別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか (さすらいの旅人)
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突然の侵入者

他の作品を更新する筈が、思わず書いてしまいました。


 ここは迷宮都市オラリオ。世界で唯一『迷宮(ダンジョン)』が存在する円形の都市。堅牢かつ巨大な市壁に囲まれており、外周ほど高層の建造物が多く、中心ほど低層となり、中心部にはバベルと呼ばれる50階建ての白亜の摩天楼施設がある。

 

 その建造物の中に人気の酒場がある。『豊饒の女主人』と呼ばれる冒険者向きの酒場でありながらも、一般人までが訪れる人気店の一つ。料理の質が高いことと、店員たちが可愛いことで評判でもある。

 

 人気店であるが故に店は大忙しであり、最後の客が出て閉店になったのは深夜寸前となった。

 

「きょ、今日も疲れたニャ~~……」

 

「それには同意です」

 

 精根尽き果てるような嘆息する女性猫人(キャットピープル)――アーニャ・フローメルに、女性エルフ――リュー・リオンも同感だと頷いていた。

 

 人気店と言えば聞こえは良いが、その分忙しい所為で彼女達にとっては地獄の日々も同然だった。勿論他のウェイトレスや料理人たちも同様に。

 

「リュー、今日の当番はおミャーだけやってくれないかニャ~?」

 

「ダメです。さぼっているのがバレたら、ミア母さんに怒られますよ?」

 

 閉店後の作業として見回り当番をやる事となっており、今夜はアーニャとリューが行われる事になっていた。いつもは一人でやるのだが、今日は偶々二人でやっている。

 

 獣人とエルフと言う珍しい組み合わせだが、この店にはそんなの関係無い。種族間の諍いなど起きようものなら、皆の母親でもあるドワーフの女主人――ミア・グランドが黙っていない。

 

 ミア母さんという単語を聞いた瞬間、アーニャはビクッとするも渋々やる事となった。これまで何度も折檻されている事が若干のトラウマとなっているので。

 

 いつものように何事も無く順調に見回りを終わるだろうと二人は思った。倉庫から慌ただしい音を聞くまでは。

 

「な、何ニャ!?」

 

「今のは……倉庫の方からしましたね」

 

 耳をピンと反応させた獣人とエルフは、揃って倉庫の方へと視線を向けた。

 

 扉は間違いなく施錠されている。だと言うのに、倉庫の中から聞こえた音は一体何だろうかと二人は疑問視する。

 

「ま、まさか泥棒ニャ!?」

 

「だとしても、一体どうやって侵入したのでしょうか?」

 

 あの倉庫にはミアのお気に入りである酒が保管されている。中には樽で今も漬け込んでいる果実酒も含まれた。

 

 過去に起きた騒動の所為で倉庫が吹っ飛び、そこにあった酒が全て木っ端微塵になった事で、ミアの逆鱗に触れてしまった事がある。あの時の折檻は恐ろしかったと、当事者であるアーニャとリューは今でも鮮明に憶えている。

 

「ま、不味いニャ! もし酒が盗まれたなんて母ちゃんに知られたら大目玉確実ニャ!」

 

「確かに」

 

 二人は顔を青褪めながらも思い出した。ミアの逆鱗に触れ、折檻が如何に恐ろしかった事を。

 

 見回り当番をしていながらも酒が盗まれた。そんな事が起きればアーニャの言う通り確実にミアが激怒するだろう。

 

 あんな恐ろしい目に遭いたくない二人としては、一刻も早く倉庫の中を確認しようと動き出した。

 

 アーニャがすぐに施錠していた鍵を開けた直後、勢いよく扉をバンッと開けて中に入り、リューも後に続く。

 

 そして――

 

「コラァァァ! ここをミア母ちゃんの倉庫と知っての狼藉かニャ~~!?」

 

何者(だれ)だ!?」

 

 二人の予想が当たったように、中には泥棒らしき賊が入り込んでいた。見知らぬ服を身に纏った男が。

 

「!?!?」

 

 男は気付いてアーニャとリューを見た途端、信じられないように目を見開いていた。

 

 聞いた事の無い言葉を口にしながら戸惑っている男に、アーニャは気にする事なく詰問しようとする。

 

「おミャー誰ニャ!? 一体どうやって忍びこんだニャ!?」

 

「???」

 

 指をさしながら言うアーニャに対し、男は言葉が通じてないのか只管戸惑うばかりだった。

 

「―――――! ――――――!」

 

(一体どこの言葉だ? それに……)

 

 先程から男が口にしてるのは共通語(コイネー)でなかった。身形も含めて、明らかにオラリオの住民でなく外部の者である事が一目瞭然だ。

 

 一体どうやって侵入したのかがリューには全く分からない。扉は施錠されており、唯一ある窓もキチンと閉めている筈。

 

 そもそも、あんな奇妙な格好をした男は今まで見た事がなかった。もし客として来てれば間違いなく印象強くて記憶に残る。

 

 動機はどうあれ、この男は恐ろしい目に遭うのは確定だ。後で知った女主人からの折檻で沈むだろうと思いながら。

 

「なにを言ってるか分からなニャいが、ミャーが捕まえてやるニャー!」

 

 そう言ってアーニャが侵入者の男を捕らえようと、素早い身のこなしで突進していく。

 

 だが――

 

「ニャ? き、消えたニャ?」

 

「なっ!」

 

 捕まえようとした筈の男が突如消えた事にアーニャが動揺し、リューは信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。

 

 直後、消えた筈の男がアーニャの背後を取っていた。

 

「アーニャ、後ろです!」

 

「へ? ニャ……」

 

 気付いて声を上げるリューに、アーニャは後ろを振り向こうとする寸前、彼女の首筋にトンと手刀を当てられた事で意識を失い、そのまま倒れてしまった。

 

(バカな! あのアーニャをたった一撃で!?)

 

 豊穣の女主人で働いている者達は色々と訳ありな集まりであり、ウェイトレスをやっているアーニャは相当な実力者の一人だ。下級冒険者達が何人束になっても勝てない『Lv.4』の実力である彼女が、手刀一発だけで倒されるなどあり得ない。

 

 この瞬間、リューは目の前の侵入者に対する認識を改めた。とても危険な存在であり、自身の知己であるシルに害を及ぼすかもしれないと思いながら。

 

「―――――――」

 

 男は呆れているように呟いていたが、分からない言葉である事に変わりはなかった。

 

 警戒しているリューを余所に、男が気絶してるアーニャをジッと見ていたかと思いきや、突然膝を折り彼女に向かって手を伸ばそうとする。

 

「っ! アーニャから離れなさい!」

 

 リューがそう警告するも、男は自身の言葉が通じてない所為か無視していた。

 

「貴様ぁ!」

 

 あと少しでアーニャの顔に触れそうになろうとした為、状況が状況の為にリューは実力行使で阻止しようと突進していく。

 

 男はそれに気付いて、大して慌てた様子を見せることなく振り向くも――

 

 

「人の倉庫で一体何騒いでいるんだい!?」

 

 

 突如、倉庫の出入り口から聞き覚えのある叫び声がした。

 

 足を止めるリューだけでなく、言葉が通じていない男も揃って振り向く。アーニャは気絶している筈なのに、何故かビクッと震えていた。

 

「ミ、ミア母さん……!」

 

 そこには怒りの表情をしているドワーフの女主人――ミア・グランドがいた。それによってリューは非常に焦った表情となっている。三年前にやらかしたあの出来事を思い出しながら。

 

「…………」

 

 男も男で、彼女の怒りを見てる事で思わず驚愕していた。言葉が通じずとも、ミアが途轍もなく怒っている事を察している。

 

「リュー、これは一体どういう事だい? アーニャが見慣れない男の前で寝てるように見えるんだが?」

 

「あ、いや……アーニャが倉庫に侵入したと思われる賊を捕らえようとしたところ、気絶させられてしまいまして……」

 

「ほう」

 

 怒気に当てられたリューは素直に白状した。それだけ恐れている証拠だ。

 

 簡単に聞いた後、ミアはリューからアーニャの近くにいる男の方へと視線を向ける。

 

「どこの誰かは知らないけど、あたしの倉庫に忍び込むとは随分いい度胸してるじゃないか」

 

「―――――」

 

 ミアの台詞に男は言い返すも、相変わらず言葉が通じない為に分からなかった。

 

「? 共通語(コイネー)じゃなさそうだね。お前さん、一体何者だい?」 

 

「……………」

 

 尋ねようとするミアの姿勢を見た男は、突如無言となり彼女をジッと見た。何を考えているのかを問おうとしたところで無駄だ。相手の言葉を理解しない限り。

 

 例え此処から逃げる為の算段を立てたところで見過ごす気など毛頭無い。目の前の男は既に詰んでいるのだ。ミアがこの場にいる時点で。

 

 万が一にでも無駄な抵抗をしようものなら即座に拘束しようと身構えるリューとミア。

 

 すると、男は立ち上がりながら両手を上げた。まるで降参すると言わんばかりの意思表示をしている。

 

 言葉が通じないなら、ジェスチャーで表そうとしたのだろう。それを理解してるリューとミアは伝わっても、簡単に警戒を緩める気など無い。もしかすれば、そう見せかけた演技と言う可能性を考慮している。

 

「……………」

 

 男はアーニャから離れ、両手を上げたまま、ゆっくりと二人に近付こうとする。

 

 そしてある程度の距離で立ち止まり、次にまたしてもジェスチャーをしてきた。握手をして欲しいと。

 

「!!!」

 

「「?」」

 

 ミアとリューは当然それに気付くも、何故そんな事をするのか分からずに訝っていた。

 

 けれど、男は握手をして欲しいとアピールするようにジェスチャーを続けている。

 

(よく見たらこの男、まだ坊主じゃないか)

 

 先程まで顔の辺りが暗くて大して見えなかったが、近付いてきた事で分かった。自分より遥かに年下と思われる人間(ヒューマン)の青年であると。

 

 普通ならこんな怪しい侵入者なんかと握手などせず、即刻【ギルド】か【ガネーシャ・ファミリア】に突き出すべきだろう。

 

 だが、ミアはそんな事を微塵も考えなかった。自分達に必死に伝えている青年の顔を見て、何か訳ありかもしれないと考えながら。

 

(コイツには無理だねぇ……)

 

 リューはエルフ故に、見知らぬ相手と握手などするのは以ての外だ。

 

 ここはドワーフの自分がやろうと、ミアは訝りながらも彼に合わせる事にした。もし良からぬ事をすれば、即刻張り倒せば良いだけなので。

 

 握手をしてくれるミアに伝わったと分かった男は、感謝の意を示すように頭を下げていた。

 

 ミアが男と握手をした瞬間――二人が繋いでいる手からバチッと火花が走った。

 

「っ!」

 

「ミア母さん!」

 

 驚くミアとは別に、心配そうな声を出すリュー。対して男は両眼を閉じており、急に無言となる。

 

 やはりこの男は良からぬ事をする為だったかと結論し、リューが即座にミアと握手している男の手を引き離そうとするが――

 

「成程。『共通語(コイネー)』と呼ばれるギリシアに似た言語だったのか」

 

「「!」」

 

 すると、先程まで言葉が通じなかった男が途端に自分達が解る言葉――共通語(コイネー)で言ってきた。

 

 予想外な事に驚愕してる二人を余所に、男は握手していたミアの手を放した後、一礼しながらこう言った。

 

「見知らぬ自分の為に合わせて頂き感謝します。こんな状況ですが、自分は隆誠・兵藤と申します」

 

 言葉が通じた男――隆誠・兵藤、もとい兵藤隆誠は二人に自己紹介をする。




いまいちな内容でしょうが、次回はリューセー視点になります。


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元神、酒場に現る

前話の内容がリューセー視点になってる話です。


「いててて……くそっ、アザゼルの奴。碌でもない物を俺に押し付けやがって……!」

 

 皆さん、初めまして。それと、こんにちは。もしくは、こんばんは。俺は聖書の神こと、人間に転生した兵藤隆誠と申します。

 

 駒王学園の地下にある堕天使総督アザゼルが(密かに)設計した実験室(ラボ)にて、ヤツが作った転移装置の暴走により巻き込まれ、見知らぬ場所へ転移されてしまいました。着いたかと思いきや、突然俺をまるで叩き出されたかのように地面に激突して今に至る。

 

 アザゼル曰く、平行世界へ転移すると物だと言っていた。それなら駒王学園に転移されてもおかしくないんだが……全く見知らぬ建物だった。

 

 現在俺がいる建物内は、倉庫と思われる。その証拠に保存してると思われる(たる)や酒瓶がいくつもあった。此処を管理している者がいると言うのが一目瞭然だ。

 

「取り敢えず、早く此処から出ないと……っ!」

 

 突如、ドタドタと慌ただしい音がして、倉庫の扉らしき物が開いた。

 

 それに反応した俺が振り向くと――

 

 

「~~~~~~~~~~!?」

 

「――――!?」

 

 

「なっ……。獣人に、エルフ……?」

 

 目の前には異常な組み合わせと言える存在二人がいた。猫耳をした獣人に、耳の尖ったエルフが何故かウェイトレスらしき服を身に纏っている。

 

 兵藤隆誠(おれ)が人間になる前の聖書の神(わたし)だった時、何度も見た事はある。だが、あんな組み合わせは見た事がない。特にエルフが野蛮だと忌み嫌ってる筈の獣人と一緒なのが意外過ぎる。

 

 エルフは基本的に他種族との馴れ合いを嫌う習性があり、余程の事が無い限り村から出ようとしない。中には例外もいるだろうが、少なくとも自分の知る限り、獣人とあそこまで普通に接してるエルフは見た事が無い。

 

「~~~~~!? ~~~~~~~!?」

 

「は? 何だって?」

 

 獣人娘が俺を指しながら何か言ってるが、向こうの言葉が全く分からなかった。

 

 明らかに聖書の神(わたし)の知らない言語だ。日本語や英語、否、自分の知ってる世界の言語じゃない。

 

 人間界、天界、冥界の言葉を知ってる筈の聖書の神(わたし)が知らないと言う事は即ち、此処は異世界という事になる。

 

 その推測は早計じゃないかと思われるだろうが、全世界の言葉を知ってる筈の聖書の神(わたし)が全く知らないのだ。聡明なアザゼルだってそう考える。

 

「ちょ、ちょっと待て! 俺は怪しい者じゃ……!」

 

「~~~~~~! ~~~~~~~!」

 

 俺に敵対意思が無いようにジェスチャーするも、獣人娘は全く訊く耳持たないと言わんとばかりに襲い掛かろうとする。

 

 本当は戦いたくないのだが、向こうが仕掛けてくるならやむを得ない。なるべく最低限の攻撃で済ませるとしよう。

 

 突進してくる獣人娘の攻撃が当たる瞬間、俺は超スピードで簡単に回避する。

 

「????」

 

「!?」

 

 俺が消えた事に獣人娘は動揺しており、もう一人の女性エルフは驚愕を露わにしている。

 

 二人の表情を余所に、俺は獣人娘の背後を取っている。

 

「―――――!」

 

「?」

 

 気付いた女性エルフが叫ぶも、獣人娘は後ろを振り向こうとする。だが、首筋にトンッと手刀で当てた瞬間、彼女は意識を失ってそのまま倒れた。

 

 一応加減したけど、大丈夫かな? すぐに目覚めて再び襲われても困るから、聖書の神(わたし)の光を少しばかり注ぎ込んで眠ってもらっている。あくまで少ない量だから、身体に倦怠感など走ったりはしない。

 

「襲い掛かってくれなきゃ、こんな事はしなかったのに……」

 

 呆れるように言い放つ俺に対し、女性エルフは先程とは打って変わる様に、まるで厄介な敵と遭遇したかのような警戒感を見せている。

 

 気絶させただけとはいえ、自分の仲間が倒れたからそうなるのは無理もないか。

 

 外傷はないと伝えたいのだが、生憎言葉が通じない状態だ。それが無理だとすれば、無事だと言う事をアピールすれば良いんだが……。

 

 取り敢えずやるだけやってみようと、俺は気絶している獣人娘を介抱する為に、一旦膝を折って両手を伸ばそうとするも――

 

「! ――――!」

 

 女性エルフが再び叫んだ。まるで獣人娘に手を出すなと言うような感じがする。

 

 けれど、何を言ってるか分からない俺は敢えて聞き流した。

 

「―――!」

 

(あっ、やっぱり無理か)

 

 あと少しで獣人娘を介抱する寸前、これ以上は見過ごせないと言わんばかりに女性エルフが襲い掛かろうとする。

 

 くそっ。やっぱり言葉が通じなければ、俺がやろうとしてる事が分からないか。どんなにアピールしても裏目に出てしまう。

 

 理解させる為には能力(ちから)を使い、相手の言語を知らなければ話しの仕様がない。

 

 こうなったら、あの女性エルフの頭の中を覗いて情報を得るしかない。その為には、一度彼女を気絶させなければ。

 

 相手せざるを得ないと、俺は突進してくる彼女を迎撃しようとするも――

 

 

「――――――――――――!?」

 

 

 突如、建物の出入り口から第三者の叫び声がした。と言っても、俺には何を言ってるか全くわからないが。

 

 それを聞いた女性エルフが足を止めて振り向き、俺も声がした方へ視線を向けると、如何にも怒っていると思われる体格が大きい中年の女性が佇んでいた。

 

「―――――……!」

 

 中年女性を見た事により、女性エルフは困惑、と言うより恐れているように顔を青褪めていた。

 

 俺も俺で言葉を失っている。彼女から発せられる怒りとプレッシャーが凄く伝わっているので。

 

「――――――? ――――――――?」

 

「―――……――――――――――」

 

「――」

 

 何を言ってるのか相変わらず分からないが、中年女性と女性エルフが話し合っている。

 

 恐らく今の状況を知る為に女性エルフが説明してるんだろう。その割には随分と恐れ多いような感じがするのは気のせいか?

 

 一通りの話を聞き終えたのか、中年女性は次に俺の方へと視線を向けてくる。

 

「―――――――――――」

 

「だから何を言ってるのか分からないっての」

 

 思わず言い返したが、やはり俺の言葉が分からないようだ。

 

 すると、中年女性は途端に怒りが消えて、怪訝な表情となった。

 

「? ――――――。――――――?」

 

「…………」

 

 再び訊ねてくる中年女性に、俺は敢えて無言とさせてもらった。言ったところで言葉が通じないから。

 

 けれど、一つ分かった事がある。この女性は襲い掛かってくる獣人娘や女性エルフとは違い、俺が何者なのかを尋ねようとしている。

 

 こちらの話を聞いてくれるなら非常に好都合だ。けれど、今はまだ言葉が通じないから、ジェスチャーで何とか伝えるとしよう。

 

 未だに警戒してる二人の女性を見ながら、俺はスクッと立ち上がり、すぐに両手をあげた。降参とも受け取れるジェスチャーだが、それでも攻撃の意思はないと伝わる筈だ。

 

「「………」」

 

 俺のジェスチャーが伝わったのか、二人は俺の行動に警戒しながらも黙って見ている。

 

 今度は近づこうと、獣人娘から離れ、降参の意思を示したまま中年女性に向かって、ゆっくり歩いていく。

 

(よし、後は俺に触れてくれれば)

 

 そう思いながら俺は、中年女性に片手を差し出した。握手して下さいとジェスチャーをしながら。

 

「「?」」

 

 俺のやる事に、中年女性だけでなく女性エルフも訝った表情だ。多分伝わっているだろうが、何故握手をするのかに疑問を抱いているんだろう。

 

 それでも俺は『握手をして下さい』のジェスチャーを続けている。これでしか表現をする事が出来ないのだから。

 

「……………」

 

 此方の熱意が伝わってくれたのか、ジッと見ている中年女性が片手を差し出してくれる。

 

 感謝するように頭を下げながら、俺は彼女の手に触れ、握手をした。同時に能力(ちから)を発動させ、彼女から言語情報を得ようと。

 

「!」

 

「――――」

 

 能力(ちから)を使った為に、俺と中年女性が握手をしてる手から一瞬の火花が走った事に、女性エルフが心配そうな声を出していた。

 

 けれど俺は一刻も早く情報を得ようと、ハイスピードで脳に詰め込み――

 

「成程。『共通語(コイネー)』と呼ばれるギリシアに似た言語だったのか」

 

「「!」」

 

 異世界の言語――『共通語(コイネー)』を漸く理解した。

 

 向こうは俺の言葉を完全に理解したのか、信じられないように目を見開いている。先程まで言葉が通じなかった筈なのに何故、と言う感じだ。

 

 握手していた中年女性の手を放した後、俺は一礼しながら告げた。

 

「見知らぬ自分の為に合わせて頂き感謝します。こんな状況ですが、自分は隆誠・兵藤と申します」

 

 外国だからと言う理由で、俺は普段名乗ってる姓名を逆にする事にした。



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事情説明と今後

短いです。


「つまり、その魔法の装置とやらでこのオラリオ、正確にはアタシの倉庫に飛ばされちまったって訳かい?」

 

「そう言う事です」

 

 場所は変わって閉店したと思われる店の中。俺は大まかな事情を説明していた。

 

 つい先程、能力(ちから)によって言葉がやっと通じて自己紹介したのだが、中年女性から強制的に場所を変えられた。どう言うつもりで自分の倉庫に忍び込んだのかを尋問する為に。

 

 彼女が倉庫の管理者だと分かった俺は、一切抵抗する事無く身を任せた。因みに俺が気絶させた獣人娘についてだが、女性エルフの方で介抱してもらっている。

 

 倉庫に出て時間が深夜間近である事が分かり、時差ボケは確実であると如何でも良い事を考えながら、明らかについ先程まで営業していたと思われる店の中に案内された。

 

 片づけをしていたと思われるウェイトレスの他、厨房付近にいた料理人達が見知らぬ俺を見て、一斉に誰だと困惑の表情をしていた。男が一人もいなかったから、此処にいるスタッフは女性だけしかいないようだ。そう考えると、少しばかり気まずい。

 

 多くの女性達から奇異の視線を送られてる中、中年女性が俺を強制的に椅子に座らせた後、そこで尋問開始の合図となり、自分が起きた現状を一通り話したと言う訳である。

 

 流石に自分が人間に転生した元神、転移装置を使って異世界からやって来たと、バカ正直に答える訳にはいかなかった。

 

 俺は異国出身の人間であり、とある研究者が作った魔法装置の暴走により着の身着のまま飛ばされた。と言う事にしている。別に嘘は言ってない。

 

「……一応訊いておくけど、アンタはこのオラリオについて知ってるかい?」

 

「残念ながら知りません。先程も言った通り、自分は遠い異国から来ましたので。オラリオ、と言う街はそんなに有名なのですか?」

 

「どんなド田舎でも、『世界の中心』と呼ばれてる事ぐらい知ってもおかしくない筈なんだがねぇ……」

 

「本当に無知ですいません」

 

 周囲から胡散臭そうに見られている中、ずっと話を聞いていた中年女性が少々呆れる表情となっていた。

 

 生憎、俺はオラリオなんて全く知らないのは本当だ。自分が神だった頃の当時、そんな街は存在してなかったし、聞いた事もない。異世界の情報何て知る由もないから。

 

 にしても『世界の中心』、ねぇ。そう称されると言う事は、それだけオラリオと言うのは有名みたいだな。

 

「ですから、自分みたいな田舎者は皆様のご迷惑にならないよう、すぐに出て行こうと――」

 

「言っておくが、この都市はアンタが思ってるほど優しくはないよ。しかもこんな夜中だ。そんな格好してるアンタがうろついてたら、そこら辺のゴロツキ共にとっちゃ手頃なカモ同然だよ」

 

「どう言う事です? ここは『世界の中心』と呼ばれてるのですから、治安はかなり良いと思っていましたが」

 

「逆だよ。いいかい。この迷宮都市オラリオは――」

 

 俺の疑問に答えようと中年女性はオラリオについて説明してくれた。

 

 それを聞いて俺は色々と驚く破目となる。様々な種族が集まっているだけでなく、何と神が存在していた。と言っても、全知全能の力は下界では使えず殆ど封印されているそうだが。

 

 けど、その神が下界の人間や亜人に『神の恩恵(ファルナ)』を与え、自身の眷族にして【ファミリア】と言う物を結成している。

 

 俺がいる世界だと、悪魔側では『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』で眷族に、天使側では転生天使を生みだす為の『御使い(ブレイブ・セイント)』だ。神が人間を眷族にするのは本当に予想外だったが。

 

 この都市にいる眷族達は主に探索系の冒険者が中心となっているそうだ。その中には乱暴で狼藉を平然と働く無法者同然の冒険者達がかなり多く、それ故に都市内の治安はあまり良くなく、冒険者絡みの犯罪はおろか、酷い時にはファミリア同士による抗争が度々起きているらしい。

 

 他にも色々聞いた事で、俺が抱いていたオラリオに対する評価がガラリと変わってしまう事となった。この都市は有名な割に全く統治出来てないどころか、色々問題だらけである事に。そしてファミリアを纏めている神も、大して当てにならない連中である事も含めて。

 

「……成程。此処は周囲が思ってるほど安全な都市じゃないんですね」

 

「そう言う事だよ」

 

「まぁだからと言って、俺が此処に留まって良い理由にはならないでしょう。それにこんな遅い時間の中、得体のしれない男といつまでも話していたら、スタッフさん達のご迷惑でしょうし」

 

 さっきも言ったが、今は深夜間近の時間だ。周囲の女性達は俺を警戒していながらも、相当疲れているのが分かる。

 

 加えて、ゴロツキに襲われても片付けるのは造作も無い事だ。こっちは様々な戦闘経験を積んでるから、そこまで苦戦する事は無い筈。

 

 問題は金だな。この世界にあるお金は勿論無いが、収納用異空間に納めてある宝石などを店で売れば、相応の額で換金出来るだろう。売る事が出来るかどうかは分からないが。

 

「生憎だけど、アンタがこの店を出て行く前に、支払って貰わないといけないもんがあるよ」

 

「………は?」

 

 中年女性が突然訳の分からない事を言った所為で俺は困惑した。

 

「え? 何です? まさかとは思いますが、無断侵入した迷惑料とかですか?」

 

「違うよ。アンタがいた倉庫で、大事にしていた酒の一本が何故か割れててねぇ」

 

「酒、ですか?」

 

 そう言えば……俺が地面に叩きつけられた時、どこかで瓶が割れる音がしたな。その後にアルコールが含まれた甘い果実の匂いがしたから、恐らく衝撃によって落ちて割れたかもしれない。

 

 此処は見た感じ酒場みたいだから、その酒代を支払えって事なんだろう。

 

「そうさ。今朝見た時には何ともなかった筈の酒が、アンタが現れた後には一本割れていたんだよ。これは言うまでもなく、アンタの仕業だろ? だから、しっかり支払ってもらうよ」

 

「………まぁ、そうかもしれませんね」

 

 心当たりがある為に俺は一切否定出来なかった。

 

 けど、素直に答えてしまったのが失敗だったと思うのは何故だろうか。

 

 俺の返答を聞いた中年女性はニヤッと笑みを浮かべながらこう言った。

 

「因みにその酒代は――3000万ヴァリスだよ」

 

「………は?」

 

 この国の値段は分からないが、明らかに法外な値段だと言うのは分かる。

 

 いくら高級酒でも、そんなふざけた額は流石にあり得ない。

 

 呆然とする俺に、中年女性は気にせず続ける。

 

「その様子じゃ、すぐに払えないみたいだねぇ。なら、しょうがない。アンタには借金分、アタシの店で働いてもらうよ」

 

「なっ……!」

 

「今うちの店はとても忙しくて人手が足りなくてね。丁度男手が欲しかったところなんだ」

 

「えっ、ちょ……!」

 

 どんどん勝手に話を進めていく中年女性に俺だけでなく、周囲にいる女性スタッフ達も困惑な表情となっていた。

 

 何とか抵抗しようとするが――

 

「言っておくが、この店ではアタシが『法』なのさ。アタシが白と言ったなら、黒かろうが白になるんだよ。だからアンタはうちの店の従業員として働いてもらう!」

 

「え~……」

 

 物凄く無茶苦茶な言い分によって、俺は何も言い返す事が出来なかった。

 

 念の為に男の俺がいるのは問題じゃないかと反論するも、結局は言い包められてしまう。

 

 余りにも急すぎる展開となってしまったが、俺は強制的にこの店――『豊饒の女主人』の従業員となってしまうのであった。




余りにも急展開過ぎるだろうと思われるでしょうが、どうかご容赦ください。


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豊饒の女主人に男性店員がいるのは間違っているだろうか

 異世界に来て早々、中年女性――ミア・グランドが大事にしていた酒を台無しにした事で、突然の借金生活を送る破目になってしまった。

 

 その為に俺――兵藤隆誠は借金を返す為に急遽、『豊饒の女主人』の従業員として働く事となる。しかも強制的に。

 

 本当なら、そんな事に付き合いきれないと逃げ出したいところだ。しかし、この世界に来たばかりで何の知識もない俺が、一人でやっていく自信が少しばかりなかった。特に異世界の住人に対する知識が無ければ猶更に。

 

 人間としての生活に馴染んでいる聖書の神(わたし)としては、是非とも異世界の住人達がどんな風に暮らしているのか知っておきたい。自分がいた世界と、どれだけ文化の違いがあるのかも知りたいので。

 

 そう考えると、嵌められたとはいえ、俺を無理矢理従業員にしたミア・グランドには感謝しなければならない。この店にいれば、彼女や他のスタッフ達からオラリオについて聞く事が出来るから。

 

 けど案外、それが彼女なりの善意なのだろう。半信半疑でありながらも、オラリオについて知らない俺を此処に置いて、面倒まで見てくれる。

 

 考えてみて欲しい。見慣れない格好した得体の知れない俺を、店の従業員として働かせるだろうか。これが他の人間なら即座に追い出そうとする筈だ。

 

 それをしなかったと言う事は、ミア・グランドは相当に心が広い人物だろう。まぁ、法外な借金を背負わせたのは少々頂けないが。

 

 ともあれ、不本意であっても彼女が決を下した以上は従わなければならない。

 

 因みに俺が働かされる事に、女性スタッフ達は最初に相当戸惑っていたが、ミア・グランドの決定により誰一人反対意見が出なかった。

 

 てっきり男と一緒に仕事をするのは嫌じゃないかと思いきや、そう言った抵抗感は無いようだ。

 

 けれど、やはり問題があった。それは部屋である。

 

 知っての通り、『豊饒の女主人』は女性しかいない。だから店とは別にある離れの部屋は、当然全員女性のみだ。そこを男の俺がいるとなれば、色々な問題が起きる可能性がある。

 

 その為、俺が充てられた部屋はミア・グランドの隣にある空き部屋だ。それを聞いた瞬間、女性スタッフ達が何故か一斉に俺を気の毒そうに見ていたが。

 

 色々と不安な生活になりそうだが、それでも頑張ってみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

「何でおミャーが此処にいるニャ!?」

 

「ミア母さんより、今日から此処で働く事になりました、リューセー・ヒョウドウと申します。それと、昨夜は申し訳ありませんでした」

 

 翌日以降。

 

 従業員用の制服(勿論男用)を身に纏った俺はスタッフ一同と顔合わせをした後、ミア・グランド(以降はミア母さん)から先輩から従業員としての指導を受けるよう言い渡された。

 

 その先輩は、昨夜襲い掛かって来た獣人娘――アーニャだった。厨房で対面した瞬間、彼女は俺を見た途端に憎らしげな表情をしながら指をさしている。

 

 一通り話を済ませると、彼女は渋々と言った感じで受け入れてくれた。それだけミア母さんには逆らえないんだろう。

 

「先に言っておくニャ。昨夜は確かに不覚を取ったけど、アレがミャーの本気だと思ってたら大間違いニャ! そこはちゃんと覚えておくニャ!」

 

「そ、そうですか……」

 

 何もそこまで念を押さなくても良いと思うんだが……。

 

 俺が内心少しばかり呆れてると、途端にアーニャは得意気な表情となる。

 

「それじゃあ新入り、ここからはミャーが先輩として指導するニャ! おミャーを思いっきり扱き使って……もとい、ビシバシ扱いてやるニャ!」

 

「本音が駄々洩れですよ、先輩」

 

 明らかに俺に対する恨みを晴らそうとする気満々な言い方だった。

 

 俺が指摘しても、向こうは全く聞いてなく、ふんぞり返る様に言い放つ。

 

「『豊饒の女主人』の務め、その一……皮剥きニャ!」

 

 そう言ってアーニャはジャガイモが入った材料入りの容器を俺に見せる。

 

「このジャガイモ、全部おミャーがやるニャ!」

 

「良いですけど……」

 

 少々腑に落ちない感じのまま、俺はまな板の上に置かれてる包丁を手にし、もう片方の手でジャガイモを持って皮剥きを開始する。

 

 中身を深く切り過ぎないようギリギリの範囲で皮を切り、そして芽を取り、三十秒もしない内に剥き身のジャガイモが完成。残りも全部同じ要領でやっている中、アーニャや他の料理人達が意外そうに見ている。

 

 始めて五分も経たない内に、さっきまであった容器に入っていた多くのジャガイモは全て剥き身状態となった。

 

「はい、終わりました」

 

『………………』

 

 俺が終わったと言っても、アーニャは未だに呆然としていた。他の料理人達も含めて。

 

「……先輩?」

 

「っ! な、なんニャ!?」

 

「いや、だから終わったんですけど……」

 

「お、おミャー、何で男のくせに、そんな上手く出来るんだニャ!?」

 

「何で、と言われても……」

 

 元いた世界で、オカマのローズさんから料理を徹底的に学んだだけだ。あの人の指導は凄く為になるから、時折教えてもらっている。

 

 野菜の皮剝きなんて、基本中の基本だ。これくらい簡単に出来なければローズさんに怒られてしまう。

 

 それに与えられたジャガイモの量も少ない。俺はてっきり、大量の皮剝きをやらされるかと思っていたんだが、たかが二十個程度だ。簡単過ぎにも程がある。

 

「ジャガイモ以外の野菜もあるんでしたら、そちらもやりますが」

 

 俺が大したこと無いように言うと――

 

「ふ、ふんニャ! ジャガイモの皮剝き程度で粋がるなんてまだ甘いニャ! 人参、玉ねぎ、その他の野菜も全部やるニャ!」

 

 先輩としてのプライドが刺激されたのか、アーニャはまるで奥の手を出す感じで言い放った。

 

「了解しました」

 

 本日使う予定である野菜の皮剝きを本格的に始めようと、俺は少し本気を出す事にした。

 

 ジャガイモ以上にあった多くの野菜の皮は全て剥かれ、料理人がすぐに使える食材となっていく。

 

 アーニャや他の女性料理人達が、まるで俺の包丁捌きに魅入られるように止まっている中――

 

「アーニャ、いつまで突っ立てるんだい! 新入りのリューセーばかりやらせてないで、アンタもさっさとやりな!」

 

「は、はいニャ!」

 

 調理中のミア母さんからの怒号により、アーニャはハッとして作業に取り掛かろうとする。

 

 

 

「ば、バカな。私以上に上手く出来るなんて……!」

 

「嘘……! あの人、あんな簡単にやってる……!」

 

 因みに俺の皮剝きを離れた場所から見ていた女性エルフ――リューと、本日顔合わせした女性ウェイトレス――シルが何故か信じられないように見ていたのは気にしないでおく。

 

 

 

 

 

 

「アホのアーニャに代わって、今度はミャーが教えるニャ。本当だったらおミャーを買出しに行かせたいところだけど、既にシルとリューが行ってるから今日は無しニャ」

 

「そうですか」

 

 野菜の皮剝きなどの下拵えが終わったのは良いんだが、アーニャが何故かミア母さんに怒られ、仕事を専念するよう言われてしまった。

 

 今度は彼女と同じ猫人(キャットピープル)――クロエが俺を指導する事となった。

 

「う~ん、改めておミャーを見ると……やっぱり惜しいニャ」

 

「何がですか?」

 

「せめて、あと五~六年若かったら、ミャーの好みのタイプだったんだがニャ~」

 

「……あの、それで俺は次に何をすれば……」

 

 心底如何でもいい情報を自ら口走るクロエに少々呆れつつも、俺は本題に戻ろうとした。

 

「皿洗いニャ」

 

 そう言って彼女は料理で使った後の皿がある厨房を指した。

 

 開店してから間もないのに、既に大量の皿が置かれている。この店はそれだけ人気があると言う証拠だ。

 

「野菜の下拵えが出来るおミャーの事だから、皿洗いも当然出来る筈ニャ」

 

「勿論」

 

 料理に関する事は一通り学んでいる。雑用同然である皿洗いも経験済みだ。

 

 以前に義妹のアーシアに効率の言いやり方を教えた際、大量にあった皿を見事に全部洗ったのを見て感動した事があった。アレを見て流石は我が義妹だと感動した程に。

 

 ……まぁそう言った事は置いておくとして、だ。目の前の仕事をさっさと終わらせるとしよう。早くしないと、ドンドン使用済みの皿が追加されていく。

 

「流石におミャーだけやらせるのは酷だから、ミャーも一緒にやるニャ」

 

「あ、どうも」

 

 皿洗いを始めようとすると、(一応)指導してるクロエも皿洗いに加わろうとする。

 

 互いにカチャカチャ、ゴシゴシと皿を洗っていく俺とクロエだが……スピードは俺の方が圧倒的に速い。

 

「クロエさん、そんな洗い方じゃ油が取り切れません。こうした方が良いですよ」

 

「へ? こ、こうかニャ?」

 

「違います」

 

 クロエの洗い方が少しばかり下手だった為、手本を見せながら教えていた。

 

「ですから、そんな雑な拭き方じゃ――」

 

「ウニャー! 何で先輩のミャーが新入りに皿洗いのやり方を逆に教えられなきゃいけないニャ~!」

 

「あっ……」

 

 数分後、俺の指摘にウンザリしてきたクロエが思わず拭いていた皿を手放してしまい、そのまま床に落としてしまった。

 

 パリンッ、と言う音がした直後に皿が真っ二つとなって。

 

 当然、この音は周囲にも聞こえているから――

 

「クロエ! 指導してるアンタが皿を割ってどうすんだい!」

 

「ご、ごめんニャ~!」

 

 調理中のミア母さんが此方に振り向き、クロエに怒号を放つのであった。

 

 これはあくまで俺の個人的な考えなんだが、猫人(キャットピープル)は意外とドジな性格なんだろうか。勿論そんな事は言わないが。

 

 ミア母さんに怒られているクロエを余所に、俺は追加された使用済みの皿を洗おうと専念する事にした。

 

 初日は(俺にとって)簡単過ぎる仕事であったが、まだ始まったばかりだ。今はこの世界の仕事内容をキッチリ覚えるとしよう。




アーニャ「ウニャ~! ミャー達は先輩なのに、何で母ちゃんに怒られなきゃならないんだニャ!」

クロエ「理不尽ニャ! 新入りのくせに、先輩の顔を潰すなんて許せないニャ!」

ミア「そこのバカ娘共! いつまでもサボってんじゃないよ!」

リューセー「……何かこの世界のウェイトレスってサボり癖が酷い気がする」


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リューとの手合わせ

 迷宮都市オラリオに飛ばされて一週間以上経った。

 

 異世界で従業員と言う初めての経験をするも、そんな難しい仕事で無かった。元の世界で得た経験を存分に活かす事が出来て、非常に簡単過ぎて拍子抜けするくらいだった。

 

 初日に野菜の皮剝き、皿洗いと言う基本的な雑用を簡単にこなした事で、ミア母さんからお褒めの言葉を頂いている。逆に先輩である筈のアーニャとクロエは怒られていたが。

 

 その日以降には掃除や買出しなど、料理と接客を除いた雑用も問題無く行っていた。敢えて苦戦したと言えば、この世界の読み書きが未だに分からない事だ。買い出し時にメモを渡された際、何て書かれているのかが全く分からなかった。

 

 聖書の神(わたし)能力(ちから)共通語(コイネー)を理解して喋れるようになっても、文字までは理解出来ていない。その為、メモに何を書いているのかを改めて聞いて、俺がいた世界の言語――日本語で書き直した。

 

 ミア母さんが見た際に意外な事実が判明する。何と日本語が存在していたのだ。

 

 この世界には日本という国自体は無いが、極東と呼ばれる国家系ファミリア『朝廷』があるらしい。その国では日本語が使われているそうだ。

 

 オラリオに極東出身者はいるかとミア母さんに聞いてみるも、いたとしても場所は全く知らないそうだ。他の女性スタッフにも一応聞いてみたが、全く知らないという回答だった。

 

 だけど、その中で奇妙な反応をしたのがいた。初めて会った女性エルフ――リューが心当たりがありそうな反応をするも、結局は知らないと終わっている。何か訳ありみたいな感じがした為、敢えて深く追求はしない事にした。

 

 極東出身者の事は何れ調べるとして、俺にとって一番大事な問題は異世界の文字――共通語(コイネー)を理解しなければいけないことだ。誰かに教わろうにも……ミア母さんは店で忙しい為に当然無理だ。

 

 先輩役であるアーニャとクロエも無理だった。あの二人は先輩としての指導をやっても、勉強関連は無理だと即行で断られたから。

 

 俺と同じヒューマンでありウェイトレスのルノアやシルなら問題無いかもしれないが、あの二人も無理だ。ルノアは猫娘達と同様に勉強関連が無理な他、思考がゼノヴィア以上に脳筋だ。そしてシルだが……何故か分からないが遠慮させてもらった。普通に話すには問題無いのだが、何か彼女から妙な違和感がある。

 

 初めて話した際、俺が思わず『……フレイヤ?』と呟いてしまった。その時にシルはキョトンとしつつも、『私は女神様じゃありませんよ?』と呆れるように言い返されてしまったが。

 

 どうして俺はあの時、あんな事を呟いてしまったのかは今でも分からない。それに加えて、この世界に女神フレイヤがいたのにも驚いた。尤も、ソイツは俺の知っているフレイヤではないが。

 

 と、話が逸れてしまったか。

 

 共通語(コイネー)を教えてくれる最後の希望はエルフのリューだ。理知的な彼女なら大丈夫だと思ったんだが……即座に断られてしまった。エルフ故か、俺に対する警戒がまだ解けていない為に。

 

 

 

 

 

「ふわぁ………」

 

 異世界にある程度順応してきた俺は、スタッフ達より早めに起床した。ミア母さんは既に起床して準備をしている。

 

 最初に来た時は時差ボケで思うように眠れなかったが、今はもうすっかりとリズムが取れるようになって、決まった時間に起床出来るようになった。

 

 洗面所で一通り顔を洗った事で眠気が無くなり、身支度を終えた俺は庭に出た。早朝トレーニングをする為に。

 

 今までは仕事をメインにやっていたから、トレーニングは後回し状態となっていた。だから鈍り気味となってる身体を、早朝トレーニングで解そうとする。いつもの日課である(イッセー)と組み手が出来ないのは非常に残念だが。

 

「ん?」

 

 一人用のトレーニングを考案しながら庭につくと、そこには既に先客――リューがいた。今も演武をしてるかのように木刀を振るっている。

 

 無駄が全く無いほど見事な動きだ。あれは相当実戦慣れしてると、見るだけですぐに分かった。

 

 エルフは基本的に魔法を主体としているから、あそこまで近接戦が出来るのは珍しい。

 

 この店にいるウェイトレスやスタッフ達の中には、彼女と同様に相当な実力者が混じっている。その中で抜きん出ているのはミア母さんを筆頭に、ウェイトレスのアーニャ、クロエ、ルノア、そして目の前にいるリューだ。

 

 何故そんな実力者揃いが酒場に努めているのかは全く分からないが、何かしらの理由があるのだろう。俺みたいに訳ありな者達かもしれない。

 

 リューの演武を興味深そうに見ていると、此方に気付いたのか、彼女は途端に動きを止めた。

 

「……貴方でしたか」

 

「おはよう、リュー」

 

 気付いた彼女は相変わらず警戒するように見ているも、俺は気にする事なく挨拶をした。

 

「見ちゃ不味かったか?」

 

「そんな事はありませんが……リューセーも朝稽古ですか?」

 

「ああ。漸く仕事に慣れてきたから、久しぶりにやろうと思ってな」

 

 リューは俺に対して警戒はしても、名前で呼んでいる。ミア母さんより、従業員かつ息子となった俺の事を名前で呼ぶようにと言われてるから。

 

「見たところ物足りなさそうな感じがするな。もし良かったら俺が相手しようか?」

 

「……気持ちだけ受け取っておきます。残念ながら恩恵がない貴方では、私の相手は務まりません」

 

「ほう?」

 

 俺がアーニャを一撃で気絶した事をリューは一瞬考えただろうが、断られてしまった。

 

 彼女がこう言ったのには理由がある。神から恩恵を与えられてる事で、人間が持っている以上の実力があるからだ。

 

 その為、恩恵を持っていない一般人の俺では、彼女の相手は無理なのだ。実力差があり過ぎると言う理由で。

 

 本当なら此処は素直に引くべきだが……生憎と今の俺は少しばかりカチンときた。上から目線な物言いをしたリューの発言で。

 

 彼女が俺を気遣って言ったのは勿論分かっている。恩恵の有無で実力差がハッキリしてるから、恩恵の無い俺では無理なのだと。だけど、それだけ(・・・・)で勝てないと決めつけるのは少々頂けなかった。

 

 これでも元いた世界で人間は勿論、悪魔、堕天使、ドラゴン、そして神などの超常的存在と戦い抜いてきた身だ。もし(イッセー)がリューの発言を聞けば、絶対にカチンとくるだろう。

 

 なので、ちょっとばかり彼女の認識を改めてやろうと、既に用意していた木刀を手にする。

 

 俺が手にした木刀を見たリューは、少しばかり呆れた表情となっていた。

 

「何の真似ですか? 先程言った通り、貴方では――っ!?」

 

「おやおや、ここまで接近を許すとは」

 

 超スピードを使って一瞬でリューの懐に入り、木刀で彼女の首筋にトンッと当てた。

 

 予想外と言わんばかりに驚愕してる彼女を余所に、俺はこう言い放つ。

 

「お前もアーニャみたいに、一撃だけで終わるかもな」

 

「っ!」

 

 態と挑発した事により、リューは即座に俺から距離を取ろうと後退した後、すぐに構えようとする。

 

「不覚を取ってしまいました。そして貴方を侮った事を謝罪します」

 

「そう言うって事は、相手してくれる気になったと思って良いのか?」

 

「ええ。ですがリューセー、出来れば私をアーニャと一緒にしないで頂きたい。私は彼女のように簡単にはやられません」

 

「その台詞は俺に勝ってから言ってくれ」

 

 そう言いながら構える俺に対し、リューは先程の接近を二度とさせまいと、本気の眼になっていた。

 

 どうやらあの接近が相当効いたようだ。さっきの超スピードは本気でやっていない上に、リューが完全に油断していた為に出来たのだ。

 

 思った以上に楽しめそうだと思いながら――

 

「ぐっ!」

 

「おっ? 今度は受け止めたか」

 

 さっきと同じく急接近して木刀を振り下ろすと、反応したリューが自身の木刀で防いだ。

 

 鍔迫り合い状態となり、今は互いに動けない状態。と言うより、力を込めて押し出そうとするリューに、俺が敢えて動かないでいるだけだ。

 

「バカな……! 貴方は本当に恩恵を持っていないのですか……!?」

 

 困惑な表情をしてるリューは、それだけ信じられないのだろう。恩恵を持ってない俺を押し出す事が出来ない事に。

 

「そんなもの無い。ところで、まだ俺を動かす事が出来ないのか?」

 

「くっ!」

 

 問題無いように振舞っている俺だが、内心かなり驚いていた。

 

 押し出そうとしてるリューは、普通の人間とは桁外れのパワーを感じる。並みの下級悪魔なら簡単に倒せるだろう。

 

 この世界の神々が人間に与える恩恵はある意味、成長型の神器(セイクリッド・ギア)みたいな物だと聖書の神(わたし)は考察する。

 

 肉体を鍛え、そして戦闘経験を得て能力を引き上げる後押しをする為の恩恵、か。リューが最初俺を侮っていた訳だ。恩恵の有無で実力差があり過ぎるが故、恩恵の無い自分と相手をしたがらないのがよく分かる。

 

 異世界の神々が施す恩恵について詳しく調べてみたいが、今は彼女との手合わせに集中するとしよう。

 

 向こうが全然俺を動かそうとしないから、こっちから仕掛けるとするか。

 

「そらっ」

 

「なっ!」

 

 鍔迫り合い状態を止めようと、俺が少し強めに押した途端、押し負けたリューはたたらを踏んでいた。

 

 その隙に木刀を頭の上で水平にした上段の構えを取って、思いっきり振り下ろす。

 

「同じ攻撃は……!」

 

 木刀を振り翳す俺にリューは受け止めようとするが――

 

「がはっ!」

 

 同時に真横に振る俺の攻撃(・・・・・・・・・・・・)を受け止められず、思いっきり脇腹に当たってしまい強めに吹っ飛び、そのまま建物の壁に激突してしまった。

 

「油断大敵だったな、リュー。今のはちょっとした技だ」

 

 これは以前、祐斗に使った技――“(じゅう)()(せん)”。真上と真横の攻撃を同時に行う技だ。

 

 恩恵を持ったリューなら防いでくれるかもしれないと期待して少々本気でやったのだが、真上からの攻撃を意識し過ぎる余り、真横の攻撃には反応出来なかったみたいだ。

 

「まぁ流石に二度同じ技は通じな……おいリュー、聞いてるか?」

 

 俺が喋っているにも関わらず、リューが未だに起き上がろうとする気配が感じられなかった。

 

 少し不安に思いながら彼女の安否を確認すると、何と気を失っていた。

 

「……やっば、ちょっとやり過ぎたか」

 

 久々の手合わせだったから、加減が上手く出来なかったようだ。

 

 恩恵があるリューでも、俺の攻撃をモロに受けてしまった所為で、意識を失ってしまったかもしれない。

 

 普段から(イッセー)にコントロールを心掛けろと言ってる俺が、力加減を間違えて気絶させてしまうとは、何とも情けない事だ。リューには回復術を掛けておかないとな。

 

 そう思ってると――

 

「あっ、リューセーさん。さっき凄い音がしましたけど……ってリュー! 一体どうしたの!?」

 

 庭に来たシルが現れて俺を訪ねてる最中、気絶してるリューを見て驚くのであった。

 

 彼女の登場により手合わせが終わったのは言うまでもない。

 

 シルにこうなった事情を説明すると――

 

「リューと手合わせするだけで凄いのに勝っちゃうなんて……リューセーさん、本当に冒険者じゃないんですよね?」

 

 驚きと疑問の連続で戸惑うのであった。

 

 因みに気絶していたリューだが、シルの介抱によって目覚めた際、恩恵を持ってない俺に負けた事で地味にショックを受けていたようだ。




リュー「冒険者でないリューセーに負けた……手も足も出せずに……」

シル「ちょっとリュー、今は仕事中よ! ああっ、運んでるお皿が落ちちゃう!」

リューセー「俺の所為とは言え、リューって結構ポンコツなんだな……」


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休日

今回はフライング投稿です。


 リューと手合わせから更に一週間経過した。

 

 店の雑用仕事に慣れた俺は完全にルーチンワークとなっている。そつなくこなしてる事にミア母さんは只管感心されるばかりだ。

 

 そんな俺の頑張りに、ミア母さんから突如休みを与えられた。羽を伸ばすついでに、オラリオを散策してこいと。

 

 因みにそれを聞いたアーニャとクロエが物凄く五月蠅かった。

 

 内容としては――

 

「リューセーだけ休みなんてズルいにゃ! ミャーも欲しいニャ!」

 

「おミャー、ミア母ちゃんに気に入られてるからって、少しばかり調子に乗り過ぎニャ! 先輩のミャー達を差し置いて休むなんて生意気ニャ!」

 

 完全に妬み丸出しな言い掛かりだった。

 

 まぁその後、ミア母さんからの拳骨でノックアウトされ、そのまま店の奥へ強制連行されてしまったが。

 

 羨ましそうに見ているシル達を余所に、俺は事前に貰ったお金(ヴァリス)を懐に収めて、散策を始める事にした。

 

 

 

 

(思っていた以上に広いな……)

 

 オラリオを散策して今は昼時。店から出て数時間以上経ったが、全て把握するのは流石に無理だった。

 

 都市と呼ばれてるから広いのは分かっていたが、自分が予想した以上の広さだ。

 

 この都市の内部は、その中央から八方位に伸びた放射状のメインストリートにより分けられた八つの区画から構成されている。その一つの区画を見るだけでも、とてもじゃないが一日だけで見て回る事は出来ない。

 

 自分がいる区画だが、一通りもあって治安が問題無さそうな所だ。この都市は治安が悪いと聞いたが、恐らく別の区画では此処とは比べ物にならないほど酷いのかもしれない。

 

(あっ、腹が……)

 

 歩き回り続けた所為か、急に腹が減った。折角だし、貰ったお金で何か買って食べるか。と言っても、あんまり無駄遣いしたくないから、安くて手頃な食べ物を売ってそうな屋台に行ってみるか。

 

 この世界で食べた料理はミア母さんの賄いだけで、屋台とかで食べるのは全く初めてだ。あの人の料理は冒険者向けだからか、若干濃いめであっても結構美味しい。

 

 どんな料理を食べようかと少し楽しみしながら歩き、食べ物を売ってると思わしき屋台を発見した。

 

 

「だからよぉ~! ここは俺達のいる【――ファミリア】の管轄なんだから、ちゃんと金払わないと営業許可が下りねぇんだよ!」

 

「な、なに言ってんだい! ここはアンタ達冒険者じゃなくて、ギルドが管轄してるところじゃないか!」

 

「そんなの知らねぇなぁ~。いいからさっさと払いやがれ! でなけりゃこの店潰すぞ!」

 

 

 だが、何やら言い争いをしていた。

 

 如何にもガラの悪そうな男達が、屋台の店主と思われる中年女性に向かって脅迫同然の言い掛かりをつけていた。

 

 反論してる中年女性の言う通り、この辺りは確かギルドが管理している筈だ。少なくとも、あの連中が此処を管理してるとは到底思えない。

 

 普通に考えたら、男達の言い分に周囲が反論してもおかしくないんだが……全く咎めようとする様子が一切見受けられなかった。と言うより、まるで関わりたくないと見て見ぬふりをしてるような気がする。

 

 ああ、そう言えば会話の中で『ファミリア』や『冒険者』と口にしてたな。それを考えると、あのガラの悪い男共は【ファミリア】の冒険者で、主神から恩恵を授かっている事になる。だから周囲の一般人達は、自分より遥かに強い冒険者に逆らおうとしない訳か。もし手を出せばやられてしまうと分かっている為に。

 

 まさか、こんなにも早くミア母さんが言っていた連中を見るとは。『乱暴で狼藉を平然と働く無法者同然の冒険者』とは、正にアイツ等の事を指している。

 

「全く……」

 

 あんな愚者共はさっさと退場させるべきだと思った俺は、手を出さずにいる一般人達の間を通り抜けていく。

 

「早くしねぇと本当に店を――」

 

「すいません、ジャガ丸くんのソース味一つ下さい」

 

「――あぁ?」

 

 ガラの悪い冒険者共を無視するように、中年女性に屋台で売ってる商品を求めた。

 

「え? あ、あの……」

 

「んだテメェは!?」

 

「勝手に割り込んでんじゃねぇ!」

 

 急な事に呆然とする中年女性に対し、脅迫行為をしていた冒険者共が俺に向かって怒鳴ってくる。

 

「生憎、俺は貴様等みたいな変態露出狂共に用はない。さっさと失せろ」

 

「こ、このっ……!」

 

「何わけの分かんねぇこと言ってやがる!」

 

 侮辱された事で完全にキレた冒険者共が俺に殴りかかろうとするも――突如、奴等の服が破壊されて全裸となった。

 

「「うわぁぁぁぁぁぁ!」」

 

『キャァァァアアアアアアアアア!!!』

 

 全裸となった事に気付いた冒険者共は、完全丸出しになってる股間を咄嗟に両手で隠そうとするも、一般人の女性達が大きな悲鳴をあげていた。

 

 こうなったのは、俺が素早く連中に触れた際、(イッセー)の技――洋服破壊(ドレスブレイク)を発動させたからだ。

 

 イッセーが開発したオリジナル技だが、アイツの兄だからか見ただけで術式を理解した。非常に不本意だったが。

 

 一生使う事はないだろうと思って封印するも、まさかこんな状況で使う事になるとは思いもしなかった。しかも男相手に。

 

 本当なら冒険者共を俺の方で簡単にぶちのめす事は可能なのだが、それだけで全く懲りないだろうと思い、変態のレッテルを貼らせる事にした。

 

 冒険者とはいえ、大の男が人通りが多い場所で全裸になってると知れ渡れば、一体どうなるか考えて欲しい。住民達から悍ましい目で見られる事になり、同【ファミリア】の同僚や主神から恥晒しと言われる破目になるだろう。

 

 力で行使するよりも、こう言った事の方が地味にキツい。世間の目というのは、それだけ周囲への影響が強いのだから。

 

「うわっ、やっぱり変態露出狂じゃん! 近付くな! アッチ行け!」

 

 犯人である俺は全裸となってる冒険者共に向かって汚物を見るような目をしながら、しっしっと手で払っていた。

 

「ぐっ、クソっ!」

 

「なんか分かんねぇけど、覚えてやがれ!」

 

 分が悪いと理解したみたいで、両手で股間を隠してる冒険者共は捨て台詞を吐いて去って行った。

 

 因みに連中が逃げた方向から女性の悲鳴が上がっているのが聞こえたが、敢えて気にしないでいる。

 

「いや~災難でしたね。あんな変態冒険者達に絡まれるなんて」

 

「え、えっと……」

 

 中年女性に話しかけるも、彼女は状況が全く分からず未だに呆然としてるままだった。

 

「取り敢えずジャガ丸くんのソース味が欲しいんですが」

 

「え? あ、しょ、少々お待ちを……!」

 

 厄介な連中がいなくなった事をやっと認識したみたいで、中年女性は自身が売ってる商品を用意しようとする。

 

 その後にお金を払い、出来立てのジャガ丸くんをハフハフと食べながら屋台を後にした。

 

 食べて分かった。ジャガ丸くんはコロッケに似ている食べ物であると。店に戻ったら試しに作ってみようと思う。

 

 そう思いながら歩いていると――

 

「はぁ~~~~……自分って、本当ついてないっすね」

 

 何やら陰鬱そうな雰囲気を醸し出している冒険者らしき黒髪の男がトボトボと歩いていた。

 

 さっきのガラの悪い冒険者共とは違い、気苦労が耐えなさそうな人間だ。

 

 見た目とは裏腹にかなりの実力者で、前に手合わせしたリューに近いオーラを感じる。けど、余り自信がなさそうにしてるが故か、オーラが脆弱そうに見えてしまう。

 

 どこの【ファミリア】にいるのかは知らないが、ああ言う奴は改めて鍛え直したら必ず大化けするだろう。出来れば俺が鍛えてやりたい位だ。尤も、何の接点が無い為、そんな機会は訪れないが。

 

 話す機会があれば手を差し伸べてやりたいなぁと思いながら、俺と冒険者はすれ違っていく。

 

(ったく、いつまで視てるんだか……)

 

 如何でも良いんだが、約一時間前から俺に無遠慮な視線を向けてくる奴がいた。

 

 最初は気のせいかと思って敢えて無視を続けるも、向こうは全く飽きないように見続けている。

 

 抗議したいところだが、生憎ソイツは俺の近くにいない。遥か遠くから覗き見しているのだ。

 

 歩きながらも視線の原因を探った結果、非常に高い所から見下ろしていると判明してる。俺の後ろにある超高層の塔――バベルの最上階辺りから。

 

 聞いた話によると、あの塔にはオラリオでも有数の【ファミリア】の神々が住み着いてるらしい。視線を向けてるのは即ち、見知らぬ神と言う事になる。

 

 この世界の神々は基本的に自由奔放な性格をしている為、下手に関わると碌な目に遭わないそうだ。聖書の神(わたし)が言える立場ではないが、何処の世界でも傍迷惑な神々がいるものだ。

 

 視線が鬱陶しくなってきた為、俺は少しばかり警告をする事にした。歩いている足を止めて、後ろを振り向いてバベルの最上階辺りを見る。『いい加減にしろ』と口パクをしながら。

 

 因みに俺の行動を見た周囲は何をやっているのかと不審に思っていたが、敢えて気にしない事にしてる。




冒険者「何かさっきの人、自分を見てたような……気のせいっすかね?」


女神「私の視線に気付いていたなんて……。なら今度は直接会ってみようかしら?」


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新たな料理人誕生

 数日前にやったオラリオの散策は次の休日にしようと思いながら、今日も一日頑張ろうと店に行くと――

 

「リューセー、今日からアンタも調理担当に加わってもらうよ」

 

「え? 俺が?」

 

 既にいたミア母さんから突然、調理担当を命じられた。

 

 いきなりの事に戸惑いながら理由を尋ねると、俺が頑張り過ぎると他のスタッフ達――特にウェイトレスのアーニャ達が楽をしてしまうそうだ。

 

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。用意した野菜の皮剝きは殆ど俺一人で行い、材料の買出しは通常の倍以上運んでいた。ウェイトレスのアーニャ達が、『男なんだからミャー達より頑張れ』と言う先輩のありがたいお言葉を頂いたので。

 

「えっと……母さんの命令に逆らう訳じゃないけど、アーニャ達は知ってるのかい?」

 

 今まではミア母さんには敬語で話していたが、向こうが普通に喋る様にと言われた。だから元の世界にいる母さんと同様の話し方をしている。

 

「知らないよ。この後教えるつもりだ」

 

「そ、それはまた……」

 

 キッパリ言ったミア母さんに俺は苦笑した。

 

 聞いた途端にウェイトレスのアーニャ達はさぞかし焦る光景が目に浮かぶ。今まで俺が雑用をメインでやってた事で、彼女達の負担がかなり軽減されていたのだから。

 

 そして俺が調理担当になった瞬間、今までの仕事が再び自分達がやる事になると知って絶叫するかもしれない。特にアーニャとクロエ辺りが。

 

「しっかしまぁ、母さん随分と思い切った事をするね。俺に調理をやらせようとするなんて」

 

「アタシが知らないと思ってるのかい? この前、勝手に余った食材で夜食を作っていたじゃないか」

 

「えっ……」

 

 ミア母さんは余った食材と言ってるけど、アレは元々廃棄する予定だった。

 

 それを見て勿体無いと思った俺は営業終了後にコッソリ作って、自分の胃袋に収めようと部屋でコッソリ食べた。因みに作ったのはチンジャオロース風の肉野菜炒めだ。

 

 おかしいな。母さんにはバレないよう、ちゃんと後片付けした筈なのに。

 

 知っているとすれば、俺が調理してる所を偶然目撃したアーニャだ。彼女には口止めとして俺の料理を少し喰わせ……って、どう考えてもアイツが喋ったんじゃないか!

 

「……確認したいけど、それの出処は?」

 

 ここで誤魔化したところで無駄だと分かってる為、情報源は誰なのかを聞く事にした。

 

「アーニャだよ。サボってる最中にペラペラ喋ってるのを小耳に挟んでねぇ」

 

「あ、そう……」

 

 やはりあの軽そうなアホ猫に口止めは無理だったようだ。本人は『絶対秘密にするニャ!』と言ってたが、それがまさか、たった二日でバレてしまうとは。

 

 となると、俺が調理をやる事になった原因はアーニャって事になるな。 

 

 まぁ、別に調理する事は別に何の問題も無い。寧ろ、少しばかりやってみたいと思っていたところだ。

 

 ミア母さんや他の料理人スタッフ達の仕事ぶりを見て、自分も料理作ってお客さんに食わせてみたいと少しばかり考えていた。

 

「でも俺、ここの料理のレシピまだ詳しく知らないし、練習したこと無いんだけど……」

 

「安心しな。調理と言っても、いきなりぶっつけ本番でやれなんて言わないよ。先ずはテストとして補助をやってもらう」

 

「補助、ねぇ……」

 

 何故だろう。ミア母さんの言葉をどうにも素直に受け止める事が出来ない。

 

 補助をやってる最中に突然、別の料理を作ってる最中のメイ達の代わりに作れと言われそうな気がする。

 

 まぁ流石に客に出す料理を見習いの俺が作れ、なんて言われる事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 営業開始前、急遽朝のミーティングをやる事になり、スタッフ一同を集めたミア母さんが俺を調理担当にする事を発表した。

 

 突然の発表により、料理人のメイ達は多いに戸惑いの反応を示していた。それは当然だろう。雑用仕事をしていた俺が急に調理担当となったのだから。

 

 ついでに今までの雑用仕事に関しては、ウェイトレスのアーニャ達が中心にやる事を知った途端に騒ぎ出した。今まで楽をしていた雑用が、自分達が再びやる事に。

 

 料理人のメイ達やウェイトレスのアーニャ達が抗議する寸前、ミア母さんの一喝により引き下がる事になる。

 

 

 

「メイ、これで良いかい?」

 

「は、はいニャ!」

 

「母さん、肉と野菜の加工を終えたよ」

 

「あいよ。そこに置いといてくれ」

 

 調理服を身に纏った隆誠が、料理を作ってるミアやメイ達の補助を的確にこなしていた。そのお陰でミア達の作業は何段階も省略されてるかのように、テンポ良く調理が進んでいる。

 

(まさかここまで出来るなんてねぇ……)

 

 調理中にミアは只管感心していた。彼女としては隆誠がここまで優秀だった事に予想外だったのだ。

 

 最初は訳ありな小僧だから、今いる娘達と同じく保護する為に強引な手を使い、従業員の一人として働かせようとした。

 

 三年前に保護したリュー達みたいに、慣れない作業で失敗の連続が起きるかと予想するも、全く予想外な展開になって内心驚いていた。まるで慣れているかのような手付きで皮剝きをして、皿洗いも娘達以上に素早く丁寧に終わらせている事に。

 

 雑用を任せて二週間以上経つが、隆誠はこれまで大きなミスは一つも犯していない。それどころか彼に対して一度も怒鳴った事も無かった。過去に娘達(特にリュー)が、材料を台無しにした、皿を割ってしまった、というミスが起きたら必ず怒鳴っている。

 

 完璧且つ見事にこなしてる息子の仕事振りに、今も時折ミスをやらかしてる他の馬鹿娘達とは大違いだと逆にショックを受けた程だ。ここまで教え甲斐の無い奴は初めてだと。

 

 いずれ隆誠には本格的な調理もやらせようと考えていた矢先、サボってるアーニャから予想外の情報を耳にした。隆誠が自分達に内緒で美味しい夜食を作っていたと言う、とても耳寄り情報が。

 

 あそこまで出来るから、やはり料理スキルもあったかと判明した事に、ミアは即座に考えた。どれだけの料理スキルを持っているかを試そうと、今日一日は補助でやってもらう為に。

 

 そして仕事開始時間になり、いざお手並み拝見して二時間後、またしても予想以上の腕前を披露した。これには流石のミアも脱帽するほどだ。同時に、本当に教え甲斐の無い馬鹿息子だと複雑な気持ちでもあったが。

 

 予想外とは言え、隆誠が予想以上の大戦力だと知った以上、もう簡単に手放す気はない。今も只でさえ大忙しで人手が足りない状態だ。今後は是非ともウチの主戦力として働いてもらおうとミアは決意する。

 

 

 

 

 

 

 朝の営業が終わった事で一時的に店を閉め、夜の営業に備えての準備に移った。

 

 だが準備をする前に、俺達は昼食を取らなければならない。いつもミア母さんが賄いを作るのだが、今回は俺が作る事となった。

 

 ミア母さんから、自分や娘達が満足出来る料理を作る事が条件だと。

 

 これが(イッセー)だったらボリューム満点の料理を作っているが、女性となれば話は別だ。その為に女性向けのランチを作ろうと思う。

 

「今日の昼ご飯はミア母さんに代わり俺が作りまして、コロッケサンドと野菜スープをご用意しました」

 

 この前の休日で知ったジャガ丸くんを思い出したので、それを女性向けにしたランチサンドセットを作る事にした。

 

「コ、コロッケ? これの中身ってジャガ丸くんじゃないかニャ?」

 

「ジャガ丸くんをパンに挟むなんて随分変わってるニャ」

 

 用意されたコロッケサンドを見て、ウェイトレスの猫娘二匹――アーニャとクロエがそう指摘してきた。それに同感と言わんばかりにシル達は少々戸惑った様子だ。

 

 ミア母さんだけは口を挟まず、ただ興味深そうに俺が作った料理を見ている。

 

 俺が一先ず食べてみてくれと催促すると、アーニャ達は若干の抵抗をしつつもカプッと食べ始めた。

 

「……あ、美味しい」

 

「パンに凄く合っていますね」

 

 モグモグと食べたシルとリューの感想が引き金になったかのように、他のスタッフ達も夢中になって食べ始めていく。

 

「野菜スープもアッサリしてるから、どんどん食べれるよ……!」

 

 付け合わせである野菜スープを頂いてるルノアは、口の中がサッパリしたように再びコロッケサンドにかぶりついていた。

 

「な、なんニャこれ、美味しくて夢中になっちゃいそうニャ!」

 

「リュ、リューセー! お代わりは無いかニャ!?」

 

 美味しそうに食べてるクロエとは別に、既に食べ終えたアーニャがお代わりを催促してきた。

 

「あるにはあるけど、デザートも用意してるから食べれなくなるぞ」

 

「ニャ!? デザートも!」

 

「リューセー、アタシはデザートも作れだなんて言った憶えはないよ」

 

 予想外と言わんばかりに驚くアーニャとは別に、ミア母さんランチを食べながら苦言を呈した。

 

「まぁまぁミア母さん、そう言わずに。勝手に作ったのは謝るからさ」

 

 そう言いながら俺は、少し早めにデザートを見せる事にした。

 

 今回作ったデザートは、俺の世界でも人気スイーツの一つであるベイクドチーズケーキだ。

 

 バスクチーズケーキも考えたが、アレは手間暇が大変な為に断念した。それ故に手軽に作れるベイクドチーズケーキにしたと言う訳である。

 

 俺が用意したデザートに、既にランチを食べ終えたアーニャ達が物凄く興味深そうに見ていた。流石は女性と言うべきか、甘い物に目が無いようだ。

 

「どうするアーニャ? またコロッケサンド食べたいなら、デザートは無しになるが」

 

「デザートが優先ニャ!」

 

「はいはい」

 

 アーニャの返答に呆れながらも、既にカット済みのケーキを分配する。

 

 そしていざデザートを食べ始めた途端、ミア母さんを除く女性陣がウットリとした表情になっていく。

 

「くっ! 男性のリューセーさんがここまで料理上手だなんて……これは私も負けられない……!」

 

 何故か分からないが、ウェイトレスのシルが妙に俺への対抗意識を燃やしていた。

 

 まぁそれはそれとしてだ。結果として、俺が女性スタッフ達が満足する料理を作った事で、ミア母さんから合格点を与えられた。

 

 そして数日後、俺もミア母さんやメイ達と同じく、本格的な調理担当を任せられる事になるのであった。




ご都合的な展開だと思われるでしょうが、リューセーはハイスク側の主人公イッセーの母親、ヒロインのリアスや朱乃達より料理スキルが上の設定です。それ故にミアからシェフとしてのお墨付きを得る展開にしました。



シル「今度は私がミアお母さんに頼んで、皆に賄いを――」

アーニャ「シル、止めるんだニャ! ミャー達を殺す気かニャ!」

クロエ「おミャーはウェイトレスなんだから、料理する必要ないニャ!」

ルノア「そうだよ!」

リュー「シ、シル、私は貴女のやる事に口出ししませんが、無理してやる必要はないかと……」


リューセー「アイツ等、何だか必死だな。シルの料理ってそんなに不味いのか?」


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同姓同名な別人との出会い

 ミア母さんより調理担当を命じられて一週間以上経ち、『豊饒の女主人』の厨房は少しばかり雰囲気が変わった。

 

 雑用作業を中心にやっていた新人(おれ)が本格的な調理をする事に、料理人のメイ達は当初難色を示していた。ミア母さんの命令とはいえ、料理人としてのプライドを持っている彼女達からすれば、簡単に受け入れる事が出来ないのは当然だ。

 

 けれど、それは数日も経たずに解消してしまう。客が多い夜の時間帯となった際、途轍もなく忙しい彼女達の負担を軽減させていたから。

 

 人気店と呼ばれている『豊饒の女主人』は、夜になった瞬間、地獄同然な時間と呼べるほどオーバーワークになる。客達が注文した料理を次々に作る繰り返しを行い続ける事で、体力と精神が疲弊し悲鳴をあげてしまうそうだ。体力があるミア母さんだけは平然としてるが。

 

 そんな状況の中、俺が調理担当として加わった事で変わった負担が軽くなったらしい。特にメイからは一番に感謝されている程だ。簡単な料理でも、あっと言う間に作る俺を見て。

 

 ミア母さんも満足してくれてるが、珍しく怒られてしまった事があった。俺が作る料理は少しばかり味が薄いと、苦言を呈されたぐらいだが。

 

 俺が作る料理はそこまで薄味では無い筈だが、『豊饒の女主人』が作る料理は殆ど味が濃い目である為、男性客からしたら少々薄くなったと思われてしまったようだ。

 

 けど、女性客には好評だった。特に朝の時間帯にくる女性客からすれば、自分の作る料理の味が丁度良いと高評価を貰ったそうだ。それ故にミア母さんは完全に怒る事が出来ず、複雑な表情で苦言を呈しただけで済まされたのだ。

 

 それを聞いた俺は反省し、区分けするようにした。朝の時間帯は今まで通りの味、多い夜の時間帯は若干濃いめの味にすると。ミア母さんにそうする旨を話したら、『なるべく女性客にするように』と言う事でOKが出た。

 

 因みにスタッフ達は俺とミア母さんのやり取りを見て仰天していた。普段からどんな意見を言っても却下だと怒鳴り返される筈なのに、簡単にOKが出たのは初めて見たと。

 

 そこをアーニャが――

 

『母ちゃん、新入りのリューセーばかり贔屓し過ぎニャ! 古兵のミャー達の意見も聞いて欲しいニャ!』

 

 と、代表するように物凄い勢いで抗議していたのだが、その後にミア母さんの怒号で却下されてしまったが。

 

 ついでにアーニャが言っていた『古兵』は誤りで、正しくは『古参』である。そこを指摘した際、『ちょ、ちょっと間違えただけニャ!』と恥ずかしそうに顔を赤らめ、シル達がクスクスと笑っていた。

 

 ………そう言えばシルで思い出したが、確かこの世界にフレイヤと言う女神がいるんだったな。ソイツは当然俺の知っているフレイヤではないだろうが……機会があれば会ってみたいものだ。

 

 尤も、それは無理な話だった。聞いた話によると、彼女が率いてる【フレイヤ・ファミリア】はオラリオ最強の【ファミリア】らしい。そんな超有名となってる主神のフレイヤが、人気店とは言え、店の従業員程度の俺なんかと会ってくれないだろう。仮に向こうの本拠地(ホーム)に行ったところで門前払いされるのがオチだ。

 

 女神は無理だとしても、以前にすれ違った苦労人気質な黒髪の冒険者にはもう一度会いたい。あれほど貴重な原石は改めて鍛え直せば必ず大化けする。そんな予感がしてるのだから。あくまで俺、もしくは聖書の神(わたし)の勘に過ぎないが。

 

 

 

 

 

 

「配達? この店って、そんな業務あったの?」

 

「………まぁ、極稀にやってるよ」

 

 昼食を終えて、夜の営業に備えての準備をしている最中、突如ミア母さんから呼び出された。

 

 今夜もいつも通り調理担当をする筈だったが、俺は出勤しなくて良いそうだ。その代わり、とある【ファミリア】に注文された料理を配達して欲しいと。

 

 配達をしてるなんて初めて知ったから思わず尋ねるも、ミア母さんにしては随分歯切れの悪い返事だった。いつもは自信持って答えるのに、らしくない表情だ。なんだかまるで、面倒な事に巻き込まれた感じがする。

 

「とある【ファミリア】の女神から注文があってね。あたしの作った料理を本拠地(ホーム)に持って来て欲しいそうだ」

 

「その運び役が俺、なのか」

 

 確認するように言う俺の台詞にミア母さんが頷く。

 

 変だな。この人は相手が有名な冒険者や神であっても、『あたしの料理が食いたけりゃ、あたしの店に来な!』と思いっきり突っぱねる筈だ。なのに、向こうからの要望に応えようと配達業務を命じている。

 

 いつものミア母さんじゃない。そう思うほど今の俺は疑問視している。

 

 けど、やれと命じられた以上やるしかなかった。今の俺は店の従業員で、女将であるミア母さんに従わなければならない立場だから。

 

「しかし何で俺がやるんだ? 相手が女神なら男の俺じゃなく、女性のシル達の誰かに任せればいいと思うんだが」

 

「……向こうがお前さんをご指名なんだよ」

 

 女神が指名って……俺はこの世界に来て、未だに女神の一柱とも話した事は無いんだが。

 

 買い出しや休日に出掛けていた時も、人間(ヒューマン)亜人(デミ・ヒューマン)とは会話した程度だ。ガラの悪い冒険者は別として。

 

「まぁ良いや。で、その女神は何方で、場所は何処なんだ?」

 

 俺が依頼人と場所を尋ねると、ミア母さんは何だか申し訳なさそうにこう答えた。

 

「女神の名はフレイヤで、場所はその女神がいる本拠地(ホーム)――『戦いの野(フォールクヴァング)』だよ。

 

「………は?」

 

 余りにも予想外な神物と場所に、思わず目が点になってしまうのであった。

 

 それと如何でも良い事だが、俺が夜の営業時間に出勤しない事を聞いた料理人のメイ達から、『今日も凄く忙しいから必ず戻って来て~!』と凄い真剣な表情で懇願されてしまった。俺はそれだけ頼られてるって事で良いのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、此処で良いんだよな……?」

 

 時間は夕方頃。あと少しで『豊饒の女主人』の営業時間となり、物凄く忙しくなる頃合いだ。

 

 そんな中、俺は目的の場所に辿り着いた。【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――『戦いの野(フォールクヴァング)』へ。

 

 此処に訪れるのは当然初めてである為、ミア母さんが書いた簡易的な地図を参考にさせてもらった。片手には地図を、もう片方の手には料理が包まれてる風呂敷を持ちながら。

 

 流石は有名な【ファミリア】と言うべきか、とても荘厳な建物だった。気のせいか、何やら中から戦闘らしき音が聞こえる。フレイヤの眷族達が特訓でもしてるんだろうか。だとしても、俺には関係の無い事だが。

 

 にしてもまぁ……随分と剣呑な雰囲気な事で。何だか本拠地(ホーム)全体から『部外者は近寄るな』と警告してる感じがする。そして、目の前にいる彼女の眷族らしき門番達からも。

 

「貴様、いつまでそこに突っ立っている」

 

「ここは【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)だ。命が惜しくば立ち去れ」

 

 先程から視界に入って、未だに佇んでいる俺を見て煩わしくなったのか警告をして来た。しかも睨みながらだ。

 

「えっと、そちらの主神である女神フレイヤから――」

 

「様をつけろ、無礼者が」

 

「殺されたいのか?」

 

 言ってる最中に、門番共が突如俺に殺気と武器を向けて言い放った。

 

 ……落ち着け。こんな無礼千万な雑魚共を伸すのは造作も無い事だが、ここで荒立てるような事をすればミア母さんに大迷惑を掛けてしまう。何とか穏便にしないと。

 

「――ゴホン。これは大変失礼しました。自分は女神フレイヤ様より、配達のご依頼を受けまして……」

 

「配達だと? そんな話は聞いてないぞ」

 

 謝罪しながら理由を述べるも、向こうは知らないと言い返された。

 

 どうやらフレイヤは門番に通達してないようだ。せめて配達人が来る事くらい言ってほしい。

 

「えっとですね、これを読んで頂ければ……」

 

 こうなる事をミア母さんは予想していたみたいで、地図や料理以外の物を俺に渡していた。門番に見せる為の書状を。

 

 コレを見せれば大丈夫だと言ってたから、俺は懐にある書状を手渡した。それを受け取った門番の一人が内容を読み上げた後、俺に向かってこう言った。

 

「あの店の関係者だろうが、貴様みたいな得体の知れない奴に本拠地(ホーム)を通す理由にはならん。さっさと失せるがいい」

 

「いや、だから俺はフレイヤ様から配達依頼を受けて――」

 

「これ以上貴様の戯言に付き合う気は無い。さっさと失せろ、下郎が」

 

 何なの、コイツ等。俺はミア母さん経由でフレイヤから配達しろと言われて来たのに、それを追い出そうとするって……バカじゃないのか?

