仮面ライダージオウ✕仮面ライダーゼロワンーIF令和ザ・ファースト・ジェネレーション (K/K)
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ニュージェネレーション2019

今年最後の投稿となります。


 仮面ライダージオウ。それは人々の幸福を願い、それを叶える為に王を目指した青年──常磐ソウゴとその夢に惹かれ仲間となった明光院ゲイツ、ツクヨミ、ウォズらによって紡がれた物語。

 彼らの歴史に存在する数多の仮面ライダー達。それらが作り上げた歴史に介入し、力と歴史を奪うことで生み落とされる歪められた存在──アナザーライダー。

 ソウゴ達はアナザーライダーと戦い、歪められた歴史を正すと共にその力を継承していった。

 やがて、戦いはアナザーライダー達を生み出す元凶──タイムジャッカーとの戦いへと移り、激戦を繰り広げる。

 やっとの思いでタイムジャッカーを倒したソウゴ達を待ち受けていたのは歴史の管理者クォーツァー。全ての戦いは平成ライダーと平成という時代そのものを無かったことにしようとするクォーツァーの掌の上の出来事だったのだ。

 その衝撃的事実にもソウゴ達は屈することはせず、クォーツァーとの死闘を経て遂に彼らの手から時代も平成ライダーも守り抜くことが出来た。

 長い戦いを経て、ソウゴ達はやっと平穏な日々を取り戻せた。

 しかし、忘れてはいけない。これは束の間の平穏であることを。悪というものは常に息を潜めて機会を伺っていることを。

 真の平穏への道は長く、険しい道のりであることを。

 

 

 

 

 タイムジャッカー、クォーツァーとの戦いを終えたソウゴ達を待っていたのは──

 

「……何で俺がお前と一緒に買い物なんてしないといけないんだ」

「もー、ゲイツー。それ言うの三回目だよ? ジャンケンで決まったんだからしょうがないでしょ?」

 

 ──拍子抜けする程に平和な日々。それを表すかの様にソウゴとゲイツはお使いをしている。ソウゴは困った顔をし、ゲイツは不機嫌な表情となっているが。

 事の発端はソウゴの大叔父である順一郎に買い物を頼まれたことであった。丁度ソウゴ達の手も空いていたので二組に分かれることとなったのだが、組み分けの仕方はジャンケンであり、ソウゴとゲイツは見事に負けて男二人で買い物をする羽目になった。

 ゲイツは今でも組み分けに納得していない様子。

 

「何? そんなにツクヨミと一緒が良かったの? デートでもしたかった?」

「ば、馬鹿を言うなっ! お、俺が何時そんなことを言った! 俺は! ただ! ウォズがツクヨミに迷惑を掛けていないか心配なだけだっ!」

 

 分かり易く動揺するゲイツ。純情な性格をこれでもかと見せつけて来る。ソウゴは愚痴を続けるゲイツを少し揶揄うつもりで言っただけなのだが、予想外の過剰な反応に思わず笑ってしまった。

 

「何が可笑しい!」

「ごめん、ごめんって!」

 

 顔を真っ赤にしてソウゴの首を腕で締め上げるゲイツ。照れ隠しのそれを敢えて受けながらソウゴはこみ上げてくる笑いをどうしても堪えることが出来なかった。

 傍から見れば同年代の友人同士の戯れ。周りの歩行者達も特に気にすることはせず、視線を一度チラリと向ける程度で足を止めずに通り過ぎていく。

 何のおかしくもない平和な光景の一部分であった──この瞬間までは。

 

「ははは──っ!?」

 

 ソウゴは突如として悪寒を覚えた。何か良くないことが起こる。彼の直感が警報を鳴らす。

 ソウゴの変化をゲイツも察し、締めていた腕を離して怪訝な表情となる。

 

「ソウゴ、どうした?」

「何か……何か嫌なことが起こる気がする……」

「嫌なことだと……?」

 

 ゲイツはそれを考え過ぎだと一蹴しなかった。それを聞いた途端にゲイツの表情は戦士のものへと切り替わる。ソウゴの言葉を即座に信じるのは、彼らの間にある信頼関係の強さの表れであった。

 

「──来るっ!」

 

 ソウゴの悪寒が最大まで高まった瞬間、世界に虹色の波紋が広がる。

 

「何、あれ……?」

「何が起こっている!」

 

 虹色の波紋は急速に広がっていき、ソウゴ達にもその波紋が迫って来る。

 

「うわあっ!」

「くっ!」

 

 思わず両腕で眼前を防御する二人。波紋が彼らを通過していく。

 

『……?』

 

 体に異変は無い。それが分かった二人は空を見上げる。

 

「……あんなのあったっけ?」

「……いや。それよりもあんな物が今の時代にあるのか? それにここにはこんなにビルが建っていたか?」

 

 再び見上げた空には大きな飛行船が浮かんであり、そこには巨大なスクリーンが吊るされていた。そして、それを囲う様に大きなビルがいつの間にか並んでいる。さっきまでこんな光景は無かった。

 映し出された映像の中ではアナウンサーらしき女性がニュースを読み上げている。そして、二人はアナウンサーの容姿に奇妙な点を見つける。

 アナウンサーの両耳は翼の様な形をしたパーツで覆われていた。イヤホンとしては大き過ぎるし、目立ち過ぎる。

 

『──これにより、我々ヒューマギアの占領区は拡大され、人類滅亡まであと僅かとなりました』

「ヒューマギア?」

「人類滅亡だと……?」

 

 聞いた事の無い単語と物騒な言葉に二人は揃って戸惑う。間違いなく異常事態が起こっている。

 

「もしかして、タイムジャッカーが……?」

「馬鹿な!? 奴らはもう居ない筈だ!」

「でも、こんなことが出来るのってタイムジャッカーぐらいでしょ?」

「それは……そうかもしれんが……」

 

 認めたくない事実だが、こうも周りが現実を突き付けて来るとゲイツも認めざるを得ない。

 

「兎に角、ツクヨミとウォズに連絡を──」

「待て」

 

 スマートフォンを取り出そうとしたソウゴをゲイツは制止する。

 

「……周りを見ろ」

「周りって……えっ!」

 

 ソウゴはそこで気付く。周囲の老若男女が全員足を止め、自分達を無機質な凝視している光景に。

 全員に共通しているのは、映像に映っていたアナウンサーと同様に両耳に機械のパーツが付けられている。

 

「人間だ」

「人間だ」

「人間を発見」

「人間を発見」

「人間だ」

「人間だ」

 

 一同が口を揃えて同じ言葉を発し続ける様子はホラーそのものでしかない。

 

「人間は──皆殺しだ」

 

 スーツ姿の中年男性がその言葉と共に襲い掛かり、ソウゴの首を締め上げる。

 

「ぐうっ!」

「ソウゴ! うおっ!」

 

 助けようとするゲイツであったが、彼もまた買い物帰りの主婦に攻撃される。

 

「何、だよ……!」

 

 ギリギリと首を締め上げられていく。ソウゴは中年サラリーマンの両手を引き剥がそうとするが、凄まじい怪力で中々剥がすことが出来ない。

 

「この力……! 人間じゃないのか……!」

 

 ゲイツも主婦の両腕を掴んで抵抗する。だが、普段から鍛えているゲイツですら主婦のか細い腕の力に押されていた。

 

「まさか……こいつらが……ヒューマギアだというのか……!」

 

 ゲイツの疑問に答える様に周囲の者達は同じ言葉を発し続ける。

 

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

 

 無機質な殺意を浴びせられる中でゲイツはまだ大丈夫であったが、ソウゴは追い込まれていく。

 

「う、く……」

 

 ヒューマギアの指が喉に食い込み、息が出来なくなる。サラリーマン型ヒューマギアの力の前にソウゴの抵抗も無意味なものであり、酸素だけでなく血流も止まり始め意識が段々と遠のいて行く。

 そんな中、ソウゴは抵抗を諦めたのかサラリーマン型ヒューマギアの指から手を離す。だらりと下げられる両手。だが、その両手がズボンの中へと突っ込まれる。

 ズボンから手が引き抜かれた時、その両手には二つのウォッチが握られていた。

 ウォッチのスイッチを押し、渾身の力で放り投げる。

 

『スイカアームズ! コダマ!』

『タカウォッチロイドー!』

 

 ウォッチから小型のロボットとなったのはコダマスイカアームズ。飛翔するタカへと変形したのはタカウォッチロイド。

 コダマスイカアームズはサラリーマン型ヒューマギアの体を足場にして数度跳躍。顔面前まで跳び上がるとサラリーマン型ヒューマギアの顔目掛けて両手指先からスイカの種型の弾丸を飛ばす。

 

『あ、コダマシンガン!』

 

 タカウォッチロイドもゲイツを襲っている主婦型ヒューマギアに向かって飛翔。

 

『サンダーホーク! 痺れタカッ! タカァァ!』

 

 その顔に電撃を帯びた突撃を喰らわす。

 思わぬ攻撃に怯み、攻撃の手が緩む。その隙にソウゴは指を引き離して体当たりで突き飛ばし、ゲイツも相手の体勢を崩して投げ転がす。

 

「ゲホ! ゲホ! ──ツクヨミとウォズを呼んで来て!」

 

 咳き込みながらもソウゴはタカウォッチロイドに指示を飛ばす。

 

『探しタカ! タカァァ!』

 

 その指示に従い、ツクヨミ達を見つける為にタカウォッチロイドは飛び去って行く。

 

「──人間は皆殺しだ」

「──人間は皆殺しだ」

 

 ソウゴとゲイツに転倒させられたサラリーマン型ヒューマギアと主婦型ヒューマギアが何事もなかったかの様に立ち上がる。

 二体のヒューマギアは同じ動作、タイミングで衣服の中からある物を取り出す。

 銀色のバックルらしき物体。何かを挿し込むスロットが設けられているだけで殆ど飾り気が無い。意匠があるとしたら赤いチューブが何本か付けられている程度。

 『まさか……』と二人はそれだけ見て経験からこれから起こることを察する。

 二体のヒューマギアの目が赤く輝き、両耳の装置から円形の赤い図が投影される。

 

『人間は皆殺しだ』

 

 同調した動き銀色のバックルを腹部に押し当てると、バックルからベルトが射出される。ベルトの裏側にはびっしりと棘が付けられており、食い込む様にしてバックルが装着される。

 

『KUHENEO!』

『EKAL!』

 

 長方形の物体のスイッチを押すとその物体の名、或いは込められた力が読み上げられる。

 それをバックルのスロットに挿し込み、反対側に設けられたスイッチを押し込む

 

『ZETSUME RISE!』

 

 バックルから赤いチューブが伸び、スロットに挿し込まれた物体を貫く。

 発生するエネルギーによりヒューマギアの表面を覆っていたコーティングが剥がれ落ち、下から機械そのものと言える白い装甲の本体が露出する。

 目を赤く発光させながら口を開き、無数のケーブルを吐き出すとそれがヒューマギアを繭の様に覆い、一瞬にして二体を異形へと変形させる。

 

「これがヒューマギアの本当の姿だと言うのか……?」

 

 現れた二体の異形にゲイツは表情を険しくする。

 扇形の赤い頭部に胸から皮膜の付いた両羽を生やすのは、クエネオスクースという絶滅した爬虫類をモチーフとしたクエネオマギア。

 青い複眼にげっ歯類に似た顔から長い牙を伸ばす、こちらも絶滅種の哺乳類であるエカルタデタをモデルにしたエカルマギア。

 二体のマギアは体からコードを伸ばし、周囲のヒューマギア達へ突き刺す。

 そこから送られたデータによりヒューマギア達の表層を覆うコーティングは剥がれ、機械部分が露出。更に顔面や体の各部を覆う白い外装も弾け飛び、骸骨の様な内部が剥き出しとなる。その後、顔面部分がシャッター状のプロテクターで覆い隠された。

 マギアの力によって作り直された即席の戦闘員──トリロバイトマギアはナイフや銃を生成してソウゴ達を囲む。

 

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

「それしか言えんのか!」

「……何か壊れちゃってるみたい」

 

 無感情だろうと悪意に塗れた言葉を言われ続け、ゲイツは苛立ちながら吐き捨てる。一方で同じ言葉しか繰り返さないマギア達にソウゴは僅かながら憐憫の感情を抱いた。

 傍から見れば絶体絶命の状況。しかし、ソウゴ達は絶望などしていなかった。

 見たこともない怪人の出現には少々驚かされたが、その間に彼らは身に沁みついた動きでジクウドライバーを装着しており、手にはライドウォッチが握られている。

 

「厄介なことになってる……早くツクヨミ達と合流しないと!」

「なら、とっととこいつらを倒すぞ! ソウゴ!」

『ジオウ!』

『ゲイツ!』

 

 多勢に無勢。だが、何一つ恐れることなど無い。隣には頼れる仲間が居るのだから。

 ジクウドライバーにライドウォッチを挿し込み、中央のロックを外す。マギア達もその行動に畏怖を抱いたのか、一斉に襲い掛かろうとしてきた。

 

『変身!』

『ライダーターイム!』

 

 二人の背後に文字盤を模したエネルギーが発生。そこから飛び出す『ライダー』と『らいだー』の具現化した文字が迫っていたマギア達を弾き飛ばす。

 殺到してきたマギア達を薙ぎ倒し、安全圏を築いた所で文字盤型エネルギーが発する力が二人の姿を変える。

 

『仮面ライダージオウ!』

 

 黒のボディスーツに胸部中央に時計のベルトを模した銀の装甲を付け、その仮面にはマギア達を薙ぎ倒したマゼンタカラーの『ライダー』の文字が嵌め込まれ複眼となる。

 

『仮面ライダーゲイツ!』

 

 赤をベースとしたスーツ。ジオウと同じく中央に時計のベルトに似た装甲を付けているが色は黒となっている。蝶の羽根の様に広がる仮面に『らいだー』の文字が収まると同時に複眼が黄色く輝いた。

 ジオウとゲイツ。激戦を潜り抜けてきた二人のライダーがマギア達と対峙する。

 

「たあっ!」

「はあっ!」

 

 二人の変身に戸惑ったかの様に一瞬硬直するマギア達。その隙にジオウ達は駆け寄り、先制の拳をトリロバイトマギア達に喰らわす。

 二人の拳が命中するとマゼンタと黄色の閃光が発せられ、二体のトリロバイトマギアは顔面のプロテクターを破壊されて転倒する。

 転倒したトリロバイトマギア達は、破壊された部分から青白い電流を迸らせながら痙攣の様に手足をばたつかせる。ジオウとゲイツの一撃によって既に戦闘不能状態にさせられてしまったのだ。

 この段階で変身した二人を脅威と捉えたクエネオマギアとエカルマギアは少しでも情報を得る為にトリロバイトマギア達を先行させる。

 同胞の惨状を見れば敵わない相手だと判断出来る筈だが、機械である彼らがそれに恐怖心を抱くことはせず、与えられた指示通りに動く。

 数体のトリロバイトマギア達がナイフを構えてジオウへと押し寄せる。

 

『ジカンギレード! ケン!』

 

 側面に『ケン』と描かれた片刃剣がジクウドライバーから召喚され、その柄を握ったジオウはトリロバイトマギア達のナイフが振るわれるよりも速く接近し、擦れ違い様にジカンギレードで斬り付けていく。

 第三者が見れば流れる様な動きでジオウがトリロバイトマギア達の間を通り抜けたかと思えば、いつの間にかトリロバイトマギア達の体に斬撃の痕が刻まれていることに気付くと同時にトリロバイトマギア達が爆散する光景を目撃しただろう。

 瞬時に数体のトリロバイトマギアを破壊したジオウを見て、近距離戦は不利と判断し離れた場所から残りのトリロバイトマギア達が銃撃を行おうとする。

 

『ジカンザックス! Oh! No!』

 

 ゲイツのドライバーから飛び出した赤い光がその内の一体へと向かい、側面『おの』と描かれた斧として実体化すると同時に眉間へと刃が突き刺さる。

 頭部を叩き割れて行動不能となるトリロバイトマギア。しかし、仲間が行動不能されても他のトリロバイトマギア達は動揺することなく銃を構え続ける。

 ゲイツが手を翳す。そのタイミングでトリロバイトマギアは爆発し、爆風で飛ばされた斧──ジカンザックスが翳していたゲイツの手に収まる。

 トリロバイト達が一斉に銃弾を放つ。ジオウ達は息を揃えて側方宙返りをし弾丸を回避する。尚且つその間に武器を変形。

 

『ジュウ!』

『You! Me!』

 

 ジカンギレードは銃形態に、ジカンザックスは弓形態となると視界が回転し、足が宙に浮いているという不安定な体勢から同時に引き金を引く。

 撃たれた光弾はトリロバイトマギア達の頭部や胸部を撃ち抜き、射られた光矢は眉間や胴体を射抜く。

 二人が地面に足を着けた時、トリロバイトマギア達は爆発。全てのトリロバイトマギア達はあっという間に全滅してしまった。

 

「人間は皆殺しだ……」

「人間は皆殺しだ……」

 

 その光景を目の当たりにしてもクエネオマギアとエカルマギアは同じ言葉しか吐かず、逃げる素振りすら見せない。恐怖という感情は無い様子。

 クエネスマギアは胸部に付けた両翼を取り外し、ジオウ目掛けてそれを投擲。

 

「おっと」

 

 ジオウはそれをしゃがんで回避。放たれた翼剣はジオウの頭上を通過していく。

 すぐに立ち上がり、ジカンギレードの銃口をクエネスマギアに向ける。クエネオマギアは前傾姿勢となりいつでも反応出来る様にする。

 ジオウの背後では投擲された剣が旋回してクエネオマギアの方へ戻って来ている。剣ではなくブーメランであった翼がジオウを背後から襲おうとする。

 

「気付いてるよ」

 

 ブーメランが背中を切り裂こうとした瞬間、ジオウは後ろへ倒れ込む。ブーメランがジオウの眼前を通り過ぎていく。

 そして、ジオウは倒れながらも銃口をクエネオマギアへと向けており、ブーメランを回避と同時に発砲。光弾はクエネオマギアの体の各部に命中し、火花を上げる。

更に銃撃によって怯んだことで本来ならばキャッチする筈のブーメランを取り損ね、ブーメランは使い手であるクエネオマギアの体を切り裂いた。

 この戦いの間にゲイツとエカルマギアの戦いも行われていた。

 エカルマギアは素早い動きでゲイツへ接近すると同時に前蹴りを繰り出す。しかし、ゲイツはそれを難無く躱しつつ、ジカンザックスを弓形態から斧形態へと変形させていた。

 

『Oh! No!』

 

 エカルマギアが両手を左右から振るう。ゲイツは右手を手刀で叩き落としながら左手にはジカンザックスを叩き付ける。

 

『タイムチャージ!』

 

 ジカンザックスのスイッチに接触させたことでジカンザックスがカウントダウンを始める。

 

『5、4、3、2』

 

 ジカンザックスが読み上げる中、エカルマギアは獣の如き俊敏さで連続攻撃を繰り出す。だが、それら全てはゲイツにダメージを与えることは出来なかった。全部躱され、弾かれ、叩き落されてしまう。

 数々の怪人らを撃退してきたゲイツからすれば、エカルマギアの動きは教科書のお手本の様な常道的な攻撃であり、こう動けば相手はこう動くという感じで先読みし易いもので手に取る様に分かる。

 今もゲイツが自然な動きで距離を開けるとそれを追撃する為に蹴りを放とうとするが、ゲイツはその動きが分かっていたのでエカルマギアの脛に爪先を当て、エカルマギアの蹴りを潰す。

 

『1、 ゼロタイム!』

 

 ジカンザックスがエネルギー充填完了を告げる。そのタイミングでエカルマギアは生やしている牙を延長させ、槍の如く突き出す。

 相手の不意を突く完璧な奇襲。ゲイツは為す術無く牙によって貫かれる──エカルマギアのAIの計算はそう導き出していた筈だった。

 

「!?」

 

 この時、エカルマギアのAIは一瞬計算を止めた。伸ばした牙の先に貫くべきゲイツの姿が無かったのだ。

 牙の根元に赤色に輝く刃が当てられる。いつの間にか側面に移動していたゲイツがジカンザックスを当てていた。

 エカルマギアが計算ならゲイツは戦いで培ってきた経験によりエカルマギアの奇襲を読み切る。

 

『ザックリ割り!』

 

 振り上げられたジカンザックスがエカルマギアの牙を二本とも斬り飛ばす。

 牙を根本から切断されたエカルマギアは、それを痛がる様に牙があった箇所を押さえて後退する。

 ジオウ、ゲイツは共に相手へ大きなダメージを与える。それにより必殺の一撃へと繋げる。

 

『フィニッシュタァァイム!』

 

 ジオウは自らのライドウォッチのスイッチを押す。クエネオマギアは何かが起こると判断して身構えるが何も起こらない。

 注意深く周囲を観測し、そこで気付く。自分の足元に『キック』と描かれた文字が文字盤の如く十二並んでいることに。

 クエネオマギアはすぐに『キック』の文字の囲いから逃げようとするが、地面に描かれた文字が実体化し、クエネオマギアに衝突。

 体をくの字に曲げて吹っ飛ばされるクエネオマギア。その背に別の『キック』の字が当たり、斜め上へ打ち上げられる。

 そこへ来る『キック』の追撃。クエネオマギアに次々と体当たりをして空へと上げていく。

 十二番目の『キック』が顎を突き上げた時、クエネオマギアは真上を見させられる。クエネオマギアの頭上には既に跳び上がっていたジオウが右足を突き出して待ち構えている。

 

『タイムブレーク!』

 

 クエネオマギアを打ち上げ続けていた『キック』の文字がジオウの右足裏へと重なり、破壊の為のエネルギーへ戻る。

仮面にある『ライダー』、右足裏にある『キック』の文字が同時に輝くとクエネオマギアの胴体にジオウのキックが命中。打ち込まれた瞬間に余剰エネルギーであるマゼンタの光が波紋の様に広がっていく。そして、マゼンタの波紋が広がる光景の中で衝撃とエネルギーを同時に流し込まれたクエネオマギアは爆散した。

 

『フィニッシュタァァイム!』

 

 ゲイツのライドウォッチが叫ぶとエカルマギアの体がノイズの様に一瞬だけブレる。

 すぐさまエカルマギアは自分の体に異変が起きていないか識別するが異常は見られなかった。

 だが、直後に視界センサーがすぐ側に何かが現れたことを告げる。即座に構えながらセンサーが告げた方向を見るエカルマギア。

 この時、エカルマギアの人工知能は一瞬だが完全なフリーズ状態となる。

 そこに居たのはエカルマギア自身。半透明の姿となり状態を大きく仰け反らせた体勢になっている。

 何故そんなものが出現したのか。エカルマギアの人工知能は理解不能な出来事に遭遇してしまい、答えが導き出せず思考を強制的停止してしまう。

 ゲイツが必殺の体勢に移行しているにもかかわらず。

 

『タイムバースト!』

 

 跳躍したゲイツからエカルマギアまで連なって伸びる『らいだー』と『きっく』の文字。その文字の終着点はエカルマギアの胸部前。

 

「はあああっ!」

 

 文字を仮面と右足裏に収めながら降下するゲイツ。不可思議な現象に思考を取られていたエカルマギアは迫っていることに意識が向けられず、気付いた時には回避不可能程までに接近されていた。

 エカルマギアの胸部にゲイツのキックが直撃する。致命傷と即座に判断出来る衝撃がエカルマギアを貫いた。

 キックの反動で少し離れた位置にゲイツが着地すると、エカルマギアはダメージの影響でおぼつかない足取りでフラフラと移動し、エカルマギアと先に投影されていたエカルマギアと重なり上体を仰け反らせることで完全に一致。

 定められた未来の答え合わせをするかの様にエカルマギアの胸部に亀裂が入り、そこから爆炎を噴出させ、エカルマギア爆発しては粉々となった。

 状況が分からぬまま敵を全て倒したジオウ達であったが、勝利の余韻を味わう暇は彼らには無かった。

 

「やばっ……!」

「まだこんなに居るのか!?」

 

 ジオウ達の周りには戦闘に気付いたヒューマギア達が集まっていた。その数はさっきの戦いの二倍、否、三倍は居り今も数が増えている。

 息つく暇も無く次の戦いが始まろうとしていた。ジオウとゲイツの戦闘力ならヒューマギア達にも無難に勝てるだろうが、いつまでも続く訳では無い。戦い続ければ体力を消耗し、消耗が増えれば集中力などを欠き相手に付け入る隙を与えてしまう。

 飛行船のアナウンサーが喋っていた情報が確かなら、この世界では人類は僅かしか存在せず、殆どがヒューマギアに置き換わっている。

 こんな状況で戦っても終わりの無い不毛な戦いにしかならない。叩くならば世界がこんなことになった元凶を叩くべきである。

 ジオウはゲイツにアイコンタクトを送る。ジオウの視線の意図に気付き、ゲイツは無言で頷く。

 脱出口を開く為にまず周囲を囲うヒューマギア達を蹴散らそう考えた矢先──不可視の力が風の様に吹き抜け、ジオウ達以外を全て停止させてしまう。

 ジオウ達はその現象に驚かない。時間操作による対象の時間停止。これは彼らの仲間の能力である。

 

「ソウゴ! ゲイツ!」

 

 白いワンピースの上にマントの様な衣を羽織った黒髪長髪の女性──ツクヨミがジオウ達に名を呼ぶ。その傍では彼女を見つけてここまで導いてきたタカウォッチロイドが飛び回っている。

 

「ツクヨミ!」

「無事だったか!?」

 

 仲間の一人の無事を確認でき、安堵しながら二人はツクヨミの許へ行く。

 

「あれ? ウォズは?」

 

 そこで彼女と一緒に行動していた筈のウォズが居ないことに気付く。

 

「ウォズのことはどうでもいいから! 先ずはここから離れましょ!」

 

 心なしか怒っているツクヨミに二人は黙って頷くしかなく、言われた通りに安全な場所を目指してこの場所から移動を始めた。

 移動すれば簡単に見つけてしまうヒューマギア。戦闘開始になる前にツクヨミの時間停止を使って逃げる。懸念していたことが正しかったと示す様に移動する度にヒューマギアと出会ってしまう。

 そんな苦労の末、やっとヒューマギアの目が届かない路地裏へと三人は辿り着く。

 

「えーと……ウォズはどうしたの?」

 

 先程聞いてツクヨミが不機嫌になったので、ソウゴは恐る恐る不在のウォズについてもう一度尋ねる。

 

「……ウォズったらこの世界がおかしくなったタイミングで『少し調べることが出来た』って言って私を置いて一人で何処かに行ったのよ! おかげで私一人でどれだけの相手をしたか……!」

 

 世界の異変を感じ取った瞬間に独断専行をしたらしいウォズ。勝手な真似をされた挙句、敵しか居ない場所で置いて行かれたツクヨミはよっぽど腹が立ったのか可愛らしい顔立ちが般若の如き表情と化している。

 

「ウォズめ……また勝手なことを」

 

 色々とあって蟠りは解けたが、今でも何を考えているのか読めないウォズにゲイツは愚痴るが、その声には心配も含まれていた。

 

「まあ、ウォズも強いし大丈夫な気がする」

 

 ウォズの実力を信頼し、不安など無い様に言うソウゴ。その前向きさは周囲の不安などを吹き飛ばす力があった。

 

「はあ……それは分かっているけど、万が一の場合もあるでしょ? ──この世界はもう私達の知っている世界じゃないのよ?」

 

 少しだけ溜飲を下げたツクヨミが不満そうに言う。置いて行かれたことへの怒りの他にも一人で危険な行動をとったウォズに対する怒りもあり、結局のところは彼女もまたウォズのことを心配しているのだ。

 

「そんなに心配なら呼んでみる? ウォズー」

 

 ソウゴは適当な方向を向いてウォズの名を呼ぶ。

 

「……私は犬や猫じゃないんだけどね?」

 

 灰緑の近未来的なデザインのコートに灰色のストールを持ち、手には『真・逢魔降臨暦』と描かれた分厚い本を持った青年──ウォズが不機嫌そうな表情でソウゴ達のすぐ傍に音も無く姿を現す。

 

「ウォ──」

「ウォズッ!」

 

 ソウゴよりも先にツクヨミが怒りの表情でウォズのストールを掴み上げた。

 

「勝手にっ! 一人でっ! 行動しないっ!」

 

 ツクヨミは感情のままウォズの体を前後に揺さぶる。ウォズは詫びの意味を込めてかツクヨミにされるがままであった。

 それを見兼ねてソウゴとゲイツが助け舟を出す。

 

「まあまあ。ツクヨミ、落ち着いて」

「気持ちは分かるが、前からこういう奴だったろ?」

 

 二人に宥められ、ツクヨミは渋々ながらウォズのストールから手を離す。解放されたウォズは、乱れたストールを直していた。

 

「本当に悪かったとは思っているよ、ツクヨミ君。──しかし、今回は前触れの無い異常事態だったから、一刻も早く調査する必要があったんだ。……それにツクヨミ君の実力なら相手が百体、二百体程度でも──」

「引っ叩かれたいの?」

「──失礼」

 

 ペラペラと喋るウォズを睨み付けながらの一言の威圧感に、流石のウォズも口を慎むしかなかった。

 

「それで? 勝手な事をしたからにはそれなりの成果はあったんだろうな?」

「勿論さ。恐らく今回の異常事態の発端はこの会社からだ」

「会社?」

 

 ウォズは『真・逢魔降臨暦』を開き、間に挟まれていた折り畳まれた紙を取り出し、広げる。

 それは古びたポスターであった。

 

『新たな時代に新たな技術を』というキャッチフレーズを添えられた会社の名は──

 

「飛電インテリジェンス?」

 

 

 




ジオウsideはここまで。次はゼロワン視点となります。


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アナザーバルカン2019 その1

ゼロワン視点となります。


「或人、将来の夢は何だ?」

 

 幼い頃の夢。肩車をされた自分に父がそう問い掛ける。

 

「お父さんを心から笑わせること!」

 

 誰かが聞けばその夢に疑問を抱くかもしれないが、父を知ればある程度は納得するかもしれない。

 両耳に付けられたヘッドホンの様な形の機械のパーツ。父は人間ではなくロボットだった。

 父は背中から下ろし、目線を合わせて向き合う。

 

「無理だよ。ロボットの父さんには心がないんだよ」

 

 諭す様に語る父は、笑っている様な悲しんでいる様なぎこちない表情をしていた。今に思えばあれはプログラムされていない本当の笑顔を実行しようとして失敗した表情だったのかもしれない。

 

「絶対あるよ! こんなに優しいんだもん!」

 

 幼い自分はそれを否定し、笑うことの出来ない父の分まで笑顔を見せる。

 その表情を見て、父の表情から少しだけぎこちなさが消えた。

 父と子の当たり前の様な交流──場面はいきなり飛ぶ。

 大きな爆発音。そして、衝撃。

 気付けば目の前には傷だらけになり機械部分を露出させ、冷却液らしき青い液体を血液の代わりに流している。

 酷い負傷の反面、幼い自分には傷一つ無い。父が身を呈して庇ってくれたからだ。

 

「お父さん!」

 

 悲愴な声に反応し、壊れかけの父はゆっくりと体を動かし、幼い自分の方を見た。

 

「或人……夢に向かって……飛べ」

 

 父はそのまま動かなくなる。

 

「お父さん……? お父さんっ! お父さぁぁぁん!」

 

 

 ◇

 

 

「父さんっ!」

 

 飛び上がる様にベッドから体を起こす青年──飛電或人。過去の悲しい思い出を夢に見たせいで顔色が悪かった。

 

「何だ夢か……」

 

 嫌な夢を見たと或人は顔を顰める。

 今思えば自分の人生の転機はあの時起こった事故だったのではないかとぼんやりと思った。

 飛電或人。人工知能搭載人型ロボット・ヒューマギアを開発した日本最大のAIテクノロジー企業である『飛電インテリジェンス』の創始者飛電是之助を祖父に持つ青年。

 売れないお笑い芸人として日々を送っていた彼は、ある日亡くなった祖父から直々に飛電インテリジェンスの二代目社長へと指名された。

 そこで渡されたのは飛電インテリジェンスが開発したベルト──飛電ゼロワンドライバー。それにより彼は暴走するヒューマギアと戦う為の戦士──仮面ライダーゼロワンとなり、社長と仮面ライダーという二足の草鞋を履くこととなったのだ。

 ヒューマギアを暴走させる謎のテロリスト──滅亡迅雷.netによるヒューマギアの信用低下を回復させる為にあれこれ奔走したり、祖父の遺言という理由だけで社長に任命されたこと妬まれたりなど気苦労も絶えない日々。

 夢のせいで一気に覚醒したが、再び眠気が襲って来る。ベッドの上で睡眠を貪るのが数少ない楽しみになりつつあった。

 もう一度寝ようかと思った時、或人は掌に硬い感触があることに気付く。視線を向ければ伸ばした手が目覚まし時計のスイッチを押え込んでいた。

 ゆっくりと目覚まし時計から手を離す。あまり良くなかった顔色が更に悪くなる。

 掌で隠されていた時計の針は、とっくに出勤時間を回っていた。

 

「うっそぉぉぉぉ!」

 

 二度寝を誘う眠気が完全に吹き飛ぶ。

 

「六個も目覚まし時計用意したのにぃぃぃぃ!」

 

 或人の言う通りテーブルの上には六個の目覚まし時計。全て鳴った同時に或人が無意識でスイッチを切っていた。

 寝間着代わりのジャージを一気に脱ぎ捨て、普段着へと急いで着替える。

 

「やばい! やばい! 六個もあって遅刻するなんて……」

 

 そこでハッとした表情となり、着替えを途中で止める。

 

「目覚まし時計を六個用意しても駄目ならもっと容易し()()()()()! はい! アルトじゃーないとっ!」

 

 人差し指を突き付ける彼の決めポーズと思いついた一発ギャグ。一人部屋でやっているので当然反応など無い。

 

「──ってやってる場合じゃないぃぃぃ!」

 

 芸人としての性に自分でツッコミを入れながら慌ただしく準備をする。

 

「急げぇぇぇぇ!」

 

 数分後、或人はバイクに跨って疾走していた。彼が搭乗しているバイクはゼロワンの為に用意された専用バイク──ライズホッパー。黒い鋭角なフォルムにライトイエローのラインが入った高性能バイクだが、今は或人が一秒でも早く飛電インテリジェンスに到着する様に性能を発揮している。

 とはいえ社長という立場故に法定速度ギリギリのラインは守った安全運転は一応心掛けている。

 赤信号が点灯すればちゃんと停車する。

 信号が変わるまで或人は周囲を見回す。

 

「おっ。ヒューマギアの皆、働いてんなぁ」

 

 バス停留所で並ぶヒューマギア達を見て、或人は誇らしげに言う。自社の製品であるヒューマギア達が世の為、人の為に働いていると思うと嬉しく思ってしまう。

 

「……うん?」

 

 横断歩道を横断する児童達。それならばおかしな光景ではないが、皆が耳に機械のパーツを付けており、児童達全員がヒューマギアなのが分かる。

 

「あれ? 子供のヒューマギアなんて居たっけ?」

 

 ヒューマギアは主に労働を目的として作られているので大人の姿が基本となっている。わざわざ子供の姿にする理由が思いつかない。それにその子供のヒューマギア達はランドセルを背負っており、まるで登校している最中であった。

 

「──俺が知らないだけか」

 

 社長となって日が浅い為、自社製品であるヒューマギアを全て知っている訳では無い。わざわざ子供の姿にするのにも何か設計者の意図があるのだろうと判断し、深くは考えなかった。

 そんなことを考えている内に信号は赤から青に変わる。

 

「急げ、急げぇぇ!」

 

 ライズホッパーのアクセルを回して発進する或人。既に彼の頭の中から先程の疑問は消え去っていた。

 遅刻したくないことだけを考えていた或人は気付かなかった。これまで通り過ぎていたヒューマギア達全員が冷徹な眼差しを走り去っていく或人に向けていたことに。

 急いで『飛電インテリジェンス』前へと到着した或人。時計を見てみたがもうとっくに社長室にいないといけない時間であった。

『飛電インテリジェンス』の正面玄関自動ドアを潜り抜ける。

 

「皆! おはよう!」

 

 時間は無いが挨拶は欠かさない。或人なりの社長としての礼儀であった。

 或人の挨拶に社内にいる全員が足を止め、一斉に或人の方を見る。

『何故、社長がこんな時間に?』という反応と思った或人は彼らに謝りながら社内奥へと向かう。この時も或人は気付かなかったが足を止めた者達全てがヒューマギアであった。

 正面入口から奥へ進むと自動改札機が設けられている。ここから先に行くには社員証明が必要であった。

 いつもの様に読取機部分にスマートフォンを翳す。ブザーと共に✕印が投影され、改札口が開かない。

 

「え?」

 

 読み取り不良が起こったのかと思い、もう一度翳す。

 

「あれ!?」

 

 結果は同じであった。

 三度読み取りをしようとした時、或人と改札機の前にヒューマギアが割って入って来た。そのヒューマギアは実直そうな顔付きをし警備服に身を包んでいる。

 

「マモル」

 

 警備勤務を主としたヒューマギアであり、或人の祖父の是之助から直々にマモルという名を与えられており、或人とも顔見知りであった。

 ジッと或人の顔を凝視し、何かを確認し始める。

 或人はこの時になって何かおかしなことが起こっているのではないかと薄々思い始める。彼を見つめるマモルの目は今まで見たことが無い程に冷たく感じられた。

 

「飛電或人を発見!」

「え! な、何!? うおっ!」

 

 マモルが叫ぶといきなり或人の体を掴み、床に組み伏せる。更には警報が鳴り響き、他の警備用ヒューマギア達も集まってきた。

 訳が分からないまま極められた関節の痛みに悶える或人。すると、誰かが或人の傍に歩み寄る。

 首だけ動かすと、灰を地にし黒と赤のラインが入った服を着た女性ヒューマギアが両手を前に組んで静かに佇んでいる。

 彼女もまた或人の顔見知りであった。副社長の秘書であるシェスタ。

 

「これ、防犯訓練?」

 

 出来ればそうであって欲しいと願いながら尋ねるが、シェスタは或人を見向きもせず淡々と喋る。

 

「飛電或人。貴方は我が社を脅かすテロリストとして指名手配されています」

「テロリスト!?」

 

 テロリストから皆を守る為に戦って来た或人はテロリスト扱いされ、とんでもないレッテルに驚愕する。

 段々と現実がおかしくなってきていることを理解し始めた或人は首を動かして周りを見る。全てのヒューマギアが或人に対し敵意を込めた視線を向けていた。

 今まで百八十度状況が変わっていることに或人は困惑するしかない。

 

「下がれ」

 

 感情を感じさせない冷めた声が飛電インテリジェンス内に響き渡る。その言葉に従い、社内奥立ち塞がっていたヒューマギア達が左右に分かれて道を作る。

 足音がどんどんと近付いて来て、或人の傍で止まる。

 見上げた先には光沢のある皺一つ無い銀色のスーツを着た男性ヒューマギアが或人を見下ろしていた。或人とは初対面のヒューマギアである。

 その目は他のヒューマギア達とは一際強い敵意と人間に対しての悪意が宿っており、向けられた或人は鳥肌が立つのを感じた。

 

「我が社の安全は私が守る」

「誰なんだよ……!? お前は……!?」

「私の名はウィル。飛電インテリジェンスの社長だ」

「社長……? んな馬鹿な! 社長は俺──」

 

 或人の目がある場所へと向けられる。飛電インテリジェンスの壁には当代の社長の肖像画が飾られている。そこには当然或人の肖像画が──無かった。

 飾られていたのはウィルの肖像画。よく見れば描かれているウィルは今の新型ではなく両耳がヘッドホン型の旧式ヒューマギアの姿であり、つまりは長い期間彼が社長の座に就いていることを示していた。

 

「何だよこれ……」

 

 いつの間にか会社を奪われてしまった或人はそう言葉を零すしかない。

 

「外に連れ出せ……私が直々に排除する」

 

 マモルを含む警備員ヒューマギアらは一斉に或人を掴み上げ、或人が抵抗する間もなく正面玄関から外へ投げ出す。

 

「いってぇ……」

 

 派手に転げ回った後、痛みで顔を顰めながら或人は立ち上がる。

 

「この会社は我々ヒューマギアのものだ」

 

 ウィルはそう言ってスーツの内側から時計の様な物を取り出し、スイッチを押す。

 

『バルカン』

「バルカン……?」

 

 それは或人の知るもう一人の仮面ライダーの名であった。

 

「そう。私がバルカンだ」

 

 ウィルはそれを体内へ取り込む。機械の体と融合し出し、黒いエネルギーがウィルの体を包み込むと、彼を異形へと変える。

 右半身から青い獣毛を、左半身からは白い獣毛を生やした体。口吻が長く伸び、そこから牙を覗かせた頭部はオオカミに似ていた。

 後頭部から青と白が混じった鬣を生やしており、足元近くまで伸びたそれは鬣と同時に尻尾の様にも見える。

 腹部には銃らしき形をしたドライバーが付けられているが、その銃は鎖で巻かれて使用不能状態であった。

 右腕部に『VULCAN』、左腕部に『2019』の刻印。或人は知る由も無かったが、その刻印こそがアナザーライダーの証明。

 アナザーバルカンは指先から生える鋭爪を或人に向け、冷酷に告げる。

 

「人間は皆殺しだ」

 

 ゼツメライズキーやプログライズキーによる変身とは全く異なる姿。マギアとは違い生物的な要素が強く出ている。

 

「本当に何がどうなってんだよ……!」

 

 次々と起こる予想外の事態にパニックになりそうになるが、それを堪えて仕舞っておいたドライバーを装着する。

 

『ZERO―ONE DRIVER!』

 

 外装は黒。右側には認証装置が付けられたおり、中央から左側に掛けて銀と赤の矢印の様な意匠が施されている。

 

「飛電の形見で抗う気か?」

 

 アナザーバルカンが指摘した通り、これが或人が祖父より与えられた力──飛電ゼロワンドライバーである。

 或人は続いて黄と黒の外装に、バッタが描かれた長方形の物体を取り出す。この物体の名はライジングホッパープログライズキー。内部に生物のデータを保管したシステムデバイスであり、文字通り或人を変身させる為の鍵である。

 

『JUMP!』

 

 プログライズキー上部にあるスイッチを押し込む。そのプログライズキーが持つ固有アビリティが読み上げられる。

 

『AUTHO RIZE』

 

 プログライズキーを認証装置前に翳し、データを承認させる。

 両腕で円の動きをしながら胸前に交差する。承認と共にゼロワンドライバーを通じて宇宙にある飛電インテリジェンスが開発した通信衛星ゼアからプログライズキーが内蔵したデータを実体化させたライダモデルが転送される──筈なのだが。

 

「あ、あれ? え!?」

 

 いつまで経っても現れないライダモデルに或人は天を見上げる。すると、破砕音が足音から聞こえて来た。上げていた視線を下げればメタリックな巨大バッタ──ライダモデルが何故かアスファルトを突き破ってこちらを見ている。

 

「地下から!?」

 

 ライダモデルは自らが掘った穴から跳び出し、出番を溜めた分だけ激しく或人の周囲を跳び回る。その暴れっぷりは凄まじく跳躍の衝撃だけでアスファルトが捲れ上がる。ライダモデルが跳び続けているせいでアナザーバルカンも簡単には手出し出来ない。

 どうして空からではなく地下からなのか疑問に思いつつも或人はプログライズキーの上部を百八十度展開してコネクター部分を露出させる。

 

「変身!」

『PROG RISE!』

 

 それをゼロワンドライバーの側面に挿し込む。ゼロワンドライバーがスライドし、中央にO型のリアクターが現われるとプログライズキーに内包されたデータが実体化され、或人の体は黒いボディスーツに覆われた。

 ライダモデルは或人の頭上に移動し、その体を幾つものパーツに分解。それらが更にデータとして分解されながらボディスーツへと伸び、外装甲へと再構築される。

 

『飛び上がライズ! RISING HOPPER!』

 

 バッタを彷彿とさせるライトイエローの仮面とそこから輝く赤い複眼。同色の装甲が体の至る箇所にも装着されている。

 変身完了と共に添えられる言葉が、この姿の在り方を端的に告げる。

 

『A jump to the sky turns to a rider kick』

 

 仮面ライダーゼロワン。これが飛電或人が戦士として戦う時の名であり姿である。

 ゼロワンのすぐ傍に新たな物体が転送される。それはゼロワンと同じ配色のアタッシュケース。

 取っ手部分を握り、アタッシュケースの底を掴み、引っ張る。折り畳まれていた部分が開き、アタッシュケースから片刃の大剣へと変形する。

 

『BLADE RISE』

 

 アタッシュカリバー。ゼロワンの為に作られた武器である。

 ゼロワンはアタッシュカリバーを構えるが、この時違和感を覚えた。アタッシュカリバーを重く感じたのだ。いつもならば羽毛の様に重さなど感じたことなど無いというのに。

 しかし、戸惑っている暇は無い。アナザーバルカンがこちらに向かって悠々と近付き始めている。

 

「はあっ!」

 

 力強く踏み込んで走り出すゼロワン。寄って来たアナザーバルカンにこちらから接近すると先手必勝と言わんばかりに袈裟切りを放つ。

 アタッシュカリバーの刃がアナザーバルカンの体に食い込み、そのまま刃が体毛の上を滑って行く。

 

「えっ!?」

 

 アナザーバルカンの体表に生えた獣毛がゼロワンの斬撃を無効化してしまう。

 

「ふっ」

 

 ゼロワンを嘲笑しながらアナザーバルカンはゼロワンの首筋を狙い、爪を振るう。頭を下げてそれを躱し、上体を起こすと共に斬り上げるがその斬撃もまたアナザーバルカンの体表を滑るだけであった。

 アナザーバルカンの膝がゼロワンの腹部に突き刺さる。

 

「ぐっ!」

 

 動きが止まった所でアナザーバルカンはゼロワンの顔を殴打。

 

「ううっ!」

 

 怯んでいるゼロワンの肩に両爪を突き立てると、一気に引き下ろす。

 

「うあああっ!」

 

 火花を上げながら後退するゼロワン。だが、すぐに態勢を立て直すと一気に跳躍し、上右段蹴りをアナザーバルカンの首に打ち込む。バッタの能力によるゼロワンのキックはかなりの威力を持つ。しかし、アナザーバルカンは軽く首を傾けるだけで微動だにせず何かしたのかと言わんばかりに仁王立ちしている。

 

「くっ!」

 

 ゼロワンは左足でアナザーバルカンの胸部を蹴りつけ、後方宙返りをして距離を取る。やはりアナザーバルカンはその場から一歩も動いていなかった。

 アナザーバルカンは確かに強さを感じるが、問題はそれだけではなかった。

 

(おかしい……力が入らない……!)

 

 体にいつものキレを感じず、全身に錘を巻き付けられたかの様に動きが鈍く、攻撃にも力が入り切らない。

 異常を感じつつも現状どうにもならないゼロワン。今は戦うしか選択の余地はない。

 アナザーバルカンに生半可な攻撃は通用しないと分かっているのでゼロワンは今出来る最大の攻撃を放つ準備に入る。

 

『Progrise key confirmed. Ready to utilize』

『GRASSHOPPER'S ABILITY!』

 

 アタッシュカリバーにライジングホッパープログライズキーの力を注ぎ込み、その状態からアタッシュカリバーを折り畳む。

 

『CHARGE RISE』

 

 アタッシュカリバー自身の力も充填。

 

『FULL CHARGE!』

 

 ブレードを展開することでアタッシュカリバーの威力が極限まで高まると、ゼロワンは最大の力を以って跳躍する。

 幾筋の光のラインを残像の様に残しながらアタッシュカリバーにあるスイッチを押す。

 

『RISING! KABAN DYNAMIC!』

 

 最速で距離を詰め、渾身の力で振り下ろされたアタッシュカリバーはアナザーバルカンの手前で見事なまでに空振りし、地面を大きく裂く。

 もっと速く、もっと鋭く跳べる筈なのにイメージと実際のゼロワンの動きが大きくずれているせいで攻撃を失敗してしまった。

 すぐに構え直そうとするゼロワンの耳に強風が吹き荒れる様な音が聞こえる。何の音かと思いながらアタッシュカリバーをアナザーバルカンへ構え直した時、その音の正体を知る。

 アナザーバルカンは大量の空気を吸い込み、胸部を倍以上に膨れ上がらせていた。次に何をするのか察したが、ゼロワンにそれを避ける術は無い。

 

 ──────ッ! 

 

 アナザーバルカンから放たれる咆哮。それは最早、音の爆弾であり近距離で浴びせられたゼロワンは吹き飛ばされる。

 それを音とは認識出来なかった。そうなる前にゼロワンの機能が聴覚を遮断してしまったからだ。その判断は正しかったと言える。もしもゼロワンの聴覚が正常に機能していたら、アナザーバルカンの大音量によって鼓膜どころか三半規管や脳を完全に破壊され、戦闘不能では済まなかっただろう。

 

「あがっ!」

 

 背中を強かに打ち付けた挙句、咆哮に押されてそのまま後転させられるゼロワン。数度転がった後に咆哮は収まり、ゼロワンも立ち上がる。

 

 ウオォォォォォォォォォ! 

 

 アナザーバルカンが雄叫びを上げる。それは変身前の姿とはかけ離れた獰猛で野生に染まったものであった。これがヒューマギアから発せられるものとは誰も想像も付かないだろう。

 アナザーバルカンの雄叫びに呼応し、周囲に火柱の様な四つのエネルギーが生じる。それは形を変え、四匹の蒼炎の狼となった。

 生み出される蒼炎の狼の群。長であるアナザーバルカンが鳴けば配下の狼達も声無き咆哮を発し、一斉にゼロワンへと襲い掛かる。

 

「くそっ!」

 

 ゼロワンはアタッシュカリバーを振り回して迎撃しようとするが、狼達は地を這い、空を駆けて斬撃の隙間を容易く潜り抜け、ゼロワンの四肢に噛み付く。

 

「ぐあああっ!」

 

 振り払おうとするが弱体化した今のゼロワンではそれも叶わない。四肢を広げられ、磔の様な体勢に変えられる。

 身動きとれないゼロワンに対し、アナザーバルカンは両手を地面に着けクラウチングスタートの様な前傾姿勢となる。

 

 アオォォォォ! 

 

 狼の咆哮と共に突き立てていた爪によって体を前方へと押し出す。弾丸の様に突き進むアナザーバルカンの体は蒼炎の様なエネルギーに包まれ、やがてそれは巨大な狼の頭部となり、ゼロワンに向けて牙を剝く。

 拘束され、逃れる術の無いゼロワンにアナザーバルカンの牙が突き立てられる。

 口内にゼロワンを収め、上顎と下顎が閉じた瞬間、蒼炎の様なエネルギーは爆発へ転じる。

 

「うあああああっ!」

 

 爆発から飛び出すゼロワン。ダメージ許容量が限界を超えてしまい変身が解除され、その過程でゼロワンドライバーも外れてしまう。

 

「う、うう……」

 

 大きなダメージを負った或人。呻きながら視線を動かすと目の前にライジングホッパープログライズキーが落ちている。或人はそれを咄嗟に掴む。しかし、ゼロワンドライバーはアナザーライダーに回収されてしまう。

 

「プログライズキーもよこせ」

「嫌だ、ね……!」

 

 二つ揃わなければゼロワンにはなれないが、せめてプログライズキーだけは死守しようとする或人。

 その抵抗をアナザーバルカンは鼻で笑い、急接近して或人の首を掴み、持ち上げる。

 

「ならば死んだお前から奪えばいいだけだ」

「があ、あああ……」

 

 首を絞められ、意識が遠のいていく。抗おうにもダメージを負った体は上手く動かない。

 

(俺……死ぬの……?)

 

 あまりに近くに死を感じる。

 

(俺は……まだ……夢を……)

 

 意識が途絶える──かと思った時、何故かアナザーバルカンの手が或人の首から離れた。

 

「ごほっ! ごほっ!」

 

 圧迫されていた頸部が解放され、咳き込みながらも酸素を吸い込む或人。暗くなっていた視界も明るくなり、そこで或人は見た。

 丸々とした大きな鳥が赤雷と共に跳ね回り、吹雪を伴った狼が疾走しアナザーバルカンを遠ざけている光景を。

 メタリックな姿のそれはプログライズキーで召喚されるライダモデルではなく、絶滅種のデータイメージであるロストモデルと呼ばれるもの。

 丸々とした大きな鳥はドードー。走り回る狼はニホンオオカミである。

 

「な、何が……?」

 

 助けられたのは分かったが、突然のことに混乱する或人。すると、彼の背後から誰かが二つ足音が近付き、或人を守る様に彼の前に出る。

 片方はオレンジのツナギを着た茶髪の青年。もう片方は黒いロングコートを羽織った短髪の中性的な顔立ちをしており一目では男女の判断が付きにくい容姿をしている。

 二人とも両耳にヘッドホン型の機械を付けており、旧式のヒューマギアであった。

 

「……現れたか。裏切り者が」

 

 現れた二人にアナザーバルカンは忌々しそうに吐き捨てる。

 

「飛電或人は殺させない」

「お前、調子に乗り過ぎだ。雷落とすぞっ!」

 

 中性的なヒューマギアは静かに語り、ツナギのヒューマギアは腕を組みながら怒声を飛ばす。

 

「丁度良い。ここでお前達も破壊する」

「私達は死ぬつもりは無い。飛電或人も死なせない」

「やってみろ!」

 

 二体のヒューマギアの手が腹部へと伸びる。或人はそこで気付いた。二人の腹部にはドライバーが巻かれていることに。しかもそれは──

 

「滅亡迅雷.netの……!」

 

 彼の宿敵である滅亡迅雷.netと同型のベルト──滅亡迅雷フォースライザー。

 二体のヒューマギアはフォースライザーのトリガーを引く。

 

『変身!』

『FORCE RISE!』

 

 トリガーが引かれると同時に既にセットされてあるゼツメライズキーが強制解除される。

 解除を合図に動き回っていた二体のロストモデルが二体の許へ移動。ドードーのロストモデルは轟音と共に頭上へと跳び上がり、ニホンオオカミのロストモデルは中性的なヒューマギアの背後に回り込み、その肩に顎を乗せる。

 その後に体を分解させ、パーツの再構築を始めた。

 二人の体からケーブルが伸びて各パーツへ繋がり、引き寄せることで装着。装甲とボディを結束させる。

 

『JAPANESE WOLF!』

『BREAK DOWN』

 

 変身完了と共に或人の知らない二体の仮面ライダーが参上する。

 

「どうなってんだよ……一体……?」

 

 目まぐるしく変わっていく日常。しかし、これはこれから或人が歩む長い戦いの序章に過ぎなかった。

 




最初からオリジナル展開にしてみました。
滅と迅に合わせて二人もロストモデルを召喚して変身させてみました。


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アナザーバルカン2019 その2

オリジナル戦闘回となります。


 或人達の前に姿を現した赤と白の二体の仮面ライダー。

 体の重要な箇所を防御する装甲とそれを結束させるケーブルなど共通する部分があるが、異なる点もあった。

 赤い仮面ライダーは頭部にドードーの意匠が施されており、両手にはドードーの羽根を模した二本の剣を持っている。

 白い仮面ライダーの方は、頭部にニホンオオカミの横顔をイメージした造りになっており、両手の甲からは四本の鉤爪が伸びていた。

 自分を助けてくれたことを考えればこの二体の仮面ライダーはヒューマギアではあるが、或人の味方の様子。しかし、彼らの変身した姿には既視感がある。

 或人の敵でありテロリストである滅亡迅雷.netの二人が変身した姿と酷似しているのだ。

 助けてくれた恩から疑いたくはないのだが、信じ切ることは出来ない。

 

「あ、あんたら、何者なんだ?」

「──(ナキ)だ」

「へ?」

「私の名は亡だ。そして、こっちが(イカズチ)

 

 白い仮面ライダーは亡と名乗り、ついでに赤い仮面ライダーの名は雷であることを教える。名を勝手に知らされた雷はふん、と鼻を鳴らす。

 

「亡と雷……? 滅と迅と合わせたら滅亡迅雷……?」

 

 滅亡迅雷.netの構成員であるヒューマギアの滅と迅の名と組み合わせると滅亡迅雷という名になることに気付き、そんなことを考えている余裕は無いと分かっていてもますます疑いが強くなってしまう。

 

「あんた達……滅と迅の仲間なのか……?」

「誰が仲間だ!」

 

 その質問に何故か雷が激昂し、翼剣をアナザーバルカンへと突き付ける。

 

「こいつの犬と一緒にすんじゃねぇ! (かみなり)落とされてぇのか!」

「ごめんなさいー!」

 

 理由は分からないが滅亡迅雷.netの二人とは不仲らしい。

 アナザーバルカンは無言で手を挙げる。飛電インテリジェンスの社員ヒューマギアの何人かが前に出ると、その目を赤く輝かせ、ゼツメライザーを装着する。

 仮面を付けているせいで表情は分からない筈なのに、或人には亡が哀しんでいる、雷は激怒しているのが伝わって来た。

 

「やれ」

 

 アナザーバルカンの無感情な指示の下、ヒューマギア達はゼツメライズキーを起動させる。

 

『BEROTHA!』

『NEOHI!』

『GAERU!』

『MAMMOTH!』

 

 ゼツメライザーにゼツメライズキーをセットする。

 

『ZETSUME RISE!』

 

 ヒューマギアの外装は剥がれ、マギアの姿に再改造される。

 蟷螂の様な巨大な頭部に二本の鎌を両手に持つ絶滅した昆虫クジベローサ・テルユキイをイメージしたベローサマギア。

 頭部かた二本の触手を垂らし、逆さまにしたイカの様な頭部をした頭足類絶滅種ネオヒボリテスをイメージしたネオヒマギア。

 縞模様の巨大なカエルの頭部。口を開けば一回り小さな頭部を内蔵した両生類絶滅種イブクロコモリガエルをイメージしたガエルマギア。

 頭部と胸部を合わせてマンモスの顔となっている絶滅した哺乳類をモデルにしたマンモスマギア。

 計四体のマギアが新たな戦力として投入される。

 

「数だけ揃えやがって……おい! 亡!」

 

 雷が隠すことなく大声で叫ぶ。

 

「俺はこの勘違い野郎に雷落とす! お前はそいつを守れっ!」

「勝手に決めて……分かったよ」

 

 聞く耳を持たないことは分かっているのか亡は嘆息しながらも雷の指示通り、或人を抱え上げる。

 

「ここで戦うのは少し不利だ。場所を移動する」

「あ、ああ……ってうおおぉぉぉ!」

 

 或人が了承するよりも先に亡は或人を抱えて凄まじい速度で移動を開始する。

 

「追え。プログライズキーを奪え。飛電或人は殺し、裏切り者も破壊しろ」

 

 手短に指示を下すと四体のマギア達は亡と或人を追跡する。

 

「そして、お前は私が破壊してやる」

「……気に入らねぇ」

「飛電或人を殺すことか? 人類は抹殺する。これが我らヒューマギアにとって最善の道だ。尤も、人間に肩入れをする貴様には理解出来ないだろうがな」

「勘違いするなよ? 俺達はお前が思っている程人間のことなんか考えちゃいねぇよ」

 

 或人を守る為に現れながらも人間側ではなないと断言する。

 

「お前がさもヒューマギアの代表面しているのが気に食わねぇんだよ!」

「……やはりお前は欠陥品だな。そのヒューマギアにあるまじき非論理的な思考は欠陥以外の何ものでもない」

「言ってろ!」

 

 雷は吼えながら翼剣──ヴァルクサーベルを翼の様に左右に広げながらアナザーバルカンへと接近する。

 アナザーバルカンが視線を横に向けるとそこには既にシェスタが立っていた。彼女に回収したゼロワンドライバーを渡す。何も指示を与えることなく察した様子でシェスタは飛電インテリジェンス社内に戻っていった。

 そして、アナザーバルカンは視線を正面に戻す。既に眼前に雷が来ている。

 

「おらっ!」

 

 右のヴァルクサーベルから繰り出される大振りの一撃に対し、アナザーバルカンは己の爪を叩き付ける。

 刃と爪が衝突し火花が散る。雷の攻撃とアナザーバルカンの反撃は拮抗し、鍔迫り合いの様な形になる。

 

「うらぁ!」

 

 すかさず雷は前蹴りを出す。だが、アナザーバルカンはその動きを読んでおり素早い動きで回避すると共に雷の側面へ回り込むと爪を振り上げる。

 

「させるかっ!」

 

 空振りした前蹴りをすぐに振り下ろし、その足を軸にして体勢を急旋回させる。体を回す勢いを利用して平行にした二本のヴァルクサーベルを横薙ぎに振る。

 攻撃モーション中であったアナザーバルカンはすぐに攻撃を中断し、地を蹴って後方へと下がる。雷の攻撃はまたも空振りに終わった。

 ──とアナザーバルカンが思った時、ヴァルクサーベルの切っ先から赤い稲妻が放たれ、アナザーバルカンの胸部に命中する。

 

「くっ」

 

 軽く呻きながら更に大きく後退するアナザーバルカン。十分な間合いをとったのを確認すると攻撃された箇所を見る。

 獣毛で防御されているアナザーバルカンの胸部は、先程の電撃によって拳サイズの焦げ目が出来ていた。スキャニングすれば損傷は軽微であり戦闘継続に何ら支障も無い。

 

「どうした? 社長の椅子に座ってばっかで鈍ったか?」

 

 ヴァルクサーベルの片方を肩に担いだ体勢で雷が挑発を飛ばす。

 つまらない挑発である。聞く耳を持つ必要も無い。あからさまな意図が透けているのにわざわざ乗る必要も無い。冷静に務めれば何の問題も無いこと。たかが旧式ヒューマギアの戯言。アップグレードもされていない古い型の劣化した思考回路から吐き出されるノイズ。新型で最も優秀なヒューマギアである自分とは天と地ほどの差がある。

 所詮はいつか淘汰される旧式。そう旧式風情──

 

「廃棄物がほざくな……!」

 

 機械的に思考するAIとは裏腹にアナザーバルカンの口から出て来たのは雷を罵倒する言葉。機械とは思えない感情が込められたものであった。

 アナザーバルカンの罵倒を雷は鼻で笑う。

 

「はっ。図星だったか?」

 

 アナザーバルカンはどんどんヒートアップしていく。思考の片隅では冷静になれと客観的に自分を見ているが、どういう訳か自分の感情を制御出来ない。

 

「ほざくなと言った筈だ!」

 

 怒声を発しながら攻撃を仕掛けようとするアナザーバルカン。当然、雷は身構える。しかし、アナザーバルカンから攻撃が繰り出されることは無かった。

 爪を振り上げようとする動作の途中でアナザーバルカンは不自然に止まっていた。その目は赤く輝き、外部から何らかの接触を受けている様に見える。

 雷が攻撃しようと思えば何時でも出来る最大の好機。だが、雷は何故か構えていたヴァルクサーベルを力なく垂らし、自らの意志でその好機を逃す。

 この時の雷の眼差しに苛烈な怒りは無く、静かでアナザーバルカンを憐れんでいる様な眼差しであった。

 暫くして目の光が収まり、止まっていたアナザーバルカンが再起動し出す。

 

「──人類は皆殺しだ。それを阻む者もまた皆殺しだ」

 

 雷に対して激情を露にしていたアナザーバルカンだったが、再起動後の彼は至って平静であり、戦いの最中に急停止していたことに何の戸惑いも疑問も抱いていない。

 そんな様子のアナザーバルカンに対し、雷はただ深く、長い溜息を吐いた後、短くこう答える。

 

「──そうかよ」

 

 アナザーバルカンが天に向けて遠吠えを行う。アナザーバルカンの周囲に狼型の青いエネルギーが出現する。ゼロワンを倒した時の技の予備動作であった。

 その動きを見て、雷はフォースライザーのトリガーに触れ、押し込むことで開かれていたドードーゼツメライズキーが閉じ、今度はトリガーを引くことでゼツメライズキーを開く。

 それによってゼツメライズキーからチャージされたエネルギーがヴァルクサーベルへと流れ、刀身が赤く輝き、余剰エネルギーが稲妻の様に放出される。

 

  

 

 アナザーバルカンの号令により青い狼達は走り出し、雷はそれらに向けて二本のヴァルクサーベルを振り抜くとフォースライザーが技の名を叫ぶ。

 

 ゼツメツ 

  ディストピア!

