から視線を感じる。視線と共に感じられる感情は疑心、嫉妬、生意気といった負の感情だ

ギルドに入会して初日にあれだけ目立った行動をとれば周囲から浮くのは仕方ない。だが、ゴブリンキングを倒したというのは中央が調査して確定した覆る事のない事実だ。例えそうだとしてもそれを他人が認めるかは別問題だ

 

「嫉妬している暇があったら仕事に行けばいいのに・・・」

 

鬱陶しい感情を流し、小声で呟きながらギルドの奥にある部屋に到着すると椿が扉をノックする

 

「椿です。琴音さんとサクラさんをお連れしました」

 

「入ってええぞ」

 

「失礼します」

 

中から返事が返ってくると椿は扉を開けて部屋の中に通す。部屋の中には向かい合って置かれたソファーがあり、片方のソファーにはギルマスの八海が座っており、その横には黒色の髪を後ろで縛り鍛冶師の恰好をした女性が座っていた

 

「急に呼び出してすまんかった。まぁ、座って話を聞いてくれ」

 

ギルマスに促され2人は向い側のソファーに座り椿が扉を閉めるとギルマスは口を開いた

 

「まずはゴブリンキングの討伐について礼を言わせてほしい

今回のクエストでかなりの被害を受けると思っておったが先にゴブリンキングを討伐してくれたおかげで被害はなかった。ありがとう」

 

「気にしないで。こっちからすれば一気に功績を上げられたからね

それで、話って言うのは何?私の予想では、そっちの鍛冶師の姉ちゃんの依頼、もしくは現在、ギルド内に渦巻いている私たちに関する疑念について?」

 

琴音の言葉に2人は驚き目を見開く。まるでこちらの心を読んだかのような言葉に呆気を取られる

 

「琴音ちゃん。儂の心でも読んだ?」

 

「まさか、ただの推理よ

ブロンズ階級で、しかも冒険者登録した初日の初クエストでゴブリンキングを倒したとなれば周囲の冒険者からは疑念と嫉妬の目で見られる。たとえそれが中央が調査したとしてもね

事実を受け入れられない他の冒険者は私たちを邪険にし、結果としてギルド内に亀裂を生じさせる。ギルドの長としてギルド内の雰囲気が悪くなるのは避けたい

だから私たちの実力が嘘でも、偶然でもない正真正銘の本物の実力を持っている事を証明する必要がある。それを証明するために特別なクエストを用意したと思っただけ」

 

「凄いのう。全部当たりじゃよ」

 

完璧な推理を披露されギルマスは洞察力と観察力に感心するが、琴音の心の中は違った

 

(本当に当たった。アニメでこう言った展開があったから適当に行ったんだけどまさか当たるなんて・・・やっぱり現実でも空想の世界でも人間というものは考える事は一緒ね)

 

現実と空想にそこまでの違いがない事に驚き、その事を悟られないように平静を保つ

 

「琴音ちゃんの言う通り現在、このギルドの雰囲気は最悪じゃ。その雰囲気を拭うためにも琴音ちゃん達には次のクエストを受けてもらいたんじゃ

じゃが、中途半端なクエストじゃ意味はない。ゴブリンキングに匹敵するようなクエストでなければ意味がない」

 

「そうは言うけど私達は最低ランクの冒険者よ

ゴブリンキングを討伐なんて本来ならシルバーランクとかゴールドランクの仕事でしょう。そんな仕事を私達は受けられないんじゃないの?」

 

ギルドに入る時に椿からそう聞いているため、例え実力があろうとランクが低ければ上のクエストは受けられないし、ギルマスの権限を使えば贔屓していると思われ新たな禍根が生まれる可能性もある

 

「その点は大丈夫じゃ。今のままで上位のクエストを受ける方法があるんじゃ。ギルドを通さずに直接冒険者にクエストを依頼できる指名クエストという方法がな」

 

「私達が仕事を選ぶんじゃなくて依頼する側が冒険者を指定するって事?」

 

「その通りじゃ。そして、その依頼者というのがこちらの菊ちゃんじゃ」

 

「初めまして、自分は製造業ギルドで武具の製造を担当している菊と申します。以後、お見知りおきを」

 

「女性の鍛冶師なんて初めて。初めまして私は琴音」

 

「サクラです。よろしくお願いします」

 

互いに挨拶を終え、菊は依頼の話を始める

 

「お2人に依頼したいのは鉱岩龍『ダイヤモンドロック・ドラゴン』の素材採取だ」

 

「素材採取?討伐じゃなくて」

 

「鉱岩龍は純度の高い鉱石がある鉱山を住処とする

鉱岩龍は鉱石を食べ、それを体に取り込む事で自身の体の硬度が上がり、鱗は美しく光り輝き、武具に使用すれば一級品の武器となる。その鉱岩龍は一年に一度、脱皮するかのように鱗や爪、牙が生え変わる

お2人には脱皮の際に抜けた素材を採取して欲しいという依頼だ。採取した素材の数に応じた金額を出すつもりだ。どうであろうか?」

 

菊の出してきた条件を聞いて腕を組んで考える

 

話を聞いた限りだとドラゴンに見つからずに素材を採取する必要があるから必要とされる能力は見つからない隠密、周囲の状況をを把握する観察力、引き際を決める決断力

1つでも判断を間違えればドラゴンに見つかり戦闘になる危険なクエストだ。このクエストなら実力だけではないというのを示せる

だけど、それはギルマスの都合であり、私達が目指すのは最高ランクのゴールド階級のみ。なら、こっちもこのクエストを利用すればいい

 

「菊、そのクエストを受ける前に私と交渉をして欲しい」

 

「何か不満だったか?」

 

「ギルマスはギルドの雰囲気を変えるために私を利用する

なら、私もこのクエストを利用させてもらおうと思ってね。さっき、鉱岩龍は純度の高いの鉱石が採れる鉱山に棲み着くって言っていたけどこの世界で最も純度の高い鉱石がある鉱山に棲む鉱岩龍がもっとも強いって事よね」

 

「その考えは正しい。だが、その鉱山に棲む鉱岩龍は強い。本来であれば軍隊を率いても採取は不可能と呼言われている程だ」

 

「それなら好都合。私は今回のクエストに関して素材の採取ではなく鉱岩龍の討伐に変更して欲しい」

 

「自信があるのは認める。だが、少し相手を甘く見ていないか?自分は貴方の実力を知らない。だが、軍隊が束になって勝てない相手にたった1人で挑むのは勇敢ではなく無謀だと自分は思う」

 

「だったらこれでどう?」

 

そう言って先ほど受け取った報酬金の入った袋を取り出し机の上に置く

 

「この金はクエスト失敗した場合の保険。もしも失敗してもこの金で正式に冒険者に依頼すればいい。だけど、もしも私達が鉱岩龍を討伐し、その死体を持ち帰った場合はこちらが望む報酬をもらいたい」

 

「・・・その報酬とは?」

 

「持ち帰った鉱岩龍を使って1番最初にサクラに魔物の解体用ナイフを作成する事」

 

「琴音さん、今回のクエストは琴音さんが戦うんですから私に報酬はいりません。もっと有意義に使うべきだと思います」

 

提示した報酬にサクラは反対するが琴音は首を横に振る

 

「それは違うわサクラ。私はね、この刀が世界で最強の刀だと思っている。だから、これ以外の武器は使うつもりもなければ乗り換えるつもりもない

だけど魔物の解体は違う。今のランクで戦う魔物であればサクラの持っている普通のナイフで十分

でも、私達が目指すは最高ランクの冒険者。上に上がれば普通のナイフなんかじゃ対応できない。特殊な器具を用いらなければ解体できない魔物だっている

なら、作れる内に作れば後になって楽になる。つまり、これは私がサクラに対する未来の投資よ。サクラにはこれから先、私にはできない魔物の解体をしてもらう。そのために必要な事だから私は今回のクエストにこの報酬を望むの」

 

提示された報酬に菊は少し考えるが、すぐに頷いた

 

「その報酬なら自分は納得だ。いいだろうかギルドマスター八海」

 

「指名クエストは依頼者と冒険者の交渉次第じゃ。琴音ちゃんが提示した報酬に菊ちゃんが納得したならギルマスとして口を挟む事はなんもないよ」

 

「そうか。なら決まりだ。琴音、サクラ。改めて依頼しよう。鉱岩龍を討伐し、その死体を持ち帰ってきてくれ」

 

「了解。楽しみに待っているといいわ」

 

最強の種族である龍種と戦える事に心を躍らせ、口元に笑みを浮かべ菊の指名クエストを受注した



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第八話地図から消えた国

クエストの内容が決まり、菊は地図を広げる

 

「これがこの世界の地図か・・・サクラ、ついでに『ムサシ』以外の大国の事も教えてよ」

 

「はい。では、まずは地図の中央にある大きな国が中央国家『ケントロン』

この世界で一番権力を持ちますが、それを行使することは無く多国間の争いの時のみに使われます。年に一度、世界会議が行われる時にはその会場として使われます

この国には冒険者ギルド、商業ギルド、産業ギルドの3つのギルドを統括する最高責任者がいて、問題が発生した場合に対処するための組織があります」

 

「世界の中心でありながら基本的には傍観する立場って事ね」

 

「次に、地図の北側にある国『ヴォラス』

雪に閉ざされた国で極寒の環境を生き抜く強力な魔物達が住んでいます。そのため、『ヴォラス』の冒険者ギルドはシルバー以上の階級の者しか入れません」

 

「つまり、高難易度なクエストがあるって事ね。後で行ってみたいかも」

 

「次に、南側にある国『ノトス』

軍事産業が盛んな国で魔法兵器、質量兵器など様々な兵器を作っています」

 

「何か軍事産業が盛んな国とか危なそう。あんまり行きたくないかも」

 

「最後に西側にある国『ガルブ』

この国は少し特殊で何百年も前の時代から他国の領土を侵略せず、初めから持っている自分達の土地のみを治め、繫栄しています。この国に住んでいる人達の中には魔物を使役する特殊な力を有した人たちがいて、その力を使う者を『魔物使い(テイマー)』と呼ばれています」

 

「魔物を使役する力には興味あるわね」

 

一通りの説明をしてもらい琴音はある事に気付く

 

「サクラ、『ムサシ』の国から少し離れた所に海があるけど海の上に描かれている島が塗り潰されているのはどうして?」

 

指さした場所には島が書かれているが、その上を黒のインクで塗り潰されている

 

「・・・」

 

サクラは口を閉ざし地図から目を背ける。ギルマスと菊も気まずそうにして口を固く閉ざす

 

(あ、これは地雷を踏むとかいう軽い感じじゃない。地雷を思いっきり踏み抜いたパターンだ)

 

自分の発言で場の空気が重く、どんよりした最悪の雰囲気になった事を察しこの状況をどう切り抜けようかと考える

 

(ヤバい!今までずっと一人で過ごしてきたから、こういう時にどういう話題に変えればいいか全くわからない)

 

病室では医者や看護師の人が来る事はあったが検診や治療と言った業務を黙々として、たまに他愛もない雑談をするだけ

こうして誰かと接する事は初めての経験と言っても過言ではないほどだ。そんな状態でこの状況を切り抜ける方法が思いつかない

時間だけが流れていくと、サクラは私に視線を向け、重い口を開いた

 

「その国は、もう存在しないんです」

 

「存在しない?消滅したって事?」

 

「少し、違います。その島の名前は『修羅』妖怪が住まう島国でした」

 

「という事は人と鬼のハーフであるサクラの生まれ故郷って事?」

 

「はい。今から数年前の事です。私や他の妖怪達は『修羅』で暮らし、『ムサシ』と交流しながら妖魔の討伐や物資の取引を行いながら生活していました

ですがある日、島を覆う程の巨大な魔法陣が出現し、私と人型の妖怪達だけが『ムサシ』に強制的に転移されると『修羅』は跡形もなく姿を消しました」

 

「特定の人物達の転移に島をまるごと転移させるとなると相当な力ね。それで、消えた島国に関して何かわからないの?」

 

島国が何の前触れもなく突然消えたとなればかなりの大事になる。しかし、島が消えたとなれば何か痕跡が残るはず。そう考えたがサクラは首を横に振る

 

「中央からすぐに調査隊が派遣されたのですが消えた島国の発見出来ず、地図から消えた島国として今はどの地図にも『修羅』は描かれていません」

 

「なるほど。一部の妖怪の裏切りによる妖魔化に加えて、妖魔による攻撃なのか、妖怪のよる意図的に行われた術なのかも不明な島の消失か。そういえばサクラが言っていた育ての祖父母はどうなの?」

 

「祖父母達も島と一緒に・・・」

 

「そっか。でも、島を隠し、中央の捜索からも逃げ切る事が出来る術って言うのも気になるし両親探しのついでに消えた島探しもしましょうかな」

 

新たな目的を追加し元の話題へと話を戻す

 

「さて、話がかなり逸れちゃったけど本題に戻りましょうか。待たせてごめんね菊」

 

「自分は大丈夫だ。依頼についてだがまず、この世界で最も純度の高い鉱石が採れるのは西の国『ガルブ』にある『ディアモン』という鉱山だ。その鉱山に棲むダイヤモンド・ロックドラゴンがこの世界でも最も硬度の高い体をしている」

 

「西の国ね。早速『テイマー』の術を見れるなんてラッキー。サクラ、せっかくだから転移門から行きましょう。ここからだとかなり距離があるでしょう?」

 

「ここからだと最短距離で馬車を使っても一か月かかりますから転移門を使った方がいいと思います」

 

「なら決まりね。早速行きましょう」

 

「待つのじゃ琴音ちゃん」

 

出発しようとソファーから立ち上がるとギルマスが制止する

 

「指名クエストには手続きがあるんじゃ」

 

「面倒な?」

 

「うぬ。通常のクエストは依頼者が中央に設置されているギルド協会に申請し、協会の許可が下りてからギルドに依頼書が発行される

中央が仲介に入っておるから冒険者は他国でも活動できるし、国の領土内での魔物の討伐や薬草の採取が許可される

じゃが、指名クエストは依頼者と冒険者との間で行われるため協会の仲介が入らない。国の領土内のクエストならギルマスである儂が許可を出せば可能じゃが、他国での活動となった場合はギルマスが他国の冒険者ギルドにいるギルマスに紹介状と許可書を書く決まりなんじゃ。書類を書き終えたら届けるから先に転移門に向かっておいてくれ」

 

そう言うとギルマスは机の中から書類を取り出しクエストに必要な書類を書き始め琴音達は転移門へと向かう。転移門は広場に設置されており、石畳の上に魔法陣が書かれており、描かれている魔法陣を左目で解析する

 

「ふむふむ。これが各国に繋がっている転移魔法の術式ね。これさえあればいつでもどこでも使いたい放題ね」

 

「それっていいんでしょうか?」

 

転移門の使用料の支払いを終えたサクラが悪だくみをしている事を心配する

 

「いいのよ。どうせこの世界の奴らは自力で転移魔法何て使えないんだから。私が使っても誰も信じないわよ。それに、転移門は前払いだからバレる心配もないしね。これこそ完全犯罪」

 

異世界人だから出来る芸当であり、この世界の常識では絶対にありえない方法のため、誰も怪しまれずに実行できるし、それを証明する事も出来ないため絶対にばれる事のない完全犯罪が成立するというわけだ

 

「琴音ちゃん、待たせたのう」

 

しばらくしてギルマスがやって来ると紹介状が同封された手紙を渡す

 

「西の国の冒険者ギルドのギルマスへの手紙と紹介状が入っておる。必ず届けるんじゃよ」

 

「了解。それじゃ、行きましょうかサクラ」

 

「はい。行ってきます」

 

新たなクエストに向けて琴

とサクラは西の国へと繋がる転移門をくぐった



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第九話西の国ガルブ

転移門をくぐると、そこは『ムサシ』とは異なる風景が広がっていた

建っている建物はテントのような形をしており、住んでいる人々は頭にターバンのような布を巻き、民族衣装のような服装をしている

 

「やっぱり住む国によって建物や服装が違っていうのは面白いわね」

 

「昔は『ガルブ』に住む人達は自分達の時期に合わせて領土内を魔物と共に移動しながら生活していたので服装はその名残だと聞いています

現在は国を作り、移動はしませんが自由と魔物との共存を掲げていて国を囲う防壁がないそうです」

 

「へぇ・・・」

 

サクラの説明を聞きながら国の中を自由に歩いている魔物に目をやり、左目で魔法の解析を行う

 

「なるほど。案外カラクリは簡単ね」

 

「簡単?」

 

「魔物を従えている方法が分かったんだけどその方法が思いのほか簡単だったから」

 

「え!?方法が分かったんですか?」

 

『ガルブ』に来たばかりだと言うのにあっという間に魔物を使役する魔法を解析し終えた事にサクラは驚きの声をあげる

 

「うん。ついでにこの国が他国に攻め込まない理由もね」

 

「その理由って一体何ですか?」

 

興味津々にサクラが聞いてくると琴音は人差し指を口に当てる

 

「今は、教えられないかな」

 

「どうしてですか?」

 

「国家の重要な機密だから。多分だけど喋ったりしたらすぐにでも国が抹殺に動くと思うから。後で教えてあげるから今はギルドに向かいましょう」

 

「分かりました。こっちです」

 

サクラの先導でギルドへと向かう。国の中を進んでいくと『ムサシ』にあったギルドと全く同じ造りの建物が見えてきた

 

「ギルドの建物の形は世界共通なの?」

 

「はい、どの国から来てもギルドだと分かり、使いやすいようにと同じ形、同じ構造になっています」

 

「なるほどね。確かにあれならだれが見てもギルドだって一発で分かるしね」

 

『ムサシ』でも木造の建物が並ぶ中にレンガ造りのギルドがあり、『ガルブ』も他の建物と全く違うため異様に目立つし目印にもなる

 

ギルドの中に入り、受付のカウンターへと向かうとカウンターには褐色の肌をしたそばかすの女性が座っていた

 

「見ない顔ですが他国の方で?」

 

「はい。『ムサシ』の国の冒険者をしているサクラです」

 

「琴音よ」

 

「『ムサシ』のギルドマスター八海から『ガルブ』のギルドマスターに手紙と紹介状を預かってます。ギルドマスターへの謁見をお願いします」

 

手紙と紹介状を受付嬢に渡すと手紙の入った封筒を裏返す

 

「確かにこの捺印はギルドマスターが他国のギルドマスターに手紙を書く際に使われる物ですね。お呼びするので少々お待ちください」

 

「その必要はない」

 

受付嬢が席を立とうとした時、ギルドの奥から真っ白な毛並みをした大きな狼に乗った男がやってきた。男の顔には複数のひっかき傷があり、右足がなく義足を装着している

 

「俺がギルドマスターのウォロ。こっちは俺の相棒のハク。こいつが強い奴の気配を感じて来てみれば・・・その正体がこんな可憐な女の子だったのは驚きだがな」

 

「こっちのギルマスは『ムサシ』のギルマスと違って随分とワイルドなおじ様ね」

 

八海は酒を片手に飄々とした印象だがウォロはその真逆で屈強で頼もしい印象をしている。琴音の言葉にウォロは豪快に笑う

 

「はっはっは!これはまた随分と正直な物言いをする嬢ちゃんだ。俺はそういうハッキリと意見を言える奴は好きだぜ」

 

「男にモテても嬉しくないけど誉め言葉として受け取っておくわ。それよりも本題に入らない?」

 

「少しは雑談をして親睦を深めるというのもいいんじゃないか?」

 

「今回は仕事で来ているから無駄話はなし。するんであれば仕事が終わってからにして」

 

「真面目だね」

 

「冒険者に一番必要とされるのは力ではなく仕事をきっちりとやり遂げる事が出来るという信頼と評判。この2つがあれば例え最低ランクのブロンズでも高難易度のクエストを受ける事が出来るからね」

 

「なるほどな。なら、ご要望に応えて仕事の話をしようか。ついてきな」

 

ギルマスに連れられ、奥の部屋へと通されると、ギルマスはハクから降りてソファーに座り、サクラは向いのソファーに座り『ムサシ』のギルマスである八海から預かった手紙と紹介状を渡す

 

「・・・」

 

ウォロは手紙を無言で読み始め、その様子を緊張した様子でサクラは見守る

その隣で琴音はソファーには座らずにウォロの後ろで寝転がっているハクに視線を送り続ける。こちらの視線に気付いたのかハクも私の方を見つめてきた。琴音はハクの前まで移動し、膝をつき左手をそっと伸ばしハクの頭を撫でる。頭を撫でられたハクは特に抵抗する事も嫌がる素振りも見せず撫でられて気持ちよさそうに目を細めている

 

「可愛い・・・」

 

抵抗しないと言うことは嫌がってはいないのだろう。もっと触ろうとお腹の方に手をやるとハクは前足を私の額に押し当ててきた。どうやらお腹を触る事だけは許してくれないようだ

お腹を触るのを止め、代わりに頭や首周りを撫で繰り回すとハクは一切抵抗せず琴音に身を任せて撫でられ続ける。琴音がハクと戯れている間にウォロは手紙を読み終えてテーブルに手紙を置くと腕を組み難しい顔をする

 

「なるほど。お前たちの事情はよく分かった。実力もあるのも分かった。だが、このクエストに許可を出す事は出来ない」

 

「・・・理由を訊いてもいいですか?」

 

「結論から言えば信頼だ

確かにお前たちはゴブリンキング討伐という確固たる実績がある

だが、お前たちがこれから相手にしようとしているのはこの世界で最強の種族と言われている龍種だ。ゴブリンキングとは比べ物にならない程の強さを持っている

もしも、お前たちが討伐に失敗した場合、鉱岩龍の怒りがこの国に降りかかる可能性もある。そうなればこの国で龍を倒せる奴はいない」

 

予想通りの回答にサクラは苦い顔をする。実力があっても失敗した場合のリスクを考えればギルドマスターとしては当然の決断だ。ウォロとは初対面であるため、ウォロを納得させるための材料がない

 

「もしもクエストの内容が討伐ではなく鉱岩龍の抜け殻の採取でしたら許可はおりますか?」

 

このクエストには自分達の今後のギルド内の立場と険悪となったギルド内の雰囲気を脱すためにも必要なクエストでもある

許可が下りないのならお互いの妥協点を見つけるべきだと考えサクラはクエストを討伐から採取に変更する提案を持ちかける

 

「不確定要素は残るがそのぐらいなら許可は出せる。だが、無茶をしないという条件付きだ。これ以上は譲歩は出来ん」

 

「そうですか・・・」

 

「うん?そういえば琴音は何処だ?」

 

「後ろです」

 

「後ろ?」

 

振り返るとそこにはハクの顔をワシャワシャと撫でくりまわされて気持ちよさそうな顔をするハクの姿が映った

 

「なっ!?」

 

その姿に驚き、ハクはソファーから転げ落ちた

 

「大丈夫ですか!?」

 

突然の事に慌ててサクラが駆け寄るがハクはまるで信じられないものを見たかのように目を見開いたまま天井を見上げる

 

「あ、あぁ・・・」

 

サクラに手を貸してもらいながら起き上がりソファーに座り直してもう一度、ハクの方を見るが見間違いでもなくハクは気持ちよさそうな顔をしてリラックスしている

 

「もぉ、何やっているんですか琴音さん」

 

「サクラも触ってみる?すっごくふわふわで気持ちいよ~」

 

「それよりもさっきの話を聞いてましたか?」

 

「一応ね。でも私としては妥協はできないかな。他の連中を黙らせるには討伐ぐらいしないと納得しないと思うよ」

 

採取であれば運や道具を使えば簡単に出来る。だが、討伐であればどんなに罠や道具を使おうとも最強の龍種を倒したという確固たる実績になる

 

「確かにそうですがウォロさんの言い分にも一理あります。ここは採取クエストをクリアしてそれから時間をかけて琴音さんの実力を認めてもらえばいいと思います」

 

討伐による実力を誇示して認めさせる、サクラは実績を積み重ねて実力を示す。互いの考えに食い違いが起こりどうしようかと考えている時、ウォロが口を開く

 

「鉱岩龍の討伐のクエストを認める」

 

先ほどまで反対していたウォロが突然、自分の意見を変えた。サクラは驚いた顔をウォロに向ける

 

「どうしてですか?」

 

「ハクはホワイトウルフと呼ばれる古代の時代から存在する狼の魔物だ。ホワイトウルフは数こそは少ないが龍種にも劣らない実力を持っている

俺はハクがまだ幼体だった頃に戦い、この片足を犠牲にしてやっと勝利し、相棒にする事が出来た

お前達がこの国に来てハクが警戒したという事はハクが危険を感じる程の実力を持っているという事。そして、ハクが触れる事を許したという事は実力を認めているという事。なら、鉱岩龍の討伐も出来ると俺は考えたってわけだ」

 

「つまり相棒が私の実力を認めたから許可が出したって事でしょう」

 

ウォロの話を聞きながらもハクの顔をワシャワシャするのを続ける

 

「そういう事だ」

 

「なら、早速クエストの話をしましょう」

 

ようやくハクを撫でるのを止めてウォロがテーブルに広げた『ガルブ』周辺の地図を見る

 

「鉱岩龍がいるのはここから徒歩で3日かかる場所にある鉱山の名前は『ロックウェル山』この世界でもっとも純度の高い鉱石が採れる鉱山だ」

 

地図に描かれている山を指さし、距離と移動に要する時間を説明する

 

「少し気になったんだけど、どうして鉱岩龍を討伐しようと思わなかったの?」

 

純度の高い鉱石であればかなりの価値があるはず。鉱岩龍を追い払えば莫大な利益が得られるというのにクエストの申請がないといのは少し変だ

 

「単純な理由だ。鉱岩龍を討伐となると報酬として出す金が高いし失敗した時のリスクもある。前から鉱岩龍の目を盗んで鉱岩龍の鱗や鉱石を採取していたが、硬度が高いせいで加工するのにもかなりの時間と労力、金がかかるから滅多に採ろうとする職人も少ない。だから今まで重要視していなかったんだ」

 

「なるほどね。ちなみに、ここから鉱山に行くまでのルートで危険地帯は?」

 

「特にない。鉱岩龍が自分の領域としているせいで魔物は近寄らないらしい。なんなら有料で移動用に魔物を貸すぞ」

 

「別に急ぐ旅でもないからゆっくりと行くわ。行きで3日、討伐に1日、帰りで3日のスケジュールで行くつもりだから1週間って所ね」

 

「分かった。なら、1週間経っても戻らなければ救助隊を派遣してやるやるから安心しろ」

 

「必要ないと思うけど不測の事態が起きた場合は頼らせてもらうわ。他に無ければさっさと出発するよ」

 

「そうだな。後は、生きて帰って来い。それだけだ」

 

「了解。行きましょうサクラ」

 

「はい」

 

ウォロの激励を受けて2人は鉱岩龍が支配する『ロックウェル山』へと出発した



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第十話琴音の計画

『ガルブ』の門をくぐり国外に出ると琴音は足を止めて後ろを振り返り、国の門が完全に閉まったのを確認する

 

「どうかしたんですか琴音さん?」

 

足を止めた事に気付いたサクラも足を止めて振り返ると2人の足元に魔法陣を展開する

 

「近道するよサクラ」

 

「え!?近・・・」

 

最後まで言葉を聞かずに転移魔法を発動させた。転移した先は大きな山の前で目の前には分身体の琴音が待っていた

 

『遅かったね私』

 

「周りに人がいないのを確認する必要があるから国の外に出るまで使えなかったのよ。それよりも、下準備は終わった?」

 

『とっくにね。あの山に鉱岩龍がいるのは確認済み。後はちょっと刺激するだけで起きてくるよ』

 

「了解。じゃあ、お疲れ様」

 

パンッ!とハイタッチを交わすと待っていた方の分身体の琴音は体が崩れていき消滅した

 

「あの、どういう事ですか?」

 

突然の転移魔法、琴音が2人いるという状況を上手く理解できずにいる

 

「簡単に説明すると『ガルブ』に到着と同時に私は分身体を外に出していたの

私の見ている光景はそのまま分身体にも送られるからギルマスのウォロに地図を見せてもらった時に分身体には先にロックウェル山に向かっていたの

なんせ私の転移魔法は行ったことのある場所にしか転移できない。だから分身体を先に行かせて正確な場所を確定させて転移魔法を発動させる必要があったの

こうすれば私はすぐに鉱岩龍と戦えて、しかも残った時間の全てをサクラの修業に使えるってわけ」

 

「私のためでもあったんですね」

 

「まぁね。さてと、これから私は鉱岩龍と戦うからサクラはこの羽織を羽織ってこの場から離れて。いくら私でも龍種を相手に周りの事まで気にする余裕はないからね」

 

「分かりました。琴音さん、私、信じてますから」

 

そう言うと受け取った羽織を羽織り、その場から離れる。残された私はサクラの言葉を聞いて口元に笑みを浮かべる

 

「信じてます・・・ふふっ、実際に言われると何だかこそばゆく感じる言葉なんだ」

 

今まで同年代の子もいなければ友達もいなかった自分には絶対に聞かない言葉だった。こうして聞くと信頼されているという気持ちが直接、心に響くように感じ嬉しく感じる

 

「さてと、じゃあ、信じてくれているサクラの信頼を裏切らないように龍退治を始めましょうか」

 

鉱岩龍の居城となるロックウェル山に向き合う

 

龍王の威圧(ドラゴン・プレッシャー)

 

体から龍力が放出し、放出された龍力がロックウェル山を直撃するとロックウェル山がゴォォォ!と地鳴りを始めると山の中から1体の龍がとび出して琴音の前へと降り立つ

巨大な体に鉱石を取り込んだ鱗が銀色に光り輝き琴音を睨みつける

 

