ブラック・ブレット〜紅の斬撃〜 (阿良良木歴)
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神を目指した者たち
1話


路地裏に鈍い音が響く。唸る様なうめき声と男達の荒々しい罵声が夜の帳を引き裂いた。

 

「うっぅ……!」

 

「おらぁ!さっさと死ね!!」

 

「人類の敵め!!」

 

「くたばれや!ゴミクズがぁ!!」

 

3人の男達が体を丸くして身を守っている少女を取り囲んでいる。バット、鉄パイプ、角材……。それぞれが全力で振り下ろされ、少女に襲いかかる。普通なら死んでしまう様なリンチに、それでも少女は気を失う事もなく耐えている。涙に滲む瞳は赤に染まっている。

 

「クソが!これだから赤目は!!」

 

「ゥ。ぁあ」

 

「もういいだろ。殺しちまおう」

 

肩で息をしだした男達の1人がおもむろに胸元から拳銃を取り出した。少女は痛む体と薄れゆく意識の中で、ぼんやりと思う。

 

(ああ、私はここで死ぬんだ)

 

声も出ず、体はピクリとも動かないこの状況に、少女は涙を流すことしかできない。

 

「それじゃあ、あばよ」

 

照準を少女の額に合わせ、男が告げる。遊底をスライドさせ、引き金に指をかけた。

 

その時、

 

「……おい」

 

「ああ?なんだテメェ!」

 

「お前ら……でも…………ねぇのか?」

 

「テメェに……ねぇだろぅが!!」

 

ついに耳も聞こえなくなり始めた少女に新しい声が飛び込んだ。途切れ途切れに聞こえる会話の後、銃声が轟いた。数秒間の激しい音の嵐ののち、音がピタリとやんだ。そして自分が抱き上げられる感覚と静かな声。

 

「……ごめんな」

 

少女の意識が持ったのはここまでだった。

 

 

 

* * *

 

 

「……ごめんな」

 

男は小さく呟いた。体の至る所が赤く腫れ上がり、苦悶の表情で気絶した少女。命に別状は無さそうだが、念のために医者に見せなければと考える。

 

男は踵を返して歩き出す。その場に残されたのは、少女を痛めつけていた凶器と血だまりに沈む男達だけだった。

 

 

* * *

 

 

ーーウィルス性寄生生物ガストレア。

 

突然現れたこの生物に人類は蹂躙され、絶滅の危機に瀕した。苦肉の策として人類はガストレアに唯一効果のあるバラニウムで出来た壁、モノリスで町を囲いその中で生活している。

 

それから十年、

 

ほぼ昔と同じ生活水準に戻り、平和に暮らしていた。が、それでも暗い部分は存在する。

 

”呪われた子供たち"

 

ガストレアウィルスの因子を体内に持ち、なおかつガストレアと戦う事の出来る子供たち。遺伝子的な問題で女の子しか生まれない。そんな特異点は存在するだけの普通の女の子だ。

 

だが、ガストレアによって刻み込まれた恐怖はその子供たちを差別の対象にした。生まれて来た赤目の子供は捨てられ、町を歩けば命を狙われる。

 

そんなことが普通に行われる社会。

 

 

そんな社会を嫌う男が、少女を抱き夜の町に消えて行く。




初めまして!
初投稿です。
自分はブラック・ブレットが大好きです!
原作・アニメどっちも面白いですよね〜w
駄作で筆の遅い著者ですが、付き合っていただければ幸いです。


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孤立無援のプロモーター

「……はぁ」

 

男は白みだした空を見ながら溜め息こぼした。助けた女の子の怪我の状況を確認し、入院する必要があると判断。彼女を信頼している医者に預けた……その帰り道である。男は別段、彼女を助けた事に溜め息をついた訳ではない。むしろ助ける事が出来て良かったと思っている。それならば何故、憂鬱そうな雰囲気を醸し出しているのか。それはーー

 

「今月……ピンチだ……」

 

ーーただの金欠である。

 

月のちょうど半分の時点で、男の財布と銀行から諭吉さんは姿を消していた。男は"呪われた子供たち”をなんの見返りも無しに助けている。誰に言われるでもなく。ただ今月は助けた数が多かった。今日助けた女bの子で10人目。自分で介抱したのも何人かいるが、それだってタダじゃない。金が入るのが月末ということもあり、生活が困窮するのは明らかだ。

 

「……まあ、しゃーなしか」

 

それでも、男は気楽に構える。楽天家な男はなんとかなると考える。朝焼けの空の下、あくびを噛み殺し男は歩く。

 

 

* * *

 

 

「……で?最後に言い残すことは?」

 

「反省はしているが、後悔はしていない」

 

「キメ顔でカッコつけんな!!」

 

とある建物の一室。男は女に怒鳴られていた。女と言っても、見た目にはまだ中学生になったばかりぐらいの容姿をしている。

 

身長は150くらい。黒い瞳は少しタレ目気味だが、怒っているせいか少しつり上がっている。艶やかな黒髪は肩口までのボブカットで左側の一部だけ長くなっている。体の発育はまだ発展途上といったところか。顔は幼さがあるものの、目を見張る程に美しい。どこかの上流階級のお嬢様のようだった。

 

その女に机を挟んで反対側に立っている男は、女と正反対な容姿であった。

 

身長は190に届かんばかりに高く、服の上からでもわかる程度に筋肉がついている。赤く燃えるような髪は伸ばしっぱなしなのか背中までかかりボサボサと広がっていた。瞳は濁った色の黒目で、まるで世界全てを恨んでいるかの様な鋭い眼孔。顔のパーツ自体は整っているが、鋭すぎる眼孔とへの字に曲がった口が常に不機嫌そうに見せていた。控えめに言っても、裏社会の人間にしか見えなかった。

 

「つーか。朝からそんな叫んで疲れない?疲れなくとも血糖値上がるよ」

 

「誰のせいだと思ってんの!だッ・れッ・のッ!」

 

「あんま叫ばないでくれよ、梓(あずさ)。寝不足で頭がガンガンすんだから」

 

「自業自得でしょ、蓮華(れんげ)君」

 

盛大に溜め息をつきながら女ーー梓は言う。

 

「私、お使い頼んだんだよね?」

 

「ああ。今週の食料、洗剤、その他諸々の消耗品全部のな」

 

「で、その頼んだ物はどこにあるのかな?」

 

引き攣った笑みを浮べた梓に向かってーー内心、ビビリながらもーー蓮華はいつもの調子で答えた。

 

「買い物の途中で出会った女の子を助けるためにお金を全部使ったので、ない」

 

「このバカ!変態!ロリコン!!」

 

「ちょっと待て!人助けしたのにそれは無いだろ!!」

 

「うるさい!人助けって言ったって女の子、しかも幼い子だけ助ける蓮華君はロリコン決定だもん!!」

 

「”呪われた子供たち"が女の子しかいねーんだからしょうがねーだろ!!」

 

そこから数分、意味の無い言い争いは続いた。

 

 

* * *

 

 

「で、ここに寄った用件。また別にあるんでしょ?」

 

「ああ、仕事が欲しい」

 

数分後、言い争いから取っ組み合いになり、梓の尻に敷かれたまま蓮華は答える。

 

「まあ現在、三件のガストレアの討伐依頼が入ってるけど。どれにする?」

 

「全部オレに回してくれ」

 

「全部一人でやるの?他の同業者だって動いてるはずだよ?」

 

「大丈夫だ。オレなら全部最速で回ってカタを付けれる」

 

「女の子の尻にしかれて無ければ、説得力あったかもね?」

 

「うぐっ!?」

 

クスクスと笑いながら、梓は立ち上がる。蓮華も軽くホコリを払いながら、立ち上がる。梓は机の引き出しを開け、何枚かのプリントの束を蓮華に渡す。

 

「はい、これが三件分の資料」

 

「さんきゅ。悪いな毎度毎度」

 

「いいよこれくらい。蓮華君は毎回ちゃんと討伐してくれるから信頼してるし。おかげで仕事も多く回って来るし」

 

「お、じゃあオレに感謝感激雨あられってか?」

 

「そうやってすぐちょーしに乗らない!」

 

梓は目一杯背伸びをしてポカリと頭を叩く。蓮華もそれを受け止め、へいへいと苦笑い。少しだけ和やかな雰囲気になるが、すぐに蓮華は踵を返す。

 

「ほんじゃま、行ってくるわ」

 

「ぁ……蓮華君!!」

 

部屋を出ていこうとする蓮華を呼び止める。蓮華も振り返り、首を傾げる。

 

「なんだ?言い忘れた事でもあったか?」

 

「ううん。そうじゃないんだけど。

 

……気をつけてね」

 

「……おう」

 

心配そうに見つめる梓の頭をぽむぽむと撫で、部屋を出て行く。一人残された梓はポツリと呟く。

 

「本当に気をつけてね。だって君は……」

 

その先の言葉は紡がれなかった。

 

 

* * *

 

 

「ふぅ……。三件目、討伐完了」

 

「よくやった民警。後はこっちで処理する。ほら、報酬だ」

 

「どもっす!そんじゃあオレはこれで」

 

報酬を受け取ると、蓮華はそそくさと立ち去った。現場に残った警部は蓮華の姿をしばしの間見送り、現場を見返す。

 

「多田島警部!アイツもう帰ったんですか?」

 

「ああ、現場の後始末は俺達の仕事だからな。アイツもそこら辺はよく弁えてる」

 

警察と民警は仲が悪い。ポッと出の民警が、自分達の仕事にズカズカと入って来てたと考える警察の人間は少なくない。

 

「お知り合い……なんですか?」

 

「まあな。現場でよく顔を合わせてるからな」

 

「アイツは、毎回こんな感じで倒してるんですか?」

 

警部ーー多田島の部下の男は討伐されたガストレアを見る。モデル・ドッグのガストレア、ステージⅠ。まだ犬としての原型は保っているものの、その大きさは人の何倍も大きくとても犬とは思えない。その亡骸には穴が3ヶ所。頭に一発、両胸に一発ずつ。正確無比に脳と心臓のある位置を撃ち抜いていた。

 

「ガストレア化して両胸に心臓があるかもしれないからどっちもに撃ち込むんだと。用心深いこった」

 

「狙ってこんなことしてるんですか!?」

 

普通、動く標的に銃弾を狙って当てるのは難しい。それもガストレアになり動きが予測しづらい。それに毎回狙って撃ち込むのは、もはや達人級の技だ。

 

「お前だって聞いたことあるだろ?"孤立無援のプロモーター”」

 

「噂は聞いたことありますけど……まさか!!」

 

「そのまさかだ。紅 蓮華(くれない れんげ)、IP序列666位。そして……」

 

「イニシエーターのいない、プロモーター……」

 

遠く、蓮華の去った方を見つめる。一人、孤独に戦う男はもう見えない。

 

 

* * *

 

 

「ひぃ、ふぅ、みぃっと。ぼちぼち儲かったな」

 

封筒の中を確認しながら、蓮華は笑みをこぼす。梓の買い物も済ましてこの金額なら、当分は大丈夫だろうと考える。エコバッグを揺らしながら、帰路を歩く。

 

「梓に詫び入れないとなぁ」

 

一人ごちりながら、空を見る。東京エリアを守るモノリスを真っ赤に染まった月が照らしている。不気味な風景に悪寒が走る。早く帰ろうと足を早める。ーーと、

 

「……ん?」

 

どこからか、鈍い打撃音が響いた。

 

 

* * *

 

 

「ぅ……あぁ」

 

「なんだよ、これ」

 

暗い路地裏。そこには複数の男が血を流しながら倒れていた。腕や脚があらぬ方向に曲がり、顔面が陥没している者も少なくない。その中心に立つのは、真っ赤に輝く目の少女だった。

 

くすんだ銀の髪を返り血に染めながら、無機質な瞳を蓮華に向ける。

 

それを蓮華は美しいと思った。

 

これが後に、最強のコンビと言われる”紅銀(あかがね)"の邂逅であった。




仕事の関係上更新が週一にならざるを得ない事に気付いた作者です。

まだ原作の内容に入れませんが、次回には追いつけるように頑張ります!

それではまた次回。


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紅と銀の邂逅

「あ〜、これ全部お前が殺ったのか?」

 

「……」

 

少女は応えず、蓮華に目を向ける。紅い目から放たれる威圧感に思わずたじろぐ。

 

「襲って来たのがコイツらだとしても、やり過ぎは良くないぜ?」

 

「……」

 

「警察……つっても役に立たねぇか。まあ知り合いの顔が怖ぇ人なら、事情話せば分かってくれるから一緒に行こうや」

 

「…………」

 

「あの、なんか言ってくんね?」

 

「………………ッ!」

 

返答が無く、困り果てた蓮華が少女に一歩近づいた。瞬間、

 

ドゴォォ!!

 

「うおぉっ!?」

 

「……!」

 

一瞬で蓮華との間合いを詰め、右腕を振りおろした。本能的に後ろに飛び退いた所に、大きな穴があいた。敵意に満ちた瞳が蓮華に向けられ、追撃の左ストレートが蓮華を襲う。

 

「ガァッ!?」

 

衝撃を逃がすために、わざと飛ばされるも全部を受け流せる訳も無く地面に身を打ち付けた。直後に腹部に重み。少女が蓮華に馬乗りになり、右手を高々と振り上げていた。

 

(これはマズイ!!)

 

咄嗟に腕を交差させ、衝撃に備える。が、次にやってきたのは、

 

ぐぎゅぅぅ〜 。

 

ドスッ!