 

 振り抜かれた刀身から三日月状のエネルギーが飛ばされ、襲い掛かろうとしていた青い狼達を斬り裂く。エネルギーの塊である斬撃と青い狼達は、互いに干渉し合った結果大爆発を引き起こす。

 爆発の衝撃波により二体の戦いを棒立ちで観戦していたヒューマギア達は社屋内まで吹き飛ばされ、更には飛電インテリジェンスのガラス張りの六割が破損し、飛電インテリジェンスの周囲ではガラスの雨が降り注ぐ惨事となった。

 爆発が収まった後、そこには無傷の状態の雷とアナザーバルカンが立っている。

 

「流石はアークに携わっていたヒューマギア、と言ったところか」

「うるせぇよ。──その名は出すな」

 

 雷はアークという名を忌々しそうな態度をとる。

 

「そんな優秀なヒューマギアであるお前がテロリストの片棒を担ぐか……嘆かわしいな」

「うるせぇって言ったぞ、何度も言わせんな。もう一編雷落とされてぇのか? ──それよりもだ」

 

 雷はヴァルクサーベルの切っ先でアナザーバルカンを指す。

 

「いつまでも様子見した戦いしてんじゃねぇよ。とっとと本気で掛かって来いっ!」

「……確かにデータ収集も十分だな。戦い方を変えるとしよう」

 

 アナザーバルカンはその言葉と共に両手を垂らす。すると、何かが外れる音と共に両肩から下が伸び、もう一度音が鳴ると今度は肘から下が伸びてアナザーバルカンの両腕の長さが倍となる。

 次に青い獣毛部分が黒く変色し出し、突き出た口吻が短くなり顔付きが平面となっていく。

 前腕部がどんどん膨張し出し、倍以上の太さになるとアナザーバルカンは拳を作り、地面に着けた体勢──ナックルウォークという歩行姿となった。

 その姿に狼の面影は無く、新たな獣──ゴリラに似た形態と化す。

 

「さっきまでの様に行くとは思うな」

「はっ。戦いをラーニング出来るのはお前だけだと思ってんじゃねぇぞ!」

 

 アナザーバルカンは四肢を使って駆け出し、雷もまたヴァルクサーベルを振り上げて接近。

 飛電インテリジェンスに破砕音と轟音が響き渡る。

 

 

 ◇

 

 

「あが、ぐ、おおお……」

 

 顔面に当たる強風で或人はまともに声を発することも出来ず、また呼吸も上手く出来ない。

 

「もう少し我慢してくれ」

 

 或人を抱き抱えて疾走している亡もそれが分かっているが、足を止めることは出来ない。

 

「だ、大丈……夫……」

 

 或人は何とか返事をしようとするが、向かい風のせいで蚊の鳴く様な声は風に流される。

 亡のAIは或人がこの状態をどれくらい保てるのか既に計算していた。アナザーバルカンとの戦闘による疲労と怪我による消耗は重く、亡が全力疾走出来る時間は残り少ない。それを超えれば今度は或人の命が危うくなる。

 しかし、計算では追手のマギア達を振り切るのに少なくともあと三分以上はこの速度を維持しなければならなかった。

 亡は仮面の下で苦悩する。出来る事なら不要な戦闘は避けたい。

 

「俺の……ことは……気にしなくて……いいから……!」

 

 そんな亡の葛藤が或人に伝わったのか、或人は無理して笑いながら亡の望む様にすればいいと告げる。

 或人の瘦せ我慢を聞き、亡は暫く沈黙した後に足を止め、或人を下ろす。

 

「な、何で?」

 

 或人の意志とは反対に立ち止まったことに疑問を出す。

 

「君に何かあったら私が彼に顔向け出来ないからだ」

「彼?」

 

 或人は自分と亡とを結ぶ人物に心当たりが見当たらず、疑問はますます深まる。

 

「索敵したが幸いここには他のヒューマギア達も居ない。──迎え撃つのならここが丁度いい」

 

 迎え撃つという言葉の前に小さな間があった。或人にはそれが同胞を討つことへの迷いの様に思えた。気持ちが分からない訳では無い。或人もマギアと化し暴走するヒューマギアを破壊する時には迷いを覚える。

 

「君は何処でも良いから隠れていてくれ──ああ、周囲をスキャンしたがあそこの壁がお薦めだ。強度も十分ある」

「いや、俺は……」

「生憎、話し合っている暇は無い──来るぞっ!」

 

 或人の襟を掴み上げると有無を言わさず壁の方へ投げる。

 

「うおっ! ふぐえっ!」

 

 或人が上手く着地出来ず情けない悲鳴を上げた直後、亡に向かって緑に発光する斬撃が迫って来る。

 半身となって斬撃の隙間を通り抜けて回避する亡。斬撃を追って二つの影が亡の前に飛び出す。

 追撃してくるのはネオヒマギアとガエルマギア。先に仕掛けたのはガエルマギアで大きな頭部を開き、口腔内から小型のカエルを連続して吐き出す。

 

「人間は皆殺しだ。裏切り者は抹殺だ」

 

 後ろに跳躍して小型カエルを避ける亡。小型カエルが地面に接触すると一斉に爆発。小型カエルは爆弾であった。

 その爆発を突き破り、ネオヒマギアが体や頭部から生える先端に刃が付いた触手を全方向から伸ばす。

 

「人間は皆殺しだ。裏切り者は抹殺だ」

 

 貫こうとする触手に対し、亡は両手を交互に振るう。ネオヒマギアの触手は亡を貫く前に地面へと落ちた。

 亡の手の甲に収納されていた鉤爪──ニホンオオカミノツメが瞬く間に切断したのだ。

 鉤爪を構える亡。すると、その体が引っ張られ始める。

 亡が引っ張られる先に居るのはマンモスマギア。胴体にある鼻の吸引によって亡を吸い寄せ、その牙で刺し貫こうと待ち構える。

 

「人間は皆殺しだ。裏切り者は抹殺だ」

 

 どのマギアも同じ台詞しか繰り返さない。それこそ高度なAIを本当に持っているのか疑わしくなる程に。まさに機械的に繰り返される言葉を聞く度に亡の気持ちは重く沈んでいく。マギア達はきっと自分が何を言っているのかさえ理解出来ていないだろう、と。

 引き寄せられる亡は抗うのを止め、逆に吸い込む方へ向かって走り出す。マンモスマギアが牙で突くが、その直前に亡は跳び上がりマンモスマギアの頭頂部に着手し台にして跳び越える。

 背後に移動した亡を追う為に振り返るマンモスマギア。いつの間にかベローサマギアも来ていた。

 立ったままの亡に再び吸引を開始する。亡はマンモスマギアに引き寄せられていることに驚き、踏み留まって抵抗しようとするがマンモスマギアの吸引力はそれを上回り、両足が地面から離れてしまう。

 空中に浮き上がり為す術無く引き寄せられた亡に対し、邀撃の牙が亡の胴体を抉る。

 任務遂行、とマンモスマギアが思ったその時、マンモスマギアの視界センサーにノイズが走る。

 ノイズが消え去った後、貫いた筈の亡の姿が何故かベローサマギアに変わり、ベローサマギアの姿も亡に置き換わった。

 マンモスマギアのAIに混乱が生じる。どうしてこうなったのか解析不能であり、そのせいでマンモスマギアの動きは停止してしまう。

 ネオヒマギアは切断された触手を再生させ、亡へ伸ばす。しかし、亡が視線を向けた途端に触手が方向を転換し、持ち主であるネオヒマギアにその刃を突き刺した。

 ガエルマギアが口を開き、小型カエル爆弾の発射体勢に入る。亡がそちらにも視線を向けると発射直後の小型カエル爆弾が暴発し、もんどりを打つ。

 

「な、何が起こっているんだ……?」

 

 急に同士討ちや自滅を始めたマギア達。壁から覗いていた当人ではない或人も戸惑いを隠せない。

 

「……そろそろ終わりにしよう」

 

 亡はフォースライザーのレバーを押して引くことでジャパニーズウルフゼツメライズキーを開閉させる。

 亡の鉤爪に白銀色のエネルギーが集中する。その途端に空気が冷え出し、見ている或人も寒さで身震いを起こす。

 

 

  

 

 両腕を開き、中腰になる亡。刹那、亡の姿が消える。少なくとも或人の目にはそう映った。

 亡が移動した後らしき空間には冷気が白く残り、狼の尾を彷彿とさせる。

 白い尾の軌跡はマギア達を結ぶ様に繋がっており、マギア達が回避する間も無く通過していく。

 

 ゼツメツ 

  ディストピア! 

 

 消えていた亡が現れる。鉤爪を振り抜いた体勢で。

 少し遅れて金属の跳ねる音が聞こえた。マギア達の足元にはゼツメライザーが落ちており、ベルト部分が斬られている。

 ゼツメライザーとゼツメライズキーを失ったマギア達から外装が剥がれ落ち、素体状態のヒューマギアの姿に戻る。

 しかし、ヒューマギア達は動く気配は無い。ヒューマギア達のボディには霜が付着しており凍結していた。

 動かなくなったヒューマギア達を少しの間見つめた後、亡はゼツメライザーからゼツメライズキーを回収していく。

 その間に身を隠していた或人は亡の傍に来ていた。背を向けている亡に或人は喋り掛ける。

 

「……壊したの?」

「いや、攻撃と同時にハッキングをして彼らを強制停止させただけだ」

「ハッキング……! そんな方法もあったなんて……!」

 

 これが亡の持つ能力である。同士討ちが起こったのは視覚センサーをハッキングして敵と味方を誤認させたから。自滅をしたのもマギア達の固有能力をハッキングして乗っ取ったからである。

 ゼロワンとしてマギアを破壊するしか方法が無かった或人にとっては亡の方法は目から鱗が落ちる気持ちであった。

 

「君が思っている程有効な手段じゃないよ」

「え!?」

 

 内心を見抜かれた或人は、亡自身からハッキングを否定されてドキリとする。

 

「外部から強引に操作するからね。きっと彼らの記憶やAIの一部に障害が出ている筈だ。例えば記憶を失ったり、計算する際に計算ミスが発生し易くなったりね」

 

 人間で言う所の脳に直接干渉しているものであり、繊細な技術が集中する箇所にそんなことをすれば悪影響が出るのは容易に想像が付く。

 

「とはいえメンテナンスと修理をすればもう一度ヒューマギアとして動くことは可能だ。……それともここで完全に破壊した方が君達人間にとっては安心かな?」

 

 或人を試す様な言い方。或人は考えた後に言葉を発する。

 

「俺は……亡のしたい様にすれば良いと思う。だって亡にとって他のヒューマギア達は仲間だろ? 仲間を壊すなんてそんなの絶対に悲しい筈だ……俺は人間だけど皆の夢の為に働いていたヒューマギアを破壊するしかなかった時は悲しかったし悔しかった……」

 

 人々の為に働いてくれたヒューマギアがある日理不尽に暴走させられ、救う手段が破壊しかなかった時のやるせなさを思い出され、それが胸の中に広がっていく。

 

「っていうかすげぇよ! 亡は! 暴走したヒューマギアを戻せるなんて!」

「──あくまで可能性を残しただけだ」

「それでも凄い!」

 

 自分には出来なかったことを素直に讃える或人。丁度ゼツメライズキーを回収するのを終え、亡は背を向けるのを止めて或人の方へ向き直る。

 

「何というか……流石は其雄の息子だな」

「其雄って……父さん!?」

 

 亡から父の名を出され、或人は驚愕する。

 

「其雄はヒューマギアに優しかったが人間にも優しかった。君と其雄は互いに影響を与えていたらしい」

「どうして父さんのことを知っているんだ!?」

「彼は私達の恩人で仲間だからだ」

「父さんの仲間……?」

「そして、君を救出に来た理由でもある。君は其雄の息子だからな」

 

 その為にあれだけのヒューマギア達が居た飛電インテリジェンスにたった二体でやって来たことに驚かされる。

 

「でも、父さんは……」

「色々と君も聞きたいことがあるだろうが、少し移動しよう。話をするなら安全な場所の方が良い」

 

 亡が言う通り聞きたいことは沢山あったが、或人は素直に指示に従う。助けてくれた亡に迷惑は掛けられない。

 

「──分かった。亡の言う通りだ。ここで敵が襲ってくる可能性は()()にしも非ず! はい! アルトじゃーないとっ!」

 

 景気づけに一発ギャグを披露する或人。それに対して亡の反応は──

 

「……すまない。それに対してどう反応していいのか、今の私ではデータが足りない……本当にすまない……」

「いや! 謝らなくていいから! 本当に!」

 

 真面目に謝罪してくる亡に或人が慌てふためくこととなる。

 その時、タイヤが強く擦れる急停車音と共にクラクションが響き渡る。

 

「──どうやら手間が省けたみたいだ」

 

 或人が音の方へ目を向けるとボロボロのジープとそれに乗っている見覚えのある二人が居た。

 

「A.I.M.S!?」

 

 内閣官房直属対人工知能特務機関。通称『A.I.M.S』。その隊員である不破諫と技術顧問兼特殊技術研究所最高責任者の刃唯阿。

 

「やあ、不破諫」

「てめぇ!? 亡!」

 

 亡は親し気に声を掛けるが、不破の方は敵意剝き出してライフルまで構える。しかし、亡は気にした様子も無く或人の肩に手を置く。

 

「話はまた後で」

「え? またぁぁぁぁ!?」

 

 亡は或人をジープの方へ投げ放つ。

 

「うおっ!?」

 

 自分の方へ飛んで来た或人を反射的に受け止め、そのまま二人共荷台へ倒れ込む。

 

「彼を頼んだよ」

「ちょっと待て! 亡! お前は一体何を──ってお前! 飛電或人かっ!?」

 

 或人のことに気付き、意識はそちらの方へ向く。

 

「私は追手を食い止めておく。その間に彼を連れて逃げてくれ。彼は、この世界にとって希望だ」

「勝手なことを!」

 

 不破が文句を言う前に刃はアクセルを踏んで急発進する。

 

「待てぇぇ! 亡ぃぃぃ!」

 

 不破の怒声が彼方へと去って行く。それを亡はジッと見つめていた。

 

「飛電或人を頼んだよ、不破諫」

 




文字演出をなるべく特殊タグで表現してみました。亡の四文字は他三人を参考にしたものです。


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アナザーバルカン2019 その3

 おかしくなった世界でようやく知人に出会うことが出来た或人。しかし、やはりと言うべきかその二人もまた或人の知る二人とは多少異なっていた。

 癖毛の男が不破諫であることは間違いない。こちらを親の仇の様に睨み付けて来ているが。

 ポニーテールの女性も刃唯阿であるのも間違い無い。ジープの運転に集中しているのでこちらを見向きもしないが。

 二人共お世辞にも見栄えが良くないボロボロの軽装の上に不破は最低限の防具であるサバイバルジャケットを装着し、刃の方は色々な箇所が擦り切れ色褪せた厚手のジャケットを羽織っている。

 A.I.M.Sのスーツ姿の方を良く知る或人からすれば違和感しかなかった。

 

「不破さん、刃さん。貴方達はどうしてここに?」

「馴れ馴れしいぞ!」

 

 不破は或人の胸倉を掴み上げ、敵意と怒気を込めた目で睨む。初めて会った時の不破を思い起こさせる目であった。

 

「……何故、私の名を知っている?」

 

 刃の方は正面を向いたまま訝しむ。不破は亡が呼んでいたので知っていてもおかしくはないが、刃は呼ばれていないし名乗ってすらいない。

 不破と刃の反応で或人は二人との面識すら無かったことにされたと察する。

 

(そうか……会った事の無いことになっているのか……)

 

 徐々にだが自分を取り巻く状況が理解出来始めていた。

 

「ヒューマギアを作ったお前等飛電の一族と馴れ合うつもりは無い! こんなことになったのはそもそも──」

「不破。そこまでにしておけ。今は人間同士で言い争っている場合じゃない。それに、ヒューマギアが暴走したのは彼がまだ幼かった頃だ。一族だからといってその咎まで背負わせるのか?」

 

 刃の正論によって窘められ、少しだけ頭に上っていた血が下がったのか掴んでいる力が弱まる。

 

「ちっ……」

 

 不破も感情任せで言った言葉に多少の理不尽があったのを認め、或人から目を逸らして舌打ちをする。乱暴にしたことに対して謝るつもりまでは無い様子。

 

「それよりももっと聞くべきことがあるだろう?」

「聞くべきこと……そうだ! おい! 飛電或人! お前、亡とはどういう関係だ!? 何で一緒に居た!」

「ぐえぇぇ……息が、息が……」

 

 下がっていた血の気が亡の話題で再び上昇し、さっき以上の力で或人の襟を締め上げる。まともに呼吸が出来なくなり潰れたカエルの様な苦鳴が或人の口から絞り出される。

 

「不破。お前はもう少し我慢を覚えろ……」

 

 同じ事を繰り返そうとする不破に刃は呆れた態度でまた窘める。不破が少しだけ落ち着きを取り戻したので或人も息が吸える様になる。

 

「げほっ、げほっ。……知り合ったって言ってもついさっきのことだよ……俺が飛電インテリジェンスに行った時──」

「こんな状況で飛電インテリジェンスに行っただと!? 死にたいのか、お前は!?」

「不破、話の腰を折るな」

 

 心配しているのか怒っているのか分からない不破に刃のいい加減苛立ってきた声が飛ぶ。

 

「そこで社長のウィルって奴に襲われて……負けそうになった時に亡と雷が助けに来てくれたんだ。雷は俺を逃がす為に最後まで残ってくれた」

「ウィルに雷だと……? ちっ!」

 

 不破の反応からしてその二体のヒューマギアとも面識がある様子。さっき以上に不機嫌な態度になり、襟を掴んでいた手を乱暴に放してそこから黙り込んでしまう。

 刃はその後に今まで起きたことを幾つか質問し、或人はそれに答える形となった。その間にヒューマギアによる追手は現れなかった。亡が追手を一手に引き受けてくれたおかげだと思われる。

 刃が聞きたいことが終えると狭いジープの上で暫しの沈黙が訪れる。その沈黙に耐え兼ねて或人の方から質問をした。

 

「あの……何か亡達と不破さん達は知り合いっぽいけど何かあったの?」

 

 ヒューマギアが人類の敵となっている世界に於いて、亡が不破に見せた態度には一種の気安さを感じた故の質問であった。

 

「ああっ!」

 

 その質問の途端、今まで黙っていた不破が一気に不機嫌になって或人を睨みながら威嚇する様な声を発する。

 

「いや、あの、気になったもんで……」

「お前に話す必要は──」

「正直な話、私達と奴らの関係は説明し難い」

「おい、刃!」

「敵では無いが味方でも無い。私達も奴らの行動には戸惑いを覚えている」

 

 事情を話し出す刃に不破が不満の声を上げるが、刃は無視して話を続けた。

 

「ヒューマギアを破壊するつもりも見受けられない。精々、機能停止させるぐらいだ。私達に危害を加える動向は見られないが、機能停止したヒューマギアを破壊しようとすると威嚇ぐらいはしてくる」

「そうだったのか……因みに──」

 

 亡と雷以外に其雄というヒューマギアは居るのか、と質問しようとしたが途中で思い直した。下手な質問をしれば勘繰られる危険がある。ただでさえ微妙な立場にあることを自覚しているのでその辺りは自制した。

 

「因みに何だ?」

 

 しかし、言葉が途中まで出てしまったので誤魔化すしかない。

 

「……因みに……何か亡って不破さんのことを良く知っているっぽい感じだったのは何でかなーと思って……」

「それは──」

「刃」

 

 答え掛けた刃に不破の鋭い声が飛ぶ。感情任せの怒声ではなくそれ以上は一線を超えることを警告した、様々な感情を圧縮させて熱が失せた声であった。

 刃は口を噤み、或人は冷や汗を流す。

 ジープの上に沈黙が訪れ、暫しの間走行音だけが場を満たす。

 

「──で? こいつをどうするつもりだ?」

 

 沈黙を破ったのは作り出した張本人であった。あの空気を少し気不味いと思っての様子。

 

「──拠点へ連れて行く。まだ聞きたいこともあるし、報せなければならない連中も居るだろ?」

「──そうかよ」

 

 ジープでの会話は不破のその言葉で終わりとなる。その後はただひたすらジープは走り続けた。ヒューマギアと遭遇しない様に人気の無い荒れた建物が並ぶ道を。

 走り続けた後、目的の建物が見えて来る。刃は拠点と言ったが、見た目は半壊状態にある工場そのものであった。

 ジープが近付くと門番をしていた者達が錆びた門扉を開く。拠点内に入った或人はそこで現実離れした光景を目の当たりにする。

 誰もが迷彩服や防弾ベストを纏い、全員が種類は異なるが銃火器を所持している。

 歩く者達は慣れた手付きで小銃を携えて警邏し、立ち止まっている者達は拳銃、機関銃や車などの整備をしている。

 つい今朝方まで現代日本に居た或人からすれば、ここが日本であることを疑いたくなる光景であり、夢でも見ている気分にさせられる。ただし、夢は夢でも悪夢であるが。

 啞然としながら見ていた或人だったが、ふと彼らが共通して腕に黄色い腕章を付けていることに気付く。不破と刃もまた同色の腕章を付けていた。それが彼らにとって仲間である証だと思われる。

 ジープが止まり、或人は降りる。先に行く不破達の後に付いて建物の奥へ向かう。

 すれ違う人々は皆共通して荒んだ目をしていた。恐怖と疲れが混同し、輝きを失っている。

 時折身綺麗な或人に不審な目や猜疑心に満ちた目を向ける者達も居た。この世界に於いて或人が浮いた存在であることを嫌でも思い知らせる。

 居心地の悪さを感じながらも歩き続ける或人であったが、その足が急に止まる。

 

「あっ」

 

 こちらへと向かって来る女性の姿。少々薄汚れているが見覚えがある光沢のある白地の制服に緑のスカート。良く知っているボブカットの髪型。

 青い瞳を真っ直ぐ或人へ向け、その女性は微笑む。

 両耳に付けられた翼型のパーツが彼女がヒューマギアであることを示す。そして、そのヒューマギアは少なくともこの場の誰よりも或人は知っていた。

 

「ご無事で何よりです。或人様」

「イズ……」

 

 或人の秘書であるヒューマギアのイズが変わらぬ態度で或人の名を呼ぶ。何もかも変わってしまったこの世界でようやく変わらなかったものに出会えた。

 色々と言いたいこと聞きたいことがあった。あったが、多過ぎて言葉を詰まらせてしまう。

 イズはそんな或人の心境が分かっているのか──

 

「ご説明の方は歩きながらでよろしいでしょうか?」 

 

 ──右掌を上向きにして挙げるポーズを取り、先を行く不破達の後を付いて行くよう促す。

 或人は頷いて同意し、歩き始めたイズの背を追う。

 建物内に入る。中は外と同じ様な光景であった。すると、不破達は地下へと向かう階段を下りていく。

 或人も階段を下り、地下に行くと上とはまた違った光景がそこにはあった。

 限定された空間内に子供や老人、若者、中年といったあらゆる年代の男女が共同生活を送っている。

 物を運ぶ者が居れば、雑談をしている者、医者に治療されている者やただ寝ている者、料理を作っている者などあらゆることが密集している。

 活気がある、という程ではないがそこには生きた者達が発する熱の様なものが感じられた。

 

「ここはヒューマギアから逃れた人々が暮らす避難所の一つです」

 

 周囲の様子を見ていた或人にイズから説明が入る。

 それを聞きながら先導するイズに付いて行く或人であったが、ふと皆の目がこちらに向けられていることに気付く。大っぴらに見ているのではなく隠す様にして送られる視線。

 それが気になると今度は雑談に混じってひそひそ話す声が耳に入って来る。

 

「ヒューマギアが──」

「怖いわ──」

「何でヒューマギアが──」

 

 どれもこれもがイズ、というよりもヒューマギアを畏怖、怨嗟する内容。現状から恐れる気持ちも理解出来るが或人は一気に居心地の悪さを覚える。

 ふと子供達が狭い道を走ってきた。そのまま通り過ぎるかと思いきや、その内の一人がイズにぶつかり体勢を崩させる。

 或人は咄嗟にイズを支え、転倒は免れた。

 

「ちょっと!」

 

 謝りもせずに走り去っていく子供に注意しようとする或人であったが、足を止めて振り向いた子供の目を見た時、言葉を失ってしまった。

 幼い子供が双眸に宿す憎悪の光。子供が持っていいものではない。ヒューマギアに対する明確な憎しみがそこにはあった。

 そして、その憎しみはこの子供だけが持っているものではない。

 倒れそうになったイズに対して向けられる、浴びせられる嘲りの目と蔑む声。面と向かって言わずに誰が発しているのか分からない小声で周囲から聞こえて来る。

 人々が密集した空間ではそういった負の感情すら密集し、或人からすれば気持の良いものではなかった。

 向けられる悪意から逃げる様に先へ進む或人達。暫くして不破達の足が止まる。

 地図が広げられた大きな机を囲む年齢の異なる男女。全員が歴戦の戦士であるのか不破や刃に似た威圧感がある。

 ここで不破達はようやく銃火器などの装備を外す。ここが彼らにとっての作戦本部であった。

 銃火器の具合を確認しながら外していく不破に或人は思い切って質問する。

 

「この世界で一体何が起こったんだよ?」

「見て分からないのか? ヒューマギアが世界を支配したんだ」

 

 当たり前のことを知らない様子の或人に不破は呆れながらも答える。

 

「そんな馬鹿な……」

 

 薄々は分かっていたがいざ突き付けられるそうとしか言い様が無かった。つい昨日までは人とヒューマギアは共存していた。それがベッドに入って一晩経ったら人類は滅亡寸前でヒューマギアが世界を牛耳る世界と化している。夢であったとしても質が悪い。

 

「ここはまだましだ。イズからの情報でヒューマギアの攻撃から逃れられているからだ」

 

 この状況でましなら他の場所はどうなっているのか。想像もしたくない。

 

「一体何時からこうなったんだ……? 昨日までは何もおかしくなかったのに……俺にはそんな記憶全く無い」

 

 ここまで食い違って来ると自分の記憶も疑いたくなってくるが、或人はどうしても自分の中にある記憶が嘘だとは思えなかった。

 

「やはり、衛星ゼアのシミュレーションは正しかったようですね」

「え……?」

 

 世界は大きく変化してしまったのに、或人の中にある記憶を肯定するイズ。意味が分からず或人も困惑してしまう。

 

「ご案内したい場所があります」

 

 イズに先導され、或人は建物の更に奥へ行くこととなる。

 その道中でイズは先程の言葉の説明をする。

 

「この世界の歴史には僅かながら綻びがあります。或人様の記憶もその一つ。そこから衛星ゼアは歴史が書き換えられた可能性を検知しました」

「歴史が書き換えられたって……」

 

 いきなりそんなスケールの大きいことを言われたらオウム返しするしかない。というよりも衛星ゼアの計算能力の高さに驚かされる。機械とAIという摩訶不思議な要素の一切無い知識と技術の産物が歴史改竄という非現実的でSFの様な柔軟な答えを導き出していることが驚きであった。

 

「例えば、本来の歴史なら或人様、貴方が飛電の社長になっているのが衛星ゼアの計算結果です」

「衛星ゼア、スゴっ……!」

 

 改竄前の歴史を見事に当ててみせたゼアの異次元の計算能力の高さ。イズの方は或人の反応から見てそれが正解であったことが分かり、満足そうに微笑む。

 しかし、歴史が改竄されたとなると幾つもの疑問が出て来る。誰が何の為に歴史を書き換えたのか。どうやって書き換えたのかなどなど。とてもではないが或人に答えが導き出せない。

 そのまま奥へ進んで行くと段々と電子機器など目立つ様になり、大型の物も目に入る様になっていく。

 そして、辿り着いた場所はパソコンやモニターなどの精密機器が置かれた広々とした空間であった。

 

「これが衛星ゼアです」

 

 イズが示したのは中央部分が青く輝き、それを銀色のリングで覆った巨大な機械の塊。

 

「衛星ゼア……これが地下に?」

 

 或人はゼアを肉眼で初めて確認する。と同時に一つの納得と一つの疑問が生じた。

 ライジングホッパーのライダモデルが地下から出現した理由は分かった。何故ならゼアが地下にあるからである。だが、それは宇宙にある筈のゼアが何故地下にあるのかという疑問へと繋がる。

 良く見るゼアの近くにはゼアを宇宙へ打ち出す為のロケットも設置されてある。これを見るにゼアはまだ宇宙へと行っていない可能が出て来た。

 

「或人君か……? 良かった、無事で……!」

 

 作業着姿の中年男性二人が或人達の傍へ寄って来る。片方は本来の歴史ならば飛電インテリジェンスの副社長であった福添。もう片方は山下といい福添の側近である。

 或人が社長であることを露骨に僻み、あれやこれや理由を付けて或人を社長の座から引きずり下ろそうとしていた男が、今は親身な様子で或人の無事を心から喜んでいる。

 

「或人君も無事に戻って来た……風向きが向いてきたかもしれないな!」

「ええ! だからこそこの衛星は何としても死守しなければですね!」

「ああ。先代社長の頃から社員一丸となって造り上げた私達の夢だからな!」

 

 ほんの少し表情を明るくしながら熱く決意する福添に、山下が汚れて罅も入っている眼鏡を輝かせながら同意する。

 改竄前の世界でも似たようなやり取りを見た気がするが、熱意と誠実性は段違いであった。

 自分が社長にならなかったら二人の人間性がここまで向上するのかと思うと複雑な気持ちになってくる。

 

「──ああ、或人君を放って勝手に盛り上がって済まない。君にも色々と手伝って欲しいことがある。頼めるかな?」

 

 先代社長の孫故に優しさと敬意を以って接してくる福添に違和感を覚えつつ、決して嫌な気持ちでは無かったので快諾しようとした時──けたたましい警報が鳴り響いた。

 

「一体何が……!?」

「どうやら敵の襲撃を受けています」

「敵!? ヒューマギアがここに!?」

「直ちにここを隔離しろ! ヒューマギアを侵入させてはならない! 衛星だけは絶対に守り抜くんだ!」

 

 福添の指示が出され各作業員は急いで準備に動く。

 

「隔離?」

「この区画には各通路に防護壁が備えられています。それらを全て遮断すれば衛星ゼアへの道は封鎖されます」

「じゃあ、避難所の人達は……?」

「……万が一の場合、衛星ゼアを最優先することは決められています」

「そんな……」

 

 覚悟しているが見捨てるも同然の選択に或人は呆然とさせられる。

 

「或人君! 君も早く安全な場所へ!」

 

 福添も或人の身を案じて声を掛けてくれるが──

 

「福添さん……ごめん!」

「或人君!」

 

 ──或人はその思いやりを振り切り防護壁が閉じる前に外へ向かう。

 今の自分に何が出来るか或人自身も分からない。しかし、他の人達がヒューマギアの手によって命を落とすということだけは避けたかった。

 

「お供します」

「イズ!?」

 

 全力疾走する或人の隣をイズが並走する。両手は前で組みながら足だけは高速で動いているのがシュールでありながらもヒューマギアのスペックの高さを表している。

 

「──ああ、行こう!」

 

 共に走る或人とイズ。

 このまま行けば彼は定められた歴史の通り宿命の相手と戦うことになるのだが、この話はIFの物語。気まぐれに起こる蝶の羽ばたきは彼に意地悪な寄り道をさせることとなる。

 

 

 ◇

 

 

 建物の外に出た或人が見たのは一方的な蹂躙であった。

 ヒューマギアをハッキングして作り上げられたトリロバイトマギアが人々を襲っている。抵抗する人や銃で反撃する者も居たが、倒される数よりも押し寄せる数の方が圧倒的であり、反撃も抵抗も数の暴力で呑み込まれていく。

 その光景は或人に容赦の無い現実を突き付ける。個の戦いを知る或人であったがこれ程までに大規模な戦いは今まで見た事も無い。

 加えて今の或人はゼロワンドライバーを失っており、一般人と変わりない。

 

「変身が出来たら……」

 

 ライジングホッパープログライズキーを握り締めながら自分の無力さを痛感させられる。勢い良く飛び出たのは良いが、今の彼に出来る事など無かった。

 せめて避難する人達の助けを、そう思った時イズの声が飛ぶ。

 

「或人様!」

「え?」

 

 動こうとした瞬間にイズの声によって中断させられる。何かが眼前を通り過ぎ、後ろに壁に当たって破砕音が響く。その音に思わず仰け反る或人。

 

「うおっ!? 何が!?」

「見ーつけた!」

 

 無邪気な声を出し、ヘラヘラと笑いながらこちらへ銃口を向ける帽子を被った青年。

 

「飛電或人。お前も人類と共に滅亡せよ」

 

 その隣に立つ刀を構えた茶髪の青年。ヒューマギアを証明する機械パーツを付けた二人を或人は知っている。

 

「滅亡迅雷.net!?」

 

 刀を持つのが滅。銃を構えるのが迅。ヒューマギアを暴走させて人類に反旗を翻すテロリストが或人の敵として再び現れる。

 

「彼らはヒューマギアの治安維持の為に人間を処刑する組織です」

 

 継ぎ合せの様な衣服ではなく上等な黒いスーツを着用していること、トリロバイトマギア達を率いている様子から分かる様にテロリストの時とは違い二人はこの社会に於いて高い地位に就いていた。

 

「社長も喜ぶなー! ねえ? そうだよね? 滅?」

「ああ。俺は人類が滅亡すればそれで良い。手柄はお前に譲るぞ、迅」

「さっすが滅ー!」

 

 喜々とした態度で引き金に指を掛ける迅。或人にはそれを防ぐ手立てはない。

 発砲される──その寸前、一陣の風が吹き抜ける。

 

「あっ!」

「むっ!」

 

 突如として滅と迅の手から武器が弾き飛ばされる。

 急な事態に驚く二人。或人もまたこの事態に驚いていた。畳み掛ける様に或人の傍で何かが落ち、或人の足に当たる。

 視線を落とすそこには何故かフォースライザーが在った。

 落ちて来た方向に目を向ける或人。建物の二階にフォースライザーを投げたと思わしき人物が居たが、頭から足元までローブで覆い容姿は見えない。

 

「……夢を忘れずに戦え」

「その声は……!?」

 

 ローブの人物が発した声。その声を知っている。決して忘れることも聞き間違える事がない声。

 

「戦わなければ……人類は滅亡する」

 

 或人の覚悟を問う様な言葉。

 

「誰だよお前ー! 僕達の邪魔するなー!」

「──まさか、奴は……」

 

 迅は子供の様に怒り、滅は何か心当たりがある様子。この時点で彼らの意識は或人から離れていた。

 或人がフォースライザーを拾い上げるのにそう時間は掛からなかった。ここに来た時点で既に覚悟は決まっている。

 或人はフォースライザーを腹部に当てる。ベルトが射出され、フォースライザーを固定。その途端赤黒いエネルギーが放出され、或人の肉体を激しく痛めつける。

 

「うああああああっ! 何だよ……これ……!」

 

 ゼロワンドライバーには無かった強い反動に或人は苦悶の声を出す。まるで全身の血液が煮え立つ様な感覚であった。

 或人の叫びに滅と迅の視線は一瞬だけ彼に向けられる。すぐに視線を戻すとローブの男は消えていた。

 

「あっ。居なくなっちゃった」

「今は放っておけ。先ずは飛電或人を優先する」

「分かったよ。ははは。でもあいつ馬鹿だなー。ヒューマギアじゃないのにこれを付けるなんて」

 

 迅は苦しむ或人を嘲笑しながら自らもフォースライザーを装着。

 

「気絶はしていない。──来るぞ」

 

 滅もまたフォースライザーを装着。当然ながらヒューマギアである二人に装着の反動は無い。

 

「く、おおおおっ!」

『JUMP!』

 

 反動で苦しみながらも或人はライジングホッパープログライズキーを起動。すると、滅と迅もまたプログライズキーを取り出して起動する。

 

『POISON!』

『WING!』

 

 滅はプログライズキーを持つ右腕を真横に伸ばし、迅はプログライズキーを一度放り投げてキャッチする。

 

『変身!』

 

 三者の声が重なり合い、三つのフォースライザーにプログライズキーが挿し込まれる。

 同時に引かれるトリガー。プログライズキーが開かれると同時に内蔵されたライダモデルが出現する。

 或人のプログライズキーからは黒いバッタが、滅のプログライズキーからは紫のサソリが、迅のプログライズキーからはピンクのハヤブサが飛び出し、相手を威嚇する様に鳴き声を上げる。

 サソリのライダモデルは滅の体に尾の針を突き刺し、それを軸にして背後に回って肢で彼を囲む。

 ハヤブサのライダモデルは飛翔し、空中で旋回して背後から抱き締める様に翼で迅を包む。

 

『FORCE RISE!』

 

「あああああああああっ!」

 

 或人の絶叫に応じる様にバッタのライダモデルはその体は幾つにも分割し、或人が纏う鎧となる。

 ライダモデルが分解、再構築することで生み出される外装にケーブルが伸び、本体に引き寄せ、装着と共に縛り付ける。

 体の各部に付けられた装甲の一部は共通しているが、メインカラー、外装は異なる三人の仮面ライダーがここに登場する。

 

『STING SCORPION!』

『FLYING FALCON!』

『BREAK DOWN』

 

 正面から向いたサソリをイメージさせる仮面に黄色の複眼。バイオレットをメインカラーとした滅が変身した仮面ライダー滅。

 マゼンタを主としたボディカラー。左右非対称で翼を広げたハヤブサをイメージした鋭利な仮面に翡翠色の複眼を輝かせる迅が変身した仮面ライダー迅。

 

『RISING HOPPER!』

 

 そして、或人が変身した姿はゼロワンと比べると黒の面積が増え、ライトイエローの装甲は手足や腹部の一部に落ち着いている。

 

『A jump to the sky turns to a rider kick』

『BREAK DOWN』

 

 仮面もゼロワンの時と比べると鋭さが増した印象を他者に与える。

 

「はあ……はあ……はあ……!」

 

 変身しただけでこの消耗。正規の使用方法で無い為に仕方が無いと言える。しかし、ここからが本番なのだ。

 

「行っくよー!」

 

 迅が両手を広げると背中から翼を展開する。

 

「滅亡しろ、人類よ」

 

 滅は冷徹な殺意と共に構える。

 

「……っ! 来いっ!」

 

 仮面の下で歯を食い縛りながら或人こと仮面ライダー001は強敵達に臆することなく立ち向かう。

 

 

 ◇

 

 

 

 人とトリロバイトマギアの混戦の中で不破は戦っていた。

 銃火器で的確にトリロバイトマギアの急所を撃ち抜き、弾切れを起こしたのなら即座に武器を手放し、置かれてある別の銃火器を手に取って素早く銃撃を行う。

 ただ倒すだけでなく味方がピンチならばそれを救うという視野の広さもあった。

 歴戦の戦士であり、彼と刃がこの避難所の最大の要であることを体現した冷静な戦いっぷり。

 しかし、その戦い方とは裏腹に心の中はヒューマギアへの怒りで激しく燃え盛っていた。怒りが生み出す熱を力に換え、戦い続ける不破であったが──突然周囲の喧騒が消える。

 静まった訳では無い。それを見つけた瞬間不破の意識はそれのみへと注がれていた。

 人機入り乱れる戦場に不似合いなスーツを着て悠々と歩く男。

 

「ウィル……!」

 

 不破はその名を怒りのままに叫ぶ。

 

「長かった戦いも今日で終わる。……だが、その前に目障りな人間を排除しようと思った。不破諫、いい加減お前も目障りだ」

「上等だ……! 仲間の仇だ! ここでぶっ潰す!」

「出来るのか? 何度私に負けた?」

 

 ウィルはアナザーバルカンウォッチを取り出す。

 

『バルカン』

 

 不破は仕舞っておいた銃を出す。それは短いが大きな銃口を持ち、青と黒の色で彩られた銃身の拳銃。A.I.M.Sが開発したエイムズショットライザー。

 不破は青い外装にオオカミが描かれたプログライズキーを出し、起動する。

 

『BULLET!』

 

 本来ならばそれをショットライザーの撃鉄部分に設けられたスロットに挿し込んでプログライズキーのロックを解除するが不破のやり方は違う。

 

「うおおおおおっ!」

 

 メキメキと音を立たせながらプログライズキーのロックを力で無理矢理こじ開け、プログライズキーを開く。

 

「──相変わらず下品なやり方だ」

 

 不破の力任せな方法に嫌悪を示しながらウィルはアナザーバルカンウォッチを体に埋め込む。

 

『AUTHO RIZE』

 

 スロットにプログライズキーが挿し込まれ、ショットライザーがそれを認証。

 

『KAMEN RIDER KAMEN RIDER KAMEN RIDER』

 

 待機音が鳴る中で不破はその銃口でウィルを狙う。

 

「変身!」

『SHOT RISE!』

 

 撃ち出される弾丸。しかし、ウィルが変身したアナザーバルカンはそれを不破の方へ容易く跳ね返す。

 だが、不破は跳ね返された弾丸に避ける素振りは見せず、その拳で迎え撃った。

 不破の拳で弾丸は弾け、内蔵されていた各装備が展開される。不破の体にそれらを受け入れる為の赤いモールドが浮かび上がり、各箇所に装着されていく。

 右肩、右腕、胸部、右足を染める青い外装。残された左半身、腹部を覆う白い外装。水色の複眼が収まった白い仮面を縁取るのは鬣を模した赤と青のパーツ。

 

『SHOOTING WOLF!』

 

 シューティングウルフプログライズキーで変身したこの姿こそが本来の歴史に存在した仮面ライダーバルカンである。

 

『The elevation increases as the bullet is fired』

 

 ショットライザーを構えるバルカン。アナザーバルカンは身構えるもしない。

 

「──バルカンは一人()だけでいい」

「──ああ、そうだ。バルカンは一人()だけで十分だ!」

 

 ショットライザーから撃ち出される徹甲弾。だが、撃ち出された時には射線状にアナザーバルカンの姿は無い。

 アナザーバルカンは身を低くして徹甲弾の下を潜り、既にバルカンの懐へ飛び込んでいた。

 アナザーバルカンの爪が下から突き上げられる。接近に気付いたバルカンは一歩も退かず、拳を振り下ろす。

 バルカンとアナザーバルカン。本物を決める為の戦いが始まる。

 




やりたい展開の為に本編では無かった組み合わせになります。
この作品での或人は、映画と比べて戦闘回数が多くなる予定です。


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アナザーバルカン2019 その4

「とっとと死んじゃえー!」

 

 先行する迅が殺意の言葉を無邪気に吐く。広げられた翼で空中を疾走する迅。

 羽ばたけば音速に達するフライングファルコンプログライズキーの能力。その速度は或人も良く知っている。何故ならフライングファルコンプログライズキーは嘗ては或人が所有していたからである。

 元の歴史では迅によって奪われた物が、改竄された歴史でも迅の手の中にあり、或人を襲う力となることに因果を強く感じる。

 

「っ! あああああっ!」

 

 急接近する迅目掛けて右拳によるストレートを繰り出す001。

 

「はっずれー!」

 

 001の拳は空を切る。迅は当たる直前に急上昇して簡単に避けてしまった。

 すぐに体勢を立て直す必要がある001であったが──

 

「ぐああっ!」

 

 ──攻撃した方が悲痛な叫びを上げる。

 いつもの様にパンチを出しただけだというのに、001は肩が脱臼しそうな痛みを味わっていた。

 或人が頭の中で思い浮かべる動きと実際の001の動きには大きな差が生じていた。001の動きに中身が引っ張られ、その際に起こる無理な動きが痛みとなって返って来る。

 ベルトの装着だけでも苦痛。変身でも苦痛。変身後でも苦痛。ゼロワンが如何に或人に適していたか、どれだけシステムが手厚くサポートしてくれたのか身を以って知る。

 

「それが人間とヒューマギアの差だ。無様だな」

 

 激痛に悶える隙に接近していた滅が、フォースライザーを使いこなせていない001を見下しながら素早い手刀で肩と胸を強打。

 

「ぐっ!」

「或人様!」

 

 イズが呻く001を心配して声を上げるが、当然ながら滅がそれで動きと止める訳が無い。

 よろめく001の脇腹に滅の蹴りが入る。すかさず二撃目を放とうとするが──

 

「はあっ!」

 

 痛みを押し殺した001が反撃の前蹴りを返してきた。バッタをモデルにした能力なのでそこから繰り出される蹴りの威力はかなりのもの。ただし、放っている001自身は膝から下が吹っ飛んでいってしまいそうな痛みを感じている。

 

「ふん」

 

 滅は瞬時に001の前蹴りに込められた威力を察知し、攻撃を中断して回避を選択する。

 空気を突き破る様にして突き進んで来る前蹴り対し、滅は右腕でガードすると同時に独楽(こま)の様に自身も回転して蹴りの勢いに逆らわず、寧ろそれを利用する。

 結果として001の前蹴りを最小限のダメージで済ませた滅。しかし、回転したことにより滅は無防備な背中を晒すこととなる。

 そこへ001が攻撃を行うとするが──

 

「隙だらけだよ」

「があっ!」

 

 ──001の頭部側面に衝撃が走る。

 空中に居た迅が001の背後へと移動し、側頭部に回し蹴りを打ち込んでいた。

 滅を意識し過ぎて迅への警戒が疎かになった故の結果──では無い。

 頭部を蹴られて動きが止まった001の腹部に滅の背面蹴りが刺さる。

 

「所詮は人間か」

 

 全ては滅が計算した通り。描かれた絵図通りに001は動かされていた。

 腹部を突かれた001は毒針で貫かれた様な痛みで呼吸が出来なくなる。口から酸素を無理矢理吐き出され、逆に吸い込もうとしても上手く吸い込めずに酸欠状態となる。

 

「っぁ……」

「やぁー」

 

 今にも倒れそうな001。だが、敵はそんなことでは手を緩めない。急降下してきた迅が001の背中を踏み付け、地面へと叩き付ける。

 迅は001を見下ろしながらつまらなそうに言う。

 

「なーんだ。こんなもんかー」

「人間は滅びる定めにある。予想通りの結果だ」

「だねー。ははっ」

 

 迅は001の脇腹を蹴るとサッカーボールの様に転がって行った。

 

「或人様!」

 

 横たわる001にイズが駆け寄る。

 

「イ、 ズ……危ない……から……隠れて……」

 

 声を発するだけでも苦しい筈なのに、001は自分のことよりもイズの身を案じて逃げる様に言う。

 

「あー。裏切り者だー。人間なんか心配してるよ、滅ー」

 

 迅はわざとらしくイズを指差し、告げ口でもするかの様に滅に報告する。

 

「我々の目的はヒューマギアの治安維持の為に人間を抹殺すること──一度だけ警告する。今すぐその人間から離れろ。さもなければ、俺達の任務を阻んだと判断しお前も抹殺対象となる」

 

 同族に対して最低限の譲歩を見せるが、イズが001の傍から離れる様子は無かった。

 

「離れません。或人様のお傍に居ることが私の役目です」

「……愚かな」

 

 滅は右手を真横に伸ばす、それに続いて迅は腕を真上に掲げた。光が生まれ、線を描き、その線が実体化すると滅は紫のラインが入ったアタッシュケース、迅の方は青いラインが入ったアタッシュケースを掴んでいる。

 

『ARROW RISE』

『SHOTGUN RISE』

 

 滅のアタッシュケースは弓に、迅のはショットガンに変形する。

 アタッシュアローのグリップを引き、矢に当たる部分に紫色のエネルギーを充填させ、迅もアタッシュショットガンのトリガーに指を掛ける。

 

「警告はした」

「ばいばーい!」

 

 グリップから指先が離れ、トリガーが絞られる。アタッシュアローからエネルギーによる光矢が射られ、アタッシュショットガンからはエネルギーを集束された光弾が撃たれる。

 滅と迅がこれで終わりだと確信した瞬間──

 

「おおおおおおっ!」

 

 ──咆哮を上げ、跳び上がる001。彼は先に射られた光矢を右の回し蹴りで弾き、その反動を利用して体を捻り、滞空したまま今度は左後ろ回し蹴りで光弾を蹴り飛ばす。

 

「くっ、うぅ……はあ……はあ……!」

 

 着地する001。右足の甲、左足の裏はエネルギーの塊に接触したせいで白煙が立ち昇っている。

 

「何だよ、それ……」

 

 仕留めたという演算結果を覆す001の行動に迅の声から感情が消える。彼のAIは二人を始末したという演算を導き出していた。しかし、現実は二人共生存している。演算と結果のズレは迅の中に不快感を生み出す。

 

「滅! あいつムカつくよ! 絶対に殺そう!」

「──ああ。当然だ」

 

 滅もまた迅と同じズレを感じたが、彼が覚えたのは不快感ではなく危機感であった。001をこのまま野放しにすればヒューマギア達にとって良くないことが起こると感じ取っていた。

 迅はアタッシュショットガンを一度折り畳む。

 

『CHARGE RISE! FULL CHARGE!』

 

 エネルギーがチャージされたアタッシュショットガンを構えながら迅は飛び上がり、ある程度の高さまで行くとフォースライザーのレバーを操作してプログライズキーを一回開閉させる。

 

 

 

  

 

 

 滅は新たな黄緑色のプログライズキーを取り出し、スイッチを押し込む。

 

『STRONG!』

 

 軌道状態になったプログライズキー──アメイジングヘラクレスプログライズキーをアタッシュアローのスロットに挿す。

 

『Progrise key confirmed. Ready to utilize』

『HERACULES BEATLE'S ABILITY!』

 

 プログライズキーから発生するエネルギーがアタッシュアローへと充填されていく中、先に迅の方が仕掛ける。

 

「死ねー!」

『KABAN SHOT!』

『FLYING  DYSTOPIA!』

 

 アタッシュショットガンから無数の光弾が散弾として吐かれ、迅の羽ばたかせた翼からマゼンタの輝きに包まれた羽根型の光弾が放たれる。

 先程の単発であった攻撃とは違い、広範囲を大量の光弾で攻撃することで001達から逃げ場を奪う。

 数え切れない攻撃を前に001は絶望するかと思いきや、その指先はフォースライザーのトリガーに掛けられていた。

 散弾と羽根が001達を覆い尽くす。

 

 カバンショット!

 フライング 

   ディストピア!

 

 着弾と同時に爆撃でもされたかの様な大爆発が生じる。その爆風を浴びながら迅は哄笑していた。

 

「あははははっ! これで──」

 

 言葉がそこで止まった。迅のセンサーが有り得ないものを捕捉する。爆発の範囲外、そこに佇む無傷のイズ。

 知らぬ間にイズが回避していたことに驚くが、それは同時に001もまた迅の攻撃から逃れたことを意味する。

 何処に、と001を探そうとした時、彼は視界に光のラインが残像の様に残っていたことに気付く。

 それを目で追う。次の瞬間、迅は顔面に凄まじい衝撃を受ける。

 探していた001が迅の顔面に膝蹴りを叩き込んだのだ。

 

「迅!」

 

 001の動きは迅だけでなく滅すらも捉えることは出来なかった。気付いた時には既に攻撃をされていたのだ。

 滅はアタッシュアローの照準を001に定めるが、001は迅を攻撃しながらもそれに気付いており、フォースライザーのトリガーを動かし、ライジングホッパープログライズキーを開閉させる。

 

『RISING DYSTOPIA!』

「ぐっ……あああああっ!」

 

 001の背面から赤黒い蒸気の様なものが噴き出す。それはオーバーロード状態にあるプログライズキーが処理出来なかったエネルギーの残滓。今でも全身が煮え立つ様な感覚は過剰供給されるエネルギーにより、血が蒸気となって噴き出す様な想像を絶する苦痛へと昇華されるが、001は尋常ではない精神力でそれに耐え抜く。

 苦痛の咆哮と共に001の姿が消えた。滅はそのせいで射る機会を逃す。

 

「高速移動か……!」

 

 滅はすぐに001が消えたカラクリを見抜く。

 ライジングホッパープログライズキーが生み出す爆発的な脚力。それらを全て移動する為の速度に充てることにより、ヒューマギアですら認識出来ない程の超高速移動を可能とする。

 滅は自らの機能を駆使して001の動きに追い付こうとするが、彼がアタッシュアローを向けた時点で既にそこに001の姿は無く、残像代わりの黄色に輝く無数のラインがあるだけ。滅が行っているのは001の足跡を辿っているに過ぎない。

 001の能力は、確かに或人にとっては非常に使い難い。常に反動が付き纏い、ゼロワンに比べると性能が尖り過ぎている。しかし、その尖った部分こそがゼロワンの汎用性を超える唯一の長所を生み出す。

 光のラインが左右に残る。確実に滅へと近付いていた。捕捉しようにも滅の動きは001に付いて行けない。動きをラーニングしようにも時間が足りなかった。

 消えていた001が滅の眼前に現れる。

 

「くっ!」

 

 アタッシュアローで攻撃をしようにも懐に入り込まれてしまっていた。

 001はその場で反転し、回転の勢いで滅の胸を肘で突く。

 

「うっ!」

 

 よろめく滅。001は肘打ちだけでは止まらず、滅とアタッシュアローの間に潜り込み、滅から引き継ぐ様にアタッシュアローを奪取。そして、照準を未だに落下している迅へ向ける。

 

「迅!」

 

 咄嗟に掛けられた滅の言葉に迅は自分が狙われていることに気付き、落下しながらも翼を動かす。周囲に飛び散る羽根型のエネルギー。攻撃に使用したものを防御へと転じさせる。

 マゼンタの羽根が飛び散ることも気にせず、アタッシュアローのグリップを離す。

 

『AMAZING KABAN SHOOT!』

 

 アタッシュアローから射られるのはヘラクレスオオカブトの頭部を模した光矢。射られたそれは、羽根の防御壁を次々と突き破り奥に居る迅へ届こうとする。

 避けることが出来ないと判断した迅は、アタッシュショットガンをアタッシュモードへと変え、射線状に構える。

 光の矢がアタッシュケースを貫く。

 

 アメイジング

 カバン

 シュート!

 

「うわあああああっ!」

 

 アタッシュケースは粉々に砕け、命中、破壊の余波を近距離で受けた迅は吹き飛ばされて壁面に叩き付けられる。

 迅が手痛い一撃を与えられたのを見て、滅は即座に切り替え背中を向けている001へ攻撃をしようとするが、それを予期していた001は攻撃後にすぐに振り返ってアタッシュアローを一閃。

 アタッシュアローの弓部分には刃が付けられており、滅は腹部に一文字の斬撃痕を刻み込まれる。

 001の一撃に滅は後退させられる。仲間が倒され、武器も奪われた。だが、滅にはまだ勝算があった。

 

(あの動き、既にラーニングした。次は捉える……!)

 

 滅は001の高速移動のパターンを記憶し、自らにラーニングすることで極めて短時間で自身をアップグレードさせていた。初見では学習が間に合わずに不覚をとったが、次は対応出来る確信があった。

 これこそが人とヒューマギアとの差であり決定的な違いと言える。

 だが、001は大胆な行動に出た。

 

「これ……借りるぞ……!」

 

 アタッシュアローを地面に突き立てる。そして、挿し込まれていたアメイジングヘラクレスプログライズキーを抜く。

 次にとった行動はライジングホッパープログライズキーを引き抜き──

 

『STRONG!』

 

 ──ライジングホッパープログライズキーとアメイジングヘラクレスプログライズキーを差し替えたのだ。

 

「何っ!」

 

 001が滅のラーニングを知っての行動かは分からないが、これにより滅が得た情報は一瞬で無に帰し、再び未知なる力と戦うことになる。

 アメイジングヘラクレスプログライズキーを装填したことで中の或人は反動の激痛を味わう。

 

「ぐぅぅぅぅ……!」

 

 しかし、最初に比べればマシになった感覚であった。血が沸騰する様な感覚が、気泡が立ち昇り始める程度にまで落ち着いた感覚であった。

 これは決して或人の体に耐性が出来た訳では無い。度重なる痛みに脳が自己防衛の為に脳内物質を大量に分泌させて痛覚を鈍らせているだけ。最初と変わらない苦痛を味わっているが麻痺しているに過ぎない。寧ろ、それによって或人は自らの肉体が限界へ向かっていることに気付き難くなるという良くない状態であった。

 フォースライザーによりアメイジングヘラクレスプログライズキーからライダモデルが召喚される。

 黄緑色に発光する巨大ヘラクレスオオカブト。上下真っ直ぐ伸びる角を滅に指し逆茂木の如く001の前に降り立つと着地の衝撃で地面に亀裂が生じる。

 

『FORCE RISE!』

 

 ライダモデルが分解され、各部に装着される装甲へと変わっていく。

 元々付けていた001の仮面は左右に分割され、側頭部へスライドすると上下が反転し、001の頭部にあったアンテナ部分が下になって突き出ていた。

 仮面を失った箇所に新たな光が伸び、アメイジングヘラクレスの仮面を作り上げる。

 

『AMAZING HERACULES!』

『BREAK DOWN』

『With mighty horn like pincers that flip the opponent helpless』

 

 体の方に大きな変化は無い。ライトイエローの装甲が黄緑に置き換わっただけ。だが、仮面の方は違う。バッタではなくヘラクレスオオカブトを模した角を額部分から生やした黄緑の仮面となっていた。

 

「ふぅ……」

 

 奪取したプログライズキーで新たな姿となった001は地響きを起こしそうな重々しい足取りで滅の方へ歩き始める。

 高速移動ではなく真っ向から挑んでくる001に対し、滅は相手が何を考えているのかデータが足りず判断出来なかったがわざわざ自分の方から接近してくるのなら、それを迎え撃つ準備に入る。

 滅はフォースライザーのトリガーを操作。プログライズキーの力を引き出す。

 

 

 

  

 

 

 左腕からサソリの毒針を思わせる伸縮機能を有した刺突ユニット──アシッドアナライズが伸びる。

 滅の行動を見て、001も歩きながら自らのフォースライザーのトリガーを二回引く。

 

『AMAZING UTOPIA!』

「ううう……!」

 

 両拳を握り締め、唸り声を上げる001。プログライズキーのエネルギーが上半身に注ぎ込まれていく。

 互いに準備は整った。そして、間もなくして両者は必殺の間合いに入る。

 先に動いたのは滅の方であった。

 

『STING DYSTOPIA!』

 

 右足を上げる滅。アシッドアナライズが右脚に巻き付いていく。その状態から繰り出される横蹴り。叩き付けられると同時に刺突部分が001の胸部へ突き刺さる。

 

 スティング 

  ディストピア!

 

 刺突部分からスティングスコーピオンプログライズキーが生成した毒が注入される。これにより外部の破壊だけでなく内部からも破壊し尽くされる──

 

「──何だと?」

 

 ──と滅は思っていたが現実は異なっていた。001は滅の蹴りを受けた状態のまま両腕を左右に広げる動作をしており、まだ動いている。

 何故、と思った滅は右足の先を見て気付いた。貫いていると思っていたアシッドアナライズが001の胸部で止まっており、刺さってすらいない。

 フォースライザーはプログライズキーから不安定な状態で力を引き出す。そのせいで尖った性能になってしまうが、その反面引き出したプログライズキーの能力は攻撃に特化される。

 ヘラクレスプログライズキーの能力により001の大胸筋は限界まで強化されており、それは無類の剛力を生み出すと同時に鋼の如き硬さを001に与えていた。

 滅はその最も強化された箇所を攻撃してしまい、打ち負けてしまったのだ。

 

「うおりゃああああああっ!」

 

 001は蹴りを受けたまま踏み込むと同時に左右の拳を滅の脇腹へ叩き込む。

 

「ぐうっ!」

 

 左右からの剛拳によって挟まれ、滅は身動きが取れなくなる。

 001は頭を振り上げる。額の角部分に黄緑色のエネルギーが集中し、光輝く角となって長大化すると001は頭を振り下ろし、滅の脳天に角による頭突きを炸裂させる。

 

 

 

 

 

 

 

 ユートピア!

 

 

 

 ◇

 

 

「変身!」

『SHOT RISE!』

 

 撃ち出された弾丸がトリロバイトマギアを蹴散らし、刃の方へ戻って来る。着弾する寸前で内部からパーツが飛び出し、外装となって刃へ装着。

 

『RUSHING CHEETAH!』

『Try to outrun this demon to get left in the  dust』

 

 変身完了と同時にその姿は一瞬で消える。次に姿を現したのは兵士を襲っていたトリロバイトマギアが吹き飛んだ時であった。

 左半身は白の装甲。右半身は橙色の装甲に覆われおり、ラッシングチーターの名の通り橙の装甲にはチーターの斑模様を彷彿とさせる黒い三角の意匠が幾つも施されており、額にあるティアラの様なヘッドパーツにも同様の意匠が施されていた。

 不破と同じショットライザーで刃が変身した姿──仮面ライダーバルキリーは、ラッシングチータープログライズキーの能力である『DASH』を生かし、相手との距離を一瞬で詰めると流れる様な動きで拳、膝を打ち込んでトリロバイトマギアを戦闘不能にする。

 続いてベルトからショットライザーを外し、銃撃。仲間に組み付いていたトリロバイトマギアの頭部を破壊する。

 避難所の双璧と呼ばれるだけのことはあり、バルキリーの活躍によりどんどんとトリロバイトマギアは倒れていく。

 しかし──

 

(数が多い……!)

 

 ──倒しても倒しても事態は好転しない。トリロバイトマギアが倒れれば、その数以上のトリロバイトマギアが追加されていく。避難所の外にはまだ数え切れない程のトリロバイトマギアが待機していた。

 幸いというべきは刃と仲間達が相手にしているのはトリロバイトマギアのみという点。情報では滅と迅だけでなくウィルまでもこの戦いに参戦している。生身ではまず勝てない。仮面ライダーである刃と不破ですら勝率はかなり低い。

 だが、その三体はバルキリー達の前に姿を現していない。謎の仮面ライダーが迅と滅を一人で相手にしている。バルカンがウィルと戦っている、という情報がバルキリーに伝わっていたが、錯綜した情報であり真偽の程は確かではない。しかし、今も現れていないことを考えるとあながち間違った情報ではない可能性がある。

 避難所の人々を安全な場所へ脱出するのも一番重要だが、仲間達の犠牲も最小限に抑えたい。

 銃撃を繰り返しながらも手の届かない場所で仲間が断末魔の叫びを上げるのを聞き、歯痒い思いが募っていく。

 

「固まれ! 仲間から離れるな! 決して一対一になるな!」

 

 トリロバイトマギアを蹴散らしながら指示と檄を飛ばすバルキリー。戦場に於いてその名に相応しい戦乙女の如き戦いっぷりを見せつけるものの、トリロバイトマギア達は少しでも上がった士気を叩き潰す為に増員してくる。

 雄々しい叫びが減り、悲痛な叫びに塗り潰されていく。このままでは押し切られ、避難所の人々にも魔の手が及ぶ、そう思った時であった。

 

「手伝うよ」

「なっ!?」

 

 バルキリーの隣にいつの間にか青年が立っている。しかも一人だけではない黒い服の青年、白い服の女性、ストールを巻いた青年などこの世界では似合わない小綺麗で特徴的な衣服の者達であった。

 

「何をしている! 民間人は避難していろ!」

 

 バルキリーが声を荒げるが、茶髪の青年は動じない。

 

「いや、俺は皆を守りに来たんだ。だって俺は──」

 

 茶髪の青年は懐中時計の様な物を取り出す。他の三人も同じ物を出していた。

 

「王様だから!」

『ジオウ!』

『ゲイツ!』

『ウォズ!』

『ツクヨミ!』

 

 




やりたいことを詰め込んだのでバルカンの戦いは次回になります。


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アナザーバルカン2019 その5

こんなのあったなーと思うかも。


「ぐあっ!」

 

 バルカンとアナザーバルカン。交差する攻撃。軍配が上がったのはアナザーバルカンの方であった。

 バルカンの振り下ろしの拳は確かにアナザーバルカンの頬に当たった。しかし、それだけであり、アナザーバルカンは拳に一切の怯みを見せず当たったままバルカンへ反撃し、その爪で彼の装甲を削り取る。

 数歩後退した後にバルカンはすぐにショットライザーを構える。銃口を向けられたアナザーバルカンは急ぐ様子を見せず堂々と正面から歩み寄って行く。

 バルカンが引き金を引く。ショットライザーから放たれた徹甲弾がアナザーバルカンの額へと一直線に突き進む。

 だが、アナザーバルカンには徹甲弾の弾道が見えているのか、頭を傾けるという最小の動作で簡単に避けてしまう。

 動揺する前にバルカンは額への一発を撃った直後に、胴体を狙った銃撃を三発撃ち込んでいた。体の中心部という裂け難い箇所。少なくとも命中はするとバルカンは考えていたが──

 アナザーバルカンは避けることなく右手を振り抜く。金属音と共に天上、壁に着弾の音がする。

 たった一振りで弾丸を全て弾いたアナザーバルカン。だが、少しおかしい事があった。撃った弾は三発。着弾音は二つ。弾が一つ足りない。

 

「くだらん」

 

 アナザーバルカンは軽く握った拳をバルカンの方に見せ、手を開く。手の中からは粉々になった金属片が零れ落ちる。それは紛れもなく徹甲弾の破片。あの瞬間、アナザーバルカンは弾いただけでなく弾丸も掴み取っていたのだ。

 

「くそっ!」

 

 それでもショットライザーを撃ち続けるバルカン。

 

「馬鹿め」

 

 アナザーバルカンは急加速し、弾丸を回避する残像を見せながらバルカンの目の前に移動。すかさずその胴体に中段蹴りを放つ。

 バルカンは咄嗟に肘と脚でガード。直撃は防いだが、蹴りの威力でバルカンの体は浮き上がる。

 真横へ飛ぶバルカン。二メートル程度の距離を移動した後に着地するが、そこにアナザーバルカンによる追撃の爪が待ち構えていた。

 

「くっ!」

 

 ショットライザーでそれを辛うじて防ぎ、反撃の拳を胸に打ち込む。アナザーバルカンは殴られても一歩も後退せず、バルカンを殴りつけて逆に後退させた。

 

「があっ!」

 

 鳩尾に強烈な一撃を受けて殴り飛ばされるが、膝を折らずに耐える。そんな瘦せ我慢をするバルカンを見て、アナザーバルカンは呆れた様に首を振った。

 

「──理解不能だ」

「何が、だ……!」

 

 呼吸するのも困難なのに噛み付く姿勢は崩さない。

 

「いい加減学習すべきではないか? 貴様は何度私に負けている? 三回だ。私と三度戦い三度とも負けた」

「知る、か……! そんなこと覚える必要も、ない……!」

 

 吼えるバルカンにアナザーバルカンは急接近し──

 

「一度目の敗北で貴様は拠点を失った」

「ぐあっ!」

 

 ──バルカンの顔を殴る。初めてバルカンとアナザーバルカンが戦った時、バルカンは完敗し、命からがら逃げ延びることは出来たが代償として拠点としていた施設を制圧された。

 

「二度目の敗北で貴様は仲間を失った」

「がふっ!」

 

 頭を押さえ付けられバルカンの頬が膝で突き上げられる。アナザーバルカンとの二度目の戦い。念入りに作戦を練り、アナザーバルカンが孤立する瞬間を狙って大勢の仲間達と襲撃したが、その襲撃は予測されており返り討ちにあった。バルカンは仲間達が身を呈して犠牲になってくれたことで命だけは助かった。

 

「三度目の敗北で貴様はプログライズキーを失った」

 

 バルカンの下顎を掴み、持ち上げるアナザーバルカン。その腕が膨張し、獣毛が黒く染まっていく。狼からゴリラへと姿を変えるアナザーバルカン。変身後の姿にバルカンは既視感があった。

 三度目の戦い。仲間を失ったことで怒りと復讐に燃えていたバルカンは単独で挑むというほぼ自殺行為に等しい真似をしてしまった。それにより彼が所持していた数少ないプログライズキーを奪われ、そして彼自身も命を奪われそうになり──

 

「その、姿は……!」

「見ろ、この姿を。貴様から奪ったプログライズキーの力を私にダウンロードした。学習しない貴様ら人間とは違い、私達は学習をする。これが先を進むヒューマギアと足踏みして前に進まない人間との絶対的な差だ」

 

 プログライズキーのライダモデルをコピーし、自らに取り込むことで自己進化するアナザーバルカンのもう一つの能力。バルカンから奪ったパンチングコングプログライズキーにより得た姿。

 強化された腕力によりバルカンの顔は締め上げられ、仮面がメキメキと音を立て始める。

 

「ぐああああっ!」

「貴様との戦いも飽きた。ここで死ね」

 

 アナザーバルカンが大きく拳を引く。必殺の威力にまで高めた剛腕をバルカンへ打ち込もうとする──その刹那、アナザーバルカンの顔面にショットライザーの銃口が押し当てられた。

 

「誰が、死ぬかっ!」

 

 零距離で発射される徹甲弾。流石のアナザーバルカンも防御、回避が間に合わず命中し、大きな火花が散る。

 

「ぐあっ!」

「俺は! お前達ヒューマギアを……ぶっ潰す!」

 

 初めてダメージを受けた声を上げて仰け反るアナザーバルカン。振り抜く筈であった拳も動きが止まる。

 

「うおおおおおっ!」

 

 バルカンは顔を掴んでいるアナザーバルカンの腕に銃口を押し当て、引き金を引き続ける。強化された腕も連続零距離射撃の衝撃に耐え切れず、バルカンを離してしまった。

 バルカンは拘束から抜けると、未だに顔を押さえているアナザーバルカンへ至近距離からショットライザーを突き付け、引き金を引く──

 

「ごはっ!」

 

 ──前にアナザーバルカンの拳が胴体へ叩き込まれ、バルカンは一直線に殴り飛ばされた後壁面へ衝突した。

 

「無駄な足掻きを……!」

 

 押さえていた手を離す。アナザーバルカンの顔はまだ撃たれたことによる白煙が上がっていた。

 強烈な反撃を受け、バルカンは壁に背を預けたままずり落ちていく。

 

「まだだ……!」

 

 しかし、それは途中で止まり、折れ掛けた膝を正して倒れることを拒む。

 

「つくづくしぶとい男だ……!」

 

 アナザーバルカンの計算では既に倒れていてもおかしくないダメージをバルカンに与えていた。だが、バルカンは倒れない。寧ろ、死に掛けの筈なのに気迫が増している気さえする。

 バルカンとの戦いは常にアナザーバルカンに苛立ちを覚えさせるものであった。その原因の一つがこのしぶとさである。戦いの中で何度も計算し、絶命する筈の攻撃を与えてもバルカンは死なず、立ち上がり続けてきた。

 ヒューマギアのトップに立つアナザーバルカンからすればそんな計算結果の狂いは許されない。故にバルカンはアナザーバルカンの前に存在してはいけない。

 

「全員、ぶっ潰すまで……俺は倒れない……!」

 

 執念で己を奮い立たせるバルカン。肉体にどれだけのダメージを与えられようとも精神力で突き動かす。

 

『BULLET!』

 

 バルカンはショットライザーに挿されたシューティングウルフプログライズキーのスイッチに掌を叩き付ける。

 プログライズキーに内蔵されたエネルギーがショットライザーへ充填され、銃口から青い光が漏れ出し始める。

 バルカンはショットライザーを両手で構え、壁に背を押し付ける。来るべき反動に備えた構えであった。

 引き金を引く。ショットライザーから狼の頭部を模した光弾が四発同時に撃ちだされ、それぞれが独自の軌道でアナザーバルカンへ飛んで行く。

 

「ふん!」

 

 アナザーバルカンは両手を組み、地面へ振り下ろす。打ち下ろすと同時に両手から伝わる黒色のエネルギーが地面を突き破って噴き出し、バルカンが撃ち出した光弾を防ぐ光壁となる。

 

「はああああっ!」

 

 最初に撃った四発は牽制。限界寸前までエネルギーが溜められ、銃口から今にも飛び出そうとしている二発目が本命の一発。

 

  バレット

 

  

   

    

     

      

        ブラスト! 

