変な老人に取り憑かれたらしい。 (オスミルク)
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変な老人に取り憑かれたらしい。

失敗した。

まず最初にそう思った。ヒトガミに騙されロキシーを死なせてしまう寸前に飛ぶ予定が、気付いたら、もう記憶の彼方にあるかどうかも分からない風景が目前に飛び込んできた。

 

息も絶え絶えのゼニスに飛び回るかの如く喜んでいるパウロ。そして今しがた産まれた筈なのに産声も上げず不気味に「アダー」と声を発する赤ん坊とそれを抱き上げホッと息を撫で下ろすリーリャ。

みな十代後半から二十代前半の若々しい姿で三者三様の面持ちでいた。幸せそうだ。

 

なんだろうかこれは、夢でも見ているのだろうか俺は、だとしたら質の悪過ぎる酷い夢だ。

ひょっとしてあのクソガミのせいだろうか、失敗した俺に追体験の如く幸せだった皆が不幸になって行くのを見て、泣き崩れる俺を見てまた嘲笑いたいのだろうか。

もう、勘弁してくれ。こっちは過去転移魔術の失敗だけでも吐きそうなぐらい辛いのに、これ以上追い打ちをかけないでくれ、と叫びそうになったが、思考が止まった。

ソレは俺を見ていた。所作そのものは何気ない物だった。しかし、ソレは俺の知らない事だった、

体験したことの無い行動だった。

 

 

俺が俺を見ていた(・・・・・・・・).....。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーデウス視点

 

異世界に転生したと認識してから数日が過ぎておかしな事に気付いた。

正確には最初からその存在には気づいていたが違和感を覚えたのは最近だ。

 

最初は自分を除き祖父と父と母そしてメイドの裕福な四人家族かと思ったが、老人は誰とも喋らず時折今にも泣きそうな表情で家族を見ていた。

 

しかし、俺の事は嫌いなのかメイドのパンツを被ったり母親の胸を舐めようとすると異常とも言える眼力で睨み俺をギャン泣きさせた。

あんなゴミ以下のモノを見る目で睨まれれば誰だって号泣間違いなしだ、決して俺が泣き虫だとかそう言う話ではない。

 

しかし、メイドのパンツをいじった赤子を人でも殺せそうな眼つきで睨まなくたって良いじゃないか。それに赤子が母親のおっぱいを飲むのは義務だ、怒られるのは納得が行かない。がまぁそれはひとまず良い。

 

そう、違和感を覚えたのはその老人だ。

誰とも喋らないどころか、赤子である俺を酷い眼つきで睨んで泣かせても咎められ無いどころかスルーされている。

おかしな事だ、本来なら最低でも(お爺さん子供を泣かせないで下さい)ぐらいの注意を受けそうなモノだが、老人は何も言われず、それどころか俺が唐突に泣きだした、と安心される始末だ。

 

俺はようやく老人の正体に気が付いた。

 

「アナワハ ユウレイ レスカ」

 

書斎まで監視するかの様について来た幽霊(暫定)に語りかける。

この世界の言葉はまだ堪能じゃ無いし発音だってろくにできないが、何とか絞り出す。良くもまぁ生後半年でここまで喋れたと自分で褒めたくなるものだ。

そして、老人は少し驚いた様にしてから喋り始めた。

 

『驚いたな、本当に夢じゃ無いのかコレは』

 

そんな事を言った様に思う。何度も言うがこの世界の言葉はまだ完璧ではない。リスニングにも自信はない。

 

『まぁ、それもそうか。俺自身魔術も多少使えたし、オレもオレに反応していた。指定した時間も何もかも違うが…』

 

と一人ブツブツと俺を無視して考え込んでしまい、

『だが、まぁいい。どちらにしても失敗したのは変わらない。消えるまでこの風景を見て…』

 

一人自嘲げに呟くも、「いや待てよ」となにかしら思いついたのか口を不気味にニヤつかせ俺へと向き直る。

『ああ、とりあえずさっきの答えはそうだと言っておく。俺は死んで幽霊の様なものだ。

そんな事より折角書斎に来たんだ、文字の勉強でもしないか? それとも魔術でも教えてやろうか?』

 

そんな事を提案してきた。

 

 

 



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地雷

老人が最も信用していないのは自分ととある邪神だと思います。


老人の提案を聞き入れ色々な勉強会が催された。

普通のこの世界の国語に始まり、歴史そして数々の魔術を教わった。

生前は勉強なんざクソ喰らえと途中から全て投げ出して生きてきたが、不思議と続いている。

老人の教え方が上手いのか、それともこの世界の事を知るのが楽しいのか、はたまたこの体の物覚えが良いだけなのかはわからない。

多分その全てなのだろう。

 

そしてやはりというべきか、当然と言うべきか学んでいて一番楽しいのは魔術だった。

まず呪文の詠唱をして魔術を発動、そしてその感覚を体に覚えさせてから無詠唱で行うという練習を行った。

最初は2~3発で気絶していたが、慣れてくると6発10発とどんどん増えていき気付けば100では利かない数の水玉や石ころを作れる様になっていた。

老人曰く、魔術は体が幼いうちに多く使えば、使うほど魔力総量が増え、魔力切れを起こさない様になっていくらしい。

量が増えれば出来ることも増えていき、あっという間に基礎と呼ばれる6種の魔術を覚えた。

「なぁ、爺さん何で魔術って小さい水滴を作るより拳大の大きさの水を作る方が魔力消費量が節約できるんだ?」

そして、この老人も凄かった。ためしに魔術教本には書いていない事を聞いてみると、物凄く納得の出来る理論を分かりやすく教えてくれた。

 

『そうだな、大量の水の入った桶からほんの少しの水を垂らして水滴を作るより、ポットから水を出して同じ大きさの水滴を作る方が簡単だろ? それと同じで魔術ってのは腕の先端から作っていくものだから、どうしても拳大の物になるんだ』

 

ほらと、水桶からどうやってか拳大程度の水をシャボン玉のように浮かせて、そこから少し水を垂らす様に溢した。

『こうやって水出す量を調整するより、このまま落っことした方が簡単そうだろ?』

ボチャンと音を立てて水玉が水桶に落下する。

なるほど、分かりやすい。

そもそも、どうやって水を浮かせて居るのかとても気になるが、いつか教えてくれたりするのだろうか?

『だから、肩から腕を切り飛ばされると魔術が使えなくなるから気を付けろよ』

そう言いながら肩口をトントンと叩いて見せる。

切り落とされた事があるのだろうか…、あるんだろうな、老人の言葉には実感が籠もっているし、年齢のせいもあるのだろうがパウロ以上の歴戦の猛者だと物腰から感じる。

 

『あとこれも魔術教本にも載ってないからあんま人に言いふらさない方がいいぞ』

 

「一子相伝の極意みたいな話ですか?」

 

『ちげーよ、知り得ない情報を持ってると警戒されたり不気味がられるって話だ』

 

「なるほど、それもそうですね…」

 

この老人の事は相変わらず誰も知らないらしい。幽霊との事だったが、普通の幽霊ならば他の家族にも見つけられている筈だ。

そう、この世界では珍しくはあるが、幽霊、つまりレイスが存在して居る。

前世では、居る訳ねぇだろと心霊番組や自称霊能力者を嘲笑していたが、この世界では誰でもその存在を確認出来てその対処法まで確立されている…、と要約するとそう本に書いてあった。

しかし、この老人にはレイスの特徴は殆どない。強いて上げれば普通の壁をすり抜けるぐらいしかないし、意識もしっかりあり魔術まで使えるし、何より足がある。本当に幽霊なのだろうか…。

 

「生きていた頃はさぞや立派な魔術師だったんでしょうね…」

 

心の底から褒めたつもりだった。魔術教本にも載ってない事を知っていて、実戦経験も豊富。時々語られる経験談や知識についても驚く事ばかりだった。

何も知らない俺でもその経験が凄まじいものだと分かる。

しかし老人は真顔になった。オッドアイの両目がパチクリと俺を射抜いていた。

 

『俺が? 立派?? 愛する妻を救えず、愛する妻を傷つけた挙げ句戦地にまで逃げさせ、俺を生涯を掛けて愛してみせた女の真意にも気付けず、親友を守れず死なせ俺を見捨てず支え続けてくれた妹すらも無惨な死体にした俺が???

フヒっ…、フフフ…………アァッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ……!!!!!

 

面白い冗談だ!!

そんな奴より、戦場で気を抜いた馬鹿な息子を庇って死んじまった親父の方がよっぽど立派だ!!

そいつを差し置いて俺なんかが立派? クククッ、アアァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ !!!! 』

 

髪をグシャグシャと掻き回し嗚咽混じりに笑い、嗤い、嘲笑う。

 

自嘲する様に、自虐する様に、最後フザケルナと泣き崩れた。

 

 

「うぅえっと…」

あまりの変容に黙るしかなかった。数十年引き籠もっていた俺に掛ける言葉なんて無かった。

 

「すいませんでした…」

頭を下げて書斎を後にするしかなかった。

後ろから『ごめんな』とだけ聞こえた。

 

前に結婚とかしてたのかと聞いた時の反応によく似ていた。その時は『してたよ。でも二人共俺が馬鹿なせいで死なせちまったよ』と口元を歪め、止めどなく涙を流していた…。

 

 

 

 

 




ちょっとぶっこみすぎたかな? と反省中


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半壊

別に老人が嫌いな訳じゃない、普段の老人の話は面白いし、共感できる部分が沢山ある。

パウロの話す冒険のあれやこれは、聞いていて楽しくはあるが、恐ろしい部分が数多くあり憧れたりはあまりしない。

それに比べ老人が語ったオートマタの話は年甲斐もなく身を乗り出すほどワクワクした。いつか自分でも作ったり鑑賞したりしたいと、そう思った。

対照的に老人はつまらなさそうだったが、身を乗り出した俺を寂しそうに見ていた。

『俺も最初の頃は楽しかった。あいつらとオートマタの原型を見た時は心臓が高鳴ったし、ソレの研究も楽しかった…』

そしてまた遠い目をして次第に…

「あっ、すいません。そういえばどうして3種類以上の混合魔術って一人でできないんですか?」

 

俺は遮る様に質問した。前から気になっていたのだ、老人は黙ったままお湯を作ったり泥を作ったり出来るが、ソレはあくまで火と水でお湯を、土と水で泥を作っているに過ぎない。

色々な混合魔術を見せてもらったが、3種類以上の基礎を使った魔術は見たことが無い。

 

『ん? ああ、ソレは、腕が前に出力装置みたいな働きをしてるって言っただろ? 3種類以上だと腕が足りなくなるからだよ。それに無理に魔術を行使しようとすれば腕が骨ごと裂けたりするから人族にはほぼ無理だ』

浮かんでいた涙は俺の問いによって霧散した。咄嗟に聞いた問いだったがきちんと納得できる答えが返ってきた。

「な、なるほど…」

 

 

次第にオレは老人の一挙手一投足に目を配るようになっていた。

地雷を踏まないようにするようになり、踏んでしまっても無理矢理話を反らして老人の辛い話を切りあげさせる。

気が付くと老人の機嫌を伺うようになっていたのだ。

もう一度言おう、老人の事が嫌いな訳じゃない。

だが、やはり疲れる…。

 

そんなある日の事だ。

『外に出る気はあるか?』

 

何だろうか、いきなり老人がそんな事をのたまった。

「な、何言ってるんですか? 僕はまだ二歳の幼児ですよ? 勝手に外になんてでたら怒られてしまいますよ。それに外には怖い魔物がウジャウジャいて僕なんてあっという間に殺されてしまうかも知れないじゃないですか、それに────」

 

二歳には見えないであろう理路整然とした様な理屈を展開し老人を黙らせる。

俺の為に言ってくれた事だろうが家から出たいとは微塵も思わない。しかし、いつかは出なければいけない日が来るのだろう。しかし今日明日では無いはずだ、一年後とか二年後とか…。

そう考えていると、前世の事を思い出した。

後でとかいつかとか考えて物事を後回しにして、結局何もせずあらゆるモノに唾を吐くゴミの様な生き方をして見限られ追い出された。

嫌な記憶だ。

 

『そうか…、行きたくないならそれで良い』

 

少し落ち込んだ老人に申し訳ないと思いつつ、これ以上言及してこない事に安堵する。

 

『そう言えば外と言ったら、昔転移に失敗して魔大陸まで飛ばされた事があってな、そこで食うに困って巨大な亀を狩って食っていたんだが、それが固いは臭いはで死ぬ程不味くてな、土魔術で作った鍋で圧力をかけながら薬草で臭いを消して何とか食える物にしたんだ。

当時誰も俺に共感してくれる奴が居なくてちょっと寂しかったけど、今ではいい思い出だよ』

 

唐突に老人が語り出したのは珍しい事に辛く無い思い出話だった。魔術の指導以外で悲しくない話が出てくるとは驚きだ。

「そうなんですか、魔大陸ってどんな所なんですか?」

『自分で確かめろと言いたいところだが、そうだな、まず人族は殆ど居ないな、だから人間語も殆ど通じない。住んでる奴はトカゲまんまなのに完全に二足歩行してるやつとか頭と脚は馬の癖に腕と胴体は人間みたいな奴とか、まぁ色んな奴が居たよ。世間じゃ魔族って呼ばれてる』

 

ほらと本をサイコキネシス的にフワフワと持ってきて適当なページを開く。

 

「へぇ、不死身の魔王なんてのも居るんですね」

 

『アトーフェラトーフェとバーディガーディの2人が有名だな。アトーフェは馬鹿だ。言葉を喋れるが頭が筋肉で出来てるせいで話が通じない。バーディガーディは割と話が通じる。力なんぞより大切な物があるというあいつの言葉には今では共感しか無い』

 

「会った事があるんですか?」

 

『あっ、まぁな。昔ちょっと世話になった事がある』

しまったと言いたげな少し苦々しい表情をしてから、老人は喋るのを止めた。

何か言ってはいけない事でも言ったのだろうか?

魔王の話だしそう言うのがあるのかも知れない、と勝手にそう思った。

 

その数日後、いつも通りの時間に書斎に行ったが何故か居らず、自主練でもしようかとたまたま開いていた魔術教本の中級魔術を唱えたら部屋が半壊し、慌てて土魔術で直そうとしたが当然の様に間に合わずゼニス達に見つかったのだった…。

 




ちょっと無理矢理話を進めました。このままじゃ永遠と老人の昔話を続けてしまいそうなので…


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先生

前回誤字報告ありがとうございますm(_ _)m
筆がノッたので短いのと区切りが良かったのでもういっちょ投稿させていただきます


数日たった。

魔術の練習がバレた日、ゼニスは小躍りしながらうちの子は魔術の天才だとはしゃぎ、魔術師の家庭教師をつけようとパウロに提案したが、パウロは男の子だったら剣術を学ばせる約束だった筈だと反論し、軽い口論になったが、リーリャの午後と午前で分ければ良いのでは? という仲裁によって喧嘩は幕を閉じた。

 

はてさて今日はその魔術師の家庭教師が来る日だ。

パウロ達の話では、冒険者を退職した奴とか魔術学校で教鞭をとっていた奴とか、とにかく老人の様な奴が来るだろうとの事だった。

正直魔術に関しては老人の指導で事足りている感が否めない。家庭教師なんて金の無駄にしかならないと思うが、パウロ達に老人の存在を明かしていないのでどう説得すれば良いか分からなかった。

それに地雷だらけの老人に少し疲れていたのも事実で、新しい家庭教師というのに興味が出てきていた。

 

そして、結論を言おう。

 

止めなくて良かった!! と。

 

俺たちの予想を裏切って現れた家庭教師は青髪ジト目ロリ(中学生くらい)の美少女魔術師だった。

名を「ロキシーです。よろしくおねがいします」

そうペコリとお辞儀をする彼女に両親は驚いていたが、女の子の可愛さについても語り合う事のできる老人がその場に居なかったのが個人的に悔やまれた。

その後中庭で魔術をぶっ放して二人してゼニスの木をへし折ってゼニスから説教をくらったり、失敗して凹んでるロキシーを励ましたりロキシーの歓迎会をしたりとイベントがてんこ盛りだった。

 

「あれ? 爺さん今日ずっと見なかったけどこの部屋にいたのか?」

 

寝室に戻ると今日一日一度も見なかった老人がいつもの書斎ではなく俺の部屋にいた。

別におかしな事ではない。勉強を教えてくれる前までは、家の中を彷徨って洗濯場でゼニスが重そうな物を持とうとしている時得意のサイコキネシスもどきで手伝ったり。

台所でゼニスが気に入っているマグカップが落ちて割れそうな時も寸前で浮かせたりしていたのは記憶に残っている。

しかし、この一年では俺の目の届かない所に行くのはめっきり減っていた。

 

『ああ、ずっとこの部屋に居た』

そう答えた老人は何故だろう、元気が無い気がする。まるで一頻り泣き潰れて落ち着いた後の様な雰囲気だ、もしかして教師役を取られて悲しかったりするのだろうか。

しかし褒めたりすると、発狂した様に泣き崩れるので、老人に勉強を見てもらったほうが良かったか、なんて聞く気にはなれない。

ロキシー先生より老人を選ぶ様な事は言わない方が良いだろう…。

 

 

 

 

 



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激怒

ロキシーが家庭教師を始めて結構月日が経過した。

ロキシーは良い教師だと思う、カリキュラムに加え話し方も分かりやすく聞いていて楽しい物だ。

しかし、やはりと言うべきか、なんと言うべきか老人の型落ち感が否めない。

 

とある話で、スペルド族と呼ばれる種族に関してロキシーから、「非常に凶暴で怒らせたら家族を皆殺しにされるかも知れない」と言う説明を受けたのに対して、老人は『他のスペルド族には会った事が無いが、俺の知ってるデッドエンドの異名で知られるルイジェルド・スペルディアという男は漢の中の漢だ。子供に優しく正義感がちょっと行き過ぎな所があるが、少なくとも酷い癇癪持ちで凶暴悪魔的な存在だったりはしない』と補足された。

 

魔術に関してもロキシーは無詠唱が使えなかったり、魔術の魔力の消費理論に関しても、ロキシーはそういうものだと返されたり、極めつけに老人は魔術は万能で何でも出来るモノだという話に対してロキシーは「何でもはできない、できることをしろ」との事だった。

どこぞの委員長風に多少誇張したがそんな感じだった。

 

それに関しても老人からは『彼女の言っているのは詠唱魔術を前提としているからだ。無詠唱と魔法陣の併せなら魔力操作で時間だって遡れる様になる』との事だった。

 

そんなある日の事だった。

 

「ねぇ、ルディ、わたしの授業はつまらないですか?」

 

ロキシーがそんな事を言ってきた。

「え?そんな事ありませんよ、先生の授業は楽しいです!」

 

「そうですか、ならいいんですが…」

 

そう言ってロキシーは授業に戻った、あまり信用してくれて無いみたいだ。非常に悲しそうに思える。

しかし、言い訳はさせてほしい。

ロキシーが教えてくれる魔術の大半は既に習得しているのだから、知らないフリで通しているが不真面目に見えたのかもしれない、そこは反省しよう。

しかし、俺がロキシーの授業が楽しいと思っているのは事実だ。

老人の様に会話していて酷い地雷は無いし、世間一般的な魔術知識についても学べる、ソレは老人の極まり過ぎた知識により世界とズレが起きていた自分を見直すきっかけにもなった。

そして何より、可愛らしい美少女に勉強を見て貰うなんて夢の様なシチュエーションだと未だに心の中でリビドーがシェイクされているのだ、つまらない筈が無い。

まぁ、俺の息子も俺に似てまだまだ子供なのでひのきの棒になったりはまだしない。

 

その日の寝室にて…。

 

『オマエロキシーをバカにしているのか?』

 

老人がいつか見た、そう、アレはリーリャのパンツを頭に被ったりリーリャの胸に顔を埋めようとした時の顔に似ている。

しかし、その時の数百倍はブチギレているのは誰がどう見ても明らかだろう。

何せ、俺の眼前には威力が溜めに溜められたストーンキャノンがその発砲をギュンギュンと鳴き声を上げながら待機していたのだから…

 

BADEND…

 

 

 

 

と本気で殺しに来ていた老人は、賢明な命乞いと、ニート生活で手に入れたレスバ(りょく)によって、穏便に怒りを鎮めることに成功した。

特に「爺さんから教えてもらった部分に関して聞く事を怠ったのは僕の怠慢に他ならないです。決して、決してロキシー先生の授業を馬鹿にしている訳ではないのです!!」

と土下座で頼んでみた所でその弾丸を収めてくれた。

老人は小さく『俺のせいなら仕方ないか…』

と歯噛みしていた。

この様子では、つい先日鼠小僧して手に入れたロキニーパンツも見つかったら、ただじゃ置かれないのだろう。返したくは無いが…。

 

 



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尊敬

ロキシー視点

 

ルディは良い子だと思う。

水浴びを覗こうとしたり、スカートを覗こうとしたりで、スケベな事をして来るが、あの年の子供ならよくある事だろう。

しかし、ソレを抜きにすれば勤勉で真面目だ。剣術にだって手を抜かない、大人顔負けの知識があるのに驕りもしない。

今だってパウロさんとの訓練で3回転くらいしても、悔しそうにするだけで、投げ出そうとか不貞腐れたりとかの様子は見受けられない。

「はぁ…」

溜息が溢れる。

自分なんかがあの子に先生と呼ばれる資格があるのだろうか?