「私は龍王の力を授かった龍姫の琴音。龍を葬る私の刀『龍葬』とこの世で最も高い硬度を誇る鉱石を取り込んだ貴方の体、どちらが強いか勝負と行きましょうか」

 

龍葬を抜き鉱岩龍へ切っ先を向けて鉱岩龍の戦いが始まった



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第十一話龍姫VS鉱岩龍

最初に攻撃を仕掛けたのは鉱岩龍だった

翼を大きく羽ばたかせて空へと上がるとこっちに向かって一気に急降下し突進を繰り出す

 

「まずは私自身の力だけで腕試しね」

 

龍力を使わず、自分の身体能力だけでどれほどの力を出せるかを確かめるために鉱岩龍の真正面に立ち、龍葬を振り上げる

鉱岩龍が龍葬の届く範囲に入った瞬間に斬撃を繰り出すとガキィン!と音と共に龍葬は弾かれた

 

「ッ!」

 

両手に振動が響き龍葬が弾かれた事で上に上がり体がガラ空きになった所に鉱岩龍は速度を落とす事なく強烈なタックルをお見舞いする

体は後方に思いっきり吹き飛び、後ろにあった木に激突して止まったが、木の方は激突された時の衝撃に耐える事が出来ず倒木した

 

「イタタ・・・痛くはないけど思ったより衝撃が強い。龍王、龍種が相手だけど私と変わらなくていいの?」

 

龍王の目的は強い奴と戦う事。最強の方さを誇る鉱岩龍であれば戦う価値があると思うが龍王は口を出さないでいた

 

『お前が奥の手を使っても倒せないのなら声を掛けろ』

 

龍人化(ドラゴン・フォース)使っても倒せないぐらいの強さがないと駄目とか探すの無理ゲー過ぎない?」

 

龍人化(ドラゴン・フォース)は龍王の力を全開までとは言わないが使う事が出来る。その状態ので倒す事が出来ないほどの敵を求めているとなると世界に1人いたらいいぐらいの強さだ

 

『文句を言わずに探せ。それが俺とお前の間で交わした契約だ』

 

「はいはい」

 

溜め息を吐きながら起き上がり上空で旋回している鉱岩龍に目を向ける

斬撃が当たった頭部には一切の傷もヒビも入っておらず、ダメージも入っていないようだ

 

「ダメージなしか・・・しかも龍王の爪と牙で造られた龍葬でヒビすら入らない。鱗が固いのか、私の剣の腕が悪いのか、それともその両方かな?」

 

原因と反省点を考えていると鉱岩龍は再びタックルを繰り出す

 

「じゃあ次は、龍王の力を使ってみようかな」

 

龍葬の刀身に混沌を纏わせて振り上げる

 

「龍刃閃」

 

『ッ!』

 

斬撃が当たる瞬間、鉱岩龍は身体を捻って斬撃を避けて再び上空に戻る

 

「混沌を纏った斬撃を避けたって事は今の攻撃はヤバいって本能で分かったって事はやっぱり龍に対しては武器だけじゃなくて龍力も必要になる訳ね。なら、こっからは本気で殺すつもりで行くよ」

 

再び刀身に混沌を纏わせて鉱岩龍に目を向ける

鉱岩龍は龍葬と龍葬の刀身に纏っている混沌を見て本能的に危険を感じ戦い方を変え、自分の前に魔法陣を展開し魔力を収束させていく

 

「この世界の龍は魔力を使うみたいだけど龍王が特別なの?」

 

『世界が違えば存在する龍が扱う力も変わる。俺の世界では全てから独立した龍力だが他の世界に行けば人間のように魔力を使う龍種だっている』

 

「なるほどね。使用される力が魔力であるなら左目で解析できるってわけね」

 

左目の能力を発動し鉱岩龍を視ると一瞬で魔法が解析され使用される魔法は自身の魔力を土属性の鉱石に変換し散弾のように周囲に拡散させる魔法砲撃だと解析する

解析が完了すると同時に解析した通りの槍の形をした鉱石が散弾のように降り注がれる

 

「分かっていたけど量が多い」

 

愚痴を溢しながらも龍葬に龍力を更に流して刀身に纏う混沌が大きくなっていく

龍葬を振り上げると刀身に纏っていた混沌を圧縮していき、圧縮された混沌は徐々に小さくなっていき刀身と一体化するようになるまで小さく圧縮された

 

「龍撃衝」

 

龍葬を振ると同時に圧縮していた混沌が斬撃を放つと同時に爆発したかのように勢いよく放出され衝撃波として放たれた。放たれた斬撃は石の槍を切り裂きながら進んでいき、やがて鉱岩龍の元へと届き鉱岩龍の鱗を切り裂いた

攻撃を喰らい体をのけ反らせた事で魔法陣が消滅し砲撃が止んだ。その隙を逃さずに大きくジャンプし鉱岩龍の頭上を取り、龍葬の刀身に混沌を纏わせる

 

「龍刃閃」

 

斬撃が鉱岩龍の鱗を完璧に斬り裂き、血を噴き出して鉱岩龍は地上へと落下する。私も地上に戻ると龍葬を軽く振って刀身に付着した血を振り払い鞘へと納刀する

 

「いい勝負だったよ鉱岩龍」

 

決め台詞を決め琴音は最強の防御を誇る鉱岩龍との戦いに勝利した



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第十二話ディアン

戦闘を終えるとサクラが琴音の元に駆け寄る

 

「お怪我はありませんか琴音さん」

 

「大丈夫よ。それよりも少し下がって」

 

サクラから羽織を返してもらい再び羽織ると鉱岩龍から少し離れると鉱岩龍を覆う程の大きな魔法陣を展開する

 

龍王の慈悲(ドラゴン・ヒール)

 

鉱岩龍の巨体を混沌が包み込むと戦闘による刀傷が癒えていく

 

「な、何をしているんですか!?」

 

せっかく倒したというのに鉱岩龍の治療を始めた事でサクラが慌てだす

 

「ちょっといいことを思いついたの。それと、これからこの龍と会話するからサクラも聞いていてね」

 

鉱岩龍の傷が完全に癒えると閉じていた鉱岩龍の瞳が開きゆっくりと体を起こす。目を覚ましたのを確認するとサクラの足元に魔法陣を展開し対話の準備を整える

 

『敵の傷を治すとはどういうつもりだ?』

 

鉱岩龍が私達に語り掛ける

 

「聞こえるサクラ?」

 

「あ、はい。聞こえます」

 

「なら良かった」

 

魔法陣が正常に機能している事を確認すると鉱岩龍の方に目を向ける

 

「聞きたい事があるっていうのと提案があるから生かした。それだけよ」

 

『良いだろう。我は負けたのだから勝者の言う通りにしよう』

 

「まず、鬼と人間の夫婦、もしくは2人組を見た事はある?」

 

『鬼と人だと?随分と奇妙な事を聞くな。鬼とは東で人を喰らう妖怪の一種だろう。その鬼が人と夫婦になるとはな』

 

「その発言からして知らないようね」

 

『あぁ、我は此処から離れる事はないからな。聞きたい事はそれだけか?』

 

離れた事が無いのなら妖怪達が魔族と組んだ事、妖怪が人間達と手を組んだ事も知らないのだろう

 

「そうね。じゃあ、次は提案なんだけど・・・鉱岩龍、私と友達にならない?」

 

『友達・・・だと?』

 

予想外の提案に鉱岩龍は驚き言葉を詰まらせ思考が止まる

 

「そう。友達」

 

大真面目な顔をした琴音を見て鉱岩龍は大きな声で笑う。その笑い声は咆哮のように周囲に響き渡り、あまりの声の大きさにサクラは恐怖を感じ琴音の背後に隠れる

 

『可笑しな事を言うな。我は負けたのだぞ。ならば求めるのは友ではなく下僕ではないのか?』

 

「別に私は下僕が欲しいわけじゃないからね。それで、私の提案は受けてくれるの?」

 

『敗者に拒否をする権利はない。お前が友の関係を望むというのであればそれに従おう』

 

「じゃあ、これで私達は友達ね。そういえば鉱岩龍には名前とかってあるの?」

 

『ディアンだ』

 

「よろしくディアン。私は琴音、こっちはパートナーのサクラよ」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

琴音は平気だが普通の女の子であるサクラは自分よりも上位種である龍にと視線を合わせるだけでも体が防衛本能が働き警告が発せられ、サクラは琴音の背後に隠れる

 

「さて、早速だけどディアン。しばらくの間でいいから修行が出来る場所を貸してほしんだけどどこかない?できれば周囲にどんな影響があっても平気な場所がいいんだけど」

 

『今いるこの場所なら問題ない。だが、鉱山の方には被害を出さないでくれ。あそこは俺の寝床であり食事の場でもある

人間達も滅多に寄り付かない場所だから気に入っているんだ・・・琴音、ひとつ聞いていもいいか?』

 

会話の中で気になる事を思いだしディアンに質問する

 

「どうかした?」

 

『昔から気になっていたことがあってな。龍は一年に一度、成長する際に鱗や牙、爪が生え変わる。生え変わる際には抜け殻が出る

俺としては抜け殻が邪魔だから特に気にせず放置しているんだが・・・その抜け殻を何故、人間達は欲しがるのだ?』

 

「まぁ・・・そうよね」

 

人間達からすれば鉱岩龍の抜け殻は喉から手が出るほど欲しがるものだ

だが、ディアンからすれば邪魔な抜け殻を人間がどうして欲しがるのか分からない

 

「龍の牙や爪、鱗というのはこの世界で最も硬い物質だからその抜け殻を加工して武具とかにすると高値で売れる。だから欲しがるんだよ」

 

『俺たちの抜け殻を使って武具を作るとは人間は面白い事を考えるな。毎年のように抜け殻を持っていくから何故、俺の寝床を掃除しているのかとずっと疑問だったんだ』

 

「まぁ、確かに龍側からすれば掃除してくれる奴ぐらいの反応よね。ところで、今年の抜け殻とかってあるの?」

 

『あるぞ。数日前に全て生え変わった。欲しければやるぞ』

 

「じゃあ、後で貰うわ」

 

抜け殻を貰う約束を取り付け、本題へと入る

 

「さてとサクラ、これから修行を始めます。今から約一週間の間にどれだけ成長できるかはサクラ次第よ」

 

「はい!よろしくお願いします」

 

「その意気よ。ディアン、あなたも少しだけ手伝ってくれる?」

 

『俺にできる事なら手伝おう』

 

ディアンの了承も得てサクラの修業を開始する



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第十三話目標

修行を始める前に琴音はサクラに対して心配事があり、それを解決するためにまずは話し合いの場を設ける

簡易的だが手頃なサイズの鉱石をテーブルと椅子代わりにしてサクラと向かい合うように座る

 

「さて、修行を始める前にちょっと確認したい事があるんだけど、サクラは強くなりたいって言っていたけど具体的にどういう風に強くなりたいという目標はある?」

 

琴音の質問にサクラは答えに詰まる

強くなりたいという気持ちはある。だが、自分が何をしたいとか、どういう事をしたいとかは考えておらず、とにかく強くなりたいという漠然とした考えしかなかった

 

「やっぱり具体的には考えてなかったようね

強くなろうとする気持ちは立派よ。でもね、ただがむしゃらに修行をしても強くなんてなれない。無茶な修行や無意味な修行は逆に自分自身の能力を弱体化に繋がるかもしれない」

 

アニメや漫画で聞いた知識を喋るが、実際にはその通りで琴音がこの世界に来る前に修行した時にそれは実感した

がむしゃらに修行しても何が良くて、何が悪かったのかが分からなかったが、明確な目標を立てて修行すると目標に近づいているのが分かり、強くなれたと確かな手ごたえを感じられる

 

「一週間という長いようで短い日数を最大限に活用し強くなるために一番最初にしなければならない事は自分自身と向き合う事」

 

「自分自身と、向き合う?」

 

「そう。自分の出来る事、得意な事を伸ばす方法、弱点があればその弱点を克服、克服できない場合はそれをどのようにして補えばいいかを考えながら自分が今やるべき事を具体的に示して目標にする。これが強くなるための最短な道ってわけ」

 

「私、強くなりたいと考えていただけで自分がどういう強さが欲しいのか分かってませんでした」

 

諭された事でようやく自分が何をやるべきなのかを明確に理解できたのを見て次の話へと移る

 

「じゃあ、まずはサクラの現在の強さについて向き合ってみましょう。まず、サクラは霊力と妖力が混ざった存在でお札がなければ力を行使することが出来ない」

 

「はい。お札は全部で10枚です」

 

そう言ってサクラはテーブルの上に10枚のお札を並べる

 

「ゴブリンキングと戦闘した際にお札を5枚使っていたけどあれが普通なの?」

 

「いえ、1枚でも身を守るための結界は使えますがあの時はゴブリンキングという強い魔物だったので咄嗟にお札を重ねがけしました」

 

「つまり、1枚でも使えて複数枚を同時に使う事で結界を強化できるって事ね」

 

「はい。ですが、お札に込められている霊力が尽きれば私は無力ですが」

 

「それは弱点であると同時に強みでもある。お札さえあれば霊力が尽きていようとも戦う事が出来るんだからね。ところで、お札の元となった霊樹ってどこにあるの?」

 

「霊樹は私の故郷にあった世界最古の樹木なので今はどこにあるかもわかりません」

 

「となるとお札を増やす事は出来ないって事か」

 

お札はサクラが霊力をあらかじめ注いでおけばいつでも使える。お札の数を増やせば単純に使い勝手が良くなるが、現状ではお札の枚数が増やせないとなると他の方法を考えて方がいい

 

「お札の枚数が増やせないとなると最初にやるべき事はお札に込められた霊力の完全制御ね」

 

「完全制御?」

 

琴音の出した言葉の意味が分からず聞き返す

 

「百聞は一見に如かず。実際に見てもらった方が早いわ。サクラ、お札を持ってこっちに来て」

 

サクラを手招きし、足元に魔法陣を展開する

 

「じゃあ、いつものようにお札を使って結界を作って」

 

「えっ・・・はい」

 

戸惑いながらもお札を手に持ち、長方形の結界を形成する。すると、お札を中心に霊力の流れが見える

 

「この魔法陣は範囲内の力の流れを視認出来るようにする効果があるの。今、お札を中心に霊力が流れて防御結界を形成しているのが見えるでしょう」

 

「はい」

 

「ディアン、この結界の中心を爪で軽く叩いてみて」

 

『叩けばいいのだな?』

 

さっきまで蚊帳の外だったディアンに話を振り、ディアンは言われるがままに爪で軽く結界を叩くとキィィィン!と音がしてディアンの爪を弾いた

 

「じゃあ、次は結界の端っこの方をさっきみたいに軽く叩いてみて」

 

『分かった』

 

先ほどと同じくらいの力で結界の端っこを叩くとパリィィン!と音を立てて結界の端っこが砕け散った。結界が砕け散ると、その場所に霊力が送られていき結界が修復され、数秒で元の形へと戻った

 

「今の見た感じだと霊力があれば結界の修復も可能のようね

さて、見てもらって分かったと思うけどお札に近い場所には霊力が集中しているから龍の攻撃を防ぐ事が出来る。でも、お札から一番離れた場所には霊力が集中していないからディアンが軽く叩いただけで壊れちゃうぐらいに脆い。この場合、どうすればいいか分かる?」

 

「霊力を更に込めて結界の強度を上げるでしょうか?」

 

霊力の量が少ないのなら今以上に霊力を込めることが出来れば結界自体の強度を上げられる

 

「お札の数を増やす事が出来ればそれでも良かったんだけどね

お札には数の限りがあり、しかもお札1枚に込められる霊力の量は決まっている。こうなると無闇に霊力を消費するのは愚策

私の考えているのはその逆で、霊力の消費を抑えながらディアンのブレス攻撃すらも防げる強固な結界を形成する事よ」

 

「霊力が少ないから結界が壊れるのに霊力の消費を抑えるってどういう事ですか?」

 

言っている事が矛盾しておりサクラの頭が混乱する

 

「方法は簡単。結界を小さくするだけ」

 

そう言って琴音は結界を張っているお札に触れると、霊力の流れが変わり結界は小さくなっていき手の平サイズにまで小さくなった

 

「ディアン、今度は強めに攻撃してみて」

 

『うむ』

 

ディアンが頷くと腕を振り、爪が結界に当たるとガガガガッ!と音を立ててディアンの攻撃を弾く

 

「このように結界の面積を小さくする事で霊力が圧縮され結界の強度が上がりディアンの攻撃すらも防ぐ事が可能となり、しかも結界の面積が小さくなった事で霊力の消費を抑える事も出来る」

 

「・・・」

 

実演を見てサクラは目を大きく見開き、口をポカンと開ける

 

「どうしたの?そんな驚いた顔をして」

 

「いえ・・・子供の頃から使っていた力にこんな使い方があったなんて全く知りませんでしたので・・・」

 

「まぁ、使い手が少ないと研究もほとんどされないからね。色々と試行錯誤すれば可能性が広がり、新たな使い方が生まれるかもしれないからね

とりあえず、最初の修業は結界の大きさを自由に変えられるようにする事。最初はこの魔法陣の上で霊力の流れを見ながら練習。出来るようになったら次は魔法陣なし」

 

「はい!」

 

こうしてサクラの修業が始まった



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第十四話可能性

サクラの修業を始めて数時間が経過し太陽が沈み始め、辺りは赤く染まっていく

この数時間の間にサクラは結界の大きさを変えられるようにはなったが通常時より結界を大きく形成したり小さくしようとするとい形成するまでに多少の時間がかかる

 

「サクラ、今日はここまでよ」

 

「で、でも・・・」

 

修行を続けようとするが結界を生成する際に結界の大きさ、霊力の配分などを行わなければならないため精神的に疲労する。このまま無理に続けても修行の効率が悪くなるだけだ

 

「時間が惜しいのは分かるけど、今ので全てのお札を使い切ったからもう出来ないでしょう。後の時間はお札に霊力を込める時間にしなさい」

 

「はい・・・」

 

不服そうではあるが札には霊力が殆ど残っていないため、たとえ続けたとしてもあと数分しか持たない。サクラもそれを理解して渋々と修行を終えて霊力を札に込める作業に移る

サクラが作業を始めると森の中から分身体がひょっこりと顔を出した。手には紙袋を持っており、パンが袋から少しはみ出している

 

「ただいま」

 

「おかえり。その食料、どうしたの?」

 

前回のゴブリンとゴブリンキングを倒した報酬の全てを指名クエストの担保に使ってしまったため、お金を持っていない。それなのに分身体の持っている物はお店で買ったようにしか見えない

 

「ガルブに向かう道中で盗賊に襲撃されたから返り討ちにして兵士に突き出したら謝礼金として貰ったから買ってきた。本体である貴女はともかくサクラには必要でしょう」

 

分身体から荷物を受け取り、中を確認する。パン以外に缶詰や干し肉といった長期保存に優れている食料が入っていた

 

「こんだけあれば予定していた一週間は十分に持ちそうね。ありがとう。それで、頼んでいた方はどうだった?」

 

サクラが修行をしている間に分身体をガルブに派遣し、ガルブの人間しか使えない魔物を使役する魔法について隠しておきたい事実についてガルブ王にアポなしで訪問して取引を持ち掛けるように頼んでおいた

 

「どういたしまして。頼まれていた事だけど予想通り、魔物を使役する魔法の事を話したらすんなりと取引に応じたわ。日程は一週間後、ガルブに着き次第早急に城に来てくださいだって」

 

「了解。尾行は?」

 

「されなかった。ガルブの王はかなり慎重みたいだからこっちを刺激しないように条件を呑んだって感じ

逆に側近は殺気を剥き出していたみたいだけど追っ手を差し向けなかったから王の命令には忠実なんだと思うけど後から来る可能性までは不明」

 

「まぁ、ここはディアンの縄張りだし簡単には手を出しては来れないでしょう」

 

楽観的な意見だが、ここはディアンの縄張りであるため簡単には手を出せないし、例え何かしてきても簡単に対処できる

 

「じゃあ、私は帰るね」

 

「お疲れ~」

 

軽く労いの言葉をかけて分身体は消滅した。紙袋からパンと干し肉を取り出しサクラの元に向かう

 

「サクラ、夕食にしましょう」

 

「あ、はい」

 

霊力を込める作業を中断して夕食を受け取る

 

「それじゃあ、いただきます」

 

「いただきます」

 

2人は手を合わせ食事を始める

パンを一口サイズにちぎるとパンの匂いを嗅ぐ。焼きたてではないため匂いはしないが微かに匂いがある

口に放り込み、目を閉じて視界を遮断してパン噛む。サクッと音を立ててパンが潰れ、口の中にパンの味が広がる。2回、3回とゆっくりと咀嚼し、そして飲み込んだ

 

「これがパンの味・・・美味しい~!」

 

初めて食べる味に舌鼓しながら次に干し肉にかぶりつく。軽く歯を立てたぐらいでは食い千切る事が出来ず、今度は強く噛み、干し肉を引っ張るとブチブチッ!と音を立てながら引き千切り咀嚼する

 

「これがお肉!固い!でも歯ごたえがあって美味しい♪」

 

異様にテンションが上がって食事を楽しむ私を見てサクラは少し驚く。そんな表情をしたサクラに気付く

 

「あ、うるさかったよね。ごめんね」

 

「いえ、まるで初めて食べるかのような反応だったのでびっくりしただけです」

 

「サクラの言うように初めてよ」

 

「え・・・?」

 

さっきのは言葉の綾であり本当に初めて食べたと肯定されさらに驚く。そんなサクラの表情を見て苦笑する

 

「本当に食べた事ないのよね。前に私は生まれながらにして体に大きな病気を持っていたって話はしたわよね」

 

「はい」

 

「生まれてからずっと病院のベッドの上で過ごしてきたけど、一番苦しかったのは食事

健康面に配慮された食事だから味は薄くて不味い。とてもじゃないけど食べられたものじゃない。ジュースなんて飲めず、いつだって飲めるのは水だけ。食欲がない時は点滴で直接体に栄養を送るようなやり方も多かったから本当に苦痛だったな・・・」

 

過去の事を思いだしながら遠くを見つめる目は全てに絶望したかのように曇っていた

 

「えっと・・・ごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまって」

 

「気にしないで。こうして念願の本当に美味しい食事をする事が出来たんだから私は今、とっても幸せよ。この依頼を終えてからはもっともっと美味しい食べ物や飲み物をいっぱい堪能するつもり!」

 

まるで無邪気な子供のようにウキウキしながら琴音は干し肉を頬張り幸せそうな顔を浮かべる

 

「琴音さん、ムサシに帰ったら美味しい料理を作りますね」

 

「うん?ありがとう」

 

サクラは苦労したんだな~というような視線を送り、琴音はそれを感じ取りお礼を返して食事を続ける

食事を終えて一息つくと琴音は今日の修業について思った事、強くなる可能性について話す

 

「修行を見て思ったけどサクラは力の制御が上手だから結界の大きさを変えるのは早い段階で習得できたし、後は何度も練習を繰り返していけば結界生成の速度も速くなるから一週間もあれば実践で使えるぐらいになるでしょう」

 

「はい!頑張ります」

 

「その意気よ」

 

やる気が燃え上がるとサクラはふと、ある事を思いつく

 

「あの、相談したい事があるんですがいいですか?」

 

「何か不満な事でもあった?」

 

「い、いえ、不満は全くありません

結界の大きさを変える事で札の消費を抑えながら少ない力で相手の攻撃を防げる事が出来るなんて知りませんでしたし、実演もしてくれたのですごく納得出来ました

ただ、私の力って防御だけじゃないですか、攻撃に使う手段はないかと思いまして」

 

琴音は腕を組み、少しだけ考え込む。過去に見たアニメ、読んだマンガや小説の記憶を掘り返していき、答えにたどり着いた

 

「無い訳じゃないけど・・・出来るかどうかはサクラのお札の仕様次第になるかな」

 

「それは、一体どんな方法ですか?」

 

手段があると聞き、サクラは食い気味に迫る

 

「落ち着いて。あくまで出来るかもしれないっていうだけだから」

 

「あ、すいません・・・」

 

サクラは謝りながら離れ、琴音は説明を始める

 

「サクラに使えるかもしれないって言うのは結界を自由自在に操る方法よ」

 

「自由自在というと大きさを変える以外って事ですか?」

 

「まぁ、言うより実際に見せ方が早いね」

 

そう言って立ち上がり、両手を前に突き出すと長方形の結界を2つ出現させる

両手をゆっくりと動かすと、それに連動して結界が動き、1本の木を挟むように結界を両端に運ぶ

 

「こうやって手を動かして結界を操作するだけなんだけど、これを応用させれば・・・」

 

パチンッ!と両手を合わせると2つの結界は木を挟み込み粉々に粉砕した

 

「こんな攻撃が可能になる」

 

「凄い・・・」

 

全く想像していなかった自分の力の可能性に驚き、サクラは衝撃を受ける

 

「極めれば念じるだけで結界をまるで自分の手足のように自在に動かす事が出来る

念じるだけで動かせれば両手が空く。両手が空けば更にお札を使えるようになってより多くの結界を張ることが出来る。どう?私の考えた防御と攻撃を同時に行える攻防一体の技は?」

 

普通であれば実現不可能なぐらいに難易度の高い技術であるが私の言葉にサクラは口元に笑みを浮かべる

 

「習得します。絶対に!」

 

こうしてサクラの修業は本格的に開始した



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第十五話サクラVSディアン

修業を始めてから時間が経過し、7日目を迎えた

 

「さて、じゃあサクラには最終試験を受けてもらうわ」

 

「はい!」

 

「いい返事ね。対戦相手は・・・ディアン!」

 

サクラの前にディアンが空から舞い降り着地と同時に周囲に砂煙が舞い上がる

 

「ルールは簡単。ディアンの攻撃を全て防ぎきれればサクラの勝利、ディアンはサクラの結界を破壊し、サクラ自身に攻撃が届いたらディアンの勝利とします」

 

『琴音、俺の攻撃が当たったら不味くないか?』

 

いくら人と鬼のハーフだからと言って龍種の攻撃をまともに受けたらただでは済まない

 

「大丈夫。サクラには私の防御魔法をかけてあるから全力でやっても怪我をする事は無いから安心して」

 

『なら、問題ないな』

 

それを聞いてディアンはやる気になり戦闘態勢に入りサクラも札を構える

 

「準備は出来たようね。それじゃあ・・・始め!」

 

開始の号令と同時にディアンは空に向かって口を大きく開き、魔法陣を展開する

 

「序盤からあれを使うのね」

 

何をするのかを察し、ディアンからサクラの方に視線を移すとサクラはディアンを観察し、どんな行動を取るかを予測しディアンの方は魔法陣に魔力が収束していく

 

「そろそろね」

 

そう呟くとディアンの収束された魔力は空に向かって発射されると、上空で爆発し、飛び散った魔力の欠片は鉱石の矢に変換され雨のよう降り注ぐ

サクラは札を自分の前に投擲し、結界を形成し降り注ぐ鉱石の雨を真っ向から防ぐ。結界に当たるたびにキィッン!と金属音が響き、サクラの周囲には結界に弾かれた鉱石の矢が転がる

全ての攻撃を防ぎ切るとディアンは地上に降り、咆哮を上げるとサクラの周囲に転がっていた鉱石の矢が宙に浮き、全方向からサクラに狙いを定め発射された

 

「っ!」

 

懐からお札を1枚取り出し足元に叩きつけるとサクラを中心に半円状の結界が形成され攻撃を防ぐ。しかし、半円状に形成された結界は全体を守れるが、霊力の消耗が早く、脆い

数発の攻撃を防げても次第に結界に亀裂が走るが、サクラは冷静に状況を確認して懐からお札を取り出し使うタイミングを伺っている

 

「サクラも強くなったね」

 

修行の成果が出ていると嬉しく思いながら腕を組み、納得した顔で頷く

 

「流石に結界を動かす事までは出来なかったけど動かせる事が分かったから修行を続けていけば習得できそうだし、これからどう進化していく楽しみね」

 

サクラの将来の可能性を考え笑みを溢しているとディアンが攻撃を中止して最後の攻撃を仕掛ける準備を始める

地上に降り、サクラと距離を取ると魔力を最大まで高め目の前に魔法陣を形成し最大まで高めた魔力が魔法陣に収束されていく

サクラも最後の攻撃だと気付き、持っている全てのお札を投擲し、自分の前に直列に並べ、防御の準備を行う

 

「最大の攻撃と最大の防御。どっちが勝つかな」

 

ディアンは最大出力の砲撃を繰り出し、サクラは何重にも重ねた結界でディアンの砲撃を受け止める

最初は拮抗していたが、次第に1枚、2枚と結界が破壊されていき、最後の1枚まで破壊され、ディアンの砲撃はサクラに直撃する直前に琴音がサクラにかけておいたおいた防御魔法が発動し、ディアンの攻撃からサクラを守った

 

「勝負あり!」

 

完全に決着が着きサクラはその場に膝をつく

 

「お疲れサクラ」

 

「負けちゃいました」

 

少し悔しそうな顔を浮かべこちらに顔を向ける

 

「龍種相手にあそこまで攻撃を防げれば大したもんだよ。そうでしょうディアン」

 

『まぁな。最後の攻撃を少しの間とはいえ耐えれたのには俺も驚いた。このまま精進していけばいつか、俺の攻撃すらも完全に防がれてしまうだろうな』

 

少しの危機感を覚えながらディアンはサクラを高く評価する

 

「それじゃあ、最終試験を突破した記念に私からの贈り物です」

 

そう言って琴音はサクラに小さめのカードケースを渡す

 

「これは?」

 

「これはお札を入れるための入れ物だけど、龍魔法を3つ掛けてあるの。説明は見た方が早いからまずはそれを空間魔法のかかった懐の中に入れてみて」

 

「はい」

 