 

「……あのさぁ。此処で俺を帰したら、門番のアンタ等がフレイヤ様の怒りを買う事になるんだよ。それ分かって言ってる?」

 

「貴様……!」

 

「殺されたいのか……!?」

 

 人が親切に忠告してやってるのに、門番共は更に殺気をぶつける始末だ。

 

 フレイヤの眷族達に話の通じる相手はいないんだろうか。だとしたら、アイツの品性を疑ってしまうんだが。

 

「止めておけ。俺に武器を振り下ろした瞬間、アンタ等は後悔する事になるよ」

 

 ミア母さんを怒らせてしまう事に加え、フレイヤの怒りを買ってしまう。そう言う意味合いで俺は警告した。

 

 だが残念な事に、門番共からしたら、俺の警告は自分達を侮辱した発言と受け取ったようだ。今にも襲い掛かろうとする寸前となっている。

 

 こんな雑魚共が襲い掛かって来たところで、本気を出せば一秒未満でKOする事は勿論出来る。だがそんな事をしてしまえば、俺は【フレイヤ・ファミリア】から敵と認識されてしまうだろう。

 

 だから此処は一旦撤退して店に戻り、ミア母さんに事情を説明するしかない。不本意であるがな。

 

 そう思いながら超スピードを使って出直そうと――

 

「待て」

 

 ――する寸前、第三者の声がした。

 

 その声に反応した門番共が振り向いた途端、驚愕の表情となっている。

 

「オ、オッタル様!」

 

「何故此処に!?」

 

 門番共から聞いた何、俺は思わず耳を疑ってしまった。

 

(おいおい、オッタルもいるのかよ。まぁ、この世界に別神のフレイヤがいるから当然か)

 

 嘗て奴と戦った事がある。その時はロキの操り人形となり、物凄い一方的な逆恨みで俺に襲い掛かってきた為に。言っておくが、俺の世界にいる悪神ロキの事を指している。

 

 目の前にいるオッタルだが、やはり俺の知ってるオッタルとは全く別人だった。この世界では完全に亜人(デミ・ヒューマン)で、頭部辺りには猪の耳がある。

 

 共通してる部分は、非常に筋肉質な肉体だ。見ただけでも、かなり鍛えられているのが分かる。アレは最早、筋肉と言う名の鎧も同然の硬さがあるだろう。

 

「その者はフレイヤ様から此処へ来るよう命じられている。通せ」

 

「か、かしこまりました!」

 

 相手が団長だからか、門番共はすぐに門を開ける準備に移った。

 

 部外者相手には容赦なく突っ撥ねて、身内が来て本当だと聞いた途端に信じるのかよ。面倒な奴等だな。

 

「お前の事はフレイヤ様より話は聞いている。案内するから付いてこい」

 

「そうですか。それは非常に助かります」

 

 門番が仕出かした詫びはないのかよ、と内心思いながら感謝の言葉を述べる俺。

 

 本拠地(ホーム)へ入る為の門が開くと、オッタルは俺に向かってこう言った。

 

「先に警告しておく。フレイヤ様の客人とは言え、妙な真似をすれば命は無いと思え」

 

「分かってますよ」

 

 何かもう入る前から疲れてきた。

 

 無礼千万な門番共と言い、警告してくるオッタルと言い、【フレイヤ・ファミリア】の連中って、こんな面倒な奴等しかいないのかよ。

 

 いくらフレイヤに忠誠を誓ってる眷族だからって、まともな会話とか出来ないのか? せめて客人に対するマナーの一つぐらいしてくれ。

 

 別神とはいえ、フレイヤに苦言を呈したい。だがその瞬間面倒な事になるのは確実だから、敢えて聞き流すしかない、か。

 

 ミア母さんが嫌そうな顔をしてたのは、恐らくコレが理由なのかもしれない。此処の眷族達が非常に面倒臭い性格な上に、対応するのに一苦労するのだと。




先ずはオッタルとの出会いでした。

次回にはフレイヤとの出会いになります。


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同姓同名な別神との出会い

「外から聞こえてましたが、随分と物騒な事をしていますね」

 

「……………」

 

 道案内されてる途中、とある光景を目にした。眷族同士でありながら、苛烈な殺し合い同然の戦いを繰り広げていると言う光景を。

 

 オッタルは聞いてないのか無視しているのか分からないが、さっきから俺が何度声を掛けても全然反応せず、只管無言で進んでいるだけだった。

 

 部外者である俺に余計な情報を与えたくないのだろう。かと言って、せめて話ぐらいは合わせて欲しいものだ。

 

「あのぅ、何故フレイヤ様は俺みたいな一般人に、配達依頼の御指名をしたんですか?」

 

「知らん」

 

 フレイヤ関連の質問に、オッタルは一言だけ答えた。

 

 いや、知らんって。アンタ【フレイヤ・ファミリア】の団長なのに、何も聞いてないのかよ。

 

 オッタルはオラリオ最強冒険者で『頂天』と渾名され、唯一の『Lv.7』で、二つ名は猛者(おうじゃ)。異世界人の俺からすれば誇張が過ぎる内容だが、全て事実である。

 

 そんな凄い男が俺に道案内をしてるって、オラリオにいる住民が知れば仰天するだろう。と言うより、それをやらせてるフレイヤもどうかと思うんだが。

 

 この世界にいるフレイヤは一体どんな性格をしてるのやら。少なくとも、自分がいる世界のフレイヤと全く違うと断言出来る。(勝手に運命の相手としている)俺を見て早々に抱き付く行為はしない筈だ。

 

 眷族同士による戦いの光景から一変し、荘厳な建物の奥へ歩き続けてる最中、前方から眷族と思わしき猫人(キャットピープル)の男と鉢合わせる。

 

 気のせいだろうか。この男、何だかアーニャに似てるような気が――

 

「おいオッタル、ソレは何だ?」

 

 ソレって……俺は物じゃないんだが。

 

「フレイヤ様が連れて来るよう命じられた、ミアの店にいる従業員だ」

 

「……ああ、そう言えばいたな。美神(あのかた)は何のつもりで、こんな何処の馬の骨とも知らねぇクソ野郎を」

 

「……………」

 

 見下す発言をする猫人(キャットピープル)に俺は頬を引きつらせる。

 

 何奴(どいつ)此奴(こいつ)も、【フレイヤ・ファミリア】の連中はまともな奴はいないのか? 初対面の相手に、ここまで失礼極まりない奴等は初めてだ。

 

 今も聖書の神(わたし)を父と慕う天使(こども)達が知れば、確実にブチ切れるだろう。この失礼な猫人(キャットピープル)に光の槍を一斉に投擲しながら。

 

 この世界の人間達は、実力(ちから)で物を言わせるのが多いようだ。神の恩恵を得て強者となった冒険者が、恩恵を持たない一般人を見下す傾向が強い。この世界の冒険者全員ではないが。

 

 目の前にいる口の悪い猫人(キャットピープル)は、明らかに相手を見下すタイプだ。こう言う傲慢な奴ほど圧倒的な敗北を教えれば、今まで培ってきたプライドが壊されて簡単に立ち直れなくなる。あくまで俺の見立てに過ぎないから、本当に立ち直れなくなるかは分からない。

 

 まぁ取り敢えず我慢しよう。俺が此処へ来たのは、あくまでフレイヤに会う為。こんな奴等に一々構っていたら、無駄な面倒が増えるだけだ。

 

 傲慢な猫人(キャットピープル)を何とかやり過ごし、漸くフレイヤがいると思わしき部屋の前に辿り着く。

 

「フレイヤ様、配達人を連れて参りました」

 

 大きな扉に向かってオッタルがコンコンッとノックしながら言うと――

 

『入って』

 

 扉の先からフレイヤと思わしき声が入室許可を出した。

 

 ………ん? ちょっと待て、何か物凄い聞き覚えのある声だったぞ。さっきのは将来俺の義妹となる予定の純血悪魔――リアス・グレモリーの声にソックリだったんだが……。

 

「失礼します」

 

 俺の疑問を余所にオッタルが扉を開けて入室しようとする。それを見た俺はハッとして、すぐに思考を切り替えながら彼の後に付いて行く。

 

 流石は有名な主神の部屋と言うべきか、とても広くありながらも神々しく豪華な作りだ。そして目の前に銀髪の髪と瞳を持ち、途轍もない美貌を持つ女神だからか、扇情的な服装でも上品に感じられる。

 

 豪華な椅子に座っている彼女が、この世界に存在する女神フレイヤか。オッタル同様、俺の知っているフレイヤの容姿とは全く違う。

 

 あれ程の美貌は常人が見れば確実に見惚れるどころか、うっかり魅了されかねないだろう。元神である俺としては、既に見慣れているので何とも感じないが。

 

 フレイヤが俺と目が合った際、少しばかり意外そうに見るも、途端に笑みを浮かべた。その後に視線を外して、オッタルの方へと視線を移す。

 

「待っていたわ、オッタル」

 

「はっ」

 

 まるで重大な使命を仰せつかったかのような一礼をするオッタルに、大袈裟過ぎだろうと内心呆れた。

 

 それと、やっぱり俺の聞き間違いじゃなかった。この女神の声、リアスにそっくりだ。上品な喋り方も含めて。

 

 何だかなぁ。失礼ながらも、俺の知ってるフレイヤとリアスがまるで合体したような感じがする。いや容姿は全く別なんだけどね。名前(フレイヤ)(リアス)が合体してる、みたいな感じだ。

 

 そんな下らない事を考えているのを余所に、彼女は俺の方へ声を掛けようとする。

 

「よく来てくれたわ。貴方がミアの店に最近働き始めた従業員ね」

 

 フレイヤはミア母さんの事をよく知ってるのか、随分と親しげな呼び方をしていた。

 

「お初にお目に掛かります、女神フレイヤ様。自分は兵藤・隆誠と申します」

 

「ふぅん……」

 

 相手が相手な為に、取り敢えずは女神サマにご挨拶をしようと、深々に(こうべ)()れながら自己紹介をした。

 

 何だ? 自己紹介しただけなのに、フレイヤが何故か興味深そうに見ているんだが。

 

「オッタル。彼と二人で話したいから、外してくれないかしら?」

 

「フレイヤ様、それは……」

 

 外すよう命じるフレイヤに、オッタルが難色を示した。

 

 彼女の側近と言うべき団長(オッタル)としては、眷族でもない他所の訪問者と二人にするのは到底見過ごせないだろう。

 

「大丈夫よ。彼はあくまで、配達人として来ただけの一般人なのだから」

 

「………………」

 

「……分かったわ。出入り口前で待機してなさい」

 

 オッタルの訴える視線に負けたのか、フレイヤが妥協するように待機を命じた。

 

 近くで警護したい彼としては若干の不服があるも、取り敢えずはと言った感じで部屋から出ようとする。

 

「あの方に妙な真似をすれば、貴様の命は無いと思え」

 

「……はい」

 

 退室する寸前、オッタルが俺にそう警告してきた。

 

 妙な真似って何だよ。思いっきり突っ込みたい衝動に駆られながらも頷くと、彼はフレイヤに一礼した後に退室する。尤も、部屋の前に立っており、何かあれば即座に駆け付けるだろうが。

 

 さて、それはそうとだ。オッタルが待機してるとは言え、この部屋には俺とフレイヤの二人っきりとなった。これがフレイヤ目当ての男だったら、確実に良からぬ事を考えるかもしれない。

 

「それじゃあ早速頼んだ料理を、そこのテーブルに置いて」

 

「かしこまりました」

 

 フレイヤに命じられた俺は了承の返事をした後、豪華そうなテーブルの上に、風呂敷に包まれている料理を並べようと開けた。

 

 その中にはメインの料理と、果実酒が入っていた。料理はともかく、酒の方はミア母さんが好んでる貴重なやつだ。相手が女神だからか、随分奮発したものだ。

 

「如何でしょうか?」

 

「良いわ」

 

 フレイヤはそう答えながら座っていた椅子から立ち上がり、ツカツカと此方へ近づいてきた。

 

 テーブルの近くにある椅子に座るかと思いきや、彼女はそのまま俺に近付き、魅了するような笑みを浮かべながら、片手で俺の頬に触れてくる。

 

「……何の真似ですか、フレイヤ様?」

 

「うふふ。私にこうされても全く動じていないなんて、やはり貴方は只の人間じゃなさそうね」

 

 彼女の台詞に俺は思わず眉を顰めた。

 

 まさかこの女神、初めから俺を此処へ誘き出す為に配達依頼をしたのか。

 

「ねぇ、この場で私の眷族(もの)になりなさいと言ったら、貴方はどうする?」

 

「それは勿論、お断りさせて頂きます」

 

 同姓同名の女神とは言え、会ったばかりの奴の言いなりになる気など毛頭無い為、俺は彼女の手を軽く振り払った。

 

 それに加えて――

 

「今更気付いたのですが、高い場所(ところ)から俺に無遠慮な視線を向けて来たのは、貴女ですね?」

 

「…………」

 

 休日の時に感じた視線とは別に、発生源と思われるオーラが目の前にいる奴と同一の物だった。

 

 やはりコイツは俺の知ってるフレイヤとは全く別神だ。しかも俺が個人的に全く好かない部類でもある。

 

「もしそうであるなら、あんな事をした理由を是非とも伺いたいのですが」

 

「……ふ、ふふふ、あはははははははははは!」

 

 すると、先程まで唖然とした表情のフレイヤが急に笑い出した。

 

「何が可笑しいんですか?」

 

 まるで気でも狂ったかのような笑いな為、俺は内心危なげない奴だと思いながらも尋ねる。

 

「貴方は私の眷族でもなければ、恩恵すら持ってない人間(こども)である筈なのに……この私にここまで言い切られたのは久しぶりだわ! あはははははは!」

 

「あの、出来れば大笑いするのは止めてもらえません? でないと――」

 

 俺がそう注意しようとするも、突如扉が開く音がする。

 

「フレイヤ様!」

 

 予想通りと言うべきか、彼女の笑い声を聞いたオッタルが、何事かと鬼気迫るような表情をしていた。

 

「その方に一体何してやがる!?」

 

 オッタルの他に、さっき会った猫人(キャットピープル)の男が俺に途轍もない殺気をぶつけている。

 

 何故そうなっているのかを簡単に言うと、俺とフレイヤの距離がかなり近い。俺がフレイヤに何かしてると誤解されそうな位置である為、向こうがああして怒っているのである。

 

「あらあら、折角良いところだったのに」

 

「さっきのやり取りが、どこが良いところなんですか?」

 

 二人の登場にフレイヤが少々気分を害するように言った為、思わず突っ込みを入れながら彼女から離れる俺。

 

 それを見た猫人(キャットピープル)の男は好機と見たのか、仕掛けようと動き出す。

 

「アレン、止せ! フレイヤ様の神室だぞ!」

 

「先ずはこの不届き野郎を追い出すのが先だろうがぁ!」

 

 完全に誤解しているみたいで、猫人(キャットピープル)の男が途轍もないスピードで迫り、俺の胸倉を掴もうとしてくる。

 

 だが――

 

「悪いけど、俺はそこまで甘んじるほどのお人好しじゃない」

 

「なっ!」

 

『!?』

 

 ガシッと相手の腕を掴んで動きを止める俺に、猫人(キャットピープル)の男だけでなく、フレイヤとオッタルが信じられないように驚愕の表情となっていた。

 

 男は掴まれている俺の手から逃れようと抵抗するも、全く動けないでいる。

 

「貴様……!」

 

「心配しなくても、今すぐ出て行くから大人しくしてろ」

 

 そう言いながら俺は手を放し、フレイヤに向かってこう言った。

 

「それではフレイヤ様。俺の仕事は終わりましたので、そろそろ店に戻らせて頂きます」

 

「え、あ……」

 

 唖然としていたフレイヤが何た言いたげな表情だが、俺は気にせず一礼して部屋から出た。

 

 そして本拠地(ホーム)から出た後、そのまま『豊饒の女主人』へ戻っていく。

 

 

 

 

 

 一方、『豊饒の女主人』では――

 

「リューセー、早く帰ってきてぇぇぇぇぇ!!」

 

『死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!』

 

「何べん言わすんだい! 口を動かす前に手を動かしな、馬鹿娘共!」

 

『ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』

 

 今も大変忙しいメイを中心とした料理人達が隆誠の帰りを心底待ち望むも、ミアがそれをぶった切る様な怒号を発していた。




以上、フレイヤとの出会いでした。

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ロキ・ファミリアの宴会

 フレイヤからの配達依頼以降、何事もなく過ごしていた。と言っても、店が物凄く忙しい為に調理担当の俺は、ある意味戦場に立たされてるようなものだ。

 

 この世界に放り出された今の俺は、とても順応した生活を送っている。それとは別に、元の世界に帰る方法も調べなければいけないのだが……正直言わせてもらうと殆ど諦めかけている。時期が来るまで待つ、と言う結論に達してるから。

 

 アザゼルが作った転移装置による暴走の所為で、俺はこの世界に転移された。だから次元の狭間を使って帰ろうと試そうとするも、肝心の次元を開く事が出来ない状態となっていた。確証は無いのだが、俺を強制的に連れ出した空間が、何らかの形で聖書の神(わたし)能力(ちから)を阻害していると思われる。

 

 それ故に、俺は元の世界に帰るのを諦めかけている。でも時折、次元の狭間をこじ開けて分かった事もあった。日数が経つにつれ、次元の穴が広げる事が出来たのだ。尤も、それは僅かに過ぎない為、戻るには無理である。

 

 そこで俺は考えた。今の状況で無理矢理戻るのは危険だから、確実に戻る為には時間を置く事にしようと。それが何年掛かるかは分からないが、それまでの間、この世界を調べようと思う。(イッセー)やアーシア達に会えないのは寂しいが。

 

 一応、俺が転移装置を使って何らかのトラブルに巻き込まれた時の事を考えて、(イッセー)には携帯のメールに送っておいた。『もし転移装置の暴走で自分の身に何か起きても、決して周囲に知らせるな。必ず戻って来るから』と言うメールを。

 

 イッセーが周囲に黙っているか教えるか、それはアイツの判断に任せる。けどまぁ恐らく、必要最低限として信頼が置けるリアス達には教えてるだろう。アザゼルが作った転移装置を調べる為、色々な伝手を通じて。

 

 向こうで暴走した転移装置の解明、もしくは俺が時間をかけて元の世界へ帰還。間違いなく、そのどちらかになるだろう。

 

 先の事は全く分からない今の俺に出来る事は……とても忙しい店の料理を作る事だ。

 

 

 

 

 

 

「お前達、今夜は今まで以上大忙しになるよ。ついさっき、【ロキ・ファミリア】が宴会予約してきた」

 

『えええぇぇぇぇぇ!?』

 

『はぁぁぁ~~~……』

 

「?」

 

 夜の営業時間前の準備中、ミア母さんの台詞に料理人のメイ達が何故か絶望に等しい悲鳴を上げていた。彼女達の反応とは別に、ウェイトレスのアーニャ達が気が重そうな嘆息をしている。

 

 揃いも揃って凄く嫌そうな反応をしている事に、事情を全く知らない俺は訝っている。

 

「なぁシル、確か【フレイヤ・ファミリア】と並ぶ有名派閥だったよな?」

 

「はい。【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意さんなんです」

 

 シルは他と違って楽しそうな表情をしており、俺の質問にすんなりと答えた。

 

 それにしてもまぁ、この世界にフレイヤだけでなくロキの別神までいたとは。こうなると、他にも別神がいると見ていいだろう。フレイヤという名の似て非なる神と対面するなんて、自分にとって初めての経験だ。

 

 果たして此処のロキは一体どんな性格をしてるのやら。少なくとも、『神々の黄昏(ラグナロク)』を仕出かそうとした、あの悪神ロキみたいな奴じゃない筈だ。

 

 聞いた話によると、【ロキ・ファミリア】は【フレイヤ・ファミリア】と違って、オラリオの市民達から信頼されているそうだ。その主神であるロキも眷族思いな女神とか何とか。

 

 ロキが男神でなく女神、と言う信じられない情報に最初は己の耳を疑った。これには思わず『嘘だ!』と叫んでしまいそうな程に。

 

 世界が別とは言え、性別の違うロキが今夜に来るとは。この世界のフレイヤと違い、ロキに関してはちょっとばかり楽しみに思ってしまう。一体どんな容姿をした女神なのかと。

 

 俺の知ってるロキは最悪な性格をしてても、端整な顔立ちをした美青年だ。それを女性に見立てると、フレイヤに近い美貌を持ち、少々背の高い巨乳な美神……ってところか。

 

 調理担当である俺は接客する事はないが、それでも隙を見てロキの顔を見てみようと決意する。今夜は非常に楽しみだ。

 

 

 

「よっ、ほっ、はっ!」

 

 時間が飛んで夜の営業時間。

 

 調理担当の俺は少しばかり本気を出そうと、メイ達以上に料理を捌いている。

 

 特に大変なのが火を使う料理だ。厨房で使う焜炉(こんろ)の火力は結構高い為、鍋を振るう度に火の熱が襲い掛かって汗だくとなってしまう。

 

 だが、それでも俺は負けずに振るい続け、他に作ってる料理と並行処理している。

 

「ミア母さん、こっち頼む!」

 

「あいよ!」

 

 ミア母さんにヘルプを頼むと、まるで俺に合わせてくれるように調理していた。

 

「す、凄いニャ……」

 

「あのミア母ちゃんと、あそこまで息が合うなんて驚きニャ……」

 

 この光景にメイ達だけでなく、厨房を覗き見てるウェイトレスのクロエとアーニャが驚くように凝視していた。

 

 完成した料理を皿に乗せたから運ぶべきなのに、二人は一向に此方を見ているので――

 

「ちょっと二人とも、早く運んでくれないか!?」

 

「さっさと運びな!」

 

「「は、はいニャ!」」

 

 俺とミア母さんが怒鳴る様に指摘すると、ハッとした猫娘二匹はすぐさま料理を注文した客の方へ運んでいった。

 

 因みに俺が楽しみに待っている【ロキ・ファミリア】だが、既に来ている。こうしてミア母さんと一緒に鍋を振るってるのは、【ロキ・ファミリア】が入店した事で大量の料理を作らなければいけなかったのだ。

 

 出来ればロキの顔くらいは見たいのだが、この忙しい状況ではとても無理そうだ。

 

 そう思ってる中、大量の料理を一通り作り終えた事で、忙しい波をどうにか越えて少しばかり落ち着いていく。それでも気を抜いてはいけない。油断してると、またしても一気に注文が来るのだから。

 

「リューセー、今度はアタシが厨房に専念するから、その間に休憩入んな」

 

「了解」

 

『えぇぇぇぇぇぇ!!!???』

 

 多少落ち着いたとはいえ、俺が厨房から出て休憩する事にメイ達が悲鳴を上げた。

 

 言っておくが今日の俺は本気を出して、一人で十人分並みの仕事をしている。ミア母さんはそれを知ってるから、万一に備えて俺に休憩時間を与えてくれたのだ。

 

 修行と違って、料理はかなりの神経を使うから大変だ。益してや店の料理を大量に作り続けてると、修行以上の疲労感が襲われる。

 

「お願いリューセー行かニャいでぇぇ~~~!」

 

「休憩はもう暫く後にしてぇぇ~~!」

 

「私達の負担がぁ~~~!」

 

「………………」

 

 俺が厨房から離れようとするも、調理中であるメイ達が一斉にしがみ付いてきた。

 

 女の子達から頼られるのは嬉しいけど、今の俺は少しばかり身体を休めたい。

 

「リューセーに甘えてる暇があったら、さっさと作りな!」

 

『ひええぇぇぇぇぇぇ!!』

 

 見過ごせないと言わんばかりに、メイ達を纏めて連れ戻そうとするミア母さん。

 

 やっと休憩に入れそうだと思いながら厨房を離れた直後、客達が賑わせているテーブル席の方から、物騒な物音と同時に悲鳴が聞こえた。

 

「な、何だ!?」

 

 予想外のトラブルが起きた事で、離れで休憩に入る筈の俺は足を止めて、すぐに店内へと戻り始めた。

 

 調理服のまま店内に入ると、見目麗しい金髪の少女が何故か大暴れしている。

 

「誰や! アイズたんに酒飲ませたアホはぁぁぁぁ!!??」

 

 訳が分からずに戸惑っている中、糸目で緋色の髪をした男神(・・)が叫んでいた。

 

 あの子、酒を飲んだ所為で暴れてるのか? それが本当なら、アレは重度な酒乱だぞ。

 

 仲間らしき客達が止めようとするも、身のこなしが素早いのか、金髪の少女は未だに捕らえる事が出来ていない。

 

 これ以上暴れられたら、あと少しでミア母さんが確実に激怒すると危惧した俺は、あの子を止める為に動こうとする。

 

「ちょっとちょっと! 店の中で暴れないでもらえますか!?」

 

『!?』

 

 超スピードを使い、突如現れた事で客達が驚きと戸惑いの声を出していた。

 

 そんな事を気にしてない俺は、目の前にいる金髪の少女の動きを止める為に片腕を掴んでいる。

 

 だが――

 

「!」

 

「って、おい!?」

 

 少女は俺を見た途端、まるで敵と見なすように、掴まれてない拳で殴りかかろうとしてきた。

 

「不味い!」

 

「アイズ!」

 

「止すんじゃ!」

 

 酔っている彼女の暴挙に非常に焦って止めようとする客の内の三人。けれど全く聞いてないように、拳は俺の顔目掛けようとする。

 

 他の客達も悲鳴を上げようとしてる中――

 

「いい加減にしろ!!」

 

「!?」

 

 少女が放つ拳を、首を動かしただけで簡単に躱した俺は少しばかり怒って、彼女の額にデコピンを当てた。

 

 バチィンッと強烈な音が響き、それをモロに喰らった少女は脳震盪が起きたように意識を失い、そのまま仰向けに倒れていく。

 

「ったく、手間を取らせやがって……!」

 

『…………………』

 

 面倒な客だったと吐き捨てる俺とは別に、周囲の客達は目の前の光景が信じられないように唖然としていた。

 

 その直後、厨房からミア母さんが現れる。

 

「さっきの騒ぎは何だい!?」

 

「あ、ミア母さん」

 

『!?』

 

 彼女の登場により、客達は途端にビクッと非常に焦るような表情となっていく。特に俺が気絶させた少女の関係者らしき客達の中には、どんどんと顔を青褪めていく者もいる。

 

「ん? 何でリューセーが此処に居るんだい?」

 

「ああ、それはね――」

 

 俺が簡単に状況を説明すると、ミア母さんはどんどんとしかめっ面になっていく。

 

「アンタ等の仕業だったのかい……!」

 

「あ、いや、ミア母ちゃん、これには深いわけが……!」

 

 突如言い訳染みた事を言い始める男神だが――

 

「この、アホンダラがぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

 ミア母さんの怒号が店内に響き、その衝撃が俺を含めた客全体に襲い掛かったのであった。

 

 何か理不尽だ。俺、これ以上の被害が大きくなるのを止めた筈なのに……。

 

 ……あ、客の中に見覚えのある奴を発見。休日の時に見た黒髪の冒険者が、ミア母さんの怒号によって倒れているが。

 

 

 

 

 予想外な出来事が起きたが、隆誠は予定通り休憩時間に移ろうと客達の前からいなくなる。

 

 その際、客の一人が引き留めようとするも、ミアからの睨みで叶わなかった。

 

 因みに先程まで暴れていた金髪の少女は、緑髪のハイエルフによって介抱されている最中である。

 

「なぁなぁ、ミア母ちゃん」

 

「何だい? 今は見ての通り忙しいんだがねぇ」

 

「アイズたんを止めた、さっきの坊主は誰や?」

 

 【ロキ・ファミリア】の主神である女神ロキが、カウンターにいるミアに問いかけた。

 

 その質問に彼女が眉を顰めるも、今度は同ファミリアの団長フィン・ディムナも乗っかろうとする。

 

「突然現れただけでなく、『Lv.5』のアイズを簡単に止めるなんて、只の一般人じゃないよね?」

 

 面倒な相手に目を付けられたと思いながらも、ミアは取り敢えずと言った感じでこう答えた。

 

「リューセーは約一月前に入ったばかりの息子なんでね。詳しい素性なんて知らないよ」

 

「息子? ミア母ちゃん、この店に男を雇ったんか?」

 

 少しばかりショックを受けたように大袈裟な仕草をするロキ。

 

 女でありながらも、女好きであるロキは美人揃いで有名な『豊饒の女主人』を大変気に入っている。それ故に大掛かりな宴会をする際は、必ずこの店を予約していた。

 

「あくまで厨房メインだよ。今アンタ等が食べてる料理の中に、アイツが作ったのも入ってるからね」

 

「マジか!?」

 

「へぇ。随分と有望な新人だね。まさか冒険者から料理人に転向するとは……」

 

 意外な事実を知ったと驚くロキとは別に、フィンは大変興味深そうに厨房へ視線を向けている。

 

 アイズを簡単に止める腕前を持っている彼が何故料理人となったのかは知らないが、それなりの事情があった。フィンはそう考えた。

 

 だが――

 

「言っておくけど、リューセーは冒険者じゃないよ。何でも遠い異国からやって来たそうで、今も何処の【ファミリア】にも所属してないらしいよ」

 

『!?』

 

 余りにも信じられない情報を聞いた事により、ロキやフィンだけでなく、一緒に聞いていた『ロキ・ファミリア』の団員達も驚きの表情となった。

 

 神から『恩恵(ファルナ)』を得た人間は一般人より強いが、オラリオ外にいる者達と比べて遥かに弱い。強くても精々『Lv.3』もしくは『Lv.4』ぐらいだ。『Lv.5』や『Lv.6』、そして『Lv.7』の冒険者がいるオラリオ勢とは比べ物にならない。

 

 都市外の人間がオラリオの第一級冒険者と戦ったところで勝負にすらならない。これは一種の常識となっている。

 

 だと言うのに、一年前『Lv.5』にランクアップしたアイズを、隆誠がいとも簡単に気絶させた。彼女がいくら酒で酔っていたとは言え、第一級冒険者を相手にだ。

 

 ロキやフィン達からすれば前代未聞と言うべきだろう。外部の者が、第一級冒険者となったアイズを止めるなんて、普通に考えてあり得ないのだから。

 

「ミ、ミア母ちゃん! その話もうちょい詳しくっ!」

 

「僕も聞きたいね。出来れば彼と一度話してみたいんだけど」

 

 当然、ロキとフィンは物凄い勢いで食いついた。どこの【ファミリア】に所属してないフリー状態な隆誠を逃す訳にはいかないと。

 

「喧しいっ! これ以上アンタ等に付き合いきれないよ! こっちは今忙しいんだ!」

 

「ひぇっ!」

 

 有名な【ロキ・ファミリア】相手でも、ミアはつっけんどんに言い返した。

 

 この店は女将のミアが絶対と言うルールで統制されている。それ故に客達は逆らう事が出来ない。それが目の前にいるロキやフィンであっても。

 

 それに負けたロキが恐怖の余り悲鳴をあげ、フィンは分が悪いと引き下がる事にした。厨房の方へ視線を向けながら。

 

(機会があれば、声を掛けてみるとしよう)

 

 酔ったアイズを止めてくれた礼をしたいと言えば納得してくれるだろうが、今のミアにそれを言えば怒りを買うとフィンは判断し諦めた。

 

 けれど、なるべく早めにしたかった。余所【ファミリア】に知れ渡れば、確実に隆誠を引き抜く事をするだろうと思いながら。




リューセー「おいシル、何でお前が俺と一緒に休憩してるんだ?」

シル「ミアお母さんの怒鳴り声が今も耳に響きまして、休憩した方がいいかなぁ~って」

リューセー「……後で母さんに叩かれても知らないからな」



クロエ「って、シルは何処ニャ!?」

ルノア「確かリューセーの後に付いて行ったような気が……」

アーニャ「シルの奴、どさくさに紛れて勝手に休憩してるニャ!?」

リュー「違います。シルは気分が優れないから休んでいるんです」


メイ「リューセー! 頼むから早く戻って来てぇぇぇぇぇ!!」


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フレイヤと再会

「他の客の迷惑なんだよ、このアホンダラ共ぉ!」

 

『ぎゃぁぁぁぁあ!!』

 

 朝の時間帯に関わらず、店はミア母さんの怒号で響いていた。客だけでなく、店員の俺達としては嘆息する一方だ。

 

「またリューセー目当ての神様達だったニャ」

 

「もうこれで何度目かニャ」

 

 ウンザリする様に厨房に来て報告するウェイトレスのアーニャとクロエ。

 

 調理中の俺は如何でもいいように聞き流しながら、完成した料理を皿に乗せていく。

 

 連日のようにミア母さんの怒号が響くようになったのは、数日前にあった【ロキ・ファミリア】がウチの店で宴会をしてた時だ。

 

 向こうが宴会中に、【ロキ・ファミリア】団員の金髪少女が酒を飲んで暴走していた際、俺が即座に取り押さえて気絶させた。しかも客達の目の前で。

 

 只の一般客なら大して問題無かったのだが、その相手はオラリオが注目してる冒険者だった。名はアイズ・ヴァレンシュタインで、【剣姫(けんき)】の二つ名を持ち、十代前半でありながらも第一級冒険者の【LV.5】。美少女剣士とも称されて、相当有名らしい。

 

 そんな大物を俺が取り押さえただけでなく、デコピン一発だけで気絶させてしまった為、それを目撃した客達が外に広めてしまった。

 

 噂の真意を確認しようと冒険者と思わしき者達が訪れるも、ミア母さんが『仕事の邪魔だ!』と追い出した。相手が相手だからか、冒険者達はミア母さんに逆らえない為に引き下がる事となる。

 

 これで解決したかと思ったのも束の間、今度は多くの神達が現れる事となる。この世界の神々は相当な娯楽好きみたいで、面白半分で何度も店にちょっかいを掛けに来ていた。

 

 聞けば、この世界にいる下界の人間が神を殺すのは禁忌となっているそうだ。その為に神が嫌がらせな事をしてきても、下界の人間は禁忌を危惧してか、手を上げる行為をやろうとしない。適当にやり過ごすか、黙って耐えるかのどちらかだ。神共はそれを理解してるかのように、ジワジワと追い詰めるようなゲス同然の行為をしている。

 

 けれどミア母さんは例外だった。神相手に平然と手を上げるどころか、情け容赦なく店から摘まみ出しているのだ。

 

「ミア母さんに何度やられても懲りないんだな」

 

「神様は基本そういう性格ですから」

 

 俺の呟きに反応するシルが苦笑しながら返した後、俺が作った料理をトレーに乗せて客の方へ運んでいく。

 

 やっと落ち着いたのか、ミア母さんが厨房に戻って来た。それでも不機嫌そうな表情であるが。

 

「全く。これだから神って奴は……!」

 

「……ゴメンなミア母さん、俺が余計な事をした所為で」

 

 迷惑を掛けてしまってる事に罪悪感を感じた俺が謝るも、向こうはフンっと鼻を鳴らす。

 

「謝る必要なんか無いんだよ。悪いのはアタシの店に無遠慮に来た(バカ)共さ」

 

 神相手にバカと容赦なく罵倒するミア母さんを非常に頼もしいと思ってしまった。

 

「じゃあ俺もミア母さんに倣って、もし神が絡んで来た場合、遠慮なくぶっ飛ばせばいいかな?」

 

「分かってるじゃないか。但し、ちゃんと加減するんだよ」

 

「了解」

 

『………………』

 

 俺とミア母さんの会話に、アーニャ達が何故かドン引きしていた。何だか神をも恐れぬ行為を見てるような感じで。

 

 あ、それはそうと、ある事を思い出した。

 

「ところで、昼以降は半休で良いかな? 久しぶりにオラリオを散策したいんだけど」

 

「ああ、良いよ。今日はそこまで忙しくないからね」

 

『えぇぇぇええええ!?』

 

 俺の半休申請にアッサリと了承するミア母さんに、聞いていたアーニャ達が途端に反応して大声を上げる。

 

 

 

 

 

 

(ったく、本当にしつこかったな)

 

 昼過ぎ。

 

 オラリオの散策をしてる最中、俺だと分かった神共が揃いも揃って俺に詰問してきた。俺がアイズ・ヴァレンシュタインを一撃で気絶させたのは本当なのかと。

 

 それどころか自分の【ファミリア】に入団しないかと勧誘もしてくる。何度断っても、向こうは此方の意思など全く関係無く、同じ事を何度も言ってくる始末だ。

 

 下手に出て穏便に済ませようとする俺も流石にウンザリ気味となったから、強制的に黙らせようと決意する。

 

 いきなり暴力行為をするのは不味い為、少しばかり趣向を凝らした行為を実行した。俺に顔を近づけてくる男神二人の頭を掴んだ直後、そのまま無理矢理くっ付けて男神同士のキスと言う行為を。

 

 突然の事に、男同士のキスをさせられてる男神二人は当然抗おうとするも、力は一般人と変わらないから、俺の握力から逃れる事が出来なかった。一分以上続けた結果、耐え切れなくなった男神二人は顔が真っ青の状態のまま気絶し、ピクピクと(ある意味)半死半生状態へと陥る。

 

 因みに俺がやったのは道の真ん中である為、神以外にも一般人達も言うまでもなく目撃していた。大半は男同士のキスを悍ましげに見ていたが、女の中には大変興味深そうに見て興奮してるのもいたのは気にしない事にしている。

 

 そして気絶した男神二人を確認した俺が――

 

『次にキスしたい方はいらっしゃいますか?』

 

 そう言った直後、神達は一斉に逃げ出した。俺に詰問してきたのは男神達ばかりだったので。

 

 やっといなくなったと安心した俺は、倒れてる男神を放って散策を再開し、今に至ると言う訳だ。

 

(ちょっと腹減ったな……)

 

 さっきまでずっと鬱陶しい神に絡まれていた為、少しばかり小腹が空いてしまった。

 

 以前に食べたジャガ丸くんでも食べようと、屋台を探そうとする。

 

 探して数分後、思いのほか見付かった。アレを見ると、以前にガラの悪い冒険者を思い出す。

 

 今日はいないなと思いながら、並んでる客がいないのを見てすぐに向かう。

 

 えっと、前はソース味を食べたから……試しに小豆クリーム味を食べてみるか。

 

「ジャガ丸くんの小豆クリーム味下さい」

 

「はいよ。運が良いねお客さん、丁度最後だったんだ」

 

「? 最後って?」

 

 注文を受けた店員が妙な事を言ってて、俺は思わず首を傾げてしまった。

 

「今日は期間限定のジャガ丸くんを売ってるんだよ。まぁつっても、いつもより大きめサイズのジャガ丸くんだけどよ」

 

「ほほ~う」

 

 成程。それで俺が最後の客だったのか。

 

 知らなかったとは言え、ちょっと得をした気分だ。

 

 そう思いながらお金を払い、店員から出来立て熱々なジャガ丸くんが入った袋を受け取る。確かに大き目で、小豆やクリームもかなりあった。何かこれだけでお昼ご飯になりそうだ。

 

 流石にサイズが大きい為、どこかに座って食べようと思った俺が移動を開始すると、何故か見覚えのある金髪が俺の横を通り過ぎた。

 

(今のは……)

 

 気になった俺が後ろを振り返ると、やはり見覚えのある人物だった。数日前、ウチの店で宴会に参加し、酒を飲んで暴走していた金髪美少女――アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

「あの、期間限定のジャガ丸くん小豆クリーム味を一つ下さい」

 

「あ~悪いね。たった今、売切れちゃったんだよ」

 

「……そう、ですか」

 

 無いと言われた事で、アイズ・ヴァレンシュタインは途端にドンヨリした雰囲気を醸し出していた。

 

 非常に楽しみにしていたのか、相当ショックを受けているようだ。見てるだけで凄く気の毒と思うほどに。

 

 少しばかり罪悪感に苛まれるから、自分が買ったのを渡そうかと考えてしまう。とは言え、いきなり見知らぬ人間から渡されたら彼女も困惑するだろうから、此処は敢えて無視する事にした。

 

 加えて、俺は彼女を気絶させた一件があるから、下手に顔を合わせれば面倒な事になるかもしれない。一般人の俺が『Lv.5』の第一級冒険者を簡単に気絶したから、プライドがかなり傷付いているだろうと。

 

 取り敢えず、アイズ・ヴァレンシュタインが未だ此方に気付いてない隙に、さっさと退散する事にした。

 

 

 

「よし、食べるか」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインに気付かれる事なく退散した俺は、広場を見付けてベンチに座っていた。

 

 ジャガ丸くん小豆クリーム味が入った袋を取り出し、カプッと食べ始める。

 

 味の方は……美味しいと言えば美味しい。但し、総菜として食べるなら余り美味しくないが。

 

 ま、スイーツ感覚で食べれば結構いける味だ。小豆やクリームの甘さで、ジャガ丸くんの味がマイルドになっている。

 

 確かアイズ・ヴァレンシュタインは小豆クリーム味を買おうとしていたな。もしかしたら彼女はこれが好きなのかもしれない。そう考えると、またしても罪悪感に苛まれてしまう。

 

 会う機会があれば、これと似たような料理を作ってみるかと考え、ジャガ丸くんを食べ終える。

 

 本当は飲み物が欲しいけど、生憎今は持っていないから、後でどこかの喫茶店で紅茶を飲む事にした。

 

「ふぅ、食った食った……」

 

 大きかっただけに、結構腹が膨れた。これなら夕飯まで何も食べる必要はなさそうだ。

 

「さてと、喉が渇いたからお茶でも――」

 

「良かったら、私と一緒にどうかしら?」

 

「――は?」

 

 俺が独り言を口にしてる途中、誰かが俺に誘いの声を掛けて来た。

 

 聞き覚えのある声だと思いながら振り向いたら、先日に配達依頼をしてきた【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤだった。

 

 以前に会った時とは違い、肌が人目に晒さないよう、長い紺色のローブを羽織っている。

 

「久しぶりね、隆誠。この前は配達をしてくれてありがとう」

 

「……その節はどうも」

 

 気軽に挨拶をしてくるフレイヤに、俺は訝りながらも返した。

 

「何故こんな所に? 有名な派閥の主神が、護衛を付けずに歩くのは危険じゃないですか?」

 

「一人で出かけたい気分だったのよ。その途中で貴方を見付けたから、声を掛けたのよ」

 

「そうですか」

 

 今頃眷族のオッタル達はフレイヤがいない事に大騒ぎしながら捜索してるだろう。

 

 アイツ等はフレイヤに異常と言えるほど神聖視してるから、どんな事をしているのか手に取る様に分かる。

 

 なので、ここでもし俺がフレイヤと一緒にいるのを目撃したら面倒な事になるのは確実だ。あのアレンとか言う猫人(キャットピープル)の男が、また変な誤解をして襲い掛かって来るのが容易に想像出来る。

 

「では俺はこれにて失礼します」

 

「ちょっと。私を残して行くなんて失礼じゃない?」

 

 俺がベンチから立ち上がって去ろうとするも、フレイヤが即座に腕を掴んできた。

 

「貴女と一緒にいると碌な目に遭いませんからね。って言うか放して下さい」

 

 その気になれば簡単に振り払う事は可能だが、下手にやると彼女に傷が付く恐れがある。後から知ったオッタル達が、フレイヤを傷付けた俺を罰しようと総攻撃を仕掛けて来るかもしれないから。

 

「そんなこと言わないで、一緒にお茶を飲みに行きましょう。ねぇ?」

 

「………………」

 

 相手が有名な派閥の主神な為、無下に断る事が出来なかった。

 

 もし俺の知ってるフレイヤなら遠慮なく言ってるが、目の前にいるコイツは全くの別神。故に勝手が違う。

 

 結局断る事が出来なかった俺は仕方なく、本当に仕方なくフレイヤとお茶をする事となった。オッタル達が来た場合は責任持って対応するようにとの条件付きで。

 

「………やっぱり、私を相手に全く動じてないわね。非常に興味深いわ」

 

「何か仰いましたか?」

 

「何でもないわ」




オッタル「フレイヤ様は何処に!?」

アレン「あの方に触れようとするクソ野郎がいたら殺す!」


市民「な、何だ何だ!? 【フレイヤ・ファミリア】だぞ!」

アイズ「あれは……『猛者(おうじゃ)』と『女神の戦車(ヴァナ・フレイア)』? ロキやフィンに報告した方が良いかな?」


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有名派閥同士の抗争

明けましておめでとうございます。


「はぁ!? フレイヤんとこの連中が動いとるやと!?」

 

「うん。【猛者(おうじゃ)】と【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】が血相を変えて……」

 

 場所は【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――『黄昏の館』。

 

 期間限定のジャガ丸くんが買えなかった事にショックを受けながら帰っていたアイズだが、途中で【フレイヤ・ファミリア】の団長や副団長を目撃した。更には他の第一級冒険者達も何かを探すように大慌てだったから、これは何か良からぬ事ではないかと、彼女は思考を切り替えてロキ達に報告する為に大急ぎで戻った。

 

 執務室に【ロキ・ファミリア】の主神ロキ、団長フィン、副団長リヴェリア、幹部ガレスの四名が定例会議をしてる最中、ノックもせず入室してきたアイズに驚くも、報告を聞いて状況が一変した。自分達の対となる有名派閥――【フレイヤ・ファミリア】の動きを聞いて。

 

「ん~……何やら尋常じゃなさそうだね」

 

「あのオッタル達がそこまですると言う事は、向こうで何か起きたのか?」

 

「もしくは、神フレイヤが良からぬ計画を立てておるのではないか?」

 

 寝耳に水だった緊急情報にフィンは考える仕草をして、リヴェリアとガレスは思った事を推測した。

 

 因みに報告したアイズだが、三人の話を聞いても敢えて口出しをせず無言のままだ。自分はあくまで報告しただけに過ぎないから、と言う感じで。

 

「あの色ボケ(フレイヤ)が何をやろうとしてるかなんて知らんが、どっちにしろ碌な事じゃないのは確かやな」

 

 向こうが何をやろうとしてるのか分からないフィン達とは別に、ロキは神側(じぶん)の視点で考えていた。同郷であるフレイヤは自分と同様に相当な策士であり、目的がいまいち掴めなくてやり辛い相手である。ロキからすれば非常に厄介な存在なのだ。

 

 目的が分からないにしろ、フレイヤのやる事は必ず面倒事を起こす。これはほぼ確定してる。何せ彼女の眷族すらも巻き込むほどの事を、過去に何度もやらかしているのを知っているから。

 

 フレイヤの神意を問い質そうとロキが直接出向けば良い。けれど、【フレイヤ・ファミリア】の【猛者(オッタル)】と【女神の戦車(アレン・フローメル)】が自ら動いてるとなれば、相応の覚悟で向かわなければならない。

 

 此処に居るフィン達やアイズを自分の護衛にさせれば、流石のフレイヤ達でさえも迂闊に手を出す事は出来ない筈。都市最高派閥【ロキ・ファミリア】の最高戦力は伊達じゃない。

 

 オラリオを代表する二大派閥の【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】。この二つの【ファミリア】が抗争する事になれば、間違いなくオラリオは甚大な被害を及ぼしてしまう。

 

「どうするんだい、ロキ。貴女が神フレイヤに直接会いに行くなら、僕達は護衛として同行するけど?」

 

「相変わらず話が早くて助かるわ」

 

 自分と同じ事を考えていたのか、団長のフィンが護衛をすると自ら言ってきた。リヴェリアとガレスもいつでも行けると言わんばかりの表情だ。

 

 洞察力に優れている団長や、頼もしい副団長達を見てロキは笑みを浮かべる。

 

「とは言えや、うち等が揃ってフレイヤの本拠地(ホーム)に行けば、それはそれで誤解されかねんからなぁ……」

 

 目的を問い質す為とは言え、ここで【ロキ・ファミリア】も動いたら、オラリオにいる住民達や他所の【ファミリア】も確実に誤解するだろう。二大派閥の抗争をするのではないかと。

 

 そんな誤解をギルドの耳に入れば、あの五月蠅いギルド長ロイマンが絶対黙っていないだろう。下手をすれば特大の(ペナルティ)を課せられてしまう恐れだってある。

 

 フレイヤ達は特に気にしないが、ロキ達としては御免被りたい。【ロキ・ファミリア】はオラリオやギルドに信頼されてる反面、自分達を恨んでいる敵もそれなりにいる。下手に隙を見せる事をすれば、その弱点を突こうとする連中がいるかもしれない。

 

 そう考えたロキは――

 

「アイズたん、うちの護衛役として付きおうてもらうで」

 

 一先ずアイズだけを連れて行く事にした。

 

「私だけで良いの?」

 

 指名されたアイズが意外そうに尋ねた。状況が状況だからフィン達も一緒に行くと思っていたから。

 

「この状況でフィン達を連れて行く訳にはいかんからなぁ。必要最低限っちゅう訳や」

 

 一人でも連れて行けば多少の牽制は出来る。加えてアイズは14歳の少女と言えど、第一級冒険者の【Lv.5】なので充分な戦力だ。フィン達が反対意見を出してないから、賛成してると見ていい。

 

 それとは別に、ロキがアイズを護衛として選んだのは、不謹慎ながらもちょっとしたデート気分も兼ねていた。

 

(まぁいくらフレイヤでも、オラリオを敵に回すような事はせぇへんやろ)

 

 いくら周囲に迷惑を掛けてる事をしてるとは言え、【ロキ・ファミリア(じぶんたち)】やオラリオを敵に回す行為はしないと、ロキはそう考えている。フレイヤはそこまで馬鹿じゃない女神(おんな)だと、ある程度の信用があるので。

 

 アイズたんと同行(デート)するのは久しぶりやなぁと内心楽しみにしてる中、突如執務室の扉が開き――

 

「団長、ロキ、大変っす! 【フレイヤ・ファミリア】がベートさん達と衝突してるって報告が!」

 

「なんやて!?」

 

『!?』

 

 入室してきた団員――ラウル・ノールドからの報告を聞いて、ロキは甘い考えを即座に捨て去った。

 

 フィン達も本格的に動かなければ不味いと危惧し、装備を整えようと準備に移ろうとする。

 

(あんの色ボケ! マジでうち等と()り合う気か!?)

 

 自分達と衝突したと言う事は即ち、実は本当にとんでもない計画を立てているのではないかとロキは危惧する。

 

 因みに肝心のフレイヤだが、ロキ達の危惧とは他所に、とある人間と喫茶店でお茶しているのであった。

 

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が衝突する少し前に遡る。

 

 

 

「それでね、オッタル達ったら酷いのよ。いい子達なんだけど、私を自由にさせてくれないんだから」

 

「貴女は立場上、下手に動いたら不味いでしょうに」

 

 とある喫茶店で、俺――兵藤隆誠はフレイヤと一緒にお茶を飲んでいた。

 

 味わいがある紅茶を飲んで口の中がさっぱりするも、正面に座っているフレイヤが途端に愚痴を零していた。

 

 この前の配達で会ったきりだと言うのに、平然と身内に関する事を話す事に、大丈夫なのかと不安に思うほどだ。と言っても、大して差し障りの無いプライベート話なのだが。

 

 因みに俺とフレイヤが会話してる最中、周囲の客達が凝視する様に見ているが、然して問題無かった。彼等は別に俺達の話を聞いてるのでなく、フレイヤに目が行ってる。まるで魅了されているように。

 

 尤も、彼女はそんな事を一切していない。彼女の美貌を見ただけでそうなっているだけだ。美の神と言うのは基本、下界の人間を知らずに魅了させてしまう。元の世界にいるフレイヤも似たような事をしている為、俺は客達の行動を全く気に留めていない。

 

 本当なら俺も客達と同じく魅了されてもおかしくないだろう。けど生憎、目の前の女神を見たところで微塵もそんな気にならない。こっちは前世(むかし)の頃からあらゆる美の女神と会った他、現世(いま)も多くの美女や美少女と対面してるから見慣れてる。加えて、俺の知ってる美神フレイヤとは色々な意味で付き合いのある身だ。アイツに関する耐性はそれなりに身に付いている。例え魅了(チャーム)を使われたところで一切通用しない。

 

 これがプライドの高い美の神なら、自分に見惚れない事で激昂する奴もいた。けど、今俺と話してるフレイヤはそうならないどころか、普通に話す俺と実に楽しげな様子だ。

 

「ねぇ隆誠。そんな他人行儀じゃなくて、出来れば素で話してくれないかしら?」

 

「そんな恐れ多い事を仕出かしたら、俺は貴女の眷族達に殺されてしまうんですがね」

 

 紅茶を飲みながら、暗に出来ないと拒否した。

 

 以前に会った門番達なんか、俺が女神フレイヤと呼んだ瞬間に『様をつけろ』と強要してきた。それを考えれば、団長のオッタルやアレンと言う猫人(キャットピープル)の前でフレイヤを呼び捨てにした瞬間、途轍もない殺気をぶつけてくるだろう。

 

「大丈夫よ。私が良いと言えば手出しはしないから」

 

「それでもです」

 

 奴等の行動を考えると、どこか人のいない場所に無理矢理連れて、『調子に乗るな』とか集団リンチされそうな気がする。あくまで俺の勝手な想像だが。

 

「ねぇ、良かったらケーキを頼んでもいいかしら?」 

 

「自分で払うのでしたらご自由に」

 

「あら。ここは普通、男の貴方が奢ってくれるんじゃないの?」

 

 少しばかり気分を害する様に折角の美貌を顰めるフレイヤ。もしオッタル達が知れば確実に怒るだろう。

 

「勝手に付いて来たんですから、そこまで面倒見切れませんよ。まぁ、紅茶ぐらいは奢りますが」

 

「むぅ……」

 

 今度は剥れた表情となるも、俺は素知らぬ顔で残りの紅茶を飲み干した。

 

 これ以上長居してると、フレイヤが勝手にケーキを注文して奢らされそうな気がしたので、俺はさっさと会計を払って店から出る事にした。

 

「全く。隆誠ってノリが悪いわね。こんな美神と一緒にデートしてるって言うのに」

 

「いつから俺は貴女とデートしてる事になってるんですか? ってか、離れて下さい」

 

 俺の事を悪く言いつつも、寄り添いながら一緒に歩くフレイヤ。

 

 世界は違えど、勝手に話を進めるのは俺がいる世界のフレイヤと全く一緒だ。外見は違っても、中身は少しばかり似てる。出来れば勘弁してほしいものだ。

 

 そう思っていると、俺に寄り添っている別神は途端に眉を顰めている。

 

「隆誠、他の女の事を考えていたわね?」

 

「そんな訳ないでしょう」

 

「嘘ね」

 

 俺が誤魔化しの返答をするも、フレイヤが即座に嘘だと断定してきた。

 

「知らないの? 神は下界の者の嘘を見抜けるのよ」

 

「あぁ、そう言えばそうでしたねぇ……」

 

 確かミア母さんが神について教えてくれた際、『全知零能』になっても限定した能力を使えると言ってたな。フレイヤが言ってた嘘を見抜く能力がそれだ。

 

 店の仕事に専念し続けた他、神と話す機会が大して無かったから、すっかり忘れていた。

 

「貴方はいけない子ね。私と一緒にいながら、他の女を思い浮かべてるなんて」

 

「そんなの其方が気にする事じゃないでしょうに」

 

 それに俺が思い浮かべた女は、同姓同名な別神であるフレイヤの事だよ。似て非なるとは言え全く同じ女神である為、他の女とは言い難い。

 

 あと如何でも良いんだが、この世界のフレイヤの声を聞いてると、思わずリアスと話してる感覚になりそうだ。何だかまるでアイツに浮気を問い詰められてる感じがして、本当に複雑な気分だ。

 

 すると、寄り添っているフレイヤは、途端に俺の腕に引っ付いてくる。

 

「他の女の事なんか考えられないようにしちゃおうかしら♪」

 

「止めて下さい。本当に迷惑ですから」

 

 心底嫌そうに言い放つ俺だが、フレイヤは益々笑みを浮かべていく一方だった。

 

 普通拒否されたら怒る筈なのに、何でこの女神は逆に気分が良くなっていくんだよ。

 

「うふふ。私、そうやって反抗する人間(こども)ほど、凄く燃えちゃう性質なの。特に隆誠みたいな気に入った子なら猶更ね♪」

 

「フレイヤ様って嫌な性格してますねぇ」

 

 ミア母さ~ん、この女神どうにかしてくれないか~? 何か俺じゃどうしようも無いんだけど~。

 

 思わずこの場にいない人間に頼っていると、突如どこからかドオンッと衝突音がした。しかもかなり大きな音だ。その後に連続して鳴り響いてくる。

 

 この音は俺だけでなく、一緒に歩いているフレイヤの他、彼女に見惚れている住民も聞こえていた。

 

「さっきのは……明らかに戦闘だな」

 

「分かるの?」

 

 意外そうに尋ねてくるフレイヤだが、俺は気にせず頷く。

 

「これだけ派手な音をしてるとなると、どこかの【ファミリア】同士が衝突してるかもしれませんね」

 

「あらあら。一体誰がそんな物騒な事をしてるのやら」

 

「案外、貴女の【ファミリア(ところ)】だったりして」

 

 フレイヤが勝手に出掛けた事でオッタル達が大騒ぎしながら捜索してると予想していた。それを踏まえて考えれば、アイツ等が片っ端から探そうとする余り、一方的な上から目線でフレイヤの事を問い質してる事で別【ファミリア】と衝突してる可能性がある。

 

「もし本当にこれが【フレイヤ・ファミリア】の仕業でしたら、貴女が責任持って対処しなければいけませんね」

 

「だったら確かめましょう。行くわよ、隆誠」

 

「え? ちょっ……!」

 

 フレイヤに主神としての自覚を持たせる為に言ったつもりだったのだが、勝手に俺の腕を引っ張って現場に行こうとするのは予想外だった。

 

「ちょっと! 何で俺も行かなきゃならないんですか!?」

 

「私の【ファミリア】なら問題無いけど、そうでなかったら私を守ってくれる盾が必要じゃない。だから頼むわね、隆誠♪」

 

「勝手に俺を護衛扱いしないで下さい!」

 

 冗談じゃない。

 

 これでフレイヤと一緒で腕を組んでる所をオッタル達に目撃されたら、奴等は間違いなく標的を俺に変更するだろう。しかも殺す程の勢いで、そう断言出来るほどに。

 

 掴まれてる腕を振り払って逃げたいのだが、移動中にそんな事をすれば、彼女が転んでしまう恐れがある。それで絶対面倒な事になるのは言うまでもないだろう。

 

 それに俺は冒険者でもないし、恩恵を与えられてない一般人だ。これで下手に介入して目立ってしまえば、ミア母さん達に多大な迷惑を掛けてしまう事になる。

 

「大丈夫よ。アレンの攻撃を簡単に防いだ貴方なら問題無いから」

 

「たったそれだけの事で信頼しないで下さい!」

 

「そうかしら? 私には充分凄いことなのだけど」

 

 意外そうに言ってくるフレイヤに、俺は何を言ってるのか全く分からなかった。

 

 

 

 

 

 結局またしても同行される事となってしまい現場に到着する。

 

「予想的中しましたねぇ、フレイヤ様」

 

「そうみたいね」

 

 辿り着いた先には、【フレイヤ・ファミリア】のオッタルやアレンを含めた団員達の他、彼等と交戦してる【ファミリア】がいた。

 

 戦ってる相手の中には一人見覚えのある奴がいる。少し前にすれ違った【ロキ・ファミリア】の団員――アイズ・ヴァレンシュタインが、他の団員達と一緒に戦っている。

 

 あの子がいると言う事は、恐らくオッタル達が交戦してるのは【ロキ・ファミリア】だろう。

 

 如何でも良いが、以前俺に襲い掛かろうとしていたアレンは、狼らしき獣人と交戦中だ。どちらもかなりのスピードだが、俺が捉えきれないほど速くはない。

 

 って、よく考えると、【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が交戦してるって非常に不味い。

 

 どちらもオラリオを代表する都市最大派閥。そんな有名な連中が本格的に交戦したら大問題どころじゃ済まない筈だ。

 

「とにかく、【フレイヤ・ファミリア】だと分かった以上、早く貴女が止めて下さい」

 

「そうしたいのは山々だけど、今のあの子達が私の声が聞いてくれるかどうか不安なのよ」

 

「いや、絶対に聞きますから」

 

 声を掛けただけで、オッタル達はすぐに戦闘停止する筈だ。

 

 フレイヤもそれぐらい分かっている筈なんだが……何故か楽しんでるように見ているのは俺の気のせいか?

 

「私があんな危険な戦場に立たされたら怪我するかもしれないわ。だから隆誠、私を守って♪」

 

「……いい加減にしろ、フレイヤ!」

 

『!』

 

 今までのフレイヤの勝手な言い分に我慢の限界が訪れた俺は、彼女に向かって怒鳴った。

 

 因みに大声で怒鳴った事により、戦闘してるオッタル達は動きを止める事に俺は気付かなかった。

 

「お前は主神なんだから、自分の【ファミリア】くらい責任持って対処しろ!」

 

「……驚いたわ。貴方、そんな風に怒るのね」

 

 心底驚いたと言ってくるフレイヤに、俺の怒りゲージは更に上がっていった。

 

「んな事言ってる場合じゃないだろうが! さっさと行け! でないとその顔引っ叩くぞ!」

 

 この発言によって――

 

「テメエェェェェェェェエエエエ! 美神(そのかた)に何してやがるんだぁぁぁああああ!!!」

 

 アレンが完全にキレて急速に接近し、俺に攻撃を仕掛けようとしていた。

 

 奴が持っている槍の穂先が俺の顔に当たる寸前――俺は一切見向きもせず、片手でガシッと槍の柄を掴んで動きを止めた。

 

「っ!」

 

『!?』

 

 攻撃を防がれた事に目を見開くアレンの他、オッタル達からも驚きの声を上げていた。

 

「お前は邪魔だぁ!」

 

「がぁっ!」

 

 槍を掴んでいた俺は即座に反撃をしようと力強くキッと睨んだ瞬間、アレンは見えない衝撃を受けて吹っ飛んでいく。

 

 さっき使ったのは遠当てで、『ドラグ・ソボール』で空孫悟が使っていた技だ。対象を強く睨む事で、目から衝撃波を出し相手を吹っ飛ばす事が出来る。

 

 怒りによって本気で撃ってしまった為、直撃したアレンは槍を手放し、凄まじい勢いで吹っ飛んで家の壁に激突し、めり込んでいた。そして意識も失っている。

 

「……え、嘘。あのアレンをたった一撃で……?」

 

『………………………』

 

 余りにも予想外だったのか、フレイヤは壁に激突したアレンを見て信じられないように呟いていた。オッタル達は言葉を失って呆然としたままだ。

 

 取り敢えず五月蠅い奴が静かになったから、さっさとフレイヤにやるべき事をやってもらおう。

 

「さぁフレイヤ、早く彼等を止め――」

 

「ちょ、ちょお待ちぃや自分!」

 

 すると、何やら似非関西弁らしき誰かが近づきながら俺に声を掛けて来た。

 

 反応した俺が振り向くと、以前の宴会で大慌てしていた男神(・・)だ。

 

 オーラからして神だと分かり、コイツが恐らく【ロキ・ファミリア】の主神で……ん? この世界のロキは女神だった筈じゃ……。

 

 だから思わず――

 

「あれ? ロキって実は男神?」

 

「あぁん!?」

 

「ぷっ!」

 

 口にしてしまった瞬間に男神が途端に顔を顰め、フレイヤは吹き出しながらも口を手で押さえていた。

 

「誰が男神やゴラァァァ! ウチは見ての通り女神やボケェェェェ! 自分、喧嘩売っとるんかぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「え、嘘!?」

 

 女神だからって胸無さ過ぎだろ! 凄く大変失礼なのは重々承知してるけど、悪魔の塔城小猫やソーナ・シトリー以上に胸が無い女神なんて初めて見たぞ!

 

 自身が想像していた女神ロキとは全く異なっていた事で、俺は別の意味でショックを受ける事となってしまった。

 

 俺の介入によって【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の抗争はとっくに終わっていた事に気付くのは、もう少し後になるのであった。




色々な意味でぶち壊してしまうリューセーでした。

感想お待ちしています。


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抗争の後日

 先ず結論から言わせてもらう。

 

 【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の抗争と言う大事件になる寸前に収束された。

 

 こんな事になったのは俺の予想通り、やはりフレイヤが護衛を付けずに単身で都市を出歩いたのが原因であった。本当に人騒がせな奴だと改めて認識する。

 

 絶対的な忠誠を誓ってる神物がいなくなった事に、【フレイヤ・ファミリア】は団員総出で血相を変えて探し回っていたそうだ。その途中で【ロキ・ファミリア】が目撃し、何かの計画を立てているんじゃないかと勘違いしてしまった。そして遭遇し、誤って衝突してしまい、二大派閥が交戦する事となったようだ。

 

 その抗戦の最中、俺がちょっとした行動(・・・・・・・・)で抗戦を止めた。その後に色々と空気をぶち壊しにしてしまった事で、俺が男神と勘違いした女神ロキを怒らせてしまったが。

 

 何とか謝ってどうにか鎮めたが、一番の元凶であるフレイヤが余計な事を言った所為で再びロキの怒りが再発した。

 

『ごめんなさい♪』

 

 と可愛く微笑んでテヘペロなんて暴挙を仕出かしたのだ。これでロキが怒らない訳が無い。

 

 それを見た完全にキレたロキは鉄拳を下したのは当然の行動である。これには流石のオッタル達も止めなかった。

 

 一先ずは事無きを得て両派閥とも武器を鞘に収めて退散する……かと思いきや、ここで別の問題が起きた。それは俺だ。

 

 フレイヤの身勝手な言動にキレたとは言え、怒鳴った事により【フレイヤ・ファミリア】の連中から物凄く敵視された。更にはアレンと言う猫人(キャットピープル)の攻撃を簡単に止めたどころか、たった一撃で倒した事で、オッタル達だけでなく、【ロキ・ファミリア】からも相当警戒される始末。

 

 因みに俺が倒したアレンと言う奴だが、【フレイヤ・ファミリア】の副団長で第一級冒険者の『Lv.6』だそうだ。そんな最高戦力の一人を俺が簡単に倒した事で、ロキ達が警戒するのは仕方ないかもしれない。

 

 自分の大事な眷族を倒された事に、フレイヤが怒ってもおかしくないのだが……何故か分からないが不問となった。その代わり、俺が何処の【ファミリア】に所属してたのか教えて欲しいと言う条件で。

 

 そんな事で不問に付すならと俺はアッサリ教える事にした。何処の【ファミリア】にも所属してない他、神から恩恵を受けていない一般人である事を。

 

 教えた瞬間、フレイヤがポカンとしており、聞き耳を立てていたロキや団員達も突如石みたいに固まった。何故そうなったのかは分からないが、嘘は吐いていない。嘘を見抜く神がいるから、フレイヤとロキは当然見抜いている筈。

 

 妙な空気となるも、フレイヤは周囲にも聞こえる程の大笑いをする事に、誰も指摘しなかった。俺は俺で彼女の奇行に唖然としていたので。

 

 そして――

 

『ねぇ隆誠、やっぱり私の眷族にならない?』

 

『待ちぃや色ボケぇ! どさくさに紛れて勧誘すんなゴラァ!』

 

 フレイヤが改めて俺を自身の【ファミリア】に勧誘する事に、ロキが空かさず止めていた。

 

 その後からはフレイヤだけでなく、ロキも同様の行動をする始末。尤も、どちらもキッパリと断らせてもらっている。【ファミリア】や冒険者なんかに一切興味はないと言う理由で。

 

 しかし、どちらも全然諦めようとしないから、俺は迷惑覚悟でこう言った。

 

『俺を勧誘する前に、先ずは「豊饒の女主人」の女将――ミア母さんから了承を貰って下さい』

 

『『………』』

 

 ミア母さんの名を出した瞬間、先程までしつこく勧誘していた女神二人は途端に静かになった。ロキは頬を引き攣らせ、フレイヤは……何故か分からないが含んだ笑みを浮かべて。

 

 結局のところ、女神達は俺の勧誘を(一旦)諦めて、自身の眷族達を連れてやっと退散してくれた。気絶してるアレンは他の団員に運ばれていたが。

 

 俺は今回の騒動によって、店に戻る事にした。ミア母さんに報告する為に。とある冒険者の一人がジッと見ていた事に気付かず。

 

 

 

 

 

 

 ミア母さんに一連の出来事を報告した。有名な【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤに暴言を吐いた他、勝手にミア母さんの名前を使った事を全て。

 

 説教確定だと思いながら全て話し終えると、ミア母さんは凄く呆れた表情をしながら嘆息するだけで、一切怒る事はしなかった。それどころか、まるで気の毒そうに見る一方だ。

 

 まぁその後に罰として、『暫くオラリオの散策はしないで、店の仕事に専念しろ』と言われた。散策をするのが楽しみな俺としては非常に残念だった。

 

『そんなの罰じゃないニャ! やっぱりミア母ちゃんマジでリューセーを贔屓し過ぎにゃ!』

 

 アーニャから納得行かないと抗議するも、結局はミア母さんからの拳骨でノックアウトされた。『贔屓して欲しかったら、リューセー以上に仕事をこなしてみろ!』と言う台詞も一緒に。

 

 まぁそんなこんなで翌日。

 

 何事もなく朝の営業時間を終え、今度は夜に備えての準備を――

 

「お願いします。どうか私と戦って下さい」

 

「断る」

 

 していたのだが、予想外の人物から戦いの申し出をされていた。

 

 俺の目の前にいるのは、【ロキ・ファミリア】に所属する【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。昨日にすれ違った金髪の美少女だ。

 

 金髪を見て思わず大事な妹分を連想させる。アーシアの髪が一番綺麗だと思ってるが、それは俺の個人的な贔屓である為、口に出す事は一切しない。

 

 それはそうと、ヴァレンシュタインが何故店の前にいるかについてだ。

 

 俺が営業時間前に厨房で準備していたところ、アーニャから『リューセーにお客さんニャ』と言われて店の出入り口に来たら、ヴァレンシュタインと遭遇したのである。

 

 会って早々『自分と戦え』と言われて、即座に了承する奴なんかいない。しかも店の準備中に。

 

 一応理由を聞いてみたところ、ヴァレンシュタインは神の恩恵を持ってない俺が、何故あそこまで強いのかを知りたいらしい。【フレイヤ・ファミリア】のアレンを一撃で倒した事も含めて。

 

 だから直接戦う事で何か分かるかもしれないと思い、こうして俺に会いに来たと言う訳だ。

 

 生憎、俺は彼女と戦う気なんか一切無い。それどころか大して興味も無かった。

 

 (イッセー)が知れば、美少女からのお願いを無下にするのは男としてどうかと指摘するだろう。けれど俺にはそんなの関係無い。ヴァレンシュタインからどんなにお願いをされたところで絶対に断る。

 

 俺がここまで明確に拒否するのは勿論理由がある。改めて彼女を観察して分かったのだ。今は穏やかでも、この子の奥底にある憎悪を感じたのだ。何に対してのかは知らないが、明らかにこれは復讐であると。

 

 その瞬間に俺は思い出した。リアスの眷族である『騎士(ナイト)』――木場祐斗の過去を。

 

 祐斗は人間だった頃、教会が密かに行っていた『聖剣計画』の被験者であった。それが原因で聖剣に対して途轍もない憎悪と復讐心を抱いたまま転生悪魔となるも、コカビエルの件で漸く終止符を打つ事が出来た。

 

 今のヴァレンシュタインは嘗ての祐斗にそっくりだった。彼女の奥底にある憎悪と復讐を抱いているが一緒だったから。故に俺は彼女と戦う気にならないのだ。それさえ無ければ話は別だったのだが。

 

「悪いけど、もう帰ってくれないか? 俺、仕事があるんだよ」

 

「……どうしても、ダメですか?」

 

「ダメに決まってるだろ。そもそも君は一人で此処に来てるけど、そちらの主神や団長さん達は知ってるのか?」

 

「……………」

 

 途端に無言となるヴァレンシュタイン。やはりと言うべきか、この子の独断で来たようだ。

 

 いくら強かろうが、有名な第一級冒険者だろうが、相手の意思を無視したお願いをするのは止めて欲しい。

 

「だったら今の内に帰ってくれ。無断で来てるのがバレたら――」

 

「やはりここに来ていたか、アイズ」

 

 俺が言ってる最中、突如第三者がヴァレンシュタインに向かって声を掛けて来た。

 

 声が聞こえた方を見ると、エルフと思わしき緑髪の女性がいる。しかも少々不機嫌そうな表情で。

 

「リ、リヴェリア……」

 

 ヴァレンシュタインが女性エルフを見た瞬間、段々と顔を青褪めていく。この反応からして、彼女と同じ【ロキ・ファミリア】の団員のようだ。

 

「昨日、ロキやフィンから言われた筈だ。『豊饒の女主人』に行って彼に会わないように、とな」

 

「え、えっと……」

 

 明らかに怒ってます、みたいな言い方をしてる事でヴァレンシュタインはしどろもどろになっていた。

 

 種族は違えど、まるで母親に叱られてる子供の光景だ。見てて微笑ましく思ってしまう。

 

 そう言えばエルフで思い出した。この世界のエルフは他の種族より魔法が遥かに優れているらしい。

 

 視たところ、このリヴェリアと言う女性エルフから、相当な魔力量を感じ取れる。今気付いたが、彼女はそこらのエルフとは違って魔力の質が異なっている。もしかすればエルフの上位種かもしれない。そう考えると強力な魔法を使う事が出来る筈だ。

 

 俺はこの世界の魔法を未だに見た事が無い。なので多少の興味がある。俺がいる世界の魔術と比較をしてみたいと思っているほどに。

 

 そう考えてると、女性エルフはヴァレンシュタインに有無を言わせず帰らせようとしていた。

 

「仕事中にすまなかったな。この子は君みたいな強い相手を見つけると、気になってしまうのだ。【ロキ・ファミリア】を代表し、この場で謝罪する」

 

「いえいえ、その子を帰してくれるのでしたら、此方としては非常に助かります」

 

 ヴァレンシュタインを引き取りに来てくれたなら謝罪の必要は無い。が、先に向こうが謝罪してしまった為、受け取らざるを得なかった。

 

 俺の返答を聞いた女性エルフが用件を終えると、彼女を連れて帰ろうとする。

 

「では行くぞ、アイズ。本拠地(ホーム)に戻ったら説教だ」

 

「うう……」

 

 相手が相手だからか、ヴァレンシュタインは逆らう事が出来ずに渋々と付いて行こうとする。

 

 っと、向こうが帰る前にちょっと訊いておかないと。

 

「あ、ちょっと待って下さい。リヴェリアさん、に訊きたい事がありまして」

 

「私に?」

 

 俺が声を掛けると、女性エルフ――リヴェリアは足を止めて俺の方へと振り向いた。

 

 エルフは大して親交のない相手から名前で呼ばれると嫌悪感を抱くのもいるが、どうやら目の前の彼女はそう言った事は無さそうだ。

 

 内心安堵しながらも、俺はある事を尋ねようとする。

 

「失礼ながら、貴女は見た感じ魔導士のようですが、『魔術』と言う物はご存知でしょうか?」

 

「魔術、だと? 魔法とは違うのか?」

 

 あ、食い付いた。てっきり『悪いが知らない』と興味無く答えた後、ヴァレンシュタインを本拠地(ホーム)に連れ帰ると思っていたのに。

 

「まぁ簡単に言うと――」

 

 

「リューセー! いつまで油を売ってんだい!?」

 

 

 俺が教えようとするも、店の中からミア母さんの怒鳴り声がした。

 

 くそっ、時間切れか。このまま魔術について簡単に説明した後、リヴェリアにちょっとした等価交換(・・・・・・・・・・)を提案するつもりだったんだが……。

 

 まぁ良い。機会はいくらでもあるから、今回はここまでにしよう。非常に興味深い表情になってるリヴェリアには申し訳ないが。

 

「すいません。ミア母さんからの呼び出しを喰らったので、これにて失礼します」

 

「ま、待ってくれ! せめて軽い説明だけでも――!」

 

 引き留めようとするリヴェリアを無視する様に、俺は店の中に入るのであった。




フレイヤ「そう言えばオッタル、アレンはどうしたのかしら?」

オッタル「恐らくダンジョンへ向かったと思われます。昨日に私が一通り説明した際、相当荒れておりましたので」

フレイヤ「あらあら……。まぁ確かに、恩恵を持ってない隆誠に負けたのだから、そうなるのは仕方ないかもしれないわね」

オッタル「アレンに用があるのでしたら、すぐに連れてきますが」

フレイヤ「いいえ。今は放っておくわ。アレンには暫く時間が必要みたいだから」

オッタル「かしこまりました」




アイズ「知りたい、あの人の事を。恩恵もないのに、どうしてあんなに強いの?」

リヴェリア「彼が言った魔術とは何なのだ? 全く聞いた事もない。出来ればもう一度会って聞きたいのだが、ミアが黙ってないだろうし……。ああ、未知の知識を持つ者がいると言うのに……!」


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ラッキースケベ?/人違い?