 

「ぐぇっ!?」

 

「……」

 

間の抜けた腹の音と鳩尾へのヘッドバット。というか、力尽きた少女の倒れて来た衝撃だった。

 

 

* * *

 

 

「ほらよ、飯だ」

 

「……」

 

「なんだよ。言っとくが、毒なんか入ってねぇぞ。それともあれか、敵のほどこしは受けねぇってか?」

 

「…………」

 

「……ホントに、なんか喋ってくんね?」

 

「………………」

 

「……ま、いっか。そんじゃま、いただきます」

 

そう言って、蓮華は箸を手に取る。倒れた少女を自宅に連れ帰り、介抱しつつ夕飯を作った。少女が目を覚ましたのは夕飯が出来てすぐだった。少女に目立った外傷は無く、ただの空腹と栄養失調だった。風呂に入れんのが先かとも思ったが、せっかく出来立てのご飯があるのだから夕飯を優先させることにした。和室の四畳一間にはちゃぶ台と隅に寄せられた布団しかない。聞こえるのは蓮華の箸を扱う音と外の喧騒。

 

気まずい静寂の中、ちらっと少女を見る。

 

まだ食事に手をつけていない。だが右手がちゃぶ台の上と下を行ったり来たりしているため、食べ始めるのも時間の問題のようだ。ゆっくりと少女の手が伸びる。そのまま今日のメインディッシュの鳥の唐揚げにたどり着き、

 

パクッと食べた。

ーー素手で。

 

「……おい」

 

「……?」

 

「なに?みたいな顔すんなや。箸おいてあんだろ?ちゃんと箸使ってくえや」

 

「…………??」

 

なおも疑問を浮かべた様な少女(実際には無表情なのだが)に飽きれたのか、自分の持っている箸を指差して説明する。

 

「これ使って、食べもんをつまんで食べる。OK?」

 

「……」

 

少女は見様見真似で箸を手に取る。だが、箸を握る手はグー。それで必死に鳥の唐揚げをつまもうとしていた。その様子に蓮華は違和感を覚えた。

 

「なあ、オレが言ってる事はわかるんだよな?」

 

「……(コク)」

 

首を縦に一回ふる。つまり肯定。

 

「じゃあ話す事は出来んのか?」

 

「…………(コク)?」

 

首を傾げながら頷く。微妙な反応。

 

「住んでる場所は?」

 

「…………(フルフル)」

 

横に首をふる。わからないらしい。

 

「うーん……。じゃあなんて呼ばれてたかだけでもわかんねぇか?」

 

「…………………し……ろ」

 

初めて少女が言葉を発した。途切れ途切れの言葉だったが、確かに紡いだ言葉。

 

「しろ……ね。じゃあそれがお前の名前だ。よろしくな、しろ」

 

そう言って、手を差し延べる蓮華。少女ーーしろは戸惑いながらもその手を取った。

 

秋の終わり、冬を間近に控えた寒い日のことだった。

 

 

 




すいません、結局今回も原作の内容に追いつけませんでした。

ですが、次回からは原作の内容に入ります!

それではまた次回


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1人と独り

ーー半年後、

 

「ふぁぁぁぁぁ。ねみぃ〜」

 

あくびを噛み殺し、学校からの帰り道を進む。今日も梓の所に寄って適当に依頼を受けよう、と考えていた。蓮華の通う勾田高校から梓の家は近い。ダラダラと歩いて10分、梓の家が見えてきた。

 

『たいようの家』

 

純白の外装に広すぎる庭。平屋だが広大な敷地面積を有しているため、狭いと感じさせない造り。ここが梓の家で、外周区以外で唯一の"呪われた子供たち”のための児童養護施設である。もちろん、表向きは普通の児童養護施設と名乗ってはいるが。

 

「おじゃましますよ、っと」

 

「きゃあぁぁぁ!?」

 

蓮華はその玄関ーーから入らず、少し離れた所の窓から入った。無論、その部屋には梓がいるのだが。

 

「大きい声出すなよ、うるせぇな」

 

「いちいち窓から入んないでよ!びっくりするでしょ!!」

 

「玄関から入ったら、チビどもに遭遇すんだろ」

 

「……へたれ」

 

「うぐっ!?」

 

実は以前、蓮華は助けた少女に怖がられ、号泣されたことがある。それ以来、蓮華は少女の前に姿を出さない様にしている。

 

「んなことより、依頼よこせ!」

 

「はいはい。と言っても、今日は一件しかないけどね」

 

「すくねぇな。他に取られたか?」

 

資料を受け取りながら、蓮華は尋ねる。いつもなら最悪でも二件以上はあるから、疑問に感じた。

 

「あ〜、木更のとこに一件横流ししたからね」

 

「んだよ、蓮太郎に取られたのかよ」

 

「文句言わない!木更、今月の収入ゼロって泣き付いてきたんだから」

 

「そりゃ……しゃーないな」

 

引き攣った笑みを浮かべながら、蓮華は同意する。相変わらず貧乏なんだな、と心の中で同情。

 

「そんじゃま、ちゃちゃっと討伐してくんよ」

 

「油断しないでよ!怪我なんてしたら怒るから!」

 

「へいへい」

 

適当に返事をしながら、当然の様に窓から出ていった。その姿を見送りながら、梓は1人思う。

 

「結局、まだ独りなんだね……」

 

 

* * *

 

 

蓮華は現場近郊で依頼されたガストレア、モデル・カイロポッドーーつまりムカデのガストレアーーを発見した。

 

ただし、バラバラに切り刻まれた状態で。そしてその傍らには、血を滴らせた双剣を握る少女が立っていた。

 

呆気にとられる蓮華の前で、少女は剣を鞘に納め携帯を取り出し電話をし始めた。

 

「パパ?こっちじゃなかった。……うん、わかった」

 

短い通話が終わり、少女が蓮華の方を向く。返り血を浴びて真っ赤な顔の中でも瞳が一段と怪しく、そして赤く輝いていた。

 

「ああ〜と、イニシエーターの子かな?とりあえず、お疲れ様」

 

手に持っていた銃をホルスターに納めながら、少女に近づく。少女は睨む様に蓮華を見上げる。警戒されないよう、笑みを浮かべながら蓮華はなおも近づく。

 

「オレが後の手続きやろっか?あ、それとも今電話してたパパさん?が来るのかなーー」

 

「……うるさい」

 

「……ッ!?」

 

一閃。

 

蓮華の首目掛けて、少女はなんの躊躇いもなく剣を振るった。反射的に一歩身を引いたが、蓮華の首の薄皮は裂け、血が溢れる。

 

「よけないで。うまく斬れない」

 

「誰がそんなの聞くか!!」

 

大きく後ろに飛び、距離を取る。しかし、少女もイニシエーターとしての超人的身体能力で距離を再びゼロにする。勢いそのままに振るわれる凶刃。しかし体勢を整えた蓮華は冷静に剣の軌道を読み、避けつつ少女に向け拳を二回放つ。

 

「ッシ!!」

 

「……!?」

 

拳は的確に少女の手首を捕らえ、2本の剣を手放させる。間髪入れずに剣を蹴りあげ、少女の武装解除。そのまま少女を押さえ付ける。

 

「本来フェミニストなオレは、こんなことしたかねぇんだけどな」

 

「離せ!」

 

「離したら、また殺しにくんだろが。とにかく、お前のパパさんかIISOに連絡するしかーー」

 

ない、と最後までいうことはできなかった。蓮華の頭と心臓の位置に銃弾が迫っていたからだ。

 

「ッアァ!?」

 

咄嗟に後ろに倒れ込み、なんとか回避するも、一発が蓮華の頬をかすり傷をつけた。だが、そんなことに気を取られる時間もなく、追撃の第二射が来る。

 

「なめんなッ!」

 

全身をバネのように使い、大きく跳躍。空中で体勢を立て直し、ホルスターから銃を抜くと同時に速射。牽制の意味も込めて2、3発お見舞いしておく。しかし、それもことごとく切り刻まれてしまった。

 

「パパ、アイツ撃ってきた。斬っていい?」

 

「よしよし。だがまだダメだ」

 

「うぅ〜」

 

後から来た男に向けて撃った銃弾が、いつの間にか剣を拾い直していた少女に防がれてしまった。少女は追撃を要求するが、男に止められ不貞腐れてしまう。

 

「アンタがその子のパパさん?」

 

「いかにも。小比奈は私の娘だ」

 

男は胡散臭い格好をしていた。シルクハットにタキシード、不気味な笑みを浮かべた仮面を被っていた。

 

「君の相手をしたいのは山々だが、この後予定が詰まっていてね」

 

「アンタ、何者だ?」

 

「私は世界を滅ぼす者。誰も私を止める事は出来ない。行くよ、小比奈」

 

「はい、パパ」

 

その言葉を残し、夕闇に溶けるように消えていった。

 

「なんなんだよ、いったい……」

 

 

 




やっと原作の内容に触れれました。
次の投稿ではもっと進めれる様にガンバります。

それではまた次回。


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日常と極秘任務

嫌な予感を感じさせる出会いがあったものの、遅れて来た警察から報酬を貰い現場をあとにした。その足で夕飯の買い出しをし、家に着く頃には8時を回っていた。木造二階建、築50年はいっていそうなボロいアパートが蓮華を出迎える。

 

「ただいま〜」

 

「……おか」

 

「わりぃな、すぐに飯作るよ」

 

「……おなか……ぺこ」

 

四畳半程度の小さな茶の間で、蓮華を迎えるのは輝く様な銀髪と翠の瞳の少女だった。少女ーーしろは蓮華に引き取られる形で住んでいた。というのも、しろは3文字以上の言葉を間を置かずに話すことが出来ないのだ。その為、1度預けたたいようの家でも意思の疎通がままならず、何故かフィーリングで話せる蓮華の下に戻ってきたのだ。それから蓮華は甲斐甲斐しくしろの世話をした。その結果、くすんだ色の髪は本来の光沢を取り戻し、感情を抑えることが自在に出来るようになった為、瞳は赤くならなくなった。

 

「今日なんか変わったことあったか?」

 

「……ない」

 

「そっか。じゃあ今日は何やってたんだ?」

 

「……すいみ……」

 

「また寝てたのかよ。せっかく本とか勉強道具置いてんだから勉強しようぜ?」

 

「やだ」

 

「ここだけ即答!?」

 

蓮華はできる限り話しかけ、3文字以上でも言葉を発することが出来るように訓練していた。しろも少しは気にしているのか、四文字以上の言葉を選ぶようにしていた。ただまあ、成果はイマイチだったが。

 

「ほらよ。今日は肉じゃがだ」

 

「……いただ…………きます」

 

「いただきます」

 

ちぐはぐな挨拶とともに、夕飯をつつき始める。つけっぱなしのテレビから垂れ流されるニュースを聞きながら、無言で夕飯を食べ進める。しろも未だに慣れない箸に悪戦苦闘しながら、着実に食べていた。……人参を弾き出しているが。

 

「おいこら」

 

「……」

 

「無言で睨んでもダメだ。野菜食え!」

 

「……じゃが…………食う」

 

「人参も食え。つーか、ホントはサラダだって出してぇんだぞ?それをお前が拒否するから、こうやって味付け変えて出してーー」

 

「……れんげ…………うざい」

 

「ちょ!?しろ!どこでそんな汚い言葉を覚えた!?」

 

「……れんげ……きらい」

 

「んなっ!?」

 

まるで母親の様に小言を言う蓮華に対し、しろは言うだけ言って満足したのかそっぽ向いて食事を再開する。一方しろの嫌い発言に多大なショックを受けたのか、蓮華は固まったまま動かなくなった。蓮華が活動を再開したのは、しろが食べ終わった頃だった。

 

「はぁ〜……」

 

溜息をこぼしながら、皿を洗う。その背中からはなんとも言えない哀愁が漂っていた。普通は幼女に嫌いと言われて落ち込むことがおかしいのだけれど。

 

「れんげ……どした?」

 

「いや、どうもしてねーし。落ち込んでねーし」

 

「……くび…………ほほ」

 

「え?ああ」

 

音もなく蓮華の後ろに近づいていたしろに焦って返事を返したが、しろの目は傷口に目を向けていた。あの二人組からつけられた傷はカサブタになっていたのだが、いつの間にか剥がれて血が滴っていた。

 

「今日仕事で草むらに突っ込んだから、そん時についたんだろ」

 

「……」

 

蓮華は当然の様に嘘をついた。しろに余計な心配をさせたくないからだ。しろも疑う事無く無言で蓮華を見つめる。

 

「……れんげ……すわる」

 

「ん?おお、いいぞ」

 

皿洗いが終わる頃、しろが唐突に命令する。蓮華はすぐに水に濡れた手を拭き、ドカッとしろの前に胡座をかいて座った。しろはテコテコと蓮華に近づき、

 

「……(ぺろ)」

 

「へぅったぁ!?」

 

抱きつきに蓮華の頬を舐めた。突然の感触に変な声を上げ、しろから距離をとった。

 

「な、なにすんだ!?」

 

「?……きず……なめる」

 

「それじゃ治んねぇよ?!」

 

「……なおる」

 

「いやだから!」

 

「なおる」

 

「……」

 

「……」

 

「はぁ〜。わかったよ。お願いします」

 

「……にげる…………だめ」

 

「はいはい」

 

観念した蓮華は元の位置に戻り、しろに身をゆだねる。しろはまだ蓮華を疑っているらしく、両手で蓮華の頭を押え、ゆっくりと舌を這わせる。ピチャピチャと音を立て、しろの舌が蓮華の頬と首を濡らす。なんとも言えない感触と音に身を固くしながら、蓮華は必死に耐えていた。

 

「……ん。……おわり」

 

「ど、どうもでした」

 

やっとしろに開放された蓮華は、げっそりと疲れ果てた顔になっていた。そんな蓮華の様子を知ってか知らずか、しろは無表情のまま首を傾げていた。

 

「……れんげ…………ふろ」

 

「……そろそろ1人で入んない?」

 

「むり」

 

「こういう時だけ返事早いなこんちくしょう!じゃあせめて、1人で寝るようにーー」

 

「やだ」

 

「ですよね〜!」

 

結局、しろと風呂に入り一緒の布団で寝る蓮華だった。

 

 

* * *

 

 

「仕事の依頼?国からの?」

 

「そうだよ。東京エリアの民警はほとんど呼ばれてるみたい」

 

「そりゃ大層な依頼だな」

 

ぼやきながら電車の外に目を向ける。梓から連絡を受けたのが昼。そこから移動している最中だった。なんでも緊急の要請だったらしく、梓もミワ女の制服姿のまま隣にちょこんと座っている。そのまま何事も無いまま目的地に到着した。案内役に連れられ、馬鹿みたいに広い部屋に通された。蓮華達は遅い方だったらしく、空席は数える程度しか無かった。なんのけなしに空席に目を向けると『天童民間警備会社』の文字が飛び込んできた。

 

「なるほどね。こりゃ東京エリア全部の民警呼ばれてるわ」

 

「それ、木更の前で言っちゃダメだよ?」

 

「わかってるよ」

 

梓は蓮華に釘を刺し、『陸奥民間警備会社』と書かれたプレートの席に座った。蓮華はその後ろの壁に寄りかかり、ぼーっと部屋を眺めていた。社長連中はこれからの依頼内容を気にしているのかソワソワしている。一方でプロモーターは他の奴に舐められたくないのか敵意混じりの視線を撒き散らしていた。

 

(同じ民警同士で争うなんてアホらし)

 

興味を失った蓮華は静かに目を閉じた。

 

 

* * *

 

 

ゴッ!!