言われた通りカードケースを懐に入れると、霊力を使い切ったお札がフワリと舞い上がり懐の中に戻り、ケースの中に入っていった

 

「1つ、使用したお札の自動回収、2つ、ケース内にあるお札にケースを通してサクラの霊力を自動で蓄積させる。そして3つ、サクラが念じればどこでも自在にお札を呼び出せる機能」

 

試しに右手を出して念じると右手の上にお札がまるで瞬間移動したかのように表した

 

「凄い。こんな魔法、見た事も聞いた事もない」

 

「当たり前でしょう。私しか使えない龍魔法なんだから。私が思うにこの3つの機能があれば十分に戦闘で役に立つはずよ」

 

この一週間で気付いた事

お札は使用する度に懐から取り出す必要がある、霊力が尽きたお札は紙切れ同然となりサクラが自分で拾って回収する必要がある。そして最後にお札を使用と霊力の蓄積は同時には行えない

この3つを補えればきっと強くなると思い琴音はこのカードケースを作った

 

「ありがとうございます琴音さん」

 

「お礼なんていいのよ。ただし、最終的にはこの箱と同じ事をサクラ1人でも出来るように修行する事は忘れないでね」

 

「はい。これからも精進します」

 

「その意気よ。さてと、そろそろガルブに戻ろうか。ディアン、貴方も一緒よ」

 

『分かった』

 

サクラの最終試練を終え、私とサクラは新たに仲間になったディアンを連れてガルブに向かった



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第十六話国王との取引

「それじゃあ、これからガルブに戻るけど空の旅は寒いからサクラはこれを羽織っててね」

 

羽織を渡し、手を引かれながらディアンの背に乗ると私は前方に風除けの結界を張る

 

「じゃあ、よろしくねディアン」

 

『あぁ』

 

琴音の合図でディアンは翼を羽ばたかせて空へと上がりガルブに向かって空を物凄い速度で移動する

 

「おぉ・・・これは速いね。サクラ、大丈夫?」

 

「た、高い!・・・怖いです!」

 

背中に強くしがみつき目には涙を浮かべている

 

「大丈夫だって。落ちたら助けるから」

 

「落ちる前提で話を進めないでくださいよぉぉぉぉ!」

 

サクラの悲鳴が空に木霊しながらディアンはガルブに向けて速度を上げていき、それに比例してサクラの悲鳴が更に大きくなっていく

 

しばらく空の旅を続けているとガルブの姿が見え始める

 

「ディアン、あの一番大きな建物に向かって」

 

『任せろ』

 

目的地に向けて速度を上げ、目的地の上空に到着すると建物の屋上にディアンが降りるのに十分なほどの広さがあり、その場所から少し離れた場所に2人の男がいる

 

「あれがこの国の王様ね」

 

分身体の記憶は分身体が消えた時に本体に還元されるため国王とは初対面ではあるけど会った記憶がある

 

「ディアン、あの場所に降りて」

 

『了解した』

 

屋上に降り、ディアンの背から降りると国王と側近の男が近づく

 

「会談の場は用意してある。ついてきてくれ」

 

「了解。行くよサクラ」

 

「・・・」

 

声を掛けるがサクラから返事がない

 

「サクラ?」

 

ふり返るとサクラはディアンの背で目を回して気絶していた

 

「う~ん・・・流石に最初から龍の背に乗せて飛行するのはきつかったかな」

 

いくら風除けの結界を張っていても龍の背に乗っている時は景色が後ろに吹っ飛んでいくのは恐怖でしかない

 

「しょうがない。おぶっていこう」

 

サクラを背中に背負い、国王の後に続き案内されたのは屋内ではなくディアンが着地して場所から少し離れた所に用意されていた

来賓用なのかテーブルとイスは凝った装飾が施されており、テーブルの上には空のティーカップ、注ぎ口から湯気が出てるポット、茶菓子が置かれている

 

「簡易的ですまないな。本来であれば客人として出迎えたいのだが・・・」

 

国王は隣にいる側近の老人に視線を向ける

 

「お言葉ですが、この方は無断で城に侵入し、国王様に無礼な態度を取った上に我が国の秘密を知っていると口にしたのです。最上級に警戒するのは当然です。本来であればこのような席を用意する事自体がありえない措置です」

 

「このように口うるさく説教を受けて仕方なくこんな措置を取らせてもらった」

 

国王は苦笑いを浮かべ、側近は不満そうな顔を浮かべながら国王を睨みつける

 

「こっちとしてはこれぐらいの処置で済んだことに驚きよ。てっきり到着するなり襲撃して来るんじゃないかって思ってたぐらいよ」

 

「それで君達を倒せるのならそうしていた。だが、無理であろう」

 

「よく分かってるじゃない」

 

自分達が保有している戦力を集結させても勝てないと確信したから対話を選んだのだろう

 

「では、平和的な対話を始めようか」

 

「了解。サクラ、そろそろ起きてくれない?」

 

「はっ!私は・・・」

 

「目が覚めた。降ろすけど立てる?」

 

「あ、はい。大丈夫です。それと、こちらの方達は?」

 

「ガルブの国王と口うるさい側近」

 

「えっ!」

 

いつの間にかガルブに到着しており、国王の御前の前にいる事を伝えられ、サクラは慌てて背中から降りると身だしなみを整える

 

「初めまして。冒険者のサクラです。本日はお招きいただきありがとうございます」

 

礼儀正しく挨拶の言葉を述べ頭を下げる

 

「礼儀正しいわねサクラ」

 

「国を治める偉い人の前ですよ。琴音さんも言葉遣いや態度に気を付けた方がいいですよ」

 

「残念でした。私は龍の王様である龍王の力を受け継ぐ龍姫だから同格で~す」

 

揚げ足を取ったかのように嬉々とした表情で宣言するとサクラはその言動に少しだけ苛立ちを覚える

 

「それは屁理屈です。王を名乗る資格があったとしても、同格であったとしても友達でもない初対面の人にその態度は失礼です」

 

「相手に合わせて態度をコロコロ変えるのは面倒なの。私は誰に対してもこの態度で接するし、それで嫌な顔をするなら関わらないし、好意的に受け止めてくれるのならこれからも付き合いを続ける

私はそういう判断基準で人間関係を構築しているからね。それより、そろそろ話し合いを始めましょう」

 

雑談を切り上げ、席に着くと側近の人がカップに紅茶を注ぐ

 

「わが国で栽培、製造されている紅茶とクッキーです」

 

「どうも♪」

 

差し出されたカップを手に取り一口飲む

 

「う~ん・・・これが紅茶の味か・・・少し大人って感じの程よい苦さね」

 

感想を述べると次にテーブルの上に置かれているクッキーを取り口に放り込む

 

「クッキーはサクッとした軽い食感、噛むと口の中に甘い香りが広がり、苦みのある紅茶によく合う」

 

美味しいクッキーに舌鼓を打ちながら琴音はクッキーを食べ進める

 

「サクラも食べなよ。20枚あるから1人5枚は食べられるよ」

 

「あはは・・・いただきます」

 

枚数までしっかりと数えている事に恥ずかしさを感じながらもサクラはクッキーを1枚だけ食べる

紅茶とクッキーを堪能した琴音は一息つき、王に視線を向ける。その視線は先ほどまでの紅茶を楽しんでいた時とは違い、視線が変わった事でその場の雰囲気が一瞬で真面目な話し合いの場へと変わる

 

「さて、美味しい紅茶とお菓子を頂いた事だし、そろそろ真面目な話し合いを始めようとしましょうか」

 

「あぁ、君の言っていた秘密についてもぜひとも知りたい」

 

雰囲気が一変した事で国王は背筋を伸ばし琴音に視線を向ける

 

「単刀直入で言うとガルブの民しか使えないという魔物を使役する魔法はある条件を満たした時のみ発動する魔法である事」

 

「その条件とは一体何か分かっているんだな?」

 

国王と側近は平静を保っているが善悪の感情を読み取れる龍王の能力を持ってすれば国王達の内心が不安でいっぱいである事が丸わかりだ

 

「勿論よ。この国は昔は土地から土地に移動して生活する一族だった。だけど今はこの場所に国を構えた

その理由は大きなエネルギーの合流地点を探していたから。この国に来てから体に妙に力が漲るような不思議な感覚があった。そして、人と魔族を繋ぐ魔法陣を見て確信したわ。この国は自分自身の魔力とは別に外的要因となる自然界で発生する自然のエネルギーを利用しているってね」

 

「・・・」

 

私の話が合っているのか国王は黙って聞いており、話を続ける

 

「自然のエネルギーは草を育て、育った草を動物が食べ、草を食べた動物を魔物や人間が食する

そして、死んだらその死体は大地へと還る。そうやってエネルギーが循環していく内に自然のエネルギーは親から子、子から孫へと世代を超えて体に蓄積されていき、結果としてガルブに住む人間だけが魔力の他に外的エネルギーであるはずの自然エネルギーを使用できるようになり、同じように魔物の体にも自然のエネルギーが例外なく馴染んでいた

それに目を付けたガルブは使役魔法を開発した。使役させる方法は単純。術者が魔法陣を通して自然エネルギーを放射して術者の力量が魔物の力量を超えれば魔物を縛り使役させることを可能にする。これがこの国で使われている魔物を使役する魔法の正体よ」

 

話が終わり、国王は大きく息を吐き頭を抱える

 

「正解だ。完璧な答えだよ琴音君」

 

「それはどうも。じゃあ、このまま取引に話を移してもいいかしら?」

 

「あぁ、君は何を求めるんだい?」

 

「簡単よ。私が欲しいのは情報よ。集めて欲しい情報があるから国の力を使って集めて欲しいってだけ」

 

「その情報とは?」

 

「私のパートナーであるサクラは鬼と人間の女の間に生まれた半人半妖の娘。その両親を探して欲しい」

 

「人との鬼の夫婦か。普通であれば目立ちそうな組み合わせではあるが・・・まぁ、良いだろう」

 

「了承してくれてよかったよ。なら、追加で頼まれ事をして欲しいんだけどいいかな?」

 

「・・・内容次第だ」

 

追加の依頼があると聞いて国王は怪訝な表情を浮かべる

 

「そんなに身構えなくても平気よ。むしろ、この国からしたらいい事なんだから」

 

そう言って左手の掌の上に小さな魔法陣を展開する

 

「これは?」

 

「ガルブは他国を侵略せず、自分達の土地でのみ繫栄しているというけど、この魔物を使役する魔法はガルブ国内でのみでしか使う事が出来ない

理由は単純。ガルブは自然のエネルギーが集まる場所であり、その場所から離れるとガルブの人間は自然エネルギーを使う事が出来なくなり魔物を使役する魔法は機能しなくなる。そうでしょう」

 

「そこまで知っていたのか?」

 

「当然。私は全ての魔法を知り、全ての魔法を扱える。だから魔法の弱点だって克服する事が出来る。この魔法陣を使役魔法に組み込むと魔法陣の中に自然エネルギーを貯蔵する事ができるようになる

この大きさの魔法陣で最大まで溜めればガルブの外でも2日は使役魔法を使用する事が出来るようになるわ」

 

「なっ!それは本当か!?」

 

私の言葉に驚き国王と側近が立ち上がる

 

「国王、もしもこの魔法陣が本当であれば・・・」

 

「あぁ・・・我々もガルブの外でも使役魔法が使えないかと何十年も研究しているが何の成果も出ていない。それをたった1人で完成させるとは・・・」

 

2人が驚いている所にさらに言葉を続ける

 

「私なら使役魔法を永久に継続させることが出来るけど、その魔法を使って戦争にでも使われたら困るから2日に留めさせてもらったわ。でも、頑張って研究していけば使用時間を延ばせるから後はそっちで頑張ってね」

 

力を与えるのは簡単だ。だが、楽して手に入れた力は必ず争いを生む。琴音は小さな力を与えた。その力を国を守るために使うか、他国を襲うために使うかはガルブという国に委ねる事にした

 

「分かった。君の頼みを聞こう」

 

「この魔法陣を作ったのはガルブだという事にして欲しい。そして、私はガルブが作った魔法陣の試験運用のために鉱岩龍を使役して欲しいという依頼をしたという筋書きを演じて欲しい

ガルブはこの魔法陣の性能を確かめることが出来る、私は鉱岩龍という戦力を獲得できる

他国はガルブ以外の人間でも使役魔法が使えると勘違いするだろうし、自分達の国にも恩恵があると信じて支援する国も出てくるかもよ」

 

「随分とゲスイ事を考えるんだね君は」

 

今までガルブの国民しか使えないと思われていた使役魔法が使用すれば他国は自分達も使えるかと期待する。だが、実際はガルブの民のみしか使えない魔法のままであり、その事実を知っているのはガルブの上層部だけ。秘密を隠し通すには必要最低限の人数だ

 

「ゲスイとはひどくない。私は可能性を言っただけ。嘘は付いていない。勝手に勘違いしているだけ。それで、受けてくれるかしら?」

 

「分かった。我々もこの魔法陣は喉から手が出るほど欲しい技術だ。情報取集、君が考えた筋書き通りに話を進めよう」

 

琴音と国王は握手を交わし契約を成立させ国王の会議は幕を閉じた



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第十七話帰還

取引が成立すると、国王と側近は準備のためにその場から離れ、琴音とサクラだけが残された

 

「はぁ~・・・慣れない事したから疲れた。おかわりしようっと」

 

会議を終え空になったカップに紅茶を注ぎ、残っているクッキーに手を出す。呑気に紅茶を楽しむ琴音の横でサクラは顔色がすこぶる悪い

 

「琴音さん、あんなことをして本当に大丈夫だったんですか?」

 

「あんな事って?」

 

「使役魔法の事です。あの感じですと国の中では一番の重要事項だと思うんですが・・・」

 

「大丈夫よ。あの王は私を敵に回すとどうなるのかというのを理解している。理解しているからこそこうやって話し合いの場を開いたのよ

それに、もしも裏切ってきたら返り討ちにすればいいだけの話じゃない」

 

「はぁ・・・琴音さんなら国が相手でも負ける姿が想像できません」

 

「あはは、当たり前じゃない。だって私は最強の龍姫なんだから」

 

その言葉を聞いてサクラの顔は明るさを取り戻し、いつものサクラに戻った。それから2人で紅茶を楽しんでいると国王がやってきた

 

「待たせてすまないな。まず、情報に関してはこれから調べるため暫く待って欲しい。それと、これを『ムサシ』のギルドマスターに渡して欲しい」

 

懐から取り出した手紙を受け取る

 

「その手紙に今回の魔法の試験運用についての事について書いてある。後、転移門の使用料も渡しておく。帰還するのに使ってくれ」

 

「それはラッキー♪有難く使わせてもらうわ。それじゃあ、私から便利なアイテムをプレゼントするわ」

 

そう言って琴音は国王に1枚のカードを渡す。カードには龍魔法を使用する際に使う魔法陣が描かれている

 

「その五芒星に手をかざすと、どんなに遠くに離れていても私と通話が出来る魔法が組み込まれたカードよ。情報のやり取りに使っても良し、救援要請で使っても良し。使い方は任せるわ」

 

「・・・良いのか?」

 

「当然よ。あと、別に借りが出来るとか思わなくていいからね。貴方は自分の命を守れる。私は情報源を守れる。互いに互いを利用し、利用されるそんな関係だかね」

 

「君にとっては一国の王すらも利用するだけの存在と言う事か?」

 

「う~ん・・・少し語弊があるかな。私は友好的に接してくれる人には友好的な態度で接する。でも、敵意をもって接する人には私も敵意を持って接する

『友好には友好を、敵意には敵意を』それが私の考えよ。国王は私に敵意を示さない。だから私も敵意を見せない。ただそれだけ。まぁ、敵対したいならそれでも私は構わないわよ」

 

単純な考えだが琴音にとってはそれが全てだ

人間は弱い。弱いからこそ嫌でも自分より強い人間に頭を下げ、媚びを売り自分の身を守る

だが、琴音は強い。強いから自分の意見を言えるし権力に屈しないから考えを曲げない。権力に屈しない武力というのは厄介だという事を琴音はアニメや漫画で学んだ

 

「そうか。なら、こちらも君を利用させてもらうとしよう。このカードはありがたく受け取らせてもらう」

 

「うん。じゃ、用事は全部済んだし帰ろうかサクラ」

 

「はい。国王様、美味しい紅茶とお菓子をありがとうございました。ごちそうさまでした」

 

「また食べさせてね。ご馳走様」

 

「次に来る時は事前に断りを入れといてくれよな」

 

「はいは~い」

 

苦笑いしながら見送る国王に適当な返事をして待たせていたディアンの元に行く

 

『話し合いは終わったか』

 

「上々の成果を得られたわ。ディアン、ここで一時のお別れよ。私達は国に帰る。ディアンもロックウェル山に帰るといいわ」

 

『あぁ、俺の力が必要になった時はいつでも呼ぶと言い。琴音、そしてサクラ、またな』

 

「またねディアン」

 

「お世話になりました」

 

琴音は手を振り、サクラはディアンにお辞儀をし、ディアンは翼をはためかせて空へと上がりロックウェル山へと帰っていった

 

「さてと私達も帰りましょうか」

 

「はい」

 

転移魔法を発動させ、サクラと共に誰にも見つからないように町の裏通りに転移し、そのまま表通りに出ると、転移魔法陣の前でウォロに乗ったハクが待っていた

 

「おぅ!帰ってきたか琴音」

 

こちらに気付きハクが手招きする

 

「一週間ぶりね」

 

「お久しぶりですハクさん」

 

「無事に帰ってきたようだな。国王の側近から連絡があった時と驚いたぞ」

 

「まぁ、色々とあってね。世話になったわ。また会いましょうハク、そしてウォロ」

 

「面倒事でなければ歓迎するぞ」

 

「ウォン!」

 

2人に見送られて琴音とサクラは転移門をくぐり『ムサシ』へと帰っていった



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第十八話ムサシの王

『ガルブ』の転移門から『ムサシ』に帰還すると転移門前にギルマスと菊が私達の帰りを待っていた

 

「待っておったぞ琴音、サクラ」

 

「迎えに来るなんて何かあった?」

 

「何かあったではないわい!『ガルブ』からの使者から今回の依頼についての謝罪文と補償金が支払われたんじゃ。何があったかしっかりと説明してもらうぞ!」

 

ギルマスの怒っている様子、周囲にいる冒険者達の視線で大体の現状を理解する

 

「あぁ、そういう事ね。色々あって話すと長くなるんだけど、簡潔に言うと菊から受けたクエストは半分だけ成功した」

 

そう言って魔法陣を展開し、別空間に保管していた鉱岩龍の脱皮した物を出す

突然、巨大な龍の脱皮した物が出現した事に驚く奴はいたが、菊はすぐに持ち帰った物に直接触れて調べる

 

「凄い・・・これが、世界最高水準の鉱石を食べた龍の抜け殻

これだけあればどんな武具だって造れる。感謝する琴音。やはりお前に頼んで正解だった。この金はお前に返す」

 

クエスト失敗の時の担保にしていた金を返すと言って差し出すが、琴音は首を横に振る

 

「菊は満足かもしれないけど私は討伐のクエストで討伐しなかった。結果から見れば失敗。なら、お金を受け取る事は出来ないわ」

 

「そうか。なら、これでどうだ」

 

そう言って菊は袋から半分の金を取り出し、残った半分を差し出す

 

「この金と素材で解体用ナイフを作る。職人と客という間柄での取引でどうかな?」

 

「なるほど。そういう事なら納得してあげる」

 

そう言ってお金の入った袋を受け取り懐へとしまう

 

「では、自分はすぐにでも作業に取り掛かる。が、鍛冶をする前に色々とサクラに聞きたい事がある。借りて言ってもいいか?」

 

「いいわよ」

 

「ありがとう。では、行くぞサクラ」

 

「あ、はい」

 

菊に引っ張られる形でサクラは鍜治場へと向かい、残された琴音はギルマスの元に行く

 

「お話、いいかしら?」

 

「・・・面倒な事でなければ歓迎するぞ」

 

そう言うと琴音はニッコリと笑って『ガルブ』の王から持たされた手紙を見せる

 

「残念。面倒事でした♪」

 

琴音の答えに溜め息を吐きながらギルドへと向かう

ギルドに着き、ギルマスの部屋に入ると手紙をギルマスに渡し、中身を見てもらった。手紙を呼んでいる間に椿が淹れてくれたお茶を飲みながら待つ

全てを読み終えて手紙をテーブルの上に置くとギルマスは頭を抱えていた

 

「琴音、お前はクエストのために『ガルブ』に向かったよな」

 

「そうね」

 

「なら、それがどうやったら国王からの指名クエストに発展するんだ!」

 

手紙をテーブルに叩きつけ声を荒げる。そんな様子を見ても何一つ表情を崩さずに

 

「そりゃあ、私が最強だからでしょう」

 

と平然とした態度と口調で言い放った

普通であれば冗談とか、誇張表現だと考えふざけるな!という言葉が出るのだが、自分で言うように最強といっても過言ではない程の強さを持っており、そう言われてしまうと何も言い返せなくなってしまう

 

「ゴブリンキングを倒し、龍種を使役するお前さんだからある説得力じゃな。だが、こうなるとお前さんを見る目はより厳しくなるぞ」

 

力を示して周りの評価を上げて実力を認めさせるという計画だったが、国王から直々にクエストを受注したとなれば周りの評価は上がるどころか嫉妬で下がる危険がある。そうなれば計画は台無しになる

 

「どんだけ周りが認めようとしなくても実力さえ証明し続ければ周りはそれを認めざるを得なくなる。たとえそれがギルドに入ったばかりの新人だとしてもね。結局、周りを気にするだけ無駄って事よ」

 

地道ではあるがこれが一番手っ取り早い。力を証明し続ければ誰も文句を言えなくなる。つまり勝ち続ければいいという訳だ。そうなれば最強である私には簡単な事だ

 

「結局、得をしたのはお前さん達だけという訳か。儂の計画は潰されたというのに菊は最上級の素材、お前さんは国王の繋がりと龍種という力と仲間」

 

「計画を潰したとは人聞きが悪いよ。しっかりとクエストは達成したんだから実力の照明にはなったはずよ。後は時間をかければ溝は埋まるから長い目で見れば成功したもんでしょう。どうせなら私とサクラのランクを今すぐにでも上げてくれてもいいわよ」

 

「馬鹿を言うな。そんな事したら溝がまた深まるだけじゃ。頼むから少しの間は大人しくしていてくれんか?」

 

「まぁ、少なくともサクラの道具が出来るまでのしばらくの間は休業かな。サクラも修行とかで疲れているだろうし今は休息が必要かな」

 

「そうか。なら、そうしておいてくれ」

 

琴音の口から休業という言葉が出た事でギルマスは安堵の声を漏らす

 

「そういえば、一つ聞きたい事があるんだけどいい?」

 

「なんじゃ?」

 

「『ガルブ』の王はこの手紙をギルマスに渡せって言っていたけど、普通は国王に渡すものなんじゃないの?一応は国が関わるクエストなわけだし」

 

「簡単な話じゃ。この国には王がいないんじゃ」

 

「王がいない?それでどうやってこの国は国としての形を保っているの?」

 

「この国は『修羅』と『ムサシ』の2つの国によって運営されていた。だから王も『修羅』の国の王、『ムサシ』の国の王の2人いる

2人の王は王の権限を二分して保持し、互いの意見が一致しなければ法など改正が出来ないようにしていた。じゃが、『修羅』の国が姿を消した際に2人の王も姿を消してしまったんじゃ

最初は中央国家『ケントロン』が介入して国の混乱を抑えた。その後は冒険者ギルド、商業ギルド、工業ギルドの3つのギルドの長が国王の代わりに国を統治するように指令が下った

といっても実質的な権限は『ケントロン』が持っているため、国の財産を使った行事や工事などには『ケントロン』に申請して許可が出て初めて金を使えるという風になっておる」

 

「なるほどね。それにしても『ムサシ』が消えたと同時に消息を絶った2人の王。何か関係がありそうね。やっぱり『ムサシ』についても調べる必要がありそうね。ちなみに、消えた国を調査するにはどれぐらいのランクが必要?」

 

「最高ランクのゴールドランクじゃな。そのランクにならなければ『ムサシ』があった場所に近づく事は許されない」

 

「やっぱり手っ取り早くランクを上げないといけないという訳か・・・裏技とかないの?」

 

「ない。地道にクエストを行い続けるのが最短ルートじゃよ。仕事において最も重要なのは信頼じゃからな。お前さんも前にそう言っていたではないか」

 

「裏技があれば使いたいって思っただけよ。まぁ、それしか道がないのならそれに従うだけだけどね」

 

ギルマスの説明に納得すると残っていたお茶を全部飲み干して立ち上がる

 

「じゃあ、話は終わったから帰るわね」

 

「もう一度言うがしばらく大人しくしておくんじゃよ」

 

「はいはい」

 

適当に返事をして琴音は部屋を後にした



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第十九話世界旅行へ

ギルマスとの話を終えた琴音はそのままサクラと菊がいる鍜治場へと向かった

『ムサシ』の工業地区に入ると色々な所からカンッ!カンッ!と鉄を叩く音をが響いていた

サクラの気配を頼りに歩いていくと、琴音が採取した鉱岩龍の抜け殻が置かれた鍜治場を見つけた

 

「ここね」

 

扉を開け中に入ると、菊が作業しておりその隣でサクラが眺めていた

 

「サクラ」

 

声をかけるとサクラはこちらに気付き傍に駆け寄る

 

「お話は終わったんですか?」

 

「さっきね。そっちは?」

 

「加工にかなり時間がかかるようです。私の用事自体はもう終わりました」

 

菊の方を見ると琴音が来た事に気付かずに作業に没頭している

 

「そっか。ちょっと話があるんだけどいいかな?」

 

「何ですか?」

 

「ギルマスからしばらく大人しくしていろって言われてね。冒険者としての仕事を休む事になったわ」

 

「・・・」

 

琴音の言葉が気になりサクラは琴音の方をジッと見つめ、口を開く

 

「それで、琴音さんは大人しくしているんですか?」

 

サクラの問いに琴音は笑顔を見せる

 

「よく分かったわね。冒険者としては大人しくしているつもりだけど、観光目的でちょっと世界中を旅して回ろうと思ってね」

 

「世界旅行ですか?」

 

「といっても行くのはディアンのような龍種がいる場所だけどね。手合わせして、気が合えば仲間にするつもりだけどサクラはどうする?一緒に来る?」

 

「私が付いていっても足手まといにしかならないので『ムサシ』で待っています

それに、私は自分の技の特訓を続けます。琴音さんが帰ってくる頃には結界を自在に動かせるようにしておきます」

 

「そっか。サクラも目標があるのなら心配ないわね。それじゃあ、これを上げる」

 

そう言って懐から『ガルブ』の王に渡した通信用のカードを手渡す

 

「私と通信出来る道具よ。使い方は知っているよね?」

 

「はい。大丈夫です」

 

「じゃあ、しばらく帰ってこないけど何かあったらすぐに連絡してね。後、寂しくなったって理由でもいいからね」

 

「もう、子供じゃないんですから平気ですよ」

 

私の言葉を冗談と受け取り笑いながら返す

 

「それは残念。それじゃあ、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい琴音さん」

 

サクラに見送られ『ムサシ』の外へと出ると魔法陣を展開しディアンに通信を繋げる

 

「ディアン、聞こえる?」

 

『うん?その声は琴音か?』

 

突然の声に驚きながらもディアンは相手が琴音だと分かったようだ

 

「そう。使役魔法を通して貴方と離れていても話せるように改良しておいたの。それよりも、ちょっと私と世界を旅しない?」

 

『世界を?』

 

「そう。ディアンのような強い龍種に会いたくてね。ディアンが一緒なら他の龍種と話すときに便利でしょう」

 

人間の姿をした状態で行っても話を聞かずに襲われそうだがディアンが一緒にいれば相手も簡単には襲ってこないだろうと考えディアンを旅に誘う

 

『別に構わないが俺は琴音が今いる場所を知らないぞ』

 

「それは大丈夫。私のいる場所にディアンを召喚魔法で召喚するから」

 

『そうか。なら、その旅に俺も付き合おう。他の龍種に会うのは面白そうだ』

 

「じゃあ、すぐに召喚するからそこから動かないでね」

 

『分かった』

 

通信を切ると大きな魔法陣を地面に展開すると魔法陣からディアンが姿を見せた

 

『これが転移魔法か。中々に便利な魔法だな』

 

「でしょう。それじゃあ、龍種を探して旅に出かけるよかディアン」

 

『あぁ、俺の背に乗りな』

 

背中に飛び乗るとディアンは大きな翼を羽ばたかせ、ディアンとの空の旅が始まった



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第二十話火山の業炎龍

『ムサシ』から飛び立ち、ディアンの背に乗り空の旅を始めた

 

『琴音、行く当てはあるのか?』

 

「とりあえず目星は付けてあるから平気。そのまま真っすぐ進んでいくと火山が見えてくる。そこに大きなエネルギーを持った生物の気配がある」

 

『そうか』

 

言われた通りに真っすぐ進んでいくと大きな山が見えてきた

 

『あれか?』

 

「えぇ、下を見て」

 

下を見ると大地は干上がり、地面は割れ、草木が一本も生えていない不毛の大地が広がっていた

 

「火山から発せられる熱気によって、水は常に蒸発し続け植物は生えず、生物が生きる事すら出来ない死の大地が広がっている」

 

『その火山に住まう龍というのはどれだけの強さを秘めているんだ?』

 

「それは会ってからのお楽しみね。ディアン、火山の頂上にお願い」

 

速度を上げ、火山の頂上に到着し、火口を覗き込むとマグマが力強く脈動しており、大きなエネルギーを全身で感じ取れる

 

