私の弟子になりなさいっ! (南波グラビトン)
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神霊穢し
1話


 

 

「やっぱり、こんな田舎に客なんて来ないんじゃねーのか?」

 

 

 ズズリと。縁側で茶を啜る。 

 遠くに見える山々には霞が掛かり、雲の切れ間から差し込む眩い日差しが、青青とした初夏の田園を照らしあげていた。藪で遊ぶウグイスがホーホケキョと鳴いて、田舎の原風景を見事に演出している。

 

 此処は奥多摩。

 東京の秘境と呼ばれる場所だ。

 

 

「そんな事はありません。都会の霊能力探偵より、私達の方がよっぽど優秀なのですから」

 

 

 泰然とした様子で、隣の巫女が言い切った。

 

 (かしこ)み多くも白衣(はくえ)と緋袴を纏い。

 瞳の意思強く、見目麗しく、伸びた背筋は170に近い。糊の効いた礼装は、どこか神聖な近寄りがたさを漂わせ、大和撫子然とした美貌を殊更に際立たせていた。胸もデカく、幼馴染じゃなかったら、縁も無かった程に高嶺の花だろう。

 

 

 

「だけど、ちょっと早まっちまったかな……」

 

 

 が、俺ーー狭間空理(ハザマ・クウリ)は、微妙にそんな後悔を覚えていた。喉かな田園風景を眺めながら、溜息を吐く。

 

 一流の祓魔師を輩出する東京の名門校ーー『第一祓魔師省庁高校』を卒業したのも早二ヶ月前。大手の霊能力探偵事務所に軒並みお祈りされ、途方に暮れていた俺を拾ったのは、隣に座る幼馴染ーー櫛比陽香(クシビ・ヨウカ)であった。

 

 助手が欲しい。

 事務所は用意した。

 住み込みで良い。

 

 そんな甘言に誘われて、荷物を纏めて来てみれば……この古民家という訳であった。二ヶ月間、裏山の猿しか客が来ない訳であった。ボーッとするのは割と好きだが、流石に少し不味くなかろうか?

 

 経営的に考えて。

 

 

 

「なぁヨウカ、なんで俺を誘ったんだよ?」

 

「その無気力な瞳。整ってるのに何故か印象に残らない顔。そして、無表情で金髪なうえ就活も失敗しているとなれば、私が面倒見るしかないでしょう?」

 

「うん? 罵倒して欲しいって頼んだか俺?」

 

 

 思わず首を捻る。

 無愛想なのは認めるが、金髪は自毛だからな?

 

 

 

「まぁいいや。それより、宣伝も兼ねて駅前で説法でもしてきたらどうだよ?」

 

「神道は言挙(ことあ)げせず、です」

 

「ならせめて、事務所の場所を見直さねぇか?」

 

「良い場所ですよ此処は。清廉なエネルギーに満ちていますから」

 

「お陰で、祓うべき低級霊もいなくて商売上がったりだけどな」

 

「結構な事です、そんな仕事は修業になりませんし」

 

「だが金になる。そうだろう?」

 

 

 ピラリと。懐から出した請求書を巫女さんに突きつけてやる。

 光熱費通信費etc……

 途端にヘニャリと。大和撫子然とした美貌を崩したヨウカが、拗ねた様にソッポを向いた。よほど此処が気に入っているらしい。俺は溜息を吐いて、傍に置いた愛用の散弾銃を撫でてみた。

 

 

 

「どうにもならなかったら、裏の畑を耕せばいいのですよ」

 

 

 そう言ったヨウカが立ち上がり、カコリと白木(しらき)の下駄が鳴る。庭の井戸傍に置いた木桶を此方へ持ってきた。冷んやりとした水が張られた木桶の中には、艶々と輝くトマトやキュウリ達が呑気にプカプカっと浮いている。

 

 今が旬の野菜たちだ。

 

 

 

「味噌、いりますか?」

「いやいい。このままでも十分に美味いしな」

 

 

 瑞々しいキュウリに齧り付く。

 瞬間に。仄かな苦味と水分が、口内で弾け溢れる。美味い。やはり、太陽の下、縁側の下で食べるキュウリは格別だ。

 

 

「まぁ、このまま農家に鞍替えすんのも良いかもな」

「ですね。しかしーー」

 

 

 神はそう思わなかったようです。

 ヨウカがそう言えば、遠くからエンジン音が微かに響いてきた。家の前でソレが停止し、玄関の玉砂利を踏みしめる音が聞こえて来る。

 

 来客だ。

 

 

「決定成就ですよ。毎朝の祈りが聞き届けられましたね」

「かもな。神がかったタイミングだ」

 

 

 古神道的観点から言えば、

 祈りとは、こうして下さいと願うものでは無い。

 

ーー『もうこの事は達成された、叶った』

 

 そう深く信じ、静かに祈る姿勢こそが神様に対する正しい態度とされる。

 

 

 

(すべ)て祈りて願ふ事は、既に得たりと信ぜよ。さらば得べし。ってな。俺も宝くじを当てたいぞ」

 

「汝ら求めてなほ受けざるは、欲のために費やさんとて(みだ)りに求むるが故なり。とも言います。我欲の祈りなど聞き届けられませんよ。修業をやり直して下さい。というかいい加減、私の弟子になったらどうですか?」

 

「勘弁してくれ」

 

 肩をすくめ立ち上がった。

 

 

「弟子になったら、毎朝早朝の3時に起きてお務めなんだろ? しかも給料が出ないなんて真っ平ごめんだ」

 

「…? 今更給料が無いくらいで何なのです? 貴方はこの二か月間、無給で事務所に務めてくれたではないですか?」

 

「労基に訴えるぞコラ」 

 

 

 マジで、男だったらグーでシバいてるからな?

 自分の顔面偏差値に感謝するがいい。

 

 

 

 

 

 



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2話

 

 

 

 

 

来客は、如何にも真面目そうなスーツ姿の女性であった。

 

歳の頃は20代後半だろうか? 銀縁の眼鏡が凛々しい印象を与え、綺麗に纏められた栗色の髪が、如何にも隙の無い雰囲気を醸し出している。三角帽子を被っている所から、同業者である事が伺い知れた。

 

 魔術師系の祓魔師という訳である。 

 

 

 

「わたくしは、こういうものです」

 

 卓袱台越しに、差し出された名刺。

 受け取ればーー 

 

 

「公安の新興カルト対策第四課の、黛さんですか……」

 

「はい。近年増えてきた新興カルトによる被害を撲滅する為に、今年の春に設立された部署でして……ご存知ないですか? ニュースにも取り上げられたのですが」

 

「生憎。ここにはテレビもありませんので」

 

 

 いい加減、買わんといかんよなと思いつつ、癖っ毛な金髪をガジガジと掻く。

 

 公安の祓魔師。

 つまりは、エリートって訳だ。

 祓魔師の中でも上澄みにしか入れない場所であり、東京で起こる霊的災害に対応する、国家公認の霊的武装組織である。殉職率も福利厚生も、中々のものだと聞いた。

 

 

「で、公安さんがどんな用事で?」

 

「はい。本日はスカウトの為に伺わせて頂きました」

 

「ヨウカをですね?」

 

「そうで御座います。新たな試みとして、一流の神賜(しんし)系祓魔師を中心とした部署を作る予定でしてーー初任給ですが、これだけ出せますね」

 

 

 と言って、

 目を疑う程の額が掲示されている小切手を、黛さんが差し出してきた。いきなり切り出してきたな。銀縁眼鏡を掛け直した黛さんが、自信満々に此方を見やりーー 

 

 

 

「……」

 

ーーしかし今回は、致命的に相手が悪い。

 

小切手を一瞥したヨウカは眉根を顰め、困りましたねと言わんばかりに俺を見やるのだった。明らかに芳しくない反応。予想外なのか、焦燥を露わに黛さんは口を開く。

 

 

「……ご不満ですか? 祓魔師として誇れる職域ですし、かなりの額だと考えますが?」

 

「違います。そういう問題では……無いんですよ、多分」

 

 

 これは客観的に見た事実だが……

 

 ヨウカは、本物の宗教家だ。

 故に、魂の成長は、お金で買えない事を知っている。

 

 そして、名誉を鼻で笑うのだ。

 真に宗教家となった魂は、自らが名誉をいつも気にしていた事実に、この世が名誉と呼んでいるものを真の名誉だと思ってきた迷妄に、呻き苦しむ。今では魂にとって、名誉というものは大きな欺瞞でしかない事を、肌で理解しているからだ。

 

 故に悟り得た魂は、真面目な人々や、損得で動く普通の人々が、今では自分が最も強い軽蔑を感じている様な諸問題に心を砕いているのを見ると、つい笑ってしまうのである。

 

 その、的外れさ故に。

 

 

「思うにーー」

 

 と、ヨウカが言葉を紡ぐ。

 

 

「もし人類が皆、金銭を無用の泥くらいにしか扱わないのなら、この世にどれ程の調和が訪れるでしょうか? 名誉と金銭に対する関心が地上から消え去るとしたら、我々はどれ程の友情を持って互いを遇し合う事が出来るでしょうか?」

 

「え、えっと……」

 

「つまりは、金銭に関する問題を私に掲示しないで欲しいという事です。仕事の内容に納得がいけば無銭でも働きますし、いかなければ札束を積まれても動きません。この古民家から」

 

「無給は勘弁してくれ」

 

 

 再び、先ほど見せた請求書を突きつければ、うぐっと形の良い眉根が顰められた。俺から気不味げにススーッと目線を外し、また請求書を見やって、シュンと肩を落としてしまう。

 

 可愛いなおい?

 

 だがいくらなんでも、無給でやるってのはどうかと思うぞ? 大金持ちになりたい訳じゃないが、細々と小さく生きていくだけの蓄えは欲しいもんだ。

 

 

 

「……やはり、貨幣経済は嫌いです。一緒に畑を耕して暮らしましょう」

「おいおい、プロポーズか?」

「好きにとって頂いて構いませんよ」

 

 

 そう言って瞳を閉じ、ズズリと冷茶を啜るヨウカ。

 

 本当に、サラっと人を勘違いさせかねない事を言う奴だな?

 

 多分、ヨウカの世間ズレした性格上何も考えていないんだろうが……自分の見た目の良さをもう少し計算に入れて欲しい。俺は勘違いしないが、少なくない男が喜び勇んで結婚指輪を買いに行くと思うぞ? 

 

 多分渡しても、『お務めに邪魔なのでいりませんよ?』と不思議そうに言われるだけだが。

 

 

 

「で、どうするんだ?」

 

 促せばカコンと。

 庭の鹿威しが静かに嘶いた。

 

 

「そうですね…………まぁ、受けましょう」

 

 鶴の一声。

 無論、俺に是非はない。

 

 

「元々、新興のカルトというものは如何なものかと思っていたのです。無給でも」

「ヨウカさん?」

「月給20万で雇われましょう。ただし!」

 

 

 ズズリと。

 ヨウカは卓袱台越に、作りの良い顔を黛さんに寄せて。

 

 

 

「外部の協力者という形で扱ってください。日報は送りますが、通勤はしませんし職場付き合いも致しません。いかがでしょうかっ?」

 

「えーっと通勤出来ませんか…?」

 

「お務め優先ですのでっ」

 

 

 ハッキリと言い切った。だから公安は、今まで神賜系の祓魔師を雇わなかったのだ。

 

 名誉と金銭で動ける『魔術師系や気功系の祓魔師』と違い、宗教ベースの神賜系祓魔師は、非常にお務めを重視する傾向にある。

 

 ヨウカで言えば、朝は3時過ぎに起きて山を登り、頂上にて日の出を拝んだのち、複数の祝詞を奏上し御供物を捧げている。夕方になったら朝と同じ様な手順で夕拝をするし、満月の日は深夜に月拝もする程だ。

 

 とどのつまり、

 スケジュールが絶妙に扱いにくいのである。

 

 

「……どうにか、上と相談して調整致します」

 

 頭が痛いとばかりに額を抑え、黛さんは三角帽子を被り直した。

 すみませんね、幼馴染がややこしくて。

 

 

神賜(しんし)系の祓魔師は難しいでしょう?」

「それは……そうですね。痛感致しました。貴方は……」

「狭間空理と言います」

「狭間……狭間とおっしゃいましたか?」

 

 

 虚を突かれた様な黛さんの反応。

 なんだ、

 知っていたのか? 

 

 

「当然ですよ。日本の古くから有力な祓魔師を脈々と輩出し続ける12の名家ーー【十二宗家】の方を知らない祓魔師なんて、相当なモグリですから」

 

「そうですかね」

 

「えぇ。確か、狭間家の専門は『錬金術』でしたよね?」

 

「はい。でもまぁ俺は廃嫡された身ですし……血筋なんて、案外あてにならないですよ」

 

 

 淡々と告げる。なにせ、ヨウカは一般の家庭に生まれたにも関わらずーー本物だ。

 

 血筋ではなく、因習的儀礼ではなく。己の感性と密教的素養、そして類い稀なる信心によって神通力を得た、本物の古神道家だ。

 

 対して俺は、

 祓魔師の名門。狭間家で生みだされたにも関わらず……祓魔師としての才能が、驚く程に無い。生まれてこの方、体内や体外に【エネルギー】を感じた事など一度もないくらいだからな。

 

 

 祓魔師はその【エネルギー】を『魔力』や『気』や『神威』に変換して行使する人間の総称である以上……俺には根本的に、そのガソリンがないという訳である。俺がそう告げれば、隣りのヨウカが困ったように苦笑し口を開いた。

 

 

 

「自己評価が低すぎるのは感心しませんね?」

 

「事実だろ」

 

「確かに祓魔師としての適正はありませんが……それでもクー君は、私より格段に『強い』と思いますよ。こと戦闘においては、最高の資質を持っていますから」

 

 

 黛さんに凝視された。

 おいこらヨウカ、余計な事を言うんじゃない。

 

 

 

「確かに、痩身ですが鋼の様に鍛えられていますし、身長も190はありますね」

 

「そうなのですよ。いつも眠そうな猫の様にボヤっとしていますが、これでかなり凄いのです」

 

「実はかなり戦える方なのですか…?」

 

 

 問われるが黙殺し、ズズリと冷茶を喉に嚥下した。

 戦いにはもう飽きたし、目立つのも嫌いだ。

 

 俺が欲しいのは細々とした生活で、強さや名声じゃないからな。そしてそもそも……種族として、丈夫さや膂力が人間とは根本的に違う俺が、強さを誇る訳にはいかないだろう。

 

 

 

 

 



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3話

 

 

 

 

 夜になった。

 黛さんは帰った。

 

 湿り気を帯びた夏の夜風が、網戸を通り抜け肌を撫でてくる。揺れる風鈴と虫達の声を枕に、早々に布団へと入った俺とヨウカは、間に置いた仕切りの屏風越しに、他愛の無い雑談を続けていた。

 

 

「しかし……新興のカルトとは、嘆かわしいですね」

 

 ポツリと。

 そんな話をふと振られる。

 

 

「まぁ……カルトが出来るって事は、それだけ助けを求めてる人が多いってことだろ」

 

「助けを求めている人ですか? 国の福祉に問題があると?」

 

「そうじゃない。どっちかっていうと……精神的な渇きの問題だろうな」

 

 

 俺はそう思う。

 確かに現代社会は豊かになった。

 知的にもなったろう。

 

 しかし、行き過ぎた効率主義は、物質至上主義は、霊的な渇きに対応する為の柔軟性を失ってしまったようにも思う。人はパンのみにて生くるにあらず、と言うがまさにその通りなのだ。

 

 事実。自殺者は年々増えている。

 結婚し、一軒家に住み、一流の企業に勤める人ーー所謂、成功者と言われる人でさえも、自ら命を断つ程に苦しんでいる事も珍しくない時代だ。そういった心の弱った人の前に、ふと、密教やヨガを盗み取りした危険なカルトが現れればーー結果は想像に難くないだろう。

 

 

 

「ヨウカが思っている以上にな、人は『力』と『人生の目的』に焦がれてるんだと思うぞ」

 

「だからといって、出所の怪しいカルトに頼ってどうするのです」

 

「刺激的なんだろうよ。その二つを端的に教えてくれるだろうしな」

 

「そんな……物質的な力を求めて修行しては結局、我欲に操られた人間のまま、お金や地位や、幸せを追い求めている生活と何の変わりもないじゃないですか…?」

 

 

 

 困惑した声色。

 でもな、気づけないもんなんだよ。

 案外その指導者さえな。

 

 オウムなどはその典型だ。解脱を究極的な目的としていながら、物質的な地位名誉への執着を捨てきれず、数々の痛ましい事件を起こしたのは記憶に新しい。

 

 

「違いありませんね。如何に、人々を導ける指導者が少ないかという事ですよ……全く。クー君、これは由々しき事態に思いませんかっ?」

 

 

 唐突に。

 布団から出てきたヨウカが、俺の枕元で正座をし肩を揺すった。よっぽど危機感を覚えているのか、真剣な表情で此方を見つめている。

 

 

 

「人々が助けを求めているのなら。やはり今すぐ神道を広めねばなりませんっ」

 

「そうだな。睡眠も修行らしいからサッサと寝ようぜ?」

 

「話を聞いて下さいよっ?」

 

 

 寝返りをうって話を強制終了させれば、ムギュリと俺の頬がスベスベの両手で挟まれた。無理やり目線を合わせられ、大和撫子然とした美貌が至近で観察できてしまう。

 

 近い。

 着物の襟元から垣間見える、深い深い胸の谷間。

 

 コイツは本当に……

 自分のビジュアルについて、正しく理解すべきじゃなかろうか? 

 

 豆電球だけの、薄暗い部屋の中。

 ボンヤリとその美貌を見つめ返しーーまぁ幼馴染のよしみで、もう少し異性に対する警戒心を持たせてやるかと、怒られるのを承知で言葉を投げかけた。

 

 

 

 

「なぁヨウカ。もしかしてこれは襲われ待ちなのか?」

 

「…? どういう意味でしょう?」

 

「雄しべと雌しべをピッタンコカンカンするナイトスポーツをしたいのかって聞いているんだよ」

 

「ぴっ、ピッタンコ…!? そ、それは『セ』から始まるアレと仰りたいのですか!?」

 

「て事だな」

 

「婚前交渉などっ、私をどんなふしだらな女だと思っているのです!?」

 

「なら前から言ってるが、せめて寝る部屋は分けないか?」

 

「嫌ですよ! 部屋を分けたら寂しいのでっ!」

 

 

 どんな理由なんだよ。

 男を生殺しにする達人か?

 

 あと怒ってるのは分かるが、身振り手振りを交えて激しく主張しないで欲しい。マジで巨乳がタプンって揺れてるから、そこに視線が行っちまいそうだから。ここまでされて襲わない俺の草食っぷりに感謝した方がいいぞ…?

 

 とにかくヨウカに異性の危険さを教え、サッサと寝たいので淡々と言い紡ぐ。

 

 

 

「ヨウカ、とにかく異性にやたらと近づくな。分かったか?」

 

「わ、私だって……」

 

「?」

 

「その、クー君だから、信頼して近づいてるだけですよ……?」

 

 上目遣いの、しおらしい態度。

 

 

「……」

 

「私は神に仕える身として、誰に対してでも平等に接するように心がけていますが、だからといって考えなしに異性を、一つ屋根の下に呼びません。ですから、その……」

 

 

 眉根を顰めて、少し頬を染め、困ったように俺から視線を外したヨウカ。

 

 

 沈黙が訪れる。俺はそんなヨウカをまじまじと見て……もしかしなくても、俺の事を好きなんじゃなかろうか? なんて、勘違いをしてしまいたい衝動に襲われる。マジで聞こうかと考えていたら、田んぼの蛙がゲコリと鳴いてーー

 

 

 

「ん、んん……とにかく、私はふしだらな女ではありませんので。勘違いをしないで下さいね? では寝ましょう」

 

 顔を赤くしたヨウカが、ともかくそう話を切った。

 俺も流されて、頷き同意を示す。

 手癖でスマホの時間を確認してーー

 

 

「ーーいや、まだ寝るには早いみたいだな」

 

 

 スマホに表示されたトピックを見て、俺は反射的に体を起こした。部屋の電気を付ける。パーカーに袖を通し、ツブヤイターのトレンドに上がった『#歌舞伎町殺人』をタップし、氾濫する情報に目を流した。

 

 

 

 

「歌舞伎町で殺しがあったらしい、行くぞ」

 

「今からですか…? 殺しは痛ましい事ですが、それはもう警察の領分でしょう?」

 

 

 眩し気に、付いた明りに目を細めるヨウカ。

 でもよ、

 

 

「殺されたのが、祓魔師の資格を持った巫女だとしても、行く気にならないか?」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「夜の10時を回りましたか……明日の日拝(朝のお務め)に響きそうですね」

 

 

 車の助手席にて。

 街の夜景を眺めながら、少し憂鬱そうに幼馴染が呟いた。

 

 

「遅くなるんだから、たまには朝のお務めを休んだらどうだ?」

 

「そういう訳にはいきません。太陽は毎朝昇って下さるのに、私がどうして挨拶を欠かせましょうか?」

 

「そういうもんかね」

 

「そういうものです」

 

 

 フンスと。腕を組み大真面目に言い切るヨウカ。

 

 適度を知らないのが実に宗教家らしいなと思いつつ、実家から出奔する時にパクって来たベントレーを歌舞伎町の駐車場(パーキング)に駐車した。サイドブレーキを引きドアを開く。夏らしい湿り気を帯びた夜の繁華街の空気が、えも言えぬ人口臭をもって鼻孔に流れ込んできた。

 

 久しぶりの街の香りだ。脂と安っぽい香水、それとアルコールの匂い。遠くからは、警察車両のサイレンがかすかに響いていた。

 

 

 

「すぐそこですね」

 

 車からヨウカが降りて、

 カタンと。

 白木の下駄が歩道に鳴る。

 

 

(……相変わらずのオーラだな)

 

 舌を巻いた。

 (かしこ)み多くも、白衣と緋袴を身に纏い。

 瞳の意思強く、見目麗しく、伸びた背筋は170に近い。

 

 凛と洗練された起居動作(たちふるまい)は、夜の繁華街にさえ『神いますが如く感ず』させ、道行く酔客の酔いをはたと醒めさせていた。雑踏にも関わらず、歩く先からは自然と人が捌けていく。

 

 お前はモーセかよ?