 

「んあ?」

 

何かが激しくぶつかり合う音で蓮華は目を覚ました。音のした方を見ると、蓮太郎とバスターソードを背負った大柄な男が睨みあっていた。

 

「なんだよ、ただの挨拶じゃねぇか?」

 

「グッ!!」

 

蓮太郎の手が腰の拳銃に伸びた。険悪な空気が漂う。が、蓮華はその空気をあえて無視し話しかける。

 

「よ!蓮太郎に将監じゃねぇか。おっひさ〜」

 

「な!?蓮華!!いたのかよ」

 

「ちっ、テメェか」

 

「二人ともその反応はねぇだろ。将監なんて舌打ちとかあかんぜ?」

 

「テメェなんかには舌打ちで十分だ」

 

「嫌われてんね〜」

 

へらへらと笑いながら場の空気を緩和させる。他人の争いに興味はないが、知人の小競り合いは見過ごせないらしい。

 

「つか蓮太郎、頭突き食らった程度で熱くなんなよ」

 

「いや、あんな音のする頭突き食らって、頭に血が上んない方がおかしいだろ」

 

「頭突きだけに?」

 

「はっ倒すぞ!」

 

「将監も将監で、一々ケンカ吹っかける癖なんとかしろよ」

 

「うるせぇ。どうやってようが俺の勝手だろ」

 

「そのしわ寄せがオレにくんだよ」

 

「知るか」

 

不機嫌そうに眉根を寄せる将監。そんな将監に呆れた様に蓮華は溜息をついた。

 

「オレにケンカ吹っかけて負けたの忘れたの?」

 

「うるせぇ!次殺る時は負けねぇ!!」

 

その言葉に周りがざわついた。伊熊将監・千寿夏世のペアのIP序列は1584位。世界に幾千の民警がいる中でも上位に位置し、なおかつ将監が前衛として戦う事も有名だった。そんな相手に野試合だったとしても勝利を収めた蓮華は何者なのか。様々な憶測が飛び交う中、将監がしびれを切らした。

 

「洒落せぇ!なんなら今ここであんときの借り、返してやるよ!!」

 

「おもしれぇ!どれくらい強くなったか、オレが見てやるよ!!」

 

将監は背中のバスターソードに手をかけ、蓮華はボクシングの構えを取る。一触即発の空気の中、二人の咎める声が上がる。

 

「止めないか将監!」

 

「蓮華君!やめなさい!」

 

「三ケ島さん!」

 

「梓!邪魔すんなよ!!」

 

「私の言う事が聞けないのなら、即刻この部屋から退室してもらうぞ」

 

「蓮華君もだよ!」

 

「ちっ、へいへい」

 

「……わぁったよ」

 

二人の声で白けたのか、蓮華と将監は大人しく構えをとく。不満は顔ににじみ出てはいるが。

 

「命拾いしたな?」

 

「こっちのセリフだっての」

 

最後に憎まれ口をたたきあい、元の位置に戻っていく。その光景を眺めることしか出来なかった蓮太郎はただ呆然と立ち尽くしていた。

 

「これが上位ランカー同士の争いよ、里見君」

 

「木更さん……」

 

「君ももっとIP序列が上だったら、空気にならずにすんだかもね〜」

 

「ぐぅ!」

 

最後に蓮太郎を皮肉って、木更も席に着いた。蓮太郎も何も言い返せず、すごすごと壁に身を寄せた。場の空気が収まってきた頃、部屋の扉が開き男が1人入ってきた。

 

「空席が1か……」

 

蓮華は『大瀬コーポレーション』と書かれた席にチラリと視線を向け、また前に戻す。

 

「これから依頼内容の説明をするが、1度聞いたら辞退は許されない。辞退するという者は退室してくれ」

 

この言葉にあたりがざわつく。依頼内容はとても重要でデリケートな内容だと、蓮華は予測した。部屋のざわめきが収まる。退室した者は0だった。

 

「……よろしい。それでは依頼内容の説明を始める」

 

そう言うと、男の後ろのスクリーンに映像が映し出される。そこに現れたのは、

 

「ごきげんよう、皆さん」

 

「おいおい、マジかよ……」

 

東京エリアの統治者、聖天子その人だった。




更新遅くなって申し訳ありません。

やっと原作沿いになってきたんじゃないかなと思っています

それではまた次回。


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七星の遺産争奪戦

「今回民警のみなさんへの依頼は二つ」

 

部屋のざわめきが落ち着いたのを見計らい、聖天子は説明を開始する。

 

「1つは昨日東京エリアに侵入した感染源ガストレアの探索及び排除。

 

2つ目は、このガストレアに取り込まれてると思われる"とあるケース”を無傷で回収してください」

 

スクリーンの隅にケースの写真が、成功報酬とともに映し出される。ケース自体はごく普通のジュラルミンケースだ。しかし成功報酬の金額が異常だった。高々1匹のガストレア討伐に出される金額ではない。再びざわついた部屋の中から、1人手を上げる者がいた。

 

「そのケースの中身、お尋ねしてもよろしいですか?」

 

木更のその質問をする姿に蓮太郎は驚き、蓮華は口笛を吹いた。他の社長連中やプロモーターも気になっていたのか、質問の答えを聞く為に静まり返る。

 

「あなたは?」

 

「天童木更と申します」

 

「ああ、あなたが……」

 

そう呟き、隣に立つ天童菊之丞に目を向ける聖天子。その様子を見て蓮華は、木更と菊之丞に何らかの因縁があるのかと推測していた。

 

「お噂は聞いております。しかしそれは依頼人のプライバシーに関わるので、当然お答え出来ません」

 

「納得出来ません」

 

反論の声を上げ、木更は言葉を続ける。

 

「感染源ガストレアが感染者と同じ遺伝子を持っているという常識に照らすのなら、感染源ガストレアもモデル・スパイダーでしょう。その程度なら、ウチのプロモーター1人でも倒せます。

 

問題は、

 

何故そんな簡単な依頼を破格の報酬付きで、しかも民警トップクラスの人間に依頼するのか腑に落ちません。ならば報酬に見合った危険がそのケースの中にあると邪推してしまうのも当然ではないでしょうか?」

 

「……それは知る必要のないことでは?」

 

「かもしれません。しかしそちらが手札を伏せたままにするならば、ウチはこの件から手を引かせていただきます」

 

「……ここで席を外すとペナルティがありますよ」

 

「覚悟のうえです。そんな不確かな説明で、ウチの社員を危険に晒すわけにはいきませんので」

 

木更と聖天子の睨み合いで、場の空気が硬直する。蓮太郎が何か言葉を発しようと口をあける。が、それより先に蓮華が発言する。

 

「お二人さん、睨み合うのは大いに結構だが。侵入者だ」

 

「おや?バレていたか。やはり君は危険だね」

 

突然上がった声に周囲が騒然となる。そして空席だったはずの大瀬フューチャーコーポレーションの席に燕尾服にシルクハット、ピエロの様な不気味な仮面を被った男が座っていることに気づき、距離をとった。男はゆったりとした動作で、机の上に立つ。

 

「お初にお目にかかります。無能な国家元首殿?」

 

「……誰です?」

 

挑発的な挨拶に聖天子は冷静さを保ちつつ、尋ねる。

 

「私は蛭子。蛭子影胤という。簡単に言うと、君たちの敵だ」

 

いきなり現れた敵にプロモーターは一気に殺意を向ける。そんな中、蓮太郎が声を荒らげながら拳銃を抜く。

 

「テメェは!!」

 

「おや、我が新しき友。里見君じゃないか」

 

どうやら顔見知りらしい二人に木更が尋ねる。

 

「里見君、あいつとどこで会ったの?」

 

「それは……」

 

「とりあえず蓮太郎。いくら友達がいないからって、友達は選んだ方がいいと思うぞ」

 

「うるせぇ!友達じゃねぇし、一言余計だ!!」

 

蓮華は蓮太郎にちゃちゃを入れたが、事態を重く見ていた。昨日の交戦と今日の立ち居振舞いからして、この場にいる誰よりも強いことを肌で感じていた。そして、あの少女も血の匂いを撒き散らしながら、こちらに向かっているのも感じた。

 

「おやおや、そういう君だって我が新しき友の1人だよ?昨日は名前を聞きそびれてしまったがね」

 

「紅蓮華だ。あいにく、お前の友になる気はない」

 

「くれない……紅君ね。振られてしまったかな。まあいい。少々遅れてしまったが、私の娘を紹介しよう。おいで、小比奈」

 

「はい、パパ」

 

後ろから上がった声に、影胤に意識を向けていた蓮太郎が驚いた様に後ろに拳銃を向ける。が、小比奈はその横をすり抜け、机の上によじ登っていた。そしてスクリーンに向け、スカートの端をつまみ自己紹介をする。

 

「蛭子小比奈。十歳」

 

「私のイニシエーターにして、娘だ」

 

腰に佩く双剣からは血が滴り落ちていた。拳銃を向けたまま、震える声で蓮太郎が尋ねる。

 

「テメェ、下にいた警備員とどうした?」

 

「ん?五月蝿い蝿なら小比奈に排除させたが?」

 

「テメェ!!」

 

蓮太郎の慟哭に動じず、影胤は聖天子や他の民警に向け手を広げる。

 

「話を戻そう。私もこの七星の遺産争奪戦に参加させていただこう」

 

「七星の遺産?なんのことだ」

 

「おやおや。本当に何も知らされていないようだね。あのケースの中身だよ」

 

「ならあの日、あの部屋にいたのは!」

 

「ご明察。だが肝心の感染源はどこかに消えてるし。ぐずぐずしていたら窓から警官隊が突入してくるしね。びっくりしたから殺してしまったよ。ヒヒヒッ!」

 

「貴様ァ!」

 

「諸君!ルールの確認といこう!私と君たちどちらが先に感染源ガストレアを見つけ、"七星の遺産”を手に入れられるか勝負といこう!掛金は、君たちの命でいかがか?」

 

(オレが小比奈に会ったのは、どっちにケースがあったかわからなかったからか?それにあの男が手に入れたがる”七星の遺産"ってなんなんだ……)

 

影胤の言葉に疑問を浮かべた蓮華を他所に、将監が叫ぶ。

 

「ごちゃごちゃとうるせぇな。ようはテメェが死ねば問題ねぇだろうが!」

 

その言葉とともに一瞬で間合いを詰める。その速さに蓮華は舌を巻く。

 

(あいつ、以前より速くなってやがる)

 

「ぶった斬れろやぁ!!」

 

体重と速度が乗ったバスターソードの一撃が影胤を襲う。が、バスターソードは何かに弾かれ、宙を舞った。

 

「ちぃ!夏世!」

 

「叫ばないでください。わかってます」

 

いつの間にか壁を駆け上がっていた夏世が、バスターソードを影胤に向けて蹴飛ばした。それを空中で掴み取ると、将監は影胤に速度を落とさず突き刺した。先程よりも威力の上がった一撃。蓮華と蓮太郎は感嘆の声を上げる。

 

「あれが千番台のペアの実力……」

 

「あの野郎、かなりレベルアップしてんじゃねぇか」

 

誰しもが今の攻撃で何かしらのダメージを与えたと思っていた。しかし、

 

「フフフ、今のはいい攻撃だった。だが、もう一歩届かなかったね」

 

「ッ!?」

 

「さがれ、将監!」

 

無傷の状態で余裕すら感じさせる影胤に将監は動揺する。すぐに他の民警の銃撃によるサポートが入る。将監が飛び退いた後、さらに多くの銃弾が飛び交い辺りは硝煙の香りに包まれた。数十にも及ぶ銃弾の嵐の中心で、影胤は微動だにせず立っていた。そして銃弾はどれ一つとして届いていない。

 

「なんだよ……それ」

 

蓮太郎が呆然とした様子で問う。影胤はそれが嬉しいのか嬉々とした声で答える。

 

「斥力フィールド。私は"イマジナリィ・ギミック”と呼んでいるがね」

 

他の民警も言葉を発せないでいた。蓮華も目の前の光景を信じることが出来なかった。なぜなら、放たれた無数の弾丸がまるで時が止まったかの様に影胤の周りで静止していたからだ。影胤と小比奈の周りには半透明の膜のようなものが半球状に展開されていた。影胤の言う斥力フィールドだと考えるが、その発生装置が見当たらない。なにか対策をと考える中、影胤が仮面の下で笑みを深めるのを感じた。背筋を走る悪寒に、反射的に叫ぶ。

 

「全員伏せろッ!!」

 

咄嗟に梓を抱き寄せ、床に身を投げ出す。刹那、静止していた弾丸が巻き戻る様に部屋を蹂躙した。激しい音の嵐の後の静寂。部屋にいた民警の半分はうめき声を漏らし床に崩れ落ちた。

 

「てめぇ……人間か?」

 

「人間だよ。もっとも、これを発生させるために内臓のほとんどをバラニウムの機械に変えているがね」

 

「機械……ッ!?」

 

蓮太郎が驚く中、蓮華は冷静に思考を巡らせる。

 

(バラニウム……機械……ということはッ!)

 

「改めて名乗ろう!里見君、紅君!!