最近ではそう思う事が増えた、最初は3歳児に魔術理論が分かる筈ないと思っていた。

しかし、ソレは無詠唱魔術という一時期喉から手が出る程欲しかった技術を事も無げに見せつけられ、その優秀さに認めざるを得なかった。

その時は強がって「鍛えがいがありそうだ」なんて思ったが、ルディはわたしが教えることの殆どを知っていた、予め誰かに教えてもらっていた様に。口には出さないし態度も一見すると勤勉に励んでいる様に見えるが、大体の事は あっもう知ってます…、と関心を感じないのだ。

それなのに急に問題を出題してもスラスラと答えを言い当てるのだ。

所詮わたしの教えている事は、あの子が知っている事をもう一度復習させているに過ぎないのかもしれない。

ここ数年で培われたプライドは粉々に粉砕された。泣きそうだ。

 

この家、ひいてはルーデウスの役に立ちたい、役立たずのままでは終われない。

全てを賭ける思いで明日ルディに水聖級魔術を教えようとわたしはそう決意する。

 

 

 

 

 

 

 

ルーデウス視点

 

 

「ら〜らら♪ラー♪」

 

『…随分と嬉しそうだな』

 

「見てわかりませんか? 嬉しくて小躍りを踊っているんです!」

 

その日、俺はロキシーに水聖級魔術を教えてもらった。外に出る事を渋る俺に対して、大丈夫だと怖い物など無いと手を引いて馬に乗せ村の外まで俺の世界を広げてくれた。

いつかあの日俺は外に出ないのか聞いて来た老人とは大違いだ。

何故俺はロキシーをこんなしょぼくれた老人の下位互換等と失礼な事を思ったのだろうか?不敬な話だ。彼女は色々言った俺を見限る事なく外まで連れ出してくれた。

 

嫌な子供だったと思う、ロキシーは家庭教師として色々な事を教えてくれたが、大半の事は老人に教えられていた事だったので態度に見せたつもりは無い、が何処か素っ気ない態度だった筈。

じゃなきゃ授業がつまらないかなんて聞いてくる筈も無い。

なのに彼女は彼女のできることを最後までやり遂げ、俺の世界を広げてくれた。

 

こんな亡霊もどきと比べてはいけない、彼女はすごい人物で尊敬すべき人物だ。

 

『よく分かっているじゃないか』

 

本来なら老人も敬わなくてはいけない存在だろうが、老人は褒めるとキレるタイプのうえ、ロキシーは凄いと褒めて称えている俺を見てむしろ満足そうだ。

 

 



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考察

あけましておめでとうございます。
ちょっとした説明会です


アイツが外へ出掛ける様になった、ロキシーから貰ったペンダントと杖を持って村へ飛び出した。

 

基本的にアイツから離れられない俺だがアイツの家には入れるらしい。

俺自身にも俺が何処まで行けるか気になり、何時だったかアイツが寝ている間に村の外へ出ようとしたが気が付くとアイツの隣に転移していた。

昨日ロキシーに連れられアイツが外へ出た時もこっそりついて行ったが、これは上手くいきカラヴァッジョが死にそうになっていたのを間一髪で逃がす事ができた。

この家に縛られていないのも感覚でわかる。

やはり普通のレイスとは違うのだろうか?

アイツ以外には見えないようだし、アイツから魔力を吸っている感覚がある。アイツを依代にこの世界に居るのは確かだという感覚がある。

 

アイツが外へ出るとパウロに言うとパウロが「身体が弱いんじゃないかと心配してた」と言われ。

アイツはこの通り元気に育っている、心配するなと言ってると。「子供らしくないな」なんて苦笑されていた。

まぁ、中身 前世含めて38歳になるし仕方あるまい。

 

もう、よく覚えてはいないがそんな会話を俺もしていたと思う。

前世の年齢だけでもパウロより年上なんだと。

38歳児と呼べる様な精神年齢の癖に見下していた。

そこに日本という先進国で上等な教育を受けたせいでソレを助長させ、父親だと口では言っても認識はあの時になるまで無かった。

パウロとゼニスは優秀過ぎる息子から見下されているんじゃないか、と不安になってるのを今では分かる。

子育てなんて殆どした事ない俺でもそれが辛い事だという事は想像に難くない。

 

…思い出して悲しい気持ちが溢れてくる。

 

結局俺はただの殺人鬼だった。

父親として何かあの子にしてやった事は何もない。

母親を傷つけ奪って、復讐だ何だと言い訳を並べてあの子から逃げた。

そんな奴があの子の心配をする事すらおこがましいのだろう。

そんな子が産まれるかも知れない運命がもうすぐやって来る。

俺が居ない歴史では5歳になり水聖級魔術師になった俺が泥玉をぶつけられていた、シルフィを助けた所から始まり。

順調に好感度を上げ果には依存関係にまで発展し、別れた後もシルフィは俺を思い続けた。

その後転移事件に巻き込まれて、合計8年もの歳月が経っても忘れずにいてくれて、結ばれた。

あるいはそんな運命がもう起きているかもしれない。

あのクソガキ達がシルフィを虐めているのを見たら確実にアイツは助ける。それはさながら白馬に乗った王子様の様にそこに年齢は関係は無く関係は発展していくだろう…。

 

ロキシーやエリスとはどうなるのだろうか…。

 

 

未だに俺はアイツをどうしたいのか分からないでいる。

魔術師として既に充分過ぎる知識量を与えているし、これからも続けて行くつもりだ。

 

しかし、それでなんになるのだろうか?

 

いずれヒトガミに会い、ヒトガミの玩具のような人生を歩みゴミクズの様に死んでいく…。

ソレを防ぐつもりはあるが、俺の様にヒトガミとの闘争に発展し血みどろな人生になっても困る。

 

そして、そこにあんなに優しく可愛い彼女達や親友達が巻き込まれて良い筈がない。

 

今もヒトガミはアイツ、ひいては俺を見ているのかもしれない、見て、監視して、どこぞの蛇のようにニタニタと、もて遊ぶ準備をしているのかも知れない…。

…いやそれは大丈夫の筈だ。

 

もし本当にそうなら俺かアイツのどっちかに声をかけて来るはずだし、それならそれで警戒を促せるし好都合だ。

百聞は一見にしかず百見は一触にしかず。

アイツだって会えば絶対に警戒する。

 

もしくは俺やアイツを殺す為に使徒を用意しているかも知れないが、もしそうなら迎撃は出来る戦闘力や備えはある。

しかし、アイツや俺を殺したい程恨んでる奴なんて今の時代にいるはずが無い。

昔の俺じゃないんだからミリス教団やその他の冒険者や賞金稼ぎに命を狙われる筋合いは無い。

例えソレがヒトガミの差し金であってもだ。

 

 

だから俺はアイツにヒトガミの存在を伝えていない。

ヒトガミとの関係者だと誰かにバレたりしたら、それこそ昔の俺の様にヒトガミの関係者だと殺しに来るやつが現れるかもしれない…。

 

いや、ならいっそ、逆にヒトガミに恨みをもってる奴、特にオルステッドをおびき出す為に喧伝させたほうが良いのだろうか。

いや危険過ぎる、他に会う方法を考えた方が良いのだろうか?

ヒトガミはオルステッドが見えないと言っていた。オルステッドに会って自分は敵じゃ無いとアイツに伝えさせて。

ヒトガミジャマーの方法を教えて貰う方法を考えた方が良いのだろうか。

しかしオルステッドは神出鬼没だ。何処で会えるかなんて分からないし、オルステッドが良いやつかだって分からない。

七星は懐いていたが俺がヒトガミに騙された様に七星だって騙されていた可能性だってある。

オルステッドに会って助けてもらう事なんて出来るのだろうか、そもそもどうやって会うかだって分からない…。

 

未だになんの進展もなく、アイツの人生はつつがなく進んでいく。

それに俺が口出しをして良いのかも分からず魔術の腕だけが上がっていく。

 

しかしそれが思わぬ形でズレるのは数時間後の話だ。

 



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友達

ソマルの所の母親が怒鳴り込んできた。

俺は現場を殆ど見た事がないが最初はこんな感じだったらしいのかと感心した。

 

確かにソマルの目元には青タンが出来ていた。

 

事情を知ってる俺からすればあの母親はネット掲示板のヤベェ母親にしか見えない。

しかし、一方の主張を声高に叫ばれ迫真の演技で詰め寄られたパウロがその主張を信じてしまうのも分からないでもない。

 

パウロは息子の暴力行為を謝罪し二人は帰っていった。

 

しかし、こんな事をして彼女になんの得があるのだろうか?、彼女がパウロを好いているのは知っているが、貴方の所の息子に息子が酷い事をしただから責任を取って私を慰めてとか言うつもりなのだろか?

意味不明だ。

そんな事をするより、うちの子が貴方の所の息子に酷い事をしたと頭を下げ、うちの子はヤンチャで貴方の息子を見習わせたい、とか言って教育方法とか聞く名目でパウロの懐に潜り込んだ方がよっぽど芽がありそうなモノだが、そこまでは狙っていないのだろうか?

 

 

 

パウロは門前で少し思い悩む様にう~んと頭を捻っては考え、捻っては考えていた。

悪い事をした息子をどう叱ろうか悩んでいるのだろう。

ソマル達が帰宅して2~3時間程経過してアイツが家に帰ってきた。

 

ルンルン気分と言うのだろうか、中身40近くの癖に、ああ見ると年相応に見えるのだから少し面白い。

パウロは近づいてくるアイツに気付くと立ち上がり、仁王立ちしようとして眉を顰めた。

 

俺の記憶ではその後問答無用に怒鳴りつけられ、叩かれた。その後このまま素直に謝ればパウロの為にならないと自分の正当性を煽る様に言い放ち、パウロに頭を下げさせ、パウロは俺を優秀な息子と誤解した…。

 

 

しかし、パウロは眉を顰めた。

アイツ…の隣に居たシルフィの母を見て眉を顰めたのだ。

彼女もパウロに気付くと、うちの子を助けてくれてありがとうございます、とパウロに頭を下げていた。

その後シルフィの母がシルフィとアイツから聞いた事のあらましを説明していた。

 

集団で泥玉を投げつけられていたシルフィを庇い、投げつけられてくる泥玉を魔術で作った泥玉やら水玉で応戦し、助けてくれたうえ、集団を追い払った後も守る為に門限まで遊んでくれたと。

涙ながらに語った。

 

アイツ自身5歳にも満たない子供を一人で帰らせるのに抵抗があったからか、門限になった所をシルフィを家まで送り届け、その足で帰宅しようとしたが、同じ理由でシルフィの母に送り届けられたという感じらしい。

 

パウロは最初こそ呆気に取られていたが、すぐに事情を察して、アイツを褒めていた。

 

シルフィが虐めを受けていたのは周知の事実だ。

何回も止めるように周囲に呼びかけたが虐めは止まらずどうすれば良いか分からないとロールズが頭を抱えていたのをパウロは知っている。

シルフィを助けた、とその母親に涙ながらに言われれば誰が悪いかなんて火を見るより明らかだ。

 

危うくパウロは無実の息子を怒鳴りつける所だった、とこっそり安堵していた。

 

俺もあの誰も幸せにしない出来事が起きなくて良かったと安堵する。

 

「ただいま、爺さん、聞いてくれよ今日初めてシルフって友達が出来たんだぜ!」

 

とアイツは子供の様にはしゃいで今日の出来事を語り始めたが、とても中身がおっさんとは思えないと俺は内心で苦笑した…。

 

 

 

 

 



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彼の誕生日

毎度ながら誤字報告及び感想ありがとうございます


彼の誕生日

5歳の誕生日、それはこの世界では特別な意味を持つらしい。

 

 

 

5歳10歳15歳の誕生日は盛大に祝うモノなのだ、80やそこらになってもなぜその歳だけが特別なのか、その理由今も俺は分かっていない。

 

 

 

その日アイツが何やら床の上に木の棒や魔石をバラ撒いてうーんうーんと唸りながら、あからさまな様子でこちらをチラチラと見てくる。

 

 

 

『何をしてるんだ?』

 

 

 

一応聞いておく、何をしているかなんて見れば丸わかりだが、聞いて欲しそうにしているので聞いておく。

 

 

「シルフの為に杖を作ってるんだ」

 

『? 作り方知ってるのか?』

 

 

今なら多少分かるが、この頃に杖の原理を理解していた覚えはないし、俺が教えた覚えもない。

 

「分からないので教えて下さい」

 

 

即答だった。

 

バシッと音が立ちアイツが絶叫を上げながら床を転がり回る。

 

「い"い"い"い"い"い!!」

 

 

俺は土魔術で作った金属棒に雷魔術を纏わせ頭を叩いたのだ、さぞや痛かろう。

 

 

 

『最初から何でもかんでも人に頼るな…、少しは自分で悩んで解決する努力をしろ』

 

 

最近のコイツは俺を頼り過ぎて弛んで来ているのが分かる。

 

確かにコイツに魔術師として色々な事を叩き込んで教師の様な事をしているが。

 

それで自分で解決する能力を失い俺の人形になられても困るのだ。

 

 

「ウウゥ、シルフがもうすぐ誕生日らしいから、杖でもあげたら喜ぶんじゃ無いかと思ったけど、ロキシーから貰ったのをそのまま渡すのも良くないと思うし…」

 

そう言われると弱い、シルフィはもうすでにコイツを意識し始めている。

 

恋ってなぁに?な感じだが他人から見れば、コイツを好いているのは明らかだ。

 

そんな奴から手作りの杖なんて貰ったらきっとベッドの上で小躍りする程喜ぶだろう。

 

 

「ルディから貰った杖♪ ルディから貰った手作り杖♪」

 

なんて言ってシルフィのお母さんに「家の中で魔術は使わないでね」なんて窘められて…

 

そんな事を妄想すると自然と口角が釣り上がる。

 

もう彼女達に触れる事すら出来ない俺だが、彼女達が幸せそうにしているのを見るだけで幸せな気分になる。

 

それの礎になるのならもう少し位コイツを甘やかしても良いんじゃ無かろうか?

 

 

「泣きながら笑わないでくれ、怖ぇよ…」

 

気付くとアイツがドン引きしていた。

 

無論 涙を流しても床に水が滴り落ちる筈も無く、言われて今初めて泣いているのに気付いた。

 

やはり、感情の変化が涙を流しているようにコイツに見せているのだろうか。

 

少しバツが悪くなりで頭をポリポリと掻いて俺は溜息をついた。

 

『仕方ないか…』

 

「じゃあ、教えてくれるのか?」

『教えてやるが、あんまり俺をアテにしすぎるな、俺だって何時までこうしてられるか分からないんだぞ?』

 

 

「分かってますよ、でも爺さんそう言ってなんやかんや…」

 

分かってなさそうなのでもう一回電気棒を生成し…

 

「うわっ!! それはもう勘弁してくれ!」

 

 

と飛び退いた所を生成を破棄し、重力魔術で捕獲しグルングルンと縦横無尽に回転させる。

 

三半規管の限界に挑まされた、コイツは宙空でゲロを巻き散らかした。

 

取り敢えず宙に浮いたゲロで窒息されても困るのでゲロだけ外へ投げ捨てておく。

 

そう言えばシルフィの誕生日が近いと言う事はコイツの誕生日も一ヶ月後になるという事だ。

 

何か送っ…

 

『って、オイ待て お前そもそもどうやって、その素材用意した』

 

コイツはまだパウロから金を貰っていない筈だ、この数ヶ月で行商人が村に何回も来ているのは知っているが、金も無いのにどうやって魔術杖の素材を掻き集めたのだろうか。

 

 

ギクリと身体を硬直させて、露骨に目を逸らす、まるで後ろめたい事があるように。

 

『まさか盗んだのか!?』

 

真っ先に思い付いたのはそれだった、杖の部分はそこ等の木でもと思いそうだが、魔石がそこらに落ちている筈がない、魔石はどんな安物でもアスラ銀貨一枚になる、ソレを捨てる馬鹿はいない。

 

目玉位のサイズを3個も用意している、盗める技術が有るだけにあり得る話だ。

 

 

「いやいやいや!これは盗んでない!」

 

そう言って、魔術杖の素材全てを指差す。

 

『これは?』

 

「あ、えーと、前に人体の構造を教えてくれた時に作ってくれた、あの精巧な人形があったじゃないですかソレをちょっと…」

 

「セットで売ったらアスラ金貨2枚になりましたなんて…ハハハ」

 

 

頭が痛くなった、

 

そりゃ、女 子供に男の戦士の身体について詳しく教えるために、精巧に作ってレクチャーし役目を終えたが、そのまま消すのも忍びなかったので、てきとうに保管したがまさかパクって売り飛ばすとは思わなかった。

 

 

 

油断し過ぎた。

 

 

 

しかも金貨2枚って俺の処女作のロキシー人形の倍だ。

 

もう2回同じのを売ったらラノア魔法大学にだって二人で入れる。

 

 

 

「やっぱり駄目でしたかね…」

 

 

と少し申し訳無さそうな顔をみて弛みきってると思ったコイツより俺自身をどうにかせねばと思った…。

 