 ナンパ目的近寄ってきたと思わしき男たちには、それとなく聖塩弾が詰められた散弾銃をチラつかせた。これでも身長は190あるし、痩身ながら、見ればハッキリと分かる程度には筋肉質なのだ。

 

 生来の無表情も、こうした威圧には丁度良い材料だろう。

 

 

 

 

「しかしこんな夜中でも動くとは、随分とやる気なのですね?」

 

「俺は宿題を早めに終わらせるタイプなんでな。ここで一発功績を作っとけば、暫くは働かなくても文句は言われんだろ?」

 

「なんでそんなに思考が消極的なんですか…?」

 

「省エネ思考と言ってくれ」

 

 

 無駄は嫌いだ。

 

 そのまま、久しぶりの街の空気を感じながら歩いていたら、人垣に辿り着いた。野次馬をブロックする警官。スマホのフラッシュと赤い回転灯が、事件現場である雑居ビルに瞬いている。人垣を掻き分けた俺とヨウカは、平然と黄色い規制線を潜り抜けた。

 

 

 

「おいこら何してんだ! 此処はガキの遊び場じゃねぇんだぞっ!」

 

 瞬間に。

 ガタイの良いオッサン刑事に凄まれる。身長は俺より低い180くらいだが、非常に距離感が近くて暑苦しい。男臭さに顔を顰めながらも、懐から出した名刺を黙って突きつけた。

 

 

 

「ガキが一丁前に名刺かよ、そんで……」

 

「自分の名刺を切らしていまして、そいつは上司の物です」

 

「ちっ……お前ら、公安の人間だったのかよ?」

 

 

 露骨に嫌そうな顔をされてしまった。

 他部署の人間は引っ込んでろ。

 そう言いたげな顔だ。 

 

 

 

「で、刑事さんは殺人課の方ですか?」

 

「そうだ。ったく、現場に入るんならせめて身分証明出来るモンを見せてみろ」

 

 

 横柄に手を差し出されたので免許証を手渡すと、刑事のオッサンは添付された証明写真と俺を見比べーー『ふはっ、お前写真写り悪いな? 顔は良いんだが、オーラが全くないっつーか……くくっ』と失礼千万に笑いながら表情を綻ばせた。がーーそこでようやく俺の名前を認識したのか、一瞬でオッサンの顔から血の気が引いていく。

 

 

嘘だろと言わんばかりに俺の顔を見やり、声を震わせ問いかけてくる。

 

 

 

 

「あの、失礼いたしました……狭間さんだったのですか…?」

 

「えぇそうです。俺は、『狭間』空理ですが何か問題でも?」

 

 

俺はあえて、『狭間』という部分を強調して言葉を返した。淡々と、腰が引け敬語となったオッサンを見やる。

 

 

 

 

 

 

 



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4話

 

 

 

「あの、失礼いたしました……狭間さんだったのですか…?」

 

「えぇそうです。俺は、『狭間』空理ですが何か問題でも?」

 

 

 一転して敬語となり、腰が引け始めた刑事さん。

 

 笑える事に。警察は【十二宗家】にたびたび霊的な捜査協力をお願いする立場で、下手にご機嫌を損ねる事が出来ないのだ。組織勤めの悲哀だよな。と同情しつつも、淡々と俺は言葉を投げかけた。

 

 

 

 

「矢崎刑事、でしたか?」

 

「は、はい」

 

「もしかして、ウチの父と懇意の方だったりします?」

 

「い、いいえ! 私はそういう立場に御座いません!!」

 

 

  可哀想な位に伸びきったオッサンの背筋。無論、廃嫡された俺には狭間の権力など1mmも無いが、彼らはそんな事など知る由もない。

 

 含みのある笑顔を作り上げーー

 

 

「ーー少し、どいてくれませんか?」

 

 と一言言えば、魔法の様に警官の壁がザザッと割れた。おぉ凄いな。関わりたくないとばかりに視線を外されて、スイスイと進めてしまう。事件現場の雑居ビルに入り、気分が良くて少し口の端を伸ばしてしまった。

 

 

 

 

「全く……クー君。良い笑顔しすぎですよ?」

 

「そうか? あまり褒めるなよ?」

 

「皮肉ですって。金髪も相まって凄くチンピラっぽいです」

 

 

 呆れた調子の言葉。

 なんて事を言うんだ? 金髪差別だぞ?

 俺はわずかな沈黙の後、重々しく口を開いた。

 

 

 

 

「ヨウカ……お前って、見た目でそういう風に人を判断する奴だったんだな…?」

 

「あ……い、いえ、申し訳ございませんっ。そういうつもりではなくてですね」

 

「別にいいぞ、謝らせたかっただけだし」

 

「何なんなのですかもう!?」

 

 

 憤慨しムキーとヨウカは地団駄を踏んだ。

 ははは、定期的にイジリたくなるんだよな。

 

 

 

 

「あの、狭間の坊ちゃん。現場は荒らさないで下さいね…?」

 

「勿論です」

 

 

 なんて茶番を挟みつつ ビルの階段を登っていく。

 

 事件現場の部屋に辿り着いた。

 

 瞬間に。隣のヨウカが、形の良い眉根を分かりやすく顰め始めた。

 

 

 

 

「……予想以上だな」

 

 

 

 真っ白なアパートの玄関扉から漏れ出る黒いモヤ。

 これはーー死体が発生させている『ケガレ』だ。それも、予想以上に濃い。

 

 

 

「見えますか?」

「あぁ、俺でもハッキリ見えるぞ」

 

 

 無才能故に、ヨウカの様な霊的視野(クタスタ)を持たない俺でさえ、このケガレだけはハッキリと視認出来た。ケガレの濃さ故に、半物質的な性質を帯びている証左だろう。中の死体はよほど状態が悪いのだろうか。

 

 

 

「せめて、祓い(ぬさ)を持ってくれば良かったですね……」

 

 

 ヨウカが呟き

 パンパンっと。柏手を二つ打った。割れた花びらの様に慎ましい唇が、厳かに祝詞を紡ぎ始める。

 

 

 

 

 

 

 

「ーー掛巻(かけまく)も綾に畏き、神伊邪那岐大神、筑紫(つくし)の日向の橘の小戸(をど)檍原(あはぎはら)に、禊祓ひし給ふ時に成りませる祓戸の大神達、諸々の禍事罪科汚を祓ひ給へーー富普加美(とふかみ)恵多目(えみため)、祓ひ給へ清め給ふ……アヂマリカム」

 

 

 

 

 簡略ではあるが、厳かに禊祓詞(みそぎはらへのことば)と大神呪が奏上されーーにわかに、夜空を覆う暗雲が晴れ始めた。差し込んだ月光が柔らかく瞬いて、雑居ビルを淡く照らし上げていく。黒いケガレが月光に触れ、溶ける様に宙へと消えていった。

 

 

 流石の一言だな。

 見る者の心すら祓う様な、神秘の一幕だ。

 

ーー祓いに始まり祓いに終わる。

 

 神道がそう言われるだけはあるだろう。刑事のオッサンも、惚けたように息を呑んでいた。 

 

 

 

「行きましょう」

 

 ドアを開け、中のケガレも祓われて、土足で上がり込む。途端に広がる濃い血の香り。クラリと酩酊感に似た感覚に包まれて、俺は壁に手を付いた。

 

 

 

「大丈夫ですかクー君?」

 

「あぁ……いつものやつだ、問題ない」

 

「坊ちゃん。体調が悪いので?」

 

「いえ、実家が代々吸血鬼の家系でしてね。こういう濃い血臭を嗅ぐと……軽く酔っちゃうんですよ」

 

「へぇ、狭間の方も面白い血筋をしてますね」

 

「まぁなにせ、ウチが専門にしてる『錬金術』は西洋由来ですからね」

 

 

 

 狭間の始まりは1200年代初頭に、最初の当主である狭間源五郎が、西洋からやって来た月の様に美しい吸血鬼の女性を娶ったことから始まると聞く。そこから、『錬金術』の術が家門に広まったのだろう。

 

 

 まぁ……厳密にいうと、俺は『吸血鬼』じゃないんだがな。

 

 

 

「あの……坊ちゃん、吸わないで下さいね?」

 

 

 不安げに問われたがそんなつもりはない。

 

 吸えば無才能な俺でも、祓魔師としての『力』を得る事が出来るだろうが、吸った相手にも様々な『影響』を与えてしまう以上……やはり、他人の血液を吸いたくはないな。 

 

 

 

「吸血衝動はありませんし、大丈夫だから行きましょう」

 

 

 なんて事を考えていたら酔いも治ったので歩を進める。

 狭い六畳間の一室に広がる惨状を把握した。

 

 

ーー日本刀で胸を貫かれた巫女が、アパートの壁に縫い付けられている。足元には夥しい量の血が滴っていて、フローリングの床を埋め尽くす程に転がる狐地蔵を暗い赤で濡らしていた。見上げれば天井には、西洋式の魔法陣が油性ペンで乱雑に描かれている。

 

 

 明らかな呪術的痕跡だ。写真を撮る検視官も、気味が悪そうに顔を青くしている。近くの学習机には、真新しい生徒手帳が置かれていてーー

 

 

 

「……今年入学した、母校の後輩だったのか」

 

 

 

 まだまだ巫女服に着られている様な。

 そういう、あどけなさの残る少女であった。生まれ故に、人の死に慣れた俺は特に何も感じないが、隣のヨウカはえも言えぬ悲しみを浮かべて、彼女の遺体を呆然と食い見つめていた。

 

 

 

「知り合いか?」

 

「はい、神道の界隈も狭い世界ですので……かなり昔から、何かと交流のある子でした……あの、矢崎さん、彼女を降ろしてはあげられないのですか…?」

 

「え、えぇ。すみませんが、もう暫くお待ち下さい」

 

「……分かりました」

 

 

 暗い声色。

 大丈夫だろうか。

 チラリと伺うように視線を送る。

 

 

「いえ……問題ありません。彼女も神道家なら、祖霊に導かれて死後も問題なく修行が出来ている筈ですからね。悲しむのはお門違いでしょう」

 

 

 

 しかし流石に、持ち直すのが早かった。

 

 悲しみを消し、目に光を灯らせ、力強く言い切るヨウカ。死んだら終わりと考えるのは一般人だけという事だ。宗教家にとって、死は新たな門出でしかないという訳である。 

 

 

「……で、彼女の霊魂は、もう近くにはいないんだな?」

 

「えぇいらっしゃいません」

 

「となると地縛霊にはなっていないのか……珍しいな」

 

「ですね。殺されたのなら、大抵の場合は死を受け入れきれず、霊魂がその場に留まるものですが……彼女はもう、より高い存在領域へ行ったみたいです」

 

 

 まぁ珍しいが、無いケースではない。

 殺された本人に犯人を聞ければ、手っ取り早かったんだが……

 

 

 

「いないなら仕方がない、か」

 

「そういう事です。それより、魔法陣の内容を読み取れませんか?」

 

「これをか? 正直、西洋式の魔法陣は専門外なんだがーー」

 

 

 言葉を溜め、天井に描かれた煩雑な魔法陣と、床を埋め尽くす程に転がった血濡れの狐地蔵を見やる。少し考え、予想を言ってみた。

 

 

「まぁ、何となくは分かるぞ。多分だがこの魔法陣は、『神捕らえの罠』の類型だろ」

 

「……?」

 

 

 小首を傾げるヨウカ。

 だが、知らなくても無理はない。

 

 この類の魔法陣は、策謀と懇ろな【十二宗家】の人間でもなければ、まずお目に掛れない代物だ。日の光の下で歩く限りは、一生縁のない外法の術式だろうな。そんな術式に若干の懐かしさを感じつつ、軽く所見を述べてみる。

 

 

 

「状況から察するに犯人は、運び入れた狐地蔵を、霊性に富んだ巫女の血潮で荒々しく穢したんだろ。すると当然、霊狐は自分の存在を侵され苦しみ泣き叫ぶ訳だ。その悲鳴を聞きつけた親筋の神霊が、この部屋に飛んできた所でーー魔法陣を作動させたんだと思うぞ。その神様を捕まえる為にな。これは勘だが……」

 

 

 

 彼女が殺されたのは、午後の六時前後じゃねーのか?

 問えば、驚いた様子で矢崎さんが頷いた。

 当たりだ。

 夏の午後六時頃……つまりは、『逢魔が時』である。

 昼と夜の間。

 睡眠と覚醒の狭間。

 物質の界面。

 何かと何かの『間』には、必ず神秘が潜んでいる。

 

 それは悪魔であったり、悟りであったり……逢魔が時も、その一つという訳だ。神霊を呼び寄せるのに、これほど適した時間帯もないだろう。

 

 

 

「これはもう、型になぞらえた様な素人の犯行じゃないな」

「カルトでしょうね。それもーーっ!」

 

 

 出し抜けに。

 大きく揺らぐヨウカの瞳。

 視線の先を追えば、磔の巫女に辿り着きーー

 

 

「白衣の着付けが逆で、縦結びになってんのか……」

 

 

 ヨウカの怒りの原因が分かった。

 

 これは、死装束の着つけ方だ。つまり……犯人は彼女を殺した後、わざわざ着物を一回脱がせ、白衣を逆さの左前にした上で、縦結びに結んだのだろう。

 

 随分な所業だな。俺も上等な性格はしていないが、流石にその思考回路は理解できそうにない。 

 

 

 

「必ず、犯人を捕まえねばなりませんね…!」

 

 

 頷いた。

 手加減用に用意した散弾銃の腹を撫でる。

 

 

 

「今日は適当にそこらのホテルを取って、明日から早速調査するぞ」

 

「えぇ。しかし調査のアテはあるのですか?」

 

 

 コクリと頷いた。

 

 

 

「座禅家に会おうと思う。母校の先輩で、調査で確実に役に立つ人だ」

 

 

 

 

 



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5話

 

 

 

 翌日。午前10時ごろ。

 休日の混みあった都心にてベントレーを走らせ、目的地である渋谷駅周辺のパーキングで車を止めた俺は、降り注ぐ真夏の眩い日差しに目を顰めていた。

 

 

「暑いな……」

 

「夏ですからね。あとクー君、背筋はしっかりと伸ばして歩きましょう。190もあるのにそう背を丸めていたら見栄えが悪いですし、余計に覇気が無く見えますよ?」

 

「余計に、って言葉は余計だがな」

 

 

 今日は休日だ。

 

 焼けたアスファルトに膨らむ入道雲。

 初夏の太陽はカンカン照りにも関わらず、しかし娯楽に飢えているのか出会いを求めているのか、駅前には半分くらいは消えて欲しい位に人が溢れていた。その大半が突然現れた美人巫女をはたと凝視して、正面衝突が至る所で発生してしまっている。

 

 本当に、昼でも夜でも人目を引く幼馴染だな。

 だがまぁ……仕方ないだろう。

 

 上からの光に照らされて、魂の神秘が、ヨウカの美貌を殊更に際立たせているのだ。霊的視野(クタスタ)を持たぬ多くの人々は、その『オーラ』を可視化出来ないが、この人は普通と違うと、『何となく』は感じられるのである。

 

 そして、皆がそれに惹かれるのであろう。

 

 都会勤めに疲れたサラリーマンが田舎暮らしに憧れる様に、世俗的な煩悩や恐怖とは全く違った世界に住んでいる存在を、本能的に輝かしく感じてしまうのだ。

 

 

 

 

「それで、座禅家さんとは何処で待ち合わせをしているのですか?」

 

 

しかし当の本人であるヨウカはどこ吹く風。周囲の事故など1mmも気にしてない様子でそう問いかけた。が、

 

 

 

「待ち合わせはしてないぞ」

 

「はい?」

 

「だが、毎週日曜日は決まってハチ公前に居るはずだから……っと、ほら聞こえるか?」

 

「これは……鈴の音ですね」

 

 

 当たりだ。

 渋谷駅。ハチ公前の広場。

 

 人で溢れそうな広場には騒めきが満ち、しかしその中に混じって、澄んだ鈴の音が高く響いていた。近づけば、何やら判別し難い言語で、女性の低声が静かに耳に沁みていく。

 

 準提観世音菩薩賛文(じゅんていかんぜおんぼさつさんもん)だ。

 托鉢で使うお経である。

 

 

準提功徳樹寂静(じゅんていくどくじゅじゃくじょう)にして心常(こころつね)(じゅ)すれば……一切諸々の大難()くこの人を犯す事なし。天上及び人間福を受くること仏の如く等しし。此の如意珠(にょいじゅ)に遭《あ》わば定《さだ》んで無等々《むとうとう》を得んーー」

 

 

 手に持つは持鈴と頭鉢 (ずはつ)

 幅広の網代笠を目深に被った女性が、目線を隠して経を読誦している。本紫の色衣の上に真っ黒な大衣を纏っていて、黄土色の手巾が細い腰回りを一周していた。

 

 いつ見ても小柄な人だ。

 黙って近づき、掲げた頭鉢に千円札を入れ込んだ。

 途端に、読誦が止まりーー

 

 

財法二施(ざいほうにせ)功徳無量(くどくむりょう)壇波羅蜜(だんばらみつ)具足円満(ぐそくえんまん)及至法界平等利益(ないしほっかいびょうどうりやく)~」

 

 

 施財偈(せざいげ)が唱えられた。網代笠の先をクイっと上げて、目前の彼女が子供っぽい笑みを覗かせる。

 

 

 

「やあやあ、久しぶりだね空理君? 相変わらずの仏頂面じゃない?」

 

 

 明るい声色と焦げ茶色のショートヘア。年下にすら見える、可愛らしく人懐っこい童顔。150半ばと小柄な体躯だが、結構胸は大きめの方である。

 

 

 

「ご無沙汰してます、リッカさん。托鉢中にすみません」

 

 

 母校の2つ上の先輩である橘立花(タチバナ・リッカ)さんに軽く会釈した。今日も今日とて、宗教家らしかぬ快活なエネルギーを周囲に振り撒いているようだ。静かなヨウカと双極に位置する様な人である。

 

 

 

「あはは、別にいいよ。そろそろ引き上げようと思ってた所だし」

 

「どうです、儲かりましたか?」

 

「もう、供養なんだから意地の悪い事を言わないでよ?」

 

 パチリとウインクをされてしまった。

 それでも、(さま)になっているのがこの人の凄い所だな。

 

 

 

「で、今日はついに私の弟子になりに来たのかな?」

 

 リッカさんがコロコロっと笑って。警戒を露わに、我が幼馴染が俺の前に割って入った。

 

 

 

「どなたかは存じませんが、クー君は私の弟子ですので」

 

「違うぞ?」

 

「大丈夫大丈夫。座禅より恐ろしい行法なんて無いからさ」

 

「リッカさんの弟子になるつもりもないですからね?」

 

 

 というかヨウカもだが、

 俺を弟子にすることに何故拘るのだろうか?

