Common life 日常的非日常 (Dangelo)
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プロローグ(完)
No,0.1


プロローグではオリジナル設定および暗殺教室要素しかでてきませんご了承ください。


潮田渚side

 

「烏間先生、ビッチ先生おめでとうございます」

 

 3年E組を卒業し、すぐにビッチ先生と烏間先生は結婚した。

 

 高校3年生まさに大学受験シーズンのとき、1通のメールが届いた。そのメールは一斉送信で宛先は元3年E組、送信元は烏間先生からだった。内容は、無事ビッチ先生が出産を終え女の子が誕生したと言う報告で、母子ともに健康であると写真付きで送られてきた。瞳の色は目を閉じているのでわからないが、うっすらと生えた髪の毛や睫毛の色はビッチ先生とお揃いで、あの二人の子供かと思うと思わず感動して涙が目に溜まった。

 

 烏間先生やビッチ先生が子供をあやすのはなんだか不思議な気分だが、なんでもやってのける二人ならいい子育てをするんだろう。

 

 僕が無事大学に入学し順調に進級している頃、また烏間先生からメールがきた。今度は個人宛のもので内容は家庭教師のバイトをしないかと言うものだった。確かに今は教育学部に在籍しているが、僕は中高の教員免許取得のために勉強しているのだ。彼らの娘はどう計算しても幼稚園児だ。小学生ですらない自分が教えられるのは主要5教科、幼児のために歌ったり踊ったりするのは茅野の方が適任だし、その茅野は茅野で芸能界で引っ張りだこで時間はなさそうだ。

 

 困ったなと思って、お断りの連絡をさせてもらう。

 

 すると次の日またメールが届いていた。

『一度会ってから決めてみないか?』

 

 僕も彼らの娘には普通に興味があったし、家庭教師云々は置いておいて会うくらいはいいだろうと快く返事を返した。

 

 その週末、僕は烏間家にお邪魔していた。

 

 僕が想像していた3歳の子は、おもちゃをリビングに散らかして片付けなさいと言われているそういう子だった。リビングには某キャラクターのおもちゃに、ボールやブロック。そろそろおむつが外れるといいね、みたいなそんなのを予想していた。

 

 しかし、招き入れられたリビングにはホワイトボードに本棚、ピアノ。パソコンにプロジェクター。壁には元素記号のポスターに、世界地図。作りかけのジグソーパズルや、確実に3×3ではないルービックキューブなど。

 

 ここは誰の部屋だ? と思わずにはいられなかった。

 

「渚、久しぶりね。ごめんね杏樹のためにリビングを全部使ってるからちょっと狭いのよね。タダオミったら杏樹が可愛いからっていろんなものどんどん買ってくるんだから」

 

 なんだか出会って早々惚気られた気がする。

 

「久しぶりです、ビッチ先生。杏樹さんは?」

「ごめんね、お客さんがくるとは伝えといたんだけど……雑誌に夢中なのよね。呼んでくるわ」

 

「大丈夫です、僕がそっちに行きますよ」

 

 雑誌とはなんだろう? 『ピカピカ1年生』とかの先取りのものだろうか? あれシールとか貼ったり楽しかったよな。

 

 そうして案内された場所は本だらけの場所だった。

 

 杏樹ちゃんは人をダメにするビーズクッションの上で赤い雑誌を読んでいた。奥田さんが前もっていた気がする。毎月販売のニュートン力学を確立させたイングランドの学者がタイトルの雑誌だ。中身は一般向けだから小学校高学年なら興味があれば読めるものだが、3歳で読めるものなのだろうか?

 

 ここでだんだん烏間先生が自分に家庭教師を頼もうとした理由がわかった気がする。

 

「杏樹ちゃんだよね、はじめまして。僕は潮田渚。渚くんって呼んでね?」

 

 杏樹ちゃんが雑誌から顔をあげこちらに興味を持ってくれたので自己紹介をする。

 

「ほら、アンジュ自己紹介してあげて?」

 

 ビッチ先生の提案に杏樹ちゃんはこくりと頷き口を開く。

 

「烏間杏樹。3歳なの。将来の夢はお薬を作ることだけど、数学とか物理も好きだよ。あと運動も好き。嫌いなことは乗り物に乗ることと、おんなじことをすること。よろしくね渚」

 

 これは3歳の自己紹介なのだろうか?

 

 ちゃんと文章になっているし、自分の好き嫌いをちゃんと人に伝えられている。まだ舌足らずなところもあるが、それを抜いたら賢い小学生レベル。それにビッチ先生が教えたのだろう、自分の魅力を最大限に生かした振る舞い。

 

 思わずビッチ先生に言ってしまった。

 

「もしかして、先生ハニトラとか教えたり、あの僕たちの授業で使ってた18禁映画見せたりしてませんよね?」

「まだ3歳の子にそんなことするわけないでしょ、わたしはちょっと()()()()を教えてあげてるだけよ。タダオミだって誘拐されないように護身術は必要だとかなんとか言って縄ぬけとか、あとはあのゴム製のナイフで型の基礎とか教えてるんだからわたしはまだマシよ」

 

 この子の両親そういえばどちらも常識が通じない部分があったな、と思い出した。

 

 ビッチ先生が昼ご飯を作っている間杏樹ちゃんのことを見ておいてくれないかと言われたので承諾する。

 

「杏樹ちゃん、何しよっか?」

「渚、これ教えて? パパもママもわかんないって言うし、質問箱にもまだ返信がこないの」

 

 そう言って見せられたのはまた月間雑誌、今度は高校数学をネタにしたもので予備校教師など執筆したり問題を作成したりしているもので、杏樹ちゃんが開けたのは懸賞問題だった。きちんと解いた過程まで送ると採点して上位者は次月の雑誌に名前が載るものだ。

 

「あのね、ここの(2)まではわかるの。でね、ここの証明はさみうちの原理かなって思ったんだけど、はさみうてないの」

 

 そう言いながら自分が解いたのであろうパソコンの画面を僕に見せてくる。

 

「ここはね、微分係数の定義を利用するんだよ、ほら」

 

 まさかここに来て数Ⅲを教えることになるとは思わなかった。

 

「……っ渚すごい、できた!」

 

 他にも今まで溜め込んでいた謎を引っ張り出してきてくれて、それに逐一答えていたらビッチ先生に呼ばれた。

 

「あら、アンジュ渚にべったりじゃない」

 

 すっかり懐いてくれた杏樹ちゃんは僕の手をしっかり握ってリビングに連れてってくれた。

 

「やっぱり渚が先生がいい、ダメ?」

「それは渚に聞きなさい」

「渚……ダメ?」

「……引き受けます」

 

 こうして、僕は杏樹ちゃんの専属家庭教師として週2で烏間宅にお邪魔している。

 

 給料もよく、ご飯付きでなんと言っても教えたら教えた分だけ吸収していくから楽しい。この仕事にのめり込んでしまった。杏樹ちゃんが小学校に入る前までにはなぜか、E組で教わった生き方から大学の一般教養まで教えていたのだから恐ろしい。

 

 杏樹ちゃんは小学校へ、僕は新任教師として中学校へいくことになりこの仕事は幕を閉じた。




初投稿作品かつ原作が終わっていない作品なため見切り発車ですが、のんびりと更新していくつもりです。よろしくおねがいいたします。


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No,0.2

杏樹side

 

 両親に連れられてたどり着いたのは小学校と言う場所だった。

 

 保育所はなんとか通いきった。ママの教えをきっちり守ったらいつ行ってもエスコートを受け、なんでもない日にプレゼントをくれる。列になってくださいと言われたらクラスの男の子たちは一番前を譲ってくれる。ただ女の子たちにはいっぱい痛い目に遭わされたけれど。それも気づいたら男の子たちが助けてくれた。

 

 ただその報告を受けたママとパパは頭を抱えていたから多分あまり良くないことだったんだろう。

 

「娘が保育園でハーレムを築いてるって先生が……誰に似たんだと思う?」

「お前だろ」

 

 そんな両親の会話を耳にした。

 

 そして小学校ではみんなからプレゼントをもらうこともエスコートも受けてはいけないとやんわり忠告されてしまった。わたしは頼んでないって主張したら余計頭を抱えられてしまった。

 

 みんな小学校に通うのがルールなのだと言われてしまえば仕方がない。まるで捕まった宇宙人のように、パパとママに手を持たれほぼ宙ぶらりんで引きずられている。

 

「杏樹、ちゃんと歩きなさい」

「アンジュ、ママの腕がもげちゃうわよ」

「パパの腕はもげないから問題ないと思う」

 

 駄々をこねるも相手にされず、引き続き引きずられたどり着いたのは大きな門。周りも同じように親子でぞろぞろと中に入っていく。

 

 校庭を横切り、玄関で上履きと履き替える。

 

「これが上履き、こっちが外ばき。間違えないよう気をつけなさい」

「うん」

 

 廊下を通り、教室に入るとわたしは大人に引き渡されママとパパは教室の後ろに行ってしまった。

 

「烏間杏樹ちゃんね、入学おめでとう。今からお席に案内するね」

 

 そう言って案内された席には自分の名前が書かれたプレートに、青い箱。中にはハサミとかノリとかおはじきとかが入っているのと、教科書が何冊か積み重なっていた。

 

 わたしが座ってから数分後にはもう先生が話始めた。このクラスの担当の先生らしい。初めはしっかり聞いていたが、だんだん退屈さが勝ってきた。

 

 式では案内された席で静かに座っていることみたいなことを言われたが、その座っていることが難しいのだ。今も立って歩きたいと言う気持ちとママとパパが見てるからきちんと座ってなくてはと言う気持ちでぐるぐるしている。

 

 なんとか教室での苦行は耐えきり、体育館に移動する。

 

 そこでもずっと座りっぱなしでお話もおめでとうございます見たいな話ばかりが続いて面白くない。

しばらくキョロキョロしたり手遊びをして過ごしてとうとう何もすることがなくなった時、足元にバッタを発見した。

 

 そう、バッタだ。しかもオンブバッタではなくてクルマバッタ。顔が仮面○イダーに似ている方。

思わず手を伸ばす、それに気づいた隣の男の子も手を伸ばす。

 

 周りの子は全員その一匹のバッタに興味しんしんで周りのことなんか気にする人は誰もいなかった。退場の合図がかかっていたらしいがわたしの周りの約10人ほどはどうやってバッタを捕まえるか、誰が捕まえるかと言うことしか考えておらず動かない。後ろで見守っていた保護者も退場の合図にぴくりともしないその集団にざわめき出す。

 

「ほら、みんな退場しようね〜」

 

 そんな声が聞こえたが、そんなことよりもバッタなのだ。

 

 一人の男の子が手を素早く動かし捕まえようとするが、危険に気づいたのか大きく飛び跳ねる。そして固まっている一人の女の子の肩に飛び乗った。

 

 女の子は悲鳴をあげ体を左右に揺らす、別の男の子はその女の子の肩から離れようとしないバッタにまたもや手を伸ばす。そしてついに捕まえた。

 

「はいあげる。僕からのプレゼント」

 そっと掌にバッタを乗せてくれた。わたしのためにとってくれたらしい。

 

 結局知らない先生が何人もやってきて、一生徒一人の先生が付き添い体育館から引きずり出された。もちろんわたしも頑丈そうな男の先生に引きずられて退場させられる。結局もらったバッタを見失ってしまった。

 

 教室に戻っていろいろ説明されたあと、担任の先生に学校は集団行動をする場所だから指示はきちんと聞きましょうと、パパとママの前で言われてしまった。

 

 これだけだったならまだ問題はなかったらしい。ただ、わたしが先生と面談をした回数は1ヶ月で4回。つまり週1ペースだ。

 

 大体、授業中立ち上がりぎみだとか、女の子のお友達と喧嘩したとか、文字を書くのが人より遅れているとか、話を聞いていないことがあるとか、それに男の子のお友達の興味や関心を巻き込んでの授業妨害は先生が対処するのが大変だ、一度病院で検査した方がいいと言うものだった。両親はひたすら謝り、すぐに病院の予約をとっていた。

 

「わたし悪い子だから病院行くの?」

「いや、何も悪くないよ。人によって得意と不得意が違うのは当たり前だからな。杏樹がやっている勉強はパパにもわからないことがあるし、逆にパパができる二重跳びはまだ杏樹は上手にできないだろ?そういうふうに杏樹ができることと苦手なことをはっきりさせるお手伝いをするために病院にいくんだ。杏樹が悪い子だから病院に行くわけじゃないよ」

 

「そうなんだ」

「アンジュ小学校楽しい?」

「お友達はいっぱいできたけどつまんない、体育は楽しいけどそれ以外はやだ」

 

 病院につくと優しそうなおじいちゃん先生が出迎えてくれた。いろいろと尋ねられ、テストを受け、血をとられ、脳波をとられ……結果は二週間後ですと言われた。

 

 結果はtwice exception 

 

 対人、論理、言語学習、身体運動神経、内省的知能が優れているが一方、多動、衝動性があり、文字を書くことや反復することがを苦手であること。簡単にまとめるとそんな感じらしい。

 

 学力も渚のおかげで大学の教養過程までは問題がなさそうだということ。海外の大学に通って得意を伸ばしつつ、苦手を平均レベルにするのがこの子の一つの選択肢であると言われた両親は驚き半分、納得半分の顔をしていた。

 

「アンジュはどうしたい? 小学校いく? それとももっとお勉強できるところ行く?」

「小学校やだ、知らないことやりたい」

 

 この発言により、パパを日本に残してママとアメリカに渡ることになった。

 

 こうして7歳で渡米し、9歳で学士取得、()()()()()()14歳で博士前期過程を終えた。ちなみに昔からの夢だった有機化学専攻だ。

 

 そのまま博士後期課程に進もうと思っていたのだが、周りの人が言う『華の高校生活』『一生の友を得た』『高校時代に戻りたい』なんて言葉が気になり始めていた。そんなに言われると興味が湧く。

 

 そこでママに高校に行ってみたいと相談をすることにした。

 

 乗り気なママはいろいろ探してくれたみたいだが、今は10月。すでにどこの学校も新学期がスタートしていた。

 

「日本に戻れば時間があるわね、タダオミに相談しましょ」

 そこからは早かった。

 

 パパが一年だけ勤めてた学校の元理事長に当たってくれて、その元理事長の知り合いの理事長に推薦を書いてあげようということになり、トントンと話が進み日本に帰ることになった。

 

 わたしがマスコミに追われていることも考慮して、なんと3年間外部との接触ができなくなる高校らしい。

 

 研究室の仲間にお別れを言うと盛大なパーティーを開いてくれて、いつでも戻ってきていいからと言ってもらえた。特に仲良くしてくれたハンナからは今時の高校生に流行っているものをわざわざ妹に聞いてまとめてくれたらしいが、アメリカと日本じゃ多分流行が違うのではないだろうか?

 

 すっかり英語に慣れたわたしは入学までのあと数ヶ月、日本語の復習を始めた。会話は文句なし、よみもOK、聞き取りもOK。ママからはその3つはお墨付きをもらえたが、書きがよろしくない。

 

「アルファベットと平仮名と……カタカナはいけてるわね、あとは……漢字ね」

「難しい……これってこれであってる? 何かが違うんだけど」

「ここが一本多いわ、ほら見比べてみなさい」

 

 書くとしてもタイピングで変換機能をバリバリ使って今までごまかしていたわたしにとってこれは苦痛な作業だった。とりあえずたぶん小学生で習う漢字はおおよそ形を覚えてきた。1、2本線が抜けたり増えたりはご愛敬ってことにしてほしい。

 

 

『普通』とは違う人生を歩んできたわたしだが、やっとみんなに合流する。




やっとよう実パートに入れます。


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第一巻(完)
No,1.1


4月入学式。

 

 学校に向かうバスに揺られて15分すでに杏樹の顔色は白から青へと変化していた。ブランコなど数分の強い揺れはなぜか平気なのだが、長時間の弱い揺れは杏樹にとって耐えがたいものであった。

 

 降りるバス停まであと45分。目の前に今にもよろけて倒れてしまいそうなお婆さんがいることに気がついた。

 

「……あの、ここどうぞ?」

「あらまぁありがとう、でもあなた顔が真っ青よ。わたしよりも座っていた方がいいわ」

 

 お婆さんに逆に心配されてしまった。杏樹は一度立った席に座り直し、静かに目を閉じた。この場合目をかっぴらいていたら逆にお互い気まずいだろう、そういう配慮だ。

 

「あなたこそ席を譲ってあげようとは思わないの?」

 

 杏樹の行動の一部始終を見ていた1人の女性が杏樹の隣に座る男子生徒に向かってそう言い放った。静かなバスの中でその声はとても目立っていた。

 

「そこの君お婆さんが困っているのが見えないのかしら?」

 

 畳み掛けるようにその女性はそう続けた。

 

「実にクレイジーな質問だね、レディー。なぜこの私が老婆に席を譲らなくてはならないんだい? どこにも理由はないが」

「君が座っているのは優先席よ、お年寄りに譲るのは当然でしょう」

「理解できないねぇ、優先席は優先席であって法的義務はないーー」

 

 そこから2人の会話はヒートアップしていく。

 

「なっ……! あなた高校生でしょう?! 大人の言うことは素直に聞きなさい!」

 

 OLはムキになっているが、話の中心であったであろう老婆はこれ以上騒ぎを大きくしたくないのかそのOLを必死になだめている。結局男子生徒の倫理以外はまったくもって間違いはない意見にOLは何も言えなくなり、悔しそうに歯を噛み締めていた。

 

「あの……私も、お姉さんの言う通りだと思うな」

 

 OLの隣に立っていた女子生徒がそう述べた。

 

「今度はプリティーガールか。どうやら今日の私は思いの外女性運があるらしい」

「おばあさん、さっきからずっと辛そうにしてるみたいなの。席を譲ってあげてもらえないかな? 社会貢献にもなると思うの」

「社会貢献か。中々面白い意見だ。でも私はその社会貢献に興味がないからねぇ。そもそも譲る気配のない私を説得するよりも、他の乗客に頼んだ方がお互いにいいとは思わないかい? たしかに私が美しいから声をかけたくなる気持ちは充分理解しているよ」

 

 結局近くにいた別の人が進まない論争に何かを思ったのだろう。それは善意かそれとも罪悪感か。さっきまでの論争は必要だったのか? と思われるくらいすんなりと譲って一件落着したらしい。

 

 ただ、杏樹の頭痛や吐き気はこの些細な揉め事とは反対に落ち着くことはなさそうだった。

 

 やっと目的地である学校前のバス停につき、揺れから解放される。杏樹は外の新鮮な空気を吸い込み、バス停目の前の学校の門を潜る。

 

 先ほどの頭痛よりも新たな場所への興奮が上回り、自分が体調不良であったことをすっかり忘れてしまった。

 

 周りは皆新入生、杏樹と同じ立場の人間だろう。こういう入学式は案内の係などがいるものだと思っていたが、実際はそうではなかったらしい。まぁ杏樹のまともな式への参加は小学校以来だ、そう思って係の代わりであろう立っている矢印の看板に沿って歩いて行った。

 

 矢印を辿るとついたのは教室。

 一人一人机は指定制らしい、周りの生徒を真似して自分もネームプレートを探す。

 

「えーと烏間、烏間……あった」

 

 席は後ろから2番目窓際からも2番目。小学校の入学式とは違い、青いお道具箱はなかったが代りに教科書や手紙が大量に積み重なっていた。

 

 杏樹の隣の席と前の席の人はまだきていない。後ろの席の人と斜め後ろの人は杏樹が席についた数分後同様に席についていた。

 

 元同期に言われたことを思い出す。『新学期はなぁ、とりあえず話しかけときゃみんな友達だ』杏樹はそのありがたいボブからのアドバイスに従うことにした。

 くるりと後ろを振り返る。

 

「こんにちは、わたし烏間杏樹っていうの。杏樹って呼んで。よろしくね」

 

 後ろの子とはちゃんと目があったような気がしたが、すぐに本に目をむけてしまった。人見知りか何かだろうか。

 

 仕方がないので、隣の男子生徒にも挨拶をする。

 

「えーっと、よろしくね?」

「あぁ、オレは綾小路清隆だ。好きなように呼んでくれ……杏樹はどこかのハーフか?」

 

 綾小路は杏樹の見た目と名前、そして日本語の習得度合いから日本育ちのハーフだと判断したらしい。

 

「そう、ママがスラブ系でパパが日本人。ミドルネームがイリーナなの」

「それじゃ母方に似たんだな」

「そうみたい。パパとは親子って言ってもなかなか信じてもらえなかったもん。パパはザ日本人って顔してるの」

「確かにその顔から純日本人は想像がつかないな」

 

 杏樹と綾小路は無難に話を繋げられていた。綾小路の隣の少女は好きな小説の話になった時に少し反応したような気がしたが、話に入ってくることはなかった。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段の授業は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えが存在しない。卒業までの3年間私が担任としてお前達全員と学ぶことになると思う。よろしく。今から一時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう。以前入学案内と一緒に配布してあるがな。そして今から配る学生証カード。それを使い敷地内にある全ての施設を利用したり、商品を買うことができる。ただしポイントを消費するので要注意だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものならなんでも購入可能だ。それからポイントは毎月1日に振り込まれる。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお1ポイントに1円の価値がある。それ以上の説明は不要だろう」

 

 一瞬クラスがざわついた。ざわついたことは想定内とでも言うように茶柱先生は補足説明を始めた。

 

「ポイントの支給額が多いことに驚いたか? この学校では生徒を実力で測る。入学を果たしたお前達にはそれだけの価値と可能性がある。そのことに対する評価みたいなものだ。遠慮することなく使え。ただし、このポイントは卒業後現金化したりできないから、ポイントを貯めても得はないぞ。振り込まれた後ポイントをどう使おうがお前達の自由だ。譲渡しても構わない。だがカツアゲをするような真似はするなよ? 学校はいじめ問題だけには敏感だからな。以上、式典までは自由時間だ」

 

 杏樹は一通りされた説明を噛み砕いで解釈していた。

 

 自分の価値をあげれればポイントは増加し、逆に下げれば減少する。杏樹にとっては10万は微々たる金額だ。これは普段の感覚のままだと使い切ってしまう可能性もある。早急に収入源を増やさないと。杏樹は自分が研究のためにしかお金を使ったことがないのを忘れて、その時はどんな事業を始めるべきか考えていた。

 

 しばらくして、自分がそんなにお金を使わないことに気づきその思考もすぐ止めてしまったが。

 

「みんな少し聞いてもらってもいいかな? 入学式までの時間に自己紹介を行なって1日でも早く皆が友達になれたらと思うんだ。どうかな?」

 

 さわやかな男子生徒からのありがたい提案にみんな賛成の声を上げる。

 

「じゃあ僕から。僕の名前は平田洋介。中学までは洋介って呼ばれることが多かったから気軽に下の名前で呼んでほしい。趣味はスポーツ全般だけど特にサッカーが好きで、この学校でもサッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 

 杏樹はみんなに合わせて拍手を送りながら顔名前を一致させていく。日本式自己紹介の仕方は一応学んでいるので、心配する必要はない。

 

 順々に自己紹介は進んでいき金髪ボブの明るそうな子の番がやってきた。

 

「私は櫛田桔梗といいます。中学からの友達は1人もこの学校に進学していないので一人ぼっちです。だから早く顔と名前を覚えて友達になりたいと思っています。私の最初の目標としてここにいる全員と仲良くなりたいです。みんなの自己紹介が終わったら連絡先を交換してください。以上で自己紹介を終わりますっ」

 

 櫛田は杏樹がバスの中で思った通り誰とでも仲良くできそうなタイプだった。ただ少し胡散臭さも感じたが、気のせいかもしれない。この手の第一印象の杏樹の的中率はオッズ2倍だ。

 

 その後も順調に進んでいた自己紹介は1人の生徒によって一度中断された。

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんてやりたいやつだけやれ」

 

 そう言っていかつめの男の子は外に出ていってしまいそれに続いて何人かも出ていってしまった。その中には杏樹の後ろの席である彼女、名前はネームプレートによると堀北鈴音というらしい、も含まれていた。

 

「強制じゃないから抜けたい人がいたら抜けても構わないよ。じゃあそこの角の子達も自己紹介お願いできるかな?」

 

 平田と目があった。

 杏樹はこくりと頷き席を立つ。

 

「烏間杏樹、気軽に杏樹って呼んでね。好きなことは体を動かすことかな? 見た目の通り、ハーフです。仲良くしてくれると嬉しいな」

 

 杏樹は無事挨拶を終え席につく。

 趣味や特技は、研究、製薬、研究発表とでもジョークとして(事実だが)言おうと思ったのだが、それは初日から目立ってしまうからアウトとママに止められてしまった。この学校では友達を作って恋愛をして楽しむのが杏樹の目標なのだ。最初から地雷原を設置するわけにはいかなかった。

 

 杏樹の次、つまり最後の自己紹介をするであろう綾小路は直前までぼーっとしてたのか、少し慌てて立ち上がっていた。

 

「えー……えっと綾小路清隆です。その、えー……得意なことは特にありませんが、みんなと仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

 杏樹が綾小路の自己紹介から得られた情報は特に何もなかった。

 




読んでくださりありがとうございます。


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No,1.2

 入学式が終わり、杏樹はソワソワしている綾小路に話しかける。

 

「清隆くん、この後どうするの?」

「あーコンビニに行ってみようと思ってる」

「わたしもついてっていいかな? 外では行ったことないんだよね」

「今時コンビニに行ったことないって珍しいな」

「そうなの?」

「いや……たぶんそうなんじゃないか?」

 

 この場に他に人がいれば絶対につっこまれたであろうその会話はスルーされてしまう。

 

 杏樹はこれまでネット通販が基本であり、行ったとしてもショッピングモール。

コンビニやスーパーはどれも目新しいのだ。

 

 コンビニについて中を覗いてみると堀北がいた。

 

「……またしても嫌な偶然ね」

「そんなに警戒するなよ。と言うか、お前もコンビニに用事だったのか」

「ええ、少しね。必要なものを買いにきたの」

 

 杏樹は店内を見渡し、商品のラインナップを確認していく。コンビニには食料だけでなく、細かな日用品まで売っているらしい。

 

「ーー女の子って、シャンプーとかにはこだわると思ってた」

「それは人によるでしょう? お金はいつ必要になるかわからないもの。それにしてもあなたが自己紹介の場に残るのが凄く意外だったわ」

「事勿れ主義だからこそ、ああ言う場にはひっそり参加するもんなんだよ。堀北こそ、なんで自己紹介に参加しなかったんだよ。みんなあの場で友達を作っていたぞ?」

 

「説明した方がいいかしら? 自己紹介したからと言って仲良くなれる保証があるわけじゃない。むしろ自己紹介によって何か確執が生じるかもしれない。それなら、最初から何もしなければ問題は起こることはない違う?」

「けど、確率的に言えば自己紹介をした方が仲良くなる可能性は高いだろ」

「その確率はどこから導き出したものなのかしら? 仮にあなたの言う通りだとしても、結果あなたは誰かと仲良くなれる可能性を見出したの?」

「う……杏樹なら仲良くなったぞ?」

「それは自己紹介をする前に彼女が動いてくれたからでしょう。つまり自己紹介=友達が作りやすいと言う仮説は立証できないのよ。そもそも私は言った通り、友人を作ろうと思っていない。だから自己紹介をする必要もなければ、その場にいて自己紹介を聞く必要もないと言うこと。これで納得してもらえる? それより、あなた友達ならあの子をどうにかしてあげなさい」

 

 堀北が杏樹の方に視線をやる。杏樹は陳列棚に自らが金属探知機になったかのよう商品をガン見しながら平行にゆっくりとずれている。ちょうど綾小路達が話している間に2mほど進んだようだ。

 

「杏樹はコンビニは初めてらしい」

「初めてでもあんなふうにはならないでしょ。このまま放っておいたら日が暮れるわよ」

「意外と杏樹のこと気にしてるんだな。本当は仲良くしたいけど人見知りで話しかけられないってやつか?」

「本当に失礼な人ね。あんな不審な行動をとられたら誰だって気になるわよ。何、あの子お嬢様か何かなの?」

「いや、そういう類のことは聞いてないな。でもそうなのかもしれない」

「はぁ、こんな人たちとクラスメイトとはこれから3年苦労することになりそうね」

 

 一列全部見終わった杏樹は綾小路達のもとに質問しに戻ってくる。

 

「ねぇ清隆くん、これって全部適正価格?」

「そういうのはオレの専門外だ堀北に聞いてくれ」

「特に違いは感じられないけど……どうしてそんなことを聞くの?」

「んー、日用品の値段とかあんまり詳しくないんだ。う○い棒が10円とかは知っているけど」

「あなた今までどうやって過ごしてきたの?」

「学校(大学、研究室)と家を行き来(車で送迎)? たまに旅行(学会、授賞式)にいったり?」

「はぁ……その生活をしててなぜ一般常識が身に付かないのかしら?」

「んーなんでだろう?」

 

 

 

「なあ、これどういうことだろうな?」

 綾小路が指したのはコンビニの隅に置かれた一部の食料品や生活用品。

 一見他のものと同じに見えるが大きく異なる点が一つだけあった。

「無料……?」

 

 堀北も不思議に感じたのか商品を手に取る。

 

「普通のコンビニにはこういうものはないの?」

「割引はあっても無料はないわ。しかもこれら全部見切り品ではなさそうね。ポイントを使いすぎた人への救済処置、かしら。随分と生徒に甘いのね」

「学校にはなんのメリットがあるんだろうな。これだけの大金を持たせて」

「そうね……敷地内にある施設だけでも十分多くの生徒は集まるわけだし、無理して学生にお金を持たせるなんて、必要性があるとは思えない、学生本来の目的である勉強が疎かになってしまうことだって十分あるはずなのに」

 

「でもお金は頑張らないと減っていくんじゃないの?」

「どういうことだ? 10万毎月振り込むって先生が言ってただろ?」

「え、聴き間違えたかな……先生は毎月生徒の評価によってポイントを振り込むって言ってた気がしたんだけど……?」

「つまり杏樹は毎月10万もらえないかもしれないと言いたいの?」

「逆に頑張れば10万以上もらえるんじゃないかな? そう聞こえたけど……二人とも顔怖いよ?」

「あなたのこと少し舐めていたかもしれないわ。その制度なら今のところの疑問が全部解決するもの。怠けたら支給額が減らされる。多くの生徒が学校の基準を満たさないから国の支出はそれほど多くない……ありえるわね」

「つまり、真面目に授業を受けろということか」

「たぶん?」

 

「極力無駄遣いを避けた方がいいことに変わりはないわね。むしろそうする必要が出てきたわ」

 



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No,1.3

 授業初日。

 

 大半は授業方針等の説明だったため杏樹は教師を目で追っていた。 飽きたら外を見て、外を見飽きたら教師を見てを繰り返していたらどんどん時間が過ぎていた。今日の茶柱先生のメイクはアイラインを少し失敗している。朝は急いでたんだろうか?

 

 今は昼休み、昼ごはんは自分で調達しないと食いっぱぐれるシステムだ。なんと言っても寮生活、お弁当を用意してくれるママはいない。

 

「杏樹もよかったらお昼一緒に食堂行かない?」

 

 杏樹は仲良くなった軽井沢達に誘われたため一緒に行くことにした。

 

 軽井沢恵はクラスの美少女の一人だ。見た目こそギャルで気が強い感じだが、なにかと初日から杏樹のことを気にかけてくれている優しい子だ。杏樹自身入学時に声をかけられた理由がわからなかったので素直に聞いてみると顔だと言われた。顔か。

 

「杏樹どれにすんの?」

「わたしこれにチャレンジしてみる!」

 

 杏樹が指差した食券は山菜定食。無料と書かれたボタンだった。明らかに一番押されているのだろう、ボタンがへたっている。

 

「まじ? それは最終手段って感じじゃない? もっと美味しそうなのあるじゃん」

「結構いろんな上級生達が食べてるから案外美味しいのかも?しれないし〜」

 

 杏樹はお盆を持ち列に並んで、食券を引き換えに山菜定食を手に入れた。みんながとっておいてくれたテーブルにお盆を乗せ席につく。

 

 杏樹は海外に行くことも多く、そこで様々なものを口にしてきたのでちょっとやそっとじゃへこたれない舌を持っている。だから普通の山菜にそこまで抵抗はないためどんどん箸を進める。

 

「で、どう? どんな味?」

 

 あまりにも平然と食べているのでみんなに食レポを求められる。

 

「ご飯もお漬物もお味噌汁もたぶん他の定食と一緒。山菜が好きなら美味しいと思うよ、ただ独特な風味が苦手な人にはつらいかも? いい意味でも悪い意味でも素材の味がしっかりあるから」

「うわ、やっぱ私それ無理なやつ」

「あたしもーーーー」

 

話を遮るような大きな音量で放送が流れた。5時から部活説明会が開かれるので希望者は体育館にということらしい。

 

「洋介くんはサッカー部希望だっけ?」

「そうだね、他の部活も気になりはするけど、入るとしたらサッカー部かな」

「サッカーやってる平田くん絶対かっこいいじゃん!」

「杏樹さんは? 何か興味ある部活あるのかな?」

「んー今のところはないかな、恵ちゃんは?」

 

 お互いに入りたい部活や強い部活、この学校の施設の話で盛り上がり最初の食事会は成功だった。

 

 

 午後5時体育館に新入生が集まっていた。杏樹は配られたパンフレットに目を通しながら比較的空いている場所を探して歩き回っていた。

 

「あっ清隆くんと鈴音ちゃんだ! 二人だけ?」

「あぁ、堀北についてきてもらった。一人なのか?初日からいろんな人と話しているイメージだったが」

「ちょっとはぐれちゃったから一人で来ちゃった感じ、これだけ人多いと探すの大変そうだなぁって。二人はどこか部活入る予定なの?」

「いや、多分入らない。杏樹こそどこか入りたいところはあるのか?」

「んー、部活には入らないかなぁ。まだこの生活にも慣れてないし。鈴音ちゃんは?」

「特に入る気はないわ、私は綾小路くんの付き添いで来ただけ」

「なんだぁここにいる全員が部活入る気ないってことね」

「もしかしたら紹介で運命的な部活との出会いがあるかもしれないぞ?」

 

 アナウンスが入り部活紹介が始まる。

 

 杏樹は堀北が綾小路にわざと柔道部を薦めているのを横で笑って聞いていた。

 

「どうした?」

 

 杏樹は綾小路が堀北に声をかけているのを聞いて隣を振り向く。堀北の顔には畏怖、尊敬、渇望いろいろな感情が合わさった表情をしていた。その原因となったであろう壇上に杏樹は目を向ける。

 

 壇上に向かって歩いていたのは一人の知的な雰囲気を纏った男子生徒。

 

 マイクの前に立ったものの一言も話していない。だんだんと周りがざわついてくる。周りの生徒からは緊張でセリフが飛んでいるように見えてるのかもしれないが、あれは違うだろう。

 

 だんだん何か違和感を感じてきたのかだんだんと笑い声は減っていき最終的には静寂が広がった。

 

「私は、生徒会会長を務めている堀北学と言います。生徒会もまた上級生の卒業に伴い、一年生から立候補を募ります。特別立候補に資格は要りませんが、もしも生徒会に立候補を考えている者がいるのなら部活への所属は避けていただくようお願いします。それから、私たち生徒会は甘い考えによる立候補は望まない。そのような人間は当選することは愚か、学校に汚点を残すことになるだろう。わが生徒会には、規律を変える権利と使命が学校側に認められ、期待されている。そのことを理解する者のみ歓迎しよう」

 

 体育館全体の雰囲気は徐々に開放されて、話し声が目立つようになってきた。

 杏樹は特に部活にも生徒会にも興味を持つことなく寮にそのまま直帰することにした。

 

 

 入学式から一週間たったぐらい、いつもより教室が賑わっていた。

 

「おはよ〜? 今日はなんだか賑やかだね?」

 

 杏樹は女子で固まってるところに混ざる。

 

「今日の体育水泳だから、男子達が……」

 

 池、山内、外村をメインに何やら大きな声で騒いでいる。

 池や山内はこの一週間でこのクラスのお調子者の立ち位置をゲットしていた。外村も博士というあだ名をつけられ、オタク気質として名を轟かせている。

 

「博士、女子の水着ちゃんと記録してくれよ?」

「任せてくだされ。体調不良で授業を見学する予定ンゴ」

「記録? 何させるつもりだよ」

「博士にクラスの女子のおっぱい大きい子ランキング作ってもらうんだよ。あわよくば携帯で画像撮影とか」

 

 杏樹は自分の胸を見て静かにため息をついた。杏樹の身長は160。痩せ身で筋肉がついてる分脂肪が削ぎ落とされていた。ここだけはママに似ないでパパに似た(?)ようだ。いや、パパほど筋肉もないから胸は誰にも似ていない。

 

 ちなみにママのは人の顔を挟めるくらいとでも表現しておこう。

 

 

 一部の人間にとって待ちに待った水泳の授業、杏樹は指定外のスクール水着に着替えプールに向かった。ちなみに杏樹の水着は半袖タイプの水着なので、肌が出ているのは手と足だけとなっている。水着は派手でなければ理由さえあれば比較的簡単に変更の許可が出せる。

 

「うわ〜すっごい! 広い! しかも室内さいこー!」

 

 そんな声が女子から次々と出てくる。

 

「2人とも何やってるのかなっ?楽しそうだね」

「く、くく、櫛田ちゃん?!」

 

 男子達が何やら騒いでるのを気にすることなく櫛田は山内と池に話しかけていた。一瞬櫛田に釘付けになった男子はすぐに視線をそらした。

 櫛田の身体はなんというか杏樹より発達しているのは確かだ。

 

 先生から集合がかかり皆が集まっている方に向かう。

 

 準備運動をしたあと体を慣らすために50mほど泳いでいく。プールの温度は室内ということもあって温水ですぐに体になじんだ。杏樹は適当に泳ぎおえ、プールサイドに上がる。

 

 今日の授業は実力を測るために男女別で競争することになった。1位には5000ポイントをくれるらしくみんなのやる気も上がる。女子は10人男子は16人。

 

 女子からスタートということで杏樹は第二レースで指定された5コースにつく。

 

「桔梗ちゃん隣のコースだねよろしく!」

「杏樹ちゃんはやそー、でも私なりに頑張る!」

「うん! お互いベストを尽くそうね〜」

 

 二人が可愛らしい会話をしている間に男子達のテンションは最高潮だった。

 

「櫛田ちゃんくっそ可愛い、てか杏樹ちゃんとの絡み最高すぎる、はぁはぁ」

「杏樹ちゃんまじスタイルいいな、正直侮ってたわ。ただあの水着はイカンよ、せっかくの露出の機会が……」

 

 男子の下世話な会話に杏樹は聞こえないふりをしていた。

 

 第1レースは堀北が28秒をだしレース内1位だったようだ。

 

 第2レース。杏樹は笛と共に飛び込み泳いでいく。目立ったミスもなくターンは綺麗に決まり、引き返す。まだそこまで泳いでいないため体力も問題なかった。

 

 結果から言うと杏樹がギリギリ1位だった。

 

「やった! いっちばーん!」

 

 ピースしながら櫛田がプールから出るのを手伝う。

 

「杏樹ちゃんやっぱめちゃくちゃ早かった〜水泳部だったとか?」

「昔お父さんに教えてもらったの」

 

 コンマ数秒の世界だったが水泳部に入ったらしい小野寺さんにも勝って、5000ポイントもらった。 肌についている水滴を落としながら男子と場所の交代をする。

 

「清隆くんファイティン」

「ビリは避けるよ」

 

 なんともやる気のない返事に杏樹は笑ってしまう。

 

 男子の結果は須藤と高円寺、平田が実力を発揮していた。

 

「清隆くん最下位回避おめでとう」

「杏樹こそ一位、すごいな」

「運動神経はパパ似だから感謝しないとだねぇ」

 

 杏樹は泳ぎ終えた山内と池に綾小路を奪われそれ以上話すことはできなかった。



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No,1.4

 少しずつ学校生活にも慣れ、放課後どこかに遊びに行く生徒も増えてきた。

 

「櫛田ちゃんカフェ行かない?」

「うん、いくいく! あ、でもあと二人誘ってもいい?」

 

 櫛田は誘ってくれた女の子に少し待つように伝え、杏樹と堀北の方にやってきた。

 

「堀北さん、杏樹ちゃん。私これから友達とカフェ行くんだけどよかったら一緒にどうかな?」

「興味ないから」

 

 堀北は問答無用。一刀両断する。

 

「ごめん、今日は疲れちゃったから早くベッドに飛び込む予定なの。また今度誘って〜」

 

 杏樹もまぁなんとも自分勝手な理由で誘いを断る。ただ、杏樹の場合疲れていると不機嫌になったり省エネモードでほぼ機能しない可能性もあるのでこの判断でたぶん正解だ。

 

「そっか、二人ともまた誘うね」

「待って、櫛田さん。もう誘わないで、迷惑なの」

 

 堀北は冷たく、そう言う。取りつく島もない。

 

「また誘うねっ」

 

 櫛田はいつもの笑顔を絶やさずにそう言って戻っていった。

 

「桔梗ちゃん、もう堀北さん誘うのやめなよ。私あの子嫌いーーーー」

 

 その廊下での女の子の発言はしっかり杏樹、綾小路そして堀北に届いていた。

 

「あなたたちまで余計なことを言ったりしないわよね?」

「あぁ。お前の性格は十分理解したつもりだし、無駄だろうからな」

「個人の自由だからいいんじゃない?」

「安心だわ」

 

 堀北は自分のペースで一人教室を出て行った。

 

「綾小路くん、杏樹さん。ちょっといいかな?」

 

 いつの間にか教室に残っていたのは杏樹、綾小路、平田の3人になっていた。

 

「堀北さんのことだけど、どうにかならないかな? 女子からも意見が出ててね。彼女いつも一人だから……もう少し仲良くするよう言ってもらえないかな?」

「それは個人の自由じゃないのか? 堀北が誰かに迷惑をかけてるわけでもないし」

「もちろんわかってるよ。だけど心配する声も多いからね。僕はクラスの中で絶対いじめなんて問題起こさせるつもりはないから」

「大丈夫だよ洋介くん、時と学校が全てを解決してくれるよ」

 

 そんなまたもや無責任な発言を残し、杏樹はカバンを手に持って手を振りながら教室を去った。

 

 一方教室では

 

「綾小路くん、今杏樹さんが言ってた意味ってわかったりするかい?」

「意味ってなんのだ?」

「学校がってどういう意味かなって?」

「そこまで深読みすることではないんじゃないか?」

「……そうだね、なんか杏樹さん独特の雰囲気に飲まれちゃったみたいだ」

 

 

 月末、入学してもう1ヶ月経とうとしている。

 

 相変わらず授業を熱心に受けているのは一部のみで、ほとんどが私語や遅刻の常習犯となっていた。

 

 ちなみに杏樹はと云うと、興味のある授業以外はこっそり文字を書く練習に勤しんでいた。板書はすでに各教師から書かなくても大丈夫なようにコピーをもらっているので板書に追われることはない。教科書に書いてある漢字をそのまま写しとる作業、見たものをただ写す作業でさえ疲労度が半端ない。少しずつ少しずつ気が向いた時気が向く分だけをもっとーにのんびりと練習していた。ただ普段の生活で問題なく使えるレベルになるのはまだ先な気がして杏樹はため息をつくしかなかった。

 

「ちょっと静かにしろ、今日はちょっとだけ真面目に受けてもらうぞ」

「どういう事っすかー佐枝ちゃんセンセー」

「月末だからな、小テストを行うことになった。後ろに配ってくれ」

 

 主要5科目の問題がまとめて載った、それぞれ数問づつの、まさに小テストだ。

 

「今回のテストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には反映されない。ノーリスクだから安心しろ」

 

 杏樹は問題に目を通す。どの問題も方針や答えは開始10分で既に検討がついていたのだが、如何せん書くのに時間がかかる。

 

 杏樹はとりあえず数学の記述(ほぼ数式と記号のみで書いた)を書き終え、理科の計算を解き、開始30分以降単語を書く問題をゆっくりゆっくり進めていく。50分の試験時間は杏樹の書くスピードでは到底間に合いそうになく、残り10分の合図の時にはまだほとんどの日本語を書くべき場所はまだ空白だった。

 

 仕方なく、生物の単語など英語で書けるものは英語で書いてみる。一種の悪あがきだ。

チャイムがなり解答用紙が回収される。

 

 社会系特に日本史はどうしようもなくほぼ空欄となってしまった。どの問題も口頭試問だったら確実に取れるのに、と杏樹は悔しさでほんのりと目に涙を浮かべた。

 

 

 小テストも終わり、教室内では遊びの誘いが飛び交っている。

 

 この1ヶ月でほとんど女子はグループを形成しつつあった。女子は軽井沢、櫛田が二大グループの核となっている。杏樹は特に軽井沢と仲がいいが、グループに所属しているわけではなかった。杏樹がフラフラしていると、それを見つけた軽井沢が自分のところに杏樹を呼び寄せるのが毎度お決まりのパターンだ。

 

 杏樹がいつも仲良くしている人は?  と聞かれたら、綾小路か軽井沢。たぶん堀北も、とみんな答えるだろう。大体そんな感じだ。別に他の人と話していないわけではないし、むしろ全員と話しているがそこの3人とはなんというか濃度が違うのだ。

 

 

 5月最初の学校生活を告げる始業チャイムがなった。

 

 茶柱先生が険しい顔をしながら教室に入ってくる。

 

「せんせー、ひょっとして生理でも止まりましたか?」

 

 池が失礼な発言をするが、先生は無視して話し始めた。

 

「これより朝のHRを始める。が、その前に何か質問はあるか?気になることがあるなら今聞いておいたほうがいいぞ?」

 

 先生は質問があることを確信しているような口ぶりだった。その言葉に何人かの生徒が手をあげる。

 

「あの、ポイントが振り込まれていないんすけど、毎月一日に支給されるんじゃなかったんすか? このままじゃ無一文になっちゃいますって」

「山内、前にも説明しただろ。その通りだ。ポイントは毎月一日に振り込まれる。今月も振り込まれたことは確認されている」

「え、でも……振り込まれてなかったよな?」

 

何人かの生徒が顔を見合わせて頷きあっている。

 

「……お前らは本当に愚かだな。」

 

 支給額がクラスで同じ、つまり連帯責任制度であったことに杏樹は先生の発言と態度で理解した。杏樹は自由の国アメリカで長いこと過ごしてきたので、連帯責任なんて考えもつかなかったが、ここは日本。そういうこともありうるのか、と一人うなずいていた。

 

「ははは、なるほどそういうことだねティーチャー。理解できたよ、簡単なことさ、私たちDクラスには0ポイント振り込まれた、ということだよ」

「はぁ?なんでだよ。毎月10万ポイント振り込まれるって……」

「私はそう聞いた覚えはないね。そうだろう?」

 

 ニヤニヤ笑ながら高円寺は先生に堂々と指をさす。

 

「態度には問題有りだが、高円寺のいう通りだ。全くこれだけヒントをやって自分で気付けるのが数人とは実に嘆かわしいことだ」

 

 教室がざわざわし始める。

 

「……先生質問いいですか? ふに落ちないことがあります」

 

 平田が手をあげる。このクラスのリーダーらしい行動に杏樹は尊敬の眼差しを向ける。

 

「振り込まれなかった理由を教えてください。でなければ僕たちは納得できません」

「遅刻欠席合わせて98回。授業中の私語や携帯の使用391回。ひと月でよくここまでやらかしたものだ」

 

 平田がいろいろと粘ったものの、入学した日に説明したや、学校の決まりで詳しく教えることはできないと一蹴されていた。

 

「本題に戻ろう、お前たちはこの1ヶ月学校で好き勝手な生活をしてきた。学校側はそれを否定するつもりはない。ポイントに関しても個人の自由だ。」

 

 先生によって貼り出された白い模造紙には各クラスのクラスポイントが書かれていた。

A 940

B 650

C 490

D 0

 

 

「なぜここまでクラスポイントに差があるんですか?」

 

 平田の問いに先生は皮肉を混ぜながら答える。

 

「だんだん理解できてきようだな、お前らがD組に選ばれた理由が。この学校では優秀な生徒たちの順にクラスわけされるようになっている。もっとも優秀な生徒はAクラスへ。ダメな生徒はDクラスへ。合理的なシステムだ。つまりお前達は不良品の集まりということだ」

 

 なんともな言われようだ。「発達の余地がある」くらい言ってくれと杏樹は抗議した。

 

 もちろんそれは心の中だけで外に出すことはなかったが。杏樹にパリは向いていない。

 

「さて、ここで残念なお知らせがもう一つある。先日やった小テストの結果だ。揃いも揃って粒揃いで、先生は嬉しいぞ。中学で一体何をやってきた」

 

 貼られた成績表を確認すると、上位数名以外は微妙な点数しか取れていない。特に下位は20点に満たない者もいる。

 

 杏樹の結果は41点 数学4問と英語の2問(残りの2問は和訳問題だった)、理科の2問と部分点。国語と社会は解けたと思った問題でも文字が書けてなかったらしく全滅という感じだ。わかっていたが平均が65前後だろうから杏樹は勉強ができない組に分類される。

 

 

 ホームルームが終わり、テスト結果に諦めをつけ杏樹は振り返って堀北と綾小路のところに席を寄せる。

 

「清隆くん何してるの?」

「あぁ、どうにかしてポイントの詳細を割り出せないかと思って」

「確かにそれがわかったら対策が楽になるね〜」

「でも現段階で詳細を割り出すのは難しいんじゃないかしら? それにあなたがそれを調べたところで解決する問題とは思えない。このクラスは単純に私語や遅刻をしすぎたのよ」

 

「堀北もここを卒業すれば好きな職につけるというのにつられて入ったタマか?」

「……どうしてそんなことを?」

「いや、AとDの差を聞いたときショックそうだったからな」

「そんなの大なり小なりみんなそうでしょ。入学前に説明があったならともかくこの段階で言われて納得なんてできない」

「わたしは高校にいれたらなんでもいいなぁ」

「杏樹は極端だな、というオレもAだのDだのいう前にポイントの確保をしたいところだな」

「あなた達には向上心というものがまるでないわね。ポイントなんて副産物でしかないわ。なくても生活に支障は出ない。事実学校には無料で利用できるものがあるでしょう?」

「生活に支障は出ないねえ……」

「先月2人はいくら使ったのかしら?」

「ん、オレはざっと2万くらいかな、初めから10万もらえないかもしれない可能性を教えてくれたからそんなに散財はしてない。杏樹は?」

「私もおんなじくらいだと思う、でもクラス単位での評価は予想外だったね」

 

 ここにいるメンバーはそこまで大変ではないが、使い切ってしまった人たちにとっては悲惨だろう。山内や池が騒いでいる姿を3人は哀れみの目で見ていた。

 

「みんな少し聞いて欲しい! 特に須藤くん。今月僕たちはポイントがもらえなかった。これは、今後の学校生活において非常に重要な問題だ。まさかずっと0ポイントで過ごすわけにはいかないだろ? だからこそ来月こそはポイントを獲得したい。そのためには遅刻や授業中の私語はやめるように互いに注意するんだ」

「は? なんでそんなこと平田に注意されなきゃいけないんだ。ポイントは変わらないんだから意味ないだろ」

「でもそれらをやり続ける限り僕たちのポイントは増えない」

「……お前が何やろうと勝手だけどよ、俺を巻き込むなよ」

 

 そう言って須藤は教室を出てってしまった。教壇を降りた平田が杏樹達の方に歩いてくる。

 

「堀北さん、杏樹さん綾小路くん。放課後ポイントを増やすためにどうしていくべきか話し合いたいんだ。是非君たちにも参加してもらいたい。どうかな?」

「どうしてオレ達なんだ?」

「全員に声をかけるつもりだよ。だけど全員に一度に声をかけてもきっと半数以上は話半分に聞いて真剣に耳を傾けてくれないと思うんだ」

「ごめんなさい、他を当たってもらえる?話し合いは得意じゃないの」

「無理に発言しなくてもいいよ。思いつくことがあったらで構わないし、その場にいてくれることだけでも十分だから」

「申し訳ないけれど、私は意味のないことに付き合う気はないから」

「これは僕たちDクラスにとって最初の試練だと思うだからーー」

「断ったはずよ、私は参加しない」

 

 強く冷静な一言。平田の立場を斟酌しつつも堀北は再度拒絶を示した。

 

「そ、そうか。ごめん……もし気が変わったら参加してほしい」

 

 残念そうに引き下がる平田をもう堀北は見ていなかった。

 

「杏樹さんと綾小路くんは?」

「んー、いるだけならいいよ?」

「じゃオレも。特に何かできるわけじゃないけど」

「ありがとう、話し合いの場にいてくれることが重要なんだ」

 

 平田が戻って行った後綾小路がふとつぶやいた。

 

「平田も偉いよな。ああやって行動を起こすんだから、落ち込んでもおかしくないのに」

「それは見解の一つね、安易に話し合いを持って解決する問題なら苦労はしないわ。それに私には素直に今の状況を受け入れることなんてできない」

「受け入れることなんてできない?それってどういう意味だ?」

 

 

 綾小路の質問に答えずに堀北は黙り込んでしまった。



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No,1.5

 放課後、杏樹は綾小路とだべりながら対策会議が始まるのを待っていた。

 

「自分が茶柱って名字になったらお茶が好きになると思う? 嫌いになると思う?」

「なんだその質問……オレは嫌いになるな。席を立つたびに『茶柱が立ったぞ!今日はいい日だ』なんて言われてみろ、クララより重い責任を感じなきゃいけなくなる」

「うわぁそれはやだね、でも自己紹介のネタには困らないよ。普段はティーパックを使ってます。とか」

「自己紹介といえば嫌なことを思い出した」

「清隆くんの事故紹介だったもんね」

「一ヶ月前の自分にあったら黄昏てる場合じゃないって忠告したいな」

「そしたら結果は変わった?」

「……いや、確証はないな。変なこと言ってもっとひどい目にあったかもしれない」

 

『1年D組綾小路くん。烏間さん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください』

 

 突然の放送に杏樹は戸惑う。

 ささっと教室を抜けたが、突き刺さる視線を感じいたたまれない。まだ道連れがいるだけマシだが。

 