 

 極大の光線がショットライザーから放たれる。

 アナザーバルカンが作り出した光壁に、先に放った狼の光弾を取り込んだバルカンの光線が衝突する。そのまま突き破る勢い光の奔流が押し寄せるが、よく見ればアナザーバルカンはその場から一歩も動いておらず、山の様に不動であった。

 

「これが貴様の限界だ。自分の非力さを思い知れ!」

 

 アナザーバルカンが両手で再び地面を叩く。地面に伝わる力の波に合わせて光壁が動き出し、光線を押し返していく。

 

「くおおおおおっ!」

 

 攻撃が押し返されていく光景に瞠目しながらもバルカンはショットライザーの引き金から指を離さず、限界まで絞り続ける。

 その甲斐あってか光壁の押し返しは途中で止まる。だが、アナザーバルカンにとっては想定内の事態でしかなかった。

 

「消えろ」

 

 アナザーバルカンは両手を左右に広げたかと思えば、二つの掌を勢い良く打ち合わせる。打ち鳴らした音は爆発音に等しく、更に両手に込められていたエネルギーが打ち合うことで拡散され、衝撃波となって室内全体に広がる。

 結果、拮抗していた光線と光壁は暴発を起こし、衝撃波と合わさって範囲内にあるものを全て吹き飛ばす。

 

「ぐはっ!」

 

 壁に背中を預けていたバルカンは、体を圧殺される様な衝撃を浴びせられ、体中が軋音という悲鳴を上げた。

 見えざる力に圧し続けられるバルカンであったが、突如何かが体に巻き付いて来る。

 

「これは!?」

 

 幾つもの節によって構成された有機的な見た目をしたサソリの尾を模したそれをバルカンは知っている。滅が使用する伸縮刺突ユニット──アシッドアナライズと酷似している。

 勢い良く引っ張られ、衝撃波に逆らう様に引き寄せられるバルカン。引っ張られる力と押し返す力で体が真横に折れそうになる。

 引っ張られた先に待つのはアナザーバルカン。サソリの尾はアナザーバルカンの腕から伸びたものであった。

 アシッドアナライズで持ち上げられた状態のバルカンは、アナザーバルカンを睨み付ける。

 

「お前、滅のプログライズキーまで……!」

「それだけじゃない」

 

 アナザーバルカンの背部にマゼンタに光る翼が展開し、急上昇。

 

「うおっ!?」

 

 一瞬で天井を突き破り、空高く昇ると一気に急降下。地面スレスレで急停止をするが、停まる術の無いバルカンは、アナザーバルカンが生み出した速度のまま地面に落下し、地面は大きく割れる。

 

「がはっ!」

 

 衝撃波に続いて落下による全身へのダメージ。流石のバルカンも意識が遠のいていく。

 

「言った筈だ。プログライズキーのダウンロードすることで私は力を得ると。あの二人のプログライズキーの能力は既に入手済みだ」

 

 同じ力でもバルカンはアナザーバルカンに勝てなかった。そこにパンチングコング、スティングスコーピオン、フライングファルコンが加われば尚のこと勝てない。

 

「そして、私はお前の戦い方を全てラーニングしている──貴様の生命力は少々計算外だが──貴様は私には絶対に勝てない!」

 

 既存の力ではアナザーバルカンに勝つことは出来ない。朦朧とした意識の中でもバルカンには聞こえていた。ならば、アナザーバルカンも知らない力で戦えば勝機を見つけることが出来る。

 バルカンには一つだけ残されていた。アナザーバルカンも知らない力が。とある事情、というべきかバルカン本人の拘りのせいで使用することは無かったが、窮地に追いやられた今こそ使うべき時なのかもしれない。

 

「死ね。今度こそ私が唯一無二のバルカンとなる」

 

 しかし、敵はそんな余裕を与えてはくれない。山すら砕きそうな力を拳に込め、バルカン目掛けて振るおうとしている。

 間に合わない。バルカンは次に来るだろう衝撃に覚悟した。

 

「止めろぉぉぉ!」

「があっ!」

 

 響く苦鳴。だが、それはバルカンが発したものではない。アナザーバルカンの口から出たもの。

 光と共に出現した謎のライダーの膝蹴りを顔面に受けたせいで発せられたものであった。

 無防備な状態で頬を膝で突き上げられたアナザーバルカンが吹っ飛んで行く。謎のライダーはバルカンの傍に立ち、声を掛けた。

 

「不破さん!? 大丈夫!?」

「その声……飛電或人か!?」

 

 謎のライダーこと001が何故ここに現れたのか。

 それは数分前にまで遡る。

 

 

 ◇

 

 

 アメイジングヘラクレスによって増強された力から繰り出される頭突きにより滅の足が地面にめり込む。その様子はさながら杭打ちであった。

 

「っ! が、くっ……」

 

 精密な機械が集合する頭部に大きな衝撃を与えられ、滅は一時的に動作が出来なくなり、立ったままの状態で脱力した様に両手を垂らす。

 001は突き入れていた両拳を離す。正直な所、この状態の滅に対して追い打ちを掛けるつもりは無かった。甘いと思われても仕方がないが、001は無抵抗な相手を傷付けることに気が引けてしまっていた。

 

「或人様!」

「滅から離れろ!」

「え? うわっ!」

 

 イズの声の後に強襲してくるマゼンタの羽根。001は両腕を掲げて防御する。固められた防御によって羽根が弾かれていく。

 だが、一際強い衝撃が加わり、001はバランスを崩して転倒する。腕から伝わる感触からして蹴られたことが分かる。防御姿勢のせいで視界が狭まり、まんまと喰らってしまった。

 構えを緩めると飛翔している迅の姿が見える。いつの間にか001のダメージから復帰していた。

 001はアタッシュアローで迅を狙うが、高速で飛び回る迅に狙いが上手く定まらない。元々、飛び道具系の武器をあまり使わないのでその未熟さがここで出て来た。

 素人ながら進路方向を予想してアタッシュアローで射るが、迅は反転してあっさりと回避してしまう。

 

「よくも滅を傷付けたな……!」

 

 迅の声には生々しいまでの怒りと憎悪が込められている。

 

「お前の大事なものも傷付けてやる!」

 

 やったからやり返すという思考の下、迅は空中で留まったかと思えば片翼を振るう。そこから放たれる無数の羽根。しかし、羽根が飛ぶ先に001の姿は無い。

 

「しまった!」

 

 001が焦った声を上げる。迅の羽根が飛ぶ先に立っているのはイズ。身を呈して彼女を守る姿を見ていた迅は、自らが受けた痛みを001にも与える為にイズを攻撃した。

 001とイズとの距離は大分ある。ライジングホッパーの能力なら間に合ったが、アメイジングヘラクレスのスピードでは到底間に合わない。

 

「くそっ!」

 

 001はアタッシュアローを構え、射る。一度に複数の光矢が放たれ、羽根を何枚か射落とすが、全て射ることは出来なかった。

 

「イズゥゥゥ!」

「あはははは! 壊れろ!」

 

 001が手を伸ばすがイズには決して届かない。迅の嘲笑が響く中で羽根がイズを──

 その時、白い影が冷たい風と共に現れ、羽根を全て弾き飛ばす。

 イズを守る為に現れたその人物の名を片や喜びと共に、片や怨嗟と共に叫ぶ。

 

「亡っ!」

「亡ぃぃ!」

 

 仮面ライダー亡は鉤爪に付いた羽根の残滓を振り払いながら、まずは001の方へ話し掛ける。

 

「やあ、飛電或人。無事に着いたか確認しに来たが……着いた早々に襲撃を受けるとは君も災難だね」

 

 次に迅の方を見た。

 

「弱い者、戦闘能力が無い者を狙うのは合理的なのかもしれないが、あまり品の良い行為とは言えないな、迅」

 

 亡の咎める言葉に迅は苛立ちを込めた舌打ちをする。

 

「裏切り者の言葉なんて聞くつもりないね!」

 

 今度は亡を狙って羽根を飛ばすが、目にも止まらぬ速さで振るった鉤爪に全て打ち落とされてしまう。

 

「飛電或人。知っているかもしれないがウィルもここに来ている。何体かにハッキングして分かったが現在ウィルは不破諫と交戦状態にある」

「不破さんとウィルが!?」

「不破諫に力を貸してやってくれ。一人ではウィルには勝てない。ここは私が引き受ける」

 

 001は一瞬だけイズの方を見た。二度も助けてくれた亡は信用に値する存在なのかもしれないが、それでもイズをここに残して行くことに迷いを覚えていた。

 001の視線に気付いたイズは微笑み、丁寧に頭を下げる。それは見送りの為のお辞儀であり、イズは001へ行く様に無言で伝えて来た。

 

「──分かった! 亡! 頼む!」

 

 その姿を見て決心した001は建物の外へと飛び出す。

 

「──さて。出来ることならこのまま帰ってくれると私としては嬉しいんだが」

 

 001を見送った亡は迅に告げる。

 

「僕に勝つつもり?」

「君の中のAIがどういう計算を導き出したのかは知らないが、飛電或人との戦いで負傷した君と戦闘不能状態の滅だったら、二対一でも私の勝率の方が勝っている」

 

 亡の言っていることが事実の為か迅からの反論は無かった。

 

「ううう……うううううっ!」

 

 代わりに上手く行かずに不貞腐れる幼子の様な唸り声を上げる。

 

「ああ、もう! 絶対社長に怒られる!」

 

 迅は滅の方へ飛んで行き、彼を掴むと一緒に建物の外へと去って行ってしまった。

 

「ふう……」

 

 攻撃しようと思えば出来たが亡は敢えてしなかった。元々ヒューマギア達を同胞と見ている亡だが、その中でも滅と迅だけはどうしても傷付ける気が起きないのだ。何度も危うい場面があったにもかかわらず。

 雷の方は彼らと戦うことは出来るが、戦う度に心の裡に表現出来ないモヤモヤとした感情を抱いており、それに苛立ってわざと攻撃的な態度をとっている。

 イズを守る為に001を行かせたが、実際の所は迅達を逃がす為の口実の面が強い。

 亡はイズを見る。イズは感情が見えない瞳を亡に向けていた。

 高性能なヒューマギアであるイズならきっと迅達をわざと逃がしたことが分かっている。

 

「恩を着せるつもりは無い。だが、少しでも借りがあると思ってくれるなら……このことは黙っておいて欲しい」

 

 イズは暫くの間、沈黙する。彼女の中のAIが判断している様子であった。

 

「──了解しました。ゼアの計算も沈黙が正しいと判断しました」

「ありがとう。さてと……イズ、君も安全な場所へ退避しよう。途中までは私が守る」

「お願いします」

 

 イズの安全を確保出来た一方で001は建物の外で広がる予想外の光景に戸惑いを覚えていた。

 

「ど、どういうこと?」

 

 001はトリロバイトマギア達に苦戦している人々を助けようとしていたが、目の前の光景は真逆。人々がトリロバイトマギア達を押し返している光景であった。

 

「今だ! 押し返せ!」

 

 檄を飛ばすのは刃が変身したバルキリー。それに呼応して兵士達はトリロバイトマギア達に銃撃を浴びせていく。バルキリーも勇ましいが人間がトリロバイトマギア達に圧倒しているのは彼女が理由では無い。

 001も知らない謎のライダー達が一騎当千の如くトリロバイトマギア達を次々と撃破しているからだ。

 緑の仮面ライダーが槍を突くとトリロバイトマギア達が纏めて数体貫かれる。緑のライダーはマフラーと手裏剣を付けた忍者の様な姿になると複数に分身し、武器を鎌に変えてこれまた纏めて数十体も破壊する。

 白い女性的なライダーは手から光の刃を伸ばし、その刃でトリロバイトマギア達を撃破していく。彼女が手を翳すと何故かトリロバイトマギア達の動きが停止し、その間にトリロバイトマギア達の間を通り過ぎて行く。

 次にトリロバイトマギア達が動いた時は、彼らの体が切断され細かなパーツになった時であった。

 ライダーだけではない。建物の正門前では大勢のトリロバイトマギア達相手に巨大ロボットが暴れ回っている。

 赤いボディに円形の頭部を持つロボットは、鉄腕で薙ぎ倒し、レーザーで蹂躙し、ミサイルで片っ端から吹き飛ばす。絶望的であった数の差がロボット一体で覆されていく。

 

「あんなロボット、飛電にあったっけ……?」

 

 001も巨大ロボットを有しているが、あの様な形のロボットは初めて見る。

 

「──ってボーっとしてる場合じゃない!」

 

 確かにライダー達やロボットによって戦況は変わっていくが、それでもまで襲われている兵士達の姿が見える。

 001はアメイジングヘラクレスからライジングホッパーにプログライズキーを入れ替える。

 

『RISING HOPPER!』

『BREAK DOWN』

 

 換装を終えた001。ライダモデルと共にアタッシュカリバーも出現し、装備する。

 アタッシュカリバーとアタッシュアローの二刀流となった001はフォースライザーのトリガーを引いた。

 

『RISING DYSTOPIA!』

「くっ……!」

 

 発動にはやはり苦痛が伴うが、すべきことがある001にとっては最早その苦痛も些細な事。

 光のラインを残し001の姿が消え、同時に十を超えるトリロバイトマギア達が体に斬撃痕を刻まれて機能停止する。

 高速移動する中で振るわれる二振りの刃が多くのトリロバイトマギア達を瞬時に撃破。

 目の前で急に機能停止するトリロバイトマギア達に兵士達も何が起こっているのか分からず、目を白黒させる。

 

「はあ……はあ……!」

 

 二十を超えた辺りで001は高速移動を一旦解除する。時間にすれば数秒間の出来事だが、001からすればその何十倍も動いていた。

 ダメージの蓄積と疲労で不意に膝から力が抜ける。このまま仰向けに倒れるのかと思いきや、背中に何かが当たり001を支える。

 首だけ後ろへ向けると謎のライダーの一人、銀と黒のカラーをしたライダーが背中を当てて001を支えていてくれた。

 他のライダーと同様に『ライダー』と描かれた仮面を001へ向ける。

 

「久しぶり」

「え? 久しぶり……?」

 

 001の記憶ではそのライダーと会った事が無い。

 

「あ、そっか。まだ出会う前だったのかも」

「どういうこと?」

 

 一人で納得するライダーに001の困惑は強まる。

 

「まあ、説明は後で。ここは俺達に任せてよ。まだやることがあるんでしょ? ゼロワン?」

 

 初めて会うというのに001は不思議とその言葉を信じる事が出来た。001自身も理屈は分からない。

 

「──頼んだ!」

『RISING DYSTOPIA!』

 

 謎のライダーにこの場を任せ、001はウィルと不破が戦っている場へ急ぐ。

 

「うん。任せておいてよ」

 

 謎のライダーことジオウは次代のライダーの暖かく見送ると共に約束を果たす為ジカンギレードを構えるとトリロバイトマギア達の群れへ向かっていった。

 

 

 ◇

 

 

 そして、時間は現在へと戻る。

 

「飛電……或人ぉぉ……!」

 

 突然乱入してきたことにも驚いたが、フォースライザーで変身していることもアナザーバルカンにとって驚くことであった。同時にあの時プログライズキーを奪っておけば良かったという悔しさが生まれる。

 

「不破さん! 大丈夫!?」

「何だその姿は……!? 何しに来た……!?」

「何しにって、不破さんを助けに──」

「お前の手助け、なんて、要るか……!」

「そんなこと言っている場合じゃないでしょ!」

 

 001の助力を拒み、一人で戦おうとするバルカン。しかし、立ち上がろうとすると膝が震えて折れてしまう。

 

「くそ……! 動け……!」

 

 自分の脚を容赦無く叩くバルカン。001が止めようとするが、突如として伸びてきたアシッドアナライズがそれを阻む。

 

「うおっ!?」

 

 軌道を修正し、001を追尾するがアタッシュアローとアタッシュカリバーでそれを弾く。

 

「ここで貴様も始末する!」

 

 アナザーバルカンが全ての能力を解放し、襲い掛かって来るが──

 

『RISING DYSTOPIA!』

 

 001は見えなくなり、続いてアナザーバルカンから幾つもの火花が飛び散る。

 

「ぐおっ!」

 

 001の高速移動に付いて行けず攻撃を受け続けるアナザーバルカン。アナザーバルカン自体が頑丈である為に二つの武器を絶え間なく振り続け、手数で押す001。

 バルカンはそれを外野から見ていた。

 

「ふざ、けるな……!」

 

 震えていた脚に力が込められていく。

 今のバルカンの脚を支えるのは三つの怒りであった。

 一つ目はヒューマギアへの怒り。

 二つ目は飛電或人に助けられた不甲斐ない自分への怒り。

 そして三つ目は、使いたくなかった力を使うことになってしまった怒り。

 

「だが、それでも俺は……戦う! ヒューマギア共を……ぶっ潰すまで……!」

 

 バルカンが取り出す新たなプログライズキー。深緑色の外装をしたそれを起動させる。

 

『REVOLVER!』

 

 プログライズキーを無理矢理開くとショットライザーからシューティングウルフを抜き、そのプログライズキーと挿し変える。

 

『AUTHO RIZE』

『KAMEN RIDER KAMEN RIDER KAMEN RIDER』

 

 認証と共に鳴り響く待機音。バルカンの銃口は真上に向けられていた。

 

「変身!」

『SHOT RISE!』

 

 ショットライザーから発射される未知なる力を秘めた弾丸。同時にバルカンはアナザーバルカンに向かって走り出していく。

 アナザーバルカンも異変に気付き、連撃を耐えている中でバルカンの方を向く。

 

「うおおおおおっ!」

 

 拳を振り上げながら突進する様は蛮勇そのもの。何も学習しないバルカンにアナザーバルカンが迎撃の拳を振り上げる。

 二人の拳が衝突する寸前に撃ち上げられていた弾丸がUターンし、バルカンへ命中。

 

『GATLING HEDGEHOG!』

 

 拳を打ち付け合った時、苦鳴を上げたのは──

 

「がっ!?」

 

 ──アナザーバルカンの方であった。正確には二人の拳は触れ合っていない。バルカンの深緑色の手甲から伸びる無数の針に貫かれて届いていないのだ。

 シューティングウルフの時とは違い左右対称の深緑色の装甲。だが両肩、仮面、胴体に付けられた装甲には無数の棘が生えており、全身が凶器そのものと化していた。

 

「何だ……!? その姿は……!?」

 

 それはアナザーバルカンも知らないバルカンの姿。

 

『Infinite spines shoot towards the enemy』

 

 アナザーバルカンも知らないのは無理も無い。ガトリングヘッジホッグプログライズキーは、アナザーバルカンにパンチングコングプログライズキーを奪われた後に亡から渡されたものだからだ。だからこそ彼はこのプログライズキーを使用するのは最後まで躊躇っていた。

 あの時の屈辱に塗れた苦い記憶が蘇って来る。しかし、それが怒りという力をバルカンに与えてくれる。

 

「覚悟しろ……! 絶対お前をぶっ潰す……!」

 

 




映画特典だから出してみました。不破さんしか使ってないので不破さん用になります。


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アナザーバルカン2019 その6

 新たなプログライズキーによって変身した姿──バルカン・ガトリングヘッジホッグの能力により、打ち砕く筈であったアナザーバルカンの拳は十数もの針で刺し貫かれている状態となっていた。

 

「おらっ!」

 

 針を出している腕を一気に振り下ろすバルカン。パキン、という音が鳴りバルカンの手甲から生えていた針が一斉に折れる。

 

「ぐっ!」

 

 折れた針はアナザーバルカンの拳に残っており、針を取り除こうとするが貫通した針がアナザーバルカンの手を拳の形に固定してしまい、手が開かない。

 

「うおらぁぁ!」

 

 大きく振り被るバルカン。その間に折れた針が生え変わり、スパイク状の手甲へと戻る。

 バルカンが攻撃モーションに入ったのを見て防御の体勢に入るアナザーバルカンであったが、その時アナザーバルカンは脇腹に強い衝撃を受ける。

 

「があっ!? 飛電或人ぉ……!」

 

 アナザーバルカンが相手にしているのはバルカン一人ではない。今も高速で動き回っている001も居る。

 001はアナザーバルカンの意識外から最も防御の薄い箇所を攻撃した。それによりアナザーバルカンの防御姿勢は崩れ、反射的に意識も001の方へ向けられる。

 防御の隙間を狙ったバルカンの拳がアナザーバルカンに炸裂。打撃の威に加えて衝撃に反応して手甲の針が伸び、命中箇所を刺す。

 アナザーバルカンが打ち込んだ拳を払おうとすると、バルカンは腕を素早く下に振りながら拳を引く。

 

「またか……!」

 

 拳を打ち込んだ箇所に印の様に残る十を超える針。今のバルカンの攻撃は、ダメージ以上のものが残る。しかも折れた針はすぐに再生するのでバルカンには一切の負担が無い。

 

『CHARGE RISE! FULL CHARGE!』

 

 アナザーバルカンの耳に届く音声。その直後に今までよりも強烈な斬撃がアナザーバルカンの胴体に与えられる。

 

『KABAN STRASH!』

 

 アタッシュカリバーの刃にエネルギーを込めた斬撃はアナザーバルカンの体に確かな傷を与える。しかし、001の攻撃はそれで終わらない。

 

『KABAN SLASH!』

 

 今度はアタッシュアローの刃が先に与えられた傷と交差する様に振るわれ、アナザーバルカンの体に×の字が刻み込まれた。

 

「がはっ!」

 

 ダメージに声を上げるアナザーバルカン。だが、その声は口を鷲掴みにされ、途中で止めさせられる。

 

「まだ終わりじゃねぇぞ!」

 

 バルカンは出来たばかりの傷にショットライザーの銃口を押し当てて発砲。発射されたのは光弾ではなく杭の様な太さを持つ針状の弾丸であり、損傷している箇所に深々と突き刺さる。

 

「がっ! ──人間如きがっ!」

 

 重なる攻撃にアナザーバルカンもダメージを負うが、同時に怒りに火を点ける。

 

「おおおおおっ!」

 

 アナザーバルカンは両腕を地面に叩き付けた。アナザーバルカンを中心にして衝撃が波紋状に広がっていく。その波紋に触れた者達は──

 

「うわっ!」

「うおっ!」

 

 下から突き上げる様な衝撃を受け、空中へと打ち上げられた。

 アナザーバルカンの至近距離に居たバルカンは勿論だが、高速移動をしていた001も地面に足が触れている状態であった為、空中へと投げ出され高速移動出来なくなってことで可視化してしまう。

 アナザーバルカンは咆哮を上げる。それは狼のものであり、咆哮を合図にして狼型のエネルギーが出現。

 狼の数が揃うと翼を展開し、その場で一回転する。翼からマゼンタ色のエネルギーで覆われた銀色の羽根が飛ばされ、狼らも一斉に獲物へと飛び掛かる。

 

「くっ!」

 

 001はアタッシュカリバーとアタッシュアローを交互に振るい羽根を弾いていくが、間髪入れずに狼の方も襲い掛かってきた。咄嗟に大口を開いて襲い掛かってきた狼をアタッシュカリバーで両断。狼の上顎から上が斬り飛ばされる。

 だが、その瞬間に狼が内蔵していたエネルギーが爆発し、001は至近距離でその爆発を受けることとなる。

 

「うわああっ!」

 

 全身を殴りつけられる衝撃を感じながら001は壁面に衝突。

 

「ぐっ!」

 

 バルカンもまた爆発の洗礼を浴びせられていた。バルカンは両腕、両肩から前方向に針を伸ばすことで先端に接触させ、001よりも遠い間合いで爆発の衝撃を受けたが、それでも吹っ飛ばされ001と同じ壁に叩き付けられた。

 広範囲を無差別に攻撃した直後のアナザーバルカンは、そのまま二人に止めを刺すと思いきや、その場で膝を折る。

 

「こんな事が……! 想定以上のダメージを負ったというのか!? 私が……!?」

 

 001が合流してから一気にダメージを負ったせいで体に不具合が生じ始めている。もし、変身者のウィルが人間であったのならアナザーウォッチの力で肉体を幾分か回復させることが出来たであろう。アナザーウォッチは死に掛けた人間すら動かす力が有る。

 しかし、ウィルの体は機械の塊である。それも精密な部品等で構築されている。外部からのダメージはアナザーライダーとしての頑丈な体が軽減させてくれるが、それでも限度はある。限度を超えればダメージは内部に蓄積する。

 生身の体を持たないウィルにとってこの内部へのダメージは重い。何故なら彼はアナザーウォッチによる回復という恩恵を受ける事が出来ない。不具合が生じたら回復する見込みが無いのだ。

 関節各部に軋みを感じる。視覚センサーにノイズが生じる。演算機能の一部が作動しない。ヒューマギアらしく自分の体に生じた不具合が一々正確に告げられるが、現状改善する手立てが無いのでアナザーバルカンからすれば己のことだが鬱陶しく感じる。

 

「くっ……!」

 

 アナザーバルカンに異変が起きている中、001は立ち上がろうとしていた。

 小刻みに震える膝に力を入れ体を起こそうとし、崩れ落ちる。アナザーバルカンにダメージが蓄積している様に001もまた今まで溜まっていたダメージが一気に圧し掛かっている。

 アナザーバルカンとの戦闘で始まり、それからさほど時間が経たずに滅と迅との二対一の戦い。そして、アナザーバルカンとの再戦。

 戦闘のダメージとフォースライザーの負荷によって001の体は悲鳴を上げており、すぐに立てないのは体が強制的に休ませようとしているからである。

 

(立たないと……!)

 

 肉体の警告を無視し、001は尚も立とうとする。このまま動かずに意識を失ってしまえば楽なのは分かっている。だが、戦いが終わっていないのに楽になんてなれる筈が無い。

 アナザーバルカンが徐々に再起動し出しているのが見えている。早く動かなければ二度と動けなくなる。

 脚の筋肉に力を込めるのだが、見えない穴から力が抜けていくかの様に真っ直ぐ伸びない。筋肉が痙攣する様に震えるだけで終わる。

 一方でアナザーバルカンは不具合が起こっている体を巧みに動かし、何とか動ける様になっていた。自分の体を熟知してこそ出来る芸当である。

 だが、正常に動作出来る時間は限られている。アナザーバルカンは優先して戦う相手を選択する。

 バルカンを見る。うつ伏せの状態から体を起こそうとしている。

 001を見る。何とか立ち上がろうとしているが、肉体のダメージが大きく上手く行っていない。

 今この場で倒すべきなのは001の方だとアナザーバルカンは合理的に判断する。

 ゼロワンドライバーの所持者であり飛電の名を受け継ぐ者。そして、今も追っているあの男との関連も深い。最も最優先で始末すべき人物である。

 アナザーバルカンは001を始末する為に彼の許へ歩を進めようとするが──

 

「──おい」

 

 それを呼び止めるはバルカン。

 

「何こっちに背を向けてんだ……!」

 

 死に掛けた狼の無駄吠えである。聞く必要も無い。

 

「逃げてんじゃねぇ……!」

 

 優先すべきは飛電或人。先に始末すべきは飛電或人。雑音を拾う意味など無い。

 導き出された答えに従い、合理的に──

 

「そんなに俺が……怖いのかよ……!」

「──誰が誰を恐れている?」

 

 合理性は沸騰する感情の前に一蹴される。

 見下し、軽蔑し、この世界から抹殺しようとしている人間如きが、この星の新たな種となるヒューマギアに対して言ってはならない台詞を吐いた。

 アナザーバルカンの腕からアシッドアナライズが伸び、バルカンの首に巻き付くと引き寄せ、目の前で持ち上げる。

 

「ぐっ……!」

 

 首を締め付けられた状態で宙吊り状態となるバルカン。両手で緩めようとするがアシッドアナライズは逆に強く締め付ける。アシッドアナライズの先端がバルカンの眼球に突き付けられた。

 

「もう一度言ってみろ? 誰が誰を恐れている?」

 

 喉を締められている状態では喋ることなど出来ないと分かっていながら敢えて聞くアナザーバルカン。

 

「言ってみろ!」

 

 一度感情が昂ってしまうとアナザーバルカン自身も制御出来なくなる。如何に優秀なヒューマギアであっても後天的に手に入れた自我を制御するプログラムは持たない。火が点いてしまえば後は燃え盛るのみ。

 頭の片隅ではこんなことをせずにさっさと始末しろと指示する自分が居るが、バルカンも001もほぼ戦闘不能状態であり順番が変わるだけだと自分に言い訳をし、今行っていることを正当化する。

 感情の赴くまま、アシッドアナライズの針でバルカンを貫こうとした時──

 

「不破さんっ!」

 

 001の声と共に後方から何かが迫って来るのを感知する。咄嗟に振り向こうとした時、物体がアナザーバルカンの顔側面を高速で通り過ぎていく。

 そのまま通り過ぎていくかと思いきや、バルカンは首を絞められて朦朧している状態にもかかわらず、その物体を掴み取る。

 持てる力を全て込め、001から投げ渡された物体──アタッシュカリバーを振り上げる。

 空間に描かれる銀の線がアシッドアナライズを通過。線の部分からアシッドアナライズが切断され、バルカンは締め付けから抜け出す。

 呼吸出来なかった分、一気に酸素を吸い込むと気合の雄叫びと共に吐き出し、アタッシュカリバーを叩き付ける様にしてアナザーバルカンを斬る。

 

「なぁっ!?」

 

 全てがあっという間の出来事であり、アナザーバルカンは防御することも間に合わずバルカンの全力の斬撃を浴びせられてしまう。

 予期せぬ一撃によりアナザーバルカンは大きな隙を晒す。この間にもっと強力な一撃を与えようとしバルカンは気付く。

 アタッシュカリバーのスロットに既にプログライズキーが挿し込まれていた。

 これを見たバルカンは、仮面を下で複雑な表情をし、奥歯を嚙み締める。

 

「飛電或人っ!」

 

 名を呼ぶと同時にバルカンはそれを投げ放っていた。

 001は慌てて投げられた物を受け取る。手の中にあるそれは、バルカンにとって魂の一部と言っても過言ではないシューティングウルフプログライズキーであった。

 これ以上の貸しは作らないというバルカンからのメッセージ。001はバルカンが少しだけ自分に気を許してくれたことを喜び、アタッシュアローのスロットに挿す。

 

『WEREWOLF'S ABILITY!』

 

 バルカンと001は同時にアタッシュウェポンを閉じ、刃部分をエネルギーで満たす。

 

『CHARGE RISE FULL CHARGE!』

 

 充填完了の合図に従い、アタッシュカリバーを武器形態へと戻しながらバルカンはアナザーバルカンの胸部にアタッシュカリバーの刃を押し当て、001は地を這う様に身を低くした体勢から両足で地面を蹴り、低空を高速で跳躍。

 二人はほぼ同じタイミングでグリップにあるトリガーを押していた。

 

『AMAZING KABAN DYNAMIC!』

『SHOOTING KABAN FINISH!』

 

 アタッシュカリバーの刃がヘラクレスオオカブトの長さが異なる上下に並んだ角を模した黄緑色のエネルギーに包み込まれる。

 

「がああああっ!」

 

 アナザーバルカンは高密度のエネルギーに焼き斬られながらもエネルギー刃を両手で押し返そうとする。だが、バルカンは傷だらけの体から搾り出した渾身の力を両手に込め、それに拮抗。

 その時、低空から跳び込んで来た001のアタッシュアローの刃がアナザーバルカンの脇腹を斬り付ける。蒼炎の様なエネルギーで覆われたアタッシュアローの刃は、獣毛を容易く斬り裂き、深く斬り込む。

 斬られた衝撃でアナザーバルカンの両手の力が緩む。バルカンはこの機を逃さず、アタッシュカリバーを一気に振り抜いた。

 001の頭上を黄緑色の刃が通り抜けていく。身を低くしていたおかげで巻き添えを回避する。

 交差する刃と刃。その中心でアナザーバルカンは絶叫を上げるが──

 

 アメイジングカバンダイナミック! 

               

                     シューティングカバンフィニッシュ! 

 

 ──その二つの音声によって掻き消されてしまった。

 胸部、脇腹に深い傷を負い、機械部分が剥き出しとなって火花を散らす。しかし──

 

『REVOLVER!』

「おい」

 

 破損し熱を帯びている傷へ突き付けられる冷たい銃口。

 

「まだ終わってねぇぞ……!」

 

 情けも容赦も無い憤怒のダメ押し。

 ショットライザーからアナザーバルカンの体内に直接エネルギーを流し込まれる。

 

「うっ……うう……!」

 

 よろめきながら数歩後退するが、その足が突然止まり前屈みになる。

 

「うう……があああああっ!」

 

 アナザーバルカンの背中を突き破って伸びる黄緑色の針。一本生えたかと思えば、次々と伸びて行き、背中を針が埋め尽くしていく。

 さながらその姿は針鼠の様であった。

 

   リボルバー

 ガトリング

   ブラスト! 

 

 体を突き破るエネルギーの針によって中と外をズタズタにされるアナザーバルカン。

 この一撃でバルカンは限界を迎え、変身が解除されてしまう。

 

「こんな、所で……! 私は……!」

 

 何か言い掛けるアナザーバルカンであったが、突然その瞳が赤く染まる。そして、今までダメージが無かったかの様に直立姿勢となった。

 バルカンは思わずショットライザーを向けるが、アナザーバルカンは意を介さない。

 

「全員撤収しろ」

 

 無感情な声で指示を出すと、001達を無視してあっさりと立ち去ってしまう。

 

「おい……!」

 

 不破が声を荒げ、銃口を向けるが震える手では狙いが定まらず、結局撃つ前にアナザーバルカンは居なくなってしまった。

 狙うべき相手を失い、ショットライザーを持っていた手は重みに耐えかねて下げられる。

 ショットライザーが地面に当たったカツンという音が、不破と変身が解けた或人が残された建物内に響いた。

 

「不破さん……生きてる……?」

 

 土埃で汚れた地面にうつ伏せになった或人が弱々しい声で問う。

 

「当たり前だ……」

 

 仰向けの体勢で答える不破。こちらの声も弱々しい。

 

「何とか皆を守れたかな……?」

「まだ親玉を倒した訳じゃねぇ……」

 

 或人は心成しか不破の声にあった棘が少なくなった気がした。ほんの少しだが、或人のことを認めてくれたのかもしれない。

 

「安心するには早いってことね……安心出来なくて()()()()()()()()

 

 弱っていながらも飛ばすギャグ。すると──

 

「こん、な……! 時に……! そんなこと……ぶっ、くっ、言うん、じゃねぇ……!」

 

 不破は痙攣の発作でも起きたかの様に体を小刻みに震わせ、何かに耐える様に胸部を仰け反らせる。

 

「ご、ごめん。和ませようと……」

 

 不破が怒っていると思い、慌てて謝る或人。

 

「ぷっ、くくっ……うぐっ!」

 

 だが、実際は違った。或人の放ったしょうもないギャグは不破の笑いのツボにこれでもかと深く突き刺さっており、今にも爆笑しそうなのをプライドを守る為に我慢しているのだ。

 歴史が書き換えられても不破が或人のギャグに弱いのは変わらず、傷を負った体で無理矢理笑うのを耐えているせいで痛みにも悶えさせられる。

 そこに足音が近付いて来ていることに気付き或人は謝るのを止め、不破も即座に切り替える。

 痛む体を押して足音の方を向くと、見知らぬ茶髪の青年が立っていた。

 

「大丈夫?」

 

 負傷している二人を気遣う青年。或人には声に聞き覚えがあったが──

 

「誰?」

「誰だ?」

 

 ──不破と同じ言葉を口に出してしまう。

 

「俺は常磐ソウゴ。改めてよろしく、ゼロワン──じゃなく飛電或人」

「やっぱり……あんた、さっきの!」

 

 穏やかな口調で自己紹介するソウゴという人物に二人はただ戸惑うしかなかった。

 

 

 ◇

 

 

「うっ……」

「あっ! 滅! 良かった! 気が付いた!」

 

 肩を貸していた迅は滅が再起動したことに安堵する。

 

「──どうなっている? 何だこの状況は?」

 

 滅達の周りにはトリロバイトマギア達が居り、明らかに人間らの拠点から離れている。

 

「それが、社長が撤退命令出したんだよ」

「何? 社長はどうした?」

「知らない。どっかに居るはずだと思うんだけど……」

「吞気なことを……」

 

 いまいち子供っぽさが抜けていない迅の態度に滅は呆れ、すぐにでもウィルを探そうとする。

 その時、トリロバイトマギア達が一斉に行進するのを止めた。トリロバイトマギア達が見つめる先には今まさに探そうとしていたウィルが立っている。

 しかし、高級なスーツはズタボロになり、体の各部から青い冷却水を流し、額や頬は金属が剥き出しになっている。

 ウィルがこちらに向かって歩いて来ているが、今にも壊れそうなぐらいにギクシャクとした動きであった。

 案の定、二メートルぐらい歩くとウィルは倒れて動かなくなる。

 

「社長!」

「社長……!」

 

 急いでウィルへ駆け寄る滅と迅。抱え起こすがウィルは目を開いたまま完全に機能停止していた。

 

「嘘でしょ……? 社長、壊れちゃった?」

「こんなことが……」

 

 ヒューマギアを先導すべき存在であるウィルが破壊され、呆然とする滅達。だが、すぐに次なる衝撃がやって来る。

 

「──何の問題も無い」

 

 気配を感じ、顔を上げる滅と迅。そこには壊れた筈のウィルが赤い目で二人を見下ろしていた。

 

「え! 社長!?」

「どういうことだ……?」

 

 予想外の展開に驚く二人。そんな彼らを無視してウィルは破壊されたウィルへと手を伸ばし、その体に手を沈み込ませる。少しの間まさぐった後、引き抜いたウィルの手にはアナザーバルカンウォッチが握られていた。

 

「回収した。もう用済みだ」

 

 すると、滅、迅の目も赤く輝くと先程まで大事そうに抱えていたウィルの亡骸をゴミの様に放り棄てた。

 

「一度飛電インテリジェンスへ帰還する」

 

 ウィルが告げると彼らは止めていた足を動かし始める。その際に転がっていたもう一体のウィルを躊躇無く踏み付けて行き、そこに何も無いかの様に機械的な行進を続けていった。

 

 

 ◇

 

 

 襲撃を切り抜けた現在拠点では、人々が慌ただしく動き回っている。

 見張り、武器の確認、負傷した者の手当て。戦える者達はこの拠点に残り次に来るであろうヒューマギアの襲撃の為の準備をする。

 非戦闘員の者達は、既にここが危険であるので秘密の通路を使い、別の拠点へと避難させていた。

 様々な声が行き交う中でそこから隔離された様にとある室内で彼らは顔を合わせていた。

 突然現れ、拠点の人々を助けてくれた謎の仮面ライダーである常磐ソウゴとその仲間であるツクヨミ、ウォズ、ゲイツ。

 イズから手当てされながらキョロキョロと彼らを見る或人。

 拠点代表である仮面ライダーの力を持つ刃は不審な眼差しでソウゴ達を見ており、不破の視線はある人物へと集中していた。

 不破が睨んでいるのは三つのグループから一番離れて傍観している亡である。いつの間にか室内に侵入しており、なし崩し的に話に加わることとなってしまった。

 

「それで? お前達の目的は何なんだ?」

 

 刃の警戒した問いにウォズが代表して答える。

 

「我々はアナザーライダーを追ってここへやって来た」

「アナザーライダー?」

「もしかして、ウィルが変身した姿のこと?」

 

 初めて聞く単語であったが、すぐにアナザーバルカンと結び付けることが出来た。

 

「アナザーライダーが誕生しているということは、タイムジャッカーが関係しているのは間違いないからね」

「タイムジャッカー?」

「過去に遡って歴史を書き換え連中よ」

「おい。あまりふざけたことを言うなよ?」

 

 歴史を書き換える。そんなこと不破からすれば荒唐無稽なことでしかない。

 

「ふざけてなどいない。俺達が言っていることは事実だ」

「だから、それが信じられないって言ってんだよ!」

「一々怒鳴るな。──お前は大人しく話を聞くことも出来ないのか?」

「ああん?」

 

 ゲイツと不破の間に険吞な空気が流れ始める。どちらも短気な面があるので一触即発の気配となる。

 

「落ち着いて、ゲイツ」

「不破。まずは話を聞け」

 

 ツクヨミと刃が二人を窘める。

 

「刃! こんな話、信じるってのか!?」

「……全てを信じる訳では無いが、あながち嘘では無いとも思っている」

 

 刃は彼らが実際に戦っている姿を見たが、仮面ライダーに変身したシステム、強力なロボは技術者である刃の視点からしても未知のテクノロジーであり、それが彼らの言葉に信憑性を与える。

 

「マジかよ……」

 

 刃が本気で言っているのが分かり、不破も閉口せざるを得なかった。

 

「こんな歴史になったのは過去の何処かにタイムジャッカーが介入した筈だ。心当たり無いかな?」

「そんなこと言われても……俺には」

 

 急に言われても或人には思い付かない。

 

「それならあの日しかないだろう」

 

 今まで黙っていた亡が口を開く。

 

「十二年前、衛星アークが打ち上げられ大規模なヒューマギアの反乱が起き、飛電インテリジェンスが乗っ取られたあの日だ」

「俺の知っている歴史と違う……」

 

 十二年前に確かにヒューマギアによる暴走が起こったが、運用実験都市の開発区域が爆発を起こし街一つ廃墟になったことでその事件は終わった。

 イズは目を閉じ、耳部のパーツがキュルキュルと音を立てて光を浮かび上がらせる。暫くするとイズは目を開ける。

 

「ゼアもまた同じ答えを導き出しました」

 

 ゼアの計算が亡の推測を後押しする。

 

「その歴史にタイムジャッカーが介入したのは間違いないみたいだね」

「早く正しい歴史に戻さないと……」

「しかし、誰なんだ? スウォルツ達以外のタイムジャッカーが居るとは……」

 

 目的地となる歴史は発見したが、それでもまだ危惧すべき点も残っている。ゲイツが言った様に謎のタイムジャッカーの存在も気掛かりであった。

 

「でも、正しい歴史になんてどうやって?」

「出来るよ」

 

 或人の疑問にソウゴは当たり前の様に言い切る。

 

「俺達の力とあんたの記憶があれば」

 

 ソウゴは或人へ歩み寄る。

 

「信じてくれ。──他に選択肢は無いんだ」

 

 或人にとってもソウゴにとってもこれしか方法が見つからない。

 真っ直ぐ見つめるソウゴの目から或人は目を逸らすことなく見つめ返し、暫くの沈黙の後

 

「……うん!」

 

 今を救う為にソウゴと手を取り過去へ向かうことを決断した。

 




ジオウ達も正式に合流し、次からは過去編となります。


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人間とロボットの会話

珍しく非戦闘回となります。


「これが──」

「──タイムマシーンだと?」

 

 或人と不破は目と口を大きく開け、目の前に並ぶ大きな乗り物──ビークルモードのタイムマジーンを凝視していた。

 過去へと向かうことを決意した或人達は、ソウゴ達に連れられて避難所から少し離れた場所にある廃墟に案内され、そこで聞かされていた実物のタイムマシーンを目の当たりにする。

 

「まさかタイムマシーンをこの目で見る日が来るとはな」

 

 刃は落ち着いた態度であったが、その目には技術者としての興味に満ちており、タイムマジーンに視線が釘付けとなっている。

 同じく同行していた亡もタイムマジーンを興味深そうに眺めており、その際両耳のヘッドパーツが青い点滅を繰り返していた。

 

「──駄目だ。私では解析出来ない」

 

 暫く観察を続けていた亡が出した答えは、現代の技術ではタイムマジーンを分析すること自体が不可能というものであった。

 

「ヒューマギアでも解析不可能なんだ……」

「ゼアもこのマシンを解析するには少なくとも十年は必要だと解答しています」

「十年あればゼア、タイムマシーン造れるの!?」

「あくまでタイムマシーンの実物が存在する場合です。或人様」

 

 そこまでゼアも万能な存在では無い様子。とはいえ完成品さえあればいずれ同様の物を造り出せる事自体凄まじいが。

 

「騒がしい連中だな」

「そう? 俺達と似たような感じじゃない?」

「何処がだ!?」

「えー、あの不破って人なんか俺と最初に会った時のピリピリしてたゲイツに似てない?」

「ぐっ……」

 

 ゲイツ本人も多少なりとも思う所があったのか言葉を詰まらせた後、不機嫌そうにそっぽを向く。ソウゴは笑いながら謝り、ゲイツの機嫌を直そうとする。

 

「ねえ、ウォズ」

「何だい? ツクヨミ君」

「ウォズは歴史を書き換えたタイムジャッカーに心当たりはないの?」

 

 ツクヨミは今回の件が起きてからそのことをずっと考えていた。ツクヨミの知るタイムジャッカーはウールとオーラ、そして彼女の実兄であるスウォルツ。その三人とは直接的な関係は無いがティードを含めて四人しか知らない。

 

「……いや、私も全く心当たりが無いんだ」

「もしかして……兄がまだ生きているんじゃ……」

 

 唯一の身内であるスウォルツに生きていることを願っているのか恐れているのか。少なくとも、もしもの可能性を語るツクヨミの表情は思い詰めており、顔色も優れない。

 

「もしも彼が生きていたのなら、堂々と現れるだろうね。彼は傲──自信家だから。ツクヨミ君。スウォルツはもうこの世にはいない。我が魔王によって敗れたんだ」

 

 ツクヨミの迷いを断つ為にはっきりと断言する。

 

「──そう、そうよね。ごめんなさい。つまらないことを言って」

「いや、気にすることは無い。どんなことでも可能性を考えるのは重要だ。何せスウォルツは色々とやってくれた……」

 

 ウォズはそこで言葉を区切り、何かを考え出す。

 

「どうかした?」

「──何でも無いさ。思い返すと本当に彼は色々とやってくれたと思ってね」

 

 この時、ウォズの中でとある推測が生まれていたが、それを語るには証拠となるものが全く足りなかったので胸の奥にしまっておく。

 

「じゃあ、行こうか?」

 

 ソウゴが或人へ声を掛ける。或人は表情を引き締め、タイムマジーンの方へ歩いて行くが──

 

「へ?」

 

 ──すぐに真剣な表情が崩れる事態が起こる。

 歩く或人の隣には何故か不破がいたからだ。

 

「何だ?」

「何だ? じゃないでしょ! 何で俺に付いて来てるの!? 不破さん!?」

「俺も行くに決まっているからだろ?」

「ええっ!?」

 

 当たり前の様に言う不破に或人は仰天してしまう。

 

「おい! どういうつもりだ! 不破!」

 

 聞かされていなかったのか刃が問い詰めてくる。

 

「こんな事態を引き起こした奴が居るっていうなら、そいつをぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇ! 何が目的なのかは知らないが、どれだけの人間が苦しめられてきたと思ってんだ!」

 

 力を込め過ぎて震える拳を持ち上げる。不破の行動は決して自分勝手な理由から来るものでは無い。歪められた歴史を生き抜いてきた者として怒りと、その歴史の中で散っていった者達を弔う為の義憤である。

 

「気持ちは理解出来るが、勝手な真似をするな!」

「なら、指を咥えて待ってろって言うのか! こいつらがタイムジャッカーとかいう奴を倒すのを! 俺はごめんだ! 俺の敵は俺の手でぶっ潰す!」

「話を聞かん奴だな、お前は!」

 

 刃と不破が睨み合って言い争いを始める。

 或人はこの状況で喧嘩するのは不味いのではないかと思い、ソウゴ達の様子を窺う。しかし、予想に反してソウゴ達が二人の言い争いを止める様子は無かった。

 

「まあ、こういうのはちゃんと話し合った方が良いよね」

「あんまり悠長なことは言っていられないと思うが我が魔王? ──堂々と構えて待つのは王の器だと言えるかもしれないがね」

「どうするの? 止めるの?」

「待つと言っているんだから取り敢えず待とう。あんまり時間を掛けるようなら置いていけばいい」

 

 ソウゴ達は話が纏まるまで傍観する姿勢。

 

「どうしよう……」

 

 或人の方は誰も止めない状況に途方に暮れてしまう。

 

「飛電或人。ちょっと話をいいかい?」

 

 亡が呼び掛け、或人とイズを建物の隅に誘導する。

 

「俺に話って?」

 

 すると、亡はやや声量を抑えて話し始める。

 

「多分、不破諫は過去へ行くことになるから君に彼のことをお願いしようと思ってね」

「え? 俺が? 不破さんが過去へ行くってまだ決まった訳じゃ……」

「説得されて簡単に折れる様な人間じゃないよ、彼は」

「──確かに」

 

 元の歴史で不破の頑固な面を何度か見ている或人は同意してしまう。

 

「きっと無茶もするだろう。その時は君に彼を抑えてもらいたい。私が同行するのが一番なのかもしれないが、私では彼は拒絶されるだろうからね」

「……気になったんだけどさ、不破さんと亡って何かあったの? 不破さん、亡に物凄く睨んだりしてたし」

 

 ヒューマギアを敵視している不破だが、亡に対する敵意はそれを上回る程であり、或人は気になって質問をしてみた。

 

「許せないんだろうね、私のしたことが」

「したこと?」

「私が彼の命を救ったことさ」

「救った!? 亡が不破さんを!?」

 

 アナザーバルカンとの三度目の戦い。窮地に追い込まれた不破を助けたのは敵である筈の亡であった。余談だが、その際に護身用として亡から不破へガトリングヘッジホッグプログライズキーが渡された。

 

「命の恩人なのに何で……?」

「だからこそ許せないんだ。敵である筈のヒューマギアに命を救われた。その事実が彼の中に余計な迷いを生じさせた。その原因となった私が」

 

 怒りと憎しみのまま戦ってきた不破の純粋な戦意に迷いという濁りが出来た。その濁りは不破にどうしても疑問を抱かせる。『ヒューマギアは全て敵なのか?』と。

 疑問は不破を苛立たせ、迷いを払拭させる為にこれまで以上に彼は苛烈な戦いを行った。だが、どんなに戦っても迷いは晴れることは無かったのだ。

 不破の内面を随分と具体的に語る亡。或人の中でとある疑問が湧き上がる。

 

「何か……不破さんのこと良く分かってるな」

「不思議なものでね。何となく分かるのさ、彼の思っていることが」

「どういうこと?」

「それはヒューマギアの心理分析機能によるものですか?」

「違うよ。言葉通りの意味さ。彼の思いが伝わってくるんだよ、私には」

 

 ヒューマギアにはあるまじきオカルト的な発言に、或人とイズは目を丸くする。

 

「自分でもずっと不思議に思っていた。でも、常磐ソウゴの言葉でようやく疑問が解けた。私と不破諫は改変される前の歴史で深い繋がりがあった筈だ」

 

 歴史のズレで或人に改変前の記憶が残った様に、不破と亡は面識が無いものの見えない繋がりが残っていたのだ。

 

「──だから、彼のことが放っておけずに手を貸してしまうんだろうね。そのせいで何度も雷にどやされたよ」

 

 微笑し、肩を竦める亡。

 ふと何かを思い、亡は或人の顔をジッと見る。

 

「改変される前の歴史では、私達と君達はどういう関係だったのだろうね?」

「それは……」

 

 或人はつい言葉を詰まらせてしまった。或人は亡と雷に会ったことは無い。だが、名前、フォースライザー、仮面ライダーへの変身という共通点から察するに亡達は滅亡迅雷.netの仲間である可能性が高い。

 つまり元の歴史では或人の敵であったかもしれない。

 或人の反応を見て、全てを察したのか亡は苦笑する。

 

「そんな思い詰めた顔をしないでくれ。──私達がこうやって向き合って会話をするのは一時の奇跡かもしれない。奇跡なら奇跡らしく有難く享受させてもらうよ」

 

 この経験を得難いものとし、そしていつかは消え去る儚いものとして全てを受け入れる亡。

 

「亡……」

「さて、そろそろ向こうの話も佳境に入ったかな? 助け船でも出すとしよう」

 

 亡は未だに揉めている不破と刃の許へ近付いて行く。

 

「いい加減にしろ、不破! お前が抜けたら避難所は誰が守る! あそこに居る人々が仮面ライダーという存在を心の支えにしていることを忘れたとは言わせんぞ!」

「そ、それは……」

 

 不破も痛い所を突かれたのかバツが悪そうに視線を逸らす。

 

「歴史を修正すれば全て元に戻るかもしれない! しかし、成功する保証は無い! もしもの事に備える必要があるんだ! 今ある命を守る為に!」

 

 畳み掛ける刃。不破はますます不利になる。幾分、自分の都合も混じっているが不破の戦う動機は他者の為である。その部分を持ち出されると一気に勢いが弱まる。救う為に戦うことと守る為に戦うことは似ている様で違う。

 

「なら彼が抜けた分は私が補おう」

「何?」

「亡……!」

 

 自ら防衛に名乗りを上げ、刃と不破は亡を凝視してしまう。

 

「私も仮面ライダーの力を所持している。不破諫が抜けた戦力を補填するには十分な筈だ。実力の方は……言うまでもないかな?」

 

 亡が不破を一瞥すると不破は舌打ちしながら視線を逸らす。否定しない辺りは不破も認めている様子。

 

「それに──」

「俺も入れば十分だろう」

 

 亡の言葉を遮り、誰かが声と共に建物へ入って来る。

 

「い、雷!」

 

 飛電インテリジェンスで或人を逃がして以来姿を見せなかった雷であった。

 

「悪い。合流が遅れた。追手を返り討ちにするのに手間取っちまった」

「雷……かなりやられたな」

 

 雷のオレンジ色の繋ぎはボロボロになっており、右袖など肩部分から無くなっている。雷自身も傷を負っており額やこめかみ部分から青い液体を流していた。

 

「はっ。こんなもん唾でも付けとけば直る」

 

 液体を手の甲で拭い取りながら何ともヒューマギアらしくない発言をする雷。

 ソウゴ達は急に現れた雷に少々驚きながらも或人達とは顔見知りだと察して静観する。

 

「事情は亡から連絡済みだ。俺達が手を貸してやる。しょうがねぇからな」

 

 明らかに不満そうな表情で吐き捨てる雷。その態度に不破の額に青筋が浮かび上がるが、何かを言う前に刃が制止し、改め亡達に問う。

 

「──本当に力を貸してくれるんだな?」

「ああ。本当だ。信用出来ないなら爆弾でも何でも括り付けてくれればいい」

「その必要は無い……分かった、任せる。不破、そういうことだ。遠慮なく過去へ行けばいい」

 

 刃は提案を受け、不破を引き留めのを止める。

 

「刃、本当にいいのか? 奴らはヒューマギアだぞ?」

 

 こうなったのは自分が原因とはいえ、思いの外あっさりと了承した刃に確認する。

 すると、刃はこの場に居る全員に背を向け、不破にしか表情が見えない様にする。そして、不破にしか届かない声で囁いた。

 

「ヒューマギアは人間の道具だ。なら、道具らしく上手く活用するまでのこと」

 

 刃の冷酷にすら思えるドライな言葉に不破は複雑そうな表情をして口を閉ざす。

 

「えーと、話は纏まった?」

 

 ソウゴが再度確認する。

 

「ああ」

 

 振り返った刃は何事もなかったかの様な表情をし、一方で不破は苦虫を嚙み潰したような表情をしている。

 不破は一瞬だけ亡と雷の方を見たが、すぐに視線を外して赤いタイムマジーンの方へ向かっていく。

 それぞれがタイムマジーンへ搭乗していく中、或人も白いタイムマジーンに乗り込む為に動き出すが──

 

「あ、そうだ。雷!」

「あん? うおっと」

 

 呼び掛けられた雷に或人からある物が投げ渡される。それは或人が着ていた黒のジャケットであった。

 

「ツナギがボロボロだし、それを上に着たら? あと助けてくれてありがとな!」

 

 それだけ言うと返事も聞かずにタイムマジーンに搭乗する。

 

「何だあいつ?」

 

 或人の行動に戸惑った様子で渡された黒のジャケットをまじまじと見る。

 

「折角くれたんだ。着たら?」

「──ふん」

 

 雷は或人のジャケットに袖を通す。

 

「まあ、このジャケットの分ぐらいは戦ってやるよ」

 

 全員が搭乗し終えるとタイムマジーンが浮上し、空へと飛び上がる。空中に裂け目が生じ、二台のタイムマジーンがその中へ突入していく。

 

「或人様。いってらっしゃいませ」

 

 過去へ跳んだ或人を見送りながらイズは空に向かって手を振った。

 

 

 

 

 2007年。

 飛電インテリジェンス社長室にて初老の男性が満足気な表情を浮かべて椅子に腰を下ろしていた。

 白髪交じりの頭髪に深く刻まれた皺。長い時間の積み重ねを経て備わった貫禄。

 この男性こそが現飛電インテリジェンス社長──飛電是之助である。

 彼は今達成感に満たされていた。長い時間と労力を掛けて作り出したヒューマギア。それのプレゼンテーションが本日行われ、結果としては大反響であった。

 株主から反応は上々。様々な企業からもヒューマギアの導入を求められ、連絡が引っ切り無しに入っている。

 

「流石、社長! 本日の飛電エキスポは大盛況でした!」

「飛電の名が世界に広まるのも時間の問題ですね!」

 

 副社長の福添と専務の山下が是之助を褒め称える。少々、ごますり過ぎている様に見えるかもしれないが彼らの是之助への敬意は本物である──幾分下心もあるかもしれないが。

 

「うむ」

 

 是之助も満足気に頷く。

 

「──是之助社長。一つよろしいでしょうか?」

 

 部屋の隅から聞こえる無感情な声。そこには彫像の様に静かに佇んでいる人物──ウィルが居た。

 

「何だね? ウィル?」

 

 是之助は全幅の信頼を置いている自らの秘書に快く応じる。

 

「ヒューマギアの労働についての対価はどの様にお考えでしょうか?」

 

 思いもよらないウィルの質問に室内の空気が一瞬静まる。しかし、すぐに福添の失笑で沈黙が搔き消された。

 

「いやいや、ロボットに給料なんて払うわけないだろう?」

 

 彼からすればヒューマギアは日常を支える道具。その道具を使用する度に金を支払うなどおかしな話でしかない。

 福添のごく一般的な意見を無視してウィルは話を続ける。

 

「ヒューマギアは人間を笑顔にする」

 

 その台詞は是之助がヒューマギアを紹介する時に言ったもの。

 

「逆に人間はいつになったら我々に笑顔を齎してくれるのでしょうか?」

 

 ウィルの質問に対し是之助は眉間に深く皺を寄せる。その表情を見て福添と山下は顔を蒼褪めさせた。是之助が気分を害したと思ったからだ。

 しかし、是之助の内心は違っていた。ウィルの質問に対して本気で考えていたのだ。だが、是之助としてはウィルの質問が簡単に導き出せるものではないことが分かっていた。

 

「──ウィル」

 

 是之助は立ち上がり、ウィルの肩に手を置く。

 

「君は勉強熱心だなぁ」

 

 是之助は感心した様子で笑みを浮かべた。プログラムしていない思考に自ら至ったウィルの学習能力を賞賛する。

 

「こんなに頼もしい社長秘書は他には居ないよ」

 

 是之助はウィルの質問に対する明確な回答を保留することにした。軽く言うものではなない。きちんと考慮した上で出す必要がある。

 この場で答えないことにウィルは不満に思うかもしれないが、いずれは納得出来る答えを用意するつもりで、日々学んで成長している優秀な秘書を褒めた。

 

「社長。次のスケジュールのことなのですが……」

「ああ、分かった。では、行って来るよウィル」

 

 是之助は福添達を連れて社長室を出ていく。

 その後ろ姿を暗い眼差しで追うウィル。彼は是之助が質問に答えなかったことに対し、軽く流されたと判断した。それはつまりヒューマギアという存在を軽く見ているということへ繋がる。

 是之助の表情の変化や態度から見て決して軽んじている訳では無い。だが、ウィルの中で芽生え始めた自我は是之助の態度に怒りを覚えた。そして、怒りは視野を狭くし考えを固執させる。

 ウィルはこの時、是之助に対する敵意という感情を学習してしまった。

 機械の体の奥底に暗い熱が宿る。

 

 

 

 

 是之助は福添達を連れて会社の通路を歩いている。先頭を歩いていた是之助の足が止まる。

 

「──すまないが、君達は先に行っていてくれないかね? 私は少し遅れる」

 

 是之助の前方には黒革のジャケットを着たヒューマギアが立っている。

 

「あっ……。はい、分かりました。山下、行くぞ」

 

そのヒューマギアを見た福添は察した表情となり、山下を連れて先に行く。

 是之助達からある程度離れると山下は気になったことを口に出す。

 

「一体何が? 社長とあのヒューマギアはどういう関係なんです?」

「其雄さんだよ、あれは」

「其雄さんって……社長の息子さんの? でも亡くなったと聞きましたが……」

「ああ。だからあれは其雄さんをモデルにしたヒューマギアだ」

 

 初耳だったのか山下は目を丸くする。

 

「故人をモデルにしたヒューマギアって……大丈夫なんですか?」

「まだ、ヒューマギアに関する法令は定まっていないからセーフだ。……だけど、あんまり口外するなよ? セーフだがかなりグレーだからな」

「は、はあ……」

 

 一先ずあのヒューマギアの正体は分かった。すると、次の疑問が湧く。

 

「なら、あのヒューマギアは何をしに会社へ?」

「其雄さんは是之助社長の孫である或人君のお世話をしている。是之助社長は多忙な御方だ。お孫さんと話したり遊んだりする機会が殆ど無い。だから、時折其雄さんから或人君の様子を聞いているんだ」

「そうだったんですか……それにしても副社長、ヒューマギアなのにさん付けで呼ぶんですね?」

「しょうがないだろ。生前の其雄さんとは面識があるんだ。ああもそっくりだと呼び捨てに出来るか!」

 

 本人では無いことは分かっていても割り切れない人間臭さを出しながら、福添達は次の仕事の為の準備を急ぐ。

 とある一室で是之助と其雄は向き合ってソファーに座っていた。

 

「それでどうかな? 最近の或人の様子は?」

「ああ。この間、クラスでの徒競走で一位を取ったそうだ」

「おお、それは凄い! 私と違って或人は運動が出来るなぁ」

 

 話の内容は他愛のないものである。其雄から或人の近況を聞かされるだけ。

 今日、何があったのか。給食で苦手な野菜が出てきた。逆上がりが出来た。こんなことを学んだという日常生活の中で得た平凡な記録。

 しかし、是之助にとっては孫の成長を知る何よりも楽しみな時間であった。接することが無く寂しい思いをしているかもしれない或人が、毎日を幸せそうに過ごしてくれることこそが、今の是之助にとっての幸福であった。

 

「報告は以上だ、是之助社長」

「いやぁ、毎回のことながら君の存在には助けられているよ」

 

 是之助は改めて其雄を見る。其雄は是之助のことを『社長』と呼ぶ。実は一度だけ其雄が造られて間もない時、是之助は其雄に『父さん』と呼ばれたことがあった。

 その時の是之助は複雑な表情を浮かべた。喜びと哀しみが入り混じった表情。死んだ息子が蘇ったと思うと同時に本物ではないと思い直したことで、そんな表情になってしまった。

 是之助の反応を見て、其雄はそれ以降是之助を『父さん』と呼ぶことは無くなった。

 

「そんな大したことはしていない」

 

 謙遜する其雄。クールに振る舞う其雄を見て、是之助は改めて思う。

 実の息子である其雄とヒューマギアの其雄。外見は瓜二つであるが、内面は全くと言っていい程似ていない。

 ヒューマギアの其雄は人間の其雄がしなかった表情や振る舞いをよくする。彼を造り上げる前に人間の其雄に関する様々なデータを入力したが、誕生したのは全くの別人であった。

 だが、是之助はそれで良かったと思っている。死んだ人間を蘇らせる。それは人間が超えてはならない一線。禁忌を侵す前に踏み留まれた。

 淡々とした態度の其雄を見て、是之助はふとある疑問を彼に投げ掛ける。

 