 

余談だがシルフィの誕生日に彼女がスカートを貰っているのを見て、その日ようやく彼女が女の子だとわかったらしい。

思わず「お前女の子だったのか」と言ってその場が凍りついたのは言うまでもないだろう…

 

 



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訓練

毎度なが感想及び誤字脱字報告ありがとうございます。




そうこうしているうちにアイツの誕生日になった。

数日前までシルフィに嫌われたと落ち込んでいたがパウロのアドバイスで事なきを得たようだ。

実際はシルフィが男だと思われていたのを凹んでいただけだと思うが、結果仲良くなったのだから良いのだろう。

その日、グレイラット家ではシルフィ宅の面々も迎えて、誕生日パーティーが開催された。

 

シルフィ宅と言ってもパウロが仕事を休む日なのでロールズも休むわけにも行かず、村の守衛として職務に勤しんでいる。

 

パーティーはやはり良いものだ、と記憶の彼方にある最後のパーティーすら朧気だ。

 

最後にやったのはエリナリーゼの懐妊パーティーだった気がするが。

いや、自動人形の完成を祝してザノバやジュリとの3人でやったモノだ。

 

 

プレゼントはパウロから記憶通り剣を2つと剣士たる者のなんたるかと言う蘊蓄を微妙な顔で受け取り、ゼニスからは植物辞典の本を貰いゼニスがドヤ顔でパウロに「私のプレゼントの方が喜んでくれてる」と喜び。

 

シルフィ達からは木の実のネックレスを貰っていた。

 

パウロがサプライズとしてロキシーから誕生日のお祝いが贈られてきたと木箱を渡され、はしゃいでいたのをシルフィが少しむくれていた。

 

可愛いなぁ

 

もはや猫とかの小動物をパソコンで見てる気分だ。

ロキシーの時もそうだったがロキシーやシルフィは見てるだけで幸せになれる。

パウロやゼニスがイチャイチャしてるのを見ているだけで嬉しくなる。

リーリャは未だにアイツへの警戒心が消えきっていないので、楽しそうにしているのを見れないのが少し残念だ。

 

しかし、それでもこの光景は美しい。

 

ロキシーから贈られてきたのは最近の進捗と迷宮で手に入れたと言う魔力結晶や魔力付与品が入っていた。

 

一瞬コチラを見たアイツと目が合ったが直ぐに逸らされた。

失礼な奴だ。

 

そのせいで皆がコチラを見たが、俺を認識していない皆はなにもない事を確認して首を傾げる。

アイツは元々変な奴と言われているので、今更虚空を見つめて苦い顔をしても、大した評価の変化はないだろう。

 

何にしても楽しい誕生日会だった。

 

叶わない事は知ってるが、この平穏が出来るだけ長く続くように神ではない何かに願った。

 

願わずにはいられなかった…

 

 

 

そして次の日から本格的な訓練が始まった。

 

剣の素振りや剣の型の練習に始まり、パウロとの打ち込みを半日程やって残った時間をシルフィへの授業や遊びに費やしていた。

 

何時だったかアイツが重い木の棒を持って走るだけでも3回転しながらずっこけてたのを、懐かしく感じながらその風景をシルフィの隣で眺める。

 

本格的な剣神流と水神流を学んでいるが剣神流をアイツが極める事は無い。

 

運動として以外にその訓練が意味を成さない事を俺は知っている。

或いは俺との関わりで多少なにかの変化があって闘気を纏えるようになってないかと期待したがそんなことは無かった。

やはり闘気の才能はアイツには無い、どうにかして纏わせれる様になって欲しいが無理だろう。

転生が原因なのか、それとも肉体のせいなのか俺には分からない。

もどかしく思う。

 

 





ちょっと私の勘違いでパウロとの打ち込みの稽古開始の時系列が狂っていたので修正しました。


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剣神と水神と妊娠

前回も引き続き誤字報告や感想ありがとうございます。


ゼニスが遂に妊娠した。

 

恐らく来年近くにノルンと名付けられる可愛い女の子だ。

つまり来月程にアイシャを身籠ったとリーリャが顔を青くしてその報告をしてくる。

その時はアイツが何とかする筈だが、本当に大丈夫だろうか?

一応保険をかけておこう。

 

『ちょっといいか?』

 

「爺さんから なんか言ってくるなんて珍しいな何か用か?」

 

この選択が彼女との出会いを阻害になるかも知れないが、それで彼女と出会わず終わるのなら、それでもいいのだろうとソレを口にする。

 

『お前の練習風景を見て思ったんだが闘気は纏わないのか?

闘気を纏わないでやっても意味なんてないだろう』

 

「闘気ってなんだ?」

 

そりゃ、そうだろうコイツはパウロからそんな話は聞いていない。

感覚派であるパウロはソレを無意識でやっている、ソレの名前すら曖昧かもしれない。だからパウロは彼女に任せた。

 

『闘気ってのは魔力だ、体に纏うイメージでやってみろ』

 

しかし、ソレを無くす事を俺は言った。

それはかつて知恵の魔王に言われた台詞と同じだった。

それは剣神流の才能がお前には無いと言う言葉だ。

剣神流の基礎は闘気ありきのモノだ、それが纏えないのだから剣神流の王である彼女に任せる理由が無くなる筈だ。

 

ぐぬぬと魔力を放出したり、どこぞの戦闘民族の様に唸るが当然の様に纏えない。

 

「どうですか!?」

 

『全然出来てないな…』

 

ガビーンという効果音が聞こえそうなショックを受けたようだが無視する。

 

『剣神流より水神流か北神流を学んだほうが良いんじゃないか?』

 

「父様に言ったら教えてくれるかな?」

 

『水神流ならリーリャに聞いてみろ、確か彼女の実家は水神流の道場だ、感覚派のパウロよりリーリャの方が分かりやすく教えてくれるだろう』

 

聞いてみろと言うとアイツは微妙な顔をした。

 

『あ、間違ってもリーリャに直で行くなよパウロにリーリャについてを聞いてから言えよ?

余計に警戒される事になるからな…』

 

「教えてくれるかなぁ、なんか俺嫌われてるみたいだしなぁ…」

 

 

と思うところがあるようだが、次の日には聞いていた。

剣術への関心はまだ失われていないらしい…。

 

 

そして、その一ヶ月後やはりと言うべきか、起きるべくして起きた、と言うべきか。

 

リーリャの妊娠が発覚し、アイツの説得で難を逃れたようだ。

 

 

 

 

ルーデウス視点

 

あの老人の助言を聞き入れリーリャに水神流について聞き始めた。

当初 彼女は通常業務を盾に断ろうとしたがパウロからの説得もありしぶしぶといった感じで教えてくれた。

 

ちょっと大雑把な感じでパウロ達ほど真剣な様子は見受けられなかったが俺が理解出来る程度には分かりやすく教えてくれた。

 

パウロの授業の3分の1程の時間を割り当てて教えてくれるようになった。

 

そんな、最中だった。

 

リーリャの妊娠が発覚した。

 

 

その時の光景は凄かった、俺とゼニスは犯人に心当たりしか無く、犯人は直ぐに白状した。

そこからはゼニスのパウロへの平手打ちに始まり、酷く陰鬱な空気が空間を支配した。

パウロは強制的に口を封じられ、ゼニスによるリーリャへの審問が始まった。

 

リーリャは全て正直に話して出て行く覚悟を決めていた。

その道が自分の死に繋がる事を覚悟しながら…。

 

しかし、それが良いはずがない。

リーリャには数々の恩がある、ロキシーのパンツに始まり日常の家事に水神流の授業、これで恩に思わない薄情者にはもう、なりたくない。

 

そう思い必死に俺はゼニスの説得に当たった。

 

とは言っても全てパウロのせいにしたが許して欲しい。

老人からは何の助言もなく俺の頭ではそうするしか無かった。

 

 

 



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王級魔術と進歩の有無

リーリャの妊娠発覚から数ヶ月が経過し、2人は難産や早産を無事に乗り越えて、子供を出産し平穏な日々が続いた。

 

今日も今日とて早朝にノルンとアイシャの面倒を見てリーリャから水神流について聞きパウロに敗北し、シルフィと遊んでノルンとアイシャと遊んで深夜に老人の魔術の授業を受け一日を過ごす。

 

その甲斐もあって俺はパウロから学んだ元々の研鑽もあり人より少し早く水神流初級の認可を得たがもう半年も前の話だ。

 

 

「なぁ、爺さんアンタより魔術が上手い奴ってどれくらいるんだ?」

 

『? 結構いると思うぞ?』

そう言って老人は指を折り始めるが3本程で指が止まり。いや、しかしあの分野でなら俺は勝てない、と呟いて指を折り進め両手が埋まる。

 

『10人以上は居るな…』

 

ぜってぇ嘘だ。

多分純粋に老人より魔術が上手いのは最初の3人だけだろう。老人の一挙手一投足を見張りながら生きてきて、この世で最も老人の表情を理解している俺には分かる。

まぁ、この老人が見えるの俺だけだけど。

 

『何だ、いきなりそんなこと聞いてきて、挑むのか?』

 

殺されるぞ と老人は苦笑する。実体験だろうか?、彼自身が殺されかけたのだろう。

無論そんな恐ろしい事をするつもりなんてない。

 

「いや、ロキシー師匠から手紙を貰ってさ、もっと先に進むなら他に勉強する方法とかあるのかなぁって」

 

最近の老人の授業は中級魔術や初級魔術の威力アップや魔術操作の訓練ばかりで、飽きてきた訳じゃ無いが自分自身に進歩を感じられない。

 

居住まいを正して老人に頭を下げる。

 

「なぁ爺さん、王級魔術を教えてくれ」

 

老人からはキックが飛んできた。

思わぬ素手の攻撃に回避が遅れその場でグルングルンと何処のハイパーヨーヨーかよ、と見事な回転を宙空で踊ってからベッドヘ着地する。痛みは驚くほど無かったが目が回った。

 

「幽霊の癖にどうやって物理攻撃を…」

 

いつの間にこの老人は物理攻撃の手段を手に入れたのだろうか、この老人の成長もシルフィのように留まる所を知らない。

そのうち帽子と後髪の境界線が曖昧な男子高校生のスタンドの様に時を停めたりするのだろうか。

成長性Aなのだろうか。

 

『物理じゃ無い 只の混合魔術だ』

 

メラゾーマじゃ無いメラだ、という魔王の文言が頭をよぎった。

魔王…、はっ!

まさか今のが実は王級魔術クラスの魔術とでも言うのだろうか!

その証拠に老人は出来栄えに感心した様に頷いている。

 

「王級魔術って実は地味なんですね…」

 

『は? 今のが王級魔術なわけ無いだろ』

 

「デスヨネー 重力魔術の応用ですかね?」

 

最近、重力魔術で遊ばれすぎて三半規管が丈夫になってきた気がする。

と言うかさっきの論法からすると王級魔術どころか上級魔術じゃ無くて初級魔術だ、という話になる。

 

『あぁ、重力魔術と風魔術を同時にやったら出来た、そっちなら教えてやる。

と言うか何でいきなり王級なんて望んでるんだお前』

 

「いい加減次に進みたくって…」

 

『それで王級か、王級なんて身に付けて何処を目指してるんだ』

 

「えーと…」

俺は最近停滞気味の授業に不満を言わない様にしつつ、周りの進みが尋常じゃない程早く感じる事や自分自身に成長感じなくなってきた事を打ち明けた。

 

『要は俺とリーリャの授業は飽きたし、パウロには勝てないのに、シルフィエットの成長と何故か俺の成長に焦って来たのか』

 

「ちがッ…、くない…です、はい。」

 

ドストレートな物言いに色々言いたいが、ぐっと堪える。こういう時何やかんや言いつつ老人は解決案を出してくれる筈だ。

 

『とは言ってもなぁ、まだ次に行く段階じゃ無いんだよなぁ』

 

しかし、老人から出てきたのは現状維持という対案だった。

 

『そんなにバカスカ新しい技術を取り入れたって仕方ないだろ? 今は魔術に関しては地固めの期間なんだよ』

 

確かにそうかも知れない、この間作った戦闘中パウロ ジオラマはアスラ銀貨5枚になった。

相場はわからないが商人が凄いと褒めてくれたので鼻高々だ、あれも魔力操作あってのものだろう。

老人の言う通り王級は少し早かったかもしれないな、なんて思った。

 

しかし、なんだろう。

結局俺はそう言われるまでに進んだが何処に向かえば良いのだろう、まだ俺の体は7歳程度だ。世の中でどのくらいモノが出来るだろうか?

迷宮とか冒険者はまだ怖いし、俺にはまだ早そうだ。

取り敢えずそれらはプランcくらいにして、俺は魔術師としてではなく、人としてどれくらい成長したか挑戦してみるべきではないだろうか?

 

 

老人視点

 

さて、どうしたものだろうか?

俺の影響なのか現状に対して飽きてきたのか不満を言う様になって来たと思ったらアイツがパウロに仕事がしてみたいと言い出した。

 

 

 

 



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シルフィの処遇

毎度ならが誤字脱字等あると思われますが宜しくお願いします。


ルーデウス視点

 

さて、こんにちはこんばんはプリティマジカルボーイ、ルーデウス グレイラット7歳(41)です!!

今宵も悩めるファン達からの質問をバッサバッサと解決していこうと思います。

まず最初のお便りはこちら、シルフィエットさん7歳からのお便りです。

 

「ルディ何処かに行っちゃうの?」

 

はい、可愛らしい質問ですね。

ウルウルと小動物の様に震えているのがまるで子リスのようで愛らしいですね。

何故か返答しづらいですが、ここは正直に言いましょう。

 

「…ちょっと村の外で俺の実力がどれくらい通じるか試してみた────」

 

抱きつかれ、押し倒された。

女の子特有のふんわりとした甘くて優しい匂いが鼻孔を撫でた。

「し、シルフィエットさん?」

 

「い、や、いや……いや!」

 

シルフィの腕に苦しいほどの力がこもり、俺を抱きしめる。

 

え? なにこれ!? ドッキリ?どうすればいいの?

抱き返して良いやつなの?

童貞の俺には例え幼女でも刺激が強いよ?

 

何も言わない俺に、シルフィは何を感じたのか……。

 

「い、いか、行かないで…ヤダ、やだよ、ルディ」

そう言ってシルフィは泣き出した。

とりあえず頭を撫でて、背中をさすり、ついでにお尻に手が伸びるのを、いやいやパウロじゃないんだからと自制。

 

意を決して手を背中に戻してをギュッと抱きしめて、身体の全面でシルフィの感触を味わう。

暖かくて柔らかい。

 

髪に顔を埋めると、やはりいい匂いがする。

 

ああ、いいなぁ、コレ、柔らかくて、ふわふわしていて、まるで仔猫の様に俺を占領しようと、何処かに行かない様にと、離れようとしない。

 

可愛いなぁ…

 

「ひっく、やだよぉ、ボクをおいて行かないでないでよぉ……」

 

 

ぐしゃぐしゃに泣き腫らした瞳で我に返る。

「あ、ああ…」

 

ああ、そうか…

 

最近、シルフィは午前中からウチに来ることも多くなった。

午前中にうちの庭で、嬉しそうな顔で俺の剣術の稽古を見て、魔術の練習や勉強をする。

そんな生活を送ってきた。

一日中、一緒にいる相手がある日いなくなったらどうなるか。

そんなの簡単だ、一人ぼっちになる。

 

魔術であのガキ達を退治出来たとしても、何も変わらない。

嫌われているという事実は変わらない。

 

俺だけが、彼女に好かれている。

 

これは俺だけのものだ、俺がずっと一緒にいれば一人じゃない。

 

支配欲、庇護欲、独占欲、頭にあるのは彼女を離したくないという欲望だけだった。

 

しかし、どうしたモノだろうか、パウロには剣の道場が近くにある所で何か出来る場所を探してみると言われたが、シルフィも連れて行ったりしたら怒られるだろうか…?

 

提案だけでもしてみよう。

 

 

 

提案したら思いの外あっさり、パウロは許可をくれた。

「もし連れて行きたいなら街でもシルフィエットをずっと守ってやる事ができるか?

 

約束するならシルフィを一緒に連れて行っていいようにシルフィのお父さんに便宜を図ってやる」

 

と言われた。

意外だ、絶対に反対されると思ったのに…。

 

そう、思いながら部屋の中でボーっとしていたら、老人が声をかけてくる。

 

『あんな約束本当に守れると思っているのか?』

 

そんなに難しい約束はしていないだろう。

何をさせて貰えるか分からないが、シルフィを助手とでもして一日一緒にいれば、変な奴が来ても俺が追っ払えば良いだけだ。

 

「出来ますよ…」

 

『ハッ、無理だな、お前は約束を守れない男だ、いざと言う時に、絶望した時に、お前は自分自身の為に一番大切な約束を破って大切なモノを傷つける、お前はそう言う奴だ』

 

老人は軽蔑した様な目を逸して、そう吐き捨てた。

予想以上にキツイ言葉だった…。

普通なら不愉快になるだけの言葉が何故か重みを感じさせた。

胸をど真ん中に突き刺して、抉ってくる様な重みがあった。

この老人に俺の何が分かると言うのか、この7年間真面目に過ごして来たのに何故そういきなり邪険に扱われなければいけないのだろうか。

 

訳が分からない…

 

その日から暫くの間、老人は何も喋らなかった。

こちらから喋りかけるのはもちろん、夜の魔術授業も無くなった。

ただ黙って、俺を睨んだり、パウロを睨んだりして老人は過ごしていた。

 

そして、ある日パウロ宛に手紙が届いたと思うと、家の前に馬車が止まり、中から筋骨隆々なナイスガイと言いそうになる獣耳を着けたネーちゃんが出て来た。

そのネーちゃんはパウロと2,3言葉を交わすと少し離れて、パウロが俺に声をかけてきた。

 

大方この人の所で仕事をさせて貰える事になるのだろう。

少しすればシルフィも来るだろうし、全て順調に事が進んでい───。

 

 

 

「シルフィエットを連れて行って良いと言ったな。

あれは嘘だ」

 

パウロが鬼と化した。

 



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vsパウロ

書けたってかより予め書いてました。
今日少し前にこの話の前の話があると思うのでそちらからお読みください。


少し時間を数秒前へ遡る

 

 

「なぁ、ルディ悪いんだがあのハナシ無かった事にしてくれないか?」

 

「あの話?」

「シルフィエットを一緒に連れて行くってハナシ──だ…!!」

 

殺気

 

そして、踏み出される一歩と繰り出される一太刀

 

俺は即座にパウロと俺の間に爆風を引き起こして距離を稼ぐ。

が失敗。

パウロは爆風に怯みもせず風圧で逃げた俺を追いかけ一閃が振り下ろされる。

 

が辛くもコレも回避、目眩ましにもならない爆風はやめて風の単独魔術で俺自身を吹き飛ばしたのが活きた。

十数メートルもの距離が稼げた。

そしてここからが俺の独壇場だ

俺は重力魔術で体を軽くして同じ手法で距離を稼ぎ直してパウロの足元に泥沼を生成する。

 

3つ一緒にすると腕にヒビが入るのであくまで順番にだ。

 

着地と同時にパウロも泥沼から脱したがもう遅い。

 

俺はパウロを重力魔術で浮かせて動きを封じた。

 

例えパウロが木剣を投げて来ても対応出来る。

 

そして、パウロが魔術を使えるなんて聞いたことがない。

 

俺は勝ちを確信した。

 

あとは2,3秒かけてストーンキャノンを撃ち込めば俺の勝ちだ。

 

と、ふと俺は少し昔の事を思い出した。

 

昔といっても転生してシルフィと友達になって間も無い頃の事だ。

 

いい加減ウザったくなってきたガキどもにちょっとビビらせてやろうとその辺にあったパウロの幅以上ある巨木にストーンキャノンを撃ち込んで見せてやると、思いの外威力があったのか巨木が吹き飛び、俺は慌ててヒーリングをかけて元に戻したのだ。

 

その結果その日からガキどもは俺たちに近づかなくなった。

 

パウロも剣技で同じ事が出来るだろう。

 

あの鋭い剣で魔物を斬り捨てるようにあの巨木を真っ二つに出来る。

そしてパウロも同じ事をされ当たったら真っ二つだろうその巨木のように…。

 

 

 

もしかしてコレ、撃って当たったらパウロ死ぬんじゃね?