「清隆くん何やらかしたの?」

「いや、何もやってない。その理論だと杏樹も何かやらかしたことになるぞ?」

「じゃあ今茶柱で遊んでたのばれた?」

「エスパーじゃあるまいし、その程度で呼び出されたら毎日放送の嵐だろ。全校生徒が聞く中で名前を呼ばれるなんて目立つよな」

「大丈夫だよ、綾小路なんて名前いっぱい……いないね」

 

 職員室に到達した。

 

「清隆くん先声かけて、わたし背中にへばりついてるから」

「嫌な役目をさらっと押し付けないでくれ……そんな自分の容貌を最大限に使った目で見るなよ、わかった。茶柱先生いますか?」

 

 杏樹必殺、上目遣いを食らった綾小路は仕方なく職員室に顔を覗き込む。

 

「え? サエちゃん? さっきまで居たんだけどな。ちょっと席を外してるみたい中に入ってたら?」

 

 星之宮先生が綾小路に絡み始めた。星之宮先生はBクラスの担任で、養護の先生でもあるが、正直教科担当よりあまり接点がない部類の先生だ。

 

「名前なんていうの? サエちゃんになんで呼び出されたの?」

「綾小路です、呼び出された理由はさっぱり」

「綾小路くんか〜なんていうかかなりカッコいいじゃない〜。モテるでしょ〜。もう彼女とかできた〜?」

「いえ、あの別にオレモテないっすから」

「ふーん意外。わたしが同じクラスだったら絶対放っておかないのに〜。ウブってわけでもないでしょ? ツンツンっと」

 

 星之宮先生が綾小路のほっぺたをツンツンしているところに茶柱先生が来た。

 

「何やってるんだ星之宮」

 

 そう言って星之宮先生の頭をクリップボードで叩いた。

 

「いったぁ。何するの! さえちゃんに会いに来たっていうから相手してただけじゃない」

「放っておけばいいだろう。またせたな綾小路…一緒に烏間も呼んだはずだが?」

「…ちゃんといます!」

 

 絡まれている綾小路を盾に気配を消していた杏樹が綾小路の背中からひょこっと顔を出す。

 

「あら、女の子もいたのね気づかなかった」

「揃っているならいい。生徒指導室まで来てもらおうか?」

 

 杏樹と綾小路はお互い見つめ合い、そして首を傾げる。

 

「先生俺たち何かしましたか? ……もしかして不純異性交遊とか?」

「もしそうなら別件でもう一度話すことにしよう。今回は違う理由だ」

「待って清隆くん真顔で冗談言わないで! 先生も乗らないで!」

 

「で、なんですか、オレ達を呼んだ理由って」

「うむ、それなんだが、話をする前にちょっとこっちに来てくれ」

 

 茶柱先生は指導室の壁にかけられた時計をチラチラ確認した後、指導室のドアを開ける。そこは給湯室になっているようでコンロの上にはヤカンが置かれていた。

 

「お茶でも沸かせばいいですかね。ほうじ茶でいいですか?」

「清隆くん粉末より茶葉の方がいいんじゃない?」

 

 先ほどの雑談ネタを引きずっている二人はまだお茶にこだわっていた。

 

「余計なことはしなくていい。黙ってここに入ってろ。いいか、私が出てきていいというまでここで物音立てず静かにしてるんだ。破ったら退学にする」

 

 杏樹も綾小路も反論する前に給湯室のドアが閉められてしまった。杏樹はソファーを指差してとりあえず座ろうという意思を示す。綾小路も頷き2人でソファーに座った。

 

「まぁ入ってくれ。それで、わたしに話とはなんだ?堀北」

 

 どうやら生徒指導室に訪ねてきたのは堀北のようだ

 

「率直にお聞きします、なぜわたしがDクラスに配属されたのでしょうか?」

「本当に率直だな」

「先生は本日、Dクラスは学校の落ちこぼれが集まるクラスだとおっしゃいました」

「私が言ったことは事実だ。どうやらお前は自分が優秀な人間だと思っているようだな」

「入学試験の問題はほとんど全て解けたと自負していますし、面接でも大きなミスをした記憶はありません。少なくともDクラスになるとは思えないんです」

「確かにお前は入試成績で同率4位の成績を収めている。2位3位とも僅差。十分過ぎるできだな。面接でも確かに特別注意する点は見つからなかった。むしろ高評価とも言える」

「ありがとうございます、ではなぜ?」

「その前に、お前はどうしてDクラスであることが不満なんだ?」

「正当に評価されていない状況を喜ぶ者などいません。ましてこの学校ではクラスの差によって将来が大きく左右されます。当然のことです」

「正当な評価? おいおいお前は随分と自己評価が高いな。お前の学力が優れているのは認めよう。だが、誰が学力で優秀なやつが優秀なクラスに入れると言った?」

「それは世の中の常識の話をしているんです」

「世の中とここでの常識は必ず一致するわけではないぞ? それに正当な評価されていない状況を喜ぶものはいないと決めつけた発言は早計だな。中には正当に評価されないことをよしとする者もいる」

「冗談でしょう? そのような人間私には理解できません」

「そうかな? Dクラスにもいると思うがな。低いレベルのクラスに割り当てられて喜んでいる変わり者の生徒が」

 

 変わり者の生徒に心当たりがある2人は同時に眉を潜めた。

 

「説明になっていません。改めて学校側に聞くことにします」

「上に掛け合っても無駄だ。それに悲観する必要はない。朝も話したがクラスは上下する。卒業までにAクラスに上がれる可能性は残されている」

「簡単な道のりとは思えません。未熟なものが集まるクラスをどうやってAクラスよりも優れたポイントをとるっていうんです? どう考えても不可能じゃないでしょうか?」

「それはわたしの知ったことではない。目指す目指さないも個人の自由だ。それともAクラスに上がらなければならない特別な理由でもあるのか?」

「それは……今日のところは失礼します。ですがわたしが納得していないことは覚えておいてください」

「覚えておこう。あぁそうだもう2人ほど指導室に呼んでいたんだ。お前にも関係ある人達だ」

 

「(逃げていいかな?)」

「(同じ気分だが、オレは退学にはなりたくない)」

「(同意)」

 ほとんど死んだ目をしながら2人は口パクで会話する。

 

「出てこい綾小路、烏間。出てこないと退学にするぞ」

 

 杏樹は綾小路の背中を押し先に行かせる。

 

「わたしの話を……聞いていたの?」

「話? 何か話しているのはわかったがよく聞こえなかった。なぁ杏樹」

「うん、聞こえてもエアコンの稼働音くらいだったよ」

「そんなことはない。給湯室はこの部屋の声がよく通るぞ?」

 

「先生なぜこのようなことを?」

 

 この場が仕組まれていたと気づいた堀北は質問をする。

 

「必要なことと判断したからだ。さて、まず綾小路、お前を呼んだわけを話そう。お前は面白い生徒だな綾小路」

「茶柱なんて奇妙な苗字を持った先生ほど面白い男じゃないですよ、オレ」

「全国の茶柱さんに土下座してみるか?ん? まぁいい入試の結果を元に個人の指導方法を思案していたんだが、お前のテストを見て興味深いことに気づいたんだ。最初は心底驚いたぞ」

 

 そう言って茶柱先生が綾小路の解答用紙を並べていく。

 

「英語50点数学50点理科50点社会50点、今回の小テストも50点。これが意味することがわかるか?」

「偶然って怖いっすね」

 

 いくら先生が意図的を主張しても綾小路は偶然という主張を貫きとおしていた。

 

「あなたはどうしてこんなわけのわからないことをしたの?」

「いや、堀北。さっきから言ってるがこれは偶然だっての。隠れた天才とかそういう設定はないぞ?そう言うのは杏樹の得意分野だ」

「ひょっとしたら綾小路はお前より頭脳明晰かもしれないぞ堀北」

「勉強好きじゃないですし、頑張るつもりもないですし。だからこんな点なんですよ」

「この学校を選んだ生徒が言うことじゃないな。まぁお前の場合別の理由があるのかもしれないな」

「なんですか別の理由って」

「詳しく聞きたいか?」

「やめておきます。聞くと突然発狂して部屋の備品を破壊しそうなんで」

「そうなれば綾小路、お前はEクラスへ降格だな」

「そんなクラスありましたっけ?」

「喜べ、退学ってことだ。まぁいい。次に烏間についてだが……聞いているか?」

 

 杏樹は3人が話していることに特に興味はなく、今日の晩ご飯はカレーにしようかなとか、隠し味ってどの程度料理に影響を及ぼすんだろう?なんてどんどん脱線していた。そのせいで返事の代わりに出てきた言葉がおかしかったのは言うまでもない。

 

「巷の隠し味ってどこまでが研究されてるんでしょう?」

「何を言ってるんだ……まぁいい。烏間に関しては別件だ、二人は烏間と仲がよかっただろう?」

「私は彼女とは席が近いだけで仲がいいわけではありません」

「そんなはっきり言わなくてもいいだろ堀北。オレは仲良いですよ……だよな杏樹?」

「うん、仲いいよ?」

「じゃ、もう堀北は戻ってもいいぞ。まぁお前も仲がいいと言うなら残ってもいいが」

 

 堀北はもう用済みだと言わんばかりの扱いをされたが、元から出ていくつもりだったのだろうすぐに一礼して退出した。

 

「で、本題だがテスト一週間前のノートのコピーを烏間にあげる仕事を担ってくれないか?」

「どういうことですか? オレそんないいノートとってないですよ?」

「試験期間以外は教員の板書ノートをコピーするなどで対応していたんだが、テスト期間となると情報漏洩の観点からなかなか原本を渡すわけにいかなくてな。もちろんコピーは職員がやるからポイントなどは一切かからない」

「そもそもどうして板書を?」

「烏間、話してないのか?」

「いやぁ急に言われても? って感じかなって、でもノートを頼むにはきっちり話とかないとかぁ。……あのねわたし文字がうまく書けないの。平仮名とカタカナ、アルファベットはゆっくり書いたら大丈夫なんだけど、漢字とかは書くの時間がかかる上に反転したり余計な線書いたりして。だから合理的配慮で板書はもらって、テストは別室でPCを利用した試験って感じの対応をとってもらってるの」

「それならこないだの小テストはどうしたんだ?」

「がんばった」

「なるほど気合か」

「綾小路はあまり驚かないんだな」

「まぁ別に文字が書けないことはオレにたいした影響を与えないんで」

「つまり板書に協力してくれると?」

「断る理由もないですからね、ただクオリティは求めるなよ杏樹?」

「ありがと清隆くん」

 

 綾小路は杏樹の特性について話を聞いたものの特にそこまで何も思わなかった。まぁ代筆くらいならしてもいいだろうくらいのレベルだ。杏樹が文字をかけるようにサポートしろとか言われなければ杏樹との仲を変える理由も特に見当たらなかった。むしろこんなことで不仲になってしまったらオレは今からボッチ生活を強いられてしまう。

 一度得た快適空間を奪われるなんて地獄でしかない。

 

「よし伝えるべきことは伝えた、わたしはもう行く。ここは鍵を閉めるからさっさと出ろ」

 

 2人は廊下に放り出された。

 

「清隆くん、私たち結局なんのために鈴音ちゃんの話を聞かされたの?」

「謎だな」

 

 2人で肩をすくめ合っていた



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No,1.6

 5月二週目がスタートした頃、須藤以外は概ね真面目に教師の話に耳を傾けていた。

 

 池や山内も騒いでいない。

 一方須藤は堂々と居眠りをしていたが、誰にも咎められていなかった。クラスポイントを増やす術が見つかっていない以上誰も厳しく言い出せないようだ。

 

 綾小路が突然奇声をあげた。

 

 杏樹は思わず後ろを振り返る。

 

「どうした綾小路、いきなり声をあげて。反抗期か?」

「い、いえ。すいません茶柱先生。ちょっと目にゴミが入りまして」

 

 目にゴミが入ったらあんな声を出すのかと杏樹は不思議に思ったがツッコミはしなかった。

 

 授業が終わりもう一度杏樹が後ろを向くと綾小路は堀北に詰め寄っていた。

 

「やっていいことと悪いことがあるだろ! コンパスはやばいぞコンパスは」

「ひょっとして怒られているの? 私」

「腕に穴があいたんだぞ穴が!」

「なんのこと? 私がいつ綾小路くんにコンパスを刺したの?」

「いや、だって手に持っているだろ」

「気をつけて。あなたが居眠りをしてそれが見付かれば間違いなく減点よ」

 

「ばんそこいる?」

「ありがたく受け取るよ」

 

 杏樹は絆創膏に精一杯の哀れみをのせて綾小路に渡した。

 

 こちらでわちゃわちゃやっていると平田がクラスに呼びかけた。

 

「茶柱先生が言っていた通り、テストが近づいている。赤点をとれば即退学という話は全員理解していると思う。そこで参加者を募って勉強会を開こうと思ってるんだ。今日の5時から2時間やるつもりだよ。参加したいと思ったらいつでも来て欲しい。もちろん、途中で抜けても構わない。僕からは以上だ」

 

 何人かの生徒が駆け寄ったものの、池、山内、須藤は結局平田の元にはいかなかった。そして堀北、綾小路、杏樹も平田の元には行かなかった。

 

「綾小路くんお昼、ひまよね? もし良かったら一緒に食べない? あなたのお友達の杏樹もいるわよ」

「堀北からの誘いは珍しいが、杏樹を人参にしないでくれ、なんだか怖いぞ」

「別に怖くはないわよ。好きなもの奢ってあげるわ」

「やっぱ怖いな、なんか裏があるんじゃないか?」

 

 綾小路はなんだかんだ食堂に来て、好きなものを注文した。

 

「で、杏樹は山菜定食なんだな」

「うん、これ意外と好きなんだよね」

 

 脂っこいものを食べるよりは山菜定食の方がヘルシーだし、堀北のおごりなどただより怖いものはない。

 

「早速だけど二人とも話を聞いてくれる?」

「嫌な予か……はい」

「私たちが今からすべきことを話し合おうと思って。平田くんが勉強会を開いてくれたようだけど、赤点を取りそうなメンバーが参加する気がないじゃない? 気になったの」

「あいつらはなぁ平田とは疎遠というか仲良くないからな」

「つまりこのままだと彼らは赤点の可能性が高い。そしてAクラスに上がるためにはマイナスポイントを取らないことは大前提で、プラスポイントを集めることが必要不可欠でしょう? 私はテストの点数がプラスに結びつく可能性もあると見ているの」

「もしかしてーーーーお前も平田みたいに勉強会を開くってことか?」

「えぇ。そう考えてもらって差し支えはないわ」

「今までのお前の態度を見てたらコペルニクスも驚きだ、杏樹もそう思うよな?」

「うん、鈴音ちゃんに何かが取り憑いているって道端の占い師に言われたら思わずですよね! って言っちゃうレベル」

 

 杏樹はそう例えたが、別に本心からそう思っているわけじゃない。杏樹的に堀北は自分のためになるのなら人に手を差し伸べられる人だと認識しているので想定範囲内である。

 

「まぁお前がAクラスに行きたいという熱い思いは伝わってきた。ただ正直須藤たちに勉強を教えるのは一筋縄ではいかないと思うぞ。赤点を取る生徒は大抵人より勉強することが嫌いだ。それにお前は初日からクラスメイトから距離を置いただろ?友達なんていらないと思っている人間のもとに集まる奇特なやつはいないぞ」

「だからあなたたちに話しているんじゃない?幸い綾小路くんが親しくなった人たちでしょ?」

「は ?おい。まさかーーーー」

「彼らはあなたたちが説得すれば早い。友達というありがたい存在だから問題はないはずでしょ? そうね、図書館に連れてきて。勉強は私が教えるから」

「おまえ無茶言うなよ。当たり障りのない平坦な道を歩くオレにそんなリア充真っ青な行動ができると思ってるのか?」

「できるできないじゃない、やるのよ」

「根性論か、堀北がAクラスを目指すのは自由だがオレを巻き込むなよ」

「食べたわよね? わたしの奢りでスペシャル定食」

「人質はオレの胃袋の中ってことか……」

「櫛田さんと結託して嘘でわたしを呼び出したこと許したつもりないのだけど?」

「え?なにそれなんの話?」

「杏樹は知らなくていいことよ」

「……あの件は責めないって言っただろ。今更持ち出すなんてずるいぞ。別にちょっとオレは櫛田との仲を取り持とうとしただけじゃないか……」

「責めないと言ったのは櫛田さんに対して、あなたは別よ。頼んでいないこと今後することはやめることね。はいこれわたしの連絡先、何かあったら連絡して」

「いや、櫛田には頼まれたんーーーー、いやなんでもない。オレが悪かった」

 

 堀北の眼差しに耐えきれず、綾小路は折れた。

 

「杏樹、協力してくれ」

「えっ……うん隣にいるくらいなら」

 

 断る気満々だったが綾小路のあまりにも必死な目に思わずそう口走ってしまった。

 

 

 放課後、杏樹は綾小路の横にぴったりくっついていた。

 

「絶対わたしに任せてどこか行かないでね? これは清隆くんの仕事だからね?」

 

 杏樹としてはあの類の(女の子好きを表に出す)人間への好きベクトルは0または負だ。

 

「っ、わかったからもう少し離れてくれ」

「最初は須藤くんからかな?」

「……無視しないでくれ」

 

「須藤ちょっといいか? 今度の中間テストどうするつもりだ?」

「そのことか。わかんねえよ、勉強なんて真面目にやったことねぇし」

「お、そうか、じゃあ丁度いい方法があるぞ? 今日から放課後、毎日勉強会をやろうと思ってるんだ。参加しないか?」

「本気か? 学校の授業ですらめんどくさいのに放課後も勉強なんかやってられっか。それに俺は部活もあるからな。無理だ無理。第一お前が教えるのか?点数よくなかっただろ」

「それは堀北が教えてくれるから安心しろ」

「堀北? あいつのことはよくわかんねぇしな。断るテスト前に一夜漬けすればなんとかなるだろ」

 

 案の定須藤は勉強会をすぐに断ってしまった。

 

「池、なぁーー」

「パス! 須藤に行ってたこと聞こえてたぞ。勉強会? 嫌だねそんなの、大抵なんとか乗り越えてきたから大丈夫さ」

 

 池はそのままフラッとどこかに行ってしまった。

 

「使えないわね」

「……堀北、今聞こえたぞ、なんて言った?」

「使えない、そう言ったの。まさかそれで終わりなんて言わないわよね? 杏樹もただ突っ立っているだけじゃ事態は良くならないわ」

「そんなわけないだろ。まだオレには425の手が残されている」

「なんで25×17?」

「625手あったのが200手ほど失ったってことだ」

「なるほど」

「杏樹がちょーっと犠牲になってくれたらみんな喜んで勉強会に参加するそう思わないか? 例えばテストで満点とったら杏樹と一日デートとか」

「わたし清隆くん一筋だから」

「それは照れるな」

「茶番はいいわ、早急にまともな解決策を見つけて頂戴」

 

 綾小路は杏樹の社交性を評価しているし、男子からの人気もすごく高いことももちろん知っている。

杏樹が乗り気ならやってもらおうとも思っていたが、どうもそういう気分ではないらしい。

 

 それを無理強いするほど綾小路もその役目を杏樹にやらせようと思えなかったようだ。そこで櫛田に頼もうと方針チェンジをした。櫛田ならいいのか?と思ったがまぁいいんだろう。

 

「ちょっといいか?」

 

 帰り支度をしている櫛田に綾小路は声をかける。

 

「珍しいね、綾小路くんから話しかけてくれるなんて」

「喜べ櫛田。お前は親善大使に選ばれた。これからはクラスのために尽力してくれ」

「え、えーっとどういう意味かな?」

 

 堀北主催の勉強会について綾小路は説明する。

 

「この勉強会を通じて堀北と仲良くなれるかもしれないし、そう思ってさ」

「仲良くはなりたいけど、そういう心配はいらないよ? 困っている友達がいたら助けるのは当たり前じゃない?だから手伝うよっ」

「じゃぁ頼む。櫛田がいれば百人力だ」

「あ、でも一つおねがい聞いてくれる?その勉強会私にも参加させて欲しいの」

「は? そんなことでいいのか?」

「うん。私もみんなと勉強したいし……その勉強会杏樹ちゃんも参加するんでしょ?」

「あぁその予定だが、杏樹のことも気になるのか?」

「体育とかではたまに喋るけど、大体軽井沢さんか綾小路くんといるから話しかけるタイミング見逃しちゃって連絡先交換できてないんだよね」

「確かに、杏樹はよく軽井沢のとこ行ってるな」

「で、勉強会は明日から? そしたら今日中に連絡しておかないとね」

「よろしく頼む、須藤たちの連絡先は知ってるか?教えようか?」

「大丈夫だよ~。みんな連絡先知ってるから。私がクラスで登録してないのは、綾小路くんと杏樹ちゃんと堀北さんだけだったり、率直に聞くけど、綾小路くんはどっちと付き合ってるの? 杏樹ちゃん? 堀北さん?」

「ど、どこの情報だよそれ。堀北とはただの隣人、杏樹は友人1号だ」

「クラスの女子では結構噂になってるよ? 杏樹ちゃんが喋る男の子って平田くんと綾小路くんくらいだし、堀北さんは綾小路くんと杏樹ちゃん意外とはあんま話してるとこ見たことないし」

「残念ながら二人とは甘いストーリーはないな」

「じゃぁ問題ないってことだね。私と連絡先交換してください」

「喜んで」

 

 

 その日の夕方杏樹のもとにグループ通話がかかってきた。メンバーは言わずもがな綾小路と堀北。

 

「ちょっと綾小路くん? さっきのメールどういうことかしら?」

「簡潔に書いたつもりだぞ? 良かったな3人全員参加予定だ」

「そこじゃないわ。櫛田さんがなんで関わってくるの?」

 

 堀北の櫛田に対しての否定的な態度を諭すように綾小路は説得を続ける。

 

「自分のことを嫌いな人を側に置いて不快に感じないの?ごめんなさいテスト範囲の絞り込みに時間がとられているの。そろそろ切るわね」

 

そう言って一人グループ通話から抜けてしまった。

 

「清隆くん桔梗ちゃんと仲良くなったんだね」

「櫛田はみんなに優しいからな。杏樹と属性も似てるし」

「そうかな? 桔梗ちゃんとは違うと思うけど……」

「杏樹も櫛田もうちのクラスからしたらアイドル的存在だぞ?」

「じゃあユニットくんだら儲かるかな? 清隆くんには特別に握手券融通してあげるよ」

「そういうとこは櫛田と違うな」

 

「えへへ、で、どうするの清隆くん? このままだと勉強会空中分解疑惑だよ?」

「悪手なのはわかっているがとりあえずこのあと櫛田に電話してこっちでどうにかすることにする」

「意外と桔梗ちゃんが抜け道思いついてるかもだからそこに期待かな?」

「……抜け道?」

「ん、勉強が苦手な赤点じゃない人を一緒に連れてくるとか、ね。じゃあ桔梗ちゃんが寝ちゃう前に早く電話かけたほうがいいよね?」

「なるほど、そしたら櫛田も勉強会に参加できるか。そうだな今から電話をかけよう」

「じゃあちょっと早いけどおやすみ清隆くん」

「あぁおやすみ」

 

杏樹はベッドに携帯をほっぽり出して、自分も倒れ込む。今まで友達と通話なんてしたことなかったし、おやすみを言い合える日が来るとは。

 

 こういうのが『普通の高校生活』っぽいってやつか。この学校に来れたことに感謝しながら眠りについた。



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No,1.7

 早速始まる堀北による勉強会。

 

 杏樹はさっさと帰る支度をして、教室を出ようとしたところを首ねっこ掴まれた。もちろん掴んだ正体は堀北鈴音だ。

 

「え? わたしも勉強会出るの?」

「もちろんよ。あなたの点数は赤点近くだったじゃない」

 

 集まったメンバーは堀北、綾小路、櫛田、沖谷、須藤、山内、池。合計杏樹含め8人となっていた。

堀北の目標は全員50点以上だそうだ。そう言われると点数だけ見れば杏樹も点数に足りていないから参加するべきなのかもしれない。

 

「今度のテストで出る範囲をある程度こちらでまとめてみたわ。テストまで残り二週間ほど、徹底して取り組むつもりよ。わからない問題があったら、わたしに聞いて」

 

 渡された問題に杏樹は目を通す。これくらいなら暗算でできるレベル。

 須藤が隣で苦しんでいるのを横目に杏樹は目視で問題を進めていく。周りが必死に連立方程式を須藤に教えて気をとられている間、杏樹は綾小路の隣の席つまり端っこの席につき目を閉じた。だんだんとリンゴとみかんの二次方程式について説明している声が遠くなっていく。

 ちょうど今の時間図書館のこの位置はいい感じの日当たりなのだ。

 

  目を開けたときにはなぜか赤点組は消えていた。

 

「おはよう?」

「杏樹熟睡だったな、ちなみに須藤たちはちょうど堀北と揉めて出て行ったところだ」

「んー、それは大変だ」

「杏樹は今から勉強するか?」

「社会手伝ってくれると嬉しいかも、問題出し合いっこしよ」

 

「じゃぁミシシッピ川河口部では沿岸流が弱く、自然堤防が海側に伸びて何ができた?」

「鳥趾状三角州、ニューオリンズ付近だね。じゃぁ中国南部に溶食作用によって岩塔が林立する奇観が見られるがその地名は?」

「コイリン、カツラにハヤシだな」

 

 綾小路と杏樹が呑気に問題を出し合っている間、櫛田と堀北はなにかを話し合っていた。

 

「ーー堀北さん、こんなんじゃ誰も一緒に勉強してくれないよ?」

「確かにわたしが間違っていたわ。もし、今回あの人たちに勉強を教えてうまく赤点回避できてもまたすぐに同じような窮地に追い込まれる。これは実に不毛なことで、余計なことをしたわ」

「それってつまり、どういう?」

「足手まといは先に脱落してもらったほうがいいってことよ」

「そんなのって…ねぇ綾小路くん杏樹ちゃん二人からも何か言ってよ」

「堀北がそう決めたんなら、それでいいんじゃないか? まぁあいつらを切り捨てたいとまでは思っていないけど、オレ自身教えられるような人間じゃないし、どうすることも出来ないからな。結局は堀北と似たもんだ」

 

 櫛田は杏樹にも目を向けたが杏樹は何も言わなかった。というか、聞いていなかった。もし無理やり一言を求められていたとしたらカツラにハヤシと答えていただろう。

 

「……じゃあ3人ともまた明日」

 

 櫛田はテーブルから去り3人が残された。

 

「ご苦労だったわね、勉強会はこれで終了よ、綾小路くんだけは理解してくれたわね。あなただけはあの下らない人たちよりは幾分かまともということかしら。もし勉強が必要なら特別に教えてあげるけど?」

「遠慮しておくよ」

 

杏樹もそれに同意する。なんなら自分がみんなに教えればいいのでは?  と一瞬思ったが、書くことができない分、パソコンを繋がなければいけない、がそれができる場所は限られているから現実的ではないだろう。自分からこの特性について話す気はない杏樹は適当に本を何冊かとり、貸し出し手続きをするためにふたりと別れた。

 

 この学校での一人の時の過ごし方はもっぱら本を読むことだ。読んだことがある本と同じくらい読んだことのない本がある。特に物語系はあまり触れてこなかったので新鮮で面白いのだ。お姫様が出てくる話はあまり好きではないけれど。

 

 

 みんなの勉強は順調に進み中間テスト一週間前になった頃だった。

 

「テストの範囲が変更になったって連絡がきたの」

 

 櫛田によって範囲変更を伝えられた。クラスは阿鼻叫喚。杏樹は特に気にすることなく歴史の教科書を音読していた。すぐに杏樹うるさいと言ってやめさせられたが。

 

 そこで杏樹は今この場にいない綾小路に電話をかけてみることにした。

 

「もしもし清隆くん? もしかして暇だったりする?」

「いや、オレも一応これから勉強会に参加する予ーー」

「今日行かないって鈴音ちゃんに聞いたけど? 今どこにいるの?」

「食堂」

「もし違ったら無視してくれていいんだけど、わたしは今なら1万ポイント出せるからそれこみで交渉していいよ。よろしく、じゃあ」

 

 杏樹は一方的に電話して切った。

 

 『過去問』これを杏樹は考えていた。過去問を買ってしまえば、赤点回避は格段に楽になる。資格試験や入試などで過去問演習という勉強法がある以上、過去問での対策というのはとてもテストにおいて有効な方法である。まずは基礎を固めるべき人間が多すぎるためただこれからのクラスのことを考えたら手に入れなくてもいいかなとも考えていた。

 

 が、綾小路の今日の不自然な動きを見てもしかして自分と同じことを考えているのではと思ってしまったのだ。思ってしまったからには行動するしかないだろうってことで一応連絡してみた。

 

 一方その時綾小路と櫛田は食堂でぶらぶらしていた。

 

「誰からの電話だったの?」

「杏樹から1万ポイントの臨時ボーナスもらった」

「え、どういうこと?」

「ついてきたらわかる。すみません、先輩少しいいですか?」

 

 綾小路は櫛田の質問に適当に答え、お目当てのポイントが不足していそうな先輩のもとに歩いていく。

見分け方は山菜定食を食べているかどうかだ。

 杏樹みたいに普通とは違う味覚の持ち主ではない限り、学生で山菜定食を頼む人は少ないだろうという推理のもとの判断だ。

 

 過去問を交渉し、ありがたく杏樹のポイントを使わせてもらった。杏樹と綾小路はほぼ過去問について話すことはなかった。ただ、『茶柱先生が試験範囲変更した割には平然としてるのはなんでなんだろ?』みたいな話をかすったくらいだ。綾小路が過去問を狙っているとか、過去問が毎年ほぼ同じとかそういう話は一切していない。

 綾小路は杏樹の考察力を改めて実感した。どこでその驚異的な能力が身につくのか……。杏樹には自分の思考回路すら理解されているのでは、いや、たまたまだろう。そんな考えが綾小路の頭を巡った。

 

 テスト前日、櫛田が先輩にもらったものとして過去問が配られた。残すはこれで暗記するのみ。

 

 皆試験にはほとんど万全で挑んだ。



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No,1.8

 テスト当日。

 

 皆自身がありそうな顔をしている。これも全部、()()()過去問を配ったおかげである。

 

「欠席者はなし、全員揃ったな。お前ら落ちこぼれには最初の関門がやってきたわけだが何か質問は?」

 

 平田がこのクラスは大丈夫だと宣言する。茶柱先生もその自信のありように感心している様子だった。

 

「あー、あと、烏間は別室受験だ。理事長室に行って来い」

「はーい」

 

 杏樹は筆箱すら置いていき、廊下を歩いて行ってしまった。クラスメイト、綾小路以外は不思議そうな顔をしている。

 

「説明は最短でもテストが終わってからだ、それまでは自分のことに集中していろ」

 

「ではチャイムのなり始めで終わりだ、それ以降に書いたら失格だから心して挑むように以上」

 

 一方、杏樹は理事長室で理事長にパソコンの前に案内された。

 

「久しぶりだね杏樹ちゃん。ここに全科目の問題があるから解き終わったら教えてくれるかい? 早く終わってもいいよ。そしてその後口頭試問だから」

「わかりましたー」

 

 杏樹はここ最近ペンを持つようになったが、大学在籍中はほとんどキーボード打ちだったためタイピングのスピードはプロだ。

 

 数学から解き始める。理事長室には杏樹がカタカタと叩くキーボードの音が響いている。特に危ないところもなくスムーズに解き切り、今度は理科。単語問題が本当に楽だ。中間や期末テストではパソコンが使えるが、普段の授業つまり小テストではパソコンが使えないのが痛いが、まぁこの配慮をしてくれた学校には感謝しかない。小テストでは0点だった社会と国語も全て空欄を埋め切る。

 

「理事長せんせい終わりました」

「お疲れ様、早かったね。次は口頭試問にうつろうか」

 

 理事長が現代社会の問題点についてのミニプレゼンから、論語の白文での音読など様々なことを要求されそれに答えていく。

 

「試験は終わりだよ。お疲れ様。みんなが終わるまでの時間よかったら君の研究について教えてくれないかな?」

「もちろん喜んで!」

 

 杏樹は嬉々として自分の研究について丁寧に解説し、質問にも答え、そして今後の展望、やりたい実験について精一杯プレゼンをしていた。理事長は笑顔でそれを聞いてくれていた。

 

 チャイムがなり教室に戻っていいと言われお別れを言って教室に戻ってきた。

 

 教室に戻ると須藤が英語の過去問をやっていなかったらしく、それがネックだがそれ以外は問題ないということらしい。

 それよりも今は戻ってきた杏樹のことがクラスメイトは気になるようだ。

気を遣ってなのかなんなのか直接は聞いてこない代わりに視線を感じる。

 杏樹はこの空気感に耐えきれなくて先生に助けを求めた。

 

「そうだな、みんなも気になっているだろうから簡潔に説明しよう。烏間は平均より字を書くことが苦手な特性を持っている。だから学校側はテストを理事長監視のもとでPCの利用を認めるという措置をとることにした。ただ、隣でキーボード音がなっていたら他の生徒の集中を妨げてしまうかもしれないため別室受験だ。何か質問はあるか?」

「それずるくね? だってキーボードって予測変換とかあんじゃん。俺らが文字ミスったら点数引かれんのに、そういう可能性がないってことだろ?」

「そうはいうが池、この措置を否定するということは、学校側は視力が良くない人の眼鏡を取り上げ、骨折した人に松葉杖をつくなということになるんだが。補助具はずるいか?」

「でも、採点基準が同じなのは納得いかないよやっぱ」

「そこは心配するな、漢字問題などどうしても測れない部分は代わりに時事問題の口頭試問や論語を白文で音読など追加で試験が行われている。もし希望者がいれば医師の診断書さえ持ってきてくれればいつでも対応するぞ」

 

 クラスの雰囲気は理解はしたけど今すぐには納得はできん。って感じだった。

 確かに文字が書けないなんてどういうことだって思うよね、わたしもそう思う。でも書けないんだ。なんて杏樹は呑気に考えていた。

 

 杏樹の特性を知ってからも特に杏樹と仲良い女の子たちは表向き態度を変えることはなかった。

 

 

 放課後、テストお疲れ会として杏樹は軽井沢とカフェで甘いものを食べていた。

 

「その文字のやつってどんな感じなのかイマイチわかんないんだけど、あたしができることってなんかある?」

「ラブレターの代筆?」

「何それっ、……つまり今まで通りでいいってこと?」

「そういうこと」

「読むのは余裕なんでしょ? てかあたしより杏樹の方がめっちゃ博識だし、ちょーぶ厚い本読んでるのよく見るし」

「わたしの場合は読むのも話すのも大丈夫。書くのも英語なら恵ちゃんと同じ速さくらいかもね」

「確かに、英語まじで全然だったから教えてもらえてほんと助かったもん。今回は過去問なくても英語は結構高得点取れてたと思うし。てか杏樹発音とかも上手だよね? どうやって勉強してんの?」

「あれ、言ってなかったけ? 小2から去年までアメリカの大学に通ってたの」

「あーほぼネイティブってことねーって?! って大学? もしかして昔のニュースって杏樹?」

「何ニュースって?」

「なんか、あたしと同い年の子が日本人最年少でアメリカの大学に受かったみたいなそんな感じのやつ」

「それかも?」

「うわーまじか。ハイスペなのは知ってたけど、杏樹まじでやばかったんだ。てかそしたらなんで日本の高校?」

「なんか、同期とか教授に高校は最高だから一回行って見たらどうだ的なこと言われて、その時は10月だったからあっちはもう新学期始まってたからこっちきたの」

「なるほど、つまりあたしたちが今こうして仲良いのは結構運命的ってことね」

「そゆこと」

 

 杏樹はパンケーキの最後の一口を口に詰め込みながらうなずく。

 二人で他愛もない話をする放課後は去年までの杏樹には考えられないものだった。こんな非日常が日常になりつつありそれだけで杏樹は満足していた。

 

 そしてこの生活が続くことを願い続けた。



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No,1.9

 中間テストの結果発表の日。クラスは緊張に包まれていた。

 

「先生。本日採点結果が発表されたと伺っていますが、それはいつですか?」

「お前がそこまで気負う必要もないだろう平田。あれくらいのテストは余裕のはずだ」

「……いつなんですか」

「喜べ、今からだ。放課後じゃ、色々手続きが間に合わないこともあるからな」

「それはどういう意味でしょう?」

「慌てるな。今から発表する」

 

 生徒の名前と点数の一覧が載せられた大きな白い紙が黒板に張り出される。

 

「正直言って感心している。お前たちがこんなに高得点を取れるとは思わなかったぞ。各教科何人も満点がでた」

 

 そして肝心の須藤の英語の得点は39点。これなら赤点はゼロだ。そう思ったが予想は裏切られた。

 

「だが、お前は赤点だ須藤」

 

 須藤は聞いてないだの、感情的に茶柱先生に文句を言う。それに対して茶柱先生は容赦無く現実を突きつけてくる。

 

「赤点基準はクラスごとに決定している。そしてその求め方は平均点割る2。その答え以上の点数をとること。これでお前が赤点だということが証明されたな。短い間だったがご苦労だった。放課後退学届を出してもらうことになるが、その際には保護者も同伴する必要があるからな。このあと私から連絡しておこう」

「せ、先生須藤くんは本当に退学になるんですか? 救済措置はないんですか?」

「事実だ赤点を取ればそれまで、須藤は退学にする」

 

 堀北が赤点の計算方法に言及したがそれも失敗に終わった。茶柱先生が教室を出ていく。綾小路が廊下に出ていくのを見て杏樹も少し離れてついて行った。

 

「ーー確かに……そうかも知れないですね。けど今回は手を貸すって決めたんで。まだ諦めるには早いというか。試せることも残ってますし」

「なんのつもりだ?」

「須藤の英語、そのテストの点数を1点売ってください」

「ははは、面白いことをいうな。ただ私は今まで点数を売ったことは一度もないからな。そうだな、今回は特別にこの場で10万ポイントを支払うなら、売ってやってもいい」

 

 杏樹はその話に割り込む

 

「じゃあ先生わたしの英語のテストの点50点分買い取ってもらえませんか?」

「なんだと?」

「さすがに500万も請求しないですが、どうでしょう?」

「確かに烏間は今回のテストは全て満点だったな、平均点を一点下げるには十分ということか。揃いも揃ってよく思いつくな。でもいいのか烏間? 学年一位には特別にポイントを支給してやることができるぞ?」

「友達の友達を助けるのは普通のことらしいので、問題ないです」

「はぁ、では一点一ポイントで買い取ってやろう、須藤には退学取り消しの件お前たちから伝えておけ」

「ありがとうございます」

「堀北、お前にも少しは綾小路や烏間の有能性がわかったんじゃないか?」

 

 杏樹たちと同じように追いかけてきた堀北に茶柱先生は意味深にそう尋ねる。

 

「……どうでしょう綾小路くんは嫌味な生徒にしか見えないし、杏樹のことはイマイチよくわかりません。二人ともまともに話し合いすらできないですし」

「なんだよ嫌味な奴って」

「話し合いくらいできるって!」

 

「綾小路くんに関しては、ある程度テストで点数を取れるのに取らなかったり、過去問を入手することを思いついておきながら櫛田さんの手柄にしたり、点数を買うなんて暴挙を思いついたり。常軌を逸しているとしか思えない、嫌味な生徒よ」

「言われてるよ清隆くん」

「点数以外のことはブーメランだぞ杏樹」

 

「お前たちがいれば、あるいは。本当に上のクラスに上がれるかも知れないな」

「二人はともかく、私は上のクラスに上がります」

「過去、一度もDクラスが上に上がったことはない。なぜならお前たちは学校側から突き放された不良品だからだ。そのお前たちが、どうやって上を目指す?」

「Dクラスの多くは不良品かもしれませんがクズとは違います。不良品かどうかは紙一重です。ほんの少しの修理や変化で変わると思っています。問題ありません」

「なるほど、堀北からそう聞かされると妙に説得力があるから不思議なものだ。なら楽しみにしようじゃないか。担任として行末を温かく見守らせてもらおう」

 

 そう言って職員室に茶柱先生は去っていった。

 

「さて、戻るか。もうすぐ授業だ」

 

 

 テスト結果がわかった日の夜。

 

「杏樹お疲れ」

「清隆くんもお疲れ様」

「まさかオレの部屋が祝賀会に使われるとは思ってなかったから散らかってるが適当に座ってくれ、麦茶か紅茶どっちがいい?」

「紅茶をもらおうかな〜」

「杏樹は祝賀会に参加しなくてよかったのか? 池や須藤はもちろん、櫛田とか堀北も訪ねてきたぞ」

「さっきまで恵ちゃんと遊んでたから」

「本当に軽井沢と仲良いんだな」

「うん、話しやすいし。いろいろ教えてくれるから」

「杏樹が軽井沢から教わることってなんだ?」

「写真のかわいい撮り方とか、流行りのファッションとか」

「確かにそれはオレや堀北では確実に守備範囲外だな」

「その代わりにわたしはキャッサバとかの植生と農業形態について教えてあげてた」

「……それ、軽井沢喜ぶのか?」

「雑学とかは意外と好きらしいよ」

 

 話は移り変わり、学校についての話となる。

 

「ーー杏樹はこの学校をなんで選んだんだ?」

「高校生をやってみたかったから。この学校は外部と隔離されてるから丁度よくって」

「どういうことだ?」

「色眼鏡なしで高校生活をしてみたかったのが理由の一つ。知らない人に『あの子ってカラスマアンジュでしょ?テレビで見た!』なんて言われたらたまったもんじゃないって思わない?」

「あーオレはテレビをあまり見ないからあれなんだが、有名人なのか?」

「一部界隈では? 名前で検索してみたら誰でも知れる」

 

 『烏間杏樹』で調べると、そこには『最年少でアメリカ最高峰の大学に合格』『2Eとの付き合い方』『天才の育て方』『アンジュの見えている世界』

 

 なんだか大そうな記事や本がヒットする。もちろんW○kiのページもきちんとあった。

 

「確かにこれは目立つな、逆に今までよく気づかれてないな」

「同世代には気づかれにくいの」

「なるほど、確かに昔の記事が多いな」

 

「そういう清隆くんは? どうしてこの学校を選んだの?」

「オレも普通の高校生活を送るためだな」

「ん? 清隆くんも?」

「オレも杏樹と同じように小中に通ってないんだ。と言っても杏樹みたいに大学にいたわけでもないがな。一種のホームスクーリングみたいなもんだ。たぶん」

「つまり、わたしたちは『普通の高校生活』っていう同じ目標に向かってるってことかな?」

「そういうことだな」

 

「じゃぁ今から普通会を結成します」

「普通会? なんだそれ」

「普通を目指す会、つまり普通会」

「安直だな、杏樹ってネーミングセンスはないんだな」

「じゃぁ清隆くんはいい名前思いつくの?」

「事なかれの会」

「却下、わたしとそんなに変わんないじゃん!」

「まぁ名前は結成後いつでも変えれるから問題ない、内容は?」

「なんで会員登録後ユーザーネームは変更できますみたいな感じなの?! 重要だよ名前」

「オレたちじゃいい名前が思い浮かぶ目処が立たないからな」

「それは確かに。この会の目的は、高校生活を楽しむこと」

「ざっくりだな」

「そう言われると思って巷のアンケート結果を持ってきたの」

 

 杏樹が見せたサイトには『高校生活で大切だと思うことは?』と書かれていた。

 

「友達付き合い、勉強、進路、行事、部活、バイト、ボランティア、恋愛ってとこか」

「とりあえず、部活はやってないから却下、バイトもボランティアもないし。進路は?わたしはここを出ても行くとこは決まってるから問題ないけど清隆くんは?」

「オレは無事にここを卒業することが一番だからな」

「じゃぁ進路もバツか」

 

 杏樹はどんどん項目にバツをつけていく。

 

「残ったのは……友達、勉強、行事、恋愛、ね?」

「意外と少ないな」

「とりあえず、今後の指針としては…友達を増やすのに協力すること。勉強は……清隆くんどう?」

「テスト前になったら問題だしあうとかか?と言ってもあの勉強会は続きそうだからそれに参加って感じだろうな実際」

「確かに、勉強会って学生っぽいもんね…でもあの男子メンバーと仲良くできるかな?あれ以来あんまって感じなんだよね」

「そこはオレがなんとかしよう」

「頼もしいね」

「で、行事か。行事ってなんだ? 体育祭とかか?」

「そうだね、なんか行事は普段仲良くない人と仲良くできたり、いつメンとの絆が深まったり、クラスの団結感とかを味わうものらしいよ」

「なるほど、なら恋愛は?」

「わかってて聞いてるでしょ。顔が緩んでますよー清隆くん」

 

そう言って杏樹は綾小路のほっぺを優しく摘む。

 

「わふかっはって! そうだな、恋愛はまず気になる人を見つけないとだな」

「でも恋愛に関しては、意識的に自分からしに行くものなのか微妙だよね」

「そうだな、で結局まとめると何をやるんだ?」

「んーなんだっけ?」

「企画者しっかりしてくれ」

「たぶんこれからも仲良くしようねってことだね」

「そういうことか」

 

 今までの会話はなんだったのだろうかと二人とも思ったが、どちらも突っ込まなかった。

 

「とりあえずご飯作ろっか」

 

 そう、今回の目的はこれ。無料の食材を多くゲットするために二人は自炊する時はお互いに声をかけるようにしているのだ。今日は二人でキムチ鍋をつつく予定だ。

 二人からしたら友人宅でご飯をつくることと、放課後カフェに寄るのは変わらない難易度だからこそこの関係が成り立っている。

 生憎ひとつ屋根で男女がなんてことが浮かぶ気配は一切なかった。二人もこの状況を客観的に見れば理解できるのだが、お互い考えてるのは食費が浮くし友達と食べるのは楽しいな。くらいだから仕方がない。

 

「かっら! 待って清隆くん何入れた?」

「特に、キムチしか入ってないぞ?」

「うそ、なんでこんなに辛いの?」

「キムチだからじゃないか?」

「そっかキムチだからか」

 

あほな会話をしながらその日の夕飯を終えた二人だった。(ちなみに辛かった原因は杏樹が辛いからやめとこと思って放っておいたキムチをつけていた調味液を綾小路がその意図を汲み取れず一滴残らず鍋にぶち込んだからです)




これにて一巻が結です。お付き合いいただきありがとうございます。


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第二巻(完)
No,2.1


烏間杏樹

1年D組

所属なし

誕生日1月30日

学力A

知性A -

判断力B+

身体能力B -

協調性B -

筆記試験面接ともに他者の見本となる生徒だと言える。学力、身体能力は平均よりも高く特に筆記試験は満点を記録しています。身体能力は体幹や瞬発力は卓越している一方単純な筋力は平均をやや下回る。

本来ならばAクラス所属だが、別途資料によりDクラスへ配属。

合理的配慮を必要とする生徒。授業の板書はコピーを渡すこと。

 

コメント

クラスメイトとも仲良く過ごしている。特に綾小路と軽井沢と仲が良い。筆記の件はクラス内で報告済み。クラスメイトも一定の理解を示している。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 7月1日、つまり月初め。

 

「おはよう諸君。今日はいつもに増して落ち着かない様子だな」

「佐枝ちゃん先生! 俺たち今月もゼロポイントだったんですか? 朝チェックしたら一円も振り込まれてなかったんだけど!」

「それで落ち着かなかったわけか、まず話をきけ。お前たちが実感を持っているように学校側も当然それを理解している。では早速クラスポイントを発表する」

 

 紙を黒板に貼り、Aクラスから公開していく。Aクラスは1004ポイントと入学より点数を伸ばしている。一方Dクラスは

 

「87ポイント! 俺たちプラスになったってこと?!」

「喜ぶのは早いぞ。他のクラスの連中は同等かそれ以上に点数を増やしているだろう。差は縮まってない。これは中間テストを乗り越えた1年へのご褒美だ。各クラスに最低100ポイント支給されることになっただけだ。」

 

 クラスポイントに負債制度がなかったことがわかったこと、他クラスからまた一歩離されたこと。それぞれ思うことはあるようだ。

 

「あれ、でもじゃあ、どうしてポイントが振り込まれてないんだ?」

「今回少しトラブルがあってな。1年生のポイント支給が遅れている。お前たちには悪いがもう少し待ってくれ」

 

 その言葉に一堂が文句を言う。だが先生は一切取り合わず一言言って去っていった。

 

「そう責めるな。学校側の判断だ。私にはどうすることもできん。トラブルが解消され次第ポイントは支給されるはずだ。ポイントが残っていれば、だがな」

 

 

 昼休み。

 

 ポイントが振り込まれていないと言ってもご飯を食べるお金はまだ残している。今日はカレーライスの気分だ。

 

「杏樹ごはん一緒にいこ!」

 

 すっかり昼ではいつメンとなった軽井沢達に今日も今日とて誘われて、杏樹も喜んでついていく。

 

「で、綾小路くんとはどうなの杏樹」

「なんの話?」

「進展したかなって!」

「なんで? どう言うこと?」

「だって〜綾小路くんとは結構二人で行動してるじゃん。いつ付き合うのかなって」

「清隆くんとは一緒にいて楽しいけど、そういうのじゃないよ!」

 

 皆は杏樹が綾小路を好きだと勘違いしているようだ。

 

「へぇ〜でも、杏樹ってほぼ男子と話さないのに綾小路が唯一に選ばれたのはなんで?」

「恵ちゃんが意地悪してくる!!」

 

 綾小路とは単純に話が合うのと普通会と言う同じ目標に向かって走る仲間だからである。でもそんなこと言えるはずもなく、適当にジャブをかわしていくしかなかった。その日の昼休みは誰がかっこいいとか誰と誰が付き合いそう、とかそんな恋話をして時間を潰した。ちなみに平田と軽井沢は付き合うことに決めたらしい。二人ともクラスの中心と言うことで華があるカップルだ。

 

 

 その日の夜、綾小路から電話がかかってきた。杏樹はパソコンを見るのをやめ携帯を手に取る。

 

「もしもし、杏樹今大丈夫か?」

「うん、電話くらいなら」

「忙しそうだな、何に追われてるんだ?」

「なんか科学部の先輩に原稿のチェックお願いされちゃって……手直し中」

「それはご愁傷様だな。その先輩は杏樹のこと知ってたと言うことか?」

「なんかそうらしい。絶対ばらさないしポイントあげるから協力して、っていわれて断れなかった」

「なるほど。そんな中悪いんだがこっちも危機なんだ聞いてくれ」

「危機?」

「今須藤がC組に訴えられて、停学になりかけてるんだ。猶予は一週間。それまでにCクラスの生徒に一方的な暴行をしていないという証拠を集めなくちゃいけない」

「防犯カメラは?まさか唯一の死角と思われる特別棟でやったとか言わないよね?」

「そのまさかだ。というか防犯カメラの位置を把握してるんだな……とりあえず今のところ証拠はゼロだ」

「なるほど、今それを知ってるのは清隆くんだけ?もし鈴音ちゃんとか桔梗ちゃんとか洋介くんが知らないならそことも共有したほうがいいよね。証拠を探すなら人海戦術が効果的だろうし」

「そうだな、明日もう一度情報を整理してからどうするか決めるか。杏樹にしかまだ連絡できてないからな」

「それがいいかも」

 

 杏樹は端末を充電器に繋ぎ、横になる。

 一難さってまた一難。大学では考えられない事件ばかり発生している。『高校生活』って違うベクトルで忙しいんだなって今まで起こったことを思い出し、これから起こることを考えながら目を瞑った。

 

 退学がかかったテストや、クラス単位での対決なんて一般人からしたら不思議な状況だが、杏樹の知識はこの学校と渚や両親から語られたあの3年E組。そして適当なボブとハンナからの盛大に誇張された青春ストーリーのみなのだ。

 

 正常な判断なんて不可能である。

 

 

 綾小路から連絡があった次の日のHR

 

「今日はお前達に報告がある。先日学校でちょっとしたトラブルが起きた。そこに座っている須藤とCクラスの生徒との間でトラブルがあったようだ。端的に言えば喧嘩だな。」

「その、結論が出ていないのはどうしてですか?」

 

 平田の質問に先生が答える。

 

「訴えはCクラスからだ。一方的に殴られたらしい。ところが真相を確認したところ、須藤はそれが事実ではないと言った。彼がいうには自分から仕掛けたのではなく、Cクラスの生徒達から呼び出され、喧嘩を売られたとな」

「俺は何も悪くねぇ、正当防衛だ正当防衛」

「だが証拠がない」

「証拠ってなんだよ。そんなもんあるわけないだろ」

「つまり今のところ真実がわからない。だから結論が保留になっている。どちらが悪かったのかで処遇も大きく変わるからな。どうだこのクラスに目撃者いるか?」

 

 誰も手をあげない。まぁ特別棟と言うくらいだ。特別なことがない限りたちよらない。

 

「残念だが須藤このクラスには目撃者はいないようだな。ともかく話は以上だ。目撃者のいるいない、証拠があるない最終的な判断は来週の火曜日には下されるだろう。それではホームルームを終了する」

 

 クラスは一瞬荒れたものの、平田、櫛田、軽井沢とクラスのビッグ3が須藤を信じる側を主張したので目撃者を探す方向でクラスは表面上一致した。

 

「あなたは次々と問題を持ってきてくれるわね」

 

 今は昼休み、堀北、綾小路、櫛田、池、山内、須藤そして杏樹でご飯を食べていた。

 

「ま、仕方ないから友達として助けてやるよ須藤」

 

 最初はポイントがもらえないからと須藤を悪者扱いしていた池だが、今はころっと態度を変えている。

 

「また迷惑かけちまって悪い。でもよ、今回は俺は無実だからよ。なんとかしてCクラスの連中に一泡吹かせてやろうぜ」

 

 須藤はまるで人ごとだ。

 もう少し弱々しくしていないと裁判官からは同情を誘えないぞと心の中で呟く。もちろんそんなこと言えば須藤からの拳か怒鳴り声が飛んでくる待ったなしなので黙っているが。

 

「申し訳ないけれど、私は今回の件、協力する気になれないわね。Dクラスが浮上していくために最も必要なのは失ったクラスポイントを1日でも早く取り戻してプラスに展示させること。でもあなたの一件でおそらくポイントはまた支給されなくなる。水を刺したということよ」

「待てよ。そりゃそうなるかもしれないが、まじで俺は悪くないんだって!あいつらが仕掛けてきたから返り討ちにしてやっただけだ」

 