 

 

 

「そりゃあ空理君はかなり特殊な波動領域を持ってるからねぇ。それにその、整っているのに不幸そうな顔、無気力な瞳、貴方は宗教家としての適性アリだよ」

 

「あれ? 罵倒して欲しいって頼みましたか俺?」

 

 

 最近似たような詰られ方をしたが……

 まぁいい。

 

 

「不幸そうだと宗教に適性があるんですか?」

 

「あるねぇ。健全で幸せな人に宗教は必要ない、というか適性が無いし……貴方みたいな人にこそ、禅は染み込むと思うんだけどなぁ」

 

 

 

 しみじみとしたリッカさんの言葉。まぁ確かに、幸せな人間に宗教的適性がないのは道理だろう。

 

 宗教とは、拘りや何もかもを『捨てていく』実践を重視するもので。今の生活に満足している幸せな人は、それを捨てる事に抵抗がある以上、適性があるとは言えないからな。反面、本当に不幸な人こそは、比較的簡単に今の全てを捨てられるので、適性があると考えられる。

 

 この、捨てる事を推奨する考えを、

 仏教では『喜捨』と表し、キリスト教では『汝ら金と神とに兼ね仕える事あたわず』という聖句で示している。宗教が清貧を尊ぶ理屈とは、まさにそういう事なのだ。

 

 

 

「うんうん、よく勉強してるねぇ」

 

「ま、生まれが生まれですし、ヨウカとも長いんで」

 

 

魔術や呪い。

それらのルーツに宗教的な要素があるのは疑いようもない。お家柄、そしてヨウカの幼馴染として、そこら辺の知識とは随分と蓄えたもんだ。

 

 

 

「なら後はもう、修行の実践だけじゃない? 手取り足取り教えてあげるからさ、私の弟子になっておきなよ?」

 

「駄目ですよクー君。明日一緒に日拝(にっぱい)しますよね?」

 

「いやいや、私と一緒に暁天座禅の方がいいって絶対」

 

 

 ガシリと。

 玩具を奪い合う様に、二人に腕を取られてしまった。

 

 女性らしい柔らかな香り。上目遣いも相まって二人とも中々以上に可愛いが、流されるつもりはないぞ。俺は知ってるからな? 両方とも日の出にやるやつだろ? うっかり弟子になって連れ回されては俺の睡眠時間が悲鳴を上げてしまうので、丁重に断らせて頂こう。

 

 

 

「残念。でも……」

 

 と、リッカさんがニコリと笑って、ヨウカの瞳を下から覗き込んだ。

 

 

「貴方にもぜひぜひ座禅をして欲しいねえ、『ヨウカ』ちゃん?」

 

「っ!?」

 

 途端に。何かに弾かれた様に、ヨウカが大きく後方に飛び去った。その額には、汗すら滲んでいる。

 

 

 

「何ですか、今のは……?」

 

「あはは、ちょっと『覗い』ちゃったよ。貴方の阿頼耶識(あらやしき)を」

 

「……『読心』ですか」

 

「そうとも言うね。気持ち悪かった?」

 

「えぇ。一瞬、互いの波動領域が混ざり合いましたよ」

 

「空理君には私の読心も全く効かないんだけどねぇ」

 

「まぁ、俺はある意味鉄壁ですから」

 

 

 無才能故にな。

 

 リッカさんの『読心』は相手と『同化』する事によって心の内を感じるらしいが、その切っ掛けとなる【エネルギー】が無い俺には全く『同化』出来ないらしいのだ。懐中時計を電子的にハッキング出来ないようなもんだろうか。

 

 

 シゲシゲと真剣な表情で。目前の禅僧を見やったヨウカが徐に口を開いた。

 

 

 

「座禅で『読心』が出来るようになるのですか?」

 

「さあ?」

 

「では、仏法を修めた功徳による力なのでしょうか?」

 

廓然無聖(かくねんむしょう)。仏法に得るも失うもないよ」

 

 

 またまた、カラカラっとリッカさんが笑う。

 

 

「……クー君、この人面倒臭いです」

「禅僧なんてそんなもんだろ」

 

 というか、宗教家は全員もれなく面倒臭い。

 

 

「そもそも力は、信仰の副産物なものでしょ?」

 

 宗教家としての正論を言われてしまい、今度こそヨウカは押し黙った。完全にしてやられているな。

 

 

 

「ま、専門が違うんだから出来る事が違うのは当然だろ」

 

 無難な言葉で場を纏める。

 実際、戦闘力という観点ではヨウカが確実に上なのだ。

 

 

 

「はい。中々に……勉強になりますね。それと、先程は失礼致しました。ケンカ腰で話してしまい」

 

「あはは、別にいいよ。これは良い縁だと思うからさ」

 

「ですね。今度時間がある時に、色々と話しましょう」

 

「うん、対等にね。私も色々と学ばせてもらうよ」

 

 

 

 リッカさんが手を出して、ヨウカもおずおずとその手を取った。上手く纏まったようだ。仏教と神道。互いに立場は大きく違う。

 

 が、

 

 信仰の道筋は違えど、扱う修行法は違えど、行き着く先は全て同じで、修行の目的にも根本的な差がない以上、互いに学ぶ所は大いにあるだろう。他宗教だからという理由で争うのは、実に人間的な根性がさせる愚行でしかないからな。

 

 調和とは、宗教家が持たねばならない前提の精神である。

 

 

 

「ま、空理君は私の弟子にするけどね」

 

「はい? 私が何年クー君の傍に居ると思っているのでしょうか?」

 

「縁があれば道端ですれ違っただけでも師弟は生まれるし、無ければ幼馴染ほどに時間を共有しても、決してそういう関係にはならないんだよ?」

 

「へぇ……その件については、また今度話し合いましょうか」

 

「うん。今は事件が最優先だしね。ヨウカちゃんの心に大体の事情は聞いたから、取り敢えず近くの喫茶店に入っちゃおうか」

 

 

 ギリギリと。

 両側から引っ張られて軋みを上げる俺の腕。

 

 美人美少女という事で周囲の野郎たちから殺気じみたガンを飛ばされるが、実情はそんなに甘くないので勘弁して欲しい。どっちの弟子に転んでも、睡眠時間やら自由時間が削られまくり、しかも宗教的な貞操観念で、お手付き出来ない生殺し仕様なのだ。

 

 泣けてくるだろ?

 

 ヨウカは言うまでもなく、リッカさんも結構女性らしい体つきをしているんだが……いや、まぁいいか。あまり考えないようにしよう。

 

 

 

「……とにかく頼みますから、仲良くしてく下さいね?」 

 

 

 

 俺は半ば無の心になって、両腕に絡みつく二人にそれだけをお願いするのであった。

 

 

 



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6話

 

 

 

 

そこらの喫茶店に入った。 

 

 

「リッカさん、奢りますよ」

「本当? 供養されちゃうなぁ」

「いえいえ。協力して頂きますからね、当然です」

「クー君、私はどうなのです?」

「え? そんなそんな、平の俺が社長に奢る訳にはいきませんよ」

 

 

 当然だと言わんばかりに答えてやった。

 

 すると、そんなまさか!? 

 といった感じで目を見開くヨウカ。ほんと、分かりやすいよなコイツ。クールなように見えて、自分の予想から外れた事が起きると分かりやすく表情に出るのだ。

 

 み、水は無料ですよね…? と、メニュー表を見ながら不安げに呟く巫女さんを見て、嗜虐心に駆られつつもーー

 

 

 

「冗談だ。好きな物を頼んでいいぞ」

「ほ、本当ですか? この限定パフェを頼んでも?」

「あぁ、紅茶も付けていいからな?」

「クー君…!」

 

 

 パーっと輝く値千金の笑顔。

 

 お金の持ち合わせがない。

 もとい、小市民に過ぎる幼馴染である。

 

 たかだかパフェなんだが、感動したように目を輝かせるヨウカを見ると、奢る側としては悪い気がしないもんだ。普段は小食なくせに、案外甘いものが好きなんだよな。秋になると、やたらと栗拾いに誘われる位には。

 

 

 

「リッカさんも適当に頼んでいいですよ」

 

「ん〜……なら、空理君のオススメで」

 

「成る程。なら……おっと、Tボーンステーキがありますね?」

 

「空理君?」

 

(はん)に逢うては飯を喫し、()に逢うては茶を喫す。なんでしょう?」

 

「いやそうだけどさ! 全く……お姉さんをあんまりイジメないで欲しいなぁ?」

 

「あっ、すみません。紅茶と限定パフェとTボーンステーキをお願いします」

 

 淡々と。

 通りがかりのウェイターにそう注文した。 

 

 

「空理くぅううん…!?」

「ははは、これが富豪の遊びなんでしょうか?」

「協力しないよ?」

「心の底からすみません」

 

 それは困るので素早く頭を下げる。

 事件現場の写真を、恭しくリッカさんに提出した。

 

 

「全くもう……」

 リッカさんが苦笑しつつ受け取り、

 

「……オーラが変わりましたね」

「あぁ。リッカさんが『視る』とこうなるのか」

 

 

 

 瞳に付けた霊視コンタクトによって、対面に座るリッカさんのオーラが一気に額へと収縮したのが見て取れた。 

 

 完全に、神賜系タイプの祓魔師だ。

 祓魔師は力を行使する際に、人体が持つ『6つのチャクラ』ーー会陰、生殖器、丹田、心臓、喉、額ーーのいずれかが開かれ、非物質的(アストラル・レヴェル)な光を放つ。そして、光を放つ部位によって、その人がどういうタイプなのかを推し量れるのだ。

 

 呪文《マントラ》を操る魔術師なら丹田と喉が光を放ち、気功を操る拳法家なら丹田と会陰が光を放つ傾向にある。そして神賜系であるなら、額のアングニャ・チャクラーー『第三の目』とも呼ばれているチャクラの発達が著しい。

 

 一般に、イエス様や仏陀が『後光』を放ったと言われているのは、その『6つのチャクラ』が完全に調和する程の発達を遂げていた為だと言われている。

 

 

 

「読めたよ」

 

 フッとオーラが掻き消え、リッカさんが席を立った。

 

 

「公安に連絡して、祓魔師の部隊を母校に回させて頂戴」

 

「よく分かりませんが……そこに犯人がいるんですね?」

 

「うん。まだ向こうは勘づかれた事に気づいてないと思うけど、念のため制圧に人手を掛けた方がいいと思うよ」

 

 

 隣を見る。

 キッパリと言い切るリッカさんに対して、ヨウカは少しショックを受けていたようだった。母校から霊的犯罪者が出るとは思わなかったのだろう。白衣の襟を落ち着きなく直し言葉を詰まらせていた。

 

 

「ヨウカ」

 

「いえ……大丈夫です。橘さん、間違い無いのですか?」

 

「うん。対策さえされてなければ、私の『読心』は無機物にも通るからね。刺さった日本刀の声を聞いたから、確実だと思うよ」

 

 

 流石だ。

 こと、人や物の声を読む事において、リッカさんほど高度なレヴェルに至った人は現代においてそう多くはないだろう。常人の感覚で言えば、日本刀など生きてはいないが、リッカさんに言わせれば『この世に、生きていないものなど無い』らしい。

 

 イルカの鳴き声が人間に聞こえない様に。ただ、意思を表現する領域が違うだけなのだと、彼女は昔に語っていた。

 

 

「さあ行くわよ」

「まあ待って下さい」

 

 

 網代笠を被り始めたリッカさんを手で制す。

 

 ドンと。熱々の鉄板に乗せられたステーキと限定パフェがテーブルに配膳されて、リッカさんの笑顔がピキリと固まった。いつもニコニコなリッカさんにしては珍しい、レアな表情である。

 

 

「……半分こしない?」

 

「いいですよ。それに、すぐには部隊を回せないと思うので、気持ちゆっくり食べましょう」 

 

「そうですね。まずは……目の前の食事からです。頂きましょう」

 

 

 

 手を合わせ、ヨウカは置かれた限定パフェを神妙な顔で食べ始めた。母校が気になる気持ちは分かるが、しっかりと食っといた方がいいぞ。こっからは少し荒れそうだからな。

 

 脇に置いた散弾銃を撫でて、俺はスマホを取り出した。

 

 

 

「あ、お疲れ様です。黛さん、少し相談したい事があるんですが……」

 

 

 連絡し、戦いの準備を整える。



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7話

 

「……流石に動きが早いな?」

 

 20分ほどで食事を終え喫茶店から出れば、表の通りには既に駐車された大型トラックが用意されていた。荷台に寄りかかっていた黛さんが、此方に軽く手をあげている。

 

 

「お疲れ様です」

 

 と、会釈し先んじて社交辞令を投げかけた。

 

 

「お疲れ様です。早速の連絡ですね?」

 

「優秀な情報源にーーこちらのリッカさんに力を貸して頂けましたので」

 

「どうもどうも。橘立花です」

 

 

 軽く手を上げ、愛想よく笑うリッカさん。

 

 

「それはそれは、ご協力感謝します。しかし……神賜系の方ですか。公安の私でも優秀な神賜系の方を見つける事に苦労しているのに、ポンと簡単に出してきましたね?」

 

「まぁ、たまたま縁がありまして」

 

「うんうん。なんたって師弟の関係だからね、将来的には」

 

「全くもう……橘さん、いっそのこと共有の弟子にしますか?」

 

「私は別にそれでもいいよ」

 

「俺は別に全然よくないぞ」

 

 

 恐ろしすぎる話だ。

 本人の許可を得ず勝手に決めないで欲しい。

 

 と思いつつ、案内されたので、大人しく荷台の中に上がり込んだ。改造された荷台の中には固定された椅子が、電車の席の様にズラリと並んでおり、厳つい男達が列を連ねて無言で座っていた。視線が殺到して、圧に少したじろいでしまう。

 

 

 公安三課の実行部隊だ。

 祓魔師同士の戦闘と言っても、その多くは炎や剣などという物理的な攻撃が大半を占めているので、近代的な防護服を隙なく着込んでいる様であった。全員が樹脂製のサブマシンガンを装備しており、人によっては分厚い剣なども装備していた。

 

 オーラから察するに、全員が気功系や魔術師系の祓魔師だろう。

 

 

 

「ーー黛さん、そいつらが噂の神賜系祓魔師ですかい?」

 

 

 隊長と思わしき立派な髭を蓄えた壮年の男が、不信感を露わにそう言った。

 

 まぁ、日々訓練している方々からすれば、平和にお務めをしている宗教家たちが信用しきれないのだろうな。戦えんのか、と威圧的な瞳が無言でそう物語っていた。

 

 

 

「ま、まあまあ。第四課は実験的な部署ですので、まずは実戦に同行する形でテストしようかなと考えているんですよ」

 

「はぁ……つまり、足手纏いの面倒を見ろと?」

 

「そんな、まだ戦っても無いのに早計かと思いますが?」

 

「オーラを見るに、そっちの女の子二人は百歩譲って良いです。ですがーー金髪の坊主、お前は一体なんなんだ?」

 

 

 胸ぐらを掴まれた。

 

 

「こっちは部下を預かってんだ。悪いが大柄なだけの一般人の世話をする余裕なんてねえんだよ、帰んな」

 

 

 至近で睨まれる。

 

 勘弁してくれよと思うが……まぁ仕方ない。【エネルギー】が欠片もない俺は、【エネルギー】の波動である『オーラ』も当然持っていないので、とても戦えるようには見えないだろう。言わば、銃を持っていない兵隊の様なものだ。戦力にすらカウントしたくないんだろうな。

 

 

 

「はぁ……絶対に嫌だ、って言っていいか?」

 

 だが、俺も仕事だ。

 

 帰って茶でも啜りたいのは山々だが、ここで成果を出して向こう1~2か月はサボる為にも、ハイそうですかと帰るわけにはいかない。俺は宿題を早めにやるタイプなんだよ。

 

 

 

「なら、実力を示してみろ」

「分かりました。なら……今から、一発グーで殴りますよ?」

 

 淡々と予告した。

 祓魔師としての才能は、目の前のオッサンに比べようもないくらいに劣っているだろう。が、『才能が無さ過ぎる』が故に、俺には色々と『利点』があるのだ。 

 

 

「やってみな。一発でも当てられたらーーっ!?」

 

 人外の膂力はあえて使わず、極めて平凡な、何の変哲も無い大振りの拳を放つ。

 

 しかしーー驚き固まる目前の男は、それを避けられない。当たる。直前で寸止めした俺は、呆然とする男のデコを人差し指で突いてやった。 

 

 

 

「これでいいですか?」

 

 殴りはしない。

 人を傷つけるのにはもう飽きたからな。

 

 

 

「いや、お前、どうやって……」

 

 

 黙殺する。

 しかしまぁ、タネが割れたら簡単な話だ。

 俺に才能は無く、【エネルギー】もなく、故にーー多くの祓魔師が、相手の攻撃の『初期動作』として見る【エネルギー】の流動が全く起こらないのである。相手から見れば、ノーモーションで仕掛けられる不意打ちの様なモンだろう。

 

 

 

「で、座って良いか?」

「あ、あぁ」

 

 が、相手からは俺が初期動作すら消す達人と見えたのか、アッサリと引き下がってくれた。有難い。剣を抜かれたら酷く面倒だった。

 

 

 

「き、肝が冷えましたよ……」

「あはは、流石は空理君だねぇ」

 

 

 呑気なリッカさんは俺の肩をバシバシと叩き、暴力に慣れていないヨウカは心底心配したとばかりに溜息を吐いた。 

 

 

 

 

「でだ……その、悪かった。突っかかったのは謝るからよ。まず、情報は確かなのか?」 

 

 問われたので、リッカさんに目線を送る。

 

 

 

「私を信じて。日本刀から直接犯人の話を聞いたもの。曰く……彼らは儀式をするように啓示を受けたそうね。それで、巫女さんに睡眠薬を盛って贄にしたみたい」

 

「誰からの啓示だ?」

 

「分からないわ。多分だけど……彼ら自身にも分かってないんじゃないかな。かなり多くの『力』を授けられたみたいで、盲目的にその存在を神様だと思い込む様になったみたいだし。そこに至れば……神様の詳細なんて、畏れ多くて聞けないんじゃないかなぁ……?」

 

 

 宝くじも、高額当選させてくれたみたいだしね。

 と、呆れた調子でリッカさんが呟いた。

 

 

「た、宝くじ……宝くじが当たるくらいで、なんだと言うのですか……?」 

 

 困惑を露わに、ヨウカがそう呟く。

 

 

 

「当たってどうなんです。声が聞こえて何なのです。当てたり啓示を送る事は、狐や狸にだってやって見せますよ。そしてそういう『悪戯者』に限って、大それた啓示を送るというのに……卵とはいえ祓魔師ともあろう者が、どうしてそれを見抜けないのですか…」 

 

 

 

 眉根をひそめ、瞳を揺らし、呆然とそう呟くヨウカ。 

 

 

ーー殺人を犯し、自らの魂を己が手で傷つけた犯人たちの愚行を悲しんでいるのだろう。

 

 

 優しすぎるんだよな、コイツは。他人に興味が無さそうなクセして、そういう話を聞いたら感情を動かさずにはいられない。どうにかしようと苦心する。

 

 そして、時に期待を裏切られ、酷く落ち込むのだ。

 

 高校時代、ヨウカは散々と揶揄われ利用されていた。無論、馬鹿じゃないので言葉で諌めるが、相手もヨウカの人の良さを知っているので、話半分くらいにしか聞かないのだ。

 

 

 裏で隠れて、泣いていた事も知っている。

 

 

 そして俺は……そういう奴らを、目につく片っ端からぶん殴ってきた。

 

 

 柄じゃないとは分かっていても、目を掛けている幼馴染が泣いている状況を許容出来なかったからだ。俺は暴力を振るった。正しい事をしたとは思っていない。しかしそれでも、そうしなければいけないと思っていたし、それ以外に選択肢がないとも当時は考えていた。

 

 

 お陰で不良扱いもされたし、常人が喰らったら死ぬような魔法も何度か浴びたが……まぁ、それくらいは致し方なしだろう。ボロボロになった制服代は痛かったがな。

 

 

 

「ーーっと、着いたか」

 

 トラックが止まり、クラクションが鳴らされた。母校に着いたのだろう。最後に黛さんに確認を取る。

 

 

 

「教室に直接突っ込んで良いんですね?」

 

「許可します。啓示を送った存在の霊的段階が分からない以上、此方の動きにいつ気づくかも不明ですので、悟られない内に犯人を確保して下さい。手荒で構いません」

 

「了解です」

 

「あとゴメンね空理君、ここまで付いてきたけどさ……」

 

「えぇ大丈夫です。リッカさんは後ろでドンと構えて下されば結構ですので」

 

 

 俺たちだけが制圧に向かうという事で申し訳なさそうな顔をリッカさんはしているが、問題はない。元々非戦闘員で、犯人を当てただけでも大手柄だろう。

 