サブタイトルを見て不思議に思うでしょうが、読めば分かります。


 この世界に来て早くも一ヵ月以上経ち、俺はもうすっかり順応していた。と言っても、『豊饒の女主人』で料理人で働いてる事だが。

 

 見知らぬ俺を従業員として拾ってくれたミア母さんには感謝しかない。そうでなければ、俺は無法地帯同然のオラリオで放浪してるか、一切あてもなく世界中を旅する事になっていたのだから。

 

 それでも別に構わないのだが、帰らなければならない世界(ところ)がある。でないとイッセー達に申し訳ない。まぁそれが叶わなければ、この別世界で骨を埋めるしかないと覚悟はしている。

 

 次元の狭間については、未だに入れるほど広くはない。穴の中を見る事が出来ても非常に不安定過ぎて、とても安全に帰れる状態じゃなかった。初めて見た時よりは多少ましだったから、やはり時間を置くしかなさそうだ。

 

 帰れるのは暫く先になりそうだと思いながらも、俺は早朝トレーニングをやっていた。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

「お、今のはいい攻撃だな」

 

 相手は以前に手合わせしたリュー。互いに木刀を使った手合わせをしている最中だ。リューが振るう木刀を、俺の木刀で防ぐと言う剣劇(チャンバラ)だが、一般人から見ればとんでもない速さで()りあってると思われるだろう。

 

 あの時以来、彼女は時々こうして俺の相手をしてくれている。と言うより、向こうから俺に挑んでいる。初めて手合わせした時の敗北を払拭する為に。

 

 二回目からは最初から一切手を抜かず、まるで強敵と戦うみたいな構えを取っていた。直後には凄まじい速さで俺に迫って長柄の木刀を振り下ろすも、既に見切っていた俺が木刀で簡単に受け止めた事に、リューは動揺を隠せずに反撃を受けてしまいまたしても敗北。

 

 数日後の三回目は、一切の小細工等無しの接近戦で挑もうと、俺に攻撃させない為の連続攻撃を繰り出してきた。捉えていた俺はリューの連続攻撃を全て防ぎ、腹部に少し強めの突きを当て、軽く吹っ飛ばして勝利。

 

 四回目、五回目、六回目、内容は殆ど似たような物ばかりで俺の勝利で、リューの敗北だ。

 

 俺にとっては軽い早朝トレーニングだが、リューからすれば真剣勝負だった。

 

 シルから聞いた話によれば、恩恵を持ってない俺と手合わせして負けた事が相当屈辱だったらしい。それで尾を引いた事によって仕事中にミスを犯し、ミア母さんから怒られる場面が何度かあったんだと。

 

 それを考えたら、恐らくだけど猫人(キャットピープル)のアレンもショックを受けている筈だ。【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が本格的な抗争が起きる前、フレイヤに怒鳴り散らしていた際に猫人(キャットピープル)のアレンが割って入ろうとするも、簡単に槍を掴んだ瞬間に一撃で倒してしまったから。

 

 平然と見下す奴は無駄にプライド高いのがお決まりとなってる。そして見下していた俺にアッサリやられたのを考えれば、フレイヤの本拠地(ホーム)で言い訳でもして引き籠もってるか、何処かで憂さ晴らしをしてるかもしれない。もしくは俺に復讐(リベンジ)しようと闇討ちする線もあるが、それらしい事はまだ起きてない。今のところは、な。

 

 まぁ例え闇討ちしてきたところで返り討ちにするつもりだ。いっそのこと、あのクソ生意気な態度が出せなくなるほどに力の差を思い知らせて、精神(こころ)を根から圧し折ってやろうかと考えている。

 

 だが、そんな事をすればフレイヤが絶対黙ってない。【フレイヤ・ファミリア】最高戦力の一人を潰せば、体面を汚す事になるかもしれないし、ギルドも何かしらの抗議だってする可能性だってある。

 

 別世界の(ルール)とは言え、色々面倒くさいものだ。それがこの世界の者達が決めた事だから、仕方ないと言えばそれまでの話になってしまう。

 

「隙あり!」

 

「あ……」

 

 ままならない物だと考えてしまった所為で気が緩んでしまった。それを見逃さなかったリューが、空かさず木刀で突こうとする。

 

 だが――

 

「惜しい。あとちょっとで当たったんだが」

 

「ぐ……!」

 

 咄嗟に空いてる手でリューの木刀を掴んでいた為、俺の胸部に当たらなかった。あと数センチのところで。

 

 リューは防がれた事で一旦距離を取ろうとしても動く気配がない。と言うより、俺が力強く掴んでる事で離れる事が出来ないのだ。

 

 そんな必死な彼女は非常に隙だらけとなってる為、素早く頭にコンッと木刀で当てた。

 

「あっ」

 

「距離を取りたいからって、手合わせ中の相手から目を逸らしたらダメだ」

 

 今回は相手に一撃を当てる事で終了となる為、俺の勝利で朝の手合わせは終わりとなった。

 

「も、もう一度! リューセー、もう一度です!」

 

「やっても良いけど……その汗塗れの上着をどうにかしないとな。不味い所まで見えてるぞ」

 

「え?」

 

 リューが着てる白いタンクトップを指しながら俺は言った。

 

 手合わせをして三十分近く経ち、本気でやっているリューは身体からかなりの汗を流している。顔はともかく、彼女が着ている白のタンクトップには大量の汗が付着していた。

 

 此処で問う。白い布に水が付着したらどうなるだろうか? 正解は透けてしまう、だ。

 

 俺が突然こんな事を言ったのは、当然理由がある。

 

 リューは体中汗まみれとなり、彼女の白いタンクトップはさっき言ったように透けてしまう。その為、それが透けた先には……リューの素肌が見えてしまう。

 

 腹部なら辛うじてセーフである。けれど問題は腹部より上――胸部の方だ。

 

 イッセーだったら絶対に喜ぶ展開だろうが、俺にとっては非常に不味い展開である。下着も白だったのか、白のタンクトップが透けてる所為でリューの乳房が丸見えだった。大きさについては触れないでおく。

 

「~~~~~~~!!」

 

 漸く自分がどんな状態になっているのかに気付いたリューは、急に顔を赤らめた途端に木刀から手を放し、透けた胸を両腕で覆いながら俺に背を向ける。

 

 同性ならまだしも、異性である俺に見られたら羞恥心に駆られてしまうのは至極当然である。益してや同年代の男に見られれば猶更だろう。

 

 普通であれば男の俺も相応な反応をすべきなんだろうが、生憎とそう言う関連の動揺は一切しない。聖書の神(わたし)前世(むかし)の思考を引き継いでるから、女の裸なんて見慣れているので、今更興奮する事はない。言っておくが、決して性欲が枯れてる訳じゃないと反論しておく。

 

「見られたからって非難しないでくれよ。俺の所為じゃないんだから」

 

「……ええ、分かってます……!」

 

 背を向けてるリューだが、首だけ動かして俺を見ながらそう言うも、恨みがましそうな眼をしている。

 

 手合わせは此処までにしようと言った途端、そそくさと離れに戻るリューであった。

 

 その後は目が合う度に恨みがましい目で見て来るから、シル達から色々誤解される事になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

「リュー、これ運んでくれ」

 

「分かりま……っ!」

 

 仕事モードに入った俺が料理を運ぶよう声を掛けるも、リューは朝の事故を思い出した所為か、此方を見た途端に顔を赤らめてしまった。

 

 その所為で片付ける予定だった皿やコップを落としてしまうという失態を侵してしまった事で――

 

「リュー、何やってんだい!!」

 

「す、すみません!」

 

 割れる音をばっちり聞いたミア母さんからの雷が落ちるのであった。

 

 

 

 

 

 

「もうっ! ダメですよ、リューセーさん。女性の胸を見るなんて」

 

「別に好きで見た訳じゃない」

 

 昼休み、仕事の後処理で遅くなった俺は少し遅めの昼食となった。今日はミア母さんが作ってくれたパスタだ。

 

 シルも仕事の関係で遅くなってしまい、俺の隣に座って一緒に食べている。今は二人だけだ。

 

 珍しい事もあるものだと思いながら済ませている中、シルが急にある事を聞いてきた。リューの異変について。

 

 別に隠すべき内容じゃないと思った俺がありのままを教えたら、途端に彼女は少々怒った表情になり、ダメ出しをしてきた訳である。

 

 俺が全く興味無さそうに言った所為か、今度は何か不安そうな様子でシルが問おうとする。

 

「あのぅ、もしかしてリューセーさんは――」

 

「それは無い。俺は普通に女性が好きだ」

 

 俺は即座に否定した。シルの言おうとしてる事を察していたので。

 

 早朝にも言ったが、俺は決して性欲が枯れてはいない。好きな女性が出来たら、普通に見てみたいと思えるほど正常だ。

 

「そうなんですか? リューセーさんがこの店でずっと働いてから、今まで一度も女の子関連の事故が起きなかったから、もしやと思ってたんですが」

 

「確かにそう考えてもおかしくはないが……」

 

 これが俺じゃなくイッセーだったら、間違いなく起きていただろう。女性の着替え、もしくはシャワーシーンを覗こうとしてるのが容易に想像出来る。

 

 尤も、此処にいる女性達は物凄く強いから、確実にやられていたかもしれない。特にウェイトレスのリュー達は相当な実力者だ。『女の敵!』と言って容赦なく徹底的にぶちのめされるだろう。

 

「少なくとも俺は、お前達に不埒な行いなんか絶対しない。それは約束する」

 

「……そこまではっきり言われると、私達に女としての魅力が感じられないように聞こえてしまうんですが……」

 

 さっきと違って、ムッとした表情になっていくシル。

 

「そんな事は無いぞ。シルは充分に魅力的だと思ってるさ」

 

「ふんっ。今更そんなお世辞なんか言っても遅いんですから……!」

 

 シルは次にツンッとした表情で明後日の方向へ向く。

 

 何と言うか……この子を見てると、何故か分からないが俺の知ってるフレイヤを思い出させる。全くの別人なのに意味が分からん。

 

 確かアイツがこんな不機嫌になった時は――

 

「そう怒るな、フレイヤ。折角の可愛い顔が台無しだぞ」

 

「………えっ?」

 

 頭を軽く撫でながら本心で言えば許してくれるんだったな。

 

 すると、シルは途端に俺を見て呆然と俺を見ている。表情からして嫌そうな感じはしない。

 

 ………あっ、やべ。この子はシルなのに、間違えてフレイヤって呼んじゃった。

 

「す、すまなかった、シル。君はフレイヤじゃないのに、また呼び間違えた」

 

「…………………」

 

 俺が謝っているのに彼女は俺を見ながらずっと無言だった。

 

 普通なら名前を呼び間違えた事に訂正する筈なのに、今日に限って何も言い返してこない。

 

「シル、シル? お~いどうした、シルさ~ん?」

 

 俺が何度か呼んだ事でやっと正気に戻ったシルだったが、昼休みが終わって以降は様子が変だった。

 

 

 

 

「『本日のおすすめ』出来た! 誰か運んで――」

 

「は~い、私が運びますね~♪」 

 

 夜の時間帯となり、俺はいつものように手早く料理を作り終えた途端、シルが上機嫌で即座に運んで行くのであった。

 

「何か今日のシルはいつもより機嫌良いね」

 

「おミャー、昼休みの時に何かしたかニャ?」

 

「さぁな」

 

 上機嫌に料理を運ぶシルの様子にルノアが不思議がり、アーニャが訝りながら調理中の俺に尋ねてくる。

 

 俺が如何でもいいように返した途端――

 

「そこのバカ娘二人! 調理中のリューセーに声掛けるんじゃない! 気が散るだろうが!」

 

「は、はいニャ!」

 

「私は声掛けてないのに!」

 

 ミア母さんの怒鳴りで再び仕事に戻るアーニャとルノアだった。




フレイヤ「ふふ……うふふふ……!」


侍女1「ねぇ。フレイヤ様、ここ最近、上機嫌になられてない?」

侍女2「みたいね。何かあったのかしら?」


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異性同名な別神からのご指名

 抗争寸前となった二大派閥の衝突でオラリオは一時騒然となったが、ほとぼりが冷めたのか、まるで何事も無かったかのように平穏の日々を過ごしていた。

 

 それに関わっていた俺は、『どこも出掛けずに店の仕事に専念する』と言うミア母さんの罰を受けていたが、都市が落ち着いた事で解除されている。とは言っても、俺が出掛けたら面倒事が起きるかもしれないと言う理由で、自分から出掛ける事はしてない。

 

 面倒事、と言う訳ではないのだが、少し変わった事がある。店の仕事に専念してる間、ウェイトレスのシルが妙に積極的な感じで自分に話しかけてくるのだ。俺が先日、またしてもフレイヤと呼び間違えたにも関わらず。

 

 その光景は当然スタッフ達も目撃しており、リューが俺に疑いの目を向けていた。『シルに一体何をしたのですか?』と、少々殺気立ちながら問い詰める程に。

 

 シルと一番親しい他、前の手合わせで(事故であるのに)俺に胸を見られたのも重なった事で、その時のリューは凄く不機嫌だった。常人なら少々怯えてもおかしくないが、俺はサラッと流しながら『何もしてない』と言い返してる。

 

 それでも執拗に問い詰められるが、シルが出て来た事に何とか事無きを得た。『リューセーさんを困らせないで』と少し叱ったのが聞いたのか、リューはそれ以降から大人しくなった。

 

 前から思っていたけど、リューは他のスタッフ達と違って随分と彼女に対して過保護な気がする。

 

 聞いた話によれば、この世界にいるエルフは自身が認めた者以外との肌の接触を極端に嫌う傾向があるそうだ。リューも当然そのエルフに含まれており、アーニャが触れようとするも即座に手で弾いているのを見かけた事がある。

 

 他種族がいる『豊饒の女主人』の中で、唯一触れているのはシルだけのようだ。それ故にリューはシルに関する事だと、過敏に反応する事がある。

 

 因みに男の俺はリューと話す事はあっても触れるような事は一切してない。早朝トレーニングでの手合わせで万が一に触れてしまうかもしれないが、今のところは起きていない。事故で胸と言う素肌を間近で見てしまった以外は。

 

 話は少し脱線しかけたが、とにかくリューが少々面倒になったらシルに押し付ければ良い。それだけであっと言う間に解決するのだから。

 

 取り敢えず今日も一日頑張るとしよう。

 

 ………と思っていたのだが、この後にまたしても予想外な事が起きるのであった。

 

 

 

「また配達って……。母さん、俺は【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)に行きたくないんだけど」

 

 ミア母さんに呼び出され、配達をするよう命じられた事に俺は難色を示した。と言うより拒否した。あの無礼千万な態度を取る【フレイヤ・ファミリア】の連中を思い出すと猶更に。

 

 門番共には書状を見せても帰れと言われ、オッタルには何度もしつこく釘を刺され、アレンには平然と見下す態度を取られる始末。

 

 肝心のフレイヤも俺を散々好き勝手に振り回した挙句、余りの態度にキレて怒鳴ってしまった。それによって【フレイヤ・ファミリア】から敵視している奴等がいるのだ。

 

 いくら仕事だからって、あそこまで失礼極まりない態度を取る奴等がいる本拠地(ホーム)に誰が行きたがるだろうか。否、断じていない筈。

 

 それでも行けと言うのなら、俺にもそれなりの考えがある。と言ってもミア母さんに対してではない。【フレイヤ。ファミリア】の連中に対してだ。

 

 もしも門番共がまたしても失礼な態度を取ったら、こう言い返すつもりだ。『余りそうやって人を脅すな。フレイヤの品性が損なわれるぞ』とな。

 

 そんな事を言った瞬間にどうなるかは容易に想像出来る。フレイヤに心酔してる連中がそんな台詞を聞いて、大人しく甘んじる訳がない。確実に激昂して襲い掛かるだろう。その時には勿論俺は迎撃しようと、手刀一発で気絶させるつもりだ。

 

「違うよ。今回は【ロキ・ファミリア】の方だ」

 

「――え?」

 

 場合によっては【フレイヤ・ファミリア】の連中に屈辱的な敗北を教えてやろうと考えている最中、ミア母さんが違うと言った事で直ぐに霧散した。

 

 同時に疑問を抱く。何故常連客となってる【ロキ・ファミリア】が配達依頼をしてきたのかを。

 

「な、何であの【ファミリア】が? 確かあそこは『豊饒の女主人(うち)』の常連だから、態々配達依頼なんかしなくても店に来れば良いんじゃ……」

 

「あたしもそう言ったんだけどねぇ。けどロキの奴が、どうしてもリューセーに『この前の礼がしたい』と言って聞かないんだよ」

 

「この前の礼、ねぇ……」

 

 俺が【ロキ・ファミリア】に関わった事と言えば……あの二つだな。

 

 一つ目は向こうがウチの店に来て宴会の最中、酒を飲んで暴走中のアイズ・ヴァレンシュタインを俺が止めた。

 

 二つ目は二大派閥が衝突して抗争になる寸前、フレイヤを怒鳴った俺にアレンが襲い掛かって一撃で倒した事で両者が戦いを止めた。

 

 思い当たる事と言えばその二つだ。と言うより、それしかない。

 

「でもだからって、今夜も忙しい予定なんだろう? と言うより、また俺が抜けたらメイ達が騒ぐんだけど」

 

 決して己惚れていないんだが、今の俺は調理担当に必要な存在となっている。特に忙しい夜の営業時間では、俺が頑張ってる事でメイ達の負担はかなり軽減されてるらしい。

 

 今夜も大変忙しくなる予定だから、それで俺が配達に行くと知られれば、『行かないでくれ~!』と引き留められるだろう。そして自分が代わりに行くとでも言いながら。

 

「そんなのリューセーが気にする必要はないよ。あたしの娘達はそんなにヤワじゃないし、お前がいなくてもきっちり最後までやり遂げるさ」

 

「なら良いけど……」

 

 確かに立場的には向こうが先輩だから、後輩の俺が心配するのは逆に失礼か。そう言う事にしておこう。後で恨まれるかもしれないが。

 

「とは言っても、【ロキ・ファミリア】もちょっとなぁ。あそこの主神から勧誘されて、断っても諦めていなさそうだったから」

 

「そこはあたしの方で釘を刺しておいたよ。『もし言葉巧みにあたしの息子を引き抜く事をしたら、たとえ常連のアンタ等でも永久出禁にする』ってな」

 

「おお、それはそれは……」

 

 常連相手にも随分容赦の無い事で。ウチの店は他の酒場と違って結構人気あるから、気に入ってるロキとしては永久出禁にされたら大きな痛手となるだろう。

 

 けれど、ミア母さんは釘をさす以外にも更に条件を付けている。忙しい調理担当の俺を態々指名したのだから、出張料金に加え、料理や酒も店で表示してる金額の1.5倍請求したらしい。

 

 少々ぼったくりじゃないかと思われるだろうが、それでも向こうは全て了承したようだ。そこまでして俺に礼を言いたのかとツッコミたい程に。

 

「言っとくけどリューセー、ロキに上手く乗せられるんじゃないよ。お前さんにはまだまだ借金が残ってるんだからね」

 

「ああ、そうでしたね。因みに残りの借金額はいくら?」

 

「……さぁね。今は手元に借金帳簿がないから確認出来ないよ」

 

 俺の質問をはぐらかすような言い方をするミア母さんは、用件を全て伝えたのか、そのまま奥の部屋へと向かった。

 

 まぁ、今のところこの店を出る気は無い。余程の事が起きない限りは、な。

 

 その後、俺が今夜の営業時間に出勤しない事が知れ渡り、ちょっとした一騒動が起きるも直ぐに収まった。ミア母さんの怒号によって。

 

「リューセーさん、出来ればなるべく用が済んだら早く帰ってきてくださいね。ロキ様は他の神様達と違って抜け目がありませんから」

 

「? ああ、分かった」

 

 何かシルが妙に俺を心配してそうな事を言ってくるも、俺は一先ず頷いておいた。

 

 

 

 

 

 

「あのぅ、配達依頼された『豊饒の女主人』の者なんですが……」

 

 時間は夕方頃。

 

 目的地である【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――『黄昏の館』へ辿り着いた俺は、関係者と思われる門番に話しかけた。

 

 目の前に建物は館でなく、どう見ても城だった。最初は場所を間違えたかと錯覚するも、地図には此処だと示されている。

 

 流石は【フレイヤ・ファミリア】の双璧となる有名派閥と言うべきか、かなり立派な造りだった。尤も、あそこと違って近寄りがたい雰囲気が無い。そして中から戦闘らしき音も聞こえない。全くの正反対だった。

 

「ああ、話は聞いています。どうぞ、お通り下さい」

 

 そして話しかけた門番だが、最初は警戒するも、相手を見下すような態度を取っていない。

 

 どうやら俺が来る事を事前に聞いていたようで、すぐに門を開けて通してくれた。

 

 向こうとは大違いだと思いながら足を踏み入れると、俺を待っていたかのように佇んでいる者がいる。

 

「よう、待っとったで!」

 

「これはこれは。まさか神ロキ自らがお出迎えとは、大変恐れ入ります」

 

 出迎えたのは【ロキ・ファミリア】の主神ロキだった。相変わらずの似非関西弁で未だに聞き慣れないが。

 

 荷物を持ったままの俺は、取り敢えず頭を下げての挨拶をする。

 

「あ~、そんな初対面みたいな堅苦しい挨拶はええって。もうお互いに知らぬ仲でもないからなぁ~」

 

「それは、まぁ……」

 

 俺がアレンを一撃で倒した他、恩恵を持ってない事でフレイヤと同じく勧誘された事もあった。『男神』と口にした所為でキレさせてしまったのも含めて。

 

「ところで、今回注文された料理はどちらへ運べば宜しいので?」

 

「おお、せやったな。ほな、付いてきぃや」

 

 そう言ってロキは俺を本拠地(ホーム)の中へ招いて案内する。 

 

 その途中、いくつかの団員達が驚きの視線で此方を見てるが、ロキは全く気にしてない様子。

 

 フレイヤの所とは違い、ここは戦闘訓練らしき事はしていなかった。音がしないから分かっていたとは言え、こうまで対照的だとは。

 

「良い所ですね。【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)とは大違いだ」

 

「んあ? 何や自分、あっちにも顔出したんか?」

 

「ええ。抗争が起きる少し前、あの女神から配達依頼をされまして」

 

 別に内緒にしなければいけない案件ではない為、俺はロキからの問いにアッサリ答えた。

 

「さよか。まぁ自分があの店におるなら、フレイヤがそうしても可笑しゅうない、か」

 

 てっきり凄い勢いで食いつくかと思いきや、淡白な反応だった。まるで分かっていたかのように。

 

「そうだ、神ロキ。こちらも質問して良いですか?」

 

「なんや? 言うておくけど、うち等【ロキ・ファミリア】に関する情報は高いで?」

 

 今度は俺が問うと、ロキは少しばかり意地の悪そうな笑みを浮かべながら言ってきた。

 

「質問と言うより確認ですね。聞けば神ロキは下界に滞在して結構長いみたいですが、天界時代に計画していた『神々の黄昏(ラグナロク)』を起こす気は無いんですか?」

 

「ぶっ!」

 

 ロキが突如不意打ちを受けたかのように噴出した。

 

 俺が知ってるロキと差異がないかの確認だったが、どうやらこっちのロキも考えていたようだ。この様子から見て実行する気はなさそうだが。

 

「他には神フレイヤから無断で借りた『鷹の羽衣』はちゃんと返し――」

 

「ちょお待てやぁぁ!!」

 

 まだ言ってる最中だったが、ロキは周囲に聞かれて欲しくないのか、此方に振り向いて即座に大きな声を出して遮って来た。

 

 その叫び声が聞こえたと思われる数名の団員達が何事かと凝視している。

 

 ってか、こっちのロキも無断で借りていたんだな。(俺の知ってる)フレイヤが『鷹の羽衣』を返してくれない事に愚痴っていたのを聞いたのを思い出して、同じ事をしてるんじゃないかと確認するも、コイツの反応を見て一目瞭然だった。




ラウル「何かロキが騒がしいっす……って、あの人はこの前の!?」

リューセー(あ、この前の冒険者発見。出来れば声掛けたいなぁ……)


アイズ「あの人が来てる……」


フィン「どうやら来たようだね」

リヴェリア「待っていたぞ。早く彼に魔術とやらの話を……!」

ガレス「落ち着かんか、リヴェリア」


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ロキとの話し合い

「何で自分が知っとるんや!?」

 

「名前は明かせませんが、とある筋から聞きましてね……」

 

 即行でロキの神室に案内された直後、凄く恥ずかしそうな表情で問い詰めてくるロキに俺は淡々と答えていた。

 

 どうやらこの神物にとって、『神々の黄昏(ラグナロク)』は若さ故の黒歴史だったようだ。今は全く考えていないらしい。

 

 ついでに『鷹の羽衣』の件は正確な返答をしてくれなかったが、未だに返していない事は分かった。

 

 どっちもやってる事は変わらないなぁと思いながら、俺は言葉巧みに誤魔化した。人間は神に嘘を吐けないのは分かってる。だから敢えて『とある筋』と、ぼかすように答えたのだ。これは決して嘘ではないから。

 

 当然ロキは俺が嘘を言ってない事は見抜いている筈だ。恐らく内心、『ウチの黒歴史をバラしたのは一体誰や!? フレイヤか? もしくはこの小僧が言った異国におる(アホ)がバラしたんか!?』とでも思ってるだろう。

 

 本当なら気付かれないように能力(ちから)を使って心を読んでみたいが、別世界と言えど神相手にやると不味いから止めておいた。俺が人間に転生した聖書の神(わたし)だと知られたら面倒である。

 

 因みに俺を此処に連れて来るのを提案したのはロキのようだ。あと少し待てば団長達が来る予定になっている。

 

「ったく。こっちは自分に礼を言うつもりでミア母ちゃんに無理して頼んだのに、まさかウチの黒歴史を暴露されるとは思わんかったわ!」

 

「あははは……これは大変失礼しました。ではお詫びとして、俺が異国から持ってきたお酒を差し上げましょう」

 

「酒やと?」

 

 非常に興味があるのか、ロキは途端に目の色が変わった。

 

 既にミア母さんが用意した料理や酒はテーブルの上に並べられているが、それとは全く違う酒だ。ロキに見えないよう片手を背中に回して収納用異空間にコッソリ展開し、その中から酒が入った一升瓶を取り出す。

 

 出したのはちょっと値が張る日本酒。俺が住んでいる日本で造られた物だ。今の聖書の神(わたし)は人間で未成年の身である為に飲まないが、遠出する時の接待用として所持している。

 

「何やソレ? ほんまに酒なんか?」

 

「ええ。銘は『神殺し』です」 

 

「おいおい、随分物騒な名前やな。神であるうちを殺す酒か?」

 

 酒の銘を聞いたロキが引き攣った顔になる。

 

 確かに名前を聞けばそうかもしれないが、これは純粋な只の酒だ。本当に神を殺す物じゃない。

 

 これは『鬼殺し』と言う鬼すら酔わす酒に倣って、とあるメーカーが神すら酔わす酒の銘として『神殺し』と名付けた高級日本酒だ。

 

 因みにこの酒で俺がいる世界のオーディンに呑ませた際、物凄く気に入ってベロンベロンに酔っていた。一緒に呑んでいたアザゼルも含めて。

 

「いえいえ。本当にただのお酒ですから、大丈夫ですって。さ、お注ぎしますよ」

 

「お、おう……」

 

 俺の催促にロキは取り敢えずと言った感じで頷き、自前のグラスを手にして差し出す。

 

 キュポッと蓋を開けると、日本酒特有の香り高い匂いが周囲に広がる。

 

「ほわぁ~何かええ匂いやなぁ~。神酒(ソーマ)とは全く違うけど、これはこれでええかも♪」

 

 既に匂いで気に入ったのか、ロキは俺が持ってる日本酒を興味深そうに見ていた。

 

 次にロキのグラスにトクトクと酒を注ぐと、一升瓶の中から湧き水のように透き通った液体が出てくる。

 

 ソーマって……この世界に酒の神ソーマもいるのか。まぁロキやフレイヤと言う別神がいるのだから、いても可笑しくは無いが。

 

 まさかとは思うけど、アレを人間に飲ませていないだろうな? 奴が作る酒は普通の人間が飲んでしまうと、麻薬中毒も同然なアルコール依存症に陥ってしまうんだが……。

 

 俺が酒を注ぎながら考えてると、ロキのグラスには一定量の酒が入っていた。

 

「おお~。ええ匂いなのに、酒とは思えんほど澄みきっとるなぁ~」

 

「ではお飲みください」

 

 大変興味深そうに眺めるロキは見た目と匂いを一通り楽しんだのか、手にしてるグラスを自身の口まで運び、グイッと一気に飲み干そうとする。

 

 ゴクゴクと水みたいに飲んでる事に、出来れば味わって欲しいと思いながら見てる中――

 

「ぷはぁ~~。何やこの酒はぁ~。初めて飲んだけどメッチャ美味いやないかぁ~。『神殺し』、恐るべしや!」

 

「気に入って頂けて何よりです」

 

 思った以上に高評価みたいで、ロキは大変ご機嫌な表情となっていた。

 

「リューセー、もう一杯頼むわ」

 

「まぁまぁ、そう焦らずに」

 

 出来れば今の内に話を済ませてから、後でゆっくり飲んで欲しかった。

 

 それにロキが飲んでる『神殺し』は日本酒の中でも結構値が張る高級日本酒だから、目の前で水みたいにガブガブ飲むのは御免被りたい。

 

「神ロキが酒で酔う前に、早く話を済ませた方が宜しいかと」

 

「おお、せやったなぁ」

 

 思い出したのか、差し出した空のグラスを一旦引っ込めたロキは先程までの酔って良そうな表情から一変する。

 

「この前はホンマに助かったわ。自分がいてくれなかったら、色々と危なかったからなぁ~」

 

「自分はオラリオに来たばかりで、そんなに実感は湧きませんがね」

 

「ああ。確か自分、遠い異国からやってきたってミア母ちゃんが言っとったなぁ」

 

 そう言いながら談笑に移った。その裏には自分に関しての情報収集も兼ねてる事に気付くも、俺は敢えて知らないフリをしながら接待をする。

 

 流石はトリックスターと称すべきだ。今は一見普通な会話をしてるが、所々には俺について探ろうと言う話の持って行き方をしていた。世界や性別は違えど、相手を巧みに誘導する話術は見事である。

 

 ロキが正確に知りたいのは、俺がいる遠い異国についてだった。と言っても、そこはぶっちゃけ俺がいる世界の事だから、流石にソレについて教える訳にはいかなかった。俺が別世界からやって来たなんて言えば、ロキは絶対に良からぬ事を考えるだろう。悪神ロキであれば猶更に、な。

 

 向こうからの質問には、一応答えていた。この世界の神は人間の嘘を見抜く事が出来るとフレイヤが教えてくれたから、ならば嘘を言わないようにすれば良い。質問には答えながらも、肝心な所を暈して話せば嘘だと判明しないから。

 

 当然ロキも気付いている筈。表面上はおちゃらけても、内心は俺の事を『食えない奴や』と思っているかもしれない。

 

 そしてこれ以上の情報収集は無理だと判断したのか、途端に話題を切り替えようとしてくる。

 

「なぁリューセー、何か欲しいもんとかあるか?」

 

「欲しい物、ですか?」

 

「せや。自分が思うとるほど、この前のアレ――特にフレイヤんとこの抗争は【ロキ・ファミリア(うちら)】にとってデッカイ借りなんや。だから今の内に返しとこうと、自分を此処へ呼んだんや」

 

「ふむ……」

 

 確かに考えてみれば、有名派閥が抗争を起こしたら最後、オラリオ中が大騒動になっていた。そこを俺が止めたので、ロキからすれば感謝と同時に大きな借りが出来た事になる。

 

 そんな大きな借りを放置しておけば、【ロキ・ファミリア】に対する強請りネタとして使われるかもしれない。それを危惧したロキは今の内に清算したい為、ミア母さんに無理言って俺に配達依頼の指名をしたのだろう。

 

 別世界から来た俺からすれば如何でもいいと思ってる上に、強請ろうだなんて思ってもいない。けれど向こうにとっては、そんな大きな借りをずっと背負いたくないから、此処でさっさと手放したいと言ったところか。

 

 まぁ、向こうが態々望みを叶えてくれるなら非常に好都合な展開だった。此方としては【ロキ・ファミリア】に接触する機会を望んでいたのだから。

 

「それって物でなく、お願いとかも可能ですか?」

 

「ええで。先に言うておくけど、自分のお願いは内容次第によって断るからな」

 

 事前に無理難題なお願いは無理だとロキは言った。

 

 それは尤もだと頷きながら、俺は彼女に自分が求めるお願いを求める。

 

「けど、その前に――」

 

「んあ? いきなり立ち上がってどうしたん?」

 

 急に立ち上がった事でロキが不思議がるも、俺は気にせず扉の前まで移動する。

 

 把手(とって)を掴み、勢いよくバッと扉を開けた瞬間――

 

「あ……」

 

「って、アイズ!」

 

 明らかに聞き耳を立てていたような仕草をしてるアイズ・ヴァレンシュタインを発見した事により、ロキは今気付いたかのように驚きの声を上げた。

 

「いつからおったんや!?」

 

「え、えっと……」

 

「神ロキが俺を此処へ案内してた時からいましたよ」

 

 正確にはヴァレンシュタインが本拠地(ホーム)に訪れた俺を発見後、即座に後をつけていた。

 

 害する事は無いだろうと思いながら敢えて放置していたのだが、まさかずっと会話を盗み聞きしていたとは……それだけ俺の事を知りたいのだろう。アレンを一撃で倒した実力を持っている俺の強さを。

 

 盗み聞きしていた彼女にロキは嘆息しながらも、仕方ないと言った感じで中へ招き入れる事にした。

 

「ったくもう。こらアイズたん、盗み聞きなんて感心せぇへんで~」

 

「……すみません」

 

 主神(おや)らしく窘めるロキに、シュンとした表情になっていくヴァレンシュタインは素直に謝る。

 

「すまんなぁ、リューセー。悪いんやけど、ここは主神であるうちの顔に免じて、アイズたんのやった事は許してくれんか?」

 

「怒ってはいませんから、お気になさらず」

 

「そら助かるわ」

 

 何でもないように言い放つ俺の発言にロキは安堵した。

 

「そう言えば、神ロキはご存知ですか? この子が前にうちの店に来て、『自分と戦って欲しい』と懇願された事を」

 

「ああ、リヴェリアから聞いとるで。あん時も自分が仕事中ホンマにすまんかったわ」

 

「………………」

 

 やはりロキは知っていたようだ。

 

 俺が以前の件を引っ張り出した事で、ヴァレンシュタインはとても居心地が悪そうに小さくなっていく。あくまでそう言う風に見えるだけだ。

 

「度々すまんなぁ~。アイズたんは自分みたいな強い相手を見ると、すぐに手合わせしたくなっちゃうんや」

 

 ヴァレンシュタインは空孫悟みたいなヤサイ人かよ、と言うツッコミをしたい衝動に抑えられるも何とか抑える事に成功した。

 

 ロキの言ってる事が嘘か本当か分からないが、そう考えると彼女は隙を見て俺に会って早々『戦って欲しい』と言う可能性がありそうだ。

 

 ………仕方ない。本当はやる気ないけど、今後の事を考えて今の内に済ませておくとしよう。

 

「神ロキ。俺のお願いとは全く別な話なんですが……」

 

「構わんで、言うてみぃ」

 

 興味深そうな表情になるロキだったが――

 

「また店に来られたら面倒なので、彼女――アイズ・ヴァレンシュタインとの手合わせをしても良いですか?」

 

「「!」」

 

 俺が言った事で今度は目を見開くのであった。

 

 それは勿論、近くにいたヴァレンシュタインも同様に。




レフィーヤ「アイズさん、さっきからロキの部屋の前で何をしてるんでしょうか?」

ティオネ「そう言えば、『豊饒の女主人』にいる男店員が来てたわね」

ティオナ「あ、それって前にアイズを一撃で倒した人だよね!?」

レフィーヤ「なっ!? 何を言ってるんですかティオナさん! アイズさんが負けるなんてあり得ません!」

ティオネ「そう言えばレフィーヤは宴会には参加してなかったわね」

ティオナ「ホントだよ~。酔っていたアイズにデコピン一発だけで――」


リヴェリア「お前達、そこで何をしている?」


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【剣姫】との手合わせ

「それじゃあアイズたん、リューセー、準備はええか!?」

 

 場所は変わって【ロキ・ファミリア】本拠地(ホーム)の訓練場。ロキや団長達数名の立ち合いの下、俺とヴァレンシュタインの手合わせが始まろうとする。

 

 すんなりと手合わせしている展開に見えるだろうが、実はそうでもない。少しばかり時間を要していたのだ。

 

 今から少し前に遡る。

 

 

 

「やります!」

 

「ほ~ん。アイズたんと手合わせ、なぁ」

 

 俺が手合わせすると言う提案にロキは驚くも異なる反応を示す。

 

 先ずヴァレンシュタインは当然と言うべきか、即座に受け入れていた。やる気満々の表情をしていたから。どうやら彼女としては俺との手合わせは願ってもないようだ。

 

 次にロキだが、判断に迷っているのかのように渋った表情だった。この様子からして、俺がヴァレンシュタインと戦わせる事に少なからず反対してるかもしれない。

 

 それは至極当然だろう。何しろ俺は恩恵を持ってない状態で【フレイヤ・ファミリア】のアレンを一撃で倒した実績がある。それを考えれば、ヴァレンシュタインも奴同様に敗北するどころか、立ち直れなくなるんじゃないかと危惧している筈だ。

 

 改めて知ったのだが、俺が別世界の人間とは言え、オラリオにいる第一級冒険者に無傷で勝利するのは普通あり得ないらしい。恩恵を持たない人間は、恩恵を持った人間には絶対勝てない。それはこの世界の常識になっているそうだ。

 

 故に非常識極まりない事を仕出かした俺は、今は有名派閥の【ロキ・ファミリア】主神ロキに警戒されている。何故今になってヴァレンシュタインと手合わせしたいのかと。

 

 まぁ俺としてはどちらでも構わない。判断を下すのはあくまでロキだ。俺は提案しただけに過ぎないから、もし此処でロキが反対だと言えばそれまでになる。

 

「悪いけど、ちょおっとばかり待ってくれんか? フィン達と話してくるわ」

 

 そう言ってロキは真剣な表情のまま俺とヴァレンシュタインを置いて、一旦私室から出て行った。

 

 彼女を見て少々気まずくなるも、俺はある事を思い出した。

 

「えっと……取り敢えず向こうが戻って来るまで、これ食べるかい?」

 

「!」

 

 俺がある物を見せた瞬間、ヴァレンシュタインは途端にキランと目の色を変えた。それは屋台に販売してる商品――ジャガ丸くんだ。しかも味は小豆クリーム。

 

 尤も、これは屋台で買ったのではなく、俺が独自に作った物だ。言っておくが、ちゃんとミア母さんの了承を得てる。

 

 二大派閥抗争が起きる少し前、ヴァレンシュタインが期間限定のジャガ丸くんを買おうとした際、俺が買ってしまった事で売り切れてしまい食べれなくなってしまった。その詫びとして、俺が作った訳である。

 

 味に関しては問題無い。屋台で作っていた所をバッチリ見たから、それなりに近い筈。不安があるとするなら、小豆クリームの甘さの分量ぐらいだ。

 

 俺手製のジャガ丸くんを受け取った彼女は、『いただきます』と言ってかぶりつき――

 

「……美味しいです」

 

「それは良かった」

 

 予想以上に高評価だった。しかも無心でハグハグと食べ続けている。

 

 作った甲斐があると思うほど良い食べっぷりだ。彼女を見てるとほっこりしてしまう。

 

 そして一通り食べ終えたヴァレンシュタインは『ごちそうさまでした』と言った後、俺に尋ねようとする。

 

「えっと、あのジャガ丸くんはどこの屋台で買ったんですか?」

 

「アレは俺が作った」

 

「!」

 

 質問に答えた瞬間、彼女は何故か大袈裟な反応をした。

 

 凄い事を言ってはいない筈だ。ジャガ丸くんを自分が作ったと答えただけなのに。

 

 少しばかり呆れている中、途端にヴァレンシュタインは俺に質問してくる。

 

「『豊穣の女主人』で、ジャガ丸くんを出しているんですか?」

 

「俺の趣味で作っただけだ。メニューとして出る予定はないよ」

 

「では出して下さい。私、絶対食べに行きます……!」

 

「え?」

 

 俺が作ったジャガ丸くんが予想以上に好評だったのか、ヴァレンシュタインは『豊穣の女主人』にジャガ丸くんを出して欲しいと言ってきた。

 

 如何でも良いけど、顔が近い。本人はお願いしてるつもりだろうが、こんな至近距離で顔を詰め寄られたら――

 

「スマンなぁ~。フィン達と話し……って何やっとるんやコラぁ~~~!!??」

 

 ほら、戻って来たロキに誤解されちゃったじゃないか。

 

 俺とヴァレンシュタインは怪しげな事をしてないと向こうが納得するまで、少々時間を要したのは言うまでもない。

 

 

 

 ――と言う事があった。

 

 そして現在、訓練場で俺とヴァレンシュタインは相対していた。

 

 ロキやそのファミリアの団長――フィン・ディムナの他、前に会ったエルフのリヴェリア、そしてドワーフのガレス・ランドロックが立会人としてこの場にいる。

 

 てっきり他の団員達も連れて来ると思っていたが、此処にいるのは自分を含めて五人だけしかいない。

 

 一応聞いてみたところ、一般人同然の俺が有名な【剣姫】と戦うのは些か問題があるそうだ。表向きな理由(・・・・・・)にしては尤もだろう。まぁ俺には如何でも良い事だが。

 

 さて、それはそうと、ヴァレンシュタインの力は一体どれ程なのだろうか。

 

 確か彼女の実力をレベルで言えば『Lv.5』の第一級冒険者らしい。前に俺が倒した『Lv.6』のアレンより実力が劣る、と見て良いのだろうか。

 

 未だこの世界の冒険者に関して、いまいち理解し切れてない。まぁ強いのは確かと見て良い筈だ。

 

 一応オーラで探ってみるも、やはりリューと同じく全く読む事が出来ない。恐らくだけど、この世界の主神が相手の力を探らせない為の(ロック)を施しているに違いない。でなければ、今頃は聖書の神(わたし)能力(ちから)で相手の力を探る事が出来る筈だ。

 

「あの……本当にそのままで良いんですか?」

 

 相手の力を探れないのが厄介だと思っている最中、サーベル型の剣を構えてるヴァレンシュタインが問う。

 

 確かに彼女の疑問は俺の格好についてだ。完全武装してる彼女に対し、俺は『豊穣の女主人』のウェイター服のままだから。

 

 それは勿論ロキからも問われた。此処へ来る前に『自分、その格好でやるんか?』と訊かれるも、『問題ありません』と返答済である。

 

 アレンを倒した時も一切武装無しで倒した事も知ってか、ロキは敢えて俺に深く追求してない。

 

「心配無用。君の攻撃は全部コレで防ぐから」

 

「……バカにしてませんか?」

 

 俺が手にしている武器――木刀を見せるも、ヴァレンシュタインは眉を顰めていた。

 

 因みにこの木刀だが、訓練場に置いてあった物だ。当然ロキの了承を貰っている。

 

 言っておくが彼女をバカにしたつもりは一切無い。もしイッセーや祐斗が見れば、必ず警戒している。俺のオーラを纏わせた木刀は、そこら辺の武器より切れ味や強度が抜群だから。

 

「してないよ。まだ信じられないなら、先手を譲ろう。さ、いつでも良いから攻撃してくれ」

 

「!」

 

「おいおいリューセー、それマジで言っとるんか?」

 

 不快な表情となるヴァレンシュタインとは別に、審判役のロキが少々不愉快そうに尋ねてきた。

 

「自分がフレイヤんとこの副団長(やつ)を倒したと言うても、アイズたんは有名な【剣姫】や。そないな調子こいてると痛い目見るで?」

 

「調子に乗ってなんかいませんよ。至って真面目です」

 

 一応事実を言っているんだが、向こうはそう捉えてくれないようだ。

 

「アイズ!」

 

 すると、俺が視線を逸らしたのが隙だと見たのか、ヴァレンシュタインが突如突進しながら剣を振り翳そうとする。リヴェリアが咎めるも全く気にしてない様子だ。

 

 あと少しで彼女の剣が俺の顔に当たる――かと思いきや、ピタッと寸でのところで急遽止まった。

 

「……どうして、避けなかったんですか?」

 

「殺気がなかったからだよ。止めると分かっていた」

 

「…………」

 

 俺の言った事が大当たりみたいで、ヴァレンシュタインは無言で剣を引っ込めながら、俺から少し距離を取った。

 

「今のは無し(ノーカン)にしとくから、もう一回どうぞ」

 

「……今度は止めません」

 

「ああ、分かった」

 

 警告する彼女に対し、俺はちゃんと防御する意思を見せようと手にしてる木刀を構える。

 

 

 

 

「フィン、どう思う?」

 

「ンー……彼は木刀でアイズの攻撃を受け止めると見て間違いないだろうね」

 

「だとしても、あの小僧は随分と思い切った事をしておるな」

 

 ロキに呼ばれ、立会人として見物している【ロキ・ファミリア】三首脳は少しばかり信じられないように見ている。

 

 心配そうに見てるリヴェリアとは別に、大変興味深そうな表情となってるフィンとガレス。

 

 アイズは【ロキ・ファミリア】の幹部で第一級冒険者。若干14歳でありながらも、オラリオにいる冒険者でトップクラスに匹敵する剣士だ。

 

 加えて彼女の愛剣――『デスペレート』は一級品装備と比べると攻撃力は低いとは言え、不壊属性《デュランダル》の武器である。アイズの卓越した剣技の他、とある魔法を使えば相応の威力となる。

 

 実力や武器が一流であるアイズの攻撃を木刀で受けようとしたら、間違いなく簡単に切断されるだろう。それは一般人に限らず、恩恵を施されている冒険者が使っても同様の結果となる。

 

 普通なら相応の武器を使うのが常識なのに、隆誠は全く該当しなかった。木刀で挑むこと自体間違っている。もしあの木刀が、嘗て闇派閥(イヴィルス)との大抗争で共に戦った正義の眷族(リュー・リオン)が使っていた大聖樹枝を素材にした武器であるなら、フィン達は納得しているだろう。

 

 だが、残念ながらアレはそこら辺の店で売られてる単なる木刀だ。いくら隆誠がアレンを倒したと言う例外中の例外な存在であったとしても、木刀でアイズの剣を受けようとする事自体あり得ない。

 

 それどころか再びアイズに先手を譲る始末。これはどう見ても甘く見られているとしか思えない。

 

 実は隠し武器でも所持してるんじゃないかと思っていると、アイズは再び動き出した。

 

 今度はさっきと違って寸止めをせず、彼女の剣が隆誠の身体に当たろうとする瞬間――突如、キィンッと固い金属音がした。

 

「「「………は?」」」

 

 アイズの剣は隆誠の木刀によって防がれていた。さっきの金属音は間違いなく隆誠が持ってる木刀から発している。しかも切断すらされていない。

 

 余りにも予想外な光景に、フィン達は揃って目が点になっている。因みに審判役のロキも同様の反応だ。

 

 だが一番に驚いているのは攻撃をしているアイズだ。少々戸惑いながらも再び攻撃を仕掛けようと、今度は連続による斬撃を仕掛ける。

 

「おっと」

 

 隆誠が少し焦ったかのような声を出すも、アイズの攻撃を全て防いでいた。ただの木刀だけで。

 

 今度は完全な聞き間違いでなく、隆誠の木刀が剣に当たる度に、キィンッと固い金属音を発生させている。

 

 一撃、二撃、三撃、四撃。アイズが振るう高速の連続攻撃を全て防いでいる。くどいようだが、全て木刀で。

 

「何だ、もう終わりかい?」

 

「……嘘」

 

 一通りの攻撃を終えたのか、再び距離を取った。今度はさっきと違い、全く信じられないと言わんばかりの表情だ。

 

 対して隆誠はアイズの攻撃を全く物ともしてない表情だ。それどころか物足りなさそうな感じもする。

 

「取り敢えず先手は譲った。だから今度は俺の番だよ」

 

「!」 

 

 その台詞にアイズは構えた。さっきとは全く違って、全力で戦う構えになっている。

 

 彼女はたった数回の斬り合いで理解した。目の前にいる相手は、自分より遥かに強い存在であると。

 

(しっかしまぁ、この子の戦い方は祐斗と似たようなタイプだな)

 

 僅かな攻防戦をしただけで隆誠はある程度の分析をしていた。アイズは自身の後輩――木場祐斗に似ていると。

 

 それと同時に思い出していた。祐斗と手合わせする際、向こうが神器(セイクリッド・ギア)――聖魔剣を使っていたのに対し、自身は木刀でやっている事を。

 

 この世界に来てまだ二ヵ月程度だが、隆誠は何だか懐かしそうに感慨深くなっている。だが、今はそんな事を気にしてる場合じゃないと戒める。

 

(これだけの強さを持って、この子は一体何を恨んでいるんだか……) 

 

 恩恵があるとはいえ、人間の身で相当な実力を有してる事に感心する隆誠だが、同時に気の毒そうに思っていた。

 

 復讐に囚われていなければ、(イッセー)みたいに真っ直ぐに育ち、更に強くなっているだろう。隆誠はそう考えている。

 

 彼女の過去を詮索したい衝動に駆られるも、取り敢えず勝負を終わらせようと思考を切り替えた。

 

(よし、アレを使おう)

 

 アイズを倒すのに丁度良い技を思い浮かべたのか、隆誠は構えた。

 

 深く腰を落とし右手に持っている木刀の切っ先を相手に向け、その峰に軽く左手を添えた状態となっていく。

 

「?」

 

 見た事の無い構えに、アイズが怪訝な表情となる。それでも油断はしていない。

 

「何だ、あの構えは?」

 

「んー……見た感じアレは『突き』の構えだね」

 

「にしても、随分と独特じゃのう」

 

 リヴェリア達も全く見覚えがないようだが、それでも何をやろうとしているのかは察していた。

 

 両者が互いに構えて数秒後――

 

「行くぞ」

 

「っ!」

 

 隆誠は動き出した。一瞬で間合いを詰めて突進し、木刀が標的を貫こうとする。

 

(間に合わない!)

 

 それを見たアイズが咄嗟に防御する為に自身の剣で盾代わりにするも少し遅かった為、木刀の切っ先がアイズの身体に直撃しようとする。

 

 当たろうとする個所はアイズの胸の真ん中であり、幸いにもその部分は防具(ライトアーマー)で覆われていた。

 

 彼女が纏っている防具は相応の防御力がある為、木刀が当たった所で大したダメージは受けないだろう。

 

「がっ!」

 

 しかし、隆誠の木刀が当たった瞬間に凄まじい衝撃が襲い掛かり、アイズは勢いよく後方へ吹っ飛んでしまった後、彼女の背中が訓練場の壁にダアンッと強い音を発しながら激突する。

 

「少し油断したな、ヴァレンシュタイン」

 

『……………………』

 

 呆れるように言い放つ隆誠とは別に、余りにも信じられない光景にロキだけでなくフィン達も絶句していた。

 

 因みに隆誠が使った突きは一種の技である。それは当然オリジナルではない。

 

 『放浪する剣信(けんしん)』と言う漫画で、主人公の宿敵キャラである東藤(とうどう)(おわる)の得意技――()(げき)。通常の刀を水平にした平刺突(ひらつき)技の一つ「片手一本突き」を極限まで鍛え、昇華した技である。

 

 アイズが第一級冒険者だから、隆誠は敬意を表す為に相応の実力で牙撃を使った。故に彼女は勢いよく吹っ飛んでしまったのだ。

 

 ロキ達としては完全に予想外な展開だったろう。まさかアイズが攻撃をまともに喰らったどころか、壁に激突するほど吹っ飛ぶなんて考えもしなかった。

 

「う……ぐっ……!」

 

 肝心のアイズは激痛に苛まれながらも、何とか立ち上がろうとしている。

 

「神ロキ、彼女は結構辛そうですけど、このまま続けても良いんですか?」

 

「! アカンわ! 終了や! リヴェリア、アイズの手当てを!」

 

「ロキ、私は……まだ……!」

 

「悪いが却下させてもらう」

 

 隆誠が声を掛けるまで呆然としていたロキだが、ハッとしてすぐに終了宣言後に指示を出した。

 

 アイズはまだ戦う意思を見せるも、リヴェリアが有無を言わさず治療を始めようとする。

 

 手合わせは言うまでもなく、隆誠の勝利として幕を閉じる。

 

 それと今回の件は、他の団員達に一切口外しないよう箝口令を敷かれる事となった。同時にロキ達は隆誠に対する警戒を最大限にまで引き上げたのは言うまでもない。




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共通語(コイネー)

久々の更新です。

数ヵ月更新してないのに、お気に入りが結構入ってた事に驚きました。

今回書いた内容でガッカリしないかどうか不安な気持ちです。


「暫く朝の営業時間を休みたいだぁ? そう言うって事は、ちゃんと理由があるんだろうね」

 

「勿論だよ、ミア母さん」

 

 ヴァレンシュタインとの手合わせを終え、ちょっとした用事(・・・・・・・・)も済ませた俺は『黄昏の館』を後にして、豊穣の女主人に戻って来た。今も営業時間だが、今日は参加しなくて良い事になっている。

 

 ミア母さんはロキが言葉巧みに俺を引き抜く事をしてないかと少々危惧していたみたいだが、問題無かったと分かった途端に安堵の息を漏らしていた。

 

 その際、俺はある事を相談した。母さんが言ったように、朝の営業時間帯を暫く休みたいと言うお願いを。

 

 俺は別世界から来たが、此処では遠い異国からやってきた設定にしている。言葉は能力(ちから)を使って理解しても、この世界の文字である共通語(コイネー)を書く事が出来ない。

 

 いくら調理担当になったとは言っても、未だに読み書きが出来ない事で困ってる場面は何度も起きている。そろそろ二ヵ月が経とうとしてる今になっても共通語(コイネー)が読めない書けないなど、みっともないったらありゃしない。一刻も早く習得しなければいけないと、元神としてのプライドが叫んでいるのだ。

 

 それに加え、今の状況で元の世界に戻る事が出来ないと分かった以上、暫くこの世界で滞在する事が決定したのだ。流石に骨を埋める覚悟までは無いが、この世界の住人としてやっていける知識を得ておきたい。

 

 万が一と言う訳ではないが、もしもイッセー達の誰かがこの世界に来て帰れない状況になった場合、俺がレクチャーする必要がある。この世界に関する知識がない身内が来たら、高い確実で路頭に迷ってしまうのが目に見えてる。特に俺の弟が色々な意味で危険だから。

 

 とまあ、ちょっとばかり俺の個人的な理由もあるが、この世界の住人としてやっていくには、先ず共通語(コイネー)を理解しなければならないと言う訳である。

 

「――って言う訳で、俺はどうしても共通語(コイネー)を学びたいんだ。ミア母さんとしても、読み書きが出来ない情けない息子なんて嫌だろう?」

 

「アタシは別にそこまで気にしないんだがねぇ」

 

「オラリオに来た以上、必要最低限の語学だけは身に付けたいんだ。だから頼む、ミア母さん。俺に勉強する時間を下さい」

 

「…………………」

 

 俺が理由を説明した後に頭を下げて懇願すると、ミア母さんは考え始めるように無言となった。

 

 今まで半休や一日休みなら了承してくれたが、朝とは言え連日休むから簡単に頷く事が出来ないのだろう。この店は人気があるから、何日も抜けていたら大きな支障をきたしてしまう。

 

 夜とは違って客の出入りがそんなに激しくないと言っても、地味に忙しいのだ。早朝から材料の仕入れや下拵え、調理器具の手入れなど営業時間前に行わないといけない。朝の準備はそれなりに重要なのである。

 

 俺を大事な戦力と見ているミア母さんとしても、それは困ると考えているだろう。もし此処でダメだと言われたら――

 

「……はぁっ、分かったよ。そこまで言うんだったら、共通語(コイネー)を読み書きできるよう、しっかり勉強してきな」

 

 休日を利用してでも……あれ? 了承の返事が出たぞ。

 

「え? い、良いのかい? 暫く休んじゃって」

 

「息子が頭を下げてまで勉強したいって言うんなら、それに応えるのが母親として当然の事さね」

 

 おおう、流石はミア母さんだ。血は繋がってないけど、本当の母親のように思えてしまう。

 

「ありがとう、ミア母さん!」

 

 本心でお礼を言う俺に、それを受け止めながらも照れ臭そうにそっぽを向くミア母さん。

 

「言っとくけど、中途半端に投げ出すような事をすれば、いくらリューセーでも承知しないよ。いいね?」

 

「勿論」

 

 自分から言い出しておいて、やっぱり止めるなどと言うバカな真似は絶対しない。やるからにはキッチリやるつもりだ。

 

 よし、説得は意外にも早く済んだ。ミア母さんが一番の難関だと思っていたが、真面目に仕事をしていた事で功を奏したかもしれない。

 

 なるべく早めに習得したいが、そこは教師役である彼女(・・)の教え方次第になる。聞いた話では凄くスパルタらしいから、多分教える事には何の問題も無いだろう。

 

「ところで、共通語(コイネー)を勉強するってなると、独学でやるのかい?」

 

「いや、配達を終えた後、とあるエルフの女性に先生役になって欲しいって頼んだ。当然、向こうも了承済みだよ」

 

「………まさかそのエルフってのは」

 

 思いっきり心当たりがあるように、ミア母さんが少々意外そうな感じで言ってくる。

 

「お察しの通り、【ロキ・ファミリア】の副団長――リヴェリアさんが俺に共通語(コイネー)を教えてくれる先生役だ」

 

 ミア母さんが了承してくれたら明日からでもOKだってさ、と俺は付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 

 ミア母さんより俺が朝の営業を休む事を告げた瞬間、シル達は驚愕の声を出していた。その中で過敏に反応したのはアーニャで、『おミャーは一体何様のつもりニャ!?』と詰め寄ってきた程だ。

 

 その後に共通語(コイネー)を学ぶ為の一時的な期間という理由を説明され、文字の読み書きが重要である彼女達は納得してくれた。異国から来た俺が共通語(コイネー)が分からない事を知っている為に。

 

 しかし、アーニャだけは納得行かないと不満をぶつけていた。勉強と言う口実で実は店をサボりたいだけじゃないかと疑念を抱かれる始末だ。

 

 後輩の俺を信用してくれない為に、俺はこう言い返した。『そこまで言うならアーニャも一緒に毎日勉強するか?』と。直後、『毎日勉強なんて嫌ニャ!』と拒否され、漸く引き下がってくれた。

 

 因みにシルから、誰が共通語(コイネー)を教えるのかと訊ねられたので、【ロキ・ファミリア】にいるリヴェリア・リヨス・アールヴと教えた途端、リューが何故か石のように固まっていた。

 

 珍しい反応を示しているリューを余所に、俺は準備を始めた。当然、リヴェリアに会いに行く為の準備だ。

 

 

 

 昨日に訪れた【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――『黄昏の館』に辿り着くと――

 

「来たか。待っていたぞ」

 

「……あの、リヴェリアさん。何時からそこで待っていたんですか?」

 

 今も戸惑っている門番達を余所に、今日から共通語(コイネー)を教えてくれる先生役のリヴェリアが既にいた。

 

「ほんの少し前だ。それで、ミアからは許可を貰えたのか?」

 

「ええ、まぁ。ちゃんと投げ出さず、やるからにはきっちり覚えてくるようにって」

 

「そうか。ならばその期待に応えるよう、基礎から徹底的に叩き込まなければいけないな」

 

 リヴェリアが徹底的と言った瞬間、聞いていた門番達が何故か顔を青褪めていた。

 

 反応からして、噂通り彼女は相当厳しいようだ。まぁ俺としてはそうしてくれた方が好都合である。厳しいとは、それだけ教えるのが熱心と言う意味でもある。

 

「その代わり私が教える以上、そちらも約束は守ってもらうぞ」

 

「分かっています」

 

 約束とは、リヴェリアが俺に共通語(コイネー)を教えてもらう条件があった。先日に酒場でちょっと話した『魔術』について教える事にしたのだ。

 

 彼女はそれを聞いてからずっと気になっていたようで、機があれば俺に聞こうとしていた。

 

 本当なら昨日に聞こうと思っていたみたいだが、ヴァレンシュタインとの手合わせで聞けず仕舞いになったところ、俺が共通語(コイネー)を教えて欲しいと頼んだ際に条件を出された。教えて欲しければ、俺が知ってる『魔術』について教えて欲しいと。

 

 この別世界で生きていくには必要な等価交換である為、俺はその条件を即座に受け入れた。オーディンから教わったルーン魔術が、彼女に扱う事が出来るかを少しばかり試してみたいと思っていたので。

 

 昨日の事を思い出しながら、俺はリヴェリアの案内で再び『黄昏の館』の中へ入っていく。

 

 しかし――

 

「おはようございます。もう一度、私と手合わせして下さい」

 

「断る」

 

 昨日に俺との手合わせで敗北したヴァレンシュタインが、再び手合わせしろと強請られて足を止める事となってしまう。




久々にダンまち書いたので、内容はイマイチですがご容赦ください。


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授業

「よし、初日だからここまでにしよう」

 

「ありがとうございました」

 

 リヴェリアより共通語(コイネー)を学んで初日。思った通り彼女は先生役にピッタリと言うべき人材であった事に喜んだ。

 

 最初はどんなに厳しいのかと思って授業を受けるも、全然厳しくないどころか至って普通だった。俺が元居る世界の中学、高校の教師と大して変わらない。

 

 敢えて言えば、キチンと覚えて理解したかを確認する為の問いを何度も質問された位だ。向こうが貸してくれたテキストを参考にして答えると、何故か分からんが凄く感心された。そこまでする程の事じゃないと思うんだが。

 

 初めて受けた共通語(コイネー)だが、古代ギリシア語と似て非なる物だと改めて分かった。言葉は似てても文字が全然違うなんて流石は別世界だと思ったほどだ。独学で理解するのには相当な時間を要していただろう。

 

 そして自分の知らない文字に、聖書の神(わたし)は少しばかり楽しく感じた。人間の幼少期時代に、初めてゲームやアニメなどの娯楽を知った時のような感じで。

 

 暫く楽しい時間になりそうだと思いながら受けていたが、リヴェリアが初日だからと言う理由で早めに終わらせた事で少しガッカリするも、焦る必要は無いと自分を戒める事にした。

 

 因みに授業を受けている場所は応接室であり、彼女から共通語(コイネー)を教える事を知った(主にエルフ)団員達が、何故か分からんが少し離れた所からジッと見ている。団員じゃない余所者の俺が気に食わないのかは知らないが、ちょっとばかり睨んでいるような気がする。

 

 まぁ、それは当然かもしれない。後で知って分かったのだが、リヴェリアはエルフの上位種『ハイエルフ』の王族である為、他のエルフ達から尊敬と敬意を持って接されているらしい。

 

 それは勿論、ウチのところにいるエルフ店員のリューも含まれている。俺がリヴェリアから教わると聞いた時に石みたく固まっていたが、数秒後に復活したかと思いきや、『何故貴方がリヴェリア様に共通語(コイネー)を教わる事になったのですか!?』と凄い剣幕で問い詰められたのだ。

 

 加えて、リヴェリアと同じ【ファミリア】の団員であるエルフ達からすれば、ああやって睨むのは仕方の無い事かもしれない。同胞ならまだしも、人間(ヒューマン)の男であれば猶更に、な。

 

「いやぁ~、リヴェリアさんの教え方は凄く分かりやすいですね」

 

「そうか?」

 

「ええ。次の授業も楽しみと思えるほどに」

 

「ならば、明日は本格的に教えるとしよう」

 

「それは楽しみです」

 

 意欲的に授業を受けてる俺に気を良くしたのか、リヴェリアは笑みを浮かべながらもサラッと難易度を上げるような事を言った。

 

 

「あ、あの人間(ヒューマン)の殿方、リヴェリア様の授業にあそこまで付いて行けるなんて……!」

 

「と言うより、何故リヴェリア様は冒険者でもない酒場の店員に共通語(コイネー)を教えているのですか……?」

 

 

 少し離れてるところからヒソヒソと会話してる女性エルフ達は、驚きと疑問を織り交ぜた会話をしていた。

 

 如何でも良いけど、何時まで見てるんだ。ってか、ずっといるんだけど。【ロキ・ファミリア】はダンジョン探索するのががメインなのだから、ダンジョンに行くべきだろうに。

 

 邪魔するような事を一切しなかったから、俺とリヴェリアはずっと無視していた。とは言え、(休憩を挟みながらも)授業をやって三時間以上ずっと見られたら、俺としては流石に嫌になってくる。明日もまた同じ事をしてきたら、注意するよう言っておかないと。

 

 俺がそう考えてると、リヴェリアから突然ある事を言い出してくる。

 

「リューセー、まだ時間はあるか?」

 

 授業が終わったにも拘わらず、彼女は俺を引き留めたいような言い方をしてきた。

 

 彼女が問う理由は分かっている。恐らく魔術の事について訊きたいのだろう。

 

 因みに俺の呼び方については、昨日にロキを通してリヴェリア達と話した際に名前呼びで良いと前以て話している。

 

「一応ありますが……(魔術については)授業を一通り終えてからの筈では?」

 

「も、勿論それは分かっている。だが、あの日から(魔術と言う物が)ずっと気になって仕方が無いのだ……」

 

「そう焦らないで下さい。俺は別に逃げたりしませんから。(魔術を教える)約束はちゃんと守りますよ」

 

「むぅ……」

 

 やはりロキが言っていたように、リヴェリアは魔術について物凄く興味があるようだ。

 

 一応条件として、俺が共通語(コイネー)を一通り覚えてから、魔術について教える事になっている。だと言うのに、初日からもう知りたがってるとは……。このハイエルフは相当探求心が強いって事なのだろう。

 

 けれどオーディン直伝のルーン魔術は色々な意味で強力だから、教えるなら出来れば人目が無い場所でやりたい。それも含めて釘を刺しておくとしよう。

 

「その時にはリヴェリアさんが(魔術を理解するまで)満足頂けるようお付き合いしますよ。流石に此処で(魔術講座を)するのは気が引けますから、出来れば二人だけになれる場所で――」

 

「なんて破廉恥なぁ!」

 

 すると、今まで此方を見ていた筈の女性エルフ達が爆発する様に叫んでいた。

 

 突然の事に俺だけでなく、リヴェリアも何事かと振り向くも、向こうはずかずかと近づいてくる。何故か自分の方へ。

 

「あ、あ、貴方は一体リヴェリア様に何をしようとしてるのですか!?」

 

「ふ、二人だけになれる場所だなんて、そんなの到底見過ごせません!」

 

「リヴェリア様、お気を確かに! この人間(ヒューマン)から卑猥な雰囲気が漂っています!」

 

 ……は? 卑猥って……俺達そんな会話してた?