 

私は元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ!」

 

その言葉に皆一斉にありえないといった言葉を零す。それもその筈、影胤が名乗った肩書きはガストレア戦争が生んだ対ガストレア用特殊部隊なのだが、いわばそれは都市伝説であり、人々の願望に似たものだからだ。

 

「ああそうだ。里見君、君にささやかなプレゼントだ」

 

そう言って、蓮太郎の前に大きめの箱を置いた。そのまま銃弾で割れた窓の方に歩いて行く。

 

「絶望したまえ、民警の諸君。滅亡の日は近い!それでは、ごきげんよう」

 

その言葉を残し、影胤と小比奈は窓の外へ姿を消した。数秒の沈黙。だが、それはすぐに破られる。

 

「天童閣下ッ!新人類創造計画は……あの男の言ってたことは本当なのですか!?」

 

「……答える必要はない」

 

1人が菊之丞を問いただす。が、菊之丞は黙秘。部屋のざわめきがより一層大きくなった。そのざわめきをかき消すように大きな音を立て、1人の男が部屋に駆け込んできた。

 

「た、大変だぁ!!しゃ……社長が!」

 

「欠席した大瀬社長の秘書ね」

 

「様子がおかしいぞ?」

 

「なにかあったのか……」

 

「社長が自宅で殺された……。だが、死体の首がどこにもないんだ!!」

 

「……ッ!?」

 

部屋の全員が影胤が置いていった箱に目を向けた。箱の隅から赤い液体が漏れ出している。蓮太郎が震える手で箱の包みを解き、上蓋を外す。そこにはーー、

 

「……ぁの野郎ぉ!!」

 

上蓋を戻し、拳を握り締め怒りの声を漏らす蓮太郎。蓮華も凄惨な光景に怒りに顔を歪める。

 

「静粛にッ!事態は尋常ならざる方向に向かっています。みなさん、新たにこの依頼の達成条件を付け加えさせて頂きます。ケース奪取を企むあの男より先にケースを回収してください。でなければ、大変な事が起こります」

 

聖天子の言葉に部屋は何度目かの沈黙に包まれる。その沈黙を破ったのは、再び木更だった。

 

「聖天子様、今度こそケースの中身説明していただけますね?」

 

「……ケースの中に入っているのは『七星の遺産』邪悪な人間が悪用すればモノリスの結界を破壊し、東京エリアに”大絶滅"を引き起こす封印指定物です」

 

聖天子から発せられた言葉は想像以上に残酷な内容だった。




更新が遅れてしまい、申し訳ありません。

仕事の都合でこれからも更新が遅くなると思いますが、長い目で見守ってください。

それでは、また次回。


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つかの間の休息

防衛省からの依頼を受けた翌日。休日で昼過ぎまで惰眠を貪ろうとしていた蓮華を、携帯のけたたましい着信音が攻めたてた。のそのそとした動作で携帯を手に取り、目を閉じたまま電話に出る。

 

「もしもし?」

 

『俺だ。付き合え』

 

「は?」

 

むさ苦しい男の声は、蓮華の眠っていた脳が覚醒するには十分な一言だった。

 

 

* * *

 

 

「付き合えってそう言う事かよ……」

 

「ほかにどんな意味があんだよ」

 

「愛の告白」

 

「ぶった斬るぞテメェ!」

 

デパートの壁際に設けられた木製のベンチに蓮華と将監は座っていた。朝の電話で一方的に時間と場所を言い渡され、急いで着替えて部屋を飛び出したのが30分前。言われた場所に行くと将監と夏世がすでにいて、説明もないまま現在にいたる。

 

「つか、なんでおもちゃ売り場?」

 

「夏世がなんたらガールズのグッズが欲しいんだと」

 

「お前1人でいいだろ」

 

「俺が付き添いでいたら変だろ」

 

「むしろオレが来たら犯罪の匂いがしてきそうだが?」

 

「……」

 

子供のおもちゃ売り場の側に筋骨隆々の大男が2人。その異様な光景に、周りの買物客がひそひそと何かを話ているのが嫌でも目に入り蓮華は深い溜息を零す。

 

「普通に夏世と2人で買い物するのが恥ずかしいって言えないのかねぇ」

 

「……マジでぶった斬るぞ」

 

「そういうのは自分の得物を持ってる時にいいな」

 

「けっ!」

 

今日、将監のトレードマークとも言えるバスターソードはその背に無い。将監にしては珍しく、今日は完全なオフの日らしい。その証拠にいつもの格好ではなく、革ジャンに黒のデニムといった出で立ちだった。

 

「にしてもお前、変わったな」

 

「変えた本人が言う台詞かよ」

 

「人の心はそんなに変わんねぇよ。変われたのは、お前が心のどこかで現状を否定してたからだろ?」

 

「……うるせぇよ」

 

一言だけ呟き、将監は立ち上がる。蓮華に言われた言葉すべてが事実だったのか、逃げる様に歩き出す。

 

「どこ行くんだよ?」

 

「便所だ」

 

「早く戻れよ?」

 

「へいへい」

 

手をひらひらさせながら、将監が去った。残された蓮華は退屈そうに虚空を見つめる。ぼーっとしていると正面から夏世が小さい紙袋を抱えて出てきた。

 

「お疲れさん。欲しいもんは手に入ったか?」

 

「はい。私は将監さんと蓮華さんにも一緒に見て貰いたかったのですが」

 

「オレらみたいのがおもちゃ売り場に入れんよ」

 

「そんなことないと思いますが……。そう言えば、将監さんはどこへ?」

 

「トイレだとよ。そのうち戻ってくんだろ」

 

「そうですか。なら少し休憩します」

 

夏世は蓮華の隣に腰掛ける。足をぷらぷらさせている夏世を見ながら、蓮華は考える。千寿夏世、モデル・ドルフィンのイニシエーター、将監の相棒。将監と夏世に会ったのは一年前。最初は喧嘩を売られ、返り討ちにした。次に会った時、夏世に人を殺させようとしていたのを見て頭に血が上り、オレが殴りかかった。何度かそんなことを繰り返し、将監の本心を聞きオレの本心を打ち明けてから、オレたちはいつの間にか友達みたいな関係になっていた。将監はそう言うと強く否定するが、ただの照れ隠しに似たものだ。

 

「蓮華さん」

 

「ん?どーした?」

 

「ありがとうございます。付き合っていただいて」

 

「気にすんな。どうせ昼過ぎまで寝てる気だったんだ。むしろ予定ができてよかったよ」

 

「それだけではなくて、将監さんと仲良くしてくれてるのもです。将監さんは、勘違いされやすい人ですから」

 

「……どっちが年上かわかんねぇな」

 

「将監さんは子供みたいですから」

 

クスクスと笑う夏世につられ、蓮華も笑う。和やかな空気の中、夏世の後ろに音も無く将監が現れ手に持った物を夏世の首に当てる。

 

「ひゃあ!?」

 

「誰が子供だって?あぁ!?」

 

「しょ、将監さん......それは、えっと......」

 

「ったく。ほらよ」

 

「あぅ!?」

 

将監が夏世の顔に手に持っていた物ーー缶ジュースを押し付ける。もう一方の手に持っている缶コーヒーを蓮華に投げる。片手でキャッチし、蓮華は礼を言う。

 

「サンキュー。気が利くじゃん」

 

「ま、迷惑料みてぇなもんだ」

 

「そーかい」

 

ぱきゅ、と軽快な音を立て缶コーヒーのプルタブを開ける。夏世も缶ジュースをあけ、ちびちびと飲みながら将監を睨む。

 

「......もう少し優しく渡してください」

 

「わりぃな。俺子供らしいからな」

 

「そうやって拗ねるところが子供だと......あうぅぅ!」

 

「口が減らねぇな?」

 

「ご、ごふぇんなふぁい」

 

夏世の頬をつねり怒った様子の将監だが、バンダナで

隠された口元は少しだけ綻んでいた。その光景を眺めていた蓮華は、一言。

 

「なんか、カップルがイチャイチャしてるみてぇだな」

 

「テメェは黙れ!!」

 

「冷やかさないでください!」

 

「強く否定しちゃって。余計あやしいな〜」

 

「テメェ......やっぱいつか殺す!」

 

「蓮華さん。私でも怒りますよ?」

 

「おー怖い怖い」

 

飄々とした態度変えず、蓮華は立ち上がる。将監は本当にイラついているみたいだが、夏世の頬はうっすら赤く染まっていた。

 

(本当に優しくなったんだな......よかった)

 

一年前に比べ、将監の夏世への対応は全く違うものになっていた。それに本当に優しくなっていなくては、夏世だってあそこまで心をひらくことは無いだろう。

なんとなくうれしくなった蓮華の顔が緩む。

 

「そんじゃあ、そろそろ飯にすっか」

 

「もうそんな時間か」

 

「私、オムライスが食べたいです」

 

「それだとファミレスか」

 

「とりあえずここから出ようぜ」

 

「そうしましょう」

 

全員の意見が一致し、エレベーターのある方へ歩き出す。蓮華は今日は何を食べようかぼんやりと考えながら歩いていたため、横から出てきた人に気付かずぶつかってしまった。

 

「っと。すみません......って?」

 

「いえ、こちらこそ......あれ?」

 

「おい、早くしろ......あぁ?」

 

「うん?」

 

「おや?」

 

蓮華がぶつかったのは、延珠に手を引かれた蓮太郎だった。なんとも言えない微妙な空気が蓮華たちに漂う中、延珠と夏世は仲間意識を芽生えさせ硬い握手を交わしていた。

 

 

* * *

 

 

「なんだ、蓮太郎もその天誅ガールズのグッズを買いに来てたのか」

 

「そういう蓮華こそ、なんで将監と一緒に買いに来てるんだよ」

 

「いや何。夏世に頼まれて買いに行くことになったんだが、依頼の事もあるってんで将監も無理矢理連れてきたんだよ」

 

「けっ!そう言う事だ」

 

商店街近くのファミレスの一角、そこに蓮華たちは陣取っていた。男3人に幼女2人、異様な光景にまたもや陰口を叩かれながらも、あえて無視しながら蓮華は蓮太郎に説明していた。ちなみに、蓮太郎への説明は将監の体裁を守る為の嘘で、貸し1つで手を打っていた。

 

「妾は敵か味方か天誅ブラックのニヒルさがーー」

 

「私はやはり天誅レッドがーー」

 

そんな蓮華たちを余所に、延珠と夏世は天誅ガールズの話題に花を咲かせていた。天誅ガールズはテレビアニメらしく、蓮華は知らなかったが小学生の間で大人気らしい。

 

(しろもこういうの興味あんのかな......って)

 

「ああ!!」

 

「うぉ!?ど、どうした。急に大きい声出して?」

 

「い、いや。なんでもねぇ......」

 

(し、しまった。しろのぶんの飯用意すんの忘れてた......)

 

朝急いで来てしまった為に、そこまで意識が回らなかったのだろう。蓮華は後悔するも、家に買い置きの菓子パンやおにぎりが大量にあることを思い出し、大丈夫だろうと気を取り直す。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

蓮華が落ち着いたところで、営業スマイルを浮かべたウェイトレスが来た。各々が注文を述べる。

 

「ステーキセット、ライス大盛り」

 

「オムライスをお願いします」

 

「日替わりランチで」

 

「妾はお子様ランチを頼む!」

 

「オレはハンバーグセットで」

 

「......おなじ」

 

「かしこまりました。ご注文を確認します。

 

ステーキセット、ライス大盛りがお一つ。オムライスがお一つ。

日替わりランチがお一つ。お子様ランチがお一つ。

ハンバーグセットがお二つでよろしいでしょうか?」

 

「はい、お願いします」

 

「かしこまりました。では、少々お待ちください」

 

ウェイトレスが去ってから、一息ついた蓮華が周りを見る。と、何故か不審そうな目で全員が蓮華を見ていた。

 

「な、なんだよ。オレの顔になんかついてるか?」

 

「いや、ついてるとかじゃなくてさ」

 

「じゃあなんだよ?」

 

「あー、えっと。......隣の子誰?」

 

「え?」

 

「......やほ」

 

隣に目を向けた蓮華は、白髪にアイスブルーの瞳を持つ少女が隣にいることに気がついた。そこにいるのが当然の様に座り、蓮華のコップの水をちびちび飲んでいた。

 

「......しろ、なんでいんの?」

 

「めし......ない」

 

「冷蔵庫に菓子パンとかおにぎりあったろ?」

 

「......にく............いい」

 

ガクッと肩を落とし、蓮華は頭を抱える。しろの心配をしなくていいものの、しろに鍵を持たせて無いため部屋の防犯状況がすこぶる心配になっていた。

 

「オレのとこまでよく来れたな」

 

「......匂い......」

 

「なるほどな。で、どっから出た?」

 

「......窓」

 

「鍵は?」

 

「......?」

 

「ノーロック......」

 

テーブルに額を当てながら、蓮華は愚痴る様に言葉を落とす。貴重品の類は金庫に入れ厳重に保管しているが、無防備な状況は心地いいものではない。

 

「おい、そいつ誰だ?お前、イニシエーター無しのソロじゃねぇのか?」

 

将監が訝しげに蓮華に問いかける。一年という短い付き合いではあるが、密度の濃いやり取りをしてきた将監にとっては蓮華にイニシエーターがいることは有り得ないと思えることだった。

 

「ああ、ちゃうちゃう。こいつはーー」

 

「......よめ」

 

「ーーだよ。......って!何言ってんの!?」

 

「......つま?」

 

「そういう意味じゃねぇ!」

 

「............ふうふ?」

 

「オレもくくりの中に入れろってことでもねぇー!!」

 

荒い息をつく蓮華に、冷たい視線が突き刺さる。視線の主は、延珠を除いた全員だった。何故か延珠は目をキラキラさせていた。

 

「テメェ、やっぱロリコンだったか」

 

「蓮華さん......いえ、今度から紅さんと呼びます」

 

「蓮太郎!やはり妾たちの年頃しか愛せない者がいるではないか!!」

 

「蓮華と俺を一緒の趣味にすんな!」

 

「よーし、テメェらオモテでろ!地獄を見せてやる!!」

 

半ギレ状態の蓮華にドン引きした蓮太郎たちだった。そんな空気もお構いなしに、しろは足をパタパタさせながら上機嫌でハンバーグを待つのだった。

 

 

* * *

 

 

「ふーん、つまりただの居候か」

 

「やっと理解してくれたか......」

 

運ばれて来た料理によってクールダウンすることが出来た蓮華は、出会いから今までの経緯についてこと細かく説明した。そのかいあって、蓮華への誤解は解けたようだった。

 

「あぁ〜飯食った気がしねぇ......」

 

「けっ。自業自得だ」

 

「どこにもオレ悪いとこなくね!?」

 

「まあ、誤解はよくあることだよな!」

 

何故か同情的な蓮太郎に諭され、食後に注文したコーヒーをすする。延珠と夏世はデザートのパフェを幸せそうに頬張っていた。蓮太郎の懐事情が気になるが、あえて黙ることを決めた蓮華だった。と、蓮華の袖をクイクイと引っ張り始めたしろ。

 

「ん?どうかしたのか?」

 

「......よる............ちゅう」

 

「ああ、はいはい。せっかちだな、全く」

 

蓮華としろの会話の内容を要約すると、

『夕飯は中華料理が食べたい』

『了解。にしても昼飯食ってすぐに夜飯の話とか気が早いな』

となる。ちなみに、和食は『わふ』洋食は細く別れ『いた(イタリアン)』『ふれ(フレンチ)』等になっており、フィーリングだけでわかる蓮華は的確に識別していた。が、初めて聞く者にとっては勘違いされて、