 後は俺の、俺たちの仕事だ。 手加減用の散弾銃をコッキングし、弾丸をチャンバーへと送りこむ。

 

 

 

「じゃあ隊長さん、よろしくお願いします」

 

「舐めんなよ? さっきは一本取られたがこっちは本職だ。後ろで安全に指を咥えながら見学してな?」

 

 

 心強い言葉だ。

 まぁ、最前線を張って大手柄が欲しい訳ではない。多少の実績でいいのだ。二番槍上等の精神で行かせて頂こう。

 

 

「まぁ、しくじったらフォローしますので」

「言ってろ」

 

 淡々と言えば、

 笑い、拳を出されたので、慣習に従って軽く拳をぶつけ合った。トラックから降車する。突然現れた武装グループに周辺の住民が悲鳴を上げる中、俺達は静かに校舎へと突入した。

 

 

 

 



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8話

 

 

 

 4階に上がった。教室の前に張り付く。

 

 興奮から周囲の呼吸が浅くなる中、実働部隊達は無言でハンドサインを交わし合った。先頭の男が閃光手榴弾を握りしめ、隊員の全員に合図を送る。

 

 しかし、そんな物まで使うんだな……此処が一般の高校なら大問題になってるだろう。教室内で何も知らずに勉学に励む後輩達に同情しつつ、耳を塞いだ。

 

 閃光手榴弾のピンが抜かれる。

 

 教室の前扉が微かに開かれ、そこを通して中に放り込まれた。カンカラカンと。突然の投擲物に、前側の席の子達が目を丸くしてーー解き放たれる、300万カンデラの閃光と爆音。

 

 教室が混乱の渦に叩き込まれ、部隊が雪崩れ込んだ。

 

 

「動くなっ! 公安だ!!」

「全員そのまま机に伏せとけ!!」

 

 実行部隊の怒号。

 

 目を焼かれ一時的な視力を喪失している高校生達に、プロの暴力が殺到する。中には、パニックを露わに教室外へ逃げようとする者もいたが、耳もやられて平衡感覚を失っているのか転倒し、すぐさま隊員に押さえつけられていた。

 

 後ろで念のため散弾銃を構える俺も、薙刀を持つヨウカも、教室の入り口でその仕事を黙って静観する。問題なく仕事は進んでいた。

 

 

 

「右から三番で四列目の生徒だ!! それ以外は教室から出して外に誘導しろ!!」

 

 席順表を教卓から取り出した隊長がそう叫び、犯人の女生徒に手錠が掛けられた。その場でボディチェックが行われ、ヨロめく無実の高校生達も、速やかに外へと誘導されていく。 

 

 窓から校庭を見れば、いつの間にやら建てられた救護テントの中で、医者と治癒師(ヒーラー)が忙しなく仕事の準備をしていた。 

 

 

(……どうにか、無事に終わりそうだな)

 

 

 終わってみれば呆気ないものだ。

 

 祓魔師は確かに超常の力を持つが、数少ない例外を除いて、不死身という訳ではない。数とスピードで圧倒されれば、力を使う前に制圧出来る事が大半だ。

 

 

 

「まだです」

 

 が、ヨウカは張り詰めた表情を解きもせず、確信に満ちた声色でそう言い切った。 

 

 

「巫女の勘って奴か?」

「えぇ、猛烈に嫌な予感がしますよ」

 

 

 カタリと。

 白木の下駄を鳴らしながら、ヨウカは犯人の一人に近づいた。うつ伏せの状態でボディチェックをされている女生徒をひっくり返し、その腹を薙刀の石突でしかと打つ。 

 

 

 

「かひゅっ……!」

 

 肺から空気を漏らし、しかし不気味に笑う女生徒の顎を掴み、その舌をヨウカはいきなり引っ張り出した。突然の凶行に部隊が騒めくが、しかしその赤い舌に刻まれた文言を見て得心を得ていく。

 

 

ーー『急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)』と。

 

 

 (まじない)の最後に頻繁に綴られる呪語が、その舌に刺青で彫られていた。 

 

 

 

「……体のどこかに、願いの内容が刻まれている筈です、引っぺ返してでもーー」 

 

 

 女生徒が、その笑みを暗く深めた。

 猛烈に走る嫌な予感。

 

 

「ヨウカっ!!」

 

 

 反射的に幼馴染を抱き寄せて、体の後ろに隠しーー女生徒が舌を噛み切った。ドロリと溢れた鮮血が口内に広がりーー『急急如律令』の呪語に、その血液が触れていく。

 

 瞬間に。

 

 正体不明の願いが解き放たれた。爆発的に広がった黒いモヤは、周辺にいた俺と隊員達を飲み込みーー隊員達の命のみを奪い去った。

 

 

 

「ーークソッ!? サワダとエイトがやられた! ケイジとソウも重症だ!!?」

 

「下がれ下がれ廊下に後退しろ!! タナカっ、重傷者をこっちまで引っ張ってやれ!」 

 

「ブラボー5より本部っ! 教室にて接敵(コンタクト)! ブラボー2と3がやられた! 他3名重症で霊的汚染が酷すぎるっ、霊的除染師(クリアラー)と追加戦力をこっちに寄越してくれ!! オーバー!」

 

 

 緊迫と怒号。

 犯人や死傷者を覆う黒いモヤに対し生き残りの隊員たちが銃口を向けながら、負傷者を引きずりどうにか廊下へ後退していく。素早く負傷者の状況を確認。その体に外傷はないがしかし、腰に吊り下げられていた『身代わり札』が、黒く穢され二つに割れていた。

 

 呪いだ。

 

 相手の体内の【エネルギー】に干渉しそれを破壊する、『精侵系』の呪いである。それも、公安が持つ官製の『身代わり札』ですら受け止めきれない程の、強力な呪いだ。【エネルギー】を持たない俺には一切効かないが、大概の人間は死に追いやられるだろう。

 

 ともかく、廊下に押しやったヨウカの様子を見た。

 

 

「大丈夫かっ?」

 

「え、えぇ。貴方が守ってくれたお陰で……しかし隊員たちが!」

 

「あぁ! だがそれよりも、出やがったぞ…!」

 

 

 教室の中央で。

 黒い奔流が渦巻き、収束し、球体を成していた。

 

 

 

「くっ、致し方ありませんね…!」

 

 

 ヨウカが胸の前で素早く手印(ムドラ)を組み、込められた力により全身が一瞬激しく振動する。『振魂(ふりみたま)』と呼ばれる、即席の変性意識(トランス状態)を作り出す行法だ。

 

 オーラが丹田と額に収縮し、

 昼間の太陽が、燦然と教室を照らし始めた。

 

 

 

「状況っ神級呪霊!! 聖塩弾用意っ! 撃ちまくれぇえええ!!!」

 

 

 隊長が叫んで、突発的な戦闘が幕を開ける。

 

 

 

 



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9話

『スググゥ…!』

 

球体からまろびでた巨大な黒狐が唸り、頬まで裂けた凶悪な口の端から、タールの様なケガレをドロリと垂らした。非物質(アストラル)レヴェルの尋常ならざるプレッシャーに、部隊の全員がたじろぎ、半歩下がってーー

 

 

 

「ーー状況っ神級呪霊!! 聖塩弾用意っ! 撃ちまくれぇえええ!!!」

 

 隊長の命令によって我に返る。部隊の全員が銃を構え、嵐の様な聖塩弾が黒狐に殺到した。聖化され、強烈な【エネルギー】の込められた塩弾が黒狐の存在領域に干渉し、激しいスパークが宙に舞う。

 

 が、

 有効打ではないのか、教室の机を弾き飛ばして、2mはあろう黒狐が暴れ狂いながら隊員達に飛びかかった。大剣持ちの隊員が、その凄まじい衝撃と巨体を食い止める。俺は散弾銃を放ち、ヨウカは薙刀で狐の横腹を裂いていく。

 

 しかし、それでも獲り切れない。

 大口から黒炎が放たれーー

 

 

「至真至真・一心捧祷・神通自在・神力神妙ーーアヂマリカム!!」

 

 

ーー袂から柳の『防護符』を取り出したヨウカが、それを投げ放った。

 

 瞬間に。

 効験あらたかなそれは虚空で出来た三角錐の障壁を作り出し、押し寄せる黒炎を跳ね除けた。行き場を失った奔流がのたうちまわり、教室の床をグズリと溶かしていく。

 

 重傷者を聖水で応急処置する隊長が、必死の声でヨウカに叫び問いかけた。

 

 

「クソっ、嬢ちゃんありゃあどういう化け物だ!!?」

「穢された高級神霊と複数の人魂が混じり合ってます!」

「祓えるかっ!?」

「妖狐表霊落符さえ作る時間を頂ければっ!」

「何秒だ!?」

「1分です!!」

「用意しとけよ巫女の勘でよぉ!?」

「無茶を言わないで頂けますかっ!!?」

 

 

 

 霊格が覚醒し始めたのか、何処からか大太刀を取り出し、二足で立ち始めた黒狐の身の丈は教室の天井に届かんばかりとなった。巨大な獣が放つ凄まじい威圧感。それでも下がらず、迎え撃つ。穢れを涙の様に瞳から零し始めたソレに、散弾をお見舞いし時間を稼ぐ。

 

 大剣を持った前衛の隊員が、大太刀で吹き飛ばされた。魔術を使える隊員が障壁を張り、それも砕かれる。

 

 

「嬢ちゃんまだかぁ!?」

「水! 水水!! 手洗い場は何処ですか!?」

「突き当たりに見えるだろうがよぉ!?」

 

 廊下にて。

 どっかの学生さんからパクった書道セットを広げ、水を用意し、複数の祝詞を紡ぎながら、硯にコスコスと固形墨を擦るヨウカ。その1m前で、命からがら黒狐を食い止める隊員達。ヤバイな、この散弾では黒狐を殺しきれない。

 

 黒炎を浴びそうになった隊員の襟首を掴んで後ろに放り投げ、俺が穴埋めとして前に移動した。ユルリと飛び出す。

 

 

「坊主!?」

 

 

 流石に省エネとか言ってる場合じゃないので、どうにかやりますよ。

 

 

 落ちた長剣を適当に拾い、回避中心に立ち回る。薙ぎ払いを背面飛びで避けた。噛みつきを前蹴りで迎撃し、体が動く儘に攻撃を往なし続ける。

 

 戦いは俺の、専門分野だ。

 

 大太刀と鍔迫り合いとなるが、逆に、片手の腕力だけで黒狐の巨体を押していく。空いた左手で散弾銃を撃ち放ち、スピンコッキングし、また撃って教室の端までズズリと下がらせていく。

 

 角に、追い込んだ。

 

 

「ま、マジかよアイツ…! だが!」

「あぁ今の内だ!! 重傷者を後ろに移送するぞ!!」

 

 

 廊下の重傷者たちが、手の空いた隊員たちによって運ばれていく。 そのまま、昔を思い出し淡々と。20秒、30秒と一人で前衛を張り続け……

 

 バキン! 

 

 マジか。大太刀を受け止めた衝撃に耐えきれず、長剣が半ばで折れてしまった。そのままズバリと、腹の辺りが痛烈に切り裂いていく。

 

 

 

「ーーくそっ、坊主もやられたぞ!? 俺が回収するからお前は」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

「っ!? 逆になんで生きてんだ!?」

 

 ありえんだろと叫ぶ隊長。

 大太刀は俺の腹を深く切り裂いたが、人ならざる最硬の骨格を断つには至らず、付いた傷口も逆再生するかの様に一瞬で塞がった。

 

 全く問題はない。

 

 ならばとばかりに、黒狐の口内に黒炎が溢れ返ってーー勝ちを確信した。

 

 

 

「ーーさせませんっ!! アヂマリカム!!」 

 

 間に合ったのだ。

 投げられた木製の『妖狐表霊落符』が黒狐の側頭部にカツンと当たり、金色に輝く網が解き放たれる。それは暴れる黒狐の全身を包み、収縮しーーそれぞれの存在が、即座に分離されていった。

 

 脱殻となった黒狐の遺骸と、清らかなる霊狐と複数の人魂が、荒れ果てた教室の中央に残されていく。暫し、害意が無いか魂たちを見守りーー誰かが、ふぅと溜息を吐いた。

 

 場の空気が、一気に弛緩していく。

 

 服に付いた埃を払う俺の正面に、ヨウカが心配げに駆け寄ってきた。

 

 

「痛みますか?」

「いや、だが服がダメになった」

「全然大丈夫そうですね」

「頑丈なんでな。それよりーー結局。犯人グループが一人も残らなかったのが残念だよ」

「それは、そうですね。しかし霊魂さえ残っているならーー」

 

 

 もう少し、詳しい話も聞けるだろう。

 

 ヨウカが、教室の中央に向かう。霊視コンタクトの補助を借りている俺には霊魂が朧げな白いモヤにしか見えないが、より緻密な霊的視野(クタスタ)を持っているヨウカには、どれが巫女の魂か分かるようだ。

 

 救急車のサイレン音を聞きながら、その様子を見守りーー

 

 

「……ヨウカ?」

 

 ヨウカの背中が、不自然に膠着した。

 体を前に折り、膝を付き、倒れ伏していく。巫女と思わしき霊魂は、赤く塗れる刃物を持っていてーー

 

 

「ーーッ!?」

 

 

 巫女の霊魂が、黒く黒く染まっていた。

 実行部隊にソレが飛び掛かり、俺もヨウカの元へと駆け寄った。

 

 

 血だまりを作り、倒れ伏すヨウカの元へと。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「本部の応援はまだか!? コイツは抑えきれねぇぞ!?」

 

 廊下で怒号と銃声が飛び交っている。

 

 が、そんな事は関係ない。

 教室の中央で倒れ伏すヨウカに駆け寄る。血に濡れた白衣を剥ぎ取り、刺されたお腹の傷を見る。黒い血。不味い。内臓が損傷していた。濃い血の香りに酔いつつも、応急処置を施していく。

 

 治癒(ヒーリング)が使えないからといって、こういう勉強をしていた甲斐があった。内腿を内転させて布で縛り、圧迫し、出血を抑制する。

 

 

「く、クーくん……」

「喋らなくていい…!」

「見誤りました……あの子は、あちら側で、進んでぎしきに……」

 

 

 涙をホロホロと流しながら言葉を漏らすヨウカ。合点がいった。

 

 あの死に装束は、犯人にされたものではなかったのだ。自分から進んでその着付けをしーー贄となって、霊狐と結びついたのである。道理で、地縛霊になっていない訳だ。

 

 しかし、今更そんな事が分かってもーー

 

 

 

「あの子を、あの子を、たすけて、それで、けふっ……」

 

 ヨウカが口から血を零した。

 匂いに酔う。

 この期に及んで、あの巫女を助けようとうわ言を呟くヨウカを見て、久しぶりに心が揺らぐ。なんでだよ、お前はソイツに刺されたんだぞ…?

 

 不可解だった。

 弱い、今にも死にそうな人間が、なぜ堕ちた存在の為に涙を流せるのか。酷く不可解だった。

 

 

(いや…………)

 

 

 ふと、直観する。

 答えは明白だ。

 ヨウカは、一生のうちに一度あるかないかの、最も人の本性があらわとなる瞬間に立ちーー信仰の答えを、まざまざと見せつけてくれたのである。右の頬を打たれたら左の頬をも差し出す様に……『愛』の実践を、俺に見せつけてくれたのだ。

 

 馬鹿な思考回路だとは思う。

 加害者を想うだなんて、本当に馬鹿な奴だ。

 

 でも、だからこそ……俺は、ヨウカを愛おしく思う。

 

 この世にこういった、思慮分別に則るよりも、むしろ情熱的に人間を扱う人がいなかったら。出会った人間を、その過去を問わず、その外観を問わず、立派な人として遇し、期待を寄せて激励するような人が、この世に一人もいなかったら……世界は今よりも無限に住みにくく、乾いた寂しい場所となってしまうだろう。

 

 頬に流れる愛の証を、俺はそっと指で拭ってやった。

 

 

「死なせないぞ」

 

 確約する。

 出血量から見て、ヨウカはもってあと15分だろうか。

 

 ここは4階で、校舎の角で、廊下の戦闘エリアを抜けないとヨウカを外に運び出せない。ならばーー十分な武器が無い状態で、存在領域の違う神級呪霊を素早く倒すには、たった一つしか手段はないように思えた。

 

 

(……使うか)

 

 

 匂いに酔いながらも、溢れ出る赤を凝視する。犬歯がピリリと疼きを上げた。出来ればこの力には頼りたくなかったが……ヨウカが刺されたのは俺の油断だ。

 

 ケジメをつけよう。

 

 

「……ヨウカ、許せよ」

 

 

 俺はその、真っ白な細首に犬歯を突き立てた。

 

 

 

 



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10話

弾が尽きた。

 

「クソっ、やってやらぁ! 公安三課の隊長を舐めんなよぉ!?」

 

 腰鞘の長剣を抜く。

 大太刀を持った目前の黒巫女と切り結ぶ。

 凄まじい力に長剣の刃が欠けていく。

 

 重傷者を運ばせたので、既に俺の周りに部下はいないが、それでもーーコイツの注意を引き続けなければいけない。俺がここで逃げればコイツはどこに行く? 街だ。無力な市民に喰らい付くだろう。それだけはやらせてはいけない。例えコイツが、稀に見るほどに強力な呪霊だろうとだ。

 

 黒いモヤに全身を覆いつくされた巫女の左手から、凄まじい威力の黒炎が放たれた。咄嗟の呪文(マントラ)で壁を作り防ぐ。

 

 しかしそれでも、

 

 強く、強く、黒炎が放たれ続けーー割れた。隣の教室に飛び込んで回避する。

 

 

「クソったれめ……出鱈目かよ?」

 

 大概の霊的災害には対応出来ると驕り高ぶっていた。

 

 しかし、半刻前は坊主に鼻を明かされ、今はーー名も知れぬ呪霊に、殺されそうになっている。体内の【エネルギー】も尽き、もはや指一本動かせなくなっていた。

 

 家に残した妻と幼い娘を思い出す。

 今度の休日に遊園地に行こうと約束して、何か月たったろうか。残業ばかりの俺は、仕事を言い訳にして、大太刀が振り上げられ、死ーー

 

 

「ーー悪い、待たせたな」  

 

 突風が通り抜けた。

 黒巫女が吹き飛び、窓を突き破って校庭に落ちていく。

 坊主に蹴り飛ばされたのだ。

 

 

「は、ははは……マジかよ、本当に坊主なのか?」

 

 一瞬、誰だか分らなかった。

 なにせオーラのタイプが……完全に、櫛比の巫女さんのモノだったからだ。額と丹田のチャクラが開かれ、静かな『神威』が周囲に満ちている。

 

 その口元は、鮮やかな赤で汚れていた。

 

 

 

「隣の教室にヨウカがいます。頼みますよ」

 

 

 淡々とそれだけを言い残して

 窓から飛び降りていく坊主を、俺は呆然と見送った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 初めて、狭間の血筋に感謝したかもしれない。

 

 遠い先祖。最も古い吸血鬼だけが持つ、特殊な血族としての力。

 

 それはーー吸った相手の血液の霊性によって、自らの霊性を上下させる事が出来る能力ーー『真血適応(ブラッド・アダプト)』と呼ばれる力だ。凡人の血を吸えば凡人に、覚者の血を吸えばーー今の俺の様に、ヨウカの波動領域そのものとなる事が出来る。

 

 家門ではこれを、門外不出の秘儀としていた。

 

 無論、借り物の力故に、血の高揚は長く保てない。だがそれでもーー十分だろう。ヨウカから借りた薙刀を構える。地を蹴った。

 

 

 瞬間移動したかの様な、本来の俺でもなしえない爆発的な加速力。全身に【エネルギー】を流動させ、圧倒的なスペック差で黒巫女を圧倒していく。

 

 相手の大太刀。

 黒巫女の剣筋がーーいつも以上によく見えた。

 

 これがヨウカの見ている世界なのか、相手の【エネルギー】が、零れる穢れが、より緻密な領域まで視認できる。ヨウカの言う神々から『より大きな息吹』を与えられている感覚さえあって、酔いしれる様に更なる加速をした。

 

 一方的に抑え込む様に鍔迫り合いの態勢となって、問いかける。

 

 

「ーーお前は、何で戦うんだ?」

「……善行…殺人、窮屈な肉の器から……魂を、解き放つ……」

 

 ノイズの混じった。

 人間らしくない、不明瞭な声色。黒巫女の表情は、黒いモヤに覆われ伺い知れない。しかしそれでも、言いたい事は少しわかった。

 

 

「殺人が……善行になるってか?」

「良い、事……」

「誰に教えられたんだ?」

「私、の、神様……」

 

 神さま、だと…?