「・・・来る」

 

何かを感じ取るとマグマの一部が盛り上がり何かが勢いよく飛び出し、琴音達の目の前で止まった。マグマが滴り、中から現れたのは緋色の鱗に覆われた赤い龍だった

赤い龍はゆっくりと目を開け、琴音達の姿を確認する

 

『人間と龍の組み合わせとは珍しいな。いや、人間からは俺達のような龍の気配を感じるが、何かが違うな。おい、お前は何者だ?』

 

「私は琴音。こことは違う異世界で最強の称号を得た龍王の力を受け継いだ龍姫の琴音よ」

 

『こことは違う世界で最強。クククッ・・・それはいいな』

 

琴音の言葉に赤い龍は魔力を高めると、それに呼応するように火山のマグマが昂ぶり噴火する

 

『俺は業炎龍のイグニス。琴音、最強の座をかけて俺と勝負しろ』

 

「随分と好戦的な性格ね」

 

『炎の龍というのはそういうものだ。情熱や熱意といったものが高く、相手が強ければ強いほどテンションが上がる戦闘狂でもある』

 

ディアンの言葉に納得する

イグニスから向けられるのは戦いたいという純粋な想いだけだ。その想いを受けて私は笑みを浮かべる

 

「最強を名乗るなら応えないとよね」

 

そう言ってディアンから背から降り、飛行魔法で宙に浮く

 

「龍姫の琴音はその挑戦を受けて立つ」

 

『あぁ、命を懸けた全力の勝負をしようぜ』

 

了承の言葉を聞いてイグニスは翼を羽ばたかせて加速し、琴音の間合いへと侵入する

 

「っ!」

 

あまりの速さに反応が一瞬遅れ、防御魔法を展開するが龍力の量が足りず、防御は簡単に砕かれイグニスの拳が私の体を打ち抜き火山の火口付近に墜落する

 

『琴音!』

 

琴音が吹き飛ばされた事に驚きディアンは吹っ飛んだ場所に駆け寄る

 

『おい!大丈夫か琴音!?』

 

「これぐらい平気よ」

 

何もなかったように立ち上がり琴音はイグニスに視線を向ける

 

「ディアン、この戦いはかなり荒れそうだから離れていて。そして、戦いの邪魔は絶対にしないで」

 

『・・・分かった。死ぬなよ』

 

「負けるつもりはないわ。だって私は最強の龍姫なんだから」

 

琴音の言葉を聞いてディアンはその場から離れると深く息を吐く

 

「目で追えない程ではないけど速いしパワーもある。刀で戦うのは不利ね」

 

刀での戦いでは勝機が無いと判断し、腰に差している『龍葬』を鞘ごと抜き袖の中にしまい、足元に魔法陣を展開する

 

龍姫のお色直し(ドレス・チェンジ)

 

魔法陣が体を通り抜けると袴から龍人化(ドラゴン・フォース)時に着用する武闘家の服装へと変わり再び空に上がりイグニスの前に行く

 

『服装を変えて気合を入れ直したのか?』

 

「まぁ、そんなところね。こっからは私も全力でやらせてもらう」

 

龍姫と業炎龍の戦いが始まった



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第二十一話龍姫VS業炎龍

戦いが始まると両者は同時に動いた

イグニスは拳を握りしめ右ストレートを放つが、イグニスの右ストレートに合わせて下から右手の掌底を繰り出して右ストレートの向きを上へと変えて攻撃を回避すると左手の拳に龍力を込めて混沌を拳に纏わせる

 

「龍王拳」

 

混沌を纏った一撃がイグニスに直撃し、その瞬間に拳に纏わさせていた龍力を拳の一点に収束させて一気に放出する事で龍力はイグニスの体を衝撃となって貫き、イグニスの体は後方へと吹き飛ぶ

 

「さっきの仕返しよ」

 

衝突した事で舞い上がった砂煙の中からイグニスが飛び出す

 

『まさか俺が吹き飛ばされるとはな。こんな体験は初めてだ。琴音、お前は何故そこまで強い?』

 

「大した理由はないわ。ただ、強くなければ何もできない。強くなければ自分の信念も、大切な人も守る事も出来ない

私に力を貸してくれた龍王を失望させないため、私が胸を張って今日を生きていくために私は強くならないといけない。そう思っているだけ」

 

『・・・』

 

琴音の言葉にイグニスは数秒ほど黙り込むと、イグニスは自身の体から魔力を全開に放出する。その中には明確な殺気が込められている

 

『琴音。どうやら俺はお前に謝らないといけないようだ

俺は、龍の力を使える自分に心酔してこの俺の縄張り内の、俺が最も力が発揮できる火山で勝負を仕掛けてきたと思っていた。だが、実際は違った

お前は、自分に力を貸してくれた龍王と自分が理想とする自分に恥じない強さを求めて俺に挑んできた

俺は、お前のその心意気に惚れた。だからここからはケンカじゃねぇ。俺の力の全てを持ってお前の相手をしよう!』

 

「受けて立つ!」

 

互いが了承すると2人は同時に突っ込んだ。拳の届く範囲に相手が入るとイグニスは魔力、琴音は龍力を纏わさせた拳が何度もぶつかり合う

 

「はぁぁぁ!」

 

『おぉぉぉ!』

 

互いの拳が当たる度に龍力と魔力が衝撃波となって火山に広がっていく

龍力は自然のエネルギーをが変化した力、イグニスの魔力は炎を司る魔力。2つの力がぶつかり、混じり合った事でマグマが活性化し、今にも噴火するのではないかと思う程に活発に動く

しかし2人は火山の状況などお構いなしに攻撃を続ける。拳のラッシュを続けながらイグニスは語り掛ける

 

『はははっ!楽しい!楽しいぜ琴音、こんなに楽しい喧嘩は久しぶりだ!』

 

「私もよイグニス。やっぱり龍に対抗できるのは龍だけね。でも、勝つのは私よ!」

 

『いや、俺だ!』

 

会話を終えると同時に放った拳がぶつかり合うと2人は一旦距離を取る

 

『流石だな。俺の攻撃を全部弾くとわな。なら、次は俺の魔法を喰らってみるか』

 

イグニスの前に魔法陣が展開するとすぐさま左目で魔法陣を解析する

火属性を増幅、強化する付加魔法(エンチャント・スペル)という結果が出て、琴音はイグニスが火炎のブレスを吐き、それを魔法陣を通す事でより強力なブレスに変えるのだと推測した

 

「なら、こっちだって」

 

イグニスがブレスで来るというのならこっちもブレスで対抗しようと考えパンッ!と胸の前で両手を合わせると目の前に魔法陣を展開する。展開された魔法陣に龍力を収束させていく

互いの力が高まり、イグニスが先に仕掛ける

 

 

業炎弾(フレイム・キャノン)

 

口から巨大な火炎弾が発射され、魔法陣を通過するとより大きくなり琴音に向かって放たれた。迫りくる炎を前にして琴音は合わせた手を解き、左拳を握りしめ、脇を締めて拳を後ろに引く

 

龍王の息吹(ドラゴン・ブレス)

 

拳を前に突き出すと魔法陣から砲撃が放たれた

火炎弾と砲撃がぶつかり合い火山全体に力の衝撃が広がっていく。しばらくの間は互いの攻撃が拮抗していたが次第に私の方の砲撃が押し始める

 

「もう一息!」

 

このまま押し切ろうと龍力を更に込めようとしたその時だ

 

『そこまでだ!』

 

火山全体にディアンの声が響き渡ると上空からディアンのブレスが放たれ、互いの攻撃がぶつかりあう場所にぶつけて攻撃を霧散させた

 

「ちょっとディアン!邪魔しないでよ!」

 

『鉱岩龍、貴様、他人の喧嘩に手を出すとはいい度胸じゃねぇか。覚悟はできているんだろな』

 

文句と殺気の含んだ怒りを同時に受けるがディアンはそんな事を気にせずに叫ぶ

 

『お前達、下を見てみろ!』

 

「下?」

 

『下がどうしたって言うんだ』

 

2人が下を見るとマグマがボコボコとマグマが脈打っていた

 

「・・・イグニス、自然のエネルギーがもの凄く高まっているんだけどこれってヤバい?」

 

『・・・マズイ!このままだと噴火するぞ!』

 

慌てた様子でイグニスが叫ぶ

 

「ちょっとどうするのよ!イグニス、あんた火を司る龍でしょう。何とかしなさいよ!」

 

『無茶を言うな!この火山は俺とお前の2つの力の影響を受けて刺激され過ぎているんだ。俺の力でどうこう出来る範囲をとうに超えている!』

 

イグニスがどうにも出来ないという最悪な情報を聞くと更に鉱岩龍から最悪の情報が伝えられる

 

『噴火だけでは済まない。噴火した際に地震が発生するれば周囲の地盤が崩れ、大地が大きく裂ければどこまでそれが広がるか分からないぞ!』

 

このままでは最悪な状況になると言われ更に焦る

 

「これって私のせいだよね。どうする?このままじゃあ世界崩壊の危機になっちゃうよ」

 

『マズイ!あと数分しか持たないぞ』

 

『地面に亀裂が入った!』

 

対処法が分からない。火山は噴火寸前。大地は崩壊寸前。様々な危機的状況の情報が次々と頭に流れ込み目が回り始める

 

「え~と・・・マグマは火だから弱点は水。でもマグマの温度だと水は蒸発して水蒸気爆発する危険があるから・・・凍らせる!」

 

咄嗟に凍らせるという発想を思いつき両手をマグマの方に向け火山を覆う程の巨大な魔法陣を展開する

 

龍王の絶対零度(アブソリュート・ゼロ)

 

力の調整などガン無視した混沌の氷魔法を放つと一瞬にして火山全体が凍り付いた。凍った事でマグマの動きが止まり、それによって地震が収まりなんとか噴火は収まった

 

「はぁ・・・なんとかなった・・・あ!」

 

事態が収まり一安心して視線をイグニス達の方に向けると力の調整ガン無視魔法に巻き込まれ凍り付いていた

 

「わぁ!?ゴメン!すぐに溶かすから」

 

火力を低くした混沌の劫火でイグニスとディアンの氷を解かす

氷を溶かし、中から救出するとイグニスは目の前に広がる凍り付いた火山を見て絶句する

 

『お前がやったのか琴音・・・』

 

「かなり混乱してたから力加減を考えずに使ったせいでマグマだけじゃなくて火山全体を凍らせちゃった。ゴメンね。後で溶かすから待っててね」

 

そう言ってディアンの救助するために氷を解かす作業を再開する

残されたイグニスは凍り付いた場所に手を当て、自分の体に残っている魔力を全力で手から放つ。ジュウゥゥと音を立てて氷が解けるが、それは手を当てたほんの一部だけだった。それを見たイグニスは肩をプルプルと振るわせる

 

『ククク・・・ハハハハハハ!』

 

大きな声を上げて笑う。丁度、ディアンの救助を終えた所で、突然の笑い声に琴音とディアンはキョトンとした顔でイグニスの方を見る

 

『琴音、俺の負けだ』

 

笑うのを止め、イグニスは私の方を見て敗北を戦宣言する

琴音はイグニスを見るとイグニスからは悔しさなどの感情は無く清々しい顔をしていた。横にいるディアンに視線を向けるとディアンはイグニスの言葉を受け止め頷く。どうやらイグニスの言葉の意味を理解したようだ

 

「そっか。じゃあイグニス」

 

イグニスに近づき左手の拳を突き出す

 

「私と友達になってまた喧嘩しない?」

 

琴音の言葉に驚き一瞬、固まるがすぐに顔に笑みを浮かべる

 

『あぁ、友達になってやる。また喧嘩しようぜ琴音』

 

琴音の拳に自分の拳を合わせ琴音とイグニスは友達になった



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第二十二話龍玉

戦いを通じてイグニスと友好関係を築いた琴音達は戦いの爪跡が残った火山の修復を始めた

凍り付いた火山を混沌の劫火で溶かし、イグニスは火山が噴火しないようにマグマの鎮静化を行い、ディアンは亀裂の入った地面を修復する

 

「ふぅ、こんなもんかな」

 

『マグマも安定したから噴火する恐れもなくなった。むしろ前以上のエネルギーを持ったまま安定している』

 

『大地の裂け目の修復も完了した。あと少し遅れていたら連鎖的に他の地盤も崩れていたが何とかなった』

 

イグニスとディアンから修復の完了の報告を聞き一息つく

 

「さてと、これからどうしようかな」

 

この火山に来れたのは龍の気配を察知したから来ただけでここから先は予定も目的もない。だけどこのまま帰るというのも味気ない

 

「イグニス、他に強い龍とか知らない?」

 

『それなら氷の龍に会ってみるか?』

 

「氷の龍?」

 

『あぁ、この先に広がる海の上に巨大な氷塊が浮いている。その氷塊はまるで1つの大陸のように巨大にして広大だ。その氷の大陸はあまりの過酷な環境に生物は存在しない。その場所を自身の領域として支配しているのが氷結の女王と呼ばれる龍だ』

 

「大陸を支配する氷結の女王・・・面白そうね。次はそこに行ってみようかな」

 

『そうか。なら、俺も同行させてもらおうかな』

 

「ここにいなくていいの?」

 

『龍姫と氷結の女王の喧嘩を見逃すなんて出来るわけねぇだろう。それに案内役が必要だろう』

 

イグニスは付いていく気満々になっておりウズウズしている

 

「喧嘩じゃないんだけどね・・・邪魔さえしなければいいよ」

 

『よっしゃ!』

 

「ディアンはどうする?」

 

『成り行きでここまで来てしまったが、ここまで来れば最後まで付き合う』

 

「決まりね。じゃあ、案内よろしくイグニス」

 

『任せろ。っと、その前に渡す物がある』

 

そう言ってイグニスはマグマの方に腕を向けるとマグマの中から赤い玉が浮かび上がり目の前に運ばれてきた

その玉は私の片手に収まるほどの大きさで左目で視ると玉の中には膨大な量の火属性の魔力が圧縮されて貯蔵されている

 

「これは?」

 

『俺の魔力と火山のマグマが長い時間をかけて調和し、混ざり合う事で造られた魔法道具(マジック・アイテム)『業炎の龍玉』』

 

「これ、人間の価値で考えたらとんでもない値段になりそうね。貰っちゃっていいの?」

 

『同じやつが他にもあるから平気だ』

 

よく考えれば龍種の寿命は長い。寿命が尽きるまでに複数個出来るから龍種が分からすれば1つぐらい渡しても大した事はないのかもしれない

 

「なら、有難く貰っておくわ。そういえばディアンもこういうのあるの?」

 

龍玉を懐にしまいながらディアンに尋ねるとディアンは首を横に振る

 

『土系統に属する龍種は年に一度の脱皮する事を指す。イグニスのように完成する期間が短いが、脱皮を繰り返す度に体の強度が増す』

 

「種族によって変わるって事は氷結龍はどうなるのかしら?ちょっと楽しみかも」

 

新たな楽しみを持ちながら私はイグニスの背に乗り氷の大陸へと向かった



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第二十三話氷に閉ざされた世界

イグニスの背に乗り、琴音達は空を駆ける。しばらくすると大陸に終わりが見え海へと飛び出す。そこから更に進んだ先に大きな物体が見える

 

「あれかな?」

 

視認出来る距離になると左目が反応する

 

(左目が反応している。何か強い魔力を感知したって事?)

 

普段は意識して使用しないと発動しないが危険があったりすると自動的に能力は発動するようになっている

つまり目の前にある氷の大陸に危険を察知したという事だ。どんな危険があるか分からないが氷の大陸の解析を始める

 

『琴音、氷の大陸に入るぞ』

 

イグニスが大陸に侵入すると同時に魔法の解析が終わり、解析結果が出るとその結果を見て驚く

 

「イグニス高度を上げて!」

 

『っ!』

 

琴音が声を上げると同時に真下の氷の大陸の一部が隆起しイグニスに向かって複数の氷の棘が襲い掛かる。琴音の声に反応したイグニスはすぐに高度を上げる事で攻撃を受けずに済んだ

 

『助かったぞ琴音』

 

「今度は上!」

 

こちらの行動を先読みされていたのか高度を上げると今度は上空から氷柱がイグニスめがけて降ってきた

 

『任せろ!』

 

ディアンが身を挺してイグニスを庇い氷柱を背中に受ける

 

『ぐっ!』

 

「ディアン!」

 

『馬鹿野郎がぁ!』

 

イグニスは怒りのままにブレスを放ち、氷柱を溶かし蒸発させる

急いでディアンの背を見ると傷はないが氷柱が当たった場所が凍り付いており、次第に凍る範囲が広がっている

 

「ちょっと熱いけど我慢してよね」

 

左手から混沌の劫火を放出しディアンの凍り付いた箇所に当てると氷が溶けていき、溶けた氷は水となって下へと落ちていく。完全に溶かすと今度は空いている右手から治癒魔法を使いディアンの傷を癒す

 

『助かった琴音』

 

「それはこっちのセリフ。ディアンが身を挺して庇ってくれたから私達は無傷だった。ありがとうね」

 

『それにしても氷が急に襲い掛かるとはこの大陸は何なんだ?』

 

周囲を警戒しながらイグニスが問いかける

 

「私達の目の前に広がるこれは大陸なんかじゃないわ」

 

『大陸じゃない?一体どういう事だ?』

 

その答えに更に疑問が増えイグニスが更に聞き返す

 

「イグニスと同じよ。この大陸は氷結の女王の魔力と海水が混ざり合い、凍らせる事で生まれた大陸。つまり、目に見えるこの大陸の全てが氷結龍の魔力の塊って事」

 

『『!!』』

 

琴音の答えにイグニス達が驚く

大陸と思われる程に広く、巨大な氷の塊が氷結龍が長い時間をかけて作り上げたとなると氷結龍が保有する魔力は底知れない

大陸の正体を見破り、説明を終える頃にディアンの治療が終わり、氷の大陸を見下ろすと大陸の一部が割れ、中から氷の龍が姿を現した

 

『あの不意打ちをかわし、この大陸の正体を見破るとは驚きですね』

 

不意打ちに気付き、完全に回避した事と大陸の正体を見破った事に驚きながらも素直に感心する

 

『貴様、不意打ちとはずいぶんと卑怯な真似をするな』

 

氷結龍の行動にイグニスは怒りを見せるが私はイグニスの前に立つ

 

「止めなイグニス。イグニスが求める喧嘩であれば不意打ちは卑怯。でも真剣勝負においては自分の持てる全てを用いて戦う。その戦いの中には卑怯なんてない。最後まで立っていた者のみが勝者よ」

 

喧嘩とは互いを理解するために拳を交わせるという一種の対話の手段

真剣勝負とは己の譲れない信念を賭けた戦いで、その戦いの中では卑怯やその場の運も戦術の1つだと思っている

 

『あなたとは気が合いそうですね。龍の力を持った人よ』

 

「龍姫の琴音よ」

 

『私は氷結龍のレイ。それで、ここに来た目的は何かしら?』

 

「あなたと友達になりたい」

 

『ふふ・・・面白い事を言う人間ね。ですが龍というのは単独で生きる生物。群れる事は無い。それでも群れを作るというのなら貴方が私より強い事を証明してください。そうすれば私もそちらの2体のようにあなたに付き従います』

 

「結局は戦いで力を証明しないといけないわけね」

 

『龍というのはそういうものです。力を示し、相手に力を認められた時、龍は初めてその者を自分より強い者として認めるのですから』

 

「まぁ、単純でいて分かりやすいからいいんだけどね。それじゃあ、始めましょうか氷結の女王」

 

『いつでも構いませんよ。龍姫の琴音』

 

『龍葬』を抜き、刀身に混沌の劫火を纏わせる。レイは刀身に纏った炎を見ても何も言わずに大きく息を吐くと周囲の気温が下がる

氷の弱点である炎、レイは炎すら凍らせる絶対零度の冷気。相反する2つの属性が今、激突する



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第二十四話龍姫VS氷結の女王

戦いが始まると同時に大きくジャンプすると先ほどまでいた場所から氷柱が何本も射出され、回避した先へと迫る

右手を突き出して防御魔法の魔法陣を展開し攻撃を防ぐと、その隙にレイは私と同じ高さまで飛び上がると魔力を溜める

 

「来る!」

 

攻撃を察知すると龍葬に纏わせている混沌の劫火の出力を上げ、右手に展開している防御魔法を解くと同時にレイに向かって突っ込む

 

氷結弾(アイシクル・バレッド)

 

氷柱が弾丸のように連続で撃ち出された

龍葬を振るい迫りくる氷柱を斬っていく。だが、氷柱の弾丸は予想以上に固く、完全に斬り裂く事は出来ず、混沌の劫火で溶けて脆くなった部分が斬れる程度でそれ以外の部分には亀裂が入る程度で壊す事が出来ない

おまけに氷柱が龍葬の刀身に当たる度にガキィン!という鈍い音が響き、龍葬を通して衝撃が左手に伝わり手が痺れそうだ

 

攻撃を捌かれ、このまま接近されると危険だと考えたレイは攻撃を止めて後方に下がると再び地上から氷柱を射出する

『龍葬』を振り混沌の劫火を周囲に拡散させて氷柱を完全に溶かして消滅させる事でレイの攻撃を全て凌いだ

その光景を見てレイはこちらの行動に疑問を持つ

 

『琴音、貴方は未来が視えるのですか?先ほどから私が魔法を放つ前に対処する動作を見せ、視覚外からの攻撃にすら遅れずに対処している』

 

「私は自分を中心に龍力を円状に結界を張っている

その結果以内に入った生物、無機物に反応しているだけ。これが結構便利で存在感を消すような魔法にも対処できるから暗殺や不意打ちを防ぐのにも向いているのよ

だけど、先読みに関しての質問は私と友達になったら教えてあげる。私の中ではトップシークレットだからね」

 

『そうですか。それであれば力づくで聞く方が早そうですね』

 

余裕のある返答にレイは冷静に返答されて内心焦る

 

(あの言い方からして私のハッタリが通じていないようね)

 

バレないように平静を装っているが琴音にはレイに対して決定打が無い

この大陸自体がレイが支配する領域である以上この場所では琴音は圧倒的に不利

イグニスはケンカを求めてきたから火山を利用するような事は無かった。だけどレイが仕掛けてきたのはルール無用の勝負

龍としてのスペックを余すことなく使い、利用できるものなら何でも利用する。それに加えてレイは常に自分が優位になるように動いている

地上戦では足場からの強襲に注意しながら戦う必要があるため空中戦を選んだが、目の前のレイに意識を集中すると下からの攻撃に対処できなくなり、逆に下からの攻撃に注意を向けると今度はレイからの攻撃に対する対応が雑になる

そのため、空中と地上からの攻撃に注意しなければいけなくなり決定打となる大技による攻撃を仕掛ける事が出来ないでいる

 

(龍王は光と闇、人間の感情を龍力へと変換する。つまり私の龍力は無限、それに対してレイの魔力は有限。魔力切れを狙えば勝てる。でも・・・)

 

「真正面から戦う事に意味はある」

 

『龍葬』を強く握り直して構える

 

『次は手数を増やしてみましょうか』

 

そう言うとレイは大陸から大量の氷柱が射出する

 

「これは・・・無理!」

 

流石にこの手数の攻撃を迎え撃つのは無理だと考え空中を飛び回り回避行動に専念する。しかし、こちらの行動を見ながら攻撃を行えるレイは琴音の行動を観察しながら次の動きを予測し攻撃を仕掛ける事で次第に追い詰められていく

 

(このままじゃジリ貧ね。ここは無理をしてでも攻勢に出ないと)

 

攻撃に転じるために琴音はレイの方に体を向ける

 

『待っていましたよ』

 

「っ!」

 

攻勢に出た事を待っていたかのようにレイは一気に魔力を開放すると氷の大陸が隆起して琴音の真後ろに氷の壁が形成されると琴音の周りを囲むように氷柱が形成され逃げ場を無くすとレイは口から氷のブレスを放つ

 

「これが狙い!」

 

均衡状態が続けば状況を変えようと無理をしてでも攻勢に転じようと行動に出る

その一瞬を狙って後方への進路を潰し、更に四方を囲むように氷柱を形成して逃げ場を無くして確実にブレスを当てるための周到に練られた作戦だ。右手を前に出して防御魔法を展開しブレスを受け止める

 

『そう。逃げ場を失えば受け止めるしか方法が無くなる。そして、一点集中のブレスに対抗するために防御に専念しなければならない』

 

「まさかっ!」

 

左目の能力を発動すると防御魔法に当たったブレスから霧散する氷の破片には小さな爆発が起こる術式が組み込まれている

氷の破片は周囲に霧散し数えきれないほど広がっており、逃げ場がない

 

『爆ぜなさい』

 

レイの一言が起爆のトリガーとなり破片は一気に爆発し水蒸気や白い霧が発生する。霧の中でなんとか爆発に耐え壁に背中を預けてレイを見る

 

「ブレスを囮に使うとは贅沢な使い方。でも、耐えたんだからこっからは私の番」

 

『龍葬』に混沌の劫火を纏わせ、壁を強く蹴り一気に加速してレイの頭上へと距離を詰め『龍葬』を振り下ろす

 

「もらった!」

 

大技後でレイは魔力をほとんど使い切っている

反撃をするための魔力も残っていない。空中だから地上から氷柱を射出しても間に合わない。このタイミングでなら大技を確実に決められる。しかしレイは冷静に一言言い放つ

 

『無駄ですよ』

 

振り下ろされた一撃はレイに当たる直前で停止した

 

「くっ・・・」

 

自分の体を見ると着ている袴、体自体が凍り付き、その部分は次第に体全体へと広がっていく

 

『魔法を予測できても絶対零度の冷気を浴び続けた事で体が凍り付く事までは予測できませんでしたね』

 

レイが勝ち誇ったかのように告げると私の体は完全に凍り付き意識は闇へと沈んでいった



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第二十五話決着

体を完全に凍りついてしまった琴音の意識は龍王のいる精神世界へと一時的に避難する

 

「危なかった・・・あと少し遅かったら魂まで凍り付く所だった」

 

魂まで凍り付いてしまったら本当に対処のしようが無くなるので寸での所で回避出来た事に一安心する

 

『随分と苦戦しているな琴音』

 

苦戦している琴音を見て龍王は嬉々とした感情で語り掛ける

 

「真正面から挑んできたイグニスと違ってレイは頭を使っているからね。でも、私の勝利はもう確定しているから問題ないけどね」

 

勝利の方程式はすでに完成しているとでも言うように自信満々の表情で龍王に言葉を返す

 

『そうか。その調子で俺の相手も見つけてほしんだがな』

 

この世界に来てから琴音が相手にしてきたのは龍王と比べれば足元に及ばない敵ばかりで退屈なのかもしれない

 

「そうは言うけど龍王の相手になるような相手を探すのって結構大変なんだよ。最強の龍種ですら奥の手を使う必要がないんだから

まぁ、冒険者のランクが上がればそういった敵の情報を掴めるかもしれないからそれまでは待っててよ。一応は最速で上にあげれるように考えてはいるんだからね」

 

ダメ元ではあるが相手の期待を超える成果を上げて評価を良くしようと手を回してはいるが前例がない以上はギルドの方も私に対して慎重に対応しようとしている

 

『分かっている。だが、このまま悪目立ちしていけば相手からくるかもしれないしな』

 

「そうなれば返り討ちにするだけ。さてと、龍力も溜まったしそろそろ現実に戻ろうかな」

 

『さっさと戻って決着をつけてこい』

 

「了解。またね龍王」

 

精神世界から魂が現実世界に戻り目に光が宿り、溜め込んでいた龍力を混沌の劫火へと変化させ一気に放出する

放出された混沌の劫火は周囲の氷を溶かし、溶けた場所の氷が薄くなった事で氷に亀裂が走る

 

「はぁっ!」

 

パリィッン!と氷が割れ氷から脱出する

 

『なっ!?』

 

氷から脱出してきた琴音を見てレイは驚きの声を上げる

 

「私を凍らせるのが目的だったようだけど残念だったわね」

 

こちらの作戦を見破られた事に悔しそうな表情を見せる

 

『その通りです。ですが、どうして分かったんですか?』

 

「初見だったら不味かったけど2度目なら対策も出来るからね」

 

『2度目?』

 

初めての戦いのなのに2度目というセリフに疑問が浮かぶ

 

「気付かなかったの?ここに来てディアンに当てた攻撃」

 

『!』

 

答えを聞いてレイは目を大きく見開き大きく動揺する。そんな様子を見て言葉を続ける

 

「私のこの左目は魔法を解析する事が出来るの

最初にレイが放った氷柱は氷魔法によって造られたもの。でも、ディアンに当たった箇所から氷が広がっていくのを見ても左目は反応しなかった

つまり、氷が広がっていたのは魔法による効果ではなく絶対零度による自然現象。なら、私は混沌の劫火を使って自分の周囲の温度を保つようにして対策したってわけ」

 

『なるほど。氷だから炎を使えばいいという単調な理由では無かったのですね』

 

「絶対零度となれば炎ですら凍らせるかもしれない。そう考えればこっちだって慎重に使う属性を決める。当たり前の事よ。まぁ、無理に攻撃に転じたせいで凍死の手前まで追い込まれたのには焦ったけどね」

 

死にかけたというのに緊張感もなく余裕を持った表情でいる琴音にレイは考えを改める

 

『私は貴方を甘く見過ぎていたようですね』

 

「命を賭けた戦いで油断は命取りだよ。それで、魔力を使い果たしたレイはこれからどうするの?」

 

さっきの攻撃でレイは全ての魔力を使ってしまいもう魔力がほとんど残っていない。接近戦をしたとしても勝てる確率はほぼない

 

『確かに魔力はもう残ってない。でも、保険ぐらいはありますよ』

 