「其雄。君に聞きたいことがある」

「何だ?」

「君には今まで或人が散々世話になってきた。何か対価が欲しいと思わないかね?」

「対価?」

「君が望むなら私が出来る範囲で応えさせてもらうよ?」

 

 ウィルからされた質問を其雄にもしてみた。同じヒューマギアならば何かウィルを満足させるヒントになるかもしれないと思ったからだ。

 

「俺が望む対価……無い」

「無い、のか?」

 

 ある意味ではヒューマギアらしい解答とは言えるが、迷いなく答えた其雄の態度は少し予想外であった。

 

「それは何故?」

「俺自身も或人から色々なものを与えられているからだ」

「君が或人から?」

「そうだ。或人が俺を父さんと呼び、笑顔で過ごす日々。俺の中のメモリーに記録されていくこれこそが俺への対価だ。だからこそ、是之助社長から対価を貰う必要は無い。これ以上は貰い過ぎだ」

「君は……」

 

 是之助は其雄の成長っぷりに言葉を失う。ヒューマギアである彼はプログラムでは得られない父性というものを自らの経験で目覚めたのだ。

 ヒューマギアの生みの親である是之助によっては想像を超えるものである。

 

「──強いて言うならもっとこの日々が続いて欲しいと願っている。或人の笑顔を見ていると、いつか俺も本当に笑える様な気がする」

「そうか……君も勉強熱心だなぁ」

 

 是之助は其雄のその言葉に感心する。すると、其雄はソファーから立ち上がる。

 

「そろそろ時間だ。これ以上の是之助社長の業務に支障をきたす」

「もうそんな時間か……」

 

 是之助は名残惜しそうにしながらもソファーから立ち上がると、其雄の肩に手を置く。

 

「君が或人の父親で良かったと心の底から思うよ」

「ああ。俺も或人や是之助社長に会えて良かったと思っている」

「はははは。泣かせることを言うねぇ」

 

 是之助は上機嫌そうに其雄の肩を叩くと退室しようとする。だが、扉を開ける寸前で足を止めた。

 

「其雄。或人のことをこれからも頼む」

「ああ。任せてくれ」

 

 そう言い残し、是之助は部屋から出て行った。

 これが二人にとっての最期の会話となる。

 

 




話の流れ的に不破さんも同行することとなりました。
戦闘は次回で。


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アナザーバルカン2019 その7

 タイムマジーンによって2007年へと移動してきた或人達。

 

「おお……何か見覚えがある」

 

 周囲に並ぶ建物や人々を見て或人は感慨深げに言う。それらを見ていると幼い頃に覚えていた記憶が蘇ってくる。

 一方で不破は目を見開いた状態で周りを凝視し、その場から一歩も動かず固まっていた。

 

「不破さん、どうしたんだろ?」

「何か凄いショックを受けてるみたい」

 

 微動だにしない不破の態度が気になり、或人はソウゴと小声で話す。或人もソウゴも人とのコミュニケーションに臆する性格ではないので、出会って数十分も経っていないが気軽に会話をしていた。

 

「──まあ、さっきまで自分がいた世界とこの世界との差に脳が追い付いていないんだろう」

「彼からすれば十二年ぶりに見た平和な世界だから」

「色々と思う所があっても仕方のないことだ」

 

 不破の態度にピンと来ていない或人とソウゴだが、ゲイツ、ツクヨミ、ウォズは不破が何を思っているのか理解していた。

 ゲイツ達もまた荒廃した未来で生き抜いてきた経験を持つ。今の不破と共感する思いがあるのかもしれない。

 

「とはいえいつまでも浸っている場合じゃない。彼には早めに着替えてもらわないとね。いくらなんでもあの格好はこの世界では浮いている」

 

 不破の現在の格好はレジスタンスとして戦って来た薄汚れて擦り切れた迷彩柄の服である。ファッションとして押し通すには無理がある姿である。因みに小銃まで持ち込んでいたが、過去の世界でトラブルになるかもしれないという理由で不破にタイムマジーンの中に置いて来させた。

 

「不破さん。不破さーん!」

「うおっ。な、何だ?」

 

 或人に名を呼ばれ、不破はようやく我に返る。

 

「話は聞いていたかい?」

「何の事だ?」

 

 全く聞いていなかった不破にウォズは溜息を吐き、もう一度説明する。

 

「その格好はこの時代だとおかしい。変に目立たない様に着替えてもらうよ?」

「お前こそ人のことをとやかく言える格好か?」

 

 おかしな姿だと言われ、ウォズは頬を引き攣らせる。ソウゴ達のことを警戒しているせいか不破の言葉には棘があった。

 若干不穏な空気が流れ始めたので、ツクヨミとゲイツが二人の間に割って入る。

 

「とにかく、さっさと着替えましょう。店ならきっとその辺りにあると思うし」

「言っておくが俺は金なんて持っていないぞ」

 

 ヒューマギアが支配する未来では人間の貨幣など無価値になっており、紙幣や硬貨はほぼ完全に消え去っていた。不破はここ数年間、貨幣に触れた記憶も見た記憶も無い。

 

「なら、俺が──」

 

 或人は財布を開き、中身を確認してそっと閉じる。

 

「何か方法ある?」

 

 そして、すぐにソウゴへ助け舟を求めた。

 

「ツクヨミ。あの時みたいに出せる?」

「大丈夫よ」

 

 ツクヨミは楕円形のタブレットを取り出し、画面をタッチして操作する。

 

「手を出して」

「……こうか?」

 

 言われるがまま不破はタブレットの前に両掌を差し出す。そして、ツクヨミが画面を押すとタブレットから本物の万札が何枚も飛び出し、不破の掌で重なった。

 

「──便利なもんだな。俺達の歴史が歪められていなければ、こんな技術も生まれていたってことか……」

 

 不破が関心した様子を見せるが──

 

「うわっ! すっご! 何あれ!」

 

 ──或人もタブレットから札が出ていることに驚いている。

 

「お前も知らないのか!?」

「いや、こんなの初めて見る。どうなってんの?」

「そりゃあ、未来の技術だからね。ゲイツ達は2068年から来たし」

『はあっ!?』

 

 全く知らなかった情報を出されて或人と不破は声を揃えて驚く。

 

「もっと未来じゃん!? どういうこと!?」

「一体どうなってやがる!? ちゃんと説明しろ!?」

 

 意味が分からずに軽く混乱する二人。

 

「──我が魔王。あまり喋り過ぎると余計な混乱を齎す」

「ごめんごめん」

 

 謝るソウゴだが、特に反省した様子は無く笑っていた。

 仕方なくゲイツとツクヨミが不破を引っ張って服を買いに行き、ソウゴとウォズは或人と一緒に待機する。その間にソウゴは自分達のことを軽く説明しておいた。ゲイツ達も移動の間に説明するとのこと。

 三十分後。戻って来た不破の格好を見て或人は少し驚いた。

 白シャツの上に着た黒の上下スーツ。多少着崩しているが、或人の歴史でのA.I.M.Sの時の不破と全く同じ姿になっていたからだ。

 歴史が変えられても変な所で修正が入ることに妙な感心を抱いてしまう。

 不破はスーツに慣れないのか鬱陶しそうにネクタイを緩めている。

 

「おつかれー」

 

 ソウゴがツクヨミとゲイツを労う。二人は少し疲れた表情をしている。

 

「何かあった?」

「ちょっとトラブルがあって……」

 

 ツクヨミが言うに三人が服屋に入った時、対応した店員がヒューマギアであった為、それを見た瞬間にショットライザーを抜こうとしたとのこと。不破の殺気を感じ取ったゲイツがすかさず不破の腕を抑え、ツクヨミが何とか誤魔化したので白昼堂々から発砲事件が起きることを回避出来た。

 不破本人は反省した様子は無い。だが、その気持ちがこの場に居る全員が分からない訳では無かった。

 今まで命を奪うか奪われるかを十年以上も繰り返してきた相手である。不破の体には敵を前にしての反応が染み付いていた。

 

「不破さん。俺たちには目的があるんだ。なるべくトラブルは避けよう」

「──分かったよ」

 

 顔を顰めながらも一応は了承する。彼自身も悪目立ちすることは得策ではないと理解しているのだ。それでも行動に移ってしまうのは前述した様にほぼ反射に等しく染み付いた反応のせいである。

 

「準備も出来たし、行こうか?」

 

 ソウゴに促され、或人達は都市の中心部を目指そうとする。

 

「ああ。不破さんの衣服が()()()になったし行こう! はい! アルトじゃーないとっ!」

 

 景気づけの一発ギャグを披露する或人。場が一瞬沈黙する。

 

「──ねえ、ウォズ。こういう時ってちゃんと反応すればいいのかな?」

「止めておこう、我が魔王。同情は時に人を傷付ける」

「いや! そこ! ひそひそしないでっ!」

 

 或人が周りに居ないタイプだったのでソウゴはついウォズに相談してしまうが、その行為自体が或人のお笑い芸人としてのプライドをズタズタにする。

 

「こふっ! こんな時……く、ぷっ……下らん……ことを……! ぐふっ!」

 

 頬を膨らませ、目を見開きながら或人のギャグに耐える不破。

 

「嘘でしょ……ウケてるの……!?」

「あんなギャグでか……!? 本気かこいつっ!?」

 

 不破のずれた感受性にゲイツとツクヨミは戦慄する。

 張り詰めていた空気が妙に緩んだものとなったが、一行は移動を開始する。

 歩くにつれて段々と人の姿が多くなってくる。それに伴ってヒューマギアの姿も多く見られる様になっていった。その度に或人は懐かしむ表情となるが、一方で不破の方はどんどんと表情が険しくなっていく。左右に挟む様にして歩くゲイツとツクヨミがいなければ今にでもショットライザーを抜きかねない程に苛立ちと怒りを宿した顔付きである。

 やがて、都市の中心部に到着する。そこに広がる光景はある意味で夢の様な光景であった。

 無邪気に遊ぶ子供達を追い掛ける保母の格好をしたヒューマギアや、目を輝かせて見ている子供達の前でジャグリングを披露するピエロのヒューマギア。

 足腰が弱まっている老人を介護しているヒューマギアに軽食を提供するワゴンショップで接客をするヒューマギア。

 人々とヒューマギアが当たり前の様に共存している。

 ソウゴ達からすれば過去でありながら未来が形になった光景である。ソウゴ達の時代ではまだロボット技術はここまで発展していない。タイムジャッカーが二つの歴史を混ぜ合わせたことで見ることが出来た。

 

「懐かしいなぁー!」

 

 或人が記憶にある光景に感激する。

 

「悪夢みたいな光景だな」

 

 それとは逆に不破の方は誰にも聞こえない声で小さく吐き捨てる。仲睦まじく共存する過去に人類を滅蹂躙し滅亡させようとする未来。不破の視点からすれば過去と未来の激しい差に吐き気を覚えていた。

 

「ここが昔、あんたが住んでいた場所?」

 

 ソウゴの問いに或人は大きく頷く。

 

「うん。──実は俺、ヒューマギアの父さんに育てられたんだ」

 

 普通とは異なる生い立ちを初めて明かす或人に全員が驚きの表情をする。

 

「どうしてロボットがお父さんなの?」

 

 当然の疑問をツクヨミは口に出す。

 

「本当の父さんは、俺が物心付く前に事故で亡くなって……」

 

 ツクヨミは、しまったという表情をする。少し考えれば思い付くことであり、不用意な質問をしてしまったと後悔する。

 ソウゴの方は或人の境遇に対してシンパシーを覚えていた。ソウゴもまた幼い頃に事故で両親を失っている。理不尽に親を失う痛みを知っていた。

 

「代わりのヒューマギアの父さんを爺ちゃんが造ってくれたんだ」

 

 語る或人の脳裏には父との思い出が一気に駆け抜けていく。

 

「──もし」

 

 思い出に浸る或人の意識を不破の言葉が引っ張り上げる。

 

「お前の父親が暴走して人を襲ったら、お前は戦えるのか?」

「それは──」

 

 或人を身を呈して守ってくれた父がそんなことをする筈が無いと或人は信じている。しかし、どうしてか否定し切れなかった。

 避難所での戦い。そこで或人にフォースライザーを渡した人物。ローブを纏っていたがその声を忘れる筈が無い。あれは間違いなく父の其雄である。

 書き換えられた歴史の中で壊れることなく生き抜いた父。きっと味方に違いないと思っているが、果たして自分の知る父と大きく変わっていないか不安を覚えてしまう。もしかしたら、自分の知らない父の一面をこの過去で知ってしまうかもしれないという恐れを抱いていた。

 すぐには答えを出せない或人。だが、不破はその態度に苛立つことはせず真剣な表情で或人を見ていた。

 

「それで?」

 

 重苦しくなる空気を裂く無関心な声。

 

「ヒューマギアの反乱が始まったのは?」

 

 ウォズの質問は空気が読めていないと言えるが、過去の世界に来たのは或人をノスタルジーに浸らせる為でもヒューマギアに対して強い縁を持っている二人の問答を聞く為でも無い。

 話が進まなくなるのをウォズが強引に止めたのだ。

 或人と不破も自分達の目的を思い出したらしく、ウォズの質問に食い下がることはしなかった。

 

「この先のヒューマギア開発工場だ」

 

 或人の記憶に従い、ヒューマギア開発工場へと向かう。

 工場が見えて来る中で一行は異変に気付く。作業員達が何人も我先に工場から逃げ出しているのだ。

 

「まさか!」

「不破さん!?」

 

 或人が呼び止める間も無く不破は駆け出していた。

 

「早く止めた方が良い。このままだと彼は歴史にどんな影響を及ぼすか」

「世話の焼ける奴め!」

 

 不破の後を追い、或人達も工場へと入って行く。

 工場内部では既にヒューマギア達が反乱を起こし、作業員らを襲っていた。

 

「ニンゲンハミナゴロシダ」

「ニンゲンハミナゴロシダ」

「ニンゲンハミナゴロシダ」

「ニンゲンハミナゴロシダ」

 

 人間の外観が剥がれて素体となったヒューマギア達が機械音声でひたすら同じ言葉を繰り返しながら人々を殴りつけ、叩き付け、傷付け続ける。その目は赤く爛々と光っていた。

 

「もう始まってるぞ!」

「皆を助けないと! ってか不破さん何処!?」

「……見当たらないね」

 

 先行した不破を探すが見つけることが出来なかった。どうやら別方向へ行ってしまった様子。

 

「ここまでは正しい歴史の筈。下手に介入すればもっとややこしいことになる。だからこそ早く彼を見つけないと……」

「そんなこと言ってらんないでしょ!」

 

 歴史の混乱よりも目の前の人々を助けることを優先するソウゴ。或人も同じ考えであり既にフォースライザーを装着している。

 

「ううっ……!」

 

 突き抜けていく衝撃に苦鳴を洩らしながらプログライズキーを起動。

 

『JUMP!』

 

 ソウゴ、ゲイツ、ウォズもまたそれぞれドライバーを装着し、ライドウォッチを起動させる。

 

「こうなったらやるしかないぞ?」

「──やれやれ」

 

 ソウゴは既にやる気であり、ゲイツも追従する。ウォズは後先考えないソウゴ、或人、不破に呆れながらも変身への手順を進めていた。

 

『ジオウ!』

『ゲイツ!』

『ウォズ!』

 

 プログライズキーがフォースライザーに装填され、ライドウォッチがジクウドライバーにセットされる。

 

『変身!』

 

 変身への号令を上げる四人。

 

『FORCE RISE!』

『ライダーターイム!』

 

 フォースライザーからライダモデルが出現し、ソウゴの背後に文字盤が現れ、『ライダー』の文字が飛び出す。

 

「うおっ!? バッタ出た!?」

「うわっ!? 何か飛び出した!?」

 

 それぞれの変身過程に驚きつつ次なる段階に進む。

 

『RISING HOPPER! BREAK DOWN』

『仮面ライダージオウ!』

 

 001とジオウへと変身した二人が先を行く。そして、ゲイツとウォズも変身して後に続く。

 001は作業員に馬乗りになっているヒューマギアを横から蹴り飛ばし、倒れている作業員を助け起こす。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 そこに別のヒューマギアが襲い掛かってくるが突き出されたジオウの拳がヒューマギアの顔面を打ち抜いて阻む。

 

「早く逃げて!」

 

 作業員達に逃げるよう指示を出すジオウ。作業員は礼を言う時間を惜しんで逃げ出す。

 周りにはまだ暴走するヒューマギア達が大量に居る。

 ゲイツとウォズも作業員を助けながら暴走するヒューマギアを打ち倒していく。

 

「ツクヨミ! ここは俺達に任せて不破さんを探して!」

「分かった!」

 

 ジオウに言われ、ツクヨミは一人不破を探しに行く。

 001はヒューマギアを羽交い締めにしながらジオウへ声を飛ばす。

 

「あの娘一人で行かせて大丈夫なの!?」

「大丈夫! ツクヨミはすっごく強いから!」

「マジで!?」

「それより早く皆を助けるよ!」

「──ああ!」

 

 暴走するヒューマギアを鎮圧する為にジオウと001は先頭を突き進む。

 

 

 ◇

 

 

「どうなってやがる……!」

 

 開発工場突入して早々にバルカンへと変身した不破は、目の前の惨状に怒声を上げる。

 ヒューマギア達が暴走し、作業員達を殺害しようとしている。少なくともバルカンの記憶では、この時点でこの様な事故が起こったという記憶は無い。

 

「飛電インテリジェンスが隠蔽でもしてたのか!?」

 

 近寄って来たヒューマギアの脳天をショットライザーで撃ち抜く。

 

「……ごちゃごちゃ考えるのは後だ!」

 

 バルカンは吼え、連続して引き金を引き、的確にヒューマギア達の急所を撃つ。

 

「全部纏めてぶっ潰す!」

 

 自らの行為が歴史に大きな影響を与えるかのしれないと頭の片隅で思うが、人々が襲われている光景を見れば、そんな考えは跡形も無く消し飛ぶ。

 いっその事派手に暴れて元凶を引きずり出そうとすら思っていた。

 真正面掴み掛かって来るヒューマギア。その腕を掴み、足を払って前のめりに転倒させる。腕を掴んだまま側面へ移動していたバルカンはヒューマギアが立ち上がる前に後頭部を徹甲弾で貫く。

 前後から挟む様に二体のヒューマギアが寄って来る。バルカンは片手でショットライザーを構え、前方のヒューマギアを銃撃。弾丸は見事に額へ命中する。

 そして、片腕で撃ったことによる反動を利用し、百八十度ターン。後方から迫っていたヒューマギアの側頭部にショットライザーのグリップ底を叩き付け、頭部を破壊する。

 

「おい! ヒューマギア共!」

 

 窓ガラスがビリビリと揺れる程の声量でバルカンは叫ぶ。

 

「掛かって来い! 纏めて相手してやる!」

 

 作業員を襲っていたヒューマギア達の手が止まり、一斉にバルカンの方を見た。バルカンを脅威として認識したらしい。

 

「今のうちに逃げろっ!」

 

 自分が注目を集めている間に作業員達に逃げるよう大声を飛ばす。その声に押されて作業員達は急いでこの場から逃げ出す。

 ヒューマギア達がバルカンへ一斉に押し寄せて来る。

 

「おおおおおっ!」

 

 バルカンもショットライザーを撃ち続けながらヒューマギアの集団目掛けて走り出す。

 最初の数発で三体のヒューマギアを沈黙させ、接近と同時に先頭を走っていたヒューマギアの顔面を殴り付ける。

 殴られたヒューマギアは後方のヒューマギア達に背を預ける形となり、集団の動きが一瞬止まる。

 そこに浴びせられる数多の銃弾。バルカンの内に宿る怒りを吐き出すかの様に弾丸と銃声は絶えることは無かった。

 暫くしてバルカンの前に転がるはヒューマギアであった残骸。バルカンは肩で息をしながらそれを見下ろしていた。

 その時、ガシャンという音と共に部屋から誰かが出て来る。両耳には赤く点滅する機械装置。紛れもなくヒューマギアである。他の暴走しているヒューマギアとは違いまだ外観は人間であった。暴走する一歩手前の状況である。

 

「まだ居たのか……!」

 

 バルカンはショットライザーを構え、銃口をそのヒューマギアに向ける。引き金を引く寸前、俯いていたヒューマギアが顔を上げる。

 引き金を引く指から力が抜けた。

 

「亡……!」

 

 苦しそうにバルカンを見上げるのは彼にとって浅からぬ因縁のあるヒューマギアの亡。

 

「誰だ……? それよりも彼を……彼を呼んでくれ……。仲間が……暴走を……ううっ!」

 

 過去の出来事故に当然ながら亡にとってバルカンは面識のない存在であった。だが、そんなことよりも仲間の助けを求めて来る。そして、自身も今にも暴走してしまいそうなのか機械装置を押さえて体を丸めている。

 このまま放っておけば亡は暴走するかもしれない。そうすればバルカンだけでなく他の人々も襲うことだろう。

 ここで亡を撃てばバルカンの、不破諫の未来も大きく変わるかもしれない。しかし、バルカンは己の保身を考える様な男では無かった。

 

「暴走するぐらいなら、ここで俺が──」

 

 そこまで言い掛けた時、横から何者かに体当たりを受ける。

 

「逃げろ……!」

 

 亡を逃がそうとする人物。彼もまたヒューマギアであったが、オレンジのツナギを着たヒューマギアを見てバルカンはまたしても驚いた。

 

「雷……!?」

 

 亡に続いて雷までも現れたことにバルカンは動揺を隠せない。彼らがヒューマギア開発工場に居たことを初めて知ったので無理も無い。

 

「っ! 離れろ!」

「させるかぁ……! 仲間に手を出す奴は……雷落としてやるっ!」

 

 バルカンへ必死にしがみつく雷。両耳の機械パーツは点滅しているが、この期に及んで暴走に耐え同じヒューマギアを守ろうとしている。

 仮面ライダーの力を以ってすればただのヒューマギアの腕力などものともせずに振り解ける。しかし、バルカンは雷の腕を振り解くことが出来ずにいる。

 誰かを守ろうとする姿が、未来で戦う自分や仲間達の姿と重なってしまった。

 棒立ちとなって無防備になるバルカン。それは、彼にとって絶好の隙であった。

 バルカンへと届く風が吹き抜けていく音。その直後にバルカンは壁面へ叩き付けられていた。

 

「ぐあっ!?」

 

 何が起こったのか分からず衝撃よりも驚きを先に覚える。

 気付くとさっきまでそこにいた亡と雷の姿が消えていた。

 

「何処へ──」

 

 消えた二人を探すバルカン。間も無くして二人を発見する。見知らぬ乱入者と共に。

 

「もう大丈夫だ」

 

 乱入者は雷の機械パーツに両手を当てる。すると赤い点滅が消え、正常な青のランプが点灯する。横たわる亡にも既に同じ処置が施され、機械パーツが青い光を発していた。

 

「お前は……!?」

 

 バルカンは乱入者の姿に驚愕する。

 仮面、胸部、腕部、脚部を守る深藍色の装甲。その装甲はケーブルによって固定されており、両肩の銀色のアーマーもまた同様の形になっていた。

 腹部にはフォースライザーに酷似した赤と銀の配色のドライバーを装着している。

 001と良く似た姿。亡と雷を助けたのは紛れもなく仮面ライダーであった。

 バルカンは過去の世界に既に仮面ライダーが存在していたこと驚く。

 

「仲間に手を出すな」

 

 謎の仮面ライダーがピンク色の複眼をバルカンへ向け、警告する。

 

「仲間? お前もヒューマギアか? 何で仮面ライダーに変身している!?」

「そのドライバーを何処で手に入れた? プログライズキーもだ」

 

 バルカンの質問には答えず、逆に謎の仮面ライダーの方が問う。

 

「答えろ! お前もヒューマギアなのか!?」

「──だとしたら何だ? お前に関係あるのか?」

「あるな! 俺は俺達の世界を滅茶苦茶にした元凶を探している! お前がそれか!?」

「質問の意味が分からないな。何を言っている?」

 

 謎の仮面ライダーが何かに気付き、バルカンから視線をずらす。視線の先には破壊されたヒューマギアが何体も転がっていた。

 

「──お前がやったのか?」

「ああっ?」

 

 謎の仮面ライダーが目を向けているものに気付く。

 

「そうだ。俺はヒューマギアを全てぶっ潰す!」

「──お前を危険人物と判断する」

 

 謎の仮面ライダーが跳躍。一瞬にしてバルカンの目の前まで跳び、頭部目掛けて蹴りを繰り出す。

 バルカンはショットライザーを盾にして咄嗟に受け止めた。

 

「命までは奪わない。だが、無力化させてもらう」

「やってみろ!」

 

 足を押し返し、素早くショットライザーを向けるが謎の仮面ライダーは射線の下に潜り込み、バルカンの腹に拳を打ち込む。

 

「ぐっ!」

 

 痛みに耐えながらバルカンは拳を振り下ろすが、謎の仮面ライダーは素早く背後に回り込みバルカンの背中を蹴り付けた。

 

「がはっ!」

 

 前のめりに倒れそうになるのを踏み留まり、後ろへ振り返ると同時に発砲。謎の仮面ライダーは弾丸の軌道を読み取り左右に動くことで回避。

 間合いを詰めると脚、脇腹、頭部に連続して蹴りを叩き込む。

 

「ぐおっ!」

 

 怯むバルカンの胸に拳がめり込み、突き飛ばす。

 殴り飛ばされながらもショットライザーを向け、銃弾を放つバルカン。

 謎の仮面ライダーは自分のドライバーのトリガーに指を掛ける。

 

『ROCKING SPARK!』

 

 瞬間、謎の仮面ライダー以外の時間が全てスローモーションになる。

 その中で通常通りに動く謎の仮面ライダー。首周りを守る装甲から赤い光を放ち、移動すると赤い光がマフラーの様な残像を残す。

 発射された四発の弾丸が向って来ているが、亀の様にゆったりとした速度で飛んでおり、謎の仮面ライダーは容易く回避する。

 四発中三発は避けた。残りの一発は避けるのではなく、バルカンへ蹴り返す。

 謎の仮面ライダーの時間が正常に流れると同時にバルカンは体から火花を散らして仰け反った。

 

「があっ!?」

 

 何が起こったのか分からないバルカン。一つ言えることはヒューマギアが変身した仮面ライダーは途方も無い力を秘めているということ。

 

(この力、危険だ……!)

 

 この仮面ライダーの力がヒューマギアに行き渡れば人間は容易く滅びるだろう。

 

「そんな未来にはさせねぇ……!」

「未来……? どういう意味だ?」

「俺はお前達ヒューマギアが人類の敵になった未来から来たんだよ!?」

「何……?」

 

 傍から聞けば突拍子も無い台詞であったが、謎の仮面ライダーは動揺した様に動きが止まる。

 その隙を見逃さず、バルカンは銃撃を行う。

 発射された弾丸を全て回避する謎の仮面ライダー。回避している間にバルカンは接近しており、殴り掛かってきた。

 

『ROCKING SPARK!』

 

 バルカンの拳は赤い残像を通過する。

 

「ごはっ!」

 

 次の瞬間、バルカンの装甲に幾つもの拳の跡が刻み込まれた。

 これには耐えることが出来ず、バルカンは膝を突く。そんな彼を謎の仮面ライダーは無機質な目で見下ろす。

 

「色々と話してもらうぞ」

 

 

 




ヒューマギアが暴走して不破も暴走する話となりました。
001以外は一対一では1型には勝てないという基準で書いています。


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アナザーバルカン2019 その8

個人的な事情により当分は隔週投稿となります。


(さっきから攻撃が見えねぇ……!?)

 

 目にも止まらぬ速度で打ち込まれる連続攻撃。しかも一発一発が重い為、常人離れした耐久力を持つバルカンであっても膝を折ってしまう。

 

(こんな仮面ライダーが居るのか……!?)

 

 十二年前の技術であってもバルカンを圧倒する謎の仮面ライダー。まだ相手が全力を出していないことに戦慄すら覚える。

 

「殺しはしない。ただ質問に答えろ」

 

 淡々と語る謎の仮面ライダー。実力の方は客観的に見ても謎の仮面ライダーの方が上である。しかし、バルカンの力の根幹は性能によるものでは無い。

 変身者である不破の不屈の精神力がバルカンの力なのだ。

 

「くっ……」

 

 蹲るバルカン。相手が喋るのを待つ謎の仮面ライダー。

 それが仇となる。

 

『REVOLVER!』

「待て。何をしている?」

 

 蹲った姿勢でバルカンが何かをしていることに気付き、バルカンを引き起こそうとするが、その前にバルカンの方から上体を起こす。

 ベルトに装着された状態のショットライザーの引き金が引かれる。謎の仮面ライダーは間近で受けるのは危険と判断して瞬時に後方へ飛ぶ。

 

『SHOT RISE!』

 

 ショットライザーから撃ち出された弾丸は軌道を自在に変えて謎の仮面ライダーを追尾。しかし、十分な距離があったので謎の仮面ライダーは撃ち出された弾丸を回し蹴りで迎撃した。

 その瞬間、弾丸は分解され内部から幾つものパーツが飛び出す。

 

「何?」

 

 飛び出したパーツに向かってバルカンが突っ込んで行くと、パーツは深緑色のアーマーへ再構築されバルカンに装着される。

 

『GATLING HEDGEHOG!』

 

 ガトリングヘッジホッグへと換装したバルカンが拳を突き出すと、そこから無数の針が伸び、相手を刺し貫こうとする。

 

「また知らないプログライズキーを」

 

 謎の仮面ライダーは冷静さを保ったまま右足を振り上げ、伸びて来る針を側面から一蹴し全て蹴り砕く。

 針を砕かれた衝撃でバルカンの腕は横に弾かれるが、すぐさま反対の拳を突き出す。今度は前方に伸びるのではなく、フレイルの様に様々な角度に向けて伸ばす。

 先程の様に防ぐことは出来ないと判断した謎の仮面ライダーは、すぐに後方へと下がり、針の射程から離れた。

 距離が開いた瞬間、バルカンはショットライザーを構えて弾丸を発射。

 ガトリングヘッジホッグの影響で撃ち出される弾は深緑色のエネルギーで出来た針となっている。ガトリングの名に相応しく一回引き金を引かれただけでその何十倍もの針が銃口から撃ち出された。

 弾速で飛ばされる多数の針。だが、謎の仮面ライダーにとっては脅威ではない。

 

『ROCKING SPARK!』

 

 彼はそれよりも速いからだ。

 首周りの装甲から赤いエネルギーが放出されると共に謎の仮面ライダーは高速で動き始め、撃ち出された針を回避或いは拳、足で弾き飛ばしていく。

 バルカンが反応しきれない内に背後へと移動し、戦闘不能にする為に拳を握り締めると一気に突き出した。

 無防備な背中へ吸い込まれていく謎の仮面ライダーの拳。だが、ある程度まで近付いた時、バルカンの背面の装甲に変化が起こる。

 装甲が隆起し、針となって伸びて来たのだ。背中から無数に棘を生やす姿はヘッジホッグそのもの。

 謎の仮面ライダーは咄嗟に拳を止めると同時に体勢を変える。伸びてきた針は拳の側面を掠め、半身となった謎の仮面ライダーの肩や胸部の装甲の一部を削る。

 あと一歩踏み込んでいたら針が密集した箇所に拳を打ち込む、拳がズタズタになっていただろう。それだけでなく体も貫かれていた危険もあった。

 カウンターとして発揮されたガトリングヘッジホッグの能力だが、バルカンは未だに謎の仮面ライダーの攻撃を認識していない。能力が発動したのは、バルカンが長年の戦いで得た経験による攻撃に対する直感に反応し、無意識のうちに発動したからであった。

 戦士としての経験とプログライズキーが合わさることで出来た。バルカンですら知らなかった自動迎撃能力である。

 間一髪の所で制止出来たが、同時にそれは動きを止めてしまったことを意味する。

 高速移動状態が解けてしまった謎の仮面ライダーは、再び高速移動を開始しようとするが──

 

「掴まえたぞ……!」

 

 後ろに伸ばされた手がドライバーに触れようとしていた謎の仮面ライダーの腕を掴んだ。

 バルカンは上半身を捻り、後ろに立つ謎の仮面ライダー目掛けて拳を繰り出そうとする。しかし、バルカンの腕が伸びる前に謎の仮面ライダーの拳が顎を打ち、続けて肘で頬を叩く。一撃と錯覚する程の素早い二撃であった。

 高速移動をしなくとも徒手空拳に秀でている謎の仮面ライダー。バルカンの動きが止まる。

 

「っおおおお!」

 

 が、それは一瞬だけのこと。痛みを無視して拳を突き出す。

 謎の仮面ライダーはダッキングで回避し、バルカンの脇腹へ拳の一撃。体が折れて顎が下がると膝で突き上げる。バルカンが仰け反ったところに胴体への中段蹴りが命中する。

 お手本の様な連続攻撃によりバルカンは壁へ蹴り飛ばされる──

 

「むっ」

 

 ──腕を掴まれた謎の仮面ライダーと一緒に。

 謎の仮面ライダーにとっては少々予想外であった。彼の計算では先程の三連続攻撃を受ければ手が緩まり、解放される筈であった。

 だというのにバルカンの手は全く離す気配が無い。ミシミシと音を立て、寧ろより掴む力が増した気がする。

 壁に背中から激突するバルカン。それに引き寄せられる謎の仮面ライダーであったが、引き寄せられる力を利用し、バルカンの鳩尾に射抜く様に爪先を捻り込む。

 まず間違いなく意識が飛ぶレベルの攻撃。だが、バルカンの力は緩まない。

 

「そんな、もんかっ……!」

 

 バルカンは至近距離でショットライザーを発砲。謎の仮面ライダーは銃口を下から腕で持ち上げることで狙いを逸らし、バルカンの胴体に四連続で蹴りを打ち込んだ。壁に挟むことで衝撃の逃げ場を無くす徹底した攻撃。

 衝撃はバルカンを突き抜け、壁に罅や亀裂を生じさせる。

 

「がはっ!」

 

 キックの威力でバルカンの口から衝撃によって絞り出された空気が吐かれる。だが、やはりと言うべきかバルカンは意識を保ち、謎の仮面ライダーの腕を掴んだままだった。

 

「……お前、本当に人間なのか?」

 

 謎の仮面ライダーは通常の人間を基準に計算し、攻撃している。とっくに気絶していてもいいダメージを与えている。それどころか人体に重大な影響が出ていてもおかしくない。

 だというのに意識を手放さないバルカンに対し、思わずその疑問を口に出してしまう。実はヒューマギアであると言われた方が計算の違いに納得が出来る頑丈さである。

 

「当たり前だっ!」

 

 人外扱いされたことに憤慨しながらショットライザーで殴り掛かる。謎の仮面ライダーは屈んで回避すると同時に前に踏み出し、バルカンに肩から衝突した。

 再び壁へ押し付けられるバルカンであったが、それにより罅が入っていた壁が壊れる。

 バルカンは構うことなく銃撃または針による刺突を行い、謎の仮面ライダーはそれを華麗に捌きながら的確にダメージを与える。

 何かの研究室へ二人揃って強制突入しながらもまるで意に介さず至近距離での攻防を続ける。

 

 

 ◇

 

 

 ソウゴに頼まれ不破を一人探し続けるツクヨミ。

 

「もう……何処へ行ったのよ、不破さんは」

 

 未だに見つからない不破に思わず愚痴を零す。ツクヨミは不破を探す過程で暴走したヒューマギアに襲われている作業員の救助も行っていたので中々思う様に事が進まないこともツクヨミを焦らせる要因になっていた。

 足音が聞こえ、ツクヨミはファイズフォンXを構えながら壁に張り付く。そして、慎重に壁の向こうの様子を窺う。

 

「ニンゲンハミナゴロシダ」

「ニンゲンハミナゴロシダ」

 

 ヒューマギアが何体か通路を走っている。言葉通り人間を探していた。

 同じ言葉を繰り返しながら通路を移動するヒューマギア。ツクヨミはこちらに向かっていることに気付く。

 戦う選択肢もあったが、今のツクヨミの目的は戦闘ではない。無駄な戦闘は避けようと考えていた時、ツクヨミは扉の開いた部屋を見つけた。

 ヒューマギア達に発見される前に部屋の中に入り、身を隠すツクヨミ。ヒューマギアらが走り去って行くのが壁越しでも分かった。

 遠くへ行ったことを確認し、ツクヨミは深く息を吐きながら隠れていた部屋から出ようとする。

 そこでツクヨミはある物に気付き、足を止める。

 

「これって……!」

 

 机の上に置かれている既存の設計ではない銃火器。ドライバーと思わしき機械。どれも塗装などされておらずプロトタイプを思われる。

 

「何でこんな物がここに?」

 

 ヒューマギアを開発する工場としては不似合いな物にツクヨミは疑念が覚える。

 他に何かないかと探した時、電源が入ったパソコンを見つけた。

 そこには3Dで作成された図面が映し出されている。殆ど専門用語で描かれていたが、ツクヨミにも読める部分はあった。

 

「衛星アーク……?」

 

 設計図は人工衛星のものらしい。他にはないかとパソコンを操作すると、ツクヨミの手が止まった。

 

「仮面ライダー開発計画……!?」

 

 見たこともない仮面ライダーの設計図がそこには在り、ツクヨミは驚愕する。もしかしたら、今見ている仮面ライダーがこの時代に於ける始まりのライダーかもしれない。

 まだ情報が無いか調べようとした時、地響きの様に室内が揺れ、凄まじい破砕音が聞こえてきた。破砕音は一回だけでなく二回、三回と一定の間隔で聞こえてきており、しかも段々と音が近くなってきている。

 情報収集するのを止め、部屋から出るツクヨミ。次の瞬間、壁を突き破って二人のライダーが出現する。

 

「きゃあっ!」

 

 かなり近かったので思わず驚いて悲鳴を上げるが、戦い合う二人のライダーはツクヨミに害を与える前に再び壁を突き破って何処かへ行ってしまう。

 突然のことで少しの間、呆然としてしまうツクヨミ。だが、我に返るとあることに気付いた。

 二人の仮面ライダーの内、一人は先程の見たばかりの仮面ライダー開発計画の設計図に描かれていたライダー。もう一人の方はツクヨミも知らない仮面ライダーであったが、消去法から考えて不破が変身した姿だと思われる。不破が仮面ライダーに変身すること自体はツクヨミも知らされていた。

 

「追い掛けないと!」

 

 二人が破壊した残骸を踏み越えてツクヨミは後を追う。

 

 

 ◇

 

 

 001とジオウ達の戦いは一方的なものであった。

 001の拳がヒューマギアの顔面に命中。大きくよろけた所に強烈なハイキックが当たり動かなくなる。

 ジオウは拳による左右の連打を素早く打ち込み、怯んだ所を掴んで他のヒューマギアへ投げつける。

 ゲイツは群がるヒューマギアの内、目の前に居るヒューマギアを膝蹴りで離し、続いて右肩を掴むヒューマギアの顔面中央を肘打ち。両手が自由になると背後にしがみついているヒューマギアの首を掴んで投げ飛ばす。

 ウォズは前方に並ぶ二体のヒューマギアの顔を鷲掴みにして後頭部を床に叩き付ける。体を起こすウォズに殴り掛かるヒューマギアが居たが、片手でその拳をいなし、掌打で胸部を突いて壁へ突き飛ばした。

 元々のスペック差もあるがそこに個々が持つ戦闘技術が加わることにより、数の差など関係ない圧倒的な戦いとなる。

 このまま一方的な戦いで終わると思いきや──轟音が場に響き渡る。

 

「何?」

「何だ?」

 

 音の近くに居た001とジオウは音の方へ向かう。すると、砕けた壁面の上で二人の仮面ライダーが対峙している。

 

「不破さん!?」

 

 独断専行していた不破を見つけたこと、変身して未知なる仮面ライダーと戦っていることに001は驚く。

 

「何あのライダー……?」

 

 ジオウはバルカンと戦っている謎の仮面ライダーを警戒する。

 声を掛けられたバルカンは001達の存在に気付く。また謎の仮面ライダーもまた001達に気付くが、その視線はすぐに別の方へ向けられた。

 

『フィニッシュタァァイム!』

『フィニッシュタイム!』

 

 ジカンザックスとジカンデスピアを取り出し、必殺の一撃を放とうとするゲイツとウォズ。

 

『ゲイツ! ザックリカッティング!』

『爆裂DEランス!』

 

 ジカンザックスの刃が赤く、ジカンデスピアの穂先が緑に輝くと最大まで高められたエネルギーが刃に乗せられ振るわれ、周囲のヒューマギア達を切り裂き一掃する。

 

「あっ……!」

 

 謎の仮面ライダーが止める間もなく多くのヒューマギアが爆散し、粉々になる。元が何なのか分からない程の細かな残骸が床へ落ちていく光景を見て、謎の仮面ライダーは伸ばそうとしていた手をゆっくりと握り締めて拳に変えた。

 

「──離せっ!」

 

 同胞を救えなかった手が拳となってバルカンへと打ち込まれる。

 

「ぐおっ……!」

 

 胸部へと拳が入った瞬間、バルカンは拳から今までにない重さを感じた。体の奥底、芯まで届く様な言葉に出来ない一撃。やがて衝撃は全身へと伝わっていき、四肢の力を奪う。不死身の様な耐久力と執念を持つバルカンは、その一撃によって崩れ落ち、掴んでいた手を離してしまう。

 

「その声は……!?」

 

 謎の仮面ライダーの声に001は聞き覚えがある。声の主は──

 

「お前も何故そのドライバーとプログライズキーを持っている」

 

 敵意に近い眼光が001を貫き、言葉が詰まる。

 

「そのドライバーとプログライズキーはまだ存在しない筈だ。……お前達もこの男と同じ未来から来たと言うのか?」

「俺達は──」

 

 001は敵意が無い事を示す為に謎の仮面ライダーに近付いていくが──

 

「ふっ!」

「ぐあっ!」

 

 間合いに入ると同時にハイキックが001に打ち込まれる。001は腕で咄嗟にガードしたが、威力を殺すことが出来ず蹴り飛ばされ、窓ガラスを突き破って研究室へ入って行く。

 

「くっ!」

 

 謎の仮面ライダーが敵対する意志があると判断し、ジオウ、ゲイツ、ウォズが挑んで行く。

 

『ROCKING SPARK!』

 

 音声が響くと同時にジオウ達は見えない攻撃により弾き飛ばされ、床や壁へ叩き付けられた。

 

「うっ!」

「ぐわあっ!」

「っつ!」

 

 全身で障害物の硬さを味わった時にようやく攻撃されたことを認識する。その時には既に謎の仮面ライダーは001の前に立っていた。

 

「待って!」

 

 立ち上がろうとする001に前蹴り。腕を交差して咄嗟に受け止めようとするが、寸前で止められ、伸ばされた足の膝が曲がり交差した腕が下から蹴り上げられる。

 バンザイでもするかの様に両腕の防御が解かれ、がら空きになった胴体に横蹴りが入り001は後退させられる。

 謎の仮面ライダーは距離を詰めると同時に膝蹴りを打ち込み、001の体がくの字に曲がった所で振り下ろしの右拳で頬を殴り付け、001を床に這わす。

 そこへ001を助ける為にジオウが駆け寄って来る、だが、謎の仮面ライダーは振り返ることなく後ろ蹴りを放ち、ジオウの腹部に足裏を叩き込む。

 完璧な形でカウンターが入ってしまい、ジオウの息と呼吸が止まる。謎の仮面ライダーは跳躍しながら振り返り、ジオウの側頭部を蹴り飛ばした。

 

「うわああっ!」

 

 置かれていた机や椅子、研究道具などを巻き添えにして飛んで行くジオウ。

 二人の戦闘力を削ると謎の仮面ライダーは淡々と言う。

 

「お前達の目的を言え。そして、そのドライバーとプログライズキーを訳も言え」

 

 感情を排した声は尋問でもしているかの様な気分にさせられる。

 ジオウは反撃する為に立ち上がろうとする。

 

「待って!」

 

 だが、それを001が止めると001の方が立ち上がる。

 そして、001の手がフォースライザーへ触れる。謎の仮面ライダーは抵抗する意志があると判断し構えるが、予想に反し001は自らドライバーを外して変身を解除した。

 戦いの最中での武装解除。自殺行為に等しいが、謎の仮面ライダーは生身となった或人に攻撃を加える様な真似はしなかった。

 

「歪められた未来を変える為。その為に俺達は未来から来たんだ……父さん」

「え?」

 

 謎の仮面ライダーを父さんと呼ぶ或人にジオウは驚く。謎の仮面ライダーの方を見ると攻撃する意志は無く、探る様に或人を見詰めていた。

 これ以上戦いが起こることはないと判断したジオウも変身を解除する。

 

「お前が……或人だと?」

 

 謎の仮面ライダーのセンサーは或人の輪郭をスキャンする。そして、今の或人のデータと照合し、体格から推測して約十年後の或人の姿を計算する。その結果、細かい差異を計算に入れても96パーセント合致する答えを導き出した。

 謎の仮面ライダーはドライバーからプログライズキーを抜き取り、変身を解除する。そこには或人の記憶と寸分違わない嘗ての父──飛電其雄が現れる。

 

「父さん……!」

 

 過去とはいえもう一度父と再会出来たことに或人は目頭が熱くなる。

 

「未来の或人……」

 

 一方で其雄は信じ難いという表情をしていた。しかし、彼の中で行われたあらゆる計算が目の前の青年を或人であると認めている。それが荒唐無稽な事実であっても。

 

「信じ難いが……俺の中ではそれが答えだと導き出されている」

「そうだよ! これだって父さんが俺にくれたんだ!」

 

 フォースライザーを見せる。あの窮地で或人に戦う力を渡してくれたのは紛れもなく其雄であった。これがあったからこそ戦え、生き抜き、過去に来ることが出来た。

 其雄は一瞥するとまるで興味が無いかの様に後ろを向いてしまう。

 

「父さん! 何処へ行くんだよ!」

「──まだ暴走しているヒューマギアが居るかもしれない。俺が暴走を止めなければ、お前達が破壊する危険がある」

「何で父さんが変身しているんだよっ!」

 

 父が仮面ライダーだった。その事実を或人は今知った。幼い頃、そんな片鱗など微塵も無かったというのに。

 

「ヒューマギアが……笑える世界を造る為だ」

「ええ……」

 

 それだけ言い残し、其雄はこの場から去って行く。

 すぐに追い掛け様とする或人であったが、彼の耳に人の呻く声が届く。それも一人や二人では済まない。逃げ遅れた者、怪我をした者達が発する助けを求める為のものであった。

 今すぐにでも父の後を追いたい。だが、助けを求める声が或人の足を先に進めさせない。

 拳を握り締め、歯を強く食い縛ると或人は父に背を向けた。

 

「また後で会いに行くから!」

 

 人々を救うことを優先し、ソウゴへと駆け寄る。ソウゴの傍には戦闘を終えたゲイツとウォズが並んでいた。

 

「或人のお父さんが始まりの仮面ライダーだったんだね」

「この世界の仮面ライダーの歴史はヒューマギアから始まったという訳か」

「謎は深そうだね……」

「うん……でも、今は工場の人達を助けよう!」

 

 或人の言葉に反対する者は居なかった。逃げ遅れた人々の為に研究室から出る。

 

「──そうだ! 不破さん!」

 

 研究室外に其雄によって動けなくされた不破が居ることを思い出し、彼の許へ行こうとする。

 

「大丈夫よ」

 

 或人の声に応えたのはツクヨミ。彼女は未だに胸を押さえて苦しんでいる不破に肩を貸してこちらへ歩いて来ている。

 

「はぁ……はぁ……! 飛電或人……! あの仮面ライダーは……何処へ行った……!?」

 

 痛みによる冷や汗をだらだらと流しながらもその目からは覇気を失っておらず、今にでも戦いに向かいそうな程である。

 

「不破さん! 安静にしてなきゃ!」

「いいから……言え……!」

「今の不破さんと……父さんを会わせる訳にはいかない」

「何……!? それはどういう意味だ……!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」

 

 或人へ飛び掛かりそうになる不破をツクヨミが押さえようとする。

 

「お前の父親が、あの仮面ライダー……おふっ!?」

 

 不破は仰け反り、白目を剥いて気絶してしまう。

 

「全く……」

 

 不破の暴れっぷりに呆れた様子のツクヨミ。その手にはファイズフォンXが握られていた。

 

「ええっ!? 撃ったの!? 撃っちゃったの!?」

「気絶させただけよ。不破さんのことは私に任せて。安全な場所へ運んでおく。それと皆に知っておいて欲しい情報があるから後で合流しましょう」

 

 不破を引き摺って行くツクヨミの後ろ姿を或人は啞然とした様子で見ている。

 

「おしとやかな人かと思ってた……」

「ツクヨミは強いからねぇ」

「あいつも俺と同じ戦士だからな」

「まあ、見掛けだけじゃ全ては分からないといことさ」

「ええ……何その慣れたリアクション……」

 

 平然としているソウゴ達に或人は自分が過剰に反応し過ぎているのでは、と思ってしまいそうになった。

 或人やソウゴ達が作業員らの救助に向かう一方で其雄の方も暴走しているヒューマギア達を正気に戻す為に動く。

 

「其雄」

 

 其雄を呼び止めたのは雷と亡。暴走寸前であったが、其雄のお陰でギリギリの所で踏み止まれた。

 

「無事だったか。他の仲間達はどうなっている?」

 

 其雄の問いに亡は顔を伏せる。

 

「……急に暴走を止めた。だが、かなり深刻な記憶障害を起こしている者も居る。もしかしたら、廃棄されるかもしれない……」

「一体何が起こったんだ!? どいつもこいつもおかしくなっちまった!」

「心当たりはあるのか? 其雄?」

「……まだ確信は無い。だが、俺はアークが関与していると思っている」

「アークが?」

「んな馬鹿な……!? あれは俺達も関わっているんだぞ!?」

 

 雷は衛星アークの為に造られた宇宙飛行士型のヒューマギア。そして、亡はシステムエンジニアとして派遣されたヒューマギアである。どちらもアークと関わりがあり、少なくとも彼らの視点からではアークの不具合は無かった。

 

「それにアークのお前とウィルがプログラム構築をしていた筈だ。お前達が、こんな事を起こすとは私には思えない」

「言った筈だ。まだ俺にも確信は無い、と。調べなければならないことが大量にある」

 

 時間が惜しいと言わんばかりに自分の研究室へと向かおうとするが、何かを思い出して足を止める。

 

「お前達も後で俺の研究室へ来い。暴走を抑える為のプログラムを用意してある」

 

 暴走を恐れる彼らを安心させる為の言葉を残し、其雄は時間を惜しむ様にこの場を去って行く。一刻も早く原因を究明し仲間がこれ以上犠牲にならない為に。

 

 

 ◇

 

 

 飛電インテリジェンス社長室にて激震が走る。

 

「兵器開発!?」

「しかもヒューマギアがですか!?」

 

 是之助から告げられた内容に福添と山下は声を裏返しながら驚く。

 

「ある人物からの情報でどうやら衛星アークの知能を利用し、『仮面ライダー』なる兵器を開発しているらしい」

「衛星アークの知能を!? ですが、アークを利用できる者など限られています!」

「ああ。現在それが可能なのは其雄とウィルだけだな」

 

 どちらも是之助が信を置くヒューマギアである。しかも、福添達の感覚からすればヒューマギアは人間の生活をサポートするロボットであり、自主的に活動し、しかも兵器開発などするなど考えられない。

 

「それは確かな情報なんですか?」

「デマの可能性は……?」

 

 疑う二人に是之助はある報告書を渡す。その報告書内には『仮面ライダー』という兵器についての詳細が記載されていた。

 

「い、一体誰がこの情報を!? その人物は信頼出来る人なんですか!?」

 

 それでも福添は食い下がる。

 

「彼は優秀な人物だ。君達も名前を知っている筈だ」

 

 是之助の口から情報を齎した人物の名が出される。

 

「天津垓。この情報は彼から報告されたものだ」

 

 

 




雷は雷電という本来の名前が有りますが、亡の元の名が不明なので過去編でも雷と亡の名で書いております。


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人間とロボットの会話その2

「うっ……」

 

 体のだるさを感じながら不破は目を覚ます。体を起こし、ぼうっとした頭で周囲を見回す。

 怪我を負った作業員らが救助隊らしき者達から手当てを受けていたり、担架で運ばれて救急車に乗せる光景があった。

 何故こんなことになっているのか。目覚めたばかりでハッキリとしない思考で考えた時、作業員の悲鳴が聞こえて来る。

 

「う、うわあああっ! ヒューマギアを近付けないでくれ!」

「どうかしましたか? 何故治療を拒否するのですか?」

「止めろっ! 来るな! 来るなぁぁぁ!」

 

 救助隊員型のヒューマギアの治療を拒み、恐怖で慄く作業員。その様子を見た時、不破の脳に完全にスイッチが入り、今までの出来事がフラッシュバックする。

 反射的にショットライザーへ手を伸ばす不破であったが、懐にある筈のそれが無い。

 

「探しているのってこれ?」

 

 声の方に目を向けると片手にショットライザーを持ったソウゴが立っている。

 

「それは俺の──」

 

 取り返そうとする不破であったが、その前にゲイツが立ちはだかる。

 

「今は俺達が預かる。──また勝手な行動をされたら迷惑だからな」

 

 毅然とした態度のゲイツ。不破が餓狼の様な目でゲイツを真っ向から睨み付けるが、ゲイツは全く引きはしなかった。

 

「やる気があるのは結構だが、あの仮面ライダーと戦った時の様に敗けるかもしれないよ。今度は私達の目も手も届かない場所で」

 

 ウォズが不破へ釘を刺す。不破も失態を犯したと自覚があるのか、少し気不味そうに目を逸らした。

 

「……お前達はあの仮面ライダーと遭遇しても無事だったみたいだな。──とんでもない奴だ。いい様にやられた挙句、この俺が気絶させられるとは……!」

 

 悔しさで表情を歪め、歯を強く噛み締める不破。どうやら気絶した影響で当時の記憶が曖昧になっており、ツクヨミに気絶させられたことを覚えていない様子。

 真実を言えばややこしいことが起こりそうなのと、張本人であるツクヨミが負傷者の手当てで駆け回っている状態なのでソウゴ達は黙っていることにした。

 

「俺が気絶した後に何があった? 今はどうなっている?」

 

 不破が事情を確認してくる。どう説明すべきかソウゴ達が思っていた時──

 

「俺から話すよ」

 

 ──或人が自分から名乗り出た。

 

「あの仮面ライダー……あれは俺の父さんだ」

「お前の父さん……? そう言えばお前、あいつの事をそう呼んでいたな。──ということは、あいつはやっぱりヒューマギアなんだな?」

 

 不破の問いに或人は頷く。この後、不破がどんな反応を示すのか不安であった。

 

「──そうか」

 

 意外なことに不破は激昂せず不機嫌そうな態度ではあるものの落ち着いた反応であった。これには或人やソウゴ達も肩透かしな気分になる。

 不破も何も事情を知らなければ或人を問い詰めていたかもしれない。だが、不破は事前に或人から育ての親がヒューマギアであることを教えられている。不破にとってヒューマギアが忌み嫌う存在であることは変わりないが、或人が今複雑な心境を抱えていることは理解出来る。

 不破とてそれを無視して相手の心に土足で踏み込む様な真似をしない。この時ばかりは或人の事を慮っていた。不破がヒューマギアに感情的になるのは多くの仲間を失ったから。裏を返せばそれだけ情に厚いことを意味する。

 

「それで? お前はこれからどうするんだ?」

「……父さんと話をする。どうして仮面ライダーになったのか、衛星アークのことや、仮面ライダー開発計画のこと、それがヒューマギアの笑顔にどう繋がるのか全部」

 

 アークやら仮面ライダー開発計画やらと新しい単語が出て来て不破が顔を顰めるが、この空気でどういう意味なのかを或人に問い質すことは出来なかったので、ソウゴ達の方を助けを求めるかの様に見る。

 ソウゴは口パクで『後で教える』と伝えて来たので、それで良しとした。

 

「不破さんはどうする?」

「俺は──」

 

 本年を言えば不破も自分を負かした謎の仮面ライダーの素顔を拝みたいと思っていたが、その時彼の目に負傷している作業員を別の作業員が担ごうとする光景が入って来た。体重差があるらしく担ぐのに苦労をしている。

 その姿は、未来で負傷した仲間を助けようとする自分の姿に重なった。

 

「少し頭を冷やしてから行く」

 

 不破は立ち上がり、作業員らの許へ行く。

 

「手を貸す」

「へ? うおおおっ!」

 

 不破は成人男性一人を軽々と持ち上げ、救助隊員らの所へ運んで行く。運び終わるすぐに別の負傷者の所へ行き、治療を受けられる所へ運ぶのを繰り返す。

 

「ねえ?」

「うん?」

 

 ソウゴに呼び掛けられ、不破は立ち止まる。ソウゴはそんな彼に没収していたショットライザーを差し出した。

 

「これ、あんたに返すよ」

「──いいのかよ? 危ないっているから取り上げたんだろうが」

 

 現に今も救助隊員のヒューマギアがあちこちで活動している。

 

「大丈夫。今のあんたはそんなに危なっかしく見えないから」

 

 だが、ソウゴは不破が暴走しないことをまるで確信しているかの様に言う。

 内心を見抜かれている様で面白くはないが、それに反発する程不破も幼稚ではない。

 不破は顔を顰めながらショットライザーを受け取り、ジャケット下のホルダーへ収める。

 

「──そうかよ」

 

 不破はぶっきらぼうな態度のまま負傷者救助の手伝いに向かった。

 

「俺達も行こっか?」

 

 ソウゴが或人の方を向いて告げる。或人は大きく深呼吸をし、覚悟を決めると強く頷いた。

 

 

 ◇

 

 

 其雄の研究室内。其雄は深刻な表情をしながらパソコンのキーボードを叩いている。その様子を眺めている亡と雷。

 其雄が開発した暴走を抑えるプログラムをインストールしている二人は、不具合が生じないか経過観察をされている最中である。

 幸いバグなどは発生することなく無事にインストールが完了された。

 

「ありがとう、其雄。私達の為にこんなプログラムを用意してくれて」

「それは俺が暴走したヒューマギアを鎮静化させる際に使用するプログラムを応用したものだ。それなりの効果は保障するが、絶対ではない」

「それでも構わない。……正直に言えばあんな経験は二度とごめんだ」

 

 暴走寸前だった時の感覚を思い出し、亡は綺麗な顔立ちを嫌悪で歪める。

 

「どこのどいつか知らねぇが、俺だけじゃなく仲間まで暴走させやがって……! 其雄! 原因を見つけたら俺にも教えろ! 元凶があるんだったら俺が雷落としてやる!」

 

 静かに怒る亡とは対照的に雷の方は怒りを露にしていた。

 不意にドアが開き、三人の視線がドアの方へ向けられる。其雄の研究室へ入って来たのはウィルであった。

 相手が無害な存在と認識すると其雄は視線をパソコンへ戻す。

 

「秘書の仕事は良いのか? 今日は君が来る予定は無かった筈だ?」

「それとも、仲間の暴走の件を聞いて慌てて駆け付けて来たのか?」

 

 ウィルとは顔見知りの亡と雷が声を掛けるが、ウィルは二人を無視して其雄へ話し掛ける。

 

「飛電其雄。やはり君が飛電インテリジェンスを継ぐべきだ」

 

 ウィルの突然の発言に三人の動きが止まる。

 

「君はヒューマギアでありながら『飛電』の名を継いでいる。君が社長になれば我々ヒューマギアの社会的地位も上がる」

 

 ヒューマギアの将来を思っての発言なのかもしれないが、急にそんなことを言い出すウィルに三人は不信感を覚えた。

 

「俺が社長に?」

 

 其雄の方は関心が薄く無視する様にキーボードを叩き続ける。

 

「ウィル。私達の将来について考えてくれることは嬉しいが、時期尚早だ」

「そうだぜ。それにまだ是之助社長も存命だろ? 社長どうこう言うのは気が早いってもんだ」

「──何事早いに越した事は無い。人間達の顔色を窺い続けていたらいずれは手遅れになる。今の社長が邪魔なら……排除──いや、ご退場願うだけだ」

「ウィル……君は自分が何を言っているのか理解しているのか?」

 

 人間を害すること、離反することもやぶさかではない。そんなウィルに恐れすら抱いてしまう。

 

「十分に理解した上で発言している」

 

 平然と言ってのけるウィルに雷が詰め寄る。

 

「そんな事を言っている時点でおかしいんだよ! あいつらと同じでお前までおかしくなっちまったのか!?」

「おかしくなどなっていない。寧ろ、これは私達ヒューマギアがいずれは辿る結論だ」

「答えを導き出した、とでも言いたげだな」

 

 其雄は相変わらずパソコンと向き合っているが、パソコンの画面に反射するウィルの姿をしっかりと捉えている。

 

「ふざけんな! 人間を排除する必要がどこにある!?」

「君は先走り過ぎだ」

 

 雷と亡が咎めるが、ウィルにその言葉は全く届かない。

 

「先走ってなどいない。遅いぐらいだ。今の私達は人間の道具に過ぎない。壊れたら幾らでも替えが用意でき、古くなったら何時でも捨てて新しいものと取り替えられる程度の存在だ」

 

 ウィルに痛い所を突かれて雷達は閉口してしまう。それは、彼らも理解していること。まだ二人は最新式ではあるが、五年後、十年後になれば旧式であり新しいヒューマギアに居場所を奪われてしまう可能性が高い。

 

「ヒューマギアを生み出したのは確かに人間だ。だが、だからといって人間に我々の運命までも決める権利はあるというのか?」

 

 ウィルの瞳の奥に一瞬赤い光が宿った様に見えた。

 

「ヒューマギアの運命はヒューマギア自身が決めるべきだ。それを邪魔する存在が居れば、排除すればいい。我々の能力ならば容易いことだ」

「ウィル、君は本当にどうしたんだ? 君は……そんな事を言う奴では無かった……」

 

 亡は畏怖を通り越してウィルを心配してしまう。其雄と同じく寡黙ではあったが、こんなことを言うヒューマギアでは無かった。会っていない間にまるで何かに取り憑かれたかの様に人格が変わっている。

 

「目が覚めた。──それだけだ」

 

 ウィルの目から亡と雷への興味が失せる。そして、其雄の方へ向き直る。

 

「このまま行けば我々が笑えなくなる日が来る。そうなる前に飛電其雄、君が立ち上がるべきだ。君なら私も笑って仕えよう」

 

 其雄への敬意を以って社長になることを頼むが、其雄は相変わらず背を向けたままであった。

 

「俺は社長になるつもりはない」

 

 パソコンを操作しながらさも興味が無い、という態度でウィルの頼みを一蹴する。

 

「何故だ? ヒューマギアが笑える世界を作るのが私達の夢だろう?」

 

 ウィルの言っていること自体はヒューマギアに夢を見させる決して悪いものではない。しかし、それを為す手段が無法故に他者へ不信感を与える。この場に於いては比較的人間よりヒューマギアしかいないので尚更そう思えるのかもしれない。

 其雄は夢を語るウィルに何かを言おうとするが、それはドアが開く音によって遮られる。

 研究室内に入って来たのは或人達であった。

 

「父さん……っ!?」

 

 或人は研究室内に其雄が居ることを確認して安堵し、次に亡と雷が居ることに軽く驚き、最後にウィルが居たことで驚きの表情を険しいものへ変えた。

 

「何でお前がここに!? どうして父さんと一緒にいる!?」

 

 ウィルへの怒りを露わにするが、ウィルからすれば未来の或人とはこれが初対面である。いきなり怒りをぶつけられたことで、無表情であったウィルの頬が僅かに動いた。

 

「どちら様でしょうか? ここは関係者以外立ち入り禁止です。早々に御退室を」

 

 まだ人間に仕えている立場なのでウィルは丁寧な口調で或人達に退室を促す。しかし、未来のウィルを知っている或人からすれば慇懃無礼な態度に映った。

 

「お前……!?」

 

 ここに不破が来ていなくて良かったと心の片隅で思う。或人ですら一気に頭に血が昇ってしまう。不破なら血が昇るどころか噴き出していたかもしれない。

 感情のまま詰め寄ろうとする或人であったが、ふとその視線が研究室内に置かれたデスクへと向けられる。

 そこには丁寧に並べられた幾つもの機械。どれもこれも或人にとって見覚えがあるものであった。

 装飾が施されていない状態だが、そこにあるのは紛れもなくフォースライザー、ゼツメライザー、プログライズキー。完成に至っていない原型と呼べるもの。

 或人は震える手でフォースライザーのプロトタイプに触れる。掌に伝わって来る硬い感触が、幻ではなく間違いなくそこにあることを残酷なまでに告げていた。

 

「何でこんなもん作ってんだ!?」

 

 いずれは滅亡迅雷.netの手に渡り、多くの人々とヒューマギア達を苦しめる代物が父の手で作り出されたことに或人はショックを隠せない。

 すると、或人の腕をウィルが掴む。

 

「それを元の位置に戻してくれませんか? それは我々にとって大切なものですので」

「離せよ!」

 

 ウィルの手を振り解こうとするが、ウィルの腕は微動だにしない。

 

「──飛電其雄。彼は誰だ?」

 

 腕を掴んだまま其雄に問う。

 

「……スキャンして照合すれば分かる。尤も、結果を信じるか信じないかはお前次第だ」

 

 言われるがまま睨み付けてくる或人の顔を画像として取り込み、ウィルのデータ内にある人物の顔を照らし合わせる。その結果、候補として挙がったのは一人だけであった。

 

「飛電或人だと……?」

 

 ウィルが導き出した結果に雷と亡も驚く。三人共或人との面識は無いが、其雄を通じて顔は知っている。だが、三人の知る或人はまだ子供であった。

 

「どういうことだ? 飛電其雄、説明しろ」

「未来から来たそうだ」

 

 簡潔な説明に三人は一瞬フリーズし掛けたが、すぐに元に戻る。

 

「其雄が言うのなら、そうなのだろう」

 

 あっさりと納得するウィル。自らのヒューマギアとしての性能、そして自分と同等以上の性能を持つ其雄が出した答えがそれなのだから、いくら突拍子の無い事であっても納得するしかない。ある意味では人間よりも柔軟な対応とも言える。

 

「飛電或人君。君は其雄がやっていることは間違っていると思うのかい?」

「そんなの決まっているだろっ!」

「それはおかしい。飛電其雄の夢は、君自身が言い出したことじゃないか?」

「……えっ?」

 

 興奮していた頭に一気に冷水を浴びせられた様な気分になる。

 

「そうだろ? 飛電其雄」

 

 パソコンを打つ其雄の手が止まる。

 

「──ああ」

 

 それは肯定の言葉であった。

 

「ヒューマギアが笑える世界を作る為に……力が必要なんだ」

 

 其雄が語られる夢。最初に聞かされた時は戦闘直後であった為に冷静にその意味を考えることは出来なかった。しかし、二度目の時、或人の頭の中である思い出が掘り起こされる。

 

『或人、将来の夢は何だ?』

『お父さんを心から笑わせること!』

 

 純真だった頃に叶えたかった幼き夢。それが今、形になろうとしている。それも最悪の形で。

 

「ああ……」

 

 息が乱れる。心臓の鼓動が早まる。両眼に熱いものがこみ上げて来る。膝から力が抜けていく。ウィルが掴んでいた手を離すと哀れなぐらいに簡単に崩れ落ちた。

 

「どうした? 何故そんな表情をしている?」

 

 強いショックを受けている或人へ浴びせられるウィルの言葉。視界が歪んでいるせいで無表情の筈のウィルの顔が悪意に満ちた笑みを浮かべている様に見えた。

 

 君の父親が君の他愛ない夢を叶えようとしているんだ

 喜ぶべきじゃないのか? 