 思わず、眉根を顰めてしまう。

 そんな……馬鹿な話があるかよ?

 ヨウカを見ていれば分かる。

 毎日慎ましく、お務めに勤しむ彼女と接すれば分かる。俺は無宗教者だが、清い身ではないが、それでもなーー

 

 

「ーー神様はっ、そんな残酷な存在じゃないんだよ!!」

 

 

 願いと力を薙刀に込め、大きく弾き飛ばした。

 そのまま追撃し、斬り結ぶ。

 感覚の儘に斬り結ぶ。

 加えて、

 優しいヨウカと違い、

 俺にはーー容赦がない。黒巫女の胸を切り裂いた。反撃の袈裟斬りを払い上げ、流れのままに石突で喉を突く。蹈鞴を踏んだ黒巫女の腕を切り落とし、足を切り落とした。転んだ黒巫女に対し、トドメの一撃を加えんと振り上げーー

 

 

 

(ーークー君)

 

 

 確かに、

  ヨウカの声が聞こえた。

 今の俺はヨウカと同じ波動領域を持っていて……その影響だろうか? 殺あやめるべきでないと判断する。

 

 代わりにーー

 

 

「ーー掛巻(かけまく)も綾に畏き、神伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の檍原に、禊祓ひし給ふ時に成りませる祓戸の大神達、諸々の禍事罪科汚を祓ひ給へーー富普加美、恵多目、祓ひ給へ清め給ふ……アジマリカム」

 

 

 俺らしくもないが、ヨウカになったつもりで。

 可能な限りの心を込めて、祝詞を奏上した。

 

 願わくば、もう苦しまぬようにと。

 願わくば、もう道を違えぬようにと。

 願わくば、死後こそは正しい修行が出来るようにと。膝を付き、祈る。

 

 

 

「……」

 

 

 かくして、穢れを払われた魂は、光の粒の様な燐光に昇華され、より緻密な領域に移っていきーー俺の借り物の霊的視野(クタスタ)も、剥がれ落ちていく。薙刀を持つ感触が変わり、全能感も何処かへ消えていった。

 

 ほんの一分と少し。

 もう、【エネルギー】は何処にも感じられない。祓魔師としての強さが、幻の様に消え去って……ヨウカ。

 

 思い出し、駆け出す。

 校舎に入り、ヨウカの元へ向かう。

 

 

 

 

「ーーヨウカ。生きてるな?」

「くーくん……えぇ、かなり、痛みますが大丈夫ですよ…」

 

 

 輸液が進められ、担架に乗せられたヨウカを発見した。顔は青い。でも生きている。気丈にも、唇を固く結んでしかめっ面に痛みを耐えている幼馴染の手を取った。

 

 

「確かに祓ったぞ」

 

「えぇ、しっかりと感じましたよ……ありがとうございます」 

 

「お前の力を借りたんだからな、お前のしたいようにしただけだ」

 

「それでもです。私の為に、狭間の力を使ってくれたのでしょう…?」

 

 

 曖昧に笑った。

 廃嫡された時に、決して『真血適応(ブラッド・アダプト)』は使うなと、狭間の名で釘は刺されていた。が、別にどうでもいい。ヨウカが消えるよりも怖い事などない。傍に付き添って、二人で一緒に救急車へと乗り込んでいく。

 

 中では黛さんとリッカさんが待っていた。

 が、

 

 

「ーー黛さん黛さん、大丈夫そうですから放っておきましょう」

「えっ、ちょっと橘さん」

「いいからいいから」

 

 

 黛さんの腕を引くリッカさんが、パチリと俺にウインクをした。気を利かせてくれたのだろうか? まぁ、少しヨウカと話したかったがな。

 

 

「しかし……結局、なんだったんですかね」

 

「まぁ、それは今後、警察が頑張ればもうちょっと分かるかもな」

 

 

 気になる言葉は残していたが

 犯人の1人は自ら命を絶ち、巫女の魂も昇華してしまった。今となっては、誰に指示されたのか、あの黒狐を本当はどう使う予定だったのかも、今一つ分からないままだ。そしてーー隊員に、人死が出てしまったのが悔やまれる。舌を噛み切った女生徒を、俺が何とか止めていれば……と思わざるをえない。

 

 

 

「……なんて声を掛ければ良かったんだろうな」

 

 単純な疑問。

 あの時の俺に、咄嗟に出る言葉は何もなかった。

 

 

「私にも、分かりません。悪戯に他の命を奪えば、自らの魂が傷つくのは自明の理ですのに……殺人など、戒めるまでもない事だと思いますよ」 

 

「だとしても……殺しちゃいけない理由を言語化しなくちゃならねぇのが、宗教家だと思うぞ」

 

「そういうものですかね」 

 

「あぁ、そういうもんだ」

 

 

 仏陀は、『我が身に引き当てて、殺してはならない』という言葉を残した。

 

 危害を加えられるのが自分だったら、そう考えれば出来ない。そういう論理の言葉だ。しかし今や、自分を殺したくないという前提自体が揺らいできている。自ら命を絶つ人が増えてきた世の中で、祓魔師は、宗教家は、どう言葉を尽くせばいいのだろうか。

 

 

「考えましょう、家に帰って」

「あぁ……だな。少し休暇を貰おうぜ」

 

 

 何せ、たった2日で少し働きすぎた。

 

 ヨウカも重傷なので、二ヶ月は休んでもバチは当たらないだろう。そこで、ゆっくり考えればいい。無意識なのか、担架越しに俺の手を繋ぎ続ける幼馴染を愛おしく思いつつも、その手を柔らかく握り返した。

 

 

 椅子を勧められたので座り、瞳を閉じる。 

 俺に祓魔師としての才能はない。

 戦いにはもう飽きたし、家門から禁じられた『力』も使ってしまった。それでも……俺はまだ、ヨウカの隣に立ちたく思う。

 

 

 いつかその愛が、この乾いた世界を満たす事を夢見て。

 

 

 

 



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小旅行
11話


 

 

 

 

 9月。

 

 たっぷり二か月の入院期間を経て、久方ぶりに二人で古民家に帰ってみれば、辺りには既に仄かな秋の風情が漂っていた。風に乗って運ばれてくる金木犀の香り。井戸の鶴瓶に、遅咲きの朝顔が巻きつき花を咲かせている。

 

 高く澄んだ秋の空には、鮮やかな赤トンボが群れをなし飛んでいた。

 

 

「すっかり秋模様ですね」

「あぁ。昼寝が捗る季節だ」

 

 

 なんて言葉を交わしながら、ガラガラリと鍵の掛かっていない玄関を開ける。するとパタパタと、家の奥から足音が聞こえてきた。

 

 

「おかえり二人とも~元気になった?」

 

「はい。二か月間、クー君が付きっ切りでリハビリを手伝ってくれましたので。ようやく、こちらでお務めが出来そうでホッとしていますよ」

 

「そかそか。うん、問題なさそうでお姉さんも安心だよ」

 

 

 明るい声色と焦げ茶色のショートヘア。

 年下にすら見える、可愛らしく人懐っこい童顔。150半ばと小柄な体躯だが、結構胸は大きめの方だ。本紫の色衣の上に真っ黒な大衣を纏っていて、黄土色の手巾が細い腰回りを一周している。

 

 

「リッカさんも変わりなかったですか?」

 

 二か月間。夏の間。古民家の管理をお願いしていたリッカさんにそうお伺いを立てた。

 

 

「全然だよ。ちょっと修行が進んだかなーってくらい」

 

「成る程、どう進んだのでしょうか?」

 

「やっぱヨウカちゃんは気になる? えっとねーー」

 

 

 修行者同士。他人の進捗は気になるらしい。何やら話し込み始めた美人美少女をほっぽいて、卓袱台の前に座り込む。バサリと新聞を広げた。

 

 

 表の一面に、最近日本に頻出し始めた『指導者のハッキリしないカルト団体』による被害が纏められた記事を見つける。読みたかったやつだ。なにせーー俺たちが二か月前にやりあった巫女も、そこから『力』を貰ったと公安は見ているからだ。 

 

 名前も無く、実態も無く、目的もハッキリとしない団体。ただ『霊的な力』を与え、声明も無しにテロ行為に近い活動をさせているらしい。

 

 

 

「ーー【ネームレス・カルト】か……」

 

 便宜上、そう名づけられた俺たちの仮想敵は、霧の様に正体を見せず、しかし社会の隙間から確かな浸透を見せていた。

 

何が目的なんだろうな。

ヨウカのリハビリ手伝いの合間を縫って、過去の文献を漁り犯人像を辿ったものの、使う『儀式』のタイプが多岐に渡りすぎていて、全く犯人像が掴めなかった。複数犯なんだろうか。公安からもらったファイルも捲り、ヒントが無いかと探し続ける。

 

一時間、

二時間と調査に没頭し……

 

 

「……もう昼か」

 

ふと、土間の方から香ばしい香りが漂ってきて、時間の流れに気づかされた。炊き込みご飯だろうか? 立ち上がり伸びをして、砂利の敷き詰められた土間に向かう。割烹着を着たヨウカとリッカさんが、湯気の上がる土窯の中を見て楽し気に黄色い声を上げていた。

 

なんか良いよな、こういうの?

古典的な女性らしさに少し心を躍らせつつ、竈に近づいた。

 

 

「お疲れ様です、良い匂いですね?」

 

「でしょう? 見てよ空理君このタケノコ? 実はコレね、近所のお爺さんにお願いして、夏の間に竹藪で掘ってきた物なの」

 

「え、マジですか?」

 

 エヘンとドヤ顔で胸を張るリッカさん。

 女性らしかぬバイタリティだ。

 

 まぁ、竹藪は放っといたら生え過ぎて大変な事になるので、子供である筍を取って貰えるのは案外嬉しかったりするとは聞くけどな。確か、鍬で掘るんだっけか?

 

 

「そうそう。で、このミョウガはそこの土手から取ってきてね、この自然薯も裏山で見つけたの」

 

「えぇ!? ここら辺で自然薯が取れる場所があるのですかっ?」

 

「あるんだよね~実は? 今度、一緒に行っちゃう?」

 

「ぜひぜひ!」

 

 芝居がかった調子でウインクするリッカさんと、童の様に瞳を輝かせるヨウカ。

 

 

 

「んじゃ、運んどくんで」

 

 

 これが年頃の女性の会話なのだろうか?

 

 今度ディ〇ニー行こ~みたいなノリで自然薯掘りツアーが決定したが、スルーして食器を居間へと運んでいく。美味しそうだ。筍が入った炊き込みご飯と澄まし汁、ヤマメの塩焼きもあるが、コレも大きさがバラバラなので、おそらく釣ってきたものだろう。

 

 リッカさん、謎の人である。

 尼寺で修行したのか、師匠はいるのか?

 未だに判明していない事が多い。

 

 

 

「んじゃ、頂きます」

 

 三人そろって卓袱台に座り、俺が一足先に箸を付けた。

 凛と。

 周囲の空気が張りつめてーー

 

 

「たなつもの、もものきぐさもーー」

「一つには功の多少を計り、彼の来処を計る……二つにはーー」

 

 ヨウカは一拝一拍手し、食前の和歌を小声で唱え。リッカさんは五観の()を低声で唱えたのち、ご飯茶碗を額の前で念入りに警鉢(けいはつ)した。

 

 無音の食事が始まる。

 

 ヨウカもリッカさんも、普段から神経質な程に気を付けているお陰か、箸や食器を扱う音が全く聞こえない。正座で背筋もピンと伸びていて、一種の美しさを纏っていた。

 

 食事も修行という訳だ。

 流石に外で食べる時は周りの雰囲気を気遣ってお唱え事をしないが、家の時は本気である。雑念なく、微細な味わいを丹念に感じ取り、命を頂く事実を噛み締めている。

 

 会話はないが、不思議な一体感の中で食事が粛々と進みーー

 

 

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 

ーー最後に各々お唱え事をして、ごちそうさまだけは皆で合わせた。堅苦しい。が、昔からヨウカに付き合っているので、嫌いにはなれない時間の一つだ。

 

 

 

「大変美味しい食事でしたねぇ……」

 

 ズズリと。

 淹れたての熱いほうじ茶を一口飲んで、ヨウカが機嫌良さげにそう呟いた。

 

 

「まぁ、ほとんどリッカさんが取ってきた食材だからな。美味しさもひとしおだろ」

 

「ですね。自分で食材を取る事は、中々に良い修行になるかもしれません」

 

「そういうもんか」

 

「えぇ。今から裏山に行って、栗の木でも探してみませんか?」

 

 

 栗デート。

 行先は裏山なのでムードもへったくれもないが、単純に楽しそうである。帰ってから中を開けて、全然中身入ってねぇじゃねぇか!? とヨウカに理不尽にキレる所までセットで楽しそうだな。

 

 しかし、

 

 

 

「病み上がりで大丈夫なのか?」

 

「だねぇ。結構斜面がキツい所もあるし、今は無理しない方がいいよ」

 

「そう思いますか?」

 

「ま、やるなら行楽地でだな」

 

「行楽地ですか……しかし一応、公安に所属している以上、そうフラフラとは」

 

 

 プルルとスマホがバイブした。

 黛さんからだ。なんだろうか?

 

 

『ーーあ、狭間さん。お疲れ様です、櫛比さんはもう退院されたんですよね?』

 

『はい。大事なく元気にやってます』

 

『それは良かったです。それでですね、この前の仕事はかなり無茶をさせてしまったので、お詫びと言ってはなんですが、温泉旅行の宿泊券を用意したんですよ。群馬なんですけど、橘さんも誘って3人で行ってみて下さい』

 

『いいんですか?』

 

『えぇえぇ。なんか栗拾いもツアー内容に付いてるみたいですし、そういうの櫛比さん好きそうじゃないですか? なので、よろしければーー』

 

 

 栗拾い。

 隣のヨウカと顔を見合わせた。

 リッカさんがコクリと頷く。

 

 

 

「これはもう、行くしかないでしょ? 栗拾いに」

 

 

 どうやら、温泉宿はついでのようだ。

 

 

 

 

 

 



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12話

 突如決まった小旅行。

 かれこれ1時間はベントレーを運転しているだろうか。

 

 

「えらく山奥にあるのねぇ……」 

 

 鬱蒼とした車外の森を眺めながら、後部座席のリッカさんがポツリと呟いた。

 

 ノソリと樹木が頭上を垂れる、細く険しい山道だ。標高もだいぶんと上がってきたようで、残暑の厳しい9月の上旬にも関わらず、少し肌寒い外気が周囲を取り巻いている。路面の状況から人の往来は感じられるが、今の今まで対向車とはすれ違っていなかった。

 

 地図によるともう少しで着くみたいだが……道があっているか心配になるな?

 

 

 

「へぇ……目的地の村、最近温泉が沸いたそうですよ」

 

「そうなのか、それで観光業に参入したのかね」

 

「かもしれません。『神秘と美食と温泉の里、包ヶ原』と観光案内に書いています」

 

「評判いいのか?」

 

「口コミの評価は星5ですね。移住したいくらいに素晴らしいそうですよ」

 

「逆に信憑性を疑う位の高評価だな……」

 

 

 穿ちすぎだろうか?

 いつの間にか電波外となり、ラジオのトークも消えてしまった車内で、取り留めのない会話を交わし続ける。すると、徐々に道路の舗装が綺麗になってきた。もう着くのだろうか。と思っていたら、車内へと俄かに光が差し込んだ。

 

 森を抜けたのだ。

 小高い丘状になった草原が目の前に広がっている。昇りきって、そこで一度車を止め、なんとはなしに降車した。

 

 

 

「……良い風だ」

 

「ですね。こんな山奥に、こんな観光地があったとは驚きです」

 

「立派な山村だよ。冬はこういう所に籠って座禅してみたいねぇ……」

 

「探せば良い神威座(かむいざ)もありそうです」

 

 

 村の全容を一望出来る丘であった。

 

 盆地の様な地形の中心に、喉かな山村と言って差支えない場所が見下ろせる。外縁部には、収穫を間近に迎えた稲穂が黄金色の波を湛えており、温泉宿らしき、真新しい建物が一番遠くに鎮座していた。

 

 営業中である事を示すように、モウモウと湯気が昇っている。

 

 

 

「見てくださいよクー君」

 

 しかしヨウカは、村の風景よりも脇にある大木に気を引かれたのか、頻りに俺の腕を引いていた。ご神木にもなりそうな、太く立派な大木だ。時刻は4時を周り、傾き始めた日の光に照らされて、明々と幹を輝かせている。

 

 凄いデカい木だな。

 としか俺は思わないが……

 

 

「間違いなくご神木ですね。特別な霊気を感じます」

 

「へぇ、神様が宿っている感じか?」

 

「断言はできません。しかし……残光は感じますね。肌がピリピリってしませんか?」

 

「残念ながら、俺はそういう感性が全くなくてな」

 

 

 肩を竦める。

 俺の体に【エネルギー】は無い。

 故に、精侵系の呪いや神霊の霊気といった、非物質(アストラル)レヴェルの干渉も受ける事がない。言わば、霊媒体質の真逆を行っている様な体なのである。

 

 

 

「ん~……特別な霊気は分らないけど、確かに【エネルギー】は満ちてるねぇ」

 

「そう思いますよね? 私が思うにーー」

 

 

 何やら二人が話し込み始めた。

 こうなると長いんだよな。

 俺も何とはなしに大木の周りを散策してみてーー

 

 

 

「ーーうん?」

 

 これは……祠、なのだろうか?

 

 大木の裏に隠れるように、『石で出来た小さな家』が複数寄せ集められていた。水の尽きたコップを見るに、ここ数か月は人の手が入ってないようだ。普通、こういう祠は東向きか南向きに置くもんだが……この地域の風習なのか、北向きに置かれている。

 

 ふと、 車に水のペットボトルがあった事を思い出し……

 

 

(……これも何かの縁だな)

 

 

 持ってきたペットボトルのキャップを、パキリと捩じり開けた。トポトポと空のコップに水を注いでいく。こういった、誰の世話も受けなくなった祠など珍しくもない。今までの俺なら、意識にも入らなったものだろう。

 

 しかし、少しずつ朽ちていくその様を、今は忍びなく感じてしまうのは……やはり二か月前の戦闘で、ヨウカの血を吸い『真血適合(ブラッド・アダプト)』をした影響だろうか。

 

 

 感性が、少しヨウカに近づいた様な気がする。

 

 

 

(となると……やはり多用すべきではないな)

 

 

 そう確信した。

 俺がヨウカに少し似た様に。

 ヨウカが俺に似てしまう可能性もあるのだから。

 

 

「クー君、そんな裏に何かあるのですか?」

 

 

 考え事をしていたら、大木の表から、ヨウカにそう声を掛けられた。何でもないと言いながら車に戻り、エンジンを掛けなおす。温泉宿目掛けて丘を下った。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「中々に良い所ではないですか?」

 

 農村をユルリと走る中。

 ヨウカが感心した様に言葉を漏らした。

 

 

 

「あぁ、手入れが相当行き届いているな」

 

 

 ここにありますのは、完璧な農村の原風景でございます。という感じだ。

 

 畦道の脇に生えた雑草は綺麗に刈り込まれており、瓦葺の家々を囲むツツジも、画一なブロック状に手入れが施されている。村の工夫なのか、ゴミの集積場所といった生活感が漂うものも見受けられなかった。

 

 日本昔話かよここは? 由緒正しい農村ほど美しいものだが、ここまで完璧なのは珍しいな。マジで。

 

 サービスの一環なのか、すれ違う村人たちは此方を見かけると一様に笑顔で軽く会釈するし、歓迎してますよ、と態度で分りやすく示してくれていた。

 

 

 

「神経質なくらいに完璧な場所だねぇ」

 

「観光地化を村の全員で推し進めているんでしょう。文化遺産にも登録が検討されているそうですし、本気度が伺えますね」

 

「だな。っと……着いたぞ」

 

 

 温泉宿に辿り着く。

 

 真新しい木造建築だが、老舗旅館といった風格をそことなく感じる店構えだ。結構繁盛しているようで、俺たちの他にも駐車場にはそれなりに車が止まっていた。行楽シーズンという事を差し引いても、この田舎に来る客の量としては上々のように思えた。

 

 ミネラル感のある温泉の匂いを感じつつ、玄関先に移動して、

 

 

「ようこそいらっしゃいました。櫛比様で御座いますか?」

 

 

 法被を着た初老の男性にお出迎えされた。

 

 会釈し、暖簾を潜って中に入る。

 上がり框に腰かけて、屏風の立てられた畳敷きのエントランスに上がれば、控えめな中居さんから自然な動作で荷物を持たれてしまった。

 