 須藤は席を立ち上がって身振り手振りで自分の正当性を伝えようとしている。

 

「あなたはどちらが先に仕掛けたかに焦点を置いているけれど、それは些細な問題でしかないのよ。そのことに気づいてる?」

「助けてくれねーのかよ? 仲間じゃねぇのか!」

「笑わせないで、私はあなたを一度も仲間だと思ったことはないから」

 

 そう言って堀北は席を立ってしまった。

 

「ちょっと冷たいよな。テストの件で協力してから少しは仲良くなったと思ってたのにさ」

「よくわかんないよな堀北って。どうなんだよ綾小路。あいつ今どんな状態?」

「空腹ではないことは確かだな」

 

 綾小路は適当に質問をかわしている。

 

「でもおかしいよね、堀北さんはAクラスに上がりたいんでしょ? 須藤くんを助けたほうがプラスになるのに、どうしてなんだろうね」

「須藤が嫌いだからなんじゃね?」

「あーー別に堀北を庇ってるわけじゃないけど、あいつの言っていることは間違ってはいないんじゃないか?たぶんあいつも意味なく協力しないって言ってるわけじゃないと思う、ぞ」

「どういうこと綾小路くん?」

「いや、まぁただの憶測だ」

 

 綾小路の煮え切らない反応に一堂皆不審そうな顔をする。

 

 ちょうど杏樹の携帯がなった。

 

「もしもし、え? はい、わかりました。今から行きますね。はい。はい。失礼します。 ごめんね、先輩に呼ばれちゃった」

 

 杏樹は席を立つ。

 

 この会議で杏樹ができることは今のところ思いつかなかった。それに科学部のほうで何やらトラブっているらしい。そちらの方で目撃者とかのお話を少し聞いてみてあげるくらいだろか。

 

 化学室につくと、先輩がパソコンのグラフと睨めっこをしていた。

 

「杏樹ちゃーん助けてぇ、なんかさ、リハやってたらこの資料のグラフとこっちの原稿が言ってることが合わなくなっちゃってさ。何が違うんだと思う?」

「え、この資料横軸がモル濃度になってるじゃないですか? わたしに送られてきたのは横軸時間の資料だったんでそっちで書いてたんですけど」

「まじ?乗っける資料ミスったってことか。やば、もう資料の方は本部に提出しちゃってんだよね、こっちのグラフでなんとかこの結論に持ってけない?」

「そうですねぇ、この一個前の資料でここの結果を言ってしまって、こことここは口頭での説明を補えば先輩がやりたいことは達成できるのでは?」

「なるほどちょい待ち、メモるわ」

 

「……お疲れ、ありがと」

「先輩もお疲れ様です、あのひとつ聞いてもいいですか?」

「恩人の願いだからねなんでも聞くよ」

「わたしのクラスの子が暴力を一方的に振ったって訴えられてるんですけど、なんとかすることってできると思います?」

「証拠は? って証拠があるならわざわざ聞かないかぁ。んー。その訴えを回避できればいいんだよね、お互い痛み分けとか、訴えを取り下げてもらえれば万歳って感じかぁ」

「やっぱり難しいですよねぇ」

「ごめんね、とりま3年に目撃者がいないか聞いとくよ」

「ありがとうございます」

 

 杏樹が今回できることは先輩に目撃者がいないか聞いてもらうなど微々たるもので、しかも特に役立ちそうな情報を得るのは難しいだろうなと感じた。




たくさんのお気に入り登録、しおり、評価、感想、本当にありがとうございます。まさかこのような大勢の人に見られると思っていなかったのでなんだかソワソワしてしまいますね。ありがとうございます。


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No,2.2

 残された食堂組は雑談をしていた。

 

 櫛田は杏樹が席を離れた後にたまたま出会った知り合いの先輩に声をかけるのに席を外している。

 

「須藤なんかのためにも一生懸命だよな、櫛田ちゃん。可愛いよな」

 

 池は櫛田の背中に見惚れうっとりしている。

 

「俺まじで告ろうかな櫛田ちゃんに……」

「無理無理。池ごときに落とせるかよ」

「山内よりは成功率あるって」

「俺は杏樹ちゃん派だな。あの見た目であんなことされたら……むふふ」

「やっぱ高校生活の華は女子だと思うんだよ。そろそろ真面目に彼女欲しいな。夏に彼女がいれば一緒にプールなんかにも行けちゃっうってか! 最高だな!」

「杏樹ちゃんが彼女だったら最高なんだけどな、あのハーフ顔は最強だよなぁ、彼女になってくれたらなぁ、結局水着も期待外れだったし」

 

「つかさ、二人とも可愛いしそろそろ彼氏できそうじゃないか?」

「それを言うなよ山内。けど、まだ二人に男の気配はないぜ、強いていうなら杏樹ちゃんが一番一緒にいるのは綾小路だけだけどな」

「なんでそんなことがわかるんだ?」

 

 池は自信をもっている。根拠があると言いたげだ。

 

「知りたいか? 知りたいよな?」

「なんだよ何か知ってんのかよ池? 教えろよ」

「学校からもらった携帯さ、実は友達登録してると位置情報がわかんだよね」

 

 池が携帯をこことここと言いながら指差したところには、食堂にいる櫛田と化学室にいる杏樹のマーカーがついてた。

 

「でも実際問題二人はレベル高いよな、もう少しランク下げてもやむなしか……」

「ブスじゃなきゃいいや」

「並んで歩くこと考えると70点くらいは欲しいよな」

 

 自分たちのことは棚に上げて妄想を膨らませる池と山内。

 

「綾小路だって彼女欲しいよな?」

「そりゃ、できるなら」

「一応確認しておくけど、堀北とは何もないんだろうな?」

 

 須藤が確認するように綾小路に聞く。

 

「ないない」

「本当だろうな!?」

 

 須藤に詰め寄られ綾小路は大きくうなずく。普段の態度から考えるに堀北には絶対思われていない。話は須藤の堀北トークにうつっていた。

 

「普通のやつなら断られるデートも、彼氏ならオッケーするに決まってんだろ。そんで、普段他の男には絶対見せない顔見せるんだよ」

「なるほど、それ考えるとありな気がしてきた。可愛いし」

「ちなみに堀北と何もないなら、綾小路は杏樹ちゃんか?須藤は堀北、俺は櫛田ちゃん、山内は杏樹ちゃん。ちゃんとライバルのターゲットは調べてとかないとな」

「誰って……」

 

 綾小路には特定の好きな人なんてまだいないというか、浮かばなかった。

 少しだけ真剣に考える。

 

 強いて挙げるならやっぱり杏樹なのか?最初に連絡先交換したし、名前で呼び合ってる。よく電話もするし(だいたい情報共有だが)話のテンポも合っているし、むしろ合いすぎて怖いこともある。ただだからこそ彼女と、そして自分自身を疑ってしまう。

 

 綾小路が長考した末出た結末は

 

「……いないな」

「いや! 今の間何?! 絶対いるやつじゃんそれ隠すなよ」

「そもそもオレはそんなに女子と関わりがないからな」

「嘘つけ」

 

 

「ーー佐枝ちゃんによると夏はバカンスなんだよな?! 絶対そこまでに彼女作りてぇな」

「俺も俺も! 最低でも彼女はゲットしてやる! できれば杏樹ちゃんがいいけどそのためなら妥協はやむなし。そしてラブラブな高校生活を送ってやる!」

「……堀北にいつ告るか」

 

 上から順に池、山内、須藤と思い思いのことを好き勝手に語る。綾小路はなぜ杏樹が勉強会の時、池と山内を避けていたか分かった気がしたが特に忠告してやる気にはならなかった。

 

「この中で誰が一番最初に彼女作るか競争しようぜ。最初に彼女作ったやつが全員に飯を奢ること! いいな!」

 

最初に集まった須藤をどうするかの問題からいつの間にか彼女の話になっていて綾小路はなんとも言えない気分になっていた。

 

 

 翌日の朝。

 

 一部のクラスの人間は須藤に関しての情報交換に忙しない様子だった。昨日目撃者探しを行った実行グループ、平田班と櫛田班だ。

 

 池たちは平田をモテ男と嫌っているが、平田にくっついている女子には興奮を抑えきれないようで楽しそうに雑談をしている。杏樹が離れたところから綾小路と一緒に聞いている分には特にめぼしい情報はなかったようだ。

 

「なかなか難航してるね」

「そうだな」

「まぁ目撃者が簡単に名乗り出たらB級映画だからこれでいいのかな?」

「この際、B級だろうがC級だろうがなんでもいい。この事件には面白さや予算はいらないからさっさと目撃者なり、神なり出てきてくれるとありがたいんだが」

 

 杏樹と綾小路がふざけていると、クラスの雰囲気がいつの間にか須藤を救うためのものから無いものねだりをするものに変わっているのに二人は気づいた。

 

「なんで俺、最初からAクラスじゃなかったんだろ。Aクラスだったら今頃すげぇ楽しい学校生活送れただろうな」

「私もAクラスだったらな、ポイントもいっぱいだから友達といろんなとこ遊びに行けるのに」

「一瞬でAクラスに上がれる裏技があればいいのに。クラスポイント貯めるなんてむずすぎるっしょ」

 

 その言葉に教室の前方入り口から返事が帰ってきた。

 

「喜べ池、一瞬でAクラスにいく方法は一つだけあるぞ」

「先生、今なんて?」

「クラスポイントがなくてもAクラスに上がれる方法があると言ったんだ」

「またまた〜。佐枝ちゃん先生俺らをからかわないでくださいよ」

「本当の話だ」

「せんせーその方法ってなんでございましょう……?」

「私は入学式の日に通達したはずだ。この学校にはポイントで買えないものはないと。つまり個人のポイントを使って強引にクラス替えができるということだ」

「ま、マジすか?! 何ポイントためたらそんなことができるんすか?」

「2000万だ。頑張って貯めるんだな。そうすれば好きなクラスに上がれるぞ」

「無理に決まってるじゃないですか?!」

 

「確かに通常では無理だろうな。しかし無条件でAクラスに上がれるんだからそれくらい高くて当然だろう。仮に一桁減らしたらAクラスは100人を超えるだろうな。そんなAクラスに価値はない」

「じゃあ、そのクラス替えに成功した生徒はいるんすか?」

「残念だが過去にはいない。理由は火を見るより明らかだろう。入学時からクラスポイントを維持し一切使用しなかったとしても3年間で360万。Aクラスのように効率よくポイントを増やしても400万。普通にやっても届かないようになっている」

 

「私からも一つ質問させていただいてもよろしいですか?」

 

 挙手したのは先ほどまで静観していた堀北。

 

「学校が始まって以来、過去最高どれだけのポイントを貯めた生徒がいるんですか?」

「いい質問だな、3年ほど前だが一人の生徒が1200万ほど貯めていたことが話題になったな。だがその生徒は貯め切る前に退学になった。退学理由はポイントを貯めるために知識の浅い一年生徒から次々と騙しとった詐欺行為だったな」

 

 それから部活の大会で優勝したらそれ相応のポイントがもらえることが伝えられて一部の生徒が盛大に嘆いていた。部活に入っていればよかったと。

 

「部活かぁ、テニスとか高いのかな? もしウィンブルドン出れたら3億2000万だもんね」

「部活でウィンブルドンに出られたら真剣にやっている選手の立つ瀬がないだろうな」

「確かに、じゃぁせいぜい20万ポイントとかかぁ」

「杏樹は興味があるのか、2000万で上がれること」

「んーそこに興味はないけど、科学部入るのもありかなって思って。勧誘されてるし」

「あぁコンテストとか出てるんだったな」

「まぁ要相談かなぁ」



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No,2.3

ストーカー表現入ります。トラウマがある方などはブラウザバックをお勧めします。


 3年生からのいい目撃情報はなく、杏樹は特に変わらない日常を過ごしていた。

 

 変わらないというのは少し違うかもしれない。

 

 なぜか最近放課後、背中に視線を感じる。

 

 振り返ってもそこには誰もいない。

 

 こんなことを何日も繰り返していた。

 

 

 ある日の帰り道。

 

 いつものように気配を感じる。

 

 いつもよりお粗末な尾行にどうしたんだろうと思いながらも無視して防犯カメラが多い場所を通って寮のエントランスに入る。

 

 いつもならそこでどこかに行ってしまうのだが、今日はついてきているようだ。見た目は若めの男性。

どこかの店員だろうか?

 

 記憶はない。

 

 そして不幸なことに管理人さんが今日に限って行方不明だ。杏樹はポケットから携帯を取り出し電話をかける。そして、ポケットに電話をしまいエレベーターがくるのを待っていると案の定声をかけられた。

 

「あのさ、ちょっといいかな?」

「どちら様ですか?」

「杏樹ちゃんだよね、一目惚れしたんだ。君のことはなんでも知ってるよ。ネットでもいろいろ調べさせてもらったんだ」

「?」

「これは運命だと思うんだ。杏樹ちゃんの誕生日すぎたらお嫁さんになってくれるよね?」

「あの、話が見えないのですがとりあえず離れてください」

「あ”? なんで他人行儀なの俺らの仲じゃん」

 

 彼の手が杏樹の背中に回る。ブラウスをスカートから引っ張り出し、直に手を侵入させようとする。

 

「やめてください、警察呼びますよ!」

「何を言ってるんだ? 俺たち相思相愛なのになんでそんなことを言うんだ?」

「あなたとは今日が初対面であなたのことは何も知りませんこれ以上はやめてください」

「女が男に勝てると思うなよ」

 

 支離滅裂な会話。Siriのほうがまともに答えてくれる。

 

 杏樹は殴られそうになるのを避け、体勢が崩れたところを襟首を持って地面に叩き付ける。男性の目を手で塞ぎ、腕を固めて男の体の上にまたがる。

 

 こういう時に限ってなかなか人が通りがからない。みんなどこにいるのだろう?

 

 拘束を解こうと必死に暴れる成人男性を押さえつけ続ける。これが暴れ馬に乗った時の気分か。犯人が素人で助かった。

 

 両手両足、成人男性を押さえつけるのに必死でこれ以上何もできない。抑え込める自信はあったのだが、それ以降のプランを練っていなかったことに今更気づいて落ち込む。こういう時自分のダメさを感じる。

 

 何分たったか、救世主がやってきた。電話を手にした綾小路が走ってきてくれた。

 

「っ無事か?!」

「手伝って、血が止まりそう」

 

 杏樹の抑え込んでる手は元々のピンクがかった白ではなく、青、いや、土気色になっている。

 

「おっさん、何やってんだよ」

 

 杏樹と綾小路はポジションを交代し、綾小路が成人男性を羽交い締めにし杏樹はやっと解放される。

 

「杏樹警察に連絡だ」

「えっ、あ、うん」

 

 犯人を捕まえたこと、綾小路が来てくれた事に満足してそれ以降のことを考えていなかった杏樹は慌てて警察を呼ぶ。警察がくる数分間、犯人は必死に杏樹のことを罵倒していた。一目惚れしたにしては酷い言われようだった。放送禁止用語が飛び交っている。

 

 3人がかりで駆けつけた警察に男の身柄が引き渡された。綾小路が録音していた音声データを警察に渡す。警察から事情聴取をされた後飴ちゃんをもらって解散になった。

 

「ごめんね清隆くん夜遅くまで付き合ってもらっちゃって」

「いつから気配に気づいてたんだ?」

「数日前からかな」

「どうして言ってくれなかったんだ? もしかしたら最悪になったかもしれなかったんだぞ!」

「……ごめん」

「っ、いや、そういうことが言いたいんじゃない……あー、オレは杏樹が学校に来れなくなったら困るから…」

「……」

「今度なんかあったらちゃんと言ってくれよ」

 

 綾小路は走ってきた時に崩れた髪の分け目をかきあげながらそう言う。

 

「……清隆くん須藤くんの件で最近忙しそうだったから、それに自分でも確保くらいできると思ったんだもん」

「急に連絡が来たと思ったら男の気色悪い愛の告白を聞かされて、その後狂った男の声とぶつかる音とかを聞かされる身にもなってくれ……」

「今度からは先に相談します」

「よろしい」

「ありがと」

「あぁ」

 

「明日の裁判だけど、どんな感じなの清隆くん?」

 

 重めの雰囲気を変えるように杏樹が別の話題を提案する。

 

 Cクラスは訴えを下げる気はないようで、話し合いは生徒会のもとで行われる。ちなみに須藤を立ち合いをするのは堀北と綾小路らしい。平田が出てきていないことに驚いたが、須藤はそこまで平田と仲が良くないのを思い出し、一人で解決する。

 

「オレは末端なんだが、櫛田とか平田とか堀北にでも聞いたほうがいいんじゃ?」

「わかってるくせに、ひどいこと言うね。今一番を走っているのは清隆くんだと思うよ」

「……杏樹のその自信はどこから来るんだ?」

「んーー友達としての信頼?」

 

「ーー目撃者は佐倉で確定した。自分から協力するとも言ってくれたがやっぱり分が悪いな」

「Dクラスの女子、しかも目撃者を聞かれてからしばらくしてから名乗り出てる。証拠としては微々たるものだね、むしろ桔梗ちゃんが言葉巧みに証言したほうが勝率高いかもだし」

「そうだな、あとBクラスの一之瀬が他の目撃者探しに協力してくれている」

 

 杏樹としては、自分と話す時間が減って他クラスに交渉しに行ったり、休日を返上してまでいろんなところに聞き込みに出ているのを知っていたのでなんだかあまりの進まなさにかわいそうになってくる。

 

 あとは、Bクラスの一之瀬とか言う、委員長みたいな女の子と歩いていた時はコミュ障設定はどこに消え失せたんだ清隆くん、と思わず突っ込むところだった。綾小路の意見だと、相手がいろいろ気を遣ってくれているらしい。

 

「ずばり勝算はあるの?」

「元から勝つつもりはない」

「須藤くんの勝算じゃなくて、清隆くんの勝算」

「そう言うことなら何個かプランはある」

「頑張って」

「そうだ、関係ないんだが一つ聞きたいことがある」

「何?」

「世の中の女子は不審者を自分で捕まえられるわけじゃないよな?」

「そしたら今頃ストーカー被害で泣き寝入りなんて言葉を聞かないと思うよ」

「だよな、堀北と杏樹が異常なだけか」

「異常って酷いなぁ、わたしの場合は誘拐されないようにパパが教えてくれたからできるだけだよ」

「まぁその顔で生まれたら父親も警戒するだろうな」

「パパすごいんだよ、象も眠る麻酔に耐え切れる肉体の持ち主なの」

「……それはすごいな」

「信じてないでしょ!!」

 

 さっきまでの重たい雰囲気はほぐれ普段と変わらない会話に移っていった。

 

 

 

 次の日。

 

 どうやら1回目の裁判は話し合いが平行線を辿ったらしく、一日の猶予が与えられたらしい。

 

 その日の昼休み、佐倉に杏樹は話しかけられていた。

 

「あ、杏樹ちゃんっ! 今日の放課後、一緒に帰らない?」

「ん? いいよー、どこいく?」

「カフェ行きたいなって、やっぱり相談があって」

「いいよ〜」

 

 意外と思われるかもしれないが、佐倉と杏樹はたまに登下校で会ったら話す仲なのだ。佐倉は人見知りで、あまりクラスに馴染めていないが、杏樹には何かを感じたのだろう。杏樹は佐倉に話しかけても怖がられない数少ないうちの一人だ。

 

 今日も朝、昨日のストーカー退治事件についてさらっと話したら食いついてきた。杏樹としてはおもしろ話として話したつもりだったのだが。なんだろう、彼女もストーカー被害に遭ってるんだろうか? なんて思いながら承諾した。

 

 カフェで見せられたのは大量の手紙。愛だの運命だのそんなロマンチックな言葉が詩的に並んでいる。正直言ってどれも見るに耐えないものばかりだ。たぶんシェイクスピアに見せたら、しばらく執筆が滞るだろうレベルだ。これを見せられたら昨日の成人男性はまだマシだったのかもしれない。まぁ犯罪者にマシも何もない。

 

 これは早く警察に通報した方がいい。杏樹は自分のことを棚に上げて佐倉にそうアドバイスをする。

 

今日、その男が勤めている電気屋にいくらしい。万が一のことがあったら困るから杏樹についてきて録画しておいてくれないかとお願いされてしまった。

 

 これを杏樹が朝ストーカーについて話していなかったら、一人で決行しようとしていたらしい。もちろんついていくこと、そして隠れて録画するんじゃなくて隣に立っていることにする。他人が立っていたら犯人も無理やりなんてことはしないだろう。たぶん。

 

 一緒に家電量販店に向かう。

 

「危ないって思ったら逃げようね」

「うん」

 

 佐倉が話していた特徴の男性が受付をしている。店内には彼以外いない。佐倉は迷わず彼のところに向かっていき、杏樹もその後ろについていきながらポケットからこの量販店で買ったペン型カメラを起動させる。自分の売ったものが自分の首を締めることにつながるなんてなんとも皮肉な話だ。

 

「もう、私に連絡してくるのはやめてください!」

「どうしてそんなことを言うんだい?僕は君のことが本当に大切なんだ。雑誌で君を見た時から好きだったんだ。ここで再開したのは運命だと感じたよ。好きなんだ、君を思う気持ちは止められない!」

 

 どうしてストーカーは揃いも揃って気持ち悪いのだろう。まだドット柄の何かを見続ける方がマシだ。集合体恐怖症だけど。

 

「やめてください! どうして私の部屋を知ってるんですか! どうしてこんなもの送ってくるんですか!」

「……決まってるじゃないか。僕たちは心でつながっているからだよ」

「もうやめてください、迷惑なんです!」

「どうして、どうしてこんなことするんだよ! 君を思って書いたのに!」

「こ、こないで!」

「それ以上彼女に近づいたら、警察に連絡しますよ!」

 

 杏樹はそろそろ危険になってきたと判断し、佐倉との間に体を滑り込ませる。

 

「邪魔すんなよ! 今から彼女に僕の愛を教えてあげなきゃいけないんだ……、そうすれば佐倉もわかってくれる」

「もう一度警告します。離れてください」

「クッソ、どけよ」

 

 なぜ自分の思いどおりならなかったら暴力に頼ろうとするのか。杏樹は男の手首を掴むと捻り上げ、体重を使って抑え込んだ。前回の教訓を生かして、今日は結束バンドを持っている。男の手首を縛り上げ、動けないように押さえる。

 

「愛里ちゃん誰か呼んでくるか警察!」

「え、あ、え」

 

 佐倉はパニックになっててその場で動けてない。

 

「清隆くんに電話!」

「っは、はい」

 

 電話を今受けたのになぜか数秒もたたずに走ってきた。遅れて一ノ瀬もついてきている。

 

「っはぁ、だからなんで先に、実行する前にオレに連絡しないんだ杏樹っ!!」

「それよりもこの人どうにかして、生命力が魚なの!」

「おっさん、ほんと勘弁してくれよ。明日には新聞の一面だ楽しみにしてろよ」

 

 犯人を杏樹と綾小路が押さえつけている間、一ノ瀬はパニックになってる佐倉を介抱していた。

 

 一ノ瀬が警察を呼んでくれたのだろう。またもやあの3人組の警察が駆けつけてくれた。

 

 思わず彼らが「またかよ嬢ちゃん」って宣わったのも仕方ないと思う。昨日の今日だ。

 

 今度は四人で事情聴取を受ける。

 今日はラムネがもらえた。

 

「ごめんね帆波ちゃん、巻き込んじゃって」

「いいよー、急に綾小路くんが走り出したのについていったのは私だし」

「そういえば今回の裁判色々Dクラスのためにやってくれてるみたいだね。ありがと」

「明日は安心してていいと思うよ。さっき綾小路くんと劇をしてきたの。あたかもあたかも特別棟に防犯カメラが設置されていたって思わせるためにちょっとね」

「わーそれは見たかったな。もしかしてだけど映像残ってるんじゃない?見せてほしーなー」

「にゃっ杏樹ちゃんさては何をやったか知ってるなぁ」

「あはは」

 

 自分たちがポイントで買って取り付けた防犯カメラの情報は見放題だ。

 

 綾小路は佐倉が泣いているのを慰めているようで、杏樹と犯人がつかまって以来一切会話することなく寮で別れた。




次話は解釈違いを起こされる方いるかもしれないので忠告しておきます。
綾小路が変です。


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No,2.4

 寮の部屋にたどり着いたのは6時。

 

 ただ7月だからかまだ外は明るい。昨日よりは全然早く帰らせてくれた。

 

 ストーカーを抑えるために無理をした制服はしっかり変なシワがついてしまっている。部屋着に着替えて、制服をハンガーにかけアイロンをかける。

 

 すると玄関のチャイムがなった。

 

 インターホン越しに見えるのは私服姿の綾小路。先ほどエントランスで別れたのになんの用だろうか?今日は晩ご飯の日ではないぞ?と不思議に思いながら玄関を開ける。

 

 無言の綾小路が少し怖くて、こちらも無言でドアを閉めようとすると足をドアの間に挟まれた。どこぞの新聞の人か集金の人だろうか?ただ、実際に新聞の人や集金の人を見たこともやられたこともないので、それがお話の中だけのものなのかは定かではないが。

 

 いつもと雰囲気が違う綾小路を前にドアを諦め、杏樹は後ろに素早く飛び退く。今なら杏樹にはゾンビに詰め寄られながらも必死に戦う準備をする強い系ヒロインの、そして綾小路にはゾンビを殺し続ける生活に絶望を感じた役のオファーが何件か来てもおかしくないだろう。そんな表情をしていた。

 

 そのまま綾小路は杏樹の部屋に入り、杏樹に詰め寄ってくる。慌てて杏樹は近くにあったフライ返しを手に取りスカート下のナイフホルスターにゴムナイフの代わりに差し込む。見た目は不格好だがこのゴムナイフよりはマシだろう。

 

「清隆くん何?」

「……」

 

 返事の代わりに杏樹を掴みかかろうとする綾小路の手を流す。そのままなぜか部屋の中で総合格闘技(杏樹のみ武器あり)が開催された。杏樹の部屋にほぼ家具がないのが救いだ。下の階の人がまだ帰っていないことを願いながら、杏樹は綾小路の攻撃を捌いている。フライ返しを使いながら。

 

 体格差を埋める技術を杏樹は小さい頃から元第一空挺団トップ、現防衛省情報本部室長の父に直々に仕込まれているのだ。もちろんそれだけじゃない。彼女の母親には女の嗜みは3歳から教わり続けている。

 

「ねぇ何か言ってよ清隆くん!」

 

 綾小路に一瞬隙ができた瞬間杏樹は綾小路の胸元に飛びついて唇を奪った。

 

 綾小路が完全に止まった。

 

 キスを続けながら、杏樹はそのまま綾小路を押し倒す。いとも簡単に綾小路は杏樹のベッドの上に座ることになった。

 

「んっ……ぷはっ。……落ち着いた?」

「……っえっあぁ、悪い」

 

 先ほどの黒いオーラを放った綾小路はおらず、呆然としている綾小路がいた。

 

「で、何?どうしたの? わたしの部屋を壊す気?」

「……すまない。オレは男女には体格の差があるんだから、簡単に突っ込んでいくなって言いたかっただけだったんだが、色々考えてたらいつの間にか玄関にいた。あと思ったより杏樹が上手だった……な?」

「つまり、今日のこと怒ってたってこと?」

「まぁ、身もふたもない話そういうことだ」

「あんな成人男性より清隆くんの方が100倍怖かったよ。目からハイライトって概念が消し飛んでたもん」

「杏樹が並大抵の男に負けないのはわかったが……き、っキスはダメだろ」

「ん?」

「……なんでそんなに警戒心がないんだ。もしかしたらオレがこのまま押し倒すかもしれないんだぞ」

「大丈夫、わたしはママと違ってフリーだからってあちこち口説いてるわけじゃないから。それにその時の対処法も何通りか教えてもらってるの」

「なるほど、この性格は母親譲りなんだな。理解した」

 

 会話になっていない会話をしているが、綾小路も杏樹も頭が正常に回ってないのだ。一方は急にキスされ、一方は急に家に入ってこられたのだ。これで平常心はただの猛者だ。

 

 お互い反射で話している。

 

 杏樹は綾小路の上から退いて、フライ返しとゴムナイフを交換する。ちなみにフライ返しは尊い犠牲になった。

 

「いつもナイフホルスターしてるのか?」

「お守り」

「それは画期的なお守りだな。中身はなんだそれ?」

「パパが使ってたナイフらしいよ。切れないけど」

 

 ゴム製のナイフはピンと弾かれるとブルブルと振動した。

 

「ーーとりあえずオレが言いたいのは無闇に危険に突っ込んでいかないでくれ…心配なんだ」

「……ごめんね?今度から清隆くんに頼るようにする」

「それ昨日も言ってたからな?」

「ムー、それを言われると手も足も出ないなぁ」

「ぐうの音が出ないんじゃないか?まぁオレも須藤の方に気を取られてたから、な」

「どうしてそんなにわたしの事心配してくれるの?」

「……?初めての気が合う友達だからか?」

「初めての友達の地位が高いね」

「そうか?」

「たぶん?」

 

「夕飯は食べたか?」

「まだだよ」

「じゃ今日はオレが作る」

「よろしく〜、わたしパスタ食べたい」

「わかった」

 

 パスタを頬張りながら杏樹はもう一度よく考える。彼との関係はなんなのだろうと。

 

 そして出た結論は彼と同じ。初めての同じ目標を目指す友達。

 

 翌日裁判はCクラスが訴えを取り下げて綾小路の勝利だったらしい。偽の防犯カメラにビビって弱気になったそうだ。ペナルティーはなし。

 

 ちゃっかり杏樹は約束通りカメラの映像を見せてもらった。一ノ瀬の演技も綾小路の演技も裏事情を知らなければ騙されてしましそうなくらい迫真な演技だった。杏樹も演技の時だけ参加したかったななんて考えていたが、確実にそういう興味本位だけで杏樹が入ったらジャンルがシリアスからギャグまたはR15に早変わりしていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬鹿だなオレは。何を熱くなり始めてるんだか。勝手にDクラスを分析して、論じて。それが嫌で、この学校を選んだんじゃないのか?

 

 上を目指すのは堀北たちであってオレじゃない。

 

 オレはただ平凡な、何事ものあい日常を求めているだけ。

 

 そうでなければ、いけない。

 

 オレは、誰よりもオレのことを知っている。

 

 自分がいかに欠陥品で、愚かで……恐ろしい人間であるかを。

 

 そんなことを考えていることはクラスの誰も気づいていなかった。もちろん杏樹も。




二巻は杏樹目線だと須藤を救うのにあまり役立っていないので視点が少ないんですよね。
なので一巻よりも話数が少なくなっております。
綾小路の感情がばらけてきているのですが、最終的にはハッピーエンドを目指してたいです。


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第三巻(完)
No,3.1


船から探索前まで。この小説で恒例乗り物篇からのスタートです。


 常夏の海、広がる青空。澄み切った空気。そよぐ潮風は優しく体を包み込み、真夏の猛暑を感じさせない太平洋のど真ん中。

 

 そう、ここはまさにシーパラダイス。

 

「うおおお!最高だああああああああ!」

 

 豪華客船のデッキから高らかに両手をあげ、池の叫び声が響き渡る。

 

「すごい眺め、最高なんだけど!」

 

 軽井沢率いる女の子グループも満面の笑みで大海を指差す。

 

「本当に凄い景色……!」

 

 櫛田もまた、恍惚としたため息をついて海を見ていた。

 

 一方で杏樹はというと

 

「(船はどの乗り物よりも本当に無理なんだよなぁ、この匂いと揺れが二週間……生きて帰れるかな)」

 

 集合が朝5時でバス移動でもともとやられていたこともありすでに顔色は青くなっていた。朝食を船内で食べそれから自由行動だったが、杏樹が口に入れることができたのはヨーグルトとフルーツのみ。

 

 客室で寝るとなると、ルームメイトに気を使わせてしまうかもしれない。そう考えた杏樹は、とりあえずまだ歩けるので理論上一番揺れない中央エントランスに向かい一人でポツンと座って一向に効かない酔い止めが効くのを待っていた。

 

『生徒の皆さんにお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まりください。あと10分ほどで島が見えて参ります。しばらくの間、非常に意義のある景色をご覧いただけるでしょう』

 

 杏樹も他の生徒同様それを聞いて、デッキに移動しようとしたが、すでに一人で立って歩くには厳しい状態になっていたので諦めることにした。

 

「(部屋に戻りたいけど、たどり着けるかな……酔い止めが効けばマシになるんだけど……船に乗った後に飲んだからなぁ)」

 

 仕方なく端末を取り出し、緊急連絡先の番号を打ち込んでいく。

 

「……もしもし茶柱先生、動けなくなったので助けてもらえませんか?」

「烏間? どうした? どこにいる?」

「船酔いが、酷くて、今中央エントランスにいます」

「そうか今行く。動かず待っていろ」

 

 近くにいたのだろうか?数分で茶柱先生がやってきた。

 

「ひどい顔色だな、立てるか? 支えてやるから部屋に戻ってギリギリまで寝ていろ、降りる準備が整ったら起こしに行こう」

 

 なんだかんだこういうところでは優しい先生なんだななんて思いながら、自室に半ば引きずられながら戻った。

 

 しばらく吐きそうで吐かないというなんとも微妙な時間を過ごしたが途中で意識を失い、先生に肩を揺すられ目が覚めた。

 

「ほとんどの生徒がこの船から降りている。ジャージに着替えて端末を持ってできるだけ早く降りてきてくれ」

 

 そう言って先生は立ち去った。眠っていた分、前よりはスッキリしている。急いでジャージに着替え、トイレをすまし外に出た。杏樹は本当に最後の一人だったらしく、携帯を預けてDクラスのみんなが集合しているところによろよろと向かった。

 

「今からDクラスの点呼を行う。名前を呼ばれた者は返事をするように」

 

 なんとか間に合ったのか、合わせてくれたのか杏樹は無事点呼に参加することが叶った。

 

『ではこれより本年度最初の試験を行いたいと思います』

 

 このメガホンを持った説明役の先生の一言でバカンスだと思っていた多くの生徒がざわめく。

 

『期間は一週間、君たちはこれからの一週間、この無人島で集団生活を行い過ごすことが試験となる。なおこの特別試験は実在する企業研修を参考にして作られた実践的、かつ現実的な者であることをあらかじめ言っておく』

 

 試験の説明を受け終え、マニュアルを基に茶柱先生が追加の説明をしていく。杏樹は今度は陸酔いに耐えるため必死に己と戦っていた。なんて不器用な体なんだ。この試験でリタイアしたらマイナス30cl、クラスポイントが減ることによるヘイトが溜まるに違いない。

 

 みんなの後ろに移動し、地べたに座り込む。

 

「大丈夫か?」

 

 声をかけられ上を向くと綾小路がいた。

 

「うん、船酔いからの陸酔い。経験上あとちょっとで治る気がする……大丈夫リタイアするほどじゃないから」

「そうか、何かあったら言ってくれ」

 

 杏樹は体育座りをして頭は下を向けていたものの、普段の授業とは違い話は珍しくちゃんと聞いていた。占有スポットの話、他クラスのリーダー当てで多くのポイントがもらえる話。そしてトイレを買うかどうかで揉めている様子も。

 

「試験統率力のないDクラスじゃ先が思いやられるわね。しかも杏樹もこんな感じだし」

 

 なんだか堀北からかわいそうな目を向けられた気がしたが気にしないことにする。

 

「今回の試験。思ったよりずっと複雑で難解な課題と言えそうね……」

 

 どんどん他のクラスが動き始めているのに焦るDクラスの面々。仕方なく全員移動することになった。

 

「……清隆くんお願い」

「なんとなくそんな気はしていた」

 

 そう言って綾小路はしゃがんで背中を向ける。

 

「えっ? 手貸してくれるだけでいいんだけど……まぁありがとう」

 

 杏樹は遠慮がちに背中に体重を預けた。

 

「見て、あそこの二人超お似合いじゃん」

「やば、意外と綾小路って意外と顔はいいもんね。前から思ってたけど杏樹の横に立ってても違和感ないくらいだし」

「杏樹ちゃん大丈夫なのかな? バスの時点で既に体調やばそうだったけど」

 

 女子たちが好き勝手話している中、綾小路は背中にあたる柔らかい感触から意識をそらすのに必死だった。杏樹も永遠のゼロではないため硬くはないのだ。

 

 少し日陰に入ったところで話し合うためにもう一度みんなで集まった。杏樹は下ろしてもらい、手ごろな木の根の上に座る。

 

「杏樹ちゃんはトイレの購入についてどう思う?」

 

 櫛田からの問いに杏樹は答える。

 

「……トイレは必要経費じゃないかな。もしそれがなかったら誰かが脱落する可能性が高くなる、と思うよ」

「いや、我慢できるだろ!」

 

 杏樹はいまだ体調が優れず人に気を使ってる場合ではない精神状態である。そんな時の大きな声での生産性のない感情的な反対意見に杏樹の何かがキレた。

 

「……この試験の目的は、いかにクラスポイントを貯めるかじゃないと思う。クラスに不和なく過ごしきり、かつリーダーを当てられないようにすること。そしてリーダーを当てること。リーダーあてで必要経費の点数くらい余裕でひっくり返る。もしここで我慢をしたとして、それに不満がある人が他クラスに自分のプライベートポイントを見返りに情報を流し自分だけおいしい思いをしようとするかもしれない。そんな人が出てきてもおかしくない。そう認識したんだけど、みんなはどうかな?」

 

 正論の弾丸と、いつも通り笑顔なものの普段の杏樹とは思えない、否と言えそうにない雰囲気に反対意見だった男子達も圧倒され同意してしまった。

 

 それを好機と捉えたのか平田がどんどん話を進めていく。

 

「じゃあ、みんなトイレ設置ってことでいいね?ーーーー次は、さっきも意見が出てたけど、ベースキャンプを決めるために僕らも探索するべきだと思う。どこに腰を据えるかでポイントの消耗に大きく関わってくるからね」

 

 Dクラスだけ動いていない焦りというよりも、クラスの反発を防ぐために平田はそう発言していた。

 

「この中にサバイバルに精通した人とか、いないかな?」

「洋介くんわたし探索行くよ〜、休んでたおかげでさっきよりは体調マシになった」

 

 杏樹は先ほどとは違い、いつもの感じで名乗り出る。いつもよりもまだ顔は青白いが、船から出てきた時よりはだいぶ血色がいい。

 

「あの、わたしでよかったら行くよ!」

 

杏樹が名乗り出た後櫛田も続いて名乗り出る。クラスのアイドル2人が名乗り出たおかげか続々と男子が名乗りをあげ11人集まった。

 

「後一人誰か行ってくれないかな?」

 

 すると意外なことに控えめに佐倉が手をあげた。これで12人。

 

「じゃ、3チームで行こうか今1:30だから成果の有無にかかわらず3時に一回ここに戻ってくるように」

 

 杏樹のチームは高円寺、綾小路、佐倉の4人だ。通称あまりものチーム。別に杏樹は余ったわけじゃない、余った者と仲がいいだけである。




どうしても堀北より先に杏樹をおぶって欲しかったんです。今回はそのためだけの回です。


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No,3.2

探索篇です。


 青々と生い茂った緑は、森の中へ足を踏み入れるたびに色濃くなっていく。

 

 直射日光を避けられる分浜辺よりマシだが、ジメジメとした暑さは苦痛で、綾小路はクールネックの首回りを掴みバタバタと煽ぐ。ただその行為も焼け石に水だったようだ。綾小路の不快そうな表情は改善しなかった。

 

「高円寺ーー」

「あぁ、美しい。大自然の中に悠然と佇む私は美しすぎる! 究極の美!」

「巷で噂の筋肉美ってやつ?」

「ノンノン、ミズアンジェリーナ、私とただの物体を比較することがナンセンスなのさ。私という存在そのものが光り輝いていることが究極の美だからね」

「んーとつまり高円寺くんはエネルギーを持つ離散的量子ってことだね」

 

 違うだろ、何がつまりだ。そう綾小路は心の中で盛大に突っ込んだがそれを音にするほどの力はなかった。

 

 ダメだ……。成り立っていない会話を続け前を歩く二人に声をかけるのを諦めた綾小路は佐倉に声をかけることにした。

 

「偉いんだな」

「……え?」

「あと一人欲しいって言われて挙手をしただろ?なかなかできることじゃない」

「そんな、私は別に偉くなんてないよ。ほんと全然。今もまだどうしてこんなことになっちゃったんだろうって少し混乱してるの」

「ならどうして面倒な森の探索に手をあげたんだ?」

「だって……綾小路くんが手をあげたから、って違うんだよ?!話せる人がいないから、だからそのってあのそういうこと!」

「あ、おいあぶなっ」

「わきゃ!?」

 

佐倉は大木の根っこに気がつかず、足をひっかけて後ろに倒れ込む、慌てて綾小路は手を伸ばすが間に合わなかったようだ。間に合わせる気もなかったようだが。

 

「大丈夫か?」

「うぅ、痛い……」

「森の中でてきとうに歩いていると怪我するぞ、ほら掴まれ」

「……あ、ありがとう」

 

 綾小路は佐倉のことを引っ張り上げる。

 

「佐倉ちょっと急ぐぞ」

 

 先頭を突き進む高円寺とそれに簡単についていってる杏樹。綾小路にとって人生初の森だ、二人を見失ったらどちらの方向に自分たちが歩いているかすらわからなくなってしまう。ここで迷うわけにはいかないとペースを上げようと思うが、隣には佐倉がいる。彼女にこのペースは酷かとまた歩調を戻す。

 

「二人とも歩くの早いね」

 

 女の子の歩幅のことを何一つ考えていなさそうな高円寺はどんどん森の奥に進んでいる。まぁ隣に規格外の女の子がいるから一概に彼だけを攻められないが。

 

「それにしても、あいつまさか……」

「どうしたの?」

「いや、問題ない」

 

 高円寺と杏樹の足取りには迷いが一切ない。二人は何か目的があるように一直線に進んでいく。

 

「二人とも、あまり速いスピードで進むのはまずいんじゃないか? 迷うぞ」

「私は完璧な人間だ。この程度の森で道に迷うほど愚かではないさ。それにミズアンジェリーナは完璧な方位磁針の役割を担ってくれているからね。私たちに死角はないのさっ。もし困るときはそれは君たちが私たちを見失った時だろう。その時は諦めたまえ」

 

 結局、やはりというべきか、高円寺を綾小路たちは見失ってしまった。高円寺の良心によって杏樹は残していってくれたらしい。ただ、遊び心たっぷりの杏樹が木の影で出待ちをしていて油断していた佐倉を驚かせたのさえなければ完璧だった。佐倉が風呂に落ちた猫みたいに飛び跳ねていた。

 

「いやーさすがに疲れるね」

「さっきまで高円寺に悠々とついっていっていたお前が言うと嫌味にしか聞こえないんだが」

「なんか高円寺くん、わたしに求めるレベルが高いのか『ミズアンジェリーナならこれくらい造作もないだろう?』みたいなスタンスで……」

「まんまとそれに釣られて頑張ったんだな」

「That’s right」

「杏樹引き続き道案内頼めるか? 高円寺の認める方位磁針さを存分にはっきしてくれ」

「いいけど、どこ向かえばいい? 高円寺くんがいくであろう場所? それとも道?」

「とりあえず道で頼む。このまま道無き道を歩くほどスタミナが残っていない。佐倉もそれでいいよな?」

「う、うん!」

 

 杏樹は要望通りカーナビの役目を果たす。先程の高円寺との会話でこの島の配置を彼の独特な言語で伝えられたことを日本語訳しながら道への道を切り拓いていく。そして数分で開けたところに出た。高円寺語の解読は正解だったらしい。

 

「目的地に到着しました。ルートガイドを終了します。運転お疲れ様でした」

「カーナビは知ってるんだな」

「タクシー様様だよ」

 

 道に沿って歩いて行きしばらくすると道が途絶えた。

 

「うわ……すごい!」

 

 辿り着いたのは山の一部にぽっかりと大穴があいた洞窟の入り口だった。そこは一見天然の洞窟のようだが、よく見るとしっかり補強が施されている。

 

「綾小路くん……もしかしてアレ、スポットなのかな?」

「さて、どうだろうな」

 

 確かめるべく洞窟に近づいたところで穴の奥から人影が見えた。慌てて杏樹は手頃な木の上に飛びつき隠れる。綾小路は状況がイマイチ理解できていない佐倉の腕を引っ張って物陰へと引き込み隠れた。杏樹と綾小路はアイコンタクトで人影が去るまでここでじっとしているべきだという意見に同意しあう。

 

「この大きさの洞窟があればテントは二つで十分ですね葛城さん。それにしても運が良かったです。こんな早くスポットが押さえられるなんて」

「運? お前は今まで何を見ていた。ここに洞窟があることは上陸前から目星がついていた。見つかるのは必然ということだ。それと言動には気をつけろ、どこで誰が聞いているかわからないんだ。俺はリーダーとしての監督責任がある。些細なミスもしないように心がけろ」

「……す、すみません」

「次に行くぞ弥彦、スポットを押さえた以上長居は無用だ、あと二箇所ほど船から見えた道があった。その先にも施設等何かあるはずだ」

 

 言動には気をつけろと言う割には自分がどんどん情報を落としている葛城くんに杏樹は吹き出しそうになるのを必死に抑え肩を震わせていた。その様子を綾小路にジトッとした目で見られた。万が一杏樹が音を立てたら終わりなのだからそんな目で見るのだろうが、杏樹にとってそれもツボだったのだから大変だ。

 

 杏樹の無言の爆笑が落ち着いた頃には二人の姿は見えなくなってきた。

 

「……行ったようだな」

 

 杏樹も綾小路にOKサインを出す。

 

「悪い佐倉……佐倉?大丈夫か?」

「だだだ、だい、大丈夫、ぶ……はう、はふっ、し、死ぬかと思った……心臓止まるかも」

「二人とも大丈夫?」

「問題ない、杏樹は前世猿か何かか?」

 

 杏樹が木の枝から飛び降り地面に転がって受け身をとったあと立ち上がったのを見てそう言う。

 

「女の子に猿はナンセンスすぎない? リスとかオコジョとかそう言う可愛いのがいいなぁ」

「その二つならリスだな、食べる時とかそっくりだぞ」

 

 

「ーーで、あの弥彦くんがリーダーだね、わたしの視力2.5がカードの顔写真をしっかり見たからお墨付きだよ。ちゃんと髪の毛があった」

「入学前は髪があった可能性も否定はできないが……とりあえずそいつの苗字は知ってるか?」

「とつかやひこ。漢字はわかんない」

「十分だ」

「どどど、どうしようすごい秘密、知っちゃったっ、ね!」

「落ち着け佐倉、後で俺の方から平田に報告しておくよ」




綾小路の佐倉と杏樹に対する対応の差を出していきたい。


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No,3.3

ベスキャンでのおはなし


 探索から無事戻り、杏樹が女子の中でだべっていると池達のチームが帰ってきた。

 

「川だよ川! ものすごくきれいな感じの!ここから10分もかからないから行こうぜ」

「それは大手柄だね。水源が確保できたら僕たちの状況は大きく好転するかもしれない」

 

 移動してきたところはキャンプをするにはちょうど良い場所だった。ベースキャンプが決まったところで後回しにしていた問題が戻ってきた。

 

「じゃあリーダーをどうするかだ。肝心なのはそこだからね」

 

 そこで何人かの女子が意見を言い出す。

 

「杏樹ちゃんか平田くんがいいと思う!」

「そのどっちかでいいんじゃね?」

「櫛田ちゃんか杏樹ちゃんがいいと思いまーすっ 」

 

 それに続いて何人かの男子も賛成の意見を示す。

 

「本人の意見も聞かなくちゃだよ、杏樹さんはどうしたい?」

 

 その推薦はありがたかったが本人は拒否した。

 

「んーわたしと、平田くん桔梗ちゃんは他クラスに名前知られちゃってるかもだから避けたほうがいいかも。リーダーじゃなくてもクラスをまとめるのはできるし。わたし的には鈴音ちゃんとかにやってもらいたいな、どう?」

 

 杏樹は平田や櫛田より他クラスに名前を知られているわけではないが、見た目が目立つのと一ノ瀬に少々知られすぎているところからリーダーはお断りしておいた。そしてみんなと協力するきっかけでも作れればいいのではと余計なお世話かもしれないが堀北を推薦しておいた。

 

「わたしも杏樹ちゃんに賛成! 他クラスから見てあんまり目立たないかつ責任感あるもん、どうかな?」

 

櫛田が杏樹の意見に援護射撃を打つ。それに平田くんも同意し、クラスの代表格はこぞって堀北を推した。

 

「わかったわ。私が引き受ける」

 

 そうして堀北が装置に触れ、川を占有することに成功した。

 

「これで風呂と飲み水の心配はなくなったな!」

「はぁ? 川の水飲むとか正気?」

「そりゃ泳いだりする分にはいいけど、飲むのはちょっと……」

「なんだよ、全然いいじゃんか。きれいな水だろ」

 

 やっぱり川の水を飲むのに抵抗がある人も多いだろう。

 

「平田くんほんとに大丈夫? 川の水飲むなんて普通じゃないよ」

「篠原。お前文句ばっか言ってんなよ。全員で協力しなきゃならない試験だろ、これって」

「ちょ、やだ笑わせないで。全員で協力って、それ須藤くんが言う?」

「俺がクラスに迷惑かけたことはわかってんだよ。だからこそ言ってんだ。つまんねーことで反感買ってたら、何それが自分に跳ね返ってくるってな」

 

 須藤はアレ以来何か思うところがあるらしい。少し成長しているようだ。

 

「ねぇ清隆くんベイビーがキッズになってるよ」

「確かに須藤は成長してるが……その例えは褒めてるのか貶してるのか?」

「そういうのは気にしちゃダメ、どっちにしろ可愛いってことだよっ」

 

「水の問題はとりあえず後にしようか、他には寝る場所についてだけどーー」

 

 テントの数はもちろん足りるはずがなく、二つのテントは女子で占有することになった。

 

 杏樹はテントの設置を終えると焚き火に困ってる綾小路たちを見つけた。そしてそれにアドバイスして小さめの枝や葉っぱを集めている池を手伝う。

 

「池くんこれとかいけそう?」

「そうそうこういうやつ、杏樹ちゃんもキャンプとかやってたの?」

「小さい頃、裏山によく家庭教師の先生に連れてってもらってその時に覚えた感じだよ、池くんは?」

「俺ちっちゃい頃から家族でキャンプとか行ってて、あとボーイスカウトにも入ってたからこういう系の知識はあるんだ」

「それはちょー頼もしいね!わたし泊まるとかはなかったからちょっと不安だったの」

「夜とか寝心地悪かったり、暗かったりって普段と違うとこもあるもんな」

 

「杏樹ちゃんと池くんが話してるとか珍しいね、何話してるの?」

「池くんのキャンプ知識を伝授してもらってる!池くんすごいんだよ焚き火の火一発でつけてくれたの」

 

 少し大きめの声で言うと、何人かがこっちを気にし始めた。

 

「へへっキャンプのことは俺に任せろって」

 

 その後池がキャンプ知識があることが広まったのか、山に生えてる果物を積極的に判別したりすることでみんなからの信頼を着々と得ていた。

 

「杏樹さすがだな」

「どうしたの清隆くん?」

「さっきので反対してた女子まで池に頼るようになった。狙ってやっただろ?」

「あぁ、適材適所ってやつだよね、わたし自由に動く方が好きだから。こういうの教える役目とかは適性持ってる人が積極的に動いてくれるとありがたいもん」

「そうだな、なら今回の試験、杏樹はどう動くつもりなんだ?」

「キャンプの基盤ができたらリーダーとかを探りにいくつもり。ちょっと試してみたいことがあるんだ。そう言う清隆くんは?」

 

「今回、俺は俺の平穏を守るために積極的に動くことになった」

「……どういうこと?」

 

 急に深刻な顔でそう語りだした綾小路に杏樹の動きが一瞬とまる。

 

「担任に脅されているんだ、Aクラスを目指さないと退学っていう当たれば一発ゲームオーバー、コンティニューが効かないチート魔法だ」

「それは大変。我ら普通会、会員番号2への援助は惜しまないよ」

「まだその会続いてたんだな」

「うん、任期は3年で退会不可だからね」

「なんだそのブラックな会は」

 

 二人は周りに警戒しながら顔を寄せ合ってお互いにしか聞こえないように現状について話し合っていく。

 

「ーーじゃあ潜入捜査するとしたらCかぁ」

「潜入ってなんだ?偵察じゃなくて?」

「そのままいって情報を聞いてもらってくる」

「冗談だろ?」

「本気だよ? わたしが頑張れば初対面でもみんなエスコートしてくれてプレゼントを用意してくれるから」

「……杏樹は何個びっくり箱を隠し持ってるんだ?」

「パパもママもびっくり箱の量産機だから、一人っ子のわたしは量産機1.5台ぶん?」

「そろそろ夢見る子供達へクリスマスにその能力分けてやった方がいいんじゃないか?」

「わたしもそんな気がする。清隆くんいる?」

「生憎お腹いっぱいだ」

「びっくり箱は食べれないよ」

「そうじゃない」

 

 

 綾小路と杏樹が話を脱線している間に平田が購入するものを決めてくれていたようだ。

 

 シャワー、調理器具、釣竿、栄養食、コップ代わりにこれから使っていくためのペットボトル。

最初では考えられないくらい男女お互いが妥協しあっていた。Cクラスからきた伊吹も受け入れることにしたらしく、櫛田が栄養食とペットボトルを伊吹に渡していた。

 

 

 食事の時間。皆平等に栄養食と水が配布された。

 

「なぁこうしてみると顕著だよな、女子連中もさ」

 

 食事をしていた山内がそれぞれのグループを指差す

 

「軽井沢率いる女帝チーム、櫛田ちゃんの仲良しチームに、篠原の傲慢チーム、そんでもって堀北と佐倉が一人ずつだ。ん? 杏樹ちゃんは?」

「ほらあれ見ろよ、くっそ」

「は? 綾小路のやつ何抜け駆けしてんだよ」

 

 指をさす先には綾小路と杏樹が食事を持ちながらなんだか楽しそうに話をしている姿。

 

「俺、決めたやっぱ佐倉を狙う、杏樹ちゃんは綾小路に譲ってやる」

「山内、佐倉に乗り換えんの?」

「いや、まぁうんそんな感じ」

 

 

 