 

「お前達、一体何を言っている?」

 

 女性エルフ達の主張で呆然となるも、呆れ顔となりながらも同胞達に問うリヴェリア。

 

 彼女達の見解によると、どうやら俺がリヴェリアを二人きりになれる場所に連れ込んで、如何わしい行為をするんじゃないかと勘違いしてたようだ。

 

「そんな訳あるか、この大馬鹿者共! 今すぐそこに座れ!」

 

 変な勘違いをされた事にリヴェリアは顔を赤らめながらも、即座に怒鳴り返した。

 

 そして変な誤解をしたエルフ達に説教を始めようとする前、急にやる事が出来たから帰って良いと言われ、俺は従うように退散する事にした。

 

 

 

 

(この世界のエルフって潔癖な割には耳年増なのか、想像力が豊かなのかが全く分からんな)

 

 応接室を後にした俺は、店に戻ろうと『黄昏の館』を出る為に出入口へと向かっていた。

 

 歩いてる最中、リヴェリアの大きな怒鳴り声が時折聞こえるから察して、変な勘違いをされた事に相当怒っている証拠だ。そこは女性エルフ達の自業自得、と言う事にしておく。

 

「あの……」

 

 出入り口の扉が見えてあと少しのところ、誰かが声を掛けて来た。

 

 振り向かなくても分かっているのだが、俺は少々呆れるように振り返ろうとする。

 

「もう帰るんですか?」

 

「ああ、そうだよ。今日の勉強は終わったからね」

 

「でしたら――」

 

「断る」

 

「――まだ何も言ってません」

 

 俺に話しかけてくる金髪の女の子――アイズ・ヴァレンシュタインが言ってる最中、俺が即座に断った事で睨んできた。

 

「どうせ『もう一回手合わせして下さい』、だろ?」

 

「…………」

 

 図星であったかのように、何も言い返そうとしないヴァレンシュタイン。

 

 この子は余り喋らない子なのは分かってる。けど考えてる事は幼い所為か、手に取るように分かり易い。

 

 今だって俺が断った事で無表情でありながらも、内心頬を膨らませてるだろう。それと気のせいか、ヴァレンシュタインの分身らしき小さな子供が俺に何か訴えてるような……どうやら知らない内に疲れてるかもしれないな。

 

「言っておくけど、何度も言ったところで手合わせする気はないからな」

 

「どうしても、ですか?」

 

「ああ。君も知っての通り、今の俺は色々忙しい身だ。午前は勉強、午後は店の手伝いで……っ」

 

 明確に拒否していると、ヴァレンシュタインは途端に物凄く悲しそうにシュンとしてしまう。

 

 ………くそ。俺は何も悪い事は言ってないのに、この子の表情(かお)を見た途端、何故か罪悪感が湧いてしまうじゃないか。

 

 かと言って此処で手合わせする事を了承すれば、即座に食い付くどころか、俺を無理矢理訓練場へ連れて行くだろう。それは非常に不味い展開となる。

 

 昨日にロキから、手合わせしないよう言われている。そうなって他の団員達に目撃されたら、大変面倒な事になると。俺もソレは賛成だったから、即了承した。

 

 だけど、この子の性格を考えると、何度断ってもしつこく手合わせして欲しいと強請ってくるのが容易に想像出来る。恐らく明日もめげずに同じ事をしてくるだろう。

 

 それを回避する為には――。

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 

「おはようございます。あの――」

 

「大人しくしてくれたらコレをあげようと思っているんだが、どうかな?」

 

「いただきます……!」

 

 諦めずに手合わせの誘いをしてくる為、俺が出掛ける前に作った(揚げたて+大きめサイズの)ジャガ丸くんを見せた瞬間、ヴァレンシュタインの目の色が変わって嬉しそうに受け取ってくれた。

 

 後でリヴェリアから聞いたが、彼女は年相応な表情で目をキラキラさせながら、大変美味しそうにジャガ丸くんを頬張っていたらしい。

 

 ヴァレンシュタインの手合わせを止める為の手段として餌を用意したが、思っていた以上の効果があったようだ。今後もこの手段を使っていくとしよう。




ティオナ「あれ? アイズ、いつの間にジャガ丸くん買ってきたの?」

ティオネ「こんな朝早くから屋台やってたかしら?」

アイズ「…ううん。あの人に貰ったの」

ティオネ「あの人って、リヴェリアに共通語(コイネー)教えてもらってる男性店員に?」

ティオナ「何かそのジャガ丸くん、いい匂いしてて美味しそうだね~。ねぇねぇ、あたしもちょっと食べて良いかな?」

アイズ「ダメ。これは私の……!」


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超凡夫(ハイ・ノービス)

久しぶりの更新ですが、今回は漸くラウルと話せたと言う話です。


 共通語(コイネー)を学んで一週間経ち、大体は理解出来た。文章を書いてみるも、まだまだ悪文が目立つとリヴェリアより厳しいお言葉を頂くも、相応の評価を頂く事が出来た。一週間とは言え、午前授業のみで此処まで出来るのは素晴らしいようだ。

 

 授業を学んでいる間、【ロキ・ファミリア】の内情と言うほどじゃないが、世間話をする事で色々分かった。特にアイズ・ヴァレンシュタインの事とか。

 

 あくまで表面的な情報だが、どうやら七歳の頃から冒険者になったらしい。今は十四歳だから、逆算すると七年前になる。もし俺のいる世界だったら、色々問題視されるどころか法律に引っ掛かってもおかしくないだろう。いくら別世界だからと言っても、せめて年齢制限をするべきだとギルドにツッコミたいが、余所者の異分子である聖書の神(わたし)が口出しする立場じゃない。

 

 まぁそれより、ヴァレンシュタインは深い事情があるが故に冒険者となり、度重なる戦いを乗り越えて『Lv.5』に至ったようだ。そして今も強くなろうと腕を磨き続けており、時間が許す限りダンジョンに足を運んでいるらしい。これにはリヴェリアも頭を悩ませていると、少しばかり愚痴りながら語っていた。当時は強くなる事しか興味が無くて感情が乏しくも、【ロキ・ファミリア】に新たな女性団員が加わった事で笑顔が自然に出るようになったと。

 

 そんな中、あの子は別の興味を抱く事となった。冒険者でもなければ神の恩恵(ファルナ)すら持っていない筈なのに、【フレイヤ・ファミリア】の副団長――アレン・フローメルを一撃で倒した俺に。そして前の手合わせで木刀で自分を負かした事で一層気になり、隙あらば勝負をしようと誘ってくる始末。俺としては少しばかり鬱陶しいが。

 

 因みに俺がリヴェリアの授業を受ける直前、必ずと言っていいほど手合わせしろとヴァレンシュタインはしつこく言ってくるが、何度も断り続けた事で少しばかり諦めてくれた。今は他の女性団員達とダンジョンに行っているようだ。授業に集中出来る俺としては非常に有難い。

 

 

 

「此処は良い所だなぁ……」

 

 場所は中庭。俺は長椅子に座って周囲を見渡していた。

 

 今日は授業に集中し過ぎてしまった為、少しばかり長めの休憩をしようとリヴェリアから言われた。

 

 どうやら俺は過去にリヴェリアから授業を受けた者の中で、最も意欲的に取り組む真面目な生徒のようだ。質問された事にはちゃんと答え、分からない事を聞いた後にメモを取る姿勢を見て、ついつい長引かせてしまったらしい。

 

 思わず『他の団員達は俺と違うんですか?』と訊いてみるも、彼女は少し言い難そうな表情となるも一言で教えてくれた。『冒険者の大半は勉学を好まない』と。

 

 それを聞いてすぐに理解した。何処の世界でも勉強が嫌いな人間が沢山いると言うことに。恐らくヴァレンシュタインもその一人だろう。

 

 まぁ俺がそんな事を気にする必要は無いし、ああだこうだと口出しする事じゃない。そこは人それぞれなのだから。

 

 因みに俺がいる中庭だが、ちゃんと許可を貰っている。時々此処を通っている団員達は必ずと言っていいほど視線を向けるも、俺がリヴェリアに共通語(コイネー)を教わってる事を知っているのか、特に何も言わず素通りしていた。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

「ん?」

 

 すると、見覚えのある黒髪の男が中庭を歩いていた。しかも凄くどんよりした様子で顔が俯いて、話しかけるのを躊躇ってしまう。

 

 以前会った時とは比べ物にならない程の落ち込みようだった。一体何が遭ったのかと気になるほどだ。

 

 此方に全く気付いていないのか、彼は長椅子に座っている俺の隣に座ろうとする。

 

「自分、何であんなバカな事しちゃったんすかねぇ~……」

 

「一体何を仕出かしたんですか?」

 

 独り言を呟き始める黒髪の男に俺が思わず問いかけるも、向こうは気にしてないかのように答えてくれた。 

 

「この前、魔石の換金をちょろまかしたのがバレて、団長に怒られたんっすよ」

 

「だとしても落ち込み過ぎでしょう。そんなに厳しく怒られたんですか?」

 

「違うっす。他の団員達にもバレちゃって、エルフの団員達から白い目で見られて……」

 

「あぁ、確かにエルフってそう言うのを嫌いますからねぇ……」

 

 エルフと言う種族は色々な意味で潔癖だ。俺と一緒に働いているリューも少しばかり面倒な性格をしてるが、慣れればどうって事は無い。

 

 しかし、【ロキ・ファミリア】には多くのエルフ達がいる。どこまで知ったのかは分からないけど、彼の様子からして相当キツかったのが分かった。

 

 確かに不正をやってはいけないのは分かるけど、お金をちょろまかした程度で、人を追い詰めるほどに軽蔑の眼差しを送らなくても良いだろうに。まぁ金額次第でそうせざるを得ないかもしれないが。

 

「因みにちょろまかした理由は?」

 

「歓楽街にいる娼館の女性に……って、そこまで聞かないで欲しいっす! ん?」

 

 俺の問いに俯きながら答えていた黒髪の男は、途中で顔を上げてツッコミを入れてきた。そして、俺の顔を見てやっと気付く。

 

「た、確か『豊穣の女主人』にいる男性店員っすよね?」

 

「はい。聞いてると思いますが、今日もリヴェリアさんに共通語(コイネー)の授業を受ける為に来てます」

 

 今は休憩中で此処にいますと付け加えた後、彼は恐る恐ると俺に訊ねてくる。

 

「も、もしかしてさっきの話、全部聞いたっすか?」

 

「貴方の隣に座っている俺以外に誰かいますか?」

 

 俺が逆に問い返した瞬間――

 

「………………………………………………もう自分、マジで死にたくなってきたっす……」

 

 彼は今まで以上に凄い落ち込みを見せるどころか、自殺したいほどの精神状態に陥っていた。

 

「はいはい、死のうとするのは止めて下さいね」

 

 赤の他人に自分の気持ちを暴露した事で大恥を晒した彼の気持ちを理解しながらも、取り合えず全力でフォローする事にした。

 

 以前から話す機会を狙っていたと言うのに、こんな事で今後の付き合いを途絶えさせる訳にはいかない。

 

 

 

 

「ご存知でしょうが、俺は『隆誠・兵藤』です。リューセーと呼んで下さい」

 

「自分は『ラウル・ノールド』っす」

 

 漸く正常に戻った黒髪の男――ラウル・ノールド(以降はラウル)は自己紹介をしてくれた。

 

「つかぬ事を聞きますが、ノールドさんはおいくつですか?」

 

「自分もラウルで良いっすよ。今年で十九っす」

 

「ほほう、俺と同い年でしたか」

 

 転生したとは言え、まさか興味を抱いた人間が自分と同い年だったとは。

 

「だったらいっそタメ口で良いかな?」

 

「勿論っすよ。あ、でも自分は元からこう言う話し方なので気にしないで欲しいっす」

 

「そうか」

 

 話し方は明らかに後輩口調なんだが……まぁ敢えて触れないでおくとしよう。

 

 その後に段々親しくなって会話している中、さり気無く能力(ちから)を使ってラウルの実力を探ってみると、かなり興味深いものだった。

 

 突出した部分が無いどころか、殆どが地味に等しいオーラだった。失礼な例えだが、どこにでもいそうなモブキャラがちょっと強いみたいな感じだ。実力が突出してるヴァレンシュタインと戦えば、簡単に負かされてしまうだろう。

 

 端から見れば取るに足らない地味キャラだと思われるだろうが、俺は全くそう思っていない。寧ろ、こんな素晴らしい原石を放っておくのが勿体ないと高評価を下す程だ。

 

 今のラウルは結構卑屈な部分が表に出し過ぎる余り、その所為で自分に自信を持つ事が出来ない状態になっている。

 

 それとは別に、彼の身体能力は非常に素晴らしい。人間だった頃のイッセー以上に、身体の基礎が充分過ぎる程に出来上がっているのだ。後は誰かが技を教えれば、大化けするほどの理想的な冒険者になるだろう。

 

 聞いた話によると、冒険者は自己流で腕を磨き、そして自ら技を覚えるのが常識となっており、誰かが師となって技を教えると言う事はしない。それでも戦いの基礎くらいは教えてもらえるようだが。

 

 自分の技は自分で編み出さなければならないとは、この世界は色々厳しいモノだと思う。技を誰かに継承させれば、それは更に進化して強くなる事だって出来るのだが、この世界の住人ではない聖書の神(わたし)が言う事ではない。

 

 だがしかし、今のラウルを放置する事が出来なかった。それどころか、鍛えて強くさせたいと思っている。

 

 赤龍帝(イッセー)の師匠役をやってる事で、聖書の神(わたし)は教える楽しさを知ってしまった。戦いのド素人であったイッセーを自分が鍛え、そして強くなったところを見て感動したのは今でも忘れられない。人間に転生して良かったと思えるほどに。

 

 なので、ラウルを自分が鍛えたらどこまで強くなるのかと思わず考えてしまう。リヴェリアや団長のフィン達が鍛えないのなら、代わりに俺が指南したい。と言うかさせて欲しい。こんな原石を鍛えないなんて余りにも勿体なさ過ぎるから。

 

 ………あ、そうだ。【ロキ・ファミリア】の借りをそれで清算するのもアリかもしれない。フィン達が認めてくれればの話だが、な。

 

「リューセー、休憩時間はもうとっくに過ぎているぞ」

 

「あっ……」

 

 ラウルと話ながら内心で計画を立てている中、ちょっと怒った表情になってるリヴェリアが中庭にやってきた。

 

 不味い。夢中になってる余り、授業の事をすっかり忘れてた。

 

 あ、そう言えばリヴェリアには共通語(コイネー)を教わった後、魔術について教えなければならないんだったな。となれば、ラウルの指南はまだまだ先になるかもしれない。




ティオナ「ねぇアイズ、さっきからモンスターを倒す時に突き技ばかり使ってない?」

ティオネ「にしても随分独特な構えね。もしかして団長に教えてもらったの?」

アイズ「……フィンじゃない」


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天真爛漫

今回は他の団員との出会い話です。

サブタイトルで気付いた方はいるかもしれませんが。


 ラウルと会合してから、それなりに打ち解ける仲となっていった。会話を重ねる事に分かったのだが、彼は【ロキ・ファミリア】の二軍でありながらも、周囲から信頼されているようだ。色々と気苦労が絶えない中間管理職、と言う印象が見受けられたのは俺の心の内に秘めておくとする。

 

 俺達が親しげに話したのを機になったのか、他の団員からも声を掛ける事が多くなった。

 

 主に多いのはアーニャとクロエと同じ女性猫人(キャットピープル)――アナキティ・オータムと言うラウルの同期だ。最初は俺に対して少しばかり警戒していたようだが、ラウルと会話してるのを見て声を掛けたらしい。

 

 彼女と一通り話した後、思わずある事を訊いた。猫人(キャットピープル)の特徴でもある、語尾に『ニャ』が付いていない事を。

 

 どうやらオータムはそれが嫌いらしく、自ら矯正して標準的な口調になったようだ。こう言う真面目な所は、ウチの店にいるアーニャとクロエも見習って欲しいと心底願う。

 

 まぁそれはそうと、肝心の共通語(コイネー)は順調に覚えている。文章も分かり易くなってきたとリヴェリアからお褒めの言葉も頂いた。

 

 共通語(コイネー)をマスターすれば、等価交換として教える事となったルーン魔術の特徴や性能を文章で書く事が出来る事を口にした瞬間――

 

『ルーン魔術……。初めて聞くが、私の好奇心を刺激して止まないな。ならば一刻も早く共通語(コイネー)を覚えてもらわねばいかないようだ』

 

 リヴェリアが物凄くやる気に満ち溢れ、そりゃもう熱心に教えてくれました。午前授業の筈が午後に突入しかけるも、フィンや他の団員が止める事もあった程に。

 

 

 

「う~ん、一応書いてみたが……」

 

 もう既に自身の休憩場所となってる中庭にいる俺は、物の試しとして用紙に文章を書いてみた。以前に自分が読んだファンタジー小説の序盤だけだが。

 

 因みに今日ラウルはいなかった。オータムや他の団員達と一緒にダンジョン探索してるみたいで、夕方に戻る予定だそうだ。休憩の話し相手になって欲しかったが、向こうは冒険者なので、ダンジョンに行く必要の無い俺とは事情が全く異なる。

 

 ダンジョンと言えばヴァレンシュタインも同様、このホームにいない。ここ最近、何でも独特の構えをした突き技でモンスターを倒しているとの目撃情報があったとか。

 

 それを聞いた俺は物凄く心当たりがあった。恐らくあの子は、俺が手合わせで使った突き技――『牙撃』を真似ている。俺と相手をしてくれないから、独自に学んでいるのだろう。

 

 普通なら勝手に真似するのは憤慨するかもしれないが、俺としては別に気にしてないどころか、寧ろ構わないと思っている。『牙撃』は元々創作キャラの技であり、俺が勝手に真似ているので、ヴァレンシュタインに文句を言う筋合いなど一切無い。

 

「後で彼女に見せてみるか」

 

「何を見せるの?」

 

 自身の独り言に反応したと思われる第三者の声がした為、俺は一旦書くのを止めた。振り返る先には、アマゾネスと思わしき褐色肌の黒髪少女がいる。

 

 この世界のアマゾネスはエルフと異なり、かなり開放的で肌を露出している。あくまで必要最低限の部分を隠している為、スタイルが丸分かりだった。因みに目の前にいる少女は、(失礼なのを分かった上で)塔城小猫やソーナ・シトリー並みに胸が小さい。間違ってもそんな失礼な事は口にする気は毛頭無いと断言しておく。

 

「えっと、君は?」

 

「あ、ゴメンね。あたし、『ティオナ・ヒリュテ』。アイズと同じ冒険者。ティオナで良いよ」

 

 屈託のない笑みを浮かべたまま、アマゾネスの少女――ティオナ・ヒリュテ(以降はティオナ)は自己紹介をした。

 

「どうも。ご存知でしょうが、『隆誠・兵藤』です。俺もリューセーで良いですよ、ティオナさん」

 

「うん。よろしくね、リューセー。それとあたしの事はティオナで良いし、そんなかたっ苦しい喋り方しなくていいよ」

 

 お互いに自己紹介を終えると、凄く親しげに自分の名前を呼んでくるティオナは、俺の隣に座ろうとする。

 

 初対面だと言うのに、随分とフレンドリーな子だ。普通なら一定の距離で話し、それを重ねる事で親しくなるのだが、この子の場合はそれを無視して積極的に話しかけている。

 

 普通なら疑問を抱くかもしれないが、そんな気は一切起きない。一切悪意が感じない純真な笑みを浮かべてるティオナを見て、アーシアと似たような感じがするから。

 

「ところで、俺に何か用かい?」

 

 改めて用件を尋ねると、ティオナは俺が手にしてる用紙を指した。

 

「リューセーが書いてるその紙がちょっと気になってね。もしかしてリヴェリアからの宿題?」

 

 俺が此処に来てる理由は【ロキ・ファミリア】の団員達は既に周知されてるから、それは当然ティオナも知っている。

 

 彼女からの問いに、俺はこう答えた。

 

「いいや、単なる自主練習だよ。以前読んだ物語を参考に、文の練習用として書いてるんだ」

 

「え? それ、もしかして英雄譚なの?」 

 

 物語に興味があるのか、隣に座っているティオナは近付きながら俺が手にしてる用紙へ視線を移す。

 

 英雄譚と言っても、俺のいる元の世界で読んだ娯楽小説(ライトノベル)だ。収納用異空間に収納してる旅用コテージの中に、娯楽用としてそれなりにある。ラノベだけでなく、色々なゲームなども含めて。

 

「まぁ、似たようなモノだな。気になるなら読んでみるかい?」

 

 あくまで共通語(コイネー)の練習用だから読めない部分はあるかもしれないが、と言いながら俺は数枚の用紙を手渡した。

 

 受け取ったティオナは、興味深そうに読もうとする。

 

 数秒後、急に表情が固まったかと思いきや、まるで魅入るかのように集中していく。

 

 俺の書いた共通語(コイネー)は読めるかを聞きたいのだが、この様子では無理そうだった。一応声を掛けてみたが、読むのに集中してて上の空状態になっている。

 

(あ、不味い!)

 

 ふと、時計を見たら休憩時間が終わりそうだった。ラウルの時みたいに遅れたら、またリヴェリアが此処に来て怒られてしまう。

 

「悪い、ティオナ。俺は授業に行くから、後で(共通語(コイネー)がちゃんと読めるか)聞かせてくれ」

 

「うん」

 

 立ち上がりながらそう言う俺だが、ティオナは空返事をしながらも用紙に書いてる文章を読み続けていた。

 

 数枚書いただけなので、恐らく数分もしない内に読み終わる筈だ。俺が書いた部分はまだプロローグの途中に過ぎないから。

 

 そう思いながら中庭から去り、リヴェリアが待っているであろう応接室へと向かう。

 

 

 

「ほう。休憩時間に文を書く練習をしていたのか」

 

 応接室に戻って授業を再開している中、俺が休憩時間中にやっていた事を教えると、リヴェリアは感心するように言っていた。

 

「本当はリヴェリアさんに見せるつもりだったんですがね」

 

「その言い方だと、誰かが代わりに読んでいるのか?」

 

「ええ。其方の団員であるティオナが物語好きみたいで、熱心に読んでましてね」

 

 会って早々仲良くなった他、俺の書いた文章について簡単に話した。それを聞いた後、リヴェリアが途端に苦笑する。

 

「ティオナはそう言うのに目が無いからな。一応私も興味あるのだが、どう言った物語なんだ?」

 

「俺の世界(くに)にあるやつで――」

 

 この世界ではライトノベルと言う単語は知らないだろうから、言い方を変えて冒険譚にしておいた。

 

 内容としてはこうだ。『平和な世界で暮らしていた青年が突然の事故で死亡するが、見知らぬ世界で前世の記憶を持ったまま転生して冒険者となり、仲間と共に困難を乗り越えて強大な力を持った魔王を倒す』、と言う異世界転生の物語。

 

 そのラノベを初めて見た聖書の神(わたし)は、ある意味自分に該当してると思いながらも楽しく読んでいた。暇があれば購入して読んでいる時もあるが、生憎今は別世界にいる為に無理なので、コテージにある娯楽品で我慢するしかない。

 

「それは興味深いな。良ければ私も読んでみたいものだ」

 

 物語の内容を端的に教えていると、リヴェリアも意外と乗り気で読みたそうにしている。

 

「リヴェリアさんが望むなら書きますけど、ルーン魔術を教える時間が延期になってしまっても良いのですか?」

 

「そ、それは困る!」

 

 途端に焦ったような表情になるリヴェリア。

 

 共通語(コイネー)を教え終わった後、今度は俺がルーン魔術について講義する予定になっている。教師と生徒の立場が逆転するのはツッコミどころ満載だが、そこは敢えて気にしないでおく。

 

 やはり彼女としては冒険譚よりも、ルーン魔術の方を優先したいようだ。尤も、覚えられるかどうかは保証しないが、な。

 

「さあ、此処から無駄話は無しだ。続けるぞ」

 

「了解です」

 

 本来の目的を思い出したかのように、リヴェリアは授業を再開しようとする。

 

 既に基礎が出来る為、今回は応用と復習を中心にした内容だった。

 

 いつも通りノートに必要な個所をメモしている最中――

 

「リューセー!」

 

 すると、誰かが応接室に入って俺の名前を大声で呼んだ。

 

 その声はついさっきまで話していたアマゾネスの少女――ティオナだった。彼女は俺を見付けて早々、凄い勢いで俺に接近する。

 

「ど、どうしたティオナ?」

 

「ティオナ、今は取り込み中なんだが……」

 

 戸惑う俺と咎めるように言ってくるリヴェリアだが、当の本人は全く気にしてないようにこう言ってきた。

 

「ねぇねぇリューセー、コレの続き書いて!」

 

「え?」

 

 ティオナは俺が渡した数枚の用紙を見せながら、物語の続きを書くよう催促してきた。

 

「まだ序盤だけど、読んでてすっごく面白いの! あたし、この後の展開が気になるから書いて欲しい!」

 

「ゴメン。今日は無理」

 

「ええ~、そんなぁ~! ねぇお願いリューセー、今すぐ書いて! このままだとあたし、気になって夜眠れなくなっちゃうよ~!」

 

 無理だと断るも、ティオナは途端に我儘な子供みたいに強請ってきた。

 

 書いてあげたいのは山々だが、ソレとは別に早く退散した方が良い。でないと、俺の目の前にいるリヴェリアが怒る寸前になっているから。

 

「ティオナ、この私を無視するとは随分良い度胸をしているじゃないか」

 

「え?」

 

 声が大きくない筈なのに、ティオナは途端に固まった。同時に声の主を見ながら。

 

 その直後、授業を邪魔されたリヴェリアからの雷が落ちたのは言うまでも無い。




シル「どうしたの、リュー?」

リュー「いえ、彼がリヴェリア様に無礼を働いていないか少々気になりまして……」

アーニャ「それ毎回やってるニャ」

クロエ「そしてリューセーが帰って来る度に訊いてるニャ」

ルノア「同じ事を何度も訊かれるリューセーからしたら堪ったもんじゃないわね」


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授業経過

今回は幕間な話です。


「どや、授業の進み具合は?」

 

「もう終わり間近になってる。恐らくあとニ~三日で完璧になるだろう」

 

「………は?」

 

 夕方頃。執務室にて、ロキはリヴェリアに授業経過を聞いていた。

 

 共通語(コイネー)を全く知らない者が最初から学ぼうとするには、最低でも三ヶ月近く掛かってしまう。隆誠は言葉を理解している他、午前授業だけとなってるから、ソレ等を踏まえれば約二ヵ月で習得するだろうとロキは予想していた。

 

 授業を開始して一週間以上経ち、まだ基礎を理解した程度だと思っていたのだが、リヴェリアの返答を聞いた瞬間に言葉を失った。一緒に聞いていたフィンとガレスも似たような反応を示している。

 

「……ちょ、ちょお待ちぃや、リヴェリア。何の冗談や?」

 

「私が冗談を言っていると本当に思ってるのか?」

 

「いや、思っとらんが……」

 

「リヴェリア、こればっかりは僕もロキと同意見だ。あとニ~三日なんて流石に速過ぎると思うんだけど……」

 

 戸惑い気味になっているロキに、フィンが擁護しようと口を開いた。

 

 隆誠は共通語(コイネー)について全く読めないと本人の口から聞いている。だと言うのに、それを二週間も経たずに習得するなど普通に考えてあり得なかった。いくら学がある者でも、全くの初心者がそんなすぐに上達し、完璧に覚えるとは到底思えない。

 

「確かに疑問視されるのは尤もだ。何しろ教えている私でさえも信じられなかったからな」

 

 彼女がそう思ったのは初日の時からだった。

 

 初心者だからと言う理由で、最初は簡単な概要だけで済ませる予定でいた。けれど隆誠が余りにも飲み込みが早い為、思わず次の段階に進む事となってしまったのだ。

 

 リヴェリアの座学は酷烈(スパルタ)であると、【ロキ・ファミリア】の常識の一つになっている。過去にアイズが幼かった頃、余りの厳しさに僅か一日で逃げ出した程のトラウマを負った。それは現在(いま)も変わっておらず、殆どの団員達は自ら進んで(エルフを除く)リヴェリアからの座学を受けようとはしない。

 

 だと言うのに、エルフでもないヒューマンの青年が一切音を上げる事無く続けている。それどころか凄まじい速さで共通語(コイネー)を覚え、あと数日で終わろうとしているから、ロキ達が疑問視するのは当然であった。

 

 因みに他の団員達も言える事だ。リヴェリアの授業を受ける隆誠の事を少しばかり気に入らなかったエルフ達ですら驚嘆するほどで、今はもう何も言わなくなっている。

 

 そして講師役であるリヴェリアも、隆誠の理解力と吸収力に舌を巻く程であった。覚えたかを確かめるための問いや、時折少々意地悪な応用問題を出題させてみたが、一切間違う事なく全て正解していた。一つくらい間違えても構わないのだがと思ったのは本人の秘密であるが。

 

 同時に残念な事もあった。神の恩恵(ファルナ)が無いにも拘わらず、【フレイヤ・ファミリア】の副団長アレンを簡単に倒せる実力だけでなく、座学も優秀な彼が【ロキ・ファミリア】に入団してくれればと何度考えた事か。

 

「お主の座学に難なく付いて行けるとは、随分と優秀な小僧じゃのう」

 

「全くだ。あの勤勉さをウチの団員達も是非とも見習って欲しいものだ」

 

 ガレスの言葉にリヴェリアは同意していた。同時に少し団員達に対して少しばかり愚痴を零そうとしている。

 

 冒険者はダンジョン探索をしてモンスターを倒し、それで倒した魔石やドロップアイテムを売って稼ぐ事が一種の仕事になっている。

 

 誰もが夢を見て憧れるが、迷宮都市(オラリオ)にあるダンジョンはそんなに甘くない。ダンジョンの構造や地理、出現するモンスターの習性や対処方法など、それらの事前に学ばなければ、どんなに強い冒険者だって簡単に命を落としてしまう。

 

 その恐ろしさを理解しているからこそ、リヴェリアは入団した新米冒険者に多少厳しくても、最低限の座学を強制的にやらせている。それでも途中で脱落(ギブアップ)するのは、リヴェリアが余りにも厳しいと言う証拠なのだが。

 

「そう言えば、彼が授業の休憩時間を利用して物語を書いていたそうだね」

 

 このまま彼女の愚痴が続くと、此方にも飛び火してきそうだと感じたフィンは話題を変えようとした。

 

「ティオナが彼に強請っているところを何度も目撃したけど、そんなに面白かったのかい?」

 

「ああ。本人は以前読んだ物語の序盤を書いただけと言っていたが、アレは中々大変興味い内容だった。恐らくフィンも気に入るだろう」

 

「君がそこまで言うなら、いっそ彼に全部書いてもらうよう依頼しようかな?」

 

 フィン・ディムナは【勇者(ブレイバー)】の二つ名があり、オラリオの民衆から英雄視されている。

 

 だがそんな彼もティオナと同様物語には目が無く、多くの冒険譚や英雄譚を読んでいた。それ等を見て、自分もこんな英雄になりたいという子供心があったほどに。

 

「悪いが却下させてもらうぞ。そんな事をされたら、魔術を教わる時間が延びてしまう」

 

 リヴェリアも隆誠が書いた物語は気になっているが、それとは別にルーン魔術の講義が出来なくなってしまう。本来の目的を優先させたい彼女としては御免被りたかった。

 

「アハハ……。なら一段落した後に頼むとしようか」

 

「相変わらずお主は魔法に関しての優先度が高いのう」

 

 フィンとガレスもリヴェリアの探求心が人一倍ある事を理解しながらも苦笑していた。

 

 同時に隆誠に対して少しばかり気の毒に思っている。彼女が一度掴んだら簡単に手放す事をしない性格である為、満足するまで訊き出そうとする光景が目に浮かんでいるから。

 

「にしても、その魔術とやらは魔法と一体何が違うんじゃ? リヴェリアの事だから、授業中にさり気なく訊いてみたと思うんじゃが」

 

「いや、残念ながら共通語(コイネー)の授業が終わるまでお預けになっている」

 

「リヴェリアにしては珍しいな。うちもてっきりガレスと似たような事を考えとったが」

 

 意外そうに言うロキの言葉に、リヴェリアは苦笑しながらも頷いていた。

 

「『今は共通語(コイネー)に集中させて下さい』と言われてしまってな」

 

「おやおや。確かにそんな事を言われたら、そうせざるを得なくなっちゃうね」

 

「リューセーに一本取られたっちゅう訳か」

 

 らしくない事をしていたリヴェリアだったが、フィン達はすぐに理解した。

 

 確かに隆誠からすれば、一刻も早く共通語(コイネー)を学びたいのに、途中で魔術の話をされたら堪ったものじゃないだろう。

 

「しっかしまぁ、うちも気になるわ。リューセーが教えようとする魔術っちゅうのは。なぁリヴェリア、その時はうちも一緒にいてええか?」

 

「別に構わないが、もし邪魔立てするようなら即座に追い出すからな」

 

「わ、分かっとるって……」

 

 睨みながら念を押してくるリヴェリアの警告によって、少しばかり委縮してしまうロキ。

 

 邪魔はせずとも色々聞いてみようと画策していたが、それでもし彼女が機嫌を損ねてしまえば、色々不味い事になりそうだと考えを改める事にした。

 

「あ、せや!」

 

「いきなり何だ?」

 

 突如ロキが何か思い出したかのように叫んだので、リヴェリアは目が点になりながらも問う。

 

「この前リューセーが用意してくれた特別な酒が無くなってたんやぁ~」

 

「特別な酒じゃと?」

 

 酒の話題になった途端、ロキと同様の酒豪であるドワーフのガレスが耳を傾ける。

 

「あの不良店主がそんな簡単に用意してくれるとは思えんが」

 

「いやいや、ちゃうでガレス。リューセーが異国から持ってきた酒でなぁ。『神殺し』っちゅうて、ほんまにめっちゃ美味かったで!」

 

「ほう。そのような酒があったなら、ワシも一緒に飲みたかったのう」

 

 ロキが太鼓判を押す程なら、それは是非とも美味い酒なのだろうと思うと同時に飲んでみたい気持ちになるガレス。

 

 先程までの話題から、全く関係の無い酒の話になった為、フィンとリヴェリアは何とも言えない表情になっていく。

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

「リューセーさん、何を書いてるんですか?」

 

「次に俺がリヴェリアさんに教える説明書だよ」

 

 隆誠は共通語(コイネー)で説明文を書いていた。今日は珍しく夜の営業が休みである為、自分が寝泊まりで利用してる部屋で自習していた。

 

 尤も、もう殆どマスターしてるも同然であり、今度行う予定となっているルーン魔術についての説明書を書いている。それは当然、リヴェリアに教える為の教材用として。

 

 そんな中、シルが入室して隆誠の様子を見に来ていた。何を書いてるか気になってるみたいで、近くに寄り添いながらノートを見ている。

 

「あの、シル。ちょっと近いんだけど……」

 

「そうですか? でも、こうしないと見れませんし」

 

 さり気なくスキンシップしているシルに、隆誠が少々困った表情をしながら注意していたが全然意味を為さなかった。それどころか、彼女は何だかそれを楽しんでいるかのような笑みになっている。

 

「と言うか、そろそろ帰ったらどうだ? 今日はお休みなんだから、何時までも此処にいても良い事ないぞ」

 

 隆誠を含めた『豊穣の女主人』の者達は用意された部屋に寝泊まりするルールになっている。けれど、シルだけは例外で営業時間が終わったら家に帰宅している。

 

 それなのに彼女は帰宅する気配を見せていない。加えてこの所、隙あらば隆誠の傍に居ようとする事が多かった。まるで気になる異性のように。

 

「え~? 私がいたらダメですか?」

 

「別にそこまで言ってない。と言うか、こんなところをリューに見られたら……」

 

 そう言ってる最中、突如部屋の扉が開いた。

 

「リューセー! シルに何をしてるのですか!?」

 

「いや、何もしてないから」

 

「あら、リューじゃない。顔が赤いけど、どうしたの?」

 

「どうしたのではありません! 何故貴女が此処にいるのですか!? いくら何でも破廉恥です!」

 

 部屋で男女が二人きりで密着してる光景にリューは顔を赤らめるも、すぐに怒鳴るのであった。

 

 その叫びにアーニャ達が聞きつけて、要らぬ誤解をされてしまったのは言うまでもない。




ティオナ「あ~~! リューセーの書いた物語が気になる~~!」

ティオネ「アンタ、このところソレばっかりね」

ティオナ「だってほんとに面白かったんだもん! なのに読めないなんて生殺しだよ~! うがぁぁ~~!」

ティオネ「……………」


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疑問が深まるアイズ

今回は凄く短い幕間話です。


(やっぱり……全然分からない)

 

 訓練場で佇んでいる少女――アイズ・ヴァレンシュタインは、手にしてる木刀を見ながら諦めるように嘆息していた。

 

 約二週間前、ある人物と手合わせをして敗北した。それが今も頭から離れず、此処へ来る度に思い出してしまう。

 

 その人物は『豊穣の女主人』にいる男性店員――リューセー。冒険者じゃない一般人なのにも拘らず、彼は『Lv.5』の自分を一撃だけで勝った実力者。

 

 他にもある。危うく【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の抗争開始寸前となっていた際、女神フレイヤを相手に平然と怒鳴っていたのを見た【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】アレン・フローメルの最速と呼べる一撃を簡単に片手で受け止め、その直後に一撃で倒した。隆誠は技を使って倒したのだが、アイズ達からすれば睨んだだけで相手を吹っ飛ばした光景にしか見えなかった。だから今もどうやってアレンを倒したのかは全く分からず仕舞いである。

 

 てっきり最初は自分よりレベルが上の冒険者かと思っていたが、そこで予想外な事実が判明した。彼はどこの【ファミリア】にも所属していないどころか、神の恩恵(ファルナ)も授かっていない正真正銘の一般人であったと。人間(こども)の嘘を見抜ける女神ロキ、そして女神フレイヤの目の前で堂々と言い切ったから一切嘘を吐いていないと認識した瞬間、アイズは隆誠に興味を抱く。アレンを簡単に倒せる実力(ちから)をどうやって得たのかを知りたいが為に。

 

 そしていざ手合わせする前、隆誠は信じられない事をした。自分が愛剣(デスペレート)で使うのに対し、何と向こうは訓練用の木刀で挑もうとしていたのだ。これには審判役のロキ、見物人となってるフィン達ですら正気なのかと疑った程であった。

 

 普段物静かなアイズですらもバカにされてるとムッと眉を顰め、本気を出させる為に木刀を真っ二つにしてやると思いながら攻撃するが、斬れないどころか簡単に防がれてしまった事で状況が一変した。間違いなく木刀の筈なのに当たった瞬間、まるで不壊属性(デュランダル)のような硬い金属音を響かせたのだ。最初は単に自分の聞き間違いだと思って再度攻撃するも、何度も響かせながら自分の攻撃を木刀で防がれた。余りの事に理解が追い付かない状況の中、隆誠が『突き技』と思われる独特の構えをした後に敗北する結果となってしまうも、更に強く関心を抱く事となった。

 

 それから彼は共通語(コイネー)を覚える為に本拠地(ホーム)を訪れてるから、再度手合わせしようと頼むも、まるで此方の考えがお見通しかのように即行で断られてしまう。それでも挫けずにチャレンジするも、自分の大好物であるジャガ丸くんを用意された事で諦めざるを得なくなってしまったが。

 

 隆誠が手合わせの時に使った木刀に何か秘密があるんじゃないかと思って今も調べているが、結局分からず仕舞いでお手上げとなっている。他には仲が良いアマゾネス姉妹(ティオナとティオネ)とダンジョンへ行った際、あの突き技を真似てみたが、威力はあっても自分には中々しっくりこなかったと言う結果になっている。

 

 こればかりは本人に聞かなければ分からないと言う結論に達したアイズは、モヤモヤとしたまま訓練場を後にした。

 

(あ、いた)

 

 アイズは時々中庭にある長椅子に座って休憩する事があった。だから久々に利用しようと訪れるも、そこには既に隆誠が使っていた。

 

 聞いた話によれば、隆誠は共通語(コイネー)の授業を学んでいる最中、休憩時間となった時は訪れているようだ。最初はソレを利用して手合わせのお願いを試みたが、何度言っても断られるのがオチだと分かっていたので諦めていた。加えて、講師役になってるリヴェリアの耳に入ったら絶対怒るとも予想していたので。

 

 彼は長椅子に座っているのだが、隣には別の人物も座っていた。いつも元気で自分や他の団員にも笑顔を見せるアマゾネス――ティオナが。

 

「ねぇリューセー、あの物語の続き書いてー!」

 

「だから言ってるだろう。今はリヴェリアさんから共通語(コイネー)を教わってる最中だから無理だって」

 

「じゃあそれが終わってからで良いからさー!」

 

 腕に引っ付きながらもお願いしているティオナに、彼女に少しばかり辟易してる隆誠。

 

「無理。共通語(コイネー)の授業が終わったら他にやる事があるんでな」

 

「じゃあ、いつ書いてくれるのー!?」

 

「さぁ? ってか、それはそうといい加減に離れてくれないか?」

 

 段々引っ付いてる腕が痛くなっているんだが、と言いながら眉を顰めてる隆誠。しかしティオナは離れようとしなかった。

 

「ちょっとでも良いから書いてよー! アレ読んだ後、あたし気になって夜眠れない日々が続いてるんだからさー!」

 

「そこまでかよ……」

 

 ティオナが大の物語好きと分かった事に、隆誠は少しばかり呆れながらも嘆息していた。

 

「悪いけど今は無理だって。コレあげるからさ」

 

「あ、ジャガ丸くん……」

 

(!)

 

 何処から出したのは不明だが、隆誠はティオナに紙袋に入ってるジャガ丸くんを渡そうとしていた。当然、遠目で眺めているアイズも見えている。

 

「それって、アイズにあげたジャガ丸くん?」

 

「ああ。俺が作った奴で、あの子も大変気に入ってくれてる。丁度余してたからあげるよ」

 

「やったー! これ食べてみたかったんだよねー!」

 

 先程までと違って、ティオナは嬉しそうな表情でジャガ丸くん(ソース味)を受け取った。

 

 そして食べようとするも――

 

「ティオナだけズルい……!」

 

「え、アイズ……?」

 

「おや、今日は此処にいたのか」

 

 いつの間にかアイズが二人の前に姿を現した事で、キョトンとしてるティオナとは別に、隆誠は大して驚く事なく見ていた。

 

 まるで此方に来るのを予想していたように、隆誠はアイズに別のジャガ丸くん(小豆クリーム味)を渡した後、リヴェリアがいる応接室へと戻るのであった。




アーニャ「このところ、リューセーがジャガ丸くんを作ってるような気がするニャ」

クロエ「他にも自分用で昼食用の弁当も作ってるみたいニャ」

ルノア「弁当はともかく、何でジャガ丸くんまで作っているのかな?」

リュー「そう言えば、【剣姫】はジャガ丸くんが大好物だったような……。まさか彼は【剣姫】に……?」

シル「むぅ……」


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隆誠の不満

久々の更新です。


 リヴェリアの指導が凄く良かった事もあって、共通語(コイネー)はスラスラ書けるようになった。もう殆どマスターしたも同然である。

 

 これなら授業は終わっても良いが、一応予定は明日までとなってる。中途半端に終わらせるのはいけないし、まだ完全とは言い切れないから予断を許さない。

 

 それが完全に終了すれば、今度は俺が魔術を教える予定だ。生徒役の俺が教師役になり、教師役のリヴェリアが生徒役となる。普通なら考えられない立場逆転であり、絶対にあり得ない光景と言われてもおかしくない。

 

 と言っても、リヴェリアはやる気満々だから大して問題無かった。明後日に予定してる魔術の講義が近づくにつれて、早く教わりたいみたいな感じが見え隠れしていたから。

 

 この世界に住まう人間が、果たしてルーン魔術を使えるかどうかは聖書の神(わたし)でも分からない。けれど俺のいる世界とは違う北欧の神々が存在してるから、使える可能性はゼロだと断言出来ないが。

 

 それでもロキなどの北欧の神々に見せるのは避けた方が良いかもしれない。オーディンから教わった『原初のルーン』なんか見せたら、絶対問い詰められるのが目に見えてる。

 

 この世界にいる神々は、天界から下界へ来る前に『神の力(アルカナム)』を封印されている事で全知零能となっているが、それを無理矢理に使ってしまえばルール違反と見なされて天界送還されてしまうらしい。確証は無いが、オーディンの『原初のルーン』は『神の力(アルカナム)』に該当するかもしれないから、人間の身である俺が使えばロキ達は絶対に疑惑を抱く事になる。

 

 疑惑で思い出して話は変わるが、このところ【ロキ・ファミリア】の団員達が俺に対して何やら懐疑的な目で見られている事がある。と言っても、あくまで一部に過ぎない。時期としては本拠地(ホーム)でヴァレンシュタインが俺に積極的に話しかけてくる頃だ。

 

 特にその中で一番に丸分かりなのが二人だった。共通語(コイネー)授業の初日に変な誤解をしてリヴェリアに怒られた山吹色の髪の女性エルフ、そして灰髪で柄の悪そうな男性狼人(ウェアウルフ)。特に後者の奴が妙に殺気立って、少しばかりおっかないんだが。

 

 あの狼人(ウェアウルフ)を見てると、【フレイヤ・ファミリア】にいる猫人(キャットピープル)のアレン・フローメルを思い出す。奴とは以前に俺が遠当てで気絶させてから一度も会ってないが、以降どうしているのかは全く分からない。今はフレイヤの命令で大人しくしてるのかもしれないが、いずれ密かにリベンジしに来るんじゃないかと思う。まぁそうしたところでボコボコに伸してやるから、俺としては全然構わない。相手が男であるなら猶更に、な。

 

 

 

 

 

 

「ん~~、共通語(コイネー)授業は明日で終わりかぁ~」

 

 お決まりの休憩場所となってる中庭で、長椅子に座ってる俺は両腕を伸ばしながらリラックスしていた。

 

 今日は休憩中に俺と話してくれる面子(主にラウル、ヴァレンシュタイン、ティオナ)はダンジョンへ行っている。何でも次の遠征に備えての資金を集めているようだ。

 

 オラリオで言う遠征とは、【ファミリア】が総出でダンジョン未到達階層へ目指す為の任務。都市最大派閥の探索系【ロキ・ファミリア】は勿論の事、派閥の等級が高い各【ファミリア】もギルドから強制任務(ミッション)として課せられる事があるようだ。

 

 それを行う際、武器や道具(アイテム)の買出しは勿論の事、協力依頼をする【ファミリア】に報酬を提供する必要がある為、冒険者のラウル達がダンジョンへ行って資金調達をするのは当然の流れだ。これを知った俺は、金が必要なのは何処の世界でも共通しているとつくづく思った。

 

 聖書の神(わたし)もイッセーと修行の旅をする際、資金は大事な物だと身に染みている。テントやコテージを使った野宿をするのは別として、街へ行って何かをするには金が必要だと理解したのだ。その時は旅で調達した原石を聖書の神(わたし)なりに加工し、装飾品(アクセサリー)となったソレを宝石店で高値で売れた事があるのは思い出の一つであった。

 

 俺もある意味遠征をしている身だから、資金(ヴァリス)を調達した方が良いかもしれない。今は『豊穣の女主人』で世話になってるとは言っても、何か遭って一人になった時の事を考えれば猶更必要だ。その時は収納用異空間にある加工済みの宝石を売っておくことを考慮しておくとしよう。捨て値で買い叩かれない為に、正当な値段で売るよう交渉しなければならないが。

 

 まぁ【ロキ・ファミリア】の事情や俺の金策は置いといて、だ。今の俺にはちょっとした問題があって困っていた。それは――

 

(まともに組み手が出来る相手がいねぇ~~!) 

 

 最近、自分の身体が鈍り気味だった。

 

 普段(イッセー)の修行相手をするのが日課になっているのだが、この世界へ来てからソレが無い為にモヤモヤしてる状態だった。

 

 そのモヤモヤを解消する為に早朝はリューと相手をしている。ここ最近参加し始めたクロエやアーニャ、更にはルノアも含めて。

 

 三人が加わったのは、連敗状態が続いてるリューを見て何か思う所があったのか、俺に挑むようになったのだ。尤も、アーニャの場合は最初に出会った時と同様に一撃で終わらせている。戦い方が物凄く単純で分かり易いが為に。

 

 相手をするのは別に構わないが、こうもずっと異性の相手をしてると少しばかり気が引けてしまう。もしイッセーが知れば――

 

『何だよその贅沢な悩みは!? ただでさえ美少女が沢山いる店に住んでおいて、毎日鍛錬の相手してくれるなんて凄く羨ましいじゃねぇか! 今すぐに俺と代わりやがれ!』

 

 などと言う嫉妬染みた叫びをしてくるだろう。それをリアス達の前で言えばお仕置きされるオチとなるが。

 

 ともかく、俺としてはいい加減に同性と組み手をしたい。この世界で相手をした同性は、一撃で倒したアレン・フローメルだけ。何だか虚しく感じるのは俺の気のせいだろうか。

 

 出来れば以前から目を付けていたラウルを鍛えて強くさせたいが、リヴェリアにルーン魔術を一通り教えるまでは無理だった。だからそれまで、もう暫く我慢するしかない。これは言うまでもないが、俺と手合わせしたがってるヴァレンシュタインは論外だと補足しておく。

 

 聞いた話によると、彼女は【ロキ・ファミリア】のアイドル的存在のようだ。一年前に13歳で第一級冒険者(Lv.5)にランクアップした事が拍車となり、オラリオ中からも人気がある美少女剣士だとか。

 

 そんな人気者(アイドル)のヴァレンシュタインが、冒険者とは一切関係無い酒場の店員に何故か積極的に話しかけてる事もあって、此処にいる団員達の一部が気に食わないようだ。もうついでに、俺が本当にアレン・フローメルを一撃で倒したのかと疑惑の念を抱いているとか。

 

 まぁ、どちらにしても至極如何でもいい事だった。自分から証明しようと彼等の疑惑を拭い去ろうとしたところで詮無い事だ。

 

「おい」

 

 もし俺の事が気に食わない奴が喧嘩を売って来るなら話は別で……ん? 誰かが俺に声を掛けて来たようだ。どうやら深く考え事をしていた所為で接近に気付かなかったか。

 

 明らかに男の声だと思いながら視線を向けると、灰色寄りの髪をした狼人(ウェアウルフ)だった。以前の抗争でアレン・フローメルと交戦していた他、俺がヴァレンシュタインと話してる時に少々遠くから睨んでいた男だ。

 

「俺に何か御用ですか、獣人さん」

 

 ヴァレンシュタインやティオナに匹敵するオーラだから、恐らく彼も第一級冒険者かもしれないが、残念な事に俺は名前を知らない……と言うのは冗談だ。ラウルから第一級冒険者の名前と特徴は聞いている。

 

 俺の目の前にいる獣人はベート・ローガ。彼女達と同じく『Lv.5』で、【ロキ・ファミリア】主力メンバーの一人。アレン・フローメルと同じく派閥内で最速を誇るとか。

 

「テメエは何時まで此処にいるつもりなんだ?」

 

「えっと……明日で共通語(コイネー)の授業は終わりですが、その後には別の用事がある為、もう暫くご厄介になる予定です」

 

 素直に答えた筈なのだが、何故か向こうはお気に召さないみたいで、急に俺の胸倉を掴み、顔を寄せてギロリと睨む。

 

「あの糞猫を倒した位で調子乗ってんじゃねーぞ」

 

「? 別に調子に乗ってはいませんが」

 

 糞猫とはアレン・フローメルの事だとすぐに分かった。

 

 随分と口が悪いなぁ。こうやって平然と暴言を吐く所は彼曰くの糞猫とよく似ている。もしかしたら二人は似た者同士かもしれない。

 

「此処はテメエみてーな部外者が来る所じゃねーんだ。用が済んだらさっさと失せろ」

 

「それは無理な相談ですね。俺は其方の主神様と副団長さんから許可を頂いているんです。文句を仰りたいなら、そのお二方にして頂けませんか?」

 

「………チッ!」

 

 ロキとリヴェリアの名前を出すと、ベートは舌打ちをしながら手を放した。

 

 流石に上司には逆らえないと言ったところか。主神か副団長のどちらなのかは分からないが。

 

 こう言う喧嘩腰な奴は説得するより、武力で分からせた方が手っ取り早い。コイツの実力は知らないけどアレン・フローメルと同程度なら、本気を出せば一瞬で終わるだろう。

 

 ……あ、待てよ。もしかしたら……。

 

「そうだ。じゃあ、こうしましょう」

 

「ああ?」

 

 胸倉を掴まれた事でシワになった部分を直しながら言う俺に、ベートは怪訝な表情になっていく。

 

「貴方が俺と戦って勝利したら、俺は二度と此処へは訪れません。と言えば勝負を受けてくれますか?」

 

「……………」

 

 まるで予想外の提案だったかのように、ベートは途端に無言となった。まるで呆れるような感じで。

 

「ハッ! (くっだ)らねー。誰がやるかよ」

 

 直後、ベートは鼻で笑った後にそう言いながら何処かへ行こうとする。

 

 流石にこんな程度で乗る訳が無いと分かっていた俺は――

 

「まぁそれが無難でしょう。アレン・フローメルより弱い貴方程度が挑んだところで、どうせ無様に負けるのがオチでしょうから」

 

「……テメェ、今何つった?」

 

 安い挑発を仕掛けてみると、向こうは物の見事に引っ掛かってくれた。

 

 さてさて、我ながら短絡的な手段だけど、久しぶりに同性相手の組み手を楽しませてもらおうか。

 

 まぁやるにしても、リヴェリアに話してからだけど、な。




フィン「ん? 何やら外が騒がしくないかい?」

ガレス「みたいじゃのう」

ロキ「もしかしたら、ベートの奴がリューセーに絡んで勝負挑んでたりしてな」

リヴェリア「あのリューセーがそんな簡単に受けたりしない筈だ」


アキ「た、大変です! 何故か分かりませんが、リューセーがベートと戦おうとしてます!」


三人+一柱『………はぁ!?』


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久しぶりの組手

 リヴェリアに事情を説明しに行くも、彼女以外にもフィンとガレス、そしてロキもいた。どうやら猫人(キャットピープル)のオータムから報告を聞いて、急いで駆けつけて来たらしい。

 

 それは当然、俺がベートと手合わせをする事に猛反対する為であった。ヴァレンシュタインと手合わせした時に箝口令を敷いた他、俺にも決して口外しないよう念を押したにも拘わらず、俺が別の第一級冒険者と手合わせするのは以ての外だと。

 

 彼等の努力を水の泡にする行為なのは勿論理解してるが、こうでもしないと【ロキ・ファミリア】の団員達からによる疑惑を解消出来ない旨を説明させてもらった。

 

 以前に俺が【フレイヤ・ファミリア】の幹部を一撃で倒して注目されてるからとは言え、本当に強いのかと疑われている節があるそうだ。単なる酒場の店員が都市最大派閥の本拠地(ホーム)へ毎日来てる事に対して気に食わない者達がいる上に、ヴァレンシュタインと親しげに話しており、普段忙しい筈のリヴェリアから共通語(コイネー)を教わるなんて、普通にあり得ない事なのだとラウルからそれらしき事を聞いた。

 

 共通語(コイネー)の授業が終われば別にそれで構わないが、明後日からには魔術を教える予定となってるから、もう暫く厄介になる以上は色々面倒な事になってしまう。だから此処で疑惑解消しようと、俺がベートと手合わせする訳である。

 

 俺の説明にフィン達は団員達の心情が分からなくもないと言う感じになり、微妙な表情になっていた。【ロキ・ファミリア】の眷族でもなければ、冒険者でもない(一応)一般人の俺があり得ない事をしてると理解してるようだ。

 

「だが、それでもベートと戦うと言うのは……」

 

 リヴェリアだけは断固反対の意思を見せようとするも――

 

「因みに今回の手合わせで、俺が彼に負けたら二度と此処へ来ないと言う約束をしました。そうなればリヴェリアさんに教える予定の魔術講座は無かった事に――」

 

「ならば仕方あるまい。最近のベートの態度は目に余るから、ここで一度灸を据えておく必要があるな。良いなリューセー、絶対に勝て」

 

 俺が負けた時の約束を教えた直後、リヴェリアが意見を180度変えて賛成してくれる事となった。

 

「リヴェリアが珍しく手のひら返した!?」

 

「あはは……。まぁ、僕もその気持ちは分からなくもないよ……」

 

「魔法はこ奴にとって生き甲斐みたいな物じゃからのう」

 

 驚くロキとは別に、苦笑するフィン、そして呆れ顔になってるガレス。

 

 そして今回の手合わせに関しては、【ロキ・ファミリア】副団長のリヴェリアが責任を持つと言う事で決が付くのであった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、先ずは軽く準備運動をしましょうか」

 

「ハッ、抜かしやがれ。準備運動だけで終わらせてやるぜ」

 

 以前にヴァレンシュタインと手合わせした訓練場で、俺とベートは対峙していた。

 

 今回はロキやフィン達だけでなく、他にも【ロキ・ファミリア】団員の多くが見物する為に集まっている。手合わせをすると話してそれほど時間は経ってない筈なのに、ここまで一気に広がっていくとは違う意味で凄い。

 

 まぁ俺としては別に構わない。あの中にヴァレンシュタインさえいなければ、な。一応オーラで探知してみるも、この場にいない事は確認済みだ。本拠地(ホーム)内で起きた話だから、ダンジョン探索真っ最中に知る術など無い。

 

 あの子がいたら絶対面倒な事になる。ベートと戦ったなら次は自分も、ってな感じで再勝負して来るのが容易に想像出来てしまう。それこそ箝口令を敷いたフィン達の苦労が水の泡となる。

 

 単に組手をしたいからと言っても、これでも一応考えているのだ。ヴァレンシュタインは俺にとって少しばかり厄介な人物と認定してるから、こうしてあの子がいない隙を狙う為に行動を起こしたと言う訳である。尤も、明日以降になれば勝負しろとしつこく強請って来るかもしれないが、そこはいつも通り断る予定だ。

 

 それはそうと、俺の目の前にいるベートは既に準備万端だった。恐らく誰かが合図をすれば、即座に攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

 やる気満々の相手に答えようと、俺もすぐに構え始める。

 

「おい、テメエには得物はねぇのか?」

 

「ありますよ。今目の前に見せてるじゃないですか」

 

 剣などの武器も使うけど、一番の得物はやはり格闘(これ)だ。イッセーとの修行でメインにやっているから。

 

 俺が素手で戦う事に、ベートだけでなく、他の団員達からの困惑の様子を見せていた。

 

 端から見れば、第一級冒険者相手に素手で挑むこと自体間違ってると言われてもおかしくない。けどイッセー達からすれば当たり前の光景なので、困惑しないどころか本気で挑もうとする。

 

「ふざけやがって……!」

 

 どうやらベートにはお気に召さなかったようで、戦いの合図を出さないまま即座に仕掛けてきた。

 

 向こうは一気に勝負を付けるつもりなのか、一瞬で俺に接近して拳を顔面目掛けて繰り出そうとする。

 

 俺の片腕は反応するように、向かって来る拳を受け止めず、軌道をずらして捌く。

 

「なっ……ぐっ!」

 

 拳を捌かれた事に驚きの表情となるベートだが、直後に俺の前蹴りを腹部に食らって軽く吹っ飛ぶ。

 

「やろぉ!」

 

 ベートは一撃を受けるも、すぐに体勢を立て直し、再び接近して拳を繰り出す。

 

「がっ!」

 

 だが先程と同様、俺は向かって来る拳を片手で軽く押すように横にずらした直後、体勢を崩した相手の横腹に回し蹴りを食らわせた。

 

 またしても軽く吹っ飛んだベートは体勢を立て直すも、今度は俺の動きを警戒するように足を止めている。

 

 

 

 

 

 

 余りにも予想外過ぎる光景だったのか、ベートが隆誠の攻撃を二度も受けた事に団員達は言葉を失っていた。

 

「ど、どないしたんや。あのベートが二回も直撃(ヘマ)するなんてらしくないで」

 

「確かにベートらしくないな」

 

 ロキとリヴェリアが信じられないと言わんばかりに、思った事を口にしていた。

 

 如何に隆誠が凄いとは言っても、先程見せた蹴りは第一級冒険者のベートでも簡単に避けれる筈だったと確信している。

 

「違うよ、二人とも。彼は返し技(カウンター)を仕掛けたんだ」

 

「どうやらベートはリューセーと最も相性が悪い相手みたいじゃのう」

 

 戦いに関して素人のロキや、魔導士であるリヴェリアと違い、近接戦を得意とするフィンとガレスは僅かな攻防を見て即座に理解した。

 

 隆誠はベートの攻撃を避けたり、真っ向から受け止める訳でもない。自らの体勢は崩さず、ベートの(パンチ)の軌道を変えて反撃したのだ。

 

(クソが! マジでやり辛ぇ野郎だ……!)

 

 何よりそのカウンターを直撃した当の本人が一番に理解している。

 

 一度目は隆誠の実力を探る為に態と加減した状態で拳を繰り出したが、カウンターを喰らった事で即座に考えを改めた。だから二撃目は全力で仕掛けたのだが、またしてもカウンターでやられる結果となってしまう。

 

 だが、それとは別に気付いた点もある。

 

 あの直撃した蹴りはかなりの威力であったが、自分にダメージを与えるほど強いものじゃない。それでも下級冒険者が受ければ悶え苦しんでしまうが、『Lv.5』のベートからすれば軽いジャブ程度に過ぎなかった。

 

 以前に倒した糞猫野郎(アレン・フローメル)を一撃で倒した隆誠なら、もっとかなり強烈な蹴りを繰り出せる筈だとベートは確信している。

 

「テメエ、さっきの蹴りは本気じゃねぇだろう!?」

 

「だから準備運動をしましょうって言ったじゃないですか」

 

「何、だと……」

 

 隆誠の台詞にベートだけでなく、ロキやフィン達、更には他の団員達も絶句する。

 

 下級冒険者の団員達からすれば余りにも速く、本気でやっているように思っていた。第一級冒険者であるフィンやガレスですら、あれ程の見事なカウンターは相当な集中力を使わなければ、容易に使う事は出来ないと踏んでいる。

 

 だと言うのに、隆誠は一切本気を出さず、単なる準備運動で先程の速い攻防を繰り広げていたのだ。

 

「~~~~~~!!」

 

 絶句していたベートは数秒後、沸点を超えたかのようにブチ切れた。完全に弄ばれていると理解したが為に。

 

「さっさと本気を出しやがれ! 俺にぶち殺されたくなかったらな!」

 

「……じゃあ少しだけ見せましょうか」

 

 相手の要望に応えようとする隆誠は、再び構えた直後に突進し、そして消えた。

 

「え、あれ?」

 

「い、一体何処に?」

 

「リュ、リューセー、どこ行ったん?」

 

 見物してる団員達とロキは余りの速さに目で追いきれなかった。

 

 だが、第一級冒険者達だけは何とか辛うじて捉えている。今の隆誠はいつの間にかベートの背後を取って姿を現していた。

 

「いつまでも俺を、舐めんじゃねー!」

 

 既に把握していたベートは即座に仕掛けようと、一切油断の無い高速の右回し蹴りをした。向こうが瞬間的な移動に集中していた為、返し技(カウンター)の構えを見せていないと分かっていたから。

 

 『Lv.5』の蹴りは、恩恵を持っていない人間が受ければ即死が確実な凶器も同然。如何に隆誠と言えどもタダでは済まない筈だ。

 

 そう確信しながらもベートの回し蹴りが当たる―――かと思いきや防がれていた。隆誠の右の人差し指だけで。

 

「嘘、だろ……?」

 

「中々思いきりの良い蹴りですね。お陰で指がちょっと痺れちゃいましたよ」

 

 即座に交代して距離を取るベートに、隆誠は受けた人差し指を擦りながら称賛していた。

 

 これには流石のフィン達も言葉を失っており、改めて彼の出鱈目な強さを再認識する。

 

「じゃあ今度は俺がお見せしましょう。狼の牙ってヤツを」

 

『!』

 

 実力差に相当な開きがあると理解してる中、隆誠が聞き捨てならない言葉を耳にした。狼人(ウェアウルフ)である自分に向かって、『狼の牙』を見せると言ったのだから。

 

「ふざけ……っ!」

 

 ベートが口を開こうとするも、隆誠が構えながら腰を落とした低姿勢を見た瞬間に止まった。

 

 何故か分からないが、目の前にいるヒューマンが野生の狼と思わせるほどのイメージを見せ付けられている。

 

 そして――

 

()(ろう)(ふう)(ふう)(けん)!」

 

「ぐがっ!」

 

 隆誠が技名と思わしき名称を口にした直後、一瞬で間合いを詰め、狼の牙に見立てた拳を高速で何度も繰り出す。

 

 余りの速さにベートは防ぎきれず、ただ只管受ける一方であった。

 

「はいやぁ!」

 

「ごふっ!」

 

 止めの一撃である両手を使って掌底を腹部に当てると、ベートは勢いよく吹っ飛んで壁に激突する。

 

『………………………』

 

 完全に言葉を失っているロキ達は倒れてるベートを見るも、気絶しているのか、起き上がろうとする様子を見受けられない。

 

「やばっ、ちょっとやり過ぎた……!」

 

 相手が意識を失ってると分かった隆誠は、加減し損ねたと反省する。

 

 結果は言うまでも無くベートの大敗となり、【ロキ・ファミリア】の団員達は隆誠に対する疑問が解消したどころか、途轍もなく恐ろしい人物だと認識する事となった。




組手と言うより、ベート苛めの展開になってしまいました。


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共通語(コイネー)の最終試験

 ベートと手合わせをした翌日、俺は何事も無かったかのように『黄昏の館』へ来た。団員達とすれ違う時、随分と委縮してる様子を見受けられたが、取り敢えず疑惑は解消されたから良しとしておく事にした。

 

 本日は共通語(コイネー)の授業最終日であり、リヴェリアより今まで覚えた内容を試す為の筆記試験の真っ最中だ。ある意味卒業試験みたいなもので、これに合格すればマスターしたと言う証明される。

 

 出されてる問題は、俺の世界でやっている国語や英語のテストとちょっと似ている。思わず彼女は教師に向いているんじゃないかと思ってしまう。厳しいけど礼節ある美人女教師であれば、イッセーは喜んで授業を受ける姿を容易に想像してしまう。

 

 まぁそんな事よりも、試験は恐らく余裕で合格出来ると予想していた。リヴェリアから教えられた大事な要点が中心に出ている問題ばかりだから、それを理解してれば簡単に解ける。

 

「出来ました」

 

「もう終わったのか? 時間はまだ残っているから、確認した方が良いと思うが」

 

 問題の答えを全て書き終えた俺は、答案用紙を渡そうとするも、リヴェリアが確認するよう促してきた。

 

 この卒業試験は約一時間の制限時間を設けられているが、俺は半分程度の時間で済ませたから、彼女は少々心配そうに言ったのである。

 

「大丈夫です。既に確認済みですから」

 

「……本当に良いんだな?」

 

 最後の確認をしてくるリヴェリアに、俺は何の迷いも無く首を縦に振った。

 

 彼女は答案用紙を受け取り、「答え合わせをしてくるから、此処で少し待つように」と言って、一旦応接室から出た。

 

「あ~、今日で終わりか~」

 

 試験が終わって結果を待つ事となったので、俺は両腕を上に伸ばして身体をリラックスしていた。

 

 応接室は客人が来ない限り空いている為、今まで共通語(コイネー)を学ぶ為の教室と化している。

 

 だから授業中は本来俺とリヴェリアしかいないのだが、今回はもう一人いる。と言っても邪魔はしないで見守っているだけだが。

 

「……………」

 

「……君はいつまで睨めば気が済むんだよ」

 

 少し離れた椅子に座りながらジト目になっている金髪少女――アイズ・ヴァレンシュタイン。リヴェリアがいなくなって少し経つと、今度は膨れっ面になって俺の近くへ来る。

 

 あの子がそうなってるのには勿論理由がある。言うまでも無いと思うが、昨日に俺がベートと戦ったからだ。

 

 此処の本拠地(ホーム)へ来て早々、まるで待ち構えていたかのように佇んで――

 

『聞きました。ベートさんと戦ったそうですね』

 

 昨日にあった手合わせの情報は耳にしていたようで、今度は自分と戦って欲しいとしつこく催促された。当然、ちゃんと理由を述べて断ったのだが、それでもしつこくてしつこくて……。

 

 他にも昨日ダンジョンへ行っていたティオナにも絡まれたが、今度物語の一部の続きを書いてあげるからと言って引き下がってくれた。今日は店に帰った後、少々多めに書くつもりでいる。

 

 一応ヴァレンシュタインにもジャガ丸くんで大人しくさせたのだが、それだけで満足出来なかったのか、今日はずっと俺の近くにいる。リヴェリアも最初は試験があるからと言う理由で追い出そうとしたが、邪魔はせず大人しくしてると言って今に至る。

 

 他にもベートが意識を取り戻した直後、リヴェリア曰く相当荒れていたそうだ。治療しないといけないのに、それを無視してダンジョンへ向かい、翌日になって未だに戻って来てないとの事だ。

 

 ああ言う奴は暫く放っておいた方が良い。あくまで俺の見立てに過ぎないが、ベートはアレン・フローメルと似たように、他人を平然と見下す性格をしてる。そんな奴が冒険者じゃなく恩恵すらを持っていない俺に負けたら、今まで培ったプライドが砕かれてショックを受けているだろう。

 

 まぁそれでも、立ち直れないほどのショックは受けていない筈だ。ダンジョンに行ったと言う事は、恐らくそこで心の整理をすると言う意味合いで、モンスターと戦っているかもしれない。とは言え、それはあくまで俺の想像に過ぎないが。

 

「今日で授業は終わりみたいですけど、明日からどうするんですか?」

 

共通語(コイネー)とは別の用事があるから、もう暫く此処で厄介になる予定だ。先に言っとくけど、君と手合わせはしないから」

 

「……ベートさんと戦う暇はあったのに」

 

 手合わせしないと前以て言うも、完全に拗ねてしまったヴァレンシュタインはそう言い返しながらそっぽを向く。

 

 確かこの子の年齢は14歳みたいだが、かなり幼く見えてしまう。俺のいる世界では中学生だから充分に子供だが、小学生並みに思えてしまうのは気のせいだろうか。

 

「いや、あれはなぁ……」

 

「……………」

 

「………あ~、分かった分かった。今日は試験が終われば早めに帰る予定だから、その後に君と手合わせする。これで良いか?」

 

「本当ですか?」

 

 手合わせをすると知った途端、そっぽを向いていた筈のヴァレンシュタインが反応して、俺の方を見ながら確認して来る。

 

「ああ。だけど流石に本拠地(ホーム)内でやるのは不味い。周囲の目も無く戦える場所とかあるか?」

 

「あります!」

 

「うおっ……!?」

 

 突然顔を近づけて来るから、俺は思わずギョッとしてしまう。

 

 下手すればキス出来そうなほどの至近距離だ。状況からしてヴァレンシュタインが俺にキスを迫ってる光景かもしれない。

 

 もしこんなところを誰かに見られてしまったら――

 

「待たせたな。何度も確認したが、満点で……アイズ、一体何をしている!?」

 

 試験の答え合わせを終えたリヴェリアが誤解してしまうのは言うまでも無かった。

 

 ついでに、約束した筈のヴァレンシュタインの手合わせだが、母親代わりであるリヴェリアのお説教で無しとなってしまった事も補足しておく。

 

 

 

 

 

 

 ヴァレンシュタインに本格的な説教を行う前、リヴェリアより試験は合格だと言い渡された。文句の付けようが無いほど満点であり、共通語(コイネー)は完全に習得しているとの事だ。

 

 本来は二ヵ月近く掛かる筈が、僅か二週間で習得するとは思っていなかったようだ。その事で疑問視されるも、魔術を教わる予定が早まったから、リヴェリアは敢えて触れず、共通語(コイネー)の授業を完全に終わらせた。

 

「なぁシル、最近俺の部屋に来る回数多くなってないか?」

 

「リューセーさんが書いてる魔術の説明書がどうしても気になりまして」

 

 そして戻って早々、俺はティオナの約束を守ろうと自室で物語の続きを書いていた。休憩を挟みながら、夜の営業時間が始まる前までやるつもりでいる。

 

 そんな中、俺の帰宅を知ったシルが突然やって来て、既に作成済みの魔術書を見ている。

 

「前から気になってるんですけど、魔術って魔法と違うんですか?」

 

「簡単に言えば、魔術は自身の魔力を利用する知識と技術の集大成みたいなものだ。対して魔法は神や精霊などの力を利用して様々な現象を引き起こす」

 

「えっと、つまり……」

 

「要するにだな――」

 

 魔導士のリヴェリアと違い、全くのド素人であるシルに何故か魔法と魔術の違いを噛み砕いて説明する事となった。

 

 けど、案外やって良かったかもしれない。明日に行われる魔術講座を行う予行練習な感じがしたので。




漸く共通語(コイネー)習得まで行きました。

次回からリューセーの魔術講座となります。と言っても、そこまで詳しく書けませんが。


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番外 清潔の秘密

久々の投稿ですが、今回は番外編です。


 見知らぬ世界に転移され、『豊穣の女主人』で世話になり調理担当の役割を与えられてる俺は、大変忙しい生活を送っていた。

 

 調理は慣れているとは言っても、客から注文された料理を大量に作り続けるのは相当な体力を要する。加えて人気店と称されるほどに夜の時間帯は多くの客が来る為、そこら辺の店より大変だ。これを日々やりこなすミア母さんを筆頭に、厨房で料理を作り続けてるメイ達には大変恐れ入る。

 

 俺も俺で、皆の足を引っ張らないように日々頑張っている。店の中で唯一の男性店員だから、必死にやってる女性達より先に参る訳にはいかない。

 

「ミア母さん、仕上げ頼む!」

 

「あいよ!」

 

「メイ、これ切った後にすぐ炒めてくれ!」

 

「は、はいニャ!」

 

「シル、出来たから運んでくれ!」

 

「は~い」

 

 ミア母さんの隣で俺は調理と同時に全体を見ながら指示を出し、無駄な手順は一切省くように進めていた。

 

「な、なんかリューセーがミア母ちゃんに見えるニャ……」

 

「男なのにミャー達以上にあそこまで出来るなんて、何か理不尽ニャ……」

 

 何やら複雑そうな表情で見ているアホ猫ウェイトレス二匹が足を止めていたのから――

 

「アーニャ! クロエ! 何ボーッと突っ立ってるんだ!?」

 

「サボってないでさっさと出来た料理を運びな!」

 

 俺とミア母さんがすぐに喝を入れた事でビクッと震えながら動き始めるのであった。

 

 他のウェイトレス達は怒鳴られたくなかったのか、テキパキと料理を運び、客から注文が入った料理を厨房へ催促していく。

 

 今日も大変忙しく、最後の客が店を出るのは閉店時間ギリギリになるのはいつもの事だった。

 

 

 

「あ~、やっと終わった~」

 

 既に帰宅したシルとは別に、俺を含めたスタッフ達は店内の後片付けや見回りを行っていた。因みに俺は調理器具の後片付けをメインでやっていて、他はそれぞれの仕事を行っている最中だ。

 

 そして俺はやるべき事を終えて、離れにある部屋に戻る前に汗を流そうとシャワー施設へ向かう。ミア母さんより、男性スタッフの俺は決められた時間帯にシャワーを浴びる事になっているから。

 

 今日も結構働いた為に身体中が汗まみれで、髪もベタベタしてて気持ち悪い。だからいつものアレを使って身体をスッキリさせるとしよう。

 

 そう考えた俺は、収納用異空間からお気に入りのお風呂セットを取り出し、身体を洗う為の準備を始める。

 

(う~ん、偶には風呂入りたいなぁ~)

 

 シャワーを浴びた後、特殊な石鹸を使って身体を洗いながら考え始める。

 

 聞いた話によると、この世界は風呂に入る習慣は無いと言っていた。個人用の風呂はあったとしても主に上流貴族の嗜みとなっており、もしくは充実してる【ファミリア】の本拠地(ホーム)に入浴施設がある程度らしい。他には銭湯みたいな浴場があるのだが、毎日行きたいと思うほどお金に余裕は無いからダメだ。

 

 いっそ自分専用の男風呂施設を作ろうかと考えたが、流石に他人の土地で勝手な真似は出来ない。加えて、アーニャ達が何を言い出すか分かったもんじゃないし、シャワーよりコッチが良いと勝手に占領されてしまう恐れがある。

 

(かと言って、毎日シャワーだけは嫌になってくる……)

 

 泡塗れになった身体をシャワーで流し終えて、今度は髪と頭皮を特殊なシャンプーで洗おうとする。

 

 どこかに誰も知らない温泉があれば、そこを利用して自分専用の風呂場に出来ればとも考えた。しかし、自分が調べた限り、このオラリオにそう言ったモノは見付からない。

 

 探すとなれば、やはりオラリオの外しかないだろう。例えばセオロの密林とか、ああいう場所は意外にも温泉が存在してる可能性がある。俺が元いた世界でイッセーと修行の旅をしていた際、大森林で温泉を見付けた経験があるから。あくまで運良く発見出来たに過ぎないが、な。

 

 もし温泉を見付けたら、俺がこの世界に留まってる限定で、自分専用の入浴施設で造り上げて利用したいものだ。そして自分の世界へ戻る時はちゃんと元に戻すつもりでいる。

 

(オラリオ内の散策も大事だけど、外に出て温泉を探してみるのも良いかもしれないな)