 教育を感じる洗練された動きだ。

 田舎の旅館らしかぬサービスである。

 

 

 

「お世話になります」

 

 ヨウカが深々と頭を下げて、チェックインに移った。宿泊名簿の前でペンを持ってーーピタリと固まる。

 

 

「どうした?」

「この、住所の欄は実家の住所でいいのですか?」

「現住所に決まってんだろ、巫女さんよ?」

「か、確認しただけですから!」

 

 

 少し顔を赤くし、早口でそう取り繕ってサラサラとヨウカは書き込んでいく。ほ、本当に世間知らずなんだよなコイツ……。興味がない事にはとことん目を向けないし、なんなら事務的な処理は全部俺にぶん投げればいいと思っている節がある。

 

 

 

「ほんと、お前はどうやって事務所を開いたんだよ…」

 

 

気まずげに目を逸らす幼馴染を尻目に、俺も記帳する。その最中、好々爺然とした受付のお爺さんが笑顔で口を開いた。

 

 

 

「どうですか旦那様、この村は?」

 

「えぇ。日本にまだこんな場所があったんですね」

 

「そうでしょうそうでしょう。我々、村人一丸となって守ってきた自慢の村ですから」

 

「それに加えて、最近、温泉が沸いたそうですね」

 

「はいお陰様で。ところでーー」

 

 一枚の紙をスッと渡される。

 

 

「よろしければですが、こちらの用紙に我々の村のレビューを書いて頂きたくて……」

 

「…? 紙でですか?」

 

「はい。何分電波が通っていません故、我々の方でのちほどパソコンに打ち込みお客様のレビューを掲載させて頂く形を取っております」

 

  ニコニコと笑うお爺さん。

 吝かではない。しかし……

 

 

(えらく現代的なんだな……)

 

 

 そういうのを気にするのは、もっと都会的な店舗だけだと思っていた。勝手な固定観念だろうか? なんて事を考えつつも、紙を受け取る。

 

 部屋に案内された。

 

 3階。真新しい畳の香りが満ちる広い一室だ。角部屋なので明るく、フローリングの寝室には十分なサイズのベッドが2つ置かれていた。

 

 

 

「じゃあ、この後は温泉だよな?」

「そうですね」

「分かった。じゃあまぁ、また夕食の宴会場でな」

「え? どこへ行くのですか?」

「俺の部屋に決まってんだろ」

 

 

もう一つのルームキーを見せたら、ヨウカは『えぇ!?』っと目を白黒させた。

 

 

「二部屋取っていたのですかっ?」

「そりゃ、普通は男女で分けるだろ」

「夜は誰が私の話し相手となるのです!?」

「リッカさんがいるだろーが」

「ふふっ、私じゃご不満かなぁ?」

 

カラカラと笑うリッカさん。

童顔で年下にすら見えるが、今年で20のお姉さんだぞ? 包容力はかなりあるタイプだし、托鉢先で固定ファンが付くくらいにはコミュ力がある人だ。頑固であまり人に合わせないヨウカも、少しはその柔軟性を見習うといい。

 

 

「あ……そうでしたね。可愛らしい顔立ちで身長が低いですから、なんとなく年下くらいに思っていました」

 

「空理君、この子シバいていいかな?」

 

「お好きにどうぞ」

 

「という訳で……うりゃあ!」

 

「ひゃ!? な、なにをされるのです!?」

 

 

タックル気味にリッカさんがヨウカをベッドの上に引き倒して、馬乗りとなった。目を白黒とさせる幼馴染を尻目に、ニヤリとした笑みをリッカさんが見せる。

 

 

「ふふふ、温泉に行く前に汗を流そっか?」

「い、嫌なのですが!? クー君!!」

「おう、じゃあまた夕食にな」

 

男子禁制の姦しい空気を感じ取り、玄関扉をバタリと閉めた。薄情者!? というヨウカの声が響くも、スルーして隣室の扉を開ける俺。

 

あの雰囲気はもう、男の俺が居て良い空間ではないだろう。

 

 

 

「なんでそんなにテンションが高いのですか!?」

「旅先だからね! というか、うわ、デカ!」

「橘さんも結構あるでしょう!? そして服を捲らないで下さい!!?」

 

 

無の心だ。

 

正直混ざりたいと後ろ髪を引かれつつも、部屋の襖を開ける俺。当然と言えば当然だが同じ内装で、ベッドに手荷物を放り投げた。ちょっとした旅先のワクワク感と共に、お茶菓子や冷蔵庫の中身を確認して、ベランダから村の風景を一望する。

 

 

「ーー?」

 

 すると、

 たまたま、だろうか?

 農作業に勤しむ複数の村民と目が合った。

 1秒、2秒と。

 一様な笑顔で此方を見られ……俺はペコリと軽く会釈した。そのまま窓から離れーーピシャリとベランダの障子を閉めてしまう。

 

 

 

「……いや、偶然だよな?」

 

 温泉に行こうと、荷物を置いて部屋を出た。

 何となく、言語化できない違和感を携えながら。

 

 

 



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13話

 午後7時。

 温泉に入ったのち、夕餉として向かった和式の宴会場にて、同席したオッサン連中から勧められた日本酒を摂取してしまった二人が、存分に酔客の悪い面を見せていた。

 

 ダル絡み。そして弟子になれコールである。

 

 

「誰ですか、この二人にお酒を飲ませたのは…?」

「ははは、兄ちゃん滅茶苦茶モテてるなぁ!」

「そうですよ! とっとと私の弟子になって下さい!」

「抱きつくな。暑苦しい。弟子にもならん」

「なんでですか!!?」

「お前がアホみたいに酔っぱらってるからだよ!!」

 

 

 鋼の意思で、巨乳を押し付ける酔っ払いを引き剥がす!

 

 

 

「なら空理君! 座禅しなさいよ座禅! 今ここで! なう!」

「水を飲んでくださるなら考えますが?」

「飲んでるじゃないの!」

「それは日本酒です…!」

 

 

 コップ一杯の日本酒が一息に飲み干され、軽く絶望する。

 

 なんだこれは。

 身に沁みついた習慣なのか、姿勢は良いし料理も米粒一つ残さずに食べられているが、お酒も残さないとばかりにグイグイ行っている。おいまてヨウカ、お前は18だろう。お代わりするんじゃない。

 

 コップを奪い取り、遠くの方に置いてしまう。

 

 

「あぁ!? 私のジュースですよ!!」

「日本酒な」

「空理君っ、座禅して! こうよっ、こう足を組むの!」

「浴衣ですからね? 下着見えますよ?」

「履かない派だから大丈夫!」

「そうですね。もっとダメですね……」

 

 

 やめて欲しい。

 無の心で、下半身への攻撃を受け流す。

 

 ニヘラ顔のヨウカも、浴衣から無防備な巨乳が零れそうになっているし……気づけ。会場にいる男連中からの視線が凄まじいぞ。あと俺に対する嫉妬や殺意もな。フニャフニャヨウカの襟元を直してやりつつ、投げやりに言葉を投げかけた。

 

 

「宗教家が酔っていいんですか?」

「むむ。確かに、お酒は宗教家にとって敵かもしれないわね」

「そうでしょう」

「でも聖書にはっ、『汝の敵を愛せ』と書いているわ!」

「リッカさんは仏教徒でしょうが」

「なら言い換えましょう。仏陀も、遊ぶ事は怠ける事ではないと言っているのよ!」

「適度に、という意味ですけどね」

 

 

 所謂、『中道』という考え方だ。

 淡々と嗜めても、

 えへ、えへとリッカさんは笑うだけである。可愛い。が、この可愛い様を、他の男どもに態々サービスする義理もない。

 

 

 

「部屋で飲みなおしましょう」

 

 

 無論、水しか与えるつもりはないが、適当にそう嘯き納得させておく。

 

 すると、『ん!』と言って惚け顔のヨウカが、ニコニコ笑顔で此方に両手を突き出してきた。運べという事だろう。近づけばコアラみたいに首元に抱きつかれたので、お尻の下に腕を回してヒョイと抱え上げる。

 

 数秒もしない内に、クークーと穏やかな寝息を立て始めた。本当に無防備だが……それを可愛いと思ってしまうのは、付き合いの長さからなんだろうな。赤ら顔のリッカさんの手も引いて移動する。

 

 

「ヨウカちゃん、いつものお堅い雰囲気と打って変わってフニャフニャだねぇ」

 

「少し、昔を思い出しますよ」

 

「こういう子だったの?」

 

「はい。今でこそ憮然とした表情が多いですが、昔は目を輝かせて野山を駆け回るような奴だったんです。本当に天真爛漫で、男友達の方が多いくらいでした」

 

 

 旅館の廊下を歩きながら、

 生まれてから一度も染めた事のないヨウカの黒髪に、サラリと指を通す。

 

 思えば、高校時代にイジメられた経験を境に、ヨウカは変わったように思う。人を無条件に信じ抜く『熱さ』は鳴りを顰め、それとなく他人から距離を置くようになったのだ。対話だけで、人とは分かり合えない事をその時に悟ったのだろう。

 

 だが……

 

 

(本当は、人をまだまだ信じたいんだよな?)

 

 

 ヨウカは芯から、固く憮然とした性格となった訳ではない。

 

 二か月前の戦闘で、加害者に対する同情から、自らに与えられた激痛すら忘れて涙したように、ヨウカの根底には清く温かな神的ヒューマニズムが流れている。それが今は、少し表面に出難くなっただけだ。

 

 

 

「得難い素質ですよ」

 

「だね。まだまだ修行の足りない所もあるけど、私よりも遥かに良いモノを持っている部分もあるし。可愛い妹分……なんて慢心していたら、一瞬で修行を抜かされそうだよ」

 

 

 

 愛おし気に、ヨウカの頭を撫でるリッカさん。

 

 そんな話しをしつつ廊下を歩いていたら、ソファや自販機の置かれた小スペースを見つけたので、酔い眠ったフニャフニャヨウカをそこに腰かけさせた。水を買おう。硬貨を自販機にチャリンと入れてボタンを押す。

 

 ガコリとペットボトルが落ちる音が、喧しい宴会場からは少し離れ、静けさを保つ空間に浮いて鳴り響いた。

 

 

「私も少し貰っていい?」

「えぇ。しかしリッカさん、襟元がかなり崩れていますよ」

 

 ヨウカほどではないが、リッカさんも割と大きい方なのだ。

 気を付けた方がいい。

 

 

「あはは、勃起しちゃった?」

「明け透けですね。このまま部屋で押し倒してもいいんですが?」

「んふふ、空理君にはヨウカちゃんがいるんだから、私とセックスする理由なんてないでしょう? 私みたいな本心が分かりにくい女より、よっぽど魅力的に見えるもの」

 

 腕を組み、随分と自信満々だ。

 が、

 

 

「ありますよ。客観的に見て、リッカさんも凄く魅力的ですから」

「またまたぁ」

 

 

 世辞無しの本心でそう評価したところ、冗談でしょ? とばかりに笑われてしまったが、リッカさんはもう少し自己評価を改めるべきだ。

 

 普通に可愛くて、小柄ながらに野良作業を厭わない働き者であり、何気に胸も大きく、料理上手で性格もカラっとしているとなれば、優良物件以外の何物でもないだろう。座禅ばかりしている点も、浪費をしないと考えれば美点の一つだ。

 

 

 

「本気ですって。なんなら、行動で見せましょうか?」

「んふふ、やってみなよ? 空理君って彼女いた事なさそうだけどね?」

 

 カラカラと笑うリッカさん。

 ほう。ほうほう。カチンと来たぞ?

 図星なので余計にな!! 少し反省していただこう。

 

 

 

(確か……こんな感じだったよな)

 

 

 凄まじいイケメンになったつもりで羞恥心を捨て、少女漫画のワンシーンを再現する。腰に手を回し、グイと引き寄せた。至近で瞳を食い見つめる。

 

 風呂上がりの柔らかな女の香り。

 長いまつげが、動揺に震えていた。

 

 

「え、えっ、あの、ちょっと、そんな冗談ーー」

 

 予想外の事態なのか。赤ら顔を更に紅潮させたリッカさんに、少しずつ顔を寄せていきーー

 

 

「ひゃん!?」

 

ーー首筋にピタリと、冷たい水のペットボトルを押し付けた。

 

 してやったりだ。

 

 

 

「本心が見えにくい。でしたか? それも演技だとしたらオスカー賞ものですね」

 

 ニヤリと笑いながら淡々とそう言えば、半分涙目のリッカさんが更に顔を紅潮させて……ジロリと睨みつけられた。

 

 

「ま、全くぅ…! 師匠をこんな風に揶揄うのは感心しないよっ?」

 

「師匠ではありませんし、リッカさんが可愛いのは客観的に見た事実です」

 

「い、いやいや。そりゃあ光栄だけど、私ってそんな、あ、れ…?」

 

 グラリと。

 リッカさんの足元が揺らめく。

 腰でも抜かした様にソファへ座り込んだ。

 

 

「大丈夫ですか?」

「う、うーん…? 飲みすぎたかな…? 調整は、してたんだ、け、ど……」

 

 

 シパシパと朧げなその瞳が閉じていき、ソファにコテンと横になってしまった。

 

ーー異常な寝方だ。

 

 軽く頬をツマむも起きる気配がない。

 

 嫌な予感を抱えつつも宴会場に戻れば、飲み騒いでいた客達も、静かにそこらで横たわっていて……俺は溜息を吐いた。廊下から大人数の足音が聞こえてきたので、取り敢えずは寝たふりをする。

 

 畳に突っ伏し薄く目を開け周囲を観察すれば、無言で入ってきた村人たちが、宿泊客を肩に乗せ淡々と運び始めた。どうやら……面倒事に巻き込まれたようだ。

 

 

 胸元でスヤスヤと寝息を立てる二人を抱きしめて、胸中でもう一度溜息を吐いた。

 

 

 

 

 



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14話

 午後10時。

 

(……そろそろいいか)

 

 目を開ける。

 不明な場所に運び込まれて、既に一時間は時間が経過した。うつ伏せのまま周囲を見渡せば、土が剝き出しに露出した座敷牢の様な空間が視界に広がった。

 

 おそらく地下だろう。

 周囲には同じく宿泊客たちが転がされていて、監視をする男が鉄格子の外に確認出来た。ヨウカとリッカさんも近くで眠っている。温泉でスベスベとなった二人の頬を、ムニっとツマんでやった。

 

 

「「ん、んん……」」

「おはようございます。仕事の時間みたいですよ」

「ふあ……もう栗拾いの時間なのですか…?」

「寝ぼけすぎだヨウカ。周りを見ろ」

「周り……え、なんで土、というか此処ーー!?」

 

 

 異常な事態にアドレナリンが出たのか、ヨウカは忍者の様にババっと体を起こした。次いで、リッカさんも数テンポ遅れて体を起こし、目を擦り、溜息を吐く。

 

 

 

「えっと……なんか良く分からないけど捕まったんだね?」

「みたいです。食事に睡眠薬が盛られてたようですね。体の作りが違うので、俺には効果が無かったようですが」

「そうなんだ。んん~……今何時なんだろ」

「お、お二人とも、なにをそんな冷静に……」

 

 アワアワと。

 焦り顔のヨウカがそこまで言ってーー

 

 

 

「ーーいえ、まぁ……焦っても仕方ないですか」

「そういう事だ。冷静で助かるぞ」

 

 

 溜息を吐いて、状況を諦めてくれた。

 普通の女子ならキャーキャー言っているところだが、流石に二人は肝が据わっているな。腕に付けられた鋼鉄の手錠を鬱陶しく思いつつも、鉄格子に皆で近づく。

 

 

「おっさん」

 

 と、椅子に座り新聞を読む看守役の男に声を掛けた。

 

 年齢は、30代半ばほどだろうか。

 無精ひげを生やした、ゴリラの様に筋肉質な背の高い中年男だ。タンクトップとジーンズという季節感皆無な服装を身に着け、惜しげもなく太い筋肉を見せびらかしている。

 

 秋なんだがな、今。

 と、益体も無い事を考えつつ、胡乱に此方を見やった男の反応を待つ。

 

 

「なんだ」

「俺たちを一体どうするつもりですか?」

「心配すんな。より広い領域に行ってもらうだけだ」

「と言うと?」

「お前らを肉の楔から解き放つだけだよ」

「殺すと」

「まぁ好きに言ってくれ」

 

 興味なさげに。まるで他人事の様にそう言った男は、再び新聞に目を落とした。

 

 魂の解放、か。

 あの黒巫女も、似たような事を言っていたのを思い出す。もしかしたらこの男と黒巫女に霊的な技術を授けたのは、同一人物なのかもしれないな。

 

 

 

「何故、殺すのですか?」

 

 予想していたら、

 悲し気にヨウカがそう問いかけた。

 

 

「黙ってな」

「黙れません。貴方は間違った事をしていますよ。悪戯に他の生命を奪えば、魂が傷つき……貴方は決して幸せになれないでしょう」

 

 鉄格子越しに語りかけるヨウカ。

 

 

 

「へぇ、なんでだよ?」

 

「幸せとは壊れやすく、穏やかで小さな日常にしか宿らないものだからです。であるにも関わらず、悪戯に他の生命を奪えばどうなるでしょうか? そこはもう、陽の当たらぬ裏の世界です。日常は手から零れ落ち、日々陰に怯え、その怯えが、貴方の幸せを壊すのですよ」

 

「ちっ……訳の分かんねぇ事を言いやがって」

 

「殺人が道理に反する事は、貴方も本当は心で理解しているのでしょう?」

 

 

 なら、やめるべきです。

 と、ヨウカは男の瞳を真正面から食い見つめ、真剣に語りかけた。

 

 正論だろう。

 人は、本能的に殺人を嫌う。

 であるからこそ、戦争帰還兵の多くが、心的外傷に苦しむのだ。戦地から離れ、祖国に帰り、敵に脅かされない生活に戻ったにも関わらず苦しむのは、彼らの心の中でまだ、『戦争』が続いているからである。

 

 残念ながら、そこにヨウカの言う『日常』は無い。

 が、

 

 

「うるせぇんだよ!!」

「…っ!?」

 

 正論が罷り通らない事など往々にある。

 

 男は癇癪でも起こしたかのように手元の猟銃を天井に向けてぶっ放した。稲妻の様な銃声。眠らされていた宿泊客が飛び起き、混乱したように悲鳴を上げる。

 

 

「これはビジネスなんだよ! それにボスも、『人には運命が定まっているから、人を殺すのも運命であり悪くない』むしろ、『窮屈な肉の楔から魂を解き放つ行いは、間違いなく善行だ』と言っていたしな!」

 

「上がいるのですか…!」

 

「あぁいるさ! 冥途の土産に教えてやるよっ!」

 

 

 叫び、余裕たっぷりに笑った男。

 

 

「俺たちのボスはな、【六師】の一人、『解放の聖者』様だっ! 一人殺すごとに大金と新たな『力』をポンとくれる太いお方だからこそっ、俺たちはこの『村』を作ったんだよ! 金貨を背負ったカモがノコノコとやってくるこの『観光村』をなっ!」

 

 成る程。

 六師。解放の聖者。

 一気に話がきな臭くなってきたな。

 

 もしかすると……この男は【ネームレス・カルト】に繋がっているのかもしれない。その『解放の聖者』とやらの言い分は、実にカルト的なのだから。

 

 

「いやはや、外法の考え方だねぇ」

「そうです! 後悔されますよ!」

「いいや許されるな! そしてっ、ここでお前が死ぬのも運命だっ!」

 

 ガチャリと。男が散弾銃をコッキングした。

 咄嗟に。

 狙われたヨウカを背に隠す。

 再びの銃声、背中に走る衝撃。

 宿泊客たちの悲鳴が地下牢に反響する。

 

 

「美人を守るたぁ男だなぁ! はぁーはっはっは……っ!?」

「……問題ありませんね?」

「あぁ勿論だ」

 

 が、これくらいで死ぬ事ができるほど、俺は柔な存在ではない。背中に食い込んだ散弾が、パラパラと地面へ落ちていく。人外の膂力を奮って、鋼鉄の手錠を力任せに引きちぎった。

 

 

「ひっ……なんなんだよお前はっ!?」

 

 

 お仕置きの時間だ。鉄格子を飴細工の様に捻じ曲げ脱獄する。正面から散弾をもう一発受け止め、男の喉を片手で掴む。

 

 

「ぐえぇっ…!?」

 

 筋肉質なその体を宙へと吊り上げ、土壁に勢い良く叩き付けた。衝撃で落とした散弾銃を遠くに弾き蹴る。

 

 

「はぁ……一つ聞きたいんだがよ、ここでお前を殺しても、それは運命だから仕方ないんだよな?」

「ひっ、かひゅ、ま待って」

「なんだ?」

「ご、ごべんなさい、もうじませんっ、えぐっ、だからーー」

 

 

 芯の無い奴め。

 そのまま締め上げ気絶させる。

 ポイと放り捨てた。

 

 

 

「うわぁ……相変わらず、【エネルギー】も使ってないのに出鱈目なパワーだねぇ?」

「俺はそういう風に作られていますから。それより、怪我はありませんか?」

「大丈夫だよ。後ろのお客さんも無事みたい」

「それは良かったです」

 

 

 アッサリ終わったな。

 

 

 

「ーーどうしたんだぁ銃なんか撃って? なにか問題が……」

 

 まだ終わっていなかったようだ。

 そういえば、俺『達』って言っていたな……。

 

 座敷牢の出入口から背の低い、やや小太りで筋肉質な中年男が顔を覗かせた。どことなく猪を連想させる風貌だ。菓子パンを齧りながらのご登場で、小さな瞳を丸くしーー

 

 

「う、うぉお!? 兄貴っ!? やりやがったなこの人殺しっ!?」

「お前らにだけは言われたくないぞ」

 

 ショックとばかりに菓子パンを落としつつ、そう叫んだ。コイツも締め上げるか。と思っていたら、短い脚を動かしてスタコラサッサと逃げていった。

 

 

 

「……やらないのか」

 

 少し呆気に取られてしまう。

 まさか、このまま村から逃げるのか? 