レイは残った魔力をかき集めて小さな魔力弾を作るとそれを下に広がる氷の大陸へと撃ち込むと地響きが始まった

 

「ちょっと待って。これは・・・予想外よ」

 

魔力弾を撃ち込まれた氷の大陸を左目によって解析結果を見て冷や汗をかく

氷の大陸はレイの魔力の結晶。つまり、レイがやろうと思えば大陸自体を操る事も可能になる

地響きは次第に大きくなっていき、海は荒れ、大きな波が何度も発生しながらゆっくりと氷の大陸が宙に浮いていき、頭上にまで浮かんだ

 

『これが私の最後の攻撃。貴方がどう対処するか見物です』

 

不敵な笑みを浮かべるが私には迎え撃つ以外の選択肢がない

避けるのが最善ではあるが、レイと友達になるには認めてもらう必要がある。レイの全力を回避するという事はレイの気持ちを無下にするのと同じになってしまう

 

「さて、砲撃を溜める時間はない、それに砲撃をして応戦中にレイ自身が攻撃して来る可能性がある以上は一撃でどうにかしなければならい

そうなった場合、残された手段は龍葬でこの巨大な氷の大陸を一刀両断する事だけか」

 

その方法しかないと考えた時、琴音は無意識に口から笑いが零れる

 

「私は刀の扱いで言えば素人も同然。流派なんてないしアニメや漫画のキャラクターの動きを見様見真似でやっているだけのマニアでしかない。そんな私にいきなりこんなバカデカい氷を一撃で斬れとか無理ゲーにも程がある」

 

弱音が次々と口から零れていき、全ての弱音を吐き終えると『龍葬』を強く握りしめる

 

「でも!龍王と一緒なら不可能なんてない!」

 

自分の持っている力は世界最強の龍王の力。その力を使っているのに敗北何て許されない。相手がどんな手を使おうとも勝利するのが龍王だ。祖力を受け継ぐ者としてこの攻撃に全てを賭ける

真正面から受けて立つという強い意志を持って『龍葬』を両手で持つ。『龍葬』の刀身に龍力を惜しげなく注ぎ込み刀身に注がれた龍力は混沌の劫火へと変わり黒炎と白炎が荒々しく暴れる

 

(力任せの一撃じゃあ勝てない。龍力を放出するんじゃなくて圧縮する)

 

心を落ち着かせると先ほどまで荒々しく暴れていた混沌の劫火は刀身に吸い込まれ刀身を包みこみレイに視線を向ける

 

『行きますよ。琴音!』

 

こちらの準備が整ったのを確認するとレイは空に浮かんだ氷の大陸を琴音に向けて落とす

ゴォォォォ!と音を立ててこちらに向かって落ちてくる光景を目の前にして琴音は龍王の力を信じて龍葬を振り上げる

 

「劫火・滅龍閃」

 

混沌の劫火を纏った斬撃が放たれると氷の大陸に一筋の線が一直線に走り、氷の大陸は一刀両断された

 

真っ二つになった氷の大陸はそのまま重力に従って海へと落下し大きな波しぶきと津波を起こす。海が激しく荒れ狂いながらも琴音は静かにレイの方を見つめ、レイは傍へと近寄る

 

『あなたの本気と覚悟、確かに見届けました。約束通り貴方の友になります』

 

「これからよろしくねレイ」

 

こうしてレイの戦いの決着が着き新たにレイと友情を築いた



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第二十六話龍神

戦いが終わりレイは真っ二つになった氷の大陸を元の形に戻し、修復された大陸の上に着陸する

 

「ようやく地上に降りられた・・・」

 

足が地面に着かずにずっと空中にいるというのは慣れず、地に足がついている事で安心感がある

 

『地上の方が落ち着きますか?』

 

「まぁ、魂は人間だからね。あ、そういえばまだ私の事を話してなかったね」

 

そう言ってレイに自分の存在についてと龍王の事を伝える。全ての話を聞き終えるとレイは難しそうな顔して頭を抱える

 

『異世界、混沌、人間の魂を受け入れた龍王・・・・どれも信憑性のない話のはずなのに貴方が言うと不可能と言い切れない。理解するのに時間を要しそうです』

 

世界の常識を根本から崩すような存在を目の前にすれば知能が高い者達が頭を抱えるのは自然の事であり、逆に私の存在をすんなりと受け入れたイグニスの方が異常だったりする

 

「まぁ、普通はそういう反応だよね」

 

他人事のように笑って一息つこうとしたその時だった。その場の誰のものでもない知らない人の声が発せられた

 

「興味深い話だね」

 

「!」

 

声を聞いた瞬間、声をした方を向くとそこには黒いスーツを着た男が立っていた

何者かは分からないが敵だと反射的に感じ『龍葬』に手を掛ける。しかし、手を掛けた瞬間に氷の地面から鋼鉄の鎖が伸び、私の両手両足に巻き付き動きを封じ、周りにいたレイ達の体も拘束する

 

「なっ!」

 

油断していたわけでも、何かに気を取られていたわけでもない

感情を読み取れる龍王の能力なら周囲に誰がいれば分かる。自分を中心に結界を張っているため、生物や物が入り込めばすぐに反応出来る

そして何より魔法が発動すればすぐに感知できるし、それを見れば何の魔法なのかも瞬時に理解できる

それなのに今、目の前にいる男はその場に突然現れ声を掛けられるその瞬間まで存在に気付けず自分を縛り付けているこの鎖を解析する事も出来ない

最強の龍王の能力を受け付けず、私が対策として張った結界すらも通じず魔法を司る龍王が魔法の解析が出来ない。そんな存在を目の前にして私は龍姫になって初めて恐怖という感情が芽生えた

 

「そんな怖がらなくても殺したりしないから安心してよ。俺は話し合いに来ただけだから」

 

こっちの心を見透かしたような言い方をしながら男は指をパチンッ!と鳴らすとイスとテーブルが出現しテーブルの上には茶菓子と紅茶が置かれている

 

「女の子を縛り上げておいて話し合いなんてよく言えるよね」

 

「君は俺達からしたら予想外の存在だからね。予想外な行動を取られても対処できるように何重にも対策を練った結果だ。友達も人質として一緒に捕縛したから一人で逃げたらお友達がどうなるか分かるだろう?」

 

逃げ道を完全に絶ち、悪役のセリフを吐きながら不敵な笑みを浮かべる目の前の存在に恐怖はあるが、男の目的は私だけでありレイ達は巻き込まれただけ。それなら、やる事は一つだけ

徹底抗戦。戦うと決め刀を握る手に力を込めようとすると龍王の声が響く

 

『戦うのはやめろ琴音』

 

「!」

 

体から勝手に混沌が抜け、同時に体中から力が抜けていく

抜けていった混沌は目の前で一点に集まり龍の形になると私が人間だった頃に使っていた小さな龍の姿になった龍王が現れた

 

「ちょっと龍王!戦うなってどういう事よ!?」

 

『そのままの意味だ。お前が今、目の前にしているのは俺よりも遥かに上の存在である『龍神』だ』

 

「りゅう・・・じん?龍の、神!?」

 

『そうだ』

 

龍王の言葉に驚く。確かに全ての種族の最上位の存在である神であるのなら龍王の力が通じなかったり存在に気付けなかったのも納得できる

 

「じゃあ、この鎖を解析出来ないのも相手が神だから?」

 

『あぁ、魔力でも龍力でもない神だけが扱える神聖で強大な力『神力』だ』

 

「道理でこっちの力が一切通じない訳ね。それで、龍王が出てきたという事は話し合いをしろという事よね」

 

『その通りだ。何もせず話し合いに参加しろ』

 

「分かった従うわ。でも、その前にレイ達の拘束を解く事、そして、レイ達に手出しをしない事。この2つだけは約束して」

 

「勿論、話し合いに応じてくれるのならそれぐらいの事はする」

 

そう言って琴音達を縛っている鎖を解き、男との話し合いの席に着く

 

「さて、話し合いを始めるがまずは君達の立場について話そうか?」

 

「立場?どうせヤバいんでしょう。案外、処刑対象にでもなってるんじゃないの?」

 

めんどくさそうに返すと龍神は怪訝そうな顔をする

 

「・・・その通りだ」

 

「えっ!マジで!?」

 

適当に言った事が真実と分かり焦り慌てて聞き返すが龍神は再び頷く

 

「マジか・・・って、神様なんだから少しは寛大な心とかないの?神々が寄ってたかってイジメるとか酷くない!?」

 

「ちょっと待て。なんでお前の処遇を決めたのが複数の神だって分かった。俺はそんな事は一言も言っていないぞ」

 

「へ?だってさっき『君は俺達からしたら予想外の存在』だって言ったでしょう。俺達って事は複数いるって事でしょう」

 

「っ!」

 

琴音の発言に龍神は呆気を取られ、その後に大きく溜め息を吐く

 

「なるほど。お前は予想以上に危険な存在だな。まさかたった一言である程度の情報を引き出すとわな」

 

「いや、ただ龍神が自爆しただけでしょう」

 

「・・・神相手に敬う気がないなお前」

 

目の前にいるのは最上位の存在。その存在を前にして臆する事無く龍神にため口で話す

 

「私を殺そうとしている相手を敬えとか頭おかしいんじゃないの

かといって戦っても返り討ちに遭うのは目に見えているからただのヤケクソよ。それよりも私は龍神がどうやって私という存在を見つけたかの方が気になるね

後、抹殺する事が決まっているのにこうして私と話し合いをしている理由も知りたいな」

 

「会話の主導権を握ってこの場を支配するつもりか?そんな事が神の前で出来るとでも?」

 

「そんなつもりはない。ただ疑問に感じた事をストレートにぶつけているだけ

後、これは私の推論なんだけど私と話し合いがしたいという事は抹殺を回避する方法もあるんじゃないかって思っただけ」

 

抹殺が決定しているのに話し合いを設けるという事は殺される事を回避するルートが存在するかもしれないという可能性があるという事。その可能性に賭けるしか今の私には生きる道が残されていない

 

「正解だ。まぁ、色々とあるからまずは事の経緯から話すとしよう。そのために君達には俺の記憶を見てもらう」

 

そう言って龍神は神の力を発動させ龍神の記憶の世界へと引き込まれた



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第二十七話取引

龍神の記憶の世界に引き込まれると龍王の視界には沢山の鍵のかかったシャボン玉が浮いた不思議な空間だった

 

「これが記憶の世界?」

 

『俺も記憶の世界に来るのは初めてだ。それにしても他人の記憶の世界というのは居心地が悪いものだな』

 

「あ、今だったら神の記憶を覗いて弱みを握れるんじゃないの。試しに近くにあるシャボン玉とか覗いてみない?」

 

悪い顔をしながら龍神の記憶を覗き見ようと提案する

 

『やめておけ。殺されるぞ』

 

「だよね~」

 

最初から覗く気なんてないが物は試しという感じで冗談気味に言う。そんな事をしていると龍神がやってきた

 

「何か悪い事を企んでいるようだから先に言っておくけど他人の、しかも神の記憶を勝手に盗み見ようなんて思わない事だよ」

 

「分かってるって。それよりも早く説明してくれない?」

 

「そうせかさないでくれ。こっちは出していい情報と口外厳禁の機密情報を分けないといけないんだからさ」

 

そう言って記憶のシャボン玉を複数手元に引き寄せるとシャボン玉を合体させて1つに集約して、そこから小さなシャボン玉を引き抜く

 

「待たせたね。じゃあ、映画を見る感じで俺の記憶を第三者視点で見てもらおうかな」

 

シャボン玉から光が発せられると、私達を光が包みこむと周囲の景色が一瞬で変わる。目の前に龍神が降り、龍神を囲むように円形のテーブルが配置されている

 

「まるで裁判所ね。それで、龍神以外誰もいない所を見ると他の神の姿は見せられないって事?」

 

「御名答。声も聴かせられないからここからは文字を出すから見逃さないように。でも俺の声だけは音声として出るからね」

 

神々の話し合いが始まると琴音達の前に洋画の吹き替えのように字幕の文章が出現する

 

『龍神、混沌の龍が誕生したそうだな』

 

「緊急の呼び出しって言うから来てみればその事かよ。別に問題ないだろう

混沌の龍は過去にも何度も生まれている。だけど最後は光と闇の均衡が崩れて自然消滅する。今回もいつも通りに対応をするだけで問題ないだろう」

 

『だが、今回の龍は普通とは違うようだが』

 

神々の指摘を受けると先程までめんどくさそうに返事を返していた龍神の態度が一変する

 

「だったらどうした。龍の事は龍神である俺に全て一任するという決まりを作ったのはお前達だ」

 

『・・・』

 

龍神の言葉にその場にいた神々は沈黙する。自分達が決めたルールを自分達が破る訳にはいかない

 

「監視は続ける。何かあれば俺から報告する。それまでは黙って傍観していろ」

 

そう言って龍神が会議室から出ると景色が溶けていき琴音と龍王は現実世界へと戻った

 

『お、帰ってきたか琴音』

 

『突然姿が消えて心配しましたよ』

 

『大丈夫か?』

 

姿が消えた私が再び姿を現した事でイグニス、レイ、ディアンが傍に駆け寄る

 

「心配させちゃってごめんね。それにしても混沌の龍って結構いるんだね。てっきり龍王が特別な存在なのかと思ってた」

 

記憶の中の混沌の龍が複数体存在した事に琴音は驚く。アニメや漫画では光と闇という相反する力を持つ存在となれば唯一無二であるというのが当たり前だったからかなり驚いた

 

『同感だ。しかも短命というのも初耳だ』

 

「あ、私も驚いた。龍王なんだから魔法とかで自分の寿命とか分からないの?龍王が死んだら龍王の体を乗っ取る事って出来るの?」

 

『寿命という概念が存在しない龍に死ぬ時期など分かるわけないだろう

後、なにしれっと俺の体を乗っ取ろうとしているんだ。前も話したと思うが龍というのは『龍魂』と呼ばれる核が存在する。そして、それを守るように体があるんだ。もしも『龍魂』が消滅すれば体も消える。そしてお前の魂も一緒に消える』

 

「ですよね~」

 

試しに聞いてみたが予想通りこちらの思い通りにいかないという答えが返ってくる。その後、遅れて帰ってきた龍神に質問を投げかける

 

「さっきの記憶で見た事を考えるに混沌の龍はほっといても勝手に消滅する。それなのにどうして神々は私達に処刑命令を下したの?」

 

時間で消滅するのならわざわざ処刑を命じる必要はない

それに、この世界に来て大きな問題を起こした訳でもない。それなのに早急に処刑が決定されたという事はそうしなければならない程の危険があると考えられているからかもしれない

 

「本来ならな。だが、状況が変わったんだ。龍王が琴音という1人の人間に出会った事でな」

 

「わ、私!?」

 

予想だにしない答えに驚く。まさかただの人間である自分が直接的な理由になるとは思ってなかったからだ

 

「そもそも混沌の龍が短命なのは光と闇の均衡が崩れる事で自分の存在を保てなくなるのが原因だ

普通の龍であれば混沌の龍になって2,3日で消滅するが龍王になった事で普通よりも長く生きられる事が可能となったが、それでも1年が限界だろうと俺は思っていた

だけど、琴音との出会いによって龍王を完璧な混沌の龍へと進化したんだ。最弱であるはずの人間と最強である龍という真逆の存在が合わさる事によって生まれた奇跡な存在ともいえる」

 

「私のおかげか・・・どう思う龍王?」

 

琴音からすれば自分が龍王の生死に関わるほどの影響を与えたとは思えない

 

『・・・可能性の話だが龍神の言っている事は正しいのかもしれない

俺は元々、闇を司る暗黒龍だ。その俺は輝煌龍を取り込んだことで光属性を取り込むことが出来るようになった

だが、光が弱点である暗黒龍と闇が弱点である輝煌龍という矛盾を持った存在が混沌の龍だ。そうなれば存在が保てないという話も納得できる』

 

「じゃあ、私が影響を与えたというのは?」

 

『全ての種族の中で善悪という概念がもっとも不安定なのが人間だ

人を殺すのは悪。だが、大切な人を守るために人を殺す事を悪といえるかどうかは当人次第だ。人によって善悪の概念が変わり、歴史の中でも反乱が成功すれば勝者が善、敗者が悪となる

暗黒龍、輝煌龍と違って人間は最初から善悪の2つの心を持っている。その人間が混沌龍に取り込めば人間が善悪の均衡を保つバランサー的な存在になるという事かもしれない』

 

龍王が推論を述べると龍神はパチパチと拍手する

 

「正解。俺も驚いたよ。まさか人間にこんな力があったなんて俺も含めた神々が絶対に予期できない事だ」

 

龍神の話をきいて 私は1つの疑問が生まれた

 

「そういえば、どうして龍神は今、私達に接触したの?私が修行していた時なんてかなりの日数を1つの世界に留まっていたのにさ」

 

「消息不明だったからだ。龍王の気配が消えて最初は予想より早かったなぐらいしか思わなかった。だけど、その後、龍王が消えた世界で1人の人間の魂が消えたという報告が上がった

現地で調査した結果、消息不明となったのは琴音という人間で、しかも余命がまだ残っているのに関わらず死亡した。その時間は龍王の気配が消えた時と一致した

これを偶然だと思えずに神々と共に血眼になって捜索した。そして、さっきの氷結龍との戦いで使用した膨大な龍力を検知する事でようやくこの世界に辿り着けたという訳だ」

 

「なるほど。つまり今までの話を整理すると、混沌の龍は数日で存在が保てなくなり消滅する。しかし、人間を取り込む事で光と闇のバランスを保てるとういう事ね」

 

「そうだ。そして、存在が安定した混沌の龍は神々からすれば脅威でしかない。なんせ、神ですら光と闇という相反する属性を扱えないのだからな」

 

「神からの視点にすると私達は進化の可能性であると同時に神々の存在を脅かす危険因子の可能性もある。自分達に害があるのなら力が強まらないうちに殺しておこうという考えなのね」

 

「その通り。だから既に琴音と龍王には処刑命令が出ているというわけ」

 

処刑という言葉に龍王は警戒を強め、後ろにいるイグニス達も心配そうにしているのが龍王の能力を通して伝わってくる。だが、私は神相手に臆する事無く言葉を続ける

 

「それで、私達が処刑されずに済む方法があるんでしょう」

 

「よく分かったな」

 

「処刑するならさっき私達を拘束した時にすればよかった

わざわざ記憶を見せたりする必要もない。それをしたという事は私達の立場を分からせた上で取引をすれば従わざるを得ない状況を作り出す事が出来る」

 

この考えがあっている確証は無い。立場を分からせた上で殺すかもしれない。それが神々の礼儀というやつなのかもしれない。でも、自分達が生き残れる唯一の方法があるとすればそれしかない

 

「同じ龍として心苦しいが君達が生き残る方法はこれしかない」

 

「取引の内容は?」

 

龍神は真剣な表情をして数秒黙り込み、口らを開く

 

「半妖のサクラを殺す事だ」

 

その言葉を聞いた瞬間、『龍葬』を龍神の首めがけて抜刀する

普通の相手ならこの一撃が当たれば確実に首が飛ぶ。しかし、攻撃が首筋に当たる事には成功するが首を切断する事も傷を与えることも出来ずガキィンッ!と音が響き渡る

 

「おいおい、これはどういうつもりだ?」

 

「取引の答えよ。私は自分の命のためにサクラを殺す事なんてしない。神々が私を殺すというのなら、私がお前達を全員殺す」

 

その目には怒りと殺気が込められており本気で神々を相手にするという覚悟を感じる

 

「それがお前の答えか。じゃあ、龍王であるお前はどうする?」

 

『俺も琴音と同意見だ』

 

「龍王が龍神に逆らうと?」

 

『琴音を巻き込んだのは俺だ。琴音が神に逆らうというのなら俺もそれに従う。それが、琴音との契約だからな』

 

琴音と龍王の覚悟を聞き、龍神は深く溜め息を吐く

 

「お前達の気持ちは分かった。なら、もう一つの方法を教えてあげる。この世界に封印された邪神を殺せ。それがお前達が唯一生き残れる方法だ」

 

龍葬を納刀し龍王は再び琴音の中へと還る

 

「ついでに良い事を教えてやる。この空の上に強大な力を持った龍がいる。そいつを仲間にする事をお薦めする」

 

「そう。なら、私も良い事を教えてあげる。相手が同格の神じゃないからって油断していると足元を掬われるよ」

 

「御忠告どうも龍姫」

 

龍神が首筋に触れると、龍葬が当たった箇所に一本の線が入っている。先ほどの攻撃が龍神の肌に傷を付けたのだ

 

琴音はその場から1秒でも早く離れようとイグニス達を率いて空へと上がり、残った龍神は琴音達が見えなくなるまで見送った



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第二十八話厄災龍ディザスタードラゴン

龍神の言う事を聞くのは癪だが、サクラの命が狙われているとなれば少しでも戦力が欲しい

琴音は空を飛び、分厚い雲を突き破り雲の上まで昇るとそこには小さな島が1つだけポツンと空に浮かんでいた

左目が空に浮かぶ島を解析すると島を浮かす魔力は島の中心にある遺跡のような建物から漏れ出した魔力によって浮かんでいる

 

「レイ、あの島の真下はまだレイの縄張りの範囲内よね」

 

『はい』

 

「なら、問題ないわね」

 

レイから確認を取ると島に入り建造物を上から見下ろすと天井が無く中が見えた

遺跡の中を見下ろすと中は空っぽでも何もないように見える。しかし、左目の能力が発動すると遺跡の中全体に不可視の魔法が掛けられており、右目には不可視の魔法で隠されているものがしっかりと確認できる

遺跡の中に降り、レイ達は私の背後に降りるとイグニスは違和感を感じ取った

 

『何にもないな。だが、微かだが気配だけ感じる。気味が悪いな』

 

気配を感じるのにその姿が見えない。そんな状況にイグニスは理解できずに気味が悪いと感想を述べる

 

「実際は何重にも魔法を掛けられて巧妙に隠されているから気配だけでも感じられたら凄い方だよ。でも、私にはそんな魔法は通じないけどね」

 

左手の拳を強く握りしめると混沌が拳を包み込み拳を振りかぶる

 

混沌の終焉(カオス・エンド)

 

振り上げた拳を振り抜くとキィィィン!と何かに当たり空間に亀裂が走るとパリィィィン!とガラスのように割れ張られていた結界が砕け散ると内部に溜め込まれていたおぞましい程の怒りと殺意が混ざった魔力が放出された。その放出された魔力に当てられイグニス達は気圧されて一歩下がるが琴音は負けじと龍力を放出して魔力を相殺する

 

『ほぉ、儂の魔力を相殺するとは人間じゃないなお前』

 

結界が壊れた事で魔法が解け、結界内に隠されていたものが現れた

それは、所々が赤黒く変色したエメラルド色の鱗に覆われた龍だ。その龍の背中には巨大な剣が龍の体を貫通して遺跡に縫い付けられており、体を何本もの鎖が巻き付き身動きを完全に封じている

 

『貴方はディザスタードラゴン!』

 

目の前に現れた龍にレイが驚きの声を上げる

 

「レイの知り合い?」

 

質問をするがレイは首を横に振る

 

『知り合いではありませんが数千年前、風を司る龍がたった1体で世界を敵に回して大戦争を繰り広げたという話を聞きました

その龍は数え切れないほどの人間を殺し、返り血を浴びた事で翡翠色の美しい鱗と身に纏う風は赤黒く変色し、空を大地を海を赤く染め上げたと言われています

その龍の名は厄災龍ディザスタードラゴン』

 

『ほぉ、若い龍が儂の話を知っているとわな。お前さんの言うように儂はかつて世界を敵に回し、敗北してこの場所に封印された敗北者だ』

 

自らを敗北者と名乗る割には厄災龍の目には光が宿っており、封印が解ければ再び戦争を引き起こそうとしている

 

『琴音、彼を開放するのは絶対に駄目です。封印を解けば再び世界を巻き込んだ戦争が起こります』

 

レイも厄災龍の危険を承知しているようで厄災龍を仲間に入れる事を反対する。しかし、レイから強大な力があると分かったら何としてでも欲しい。琴音は厄災龍の目の前に出る

 

「初めまして。私は龍王の力を受け継ぐ龍姫の琴音よ」

 

『龍王・・・なるほど。王ならそれほどの力を有していてもおかしくないな。それで、龍の姫が儂に何の用だ?』

 

「貴方が世界と戦争した理由が知りたい」

 

『そんなことを聞いてどうする?』

 

「神を殺すため」

 

『!』

 

予想外の返答にディザスタードラゴンは目を見開き言葉を詰まらせる

 

「私、神々の連中から処刑命令が出ているみたいで、それを回避するには私の大事な人を殺すしか助かる道がない

でも、私は自分が生き残るためにその人を殺すなんて出来ない。だけど私自身も処刑されるの嫌。どちらも生き残る方法はたった1つだけ。この世界の何処かに封印されている邪神を殺す事。私は神を殺すために戦力が欲しい。普通の戦力じゃなくて世界を滅ぼすほどの力を持った最強の戦力がね」

 

『・・・』

 

琴音の言葉にディザスタードラゴンは私の目をジッと見つめるとディザスタードラゴンから嫉妬の感情を感じ取った

 

『そういう人間があの時いてくれれば運命は変わっていたかもしれないな・・・』

 

「どういう事?」

 

『琴音、教えてやろう。世界と戦争する事になった話をな』

 

そしてディザスタードラゴンは昔の話を語り出した



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第二十九話邪神

『今から千年以上前の話だ

当時、世界の一部で土地が黒く染まる『黒色化現象』が発生した。原因は不明、黒く染まった大地は動植物を寄せ付けない死の大地となった

黒く染まった土地は戻す方法は無く『黒色化現象』が進むにつれて魔物は凶暴化し多くの人間が被害を受けていた

しかし、その黒く染まった大地を浄化し元に戻せる者がいた

そいつは存在の全てが真っ白な女だった。白い肌、白い髪、そして、この黒く染まった世界を見ないかのように盲目だった

その女が黒くなった土地に触れると土地は浄化され人々はその女を『白の救世主』として崇められた

儂は『黒色化現象』は世界の危機だと判断し『白の救世主』と共に行動していた。初めは順調だった浄化作業も日を追うごとに浸食の速度が浄化する速度を上回り被害は広がり続けた

『白の救世主』は力を使う度に精神は疲弊し、体は限界を超えていた。そんな様子を見た人々は不安になり、より一層『白の救世主』へ救済を求めた

そんなある日、『黒色化現象』は海に浮かぶ島の地底深くに封じられた存在が復活するために世界を贄にしている事が分かった

儂は『白の救世主』と共にその存在と戦う事にした。だが、封じられた存在の力は絶大だった。いかなる攻撃も防がれ、放たれる攻撃の全ては一撃必殺の威力

万策尽き、ダメージを受け過ぎた儂は立つ事すら出来なくなくなった。そんな絶望的な状況に『白の救世主』は最後の手段として自分の命を代償にして封印を強化する術を儂の制止の言葉も聞かずに発動させ封印はより強固なものとなり世界は元の姿を取り戻した

儂は負傷した体を癒すためにその場に数十年間居続けた。完全ではないがある程度まで傷が癒え、外へと出ると思いもよらない光景が広がっていた

人々は戦争をして大地が、海が空が赤く染まっていた。世界を救うために自らの命を差し出した『白の救世主』が愛した世界は赤く染まり人間の憎しみと怒りに満ちていた

その状況を見て儂は『白の救世主』が命を賭けてまで救う意味なんて無かったのではないかと思った

世界の危機に人類は一丸となっていた。それなのに世界が平和になってたった数十年で今度は人間同士で争う。そんな世界を見て儂は『白の救世主』のした事が全て無駄だったのかと考えが浮かぶと同時に怒りが湧き上がり戦争する人間達を殺戮した

だが、完全に傷が癒えていなかった儂は人間の数による抵抗に次第に追い詰められ最後はこの地に封印された。これが人間どもと戦争をした理由だ』

 

話を最後まで聞いた琴音は厄災龍に近づきそっと触れる

 

「貴方の怒りと憎しみはよく分かったわ。その感情を人間じゃなく違う方向に向ける事は出来ない?」

 

『違う方向だと?この感情を人間以外の誰に向けろと言うんだ』

 

琴音の言葉に厄災龍は怒りに満ちた声で返す

 

「貴方の話に出てきた封じられた存在によ」

 

『なっ!』

 

予想外の相手に厄災龍は言葉を詰まらせる。封じられた存在を相手にするという事は封印を解くという事になる

 

「この際だから全員に言っておくわ。私の目的は邪神を倒す事

厄災龍の話に出てきた封じられた存在というのが私が探している邪神である可能性が少しでもなるのなら私は封印を解いてでも邪神に勝負を挑むわ

貴方たちはどうする?私と一緒に邪神に挑む?それとも世界を滅ぼすかもしれない存在を復活させるという愚かな考えを持った私を今、この場で殺す?」

 

普通に聞けば狂ったような考えだ。龍王という絶対的な力を持っていたとしても邪神に勝てるか分からない。もしも倒せなければ復活した邪神は世界を滅ぼす危険もある。そんな危険な考えに賛同できるかと聞かれれば普通はしない。だけど、私と戦い、私の力を知っているとなれば話は別だ

 

『神を相手に喧嘩か。面白そうじゃねぇか!』

 

予想通り喧嘩の事になるとイグニスは一番に琴音の意見に賛成した

 

「やっぱりイグニスはそう答えるのね」

 

『当然だ。相手が強ければ強いほど喧嘩って言うのは楽しいんだ。俺はその考えに乗るがお前達はどうする?』

 

ディアンとレイに聞くとディアンは黙って頷く

 

『琴音の頼みというのなら力を貸そう。それが友達だからな』

 