「ねぇ清隆くんっ、一緒にあっちで食べない?」

 

 返事も聞かず杏樹は綾小路のジャージを引っ張る。杏樹の奇行に驚きながら少し離れたところに二人で座り栄養食をかじる。

 

「どうしたんだ?」

「恵ちゃんに行ってこいって言われて追い出されちゃった」

 

 そう言って杏樹がチラッと軽井沢の方を見る。

 

「そうか」

「キャンプが意外といい感じになってきたから明日、点呼後からCクラスに混ざろうかなって思ってる」

「場所の検討はついてるのか?」

「たぶん、砂浜付近だと思う。伊吹さんから聞いたから」

「俺は明日堀北と動く予定だ」

「鈴音ちゃん、大丈夫なの?」

「少し体調は悪そうだが、まだヘルプはもらってない」

「そっか」

「杏樹はあれ以来体調は大丈夫なのか?」

「うん、あれは乗り物酔いだから。普段の運動では三半規管むしろ強い方なのに乗り物系は苦手なんだよね」

「杏樹の数少ない弱点だな」

「そんなことないよ、猫舌だし睡眠不足に弱いしにんじん嫌いだし……」

「なんだか急に可愛らしい弱点が出てきたな」

「清隆くんも弱点ないじゃん」

「いや、友達が少ないことがまず弱点だろ。オレももう少しコミュ障を克服できたら……いや想像できないな」

「清隆くんはそのままでも十分素敵だよ、しかもコミュ障なわけではなさそうだし」

「オレは陰キャのコミュ障だぞ?」

「じゃ、わたしと話してる時はそう感じないよって言い方が正解かな?」

「たしかに杏樹とは普通に話せるが、そういうことなら世界中の人が杏樹の前ではコミュ障から解放されるんじゃないか?」

「んー、人と会話を続けるのは得意だけど、なんていうか、そうじゃなくて、清隆くんには自分の話ばっかりしちゃうというか、なんか清隆くんが聞き上手?って感じ。わたし家族の話とか昔の話は基本しないつもりだったんだけど、うっかり全部話しちゃってるし」

「オレには杏樹と違ってそんなたいそうな能力はないが」

「清隆くんが思ってるよりわたし、清隆くんのこと信頼してるのかもね」

「オレが悪いやつだったらどうするつもりだ?」

「なんか清隆くん悪い設定多いね。んーでも、わたしを凌駕する悪いやつだったらついていくし、わたし以下ならわたしについてきてもらう……かな?」

「それなら後者だな」

 

 

 一方それを遠くから見ていた軽井沢達に

 

「え、めっちゃいい感じじゃん」

「やっぱ二人って距離近いよね軽井沢さんナイス!」

「見てるだけだったら少女漫画みたいだよね二人って」

 

 なんて言われているのに二人は気付いていなかった。

 




杏樹の処世術が光るのは周り全員他人の時なんですよね。
両親の前=綾小路、恵の前<鈴音の前<クラスメイトの前<目上の人の前<他人の前<目的の人物の前
って感じに。使い分けてるんですね。

まぁ少なからず世の中みんなそんなもんでしょう。


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No,3.4

「あれ高円寺くんは?」

 

 夜の点呼の際に高円寺がいないことに平田が気づく。

 

「高円寺は体調不良を訴えて船に戻ったぞ。お前たちのポイントは30ポイント減った。これはルール上どうしようもない」

 

 担任からの報告にみんな悲鳴を上げるが、その苛立ちをぶつける相手がもういないのだからどうしようもなかった。

 

 

 支度をしてテントから出て朝の点呼が終わったら自由行動だった。杏樹は砂浜のほうに向かう。木の影から様子を伺い、入っていくタイミングを見計らう。入りさえすれば後はどうにでもなる。何人かがバーベキューをしているのを確認し、死角を縫ってそこと合流した。紙皿に焼けた肉を取り分けてる女子に話しかける。さもここにいるのが当たり前というように堂々と。

 

「わたしもそれとっていい?」

「いいよー、好きなの取ってって〜」

 

 肉の焼け目をみるのに必死でこちらをみる気配はあまりない。

 

「ありがとう! ずっとやってんの辛くない? わたしこれ食べ終わったら変わるよ」

「いいの? さすがにちょっと暑くてさ、水飲みたかったんだよね。これトング。よろしく〜」

 

 杏樹は肉焼きという職を無事ゲットした。

 

「俺たちにも肉くれるか?」

「うん、ちょっと待ってね、はいこれ。わたしここ離れられないからお肉クーラーボックスから追加で持ってきてもらってもいい?」

「おう、まかせろ! 俺行ってくるわ」

「じゃあ俺野菜もとってこよっか?」

「いいの? 助かる!」

 

 そこは奇妙な光景だった。Dクラスである杏樹がさも当たり前かのようにCクラスのメンバーに受け入れられているように見える。

 

 まぁこれはCクラスが今回の試験をバカンスとして捉えているからこそ可能な技だ。警戒心たっぷりのところに混ざるのだとしたらそれなりに設定などを作ってから挑む。

 

「ねぇこれ終わったらリタイアするって聞いたんだけどほんと?」

「そうなんだよ、今日の夜には龍園さんとあのどっかいった二人以外リタイアって予定だから、俺たちと一緒に遊ぶなら今のうちだぜ?」

「じゃっ俺代わりに肉焼くからさ一緒に遊んできなよ」

「ありがとう! みんな優しいんだね、Cクラスってみんな龍園くんみたいに怖いのかと思ってたけど優しくて安心しちゃった」

「みんなが龍園みたいなやつだと思われたら困るよ」

「そうだな、俺らあんな強くないし横暴でもないだろ、でも龍園さんに逆える力もないけどな」

「やばかったよなぁ、ああいうのを暴君って言うんだよなぁ。俺も喧嘩強くなったら好き勝手できんのに」

「お前が喧嘩強いとかいっぺん生まれ変わってこないと無理だろ」

 

 杏樹はそれからも言葉、仕草、得た情報を巧みににつかいこなし色々情報をすっぱ抜いていた。龍園が独裁で仕切っていることや、今回の試験は思ったよりも早くにリタイアすることなど。

(ちゃっかり肉もいただいて、海でも遊んでいる)

 

 堀北と綾小路が昨日行っていた通り偵察に訪れたのに杏樹は気づいた。

 

「嘘でしょ……こんなことってあり得る?!」

 

 堀北は目の前の光景に驚きを隠せていなかった。

 

「どういうつもりなのCクラスは。節約するつもりがないってこと?」

 

 そんな中、二人は龍園に呼び出されていると男子生徒に言われ、その生徒について龍園の方に向かった。

 

「こんなにポイントを使うなんて持たないわよ。何を考えてるの」

「見ての通り俺たちはバカンスを楽しんでいるんだ」

「これは試験なのよ。それがどういうことかわかってるの? トップが無能だと大変ね」

「バカなのはどっちだ? こんなクソ暑い無人島でサバイバルなんて冗談じゃないな。小さなクラスポイントを拾うために必死に身を削るDクラス。笑えてくるな」

「いいわ戻りましょう綾小路くん、これ以上ここにいても気分が悪くなるだけよ」

「またな鈴音」

「どこで調べたのか知らないけど、気安く呼ばないでくれるかしら」

 

「論外ねCクラスは。完璧な自滅をしてくれたお陰で助かるわ。後で困った時どうするか見ものね」

「そうかな鈴音ちゃん」

「っ、杏樹? どうして? いつからいたの!?」

「最初から? そんなことより、Cクラスはまだ自滅してないよ」

「どういうこと? ポイントもないなか試験を凌ぎ切ることは無理よ」

「考えてみて。与えられたポイントは300ポイント、期間は一週間。これだと期間内に豪遊するのにポイントが足りないことは確か。私たちはポイントを削った。彼らは?」

「……期間を削った、でもどうやって」

「高円寺くんがいい例かな? そうだよね清隆くん」

「あぁ、適当に体調が悪い、精神的に不安定だなんてでっちあげてリタイアすればいい。そうすれば全員客船に戻って生活ができる。なんの苦労もなく夏休みを過ごせるってことだ」

「じゃぁ彼は本当に最初から試験を放棄していたってこと…?」

「この試験は文字通り自由だ。龍園の考えも一つの正解だろう。Cクラスは伊吹ともう一人が謀反を起こして不在らしいし、1日に数ポイント確実に失うことがわかっている。どれだけ節約しても失うことが確定しているポイントだからこそ思い切った戦略に出たのかもな」

「諦めずに連れ戻すなり考えるべきよ。絶対に間違っている。理解不能よ」

「そうかな? 試験終了後にいろいろ見えてきそうだけどね」

「どういうこと?」

「よっし! 時間もあるしBとAも回るんでしょ? わたしもついてくね、Cのことは一旦知れたし」

「誤魔化したわね、そういえば、杏樹は私たちが浜辺を訪ねる前からあそこにいたの? どうやって?」

「普通に友達になったの」

「嘘よ、今はクラス対抗中よ? 他クラスの人に与えるポイントも情報もないはず」

「でもみんな優しくしてくれたのが事実だから、わたしからはそれ以上の説明は不可能」

「にわかに信じられないわ。で、何か情報は得られたの?」

「今日リタイアすることは確実だよ」

「はぁ、遊んでいるだけでなんで情報が入ってくるのかしら……杏樹も綾小路くんも本当に掴めないわ」

「だって清隆くん」

「オレはただの事なかれ主義者だ」

「じゃぁわたしは……何だろ?」

 

 BとAもそれぞれ見にいき、3人はDのベースキャンプに戻ってきた。

 

 今回の杏樹のゲットした情報の中で一番有益だったのは、トランシーバーのチャンネル数だった。

 

 

「杏樹おかえり〜帰ってきたばっかで悪いんだけど野菜畑見つけたんだって? 早速場所案内してほしいんだ」

 

 探索の時に高円寺が不自然に歩みを止める場所が何箇所かあり、後日その周辺のみ細かく調べたところ野菜畑が見つかったのだ。多分高円寺はクルーズ客船から眺めて気づいていたのだろう。

 

「わかった! じゃあなんか入れる袋持っていこっか」

 

 堀北綾小路と別れ、何人かの女子に囲まれる。軽井沢を筆頭に何人かの女子が杏樹についてくるのを確認しながら、道を進んでいく。

 

「じゃーん! ここがとうもろこし!」

「すご! ほんとに生えてるじゃん美味しそ」

「いっぱい持って帰りたいね」

「でも野菜って何日常温でもつの?」

「とうもろこしは痛みやすいから一日持つかどうかくらいかな?」

「でも取られちゃったらやだよね」

「とりま人数分持っていこうか」

「さんせー!」

 




今回ちょっと作者の語彙と描写力がなくて……Cクラスに簡単に入り込めるなんてありえねぇよって思った方いたらごめんなさい。堀北に龍園が遊んで行くかって誘ってる時点でそこまでクローズな空間ではないと認識した上で書きました。


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No,3.5

 開始4日目半ばを超えた頃には杏樹は暇をしていた。

 

 Aクラスは戸塚Bクラスは協定を結んだので探る必要なし、Cクラスは龍園か伊吹か金田Dクラスは堀北。

 クラスのリーダーをまとめると上記の通り。

 

 これ以上はあちらが動かない限りこちらも動けない。杏樹が今できることと言ったらクラス内のお仕事くらいだ。

 

 そう気を抜いて過ごしていた。

 

 朝早くのテントの中。杏樹は自分のバッグが明らかに漁られた形跡があるのを見てゲンナリしていた。

 

「杏樹どうしたの?うっわひど、何これ?」

 

 軽井沢が杏樹のカバンを見て唖然としている。それもそうだ、杏樹のカバンの中はグシャグシャになっており、特に下着類の袋が明らかにやぶかれていてしかも一番上にあったであろうピンクが明らかに一枚足りない。

 

「えーっと、情報量が多いんだけどこれって119番?」

「杏樹落ち着いて、たぶんこれは110番だと思う」

 

 そもそもこの無人島に電話線はない。杏樹だけでなく軽井沢も動揺しているのだ。

 

「これは窃盗で訴えるべきか、損害賠償を請求すべきか…どうしよっか?」

 

 口はよく動くが何からすればいいのかわからず、ただ二人はカバンを眺めていた。何分立っただろうか、みんなが起きてくる。

 

「杏樹と軽井沢おはよーって何やってんの?」

 

 杏樹が今の現状を簡潔に話す。続々と起きてきた女子が集まってくる。

 

「私男子起こしてくる!」

 

 そう言って何人かが男子のテントに向かって行った。

 

 

「一体なんだよ、くそねみぃ」

「どうしたの?」

「あ、平田くん悪いんだけど男子全員起こしてもらってもいい?大変なの」

「? わかった、今声かけてきたからすぐ出てくると思うよ」

 

 女子のきつい目が男子を睨みつける。

 

「こんな朝早くからどうしたんだい?」

「ごめんね平田くん。平田くんには関係ない話なんだけど、どうしても確認しないといけないことがあるの。今朝、その、杏樹のカバンが漁られてたらしくて、カバンの中ぐちゃぐちゃな上に下着の入ってた袋がやぶかれてて枚数が合わないの。それがどういう意味かわかる?」

「え、下着が?」

 

 いつも冷静な平田も思いがけない事態に動揺を見せる。

 

「今、杏樹完全にショート状態なの。軽井沢さんとか櫛田さんがどうにかしようとしてるけど……」

「え? え? 何、なんで下着がなくなったことで俺たち睨まれてんの?」

「そんなの決まってるでしょ。夜中にこの中の誰かが鞄あさってとったんでしょ。荷物はそとにおいてあったんだから盗ろうと思えば簡単だしね!」

「いやいやいや?! え?!」

 

 池は大慌てで男子と女子を交互に見やる。その様子をみた男子が冷静な声で呟いた。

 

「そういや池、お前昨日……遅くにトイレ行ったよな。結構時間かかってたし」

「いやいやいや、あれは暗くて苦労したんだよ!」

「とにかく。これすごく大問題だと思うんだけど? 下着泥棒がいる人たちと同じ場所で生活とか不可能でしょ」

「だから平田くん。なんとかして犯人見つけてもらえないかな?」

「それはっ、でも、男子がとったって証拠はないんじゃ。杏樹さんがなくした可能性もあるんじゃないかな」

「疑いたくないのかもしれないけど……とりあえず、自分で下着の袋ズタズタに引き裂くような子じゃないよ杏樹は」

「そうだね、今のは失言だった」

 

「とりあえず荷物検査させて」

「は? ふざけんなよ。そんなことする必要ないし、断れよ平田」

「ひとまず男子で集まって話し合ってみる。時間をもらえないかな?」

「平田くんがそういうなら……わかった。杏樹にもそう伝えてくる。でも犯人が見つかんなかったら私たちにも考えがあるから」

 

 

「女子の言うことなんか無視しようぜ、疑われるとか気分悪いしよ。俺は戦うぞ」

「だよな。俺たちが杏樹ちゃんの下着とるわけないし」

 

 池、山内と続く。綾小路はもっと杏樹本人のことを考えてあげられないのか? なんてまったくがらにもないことを考えている自分に自分で驚いていた。

 

「僕も君たちを疑うつもりはない。けど、それじゃこの問題は解決しないと思う。身の潔白を証明するためにも、堂々と荷物検査に応じた方が良さそうだね。もちろんまずは僕から開けるよ」

 

 当然ながら彼のカバンにはそれらしきものは見つからなかった。

 

「仕方ないな……」

 

 平田の行動に影響を受け、次々と男子がテント前から荷物を引っ張り出してくる。

 

「クッソむかつくよな、無条件で男子が疑われるなんて理不尽すぎるぜ」

「ま、こうなったら堂々と身の潔白を証明して見返してやろうぜ」

 

 山内は鞄を掴み立ち上がろうとしたところで、ピタリと立ち止まった。

 

「どうしたんだよ」

「あ、いや」

「春樹?」

「おい、さっさと行こうぜ」

「もしかして、お前が盗んだんだったりして」

「ばっ、ち、チゲぇし」

 

 そう言って山内は荷物を押さえる。

 

「お前まさか、カバンみしてみろよ」

「……あっちょ?!」

 

 山内の鞄を池奪い取り中身を見ると中には可愛らしいデザインの男子にはサイズ的にも柄的にも機能的にも絶対着こなせないものが堂々と入っていた。

 

「お、俺じゃねぇって! なんか勝手に入ってたんだよ!」

「お前さぁその言い訳はないわぁ」

「知らないんだってまじで! なんで俺のカバンに!?」

「見苦しいぞ春樹、平田たちに説明しようぜ」

「綾小路ぃ!お前だったら違うって信じてくれるよな?」

「犯人だとしたら一番上に入れとくなんて間抜けすぎるが、それだけじゃ証拠にはならないな」

 

「おい早くしろよ!」

 

 急かされる声が他の男子から聞こえてくる。

 

「とにかく隠すしかないな今は」

「隠すってどこに?! なんもないだろ!」

「ポケットにでも入れておくしかないだろう」

「じゃぁ綾小路任せた!」

 

 そう言って山内は下着を素早く綾小路の手に押しつけた。

 

「……は?」

「お前が隠した方がいいってんならそうしてくれよ、な?」

「いやそれはーーーー」

「今行く!」

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 綾小路は冷や汗を流す。仕方なく、ポケットに突っ込んで平田のところに向かった。

 

 

「ーー全員調べたよ、でもやっぱりなかった」

「本当に?」

「うん、間違いないよ、犯人は男子じゃない」

「ポケットとかも確認してもらってもいい?さっき山内くんたちこそこそしてて怪しかったじゃん」

「わかった。それで女子が納得するなら。だけどこれで見つからなかったら、もうこれ以上男子を調べ上げるのをやめて欲しい」

 

 綾小路は死んだ目で死刑宣告を待っていた。

 

「ごめんね、すぐ終わらせるから」

 

 綾小路と平田の視線は一瞬交錯したが、特に何も言わず女子の方に振り返った。

 

「綾小路くんも持ってないね」

 

 

「どうして言わなかったんだ平田」

「やっぱりポケットに入っていたのは下着なんだね?」

「あぁ」

「杏樹さんの下着……綾小路くんが盗んだの?」

「いや、違う」

「僕は信じるよ。君はそんなことをする人じゃない。でもどうしてポケットに?」

 

 聞かれたことは素直に答える。

 

「そっか。尚更君じゃないね。下着を返すのは僕がやろうか?それとも綾小路くんに任せても大丈夫かな?杏樹さんと一番仲がいいのは君だからね」

「……問題ない」

 

 杏樹なら話したら理解してくれるだろうし、たぶん。

 そもそも綾小路が嘘で自分が盗んだと言ったとしても、杏樹は女性の新品の下着セットを別日に渡してくるような子である。そういう多様性はちょびっと世間からの目が痛いもんね、わかるよとか言いながら。それくらい信頼されてる自信はある。それで良いのかは別として。

 

「ーーだけど、これで悪いことにこのクラスに犯人がいる可能性が高くなったね」

「雲行きが怪しいな」

 

 

「男子は信用できない、このまま同じ空間で過ごすなんて絶対無理」

 

 やはり女子からそういう意見が出てきた。

 

「でも、男女別れて行動するのはちょっと問題じゃないかな。試験はもう少しで終わる。だからこそ信じ合い、協力しないと」

「……それは、そうだけど。でも下着泥棒と一緒は嫌」

 

 軽井沢や篠原が全力で拒否をする。

 

「男女で立ち入り禁止スペースを作るのは? ここに線を引いてこっから先は男子厳禁」

「んだよそれ。俺たちは身体検査も荷物検査も受けただろ?」

「どこに隠してるかなんてわかんないじゃん!」

「んなに疑うんならお前らでテントでもなんでも動かせよ。俺たち手伝わないからな」

「あーそう、じゃあ結構。手伝うフリして荷物漁られたらたまったもんじゃないものね」

 

「ねぇ平田くん。杏樹のためにも手伝ってもらえる?」

「……わかった。僕が手伝うよ。時間はかかるかもだけどそれでいいかな?」

「ありがとう、平田くん。よかったね、杏樹……杏樹?」

 

「アルミ粉かニンヒドリンかシアノアクリレートかレーザーか…」

 

 指紋の取り方をつぶやいている杏樹は、仕方がないがいつもと違いぼんやりとしている。

 

「ちょっと?!杏樹が壊れたっ」

 

「ちょっと待って。あなたたちに異議を唱えるわ。特に軽井沢さん」

「何よ堀北さん。今の話に不満はあったわけ?」

「男女で生活区画を変えるのは構わないわ。犯人が見つかっていない以上、その可能性が高いからそれは間違いじゃない。だけどわたしは平田くんを信用してないもの。つまり彼が下着泥棒である可能性は除外できない。その彼だけが特別に女子のエリアに入って構わないルールは納得できない」

「平田くんがそんなことするわけないでしょ」

「それはあなた個人の考えでしょ?」

「平田くんが犯人なんてことは絶対にない。彼氏どころか、まともな友達もいないあんたにはわかんないかもしれないけどね?」

「何度も同じことを言わせないで?彼一人じゃ納得できないって言ってるの」

「じゃあ平田くん以外に信頼できる人っている?」

「僕も人手があった方が助かるんだけどダメかな?」

 

 すかさずヒートアップしそうな堀北と軽井沢を止める平田。

 

「で、でも平田くん以外信頼できる男子なんて…」

「じゃあ俺が!」

「力仕事っつたら俺だろ」

 

 さっきまで喧嘩していたのはなんだったのか池が立候補する。それに続いて須藤も名乗り出る。山内も俺も手伝うとかなんとか言っている。

 

「じょ冗談でしょ? 堀北さんこんなやつら入れるなんて、盗んでくださいって言ってるもんじゃん。それともこいつらでいいわけ?」

「そうね、日頃の行いから考えると全く信用できない。だから私なりに熟考して犯人じゃない人物を選定したつもり」

「誰よそれ平田くん以外いるの?」

 

「綾小路くんよ」

 

 綾小路は思わず口をぽかんと開ける。

 

「……んんー、まぁ確かに杏樹的にもそっちの方がいっか」

「綾小路あんたが変なことしたらその分杏樹の評価が下がるんだからね? いい?」

 

 先ほどまで堀北を睨みつけていた軽井沢や篠原は急にきつい態度を緩めたた。杏樹はみんなの変わり身の早さに目をパチパチ瞬きする。

 

「え? なんで?」

「はいはいいいから、杏樹はぴったり綾小路にくっついてなよ?それが今日の仕事」

「だから何を? え? みんな???」

 

 鞄を漁られたことが発覚した時とは別ベクトルで混乱する杏樹を置いて、なんだかいろいろ決まってしまった。しかもいつの間にかさっきまでの険悪な雰囲気が薄れている。

 

 

「清隆くんこの状況はどういうこと?」

「それはオレも聞きたい」

「ほら綾小路早くテント移動すんの手伝ってよ」

 

 女子たちの荒い人使いにゲンナリしながらも綾小路は言われた仕事を着々とこなしていった。杏樹はというと、ひたすら綾小路の後ろにへばりついているというなんとも情けないことしかしていなかった。というかみんなが許してくれなかった。



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No,3.6

 綾小路が櫛田の方のテントの調整をしていると堀北が話しかけてきた。

 

「雑務を押し付けられて大変ね」

「どの口が言うんだよ。堀北、お前が余計な推挙さえしなければ問題なかった」

「仕方ないでしょ、保険は必要よ」

「平田は悪いやつじゃないだろ。人間誰もが裏表を持って生きているとは限らないぞ」

「それはそうね事実わたしに裏表はないもの。けれど大抵の人間は本音と建前を使い分けているはず。あなたたちだってそうあるように。それにしても随分と平田くんを信頼してるわね二人とも」

「あぁ少なくともオレは頼りにしてるぞ」

「大役を務めるのは立派だけど結果がついてこなければ意味がない。あんなこと許されないもの。杏樹は知ってると思うけど、今Dクラスが所有しているポイントってわかる?」

「まるで想定外の支出があったみたいだな、心当たりはないぞ?」

「ついてきて」

 

 行き先は言わずもがな、女子テント。軽井沢テントの中をチラッと見せる。

 

「これはーーーー」

 

 そこには寝やすいようにしいたマット、充電式扇風機、枕。男子にとっては覚えのない代物が数多くテントに置かれている。テントから離れ焚き火を目指しながら二人は話を続ける。

 

「杏樹が気づいて止めるまで軽井沢さんたちが購入し続けていたわ。彼女たちは平田くんには相談していた、なのに綾小路くんが知らないと言うのはそう言うことよ」

「お前が言いたいことは分かったけど、オレから言うことは特にないな。使ってしまったポイントは戻ってこないからな」

「このまま何も起こらなければいいのだけれど、犯人がつかまっていないのは非常にリスキーよ。だから一刻も犯人を見つけたい」

「で、オレに協力して欲しいと?」

「えぇ、男子と亀裂が入った以上私一人じゃどうしようもないし、杏樹は当事者だから接触は危ないわ」

「分かった。役に立てるかはわからないがな。協力しよう」

「随分物分かりがいいわね。今日は杏樹も静かで変だし、あなたもすぐ協力するなんて……何か狙いでもあるの?」

「人の好意は素直に受け取った方がいいぞ、友人の下着が盗まれた。動く理由には十分だろ」

「えっ今日わたし静か?」

「少なくともあなたが私の前で口を開いたのは今が初めてよ、あなたでもショックは受けるのね……まぁいいわ、悪いけどテントに戻るわ」

 

 堀北は小刻みに呼吸しながら髪をかき上げて背を向けて歩き出そうとした。

 

「なぁいい加減白状したらどうだ堀北?」

「なんのことかしら」

「お前この試験が始まった時から体調悪かっただろ」

「……別に普通よ」

「嘘つけ」

「いつから気づいてたの?」

「船から降りる時だな。あの時オレはお前に何をしてたか聞いたろ。その時だ」

「もう5日も我慢しているのここでギブアップしたら無駄になる。おやすみなさい」

 

 堀北は今度は本当に立ち去ってしまった。

 

 堀北が立ち去ったため、焚き火の前には二人になった。

 

「杏樹大丈夫か?」

「……?」

「あの夜のオレみたいな瞳してるぞ」

「あぁフライ返しが犠牲になった事件の日かぁ……これでどう?」

「世界中で起こってるすべての出来事に幸せを感じてそうな顔だな、気味が悪いぞ」

「レディーの顔を気味が悪いなんて言うなんて……ひどいっ」

「あぁいつもの杏樹だ」

「あはは、こういう時()()()()()()()()()()()()()()()()()()色々考えた結果無に行き着いたのかも」

「恐怖や嫌悪感は必要以上に感じてないってことでいいのか? あの事件ではストレスもかかるだろ、無理はするなよ?」

「大丈夫、心配かけちゃった?」

「杏樹がフランス人形になってないか何回か確認するくらいには」

「結構心配してくれてたんだね」

 

「今回の事件について杏樹はどう思ってる?」

「憎悪や過度な好意か撹乱かーーそして一番わたしたちにとって都合が悪いのは撹乱。前二つはそのままわたしに物理的に近づいてきてくれたらツキノワグマじゃなければ問題ないし、大ごとになったからって警戒して諦めてくれれば万々歳。だけど、撹乱の場合清隆くんの退学につながる場合があるからしっかり捌いとかないと危ないなって。まぁとりあえずこういうことができる人は女子だと伊吹さん、それか桔梗ちゃん」

「ん? 伊吹はわかるがなんで櫛田なんだ?」

「まず、わたしのテントの人は夜中一歩も外に出てないから、女子だった場合もう一つのテントなのは確実。その中で今回のことを起こせる勇気や行動力があるのはその二人。つまり消去法。鈴音ちゃんは行動力あるけど、もし犯人鈴音ちゃんならわたし人間不信になる」

「それは間違いないな。じゃあ男子は?」

「所持に関していえば一人疑ってるけど、窃盗ってことに関してはわかんないなぁ」

 

 杏樹は綾小路のポケットを見ながらそう言う。

 

「……本当杏樹はなんでもお見通しだな……これ、オレが預かった。返すタイミングが分からなかった、すまない」

 

 綾小路はジップロックに包まれたそれをポケットから出そうとするがその手を杏樹に優しく掴まれる。

 

「いつ言ってくれるのかなって思ってたの、でもそれは清隆くんが焼却炉に突っ込んどいてくれない? 自分ではもう触りたくないから、お願い?」

「っわ、わかったからその顔はやめてくれ。オレがその顔に弱いこと知っててやってるだろ」

 

 耳をほんのり赤くし目をそらしながら綾小路がそう問いかけたが返事は優しい笑顔のみだった。

 

「で、犯人はどっちなの清隆くん?」

 

 杏樹は先程2人の名前を出した時の綾小路の反応を見逃してはいなかった。

 

「伊吹だとオレは思ってる、さっき接触したときにそう感じた」

「よかった他クラスで」

「杏樹は櫛田について何か知ってるのか?」

「何かって何かあるの彼女?」

「いや、知らないならいいんだ」

「そう、ねぇ清隆くん残り一日どう過ごす? わたしは一人で砂浜に行く予定なの」

「オレは堀北と伊吹と動く予定だ」

「Cと交渉でもしてるの?」

「いや、リーダーを変える」

「なるほど。それは盲点だった」

「杏樹こそ砂浜で何をするんだ?」

「盗聴」

 

 そう言ってジャージの中から取り出したのはトランシーバーだった。

 

「それは伊吹のか?」

「違うよ? ポイント不正利用。鈴音ちゃんにバレたら怒られちゃうね」

「軽井沢たちを野放しにしたのはそのためか」

「そゆこと、Cに行った時チャンネル数をゲットしてきたから明日は誰が話し始めるか楽しみに聞く予定」

「トランシーバーは傍受できるのが致命的だな」

「もしかしたら明日清隆くんと運命的な出会い方をするかもね」

「似たようなとこを狙ってるんだ、運命も何もないだろ。必然だ」

「でもできるの?ぜーったい鈴音ちゃん責任を自分で取ろうとするよ?」

「自ら棄権するのが理想だが、最悪強硬手段を取るかもしれないな。失望したか?」

「それが間接的にも今後の彼女のためになるのならわたしは口出しできないな。代替案も思いつかないし」

「そうか」

 

 

「でも、必要以上にはダメだからね? 最低限。そして背負える分だけ」



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No,3.7

 試験最終日。

 

 杏樹は点呼後すぐからキャンプを離れて誰もいない砂浜に寝転びながらトランシーバーと睨めっこをしていた。このトランシーバーが役立つとしたら今日。DクラスとBクラスのリーダーを突き止めたCクラスのスパイ二人が龍園にそれを伝える無線を待つ。

 

 何時間も待機していた。途中で雨も降ってきたが、雨宿りをすると死角が広くなる。夏だからいいかと、杏樹は濡れながら待っていた。

 

 すると急にジジっと通信が入る音がシーバーから聞こえ始めた。ボリュームをあげ、集合場所を聞き取り、またトランシーバーのボリュームを下げて移動を開始した。

 

 集合場所は幸い砂浜からの方がAクラス所有の洞窟より近いはずだ。

 

 杏樹は森に生えている木や岩をふんだんに利用し、フリーランニングで目的地まで進んだ。普通に移動するよりもはるかに時間がかからない上に、見つからずに動くことのできるこの走法を教えてくれた父に感謝する。

 

 目的地に着くと龍園であろう赤い髪の毛が見えたので慌てて視野に入らなそうな気の枝にのる。

 

 雨のおかげで音が響かないのでバレる心配は無いが、逆に声が聞こえづらい。なんとか龍園の視界に入らないルートで近づき、大体真上を確保する。そのころには葛城も到着していた。その場にいるのは葛城、龍園、伊吹、金田の4人。杏樹としては、もしかしたら一之瀬も来るのでは? と思ったがそんなことはなかったらしい。

 

「…物のようだな」

 

 杏樹は葛城の真上の木に腰を下ろした。そして彼の手元を見ると多分Dクラスのカード。つまり綾小路の想定通り伊吹に盗まれたということだろう。

 

「これで納得……たか?」

「し ……よくD……潜入でき……」

「いつまで……ねえよ。白か黒かの判断はでき……ろ? ……間抜けだな」

「坂柳……ましかない。ここで決断……にリーダーは無理……」

 

 葛城が去ってもまだ杏樹はその場に残り続けた。そして伊吹と龍園がAクラスとの契約内容を話すのに聞き耳を立てる。なるほど、備品をこれからのプライベートポイントで取引をしたのか。

 

 杏樹は点と点が繋がっていくのを実感する。

 

 伊吹が移動し始めたので木を伝いながら後を追う、数本の太めの枝を渡り歩いた先には堀北が倒れていた。伊吹がクラスカードを堀北の手に握らせる。

 

「葛城が……約束……守るのは確かなの? 破られる……性は?」

「そこらへんは……カバーしている、その可能性は……い」

 

 二人が去っていったのを確認して降りようとしたところ、倒れている堀北のもとに綾小路が駆けつけた。

 

「そこにいるのは誰だ」

 

 鋭い目を綾小路は杏樹がいる木の上に向ける。

 

「わお、誰にも気づかれない自信はあったんだけど」

「……あぁ杏樹か、ずっとそこで見てたのか?」

「やっぱり運命的な出会いができたね」

 

 木の上と下で話を続ける。AとCの契約内容について聞いたことをそのまま伝える。

 

「わかった、オレはとりあえずこれから堀北をどうにかする。想定外の雨だこのままでは本当に危ないかもしれない」

「じゃぁ点呼にいない理由は適当に説明しておくね」

 

 堀北が誰と話してるの? なんて言ってたのを無視して杏樹は点呼の場所まで走る。

 

 雨にぬれて夏なのに体が思ったより冷えたが、得たものも多かった。あとは綾小路がうまくやってくれることを期待するだけだ。

 

 心の中で堀北に謝りながら。堀北への罪悪感、それに伴う無力感を意図的に増大させる。こういう自己のマインドコントロールは10歳の時から慣れっこだ。

 

『わたしは鈴音ちゃんが一方的にやられているのを見ていたのに何もできなかった。止めもせずただ見ていた。そのせいで鈴音ちゃんが倒れてしまった』

 

これを基に辻褄を合わせていく。

 

 

 

「杏樹びしょ濡れじゃん?! どこいってたの?」

 

 軽井沢は姿が見えない杏樹を探してくれてたらしい。見つけたことに安堵の表情を見せるがそれも束の間、杏樹の表情を見て固まる。

 

「あのねっ……鈴音ちゃんが、わたし何にもできなかった……鈴音ちゃん伊吹さんが下着盗んだってっ、気づいたらしくって雨の中いっちゃって……もともとそこまで体調万全じゃっ、なかった……のに、それで倒れちゃって、わたしがもっと早く、気づいてれば……リタイアしたくないって……クラスのためにフラフラだったのにっ」

 

 異常を感じたのか駆け寄ってくるクラスメイト。

 

「落ち着いて杏樹ちゃん、とりあえずテントはいろ?」

 

 クラスのメンバーがたくさんいる中で杏樹はきれいに涙を流した。櫛田が杏樹の背中を撫でながらテントまで誘導し、他の女子もタオルを持ってきたり飲み物を持ってきたりと献身的に世話してくれて、杏樹は落ち着きを取り戻す。

 

「……ごめ、ん。みんっな、もう大丈夫だ、よ」

「何があったのかもう一回詳しく教えてもらえるかな杏樹ちゃん?」

 

「うん……雨の中鈴音ちゃんが慌てて走ってくのを見かけたから何事かと思って、ついてったの。そしたら……走ってる先に伊吹さんがいて、鈴音ちゃんが杏樹の下着盗んだのあなたでしょって言ってて、伊吹さんもそれを認めたの。……でもその後すぐに伊吹さんが攻撃を仕掛けてきて、鈴音ちゃんそれに当たっちゃって雨の中倒れて……、駆けつけたんだけど……すごい熱で、今は清隆くんに運んでもらったの。……たぶん熱凄かったから清隆くんがリタイアのとこに連れてったと思う、もともと体調があんまり良くなかっただろうに、わたしのために、クラスのために……動いてくれたのに……わたしは……」

 

 杏樹はいつものように話そうとしているのだろうが、時折涙がこぼれ落ちている。

声も途切れ途切れだ。普段の杏樹からは考えられないまとまりのない拙い話し方に異常さを感じさせる。

 

 それがこの話の真実味を増す。

 

「杏樹ちゃんは悪くないよ、泣かないで」

「私たちまんまと伊吹さんに振り回されてたってことじゃん」

「そうだったんだ、堀北さん裏で犯人探してくれてたんだ」

「私ら結構堀北さんに強く言っちゃったから謝んなきゃ、てかそれなら男子にも謝んないと不味くない?」

「確かに、完璧冤罪だったもんね」

 

 下着泥棒の件でピリピリしていたクラスの雰囲気が犯人発覚と堀北の身を張ったファインプレーにより元に戻るのを杏樹は感じていた。



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No,3.8

綾小路side

 

 

 駆け足で濡れた地面を蹴り伊吹と堀北の後を追う。厄介なのは天候だ。天候次第では足止めを食らう可能性もあるし。それに思ったより陽が沈むのが早く、懐中電灯なしでは突き進むことが困難になりはじめているのも不安要素だ。

 

 ただ雨で地面がぬかるんでいるお陰で二人の足跡を追うのは楽だった。懐中電灯で、森の奥に向け光を当てると二人の足跡はどんどん奥に入っていた。前髪から垂れる雨を一度手で払いオレは足跡を追い森に入る。当然視界は一層悪くなる。もはや夜になってしまったと言っていい。不気味な雰囲気さえ漂ってくる。真っ白な自分が育った場所とは真逆の場所、未知なる環境に用心深く進んでいく。

 

 雨の中小さな雑音のように聞こえてくる人の声を耳にし、オレは姿を隠す。

問題なのはオレが見つかること。それさえなければ状況の把握は二の次だ。

 

 どうやら立ち去ったようだ。

 

 念のため警戒しながら近づいていく。するとそこには……。大木の傍で事切れたように意識を失い倒れた泥まみれの堀北がいた。近づこうと思った瞬間、オレ達以外の気配を感じた。

 

 意識を周囲に向けその原因を探す。

 

「そこにいるのは誰だ!」

 

 オレの存在がバレたなら最悪消すことも仕方がないだろう。木からの返事は馴染んだ声だった。

 

「さっすが、誰にも気づかれない自信はあったんだけど」

 

 大木の幹に背中を預け、枝に座っている杏樹の姿が認識できた。最悪の手段を取らなくて済みそうなことに安心した。雨で滑るだろうによく木の枝を器用に歩けるななんて感心しながら上を見上げて声をかける。

 

「……杏樹か、ずっとそこで見てたのか?」

 

 それに対する返事はYes。ついでに先ほどまでの状況の中で重要な部分をかいつまんで話してくれる。

 

「ーーわかった、オレは堀北をどうにかする。後は任せろ」

「頼もしいね、点呼にいない理由は適当に説明しておくね」

 

 オレは堀北を抱き抱え杏樹と別れる。

 

「んっ……」

「気がついたか?」

「っ……頭、痛い」

「相当熱が出ているからな。無理しない方がいいぞ」

「どうしてあなたが…ここに?」

 

 寝ていろと言ったのに堀北は熱が上がりそうな勢いでアレコレ思考を巡らしていた。

 

「やっぱり……私のキーカードを盗んだのは伊吹さんだったわ」

「そうか」

「……私には、もう須藤くんをバカにできないわね」

「24時間隠し続けられるような試験でもないだろう。どうしたって隙ができる」

「誰かに頼ることを知っていたら避けれたことね……杏樹にも何度も忠告を受けていたのに」

 

 本気でリーダーの正体を守り通したかったら心の底から信用できる仲間を頼る必要があっただろう。そうすれば言葉通り24時間体制でカードの存在を守り通せた。特にその相手が杏樹だった場合確実にそれは成し遂げられたに違いない。しかし、堀北は唯一の友達と言えるだろう杏樹にさえ頼らなかった。

 

 情けないと自分に繰り返し小さく呟いていた。

 

「ごめんなさい……」

 

 オレが無言で考え込んでいると、堀北は謝罪の言葉を口にした。

 

「なんでオレに謝るんだよ」

「それは…あなた以外に謝る相手がいないから」

 

 うーむなるほど、なかなか考えさせられる一言だ。

 

「悪いと思うなら、今後は信頼をできる友達を作ることだな。まずはそこからだ」

「それは難しい相談ね…。誰も私のことを相手しないもの」

 

 そんな諦め切った自虐に、むしろ兆しのようなものを感じてオレは笑った。

 

「笑われても仕方ないけれど、馬鹿にされるのは不愉快ね」

「いや、そうじゃない。お前の中でも仲間が必要だと感じはじめてるんだと思ってな」

「誰も、そんなこと言ってないわ」

 

 堀北の虚な目はオレを見ているというよりはオレを通して他の誰かを見ているように思えた。世の中は一人では生きていけない。学校も社会も、大勢の人間がいて成り立つものだ。

 

「私一人の力で、Aクラスに上がって見せる。この失敗は必ず取り戻して見せる……クラス全員から恨まれる覚悟はできている。それだけのミスをしたんだもの」

「この学校のシステム上、一人で戦ってAクラスには上がれない。どうしてもクラスメイトの協力が必要だ」

「認めるわけにはいかないのよ。どれだけ厳しくても、それでも……私は一人で……」

「あーうるさい。もうしゃべるな。病人が一人で何を言っても説得力は皆無だ」

 

 オレは抱き上げた堀北を少しだけつよく抱きしめる。

 

「お前はそんな強い女の子じゃない。残念だけどな」

「なら私に諦めろというの?Aクラスに上がる夢を、兄さんに認めてもらう夢を」

「誰もそんなこと言ってない。諦める必要もない。一人で戦えないなら、二人で戦えばいい。オレが手を貸してやる、ついでに杏樹を引っ張ってきてもいい」

「どうして……?」

「さぁ、どうしてだろうな」

 

 オレは言葉を濁す。程なくして力尽きた堀北は、再び意識を失った。

 

 今しなければならないことは、誰にも悟られずにこいつを運び出すこと。リタイアさせるのは簡単だが、非常用の腕時計の機能がわからない以上リスクは侵せない。急に警報音など鳴らし始めたら目立ってしまう。

 

「っと…道を間違えたか…危ない危ない」

 

 杏樹は懐中電灯もなく無事ベースキャンプに戻れているのだろうか?

なんて余計なことを考えていた時、足場の土が不運にも崩れ落ち体がバランスを崩した。一人であればどうとでもなるが、残念ながら両手は堀北で塞がっている。とっさに堀北を庇い、体を丸めるがなす術もなく傾斜を転がり落ちていく。

 

 落ち切った直後の記憶がはっきりしない。痛みは背中だけなことから抱えている堀北は守れたのだろう。

 

「…しくじったな」

 

 意識を失った堀北を今度はおんぶし、真っ暗な森の中懐中電灯一本で進んでいく。体に打ち付ける雨が容赦無く体力を奪いにくる。何より背中の堀北から伝わってくる熱が尋常じゃない。

 

 仕方なく、周囲で大きな木を探しそこの下に堀北を横たわらせる。

体調の悪い堀北は寒いと感じているのか時折身を縮こませるようにして震えている。少しでも負担が軽くなればと、オレは胸に堀北を抱き寄せ、ただ静かに時をまった。

 

 今頃杏樹はベースキャンプだろうか、いい感じのアリバイを作ってくれているだろうか、と考えていると堀北が目を覚ました。

 

「どうして、あなたが? 私は……?」

 

 一時的に錯乱しているのか、少し前のことが思い出せないようだ。オレは簡潔に経緯を説明する。

 

「そうだった……思い出したわ」

「そろそろ6時だ、堀北。辛いと思うがリタイアするべきだ。体がもたないだろう」

「それはできない。私のせいで30ポイントも失うわけにはいかないもの。私は軽井沢さん達に強く当たってたのよ? バカみたいじゃない。それだけじゃない。私はキーカードを盗まれてしまった。わかるわよね?」

「Dクラスは50ポイント失うことになる」

「私をおいてあなただけでも戻って。そうすれば、ひとまず私の点呼不在だけで済む」

「それでどうするつもりだ?」

「明日の朝までに、なんとか一人で戻って見せる。点呼の時だけ我慢すれば、きっとリタイアはなんとかなる」

「じゃぁ遠慮なくおいていくぞ。このままじゃクラスメイトにも責められるからな」

 

 そんなことは万が一にも杏樹のおかげでなさそうだが、堀北が知るはずもない。

 

「…ええ。それが正しい判断よ。すべての責任は私にあるわ」

 

 冷たいオレの判断に対しても、的確だと褒める堀北。弱り切った自分自身を恥じるのみだ。人に頼れない性格も難儀なもんだ。

 

「明日の朝、本当に一人で戻ってこれるんだな?」

「当然でしょ、リタイアの選択肢は私にはない」

 

 不屈の闘志を燃やすのは勝手だが、それで負けてちゃなんの意味もない。

 

「なぁ、どうして今絶望的な状況に追い込まれているんだと思う?」

「私の怠慢が招いた、失態。それだけ」

「違うな、まるっきり違う」

「行って。あなたを仲間だと思うからこその、私のお願いよ、訂正するわ。……今のはなかったことにして」

「いや、そこが一番なしにしちゃいけない部分だとオレは思うけどな」

「いいの。私は、一人でっ」

 

 急に体を起こしたことは、やはり堀北にとって負担だったようだ。

すでに気を失っている。

 

「自分の意思でリタイアしてもらった方が楽だったんだけどな。杏樹の言う通りになったな」

 

 この強情なお姫様は最後まで試験を投げ出そうとしなかった。立派だ。そう、立派だと思う。

 

 けどな、残念だが堀北、一つ決定的に間違っていることがある。今この瞬間だけ本心を語ろう。

 

 オレはお前を仲間だと思ったことはないし、クラスメイトとして心配したこともない。

 

 この世は『勝つ』ことがすべてだ。過程は関係ない。

 

 どんな犠牲を払おうと構わない。最後にオレが『勝って』さえいればいい。

 

 お前も、平田も、いや、全ての人間がそのための道具でしかないんだよ。

ここまで堀北が追い込まれたのは自分の責任じゃない。そうなるようにオレが加担した、そして唯一気付いていたであろう杏樹は結局オレを止めなかった。

 

 だから自分を責めるな。お前はオレの役に立ったということなんだよ。

 

 懐中電灯をを照らしながら、ぬかるんだ道をすすむ。

 

 

「やっぱり近かったか」

 

 堀北を抱えたオレは浜辺へと辿り着いた。海には船が浮かび上がり明かりが灯されている。

 

「ここへの立ち入りは禁止だ。失格になるぞ」

「急患です、すぐに休ませてあげてください」

「彼女はリタイアということでいいんだな?」

「それで問題ないです。ただ一つ確認させてください。今はまだ8時前ですから、彼女の点呼は無効ですよね?」

「ギリギリそうなる。だがお前はアウトだぞ」

「わかっています。それともう一つ、このキーカードをお返しします」

 

 ポケットから取り出したキーカードを教師へと渡した。

 

「じゃあオレは試験に戻りますので」

 

 これでDクラスは堀北のリタイアとオレの点呼不在で合計35ポイント失うことになった。

 




四巻書き途中なんですが超長くなりそう。
もしかしたら15話くらい行くんじゃないだろうか。
お付き合いください。


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No,3.9

綾小路side

 

「おかえり」

 

 点呼から一時間たった頃ようやくオレはベースキャンプへと辿り着いた。

杏樹がタオルを持ってこちらに駆け寄ってくる。ほんのり目元が赤くなっている、何があったのだろうか? 杏樹からタオルを受け取ると、何か飲みもの持ってくると言ってまた走っていってしまった。

 

「綾小路くん! 堀北さんは大丈夫だったのかい?」

 

 平田に声をかけられ、熱がひどくリタイアさせた旨を伝える。

 

「それは仕方がないね。ありがとう」

 

 平田はそう言った後オレの耳元に近づいてこう言った。

 

「杏樹さんから大体聞いたんだけど、彼女自身ショックを受けてたみたいで雨の中泣きながら帰ってきたんだよ。彼女、責任を感じてるみたいなんだ。だから申し訳ないんだけど諸々支度が済んだら話を聞いてあげてくれないかな? 今は落ち着いてるみたいだったけど……無理してそうだから」

 

「どうしてオレなんだ? 櫛田とか軽井沢がいるだろ?」

「それが、どうも二人が話しかけても大丈夫って言うらしいんだけど、側から見てて変な感じは拭えなくてね。あれは放っておくとまずいと思うんだけど……綾小路くん杏樹さんとよく話してるから、Dクラスのためにもお願いできないかな?」

「……わかった、濡れた服をどうにかした後少し話してみようか」

「お願いするよ」

 

「ん? どうしたの清隆くん」

 

杏樹のもとに行くと普段と全く変わらない様子で反応する。

 

「なんか、平田から慰めてこいって言われたんだがなんのことだ?」

「あー、やりすぎちゃったかな?みんないい子だもんね。まぁ、ただ単に帰ってそのまま伝えたらヘイトが鈴音ちゃんに向くかなと思ったからちょっとだけ女の武器を使っちゃった」

 

そう言って目元を指差す杏樹。案の定というかやっぱりという感じだ。彼女がおかしくなる理由がないんだから全部演技だと言われ納得する。彼女のスペックに呆れオレは苦笑いを浮かべる。

 

「効果は抜群だったようだぞ、至る所で杏樹をどうにかしてくれってせがまれた」

「あはは、これでしばらくはこの技封印かな。」

「しばらく見れないのか……オレも見たかったな」

「そんな楽しいものじゃないよっ、それよりどうだった? 鈴音ちゃん変われそう?」

「あぁ、まぁ人生の指針なんてそう簡単に変えられるものじゃないからな、時間はかかるのは想定内だ」

 

 

 

 

 

先ほど本心を語ったが、杏樹のことには触れてなかったな。

 

 勝つための道具。それは堀北や平田と変わらない。少々機能性が優れている多機能な道具でしかない。つまり利用することにはその他有象無象と変わらない。

 

 ただ、彼女にも逆に利用されている。だからお互い様だろう。オレの近くにいることで彼女自身の異常性をクラスメイトから隠している。

 

利用し、利用され。

 

 この関係にオレは徐々に、いや初めから心地よさを感じている。これは同気相求なのだろうか。今のオレにとってこの学校生活と同じくらい彼女を何者にも奪われたくない。この思いは今までのオレの人生において抱いたことのないものだ、だからこそ追求することに価値があるかもしれない。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 過酷だった試験が終わりを迎えた。残すは結果発表のみ。

『只今より試験結果の集計を行います。しばらくお待ちください。すでに試験は終了しているため飲食やトイレは自由に行って構いません』

 

 結果発表、それぞれ思うことはあるだろうがたぶん裏で起こった事の真相を把握しているのは杏樹と綾小路だけだろう。ただ杏樹はどうやって伊吹がカードを盗めたかの詳細までは綾小路に教えてもらえなかったので良く知らないが。

 

「4位Cクラス0ポイント、3位Aクラス120ポイント、2位Bクラス140ポイント1位Dクラス225ポイント。以上だ」

 

 この結果に何も知らないDクラスのメンバーは大いによろこび、船内にいた堀北に様々な謝罪と感謝の意を伝える。堀北の頭の中にははてなマークでいっぱいだろうが、杏樹はそれをニコニコと眺めているだけだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ようやくDクラスのメンバーから解放された堀北は綾小路と杏樹のもとに早足で鋭い視線をしながらやってきた。

 

「この試験結果どういうこと?」

「皆目検討もつかないって顔だな」

「えぇ何もかもありえない、聞かなきゃいけないことが山ほどある」

「何から聞きたいんだ?」

「全て」

 

 どうやら綾小路がネタバレを進めてくれるらしい。杏樹も綾小路の行動の全てを知っているわけではないので聞き専に回る。

 

「今回オレたちのこの試験に対する認識はリーダーあてのみだった。300ポイントをどうやりくりするかなんて大して差はない」

「確かに初めに杏樹がそんなことを言っていたわね」

「そこでオレはスポットを探索することに名乗り出て、誰よりも先にあるスポットに先回りする予定だった。あそこが一番船の上から見て占有に最適な場所だった。本当はいろいろ探るだけのつもりだったが、偶然戸塚がリーダーであることがわかった。その後、杏樹がCクラスに潜入した」

「それも謎だけどまぁ良いわ」

「そこでトランシーバーのチャンネルとか、その他いろいろ見聞きしてきたの」

 

 その他いろいろはいろいろだ。

 

「その後オレ達はBクラスに行って同盟を組んだ、そして最終日オレらは同じ目的を違う方法で追い求めた」

「わたしは最終日、伊吹さんか誰かが確実にトランシーバーで連絡をとると思ったからその日一日ずっとトランシーバーと睨めっこしてた。そしたら龍園くんが集合場所をありがたく丁寧に教えてくれたの。そこには葛城くんもやってきて、AとCが繋がっていること、リーダーの情報を共有していることがわかった。そしたらちょうど清隆くんがきてくれたからそこで得た情報を全部伝えた」

「それを伝えられたオレがやることは一つ。お前をリタイアさせることだった」

「リタイア? なぜ?」

 

 一枚のカードを見せながら綾小路は語る。

 

「試験は公正でなければならない。だからルールは基本的に公正に作られる。リーダーが体調不良なんかでリタイアした時、どうなると思う?」

「それは……リーダーが不在になるわ。だから占有権も消える……」

「違うな、マニュアルにはこう書かれてあった。『正当な理由なくリーダーを変更することはできない』と。リタイアは正当な理由に当たると思わないか?」

「だからあなたはわたしを?」

「これがCやAクラスから知られながらも被害を受けなかった理由だ。だがこんなことをしたのがオレたちだとわかったらいろいろ困るから杏樹に一芝居うってもらった」

「鈴音ちゃんが伊吹さんをわたしのために追いかけて、もともとの体調不良とか色々で倒れちゃった。今清隆くんが運んでると思うってね」

 

「この際あなたたちが私たちを駒のように操ってたことや相談なく独自で動いていたことはいいわ。二人が本気を出せばAクラスも夢じゃないことはわかったし。で、今回なんであなたたちはそんなに必死に動いたの?」

「行事を楽しむため」

「オレは体調が悪い中がんばる堀北に感銘を受けて」

「二人が何も話さないのは今の返事でよくわかったわ。最後に一つ教えて二人は手を貸してくれる?」

「オレのことを一切詮索しない限り、手助けしよう」

「右に同じく」

 