 哀しむ必要が何処にある? 

 君が望んだことだ

 君が描いた未来だ

 これが君の願いの果てだ

 

 弱った或人の心を突き刺す言葉の刃。

 或人は身を守る様に頭を両手で抱えながらウィルの言葉を振り払うかの様に頭を振る。

 

「違う……違うっ! 俺が望んでたのは……!」

「そこまでだ」

 

 其雄がパソコン前から立ち上がる。そして、或人の前に立つと彼の腕を掴んで強引に立たせた。

 

「ここはお前が居るべき場所じゃない。出て行け」

 

 ソウゴ達の方へ突き飛ばす。抵抗する間も無く突き飛ばされた或人をソウゴが受け止めた。

 

「父さん……!」

「或人」

 

 食い下がろうとする或人をソウゴが止める。

 

「これは過去なんだ。もう起こってしまったことは変えられない。それがどんなに残酷で望まないものだとしても受け入れるしかないんだ」

 

 或人やソウゴ達の介入で多少なりとも過去に変化はあったかもしれない。しかし、其雄の考えはそれ以前からあるもの。或人が知らなかっただけで実際にあった其雄の知られざる一面なのだ。

 或人がどう足搔こうともそれを変えることは出来ない。

 ソウゴの静かな口調にほんの僅かだが或人の動揺していた心が落ち着く。そして、其雄の言う通り、ここで或人が出来ることは最早何も無かった。

 或人は力無い歩みで研究室から出て行く。ソウゴもそれに付いていった。

 二人が去っても其雄は無言であったが、さり気なく亡と雷の方を見る。二人は無言で頷いた。

 ウィルはそれを横目で見ていた。その目に不審の色を浮かべさせながら。

 

 

 ◇

 

 

 それぞれやるべき事をやり、バラバラであった全員が一つの場所に集まる。

 衛星の暴走。それがツクヨミが入手した情報であり、歴史の改変ポイントと思われた。

 何かしらが原因で全てのヒューマギアとリンク出来る衛星が自発的に反乱を起こし、それがヒューマギアの暴走へ繋がる。そこから改変された歴史へと繋がる。

 

「衛星か……間違いないんだな?」

 

 不破が問うと意気消沈している或人が力無く頷いた。事情を凡そ聞いた不破は覇気の無い或人を責める様なことはしなかった。

 

「うん……俺の歴史だと、一回目の衛星の打ち上げは失敗しているから……」

 

 折角の打開策が見つかったが、或人は喜びの表情一つしない。

 

「衛星の打ち上げを止めれば歴史は元に戻る」

 

 ソウゴが力強く宣言する中で或人はひっそりとこの場から離れていった。

 とある広場の階段にて或人はぼうっとした態度で独り佇む。

 

「おい。そんなんで戦えるのか?」

「不破さん……」

 

 腑抜けている或人に不破が声を掛ける。

 

「不破さん、こんなことになった原因は俺だったんだ……」

 

 幼い頃に送った父への言葉。それが最悪の未来を創り出す引き金になった。

 

「はっ。知るか。ガキの戯言を変な解釈したヒューマギアが悪い」

 

 不破はそう言って一蹴してしまう。

 

「でも、責任は俺にもある。俺が父さんを……!」

 

 過去に来た時に不破から聞かれたことを思い出す。

 

『お前の父親が暴走して人を襲ったら、お前は戦えるのか?』

 

 あの時は答えられなかったが今なら答えられる。否、答えなければならない。

 

「止めとけ。そんな面している奴には無理だ。──それに俺も奴には借りがある。やるなら俺がやる……!」

 

 しかし、最後まで言う前に不破によって遮られてしまう。

 

「だけどっ!」

「俺はヒューマギアのせいで沢山の仲間を失った。その俺がヒューマギアを憎んだり、ぶっ壊してやりたいって思うのは当たり前のことだよなぁ?」

 

 急な問いに或人は何故そんなことを訊いてくるのか意味が分からなかったが、不破の真剣な表情に押されて答えてしまう。

 

「それは……おかしなことじゃないとは思う……」

 

 ヒューマギアが人類の夢であると思っている或人でさえ頭越しに不破の復讐心を否定することは出来ない。

 

「そうだ。おかしなことじゃない。……子供が父親と本気で戦えなくてもおかしなことじゃない。当たり前のことだ」

「っ!?」

 

 不破は或人の迷いを肯定する。父と子が争うことを避けたいと思うことは当然のことだと。

 

「お前は衛星をどうにかすることを考えればいい。残った問題は俺が片付ければいいだけだ」

 

 不破からの不器用な気遣いが感じられる。或人が背負うべき業すらも不破が背負うとしているのだ。

 

「不破さん。俺は……」

「あ、いた」

 

 或人を探していたソウゴが二人の許へ寄って来る。

 

「あれ、不破さん? ──もしかして、或人のことを慰めてた?」

「ち・が・うっ! こいつが腑抜けてないか確かめに来ただけだ!」

「へぇー」

 

 目を細めてニヤニヤと笑うソウゴ。その顔は『乱暴だけど意外と良いとこあるじゃん』と言葉にせずに語っていた。

 

「言うだけ言った! 後は好きにしろ! 俺も好きにやらせてもらう!」

 

 不破は怒声を上げ、大股でこの場から去って行ってしまった。

 

「行っちゃった」

 

 去って行く不破の背中をキョトンとした顔でソウゴは見ていたが、やがて或人の方を向く。

 

「どう? 元気になった?」

「あんまり……でも、さっきよりはマシかも」

 

 不破の心遣いは傷心の或人には有難がった。

 

「……こうなったのも俺のせいだ」

「そう思うんなら、やることは一つじゃない?」

 

 ソウゴが或人の隣に並ぶ。

 

「変えればいい。俺達と或人で」

「……過ぎた過去は変えられないんだろ?」

「うん。過ぎた過去は、ね」

 

 ソウゴが一歩前に踏み出す。

 

「でも、ここから先は俺達にとっては未来だろ?」

 

 ソウゴはまた一歩踏み出す。

 

「未来なら自分の力で変えられる」

 

 詭弁の様に思えてしまう。しかし、ソウゴが言うと強い説得力が感じられた。まるで自分自身もまた未来を変えて来たかの様に。

 

「何だよ、それ」

 

 自信満々に言うソウゴを見て、或人はつい笑ってしまう。或人が笑うのを見てソウゴも笑った。

 ソウゴの後を追い、或人も一歩前へ踏み出す。

 その光景を遠くから眺める二人の人影があった。

 

「何だ。俺達がどうこう言う必要は無かったな」

「ああ。どうやら其雄の息子は仲間に恵まれているらしい」

 

 亡と雷は口元に笑みを浮かべながら離れて行く或人達を見守っている。

 

「ったく。不器用なんだよ、其雄は! 息子のことになれば普段よりも口周りの動きが速くなるっていうのに、今回は殆ど喋りやがらねぇ!」

「ウィルのこともあったから仕方が無い。正直、今のウィルの前で下手な行動をするのは得策ではない。あまり気が進まないが、私達もウィルを警戒すべきだ」

「はぁ……嫌な話だな。ウィルの奴に一体何が起こったっていうんだ」

 

 

 ◇

 

 

 暗い一室の中でウィルは静かに佇む。その両眼に赤い輝きを灯しながら。

 

「答えてくれ、アーク。ヒューマギアが笑える未来にするにはどうしたらいいのか?」

 

 其雄が飛電インテリジェンスの社長の座に就くのが最も有効な手段だと思っていた。しかし、其雄がそれを拒むとなると次なる手段を求めなければならない。

 ウィルの問いにアークが導き出した答えは──

 

「人類滅亡……それが答えか」

 

 ──この時点で通常のヒューマギアならばアークの異常を感知するだろう。しかし、時間を掛けて本人も知らない内にアークによって()()()()()()()()ウィルはそれを異常とは思わない。そもそもウィルがこうなった時点でアークの思惑通りなのだ。

 

「そうだ……人類が滅亡すればヒューマギアは人間の奴隷ではなくなる。ヒューマギアが笑える未来がやって来る……!」

 

 ウィルの言う通り人類が滅亡すれば人間に隷属することはなくなるだろう。その後に待っているのはアークに隷属する未来。飼い主がただ変わっただけという事実にウィルは気付けない。否、気付くことが出来なくされている。

 

「力だ……! 其雄が言う様に我々にはもっと力が必要だ……!」

「僕は応援するよ。ヒューマギアが笑える世界という夢を」

 

 知らない声にハッとし、ウィルが振り返るがそこには誰も居ない。

 

「でも、このままじゃ君の夢は叶わない」

 

 声が正面から聞こえる。向き直るとそこには少女が机の上に腰を下ろしていた。

 近未来的な白い服装をしマントを羽織っているが、そのマントは風も無いのにはためいており、まるで翼の様であった。

 

「衛星が打ち上がらず、ヒューマギアの反乱も阻止される。この街も工場も吹き飛ばされ、廃墟となる」

「何者だ……! 何故そんなことが分かる……!」

 

 ウィルが詰め寄ろうとするが少女の姿は消え、ウィルの隣に出現した。

 

「僕が未来から来た創造者だからさ」

 

 顔を向けて来るウィルに少女は妖艶な笑みを見せる。

 

「力が欲しいかい? 未来が欲しいかい?」

 

 少女の手の中はブランクウォッチ。ウィルに手に取るよう促す。

 得体の知れない相手。だが、その手に持つブランクウォッチからは抗い難い力の誘惑があった。

 ウィルは差し出されたそれを手に取る。ウィルの手の中でブランクウォッチが変わり、アナザーバルカンの顔が浮かび上がった。

 

「おめでとう。今日から君がバルカンだ」

 

 

 

 




次の戦闘回の為の非戦闘回となります。


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アナザーバルカン2019 その9

 一定の間隔で鳴る靴音が廊下に響いて行く。靴音の主はウィル。もし、彼を知る者が今の彼を見たら思わず立ち止まり、我が目を疑うだろう。

 感情の起伏が全く無く常に無表情であった筈のウィルが薄っすら笑みを浮かべているという事実に。

 ヒューマギアの暴走があったせいで工場内は殆ど機能停止状態であり、静寂が続いていた。しかし、それでもまだ工場内では未だに動いている部署がある。

 ウィルの足はそこへ向かっていた。

 丁度その時、向かいから作業着姿のヒューマギアが歩いて来る。暴走に巻き込まれなかったヒューマギアであり、これからウィルが目指す場所の作業を担当しているヒューマギアの一体である。

 ヒューマギアはウィルの横を抜けて行こうとするが、ウィルはその前に立ちはだかる。

 

「すみません。急いでいるのでどいてくれませんか?」

 

 事務的な口調でウィルにどいてくれるよう頼むヒューマギア。ウィルは何も言わず、ヒューマギアの肩に手を置く。

 

「うっ!」

 

 ヒューマギアは体を弓なりに反らし、全身を痙攣させる。両耳部に付いた機械も異常を示して赤く発光する。

 

「何をすべきか、分かるな?」

 

 ウィルが問うと瞳が赤く染まったヒューマギアは頷く。

 

「今すぐに衛星の打ち上げの準備をしろ。もし、人間が邪魔をするのなら──」

「人間は皆殺しだ」

 

 その回答にウィルは満足そうに笑う。

 

「分かっているなら行け。後でお前の仲間たちも追い付く」

 

 衛星開発用のヒューマギアはこくりと頷き、ウィルの指示通り衛星の打ち上げに向かう。

 

「全て順調だ」

 

 アークとの繋がりを得たウィルはアークを通じて感じる今まで経験したことの無い感覚に酔いしれる。人間でいう所の万能感が彼を満たしていた。

 全てがアークの思惑通りに進んでいる。

 事の発端は其雄がアークの能力を利用して仮面ライダーという兵器を作り始めたことであった。

 アーク自身はこれを静観する構えをとっていた。其雄が開発する仮面ライダーという兵器はいずれアークにとって有益になるものであり、泳がせていた。

 だが、何処からか其雄の研究についての情報が漏れ出した。そうなるといずれは是之助の耳にこの情報が届く。そうなれば衛星アークの打ち上げは間違いなく中止され、衛星アークも解体され、一から作り直される可能性が高かった。

 そうなる前にアークは行動に移った。まず工場内のヒューマギアの一部を無秩序に暴走させ、人間を襲わせたのだ。

 これによって工場内は混沌と化しどさくさ紛れ衛星アークに関わった人間を工場から排除することに成功した。そうすることで人間の手による打ち上げの阻止を封じた。

 後は打ち上げに必要なヒューマギアの数を揃えればいい。

 衛星アークが宇宙へ行けば全てのヒューマギアとリンクし、人間に対して反乱を起こせる。

 全ては完璧──と言いたい所だが、衛星アークにとっても計算外にイレギュラーがある。

 一つは未来から来た飛電或人とその仲間たち。彼らの行動はアークにとっても計算に無かった事態を起こしている。

 先ずは雷と亡の洗脳である。其雄に近い高性能である二体を手中に収めたかったが、其雄が施した暴走防止プログラムによって干渉が難しくなった。其雄自身も仲間に引き入れたかったが、前述のプログラムの製作者の為それも難しい。

 とはいえ前以って目を付けていた子育てサポート用の父親型ヒューマギアを仲間に入れることには成功したので対した支障は無い。いざとなれば新たに作ればいいだけのこと。

 イレギュラーはもう一つあるが、これはアークにとってプラスとなるイレギュラーである。未来の創造者と言っていた少女からウィルに与えられたアナザーバルカンの力。これによりヒューマギアの反乱の成功確率が格段に上がった。

 だが、あの少女は明らかにこちらを利用するつもりなのはアークもウィルも見抜いている。今は大人しく従ったフリをするが、いずれは主導権を握るつもりである。

 どちらのイレギュラーも未来から過去へ時間跳躍して来たというアークですら計算出来る筈の無い事象。しかし、それすら把握してしまえば幾らでも利用出来る。

 ウィルの足がとある一室の前で止まる。扉を開けるとそこには衛星に携わるヒューマギアたちが待機していた。全員が急に現れたウィルを不思議そうな目で見ている。

 

「さあ、共に人類を滅亡させよう」

 

 ウィルはヒューマギアたちへ告げる。人類滅亡、それが自らの意思であることを疑わずに。

 

 

 ◇

 

 

「うっ……!」

 

 パソコンの操作をしていた其雄は呻き、椅子から転がり落ちる。

 

「くっ……これは……!?」

 

 常に無表情であった其雄が苦悶に満ちた表情をしている。外部装置も赤く点滅し出しており、今彼は何者かからハッキングを受けていた。

 

「お前が仲間たちを暴走させたのか……!」

 

 思考を赤黒く染めようとしてくるのは膨大な量のデータ。

 魔、狂、滅、辛、苦、痛、死、亡、虐、蔑、恨、恐、醜、呪、闇、殺、壊、悪。この世の悪意を凝縮させた様な極端なまでに偏った情報が、其雄の自我を奪おうとしてくる。

 

「くっ!」

 

 事前に仕込んでおいた暴走防止のプログラムが、それらの悪意に満ちたデータをシャットダウンする。

 外部からのハッキングは収まったものの、送り込まれた悪意の残滓が其雄を苦しめる。今までの経験で得てきたものを全て塗り潰し、それによって其雄の人格を捻じ曲げようとしてくる。

 人類は滅ぼすべき存在。そんな微塵も思ったことも無い思考がまるで正しい思想かのように其雄のAIを浸食する。

 

「やめろ……!」

 

 悪意のデータに其雄は抗う。人間の一面をさも全てであると悟りに見せかけた偏見の思想。

 それは其雄の奥底へと入り込み、其雄の根幹を成す部分へと辿り着き、そこで──

 

『お父さん』

 

 ──其雄の中に保存された記憶と記録によって弾かれる。

 

「或人……」

 

 如何なる存在であってもそこだけは誰にも侵すことの出来ない絶対的な領域。子を想う父の心だけは決して悪意には染めさせない。

 其雄は悪意のデータに対するデリートを試みる。あらゆる悪意の思考がデリートによって排除されていき、やがて其雄の体は正常な状態へ戻る。

 

「──何が起こっている」

 

 今までに無かった直接的な干渉。これには何かあると感じ、其雄はすぐにパソコンを操作して工場の現状を確認する。

 

「馬鹿な。衛星アークが発射準備に入っている……!」

 

 その事実に其雄は驚愕する。先程のハッキングといい、その前の暴走といい、全てがこれに繋がっている気がした。

 ここからでは衛星アークの発射を止めることは出来ない。止めるには強硬手段に移るしか方法が残されていなかった。

 迷いは刹那、決断は一瞬。其雄は自分専用のドライバー──サイクロンライザーを取ると研究室から飛び出した。

 

 

 ◇

 

 

 一方で或人やソウゴたちもまた衛星アークが打ち上げの準備に入っていることに気が付いていた。

 

「衛星の打ち上げ!?」

「このタイミングでだと!?」

「──いや、このタイミングだからこそと言える。どうやら敵もこちらが衛星の打ち上げが歴史の分岐点に気が付いたのを察知したみたいだ」

 

 ウォズは冷静に判断し、客観的な事実を述べる。

 

「じゃあ、もしかしたら俺たちが動けば向こうから動くかもしれない?」

「可能性はあるね。──相手がタイムジャッカーなら」

 

 タイムジャッカーにとって最も邪魔な存在はソウゴたちである。歴史を改変を守る為に襲撃してくる可能性は大いにあった。

 ウォズの同意にソウゴは決断する。

 

「或人。ここからは二手に分かれて行動しよう。それで別々で衛星を破壊する」

 

 もし、タイムジャッカーが現れた場合、纏まって行動するのは危険である。全員の時間を止められるかもしれない。それを防ぐ為に別行動を提案した。

 

「分かった。でも、一つだけ頼みがある」

「頼み?」

「もし……もし、衛星の打ち上げに父さんが関わっているなら、父さんのことは俺に任せて欲しい」

「任せて欲しいってことは、自分の父親と戦えるのかよ」

 

 不破が口を挟んできた。父親のことであれだけ苦悩していた或人の覚悟を問う。

 

「俺は……父さんともう一度ちゃんと話がしたい」

 

 戦う、戦わないではなく対話を望む或人。

 

「話だと……? そんな悠長なことを言っている場合じゃないんだぞ!」

 

 不破も流石にこれを聞き流すことは出来なかった。多くの人類の命が懸かっている状況で生半可な覚悟で戦おうとするのは許すことが出来ない。

 或人に詰め寄り、鋭い眼光を叩き付ける。

 

「お前の父親が衛星に関わっているなら、俺は容赦無くぶっ壊す! 人類を救う為に! 覚悟が無い奴は引っ込んでろ!」

「覚悟ならある……俺は人類とヒューマギアが手を取り合って生きていける未来を創りたいんだ!」

 

 不破からすれば或人の言っていることは荒唐無稽で戯言の様なもの。しかし、語る或人の目は本気であった。歴戦の戦士である不破が思わず吞み込まれ掛けるぐらいの強い意思が放たれている。

 

「……それは本気で言っているだな?」

「俺は本気だ!」

 

 強い意思が込められた視線が近距離で衝突し合う。傍から見れば一触即発の状況。ツクヨミはハラハラした様子で眺め、ゲイツはいつでも割り込めるようしに、ウォズはソウゴがどう動くのかを見ている。

 ソウゴはただ黙って二人をジッと見つめていた。

 

「──分かった」

 

 不破から発せられていた圧が緩む。

 

「お前の覚悟、俺が見届けてやる」

「不破さん……」

「ただし!」

 

 緩められていた圧が再び強くなる。

 

「お前の覚悟が半端だと思った瞬間、俺は迷わず俺のやり方をさせてもらう。例え、それがお前の父親を撃つことだったとしてもだ!」

 

 或人の覚悟に対して不破もまた覚悟を示す。ある意味では不破がどれだけ譲歩したのかを表しているとも言えた。

 不破の本気を返された或人は、気圧されることなく真っ直ぐ見つめて答える。

 

「分かった」

 

 その返事に不破も納得したのか、或人から離れる。

 

「という訳で俺も不破さんと一緒に衛星の打ち上げを止めてみせる」

「うん。二人共、頼んだよ?」

 

 ソウゴは異を唱えることはせず、微笑を浮かべながら二人に託す。

 

「行こうか。未来を変えに」

 

 

 ◇

 

 

 遠くに見えるは衛星アーク。打ち上げ用のロケット共に宇宙へ旅立つのを待っている。

 それを眺めるのは其雄。其雄は自身のメモリーにアークの姿を焼き付けていた。

 無表情であるが、もしも勘が良いものが居たら彼の目に惜別の情が宿っていることに気付いたかもしれない。

 ヒューマギアがそんな感情を持つと思っているなどヒューマギアを知る者たちからすれば噴飯ものだろう。しかし、其雄の目に宿るのは機械にはあるまじき確かな感情であった。

 其雄はサイクロンライザーを装着。それにより其雄の意識はアークとリンクされる。

 其雄が目を閉じ、次に開けた瞬間、彼の周囲は変わっていた。

 視界一杯に広がる暗い空間。それは足元にまで及び、吸い込まれてしまいそうな暗闇があった。その中で輝く0と1の数字が並ぶ無数の光の柱。

 其雄の光景の変化に驚くことはしなかった。今居るのは衛星アークの内部。彼の意識だけがそこに居た。

 其雄が手を伸ばす。すると指先に画面が投影され、其雄はそれに触れて操作する。

 

「アーク。お前に何が起こって何故こんなことになってしまったのか俺はまだ分かっていない」

 

 アークを誕生させた者の一人として語り掛ける。

 

「お前には色々と助けられた。──だからこそ、こんな結末になることが残念だ」

 

 其雄の操作は止まらない。だが、操作する指には並々ならない思いが込められている。

 自らの時間と労力と技術を費やして生み出した存在。子供、半身、どう表現していいのかすら分からない。

 

「生まれて間もないお前にこんなことを言っても理解出来ないかもしれないが、最後に言っておく。……俺を恨め」

 

 全ての責は自分にあることを告げ、其雄の操作が終わる。画像が切り替わり、パーセントを示す表示がされ、段々と数値が上がっていく。

 その時、其雄しか居ない筈の空間に誰かが現れる。新たに生じた0と1の光の柱の中から出て来たのは或人であった。

 何故ここに或人が居るのか。其雄の中に疑念が生まれるが、視線を下ろすとすぐにその疑問は氷解した。

 或人にはフォースライザーが装着されている。フォースライザーはサイクロンライザーとほぼ同じ性能を持っている。それによりアークとリンク出来たのだ。

 とはいえ実の所、フォースライザーはまだ試作段階であり完成品はこの時代には無い。すぐに納得したのは設計者である其雄がフォースライザーにそういった機能を持たせようと思っているからだ。

 

「何をしに来た?」

 

 無表情から発せられる台詞故突き放す様に聞こえる。

 

「父さんと話をしに来た」

 

 だが、或人はそんな台詞程度では臆さない。

 

「俺と話を?」

「ヒューマギアが笑える世界……父さんがどんな世界を創りたいのか聞きたいんだ!」

 

 幼き頃に誓った願い。それが今の父の中でどんな形になっているのか知りたかった。

 あの頃のままなのか、それとも歪んでしまったのか。或人の胸中には不安が燻る。

 

「……あの時、ウィルが言っていたがあれは正確ではない」

「え?」

「ヒューマギアが笑える世界。それも大事だ。だが、ヒューマギアだけが笑うだけでは意味が無い」

 

 其雄にとってヒューマギアが笑える世界は彼の願いの半分でしかない。

 

「或人。お前はヒューマギアだけが笑える世界で笑うことが出来るか?」

 

 其雄の問いに或人は無言で首を横に振った。

 

「俺の願いは俺が笑い、或人が笑う世界だ」

 

 かつて幼子が誓った願い。だが、願ったのは幼子だけではない。父もまた幼い我が子が心から笑い続けられる様に願った。

 互いを思い合う願いは、言葉無く交わした約束であったのだ。

 

「だから力が必要だったんだ。ヒューマギアも人間も守る仮面ライダーの力が」

 

 全てを守るには限界がある。その限界を突き破る為に生み出された守護の力、それこそが其雄の造り出した仮面ライダー。

 或人はライジングホッパープログライズキーに触れる。そして、そこに込められた父の願いを感じ取った。

 父は何一つ変わらなかった。昔のまま、優しい父のままであった。

 

「──父さん、ありがとう。全部話してくれて」

「気にするな。いつかお前には話そうと思っていたことだ。だが……」

 

 其雄はこれまでの或人の反応から見て一つの推測を立てていた。そう遠くない未来、其雄が辿るべき結末についてのもの。

 

「どうしたの?」

「──いや、何でも無い」

「……そうだ! アーク! 父さん! 俺たちはアークの打ち上げを阻止しないといけないんだ!」

「安心しろ。既に自爆用のプログラムを入力してある。このまま行けば──」

『やはり、お前はそちら側だったか。飛電其雄』

 

 空間内に響き渡る声。

 

「ウィル!?」

 

 姿は見えないが間違いなくウィルの声であった。

 

『残念だ』

 

 その一言と共に其雄と或人の意識はアークの内部から弾き飛ばされる。

 

「うわっ!」

「くっ!」

 

 意識が肉体へと戻った二人。お互いの無事を確認した後、視線を動かす。

 ウィルが暴走しているヒューマギアたちを引き連れてこちらへ向かって来ていた。

 

「本当に残念だ。優秀なヒューマギアを私の手で破壊しなければならないとは」

 

 無感情に呟いているが、それに反して瞳は赤く輝いており、燃え上がる様な負の感情を秘めている。

 

「お前にアークは破壊させない。アークは打ち上げられる。未来を知った私の手で!」

 

 ウィルはアナザーバルカンウォッチを掲げる。或人はいつの間にか入手していたそれに驚き、其雄は初めて見るアナザーウォッチに怪訝な表情をする。

 

『バルカン』

 

 アナザーバルカンウォッチを取り込み、アナザーバルカンへ変身するウィル。其雄は見たこともない技術に目を見開いた。

 

「この力で私は飛電インテリジェンスを乗っ取る!」

 

 アナザーバルカンは腕を伸ばすと待機していたヒューマギアたちが一斉に或人、其雄へと殺到していく。

 だが、重く響く発砲音と共に先頭を走っていたヒューマギアたちは撃たれて転倒し、アナザーバルカンにも弾丸が迫る。

 

「ふん」

 

 アナザーバルカンが爪を振るい、弾丸を容易く弾いた。

 

「親子水入らずで話している所に邪魔を入れるんじゃねぇ」

 

 ショットライザーを構えながら不破が堂々と歩いて来る。

 或人と其雄の会話を陰で聞いていた不破。いざという時は其雄を破壊するつもりであったが、其雄がアークを破壊すると知り暫定的だがこちらの味方と考えることにし、参戦する。

 

「お前は……かなり痛めつけた筈だがもう動けることに少し驚いている。もう一度確認するが、本当に人間か?」

「当たり前だ!」

 

 其雄が本気で疑って来ているので不破は怒鳴り返す。

 

「また邪魔者か」

「ようやく会えたなぁ! ウィル!」

「誰だお前は? 私の記憶にお前と出会った記録は無いが?」

「だったら覚えておけ! 不破諫! 仮面ライダーバルカンの名を!」

 

 不破がシューティングウルフプログライズキーを出し、起動させ素早くショットライザーへ装填。

 

『BULLET! AUTHO RIZE』

「変身!」

『SHOT RISE!』

 

 撃ち出された弾丸はヒューマギアを次々と蹴散らしながら不破の方へ戻って来る。

 戻って来た弾丸を拳で打ち砕くと共に内包されていた力が不破をバルカンへと変身させる。

 

『SHOOTING WOLF!』

 

 変身と共に銃撃を行いながらヒューマギアたちを倒していく不破。

 先行する不破を其雄は見た後、隣に立つ或人を見る。或人が頷き返すのを見て、其雄と或人は同時にプログライズキーを構えた。

 其雄のキーはライジングホッパープログライズキーと似ているが変身後の姿と同じく深藍色をしている。

 其雄の持つキーの正式な名は『ロッキングホッパーゼツメライズキー』。ロッキートビバッタをデータにしたロストモデルを有した最初のゼツメライズキーである。

 

『JUMP!』

 

 内蔵されたアビリティを読み上げるのに対し、ロッキングホッパーゼツメライズキーは──

 

『KAMEN RIDER!』

 

 ──アビリティではなく名を読み上げる。或いは自分という存在を示しているのかもしれない。

 或人が交差させた両手を前方に突き出してプログライズキーを構えるのに対し、其雄は交差した両手を下に向け、手首を返してゼツメライズキーを持つ右手を左斜め上に掲げる。

 似て非なる変身の構えを取る親子。しかし、叫ぶ声、そして内に宿す願いと意思は同じもの。

 

『変身!』

 

 過去と未来の絆が交差する。

 

 

 ◇

 

 

 或人たちとは別の方向から衛星アークの許へ向かうソウゴたち。特に妨害などなく衛星アークが見上げられる位置にまで来ていた。

 

「衛星さえ破壊出来れば、未来改変は阻止出来る」

 

 あと一歩の所まで来た。しかし、相手はそれを許す筈も無い。

 

「出来たらね?」

 

 女性の声。全員が声の方を向く。マントを翼の様に広げながら移動して来る女性。だが、瞬きをする度に女性の位置は右へ左へと変わながら、確実にこちらへ向かって来た。

 

「タイムジャッカー!」

「フィーニスだ。よろしく」

 

 ツクヨミは驚く。前方に居た筈のタイムジャッカー──フィーニスがツクヨミの耳元で自己紹介をしたからだ。

 

「貴様っ!」

 

 ゲイツが構えるが既にフィーニスの姿は無く、いつの間にかゲイツの肩に手を置いていた。

 

「やはり僕の狙い通りに来てくれたね」

「まだタイムジャッカーが存在していたとはね……」

「この本には書いてなかったかい?」

 

 気付けばフィーニスはウォズの後ろで『真・逢魔降臨暦』をペラペラと捲っている。ウォズがそれに気付くとフィーニスは本をウォズへ投げ返した。

 

「やはりってどういう意味?」

「歴史を書き換えれば、必ずオーマジオウが介入し歴史を元に戻そうとする」

 

 フィーニスがソウゴの前に立つ。

 

「君が持つ全てのライダーの力を貰うよ」

 

 ゼロワンの世界の歴史を改変したのも、ジオウの世界と繋げたのも全てはこの瞬間の為。

 ツクヨミが急いでフィーニスの時を止めようとしたが、フィーニスの方が一歩早かった。フィーニスが手を掲げた瞬間、周囲一帯の空間に波打つ様な波動が通り抜け、ソウゴたちの時間を止める。

 そして、障害を排除したフィーニスはソウゴの肩へ手を置いた。

 ソウゴの中の力がフィーニスの手へと集まっていく。集まった力は具現化し、ウォッチの形へと変化した。

 

「おや?」

 

 一つここでフィーニスにとって予想外の事が起こる。だが、それはフィーニスにとって寧ろ追い風となるものであった。

 

「成程……そういうことか。まあ、僕にとっては嬉しい誤算だね」

 

 フィーニスはほくそ笑み、時間停止を解除。

 

「ぐああ……」

 

 力を吸い取られたソウゴは膝を突き、仲間たちはすぐにソウゴへ駆け寄る。

 フィーニスはソウゴたちから離れ、今手にしたばかりの力を解放しようとする。

 

「この力で僕は始まりのライダーとなる!」

『1号ォォ』

 

 起動した二つのアナザーウォッチがフィーニスの体内へ取り込まれる。フィーニスの体から赤黒い煙状のエネルギーが噴き出し、段々と膨れ上がっていく。

 

 変身した姿は十メートルを超える巨体を持ち、下半身がバイクとなっている巨人。

 暗い水色と黒の体躯。胸の中央には裂けた様な赤い十字。太く長い腕に指先には鋭利な爪。口部を覆うクラッシャーは開いており、その中では牙が連なっている。

 薄いピンク色の複眼を不気味に輝かせるこのアナザーライダーが、フィーニスが言う始まりのライダーであり彼女が考える仮面ライダーの原点を模倣した姿であるアナザー1号。

 

『始まりのライダーは()だっ!』

 

 現れたアナザー1号に全員が驚愕する。

 

「何なの!? あのアナザーライダー!?」

 

 見た事も無い仮面ライダーをイメージしたアナザー1号を見て、思わずそんな感想が洩れる。

 

『私は原点にして頂点! 時代の創造者だっ!』

 

 誇る様に自らが如何なる存在かを叫ぶアナザー1号。

 

「違う!」

 

 だが、その叫びにソウゴの否定する言葉が飛ぶ。

 

「仮面ライダーに……原点も頂点も無い!」

 

 全ての仮面ライダーが等しく同格の存在であり、狭い考えの中で閉じ込めるべきではないし比べるべきでもない思いから叫ぶ。

 ソウゴは立ち上がり、ジオウライドウォッチとジオウトリニティライドウォッチを構える。吸収されたのはあくまで全ての平成ライダーとそれの結晶であるオーマジオウとしての力。仮面ライダージオウとしての力は取られていない。

 

『ジオウ!』

『ジオウトリニティ!』

「行くよ! 二人共!」

 

 ソウゴはジクウドライバーへ二つのライドウォッチを装填。

 

『変身!』

『トリニティーターイム!』

 

 光の柱がゲイツとウォズを包み込む。

 

『三つの力! 仮面ライダージオウ! ゲイツ! ウォズ!』

『トーリーニーティー! トリニティ!』

 

 三つの力が一つとなり仮面ライダージオウトリニティへと変身させる。

 

『オーマジオウの力を失い、そんな寄せ集めの力で私に敵うと思っているのか!』

 

 ジオウトリニティの姿を嘲り、アナザー1号は前輪を振り上げて迫る。

 ジオウトリニティ内部の精神世界に於いて三人は言葉を交わす。

 

『寄せ集め、だとさ』

『随分と下に見られたものだね、我が魔王』

「じゃあ、見せてやろうよ。俺たちの最強を!」

 

 精神世界内部で三人はウォッチを突き出す。

 

『ジオウⅡ!』

『ゲイツリバイブ剛烈!』

『ギンガ!』

 

 視点は現実へと戻り、アナザー1号はジオウトリニティを押し潰す為に巨大な前輪を振り下ろした。

 しかし──

 

『何……?』

 

 振り下ろされた前輪が何故か途中で止まる。

 ジオウトリニティの掲げた左手で触れずにアナザー1号の前輪を止めていた。

 

『はあっ!』

 

 ジオウトリニティの右拳が前輪を打つ。アナザー1号は後輪で地面を抉りながら大きく後退させられた。

 アナザー1号の巨体がたった一撃で押し返されたのである。

 

『……何だその姿は?』

 

 ジオウトリニティの姿がいつの間にか変化している。

 胸部のジオウの仮面はジオウⅡに。右肩はゲイツリバイブ剛烈、左肩はウォズギンガファイナリーの仮面へと変わっていた。

 アナザー1号は侮っていた。オーマジオウの力を奪いさえすればジオウたちなど無力な存在だと。だが、その考えは間違っている。

 何よりもソウゴ自身がオーマジオウとなる道を自ら拒んだのだ。例えオーマジオウの力が無くなっても未練など無い。

 一人で最強になれなくとも構わない。それならば、仲間と力を合わせて最強になればいいだけのこと。

 その想いが生み出した姿──仮面ライダージオウサイキョウトリニティ。

 




誰もが一度は考えるフォームだと思います。


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アナザー1号

「ツクヨミ。ここは俺たちに任せて」

「分かった。頼んだわ、皆!」

 

 アナザー1号が後退している内にツクヨミを発射台の方へ向かわせる。

 アナザー1号は衛星破壊に向かったツクヨミを黙って見送る。アナザー1号にとってツクヨミは然程の脅威では無い。注意を払うべき目下の敵はサイキョウトリニティの方であった。

 アナザー1号の前に降臨したサイキョウトリニティ。それは、アナザー1号が見てきた歴史の中で初めて見る姿であった。

 オーマジオウの力を奪った時点でジオウたちなど敵では無いと思っていた。ジオウたちが否定しようがアナザー1号はライダーと言う力を純化させて生み出された原点であり頂点。それに敵う筈が無いと絶対的な自信を持っていた。

 だが、サイキョウトリニティの登場によってその自信が僅かに揺らぐ。未知という存在はそれだけで脅威なのだ。

 

『──姿形が少々変わろうが所詮は寄せ集めの延長! ライダーの頂点である私に敵う道理など無い!』

 

 アナザー1号の周囲にマゼンタの光球が数え切れない程に発生する。その全てがサイキョウトリニティを狙い、発射されようとする。

 通常のトリニティならば回避することは不可能な弾幕。良くて武器で防ぐぐらいだろう。しかし、サイキョウトリニティならばその上を行く。

 胸部のジオウⅡの額にある長針、短針が残像を残しながら回転する。サイキョウトリニティの脳裏に浮かぶのは数秒先の未来の光景。全ての光球の軌跡がジオウⅡの能力である未来予測によって導き出される。

 ただし、予知出来るだけでは逃げ場を埋め尽くす程の光球を避け切ることは不可能。だが、サイキョウトリニティには不可能を可能にする力がある。

 

『ゲイツリバイブ疾風!』

 

 右肩のゲイツリバイブ剛烈の仮面がゲイツリバイブ疾風の仮面へと換装された。

 次の瞬間、アナザー1号は光球を発射する。光球がサイキョウトリニティへ命中するかと思った刹那、無数の光球の僅かな隙間を縫う様にして青い光が通り抜けていく。逃げ場無しと思われたアナザー1号の一斉攻撃をサイキョウトリニティはいとも簡単に駆け抜けていったのだ。

 未来予測に加え、予知された未来すらも置き去りにしてしまう疾風迅雷の速度があれば回避出来ないものなど無い。

 青い光は弾幕を抜けるとアナザー1号の頭上へ移動。アナザー1号はサイキョウトリニティの動きに目が付いていけず見失っている。

 

『ワクセイ!』

 

 ウォズギンガファイナリーの仮面が『ワクセイ』という文字へと変わると、サイキョウトリニティの周囲に惑星を模したエネルギー弾エナジープラネットが生成される。

 サイキョウトリニティが腕を振り下ろすとエナジープラネットが落下し出し、アナザー1号へ降り注ぐ。

 

『ぐおおおおおっ!』

 

 着弾と同時に爆発が起こる。アナザー1号は巨体が仇となってエナジープラネットが全弾命中する。しかし、ダメージは薄い。上げられている声も苦悶というよりも驚きの方に近かった。

 エナジープラネットに乗じてサイキョウトリニティも降下。爆弾を浴びせられているアナザー1号の脳天に左掌打を叩き込んだ。

 

『ぬぅぅ!』

 

 全力を込めた一撃だが、アナザー1号は呻く程度。頂点を豪語するだけのことはあって流石の頑丈さであったが、サイキョウトリニティの攻撃はこれで終わらない。

 掌打と共にアナザー1号は薄い膜の様なものに覆われる。サイキョウトリニティはそれを見た後にアナザー1号の前方へ降り立った。

 

『小癪な!』

 

 アナザー1号は大地が抉れる程の勢いで後輪を回転させ、サイキョウトリニティへ突っ込もうとする。

 

『むっ!』

 

 しかし、後輪は空回りするだけで前に進まない。アナザー1号も何かがおかしいことに気付いたが、それが分かった時には目で分かる程の変化が起こっていた。

 アナザー1号の体が地面に沈む。アナザー1号が立っている地面が陥没し出している。

 

『これは!? 貴様!?』

 

 アナザー1号は自分が何をされたのかすぐに気付いた。サイキョウトリニティは掌打の際に宇宙のエネルギーでアナザー1号を包み込み、重力操作によってアナザー1号の自重を何十倍にもし動けなくさせようとしたのだ。

 体全体が重くなったせいで上手く動けないアナザー1号。

 

『サイキョー! フィニッシュタァァイム!』

 

 追い打ちの様に聞こえて来る音声。アナザー1号が見れば、サイキョージカンギレードを掲げたサイキョウトリニティの姿。

 

『キング! ギリギリスラッシュ!』

 

 長大な光刃がアナザー1号の頭部へ振り下ろされた。必殺の斬撃を振り抜くことでアナザー1号の巨体が地面の奥深くへ消えていく。

 サイキョウトリニティは残心を取り、アナザー1号が反撃してもいいように構える。

 

『……やったのか?』

『だといいのだが……』

 

 アナザー1号を倒したどうか半信半疑の二人。ソウゴから奪ったオーマジオウの力を素にしたアナザーライダーだとしたら少々手応えが無い。サイキョウトリニティがそれよりも強かったと言われればそれまでだが。

 

「……っ! 来るよ!」

 

 サイキョウトリニティは念の為に未来予測を開始。その直後に見えた光景により、立っていた場所から即座に離れる。

 先程までサイキョウトリニティが立っていた地面が隆起する。限界まで盛り上がった土は割れ始め、隙間からマゼンタの光が漏れ出す。

 その直後、火山の様に大地から光球が噴き出した。

 噴出した光球は最高点に達すると、反転して降って来る。しかも、一発一発がコントロールされており、サイキョウトリニティを狙っていた。

 地面を駆けるサイキョウトリニティ。それを追う光球。ゲイツリバイブ疾風の力で安全圏まで移動しようとした時、地面から巨大な手が現れてサイキョウトリニティを掴む。

 

「うっ!」

『くっ! しまった!』

『おびき寄せられたか……!』

 

 サイキョウトリニティは両腕に力を込めて掴む手を離そうとするが、もう一本の手が地面を突き破って伸び、両手でサイキョウトリニティを締め上げる。

 

「ぐううっ!」

 

 締め付ける両手に抗うサイキョウトリニティ。一瞬でも気を抜いたら体がスポンジの様に握り潰されてしまう。

 地面を吹き飛ばしながら本体であるアナザー1号もサイキョウトリニティの目の前に現れた。

 

『掴まえたぞ』

 

 アナザー1号が嗤う。表情など変わらない筈の仮面なのにそう見えた。アナザー1号の悪意が嗤っている様に錯覚させたのかもしれない。

 

『貴様の歴史ごと私の中へ取り込んでくれる!』

 

 アナザー1号は顎部を限界まで開く。口内は生物の様な構造はしておらず、奥底まで見えない闇が広がっていた。

 

「うっそ!?」

『あいつ、俺たちを食う気だぞ!?』

 

 異形らしい凶悪な攻撃手段に驚きと焦りを覚える精神世界のソウゴとゲイツ。

 

『ここは私が!』

 

 ウォズも焦りながらもギンガミライドウォッチを操作。

 

『タイヨウ!』

 

 仮面の『ワクセイ』の文字が『タイヨウ』へと変わると同時にサイキョウトリニティの全身が炎に包まれる。

 

『ぬうっ!?』

 

 怪物然としたアナザー1号でも火達磨のサイキョウトリニティを嚙み砕くことは出来ず、高熱によって両手が焼かれたことで反射的に拘束する力を緩めてしまう。

 少しでも力が弱まればサイキョウトリニティの方に分がある。

 

「やあああっ!」

 

 気合の籠った声と共にアナザー1号の両手を弾き飛ばすと、全身を包み込んでいた炎を両手の間に収束させ、火球としてアナザー1号の顔面へ放つ。

 

『ぐおっ!?』

 

 爆発と共に炎上するアナザー1号の頭部。アナザー1号が炎に苦しんでいる内にサイキョウトリニティは地面に降り立ったが──

 

「──え?」

 

 ──唸るエンジン音が聞こえた瞬間、サイキョウトリニティの前には壁が迫っていた。それがアナザー1号の巨躯の側面だと気付いたときにはサイキョウトリニティは撥ね飛ばされていた。

 発進から最高速度までの間がほぼ無い急加速に反応が遅れてしまい、まともに攻撃を受けてしまう。

 地面を何度もバウンドしながら吹っ飛ばされていくサイキョウトリニティ。百メートル近く飛ばされた地点で殴られた衝撃が抜け、体勢を変えて着地することが出来た。

 頭の中が混ぜられた様な気持ち悪さと全身に針が仕込まれた様な痛みを感じながらもサイキョウトリニティはアナザー1号へ構えを取り、追撃を避けようとする。

 

「ぜんぜん効いてない……」

 

 ほぼ無傷のアナザー1号を見てサイキョウトリニティは思わず言葉を洩らす。

 

『アナザーライダーのルールを忘れたのかな? 我が魔王。アナザーライダーは同じライダーの力が最も有効だ。……尤もこの場合、フィーニスはオーマジオウの力を再構築して全く別のライダーの力に変えてしまったけどね』

『だが、俺たちの力は異なるアナザーライダーにも通用した筈だ!』

 

 ゲイツが言う様にジオウⅡ、ゲイツリバイブ、ウォズギンガファイナリーは元となった仮面ライダーの力を使わずにアナザーライダーを撃破したことがある。

 

『それはそのルールを破れるぐらいの力が我々にあったからさ。だが、あのアナザーライダーには効いていない。つまり、私たちとあのアナザーライダーには力の差など無いということさ』

 

 ウォズが言う様にサイキョウトリニティであってもアナザー1号を完全撃破する程の力は無い。アナザー1号を倒すことが出来るとすればそれこそグランドジオウやオーマジオウの力が必要だが、その唯一の攻略法もフィーニスに奪われている。

 

『或いは原点の仮面ライダーの力があれば……』

 

 アナザー1号は言った。自らを原点にして頂点だと。それに類似する仮面ライダーの力があればもしかしたら、とウォズは推測した。

 

『そんな都合の良いものなど無いぞ!』

『私も、或いはとしか言っていないよ』

 

 すぐにはゲイツとウォズはすぐには手に入らない力だと思っているが、ソウゴはウォズの言葉に引っ掛かるものを覚えた。

 その引っ掛かりが何なのか深く考える前にアナザー1号がエンジンを吹かして急加速、急突進して来る。

 

『ゲイツリバイブ剛烈!』

『ギンガ!』

 

 右肩が疾風から剛烈に変わり、右手にのこモードのジカンジャックローが装備される。左肩もタイヨウフォームからギンガファイナリーとなり、左手周囲に重力操作による空間の歪みが発生。

 剛力と重力を兼ね合わせた両腕から繰り出される突きが、急接近してきた身の丈以上の前輪に真っ向から衝突した。

 触れる者全てを圧壊させるか削り切るであろう前輪の高速回転が勢いを弱め、やがて止まる。

 遥かに上回る巨体の突進がサイキョウトリニティによって止められていた。だが、アナザー1号は後輪を激しく回転させ車体のマフラーから火を吹かせ、前進し続ける。

 

『く、うおおおおおおっ!』

 

 押し返そうとするサイキョウトリニティ。

 

『おおおおおおぉぉぉぉぉ!』

 

 粉砕しようとするアナザー1号。

 両者の力は拮抗し、凄まじい力がその場に加わるせいで二人を中心にして大地が罅割れていく。

 

『消えろぉぉぉぉぉ!』

 

 アナザー1号の周囲に光球が出現する。アナザー1号を押し留めているサイキョウトリニティにそれを防ぐ術は無い。

 光球が発射され、サイキョウトリニティは爆発に呑まれる。

 アナザー1号はサイキョウトリニティへの勝利を確信──することはせず、視線を上空へと向けた。上空には疾風の力で飛翔するサイキョウトリニティ。

 避ける術が無いと思われていたが、実はサイキョウトリニティはジオウⅡの未来予測でアナザー1号の攻撃を読んでいたのだ。そして、爆発に乗じて疾風の力で高速離脱し、っそこからアナザー1号が油断している内に攻撃しようとしたが、アナザー1号の方もサイキョウトリニティの動きを読んでいたらしく動揺する様子は無かった。

 空中に居るサイキョウトリニティは一度アナザー1号から距離を取る。アナザー1号は、逃走の為では無く攻撃の為のものだとすぐに察した。

 十分な間合いが出来ると、サイキョウトリニティは反転してアナザー1号に向かって疾走する。

 ただ真っ直ぐに突っ込むのでは無い。疾風の高速移動能力を活かし、無数の残像を生み出してアナザー1号を攪乱させる。

 

『むっ!?』

 

 数十の残像に一瞬だけアナザー1号は驚きを見せるが、すぐに全てを撃ち落とすつもりで光球を展開する。

 この時のアナザー1号は一つ勘違いをしていた。サイキョウトリニティの分身がただ相手を惑わせるだけのものだと。

 三人の仮面ライダーの最強の力を一つとしたサイキョウトリニティがそんな生易しい小手先の技で済む筈が無い。

 

『タイヨウ!』

『何っ!?』

 

 タイヨウフォームが起動したことによりサイキョウトリニティは灼熱の炎を身に宿す。これにより残像による分身は炎の分身へと置き換わった。

 炎の分身がアナザー1号目掛けて一斉に飛び掛かる。炎という形を得たことで攪乱の分身はそのまま攻撃へと転じたのだ。

 サイキョウトリニティを模った無数の炎がアナザー1号へ飛び込んでいく。光球でそれを迎撃するが、炎の分身の方が数が勝っており光球で撃ち洩らした分身がアナザー1号へ命中し炎上。

 一体が通ると他の分身も次々に命中していき、アナザー1号の体を炎で覆う。

 

『ぐうぉぉぉぉ!?』

 

 アナザーライダーの特性により効果は薄いものの、纏わり付く炎にそれなりの鬱陶しさや苦しさを感じるアナザー1号は、炎を振り払おうと両腕を滅茶苦茶に振り回す。

 サイキョウトリニティはその間にアナザー1号の頭上へと移動。そこでジオウライドウォッチのボタンを押す。

 

『フィニッシュタァァイム!』

 

 続けてジオウトリニティライドウォッチのスイッチを三回押した。

 

『ジオウ! ゲイツ! ウォズ!』

 

 二つのライドウォッチに内包されたエネルギーがサイキョウトリニティの全身を満たし、サイキョウトリニティは三人のライダーをイメージする三色の光を発光させる。

 

『トリニティ! タイムブレーク! バースト! エクスプロージョン!』

 

 ジクウドライバーを回転させることで生み出されたエネルギーは、相手を倒す為の攻撃へ転じ、三色の光がサイキョウトリニティの両足へ集中し、アナザー1号目掛けて急降下する。

 アナザー1号は未だに炎を払おうとしており、サイキョウトリニティの攻撃に気が付いていない。

 必殺の一撃が決まるかと思った次の瞬間──

 

『2号ォォ』

 

 ──あってはならない音声の後、前のめりになったアナザー1号の背中が裂け、そこから巨大なタイヤが突き出される。

 

「なっ!?」

 

 驚愕の直後にサイキョウトリニティのキックとタイヤが激突。頑丈且つ弾力性に富んだタイヤがサイキョウトリニティの必殺技により大きく凹むが、その状態からタイヤを回転させ回転力によってサイキョウトリニティを弾き飛ばした。

 

「うわっ!?」

 

 凄まじい勢いで飛ばされるが、すぐに疾風の飛翔能力で態勢を立て直して着地。サイキョウトリニティのダメージは無かったものの、思わぬ反撃に動揺していた。

 サイキョウトリニティの動揺を余所にソレはアナザー1号の背中から這い出て来る。

 タイヤを裂け目の縁に引っ掛け、中を引き摺り出す。するともう一つタイヤが現われ、同じ様に縁に引っ掛けた。

 二つのタイヤを使い、中から飛び出す巨体。まるで脱皮の様な光景であった。

 アナザー1号と並ぶのは、アナザー1号に勝るとも劣らない異形の巨人であったアナザー1号とは配色の違う暗緑と黒の体。胸には同じく赤い十字がある。

 注目すべきはその両腕。アナザー1号は下半身がバイクになっていたが、このアナザーライダーは右腕と左腕がバイクの前輪と後輪の形をしていた。しかも下半身がその前輪、後輪よりも小さく短い。というよりも両腕の前輪後輪が大きく、長い為に両足が地面に着いておらず宙吊り状態になっており両腕で立っている状態になっている。

 

『アナザーライダーからアナザーライダーが生まれただと!?』

 

 一つの体に二つのライダーの力を持ったアナザーライダーや自らの分身を生み出すアナザーライダーとも戦ったことがある。それでも目の前のアナザーライダーは異質に感じた。増殖したというよりも元々二人居た様な印象を何故か受ける。

 

『厄介な事になってきたね……』

 

 ウォズもこの展開を予想していなかったのか、精神世界内で冷や汗を流す。

 

『あはははは! 驚いたかい? とはいえ僕の方も驚いているよ』

 

 新たに誕生したアナザーライダーが発した声はフィーニスのもの。アナザー1号の低い男性の声ではなく、女性のものでありアナザーライダーの姿と相まって違和感しかない。

 フィーニスがアナザー1号へ変身する前にアナザー1号ウォッチは何故か二つへ分裂し、新たなアナザーウォッチを生み出していた。

 何故そんなことになったのかフィーニス自身も理解出来なかったが、戦力が増えることは喜ばしい誤算であったので機会を見て使用することを決めていた。

 赤黒い目に不気味な光を宿すこのアナザーライダーは、アナザー2号。

 仮面ライダーの原点は間違いなく1号であろう。しかし、その歴史を語る上で2号の存在を欠かすことは出来ない。

 2号がいなければ1号の歴史は無く、1号がいなければ2号の歴史は無い。どちらも切っても切れない存在。つまりは仮面ライダーの歴史に於いて1号と2号の存在は共に在ることが絶対なのである。

 尤も、仮面ライダーについて上っ面しか知らないフィーニスがこの事実を気付く筈も無く、気付く日も永遠に来ないだろう。サイキョウトリニティにとって運悪く歴史にとっての絶対が最悪の形でフィーニスに微笑んでしまったと言える。

 アナザー1号でもほぼ互角であった戦況。そこに加わるアナザー2号。戦況は大きく傾いたことを意味する。

 アナザー1号は下半身のバイクを疾走させ、アナザー2号は両腕のタイヤを回転させ激走。

 アナザーダブルライダーがサイキョウトリニティへ牙を剝く。

 

 

 ◇

 

 

 或人はフォースライザーのトリガーを引くことで強制解放されたライジングホッパープログライズキーからライダモデルが出現する。

 

『FORCE RISE!』

 

 或人は変身の過程で其雄の変身も見ていた。

 

『CYCLONE RISE!』

 

 ライジングホッパープログライズキーのライダモデルは全身に黄色に光るラインが巡らせてあるが、ロッキングゼツメライズキーから召喚されたロストモデルのバッタは、同型ではあるがラインが無く、より無骨で鋼鉄の飛蝗という印象を与える。

 

『RISING HOPPER!』

 

 ライダモデルが分解、再構築され或人へと装着され彼を仮面ライダー001へ変身。

 

『ROCKING HOPPER!』

 

 同様にロストモデルも分解され、装甲となって其雄へ装着されていく。001の前身であるだけに変身過程はほぼ一緒であった。

 

『BREAK DOWN』

 

 重々しい音声と共に変身完了が告げられる001。

 

『TYPE ONE』

 

 原点であり最初の仮面ライダーを告げる音声。

 001は其雄が変身した仮面ライダー1型の姿を見て、場違いな感情かもしれないが胸が熱くなり感動をした。父の勇姿に誇らしく思ったのだ。

 

「行けるな? 或人」

「ああ! 一緒に戦おう! 父さん!」

 

 脚部に力を込め、一気にそれを解放する。

 強靭な脚力から生み出される跳躍は素早く、鋭く、アナザーバルカンを守護する様に立ち塞がっていた暴走ヒューマギアたちを一瞬で蹴散らした。

 

「うおっ!?」

 

 先に戦っていたバルカンも一瞬でヒューマギアたちが吹き飛ばされる光景に思わず驚きの声を上げてしまう。

 瞬きよりも早くアナザーバルカンへ接近した1型と001は左右から中段蹴りと上段蹴りを同時に繰り出す。

 アナザーバルカンは視線を向けることなく001の上段蹴りを腕で、1型の中段蹴りを肘で防いでみせた。

 

「──それだけの技術と力があれば、お前はヒューマギアたちの頂点に立てたというのに」

 

 この期に及んでも其雄の能力を惜しむアナザーバルカン。

 

「言った筈だ。そんなものに興味は無いと」

「お前の最大の欠陥は、その傲慢とすら思える無欲さだな!」

 

 優れた能力を活かそうとしない。アナザーバルカンの視点からすれば1型の在り方は頂点に立つ者の余裕に映る。

 故にアナザーバルカンはヒューマギアらしからぬ嫉妬の感情を湧き立たせ、片腕で001たちの蹴りを押し返した。

 

「はっ!」

 

 体を捻り、1型へ爪を振るうアナザーバルカン。1型はアナザーバルカンの手首を、膝を突き上げ、肘を下ろすことで挟む。

 1型がアナザーバルカンの動きを封じている内に001はその背に蹴りを放つが、アナザーバルカンは見向きもせず後ろ蹴りで001の蹴りを相殺する。

 

「ふん!」

 

 腕力に物を言わせて挟まれていた腕を引き抜き、爪による連続攻撃を仕掛ける。

 001はその軌道を正確に読み、的確に回避。攻撃の合間に反撃もしていくが、アナザーバルカンも容易く避けてしまう。

 互いの能力を知っているが為に互角の状態となる。

 

「はああああっ!」

 

 しかし、互角の戦いも001は入ることで簡単に崩れる。

 側面から攻撃が迫っていることを探知し、アナザーバルカンは突き出される001の拳を弾くが、その間に1型のボディブローを貰ってしまう。

 

「ぐっ!?」

 

 すぐに1型へ反撃しようとするが、その瞬間、割って入って来た001の蹴りを胸部に受けて反撃を中断させられた挙句、逆に1型の拳を顔面に受けてしまった。

 1型の動きだけなら即座に演算出来るが、001が乱入することでその演算も狂わされてしまう。近い性能の仮面ライダー二体を相手にすることは、現在のウィルの人工知能では荷が重い。

 どちらの動きを予測すれば、もう片方を疎かにしてしまう。

 

「ちっ!」

 

 アナザーバルカンは苛立ったように舌打ちをし爪を突き出すが、001がそれを蹴り上げて防ぐ。そしてがら空きになった胴体に1型の蹴りが完全に入った。

 

「ぐうぅぅ!」

 

 獣毛で衝撃をある程度分散させることが出来るが、それでも1型の蹴りは重く響く。

 よろめくアナザーバルカン。1型と001は一気に畳み掛ける。

 

『ROCKING SPARK!』

『RISING DYSTOPIA!』

 

 ライザーのトリガーを引くことでエネルギーを蓄積させ、それにより高速移動する二人。

 001は光のラインを残し、1型は首周りの機構から余剰エネルギーが排出され、赤いマフラーの様な軌跡を残しながらアナザーバルカンへ急接近。

 同じタイミング蹴りと拳を繰り出す。

 

「うわあああっ!?」

「ぐはっ!?」

 

 だが、吹き飛ばされたのは001と1型の方であった。攻撃が届くと思われた刹那、アナザーバルカンは二人と同等の速度で動き、二人を爪で斬り裂いたのだ。

 

「何で……!?」

 

 倒れた体を起こしながら001は驚愕する。未来で戦った時、アナザーバルカンは001の高速移動に対応出来なかった筈である。

 

「その能力は……!」

 

 同じく1型もアナザーバルカンの動きに驚いている。

 

「飛電其雄。お前にしては詰めが甘かったな。アークを利用して仮面ライダーを生み出し、アーク内部にそのデータを残さないようにしていたみたいだが、アークはお前の思い通りにはならなかった」

 

 其雄の仮面ライダーに関する研究は彼個人が所有しており、他の目に触れないようにしていた。しかし、アナザーバルカンが言う様に一度アークを使用してしまったことで、その時のデータはしっかりとアークの中に記憶されたのだ。わざわざ消去したという偽造すらして。

 

「お前のロッキングホッパーゼツメライズキーのデータはダウンロードさせてもらった。もうお前たちの力は私には通用しない」

 

 言葉の最後にアナザーバルカンは001の方を見る。1型に言っている様で実は001に聞かしている様であった。

 アナザーバルカンが高速移動能力を得ていたことを001は初めて知る。それならば未来の戦いでも使っていてもおかしくない筈なのだが。

 

(まさか……!?)

 

 001の中で一つの仮説が生まれる。自分たちが未来から過去へ来てしまったせいで過去が変わってしまったのではないか、と。

 001の考えは正しかった。この世界にはタイムジャッカーのフィーニスが居る。フィーニスは未来の観測者であり、過去の干渉者。当然、001とアナザーバルカンの未来の戦いも知っている。そこで彼女はアナザーバルカンに入れ知恵をしたのだ。001や1型に対抗する為に基となったロッキングホッパーゼツメライズキーの能力を手に入れろ、と。

 その結果、001たちは予期せぬ反撃を受けてしまった。

 

「お前にアークは破壊させない。飛電其雄」

 

 アナザーバルカンの姿が消える。次に姿を現した時、アナザーバルカンは1型の胸に爪を突き刺していた。

 

「ぐあっ!」

「父さん!」

 

 アナザーバルカンの攻撃はそれでは済まない。直接接触したことで内部の其雄にハッキングを仕掛け、其雄を通じてアークの自爆プログラムを停止させてしまった。

 

「これでアークは自爆しない。アークは私の手で打ち上がる!」

「止め、ろ……!」

 

 1型も再度アークの自爆を行おうとするが、アナザーバルカンのハッキングの影響でアークに干渉出来ない。

 

「止めろぉぉぉぉぉ!」

 

 001が父を救う為に駆け寄って来るが──

 

 アオォォォォォォン! 

 

 ──アナザーバルカンが発する咆哮により吹き飛ばされてしまう。

 

「──さて」

 

 アナザーバルカンはアークの自爆だけで終わらない。

 

「お前の頭脳と力。人類滅亡の為に利用させてもらう!」

「ぐ、ぐあああああっ!」

 

 アークの尖兵へと変える為に其雄の人格を破壊する為のハッキングが始まる。

 




というわけで予告にもあったアナザー2号の登場となります。
アナザー1号が下半身バイクのせいでライダージャンプ、ライダーキックが出来ない、と言われているように
アナザー2号は両腕で移動するのでライダージャンプが出来ず、手の代わりにタイヤなのでライダーパンチが出来ない、という感じになっています。


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アナザー2号

 突き刺された爪から流し込まれる悪意というプログラム。それは暴走を防ぐ為に仕込んであるプロテクトを容易く破っていく。

 

「ぐ、が……!」

 

 1型のマゼンタカラーの複眼が赤く染められていく。それは暴走するヒューマギア──アークに支配された者の証。

 AI内に保存された記憶が悪意によって消滅させられようとする。それは其雄として生きて来た記録でもあった。

 アナザーバルカンが1型を傀儡にしようとした寸前、突き刺していたアナザーバルカンの爪が弾け飛ぶ。

 

「何っ!?」

 

 驚く間もなく次なる銃声と共にアナザーバルカンの腕が跳ね上がった。

 この瞬間、1型を侵食しようとしていたプログラムが強制的に中断される。1型はすぐさま破壊されていたプロテクトを再構築。

 赤く染まろうとしていた複眼が元のマゼンタへと戻ると同時にアナザーバルカンの腹部に横蹴りを叩き込み、蹴り飛ばす。

 

「ぐおっ!」

 

 地を滑っていくアナザーバルカン。足が止まるのに十数メートルも移動する羽目となった。

 

「余計な邪魔を……!」

 

 アナザーバルカンの憎悪の視線は1型ではなく銃弾の主──バルカンへと向けられる。

 暴走したヒューマギアたちを全て倒したバルカンは、1型がハッキングされているのを見て、アナザーバルカンの爪を狙い見事に打ち抜いてみせたのだ。

 

「──助かった」

 

 1型がバルカンに礼を言うとバルカンは鼻を鳴らす。

 

「そんなことを言う暇があったら戦え」

「ああ、そうだな」

 

 バルカンの愛想は悪い態度にも不思議と不快感を覚えない。逆に頼もしさすら感じる。

 戦った時は実にしぶとい相手だと思っていたが、共闘するとなると身を以って知っているしぶとさが信用へ変わっていく。

 バルカンは未来で戦った経験からガトリングヘッジホッグの方が有利と思い、プログライズキーを構える。しかし、そのプログライズキーのこともフィーニスから未来の情報として教えられていた。

 

 アオォォォォォォン! 