 

 

 

 

 

 

 

パウロ視点

ルディの為、シルフィの為と泥を被る覚悟でルディを襲った。

ちょっと本気で怖がらせて、父の威厳を見せてやるかと本気で踏み込んだ。

 

しかし、ルディはそれにすぐに対応した。まず最初に俺との間に爆風を発生させ、ルディ自身を吹き飛ばす事で俺との距離を稼ぎ、俺があわよくば怯めば良いと使ったのだろう。

しかし、そんなのには見慣れている、爆風如きで躊躇するほど俺の修羅場の数は安くない。

 

爆風を身体で切り裂く様に進み、切り込む。

次の魔術は爆風は無意味と悟ったのか真横へ衝撃波を発生させ、俺の一閃を避けるために俺との軸をズラすのに利用した。

 

振り被り、振り下ろせば当然立て直しの為に時間を要する。

もし、これがパーティ戦ならルディの仲間から援護が入るタイミングだ。

 

しかし、ルディは単独の魔術師 まだヤれる。

そう思ったが次の瞬間片足が泥沼に突っ込んだ時のように地面に吸い込まれた。

 

一瞬ヒヤリとしたが、即座に生きてる足に力を込めて泥沼から脱しルディに突っ込もうとして、今度こそ背筋が凍りついた。

 

足に力が入らなくなった。

正確に言えば次の一歩目の足が地面を蹴らなかった。

地面が氷の様になったのでも地面が全て泥になったでもなく。

俺自身が地面から浮かされていたのだ。

 

浮いた高さはルディの身長の半分にも届かないだろう。

しかし、それでも地面との距離は絶望的で踏み込みすらままならない状況に追い込まれた。

 

走馬灯の様に今までの経験を思い起こして対処方法を模索するが該当なんてあるはずが無い。

 

詰んだ。

 

このままストーンキャノンを撃たれて敗北する。

まだ十歳にも届かない息子に無様に敗北する。

 

 

 

しかし、握りしめていた木刀が独りでに動いた。

 

木刀はグルリと俺の身体を反転させる様に動き、地面へ向いた。

 

なんでも良い、今はそれを利用しない手はない。

地面に着けないなら剣を足場にすればいい。

 

俺は余力で剣を地面に突き刺しそこからルディへ飛び掛かる。

 

作成中だったストーンキャノンがやぶれかぶれに発射されるが、左手で打ち払い左手が逝った。

 

しかし、右手はまだ生きている。

 

「嘘だろっ!?」

 

驚愕を露わにしたルディを右手の拳で殴りつけた…。

 

 

「クッソ…」

 

と敗北を噛み締めた男の歯軋りがした。

 

負けた。

完敗だった。

 

ルディを殴りつけた拳を思わず地面に叩きつけて、敗北を痛感する。

 

正直叫びながらゴロゴロと地面を転がって、穴があったら入りたい程の羞恥心に襲われている。

 

俺はルディに敗北した。

 

 

気絶した息子に、未だに健在の俺を見て俺の勝利だと思う奴は多いかもしれないが、断言する。

 

これは俺の敗北だと。

まず泥沼の魔術の時点で相手がルディではなく例えば別の魔術師だったならヤられていた可能性がある。

あそこまで動けたのはルディならやりかねないと油断せずにいれたからだ。

 

極めつけはあの浮かされた魔術だ。

他人から見たら俺が即座に対応したように見えただろうが冗談じゃない。木刀を操った奴がそう見せただけだ。

 

そして最後。

 

最後ルディはストーンキャノンを放とうとしていたが、もっと威力がある奴を撃たれていたら地面に転がっていたのは俺だろう。

しかもあの瞬間ルディは躊躇していた。

本気で石砲弾を撃ったら父親を殺してしまうかも知れないと、一手遅れていた。

その判断が遅れずに石弾の作成が間に合っていれば俺を負かすことなんて簡単だった筈だ。

 

そして何より…。

ルディは最後まで木刀を使わなかった。

その事実が俺の心臓を締め付けた。

 

「やっぱり、ルディ剣術嫌いなのかなぁ」

 

そんな愚痴が自然と溢れる程度には今の試合は俺にとって不様なモノだった。

剣の師として、剣士として、親としても酷すぎる結果だった…。

 

「もっと強くなんねぇとなぁ」

 

心からそう思った。

 

ともすれば血飛沫を上げながら複雑骨折した左手を直す所から始めよう。

 

「母さんちょっと、ヒーリングかけてくれ、左手がさっきから痛くてなぁ…」

そんな情けない声を上げながらゼニスに頼んだ。

 

その数十分後ルディを縄で縛り上げている所をシルフィエットに見せつけると、無詠唱魔術を使って襲いかかってくるが、全てを叩き落として彼女にスキをつくる。そして何とかロールズに説得させた。

 

もし、シルフィエットがルディと一緒に来ていたら間違いなく敗北していただろうと思うとぞっとする。

 

「じゃぁ、息子を頼むぞギレーヌ」

 

「わかった、何処までやれるか分からんがやってみようと思う」

 

 

そうしてルディを乗せた馬車はロアへと旅立った。

 

息子よ強くなれ、こんなやり方間違ってるのなんて百も承知だがこのままにしておけば、シルフィエットもお前も幸せにならないだろう、それをこのままにしてはいけない。

 

お前なら7大列強にだって成れる必ず。

この俺の息子で、もう俺より強いんだ。

お前はこんな片田舎で終わっていい器じゃない。

 

何時だったかお前は俺が強くて尊敬してると言っていた。

あれは或いはお世辞だったのかも知れないが、その言葉が俺は嬉しかった。

今回謎の力を借りて勝ってしまったが次はお前にも勝てるぐらい強くなって見せる。

だからお前はそんな俺を嘲笑うようにおまえはもっと強くなれ。

 

 

「あと、オレに華を持たせてくれてありがとな…」

小さく誰かも分からないナニカにお礼を言うと、ソレを打ち消すように一陣の風が去っていった…

 

 

 



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リーリャ

急遽執筆したので話としてチグハグな部分が多く雑です。
色々気になる所が多く出て来ると思われますが許していただけると幸いです


ルーデウス様が行ってしまった…。

 

彼には命を救って貰ったのにろくに恩返しも出来ず行ってしまった。

しかし、彼は優秀な子だ。また力をつけて戻ってくることだろう。

 

 

彼が産まれて間もない頃、彼 ひいてはこの家が

恐ろしくて堪らなかった事を思い出した。

 

そう、あれは彼がハイハイを出来るようになってからの話だ。

 

 

彼は当初余り泣かない子で身体が弱いのかパウロ達は心配していたが動ける様になって

家の中を徘徊し様々な場所に居た それ自体におかしい事は無い、赤子が何にでも興味を持つのは当然の事だ。

 

しかし、ルーデウスはおかしい。

まず、笑い方がおかしかった。

ニタニタと何時ぞや色目を使ってきた頭から足の爪先まで脂ぎった大臣の様な笑い方をして、抱き上げれば不快な鳴き声を上げながら胸に顔を埋めようとしてくるのだ。

余りにも気色悪く、思わず地面に投げ捨てたくなる衝動が湧いてくるほどだった。

 

そして、興味を持つ物も気色悪かった。

洗濯前の私の下着である。

ルーデウスは気が付くと私のパンツやブラジャーを握りしめているのだ。

見つける度に不快感が募り次第に私は彼から距離を置くようになった。

 

今思うと、かなり過剰な反応だっただろう。

赤子相手にどうしてそこまで嫌悪の感情を抱いたのか正直わからない。

 

そして、同時期にこの家の中で奇妙な事が起こり始めた。

ことの発端はルーデウスが時折その行動を止めて赤子の様に泣き出す事が始まりだった。

 

私の下着を掴みながら大泣きしていたり。

私の胸に顔を埋めようとすれば唐突に虚空を見上げ泣き出したり。

ゼニスからの授乳中に泣き出す事もあった。

 

当初はその行動に普通の赤子らしいところもあるもんだ、と感想を抱いたが、ある日私が濡れた洗濯物を運んで足を滑らせ転びそうになった時の話だ。

 

まだ、不自由になった足に慣れきっておらず、調子に乗っていつもより少し多くの洗濯物を運んで居ると、足の力が入らなくなり、転びそうになると突然洗濯物の重量感が無くなり、転びかけていた体に奇妙な浮遊感を覚えると気が付けば両足がしっかりとバランスが取れる体勢になっていたりと、摩訶不思議な事が起きる様になっていた。

 

釜の火の入りが良く無い時、薪が湿っているのか確認していると、急に火が安定したり。

 

雨が続き洗濯物の乾きが良くない時、目を離しているうちに気が付くと洗濯物が乾いていたりと様々な事が起きた。

 

そしてゼニスにも似た事があったらしく、ゼニスが落とした食器が着地寸前の所で静止し割れずに地面に着地した事があったと話してくれた事がある。

 

 

 

私は確信した、この家にはナニカが居ると。

 

見えないナニカに守られている様な奇妙な感覚を覚えたが、人は見えないというだけでも恐怖を覚えるのだ。

今は友好的でもナニがキッカケで襲い掛かってくるか分からないと、怯えながら過ごした。

 

 

そして私は見てしまった。

書斎に潜りこんだルーデウスがナニカと喋っているのを…。

音は何故か聞こえなかったが唇の動きや表情の動きが明らかに会話している人間のそれだった。

しかも本が宙に浮き、誰かが読書しているかの様にペラペラとページがめくられ、時折ルーデウスにそのページを見せる様に本が移動するのだ。

教育を施しているのは誰がどう見ても明らかだった。

 

パウロにその事を伝えるか何度も悩み、そもそもパウロはルーデウスかこの家にナニカが憑いているのに気づいているのだろうかとも思ったが、恐ろしくてそんな事は言えなかった。

 

それがナニカの逆鱗に触れる気がしてならなかった。

 

そうこうしているうちにルーデウスは中級魔術を部屋の中で放ち部屋を半壊させた。

あのナニカはルーデウスに魔術の危険性を教えたりしなかったのだろうかと疑問に思っていると、ゼニスがルーデウスに魔術の教師をつけようと提案したので、魔術の危険性を学んで欲しいと打算的に私もその案に賛成した。

 

そして、現れたのはロキシー ミグルディアという魔族の少女だった。

正確には私達より歳は上で少女と言える年齢では無いのだそうだがまぁ良いだろう。

彼女は吟遊詩人が詩の題材にする程優秀で水聖級魔術師だ。

きっとルーデウスに色々教えてくれるだろうと思っていたら、しかしルーデウスはロキシーをあっという間に追い越してたった一年、いやナニカの教育を含めれば三年程で最年少で水聖級魔術師にまで成長した。

 

やはり、恐ろしく感じた。

 

 

ある日の事である、情欲に負けてパウロを部屋に誘い出して行為に及んだ数日後の事だ。

ルーデウスが私に水神流を習いたいと頭を下げてきたのだ。

何故?

このタイミングで?

もしかして、あの日の事を見られていたのだろうか?

もし、断ればどうならかなんて火を見るよりも明らかだ。

恐怖を感じながら了承すると、「ありがとうございますリーリャさん」と頭を下げられたが長年の忌避感から少し大雑把になりながら水神流の授業をした。

しかし、ルーデウスはどこまでも真摯だった。

邪険に扱っている私から真剣に水神流を学び、パウロとの訓練を思い出しながら水神流について合理的に学んだ。

彼の魔術の習得スピードと比べれば、かなり遅いと思うが昔自分の道場にいた人達と比べれば平均的な速度だ。

パウロの様な感覚的なモノは殆ど無く、型の一つ一つを丁寧に噛み砕いて飲み込む様に覚えていった。

 

 

 

そして、私の妊娠が発覚した。

 

 

 

その日の事を私は忘れることは無いだろう…。

 

「父様はリーリャの弱みを握っています」

 

むしろ、私の方がパウロの弱みを握っていると言っていいのに、この子は何を言っているのだろうか…。

困惑している私を置いてルーデウスは的確に会話を誘導した。

私とお腹の子供を守る為に必死にゼニスを説得してくれた。

 

「悪いのは父様です、それにリーリャのお腹の子も僕からすれば弟か妹です!」

と必死の説得もあってゼニスは怒りの矛先をパウロへと向けて私を許した。

許されざる事をした私を許したのだ。

ルーデウスが許す様に懇願したのだ。

打算があったのかもしれない。

水神流の教師を失いたく無いと。

しかし、私程度の水神流の教師なんて街に行けば直ぐに見つかる筈だ。

邪険に扱わず、きちんと授業を施してくれるちゃんとした水神流の教師がいる筈だと彼なら気づいていた筈だ。

なのに彼は実母を傷つけた私を救ってくれたのだ。

実の父親を悪役に仕立て上げてまで。

 

不気味だと言って避けてきた自分が恥ずかしい。

 

彼は私達の命の恩人である。

尊敬し敬うべき人物である。

最大限の敬意を払い、死ぬまで仕えるべき人物だ。

 

母娘共々誠心誠意お支えしようと私は堅く誓った。

 

 

そしてルーデウス様が旅立ってから見えないナニカの気配も家の中から消えてしまったのでルーデウス様に憑いて行ったのだろう。

五年後ルーデウス様が帰って来たらナニカさんにもお礼を言わせて貰おうと、そう思った。

 



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離別

正直殆ど原作通りなので飛ばしても良いがしましたが一応…


ガタガタと気分の悪くなる不規則な振動で俺は目を覚まし、まず一言。

「コンチクショウメ」と思わず歯軋りした。

 

 

勝ったと思った。

 

最後のあの一瞬ストーンキャノンを使わずに別の魔術を使えば勝てたのかは分からないが…。

 

「剣を足場にするとかマジかよ~」

 

 

パウロに殴りつけられた頭をさすり敗北を痛感する。

正直叫びながらゴロゴロと地面を転がってから、穴があったら入りたい程の羞恥心に襲われている。

丁度木箱に入ってるしもう少し不貞寝しようかと思ったが、ガタリと大きな音と揺れで我に返る。

 

ここはどこだ。

 

家じゃ無いのは確かだ。

 

木箱から這い出て周りを確認すると、少し豪奢だが狭い小部屋の様な場所に木箱が置かれその中に居る状態らしい。

窓からオレンジ色の夕日が差しこんでいる所を見ると、もう夕方らしい。

 

後方を確認するとパウロと話していた筋骨隆々な獣耳褐色美人さんが俺を見ていた。

 

この人に売られたのかな?

 

いや、流石にパウロもそんな酷い事はしない筈だ…。

取り敢えず話かけて様子を探ろう。

 

「どうも、こんにちはルーデウス グレイラットです、こんな格好では何なのでこの縄を解いても良いですか?」

 

「パウロの息子にしては礼儀正しいのだな」

 

「母様の子ですしうちのメイドが色々教えてくれたんですよ」

「なるほど…、あたしはギレーヌだ、とりあえず縄は解いてやろう」

 

「あ、いえお気になさらず」

俺は火魔術で縄を焼き切り縄を解いた。

「…さすがだな」

 

何が流石なのだろうか、ただ無詠唱で火を着けて縄を焼き切っただけだ…。

などと無自覚系強キャラごっこなんてしない。俺は無詠唱魔術が希少な技術だという事を理解している。

しかし、俺はジェントル、謙遜だけしておこう。

 

「いや〜、それほどでも〜」

 

どこぞの嵐を呼ぶ園児の様に後ろ髪を掻きながらニヤケながら言ったが、俺も嵐を呼べるし肉体の年齢も近いし問題ないだろう。

 

「正直あの時お前が勝ったかと思ったぞ」

 

「いや〜、僕も勝てると思ったんですけどねぇ、

やっぱり父様には敵いませんよ」

 

「そう言うな、パウロ相手にあそこまで追い詰めた魔術師を見たことが無い、自信を持て」

 

「それはどうも…」

 

そう、会話しているとギレーヌが何かを思い出したようにそのキレイな灰色の獣耳をピクリと動かし、懐から一通の手紙を取り出し、俺に手渡した。

 

「パウロからの手紙だ、あたしは字が読めんから読んで聴かせろ」

 

「わかりました」

 

俺は手紙を開けて、ギレーヌに言われた通り読み始めたが、長くなるので割愛する。

要約すると。

この手紙を俺が読んでいる頃にはパウロは死んでいるという事や、それが冗談であるという事。

そして目の前のこの女性が剣王でパウロより強いらしく、これから俺に剣を教えながら、俺は彼女ともう一人ワガママなお嬢様とやらに、勉強や魔術を教える事になっているという事が綴られていた。

その随所随所でギレーヌを煽り散らかす文言があり彼女の怒髪天を衝き、俺が冷や汗をかく事になった。

 

そして最後に、5年間の帰宅禁止とシルフィへの手紙のやり取りを禁止すると書かれていた…。

 



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お嬢様の暴力

はい、どうも実の父親に殴り倒され、寝ている間に縄で縛られた挙句ダンボールモドキみたいな木箱に詰め込まれて馬車で貴族の邸宅ヘドナドナされた少年、ルーデウスだよ。

 

 

 

パウロから貰った手紙では我儘なお嬢様と筋骨隆々な褐色系獣耳尻尾のお姉さんに勉強を教える仕事を紹介してくれた、という話だった筈だが…。

 

「下ろしなさいよ!!

アンタ!!こんなふざけた事してどうなるか分かってるんでしょうね!!」

 

何故俺はそのお嬢様を重力魔術で浮かせて魚の様になったお嬢様の観察をさせられているのでしょうか…。

 

「いや、だってお嬢様ソレ解いたら殴りかかってくるんでしょう?」

 

パウロには呆気なく破られてしまって不安だったのだが、ひとまず重力魔術が彼女に効いて良かったと安堵しておく。

 

一応雇い主であるフィリップに色々確認しておこうと思ったが、既にこの場を後にしていた。

説明責任を放棄し俺に全て丸投げし自室に戻ったのだろう…。

「はぁ~~」

溜息を一つ吐いて俺は痛む身体に治癒魔術を唱えて治した。

 

「ガァアアアAAA!!」

その様子に怒りが頂点に達したお嬢様が咆哮をあげた。

さて、どうして俺はこんな獣に頭を悩ませているか一時間程を時を戻して確認してみよう。

 

 

「そんな…馬鹿な…」

 

シルフィとの連絡を断たれたショックで膝をついた俺だったが、確かに最近の行いを鑑みると確かに共依存関係になりかけて、いい状態では無かったかもしれない。

俺はそれでも良い気がするが他の大人達からすれば良いことではないだろう、そう思うと妥当な裁定だと思い直すことにしよう…。

セルフメンタルリフレッシュを行い平静を取り戻している間に目的地であるお屋敷に着いた。

屋敷に着くと、待っていた執事さんにフィリップさんを紹介され、俺の生徒となる予定のお嬢様の所へ連れていかれたのだ。

 

名を エリス ボレアス グレイラット

 

鮮血の赤猿姫と名高い、獰猛な獣である。

 

2,3言葉を交わしただけで平手打ちをされた。

結構威力があり痛い。

理由は年下のくせに生意気だからだ、だそうだ。

人の痛みが分からないのだろうか?