 

 シャンプーの泡を流し、頭部にヌルツキが無いのを確認した次は、特殊なコンディショナーを使って髪と頭皮の手入れをする。

 

 温泉を探すとは言え、ミア母さんが果たして許可してくれるかが問題だ。街中を散策する為の休みは貰えても、流石にオラリオ外の散策は簡単に認めてくれないだろう。

 

 余程のイベントが起きない限り、あの人は俺を外に出さないだろう。外での散策は最低でも一日以上の時間を要してしまう為、そうなれば数日の有休を申請しなければならない。ただでさえ『豊穣の女主人』は毎日が繁忙期なので、数日も休んだら確実にパンクしてしまう。俺が加わった事でミア母さんやメイ達の負担をある程度減らしていたから、急にいなくなれば(特に調理担当のメイ達が)大変な事になるだろう。

 

 場合によっては、分身拳を使って探すと言う方法もある。そうなれば分身の俺が店で頑張っている中、本体の俺は心置きなくオラリオの外を散策することが可能な筈。ただその場合、それを毎日やり続けたら元の一人に戻った際、身体に大きな負担を掛けてしまうネックはあるが、な。

 

 一分以上時間を置いたことで、髪と頭皮に付けたコンディショナーが充分に浸透した為、すぐに洗い流す。

 

 汚れた身体を綺麗に洗い終えて、今度はシャワーで濡れた身体をバスタオルで拭く。全身を拭き終えて就寝用の服を身に纏い、未だに水分が抜けていない髪を一瞬で乾かそうと、パチンッと指を鳴らした瞬間、髪は途端に乾いてサラサラとなっていく。

 

「これで終わり、と」

 

 清潔な身体になった俺はすぐにシャワー施設を出て、離れにある部屋へ戻ろうとする。

 

「リューセー、ちょっと待つニャ!」

 

「ん?」

 

 部屋に辿り着き、ドアを開けて入ろうとする寸前、アーニャの声がしたので振り返った。彼女だけでなく、クロエ、ルノア、リュー、そして何故かシルもいる。

 

「どうした。それとシル、お前帰ったんじゃないのか?」

 

 俺が問うも、リューを除く女性陣がいきなり近付き始めて、何故か分からないが急にクンクンと嗅ぎ始めようとする。

 

 突然人のにおいを嗅ぐなんて、コイツ等は一体何がしたいんだ? 正直言って訳が分からないんだが。

 

「思った通りニャ!」

 

「この匂い、間違いないニャ!」

 

「???」

 

 アーニャとクロエが急に確信したような発言をしても、俺には一体何のことを言ってるのかサッパリだった。

 

「身体から凄くいい匂いしてる上に、髪もこんなにサラサラしてて……リューセーさんだけズルいです!」

 

「アンタ、一体どうやって女の私達より清潔になってるの!?」

 

「はぁ?」

 

 大変羨ましがってるシルに、憎たらしいように睨んでくるルノア。

 

 どうやってと言われても、シャワーを浴びてる時、単に自分用のお風呂セットを使って綺麗にしてるだけなんだが。

 

 この時の俺はすっかり失念していた。自分が持ってる香り高くて肌に良い石鹸、汚れを綺麗に落とすシャンプー、髪に潤いを与えるコンディショナーはこの世界の女性や女神からすれば、喉から手が出るほどに欲しい最高級品である事を。




アーニャ「リューセーがニャんであんなに毎日清潔な身体してるニャ!?」

クロエ「しかも女のミャー達よりいい匂いしてて納得行かないニャ!」

シル「そうなのよね。私も朝会う時、リューセーさんの髪はいつもサラサラしてて羨ましくて……」

ルノア「何だかあそこまで清潔で髪も綺麗なの見てると、不思議に女として負けてる気分なのよね」

リュー(……確かに殿方にしては、何故あそこまで清潔なのかは私も気になりますね)


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魔術講座

前話にやった番外の続きについては、何れ掲載します。

今回はリヴェリアが待ち望んでいた魔術講座の話になります。


 リヴェリアより共通語(コイネー)試験の合格認定を下された事で、この世界で生きる為に必要な知識を得る事が出来た。大袈裟な表現化もしれないが、文字の読み書きと言うのは人間にとって大事なのだ。例えば書面でのやり取りをする時、相手が文字を読めない事を良い事に騙そうとする輩がいる。それを知らずに契約成立してしまえば、もう何も文句を言えなくなってしまう。

 

 特にこのオラリオでは平然と相手を騙す悪徳商人がそれなりにいるから、書かれてる内容を注意して見なければならない。と言う事を、いつも買い出しをするシルが教えてくれた。何処の世界でも、人間がそう言う悪い事を考えるのは共通している事だと聖書の神(わたし)は改めて認識した。

 

 まぁソレは横に置いとくとして、だ。俺は今日も【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ向かっていた。

 

 昨日までの俺は勉強を教わる生徒役だったが、今日から勉強を教える講師役になっている。教える相手は、昨日まで講師役だったリヴェリアが今日からは生徒役だ。お互いに立場が逆転し、端から見れば摩訶不思議なモノだと思われるだろう。

 

 俺としても、身内以外の者に教えるのは少しばかり緊張する。いつも教えているのは弟のイッセーで、祐斗やゼノヴィアは時折だが、あの三人は主に格闘や剣術を教えてるから、魔術に関しては一切教えた事は無い。まぁそれでも、イッセーには魔法や魔術などの基礎程度は軽く教えたが。

 

 今回魔術を教えるのは、魔法種族(マジックユーザー)かつ王族妖精(ハイエルフ)のリヴェリア・リヨス・アールヴ。他のエルフと違って魔法に関する知識は膨大であり、そんな凄い人物に何かを教えること自体間違っているんじゃないかと思うだろう。

 

 だが生憎、向こうは魔術に関して素人同然である為、一から教える事に何の問題も無い。彼女としても、もう教わる気満々だから、何が何でも会得しようと躍起になっている。昨日の共通語(コイネー)試験が終わった後、『明日が待ち遠しい……!』なんて呟いていた程だから。

 

 別に俺としても全然構わないんだが、それとは別の問題がある。リヴェリアを慕うエルフ達だ。

 

 エルフは主にハイエルフを神聖視するように慕っている為、余計な口出しをして妨害してくる可能性がある。間違ってる部分を指摘すれば、『リヴェリア様に間違いはない!』とか、『無礼者め!』などと言ってしゃしゃり出てくるかもしれない。そこはリヴェリアの方で何とかしてもらう事になるが、な。

 

 まぁ流石にいきなり初日から、そのような大事になったりしないだろう。リヴェリアも邪魔立てしないよう厳命している筈だから、今は無事に終わる事を祈るしかない。

 

 そう考えながら『黄昏の館』に辿り着くと――

 

「待っていたぞ、リューセー」

 

「………前にも訊いたと思いますが、何時からそこで待っていました?」

 

 前回と同じく戸惑っている門番達を余所に、リヴェリアが佇んでいた。

 

 因みにこのやり取りは、二週間前の共通語(コイネー)授業の初日にやったのだが、当の本人がそれを憶えているかどうかは不明だった。

 

「気にする必要は無い。それに待ってたとしてもほんの数分前からだ」

 

 

「嘘だ……!」

 

「一時間以上もずっと待ってたぞ……!」

 

 

 門番二人が小さく呟くと、それが聞こえたのかリヴェリアは眼光鋭くしていた。その途端に彼等はビクッと身体を震わせ、何でもないような振る舞いをしようとする。

 

(思った通り、随分待っていたんだな)

 

 因みに俺も門番の小声はバッチリ聞こえているが、敢えて何も突っ込まないでいる。下手に言えば、俺も彼女に睨まれてしまうのを分かっていたから。

 

「ゴホンッ。いつまでも此処にいる訳にはいかないから、案内するとしよう」 

 

「は、はい……」

 

 咳払いをした後、リヴェリアは館の中へ招こうとするから、俺はいつもの感じで付いて行く。

 

 入って早々お決まりのパターンと化してる金髪少女(ヴァレンシュタイン)と遭遇するも、リヴェリアがいる事もあってか、今回は俺に話しかけなかった。

 

 

 

 

 案内されるのは共通語(コイネー)の授業で利用した応接室を使うかと思いながら付いて行くが……今回は全く違う場所だった。

 

「リヴェリアさん、此処は?」

 

「私の部屋だ」

 

「……………えっ」

 

 部屋の中を見ながら質問すると、あっけらかんと答えたリヴェリアに俺は思わず一瞬固まってしまう。

 

 ちょっと待て。魔術講座をするのに、どうしてこんな場所でやるんだよ。

 

 以前二人だけになれる場所が良いとは確かに言ったが、それが寄りにもよって女性のプライベートルームで教えるなんて、色々問題になると思う。特に彼女を慕うエルフ達が絶対騒ぐどころか、完全に暴走して俺を殺しに来るんじゃないかと思うほどに。

 

「あの、男の俺を招いて大丈夫なんですか?」

 

 自分は不埒な行いをする気は毛頭無いのだが、それでも周囲は絶対に誤解するだろう。さっき言ったエルフ達が、あと少しで駆け付けて来る姿を瞬時に浮かんでしまう。

 

「問題無い。此処なら余計な邪魔が入らないからな」

 

「それはそうかもしれませんが……」

 

「それとリューセーが懸念してる同胞(エルフ)達は、私が出した課題をやるよう別の部屋で学んでいる最中だ。仮に早く終わったところで、無断で此処に入ったりはしない」

 

「あ、なるほど」

 

 道理で俺がこの部屋に来ても、エルフ達が全くいなかったのだと理解した。

 

 自分を慕っているなら、例え理不尽な課題を突き付けられても、逆らう事なく忠実にやる筈だとリヴェリアはそう考えたんだろう。

 

 だが、それはあくまで時間稼ぎに過ぎない。俺が来た事をもう知ってるだろうだから、今頃は必死になって課題を終わらせようとしてる筈だ。

 

「それでも課題が終わって、無礼を覚悟で突撃してきた場合は?」

 

「その時は邪魔をした罰として、ダンジョンで『掃除当番(スウィーパー)』を強制的に行わせるつもりだ」

 

「スウィーパー、ですか」

 

 用語からして清掃と言う意味なのは分かるが、オラリオの地下にあるダンジョンを掃除とは色んな意味で凄い。何故そんな事をさせるのかは分からないが、冒険者じゃない俺には関係無い事だから、余計な詮索はしないでおくとしよう。

 

「まぁそんな事より、時間が惜しいので始めるとしよう」

 

「っと、そうでしたね」

 

 いつまでもエルフ達を警戒する訳にはいかないので、頭を切り替えようと予定してる魔術講座を教える事にした。

 

 もう既に準備していたのか、リヴェリアの部屋には勉強で使用する机や椅子が設置され、そして新品と思われるペンとノートもあった。

 

「本日より、この俺リューセーが、魔術についての講座を始めます。年長者であるリヴェリアさんに大変失礼な物言いをするかもしれませんが、教えている間は貴女を一人の見習い生徒として接します。宜しいですね?」

 

「無論だ。此方としても、そうしてくれた方が非常に有難い」

 

 少々高圧的な言い方をする俺に、リヴェリアは全く気にしてないどころか、寧ろ当然のように肯定していた。 

 

 今の彼女は本当に生徒のような姿勢だった。まるで俺の知ってる知識を全て吸収したいと錯覚するほどに貪欲な目をしている。ロキから覚悟した方が良いと言われていたが、今になって漸く理解した。これは生半可な教え方をすれば、とんでもない竹箆返しが来そうだと思うほどに。

 

 まぁ俺としては、そう言う生徒は大歓迎なので問題無い。彼女がどこまで魔術を理解し、そして扱う事が出来るのかを内心楽しみなのだ。この世界のエルフが、オーディンから教わったルーン魔術が本当に適用するのかを試したいと思っていたから。

 

 もし俺が実験目的で教えていたとバレたところで、リヴェリアは決して咎めたりしないだろう。例え使えなくても、未知の知識を得るのは有意義なモノだと、自分で言っていたのだ。

 

「では先ず魔術講座の入門編として、此方が今日から使う教材になります」

 

「これが……」

 

 安直だが『魔術について』と言う共通語(コイネー)で書かれた教科書(テキスト)を渡す。受け取ったリヴェリアは大事そうに持ちながら、早速一ページ目を――

 

「っ!? 何だ、開かないぞ……!」

 

 開こうとして早々に苦戦していた。

 

 テキストはまるで強力な磁石でくっ付いているのではないかと言わんばかりに、開こうとする気配を見せようとしない。

 

「リューセー、これはどう言う事だ?」

 

「その教科書(テキスト)は魔力を注ぎ込まないと開けない仕組みになっています」

 

「魔力、だと?」

 

 いきなり難問にぶつかったかのような表情をするリヴェリアに、俺は気にせず教えようとする。

 

「リヴェリアさんはオラリオ最強の魔導士と自他共に認めるほど大変優れた御方には、少々難易度の高いやり方で教えた方が良いと思いまして。だから最初の課題として『魔力調整(マジック・コントロール)』を行って頂きます。これは一番最初の出入り口であり、魔術における基礎中の基礎です」

 

「なっ……!?」

 

 まさか教科書(テキスト)を開く前から講座が始まっていたとは、流石のリヴェリアも予想してなかったみたいだ。

 

 何故こんな手の込んだ真似をするのかと疑問を抱かれるかもしれないが、これには当然理由がある。一番に挙げるとすれば、今の段階で魔術を扱う為の知識と技術が全く無いから。

 

 昨日シルに教えたが、魔法は神や精霊などの力を利用して様々な現象を引き起こすのに対し、魔術は自身の魔力を利用する知識と技術の集大成みたいなもの。その知識と技術を理解しない限り、魔術を発動させる事が出来ない。

 

 リヴェリアは根っからの魔導士である為、魔法に優れたハイエルフである事も加えて、並の魔導士とは比べ物にならないほど相当な魔力を持っている。そんな凄い彼女にいきなり魔術を使わせたらどうなるだろうか。答えは簡単。発動しないのは勿論のこと、それどころか大量の魔力を無駄遣いするオチになってしまう。

 

 魔法で使う魔力量が高いほど強力な武器になるが、魔術の場合だと却って大きな枷になってしまう恐れがある。大量に魔力を消費する難しい魔術であればあるほど、それに見合う高度な知識と技術を要求されてしまい、自身の許容範囲を超えて途中で止めてしまうと、折角消費した魔力自体も無駄になる。再度チャレンジして失敗すれば、またその分に見合う魔力がゴッソリ消費すると言う無駄なループ状態になっていく。

 

 今のリヴェリアに魔術を使わせたら確実にそうなると危惧した俺は、『魔力調整(マジック・コントロール)』を完璧にさせようと教科書(テキスト)に細工を施した。これは謂わば修行の一つでもある。

 

 他のエルフが耳にしたら彼女にそんな物は必要無いと抗議してくるかもしれないが、魔術は知識と技術以外だけでなくコントロールも必要とされる。魔力に関して玄人なリヴェリアには申し訳無いが、今回の講座では、より完璧な魔力調整(マジック・コントロール)を出来るようにしてもらいたい。

 

 因みに『魔力調整(マジック・コントロール)』は実際扱いが難しいものだが、敢えて基礎と嘘を吐かせてもらった。一種の歯止め(ブレーキ)みたいなモノを挟んでおかなければ、彼女はさらに先へ先へと魔術にのめり込んでしまう可能性があるとロキが前以て教えてくれたから。それで今回『魔力調整(マジック・コントロール)』をやってもらおうと、教科書(テキスト)に細工を施した訳である。

 

「さあ、貴女がその教科書(テキスト)を開いてくれない限り、俺は魔術講座をする事が出来ません。早く魔力を注いで開けて下さい」

 

 ここで俺はリヴェリアに注意点を言っておいた。その教科書(テキスト)は魔力を多く注いだところで開かず、一定の魔力を数秒間維持しなければいけない事を。

 

 それを聞いた彼女は苦虫を噛み潰したような顔になっていたが、すぐに(かぶり)を振って表情を引き締める。

 

「まさか、魔術と言うモノがここまで扱いが難しいものだったとは……。どうやら私は、無意識に簡単なモノだと思い上がっていたようだ」

 

 だから、と言ってリヴェリアは改めて教科書(テキスト)と手にしてこう言った。

 

「今この時より、私はリューセーの弟子となり、師匠(マスター)と仰がせてもらう」

 

「え!?」

 

 いきなり自分を師匠と敬う態度を見せる彼女に、俺は思わず目が点になってしまった。

 

 えっと、生徒であるリヴェリアから先生と呼ばれるならまだしも、いつの間にか師弟の間柄になってしまったんだが……。

 

 もしもこれが此処にいるエルフ達、ついでにリューの耳にも入ったら……絶対大騒ぎになるだろう。自分達が慕うハイエルフが人間(ヒューマン)の弟子になったなど、完全ブチ切れ案件間違いない。

 

 本当はすぐに止めて欲しいと言うべきなんだが、リヴェリアが教科書(テキスト)に魔力を注いで集中してて、とても言うに言えなかった。

 

 ………まぁ、本人がそれでやる気を出して魔術をちゃんと学ぼうとするのなら、俺としては却って好都合だ。でもバレたら後が怖いんだよなぁ……。

 

 大変複雑な気持ちになりながらも、取り敢えず保留にして、リヴェリアが教科書(テキスト)を開くのを待つことにした。




魔法や魔術の見解についての突っ込みは無しでお願いします。

感想お待ちしています。


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番外 清潔の秘密②

今回は番外の続きです。


「もう言い逃れは出来ないから、さっさと吐くニャ!」

 

「大人しく白状した方が身の為ニャ!」

 

「………………………」

 

 俺がシャワーを浴びて身体が清潔な上に髪もサラサラしてる事を判明した直後、自分の部屋でアーニャとクロエから訳の分からない取り調べをされていた。余りにもバカバカしい展開に、俺は呆れを通り越して言葉を失っている。因みにアホ猫二人だけでなく、シル、ルノア、リューも一緒だった。

 

「リューセーさん、私も気になるから教えて頂けませんか?」

 

「そうよそうよ!」

 

 正面にいるアーニャとクロエとは別に、シルとルノアは俺の両隣に陣取って教えて欲しいと強請って来る。リューだけは加わらず、ただ入り口前で黙って見てるだけである。

 

 別に教えても構わないんだが、コイツ等に教えたら何か嫌な予感がする。

 

「……一応確認させてくれ。俺が教えた後、お前達はその後どうするつもりだ?」

 

 俺からの問いに、アーニャとクロエは突如フッと笑みを浮かべながら気取ったポーズを取った。妙に探偵みたいな仕草なのは少々気になるが。

 

「ニュフフ、それは当然――」

 

「ミャー達も利用させてもらうニャ!」

 

 何を当たり前なことをみたいな表情で言い切るアホ猫二人。コイツ等と同じ考えなのか、両隣にいるシルとルノアもうんうんと頷いている。

 

 既に予想していたとは言え、違う世界の人間も欲望に正直のようだ。特に女性の身嗜みに関しては、な。

 

 まぁ、その気持ちは分からなくもない。俺がいる世界の女性も清潔に敏感で、手入れはちゃんと欠かさず行っている。リアスやグレモリー眷族の女性陣も大好きなイッセーを意識してか、いつも以上に念入りにやってる事もある。ゼノヴィアだけは少々疎かだが、それでもちゃんと気にしてるから問題無い。

 

 とは言え、アーニャ達は少々どうかと思う。いくら清潔になりたいという理由で、態々男の俺にそんな事を訊きだそうとするなんて、俺のいる世界の女性達からすれば考えられない行動なのだ。

 

 身体を清潔にするアイテムぐらい、この世界でも充分にある筈。文明レベルが中世並みとは言え、俺がいる世界では手に入らない貴重な品物だってあるだろう。

 

 因みに俺が使ってる石鹸・シャンプー・コンディショナーは少々特殊なモノだ。天界にいる天使(こども)達から、時折旅をする聖書の神(わたし)に必要な物だと言って、身体を洗浄する他に美容ケアも含まれた天界産のお風呂セットを提供してくれた。美容に関しては不要だったんだが、向こうが今の時代は男性も必要なモノだと豪語されてしまった。加えて天界産だけあって数十年以上使える物であり、人間の俺が最後まで使いきれるか正直分からん。

 

 だからと言って、アーニャ達に教える訳にはいかない。俺のお風呂セットを見せたら最後、適当な理由で奪い取るのが目に見えてる。コイツ等の眼がそう語っているから。

 

「そう言う理由なら教える気は無い。さっさと自分の部屋に戻れ」

 

「ニャ!?」

 

「おミャーこの状況で何言ってるニャ!?」

 

 即座に断る俺に、アーニャ達は信じられないと言わんばかりに驚愕していた。

 

「リューセーはアホだニャ。ここはフツー観念して吐くのがお決まりニャ!」

 

「アホはお前だよ、アーニャ。何で俺が素直に教えなければいけないんだよ」

 

 無理矢理人を問い質すだけでなく、さも当たり前のように人のお風呂セットを使おうとするアーニャ達に呆れてしまう。

 

 大体、俺が使ってるのは男性用なので無理だ。石鹸はともかく、シャンプーとコンディショナーは女性用と比べて成分に差異があるから、使うのは余りお勧めしない。

 

「ここに来て見苦しい言い訳しないで、さっさと吐くニャ! これは先輩命令ニャ!」

 

「そんな横暴な理由が罷り通ると思うなよ、クロエ」

 

 自分が先輩だから許されると思ったら大間違いだ。これは普通に考えてパワーハラスメントで訴えるべきなんだが、この世界ではそう言った法は無いので無理だった。

 

 もしコイツ等に俺のお風呂セットを使った後の事を考えて、『話が違う』とか『全然効果が無い』とかの文句を言ってくる可能性がある。美容にこだわる身勝手な女ほど迷惑な存在と言えよう。

 

「それにお前等、何でそこまでして必死なんだ? 別に今のままでも全然問題無いだろうに」

 

「アンタが私達より清潔だと、乙女のプライドが許さないのよ!」

 

「…………は?」

 

 ルノアの叫びに俺は一瞬耳がおかしくなったのかと錯覚してしまう。

 

 乙女って……誰のこと言ってるんだ? 少なくとも俺の知る限りでは、この店に乙女と呼ぶに相応しい可憐な存在がいただろうか。

 

 自分が想像する一番の乙女は、自分の世界にいる愛する義妹アーシア・アルジェント。清楚で可憐な容姿をして、優しい笑みを見せてくれる度に癒されるあの子こそが、俺にとって理想の乙女だ。

 

 アーシアを浮かべながら目の前にいる女性陣と見比べると……全然話にならないどころか論外だ!

 

 アホ猫のアーニャとクロエは言わずもがなで、脳筋タイプのルノアもアウト。リューは容姿が優れても中身がポンコツで、シルなんか腹黒い一面を漂わせている。身贔屓なのは承知してるが、誰も純真な乙女であるアーシアには敵わないと思う。

 

「リューセーさん、今何か物凄く失礼なことを考えていませんでした?」

 

「だ、ダメですシル! そんな不埒なことを殿方にしては!」

 

 すると、俺の考えを読んだかのように、隣にいるシルが俺の腕を抱きしめるように掴みながら黒い笑みを浮かんでいた。それを見たリューが見過ごせないと口を挿もうとする。

 

 狭い部屋の中で、女性陣がギャーギャー騒いでいると――

 

「さっきから何騒いでんだい! やかましいったらありゃしないよ!」

 

 隣の部屋には俺達の主ことミア母さんがいるから、怒鳴りつけるのは当然の流れであった。

 

 

 

 

「――と言う訳でして」

 

 ミア母さんの登場により、先程まで俺を詰問していたアーニャ達は部屋の隅っこで正座していた。勿論有無を言わさずに、な。

 

 俺が騒ぎの中心だと見抜いたかのように、ミア母さんは何故こうなったのかと訊いてきたので、つい先程まで簡単に説明してる訳である。

 

「そういうことだったのかい。まぁ確かにあたしも、リューセーが何でそんなに清潔なのかは少し気になってたが……」

 

 どうやらミア母さんも少なからず気になっていたようだ。まぁこの人も女性だから当然の反応かもしれない。

 

 まぁそれでも、俺を尋問してまで訊きだそうとするアーニャ達の行いを問題視してくれている。

 

 取り敢えずこの後にミア母さんが叱ってくれれば――

 

「リューセー、もういっそこの場で教えてやりな」

 

 万事解決と思いきや、予想外な台詞に耳を疑ってしまった。

 

「え、ちょっ、ミア母さん、何で……?」

 

 余計な詮索をしないよう叱ってくれると期待していたのに、ここに来てアーニャ達の味方をするのは余りにも信じられなかった。

 

 ミア母さんは俺が文句を言う事を察したのか、すぐに理由を言おうとする。

 

「例えこの場を収めたところで、このバカ娘共のことだから、どうせまた同じ行為を繰り返すに決まってる。隣の部屋でそんな迷惑なことをされるくらいなら、さっさと話して諦めさせたほうが良い」

 

「むぅ……」

 

 言われてみれば確かにそうだった。

 

 ここで黙秘を貫いたところで、アーニャ達の性格を考えると絶対に諦めないだろう。一度気になった事は何が何でも知ろうとするのが目に見えてる。

 

 出来ればこの世界の人間や神連中に、俺が使うお風呂セットの存在を余り知られたくないのが本音だった。ロキにあげた接待用の酒はともかく、自分の生活用品は正直見せたくない。

 

 とは言え、言われた以上は見せるしかない。アーニャ達はともかく、恩人であるミア母さんには逆らう事が出来ない上に言ってる事は正論であったから。

 

 仕方ないと諦めた俺は、収納用異空間から自分のお風呂セットを取り出す事にした。勿論、この部屋にいる人間には見せないようにしている。

 

「はい、これがいつも俺を清潔にしてくれる道具だよ」

 

 俺の身体を清潔にしてくれる石鹸、シャンプー、コンディショナーを見せると、ミア母さんだけでなく、正座していたアーニャ達もすぐに立ち上がり近付いて凝視する。

 

「これは……どう見てもただの石鹸ニャ」

 

「だけどコレ、リューセーの身体と同じく凄いいい匂いがするニャ」

 

 石鹸をマジマジと見てるアーニャとクロエは匂いを嗅いでいた。

 

「リューセーさん、この容器に入ってるのは何ですか?」

 

「髪を洗う為に使う『シャンプー』だ」

 

「じゃあこっちは?」

 

「髪に潤いを与えてサラサラにする『コンディショナー』」

 

 シルとルノアからの質問に嘘偽りなく答え、一通り聞いた女性陣は大変興味深そうに見ている。

 

「つまり、これでリューセーはいつも清潔になってるって事かい?」

 

「まぁそういうこと」

 

 最後の質問をしてくるミア母さんに答えた直後、(リューを除く)アーニャ達の目がキランと光るも――

 

「はい、ネタが分かったので終わりっと」

 

『ええ~~~~!?』

 

 不穏な気配を感じ取った俺が即座にお風呂セットを自分の手元に収めた直後、納得行かないと言わんばかりに騒ぎ始めようとする。

 

「何ですぐにしまうニャ! ミャー達にも使わせて欲しいニャ!」

 

「そうニャ! 本当に清潔になるのか試さないといけないニャ!」

 

「ちょっとくらい使ったっていいじゃない!」

 

「やかましい! お前等のちょっとなんか当てにならん!」

 

 ブーブーと文句垂れるアーニャ、クロエ、ルノアに渡したら、絶対大量に使おうとするのが目に見えてる。かなり長持ちするとは言っても、コイツ等は加減と言うモノを知らないから、下手すれば無くなってしまう恐れがある。

 

「リューセーさん、私からもお願いします」

 

「可愛く言ったところで貸さないからな、シル」

 

 上目遣いで強請って来るシルだが、生憎俺にそんなの通用しない。これがお人好しな男なら間違いなく篭絡されるだろう。

 

 と言うか、コイツに使わせる意味があるんだろうか。何故だか分からないが、シルはそんなの必要無いんじゃないかと思うほど、他の人間と違って清潔な感じがするのは何故だろう?

 

「リューセー、アーニャ達はともかくとして、シルに使わせるぐらい良いじゃないですか」

 

「そういう問題じゃないんだよ、リュー」

 

 シルの頼みを無下にしたことが気に入らないのか、リューが抗議してきた。

 

 またしても女性陣がギャーギャーと騒ぎ立てた為に――

 

「やかましい! 何遍言わせれば気が済むんだよ、このアホンダラ共ぉ!」

 

『ヒィッ!』

 

 ミア母さんの怒号で一気に沈静化されるのであった。

 

 流石と言うべきか、先程まで五月蠅かったアーニャ達を一気に委縮させるとは。お冠状態になってる彼女の前に、もう何も言えなくなっている。

 

 …………あ、待てよ。コイツ等に使わせるくらいなら。

 

「えっと、ミア母さん」

 

「何だい?」

 

 アーニャ達を叱ってるのを一旦止めたミア母さんは、俺の声に反応して振り返る。

 

「いっそのこと、ミア母さんが代表して一度試してくれないかな?」

 

「あたしがかい?」

 

「ま、待つニャ、リューセー! もう乙女じゃないミア母ちゃんに使ったところで――」

 

 大変失礼なことを言ってるアーニャの頭からドゴンッ、と言う凄い音がしたけど気にしないでおく。

 

 毎回思ってるんだが、どうしてあのアホ猫は自分から火に油を注ぐ発言をするんだろうか。学習能力ってものが無さ過ぎるにも程がある。

 

 結局のところ、周囲がミア母さんが試す事に異論が無かった為、俺は使い方を教える事にした。

 

 

 

 

 

 ミア母さんが俺のお風呂セットを使い、想像以上に身体が清潔になった翌日の朝。

 

「おはよう、ミア母さ……ん?」

 

「ああ、おはようリューセー。今日も早起きで感心だねぇ」

 

 いつものように起床し、既に店で準備を始めてるミア母さんに声を掛けた。だが、俺の目の前にいるのは見知らぬ可憐で美しい女性だ。

 

「えっと、どなたですか?」

 

「はぁ? 母親の顔を忘れるほど、アンタはまだ寝ぼけてんのかい?」

 

「……え? み、ミア母さん、なの?」

 

「あたし以外誰がいると思ってんだい」

 

 凄く可憐で美しい女性は、自らミア母さんだと言っていた。

 

 …………おかしい。俺は夢か幻でも見てるんだろうか。

 

 俺が知ってる『豊穣の女主人』のオーナーは、凄く頼もしい肝っ玉母さんをした外見の筈だ。なのに、今俺の眼に映ってるのは全く異なる美人な女性だった。一体、何がどうなっているんだ?

 

 余りの異常事態に俺が放心している中、スタッフ達がミア母さんを目にした瞬間、大騒ぎになったのは言うまでもなかった。

 

 これは後にオラリオ中も知れ渡り、怪奇現象と言われるほどに震撼させた大事件になったのは別の話だ。もうついでに、俺のお風呂セットに若返り効果を与える程の凄まじい美容効果があるのではないかと考えた、とある美神が狙おうとしていたらしい。




リューセーのお風呂セットでミアが可憐な姿になったというオチのギャグ話になりました。

ミアの姿に関しては、コミカライズ版の『ファミリアクロニクルepisodeリュー』の単行本第6巻の表紙裏に掲載されています。

感想お待ちしています。


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講座は一時お休み

久しぶりに更新しました。


 リヴェリアに魔術講座を教えて約二週間経った。まだ初級講座をやっているが、それでも彼女は何一つ文句言う事なく勤勉に励んでいる。少しでも疑問を抱く点が見付かれば徹底的に調べようと、かなり鋭い質問を何度もされるが、講師役の俺としては歓迎するようにちゃんと答えている。

 

 問題があると言えば、【ロキ・ファミリア】に所属してるエルフ達や、ティオナとヴァレンシュタインだった。

 

 エルフ達は俺とリヴェリアが、毎日二人っきりだけの講座を行ってる事に予想通り不満があったみたいだ。いくら講師と言っても、男の自分が王族妖精(ハイエルフ)と慕う彼女の私室に何度も足を踏み入れる事が気に入らないみたいで、講座が終わる度に必ず絡まれてる。その後にはリヴェリアからのお説教と言う流れとなっているが、な。

 

 次にティオナだけど、俺が前に練習用として書いた共通語(コイネー)版の物語(ラノベ)に物凄くハマってしまい、会う度に『早く続き書いて!』と何度も催促される。本当に読んでいるのかを確認しようとクイズ形式で試すと、ちゃんと記憶してるみたいで全問正解だった。本人曰く、続きを待つ為に何度も読み直していたそうだ。ラノベが好きな自分としても熱中するほど読んでくれるのは嬉しいが、リヴェリアの魔術講座をしなければいけない為、少しずつ提供するしかなかった。

 

 最後のヴァレンシュタインは、相も変わらず俺と手合わせしたがっている。前にリヴェリアからお説教をされて自重したみたいだが、それでも完全に諦めてはいないようだ。会う度に訴えるような視線を送られるが、ジャガ丸くんでどうにか宥めているとはいっても、これがいつまで維持出来るのやら。飽きさせないよう、違う味を提供させているから今のところ大丈夫だ。

 

 とまあ、少々面倒事に巻き込まれながらも魔術講座を行っている中、突如中断する事になってしまった。団長フィン・ディムナより、ダンジョンの遠征が近いから一時中断して欲しいと言われた。

 

 都市最大派閥と呼ばれている【ロキ・ファミリア】は有名な探索系ファミリアであり、オラリオにある迷宮(ダンジョン)を攻略しなければならない義務がある。現時点で最高記録に到達してるらしいが、以前に存在していた某ファミリアに未だ追い付いていないとか。まぁそこは俺が気にする事じゃないので省略させてもらう。

 

 少々脱線しかけたが、講座が一時中断された事により、遠征が終わるまで俺はフリーとなった。尤も、『豊穣の女主人』で朝の時間帯に参加する事になるが。他にも魔術講座として行う為の魔術書作成、ティオナが読みたがってる物語(ラノベ)の続きを書かなければいけない。だからフリーになってもやらなければならない事があるのだ。

 

 因みにリヴェリアはディムナからの中断要請を聞いた事でかなり不満を抱いていた。『支障に来たさないようギリギリまでやりたい』と言ってたけど、その妥協案に彼から『ダメだよ』と団長命令を下された事で渋々従うしかなかった。他にティオナからもブーブーと不満を漏らしていたが、そこは俺の方から『遠征が終わったら今まで以上に続きを用意する』と言った事でアッサリ済んだ。

 

 俺が朝の営業時間に参加する事を知ったミア母さんから、『今まで抜けた穴を埋めてもらうよ』と言われた。調理担当のメイ達も『これでやっと負担が軽くなる~!』と嬉しそうに歓迎されたが、朝の時間帯ってそこまで忙しかったのかと少々疑問を抱いたが、敢えて気にしないことにした。

 

 そして久々に参加して、メイ達が言った意味を漸く理解することになる。

 

 

 

「リューセー! もう二品追加だよ!」

 

「了解!」

 

 ミア母さんからの指示に、調理担当の俺はフルで動いていた。

 

 朝の営業時間から始まって早々にも拘わらず、大勢の客で賑わっている。まるで夜と大して変わらない忙しさで、時間を間違えているんじゃないかと錯覚するほどに。

 

 最初は何でこんなに忙しいんだと疑問を抱いたが、それはすぐに察した。

 

 

「ミ、ミア、俺は前からお前の事が!」

 

「ミア、ワシの気持ちを受け取ってくれ!」

 

「ミアさん、どうか私と結婚を前提としたお付き合いを!」

 

「ちょっとミア、貴女どうしてそんなに綺麗になったのよ!?」

 

「私達にも教えなさいよ!」

 

「ねぇねぇ、女神の私も気になるから教えてくれないかしら~?」

 

「喧しい! 仕事の邪魔なんだよアホンダラぁ!」

 

『ギャァァァアアアアア!』

 

 

 忙しい調理場とは別に、テーブル席があるエリアの方ではミア母さんに詰め寄る客や神達が押し寄せていた。何しろ俺達の母親は誰もが気になるほど可憐で美しい女性の姿になっているから。

 

 そうなっている理由はある。数日前に俺が普段から利用してるお風呂セットを使わせたことによって、ミア母さんが整形したと思われるほどの美人に変貌してしまったのだ。

 

 これは当然俺だけでなく、シル達スタッフ全員が大声を出すほど吃驚している。更には後から知った客達も同様に。

 

 大事件と言われるほどオラリオ中が震撼し、夜の時間帯では満員となるほどに客が溢れていた。それは勿論、美人になったミア母さんを見ようとする為に、な。

 

 俺はリヴェリアの魔術講座をしていた事で朝の時間帯に参加出来なかったが、メイ達が嘆いていた理由をよく理解した。こんなに忙しいと音を上げたくなるのは無理もない。

 

 それにしてもまぁ、客だけでなく神連中も随分度胸があるもんだ。忙しい筈のミア母さんに堂々と告白するだけでなく、美人になった方法を問い詰めるなんて、相当命知らずにも程がある。聖書の神(わたし)でさえ、彼女にあんな恐ろしい事をする度胸は無いと言うのに。

 

「リューセーさん、追加分は出来ましたか?」

 

「ああ、たった今出来あがるところだ」

 

 調理場に入ってきたシルが確認の為に来たので、俺は最後の仕上げとして完成した料理を皿に乗せた。

 

「なぁシル、俺が帰ってくる時にミア母さんがいつも不機嫌なのはアレの所為なのか?」

 

「ええ、見ての通りです」

 

 俺の質問にシルが頷いた後、作った料理を持ってすぐに持ち場へ戻ろうとする。

 

(どうやら、ミア母さんにお風呂セットを使わせたのは失敗だったな)

 

 またしても注文の追加が来た為、俺は再び調理しながらも以前にやったアレを思い出していた。後先考えずに聖書の神(わたし)のお風呂セットを使わせてしまった出来事を。

 

 最初は全く問題無いだろうと思って一番信用出来るミア母さんに使わせたのだが、まさかあんな可憐な姿になるなんて完全に想定外だった。堕天使(アザゼル)魔王(サーゼクス)だって、あんなビフォーアフターみたいな展開になるなんて想像出来る訳ないと思う。

 

 まぁとにかく、ミア母さんがああなった以上、俺が持っているお風呂セットは今後誰にも使わせないようにしておこう。今はまだ外に漏れてないが、この世界にいる人間の女性や女神達が知れば絶対に欲しがろうとするのが目に見えている。

 

 現に――

 

「リューセー、ミャー達も使わせてニャー」

 

「ミャー達もミア母ちゃんみたく綺麗になりたいニャー」

 

 バカ猫二人(アーニャとクロエ)の他、他のスタッフ達からも使わせて欲しいと強請って来るのがいるから。特にシルは毎回俺に引っ付きながら強請っており、それを見たリューが『破廉恥な!』と(俺に)指摘する事を何度繰り返した事か。

 

「ミア母さ~ん、調理場でサボってるのが二名いるよ~」

 

「「ニャッ!?」」

 

「このバカ娘共ぉ! リューセーの邪魔してんじゃないよぉ!」

 

 俺の声がバッチリ聞こえたミア母さんが即座に調理場へ来て、バカ猫二人は一瞬で連行されるのであった。

 

 如何でもいいがシルの奴、今日はいつもと違って雰囲気が違うような気がする。何と言うか……今日はちょっとばかり素っ気ない感じが見受けられるんだが、それは俺の考え過ぎなんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

「ロキの【ファミリア(ところ)】は遠征の準備をしてるみたいね。でも行動に移すのは遠征が始まってから……」

 

「フレイヤ様、まさかとは思いますが――」

 

「違うわよ。今回はロキとは全く無関係だから安心なさい」

 

「では、何をなさるおつもりですか?」

 

「久しぶりに本拠地(ホーム)でリューセーとお茶しようと思ってね」

 

 バベルの最上階で【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤはとある目的の為、隆誠に接触しようと画策しているのであった。




久しぶりにフレイヤ・ファミリアと再会させようかと書いてみました。

感想お待ちしています。


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遠征の見送り

こっそり更新しました。


 ミア母さんが可憐な姿になった事で、朝夜の営業に関係無く客の出入りが激しくて忙しい日々が続いていた。連日に続き男から愛の告白、女(と女神も含めて)から綺麗になった原因の追究が。我等の母親の対応方法は言うまでもなく拳と怒号によって、相手側を強制的に黙らせているのがお決まりのパターンだ。

 

 まぁそれでも流石に少々懲りたみたいで、今まで頻繁に訪れていた『豊穣の女主人』の客足が段々と減少し始めていた。主に(ミア母さんからすれば)鬱陶しい客が大人しくなった事で、俺達も非常に安堵している。

 

 とは言え、それでも油断は出来ない。人間の客はともかく、神連中は簡単に諦めようとしない。今は大人しくしてても、時間が経てば、まるで忘れたかのように来る。この世界の神々は娯楽目的に下界へ降臨したから、そう簡単に引き下がらない愉快神が殆どだとミア母さんが言っていた。

 

 世界が違えど、人間に多大な迷惑を掛けてる事に関しては共通してると聖書の神(わたし)は内心思った。嘗て自分もその前科があったから、ああ言う連中には絶対なりたくないと密かに硬く決意する程に、な。

 

 それとは全く別の話になるが、【ロキ・ファミリア】が遠征の準備を終えたらしい。

 

 聞いた話によると、遠征開始前に中央広場(セントラルパーク)で集合した後、大人数でダンジョンへ向かう。そうシルやリューが教えてくれた。

 

 あそこの眷族とは色々顔馴染みになっただけでなく、共通語(コイネー)で大変お世話になったのもいる。だからせめて見送りに行こうと、俺は朝の営業開始前に向かう事にする。勿論、ミア母さんの許可を貰って。

 

 

 

(ほう、中々な光景だ)

 

 豊穣の女主人の(男用)制服を身に纏ったまま、俺は中央広場(セントラルパーク)に来ていた。

 

 冒険者と思われる者達がダンジョンへ向かっていく中、すぐに向かおうとしない一行がいる。

 

 装備品と物資を積んだ大型の荷車を何台も伴い、『バベル』と呼ばれる塔の北門正面から距離を置いた位置で待機してるのは【ロキ・ファミリア】一行だ。道化師と思われるエンブレムが刻まれた団旗を見た他所の冒険者達は、その一行を見た途端に様々な反応を示している。

 

「ん? (マス)……リューセーではないか」

 

 既に待機して周囲を見渡していたリヴェリアが視界に入った途端、すぐ俺の方へ近付きながら声を掛けてきた。

 

 他所の目(特にエルフ達)を意識したのか、師匠(マスター)と呼ぼうとするも即座に訂正して普段の呼び方に戻してる。俺としても、そうしてくれた方がありがたい。

 

「どうしたのだ。確かあの店は既に営業時間の筈ではなかったか?」

 

「今日【ロキ・ファミリア】が遠征に行くと聞いたので、お見送りしにいこうと」

 

 勿論ミア母さんの許可は貰ってますと付け加えて言った後、リヴェリアはすぐに納得の顔をする。

 

「しかしまぁ凄い人数ですねぇ~。こんなに多いと移動するだけでも大変だから、もしかして部隊を分けて行くんですか?」

 

「その通りだ。もし一気に移動すれば、私達以外の冒険者達に迷惑を掛けてしまうからな」

 

 正解と頷いた彼女は軽く補足してくれた。

 

 ダンジョンは広大な迷路状の構造になってて、進む道が狭い場所がいくつもある。それで【ロキ・ファミリア】が移動する際に他の冒険者と遭遇してしまえば衝突、とまでいかないが途中で止まってしまう恐れがある。

 

 そう言った無駄な事を回避する為に、部隊を分けて移動するそうだ。けれど分けた部隊が中継地点で合流した直後、一気に移動するとか。

 

「ところで、私が遠征から戻ってきた後なんだが……」

 

「それは終わってからにしましょう」

 

 今後の予定を話しておきながら、もしも遠征で何かしらのトラブルが発生して命を落とすと言う不幸な出来事が起きてしまう可能性がある。

 

 だから生きて戻ってきた後に話し合おうと俺が言った事で、リヴェリアは少々不満そうな表情になりながらも承諾してくれた。

 

 これ以上話していたら他のエルフ達が五月蠅くなりそうだと思い、『遠征頑張って下さい』と言って彼女から離れる。

 

「あ、リューセー!」

 

 すると、顔馴染みとなった褐色肌の女性が俺の名前を呼びながら近づいてきた。

 

「見送りに来てくれたんだ! でもリヴェリアだけ!? あたしには!?」

 

「君には必要なさそうだと思ってな」

 

「えぇ~!」

 

 ティオナは騒ぐも、俺はすぐに冗談だと訂正した。

 

「戻ってきたら、君が読みたがってる物語の続きを用意するよ。一冊丸々分を、な」

 

「ほんとに! 絶対約束だからね!」

 

 今まで数ページ分しか渡せなかったが、遠征の期間を考えれば一冊分の内容まで書く余裕がある。一切の面倒事が起きなければの話だが、な。

 

 言質は受け取ったと言わんばかりに何度も念を押してくるティオナに、俺は苦笑しながらも頷いていた。

 

 他の知り合いに声を掛けに行こうとする際、彼女は俺の腕に引っ付いていたが、姉のティオネによってどうにか引き剥がしてくれている。

 

 今も集合確認をしてるラウルに声を掛けようと……する前、別の人物の方へ向かう事にした。

 

「お久しぶりですね、ベート・ローガさん」

 

「…………」

 

 俺が視界に入った途端、狼人(ウェアウルフ)は大変不機嫌そうな表情で睨んでいた。

 

「あの勝負以降から今まで何をされていたんですか?」

 

「……テメェには関係ねぇ事だ。とっとと失せろ」

 

 会話に興じる気が一切無いのか、一言だけ答えた後にそっぽを向いている。

 

 相変わらず上から目線な態度だから、少しばかりカチンと来た俺は言い返そうとした。

 

「そうですか。なら今回の遠征で、あの時以上に強くなって下さいね」

 

「ッ! ………………チッ」

 

 てっきり激昂して俺の胸倉を掴んでくると思っていたが、ベートは大変忌々しそうにしながら舌打ちだけしていた。

 

 ちょっと試したとはいえ少しばかり挑発が過ぎたと内心反省する他、少しばかり驚いている。

 

 人を平気で見下す奴は軽く言い返されるだけですぐに反応するのだが、この狼人(ウェアウルフ)はそんな素振りを全く見せていない。自分が負けたという事実を重く受け止めているのだろうか。

 

 意外な一面を見せるベートの姿勢にちょっとばかり興味を抱くも、これ以上話しかけたところで無視されると分かっていたので、俺は彼から離れる事にした。

 

「よっ、ラウル」

 

「リューセー、見ててハラハラしたっすよ」

 

 ラウルに声を掛けると、彼は肝を冷やしたかのように言い返してきた。

 

 どうやら先程の会話を聞いていたみたいで、俺の挑発でベートが激昂すると思っていたらしい。

 

「ただでさえベートさんの機嫌が悪いのに、あんな言い方しないで欲しいっす」

 

「悪い悪い。まぁそんな事より」

 

 俺が全く如何でもいいように話題を変えようとすると、今まで手に持っていた袋を手渡そうとする。

 

「何すかソレは?」

 

「俺からの差し入れだ。主に携帯食が入ってる」

 

 遠征は普通の探索と違ってダンジョンにいる期間が長いから、いざと言う時の保存食を作っておいた。主に栄養価の高いカロリーメイト(プレーン味、チョコ味、フルーツ味等々)、砂糖漬けのドライフルーツ、塩味のナッツ等々、全て俺の手作りだ。勿論ミア母さんから作る許可を貰った上で、な。

 

 カロリーメイトはこの世界に存在しない食べ物みたいで、クッキーみたいなお菓子と教えてある。不思議な名称だとラウルが言ってたが、そこは気にしないでおく。

 

「言っとくけど、余り周囲に見せず食べた方が良い。特に甘い物を好む女性陣とかには、な」

 

「………そうっすね」

 

 俺からの注意にラウルは少々考えた後に肝に銘じるように頷いた。

 

 携帯食が入ってる袋を受けとるラウルを見て、俺はこう言う。

 

「必ず生きて戻って来いよ。ウチの店に来た時にサービスするからさ」

 

「勿論そのつもりっす。因みにどんなサービスっすか?」

 

「そうだな。じゃあ『豊饒の女主人』のメニューにはない俺オリジナルの料理を披露するか、もしくは……俺なりに考えたラウルを強くする為の特訓メニューを用意する、とかはどうかな?」

 

「……え?」

 

 後半あたりから少し勿体ぶったような言い方をした事で、ラウルが途端にキョトンとした表情になった。

 

 直後、詳しい話をしようとするが――

 

「――全員集合!」

 

 【ロキ・ファミリア】の団長フィン・ディムナからの声によって終わる事になってしまった。

 

 会話はここまでだと分かった俺はラウルに頑張れよと言った後、すぐに離れて見守ろうとする。

 

 因みにアイズはいつの間にか来てたみたいだが、何故か分からないけど俺の方をジッと見ていたのは気にしないでおく。




アイズ(あの人、ラウルを強くするって言った。これは絶対に聞かないと……!)

フィン「全員集合!」

アイズ(え? フィン、私あの人に聞きたい事が……)

ティオネ「ちょっとアイズ、団長が呼んでるから早く行くわよ」

アイズ「えっ、待ってティオネ……」


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【フレイヤ・ファミリア】の再会

 【ロキ・ファミリア】の遠征を見送ってから数日が経ち、俺は相も変わらず『豊饒の女主人』の調理場で汗水を流して料理を作っている。

 

 ミア母さんはもう完全に信頼しているのか、自分が調理場にいない時は俺がメイ達を仕切るよう任せていた。頼られるのは嬉しいけど、何れ元の世界に戻らなければいけない俺がいなくなったらどうなるかが心配なのは胸の内に秘めておく。

 

 料理とは別に、朝の手合わせも結構賑やかになっている。相手をするのはリューだけでなく、アーニャやクロエ、更にはルノアも積極的に参加する事となった。

 

 あの三人とは以前にやったけど、今まで違って物凄く躍起になっている。それには勿論理由があった。一度でも勝ったら俺のお風呂セットを使わせて欲しいんだと。

 

 何度も駄目だと言ってるにも拘わらず、ミア母さんを除く女性陣は未だに諦めきれていない。彼女達曰く『自分もミア母さんみたいに綺麗になってみたい!』らしい。その中で一番五月蠅いのがアーニャ、クロエ、ルノアだった。因みにシルも諦めてない一人で、あの三人と違って甘えるように強請っているが完全無視している。

 

 五月蠅いアーニャ達が何が何でも使いたい為、リューとの手合わせの際に混ざるようになった。しかも絶対勝ちたいが為に、俺一人に対してアーニャ達三人と言う勝負形式で。

 

 余りにも理不尽とも言える内容だが、俺は大して気にする事なく了承した。一人ずつ相手するより、三人纏めてやった方が楽しめそうだから。余裕な態度を見せる俺に気に障ったのか、アーニャ達は己の得物を手にして一斉に襲い掛かって来たのは仕方ないと言えよう。連携らしい事を一切やらずに個人主体で戦う為、三人が足の引っ張り合いをする事で俺に隙を突かれて敗北したのは当然の流れである。

 

 聞いた話によると、アーニャ達もリューと同じく『Lv.4』らしい。俺と同じく訳ありで働いているとは言え、少しくらい鍛錬した方が良いと思う。【恩恵(ファルナ)】とやらがあっても腕が鈍っていたら本来の実力を出し切る事は出来ないから、そのままだと俺に一生勝てないぞと指摘(アドバイス)しておいた。それが発破になった訳ではないのだが、三人はリューみたいに時間がある際に鍛錬する姿を見かける事になった。絶対お風呂セットを使ってやると少々怨念染みた呟きが聞こえたが、そこは敢えてスルーしておくのが良いだろう。

 

 調理に鍛錬だけでなく、魔術講座用の教科書(テキスト)やコイネー用の物語(ラノベ)作成等々と色々やる事がありながらも、俺は【ロキ・ファミリア】の無事生還を祈りながら日々を送っているのであった。

 

 

 

 

「イッセー達はどうしてるかなぁ……」

 

 今日は店が休みである為、久しぶりにオラリオ散策をしているが、俺は誰もいない小高い丘と思われる場所にいる。今は椅子に座って風景を眺めながら物思いに耽っていた。

 

 アザゼルが作った平行世界へ転移する装置の暴走に巻き込まれ、この世界に来てから数ヵ月以上経っていた。時間の流れが此方と全く同じであれば、もう俺は完全に行方不明扱いとなってるだろう。まぁイッセーの事だから、今も諦めていないと思うが。

 

 俺も次元の狭間を調べているが、穴は広がっても人が入れる大きさじゃなかった。やはり何年か経たなければ確実に戻る事は出来ない為、暫くこの世界に留まるしかないと言う結論に至る。元の世界へ帰った後、この世界で過ごした分の成長(じかん)を巻き戻す必要はあるが、な。

 

「って、もうこんな時間か……」

 

 考え事に集中していた所為か、近くに設置されてる時計を見て漸く気付いた。自分がどれだけ此処で長居していたのかを。

 

 既に昼食の時間帯だから、どこかの店で食べようと思った俺は椅子から立ちあがり、すぐに移動を開始する。

 

 今いるのは住宅街のエリアだから、店や屋台のある場所から少し離れている。だから手っ取り早く近道しようと、路地裏を利用する事にした。

 

「見つけたぞ」

 

「ん?」

 

 移動している最中、聞き覚えのある声がしたので思わず足を止める。

 

 振り向く先には俺の知ってる人物――【フレイヤ・ファミリア】団長のオッタルがいた。

 

「お久しぶりですね、オッタルさん。お会いしたのはあの時以来ですね」

 

「………………」 

 

 俺が言うあの時とは、【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が抗争した日の事を指している。オッタルもそれを理解してるように、俺が言葉を発した途端に少々苦々しい表情だ。

 

「聞いた話だと貴方は常にフレイヤ様の護衛をしてるみたいですが、離れて大丈夫なんですか?」

 

「そのフレイヤ様からの命令で、俺は此処に来ている」

 

 フレイヤの傍には必ずと言っていいほどオッタルがいる。そういう話をロキやリヴェリアから聞かされたから思わず訊いてみるも、オッタルは何でもないように言い返してきた。

 

「隆誠・兵藤、フレイヤ様がお前に会いたいと仰せだ。付いてこい」

 

「は?」

 

 いきなりの命令口調に俺は眉を顰めた。

 

 人が昼食を取ろうとしてる店に向かってるのに、それを急に現れては付いてこいと命令されて素直になる奴はいるだろうか。相手が有名な【猛者(おうじゃ)】であれば従わざるを得ないかもしれないが、俺からしたら迷惑極まりない呼び出しだ。

 

 尤も、理由を尋ねたところで『知らん』と答えられるのがオチだ。この男も含めた【フレイヤ・ファミリア】の連中は、(フレイヤ)の命令が絶対である為に。

 

「随分な言い草ですね。俺はまだ了承していないんですが」

 

「フレイヤ様の命令は絶対だ。お前には是が非でも来てもらう」

 

「………………」

 

 オッタルが言った直後、周囲から途轍もない殺気が俺に向けられる。

 

 どうやらコイツ以外にもフレイヤの眷族達がいるようだ。恐らく俺が明確に拒否した瞬間、ソイツ等が一斉に襲い掛かってくるだろう。

 

 別にそうなったところで迎撃すれば問題無いのだが、それはそれで却って不味い事になってしまう。

 

 知っての通り、【フレイヤ・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】と並ぶ都市最大派閥。そんな有名なファミリアが、こんな場所で俺と一戦交えたとなればオラリオ中が大騒ぎになる。当然ロキも知れば動くかもしれないが、彼女のファミリアは現在遠征中だから、フィン・ディムナ達が帰還するまで静観するしかないから期待出来ない。

 

 俺としても余り目立つ行為はするなとミア母さんから言われてる他、迷惑を掛ける行為はしたくないと考えてる。多くの神々が店に押し寄せ、彼女が非常に迷惑な表情をしていたのを見て猶更に。

 

 このまま無駄な争いはせず、逃走しようかと一瞬思い浮かべるもすぐに却下した。どうせオッタル達の事だから、地の果てまでも追いかけて来るだろうと思い浮かべたから。

 

「………はぁっ、分かりましたよ。会いに行けばいいんでしょう」

 

 どんなに考えても穏便に済ませる方法は、俺が折れるしかないと言う結論しかなかった。

 

 此方が降参するように了承の返事をすると、周囲の殺気が途端に霧散していく。

 

 お前等、俺がこのまま大人しくなると思うなよ。今はもうフレイヤに対して一切の遠慮が無いんだから、な。




ラウル「リューセーが言ってた『かろりーめいと』って言うのはコレっすね。(もぐもぐ)……丁度良い甘さで、凄く美味いっす!」

アキ「ラウル、休憩中に一体何食べてるの?」

ラウル「ッ! ゴホッ、ゲホッ!」

アキ「ちょっ、大丈夫!?」

ラウル「み、水、水を……!」


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フレイヤと食事

 オッタル(+周囲には見えない眷族達)の強制的な案内によって、俺は再び【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――『戦いの野(フォールクヴァング)』へ向かう事になった。

 

 移動の最中、視界に入った住民達は途端に恐怖の表情に一変した。まるで関わりたくないと言わんばかりに、オッタルを見た直後に目を逸らしている始末。それを見た俺は一体どれだけ嫌われているんだよと内心呆れてしまう。

 

 まぁ、それは当然かもしれない。以前にフレイヤから配達依頼をされて本拠地(ホーム)へ向かった際、そこにいる門番から手酷い歓迎をされただけでなく、オッタルには圧をかけられ、アレンから見下されると言う散々な目に遭った。こんな失礼極まりない連中に人望なんか皆無だろうと予想していたが、住民の反応を見た事で自分の考えは正しいのだと改めて認識された。

 

 こんな非常識極まりない【ファミリア】をギルドが放置してるのは勿論理由がある。それは『強い』からと言う単純明快なモノ。加えて迷宮都市(オラリオ)の最強戦力でもあるから、有事の際には必要不可欠らしい。

 

 オラリオと言う迷宮都市は、実力(ちから)があれば何をしても許されると言う傾向が非常に強い。色々問題だらけであっても、それがこの世界の(ルール)であれば、他所から来た聖書の神(わたし)が横から口出しをする権利など皆無だ。

 

 もしも自分だけでなく、赤龍帝(イッセー)白龍皇(ヴァーリ)も一緒に来ていたらどうなっていただろうか。イッセーはともかく、戦闘狂のヴァーリが【フレイヤ・ファミリア】に喧嘩を売る光景が容易に想像出来てしまう。それでアイツの白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)で何度も力を半減されたら、【フレイヤ・ファミリア】の勢力は間違いなく零落する事になるだろうが、な。

 

「フレイヤ様の客人を連れてきた。門を開けよ」

 

「分かりました」

 

 全く如何でもいい事を考えていた事で、いつの間にか『戦いの野(フォールクヴァング)』に辿り着いていた。前回と違ってオッタルが前以ていた事で、門番達は何も言わずに門を開けている。俺を見た瞬間に忌々しそうな目で見ていたが。

 

 中に入って早々、以前と同様に殺し合い同然の戦いが繰り広げている。俺が入った事に気付いたのか、フレイヤの眷族達は途端に戦いを止めて俺を凝視、と言うより睨んでいた。中には襲い掛かって来そうな奴もいる。

 

「あのぅ、何であの人達は俺を睨んでいるんですか?」

 

「………………」

 

 俺が問うも、オッタルは無言のまま進んでいく。

 

 答える気が無いとは言え、せめて理由くらい教えて欲しいものだ。謂れのない殺気をぶつけられると、流石に俺も嫌になるんだけど。

 

 コイツ等を一度本格的に矯正(ぶっとば)したい衝動に駆られるも、何とか堪えながらも案内された場所にフレイヤがいる。

 

「いらっしゃい、隆誠。また会えて嬉しいわ」

 

 俺を歓迎するフレイヤとは別に、彼女の背後に控えている眷族達は全く正反対だった。特にアレンは俺を見てあの時の事を思い出したかのように、殺したいと言わんばかりに俺を思いっきり睨んでいる。

 

 同じ顔をした四つ子らしき男性小人族(パルゥム)、肌色が異なる白と黒の男性妖精(エルフ)二人、フレイヤの従者と思われる女性二人。アレン程ではないにしろ、明らかに俺を歓迎してないどころか警戒している様子。そして案内を終えたオッタルは当然のようにフレイヤの傍にいる事で、女性二人を除く面々から不愉快そうに睨まれているが気にしないでおく。

 

「一方的に俺を呼び出しておいて、何が『いらっしゃい』だ。女王様気取りは相変わらずだな、フレイヤ」

 

 俺が大変不快そうに言い返した直後、室内全体に途轍もない殺気に包まれた。そうなった原因はフレイヤの眷族達だから。

 

 普通の人間がこんなモノを直接浴びてしまえば恐怖するどころか、失神してもおかしくないだろう。だが俺や聖書の神(わたし)からすれば、単なる可愛い威嚇も同然だ。元の世界でアイツ等とは比べ物にならない敵と何度も戦い続けたから、今更この程度の殺気で動じたりしない。

 

「あら、この前と違って随分遠慮が無くなったわね」

 

 フレイヤは眷族達の不躾な行いに当然気付いてる筈だが、敢えて何も言わない様子だった。

 

「前にお前が素で話して欲しいと言ってたから、そうしようと思っただけだ」

 

「そう言えば、確かにそう言ったわね」

 

 思い出したかのように言うフレイヤは、不快にならないどころか大変楽しそうな表情になっていく。逆に眷族達は忽ちに顰めっ面になっていくが。

 

「まぁ取り敢えず掛けて」

 

 フレイヤが座るよう促して来たので、俺は取り敢えずと言った感じで高級そうな椅子に腰掛ける。

 

「それで、俺に一体何の用だ? お前の眷族達を控えさせてまで」

 

「本当ならオッタル達を退室させたかったんだけど――」

 

「その者の実力が判明した以上、我々は貴女様の傍を離れる訳にはいきません」

 

「――と、頑なに拒否されてしまった訳なの」

 

 成程な。思わず感情的になってしまったとは言え、オラリオ最速と呼ばれるアレン・フローメルの攻撃を簡単に防いだだけでなく、一撃で倒した俺を完全に警戒してるのか。下界の人間が神に手を掛けるような事は出来なくても、万が一自分達の主神に何かあれば不味いと判断したオッタル達は、後から処罰を受ける覚悟で居続けてるのだろう。

 

 主神想いなのは大変結構だけど、その気遣い(やさしさ)を少しでもオラリオの住民達に向けて欲しい。そうすればマイナスイメージもある程度は払拭出来るだろうに。

 

「そうかい、だったら好きにしてくれ」

 

「…………」

 

 諦める感じで嘆息する俺にフレイヤはまたしても興味深そうにジッと見ている。

 

「何だ?」

 

「隆誠は冒険者ではないのに、随分と余裕なのね」

 

「単なる開き直りだよ。どんなに取り繕ったところで今更だから、な」

 

 向こうが思いっきり警戒してるのであれば、もう以前みたいに遜る必要など無い。もし俺の発言に我慢出来ずに襲い掛かってくれば、容赦無く迎撃するつもりでいる。

 

「それはそうと、早く本題に入ってくれ。こっちは昼食前に呼び出されたんだから」

 

「あら、そうなの。だったらお詫びとして、此方で用意するわ」

 

「遠慮する。どうせお前の事だから、豪華な飯を食わせた後に何かとんでもない要求しそうな気がする」

 

「失礼ね。私はそこまで狭量な女神じゃないのだけど」

 

「どうだか」

 

 俺がいる世界のフレイヤであれば受け入れるが、此方のフレイヤは色々油断出来ない。ロキの話によれば、彼女は中々狡猾かつ強引な手段を取る事もあって何度もトラブルを起こした過去があると言っていた。以前に起きた抗争とは別に色々と。

 

 美を司る女神は何かしらの厄介事を引き起こす事を既に知ってるが、それがどこの世界でも共通している事柄だと改めて認識した。フレイヤであれば猶更に、な。

 

 昼食は後から自分でどうにかすると拒否するも、結局用意されてしまう破目になってしまった。フレイヤの従者と思われる女性二人――ヘルンとヘイズに至急食事を持って来るよう命じられてしまった為に。

 

 オッタル達の視線(+アレンの強烈な殺気)が当てられながらも、俺とフレイヤは全く気にせず昼食を取ろうとする。




ラウル「『かろりーめいと』はまた今度で、今日はドライフルーツを(もぐもぐ)……これも美味いっすね」

ティオナ「ラウルー、何食べてんのー?」

ラウル「………ちょっとした携帯食っす」

ティオナ「その割には凄く美味しそうに食べてたねー。もしかしてソレ、リューセーからの?」

ラウル「ゴメンっす、ティオナさん。自分これからやる事あるんで」

ティオナ「あっ! ちょっと、何食べたかくらい教えてよー!」


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美神に遠慮しなくなった隆誠

本当は0時に更新するつもりでしたが、内容を追加した為に遅れました。


「どれも美味しいな」

 

「当然よ。私の眷族()達が作った自慢の料理なのだから」

 

 フレイヤの女性従者二人が持ってきた料理に最初は警戒する俺だったが、いざ食べてみると美味しくて夢中になってしまう。

 

 俺が嘘偽りなく美味しく味わってる事で、一緒に食べてるフレイヤは笑みを浮かべながらも鼻高々に言い返した。

 

 今食べてる料理を作ったのは、主にそこで待機してるヘイズと言う従者らしい。長い髪を二つに結わえて、赤いエプロンドレスと白衣で看護師を連想させる姿をした少女。大変可愛らしい容姿をしても、死んだ魚のような眼をしているのが非常に残念だが、な。

 

 因みに談笑しながら食事してる此方とは別に、フレイヤの後ろに控えてる達は相も変わらずだ。俺が何かしようものなら即座に動き出しそうな雰囲気を醸し出している。

 

 ただ一つ気になる事があると言えば、オッタルが何やら表情が崩れているような気がする。思わず俺が視線を向けるも、すぐに何事も無かったかのように元に戻っていた。

 

 オッタルの様子が微妙におかしくなるのは、俺がメインの肉料理を食べている時だ。ヘイズが用意した薬草(ハーブ)を塗して煮込んだと思われる肉料理を食べている時に、な。

 

「特に肉料理が上手いな。これはもしかして……牡丹(ぼたん)肉か」

 

「ボタン肉? 聞いたこと無いわね。ヘイズは知ってるかしら?」

 

「い、いいえ。初めて聞きました」

 

 知らない名称だったのか、神のフレイヤだけでなく、料理を作ったヘイズも知らないようだ。オッタル達も聞いた事が無いみたいで、少々訝るような表情になっている。

 

 牡丹肉と言う単語は日本、即ちこの世界で極東が扱ってる特有の名称なので、フレイヤ達が知らないのは無理もない。

 

「リューセー、貴方の言う肉は何なの?」

 

「猪肉のことだよ」

 

「? 何でそれがボタンって呼ばれるのかしら?」

 

「それの由来はな――」

 

 フレイヤだけでなく、聞き耳を立てているオッタル達にも分かるよう簡単に説明する。

 

 猪肉が牡丹と呼ばれる理由は、猪肉が濃い紅色だからだ。花の一種である牡丹の色も紅色で共通してる事もあって、猪肉が牡丹肉と呼ばれるようになった。因みに牡丹の花言葉は『王者の風格』と付け加えておく。

 

「――とまあ、こんなところだ」

 

「成程。そう言う由来があったのね。しかも花言葉が『猛者(おうじゃ)の風格』なんて……オッタルにピッタリじゃない」

 

「? 何故そこでオッタルが出てくるんだ?」

 

「オッタルは猪人(ボアズ)なのよ。知らなかったかしら?」

 

「……ああ、そう言うこと」

 

 フレイヤが教えてくれた事で俺は一気に疑問が解けた。オッタルが何故か複雑な表情となっていたのが。

 

 確かに猪人(ボアズ)のオッタルからすれば、目の前で猪肉を使った料理を見せられたら堪ったものじゃないだろう。

 

 普通なら相手に気を遣って触れないようにするのが人情なのだが――

 

「ヘイズさん、もし良かったら俺の知ってる牡丹肉、もとい猪肉を使った料理のレシピを教えてあげようか?」

 

「!」

 

「それは大変興味深いですね。晩餐に出すレパートリーが増えるのは良い事ですし、是非ご教授願います」

 

 目を見開くオッタルを余所に、俺はヘイズに簡易的な料理内容を教えた。それを見たフレイヤは指摘しないどころか、楽しそうに眺めている。

 

 【フレイヤ・ファミリア】の団長に対して随分意地の悪い事をしてると思われるだろうが、ちょっとした意趣返しをしたい気分だったから、敢えてやらせてもらった。本当は俺が直々に牡丹肉を使った料理を披露してオッタルに食わせてやりたいが、それはヘイズや他の料理人に任せるとしよう。

 

 

 

 

「食事は満足したかしら?」

 

「それなりに、な」

 

 昼食を終えて、食器を片付けて退室するヘイズとは別に、もう一人の従者であるヘルンが食後の紅茶を用意した。

 

 俺が何の躊躇いもなくそれを口にすると、フレイヤは相変わらず優雅な振る舞いをしながら自分と同じく紅茶を飲もうとしてる。

 

「隆誠は随分品良く食べていたけど、もしかして貴族だったりする?」

 

「いいや。俺の故郷では身分とか一切関係無く、行儀良く食べるのが当たり前なんだ」

 

 別に嘘は吐いていない。一般庶民である兵藤家は楽しく食事を楽しみながらも、行儀の悪い食べ方はしない。偏に両親の教育の賜物と言えよう。

 

「隆誠の国は中々興味深いけど、それは後で聞かせてもらうわ」

 

 そう言ってフレイヤは手にしてる紅茶のカップをテーブルの上に置き、漸く本題に移ろうとした。

 

「貴方を此処へ招いた用件は二つあるの。一つ目は隆誠とこうして食事をしたり、お茶を飲むこと」

 

「既に一つは済んだと言う訳か。で、二つ目は?」

 

「訊きたい事があるわ。貴方の雇用主であるミアが昔以上に綺麗になったみたいだけど、そうなったのは普段から隆誠が使っている『お風呂セット』だとか」

 

「……何故お前が知っている?」

 

 ミア母さんが今も可憐な姿になってるのは既に知れ渡っているから問題無いが、そうなった原因である俺のお風呂セットについては外に漏れていない筈だ。なのにフレイヤは何故後者を知っているのかが全く分からない。

 

 そう言えば以前から、『豊饒の女主人』を外から伺ってる連中がいた。ソイツ等は主にフレイヤの背後に控えてる(オッタルを除く)アレン達で、襲撃する気配を見せてないから敢えて放置していたが、恐らくその時に内部の情報を知ったのだろう。

 

「知ってるも何も、ミアは私の眷族よ。それとあの店は私の庇護下に置いてあるから、知らない事は一切無いわ」

 

 さらりと言ってのけるフレイヤに俺は内心驚いた。ミア母さんが【フレイヤ・ファミリア】の一人である事に。

 

 普段から豪快でどんな厄介事も物理的に解決するあの人だが、フレイヤの話題に関しては常に控え目な対応だった。更には以前あった抗争でも、それに関わっていた俺に対して説教や鉄拳を振るう事なく軽罰のみで済ませる始末。今までそれに疑問を抱いていたが、彼女がフレイヤの眷族となれば大いに納得出来る。未だに腑に落ちない所はまだあるが、そこは俺が気にしたところで意味が無いので放置する。

 

 それはそうと『豊饒の女主人』がフレイヤの庇護下に置いてるからと言って、内部の情報をそこまで知る事が出来るのだろうか。当事者だけの秘密にしていた内容を一体どうやって知り得たのかを聞いてみたいが、どうせコイツの事だから簡単に秘密を喋ったりしないのが目に見えてる。もしかしたらスタッフの中に内通者、もしくはフレイヤ自身が誰かに変装して紛れ込んでいたりとか、な。

 

「あっそ。それで、まさか俺の使う『お風呂セット』を使わせて欲しいとか言うんじゃないだろうな?」

 

「その通りよ」

 

「……先に言っておくが、女神のお前に使っても何の意味は無いぞ」

 

 神々は元々不変の存在だから、ミア母さんみたいな劇的な変化は一切しない。益してやフレイヤは美を司る女神だから、猶更必要無いのだ。それなのに何で使いたがるのかが全く理解出来ない。

 

「意味は無くても、女として気になるの。それは当然、私以外の美の神も同様に。だから私にも一度使わせてくれないかしら?」

 

「お断りだ」

 

 フレイヤからのお願いを無下に切り捨てた瞬間、急にアレン達から途轍もない殺気を醸し出そうとする。

 

「何もそこまで嫌そうに言わなくても良いじゃない。私でも流石に傷付くわよ」

 

「嘘吐け。お前はそんなヤワな女神(おんな)じゃないだろう」

 

「……貴方、本当に遠慮が無くなってるわね」

 

「お前の眷族であるミア母さんからこう教えられたんだよ。『勝手な事を言う神相手に遠慮する必要は無い』ってな」

 

 この世界の人間は神には決して手を出してはいけないと言う本能的な(ルール)に縛られている。しかしミア母さんは例外と言わんばかりに、店に来て無駄に騒ぐ神達に一切容赦しない。拳骨を食らわせたり、問答無用で何処かへ放り投げたり等々、文字通り『神をも恐れぬ』行為を平然とやっている。違う世界から来た元神の聖書の神(わたし)としては、彼女のそういう所は大変好ましい。

 

「だからフレイヤの要求に応じるつもりは一切無い。ご理解頂けたかな?」

 

「……………」

 

 食事を用意してくれた事は素直に感謝するがと俺が付け加えるも、フレイヤは無言となっていた。アレン達の殺気もどんどんと膨らみ続けているが完全無視だ。

 

「……ふふふふふ」

 

 すると、無言だった筈のフレイヤが途端に笑い出した。それと同時に段々と蠱惑的な目になっていく。

 

 その後に急に立ち上がり、椅子に座ってる俺に近寄いながら頬に触れようとする。

 

「私に遠慮が無いだけじゃなく、ここまで反抗的な態度を見せるなんて……隆誠は本当に悪い子ね。そんな事を言われると、益々貴方を欲しくなっちゃいそう。今夜、私の部屋に来ない?」

 

「やなこった」

 

 パシンと頬に触れてるフレイヤの手を振り払った後、俺はすぐに立ち上がる。

 

「生憎俺は、一方的に求愛してくる女は余り好きじゃないんだ。悪いけど他を当たってくれ」

 

 ただでさえ元の世界には非常に厄介な女神とサキュバスの対応で手一杯な状態だから、これ以上増えるのは御免被りたい。万が一にこの世界のフレイヤと恋仲にでもなったら、向こうのフレイヤが暴走しそうな気がする。

 

「用件が済んだなら、俺はもう帰らせてもらう」

 

「あら、まだゆっくりしても良いのよ」

 

「お前がよくても、其方の方々が恐い顔になってるんでな」

 

 俺が目を向けた先には、常人なら完全に失禁してもおかしくない程の殺気をぶつける眷族達(特にアレンと小人族(パルゥム)四人)がいる。オッタルだけは他と違って殺気を出してないが、もし俺がフレイヤに手を振り払う以上の事をしたら即座に動き出すだろう。

 

「そう言う訳で話は終わりだ。じゃあな、フレイヤ」

 

「あっ、隆誠!」

 