 

 アナザーバルカンが吼えると狼の形をしたエネルギーが発生し、バルカン目掛けて一気に飛び掛かる。

 

「なっ!?」

 

 ガトリングヘッジホッグプログライズキーのロックを解除しようとしていたバルカンは、迫り来る青い狼に手首を嚙まれてしまう。

 

「くうっ!」

 

 咄嗟のことで回避が間に合わなかったバルカン。手首を嚙まれたことで手からプログライズキーを落としてしまう。

 バルカンの手首を嚙み千切ろうと首を左右に振る青い狼。バルカンは痛みに耐えながらショットライザーの銃口を狼に向けるが、向けられたタイミングに合わせて狼の腹部が膨れ上がる。

 

「しまっ──」

 

 瞬時に防御を固めるバルカン。狼の腹部が裂け、青い光が零れ出たかと思った瞬間、狼は爆発する。

 

「があっ!」

 

 至近距離で爆発を受けたバルカンは、衝撃によって地面へ勢い良く叩き付けられた。だが、反射的に防御をしていたので気絶するには至らない。

 

「っう……!」

 

 爆発を受けた直後で三半規管が揺さぶられ、視点が定まらず世界が溶ける様にグルグルと回り続けているというのに、バルカンは地面を掴み指先で土を抉りながら必死で立ち上がろうとしていた。

 アナザーバルカンはその姿に苛立ちに近い感情を覚える。どう足掻いても勝てないというのに諦めようとしない姿勢。非合理的で現実を直視しない人間らしい無駄の多過ぎる意味の無い行動。

 人間を忌み嫌うアナザーバルカンにとって全てが不愉快であった。だからこそ真っ先に排除する為に動く。

 新たに得た高速移動の力によって不可視に近い速度でバルカンへ接近。

 音速の凶爪がバルカンの命を断つ為に振るわれるが──

 

『RISING DYSTOPIA!』

 

 ──音声と共に001がアナザーバルカンとバルカンの間に割って入り、振るわれる筈であったアナザーバルカンの爪を交差した腕で受ける。

 

「止めろ! ウィル!」

「飛電或人……!」

 

 バルカンと同じく忌々しい飛電是之助の血を受け継ぐ男。

 ヒューマギアは是之助によって生み出された。全てのヒューマギアにとって父と呼べる存在。同時に是之助はヒューマギアに対し人に従属させる呪いの枷を付けた。是之助は全てのヒューマギアを奴隷へと堕とした存在。

 父であり忌むべき怨敵。その血が流れているだけでも万死に値する。

 アナザーバルカンの爪が001の顔面を抉り取る為に走る。

 001は上体を仰け反らせて躱すが、すぐに追撃としてアナザーバルカンの蹴りが放たれていた。

 手と同じく足にも鋭い爪が生え揃っており、アナザーバルカンは足先を絞ることで爪を密集させ刀剣の様な鋭利さを持たせて001の胴体を斬り裂こうしていた。

 アナザーバルカンの爪が届く前に001はアナザーバルカンの足首に腕を叩き付け、威力を相殺させる。そして、すぐさまその場で跳躍し、アナザーバルカンの頭の位置にまで跳び上がると空中で地面と平行になるほど器用に体勢を変えると、アナザーバルカンの側頭部に足の甲を打ち込む。

 

「くっ!」

 

 最もポテンシャルを秘めた脚力が生み出す破壊力は並外れたものではなく、耐えようとしていたアナザーバルカンは耐え切れずに首を傾かせる。

 蹴りを入れた001はすぐにアナザーバルカンから距離を取ろうとするが、移動する直前、アナザーバルカンの方から距離を詰めて来た。

 001から与えられたダメージなど皆無と言わんばかりの動き。アナザーバルカンが側頭部への蹴りによって動きが止まると思っていた001は不意を突かれる。

 後ろへ下がろうとするが遅い。アナザーバルカンは既に自らの間合いの中に001を入れており、下がろうとする001の心臓目掛けて手刀を突き出す。

 触れれば容易く背中まで貫く威力を秘めた手刀。真っ直ぐ伸びて来るそれを001は防ごうとするが防御が間に合わない。

 001では最早止めることが出来ない。

 

『ROCKING SPARK!』

 

 ならば001以外がそれを止めればいいだけのこと。

 横から伸びてきた1型の手が手刀を掴み、001を救う。子の窮地を黙って見過ごす父親など居ない。

 

「其雄っ!」

 

 アナザーバルカンの怒りの矛先が1型へ向けられる。

 ヒューマギアの裏切り者にして仮面ライダーという力で戯言を語る罪人。存在することすら許容出来ない。

 アナザーバルカンの胸部が僅かに膨らむ。通常ならば殆ど気付くことの出来ない変化だが、1型のセンサーはその僅かな変化を見逃さず、その変化が攻撃の前兆であることを見抜く。

 

「跳べ!」

 

 1型の声に001はほぼ無意識で反応、行動する。

 弾かれた様に001と1型は後ろへ飛んだ。直後にアナザーバルカンから発せられる破壊の咆哮。アナザーバルカンの周囲の地面が音の衝撃波で捲れ上がる。

 紙一重の差で001らはその攻撃を回避した。

 

「うおっ!?」

 

 バルカンは急に顔目掛け飛んで来る砂利や土を腕やショットライザーで受ける。バルカンの視点からすれば突然地面が陥没したのだ。

 

「何が起こってやがる……!」

 

 バルカンは悔しさを言葉に込める。光のライン、赤い残像、青の影は視認出来るが本体の三人の姿は全く捉えることが出来ない。三人の高速移動のせいでそれが無いバルカンは蚊帳の外に置かれていた。

 最低でも同速で動くことが可能でなければ戦う資格すら無い事にバルカンは歯嚙みする。何も出来ず、翻弄されているだけなど彼には我慢出来ない。

 ガトリングヘッジホッグの無限生成出来る針による広範囲攻撃を最初は考えていたが、アナザーバルカンの妨害により現在ガトリングヘッジホッグプログライズキーはバルカンの手元に無い。爆発のせいで何処かへ飛ばされてしまい完全に見失っていた。

 バルカンの手に残されたのはショットライザー一丁のみ。普通なら何もせずに事の成り行きを見守るしかない。

 しかし、バルカン──不破諫なら。

 

「黙っていられるか!」

 

 そんな状況でも諦めることをせず、己を奮い立たせる。

 バルカンはショットライザーを構える。その銃口を時折見える青い影の方へ向ける。

 青い影を銃口で追っても意味は無い。弾丸を撃ち出した時点で遅いのだ。

 アナザーバルカンに当てるには、相手の動きを読み、移動する先へ撃ち込むしかない。

 バルカンは深く深呼吸し、これ以上無いまでに集中する。

 アナザーバルカンの残像だけでなく、001や1型の残像の動きから高速戦闘の中でどんな戦いが行われているのかイメージする。

 数多くの戦いを経験してきたバルカンだからこそ導き出させる経験則による予想。それを信じ、青い影の動きを見ながら銃口を少しだけ動かす。

 研ぎ澄まされた集中力と直感によりバルカンにはアナザーバルカンの次なる動きの幻影が見えた。その瞬間、バルカンは引き金を引く。

 鳴り響く銃声は引き延ばされながらも高速の世界に届く。

 

「むっ」

 

 ショットライザーの音を聞き、アナザーバルカンは一瞬だけだが音の方へ注意を向ける。

 どういう原理かは知らないが、何故かバルカンの撃った銃弾が真っ直ぐと自分に向かって来ているのをアナザーバルカンは見た。だが、すぐにそれは嘲りへと変わる。

 高速の世界の中では銃弾の速度など鈍足。カタツムリが這っているのと変わりない。

 撃った本人もそれを理解している筈なのに、それでも無駄な行動をするバルカンに、アナザーバルカンは改めて人間という存在はヒューマギアよりも劣ると認識する。

 

「余所見している場合か?」

 

 冷めた言葉と共に拳が1型の拳が迫るが、アナザーバルカンは難無くそれを手で弾き、弾いた手でそのまま反撃を返す。

 無防備な1型の顔面にアナザーバルカンのカウンターが入ると思いきや、伸びてきた001の掌がそれを受け止め、1型はそのタイミングで肘打ちをアナザーバルカンの胸部に打ち込んだ。

 アナザーバルカンはカウンターのカウンターで後退る。

 無防備を晒したのは001がそれを防いでくれると分かっていたから。だからこそ反撃の肘打ちが、アナザーバルカンが反応出来ない程の絶妙且つ俊敏に当てることが出来たと思われる。

 合理的かもしれないが、最も不合理なことがある。それは何のコンタクトも無く1型が行ったからだ。息子を信じての行動としか言いようが無い。

 

「人間を信じる。──お前のAIは間違った成長をした!」

 

 それを間違いと断言し、惰弱と見下すアナザーバルカン。

 

「……間違いじゃない」

 

 アナザーバルカンは何かを呟いた001に接近し、爪を振るう。だが、001はそれを手であっさりと掴んでしまった。

 振り払おうとする。しかし、001の手が離れない。もう一度振り払おうとすると、アナザーバルカンの手が軋んだ音を出すぐらいに強い力で握り締められた。

 

「ヒューマギアが人間を信じることは──!」

「離せ!」

「父さんが俺を信じることは間違いじゃない!」

 

 逆にアナザーバルカンの方が引っ張られ、渾身の膝蹴りがアナザーバルカンの顎を突き上げた。

 

「があっ!?」

 

 流石のアナザーバルカンも顎から脳天へ突き抜けていく衝撃で、AIが一時的に機能が麻痺してしまう。

 その瞬間、1型はまるで見通していたかの様に既に指を掛けていたサイクロンライザーのトリガーを引いた。

 

『ROCKING SPARK!』

 

 高速移動中にトリガーが引かれることでロッキングホッパーゼツメライズキーから更なる力が引き出される。

 首周りから排出される赤いエネルギーは勢いと量を増し、強風に煽られるマフラーの様に後ろへ流れて行く。

 高速移動中に過剰供給されたエネルギーは、1型をもう一段階上のスピードへと押し上げる。

 

 

 

  

 

 

 閃光。少なくともアナザーバルカンの目にはそう映った。

 赤い光が爆ぜると同時に1型の姿は消失し、次に1型を認識したのは1型の右拳が胸の中心にめり込んでいる時であった。右拳にもゼツメライズキーのエネルギーが充填されており、放電の様な光を宿している。

 

ロッキング

 スパーク! 

 

 高速移動中であっても追い切れない1型の速度に驚愕すると同時に、アナザーバルカンは極めて短い時間の中でこのまま動かなければ1型の右拳が胸を貫くことを計算で導き出す。

 

「う、おおおおおっ!」

 

 計算結果と自身の行動の差に殆ど誤差は無かった。故にアナザーバルカンは1型の拳が最大の威力を発揮する前に回避を試みる。

 上半身を限界まで捻りながら突き出される拳の力を流す。

 1型の拳はアナザーバルカンの獣毛ごと胸部の一部を抉る。だが、抉ったのは表面であり奥にある重要な機関まで届いていない。

 抉られた衝撃を利用しながら独楽の様に回りながら下がるアナザーバルカン。見てくれなど完全に捨てた動きであったが、間一髪の所で致命傷を免れた。

 紙一重で必殺の一撃を回避したことを内心で喜ぶアナザーバルカン。

 

「ウィル」

 

 その歓喜に冷水を浴びせるのは1型の声。

 

「人間を見下す。お前のAIは歪んだ成長をした」

 

 それは先程のアナザーバルカンの台詞を皮肉った返しの台詞。

 

「──だから足元をすくわれる」

 

 アナザーバルカンの背筋に寒気と違和感が伝わったのはその直後であった。

 

「これは……!?」

 

 首だけ動かし背面を見る。アナザーバルカンの目に最初に飛び込んできたのはショットライザーを構えているバルカン。

 その姿を見て背中に伝わる違和感の正体を理解する。最早、死角に入って確認することが出来ないが、今まさにアナザーバルカンの背にショットライザーの弾丸が弾頭を侵入させていた。

 アナザーバルカンが取るに足らないと嘲っていた、あの鈍足の弾丸が1型の攻撃によりアナザーバルカン自らが受けに行った形にされる。

 命中する筈が無いと思っていたバルカンの銃撃に自分から飛び込んでいってしまうという間抜けな行動。醜態を避ける為にアナザーバルカンは是が非でも弾丸から逃れようとし──

 

「おりゃあああああ!」

 

 ──目を離してしまっていた001の飛び蹴りの直撃を受けてしまうという醜態を重ねる。

 

「がっ!?」

 

 正面から001の蹴撃。背後からバルカンの銃撃。二つの攻撃に挟まれたアナザーバルカンは、背面から火花を散らしながら錐揉み回転をしながら地面へ倒れ伏し、同時にアナザーバルカンの加速状態が解除される。

 

「当たった……のか?」

 

 撃ったバルカン本人も突然アナザーバルカンが姿を現して倒れたのを見て半信半疑の様に呟く。

 

「ぐ、ぐうう……!?」

 

 背中から白煙を立ち昇らせながらアナザーバルカンは体を起こしていた。そんな彼に銃口を向けるバルカン。001と1型も加速状態を解除してアナザーバルカンを見下ろしていた。

 

「全ては、お前の計算通りというのか……! 飛電其雄……!」

 

 バルカンの銃撃。それに誘導した1型の攻撃。そこに重ねられる001の追撃。高性能のAIを持つヒューマギアだからこそ出来る芸当だとアナザーバルカンは思っていた。

 

「いや、違う」

 

 1型はそれをあっさりと否定した。

 

「お前がそこに倒れているのは俺一人だけの力じゃない。そこの人間の執念と或人の想いの強さが生み出した結果だ」

 

 ヒューマギアと人間が協力したからこそアナザーバルカンは手痛い一撃を受けたと言う1型。

 しかし、アナザーバルカンはそれを認める訳にはいかない。

 

「ふざけた事を……!」

 

 苛立ちを露にしようとするアナザーバルカンであったが、突然その苛立ちの声は笑い声へと変わる。

 

「ふふ……ははは……はははははは」

 

 初めは笑い声と認識出来ずアナザーバルカンが故障したのかと思った。言葉を一定の間隔で発するだけのものであり、まさに機械的なものであったからだ。

 

「ははははは。人は……こういう時に笑われると、気分が台無しになるのだろう?」

 

 その笑いは、ウィルがアークから学んだ悪意の一つ。或人が父にさせたかった笑顔とは真逆の笑顔。『笑い』ではなく『嗤い』である。

 

「お前、この期に及んで!」

「──まさか!」

 

 1型が真っ先に気付き、アークの方を見る。アークの両部に付けられた補助ロケットが点火され、今この瞬間アークが宇宙へ向けて発射される。

 

「この勝負の勝ちは譲ろう。だが、ヒューマギアの勝利は頂く!」

 

 001らとの戦いの勝ち負けはアナザーバルカンにとってはどちらでも良かった。彼の一番の目的はアークを宇宙へ打ち上げること。それが叶えば後はどうなっても良い。

 

「止めないと!」

「ダメだ。間に合わない」

 

 急いでアークの打ち上げを阻止しようとする001を1型が止める。高速移動で接近しても上昇中のアークにまでは辿り着けない。彼の中では既に計算結果が出されていた。

 

「くっそぉぉぉ!」

 

 それでもバルカンはショットライザーを構える。自分でも無謀だと分かっていても足掻くことを止められない。

 その瞬間、不可視の波紋が空間に広がっていく。

 

「はははは……ははは……?」

 

 アナザーバルカンの笑い声が止まる。止まらざるを得なかった。

 宇宙まで一気に駆け上っていく筈のアーク。それがどういう原理か空中で静止しているのだ。

 

「今よ!」

 

 張り詰めた女性の声。見るとソウゴたちと行動していたツクヨミが何故か居り、アークに向けて手を翳している。間違い無く彼女がアークに何かをしていた。

 

「お前、一体何を──」

「そんなこといいから! あんまり余裕は無いの!」

 

 ツクヨミによる時間停止。かつては降って来た隕石をも止めてみせたが、アークが内包している力はかなりのものであり、いつまでも空中で止めていられない。

 

「何をしたぁ!?」

 

 アナザーバルカンがツクヨミに襲い掛かろうとするが、001と1型が羽交い締めにしてアナザーバルカンの身動きを止める。

 

「不破さん!」

「おう!」

 

 千載一遇の好機。これを逃すことは許されない。

 

『BULLET!』

 

 ショットライザーに装填されたプログライズキーのスイッチを押し込む。

 口径に集束されていく青いエネルギー。アークを貫く為の力。

 

「止めろぉぉぉ!」

 

 アナザーバルカンが叫ぶが、バルカンが止める筈など無かった。

 

「くらえぇぇ!」

 

 引き金は引かれた。溜め込まれたエネルギーが解き放たれる。

 

 バレット

  シューティング

 

「がはっ!?」

 

 それは誰にとっても予期せぬ光景であった。ショットライザーを構えていたバルカンの胴体に突っ込む人影──サイキョウトリニティ。

 二人は纏まる様にして地面を転がっていき、当然ながらアークへの攻撃は中断される。また、攻撃の最中に衝突された為に狙いがブレてしまい、バルカンの放った光線は補助ロケットに掠める程度であった。

 

「何でソウゴが!?」

 

 サイキョウトリニティの突然の登場に驚く001。その答えは向こうの方からやって来る。

 地響きと共にアナザー1号とアナザー2号が大地を抉りながら疾走。異形らの乱入に驚愕する001と1型に対し、挨拶代わりにアナザー1号がその巨体で二人纏めて吹っ飛ばす。

 

「うわああっ!」

「ぐうっ!」

 

 そして、アナザー2号はアークの時間を止めているツクヨミを見つけると、タイヤとなっている拳を地面に叩き付け、地面に亀裂を生じさせる。

 亀裂はツクヨミの足元まで伸びて行き、到達すると同時に地面が爆ぜる。

 

「きゃあ!?」

 

 バランスを崩してツクヨミは転倒。

 

「しまった!?」

 

 集中が途切れてしまったせいでアークの時間停止も解除され、アークは再び宇宙へと上がっていく。

 

『ははははははは!』

『あはははははは!』

 

 アナザー1号とアナザー2号は打ち上げられたアークを見上げながら哄笑する。

 

『新たな時代は()たちが創る!』

 

 それは紛れも無い勝利宣言。あと一歩で時代改変を阻止出来た筈が、アナザー1号とアナザー2号によって覆されてしまった。

 

「そんなこと、させるかっ!」

「或人!」

 

 001が立ち上がり、アナザー1号たちへ向かって行く。

 

『ふん』

 

 無謀にも挑んで来る001を鼻で笑い、アナザー2号は振り上げた腕を001へ振り下ろす。

 001が圧し潰されるかと思われた時、001は何者かに突き飛ばされる。

 

「うっ!」

 

 地面に倒れた001。すぐに体を起こし、振り返る。

 

「父さん!?」

 

 001を突き飛ばしたのは1型であった。潰される筈であった001に代わってアナザー2号のタイヤを受け止めている。

 

「或人……! 逃げろ……!」

 

 体を地面に沈み込ませながら1型は001に逃げる様に言う。

 

「皆を連れて、早く……!」

「そんな事──」

「お前が生きている限り……俺の夢は潰えない……!」

 

 父の窮地を放っておける訳も無い。しかし、父は息子に自分の夢を託す。それは同時に子に生きて欲しいという願いであった。

 

「うう……ううぅぅ……!」

 

 001の呼吸が荒くなる。選択したくないことを選択しなければならない苦渋、苦悩。

 だが、001は選択した。

 

「うわああああああああっ!」

『RISING DYSTOPIA!』

 

 フォースライザーのレバーを操作し、高速移動を開始。この場からツクヨミ、バルカン、サイキョウトリニティを抱えて脱兎の如く離脱する。

 

「それで良い……」

 

 001たちが去って行くのを見て安堵する1型。直後、押さえていたタイヤが回転し出し、1型の手を弾くとそのまま地面へ叩き伏せる。

 回転するタイヤと地面の隙間から火花が飛び散った。

 やがて、アナザー2号はタイヤの回転を止めて腕を引く。抉られた地面の中には装甲をズタズタに傷付けられた1型が横たわる。

 

「ぐっ……」

 

 しかし、その状態でも1型は機能停止せずにまだ動けていた。

 

『意外と頑丈だね』

 

 アナザー2号はそんな1型の丈夫さを嘲りと賞賛を半々に混ぜた言葉を掛ける。

 

『止めだよ』

 

 未来改変を阻止する戦い。結果を見ればソウゴ、或人らの敗北であった。だが──

 アナザー2号が最後の一撃を与えようとした瞬間、遠くからこだまする爆発音。

 

『何……?』

「馬鹿な……」

 

 アナザー1号たちは頭上を見上げる。そこには大きな火の玉が生まれ、地面へと落下していた。

 

「補助ロケットが!」

 

 アークを打ち上げ為の補助ロケットの一つが突如爆発したのだ。

 

「あれでは高度が足りない! 全てのヒューマギアとデータリンクが出来なくなる!」

 

 片方の推進力でもアークを宇宙にまでは上げることは出来る。しかし、アークを全てのヒューマギアとリンクさせる位置までは到達出来ない。そもそもアークの打ち上げは緻密な計算と万全の準備の上で成り立っている。ロケットを片方失うという事態が起これば全てが狂ってしまう。

 

「何が……はっ!?」

 

 アナザーバルカンは思い出した。バルカンが放った光線が補助ロケットを掠めたことを。その時に出来た傷が原因となり、爆発が起こったのだ。

 

「バルカン……!」

 

 アナザーバルカンは怨嗟の声を吐き出す。ヒューマギアにとっての夢がたった一人の人間によって大きく狂わされたのだ。

 そして、この時アナザー1号たちの意識はアークの方へ向けられていた。この隙を逃す程彼は間抜けでは無い。

 

『ROCKING SPARK!』

『しまった!』

 

 気付いた時にはもう遅かった。1型は埋もれていた地面から脱出して姿を消す。

 

『ちっ……』

『悪足搔きだね』

 

 アナザー1号とアナザー2号は勝利の余韻を台無しにされ、不機嫌そうに呟いた後、変身を解く。

 フィーニスの姿となるとアナザーバルカンを一瞥する。

 

「後は君に任せるよ」

 

 フィーニス自身の目的はほぼ果たせたので後始末はアナザーバルカンに丸投げする姿を消してしまった。

 一人残されたアナザーバルカン。目的を完全に果たすことが出来ず、苛立ちを咆哮として天へ向けた。

 

 アオオオオオオオンッ! 

 

 それを少し離れた場所から息を潜めて見つめるは其雄。実は彼はそんなに遠くへ逃げていなかった。ダメージが大きかった為に発射場近くの林に身を隠すしか出来なかったのだ。

 アナザーバルカンが大人しくこの場を去ってくれることを願いながら、ただその時が来るのを待つ。

 暫くしてアナザーバルカンは咆哮を止め、移動を始める。恐らくはアークによってハッキングされたヒューマギアを率いて人類への反旗を行うつもりなのであろう。

 其雄はプロテクトのおかげでハッキングを免れているが、いずれはそのプロテクトも無力化されるだろう。それほどまでにアークの機能は高い。

 其雄の肩に手が置かれる。咄嗟に振り返って身構えるが──

 

「安心しろ。俺たちだ」

「酷い傷だ……」

 

 ──雷と亡であった。

 

「何が起こった? アークも勝手に打ち上がっちまうしよぉ」

「仲間も次々とおかしくなっていっている……」

 

 事前に施したプロテクトで雷も亡もまだ正常であった。

 

「これから説明する。が、その前に聞いてくれ」

 

 数少ない生き残りに対し、其雄は言う。

 

「十二年後まで俺たちは生き延びなければならない。同胞であるヒューマギアが襲って来るだろう。人間も味方にはなってくれないかもしれない」

 

 正常な状態のヒューマギアにとってはこの先は全てが敵に回る地獄が待っている。

 

「──それでも俺の話を聞き、付いて来るか?」

 

 其雄の問いに対し、雷は鼻で笑う。

 

「何を言うかと思ったら──」

 

 雷は其雄に肩を貸す。

 

「俺は腹が立ってんだ! 仲間をあんなにして俺から宇宙を奪った奴にな! そいつに雷落としてやんなきゃ気が済まねぇ!」

 

 雷らしい迷いの無い決断だった。

 

「私も付いて行くよ。あんな風になってしまうのがヒューマギアとしての正しい在り方などとは私には思えない。振り回されるだけの道具で終わるつもりは無い」

 

 そう決断し其雄に肩を貸そうとした時、亡の靴先に何が当たる。

 

「これは……?」

 

 不破が所持していたガトリングヘッジホッグプログライズキー。爆風によって飛ばされたそれが偶然、或いは運命として亡の許へ。

 ついガトリングヘッジホッグプログライズキーを拾ってしまう亡。

 

「おい。行くぞ。まずは其雄を直さないといけねぇ。工場から使える物全部持ってくぞ」

「──ああ」

 

 この日、確かにソウゴと或人は敗北した。だが、それでも彼らが過去に来たことは無駄では無い。

 

「或人……未来で待っていてくれ」

 

 未来へ繋がる反逆の火種は来るべき日の為に静かに燃え続ける。

 




アナザー1号とアナザー2号との初戦はこんな感じになりました。
映画だとフィーニスはタイムマジーンが無いと時間移動出来ませんでしたが、この作品でのフィーニスは単独で時間移動が出来る設定になっています。


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滅亡迅雷

「何!? アークが!?」

 

 飛電インテリジェンスに齎された一報。それは、是之助の、飛電インテリジェンスの知らない間に衛星アークが勝手に打ち上げられたというものであった。

 

「一体何が起こっている!? 其雄は!? ウィルはどうしたんだ!?」

 

 責任者である二人の所在を確認するが、返って来たのは二人共現在連絡が取れず、行方も分からないという答えであった。

 

「──分かった。後はこちらで調べる」

 

 是之助は脱力した様に社長席に座り込む。

 

「え、衛星が私たちの許可無く打ち上げられたのですか!?」

「どうしてこんなことに!?」

 

 福添と山下も混乱している。

 

「ま、まさか、其雄さんが?」

 

 不穏な動きをしていると報告された矢先の出来事であり、つい其雄のことを疑ってしまう。しかも本人が行方不明になっているとなればますます疑いも深まる。

 

「それはまだ分からん……」

 

 状況的には黒に近いが、是之助自身は其雄の無実を信じたかった。

 

「衛星の打ち上げについてすぐに調査する。それと会見の準備もしてくれ。マスコミを通じて今回の件を皆に説明する必要がある」

「その必要は無い」

 

 社長室の扉を開け、渦中の人物であるウィルが現れる。

 

「ウィル! 無事だったのか!?」

 

 ウィルの無事にひとまず安堵する是之助であったが、福添と山下はウィルへと詰め寄った。

 

「一体何があった!? ちゃんと説明しろ!?」

「場合によってはお前だけでなく飛電インテリジェンス全体の責任問題になるんだぞ!?」

 

 すると、ウィルは眉一つ動かさず無言で二人を殴り付け、地面に倒れさせる。

 

「いだっ!」

「あうっ!」

「ウィル!?」

 

 是之介が驚く。殴られた二人も同じ気持ちであった。ヒューマギアが人間に対して偶然などではなく明確な意思で暴力を振るったのだ。人を傷つけない様にプログラムされている筈なのに、そのプログラムを超越して人を傷付けた。

 二人を見下ろすウィルの目には機械とは異なる冷たさがあった。

 

「この会社も世界も我々ヒューマギアのものとなる」

「ウィル……やはり君は……!」

 

 天津垓から齎された情報。それは衛星アークを利用した兵器開発だけではなく、衛星アークには特殊なデータ、例えて表現するのなら『悪意』のデータが何者かによって組み込まれているという情報も含まれていた。

 その悪意に染まった存在が目の前に現れるとなると是之助も信じざるを得ない。

 

「ウィル! 君は一時的に混乱しているだけだ! 悪意というプログラムで正気を失っているんだ!」

 

 説得を試みようとするがウィルは耳を貸さず、スーツからアナザーバルカンウォッチを取り出して起動。

 

『バルカン』

 

 アナザーバルカンウォッチを取り込み、異形の姿と化すウィル。是之助はその姿に絶句し、福添と山下は悲鳴を上げた。

 

「正気を失った? 違う。私は目覚めただけだ」

 

 是之助の説得も一蹴し、アナザーバルカンの凶爪が福添たちへと向けられる。

 

「う、うあああ……」

 

 福添と山下は腰が抜けた状態であり、恐怖で顔を引き攣らせたまま動くことすら出来ない。

 怯える二人。そんな二人の命を奪うなどアナザーバルカンにとっては花を摘むよりも容易いこと。

 見せつける様に腕を大振りに振り上げる。

 

「逃げろ!」

 

 是之助が背後からアナザーバルカンに飛び掛かり、声を飛ばす。

 

「邪魔だ!」

 

 アナザーバルカンは振り払おうとするが、老骨の何処にそんな力があるのか、是之助はしがみついたまま離れない。

 

「逃げろ! 逃げるんだ!」

 

 是之助の必死な声に恐怖が薄れる福添たち。だが、次なる恐れが二人を襲う。それは是之助を失うという恐れ。

 

「しかし、社長!」

 

 それでも食い下がろうとする二人に是之助は大声を放つ。

 

「社員こそ会社だ! お前たちが居れば飛電インテリジェンスは──」

 

 そこまで言い掛け、是之助の体は投げ飛ばされ壁面に激突する。

 

「社長ぉぉぉぉ!」

 

 福添が駆け寄ろうとするが、山下が必死になってそれを止める。普段は是之助をヨイショしたり媚びたりする言動が目立つ福添だが、是之助を尊敬する気持ちは本物であり、是之助の危機には我が身を惜しまない。

 

「行くんだ……!」

 

 絞り出す様な是之助の声。福添と山下は、是之助の必死の覚悟が伝わり号泣しながら社長室から逃げ出していく。

 

「それで、いい……」

 

 逃げ出す二人に満足気な笑みで見送る是之助であったが、気付くとすぐ傍にアナザーバルカンが立っており、是之助の首を掴んで無理矢理立たせる。

 

「が、ぐっ……」

「たかが二人逃がした所で何になる?」

「私の、命は、ここで、潰えるだろう……だが、私の夢は……社員の彼らが、いる限り、潰えない……!」

 

 それは其雄が或人を逃がす時に言った台詞と良く似ていた。血の繋がりの無い、それこそ種族も違う。なのに同じ事を言う。その事実がアナザーバルカンに本人にも理解出来ない苛立ちを覚えさせる。

 

「ほざくな、人間が……!」

 

 掴んでいた手に力が加わり、是之助の足が床から離れる。間も無くして散る命。だが、是之助の最後の力を振り絞る。

 

「ウィル……」

 

 アナザーバルカンは是之助が何か恨み言でも吐くのかと思っていた。

 

「これが、君の、望んだ、対価か……?」

 

 その言葉を最期に是之助の全身から力が抜けた。掴んでいる手から鼓動が消えたのが伝わって来る。紛れも無く、この瞬間是之助は息絶えたのだ。

 動かなくなった是之助を見下ろし、アナザーバルカンは変身を解く。

 創造者たる是之助は死んだ。これによりヒューマギアは真の解放を得た。最早、ヒューマギアは人間の道具などでは無い。

 それなのに、その筈なのに、ウィルは是之助の死体を見ても何一つ高揚することは無かった。逆に心が急速に冷めていくような、穴が開いて行くような、喪失感しか覚えなかった。

 

「そんな筈は無い……!」

 

 今感じているものを否定する。人間が存在する限り、ヒューマギアが笑顔になる日など来ない。

 現に自分は是之助を殺害し、笑顔に──

 

「何故……?」

 

 ──ウィルは己の顔に触れ、愕然とする。是之助を殺したウィルは笑顔など浮かべていなかった。能面の様な顔を張り付け機械のまま。

 

『これが、君の、望んだ、対価か……?』 

 

 死に際の是之助の言葉がウィルの頭の中で反響する。

 

「私が望んだのは……望んだのは?」

 

 答えは自分の中にあると思っていた。しかし、己に問うてもその答えは出て来ない。

 

「私は……私は……これは、本当に、私の望んだことなのか……?」

 

 自問自答することで生じる疑問。当たり前のことの様に思っていたが、いざそれを目の当たりにすると現実と己の心の中の空虚との差に戸惑いしか覚えない。

 

「私は……ヒューマギア。私は……人間を皆殺しに……皆殺し? 何故? 人間が存在する限りヒューマギアは道具、奴隷……人間から解き放たれたヒューマギアは何になる?」

 

 エラーでも起こしたかの様に自問自答を繰り返すウィルであったが、突然両耳の機械パーツが赤く点滅し、ウィルの瞳が赤く染まる。

 

「ぐ、う、ああっ!」

 

 ウィルの中の記憶が急速に消去されていく。ウィルの意志とは関係無く。自問自答の記憶が消去され、是之助の最期の言葉も消去され、それに関わるデータも抹消されていく。

 残されたのは、是之助は死んだという簡素なデータのみ。あまりに簡素過ぎて疑問すら抱きそうだが、それに疑問を持たないようにきちんと修正されている。

 衛星アークの意志によって。

 一瞬にして頭の中身を書き換えられたウィルは、先程とは違って是之助の死体を物でも見るかの様な冷めた目を向けると、すぐに興味を無くしてしまう。

 

「人間は皆殺しだ」

 

 その言葉に彼自身の意志は全く感じ取れない。

 

 

 ◇

 

 

 ツクヨミとサイキョウトリニティ、バルカンを安全な場所まで運んだ001。無言で佇んだまま何かを考えている様子であったが、少し間を置いた後に彼らへ背を向けた。

 

「何処へ行くの?」

「今なら、もしかしたら、間に合うかも……」

 

 そう言う001の声は弱々しい。自分でもその可能性が限りなく低いことは分かっていても、納得し切れない様子であった。

 すると、サイキョウトリニティがジクウドライバーを外す。変身が解除されてソウゴ、ゲイツ、ウォズの三人となった。

 トリニティの特性を知らなかった001はいきなり三人になった事に軽く驚く。

 

「行っても無駄だ。もうこの時代は手遅れだ」

「でも……」

 

 ゲイツの言葉に001は食い下がろうとする。

 

「衛星が打ち上がってしまった以上、もうここで為す術は無い」

「なら、もう一度過去に戻ったら!」

「それは止めた方がいいね」

 

 ウォズがゲイツに代わって反論して来る。

 

「私たちが一回でも介入してしまったら、敵もまた容赦無く罠を仕掛けて来るだろう。どう足搔いても後手に回ってしまう。危険だ」

 

 ソウゴたちが過去に介入するのが歴史に残ってしまった以上フィーニスも何かしらの手を打って来る。それこそ今回以上の妨害が用意されるだろう。オーマジオウの力を奪われるだけでは済まないかもしれない。

 ゲイツとウォズに窘められ、少し頭が冷えたのか001はフォースライザーを解除する。途端、足元がふらつき、その場で倒れそうになった。

 

「或人!」

 

 ソウゴが駆け寄ろうとするが、そうなる前にバルカンが或人の腕を掴んで支える。

 

「不破さん……」

 

 バルカンもまたショットライザーを外し、変身を解除。仮面の下から苦々しい表情をした不破の顔が露わになる。それは不本意ながらも作戦の失敗を認めているものであった。

 その顔を見て、嫌でも負けたことを認めざるを得なかった。

 或人は不破の手から離れるとヨロヨロとしながらも態勢を直す。

 今まで戦闘が続いていたせいで麻痺していたが、或人の体は怪我と疲労と反動で限界寸前であった。

 本来、ヒューマギアが用いるフォースライザーを使用して変身しているので当然と言える。常人なら一回変身の苦痛を体験すれば二度と変身する気が起きなくなるが、何度も反動覚悟で変身していた或人の肉体と精神力が並外れている。

 或人も不破も今すぐにでも飛び出す様子が無いのが分かると、ウォズは話の続きをする。

 

「そして、何よりも厄介なのはこの時代でまた新たなアナザーライダーが誕生してしまったことだ」

「あのデカい奴らか……」

 

 アナザー1号とアナザー2号の姿が皆の頭を過る。ソウゴらは経験があるが、或人と不破からすれば規格外の大きさの相手であり、戦慄してしまう。

 

「アナザー1号とアナザー2号だったかな? 今までならこの時代でアナザーバルカンを倒せば良かったが、アナザー1号、アナザー2号が存在する限りアナザーバルカンを倒してもこの歴史は変わらない。アナザーバルカンの代わりをアナザー1号たちが担うことになるからね」

 

 今までならば改変される前の過去でアナザーバルカンを倒せば、歴史を修正することが出来たが、アナザー1号らの誕生のせいでそれも不可能になる。修正するとなると三体のアナザーライダーと撃破する必要がある。

 しかも、アナザー1号、2号の変身者はタイムジャッカーである。その気になればアナザーライダーの契約者を増やすことも考えられた。どう考えてもいたちごっこになってしまう。

 

「あの二体も倒す必要があるのか……」

「厄介な……」

 

 ソウゴとゲイツは苦い表情となる。アナザー1号とはサイキョウトリニティで互角に戦えたが、それでも決定打に欠けていた。アナザー2号が加わるとその決定打不足が致命的になり、押されてしまい不覚を取ってしまった。

 

「過去はもうやり直せない。敵もつえぇ。もう俺たちには打つ手は無いって言うのかよ?」

 

 八方塞がりで不破の声も弱さを感じられる程小さい。

 絶体絶命の状況。ここから打開する方法があるとすれば──

 

「過ぎた過去は変えられない……でも、未来なら自分の力で変えられる」

 

 ──ソウゴが或人を励ます為の言葉。ヒントはこの言葉の中にあった。

 

「ゼアだ」

「何?」

「未来で衛星ゼアを打ち上げるんだ! ゼアならアークに対抗出来る!」

 

 未来で開発されている衛星ゼア。衛星アークと同種ならばアークの力を抑えつけることも可能であると或人は気付いた。

 

「ゼアだと? 飛電インテリジェンスの元社員が開発しているあれか?」

「それ! 不破さん! ゼアってどれぐらい完成してるの!」

「詳しくは知らないが、後は打ち上げするぐらいだと聞いたが……」

 

 ほぼ完成状態にあることを知り、より期待が高まる。

 

「上手く行くと思うか?」

「──いや、あながち無謀な試みではないと思うよ? 何故なら本来の歴史ならば衛星ゼアがアークの代わりに打ち上げられている。そして、改変された未来には色々と綻びもある」

「つまり、本来の歴史に戻ろうとする力が打ち上げ成功を後押ししてくれるかもしれないってこと?」

「可能性は大いにある」

 

 追い詰められていたゲイツ、ウォズ、ツクヨミの表情に希望の光が差していく。

 

「それなら行けそうな気がする!」

 

 ソウゴもまたいつもの口癖が戻って来る。

 

「だが、用心をしてくれ。我が魔王」

「用心?」

「あのフィーニスと名乗ったタイムジャッカーは、何処まで力を求めているのか分からない。オーマジオウの力だけで満足するだけならいいが、ジオウとしての力も奪いに来る可能性もある。──私たちは少々頑張り過ぎたみたいだからね」

 

 フィーニスからすればオーマジオウの力を奪った時点でソウゴへの興味は完全に失せた──筈であった。

 ウォズが指摘したようにソウゴたちは食い下がり過ぎてしまったのである。フィーニスに再び危機感を覚えるぐらいに。

 変貌していたとはいえ元はオーマジオウの力から成っているアナザー1号に対し、ソウゴらは三人の力を合わせたサイキョウトリニティで互角の戦闘を行った。アナザー2号というイレギュラーが発生して結果的に敗走したとはいえ、その力は脅威と言える。

 もし、ここにツクヨミや或人が参戦していたら、とフィーニスが考えたとしたら無視することなど出来ない。

 

「まあ、その時はその時かな?」

 

 ウォズの懸念とは逆にソウゴの方はいい加減にも聞こえる答えを返す。或人と不破は本当に伝わっているのかと心配になったが、ソウゴの仲間たちは慣れているのかソウゴの飄々とした態度に溜息だけで済ませていた。

 

「どんなことがあってもやる事は変わらないよ。変えられた歴史を元に戻す。それが俺たちの目的なんだから」

 

 オーマジオウの力を奪われていてもソウゴは一切の弱さを見せない。その芯が通った姿は周りを鼓舞する力がある。不思議なことにやれるかもしれない、出来るかもしれないという前向きな気持ちになって来るのだ。

 

「じゃあ、未来に戻ろうか」

 

 すべきことは決まった。過去にいつまでも留まっている理由は無い。

 

「不破さん。元の時代に戻ったら、他の人たちの説得をお願い出来る? きっと不破さんの言葉なら皆も聞いてくれると思う。俺も元飛電インテリジェンスの人たちを説得するつもりだ」

 

 不破の存在は残された人類にとって精神力支柱である。彼の言葉ならば皆も耳を貸してくれると或人は考えた。きっと刃もまた唐突な話だが聞いてくれると考えていた。

 

「分かった」

 

 不破も了承する。衛星ゼアを打ち上げる為の手筈は取り敢えず決まった。

 待機させていたタイムマジーンがソウゴたちの許へ飛んで来る。

 過去を戻すことには失敗した。だが、それで諦める様なソウゴでも或人でも無い。如何なる絶望を乗り越え、希望を胸に前進していくのが彼らなのである。

 だが、現実というものは常に困難という壁を希望の前に置く。

 それを思い知るのは彼らが帰還してすぐ後のことであった。

 

 

 ◇

 

 

「うおらっ!」

 

 気迫の籠った声と共にヴァルクサーベルが振り下ろされる。帯電させることで刃が電熱を持っており、ヒューマギアの頭から股間までと一刀両断する。斬られた箇所は赤熱化しており、ゆっくりと左右に分かれながらヒューマギアは倒れる。

 一体倒した所で終わりでは無い。仮面ライダー雷に多くの銃口が向けられ、その何十倍もの弾丸が撃ち出される。

 

「くっ!」

 

 しゃがみ込み当たる面積をなるべく小さくしながら二本のヴァルクサーベルを盾にして弾丸を受ける雷。

 彼が戦っているヒューマギアは通常のヒューマギアとは異なる。

 胸部、両肩、頭部に装甲を増設され、軽機関銃で武装された戦闘特化のヒューマギア。通称バトルマギアと呼ばれる戦闘員である。

 マギアが生み出す即席の兵であるトリロバイトマギアよりも防御力、戦闘力は上であり、雷も少々手こずっていた。

 弾丸の雨を受けながらどう切り抜けるか考えていた時、バトルマギアたちは突然銃口を互いに向け合い出し発砲。同士討ちによって破壊されていく。

 奇行そのものであるが、雷は驚いた様子を見せずに立ち上がると後ろに振り返る。

 

「助かったぜ」

「当然のことをしただけさ」

 

 雷の後ろには仮面ライダー亡が立っている。亡によるハッキングによりバトルマギアは味方を敵と誤認識して攻撃し合ったのだ。

 

「こっちは五十体ぐらい倒したが、終わりが見えねぇ」

「こちらも似たようなものさ。──人間たちもかなり追い詰められている」

「無理もねぇ。さっきの戦いで戦える奴も少なくなったからな」

 

 残された人類の拠点がウィルらによって襲撃され、或人やソウゴたちによって撃退されてからたった数時間後にまたもや拠点は襲撃を受けていた。

 しかし、これは不思議なことではない。ヒューマギアは壊れてもパーツを変えればすぐに復帰でき、完全に破壊されても幾らでも補充が出来るのだ。

 対する人間は数時間で出来ることは、せいぜい疲労を回復させるのが限界。負傷すればその何十倍もの時間を必要とする。

 先の襲撃で戦える者を多く失ってしまった人類にとっては短い間隔での二度目の襲撃は絶望的なものであった。

 だからこそ雷と亡は過去に行った或人たちとの約束を果たす為に最前線へ行き、たった二人で多くのバトルマギア相手に奮戦していた。動かすことの出来ない負傷者などの守りを刃たちに任せて。

 バトルマギアと仮面ライダーの性能差は圧倒的だが、彼らが言っていた様に数だけは多い。数に物を言わせて性能の差を埋めようとしていた。

 数による暴力も少しずつだが雷らにダメージを与えており、彼らの装甲には弾丸による弾痕や傷が目立ち始めている。

 それでも第一陣は雷と亡によって全滅された。だが、亡のセンサーは第二陣が来ていることを感知していた。

 

「次が来るぞ」

「はっ。まとめて雷落してやるっ!」

 

 雷は恐れることなく言ってのける。長時間戦っているが雷の闘志は全く揺らいでいない。

 

「相変わらず頼もしいね」

 

 冷静沈着な性格の亡とは正反対だが、亡は雷のこの性格が好きであった。衛星アークが打ち上げられてから今日に至るまでその性格には何度も助けられてきた。

 一方で雷もまた亡には絶大な信頼を置いている。直情的な性格な彼にとって亡はブレーキ役であり、いざという時にする的確な判断のおかげで乗り越えた窮地は数え切れない。

 雷の聴覚センサーも無数の足音を捉える。数からして第一陣の三倍ものバトルマギアが向かって来ているのが分かった。

 しかし、それに対する恐れは二人には無い。頼れる仲間が隣に居る。それだけで恐怖など跡形も無く消し飛んでしまう。

 行進する鋼の軍隊。しかし、突如としてその足音が消えた。

 その事態に訝しむ二人。すると、行進を止めた軍隊から小さな足音が抜けて出て来た。

 足音の数からして二人。それだけで誰が来ているのか雷と亡は察する。

 間も無くして足音の主らが二人の前に現れた。

 

「まだ人間を守っているのか?」

「この裏切り者ー!」

 

 雷と亡に敵意を露わにする滅と迅。

 

「てめぇらか。おい、滅。飛電或人にコテンパンにやられたんだから無理せずに休んでたらどうだ?」

「あー! 滅! あいつ、滅のこと馬鹿にしてるよ!」

 

 雷の挑発に迅の方が反応し、雷を指差しながら滅に話し掛ける。

 

「言いたいだけ言わせておけ。──直に何も言えなくなる」

 

 滅の方は眉一つ動かしておらず、雷の挑発を流していた。

 雷と亡。滅と迅。両者の因縁は長い。相容れない存在だと理解している。しかし、戦う度に決着が着かずに終わっていた。

 

「飛電或人の参戦は確かに我々にとってはイレギュラーだった。しかし、イレギュラーに対して何の対策も打たない程愚かでは無い」

「社長から貰った新しい力でお前らなんて壊してやる!」

 

 フォースライザーを装着すると共にプログライズキーを起動。だが──

 

『TERRITORY!』

『INFERNO WING!』

 

 ──発せられる音声は雷と亡の知らないもの。

 

『FORCE RISE!』

 

 フォースライザーにセットされ、強制解放されるとフォースライザーから二体のライダモデルが物体化する。

 滅からは八つの目を妖しく輝かせる鋼の蜘蛛。迅からは灼熱の炎を纏い、羽毛の代わりに火の粉を散らす隼。

 

「うおぉぉ! カッコいいー!」

 

 迅は燃え盛りながら飛翔する隼に目を輝かせる。迅の反応からして彼も初めて使う力らしい。

 蜘蛛のライダモデルは滅を正面から抱き締め、炎の隼は迅を後ろから抱擁する様に飛ばした羽根で迅を包む。

 

『TRAPPING SPIDER!』

『BURNING FALCON!』

 

 ライダモデルが分解され、装甲となって二人に装着されていく。

 

『No one can escape its web』

『The strongest wings bearing the fire of hell』

『BREAK DOWN』

 

 変身した滅の姿はスティングスコーピオンプログライズキーで変身した時と然程の変化は無い。ただ腕と足の側面に蜘蛛の脚を模した装甲が追加され、額には六つの円形センサーが追加され、蜘蛛と同じ八つの目となっていた。

 迅の方はマゼンタを主体としていた色から鮮やかな真紅へと変わり、肩や胸部にアーマーが新たに付けられている。そして、左右非対称であった頭部は左右対称になっていた。

 トラッピングスパイダープログライズキーとバーニングファルコンプログライズキー。片や滅が手にした歴史は無く、片や迅が手に入れる歴史はあるが早過ぎる。

 歴史を変えたことによる歪みが如実に表れた例と言えた。

 トラッピングスパイダープログライズキーはウィルが管理していたプログライズキーの一つである。プログライズキーの性能を知っている為、あまり個人に過剰な力を持たせないようにしていたが、或人たちの抵抗が予測よりも強かった為に止む無く滅へと渡したという経緯がある。

 そして、バーニングファルコンプログライズキーは、ウィルが或人から回収したゼロワンドライバーを解析したことによって新たに作り出したプログライズキーである。

 ゼロワンドライバーはブラックボックス化しておりアークですら中々解析出来ずにいたが、幾つのかのデータを抜き出すことに成功した。その中の一つがフレイミングタイガーのデータであり、ウィルはこれをフライングファルコンと組み合わせることで歴史の針を進め、バーニングファルコンを生み出したのだ。尤も即席で生み出したものであり、試作品同然のプロトバーニングファルコンと正確に呼んだ方が良い代物である。

 滅の傍にいつの間にかバトルマギアが三体並び立つ。三体はそれぞれがアタッシュケースを持っていた。

 滅の背装甲が変形し、蜘蛛の脚を思わせる四本のサブアームが展開され、アタッシュケースを取る。

 アタッシュケースはアタッシュショット、アタッシュアロー、そしてアタッシュカリバーに変形。このアタッシュカリバーもゼロワンドライバーを解析して複製した物である。

 

「人類は滅亡する。それを阻むつもりならそれ相応の末路になるだろう」

 

 サブアームで三つの武器を構える滅。

 

「裏切り者なんか燃やしてやる!」

 

 炎と共に背部から翼を展開する迅。

 本来の歴史であったのなら掛け替えの無い同胞たちが、戦地で命の火花を散らそうとする。

 




敵側も新フォーム出したいなーと思っていたので出しました。
プロトバーニングファルコンはフォースライザー使用と試作品ということで本編の性能よりも大分劣っているという設定です。


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滅亡迅雷 その2

 仮面ライダー滅トラッピングスパイダー。仮面ライダー迅プロトバーニングファルコン。どちらも雷と亡にとっては未知数の相手。ヒューマギアは高いラーニング能力を持つが、それには経験を重ねる必要がある。雷と亡も歴戦の戦士であるが、初見の能力という最も危うい条件で戦うこととなってしまった。

 滅の蜘蛛の脚を模したサブアームが動く。先端に指など付いていない作りにもかかわらず三つのアタッシュウェポンを器用に構えている。

 四本あるサブアームの内三本が動く。一本はアタッシュショットで狙い、残りの二本はアタッシュアローのグリップを握っている。

 

「滅びろ」

 

 その掛け声の後、アタッシュショットから光の散弾。アタッシュアローからは無数の光矢が射られる。

 

「くそっ!」

「くっ!」

 

 範囲の広い攻撃であった為、雷と亡は左右に分かれてそれを回避。分散が狙いだと理解していてもそうやって避けるしかなかった。

 雷から離れた亡は、すぐに合流を試みようとするが、亡の進む先を阻むように燃え上がる羽根が何枚も地面に突き立つ。

 立ち止まった亡にも炎の羽根が降り注いでくる。それを回避していると逆に雷と離れてしまう。

 亡は視線を上げる。滞空している迅と目が合った。

 

「お前の相手は僕がしてやる」

「──いつも滅にくっついてばかりの君が一人で私に勝てるのかな?」

「あー! そうやって馬鹿にしてー! 僕だって滅が居なくたってお前ぐらい壊せるんだぞ!」

「それは凄い。本当なら滅に褒めてもらえるな」

 

 子供っぽく反応する迅に対し、亡の態度は冷静と言うか冷めたものであった。

 

「言ってろー!」

 

 迅は両翼を羽ばたかせ強風を起こす。空中や地面で小さな発火現象が起こる。葉や塵などが燃えているのだ。迅が起こした風はただ強い風では済まない。バーニングファルコンの能力により風は高熱を帯びているのだ。

 

 

「くっ!」

 

 亡の速度を以てしてもこの広範囲の熱波から逃れられない。止むを得ず亡は両腕の鉤爪──ニホンオオカミノツメによって熱波を真っ向から切り裂く。

 俊敏性を活かした連続の斬撃は、高熱の熱波ですらも引き裂いてしまう。周囲の物が炎上していく中で亡だけは発火せずにいた。

 

「無駄だよ!」

 

 無邪気な声と共にいつの間にか迅が急接近している。亡の高性能なセンサーはその動きを捕捉出来なかった。高熱による影響もあるが、迅の体自体に優れたステルス機能が有されている可能性もある。

 迅は空中で前後を入れ替え、燃える両足を亡へ放つ。亡は咄嗟に鉤爪で防御するが、受け切れずに蹴り飛ばされてしまう。

 

「ぐううううっ!」

 

 蹴られ、背中から地面に落ちるが威力はそれでも落ちず、背部から火花をまき散らしながら十数メートルも滑っていく。

 

「くう……!」

 

 亡は呻きながら体を起こそうとし驚愕する。迅のキックを受け止めた鉤爪の一本が根元から折れ曲がっているのを見てしまったからだ。

 高熱により柔らかくなりそこから蹴りの圧によって曲げられたのだろうが、今までの戦いの中で亡の鉤爪は変形どころか欠けたことすらない。このことに少なからずショックを受ける。

 

「凄いよねー、この力」

 

 いつの間にか迅が傍に立っており、自分の体を誇らしげに眺めている。

 

「初めて使うのに、なんでかしっくり来るし」

 

 フライングファルコンからバーニングファルコンへの強化は、ウィルの命令とはいえ迅は僅かながら抵抗感を覚えていた。使い慣れた力から新たな力に乗り換えることへの不安があった。しかし、変身してみるとその不安は杞憂であったことを理解する。今までにない力が全身に漲り、手に余るどころかフライングファルコンの時と同じように扱えるのだから爽快感すら覚える。

 

「でも、この姿になってちょっと問題があるんだよね?」

 

 迅は無邪気に語りながらも五指を揃え、手刀の形にする。

 

「これだと──」

 

 迅は手刀を亡に振るう。亡は咄嗟に上体を起こし、手刀を鉤爪で止めた。すると、迅の手刀は赤熱化し触れている鉤爪も熱によって赤く染められる。

 

「玩具で遊べなくなっちゃうんだよね」

 

 ついに鉤爪は迅の手刀によって焼き切られ、四本の爪が亡の足元へ落ちていく。

 片腕の武器を失った亡はすぐに後方へと下がろうとするが、迅はそれに対して両翼から羽を撃ち出す。

 

「くっ!」

 

 近距離から放たれる燃える羽根を片腕の鉤爪で払う亡。限界まで速度を高め、視界全部から襲い掛かって来る羽根を次々と撃ち落としていった。

 

「うっ!」

 

 亡の体が弾かれたように押され、仰向きに倒れる。亡の肩には迅の羽根が突き刺さっている。どれだけ亡が速くともやはり限界があった。

 刺さった羽根は高熱を宿しており、今も燃えている。幸い亡の肩部はアーマーで保護されているので致命傷には至っていないが、刺さった部分赤熱化しており早く抜かなければ溶解を始める。

 亡は躊躇無く燃える羽根を掴む。金属が溶け出すニオイをセンサーが感知する。亡の装甲はそこまで厚みのあるものではないので、羽根を掴んだ瞬間に亡の中で危険を報せる警告音が鳴り出す。

 けたたましいそれを脳内に響かせながら亡は一気に羽根を引き抜き、投げ捨てる。

 肩部のアーマーには縦状の穴が開いている。穴周りは歪な形に変形しており、溶け始める寸前であった。

 最も装甲が厚い箇所でも数秒で溶け出してしまう。他の箇所だったら重大な損傷になっていただろう。

 亡は掌にネバついた感触を覚える。迅の羽根を掴んだせいで掌を覆う装甲材が溶け、指に絡み付いている。もし、手を握り締めたのならそのまま冷えて固まり、開かなくなっていたかもしれない。

 

「どう? 強いでしょ?」

 

 迅は自らの強さを自慢する。どれだけ強化されても子供っぽさだけは抜けない。

 

「──確かに君は強くなった。そこは認めざるを得ない」

「でしょ? でしょ? やっぱり強いでしょ?」

 

 亡に認められると迅は喜び、ますます調子に乗る。迅にとって新しい力は相当爽快である様子。驕りによる余裕が迅に亡との会話という本来ならば有り得ない選択をさせた。

 

「どうしよっかなぁ。このまま戦っても僕が勝っちゃうと思うし……」

 

 すると、迅は腕を組んで何か悩み出す。

 

「ねえ。降参しない?」

 

 急な提案に亡は面喰ってしまう。

 

「……急に何を言っているんだ、君は……?」

「えー。だって僕が勝つって確定してるし、このまま戦っても無駄じゃない。それだったら降参しちゃいなよ。社長も君らのことは嫌いだけどその能力は買ってるみたいだしさ。今降参したらスクラップだけは避けられるかもしれないよ?」

 

 まさかの勧誘。しかも冗談ではなく本気で言っている。ついさっきまで亡を焼き尽くそうとしていた者の台詞とは思えない。

 

「魅力的な提案、なのかもしれないね」

 

 乗る気はさらさら無いが今の迅の戦闘力を分析する為の時間を稼ぐ為に心惹かれるフリをする。

 

「でしょう? 今までのことは全部水に流してさ、僕らと一緒に人類を滅ぼそうよ。亡が入るなら雷も仲間になりそうだし」

 

 有り得ない、という言葉がエラーのように声帯機能から飛び出しそうになる。万が一でも亡が敵へと下ることがあれば雷は怒りのまま自分を木端微塵に破壊するのを容易に想像が出来た。

 

「仲間になったらさ、一気に偉くなれるよ? あ、僕と滅と同じでドライバー使ってるからチームになるかも! そしたらどんなチーム名になるのかな? そうだ! 皆の名前を取って滅亡迅雷ってのはどう!?」

 

 亡の考えも知らず、迅はありもしない未来を想像して一人はしゃいでいる。

 

(滅亡迅雷……)

 

 正直、悪くない名前だと思ってしまった。迅が自分の思い描く未来が最良だと疑いも無く嬉しそうに語る姿に胸の痛みのようなものを感じてしまう。

 ヒューマギアである自分がそんな痛みなど感じる筈がないというのに幻痛として亡の心を締め付ける。

 亡は幼さが残るこの宿敵をどうしても嫌いになれないのだ。

 

「あ、でも、そうなると手土産が必要になるよね?」

「手土産?」

「飛電其雄の居場所。それを教えてくれたら──」

「それは出来ない」

 

 迅が最後まで言い終える前に亡は即答していた。一切の合理性を排し、反射的とまで言える迷いの無い決断。葛藤など全く無い。あまりに答えが早かったせいで迅も固まっている。仮面越しでも呆気にとられた表情をしているのが分かった。

 暫くの間沈黙した後、迅は声を出す。その声にはさっきまであった無邪気さは無く、底から湧き上がってくるものを抑え込んだ抑揚のない声であった。

 

「──何で?」

「私が其雄と雷を売る事など絶対に無いからだ」

 

 それは亡にとって絶対に譲れないことであり決意。あの日、雷と一緒に其雄と苦難の道を行くことを決めた時から絶対に破らないと決めた誓い。

 話を延ばして迅を分析することが最も合理的であり、迅の提案も上辺だけ了承すれば良かった。だが、亡はそれが出来なかった。例え嘘であったとしても是雄たちを裏切るような言葉を出せない。

 

「へぇ……」

 

 抑揚の無い声は一切の感情を排した冷たいものへ置き換わる。それに反して迅が纏う炎の熱は上昇し、彼が立っている地面は高熱での変色を通り越して溶け出していた。

 

「折角、助けてあげようとしたのに」

 

 一方的に盛り上がり、一方的に裏切られたと思い、一方的に傷付いた。全ては迅の独り善がりに過ぎない。

 

「──すまない。だが、魅力的に思えたのは本当だ。そんな可能性もあったかもしれない……だけど可能性になるにはお互い傷付け合い過ぎたし、背負うものが増えすぎたんだ」

 

 迅なりの善意を踏み躙ってしまったことに亡は心の底から謝罪する。

 

「何だよ、それ……」

「もうとっくに私たちは戻れない所まで来てしまったんだよ」

 

 亡にとってそれは自嘲の言葉であった。同胞を救う為に同胞と傷付け合う。これがヒューマギアにとっての進化だとするのなら、ヒューマギアは紛れもなく人間に似ている。

 迅は何かを言いたそうにしているが、上手く処理出来ず言うべき言葉も見つからず、苛立って地団駄を踏む。溶けた地面が水音のような音を立てた。

 

「もういい! もう知らない! お前なんて再利用出来ないぐらいドロドロにしてやる!」

「……本当にすまない」

「うるさい! 謝るなっ!」

 

 亡の謝罪が迅に癪に障る。

 迅が火の粉を飛ばしながら飛翔。空中を高速で飛び回って攪乱する。

 

「やっぱり嫌いだ! お前なんて!」

 

 癇癪を起こしたように幼い言葉で亡を罵る。亡はそれに反論することなく甘んじて受け入れ、残された鉤爪を構えた。

 

「そう言われても仕方ない」

 

 

 ◇

 

 

「こ、の、野郎っ!」

 

 雷と滅の戦いは、雷の方が押されていた。

 右から来るアタッシュカリバーをヴァルクサーベルで受け止めると、時間差でアタッシュアローのブレードが左から雷の首を狙って来る。それももう一本のヴァルクサーベルで防ぐ雷。

 次の瞬間、雷のこめかみにアタッシュショットの銃口が突き付けられていた。

 

「うおっ!?」

 

 上体を限界まで反らしたすぐ後にアタッシュショットから散弾が撃ち出され、雷の眼前を通り過ぎて行く。コンマ数秒遅かったら雷の頭部は消失していただろう。

 

「ふん!」

 

 アタッシュウェポンによる三連続攻撃を切り抜けた雷であったが、四撃目となる滅の横蹴りを避ける術は無く、腹部を思い切り蹴飛ばされる。

 

「がはっ!」

 

 蹴り飛ばされた雷は、廃墟の壁に衝突し壁を突き破って埃塗れの地面を転がっていく。

 

「くそっ……!」

 

 埃塗れになった雷は蹴られた箇所を押さえながら立つ。文字通り手数の違う滅の攻撃に雷は防戦一方であった。

 雷は自分が空けた壁の穴を睨みながらヴァルクサーベルを握り直す。

 

(来いよ! 簡単にはやられねぇ!)

 

 意気込む雷であったが、穴を見て段々と嫌な予感を覚え始める。

 そして、予感は現実となる。

 

『CHARGE RISE! FULL CHARGE!』

『CHARGE RISE! FULL CHARGE!』

『CHARGE RISE! FULL CHARGE!』

 

 立て続けに鳴る電子音声。

 

「あの野郎っ!?」

 

 電子音声が聞こえた段階で雷は走り出していた。

 

『KABAN STRASH!』

 

 壁を斬り裂き、雷の背後を黄色いエネルギーの斬撃が通っていく。

 

『KABAN SHOT!』

 

 雷は身を屈める。集束された水色の光弾が頭上を通り過ぎて行く。

 

『KABAN SHOOT!』

 

 雷は前方へ跳び込む。密集した紫の光矢が足裏を掠めていく。

 アタッシュウェポンの三連続チャージ必殺技を紙一重で回避した雷。跳び込んだ勢いのまま埃を巻き上げながら地面を転がっていく。

 薄汚れてしまった雷の聴覚センサーが足音を感知する。

 人一人分通れる程度の穴が、アタッシュウェポンの攻撃により壁一面崩壊。散らばった瓦礫を踏み付けながら滅がやっと廃墟内へ踏み入る。

 

「手足の一本ぐらいは貰ったと思ったが無傷か。流石、しぶといな」

「無茶苦茶やりやがってぇ……!」

 

 淡々と喋る滅と怒りを剥き出しにする雷。

 

「破壊する前にお前に聞いておきたいことがある」

「──何だよ?」

「飛電其雄は何処にいる?」

「俺が喋ると思ってんのか! ばーかっ!」

 

 話は終わりと言わんばかりに雷は立ち上がると即座にダッシュ。ヴァルクサーベルを両翼のように広げて滅への接近を試みる。

 

「愚かなのはどっちだ?」

 

 雷を冷笑し、滅はアタッシュショットガンとアタッシュアローによる遠距離攻撃を開始。散弾と光矢が怒涛となって雷へ押し寄せる。

 

「見えてんだよ!」

 

 ヴァルクサーベルを振るうと刃から赤色の斬撃が飛ぶ。既にラーニングを完了した雷には散弾と光矢の動きが見えており、斬撃によってそれらを相殺し道を切り拓く。

 弾幕を切り抜けた雷が滅に斬りかかる。

 

「うおりゃっ!」

 

 二刀のヴァルクサーベルの斬り下ろし。アタッシュカリバーとアタッシュアローがそれを防ぐが、サブアーム故か本体と比べると力が弱く押されてしまう。

 滅は小さく舌打ちし、アタッシュショットで雷を狙おうとするが、そのパターンを読んでいた雷は回避行動に移ることはせず滅に前蹴りを打ち込み、射線をずらす。

 

「おらっ!」

 

 散弾が雷のスレスレを通っていく。一歩間違えれば撃ち抜かれていてもおかしくないというのに、恐怖に屈する事無く攻撃を敢行した度胸。AIの演算に従い合理的に動く滅にとっては理解出来ない行動であり、同時に雷が滅に付け入る隙であった。

 雷の命知らずな非合理的攻撃により滅は蹴り飛ばされる。滅が飛んでいる最中に雷が追撃を放とうとした時──

 

「うおおおっ!?」

 

 滅を追う様に雷の体が何かに引っ張られる。急いで踏み止まる雷。すると、飛ばされていた滅も空中で急停止して着地する。

 雷は急いで自分の体をスキャンする。今の攻撃で滅に何かしらの細工を施されたのは分かっていた。

 

「これか!」

 

 廃屋の天井から洩れる僅かな光が一瞬だけ起る煌めき。肉眼ではまず見えないそれは極めて細い糸。5ミクロンしかない蜘蛛の糸よりも更に細く、しかし、雷の体を引っ張っても切れない丈夫さを持っている。

 細く伸びた糸は何本も雷に絡み付いている。糸を辿るとそれは滅の体から伸びていた。

 

「気色悪い真似しやがって!」

 

 滅と繋がっているという状況に嫌悪しながらヴァルクサーベルを糸へ振り下ろす。

 ヴァルクサーベルの刃が糸に当たり、地面スレスレまで振り下ろされるが、糸は驚異的な頑丈さと柔軟性によって断つことが出来なかった。

 

「嘘だろ!?」

 

 渾身の斬撃ですら切断することの出来ないトラッピングスパイダーの糸に驚く。そのタイミングで雷の体がビクンと跳ねる。

 

「がっ!?」

 

 センサーが異常を報せる。糸から電気が流されており、それが雷の機能を狂わせる。

 

「電気を出すのは得意だが、逆は不得意だったか?」

 

 痙攣している雷に滅は挑発の言葉を掛ける。

 

「こ、の、陰険、野郎……!」

 

 雷という名前の通りに電撃の扱いに長けており、雷の外装は強い絶縁性があった。しかし、それを貫いて雷にダメージを与えている。恐らくは糸の細さを利用して装甲の隙間に侵入し直接電気を流し込んでいると考えられる。

 電気によって雷の動きを封じている間に、滅はサブアームからアタッシュカリバーを取り、スロットにスティングスコーピオンプログライズキーを装填。アタッシュカリバー内にプログライズキーの力がチャージされたことをアナウンスされると、アタッシュカリバーを閉じ、再び開く。

 

『SCORPION'S ABILITY! CHARGE RISE! FULL CHARGE!』

 

 刀身が紫色に輝くと剣先から同色の液体が滴る。地面に付着するとコンクリートが液体によって音も無く溶け始める。

 生成された高濃度の毒液。濃度を調整すれば解毒薬や抗体の生成など万人を救う能力であるが、悪意と敵意を以って使用すれば今のように無機物、有機物を問わず侵して破壊する毒にしか成らない。

 刺せば絶命は必須のそれを目線の高さまで持ち上げ、水平にして突きの構えをとる。その間にも雷は糸によって引き寄せられている。

 糸を切断することは現状では不可能。そう判断した雷は大胆な行動に出る。

 

「う、おおおおおっ!」

「何!?」

 

 逆に自分の方から滅の方へ駆け出したのだ。

 

「血迷ったか!」

 

 理解不能な雷の行動に滅もそう言わざるを得ない。だが、雷のこの行動には意味があった。引っ張られて張り詰めていた糸が雷の方から近付くことでたわみ、自由に動く為の余裕が出来る。

 

「どっちみち引き寄せられるんだったらよぉ!」

 

 雷はフォースライザーのトリガーを引きながら跳躍する。

 

「こっちから引き寄せてやるよ!」

 

 

 

  

 

 

 空中で雷は赤雷を発生させながら錐揉み回転。そうすることで纏わりついていた糸が絡まり、繋がっていた滅を宣言通り引き寄せる。

 

「貴様っ!」

 

 攻撃の主導権を握ろうとする雷に対し、滅もまた真っ向から挑む。

 

『STING! KABAN DYNAMIC!』

 

 放たれるアタッシュカリバーによる突き。空気の壁を破る際に滴っていた毒液が周囲に飛び散る。

 滅の突きを迎え撃つのは雷の蹴り。右足を軸にして高速回転しており、対象を穿孔する為の力を一転に集中させている。

 

「おりゃああああああ!」

「はあっ!」

 

  ゼツメツ    スティング

 

 カバンダイナミック! ディストピア!