ディアンも賛成し残りはレイだけとなった

 

『・・・神を相手に喧嘩というのは愚行です。しかも倒そうだなんて不可能です。ですが、世界を滅ぼすかもしれない存在であるのなら放ってはおけません。分かりました。私もその計画に乗りましょう』

 

「これで全員参加ね。さてと、貴方はどうする厄災龍ディザスタードラゴン。私に力を貸すというのならその封印を解いてあげる。そして、失った魔力を取り戻し、更に強くなるための修業の場を提供する。どうかしら?」

 

『儂を仲間に引き込み、さらなる強さを要求してお前の都合のために神に一緒に挑め。随分と強欲だな』

 

「欲しいものは全部手に入れるのが私のやり方だからね。でも、悪い話じゃないでしょうお互いに」

 

厄災龍は封印から解き放たれ過去に負けた相手に再び挑む事が出来るようになり、私は大きな戦力が得られる。お互いにとって利害が一致する

 

『・・・分かった。儂の残っている命をお前に預けよう』

 

「そうこなくっちゃ。じゃあさっさと封印を解いちゃいましょうか」

 

厄災龍の背に登り体を貫いている剣の前に立つと両手に混沌を纏わせ剣の持ち手を両手で掴む

 

混沌の終焉(カオス・エンド)

 

両手から混沌が剣全体を包みこむと厄災龍を縛る鎖にも混沌が及ぶ

 

「後は引き抜くだけ!」

 

目いっぱいの力を込めて剣を引っ張り厄災龍の体から引き抜き、そのまま剣を振って厄災龍の体に巻き付いている鎖を断ち切った

 

「切れ味いいわねこの剣」

 

人間の体の2倍以上はある剣を軽々と振り回すと戦利品として剣を別空間にしまう。厄災龍の封印を簡単に解いたのを見たレイは呆然とする

 

『私と戦った後だというのに厄災龍を千年も封じていた封印をあんな簡単に解くなんて。疲れた様子もない。底が見えなくて恐ろしいですね』

 

レイが琴音の力を分析しているがそんな事を呑気にしている余裕はない

 

「レイ、呑気に私の力を分析している暇なんてないわよ。早くこっちに来なさい」

 

『え?』

 

こっちに来るように手招きするがレイは琴音の言っている意味が理解できずその場に立ち尽くしていると遺跡に亀裂が走り崩壊が始まった

 

「遺跡が崩壊し始めたわ。みんな急いで私の周りに集まって!」

 

遺跡が崩壊し始めた事でようやく異常事態が発生していることに気付きレイ達は急いで琴音の傍に集まると『龍葬』を納刀している鞘に手を掛けると鞘が光を発して琴音達を包むように結界を形成する

結界を張った事で落ちている瓦礫から身を守る事は出来ているが遺跡の壁が崩れて外が見えると外の景色が上に動いており遺跡が落下している事にレイが気付く

 

『この遺跡・・・落下している!』

 

「全員、落下時の衝撃に注意!」

 

琴音が叫ぶと同時にドゴォォン!と大きな音と衝撃が響き、遺跡の壁は完全に崩壊し氷の大陸に墜落した事でレイは遺跡に入る前に位置を確認した事の意味を理解する

 

『なるほど。落下するのが分かっていて私に確認をいれたんですね』

 

「正解。あの遺跡は厄災龍から漏れ出した魔力によって浮遊していたから封印を解いたら遺跡が落下するから落下地点の確認が必要だったの」

 

鞘から手を離して結界を解除すると厄災龍に話しかける

 

「さて、千年ぶりに自由になった感想でも聞きましょうかな」

 

縛るものがなくなり自由になった厄災龍は体をゆっくりと起こす

 

『遺跡が落下したのは肝が冷えたが、今は最高の気分だ。礼を言うぞ琴音』

 

「それは良かった。そういえばまだ貴方の名前を聞いてなかったけど教えてくれない」

 

『儂の名はエルドだ。それと友好の証としてこれをお前にやる』

 

そう言ってエルドは緑色の玉を渡す。おそらくイグニス達と同じ宝玉の類だろう

 

「ありがとうエルド。じゃあ約束通り修行場を提供するね

修行場所は『龍王の不可侵領域』(ドラゴン・テリトリー)と言って私の龍力によって造られた異空間。この空間内では何でも出来るわ。例えば、傷の治癒に専念出来るようにしたり、現実世界での1分が異空間の中では1年が経過するように時間をズラす事も出来る。修行の環境を変える事も出来るから様々な状況に合わせて鍛える事が出来るわ」

 

修行場の説明を終えると右手を前に出し魔法陣を展開すると分身体を作り出す

 

「私の分身体がエルドをサポートするから必要な物や困った事があったら聞いてね。じゃあ、あとはよろしくね分身体」

 

『そっちも頑張りなさいよ琴音』

 

「えぇ、サクラは絶対に守るわ。龍王の不可侵領域(ドラゴン・テリトリー)

 

分身体に決意を告げ、エルドと分身体を転移魔法で私が作り出した異空間へと転送する。転送を終えると先程までエルドがいた場所に混沌の球体が浮かんでいる

 

「レイ、悪いんだけどこの場所を借りるね。一応、外部から攻撃されてもビクともしないから監視する必要はないけど誰が近づくかは分からないからさ」

 

『構いません。それに、ここは私の縄張りです。琴音ほどの実力がない限り危険を冒してまでこの場所に入ってくるような人間はいません』

 

「それはそうだけど念のためよ。後、これをイグニスとレイに渡しておくね。私と連絡を取れる道具よ」

 

以前、ディアンにも渡した通信用の札を渡す

 

『お、これでいつでも喧嘩が出来るってわけだな』

 

早速、札の使い方を思いつきイグニスは嬉々とした表情をする

 

「本当はそうしたいんだけど私はこれから国に帰って調べものがあるの。『黒色化現象』、『白の救世主』、『封じられた存在』これに関する書物があれば何かが分かるかもしれないから」

 

龍神は龍に関する事は自分の管轄だと言っていたが他の神々が無理やり介入する可能性がゼロでない以上はなるべく早めに動いた方がいい

 

『そうか。じゃあ、後で連絡をよこせよ琴音』

 

「分かったわ。なるべく早く呼べるように頑張るわ」

 

『琴音が帰るのなら私も山に帰ろうかな。琴音、また必要な時は呼んでくれ』

 

「その時はよろしくねディアン」

 

2体は自分の家へと帰っていき、琴音も『ムサシ』に帰るために転移魔法を展開する

 

「じゃあ、またねレイ」

 

『えぇ、また会いましょう琴音』

 

レイと別れの言葉を交わし私琴音はサクラの待つ『ムサシ』へと帰還した



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第三十話歴史を記す一族

転移魔法で『ムサシ』の門の前に転移して門番にギルドの会員証を見せて国の中に入りサクラの元に向かった

鍜治場に向かい、サクラの姿を見つけた事でようやく安堵できた

 

「サクラ」

 

声を掛けるとサクラは振り返って私琴音の姿を見て驚きながらも駆け寄ってきた

 

「どうしたんですか琴音さん。忘れものですか?」

 

琴音が旅行に出かけてまだ数時間しか経っていないからこんなにも早く帰ってきた事に驚いてる

 

「実はちょっと状況が悪い方に変わってね。早急に対策を練る必要があったから急いで帰ってきたの」

 

「琴音さんが言うという事は相当な事なですよね」

 

事態をすぐに飲み込みサクラは不安そうな顔で私に視線を送る

 

「えぇ、でも安心して。何があっても守るって約束したからね。それじゃあ聞いて」

 

そして私はサクラに話した

イグニス達と出会い仲間にした事、龍神に遭遇した事、琴音が処刑の対象にされ、逃れるには邪神を討伐する必要がある事。ただ、サクラを殺せば良いという事だけは言わなかった。邪神を殺すのだからサクラにわざわざ言う必要はない

全ての話を聞き終えるとサクラは難しい顔をする

 

「う~ん・・・私の知らない所でとんでもない事になってますね。それにしても邪神なんて聞いた事がありませんね」

 

「なんせ長命である龍達ですら知らないんだからしょうがないよ。それより、今から時間ある?過去の文献が所蔵されている場所に行きたいんだけど」

 

人が知らないのならそれに関する歴史を記した本を読めばいい。読み書きが出来る文化が発達しているなら歴史も本として書き記されている可能性はある

 

「確か『ムサシ』には歴史を記録する一族がいると聞いた事があります。その人達なら何かを知っているかもしれません」

 

「その人達がいる場所は?」

 

「知ってます」

 

「よし、じゃあ案内して」

 

「はい。こっちです!」

 

サクラに道案内を任せると国の奥へと進んでいくと小さな竹林があり、竹林の中に進むと大きな日本屋敷が建っていた

 

「立派な屋敷ね。ここに歴史を書き記す一族がいるの?」

 

「はい。『ムサシ』の歴史を書き記す一族『物史家』です」

 

「歴史を書き記す一族か・・・どんな人が今の当主なのか楽しみ♪」

 

寡黙な爺さん、仙人のような見た目の爺さん、礼儀にうるさい爺さん。こういう高貴な家にありそうなイメージを思い浮かべながら屋敷の門を開け、玄関の前に立つ

 

「ごめんください!」

 

大きな声を出すが返事がない。だが、屋敷の中には生物の気配が1つだけあるのは分かっているのでおそらく居留守をつかわれている

 

「中にいるのは分かっているんですよ!後30秒以内に出てこないと無断で入りますよ!」

 

警告を発すると屋敷内の気配が動き出し玄関が開くとそこにはぼさぼさの髪、前髪は目元まで伸びて目が隠れており、着ている服は陶芸をする時に着るような甚平のような服の上に半纏を羽織っている

 

「・・・何の用ですか?」

 

気怠そうに質問しながら頭をガシガシと掻く

 

「初めまして。ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかしら?」

 

予想とは違う人物が出てきた事に驚いたがすぐに思考を切り替えて質問をする

 

「当主様は外出中ですのでお引き取り下さい」

 

そう言われた瞬間、琴音の右目が反応した。右目に意識を集中すると目の前の使用人の頭上に×マークが表示されている

 

(×マーク・・・確か、右目は目には見えない幽霊や精霊が見えて、相手の嘘を見抜く能力があった。という事は目の前の使用人は嘘をついているって事

『当主は外出中』という言葉が嘘ならこの屋敷に当主がいるという事。でもこの家には目の前にいる使用人以外は誰もいない。つまり、この使用人が付いている嘘というのは・・・)

 

「残念だけど私に嘘は通じないよ。この屋敷の当主はあなたでしょう」

 

琴音の言葉に少女はピクッと体が反応する。どうやら図星らしい

 

「流石ですね。ゴブリンキングをたった1人で倒し、龍を従えるだけの実力は嘘ではないようですね」

 

「私は最強の龍姫ですからね。それに、貴方もかなりの実力者でしょう。この国に貴方の目と耳となる動物を何十体も操っているんだから」

 

「・・・そこまでお見通しですか」

 

「この国に入ってすぐに気付いたわ。空を飛ぶ鳥、街中に当たり前にいるような犬や猫、裏道を走り回るネズミ、様々な所に貴方の魔力が付着した動物を見かけたわ」

 

「・・・貴方の事、詳しく知りたいですね」

 

「私の条件を呑んでくれたら教えましょうか?」

 

私と少女の間で取引を進めていくとサクラが間に割って入る

 

「私を置いて行かないでくださぁい!」

 

2人の間でだけ話がどんどんと進んでいき話に完全に置いてかれたサクラが会話の流れを断ち切る

 

「あ、ごめん。サクラには説明しないと何が何だが分からないよね」

 

「はい!しっかりと説明してください!」

 

話に置いて行かれた事にかなりお怒りのようでサクラは頬を膨らませて怒っている事をアピールするが頬を膨らませるサクラは可愛い

 

「・・・えい♪」

 

膨らんだ頬を突くとぷひゅぅ~と音を立ててしぼんだ

 

「っ~~~!」

 

真剣に怒っているのに琴音がふざけて頬をつついた事にサクラは怒り私の胸をポカポカと叩く

 

「あ、ごめんごめん。謝るから、許して~」

 

まるで夫婦漫才のようなやり取りを見せられ少女は溜め息を吐く

 

「痴話喧嘩なら他所でやってくれないかな」

 

「違います!」

 

少女の言葉を怒りながら否定する

 

「さて、話が逸れたから修正するね。まず、『物史家』の当主はこの子よ。そして、この子の魔法は特殊、おそらく一族に代々伝わる魔法でしょうね

その魔法は自分の魔力を散布し、付着した動物の行動範囲内で見聞きした情報を自身に還元する事。この魔法なら家にいながら『ムサシ』で起きている事象を手に取るように分かるよね」

 

琴音の説明を受けてサクラは驚いた様子で少女の方を見る。少女は琴音の説明に対して何も言わないという事は私の言っている事は真実だという事

 

「その通り。私が今の当主である物史カヤよ。初めまして、琴音、サクラ、そして歓迎するわよ『ムサシ』の歴史を記したこの屋敷にね」



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第三十一話隠された歴史

屋敷の中に招かれた私とサクラは応接室に通され対面するように座り、カヤはお茶を差し出す

 

「これだけデカいお屋敷なのに使用人もいないの?」

 

「えぇ、『物史家』に代々と受け継がれるこの魔法を外に出さないために人との関わりは完全に絶っているの。だから屋敷に入れるのは一族の者だけ

不法侵入した場合は屋敷に設置された迎撃魔法で対処出来るけど・・・琴音にはそんな魔法は効かないようだし居るのさえ分からなければ居留守でやり過ごすつもりだったんだけどね」

 

「なるほどね。それで、さっきの話だけど私の情報を渡せばカヤもこっちの欲しい情報をくれるのかしら?」

 

屋敷の前での会話で出た話を出して交渉を始める

 

「貴方に興味があるの本当。でも、それに見合う情報だとしても私にも一族の掟があるから期待に応えられるかは別だけどね。それで、何が知りたいの?」

 

「今から千年以上前にあった歴史よ」

 

琴音の言葉にカヤは私の方をジッと見つめ、数秒後に視線を手元にある湯呑に移し、お茶を飲んで一息ついて口を開く

 

「その歴史は存在しない」

 

「存在しない?それは一族が歴史を取り始める前の時代だから?」

 

カヤは首を横に振る

 

「いいえ、私の一族はその遥か昔から存在する。勿論、千年前の歴史もきちんと書き記している」

 

「だけど存在しない・・それってつまり・・・」

 

書き記した歴史はある。でも、その歴史は存在しない。この言葉から導き出される答えは1つだけ

 

「秘匿されているって事?」

 

琴音の推測に今度は首を縦に振る

 

「もっと正確に言うのなら抹消されている。理由は不明」

 

「・・・抹消されたという事は誰かにとってその歴史があると都合が悪いという事だけど千年前の歴史を知られて困るとなると個人では無くて国自体が関わっているって事かしら?」

 

「普通に考えればそうだと私も思う。でも、どの国かまでは分からない。後、これは推測だけど『修羅』が消えたのも同じ理由だと考えているわ」

 

「!」

 

『修羅』の名前が飛び出しサクラが驚く

 

「あの、それって私の国は千年前の歴史を知ってしまったから消されたって事ですか?」

 

「消されたというよりは自ら姿を隠したと言った方が正しいと思う

現に『修羅』が消える前に島の中にいた一部の妖怪達が『ムサシ』に強制転移された理由を考えればそう考えるのが妥当かと思っただけ」

 

「じゃあ私の両親は千年前の歴史を知っている関係者って事?でも、私は何も知らないのはどうして?」

 

次々と答えの出ない疑問がサクラの頭の中を埋め尽くしていく

 

「このまま言葉を交わしても有益な情報は得られそうにないわね。カヤ、最後に聞きたいんだけど貴方の推理だと誰が犯人だと思う?」

 

「証拠はないけど一族から歴史を抹消を命令できるだけの権力を持ち、世界に都合の悪い歴史を知られて最も立場を危うくなると考えると犯人は中央国家『ケントロン』の王だと私は考えている」

 

その答えに琴音は同意する

 

「状況からしてそうよね。となれば私の今後の予定は決まったわ。冒険者のランクを上げて『ケントロン』の懐に飛び込む。世界の闇に触れる事が出来れば記された千年前の歴史というのも分かるかもしれない」

 

「随分と危険な賭けだね。下手をすれば殺される、と言いたいけど心配するだけ無駄ね。忠告を素直に聞く貴方ではないし、そもそも貴方なら国1つを相手にしても余裕そうね。むしろ敵に回した国の方が哀れに思えるぐらいにね」

 

「私を敵に回したらどうなるかよく分かっているじゃない。お邪魔したわねカヤ」

 

「こちらも何も力になれずにすまないね。あぁ、それと有益な情報を教えてあげる。今、この国に『ケントロン』から騎士団が来ている

もしかしたら緊急クエストかもしれないからギルドに行くといいよ」

 

「有益な情報ありがとう。今度はゆっくりと世間話でもどうかしら?」

 

「お茶菓子を持参してくれるのなら付き合ってあげてもいいわよ」

 

琴音とサクラは『物史家』の屋敷を後にして騎士団が来ているという冒険者ギルドへと向かった



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第三十二ケントロンの聖騎士

ギルドに向かうとカヤが言ったようにギルドの前には人だかりが出来ており、外には鎧を纏った騎士達が何人もいた

 

「カヤの言う通りケントロンの騎士達がいるね」

 

聞いていた通り騎士達がギルドの前で何かの紙を配っていた。騎士に近づきギルドカードを提示すると騎士は紙を渡しサクラの元に戻る

 

「サクラ、読んで~」

 

「はい」

 

琴音から紙を受け取りサクラは内容を読み上げる

 

「緊急クエスト『各地で起きた異常現象の謎を解明せよ』

①デレス火山の凍結化現象

②プートス氷大陸の崩壊

③浮遊遺跡墜落

以上3つの異常現象が起きた原因の調査を行い解明せよ。だそうです」

 

火山、氷大陸、浮遊遺跡。サクラから聞いた単語にはどれも心当たりがある。いや、あり過ぎる

 

「う~ん・・・今回のクエストは見送りね。というか私が出ると色々と不味い」

 

琴音の言葉にサクラは言葉の意味を察した

 

「もしかしてこの異常現象って・・・」

 

「うん。全部私がやった事」

 

予想通りの返答にサクラは苦笑いを浮かべる

 

「世界旅行に行くだけじゃなかったんですか?」

 

「したよ。世界を回るついでに龍種達に喧嘩をしようって誘ったらこうなったの。だから私は悪くない」

 

「開き直らないでくださいよ。琴音さんが原因ならこのクエストってどんなに調査しても何もわかりませんよね」

 

「うん。私の使う力は龍力だから残留する魔力を調査しても何にも出ない。だからどんなに探しても無駄ってわけ」

 

クエストに参加しても意味がないのだがその事実を知らない他のギルドのメンバー達は緊急クエストの報酬を得ようとやる気に満ちている

 

「とりあえず鍜治場に戻ろうか」

 

「はい」

 

此処にいても意味がないのでサクラの解体用ナイフの進捗状況を知るために鍜治場に戻る事にした。鍜治場に戻る途中で持っていた通信用のカードが光る

 

「通信・・・誰からだろう?」

 

歩きながらカードに触れると『ガルブ王』と表示される

 

「早速使ったようだけど何か用?」

 

『少し聞きたい事があってな。先ほど、我が国のギルドに異常現象に関するクエストが通達されたのだが、俺が思うにこの異常現象の元凶はお前ではないのか?』

 

「大正解。よく分かったね」

 

『やはりか・・・浮遊遺跡については分からないが残りの2つの場所には強力な龍種が生息しているのは知っていたからな。龍種の縄張りを荒らせる者がお前以外にいてたまるか』

 

「誉め言葉として受け取ってあげる。まぁ、おかげで3体の龍種を仲間出来たよ」

 

『やはり目的は戦力の増強か。今のお前なら世界の1つや2つぐらいなら余裕で征服できるだろうな』

 

「まぁね。それで用事はそれだけ?」

 

『事実確認だけしたかったからな。後、無駄だと思うが忠告しておく。あんまり目立った行動をすると思わぬ敵を作る事になる』

 

「頭の片隅に置いておくよ」

 

通信が終了しカードを懐に戻し菊の鍜治場の前に到着した

 

「菊、いるかしら?」

 

鍜治場からは音が聞こえないので休憩しているか外出しているかのどちらかだろう

 

「あ、帰って来ていたのですか琴音」

 

鍜治場の奥から疲れ切った表情の菊が顔を出す。菊の腕の中には赤や青の水晶玉のような物を持っている

 

「随分と疲れているようだけど鍛冶に難航している?」

 

「この龍の鱗はかなり硬質で形を変形させるのに超高温の熱を持つ火と超高温の熱でも蒸発しない水の魔水晶(ラクリマ)が必要なんだが魔水晶(ラクリマ)の数が足りないんだ。このままだと注文の品が作れない」

 

魔水晶(ラクリマ)か・・・あ!」

 

魔水晶(ラクリマ)は無いがそれに似た物を私は持っていた

 

魔水晶(ラクリマ)は持っていないんだけど似たような物なら持っているんだけど使えない?」

 

そう言って懐から取り出したイグニス達から貰った龍玉を見せると菊は琴音の持っている龍玉を見て目を大きく見開く

 

「これは・・・龍玉!どうしたんですかこれ?」

 

「龍と戦って貰ったんだけど役に立つの?」

 

「役に立つ以前の問題です!龍玉1つで一生遊んで暮らせる生活を3回は繰り返す事が出来るほどの伝説級の代物です」

 

菊が興奮気味に説明し隣で聞いていたサクラも驚いた表情で龍玉を眺めていた

 

「琴音さん、龍玉というのは龍種が力を認めた相手にしか渡しません

それに、龍玉は龍が生み出した物のため生み出した龍種が死亡してしまうと消滅してしまうんです。ですから龍玉が市場に出回る事は絶対にありません。歴史上で龍玉を持っていると確認された人も数人しかいません」

 

イグニスから貰った時に貴重な物だという認識はあったがまさか歴史に残るレベルで貴重な物とまでは想像してなかった

 

「貴重なものだというのは理解できたけど、この龍玉を使えばサクラのナイフは完成するの?」

 

「確かにこの龍玉はかなり純度が高いから予定よりも大幅に期間が短縮できる。だが、いいのか?本当にこれは貴重な物なんだけど・・・」

 

「別に金には困っていないからね。私が持っていてもしょうがないから材料として使って

勿論、使い切ってもいいし、使い切らなければ返してよね。あくまで今回はサクラのナイフを完成させるために貸してあげるだけだからね」

 

「分かった。完成させるためにもありがたく使わせてもらう」

 

琴音から龍玉を受け取り作業を再開するのを見て邪魔をしないようにサクラと共にその場を離れ再びギルドに戻るとクエストを受けた冒険者達が続々と出発していった。その後、ギルドに入るとギルドの中には冒険者はほとんどおらず閑散としていた

 

「まさかここまで冒険者が出払うとわ。おかげでゆっくりと話が出来そうね」

 

そう呟きギルドの正面玄関の方を見る

 

「いつまでそこで私達を見ているつもり?」

 

「え?」

 

琴音の言葉にサクラは頭に?を浮かべるとギルドの扉が開き白銀の鎧を着た金髪の女性が姿を現す

 

「いつから気付いていた?」

 

「私達がギルドで緊急クエストの紙を貰った時から

最初は前回のゴブリンキングの討伐の件でマークされていると思ったけどその後も鍜治場にまで尾行してきたから何か別件があるんじゃないかなと思ってね。ギルドに戻ってきたのも今なら周りを気にすることなく話せると思ったから」

 

そう言うと女性はため息を吐きながら座り、琴音とサクラは対面に座る

 

「そちらの言う通り重要な話があって来た。私はケントロン聖騎士団第3先行部隊隊長のアイリス

今から2ヶ月前、ゴブリンキングに似た魔物が発見された。ケントロンはすぐさま調査隊を派遣し調査が開始された。その後、調査部隊が持ち帰った情報を精査した結果、その魔物はゴブリンキングを遥かに凌ぐ力を持った上位種である事が分かった」

 

「ほほぉ、つまりゴブリンキングの新しい上位種が発見されたと。それで、その上位種が見つかった事を聞かせて私達にどうして欲しいの?」

 

大体の予想はついているがこういう事は相手に言わせる事でこちらにも交渉出来る余地が生まれるかもしれない

 

「現状で分かっている事は変異種はゴレス洞窟の奥に棲み着いている事

変異種は千を超えるゴブリンを従えている事、そして、2体のゴブリンキングも従えている

我々は変異種を囲うゴブリンの掃討による戦力を削る事が任務だ。その任務を遂行するためにゴブリンキングと戦闘経験がある琴音に助言を貰いに来た」

 

「助言?その程度なら冒険者がいる前でやっても別に良かったんじゃない?」

 

てっきり変異種の討伐を依頼されるとばかり思っていたので助言を求められたのは予想外だ

 

「変異種の事はケントロンが非公式で行っている。変異した原因が分からない以上、公にして民衆の不安を煽るような事をしないために秘密裏に討伐必要がある」

 

アイリスの言葉に嘘はない

だが、それはアイリスが真実と思っているだけでケントロンに他の思惑があった場合には右目の嘘を見抜く能力は発動しない。万能そうに見えても必ず何かしらのデメリットというのは存在する

 

「助言ね・・・と言っても私の場合は真正面から突っ込んで叩きのめしただけだから助言なんて出来ないよ。それよりも、私達にその変異種の討伐を依頼しない?私としてはその変異種には凄い興味があるんだよね」

 

今まで存在しなかった変異種、しかもケントロンが秘密裏に討伐したいと考えているのが本当に民衆の不安を煽らないためなのか確かめる必要がある

 

「やはり貴方ならそう言うと思ってました

もしも、冒険者の琴音から協力の打診があった場合、変異種の討伐を依頼するように上層部から言われています。変異種を討伐した際にはそちらが望む報酬を可能な限り支払うと」

 

「へぇ、だったら答えは1つよ。サクラもいいよね?」

 

「勿論です!」

 

「決まりね。じゃあアイリス。その変異種の討伐は冒険者の琴音とサクラが引き受けた」

 

こうして新たなクエストを受注した



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第三十三アイリス隊長

アイリスからクエストを受注するとアイリスはすぐに行動を開始した。ギルド前に待機している聖騎士達に指示を飛ばして出発の準備を進める

元々、すぐに出発できるように準備は早い段階の内から進めていたので出発が完了するのに30分もかからなかった

 

「ここからゴレス洞窟までは馬で2日はかかるがお前達はどうする?なんなら馬を貸すが」

 

そう言われても馬に乗った事のない私が今から馬を乗る練習してもすぐに上達するかは分からない

場所さえわかれば転移魔法で行けるが個人で転移魔法が使えないこの世界では使わないようにサクラに止められている。口外できないクエストであるためディアンを呼び出したら目立つため使えない

 

「あ、それなら大丈夫。サクラ」

 

「はい。何ですか?」

 

「サクラの札を使って私達の移動手段としましょう」

 

「えぇ!?でも、まだそこまでの速さは出せませんよ」

 

「大丈夫。アイリス達を見失っても私が先導するから迷子になる事はない。それに、結界を動かすって言う修行にもなるでしょ。だから決定!」

 

「えぇ~・・・」

 

強引に決められてサクラは軽く絶望した顔を浮かべる

 

「そんな絶望的な顔していないで早くする」

 

「はぁ・・・修行の成果を見るためにディアンに相手を頼んだ時から思っていましたが琴音さんってスパルタですよね」

 

「そう?でも、世界はこちらの都合なんて待ってくれない。何かを成すためには死ぬ気で努力する以外に道なんてない。自分の能力が必要とされる場面で自分の力がもっとあれば・・・なんて後悔しないようにするためにはスパルタぐらいが丁度いいと私は思うんだけどどうかな?」

 

「・・・そうですね。力を求めたのは私ですし、それに琴音さんに少しでも近づけるようにするにはそれぐらいじゃないといけませんよね」

 

琴音の言葉に納得してサクラは札を取り出し2人が乗れるサイズの結界を円盤状に広げる

 

「その意気よ。じゃあ、私達は準備できたけどもう出発するの?」

 

「準備が出来ているのならすぐに出発するが・・・さっきの話的に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫です!頑張ります!」

 

「何かあったら私が何とかするからアイリスは気にせず進んじゃって良いよ」

 

「それならいいが・・・」

 

サクラに無理を強いるような話だったのが心配なのかアイリスはサクラの方を心配そうに見るが頭を振って心配を無理やり頭から追い出して馬に跨る

 

「ケントロン聖騎士団第3先行部隊、出るぞ!」

 

「おぉぉぉ!!!」

 

隊長のアイリスの号令で部下の騎士達はアイリスに続いて『ムサシ』の門を出発しサクラは結界に私と自分の2人を乗せた状態で結界を操作して聖騎士団の後に続く

出発してすぐは馬の速度に付いていけたが次第に距離を離されていき結界が左右にフラフラと揺れる

 

「サクラ、今は速度の事を気にせずに真っすぐ飛ぶ事だけに集中して。速度より進行方向がブレない様に精密に操作するほうが重要だから」

 

「はい!」

 

琴音の指示通り速度を気にせずに真っすぐ進む事だけに集中すると左右の揺れが収まり真っすぐに進む

 

「その調子よ。真っすぐ進む事を感覚で覚えれば自然に余裕が出来る。余裕が出来れば速度を上げる事も出来るようになる。1つずつ覚えていけば出来る事は増えていくんだから焦らないで」

 

「はい!」

 

アイリス達を見失いながらもサクラは集中力を切らさず琴音の指示通りに進んで行き日が傾き始めた頃になって野営の準備をしているアイリス達の元になんとか辿り着いた

 