 堀北がデッキから去った後二人は残された。

 

「お疲れ様。怪我大丈夫?」

「堀北を連れていくときに少し踏み外して打ったんだ。今頃青痣確定だな、背中だから見ることはなさそうだが」

 

 そう言って綾小路は腰上の背中に手を当てる。

 

「うわ痛そぉ」

 

 杏樹は躊躇なく綾小路の体育着を少し捲り上げた。綾小路が手で示した部分に大きな青痣がしっかりあるのを確認して顔を顰めた。

 

「でも青痣だけだから残らなそうだね」

 

「っおい?! 急に服を捲るなんて破廉恥だぞ?!」

「えっ? ごめん?」

「よくパーソナルスペースが狭いって言われないか?」

「あー今のってアウト? 嫌だった?」

「嫌ではないが心構えがあるのとないのじゃ雲泥の差だ。今度から見るなら宣言してくれ」

「なるほど」

 

 

「ーーそれでさっき茶柱先生のどうだった?」

「オレをイカロスだと言っていたぞ」

「イカロスってクレタ島の迷宮ラビリントスの話だっけ? わたしは英雄だったらペルセウス、神だったらアフロディーテ派だよ」

「オレは神はヘルメス派だし、英雄に推しはいない」

「じゃぁなんでイカロス? あだ名にしては一文字も合ってないけど。強いていうなら四文字つながり?」

 

「『自由を得ようと飛び立ったが、それは父が指示して飛び立たせただけであり自らの意思で飛んだわけではない』というところことがオレとリンクしてるらしい。あとこうとも言っていたな。『オレはいずれ自ら退学を選ぶ』と親は先生に言ったらしい。『太陽に翼を焼かれて大海に落ちて死んでいったイカロス』のような結末を迎えるということらしいぞ」

「大丈夫だよイカロスは傲慢でアポロンに近づこうとしたから落ちた。太陽神に近づかなければ焼け落ちることもないよ」

 

 

 

 

「太陽神……かオレにとっての太陽神はなんだろうな」

 




やっと三巻完結、長かった。


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第四巻(完)
No,4.1


四巻スタートしました。綾小路sideが多めの巻です。


 特別試験が終わってから学校側からのアプローチは特になく、船旅を各々楽しんでいる。

 

 杏樹はクルーズ船だろうが学校だろうが似たような休日の過ごし方をしていた。10時すぎに寝る準備を始め、4時すぎに目を覚ます。起きている時間は、タブレットで世界中の新聞を読んだり、ジムで運動をしたり、図書館の本やネットの論文を読んだり、友達とご飯を食べたり。そんな感じのことを繰り返しながら充実した日々を過ごしていた。ただ、船の上では慣れた&酔い止め服用といえども長時間文字を見ていると不調になってくる。そのため効率という点では下界の方が圧倒的に良いが。

 

 そんな他人から見たらそこそこ真面目なクルーズ船での生活だったが杏樹はけっこう楽しんでいた。特に綾小路と一緒にシアターに行ってみたり、カフェで世間話をしたり。なんだかんだ1日の数時間は二人でのんびりと過ごしている。

 

「清隆くん、今日はどうする?」

 

 今日は趣向を変えようということで、2人は朝早くから廊下の角で待ち合わせをしていた。やっぱり人目があるところで行動すると噂になる。目立つことは求めていない2人にとって噂になることは面倒でしかない。それで人が少ない朝方に会うことにしようという話になったのだ。

 

「船首の方に行かないか? 朝とはいえど人が集まりそうなレストラン近くとかは避けたいからな」

「そうしよっか。今の時間だったら本当に人いなさそうだしね」

 

 案の定というか船首に生徒は誰もおらず貸し切り状態だった。

 

「こんな朝早くに出てくる人は流石に私たちだけかぁ。同じ考えの人が数人いてもおかしくないと思ったんだけど」

「まぁ普通、人目を避けるにしても朝より夜の方が人気だろうな。せっかくのバカンスに早起きはしたくないだろうし。オレと同室のやつはオレが物音をたてても起きる気配すらなかったからな、みんなそんなもんなんだろう」

「わたしのところもあと1、2時間は最低でも寝てそうだなぁ」

「女子も男子もそこらへんは変わんないんだな」

「清隆くんは眠くない?わたしに合わせてもらったけどゆっくりしたかった?」

「オレは別に杏樹以外に特別遊ぶ相手もいないし、昼間出歩く必要もないからな。眠くなったら昼寝でもするよ」

「贅沢な時間の使い方だね、わたしもお昼寝してみようかな」

「杏樹の場合、昼に寝たら生活リズムが狂いそうだからやめておいた方がいいんじゃないか。俺の経験上、睡眠に関して杏樹はそんなに器用じゃないことは確かだ」

「そだね、睡眠に関してはあんまり耐性がないからね……元のサイクルに戻すこと想像したら最悪」

 

 杏樹は顔を顰めてそう答える。

 

「へんな顔だな」

 

 綾小路の手が杏樹の頬に伸びてくる。むにゅっと効果音がなるくらい勢いよくほっぺを掴まれる。

 

「っひょ……っと!ひおたかふん!!」

「思ったより柔らかいな」

 

 一通りつまみ終えたのか綾小路は手を離す。

 

「もー急に何? 絶対赤くなったっ」

 

 杏樹は自分の頬を手で包みながらそう訴える。

 

「悪かった、杏樹が可愛かったからつい、な」

「そう言えば許してもらえると思ってるんでしょ!そうだよ!」

 

 杏樹の一人ノリツッコミに綾小路は微笑する。

 

「最近杏樹の扱い方がわかってきた気がする」

「……あー、もしかして育成方法間違えた?」

 

 綾小路がコミュ障を自称する割に杏樹に対して飛び出てくる行動一つ一つが杏樹好みに変性していることにようやく気付いたが、たぶんもう手遅れだ。人間とは環境に依存し、学習する生き物だから。杏樹はまぁ自分好みならいっかと諦めたのだった。

 

「ーーそういえば今更だが、同室のメンバーは誰だったんだ?」

「恵ちゃんとかかな? 清隆くんのところは?」

「平田とか……高円寺とか」

「高円寺くんかぁ」

 

 杏樹が遠い目をする。二人の間に何かあったのだろう。

 

「聞いておきたかったんだが、高円寺に気に入られてないか? 自分の話しかしないヤツなはずなのに、たまに杏樹の話題が出てくるんだが。まぁオレが聞いても内容は全く理解はできなかったがな」

「あーそれは、たぶんあれかな? うん。なんかわたしの本を読んだことがあったみたいで無人島の時、将来研究者としてうちと契約しないか?みたいな話になったの。だからかな?」

「マジか…オレが知り得ない上流階級の話だ……さすがだな……」

「2000万prを在学中に先払いすることが条件。つまり受ければわたしはAクラス」

 

「ん?どういうことだ?高円寺は4000万pr集めれる算段がついているってことか?」

「なんか、彼が外の世界で動かせるお金は4000万以上。卒業する先輩にポイントを学校より多めの現金と交換することで4000万集めるんだって。賢いよね」

「そういう手もあるのか……高円寺が真面目にやらないのも納得だな、それでそのオファー受けるのか?」

「3年の3学期で考えるねって言っておいた」

「妥当な判断だな、もしDクラスがAクラスに上がっていたらそのポイントは無意味になるだろうからな」

「せっかく清隆くんと同じクラスになったんだから、少しでも長く一緒に過ごしたいじゃない?ね?」

「嬉しいことを言ってくれるんだな」

 

 2人は雑談という雑談を重ねていく。ただの雑談なのに杏樹はその時間が楽しくて仕方がない。

 

 何も気にせず話せる同年代の相手がいることが杏樹にとって心底嬉しかった。雑談のバックグラウンドとなる知識のジャンル、レベルが二人は酷似しているのだ。他の生徒が混ざった瞬間この会話は一気に二人にとっての面白みを失わせてしまう。この時間が永遠に続けばいいのになんて考えてしまうくらいには綾小路の()()にハマっていた。

 

 ただ時間は過ぎるもの、朝ご飯を食べ終えた生徒の話す声が廊下から聞こえてくる。そろそろ戻るかとお互いおもむろに立って現在地から行方をくらます準備をする。

 

「楽しかった、また明日かな?」

「そうだな、また連絡する」

 

 軽い挨拶をして杏樹と綾小路は廊下に出た後はお互いに背を向け反対に歩き始めた。

 

 

綾小路side

 

 無人島でのサバイバルなど青春を謳歌する学生にとっては冷静な判断を失いがちな場であったことは今更言うまでもないだろう。

 

 オレたち男子は基本的に野獣であり、性に飢えた肉食動物だ。ここは全てが揃った豪華客船、嫌なことも忘れられる夢のような旅行の最中。誰かと誰かが恋に落ちても仕方がない。それとなく聞こえてくる噂ではいくつかのカップルが成立したと聞いている。

 

 そしてオレと杏樹が一緒にいることに敏感になる人も増えてきた。Dクラスのメンバーは普段の様子を知っているからか特に問題はなさそうだが、他クラスの視線が少し厄介だ。まぁ杏樹の容姿は言わずもがな目立つし、憧れの的だ。そんなところに普通の男子が仲良くしていたら自分にもチャンスがあるのではと思っても仕方がないのかもしれない。

 

 ただ、杏樹の隣にそいつらがいるのをオレは想像できなかった。

 いや、想像したくなかったのかもしれない。

 

 

 今気がかりなことは何もそれだけではない。それはオレを取り巻く環境が確実に変化してきていることだ。つまり不本意ながら入学時からの目論見は大きく軌道修正を強いられることになっている。

 

『卒業まで外部との接触を強制的に絶ち外に出るのを禁止する』

 

 その校則だけが目当てだった。ところが『ある男』が無理やり外の世界から接触を計ろうとしている。

その兆候があると担任から告げられた。あろうことか、担任はAクラスを目指すための協力をしなければオレをこの楽園から追放すると脅してきた。

 

 だが、いつまでも担任の思惑通りに動くつもりはない。必要な情報を揃えつつ、場合によってはこちらから仕掛けることも検討していく必要があるだろう。頭の中で悪魔がささやく。やられる前にやればいいと。辞職に追い込む手はいくらでもあるだろう?と。

 

 そんな物騒な考えは本当に一瞬、すぐに平和主義者のオレらしく平常心を取り戻す。

 

「はぁ。オレに地軸を動かすだけのパンチ力があればな」

 

 そうもすればこんな小さなことに悩むことなく堂々と生きていけるのに。こんなことを言うなんて、杏樹の癖がうつったかもしれない。




ここからが難しい……筆者のない頭を絞って執筆していきます。


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No,4.2

「あれ? もしかしてずっと部屋にいるのかい?」

 

綾小路が客室の窓から見える海の景色をぼんやり眺めていると、ルームメイトの平田が声をかけてきた。

 

「出歩く理由もない。特別遊ぶ相手もいないしな」

「杏樹さんは?」

「忙しいと連絡がきた」

「須藤くんとか、池くん山内くんとか、あとは堀北さんは?」

 

確かに彼らには友達の部類に入れてもらっているのは確かだが、綾小路は優先順位のかなり低い部類の友達でしかないのだろう。今平田が口にした人物に綾小路をこのバカンス中誘った者はいない。綾小路はあまりの友達の少なさになんだか悲しくなる。

 

「もう少し、綾小路くんは積極性があれば友達ができると思うよ。余計なお世話だけどね。あっそうだ、12時半から軽井沢さん達と合流してお昼ご飯食べる予定なんだけど、一緒にどうかな?」

「軽井沢、たち?」

「うん、他に女子3人くらい、嫌かな?」

「遠慮しとく、オレは別に軽井沢達とのグループとは仲がいいわけじゃないし」

「何となく躊躇するのはわかるよ。だからこそ僕を頼って欲しいかな」

「待ち合わせまでもう10分もないぞ? 早く行ったほうがいいんじゃないか?」

「じゃあお昼だけど、僕と二人だったらどうかな?」

「えーと、別にいやじゃないが、約束があるんだろ?」

「軽井沢さん達とはいつでも食べれるよ。でも綾小路くんはこうして同じ部屋になったわけだし、一緒に食べる機会は今までほとんどなかったから」

「後で軽井沢に恨まれるのは勘弁なんだが」

「大丈夫だよ、軽井沢さんはそんなことで恨む子じゃないから。やっぱり軽井沢さんに断り入れるね」

 

やや強引に平田は軽井沢に断りの電話を入れる。

 

「……本当に良かったのか?」

「もちろん。それじゃあデッキに行こう。軽食だから食べやすいしね」

 

半ば強引にオレを引っ張り出す平田に何か裏があるのかもしれないと思いながらもオレはベッドから立ち上がり平田について行った。

 

 

「無人島の時は協力してくれてありがとう、綾小路くんには犯人を探す手伝いをしてもらったのに満足にお礼も言えなくてごめんね」

「謝ることじゃない。結局役に立ててないしな。下着を盗んだ犯人を見つけたのは堀北だ」

「結果的にはそうだけど、嫌がらず協力してくれた綾小路くんには感謝してるよ。杏樹さんに返せた?」

「いや、返そうとしたら処分を頼まれた。盗まれた物に未練はないらしい」

「確かに返ってきたところで女の子としては気味が悪いだろうからね」

 

話をしながらデッキにたどり着き、空いている席に二人は腰を下ろす。メニューに視線を落としながら平田は申し訳なさそうに話を切り出した。

 

「実は少し相談があるんだ」

「相談?」

 

やっぱり裏があったのか。それで自分と差し向かいで食事をする時間が欲しかったというわけか。と一人綾小路は納得する。

 

「相談者として適さないオレに声をかけるってことは……ピンポイントな内容か?」

「僕と堀北さんの橋渡し役になってもらえないかな? やっぱりこの先、Dクラスが一致団結して頑張っていくのに堀北さんは必要不可欠だと思うんだ。先日堀北さんの活躍で僕たちDクラスは思わぬ成果をえた。一気にクラスの士気は上がったと思うし、堀北さんを慕う人たちも増えたと思う。これは大きな変化だよ」

「ま、そうだな」

 

 堀北鈴音という少女はDクラスの生徒で入学後の数少ない綾小路の友達?でもある。向こうもそうだろうし、今現在も杏樹をのぞいて友人らしい友人がいない孤高の人物だ。持っている能力は総じて高く文武両道。欠点は、孤高が災いして誰とも絡まない性格と、人付き合いが苦手なため高圧的な態度をとることが多いことだろうか。

 

「そんな今だからこそ、僕を含めもっと彼女はみんなと仲よくなるべきだと僕は感じる。協力し合えばもっと上のクラスを目指せる気がするんだ」

「橋渡しと言ったらオレより杏樹のほうが適任なんじゃないか?」

「……それは思ったんだけど、彼女と話すのは難しいんだ」

「難しい?」

「なんて言ったらいいんだろう、普通に楽しく雑談はできるんだけど、いざ真面目な話をしようと思って話しかけると、話そうと思ってたことと違うことを話して終わってたり、タイミング悪く時間が来たり……一定以上近づけない……って感じなんだ」

「平田でもそんなことがあるんだな」

「そうなんだ。逆に彼女と普通に話している君が不思議だよ。で、話を戻すけど、僕の意思を綾小路くんなりに変換して堀北さんに伝えて欲しいんだ。僕の存在を伏せた上でね」

 

 平田は何かに焦っているように見えた。詳しく聞きだそうかと思案していた時に邪魔が入った。

 

「あー! やっぱりここにいたんだ、平田くんっ。一緒にご飯食べよ?」

「えーっと軽井沢さん、さっき断りの連絡入れたと思うんだけど……」

 

 困った顔をする平田を女子が取り囲む。

 

 綾小路は静かに自分の食べ物を持って邪魔しないように席を離れようとした時だった。

 

「あっ綾小路くん、杏樹のとこ行った?」

「どういうことだ?」

「あれっ知らない? 杏樹真面目そうな英語のなんか読んで船酔いして今医務室だよ、行ってないなら行ってきたら?あたしあんたらのこと応援してるから」

「あぁ」

 

 綾小路は返事をしたものの、最後の応援が何の応援してるのかわからなかった。まぁそれを軽井沢に聞き返せるほど綾小路は彼女と交友関係を築いていない。言われた通り医務室に直行する。食べかけのサンドウィッチを片手に。

 

 

「あらぁ珍しいお客さんね、どうしたの?」

 

 星之宮先生は突然現れた綾小路に興味を示した。

 

「烏間ってここにいますか?」

「杏樹ちゃんならそっちのベッドにいるわよ〜何ぃ? 二人は恋人なのかしら?」

「どんな感じなんですか?」

「相変わらず無視するのね、そうねぇ〜目眩、頭痛、吐き気、手足の冷え。典型的な船酔いね、どうしたらこんなにひどくなるのかしら……そろそろ何か胃に入れないと余計気持ち悪くなっちゃうだろうから起こそうと思ってたところっ」

「ちゃんと養護教諭やってるんですね」

「本当失礼なんだから……杏樹ちゃん起きれる?さっきよりは顔色いいわね」

 

 星之宮先生はベッドで横になっている杏樹に声をかける。杏樹の肌は陶器のように青白かった。

 

「……んん……大丈夫です」

「お迎えが来たわよ、少し外の空気すって何かつまんできなさい?」

「ん……お迎え? ……わたし死ぬ?」

「死神じゃなくて悪かったな、大丈夫か?」

「清隆くん?なんで?」

「いや、心配だったし。立てるか?」

 

 綾小路はそのなんで、が『なぜこの状況を知っているのか』を指しているのを理解していたが、そう返事をして手を差し出した。杏樹はそれを握ってベッドから抜け出す。まだ寝起きだからかポヤポヤしている杏樹を連れて歩き出す。

 

「じゃあ頼んだわよ、綾小路くん。杏樹ちゃんは今度は動けなくなる前に来るのよ〜」

 

 

「今日一日ずっとこんな感じだったのか? 忙しいってのはどうなんだ?」

「……忙しかったのは本当、仲良くしてた教授が論文出したらしくてそれがちょうど読めたから……読んじゃおって思って。今日は朝から超体調が良かったから、大丈夫だろうって……ずっと文字を追ってたの。そしたら気づいた時には胃がひっくり返りそうなところまで、ね。恵ちゃんに連れてきてもらったの。今はお腹も空いてるし、頭も痛くないよ」

「軽井沢から医務室にいると聞かされるこっちの身にもなってくれ、今は大丈夫なんだな?」

「うん、大丈夫だよ。恵ちゃんから聞いたのかぁ、なるほど」

「杏樹、オレの精神衛生のためにルールを決めよう」

「ん? 精神衛生? ルール?」

「そうだ。犯罪、体調不良は起こる前に連絡するなり相談するなりしてくれ。他にも危険そうなことは小さなことでもちゃんと報告してくれ。わかったか? そもそも体調不良に関しては自己管理がーーーー」

「なにそれ、パパみたいなこというのね」

「オレはまだ杏樹とは4ヶ月程度の付き合いだが、その父親の気持ちがよくわかるぞ。仲良くなれそうだ」

 

 

「ーー清隆くんはもうお昼ご飯食べた?」

「さっきサンドウィッチを少し口に入れただけだ、まだ残ってる」

 

 綾小路は右手を見せながら言う。

 

「じゃぁわたしもパンもらってこよっかな、一緒に食べよ?」

 

 杏樹はパンが置かれている場所で右左を見ながらなかなか手に取ろうとしない。

 

「何をそんなに悩んでるんだ?」

「んー、これとこれ両方食べたいんだけど絶対お腹いっぱいになっちゃうなーって」

 

 杏樹が指を指してたのはリンゴのパンとチーズのパン。さっきまで船酔いだった人が全部食べるには確かに難しそうな量だ。

 

「どっちも持ってって、余ったらオレが食べるよ」

「いいの?!」

 

目を輝かせて聞いてくる杏樹を見て思わず口が動きかける。

 

「…わ…いな」

 

 オレ今なんて言おうとした? 声に出てたか? 綾小路の内心の動揺に気づかないフリをしてくれたのか、気づかなかったのか。

 

「どうしたの? とりあえず食べれる場所探しにいこっか」

 

 杏樹はそう言って、片手にパン片手に綾小路の手を掴み廊下を歩き始める。綾小路は握られた手を振り払うことなく、そのまま杏樹にただついて行った。

 

 

綾小路side

 

「うまそうに食べるな、そんなに美味しいのか?」

 

 杏樹はパンを一口大にちぎってゆっくりゆっくり味を確かめるように食べている。幸せそうな顔だ。

 

「うん、お腹も空いてたしわたし好みの味。口つけてないから味見してみる?」

「いいのか?」

「はい、口あけて?」

 

 伸ばそうとした手が空中で行き場をなくしオレはなんとも奇妙な体勢でストップする。一方杏樹はパンを一口大にちぎってオレの口の前に持ってくる。綾小路は一瞬自分が何を求められているのが理解できず体が固まる。

 

「ん? 食べないの?」

「……っあ、あぁ食べる」

 

 ここで断るのもおかしいか、そう結論づけ思い切って顔を近づけパンを口に入れるも緊張で味がしない。綾小路も1男子高校生ってことだ、こういう耐性はあまりない。心拍数が上がっていることに気づかれないよう必死だ。

 

「美味しいでしょ?」

 

 極め付けに杏樹の笑顔を至近距離で見せられたらもう綾小路は考えることを放棄するしかなかった。

 

「そうだな」

 

 

「ーーーー顔色良くなってきてるな」

「本当? だれかと話してた方が船酔いしにくいって本当だったんだ〜。そういえば、お昼誰かと食べる予定だった?そのサンドウィッチ、デッキのでしょ?」

「あぁ平田とな。ただ軽井沢に争奪戦に負けた挙句衝撃的な事実を伝えられたからな、結局平田とサシで話たのは10分くらいだ」

「洋介くんと二人っきり?! 誘ったの?」

「そんなにおどろかれるのは心外だが、まぁもちろんあっちから誘ってきたんだ」

「ああやっぱり、でなにが目的だったの?」

「普通に友達だと思って誘ってくれた可能性を無視しないでくれ。まぁ実際端的にいえば平田と堀北の仲介役に任命されたんだ」

「おめでとう、えーっと、恋のキューピット?」

「わかってて言ってるだろ、今回の試験結果で堀北の株が上がったからより一致団結するために協力したいんだと」

「んー? 動機は平田くんらしいけど、行動はらしくないね。で引き受けたの?」

「いや、引き受ける前に解散した」

「なるほど、それはなんかごめんなさい」

「いや、元々軽井沢がきた時点で解散はやむなしだったからな、それに少し気になることがあった。なんと言うか平田が何かに焦ってると言うか……ん?」

「どうしたの?」

 

 オレがポケットを急に漁り始めたのを見て杏樹が疑問を口にした。オレは漁り出した携帯の画面を杏樹に見せる。

 

「佐倉からメールが来た」

「これは、遊びのお誘い?」

「いや、そこまでは書いてないから何か相談とかじゃないか?」

「そっかじゃ、どちらにしろ今日は解散だね」

「あぁ悪い」

「わたしは部屋に帰って論文の続きでも読むことにするよ」

「必ず水分を取りながら、適度に休憩を入れるんだぞ?」

「はーいパパ」

「オレはいつからお前のパパになったんだ」

 

 杏樹はいたずらげに笑い、女子のフロアに向かって小走りで行ってしまった。体調はもう本当に大丈夫なようだ。

 

 オレは杏樹の姿が見えなくなったあと指定された場所に向かった。




今回も今回でイチャイチャ回。


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No,4.3

綾小路side

 

「はぁっ…はぁーーーーーっ……はああああーーーっ…」

 

 メールの差出人である佐倉の下に近づいていくと悩み深そうなため息が繰り返されていた。

 

「どうしたんだ?」

「わあ! あ、綾小路くんっ!」

 

 そんなに驚かれるような声のかけ方をした覚えはなかったが、佐倉には不意打ちだったようでいつも丸めている背筋をピンと張って慌てふためいていた。

 

「驚かせて悪いな」

「う、ううんっ。私がちょっと、変に緊張していただけだからっ」

 

 友達との待ち合わせくらいで緊張しているようだと、まだまだ私生活は大変そうだな。

 

「オレになんの用だったか聞いてもいいか?」

「うん、実は、その、私、同じ部屋の人とのことで、ちょっと悩んでて」

「悩んでいるってのは仲良くなりたいのになれないってことか?」

「どうなんだろう、仲良くなりたい気持ちと一人でいたい気持ち両方ある。だから、ダメなんだろうね、私って」

「ちなみに同室は?」

「篠原さん、市橋さん、前園さん……だよ」

 

 なんとも個性の強いメンバーだ。篠原は軽井沢と近い関係にある女子の顔役だ。男子とも真っ向から言い合える頼りがいのあるやつだが、合わない相手には容赦ないとこがあるからな。一橋も似たタイプだ。前園はあまり知らないが、口と態度が悪いイメージだ。佐倉にとって苦手とする部類の人で集められた部屋だな。

 

「でも、どうしてオレに?」

「……綾小路くんなら、何かアドバイスくれるんじゃないかな、って思って…か、勝手に頼ろうとしてごめんね。綾小路くんも忙しいのにね」

 

 明らかに人選ミスだがそれを佐倉に伝えるのも酷だろう。

 

「別にいいさ、ただ助けになってやれるかは別問題だけどな」

 

 オレ自身佐倉の同室の誰とも仲良くないため、佐倉をうまく助けてやってくれとも言えない。杏樹なら篠原あたりになら声をかけるのも可能かもしれないが…

 

「あれ?綾小路くんと佐倉さん。こんなとこで何してるの?」

 

 客室からひょっこりと姿を現したのは、櫛田桔梗だった。佐倉の明るかった表情は途端に雲間に消え、居心地の悪そうな雰囲気に変わる。自分の感情をコントロールするのが苦手なのだろうか?堀北と似てるな。

 

「あ、邪魔するつもりはないよ?」

「……私、部屋に戻るね」

 

櫛田が慌てて引き止めようとするも、佐倉は船内へと駆け足で戻っていった。オレとしてはこの手の相談は櫛田にするべきだろうがナイスタイミングだったがそうではなかったらしい。

 

「うー、ごめんね。バッドタイミングだったね。声かけないほうがよかったかな」

 

別に謝ることはない。ただ佐倉が人付き合いを苦手としているだけのことだ。ただ、杏樹だったら佐倉が逃げることはなかっただろう。彼女と櫛田の違いはやはり裏の顔があるかないかだろうか?佐倉は意外と人のことを見ているのかもしれない。

 

「そう言えば、船に戻って初めて櫛田と話した気がするな。色んな子と遊んでいるのだけは遠目に確認していたんだが」

 

 櫛田は学年1の人気者だ。Dクラス内となると話は別な気もするがまぁ大体そんなもんだ。入学式の日に全員と友達になると公言したことを、現時点で完遂しようとしている。もちろんごく一部の子を除いてだが。

 

「今日はCクラスの子たちと遊ぶ約束をしてるの。綾小路くんもくる?」

「えっ、参加してもいいのか?」

「……えっ来るの?」

 

嫌な間ができた。行ってみたい本音が少し出てしまったが、櫛田もまたその本音に一瞬戸惑ったようだ。これは社交辞令。社交辞令にはきちんと社交辞令で断るのが礼儀だ。

 

「冗談だ、オレが参加するタイプじゃないのはちゃんとわかってるだろ?」

「もー、そうだよね。ちょっとびっくりしちゃった。綾小路くんって面白いね」

「そ、そうか?」

 

 本気で面白いと思ってくれたとは思わないが、櫛田がいうと本気に聞こえるから怖い。杏樹が言うとなんでも冗談に聞こえるのも怖いが。

 

「それじゃあ行くね」

 

 軽く別れの言葉を交わしてオレは自室に戻った。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 杏樹が自室で読みかけの論文の続きを読み進めていると突然邪魔が入った。キーンという高い音。学校からの指示や行事の変更などがあった際に送られてくるメールの受信音だった。

 

 杏樹は論文を読むことに集中するためにわざわざマナーモードにしていたのに、それを超えて強制的に音を出されて無性に携帯を放り出したくなった。というかベッドに投げた。それに続いてアナウンスまで流れ始めた。

 

『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほどすべての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認して、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合は、お手数ですがお近くの教員まで申し出てください。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れの内容にお願いいたします。繰り返しますーーーー』

 

 杏樹は何度も流される放送に観念してベッドに寝転がりメールボックスを開ける。

 

『まもなく特別試験を開始いたします。各自指定された部屋に指定された時間に集合してください。10分以上の遅刻にはペナルティーを科す場合があります。本日18時までに2階204に集合してください。所要時間は20分ほどですので、お手洗いなど済ませた上で、携帯をマナーモードか電源をオフにしてお越しください』

 

 杏樹は先ほどの邪魔された怒りを全て電源を切ることに注いだ。これで邪魔されない。もうマナーモードなんて甘っちょろい手段はとらん!なんて一人内心荒ぶっていた。そのせいで綾小路と堀北のグループチャットに気づかなかったのは仕方がない。

 

「杏樹〜何時どこだった?」

「18時204だったよ、恵ちゃんは?」

「まじ?! 一緒じゃん! 今回の特別試験クラスごとの協力系だったらいいなぁ。杏樹いれば心強すぎ!」

「えっ一緒に行こっ、試験ってどんなのだろ〜身内で争う系だったらやだね」

「それはあたしの勝ち目ゼロだから」

 

 軽井沢と杏樹の井戸端会議は盛り上がってしまった。ただいまの時間17:55。

 

「ねぇ、走んないとヤバイ?」

「たぶん」

 

 杏樹は軽井沢と目を合わせ、頷き。二人同時に走り始めた。扉の前で息を整える現在時刻17:59。

 

「はぁっ……杏樹……速いってっ」

「ごめん、でも10分までペナルティならないんだよね。恵ちゃんの肺が回復するまで待つよ」

「お願い」

 

 そして18:00二人は堂々と中に入った。

 

「失礼しまーす」「遅くなっちゃってごめんなさい」

 

「え、清隆くんだ〜」

「え。何これ、なんで幸村くんたちがいるわけ?」

 

 ここで二人は目にした光景に驚く。女子だけ、またはもっといっぱいいると思っていた。

 

「時間厳守だと伝えておいたはずだ、遅刻だぞ。早く席に座りなさい」

「はーい」

 

 杏樹は嬉々として綾小路の隣の席を確保する。もちろん軽井沢は杏樹の隣だ。

 

「Dクラスの幸村、綾小路、烏間、軽井沢だな。ではこれより特別試験の説明を行うーー」

「真嶋先生質問いーですか?」

 

 杏樹が真嶋先生が口を開きかけた時に重ねてそう宣言する。

 

「今の段階では質問は一切受け付けない。黙って聞くように」

「うわ出た、すぐそれなんだから」

 

 軽井沢が杏樹の気持ちを代弁した。

 

「今回の特別試験では、一年全員を干支に擬えた12のグループに分け、そのグループ内での試験を行う。試験の目的はシンキング能力を問うものとなっている。ここにいる4人は同じグループとなる。そして今この時間、別の部屋でも同じように『君たちと同じグループになる』メンバーに対して同時に説明が行われている」

 

 それに対しての不満を軽井沢と幸村がそれぞれ先生にぶつけるが帰ってくるのは冷静な返しのみだ。杏樹たちのグループは卯組だ。

 

メンバーはこの通り。

A竹本、町田、森重

B一之瀬、濱口、別府

C伊吹、真鍋、藪、山下

D綾小路、烏間、軽井沢、幸村

 

「あっ帆波ちゃん一緒だ」

「杏樹いいの? 伊吹さんも一緒じゃん」

「あー、まぁ? 今回は鞄ないし」

「そうじゃないでしょ」

 

「無駄話は済んだが? 説明を続けるぞ。今回の試験では、大前提としてAからDまでの関係性を一度無視しろ。そうすることが試験をクリアするための近道であると言っておく。今から君たちはDクラスとしてではなく、兎グループとして行動することになる。そして試験の合否の結果はグループ毎に設定されている。特別試験の結果は4通りしかない。例外は存在せず必ず四つの結果となる。詳細はこの紙に書かれている。この紙は持ち出し、写真は禁止だ」

 

『夏季グループ別特別試験説明』

 

本試験では各グループに割り当てられた優待者を基点とした課題となる。

定められた方法で学校に解答する事で、4つの結果のうち一つを必ず得ることになる。

 

・試験開始当日8時に優待者に選ばれたか否かを伝える

・試験日程は4日後の午後9時まで

・話し合いは自主性に委ねる

・試験の解答は試験終了後、午後9:30から午後10時のみ優待者を当てる権利を有する。解答は一人一回

・解答は自分の携帯を使って所定のアドレスに送信すること

・自身が配属されたグループ以外への解答は無効

 

結果1:グループ内で全員が正解していた場合、グループ全員にprを支給する

結果2:グループ内で一人でも不正解、未解答がいた場合、優待者に50万prを支給する

結果3:試験終了を待たずに学校に正解を告げた場合、正解者は50clと50万prを得る

結果4:試験終了を待たずに学校に不正解を告げた場合、不正解者は−50clを受け、優待者に50clと50万prを支給する

 

「待って全然わかんない、杏樹わかった?」

「とりあえず後でこれと同じ冊子を再現するからその時に教えてあげる」

「杏樹マジ神!」

 

「君たちは明日から、午後1時と午後8時に指示された部屋に向かえ。当日は部屋の前にそれぞれのグループ名の書かれたプレートがかけられている。初顔合わせの際には室内で必ず自己紹介をするように。そして室内に入ってから試験時間内の退室は基本的に認められていない。トイレ等は済ませておくように。万が一体調不良の場合は担任に連絡して申し出るように」

 

 杏樹を見ながら最後の一言を付け加えたということは、杏樹がグロッキーで死にかけた2回のどちらかは確実に知られているのだろう。恥ずかしい。

 

「あと、優待者は学校側が公平性を期し、厳正に調整している。優待者に選ばれた、選ばれなかったからと言って変更は不可だ。また学校から送られてくるメールのコピー、削除、転送、改変などの行為は一切禁止する。この点をしっかり認識しておくように」

 

 

「部屋をでちゃいけないっていつまでそこにいればいいの?」

「説明に書いてあっただろう。毎回一時間。初回の自己紹介以外は好きに使えばいい。一時間経過したら部屋に残って話すのも退室するのも自由だ。しっかりしてくれ」

 

 幸村がさも理解力のないやつだと見下した態度でそう軽井沢に説明する。

 

「先生そろそろ質問いいですか?」

「なんだ烏間?」

「その最初の自己紹介で話さないといけないことってありますか? 例えば名前とか」

「何言ってんだ烏間? 常識をわざわざ聞いて恥を晒すな。それとも名前を言わない自己紹介があるとでも本気で思ってるのか?」

 

 またしても嫌味っぽく幸村が反応してくる。そこで杏樹も補足説明に入る。

 

「例えば名前よりも芸名やあだ名が有名とか。あと他にも、カラスマって言いにくいから最初からCall me Angieって言って烏間は名乗らず自己紹介とか?」

 

 真嶋の表情は一見何も変わっていないように見えるが、杏樹は真嶋が足先を動かすのを見逃さなかった。彼の自分でも気づいていない癖なのだろう。焦っている時や、驚いた時に彼はそうする癖があるのを杏樹は平常授業で気づいていた。杏樹が板書ミスを指摘すると大体この仕草をする。まぁ苛立っている時の癖という線も否定できないのだが。

 

「学校側としては日本の学生の一般的な自己紹介を想定していると答えておこう。それ以外に質問がないならもう説明は終わりだ。解散していいぞ」

 

 先程の流れから早々に杏樹と軽井沢のことは諦めたのか幸村は綾小路に話しかけていた。

 

「おい、綾小路。終始無言だけどちゃんと理解できたのか?」

「なんとなくは、分からないところは後で教えてくれ」

「全く、どうして俺のグループはこんなにポンコツだらけなんだ……不本意だが、同じグループになった以上まずは結束を深めることが必要不可欠だ。明日の優待者発表次第だが、これからもう少し4人で話し合いをしたーー」

 

 廊下に出ると先生を抜きにした話し合いを提案する幸村。そんな未来を見据えた言葉などどこ吹く風の軽井沢は携帯を手に取り左手に杏樹の手、右手に携帯をもち背を向けて歩き出す。

 

「おっおい、軽井沢。俺の話を聞いていたのか?」

 

 全く気にもとめず通話を始める。歩くスピードに変化もない。

 

「(ばいばい)」

 

 杏樹は後ろを向いて綾小路に手をふり口パクで挨拶をしたら綾小路も口パクでまたなと言ってくれた気がした。

 

 幸村が必死に杏樹と軽井沢を指差しながら、綾小路に何かを訴えている。大変そうだ。




お気に入り、しおり、感想、ここ好き、評価ありがとうございます。
とりあえずいったらいいなと思っていたUA10,000超えて嬉しいです。今後もよろしくお願いします。

良いお年を。

ps.過去編パス限定にしました。nicodeangeloがパスです。


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No,4.4

 朝食の時間。

 

 生徒たちの間で人気のビュッフェを避け、杏樹と綾小路は船の甲板で優雅な朝を満喫していた。

 

 そこにあるカフェ『ブルーオーシャン』の早朝はほとんど生徒の姿がない。その中でも日陰にあたる不人気な奥のテーブルに杏樹は座って綾小路と一緒にもう一人を待つ。

 

 時刻は7時59分。約束の時間1分前になるとその待ち人は現れた。

 

「随分と二人は早いのね」

 

 机の上には飲みかけのアイスティー、どちらも氷が溶けかけなことから杏樹達がしばらく前から来ていたのがわかる。

 

「昨日の続きを話しましょう」

「学校からの呼び出しや詳細は一緒だったのか?」

「あなたの言っていたことと全く同じね。強いて言うなら担当の先生が違ったことくらいでしょうね」

「グループメンバーは?」

 

 見せられたのは堀北の手書きの紙。

 

A葛城、西川、的場、矢野

B安藤、神崎、津辺

C小田、鈴木、園田、龍園

D櫛田、平田、堀北

 

 まさに杏樹の一方的な知り合いオールスターのようなメンバーである。まぁ一番プ○キュアっぽい一之瀬がいないが。

 

「なるほど、これは必然的組み合わせと見た方が良さそうだ。ただ少し不自然な点もあるな、Dクラスは全員リーダー気質だから杏樹が漏れたのも人数的な理由だろうとして、Bは一之瀬が入らないのは変な話だ。正直安藤や津辺より一之瀬の方が牽引しているイメージだしな」

「一之瀬さんはあなた達のグループにいるのよね、彼女がどれだけ優秀かを知っているのはBクラスだけなんじゃないかしら。リーダーの資質と優秀さは比例しないわ」

「それ自分のことを言ってるのか?」

 

 綾小路のフリには堀北は睨み付けるだけだった。

 

「たぶん兎グループはうさ耳が似合う人が選ばれたんだよ、ほら恵ちゃんも帆波ちゃんも、伊吹さんも似合うと思わない?もちろんわたしも」

 

 杏樹はさも大発見かのようにそう語るが堀北の一言によって続けることはできなかった。

 

「それはあなたの隣を見ても言えることかしら?」

「……清隆くんもうさ耳似合うよ」

「いや、オレは似合わなくていいんだ」

 

 

「話を戻すけど、ここから察するにこのグループ分けに法則があるのかしら? 似通った成績ってわけでもなさそうね」

「これは確実に竜は意図的に組まれているな」

「優待者ってグループを決めてから選んだのかな? 選んだ後に調整が効くようにグループを組んだのかな?とりあえず優待者は1クラス3人だから……」

「待って学校側は一言もそんなこと言ってなかったわ? 優待者の人数が平等なんてことはわからないわよ?」

「だって真嶋先生が学校が公平性に期し、厳正に調整してるって言ってたよ? そこは確かじゃないかな、まぁ今から優待者の発表後、個人から連絡が来るだろうから3人出てくれば確実だね」

 

 そのとき一斉に端末が鳴る。3人はすぐに携帯を見せ合う。そして杏樹の携帯には優待者に選ばれたと書かれていた。

 

「で、杏樹は何を目指すの?」

 

 あまりにも無用心な会話に杏樹は紙にウサギで有名なあのお口がバッテンのキャラクターを描く。それでは伝わらなかったようなので、仕方なく携帯に文字を打ち込む。

『壁に耳あり障子にメアリー』

 ようやく納得したようなので杏樹も話を再開する。

 

 メニュー表を3人で見ながら会話を行う。ちょうどいいメニューがここブルーオーシャンでは注文できるのだ。

 

「もちろんクワトロ (裏切りをだす)ピザ(結果)かな?」

クワトロ (結果4)ダブル(結果2)シングル(結果1)の方が安い(簡単)んじゃないかしら?」

「だってクワトロピザ(結果4)が一番お得そうじゃん」

「綾小路くんは、何派かしら?」

「杏樹がクワトロがいいならクワトロピザでいいんじゃないか?」

 

 決してピザの話をしているわけではないのはみんなわかっている。堀北がこの類の冗談に乗ってくるのは珍しいが誰が聞き耳を立てているかわからないと言われれば、このふざけた会話に乗るしかない。非常に不本意そうだが。

 

 結局ピザは注文せず、おかわりのアイスティーを注文した。

 

 話は移り変わり堀北所属の竜グループの話になる。

 

「ーーーー参考までに聞くわ。あなた達がもし私と同じ班だった場合一番警戒すべき相手は誰だと思う?」

「杏樹、それか龍園」

「ねぇ清隆くん怒るよ?」

「杏樹それは後でにして。それよりどうして? 葛城くんは?」

「葛城は高校一年生にしては優秀だが所謂正攻法を好む人間だ、だからこそより警戒するのは龍園の方だろう」

「葛木くんはもっと筋肉に訴えるタイプだと思ってたけど修行僧タイプだったね〜龍え…っ()()()行きたいね〜」

 

 杏樹は今話題の人が目に入り無理やり話を変える。

 

「何言ってるの急に」

「あぁ流石にいろんな施設が揃っていると言っても学校内に()()()はないな」

 

 綾小路も気づいたのか話を合わせる。1人置いていかれた堀北はこの人たちは今度は何を考えてるの? とイラついていたが、その数秒後に納得した。

 

 

「いい天気だな鈴音、今日は金魚のフン以外にもう一人いんだな、朝飯か?」

「気安く名前で呼ばないでって言わなかったかしら? 伊吹さんも猫かぶるのやめたからってあっさり行動を共にするのね」

「……」

「メールは届いたと思うが、結果はどうだったんだ? 優待者にはなれたか?」

「教えるわけないでしょう。それとも、聞けばあなたは教えてくれたのかしら?」

「お望みとあればな」

 

 龍園が空いている席に背もたれを前にして座る。

 

「だがその前に聞かせてくれよ、どうやって無人島の試験あの結果が出せた?」

「何を聞かれてもあなたに教えることは何もないわ」

 

 揺さぶりに動じる様子もなく冷静にあしらう。大した演技力だ。

 

「どうにもしっくりこないんだよーー」

 

 

 堀北と龍園が何やら真面目な話をしている中、杏樹と綾小路は遊園地の話を続ける。

 

「アトラクションの中でなにが1番好き?」

「無難にジェットコースターかな、杏樹は?」

「わたしはコーヒーカップが面白いと思うの、円軌……アトラクションの中で自分で動かせる数少ないものらしいから」

「(塩基ってなんだ?)杏樹なら酔うから苦手とか言うと思ったが」

 

 2人とも行った記憶のない遊園地について、情報として知り得る知識を総動員し、かつただの学生の雑談らしい着眼点を意識して話している。ここで円軌道がとか言い始めたら途端に普通の会話ではなくなってしまうだろう。そこらへんの常識は杏樹も持ち合わせている。

 

 その姿は2人の事情を知っているものからすれば滑稽以外なにものでもない。龍園は2人の思惑通りか、堀北との会話に集中している。このままフェードアウト希望だ。

 

 

「昨日の集まりの様子だと、葛城は随分とお前を警戒している様子だな、鈴音」

「無理もないわ。彼はDクラスの私にそれだけの力があると思っていなかったから。それはあなたや伊吹さんも同じでしょう?」

「クク、まぁ否定はしない。俺は他の誰かが噛んでいると睨んでるんだがな」

「どう想像するのも勝手だけど何か根拠でもあるのかしら?」

「無人島での試験。種がわかってしまえば難しいものじゃない。だがお前みたいな真面目ちゃんタイプが思いつく策略じゃない、だろ?」

 

「わたしが立てた策略がどんなものかわかっているのかしら? どんなふうにポイントを得て、失ったか。詳細は不明だったはずよ」

「試験終了時、俺はお前の名前を書いたが結果は違っていた。試験終了前にリーダーが別の誰かに変わっていたってことだ」

「それで看破したつもり? そんなことは少し考えれば誰でもわかることよ」

 

「葛城はすべてお前の企んだものだと考えている。だが、俺の読みじゃお前がリーダーになったことも、リタイアしたことも想定外だったはずだ。初手に打つ策略じゃないんだよ」

「保険を打ったとは考えられないの?」

「肝心なのはリーダーを入れ替えたのが誰だったのかだ、お前に指示を出してた奴がいたんじゃないか?」

「よく理解できないわね。生憎わたしには満足な友達はいないわ? 強いて言うなら目の前にいる二人よ」

「リーダーを変えたと仮定するならこの二人のどちらかが濃厚かしら? 一人は伊吹さんの作戦に巻き込まれた被害者だけど」

 

 フェードアウト作戦はまさかの味方の話題振りのせいで潰されてしまった。表情はいつも通りだが、今の杏樹の内心は『スズネ……ホリキタ……この裏切りもんがあああああああっ!』である。

 

「なるほどな、ま、さすがに金魚のフンがやったってことはないだろうが……それより、お前いいツラしてんじゃねぇか。名前は?」

「烏間杏樹」

 

 もう生贄になる覚悟はできた。どうせ餌食になるなら役立つ生贄になってやる。杏樹は龍園から一番自分が綺麗で、そして色っぽく見える角度に調整する。彼みたいなタイプは子どもらしい可愛いよりも綺麗な女の方に惹かれるタイプだと判断した。

 

「今ならそんな冴えない堀北の金魚のフンじゃなくて俺の女にしてやるよ、どうだ?」

「んー、わたし一途な人の方が好きなの。だからその彼女がいる人とは……ね?」

 

 杏樹は伊吹をチラッと見て言う。

 

「こいつは俺の駒なだけだ、もしお前が俺の女になったらいい思いさせてやれる上にこいつを顎で使えるぞ?」

 

 ひどい顔で伊吹が杏樹と龍園を見比べている。それに続くくらい訝しげな顔で堀北が、ほぼ無表情の綾小路も目線を左右させている。

 

「その話はこの人達がいないところでしたいかな、どう? 今日の1回目の話し合いの後とか?」

「わかった、俺の連絡先だ。集合場所は俺の部屋でもいいか?」

「それもいいけど、最初はロマンチックなとこが良いかな?」

「はっ、じゃあ場所も含めて連絡しよう」

 

 杏樹と龍園の話はひと段落?し、また龍園の関心は堀北に戻る。杏樹は携帯をいじり、龍園の連絡先を登録しておく。

 

「いいことを教えてやる、Dクラスにはお前以外にも頭のキレる奴がいる、間違いなくな」

「全然いい事じゃないわね、実にどうでもいいことよ。勝手に結論を出しているのなら、いちいち私に聞かなくてもよかったんじゃない?」

「話をする事で見えてくる事もあるんだよ。ともかくお前とよかったぜ鈴音、これはゲームだ、すぐ裏で動いた奴を突き止めてやる。この金魚のフンも杏樹も含めて全員が対象だ」

「ひとつ聞かせて、どうしてそんなにDクラスに執着するの? 他にも気にする相手はいるでしょ?」

「すでに葛城や一之瀬は俺の敵じゃない。潰そうと思えばいつでも潰せるって事だ」

 

「だったら坂柳はどうなのさ?」

 

 そう言ったのは、堀北ではなく伊吹だった。

 

「あの女は最後のご馳走、今食うにはもったいないってだけだ」

 

「帆波ちゃんに澪ちゃんに鈴音ちゃんに、坂柳? さん、それに葛城? さん? そんなにたくさんの女の子のことが気になってる人と話すことはないかな、やっぱさっきの話はお断りで」

「はっ、そう言うなよ、杏樹。今一番興味があるのはお前なんだ。それに葛城は男だ。気色悪いこと言うなよ」

 

 杏樹の顎を引き上げ、そらしていた顔を無理やり合わせられる。

 

「そういうのは他の場所でやってくれないかしら、不愉快だわ」

 

 堀北は潰れたゴキブリでも見たかのような顔をしている。

 

「せっかく惚れた女を口説くチャンスに他のやつなんか気にしてる余裕はないんだ、悪いな鈴音。で、どうだ杏樹?返事は?」

 

 杏樹は自分の顎に置かれている龍園の大きな手を優しく包み込み、顎から外させる。ただ上目遣いは変わらずキープしながら。

 

「一回だけ、まずお試しってことでどう?」

「上出来だ、じゃまたな。いくぞ伊吹」

 

 龍園は上機嫌で、伊吹は摩訶不思議な気持ち悪いものを見てしまったみたいな顔をしながら去っていった。

 

 

 龍園と伊吹が見えなくなった後、杏樹と綾小路は同時に深い息を吐いた。

 

「鈴音ちゃん、部屋を出る時は右を見て左を見て手を上げて出た?」

「それは信号のルールでしょ? 突然何よ」

「堀北、お前見張られてるんじゃないか? タイミングが良すぎる」

「それは伊吹さんにってこと? でも部屋の入り口を見張ってたってことは気の遠くなる作業よ。私は滅多に外に出ないから」

「偶然ならいいが。ミスったな」

「はー」

「杏樹あれはどう言うこと? あんな奴と二人で会う約束なんて、危険よ!」

「んー、一回もちゃんと話したことないからわからないけど……かっこいいじゃない?」

「あなた、本気で言ってるの?!彼と何かあったら自分が痛い目あうだけじゃ済まないのよ? 伊吹さんに下着を盗まれたのは間接的にあの人のせいなのよ! わかってるの?」

「でも話してみたら意外と優しいかもしれないじゃない? ()()()()には」

「その惚れたってのも怪しいわ、今の流れ的にあなたを疑ってるんじゃない? 綾小路くんも何か言ってあげて」

「何かありそうだったら警察かオレを呼んでくれ、オレを呼んだ場合身代わりくらいにはなってやる」

「そこは助けてよ、えっ、身代わり……?」

 

「……オレはまだ眠いから部屋に戻ることにする」

「そうね、今のところ、話し合いをすることで進展はなさそうだし、個別に進めていくしかないわね。それじゃお疲れ様。進捗があったら報告をお願い、杏樹も何かあったら言うのよ、というかあなたの感性が信じられないわ、あんな下品な男の何がいいのかしら」

「お疲れ〜」

 

 堀北は()()()()()()には疎いのだろうか。まぁ杏樹が慣れすぎているのかもしれないが。杏樹の言動を本気と捉えているようだ。

 




あけましておめでとうございます。
色々な方からこのSSについてアドバイスをいただけて本当に感謝です。
今後も精進して参ります。


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No,4.5

 さっさと歩いて行った堀北に置いていかれる二人の構図はもうおなじみだ。

 

 二人で歩いて客室まで行こうとした時、杏樹が『あっ』とそこそこ大きな声を出す。そしてガンッという音。

 

「どうした?」

 

綾小路が後ろを振りかえるとバキバキになったスマホを拾う杏樹がいた。

 

「眠いところ悪いんだけど、携帯ショップに付き合ってくれない?」

「……ふっ、あぁ行こうか」

 

綾小路はうっすらと笑い、割れたスマホを杏樹の手から取り上げた。

 

「割れたものは危ないから、オレが持ってるよ」

「ありがと」

 

 杏樹もスマホを落とした人とは思えないほどニコニコしながら感謝を示した。

 

 スマホの画面修理の()()()に色々やってもらった。ここは画面修理くらいなら30分ほどでやってくれるらしい。

 

 待っているか、取りに来るかと聞かれたので待っていることにした。ソファに案内されて、ここで待っているように言われる。ここは店内がすぐ見渡せる上に、お客様のプライバシーを守るためか防音用のガラスが貼ってある。話合いの場としては適しているかもしれない。

 

「今から清隆くんが優待者だよ、よろしくね」

「あぁ、バレないように幸村くらいと相談しようかと考えている」

「それがいいかな、恵ちゃんよりもいい反応をしてくれそうだし」

 

「それよりも、本気で龍園のことが気になってるのか?」

「そうなら清隆くんはどうするって言うの? ……ねぇ怖いんだけど清隆くん」

「裏切るなら杏樹だろうが容赦しないぞ」

 

 先ほど龍園にされた同じ体勢、つまり顎を掴まれる。

 

「裏切る?」

 

 杏樹からしたらそのつもりは更々ないが、ここで綾小路の地雷を確かめておくのも大切だと判断し、とぼけたふりをする。すると、やはり、いや思っていたよりも綾小路の何かに触れたらしい。いつぞやの瞳で見つめられる。

 

 今回は前回より至近距離だ。

 

 もし杏樹が()()()()()()に慣れた体を持っていなければ、糖質コルチコイドでの薬物治療が必要になっていたかもしれない。

 

 綾小路の脅しはトラウマ級である。

 

「お前はオレのために動き、オレはお前のために動いてきた。それは龍園についた時点で解消だ。そして解消した後はオレの過去を少しでも知ってるお前はオレの危険因子でしかない。つまり、オレは全力でお前を潰す、全てを使って……な」

「……」

「お前が俺を隠蓑にしてることはわかっている。手始めにそれをクラスメイトにバラそうか?」

「……」

「それとも、体の方がいいか? 俺がお前を抑え込んで犯すこともできるぞ?」

「……」

「だんまりか。どうなんだ? オレにつくか、龍園につくか。それくらい答えられるだろ?」

「清隆くんにつくよ。もちろん。損得で考えてもそうだし、せっかくの友達1号をここで失うって惜しいと思わない?」

 

「はぁ……そうだな、オレとしても今杏樹が敵になるのは避けたい。ただでさえ面倒な状況が二重三重と重なってる中で杏樹が敵になるのは痛手だからな」

「わたしって有能でしょ?」

「それは認める、そんな杏樹に一つ頼みがあるんだが」

「何?」

「今回の試験で龍園の懐にはいれ。二重スパイだ。できるだろ?」

「え、ベンゾジアゼピン受容体作動薬用意しようか?」

 

※ちなみにベンゾジアゼピン受容体作動薬は情緒を安定させるのに役立つお薬の一種だ

 

「生憎、オレは大真面目だ。元々そのつもりだろ?」

「そうだから別にいいけど……5分前まで龍園につくな的なこと言ったばっかりじゃん」

「杏樹の気持ちをしっかり確認しておかないままスパイなんて頼んで裏切られたらこっちの被害が甚大だからな、保険だ」

 

 そう言って取り出したのはボイスレコーダー。

 

「うわぁ、鬼畜だこの人」

「なんとでも言ってくれ、ただお前も人のこと言えないだろ?」

 

 杏樹のカーディガンの内側を漁る。

 

「ちょっ、き、清隆くん!?」

「ほら、お前もオレと同じだ」

 

 確かに、常時ボイスレコーダーは持ってるはいるが、女の子の服を弄るなんて破廉恥だぞと言いたかった。ただ、杏樹には綾小路の服をめくるという前科があるので強く出れない。

 

「待って! それは濡れ衣! 今は電源入れてない!」

「入れるべき相手を間違えなかったことは褒めてやろう」

「心配性だなぁ、わたしは清隆くんに一途だって前から言ってるじゃん」

「それは態度で示してくれ」

「それをして困るのは清隆くんでしょ。毎日『清隆くんって本当に頭もよくって、スポーツも得意で、こないだなんてリーダー当ての功績全部鈴音ちゃんに譲ったんだって?! 本当に紳士だね』とか言ってあげようか?」

「やめてくれ。オレが悪かった」

「はーい」

 

 

綾小路side

 

 龍園が杏樹に興味を持ったのはオレにとって都合が良かった。堀北では龍園と戦うにはまだ足りない。だからと言って今龍園がDクラスを疑っている以上、オレが動くわけにはいかない。ここで杏樹を動かしたいというのは少し前から考えてはいた。

 

 そして、今日。龍園と杏樹の初めての会話。

 

 龍園は杏樹をとりあえず気に入ったらしい、それが本気なのか、罠なのかは判断がつかないが。まぁ7割罠だろう。それに杏樹が自らかかりに行った。

 

 杏樹はその可能性があることに気づかない人間ではない。彼女なりに考えてのあの行動だろう。

 

 ただ、彼女は何を考えた?