と同じ位の威力で平手打ちしてやると、時が止まった。

ギシリと鉄が悲鳴を上げる様な鋭い歯軋りと共に的確なボディブローが入った。

バランスを崩した俺はあっという間に地面に叩きつけられ彼女の膝で両腕を封じられ身動きも封じられた。

 

「誰に手を上げたか、後悔させてやるわ!!!!」

 

殴打。

右頬、左頬に鼻面、額に眼球付近に撃鉄の様に拳が降り下ろされた。

 

爺さん!ジーさーん!!!助けて!!Gさーん!!

クッソ!あのクソジジイ大事な時にはいやがらねぇ!!

いつもそうだ、あの爺さんは俺が本気で悩んでいる時は手を貸してくれない、自分で解決しろってか!?

やってやろうじゃねぇかこの野郎!!

 

「トリヤァ!!」

 

と俺は奇声を上げながら風魔術の衝撃波と重力魔術を駆使して彼女の動きを封じ、冒頭に戻る。

 

 



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夜襲

さて、あいつがボレアス家に招かれてから数時間、流石のエリスも大人しくなり静かな夜が訪れた。

 

悪鬼も眠る丑三時、されど獣は眠らず、動き出した。

 

自らの領域(テリトリー)を侵した高慢な獲物へ牙を研いだ。

 

無様に、無謀に、無防備と化した獲物を仕留めようと狩りを始める。

 

俺はその気配を察知し、思わず呆れた溜息を吐いた。

 

『おい、今すぐ起きることを勧める』

 

ベッドでスヤスヤと寝息を立てている獲物へ声をかけておく。

生態系とか色々考えると、あまり褒められた行為では無いが、人類種は生態系から離れていると言われているし、俺の過干渉は今更な話だ。

 

「ん、ん〜 何だよ。爺さ…、じいさん!?」

 

久しぶりにコイツに声をかけた気がする。

シルフィの処遇が気に入らず、しばらく口をきいていなかったが、これからの事を思うとそうもいかないだろう。

 

『起きたなら、寝たフリでもしながら扉に注意を向けておけ』

 

「何だよ急に現れてまた…」

 

状況をよく分かっていないにも関わらず、すぐに俺の言葉に従い寝たフリを開始する。

随分と俺の事を信用している様子に、パウロの件もあり少しバツが悪いが今はいい。

 

 

そして、音を殺した足音が鳴り響いた。

 

 

 

扉が音もなく開き、暗くなった部屋に廊下の光が大の字の影を伸ばしながら差し込む。

獲物の眠りを起こさないよう、哀れな獲物へ殺気塗れの獣の爪が突き刺さ━━

 

「うわぁああああ!!!!」

 

る、寸前に飛び起きた獲物が、振り下ろされた木刀を躱した事によって惨劇は回避された。

 

しかし、狩りが終わった訳では無い。

 

「なんで起きてんのよ!アンタ!!」

 

思わぬ対応に獣が声を荒げた。

 

「お、お嬢様!?」

何が起きているのか把握しきれていない獲物は狼狽しながら獣の固有名称を叫んだ。

思わず口に出しただけで何の意味も無かった。

なんでこんな事を! だなんて言わずもがな だからだ。

獣を怒らせた。それだけでこの夜襲の理由は充分だ。

 

獣の勢いは止まらない。

鮮血にして赤き獣と呼ばれたエリス ボレアス グレイラットの剣は止まらない。

 

「ガァあああ!!」

 

咆えた獣が上段から木刀を獲物の首へ振り下ろす。

 

「やられてたまるかぁ!」

 

しかし、獲物は腐っても水神流初級者にして全属性上級超えの天才魔術師、獲物は土魔術で生成した急造の棒切れで木刀を受け止めた。

殺気だらけのこちらを舐めきった乱雑な木刀を受ける事は容易だった。

しかし、返す暇もなく2、3と激しく打ち込まれる木刀を受け止めていくうちに、棒切れと木刀に次第に亀裂が走り始め、遂には両方とも砕け散った。

 

「チッ」

「嘘でしょ!?コレ人の骨より硬いんですよ!?」

 

剣が無いなら拳を使う。

パウロの様に失った剣の代わりに拳を構えた獣に獲物は声を上げた。

 

「お、お嬢様、この不毛な襲撃を続けるなら僕にも考えがあります!」

 

「なんですって?」

 

話を聞く位の慈悲か知性があったのか獣の拳が止まる。

 

「僕は寝ながらでも、あの浮かせる魔術を使えます。流石にこの意味分かりますよね…」

 

何故かこっちを見ながらコイツはそう言った。

俺にかけろと言う事だろうか…、まぁ別にいいんだが…。

しかし、確かにそれは交渉材料として有用な筈だ。

昼に隠れながら見ていたが、重力魔術で拘束されたエリスは無重力下で文字通り暴れ回ったせいで数分でグロッキー状態になってしまったのだ。再びああはなりたく無いだろう。

「…チッ、…わかったわ」

 

そう忌々しげにエリスは言うと部屋から立ち去った。

「覚えてなさい…」

そう、呪いの言葉を残して…。

 

その言葉に震え上がったコイツは早急に部屋に土魔術で作った鍵の様なモノをかけて、窓にも網戸の様なモノを取り付けてから俺に代わりに警戒してくれと頼んで就寝した。

 

30分にも満たない時間だったが濃い30分だった様に感じる。

 

そう言えば昼間にエリスを叩きのめした家庭教師は夜襲にあって最終的に辞めていったと遥か昔に聞いた事があった。

昼間の重力魔術が相当腹に立ったのだろう…。

俺の知るエリスも昔はそういう女だった。

気に入らない事が有れば直ぐに癇癪を起こして殴りかかって言う事を聞かせる。

そういう女の子だったと聞かされた。

教えてくれたのはアルフォンスさんだったか獣族のメイドさんだったかフィリップさんだったか、もう憶えていない。

 

みんな死んでしまった。

 

アルフォンスさんはフィットア領で再会したが他の人には会えなかった。

 

……結局俺はどうすれば良いのか分からないでいる。

俺はロアに来てあの赤い珠を見つけてしまった。

 

 

あの地獄の様な災害は起きるだろう。

 

どうすれば良いか俺には分からない。

 

泣きそうだ。

 

 



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初めての命のやりとり

ルーデウス視点

 

さて、どうしたモノだろうか、エリスに勉強の大切さを理解させる為に狂言誘拐を仕組んだ筈が、エリスを必要以上にボコボコにしたりと様子がおかしい。

男達の話を盗み聞いてみる本気で売り飛ばす先の話をしていたりと、本物の誘拐事件に発展しているようだ。

しかし、だからといってやる事が変わる訳でもないし、予定通り魔術や学術を駆使して街まで帰ってきたのだ。

 

油断してエリスから目を離したほんの数秒で連れ去られた。

視界の端に路地へ消えていく赤い髪を反射的に追いかける。

ジグザグな路地ならこの世界の人間特有の車の様な爆速は出ない。

何とか逃げ切られる前に追いつき土魔術で人攫い達の行く手に壁を作った。

 

「すいませんが、その子を放して貰えませんか?」

 

「チッ、やっぱメンドクせぇヤツだな、そのまま帰ってりゃ良いものを…」

 

「オイ、あんまり油断すんなよ、情報じゃ重力魔術使うらしい」

 

「流石にガセだろ、重力って王竜の固有魔術だぞ?」

 

ヒソヒソとコチラを警戒しながら作戦を練り始める。

何処から漏れたのか俺が重力魔術を使えるという情報まで伝わっているらしい。

この様子では油断を誘って倒す事も難しいだろう。

 

「───どうでもいいだろ!? そんなん!!」

 

と思ったら、エリスを抱えた大柄な男が突然激昂した。

 

「クッソ、だからあの時見張りしとけって言ったんだ!! この木偶の坊」

 

「──んだと!!」

 

仲間割れだろうか、今にも掴み合いが始まりそうな雰囲気だ。

明らかに注意がコチラから外れてスキだらけだ。

エリスを取り返すなら今かも知れない。

 

俺はフロストノヴァで地面と共に三人組の足を凍らせ身動きを封じ、水と火の混合魔術で水蒸気の煙幕を発生させた。

狭い路地にあっという間に霧が立ち込め、視界を曇らせる。

「なぁ!!何だよコレどうすんだ!!」

 

「うるせぇ!!今考えてんだろうが!!」

 

大柄の男が驚愕の声を上げ、仲が悪いのか小柄な男と大声で喧嘩を始める。

 

俺は自分の身体に重力魔術をかけて身体を軽くする。

浮き過ぎないように調整しながら、週刊少年ジャンプのイタリアマフィアの十代目の様に後方へ手をかざし、風魔術を推進力に利用し霧の中を滑る様に突っ込む。

 

視界は悪いがエリスを抱えた男の位置は覚えてる。

ウィンドスライスで男の腕を切断してエリスを解放しても良さそうだが、この霧と今のスピードで照準がズレでもしてエリスにあたったら元も子もない。

ここは男の象徴にストーンピラーを当てて痛みで悶絶しエリスを放すことに賭けよう。

 

風魔術を切りその後は慣性で進みながら、地面に右手を当ててストーンピラーの準備を始めようとしたら、思わぬ場所に影があった。

 

「ハッ、テメェ馬鹿だろ」

 

濃霧の中、冷淡に光る目を見た。

 

何故か大男の後ろで凍りついていた筈の細身の男が、大男の前まで移動して俺を待ち構えていたのだ。

そして、細身の男が構えているのは水神流の型の一つだ。

 

誘われた。

 

さっきの喧嘩も俺の攻撃を誘う為の演技だ。

 

そう、瞬時に理解した。

 

 

水神流には攻撃を仕掛けさせる為の話術があるとリーリャに忠告を受けていた。

 

今声をかけて来たのはソレだ。

 

魔術の気配を察したのか細身の男の剣が振り下ろされる。

その寸前で、生成途中だったストーンピラーを俺めがけて発動した。

顔面に叩き込んだせいで首ごと頸椎が折れるかと思ったが、重力魔術で軽くなった俺の身体にダメージは入らずゴムボールの様に後方へ吹き飛んだ。

 

「チッ、逃げんのかよ」

 

細身の男の剣速はパウロ程速く無い。それどころか夜襲に来た時のエリスとどっこい位だろう。

吹き飛んでる最中で見えはしなかったが、もしエリスより数コンマでも剣速があれば殺されていた。

そしてたとえ剣が遅くとも魔術を回避に使わず攻撃に使っていたらそのまま殺されていた。

 

……殺されてばっかりだなおれ。

 

取り敢えず無傷で間合いから逃れたが、立ち位置がふりだしに戻ってしまった。

今の一連でエリスを救出できなかったのは不味い。

このままエリス救出に時間がかかったら、男達を拘束している氷が溶け始めて霧の煙幕が晴れて俺だけが相手の位置を分かっているというアドバンテージが無くなる…。

 

それに、何であの細身の男が無事なのか分からない。大男の影に隠れて見えづらかったとはいえ、確かに手応えはあった筈だ。

 

「おい、いい加減コッチのも溶かしてくれ。足の感覚が無くなってきた」

 

と小柄な男が声を上げたのを聞いて、俺の脳裏にロキシーと老人に教わったレジストという言葉がよぎった。

そうだ、灼熱手でも何でも簡単な火系統魔術を使えば当たり前だが氷を簡単に溶かす事ができるのだ。

細身の男が火系統魔術を習得していたなら細身の男が無事なのにも説明がつく。

さっきの喧嘩は俺の油断を誘うのと同時に細身の男の詠唱を隠す役目も担っていたと考えれば合理性すら感じる。

 

小柄な男が自由になる前に無理にでも攻めるべきか?

 

超火力で攻めれば制圧は簡単だろう。

しかし、それにエリスが巻き込まれるのは火を見るより明らかだし、それに結局は暴力で解決…。

いや、事態はもうそんな事を言っている場合じゃない所まで来ている。

 

「ちょっと待て 今やる━━」

 

と細身の男の詠唱の声と魔力の気配を感じる。

このまま、拘束を溶かされて一人でも敵の人手が増えればこっちがヤられるのは時間の問題だ。

 

重力魔術であの細身の男の動きを封じるか?

いや、この狭い路地ならパウロの様に剣を使って跳んでくる可能性がある。

ファイアボールも切られて終わりだ。

ストーンキャノンも意味が無いかもしれない。

中遠距離の弾丸の様な攻撃はどれも決定打に欠ける。

 

電撃の魔術はどうだ?

氷に電気が通らないのは知っている。

だが氷の表面についた水なら通るのでは無いか?

 

だがこの濃霧だ。エリスの服の湿り具合で彼女も多少巻き込まれるかも知れない。

しかし、死んだり、消えない傷を負うまでにはならない筈だ。

足元が乾いてるのを確認し霧と氷のお陰で出来始めた水に手をかざす。

電撃(エレクトリック)…!!」

 

紫色の電撃がその魔術の基となった雷光(ライトニング)の名の通り光の速度で溶けかけた氷の表面を走り抜け、発動と同時に男達の野太い悲鳴が上がったのを聞き、俺はさっきと同じ手法で飛んだ。

 

さっき初めてやったが直線距離なら走るよりよっぽど速いし足音も出ないしで、思った以上に利点が多い事に気づいた。

 

しかし、それでも感づくのが水神流だ。

 

「このガキがァ!!」

 

電撃に巻き込まれて所々焦げ付いた細身の男が演技ではなく本気で激昂していた。

怒りと痛みで我を忘れ、剣を振り回すように乱暴に剣を抜き払おうとしているが、相変わらず攻めの剣速は遅いし電撃の影響で更に鈍くなっている。

反射神経と危機察知能力がいくら優れていても攻撃がコッチより遅ければ意味が無いない。

電撃(エレクトリック)

予め用意していた光速に走る電火が細身の男を再び襲った。

「グァアアアアア!!!」

 

細身の男が真っ黒な煤だらけになり、口から煙を吹きながら倒れた。

最後に感電して痺れた大男からエリスを離してミッションは完了した。

 

 

「無事ですか?お嬢様」

 

「えぇ、お陰様でねっ…」

 

と言いながら恨めしそうに普段の何倍かと鋭くつり上がった瞳を俺に向けてきた。

よく見ると彼女の服や肌にも少し火傷した跡があり、やはり彼女も電撃に巻き込まれてしまったらしい。

 

この様子では家庭教師の話は流れたかもしれない…。

 

いや、そんな事より彼女に治癒魔術をかけるほうが先だろう。

 

「申し訳ありません、お嬢様…僕の技量ではこんな形でしかお嬢様をお助けする方法を思い付く事が出来ませんでした…。今、治癒魔術をおかけします。神なる力は芳醇なる糧、力失いしかの者に再び立ち上がる力を与えん、ヒーリング」

 

流石治癒魔術というべきか初級でもエリスの火傷はあっという間に引いていく。それを見て俺はホッと安堵の溜め息を吐いた。

これでこの誘拐事件も終わった。

後は屋敷に帰るだけだ。

 

これで家庭教師の話が流れたらどうしようか考えただけで憂鬱だ。

パウロや爺さんになんて言い訳をしよう…。今度は先行きに対して深い溜め息を吐いた。

 

その溜め息に呼応するかの様にギシリと歯軋りの音が嫌に良く聞こえた。

一瞬エリスかと思いエリスの方を見たがエリスの方からでは無い、音の方向は凍りついた男の…。

 

バリンという音とともに俺に衝撃が走った。

 

「よくも散々コケにしてくれたなこのクソガキガァア!!!」

 

俺の首を片手で絞めつけながら俺を壁に叩きつけて濁り血走った目で俺を睨み付けていた。

小柄な男が氷を打ち破って来たのだ。

 

とっさに左腕を動かし風魔術を発動させエリスを吹き飛ばして逃がした。

 

「逃げて下さいお嬢様!!」

 

親指以外の指が指の付け根ごと切断されていた。

 

「ヒッ…」

 

「いい加減にしろこのクソガキが…」

 

ドスの効いた手の痛みを忘れる程の恐怖が俺の頭を支配した。

落ちた指が男の足元に転がり踏み躙られていた。

あれでは治癒魔術でくっつける事も出来ない。

 

「生かすのはやめだ」とゆっくりと剣が俺の首に突き刺さる。

 

皮を突き破り、血が滲み、次第に深く、滴り喰い込んでいく。

 

1秒が無限に感じられるほど思考が加速していく、そして目の前の男は1秒もかけずに俺を殺すのは簡単な筈だ。

わざとだ、ゆっくりやって俺をなるべく長く生かして殺すつもりなのだ。

 

恐怖で足が震え呼吸が乱れる。

これから来る痛みと恐怖に思わず目を瞑った。

 

そして唐突に首に刺さった剣が抜け、カランと音を立てて落下し、次にドサリと何かが崩れ落ちる様な音が嫌に鮮明に聞こえ恐る恐る目を開けた。

「え?」

 

首が無かった。

 

そこにさっきまであった筈の小柄な男の頭が、ソレが代わりだとでも言うかのように首の付け根から血が噴き出していた。

俺の顔に生暖かい鮮血が浴びせられ、男の体は力無く地面に倒れていった…。

 

「無事か? ルーデウス 」

 

声をかけられ、男から目線を外すとそこにはギレーヌがいた。

 

結論から言えば俺は助かったらしい…。

 

電撃の音や男達の悲鳴は彼女の耳にも届いていたのだ。

ギレーヌがまだ生きている細身の男も殺そうとしていたので、事件の重要参考人として生かしたまま連れて帰って、フィリップさん達に引き渡した。

 

家庭教師の話も流れるかと思ったがエリスからOKっぽい返事を貰ったのでそのまま老人が待つであろう自室へ向かった。

 



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初めての命のやり取りの後日談

マジか、と思わず開いた口が閉じ無くなった。

 

ある日の夕方か、早朝だかに泣きそうになりながら帰って来た。

驚いたのはアイツの左手の親指から上の部分、つまり人差し指から小指の部分を失って帰ってきたのだ。

 

上級治癒魔術で傷口は塞がれている様だが、『どうした、大丈夫か?』

 

「大丈夫なように見えますか?」

 

少し考える。

左手と言えば転移迷宮でヒュドラ戦の時や帝級クラスの剣士に斬り落とされた時の事を思い出す。

ヒュドラに受けた傷はザノバとクリフの力で何とかなったが、聖級治癒魔術を覚えてからは自分で治せる様になってからはそういう事とは無縁になったのを覚えてる。

 