 

「......やっぱロリコンだろ」

 

「不潔です......」

 

「蓮太郎。アレはキスの方なのか?それとも愛のお注射の方なのか?」

 

「お前はもう黙っとけ。ただ......キスの方だと信じたい」

 

結果、誤解は深まってしまう。

 

「ご、誤解だぁー!」

 

「……♪」

 

蓮華は悲痛な叫びと共に、しろの三文字制限の説明を始める。そんな蓮華を尻目に、今日の夕飯が決まったしろは機嫌良く水を飲む。

 

ちぐはぐな面子の穏やかな午後が過ぎる。

 

 




またもや更新が遅れてしまい申し訳ございません。

今回はオリスト強めとなっております。その為、原作からのキャラ崩壊が大きかったりします。苦手な方もおられるでしょうが、ご了承ください。

作者的に、原作キャラのこんな日常風景があったらなぁ〜と妄想や願望で書きました。

それではまた次回。


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蓮華の本性

「で、延珠と蓮太郎の手首のそれなんなの?」

 

ファミレスを後にした蓮華たちは、商店街を歩いていた。満腹になって上機嫌なしろを横目に見ながら蓮華は問いかけた。

 

「よくぞ聞いてくれたぞ蓮華!これは天誅ガールズが嵌めているブレスレットだ。仲間を欺いたり、嘘をついたりするとひびが入りわれてしまうのだ」

 

「ふぅん。『破鏡』みたいなもんか」

 

横から蓮太郎が口をはさむ。『破鏡』とは、中国だかどっかの故事だったかな、と蓮華は適当に考える。蓮太郎と延珠の漫才の様なやり取りを聞き流しながら、今日の夕飯の買い出しについて蓮華は思考していた。と、

 

「そいつを捕まえろ!!」

 

蓮華の思考を断ち切るような怒号が響いた。ハッとして前を向くと、薄汚れた服を身にまとった少女が食材や衣類を抱えこちらに走って来ていた。少女は横に広がって歩いていた蓮華たちの前で止まると、何かに気づいた様な表情を浮かべた。それに伴い、延珠が硬直した。表情も強張り、なんとか声をだそうと口を開けた時にはもう遅かった。少女を追いかけやってきたエプロンをつけた男二人組に少女は組み伏せられる。組み伏せられて初めて気づいたが、少女の瞳は赤く染まっていた。

 

(外周区の”呪われた子供たち"か)

 

「やっと捕まえたぞ、この赤目が!!」

 

「店の物盗みやがって!!」

 

「くっ!離せ!!」

 

必死に抵抗する少女を、まるで親の仇でも見るかのような形相で押さえつける二人組。が、街ゆく人はそれを当然だとでも言うように眺めている。蓮華の胸にドロドロとした感情が渦巻き始める。

 

「お、おい。そいつが何したんだよ」

 

黒い感情の制御で手一杯の蓮華の代わりに、蓮太郎が尋ねる。

 

「こいつ、店の物を盗んだ挙句、警備員を半殺しにしやがったんだ!」

 

「違う!私はちゃんとお金を払った!!」

 

「黙れ!どうせ誰かから奪ったり盗んだりした金だろ!!」

 

聞く耳持たずな男達に蓮華は怒りを増す。蓮華が一歩踏み出した時、誰かが呼んだのだろう、パトカーが一台止まった。

 

「それが例の赤目か」

 

「はい、そうです」

 

パトカーから出てきた男の1人が遠巻きに眺めていた一般人に聞く。そして、返事を聞き終わるかどうかのタイミングで少女に手錠をかける。そして少女を乱暴に立たせた。

 

「離せよ!あんたら私が何をしたかも知らないだろっ!!」

 

「うるさいぞ赤目。どうせ”呪われた子供たち(おまえたち)”のことだ、傷害やら盗みやらそんなとこだろ。おまえたちがやりそうなことはわかってんだよ!」

 

吐き捨てる様に言い放つと、警官二人組はパトカーに少女を押し込み、去っていった。パトカーが去ると群衆もバラバラに歩き出した。もっとも、口々に少女を罵倒する言葉を吐いていたが。

 

「……将藍、しろを頼む」

 

「ああ。まあ、ほどほどにしとけよ」

 

その言葉を無視し、蓮華は駆け出す。いつもの死んだ様な目から感情は消え去っていた。

 

 

* * *

 

 

――バァァン!!

 

外周区に程近いビルの廃墟に銃声が響く。壁際に立っていた少女がずるずると崩れ落ちた。警官二人はさも当然の様な表情で少女を見下ろす。逃げられないようにと考えたのだろう、少女の両足は無残にも撃ち抜かれていた。

 

「ちっ、まだ生きてやがるよ。これだからガストレアは」

 

「でもまあ、流石に脳を撃てば死ぬだろ」

 

そう言って警官の一人が少女の額に照準を合わせる。少女は痛みと涙で霞む視界の中で悟る。

 

(ああ、ここで死ぬんだ)

 

「死ね」

 

――ガァァァン!!

 

廃墟の静寂を切り裂き、再び銃声が轟く。が、

 

「がぁぁぁっぁ!?」

 

その銃声で絶叫を上げたのは警官の方だった。警官と少女の後方、柱の影の中から現れるように蓮華が姿を見せた。

 

「死ぬのはテメェだ、クソ野郎」

 

絶叫が響き渡る中、嫌悪感を隠そうともせず蓮華は呟き弾丸を放つ。のたうち回っていた警官は痛みが許容量を超えたのか、蹲ったまま呻くだけとなった。

 

「だ、誰だ貴様!!」

 

「これから死ぬ奴に名前を教える気はない」

 

「なっ!?」

 

驚愕の表情を浮かべ、動揺を隠しきれない警官を気にもせず蓮華は頭を乱雑にかく。

 

「つかよ、わざわざこんなとこまで連れてきて殺るとかめんどくせぇ事してんじゃねぇよ。おかげで無駄に疲れちまったじゃねぇか」

 

銃口を警官に向けたまま、蓮華は少女に歩み寄る。そのまま撃たれた銃創を見る。

 

「両足に2発ずつ。右脇腹に1発、左肩3発右手の甲に1発……か」

 

銃口を下げ、蓮華は労る様に少女の頭を撫でる。武骨ながらも優しい手つきに、少女は徐々に痛みを忘れていった。

 

「悪い。遅くなっちまって」

 

1人呟くように声を出し、蓮華は振り返る。その表情に感情はない。

 

「貴様!こんなことして許されるとでも思っているのか!!」

 

「思っちゃいねぇよ。けど、こんなところでアンタらが死んでんのにいつ気づくかな」

 

外周区の近く、もはや廃墟とかしたビルに近づく人間はまずいない。さらに、この辺は治安が悪く社会からドロップアウトした者の巣窟となっている。そんな場所で警官が死亡していたとしても、不思議は無い。

 

「じゃ、あばよ」

 

「ま、待てッ!?」

 

断末魔の叫びは誰にも届かない。




本当にすいません!

仕事が土曜出勤になったり、毎日夜中に帰宅とかで全く更新できませんでした。

今回みたいに、時間が空いたすきに更新するようにしますので
これからもよろしくお願いいたします


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闇への勧誘

「クソッ!胸糞わりぃ!!」

 

苛立ちを隠そうともせず、蓮華は路地裏を歩く。道に落ちている空き缶を蹴飛ばし、絡んできた不良をぶっ飛ばす。それでも蓮華の気は晴れない。蓮華は路地裏の最奥、レンガが無造作に積み重なっている所に腰を下ろす。ポケットからさっき絡んできた不良から頂戴したタバコを取り出し、火をつけた。夜の空気に溶けるように紫煙が揺れる。肺に取り込んだ煙を一息で吐き出し、それをボーッと眺めた蓮華は一言。

 

「……まじぃ」

 

元々喫煙者ではない蓮華。イライラ解消に効果があるという噂を実践してはみたものの、効果は今ひとつのようだった。それでも、吸い始めてしまったものはどうしようもなく、そのまま口に食わえてぶらぶらと上下させた。時刻は日付を跨ごうかというところ。それでも、何故か家に戻る気になれず、家から遠いところをフラフラしていた。が、そろそろ戻ろうかなと思い、蓮華は嫌に重い腰をゆっくり上げた。

 

「おやおや、やっとお帰りかな?」

 

「ッ!?」

 

耳元で囁きかけられた声。飛び退き、腰にあるホルスターに手を伸ばす。が、途中で冷たい鉄の感触が首筋に突きつけられ、動きを止める。

 

「動かないで。じゃないと斬る」

 

「……おいおい、なんの真似だよこれは?」

 

ゆっくりと手を上げつつ、蓮華は状況を分析する。前方に影胤、後方には小比奈。場所は人が全く通らない路地裏の最奥。そして既にチェック・メイト寸前の状況。想像しうる限りの最悪なシュチュエーションだ。しかし、そこから何をするでもなく、影胤は両手を広げた。

 

「安心していい。今日は殺し合いに来たわけじゃない」

 

「……どの口が言ってんだよ」

 

「おや?信じてもらえなかったかな。……小比奈」

 

「はい、パパ」

 

不信感を持ったままの蓮華を納得させるかのように、影胤は小比奈に剣を収めさせた。小比奈もトコトコと影胤の傍に走り、蓮華を囲んだ包囲網は無くなった。

 

「……何が目的だ。まさか、本当に仲間になれって言うんじゃねぇだろうな?」

 

「ヒヒッ!君は本当に察しがいいねまさにその通りだよ」

 

おもむろにアタッシュケースを物陰から取り出すと、影胤は無造作に蓮華の足元に放り投げた。地面との衝撃で半開きになったアタッシュケースの隙間から溢れ出るように、数個の札束が顔を出す。

 

「今手元にあるのはこれだけだが、もっと多くの大金を用意することが私には出来る!」

 

「……」

 

無言を突き通す蓮華に対し、まるで救済する神の如き大仰な仕草で影胤を手を差し延べる。

 

「私と共に来い、紅蓮華!!君は私と近い匂いがする。君もこの世界に不満を持っているのだろう?」

 

「……確かに、今の世界は狂ってる。平和だなんだ言いながら、呪われた子供たちの迫害は無くなんねぇし。貧富の差だって見過ごせるもんじゃねぇ」

 

「そうだ。だからこそ、再び1からやり直さねばならない」

 

蓮華の言葉に同意しながら影胤は仮面の下で笑みを深める。あとひと押しで完璧にこちらに着く。そんな確証めいたものを影胤は感じていた。だが、

 

「けどな、こんな仮初めの平和でも、壊していい訳がねぇんだよ!!」

 

言葉を影胤にぶつける様に叫び、蓮華はアタッシュケースを影胤の足元に蹴り出す。隙間から舞い上がった数枚の札が、花びらのように宙を舞う。

 

「……どういうつもりかな?」

 

「お断りだっつってんだよ。この平和壊すために、どうせ呪われた子供たちを兵器として使う気だろ」

 

「……」

 

無言を肯定と捉え、蓮華は不快感を顕にする。踵を返し、この場から去る蓮華に向かい影胤は叫ぶ。

 

「ぬるい……ぬるいぞ、紅蓮華!兵器として使われなくても、呪われた子供たちの迫害は終わらないぞ!!」

 

「それでも、兵器として使っていい理由にもならねぇよ」

 

「……後悔しないと言えるのかい?」

 

「んなもん、自分が後悔しない道を迷わず進むだけだ」

 

それ以上影胤からの追求は無く、蓮華はそのまま闇に消えるように去っていった。不思議と影胤の言う通り、戦闘にはならなかった。

 

 

***

 

 

「ただいまっと」

 

小声で帰宅報告をしながら、蓮華は静かに玄関を開けた。部屋の電気は消えている為、しろはもう寝たのだろう。考えながら、蓮華は物音を立てないように部屋の戸を開ける。途端に腰あたりに軽い衝撃と温かい感触。驚いてたたらを踏んだ蓮華は壁に手をついた。偶然スイッチに触れ、暗闇がかき消される。まぶしさに目を細めながら腰に視線を落とすと、まばゆい白銀の髪の毛が目に入った。

 

「し、しろ!?」

 

「……おか」

 

「お前、なんで起きてんだよ!」

 

少し怒りながら、蓮華はしろを問いただす。しろは顔を上げず、蓮華の腹にグリグリと頭を押しつけ続けた。

 

「もしかして、起こしちまったか?」

 

「……ちがう。……おなか………ぺこ」

 

「なんだよ、晩飯食ってねぇの?昼も言ったけど、冷蔵庫におにぎりとか菓子パンあったろ?」

 

「……やだ」

 

ようやく顔を上げたしろの顔を見て、蓮華はハッとした。普段、無表情で感情を表に出さないしろの顔が、不安げにしかめられ瞳には涙が溜まっていた。

 

「……れんげ……と……ごはん」

 

「……」

 

「……いっしょ…………に……たべる」

 

「……そっか!じゃあ今作るから、ちょっと待ってろ」

 

しろに寂しい思いをさせた後悔と、小さい文字だがしろが四文字の言葉で話せた嬉しさが相まって気合いを入れて料理を作り始めた。そして、蓮華は気づいた。

 

「……」

 

チラリとキッチンからしろの様子を見る。しろはコクコクと舟を漕ぎながら、寝ないように頑張っていた。そして、確信する。さっきまでのイライラは、しろに対して後ろめたい事をしてしまった後悔なんだと。後悔しない選択をすると言いながら、結局後悔している自分を嘲笑し、蓮華は心に誓いを刻み込む。

 

もうしろに顔向け出来ない事はしない、と。



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安寧と影

 

決意を新たにした日の翌日。蓮華は学校をサボり、街へと繰り出していた。その隣にはしろがピッタリと寄り添っている。蓮華は上下ともに黒のデニムとワイシャツ、髪は珍しく束ねておりその上に浅くニット帽を乗っけていた。しろは膝下まで来るパーカーを羽織り、頭はキャップの上からフードを被っている。一見すると怪しげな二人組にすれ違う人々は訝しげな眼差しを送っていた。蓮華の風貌から高校生には見えない為、蓮華が学校をサボっている様には思われていない。

 

とはいっても、それ以上の犯罪の匂いを漂わせているのだが。

 

「……どこ…………いく?」

 

「服買いに行くんだよ、お前の」

 

「……?……なんで??」

 

「なんでじゃねぇよ。お前服それしかねーだろ」

 