 

 彼女の行動は本当にオレのためになるものか?

 

 疑問が湧き出てくる。

 

 今回のサバイバル試験では杏樹は大きな成果を見せてくれた。それで、少々手放しにオレのために動いてくれると信用し過ぎているしれない。

 

 人間は変化する生き物、味方だった者が次会った時には敵になっているなどよくある話だ。

 

 今、彼女が本心では裏切っていたとしても、Cクラスのスパイをしてます何か? なんて態度をとられたらオレは見抜けるか、まだわからない。それに気づいた時にはもう既に手遅れだった場合、オレの計画が破綻するだけでなく、オレ自身も危険に晒される。それは何をしてでも避けなければならない。彼女がオレを裏切らない保証が欲しい。

 

 ただ、いつそれを確認するか。どうやって確認するか。どちらにしろ、オレの過去を知らない堀北の前では話せない話だ。ここは一回解散して、二人きりになれる時間を作ろう。そう考えて一度部屋に戻るという発言をした。堀北は杏樹にいろいろ言っていたが当の本人が何処吹く風なので諦めて去っていた。

 

 そしてオレも堀北に続き席を立って歩き始めようと一歩前に足を出した時後ろから何かが起こった音がした。

 

 振り返って音の原因を見ると、杏樹の携帯の画面が雲の巣になっている。

 

「眠いところ悪いんだけど、携帯ショップに付き合ってくれない?」

 

 この言葉で杏樹が何を示唆しているのかがわかった。つまり、やはり杏樹はオレと同じこの試験の攻略法を見つけていたということだ。

 

 思わず微笑が溢れる。こんなにも、オレと思考が同じなのかと。やっぱり杏樹を手放したくない、オレの手元に置いておきたい。そう再認識させられる行動だった。

 

 携帯ショップで杏樹の画面の修理のついでにSIMロック解除をお願いする。須藤の点数を10万で買わなかったのは大きかった。その分ポイントにまだ余裕がある。

 

 待っている間、オレは先ほどの保証を作るのに今が丁度いいのでは、と杏樹が優待者の話をしている間に持っていたボイスレコーダーを片手で起動させた。杏樹が気付いている様子はない。

 

 そして、オレは杏樹に尋ねた。今回の龍園のことはどういうことか、と。杏樹はその質問に対してはぐらかそうとする。

まぁ、もしスパイをやるとしても裏切るなら味方から。杏樹ならそうするだろうからこの返答だけでは判断できない。

 

 ただ、ここで杏樹にオレにつくと言ってもらわないといけない。

 

 そこで、オレは詰め寄った。

 

 杏樹の表情は笑顔を保っているものの、目には感情は一切浮かばない。杏樹は確かに闇を持っているはず、闇は互いを惹き付ける。俺は彼女に惹かれた、それが証拠だ。

 

 深い闇を持つ者が、相手の闇を包み込んでいく。  

 

 はずだった。

 

 だが、杏樹は墜ちない。俺がいろいろカマをかけても思った反応が返ってこない。人は動揺すればボロを出す。つまり、今杏樹は一切動揺していない、または動揺を隠すスキルを持っているということだ。

 

 杏樹の闇はなんだ?

 

 俺よりも深い闇を持っているとでも言うのか?

 

 やっぱり彼女は強かった。その数多くの脅しに屈することはなく、ただいつも通り自分の意見をのべた。そしてその意見は入学当初から一貫として変わらず、嘘をついている様子も特になかった。

 

 杏樹は強い男が好きだと言っていた。俺が龍園より強ければ自然とついてきてくれるだろう。

 

 態度を緩めオレが徐々にいつもの雰囲気に戻ったのを感じたのか、杏樹もいつものふざけた感じに戻る。一応ボイスレコーダーに録音した事を伝え釘を刺す。

 

 これで裏切りが起こらないとは思っていない。少しの証拠とオレのスタンスを杏樹に伝えることがこの場において重要なのだから。あとは彼女についてだが……彼女の闇を探るのはもう少し先でいいだろう。




毎日投稿は3日までです。
毎日追ってくださってる方ありがとうございます。

なぜか字下げが起こらないところが2箇所ほど……。対処法が分からず直せません( ; ; )


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No,4.6

「はぁ、杏樹がいて良かった。これで杏樹もいなかったらふつーに耐えられないもんこんなグループ」

「おんなじグループで良かったね〜」

 

 杏樹と軽井沢はまたしても時間ギリギリに部屋に到着した。ただ今回は走っていないから上出来だ。杏樹的にとっていい女は遅れて登場してくるものらしい。まぁただの言い訳だ。原因は軽井沢とお互いにメイクをして遊んでいたら思ったよりも盛り上がってしまい時計を見たら集合15分前だっただけだ。たいそうな理由でもない。慌てて顔面を仕上げ、髪を整えたものの結局2分前行動となってしまったのだ。

 

 船内アナウンスが流れ始めた。

 

『ではこれより第一回グループディスカッションを開始してください』

 

 当然、状況も周りのメンバーもよくわからないグループ内では誰も率先して話そうとはしない。いきなり静かで嫌な重たい空気が流れ出す。ただその中でその様子を一之瀬は小さく微笑みながら見守っていた。そして誰も発言しないことをしっかりと確認した後立ち上がる。

 

「はいちゅーもーく!大体の名前はわかってるけど、一応学校からの指示もあったことだし、自己紹介をした方がいいと思うな。初めて顔を合わせる人もいるかもしれないし」

「今更自己紹介の必要なんてあるのか?学校側も本気で言ったとは思えない。自己紹介をしたいやつだけすればいいんじゃないか?」

 

 杏樹としてはなんとしてでも自己紹介をして貰わなければならない。そこでてこでも譲らなそうな町田に杏樹が声をかける。

 

「あの、これは実際にあった企業研修を参考にして作った試験だったよね? その時自己紹介しない人って……即使えない人って思われちゃわないかな? わたし、君がそう言う類の人だとは思えないんだけど……どうかな? 自己紹介だけでも参加してほしいなぁ……えっと」

「町田だ、町田浩二だ。これでいいか?」

「よろしくね浩二くん」

 

 それから一之瀬が続き時計回りでの自己紹介が始まった。

 

 そう()()()()自己紹介が。最初の説明会の時、杏樹は自己紹介を勧める学校に妙な感じがし質問をした。クラスでの自己紹介は自主的なものをやったが、学校に勧められることなんて一切なかった。平田が開催しなければあのまま自己紹介なく今まで過ごしてきただろう。なのに今回は即席のグループ。自己紹介をする意味を感じさせない試験内容。しかも名前だけは確実に言うようにという指示。違和感の原因は多分これだろう。これは『名前』がキーワードに違いない、そのような思考に至った。

 

 まぁただ単に学校側が仲良くなる助言として言っただけの可能性も否定はできない。ただ、そんなに自ら選択肢を無駄に広げていく必要はない。『名前』と言う条件が全ての優待者に当てはまてば、他の可能性があろうとそれは正解なのだから。

 

 一人一人自己紹介をしているのを杏樹は携帯にメモしていく。今時は携帯でメモを取ることが社会的にOKの風潮になってきているらしい、ありがたい。

 

「じゃぁ最後杏樹ちゃん自己紹介お願い」

「烏間杏樹、下の名前で呼んでね。よろしく」

 

「さてと、これで学校からの言いつけは果たせたかな? それでこれからのことだけど、どうやって進めていこっか? 私が進行役をするのが嫌だったら言ってもらえる?」

「帆波ちゃんが司会でいいと思うよ〜」

 

 杏樹は自己紹介が終わったことで、もうこの話し合いに興味があまり残っていなかった。司会の役目を一之瀬に押し付け杏樹は龍園とのデートでどうしようか、何を話て何を話さないべきかを思案して時間を過ごしていた。スマホで何度もメールをチェックし、『デートで気をつけるべき7つの法則』『俺様男子に好かれる女性の性格10選』なんてのまで読んでいる。まさか自分にも真面目に意見を求められるとは思わずに。

 

 杏樹が携帯に夢中で周囲の状況に気付いていないことに軽井沢が気付いて肩を叩く。正確には気づかないフリをしていたのだが、そんなことはどうでもいいか。

 

「杏樹聞かれてるよ?」

「えっあ、ごめん。この後の約束がちょっと気になってて? 聞いてなかった、なんて言ってたの?」

 

 取り繕うように顔を赤らめ、はにかんでそう尋ねるその姿に一部の男子は息をのんだ。一方女子は白い目で杏樹を見る。特に伊吹からしてみれば、龍園と会うことに浮かれてるとしか思えない態度だ、こいつ馬鹿なのか? と内心白けた目で杏樹を見ている。

 

 軽井沢はこの雰囲気を一刻もどうにかするために、ため息をついた後今の状況を説明してあげる。

 

「なんか、一之瀬さん的には結果1? がいいんだけど、それだと優待者が炙り出されるからAクラスは黙秘するって感じ。で、今は杏樹はどうする? って聞かれてる」

「えっ? わたしはいっぱいポイントがもらえるのがいいな」

 

「決まりだな、誰も具体的な方法は思いつかないようだ」

「待って、町田くん。葛城くんの案は確かに悪くない作戦だよ。誰も疑わず嘘をつかず、傷つけ合う必要がない。そして全クラスの結果的には平等にポイントも手に入る。多くの人が納得する理由もわかるよ。でもよく考えて見て、この作戦ってAクラスだからこそ提案できると思うんだよね。卒業までにこう言う試験は後何回あるのかな? そう考えると試験のたびに足並み揃えることって最終的なクラスの位置もずっと変わらないってことだよね?」

 

 一之瀬の言葉に幸村は今までどうしてそんな単純なことに自分は気づかなかったんだと言う顔をしている。町田の言葉巧みな誘導が皆を損得のみで判断するよう運んでいたのだ。ただ一之瀬にそう言われて黙っているはずもなく、町田は反論する。

 

「待て一之瀬。言いたいことはわかったが、それだと望める結果は結局一つしかないぞ。全員で正解したとしても、このグループ全員が均等に大金を手に入れるだけ。お前の望む展開にはならない。それとも話し合って優待者を見つけ出して裏切るつもりか? お前は先ほど結果1を目指すと言っていた。信用ならないな」

「差が詰まることはないって言ったけど、このグループはCとDが4人ずつ、AとBが3人。つまり上位クラスと下位クラスの差を縮められることはできるんじゃない?」

「確かにな、それを上位のBが許すのか?」

「そうしないとAクラスに逃げ切られちゃうかもしれないからね」

「先に言っておくが、既にAクラスは話し合いには応じないことだけは覚えておけ。お前たちが結束して話すなら好きにすればいい」

 

「さーてと、どうしたものかな。除け者にするのは避けたいけど、クラスの方針じゃ仕方ないね。あ、でも話し合いに参加したくなったら言ってね!」

「Aクラス不参加で優待者を見つけるのは無理なんじゃないか」

 

 状況の変化に焦った幸村が問い詰めるように一之瀬に文句を言う。幸村としても勢いを掴みつつあるDクラスが割りを食うのは避けたいのだ。

 

「もしAクラスに優待者がいるなら個人に絞るまでは簡単じゃないかもね。でも、単純に確率で言えば4分の3こっちにいることになるよ。それに誰かまでわからなくてもどこにいるかわかればやりようはあるんじゃない?」

「彼らが話し合いを拒否したから隠さず言うけど、もしこの3クラスの中に優待者がいるのなら、私は最悪隠し通してもいいと思ってる。だけどAクラスに優待者がいるのであれば、それを突き止めた上でどうするべきか考えていきたいと思ってる」

「……信用できないな」

 

それを拒否したのは幸村。それから真鍋にも拒絶の意思が見て取れた。

 

「もしAクラスの中に優待者がいたとしても本当に特定できるの?」

「今はまだ、そこまで先のことを考える必要はないんじゃないかな? まずは優待者がどこにいるのかを絞り込んでいくことそのものが大切だと思うんだよね。この話は、今私がこの場で考えたこと、対話を続けていけばこれから先もっといいアイデアだって出ると思うんだよね。だって試験は始まったばかりなんだから」

 

 この会話の中で杏樹はほとんど何も話さなかった。所謂様子見ってやつだ。この場で積極的に動いて注目を集めてしまうよりは、いまいちこの試験に積極的に参加する理由が見出せない、だって優待者じゃないし、みたいな様子を見せておく。とうとう話は止まってしまい各自時間まで好きに過ごすことになった。すると、Cクラスのメンバーが軽井沢のほうに近づいて声をかけている。

 

「ねぇ軽井沢さんだっけ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「何」

「私の勘違いじゃなかったらなんだけど……もしかして夏休み前にリカともめた?」

「は? 何それ、リカって誰よ」

「私たちと同じクラスの子でメガネかけてるんだけど。覚えてない?」

「知らない、別人でしょ」

「おかしくない? 私たち確かに聞いたんだよね。Dクラスの軽井沢って子に意地悪されたって、カフェで順番待ちしてたら割り込まれて突き飛ばされたって聞いたんだけど」

「……知らないし、って言うかなんかあたしに文句あるわけ?」

「別に確認してるだけ。その話が本当なら謝って欲しいの。リカって自分で全部抱えちゃうタイプだからさ、私たちがなんとかしてあげないといけないから。リカに確認してもらうけどいい? いいよね、軽井沢さんじゃないなら問題ないでしょ」

 

 その時、軽井沢は突如顔をあげて真鍋の持つ携帯を払い除けた。その勢いは思ったより強く、宙を放物線軌道をしながら杏樹の方に飛んできた。キャッチするには勢いがありすぎるので杏樹は咄嗟のことに手で顔を守る。ここで払い除けたりしたら食事中にフォークを投げてゴキブリを殺すようなもの、つまりやばいヤツだと警戒されてしまう。ただいくら待っても衝撃が走ることはなかった。隣にいた綾小路がその携帯を見事キャッチしてくれたようだ。すごい手の大きさ。

 

「あれ? 痛くない……あぁ清隆くんありがと」

「あぁ」

 

 綾小路はキャッチした携帯をそっと真鍋の近くの机に置いた。

 

「何すんのよ!」

「それはこっちのセリフ、勝手にあたしを撮らないで。別人だって言ってるでしょ」

 

 ヒートアップしている会話を後ろに杏樹は席を立ち伊吹に話しかける。

 

「ねぇ澪ちゃん、龍園くんの好きなことって何かな?趣味とか特技とか、血液型とかでもいいし何か知ってることない?」

「は? 私あいつと仲良くないから」

 

お前この状況でそれを聞くか? みたいな顔で見られるがそれも想定内だ、恋愛に関してはアホなキャラの方が得をする。ちなみに調査は少女漫画だ。

 

「とにかく撮らせてもらうんだから」

「嫌だってば! ねぇ……この子になんか言ってあげてよ」

 

 軽井沢は町田にすり寄って助けを求めた。

 

「無断で写真を撮るなんて許せないんだけど、町田くんはどう思う?」

「……そうだな、真鍋。軽井沢が嫌がってるんだからやめてやれ」

「ま、町田君には関係ないでしょ」

「今の話を聞く限り、悪いのは真鍋のように思える。軽井沢が知らないと言ってるんだから決めつけることはできないだろう。友達に再確認したほうがいいな」

「ありがとう町田くん」

 

 尊敬の念を込めた目で町田を上目遣いで見る軽井沢。試験ではグループのメンバーと距離をおくAクラスだったが、まんざらでもない様子だった。竹本たちは少し面白くなさそうだったが。まぁさっきから町田ばかりおいしい思いをしているのだ。一之瀬と杏樹に話しかけられ、軽井沢に助けを求められる。望遠鏡で彼の様子を見たらハーレムだろう。

 

「当たり前のことをしただけだ」

 

 そう照れ臭そうに町田は答えていた。

 

 一時間が経過してアナウンスが流れたところで解散になった。杏樹は一番最初に立ちあがった。

 

「じゃぁ明日もよろしく、バイバイ」

 

 小走りで時計を見ながら扉に向かう。もちろん彼に会いにいくために。




毎日しおりが進んでいくのを見るのが楽しかったです。
読者様がいたから毎日投稿を続けることができましたありがとうございます。
お気に入り、しおり、感想、評価、全てがわたしのモチベです。
今後もエタらないようせめて二人がくっつくまでは時間がかかっても書き続けます。


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No,4.7

綾小路side

 

「じゃあ俺たちも戻ろう、平田にも話を聞いておきたいところだしな」

「なあ幸村、今日軽井沢の様子が少しおかしくなかったか?」

「軽井沢の様子はいつもおかしい、というか様子がおかしいのは烏間もだろ、話し合いの中ずっと携帯と時計ばかり確認して、おまけに話を聞いてないときた。あいつらには向上心というものがないのか?」

 

 なんだか『こころ』のKみたいなことを言い出した。確かに遊ぶことや、恋愛に興じている人間という点で2人はあながち間違ってはいないかもしれない。実際、軽井沢は平田と付き合いながら町田とも仲良くしているし、杏樹は今から龍園のところだろう。

 

 ただそんなことをオレは聞いたのではない。違和感程度のものだが、軽井沢は確かに様子がおかしかった。その正体はオレにもわからなかったが……。

 

 入室前に切っておいた携帯に電源を入れると、佐倉からのチャットが入っていた。中を見てみると時間があれば会いたいとの連絡だった。

 

「ちょうどいいかもな」

 

 平田や堀北、そして杏樹以外から見たこの奇妙な試験の感想を聞いてみたいと思っていたところだ。もし佐倉自身の意見が聞けなくても、他クラスの様子くらいは教えてくれるだろう。

 

「えーっと、どこで落ち合うかな」

 

 とりあえず昨日と同じ所で会おうと伝えると佐倉からはすぐに了解の連絡がきた。

 

「……だと思うんだけど……ど、どうかな?」

 

ん? 佐倉と距離を詰めていくにつれ何か喋っているのが聞こえてきた。

 

「わ、私と、そ、その……で、でで、デー」

 

 誰かと話しているわけでもなさそうだ。でででとは何だろう。アレか、ピンクで丸い形をした約20cmのキャラクターが出てくるゲームのペンギンっぽい形をした大王がそんな名前だった気もする。

 

「悪い、オレはその手のゲームの知識はあまりないんだが……相談相手として大丈夫そうか? 外村とかーー」 

「トゥをおおおおおおおおおおお!!!?」

 

 ビャーっと飛び上がるように驚く佐倉にオレも驚く。

 

「い、いいい、今の聞いていた?!聞いちゃった??」

「でででと言っていたからゲームの話かと思ったんだが……忘れてくれ、で、用事ってなんだ?」

 

 佐倉があまりにもキョトンとした顔でこちらをみるのでゲームの話ではなかったらしい。初手の失敗を隠すために話題を変えようと、用件を尋ねることにした。

 

「えぇと、その、だから、あー……そ、そう! 今回の試験のことで悩んでて! 誰も知り合いいなかったから……」

 

 渡されたのは紙のリスト。

 

A 沢田、清水、西、吉田

B 小橋、二宮、渡辺

C 時任、野村、矢島

D 池、佐倉、須藤、松下

 

 

「すまん、池と須藤以外は全く知らないメンバーだ」

「あ、謝ることじゃないよっ、私の方が全然友達いないしっ」

 

 これ以上この会話をすると自分にいかに友達がいないかを語り合うなんとも寂しい会になってしまいそうだったので早急にまた別の話題に移る。最近気がついたのだが、コミュ力がある人間とない人間の差は話題が膨らませられるか否かなのではないだろうか。佐倉と話していると平均4回の発言で会話が途切れる。一方杏樹と話していると永遠に話が続いている、といっても杏樹の場合飛躍して別の話題になっていることもあるが。たぶんそういう小さな差が原因なのだろう。

 

「そうか、そういえばオレも佐倉に少し聞きたいことがあったんだが、いいか?」

「え? 私に?」

「ディスカッションが終わってから、山内に声をかけられたりしてないかと思ってな」

「山内くん……? 特にないよ、なんで?」

「そうか」

 

 無人島での試験で、オレは堀北を利用する時に間接的に佐倉も利用した。山内を動かすために、アドレスを教えると言ってしまったのだ。もちろん無断で山内にアドレスを教えるわけにもいかず、いまだこの件について山内と話をしていない。その余波が佐倉に及んでいるのではと危惧していたが、大丈夫だったみたいだな。

 

「とりあえず、思ったことがあったら連絡してくれ」

「いいの?」

「携帯は頻繁に見ているからな、特にこの試験中は」

「必ず連絡するねっ!」

「お、おう」

 

 勢いのある言葉にオレは少し後退りする。なんだかんだ、積極的になってきているって解釈でいいんだよな? 無人島から数日しか経ってないのに佐倉は不思議とひと回り成長しているように見えた。突拍子もない試験だったが、成長期の高校生には思わぬ影響を与えていたのかもな。

 

 

「ああああああやあああああのおおおおおおこおおおおううううじいいいいい!」

 

 佐倉と別れるや否や背後から迫ってきた影に覆いかぶさられた。そして首へと腕を回され締め上げられる。振り解くように逃げ振り返るとそこには鬼の形相をしたクラスメイト山内がいた。危ない、もう少しで投げ飛ばして締め上げるところだった。

 

「ど、どうした」

「どうしたもこうしたも、佐倉のアドレスを教えてくれるって話はどうなったんだよ! つか、今お前佐倉と何か話してたよな! やっぱり佐倉狙ってたのか!」

「別に狙ったつもりはない。ただ言いにくいんだが、一つ嘘をついてたんだ」

「嘘、ってなんだよ」

「人見知りのオレが佐倉のアドレスなんて知ってると思うか?」

「もしかして……今佐倉に聞こうとしてたのか?アドレスを?」

 

 オレはうなずいて見せると、山内は愕然と両膝をついて崩れ落ちた。

 

「つまり綾小路、お前はアドレスを知らないのに俺に嘘をついて……?」

「そうなる……な」

「それで成果は?」

「……悪い」

「悪いってなんだよ、俺が求めてるのは謝罪じゃなくてアドレスだぜ?」

 

「よくも、よくも騙してくれたなあああ!!!」

「だが、山内、お前もオレに杏樹の下着を託したんだからおあいこじゃないか?」

「いやっ、でもあれはああするしかなかっただろ……もういい俺は自分で聞く!」

「無理やり聞くのか?」

「ああ、そうするさ」

「佐倉が言ってたぞ、口だけの男は嫌いだってな、間違いなく嫌われるぞ」

「んなの、どうすりゃいいんだよ」

「佐倉がカメラが好きなのは知ってるよな? 今持ってるやつが不調らしい、新しいカメラをもし山内が用意できたとしたら?プレゼントしたらどうなる?」

「そりゃ喜んでくれるだろうけど、俺ポイントないぜ?」

「この試験で優待者のまま逃げ切ったり、裏切り者になったりすれば、デジカメを買えるポイントが手に入る。違うか?」

「俺が頑張れば佐倉と親しくなれるってことか、やる、やってやる! 俺は自力で佐倉を手に入れて見せる!!!!」

 

 なんとか怒りの矛先を逸らし試験に参加する意味合いを教えることに成功する。一つ怖いことがあるとすれば、適当に優待者を狙い撃ちして外すことだが……。山内が優待者を誤って外してしまったら、それはそれでいいかもしれない。目先の利益よりも未来の益だ。どちらにしろ兎グループは確実に勝つのだからDクラスのclが±0になるだけだ。杏樹には悪いが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「えっと、こんにちは?」

「杏樹、こっちこいよ」

 

 龍園は自分の横をトントンと叩いて座るのを促す。

 

 案内されたのは雰囲気のいいラウンジ。お酒の飲めない生徒には縁のない場所かと思っていたが、一応ノンアルがある以上使用に制限はないようだ。杏樹はソファに座って寛いでいる龍園の隣に腰掛ける。

 

「お望みどおり、()()()()()()だろ? 気に入ったか?」

「センスいいね、龍園くん。まさかこんな所案内されるなんて、期待しちゃうな。わたしも注文していいかな?」

「好きにしろ」

 

 杏樹はシャーリー・テンプルを注文する。

 

 持ってこられたそれはルビーのような薄い赤色をしていて、杏樹の白い手を魅力的に写してくれる。グラスに唇をつける動作さえも相手からの見え方を計算し尽くしたものだ。ノンアルコールなはずなのに、杏樹の顔はほんのり赤くなり柔らかい雰囲気を纏っている気がする。これもママ直伝の接待術である。

 

「慣れてるな」

「慣れてる女の子は嫌い?」

「いや、タイプだ」

 

 最初はお互い腹の探り合い、上部だけの会話を進めていく。しばらくそれを続けていたが、龍園は唐突に切り出した。

 

「おまえみたいないい女がどうして堀北や綾小路とつるんでる?」

「清隆くんと鈴音ちゃんは席が近いから何かと話すの、それに……Dクラスにいい人がいると思う?」

「俺はいると思ってるが、どうなんだ?」

「人気で言えば洋介くんだけど、わたしのタイプじゃないし……彼女もちには興味ないの」

「綾小路はどうだ? よく一緒にいるだろ?」

「そんなに気になるの? んーと清隆くんは、顔がいいでしょ? 隣に立ってたら、わたしの魅力を引き立ててくれる、そう思わない?」

「まぁ、顔だけならそうだな。ただ、俺と話してる時に他の男褒めるのは良くないな」

「ん?」

 

 龍園は杏樹の肩を抱き寄せる。より密着することで、室内でクーラーが効いているはずなのに熱い。

 

「俺ならお前を最高の女にしてやれるぜ、どうだ?」

「わたし強い男の人がタイプなの、どう? わたしのお眼鏡にかないそう?」

 

 抱き寄せられてるから、必然的に上目遣いになる。はたから見たらこの二人からは映画のワンシーンのような美しさと色気が漂っていた。

 

「俺につけ、杏樹。お前がクラスを変えれるくらいのポイントは俺が用意してやる」

「いいの? そんなに簡単にわたしのこと信じて。もしかしたらわたしがその裏で鈴音ちゃんを操ってるのかもしれないよ?」

「裏切ったら俺はお前を半殺しにして、もうその綺麗な面が二度と見れないようにしてやるよ、怖くなったか?」

I'm that bad type(わたしもそういうタイプなの一緒ね)

「強気な女はいいな、その余裕そうな顔を崩したくなるぜ」

 

 ただの男女の会話は取引きへと変化していった。今は雇用条件の交渉をしている。ただ、龍園の手は少々悪戯がすぎる気もするが。まぁ服の上だから許容範囲だろう。

 

「俺のもんになった以上俺の言うことを聞いてもらうぞ」

「最初からそれが目的でしょう、守ってくれるならなんでもいいけど」

 

「ーーお前は櫛田の様子を俺に伝えることと、メールを送ったらその通りに行動すること。それが仕事だ。できるな?」

「どうして? わたしが守られる保証は?」

「危ないことは櫛田にさせるから問題ない。櫛田がきちんと動かなかった時の予備だ。最悪全部櫛田に背負わせればいい。ただし、これからは俺の言うことにいちいち疑問を持つな。説明できないことも多いからな。言ってる意味はわかるか?」

「あーあ、本当に悪い男に捕まっちゃった。まぁ龍園くんが最強で有る限り、わたしは龍園くんの言うことを聞くから心配しないで」

「その龍園くんっての、変えろよ杏樹」

「んーと、翔?」

「あぁ」

「桔梗ちゃんには私の仕事を伝えないでね? 警戒されちゃったら監視なんて不可能だから」

「もとからそのつもりだ、杏樹を退学させられたらこっちも困るからな」

「精一杯がんばるけど、その代わり時々ご褒美頂戴ね?」

「いつでも抱いてやるよ」

「初めては特別がいいからそれは却下」

 

 こうして、杏樹は協力者兼恋人の立ち位置を手に入れた。恋人と言うには微妙な関係だが。

 

 ただ、櫛田がCクラスに交渉を持ちかけているのは初耳であり、よくない情報だ。嘘の報告をするにしても慎重にしなくてはいけないし、杏樹が櫛田にCクラスと仲良くしていることを気づかれるのも厄介だ。

 

 とりあえず午後の話し合いの時間が近づいているということで今日は解散となった。




龍園をもっとエロく、漢らしく書きたいのに……。いつかもっとbad guyに修正します。


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No,4.8

綾小路side

 

 Aクラスは2回目の集まりでも話し合いには一切参加しなかった。当然、1クラスが欠けた状態で腹を割った話などできるはずもなく、時間だけが容赦無く過ぎ去っていく。これがもしただの人狼ゲームだったなら占い師や霊媒師などお助けメンバーがいながら人狼を探していくし、毎日一人吊ることで選択肢を狭めていくことができるのだが。この試験はそういう類の手段が一切ないのだから仕方がない。

 

「とりあえず、こうして集まるのも2回目だしそろそろ打ち解けあっていく必要があるんじゃないかな? 集まる回数も限られてるしね」

 

 やはり今回も最初に動いたのは一之瀬だった。さすがは平和を望むBクラス。それは浜口ともう一人の生徒も全く同じだ。ぶれることなく共同戦線を打ち出す。

 

「打ち解け合うことは必要ないと思うが、話し合いが必要なことには賛同する。Aクラスは勝手に試験から降りたつもりかも知れないが、Dとしては優待者を突き止めたいからな」

「でも話し合いなんかで答えが見えてくるわけ? 意味ないでしょ」

「わたしも恵ちゃんに賛成。この時点で自分が優待者です! なんて言い始めたら逆に怪しいもん。それに疑われながら話すのって疲れちゃうし」

「そんな話し合いとか堅苦しく考えなくていいよ。友達同士の雑談って思ったら楽しいんじゃないかな? 優待者がわかったらラッキーくらいに思えば気楽に過ごせるんじゃない? 町田くんたちみたいに殻に閉じこもっちゃったらこの時間のせいでせっかくの楽しい思い出が打ち消されちゃうと思うんだけどなぁ」

「一之瀬達が楽しむのは勝手だが、目的の優待者を見つけるってのは不可能だろう。もし優待者が仲間にさえ黙っていたらどうする? その二人を信じられるのか?」

「それは町田くんにも言えるんじゃないかな?」

 

 町田と一之瀬が言い争っている間も軽井沢はずっと携帯をいじっていた。まぁ杏樹も隣で何かを読んでいるから、その行為自体には違和感はないが。

 

 ただ、軽井沢に関してはやはり何かがいつもと違う。奇妙な違和感が続く。

 

 いつもと違う軽井沢、真鍋たちのやりとり。

 

 そしてその正体に気づく。どれも軽井沢()()()ないのだ。Dクラスの中でも一際存在感があり、良くも悪くも人をまとめ上げている認識がある。ところがこの場ではモブでしかない。今回の試験に参加できる能力があるかどうかではなく、この場を引っ張るポテンシャルを持っているはずなのにそれを見せようともしない。

 

 話に参加している最中は軽井沢もそこそこ目立つが、それも話を終えるとすぐ沈下していく。このグループをカースト制度で表すなら杏樹より下なのは一之瀬との仲の良さの問題もあるだろうが、Cクラスの真鍋よりも低い位置にいる。これこそが違和感の正体。

 

 Dクラスが上位に食い込むために必要なことは、今ポイントを増やすことよりも増やしていける体制を作ることだ。AやBに比べ、Dの結束力は格段に低い。そのため欠かせない存在となりそうなのが軽井沢恵、Dクラスの女子を統治する少女だ。

 

 だからこそ今の態度が少し気がかりだ。もっと強気に場を支配すると思っていた。使える人材なのか使えない人材なのかを見極める必要がある。試験が短い分多少強引にでも藪を突いて見るべきかも知れないな。

 

 軽井沢がカースト上位層をまとめ、そこから漏れた人を杏樹がサポートして引き上げる。この制度を確立すればDはより強くなるかも知れない。杏樹がそれに加担するかはわからないが。

 

 

 2回目の集まりが終了し、オレは動き始める。

 

「ちょっといいか?」

 

 オレの存在には気がついていたようだが、話しかけられるとは思っていなかったのか少し警戒した様子で真鍋が振り返る。

 

「軽井沢と話してた件あったよな。カフェで突き飛ばしたとか突き飛ばしてないとか」

「それがどうしたの」

「100%じゃないけど、軽井沢が別のクラスの女子と揉めてるの見たんだよ」

「それ……本当に?」

「たぶんな。その時の悪い空気っていうか、気まずい感じを覚えていたから一応伝えておこうと思ってな」

 

 一度うやむやとなった軽井沢との固執事件を振り返させたところでオレはそそくさと元来た道を引き返す。実際そんなところを見たわけではないので話を続けたら嘘がバレてしまうからな。この火種で真鍋たちがアクションを起こしてくれることを期待しよう。なぜか大人しい軽井沢の反応が見たい。

 

 

 

 この試験が始まってから杏樹と話す機会が極端に減った。龍園と近づいている今オレと話す事はバレる可能性があるのもそうだし、異性と一緒にいるところもあまり見られたくないだろうから仕方がないのだが。普通に友達と話せないのは寂しいものだ。

 

 そうは言っても毎日送られてくる杏樹からの録音データを聞いているから、毎日杏樹の甘い声を聞いている。龍園の甘い言葉は正直いらないが。

 

 この録音を聞いているせいでイヤホン生活を強いられているのも地味に苦痛だ。FBIやCIAが任務中ずっとインカムをつけていることに尊敬を覚える。こっちはいつ外耳炎になるかヒヤヒヤだ。これは安いイヤホンだからだろうか。もう少しいいものを買う必要があるかもしれない。

 

 部屋に戻るともう0時近かった。ベッドに腰を下ろすと平田が声をかけてきた。

 

「お疲れ、綾小路くん。ずいぶん遅かったね」

「ちょっとな、ああそうだ、少し平田に聞きたいことがあるんだがいいか」「疲れていると思うんだけどもしよかったら話をしない?」

 

 ほぼ同時にオレと平田の言葉が被った。

 

「うん? 僕に聞きたいことって何かな?」

「いや、先に平田の用件を聞こうか、オレのは後でもいいやつだから」

「幸村くんから相談があってね、試験の報告をしあおうってことになったんだよ」

「俺は綾小路を入れたって意味がないと言ったんだけどな」

「本当は高円寺くんも参加してくれると嬉しいんだけどね、断られてしまったんだ」

「すまないね、平田ボーイ。わたしは今肉体美の追求に忙しいのだよ」

「実は僕のところに2人優待者になったって連絡が来たんだ」

「なんだって? 一体誰なんだ?」

「それは、僕の口からは言えないよ。信頼して教えてもらっている話だし」

 

 この2人というのは杏樹ではないことは確実だ。つまりオレはこれを知れればDクラスの優待者が全員わかるということだ。

 

「俺たちが信用できないっていうのか平田。お前も知っているなら俺にも知る権利がある」

「……そうだね、僕も相談したいとは思ってたんだ……実は」

「なぁ平田、一応携帯か何かに打ち込んだ方がいいんじゃないか?」

「そうだね」

 

 撃ち込まれたのは竜グループ櫛田、馬グループ南

 

「なるほど」

 

 よりによって櫛田か。杏樹から聞く限りCクラスと繋がっている可能性がある彼女がこの試験で絶対的な権利を得たとは……。まぁ試験終了後のことを考えれば大きな裏切り行為はできないだろう。そう信じたい。

 

「兎グループでも議題に上がったことだが、それぞれクラスに優待者は3人。つまり、Dクラスには3人いるはずだ。あと一人その正体を黙っている奴がいる」

 

 ここで話してしまおう。

 

「あーちょっといいか?」

 

 俺は携帯にメールの画面を出して、二人に見せる。

 

「おっおま……」

「そっかそうだったんだね」

「悪い、いつ言うのが正解かわからなくて言い出せなかった。一応堀北には言ってある」

 

 高円寺が急に筋トレをやめたと思ったら携帯をいじり始めた。その瞬間通知音が3人の携帯に流れる。

 

「高円寺今の!?」

 

 幸村が狼狽している。『猿グループの試験が終了いたしました』というメールが届いた。高円寺は猿グループ、つまり高円寺が裏切ったということだろう。

 

「こんなのは嘘つきを見つける簡単なクイズさ。君たちが面白そうなことをやっているから私も手伝ってあげようと思ってね。ノブレスオブリージュさっ」

 

 そう言ってバスルームに姿を消して行った。幸村は『なんなんだあいつ』はみたいなことをぶつぶつと言っていたがもうどうにもできない事に時間を割いている暇はない。話を進めよう。

 

「あー話を戻すが、幸村よかったら携帯を交換してくれないか? 堀北からの指示なんだが、履歴を全部変えてパスワードも覚えておけと」

「なるほど、あぁ、わかった。つまり、俺がお前の代わりに優待者のふりをすればいいってことだな」

「そういうことだ、俺を守ってくれ」

 

 幸村はこれで本気で演じてくれるだろう。

 

 兎グループの方できる事はもうない、他クラスが動くのを待つのみ。後は軽井沢のことさえ片付ければいい。



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No,4.9

綾小路side

 

 満天の星空が、視界に広がっていた。行き場を求めて彷徨っていたオレがたどり着いたのは、船外のデッキだった。

 

「これはすごいな……」

 

 本や映像で見るのとは桁違いの規模であり、美しい光景だ。大都会では見ることのできない夜景。

 

 杏樹は見たことがあるのだろうか? たぶん一緒に見たとしたらとなりで図鑑の役割を果たしてくれるだろうな。ギリシャ神話なんかも添えて。

 

 デッキの上は少数ではあるが男女が手を取り合ったり、肩を組んでいたり同じ星空を見上げているのがわかった。なんだか少し虚しい。明かりがほとんどないため顔までは窺い知れないが、他人の恋愛事情なんてどうでもいいので興味はない。ただ、そんな二人組だらけの中で、一人だけで星を見上げる生徒もいた。

 

「……いやいや」

 

 ここで声をかけて一緒に星空を見ませんかなんてナンパまがいなことはできない。ただ、どんな子なのだろうかと少し興味を持った。

 

「あ、れ? 綾小路くん?」

「その声は櫛田か?」

 

 闇から浮かび上がってきたのは櫛田だった。驚いた顔でオレを見ている。

 

「一人、か?」

「なんとなく眠れなくて、綾小路くんは? 杏樹ちゃんとか堀北さんいないの?」

「今日は一人だ。というかいつも一緒にいるわけじゃない」

 

 誰も待っていないなら構わないだろうと櫛田のそばによる。

 

 お風呂から上がってまもないのか、ジャージ姿の櫛田は近づく異性をノックアウトさせるくらいの効果があるんだろう。オレも耐性がなければうっすら香る石鹸の匂いに顔を赤くさせていたかもしれない。

 

「寒くないか?」

「大丈夫、それより綾小路くんは一人なの?」

 

 そうだと頷くと、櫛田はちょっと嬉しそうに笑った。

 

「二人とも独り身だね。ちょっと肩身が狭かったから嬉しいかも」

「……」

 

 ここで杏樹だったら良い返しが思いつくのかもしれないがもちろんオレにそんなこと言えるはずもない。ここで変なことを口走る前にさっさと退散するのが吉だろう。

 

「えーと、とりあえずオレは先に戻るから」

「もう帰っちゃうの?」

「眠くなってきたしな」

 

バリバリの嘘だ。かけらも眠くない。

 

「そっか、それじゃまた明日。おやすみなさい綾小路くん」

「お休み櫛田」

 

 別れの言葉を交わし、情けなく退散しようと背中を後ろに向けようとした時だった。

 

「待って!」

 

 少し大きめの声を上げ、何を思ったのか櫛田がオレの胸元に飛び込んできた。寒空の下、ジャージ越しとはいえ、人肌の温もりを感じる。杏樹よりやわらかい。

 

「くく、くし、櫛田? ど、どうしたっ」

 

 こんな不測の事態に当然オレはパニックになり慌ててしまう。理解不能な展開だ。この距離感はおかしい。

 

「ごめん、なんか急に、その……一人きりになるのが寂しくなっちゃったのかも」

 

 そんなことを胸元で囁かれてしまう。ボクサーのストレートを顎に一髪もらったように、脳はクラクラになりそうだ。そこからさらに数十秒、櫛田は無言でオレの胸元に顔を埋め続けた。しかし突然呪縛から解き放たれたかのように慌てて距離をとる。

 

「ご、ごめん。私その、急にこんなことして……おやすみなさい!」

 

 暗がりで櫛田の顔は見えなかったが、たぶん焦った顔をしていたんじゃないだろうか。そしてこうとも推測してしまう。龍園と待ち合わせか? と。

 

 杏樹からの情報を聞いていればそう疑いの目でみてしまうのも仕方がないだろう。

 

「あー、びっくりした……冷静になると喉が渇いてくるな」

 

 船内の一階の自販機で何か買おうと一階に向かうと自販機近くのバーで奇妙な組み合わせを見つけた。茶柱先生に、星之宮先生に、真嶋先生だ。この区画は立ち入り禁止されているわけではないが、お酒関係の施設ばかりのため生徒はほとんど寄り付かない。まぁ杏樹の初デートはここだったぽいが。

 

「ーーそれよりどういうつもりだ、チエ」

「わ、何よ急に」

「通例では竜にクラスの代表を集める方針だろう?」

「私は別にふざけてないわよー。確かに成績と生活態度では一之瀬さんが一番だけど本質はその数値だけで測りきれないもの。それにサエちゃんだって烏間さん外してきたじゃん、お互い様だよ〜」

「烏間は特性上、綾小路とセットにしただけだ。合理的配慮の一環だ」

「その綾小路くんもさぁ……まぁいいけど、二人とも兎っぽいもんね、ぴょんぴょんって感じだし」

「星之宮の発言はもっともだが、何か引っかかることでもあるのか?」

「個人的恨みで判断を謝らないでもらいたいだけだ」

「やだ、まだ10年前のこと言ってるの? あんなのとっくに水に流したって」

「どうだかな」

「私は本当に一之瀬さんは学ぶべき点があると思ったから外しただけ。サエちゃんが綾小路くんを気にかけてるのは気になるけど、ただの偶然なんだから。島の試験が終わった時綾小路くんがリーダーだったことなんて全然気にしてないから!」

「そう言えば、烏間と言ったか? 茶柱、あれはこの法則に説明の時点で気づきかけていたぞ」

「なんだと?」

「自己紹介の方法を尋ねてきた。ニックネームだけ言うのでいいのかとな」

「まぁ烏間は特殊な部類の生徒だからな、うちのクラスでも評価は一番高い。本来ならAクラス行きの生徒だからな」

「惜しいな、うちのクラスに入っていたらAクラスは安泰だったのだが」

「渡さんぞ」

 

 この数分で何個か重大な情報を得てしまった。まず、一之瀬はオレの様子を探るために送り込まれたこと。優待者にはやはり法則があり、杏樹が気付いている可能性があること。そして名前に関することということ。収穫としては十分すぎる、オレは気づかれる前にさっさと退散することに決めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「軽井沢に関する情報が欲しい」

 

 またもやいつメン3人で作戦会議だ。いつメンなんて言ったら堀北に変な顔をされるので杏樹は口に出すことはないが。

 

「軽井沢さんなら、杏樹が一番知ってるでしょ」

「恵ちゃん? 可愛くって優しくって面倒見るのが得意な子」

「それは耳タコだ、こんな感じで主観しかない意見ばかりなんだ……」

 

 堀北は杏樹を見て眉間にシワを寄せた。

 

「どうしてこんなに杏樹は振れ幅がひどいの? 鋭いこと言ったと思ったらすぐあほになるんだから」

「で、どうなんだ?」

「あなたが心配することはないでしょう、余計なお世話でしょうけど彼女の行動に理由なんてない。気にするだけ時間の無駄よ」

「堀北、一方的に他人の見方を決めつけるのは良くないぞ」

「決めつける? どういうこと?」

「お前は軽井沢を協調性のないわがままなやつだと思っているかもしれないが、あいつにもちゃんと長所があることを認識してるか?」

「彼女に長所なんてあるの? 私には思いつかないわ、強いていうなら杏樹の子守?」

「人間を見る時、人はまず外見から情報を得る。そして次に会話や行動で内面を図ろうとする。だがそれも結局表面的なものでしかない。表と裏を使い分けている」

「軽井沢さんもそういう面があると?」

「ほとんどの人間が持っているものだ。自覚してないかもしれないが堀北にだってある」

「それで軽井沢さんの長所って?」

「恵ちゃんの長所はね、イケてるって思われるところじゃないかな」

「どういうこと?」

「恵ちゃんは、容姿もよし、かっこいい彼氏もいる、流行りも完璧、遊びも誘う頻度が多い、フッ軽。この子といたら自分も居心地のいい位置に居させてくれるかも? って思わせるのがうまいの。だから恵ちゃんにはいっぱい友達ができるし、何かあっても周りに守られる。まぁ恵ちゃんは他にもいっぱい良いとこあるんだけどね。例えば面倒見のいいお姉ちゃんって感じとか、秘密は守るし、人の気持ちがわかる所とかね、わたしより2ヶ月年下だけど」

「おぉ、急に話す気になったな、そう。オレも似たようなことを思ってた。軽井沢には『場を支配する力』がある。主導権を握る術を持っているだろ、クラスでの立ち位置がそれを物語っている」

「それで? 軽井沢さんを仲間にでも引き入れるつもり??」

「……さて、どうしたもんか」

 

 綾小路の中では軽井沢の件は保留になったようで、兎や竜グループの現状そして高円寺の裏切りについての話しに戻っていった。



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No,4.10

「よぉ、今日も3人で仲良しなことだな」

 

 またもや会議の最中に彼が訪ねてきた。ただ今日はまわりの取り巻きをつれていない。

 

「龍園くん久しぶり」

「俺のことはなんて呼ぶんだったか?」

「なーに翔?」

「そうだ、いい子だ」

「気色悪いわね、そんなことをやるなら杏樹だけを連れてってくれるかしら?」

「落ち着けよ、今日は鈴音お前に用事だ。優待者を見つけ出す算段はついたか?」

「どんな考えを私がしているにせよ、あなたに聞かせるつもりはないわ」

「それは残念だな。ご考説願いたかったもんだ、しかしその様子じゃ優待者の絞り込みは進んでないように見えるけどな」

「随分面白い言い方ね。なら、あなたには優待者が誰かわかってるというの?」

「優待者の正体は既に分かり始めている。そう言えば信じるか?」

「信じないわ」

「杏樹携帯を貸せ」

「ん? はーい」

 

杏樹はスマホを軽く投げる。龍園はそれをキャッチし電源をつける。

 

「番号は?」

「01004651」

「ちょっと?! 杏樹何やってるの、他人に携帯を見せるなんて。しかもこの時期にそんなことするなんて……あっ」

「そういうことだ、学校側からのメールを見ればそいつが優待者か否かは判明する。こんなふうにな」

 

 杏樹のメールボックスを確認して、堀北に見せる。

 

「クラス全員に携帯を提出させた。だから俺は既に3人優待者を把握している」

「……あなた正気? 強制させるなんて禁止事項に抵触しているわ。訴えれば退学になるのかもしれないのよ」

「おいおい。別に問題になんてなっちゃいない。問題になってないから俺がここにいるんだ。その意味がわかるか?」

 

 絶対的な支配者だからできる強引な手法。

 

「翔、携帯返して」

「わかった、ほらよ」

 

 携帯を渡した時と同じように投げて返され杏樹はキャッチして、そのままポケットにしまった。

 

「やっと状況がわかったようだな」

「……ええ。あなたが答えにたどり着いてないことがね。もし解き明かしていたとしたら、迷わず答えを学校に送ってるはず。試験は終わっていてもおかしくない」

「ただ俺が遊んでいるだけってこともあり得るぜ」

「いつ誰が答えに辿り着くか分からないもの。悠長には構えないはず」

「さて、と。俺は詰めの段階に入らせてもらうか。杏樹今日俺の部屋に来いよ、その代わり寝不足になるかもな」

「わたしそんなに安くないの、もっとわたしに尽くしてから言ってもらえる?」

「はいはいお姫様」

「今日の夜甲板でどう? 昨日は星が綺麗だったみたいじゃない?」

「後で連絡する」

 

 そう言って龍園は去っていった。

 

「どこまで本当かわかったものじゃないわね」

 

 そう言った堀北に綾小路は顔の前に人差し指を立てる。堀北は振り返るが誰もいない。綾小路は黙ったまま椅子の裏を覗き込んだ。そして顔を上げ堀北に見るように指示する。その間杏樹はひたすら話し続ける。

 

「あのね翔との初めてのデート? で言ったラウンジバーがすっごくおしゃれだったの。意外と女の子の気持ちがわかってて驚いちゃった。彼ってすっごくハンサムだしセクシーだと思わない?」

「その主観はよくわからんが、あそこってほぼ生徒が立ち寄らない場所だろ? すごいな」

「そう、これで普通にカフェで食事とかだったら醒めちゃうもん」

「今後の参考にしよう」

「そう言えば、こっちにはプロムがないって聞いたんだけどほんと?」

「プロムってあれか? 卒業の時にやるドレスコードありのダンスパーティーみたいな」

「そう、ハンナがあれは一生の思い出になるって。パートナーが最高でも最悪でも」

「そのパートナーが最悪な場合は最悪な思い出が残るってことか」

「そうかも」

 

『その携帯が彼のなら余計な真似はしないほうがいいわね』

 

「はぁ、あなたたち今日は作戦を立てるために集まったの、雑談をしにきたわけじゃないのよ?」

「悪い、なら龍園が言ってたこと本当だと思うか?」

「どうかしら……ただ可能性はあると思う。今回の試験あまり猶予があると言えないかもしれないわね」

「お前も大変だな」

「あなたたちには手足のように動いてもらうわよ、一刻も早くグループの優待者を見つけ出す必要があるから、後杏樹あなたのプライベートに口出しはしないけど行動には気をつけなさい。いつ何が原因で情報が漏れるか分からないんだから。特にいくら見られてもいいからって携帯の暗証番号を教えるのは危険だわ」

「わかったよ鈴音ちゃん、パスワードは変えとく」

 

杏樹はよく言ったという風にサムズアップする。

 

「はぁ、だが堀北言うは易し、オレに見つけられると思ってるのか?」

「あなたに過度な期待はしてないわ。ただ兎グループの情報が欲しいだけ」

「まぁ適当に頑張るよ」

 

 龍園の携帯を放置して3人はその場から立ち去った。その後堀北からメールが届く。今から部屋に来いと。

 

「やっほー鈴音ちゃん」

「龍園くんに見せたメールどういうこと?」

「それは清隆くんと携帯のSIMを入れ替えておいたの。だからこれは清隆くんのメール」

「いつの間に?」

「優待者がわかったすぐ後」

「悔しいけど、それはいい考えね。私たちも今から櫛田さんとやったほうがいいかしら?」

「状況次第かな? 今携帯ショップに行くのを見られる危険性を考えると結構気をつけないと即バレの可能性もあるからね」

「そうね、あと他に黙っていることはある?」

「この試験の法則?」

「えっうそ、あなたわかったの?!」

「自己紹介って聞いた時から怪しかったんだけど、さっき優待者もう二人も清隆くんに聞いてそうかなって。干支の数字と名前順に優待者が決まってるんだと思う。わたしは兎で4。綾小路、一之瀬、伊吹、烏間で4。この通りだろ竜は5」

「確かに櫛田さんが5番目ね」

「つまり法則から優待者はわかった、ただわたしも鈴音ちゃんも清隆くんも裏切り者になれないからさ、この法則の利用の仕方にあんまり興味がないの。まぁそこらへんは鈴音ちゃん任せでいいかな?」

 

 ミステリー小説のトリックを見破ってしまったら興味がどんどん下がっていくのと似た感じだ。解く前はあんなにウキウキしているのに答えがわかってしまったら急にどうでも良くなってしまう。ただここは現実世界、それがわかったら対処まで自分でやらなくてはいけない。杏樹はそれを堀北に丸投げした。

 

「そうね、ただこれがまぐれかそうじゃないかしっかり吟味する必要があるわね。まぁ必要なことは教えてもらったからここからはわたしの役目、ご苦労だったわ」

「じゃ、わたしは部屋に戻るね。あと勘違いしてるようだから言っておくけど、わたし龍園くんと恋人じゃないからそこんとこよろしく」

「えっ? ちょっと杏樹?!」



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No,4.11

「隈ができてるな杏樹」

 