『大丈夫じゃ無いか? オレが成人して間もない頃に2ヶ月程左手の手首から先が無いまま暮らしてたが、二人目の妻の助けも有ってまぁまぁ生活できたな…』

 

「俺に嫁の助けが有るとでも?」

 

結婚どころか童貞の俺に助けなんてねぇ、とコイツは非難の目を向けてくる。

 

『タダの小粋なジョークだ』

 

と冗談で場を温めるのに失敗すると「ん…」とコイツが左手を俺に差し出してきた。

 

『なんだ? 上手く治癒魔術が掛けれてるか見て欲しいのか? 』

 

と指の無い手を診察するが綺麗に塞がっている。

 

「いや、治して欲しいんですけど…」

 

『…なに言ってんだオマエ、そんなの俺に治せるわけないだろ?』

 

「は、え?」

 

『確かに生前はそれぐらい治せたが、今の俺はキチンとした声が出せないから詠唱魔術が出来ないんだ、そして俺も治癒魔術は詠唱しなきゃ使えない、この意味分かるよな?』

 

「つまり…、俺の左手はずっとこのまま…、ってコト!?」

 

『覚えるかフィリップさん達に頼め、覚える気が有るなら教えるから』

相変わらず俺に頼ろうとし過ぎるコイツに頭を悩ませながら拳を握る。

 

「サー イエッサー」

 

その様子に即座にビシリと指の無くなった左手で不格好な敬礼をしてくる。

包帯すらしていない指の無い手を見ると妙に痛々しい。

この世界では珍しくない光景だが、やはりコイツが子供の姿をしているのもあっていい気分では無い。

一瞬パウロの最後の時の事がチラつき嫌な気分になり、舌打ちを一つして本題に入る。

 

『で、何があった? そんな怪我して帰ってきて…』

 

予想はついているが一応聞いておく事にする。

 

「実は───」

 

と語りだしたのはやはり、概ね予想通りの話だった。

 

エリスに勉強の大切さを理解させる為に狂言誘拐を仕組んだが、執事の裏切りによって本物の誘拐事件に発展したのだ。

しかし、だからといってやる事が変わる訳でもないし、予定通り魔術や学術を駆使して街まで帰ってきたのだ。

そこまでは俺も同じ経験をした。

しかし、俺の時と違ったのは相手が三人だった事だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 



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授業の一幕

 

 

 

「はい、では残念ながらシュヴァインさんはレッドフードコブラに丸呑みにされてしまいました…」

 

そう言ってルーデウスは戦士シュヴァインの死を告げた。

 

周りに沈痛な空気が流れる。

 

シュヴァインは良いやつだった。

両親と死に別れ、愛していた恋人とも幾多もの誤解が重なり道を違えても絶望せずに頑張っていたのにこんな最後とは…。

 

「すまんな、あたしの魔術がもっと早ければシュヴァインは死なずにすんだかもしれん…」

 

確かにあの場でギレーヌが詠唱をもっと早くに唱え始めていれば間に合っていたのは事実だ。

事前に通常の魔術師は詠唱に時間がかかると伝えていたが、その時間の管理が出来なかったのは客観的に見てしまうとギレーヌのミスだ。

無論ソレを責める者などここには居ない訳だが。

 

「い、いえ頭なんて下げないでください、ギレーヌ!」

 

そしてシュヴァインと呼ばれていた犬耳のメイドさんは軽くだが頭を下げようとしているギレーヌを慌てて止めた。

 

「それに、この戦士さんはルーデウスさんが用意してくれた、さ サンフル?キャラクターですので気にしてません! 私の方こそ良い出目がでなくてすいません」

 

「サイコロは所詮運だ、お前のせいではない」

 

このままだと謝り合戦が始まりそうなので、俺も謝っておこう。

 

「そんな事を言ったら一番悪いのは僕ですよ。

もっとやりやすいシナリオを考えるべきでした。

折角の2回目の冒険なのに死なせてしまってすいません。

しかし、ギレーヌのキャラはまだ生きています。冒険を続けますか?」

 

「ふむ、シュバインの為にもやり直すか…」

 

「私の事は気にしないでください、このゲームはギレーヌの勉強の為に有るんですから」

 

「何でしたら最後までやった上でシュバインを復帰させるのも良いですよ?」

 

 

「まぁ、赤蛇相手にどこまでやれるか分からんがやってみよう」

 

「分かりました、ではサイコロを振って出た目の合計とレッドフードコブラの装甲と体力の計算をしましょう」

 

と俺達は三人で和気藹々と地球でTRPGと呼ばれたゲームを楽しみながら計算の練習として続けた。

 

さて、何故こんな事をしているか説明せねばなるまい。

あの誘拐事件から一ヶ月経過し、辛くも家庭教師としての職を確保した俺だったが早々に非常に危うい立場に陥っていた。

エリスが、授業を聞いてくれないのだ。

算術と読み書きの授業になると姿をくらまし家庭教師としての本分が全うできない。

 

いくら俺が諭しても逃走し、追い付いても俺を殴り倒してから逃走し、罠を張ろうが待ち伏せしようが俺を叩きのめして、どこかに潜伏し魔術と剣術の授業だけ顔を出した。

幾ら授業構成が俺の自由とはいえ一番大切な読み書きと算術を一切していないのは俺の首が危ない。

 

老人に相談した所『やる気の無い奴に幾ら言っても仕方がない、勉強ができないとどれだけ苦労するか体験談でも聞かせるか、勉強そのものに興味をもたせるかだな』

とアドバイスを貰ったが、もっとアイデアが貰えないかとチラ見し続けてみると、思いの外呆気なく老人からアイデアを出してくれた。

交換条件付きだったが…。

 

『俺に魔力結晶を買ってきてくれ、それならアイデアを出してやる』

 

と言われたので、俺は早速市場に行き言われた通りに出来るだけ買ってきた。

あんまり多く買うと魔力結晶と共に市場の不興も一緒に買うので、日付を分けて不興を買わないようにチビチビと買ってきたが、老人は満足そうにしていたので問題は無いらしい。

 

『悪いんだが、これからも定期的に魔力結晶を買ってきてくれ。量はオマエに任せる』

 

との指令を受けたのでソレも了承する。

むしろ、こんな事で老人の役に立つなら楽な事はない。

と少し得した気分になっていると、じゃあ本題だと老人が一拍子置いてアドバイスを出してくれた。

 

『エリス・ボレアス・グレイラットが勉強を嫌がっているのは退屈でかつ問題が解らないからだ、コレは分かるな?』

 

「はい」

 

『だったら退屈を解消して、何なら取り敢えず今は解らなくて良いと思わせればいい』

 

「それはおかしく無いか? 勉強は解ってこそだろう」

 

『今は勉強したい、とか勉強って楽しそう、とか思わせるのが良い、今のエリスは勉強なんて分からない、要らない、嫌い、って感じだから今は興味を引いた方がいい』

 

「興味って言ったって…」

 

あのお嬢様が勉強って楽しそう!なんて言っている姿なんて思いつかない。

 

『それでコレだ━━━━━』

 

 

と俺は老人から貰ったデフォルメフィギュアとサイコロを使ってTRPGを使って授業をした。

 

イメージは王道な怪物退治の冒険者モノだ。

俺を受付の人に見立ててモンスター退治の依頼を受けて貰う形だ。

ゲームするには人数が微妙だったので手が空いてるメイドさんを借り、俺が適当に用意したサンプルキャラクターを使ってプレイして貰っている。

さっき死んだシュバインはその中の一人だ。

ちなみに設定は俺が適当に考えた。

 

ギレーヌには自分の名前を使ってもらい、自分の名前を書く訓練をついでにして、今は主にサイコロを使った算術の授業を行っている。

せっかくなのでギレーヌには本人とは全く違うキャラとして魔術師をして貰った。

これから先システムが出来たら魔術の効果なんかも作っていく予定だ。

俺の後ろで老人がバックアップしてくれてるおかげで予想外の行動にも直ぐに対応方法を教えてくれて滞りなく進んでいる。

 

半開きになった扉の端に赤い影を見ながら俺はサイコロを振った。

 

 

 

 

 




前に感想欄で返信した私のやりたかった授業風景です。


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幕間 聖級治癒魔術師

「うわぁ…、ホントに治った」

 

俺はついに習得した聖級治癒魔術で修復した指を気味悪そうに動かしている少年を眺めていた。

本来なら喪失した部位が無くなった跡も残さず綺麗に生え直しているのは神秘的どころか、もはやホラーなのだろう。

そのせいかコイツのテンションが少し低い。

俺が覚えた当時はもうそんな事どうでも良いと、興味すら湧いてこなかったが、コイツの場合はそう言う感性がまだ残っている。今後も大事にするべきだろう。

 

『おめでとう、ルーデウス・グレイラット。これでお前は聖級治癒魔術師だ』

 

パチパチと音はしないが俺はそう言って拍手した。

本来治癒魔術の上級以上はミリスの奴らに独占されてるので良い気になって吹聴されても困るが、ソレを言うのはまた後ででも良いだろう。

 

「あ、そう言えばそうだな…」

 

コイツも今言われて気付いたらしく顎に手を当てて何やら考え始めたと思ったら、次第にいやらしい笑みを浮かべ始めた。

 

きっと頭の中で色々妄想を始めているのだろう。

富や名声、そしてこの世のすべてを手に入れた男の妄想でもしているのだろうか…。

すぐ調子に乗るのはコイツの悪い癖だが、しかしこう他人称視点で見ると表情とか仕草がゼニスの面影を感じる。

 

『ゼニスにそっくりだな』

 

少し微笑ましい気持ちになり声に出した。

俺の言葉にコイツは呆気に取られたように俺を見上げた。

「そ、そうか? 」

 

『ああ、そっくりだ。まぁ親子なのだし当然の話だがな…』

 

俺がそう言うと気恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いて視線を俺から逸らした。

こう言う事も普段から言っておく事にしている。

パウロと似ているとは、これから先色んな人に言われて慣れるので、余り言われ無さそうなゼニスを引き合いに出して、今のうちからオマエは二人の息子なのだと言い聞かせよう。

 

「そ、そう言えば知ってますか? 」

 

気恥ずかしさからか、耳と頬が赤くなっている。

効果は抜群のようだ。

もし俺もそんな事言われたら情け無さで自害を選びかねないから当然だ。多分自害は出来ないけど。

 

『何をだ?』

 

だからこの急な話題転換に乗ってやる情けが俺にもまだあった。

 

「あの誘拐事件の主犯、執事のトーマスだったらしいですよ?」

 

あのというのは言わずもがなコイツの指がぶった切られた事件の話だろう。

主犯は俺の時も同じだったと記憶している。

コイツはまだ変態貴族としか聞いてないが、後々にダリウス上級大臣と繋がっていたとアルフォンスさんに教えて貰った時の事はまだ覚えている。

 

『ああ、それなら隣の部屋で俺も聞いてたよ、主犯のトーマスがお前を警戒するようにって、人攫いの奴らに言ってたらしいな…』

 

恐らくエリスとの対面時にエリスを封殺した上、夜襲にも無傷で対応したのが、俺の時と変わって警戒度を跳ね上げたのだろう。

 

「そうそう、それで捕まった二人も色々吐いてるらしいんですけど、俺達を買い取る予定だった貴族の情報も証拠にはならないらしいです…」

 

『まぁ、突発的な犯行だったとはいえ、そこら辺の証拠は残してないだろうな』

 

ダリウスはアレでも政治家としてこの世界随一と言っても良いほど優秀だ。犯人だと証言が出ても証拠が出るわけがない。

 

「正直あの事件の引き金が俺だと思うとちょっと憂鬱なんですよね…」

 

そう溜め息を吐きながら何気なくぼやいたコイツに俺は心底驚いた。

まさかこの生まれながらに自己中心的な男にそんな罪悪感が芽生えるなんて思わなかった。

俺があの時感じたのは死の恐怖だけで、エリスを気遣う心の余裕もなく、ましてや、あの事件の発端を作った何て欠片も思っていなかった。

だと言うのにコイツには確かな責任感が芽生え始めている。

手を切られたのが良い薬にでもなったのだろうか?

 

『まぁ、お前も誘拐対象だったようだし、お前は指まで切られて十分被害者だ、それにお前はまだガキで詰めが甘いのはこれから直していけば良い』

そう言うとコイツは俺の言葉にピクリと身体を硬直させた。

「なぁ爺さん、アンタ本気で俺がただのガキだと思ってるのか?」

 

『……ああ、思ってるが何だ? 俺はお前が産まれた瞬間からお前を見てきたんだ、お前をガキだと思うなんて当たり前だろ?』

 

多分そういう事では無いのだろう。

自分でも見当違いな事を言っているのはわかっている。

コイツは自分の事を良い歳したオッサンが、子供であるルーデウス・グレイラットに取り憑いて生きてると考えている。そして、それは客観的に見ても真実だ。

しかし、コイツは幼稚な部分が多すぎる。

多少改善され始めているようだが、知識が足りない、知恵が足りない、挫折が足りない、成功が足りない…。ありとあらゆる経験が足りてない。

とてもじゃないが大人とは思えない。

 

まぁ、俺だって幾ら足りてるか分からないが…。

 

「そっか…、ごめんやっぱり何でもない…」

 

そう言ってコイツは考え込む様に窓から外の風景を眺め始めた。

 

どういう心境の変化だったのだろうか、まさか俺に自分が転生者だとでも言う気だったのだろうか。

なんでコイツは俺をこんなに信用し始めてるのだろうか? 意味が分からない…。

 

俺はコイツから未来(全て)を奪うつもりで来たと言うのに…

 

 



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ルーデウスの進捗と実技

さて、アイツが聖級治癒魔術師になり随分たった。

あまりに楽しげな授業風景にエリスも授業に参加し始め、アイツの仕事は軌道に乗り既に半年程時がたった。

 

その間に7日に一度の休日を設けたり、ペルギウスの空中城塞について聞かれたり。

媚薬を手に入れたと騒いでたと思ったら、直ぐに落として割って騒いでいたのが記憶に新しい。

 

 

だが、やはりというべきか、なんと言うべきか剣術を学ぶ側に回るとそっちの方は芳しくない。とは言っても魔術程の著しさが無いだけで、アイツのやる気とパウロから学んだ下地も相まって才能の無い人間にしては授業に遅れを感じさせない。

 

俺の時とは違い、予め感覚派ではないリーリャに水神流の型をキチンと教わったのが良かったのか、エリスとの打ち合いの授業では4回に一回の確率でエリス相手に勝利を納めている。

水神流の真髄である型としてのカウンターを打ち込むのには届かないが防御で怯んだ隙に考えればまずまずだ。

 

初日の襲撃時にも思ったが驚くべき成果だ。

俺の時は為す術も無くエリスに叩きのめされていたが、アイツは何とか対応出来ているのだ。

防御姿勢や、相手の剣のいなし方。相手の殺気を察知する方法や衝撃を最小限にする方法は、臆病なアイツに相性が良かったのだ。

それに元来俺やあいつには剣の才能が無いと思っていたが、実はパウロから剣の才能が多少遺伝していた可能性だってあるのかもしれない。

 

 

しかし、アイツは自身の前世を含めると遥か年下の小娘に敗北していると考えればまだまだ修行不足だ、と考えている様だが、水神流を学んだ半年という短い時間に、彼女の才能や剣を持った時期の差を考えれば、アイツの進歩は目覚ましい。

 

と、なれば…

 

 

 

ルーデウス視点

 

『そろそろ魔術の実戦訓練を始めようと思うがどうする?』

ある日の夜の事だ。その日の授業も無事に終わり、老人はそんな事を言い出した。

最近魔力コントロールの為に熱中していたロキシー人形の制作も完成に至り。ちょうど夜に暇な時間ができ始めていたのでラッキーだ。

 

というか、だからこそ言い出した事なんだろう…。

 

俺はこっそりと屋敷から抜け出して、街の外の平原まで連れてこられた。

本来なら少し遠いが重力制御によって身体を軽くすれば、身体能力が一般人の俺でも飛びながら来れるので軽いジョギング感覚で街の外まで行けた。

 

『ここまでくれば流石に良いか…』

そう呟くと老人は俺に座るように言ってきた。

 

深夜ということもあって、人の気配は無いが魔物の気配はする。しかし老人も居るし、色んな人の話を聞く限り、ここら辺の魔物なら俺でも退治出来るらしいので適度な緊張感を持ちながら老人の話を待つ。

 

『実戦訓練と言ってもなにか特別な事をするわけじゃない、ただ速く動く(まと)を躱しながら高威力に貯めたストーンキャノンを当ててもらうだけだ』

 

老人はそう言うと拳大の水弾を一つ作り出しふよふよと宙に浮かせ、その横に目玉サイズの少し大きい鈴を作り出した。

 

『一応ルールを決めておこう。まずこの鈴を真上に投げるからそれと同時に距離を取り魔術の生成を開始し、コレが地面に着地したら打ち合いの合図とする。俺は水弾を動かしてお前に当てて、

お前はその水弾を躱しながら高威力のストーンキャノンを動く水弾に当てればいい。高威力のストーンキャノンなら一撃で水弾を蒸発させられるからそれで威力の有無を確認する。

 

お前が水弾にストーンキャノンを当てるまで俺は水弾を作り続けるのでお前は避けるかいなすかしろ。で以上だ。何か質問があれば挙手するように』

 

「あ、はい」

 

『はい、質問どうぞ』

 

「制限時間とかは無いんですか?」

 

『あ〜、そうだな…』

 

考えていなかったのか老人は何か目印でもないかと辺りをキョロキョロと見回した。

明日は休日でいくら疲れてもいいとはいえ、いつ終わるか分からない試合は流石に嫌なので一応時間は決めておきたい。

老人の視線は最終的に夜空へ向けて何かを思いついた。

 

『よし、こうしよう』

 

と言うと同時に気付く間もなく白い陶磁器の様な2m程の棒が地面に突き刺さっていた。

無詠唱で作られた土の棒が月明かりに照らされて影が伸びているのがわかる。

 

『この影がここまで来たら一旦休憩に入りその時まだ行けそうなら、またその時に話をするとしよう。まだ質問はあるか?」

 

「いえ、もう大丈夫です」

 

『分かった、じゃあ、スタート』

 

という掛け声と共に鈴が宙を舞った。

 

互いに後ろへ飛び、俺は即座にストーンキャノンを生成し威力を貯めて一撃目の準備を完了させると、ちょうど良く鈴が落下し開始のゴングがなった。

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりなのに短くて申し訳ないですが許して下さい…
次はなるべく早く投稿したいです…。


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初めての実技

鈴が落ちた瞬間俺は準備していたストーンキャノンを水弾めがけて放つ。

しかし、当然の様に避けられる。

気分的には何時か見たドキュメンタリー番組で見た拳銃の弾速よりは速かった筈だが、やはり老人には関係ないらしい。

 

あの老人のことだ、最初から素直に当てさせてくれるとは思っていなかったので、外れたなら次を用意しようと水弾を注視しつつストーンキャノンの準備をしようとして…。

 

思わぬ方向へ意識が逸れた。

 

ストーンキャノンが飛んで行った遠くの林の方から木が真っ二つにでもなった様な破裂音が幾つも響いてきたのだ。

次に折れた木が近くに生えていた周りの木を次々と押し倒しバキバキと木々が悲鳴を上げた。

それに気付いた近くに居た鳥達が驚き、急ぎその場から離れる為に羽ばたいていく…。

 

夜なので視認は難しいが、遠巻きに響いた音だけでもその惨状が想像できた…。

 

「え…?」

 

何時だったか同じぐらい時間をかけ石砲弾(ストーンキャノン)に威力を貯めた事があるが、明らかにその時の比ではなかった。

その時は木の一部をドリルか弾丸の様に抉り取って行ったが今回のはロケットランチャーか何かの様に当たった木々を破壊していった。

近くに生えていた何本もの木を押し潰せる程の重量を持っていた木なのだ、それはそれは頑強で逞しい大木達だったに違いない。

余りの破壊力に俺は唖然としていたが、老人はその破壊の様子を一瞥して、

 

『一発外れたな、じゃあ次だな』

 

と何事も無かった様にこちらへ振り向き呆然としている俺を無視して水弾の操作を開始する。

 

水弾は動物の様に俊敏且つ不規則で歪な軌道を描きながら俺の頭へ向かって飛んで来た。

呆然としていたこともあって咄嗟の事に対応出来ず、顔に冷たい水の感触と共に鼻の奥まで水が入りツーンとした痛みが走った。

 

『ボーッとしてないで石砲弾(ストーンキャノン)の準備をするか躱すかしろ、コレが魔物ならお前の頭は噛み砕かれていたぞ』

 

そう言って更に問答無用とばかりに老人は更に水弾を手元で作り出した。

しかし、高速とは聞いていたがちょっと速すぎでは無いだろうか?