「やっと、つい・・・た~・・・」

 

追い付いた事でサクラの集中力が切れ目を回して倒れそうになった所を受け止める

 

「おっと、お疲れサクラ」

 

眠っているサクラに激励の言葉を呟き背中に背負う

 

「アイリス、寝る場所ってある?」

 

「あのテントだ」

 

「どうも」

 

お礼を述べてテントの中に置かれている寝袋にサクラを入れてアイリスの元に再び戻る

 

「さて、遅れちゃったけど何かやることある?」

 

「いや、お前達は変異種の討伐に集中してくれ」

 

「了解。じゃあ適当に休ませてもらうね」

 

騎士団の邪魔にならないように少し離れた場所にあった切り株に座り騎士団達の観察を始める

部下達は自分が請け負っている仕事をこなし、それが終わるとアイリスの元に行き報告と新たな指示を貰って動いている。アイリスも逐一報告される現在の状況を把握して新たな仕事を任せたり人手不足の所に人員を送ったりしている

アイリスは人を統率する力が優れているが、それ以上に部下からの信頼も厚い。観察していても誰一人としてアイリスの指示にいやいや従っている様子もなくそんな感情も読み取れない。アイリスを尊敬している証拠だろう

 

「部隊長を任されるだけはあるね」

 

アイリスに感心しながらしばらくの間その光景を見続けると陽が完全に落ち夜になると夕食の用意が完了し、そのタイミングでサクラが目を覚まし夕飯のメニューであるパンとシチューが全員に配られた

 

「少しは回復出来た?」

 

「はい。お札は琴音さんがくれたケースに入れておけば明日の朝には霊力も溜まっていると思います」

 

「そっか。じゃあ、今日は早く寝て疲れを取りなさい。明日も移動はサクラに任せるからね」

 

「頑張ります!」

 

「うんうんその勢いで任せたからね」

 

やる気があるのは良い事だからとりあえず褒めてサクラのモチベーションを高めて明日の移動も頑張ってもらおう

夕食を終え皆が眠りについた頃、琴音は雲一つない満点の星が煌めく夜空を見上げる

 

「これが満点の星空か・・・やっぱり本物は凄いな。こんな光景が見られるなんて龍王には感謝の気持ちしかないよ」

 

自ら命を立とうとしたあの日、もしも龍王に出会わなければこんな光景を見る事が無かった。もっといえば異世界がある事も知らなかった。私が死のうと思わなければこうやってサクラに会う事もなかった

 

「眠れないのか?」

 

視線を下ろすとそこにはアイリスがいた

 

「アイリスこそ寝ないの?」

 

「見張りは当番制だからな。私だけ特別扱いという訳にはいかない」

 

「なら、見張りは私に任せても良いよ。私は睡眠を必要としない体だからね」

 

「人間の三大欲求である睡眠が必要ないなんてあり得ないだろう」

 

人間には生きている上で必要とされる欲求が3つある。それが食欲、睡眠欲、そして最後に性欲だ。この3つは絶対に逆らう事が出来ないとされている

 

「普通の生物ならね。あいにく私は普通から逸脱した存在。だから寝る必要がないの」

 

「ゴブリンキングを単独で倒せるほどの力を得るための代償という訳か」

 

聞くべき事では無かったとバツが悪そうに眼を逸らす。それを見て琴音は笑みを浮かべる

 

「欲求がないと言っても夕飯のシチュ―を見て美味しそうだなって思うし、味覚もあるから味も分かる。大きな戦いをした後は気分的に寝たいなと思う時だってある。だからサクラやアイリスを見て可愛いと思う事だってできるよ」

 

「・・・」

 

琴音の可愛いという発言にアイリスは難色を示す

 

「可愛いは禁句だった?」

 

「お前は違うのか?女でありながら戦場に立ち刀を振るう。そんな姿に可愛いと呼ばれて嬉しいか?」

 

「所詮は周りからの評価でしょう。私は自分がやりたい事を出来れば周りがどう思うかなんて興味ない。まぁ、サクラからカッコイイとか可愛いとか言われるのは嬉しいけどね」

 

「私はそうは思えないな

私の家系は代々ケントロンの聖騎士を輩出する家でな。男は聖騎士になり、女は名家の血を絶やさぬための道具として育てられた

マナーよく振舞え、男に気に入られるように可愛くしていろ。毎日そんな事ばかり言われてきた生活が嫌だった

だが、もっと嫌だったのはそんな現状を変える事の出来ない自分の無力さだ。力もなく、行動に移す勇気もない。ただ今の現状に不満を持ちながら何もしない弱い人間だった

だけど、そんな私を王は救ってくれた。私の心情に気付き、私をあの家から連れ出してくれた。私の世界を変えてくれた王のためにも私は強くなりたい」

 

「王のために強くなりたい。それがアイリスの原動力ってわけか。せっかく可愛い顔しているのに勿体ない気もするけどアイリスが可愛いのが嫌というのならもう言わないよ」

 

いくら王によって救われたとしても女性が騎士をしているとだけでも周りから色々と言われそうだし、その女性が騎士団の隊長という肩書きを持っていれば周りから様々な目で見られてきただろう。そんな中でもアイリスは他の人の何倍もの努力をして今この場にいるのだろう

 

「少し話過ぎた。私は見張りに向かう。お前も休める内に休むようにしておけ」

 

「はいは~い」

 

アイリスを見送り琴音は再び空を見上げて天体観測を再開した



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第三十四話ゴレス洞窟の変異種

夜が明け、ゴレス洞窟に向けて再び出発する

昨日に比べてサクラはふらつく事はなかったがまだスピードが出せず大きく遅れているが野営地点まで見失う程には離れなくなったので成長しており、野営の準備中も野営の設置の手伝いが出来るぐらいには疲労感が出なくなったようだ

 

「アイリス、明日は出発してどれ位で着く?」

 

「順調にいけば昼頃には到着する」

 

「そっか。サクラ、明日の移動は私に任せてサクラは変異種の戦いに備えて休んで」

 

「分かりました」

 

2回目の野宿を終え3日目を迎えた。サクラのように2人が乗れるように結界を広げ、サクラを後ろに乗せて出発する

 

「安定感が全く違いますね」

 

サクラと違いスピードが出ながらも結界はしっかりと安定しており移動はかなり快適だ

 

「私は頭で強くイメージするだけで操作できるからサクラとは使い方が根本的に違うかから。後、気を引き締めた方がいいよ。なんかすっごく嫌な感じがするから」

 

ゴレス洞窟に近づくにつれて説明しがたい嫌な予感というのが体からヒシヒシと感じる。おそらく龍王の戦いの経験によるものだろう

気が抜けない戦いになる事を予想しながら進みゴレス洞窟に到着すると洞窟の中からはヤバい気配が体に突き刺さる

 

(これは、期待できそうね)

 

龍王の求める強者であるかもしれないと考えると自然と笑みが零れる

 

「アイリス、ここから先は私の好きにさせてもらうからね」

 

「まて、監視させていた部下から情報によると今、ゴレス洞窟には千を超えるゴブリンが集まっている。我々が露払いをする。だからそれまで待て!」

 

「露払いなんて必要ない。全部私が片付ける。アイリス達は後からゆっくりと来るといいよ」

 

アイリスは制止の言葉を聞かず私は抑えきれない好奇心に突き動かされ洞窟の中へと入っていく

洞窟の中を進んで行くといくつもの分かれ道が現れるがヤバい気配が強くなる方へと進んで行けばいいので迷う事無く奥まで進み変異種のいる場所に辿り着いた

空間の奥にはゴブリンキングの姿をしながら全身に黒い痣がある個体がおり、その個体からヤバい気配がビシビシッ!と感じる

 

「琴音さん、ゴブリン達が・・・」

 

「分かっている。でも、あれは正しい考えだと思うよ」

 

サクラ恐怖の顔をしているのは変異種の周りに100を優に超えるゴブリンの死体が転がっている。変異種の体にある黒い痣がまるで生き物のように変異種の体から周囲のゴブリンの死体に広がるとゴブリンの死体は黒い痣に吸収されて変異種の体に黒い痣は戻っていった

 

「数では私に勝てない。そう悟って部下達を殺し、その力を全て自分に収束させる事で新たな進化を手にしたって所かな」

 

数千ものゴブリンを吸収した変異種の体が黒い痣に包まれると体が変化していき、2メートルの体に変化し人型に近づいたスマートな外見に変わった

 

「へぇ、進化すると細マッチョになるんだ。パワー以外にスピードも強化されてるかな」

 

変異種の新可児どういう変化があるのだろうとワクワクしながら予想を立てながら龍葬を鞘から抜き切っ先を変異種に向ける

 

「進化して得た力で私を楽しませてよね」

 

琴音が挑発すると変異種は体の黒い痣が右手に集まり巨大な鉈の形になると琴音の真似をするかのように切っ先を私に向ける

 

『ギャ・・・ギャギャギャギャ!』

 

悲鳴のような雄たけびを上げ私と進化した変異種の戦いが始まった



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第三十五話琴音VS完全体変異種

「サクラ、防御は任せたよ」

 

「はい!」

 

お札を2枚取り出し左右に1枚づつ展開していつでも防御出来るように構える

 

『ギャギャ!』

 

変異種は声を上げながら鉈を振り上げるとると変異種の背後に魔法陣が展開されると魔法陣から風が放出され、それによって変異種は爆発的な加速を得て一気に私の間合いに入り込み鉈を振り下ろす

 

「甘い!」

 

展開された魔法陣を瞬時に解析した事で変異種が次に何をするか予測できたので龍葬で攻撃を防ぐ事が出来た

 

「加速は良かったけどその程度なの?」

 

魔法が使えたので知能があるか確かめようと挑発をしてみたが変異種は言葉を理解できないのか特に感情に変化は無い。すると体の黒い痣が動き始め2つに分かれ、片方は鉈を通じて龍葬の刀身の一部に巻き付き拘束し、もう片方は空いている左腕に黒い痣を移動させて拳を包みこみ大きくさせ振りかぶった

 

「琴音さん!」

 

振り抜かれた拳が当たる前にサクラが結界を収束させて変異種の拳の前に結界を動かして変異種の攻撃を受け止めた

 

「良い判断よサクラ」

 

「ありがとうございます!」

 

本当は防御魔法を展開する準備は出来ていたのだがサクラが自分が出来る役割をしっかりと把握し、どのタイミングで戦いに割り込むかを自分で考えているのは良い事だ

サクラの結界で攻撃が防がれると変異種はさっきと同じように拳を包んでいる黒い痣を動かしサクラの結界に触れるとバチンッ!とまるで拒絶反応が出たかのように大きな音と火花が散り黒い痣が変異種の体に引っ込み龍葬を掴んでいた黒い痣も変異種の体に戻り後方に大きく後退した

 

(サクラを警戒している?)

 

触れる事が出来なかった事で動揺して後退したと思ったが、変異種が感じているのは動揺ではなく恐怖だ。結界に触れたと途端に今まで見せなかった感情が表に出た

 

(結界に攻撃が防がれた時は普通だったけど龍葬に巻き付くような行動を取った時に拒絶反応が出たという事はあの巻き付きは物質のあるものを拘束し、魔力のような物質ではないものを浸食して自分の糧にするタイプ

そして、サクラの結界には浸食が効かない。いや、効かないんじゃない。あの恐怖の仕方からするとサクラの結界にはあの黒い痣を浄化する効果がある可能性があるって事?)

 

「どうやら色々と調べる必要があるみたい」

 

ただの変異種の討伐だと思ったがもしかしたら千年前の歴史の手がかりになるかもしれないと考え龍葬を構える

 

「サクラ、ここからは私だけで倒すからサクラは自分の身を守る事だけに集中して」

 

「分かりました。気を付けてくださいね琴音さん」

 

頷き、変異種の方を見るとサクラが相手じゃないと分かったのか恐怖の感情が無くなった

 

「相手が私で安心した?だけど、すぐにまた恐怖の感情を引きずり出してあげる」

 

右手を前に出し魔法陣を展開して龍力の弾を1発だけ発射する。変異種は左手を前に突き出し手の平から黒い痣を盾のように展開する

龍力の弾が展開された黒い痣に当たり吸収しようとするが吸収できずに黒い痣が弾けた

 

『!』

 

予想外の事に変異種は驚き黒い痣が弾けてむき出しになった自分の手を見つめる

 

「少しは恐怖した?」

 

変異種が顔を上げると既に間合いを詰められ龍葬を振り下ろす寸前だった

咄嗟に鉈を振り上げて斬撃を受け止めるが龍葬の刀身には先ほどと違い混沌を纏わせており、混沌を纏った斬撃が黒い痣で形成された鉈に当たると鉈は簡単に斬られ、そのまま変異種の体ごと斬り裂いた

斬り裂かれると変異種の体から赤い血が噴き出すが、斬り落とされた黒い痣がすぐさま変異種の体に戻り斬り裂かれた場所に集まりこれ以上の出血を阻止するために包帯のように巻かれる

しかし、斬り裂かれた場所に黒い痣が触れる度に黒い痣は少しづつ消滅していき止血することが出来ない

 

「へぇ、その黒い痣は武器にもなれば止血するための包帯にもなるんだ。でも、その斬撃は治せない

私がさっき龍葬に纏わせたのはただの混沌じゃない。龍王のもう1つの力『終焉』を使った技『混沌の終焉(カオス・エンド)』その能力は触れた者の持つ特性や状態異常を無効化する

その斬撃を喰らったお前はその傷を自然治癒以外の方法で治す事は出来ない。このまま放置すれば失血死するが、私は相手の息の根が止まるその瞬間まで勝ちを誇らない」

 

戦場で最もやってはいけないのが相手の生死確認を取らない事

様々なアニメの中で虫の息だからとどめを刺さずに放置する、相手の生死の確認をせずに勝利に酔いしれた事で生まれた隙をつかれてやられた敵役を何人も見てきた

力の差が歴然である今の状況なら問題ないが、それでも正体不明の黒い痣がある以上は最後の最後まで油断はできない

 

「それに、その黒い痣にはちょっと用事があるから採取させてもらうよ」

 

すると突然、黒い痣が不規則に動き出し、変異種の体全体を真っ黒に覆い尽くす

 

「なるほど。あの黒い痣は憑依した魔物の能力を引き上げる道具ではなく、宿主を乗っ取るタイプ。つまり、あの黒い痣が本体で今の姿は変異種を完全に乗っ取った完全体ってわけか」

 

先程までとは段違いの不気味な雰囲気を纏った存在が目の前におり、しかも先ほどまで触れる事も出来なかった傷口は『混沌の終焉(カオス・エンド)』の効果を完全に無効化されている

確かにさっき使った『混沌の終焉(カオス・エンド)』に使用した龍力の量はそこまで多くはない。それでも変異種の力量では絶対に打ち破れない程の量の龍力を使った。それなのに無効化されたという事は今の状態は変異種だった時よりの数倍強いという事だ

 

「まぁ、強い奴と戦えるのならいいけどね。じゃあ、第2ラウンドと行きますか」

 

今度は龍葬に混沌の劫火をを纏わせ龍葬を振り上げる

 

「劫火・龍撃衝」

 

混沌の劫火を纏った斬撃の衝撃波を放つと完全体は真っすぐに突っ込み、右腕を軽く振って私の放った斬撃を弾き飛ばし、そのままま減速する事無く接近してきた

 

「小手調べはできないようね!」

 

相手の力量をみようと威力を抑えたがあそこまで簡単に弾かれてしまったとなると攻撃を受けるのは危険。そう判断して調査から殲滅に思考を切り替える

右手で地面をバシィンッ!と叩き龍力を地面全体に行き渡らせる

 

「混沌の大地!」

 

龍力を浴びた大地は龍王の力の支配下に置かれ、大地を自在に操る事が可能となる。真っすぐこちらに向かって突っ込んでくるので動きに合わせて地面を隆起させ完全体の腹部に一撃を入れると完全体の体は宙に舞う

 

「強さはあっても思考は単純のようね」

 

追撃のために地面を強く蹴り完全体の目の前まで跳び、今度は刀身に混沌の迅雷を纏わせる

 

「迅雷・龍刃閃」

 

雷を纏った斬撃が完全体の体を斬り裂くと周囲に黒い痣の一部が飛び散り、私の周囲で動きを停止する

 

「!」

 

この状況は不味いと判断して私は自分の周りに混沌の止水、混沌の疾風を同時に展開して混沌の疾風を高速で回転させて水の竜巻を作り出すと空宙で静止した黒い痣は鋭い棘となり串刺しにしようと伸びてきた

 

「間に合って!」

 

黒い棘が当たる直前で混沌の止水が一瞬の内に凍り付き固く凍った氷の壁に黒い棘は阻まれて防御に成功し私は氷の中からサクラの横に転移魔法で転移した

 

「思考が単純と思ったら考えたような行動を取る。どういう事なの?」

 

あべこべな対応を取られてどう攻めていいか分からず手を出しづらくなる

 

「大丈夫ですか?」

 

「平気。でもあいつを完全に倒すにはもっと力を使わないといけない

でもこれ以上使うと洞窟が崩壊する可能性がるし・・・仕方ない。ここはサクラのお札を使うしかないようね」

 

「え、別に構いませんけど・・・」

 

お札を受け取ると再び完全体に向かって突っ込む

完全体もこちらの動きに合わせて突っ込んでくると再び混沌の大地を使って完全体の周りの地面を隆起させて完全体の動きを完全に封じる

 

『ギィィィ!』

 

手に持っているお札を警戒しているのか叫び声をあげて黒い痣を周囲にばら撒き近づけさせないように様々な方向に棘を伸ばして進路を妨害しようとする

 

「遅い」

 

体に混沌の迅雷を纏い、一時的ではあるが雷と同等の速度を手にした私の前では進路を妨害されるよりも速く動き完全体の眼前に一瞬で移動した

 

「これでも喰らってなさい!」

 

お札を思いっきり完全体の顔面に押し付けると強い拒絶反応が発生しお札が振れている場所から火花や強い光が周囲に広がる

 

「とどめ!」

 

龍葬で思いっきりお札ごと完全体の顔を貫くと黒い痣は天高く飛び上がり中からゴブリンキングの死体が現れた

 

「なるほど。あの黒い痣は生きている者にしか憑依できず、宿主が死ぬと憑依が解けて新たな宿主を探し始めるのね」

 

天高く飛び上がった黒い痣は混沌の疾風で1つに纏めて回収し適当な瓶に入れてサクラのお札を使って栓をする。こうすれば出てくる事はない

瓶の中を改めて見ると黒い痣だったものは今はただの液状になっており瓶の中から出ようと瓶の中で暴れている

 

「宿主から離れてすぐに死ぬわけでは無いようね」

 

一通り観察を終えると龍魔法で分身体を作り出し瓶を渡す

 

「じゃあ、これをエルドの元に持って行って」

 

『了解』

 

この黒い痣がエルドが『白の救世主』と共に戦った『封印された存在』と関係があるものならなにかの手掛かりになるかもしれない。分身体は転移魔法でエルドの元に向かい、戦いを終えた私は龍葬を納刀する

 

「はぁ~・・・討伐完了」

 

「お疲れ様です琴音さん」

 

休憩に入るとサクラが傍に寄って来て労いの言葉をかける

 

「今回ばかりは本当にお疲れよ。龍と戦うとはまた違った危険があったわ。あれは本当にヤバい。あんなものが他にあるとしたら手に負えなくなるのは時間の問題ね」

 

「琴音さんがそこまで言うなんて・・・」

 

「唯一の弱点はサクラのお札。つまりは霊力のようだけど霊力を使えるのって珍しいの?」

 

「母の家系では先祖代々と受け継がれる力とされていますが、霊力というのは魔力とは違うかられ霊力と呼ばれているだけなので私以外にも使える人はいるかもしれません」

 

「現状ではサクラだけ。まぁ、とりあえずクエストは達成したから後の事はアイリス達に任せましょう」

 

色々な疑問が残るクエストとなったがそれでもすこしだけ前に勧めたと思える戦果を挙げる事は出来たので良しとしよう



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第三十六話中央国家ケントロンへ

変異種との戦闘が終わった後、遅れてやって来たアイリスとその部隊の人達はたった2人だけで変異種を討伐したという事実に驚きながら討伐した変異種の死体を回収作業を始め、私とサクラはアイリスから戦闘時の様子などに関して質問を受けていた

 

「なるほど。つまり変異種の正体は生物に憑りつく謎の黒い痣という事か」

 

「宿主が死亡すると黒い痣は新たな宿主を求めて移動する

あの時はこっちに襲い掛かってきたから真っ先に焼き殺しちゃったけど黒い痣が単体でどれぐらい生存できるかは不明」

 

「いや、処分してくれて助かる。もしも逃して新たな被害が出てきたら困るからな。これから王都に通信で簡易的な報告をする。その時にクエスト達成の報酬の要望も伝えるが何を求めるか決めているか?」

 

「それならもう決めているわ。私が求めるのは・・・」

 

その時、「隊長!」と部下の1人が大きな水晶玉を持って慌てた様子でアイリスの元に駆け寄り敬礼する

 

「お話し中申し訳ありません!王都より通信です!相手はロナウシア王です!」

 

「なっ!」

 

アイリスは血相変えて水晶玉に触れると水晶玉には金色の髪にサファイヤのように輝く青い瞳をした美しい女性が映し出された

 

『突然連絡しまってごめんなさいねアイリス隊長』

 

「貴方様の通信となればいかなる時でも」

 

『ふふ、そんなに固くならなくていいのよ』

 

通信を横で聞いていた私はサクラに小声で質問をする

 

「なんな王というより聖母ね。通信越しでも母性の塊のような印象を受ける」

 

「ケントロンというのは襲名する際に与えられる名前で男女でも変わりません。本当の名前はマリアです」

 

マリアといえば聖母マリアが一番最初に思い浮かぶがそのイメージ通りの人物が出てくるとは驚きだ

 

『貴方が冒険者の琴音ね』

 

「ん?」

 

いつの間にか話題がこちらに変わっていたようでロナウシア王の視線がこちらに向いていた

 

「琴音!ロナウシア王の御前だぞ!」

 

『良いのですよアリシア』

 

「しかし・・・」

 

『私は気にしませんから。それよりも琴音さん、サクラさん。まずは変異種の討伐してくださってありがとうございますケントロンの王としてお礼を言います』

 

「それが依頼だからね。で、私達は依頼通りに達成したわけだけだから報酬を要求する正当な権利があるわけだけど?」

 

『勿論です。もし、お時間があるのならケントロンにいらっしゃいませんか?そこであれば貴方の報酬をすぐに支払う事が可能です』

 

「せっかくのお誘いなら受けましょうかな。いいよねサクラ」

 

「私は構いませんよ」

 

『ではアイリス、2人を王都まで案内してあげてください』

 

「はい!」

 

通信が切れるとアイリスが無言のまま琴音に詰め寄ってきた

 

「琴音、マリア様が寛大な心で許しているが本来は王である方だ。失礼な態度はこの私が許さない。それだけは心に刻んでおけ」

 

それだけ言うとアイリスは部下達に王都帰還の指示を飛ばした

 

それから数時間後、全ての準備が整いアイリスを先頭にしてケントロンに向かって出発した。今回はサクラの結界に乗って列の最後尾で後に続く

暫く進んでいくと分身体から通信が入り私は右手を軽く振り通信用の魔法陣を展開すると魔法陣には分身体とエルドの姿が映る

 

『調査結果が出たけどいいかしら?』

 

「ちょっと待って。サクラ、速度を落として」

 

「はい」

 

速度を落とし周りに聞かれないように列から離れる

 

「いいよ」

 

『結論から言うとこの黒い痣の正体はエルドが過去に戦った『封印された存在』の一部で間違いないそうよ』

 

「予想通りね」

 

予想が的中した事で黒い痣の正体が明らかになった事を喜ぶとエルドが通信魔法に割って入る

 

『琴音、こいつの本体は何処にいる』

 

エルドの言葉には怒りが込められており今にも動こうとしている

 

「落ち着きなさいエルド。そもそも、回復も完全じゃなければパワーアップも出来ていない今のエルドじゃその瓶の中にある黒い痣にも勝てないのは自分でも分かるっているはずよ」

 

『ぐっ・・・』

 

勝てないのは自分でも分かっている。でも手がかりが目の前にあるというのに動けないというのは歯がゆいものだ

 

「前にも言ったけど『封印された存在』は私が必ず見つけ出す。それまでエルドは自分が出来る事に専念して」

 

『・・・分かった』

 

前に約束した事を持ち出されエルドは渋々と了承し、それを分身体が確認して話を進める

 

『じゃあエルドも納得してくれたようだしこの瓶はどうする?』

 

「それは私が預かるわ。ちょっと使う用事が出来てね」

 

『じゃあ、送り返すね。こっちの報告は終わりだけど何かある?』

 

「こっちは無いわ」

 

『そっか。じゃあ、通信を終了するね』

 

通信が切られると手元に黒い痣が入った瓶が送られてきて懐にしまう

 

「琴音さん、見えてきましたよ」

 

サクラの指さした方を見ると真っ白な搭が目に入る

 

「あれが中央国家ケントロン。さて、あそこで待ち構えるのは女神かはたまた悪魔か」

 

中央国家で何かが起こる事を良きしながらサクラと共にケントロンの門をくぐった



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第三十七話ロナウシア王に潜む影

ケントロンに入り私とサクラはアイリスに連れられケントロンの中央に立つ巨大な搭がそびえ立つ城の中へと案内された

城の中には多くの兵士が武器を持って私達が何か不穏な動きをしたらすぐに対応できるように警戒している

 

「警備は厳重、侵入するのはかなり難しそうね」

 

「当然だ。ここにいる者達は過酷な訓練に耐え抜いた猛者達だ。個人の実力に咥えて集団戦においても最高峰の実力を持っている」

 

自慢げにアイリスは語るが私にはその凄さが分からない

確かに周囲にいる騎士達の実力が高いのは分かる。でもそれは人間という種族の中での話。同じ人間相手ならこの騎士達はトップレベルだ

だが、あの変異種と戦う事になった場合、ここにいる全員で戦っても数人の犠牲は出るだろう

 

そんな事を考えていると大きな扉の前でアイリスはが立ち止まりアイリスがこちらを向く

 

「この先が玉座だ。もう一度だけ言うが失礼な態度を取るんじゃないぞ。特に琴音」

 

「はいはい。分かったからさっさと開けるよ」

 

「分かってないだろう!」

 

アイリスの忠告を聞き流して玉座へと続く扉を開けた。扉の先は広い空間があり、部屋の奥には玉座に座った王が私達を優しい笑顔で出迎えた

 

「お待ちしてました。冒険者の琴音さん、サクラさん」

 

出迎えを受けた私は口元に笑みを浮かべる

 

「お待ちしていたのは私達じゃなくてこれでしょう」

 

そういって懐から黒い痣のは言った瓶を取り出す

 

「・・・」

 

何も言わずに黙り込むとアイリスが琴音の肩を強く掴む

 

「琴音!王の御前で無礼だぞ。そして、討伐した際に黒い痣はすべて消えたといったがそれは嘘だったのか!?」

 

「えぇ、嘘よ。黒い痣は全部この瓶に回収して私が保管していた」

 

嘘も良い訳もせず琴音は虚偽の報告をした事を認める

 

「なら、お前のしている事は虚偽報告による規律違反だ。今すぐその瓶を渡せ!」

 

奪い取ろうとアイリスが手を伸ばすがヒョイッと体を反らして躱す

 

「説教ならあとで聞いてあげるから今は私の話をさせてもらうよ」

 

「ふざけるな!」

 

激怒したアイリスが強引に瓶を奪おうとするが軽々と躱されて触れる事が出来ない。アイリスの猛攻を軽々と躱しながら話を始める

 

「さて、話の続きだけどロナウシア王、そろそろ本性を現わしたらどう?」

 

「・・・何の事ですか?」

 

「うまく隠しているようだけど私を騙す事は出来ない。私の持っているこの黒い痣は肉体を乗っ取る。でも、あんなたは精神を乗っ取りロナウシア王を操っているんでしょう」

 

「「!?」」

 

琴音の言葉にサクラとアイリスは驚き、同時にロナウシア王の方を見る。ロナウシア王は顔を俯かせて黙り込む

 

「沈黙は肯定として受け取るけどいいよね」

 

「琴音、お前は自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

 

アイリスは怒りに任せて琴音を怒鳴りつける

 

「分かっているよ。私の目にはそう見える。そうでしょうロナウシア王」

 

「・・・ふふ」

 

小さく笑みを溢すとロナウシア王の顔に黒い痣が出現し、影から黒い痣が触手のように何本も出現した

 

「上手く隠したはずだがよく分かったな」

 

先程までとは違う攻撃的な口調に変わり明確な殺意が顔を出した

 

「私達が変異種の討伐を報告する前に連絡してきた時から怪しいと思ってたからね。偶然か、もしくは黒い痣は世界中に散らばっていて意志を持って行動し、仲間に情報を発信しているんじゃないかってね」

 

「見事な推理だ。力を持ちながら頭の回転も速いとなると今後の我々の本懐を遂げる脅威となる。だが、同時にその力を引き込めば計画は大きく進めることが出来るだろう

小娘、その力を我のために使え。そうすれば本懐を遂げた後、この世界の半分をお前にくれてやる。悪い話ではないだろう」

 

(世界の半分って・・・ゲームの魔王が勇者を勧誘する台詞のまんまじゃない。台詞を聞けたのは嬉しいけど私の強さを見誤るような奴に言われても嬉しくもないな)

 

「断る・・・って言ったらどうする?」

 

「それなら、こうするまでだ」

 

そう言うと自分が憑依しているロナウシア王の首筋に大きな刃物に変化させた黒い痣を突き立てる

 

「この女の命はない」

 

「なっ!」

 

王の命を人質に取られアイリスは動揺するが琴音は動揺する事無く言葉を続ける

 

「人質はいい作戦ね。でも、自ら宿主を殺した後はどうなる?宿主に憑依する事でしか生きてけないちっぽけな存在に何が出来るの?」

 

黒い痣の特性は憑依する事。憑依する宿主がいなければ瓶の中から出る事すら出来ないのは分かっているのでその脅しは私には通用しない

 

「確かに今の状態ではお前も、その後ろにいる妙な力を持った巫女にも勝てないだろう

だが、こいつが死ねばこの国はどうなる?この国だけじゃない。各国の代表を取り仕切る者がいなくなれば混乱が生じる。混乱が生じればそれは不安となり人間の心に弱さが現れる。その弱さに付け込めば更に混乱は大きくなる。我はここで死ぬが、代わりの者が我の代わりに本懐を遂げるために動く」

 

挑発して油断を誘うつもりだったが自分が置かれている状況をしっかりと理解しているという事は知性もある程度はあるようだ

 

「死ぬ事を前提にした作戦ってわけね。確かにそうなったら世界は大混乱になる。じゃあ・・・私の取る行動はこれね」

 

言葉を言い切った瞬間、ロナウシア王の足元に龍魔法の魔法陣が展開されると魔法陣から鎖が出現し、刃物の姿になっている黒い痣に巻き付いた

 

「なっ!いつの間に!?」

 

突然、魔法陣が展開された事で反応が一瞬遅れ、その一瞬の内に拘束して動きを封じた

 

「自分には人質がいるからそう簡単に動けないだろうと油断した?