 龍園は杏樹の目元を指先でなぞる。

 

「はぁ、ほんと悪趣味。おかげで寝不足なんだけど?」

「まぁ昨日の夜は楽しかったからな」

 

 明らかに機嫌が悪い杏樹を女子部屋まで龍園は送り届けた。

 

 現在の時刻、午前2:30

 

ーーー

 

 昨日の夜11:00。

 

 結局嫌だと言った部屋に呼ばれて、仕方なく入るとそこにいたのは龍園のみ。他の男子は追い出されたらしい。何をされるか警戒しながら杏樹は備え付けのソファに腰を下ろした。

 

 そして聞かされたのは2個の音声。録音の中身はその日の堀北綾小路と杏樹の会話と櫛田と龍園の会話だった。

 

「櫛田にここまで言わせる理由はなんだ?」

 

 聞かされた内容をまとめると櫛田の要求は堀北を退学させることと杏樹の好感度をとことん下げることだった。

 

「桔梗ちゃんとは普通にクラスメイトなんだけどなぁ。どうすればいいと思う?」

「せいぜい今回の試験ではターゲットになってないことにでも安堵しとくことだな」

「ひどい、守ってくれないの?」

「櫛田以上の価値があれば守ってやるよ。時間はまだたっぷりあるんだ、いい情報持ってこれるよな?」

 

 

ーーー

 

 杏樹は睡眠をとらないとダメな部類の人間である。睡眠時間4時間の杏樹の判断力は3だ。ちなみにMAXは100である。

 

 午前の集まり、始まる前から脳死状態だった。10分でも寝ようと綾小路の隣に座る。

 

「清隆くん肩貸して」

「肩?」

「寝不足なの」

「あぁ」

 

 杏樹は綾小路の肩に頭を乗っけて目を閉じた。多分試験開始には起こしてくれるだろうと期待して。

 

 

 杏樹が夢の中にいる時。

 

「ねぇ綾小路くんちょっといいかな?」

 

 一之瀬が綾小路に話しかける。

 

「どうした一之瀬?」

「杏樹ちゃんについてなんだけど、どんな子なの?」

 

 一之瀬は綾小路の肩でスースー寝ている杏樹を見つめながら言った。

 

「どんな子というのは?」

「んー、私のこの間会った時のイメージと全然違うっていうか……もっとこういうの積極的な子かと思ってたんだけど……」

「あー、こういうのは苦手な部類なんだろうな」

「こういうのって?」

「これは本人から言ったほうがいいのかもしれないが、杏樹にその気は無さそうだから言ってもいいだろう。あんまり口外はしないで欲しい」

「うん」

「杏樹はその時に1番関心があることを中心に生活を送る傾向があるせいでその他のことに関して疎かにしがちなことがある。これはたぶんそういう気質なんだろう。今回の干支試験は杏樹にとって参加する意欲があまりないのか、それ以外のことに気を取られてるのかオレにはわからないが……。司会をやってる一之瀬には悪いと思ってるが強制できるものでもないしな。今は無理だが午後なら何かBクラスがアクションを起こすんだとしたら話くらいは耳を傾けると思うぞ」

 

 杏樹としては起こしてくれることを期待していたのでそんなことを言われるのは不本意だが、綾小路は1時間寝かせるつもりらしい。まぁそれは仕方ない、綾小路は杏樹を10分で起こすのに成功した経験がないのだ。経験則的にも寝るなら1時間は寝させるベキだというのが綾小路の中で染み付いている。

 

「なるほどねぇ。あの時の興味はストーカーだったってことかぁ。じゃあ綾小路くんは杏樹ちゃんがこの試験に積極的に参加してくれるにはどうすればいいと思う?」

「あー、なんだろう。でも、ちょっとでも普段と違うこととか、面白そうなことには興味があるぞ。杏樹の苦手なことはルーティンワークだ」

「じゃぁ今日の午後は張り切って準備しよっかな」

「まぁとりあえずこの午前の1時間は保育園の昼寝の時間とでも思って許してやってくれ」

「綾小路くん意外と毒舌なんだね」

「そうか?」

 

 

 

「杏樹、起きろ」

 

 取り残された教室で杏樹と綾小路二人なのを確認して杏樹は話始める。

 

「……ん、ありがと。あれ? みんなは?」

「1時間過ぎたからみんな一回解散したぞ。午後は一之瀬から積極的に話しかけられるかもだから覚悟しておいたほうがいいぞ」

「えっなんで?! というか起こしてよ!」

「杏樹の意見も聞きたいんだと。あとそうは言うがオレの経験上杏樹が10分で起きれることはないからな、そうだろ?」

「……杏樹ちゃん兎さんだから人間の言ってることわかんない」

「……現実逃避してる暇があったら、午後にむけてイメージトレーニングでもしておいた方がいいぞ。一之瀬は鋭いからな」

「がんばるけど、何やるつもりだろう?」

「それはオレにはわからん。そういえばこの寝不足の原因はなんだ?」

「龍園くんに呼び出されて、ボイレコの試聴会とか色々。これそのデータ。今から送るね。これ聞いてわたしと一緒に寝不足になればいいよ」

「とりあえず倍速で聴くことが今決まった」

「うわっ」

 

 

 午後になりまた教室に戻ってくる。いつもと変わらぬメンバーといつもと変わらぬ雰囲気。デジャブが起こる環境を満たし過ぎている。

 

「さてとー、話し合いは平行線なんだけどやっぱり私は全員で優待者を見つけ出すための話し合いを持つべきだと思うの」

「またそれか。いい加減成立しないと悟ったらどうだ。俺たちが不参加の状況で優待者を見つけ出すことなんてできるわけない」

「そうでもないと思うけどね。要は信頼関係の問題だよ。そこで今からトランプでもして遊ぼうと思うの! もちろん強制参加じゃないからやりたい人だけでいいよ」

 

「わたしやりたい!」

 

 杏樹はその提案に飛びついた。一之瀬含め教室内の視線が杏樹に集まる。思ったことを口にそのまま出してしまったようで杏樹は言ったあとに恥ずかしそうにはにかみながら目を左右させた。

 

「杏樹ちゃんトランプ好きなの?」

「うん、トランプ好きなんだ。ただ家族以外とやったことがないから大勢でやるトランプって憧れだったの」

 

 くだらないと言いかけた町田は杏樹の反応に押し黙った。美少女の笑顔を壊す発言はただの男子高校生には難しいものだ。結局Bの3人とDの4人でやることになった。シャッフルは杏樹が担当させてもらう。杏樹がやりたいと言った瞬間の一之瀬はもう母の笑みだった。

 

 杏樹が手慣れたリフルシャッフルとオーバーハンドシャッフルを繰り返し、カードを配っていく姿はまるでカジノのディーラーだ。今からやるのは大富豪。そのシャッフルから杏樹はトランプの猛者かとみんな予想していたが開始早々その予想は破壊された。

 

「みんな強いね」

「杏樹ちゃんルールはわかってるんだよね?」

 

 何回やっても杏樹が平民以下になるので一之瀬がそう確認するが、もちろんルールもセオリーも完璧である。ただ1人オリジナルルールである2ターンに一回マーク縛りをして参加しているので難易度が上がっているだけだ。これは杏樹が強すぎてパパが一生勝てないのをママが考慮して杏樹に授けた家庭内ルールである。そんなことその場のメンバーは綾小路を除き気づかないので単純に弱いカモだと思われているが。

 

「じゃババ抜きにする?」

 

 この一言でババ抜きに変わる。ババ抜きに関しては一部の人の時を除きだいたいどこにババがあるのか杏樹は把握していた。手札の並べ方の癖から視線の先全てを情報にし見事ババを一度も引くことなく上がることができた。ただ一回勝って満足してしまったので残りのゲームは最後の一騎打ちになるまで残るという縛りを設けてゲームに挑んでいた。

 

「杏樹トランプ弱いね」

「そうかな?」

 

 軽井沢に戦績を心配されるくらいにはダメダメな試合結果だったらしい。杏樹としては目標を達成できたので機嫌が良い。解散となりゾロゾロとメンバーが教室を抜けていく。綾小路が一之瀬と話しているのが見えたが、杏樹はそれへの参加は見送った。

 

 ここで変に関わってしまったら今まで作り上げてきたアホの子が台無しになってしまう。



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No,4.12

綾小路side

 

一之瀬が葛城に会いに行くと聞いてオレも堀北に会いに行くと言う程で便乗することにした。杏樹も連れて行こうと思ったが逃げ足が早くもうすでにいなかった。

 

「結構時間がかかってるみたいだね」

「龍園や葛城が話し合いの場を持つとは考えにくいけどな。それともBクラスの力が作用してるか」

「どうかな、神崎くんは場をまとめるタイプじゃないし……話をまとめるなら堀北さん達Dクラスじゃない? Dクラスのラインナップは相当だしさ」

 

 規定時間から10分が過ぎた頃ドアが開いた。先陣を切って出てきたのは葛城とAクラスの面々。

 

「一之瀬か、こんなところで何をしている?」

「少しだけ葛城くんに話があって、時間大丈夫?」

「問題ない、俺だけ残っていればいいのだろう?」

 

 葛城は後ろの生徒に先に行くよう指示をしていた。なんとなく話の輪に加わりつつオレは一之瀬の横に立つ。

 

「話の内容は、葛城くんなら検討がついていると思うけど。君が全てのグループに話し合いの拒絶をお願いしたのは本当? もしそうなら一度考え直してもらえないかな? 今回の試験は対話をもとに答えを見つけるもの、試験そのものが成立しないよね?」

「至極当然の疑問ではある。昨日の話し合いで耳にタコができるほど追求された。一之瀬にしては随分遅い接触だったと言えるほどにな」

「こっちもこっちの事情があるからね。それで、葛城くん。さっきの質問だけど、対話を絶つ考え方には賛同できない。考え直してもらえないかな?」

「これは誰が聞いてこようと同じことを答えるが、俺は勝つために戦略を立てている。そしてそこにはきちんとした理由があるつもりだ。お前は今回の試験対話ありきと考えている。だから否定的、賛同できないと言っているがそれは違う。俺はしっかりと()()()()()をしてその結論を出したのだから問題ない」

 

 今回は葛城意見の方が正しいとオレは思う。試験の結果は4通り。そのどれかの沿ってさえすれば正当性は成立する。あくまで葛城はAクラスのリードを維持するための手をうっただけに過ぎない。

 

 参ったなと頭をかく一之瀬に落胆の様子はない。あわよくば程度の期待だったというところだろうか。

 

「足掻くつもりか?」

「もちろん、それが試験だしね」

 

 たとえA以外の3クラスが結束しようともこの試験は簡単に勝てるものではない。優待者の正体を明かせば誰かが裏切る。裏切り者が得することになっている以上協力関係の維持は難しいのだ。均等に報酬を得られなければ協力する理由も生まれない。もちろん兎グループでもそれは然りだろう。

 

 葛城は話が終わるとその場から立ち去りまたもや廊下にはオレと一之瀬の状態になる。

 

「この試験はほんと守る側からすると楽だよね〜。余計なことはしなきゃいいもん。それにしても神崎くん出てこないな」

「神崎を待つつもりなのか?」

「綾小路くんは堀北さんを待つ予定なんでしょ? 話も聞きたいし、一緒に待とうかな」

 

 30分たってようやくもう一度ドアがあいた。

 

「あれ、綾小路くん? 堀北さん待ちかな? 入っていいよ」

 

 出てきた櫛田に尋ねる前に入室の許可をもらってしまった。待つのに時間がかかった分あっさりと入れてしまい肩透かしを食らった気分だ。

 

 部屋に入ると中には椅子に寛ぎながら座っている龍園とそれを睨みつけるように見る堀北と神崎がいた。

 

「よう、わざわざ偵察にきたのか? 遠慮せず座れよ」

「随分と面白い組み合わせだね。時間外で何を話し合ってたのか興味あるな」

「それにしても……俺も女のケツ追いかけるのは好きだがお前はそれ以上だな綾小路。鈴音といい杏樹といい、一之瀬といい、いつもケツに張り付きやがって」

 

 別にそんなつもりはなかったが、言われて見れば否定できない。龍園もオレに興味があるわけじゃないのだろう、それ以上何か言ってくることはなかった。

 

「良いところにきたな一之瀬、お前に面白い提案があるぜ」

「くだらない話よ。耳を貸すだけむだね」

 

 龍園の言葉にすぐ堀北が反応する。そこから察するに堀北も同じ提案をされたのだろう。

 

「Aクラスを潰すための提案だ。悪い話だとは思わないんだがーー」

 

 3クラスで情報を共有し、Aのみを狙いうちしようという提案だ。この提案は結局棄却された。龍園は残念だなと良いながら少しも残念そうな態度を見せず去っていった。

 

 

 

 次の日に1日休息日を控えた今日。オレが部屋にたどり着くと珍しくCクラスの女子がAクラスの町田のまわりに群がっていた。

 

「ねえ町田くん。今日これが終わったら私たちと遊びに行かない? 女子3人で遊ぼうってなったんだけど、遊び相手が見つからなくて」

「……そうだな」

 

 対話には参加しない町田だが、その存在感は女子の中では強い。一之瀬や伊吹、そして杏樹を除く女子は全員町田に興味があるようだ。別に羨ましくない。……オレには杏樹と言う最高の友がいるじゃないか。

 

 Cクラスは半分優待者を見つけることを諦めているのか、あるいは作戦か、町田を遊びに誘っている。こうして男女の仲は深まっていくんだろうか。町田も満更ではないようで、考えたそぶりを見せつつも少し嬉しそうだった。女子に誘われて嬉しくない男子はいないだろう、たぶん。

 

 次に来たのは杏樹と軽井沢。今日はギリギリじゃないのか、珍しい。

 

「ちょっと、そこあたしの場所なんだけど?」

 

 遅れてやってきた軽井沢が先に来ていたCクラスの生徒を鬱陶しそうに睨みつけた。他の女の子が町田と親しそうに話していた場面を見つけて、より苛立ちをあらわにする。

 

「意味わからないんですけど。あなたの場所って何。どこか適当に座ればいいじゃない」

「あたしそこがいいの、どいて」

「はあ? 今町田くんと話してるんだけど。夜遊ぶ約束してるところなんだから」

「ねぇ町田くんからも言ってくれない? あたし達が隣って」

 

 少し困った様子で町田はどちらの味方をするべきか逡巡しているように見えた。しかし、その様子をすぐに理解した軽井沢は真鍋と町田の間に割り込んで手を握り込む。そして杏樹は困った顔をしながらちゃっかり町田から真鍋以外の二人が見えなくなるように動く。つまり2対3から2対1の状況を作り出す。

 

「今度杏樹と3人で遊ぼ? それとも、こっちの子たちと遊ぶって言うならこの話はなしにするけど……」

 

 美の暴力だ。杏樹も軽井沢も美少女だからこそこの作戦が成り立っている。しかも2人きりにならなければ、平田と付き合っている軽井沢としても一応問題ないのだろう。杏樹もそれを理解しているのか『わたしも町田くんと遊んでみたいな』なんて言っている。

 

「どいてやってくれないか? 前と同じ席でいいだろ」

「は……? 何それ、ムカつく」

 

 勝者は軽井沢、杏樹チームだったようだ。まぁそうだろう。二人に対抗できるのは櫛田や一之瀬くらいだろうからな。オレの知っている女子が少ないだけでもっと対抗馬はいるのかもしれないが、真鍋たちに関しては申し訳ないが勝ち目は薄かった。

 

 こっちだってあんたの隣はごめんとばかりに女子はその場から離れていった。そして空いたスペースに杏樹と軽井沢が座る。杏樹は座れたことに満足したのか、タブレットを取り出して何かを読んでいる。軽井沢はほぼ町田に密着するような……いや、もはや体が触れ合っている。その行為を軽薄だと感じないのは、すでに軽井沢の人となりがわかっているからだろうか。軽井沢は平田と付き合っている。その事実を知ってか知らずか、町田は軽井沢に対し心を開くと言うか、好意を持ち始めているようだった。好かれている側からすれば守ってやりたくなるのかもしれない。

 

 面白いもので、ついこの間できた即席グループで力関係を含めた独自の生態系が生まれている。ボッチの人間はボッチ、媚びる人間は媚びる。仕切る人間は仕切る。だが、まるっきり普段と同じわけではない。例えば仕切る人間が2人いれば一人は振り落とされる。そしてその戦いに負けた者は一つ以上の階級を落とされる。場合によっては一気に最下層だ。

 

 この試験の面白いところは普段敵として警戒している連中と組まされることにある。仲間内では絶大な人気を誇る一之瀬だが、明らかな敵には影響力が薄い。これが平田であればもっとまとまりのあるグループに仕上げるのではないだろうか。

 

「みんなよろしくね」

 

 一之瀬がやってきて辛気臭い部屋に活気をもたらす。場の空気が重いことはすぐに気がついたと思うが、不用意に話しかけたりはしない。

 

 それにしても軽井沢の行動は強引すぎるし不可解だ。本当に町田と親しくなりたいのだとしても、あそこまでに露骨に揉める必要はない。ただ、このことと試験は直接関係ないようにも感じた。

 

 今回のグループであれ、軽井沢は自らが一番でありたいと思っているのだろうか? もちろん女子でトップに立つのは容易なことじゃない。一之瀬みたいに求心力のある才女であれば別だが、そんな能力は軽井沢にはない。しかし、学校生活においては『人間関係』こそがカースト制度の上下を決める。事実軽井沢は強気な物言いと態度でDクラスのリーダーになった。それに杏樹も積極的に貢献している。さらに平田というクラスの導き手の彼女の座を確保したことでそれが強固になった。

 

 だから男子の中で一番発言力のある町田を手中に収めようとするのは自然である。事実Cの生徒達は町田に逆らえない状況に渋々引き下がっているのだから。なら、嫌われる覚悟で場を支配して得られるものはなんだ。

 

優越感?

自己満足?

自己顕示欲?

 

 根底は見えてこないが、そう言った類の何かであることがうっすらと見えてきた。

 

「よくないな……」

「そうだな。このまま言ったら優待者の勝ち逃げを許す」

 

 オレの言葉を試験の心配と捉えたのか、隣の幸村が答えてきた。

 

「さてさて、今回もAクラスは対話に参加しない感じ?」

「もちろんだ。勝手に話し合いをしてくれ」

 

「じゃあ、無言もあれだし今回もトランプで遊ぼうか。杏樹ちゃんまたシャッフルやる?」

「うん、やりたい」

 

 杏樹はなんというか、自分に素直だな。

 

 杏樹はコツをつかんできたのか徐々に縛りを設けていても勝てるようになってきたようだ。まぁババ抜きは勝つ気がないのだろう。表情をそのまま出したり、ジョーカーだけ弱く持って遊んでる。

 

 結局また1時間トランプをして解散となった。

 

「戻ろう。綾小路も行くだろ?」

 

 それと同時に軽井沢が杏樹とどこの店の料理が美味しかっただの話をしながら外に出ていく。そしてオレ達の脇をCクラスの3人が通り抜けていく。

 

「今の3人どうも様子がおかしくなかったか?」

 

 幸村も何かに気づいたようで、少し怪訝な顔を見せる。

 

「一悶着あるんじゃないか?」

 

 幸村とオレの視線の先には軽井沢と杏樹の後ろをぴったりつけていく3人。先ほど町田に関してもめたメンバーだ。

 

「一応追いかけるか。暴力沙汰にはならないと思うが、騒ぎになるかもしれない」

「全く烏間も軽井沢も面倒くさいことを……綾小路仲良いならなんとか言っておいてくれ」

「いや、オレたちはただのだべり仲間兼、堀北の使いっ走りだ。そんなことをいったら煙たがられるのが関の山だ」

「そういえばそうだったな」

 

 非常階段の扉が閉まる音が聞こえた。こっそりオレ達は扉を開けると、声が聞こえてくる。

 

「ちょっと、こんなところに連れ込んでどういうつもり?!」

「とぼけんなよ。あんたがリカを突き飛ばしたんでしょ? それに関する話よ」

「突き飛ばされたのは真鍋さんじゃないんでしょ? 本人同士が話し合う話じゃない? こんなところに無理やりはおかしいって」

 

 順に軽井沢、真鍋、杏樹の声だろう。

 

「あたしらこれから用事なんだけど、どいてくんない?」

「だったら確認させてよ。今ここにリカ呼ぶから。それであんたじゃなかったら許してあげる」

「それ、リカさんが裏で組んでたら絶対わたし達に勝ち目ないよね? やっぱ帰ろ恵ちゃん。先生に報告しにいこ?」

「先生に報告って何を? 私たち別に暴力振るってないし、なんなら突き飛ばしたこと問題にしてもいいんだよ」

 

 逃げようとした杏樹と軽井沢はそれぞれ腕を掴まれている。軽井沢に関していえば壁に押し付けられている。真鍋が携帯で連絡しようとすると軽井沢が静止するよう言う。

 

「……今思い出したのよ。前にあたしとぶつかった子がいたこと」

「白々しい。最初から覚えてたくせに。まぁいいわ、ちゃんと謝るわけ?」

「そうじゃない。あれはあの女が悪かったのよ。鈍臭い子だったから」

「こいつまじムカつく。リカに謝るならさっき私たちにしたことは忘れてやろうと思ったのに」

 

「どうせ最初から許すつもりなんてないくせに」

 

 杏樹がそう言うと腕を押さえていた子が杏樹のことを床に押さえ込む。杏樹は素直に倒された。

 

「志保ちゃんやっぱこの2人無理」

「でしょ? 絶対リカに対してもこんな感じだったと思うんだよね。本気で虐めちゃう?」

 

 今度はさっきよりも強く掌で軽井沢の肩をついた。幸村はとっさに扉を開けようとしたがオレはその腕をつかんで静止する。この段階で止めても杏樹と軽井沢が奇襲をかけられるだけだ。

 

「はあ、はあっ」

「ちょっと?! どいてっ」

 

 杏樹が押さえつけていた子を振り払い、軽井沢に駆け寄る。

 

「今更女の子ぶったって許してやらないから」

「これからの攻撃は明らかに過剰。これ以上言うのはおかしい、恵ちゃんがやったのはぶつかっただけ。しかもリカさんにでしょ? 部外者は見守るだけでしょ」

「あんただって部外者じゃん入ってこないでよ」

 

 杏樹は軽井沢の背中をさすって必死にケアをしているようだ。

 

「私軽井沢の顔嫌い。ブッサイクじゃない?」

「いえてる、いっそズタズタに切り刻んじゃう?」

「や……やめて……」

「大丈夫だよ恵ちゃん、こんな子の言うことなんて気にしないでいいんだよ?」

「こんな子って何よ、てか軽井沢なんか庇うなんて人間として大丈夫?」

「好きにいえばいいじゃん、恵ちゃんの容姿に嫉妬してるからって見苦しいよ」

 

 軽井沢は杏樹に抱きつきながら小刻みに震えている。その姿にいつもの面影も一切感じない。

 

 杏樹が軽井沢を抱え動けないことに、とうとうCクラスの足が出る。

 

「あんたも顔だけだよね、アホだし。見た目だけ同士仲良くしたってとこ? てかあんたの顔品がないよね、その顔で何人の男喰ってきたのか私らに教えてよ」

 

 杏樹の白いワイシャツに靴の跡がたくさんついていく。それでも杏樹は表情を崩さない。

 

「お前達何してんだ」

 

 とうとう幸村が我慢できなかったのか出て行ってしまった。

 

「何って……別に? ねえ。二人と話してだけだよ」

 

 杏樹と軽井沢を無理やり立たせてそう言うがそれに黙ってる2人じゃない。

 

「ねぇ幸村くん何か一言言ってやって、こいつらあたし達拉致って暴力振るってきたし。まじ最低じゃない? うざいから消えろとか言われたし、他にもいっぱいひどいこと言われたし」

「軽井沢さんとリカの問題で手を貸してただけ。ぶつかった話は聞いてるでしょ」

「……穏便にした方がいいんじゃないか? ぶつかったのだって軽井沢に悪気があるとは思えない」

「あんたは黙ってて。関係ないでしょ」

「……」

 

 軽井沢は情けない男を見る目で幸村を見つつ携帯を手にした。

 

「さっさと立ち去りなさいよ。じゃなきゃ人呼ぶから」

「何、呼ぶって誰を? 平田くん? 町田くん? それともヤリマンのあんた達には他の男でもいるわけ?」

 

 その煽りには杏樹が反応する。

 

「じゃぁわたしが翔よぼっか、翔のクラスの子に蹴られたんだけどって言おっかな?」

 

「は? 翔って誰?」

「龍園くんって意外と知名度ない?」

 

「絶対リカに頭下げさせるから」

 

 Cクラスの面々は顔を青ざめながら捨て台詞を言って逃げて行った。さすが龍園、影響力はすごいのだろう。杏樹は多分報告はしないだろうが。

 

「大丈夫か?」

「これが大丈夫に見えるならメガネの度を変えることをおすすめするよ」

 

 そう言って杏樹はワイシャツをめくった。蹴られてすぐなのに脇腹には内出血が浮かび上がっているが、そうじゃない。

 

「おいっそれはアウトだろ」

 

 オレは慌てて服を戻すよう杏樹の手を掴みワイシャツを下げさせる。隣の幸村は顔を真っ赤にしている。

 

「じゃ、わたしは恵ちゃんと部屋に戻るね」

 

 杏樹はそう言って軽井沢の背中をさすりながらオレ達の横を通って行った。その時に杏樹にエルボをくらったのは、気づいてて助けなかったことに対してだろう。これで内出血ができたら杏樹とおそろいの場所だな。あとで医務室に湿布でももらいにいくか。もちろん急所は外していたようだが結構痛そうだったしな。




今日は杏樹ちゃんの誕生日ですね。原作軸ではまだ真夏ですが。


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No,4.13

 真夜中2時すぎ。軽井沢に杏樹は叩き起こされた。

 

「杏樹、今から平田くんとこ行くから起きて」

「……ん……5分で、いや10分で……支度するから待って」

 

 杏樹は大きく伸びをしてソファから立ち上がり顔を洗いに行く。

 

 本来ならこんな時間に目を覚ますことはないが、軽井沢のお願いで、しかも寝る前に伝えられていたのですんなり起きることができた。ベッドで寝たら絶対に起きれないだろうということでソファで座りながら寝ていたのだ。同室の子は不思議そうに見ていたが、軽井沢がここで寝ちゃったけど自分が寝る時に動かしとくといえば納得したのか各自自分の床についたのだった。軽井沢が ベッドに一人で運べるかどうかは同室の子は考えることはなかったらしい。

 

 軽井沢と杏樹はこっそりと平田に会いに行くために部屋を抜け出した。

 

 

「……なんで綾小路くんと平田くんが一緒にいるわけ?」

「僕が呼んで一緒に来てもらったんだ」

「平田くんが? どうして? 3人で話そって話だったじゃん」

「うん、でも軽井沢さんが電話口で言ったことが気になってね。状況を知ってるらしい綾小路くんに来てもらった方がいいと思ったんだ。勝手なことしてごめん」

「状況なら杏樹がいるし……」

「電話で言ってた話だと杏樹さんも当事者だからね、中立の立場になるのは難しいんじゃないかな?」

「う……まぁそうかもしれないけど」

 

「で、今Cクラスの真鍋さんと揉めてるって聞いたけどそれは本当のこと?」

「本当だよ洋介くん」

 

 軽井沢の代わりに杏樹が答える。

 

「綾小路くんは軽井沢さん達が真鍋さんともめた話については把握してる?」

「それなりには」

 

「軽井沢さんが言うには彼女達に言いがかりをつけられたらしいんだ。それで人気のないところに連れて行かれて暴力を振るわれる寸前だったって聞いたんだけど」

「ああ。それは本当だ。むしろ軽井沢を庇う杏樹が蹴られていたのを見た、幸村も見てる」

「そっか……」

 

 少し考え込むような仕草を見せ平田は目を閉じた。

 

「もし真鍋さん達が一方的に暴力を振るったのならきちんと対応しなきゃいけない。友達同士で暴力沙汰なんて絶対に許さないからね」

 

「2人が一方的に酷い目に遭わされたそれであってるかな?」

「いや……」

 

 綾小路は見たままのことを伝える。

 

「なるほど、それで僕にあんなことを言ったんだね」

「あんなこと?」

「軽井沢さんは僕に真鍋さん達への仕返しをお願いしたいって言って来たんだ」

「なんで話しちゃうわけ……」

「軽井沢さんらしくないからだよ。暴力で解決したいなんて君らしくない」

「彼女が困ってるんだよ? 彼氏なら助けてくれるのが普通じゃない? それに綾小路くんも杏樹が一方的にやられたの見たでしょ? 悔しくないの?」

「もちろんそうだけど、目には目をの精神は僕にはない。知ってるよね? これから一緒に考えよう。どうすれば真鍋さん達と仲良くなれるか」

「無理だよ洋介くん。他人との揉め事まで巻き込んで自分の正当性を示してくる人と仲良くなるなんてできない」

 

 杏樹は基本軽井沢の味方だ。

 

「でもそれはもともと諸藤さんと揉めなかったらこんなことにならなかったんじゃないのかな?」

「だって……それは……仕方なかったんだって……篠原さん達がいたし」

「篠原がいたから仕方がない? どう言うことだ?」

「あんたは口出ししないで」

 

「お願いだから助けてよ……平田くんは私を守ってくれるんでしょ?」

「もちろん守るよ。だけど理不尽な理由で真鍋さんを傷つけることはできない。話し合うことでお互いが納得のいく結論を出すように誘導してみる」

「だから無理なんだってば! そんなことができるならもう杏樹と実行してる」

 

「理由がなんであれその期待には応えられないよ。僕にとって軽井沢さんも杏樹さんも大切なクラスメイトの一人だ。困っていれば助けるし、守るよ。だけどそのために他の誰かを傷つけることはできない。それがCクラスだったとしてもね」

「嘘つき! 守ってくれるって言ったのに!」

「嘘? 僕は最初から一貫して同じ態度でいるつもりだよ。最初に言ったよね? 僕らは本当の彼氏彼女じゃない。付き合うフリをするのは構わないけど、君一人に肩入れすることは絶対にないって」

「っ?! なんで? なんで今それを言うの!」

 

 杏樹はこの事実を入学当初から知っていたから、軽井沢が言っているのは綾小路のことだろう。

 

「そろそろ新しい選択肢が必要だと思ったからだよ。僕は君を助けたいんだ」

 

「あたしが、杏樹が、暴力振られてもいいってこと?」

「だから、そうは言ってないよ。杏樹さんが受けた暴力はきちんと責任はとってもらうし、これ以上軽井沢さんを困らせないでと言うつもりだ。不本意かもしれないけど軽井沢さんは謝ろうとしていたって伝えても構わない」

「洋介くんその手段は一番とっちゃダメなやつかな。真鍋さんは謝ろうが謝るまいが結局それだけじゃ満足しない。謝ったら下だと思われていじめられる可能性が上がる。そして恵ちゃんが下になることはDクラスの損失にもつながる。真鍋さんの一人勝ち。そう思わない?」

「そうなるかもしれないけれど……だとしたら僕に手伝えることはないよ。残念だけどね」

 

「もういい! 今日で関係は終わり!」

 

 軽井沢は持っていた缶ジュースを廊下に叩き落として走って行ってしまった。杏樹は追おうとするが、綾小路に手を掴まれる。

 

「ちょっ痛った!! 清隆くん! そこ! あざ!」

「あぁ悪い、さすがに湿布だけじゃまだ痛むか。鎮痛剤もらってこようか?」

「……いいよ、触らなければ痛くないから」

 

 杏樹は少し綾小路から離れる。それを綾小路は少し残念そうに見つめる。二人の空気感をかえようとかはわからないが再び平田が話し始めた。

 

「綾小路くん。僕には出来ることと出来ないことがある。だから今君がここにいることをわかってほしい」

「橋渡し以上のものを望んでいるみたいだけど随分勝手だな。全員の味方だろ?」

「そうだよ。僕は軽井沢さんの味方だし、杏樹さんの味方そして綾小路くんの味方だ。でも当たり前のことだけど相手によって態度を変えるよ。君はみんなが思うよりもずっとしっかりしてる」

「完全買いかぶりだな」

「本当にそうかな? これでも僕は相手の気持ちを読む自信がある。だから分かるんだ」

「まずはおまえと軽井沢の関係について改めて聞きたい。やっぱり付き合っていると言うのは建前で本当じゃなかったんだな」

「その言い方だと綾小路くんには見当がついてたってこと?」

「4ヶ月付き合ってお互い苗字よび。呼び方に関してはまだ杏樹と付き合ってると言ったほうが納得するだろ?」

「その通りだよ。僕らは付き合っていなかった。でも、互いに付き合うことが必要だと感じたから付き合った。この矛盾が理解できるかな」

 

「入学から三週間くらいで噂になって、そこから軽井沢の知名度が急上昇した。おまえは軽井沢の地位を手助けするために彼氏を演じたんだな」

 

 平田が微笑む。

 

「自分を守るためか」

「よくわかったね……今君からその言葉を聞いた時正直鳥肌が立ったよ」

「堀北から聞かされてただけだ。それに杏樹と一緒にいることが多いからそれとない話は耳にする」

「待って! わたし口軽くない! 信頼大切!」

「杏樹騒ぐな、誰か来たらオレらがまずい」

 

 杏樹は不貞腐れながら先ほど買った缶コーヒーをちびちび飲んでいた。飲み終わると手持ち無沙汰をどうにかしようと二人から離れトイレに行き清掃道具を運んで軽井沢が汚した床を磨き始めた。杏樹の奇行には慣れている二人はそのまま話を進めていく。

 

「綾小路くん。正直に言うと僕には君たちが……言葉は悪いけど少し気味が悪いと言うか、不気味な存在に見えるんだ。気を悪くしたらごめんね」

「不気味? どうしてそう思ったんだ?」

「入学してから君たちを見ていたけど、その時の二人と今の二人は別人だよ。出ている気配も喋る言葉も、全てが同一人物だとは思えない。特に君の変わり方は慣れて来たとかで説明がつかないくらい……ね」

「言っただろ。堀北の助言あればこそだ。オレ達のグループの情報は堀北に逐一伝えている。あいつからの指示で二人とも動いているだけだ。まぁ杏樹は軽井沢とは普通に仲がいいから今は軽井沢寄りだが。その分オレがカバーしている」

「堀北さんなら軽井沢さんを救うことがクラスの向上につながると判断したんだろうね」

「ああ」

「でも僕は綾小路くんもすごいと思ってるよ。池くんや山内くん達とは少し違う」

「オレはあの二人以下だぞ」

「堀北さんの命令で話してるんだとしても、今ここで僕と会話をしているのは綾小路くんだよね。あらかじめ指示できる内容でもない。それに君の話には明確なロジックが組み込まれている。一朝一夕でできるものじゃないよ」

「……」

「君が言ったことだけど、軽井沢さんの彼氏を引き受けたのは彼女のためだよ。彼女に頼まれたんだ。助けてほしいって。ちょっと想像できないかもしれないけど、軽井沢さんは小中と9年にわたってずっと酷いイジメをあってたんだ」

「疑うわけじゃないが、本当の話なのか?」

「もちろん僕が軽井沢さんに出会ったのはこの学校に入ってからだよ。でも僕には分かる。虐められてた人には特有の匂いと気配があるんだ。だから付き合うことを承諾した。軽井沢さんは僕の彼女と言う立場と何があっても裏切らない友達を得て過去から脱却したんだ。たぶん今の性格も本当の軽井沢さんの性格じゃないと思う。無理して強気に振る舞ってるんじゃないかな」

「だが待ってくれ。なんとなくわかったがお前にとってのメリットはなんだ?」

「メリット? いじめが起こらないことだよ」

 

「納得いかないかい?」

「そうじゃないが、そこには深い意味があるんだろ?」

 

「僕は中学2年生になるまでは目立たない生徒だったんだ。」

「平田が? ちょっと想像つかないな」

「僕には小さい頃から仲良しの幼なじみがいてね。中学生の時初めて別のクラスになったんだ。それでも最初は一緒に遊んでたんだけどだんだん数が減って来て、新しい友達とばかり遊ぶようになったんだ。でもね、その裏で彼はいじめに遭っていた。彼は何度もSOSを出していた。けど僕は本気で取り合わなかった。ある日僕はいじめの現場を見てしまった。僕は何もできなかった。今の環境が壊れるのが怖くて、ずっと見ぬふりをしてたのを責められるんじゃないかと思って。ある日サッカーの朝練の終わり、彼は顔がはれた状態で僕を待っていた。その時は正直居心地が悪かった。彼に関わると自分もなんて思いもあってね。そんな僕の醜いところを感じたんだろう。彼はその日の授業中窓から飛び降りたそうだ」

 

「飛び降りた……死んだってことか?」

「脳死って判断されたみたいだよ。今もご両親は彼の回復を祈ってる。その時初めて気づいたんだ、我が身かわいさで彼を死に追いやったんだって。これが彼の救いになるとは思っていない。だけど、せめてもの償いをしたい」

「お前の気持ちも分からなくないが、世の中そんなに単純じゃないだろ。今日もどこかで誰かが虐められていて、その彼みたいに自殺しようとしている。それを止めるのは不可能だ」

 

「もちろんわかっている。僕は正義のヒーローじゃない。だけど、せめて傍にいる人は助けたい。助けなくちゃいけない。それが罪を背負った僕の責任なんだ」

「なら今回のケースではどう判断すればいい?お前は軽井沢と真鍋、相反する二つを救おうとしている。けど、それは成り立たないものじゃないのか?」

「……矛盾してるのはわかっているよ。だから君がここにいるのかもしれないね」

 

「まさか、僕はこの話を誰かにするとは思わなかったよ。この事実を知る人がいないことも、この学校を選んだ理由だったりしたんだけどね」

「この一件堀北さんに預けてもいいのかな?」

「途中で口出ししないことを約束するなら堀北がなんとかしてくれるはずだ」

「僕は君たちを信じることにするよ。それが僕の理念にもつながるはずだから」

「あぁ伝えておく」

 

「綾小路くん、彼女も虐められてたとかそういうの聞いてたりするかい?」

 

 小声でそう言って少し離れている床をきれいに磨いている杏樹の方を見る。

 

「その匂いってのが反応したのか?」

「まぁそんな感じかな」

「そういうことは聞いてないな。真鍋との時も軽井沢と違って怯えている様子もなかったし。まぁ話したことはないからオレもよく知らないな。そろそろ杏樹を手伝わないと余計被害を広げそうだ」

 

 杏樹は床を拭きながらも頭をゆらゆらさせ、今にもバケツとともにひっくりかえりそうだった。綾小路はそんな杏樹を抱き上げ、ベンチに連れて行き座らせ自分は床拭きの続きを始めた。

 

 慌てて平田もそれを追って手伝いをしに行った。床は軽井沢の汚したものというよりは杏樹の絞り切れていない雑巾のせいで広がった水たまりに覆われていた。



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No,4.14

いじめ表現あり


綾小路side

 

「きおたかくん、もーかえってもいい?」

「あぁこっちの話はもう終わったし、軽井沢も少しは落ち着いてるだろ。一人で戻れるか?」

「もちろん。だいじょーぶだよ」

「……質問すること自体間違ってたな」

 

 返事をしたあとうつらうつらとしながら千鳥足で歩いていく杏樹に安心できる要素は一つもなかった。

 

「平田、オレは杏樹を部屋まで送っていくから先戻っててくれるか?」

「わかった。よろしく」

 

 平田から了承をもらってオレは軸が定まっていない杏樹の体を支えるように横に並んで女子部屋に向かう。この役割に名乗り出たのは純粋な善意だ。彼女がいないと発覚した平田とこんな無防備な状態の杏樹を二人きりになる状況を避けたかったわけではない。

 

「きおたかくん見過ぎ〜。まぁ男の子だもんね、もっと見してあげよーか?」

「……ボタンを閉めてくれ。ほら、足を動かさないと部屋にもどれないぞ?」

「ちゅーする?」

「は?」

「えーしたかったんじゃないの?」

「頼むから自分の可愛さと破壊力を自覚してくれ。もっと自分のことを大切にしろ」

「んー」

「……わかってないだろ」

 

 会話にならない会話をしながら女子部屋の前にたどり着いたときオレのHPが残っていたことを褒めて欲しい。あと一回攻撃されたら死ぬ。

 

「明日、杏樹は龍園のところに行ってあの件について取引きしてくれ。できればついでに一日中はりついてCクラスがどれくらい進んでるか探っておいてほしい。堀北からの情報だとまだまだ動きづらい」

「んー、わかったぁ。きおたかくんは? 明日なにするの?」

「オレは軽井沢の件を片付ける」

「どーやるの?」

「今の杏樹に言っても頭働いてないだろ? 終わったら教えるから明日に備えて早く寝ろ」

「わかった。じゃー、おやすみ」

 

 そう言って杏樹がドアノブに手をかけた。オレも自分の部屋に戻ろうとすると杏樹が小さく「あっ」と呟いたのが聞こえた。

 

「どうしーー」

 

 後ろを振り返ると襟元を掴まれ前屈みの姿勢にさせられた。その後すぐに頬に柔らかく温かいものが触れた。

 

「おやすみのちゅー忘れてた。おやすみ」

 

 杏樹はそのまま部屋に入っていってしまった。残されたオレはその場でただただ立ち尽くしていた。しばらく今誰も廊下に出てきていないことにすごく感謝することくらいしかできなかった。

 

「はぁーーまじかよ」

 

 やっぱり平田に任せなくてよかった。

 

 

 試験のインターバル日。オレは杏樹に今日は一日龍園の様子を探っておいてくれと伝え軽井沢から遠ざけた。正直この計画に杏樹を組み込むと軽井沢の逃げ道につながるし、巻き込みたくない。

 

 まず平田に連絡をし、さらに平田から軽井沢をこの場所に呼び出してもらう。

 

『軽井沢さんと午後4時に約束を取り付けたよ。真鍋さんのIDを送るね』

 

 そんなメールが平田からきた。

 

『でも、僕はもうこれ以上嘘で手を貸せない。軽井沢さんを悲しませないでほしい』

 

「悲しませないでほしい、か」

 

 オレがやろうとしていることを知れば平田は激怒するかも知れないな。でも最終的に問題にならなければいい。

 

『あの、ちょっといいかな』

 

 そんな当たり障りのない一言。所謂裏垢から真鍋に連絡をとる。

 

『誰?』

『同じ相手を憎む仲間、とでも名乗っておこうかな』

『意味わかんないんだけど、こう言う嫌がらせやめて』

『実は同じクラスメイトとして、日頃から軽井沢さんに手を焼いてるの。だから一緒に協力して彼女に復讐しない?』

 

 しばらく共感を得るための会話を続ける。そして最後に一言送って画面を閉じた。

 

『軽井沢さんを呼びつける。そこは電波も届かない普段人が通らない場所を見つけたの』

 

 あとは真鍋達の手腕を拝見させてもらうだけだ。

 

「何よ、携帯通じないじゃない……杏樹について来て貰えばよかった。朝からいないし……」

 

 時刻が4時に迫ろうかというころ、フロア唯一の扉が音を立てて開いた。Cクラス3人組ともう一人大人しそうな子、あれが諸藤だろう。

 

「な、なんであんたらがここにいるのよ!?」

「あんたがここに入ってくのが見えただけ。お付きの子はいないんだね、残念。あ、ちょうどいい機会だから紹介してあげる。この子がリカ。軽井沢さんは覚えてる?」

「ねぇリカ、前にあなたを突き飛ばしたのって軽井沢さんであってるよね?」

「う、うん」

「リカに謝りなさいよ」

「は、誰が謝るのよ。あたし何も悪くないのに」

「この状況でも強がるなんて結構やるじゃない。でも私にはなんとなく分かるのよね」

「……何が」

「その異様に怯えた態度、軽井沢さんっていじめられっ子だったんじゃない?」

「っ?!」

「ほら図星じゃない。やっぱりね。なんかそんな感じしてたもん」

「ち、違うし!」

 

 逃げようとする軽井沢の髪を真鍋に掴まれ壁に押しつけられる。

 

「痛っ、痛い! 痛い! 離しなさいよ!」

「あうっ?!」

「うわ、志保ちょっと今の膝蹴りはやりすぎじゃない? えっぐい」

「ほらリカもやってみなさいよ」

「私はいいよ……」

「私たちはあんたのためにやってるのよ? ほら別に誰もみてないんだから」

「……う、うん。やってみる」

 

 ペチと全く痛くなさそうなビンタをするリカ。

 

「そんなんじゃダメ。もっと強くやらないと、こうやって」

 

 パンっと高い音を立てて真鍋が軽井沢の頬を叩く。

 

「や、やめ、やめて……!」

 

 真鍋のを真似するかのようにリカのビンタはどんどん強くなっていく。

 

「はは……ははっ……楽しい」

「もう許して……」

 

 時間にして10分程度だったが効果は充分だったようだ。満足した真鍋が立ち去ったのをみてオレは部屋へと足を踏み入れる。軽井沢は蹲るように泣きじゃくっていた。オレがきたことは恐怖が先行して気づいていないのだろう。小さく杏樹と呟いているのが聞こえる。杏樹は軽井沢の最後の砦だったのかもしれない。やはり参加させなくて正解だった。

 

「軽井沢」

「な、なんで……?」

 

 いるはずのない男が、絶対に見せたくない自分の姿をみているとしり慌てる。だが、即座に泣き止むことや何事もなかったように振る舞うこともできない。いつかは泣き止む。いつかは冷静さを取り戻す。その時にオレが立ち去っていれば、何て淡い期待は通用しない。

 

 オレはひたすら待った。

 

「少しは落ち着いたか?」

「まぁ……」

「平田くんは?」

「お前と待ち合わせがあったみたいなんだが、先生に呼ばれていけなくなったんだ。ちょうど通りかかったオレが伝言役を命じられた」

「ちなみにどうして泣いていたんだ?」

「真鍋達よ……あいつら絶対許さない」

 

 先ほどのことを思い出したのか、軽井沢の体が震えだす。そんな姿は見せたくないのかも知れないだろうが、体に染み付いたトラウマは簡単には消せない。

 

「あたしが泣いたことは絶対秘密よ。杏樹にも言っちゃダメ心配かけちゃう」

 

 軽井沢の弱みは学校に被害報告が出せないこと。自分の地位や立場を守るために。

 

「あんたさ、真鍋達に仕返ししてよ。女になら勝てるでしょ?」

「それは無理難題な相談だな」

「真鍋が怖いの? 男のくせに」

「仕返せば終わり。そんな単純な話じゃないのは須藤の件でよくわかってる。いつかことが大きくなって露呈する」

「あたしに泣き寝入りしろって言うの? あいつら……またあたしに色々やるに決まってる」

 

「……せっかく閉鎖的な学校に逃げ込んで地位まで手に入れたのにな。結局虐められっこの本質は変わらなかったってことだ」

「え、なんでっ、ちょっ何すんのよ!」

 

 軽井沢の腕を掴んで無理やり立たせる。その壁に軽井沢を押しつけ、無理やり目を合わせる。

 

「お前は今、真鍋に徹底的に虐められた。髪を引っ張られ、ほおを叩かれ、たくさん蹴られた。だから惨めに、情けなく、哀れなくらいに泣いていた。お前は昔から虐められっこだった。だから今度こそは、って決意したそうだろ?」

「ひ、平田くんに……聞いたの?」

「平田はよくも悪くも全員の味方だ。お前も助けるが、他のやつも助ける。寄生するには不十分な相手だったってことだ」

「何よあんた、なんで偉そうに言ってんのよ!」

「偉そう? 当たり前だろ。お前は自分の置かれている状況をしっかり把握した方がいい。今目の前にいるのは誰だ? 平田じゃない、オレだ。お前が隠していたこと全てをしっている。生意気な態度を取ればいつでも暴露できるってことだ」

「何よ、あたしに何がしたいのよ! 体でも要求したいわけ?」

 

「体か。それも悪くないな」

 

 指先を滑らせ、軽井沢の太腿に触れる。同じ人間とは思えないやわらかな感触。すべすべした肌。自分が知るもの、持っているものとは明らかに違う質感。

 

「いやっ!!」

 

 足が手から逃げる。それを確認したあと、顎にさらに強い力で拘束して顔を直視させる。

 

「逃げるな、次に逃げたら今すぐお前の全てを学校中に言いふらす」

「う、ぐ……ぅっ……」

「股を開け」

 

 そう命令すると、軽井沢は大粒の涙を流してゆっくり足を開いた。わざとベルトに手をかけ、かちゃかちゃと音を立てる。それでも軽井沢は逃げない。そして必死に現実を受け入れようと色のない瞳を向け呟いた。

 

「あたしは認めない……あんたなんかに虐められてるわけじゃない。ただ弱みを握られて滅茶苦茶されるだけ。好き勝手やりたいだけの変態にね! 別にいい。そうやって力でねじ伏せられるのは初めてじゃないから……」

 

「何をされたんだ。お前の受けた過去の痛みはなんだ?」

「思いつく限り全て。上履きに画鋲、制服に落書き、動物の死骸、暴力……」

「受けた苦しみはそれだけか? 何を隠している」

「な、何も」

 

 一瞬左脇腹に視線を落としたのを見逃さなかった。オレは彼女の制服の上からその部分に触れる。

 

「や、やめて!」

 

 叫ぶ声は無骨な鉄に囲まれた廊下に響き渡る。その反応に確信を持ったオレは制服を掴み引きずりあげる。綺麗な肌には似つかわしくない生々しい痕。鋭利な刃物で裂かれたような傷が深く残っていた。

 

「これかお前の闇は」

「う、く、うぅ……!」

 

「絶望にはいろんな種類がある。お前が体験したそれも、間違いなく絶望なんだろう」

「なん、なんなのよ……あんた……!」

「お前に約束してやれることが一つある。それは、お前をこれから先いじめから守ってやることだ。平田や町田よりもずっと確実にな」

 

 

「手始めにお前の不安要素を取り除いてやる」

「これ……」

 

 見せたのは先ほど撮った写真

 

「向こうに送りつけておけば無茶なこともできないだろう。今後軽井沢に対しての行動の牽制になる」

 

「オレはただ協力者が欲しいだけだ。今後オレに必要な手助けをして欲しい」

「……わかった」

 

 オレの態度が普段の通りに戻ったのと、軽井沢が落ち着いたのもあって軽井沢は様々な質問をしてきた。

 

「ねぇ杏樹はあんたのこと知ってるの? 知らないの?」

「大体知ってると思う。逆に聞くが、お前のことはどこまで杏樹は知ってる?」

「この傷まで全て」

「どうして杏樹にトラウマを話したんだ? 誰にも知られないことを望んできたんじゃないのか?」

「もともと気が合って篠原さん達の前みたいに気はらなくて良くて楽だったの。それにお互い見ちゃったから」

「何をだ?」

 

 軽井沢は自分の脇腹を指差す。

 

「そういうの杏樹から聞いてない?」

「脇腹には何もなかったぞ、こないだできた痣くらいじゃないか?」

「しっかりみてるとかキモ。あーわかったからそんな目で見ないで。水泳の時間一人違う水着だったでしょ、普通の水着じゃ隠せない部分。そういうことよ。あたしが言ったの秘密だからね、杏樹が自分で言ってなかったの知らなかったんだから」

「背中か腕か……その傷の原因も知ってるのか?」

「一年誘拐されてた時についた傷だって言ってた。それ以上はわたしも詳しくは知らない。杏樹はさらっと話すけど、聞けば聞くほど普通じゃありえないことばかりだから。……この学校では普通に楽しく過ごしてもらいたいのに……あんたまで普通な顔して異常だったとか」

 

 誘拐? 初耳の事実に思わず一瞬返答に間があく。

 

「……恩人にむかって異常とはひどいな」

「恩人は人を脅したりしないでしょ」

「そうだな」

「あんたはこんなことして何を目指してるの」

「オレはオレと杏樹が普通の学生生活を謳歌するために動く。その障害となるものはすべて除去していくつもりだ。そのためにはお前が必要だと判断した」

「……つまり、あたしとあんたの志はだいたい一緒ってこと?」

「重なる部分はあるだろうな」

 

「同士だとわかったんだ、協力してくれるだろ軽井沢?」

「拒否権はないんでしょ」

「そうだな」




杏樹親衛隊結成。

ここで再度お知らせ杏樹の過去篇のパスワードはnicodeangeloです。よかったら読んでください。


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No,4.15

 試験最終日

 

 人の嘘を見抜けるようなエスパーでもない限り優待者を見抜くのはたやすくない。特に嘘に慣れた人は特に。

 

「ねぇ今日は最終日だからみんなに伝えたいことがあるの」

 

 杏樹が唐突にそう切り出す。

 

 膠着状態だった雰囲気が思いもよらぬ人物の発言で動き始めた。今までほぼ自分の意見を出してこなかった杏樹からの提案だ。みんな警戒半分、興味半分の目で杏樹を見る。

 

「今回このグループで優待者を見つけちゃったんだけど、それが残念ながらDクラスなんだよね。それで、よかったらなんだけど誰かABCのクラスの人で協力してくれないかな? 私に30万prをくれる約束してくれれば誰でも良いんだけど。どうかな?」

「は? どういうことだよ烏間」

「え? まじでいってるの杏樹?」

「最終日までなにもおこらなければそうしろって言われてるし、達成したらお小遣いももらえるし」

 

「その指示したやつが誰か知らないが、もしDクラスに優待者がいるとして、仲間を売るなんて俺は反対だ。というかそもそもほとんど真面目に考えていないお前がなんで優待者を知ってるんだ?」

「それは優待者が教えた人に教えてもらったから。つまり又聞き」

 

 嘘である。さっきどころかこの試験開始直後から知っていた。

 

「待って、杏樹ちゃん。証拠でもないとそれは信じられないよ。この場を混乱させるって作戦かもしれないでしょ?」

 

 一之瀬が少し動揺しながら誰かが先にその提案を買わないように牽制をする。

 

「でも、どうやって証拠を見せればいい? わたしも又聞きだから優待者って本人確認したわけじゃないしなぁ……まぁ誰も取引してくれないんだったらいっか。そしたらみんな話し合い続けて? わたしは話し合いに参加してもDクラスに優待者がいるんだもん。意味ないよね?」

 

 杏樹はそう言って唐突に誰かに電話をかけはじめる。

 

「……もしもし? 生憎誰も提案に興味なかったみたい。証拠はって聞かれちゃった。うん、えっ、もう少し粘れるかって? むりむりみんな信用してくれないもん。えー、はーいじゃあ20万pr送ってねバイバイ」

 

 杏樹は携帯の電源を切り、そのまま座ってみんなの方を眺める。

 

 A,B,CそしてDまでみんな動揺している。みんなはどこに動揺したのだろうか? 杏樹が優待者を売ろうとしていることか、それとも杏樹にその指示をだした人についてだろうか?