 引き留めようとするフレイヤを無視する俺は、すぐに背を向けた後に退室した。

 

 

 

 

 

 

「もう、まだ話したい事があるのに」

 

 隆誠が退室した事でフレイヤは拗ねた少女みたいに愛らしく、少々膨れっ面になっていた。

 

 その仕草はアレン達に効果があったみたいで、先程まで溢れ出していた殺気は一気に霧散していく。

 

「……よろしいのですか、フレイヤ様」

 

 オッタルも悶えそうになっていたが、鋼の自制心で何とか封じ込めながらフレイヤに訊ねた。

 

「今すぐに私が連れ戻してきますが」

 

「止めておきなさい」

 

 命じられたら即座に動き出そうとするオッタルだが、フレイヤは途端に元の表情に戻してすぐに却下した。

 

「今の隆誠は完全に遠慮が無くなってるから、貴方が行っても断られるのがオチよ」

 

「例えそうであっても、フレイヤ様の命であれば力付くでも――」

 

「それこそ余計に不味いわ」

 

 力付くと言った直後、少々強めに睨まれた。いきなりの豹変に流石のオッタルも怯みかけそうになる。

 

「隆誠を敵に回したら最後、私はもう取り返しのつかない後悔をしてしまう。そんな気がするの」

 

 何の確証も無いただの勘に過ぎないが、フレイヤはソレを信じた事でオラリオ最大戦力と呼ばれる派閥を築き上げた。オッタル達も彼女の勘、と言うよりお告げによって何度も救われた経験がある為、決して否定する事は出来ない。

 

 とは言え、いくら隆誠が恩恵を持たずにアレンを倒せる実力を持っていても、フレイヤが何故そこまでして警戒するのかが全く分からない。その気になれば魅了を使い意のままに操れる筈なのに、それを一切しない事で更に疑問が重なる。

 

「ですが、あの男はフレイヤ様に数々の無礼を働いています。他の眷族達が知れば決して黙ってはいられないかと」

 

「それはお互い様よ。私だって隆誠の意思に関係無く此処へ連れて来たんだから」

 

 もう既に帳消しになっていると言うフレイヤに、オッタル達は納得行かないと不満を持ちながらも、主神の命令に逆らえない為に敢えて飲み込む事にした。

 

「…………………」

 

 ただ一人、アレン・フローメルを除いては。




ラウル「(もぐもぐ)……おお、塩加減の良いナッツっす。これ食べてるとエールが欲しくなるなぁ」

ガレス「何じゃラウル、そのナッツは酒に合うのか?」

ラウル「あっ、ガレスさん」

ガレス「ワシにも一つくれんかのう?」

ラウル「……(まぁガレスさんなら良いか)……どうぞ」

ガレス「うむ……おお、これは確かに酒が欲しくなるわ。一体どこで買ったのじゃ?」

ラウル「リューセーが用意してくれたっす」

ガレス「ほう、あの小僧か。ロキに渡した酒と言い、色々な物を持っておるみたいじゃな。となれば今度の宴の時に用意してもらうようワシも頼んでみるか」


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久々のコテージ

連続更新です。


 フレイヤ達と別れて『戦いの野(フォールクヴァング)』を後にした俺は、再びオラリオ巡りと言う名の散策に繰り出していた。

 

 本当ならどこかの店で昼食を取る予定だったが、フレイヤが用意してくれたので必要無くなった。タダ飯同然だが、一応俺の方でお礼代わりに牡丹肉のレシピをヘイズに教えたので、それなりの対価は支払っている。猪人(ボアズ)のオッタルからすれば大変嬉しくないだろうが、な。

 

 今まで人が通る商店街や住宅街を見て回ったから、今度はちょっとばかり違う方へ目を向けてみる事にした。今後の修行に最適と思われる人気の無さそうな場所へ。

 

 

 

 

(これはまた……この地区は完全に放置状態だな)

 

 先程まで多くの人が賑わっていた所にいたが、いざ進行方向を変えて廃墟がある所に辿り着くと一気に風景が変わった。今は自分以外の人間は誰一人もいない。

 

 見ただけで一切の手入れをせず放置しているのが一目瞭然だった。『世界の中心』と称され、最も栄えある都市と呼ばれているのだから、ある程度の整備くらいするべきだと思う。使わない建物を解体してだだっ広い整地にするとか、もしくは多くある建物を新たな住宅街として再開発するとか色々やりようがあるだろうに。

 

 簡単に考えてみたけど、俺の視界に映ってる建物は殆ど崩れている上に相当な数がある。解体や再利用をするにしても、相当な時間と金を要してしまう容易に想像出来た。恐らく都市運営をしてる『ギルド』もソレを理解してるから、敢えて放置してる可能性が非常に高い。

 

 俺ならあっと言う間に掃除する事は可能だが、それは絶対にやってはいけない。この地区の周囲が騒ぐだけでは済まされず、ギルド辺りも絶対何か言ってくる。

 

 あくまで予想に過ぎないけど、今まで手を出さなかったギルドが急にしゃしゃり出て、正式に管理するとか言って利用するかもしれない。片付けの手間が省けたと内心嘲笑いながら、な。オラリオを取り仕切ってるギルド長はミア母さん曰く、『非常に有能でも性格は最悪な強欲エルフ』らしい。そんな俗物な権力者に口出しされたら堪ったものじゃないから、この地区の掃除はやらない方が良い。

 

 まぁ掃除はやらないと言ったが、どこか利用出来そうな建物の一つくらいは確保しておきたい。無断でやってはいけないと分かっても、元の世界に戻るのにかなりの時間を要する事になるから、何か遭った時の秘密基地……じゃなくて隠れ家を作っておきたい。『豊饒の女主人』で世話になってるが、あそこは基本女性だけしかいないから、男一人だけの空間がどうしても欲しいのだ。

 

(あ、そう言えば)

 

 俺はふと思い出した。自身の収納用異空間に収めてるコテージの存在を。

 

 久しぶりに出そうと考えるも、それを出すスペースが無かった。殆どが崩れた建物で埋め尽くされてる上に、歩いてる道も狭い。広い場所を探そうにも、その辺りは人目もあるから避けたい。

 

 コテージを問題無く出す方法は、どう考えても一つしかなかった。

 

「仕方ない、か」

 

 そう言った俺は、一つの崩れた建物を消す事にした。『終末の光』を使って消滅させたので、まるで最初から何も無かったかのように。

 

 本当なら光弾を使って吹っ飛ばしたいのだが、爆発音や建物が崩れる音が発生してしまう。それを回避する為、聖書の神(わたし)能力(ちから)を少しばかり使わざるを得なかった。

 

 その結果、目の前には更地となった広い空き地と様変わりしてる。後で瓦礫を利用して誤魔化す予定だが、な。

 

 人目が無いとは言え、これから出すコテージは色々不味いから、念を押して結界を張っておく必要があった。外から見ても周囲の風景と全く変わらない視覚阻害用の結界を。

 

「……よし」

 

 結界を張りながらも周囲に誰一人いない事を確認した俺は、収納用異空間からコテージを引っ張り出す。

 

 出てきたのは洋風な木造の小型一軒家。俺とイッセーが長期休みを利用して、修行の旅と言う遠出で野宿する際に必ず利用している。これ以外にもテントもあるが、今回は此方を出させてもらう。

 

 久しぶりに見るコテージに懐かしそうな気分になるも、一先ず中に入った後――

 

「ああ~、やっぱりこっちが落ち着く~」

 

 この世界には存在しない物がある事で、思わず元の世界に帰ってきたかのようにリラックスしていた。

 

 現代っ子として転生した俺としては、この世界で過ごすのは退屈だ。電化製品は一切無いし、自分にとって一番楽しみな娯楽が余りにも無さ過ぎる。自分と違って根っから現代っ子であるイッセーだったら、自分以上に苦痛を味わう事になるだろう。

 

 野宿用のコテージでも元の世界産の物が色々あるので、時間を潰すには最適な空間でもある。特にゲームや漫画やラノベ等の娯楽品などが、な。

 

 折角出したから、少しの時間だけ利用しようと決めた俺は、久しぶりに漫画の『ドラグ・ソボール』を読む事にした。ティオナに読ませているラノベもあるから、それは後で持ち帰るとしよう。

 

 コテージにあるベッドで横になりながら、以前から愛読していた漫画を再び目にするのであった。

 

 非常に如何でもいい事だが、『ドラグ・ソボール』を収納してる本棚に何故か見慣れない数冊の本が混ざっていた事に気付く。よく見るとソレは前にイッセーが密かに勝った巨乳美女専門のエロ本で、簡単に手に入らない限定プレミアシリーズ。ドスケベな男であれば興奮すること間違い無しの内容だろう。

 

 思わず即刻処分しようと考えるも、流石にそれは不味いから、元の世界に戻った際にリアスに渡しておくとしよう。イッセーの目の前で即行処分した後、説教されるだろうと思いながら。

 

 

 

 

 

 

「やばいやばい、早く急いで帰らないと……!」

 

 夕方まで時間を潰そうと予定していたが、『ドラグ・ソボール』を全巻ぶっ続けで読了した事で、今はもう既に夜の時間帯になっていた。

 

 気付いた俺はすぐにコテージから出て収納用異空間に戻し、更地を瓦礫で誤魔化し、視覚阻害用の結界も解いた。後は急いで『豊饒の女主人』に戻るだけだ。

 

 本当なら転移術や飛翔術を使って戻りたいけど、それは色々不味いから一般市民らしく走って帰るしかない。

 

 そう考えながら足を動かして移動を開始するも――

 

「ッ!」

 

 殺気らしきモノを感じ取った俺はすぐに止めた。

 

 夜の闇によって閉ざされる周囲には誰一人おらず、星空と月の光のおかげで見えている。因みに廃墟となってるこの場所には魔石灯は無く、あったとしても壊れて使えない。

 

 だけど俺は既に対象の存在を捉えているから、そこにいるであろう崩れた建物と建物の細い間隙(かんげき)の方へ視線を向ける。

 

「出てこい。いるのは分かってる」

 

 俺の声に反応したかのように、殺気を放っている張本人が、影を払って歩み出てきた。

 

「やはりお前だったか」

 

「…………………」

 

 現れたのは見覚えのある猫人(キャットピープル)だ。数時間前にフレイヤの本拠地(ホーム)にいた【フレイヤ・ファミリア】副団長のアレン・フローメル。

 

 その時に会った時と違って見慣れない衣装を身に纏っていた。

 

 闇に溶かしたような暗色の防具、暗色の短衣、そして暗色のバイザー。まるで暗殺者のような衣装で、思わずそう気取ってるのかと思ってしまいそうになる。

 

 衣装だけでなく武器も手にしている。右手にはニメートルを超す銀の長槍が。

 

「そんな格好して、俺に一体何の用だ?」

 

「――死ね」

 

 アレンは問いに答える事無く一言述べた直後、奴の槍が秒を待たず撃ち出されようとする。




アキ「ちょっとラウル、貴方休憩の時にコソコソ食べてるわね」

ラウル「え!? あ、いや、別に大した物じゃ……」

アキ「何よ。教えてくれないの?」

ラウル「えっと、リューセーがくれた携帯食を食べてて……」

アキ「リューセーの? そう言えば遠征前に何か受け取ってたわね。どんなの貰ったの?」

ラウル「(どうしよう。教えたら絶対取られそうな気が……特に『かろりーめいと』とドライフルーツが)」


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女神の戦車(ヴァナ・フレイア)

「おいおい、随分物騒な返答だな」

 

「………ちっ!」

 

 槍の穂先が額に当たろうとする寸前、俺は一切慌てずに柄を片手のみで掴み取って進行を阻止した。攻撃を防がれた事にアレンは舌打ちをしながらも、即座に槍を引きながら後退する。

 

 すぐに距離を取ったのは、恐らく以前に受けた反撃を警戒したのかもしれない。俺がフレイヤに怒鳴りながらも、アイツの槍を掴んだ直後に遠当てで吹っ飛ばしたと言う大変苦い過去(おもいで)がある為に。

 

 アレンが此処へ来て俺を殺そうとしてるのは大体察してる。この前の抗争で俺に一撃で倒された屈辱を晴らしたいだけでなく、昼頃に俺がフレイヤに遠慮無くズケズケ言った事で、我慢の限界を通り越して完全に殺意を抱く事になったんだろう。フレイヤがそれに気付いてるかどうかは分からないが、な。

 

「質問を変えよう。お前が此処に来たのはフレイヤの指示か?」

 

 恐らく彼女の事だからオッタル達に消して手を出さないよう強く念を押してると俺は予想していた。しかしそれに反してアレンが来てるから、自分の予想が外れた結果になっている。

 

 今度はさっきと違って、アレンは攻撃せずに口を開く。

 

「……これから死ぬテメェに知る必要はねぇ」

 

「成程、無断で来たのか。しかも処罰覚悟の上で」

 

「あぁ!?」

 

 答えていないのにも拘わらずに推察する俺に、アレンは途端に声を荒げた。

 

 その直後、あの猫人(キャットピープル)から凄まじい殺気が放たれて重苦しい空気になっている。常人ならば恐怖して動けなくなるほどに、な。

 

「昼間に俺がフレイヤに見せた無礼な振る舞いが気に食わなかったか?」

 

「………………」

 

 今度は無言になったアレンだが、俺はそれを肯定と見なすように問い続ける。

 

「だけどそれだけでお前が無断で来る訳がないから、以前の件も加えて腹に据えかねたか?」

 

「……………黙れ」

 

「まぁそれはそうだ。冒険者でもなければ【恩恵(ファルナ)】すら刻まれてない俺に攻撃を防がれただけでなく、たった一撃で倒されたからな。【フレイヤ・ファミリア】の副団長であれば面目丸潰れどころか、完全な恥晒しもいいところだろう」

 

「黙りやがれ!」

 

 神経を逆なでする俺の言い方で堪忍袋の緒が切れたかのように、アレンの表情は羅刹の如く恐ろしくなっていた。

 

「答えてもいねぇのにベラベラ抜かしやがって!」

 

「でも否定しないのは事実なんだろう?」

 

「~~~~~~!!!」

 

 どうやら図星のようだ。今の自分は神でなくても、アレンの表情(かお)を見るだけで手に取るように分かる。

 

 人間は自身の触れたくないモノに関して凄く敏感になる。特に屈辱な事に関して抉るように言えば、必ず何かしらの反応を示すのがお決まりだ。

 

 アレンだけでなく、この前俺が少しばかり挑発するように言ったベート・ローガも同様に。思わず激昂して突っかかりそうになるも、どうにか耐えて舌打ちだけで済ませたから、今頃は俺に対抗出来る為に強くなろうと必死になってるかもしれない。フィン・ディムナ達が注意するほど無茶な戦いをするほどに、な。

 

 如何でも良いんだが、アレンとベートって何だか似てるような気がする。種族は違えど、相手を平然と見下すところが特に。そこを目の前にいるアレンに言ったらどうなるか反応を見てみたいが、流石に今この場で関係の無い人物を出すのは止めておこう。

 

「もういい! テメェは今すぐ殺す! そして死ね!」

 

「……余計なお世話かもしれないが」

 

 激昂して構えるアレンとは別に、思うところがある俺は嘆息しながら忠告をしようとする。

 

「平然と『殺す』なんて簡単に言わない方が良い。それは覚悟を決める時に使う言葉だ」

 

 この世界の人間、と言うよりオラリオの冒険者は非常に好き勝手な振る舞いをしている。

 

 以前オラリオを散策している時、自分達は冒険者(きょうしゃ)だからと一般人(じゃくしゃ)相手に脅迫行為を行っていた事があった。その時は俺が成敗して事無きを得たとは言え、あんなのは氷山の一角に過ぎないだろう。

 

 あの時は低レベルな冒険者だったが、【フレイヤ・ファミリア】の連中はソイツ等と全く違う。まるで生殺与奪の権利を持っているかのような振る舞いをするから、兵藤隆誠(おれ)聖書の神(わたし)から見て非常に不愉快だった。特に強者だから何をしても許されると言う自分勝手な行為をする人間とかが。

 

 目の前にいるアレンも【Lv.6】と言う第一級冒険者だから、その絶対的な強さを持つ故に平然と俺を殺すと言っているのだ。不意を突かれたあの時と違って、今度は一切油断する事無く全力で殺そうとするのが分かる。

 

 だが――

 

「あと他に……そうやって自分を強者みたいに振舞わない方が良い。余りにも滑稽過ぎて弱者にしか見えないぞ」

 

「―――轢き殺してやる!!」

 

 未だに自分を殺せると思い上がってる大馬鹿者(アレン・フローメル)に、力の差を教えてやろうと相手をする事にした。

 

 俺の最後の挑発が引き金となったようで、アレンは先程とは違って最大速度で俺に迫ろうとする。

 

(あ、そうだ)

 

 アレンの猛攻撃を躱しながら、俺はある事を思い付いた。ただ普通に負かすだけでなく、精神的にも大ダメージを与える方法を。

 

 

 

 

 

 

「アレンはまだ見つからないの?」

 

「申し訳ありません」

 

 場所は変わって【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)戦いの野(フォールクヴァング)』。

 

 神室にいるフレイヤからの問いに、入ってきたオッタルは大変不甲斐無さそうに頭を下げていた。

 

 アレンがいないのに気付いたのは約一時間ほど前だった。団長のオッタルとは別に、普段から副団長としてフレイヤの居城を守る為に本拠地(ホーム)に待機してる。

 

 ダンジョン探索であれば必ず誰かに伝え、何らかの密命で動くのであればフレイヤが知っているはず。だけど今回はどちらも該当せず、今の時間帯でも本拠地(ホーム)にいない事に周囲が漸く気付き、すぐに捜し出すよう命じて今に至る。

 

 捜すと言っても必要最低限でしかなく、第一級冒険者の幹部達しか動いていない。彼等でなければアレンの独断行動を止める事が出来ないのだ。自分勝手な猫人(キャットピープル)を捜す事にアルフリッグ達は内心嫌だったが、フレイヤから直々に命じられた為にやるしかなかった。

 

(もしかしたら、隆誠に会いに行ったかもしれないわね)

 

 オッタルの報告を聞いたフレイヤは、確証は無くとも予想していた。アレンが勝手に動いた理由は隆誠の元へ向かったのではないかと察している。

 

 以前あった【ロキ・ファミリア】との抗争時に自分(フレイヤ)が隆誠に怒鳴られている際、それを見たアレンが激昂しながら攻撃するも防がれた挙句、一撃で倒されると言う予想外な展開が起きた。その後に目覚めたアレンはプライドが傷付いたかのように荒れた挙句、鬱憤を晴らすようにダンジョンに足を運んでいる始末。それが何日か続いた事で漸く落ち着くも、完全に解消せずに燻ぶったままだが。そして今日の昼頃に隆誠と本拠地(ホーム)で再会した事であの時の出来事を思い出しながらも必死に堪えるも、不敬とも呼べる遠慮無い態度を取ったのが引き金になったのだろうと、フレイヤはそう考えていた。

 

 隆誠が『豊饒の女主人』に戻っているのであれば、アルフリッグ達とは別の眷族から報告が入ってもおかしくない。しかしそれが無いと言う事は、どこか別の場所でアレンと交戦している可能性が高い。『Lv.6』でオラリオ最速と呼ばれる副団長(アレン)の実力を決して疑っている訳ではないが、彼が相手となれば分が悪いだろう。本気でなかったとは言え、何の苦もなく撃退した隆誠と相手をすれば無事では済まない筈だと。

 

「余り派手に動きたくないのだけど……」

 

 自身の【ファミリア】は周囲から恐れられている事を自覚してるフレイヤだが、これ以上無駄に時間を掛ける訳にはいかないと決意する。【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】が気付く前に早く終わらせようと、捜索する人員を増やすしかないと。

 

「オッタル、貴方も含めて他の子達にも――」

 

 フレイヤがそう言ってる最中、突如外から轟音が鳴り響いた。

 

「今の音は……?」

 

「すぐに確認してきます」

 

 聞こえたのは本拠地(ホーム)の門からだったので、誰かが愚かにも無断侵入したのだろうとオッタルは動き出した。

 

「待ちなさい、私も行くわ」

 

「ですが……」

 

 フレイヤが同行する事にオッタルは難色を示す。絶対に守り切れるとは言え、愚かにも女神の庭を土足で踏み入れる愚者の前に姿を現わすのは危険なのだ。

 

「こんな時間から私達に挨拶をしてくる人間(こども)が折角来たのよ。せめて顔ぐらい見たいわ」

 

「……畏まりました。ですが私の傍から決して離れないで下さい」

 

 既に知っての通り、【フレイヤ・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】と並ぶ都市最大派閥でオラリオ最強戦力になっている。そんな派閥に喧嘩を売る人間は今のオラリオに存在しないから、フレイヤが興味を抱くのは当然だった。

 

 オッタルはフレイヤの心情を理解するも、それでも来て欲しくないのが本音だった。けれど今の彼女に何を言っても無駄だと悟ったのか、自分の近くにいるよう念を押すしかないのであった。

 

 出掛ける時の外套を身に纏ったフレイヤは、二つの大剣を背中に背負うオッタルを連れて行く。

 

 建物を出て庭へ向かうと、そこにはオッタル以外の眷族達が侵入者と思わしき者を取り囲んで武器を構えていた。しかし、少しばかり様子がおかしい。

 

「随分騒がしい音がしたけれど、何があったのかしら?」

 

『!?』

 

 響き渡るように透き通ったフレイヤの声が耳に入ったのか、眷族達は即座に武器を降ろすと同時に跪いた。

 

 それによって侵入者の顔が見えたから――

 

「やれやれ、やっとご登場か」

 

「隆誠……ッ!」

 

 一体どんな人物かと思えば、昼頃に会った隆誠だった。思わず疑問を抱く彼女だったが、彼が片手で引き摺るように持っている全身ズタボロ状態のアレンを見た事で一変する。




ベート「おらぁぁぁぁぁ!!」

ティオナ「ちょっとベート! 勝手に倒さないでよ!」

ティオネ「団長の指示を無視してんじゃねぇぞゴラァ!」

ベート「うるせぇバカゾネス共!」


ラウル「ベートさん、荒れてるっすねぇ」

アキ「全く。あんな事されたら迷惑にも程があるわ」

ラウル「あの人を止められるのは団長達だけだから、そろそろ止めて欲しいっす」

アキ「それよりラウル、何かこのところいつもと違って動きが良くなってる気がするわね」

ラウル「え? そうっすか?……(そう言えばリューセーからの携帯食を食べてから、いつもより身体の調子が良い気が……)」


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女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】の矜持

2023/9/18 活動報告で書いた通り、内容を少しばかり変更しました。


 隆誠が意識を失ってるアレンを連れて、【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ来た少し前に時間を遡る。

 

 

 

「―――轢き殺してやる!!」

 

 弱者扱いした事で完全にブチ切れたアレンは、全力で隆誠を殺そうと再度刺突を繰り出した。先程までと違って一切加減を抜きにした攻撃で、『Lv.1』の下級冒険者であれば到底反応出来ずに痛みを感じることなく絶命してしまう最速の一撃。同派閥の【猛者(おうじゃ)】オッタルでさえも簡単に躱す事は出来ないだろう。

 

 そんな強力な一撃を、隆誠は少々警戒するかのようにヒョイッと簡単に躱し続けている。

 

(やっぱり遅いな)

 

 攻撃を難なく躱しながら、隆誠は元の世界で修行相手をしてる一誠や祐斗のスピードを比較していた。その結果、アレンの方が遅いと言う結論を下している。

 

 一年前の二人であればアレンと良い勝負が出来たかもしれないが、強大な敵と戦い続けて爆発的に成長した今となっては詮無いことだった。既に魔王クラスや最上級悪魔クラスに匹敵する一誠と祐斗であれば猶更に。

 

 隆誠こと聖書の神も当然成長しており、転生前の全盛期とまではいかずとも、真の力を解放する一誠を今でも簡単に対処出来る実力を持っている。いつかは自分を超えて欲しいと願いながら。

 

「クソがっ!!」

 

 それとは別に、先程から攻撃を躱され続けてるアレンは屈辱でいっぱいだった。オラリオ最強と呼ばれるオッタルでさえ防御せざるを得ないのに、簡単に躱された事で彼のプライドを大きく傷つける行為だったから。

 

 隆誠は冒険者でもなければ、神の恩恵(ファルナ)すら授かっていない。一般人は冒険者に絶対勝てないと言う世界の常識を、目の前にいる男がそれを覆すかのように非常識極まりない事を仕出かしている。アレンだけでなく、神であるロキやフレイヤも時折疑問を抱く程に。

 

 一応アレンも常識が壊れ掛かってる一人だが、今はそんな事どうでもいいと思っている。今は自分を侮辱した奴を殺す事しか頭に無い。

 

 次に連続の刺突を繰り出す彼に対し、隆誠は相も変わらず躱し続けていた。だがその途中で何かに当たったような表情になり、一旦距離を取ろうとバク転で後退する。

 

「………あらら」

 

 距離を取った隆誠は少し残念そうな声を出した。傷は負ってないが、自身の身に纏ってる服が少しばかり裂けてしまったから。

 

 ずっと攻撃を躱し続けていたのだが、槍の穂先が僅かに服を掠った。かなりの業物である為か、丈夫に施している筈のお気に入りの服が傷付いた事で少しばかり眉を顰めている隆誠。

 

「チッ。まだ捉えきれねぇか」

 

 漸く攻撃が当たったとは言え、アレンは服が掠った程度で満足するなどお目出度い頭はしてない。

 

 だがそれとは別に、隆誠の動きに段々と慣れてきた。いくら速いとは言え、自分の目で捉えきれない程の動きじゃなかったと、アレンは攻撃をしながらそう結論していた。

 

 一見怒りに任せていたように攻撃をしていたアレンだが、実際そうではなく冷静に観察していた。普段から過激な行動を取るとは言っても、強敵相手に決して油断などしない。隆誠を強敵と見るのは非常に業腹だが、自分を一撃で倒したと言う事実を(嫌々ながらも)受け入れてる事で今の結果に繋がっている。

 

「少しは出来るようだな」

 

「テメェに褒められても嬉しかねぇ。さっさと死ね、クソ人間(ヒューマン)!」

 

 隆誠からの称賛をアレンは全く如何でもいいように斬り捨てた。それどころか更に殺意を高めようと構えようとする。

 

「二度と舐め腐った口を開けないよう、その脳天(あたま)を貫いてやる」

 

「それは無理だ。お前の実力(レベル)では、な」

 

「ほざけ!」

 

 そう言った瞬間、アレンは予備動作もせずに一瞬で隆誠の額にクリーンヒット――したと思いきや、それは実体のない残像だった。

 

「なッ!」

 

 今度こそ手応えがあったと思いきや、躱されたと認識するアレンは周囲を見渡す。先程までちゃんと自身の目で追えた筈なのに、急に見失う程のスピードで躱された為に困惑している。

 

「何処を見てる? 俺はこっちだぞ」

 

「ッ!?」

 

 突然背後から声を掛けられた事で即座に離れた。声の主は言うまでもなく隆誠で、距離を取るアレンに何もせず黙って見てるだけだった。

 

(ざけんなっ! あの野郎、いつの間に……!?)

 

 オラリオの全冒険者の中で最も脚が速く、都市最速の称号を有する実力者に気付かれる事なく隆誠は背後を取った。他の冒険者や神々が知れば、それはある意味偉業で称賛されるだろう。

 

 アレン本人としても自分以上のスピードで躱されただけでなく、いつの間にか背後を取られるなど『Lv.6』にランクアップしてから全然無かった。

 

 だがそんな事とは別に、隆誠は背後を取ったにも拘わらず、攻撃する素振りを一切見せなかった。自分が気付いていない間に攻撃をすれば決定的なダメージを与えられたのに、それをしない事がアレンは心底気に入らない。まるで自分をいつでも倒せると言う振舞いをされているから。

 

「何だよ。ちょっとばかりスピードを上げてやったのに、もう目で捉えきれなくなったか?」

 

「なん、だと……?」

 

 隆誠の台詞に、アレンは思わず動きが止まってしまう。一切油断無く全力で攻撃してるのに、当の本人は全く本気ではないから、彼がそうなるのは無理もないと言えよう。

 

「まぁ良い。この際だから、力の差と言うモノを教えてやるか」

 

 隆誠はそう言いながら自身が身に纏っている上着を脱ぎだした後、すぐに片手で放り投げた。

 

 投げられた上着はそのまま地面に向かい、ドスンッと激突音を慣らせている。

 

「……………は?」

 

 上着から信じられない音を聞いた事で、アレンは思わず凝視してしまう。

 

 そんな中、隆誠はシャツの袖部分を捲って両手首に巻いてるバンドを外した後、次にズボンの裾を捲って両足首にも巻いてるバンドも外していた。

 

 両手足に装着していた四つのバンドを全て外した隆誠は、上着と同じく再び放り投げると、今度はズンッと凄く重い音がした。

 

「ふぅっ。久しぶりに身体が軽くなったぁ~」

 

「……おい待て。まさかテメェ、それを付けたままさっきまで――」

 

 俺の攻撃を躱していたのかと言おうとするアレンに――

 

「ごっ!」

 

 隆誠はいつの間にか接近して、顔面目掛けて肘打ちを当てた。

 

 突然の不意打ちとも言える痛みと衝撃を受けた事で、アレンは数歩ばかり後退してしまう。

 

「テ、テメェ……!」

 

 かなり強い攻撃だったのか、アレンの口と鼻から血が出ていた。すぐに片手で拭って再び構えるも、肘打ちを仕掛けた隆誠はジッと見ている。

 

(ざけんなっ! この俺が、全く何も見えなかっただと……!?)

 

 一瞬だけほんの僅かに気を抜いてしまったとはいえ、あの刹那で接近されたのが全く見えないどころか気付けなかった。これによってアレンのプライドが段々崩れようとしていく。

 

 もう二度と一瞬たりとも見逃さない為に全神経を集中させようとするも――

 

「ほいっ」

 

「なっ!」

 

 さっきと違って今度はいつの間にか背後を取られただけでなく、足払いを仕掛けられた。

 

 バランスを崩されてアレンは倒れそうになるも、咄嗟に持ってる槍で地面に突き刺して体勢を整えようとする。だがその僅かな隙を狙うかのように、背中を見せる隆誠が目の前におり、流れるかのようにアレンの腹部へ肘打ちを当てた。

 

「あ……ぐ……」

 

 顔面に当てられたのと違って強烈だったのか、アレンは持ってる槍を手放していた。崩した両膝を地面に付けて、両手は腹部を押さえている。

 

 彼を見下ろしている隆誠は、たった数撃程度でダウンしてしまう事に少しばかり呆れた様子だった。

 

「随分打たれ弱いんだな。もしかしてお前、敏捷(はやさ)に特化する余り防御面は非常に脆いのか?」

 

「……ふざ、けんなぁ!」

 

 バカにされてるような問いにアレンは腹部の痛みを無視して、落とした槍を手にした直後に振るった。

 

 刃となっている穂先は隆誠の首筋目掛けて斬られようとしている。このまま何もしなければ、隆誠の首は胴体と離れて血飛沫を撒き散らす事になるだろう。

 

「……所詮はこの程度、か」

 

「ッ!?」

 

 槍が直撃して首を刎ねる筈が、皮膚に当たる寸前に隆誠の人差し指だけで防がれてしまった。その指から何か硬い物に当たったかのような金属音が発生したが、アレンはそんな事を気にする余裕が無い。

 

 『絶対防御』を持つオッタルでさえ、最速の攻撃を繰り出すアレンの攻撃を指だけで受けたら徒では済まない。あの頑強な肉体を過去に何度も傷を負わせた経験があるだけでなく、オッタル本人も彼の攻撃を相応に警戒している。

 

 【猛者(おうじゃ)】にすらダメージを与える事が可能な攻撃を、それを受けた隆誠の指は全くの無傷。それどころか痛みも感じてないように余裕な表情を見せている始末だった。

 

「まぁそれでも、ちゃんと相手してやるが、な!」

 

「がっ!」

 

 咄嗟に槍を掴んだ隆誠は自身の方へ引っ張る事で、一緒に引き寄せられたアレンの頬を目掛けて拳を繰り出した。

 

 攻撃を受けたアレンは勢いよく吹っ飛んでいき、そのまま崩れかけの建物に激突する。既に手入れがされていないとは言っても頑丈な壁だったのか、小柄なアレンが多少めり込んだところで崩れる事は無かった。

 

「うっ……ああ……」

 

「本当に脆い奴だ。この程度の攻撃でもう終わりなのか?」

 

 余りにも打たれ弱い姿を見せるアレンに隆誠は心底呆れていた。もしもこれが普段から実戦形式の修行をしてる弟の一誠であれば、受けたところですぐにケロッとしながら立ち上がっているだろうと内心考えている。

 

 あの様子ではもうまともに戦う事は出来ないだろうと判断したのか、興味を失くした隆誠はアレンに背を向ける。

 

「意外と詰まらない幕引きだったな。さっさと退散――」

 

「テメェ、何処へ……行きやがる……!」

 

「ん?」

 

 放り投げた上着とバンドを回収しようとする隆誠だったが、背後から引き留めるように言ってきた事で足を止めた。

 

 振り向いた先には、未だに戦意を喪失せずに挑む姿勢を見せるアレンがいる。

 

「ほう、どうやらまだ()れそうだな」

 

 寧ろそうしてくれなければ困ると言わんばかりに、隆誠は去るのを一旦止める事にした。

 

「とは言え、その状態で一体どうする気だ? いくらお前でも、破れかぶれな攻撃は無意味だと言うことくらい分かっている筈だが……」

 

「……………」

 

 問いに答えずとも、アレンは内心理解していた。例えこの場で玉砕覚悟の捨て身をやったところで、自分以上の敏捷(はやさ)を持っている隆誠に消して当たりはしないと。

 

 甚だ不本意だと重々承知している上で、最大の切り札を使う事を改めて決意する。

 

「【金の車輪、銀の首輪(くびわ)、憎悪の愛、(むくろ)の幻想、宿命はここに】」

 

「ん? 詠唱か……」

 

 隆誠が思わず目を細めてしまうも、アレンは気にせず詠唱を続ける。

 

「【消えろ金輪(こうりん)(わだち)がお前を殺すその前に、栄光の(むち)寵愛(ちょうあい)(くちびる)、代償はここに】」

 

「成程、その魔法がお前の切り札か」

 

 アレンの切り札が魔法と分かれば阻止するのがセオリーなのだが、隆誠はそれをやる素振りを見せていなかった。それどころか発動するのを少しばかり楽しみに待っている感じだった。

 

 隆誠はこの世界に魔法があるのは既に知ってるが、未だ実物を見ていない。魔術を教えているリヴェリアから何れ見せてもらう予定になっているが、彼女以外の魔法を見る機会が全く無い為、折角だからここで見ておく事にした。万が一に備えてと言う事で、いつでも迎撃出来るように構えながら。

 

 対して詠唱中のアレンは隆誠の真意に気付いてなくとも、決して止めたりしないだろうと何となく予想していた。今のアイツは完全に自分を雑魚扱いされていると油断している為に。それが命取りになると内心思いながらも、詠唱を続けている。

 

「【回れ銀輪(ぎんりん)、この首落ちるその日まで、天の彼方(かなた)、車輪の(ユメ)を聞くその死後(とき)まで――駆け抜けよ、女神の神意を乗せて】」

 

 詠唱が完了したのか、アレンは途端に槍を構えると同時に今にも突進しそうに体勢を低くしている。

 

「【グラリネーゼ・フローメル】!」

 

 魔法名を紡いだ直後、アレンの身体は蒼銀の閃光を纏いながら隆誠目掛けて一気に突撃し超速する。

 

 【グラリネーゼ・フローメル】はアレンが使える唯一の魔法で、その内容は『敏捷』アビリティの超高強化と『速度の威力変換』。使用者が加速すればする程に破壊力を増強し、その上限は一切無い。理論上はアレンの速度が上がるほど、無尽蔵に突撃の威力は高まる。

 

 その魔法の弱点は長文詠唱であり、どうしても発動に時間が掛かるのが唯一の隘路(あいろ)だった。隆誠なら発動前に阻止する事は当然可能だが、それを敢えてやらなかった為にアレンの最大かつ最強の切り札が披露される。

 

 隆誠との距離は約数十(メドル)だが、アレンは一秒も経たない内に接近する。

 

(死ねぇ!!)

 

 距離があと僅かになり、手にしてる槍で渾身の刺突で仕留めようとするアレンに――

 

「おらぁっ!」

 

「がっっ!!!」

 

 ――隆誠が迎撃するように正拳突きと思わしき拳を繰り出した事で槍を砕いた後、そのまま相手の胸部にクリーンヒットした。

 

 強烈な衝撃が凄まじい勢いで襲い掛かって体中の骨がバラバラになりそうな激痛が苛み、発動させていた【グラリネーゼ・フローメル】が解除していく。そして進路は突如変更するように、突進していた筈のアレンは後方へ吹っ飛んでいく。

 

 それによってアレンは再び建物に激突するも、そのまま建物を二~三軒突き破っていく。

 

「ぐ……クソ、がぁ……!」

 

 四軒目の建物で漸く止まって無様に転がっていたアレンだが、何とか立ち上がろうとするも結局無理だった。今の彼は死んでもおかしくない程の重傷を負っており、下手に体を動かせば骨が崩壊してもおかしくない状態だった。

 

「残念だったな」

 

「!」

 

 すると、隆誠がいつの間にかいてこう言った。

 

「結論から言わせてもらう。あの程度(・・・・)の速さで俺を殺すのは無理だ」

 

「なん、だと……!?」

 

 隆誠はオラリオ最速の称号を有する筈のアレンに向かって、脅威と見なしてないどころか格下同然のように言い放った。

 

 オッタルや他の冒険者達からすれば確かに恐ろしいほど速いが、それはあくまでこの世界の基準に過ぎない。

 

 元の世界で神や魔王、更には最強クラスのドラゴンなどの強敵達と戦い続けてきたD×Dメンバーから見ても、オラリオに住まう冒険者は少しばかり面倒な相手としか思われないだろう。

 

「まぁそんな事より、それ以上動かない方が良いぞ」

 

 見てるだけで重傷だと分かるズタボロ状態のアレンに隆誠が思わず気遣うも、当の本人は今も必死に立ち上がろうとしている。

 

「ざ、けんなっ……! 俺は、まだ……!」

 

「だから止めとけって。いい加減に負けを認めろ」

 

「誰が、認めるかよ……!」

 

 死んでもおかしくない状態にも拘わらず、それを無視するようにアレンは辛うじて立ち上がった。

 

「テメェは、必ず、殺す……! 俺が、生きてる限り、何度でも……!」

 

「……そうか。なら止めを刺すとしよう」

 

「がっ!」

 

 これ以上面倒になると思った隆誠は、さっさと終わらせる事にした。右の人差し指を突き出した直後、その指先から細い光が出て、そのままアレンの肩を貫く。

 

「こ、こんな程度で、俺は……っ……」

 

 光を貫かれても倒れないアレンだったが、数秒後、途端にバタンとうつ伏せに倒れる。隆誠が放った『キルビーム』には神の光も含まれており、それを受けたアレンの身体は途轍もない倦怠感に襲われて漸く意識を失ったのだ。

 

「やっと倒れたか。さて、と」

 

 倒れてるアレンをこのまま放置する訳にはいかない為、隆誠はフレイヤの元へ送ろうと片手で持ち、その直後に転移術を使って姿を消すのであった。







リヴェリア「はぁ………」


アリシア「リヴェリア様、このところ何やらああして溜息をするばかりですね」

レフィーヤ「一体どうされたんでしょうか」


リヴェリア「……リューセー、早くお前に会いたいものだ」


アリシア「っ! え、い、今、リヴェリア様から、信じられない事を口にされたような……!」

レフィーヤ「リ、リューセーって、最近リヴェリア様の私室で二人っきりになってるあのヒューマン!?」

アリシア「ま、まさか、我々が神聖なリヴェリア様の私室に入れないのを良い事に、不埒な真似を……!」


リヴェリア「遠征が終わり次第リューセーに魔術講座を……ん? あの二人、さっきから何をしている? 他の同胞エルフ達も集めて何か話し合ってるみたいだが……」



ハイスク世界はダンまち世界の冒険者やモンスター以上に強い存在がたくさんいるので、アレンはリューセーの敵じゃない感を強く出すように変更しました。


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再び『戦いの野(フォールクヴァング)』へ

 アレンを連れて転移術を使った隆誠は【フレイヤ・ファミリア】が住まう本拠地(ホーム)――『戦いの野(フォールクヴァング)』の手前まで辿り着いた。周囲の目が入らないよう認識阻害をした状態に加え、人が隠れそうな路地裏で出現している。

 

 自分達の周囲に人間や神の目が無い事を確認した後、すぐに認識阻害を解除して、片手でアレンの襟首を掴んだまま引き摺るように歩いていく。いつもなら門番がいる筈だが、何故かいなかった。例えいたところで今の隆誠は一瞬で黙らせているが。

 

 五月蠅いのがいなくて好都合だと思いながら、隆誠は大きな門の前で立ち止まるも、すぐに片足を上げて――ヤクザキックの如く蹴飛ばした。凄まじい衝撃だったのか、大きな門は轟音を響かせながら開いていく。

 

 開門した事で隆誠は再び歩みを再開し、無断で【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ進もうとする。言うまでもないが先程の轟音を聞きつけたフレイヤの眷族達が現れ、即座に隆誠を取り囲もうとする。

 

「止まれ! ここをフレイヤ様の本拠地(ホーム)だと知って……っ! アレン様!」

 

 一人の眷族が叫んでいる中、隆誠が片手で掴んでるアレンの存在に気付いた。自分達の副団長がズタボロになっている上に意識を失っている事で、隆誠を取り囲んでる他の眷族達も動揺を隠せないでいた。

 

「フレイヤはいるか?」

 

「無礼者! 貴様如きがフレイヤ様を――」

 

 敬愛すべきフレイヤを呼び捨てにされた事で激昂する眷族だが、突如頬に何かが掠めた。隆誠が突然指をさした途端に何かが光った事で。

 

「……………っ!」

 

 いきなりの事で眷族達は言葉を失い、その内の一人は思わず頬を片手で擦る。指には自身の血が付着した瞬間、頬が漸く痛みを認識する事になった。

 

「悪いけど貴様如きに構ってる暇は無いから、さっさとフレイヤを連れてこい」

 

『………………』

 

 以前に『豊饒の女主人』の従業員として来た時は低姿勢を見せていた隆誠だが、今は全く異なる横柄な態度だった。精鋭揃いと言われる【フレイヤ・ファミリア】を前に、まるで有象無象のように見ている目である。

 

 そのような振る舞いをすれば、眷族の誰かが激昂すると同時に襲い掛かるだろう。自分が一体誰に喧嘩を売っているのかを分からせようと、彼等は今までそうしてきた。

 

 しかし今回は実行に移そうとする者が誰一人いないどころか、動こうとする気配すら見せていない。

 

(ど、どうしてだ? その気になれば攻撃出来る、筈なのに……!)

 

 隆誠の真後ろにいる一人の眷族は、向こうが完全に隙だらけだと分かっていながらも、動けないどころか本能的に恐怖していた。本人は必死に否定したいのだが、結局何も出来ないでいる。

 

 だが、それは正しい判断だった。仮に実行したところで、隆誠は即座に迎撃するだろう。先程のキルビームを当ててアレンと同じく意識を失わせるか、もしくは物理的な攻撃で伸してしまうかのどちらかを。加えてもし眷族全員が襲い掛かれば、余計に悲惨な結果となるのは言うまでもない。

 

「早くしろ。それともこのバカ猫と同様、貴様等も一度痛い目に遭わないと理解出来ないのか?」

 

『!』

 

 隆誠が殺気を込めながら警告すると、眷族達は金縛りにあったかのように動けないでいた。

 

 このままでは埒が明かないので無視して通ろうと思った隆誠は、アレンを引き摺りながら進もうとするも――

 

 

「随分騒がしい音がしたけれど、何があったのかしら?」

 

 

 突如、聞き覚えのある声がした。

 

 響き渡るように透き通った声の主が分かっているように、先程まで隆誠を取り囲んでいた眷族達は即座に武器を降ろすと同時に跪いた。

 

 彼等の行動を全く気にしてない隆誠は、目的の人物が漸く来たと視線を向けている。

 

「やれやれ、やっとご登場か」

 

「隆誠……ッ!」

 

「!」

 

 二つの大剣を背中に背負うオッタルを連れているフレイヤは隆誠を見るも、意識を失っているアレンを見て目を見開いた。彼女だけでなく、オッタルも同様に。

 

「……アレンがそうなっているのは、貴方の仕業なのかしら?」

 

「でなければ、俺が態々此処へ来る理由はないだろう。そんな分かり切った質問をするほど、お前の思考(あたま)が鈍るとは思わなかったぞ」

 

「貴様、フレイヤ様を愚弄するか……!」

 

 隆誠の発言に聞き捨てならなかったのか、フレイヤの後ろにいるオッタルが口を出してきた。普段は出しゃばったりしない彼でも、主神(あるじ)を嘲る言い方をすれば黙っていられないのだ。

 

 威圧と同時に殺気を込めるオッタルに、隆誠は全く気にせず彼女だけに視線を向けている。

 

「前から思っていたが、お前の眷族達は躾が全然なってないな。少しは礼節を学ばせたらどうだ?」

 

「……隆誠、貴方本当に遠慮が無くなってるわね」

 

 流石のフレイヤも思わず頬を引き攣りそうになるが、それでも怒りを微塵も出そうとはしなかった。まるで懐かしく感じている。

 

 神はともかく、人間が自分にここまで容赦無く言ってくるのは本当に久しぶりなのだ。彼を見て【フレイヤ・ファミリア】の前団長――ミア・グランドを思い出してしまいそうになる程に。

 

 今の彼女は『豊饒の女主人』で女将(ははおや)を務めており、隆誠はそこで従業員(むすこ)として働いている。『あの母親にしてこの子あり』と言うかもしれない。それは言うまでもなく母親がミアで、子は隆誠の事を指している。

 

「まぁそれよりも、だ。一応確認したい。コイツが俺の所に来たのはフレイヤの仕業か?」

 

「私はそんな指示を一切出していないわ」

 

「ほぅ……」

 

 未だに意識を失ってる猫人(キャットピープル)を見ながら問う隆誠に、フレイヤはすぐに否定した。

 

 事実、彼女は決して手を出さないよう釘を刺している。にも拘わらずアレンが無様な姿を晒しているのは、命令無視をしたが故の結果だった。

 

「ではお前は一切無関係だと、そう言いたいのか?」

 

「無関係も何も、アレンが勝手な真似をするとは思ってなかったのよ」

 

「だがその結果がコレだ。どんな言い訳をしようが完全なフレイヤの不行き届きなんだから、主神(おや)として責任は取ってもらうぞ」

 

「ならば隆誠は私に、どう責任を取って欲しいのかしら?」

 

 立場が悪いにも拘わらず、フレイヤは未だに余裕の笑みを浮かべている。ハラハラしながら見ているオッタルや他の眷族達を余所に。

 

「私の肉体(からだ)を好き放題にしたければ、いくらでも相手をしてあげるわよ。勿論、魅了なんか一切無しでね」

 

「フレイヤ様!」

 

 いきなりとんでもない事を言い出したフレイヤに、オッタルが再度口を出す。他の眷族達は彼と違って口を出さずとも、すぐに考え直すように視線を向けている。

 

 責任を取るとは言え、眷族でもない人間に平気で身体を差し出そうとする主神に、眷族として黙って見過ごす訳にはいかないのだ。加えて隆誠はアレンを簡単に倒せる実力者であり、女神のフレイヤに一切敬意を見せていないから、もしかすれば平然と傷を負わせるかも行為をするかもしれない。そんな事になれば【フレイヤ・ファミリア】は色々な意味で不味いことになるとオッタルは危惧していた。

 

「い・や・だ。お前とそんな事するくらいなら、前に別れた元カノの方が断然良い」

 

『っ!?』

 

 隆誠の発言にオッタル達が驚愕した。

 

 美神と呼ばれるフレイヤを前に大変嫌そうな表情で拒否するなんてあり得ない。(あまつさ)え、彼女を差し置いて他の女の方が良いと言い切ったのが、フレイヤの眷族達からすれば完全に予想外だったから。

 

「………………」

 

 オッタル達とは別に、フレイヤは少しばかり放心していた。

 

 明確に拒否したのとは別に、隆誠が恋人とそう言った行為をしたのが余りにも予想外だったから。

 

 フレイヤは前に隆誠の魂の色を見た際、今も不明確な部分はあれど、全く穢れの無い美しくも光輝く色をしている。それを見たフレイヤは未だに誰かと肌を重ね合わせた事を一切していないと判断したのだが、彼が既に経験済みだと知った途端に固まってしまった訳である。

 

 因みに隆誠が言った元カノとは、元ヴァルキリーのロスヴァイセで、性行為をするまでの関係に発展せずに別れている。今は彼女は一誠と恋人関係になっているのだが、時折未練がましいように元カレの隆誠を見ている事を本人は気付いていない。




アイズ「………(ジー)」


アキ「……ねぇラウル、最近アイズが貴方をジッと見てるのは何で?」

ラウル「そんなの自分が聞きたい位っすよ……(まさかアイズさん、俺がリューセーから貰った携帯食を狙ってるんじゃ……?)」


アイズ(あの人は一体どうやってラウルを強くするつもりなんだろう?)


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TS

サブタイトルを見て「?」を思い浮かべるかもしれませんが、最後まで読めば分かります。


(ん? フレイヤが急におかしくなった気が……)

 

 フレイヤの提示する責任の取り方を俺――兵藤隆誠が嫌そうに一蹴すると、何故か分からないが異変が起きていた。余裕な笑みであるにも拘わらず、急に時が止まったかのように固まっているのだ。

 

 余りの姿に突っ込みたい衝動に駆れそうになるも、取り敢えず敢えてスルーしておく。このまま長話をしていたら、この場にいる眷族達がいつ爆発してもおかしくない。先程まで俺がフレイヤを侮辱するように言っていた事で、一瞬ばかりオッタルから凄まじい怒気が溢れそうになっていたのを感じ取ったから。

 

 他に気になる事もあった。俺が来てるにも拘わらず、昼頃に見た(オッタルと気絶してるアレンを除く)白黒エルフの二人と四つ子らしき小人族(パルゥム)達がいない。あの六人のオーラは完全に認識してないが、それでもこの本拠地(ホーム)にいないのは確かだ。もしかすれば、勝手にいなくなったアレンを捜索しろとフレイヤが命じて出払っているかもしれない。

 

 オッタルを含めた第一級冒険者達の実力は未だ分からないにしても、アレンの実力だけを参考にすれば梃子摺る事は無いだろう。だが俺の敵じゃないとは言え、下手に油断すれば手痛い目に遭うかもしれないが、な。

 

「取り敢えず責任を取らせる前に、だ」

 

 早く要件を済ませようと、俺は未だに片手に持ってる今も気絶中のアレンをフレイヤとオッタルの前に出しながら手放す。

 

「!」

 

 横たわってるアレンを見た事で正気に戻ったのか、フレイヤの表情が途端に変わった。

 

「……服はボロボロだけど、身体はそこまで酷くないのね」

 

「死ぬ寸前だったから、そこは俺の方で治療しておいた」

 

 キルビームでアレンの肩を貫いた際、全身に倦怠感が襲われるだけでなく、身体を治癒する為の光も加えておいた。完全回復させる事も勿論可能だが、あくまで応急処置程度までに抑えてる。もしも目覚めて襲い掛かって迎撃すれば、それでまた余計に無駄な時間を掛けてしまうから。

 

「優しいのね。態々アレンを治してくれるなんて」

 

「別にそんなんじゃない。死なれたら後で色々面倒事が増えると思っただけだ」

 

 俺の敵じゃないとは言え、アレン・フローメルは【フレイヤ・ファミリア】副団長の肩書きだけでなく、オラリオ最強戦力の一人として扱われている。もし死亡したとなればフレイヤが悲しむとは別に、ギルドも絶対大騒ぎになるのが目に見えている。加えてソイツを殺した犯人が俺だと分かれば、ギルド長のロイマンとか言うヤツが禄でもない事をしそうな気がするから。

 

「治したとはいえ完全じゃない。後でエリクサーを与えるか、もしくは治療師(ヒーラー)のヘイズさんにでも診せておけ」

 

 昼頃に食事をした際、看護師らしき格好をしたヘイズと言う少女は治療師(ヒーラー)だと言っていた。彼女の腕前は知らないが、問題無く完全に治療できるだろう。

 

「だが引き渡す前に――」

 

「アレンに何をするつもりなの?」

 

 俺が懐からある物を出そうとしてる最中、フレイヤが訝るように問う。

 

「心配するな。これは別に相手を殺す武器じゃない」

 

 取り出したのは(この世界には存在しない)漫画やアニメに出てきそうなデザインの不思議な光線銃らしきモノ。

 

 それを手にしてる俺は、銃口をアレンの方へと向けて構える。

 

「寧ろ、フレイヤにとって嬉しい光景が見れるぞ」

 

「え?」

 

 不可解な表情をするフレイヤを余所に、俺はアレンにビームを当てた。光に包まれるアレンは、(たちまち)ちに体型が丸みを帯びて――光が止んだ頃には女性型のアレンに変身した。

 

『!?』

 

 フレイヤだけでなく、一緒に見ているオッタルを含めた眷族達も驚愕を露わにしていた。

 

 俺が使用したのは嘗てアザゼルがおふざけで開発したアイテム――性転換(せいてんかん)ビーム銃。これに撃たれると男子は女子へ、女子は男子に性転換できる。去年にアザゼルの奴がコレを使った事で、当時のオカ研は凄い事になっていた。尤も、俺やギャスパー、そして開発したアザゼルを除く当事者達の記憶は無かったかのようにされたが、な。

 

「う、USOでしょ。アレンが……女の子になってるじゃない! 隆誠、その魔道具(マジックアイテム)は一体何なの!?」

 

 美の神とは思えない顔と反応をしてるフレイヤは、色々な意味で錯乱しているようだ。

 

「女子を男子へ、男子を女子にすると言う性転換用のアイテム、とだけ言っておく」

 

「そ、そんな凄く面白いアイテムを持ってるなんて……!」

 

 簡単ながらも性転換ビーム銃について教えると、フレイヤは喜色に満ちた表情になっていく。あの様子だとお風呂セットと同様に欲しがっているかもしれない。

 

「いっそのこと、お前も男になってみるか?」

 

 聖書の神(わたし)も通用して女になった事があるから、この世界の神が不変の存在と言えども、全知零能となっているから問題無く性転換出来るだろう。

 

 俺がフレイヤに銃口を向けると、オッタルが即座に前に出て立ち塞がろうとする。それどころか背中に背負っていた大剣を一つ出して、切っ先を俺の方へ向けている。

 

「そのようなモノをフレイヤ様に向けるな」

 

「ちょっとオッタル、勝手に前に出ないでよ。私としては男になっても全然構わないんだから」

 

「なりません。フレイヤ様が何を仰ろうが、こればかりは流石に黙って見過ごす訳にはいきません」

 

 どうやらオッタルは、フレイヤが男になる事に断固反対のようだ。確かに美の神と謳われ、自分達の深く敬愛する主神が男になるのは眷族として嫌なのかもしれない。

 

 他の眷族達も同様なのか、先程まで無言のまま跪いていた連中が途端に立ち上がり、再び武器を構えようとする始末。

 

「だったら、フレイヤの代わりにオッタルが女になるか? 多分お前の場合その見た目とは裏腹に、凄く小柄で華奢な可愛い女の子に変身するだろうな」

 

 嘗て塔城小猫が性転換した際、二メートルありそうな巨躯の猫耳男性である大猫(だいねこ)殿(どの)に大変身していた。だからオッタルは小猫の逆バージョンになるかもしれないと俺は思っている。

 

「死んでも御免だ!!」

 

「ちょっと隆誠、それが本当なら是非オッタルにもやってくれないかしら?」

 

「フレイヤ様!?」

 

 オッタルの性転換に物凄く興味津々なのか、フレイヤがやるように言ってきた。

 

 主神からの手酷い裏切り(?)を受けた事で、【猛者(おうじゃ)】と呼ばれてる猪人(ボアズ)は相当焦った表情になっている。

 

 因みに俺が他の眷族達の方へチラリと向けると、自分達も性転換の標的にされることを察知したのか、絶対目を合わせないよう必死に逸らしていた。

 

 何だか段々おかしな方向へ拗れている。本当は責任を取らせる罰として、フレイヤを男に性転換させた後、女になったアレンを閨で慰めるようにしろと命じるつもりだった。それによって奴は色々な意味で心の傷を負う事になって、暫くの間は再起不能になるだろうと。

 

 だけど俺がオッタルを女にした場合の話をした事で、他の眷族達も性転換させられると危惧して段々腰が引けてる状況に陥っている。恐らく女になった自分を想像でもして、凄く嫌な気持ちになってるかもしれない。

 

 よくよく考えれば、確かフレイヤって相手が同性(おんな)でも行けるクチだった。なので態々男にせずとも問題無いから、このまま引き渡すとしよう。

 

「ふむ、本人が嫌なら仕方ないな」

 

『……………………』

 

「え~、私としては是非ともやって欲しいのだけれど」

 

 俺がそう言いながら光線銃をしまう事で、オッタル達は表情(かお)に出さずとも心底安堵しているのが分かった。フレイヤだけ凄く不満そうになってるが、全く聞いてないようにスルーしている。

 

 フレイヤは先程までショックを受けていた感じがしていたけど、今は微塵も無い様子だ。性転換と言う面白い話題に食い付いた事で如何でも良くなったのだろう。

 

 そう考えながら、俺はこう言った。

 

「主神のフレイヤに責任を取らせる為の(ペナルティ)として、女になったアレン・フローメルをお前自らの手で再教育しろ」

 

「……本当にそれだけで良いの?」

 

 俺の要求が余りにも軽過ぎると思っているみたいで、フレイヤは何か裏があるんじゃないかと勘繰っていた。

 

「ああ、やり方は全て任せる。礼節を学ばせるか、もしくは――アレンに女としての快楽を教えても構わん」

 

「! ………ふぅん」

 

 まるで良い事を聞いたと言わんばかりに、途端にアレンを獲物のように見ながら舌なめずりをしていた。

 

 彼女を見たオッタル達は途端にアレンを心底気の毒そうに見ていた。この後に行われる悲惨とも言える(男として)地獄を経験してしまう事を。

 

「因みにアレンが元の男に戻る方法は?」

 

「時間が経てばすぐに戻る。期間は一週間だ」

 

「一週間、ねぇ」

 

 以前は一時間も経たない内に戻っていたけれど、アザゼルが改良に改良を重ねた結果として、一週間まで保てるようになった。

 

 すぐに戻したい場合は再度ビームを浴びせれば良いのだが、敢えて効力が切れるまで放置する事にした。是非ともフレイヤからの性教育、もとい再教育する為の時間が必要だから。

 

 それは即ち、アレンは一週間もフレイヤに弄ばれてしまう事になる。いくら奴が強靭な精神を持っていたとしても、果たしてどこまで耐えられるか。この世界のフレイヤはロキ曰く『とんでもない色ボケ女神』だから、女の快楽を与える方法を知り尽くしているだろう。

 

「用件は以上だ。俺はこれで失礼する」

 

 女アレンをフレイヤに引き渡した俺は、【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)を後にした。

 

 

 

 

 

 

「……ん……」

 

 ゆっくりと双眸を開かせるアレンは、どこかで見た憶えのある天井を目にする。

 

「やっと目が覚めたのね」

 

「!」

 

 聞き覚えのある声に反応した瞬間、即座に起き上がるアレンは声の主――フレイヤを見る。

 

「フレイヤ様、何故……っ!?」

 

 自分の声に違和感があって喉を触れようとする途中、胸の辺りで何か柔らかい感触が当たった。

 

 思わず胸を見ると、男の自分に決して存在しない筈のモノが存在していた。若干大き目に膨らんでいる乳房(むね)が。

 

「えっ、なっ、俺に、一体何が……なぁっ!?」

 

 声が女みたいに高くなり、女の乳房があるだけでなく、極めつけには己の股間にある筈のモノも無い事で色々な意味でショックを受けているアレン。

 

「大丈夫よ、アレン。私が後で詳しく教えてあげるわ。だから今は、ねぇ」

 

「ふ、フレイヤ様……!」

 

 自分を押し倒しながら蠱惑的な笑みを浮かべるフレイヤに、アレンは抵抗出来ずされるがままになっていく。

 

 そして――

 

「あ、あ……アァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 女の叫び、もとい喘ぎ声がフレイヤの閨全体に響き渡るのであった。




アレン君がアレンちゃんになると言う話でした!

アレンのお仕置きとして、アザゼルが開発した性転換光線銃を利用させて貰いました。

感想お待ちしています。


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修理をしよう

今回は短いです。


「――と言う訳で」

 

「……はぁっ」

 

 アレンをフレイヤに引き渡して漸く『豊饒の女主人』へ帰れたが、予想通りミア母さんの一喝を受ける破目になった。余りにも帰りが遅かった所為で夕食が冷めてしまったと。

 

 遅くなった事を謝りながら事情を説明すると、怒っていたミア母さんが途端に表情を変えた。アレン・フローメルに襲撃された事で遅くなってしまった事を聞いた途端、『あの女神(おんな)と来たら……!』とフレイヤに対して憤慨したのだ。

 

 今回はフレイヤの命令でなくアレンが独断で襲撃した事も話し、それで今度は複雑そうな表情へ変わっていく。こんなにコロコロと表情を変えるミア母さんは初めて見ると思いながらも、アレンを撃退した後に主神の元へ送り返すのに少々時間が掛かったと分かってくれて、これ以上のお咎めは無しで済まされた。

 

「で、どうやって落とし前を付けたんだい?」

 

「アレンには俺が持ってるマジックアイテムで女に性転換させて、一週間ばかり教育するようフレイヤに言っておいた」

 

「そうかい。アレンを女にして……ん? ちょっと待ちな」

 

 質問に答えた俺にミア母さんは頷いていたが、途中から何か違和感があるように待ったを掛けた。

 

 そこから先も詳しく教えると、先程まで向こうの自業自得だと思っていた筈のミア母さんは、今度は何故か気の毒そうな表情になるのであった。それは言うまでもなくアレンに対して、な。

 

 

 

 

 

 

 あれから三日。俺は『豊饒の女主人』が営業日でありながらも休んでいた。

 

 勿論無断でなく、ちゃんと事前に言ってある。アレンが襲撃した時に奴の得物を壊したから修理しに行く為の理由を言うと、ミア母さんから『アンタは変な所で律儀だねぇ』と呆れながらも許可してくれた。

 

 因みに俺が休みを取る事を知ったアーニャがギャーギャー騒いでいたが、そこはミア母さんの方で黙らせてくれた。後から知ったのだが、彼女はあのバカ猫の妹だそうだ。それを聞いた際に少しばかり申し訳なく思ったが、どうやら絶縁状態らしく(アレン)から今も忌み嫌われているとか。

 

 兄が妹を忌み嫌うなんて、俺やサーゼクスであれば信じられない内容だった。もし俺がアーシア、サーゼクスがリアスと絶縁するなど絶対有り得ない。俺達にとって妹とは守りたい存在だから、アレンがやってる事は正直言って理解に苦しむ。どんな深い事情があるとは言え、妹を捨てるなんて以ての外だと抗議したい。

 

 まぁそんな如何でもいい俺の個人的な事情は横に置いといて、だ。今日の目的となっているアレンの槍を修理するには、やはり鍛冶屋しかない。

 

 聖書の神(わたし)能力(ちから)で元に戻すのは造作も無いが、この世界にある鍛冶がどんな環境なのかを知りたい探求心がある。だから主に武器を製造してる【ファミリア】へ行ってみようと決めた。

 

 鍛冶系で【ヘファイストス・ファミリア】と【ゴブニュ・ファミリア】が一番有名らしい。どちらも鍛冶を司る神だから、第一級冒険者を満足させる武器を作って有名になるのは当然と言えよう。

 

 俺としては槍を修理するにはどちらでも良いのだが、今回は【ヘファイストス・ファミリア】の方へ行く事にした。聞いた話によると、この世界のヘファイストスは女神らしい。

 

 ロキのような二の舞を踏まないよう、今度は前以てどんな容姿をしているのかをミア母さんにちゃんと確認している。右目に眼帯をつけた赤髪で男装の麗神だと。

 

 まだ話を聞いただけだが、俺がいる世界の男神ヘファイストスと違う点がある。足が不自由の筈なのに、此方の女神ヘファイストスは全く問題無い。それとは別に眼帯で覆ってる右目は何かしらのコンプレックスがあるらしく、万が一に話す機会があったとしても極力触れない方が良いとミア母さんが言っていた。

 

 元神の聖書の神(わたし)としては非常に気になるが、それは止めておくとしよう。神も人間と同じく触れたくないモノがあるのであれば猶更に、な。

 

 だが触れたくないと言えば、ヘファイストスとアフロディーテがどう言う関係なのかが凄く気になる。この世界のアフロディーテは間違いなく女神の筈だから、そう考えれば同性の夫婦になってしまうのだが、一体どうなっているのやら。

 

 

 

 

「やっぱり結構掛かるか」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】の本拠地(ホーム)にある()()()に一通り聞いたところ、相当な修理費用が掛かると判明する。第一級冒険者の武器を修理するのには、少なくとも一般人として過ごしている俺の手持ちだけで払えない金額なのは確かだ。

 

 となれば、やはり自分の手で修理するしかない。かと言って聖書の神(わたし)能力(ちから)で修理するのは、それはそれで面白味がない。折角こうして【ヘファイストス・ファミリア】の工房へ来たのだから、諦めて帰るのは負けた気がするのでそれはそれで嫌だった。

 

 出来るのであれば()()()が扱ってる工房を一時的に借りたいのだが、眷族でもない俺がそれをやるのは無理だった。端から見れば俺は鍛冶師のスキルを持ってない一般人だから、そんな奴を自分の工房に入れてくれる鍛冶師なんか絶対いない。

 

「何処かで体験出来る鍛冶工房があれば……ん?」

 

 適当に歩きながら思案してる中、ふと看板を目にした事で足を止める。

 

『鍛冶に興味がある方はいませんか? もし【ヘファイストス・ファミリア】へ入団するのでしたら、一度でも良いから鍛冶の空気を知る為に体験する事をお薦めします。場所は――』

 

 共通語(コイネー)で書かれている看板を見て、この世界の言葉を学んだのは正解だったと改めて認識した。もし学ばなければ、俺はこの看板に何が書かれているのか全く分からずスルーしていただろう。

 

 アレンの槍を修理する前に一度練習したいと思っていた俺としては嬉しい誤算だ。これは是非とも行かなければ……って、締め切りは今日の昼までじゃないか!

 

 急いで目的の鍛冶工房へ向かおうと決めた俺は、場所を確認してすぐに向かうのであった。

 

 この時の俺は全く想像してなかった。体験として作った俺の練習用武器が、とあるハーフドワーフの眼鏡に叶うどころか、大変しつこく勧誘されてしまう事を。




フィン「ラウル、ちょっといいかな?」

ラウル「何すか?」

フィン「ガレスから聞いたんだけど、リューセーから携帯食を渡されたそうだね」

ラウル「……もしかして、団長も食べたいんすか?」

フィン「ん~……正直に言えばそうだね。ガレスが美味しかったって言ってたから」

ラウル「……良いっすけど、その代わりアキ達には黙って欲しいっす。コレ知られたら絶対取られそうになるから」

フィン「それは、棒状のクッキーかい?」

ラウル「リューセー曰く『かろりーめいと』ってお菓子っす。色々な味があって、今回はチョコ味を食べようかと」

フィン「へぇ、チョコか。道理でそんな色をしている訳だ。では早速……あ、美味しい。それに丁度良い甘さだね」

ラウル「そうなんすよ。甘いドライフルーツや塩辛いナッツもあるんすけど、自分としてはコッチが好きっす」

フィン「ふぅん。団長の僕に内緒で、遠征中にこんな美味しい物を食べてたなんて」

ラウル「そ、そんな事言われても……」


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鍛冶体験?

「此処って……本当に鍛冶体験なのか……?」

 

 目的地である会場と思われる鍛冶工房に辿り着くと、自分と違って明らかに入団する気満々の鍛冶師らしき服装をしてる者達ばかりだった。俺みたいにラフな格好で参加しようとする人が全く見当たらない。

 

 【ヘファイストス・ファミリア】は鍛冶師系ファミリアの中で世界クラスの高級ブランドを誇っており、冒険者の間で最も信頼が厚いから、こんなに参加者が多いのは当然の流れなのだろう。その証拠に参加者の対応をしてる受付者は、指定先の場所へ行くよう淡々と応対している。もう完全に慣れていると言わんばかりの感じだ。

 

 だけど、入団したところで必ずしも成就する訳ではない。自分が考えていたよりレベルが高過ぎて付いて行けない、作品を作っても思うように売れない等々、途中で挫折する者は必ずいる。有名な所ほど、その成否がはっきりと出てしまうのが特徴の一つだ。尤も、それはあくまで俺の個人的な考えに過ぎないが、な。

 

 単なる練習目的で来たとは言え、入団する気満々の鍛冶師達を見ると少々気まずい。だけど絶対参加すると決めた以上、途中で諦めては聖書の神(わたし)の沽券に関わるから、周囲の雰囲気に飲まれず行くとしよう。

 

「あのー、鍛冶体験出来る場所は此処ですか?」

 

「え? ……ああ、はい。そうですよ」

 

 受付らしき人に確認するも、その人は突然何を言ってるのかと疑問視されたが、すぐに気を取り直すかのように肯定した。

 

 何だかまるで俺みたいな素人は完全に予定外だと言わんばかりの反応だった。だけどすぐに肯定したから決して間違っていない筈なんだが……どういう事だ?

 

「見たところ鍛冶道具は一切お持ちではありませんが、未経験者ですか?」

 

「はい。看板を見て、是非とも一度やってみたいと思いまして」

 

 一応知識と経験はあるが、この世界の鍛冶については全く分からないから未経験者だと言う事にした。別に嘘は吐いていない。

 

「なら道具一式は後ほど此方でご用意します。そろそろ説明が始まりますのでお入りください」

 

 受付の誘導により、俺は会場の中へ入っていく。

 

 道具を持っている鍛冶師達が入念に手入れをしている中、自分だけかなり場違いな気がすると思いながらも待っている中――

 

 

「おいアイツ、道具持ってないぞ」

 

「ホントだ。もしかして、此処がどう言うところかを知らないで来たんじゃ……」

 

「まぁどうせすぐに帰るだろうさ」

 

 

 参加者達が此方を見て気になる発言をしていた。

 

 俺は単に鍛冶体験する為に来ただけなんだが、何かおかしい気がする。もしかして俺、来る場所間違えたりする?

 

 確認をしようと参加者の一人に訊ねてみようとするも――

 

「ではこれより、本日のお題となっている『短刀』について説明します」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師と思われる司会者が来た事で出来ず仕舞いとなってしまった。

 

 

 

 

(やはり今年の参加者はいつも以上に多いな)

 

 隆誠を含めた参加者達に説明している司会者は周囲を見渡しながら説明していた。

 

 実はこの会場、鍛冶体験するとは別に【ヘファイストス・ファミリア】の入団試験も兼ねている。

 

 鍛冶師が【ヘファイストス・ファミリア】へ入団を希望する際、鍛冶神である女神ヘファイストスが人間の力だけで打った最高峰の武具を見せて、入団するかどうか決めさせる儀式がある。本来ならばそうする予定だのだが、最近の鍛冶師は入団してもすぐに辞めてしまう者が続出してる事もあって、今年は(ふるい)()ける意味合いも兼ねて試験をやる事にした。主神のヘファイストスは入団する人間(こども)には面と向かい合って話したい為に難色を示すも、眷族達から今後の経営には必要な事だと言われてしまって渋々承諾している。

 

 一通りの説明を終えた司会者は、参加者達に指定先の工房へ向かうよう指示を出す。

 

(確か今回の参加者の中に未経験者がいるそうだが……ああ、彼か)

 

 説明を聞き終えた参加者達の中に、一人だけ戸惑いの様子を見せている青年――隆誠がいる。受付より全くの未経験者が参加していると聞いており、鍛冶師らしくない服装をしてすぐに見つける事が出来たから。

 

 取り敢えず自分が対応しようと彼の元へ向かおうと思った矢先、思わぬ人物が声を掛けようとしていた。

 

「お主、受付から聞いたが全くの未経験者らしいな」

 

(何で貴女がいるんですか!?)

 

 黒髪と褐色の肌、左目の眼帯が特徴的な長身の女性が隆誠に話しかけるのを見た司会者が驚いていた。

 

 彼女こそが【ヘファイストス・ファミリア】の団長――椿・コルブランド。二つ名は【単眼の巨師(キュクロプス)】。

 

 オラリオ最高の鍛冶師である最上級鍛冶師(マスター・スミス)の称号を冠する人物で、冒険者としても一流の実力者でもある。そんな彼女が何故この会場に来てるのかが余りにも予想外だったから、司会者はこうして驚いているのだった。

 

「ええ、そうですが」

 

「何なら手前が教えてやろう」

 

「本当ですか? それは助かります」

 

(いやいやダメですから~~!!)

 

 簡単に教えようとする椿の軽率な発言を聞いた司会者がすぐに止めようとするも、彼女は此方に気付いたのか視線を向けた。『余計な事は言わなくて良い』と言う感じで。

 

 相手が団長だからか、指示を出された事に阻止する事が出来ず、黙っているしかなかった。

 

「ところで、貴女のお名前は?」

 

「おお、そう言えば名乗ってなかったな。手前は椿で、【ヘファイストス・ファミリア】のしがない鍛冶師(スミス)だ」

 

「椿さん、ですか。俺は隆誠と申します」

 

(え!? あの参加者、団長の事を知らないのか!)