 だとしたら、随分と状況判断の早い事だ。

 

 

「あ、あのぉ……ありがとうございます。取り敢えず、出ていいですか?」

 

 怯えつつも、女性の宿泊客の一人がそう言って……

 

 

「いや、まだここから出ない方がいいよ」

 

 リッカさんが真剣な表情でそう諭した。

 

 

「彼にはまだ、『奥の手』があるみたいだからね」

「心を見たんですか?」

「うん。距離もあるし一瞬だったから、具体的にどうするかまでは分からなかったけど……警戒したほうがいいよ。貴方、もう少し待っといてくれる?」

「は、はい……では、いつまで待てば良いでしょうか…?」

「それはこの私の弟子が、さっきのをとっちめるまでだよ」

「弟子ではないですけどね」

 

 陽気に背中をバシバシ叩かれたが、既成事実にされる前に即座に訂正する。

 

 

「じゃあ早速行きますか」

「私も付いてくよ」

「では私は……ここで他の宿泊客を守る事にしますね。正直、今の私では外に出て大立ち回りは出来そうにありませんので……」

「何か問題があるのか?」

「はい。先ほどからかなりの頭痛と吐き気がありまして……彼らから、何かしらの『呪い』を受けているのかもしれません…!」

 

 青い顔をしたヨウカが、大真面目にそう言い切った。

 

 

「ヨウカ……」

 

 

 多分だが、それはただの二日酔いだと思うぞ?

 

 



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15話

 

 真上には満月、両脇には稲穂。

 

 冴え冴えと照らす月光が、村の全体を淡く染め上げている。秋の夜長の澄んだ空気を切り裂いて、俺とリッカさんは街灯一つない田んぼ道を駆け走っていた。

 

 

「っと、早速のご歓迎だねぇ。でも……空理君、これは壊していいよ」

「了解です」

 

 

 鎌や鍬を手に持ち、老人とは思えぬ身体能力で此方へ襲い掛かってきた村人達。その一人に、飛び膝蹴りをお見舞いする。顎を打ち抜き、頭がポーンと手毬の様に舞い上がった。

 

 

「うん。やっぱり『紛い物』だねぇ」

 

 が、血は出ない。

 なにせ……この村人たちは生身でないからだ。首が飛ばされ、全身が土に変質した村人を見て、俺はポツリと呟く。

 

 

「これは『ゴーレム』ですかね」

「かな。特徴的にはそう見えるよ」

 

 殴って蹴ってブチ壊しつつ、そう結論付けた。

 大昔。

 異教の律法学者(ラビ)が、断食や祈祷などの神聖な儀式で霊性を高めたのち、特別な土をこね生命を吹き込んだ土人形の総称ーーそれこそが『ゴーレム』だ。

 

 事実。

 破壊され土くれに戻った体の一部には、忌筆で描かれたものであろう『EMETH(真実)』という墨字がーー『ゴーレム』に施される典型的な契約文字が、下手糞な筆捌きで描かれているのだから。

 

 まず、『ゴーレム』で間違いないだろう。

 

 

「しかし、こんなに汚い契約文字でもちゃんと作動するんですね」

「うーん、あんまりゴーレムとか式神学については詳しくないけど、実際に動いているしそうなんじゃない? なんにせよ、接客までさせるなんて相当レベルの高い術式を使ってるよ」

 

 

 違いない。

 類を見ないレベルだ。

 ゴーレムとは『胎児』の意であり、頑丈ではあるが複雑な運用には向かないものである。だというのに出来ている以上……『解放の聖者』とやらは、よほど霊的知識に富んだ人物なのだろう。

 

 しかし欲を言うならば、

 

 

「出来れば、村に入った時点で彼らの正体に気づいて欲しかったですけどね」

「って言われても、誰にでも『読心』してる訳じゃないからねぇ」

「ヨウカには初対面でしてた気もしますが?」

「あれはノーカン。修行者同士、手っ取り早く名刺を交わしたに過ぎないよ」

 

そういうもんなのだろうか?

まぁ、相手と『同化』することによって『読心』しているリッカさんなのだ。誰彼構わず他人と同化しまくったら、確実に自我や波動領域に悪影響が出るだろう。

 

そう乱発は出来ないか。

 

 

「っと」

 

 足を止める。

 

 山門と長い石階段。その昇り切った先に奴の臭いをかぎ取った俺は、お姫様抱っこにリッカさんを抱え上げた。

 

 

「ちょ、ちょっと?」

「少し我慢してください」

「いや、いやいや怖いうわぁ!?」

 

 

 十段飛ばしに石段を駆け昇り一息に昇り切った。

 

 寺だ。

 随分と古い寺だが、人の手入れが入っていた気配はある。枯れた手水や、蝋の燃え尽きた石灯篭が置かれた境内の中心に、奴はいた。

 

 

 

「ふぅふぅ……お前ら、ここで終わりだぞぉ」

 

「あぁ、早く終わらせようぜ。もう秋だ、リッカさんの体が冷えてよくないしな」

 

「余裕をコキやがって…! 兄貴の仇! 打たせて頂こう!」

 

 

 いや、だから殺してないからな?

 

 突っ込むべきか悩んでいたら、男が自らの手首をーーハラリと、刃物でかき切った。

 

 

 

「何をーー」

 

 

 苦悶の表情の男が、手首から溢れた朱をビシャリと地面にバラまく。途端に。境内の地面が、荒れ狂う波の様に蠢いてーー

 

 

 

「ーー誘いこまれたか、めんどくせぇな」

 

 

 一体の真っ白な土人形がズルリと形成された。

 

 2mほどの身長に、阿修羅が如し6本の腕。

 静かで不気味な佇まい。

 

 

 

「へへっ、怖いだろう?」

 

 

 警戒する俺たちを尻目に。

 男は自らの血をもって、胸の中心に『EMETH』と書き殴った。ついでなのか、のっぺらぼうが如し白顔にも拇印の様に親指を押し付けて、二点の赤い瞳を作り上げている。

 

 瞬間に。

 

 

「……っ! これは強烈だねぇ…?」

 

 

 非物質(アストラル)レヴェルの霊圧(プレッシャー)が放たれたのだろう。俺は無才能故にソレを全く感じとれないが、素養があり感覚に優れたリッカさんはそれをモロに感じ取って、乾いた笑みを零した。

 

 

「ちょっとした神級呪霊級でしょうか」

「そう思うよ」

「そんなにポンポンと出てきていいモンじゃないんですけどね」

 

 溜息を吐く。

 

 神級呪霊級といえば、一流と呼ばれる公安の部隊でさえ圧倒する化け物だ。困ったもんだな。こんな破落戸から生み出されるようでは、軽く日本の祓魔師が滅ぶんだが?

 

 

「はははっ、死ぬがいい! お前らも殺して大金に変換してやるよ!」

 

 

 ドンっと。土が捲りあがる程の加速力をもって、六腕のゴーレムが突っ込んできた。

 

 

 

 



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16話

 ドンっと。

 土が捲りあがる程の加速力をもって、六腕のゴーレムが突っ込んできた。

 

 右腕によるフックをガードする。鉄ぐらいなら折れるであろう凄まじい衝撃。しかし怯まず、追撃の左アッパーをスウェーで避けた。

 

 

(弱点は知っているぞ?)

 

 

 ゴーレムの弱点。

 それは、契約文字ーー『|EMETH(真理)』の頭文字である『E』を消して『|METH(死)』にする事だ。それだけでゴーレムは機能を停止する。 

 

 契約に縛られた土人形が故に。

 

 

「ここだな」

 

 

 6椀による暴風の様な攻勢の最中。

 俺はタイミングを見つける。

 顎を打ち貫かれつつも持ち前の頑丈さで耐え、音速のストレートをカウンター気味に振りぬいた。巨石を打った様な手応え。しかし正確に『E』を捉え、その表面を削り取る。

 

 これで終わりだ。

 

 そう思った。

 

 

「…っ!?」

 

 しかし、まだ動く人形。

 殴り飛ばされた。

 空中で宙返りし転倒を防ぐ。

 

 そのまま少し距離を取る。

 

 

 

「ははは、やるな!」

「そりゃどうも」

「だが俺のゴーレムは『特別製』だぁ! 諦めろ!!」

 

 

 面倒だな、どういう事だろうか?

 リッカさんに目線を送る。

 

 

「……隙を見て、もうちょっと距離を詰めて『読心』するよ。今のままじゃ詳細に読み取れないし」

 

「お願いします」

 

「はははっ、お前ら祓魔師だろ! エリートなんだろぉ!? 俺は……そんな奴らが大嫌いだぁ!」

 

 憎悪を露わに叫ぶ男。

 

 

 

「親は俺らを生んですぐに蒸発しちまった! 養護施設を出た後も、金なんてねぇ俺らは中卒で働いた! そこでもっ、身寄りがない、金銭的な問題でその職場から離れられないってんで散々いいように搾り取られた!! そんなんは……もうっ、沢山だぁっ!」 

 

 

 避ける。六椀ゴーレムの拳が石灯篭を粉々に打ち砕く。腿を上げ、追撃の回し蹴りをカットするも、威力は殺しきれず大きく吹き飛んだ。

 

 

「金がいるんだよっ! 俺ら兄弟が誰にも踏みつぶされない為の金がっ! 学歴が無くても、親がいなくても、顔が悪くてもっ、世間に舐められないだけの金がぁっ!」

 

 

 爆発的な連撃。

 文字通り手数の違う連撃に、反撃の余裕が無くなってきた。ガードをすり抜け、六椀のボディブローが腹に突き刺さる。

 

 石灯篭すらも砕く一撃。

 凄まじい衝撃のあまり、余波で周囲の大気がブワリと吹き飛んだ。

 

 

 

「っしゃぁ! 終わっとけ!」

 

 歓喜を露わにする小太りの男。

 

 

 

「……今のは流石に、ちょっと効いたぞ」

 

 が、俺の体は耐えきった。

 神金よりも固い骨は折れず、破壊された内臓も逆さ時計の様に形を回帰する。驚愕に溢れた男を尻目に、口内の血を吐き捨て本心を吐露した。

 

 

 

「勿体ないな」

「は…?」

「この村の接客作法や料理技術をゴーレムに指示したのも、あの立派な温泉宿を用意して見せたのも、お前たち兄弟なんだろう? それも、こんな山奥にここまで人を呼んでいるんだ。沢山勉強しただろうし、そんな『商才』があるってのに、こんな事をするなんてな」

「そ、それは……」

 

 

 バツが悪そうに俯く男。

 

 本当に残念だ。

 料理は旨かった。

 温泉も接客も快適だった。

 村の風景も、都会から来る客を感動させ懐かしませる様な、美しく調和の取れたデザインをしているだろう。種銭を出したのはコイツらじゃないだろうが、この形に持っていったのはコイツらのセンスであり努力である事は疑いようがない。

 

 だというのに……

 

 

 

「空理君っ! 『目』だよ! そいつは『ゴーレム』じゃない!」

 

「……っ!? 何を言ってやがんだ女ぁ!?」

 

「契約文字はフェイクだよ! この人形は『魂入れ』の術式に則って作られているわ!」

 

「余計な事を言うんじゃねぇ!!」

 

 

 成る程な。

 いつの間にやら男に接近していたリッカさんが、そう声を張り上げ指示を飛ばした。焦ったように、人形がリッカさんに飛び掛かる。避けられないと直感したのか体を縮こませ、ギュッと目を瞑った彼女の元に、拳が殺到してーー

 

 

「っ!!」

「大丈夫ですよ」

 

 瞬時に移動した俺は、その拳を受け止めた。

 

 突き(パンチ)の破壊力を後ろに受け流し、利用して、一本背負いで地に叩き付ける。バウンドする人形の頭部に狙いを定めーーサッカーでもする様に、全力の蹴りを頭部にブチ当てた。

 

 ゴシャっという鈍い音。

 頭部を半壊させた人形が、寺の障子を突き破り本堂の中に叩き込まれていく。

 

 

 

「あ、ありがと。それとナイスキック……」

 

 鼻先で起こった一瞬の攻防に気圧されたのか、尻もちを付いたリッカさんに手を貸した。立ち上がらせる。

 

 

 

「ーーしっかし、考えたねぇ」

 

 そして、感心したようにリッカさんが呟いた。

 

 

「道理で契約文字を破壊しても止まらない訳だよ。最初の契約文字は見せ札で、本命は二点の瞳を書く事にあったんだね。それこそが玉入れであり『魂入れ』であり、主人と人形の間にパスを繋ぐ術式だったんだよ」

 

「成る程。瞳を入れて、魂を刻み込んだ訳ですか」

 

「そういう事だろうね」

 

 

 開眼術式。

 そうとも呼ばれる仏教的な儀式だ。

 

 瞳には魂が宿る。

 合格祈願などで、ダルマの目を墨で入れる習わしがあるのも、そういった考えを元にした作法なのであろう。この土人形は西洋式の『ゴーレム』というよりかは、東洋的な『式神』や『付喪神』に近い性質を持っていたという訳だ。

 

 

 

「してやられましたが、カラクリは読めましたね」

「うん。でも問題は……」

「はっ、はっはぁ! ビビらせやがって! まだ終わらんぞ!!」 

 

 

 無才能故に。エネルギーを一切持たない俺の拳が、どこまでも物理的なものでしかない事だ。

 

 深く息を吐く。

 ご本尊様の前に転がった人形がムクリと起き上がった。頭は半分に砕けているが、しかしそうやって物理的に破壊しても、奴の霊的なパスを破壊せねば致命傷とはならぬようでーー先ほどよりは鈍い動きながらも、ギギギと此方を見据えている。

 

 

 

「リッカさん、霊的な攻撃は出来ませんか?」

「ごめん、専門外だよ」

「となると……」

 

 

 二日酔いのヨウカを呼ぶべきだろうか。

 それとも、リッカさんと『真血適合(ブラッド・アダプト)』するしかないのか。思考を回す最中ーー月光が俄かに強く煌めいた。

 

 

(これは……)

 

 

割れた夜雲の隙間から淡い光の柱が差し込んで、本堂の一角をボウっと照らし上げる。天然のスポットライトだ。それに当てられてーー神を祀る木祠の前に供えられた、一振りの刀が鈍く輝いた。

 

淡い月光に照らされて、えも言えぬ神秘の匂いを纏っている。

 

 

(……これで、やれって事か?)

 

 直観した。

 俺はこの村に入る前に、拙いながらも石祠に水を捧げた。その縁によるものか、この土地の神様が『|徴(しるし)』を出しているのかもしれない。

 

 

「借りるぞ」

 

 六椀の攻撃を往なし、移動し、

 しかとその刀を掴み取った。

 

 

「ははっ、その刀は錆びだらけで売れないし使えんもんだっ! 諦めろっ!」

 

「いや……この刀はまだ、確かに生きているぞ」

 

 

 霊視コンタクト越しに淡く瞬く、鞘から漏れ出る微かな神威。

 

 

 獲れるだろう。

 腰を深く落として構えを取る。

 飛び掛かる人形に対しーー

 

 

 

「ーー終わりだな」

 

 

 一閃。

 

 居合抜きに刀を放つ。

 線でも引く様に両目をスパリと断ち斬った。

 瞬間に。

 糸が切れた様に。

 ガラリと人形が崩れ去っていく。

 

 一瞬の終焉だった。

 

 

 

「……は、嘘だろ、そんな錆び刀で、俺の人形が……!」

 

 

 呆然と呟く男。

 

 親指で鍔を押し刀身を覗かせれば、確かに錆が浮いていた。鞘から抜く動作にも、ザザリと酷い引っ掛かりを感じる。

 

 しかし……先の一閃の時だけは、確かにこの刀は生きていたのだ。俺が振ったというよりも、『自ら』飛び出していった様な勢いで、奴を一刀のもとに撫で切ったのである。

 

 実に不思議な手応えであったが、おそらくあの一瞬、あの一太刀だけは……『神』がその刀身に宿っていたのだろう。

 

 

 

「大人しく拘束されておけ」

 

 なんにしろ終わりだ。

 淡々と告げてやれば、男は拳を握りしめウググと声を漏らした。

 

 

 

「いや……まだだ、まだ終わらんぞ!」

 

 しかし諦め悪く境内に駆けて行った男は、再び血をバラ撒き土人形を作り上げていく。

 

 

 

「往生際が悪いねぇ」

「でも、今度はかなりデカいですよ。面倒そうです」

 

 4mはある土人形だ。

 しかし……その高さでどうやって『魂入れ』をするのだろうか? そのままだと、只の置物に過ぎないぞ?

 

 

 

「……ちょ、ちょっと待つがいい!!」

 

 はたと気づいた男がそう叫んで、土人形の膝に足を掛けた。ワタワタと体をよじ登り始める。ははは。顔に近づく前にはたき落としてやろう。

 

 そう思って近づいたがーー

 

 

 

「……うん? うん!? あ、やば助けぐあぁああ…!?」

 

 

ーー男の体重が前に掛かった事により、土人形がグラリと揺らめいて倒壊した。ベシャリと。巻き込れた男が土山に埋まってしまう。

 

 完全な自滅だ。

 リッカさんと顔を見合わせる。

 

 

「うーん、死んだかなぁ」

「ギリギリ生きていると思いますが、掘り起こしますか?」

「えぇ? もう寒いし温泉に入りたいんだけど?」

「た、助けてくれぇえ……」

 

 

 土の下から聞こえる呻き声。

 リッカさんは笑い、俺は溜息を吐いた。

 はぁ、全く面倒だな…。

 

 

 ここで死ぬのも運命だと思って、一つ潔く諦めてくれないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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17話

 

 結局警察が村に辿り着いたのは、事件の晩が明けて半日以上過ぎてからの事であった。被害にあった宿泊客は簡易な取り調べで解放されたが、祓魔師の資格を持った俺たちは、警察の事情聴取に何日も付き合わされる事となり……

 

 

「結局……栗拾いが出来なかったのですが?」

 

 この期に及んで栗拾いをご所望であったヨウカは、車の窓から身を乗り出して、離れていく村を恨めしそうに眺めていた。

 

 まぁ、休暇先で仕事をする事になった事態には同情するがな。

 

 

「別にそれはいいのですよ、むしろ幸運だったのですから」

 

「どういう意味だ?」

 

「私たちが此処へ来なければ、他の宿泊客は成す術もなく殺されていたのです。それを止める事が出来たのですから、幸運という他にないでしょう?」

 

 

 助手席にて、大真面目に言い切るヨウカ。成る程。不幸を不幸と感じ『られない』のが宗教者の感性という訳らしい。

 

 

「まぁ、ものは考えようだよね」

 

 村を一望できる丘を昇る最中。

 後部座席のリッカさんがそう結論付け、コロコロっと笑う。

 

 

 

「しかしお二人の頑張りで、今回は下手人も捕まりましたからね。もしかしたら【ネームレス・カルト】の調査も進むかもしれません」

 

「だな。【六師】の一人、『解放の聖者』だったか」

 

「えぇ。随分ととんでもない話を教え込む方のようですね」

 

 

 確か、

 

ーー『人には運命が定まっているから、人を殺すのも運命であり悪くない』

ーー『むしろ、窮屈な肉の楔から魂を解き放つ行いは、間違いなく善行だ』

 

 だったか。

 

 

「あまりにも空しい教えですよ」

「だねぇ。一応そういう考え方もあるにはあるけど」

「え? あるのですか?」

「うん。後期密教の一部には、『慈悲の為に他人を殺害して、その魂をより高い領域に遷移させる』っていう思想もあるのよ。でも……」

 

 と、

 眉根を顰めつつ、リッカさんが言葉を続けた。

 

 

「大前提として、その殺害者は『聖人』でなければならないね。大いなる悲しみによって、類稀なる愛によって、自分を殺すほどの苦痛に苛まれながらも、それでも尚、人を殺すなら……それも善行になるの『かも』しれないけど、だからといって殺人は肯定されるべきでないよ」

 

 

 多くの凡夫にとって、それはただ、悪戯に自らを貶めるだけの結果に終わるんだから。と、リッカさんは言葉を締めくくった。

 

 

 

「そういう考え方もあるんですね。っと……」

 

 用事を済ませよう。

 丘を昇り切って、車を止めた。 

 最初の時にも訪れた、村を一望出来る丘だ。

 

 秋といえども残暑の残る、午後の温かな風に揺られて、大木の葉っぱが気持ち良さげに騒めいている。少し手伝ってくれないか、と二人に告げ車から降りた。

 

 大木の裏手。

 寄せ集められた石祠を両手で持ち上げる。

 

 

「これは……」

「表に運んでくれ、地面の色が変わっている所があるだろう? 多分、元々はそこに置かれていたものだ」

 

 

 一つずつ、丁寧に運んでいく。

 

 おそらく、この石祠は兄弟たちの手によって裏手に運ばれたのだろう。自分たちが悪行をやっているという自覚があって、せめてものと、土地の神様が自分たちを見ないように、村を一望できないようにと、祠を裏手に寄せ集めたのだと俺は予想している。

 

 まぁ、今となっては勝手な憶測にすぎないがな。

 

 

(でもよ……商売をする時は、その土地の神様に挨拶するもんらしいぞ?)