パウロが退治した魔物はあんなに早く無かった筈だし、頭一つ分位の大きさの物が時速50kmで飛んできて対応出来るわけない。

と言うか、あの破壊力について色々と考えさせてくれ。

 

「いや、僕の知ってる魔物はそんなに速くないと思うんですが…」

 

精一杯勇気とか色々振り絞って出た言葉はソレだった。

 

『魔大陸やベガリットの迷宮ではこんなの序の口だったぞ?』

 

「そんな怖いところ行く予定はありませんよ」

 

『何いってんだ、そんなの分からないだろ?お前に行く気が無くても、いつも通り何気ない日常を過ごしていたら、いきなり魔大陸に転移したり迷宮の奥地に転移する事だってあるかもしれないぞ?』

 

「なにそれ怖い」

 

『なんでも昔ある人が目を離した数瞬の内に消えたかと思うと別の所に出現していたり。

また直ぐに消えたかと思うと同じ場所に再出現したり。他には気付いたら知らない場所に居て死に物狂いで戻ってきたとか、そんな話は時々聞くし、それに…』

 

と老人は講説してくれたが、そんな恐ろしい事は起こらないで欲しいものだ。

 

『っと、脱線したなほら、まだお前は一発しかやって無いんだから続けるぞ』

 

「はーい」

 

 

と、元気よく返事したのは良いものの、その後の実技も酷いモノだった。

 

最終的に俺の攻撃は水弾どころか、老人にすら当たらなかった。

水弾の動きが速いのもあるが、動きは不規則過ぎて全く読めないし、仮に読めたと思っても弾の向きや弾道を予測されて避けられる。

 

そして、何故水弾と共に老人の名前が挙がったかと言うと、あまりにも当たらなかったので腹が立ち、台パン気分で老人を狙ったのだ。

どうせ老人に当たってもすり抜けるだけなので良いだろうと思ったのだ。

しかし、不意をついたにも関わらずキチンと躱されて『俺に当てる暇があるなら水弾の軌道に集中しろ』とペナルティとして水弾の速度が増加しボコボコにされた。

 

そして、もはや当たらぬなら水弾を蒸発させられれば良いかと、無意味と分かりつつも破れかぶれで火炎系魔術を広範囲に使おうとしたが『無意味なズルをしようとするな』と乱魔(ディスタブマジック)で魔術は掻き消され、さらなるペナルティで水弾の装填の間隔が縮み、上記のペナルティも合わせてもうこれは滝か何かでは?と思う程の量の水弾に襲われた。

おかげでパンツの中から靴の中までぐっしょりだ。

 

そう、面積や的の数は増えてるのにそれでも俺の石砲弾(ストーンキャノン)は水弾に当たらなかった。知識も経験も何もかも向こうが圧倒的に上だし、パウロやエリスと違い前世の年齢を含めても俺が勝ってる部分が無いのは分かっていたが、ここまで圧倒的な差があるとは思わなかった。

どれだけ場数が大事だという事がよく理解できたとせめてプラスに思おう。

 

そして、深夜の実技授業は決めていた時間に到達したのでお開きになった。

帰り際に火と風の混合魔術でびしょ濡れになった服と身体を乾かしてから帰路についた。

 

いつか必ず一泡吹かせてやると心に誓いながら…

 



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予言

長い事おまたせしてしまい申し訳ありませんでした。


 

老人視点

 

 

まぁ、そんなこんなで始まった週末の花の金曜日 ドキドキ深夜の実技授業はアイツにとってあまり良くないスタートをきった訳だが、ボコボコにされている割にやる気は萎えてないらしい。

 

想定どおりの反応だが、想像以上のやる気に俺は少し困惑していた。

まさか、訓練の最中に俺を狙ってくるとは思わなかった。

別に怒っている訳じゃ無いが確実に当時の俺とズレているのを感じる出来事だった。

確かに当時の俺もパウロ相手に打ち込みの練習中に魔術を使った事もあった気がするが、あくまで隙を作る目的だった。それが今回のはなんの意味もなく石砲弾(ストーンキャノン)を仕掛けてきた。

当たらないのはアイツも分かっていただろうが、アレでは撹乱にもならない。完全な八つ当たりだった。

たしかこの頃の俺自身だったなら、意味のない事はあまりしない、いわゆる事なかれ主義の人間だった筈だ。

前世の俺達を考えれば、感情に任せて暴れる様な事はあまり良くないが、それに囚われすぎてもそのうちストレスが溜まりアイツ自身にとっても毒になる可能性だってあるので、オレに向ける分にはあまり気にしない方向で行こうと思う。

 

しかし、それが良い事なのかは分からない。

ロキシー達を失うまでは真っ当な人間だったと思うのだ。

今までも思っていたが、あの時までの俺からズレると言う事は、それに至るまでの前世への反省が無くなるかも知れないと言う事に他ならない。

それについてもどう考えさせるか…。

 

とそこまで考えて、まるで息子の育成方針を悩む親の様な事を考えている自分に気付くと「自分の娘を育てなかったくせに自分の育成には熱を入れるのだな」と自己嫌悪に告げられた気がした。

『チッ…』

舌打ちを一つし、胸焼けを吐き出す様に溜め息をついて実践授業について考える事にする。

そっちについて考えるのもどうかと思うが、アイツを強くする事は未来的にパウロや皆んなを守る事に繋がるのでアイツの為ではなく俺の為なのだ、と誰に言うでもないのに言い訳をした。

 

とりあえずアイツの射撃精度と精製速度は及第点に達しているが、色々な予測はまだ上手く行かないらしい。

そこら辺は経験を積むしかないので、今の訓練を継続するしかないのだ。

フラストレーションが溜まっているアイツを思えば、多少手心を加えてやっても良いかもと思うが、一応魔大陸の魔物に見立ててやっている以上明らかに見え見えな弾道は当たってやってもアイツの為にならないので、色々な工夫をアイツ自身が考えつく事を期待する他ない。

 

俺の記憶通りに行けばあと3年でナナホシが召喚され転移事件が起こる筈だ。

ほんの少しでもズレて来ているのだから、俺の記憶通りにならないかも知れない。それはつまりルイジェルドには会えないかもしれないという事だろう。

それどころかエリスと一緒に転移出来るかだって分からない。

アイツなら即死する様な場所以外なら何処に飛ばされても無事に帰って来れるだろうが、3年後のエリスが無事でいられる場所は限られている…。

 

それを言い出したらパウロだってシルフィだって、前は無事だった他の被災者だって、前の様に無事でいられる保証なんて何処にもない…。

 

 

『…なんて、そんなこと考えて何になるんだ…』

 

時刻は丑の刻すら過ぎた深夜、暗く静まった部屋で一人で考え事をして居るとどうしようも無い事ばかり考えてしまう。

何処ぞの眠れない鎧になってしまった少年錬金術師の気持ちがよく分かる。

 

 

これは精神衛生上良くない。

 

気分が悪くなる。

 

期限が刻一刻と迫っているのが分かるせいで、どうしようもない現実に頭がおかしくなりそうだ。

 

足掻けるだけ足掻いているが、どうせそれも微々たるモノだろう…。

 

最近は気を紛らわせる為にアイツに買って来て貰った色々な材料で小型魔道具の開発をしていたが一段落して暇になったら直ぐにコレだ。

 

 

また明日から別の魔道具の開発を始めるとしよう…。

 

空に浮かぶ赤い珠を見上げながらそう思った…。

 

 

 

 

 

 

ルーデウス視点

 

今日も今日とてエリスやギレーヌとあんなことやこんなことを(主に剣で殴り合ったり机の上で頭をなやまさせたり)しているうちにドキドキ深夜の魔術実技授業のお時間となった。

最近ではTRPGでエリスを釣らなくても授業を聞き始めてくれた成果か四則演算の割り算以外をほぼ完璧に習得してくれた。

彼女も順調に成長しているようで安心だ。

ギレーヌの心が冷え込む苦労話やTRPGのシナリオで追体験し、挙げ句苦労して育てた4代目エリスが迷宮の奥底で何も出来ずに飢え死にしてしまったのが効いたのだろう。

割り算の重要性が身にしみたらしい。

食料が尽きたあとモンスターを食料にしようともしたが餓死するまでエンカウントゼロだとは流石に俺も予想できなかった。

 

しばらくの間「サイコロなんて信じないわ!!」が彼女の信条になったのは言うまでもないだろう。

 

この調子で俺の方も分かりやすいスキルアップが出来ると嬉しいのだが、相変わらず老人にびしょ濡れにされているし、互角だった剣術も時々エリスに勝ち越される日があったりするしでままならぬモノだ。

 

少し疲れたので深夜の野原に寝転がり、満天の星空を見上げた。電気がないこの世界では星が驚くほどよく見える。

空を見ていると、そういえばと少し気になっていた事を思い出した。

 

「あ、そう言えば爺さんあの赤い珠みたいのって何かわかる?」

 

『…あまりに良いものだとは思わないが、知らん』

 

少し考えて老人はそう言った。

しかし、その声色や表情は嘘を言っている時のモノだった。

やはりなにかしら心当たりがあったりするのだろうか? それにアレが良いものじゃないとはどういう事だろうか…。

しかし、わざわざ嘘をついたのだ、答える気があるならこの老人は最初から嘘なんてつかない。

 

『ああ、そうだ話が変わるんだが、ちょっと頼みが有るんだ…』

 

赤い球を物憂げに見上げていた老人は改まった様子でコチラに目を向けた。

 

『この先の未来、もしも俺が消えたりした時、必ずやって欲しい事が有るんだ』

 

「まぁオレに出来る事なら…」

 

『お前はいつかこの先の未来で長い黒髪をした十代中盤位の女に会うはずだ。

いつかその女に会った時ソーカス草という薬草を渡しておいてほしい…』

 

と何やら予言めいた事を言う老人は非常に辛そうだった。

 

 

 




4ヶ月とか嘘やろ?


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エリスの誕生日 前編

新年明けましておめでとうございます。
あい変わらずの遅筆で申し訳ないです…。


老人視点

 

ふと気付くとボレアス家の使用人達が忙しなく屋敷内を右往左往としているのを多く見るようになった。

貴族の屋敷なのだからいつもの事だが、使用人達の様子がある者はニコニコと機嫌が良さそうだったり、ある者は少し辛そうにしていたりと何時もより多種多様だったのだ。

何事だったかと、この時期の記憶を辿りながら使用人の後を追っている内に思い出した。

 

ああ、そろそろエリスの十歳の誕生日なのだ…。

 

確かフィリップがエリスに「ダンスは貴族の嗜みだ」とかなりきつく言い含めたのだったか。エリスは苦手なダンスに苦戦している。

だからだろう、長くここに勤めているメイドはエリスが誕生日でダンスが踊れず、恥を掻くだろうと心を痛め、ここに来て日の浅いものは誕生日という行事を楽しみにしているのだ。

それにパーティ中に振る舞われる料理ほどではないがそれなりに豪華な食事が振る舞われるしそれも楽しみの一つなのだ。

 

 

さて、エリスはダンスが踊れないといったが実は少し違う。

実際は本来のリズムを無視して自分のペースを守ろうとしてしまうせいで相手とのリズムが狂ってしまい踊れなくなってしまうだけで、一つ一つの所作や順番は完璧なのだ。

本来であれば所作や順番で躓く生徒が大半だろうがエリスがそんな器に収まるようなご令嬢ではない。

そんな具合で何故エリスがリズムが入ると踊れなくなるのか分からず、エドナもどう指導すれば良いか分からず、エリスを出来ない子と思ってしまうのは分からないでもない。

 

そう言えばアイツも書斎から借りてきたり、本屋で仕入れてきたりした様々な言語の本と格闘していたのを思い出す。

 

確かにこの頃のオレもエドナに頼まれて授業時間の幾つかを社交ダンスの時間に譲って欲しいと頼まれたのを、当時のオレも人間語以外の勉強をする時間が欲しくて快諾した覚えがある。

 

そして当時のオレの様にアイツも闘神語は余裕と得意げになったり獣神語には四苦八苦したり 魔神語には分からんと絶望したりと様々なリアクションをしている。

取りあえず今は出来そうな闘神語から着手してるようだ。

一応の助言としてロキシーに手紙を出させ魔神語についての話題を入れる様に言っておく。

「爺さんは教えてくれないのか?」という尤もな疑問は『ロキシーとの会話作りになって良いだろ?』と言ったら「それもそうか」と納得していた。

全くチョロくて助かるったらありゃしない。

オレも当時ならきっと犬の様に尻尾を振って喜び勇んで手紙を書いた事だろう。と、そんな事を思っていたら、壮絶な破壊音が礼儀作法の教室の方から聞こえてきた。

棚やら花瓶やらが砕け散り、扉が勢いよく吹き飛び。やってられっかこんな事!!とでも叫んでいるかの様な豪音だった。

何があったか察したオレたちだったが、一応様子を見てくるとアイツはダンスの授業から脱走したエリスを探しに出ていった。

 

 

取り敢えずこれでアイツもエリスに助言をするだろうしエリスの誕生日パーティもつつがなく終わる事だろう。

 

 

そう、その時は思っていたのだ。

 

しかし、オレは失念していた。

オレがココに居ると言うことを…。

 

 

「では、一つ聞くがオマエに憑いているのは一体何なのだ?」

 

そう、ギレーヌが聞いてくるのは想定できたはずだったのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エリスの誕生日 後半

ルーデウス視点

 

「では、一つ聞くがオマエに憑いているのは一体何なのだ?」

 

そう、真剣な表情でオレを見てくるギレーヌの言葉にオレの頭の中が一瞬フリーズした。

 

事の発端はエリスの誕生日での事だった。

誕生日と言っても誕生日パーティではエリスが最初緊張して動けなかったり、サウロス爺さんがオレの事を喋ったりした以外は大成功と言っていい出来だった。

エリスもオレが最初に踊る事で緊張が和らぎ、後はスムーズに踊れていたし、サウロスのは爺さんが喋ってしまったオレの事もオレからすれば些細な事だ。

オレはパーティが終わった後、エリスとギレーヌを部屋に呼び、二人に魔術の杖を渡してパーティから持ち出した料理を3人で食べたのだ。

そしてエリスは今日一日頑張ったお掛けで、自室へ帰る前に力尽きオレのベッドで眠ってしまった。

問題はその後だ。

何の授業の話をしてたかは、忘れてしまったが。

 

「ギレーヌも何か聞きたい事があれば言ってくださいね」

とオレが言ったのが問題だったのかも知れない。

 

そして、冒頭。

「では、───」と切り出された質問にオレは息を飲んだ。

もしも、こんな急な切り出し方で無かったなら、あの老人がオレのイマジナリーフレンドでは無いのだと、少し安心できたかも知れなかったがあまりに唐突すぎてそんな余裕はない。

 

 

ギレーヌも剣客としてあの爺さんの危険性の確認をしたいのだろうがオレは、

 

「な、何なんですかね、アレ…、僕が産まれた時から家に居た気がしますけど凄腕の魔術師って事ぐらいしか知らないんですよね…」

 

目を伏せ、そう言うしかなかった。

 

だって、オレもよく知らんし。あの爺さんってなに?

やっぱり只の亡霊なのか?

ギレーヌにも見えて居るのならその可能性は高いかもしれない。

あの高い理知性を鑑みるに上級の亡霊なのだろうか?

でも、そうなら、やはり他の人が反応しないのが不思議だ。

ロキシーに亡霊の事を聞いた時も本で見た時も視える(・・・)のは共通認識だった筈だ。

いや、だから、ギレーヌに視えてるならその前提も崩れたんだってば! だめだ、頭がこんがらがって来た…。

 

「…爺さんってなんなの…?」

 

『オレも知らん』

今まで何も言わなかった爺さんがオレの吐いたつぶやきに反応した。

 

『しかし、ギレーヌには見えるのか…、声は聞こえているのか?』

 

『おーい』と爺さんがギレーヌの前に出て来て手を振り始めたがギレーヌはさっぱり反応しない。

 

あれ? やっぱり見えていない?あえて無視してる?

このタイミングで爺さんを無視する理由は無いはずだが、どう言う事だろうか?

カマでも掛けられたのだろうか?

 

オレが訝しんでいるとギレーヌは「ああ…」と俺の様子に気付き眼帯を外した。

すると、それまでは見えていなかった様な様子は無くなり、ギレーヌの視線がはっきりと老人を捉える。

隻眼か何かだと思っていたが、ギレーヌの眼帯の下にはキチンと瞳が存在していた。

どうやらオッドアイだったらしく、眼帯の下は濃緑の色彩を持つ瞳だった。

 

『ああ、魔力眼か…』

 

爺さんはその瞳の正体を知っているらしく、得心が行ったという感じで、疑問符を挙げているオレに説明し始めた。

 

『確か魔力眼の能力は魔力を直接視る事ができる魔眼で、その場にある魔力の大きさや魔力の動きが確認出来るらしい。先天的に持って生まれやすいのも特徴だ。

ほぼ魔力で出来てるオレを視認できるのも当然だな』

 

 

老人の説明に一人ウンウンと納得して居るとギレーヌが興味深そうにこちらを見つめてた。

 

「…やはり ソレ とは意思疎通が図れるのだな」

 

「ええ、まぁ…、ギレーヌには声が聞こえてないんですか?」

 

「ああ、さっぱり聞こえん。それにオマエは爺さんと言ったが、キチンと人の姿なのか?