 

 いくら未経験者だからと言っても、オラリオに住まう者であれば【ヘファイストス・ファミリア】の団長の名前は必ず知っている筈。だと言うのに、あの青年は全く知らないから司会者は逆に驚いていた。

 

「隆誠、か。やはりお主、極東の生まれか?」

 

「……ええ、そうなんです。って事は椿さんも?」

 

「うむ。お主が極東出身と思わしき顔立ちだったから、もしやと思って声を掛けてみたのだ」

 

(ああ、成程……)

 

 彼に声を掛けた理由に内心納得した。彼女も極東出身者だから、遠い国から来た同胞と思わしき者に声を掛けるのは当然かもしれないと。

 

 やがて意気投合するように話が弾んでいく中、椿は目的を思い出したかのように司会者の方へ再度視線を向ける。

 

「この者は手前が見るから、後は任せたぞ」

 

「わ、分かりました……」

 

 団長の命令に逆らえないのか、司会者は仕方ないと言わんばかりに頷いた。

 

「行くぞ、隆誠。未経験者のお主はこっちだ」

 

「え? でもそっちは違う工房じゃ……」

 

「お主のような者がいれば、参加者達が集中出来んからのう」

 

 確かに椿の言う通り、これから試験に臨む鍛冶師達の中に未経験者(ぶがいしゃ)がいたら気が散って邪魔になるかもしれない。司会者もそれを少しばかり危惧して、別の鍛冶師を呼んで違う工房に案内して教えるつもりだった。それがまさか【ヘファイストス・ファミリア】の団長自らやる事になったのは全く想定外であったが。

 

 案内されようとしている隆誠は未だに入団試験だと全く気付いておらず、言われるがまま彼女に付いて行ってる。

 

 椿だけでなく、司会者は後ほど驚愕する。隆誠が練習用として作った筈の短刀は、最上級鍛冶師(マスター・スミス)以上どころか、ヘファイストスに匹敵しうる逸品だと知る事に。




ティオナ「あ~、早く続き読みたいなぁ~」

ティオネ「アンタ、もうすっかりハマっちゃってるのね。リューセーって言う従業員の書いた物語に」

ティオナ「だってホントに面白いんだもん! 今まで見た英雄譚とは全く内容が違うだけじゃなくて、敵側の感情とかよく分かるし!」

ティオネ「敵側って、普通は英雄側の視点だけじゃないの?」

ティオナ「そうなんだけど、敵側にも色々な事情があって、それで悪人になる理由に納得出来るところもあるんだよ!」

ティオネ「随分変わった英雄譚なのね。まぁ私には興味無いから如何でも――」

ティオナ「そう言えば、この前フィンにも見せたけど面白いって言ってたよ」

ティオネ「そう言う事は早く言いなさい! 遠征から戻ったら、すぐにでも団長に読ませるようあの男に至急書かせないと!」

ティオナ(やばっ、余計なこと言っちゃったかも……)


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鍛冶体験と言う名の武器製作

 椿と言う褐色肌をした長身の女性鍛冶師の案内により、俺は参加者達とは違う工房で鍛冶体験をする事になった。

 

 凄く如何でもいい事だが、この女性を見てると駒王学園元副会長の(しん)()椿姫(つばき)と少しばかり似ている。肌色は別にして長身と黒い長髪、名前の読み方も同じだ。性格は全く異なるが、な。

 

 それとは別に、工房に案内されて早々に道具一式を用意され、向こうから渡された鍛冶用の上着に着替え、さながら練習無しのぶっつけ本番をやらされそうな感じだ。

 

「ところで、普通は打つ前に鍛冶の講義をするのでは?」

 

「手前はそう言う面倒なやり方より、実践を交えながら教える方が得意なのでな」

 

 それに、と言いながら途端に彼女は何やら意味深な視線を送ってくる。

 

「こうした方が手っ取り早いと手前の直感が告げておる。加えてお主、未経験者と言っておきながら、本当は鍛冶の知識が備わっておろう?」

 

「!」

 

 いきなり核心を突いて来る椿の発言に、俺は思わず目を見開いてしまう。

 

 このお姉さん、随分と勘が鋭いな。直感とかは様々な経験を経て得るモノだから、もしかして【ヘファイストス・ファミリア】の幹部、もしくは団長だったりして。

 

 ……そんな訳ないか。こんな鍛冶体験で有名な鍛冶師が来るなんて普通に考えて有り得ない。

 

「まぁ確かにありますけど、それはあくまで俺独自の知識です。このオラリオでは全く別物だから通用しないと思い、敢えて未経験者として参加しました」

 

「ほう。独自の知識、か」

 

 俺の発言に興味を惹かれたように、先程までと違って目を輝かせようとする椿。

 

 すると彼女は、途端にある事を言い出した。

 

「出来るのであれば、此処で隆誠の腕前を披露してもらいたいのう」

 

「いや、俺はオラリオの鍛冶体験をする為でして……」

 

「大丈夫だ。此処には手前とお主しかおらんのだから」

 

 俺の鍛冶としての腕前を見たいと言ってくる椿。

 

 此処へ来たのは壊したアレンの槍を直す前に練習する他、この世界の鍛冶について知る目的で来たと言うのに、ぶっつけ本番でやるのは正直言って勘弁したい。

 

「やるにしても久々なので、せめて基本的な説明だけでもして欲しいんですが」 

 

「お主がやってる最中に指摘するから、そこは安心するがいい」

 

「全然安心出来ないんですが……」

 

「ほれ、此処にある材料は好きに使って構わん」

 

 何かもう俺が打つこと前提で話を進めてる上に、武器を作る為の素材を渡している始末。

 

 本当なら今すぐに抗議すべきなんだが――

 

「……はぁっ。武器を完成しても文句を言うのは一切無しですからね」

 

 他の参加者と違って違う工房に案内してくれた椿の好意を無下にしたくないから、ここは自分がそれに応えるしかなかった。

 

「うむ。手前が急なお願いをした以上、そのような事は断じてやらんと主神様の名において誓おう」

 

 俺が念を押した事で椿は力強い頷きをするだけでなく、ヘファイストスの名前を出してまで誓った。

 

 これでもし文句を言った瞬間、主神の名を汚す行為と見なされてしまう。鍛冶師として誇りがある者ほど、自らの誓いを破ることは絶対しないのがお決まりとなっている。

 

 向こうが誓った以上やるしかないようだ。過去に鍛冶で作ったのはアザゼルの黒歴史である『閃光(ブレイザー・)と暗(シャイニング・)黒の龍(オア・ダークネス)絶剣(・ブレード)』を元に、『暗黒剣(ダークネス・ブレード)』と『閃光剣(シャイニング・ブレード)』。他にも元龍王『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』――タンニーン等のドラゴン素材を利用した武器も作った事がある。

 

 因みにソレ等の武器は俺の収納用異空間に収めてある。黒歴史武器の方は一応聖書の神(わたし)が作ったモノだが、今までアザゼルが所持していた事もあって、漸く自分の手元に戻ってきた。アイツが今まで持ってた事で色々手を加えられており、融合していた筈の聖魔剣が簡単に分離可能となっている。聖剣と魔剣の二刀流が可能な上に、一つの剣として融合することも可能だとか。

 

 アレをこの世界で出す気は今のところ無い。異なる世界で作った剣を披露すれば確実に面倒な事になるだろうから。特にこの世界のヘファイストス等の神々が騒ぐのが目に見えてる。

 

 とは言え、これから作る武器があくまで練習とは言え手を抜きたくない。まぁ流石に聖書の神(わたし)能力(ちから)を使うのは不味いから……ここはいっそのこと、自力でやってみるとしよう。あくまで自分がいた世界で得た技術だが、聖書の神(わたし)能力(ちから)ではないから辛うじてセーフにしておく。

 

「用意してくれた材料は俺がどう扱っても良いんですよね?」

 

「うむ。これらは主にダンジョン上層で手に入る素材だから、今の手前には殆ど不要な物だ。いくらでも使ってくれて構わん」

 

 綺麗な鉱石や結晶(クリスタル)、モンスターの一部と思われる素材が一通り揃っている。これらがダンジョンで手に入るとは、ちょっとばかり潜って採取してみたいと思ったのは内緒にしておく。

 

 流石に強力な武器を作る訳にはいかないから、素材の性能を限界まで引き出すくらいが丁度良いだろう。

 

「では早速――」

 

 俺はそう言いながら各金属の鉱石、鋭そうな爪をした素材に手を付けようとする。

 

 

 

 

 

 

「……椿、これは貴女が作った武器じゃないわよね?」

 

「断じて違う」

 

 入団試験が終わった夜、椿は執務室にいる主神ヘファイストスに報告しようと武器を見せていた。ウォーシャドウの素材を利用した一振りの短剣を。

 

 刀身は『ウォーシャドウの指刃』を使った事で黒みを帯びていながらも鋭さがあり、鉄で出来ている筈なのに大して重さが無い。加えてソレ等の素材を最大限に活かしつつ、尚且つ限界ギリギリまで引き出したかと思われる性能があると、鍛冶神のヘファイストスはそのように評価している。

 

 思わず目の前の団長である椿が作ったのではないかと口にするも、本人がすぐに否定して、嘘じゃないと判明する。神に嘘を吐けばすぐに分かってしまうから。

 

「その武器は作った本人曰く、レベルが低い冒険者向きの武器だと言っておった」

 

「でしょうね」

 

 この短剣はダンジョン上層まで通用するまでが精々だった。いくら性能が良くても、『Lv.1』の下級冒険者がランクアップするまでならギリギリで扱えると言ったところだろう。そのように評価するヘファイストスは、椿が述べた隆誠の見解に頷いている。

 

「だけど、ここまでの武器を作れるなんて充分凄いわ。こんな事ならやっぱり私も会場に行くべきだったわね」

 

「主神様が顔を出せば意味が無いから、今回は入団試験をやると言われたであろうに」

 

 ヘファイストスの発言に、椿は呆れながらも入団試験の目的を改めて言った。

 

 もし彼女が行けば、間違いなく入団試験をすっ飛ばして定例の儀式を行っていただろう。それを阻止するのも含めて、ヘファイストスは今回執務に専念するように眷族達から言われていた。

 

「じゃあ何で椿は行ったのかしら?」

 

「手前は忙しい主神様と違って暇だったからのう」

 

 ジト目で文句を言うヘファイストスに、何も言われてなくて時間が空いていたと言う理由を言い返す椿。

 

 何を言っても無駄だと悟ったのか、ヘファイストスは嘆息しながら話題を戻そうとする。

 

「で、この武器を見せに来たのは、私が明日その子に直接会って改めて儀式をすれば良いのよね?」

 

 椿はヘファイストスに次ぐ最上級鍛冶師(マスター・スミス)である為、武器に対する眼力も当然備わっている。隆誠が作った短剣は神の目から見ても合格だから、彼女もそのように判断したと思って訊いていた。

 

「いや、その武器を作った者は入団試験の参加者ではないぞ」

 

「…………は?」

 

 ヘファイストスは椿の言ってる意味が分からなかった。入団試験に参加した筈なのに、何故この武器を作った人物が参加者ではないのかと。

 

 改めて聞いたところ、短剣の製作者――隆誠は鍛冶体験が出来ると言う看板を見て会場に来たらしい。それを受付から聞いた椿が、参加者達とは違う工房へ連れて武器を作らせたとの事だ。

 

 完成した武器を鑑定して相当な腕前を持っていると分かった椿は、改めて入団しないかと勧誘するもアッサリと断られて今に至る。

 

「……貴女にしては随分諦めが早いわね。もっと粘るかと思ったんだけど」

 

 椿は武器に関して非常に五月蠅いだけでなく、有望だと思われる鍛冶師を見付ければ即座に勧誘する。例え一度断られたところで簡単には諦めない性格だと言うのに、こうまであっさり諦めた事に疑問を抱いている。

 

「いや、それが……隆誠は『豊饒の女主人』で働いてると言われてなぁ……」

 

「その店って確か……」

 

 椿姫が少々歯切れが悪く答えたことでヘファイストスはすぐに思い浮かべた。『豊饒の女主人』にいる女将――ミア・グランドを。

 

 同時に察した。普段からしつこい筈の椿があっさりと引き下がったのは、ミアが原因である事に。

 

 あのドワーフの女将は相手が誰であろうと、自身の従業員(みうち)を無断で引き抜こうとすれば決して容赦はしない。最上級鍛冶師(マスター・スミス)の椿でも、益してや鍛冶神のヘファイストスであっても。二人はそれを知っている故に、彼女の恐ろしさも充分理解しているのだ。

 

「手前としてはミアと事を荒立てたくないからのう。あと最近あの店に行ってないのだが、何でもミアが嘗ての若かりし姿に戻ったと言う噂を聞いたが真なのか?」

 

「らしいわよ。以前神の宴に顔を出した時、美の女神達が中心になって色々話し合ってるのを聞いたわ」

 

 その中には何故かフレイヤが混ざっていない事に少しばかり疑問を抱いたが、ある事情で美の神に対して少しばかり忌避感を持ってるヘファイストスは、少しでも関われば面倒事になると思って気にしないでいた。

 

「おお、そう言えば美の女神で思い出した。主神様関連で妙な事を訊いてきおったぞ」

 

「妙な事?」

 

 ヘファイストスは何故か分からないが嫌な予感が走った。

 

 彼女の心情に椿は気にせず口にする。

 

「主神様と美の女神アフロディーテが夫婦または恋人なのか、それとも美の女神が浮気した事でもう既に別れて――ッ!?」

 

 まだ言ってる途中にも拘わらず、椿は思わず止めてしまった。自身の主神が今まで見た事の無い表情となっている事に。

 

「……椿、その隆誠って人間(こども)が確かにそう訊いたのよね?」

 

「う、うむ……」

 

「そう……。なら明日、是非とも会いに行かないと」

 

 まるで禁句(タブー)を口にしてしまったかのような恐怖に襲われる椿を余所に、ヘファイストスは明日の予定を立てるのであった。

 

 

 

 

 翌日の朝、『豊饒の女主人』が朝の営業時間前に赤髪の女神が訪れた。

 

 突然の事に店主のミアが文句を言おうとするも、顔見知りである筈の客が有無を言わせない雰囲気を出していた事に何も言えなくなったとか。

 

 そして初めて鍛冶神と対面した隆誠も、椿に余計な事を訊くんじゃなかったと後悔する程に。

 

 

 

 

 

 

 ~二年後~

 

 

 ある事情で隆誠は同従業員のリューと一緒に、【ヘスティア・ファミリア】を主軸に各ファミリアの眷族と主神達と同行し、オラリオの外の幻の聖域と呼ばれる『オリンピア』へ向かった。

 

 到着した翌日、観光を楽しんでいる最中にとある美の女神と出会った。

 

「さっきから五月蠅いんだよ、醜女(ブス)

 

「はぁぁぁああああ!!?? この最も美しくて気高く、至上の愛と美を司るこの私アフロディーテに向かって醜女(ブス)ですって!? 海豚(イルカ)のくせにどうして私の『魅了』が通じないのよ!?」

 

「あ、ヘファイストス」

 

「はぁ? 貴方、いきなり何を言って――」

 

「久しぶりじゃない、アフロディーテ」

 

「な、な、なななななな……!? ヘ、ヘ、ヘファイストスぅぅ!?!?」

 

(性別は違えど、この世界のヘファイストスとアフロディーテの関係は向こうと似てる、か)

 

 アフロディーテの浮気が原因で別れたヘファイストスの心情を、隆誠は改めて察する事になった。

 

 その後には――

 

「リューセー、一生のお願いだ! ヘファイストス様とあの『美の神』が一体どう言う関係なのかを教えてくれ!」

 

「しつこいな。神ヘファイストスの了承無しに教える事は出来ないと何度も言った筈だ」

 

「もしバレてもヘルメス様から聞いたって事にしとくからさ!」

 

「さり気なく酷いな。と言うか、神に嘘を見抜かれる事はお前も知ってる筈だが?」

 

 ヘファイストスに好意を抱いてる赤髪の鍛冶師ヴェルフ・クロッゾが、人間の中で唯一知っている隆誠に目を付けて何度も経緯を問い詰めるのであった。




ベート「クソがっ! こんなんじゃ全然足りねぇ……!」

フィン「今もまだ不機嫌みたいだね」

ベート「……何だよ、フィン」

フィン「君が張り切り過ぎてモンスターを倒し過ぎる余り、団員達から少しばかり苦情があってね」

ベート「……チッ、アイツ等。文句を言いたかったら俺に言えよ」

フィン「そんな状態で言えば要らないとばっちりを受ける事になるから、こうして僕が来た事を理解してくれると助かるんだけど」

ベート「…………」

フィン「まぁそれとは別に、これを食べるといい。戦ってばかりで大して食べてないんだろう?」

ベート「何だコレは?」

フィン「『かろりーめいと』って言う携帯食だ。ラウルから数本貰ったんだけど、これが凄く美味しくてね。これ一本だけで充分な栄養が取れるらしいよ」

ベート「……(モグモグ)……まぁ、味は悪くねぇな」

フィン「因みにソレ、リューセーが作った物だよ」

ベート「あのクソ野郎のかよ!」

ティオネ「おいクソ狼ぃ! テメェ団長からの差し入れを捨ててんじゃねぇ!」

ベート・フィン「「!?」」


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修理した槍を持ち主へ返しに行こう

今回は短いです。


 鍛冶体験をしてから四日経ち、俺は再び【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)戦いの野(フォールクヴァング)』へ足を運んでいる。

 

 そこへ行く理由は当然ある。以前にアレンの相手をしてる最中に得物を壊してしまい、ソレを俺が自ら鍛冶で打ち直したから、元の持ち主へ返そうとする為だ。

 

 郵送などの配達依頼があるけど、生憎この世界はそんな便利なモノではない。もしやるとしてもギルドに申請、もしくは冒険者に冒険者依頼(クエスト)を出さなければいけないのだが、色々問題があって論外過ぎる。

 

 ギルドは各【ファミリア】関係者や商人以外だと、多額の仲介料や手間賃を請求する上に無駄な手続きをしなければならない。加えて配達先が【フレイヤ・ファミリア】となれば、並みの派閥以上に厳しいそうだ。本当に問題無いのかと品物の確認だけでなく、依頼主に配達目的の聞き取り調査等々、たった一つの荷物を送るだけで数日と言う無駄な時間と費用を要する事になってしまう。

 

 他にはギルドを通さず冒険者に冒険者依頼(クエスト)を出すと言う手段もあるが、これは非常にリスクがある方法だった。自分が一番信頼出来る冒険者に依頼をしなければ、ギルド以上に面倒どころか手痛い目に遭う事になる。もしも以前に会ったガラの悪い冒険者なんかに依頼を出せば、渡した商品を配達せずに盗まれてしまうのが容易に想像出来るだろう。因みに自分が信頼出来る冒険者は【ロキ・ファミリア】にいるリヴェリアとラウル、と言ったところか。尤も、リヴェリアに俺の個人的な冒険者依頼(クエスト)を出せば他のエルフ達が絶対黙っていないだろうが、な。

 

 とまあ、この世界の配達は日本と違って物凄く面倒で全然安心出来ないから、こうして俺が直接持って行くしかない訳である。ギルドの調査に関してはこの世界だと至極当然なのだが、余りにも無駄があり過ぎるのは単なる俺の思い過ごしだろうか。

 

 配達とは別に、直接足を運ぶのにはもう一つ理由がある。性転換ビーム銃で女になったアレンの確認も意味合いも兼ねてるのだ。今日で丁度一週間経ったから、多分夜中辺りに解除される筈。フレイヤによって再教育をされたアレンこと(俺が勝手に決めた)アレーヌちゃんの状況確認をしようと、俺の個人的な理由で向かっている。向こうからすれば物凄く傍迷惑だろうが、そんなのは完全無視させてもらう。【フレイヤ・ファミリア】に遠慮する気など微塵も無いから。

 

 アイツ等が全力の殺気をぶつけてきたところで軽く流すが、もし怒りに任せて襲い掛かってきたら迎撃して倒せばいい。もし束になって挑むのであれば、絶対的な力の差を叩きこんでやるつもりでいる。

 

 オラリオ最強の戦力と呼ばれてるオッタル達など、俺や聖書の神(わたし)の前では恐るるに足らずだが、ちょっとばかり例外があった。

 

(この前会った彼女が色々な意味で恐かった……!)

 

 鍛冶体験をした翌日、『豊饒の女主人』に一人の女神が訪れた。

 

 その女神は鍛冶神ヘファイストスで、普段から神相手でも容赦しないミア母さんですら後退りするほどの雰囲気を醸し出してて、俺も少しばかり恐怖した程だ。

 

 俺を見て早々に有無を言わさず店の外へ連れて行き、根掘り葉掘り問い詰められる破目になった。『私とアフロディーテの関係を一体何処で知ったの?』と。あの恐ろしい表情に思わず真実を話しそうになったが、そこは鋼の精神で押し込み、何とか内容を暈す事に成功する。今後誰にも言い触らさないようにと釘を刺され、俺も内心余計な事を口にしたと後悔しながらも約束した。まぁそのお陰でヘファイストスから鍛冶工房を一時的に貸してくれて、アレンの武器を修理する事は出来たが、な。

 

 しかし、この世界では女のヘファイストスが同性のアフロディーテと本当に付き合っていたとは……。世界が異なっても共通してる部分がやはりあるのだと、改めて実感してしまう。

 

 そうなると、他の神々も共通した色々な黒歴史を持つ事になるが、それは色々面倒な事になるからやらないでおくとしよう。ヘファイストスの件でもう懲りたから、な。

 

(おっ、着いたか)

 

 考え事をしながら歩いていた為、目の前に【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)を見えた。

 

 以前から知っていたが、あの本拠地(ホーム)へ近付く度に住民の数が段々と減っていく。まるで不可視の領域でもあるのか、そこに踏み入れたら周囲には誰一人いない。以前に配達する時に会った門番は別として。

 

 本拠地(ホーム)へ向かっている俺が視界に入ったのか、門番達が急に警戒するように武器を持ち構えている。

 

「そこで止まれ!」

 

「一体何しに此処へ来た!?」

 

 俺がアレンをぶちのめした件を知ってると言うのに、門番達は勇敢にも威嚇していた。

 

「フレイヤはいるか?」

 

「帰れ!」

 

「貴様のような危険な奴を通す訳には――」

 

「お前等さぁ、いい加減にしてくれないか?」

 

「「!?」」

 

 声高に叫ぶ門番達の姿を見て不快感を抱く俺は、思わず殺気を出しながら声を低くしていった。

 

「フレイヤを守ろうとする忠誠心を見せてるかもしれないが、それは他者に対して酷く不快な行為だ」

 

「「……………」」

 

 身体を震わせながらも武器や構えを一切解かない門番達に、俺は改めてこう言った。

 

「先に言っておくが、お前達みたいな雑魚共では俺の遊び相手にすらならない」

 

「「くっ……!」」

 

 今のは完全に侮辱同然の発言だが、俺は気にせず更に続ける。

 

「それでも敬愛するフレイヤを守りたいのなら止めはしない。アレンと同じく性転換される覚悟があるなら、な」

 

「「っ……」」

 

 女に性転換される、と言う発言を聞いた門番達は途端に小さな悲鳴をあげた。

 

 確かに性別が強制的に変わるのは絶対に嫌だから、コイツ等の気持ちは俺もそれなりに理解出来る。

 

「どうする? このまま素直に通すか、意地を通して無意味に俺と戦うか、好きな方を選ぶといい」

 

 改めて問うと、門番の一人が苦渋の決断を下すかの表情になりながら返答をする。

 

「………分かった。門を開けるから少し待て」

 

「賢明な判断だ」

 

「おい、そんな事をすれば……!」

 

 もう一人の方は最後まで反対するように咎めるが――

 

「ならばお前が奴と相手をするか? そしてその後は女になったアレン様と同じ目に遭う事になるんだぞ?」

 

「…………………」

 

 途端に大人しくなるどころか、思いっきり顔を青褪めて引き下がるのだった。

 

 そこまでの反応を示すって、アレンはフレイヤに一体何をされていたのやら。ちょっとばかりコイツ等に聞いてみたいが、どうせ後になれば分かるだろうから止めておこう。




ラウル「あ~あ、『かろりーめいと』がもう残り二本、かぁ。美味しくてついつい食べちゃうんすよねぇ」

アキ「でしょうね。あんなに美味しそうに食べてれば」

ラウル「げっ! アキ!?」

アキ「げっ、って何よ。失礼しちゃうわね」

ラウル「あ、いや……」

アキ「それより、リューセーから貰った携帯食は随分美味しいみたいね」

ラウル「……あの、アキ。もしかして、怒ってるっすか?」

アキ「別に怒ってないわよ。女の私達が用意した食事より、携帯食の方を美味しく食べてるところを見ても、全然怒ってないから♪」

ラウル「やっぱり怒ってるっす!」


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懲りない連中

今回も短いです。


 門番と一悶着あったが、殺気を込めながら脅しをした事で何とか事無きを得た。敗北したら女に性転換されると分かれば、流石に嫌だろうと察しは付いていたから。

 

 巨大な門が開いた事で俺は遠慮無く『戦いの野(フォールクヴァング)』に踏み入る。門番達は非常に口惜しそうな表情で俺を睨んでいたが、そこは敢えて気にしないでおく。

 

 入った途端に以前と同じく団員同士の苛烈な戦いが繰り広げていた。しかも互いに相手を殺す気満々な攻撃を平然とやっているから、どれだけ仲間意識が無いのかと呆れる光景だ。

 

 フレイヤが殺傷沙汰は無しにするよう命じれば何とか収まるのだが、当の本人は止めるつもりは無いと見ていい。恐らくアイツの事だから、『仲が良いのね』と笑みを浮かべながら放置してる姿が容易に想像出来る。

 

「ッ! 貴様は!」

 

 そう思いながら団員達の戦いを素通りしていると、団員の一人が此方を見た途端に声を荒げた。その直後、他の団員達も同様の反応を示しながら一斉に動き出す。

 

 前回と同様にまたしても俺をあっと言う間に包囲して武器を構えていた。門番と同様、コイツ等もフレイヤを守ろうとする為の忠誠心を見せている、と言ったところか。

 

「何故貴様がいる! 門番は何をしていたんだ!?」

 

「此処に用があるからに決まってるだろう。それと今回はちゃんと門番と話して通して貰ったんだが」

 

「出鱈目を言うな!」

 

 本当の事を言っているのに、向こうは信用出来ないと声高に否定した。

 

「別に嘘は言ってないんだが……まぁ良いや。それより、そこを退いてくれないか? フレイヤに用があるんだが」

 

「貴様みたいな無礼者をフレイヤ様に――ッ!?」

 

「いい加減に学習しろ」

 

 まともな話し合いが出来ないと思った俺は、殺気を込めた睨みをしながら言った。直後、フレイヤの眷族達は前回と同じく再び金縛りにあったかのように動かなくなる。

 

「お前等には本当ウンザリするよ。まるで役割を与えられた人形と話しているような気分だ」

 

 口を開けばフレイヤ様フレイヤ様と五月蠅いったらありゃしない。

 

 アイツを守ろうとしてるんだろうが、俺からすれば非常に目障りな行為だ。

 

 【フレイヤ・ファミリア】の眷族達は、何故まともな話し合いが出来ないんだろうか。

 

 フレイヤの命令だからって有無を言わさず人を連れてこようとするオッタル、問答無用で襲い掛かってくるアレン。団員達の模範である筈の団長と副団長が既に問題だらけだから、他の眷族達もまともな話し合いが出来ないのは、ある意味仕方ないかもしれない。

 

「それとも、一度お前達を徹底的に叩きのめして性転換されなければ理解出来ないか?」

 

『!?』

 

 性転換、と言う単語に反応したのか、眷族達は一斉に顔を青褪めていく。

 

「いっそフレイヤも男にして、女になったお前達の純潔を散らしてもらおうか」

 

『ひぃっ!』

 

 俺が悍ましい事を口にしたと言わんばかりに、情けない悲鳴を上げている眷族達。

 

 フレイヤの事だから、嬉々として引き受けるだろう。この前だって男になる事に抵抗が無いどころか、自ら進んで性転換を望んでいたのだから。オッタルが必死に止められて叶わなかったが、な。

 

 俺が懐に手を入れて光線銃を出そうとすると、向こうは途端にガクガクと身体が震え始めていく。例え阻止しようと挑んだところで倒される事を理解してる上に、もし逃げようとすればフレイヤに対する背信行為だと考えてるかもしれない。ある意味板挟み状態、と言ったところか。

 

「何を騒いでいる」

 

 すると、奥から聞き慣れない声が耳に入った。

 

 俺だけでなく他の眷族達も視線を向けると、以前にフレイヤの傍に居た幹部と思われる白いエルフの姿を確認する。

 

「ヘ、ヘディン様!」

 

「騒ぐな、耳障りだ」

 

 眷族の一人が敬称を付けて呼ぶも、白い妖精(エルフ)――ヘディンは煩わしいと言わんばかりに眉を顰めながら言い返した。

 

「誰かと思えば、以前フレイヤの傍に居た眼鏡エルフか」

 

「その不快な呼び方は止めてもらおうか、()(じん)

 

 俺の呼び方が気に障ったみたいで、ヘディンも即座に言い返してきた。

 

 ()(じん)、ねぇ。そんな呼び方をされたのは初めてで、同時にガブリエル達がいなくて良かったと思う。そんな蔑称を聞いた途端、天使(こども)達は絶対に激昂してるだろうから。

 

「それは悪かった。だったらヘディンと呼ばせてもらうよ」

 

「名前で呼ばれる筋合いは無いが……まぁ良い。それはそうと、貴様は一体何をしに此処へ来た?」

 

 お、どうやらコイツは他の眷族達と違って話し合いの余地がありそうだ。

 

 俺がフレイヤと食事しながら話してる時には思いっきり殺気をぶつけていたと言うのに、今回はその欠片を全く出していない。

 

「フレイヤに用があってな。それとアレンに(コレ)を返しに来た」

 

「ほう」

 

 今まで片手に持っている布で包んだ槍を見せながら言うと、ヘディンは納得するように頷いている。

 

「ついさっきソイツ等に用件を言ったんだが、中々通してくれなくて困ってたんだよ」

 

「……付いてこい、案内してやる」

 

 此処で足止めされていた事も話すと、少しばかり呆れるような表情をしていたヘディンだが、嘆息した後にそう言った。

 

「ヘディン様、宜しいのですか!?」

 

「宜しいも何も、フレイヤ様はこの男を客人として認めている。まさか貴様等、フレイヤ様の気分を害してまで阻むつもりだったのか?」

 

『………………』

 

 咎めるように言い放つヘディンに、眷族達は何も言えなくなっている。

 

 もしもこのエルフがアレンみたく俺に襲い掛かってきたら容赦無くぶっ飛ばした後、性転換させるつもりでいた。

 

 見た目は女以上に端整な顔立ちをしてるから、女にしたらハイエルフのリヴェリアに匹敵するほどの美女になるかもしれない。

 

「! 貴様、何か非常に不愉快な事を考えなかったか?」

 

「言ってる意味が分からないんだが」

 

 凄いな。俺が軽く考えただけなのに、一瞬で危機を察知するとは。

 

 敢えて惚ける俺に、ヘディンは信用出来ないと言わんばかりに訝ったままだ。

 

 どうにか誤魔化そうと、俺はある事を問う事にした。

 

「ところでさ、アレンは今どうしてるんだ? フレイヤの教育で立派な淑女になってたりする?」

 

『……………………』

 

 俺が問うとヘディンだけでなく、他の眷族達も一斉に無言となった。同時に居た堪れないと言うか、(アレンに対して)憐れみを抱いてる感じがする。

 

「……会えば分かる。さっさと来い」

 

 間がありながらもヘディンは答えたくないと言わんばかりに、俺をフレイヤの神室へ案内するのであった。




フィン「どうやらこれ以上の遠征は無理だね」

ガレス「そうじゃな、今回は思っていたより物資の被害が大きい上に、団員達の負傷も目立っておる」

フィン「仕方ない、か。リヴェリア、悪いけど撤収の指示を出してくれないかな」

リヴェリア「分かった、そうしよう」

ガレス「………気のせいか? リヴェリアの奴、撤収と訊いた途端に少しばかり声が弾んでいたぞ」

フィン「あはは……。理由はもう察してるから敢えて何も言わないよ」

ガレス「あの小僧絡みか。全く、あのエルフはいい歳して乙女みたくはしゃぎおってからに」

フィン「ガレス、僕は何も聞かなかった事にするからね」


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メイド服を着たアレンちゃん

今回は短いです。


 ヘディンのお陰で漸くフレイヤのいる部屋へ行く事が出来た。

 

 俺が来た事に彼女は嬉しそうに歓迎した後――

 

「どうかしら、リューセー。アレンの姿を見ての感想を是非とも聞きたいわ」

 

「まぁ、何と言うか……随分変わったな」

 

 再教育された女アレンを見て、思ったままの感想を口にした。

 

 フレイヤが用意したのかは分からないが、今の女アレンはフリルがふんだんについた可愛らしいメイド服を身に纏っている。男が着れば喜色悪いが、今は女になってるアレンは物凄く似合っていた。

 

「………いらっしゃいませ」

 

 そして肝心の女アレンは殆ど虚ろ目状態で、俺を見ても大した反応を示さずペコリと頭を下げて挨拶をしていた。

 

 もしこれで男に戻れば元に戻るのかが気になるけど、そうなったら面倒な事になりそうだから、此方の用件を早く済ませておくとしよう。

 

 因みにフレイヤの後ろには、いつもの幹部勢が揃っている。相も変わらず仏頂面をしてるオッタル、忌々しそうに睨む小人族(パルゥム)四兄弟、白エルフのヘディンと黒エルフの男。俺が来たら警戒するのは分からなくもないが、少しくらいは信用してくれても良いんじゃないかと思う。フレイヤやお前達が手を出さない限り、俺からは何もしないのだから。まぁコイツ等に言ったところで無意味だから、敢えて放置するしかない。

 

「貴方が此処へ来たのは、ただ単にアレンの経過を見に来た訳ではないのでしょう?」

 

「ご明察。ヘディンに話したが、今日はコレを返しに来たんだ」

 

 俺が布に包まれてる物を露わにすると、ソレからアレンの得物である銀の長槍が出てくる。

 

『!』

 

 女アレンは自身の得物を見た事で目を見開いているとは別に、オッタル達は途端に警戒するように見ていた。まるで何か起きればいつでも動けるように、な。

 

「その槍、もしかしてアレンの?」

 

「ああ。この前の戦いで壊れたから、俺の方で修理したんだ。結構大変だったよ」

 

「……リューセーって随分と多芸なのね」

 

 俺が修理したと聞いたフレイヤは、少々驚きながらも意外そうに言った。

 

 確かに聖書の神(わたし)らしくないと自分でも理解してる。けど、人間に転生してから色々な事に興味を抱いて挑戦した結果、こうして身に付いてしまったのだ。

 

「ほらアレン、返すから受け取りな」

 

「………申し訳ありませんが、その必要はありません。貴方がお使いください」

 

 そう言いながら槍を差し出すが、当の持ち主は受け取ろうとする気配を見せないどころか拒否してきた。

 

「一応理由を聞いても良いか? まさかとは思うが、俺からの施しなんか死んでも御免だからか?」

 

「そうです」

 

 大当たりかよ。

 

「その槍は言うなれば私の誇りでした。なのでソレを壊された以上、私が持っていても何の意味もありません。益してや貴方がそれを直して返すなど……これ以上私に恥を掻かせないで下さい」

 

 ……成程。そういう考えもあったか。

 

 どうやらアレンは性格が最悪でも、武人として誇りを持っているようだ。

 

 己の得物に絶対の自信を持って俺に挑んで壊された事で、今まで培ってきた誇りが粉々に壊された。にも拘らず、それを俺が無かったかのように槍を直して返される等、コイツにとっては屈辱極まりないのだろう。

 

 アレンの理由を聞いていたオッタルも、何やら共感するように小さく頷いているが、そこは敢えて気にしないでおく。

 

「ふ~ん、まぁそう言う理由があるなら仕方ない、か」

 

 アレンの言い分に取り敢えず納得した俺は、差し出した槍を戻して再び布に包もうとする。

 

「だったらこの槍は俺が頂くよ。構わないよな、フレイヤ?」

 

「ええ。本人がそう言ってるのだから、私が反対する理由は無いわ」

 

 一応主神であるフレイヤに確認を取ってみると、彼女もアレンの意見を尊重するように頷いていた。

 

 となれば、用件は済んだから帰るか。下手に居座ってるとフレイヤが何を言い出すか分からない。

 

 俺がそう考えた直後、異変が起きた。女アレンが突如ボンッと爆発したかのように白い煙を発していたから。

 

「フレイヤ様!」

 

 オッタルが先ず動き出した。フレイヤの安全を守ろうと、瞬時に彼女と女アレンの間に立って身構えている。他の眷族達も同様に動いて取り囲んでおり、いつでも得物を抜ける状態だった。

 

 俺とフレイヤだけは呆然とするように白い煙が晴れるのを見守ってると……アレンが男に戻っていた。どうやら性転換ビームの効果が切れたようだ。

 

「あら、もう元に戻ったのね」

 

「意外と早かったが……ちょっと不味いな」

 

 アレンが元の男に戻った事で残念そうに呟くフレイヤとは別に、俺はこの後の展開を不安そうに危惧していた。

 

 想像して欲しい。先程まで女アレンは可愛らしいメイド服を着ていたのだから、それが突然男に戻ればどうなるだろうか。

 

「ア、アレン、戻ったみたいだが……っ」

 

 オッタルは仏頂面を維持してても途中で吹いており――

 

「……ブフッ!」

 

「さ、さっきまで気の毒に見てたが……ブッ!」

 

「元に戻っても、男のままでメイド服着てるから……プッ!」

 

「でも、意外と似合ってて……ププッ!」

 

 小人族(パルゥム)の四兄弟は口元に手を当てながらも目が完全に笑ってて――

 

「……アレン、私は何も見なかった事にしておく……」

 

「ブッ……ク、ククク……わ、我が暗黒の眼は……暗闇に覆われてて……」

 

 ヘディンと男性黒エルフは目を逸らしてても笑いを堪えているのであった。

 

 そして――

 

「テメェ等ァァァァァァ!!!」

 

 女の時は虚ろ目で物静かだったが、男に戻ったアレンはフレイヤがいながらも一気に感情が爆発するのであった。




ラウル「はぁっ……今年の遠征も大変だったっす」

アキ「ソレとは別に、リューセーから貰った携帯食を美味しく食べてたじゃない」

ラウル「まだ根に持ってるんすね、アキ」


ベート「…………クソが」

クルス「なぁアリシア、何でベートさんはあんなに機嫌が悪いんだ?」

アリシア「放っておきましょう」


ティオナ「あ~、早くリューセーに会いたいな~」

ティオネ「本の続きを読みたいだけでしょうに」


アイズ「(戻った後の宴会で、あの人に絶対聞かないと……)」

レフィーヤ「アイズさん、一体何を考えてるんだろう?」


フィン「何だか皆、宴会の事を考えてるみたいだね」

ガレス「大方、あの店にいる小僧の事を考えておるのだろう」

リヴェリア「(事務処理が終わり次第、魔術講座の遅れを取り戻さなければ……!)」


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ロキ・ファミリアの宴会前

 女アレンが元の男に戻って数日が経ち、俺はいつも通り料理を振るっている。

 

 あの出来事の後、爆発したアレンは非常に荒れまくっていた。敬愛すべきフレイヤがいるにも拘わらず、自分を笑った連中に襲い掛かった程だ。男が可愛いメイド服を着ているのを見てる所為か、オッタル達は必死に笑いを堪えていた為に防戦一方だった。その際にアレンと目が合った瞬間、自分を嘲笑ってるとでも勘違いしたのか、今度は俺にまで襲い掛かる始末。どんなに否定しても聞く耳持たずで、一撃で気絶させるしかなかった。ただ普通に攻撃しても起き上がって来る事を見越して、聖書の神(わたし)の光も加えた事であっと言う間にKOとなり漸く静かになった。

 

 懲りずに問答無用で襲い掛かる大馬鹿者にはもう暫く再教育の時間が必要だと考えた俺は、気絶してるアレンを再度女に性転換させることにした。もう一度再教育するよう頼むとフレイヤは了承し、再び女になったアレンを見たオッタル達は心底気の毒そうに見ていた程だ。

 

 ついでとして――

 

『アレンに伝えておけ。今度は女にさせるだけでなく、フレイヤも男にして純潔を散らさせてもらうってな。それとオッタル達、貴様等も俺に挑む場合は色々な意味で覚悟しておけ。敗北したら女に性転換させた後、「豊穣の女主人」でウェイトレスの格好で強制的に働かせるからな』

 

 他人事のように見ていたオッタル達にも釘を差したら、そりゃもう揃いも揃って面白いくらいに顔を真っ青にしていた。一緒に聞いていたフレイヤは凄く面白そうにしていたが、な。

 

 とまあ、簡単ながらもそう言う経緯があった。まだ数日程度しか経ってないが、【フレイヤ・ファミリア】は今のところ大人しくなっている。

 

 そんな中、ある報せが入る事になる。【ロキ・ファミリア】が遠征から戻ってきたと言う意味合いも兼ねて、ロキが宴会の予約をしてきた。

 

 

 

 

 

 

「お前達、今夜は大忙しになるよ。ついさっき【ロキ・ファミリア】が宴会予約してきた」

 

 (今も若い姿をしてる)ミア母さんからの周知に、前回と似たような悲鳴と嘆息が耳に入った。確かにあの大所帯の【ファミリア】が来るとなれば、彼女達がああなるのは無理もないだろう。逆にミア母さんは凄くやる気満々だが、な。

 

「確かリューセーさん、お酒で酔った【剣姫】様に殴られそうになったんでしたよね?」

 

「ああ。あの時は散々な目に遭ったよ」

 

 シルからの質問に、俺は少々ゲンナリしながら答えた。

 

 酔ったヴァレンシュタインの暴走を止めたのは良いんだが、問題はその後だった。ミア母さんの怒号で思わぬ不意打ちを受けて、耳の鼓膜が凄く響いてしまった程だ。尤も、アレは【ロキ・ファミリア】や他の客達も同様に受けていたけど。

 

 既に済んだ話とは言え、思い出しただけで急に腹が立ってきた。14歳の子供に酒を飲ませた犯人(バカ)に文句を言ってやりたい。ソイツが余計な事をしなければ、あんな目に遭わずに済んだってのに。

 

 あの時は休憩中に騒ぎが聞こえて何も知らずに急いで駆け付けたけど、もう同じ轍を踏むつもりは無い。万が一にあの子がもし酒を飲んで暴走しても、その時は完全スルーさせてもらう。

 

 俺がそう決意してるとは余所に、ミア母さんが突然こう言ってきた。

 

「リューセー。急で悪いけど【ロキ・ファミリア】が来たら、アンタにはアイツ等の監視をしてもらうよ」

 

「は?」

 

『……えええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??』

 

 ミア母さんより今夜俺の役割を言った直後に俺は目が点になった直後、料理人のメイ達が何故と言わんばかりに叫んでいた。

 

 その後に『喧しい!』と注意されたが、ちゃんと理由はあるようだ。前回の宴会で【ロキ・ファミリア】のヴァレンシュタインがやらかしたペナルティも兼ねて、急遽俺を監視役として見張って欲しいそうだ。俺なら向こうの本拠地(ホーム)で何度も足を運んで顔馴染みになってる事も含めて、な。

 

 だから今夜の俺は監視役も兼ねて、【ロキ・ファミリア】専用のウェイターを急遽やる事が決定となった。俺としては不服だけど、ミア母さんに逆らえないので従うしかない。

 

 その際、リューから何やら警告をされた。

 

「リューセー。リヴェリア様と対応する時には、くれぐれも粗相の無いように」

 

「お前は本当に相変わらずだな」

 

 妖精(エルフ)王族妖精(ハイエルフ)を当然のように敬うのは既に知ってるが、これには流石にウンザリしてしまう。

 

 

 

 

 

 夜の時間になり、いつも通り料理担当をしていた。

 

 一時間も経たない内に予約した団体客の【ロキ・ファミリア】が来たと言う報せが入ったので、俺はすぐに厨房を離れ、一通りの準備を終えて店前に佇む。

 

「お待ちしておりました、【ロキ・ファミリア】の皆様」

 

「おお、リューセーやん。久しぶりやな。自分って確か、厨房メインでやっとるんちゃう?」

 

 歓迎の挨拶をする俺に、先頭に立つ【ロキ・ファミリア】の主神ロキが珍しそうに問う。俺を見たティオナが飛びつきそうになるも、そこは姉の方で何とか抑えてくれている。

 

「今夜は急遽ウェイターをやるよう言われたんですよ。ミア母さんが以前の騒ぎ(・・・・・)を懸念してるみたいで、ね」

 

「……さ、さよか」

 

 遠回しに監視役をすると理解したのか、ロキだけでなく、一緒に聞いていたディムナ達も耳が痛いみたいに少しばかり目を逸らしている。因みにその元凶であるヴァレンシュタインは、一体何の話だと頭に『?』を浮かべている。聞いた話によると、あの子は酒を飲んだ事を全く覚えていないらしい。

 

 向こうが納得してくれたと判断した俺は、【ロキ・ファミリア】を店内へ案内する。都市最大派閥である為か、彼等が入店した際に他の客達が息をのむかのように凝視していた。ロキやディムナ達は既に慣れているのか、客達の視線に全く気にしない様子で、俺が案内する席に座っている。

 

「ではすぐに飲み物や食事をご用意致しますので、少々お待ち下さい」

 

 最初に注文する飲み物(主に酒)を一通り聞き終えた俺は、ロキ達にそう言って一旦下がろうとした。

 

「なぁなぁリューセー。今日ウェイターやるなら、うち等の話し相手になるのもアリか?」

 

「…………ええ、仕事に差し支えなければ構いませんよ」

 

 ロキからの問いに思わずカウンターにいるミア母さんの方へ視線を向けると、少々苦い顔をしながらも首を縦に振っていたので、俺は取り敢えずと言った感じで答える事にした。

 

 まぁ、俺としては寧ろ好都合な展開だった。遠征の見送りをした時、俺はラウルに約束の料理を披露すると同時に返答を聞く予定になっているから。

 

 如何でもいい事なんだが、【ロキ・ファミリア】の殆どは若返った姿のミア母さんを見るのが初めてなのか、驚くほどに凝視していた。特に同じドワーフのガレス・ランドロックが今にも突っかかりそうな感じがするが気にしないでおく。

 

 さてさて、急なウェイターをやる事になったが、ヴァレンシュタインが酒を飲まないよう常に意識しておかないと、な。




次回は【ロキ・ファミリア】の各キャラ達の会話をする流れになります。

感想お待ちしています。


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監視と言う名の接待①

 客としてきた【ロキ・ファミリア】より注文された酒(注:アイズは果実水)を配った後、ロキが乾杯の音頭を取った事で宴会が始まった。

 

 大人数として来ただけあって、料理の注文も今まで以上に多い。調理担当をやっている俺は厨房でフル活動するのだが、今回は監視役も兼ねた臨時ウェイターをやっている。誰かがヴァレンシュタインに酒を飲まさないよう目を光らせておかないと、店の中で暴れると言う悲惨な事になってしまう。因みに厨房から『リューセー戻って来てぇぇ!』と言う叫びが聞こえたが、ミア母さんから「空耳だよ」と言った後に鎮静化されてしまった。

 

 決して如何でも良い訳ではないのだが、リューの様子が変だった。【ロキ・ファミリア】が来る前からそわそわしてたり、一部のテーブル席だけピカピカになるまで掃除したり等々、普段見ない奇行が少しばかり目立っていた。そしてロキ達、ではなくリヴェリアをピカピカに掃除したテーブル席へと案内させ、彼女の近くで待機している始末。

 

 ああ言う気配りが出来るなら普段からやって欲しいと内心突っ込むも、アレはあくまでリヴェリア限定の対応なのだと後々分かった。知っての通りリューはエルフだから、ハイエルフであるリヴェリアを敬っているが故に、あのような行動に出ているのだ。なので俺は敢えて気にせず、自分の仕事に専念する。

 

 それはそうと、監視役を兼ねたウェイター役の俺は、仕事をしながら彼等の話し相手も務めるのであった。

 

 

 

①ガレス・ランドロック

 

 

「はい、追加の『ドワーフの火酒』です」

 

「おお、すまんな」

 

 宴会を始めて早々にランドロックが一杯目をあっと言う間に飲み切ってしまったので、お代わりを催促された俺はすぐに用意した。

 

 酒が入ってるジョッキを受け取った彼を見た俺はすぐに離れようとするも、向こうから突然声が掛かった。

 

「そうだリューセー、いくつか訊きたいんじゃが」

 

「何でしょうか」

 

 ランドロックが隣の席に座るように催促してきたので、最初は彼かと思いながらも言われた通りにした。それを見ていたリヴェリアは『先を越された!』みたいに少しばかり睨んでいるが、そこは敢えて気にしないでおく。

 

「お主、この前の遠征でラウルに携帯食を用意したそうじゃのう」

 

 あらら、内緒で食べるように言ったけど、やっぱりバレてしまったか。

 

 とは言え、女性ではなくこのドワーフにバレるって、もしかして見た目とは裏腹に甘い物好きなのだろうか。

 

「ラウルから貰ったナッツが美味かったから、酒のツマミとして欲しいのじゃが、今すぐに用意出来るか?」

 

「……ああ、ソレでしたか」

 

 そう言えば携帯食の中に塩味のナッツもあった。確かに酒好きのランドロックからしたら、ツマミとして欲しいのには納得だ。

 

「すいません。あのナッツは遠征用で用意しただけなので、作ってないんですよ」 

 

「何じゃ、そうだったのか」

 

 用意出来ないのに凄く残念そうな表情になるランドロック。

 

「ツマミが欲しいなら、ミア母さんに頼めば用意出来ますが」

 

「それでも良いが、この店にはあのナッツみたいな塩っ気の強いのが無いからのう……って、そうじゃ」

 

 何か思い出したのか、ランドロックは途端にカウンターにいるミアを見ながら言ってきた。

 

「店に入った時から気になっていたのだが、ミアのあの変わりようは一体何なのじゃ?」

 

「まぁ、ちょっと色々ありまして……」

 

 別人と思わせるようなミア母さんは今も可憐で美人な姿になっているが、ランドロックは他の男と違って奇異な目でみている。

 

 今までの男性客は一目惚れしたかのように凝視して、中には勇気を出して愛の告白をしているのもいた。しかし、俺の目の前にいる彼はそんな様子を微塵も出さず、ただ信じられないと言わんばかりな様子だった。

 

 因みにミア母さんは現在【ロキ・ファミリア】の女性眷族達に詰め寄られている。一体どうやって若返ったとか、どうやって綺麗な肌になったとか、更には美容方法を教えてくれと強請られている。普段のミア母さんであれば相手が客でも容赦しないのだが、女性冒険者達の執念らしき圧力に珍しくタジタジ気味だった。まぁその後にはいつもの怒号で黙らせる事になるだろうが、な。

 

「ランドロックさんは、美人になったミア母さんに告白とかしないんですか?」

 

「誰がするか。いくら見目麗しくなったところで、普段から何でも腕っぷしで全て解決しようとする暴力女にそんな酔狂な真似はせん」

 

「聞こえてるよ、老け顔ドワーフ!」

 

 ロキの女性眷族達の対応をしている筈のミア母さんだったが、ランドロックの悪口(?)をばっちり耳にしていた。

 

 何かこのままいると要らぬとばっちりを受けそうな気がしたから、適当な理由を言って離れる事にした。

 

 

 

②リヴェリア・リヨス・アールヴ

 

 

 ランドロックから離れた俺はチラリとヴァレンシュタインを見るも、今も酒を飲んでいない事に内心安堵している。

 

「?」

 

(おっと不味い)

 

 此方の視線に気付いたのか、彼女はすぐに振り返ってきたので、俺はすぐに目を逸らした。

 

 下手に合わせるとあの子の事だから、すぐに此方に近付いて『黄昏の館』でやってる会話を此処でもやるのが容易に想像出来る。ウェイターをやっている俺に『私と手合わせして下さい』と言った瞬間、【ロキ・ファミリア】以外の客達が絶対に騒ぐだろう。

 

 別にヴァレンシュタインの話し相手になっても構わないけど、他の人とも話さなければいけないので後回しだ。偶然目が合ったリヴェリアが、『此方へ来い』と言わんばかりにジッと見ているから。同時に空いてる椅子まで用意して、それにトントンッと軽く叩いているのは『座れ』と言う意味だ。ああまでやる理由は、中断した魔術講座を再開する為の話をしたいのだと察している。

 

 この世界で初めて出来た生徒は本当に勉強熱心で、思わず感心してしまいそうになる。それだけ魔術を知りたいと言う探求心が強い、のかもしれない。

 

 取り敢えず今度はリヴェリアの対応をやるとしよう。これでスルーして拗ねられてしまったら、後々やる魔術講義で面倒な事になりそうな気がしそうだから。

 

 俺が彼女の隣に座った瞬間、今も待機中のリューから鋭い視線を向けられるが、そこはスルーさせてもらう。他のエルフ達も同様に、な。

 

「久しぶりだな、リューセー」

 

「ええ、あの時の見送り以来ですね」

 

 再会の挨拶をするリヴェリアに、俺は思わず見送りについて思い出していた。

 

 確か【ロキ・ファミリア】の遠征を見送ったのは約二週間以上前か。ダンジョン探索と言う大変な冒険をしている彼等とは別に、俺も俺で【フレイヤ・ファミリア】に絡まれて少々面倒だったけど。

 

「それで、こうして態々席を用意してまで俺と話したいのは……やはりアレですか?」

 

「その通りだ」

 

 リヴェリアは当然と言わんばかりに頷いた。

 

「私としてはすぐにでも再開したいが、遠征の後処理があってな。やるにしても明後日以降になるのだが、リューセーの方はどうなんだ?」

 

「そうですね。一応ミア母さんから再開の許可を貰ってはいますが、此方の都合もありますから……」

 

 魔術講座をやるのは午前時間のみとなっているが、少しばかり難しい状況だった。

 

 午前中にはミア母さん目当てに来る客の数が何とか落ち着いたとはいえ、まだまだ予断が許されない。だからもう少し様子を見ないといけないから、魔術講座を再開するのはもう少し先になる。

 

「すみませんが、暫し待って頂けますか? 大丈夫だと分かれば、すぐに連絡しますので」

 

「むぅ……」

 

「まぁその代わりとして、後で俺が共通語(コイネー)で書いた英雄譚を用意しますから、それで時間を潰して下さい」

 

「ほう、それはそれで興味深いな」

 

 先程まで残念そうなリヴェリアだったが、英雄譚と聞いて再度表情が変わった。

 

 彼女もティオナと同じく本を読むのが好きだと言っていたから、手慰みには丁度良いだろう。向こうが遠征中にそれなりに書いたから、読み切るのにかなりの時間を要する筈だ。

 

「因みにどれくらいの内容なんだ?」

 

「えっと、既にノート五冊分以上で――」

 

 俺が言ってる最中、此方の会話を聞いている一人の客が反応した事に俺は気付けなかった。

 

「それ本当!?」

 

「うわっ!」

 

 突然誰かが俺の背中を覆いかぶさるように引っ付いてきた。大変見覚えのある褐色肌の黒髪少女が。




最後が誰かはお分かりでしょうか?

感想お待ちしています。


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IF企画 ヘスティアとフレイヤが戦争遊戯(ウォーゲーム)を承諾する前に

久しぶりの更新なので、フライング投稿しました。

今回はちょっとした気分転換として、活動報告で却下された筈の提案をIF企画として書いてみました。

内容はダンまち原作17巻の終わり間際の話です。


 オラリオに住まう住民、もとい各【ファミリア】の主神と冒険者達は怒りを燃やしていた。自分達を魅了するだけでなく、都合の良い情報(きおく)に塗り替えた元凶である女神フレイヤに落とし前を付けさせようと、【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――『戦いの野(フォールクバング)』へ向かっている。

 

 これには一般人達も当然怒りを露わにしている者もいるが、流石に冒険者達と同じく本拠地(ホーム)へ向かう度胸までは持ち合わせていない。自分達の怒りは冒険者達に任せようと見守っているのが殆どだった。

 

 だが、その一般人の中に例外がいた。『豊饒の女主人』で働いている唯一の男性店員が、フレイヤのやらかしに憤りを感じながら『戦いの野(フォールクバング)』へ向かおうとしている。

 

「フレイヤ、今度ばかりは絶対許さん……!」

 

 男性店員――兵藤隆誠がそう言いながら、途端に姿を消すのであった。

 

 

 

 

 

 

「ヘスティア――『戦争遊戯(ウォーゲーム)』よ」

 

 『戦いの野(フォールクバング)』の周囲を各【ファミリア】の冒険者達が包囲している中、最上階の神室(しんしつ)でフレイヤが告げた。魅了を解除してからアスフィの抱えられたまま駆け付けたヘスティアだけでなく、先程まで【フレイヤ・ファミリア】と偽られていた【ヘスティア・ファミリア】の団長ベル・クラネルも瞠目している。

 

 負けたら何でも受け入れるだけでなく、天界の送還も受け入れる。勝てばベルを貰うとフレイヤが淡々と告げるも、ヘスティアは断ろうとした。

 

 しかし、結局のところ受け入れざるを得なかった。都市最大派閥である【フレイヤ・ファミリア】を解体する事をギルドが容認出来ない上に、フレイヤはほとぼりが冷めた後にまた同じ事を繰り返してしまう。自身の【ファミリア】と地位を持つ彼女だからこそ言える台詞に、ヘスティア達は何も言い返す事が出来なかったのだ。

 

 【ファミリア】の主神や冒険者だからこそ理解出来るが――

 

「お前は本当に自分勝手な女神(おんな)だ、な」

 

『!?』

 

 突如、第三者からのフレイヤ達は戸惑う。

 

 誰もが聞き覚えのある声で振り向くと、そこには自分達が知っている人物がフレイヤの神室に佇んでいた。

 

「リューセーさん!?」

 

「リューセーくん、どうして君がここに……?」

 

 ベルとヘスティアは隆誠を知っている。詳細については割愛するが、【ヘスティア・ファミリア】は色々な意味で助けられた事で、大変仲が良い知人の関係になっているとだけ言っておく。

 

 少し遡るが、オラリオが女神祭で賑わっている頃に隆誠はいなかった。その時には諸事情があってオラリオから少し離れた港街(メレン)にいて、期間限定の『豊饒の女主人 メレン店』で代理店主をしていたのだ。フレイヤがオラリオ全土に魅了と言う名の『神威』を発動させている中、隆誠は知らずに難を逃れていた為に。

 

 当然、メレンにいた隆誠は異変を感じるも、突如空から【ヘルメス・ファミリア】の団長アスフィ・アル・アンドロメダがリューを抱えながら降ってきた。そして彼女から異変の元凶が【フレイヤ・ファミリア】だと聞き、急いで戻ろうとするも、彼女から渡されたヘルメスからの手紙を見た事で行けなかった。『ヘスティアが合図を出すまでオラリオに戻るな』と書かれていた為に。

 

 手紙を読んだ隆誠は一体どう言う意味なのか全然分からなかったが、あの胡散臭い男神(おとこ)が大急ぎで書き殴ったかのような下手な文字を他人に見せると言う事は即ち、それだけオラリオが不味い状況になっているのだと察した。取り敢えずは時期が来るまでアスフィ達を匿おうとするも、その後に二人はオラリオに潜入しようと別行動を取る事になったが。

 

 そして、炉の神(ヘスティア)がフレイヤの『魅了』を解放しようと、自身の切り札である『浄化の炎』をオラリオ全土に発動した事を察知した隆誠は即座に動き出し、あっと言う間に駆け付けて来た訳である。

 

「隆誠、確か貴方メレンにいた筈では?」

 

「アンドロメダさんを通じて、ヘルメスから一通り事情を聞いたんだ」

 

 隆誠からの返答を聞いた事で、フレイヤは内心「やっぱりあの男神(おとこ)は捕らえておくべきだったわ」と内心後悔していた。

 

 ヘルメスは隆誠と面識があるも、実はそんなに仲が良い訳ではない。数ヵ月前にダンジョンで『Lv.2』になったばかりのベルを試そうと、ベルに嫉妬してる冒険者を上手く唆した際、リューと一緒に内緒でダンジョンへ来た隆誠から大変きつい折檻(たいばつ)を受ける破目になった。更には異端児(ゼノス)の件でやらかした事もバレた直後、またしても折檻(たいばつ)を受けると言う悲惨な目に遭っている。

 

 普通なら平然と神を折檻する人間(こども)に関わりたくないのだが、ヘルメスはそれでも隆誠に頼み込んだ。恩恵を持っていない隆誠がフレイヤと対等に話し、【フレイヤ・ファミリア】の冒険者達を圧倒出来る実力者だと知っているから。

 

「それはそうと、お前が提案した戦争遊戯(ウォーゲーム)は却下させてもらう」

 

「……これは主神の私とヘスティアが決めた事よ。貴方にそんな権利は一切無いわ」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)は【ファミリア】同士の決闘である為、神から恩恵(ファルナ)を貰っていない隆誠が本来口出しなど出来る訳がない。

 

「さっきまで人の権利を平然と奪っていたお前が言うと、滑稽な台詞にしか聞こえないな」

 

「っ……」

 

 フレイヤは途端に何も言い返せなくなっていた。

 

 ベルを自分の眷族(もの)にしようと眷族を使って【ヘスティア・ファミリア】を襲撃し、オラリオに住まう神や人間(こども)達の記憶を書き換える為の魅了を施した。別世界から来た元神の隆誠から見ても、フレイヤがやらかした事は到底許されない行為である。

 

 本来であればフレイヤは戯言のように軽く聞き流せるのだが、隆誠だけは全く別だった。それどころか痛い所を突かれたかのように苦々しい表情になっている。

 

(ど、どういう事なんだ? あのフレイヤが、人間(こども)である筈のリューセーくんに言い負かされるなんて……)

 

 ベルやアスフィと一緒に見ているヘスティアは、二人とは違う意味で内心驚いていた。

 

 天界にいた頃にフレイヤと大して接点のないとは言え、彼女が非常に自由奔放(わがまま)な性格をしているだけでなく、多くの男神(おとこ)達を軽く手玉に取っていた経緯は知っている。だと言うのに、今の彼女は隆誠に対して押されている。ベルの時とは全く違う反応を見せているから、ヘスティアが困惑するのは当然と言えよう。

 

「フレイヤ、これ以上お前の暴走(わがまま)に付き合うのは真っ平御免だ。勝手ながら【フレイヤ・ファミリア】は(一時的に)解体させてもらう」

 

「なっ……」

 

「「「えっ!?」」」

 

 隆誠の宣言にフレイヤだけでなく、一緒に聞いていたヘスティア達も困惑の声を上げた。

 

「【フレイヤ・ファミリア(わたしたち)】にそんな事をしたら、ギルドが絶対黙っていないわ。隆誠もそれ位は知っている筈よ」

 

「そこは俺の方で後々考えるから、お前が気にする必要など無い」

 

 ギルドは【フレイヤ・ファミリア】を黒龍を討つ為に必要な戦力と見ている事もあって、中々強気に出れない節がある。オラリオに二年もいる隆誠はソレを知っており、ギルド長を務めるロイマン・マルディールが抗議するだろうと既に予想していた。

 

 『ギルドの豚』と称される彼は仕事面に関して非常に有能かもしれないが、黒龍討伐と言う未来(さき)を見過ぎる余り、今回フレイヤがやらかした暴走を見過ごす結果を作ってしまった。それ故に隆誠はあの男にも、何らかの形で責任を取らせようと考えている。

 

「だが解体する前に、先ずお前から退場してもらわないと、な」

 

「いくら貴方でも、私を送還(ころ)したら徒では済まされないわ」

 

 神同士ならともかく、人間がやれば不味い事態に陥ってしまう。人間が神殺しを実行した後、死して魂が天界に還った瞬間に神々から咎を受けてしまう。下手をすれば永遠の責苦を与えられ、二度と転生出来なくなる。

 

 フレイヤとしては、隆誠にそんな罪を背負って欲しくなかった。自分を愛してくれていないとはいえ、今も対等に接してくれる唯一の人間である為に。

 

「そんな物騒な真似はしない。ただ単にお前を封印するだけだ」

 

「封印?」

 

 フレイヤが怪訝な様子を見せるも、隆誠は気にせず懐からある物を取り出した。それは小さな小瓶で、表面には『女神封じ』と共通語(コイネー)で書かれている。

 

「か、神様、人間が神を封印なんて、出来るんですか?」

 

「さ、さぁ。アスフィ君は何か知ってるかい?」

 

「私からすれば、神を封印なんて大それたことをする彼が逆に凄いとしか」

 

 小瓶の栓をキュポッと開けてから地面に置く事に、ベル達もフレイヤと同じく疑問視していた。

 

 誰もが不審そうに見ている中、隆誠は途端に構えようとする。

 

「覚悟は良いか、フレイヤ?」

 

「ッ!」

 

 隆誠の台詞を聞いた瞬間にフレイヤは本能的に危険と察したのか、強制送還覚悟で『神威』を発動させようとする。

 

 しかし、それをするには少しばかり遅かった。

 

(めつ)(ふう)()!!」

 

 隆誠が両手を前に出しながら技名を言った直後、黄色い大きな渦がフレイヤを包み込もうとする。

 

「どひゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「か、神様!」

 

「ううっ! な、何なんですかコレは!?」

 

 大きな渦から凄まじい突風が神室全体に吹き荒れてる事で、ヘスティア達は巻き添えを食らっていた。吹き飛ばされそうになるヘスティアをベルが何とか抑え、アスフィは両脚に力を込めながらも何とか踏ん張っている。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」

 

 渦に巻き込まれたフレイヤは両腕を伸ばし始め、そのまま黄色い渦に巻き込まれるようにグルグルと回って光に覆われていく。

 

 隆誠が使った(めつ)(ふう)()は、相手を殺さず容器に封じ込める特殊技。『ドラグ・ソボール』のキャラである海仙人の師匠が、ピッコル大滅王を封じた大技の一つ。この技は術者よりも遥かに強い相手でも封じる事が出来る技だが、その代償として術者の身体の負担がかなり激しく、場合によっては命を落とす危険性もある。だがそれはあくまで一定の体力がなければの話であり、隆誠のようにオーラがあれば、体力の代わりにそれで消費してカバー出来る。益してや相手は零能となった女神であるから、何のリスクも一切無く封印出来るので死ぬ事は一切無い。

 

「フレイヤ! 暫くこの瓶の中に入ってもらうぞ!」

 

「オッタルゥゥゥ! 助け――」

 

「でやぁ!」

 

 光に覆われてるフレイヤがこの場にいない眷族に助けを乞う中、隆誠が両腕を小瓶目掛けて振り下ろす。

 

 そして光が小瓶に全て飲み込まれた瞬間、隆誠は即座に置いてる栓を持ち、すぐにそれで小瓶の穴を塞いだ。

 

 フレイヤがなす術も無く封印される光景に、ベル達は唖然としながら見ているだけだった。神室に異変が起きたと気付いたフレイヤの眷族達が駆け付けるまでは。




如何でしたか?