そう、蓮華の言う通りしろは外に出れる様な服が一着しかないのだ。さらに言うならば、今しろが着ているパーカーも蓮華の物であるためしろの服は一着もない。

 

「……ふく……ある」

 

「全部オレのだろ?しろ自身の服を買うってこと」

 

「……なる」

 

そうこうしている内に大型ショッピングモールに到着。子供服売り場まで難なく着くことが出来た。

 

「ほれ。金やるから好きなの買って来い」

 

「……れんげ…………は?」

 

「そこのベンチで待ってる。終わったら呼びに来いよ」

 

あくびを噛み殺しつつ踵を返し、ベンチに向かって歩き出す蓮華。しかし服を引っ張られる感覚に足を止め振り返る。見ると、しろが服の裾を指で摘み不機嫌そうに蓮華の顔を見上げていた。

 

「……やだ」

 

「は?つってもオレがこの中入ったら不審者だろ」

 

「……おけ」

 

「いや、なにもOKじゃないから。それに自分で選んぶんだからオレいらねぇだろ」

 

「えらべ」

 

「こういう命令口調の時だけ早くね!?つか自分の好みとかあんだから選ばなくてもいいだろ?」

 

「……」

 

「わかった、行くから!無言で引く力強めんな!服がミシミシいってるから!!」

 

「……はよ……こい」

 

「だから口調が……はぁ。もういいや」

 

しろに負け、引っ張られながら子供服売り場まで連行される蓮華。その背中には何とも言えない哀愁が漂っていた。

 

 

***

 

 

「……?」

 

「はいはい、どっちも似合ってるよ。……いって!?蹴るな、叩くな!わかった、ちゃんと考えるから!!」

 

案の定不審者を見る目に晒され、精神がガリガリと音を立て削られていた。その様子を気にも留めず、しろは服を体の前にかざし意見を求めていた。いつもの濁った目を死んだ魚の様に悪化させた蓮華が適当に返事をすると、しろの批難のローキック&ブロー。痛みに顔をしかめながらも気を取直し、蓮華は少し真剣に服を選び始めていた。

 

「これはどうだ?女の子っぽいだろ?」

 

そう言って手に取ったのは赤のチェック柄のスカート。一応女の子という所を優先的に考えた結果らしい。

 

「……ん」

 

スカートを受け取ったしろは、ジッと見つめ天高く掲げた後、何故か頭から被った。

 

「ちょっと待て!それはシャンプーハットじゃない!!下に履くやつ!」

 

「……りょ」

 

「ばっ!?ここで服脱ごうとするな!更衣室に行け!!」

 

「……どこ?」

 

「ああああ!もう!!」

 

絶叫を上げながらしろを抱き上げ、更衣室を探しに走り出した。周りの人の目が不審者を見る冷たい目から、娘に手を焼くパパを見る暖かい目に変わっていることに蓮華は気付くはずも無かった。

 

ちなみに、しろが下着を着けておらず蓮華が再び絶叫するのはその数分後の事だった。

 

 

***

 

 

「なんで学校休んでんのにドッと疲れてんだろ」

 

「……ざまぁ」

 

「……ドンマイって言いたいの??」

 

「……そう」

 

「励ましたいって気持ちは嬉しいけど、それ追い討ちにしかなってないから!!」

 

「?」

 

「無自覚なのがホント怖いよ……」

 

覚束無い足取りで帰路についている蓮華と上機嫌に歩きながら時折スキップするしろ。服数着に加えまさかのしろが下着を持っていない事に気付き数着買い込んだ結果、荷物が山の様になった為郵送してもらう事にしたらしい。手持ち無沙汰の両手をポケットに突っ込み、ヨタヨタと歩く蓮華の姿はチンピラにしか見えない。

 

「……れんげ…………めし」

 

「せめてご飯つってくれ。……クソ、なんでこんなに言葉遣いが悪くなってんだ」

 

自分に原因があるとは微塵も思っていない蓮華は、ブツブツと文句を垂れ流す。それでもこの辺りで美味しいお食事処を携帯で検索する所を見ると、しろにはとことん甘くしてしまうようだ。めぼしい店を見つけ、しろに言おうと目を遣る。その時、

 

ビュンッ!!

 

と、つむじ風に似た何かが脇を駆け抜けていった。それを神妙な面持ちで見送った蓮華はしろの頭を乱雑に撫で付ける。

 

「……悪い。めしはもう少しおあずけだ」

 

「……ん」

 

食べ物の事ではいつもは毒を吐くしろが静かに頷くのを嬉しそうに見ながら蓮華は電話をかけた。目当ての相手は数回のコールの後、電話越しでも分かるほどにイラついた様子で答える。

 

『なんだよ!今忙しいんだっ!!』

 

「そいつは悪かったな。唐突にお前の声が聞きたくなっちまってな」

 

『……ふざけてんなら切るぞ』

 

「冗談だよ。捜してんだろ?お前んとこの姫さん」

 

『ッ!!どこにいる!?』

 

「さあね、ただ向かった方向からすると外周区の方だろう。心当たり、あんだろ?」

 

『ああ!わるい、恩に着る!!』

 

「貸し1だからな。気張れよ蓮太郎《ヒーロー》」

 

通話が終わり、携帯をポケットにしまう。顔を上げた蓮華の鼻先で雫が一つ弾けた。天を見上げる蓮華に雨粒が次々と叩き付けられる。しばしの間呆然と雨に打たれる蓮華の手をしろが優しく引っ張る。

 

「……かえろ?」

 

「……そうだな。悪いな、今日もオレの料理で我慢してくれ」

 

「……いい。…………それに」

 

まだ気が抜けたままの蓮華によじ登り、頭に覆いかぶさるように体を預けたしろが蓮華の顔を逆さまに覗き込みながら言葉を紡ぐ。

 

「れんげ……の……めし。……すき…………だから」

 

「……さんきゅ」

 

「……ん」

 

蓮華は無理矢理な笑顔を顔に貼り付け、しろを安心させる。それを見て満足したのかいつもの無表情のまましろは地面に降り立つ。蓮華はしろの手を取り、足早に家を目指した。その心に渦巻くのは、延珠の状況を推理しての悲哀。この状況を作り出したであろう蛭子影胤への憤怒。そして一向に変わらない世界の不条理に対するやり場のない気持ち。だが、それ以上に悪意に満ちたこの世界を純粋無垢なしろに知られたくないという焦りだった。

 

この事件は早々に終わらせる。

 

雨で冷えた蓮華の思考で導き出された答えは、シンプルで同時に難解な答えでもあった。

 



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突き刺さる雨

『蓮華君、例のモデル・スパイダー見つかったよ!』

 

「了解、少ししたら出る」

 

梓からの電話を受け、蓮華は眼光を鋭くする。元凶と言っても過言では無いガストレアに対しての殺意が静かに燃え上がる。

 

『だめ、今すぐ出てきて。あのモデル・スパイダーは空を飛んで移動してる。だから木更と一緒にヘリをチャーターして……ってさっきからずっとジュージューなってるけど今どこ?』

 

「ん?家だよ。今しろに晩飯作ってる」

 

言いながらフライパンの上の肉にブランデーを振りかけフランベを施す。肉好きなしろの為、肉も上質な素材を使っていた。電話の向こうで空気を吸い込む音が聞こえ、次の瞬間雷が落ちた。

 

『遅れる理由それ!?さっさと外に出てこっちに来てよ!!』

 

「耳元で叫ぶなよ、鼓膜破れるだろ。それに育ち盛りに上質な飯は必須だろ?」

 

『そんなことばっかりしてるから蓮華君はロリコンなんだよ!!』

 

「ロリコンじゃねぇっつってんだろ!?それに心配すんな、今日は5割の力でやる」

 

『……珍しいね。蓮華君がそこまで本気出すなんて』

 

「まあな。このままじゃ、しろの教育に悪いからな。さっさとケリ着けさせてもらう」

 

『理由がそれだもんね。世界救うことよりも幼女守りたいって、やっぱりロリコンでいいでしょ?』

 

「何一つ良くねぇわ!ああ、もう飯も出来上がるし切るぞ」

 

『早く来てね。ヘリのチャーター、安くないんだから』

 

ブツっという音と共に通話が終了する。携帯をポケットにしまい、焼きあがった肉と炊きたてご飯をちゃぶ台の上に乗せる。

 

「飯先に食っててくれ。仕事が入った」

 

「……りょ。…………はやく」

 

「わかってるって、さっさと終わらせて帰ってくるさ」

 

いつもの無表情に安心しつつ蓮華は部屋を出て鍵を閉めた。瞬間、蓮華の表情は激変した。いつものやる気の無いヘラヘラした表情はどこにも無く、無表情で能面の様な顔に冷酷な瞳がギラついていた。そのまま蓮華は雨脚が強くなる街を疾走し始めた。

 

 

***

 

 

「よう、調子はどうだ?」

 

「あんまり万全とは言えないな」

 

「……妾は大丈夫じゃ」

 

耳を叩くヘリの爆音に顔を顰めながら、蓮太郎へと声を投げ掛ける。蓮太郎も延珠も険しい顔をしており、討伐の前に少しでも気分を上げられるようにとの蓮華の配慮だった。心が痛む沈黙は続く。なんとか話題を変えようとしたが、目標の近くに来たとのパイロットからの言葉で気合いを入れ直す。

 

「手順はどうする?一応アンチマテリアルライフルは持ってきてるから、狙撃で地面に落としてから全員で叩くか?」

 

「それが一番安全にだろ。それに蓮華の方がIP序列は上なんだ、お前の指示に従うさ」

 

「いつもソロでやってる奴言葉信用すんじゃねぇぞ?」

 

『目標捉えました!』

 

作戦が決まったと同時に窓の外に目的のガストレアが見えた。ハンググライダーのようなもので空を飛行している。体の急所が見えないのが痛いな、と心の中で愚痴りながら蓮華はアンチマテリアルライフルの準備を開始する。が、その手はヘリの中を掻き乱した風雨によって中断された。

 

「おい、扉開けるの早いぞ!?」

 

「違う!延珠が飛び降りやがった!!」

 

「なっ!?」

 

すぐさま扉に駆け寄り眼下を見つめる。ちょうど飛び降りた延珠がモデル・スパイダーにカカト落としを決めながら落下していくところだった。

 

「ちぃっ!作戦変更だ!出来るだけ地面に近づいてくれ!!そっから強襲をかけるっ」

 

イラだった蓮華の声とは裏腹にヘリは風の影響でなかなか高度を下げきれない。

 

「すまん蓮華。先に行く!!」

 

「おい!」

 

言葉だけ残し、蓮太郎も垂らしたロープで下に降りていく。多少下がったとはいえ、まだ高さがある所からの無謀な降下に蓮華は声を荒らげた。

 

「あんのバカ!お前になんかあったら悲しむ奴がいるのわかってねぇのか!!」

 

未だに地上へと降りれない蓮華の視界に土煙が映り込む。もう時間は無い。素早くパイロットに土煙が上がったところへ急行してもらい、パラシュートもロープも使わずヘリから身を踊らせる。

 

「く、そがぁ!!」

 

空を裂く様な怒号を上げながら、落下の衝撃を木で緩和させながら地上に降り立つ。流石に全てのダメージを殺しきれなかったのか、右肩を押さえながら駆け出す。木々が折れ、唐突に開けた場所に延珠が蓮太郎に抱き着きながら立っていた。傍らにはモデル・スパイダーの死骸が転がっている。

 

「蓮太郎!延珠、無事か!!」

 

「なんとかな。お間の方こそ大丈夫か?」

 

「脱臼したけど問題ねぇよ。もうハメたしな」

 

「相変わらず人間離れしてるな」

 

「うるせぇ。んで、それが七星の遺産か?」

 

延珠が泣いている理由も解決したのかも聞かない。それが蓮華に出来る最大限の優しさで、それを理解している蓮太郎は心の中で感謝しながらアタッシュケースを持ち上げる。

 

「ああ、これを聖天子様に持っていけば任務完了だ」

 

「なら早く行こう。モタモタしてると奴がーーッ!!」

 

背筋を舐めるような悪寒が走り、咄嗟に蓮太郎と延珠を突き飛ばす。同時に腹部に焼けるような痛みが広がる。

 

「ぐぅ、がぁ!?」

 

「蓮華!」

 

「おや?狙いが外れてしまったかな。まあ紅君の方が能力的に面倒だからこれはこれで良かったかな。ひひっ!」

 

森の中から出てきた影胤は煙の上がる銃口を下げることなく3人に向けていた。激昂し飛び掛るとする延珠にの後ろからは小比奈が2振りの刀で襲いかかる。数的有利を奇襲によって完全に崩された蓮太郎と延珠は防戦一方で蓮華の容態を見ることさえ叶わない。蓮太郎と延珠は背中合わせに立ち止まり、両方から影胤・小比奈に挟まれる。必死に頭を巡らせた蓮太郎は苦渋の決断を下す。

 

「くっ!延珠、蓮華を連れて逃げろ!!」

 

「イヤだ!それでは蓮太郎が1人になってしまう!!」

 

「いいから言うこと聞いてくれ!誰か1人が残ってコイツら足止めしなきゃいけないだろ!!」

 

「しかしそれでは蓮太郎が!!」

 

「仲睦まじい所悪いが、チェックだ」

 

一気に間合いを詰めた影胤の銃口と小比奈の刃が2人を襲う。反応しようとするが、間に合わない。

 

ーーガガンッ!!