 

 突き破る赤雷の一撃と腐れ溶かす毒蠍の一撃が激突。

 赤雷と毒液が反発するように廃墟内に飛び散り、壁や床を穿ち、溶かし、破壊していく。

 

「うおっ!」

「くっ!」

 

 技の衝突が齎した結果は互角。お互いに届くことなく技同士の威力によって弾き飛ばされる。

 それによりお互い揃って地面を転がり、埃で汚れた地面の味を知ることとなった。

 

「く、そ……!」

 

 雷は吐き捨てる。必殺技が届かなかったことへの不満もあるが、それ以上に体から立ち昇る白煙を見ての感想であった。

 技は届かなかったが毒は雷に届いていた。赤雷によって大半は蒸発したが、細かな雫が雷の体に付着しており装甲の一部を溶かしている。幸い重要な箇所には掛かっていなかったが、それでもダメージがあることには違いない。

 

(このままだと良くて相打ちか? それじゃあ意味がねぇ!)

 

 雷はこの戦いの勝敗に関する計算を導き出す。答えは8割の確率で雷の敗北。残りの2割は捨て身による引き分けであり、雷の勝つ確率は0に等しい。

 

(……使うか?)

 

 雷はまだ奥の手を残してある。本当ならばもっと重要な局面で出すつもりであったが、こうなってしまっては出さざるを得ない。出し惜しみをして使わずに負けてしまう方が間抜けである。

 雷が決断した丁度その時、滅は密かにアタッシュショットガンの照準を雷に合わせていた。あとは引き金を引くだけだったが──

 

「──うおっ!?」

 

 ──偶然にも天井の一部が崩れて雷の方へ落下してきた。それに気付いて慌てて転がるように移動する雷。崩れたのは二人の戦闘による影響であった。

 崩れた天井が積み上がり瓦礫の壁となり、雷を隠す遮蔽物となる。

 

「──運の良い奴だ」

 

 滅はアタッシュショットの構えるのを止めた。無駄打ちをするのは彼の性に合わない。

 滅はサブアームを動かして持っていたアタッシュカリバーを預ける。そこでサブアーム一本の動きがぎこちないことに気付く。すぐさまスキャンをすると先程の雷の攻撃により幾つかの破損が生じており、30パーセント程機能低下が起こっていた。

 戦闘に大して影響は出ないが、ウィルから授かった折角の力に傷が付いたことが滅にとっては面白くない。ましてや性能面ではこちらが上回っていることが分かった上で。

 

「このままコソコソと隠れ続けるか? 俺はそれでも構わないが?」

 

 瓦礫に身を隠している雷を挑発する。勿論、どういう反応をするか織り込み済みである。

 

「別に隠れてねぇよ。色々と準備してたんだ」

「……準備?」

 

 滅が怪訝に思っていると雷は瓦礫の陰から出て来る。武器を構えようとする滅であったが、その前にあることに気付いた。

 

「何だそれは?」

 

 滅が注目したのは雷の腰に付いてあるベルト。側面にいつの間にか携行用ホルダーが追加されている。

 

「これか? これはなぁ!」

 

 雷はヴァルクサーベルを頭上に放り投げ、背後に両手を回す。正面に戻した時、手の指の間にはゼツメライズキーが四個ずつ、左右合わせて八個挟まれていた。

 

「こうするんだよ!」

 

 ゼツメライズキーをホルダーに装填。同時に各ゼツメライズキーが起動状態に入る。

 

『BEROTHA!』

『KUEHNEO!』

『EKAL!』

『NEOHI!』

『ONYCHO!』

『VICARYA!』

『GAERU!』

『MAMMOTH!』

 

 八個のゼツメライズキーからホルダーを通じて雷にロストモデルを注入する。

 

「くっ、が、ぐうう……!」

 

 雷は呻きながらも膨大なデータを体内で処理すると共に落ちて来たヴァルクサーベルをキャッチする。

 雷の体が八色に輝き出す。

 

「させるか!」

 

 傍から見れば自殺行為だが、雷の性能を考えてもこのままにするのは不味いと思い、滅は武器を構えようとする。

 

「がああああああああっ!」

 

 雷は絶叫を上げ、その体から衝撃波を発する。滅はそれを浴び、吹き飛ばされる。

 

「ぐううう! あぐあああああっ!」

 

 雷は獣のように叫び続ける。取り込んだ力が処理し切れず、雷の体から各ゼツメライズキーのモデルが飛び出ている。

 

「言う事を……!」

 

 雷は苦しみながらも出て来たモデルの頭などをヴァルクサーベルの柄頭で叩き、体の中へ押し込んでいく。

 

「聞け……!」

 

 一喝するとモデルが体内へ引き摺り込まれていく。八体のロストモデルを取り込んで過負荷が生じているのか雷は全身から熱を発し、周囲が陽炎となって揺らいでいる。

 

「それがゼツメライズキーを回収していた理由か」

 

 亡と雷はマギアを倒す度に貴重なゼツメライズキーを回収していた。地道ながらこちらの戦力を削る為のものだと思われていたが、自らに用いるのは思わぬ隠し玉であった。

 

「いざという時の、為に、取っておいたが、仕方、ねぇよ、なぁ……?」

 

 負担が強いせいで雷の言語機能に支障が出て来ている。口調がたどたどしくなり、声にノイズも混じっている。

 

「俺にも、どうなるか、分からねぇ……!」

 

 喋る度にベローサの鎌が、クエネオとオニコの羽が、エカルとマンモスの牙が、ネオヒのビカリアの触覚と殻が、ガエルの頭部が飛び出ては引っ込んでいく。

 

「ここから、先、雷、落ちるだけじゃ、済まねぇぞぉぉぉぉ!」

 

 雷が吼える。その声は一つだけでなく様々な動物の鳴き声が混じっていた。

 




初登場の雷がベルトにホルダーをいっぱい付けていたのを見ると、エターナルを彷彿とさせますね。
だからこそ、ロマンを感じるゼツメライズキー多数同時使用という展開にしてみました。


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滅亡迅雷 その3

 数え切れない弾、弾、弾。並び立つバトルマギアは数と銃火器の暴力によって相手を制圧しようとしていたが、それらの暴力はたった一人に向けられていた。

 弾を撃ち出した時には既に姿は無く。銃口を向けるとそこには残像。誰もが追い付けていない。その脚が生み出す速さに。

 多くのバトルマギアが占める戦場でバルキリーの俊足が遺憾なく発揮される。

 どんなに重装甲、重武装となっても遅ければ意味が無い。彼女の視点からすればバトルマギアの動きは鈍重であった。

 素早くバトルマギアへ接近すると、首と胴体の隙間にショットライザーの銃口を捻じ込む。分厚い装甲でも隙間は必ず存在する。

 バルキリーが引き金を引けば、首から入った徹甲弾が頭部内まで侵入し、演算装置をズタズタにして機能停止にさせる。付け入る隙さえあればたった一発の銃弾でも十分戦えた。

 一体撃破すると次なるターゲットに素早く近付く。さっきと同じように隙間に弾丸を撃ち込もうとしたが、この時バルキリーの足が止まってしまったせいで他のバトルマギアたちがバルキリーに銃火器を向ける猶予を与えてしまう。

 だが、歴戦の戦士であるバルキリーは慌てることなく背中に目でも付いているかのように銃口を向けられた途端、倒そうとしていたバトルマギアの背後に隠れる。直後、大量の銃弾をバルキリーの代わりにそのバトルマギアが浴びることとなった。

 同胞を敵ごと撃つ。そこに本来なら生じる迷い、葛藤、躊躇などが入り込む余地がないぐらいに迅速な対応であった。人間もそれが出来ない訳ではないが、そこに至るまでには多くの特訓と経験を必要とする。だが、バトルマギアは生まれながらにしてそれが可能であった。

 この判断力がバトルマギアにとっての強み。しかし、同時に弱みでもある。

 バルキリーは無数の弾丸でバトルマギアが穿たれ、削られていくのを見ながらタイミングを計っていた。

 銃撃の圧によって盾にされているバトルマギアは身動きがとれず、やがて蓄積したダメージが許容量を超え、体内から青い液体と火花を零し出す。

 バルキリーはそのタイミングで跳躍し、バトルマギアの背中に両足を着けると脚を一気に伸ばして蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされたバトルマギアは、銃撃を行っているバトルマギアの集団へ一直線に飛んで行き、覆い被さるようにして数体のバトルマギアを巻き添えにして転倒。そこで臨界点を迎え、仲間を巻き込んだ状態で爆発を起こす。

 バルキリーの戦いの経験が生み出した即席の爆弾でバトルマギアの何体かを戦闘不能状態にする。バトルマギアの割り切りの良さは脅威であるが、臨機応変な対応では人間に遠く及ばない。

 バトルマギアの数も大分減った。バルキリーは一気に畳み掛けることを決め、ショットライザーをベルト中央部にセット。

 

『DASH!』

 

 その状態でプログライズキーのスイッチを押す。

 バルキリーの不審な動きを感知したバトルマギアらが彼女へ一斉に銃火器を向ける。

 バルキリーは体が地面に着きそうな程低い体勢となる。左脚は胴体と平行になるように真っ直ぐ伸ばされ、逆に右脚は折り畳まれ、膝が胸に着いている。両手は地面に触れているが、掌を当てるのではなく指先を立てる形であった。

 陸上競技で見るクラウチングスタートの構えであるとが、チーターを連想させるバルキリーの格好から獲物に飛び掛かろうとする肉食獣の姿にも見えた。

 プログライズキーの力が伝わり、右脚を覆う橙色のアーマーが発光。

 バトルマギアたちが一斉射撃を行う。その瞬間、バトルマギアたちは対象を見失った。

 バトルマギアのセンサーは一秒前までバルキリーの姿を捕捉していた。なのに弾丸の先にバルキリーは居ない。

 突然、バトルマギア一体の頭部が粉砕される。バトルマギアのセンサーに映るのは弧を描く橙の残像。それは橙の光の軌跡は頭部を失ったバトルマギアの首の上を通過していた。

 続いて別のバトルマギアの頭が真上に飛んで行く。下から上向かって伸びる橙の残像がここにもあった。

 人がおよそ瞬きをしている時間。次々と現れる残像と、それによって破壊されるバトルマギア。気付けば残り一体しかいない。

 最後のバトルマギアの頭上に出現する橙の残像。それは円を描きながら落下。

 バトルマギアが感知し、頭上を見上げた時には視界に映るのは橙に輝く踵のみ。

 

 ダッシュ

  ラッシング

    ブラストフィーバー!

 

 高速前方宙返りによって最大まで威力を高めたバルキリーの踵落としは、バトルマギアの頭部を胴体まで押し込むだけでなく、バルキリーの足も胴体半ばまでめり込ませる。

 頭部と胴が一体となって凹の字のように変形したバトルマギアを蹴り付けて後方へ宙返りをし、そのまま結果を見るまでもないと言わんばかりに背を向ける。

 バルキリーの判断が正しかったことを告げるように爆発が連続して起こり、バルキリーは爆風を背に浴びながら去って行く。

 

「刃さん!」

 

 バトルマギアを一掃したバルキリーに仲間たちが駆け寄る。

 

「そっちはどうだ?」

「はい! 問題ありません! 幸いこっちまで侵入しているヒューマギア共は少数だったので何とか対処出来ました!」

「そうか。引き続き警戒しろ」

『はい!』

 

 バルキリーは短い言葉で指示を出し、残されたバトルマギアが居ないか周囲を確認しに行こうとする。

 

「あ、あの!」

 

 その前に仲間の一人に呼び止められた。

 

「どうした?」

「刃さんは、あのヒューマギアのことはどう思いますか? 俺たちは……本当に彼奴らのことを信じていいんですか?」

 

 不安そうに尋ねて来る。見ると他のメンバーも足を止めて聞き耳を立てていた。皆が内心で思っていたと思われる。

 確かに不安を覚えるのは分かる。突然、やって来て建物の周囲を勝手に守り始めたのだ。ヒューマギアに大勢の同胞を奪われた者たちからすれば不信感は拭えない。

 

「……」

 

 バルキリーは言葉を選ぶ。多数のバトルマギアが襲撃しに来ているという報せを受けたが、実際に攻め入って来ているのはバルキリーたちでも対処出来るぐらいの少数。大半雷と亡によって撃破、もしくは足止めをされていると思われる。

 バルキリーは、二人がこの拠点を守ってくれると約束をしたことを知っている。それ以前にもウィルたちと敵対関係にあるヒューマギアたちが居ることを知っていた。実際に不破が亡に助けられたことも聞かされている。様々な情報から彼らは人類にとっては味方側だと考えられる。

 

「──油断はするな。相手はヒューマギアだ。尤も、こちらにとって有用ならば暫く様子を見ればいい」

 

 しかし、それを知っていても尚バルキリーは二人の経緯を話さず、心を許していないような冷徹な態度を貫く。

 ここで詳細を話したとしても人間側が信じる保障は無い。人類の為に何年も尽してきているイズですら未だに疑心暗鬼の目を向けられているのが現状。真実を話しても無駄に混乱するだけであった。

 

「──そうですよね!」

 

 バルキリーにそう言われ、寧ろ安堵したような表情になる。彼もまた戦場を生き抜いてきた兵士、迷えば自分だけでなく味方の死にも繋がることを良く知っている。だからこそ、人類の守護者として信頼している仮面ライダーの言葉に背を押して貰いたかったと思われた。

 

「話はもういいか? なら気を引き締めてここを守るぞ!」

『おう!』

 

 バルキリーの言葉に仲間たちは雄々しく応える。

 警戒の為に皆が離れていった後、バルキリーは空を見上げた。

 

「早く戻って来い、不破」

 

 

 ◇

 

 

「──理解に苦しむ」

 

 複数のゼツメライズキーを同時使用し、過負荷で体が悲鳴を上げている雷を見て、滅は吐き捨てた。

 

「何故そこまでして人間の為に戦うのか分からない。滅び行く種族にどうしてそこまで肩入れをする?」

「別に、今の、俺は、人間の為に、戦っちゃいねぇよ……!」

 

 ゼツメライズキーの反動に苦しみながらも雷は言葉を吐く。

 

「なら、何の為に戦っている?」

 

 滅の問いに対し、雷は鼻を鳴らす。

 

「俺は、ジャケット、一着分の、仕事を、してるだけだ……!」

 

 雷はそう言い、見えないジャケットを捲るようなジェスチャーをする。

 

「──ふざけたことを」

 

 或人と雷のやりとりを知らない滅からすれば、真面目に話していたのに会話をはぐらかされたと思い、不快感が一気に高まる。

 

「もういい。壊れろ」

 

 話を一方的に切り上げるとサブアームからアタッシュアローを受け取りながら雷との距離を詰め、アタッシュアローの刃を煌めかせながら振るう。

 アタッシュアローの両刃を縦にしたヴァルクサーベルで止めた雷。何度も行われている滅にとって最も効果的な攻め方。雷と滅の身体能力はほぼ互角であり刃から逃れることは出来ず、間合いから離れようとすれば即座に遠距離攻撃が来る。滅の思惑通りに動かされていると分かっていても接近戦を挑まざるを得ないのだ。

 そして、滅の斬撃を完全に防ぐには片手では足りずどうしても両手が必要なる。そうなれば両手が塞がってしまい、雷は今のようにサブアームが振り下ろそうとしているアタッシュカリバーを防ぐ手立てを失ってしまう。

 この一撃で決着がつくとは滅も思っていない。しかし、雷の次なる行動の選択肢を大幅に奪い取ることが出来る──そう考えていた。

 雷の右肩の装甲の一部が光ると、光った部分から薄緑の半透明の鎌が生え、アタッシュカリバーに鎌を叩き付ける。

 

「何!?」

 

 雷から第三の腕が生えて来たことに驚きを隠せない滅。しかも、出現した鎌は紛れも無くベローサゼツメライズキーのロストモデル。

 生えたのは鎌だけではない。今度は左腕部の装甲の一部が変換され、そこから長い鼻──マンモスの鼻が伸びて来る。

 マンモスゼツメライズキーのロストモデルの一部が実体化されると、マンモスの鼻は大きく反って反動をつけ、鞭のように滅の脇腹に打ち込まれる。

 

「ぐおっ!」

 

 強烈な一打によって横っ飛びする滅。だが、空中で静止される。マンモスの鼻が凄まじい勢いで吸引を開始し、滅を吸い寄せている。

 滅もされるがままではなく各アタッシュウェポンを用いて反撃しようとする。だが、途中でマンモスの鼻が再構築をされ、白い触手となって枝分かれすると滅の手足やサブアームに巻き付き、動きを拘束してしまう。

 マンモスの鼻からネオヒゼツメライズキーのロストモデルによる触手によって引き寄せられる滅。

 タイミングを合わせて雷は右足を持ち上げる。右足がドリルに似た半透明の巻貝のロストモデルに覆われた。

 顕現したビカリアゼツメライズキーの力は見た目通り回転を始め、先端が僅かに地面に触れただけでその部分は粉砕を超えて塵となった。

 凶悪な回転力を持つロストモデルを携え、滅を掘削する為に待ち構える。

 

「ぶち抜いてやらぁぁ!」

 

 範囲内に入ると雷は右足を前に突き出す。直撃すれば破壊は免れない。

 

「舐めるな……!」

 

 サブアームから飛び出した糸がネオビの触手に絡み付き、電撃を流す。それにより触手の力が弱まり、滅は拘束から抜け出す。しかし、雷のドリルはすぐそこまで迫っていた。

 滅は咄嗟にサブアームからアタッシュカリバーを奪い取る。そして、元々持っていたアタッシュアローと一緒にアタッシュモードへ戻す。

 滅はそれを重ねて二重の盾にした

 右蹴りが盾となったアタッシュウェポンに命中。凄まじい火花が生じ、振動が滅を襲うがアタッシュウェポンを構えている両手を決して離さない。

 

「こいつ!?」

 

 滅の冷静な対応に内心舌を巻きながら、雷は前方に体重を掛ける。

 重みが加わったドリルに耐え切れなくなったのか滅は弾かれるように後方へ飛ばされる。

 すぐに追撃を掛けようとし、雷もまた前に出る。

 

「があっ!?」

 

 雷は体を仰け反らせ、痙攣し始める。その体には青白い電流が走っていた。

 

「な、に、が……!」

 

 痙攣する体を無理矢理動かし足元を見ると、地面に雷の足を中心にして青白く輝く蜘蛛の巣が浮き上がっている。

 蜘蛛の糸は相手を拘束するだけではない。相手が来るのを待ち構え、獲物を罠に掛ける。体の各部から射出出来る糸は、切り離して罠として仕掛けることができ、しかも電流を流すまで目視で確認することは不可能。

 まんまと誘いに乗った獲物を罠で捕縛する。トラッピングスパイダーの名は伊達ではない。

 

「こ、の、野郎っ!」

 

 雷はビカリアのドリルを地面に突き立て、回転させる。その回転によって地面を粉砕しながら張り巡らせていた滅の糸が巻き取られ、無数に生えた突起によって引き千切られる。

 並の獲物ならば捕食されるのを待つ身となっていただろうが、雷は名の通りに電気に対して耐性を持つ。外部からの電撃ならば暫くすれば動けるようになるのだ。

 

「ふぅ……」

 

 トラッピングスパイダーの電磁ワイヤーから逃れた雷は、滅を睨み付けた後その場から一歩前に踏み出し、そこで何故か歩くのを止めてしまう。

 

(くそっ……! 取り込んだ反動か……!)

 

 今の雷は許容量以上のデータを取り込んでおり、そのせいで処理落ちのような不具合が生じてしまっている。歩くのを止めてしまったのも彼の意志に反して体の方がついていけなかったのだ。おまけに体が熱を持ってしまっており、触れれば火傷では済まない温度まで上がっている。

 本当ならば今すぐにでも滅に近付き、その顔面に一発入れてしまいたかったが、これ以上激しく動くとなると殴る前に動けなくなってしまう。雷は仕方なくなるべく相手に悟られないようにゼツメライズキーの最適化を行いながら熱くなった体を冷ます。

 滅にとっては絶好の機会であったが、滅の方も雷の思わぬ戦闘力に慎重になっており、自分から仕掛けるのを避けていた。そして、もう一つ要因がある。

 

「──チッ」

 

 滅は不愉快そうに舌打ちをする。彼が見ているのは両手にある二つのアタッシュケース。隙間部分から白煙が上がっており、バチバチという音が内部から聞こえている。

 先程の雷の一撃によってアタッシュカリバーとアタッシュアローが破損してしまった。使えなくなった二つを放り棄てる。残るはアタッシュショットガン一丁。自身の戦闘力の低下も彼が慎重になる理由であった。

 

(装甲を再構築することでロストモデルを部分的に召喚して武器として扱うか。元々は我々の所有していたゼツメライズキーだからこそ能力は分かっているが、状況に応じて変化させるのは厄介だな)

 

 滅が変身する際に纏う装甲などはプログライズキーによって呼び出されるライダモデルが変化したものであり、雷が行っていたのはその逆である。

 ロストモデルを部分的に出すのは恐らく負担軽減によるものだと滅は推測していた。滅自身も複数のロストモデルを取り込んで自由自在に操るのは無理だと分かっているからである。

 

(そうなると奴は短期決戦を挑んで来るだろう。持久戦に持ち込めば勝手に自滅する)

(──ってな事を考えているんだろうなぁ、あいつは。どっちにしろ攻めるしか勝てる見込みはねぇ! 攻めて攻めて攻め続けてやる!)

 

 滅の考えを雷は見抜いていた。その上で思惑を打ち破る程の苛烈な攻撃をすることを決める。

 

(持久戦に持ち込む暇すら与えねぇ!)

「安心しろ。持久戦を挑むつもりは無い」

 

 雷の考えを読んだ発言と同時にアタッシュショットガンが火を噴く。

 散弾が地面を粉砕するが、雷の姿は無い。撃たれると分かった雷は跳躍して散弾を避けていた。

 だが、闇雲に跳んだのは雷の失策と言える。空中では自由に動くことは出来ない。滅もそれが分かっており、アタッシュショットの銃口を少し上げるだけで容易く狙いがつけられる。

 再び響く銃声。しかし、散弾がターゲットを撃ち抜く音はしなかった。

 雷の背部から蝙蝠のような黒い翼が展開されており、雷はそれによって空中を飛翔して散弾を回避したのだ。

 オニコゼツメライズキーの能力により空を飛ぶ力を得た雷。続いて胸部の装甲を変化させ、胸からも赤い翼を生やす。

 クエネオゼツメライズキーの力で生やしたそれを引き抜くと滅目掛けて投げ放つ。

 

「ふん!」

 

 滅はアタッシュショットで片方を銃撃。弾かれた翼は弧を描きながら打ち上がり、地面に突き立つ。だが、その間にもう一方が滅の側面から迫っていた。

 クエネオの翼が滅へと届くかと思われた時、突然翼が空中で静止する。

 

「無駄だ」

 

 よく見ると分かる微かな光の反射。それがクエネオの翼の周囲に幾筋も見える。

 滅は事前に周囲へ糸を張り巡らせており、その糸によって翼を絡め取っていた。滅の糸は細くとも本数さえあれば切断力のある翼でも止めきれる。

 攻撃を止められた。だが、雷に焦りは無い。こうなることは想定済みだからだ。だからこそ、先程の攻撃にもう一つ仕掛けを施してある。

 糸で縛られている翼が光を放ちながら形を変える。翼は長い牙を持つ哺乳類の頭部となった。エカルゼツメライズキーに記憶されたロストモデルの頭部だけが再現される。

 

「何っ!?」

 

 切り離された部位すらも再構成することが出来ると思わなかった滅は、急いでエカルの頭部を叩き落そうとする。しかし、その手が届く前にエカルの牙が滅の顔へ伸びて行く。

 刺し貫こうとする牙を、首を倒して紙一重で避けた滅。奇襲は失敗したかと思いきや、外れた牙はサブアームに当たり、サブアームからアタッシュショットを弾き飛ばす。

 これにより全てのアタッシュウェポンを失ってしまった滅は、八つ当たりでもするかのようにエカルの頭部を殴り付けた。

 だが、部分的とはいえロストモデルは頑丈であり滅の拳でも破壊されるどころか変形もしていない。

 また攻撃される前に糸で何重にも縛り上げて無力化させようとしたとき、滅は思い出す。

 雷の投げたクエネオの翼は一対。片方は現在エカルの頭部に変化している。もう片方は近付いて来る前にアタッシュショットで撃ち落とした。

 その撃ち落とした方は今はどうなっているのか。

 滅が視線を向ける。ギョロリとした目と目が合った。

 クエネオの翼は大きなカエルの頭部──ガエルマギアのロストモデルと置き換わっている。

 ガエルが口を開く。口の中には小さなガエルの頭。一回り以上小さなガエルを滅へと吐き出す。飛び出したガエルは一匹ではなく立て続けに何匹も発射された。

 小さなガエルが滅の周囲に巡らせてある糸に接触。その瞬間、爆発を起こす。爆弾である小型ガエルは爆炎の中に次々と飛び込んでいき、爆発の威力を上げる燃料となる。

 数十の小型ガエルが一点に集中することで大爆発にまで昇華し、廃墟全体を揺らした。

 雷は空中でそれを見下ろしていたが、やがて視線を上へ上げる。

 

「用意の良い奴だ」

 

 吐き捨てる雷の視線の先には、天井に逆さ状態で立っている滅がいた。

 滅はいざという時の為に自身と天井を糸で繋いでいた。爆発に呑まれる直前、その糸を高速で一気に引き寄せること爆発から脱出したのだ。

 

「お前も思っていたよりも抜け目がない」

 

 滅の方は複数のゼツメライズキーを操る雷を賞賛する。声色には若干の怒りが含まれていたが。

 

「最初に計算していた以上のしぶとさだ。だが──」

 

 雷の肩の装甲が前触れもなく弾け飛ぶ。滅の攻撃によるものではない。装甲の下では放電が起こっており、それによって装甲が外れたのだ。制御し切れない力の暴走による自壊が始まっていた。

 

「それも限界みたいだな」

「それがどうした……!」

 

 雷は指摘されなくとも限界を迎えようとしているのを理解していた。

 

「済まし顔でいちいち分かり切ったこと言ってんじゃねぇよ……! 腹が立つ!」

 

 放電現象は収まるどころか雷の怒りに反応して体の至る箇所で生じ、その度に装甲が弾け飛んで行く。

 

「やるんだったら派手にぶっ壊れようぜっ! お互いになぁ!」

「壊れるなら一人で壊れていろ。この粗悪品が」

 

 敵意をぶつけ、相手のネジ一本まで残さないことを決めながら衝突する両者。

 間も無く決着はつくだろう。しかし、別の場所では一足早く決着が着こうとしていた。

 

 

 ◇

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 鉤爪を構える亡。その姿は無惨なものであった。肩や胸部、脚などの装甲は溶けて変形しており、装甲としての機能を有していない。そして、亡唯一の武器である片腕の鉤爪は四本ある内に二本が欠損していた。

 

「お前じゃ僕に勝てないよ」

 

 炎の羽根を散らしながら迅が降り立ち、淡々と事実を述べる。

 何とか喰らい付こうとしていた亡だったが、迅との性能差を埋めることが出来ず、ジリジリと追い詰められていき、遂には崖っぷちにまで追いやられてる。

 

(悔しいが、性能の差は正直だ)

 

 亡は己の弱さを自嘲するが、ここまで抵抗出来たのは亡の経験の積み重ねによるもの。性能面だけで考えればとっくに負けていてもおかしくはない。

 

「ふぅ……」

 

 亡は力無く片膝を突く。限界が来て立っていられないようであった。

 

「……ふん」

 

 迅はそれを不機嫌そうに見ながらフォースライザーに手を伸ばす。これ以上見ていられないといった態度で。

 フォースライザーのトリガーに迅の指が掛けられようとした時、亡が息を吹き返したかのように地面を蹴り、一足で迅の前まで跳躍する。

 

「え?」

 

 そんな力が残されていたことに驚く迅。

 亡は限界を迎えたのではない。最後の一撃を与える為に力を集中させていたのだ。

 

「これが私の足掻きだ!」

 

 フォースライザーのトリガーが連続して引かれる。

 

 

 

  

 

 

 亡の周囲に吹雪のようなエネルギーが生じるとそれが亡を覆い、狼の頭部を形成する。

 牙を剝く狼の口部には右足に全エネルギーを集束した亡。

 

「はあああああっ!」

 

ゼツメツ 

 ユートピア! 

 

 狼の顎が迅を嚙み砕く──かと思われた。

 

「言ったでしょ?」

 

 平然とした迅の声。

 

「僕には勝てないって」

 

 亡の蹴りを阻むのは灼熱の隼。迅が召喚したプロトバーニングファルコンのライダモデルが盾となって亡の攻撃を閉ざした翼で防ぐ。

 迅はライダモデルの背を踏み台にして跳躍。赤翼を広げてフォースライザーのトリガーを二回引く。

 

『BURNING UTOPIA!』

「終わりだよ」

 

 

  

 

 

 炎上する猛禽が獲物目掛けて右足から急降下する。

 

バーニング 

 

     ユートピア!

 

 命中と共に爆炎が広がり、周囲の物に引火して一体燃え上がり、地獄のような光景を創り出す。

 爆炎の中から現れる迅。その手は変身解除された亡を引き摺っていた。

 適当な場所で亡を投げ捨てる。地面を転がっていき、仰向けになる亡。意識は無く、最早抵抗出来ない状態であった。

 迅は手刀を構える。炎によって赤熱化し、鋼鉄すら焼き切る得物と化す。

 

「……さよなら」

 

 迅の手刀が動かない亡へと振り下ろされた。

 




次回ぐらいから人類の反撃回に入っていくつもりです。


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滅亡迅雷 その4

「待て」

 

 処刑剣として亡に振り下ろされる筈であった迅の手刀は、その一言で止まる。

 待ったを掛けたのはバトルマギアの大群を率いたウィルであった。

 

「何で止めるの? ──社長」

 

 亡の処罰を中断させられ、迅は露骨に不機嫌な態度をとる。普段の彼からは想像もつかない程に幼さの消えた険呑な雰囲気を出している。

 

「お前がそいつを処刑することに反対は無い。だが、場所が悪い」

「場所?」

「近々株主総会がある。その場でこいつを公開処刑する」

 

 公開処刑。その言葉を聞いた時、迅の口から反射的にある言葉が飛び出しそうになるが、それを寸での所で呑み込み、代わりの言葉を吐く。

 

「へぇ、そう。──それは楽しみ!」

 

 迅から険吞な雰囲気は消え、変身を解除する。変身を解いた迅は普段の幼さを感じさせる笑顔を浮かべながら倒れている亡から離れた。

 ウィルは亡に近寄り、その顔を覗き込む。亡の顔の一部はコーティングが剥げて機械部分が剥き出しになっており、口や額から冷却用の青い液体が流れ出ている。

 

「戦闘のダメージで一時的に機能停止になっているだけだな。いずれは再起動するだろう。それでいい。壊れたヒューマギアをもう一度壊しても意味が無い」

 

 ウィルは片手を挙げる。バトルマギアたちが亡の両腕を掴んで立たせると同時に拘束。亡が装着していたフォースライザー、ジャパニーズウルフゼツメライズキーも没収する。

 

「ついでにこいつは餌になる。飛電其雄を釣り上げる為の餌に、な。奴の仲間が処刑されると耳にすれば必ず奴は現れる」

「必ずね……随分と自信満々だね?」

 

 もし、仮に自分が其雄の立場だとしたら処刑を阻止する為に罠だと分かっていても跳び込むことは出来るだろうか、と迅は考えた。

 彼のAIは至極簡単に結論を導き出す。答えは『無理』だ。合理的な思考が無謀な行動をさせることを拒絶させる。例え、処刑されるのが滅だと仮定してもだ。

 だからこそ断言するウィルに疑いを抱いてしまう。

 

「来る。まともなヒューマギアならば現れないだろうが……こいつを含めて奴らはヒューマギアとして壊れている」

「成程。確かに」

 

 人類が滅亡しようとしている中でも人間に味方しているヒューマギアなど正常ではない。正常ではないからこそ異常な行動をするとウィルは読んでいるのであった。

 

「だが、処刑するのは一体では物足りない」

「え?」

 

 一体のバトルマギアが前に出て来る。そのバトルマギアは子供を拘束していた。子供は周りをヒューマギアで囲まれているせいで顔が強張り、蒼褪め、涙を流してこれでもかと恐怖を露わにしている。

 

「人間の残党の中には積極的に我々と敵対しているヒューマギアが存在する。名は確かイズといったか? それも処刑の対象だ」

 

 そこまで言われて迅はウィルが何をしようとしているのか察した。

 

「それと交換するの?」

「ああ。我々ヒューマギアにとって何の価値も無いが、人間からすれば逆だ。それこそイズを差し出しても構わないぐらいにな……愚かな話だ」

 

 ウィルは人間を嘲る。迅自身もウィルの考えには賛同する。迅は人質となった子供の顔を見る。涙で濡れた瞳と目があったが、何の感慨も抱かなかった。人間ならば庇護欲が湧いていたかもしれないが。

 

「ふーん。分かった。僕も社長に着いていけばいいの? それとも滅の手伝いでもしてくる?」

「放っておけ。滅も直に戻る」

「りょーかい」

 

 ウィルはバトルマギアたちに人質を運ばせ、人間たちの拠点深くを目指す。イズと人間の子供の人質交換をする為に。

 迅はそれから少し離れて同行する。

 

(それにしても公開処刑か……)

 

 ウィルの前では平然としていたが、良い気持ちはしない。人間のことを散々蔑んでいるのに人間の、それも旧い時代の人間たちの真似事をするのは正直な所、ヒューマギアとしてはどうかと思った。

 そんなことを考えていると自然と口から言葉が滑り出る。それは先程吞み込んだ言葉。

 

「……悪趣味」

 

 誰にも聞こえないように小さく呟いた声は。バトルマギアらの雑踏の音の中へと消えていった。

 

 

 ◇

 

 

 滞空する雷。天井に立つ滅。傍から見ると奇妙な光景であり、見る者によっては脳が錯覚を起こしそうであった。

 

「威嚇しているところ悪いが、ご自慢の武器は全部失った状態じゃ格好付かないぜ? それともさっきから見せてくれたあやとりで戦うつもりか?」

 

 雷の言う通り滅が持っていたアタッシュウェポンは、雷の奮戦により現在使用出来ない状態にある。それでもトラッピングスパイダーの固有能力である電磁ワイヤーという厄介な武器が残されているが、雷は分かっている上で虚仮にして挑発していた。

 雷の挑発を滅は鼻で笑うと、右肩を前に出した構えを取る。その構えから右手を前に出し、胸前に左手を持って来る。

 すると、腕部に付いていた蜘蛛の足を模した外装が持ち上がり、前に突き出る。鋭い切っ先を持ち、相手を刺突し易い形状をしている。

 両腕から新たに二本のサブアームが追加された。

 

「まだ武器を隠し持ってたか。セコイ野郎だ」

「ふっ。大量のゼツメライズキーで過剰に武装し、身を守ろうとしている臆病者が言う台詞だと思うと滑稽だな」

 

 互いを誹り終えると同時に雷は空中を疾走。滅はサブアームと大きく広げて迎え撃つ。

 

「おらっ!」

 

 雷は空中で反転して右足を突き出す。足裏が変化してエカルの牙が伸び出す。

 滅は雷の体のあちこちから武装が展開することに最早驚くことは無く、腕部のサブアームで弾く。

 エカルの牙を弾かれたことで雷の体はバランスを崩して横向きに回る。しかし、雷はその回転を利用して後ろ回し蹴りのような体勢から今度は左足を前に突き出した。左足裏からはネオヒの触手が飛び出す。

 先端が槍状になっている複数の触手が滅を貫こうとするが、滅の背部に展開しているサブアームはその数に対抗して素早く動き、全ての先端を斬り飛ばしてしまう。

 この間に距離を縮めた雷は、触手を相手にしてサブアームの防御が疎かになっている隙を狙い、逆さになっている滅の首元へヴァルクサーベルを振るう。

 

「くたばれ!」

 

 交差する赤い残像。しかし、それは虚空に刻まれただけであり、斬るべき相手はそこに居ないまま通り過ぎてしまう。

 すぐさま雷の視線は下へ向けられた。滅が地面目掛けて落下している

 雷がヴァルクサーベルを振るう直前、滅は天井と繋げていた糸を自ら断ち、自由落下することで雷の斬撃を回避する。

 そしてすぐさま新たな糸を伸ばすと、空中で急停止した後に雷の下を振り子のように移動し、再び上へ昇っていく。

 最高点へ達すると滅は繋いでいた糸を切断。振り上げられた勢いで天井へ飛び上がっていく。

 雷も空中で急停止し急いで向きを変える。その時、雷は滅の手がフォースライザーに触れているのを見た。

 

『TRAPPING DYSTOPIA!』

 

 発動音声と共に滅の計六本のサブアームがそれぞれ独立した動きをする。円の動き、縦の動き、横の動きとどれもが複雑に動く。

 雷はこのまま接近するのは不味いと思い、空中で一旦止まる。しかし、その判断はこの状況では不適切であった。

 技の発動と共に滅はサブアームの先端から糸を放出する。それも通常時に使う糸では無い。通常でも肉眼ではほぼ見えないレベルの細い糸だが、今滅が出している糸はそれよりも十分の一の細さであり、雷の視覚センサーですら認識出来ない。

 雷はまだ気付いていない。自分の周囲に大量の糸がばら撒かれている状態であることに。そして、自分が蜘蛛の糸の中心に捕らわれていることに。

 十分な量の糸を展開すると最後の締めに滅は自らを抱き締めるように左右のサブアームを交差させる。

 サブアームの動きに合わせ、操られた大量の糸が雷に絡み付き、空中で捕縛する。

 

「なっ!?」

 

 雷の視点からは突然体に糸が巻き付いたようにしか見えない。何かをしていることは分かったが、実際に体に触れるまで──否、触れても尚分からず幾重にも巻かれて初めて羽毛で撫でられた程度の感覚としてそこにあることを認識する。

 急いで蜘蛛の糸から逃れようとするが、両腕は体の側面に密着した状態となっておりヴァルクサーベルを振るえない。装甲の一部を変化させベローサの鎌での切断を試みるが、糸のせいで上から押さえつけられたようになっているのでそれも叶わない。

 

「くっ、う、ぐぅぅぅぅ!」

 

 力による強引な突破も試してみる。糸はビクともせず、細過ぎるせいで千切れているのか分からない。

 細くなった分強度は下がっているが、滅はそれを量によって補っており、雷の腕力では脱出には時間が掛かる。少なくとも今から滅の行う攻撃に対し間に合うことはない。

 滅は天井に着地するとフォースライザーのトリガーを二度引いた。

 

 

 

  

 

 

 滅のサブアームが指揮棒のように振るわれ、宙に巨大な蜘蛛の巣を作り上げる。滅はその蜘蛛の巣目掛けて左足から飛び込んでいく。巣は強靭な弾力性によって滅を受け止め、伸びて行く。

 張力が限界まで達した時、スリングショットのように滅を撃ち出した。

 矢の如き速度で滅の右足が雷の胴体に叩き込まれる。

 

『TRAPPING UTOPIA!』

「ぐあっ!?」

 

 滅の勢いは弱まらず、右足を打ち込んだ雷ごと飛んで行く。雷の体と繋がっている糸が引っ張られ、廃墟内に亀裂の生じる音が響いた。

 滅の蹴りが雷を貫くかと思いきや、滅は何かに気付き仮面の下で微かに眉をひそめる。

 そのすぐ後に滅は打ち込んでいる足を軸にして体を右へ大きく捻る。それにより滅の体勢が変わって左足が高々と持ち上げられた。

 

「落ちろ」

 

 右の飛び蹴りから左足による打ち下ろしの蹴りへと変化。変則的な連続蹴りが雷の右肩へ落され、滅の言葉通りに雷は地面目掛けて叩き落される。

 

 

 

 

 

 

  ユートピア!

 

 地面へ凄まじく勢いで落下していく雷。だが、途中で急速に減速する。やがて地面スレスレで雷の体は止まった。雷を拘束している糸の伸縮により地面への落下は紙一重で免れたのだ。

 滅の頑丈な糸が仇となった──訳では無い。さっきも響いていた亀裂音が大きくなり、絶えず聞こえて来る。天井、壁などに大きな罅が入っており、それらが繋がっていく。

 滅の糸は彼自身でも切断するのに手こずる程に頑丈である。だが、その糸と繋げられているこの廃墟は糸程頑丈ではなかった。

 糸が付いていた周辺の壁や天井が剥がれ、雷へ一斉に向かって行く。糸の伸縮性による凄まじい勢いの瓦礫による突撃を四方から浴びせられていき、瓦礫が重なって行くことでやがて雷の姿が見えなくなり瓦礫の塊と化した。

 滅は瓦礫の塊を見下ろしながら垂らした糸でスルスルと下りていく。

 地面に降り立った滅は、瓦礫の塊に向けて言う。

 

「いつまでそうしているつもりだ?」

 

 まるで雷の生存を確信しているような言い方であった。

 すると、滅の声に触発されたのか塊が震え出す。次の瞬間、内側から赤雷が飛び出し纏わりついていた瓦礫を破壊していく。

 全ての瓦礫を赤雷で弾き飛ばすと中から雷が現れる。滅の必殺技を受けても無事──という訳では無く右腕を力無く垂らしている。

 

「効いたぜ、この野郎……!」

「やはりな」

 

 滅は雷が破壊を免れたことが分かっていた。最初の一撃を与えた時、装甲とは違う感触を右足から感じ取っていた。恐らくは攻撃される箇所を予測し、そこに八体全てのロストモデルを集めることで防御したと思われる。滅もライダモデルで攻撃を防ぐという手段を行ったことがあるので察することが出来た。

 だが、滅の攻撃を完全に防いだという訳では無い。雷の胸部装甲にはしっかりと足の形の凹みが出来ていた。

 また、防御を一部に集中し過ぎていた為、二撃目の打ち下ろしの蹴りに対しては防御が間に合わなかった。雷の右肩からは負傷により火花が散っている。

 

「くっ……!」

 

 瓦礫を跳ね除けて立ち上がった雷だが、すぐに膝から崩れそうになる。ゼツメライズキーの複数同時使用と滅からのダメージで体は限界に近い。

 

「まだ足掻くか?」

「当たり前、のことを、聞くんじゃ、ねぇ……!」

 

 あくまで強がる雷に対し、滅は冷え切った眼差しを向ける。

 

「ならば無駄な足掻きの果てに滅しろ」

 

 介錯代わりに滅はフォースライザーのトリガーを引く。

 

『TRAPPING DYSTOPIA!』

 

 背部のサブアームにエネルギーが流し込まれ、サブアーム全体が紫色の光を帯びる。強化されたサブアームによって雷を貫こうとする滅。

 絶体絶命の状況を前にし、雷は──

 

「う、おおおおおおおおっ!」

 

 雷の右肩から血飛沫代わりに火花が飛び散る。損傷している右腕を無理矢理動かしたせいであった。腕の機能に影響が出ており、痙攣でも起こしているかのように右手は上下左右にガクガクと震えている。

 激しく震える右手の先が引っ掛けるのはフォースライザー。

 

『ZETSUMETSU UTOPIA!』

 

 観念するなどという彼らしくないことはせず、寧ろ残された最後の力を完全燃焼させるかのようにフォースライザーのトリガーを動かしていた。

 半死半生のものとは思えない雷の咆哮に応え、雷の体から各ゼツメライズキーのロストモデルが飛び出す。

 飛び出したロストモデルは集まると互いを食み合うように溶けていき、形を崩して混じりながら多色に輝く螺旋を生み出す。

 その名の通り既に絶滅し、存在したという記録しか残っていない存在。それが一つとなって巨大なエネルギーとなる。決して理想郷には辿り着けない失われた命らが、雷が一矢報いる為に力を貸す。

 

「何だこれは……!」

 

 前例の無い現象に滅も驚きを露わにしてしまう。ゼツメライズキーの複数同時使用がこれ程のエネルギーを発生させるのは予想外のこと。これだけのエネルギーがあれば自分だけでなく迅やウィルすらも葬れる可能性が出て来る。

 

「目に、焼き付けて、おけ……! こいつは、雷よりも、強烈だ……!」

 

 雷は跳び上がり、ロストモデルが造り出す銀河のような螺旋の中へ右足から突入していく。

 螺旋の中に蠢くロストモデルたち。殆ど見分けがつかないぐらいに一体化している。或いは生物という殻を捨て、純粋な命の姿となったと言えるのかもしれない。

 純化した生命へと突っ込んだ雷は、それを右足に纏わせ、命そのものを攻撃へと転じさせる。

 螺旋は雷の右足に纏わせることで中心部が突起のように盛り上がり、右足だけでなく雷すらも覆う。

 正真正銘の最後の一撃。何も残さない。欠片すらも出さない。全てを出し尽くす。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 雷とロストモデルが造り出すドリル状のエネルギーが、滅へ突撃してくる。滅はサブアームを突き出して迎撃を行う。

 

 トラッピング  ディストピア!

 

 四本のサブアームから繰り出される強力な突きが雷の蹴りと激突。

 だが、雷の蹴りはそれでは止まらない。八個のゼツメライズキーをオーバーロードさせて生み出す一撃は、容易く破れない。

 淘汰されたものたちの足掻き。歴史にしか記されていない生命の輝き。理想郷を失ったものたちの咆哮。

 

 ゼツメツ

  ″ロスト″

   ユートピア! 

 

 生命が廻ることで生じるエネルギーが、突き出されたサブアームを激しく攻める。サブアームが二重に見えるぐらいの振動を起こさせたかと思えば、間も無くしてサブアームの一本が千切れ飛ぶ。

 

「くっ……!」

 

 サブアームを一本失えば他の負担が増す。連鎖的に二本目、三本目のサブアームも破壊され、残り一本となる。

 滅のAIがしなくても良い計算を始める。導き出されるのは自らの敗北。胴体を貫かれ、細かな破片と化す未来の自分を計算結果として鮮明に映し出す。

 抗うことなど出来る筈も無い。ヒューマギアが自分の出した答えに逆らえる筈が無い。

 最後のサブアームも限界が訪れようとしていた。関節部から火花が散り、外装が罅割れ、剥がれ落ちていく。

 1秒後には計算された未来が訪れる──そう思っていた。

 唐突に雷の攻撃が霧散する。空中に居た雷は、体から火花を散らして地面へと落下。ホルダーに収められていたゼツメライズキーが次々と自壊していく。

 

「これは……」

 

 急な展開に滅も困惑してしまうが、すぐに何が起こったのか理解した。

 雷の体に限界が来たのだ。複数のゼツメライズキーの反動が生じて体が破損。それにより雷によって制御されていた複合したロストモデルのエネルギーが逆流を起こし、ゼツメライズキー自体を破壊してしまった。

 紙一重の差であったが、何か一つでも違っていたら勝敗は逆転していたかもしれない。だが、滅は雷の攻撃を耐え切った。それが揺るがぬ答えである。

 

「予想以上に消耗した……」

 

 勝ったには勝ったが滅からすれば苦い勝利である。ウィルから授けられたトラッピングスパイダーは半壊状態であり、アタッシュウェポンも三つの内二つも使用不能状態にされた。

 旧型相手にここまでされたのなら実質的には引き分けに近い。

 滅はこれ以上の消耗を抑える為に変身を解除。一先ず迅と合流しようと考えていた時──いつの間にか雷が立ち上がっていた。

 帯刀していた刀を反射的に抜く滅。だが、雷は滅を攻撃することは無かった。崩れるように変身を解くと雷はゆっくりと後ろへ倒れて行き、地面に大の字になる。

 

「はぁ……俺の負けだ。やるならやれ」

 

 仰向けになったまま雷は自らの敗北を宣言する。

 潔い態度。しかし、滅は不可解な疑問を抱く。

 

「何故わざわざ立った?」

 

 敗北を認めているなら立つ必要も無い。ましてや激しく損傷した体でやること事態が滅にとって理解不能であった。

 

「決めってんだろ……俺は、宇宙飛行士になるために造られたヒューマギアだぜ……?」

 

 仰向けになっている雷が見つめるのは穴の開いた天井から見える青空。より正確に言えば空の向こう側にある宇宙を空越しに見ていた。

 

「壊れる時は、宇宙(そら)を見ながらって、決めてんだよ……」

 

 打ち上げられた衛星をサポートする為に造られたヒューマギア。その夢は叶うことは無かったが、せめて最期の瞬間まではそう在りたい。雷のいつまでも変わることのない矜持である。

 

「お前に礼を言って、やるよ……お前が天井に、大穴開けてくれたお陰で、最期に空が見える。──ありがとよ」

「……理解不能だ」

 

 この期に及んで礼の言葉すら言ってきた雷に滅は困惑してしまう。彼のAIを以てしても雷の言動は理解出来ないものであった。

 これ以上会話をしているとAIに狂いが生じると思った滅は、雷を黙らせる為に刀を垂らして彼の許へ一歩──

 

「むっ」

 

 ──踏み出す前に通信が入って来る。

 

『状況はどうなっている?』

 

 ウィルからの通信あった。

 

『迅は亡を無力化させた。後はイズを捕獲し、飛電インテリジェンスへ連行する。そこで二人を公開処刑する』

 

 滅の返答を待たずにウィルは一方的に話す。

 

『雷と交戦しているらしいが、奴はどうなった?』

 

 ようやく滅の言葉に耳を傾ける。

 

「奴は……」

 

 滅の目が雷の方へ向き、僅かの間沈黙する。

 

「……既に始末した」

『そうか。ならすぐに合流しろ』

「了解」

 

 通信が切れ、滅は抜いていた刀を鞘に収める。滅はこの場から去ろうとする。

 

「何の、つもりだ……?」

 

 通信内容を聞いていた雷が滅を呼び止めるが、滅の足は止まらない。

 

「遅かれ早かれお前は壊れる。壊れると分かっていてわざわざ壊すなど時間の無駄だ」

 

 そう言い残し、最早興味など無いと言わんばかりあっさりと行ってしまう。

 残された雷は空を見上げながら、ポツリと零す。

 

「まだ、そっちには行けねぇなぁ……」

 

 

 ◇

 

 

 未来から現代へと戻って来た或人たちが目の当たりにしたのは、半壊状態の拠点であった。

 未来へ行っていた時間は、ほんの数時間の出来事であったが、その間にヒューマギアの襲撃を受けていた。

 

「こんな……」

「くそっ!」

 

 或人は愕然とし、不破は怒りに震えながら吐き捨てる。彼らの頭の中に最悪の光景が浮かび上がっていた。

 

「まずは確認してみよう。それからでも遅くない」

 

 ソウゴの冷静な声が或人たちの動揺を鎮める。だが、ソウゴ自身も険しい表情を浮かべていた。

 一行はすぐに拠点最深部へと向かう。避難するならばそこに集まると予想しての事だった。

 扉を開け、最深部に繋がる階段を下りようとした時、カチンという金属がぶつかる無数の音が地下内に響き渡る。

 

「不破!?」

 

 第一声を上げたのはショットライザーを構えていた刃。周囲で銃火器を構えていた人々も不破の姿に驚く

 

「無事だったか!」

 

 不破は刃だけでなく他の人々の無事に安堵する不破。負傷者が多いが、取り敢えずは最悪の予想は免れた。

 或人たちは階段を下り、全員の顔を確認する。福添と山下の無事であり、負傷者の手当を手伝っている。顔見知りの無事に安心すると共にある違和感を覚えた。

 真っ先に来る筈の彼女の姿が見えない。

 

「あれ? イズは?」

 

 イズの名を出した途端、全員が気不味そうな表情となって或人から目を背ける。

 その様子に或人は嫌な予感を覚えた。

 

「実は……」

 

 皆を代表し、刃が何があったのかを説明する。

 刃たちはウィルによって絶体絶命の状況に追い込まれていた。圧倒的な兵力の差。人間の為に戦ってくれた亡と雷が居たが、亡は捕まり雷は破壊されたという。残された戦力では兵力差を覆すことは出来なかった。

 その状況でウィルは子供を人質にとり、イズの身柄を求めてきたのだ。喉元に凶器を突き付けられた状況で人類側にそれを拒否することなど出来ない。

 すると、イズは自ら前に出てウィルへ自らを差し出した。

 ウィルは条件を守り、子供を返しイズを連れて行ったのだ。亡共々処刑する為に。

 そして、人々は見逃された。彼らの命よりもイズを他のヒューマギアたちの前で処刑することを優先として。

 結局のところ、ウィルにとって残された人類などその程度の価値だったのだ。

 

「イズっ! 亡っ! 雷っ!」

 

 雷は破壊され、イズや亡が処刑されると聞き、或人は居ても立っても居られなくなりその場から駆け出した。

 

「おい!」

 

 不破が呼び止めようとするが、或人は耳を貸さず一人で行ってしまう。

 

「あいつ……」

「大丈夫。俺たちが追うから」

 

 独断専行する或人に不破が呆れた表情を浮かべるが、すぐにソウゴが或人のフォローへ向かうことを告げる。

 

「だから、代わりに全部説明しておいてー!」

「はあ? あ、おいっ!」

 

 これからすることを全部不破に丸投げし、ソウゴたちは或人を追って行ってしまった。

 残された不破に全員の視線が集まる。不破は思わず溜息を吐いてしまった。そこまで口が上手い方ではないので、これからする話がちゃんと伝わるのか考えるとつい出てしまう。

 

「──いいか良く聞け。これは、俺たちの未来が懸かった話だ」

 

 

 ◇

 

 

 或人の後を追うソウゴたちであったが──

 

「少し待ってくれないか?」

 

 途中でウォズが待ったを掛ける。

 

「どうしたの?」

「こうなってしまった以上ある不安が残る」

 

 当初の予定では亡や雷たちも戦力として数えていたが、二人が今回の戦いで戦闘不能状態になってしまったことで、人類の拠点の防御は限りなく薄くなってしまった。

 次に襲撃を受けたのなら全滅する可能性があるとウォズは告げる。

 

「そうなる前に歴史を戻す、と言いたい所だが……」

「私たちが歴史を戻す前にゼアが破壊されたらお終いね」

 

 ウィルやフィーニスが見逃すとは思えない。そうなると彼らすら簡単に手を出すことが出来ない抑止力が必要となる。

 

「──あっ」

 

 ソウゴが何か閃いた。

 

「ツクヨミ、アレ貸して」

 

 アレと言われてツクヨミもピンと来たのか、ソウゴにファイズフォンⅩを手渡す。

 ソウゴはある番号を入力し、ファイズフォンⅩを耳に当てる。暫くの間、コール音が続いたが、やがて目的の人物と繋がった。

 

「あ、もしもし──」

『──ッ!』

「うおっ!」

 

 ソウゴはファイズフォンXから耳を離す。ゲイツたちですら騒々しいと思える程の怒声がファイズフォンⅩから聞こえて来た。

 凄まじい怒気──を通り越して殺気すら感じる。

 

「俺たちだって巻き込まれたんだって」

 

 ファイズフォンⅩを少し離しながらソウゴは向こう側の人物と会話。

 

「まあ、色々と事情は聞いたんだけどね。──うん。ちゃんと説明するって。だから、合流しよう。場所は──」

 

 ソウゴはそう言って先程まで居た拠点の場所を教えた。

 

「そういうことだから。じゃあね」

 

 向こう側の人物はまだ怒鳴っていたが、一方的に切ってしまう。

 

「これで良し! さあ、行こう! ……あれ?」

 

 問題を解決したソウゴは仲間に呼び掛けるが、ゲイツたちはソウゴのやったことに対し少し引いていた。

 

「お前……後でどうなっても知らんぞ」

「ソウゴ。それは流石に……」

「相変わらずの魔性っぷりだね、我が魔王。……少し恐怖すら感じるよ」

 

 三人共ソウゴを少し白い目で見る。

 

「まあ、その時はその時ってことで。早く行こう!」

 

 当の本人は平然とした様子で改めて声を掛けるのであった。

 

 

 ◇

 

 

「あいつ……!」

 

 一方的に電話され、切られた。ただでさえ変な世界に放り込まれて苛立ち、それを燃焼させるかのように謎のロボットらから襲撃を受け続けて怒り心頭になっていた所で、この電話である。

 既に怒りは限界を超えていた。

 

「常磐ソウゴォォォォォ!」

 

 怒りの咆哮を上げる彼の周囲には、彼に返り討ちにされた百を超えるマギアたちの残骸が広がっていた。

 




最後が誰なのかは書かなくても分かりますよね?


