放棄された世界で、貴方を、 (塵雪 椿)
しおりを挟む
第1話
「もし歴史が変わってて、あの人が生きてたとしたら。……てめえ、会いに行くか?」
「何を言うとるんじゃ、いきなり」
陸奥守吉行は、言った相手を振り返る。
開いた障子に背を預けている肥前忠広の目は、こちらに向けられていない。
「政府から連絡があった。内容は、『明後日、放棄された世界を一時的に開く。行き先は慶応3年の京都、近江屋井口新助邸』。……だそうだ」
「……【近江屋事件】……」
勝手に口をついた言葉。すぐに口を閉じ、唇を噛みしめる。
「主にはもう話をつけてある。部隊編成は、おれに一任するってさ」
「今んところ、誰にする気なんじゃ?」
「おれを隊長に、てめえ、大包平、静形薙刀、御手杵、愛染国俊。てめえが行かねえなら、南泉一文字に頼むつもりだ」
「南海先生は?呼ばんのか?」
この本丸の主は出陣の際、部隊長の刀剣男士に部隊編成を頼む。そして肥前がその当番になったときは、南海太郎朝尊を一緒に編成することが多い。ホンニンいわく、「本丸で悪さをしないようにするため」らしい。
「先生は今週、近侍だろ?だから部隊には入れなかった。水心子あたりに監視を任せる」
「確かに、水心子なら任されてくれそうじゃの」
不器用ながら大人ぶっている水心子正秀の姿を思い浮かべ、自然と笑みが零れる。しかし、すぐに大きなため息が聞こえて、笑みを引っ込めた。
「質問に答えやがれ。行くのか、行かねえのか」
いつも以上に不機嫌な様子に、「何をそんないらついちゅう」と返しながら、肥前が「あの人」と呼んだ、自分の前の主のことを思い浮かべる。
会いたいか、と言われれば、そりゃあ、会いたいだろう。だが、行く時代のことを考えると……。いやでも、時間遡行軍の身勝手であの人の歴史を変えられたなんて、考えるだけで腹が立つ。そうなればやっぱり、行くしかない。
「行く。……久しぶりに、龍馬の姿が見たいきにゃあ」
葛藤を無理やり抑えていつものように調子よく答えると、肥前は初めてこちらを見つめる。
石榴石のようなふたつの目が、瞬きすることなくこちらを見ている。
「………………わかった」
長らく見つめ、口を開いてからもしっかり時間を使ったのちに、肥前は小さくうなずいた。
「出陣は明後日の早朝。明日の夜、任務の概要を説明するから、出陣部隊の連中に小広間に来るように言っておけ。いいな?」
立ち上がった肥前はこちらを見てそう言ったあと、障子を閉めて立ち去る。
「肥前の奴……なあんかおかしい気がするんじゃが……」
気のせいならえいが。ん、気のせいじゃろ。
思い込ませるように心の中で呟き、ふと、肥前が最後に言った言葉を思い返す。
「「出陣部隊の連中に小広間に来るように言っておけ」っちゃあ……わしがみんなを集めるんか?」
苦笑したのち、小さくため息が漏れた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む