 

襲い来る刃と弾丸は突然現れたナイフによって弾かれた。蓮太郎たちを守るかのように立つ人物は口から血を吐きながら、それでも倒れない。

 

「れ、蓮華!?大丈夫なのか!」

 

「これが大丈夫に見えるならお前は眼科か脳外科に行ってきた方がいいぜ」

 

いつもの様に軽口で答える蓮華は、荒い息で目の焦点が合っていない。だが、眼光は鋭く輝き影胤を射貫く。

 

「リーダー命令だ。テメェら2人で逃げろ」

 

「なっ!?怪我人のお前を置いていけるかよ!!」

 

「怪我人だから置いてけっつてんだよ。今のオレはただの足でまといだ」

 

「だからってーーッ!」

 

反抗する蓮太郎の胸倉を掴み額に頭突きを食らわせる。死に体の体のどこにそんな力が残っていたのかと思うほどの威力に蓮太郎はたたらを踏む。

 

「最後くらい命令を聞け。ったく最初から指示全部無視しやがって。それに心配なら、誰か助けでも呼んでくれ」

 

「っクソ!絶対死ぬんじゃねぇぞ!!」

 

「誰に言ってやがる」

 

「飛ぶぞ蓮太郎!!」

 

一刻でも早く助けを呼ぶため、延珠の背に乗り撤退する。2人を追おうとする小比奈の足元に弾丸が撃ち込まれる。リボルバー型の拳銃をリロードしながら、蓮華は不敵な笑みを浮かべる。

 

「敵はここだぜ、小比奈ちゃん?」

 

「……パパ、アイツ嫌い。斬っていい?」

 

「ダメだよ、小比奈。アレは私の獲物だ」

 

放たれる銃弾は避け切れず蓮華の体に細かい傷を付けていく。それでも距離を離せば蓮太郎たちの方に向かわれるため、反撃しながら森を疾駆する。だが、目の前に濁流の流れる川が現れた時、闘争は終焉を迎えた。振り向くと、影胤の不気味な仮面が更に笑みを深めている様に蓮華の目に映った。

 

「残念だよ紅君。君はもう少し賢いと思っていたんだがね」

 

「生憎、不器用なんだよオレは。……がふっ!」

 

今まで激しく動き回った代償が蓮華の口からこぼれ落ちる。朦朧とし始めた視界と聴覚を必死で保ち、なんとか時間を稼ごうとする。

 

「君のその蛮勇に応え、里見君を追撃しないと約束しよう。目的も達成したことだしね。最後に言い残すことは?」

 

「……くたばれ、クソッタレ」

 

「そうかい。さようなら」

 

銃声は豪雨に飲み込まれて、消えた。




長い間放置してごめんなさい(ToT)
ここから神を目指した者たちを一気に終わらせて行きたいです!


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微睡みの記憶

『……値、平均より……』『ーーも限界に』『このままでは、……』

 

音が、遠く聞こえる。世界の色彩を奪われ、モノクロのボヤけた風景がオレの目に入ってくる。朧気なオレの意識では自分の身に何が起きたのかすら思い出せない。

 

それでもオレの心が、本能がただ一つのことを叫んでいた。

 

『やあ、君が死にかけの少年だね?』

 

何かが動いてるとしか認識出来ない視界に、人影が一つ増え問いかけた。その声だけ鮮明に聞こえたのは偶然か、それとも本能的に気づいたのか、それはわからない。

 

『単刀直入に聞こう』

 

ただそれでも、

 

『君は生きたいかい?』

 

『……いぎ…………だいッ!!』

 

オレはただ生きたかった。かすれた声で叫び、口から血を吐こうと。無様で醜かろうと。

 

ーー化け物に、成り下がるとしても。

 

 

***

 

 

「……ッ。あ、がぁ!」

 

不意に意識が覚醒した蓮華は、上体を起こそうとして全身を駆け巡る激痛に襲われた。体を起こすのを諦め目線だけで自分の状況を確認する。

 

清潔感あふれる白い部屋、カーテンで仕切られ出入口が見えないが病院の一室である事は容易に想像出来た。そこで徐々に記憶が戻ってくる。思い出し、立ち上がろうとする蓮華に痛みがぶり返し声を上げずに悶絶する。

 

「おはよう蓮華君、随分とお寝坊さんだね」

 

「室戸先生、か」

 

シャァと開かれたカーテンの向こう側から白衣の女性が現れる。病人の様に白い肌と伸び放題の髪、蓮華がよく知る室戸菫の姿がそこにあった。だが、いつものにやついた表情は無く険しい顔で蓮華を見つめていた。

 

「随分と重傷だったね。運ばれるのがもう少し遅かったら危なかっただろう。バンダナの大男と一緒にいた少女に感謝するといい」

 

「そうっすか、将監と夏世ちゃんが……」

 

「それと、献身的な君の恋人にもね」

 

「は?」

 

困惑する蓮華の上から掛け布団を剥ぎ取ると白銀の輝きが目に飛び込んだ。

 

「なっ!しろ!?」

 

「この子にも感謝することだ。意識の無い君を一生懸命看病していた」

 

ずっと寝ていなかったんだよ、と菫の言葉に動揺を隠しきれない蓮華は震える手でしろの頭を撫でる。無垢な寝顔は鉄壁の無表情だったが、少しずつ緩んでいった。その表情に癒されたのか、蓮華は上半身を起こし体の状態を確認する。少し痛みは走るが、五体満足、視覚聴覚嗅覚触覚どれも正常に働いていた。そして、回転し始めた頭に先程の菫の言葉が引っ掛かる。

 

「室戸先生、寝坊ってまさか!」

 

「……君の想像通りさ。蛭子影胤を追って、民警は全員未踏査領域に行っている」

 

「クソッタレ!オレも今すぐ行かねぇと!!」

 

「そんなボロボロの体で何が出来る?大人しく寝てるという選択肢は無いのかい?」

 

「こんなの怪我のうちにも入らない。それは先生が一番よく知ってるだろ?」

 

「……これ以上血を流したら蓮華君、君が危ない」

 

「……オレがどうなろうと、問題ない。だが蓮太郎は違う。木更や延珠ちゃん、悲しむ奴が多い。将監だってそうだ。夏世ちゃんとせっかく打ち解けたのに死に別れなんて悲しすぎる」

 

だから行くよ、と言葉を残し病室から蓮華は姿を消した。その後ろ姿を見つめながら、菫は静かに溜め息を零す。

 

「育った環境が環境だけに、自分の価値を低く見積もるのはしょうがない。……けれど」

 

--ここに少なくとも1人、君のことを思っている者がいることに気づいてあげるべきだ--。

 

その言葉を落とした菫は、ベッドで眠る少女をただ見つめる。先程までの緩んだ表情は無く、悲痛そうに顔を歪める少女に。

 

 

***

 

 

「やっぱり来たね、蓮華君」

 

「梓、どうしてここに?」

 

病院の出入口、そこで大きなボストンバックと共に佇む梓の姿に蓮華は驚いたような表情をしていた。

 

「どうしてじゃないでしょ!大怪我したって聞いて御見舞に来てたの!!蓮華君は寝てて知らないだろうけどね」

 

「そう、か。珍しい事もあるもんだな、梓が御見舞だなんて。昔じゃ考えられないな」

 

「昔の話なんて……しないでよ」

 

「あ、おう。悪い」

 

つい零れた言葉に梓の顔に影が差す。少し重くなった空気に、しかしのんびりしてはいられない蓮華は梓の横を通り過ぎる。

 

「じゃあオレちょっと行ってくる」

 

「待って蓮華君!これ」

 

そう言って蓮華の背中に梓が傍らのボストンバックを差し出す。ガチャガチャと音を立てる中身に蓮華は大きく目を見開く。

 

「蓮華君の事だから、きっと行くと思ってた。だから私からの餞別」

 

「……ありがとう」

 

蓮華はここまで自分の行動が読まれるなんて、と苦笑いしながらボストンバックを受け取る。が、梓は俯いたままボストンバックの肩紐を掴んだまま離さない。

 

「梓……?」

 

「約束して。絶対、無事に戻ってくるって」

 

「……ああ、約束だ」

 

表情は見えなくとも、震える梓の声で心情が痛い程伝わってくる。それを感じてもなお、蓮華は行くことをやめず頭をポンポンと叩き病院から出ていった。少し遅れて、啜り泣く声が聞こえる。声が漏れぬよう、必死に押さえ込んだ泣き声が。

 

 

***

 

 

『……ないで、バケモノ!!』

 

母の叫びが、胸に刺さる。

 

『出ていけ!×××など家の子ではない!!』

 

父の冷たい目が、胸を裂く。

 

『死ね!人類の敵が!!』

 

町の人が投げた石で胸の中の大事な何かが、砕けた。

 

でも、

 

『ただいまっと』

 

あの人の言葉が、大事な何かの破片を集め、

 

『飯出来たぞ~。ほら食おうぜ』

 

あの人との時間が、破片を繋ぎ合わせ、

 

『んじゃ寝るか、ほれ早く来い』

 

あの人との触れ合いで、破片が治って、

 

『おやすみ、しろ』

 

あの人が名前を呼ぶだけで、胸の中がポカポカする何かで満たされた。

 

その温もりが、遠くなる。

 

目を覚ます。

 

あの人は、ボロボロになっていたあの人はここに居ない。

 

窓から飛び出す、あの人を追うために。

 

追わないと、掴んでいないと、どこか遠くへ行ってしまいそうな。そんな気がした。

 

 




投稿遅れてすみません!
失踪せず投稿をするので暖かい目で見てください。


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傷だらけの救世主

鬱蒼と繁るジャングルの様な木々の間を、蓮太郎を背に乗せた延珠は飛ぶように駆け回る。その後ろからはもはや原型が何だったのかわからないガストレアが全てを薙ぎ倒しながら追従する。縫う様に疾走する延珠と蓮太郎の目の前が唐突に開け、断崖絶壁というに相応しい崖が眼下に広がった。

 

「飛ぶぞ、蓮太郎!」

 

「ちょっ!延珠!?」

 

一切の躊躇無く蓮太郎に告げると、延珠は崖から身を踊らせた。空を駆ける様な浮遊感と視界一杯に広がる景色に圧倒されたが、すぐに落下による風圧と森に突っ込んだことにより蓮太郎は目を回した。枝が体を叩く痛みと着地した時の衝撃で満身創痍になった蓮太郎だが、状況把握の為に辺りを見渡す。

 

「延珠、さっきの奴は?」

 

「大丈夫だ。上手く撒いたようだぞ蓮太郎」

 

「そう、か。ここからはさっきより慎重に進もう」

 

つい先程出会ったガストレアのレベルはIV、様々な生物の因子が混ざり合いどのような能力があるのかわからない状態。そんな敵がうようよといる未踏査領域。神経を研ぎ澄まさなければ死に直結する、この場所に蓮太郎と延珠は足を踏み入れていた。

 

「とにかく影胤が何かする前に食い止めるぞ」

 

「そうだな。でなければ、蓮華の敵討ちも出来ぬからな!」

 

「いやアイツまだ死んでねぇよ……」

 

軽口を叩き合うが緊張の糸は切らさない。精神をすり減らして進んでいるのだ、空気だけでも緩めておかないと気が狂いそうなのだろう。会話だけは切らさずゆっくりと歩を進める二人の前に明かりの灯った小屋が現れた。明かりを灯すなんて事はガストレアには出来ない。故に人間の仕業なのだが、如何せんこの蛭子影胤討伐隊は一枚岩ではない。同じ人間だとしても手柄の横取りを恐れ襲ってくる場合もあるのだ。蓮太郎と延珠の間に静かな緊張が走る。音を消し小屋に近づいた蓮太郎は、小屋より少し離れた位置にいる延珠に目で合図し突入した。その目の前をアサルトライフルの銃口が出迎えた。反射的に身を屈めアサルトライフルを持った人物を押し倒し、

 

「あ、れ。お前は……」

 

「……この場合は、大声を上げた方がいいのでしょうか?」

 

「おーおー蓮太郎。人に散々言っといて、お前が一番の変態じゃねぇか」

 

幼女を押し倒す高校生の図。それを携帯で写真を撮る蓮華。伊熊将監のイニシエーター、千寿夏世と入院中のはずの蓮華との再会は蓮太郎の変質者扱いによって台無しとなった。

 

 

***

 

 

「つまりさっきの爆発はお前の仕業だったってことか」

 

「はい、その通りです」

 

あの後小屋に突入してきた延珠と蓮太郎に一悶着あったが、今は落ち着き外を警戒する蓮華を除き小屋の中で話し合いが行われていた。蓮太郎と延珠を襲って来たガストレア、その原因となる森に轟いた爆発音が夏世にあったと知り蓮太郎は声を荒らげた。

 

「なんであんな爆音が鳴る武器を使ったんだ!周りにいるガストレアだって襲ってくるんだぞ!!」

 

「すみません。森で発光信号を見かけて、仲間と思い近づいたんですが。それがガストレアだったんです。それで気が動転してしまい、つい……」

 

「だからって!」

 

「おい蓮太郎。責めるのも大概にしとけよ。モデル・ドルフィンで頭が回るからって、まだ十歳の女の子なんだ。突然の出来事に動揺すんのはしょうがないことだ」

 

小屋の外に目を向けたまま、蓮太郎を諌める蓮華。その姿に蓮太郎の頭に更に血が上る。

 

「……そもそもなんでお前がここにいるんだよ?俺達が見舞いに行った時は意識不明の重体って聞いてたんだぞ!」

 

「オレは体が丈夫なんでな。起きてすぐにこっちに向かったんだよ。ま、流石に着いたのはほんの少し前だけどな」

 

「無理してんじゃねぇよ!もっと自分を労れよ!?」

 

「そいつは出来ねぇ相談だなぁ」

 

カラカラと笑い飛ばし、話を有耶無耶にしようとする蓮華に再び声を上げようとするがその前に蓮華が口を開く。

 

「それよりも夏世ちゃん、将監は今どこに?」

 

「すみません、それが逃げてる最中にはぐれてしまって……」

 

「そっか。まあアイツはしぶといからどうにかなるだろ。問題はこっちの方針だな」

 

申し訳なさそうに俯く夏世に近づきの頭をポンポンと叩くと、真剣な眼差しで蓮太郎を見据える。

 

「どうって言われても。取り敢えず影胤の野郎を探しに行くしか無いだろ?」

 

「バカかお前。さっきお前が自分で言ってただろ、周りのガストレアが襲ってくるって。実際、夜行性でも無いガストレアが目を覚ましてそこら中で暴れ回ってる」

 

そう言われ蓮太郎が耳を澄ますと、何かが倒れる音や鳴き声が遠雷の様に聞こえて来る。暑いわけでもないのに蓮太郎の背中に嫌な汗が滲む。

 

「安全第一で考えるなら、今は待機だ。興奮したガストレアを相手取るのは、流石に骨が折れる」

 

「……」

 

反論する余地も無いためか、蓮太郎は口を噤む。大人しくなった蓮太郎を見てから蓮華は小屋に置かれた机に向かい、バックの中から拳銃やライフル、ナイフ等の様々な武器を取り出しメンテナンスを始めた。手早く、それでいて繊細な手裁きに蓮太郎は目を見開く。

 

「お前って、器用なんだな」

 

「あん?ああこれの事か。器用って訳じゃねぇよ、慣れてるだけだ」

 

視線を逸らすこと無く手を動かし続け、一通り終わった様でホルスターやズボンのベルト、上着の胸ポケットに次々としまい込む。

 