残念だけど相手がどんな行動を取っても対処できるようにしないで敵の懐に入るような馬鹿じゃないのよ♪」

 

玉座にある柱の陰から私の分身体が左右から2人ずつ姿を現す。柱の陰に隠れた4人と本体の合計5人で五芒星を描き龍魔法の結界を形成して黒い痣の動きを完璧に封じ込める事に成功した

 

「くくく・・・」

 

完全に封じ込められたというのに黒い痣は不敵な笑みを浮かべる

 

「確かにこれでは指一本動かす事も出来ない。だが、この状態にしてどうする?我をこの者から引き剥がす手段は宿主を殺す事だけ。お前達にこの者を殺す事が出来るのか?」

 

黒い痣はまだ自分が負けてはいない。宿主から引きはがす手段がなければ自分の勝ちは揺るがないと自信ありげしているが・・・

 

「殺さないで引きはがす手段はあるよ」

 

「・・・え?」

 

琴音の言葉に素っ頓狂な声を上げて聞き返してきた

 

「宿主を殺さないでひっぺ剥がす方法ならあるよ」

 

「ハッタリだ!そんな都合のいい方法があるはずない。我を騙そうだってそうはいかないぞ!」

 

こんな状況で嘘を吐いた所でなんの意味もないというのにハッタリとか嘘だと言って頑なに認めようとしない

 

「サクラ、やっちゃいなさい」

 

「はい」

 

サクラが前に出て懐からお札を取り出しロナウシア王に向かって投擲する

 

「何かと思えば鬼娘の札だと?そんな紙切れ一枚で我をどうにか出来ると・・・ギャァァァァァ!」

 

お札が触れた瞬間、雷に打たれたかのように電撃が黒い痣にのみダメージが入り少しづつロナウシア王から黒い痣が引き剝がされていく

 

「な、何故だ!?どうして我がこんな鬼娘のお札なんかにぃぃぃ!」

 

遂にロナウシア王から完全に引き剥がされ、黒い痣はあらかじめ用意していた瓶に黒い痣を閉じ込めて先ほどサクラが放ったお札で瓶に蓋をする

 

「回収完了」

 

こうしてなんの被害も出さずに私達は黒い痣を回収しロナウシア王を救出する事に成功した



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第三十八話ロナウシア王

ロナウシア王の救出に成功した後、意識を取り戻したロナウシア王に今までの経緯を話した

 

「なるほど。私の意識がない間にそのような事があったのですか。琴音さん、助けていただきありがとうございます」

 

「こっちも報酬が貰えないのは困るからね。それよりも変異種の討伐に加えて王の命を救うという行動をした私達に何か特別な報酬をくれてもいいと思わない?」

 

ニヤニヤとした顔を浮かべながら報酬を要求するとアイリスは溜め息を吐く

 

「琴音、確かにお前は依頼を達成し、王の命を救った。王を救い、王から直接お褒めの言葉を聞けるなど身に余る光栄なんだぞ」

 

確かに王から直接感謝されるなんて1回の人生であったら奇跡と言っていいレベルの事だ。だが、琴音達がここにいるのは褒められるためではない

 

「私には目的がある。その目的を達成するためなら誰にだって恩を売る。そして売った恩に対して謝礼を求めるのが私のやり方だからね。それで、ロナウシア王は私に褒美をくれるのかしら?」

 

「勿論です。変異種の討伐の報酬に加えて今回の命を助けてくださった事もきちんとお礼をします。琴音さん、サクラさん、あなた方は報酬として何を望みですか?」

 

「冒険者ランクの昇格」

 

「私もランクの昇格をお願いします」

 

琴音達の要求を聞いたロナウシア王はしばらく考える

 

「ランクの昇格というのは先ほど話していた目的に関係しているのですか?」

 

「そう。私の目的はサクラの両親を探す事。世界中を探すのであればどうしても立ち入りが出来ない場所が存在する。そういった場所に入るのにギルドのランクを上げる必要があるの」

 

「でしたら私と取引をしませんか?」

 

「取引?」

 

「はい。琴音さんの変異種を倒せるほどの力とサクラさんの黒い痣に対抗出来る力を私達に貸してください。その見返りとして私の権限で全ての禁足区域への立ち入りを許可します。どうですか?」

 

ロナウシア王の提案に琴音は疑問を感じた

確かに戦力が手に入るためなら王としての権限をフル活用する事は不思議ではない。だが、こちらが提示した以上の報酬を出す必要はないはず

 

「随分と好待遇ね。何か目的でもあるの?」

 

本当は感情を読み取る能力でロナウシア王の発言に裏が無いのは分かっているがこういう事は本人の口から直接聞くべき事だ

 

「王として最も優先されるのは国民の安全です。そのために必要とされるのは琴音さんの力とサクラさんの封印する力です。それを得るためならこれぐらいの報酬でなければ釣り合いが取れませんからね」

 

「・・・」

 

今の言葉に嘘はなく本当に心の底から民の事を第一に考えている

ここだけ聞けば国民の事を考えられる良い王という印象だが、琴音にはその思想に関して1つだけ譲れない事がある。それについてロナウシア王がどう考えているか確かめる必要がある

 

「ロナウシア王、貴女の考えは分かったわ。だから私とちょっとしたゲームをしない?」

 

「ゲームですか?」

 

「そ。私がするたった1つの質問に答えるだけに簡単なゲーム

そのゲームで私の求める答えをだしたら私は貴方に忠誠を誓う。もし私の求める答えでない場合は私達の関係はこれまで通り依頼主と冒険者の関係のまま。そっちには何のリスクもないゲームだけどやってみる?」

 

「こちらにリスクのないゲーム・・・何か確かめたい事があるようですね。いいでしょう」

 

「感謝します」

 

琴音の質問にロナウシア王はこちらが何かを知りたいという事を見抜いた上でゲームに乗ってくれた事に感謝の言葉を述べ、左手を上げパチンッ!と指を鳴らすと景色が一変し白と黒だけの意世界へと変わり目の前に人が乗れるほどの大きな天秤が出現した

 

「これは私が作り出した幻覚だから害はないから安心して。ロナウシア王、その天秤の皿の上に乗ってください」

 

「分かりました」

 

琴音の言われた通りロナウシア王は天秤の皿に乗ると天秤はロナウシア王が乗った方が下に傾く。次に空いている方の皿の上に数百人の人間が出現させると天秤が動き重さが拮抗する場所で停止すると天秤の皿の下に炎が出現する

 

「これは命の重さを量る天秤。ロナウシア王の命1つで数百人の国民の命に相当する。ここで問題です

ロナウシア王、貴女が犠牲になれば数百人の国民の命が救えます、逆に数百人の国民を犠牲にすれば貴女は助かる事が出来ます。もしもこのような状況に陥った時、貴方はどのような選択をする?」

 

「私が犠牲になります」

 

琴音の質問にロナウシア王は一切の躊躇いも考える事もな自らを犠牲にすると宣言した。その言葉には一切の迷いがなかった

その事を確認すると琴音は小さく溜め息を吐き、幻覚を解除して元の玉座の間に戻る

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

「残念ながら私は貴方に忠誠は誓えない。これからも依頼主と冒険者の関係でいさせてもらうわ。後、これを渡しておく」

 

そう言って通信用の札をロナウシア王に渡す

 

「その札に触れればどんなに離れていても私と通信が出来る。黒い痣に関する事があればそれを通して連絡してもいいし誰か遣いを出してもいい。それじゃあ、私達は帰るから準備が出来たら私達の禁足区域への入場許可をお願いするね」

 

「分かりました。また会いましょう琴音さん、サクラさん」

 

サクラはロナウシア王に一礼し、琴音と共に玉座の間を出る

 

「琴音さん、さっきの質問なんですが正解は何なんですか?」

 

「答えが知りたいんだったらまずはサクラならロナウシア王と同じ状況になったらどうするか教えて」

 

「う~ん・・・」

 

人の上に立ったことのないサクラには難しいのかうなり声を上げながら必死に考え込む。そしてサクラは答えを出した

 

「私は琴音さんに頼ります」

 

「私を?」

 

サクラの答えに琴音は理由を訊く

 

「はい。琴音さんは私に言いましたよね

私の力があれば死人を蘇らせる以外なら何でも出来るって。私の力では自分を守るのが精一杯です。だから私は琴音さんに頼ります。私と、私以外の人達を助けて欲しい。ちょっとズルいかもしれませんが」

 

サクラが苦笑すると琴音はサクラの頭を撫でる

 

「ズルくなんてないよ。だって誰かに頼っちゃ駄目なんて言ってないからね」

 

「なら良かったです。それで、正解って何ですか?」

 

正解が何かと聞かれると琴音は笑みを浮かべながら口元に人差し指を当てる

 

「ひ・み・つ♪」

 

「え~!私の答えを聞いておいて自分の答えを教えないなんてズルいですよ」

 

琴音の発言にサクラは文句を言うながら腕をブンブンと振り回すが私はヒラリとかわす

 

「私の答えなんてどうでもいいじゃない。それより『ムサシ』に帰ろうかご主人様」

 

「あ・・・」

 

琴音の言葉にサクラは全てを察する

 

「はい。琴音さんを召喚したのは私ですから」

 

そう言って前を行く琴音の横にサクラが並び『ムサシ』への帰路についた



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第三十九話次の目標

『ムサシ』に帰還しギルドに立ち寄るとギルドの中では多くの冒険者達が疲れ切った顔をしてテーブルに突っ伏していた

 

「死屍累々とはまさにこういう状況を言うんだろうな」

 

生前に見た四字熟語の事を思い出しながら受付に向かう

 

「ただいま椿ちゃん」

 

「ただいま戻りました」

 

「あら、お帰りなさい琴音さん、サクラさん」

 

「ギルドに転がっている死体のように疲れ切った連中って調査にいった冒険者?」

 

「はい。火山が凍ったりするような大規模な魔法なら何かしらの手掛かりがつかめるだろうと魔法道具をありったけ準備していったんですが誰も原因を突き止める事も手掛かりすら掴めなくて報酬は出なかったそうです」

 

「でしょうね」

 

(まぁ、原因は私だけどこの世界の魔法や道具をいくら使っても痕跡すら掴めないだろうけどね)

 

龍力は魔力とは全く違う力。そのため魔力を検知する魔法や道具では反応しない。まさに骨折り損のくたびれ儲けという訳だ

 

「そういえば、琴音さん達は今回のクエストに行かなかったんですよね」

 

「うん。謎を調査、解明より敵をぶっ倒す!というクエストの方が単純で楽だからね」

 

「確かにそうかもしれませんね。あはは・・・」

 

琴音の発言にぎこちない笑顔ながら対応するのはさすがは受付嬢だと思う

受付嬢としての心構えに感心しているとギルドの扉が開く音が聞こえ、扉の方に振り返ると木の箱を持った菊が立っていた

 

「丁度良かった。サクラ、注文の品が完成したぞ」

 

近くの席に移動し、木箱を開けるとそこには一振りの解体用ナイフが入っていた

 

「見た目は普通だね」

 

「見た目は普通。だが、その性能は全ての解体用ナイフを凌駕する。サクラ、手に持ってみてくれ」

 

「はい」

 

ナイフを手に取り、まじまじと刀身を見つめる

 

「軽い・・・でも、重み?を感じます」

 

軽いのに重いという発言は矛盾かもしれないがサクラの言っている事を琴音は理解出来た

 

「それは多分、素材のせいね。龍という最も強い種族を素材にして作られているから加工されても龍としての存在感が伝わって重く感じるだと思う。まぁ、使っていく内に慣れると思うから心配しなくていいと思うよ」

 

「そういうものでしょうか?」

 

「そうだよ。新しい物って言うのはそう感じる。でも、使い続ければ手に馴染んでいくから後はサクラが回数を重ねて自分の物だって認識するだけ」

 

その言葉に改めて龍の素材から作られた物の重みを実感する

 

「菊さん。私なりに頑張ってみます」

 

「そうか。頑張りなさい。それで借りていたこの龍玉を返すよ」

 

菊が取り出した龍玉は化した時よりも少し小さくなっていた。おそらくそれだけの事をしないと龍の素材というのは加工が出来ないのだろう、菊から龍玉を返してもらい懐にしまう

 

「そういえばこの解体用ナイフのメンテナスに龍玉って必要だったりする?」

 

「メンテナスには必要ない。後、メンテナンの頻度は切れ味が落ちたと感じたら来ればいい」

 

「了解。じゃあ、メンテナンスに関してはサクラに一任するね。違和感があったらすぐにメンテナンスしに行く事、お金は気にしない。いいね」

 

「はい」

 

話を終え、菊が帰ると琴音はサクラにこれからの動きを話す

 

「禁足区域への許可をロナウシア王から貰い、サクラのナイフも完成した事だし私はこれから『修羅』があった場所に行きたいと考えているだけどサクラはどう?」

 

「ですが『修羅』の消息は誰にも掴めなかったんですよ。今更行っても意味がないと思いますが・・・」

 

『修羅』が姿を消した時、大々的な調査が行われたが手がかりを見つける事も出来ず地図から消えた国として地図から消えている

 

「確かにね。でも、その時の調査に使用したのはこの世界の魔法。でも、私はこの世界にはない龍魔法で調査をする。魔法ではなく龍魔法でなら発見できなかった事実が見つかる可能性があると思わない?」

 

「あっ!」

 

琴音の言葉にサクラは新たな可能性が生まれる

 

「可能性が見えたようね」

 

「はい!」

 

新たな可能性を掴み取るために琴音とサクラは『修羅』があった場所へと向かった



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第四十話帰郷

『ムサシ』の港に到着するとそこには水平線の彼方まで広がる青い海が広がっていた

 

「これが海か・・・」

 

初めて見る海を目の前にして琴音は海の大きさに驚く

 

「本当に地平線の彼方まで広がっているんだ。海は広いと言うけど実際に見ると圧巻ね」

 

初めて見る海に感想を述べながらキョロキョロと周りを見渡す

 

「サクラ、『修羅』があった場所って何処?」

 

「あっちです」

 

サクラが指差した方を見るとそこには何もない。だが、龍王としての直感なのか何もないはずなのに何か違和感のようなものを感じる

 

「何かあるね。サクラ、あそこまで行くけど一緒に来る?」

 

「勿論行きます」

 

琴音は魔法を掛け海に一歩踏み出すと琴音の体が海面に浮いた

 

「海面を歩ける魔法。サクラも来な」

 

「は、はい・・・」

 

恐る恐る一歩を踏み出すとサクラの体が海面に浮く

 

「わ、凄い!浮いた!」

 

浮いた事に驚きながらも少し嬉しそうにしながらゆっくりと海面を歩き始める

 

「お、上手いじゃん。じゃあ、サクッと行きましょうか」

 

サクラの手を取り空いている方の手を後ろに向け魔法陣を展開すると混沌の疾風を放出しジェットエンジンの要領で前進する

 

「風魔法で前に進んでいるんですか?」

 

「そう、魔法はこうやって応用させれば攻撃にも移動の補助にも使える。このまま『修羅』のあった場所まで飛ばすよ」

 

速度を上げ、『修羅』があった場所まで進んで行くと海面から濃い霧が発生し、琴音達の周囲を囲み、視界が悪くなっていき琴音はその場で一時停止して左目の能力を発動して周囲を見渡すが左目は何も反応しない

 

「自然に発生した霧ってわけじゃないのに左目が反応しないという事は魔法ではない。なら、霧を発生させている装置かそういう特性を持った生物が隠れているかのどちらか」

 

左目は魔法であれば必ず感知できる。だが、その左目が反応しないという事はこの不自然に発生した霧は魔法以外の方法で発生されたという事だ。今度は右目の能力を発動させて周囲を再び見ると琴音の右目にさきほどまで見えなかった島が映った

 

「なるほど。そういう事か」

 

右目に映った事で琴音は『修羅』が消えた謎について理解した

 

「もしかして『修羅』が消えた理由が分かったんですか?」

 

一人で納得している琴音にサクラは説明を求める

 

「色々と分かったわ。まず、『修羅』は消えてなんかいない。目に視えないだけで最初からずっとこの場所にあったのよ」

 

「どういう事ですか?」

 

琴音の説明を理解できずサクラは首をかしげる

 

「『修羅』という国は魔法とは異なる妖術によって隠された。だからどれだけ魔法で解析しようとも無駄になる。そして、『修羅』に近づこうにもこの霧が視界を遮り、正確に調査が出来なかったから消えたという結論に至ったんじゃないかなって思う」

 

「でも、中央国家のケントロンの調査ですよ。霧に阻まれたからって調査を途中で切り上げる事なんてあるのでしょうか?」

 

「普通はそう。だけど妖怪の使う妖力が関係しているかもしれない。まぁ、ここで憶測を語るよりも実際に本人達に聞いた方が早いね」

 

そう言って左手を前に出す

 

「『混沌の門(カオス・ゲート)』」

 

目の前に扉が出現し、ゆっくりと扉が開き扉の向こう側から風が2人の間を通り抜けるとサクラは一歩前に出る

 

「どうかした?」

 

「この匂い・・・」

 

琴音の言葉が聞こえないのかサクラは躊躇いもなく扉の中へと走り出した。琴音は何も言わずに黙ってサクラの後を追いかける

扉の先には砂浜になっており、その奥には竹藪が広がっておりサクラは竹藪の前で立ち尽くしていた

 

「懐かしい匂い・・・琴音さん『修羅』です。私、帰ってこれたんですね」

 

サクラの声は震えており、琴音の方にふり返るとサクラの目には涙が溢れていた

 

「良かったねサクラ」

 

「はい!」

 

こうしてサクラは生まれ故郷である『修羅』へと帰還した 



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第四十一話2人の大博打

『修羅』の国へと帰還する事に成功したサクラは目の前に広がる懐かしい景色を眺め続ける

 

「昔と同じままだ・・・」

 

感動するサクラの横で琴音は『修羅』の国から感じられる異様な気配を感じ取っていた

 

(とんでもなくヤバい気配を感じる。もしかしてこれが邪神の気配?)

 

今までに感じた事のないヤバい気配を感じ取った琴音は冷や汗をかくが、心の片隅には邪神と戦う事に喜びを感じている自分がいるのを感じ取る

 

「久しぶりの帰郷で感動しているけど注意した方がいいわよサクラ。あの山からとんでもなくヤバい気配を感じるだけど何か封印されてたりする?」

 

琴音の指さした方向を見るとサクラは過去の記憶を思い出す

 

「封印されているかは分かりませんが昔からあの山には近づく事が許されませんでした。山の中に大きな洞窟があって、その洞窟の中にはこの世に降り注ぐ災いを封じていると両親から聞いたことがあります」

 

「災い・・・もしかしたら邪神の事かもしれない。サクラ、言いつけを破る事になるけどその場所に案内してくれない?」

 

「両親を探すのに必要なのであれば私は怒られたって構いません。着いてきて下さい」

 

サクラの先導で竹藪の中を進む。琴音は気配を探るが周囲には生物はおらず辺りは静まり返っている。危険な物があるのが本能的に分かっているから誰も近寄ろうとしないのか、もしくはこの国には最初から誰も居ないのかもしれない

様々な考察をしながら奥へと進んで行き、竹藪を抜けると大きな鳥居が現れた

 

「この鳥居の先が立ち入りが禁止されている洞窟です」

 

琴音が鳥居の先を覗き込むと、洞窟の奥からは『修羅』に来てから感じていた邪悪な気配が強く感じ取れる

 

 

「ここで正解のようね。サクラ、この強くて邪悪な気配は『黒い痣』の持ち主がこの洞窟の奥にいる」

 

琴音の言葉にサクラは驚く。昔から住んでいる国なのに『黒い痣』という危険な力を持った存在がいた事を信じられないでいる

 

「おそらく封印しているんだと思う。そして、封印が解けないようにこの場所は昔から立入禁止の場所になっていたんだと思う」

 

「封印・・・じゃあもしかして私のお母さんはその封印に関わっている?」

 

サクラの母親は霊力を持っている。特殊な力を持っているという事は危険な事に巻き込まれている可能性は大いにある

 

「それは自分の目で確かめればいいんじゃない」

 

「はい」

 

琴音に続きサクラは洞窟の中へと足を進めた。洞窟の奥に進むにつれて気配は強くなっていき、空気が重くなり圧迫感が出てきた

琴音はサクラの方を見ると顔色が明らかに悪くなっており足取りも重そうだ

 

「大丈夫?サクラ」

 

「ちょっと・・・きついです。でも、両親に会えるかもしれないのいで頑張ります」

 

そう言ってサクラは前へと進む

 

「無理しないでは言っても無駄のようね」

 

サクラの意志の固さを見て琴音はそれ以上は何も言わず洞窟の奥へと進んで行く。最奥まで進むと大きな扉があり、扉の向こう側からは重苦しい気配を強く感じられる

 

「この奥にこの重苦しい気配の元凶がいるようだけど覚悟はいい?」

 

「はい」

 

明らかに無理をしているがここまで来た以上は戻るつもりはないらしい。サクラの意志を確認して琴音は扉を開ける

ギィィィィ!と重い音を立てながら扉が開くとそこは何もない真っ白な空間が広がっていた。しかし、琴音は右目にはこの空間内に隠された物が見えており、右手に混沌を纏わせ前に突き出す

 

混沌の終焉(カオス・エンド)

 

この技は触れた対象に掛かっている魔法や幻術を解除する技であり、この場合は空間に対して技が発動した事になり、手の平から混沌がまるで導火線のように真っ白な空間を瞬く間に覆い尽くすとパシィンッ!と何かが弾けたような音がすると真っ白な空間は消滅し、生々しい肉壁の空間が姿を現した

 

「何ですか・・・この空間は?」

 

あまりにも気味の悪い光景にサクラは後退りする。肉壁は生きているのか一定のリズムでドクンッ!ドクンッ!と脈動している

 

「気味悪い場所だけど、あそこを見て」

 

琴音が指差した所を見ると先程まで何もなかった場所にしめ縄で囲われた祭壇のような物が出現し、囲われた場所には誰かがいた

 

「あれ・・・って」

 

その人物に見覚えがあるのかサクラは肉壁の空間に躊躇いなく飛び込み、祭壇の方へと向かった

 

「お母さん!」

 

祭壇にいる人物に向けて手を伸ばすと琴音がサクラの前に立ち塞がり、抱きしめる格好でサクラの動きを止めた

 

「離してください!あそこにお母さんが!」

 

琴音の腕の中でサクラは暴れるが、琴音の力に勝てる訳もなく腕の中で必死にもがいても琴音の腕は微動だにしない

 

「落ち着いてサクラ。無闇に突っ込んだら死ぬよ」

 

琴音の言葉にサクラは驚きようやく暴れるのを止めた

動きが止まった事を確認して琴音はサクラを離して祭壇の方を見る。祭壇には白髪の女性が肉壁に埋め込まれるような形で祀られており、その顔には生気がなくかろうじて生きているような状態だ

 

「まずは確認させて。この人がサクラの母親でいいんだね?」

 

「はい。間違いありません」

 

冷静さを取り戻したサクラはじっくりと祭壇の女性を見て自分の母親だと断言した

 

「なら、少し調べさせてもらうよ」

 

右手を前に突き出すと祭壇を中心に魔法陣が展開される

 

混沌の解析(カオス・スキャン)

 

魔法陣が下から上へと移動し、祭壇全体を通過すると魔法陣は消滅し、琴音の手元に幾つもの魔法陣が出現して先ほどの龍魔法の解析結果が表示される

その結果を見て琴音は怪訝そうな顔を浮かべ魔法陣を閉じる

 

「なるほど。命を代償に対象を封印する結界って訳ね」

 

「じゃあ、お母さんは・・・」

 

サクラが絶望した顔を浮かべると琴音は首を横に振る

 

「大丈夫。この結界はサクラの母親の命を吸い上げて封印として機能しているだけだから結界さえ破壊してしまえば助ける事が出来るわ」

 

「本当ですか!?」

 

「本当よ。でも封印を破壊した場合、に関してサクラに言わない時計ない事があるの。心して聞いてくれない?」

 

「はい」

 

「前に私が邪神を倒さないといけないという話をしたよね」

 

「はい。そうしないと琴音さんが神々に殺されてしまうという話でしたよね」

 

「実はね、あの話でサクラに話していない事があるの。神々が提示した条件にはもう1つあるの。それはサクラを殺す事」

 

「っ!」

 

予想外の話にサクラは驚き息を呑む

何故、神々がサクラを殺す事で琴音の処刑が免除されるのか、何故、サクラが神々からの殺害の対象になったのか。答えの出ない疑問にサクラの頭の中をグルグルと回り続ける

サクラが疑問の渦に呑まれそうになった時、パンッ!と手を叩いた事でサクラは我に返る

 

「答えの出ない疑問をいつまでも考え続けても無駄なだけよ。話を続けてもいいかしら?」

 

「えっと・・・はい」

 

本当は考えたいが琴音の言う通りこれ以上考えても真相は分からないと理解して考えるを止めて琴音の話に再び耳を傾ける

 

「解析の結果、私ならこの結界からサクラの母親を救出する事が出来る。でも、同時に私が邪神に勝てる可能性が物凄く低い事が分かったわ」

 

「それって、琴音さんでも敵わないって事ですか?」

 

「周りへの被害を考えながら戦えば絶対に勝てない

逆に周囲の被害を気にせず、わたしの全力を出して相手にしたとしても勝てる確率は10%以下って所ね

つまり、サクラを殺せば私は生き残れる。サクラを殺さなければ私は神々に処刑されるというのが今の私達の現状」

 

琴音から聞かされた勝率と現状にサクラは八方塞がりだという事を理解した

心の何処かで琴音なら何があっても大丈夫という信頼があった。でもどれだけ強くても琴音が相手にするのは神という私達よりも遥かに上位の存在であり、そんな存在に勝とうなんて最初から不可能な事だ

 

「琴音さんでも無理なら、もう諦めるしかないんですね」

 

今までの苦労、努力の全てが無駄だった。諦めるしかない事だと分かっている

頭では理解し知恵るのに心は諦めたくないと叫んでいる。結果なんて目に見えているのに諦めるのが嫌でしょうがなくて気持ちがグチャグチャにかき回されて目から大粒の涙が止まることなく溢れ出す

自分の感情をどう制御していいか分からずいる時、琴音はサクラの目から流れ落ちる涙をそっと指で拭う

 

「だからここで、お互いが生き残れる命を賭けた大博打をする気はない?」

 

「え・・・」

 

琴音に言われてサクラは互いが生き残れる道は1つだけあるのに気付いた。しかし、それは大博打にしては勝率が低すぎる賭けだ

 

「私とサクラが生き残れる方法はただ1つ邪神を殺す事だけ

だから、サクラが私に命を託してくれるというのであれば私は邪神に勝負を挑む。勝てば私もサクラもこの世界も救える。でも、もしも私が邪神に負けた場合は私達を含めたこの世界は邪神によって滅ぶ」

 

それはサクラの母親を助けたいという願いと、琴音とサクラの両方が助けるためにこの世界とこの世界に生きる者達を巻き込んだ文字通りの世界を巻き込んだ戦いを勝手にするという事だ

琴音のとんでもない提案にサクラが何も言えずにいると琴音は話を続ける

 

 

「ちなみに私は勝率が低くても可能性が0でない限り挑む気でいるからね。なんせ邪神を倒さないと私が殺されちゃうからね。で、どうするサクラ。ここで全てを諦める?それとも私が勝利する可能性にサクラは自分の命を賭ける?」

 

琴音の提案にサクラは迷う

自分の都合に世界を巻き込むなんてあってはならない。しかも琴音が負ければ世界が滅ぶかもしれない。だけど、例え世界に迷惑をかけたとしても叶えたい願いのために決断する

 

「分かりました。私は琴音さんにこの命を賭けます。私は、琴音さんなら邪神に勝てると信じています」

 

嘘偽りのない言葉に琴音は笑みを浮かべる

 

「サクラが信じてくれるのなら私も頑張らないとね。じゃあ、まずは貴方のお母さんを助けましょう」

 

「はい!」

 

誰も知らない場所で2人しか知らない世界の命運を賭けた大博打が始まろうとしていた



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