 

 

 胸中でそう呟く。

 思うに、それが彼らの運命を分けたのではなかろうか。

 

 

「クー君……! ついに、神道の修行者としての自覚が生まれたのですね…!」

 

「そういうんじゃないぞ」

 

「では、どうしてこのような善行を積むのですかっ?」

 

「礼儀の問題だ」

 

 

 太陽輝く、残暑の厳しい午後の日照りの中。上機嫌にじゃれ付いてきたヨウカをあやしつつ、石祠を運び終えた。

 

 その時だった。

 頬に浮いた汗を労う様に、一際強い風が吹き抜けた。

 

 

 

(……良い風だな) 

 

 

 これも『徴』なのだろうか?

 風を掴む為に伸ばした掌の上に、チクリと何かが落ちてきた。

 

「これは……」

 

 毬栗だ。

 それを皮切りにした様に、ポトポトと周囲に毬栗が落ち始めた。良く見ればこの大木は、栗の木であったようだ。

 

 

「く、クー君、神が栗拾いしろと仰っていますよっ?」

「かもな」

「うわぁ一杯だねぇ、車の中に網代傘があるからそれに集めちゃおうか?」

「えぇ! 今晩は栗ご飯にしましょう!」

 

 

 興奮気味に目を輝かせるヨウカ。

 笑顔で車に戻っていくリッカさん。

 

 これも神様の計らいだろうか?

 

 いや、そう思い込んでおくとしよう。

 トポトポと改めて祠のコップに水を注ぐ。

 

 

「やはり神道に…!」

「目覚めてないぞ」

 

 信じるだけならタダだしな。

 

 

 

 

 



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18話

 

 神様は何を思って、人に死という現象を与えたのでしょうか?

 ガン患者でさえ自分が今日死ぬとは思っていないのに、何故その希望を奪うのか?

 分からないけども……これだけは確かだと私は思った。

 今、愛する人を、大切な人を失い泣いている目の前の遺族。

 彼ら彼女らの涙を拭う事は……間違いなく善行になるだろう。

 

 

 少なくとも、私の中の羅針盤は、そう静かに指し示すのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 10月。

 肺に流れ込む冷気。

 枯れ枝に止まる鳥たちが身を寄せ合う、肌寒い夕方頃。沈みかけの赤い陽が、落ち着いたベージュ色の葬儀場を照らし上げていた。沢山の車両が並べられた駐車場に、愛車であるベントレーをユルリと駐車させる。

 

 

「香典はちゃんと包んできたよな?」

「むぅ、大丈夫ですよクー君? マナーも知らない子供じゃありませんので」

 

 

 助手席側のドアを開けたヨウカが、少し反発したように言葉を返した。

 

 俺もヨウカも、常に無い礼服に身を纏っている。葬儀場の出入口には、『故 高木壮志郎 葬儀 告別式式場』という看板が立てかけられていて、目的地が此処であることを確認できた。

 

 

 3か月前、黒狐との戦闘。

 その始まりである呪いの放出を受け、深刻なダメージを受けながらも一命を取り留めた隊員の一人が、しかし治療の甲斐なく、つい先日息を引き取ったという訃報を受けたのは、今日の早朝の出来事であった。

 

 出席しない理由はない。

 最低限の礼儀だろう。

 

 そう思った俺とヨウカは、常にない礼服に身を纏い此処へ来た訳であった。

 

 

 

「こういう所に来るのは初めてです」

「神道的に言えば、死体は穢れだもんな」

「えぇ。大切な事は魂の行方であって、死体はただの物でしかないと思いますが……」

「言うなよ、そんな事」

「当然です」

 

 

 と、ヨウカは神妙な顔で言い紡いだ。

 

 仏陀も、『死体は単なる抜け殻に過ぎないので、非衛生的でもあるから、別れを済ましたら荼毘に付して灰にしてしまった方が良い』と、言い残している。しかしそれをストレートに告げ、遺族感情に配慮しないのもまた、宗教者として間違った態度であろう。

 

 慣れない革靴に違和感を覚えつつも葬儀場に入る。芳名帳にサラサラと記帳して、受付の人に香典を渡した。誘導されるままに会場へ入れば、今まさに僧侶の読経が始まろうとしている所であった。

 

 時刻は午後5時。

 少し早いが、通夜が始まるようだ。親族でもないので一番遠くの席に座って、進行を見守る。

 

 

(壮志郎さん。だっけか、愛されてた人なんだろうな)

 

 

 参列者の人は多く、その多くが沈痛な面持ちを湛えていた。

 

 三課の隊長を筆頭とした公安の関係者と思わしき人達、友人らしき20代後半の集団、親族や親戚らしき人達の中には堪え切れずに涙を流している人もいて、白木の棺の周りを埋めつくす供花も随分と豪華な物だった。

 

 快活な笑顔を振りまく美丈夫な青年の遺影からは、全く死を連想できないエネルギーが放たれている。

 

 

 

「ーー本日はお忙しい中、亡き主人の為にご参列頂き誠にありがとう御座います。主人は……ソウ君は生前、とても活発な性格をしており、その縁で皆さま方とのーー」

 

 

 読経と焼香も恙なく終わり、喪主挨拶が始まった。

 

 妻であった女性だろう。

 コンサバなスーツを身に纏ったその女性は、泣きはらし腫れぼったくなった目元を頻りに触る仕草を見せていた。アイラインを何度も引き直した苦難の跡が見て取れる。平時なら美しく控えめな若奥様といった評価が妥当であろうが、疲労からか痩せたその顔は生気に欠け、肌は色素が足りないのではないのかと思うほどに白く、幽鬼の様な印象を俺に与えた。

 

 疲れているのだろう、体以上に心が。寝ても寝ても取れない類の疲労が、彼女の全身から滲んでいる。

 

 

 

「……自殺しそうだな」

「え、縁起でもないですって」

「思わないか?」

「それは……」

 

 

 思うようだ。

 言葉を詰まらせたヨウカが、真剣な表情で彼女を食い見つめていた。喪主挨拶も終わり、通夜振舞いに移行する騒めきの中で、様々な人達からお悔みの声を掛けられる件の彼女がーー

 

 

 

「あーー」

 

ーー此方を見つけて、小さく目を見開いた。

 

 話しかけていた人に軽く会釈をして、会話を切り、ヨロリと此方に駆けてきた。そしてまるで藁にでも縋る様に、両手でヨウカの手首を掴む。

 

 

 

「貴方は確か、祓魔師で古神道家の……!」

「はい。櫛比陽香と申します。この度は」

「巫女様。主人にはもう、会えないのでしょうか…?」

 

 必死に。

 ヨウカの言葉を遮って、震える声色でそう問いかける。

 

 まだ、配偶者の死を受け入れていないのだろうか。葬儀を実質的に取りまとめていると思わしき彼女の母親に、心配そうな視線を投げかけられている。

 

 

 

「そうですね……会えません。いえ、会ってはいけません」

「な、何故ですか?」

「生きている内にしか出来ない修行があるように、死んだ後にしか出来ない修行もあるからです。彼はもう、神々の世界に渡りました。新たな修行を始めたのです。ならば、それを引き留める訳にはいかないでしょう」

「……どうしてもですか」

「どうしてもです。気持ちは十分に分かりますがーー」

 

 

 邪険にはせず、ヨウカは懇々と諭し始める。

 

 

『壮の嫁さん……見ていて心が痛くなるな』

『愛してたんだろうよ。健気に支えてくれるんだって、壮も度々惚気ていたからな』

『全く……まだ若いのに、これからだってのに嫁さん残して……』

 

 

 周囲から悲しみの声が溢れる。

 共感と後悔。

 あの時、誰かがいち早く呪いの放出を察知出来ていたら。 

 俯き拳を握りしめる隊員もいる。

 

 ヨウカやリッカさんが死んだら、他者の死に慣れている俺でも……こういう風に取り乱すのだろうか? 分からないが、あまり想像したくない話だ。白木の棺桶から遠ざかる様に離れれば、葬儀場の壁に背を預ける黛さんが視界に入った。

 

 向こうも此方へ気づいたようで、軽く会釈しあう。

 

 

「どうですか、調査の方は?」

「それなりですね。大変申し訳ないとは思っているのですが……休暇中に仕事をしてくれた貴方たちのお陰で、良い情報を得る事が出来ましたよ。感謝します」

 

 

 バツが悪そうに苦笑する黛さん。

 

 

「重要な事は【ネームレス・カルト】には【六師】と呼ばれるブレインの存在がいて、その手が海外にも及んでいる事ですね。国を問わずに霊的技術をバラ撒き、テロ行為に近い活動をさせているようです」

 

「国を問わないのですか」

 

「えぇ。そして厄介な点として、【六師】は『構成員』に霊的な技術を授ける際に、決して物理的な接触をしないようです。夢や啓示を通してのみ対象に霊的な技術を与えているようですね」

 

「大金も援助しているんですよね? お金の流れから追えませんか?」

 

「そちらも警察が総力を上げて追っていますが、銀行口座などは使わず、枕元に『ポン』と大金がありました。というパターンが殆どだそうで……」

 

「……物質転移(アポート)ですか」

 

 

 俺に【エネルギー】は無い。

 

 なので物質転移(アポート)などやった事はないが、非常に難しい霊的技術であるという事は聞き及んでいる。理論としては、対象の『物体』を原子レヴェルに分解し、距離の概念がない霊的領域を通して瞬時に移動させ、置きたい場所にて再び『物体』を再構築するらしいが……これが非常に難しいらしいのだ。

 

 慣れてなければその物質が霊的領域に置き去りになる事もしばしばで、転移先の座標がズレれば家具や地面や人体の中に『めり込む』といった問題もあるらしく……AMAZ〇Nの宅配サービスの中には一応、その『アポート配達』という秒で荷物が届くオプションもあるらしいが、凄まじく宅配料金が高いと聞いた。

 

 要は、

 それ一本で飯を食っていけるほどの高等技術という訳だ。

 

 

「しかし本当に物質転移(アポート)なんですかね。まだその構成員の家に忍び込んで、枕元に現金を置く方が楽かと思いますよ」

 

「いえ、捜査課によると間違いないみたいです。物質転移(アポート)されたと思わしき押収物品である金属呪具をX線に掛けたところ、その金属は内部が完全に均質だったそうなので。普通、金属を鋳型に入れて成形すれば内部に気泡が生じますが、それが無かったという事はーーその呪具が一度原子レヴェルに分解され、霊的領域を通って再構成された証明に他なりません」

 

「成る程……となると、愉快犯なんですかね」

 

 声明も出さず、

 活動目的もハッキリせず

 構成員からお金を搾り取る様子もない。

 あまりにも実態のハッキリしないカルトだ。

 

 

「その線もあると上層部は考えています。とにかく、何か分かったら連絡しますので」

「えぇお願いします」

 

 

 もどかしいものだ。

 会場から出て一息ついた。

 

 時刻は六時過ぎで、日の入りも早まって辺りはすっかりと暗くなっている。

 

 冷たく澄んだ秋の外気はしかし、会場内の悲しみの空気よりかは、遥かに心地よく感じられるものだ。街灯に照らされたアスファルトをボンヤリと眺めながら、鈴虫の鳴き声に耳を傾ける。

 

 ここから通夜振舞いか……。

 あまり、人付き合いは得意じゃないんだがな。

 

 愛想が無い。目が死んでいると好評な顔を何とはなしに触っていたら、正門の方から一人の女性の影が現れた。

 

 

(……外国の子か)

 

 

 年の頃は16前後だろうか。

 少しくすんだ桃色の髪をポニーテールに纏めた、まだ幼さの残る美しい少女だ。ノースリーブのシンプルな黒いワンピースに身を包み、左の手首には小さな十字(ロザリオ)を巻いており……キリスト教徒なのだろう。

 

 庇護欲を誘うような儚さを纏うその子をボンヤリと見ていたら、スマホが通知でブルリと震えーー

 

 

「ーー? 誰か、そこにいらっしゃるのですか?」

 

 

 音に反応したのか、ピタリと足を止めた少女にそう声を投げかけられた。

 

 

 



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19話

(……外国の子か)

 

 年の頃は16前後だろうか。

 

 少しくすんだ桃色の髪をポニーテールに纏めた、まだ幼さの残る美しい少女だ。ノースリーブのシンプルな黒いワンピースに身を纏い、左の手首には小さな十字(ロザリオ)を巻いている。

 

 キリスト教徒なのだろう。

 ボンヤリとその子を見ていたら、スマホが通知でブルリと震えーー

 

 

 

 

「ーー? 誰か、そこにいらっしゃるのですか?」

 

 

 音に反応したのか、ピタリと足を止めた少女にそう声を投げかけられた。

 

 盲目だったのか。

 優しげな金色の垂れ目はしかし、よく見れば確かに光がない。杖を持たず盲導犬もいないが……おそらく、霊視に近い、肉眼とは違う領域で周りを見ているのだろう。それなり以上の修行を積んでいるようだ。

 

 

 

「いるぞ、驚かせたか?」

「はい……凄いですね。全く【エネルギー】を感じませんでした」

「そういう生まれなんでな」

「それはそれは、よほど数奇な宿命に照らされているのですね?」

 

 

 口元に手を当て、

 上品にクスクスと笑うその子。

 フンワリとウェーブする桃色のポニーテールといい、ニコニコと優しげな金色の垂れ目といい、見る者を安心させるかの様な柔らかさを放つ少女だった。仕草もどこかお嬢様然としていて、絶妙に相手の警戒心を解く雰囲気を纏っている。

 

 

 

「通夜に来たのか?」

「はい、ここに悲しみに暮れている人がいると聞きまして」

「成る程。だが、ここの葬儀場は仏式だぞ?」

「主の恵みはキリスト教徒のみに齎されるものではありません。異教徒であろうと、何も持たぬ乞食であろうと、悲しみの海に溺れる事を主は望みませんので」

「愛か」

「貴方もそれを、お望みでしょうか?」

 

 

 ニコリと笑顔を向けられて、まぁ欲しいなと、正直にコクリと頷いた。するとフワリと彼女に抱きしめられる。

 

 

「……!?」

 

 低めの体温が伝わり。

 予想外の行動に強張る体。

 

 えっと、初対面だよな…?

 ヨウカという飛切りの美人で耐性は付けていたはずだが、こういう儚げな外国の美少女は……また違っていいものだ。ドキドキするし、顔面偏差値と柔らかな雰囲気から、思わず惚れてしまいそうになる。

 

 デートに行くところまでは想像した。

 がーー

 

 

 

「……見えていないのかもしれないが、俺は男だからな?」

「…? それが、どうかされたのですか?」

 

 

 主の愛は、性別を厭わないらしい。

 赤子をあやす様に、背中をポンポンと撫でられてーー彼女の心臓(ハート)チャクラから放たれた非物質(アストラル)レヴェルの光が、俺の全身を羽衣の様に包み込んだ。

 

 無才能故に。

 体に【エネルギー】を宿さぬ俺では、その『羽衣』を感じる事は出来ないが……それでも、誠意や慈愛というものは十全に伝わってくる。

 

 鈴虫だけが音を響かせる中。

 10秒、20秒と無言で抱きしめられーー

 

 

 

「ーー貴方に幸多からん事を」

 

 最後にニッコリとそう言って、彼女が葬儀場に入っていった。

 

 

(……ヨウカやリッカさんに比肩する様な、かなりの修行を積んだ宗教家だったな)

 

 

 もしかしたらその筋では有名な人なのかもしれない。名前くらいは聞いておくべきだったと今更ながらに思う。俺をハグしてくれたし、もうその時点で素晴らしい子だ。

 

 可愛かったなと、幸せな気分に浸る。

 

 

 

「ーークー君? 此処にいたのですか? 通夜振舞いが始まりますよ?」

 

 入れ替わりで、ヨウカが顔を覗かせてきた。

 

 

「あぁ……今行くぞ」

「はい。って、ちょっと待ってください」

 

 襟元を掴まれた。

 ムムムと不審げな瞳で睨まれる。

 スンスンと服の匂いを嗅がれてしまう。

 

 

「どこの修行者ですか?」

 

 えらくピンポイントな質問。美少女にハグしてもらった事は認めるが、なんで修行者だと断定するんだ?

 

 

 

「匂いですよ。線香の匂い」

「線香なら葬儀場でも焚かれてるだろ、その匂いじゃないか?」

「い~え違います。こんな特殊な線香は焚かれてません」

 

 

 断言するヨウカ。

 そんなに分かりやすい匂いなのか。

 

 軽く自分の匂いを嗅げば、確かに……少し癖のある、しかし不思議と落ち着く独特な残り香が残っていた。強いて言えば、薬草の臭いに近いだろうか。

 

 

 

「それは『没薬(ミルラ)』と呼ばれるお香ですよ。人類最古のお香で、東方の三賢者がイエス・キリストに捧げたお香としても有名ですね」

 

「詳しいな。嗅いだだけで分かるのか」

 

「宗教とお香は切っても切れない関係ですので。それに、私の出身は淡路島ですよ?」

 

「…?」

 

「知らないんですか? 淡路島は、日本で一番最初にお香が伝わった島なのですよ? 日本書紀にもそう書いています」

 

「雑学王じゃないんでな」

 

「まだまだ勉強不足ですね?」

 

 

 

 呆れ顔のヨウカはフフンと小馬鹿にした様に笑って、何やら溜飲を下げたようだった。

 

 

 

「そんな勉強不足なクー君には、特別に私の弟子になる権利をあげますが?」

 

「さて、キリスト教の勉強でもし直すかな」

 

「あ、ダメですよダメです! よくないですよ! クー君は日本人なんですから、神道が一番合っているんです!」

 

「でも、ヨウカはハグしてくれないからなぁ」

 

「そ、それくらい私もしてさしあげますが!?」

 

 

 混乱気味にムギューと抱きつかれ、柔らかすぎる感触。

 

 お、おぉ……言ってみるもんだな?

 甲乙は付け難いが、流石に先ほどのあの子とはボリュームが違う。勇気を出して、腰まで届く艶やかな黒髪を撫でればーーしかしそんな『良い雰囲気』を介さずに、幼馴染がセールストークを捲し立て始めた。

 

 

 

「何故クー君に神道が合っているかを説明するとですねーー」

 

 コイツは、本当に……

 

 

「さっきの子の方が、よっぽど色気があったぞ?」

「何を意味の分からないことを仰っているのですか? そんな事よりーー」

 

 

 止まらない勧誘。半ば呆れつつそのご高説を聞く俺は、通夜振舞いの会場に戻る。

 

 沢山の仕出し料理が並べられた会場にはしかし、先ほどまで死にそうな顔をしていた未亡人の姿が無かった。裏で休んでいるのだろうか、それとも寝ずの番をしているのだろうか。

 

 

 思いつめすぎて、体調を崩さなければいいんだが。

 

 



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