「んで……延珠ちゃんはなんでそんな申し訳なさそうにオレを見るわけ??」

 

「……」

 

蓮華は立ち上がり後ろを振り向きながら、部屋の隅っこで小さくなっている延珠に声をかける。小屋に入ってきた時は元気が良く蓮太郎と争っていたが、蓮華の姿を見るや大人しくなっていた。

 

「……怒って、いるだろう?」

 

「オレが?なんで??」

 

ポツリと呟いた言葉を理解出来ず、蓮華は首を傾げる。その言葉に、堰を切った様に延珠の感情が溢れ出す。

 

「わ、妾が勝手に飛び出し!蓮華の作戦を全部滅茶苦茶にしたのだぞ!?それで、お主はッ!!死に、グスッ、かけて……ッ」

 

途中から泣きじゃくる延珠の姿を見て、蓮太郎も眉間に皺を寄せた。蓮太郎も責任を感じていない訳じゃない。むしろ感じているからこそ、蛭子影胤の討伐を急ぎ蓮華が体に鞭打ってこんな場所に来ている事には激昂したのだ。しかし、

 

「え、あ。なに?そんな事気にしてたの?」

 

あっけらかんと言い頭を掻く蓮華を見て、二人は言葉を失った。

 

「おまッ!死にかけたことが、そんな事だと!?」

 

「いや死にかけたことはそりゃ結構ヤバイけどさ」

 

「だったら!」

 

「でも負けたのはオレだ。オレが弱かったから、死にかけた」

 

有無を言わさぬ雰囲気に蓮太郎は呑まれ、続きの言葉が出てこない。

 

「それに延珠ちゃんの精神が不安定になってんのも分かってた。わかってて、何も出来なかった。つまりはオレのミスだ」

 

「そ、んな。ヒグッ!ことはッ」

 

「まだ十歳の女の子に仕事の時は気持ち切り替えろ、なんて真似出来っこねぇよ。オレですら出来ねぇんだ、リーダーであるオレがまだまだ未熟だっただけの話だ」

 

それに、と1度言葉を区切り蓮太郎を真っ直ぐに見つめる。怖いほど真っ直ぐな瞳に蓮太郎は思わず息を呑む。

 

「蓮太郎、お前には延珠ちゃんはもちろん木更や生徒会長。その他にもお前を大事に思ってる奴が多いんだ。無茶無謀、無理難題をこなすのはオレ1人で十分だ」

 

「……蓮華、お前は」

 

真剣な様子の蓮華に何かを言おうとして、そこで無線の受信機にノイズが走る。ハッとして夏世がつまみを調整し、音が鮮明になっていく。

 

『……い。…………世!無事なら応答しろ!!』

 

「音信不通だったので心配しましたよ、将監さん」

 

『ったりめぇだろうが!オレを誰だと思ってやがる』

 

威勢のいい声を聞けてホッとした様子の夏世。蓮華も安心したのか小さく息を吐き出した。

 

『それよりいいニュースだ、仮面野郎を見つけた』

 

その言葉に蓮華たちは息を呑む。告げられたポイントは海辺の市街地、ここからそう遠くない。

 

『今、近くにいる民警が集まって総出で奇襲を掛ける手筈になってる。報酬山分けになるのは癪に障るが、相手が格上だししょうがねぇ。お前も早く合流しろよ!』

 

「ちょっと待てよ将監」

 

そのまま吶喊してしまいそうな将監に、夏世の横から無線を奪い取った蓮華が待ったをかける。

 

『なっ!蓮華テメェ来てたのか!?』

 

「そうだよ、遅れちまったがな。で、聞きたいんだが。そこにオレより序列が上の奴はいるか?」

 

『ああ?いるわけねぇだろんなヤツ。序列三桁なんざそういるもんじゃねぇだろ』

 

「そうか、だったら奇襲はやめろ。死ぬぞ、お前」

 

放たれた言葉が重い沈黙を作り出す。蓮華と夏世はもちろん蓮太郎も将監の強さを知っている。それでも蓮華は、将監が死ぬと断言したのだ。

 

『……本気で言ってんのか?』

 

「大真面目に言ってるよ。周りの全員を止めれなくていい、ただお前くらいはオレ達が合流すんの待っててくれ」

 

無線の向こうが無音になって数秒。大きな溜息が吐き出された。

 

『……貸一返済、だからな』

 

「恩にきる」

 

『もし討伐されて報酬貰えなかったら、落とし前つけてもらうぞ』

 

「覚悟の上だ」

 

『……早く来い。しびれ切らしちまう前にな』

 

捨て台詞の様な言葉と共に、無線がブツリと切れた。

 

「……つーわけだ。行くぞ」

 

「お、おう!!」

 

颯爽と蓮太郎の横を通り過ぎる蓮華を追いかけ3人は小屋を出た。海辺の市街地までの鬱蒼とした森を駆け抜けると小さい港が見て取れた。そこから聞こえる銃声と剣戟。戦闘は既に始まっているようだ。と、突然先頭の蓮華が足を止め後ろを振り返る。

 

「どうしたんだ蓮華?ーーッ!?」

 

蓮華を追い抜いた蓮太郎が振り返ると体中から角を生やしたガストレアが蓮華に突進を決めたところだった。腕や腹を貫かれながら、蓮華はホルスターから銃を取り出し発砲。動きの鈍くなったガストレアを蹴り飛ばし、追い討ちとばかりに喉をナイフで切り裂いた。ガストレアはそれっきり動かなくなった。しかし蓮華の支払った代償も大きく、口から血を吐きながら膝をついた。すぐさま蓮太郎が駆け寄る。延珠と夏世は辺りに気を配っている。

 

「蓮華ッ!?おいしっかりしろ!!」

 

「しっかりしてるつーの。……ゴフッ!こんなの過擦り傷だ」

 

「何馬鹿な事言ってんだよ!?早く治療しないと!!」

 

「残念ですが里見さん、そのような余裕は無いみたいです」

 

その言葉に顔を上げた蓮太郎は声も無く絶望する。今抜けていた森、その中から数えるのも嫌になる程の紅い眼光が蓮太郎達を見据えていた。

 

「尾けられていた様です。このままでは勝っても負けても全滅します」

 

それは言外に誰かが残って足止めをしなければならないということを語っていた。つまりは生け贄を差し出すということ。

 

「私がここに残ります」

 

「じゃ、じゃあオレ達も!」

 

「里見さんは馬鹿なのですか!?既に賽は投げられたんですよ!」

 

「バカはお前らだよ」

 

「「「なっ!?」」」

 

一歩前に踏み出していた夏世を押し退け、血塗れの蓮華がその背中で自分が残ると語っていた。

 

「やっぱり病み上がりじゃすんなり倒せなかったわ。だから、ここは死に損ないに任せて先に行け。安心しろ、1匹たりとも通したりしねぇよ」

 

そう言った蓮華の息は荒く、目は血走っているのか異様な程に紅い。だが眼光は鋭く森の中に向けられていた。

 

「ーーッ!ふっざけんなッ!!」

 

そのボロボロの姿に、傷だらけの姿に蓮太郎の感情が爆発する。

 

「なんでお前ばっかり無茶すんだよ!俺たちが頼りないからか!?力不足だからか!だったら見捨てろよ!お前がわざわざ命張るような価値は俺にはねぇんだよ!!」

 

「……それは認識の違いって奴だ」

 

激しい感情の独白を聞いても、蓮華はただ静かに答えるだけだった。

 

「お前は自分で思ってるよりもずっと、周りに必要とされてる。延珠ちゃんなんかいい例だろ、お前がいなくなったら誰が延珠ちゃん守るんだよ?」

 

「それは……」

 

「それに誰が死んでやるなんて言ったよ。コイツらさっさと片付けてお前ら助けに行ってやるよ」

 

ーーだから、先に行けーー

 

その言葉に後押しされる様に3人は港の方へ向かい走り出した。後ろから聞こえてくる銃声と耳障りな断末魔の叫びを決して忘れぬように。




予定的にはあと三四話で1巻分を終わらせたいです。
今年中にそこまで持ってけたらと思ってます!

今後とも温かい目でお願いします!


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Number 9071

物心ついた時から、周りは血と硝煙の香りで満ちていた。

 

ーー東京自警団、緋岸花。

 

それがいつの間にかオレが所属していた組織の名前。親や兄弟の存在さえ知らず、その歳ならペンを持つはずのオレの手には時代錯誤な竹槍が握られていた。上は80過ぎのジジイから下はオレくらいのガキがいる様な歪な組織で、自衛隊や国なんかに頼らず自分たちで街を守ろうとしていた狂った集団だった。

ヤクザやマフィアの紛い物で、上役の連中は我が物顔で街を練り歩き、オレらの年代やじいさんたちはそのお零れで辛うじて生きていた。売られたのか元々孤児だったのかは分からないが、そんな組織にいたオレは替えのきく便利な鉄砲玉としてよく戦闘に駆り出されていた。

 

それが本格的に狂い始めたのが、ガストレア戦争だった。

 

特殊なウィルスによる怪物化した生き物による蹂躙に為す術なく街は破壊され、明日の生活もままならない。それでも上流だった頃の生活が忘れられない上役共は、オレたちに武器を持たせ無駄な特攻を繰り返させていた。

 

そして、奴らは禁断の方法に手を染めた。

 

ーー対ガストレア用クラスター式爆弾。通称、爆弾魔。

 

正式名称はこんな感じの、オレたちの中では人間爆弾と呼ばれていた。

体の中にバラニウムの破片を閉じ込めたカプセルを大量に埋め込み、体に一定量以上のガストレアウィルスが侵入すると爆発のトリガーとなり、辺りを更地にしながら周囲のガストレアを一掃するという狂った思想で出来上がった非人道的兵器。上役共はその手術をオレたちに施し、幾度となくガストレアの群れの中へと突っ込ませた。昨日まで話していた奴が目の前で吹き飛ぶ。今日はじめましての奴も帰る頃には跡形もなく消えている。そんな日々を過ごし、それでも死なずに生き残り続けたオレに、上役共は追加の手術を施した。心臓にバラニウムの破片を埋め込み、血中にナノマシンサイズまで小さくした特殊なバラニウム。ステージが低いガストレアはオレの血を浴びて死に、ステージIVやゾディアックが相手でも致命傷を負わせる事に特化した爆弾人間。そして、その活躍の機会を得たオレは……。

 

 

 

***

 

 

 

「……がフッ!?」

 

血を吐き出す行為で不意に意識が覚醒する。一体どれくらい意識を飛ばしていたかさえ分からない。周りには大量のガストレアの死骸とそれを上回るガストレアの群れ。終わりの見えない戦闘にオレの体は限界を迎え始めていた。体は血塗れの傷だらけ。無数の噛み傷や刺傷で痛覚や触覚が麻痺して、どうやって立っているのかも分からない。銃弾も底を尽き、あるのは刃こぼれした刀とバタフライナイフのみ。それでもやる事だけは明確で、それ故に倒れず、紅く染った眼光でガストレアを睨みつける。

 

「死に損ないの死に場所には、うってつけの良い場所だ」

 

孤立無援、辺りに広がるのは死骸と血溜まりのみ。誰からも看取られず、目の前の化け物共に食い散らかされるのだろう。それでいい、それがいい。

 

右腕の皮膚が粟立つ感覚。反射的にそちらを向くと土の中から飛び出して来たガストレアーー多分、モグラの因子持ちーーが目の前まで迫っていた。咄嗟に右腕を突き出したオレに、されど躊躇無く飛び込んで来たガストレアに噛みつかれ、そのまま……。

 

 

 

***

 

 

 

ーー結局、オレはその戦いでも無様に生き残った。いや、それ以下だった。

 

全身に穴が空き右腕と左脚は食いちぎられ、それでも尚オレの体は爆発せず、重傷を負ったまま病院に担ぎ込まれた。何故生きているのか、ガストレア化もせず爆発もしないのか。朦朧とした意識の中でそれだけを考えていた。

意識を失っては覚醒する。それを繰り返し、もう何も思い出せない中、聞こえた声に反応したオレの答えは、化け物に成り下がることだった。

 

 

 

***

 

 

 

噛み付いたガストレアが内側から爆発する。その飛沫を鬱陶しげにはらったオレの右腕はもはや人間のそれでは無かった。

 

鱗で覆われた前腕に肘から飛び出した角。指先からは鋭利な爪が伸び、あえて名付けるなら龍の腕の様になっていた。左脚も毛むくじゃらになり肉食獣を思わせる爪が靴を突き破り顔を出していた。背中に至ってはコウモリの様な翼が生え、オレはさながらキメラの様な体を晒していた。瞳もきっと紅く染っている事だろう。

 

これがオレの生きる代償、生きる為の罪の清算。

 

オレの体に巡る血は特殊なバラニウムを含んでいる。心臓に埋め込まれた破片も同様だ。それ故に、ガストレアウィルスの侵食をある程度防ぐ事が出来る。ただ、それだけでは深手を負った時爆弾魔が爆発する。オレにはもう1つ、特殊な体質がある。

超適応体質ーー室戸先生が勝手に名付けたそれは、オレがどんな過酷な状況下においても適応し生きる為の最適解を出し続けるという狂った体質の事を指して名付けた。この体質は室戸先生が言うには、オレがガストレア化した場合、自我のあるガストレアが出来上がるそうだ。

 

つまりオレは、血中のバラニウムがある限りガストレアには成りきらず、体質によって爆発には至らない。そんな均衡の元、オレは瀕死になっても死に切れない体となっていた。

ただ、血を大量に失うとその均衡が崩れ、オレの体は徐々にガストレアの様な変化を遂げ、いずれは全身がガストレアに似た化け物になる。この姿を、誰にも見られなくて良かった。

 

遠くから遠雷にも似た轟音が聞こえた。きっと蓮太郎が本気を出したのだろう。それだけではなく、剣戟の音も微かに届く。将監も夏世と共に頑張っている事だろう。これで心残りは……何も無い。

 

「蓮太郎みたいに格好良い肩書きがある訳じゃねぇが、人生最後だ。名乗ってやろう」

 

人外共に名乗った所で意味は無い。ただそれでも、何となく名乗りたい気分だった。

 

「元東京自警団、緋岸花第十一部隊。対ガストレア用クラスター式爆弾、被検体Number9071。紅蓮華、派手に舞い散ってやるよ!!」

 

握りこんだ龍の手がガストレアの群れを真っ二つに切り裂いた。




すみません。
再開しました。
リハビリしながら徐々に書いていきます。


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