私には人の様な形をしている高密度の魔力の塊にしか見えん」

 

『成る程そんな感じなのか…』

 

そう言うと爺さんは何を思ったのか、いきなり逆立ちをし始め、更に足をT字に広げて片手でコチラに手を振りながら片手で立ち始める。

形にすると漢字の 下 みたいな形だ。

 

「何をやってるんだソイツは…」

 

「さぁ、本当に見えるか確認してるんじゃないですか?」

 

恐らく初めてオレ以外の見える人に出会って若干テンションが高いのだろう、無駄にエネルギッシュでギレーヌは少し呆れてしまったようだった…。

 

 

 

ギレーヌ視点

 

 

 

 

ルーデウスと言うパウロ達の息子は本当に不可思議な少年だった。

あの年でパウロと同等かそれ以上の戦闘能力を持ち、教師としての能力も非常に高い。

出会う人間の大半に馬鹿だのなんだの言われ続けた私がたったの1年で読み書き算術に加えて初級魔術を覚え、杖まで貰えるとは思ってもみなかった。

まだ拙い部分は多くあるが現状でも、故郷に加えて今まで出会った人間に出来る所を見せたらきっと驚くに違いないと少し胸が躍った程だ。

 

エリスの言う通りルーデウスはすごいということだろう…。

 

それにエリスやアタシがどれだけ躓いても、呆れたり見下したりせずに躓いた部分を探し出してとにかく潰す様に根気よく教えてくれるのだ。

 

これだけでも十分不可思議な少年と言えるのだが、ルーデウスの不可思議さはそこではない。

 

ルーデウスが来てから屋敷の中で奇妙な事が起こり始めた所だ。

 

例えば足を捻ったメイドが次の日には全快したと騒いでいた事もあれば。

メイドが掃除中花瓶を落とした時、確実に割れるだろう高さから落ちたにも関わらず無事だった事があった。

 

他にも怪我をしそうになった人間が無事だった事は両手では足りない程だ。

 

そんな事が出来そうな人間はルーデウスをおいて他にいないだろうが、その場にルーデウスは居なかった。

そんな不思議を頭に留めながら1年が経過した。

 

 

そしてある日の事だ、ルーデウスが深夜に屋敷から抜け出すようになっていた。

 

流石に気になってルーデウスの後をつけるとルーデウスは平原に出て魔術の訓練をしていた。

だがその内容はルーデウスがアタシ達に施しているモノとはまるで内容が異なった苛烈なモノだった。

 

あれが無詠唱の真髄というべきだろう。

 

水弾を浮かせてソレを躱しながら他の魔術で撃ち落とすという至極単純な的当てそのものだったが、無詠唱による精密な魔力操作が可能にさせた複雑な軌道とフェイントが織り成された高速で繰り出される水弾は恐らく私でも完全に躱すのは難しいだろう。

 

縦横無尽に飛び回る水弾を一発で蒸発させるルーデウスの石砲弾(ストーンキャノン)はどんな相手だろうと確実に殺すだけの威力を持っているし、その命中精度も作成スピードも日に日に高く、早くなっていった。

 

その精密な魔術の制御をどのようにやっているのか、ルーデウスに教えてもらっても出来なかった無詠唱のヒントがあるやも知れぬと。

 

試しに眼帯を外し、ルーデウスを見たら、居た。

ルーデウスから伸びた魔力の糸の先に人の形をした白い雲の様な魔力の塊が(魔力眼)に映った。

 

その魔力の塊が水弾を操っていたのだ。

 

さしものルーデウスとて二属性の精密な魔術操作は難しいのだろう。

 

そして魔力の塊とルーデウスはいつもの時間まで魔術の撃ち合いを行い、共に屋敷まで帰り変わらぬ日々を過ごしていた。

 

屋敷ではヒビの入った花瓶の補修を人知れず行ったり、ルーデウスの部屋で何かを描いたり、ケガをしたメイドの寝室に何かが描かれた紙を持って侵入したり、ルーデウスと会話したりしていた…。

 

 

 

 

ルーデウス視点

 

 

「結局ソレはなんなんだ? レイスにも見えんし害は無いのだろうが…」

 

はぁ、と溜め息を吐いてギレーヌは一番聞きたかっただろう話に戻した。

 

「まぁ、確かに害はないと思います」

 

「だろうな、ソレがサウロス様達を害するならとうの昔にやっているだろう」

 

少し複雑そうに言った。

最近まで爺さんに気付けなかったのが悔しいというか剣客として不甲斐なく感じているのかも知れない。

 

「やっぱり、御二方にも言いますか?」

 

別に言ってもらっても構わないとは思っている。

しかしオレが説明責任を求められてもギレーヌに言った以上の事は解からない。

いや、爺さんが言っていた経歴を繋げて言うぐらいなら出来るか?。

 

「悩んでいる、ルーデウスの師匠の様だし害がないならという考えと、得体の知れないモノがいるというのは良くないとも思っている」

 

『師匠では無い』

 

いつの間にか逆立ちから戻っていた爺さんがツッコミを入れるように言った。

ギレーヌには聞こえないのに、相変わらず頑なにオレの師匠とは認めない様だ。

 

「別に言ってもらっても良いですよ。

今まで黙ってた僕が良くなかったですしソレで追い出されたりは…、多分無いと思います…」

 

無いと信じよう。

もし追い出されたら大泣きするけど…。

 

分かった、とギレーヌは言い残して部屋を出た。

 

エリスの誕生日だったので、予め今日は深夜の魔術の訓練は休みだと爺さんが決めてくれてたのでオレももう就寝の時間だ。

流石に眠っているエリスを起こしてしまいそうなので引き取ってもらう事はせずにオレはエリスと共に夜を明かすと決めていたが匂いを堪能する事に留めた。

 

貴重な機会を捨ててしまった様な気もするが、ギレーヌから貰った指輪とオレがあげた魔術杖を大事そうに握っている彼女を襲うのは流石に憚られたのだから仕方ない。

 

 




次はめっちゃ展開が変わるぞー、うおお!!

いつになるんかなぁ


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人形狂い

無駄に長くかかってしまった。


さて、時は遡り数年前。

とある男は何と無く、掘り出し物が無いかと特に深い感慨もなく市場を散策していた。

そこは王族もお忍びで来る程度には栄えているのだった。

 

かくいうその男もその国の重鎮であり、本来なら勝手は許されない立場の人間であったが兄弟や父に頼み込み、なんとか足を運ぶ事に成功したのだった。

 

「ほぉ、コレは…」

男が足を止めていたのは自分好みの美しい雑貨達が所狭しと並べられた屋台である。

 

一つ一つ雑貨を手に取りじっくりと鑑賞し、思わず頬が緩む。

何もせずとも言えば(・・・)送られて来る立場だが、やはり実物を見て買うのが一番良いのだと強く実感する。至福の時間だ。

 

店主の趣味も良いのもあり、良い品物ばかりだが一際素晴らしい物があった際は店主にその作者の名やその他の情報を聞き胸に刻む。

 

 

 

そして、余は運命的な出会いを果たした…。

 

木箱に丁寧に積まれた手のひらサイズの石像群だ。

顔はピラミッドか矢印の様に尖っているだけだが、首から下は驚くほど精巧に出来ていた。

 

筋肉の造形は然ることながら、今にも動き出しそうな躍動感には感動を飛び越え、崇拝にも似た感情が産まれ、今すぐに跪きたい衝動に駆られる程だ。

 

本来なら自立させる事は不可能である筈のアンバランスな立ち姿であるにも拘わらず、支え無しで自立させていた。

そう、それは三大流派の基礎的な動きが男女に子供等、様々な人物たちによって再現されているのだ。

 

そして最も驚くべき所はその比重の調整の仕方だろう。

 

なんと傾きそうな部分を空洞にしてバランスを調整していたのだ。

しかも空洞をどうやって開けたかもまるで想像できない。

石を削ったにしては穴らしきものは見当たらず、

まるでピーマンか蓮根の様に最初から空洞だったかの様な空き方なのに粘土で造形したにしては頑丈過ぎる。

 

美しさに於いても技術力に於いても非の打ち所の無い仕事。

 

これで感動するなと言う方が無茶な話だ。

 

 

無い顔は想像で補うというのもまた乙なものだが、しかしこの人が作る人の顔もぜひ見てみたかった。

 

 

これほどの品を作れるモノの軌跡は必ずある筈だ。しかし類似した物は見た事がない。

 

作者について何の情報もでて来なかったのだ。

これほどの熟練度のある作者が誰にも知られずにいた筈はない。

存在する情報はせいぜいアスラ王国の田舎で子供が売りに来たと言う情報で何をどうしろと言うのか。

 

まさかその子供が作った訳では無いだろうし…。

 

いや、もしやこの作者はすでに亡くなられており孫か何かが小遣いの為、いい加減に質に出したのだろうか?。

十分有り得そうな話だ。

これ程の美術品を無造作に投げ売りする様な真似は到底許される事では無い。

もしそんな事が許されるならば、そんな愚か者には然るべき対応を考える所だ。

 

いや、そうと決まった訳では無いしそういう事を考えるのはいささか早計すぎる、落ち着こう。

 

ああ、しかし、もしも、まだコレの製作者が生きているのならばぜひお会いしたい。

 

そう思い、その店の雑貨全てを購入し、店主にコレの作者を調べる様に金貨200枚で言いつけた。

 

そしてその一年と半年後、その時の商人が新しく、同じ手法で作られたと思しき人形を入手したと現れた。

 

持ってきた人形は確かに同じ素材に同じ製法、そしてよく似た造形をしていた。

だがコチラはあの奇跡的なバランスを用いた躍動感は無く少し残念に思った。

しかし、筋肉の造形や剣の意匠などの造形美は同じぐらいに素晴らしかった。そして更に目を見張ったのはそれには表情まで精巧に彫刻された男の顔があった事だった。

 

今まさに敵と戦闘しているのだと言う鋭い気迫と絶対に負けない頼もしさを感じさせる勇ましく精悍な顔立ちの男の顔だ。

石像の顔は想像以上に美しく、感動のあまり目頭が熱くなるほどだった。

 

「して、制作者についてはどうだった?」

 

急かす様に商人に情報を求めると驚くべき事が発覚した。

持ってきた情報は前回と同じく少年が売りに来たという物だったが、コチラの方はどうやら少年の作ったという信じられない様な事だった。

 

人形の細部の細工について完璧に受け答えをしたうえ、作り方や素材についてまで語ったというのだからほぼ間違いないだろう。

 

それはそれで信じられない事だったが、前回のもの程信じられない話では無い。

 

恐らく前の作者と売りに来た少年は師弟関係なのはほぼ確定であると仮定して動くのが良いだろう。

 

そしてその少年に会いたい気持ちが生まれたのもその時だ。

 

 

どうにか連れてこれないかと動いた数ヶ月後。

戻って来た情報は余りにも落胆する物だった。

なんと、その少年は少し前に行方をくらませてしまったのだそうだ。

しかも、調べて見るとその少年の付近に少年の師匠と思しき人物は影も形もないのだと言う。

 

強いて挙げられるとすれば、人形が売られる少し前まで住み込みで働いていた魔術師の家庭教師の少女だが、一年程で居なくなってしまった為か碌な情報が無かった様だし、彼女が人形を作っていたという情報もなかった。

 

その報告を得て肩を落としたのは言うまでもない事だ。

 

 

魔術師の少女と聞いてふと思い浮かべるのは少し前にやって来た 水聖級魔術師ロキシー ミグルディアだが彼女は違うだろう。

もしも、彼女が製作者なら多少リアクションがある筈だが精々魔術で作った物と言う部分に関心を持っただけで人形の造形については、残念ながら特に深く食い付く事は無かったのだ。

 

 

新しく来た男の人形を眺めていると丁度ロキシーが廊下を歩いているのが目の端に止まる。

弟の授業の後だろうか、少し不機嫌そうなのが伺える。

 

「ロキシーはフィットア領に身を寄せていたのだったな…」

思い出したかのように呟きロキシーを呼び止めた。

呼び止められたロキシーは少しキリッと背筋を伸ばし不機嫌そうな態度を隠した。

 

「なんでしょう殿下」

 

「この人形の男に見覚えはないか?」

 

特に期待する事は無かったが念の為に顔の彫られた人形を見せた。

どうせ、知らんと返されるのが席の山だろうと思ったが、思わぬ反応が返ってきた。

 

「え…、パウロさん…?」

 

動揺して零したロキシーの言葉を聞き逃さず、パウロなる男についてロキシーを問いただした。

 

そして人形の容貌がパウロ グレイラットと言うフィットア領に住んでいる在中騎士と瓜二つであると言う情報を入手した。

 

しかし、製作者については知らないの一点張りだった。

まるで肉親を危険人物から庇うかの様な必死な態度に、これ以上ロキシーから情報を聞き出すのは不可能だと判断した。

明らかに知っている様にしか見えないが根拠は何も無いのだ。

根拠も無く更に詰問すれば、ただでさえここの生活に辟易しているロキシーが出奔しかねない。

ロキシー自体はどうでも良いが、せっかくの手掛かりを手放したくはない。

 

ロキシーと製作者との繋がりを示せるものでもあれば話は別だろうが…。

と、その時は引き下がるしかなかったが。

 

しかし、その数日後なんとまさかの繋がりを入手する事に成功したのだ。

 

「そ、ソレは…!?」

 

「そう、貴様の人形だロキシー」

 

これまでの人形と全く同じ作りのロキシーの人形を入手した。

 

服のデザインから脱いだ裸体のほくろの位置まで精巧に作られていた。

 

明らかにロキシーをよく知る人物が作ったのは明白だろう。

 

これにはロキシーも黙らずを否、喋らざるを得なくなった。

見苦しくも黙秘という抵抗を続けていたが、余はそれを、何があっても無礼はしないと頼み込んだ結果。

 

ついに心当りのある人物、ルーデウス・グレイラットの情報を吐いたのだった…。

 

 

 

 

老人視点

 

エリスの誕生日から幾月か経過したが、アイツが特にフィリップやサウロスから説明責任を追求されるような事は無かった。

いや、アイツの事を常に見張って居たわけではないので、もしかしたらオレが見ていない時に何か聞かれたりしたかも知れないが、アイツの様子を見る限りそういう事は無さそうだ。

 

ギレーヌが言わなかったというのは考えられないし、そう考えると取り敢えずオレの存在は許されたらしい。

 

きっと、オレのコミカルな動きが悪意のあるモノの物の感を消してくれたに違いない…。

 

いや、そんな訳ないだろ、馬鹿じゃないのか?

 

 

単にアイツの信用度がオレの妖しさを上回っただけだろう。

そんな事を一人でノリツッコミをしてる自分に若干悲しくなりながら屋根の上から外門を眺めていた。

 

 

玄関には大勢の使用人達が門に対して垂直に並び立ち屋敷側の中央にルーデウス含むフィリップ達が横一列に並んでいた。

イメージするなら お帰りなさい若ッ!!とヤクザが玄関先に並んでる感じだ。

 

しかしながら出迎えられているのは反社の若大将などでは無く、ボレアスの屋敷だし歴としたお偉いさんだろう。

 

本当に誰が来るんだ?

 

少しすると豪華絢爛な馬車が門までたどり着いた。

出迎えた使用人の一人がそこまで行き馬車の扉を開いた。

 

出迎えられた男を見てオレの中の時間が止まった。

 

 

 

並び立つ使用人達の真ん中を、ひょろ長く痩せこけた眼鏡をしたオタクじみた風貌の男が彼の騎士と共に威風堂々と、どこぞの王族の様に歩いて来ていた。

 

というか紛れもなく、王族だ。

 

「余はシーローン王国第3王子ザノバ シーローンでございます、此度は急な申し出にあったにも関わらずこの様にもてなしてくれた事感謝いたします」

 

そう、恭しくザノバはサウロス達に礼をした。

 

 

 

 



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ザノバ・シーローン

 

 

ザノバ・シーローンがそこに居たのだ。

 

 

もう一度言う、シーローン第3王子にして怪力の神子。人形狂いの王子がそこに居たのだ。

 

その時老人の頭の中は壊れたビデオテープを突っ込んだvhsプレイヤーの様にテープが絡まり。ギュルギュルと薄汚い音を立てながらガガガッガガガッッ!!!と色々な物にテープを引っ掛からせながら強制排出が行われたていた。

 

これまで用意していたプランが吹き飛び、なにかあれば国際問題しか呼ばないうえ、前回には居なかった不確定要素の塊の様な男を前に、哀れ。老人は思考の初期化を実行するしか無かった。

デレレレーレー。誠に残念ながら、老人のぼうけんのしょは消失してしまいました、サイショからやりなおしてください。

 

 

時間遡行を行った人物が必ず経験するであろうバタフライエフェクトとかカオス理論とかの事象が老人の前に現れたのだ。

思考の崩壊からの初期化も致し方なしだった。

 

しかし、老人の頭の中はvhsなど過去の物。最新外付けHDDのバックアップから情報を構成し直し思考を再インストールする事に成功した。

 

とってて良かったバックアップ 

全く、バックアップは最高だぜ!!

え?今はSSDが主流?知るかバーカ!!

 

というわけですぐさま自我を取り戻した老人だったが…。

 

いや、待て、ほんとに待って、なんであいつココに来たの? 馬鹿なの? 死ぬよ?

ただでさえ もうあの日まで三カ月を切ってるのに面倒事を増やすな!! マイ・フレンド!!

 

 

一人、混乱し散らかしている老人を誰も観測出来る筈もなく。

一方で挨拶を一通り済ませたザノバはアイツへと向き会い会話をし始めた。何やら懐からいくつか物品を大事そうに持ち出し何かを確認しアイツが頷いた瞬間、突如感極まった様子でアイツを上空十数メートルへと放り投げた。

 

まるで新しい玩具を買ってもらった子供の様だ。

 

空中に放り出され、落下を開始したアイツと目が合った。

(タスケテ)

と瞳が語っていたが、重力魔術でなんとかしろ。とだけジェスチャーで伝える事に止める。

そこじゃねぇヒトデナシ、とでも言うかの様な且つ、絶望感を醸し出したあとは、しかし、助言通り重力魔法で自由落下を無効化し、アイツは即座にザノバから距離をとった。

 

そしてすぐさま五体投地で謝罪を始めたザノバにアイツ含めた周囲が少し引いている。

歯牙にもかけないのはサウロスやフィリップそしてギレーヌといった面々だ。

 

 

「申し訳ありません、師匠!! 貴方にお会いできた感動のあまり、つい!!」

 

「つい。で 、人をぶん投げないでください!僕じゃ無かったら死んでましたよ!!」

 

と言うか誰が師匠じゃ!!とブチ切れた。

どうやらアイツからザノバへの第一印象は最悪の様だ。

 

とは言ってもエリスへの第一印象から今の好感度への上昇率を考えれば基本的に従順なザノバに対して態度が軟化していくのにそう時間はかからなかった。

 

気付けば雛鳥の様にアイツの後ろをついて行くザノバとそれに着いていくジンジャー、そしてザノバに反抗する様にアイツの隣を陣取るエリスの姿が見られた。

ザノバにアイツを取られないようにするためだろう。

フィリップの差し金かはたまたエリス自身の意志かは分からないが、必死にアイツの気を引こうとしているエリスは可愛らしく見ていると気分が良くなる。

今改めて見てみると、当時は気付かなかったがこの頃からルーデウス・グレイラットへの恋心が芽生えていたのが見て取れたが、やはりアイツがそれに気づく様子は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 




話進まねぇ、なんだこれ…。


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