 

「杏樹ちゃんのいう通りだとDクラスに優待者がいるみたいなんだけど、どうかな?」

「オレは優待者じゃないぞ?」

「俺も違う」

「えっあたし?! 違うわよ」

「まぁみんなそう答えるよね」

「わたしも違うよ、ほら、優待者の人の証明はできないけどわたしの証明はできる」

 

 そう言って見せるのは杏樹の携帯に送られてきたメール。ちゃんと選ばれませんでしたと書かれている。

 

「おい、何見せてんだよ? ほんとに協調性ってのを知らないのか?」

「ふふっ、やっぱりプライベートポイントって魅力的じゃない? じゃぁ交渉しろって言われているし、もっと破格の条件をつけよっか。今わたしは送ってもらったポイントを含めて手元にprを30万ほど持ってる。もしわたしが言った優待者がはずれだった場合15万pr振りこむ。その代わり当たったら35万わたしに頂戴? クラスポイント+15万prもらえるか、15万pr -クラスポイントか。それに今一人のせいでクラスポイント50失ったとして、別にABCはクラスポイントの差的に問題ないんじゃないかな? Dもサバイバルで鈴音ちゃんががんばった分がへるだけで元と変わらないし。それともこの3人の中からみんなで頑張って探す? それだとわたし的には入るポイントゼロで困るんだけど……」

 

 クラスポイントが絡むと一之瀬は出てこれない。そしてBクラスのメンバーも。期待できるのはAかCだが、Cも龍園の影響で下手なことができないと考えると、どうだろう?

 

「なんだ、結局こんなに譲歩しても誰も食いついてくれないのかぁ。みんな言ってるけどやっぱりこの試験って優待者一人勝ちだね。証拠がない一般市民は役もちには勝てないのかぁ。じゃあさっきの取引は締め切りってことで。あとはわたしにメリットがあるのって結果1だよね。帆波ちゃんは結果1派だったっけ? お願いしても良いかな?」

 

「杏樹ちゃんはそんなにすんなり諦めちゃっても良いの?」

「だってできることは全部やったけど無理だったっぽいし……帆波ちゃんが頑張ってくれたらわたしも50万prもらえるでしょ? ここでわたしが優待者暴露してもわたしが保身に入って嘘をついてるかもしれないって疑われるかもだから特に優待者を名指しすることは避けるけど」

「そうだね。……確実に結果1が狙える方法は一つあるよ」

「それは?」

「みんなで自分の携帯を見せ合うこと。さっき杏樹ちゃんは見せてくれたけど、優待者じゃない人なら確実にメールを見せれる。参加しない人は疑われることを覚悟しなきゃいけない。どうかな?」

「Bクラス的にはそれで良いですね」

「本気なんだな一之瀬、お前たちが賭けに出るなら、オレもその作戦に乗ろう」

「綾小路くん……良いの?」

「あぁ杏樹の話を聞いてる限り優待者はDなんだろ? 誰かに裏切られるよりはクラスポイントが減らない方を選ぶのは必然だ」

「待て、綾小路。俺は反対だぞ、こんな露骨な作戦うまくいくわけないだろっ」

 

 幸村が止めようとするのを振り切りメールを見せる。そして優待者でないことを知らしめる。

 

「うん、確かに。綾小路くんも優待者じゃないみたいだね」

 

「私も賛成する」

 

 伊吹が携帯を取り出す。

 

「正気? 私たちに得なんてなんもないよ!」

 

 当然リスクに反対する真鍋。しかし伊吹から返ってくる言葉もまた理にかなった一言だった。

 

「優待者じゃない人、優待者の所属しないクラスの人はこのままじゃ何も得られないわけでしょ。Bクラスだってそれをわかってる。それじゃいつまでも上のクラスには追いつけない。だから携帯まで見せてきた。それは私も同じ考え。それだけのことよ」

「それはーー」

「それともあんた、もしかして優待者なわけ?」

「ち、違うって」

「なら見せられるはずよね。携帯」

 

 ある意味脅しとも取れる仲間の言葉に観念し携帯を取り出しメールを見せる。軽井沢も携帯を全員の前に差し出す。

 

「綾小路だけじゃなくてお前もなのか軽井沢。この作戦に乗るつもりなのか?」

「あたしは自分のためにやるだけ。だってプライベートポイント欲しいもん」

 

 そう言って見せたのはやはり優待者には選ばれませんでしたという文章。

 

「幸村、さっきから何にびくついてるわけ? 烏間もDって言ってたしあんたが優待者?」

 

 伊吹が幸村にツッコミを入れる。その瞬間幸村の顔が硬くなったのはみんながわかった。

 

「うわ、まじ?」

「いや、幸村は優待者じゃない。前にそう言ってたぞ」

 

 綾小路が慌ててフォローを入れるも一部から失笑が漏れる。

 

「それを信じろって? そいつが嘘ついてるかもじゃん」

 

 真鍋は疑いの目を当たり前のように幸村に向ける。

 

「結論を出すのは早いよ、幸村くんにだって考えがあるんだから」

「……わかった見せる、見せれば良いんだろ? ただ一つ約束してくれ」

「約束? どういうことかな幸村くん」

「裏切らないで欲しいってことだ。この場にいる誰にも。特にAクラスは携帯を出して目の前に置いてくれ。いや全員だ、全員携帯を見える位置に置いてくれ」

「意味がわからないな」

「そのままの意味だ。それ以上もそれ以下もない」

「まぁ良いだろう、置くくらいなら」

「嘘をついてすまなかった綾小路……」

 

 誤り学校から送られてきたメールをみせる。そこに記載されていた文章は全員とは一文が違う書かれたメール。

 

「俺が優待者だ……こんなことになるとわかってたなら、最初から話しておくべきだった」

 

 町田が立ち上がると幸村の携帯を覗き込んだ。

 

「メールは本物のようだな。個人メールも本人のもので間違いなさそうだ」

「偽物なわけないよ。学校側から説明を受けたでしょ。改竄は禁止。学校のメアドから送られてきてるから偽の文章って可能性もない」

 

「てことは幸村で決まりだね」

 

 真鍋がうなずく。

 

「ごめんなさい幸村くん、こうするしかなかったの。このグループで裏切りを出すわけにはいかないから……」

「いや、これで良かったのかもしれない。烏間のせいで確実にクラスポイントを失うよりな」

 

 そう言って幸村は杏樹を睨みつける。

 

「これで全員が俺が優待者だとわかっただろ?たどり着ける答えが出てきたはずだ」

「お願い、幸村くんの勇気を無駄にしないで欲しい」

「俺たちは葛城さんの指示で動いている。勝手な真似はしないさ」

 

「俺は信じたい。いや、信じる」

 

 願う幸村。

 

 

 幸村が手にしている携帯が室内に鳴り響く。誰よりもその着信に驚いたのは幸村だ。慌ててテーブルから回収しようとしたが、上手くいかず手から落とす。発信者の名は『一之瀬』

 

「何をしているんだ一之瀬、こんな時に幸村に電話をかける必要はないだろう」

 

 町田はけげんそうな顔で一之瀬を見る。

 

「学校は『メールの改竄』は禁止って言ってたよね。でも携帯そのものに細工することは禁止されてない。これがどういうことかわかる?」

 

「この優待者と書かれている携帯の持ち主は本当は綾小路くんのだよね? だって今私が電話をかけてる相手は綾小路くんであって、幸村くんじゃないもん」

「で、でもおかしいじゃないか。幸村の個人メールの履歴はどうやって説明するんだ?」

 

「それはフェイク、発信履歴やメールアプリだって手間だけど入れ替えは可能だよ。それに人って簡単に嘘は吐けないんだよ。さっきから杏樹ちゃんの表情違和感があるし。伝えられた優待者と違ったんじゃない? それに幸村くんも最後の最後油断したのか態度がいつもと違って挙動不審だったもん。私たちも考えてはいたんだ携帯の入れ替え。だけどこの作戦には決定的な弱点がある。それは電話番号の存在。履歴やアプリは偽造できてもSIMがロックされている以上入れ替え不可能。だから電話を鳴らせば持ち主がわかるってわけ。そうじゃなきゃ携帯を見せ合うプランを提唱はしないよ」

 

 五分以内にグループを解散させ自室に戻るよう指示される。

 

「クッソっ!」

 

 その幸村の叫びは本物。嘘偽りのない真実。

 

「残念だったな幸村。意外と良い線だったけどな」

 

 町田たちはニヤニヤと笑い、全てを見破られた幸村を侮辱するようにそう言った。

 

「ともかくこれで綾小路くんだってことが確定した。杏樹ちゃんにも一応聞いて良い? 綾小路くんで正解?」

「うん、正解。少なくともわたしはそう聞いたよ」

「全員裏切らずに結果1をとるって約束して」

「ああもちろんさ、信用してくれ。行くぞ」

 

「作戦に乗った俺が間違ってた最悪だっ」

 

 幸村は綾小路が持っていた携帯を掴み取り俯き加減で外に出て行った。

 

「清隆くん。一緒においしいもの食べにこーね?」

「あぁそうだな」

 

 杏樹と綾小路はもう呑気にポイントをもらったことについて話し合っている。結果1になるにはまだ油断は出来ないのに。

 

「ねぇ二人ともちょっと良いかな?」

「何? 帆波ちゃん」

「この携帯入れ替え作戦は誰が思いついたの?」

「もちろん堀北に決まってるだろ」

「そう、じゃあ堀北さんに伝えておいてもらえるかな。作戦大成功だよって。杏樹ちゃんも演技力が凄かったね」

「大成功? 演技? 大失敗の間違いじゃないか?」

「確かにさSIMカードは携帯ごとにロックされてる。だけどロック解除の方法はあった……そうでしょ? だって星之宮先生に聞いたらポイントさえ払えば解除できるって言ってたから」

 

「偽りの答えの後に出てきた答えを人は真実だと錯覚してしまう。パスワード解除するそぶりまでした幸村くんが優待者じゃなかった。その嘘が露呈した瞬間綾小路くんが優待者だって事実が顔を覗かせる。それにその前の杏樹ちゃんによる自分のポイントを犠牲にしてまでの賭けとSIMカードから判断すれば、誰もDクラスが、そして綾小路くんが優待者だと疑わない。それこそが罠。入れ替え、二重以上に罠しかけてたでしょ。本当はどっちだったの? 軽井沢さん? それとも杏樹ちゃん?」

 

『兎グループの試験が終了しました。結果発表をお待ちください』

「あーあやっぱ誰かが裏切っちゃったか」

 

「帆波ちゃん、私が優待者だよ。どう? 見抜けた?」

「もし私が投票するとしたら軽井沢さんだったな。彼女も幸村くんと同じで様子が変だったもん。ただそれは、綾小路くんが軽井沢さんに自分が優待者だと伝えてたからってことかな?」

「That’s right でもどうして言わなかったの? わたしか恵ちゃんだって。実質Dを援護したようなものじゃん」

「だってAとCどちらが間違えても私たちにはプラスだから。最初から結果1も結果3も目指してないの。私たちが目指していたのは結果4」

「町田か」

「違う違う、森重くんだよ。彼は坂柳さんの派閥。葛城くんには従いたくないだろうし、ポイントがもらえるならラッキーくらい思ったんじゃないかな?」

「じゃぁいつの間にかBとDは共闘してたってことだね」

「一つ聞きたいんだけど、あの時杏樹ちゃんは誰に電話をかけてたの? 龍園くん?」

「ん? 自分?」

「自分?」

「うんそういうアプリがあるの。だってかける相手いないし」

「つまり、これは誰からの指示でもなく杏樹ちゃんが考えたってこと?」

「鈴音ちゃん半分、わたし半分。こう見えてわたしって有能なんだよ? 秘密ね?」

 

「それじゃ、私はこれで。禁止事項に触れちゃうと大変だからね」

 

 

四度もの受信音がそれぞれの携帯から鳴る。

「ん? 何これバグ?」

「いやそうじゃないっぽいぞ」

 

 




おまけ(1日オフの日の朝)

「おはよー、恵ちゃん」
「おはよ、昨日さ、おいてっちゃってごめん。杏樹は結局いつ部屋に戻ってきたの?」
「んー、あのあとちょっと話してコーヒー飲んで、片付けて……もう終わったから帰るってなったんだけど……あっ」
「ん? なにかあったの?」
「いやっちがうの恵ちゃん、普通に清隆君に送ってもらっただけっ!」
「ふーん、ならいいけど。朝ごはんどうするの?」
「えーっと今日は他クラスの子と遅めの朝ごはん約束してるからそっちで食べるかな」
「そっか、ならアタシは篠原さんとかと一緒に食べることにしよっと」
「じゃ、別行動だね〜」

 軽井沢が電話をかけながら部屋から出て行ったところで杏樹は地面に蹲み込んだ。

「あー、いろいろやっちゃった……よね?  いや、ワンチャン夢かもしれないし……引かれたかな? いや、清隆くんだもん。特になんも思ってないはず。普通にわかれたし最後顔見てないけど……というか、なんであの時頭の中に『ママ直伝、眠い時の可愛い女の子の仕草その8』が浮かんじゃったんだろ……それにGOサイン出したの誰? わたしだよ!!……別に清隆君ターゲットでもなんでもないし。むしろこう言うのって龍園くんにやるべきだったよね?!  あーもうバカ……顔暑い……」
「杏樹ちゃんすみっこでなにしてんのー?」
「なっなんでもない!!」


お気に入り600人ありがとうございます。
novel.syosetu.org/280843/ もよかったら。こちらはストーリーに関係ないただのイチャイチャです。


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No,4.16

「試験お疲れ様〜。はぁ、すっごく眠い」

 

 杏樹は綾小路と平田と軽井沢そして堀北と須藤が集まっているところに向かった。

 

 今の時刻は22:58。もうすぐ結果発表のお時間である。

 

「さっきの立て続けのメールだけど……」

 

 堀北が言及してるのは二時間前に立て続けに送られてきた4通のメールのことだろう。

 

「うん、僕もそのことが引っかかってたんだ」

「馬グループは南くんが優待者だったわね」

「うん、つまり南くんは正体が見破られた可能性があるってことだ」

 

「4通のメールが届いたのはほぼ同時、つまりどこかのクラスが示し合わせて送った可能性が高いわ」

「あれ、鈴音ちゃんじゃなかったんだ。わたしてっきり法則を見抜いてたからそれぞれ指示を出したと思ったんだけど」

「確かにDクラス内であの法則は当てはまったけど、他クラスの優待者を知らない以上危険なかけは避けるべきと思っただけよ」

「えっ堀北さん法則気づいてたの?!」

「えぇ、よく考えたんだけどやっぱり法則があると信じ込んでランダムだった場合の損失が大きいもの。せっかくサバイバルで得たクラスポイントをダメにするなんてみんなが許さないでしょうし、私は確実さを優先するべきだと判断したの」

「ちなみにどんな法則だと思ったんだい?」

「名前のアイウエオ順と干支の数字よ」

「えーっと、竜は4だから櫛田さんか確かにあってるね」

「ん……待って、そしたら兎は綾小路くんじゃないじゃん! どういうこと?」

「兎の優待者は杏樹よ」

「嘘、まじ?! 杏樹? そんな感じ全然なかった。てかむしろ……」

「恵ちゃん、これはそういう試験だよ」

「うっわ、すごっ」

 

 軽井沢は杏樹と綾小路を交互に見て大きく息をはいた。協力者の優秀さを改めて突きつけられてなんだかヤバイところに足を突っ込んでしまったかもしれないと今更少し焦っているようだ。

 

「やっぱりここにいたのか」

 

 8人目の来訪者がカフェにやってきた。

 

「龍園……」

 

 須藤が威嚇するように立ち上がるが、それを無視して龍園は近づいてくる。

 

「鈴音と杏樹を両手に結果を楽しもうと思ってな。わかりやすい場所にいてくれて助かったぜ」

 

「ええ。頭の悪いあなたがわかりやすいようにここを選んであげたの。感謝して」

「それにしても鈴音。お前にしちゃ随分大所帯だな。どういう心境の変化だ?」

「あなたにしつこく付き纏われているって相談してたのよ」

「珍しいこともあるもんだな」

 

 龍園はどっかりと腰を下ろし、杏樹の肩に手をまわしている。

 

「もうすぐ発表だが手応えはあるのか鈴音?」

「それなりにね。あなたの方も随分と余裕そうね」

「クク。そうでなきゃわざわざ出向いたりしないさ。ちょうど前回と同じ連中もいる。やめとけ鈴音。今余計なことをすれば恥をかくのはお前だぜ? オレはグループの優待者がわかってるんだから」

「それはよかったわね。結果が楽しみね」

「結果を待たなくても竜グループの優待者が誰だったか教えてやってもいいぜ?」

「申し訳ないけど負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ。すでに試験は終了していて、わたしの竜グループでは裏切りが出なかった。それが意味することはひとつなのよ」

「俺の慈悲深さを知れば股を濡らすかもしれないな」

「……だったら教えてもらおうかしら、竜グループの優待者が誰だったか」

「櫛田桔梗」

「え……?」

「悪いが二日目の時点で気付いてたぜ。櫛田が優待者だってな。お前の目の動き、口の動き、呼吸、動作、口調まで体のありとあらゆるところから見抜いたのさ」

「冗談でしょ……」

「認めたくない気持ちはわかるけどな。お前がグループの中で一番無能だったてことだ。相手が悪かったのさ。それに今回の試験は荒れに荒れてるはずだからな。特に顔面蒼白になるのはAクラスだ。安心しろ」

 

 

メールが一斉に届く。通知音が室内に鳴り響く。

 

Aマイナス200cl 

B変動なし

Cプラス150cl

Dプラス50cl 

 

「Cクラスがトップ……」

「よかったな鈴音、お前の失策で漏れた竜グループはまさかの結果1だ。これでクラスが大金を手に入れることになったな」

 

 

 この結果には裏がある。もちろん杏樹と龍園の間でだ。

 

 軽井沢がいじめを受けている間、杏樹は龍園とある取引をしていた。

 

「そうだっ龍園君。優待者の法則、知りたくない?」

 

 杏樹は雑談の中に唐突にそれを混ぜ込んだ。

 

「あ? どうしてお前がそんなこと知ってるんだ?」

「鈴音ちゃんに聞いたの、鈴音ちゃん自身は確信がないから使わないと思う法則。で、どう?」

 

 龍園はしばらく考えた後口を開いた。

 

「対価は」

「優待者の法則を聞いた後でも兎グループは好きにさせてくれること、それと翔のppで毎月1000×Cの裏切りの数、3月まで私に頂戴? わたしはppさえもらえればそれでいいから。むーそんな疑わなくても……だってわたしいつかクラス変えるかもしれないでしょ? その時にこのクラスポイントで不利になるのはごめんだから」

「鈴音はこの取引について知ってるのか?」

「もちろんわたしの独断。どう?」

 

「乗った」

 

 対価の少なさと、堀北がする取引ではないという考えから決定されたようだ。

 

「はい、これ。今回の優待者一覧、法則は見ればわかるよね?」

「干支の数字と名前順か、確かに理に適ってるな。Cクラスのとも一致する。ふっ……お前優待者だったんだな」

「えへへ、そう。約束破ったらダメだからね」

 

 杏樹は胸の前でバッテンマークをつくる。

 

「あぁ、わかってる。鈴音のおどろいた顔がみれるのが楽しみだぜっ」

 

 杏樹としては別にこの交渉自体に大きな意図はなかった。ただ、どうせ堀北は確証がないから使わない法則を誰かに使って欲しかったのと、自分のprが欲しかったのと、先に龍園が法則に気づいてしまった場合杏樹のグループの邪魔をする可能性を防ぎたかったのと、そして龍園からそこそこの信頼を得たかっただけだ。

 

 まぁだけと言うには少し多いが。

 

 櫛田よりもわたしの方が有能ですよ、害ないですよアピールを龍園にする。ただ自分のポイントのために動く人間と、誰かを退学にさせたがっている人間。どちらが使いやすいかはわかるだろう。平穏のためには盾がたくさんあるに越したことはない。杏樹なりに自分の身を守る方法を何個か考えた結果だ。

 

 

 そして二学期からは櫛田との関わり方を今一度しっかりと考える必要があるかもしれない。二の舞にならないようにしなければ。

 

 とりあえず彼女が堀北の退学に意識が行っている間はまだ穏やかに時が進むだろう、そう願いながら杏樹はバカンスを終えた。

 




4巻完結です。ここまで読んでくださっている皆さん本当にありがとうございます。これからも追いかけてくれると嬉しいです。(アニメ二期決定嬉しいですね
)


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第五巻(途)
No,5.1


「やっぱ堀北さんの予想当たってたんだ。てことはもしあたし達の方が先に裏切ってたらもっとクラスポイントももらえてたって事?」

 

 場所は混雑するカフェ『パレット』の一番奥のテーブル席。夏休み明け杏樹は、綾小路と平田、軽井沢と堀北というメンバーで昼食のテーブルを囲んでいた。

 

 目的は夏休みの特別試験の復習。優待者当ての答え合わせが行われていた。

 

 

「とうとう堀北も話し合う気になったか」

「仕方ないでしょう。夏期の試験はどちらも私一人には攻略しきれない特別なものだった。今後もそれが予想されるとすればある程度繋がりを持つことは必要になってくるもの。杏樹や綾小路くんに頼むといつの間にか私の手から離れて好き勝手やっているみたいだし。橋渡し役は任せられないわ」

「清隆くん、めっちゃ失礼なこと目の前で言われた気がするんだけど」

「激しく同意する」

「そんなこと言ってるけど、それならあなたたちは従順に動いてくれるのかしら?」

「オレはいつも従順だぞ」

 

 

「このように話し合いの場を持つのは大賛成なんだけど、一つ僕からも提案があるんだけどいいかな?」

「聞いてから判断するわ」

「まずはクラスを一丸とするために、櫛田さんを仲間に引き入れたいんだ。僕たち5人で補いきれない部分を彼女なら補ってくれると思う。池くんや山内くんを始め、男子の一部をまとめきれる人は限られているからね」

 

堀北はバッサリとその意見を切った。

 

「不要ね。赤点組をまとめる必要を感じないわ。私たちだけでもやれると思ってあなたと軽井沢さんのみに声をかけたのよ。二人が力を貸してくれれば問題は打破できる。どこかの誰かさん達のように気まぐれだったり捻くれていれば別かも知れないけど」

 

「(またわたし達失礼なこと言われてるよ清隆くん)」

「(本当に失礼なやつだ)」

 

「確かに。綾小路くんはよくわかんないけど、杏樹をコントロールとか無理そうだもんねー、なんかよく懐いた野良猫みたいな感じ」

「待って恵ちゃん!わたしのことそんな風に思ってたの?!」

「でも、杏樹飼われるタイプじゃないじゃん」

「……まぁそうだけどさぁ」

 

「杏樹はそうかもしれないが、オレがひねくれものだというのはお門違いだ。長いものに巻かれる群集の一人。まさにお前の言うコントロールできる人間。つまり小さい人間ってことだ」

「自分が小さい人間と言える人は小さくない。それが一つの答えよ」

「じゃあお前は小さい人間なのか?」

「私?私が小さい人間なわけないでしょう?バカにしないでもらえる?」

 

「…小さい人間と言える⇨小さい人間でない。小さい人間と言えない⇨小さい人間である。まぁこれは対偶じゃなくて裏だから命題の真偽は一致しない……か。いい例だね鈴音ちゃん」

「あなたは何を言ってるのかしら?」

 

その様子を本人達以外は呆れた目で見ていた。

 

 

午後の授業は二時間ホームルームになっている。

 

「今日から改めて授業が始まったわけだが、二学期は9月から10月はじめまでの一ヶ月間体育祭にむけて体育の授業が増えることになる、新たな時間割を配るためにしっかり保管しておけ。それから時間割表とともに体育祭に関する資料も配っていく」

「先生、これも特別試験のひとつなんですか?」

 

クラスの代表として平田が挙手した後に質問をする。

 

「どう受け止めるのもお前たちの自由だ。どちらにせよ各クラスに大きな影響を与えることは違いはないがな」

「っしゃ」

 

 運動に対して自信を持つ須藤たち一部の生徒はここぞとばかりにテンションをあげていた。

 

「すでに目を通して気付いているものもいると思うが、今回の体育祭は全学年を二つに分けて勝負する方式を採用している。」

「うお、そんなことあるのかよ」

 

体育祭のルールを見ながら杏樹はぼんやりと昔の会話を思い出していた。

 

「僕たちE組は体育祭でA組と棒倒しで委員長の退学をかけて勝負をしたんだ」

「でも渚、人数が2倍違ったらほぼ勝ち目がないじゃん」

「そうなんだ。しかも相手には急遽交換留学で来た屈強な外国人生徒が4人もいてね……浅野くんも本気で僕たちを潰しに来てたよ」

 

渚は苦い顔をしながらそう言っていた。

 

「じゃあ負けちゃって退学?」

「それは違うよ。僕たちE組は他のクラスよりちょっと結束が強くて、人徳のあるリーダーがいて、奇襲や騙し討ちが得意だったからね。結果は()()()()と勝利だよ」

「どうやったの?」

「それはねーーーー」

 

 渚たちの武勇伝のあとにはだいたいあの記憶までセットで思い出されるのは仕方がないのかもしれない。彼の頬に傷がある顔が襲ってくるようなそんな感覚に悪寒を感じた。これはあれだ。彼氏との映画デートの思い出を振り返っていたら見たホラーまで思い出して怖くなるやつだ。そんな経験はないから想像でしかないが。

 

「残りの20分は好きに使って構わない雑談するのも真面目に話すのも自由だ」

 

 一人で何かと戦っていた間に体育祭の説明は終わっていたようだ。慌てて資料に目を通し、後ろを振り返ると既に須藤や池、山内などが壁になっていて綾小路や堀北の姿が見えなかった。

 

話しかけるのをあきらめて杏樹はトイレに立つことにした。無性に口をゆすぎたい気分だ。

 

 

 二時間目のホームルームは全学年の顔合わせが行われるらしい。ぞろぞろと人の流れに沿って杏樹も体育館に歩いていく。

 

「俺は3年Aクラスの藤巻だ。今回赤組の総指揮を取ることになった。1年には先にアドバイスしておく。一部の連中は余計なことだというかもしれないが、体育祭は非常に重要なものだということを肝に銘じておけ。体育祭での経験が必ず別の機会で生かされるはずだ」

 

 指揮を取るのは生徒会長ではないらしい、まぁ指揮を取ると言っても3年は1年に大きく干渉することはないようだ。学年で頑張れって感じのスタンスらしい。

 

「今から各学年で集まり方針について話し合ってくれ」

 

赤はAとDの共同、白はBとCの共同。杏樹的にはCとペアが良かったが仕方がない。杏樹は龍園とはバカンス以降もいい関係を築いている。まぁ毎月5000prのお小遣いをもらう関係とでも言っておこう。P活ではない。

 

「奇妙な形で共闘することになったがよろしく頼む。できれば仲間内で揉め事を起こすことなく力を合わせたいと思っている」

「僕も同じ気持ちだよ葛城くん。こちらこそよろしく」

 

 平田と葛城が挨拶している間杏樹は一人の女の子に近づいていた。

 

「坂柳さんだよね? Dクラスの烏間杏樹です。今回の体育祭ではよろしくね?」

「こちらこそ、私は体育祭自体は参加できませんが……烏間さんとは一度じっくり話したいなと思っていました。よければ有栖とお呼びください」

「わたしのことも杏樹でいいよ有栖ちゃん」

 

『私はあなたのことを小さい頃から知っています。本も持ってるんですよ』

『そうなの? あー恥ずかしいな』

『それで、あなたはなぜDクラスなのですか?』

『それはわたしより理事長せんせに聞いた方がいいんじゃない?』

『あら、私の父のことをご存知で』

 

「坂柳ってもっとやばそうなやつかと思ってたけどめっちゃ可愛いじゃん」

「あそこの二人やば異次元」

「何話してるんだろ? てか何語?」

 

 杏樹と坂柳は周りから自分たちが何を話しているかわからないようドイツ語でお喋りをしていた。スパイごっこみたいなものだ。

 

 自分たちが注目を集めているのに気付いたのだろう、坂柳が一言謝罪する。

 

「私に関しては残念ながら戦力としてお役に立てません。すべての競技で不戦敗となります。自分のクラスにもDクラスの皆さんにもご迷惑をおかけするでしょう。そのことについて最初に謝らせてください」

 

 誰もそれに批判することなく、みんなすんなりと受け入れていた。その後は平田と葛城が今後の方針を固めている中、坂柳と杏樹は違う話をしていた。

 

『本読んでるなら知ってるんじゃない? わたしが2Eだって、だからじゃないかな?』

『それを言うならわたしは運動は全て禁止されていますがAクラスです』

『んー確かに、じゃあなんでだろう?』

『本人も知らないことを聞いても仕方がありません……ね』

『そうだね、机上の空論ってやつだね』

『良かったらいつでもAクラスに移籍してきてください、杏樹なら歓迎しますよ』

『そのAクラスに行くっていうのが大変だということをご存知でない?』

『もしポイントが足りないということでしたら、いくらかなら私も出しますので遠慮なく』

『考えとくね』

『いいお返事が聞けることを期待しています』



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No,5.2

 一ヶ月後に開催される体育祭に向けて、ホームルームを好きに使って構わないと言われた。こういう場は平田が必然的に前に立つことになる。それを平田も特に何も思わないし、クラスメイトもそれが当然だと思っている。

 

 平田が今回の推薦競技の参加の決め方について説明しクラスメイトに意見を募る。

 

 案の定クラスが能力主義と平等主義にわかれ、なかなか決まらない。

 

 主張のできる人間がどんどん意見を出していき、残りはそれに同意したり不満げな顔をしたりするのみ。堀北、須藤の意見にクラスが押し切られそうになった時だった。

 

「あーちょっといい? あたし反対なんだけど。篠原の言うように他の生徒が泣きを見るのってどうなわけ?それでクラス一丸になって戦っていけるっての?」

 

 軽井沢は篠原を擁護するように堀北を睨みつける。

 

「一丸になると言うことは、自分の利益よりクラスの利益を考えること。わかるかしら?」

「全然よく分からないんだけど。ねぇ櫛田さんどう思う?」

 

 この状況を『珍しく』静かに見守っていた櫛田に声をかける軽井沢。櫛田は少し驚いた様子だったがすぐに考え込むようにしながらも発言をする。

 

「難しい問題だよね。私はどっちの考えもわかるなって考えていた。堀北さんと同じでクラスとしては勝ちたいし、篠原さんの言うようにみんなが勝てる可能性も残したいかな。もし解決策があるとしたら、2人の意見を汲んだ形にするのが理想だよね」

 

「もちろん考えはあるわ。テストの点数が不要と感じている生徒が上位を取って得たプライベートポイントを相殺すること。増減をクラスで分担する。これなら文句はないでしょ?」

「でもそれってポイントだけだよね。入賞の可能性が減るじゃん。皆はどうなわけ?」

「……軽井沢さんが反対するなら私も反対かな」

「あなた達はバカなの? 彼女が反対するから反対? 全く論理的じゃないわ。これは試験なのだから効率的に勝てるよう戦略を立てることは当然のこと。他のクラスにはあなた達のような愚か者は存在しない」

「そんなの堀北さんにはわかんないじゃん?現にあたしは嫌だし。他の子だって同じように嫌だって思っている子がいるんだからそう言う人たちのことも考えてよ。競技は公平に決めてもらわないと納得できない」

 

「じゃぁくじ引きでどう? 平等だよ」

 

 杏樹はその言い合いの間でそう言い放った。二極化していた意見に第三の意見が飛び込んできたのでクラス全員が杏樹に注目する。

 

 杏樹はクラスの中では普段はふざけていることが多いが成績や運動神経などの良さは目立ち、やるときはやるやつだった。高円寺を女子にしてナルシストを取り除いて協調性をちょっと追加した、皆からはそんな認識だ。

 

「杏樹何を言ってるの!?」

「個人種目の順番はくじで決める。そのくじ引きは代表して洋介君とかが動画を撮りながらやって不正がないようにして、誰にも言わずにギリギリに提出してもらう。受理が通った後に結果発表。そしたら速い人とあたってても運だから仕方がないし、入賞のチャンスも皆平等」

 

 杏樹の突拍子もない意見に堀北は困惑を隠せていない。

 

「そんなことしたら全員確実に勝つ確率は下がるのよ? それは合理的とは言えないわ」

「んーそう言われればやっぱそうかも、じゃぁ鈴音ちゃんと恵ちゃんの意見でいいんじゃない?」

 

 杏樹はあっさりと意見を破棄する。クラスメイトのほとんどは杏樹がなぜこの意見を出したのかがわからないままで、よくある場を和ませるジョークか程度に流している。

 

 真意に気づいたのは、杏樹が見渡した時には3人だろうか?綾小路、平田、そして櫛田。平田に関しては気づいたが、クラスメイトを疑うという観点がない彼にとってはこの意見は通す必要がないと考えたようだったが。

 

 杏樹がこの提案をしたのはただクラスの対立を収めたかったからではない。

 

 本当に今回櫛田が仕掛けてくるのか知りたかったのだ。龍園に言われたことをそのまま信じて動くのはDクラスを分断させることに繋がりかねない。

 

 そして目的は達成されたのでこれ以上堀北を困らせる必要もないとあっさり引き下がった。まぁ堀北が乗ってくることも少しは期待したが。

 

「それじゃあ堀北さんの案を織り交ぜた徹底した能力重視の采配と、軽井沢さんの意見も合わせた個人の主張も汲んだ采配。どっちが良いか挙手でいいかな。どちらも決め難い人がいたら無効票もありだと思ってる」

 

 結果は16対13 堀北に軍配が上がった。

 

 推薦競技についても能力で決めることになり杏樹はいつの間にか、リレーに出ることになっていた。クラスで足の速い部類に入るのでまぁ妥当である。男女混合二人三脚は見たこともやったこともないので他の人に譲っておいた。

 

 リレーは6人でメンバーは小野寺、烏間、堀北、平田、三宅、須藤となった。

 

 

「お疲れ〜清隆くんと恵ちゃん」

 

 杏樹は廊下の隅でたむろしている綾小路と軽井沢に声をかける。

 

「お疲れ杏樹。で、綾小路くんこの指示はなんだったのか真意を教えてくれるよね」

「即興にしては上手い話の持っていき方だったな。あの状況でよく反論した」

 

 軽井沢の携帯の画面を見ると『どんなものであれ堀北に反論すること。その際櫛田に意見を求めること』と書いてあった。

 

「やっぱりあれ清隆くんの指示だったんだ。恵ちゃんらしくないなって思ったし」

「ホント、あたしどっちかって言うと堀北さんの意見に賛成だったもん。櫛田さんにふるってのもよくわかんなかったし。で、その指示の意味は何? てかその後の杏樹のアレもあんたの指示?」

 

「オレのすることの意味をいちいち気にしてたらキリがない。それに求められても答えるとは限らない。それが意味することはわかるか?」

「理由を聞かず大人しく指示にしたがえってことね。わかったわよ」

「そういうことだ」

「なんか聞いたことある発言」

「杏樹なんか言ったか?」

「なーんも」

 

「じゃ一つ教えて。あんたと杏樹は手をあげてなかったけど、どっちが正しいと思う?」

「どこに重きを置くかは人次第だからな」

「それ答えになってないじゃん。結局あんたはどう考えてるか答えてない」

「生憎オレは、どっち、って考え方を基本的に持たない主義だ」

「……何それ、よくわかんない。杏樹はどうなの?」

「わたしは楽しかったらなんでもいいよ〜」

「んー、まぁそっか。本来体育祭なんてそんなもんだよね」

「リレーに選ばれたからバトンの練習しないと、ジャパニーズはリレー強いもんね」

 

 体育祭についての雑談をするならオレは退散するぞと言うオーラが綾小路から流れ始めたので軽井沢は慌てて質問をふる。

 

「てか綾小路はなんでこんなことやってんの? クラスを混乱させんのが狙い? それとも本気でAクラスに上がれると思ってんの?」

「少なくとも堀北はそう信じているだろうな」

 

「あたしが聞いてんのは堀北さんの意見じゃない。あんたが見てるものと狙いをいい加減教えて欲しいんだけど」

「そうだな、もし教えられる事があるとすれば、Aクラスに上がることには興味がない。ただ今のクラスをAクラスに上がれるだけのクラスにしてもいいと思い始めている」

「何それ、何が違うかもよくわかんないし、超上から目線じゃん」

 

「今言葉で言ってもお前は信じないし、証明しようがない。だが信じさせるための予防線を張っておく。今度の体育祭ではDクラスから裏切り者が出る。そしてそいつはDクラスの内部の情報を全て外部に漏らすだろう」

「ちょ、は? それ本気で言ってるわけ?!」

「その時が来たらお前も信じるはずだ。オレが見ているもの、見えているものが」

「どう言うことか具体的に教えなさいよ」

「今はまだダメだ。だがその時がきたら全て話す。今は行け、あまり話し込みすぎると目立つ」

「言われなくてもそうするし。けど、万が一裏切り者が出ても大丈夫なんでしょうね?」

「あぁそのための布石は打ってある」

 

 綾小路が携帯を見せながら言う。ただこれだけでは軽井沢には何もわからなかったし、杏樹も綾小路の布石については初耳だ。これ以上綾小路が話す気がないのをなんとなく感じたので杏樹は綾小路と別れて、軽井沢についていった。



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No,5.3

 体育は全て運動会の準備の時間となっている。クラスごとに好きに使っていいと言われているので、練習をしたり、体力測定をしたり様々だ。そしてDクラスは絶賛体力測定中である。

 

「清隆くん握力すごかったらしいじゃん」

「いや、平均くらいだ」

「もうそれは通用しないよ。クラス2位だって聞いちゃったもん」

「……失敗したな」

「いまのところ腕頭骨筋とトウ側手根屈筋のみが著しく発展した平凡な人間ってことになってるけど大丈夫?」

「死体撃ちをしないでくれ」

「こういう時のために世の中の平均はきちんと把握しておかないと。わたしが昨日『16歳 体力測定 平均』で何回検索をかけたか……」

「そういう努力が必要だということがよくわかった。ちなみに杏樹はどれくらいだったんだ?」

「わたし? 26」

「低いな。調整したのか?」

「これは本気。力はあんまりないの。必要がなかったから。その代わり、指の力は強いと思う」

 

 綾小路と駄弁っていると注意されてしまった。次は借り物競走の代表枠を懸けたじゃんけん大会が行われるようだ。

 

 ホームルームや放課後の時間も使って競技の練習をしていくらしい。日本人の運動会に対する情熱はすごいな。アメリカではやりたいことをやりたい人がやりたいだけやってバイバイが定番だったのに。

 

 

 杏樹は気づいてしまった。二人三脚とはとても危険な競技であるということを。

 

 それを実感したのは初めての二人三脚練習日。

 

 ペアは適当に組んで走りやすい人同士組んで行こうということになった。走りやすさは大抵が足の速さと身長で決まる。そして足の速さ的に杏樹は櫛田にペアをさそわれた。

 

 断る理由もなく安易に承諾する。この時点で、自分の悪口を言っていると思われる人とペアを組む杏樹の危機感のなさが露呈しているがまぁそれは置いておこう。

 

 走り始めると彼女とピッチや歩幅が微妙にずれる。ちゃんと『1、2、1、2』と声かけをしあっているのにだ。しかもまたこれが微妙なズレで、足を少し緩く結んでいるのもあり転けそうにはない。ただ、足に食い込む紐が痛いがそれは作用反作用的にお互い様だろう。

 

 そしてこのズレがこれが意図的なのか、それともこの競技特有の現象なのか杏樹には判断がつかなかった。走っている最中は、彼女にぴったりタイミングがあったと思ったらしばらくすると狂い出す、これが繰り返されていた。

 

 その少しのズレが徐々に足の負担になる。いつ捻挫してもおかしくない状況、いつ転倒してもおかしくない状況でなんとかノルマの距離を走り切った。

 

「私たちめっちゃタイミング合ってたね、杏樹ちゃん! これなら優勝できるかも!」

 

 そう櫛田は笑顔で言い放った。

 

 たしかにタイムも女子の中で1番だったし、期待されていた堀北たちなんかよりは明らかにタイミングは合っていた。だからと言ってこの競技はこんな過負荷な状態でもタイミングが合っていると言えてしまう競技なのか?! と杏樹は目を白黒させた。

 

 そんなことを考えている間に櫛田は平田にペアの報告をしてしまったらしい。杏樹は結局櫛田以外を知ることなく、ペアを決定されてしまった。そして杏樹はクラスの雰囲気のためにも泣き寝入りするしかなかった。

「よろしくね、杏樹ちゃん」

 

それが悪魔のささやきに聞こえたのは仕方ないだろう。

 

 

 9月半ば早くも体育祭まで二週間切った。堀北や須藤を筆頭に本番に向け日々練習に励んでいる。

 

 今回1番のニュースは杏樹は騎馬戦の指揮官の役に任命されたことだろう。任命された流れは以下の通りである。

 

 杏樹はずっとリーダーを堀北がやるもんだと思って、参謀気取りで色々な作戦を伝えていた。こうすればいいだの、なぜさっきのところで指示を出さなかった? など。口うるさい家臣である。邪智暴虐な王ならば一瞬で首が吹っ飛ぶ。

 

 堀北はそんな王ではなかったが、いちいち細かくああしろこうしろ言ってくる杏樹にイラつきキレたのだ。

 

 そんなに言うなら一回杏樹がやって見せてくれと。

 

 どうも杏樹の出す作戦は無謀と判断されていたらしい。やらなかったのではなくやれなかったということらしい。

 

 だから無知な杏樹を黙らせるために指揮を一回とらせてわからせてやろうということになった。ほとんどの女子がそれに同意する。あまりにも堀北が無茶振りをされていて同情票が入っていた。

 

 そうして発生したミニゲームは杏樹をボコボコにする予定だったのだが、杏樹陣がボロ勝ちしてしまったのだ。

 

「嘘、杏樹あなたこんなところに才能があったのね」

「え?」

「もうこれは杏樹がリーダー一択でしょ。さっきは疑ってごめんね」

「賛成! 杏樹ちゃんよく自分が動きながら味方と敵の動きが分かるね」

「え?」

「なんかやってたの? 杏樹ちゃんのカリスマを見た気がする」

「え?」

 

 最初は戸惑っていた杏樹も、みんなが自分より乗り気なので、なんだかんだのせられて楽しくなってしまった。これが一致団結ってやつかと。

 

 そこで杏樹の火がついてしまった。やるなら徹底的にと。

 

 Aクラスとはバラバラな作戦で本番を挑む予定だったが、急遽杏樹による説得が始まった。坂柳は杏樹の実力が見たいと快くOKを出す。

 

 その後、模擬戦でAとDで戦うと必ずAがコテンパンにされるので葛城派の女子も流されるように杏樹の指示に従うようになった。杏樹が嬉々としながら指揮をとる様子は、杏樹の父が戦っている時の笑顔と通ずるものがあった。

 

 

 土曜日の朝。杏樹は綾小路に偵察に行くお誘いを受けたので待ち合わせ場所に久しぶりの私服でロビーに立っていた。

 

「おはよ、桔梗ちゃん」

「杏樹ちゃんの私服初めて見た…すごい

「ん?」

 

 杏樹はミニスカートのセットアップの中に白いキャミ、黒いブーツ。杏樹のスタイルの良さが際立つファッションだ。

 

 普通に街中を歩いていたら振り返るレベルの可愛さに思わず櫛田はそう呟いた。櫛田も可愛らしい服装で男受けは良さそうだが、杏樹が隣に立つとそれがどこか霞む。露出度は圧倒的に櫛田の方が高いが。

 

「おはよ清隆くん」

「お、おう。おはよう杏樹。櫛田もおはよう」

「おはよう綾小路くん」

 

 二人の美女が綾小路を待っているという事実は綾小路を動揺させた。特に私服となるとなんだか特別な感じだ。まぁやることはただの偵察なのだが。

 

「急に変な頼み事をして悪かったな櫛田」

「ううん、全然。今日は特に予定も入れてなかったし。それに誘ってくれて嬉しかった」

「そ、そうか」

 

 杏樹は仲良さげに話す二人の話を聞きながらキョロキョロと周りを確認する。予定だとあと一人もうすぐくるはずなのだが、姿が見えない。

 

「……待たせたわね」

「おはよう堀北さんっ」

 

 変わらぬ笑顔で堀北を迎える櫛田。一方堀北はどこか不機嫌だ。必死にそれを隠しているようだった。

 

 4人で寮を出て向かったのは学校のグラウンド方面だった。朝のグラウンドにはすでに多くの生徒たちで賑わっていた。

 

「おーやってるね!」

 

 櫛田の目線の先にはサッカー部の朝練風景。男子生徒がボールを蹴る音が響く。試合中の平田の姿もすぐ見つかった。チームは1年から3年の混合らしい。

 

「部活を偵察して他クラスの生徒の情報を掴む。なんだか諜報員みたいでドキドキするね」

「諜報員か……」

 

 杏樹の中にはママとパパの姿が思い描かれる。彼女達は今頃元気にやっているのだろうか? しばらくは日本の家で過ごしているようだが……

 

「そんな立派なものじゃないけどな。得られる情報はたかが知れている」

「だけど堀北さんはそうは考えなかった。だね?」

「得ておくに越したことはないわ。何が鍵になるかわからないものよ」

「そうかもねー。でも優しいよね綾小路くん。堀北さんのために協力してあげるなんて」

「後でうるさいから仕方なくだ」

「本人を前によく言えるわね」

 

「今日私を誘うって決めたのは綾小路くんだよね?」

「どうしてそう思う」

「だって堀北さんが私を誘うとは思えないし」

「堀北が誘うとは思えないって、どうして?」

「あはは、それはちょっと人が悪いよ綾小路くん。私と堀北さんが仲良くないのは知ってるでしょ?」

「正直いまだにそれが信じられないっていうか。半信半疑な面はあるんだけどな」

 

 櫛田はわざとかわからないがその後も杏樹をほぼいないものとして話を展開していく。無視というのは語弊があるが、杏樹を会話から外すような話の進め方と杏樹から綾小路と堀北が見にくいように壁になっているのが少し気になる。まぁ杏樹も別にこの会話が必要ではないので早々に諦めて偵察の方に集中する。

 

 

「おーやってるやってる。今日も活気があって最高だなー!」

「南雲先輩おはようございます」

 

 隣にいた櫛田は顔見知りなのか南雲に声をかけた。

 

「お? 君は確か桔梗ちゃんだっけ。休日に男の子とデートなんてやるなー」

「あはは、そういうのじゃないんですけど……ちょっと気になって見に来ました」

「ゆっくりしていきなよ、で、そっちの子名前は?」

 

 杏樹の方を見ながらそう尋ねる。

 

「1のD、烏間杏樹です」

「その持ってる紙とペンちょっと貸して?」

 

 言われた通りに差し出すと、何か慣れたように書いて返ってきた。そこには南雲の名前と連絡先が書かれていた。

 

「何かあったらいつでも連絡して、うちの部員のことくらいなら教えられるかもよ?」

 

 パチっとウインクを決め、南雲はグラウンとのフィールドへ合流した。杏樹は今もらった連絡先をとりあえず端末に登録しておく。杏樹は櫛田からなんらかの視線を受けた気がしたが気づかないフリをしてグラウンドを眺め続けた。

 

「うちの学校って生徒会と部活の掛け持ちオッケーだったか?」

「禁止はされてないみたいだけど、もう今は退部してるよ。でもやめてても一番うまいから、ああやって練習には顔だして指導してるみたい」 

 

 しばらく4人でサッカー部を見ていたと思っていたが約1名はコートを見ず違うものを見ていたらしい。そのことを櫛田が言及する。

 

「そんな目で見つめられちゃうと困っちゃうな!」

「これ以上オレから聞かないことを約束するから一つだけ教えてくれ。お前と堀北、仲が悪い原因はどっちにあるんだ?」

「ずるい聞き方だよね。本当にそれだけだからね」

「ああ約束する」

「私だよ」

 

 いつの間にか偵察が綾小路と櫛田の心理戦へと変わっていた。

 

「やめだな、考えるだけ時間の無駄な気がしてきた」

「あはは、そうだよ。今は偵察して情報を集めるのが優先でしょ?」

「だな……」

「あ、ちなみに今ボールを持ったのが園田くん。結構足速いね」

 

 話を変えるように櫛田が一人で話し始める。

 

「ーーでも堀北さんもちゃんとクラスのことを考えてくれてるんだよね……嬉しいな」

「Aクラスに上がるために必要なことはするつもりだもの、仕方なくね」

「私ももっと頑張ってみんなに貢献できるようにがんばらなくちゃ」

 

 

 しばらく試合を眺めていると試合を終えた選手が休憩を始めた。杏樹の周りに何人かが集まってくる。

 

「サッカーに興味があるの?」

「烏間さんだよね?」

「よかったらもっと近くで見ない? 俺部長に聞いてくるよ」

「ありがとうございます、みなさん優しいですね」

 

 杏樹は綾小路とアイコンタクトをとって3人と別れ、グラウンドのもっと見やすいところに部員にエスコートしてもらう。

 

「砂とかあれだろうから、ここに座りなよ」

「もっと日陰の方がいいだろ?」

 

 杏樹はあれよあれよと特等席に案内されてしまった。

 

 ミニゲームを見ているのは楽しかった。ベンチメンバーが実況までしてくれる。一通り楽しんだところで杏樹のクリップボードには南雲以外の連絡先がいっぱい書かれていた。どうもこれが目的だったらしい。ご丁寧に名前、クラス、連絡先、一言と並んでいる。

 

 杏樹が解放された頃にはみんなどこかに行ってしまったらしい。仕方がないので杏樹は一人でショッピングに行くことにした。せっかくの休日、楽しまないともったいない。

 

 

 様々な練習を重ね、ついに体育祭まで一週間となった。

 

 今日のうちに参加表を提出しなければならない。平田が教壇に立ち、チョークを握っている。

 

「ではこれから、全種目全競技の最終的な組み合わせを決めていきたいと思います」

 

 毎日記録を取り続けた結果が集約されたノートを元にクラスで話しあった組み合わせ、勝つ法則を盛り込んだ順番で話していく。そしてそれぞれが自分の役割が決まった競技と順番をメモしていった。これまでの功績から判断される結果に異論を唱える生徒は一人もいない。揉めることなく進行していった。

 

「最後の1200mリレー、アンカーは須藤くんで決まりだね」

「妥当なとこだろう」

 

 杏樹は5番手に決定していた。

 

「ちょっと杏樹と平田くんいいかしら?」

 

 声をかけられ行ってみるとそこには須藤もいた。

 

「先ほど決めた参加表に関して一つ相談があるの。体育祭の最後に行われるリレーのアンカー私に譲って欲しいの」

「いや、でもよ。アンカーは普通一番足の速いやつがやるもんだろ? それとも俺がアンカーじゃ不安なのかよ」

 

 男子と女子では基本的な身体能力が違う。堀北も女子の中では速いが、男子に交ざったら平田にすら勝てないだろう。その平田より速い須藤がアンカーをやるのは必然だ。それに女子の中で一番足が速いのは杏樹だ。堀北がアンカーをやる理由は全くない。

 

「いいえ、そうじゃないわ。あなたの実力は練習の時からわかってる」

「だったら俺でいいじゃねぇか。せめて5番走ってことなら……」

「理由がないってわけじゃないわ」

 

 スタートダッシュが云々と堀北が言うがそれがいいわけでしかないのは杏樹にはわかっていた。

 

「はいはい。そんな説明じゃ誰も納得できないよ鈴音ちゃん。ちゃんと自分の気持ちを言葉にしないと」

 

 杏樹の促しによって少しずつ話し始めた。

 

「……私の兄が……アンカーだと思うから」

「確かに堀北先輩アンカーって言ってたね。足超速いらしいね」

 

 なんで杏樹が知っているのかという目で見られたが、杏樹は3年にお友達がいっぱいいるのだ。特に科学部やサッカー部だが。情報源には困っていない。

 

「突然何かとおもったけどよ、そういうことか……俺としちゃアンカーやりたい気持ちもあるが、そういうことなら譲ってやってもいいぜ」

「そうだね、わかった。須藤くんと堀北さんを入れ替えて提出するそれでいい?」

 

 平田も同意し、結果堀北がアンカーになることになった。

 

「えっバトンの練習また1からやらなきゃなの?!」

 

脱力している杏樹の肩に綾小路はそっと手をおいた。

 

 

 いよいよその日がやってきた。長い1日になるであろう体育祭の幕開け。ジャージを身に纏った全校生徒が練習通り行進して入ってくる。行進といってもただ歩いているだけだが。

 

「いいとこ見せて桔梗ちゃんに猛アピールだぜ!」

 

 池が思惑を興奮気味に言う。特別運動神経がいいわけでもない中でどうやってアピールするつもりなのか綾小路は疑問に思ったが、秘策などなく気合の空回りという結論に落ち着いた。

 

「清隆くんがんばろうね!」

「あぁ、杏樹は楽しそうだな」

「うん、せっかくだからいいとこいっぱい見せたいしね。でも、本当はリレーは清隆くんにバトン渡したかったなぁ。練習いっぱい付き合ってもらったし」

「俺はリレーには出てないから仕方ないな」

 

「ねぇ棒倒しってどんな感じ? 作戦とか」

「須藤がいち早く棒にしがみついて残りは頑張るって感じだ」

「結構単純なんだね。わたしが知り合いにビデオ見せてもらった棒倒しは、まずプロレスみたいに敵に投げ飛ばされて、その後土台にタックルしようとした敵たちを棒で押さえつけて、その間に客席を使った鬼ごっこをした後、最後は助走をつけた子を飛ばして棒を勢いよく倒して勝ってたんだけど……やっぱりこんなことって稀なのかな?」

「いろいろ突っ込みたいところがありすぎるんだが、それは本当に起こったことなのか?」

「これを頭の中で創造するほどわたし想像力豊かじゃないよ」

 




長くなってしまいました。


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