もし皆様が宜しければ、リューセーVS【フレイヤ・ファミリア】の戦闘+その後の展開も書こうと思っています。

感想お待ちしています。


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IF企画 リューセーVS【フレイヤ・ファミリア】 戦闘前

感想で続きの希望がありましたので書いてみました。


「フレイヤの封印完了、と」

 

 ベル達が今も呆然と見ている中、(めつ)(ふう)()を使ってフレイヤを封印した俺――兵藤隆誠は、一つ目の目的を達成した事に安堵の息を漏らす。

 

 この世界の神々が下界へ降臨する際に零能状態になるのは知っていても、封印出来るかどうか正直言って分からなかった。フレイヤがもう少し早く『神威』を発動させていたら結果は変わっていたかもしれないが、それさえなければ問題無く封印可能な確証を得る事が出来て何よりだ。今もオラリオで好き勝手やってる迷惑神(ろくでなし)共を懲らしめるには絶好の手段である為に。尤も、そんな事をやれば他の神々が絶対黙っていないどころか、却って俺を危険視するかもしれないが、な。

 

 まぁ、そんな後々な展開を考えるのは今の件を片付けてからにしよう。もう少ししたら、アイツ等(・・・・)が此処へ来る筈だ。

 

「あ、あの、リューセーさん。フレイヤ様は……?」

 

 すると、フレイヤを封印した小瓶を持っている俺にベルがそう訊ねてきた。

 

 因みにヘスティアやアンドロメダも未だに状況が飲み込めていないようだ。確かに人間が神を封印する光景を見たら、あのようになるのは無理もない。

 

「見ての通り、この小瓶に封印した。これでもうフレイヤは何も出来ない」

 

「それは『神威』を発動させてもかい?」

 

 ベルの問いに答えてると、途端にヘスティアも加わるように問うてきた。神として気になる点があったのだろう。

 

「封印される前だったら逃げる事が出来たかもしれないが、この小瓶の中にいる以上は既に無意味だよ」

 

「……そうかい」

 

 ヘスティアは思うところがあっても、敢えて何も言わなかった。

 

 フレイヤのやった事が許せない筈の彼女でも、先程の光景を見た後に俺を危険視してもおかしくない。だと言うのに彼女は素直に事実を受け止めているとは、やはり他の神々とは異なる考えを持っているようだ。

 

「神ヘスティア、貴女は俺を怖がらないのか?」

 

「確かに恐いよ。もしかしたら僕も君に封印されるんじゃないかと考えてしまう程にね」

 

「!」

 

 ヘスティアの返答を聞いたベルが思わず守ろうとする姿勢を見せようとするも、彼女は話を続けようとする。

 

「正直言って助かったよ。僕としても、フレイヤを裁くにはアレしかないと思っていたからね。戦争遊戯(ウォーゲーム)でベル君が更に傷付くより遥かに良いから」

 

 確かにそうだった。あのままフレイヤの思惑通りに進んでいれば、ベルは前回【アポロン・ファミリア】と戦争遊戯(ウォーゲーム)した以上の重傷を負っていたかもしれない。

 

 都市最大派閥である【フレイヤ・ファミリア】は俺からすれば脅威ではないが、この世界の冒険者達からすれば恐ろしく強い存在だ。神として見守る事が出来ないヘスティアからすれば、色々な意味で辛いだろう。

 

「それにリューセー君を非難したら、アルテミスが悲しむからね」

 

「そこで急にアルテミスを出されると困るんだが」

 

 俺は思わず待ったを掛けても、ヘスティアはスルーしていた。

 

 詳しい経緯は省くが、三大処女神の一柱のアルテミスは諸事情でファミリアを失ってしまい、現在は『豊饒の女主人』のウェイトレスとして働いている。俺と一緒にメレンに出向しており、今も店で男神ニョルズと一緒に待っている筈だ。

 

 少しばかり穏やかな雰囲気になりかけるも、それはすぐに消え去ろうとする。

 

「フレイヤ様ぁ!」

 

 階下から上がってきた【フレイヤ・ファミリア】の団員達が扉を開け放った事で、俺はすぐに思考を切り替えた。

 

「オッタル達か。来ると思ってたよ」

 

「隆誠……フレイヤ様はどうした?」

 

 返答次第では許さんと言わんばかりのオッタルだけでなく、奴の後ろに控えている団員達も鋭い殺気を俺に向けていた。

 

 一触即発とも言える状況に、先程まで話していたヘスティア達は口を挟めないように黙っている。

 

「フレイヤならココで、俺が封印した」

 

「封印、だと……!?」

 

 信じられない返答だったのか、オッタルを含めた団員達から戸惑いの様子を見せていた。

 

「おいベル! 奴の言ってる事は本当なのか!?」

 

 すると、【フレイヤ・ファミリア】の団員の一人がベルに向かってそう叫んだ。

 

 あの半小人族(ハーフ・パルゥム)との面識は殆ど無いが、確かヴァンと言う名前だったか。

 

 ヴァンの叫びに、オッタル達も偽りの団員であったベルの返答を聞こうと一斉に目を向けている。

 

「え、えっと……」

 

「早く答えろ!」

 

「五月蠅い奴だ。ベルに確認しなくても、封印したのは本当だっての」

 

 このままだとベルが不味いと判断した俺は、すぐに割って入るように言い放った。

 

「傑作だったぞ。あの阿婆擦れ女神がこの小瓶に入る直前にオッタル、お前に助けを求めようと情けない声を出していたからな」

 

『ッ!!』

 

 小瓶を見せながら挑発する俺に、オッタルはすぐに激昂し――

 

「貴様ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 猛スピードで接近しながら、俺が持つ小瓶を奪い取ろうとしていた。

 

 だが、それは叶わない。

 

「フレイヤを封印した小瓶が欲しかったら俺の元へ来い、【フレイヤ・ファミリア】!」

 

 一瞬で躱した俺は拳で窓の一部を破砕した後、そう叫んだ後に神室を出るのであった。

 

 

 

 

「あの糞猫(クソネコ)、いきなり撤退し(にげ)やがって……!」

 

 異変が起きているのは、フレイヤの神室だけでなかった。

 

 先程まで屋敷の外、四壁(しへき)の上で【フレイヤ・ファミリア】の第一級冒険者(アレン)達が【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者(ベート)達と交戦していたのだが、急遽屋敷内へ撤退した。

 

 口汚く罵るベート・ローガだけでなく、アイズ達も突然の事に困惑するばかりだった。

 

「しかもいきなりあの野郎の声がしやがったな」

 

「ベート、それはどう言う事だい?」

 

 ブツブツと呟くベートにフィンは聞き捨てならなかったのか、すぐに問おうとした。

 

「屋敷の中からリューセーの声が聞こえた。フレイヤを封印したとか何とかって」

 

 ベートは【Lv.6】の第一級冒険者となった事で、並みの獣人以上に五感が発達した為、屋敷内から叫び声が聞こえたのだ。それは当然アレンも耳にしており、交戦中のヘグニ達も戻るように叫びながら撤退していた。

 

「神フレイヤを封印って……本当にリューセーがそう言ったのかい?」

 

「間違いねぇ。でなけりゃ、あの糞猫(クソネコ)が急に戻る訳がねぇからな」

 

「それがマジなら、リューセーはとんでもない事をやらかしたなぁ」

 

 話を聞いていたロキは、恐ろしげな表情になっていた。

 

 隆誠は神の恩恵(ファルナ)を持たない筈の人間(ヒューマン)でありながらも、第一級冒険者達を簡単に倒せる実力を持っている。更には魔術と呼ばれる未知の技術もあって、それを知ったリヴェリアが是非とも習得しようと彼を師匠として仰ぎ教えを乞うほどだった。

 

 【ロキ・ファミリア】は【ヘスティア・ファミリア】以上に色々な意味で世話になっている。プライベートな付き合いは勿論のこと、密かにラウルを鍛えて第一級冒険者に至らせてくれた恩もあり、それを知ったアイズが今も師事を求められてアッサリ断られる日課を送り続けているとか。

 

 これまで非常識とも言える事を隆誠は平然とやっていたが、今回は更に驚く事をやった。人間が神を封印すると言う大それた行為に、フレイヤと同じ女神であるロキも戦慄する程だった。

 

「リューセーの出鱈目っぷりには毎回驚かされるが、今度ばかりは流石に不味いわぁ。フレイヤが封印されたと他の神々(れんちゅう)が知れば、間違いなく危険視する筈や」

 

 隆誠はミアの教えもあってか、相手が神であっても平然と手を出している。それでもちゃんと手加減はしてるが、毎回手酷い目に遭ってる神連中からすれば堪ったものではない。手を出さなければ良いんじゃないかと言えばそれまでだが、娯楽に飢えてる神達は懲りる姿勢を見せないのがお決まりのパターンだった。しかし、封印されると分かった瞬間一気に考えを改めるだろう。隆誠を敵視するどころか、場合によっては殺すべきだと過激な発言をする神が現れるかもしれない。

 

 多くの神々は娯楽を求めて下界に降臨した事で、殆どが天界に戻りたくないと考えてしまっている。下界に長く滞在する神ほど退屈な時間を嫌う為、封印されるなど以ての外だろう。何もない場所で居続けるなど、下界に染まった神々からすれば生き地獄に等しいのだから。

 

「うちの予想ではリューセーがこの後オッタル達と戦う光景を予想しとるが、因みにフィンはどっちが勝つと思っとる?」

 

「先ず間違いなく、オッタル達は負けるだろうね」

 

 断言するフィンにベートだけでなく、聞いていたアイズ達も驚きの表情を示していた。

 

 二年と言う付き合いもあってか、フィンは隆誠の実力が未だに判明せずとも、【フレイヤ・ファミリア】が大敗する光景を思い浮かべていた。

 

 あと少しで『Lv.8』に到達するであろうオッタルに加え、先日漸く(・・・・)『Lv.7』に至った(・・・・・・・・・・)アレン(・・・)、『Lv.6』のヘディンやヘグニ、四人揃えば『Lv.6』の実力を持つアルフリッグ達、そして多くの実力者揃いの団員達もいれば敵無しかもしれないが、相手が隆誠となれば話は別だった。未だに底が知れない彼が、アレン達にも聞こえるように態と叫んだのであれば、勝てる自信がある筈だとフィンは予想している。

 

「せやなぁ。うちもそう思ったわ」

 

 どうやらロキも同じ予想をしていたようだ。日常はともかくとして、戦闘に関して常に冷静かつ余裕な姿を見せる隆誠が負ける姿を思い浮かぶ事が出来ないから。

 

 直後、ロキはこう言った。

 

「フィン、今すぐフレイヤの本拠地(ホーム)へ突入やぁ! これは大変面白いもんが見れるかもしれんで!」

 

 ロキの発言を聞いたフィンはすぐに気付いた。状況次第で隆誠側に付こうと言う魂胆を。




今回は戦う前に、外にいる【ロキ・ファミリア】側の状況を出しました。

個人的には必要な前置きでしたので、どうかご容赦ください。

感想お待ちしています。


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IF企画 リューセーVS【フレイヤ・ファミリア】 幹部集結

少し遅れてしまいました。


 フレイヤの神室から飛び出した俺は、【フレイヤ・ファミリア】が普段から訓練(ころしあい)をしている広い庭へと向かっていた。

 

 その後ろから、オッタル達が逃がさないと言わんばかりに追いかけている。フレイヤが封印されてる小瓶を奪い取るまで、地の果てまでも追うと言わんばかりの形相だ。

 

 本気で逃げるのであれば飛翔術を使って大空を舞う、もしくは転移術でオラリオから去れば良いだけの話だが、今回はどちらも使わず跳躍(ジャンプ)疾走(ダッシュ)のみで逃走している。

 

 勿論、ソレ等をやらないのには理由がある。【フレイヤ・ファミリア】を解体させる為、オッタル達を倒さなければならない。その為に、戦いやすい場所である広い庭へ向かっているのだ。

 

 フレイヤを天界送還させ、オッタル達の『神の恩恵(ファルナ)』を切り離して一般人(じゃくたい)化させるのが手っ取り早いが、流石にそれは出来なかった。いくら聖書の神(わたし)が別世界の存在とは言え、万が一に元の世界に戻って別世界の神殺しをやった際の負債を背負いたくない。益してやフレイヤと言う同姓同名の女神を殺したと、向こうのフレイヤに知られたら絶対面倒な事になるのが目に見えているから。故に俺は封印と言う手段を取り、オッタル達と真っ向勝負で勝利してから【フレイヤ・ファミリア】を解体する事を決めた。

 

 今までは都市最大派閥だからと敢えて見逃していたが、今回やらかした愚行に俺も久々にキレそうになった。神としてやってはいけない行為を、フレイヤは見事にやってしまったのだから。加えてオッタル達も主神の我儘(めいれい)に応えようと横暴な振る舞いも目に余る為、徹底的に叩きのめす必要があった。強者が何をしても許されると言う考えならば、俺もお前等の流儀に倣って蹂躙してやるとしよう。

 

 そう考えていると、目的地である庭に辿り着いた。俺が足を止めて、追跡しているオッタル達へ振り向く。

 

 直後、右手の人差し指で自分の正面に光の軌跡を生み出した直後、その軌跡が無数の光の破片を生み出して前方正面に高速連射する。

 

「ッ!」

 

 先頭のオッタルは嫌な予感が過ったのか、俺が放ったオンネンバの光弾技――『シャイニングシャワーレイン』を躱そうと、即座に跳躍した。

 

『グァァァァァ!!』

 

『キャァァアアア!!』

 

 回避したオッタルとは別に、他の団員達は夥しい光の破片を受ける事になった。頭の中が俺に対する怒りと殺意に染まっていた所為で、オッタルみたいに躱す余裕が無かったのだろう。

 

「ヴァン! ヘイズ!」

 

 地面に着地したオッタルは、近くにいた団員達に声を掛けるも、彼等は立ち上がる事が出来ずに倒れていた。

 

 威力を抑えているのとは別に、あの技には聖書の神(わたし)の光も加わっている為、直撃したヴァン達は暫くの間起き上がる事は出来ない。確か『強靭な勇士(エインヘリヤル)』と呼ばれているみたいだが、俺からすれば単なる雑兵に過ぎなかった。

 

「無駄だオッタル。さっきの光を受けた以上、ソイツ等は暫く使いものにならないぞ」

 

「……今のが、報告にあった『魔術』と言う奴か」

 

 オッタルが何やら誤解をしているようだが、敢えて何も指摘しなかった。俺が放った技は魔法じゃないのだが、向こうからすれば魔術のように見えたのだろう。

 

 報告にあったと言ってたけど、恐らくあの時の戦いについてだろう。クノッソス進攻作戦の際、【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が共闘中に俺もさり気なく混ざっていた。そこには我が弟子(リヴェリア)がいたので、特別サービスとして敵に原初のルーン魔術『死のルーン』を披露した事で、初めて見たリヴェリアが少々暴走しかけて大変だった。その現場には白黒エルフのヘディンとヘグニもいた事も補足しておく。

 

 まぁ、今はそんな事など至極如何でも良い事だから――

 

美神(あのかた)の庭で何してやがる!」

 

 集中しようと考えた矢先、背後から聞き覚えのある声がした。

 

 同時に凄まじい殺気もして、自身の後頭部に襲い掛かるであろう一閃を瞬時に躱して距離を取ろうとする。

 

「よぅアレン、久しぶりだな」

 

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇ、クソ人間(ヒューマン)

 

「態度も相変わらず、か」

 

 二年前と言う月日が流れた所為か、今のアレンはまるで忘れているかのようなデカい態度を取っていた。

 

 だが、少しばかり違う点があった。さり気なくオーラを探った際、以前戦った時より少しばかり大きくなっている。

 

「以前より速さが増したな。もしかしてランクアップでもしたか?」

 

「テメェに答える義理はねぇ。さっさと死にやがれ」

 

 即座に返事をすると言う事は、どうやら本当にランクアップしたようだ。

 

 確かアレンは『Lv.6』らしいが、今はオッタルと同じく『Lv.7』になったのだろうか。

 

「だが死ぬ前に確認する事がある。テメエが『フレイヤ様を封印した』と抜かしていたが、あれはどう言う意味だ?」

 

「お前に答える義理はないんだが」

 

「そうか。なら死ね」

 

「待て、アレン」

 

 先程の仕返しも込めて言い返すと、アレンは再び構えて俺に攻撃を仕掛けようとするも、オッタルがすぐに阻止した。

 

「奴の右手に持ってる小瓶を見ろ」

 

「あぁ? アレが何だってんだ?」

 

「あの小瓶の中にフレイヤ様が入っている」

 

「!?」

 

 オッタルがそう言った直後、今までとは違う反応を示すアレン。

 

「俺は直接見てないが、隆誠はフレイヤ様を小瓶に封印したらしい」

 

「何だと!? オッタル、それが本当ならテメエは一体何をしてやがった!?」

 

「……………………」

 

 アレンからの非難に、オッタルは何も言い返そうとせずに無言を貫く。

 

 絶対の忠誠を誓っている主神が封印された事に気付かず、呑気に本拠地(ホーム)内で待機していたオッタルに憤っているってところか。

 

「オッタルだけを責めるのは筋違いだろう。堂々と外から侵入した俺に気付かなかった間抜けなお前達の所為で、フレイヤが封印される結果になったんだから、な」

 

「――ならば猶更、我々がフレイヤ様をお救いせねばならないな」

 

 すると、またしても聞き覚えのある声がした。

 

「【永争(えいそう)せよ、不滅の雷兵(らいへい)】、【カウルス・ヒルド】」

 

「ヘディンか!」

 

 聞き覚えのある声――ヘディンが短い詠唱と魔法名を言った瞬間、俺の頭上から白い雷の弾幕が降ってきた。

 

 超スピードを使って躱すも、未だに白い雷の弾幕が降り止まずに狙い続けている。

 

「その小瓶……頂くよ」

 

「相変わらず小声だな、ヘグニ!」

 

 ヘディンの魔法を躱している最中、いつの間にか俺に接近してきた黒エルフ――ヘグニがボソボソ呟きながら剣を振り翳そうとしていた。

 

 剣があと少しで当たろうとする寸前、俺は咄嗟に遠当てを使おうとキッと睨んだ。

 

「ぐっ!」

 

 突然の衝撃にヘグニは軽く吹っ飛ぶも、威力が弱かった所為か、即座に態勢を立て直していた。

 

 ヘディンが放っていた魔法の雷が降り止んだが、まだ他にも襲撃者がいる。

 

「フレイヤ様を封印するなど、万死に値する」

 

「このままくたばれ、クソ野郎」

 

「前々から気に入らなかったんだよ」

 

「と言うか、その小瓶寄越せ」

 

「今度はお前等か、アルフリッグ達!」

 

 いつの間にか俺を囲んだ小人族(パルゥム)の四つ子兄弟――ガリバー兄弟がそれぞれ持つ得物(槍、大鎚、大斧、大剣)を振るおうとする。

 

 四人からの同時攻撃を並みの冒険者であれば躱すことなど不可能だが――

 

「ばっ!」

 

「「「「!?」」」」

 

 俺は小瓶を持っていない片手を開いて上げた瞬間、自身の周囲から凄まじい衝撃の突風が吹き荒れた。それを受けたアルフリッグ達は威力に耐え切れず吹っ飛んでいく。

 

 これは『ドラグ・ソボール』の極悪人キャラ――フリーズが第二形態の時に使っていた『ソニックボンバー』。オーラを解放して自分の周囲を吹き飛ばす技だが、今回は加減した事で威力が低い。その気になればフレイヤの本拠地(ホーム)ごと吹っ飛ばせるが、流石にそれをやる訳には行かないので手加減する事にした。

 

「くっ、舐めた真似を……!」

 

「おかしな魔法を使いやがって……!」

 

「と言うか、詠唱しないでやらなかったか?」

 

「次は必ず当てる……!」

 

 やはりと言うべきか、アルフリッグ達に大してダメージはないようだ。

 

 それはそうと、【フレイヤ・ファミリア】の第一級冒険者達が勢揃い、か。

 

 普通なら絶体絶命とも言うべき状況かもしれないが、俺としては非常に好都合だった。纏めて片付けてやる。




オッタル、アレン、ヘディン、ヘグニ、アルフリッグ達が集結しました。

感想お待ちしています。


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IF企画 リューセーVS【フレイヤ・ファミリア】 力の差を教えるリューセー

台詞についての活動報告にコメントしてくれた方々に感謝します。

色々参考にさせて頂きました。


「【フレイヤ・ファミリア】の精鋭達、か」

 

 自身の目の前にいる者達を見た事で思わず呟く隆誠だが、それはある意味当然かもしれない。都市(オラリオ)どころか世界にも轟かすほどの傑物達が勢揃いしているのだ。

 

 猪人(ボアズ)の【猛者(おうじゃ)】オッタル。猫人(キャットピープル)の【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】アレン・フローメル。白妖精(ホワイト・エルフ)の【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】ヘディン・セルランド。黒妖精(ダーク・エルフ)の【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】ヘグニ・ラグナール。小人族(パルゥム)の四つ子で【炎金の四戦士(ブリンガル)】ガリバー兄弟。

 

 【フレイヤ・ファミリア】が誇る計八人の第一級冒険者が揃えば、如何なる相手であろうと敗北は免れない。例え他国の軍勢が攻め入ろうとも、単なる有象無象に過ぎず蹂躙されてしまう。現に彼等は以前、砂漠の国で多くの軍勢を相手に圧勝していたのだから。

 

 普通ならこんな強者達を目の当たりにすれば恐怖してもおかしくないのだが、隆誠は異なる反応を示していた。恐怖しないどころか、余裕な笑みを浮かべながら彼等を見ている。

 

 短気なアレンならば軽視する相手を容赦無く叩きのめす筈なのに、仕掛けようとする傾向が全く見受けられない。一切の油断をせずに構えながら隆誠を見据えているだけだった。

 

 それはオッタル達も同様だった。当時『Lv.6』だったアレンを無傷で倒した事を覚えており、二年経った今でも警戒を緩めていない。更には彼の右手にフレイヤを封印した小瓶を持っている為、どうやって奪い取ろうかと必死に考えている。

 

 すると、隆誠は何かを思い出したかのように言い放った。

 

「お前達にまだ言ってなかったが、お前たち【フレイヤ・ファミリア】は(一時的に)解体させてもらう」

 

『………は?』

 

 突然の宣言にオッタル達は途端に唖然とした。

 

 だがそれは一瞬で、すぐに抗議の声を上げようとする。

 

「いきなり何寝ぼけたこと言ってやがる。てめえにそんな権限あるわけねぇだろうが」

 

 真っ先に反論してきたのはアレンで、苛立ちながら隆誠に向かってそう言い返した。

 

 この発言にガリバー兄弟ことアルフリッグ達も反論する。

 

「ふざけるなよ、このクソ野郎」

 

「勝手な事を抜かすな、このクソ野郎」

 

「頭に蛆が湧いたみたいだな、このクソ野郎」

 

「寝言は寝て言え、このクソ野郎」

 

 反論しながら罵倒するガリバー兄弟だが、隆誠は全く気にしていなかった。

 

「お前達こそ、よくそんな偉そうな事が言えるものだ。俺がこんな突飛な発言をする理由は既に分かってるだろうに」

 

「……フレイヤ様の魅了で操られていた者ならまだしも、港街(メレン)に居た貴様には無関係の筈だ」

 

 ヘディンも隆誠が女神祭が始まる前から港街(メレン)に向かっている事を知っていた。

 

 彼もオラリオにある『豊饒の女主人』で働いている住民とは言え、美神(フレイヤ)の『魅了』から免れた隆誠は今回の件に無関係な第三者。そんな奴が勝手に【フレイヤ・ファミリア】を解体など出来る訳が無いとヘディンが遠回しに言うも、当の本人は全くお構いなしである。

 

「それ以前の問題だ。お前等、フレイヤの命令で【ヘスティア・ファミリア】を襲撃しただろ」

 

『ッ!』

 

 フレイヤがオラリオ全土に魅了を施す前、自身の眷族達を使って【ヘスティア・ファミリア】を襲撃した事を隆誠はアスフィから聞いている。同時にヘスティアからベル・クラネルを奪おうとした事も含めて。

 

 それを知った隆誠は(この世界の)フレイヤに心底軽蔑した。力付くで他人の眷族を奪うだけでなく、無関係な周囲の人間や神達も平気で巻き込もうとする美神をこれ以上見逃す訳にはいかない。そう決断してしまう程に。

 

「自分より格下の【ファミリア】を甚振っていたお前等こそが真のクソ野郎だよ」

 

「……俺達はフレイヤ様の命に従った。ただそれだけだ」

 

 オッタルは何か思うところがあるも、【フレイヤ・ファミリア】の団長としてそう答えた。

 

 主神のフレイヤに命じられれば、自ら泥を被る覚悟を見せている。それはオッタルだけでなく、全ての【フレイヤ・ファミリア】の眷族達にも言える事だった。

 

「肝心のフレイヤは今この中に封印されてるが、な」

 

「隆誠、今すぐフレイヤ様を解放しろ。如何にお前でも、俺達を相手にすればタダでは済まないと分かっている筈だ」

 

 その発言に隆誠は途端にキョトンとした顔になる。

 

 数秒後には――

 

「く、くく……ははははは………ハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 まるでもう堪えきれないように大爆笑をするのであった。

 

 奇怪とも呼べる行動にオッタルだけでなく、アレン達ですら訝るのは当然だった。

 

「この状況で何笑ってやがる」

 

「ああ、悪い悪い。オッタルが余りにも面白い台詞を言った所為で笑いが堪えきれなくて……ククク……!」

 

 アレンの指摘に隆誠は謝りながらも爆笑した理由を答えるも、オッタル達は益々分からなかった。

 

「確かにお前達はオラリオ最強と呼べる【ファミリア】だ。そこは認めるよ」

 

 だがな、と言いながら隆誠は続ける。

 

「この際だからハッキリ言ってやる。たかが『Lv.7』や『Lv.6』程度の力しかないお前達では俺に勝てない。絶対に、な」

 

「てめえ……!」

 

 俺に勝てないと断言する隆誠に、アレンはキレてしまいそうなほど怒りの表情を露わにした。

 

 彼だけでなくヘディンやヘグニ、アルフリッグ達も同様だった。オッタルだけは未だに表情を変えていないが。

 

「尤も、今のお前達からしたら戯言にしか聞こえないだろうから教えてやるよ。だがその前に――」

 

 そう言いながら隆誠は右手を軽く上げた途端、フレイヤを封印している小瓶が光で覆われると、サイズが更に小さくなっていた。その直後、あろう事か隆誠は、その光を口の中に入れてゴクンと飲み込んでしまった。

 

『ッ!?』

 

「んぐっ………ふぅっ」

 

 光で覆われているとは言え、小瓶を丸ごと飲み込んだ隆誠の行動にオッタル達は信じられないと言わんばかりに驚愕していた。

 

 それを飲み込んだ本人は少々苦しそうな表情を見せるも、僅か数秒で安心したかのように息を漏らす。

 

「お前達の事だから、隙あらば小瓶を奪い取ろうと考えていたんだろう」

 

 隆誠は既に気付いていた。オッタル達が対峙しながらも、彼の右手に持っている小瓶にほんの一瞬だけ視線を向けていた事を。

 

 これから相手をするのに邪魔者(フレイヤ)がいては気が散るだろうから、是非とも自分に意識を向けさせようと小瓶を飲み込む行動に移した。いくら隆誠でも何の施しもせずにやったら色々不味い事になってしまう為、更に小さくさせようと光の膜で覆わせた。

 

 因みにこの行為はドラグ・ソボールにもある。敵対していた頃のピッコルが、(めつ)(ふう)()返しで地球の神を封印した小瓶を、空孫悟達の目の前で飲み込んだシーンがあった。状況は全く違うが、隆誠はそれに倣ってやる事にしたのだ。

 

 だがそれは、この世界では禁忌とも言える行為だった。ただでさえ人間が神を封印するなんてあり得ないのに、更には封印した小瓶ごと飲み込むなど、神に対する冒涜も同然だった。隆誠のやった事は、嘗てアルテミスを食った太古の蠍型魔獣『アンタレス』と似た行為である為に。

 

「絶対に無理だが、俺を殺さない限りフレイヤは――」

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 突如、咆哮(ハウル)と呼べる声が『戦いの野(フォールクヴァング)』の周囲を響き渡らせた。外で包囲している各ファミリア達も耳にしており、余りの叫びに一部は恐怖している程だ。

 

 その声の主はオッタルだった。今の彼は比喩抜きで両目から真っ赤な眼光を放ちながら、怒りの大咆哮を上げていたのだ。

 

「貴様は我等の崇高なる女神を汚したァ!!」

 

 オッタルだけでなく、アレン達も全く同じ状態と化しており、憤激を爆散させた。

 

「最早貴様の辿る末路はただ一つ!!」

 

『死刑、死刑、死刑!!』

 

 オッタルの大音声に後にアレン達からの死の斉唱が続く。

 

 この光景は、元【イシュタル・ファミリア】の団長フリュネ・ジャミールが体験していた。その時の彼女は狂戦士となったオッタル達から、一方的に蹂躙されると言う悲惨な末路を辿っている。

 

 数秒後にオッタル達は隆誠に迫り、八つの黒い影は隆誠を覆いかぶさろうとする。

 

「ハァッ!!」

 

『ッ!!』

 

 それぞれの得物で攻撃する筈のオッタル達だったが、隆誠の全身から凄まじい突風が吹き荒れた。

 

 予想外な反撃を受けた事で、狂戦士達は吹き飛ばされそうになるも、一旦距離を取ろうと後退する。

 

「崇高なる女神を汚した? 俺の末路は死刑? 何度も笑わせるな、【フレイヤ・ファミリア】」

 

 隆誠は今まで以上に声を低くして言い放っていた。それどころか凄まじい殺気を本拠地(ホーム)全体に放っていた。

 

 まるで身体に重さが圧し掛かったかのような濃厚な殺気に、狂戦士化していたオッタル達の怒りが急激に冷めていく。

 

「気が変わった。このままでもお前達を倒すのは簡単だが、恩恵とは比べ物にならない本当の実力(つよさ)と言うものを見せてやる……!」

 

 そう言いながら隆誠は上着を脱いで放り投げた。それがかなり重い物であるかを証明するように、地面に付いた途端にドスンと激突音を響かせている。その光景にアレンだけ見覚えがあるも、オッタル達は眼を見開いていたが。

 

 そして彼が構えた直後、全身から発しているオーラの色は金色に染まっていく。

 

「ハァァァァァァ……!」

 

「な、何だ……!?」

 

「大地が、揺れてやがる……!」

 

 オラリオ全土を揺るがす地震が起きてる事で、本拠地(ホーム)にいるオッタル達だけでなく、外で包囲している各【ファミリア】、更には住民達も困惑状態に陥り始めていた。

 

 しかし、それはほんの数秒で収まるも――

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!!」

 

 隆誠が雄叫びをあげた直後、彼の全身から凄まじい暴風が吹き荒れるだけでなく、地面も抉られるように爆散していく。

 

 暴風と粉塵によってオッタル達は何とか両足で踏ん張りながら、顔を守ろうと腕で覆っていた。

 

 それらが収まり改めて隆誠を見ると、全身から金色のオーラ発しているだけでなく、まるで雷を纏わせているのはないかとバチバチと音を発している。

 

「ふぅぅぅぅ………さぁ、始めようか!」

 

 開始の宣言をする隆誠が途端に姿が消えるも――

 

「がっ!!」

 

 いつの間にかオッタルの懐に入っただけでなく、腹部に強烈なボディブローを食らわせ、本拠地(ホーム)の建物目掛けて吹っ飛ばしていた。




本当なら二話程度で終わるつもりが、書いてる内にまだ続きそうです。

次回はリューセーがオッタル達を蹂躙する話になります。

感想お待ちしています。


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IF企画 リューセーVS【フレイヤ・ファミリア】 蹂躙する側がされる側に

このIF企画はいつまで続くんだろう、と書きながら疑問視する自分がいました。



「………まぁ良いか」

 

 先制攻撃を仕掛けてオッタルを吹っ飛ばした隆誠は何か気になるような表情をしていたが、すぐに切り替えてアレン達の方へ視線を向ける。

 

「嘘だろ、オッタル……」

 

 アレンが信じられないと言わんばかりに呆然とした表情になっていた。彼だけでなくヘディンやヘグニ、アルフリッグ達も含めて。

 

 彼等はオッタルが一撃で倒された事が信じられなかった。普段から(いが)み合うほど不仲でありながらも、実力だけは認めている。

 

 【フレイヤ・ファミリア】の団長オッタルはアレンと同じ『Lv.7』だが、『Lv.8』に限りなく近い『Lv.7』である為、オラリオ最強冒険者の【頂天】として君臨している。アレン本人も認めたくないが、未だに勝てないと内心自覚する程だ。

 

 圧倒的な実力を持つだけでなく、鉄壁の防御力も備わっている。アレン達だけでなく、【ロキ・ファミリア】の幹部達ですら抜けないほどの『絶対防御』とも称される安定感を有している。故にどのような攻撃を仕掛けても、初撃で倒すなど先ず不可能だった。

 

 しかし、それが一気に覆されてしまった。不意を突かれたとは言え、オッタルが隆誠の攻撃を防御出来なかったどころか、簡単に吹っ飛ばされてしまったから。アレン達が呆然となるのは当然とも言えるのであった。

 

「さっきまでの威勢は何処へ行った? 俺を死刑にすると勝手な事をほざいていたじゃないか」

 

 隆誠の発言で現実に戻ったのか、アレン達はすぐに自身の得物を持ち構えた。

 

「まぁ無理はない。あのオッタルがたった一撃でやられるのを見せ付けられたら、な」

 

 普段のアレン達であれば、自分達を侮辱する者は誰であろうと速攻で黙らせている。しかし隆誠が圧倒的なパワーでオッタルを倒した為、口が思うように開けなかった。

 

「因みに解放した俺の力を冒険者(おまえ)達の基準で言うと『Lv.20』以上は確実だ」

 

『ッ!?』

 

 自身の実力をレベルで換算した隆誠の発言に、アレン達は再び目を見開く。余りにも馬鹿げたレベルである為に。

 

 冒険者のレベルとは、神の眷族のランクを総合的に示す数値。レベルを上昇させるには任意のアビリティを上げるだけでなく、自分の限界を突破するような偉業を成し遂げなければならない。それを経た事で冒険者は上位存在たる神に一歩近づき、心身の強化と器の進化が実現されてランクアップする仕組みになっている。現時点での最高峰は『Lv.7』のオッタルとアレン、そして『学区』に所属するもう一人の人物だけだが、過去には『Lv.8』や『Lv.9』の冒険者が存在していた事も補足しておく。

 

 しかし、冒険者でない筈の隆誠は自ら『Lv.20』以上だと断言していた。普通に考えてそれはあり得なく、何も知らない第三者が耳にすれば、とんでもない法螺吹き野郎だと嘲笑されてもおかしくないだろう。

 

「ざけんなッ! いくらてめえでも、そんなのあり得ねぇだろうが!」

 

「まだ信じられないか? ならば来いよ……チビ猫ちゃん」

 

 否定するアレンに、隆誠は挑発する仕草をしながらそう言った途端、空気が一気に凍った。

 

 アレン・フローメルは自身の身長が低い事を物凄く気にしており、それを指摘した者は相手が一般人であっても全力で攻撃を仕掛けてくる。それが例え、自身より遥かに格上の相手であっても。

 

「誰がチビだ、このクソ人間(ヒューマン)がぁぁあああああああああああああ!」 

 

「止せ、アレン!」

 

 禁句を言われた事で怒りを爆発したアレンが隆誠に向かって突進し、それを見たヘディンが止めようとするも遅かった。

 

「死にやがれぇぇぇぇえええええ!」

 

 怒り狂うアレンの攻撃は、正に暴風そのモノだった。『Lv.7』にランクアップした事もあってか、今の彼の攻撃はオッタルでも簡単にいなす事が出来ないだろう。

 

 同時に隆誠を本気で殺そうとしているから、今のアレンは殺意の塊と化している。常人が触れただけでも簡単に吹っ飛ばされてしまう上に、あっと言う間に死体と言う名の肉塊(にっかい)が出来上がってしまう。

 

 銀の長槍がまるで分身したかのように隆誠を滅多刺しにするも、彼が纏っているオーラによって一つも貫通出来ないでいた。

 

「ッ!」

 

「ランクアップしても所詮この程度、か」

 

 攻撃を黙って受けていた隆誠は痛くも痒くも無いどころか、まるで失望したかのように言った。

 

 その台詞にアレンが更に激昂しそうになるも、突然目の前にいる隆誠が姿を消した。

 

 一体何処へ行ったのだとアレンは周囲を見渡すと、いつの間にか自身の背後を通り過ぎたかのように佇んでいる。

 

「先に言っておく。気付いていないなら、一歩たりとも進まない方が良いぞ」

 

「何をふざけた―――がはっ!」

 

 隆誠の忠告に聞く耳持たずのアレンが即座に攻撃態勢を取ろうと一歩踏み出した瞬間、途端に両手両脚や腹部、そして頭に途轍もない衝撃と激痛が走った。それに耐えられない所為か、吐血しながらうつ伏せに倒れて意識を失ってしまう。

 

 全冒険者の中で最も脚が速く、『都市最速』の称号を有する筈の実力者が無様な姿を見せている事に、ヘディン達は言葉を失ってしまう。

 

「やれやれ、だから言わんこっちゃない」

 

 振り返りながら、落胆の言葉を述べる隆誠。

 

 彼が一瞬で倒されたのは、隆誠の技によるモノだった。

 

 嘗て祐斗に教えた『(しゅん)(れん)(ざん)』であり、対象を通り過ぎる直前に頭部、腹部、両腕両脚に攻撃を一瞬で仕掛ける技。本来は武器を使用する技なのだが、隆誠であれば素手だけでも充分に発揮できる。訂正するなら剣技ではなく、打撃技の『(しゅん)(れん)()』が正しいだろう。

 

 速さに関する技であればアレンも気付いたかもしれないが、禁句を耳にした事で冷静さを失っていた為に視認出来なかった。必ず激昂すると確信しながら態と挑発し、全て隆誠の思い通りに踊らされていた事を知らずに。

 

(あの愚猫め! この状況で我を忘れるなど、愚の骨頂にも程があるぞ!)

 

 無様に倒れるアレンを見ているヘディンは声に出してないが、内心で悪態を吐いていた。

 

 隆誠が挑発する為に禁句を言ったのだと即座に気付くも、肝心の愚猫は一切気付かずに突撃して無様な姿を晒す破目になった。ヘディンが思わず口汚く罵ってしまうのは無理もない事だ。

 

「そう罵倒するなよヘディン、どうせお前もすぐにやられるんだからさ」

 

「くっ!」

 

 まるで心を読んだように話し掛けられた隆誠に、ヘディンはただ睨むだけに留めている。

 

 すると、隆誠はいつの間にか彼等に人差し指を向けており――

 

「バン」

 

 と言った瞬間、指先が突然光り出し――そして爆発した。

 

『ッ!?』

 

 突然の爆発にヘグニとアルフリッグ達は爆発した方へと振り返る。

 

「ヘ、ヘディン……嘘だろ?」

 

 爆発による煙が晴れると、そこにはヘディンが倒れているどころか意識を失っていた。

 

 共に行動をする事が多い相方の姿に、ヘグニは信じられないように呆然と彼を見ている。

 

「見、見えなかった……」

 

「俺達には、ただ、何かが……」

 

「光ったとだけしか……」

 

「そんな、バカな……!」

 

 ヘグニだけでなく、ガリバー兄弟(アルフリッグ、ドヴァリン、ベーリング、グレール)も同様の反応を示していた。

 

 隆誠が放ったのはドラグ・ソボールの極悪人キャラのフリーズが使う『キルビーム』と呼ばれる技で、人差し指の先から光を放つ。技の出が速いのが特徴で、以前アレンに使ったが、今回は力を解放してる事で、第一級冒険者達の目でも視認出来ない程のスピードで撃った。その結果、命中したヘディンはあっと言う間に倒される結果となった。

 

「らしくない失態だな、ヘディン。次に狙われるのは自分だと気付かなかったのか?」

 

 隆誠は【フレイヤ・ファミリア】を格下扱いしてるが、決して見縊ってなどいない。その中で一番に厄介な人物なのはヘディン・セルランドだった。寧ろ、あの自分勝手な【フレイヤ・ファミリア】をよく纏めているものだと密かに尊敬している程だ。

 

 オラリオ最強の派閥と呼ばれている【フレイヤ・ファミリア】だが、団員の殆どは協調性を全く持ち合わせていない。それは当然派閥としての機能が全く成り立たないから、必要最低限に纏める参謀役がどうしても必要だった。それに抜擢されたのは卓越した頭脳と王としての経験と知識を持つヘディンであり、他の幹部メンバーも不満があっても彼の能力を認めている。

 

 その事実を知った隆誠は、ヘディン・セルランドが倒されたらこの派閥は間違いなく終わりだなとすぐに察した。オッタル達が作戦に関しては、全て彼任せであると分かった為に。

 

 本当なら力を解放してから即座にヘディンを仕留めるつもりでいた隆誠だったが、それはあくまで戦争遊戯(ウォーゲーム)などの集団戦に限った話だから、今回はオッタルとアレンを倒してからにしようと改めている。

 

「どうする、お前達? いっそ纏めて掛かって来てもいいぞ」

 

「………」

 

「「「「……クソが」」」」

 

 ヘグニとアルフリッグ達は改めて理解した。自分の実力が『Lv.20』以上だと豪語した隆誠の発言は真実である事を。

 

 『絶対防御』を有してる団長(オッタル)を一撃で倒し、『都市最速』の副団長(アレン)ですら視認出来ないスピードで倒し、第一級冒険者(じぶん)達にも視認出来ない速攻魔法らしきモノで参謀(ヘディン)を倒した。こんな事実を間近で見られて否定する程、彼等は愚かではない。

 

 余りにも馬鹿げた力を持つ隆誠に恐怖してもおかしくないが、ヘグニ達はそれでも戦う意思を見せている。封印されたフレイヤが隆誠の腹の中にいる以上、何としても救出しなければならないのだ。敬愛する主神に絶対的な忠誠を誓っている彼等に、恐怖や退却など絶対許されないのだから。

 

「……アルフリッグ達、俺が何とか隙を作るから……後を頼む」

 

 すると、ヘグニはまるで決心するかのように言った。

 

 しかし――

 

「何だと?」

 

「本気で言ってるのか?」

 

雑魚精神(ザコメンタル)エルフの癖に」

 

「ヘディンがやられて、とうとう頭がおかしくなったか?」

 

「……こう言う時くらい、合わせて欲しいんだけど……」

 

 アルフリッグ達の台詞にヘグニは傷付きそうになりかけるも、それでも何とか耐えていた。

 

「だが、そうするしかないのは事実だ」

 

「アイツの余裕面をこれ以上見たくない」

 

「早くフレイヤ様を救出しなければならない」

 

「お前が何をするかは既に分かってるから、さっさとやれ」

 

 だがそれでも、アルフリッグ達は理解していた。今の状況で隙を作れるのはヘグニしかいない事に。

 

 本当なら隆誠はその気になれば一瞬で倒せるのだが、敢えて待っていた。向こうの作戦を完膚なきまで叩き潰そうと考えているから、敢えて向こうに合わせているのだ。

 

「【抜き放て、魔剣の――」

 

 そしてヘグニが覚悟を決めたかのように詠唱を紡ごうと――

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 

 していたのだが、突如聞き覚えのある雄叫びが響いた事で中断せざるを得なかった。

 

 ヘグニ達だけでなく隆誠も当然耳にしており、気になるように振り向いている。

 

 その先には――明らかに『獣化』していると思われるオッタルがいた。

 

「やはりな」

 

 一撃で倒した筈のオッタルが再び参戦する事に、隆誠は慌てた様子を一切見せていない。

 

 それとは別に、意識を失って倒れている筈のアレンとヘディンがピクリと動いていた。




活動報告で書いたリューセーのレベルについてですが、敢えて20以上にしました。

コメントしてくれた方々、本当に参考になったのでありがとうございます。

感想お待ちしています。


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IF企画 リューセーVS【フレイヤ・ファミリア】 アレン達の意地

「フーッ、フーーッ……! ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 今のオッタルは『手負いの獣』という言葉が相応しい。同時にダンジョン深層にいる『階層主』以上の恐ろしさも感じられる。

 

 彼は隆誠が見せた真の力に気圧され気味になっていた際、突如目の前に現れて不意打ちを食らって一時的に戦闘不能状態に陥っていた。獣の直感と言うべき防衛本能が働いた事もあって、咄嗟に防御態勢になりながらも後ろに跳んだお陰で、何とか致命傷を避ける事に成功している。

 

 だがそれでもダメージは大きく、すぐに立つ事が出来ない状態だった。万が一の為に持っていたエリクサーを使おうとするまでの間、鈍痛によって何度も意識を失いかけていた為に。

 

 そんな中、オッタルは憤っていた。たった一撃で倒されてしまった自身の不甲斐無さに。

 

 フレイヤを封印した小瓶を目の前で飲み込んだのを見たオッタルは、隆誠の腹を掻っ捌いてでも小瓶を取り出そうと考えていた。

 

 しかし、それは実行出来ないと瞬時に悟ってしまう。自分達は知らずに『眠れる獅子』を完全に覚醒(めざめ)させてしまったと考えてしまうほど、隆誠が大地を揺るがすほどの強大な力を見せ付けていたから。

 

 その所為で僅かな恐怖と言う隙を晒してしまい、オッタルは無様にやられてしまう結果になった。それが彼にとって一番許せないのだ。

 

 エリクサーで回復した直後、オッタルは何の躊躇いも無くスキルの一つ、【戦猪招来(ヴァナ・アルガンチュール)】を発動させた。

 

 基本、発展などの全アビリティ能力に超高補正がかかり、身に宿る凶暴性が遺憾なく発揮される。それはある意味、昇華(ランクアップ)と見まがうほどの力を与える強力なスキルだった。

 

 だが強力な反面、欠点(デメリット)も存在する。発動中は常に体力・精神力(マインド)が大幅に減少するため、長時間の発動は出来ない。

 

 隆誠から受けた一撃で絶対的な力の差を教えられたオッタルは、今までの驕りや恥を捨て、一気に勝負を決めようと獣化スキルを使う事にした。全ては敬愛する主神(フレイヤ)を救わなければならない為に。

 

「ほう、まるで別人だな」

 

 隆誠は怒れる獣と化して襲い掛かるオッタルを見ても、全く動じないどころか余裕の笑みを浮かべていた。

 

 振り翳す黒大剣『覇黒(はこう)(つるぎ)』に、隆誠がオーラを纏っている片腕を前に出した途端、激しく激突する金属音が鳴り響く。

 

「グゥゥゥゥ……!」

 

「ふむ……爆発的に力を上昇させているみたいだが、それでもまだ俺には届かないな」

 

 膠着状態になりながらも前進しようとするオッタルに対し、斬撃を受け止めながら冷静に分析する隆誠。

 

 凄まじい一撃だと物語るように、隆誠が立っている地面に大きな亀裂が走っている。しかし、受けた本人は涼しい顔をするだけだった。

 

 だが、それはすぐに一変する事になった。

 

 何か思うところがあったのか、隆誠は途端にオッタルから距離を取るように後退する。

 

「…………チッ」

 

 斬撃を受け止めた片腕を見た隆誠が舌打ちした。先程までアレンの攻撃を難なく防いでいた筈のオーラに罅が入っていたから。尤も、それは修復されたかのように元に戻ったが。

 

 だが、オッタル達は見逃さなかった。

 

 隆誠の纏う(オーラ)は圧倒的とも言える防御力があっても、絶対ではないと即座に理解した。

 

 【フレイヤ・ファミリア】の眷族達はこう考える。気に食わないが、隆誠を倒せるのは団長(オッタル)だけしかいないと。

 

 連携など皆無である彼等だが、主神(フレイヤ)を救う為には何だってやる覚悟はある。

 

 そんな中、獣化している筈のオッタルは後退した隆誠を追撃せず、黒大剣を両手に持ったまま構えている。

 

「【銀月《ぎん》の慈悲、黄金の原野】」

 

「成程、そうきたか」

 

 相手が自分より強いと認識しているのか不明だが、オッタルは獣化しておきながらも魔法を放つ為の詠唱をしていた。

 

 それを見たアルフリッグ達は驚きながらも、ゆっくり動き出そうとする隆誠の足止めをしようと突撃する。

 

「どこを見ている!」

 

「俺達を無視するな!」

 

「お前の相手はあの脳筋だけじゃないぞ!」

 

「くたばれ!」

 

 本命は自分達だと言わんばかりに、【炎金の四戦士(ブリンガル)】が連携攻撃を繰り出そうとする。

 

「ふ~っ……」

 

 隆誠は何故か軽く息を吹きかけていた。

 

 その直後、隆誠の周囲から強烈な竜巻が発生する。

 

「「「「ぐぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああッ!」」」」

 

 中心にいる隆誠を除き、竜巻の餌食となったアルフリッグ達は空高く舞い上がっていき、そして上空でグルグルと激しく回っている。

 

 突然の光景に竜巻の範囲外だったオッタルは見ながらも詠唱を続けている。

 

「ふ~っ……」

 

 そして隆誠は上を見ながら、再び軽く息を吹きかけた瞬間、竜巻が爆弾のように破裂した。それによって上空で回っていたアルフリッグ達は分散し、彼方此方(あちこち)へ吹っ飛んでいく。

 

 先程まで足止めをすると決意していた彼等だったが、隆誠の近くへ落下して、倒れた状態で地面に激突する。

 

 長男のアルフリッグは起き上がる事が出来ないのか、完全に虫の息状態だった。だが他の弟達も同様に再起不能状態になっている。

 

 隆誠がその気になれば殺す事は簡単だが、敢えてそうしなかった。コイツ等には後ほど屈辱と言えるほどの(ペナルティ)を考えているから。

 

 先程使ったのは、ドラグ・ソボールの極悪人キャラ『フリーズ』の技。残念ながら、これには技名が存在しない。原作には無いアニメオリジナル技であり、襲い掛かって来るナメクジ星人達を迎撃しようと、息を吹きかけて竜巻を発生させて瞬殺していたシーンがある。

 

 ガリバー兄弟の連携攻撃を防ぐのは簡単であっても、全く無駄である事を教えようと竜巻を発生させる技を使う事にした。

 

「大根役者にも程があるぞ」

 

 隆誠は既に見抜いていた。アルフリッグ達がオッタルの魔法(きりふだ)を発動させる為の時間稼ぎをしていた事を。

 

 そう言う事が出来るなら普段からやれよ、と思いながらも隆誠は背後からの斬撃を防いでいる。

 

「ヘグニもそう思わないか?」

 

「かもしれない。だけど隆誠を倒すには、もうこれしかない!」

 

「そうか。如何でも良いけど、今日はいつもの喋り方じゃないな」

 

 ヘグニが残念な中二病(やまい)の持ち主である事を知っている隆誠は、喋り方が異なっている事を思わず指摘した。

 

「【永久(とわ)に滅ぼせ、魔の剣威をもって】!」

 

 隆誠の指摘を敢えて無視したのか、ヘグニは距離がありながらも特殊武装(スペリオルズ)呪剣(カースウェポン)【ヴィクティム・アビス】を振るいながら詠唱をしていた。

 

 彼が持っている武器は、『体力と引き換えに斬撃範囲を拡張する』という効果を持つ第一等級武装。故に距離があっても斬撃を振るえる事が出来るのだが、オーラを身に纏っている隆誠には全く無意味だった。

 

「【バーン・ダイン】!」

 

 だがそれでも、彼は一切攻撃を緩める事無く魔法を放った。

 

 ヘグニが放った魔法【バーン・ダイン】は超短文詠唱の爆炎魔法。射程は超短距離だが、その分効果範囲内の敵を根こそぎ吹き飛ばす程の威力を持つ。

 

 爆炎魔法を直撃した隆誠だが――

 

「温い炎だ」

 

「がはっ!」

 

 全然効いてないと言わんばかりにヘグニの懐まで接近し、そのまま強烈なボディーブローを食らわせた。

 

 オッタルの時と違って吹っ飛ばなかったが、抉るように拳を捻っていることで、ヘグニは余りの激痛に意識を失い、うつ伏せに倒れてしまう。

 

「さて、あとはオッタルだけ……ん?」

 

「【永伐せよ、不滅の雷将】」

 

「【回れ銀輪(ぎんりん)、この首落ちるその日まで――」

 

 アルフリッグ達とヘグニを片付けた隆誠がオッタルに狙いを定めようとするも、何かに気付いたかのように違う方へ振り向く。

 

 そこには倒した筈のヘディンとアレンがいつの間にか立ち上がっており、どちらも構えながら詠唱をしていた。

 

 隆誠が手加減したとは言え完全に意識を失っていた二人だが、オッタルの咆哮を耳にした事で目が覚めていたのだ。

 

「【ヴァリアン・ヒルド】!」

 

 ヘディンの超短文詠唱の雷魔法【ヴァリアン・ヒルド】は、階層主の上半身すら呑み込むほどの特大の雷の砲撃。オッタル達ですら回避行動を余儀なくされる程の威力であり、第一級冒険者の肉体すら塵も残さず焼き尽くせる。

 

 いくら隆誠でも全身にオーラを纏ったところで徒では済まない筈だが――

 

「天雷よ、鳴り響け」

 

「ガァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 全く効いてないどころか、お返しと言わんばかりに姫島朱乃が好む雷魔法『天雷』を放った。

 

 隆誠と同じく雷魔法を直撃したヘディンは、らしくない悲鳴を上げていた。彼としては自身と似た魔法を受けるとは思っていなかったのだろう。

 

「【グラリネーゼ・フローメル】!」

 

 再びヘディンが倒れた直後、今度は詠唱を終えたアレンの魔法が迫り来ようとしていた。

 

 『Lv.7』にランクアップした事で、以前に隆誠と戦った時よりも『敏捷(スピード)』が上がっている為、獣化したオッタルでも完全防御しなければならない。

 

 あの時とは全く違う事を証明する為に突進するアレンに――

 

「下らん!」

 

「ガッ!」

 

 隆誠は銀の長槍の穂先を簡単に躱したどころか、一瞬で蹴り上げた。

 

 アレンは上空へ吹っ飛ばされるも、一瞬で追いついた隆誠が彼の背後に現れる。

 

「はぁっ!」

 

「~~~~~~~~~~~~~ッッ!」

 

 背中目掛けて肘打ちをした直後、声にならない悲鳴を上げるアレンはそのまま急速に地面へ落下し、そして激突した。

 

「無駄な努力だったな、アレン」

 

 地面に着地しながら無慈悲な言葉をかける隆誠。

 

 普段の彼であれば必死に努力して挑む相手に敬意を表するが、人を平然と罵倒する相手には容赦しない。益してや今回は【フレイヤ・ファミリア】に力の差を教えようと、一切の情けを掛けずに蹂躙している。

 

「ぐ……クソ、が……!」

 

「呆れた奴だ。まだ意識があるとは」

 

 隆誠の肘打ちを受けて骨に大きなダメージを受けて動けない筈のアレンだが、槍を拾う為に手を伸ばそうとしている。

 

 だが、それは束の間に過ぎない。槍を手にした瞬間、限界が訪れたかのように意識を失ってしまったから。

 

「おっと、少し遊び過ぎたか」

 

 隆誠は肝心な事を忘れていたと言わんばかりに、今まで目を離していた対象の方へと向けた。

 

 アレン達に意識を向けていた所為で、オッタルは詠唱を終えているどころか、両手に持っている黒大剣から凄まじい黄金の魔力が帯びている。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」

 

 機は熟したのか、オッタルは咆哮を上げながら隆誠に向かって突進する。黄金の魔力を帯びた大剣を構えたまま。

 

 オラリオの【頂天】と称される最強の一撃が、隆誠に振り翳そうとしていた。




次で終わりにしたいです。

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IF企画 リューセーVS【フレイヤ・ファミリア】 オッタル達、大敗する

 オッタルの黒大剣に魔力が帯びているのは魔法を使ったからだった。

 

 その魔法は【ヒルディス・ヴィーニ】。金色の魔力を武器に与えて、威力を強化するだけの単純な魔法。

 

 本来は短文詠唱で済む筈だが、オッタルは敢えて長引かせていた。全ての魔力を黒大剣に注ぎ込む為に。その結果、漆黒に染まっている筈の刀身が、オッタルの魔力によって光り輝く黄金色に染まっている。

 

 まるで神から与えられたかのような穢れが一切無い神聖な剣のようで、冒険者だけでなく、神々ですら魅了されるような美しい色に染まっていた。

 

 それと同時に恐ろしさもある。これ程の強力な魔力を対象に当てれば、死は免れない。現にオッタルはこの魔法で、深層の階層主【ウダイオス】を一撃でガラクタに変えた実績があるのだ。

 

 本来使うべき相手はモンスター、もしくは挑んでくる冒険者なのだが、今回はどちらも当てはまらない。黄金の大剣を振り下ろしてる相手は一般人――とは言い難いが『神の恩恵(ファルナ)』を与えられていない人間(ヒューマン)

 

 普通に考えてあり得ないが、その人間(ヒューマン)は【フレイヤ・ファミリア】の第一級冒険者達を蹂躙していた。まるで自分達を雑兵みたいに、涼しい顔をしたままで。

 

 今のオッタルは非常に申し訳ない気持ちだった。『強靭な勇士(エインヘリヤル)』と称してくれた主神(フレイヤ)の顔に泥を塗っていたから。自害しても償われないほどの大失態を犯している自分達の姿をフレイヤが見たら、確実に失望するだろうと考えている程だ。故に決めた。自身の魔法(きりふだ)で必ずヒューマンの隆誠を倒し、封印されたフレイヤを救出した後、【フレイヤ・ファミリア】団長の座から退こうと。

 

 美しき黄金の剣が隆誠の身体をオーラごと斬り裂こうと、

 

「引っ掛かったな」

 

 する瞬間、まるで造作も無いと言わんばかりに、隆誠は受け止めていた。

 

 しかも左手だけで。

 

「ッッ!!??」

 

 オッタルは混乱していた。

 

 先程まで隆誠が纏っているオーラに罅が入った筈なのに、全く効いていなかった。

 

 自身の膂力で攻撃があと少しで届くのであれば、魔力を使った【ヒルディス・ヴィーニ】なら確実に届くと確信したのに、全く異なる展開になっている。

 

 実は隆誠のオーラに罅が入ったのは、単なる演技に過ぎない。勝機(きぼう)の道を作らせると見せかけた罠に、果たしてオッタル達が気付くかどうかを試したのだ。

 

 その結果、オッタルは何の疑いもせずに勝機があると信じ込んでしまった。同時にヘグニ達も最早オッタルに頼るしかないと見事に騙され、(死んではいないが)無駄死にする行為を自らやっている事にも気付かずに。

 

 一体何故だと混迷を極めるオッタルに、隆誠は呆れるこう言った。

 

「こんな簡単に騙されるとは思わなかったぞ」

 

「何、だと……ッ!?」

 

 自分は一体どこで騙されたのだとオッタルが必死に考えようとするも、そうしてる暇はなかった。刀身に纏っている黄金の魔力が急に消え失せてしまったから。

 

 直後、黒大剣を受け止めていない開いた右手から、突如黄金の輝きを放った球体が出現する。

 

 それを目にした瞬間、オッタルは気付いた。どうやったかは知らないが、黒大剣に纏わせた自身の魔力を隆誠が吸収し、それを球体状にしたのだと。

 

「その前にオッタル(おまえ)魔力(コレ)は返しておくぞ」

 

 隆誠がそう言いながら、右手をオッタルに向けて言った瞬間――凄まじく大きな魔力波がオッタルを包み込むように放たれた。

 

「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

 

 進行していく魔力波の中からオッタルの悲鳴が聞こえた数秒後、巨大な爆発が発生して迷宮都市(オラリオ)全体を響かせた。

 

「普段からアレン達に『脳筋』と蔑まれて気の毒だったが、今回ばかりはその蔑称に相応しい末路だったな、オッタル」

 

 爆発が晴れた先には、全ての魔力を使い切り、完全に意識を失って倒れている【猛者(おうじゃ)】の姿があった。

 

 オッタルを含めた【フレイヤ・ファミリア】の第一級冒険者たち全てが、冒険者ではない人間(ヒューマン)の兵藤隆誠に大敗を喫する。

 

 

 

 

 隆誠とオッタル達から少し離れた場所から、【ロキ・ファミリア】の面々は開いた口が塞がらない状態だった。

 

「……フィンが予想しとったとは言え、まさかこれ程までとはなぁ……」

 

 オラリオ最強と呼ばれた猪人(ボアズ)、【猛者(おうじゃ)】オッタル。

 

 都市最速の猫人(キャットピープル)、【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】アレン・フローメル。

 

 白妖精(ホワイトエルフ)、【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】ヘディン・セルランド。

 

 ダークエルフ、【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】ヘグニ・ラグナール。

 

 小人族(パルゥム)の四つ子、【炎金の四戦士(ブリンガル)】ガリバー兄弟。

 

 【フレイヤ・ファミリア】が誇る最強戦力を、隆誠がたった一人で全て倒した。

 

 余りの光景にオッタル達が弱過ぎるのではないかと錯覚するも、それは断じてあり得ない。ただ単に隆誠が強過ぎたのだ。

 

 離れて見ていたとは言え、ロキを除くフィン達は向こうの会話をバッチリ聞いていた。その際に隆誠が自ら「『Lv.20』以上は確実だ」と。

 

 余りにも桁外れなレベルを聞いた彼等は疑ってしまいそうになるも、それが事実だと理解させられた。現にオッタルを一撃で吹っ飛ばした後、『Lv.7』になったアレンの全力を受けても全然効いてなかったのだ。

 

 其処から先は隆誠の蹂躙が始まり、そして最後に目覚めたオッタルを簡単に倒したと言う呆気無い結末となり、フィン達は最早何を言って良いのか分からない状態になっている。

 

「凄い……」

 

 フィン達とは別に、アイズは圧倒的な力を見せた隆誠を凝視している。

 

 今まで手合わせをしてくれた際、あそこまで本気でやってくれなかった。それが今は本気になって、嘗て訓練の相手をしてくれたオッタルを簡単に倒した事で複雑な気持ちになっている。

 

 だけど、アイズはすぐに切り替えた。自分もラウルと同じく弟子になりたいと本気で考え始めている程だ。

 

「……クソがッ!」

 

 同時にベートは思いっきり歯を食い縛っていた。余りにも差があり過ぎると理解した為に。

 

 今まで『本気でやりやがれ!』と何度挑発するも、いつも隆誠から『絶対死ぬから止めとけ』とあしらわれる日々だった。

 

 あの返答は面倒だからやりたくないだけだと思っていたベートだったが、先程までの光景を見て漸く理解した。隆誠が本気でやれば自分を簡単に殺す事が出来るのだと。

 

 『Lv.6』のベートに対して、隆誠は『Lv.20』以上。余りにも実力差があり過ぎて、自分は道化を通り越した惨めなザコだと思い知らされるのであった。

 

 フィンやガレス、ティオナやティオネも色々複雑な心境となっている中、隆誠は意識を失って倒れてるオッタル達を収集していた。

 

 直後、隆誠が光弾らしきモノを放った。倒れてるオッタル達に直撃して少し経つと、ボロボロだった姿から一変し、戦う前の無傷な姿になっている。

 

「おいおいフィン、一瞬でオッタル達が回復しおったぞ。アレも魔術と呼ばれるモノなのか?」

 

「さぁ、そこはリヴェリアに聞かないと分からないな」

 

「だとしても、アミッドたんが見たら確実に勧誘しそうやわ」

 

 この場にいないリヴェリアとは別に、ロキは【戦場の聖女(デア・セイント)】のアミッド・テアサナーレが隆誠を勧誘する光景を思い浮かべていた。

 

 オッタル達が未だに意識を失っているとは別に、完治したのを確認した隆誠は次の行動に移る。

 

 懐から見慣れないマジックアイテムを取り出して、オッタル達に向けて撃った。

 

 その後、フィン達は信じられない光景を目にしてしまう。

 

「な、な、な、何やアレはァァァァァァァァァ!!??」

 

 隆誠がマジックアイテムらしきモノを使って、大きな変化をするオッタル達にどでかい叫び声を上げるロキだった。




次回でIF企画が終了になります。

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IF企画 違うルートの【フレイヤ・ファミリア】解体

 翌日、【フレイヤ・ファミリア】が解体されたと言う情報がオラリオ中に周知された。

 

 これを知ったギルド、と言うよりギルド長のロイマン・マルディールはすぐに確認をしようと部下達に命じるも、それは事実だったと判明される。【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤが行方不明になっていたから。

 

 しかし、それだけでは済まない程の事実もあった。

 

 【猛者(おうじゃ)】オッタル、【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】アレン・フローメル、【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】ヘディン・セルランド、【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】ヘグニ・ラグナール、【炎金の四戦士(ブリンガル)】ガリバー兄弟。計八名の第一級冒険者も忽然とオラリオから姿を消していたのだ。

 

 オラリオの住民達を敵に回してしまった責任から逃れようとフレイヤが一部の眷族達を連れて逃亡、と言う推測を立てるギルド職員がいたが、それをロイマンが否定した。あの美神が自分勝手な性格であっても、そんな恥知らずな真似をするほど狭量な神物ではないと。とは言え、現に彼女達が行方知れずになっているのは事実だった。

 

 他にも『戦いの野(フォールクヴァング)』に主神と最強の第一級冒険者達がいなくなったと分かった途端、包囲していた各【ファミリア】の主神や冒険者達は突入しようとしていた。残っていたフレイヤの眷族達は死守しようとするも、それはもう叶わなかった。

 

 フレイヤに怒りをぶつけようとしていた彼等だったが、そこは【ロキ・ファミリア】の方で何とか収まる結果になった。ロキやフィン達も各ファミリアと同様にフレイヤの所業に憤っている為、その賠償をさせようと、【フレイヤ・ファミリア】の莫大な資産を没収すると言う形で。

 

 各【ファミリア】は怒りの対象がいない事に不満を示すも、賠償してくれるならと矛を収めてくれた。尤も、あの恐ろしい女神やオッタル達と戦うよりは遥かに良いと言うのが一番の本音である。

 

 これで解決と思いきや、またしても問題が起こっていたらしい。親衛隊を気取る男神達の『共鳴者(シンパ)』や、フレイヤを崇拝する子供達『信者』が異を唱えていたのだ。その直後、とある酒場の男性店員が現れた事により、一瞬で鎮圧されてしまったが。

 

 酒場の男性店員と聞いたロイマンは、でっぷりした身体を揺らしながら動き出した。今回【フレイヤ・ファミリア】を解体させた真犯人が兵藤・隆誠だと、自身の直感が働いた為に。

 

 

 

 

 

 

「フィン、力付くでも構わんから兵藤・隆誠を何としてでも捕縛しろ! これはギルドからの強制任務(ミッション)だ!」

 

「いきなりな要求だね」

 

 場所はとある裏路地の喫茶店。その店内でフィンはギルド長ロイマン・マルディールと二人で話していた。

 

 ギルド長が職員を通じて【フレイヤ・ファミリア】の件について話したいと要請があった為、こういう時は行動が早いなと少々呆れながらもフィンは応じる事にした。

 

 予想通りと言うべきか、ロイマンはギルドの権限を使って隆誠の捕縛を命じた。行方不明になったフレイヤとオッタル達の居場所を吐かせる目的で。

 

「冒険者でない一般人の彼を捕縛だなんて、ギルド長の君ともあろう者が横暴が過ぎるんじゃないかな。それにどうして態々僕達が出張ってまでやらないといけないんだい?」

 

(しら)ばくれるな!」

 

 非人道的な命令を出す事にフィンが嘆くも、ロイマンはそれに付き合う気など毛頭無かった。

 

「【ロキ・ファミリア(おまえたち)】が中心になって【フレイヤ・ファミリア】を解体する際、兵藤隆誠(あのヒューマン)も一緒だったと言う報告も聞いたぞ!」

 

「おや、耳が早いね。だったらロイマンが直接会って彼と交渉すれば良いじゃないか」

 

「それが出来れば態々強制任務(ミッション)など出さん!」

 

 ロイマンは隆誠について知っている。それは悪い意味で。

 

 隆誠は酒場の男性店員でありながらも、『神の恩恵(ファルナ)』を授かっていないのにも拘わらずに第一級冒険者達を一蹴する実力がある。それどころか神ですら手を上げる行為を平然と行っている始末で、色々な意味でオラリオの有名人となっていた。

 

 こんな非常識な男をギルドとしては見過ごせないのだが、務めている酒場『豊饒の女主人』の所為で思うように手が出せなかった。あの店は【フレイヤ・ファミリア】の元団長ミア・グランドがいるだけでなく、下手に手を出せばフレイヤも当然黙っていない。故にロイマンは今まで静観せざるを得なかった。問題が起きた場合、自分ではないギルド職員に対応させていたが。

 

「私が直接言ったところで、奴が素直に応じると本気で思っているのか!?」

 

「無視されるのがオチだね」

 

 もしも今回の首謀者がフィン達【ロキ・ファミリア】であったら、ロイマンは取引をする為の交渉をしていただろう。

 

 だが、隆誠であれば全く別だった。彼は冒険者でもなければ、【ファミリア】にも属してない人間(ヒューマン)。そんな相手にギルドの権威を突き付けたところで何の意味も無い。故にロイマンは苦肉の策として、【ロキ・ファミリア】に頼らざるを得なかった。

 

「寧ろあれだけの事をやった神フレイヤを、ロイマンが擁護する時点で理解に苦しむだろう」

 

「理解に苦しむのはコッチだ! あの小僧は【フレイヤ・ファミリア】が『黒龍』討伐に必要不可欠な存在だという事を全く理解しとらん!」

 

 ロイマンは三大冒険者依頼(クエスト)の達成を今でも夢見ている。その為に必要な戦力として【ロキ・ファミリア】、並びに【フレイヤ・ファミリア】に期待していた。

 

 しかし、肝心の二大派閥はいがみ合うばかりで手を取り合おうとすらしない始末。それはまだまだ先だと思い知らされる破目になるのが現状だった。

 

 そんな中、隆誠は【フレイヤ・ファミリア】を解体すると言う暴挙を犯した。黒龍討伐を夢見るロイマンからすれば、決して許されない愚行だと心の底から激昂する程だ。

 

「だからフィン、お前達には力付くでも奴を――」

 

「ロイマン、この際だから言っておきたい事がある」

 

 突如、フィンが遮るかのように言ってきた。

 

「リューセーと結託したのは認めよう。と言っても、僕達が手を貸したのは主に後始末に過ぎない」

 

「何だと?」

 

「だけどその前に、オッタルを含めた【フレイヤ・ファミリア】の第一級冒険者は、リューセーに傷一つ付けられないまま全員倒された」

 

「!?」

 

 フィンから告げられる信じられない内容に、ロイマンは目を見開きながら腰を浮かせた。

 

「何を馬鹿な事を!」

 

 断じてあり得ないと否定するロイマン。

 

 隆誠が第一級冒険者を一蹴出来るのは勿論知っているが、【フレイヤ・ファミリア】の精鋭達をたった一人で倒したなど到底信じられなかった。特にオッタルは現都市最強の冒険者であり、オラリオが誇る最強戦力の一人でもある。ロイマンが否定したがるのは無理もない。

 

「事実だ。それでも信じられないなら、神ウラノスの前で同じ返答をしても良い」

 

 神であればロキもいるが、生憎彼女は隆誠に味方している為に確認の仕様も無かった。

 

 ギルドの主神であり『都市の創設神』の名前を出したと言う事は、フィンが本当に嘘を言っていないと言う事になる。

 

「……先日『Lv.7』にランクアップしたお前達三人でも無理なのか?」

 

 【ロキ・ファミリア】の三首領のフィン、リヴェリア、ガレスは先日あったクノッソス進攻の件で『Lv.7』にランクアップしている。彼等と『Lv.6』の幹部達がいれば、如何に隆誠が強くても勝てないだろうと確信したロイマンは強制任務(ミッション)を企てていた。

 

「ああ、無理だ。何しろ本気になったリューセーは自分の実力を『Lv.20』以上だと言い切った後、オッタル達を相手に余裕で倒していたからね」

 

「そ、そんな……馬鹿な……!」

 

 これも嘘だと真っ向から否定したいロイマンだったが、先程と同じくフィンは一切嘘を言っていない。

 

 冒険者でない筈の隆誠が余りにも馬鹿げた力を持っている事に、ずっと息巻いていたギルド長は急に力が抜けたようにポスンと椅子に座るのであった。

 

 

 

 

 

 

 【フレイヤ・ファミリア】の件が片付いた俺――兵藤隆誠は港街(メレン)に戻っていた。未だそこで期間限定の代理店主をしている為に。

 

 店に戻って早々、留守を任せていたアルテミスからの抱擁を受ける事になった。しかも凄く心配したと涙目になりながら、な。まぁそこは一緒にいたニョルズが一緒に宥めてくれて、どうにか事無きを得ている。

 

 そして数日後、夜の営業時間となった『豊饒の女主人 メレン店』には新たなウェイトレス達が頑張っている。

 

アレンちゃん(・・・・・・)、これ出来たから運んでくれ」

 

「分かりましたニャ~!」

 

 クロエとは違う黒髪猫人(キャットピープル)のウェイトレスは、人懐っこい笑顔をしながら作った料理を客の所へ運んでいく。

 

「店主。海鮮お好み焼き、たこ焼き、エール二つお願いします」

 

「了解、ヘディンちゃん(・・・・・・・)

 

 透き通るような白い肌に、金の長髪と珊瑚色の瞳を持った美しい白妖精(ホワイトエルフ)のウェイトレスからオーダーが入ったので、俺はすぐに調理に取り掛かろうとする。

 

「おっといかん。ヘグニちゃん(・・・・・・)、悪いけど海鮮類の材料が無くなりそうだから買出しを頼む」

 

「分かりました、すぐに買ってきます」

 

 褐色の肌に、薄紫にも見える銀の髪と若葉色の瞳をした可愛いダーク・エルフのウェイトレスに緊急の買出しを命じた。

 

「お? どうした、アルフリッグちゃん(・・・・・・・・・)達」

 

「店主、注文追加です」

 

「あちらのお客様よりシーフードパスタ一つ」

 

「向こうのお客様からエビフライ一つ」

 

「カウンターのお客様からイカリングフライを」

 

 全く同じ容姿をした小人族(パルゥム)の四つ子姉妹のウェイトレス達から追加注文が入った。

 

「分かった。オッタルちゃん(・・・・・・・)、追加の方を頼む」

 

「……畏まりました」

 

 厨房には錆色の髪と瞳をしており、頭部からは猪の耳が生えている幼児体型な猪人(ボアズ)のロリ少女が調理を始めようとしていた。

 

 ウェイトレス達の名前に大変聞き覚えがあるかもしれないが、コイツ等は先日俺に負けた【フレイヤ・ファミリア】のオッタル達。以前に使った性転換ビーム銃で、全員男から女にしている。

 

 オッタル達が女になったのを目撃した【ロキ・ファミリア】は言わずとも吃驚しており、その中でロキが一番興奮していた。それどころか『その魔道具(マジックアイテム)をうちに貸してぇ~!』とか言われたが、そこは丁重に断らせてもらったが。

 

 アレンの時と違って、今回は記憶の方も改竄させてもらった。コイツ等には是非とも、フレイヤの『魅了』でオラリオの住民や神達と同じく記憶を改竄された気持ちを味わってもらう為に、な。

 

 再び使った性転換ビーム中で女にした際、アレン以外の全員が見目麗しい女性に変化していた。特にオッタルなんか、本当に塔城小猫の逆バージョンに大変身して驚いた程だ。フレイヤが見たら確実に興奮すると断言出来る。

 

 因みに港街(メレン)での期間営業が終わるまで固定させているが、オッタル達が男に戻った瞬間、女として可愛く振舞っていた時の記憶が一気にフラッシュバックされる仕組みになっている。強靭な精神を持っていると前にフレイヤが言っていたけど、元に戻ったら果たしてどうなる事やら。

 

 後の展開が非常に楽しみだと思いながらも、俺は女になってるオッタル達に指示しながら仕事に励むのであった。

 

 

 

 

 

 

 あ、そうそう。小瓶に封印されたフレイヤだが、既に俺の腹の中にいなく、とある神物に預けていると補足しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、私が預かる事になるとは」

 

「ウラノス、神フレイヤを今後どうするつもりでいる?」

 

「どうするも何も、オラリオに余程の事態が起きない限り封印を解く気は無い」




内容がいまいちかもしれませんが、これでIF企画は終わりになります。

2話程度で終わる筈が、思った以上に長引いてしまいました。

感想お待ちしています。


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IF企画 【フレイヤ・ファミリア】解体後

一旦終わらせたIF企画ですが、ネタが思い付いたので再度出す事にしました。


 期間限定の『豊饒の女主人 メレン店』で代理店主を終えた俺――兵藤隆誠は、アルテミスを含むウェイトレス達を連れてオラリオへ戻った。流石に女体化したオッタル達は俺が無理矢理連れて来た為、転移術で『豊饒の女主人』へ送り、ミア母さんも承知済みだという事を補足しておく。

 

 そのオッタル達だけど、俺が予想した通りの展開になっていた。男に戻った瞬間、可愛らしく振舞っていた時の記憶がフラッシュバックした事で、まるでこの世の地獄を味わったような大絶叫を上げていた。殆どが発狂仕掛けており、挙句の果てには余りの羞恥に耐え切れず自害しようとする奴がいたほどだ。その中で一番酷かったのはヘグニで、俺とミア母さんが何度阻止したことか。

 

 因みにだが、女アレンを見たアーニャも色々な意味でショックを受けていた。嫌われている筈の兄が女に性転換されただけでなく、凄く優しく接された事で頭の処理が間に合わなくパンクするどころか、「こんなの兄様じゃないニャァァァァァ!!」と叫んだ程だ。その後にはヘイズみたいに死んだ魚のような目になって、余りの変わりように俺を除く同僚達も心配そうになった位に、な。

 

 本当ならオッタル達をこのまま『豊饒の女主人』で働かせようと計画していたが、思っていた以上に心の傷が深くて使い物にならない為、暫く休ませる事にした。少し前まで最強と謳われた【フレイヤ・ファミリア】の精鋭達が大変無様な姿を晒しているのを、封印されているフレイヤが知ればどんな反応をするだろうか。今となっては詮無いことだが、な。

 

 それはそうと、オラリオ側では【フレイヤ・ファミリア】が解体した事で大騒ぎになっていたが、それはもう殆ど収束している。自分達を無理矢理魅了し(あやつっ)元凶(フレイヤ)がいなくなった事で、非常に安堵しているようだ。しかし最強派閥の一角が失った事でギルド、と言うよりギルド長のロイマンが相当四苦八苦しているらしい。俺に抗議して来るんじゃないかと予想したのだが、未だに来ないのは恐らく【ロキ・ファミリア】のフィンから無駄だと教えたのかもしれない。

 

 その【ロキ・ファミリア】だけど、俺がオラリオに戻ったのを耳にしたリヴェリアが店に来て早々、久しぶりに魔術講座をして欲しいと頼まれた。彼女に魔術の基礎を一通り教え、後は独学でやるようにと言って以降、数ヵ月に一回程度しかやっていない。

 

 本当なら店が忙しいと言う理由で断るつもりだったが、ウェイターをやらせる予定のオッタル達が精神療養中によって時間が予想外に空いてしまったので、久々の魔術講座をやる事にした。

 

 

 

 

 

 

「俺と模擬戦をして欲しいって……それは本気で言ってるんですか?」

 

「勿論だよ」

 

 魔術講座をする為に『黄昏の館』へ来たのだが、出迎えたのはリヴェリアではなくフィンだった。

 

 彼に案内された場所は応接間で、そこには首脳勢のロキとリヴェリアとガレスだけではない。第一級冒険者のアイズ、ベート、ティオナ、ティオネ、ラウル、そして先日あったクノッソスの件で『Lv.5』にランクアップしたアキもいる。

 

 【ロキ・ファミリア】の精鋭達が勢揃いしてる中、団長のフィンから模擬戦を要望された。いきなりの事に俺が困惑するのは無理もないと言えよう。

 

「あのオッタル達を相手に圧勝した君の実力(ちから)を直接確かめたいんだ。これは僕だけでなく、ガレス達も同様に」

 

 フィンの台詞に俺は後ろにいるガレス達を見ると、彼等の目は本気だった。俺と戦いたいと言う挑戦者(チャレンジャー)みたいな感じで。ラウルとアキだけは苦笑気味だが。

 

 唯一リヴェリアだけは、他と違って少々不満気な表情だ。魔術講座をやる予定が模擬戦になった事でああなっているのだろう。

 

「……その戦いを見ていたのであれば、俺に絶対勝てない事は理解してる筈です」

 

「ッ!」

 

 挑発同然な俺の発言にベートが過敏に反応するも、途端に大人しくなる。

 

「勿論それは重々承知している。【フレイヤ・ファミリア】が解体されたことで、今後は暫く【ロキ・ファミリア(ぼくたち)】がオラリオを先導しなければならない。特に三大冒険者依頼(クエスト)の『黒龍』討伐に関しては」

 

「……まぁ、そうでしょうね」

 

「しかし現状では『黒龍』を討伐するのは到底不可能だ。今の僕達が挑んだどころで、嘗ての最強二大派閥(ゼウスとヘラ)の二の舞を演じる事になる」

 

 俺はあくまで聞いただけに過ぎないが、どうやらこの世界の男神ゼウスと女神ヘラは、十五年前までオラリオ最強の二大【ファミリア】として千年も君臨していたらしい。だが黒龍の討伐に失敗した事で解体されてしまい、その後にロキとフレイヤが後釜になって今に至る。尤も、フレイヤの方は俺が封印した後に強制解体させてしまったが、な。

 

「そうならないよう、俺と模擬戦をして多くの経験を得たいと?」

 

「ああ。本音を言えば、『Lv.20』以上の力を持っている君に弟子入りしたい程だよ」

 

「それは流石に勘弁して下さい」

 

 正式な弟子ではないが、既に(戦闘指南で)ラウルと(魔術指南で)リヴェリアがいる。ただでさえ忙しい身なのに、これ以上弟子を増やしたら大変になってしまう。だからアイズ、いくら俺に『弟子入りしたい』と言う目で訴えたところで断固拒否するぞ。

 

「取り敢えず貴方達の目的は理解しました。ですが、だからと言って俺が承諾する理由にはなりません」

 

 黒龍討伐の為に実力を上げたいフィン達の心情を理解出来るが、生憎今の俺にそこまで面倒は見切れない。ラウルとリヴェリアに教えてるのは、あくまで気まぐれに過ぎないのだ。

 

 ラウルは実力があっても開花出来ない状態だったから、そこを俺が引き出した事で第一級冒険者にランクアップする事が出来た。それを知った時のアイズから、『自分もラウルみたいに強くして下さい』と何度強請られた事か。

 

 リヴェリアはこの世界で扱う魔法を知る為に等価交換として魔術を教えたが、思いのほか適性があって逆に驚いた。と言っても、ハイエルフの彼女だからこそ扱えるものであって、レフィーヤを含めた他のエルフ達では思うように制御出来ずに何度も失敗する結果になっている。

 

 この世界に関する情報を知り得た今の俺は、そろそろ元の世界に戻ろうと考えている段階だ。二年も経った事で今まで不安定だった『次元の狭間』も、あと数ヵ月経てば正常に戻るだろう。

 

「団長のフィンさんにこんな事を言いたくないのですが、俺には何の得にもならないので、模擬戦についてはお断りします」

 

「リューセー! 団長の頼みを――」

 

「ティオネ、悪いけど今は口を挟まないでくれ」

 

「っ……」

 

 断る俺に激昂しようとするティオネだったが、フィンが即座に指摘したことで大人しくなった。

 

 想い人からの低い声に、流石の【怒蛇(ヨルムガンド)】も何も言えなくなるようだ。

 

「確かに何の得にもならないね。だけどリューセー、君には是非とも受けて貰いたい。あの時の借りを返して貰う、と言えば分かるかな?」

 

「!」

 

 俺は思わず目を見開いた。

 

 フィンの言う借りとは、【フレイヤ・ファミリア】の解体についてだ。

 

 オッタル達を倒してから女に性転換した後、『戦いの野(フォールクヴァング)』の外側にいる他所の【ファミリア】達をどうしようかと考えてる中、【ロキ・ファミリア】が現れた。その時にフィンが「僕達も協力するよ」と言ってきたので、俺としては渡りに船だった。その結果、【フレイヤ・ファミリア】の解体は順調に上手くいって今に至る。

 

 まさかフィンが、今此処で借りを返す為の手札を使って来るとは思わなかった。尤も、それを理由に余りにも度が過ぎる要求をすれば、清算した後に【ロキ・ファミリア】と縁を切っていたが、な。

 

 それはそうと、借りを返して貰うと言われた以上受けざるを得ない。そんな程度で清算されるのであれば、俺からすれば安いものだから。

 

「……………はぁっ、分かりました。是非ともやらせて頂きます」

 

「ありがとう。君ならそう言ってくれると思ったよ」

 

 悩んだ表情をしながらも嘆息した俺は要望を承諾するのであった。

 

 だけどな、フィン。その()(にく)らしい笑みを浮かべると流石にちょっとばかりムカッとしたから、負けた後の罰ゲームでも考えておくとしよう。




今度は【ロキ・ファミリア】との模擬戦をする事にしました。

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