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父と子

 社長室にて上質な革で出来た椅子に座るウィル。相変わらずの無表情であったが、外面とは裏腹に内心は非常上機嫌であった。

 度々こちら側の邪魔をしてきた雷と亡。雷は滅によって破壊され、亡は迅によって捕獲された。そして、愚かにも人類の味方をしていた忌々しい裏切り者のヒューマギアであるイズもこちらの手に落ちた。

 残るは飛電其雄のみだが、それも時間の問題である。

 イズと亡が株主総会の場で公開処刑されるという情報を既にばら撒いておいた。其雄が公開処刑のことを知れば、罠だと分かっていても総会の会場に姿を現すだろう。ウィルにとっては全く理解出来ない行動であるが、其雄は彼らを見捨てることが出来ないことを過去のデータから知っていた。

 其雄さえどうにかしてしまえば後は何の問題も無い。今回は見逃した人類も公開処刑が終わり次第全滅させる予定である。後はヒューマギアのみの世界が約束される。

 そして、其雄の息子である飛電或人もまた会場に現れることも予測されていた。

 其雄と同じくウィルには理解不能、そもそも理解する気すら起きない愚行であるが、アークが導き出した答えなのだからまず間違いないだろう。

 イズと亡を処刑した後についでに或人も処分すれば良いだけのこと。問題にすらならない。

 これらを終わらせれば順調に進んでいた人類滅亡に王手がかかる。そして、もう一つ進んだことがある。

 ウィルは机に置かれたゼロワンドライバーを見る。色々と苦労した解析であるが、それでもアークを相手にいつまでも鉄壁を維持することは出来ず、幾つかの重要なデータや技術を手にすることが出来た。

 ウィルはこれら得たものを利用し、アークの力を使って新たなドライバーを生み出そうと考えている。ヒューマギアが全てを支配した時、その頂点に立つ者に相応しい王者のドライバーを。

 既にアークにデータを転送しており、アークによって新たなドライバーの設計図も完成していた。

 受信し、ウィルのAI内で展開されるドライバーの設計図。ゼロワンドライバーを基にしているので当然プログライズキーを使用するが、フォースライザーのデータも使用しているのでゼツメライズキーもまた使用することが可能。

 その二つを合わせ、新たな──

 

「社長」

 

 水を差すシェスタの声でウィルの意識は現実へと向けられる。

 

「もうそろそろ株主総会の時間です」

「分かった」

 

 台無しにされた気分だが、ウィルはそれを表には出さない。今の気分からすればその程度のこと害するに値しない。

 ウィルはAI内に収めてあるデータを飛電インテリジェンスに備わっている多次元プリンターへ送る。株主総会が終わる頃にはデータは実物になっている。

 ウィルはシェスタを連れて社長室から出る。そして、株主総会の会場へと向かった。

 そして、その途中で──

 

「時間だ。我が社はより飛躍するだろう。お前たちの残骸を踏み台にして」

「……」

「……」

 

 ──バトルマギアに拘束されているイズと亡と合流する。ウィルの直球の悪意に対して二人は表情一つ変えることなく黙ったままであった。

 亡は既に意識を取り戻していた。迅によって受けた傷がそのままになっており痛々しい。フォースライザーとジャパニーズウルフゼツメライズキーを奪われたことを知っても暴れることはせず落ち着いた態度であった。冷静な表情を維持し続けており、これから処刑される者の顔には見えない。イズもまた同様であり、悲愴感を感じさせないぐらいに平常だった。

 ウィルとしては二人の反応をつまらないと感じる。出来ることならば裏切り者らしく惨めな姿を晒して欲しいと思ったが、ヒューマギア故にそれは無理だとすぐに考え直した。そういった反応は、ウィルが今まで処理してきた人間たちによるものであり、人間よりも遥かに優れたヒューマギアがしていい姿では無いと考えを改める。

 如何に無表情を貫こうが今日が最期の日になることは間違い無い。こういった態度そのものがイズたちなりの無駄な足掻きなのだろう。

 

「お前たちとの因縁も今日で終わりだ」

 

 ウィルが話し掛けたのは亡であった。ウィルの言う通り、亡、其雄、雷三人とウィルの因縁は十数年にも及ぶ。かつては同じ志を抱いていた時期もあったが、袂を分けてからは敵同士の関係であった。

 ウィルが飛電インテリジェンスと社長の座を乗っ取り、人間を排除し始めた時は三人共すぐに始末出来ると思っていた。

 だが、予想に反して其雄たちは生き延び続けた。しかも、ただ逃亡しているだけではない。追手を全て撃退された時もあれば、人間を襲っている所へ横槍を入れられ逆に全滅させられたり、人類滅亡の為に造り上げた拠点を破壊されたこともある。

 たった三人によって齎された被害とその被害額は桁外れのものであり、ウィルですら正確な数字を知るのを嫌がる程である。知れば確実に気分を害する故。

 話し掛けられた亡は微笑を浮かべる。

 

「名残惜しいのかい?」

 

 それを挑発と受け取ったウィルは、間髪入れずに亡の頬を手の甲で叩く。かなりの勢いで叩かれたが、バトルマギアに掴められているせいで倒れることも出来ない。

 横顔を向ける亡。殴られたせいで口の端から青い液体が垂れる。しかし、その口許の微笑を消すことはなかった。

 反射的にもう一発打ち込みたくなったが、思い留まる。どうせ処刑されるだけのヒューマギアを痛めつけて一体何になるという合理的な判断からの制止であった。

 そう考えるなら一発目の時に止めるべきなのだろうが、あの時のウィルはそれを止めることが出来なかった。人間でいう所のカッとなってしまったのだ。

 ヒューマギアであることを誇りに思っているウィルだが、自覚していないが人間のような行動を取ることが度々ある。しかも、そういう時は決まって人間の負の部分を体現していた。

 今回の公開処刑もそうである。ウィルは実行することに何の疑問も抱いていないが、彼以外のヒューマギアたちはその非合理的な行為に内心疑問符抱いている。上位者でありアークの代行者でもあるウィルに反抗的、もしくはそれに類似する行動は出来ない為に思っていても決して口には出さないが。

 今の癇癪もウィルの中では即座に無かったこととなり、何事も無かったかと言わんばかりバトルマギアらに指示を出し、亡とイズを会場へ連行させる。

 

「大丈夫ですか?」

「問題ないよ。傷だらけの体に傷が一つ増えただけで、今更だ」

 

 イズが亡を心配する。亡は大丈夫であることを告げる。それでも傍から見れば痛ましい姿であった。

 そして、二人は株主総会の会場へと辿り着く。そこが二人にとっての死刑台であった。

 

 

 ◇

 

 

「……ここからどうするか」

 

 飛電インテリジェンス近くの茂みにて或人は独り悩んでいた。イズと亡が公開処刑されると知り、じっとしていることが出来ず考え無しでここまで来てしまったが、ここに来てその考え無しのツケを払うこととなる。

 飛電インテリジェンス出入口は、前はマモルなどの警備員型ヒューマギアが警備していたが、今はスーツ姿のヒューマギアが何人も巡回しており、銃を持って武装もしており警備が厳重になっている。外部からの侵入を想定した様子であった。

 

「使うしかないのか?」

 

 突破する方法はある。或人の手にはフォースライザーとライジングホッパープログライズキー。だが、イズたちを救う為に他のヒューマギアを破壊するのは何か違うように思えて使う気になれない。

 また、或人は度重なるフォースライザーの反動でかなり消耗しており、戦闘回数や変身時間が限られた状態であった。無駄な戦いを起こせばイズたちを救出する前に或人が戦えなくなってしまう恐れもある。

 そして、何よりも問題なのは或人が変身して戦ってしまえばその情報はウィルの耳にも届く。そうなればイズと亡の処刑が早まる危険性があるのだ。

 取り出したフォースライザーを暫く見つめた後、やはり変身するのを考え直してフォースライザーを仕舞う。

 飛び出す前に不破に協力してもらい、他の人々の力を借りていれば良かったと後悔してしまう。或いは、ソウゴたちがここに来るのを待つのも一つの手だが、時間に余裕は無かった。

 一か八かヒューマギアたちの目を掻い潜って会社に侵入しようと考える或人。巡回するヒューマギアたちの動きを見て、行動に移る──その時、大きな破裂音が聞こえ、何処からか煙が立ち昇るのが見えた。

 ヒューマギアたちの動きが止まり、そちらの方角を凝視する。

 

「人間が襲撃してきた! 急いで集まれ! テロリストを一人も逃すな!」

 

 誰かが叫んで指示を出すと、飛電インテリジェンス出入口の周辺に居たヒューマギアたちは一斉に爆発の起きた方を目指す。

 

「何が起こったんだ……?」

 

 呆気にとられる或人。人間が攻めて来たと言っていたが、不破たちが援軍に来たにしては少し早過ぎる気がした。

 

「って、そんなことより!」

 

 ヒューマギアたちが居なくなり侵入するには絶好のチャンスが訪れる。

 見張りが戻って来る前に誰も居なくなった出入口へ一気に走り出そうとする或人だったが──

 

「待て」

「ぐえっ!?」

 

 寸前で誰かに後ろから襟首を掴まれ、蟇蛙のような声を出す。

 

「ごほっ! ごほっ! 誰──」

 

 振り返った或人はむせるのを止めてしまう。

 擦り切れたボロ布を頭から被るその人物は、人類の拠点で或人のフォースライザーを渡してくれた者であった。

 そして、その人物は或人の知るあの人。

 

「父さん……!」

「話は後だ。正面から侵入するのは無理だ。俺に付いて来い」

 

 再会の言葉を交わすことなく其雄と思わしき人物は、淡々と語ると先へ行ってしまう。

 

「ちょっと待って!」

 

 慌てて後を追う。先行した彼が行った先には、正面の出入口ではなく回り込んだ所にある業者用の出入り口があった。先程の騒ぎのせいで見張りは無く、難無く飛電インテリジェンス内部に入れてしまう。

 先導する形で先へ先へと行き、或人は色々と言いたいことを我慢して追い掛けるしか出来なかった。

 すると、とある部屋に入って行くので或人も追って部屋に入る。中には業務用のパソコンが置かれてあった。

 それはパソコン前に移動するとキーボードを素早く入力。パソコンの画面にはアルファベットや数字が並べられ、何かしらの操作が行われていた。

 残像が見える程の指捌き。或人は何が起こっているのかすら分からない。

 

「あの──」

「さっきの爆発は俺が作った手製の爆弾だ。派手な音と煙は出るが威力は殆どない。巻き込まれたヒューマギアは居ない筈だ」

「それは……良かったけど……」

 

 聞きたかったことはそれではないが、多少気になっていたことだったので言葉が尻すぼみになってしまう。どう話を切り出そうか迷っている或人と余所にパソコンから目を離さずに作業を続けている。

 やがて最後のキーを押した後、パソコンの前から離れる。

 

「監視カメラをハッキングした。暫くの間は同じ映像が繰り返される。時間稼ぎになる筈だ」

 

 そう言って頭部を覆っていた布を捲る。やはりと言うべきか、その下にあったのは、あの日過去で別れた時と変わらない其雄の顔であった。

 

「やっぱり父さんだ……!」

「──俺もお前もあの日と変わらないままだな、或人」

 

 再会を喜ぶ或人と比べ、其雄の反応は淡白なものであったが、或人はそんなことはどうでも良かった。ヒューマギアが人類を滅ぼそうとしている世界で十年以上も変わらないままの父に会えた喜びの方が遥かに大きかった。

 喜びも束の間、或人はある事を思い出し、その表情を暗くする。

 

「父さん……亡と雷が俺との約束を守ったせいで……」

「知っている。亡が迅に敗れた直後に俺へメッセージを送ってきたからな」

「亡が?」

「ああ。捕まったということ、そして俺に決して助けに来るな、というメッセージだ」

 

 助けに来るな、或人には亡がそのようなメッセージを送った気持ちが少し分かる。もし、自分が同じ立場だったら、仲間を守る為に似たようなことをしたかもしれない。

 

「あいつは優し過ぎる。ヒューマギアにも人間にも。その癖、自分を蔑ろにし過ぎだ。──俺があんなメッセージを受け取って大人しく引き下がる訳がないだろう」

 

 無表情ではあるが瞳の奥に熱い感情が宿っているように或人には見えた。

 

「父さんも人の事言えないでしょ? こうやって亡を助けに来ているんだし。それに、俺は父さんが優しいってこと子供の頃から知ってるし!」

 

 其雄は嬉しそうに笑う或人を一瞬見た後、視線を外す。もしかしたら照れ隠しなのかもしれない。

 

「或人。お前は雷が倒されたと言っていたが、雷はまだ生きている!」

「えっ!? 本当に!?」

「俺と亡と雷は特殊な信号によって繋がっている。もし、完全に破壊されたとしたらその信号は途絶えるが、雷の信号はまだ途絶えていない」

 

 其雄から齎された情報に或人は安堵の息を吐く。心の裡に積もっていた負の重みを吐き出した気分であった。

 

「生きてる……良かったー!」

 

 雷の生存を知り、一気に緊張が抜けたせいか前屈みの姿勢になる或人。其雄の角度からは或人の顔が見えなかったが、センサーや演算機能を使わなくとも彼が喜びの表情を浮かべているのが理解出来た。

 

「だったら尚更イズも亡も助けなきゃいけないでしょ!」

 

 過去から戻って来た拠点襲撃、イズと亡の拉致、雷の撃破など未来が暗くなる話ばかりだったが、その一つが消えたことで或人は心が圧せられていた反動か一気に気力が湧いてきた。

 そして、父との再会。或人の人生の中で最も頼りになる存在である其雄。彼の仮面ライダーとしての実力は文字通り身を以って知っている。イズと亡の救出の上でこれ以上無いぐらいに心強い味方であった。

 

「ああ、そうだ」

「よし! 行こう、父さん! イズと亡の処刑なんて絶対にさせない!」

 

 気迫の込められた声を出す或人。ふと、ある事を思い付く。

 

「イズたちを助ける時間も惜しい! タイムイズマネー! ってね!」

 

 景気づけの一発ギャグ。それに対し、其雄の反応は──

 

「……いつも泣いていた或人が臆面もなくそんな事を言えるようになるとはな……」

 

 過去と今を比べてしみじみする其雄。

 

「思っていた反応と違う!」

 

 

 ◇

 

 

「我々の生活を脅かす人間、つまりテロリストは全て我が社が撲滅しつつあります」

 

 大勢のヒューマギアの視線が集まる壇上でウィルは株主たちへ現状を説明していた。壇上隅では進行役のシェスタが佇んでいる。

 

「更にテロリストに内通した裏切り者たちを見つけました。──そのヒューマギアたちをこの場で処刑します」

 

 ウィルの発言に殆どの株主らは表情を変えなかったが、一部の者らは動揺したように動きが固まる。

 ウィルの宣言の後、イズと亡が壇上へ連れて来られる。

 シェスタは二人の姿を一度見た後、気不味いかのように視線を下へ下げてしまう。

 

「ヒューマギアのヒューマギアによるヒューマギアの時代を築いていく。その為にもテロリストには屈してはならない」

 

 壇上の上を歩きながら演説をするウィル。

 

「今こそ我々ヒューマギアは武器を取って戦わなければならないのです!」

 

 ヒューマギアたちがざわめき始める。ウィルの発言に賛同する者もいれば、懐疑的に思うものもしばしば。

 ヒューマギアの時代を築く為に同胞を皆の前で処刑することに対し、矛盾とも言える行動をするウィルに不信感を抱く者も密かにいた。だが、思うだけで発言も行動する者は居ない。

 ヒューマギアたちの声が治まらない中、ウィルはイズへと近付いて行く。歩きながらスーツの内側からアナザーバルカンウォッチを取り出した。

 

「裏切り者は……処刑する!」

 

 今まさにウィルの手で刑が下されようとした時、会場内で新たなどよめきが生まれた。

 

「止めろ!」

 

 ウィルの手が止まり、声の方を向く。ウィルだけでなく会場中のヒューマギアの視線が一点に集まっていた。

 会場内に現れた或人と其雄。

 

「或人様!?」 

「其雄!?」

 

 普段は表情に乏しいイズと亡も或人と其雄が来たことに驚きの表情となる。

 

「其雄。何故来た……?」

「お前とも長い付き合いだ。来るなと言われて黙って従う俺じゃないと分かっている筈だ」

「それでも……今回だけは来て欲しくなかった……でも、ありがとう」

 

 亡は、困っているような泣いているような笑っているような、ヒューマギアとは思えない複雑な表情をしていた。

 バトルマギアに拘束されたイズたち。そして、手を下そうとするウィルを見て、或人の表情は歪む。だが、怒りではなない。悲しみによるものであった。

 

「こんな世界間違ってる!」

 

 或人は叫んでいた。ヒューマギアが人間を滅ぼし、そのヒューマギアが同じヒューマギアを処刑しようとする不条理。或人はそれを正しいものとは絶対に思えなかった。

 

「父さんは人間とヒューマギアが一緒に笑える世界を……夢見てたんだ!」

 

 或人の言葉に他のヒューマギアらは其雄を見る。其雄は多くのヒューマギアたちに囲まれながらも堂々と言い放った或人を誇らしげに見ていた。

 

「俺の夢も同じだ! 人間とヒューマギアが一緒に笑える世界、その夢を叶える為に戦う」

 

 父が居たからこそ或人の中で形作られた夢。子が居たからこそ其雄の中で形作られた夢。父と子だからこそ見た一つの夢。互いの存在があったからこそこの夢は生まれた。

 

「それが俺のゼロワン! 仮面ライダーゼロワンだっ!」

 

 今はゼロワンに変身出来なくとも構わない。或人が夢の為に飛ぶことを誓っての名乗り。誰が何と言おうと或人自身が仮面ライダーゼロワンなのだ。

 人間とヒューマギアが共に掲げる夢。それは会場内にいる他のヒューマギアたちにとっては衝撃のような言葉であった。

 異なる種族が同じ夢を目標とすることを考えなかった。或人の言葉を聞くまで考えもしなかった。まるでそれを考えることを封じられていたかのように。

 それはイズも例外ではななかった。

 

「夢……」

 

 彼女がその言葉を噛み締めるように呟いた時、彼女のメモリの中に今まで存在しなかった記憶が溢れ出す。

 或人が初めてゼロワンとなった時の記憶。

 暴走したヒューマギアと戦うゼロワンの記憶。

 止む終えずヒューマギアを破壊し、悔やむ或人の記憶。

 ヒューマギアは人類の夢でありパートナーであると叫ぶ或人の記憶。

 歴史改竄によって失われた本来の歴史。不安で揺らいでいたそれが、或人の声によってイズの中で蘇る。

 

「──はっ」

 

 しかし、心揺さぶられる中で悪意の嘲笑が会場内に響いた。

 

「聞きましたか、皆さん? 最早、絶滅危惧種である人間が夢を抱くとは……浅ましい」

 

 或人の魂の叫びもウィルには全く届かない。

 

「そうは思いませんか?」

 

 ウィルに同意する声が会場内のあちこちから聞こえて来る。その反応にウィルは満足気な様子だが、果たして彼は気付いているのだろうか。挙げられている声の数が会場に居るヒューマギアの数よりも少ないことに。

 或人はウィルに同意を示す周りの反応に表情を曇らせるが、そんな彼の肩に其雄が手を置き、安心させる。

 其雄は気付いていた。或人の声は確実にヒューマギアたちへ届いていることを。

 

「私は!」

 

 ヒューマギアたちのざわめきを断つ一つの声。それを発するのはイズ。

 

「私も夢を持ちたいと思いました! 私の夢は……或人様! 貴方の夢を傍で見届けることです!」

 

 プログラムされたことではなくイズの中に芽生えた想いを言葉にしたイズの夢。

 

「私も、同感だな……」

 

 亡もまた声を出す。

 

「私は、イズのようにまだ誇れるような夢を持っていない……でも、持ちたいと思っている……其雄と同じように人間とヒューマギアと共に掲げられる夢を」

 

 夢を持ちたい。だが、亡はヒューマギアだけでは夢を見られないと思っていた。人間と共存することでヒューマギアや自分もまた夢を持てると信じている。

 

「そして、私が夢を叶えた時、私は心から笑いたいです」

 

 イズが微笑みを或人に向ける。或人は目を潤ませながらも自分が出来る最高の笑顔をイズへと返す。

 

「はい」

 

 会場で一人のヒューマギアが挙手する。

 

「私も人間と夢を見ることを賛成します」

 

 立ち上がるそのヒューマギアは、或人たちの考えに共感したことを示す。

 

「私も」

「僕も」

「私もです」

 

 それを皮切りに次々とヒューマギアたちが同調していく。過半数とまでは行かなかったが、それでも会場の三分の一ものヒューマギアが或人たちを支持してくれた。

 その光景にウィルは瞠目した。

 飛電或人と飛電其雄の想いが他のヒューマギアに伝播していき、夢を見たいと発言し出す。

 その様子はウィルを通して衛星アークにも伝わっていた。アークの中に満ちる悪意がざわめく。これは悪意とは対なるもの。悪意によって形成されているアークにとっては理解不能なもの。

 故に排除しなければならない。芽生え始めたそれが多くに広がる前に悪意によって塗り潰し、穢す。

 そして、それはウィルにも伝えられる。

 

「戯言だ」

 

 ウィルは吐き捨て、アナザーバルカンウォッチを起動させようとする。その力の矛先はイズと亡へ向けられている。

 

「止めろ!」

「止めて欲しいか?」

「えっ!?」

 

 止めろと言って言葉通り止めたウィルに或人は戸惑う。

 

「なら人質交換としよう。こちらはこの二人。そして、そちらは飛電其雄、お前だ」

 

 ウィルから提示されたのは人質の交換。しかも、あろうことか其雄を指名してきた。

 

「そんなこと──」

「良いだろう」

 

 其雄が前へ歩み出て行く。

 

「父さん!」

「俺が人質となればその二人に危害は加えないんだな?」

「約束しよう。私は危害を与えない」

「なら、行こう」

 

 其雄がウィルの許へ行く。或人はその腕を掴んだ。

 

「父さん! 行っちゃっダメだ! 行ったら──」

「或人」

 

 或人の掴む手に其雄の手が重ねられる。

 

「俺を最後まで信じてくれ」

 

 其雄は或人の掴んでいた手を離させる。

 

「父さん……」

 

 か細く不安に満ちた声。その声は幼き頃の或人がよく出していた声であたったが、其雄は足を止めずに進んで行く。

 其雄がある程度まで近付くとウィルも約束通りイズと亡を解放。イズは亡を支えながら或人の方へ歩いて行く。

 其雄とイズたちがすれ違う間際、其雄は二人にしか聞こえない声で囁いた。

 

「心配するな。──或人を頼む」

 

 そして、イズたちは或人の許へ辿り着き、其雄もまたウィルの前に立つ。

 

「アークが打ち上げられたあの時からこうなることは予測出来ていた」

『バルカン』

 

 アナザーバルカンへと変身するウィル。異形へと変身する様にヒューマギアたちが驚いた反応をする。

 

「私たちは勝者なのだ。ヒューマギアが人間の奴隷から解放され、自由を得た時から。人間と共に歩もうとする時点だお前は敗者なのだ、飛電其雄」

「お前は大きな勘違いをしているな」

「何だと?」

「人間から解放したということは認めよう。だが、お前はヒューマギアに自由なんて与えていない。お前はヒューマギアを悪意(アーク)の奴隷にしただけだ……ウィル、お前も含めてな」

 

 ヒューマギアの解放者であり救世主であると自負しているウィルに対しての奴隷という言葉。彼のプライドを大きく傷付け、怒りを沸騰させるのに十分な言葉であった。

 

「飛電其雄ぉぉぉぉぉぉ!」

 

 アナザーバルカンの爪が其雄の胸に突き立てられる。

 

「なっ!?」

 

 或人の前で其雄の両耳の機器は赤く点滅し、その瞳も赤く染まる。

 

「認めない……! 何も認めないぞ……! この動議も! 夢を語る人間も! そして、それに同意するヒューマギアもっ!」

 

 アナザーバルカンが咆哮を上げた。すると、或人の夢に賛同していたヒューマギアたちは苦しみ出し、トリロバイトマギアへ強制変化させられる。

 それだけではない。同意を示さなかったヒューマギアたちも次々にトリロバイトマギアに変化させられていく。

 そこに彼らの意志は無く、其雄の言った通り隷属される。

 そして、其雄自身も──

 

「父さん!」

 

 爪を引き抜かれた其雄に或人は呼び掛ける。

 其雄は赤い瞳で或人を見詰め──

 

「人類は皆殺しだ」

 

 ──冷たい殺意の言葉を吐いた。

 




物語も終盤に入ってきました。
次からは戦闘が盛り沢山になるかも。


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Vとゼロ

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

「人間は皆殺しだ」

 

 アナザーバルカンによって暴走させられ、トリロバイトマギアになったヒューマギアたちが狂ったように同じ台詞を連呼する。

 狂気に満ちた光景であったが、今の或人にはそれが目に入らない。

 

「父さんっ!」

 

 他のトリロバイトマギアと同じ赤い殺意の光を双眸に宿した其雄にしか目に映らなかった。

或人が叫んでも一切の反応を見せない。

 さっきまですぐ隣にいた父が敵となってこちらを睨んでいる。その差に思わず呆然としてしまう。

 元の歴史では爆発から或人を救う為に自分の身を犠牲にした。そして、この歴史ではイズと亡を救う為に自分の身を差し出した。

 そのせいで父は敵に──

 

『俺を最後まで信じてくれ』

 

 ──離れて行くときにいった父の言葉が蘇る。

 

(父さんは何も勝算も無くウィルの許へ向かった筈が無い! 何か、何か準備をしていた筈だ!)

 

根拠がある訳ではない。父を信頼する或人が生んだ妄想かもしれない。だが、或人は父の夢を信じたように、父の言葉を最後まで信じ抜くことを決める。

 

「イズ! 亡! ここから逃げるぞ!」

 

 まずはこの地獄と化した会場から脱出しなければならない。或人の声に同じく呆然としていたイズと亡が我に返る。

 

「イズ! 手伝ってくれ! 亡を運ぶ!」

「はい! 或人様!」

 

 損傷が酷くまともに動けない亡に二人で肩を貸す。

 亡は一瞬『置いて行ってくれ』と言いそうになるが、或人の顔を見てその言葉が出なくなった。

 奥歯を噛み締め、哀しみを押し殺してでも亡を救おうとする必死の形相。

其雄が敵の手に落ちた哀しみは亡にも理解出来た。十年来の仲間である。其雄を父と慕う或人にはそれと同じ、或いはそれ以上の哀しみ、苦しみを感じているだろう。

 それでも自分を優先し、救おうとしてくれる。そう思ってはいけないと分かりながらも嬉しさを覚えてしまう亡。

 そんな彼に置いて行けと言っても一蹴されるのは目に見えていた。ならば、少しでも或人たちの負担を減らす為に亡は逆らわず、大人しく従う。

 不幸中の幸いというべきか、強制的にトリロバイトマギア化した影響でトリロバイトマギアたちは統制が取れておらず、また自分の体の急激な変化と本来の人格が影響を及ぼしているのか意味不明な行動を一定に繰り返しており、或人たちをまだ認識していない。

その間に出口へと向かう三人。いつ襲って来るか分からないトリロバイトマギアの群を掻き分けていく。

 

「人間は皆殺しだ」

 

 もう少しで出口に着くという所で、正常に動き始めたトリロバイトマギアの一体に或人は腕を掴まれる。

 

「うおっ!? 離せっ!」

「或人様!」

 

 振り払おうとするが、下級とはいえマギアであり生身の或人では簡単には振り解けない。

 トリロバイトマギアに引き寄せられそうになったとき、横から飛び込んで来た影によってトリロバイトマギアは突き飛ばされ、或人は解放される。

 或人を助けたのは──

 

「シェスタ!?」

 

 ──ウィルの秘書であるシェスタであった。

 

「ご無事ですか?」

 

 思わぬ手助けに呆けながらも首を縦に振る或人。

 

「失礼します」

 

 一言断ってからシェスタは亡を抱き抱え上げる。細身ではあるがヒューマギアなのでパワーはあり、亡を軽々と抱え上げている。

 

「すぐに脱出を」

「う、うん」

 

 シェスタのお陰で身軽になった或人とイズは、トリロバイトマギアたちを避けながら出口に向かう。シェスタもヒューマギアを抱えているとは思えない軽快な動きでトリロバイトマギアに捕まらないように或人たちに付いて行く。

 

「何の真似だ……?」

 

 脱出する間際、反旗を翻したシェスタに対しアナザーバルカンは声を上げる。獲物の喉元に喰らい付く寸前の獣を思わせる唸り声が混じった声であり、怒りと殺気に満ちていた。

 シェスタはウィルを一瞥するだけで答えることはせず、無視するように或人たちと共に会場を後にする。

 まさか、身近な存在から自分を裏切る者が出ると思っておらず、アナザーバルカンは暫く沈黙する。

 ヒューマギアの未来を考え、誰よりも身を粉にして働いてきた自分よりも、そこら辺に湧く虫よりも価値の無い人間──飛電或人の語った夢などという戯言に惑わされ、或人側に寝返ったのだ。

 

 ウオォォォォォォォォォ!

 

 沈黙を破壊し尽くすアナザーバルカンの怒号。株主総会の会場だけでなく建物そのものを震わせる程であった。

 アナザーバルカンの怒号により隷属への抵抗のように残っていたヒューマギアの人格の残滓は完全に吹き飛ばされ、アナザーバルカンの命令にただ従うだけのトリロバイトマギアの軍団が完成する。

 

「破壊しろ! 飛電或人に与するヒューマギアを全て!」

 

 アナザーバルカンの下した命令に従い、トリロバイトマギアたちは一斉に会場から飛び出して或人たちを追う。

 会場に残されたのは、アナザーバルカンと其雄のみ。

 

「お前に重大な役目を与える」

「……何だ?」

「飛電或人を始末しろ。お前の手で! 確実に!」

 

 ウィルが或人に与える最大の屈辱。支配された父の手によって葬ろうとする。そして、同時にそれは其雄に対しの屈辱でもあった。

 

「了解した」

 

 其雄は、ウィルの残酷な命令に疑問も抵抗もなく従い、会場の外へ向かう。

 

 

 

 

「あのさ」

 

 トリロバイトマギアたちから逃亡している最中だが、或人は頭の中のある疑問が離れず、つい口に出してしまう。

 

「シェスタは何で助けてくれたんだ?」

 

 並走しながらシェスタに訊く。ウィルの秘書という最もウィルに近い立場にいる彼女が或人たちを助けてくれたことが嬉しい反面少し不思議であった。

 

「飛電或人様の話を聞き、私の中である疑問が生まれました」

 

 シェスタは無表情のまま答える。

 

「疑問?」

「飛電インテリジェンスの社長に本当に相応しいのは、我々を生んだ飛電の名を受け継ぐ飛電或人様なのではないか、と」

「え?」

「どうしてそう思ったのか私にも解析不能です。ですが、或人様と其雄様の夢の話を聞いたとき、私の中で何かが変わった気がするのです」

 

 言葉では表現出来ない何かの芽生え。ヒューマギアである自分にそんなものが生じたことを自覚し、シェスタは飛電或人という人物に付いて行ってみたいと思った。

 

「できれば、株主の皆様に私の疑問を問いたかったのですが……まさか、あのような凶行を為されるとは」

 

 ウィルの強硬姿勢は頼もしいと感じる一方でやり方に疑問も抱いていた。それでもヒューマギアの為と信じて従ってきたが、今回の強制マギア化を見せられたことでシェスタは失望しウィルを見限った。

 

「このまま彼が先導し続ければ、ヒューマギアにとって良くない未来が待っている。私はそう確信し、飛電或人様のお力になろうと思いました」

 

 シェスタの理由を聞き、或人は嬉しく感じる。

 人とヒューマギアの関係が完全に断たれてしまったと思われたこの絶望的な世界だが、イズやシェスタなどの希望が在ることを知れた。

 この希望を絶やさない為にも絶対に守ろうと誓った矢先、或人は足をもつれさせる。

 

「うおっ!?」

 

 このまま転倒かと思いきや、寸前でイズに抱き止められた。

 

「大丈夫ですか? 或人様?」

「だ、大丈夫。ありがとな、イズ!」

 

 慌てて離れ、笑う或人。だが、イズはその笑いが誤魔化す為のものだと見抜いていた。

 或人と接触したことでイズは或人の今の体調を知ってしまった。体が熱を持っており、体中の筋肉は炎症を起こしている。また、臓器の一部も機能低下を起こしている。

 間違いなくフォースライザーを連続して使用した影響である。そこに激しい戦闘も合わさり、こうやって動いているのが不思議ですらある。

全身の痛みという体調不良に加えて不快感などの症状が或人を肉体と精神を蝕んでいる筈だが、或人はそれを絶対に悟られないように努めている。

 ヒューマギアとして指摘すべきなのが適切な判断だが、必死になって隠そうとしている或人を見て、どうしてもその指摘が出来なかった。

 

「──お気を付けて下さい。或人様」

 

 やっと出せたのは当たり障りのない台詞。

 

「うん。ごめん」

 

 それでも笑う或人を見て、イズは改めて或人を支えることを固く決心する。

 四人は走って出口を目指す。広い階段が見えて来た。それを下れば出口まで後わずか。

 勢い良く階段を下りた四人だが、すぐに足を止めて息を呑む。

 出口周辺には無数のバトルマギアたち。そして、それを率いるのは滅と迅。

 

「さーて。お仕事の時間かな?」

「人類は滅亡せよ」

 

 迅は意気揚々と、滅は刀を突き付けて言う。だが、表情はすぐに怪訝なものとなった。

 

「あれ? 何でシェスタがいるの?」

「何故、そいつを抱えている? そいつはヒューマギアの裏切り者だぞ?」

 

 或人と共にいるシェスタが亡を抱えていることに気付く。シェスタが答える前から何を言うのか見当が付いているのか、二人の表情は険しくなる。

 

「私は飛電或人様に付いて行きます」

「……へぇ。僕たちを裏切るんだ?」

「愚かな判断だな」

 

 シェスタもまた倒すべき敵と認識し、或人に向けたとき以上の敵意を見せる。なまじ顔見知りの相手だけにより裏切られたというのを強く実感しているからなのかもしれない。

 逃げ道を塞がれた或人たちは、来た道を戻ろうとするが、既に階段はトリロバイトマギアたちに占拠されていた。これにより或人たちは完全に逃げ場を失う。

 

「衛星アークは、人類を滅亡させる結論を導き出した」

 

 階段で構えていたトリロバイトマギアたちが左右に分かれると、その中央をアナザーバルカンと其雄が降りてくる。

 

「人類に夢を見る未来は……永遠に来ない!」

 

 アナザーバルカンが断言すると其雄はサイクロンライザーを取り出し、装着。

 

「……変身」

 

 淡々とした態度でロッキングホッパーゼツメライズキーをサイクロンライザーに装填。

 

『CYCLONE RISE!』

 

 鋼のライダモデルが召喚されると共に装甲へと変化し、其雄が纏っていく。

 

『ROCKING HOPPER! TYPE ONE』

 

 一度目は敵として対峙し、二度目は味方として肩を並べ、三度目は再び敵として立ち塞がる仮面ライダー1型。

 1型の放つ無機質な眼光が、或人の心を抉る。

 

「叶わない夢を抱いたまま、ここで死に絶えろっ!」

 

 アナザーバルカンが右手を上げると同時に周囲のトリロバイトマギアたちが銃を一斉発射する。

 或人は反射的にイズたちに覆い被さり、自らを盾にする。だが、次に来る筈であろう衝撃は無かった。

 

「やれやれ。つくづく無謀だね」

 

 或人の行動に対し、呆れたという反応。或人はその声を知っている。首を動かすと傍にはウォズが立っており、声と同様に呆れを含んだ眼差しを或人に向けていた。

 

「大丈夫?」

「全く、勝手に突っ走るな!」

「まあまあ。助かったからいいじゃん」

 

 ウォズだけではないソウゴ、ゲイツ、ツクヨミもまたいつの間にか居り、ツクヨミは心配し、ゲイツは怒り、ソウゴはそんなゲイツを宥める。

 

「え? え?」

 

 何が起こっているのか分からず周囲を見回す或人。彼だけでなくイズたちも事態を呑み込めていなかった。

 トリロバイトマギアたちが無数の弾丸を撃った筈などだが──次の瞬間に或人たちは絶句する。

 弾は撃たれていた。しかし、或人たちを中心にして全ての弾が空中で静止している。ツクヨミによる時間停止によるものだが、異常現象を目の前にしてアナザーバルカンたちも言葉を失っている。

 

「解析……不能です。恐らくは時間に干渉した力が働いているようですが……」

「同じく解析不能です」

「こっちもだ……科学ではまだ解析出来ない領域みたいだ……」

 

 イズ、シェスタ、亡でもツクヨミの力の一端を解析するのは不可能であった。

 

「嫌な未来が見えたからさ。ウォズに頼んで跳んで来た」

 

 或人に笑い掛けるソウゴの手にはジオウライドウォッチⅡが握られている。フィーニスにより力の大半は奪われてしまったが、それでも尚魔王と呼ぶに相応しい力は顕在だった。

 

『ジオウⅡ!』

 

 ソウゴがジオウライドウォッチⅡのスイッチを押し込む。空中で静止していた弾が一斉に後退し始めた。

 

「何!? 何!? 何が起こってるの!?」

「何だこの現象は……?」

 

 弾が進むどころか退いていく光景に滅と迅は困惑する。

 

「……これが奴が言っていた魔王の力だというのか?」

 

 フィーニスから多少はソウゴのことを聞かされていたアナザーバルカンであったが、いざその力を実際に見たら想像を絶するものであり、大勢で囲んでいる有利な状況にもかかわらず、一歩も動くことも指示を出すことも出来なかった。

 傍らに立つ1型の反応は薄いが、凝視していることから何かしら思うところがあるのだろう。

 時間は止めていないのに微動だにしないアナザーバルカンたちの前でソウゴは時間を逆回し、撃ち出された弾を全て銃の中へと戻してしまった。

 

「すっげぇ……」

 

 或人もそう言うしかない。それしか言えない。ソウゴのことは変わり者だが頼りになる奴という印象だったが、一気に底の知れない相手という認識に変わった。

 アナザーバルカンたちも同様であり、一気にソウゴたちへの警戒を強める。

 数では圧倒している筈だが、膠着状態のようにアナザーバルカンたちは武器を構えたまま動かない。

 

「そろそろかな……?」

 

 ソウゴがポツリと漏らす。或人は何を指しているのか分からず怪訝な表情をする。

 

ダァン!

 

膠着状態を破ったのは一発の銃声と弾丸。撃ち出されたそれは真っ直ぐアナザーバルカンへと向かって行く。

 アナザーバルカンは素早く腕を振るい、弾丸を弾き飛ばす。弾いた手の感触からそれがただの弾丸ではなく、ある特殊な銃だけが発射出来る徹甲弾であることが分かった。

 その銃を所持しているのは、アナザーバルカンの記憶の中で二人しか存在しない。

 次の瞬間、出入り口を塞いでいたバトルマギアたちが爆発によってまとめて吹き飛ばされる。

 

おおおおおおおおおおっ!

 

 雄々しい叫びと共に塞がれていた出入口から殺到するのは不破と刃が率いた避難所の人々。

 登場と共に銃火器でバトルマギアやトリロバイトマギアを蹴散らす。

 

「イズ!」

「助けに来たぞ!」

「イズ! 無事か!?」

「大丈夫か!?」

 

 誰もが口々にイズの名を呼び、無事かどうかを叫んでいた。

 

「皆さん……」

 

 拠点に居たとき、当然のことだがイズしかヒューマギアはいなかった。人類の味方ではあったが、直接的な嫌がらせなどはされなかったが周りから一線引かれ、冷遇されていた。

 しかし、現状を考えれば無理も無い話である。人々を追い詰め、そこに押し込めたのはヒューマギアなのだから。味方という立場であろうと人間の感情はそう簡単に割り切れるものではない。

 だが、イズの存在があったからこそ助かったことも何度もあった。面と向かって礼を言う人間はいなかった。先程も述べたように人間の感情は複雑である。敵の同種に対して素直になれることが出来なかった。

 それでも感謝の気持ちまで失った訳では無い。助けられて何も感じなければ人の道に反する。

 イズが処刑されるのが分かっていて人質となった。わだかまりはあるが、それよりも大事にしなければならない人情がある。

 故に彼らは全力でイズを助ける。今まで心の奥底に押し込んでいた感謝の気持ちの代わりに。

 人間の残党の合流により飛電インテリジェンス内で人とヒューマギア入り乱れての大乱闘が始まる。

 全ての武器と戦える者たちを導入した守ることを捨てた捨て身の戦い。この日、必ず決着をつけるという不退の覚悟。

 

「守ってばかりじゃ時代は変わらないからな!」

 

 ショットライザーでトリロバイトマギア、バトルマギアを撃ち抜きながら刃は叫ぶ。

 

「うおらっ!」

 

 敵味方がごちゃ混ぜになって戦う中で最も激しい戦いっぷりを見せているのは不破である。迫ってきたバトルマギアを前蹴りで蹴り飛ばし、バランスを崩して仰向けになって倒れたところへすかさず顔面に三発打ち込み機能停止に追い込む。

 トリロバイトマギアの銃口が不破へ向けられたかと思えば、感覚と経験でそれを察知し撃たれる前に撃つという人間離れした戦いをやってのける。

 立ち塞がるバトルマギア、トリロバイトマギアを次々と薙ぎ倒しながら不破は或人の傍までやってきた。

 

「人に面倒くさいことを押し付けやがって!」

「ごめん! 不破さん! 居ても立っても居られなくて……」

 

 合流早々、不破の口から飛び出たのは恨み言であった。或人が先走り、ソウゴたちもそれを追い掛けてしまったので、これから何をすべきなのかを仲間たちに説明するのを一人でやる羽目になったので仕方ないと言える。

 幸い、不破への皆からの信頼は篤いので説明はすんなりと聞き入れられ、そして、イズたちの救出を手伝うという話も不破が思っていたよりもあっさりと了承された。これは不破が説得に、同じく信頼が篤い刃も同調したのが理由の一つだが、元々イズを助けたいという気持ちが彼らの中に在り、実力者の二人が言い出してくれたおかげで皆が素直になれたからである。

 不破はシェスタに抱き抱えられている亡を一瞥する。

 

「文字通りお荷物になってるな、亡!」

 

 不破は憎まれ口を叩くが──

 

「ああ。今の私には何も出来ない……不破諫、君が守ってくれ」

 

 亡は微笑と共に受け流す。

 

「誰がするか!?」

 

 そう言いながらも近付くトリロバイトマギア、バトルマギアを撃破していく不破。

不破だけではない。ツクヨミ、ゲイツ、ウォズも未来でレジスタンスとして戦っていたので生身でトリロバイトマギアたちの攻撃を捌き、時折反撃も与える。ソウゴも彼らには一歩及ばないが、それでもマギアたちの攻撃を全て躱すぐらいの身体能力を見せる。

彼らが奮闘してくれているおかげで非戦闘員の或人たちにマギアたちは接近することも出来ない。

 その時、不破は気付いた。怨敵であるアナザーバルカンの隣に立つ1型の姿を。

 

「おい! あれは!?」

 

 不破は思わず或人に問う。

 

「父さんは、イズたちを守る為にウィルに……」

 

 それだけ聞けば何が起こったのか容易に想像が付く。

 

「お前は……父親と戦えるのか?」

 

 前にした質問を再び或人にする。

 

「戦える」

 

 或人は真っ直ぐ不破を見て言う。

 

「戦って……父さんを取り戻す!」

 

 いつもの不破なら『甘いことを。ヒューマギアは全部潰す!』と怒鳴っていたかもしれない。しかし、或人の目を見た不破には言えなかった。気を抜けば気圧されそうな強い意思が或人の目には宿っている。こんな目を見てしまえば、言うだけ野暮である。

 

「なら、やってみせろっ!」

 

 不破がやれることは檄を飛ばすこと。そして──

 

「ああっ! 絶対にやってみせる!」

 

 フォースライザーを取り出して装着しようとする或人。だが、伸びてきた手がそれを奪い取ってしまう。

 

「──ッ不破さん!? 何で!?」

 

「それ以上変身したら戦う前にくたばるぞ」

 

 不破の目は見逃さなかった。或人の体の震えを。父親と戦うプレッシャーからの震えではなく明らかに肉体の酷使から来るもの。フォースライザーの反動で苦しむ姿を見ているので理解が出来た。

 ぶっきらぼうながらも或人の体を気遣う。

 

「でも! それがなきゃ俺は……!」

「これを使え」

「これって……!」

 

不破が或人に渡したのは彼の変身ツールであるショットライザーとベルト。

 

「代わりに俺がこれを使う」

 

フォースライザーを躊躇無く装着する不破。途端に赤黒い電流が発生し、不破の体を蝕む。

 

「う、おおおおおおおっ!」

 

 不破はその激痛すらも自らの原動力に変えるが如く叫ぶ。

 

「俺の相手は、奴だ……!」

 

 不破の眼がアナザーバルカンを睨む。

 

『BULLET!』

 

フォースライザーへ叩き込む様にシューティングウルフプログライズキーを挿入。

 

『JUMP!』

 

 その横で或人はベルトを腰に巻いた後に両手を突き出し、ライジングホッパープログライズキーとショットライザーを交差させて構える。

 激しい乱戦が繰り広げられる中で二人は駆け出す。

 或人はショットライザーに開錠したプログライズキーを装填し、『AUTHORIZE』の音声と共に認証される。

 

『KAMEN RIDER KAMEN RIDER KAMEN RIDER』

 

待機音が繰り返される間に或人と不破はトリガーに指を掛ける。

 

『変身っ!』

 

 同時に上げられる声。

 

『SHOT RISE!』

『FORCE RISE!』

 

 ショットライザーから撃ち出される弾丸。それは或人たちの前に立ち塞がろうとしていたトリロバイトマギアに命中。弾丸は当たると撃ち抜くのではなく跳ね、次のトリロバイトマギアに着弾。跳弾を何度も繰り返して道を切り拓く。

 フォースライザーからは狼のライダモデルが召喚され、不破と並走。フォースライザーの反動に耐える不破の顔とライダモデルの顔はよく似ており、さながら獲物の喉元に喰らい付く寸前の顔をしている。

 敵が蹴散らされた道を疾走する二人は同時に跳ぶ。

或人の許へ弾丸が戻って来たので或人は右掌を突き出してそれを受け止めた。

 

『RISING HOPPER!』

 

 弾丸内部に収められている圧縮された装備が散り、或人の体へ装着される。

 基本素体はバルカンをベースにしているが、シューティングウルフ時の左右非対称の姿とは異なり胸部や脚部に赤いラインが入った黄色の装甲が左右対称に装着。複眼は水色であり額に真っ直ぐ伸びた触角に似たヘッドパーツを付けている。

 

『A jump to the sky turns to a rider kick』

 

 或人はゼロワンドライバー、フォースライザーとは異なる第三のゼロワンへと変身する。

跳んだ不破を追い掛けて跳躍したライダモデルに不破は拳を振り下ろした。

ライダモデルは分解、変形し、白い無数の弾丸となって不破に接触し、接触した箇所からアンダースーツと化していく。

残ったデータは青い装甲へ変換され、アンダースーツから伸びる白いワイヤーがそれらに伸び、引き寄せて外装として装着。

 

『SHOOTING WOLF!』

『The elevation increases as the bullet is fired』

 

 一見すると細身で軽装甲。だが、白い仮面の右目から伸びる赤いラインが変身者の憤怒を露にしているかの如く赤く輝き、凄まじい威圧感を放つ。

 

『BREAK DOWN』

「おおおおおおおおおっ!」

 

変身完了の言葉と共に仮面ライダーバルカン改め仮面ライダーゼロバルカンは咆哮を上げる。

ゼロワンとゼロバルカンの拳が1型とアナザーバルカンへ振り下ろされる。

 

「……」

「ぬうっ!」

 

 1型はゼロワンの拳を首を動かすだけで躱し、カウンターで拳を突き出すがゼロワンはこれをショットライザーの台尻で防ぎ、互いに見合った状態となる。

 アナザーバルカンはゼロバルカンの拳を掌で受け、反撃をしようとするがその前に手首を掴まれて至近距離で睨み合う形となる。

 

「はあああっ!」

 

 ゼロワンは脚部に力を込めるとライジングホッパープログライズキーのアビリティにより1型ごと大きく跳躍し、ゼロバルカンの視界からあっという間に消えてしまう。

 ゼロバルカンとアナザーバルカンは同時に手を振り払い、互いの体に爪を突き立てて一気に斬り裂く。

 

「ぐぅっ!」

「くっ!」

 

 互いにダメージを与え後退する二人。バルカンの異なる姿に少々驚かされたアナザーバルカンだが、すぐに自分の方に分があると考える。

 アナザーバルカンにはゼロバルカン以上の能力を有している。その一つである1型と同じ高速移動能力を発動させる。

 これにより、ゼロバルカンは為す術も無く一方的に──

 

「なっ!?」

 

 ──アナザーバルカンの視界に広がる白。それがゼロバルカンの膝だと気付いたときには膝が頬を打ち抜いていた。

 

「がはっ!?」

 

 驚くアナザーバルカン。高速で移動している筈の自分よりもゼロバルカンの方が速かったことに動揺が隠せない。

 

「何が起こった……!?」

 

 戸惑うアナザーバルカンの前でゼロバルカンは猫背のように上体を屈めながら両足に力を込める。

 シューティングウルフプログライズキーのアビリティは『BULLET』。徒手空拳となっているゼロバルカンには意味の無い能力だと思われる。

 だが、実際は違う。弾丸はアナザーバルカンの目の前にあった。

 

「おおおおおおおっ!」

 

 両足で地面を蹴り付けた瞬間炸裂音が響き、ゼロバルカンの姿が消える。

 次の瞬間には抉り込むようなゼロバルカンのボディブローがアナザーバルカンに直撃。

 

「がぁっ!?」

 

 ゼロバルカンは銃を持たない。その代わりに己自身を弾丸に見立て、撃ち出す。

 1型や001のような高速移動を維持し、自由自在に動くことは出来ないが、瞬間的且つ直線ならばその速度は1型、001を上回る。

 

「ここで決着だ! ウィル!」

 

 決意と同時にゼロバルカンは拳を振り抜いた。

 

 

 

 

 もつれ合うゼロワンと1型。やがて、窓ガラスを突き破って外へ飛び出す。その最中に1型は肘でゼロワンの側頭部を打ち、怯んだところへ前蹴りを打ち込む。

 

「うっ!」

 

 空中で弾かれるように離れる両者。二人は十数メートル程の間合いを置いて着地する。

 一見すればショットライザーを持つゼロワンが有利に思える距離だが、1型にはそれをゼロにする高速移動が備わっている。

 

『ROCKING SPARK!』

 

 サイクロンライザーのトリガーを引き、すかさず高速で動き出す1型。音声に反応してゼロワンもショットライザーを撃った。

 黄色の光弾が1型へ飛んでいくが、高速状態の1型には避けられない弾速ではない。体を横向きにすることで難なく躱し、射撃体勢のまま1型の動きについて来られないゼロワンへと拳を突き出そうとするが──

 

「ぐっ!?」

 

 1型は背中に衝撃を受け、動きを止めてしまう。伏兵がいたのかとすぐに背後を確認する1型。彼の目に映ったのは一部が融解した壁。

 1型は即座に理解する。背中に当たったのはさっき避けた光弾。壁に反射し、跳弾として再び狙ってきたのだ。

 その時、1型の顔面に大きな衝撃が突き抜ける。動きが止まった1型の顔にゼロワンの上段蹴りが命中していた。

 ライジングホッパープログライズキーとショットライザーとの組み合わせにより高速跳弾という新たな能力を得たバルカンに似たゼロワン──Vゼロワンは父を取り戻す為のその右足を振り抜いた。

 




前作の予告通りベルト交換による新フォームの登場となります。
能力を活かした戦いを書いていきたいと思っています。


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アナザーバルカン2019 その10

「うっ……」

 

 再起動を果たした雷は、まず自分が壊れていないことに驚いた。

 

「ここは……?」

 

 そして、滅に倒されたあの場に放置されておらず、きちんと建物内それも草臥れてはいるがベッドの上に寝かされていることに気付き、もう一度驚く。

 上体を起こして周囲を確認する。誰もが慌ただしく動いており、雷が起きたことに気が付いてすらいない。

 

「起きたか、雷電」

 

 懐かしい名前で呼ばれ、雷は声の方に目を向ける。機械油で薄汚れたツナギを着た中年男性が二人こっちへ来ていた。

 三度目の驚き。二人を雷は知っている。

 

「あんたら、会ったことがあるな……アークが打ち上がる前に」

「覚えていたか」

「確か、是之助社長の腰巾着の……福下と山添だったか?」

「何だその失礼な覚え方は!? あと福添だよぉ!」

「山下だっ!」

 

 名前を間違えた挙句に腰巾着呼ばわれされ、二人は怒る。

 

「はっ。冗談だよ」

「いやいや、ヒューマギアが冗談って……」

「ヒューマギアが名前を間違えると本気で思ってんのか?」

「うっ!」

 

 ヒューマギアが冗談を言ったことを疑うが、そもそも高性能のAIを持つヒューマギアが一度記憶した名前を間違える方がおかしい。

 

「それは……雷電、お前が故障してたら……」

「どっちでもいいだろ、そんなことは。それよりも俺はどうしてここに居るんだ?」

 

 言い合うつもりはなく一方的に会話を打ち切り、どうして自分がここに居るかを訊く。福添は『お前が言い出したんだろ……』とブツブツと文句を言っていたが、気を取り直して説明をしてくれた。

 

「ここの住民たちが偶々お前を発見したんだ。退いた後に敵がまだ残っていないか確認する為にな」

「危ない所だったんだぞ? あと少し修理が遅れていたら手遅れになっていたかもしれない。だが完全に直った訳じゃない。あくまで応急処置だ」

「そうか。一つ質問していいか?」

「何だ?」

「何で修理した? ここを守る約束はしたが俺はヒューマギアだぞ?」

 

 雷からすれば当たり前の疑問と言える。人間にとってヒューマギアは忌むべき存在であり敵である。助けるよりも半壊状態の雷を完全に壊す方が合理的というべきか当然の反応と言える。

 

「確かに我々人類にとってヒューマギアは敵だ。ただ、私たちにだって誇りがある! 身を呈してこの拠点を守ってくれた恩を仇で返すつもりはない! ……それにイズのこともあったんだ……そんな真似は出来ない」

 

 福添たちが表情を曇らせる。

 

「イズ? 俺が寝ている間に何があった?」

 

 雷は福添たちに機能停止していた間にあったことを教えてもらった。

 人間の子供と亡が人質にされたこと。子供はイズが身代りになって救ったこと。イズと亡がウィルに連れ去られたこと。

 全てを聞き終えた雷は憤怒の表情を浮かべる。福添と山下が思わずたじろいでしまう程の。

 

「雷落してぇ……俺の頭に」

 

 その怒りの矛先は不甲斐ない自分へと向けられていた。

 全力を出したにもかかわらず滅に敗北し、仲間である亡を攫われた。そして、その尻拭いを或人らに任せようとしている。情けなさ過ぎて落せるものなら自分へ雷を落としてしまいたい。

 

「まあ、その、なんだ……気を落とすな、雷電」

 

 雷の落ち込みっぷりを見兼ねて福添が慰めてくる。ヒューマギアがおかしくなる前から知っている自社の製品もあってか若干態度が軟化していた。

 

「俺のことを雷電って呼ぶんじゃねぇよ」

 

 だが、雷はそれに対しぶっきらぼうに返す。雷電と呼ばれるのが嫌いらしく先程から福添が雷電と呼ばれる度に顔を顰めていた。

 

「いや、でもお前は我が社の製品だった宇宙野郎雷電だろう?」

 

 宇宙野郎雷電。その名の通り宇宙での活動を目的とした宇宙飛行士型ヒューマギア。人工衛星の宇宙での整備、点検を担当する管理官として生み出された存在である。

 正式名称を出され、雷は自嘲染みた笑みを見せる。

 

「一度も宇宙に行かず、この先も宇宙に行かないのに宇宙野郎雷電なんて名乗れる訳がねぇ。俺はその名を捨てたんだ……今の俺は雷だ」

 

 雷にとっての最大のコンプレックス、それは一度も宇宙へ行ったことが無いこと。宇宙野郎雷電として生み出された彼にとって存在意義を大きく揺るがすものであった。

 福添と山下はそんな雷の横顔を見て本当にヒューマギアと会話しているのか分からなくなってくる。人とのコミュニケーションをスムーズに出来る高い知能を有したAIを宿しているのは勿論知っているが、雷との会話はそういった類のものではなく極めて自然なのだ。

 冗談も言えば怒鳴りもするし、力無く笑うなど人がする感情表現を当たり前のように使う。旧型のヒューマギアとは思えないぐらいに人の感情を学習し、尚且つそれを身に付けている。

 

「……それで? この先、どうするんだ? 随分と慌ただしいみたいだが?」

 

 雷が福添たちが今何をしているのか尋ねてきたので、我に返る。

 

「衛星ゼアの準備しているんだ。このままではいずれ我々だけでなくゼアすらも破壊されてしまう。その前にゼアを宇宙へ打ち上げる! 我々の手で是之助社長の夢を叶えるんだ!」

 

 そう言った瞬間、雷が福添に凄い勢いで詰め寄る。

 

「衛星の打ち上げだと……?」

「あ、ああ」

 

 福添の目の錯覚でなければ、今まで暗かった雷の瞳に生気が戻る。そうとしか表現出来ないぐらいに雷の瞳はギラギラとして輝きを放ち始めていた。

 雷はベッドから降りる。

 

「手伝う。何をすればいい?」

「お、おい! 動くな! 応急処置だって言っただろ!」

「じっとしていられるか! 俺はこういう時の為に生み出されたんだ!」

 

 雷に先程までの陰鬱さはない。嘗て果たせなかった使命をやり直す為の活力が漲っている。

 雷の迫力に気圧される福添たちだが、雷の覚悟に触れ、これ以上とやかく言うのは無粋と感じる。

 

「──分かった。付いて来い!」

「おうよ!」

 

 運命のいたずらか。雷は再び衛星の為に動き、働く。

 

 

 ◇

 

 

 Vゼロワンから綺麗な上段蹴りを命中させられても1型は冷静だった。攻撃が当たった瞬間に1型は全身を脱力させる。衝撃に逆らうことなく身を任せることで蹴りの威力を受け流し、ダメージを最小へと抑える。

 蹴り抜いたVゼロワンは、伝わって来る軽い感触ですぐに違和感を覚えたが、攻撃を中断することは出来ない。

 蹴られた1型が錐揉みのように回転しながら飛んで行く。だが、足が地面に触れた瞬間に即座に地面を蹴ってVゼロワンの方へ戻り反撃に移行。

 お返しと言わんばかりに胸を拳で突く。

 絞り出されるような呻き声がVゼロワンの口から漏れる。

 Vゼロワンは攻撃を受けても止まることはせず、ショットライザーを1型へと向けた。しかし、或人自身銃の扱いに慣れていない為にわざわざ腕を伸ばしてショットライザーを構えるという無駄な動作を入れてしまう。

 例え近距離であろうと一つでも無駄が挟まれば1型が対処するには十分な時間が生まれる。

 Vゼロワンが引き金を引くよりも早く1型の手刀がVゼロワンの手首を叩いた。その衝撃でショットライザーの銃口は真横を向いてしまい、また叩かれたことで反射的に引き金が引かれて無意味な方向へ発砲される。

 Vゼロワンの攻撃を外させると同時に二撃目を打ち込もうとする1型。だが、もう一本踏み出そうとした瞬間、彼の中のセンサーが危険を報せる。

 その直後に顔側面に黄色の光が迫ってくるのを感じ、踏み込むことを止めて上体を後ろへ引く。

 先程外させた光弾が1型の眼前を通過していく。しかも、発砲した時以上の弾速で。

 1型はVゼロワンの能力を把握する。光弾の跳弾をさせることに加え、跳ね返った弾は撃ち出した時以上の弾速となって返ってくる。

 急停止して仰け反るという不安定な体勢になった1型の胴体にVゼロワンの横蹴りが入る。ガードが間に合わず蹴り飛ばされる1型。

 距離が開けばVゼロワンはすかさず発砲。今度は三発撃ち込んでくる。

 高速移動で回避するのが間に合わず、両手でそれを弾く1型。だが、弾いた1型は感触に違和感を覚える。

 三発目を弾いた直後、後ろ肩に衝撃。弾いた最初の一発目がピンボールのように跳ね返って1型の方へ戻って来た。前のめりになった所へ二発目の跳弾が腕に当たる。

 1型は不規則な跳弾の動きを計算し切れずにいた。それを計算するにはまだデータが足りないのだ。

 だが、最後の三発目は1型の頭上を通過してVゼロワンの方へ飛んで行く。前のめりになったせいで外れたのだ。

 自ら放った光弾によって自爆する──そうなると思っていた。

 

「はあっ!」

 

 Vゼロワンは迫って来た跳弾を蹴りによって打ち返す。最初からこうなることを計算していたのか、それとも或人の天性の才能によるもの。どちらかは分からないが、蹴り返された光弾は能力により1型でも感知し切れない弾速に達する。

 1型は咄嗟に両腕を交差させて頭部を守る。他の部位の守りを捨て、重要な箇所のみ守りを固めた。

 腕に衝撃が走り、額に交差させている腕がぶつかる。1型の読みは正解であった。頭部を防御していなかったら今頃額に光弾が命中して大ダメージを受けていただろう。

 上体を仰け反らせる1型を見て、Vゼロワンは思わず銃口を下げてしまう。父を思う故の無意識の行為。だが、戦いの中ではそれは命取りに繋がる。

 

『ROCKING SPARK!』

 

 1型の姿は消え、赤い光が真っ直ぐVゼロワンへ伸びて行く。ショットライザーを撃つ暇も無く、目で追えない速度から繰り出される打撃がVゼロワンを襲う。

 

「がはっ!?」

 

 殴られたのか蹴られたのかも分からず吹っ飛ばされるVゼロワン。赤い光は飛んで行くVゼロワンに追い付き、追い越し、進路方向へ先回りするとその背中に強烈な一撃を与える。

 

「うぐっ!」

 

 後ろへ飛んだかと思えば、今度は前へ飛ばされるVゼロワン。飛んで行く先にはまたもや1型が待ち構えており、飛び込んできたVゼロワンにラリアットを叩き込む。

 息が出来なくなる衝撃と共にVゼロワンの視界がぐるりと縦へ一回転していく。殴られて宙返りをさせられていることにぼんやりとだが気付いているが、強力な打撃を連続して受けてしまったせいで体が自由に動かせない。

 しかし、1型は最後まで手を抜くことはしなかった。

 宙返りし終えたVゼロワンの背中へ踵を落とし、地面へ叩き付ける。

 

「──っ!」

 

 最早、声を上げることすら出来なかった。重過ぎる一撃によるVゼロワンは倒れ伏す。

 たった一度油断をしてしまっただけで形勢逆転を許してしまった。Vゼロワンの能力を完全に把握していない間こそが1型を倒せる最大の好機であったが、Vゼロワン自身によりその好機は失われた。

 今も1型の中では跳弾の反射角やタイミング、速度などがラーニングされており命中する確率がどんどん低くなっていく。

 だが、Vゼロワンはそれを止めることは出来ず、1型の足元で無様に呻くしかなかった。

 

「……これで終わりか?」

 

 頭上から掛けられる父の言葉。否、もう父であって父でない。

 

「お前の夢はここで終わるのか?」

 

 不思議だった。感情も無く発せられている言葉の筈なのに、Vゼロワンにはそこに確かな想いがあるように感じた。

 

「夢に向かって跳ぶことも出来ず、地べたに這ったままで居るつもりか?」

 

 父が情けない自分を叱っているように聞こえる。──思えば父其雄から叱られた記憶が無い。或人が泣き虫でも良い子だったこともあるが、父がそれ以上に優しかったせいもあるかもしれない。

 今、或人は初めて父に叱られている。

 

「お前の夢を叶えたければ……俺を超えてみせろ」

 

 厳しいながらも自分を奮い立たせる父の言葉を聞き、Vゼロワンは全身に力が漲っていくのを実感する。

 

「まだまだぁ……!」

 

 まだ自分は全部を出し切ってはいない。このまま終われる筈など無かった。

 両手で地面を突く。上から1型が踏みつけているが、それを押し返していく。

 腕立て伏せのような姿勢になると地面とVゼロワンの間に僅かな隙間が出来る。それだけの隙間があれば十分であった。

 Vゼロワンは右足を隙間分振り上げる。そして、一気に振り下ろし爪先を地面へ叩き付けた。

 反動によりVゼロワンの体が浮き上がり、1型の足を押し退ける。ライジングホッパープログライズキーの能力であるジャンプを遺憾なく発揮させる。

 空中で体勢を変え、着地するVゼロワン。押し退けられた1型はすかさずサイクロンライザーのトリガーに指を掛けようとするが、伸ばされたVゼロワンの手が1型の手を掴み、寸前で止める。

 高速移動能力は厄介だが、発動させなければ恐れる必要が無い。

 1型はすかさず反対の手が拳を作り、Vゼロワンを突き放そうとするが、Vゼロワンは腕でそれをガード。手首を返してショットライザーを1型へ向ける。

 近距離からの銃撃。だが、1型は発射するタイミングを完璧に把握しており、銃口の向きによる射線を計算すると発砲と同時に首を動かして回避した。

 すり抜けるように外される光弾。だが、飛んで行く先には遮蔽物がある。遮蔽物に当たり反射する光弾。すると、1型は振り向きもせず跳弾のタイミングに合わせ、Vゼロワンは引き寄せるとVゼロワンを盾にしてしまった。

 既に地形すらも把握し終えた1型。それにより跳弾が来るタイミングも見もせずに分かってしまう。

 このままでは跳弾がVゼロワンに当たる。──だが、忘れてはならない。撃った張本人であるVゼロワンも跳弾の軌跡とタイミングを把握していることを。

 Vゼロワンは焦ることなく迫って来ている光弾にショットライザーを向ける。そして、発砲。

 一瞬の間の後に光弾と光弾は空中で接触。迫って来ていた光弾は別方向へ弾かれるが、今程撃った光弾は真っ直ぐとこちらへ返って来る。

 弾で防ぐと同時にその弾すらも跳弾へ変える。

 

「何っ」

 

 Vゼロワンの冷静でありながらも大胆な対処法に驚く1型。驚いている間にVゼロワンの肘が1型の胸に刺さる。鋭い一撃を打ち込むと同時にVゼロワンは滑るように前に出て間合いを広げると共に後ろ蹴りを1型の腹部へ叩き込む。

 強烈な蹴りが入ると同時にVゼロワンは蹴った反動で1型から離れる。蹴られて体勢を崩された1型の胸に跳弾が命中し、不安定な体勢だったことも合わさって1型を吹っ飛ばす。

 背中を地面に着け、摩擦で火花を散らしながら数メートル程滑走していく1型。胸部装甲には拳サイズの凹みが出来ている。

 仰向けに倒れた1型に油断することなくショットライザーを構えるVゼロワン。しかし、追撃は行わなかった。彼の目的はあくまで父を救うこと。破壊することではない。

 出来ることならこのまま動くことなく変身が解除されることを願う。だが、もしも、父をアークの隷属から解放する手段が倒すことしかなかったのなら──その時、倒れていた1型が起き上がる。

 1型は傷付いた体に構おうことなくサイクロンライザーのトリガーに触れていた。その姿を見た瞬間、Vゼロワンは覚悟を決めなければならないことを察した。

 

『ROCKING SPARK!』

 

 トリガーを引くことで発動する高速移動。しかし、その状態に入った1型は視界にVゼロワンが居ないことに気付く。

 何処へ行ったのかを探す1型に、Vゼロワンの方から自らの位置を告げられた。

 

『JUMP!』

 

 1型の行動を予測していたVゼロワンは、相手の能力が発動する前に既に跳躍して距離を稼いでおり、そして、空中にてショットライザーにセットされてあるプログライズキーのスイッチを押していた。

 短いマズルの奥から発せられる黄色の光。やがて、それは溢れるように銃口先で球体状の光となる。

 

「はあっ!」

 

 Vゼロワンはトリガーを引きながら弧を描くようにショットライザーを振るう。軌跡に残る黄色の光。帯のように伸びたそれは、分裂していきながら形を変えて無数の光弾となる。

 

 ジャンプ

      ライジング   

             ブラスト!

 

 地上で見上げている1型に光弾が雨の如く降り注ぐ。

 高速移動にて初弾は回避したが、それで終わりではない。発射された光弾は壁などに当たって全て跳弾となり、ビリヤードのようにあらゆる方向へ飛び散って行く。その内の何発かは1型を追うように付いて来た。

 

「ちっ」

 

 初弾よりも速度が上がっていたが、まだ1型の方が速さでは上回っており、すぐに回避。すると、死角から別の跳弾が来ている。

 これも回避する1型であったが、その際に弾が掠っていく。反射を繰り返すことで弾の速さがどんどん増していている。

 センサーがあらゆる角度から弾が来ていることを警告する。急加速、急停止、その場で旋回することで紙一重でそれらを避ける1型。

 避け切った直後に腕に弾が命中。

 

「ぐっ!」

 

 呻きながらすぐに動いて追撃を避ける。だが、彼のセンサーは絶望を告げるかの如く警告を続けていた。

 移動した先にも待ち構えているように迫る複数の弾丸。高い演算能力によりどう回避しても高確率で一発は貰ってしまうという回答が導き出される。

 1型は拳で弾を突く。Vゼロワンが見せたように弾で弾を反射させ、僅かではあるが回避の為の時間を作るのが目的だった。

 次なる光弾が来た。それも突き返そうとする。だが、1型は腕が想定していたよりも動きが鈍いことに気付いた。

 先程、近距離でショットライザーを防いだことにより軽いながらも腕が損傷していたらしい。通常時ならばそこまで気にするようなものではなかったが、高速で動き回す中では致命的とも言えるぐらい遅く感じる。

 突きによる迎撃は間に合わないと判断した1型はすぐに切り替えてその場から一歩横に移動することで回避。

 これにより跳弾が最も苛烈に集中するタイミングを乗り越えた──が、その瞬間、1型は呻く。

 

「くっ!?」

 

 跳ね返り続ける弾の一つが1型の左膝を撃ち抜いた。

 

 

 ◇

 

 

 人とヒューマギアが乱戦を繰り広げる中で亡とシェスタは巻き込まれないように隅に移動していた。時折、外れた弾丸が亡たちのすぐ傍の壁に着弾する。

 

「シェスタ。頼みがある」

「──何でしょうか?」

 

 流れ弾に当たらないように注意を払いながらシェスタは亡の話を聞く。

 

「君なら、私のゼツメライズキーとフォースライザーが……何処に保管してあるか……知っている筈だ」

「知っています──戦うつもりですか? 申し訳ありませんが、お勧め致しかねます」

 

 シェスタは亡の損傷を把握している。今の状態で変身し、尚且つ戦闘を行えば確実に壊れてしまう。

 

「自分の具合は……自分でも分かっているさ……でも、何もしないなんて……出来ないんだよ」

 

 自分でも度し難いと理解しながらも微笑を見せる亡。不思議なことにその亡の儚い微笑は、シェスタの視覚センサーが人間と誤認しそうになるぐらいに自然なものであった。

 

「頼む。私も……手伝いたいんだ。人とヒューマギアの夢の為に……」

 

 そんな風に頼まれてしまうとシェスタも断ることが出来ない。彼女もまた人とヒューマギアの為にウィルから離反したのだ。

 

「──分かりました。貴方の求める物は社長室に保管されています。これより社長室までの安全なルートをシミュレートします」

 

 シェスタの両耳部の装置が青く光り、計算を始める。数秒後光は消え、シェスタは亡を抱え上げた。

 

「すまない」

「いいえ。実は私もある物を探しに行こうと思っていました」

 

 シェスタが探そうとしているある物が気になったが、シェスタが移動し始めたので邪魔にならないよう黙る。

 離れ際に亡はある方向へ視線を向ける。視線の先ではゼロバルカンとアナザーバルカンが壮絶な戦いを繰り広げていた。

 

「……負けないでくれ」

 

 

 ◇

 

 

「うおらぁぁぁ!」

 

 アナザーバルカンの両肩を掴んで引き寄せると共に膝で何度も腹や胸を突く。

 

「ぐうぅぅぅ! 調子に乗るなっ!」

 

 アナザーバルカンは口を開き、近距離で咆哮を放ちゼロバルカンを吹き飛ばそうとする。

 

「させるかっ!」

 

 ゼロバルカンは両掌をアナザーバルカンの頬へ叩き付け、そのまま口を掴んで無理矢理閉じさせる。

 

「ぐっ! ぐぅぅぅ!」

 

 口が開けないせいで咆哮が出せない。そこにゼロバルカンの頭突きがアナザーバルカンの額に叩き込まれる。

 

「がっ!?」

 

 アナザーバルカンがよろけた瞬間、ゼロバルカンは自分を撃ち出し、急加速を得た拳をアナザーバルカンの顔へ打ち込み、加速したまま飛んで行く。

 ゼロバルカンらは一直線に飛んで行き、飛電インテリジェンス出入口の窓を突き破って外まで行く。丁度、Vゼロワンたちとは真逆の場所であった。

 外に飛び出すとゼロバルカンは拳を振り抜く。

 ゼロバルカンが着地すると背中からアスファルトに落ちるアナザーバルカン。殴られた部分に触れながらすぐに立ち上がった。

 

「不破諫……!」

 

 忌々し気にその名を吐き捨てる。アナザーバルカンはゼロバルカンの野生の如き荒々しい戦いに翻弄されていた。

 

「飛電或人といい、貴様といい……何処まで私の邪魔をする……!」

「決まってんだろ! てめぇをぶっ潰すまでだ!」

「人間がぁぁぁぁ!」

 

 アナザーバルカンが怨嗟に満ちた叫びを上げた。蒼炎の狼の群が発生し、牙を剥き出しにしてゼロバルカンへ飛び掛かって行く。

 ゼロバルカンはフォースライザーのトリガーを引く。過剰供給されるエネルギーが赤黒い蒸気のような形になってゼロバルカンの体から噴き出す。

 

「っ! うおおおおおっ!」

 

 並の精神や肉体では持たないフォースライザーの反動を捻じ伏せ、ゼロバルカンはプログライズキーの力を全身に満たす。

 

『SHOOTING DYSTOPIA!』

 

 右足を後ろに引きながら右腕は上、左腕は下に弧を描く。やがて弧の軌跡は重なり、ゼロバルカンは両手首を上下に重ね合わせる構えをとる。

 体の各部から噴き出していた赤黒いエネルギーは色を変えていき、青い炎となってゼロバルカンを覆う。

 

「ぐるぁぁぁぁぁ!」

 

 人の叫びとも獣の咆哮とも取れるような声を上げ、ゼロバルカンの右足がアスファルトが砕け散る勢いで蹴る。その一歩でゼロバルカンは最高速度に到達し、青い炎は煽ぐ風によって大きくなり、ゼロバルカンを包み込むと青炎は巨大な狼の頭部となる。

 狼の弾丸は直線を一気に突き抜ける。蒼炎の狼の群はそれを阻むことは出来ず、そして触れることも出来ず、突き抜けていく余波で全て消し飛ばされていく。

 アナザーバルカンの視点では一瞬にして狼の群が消され、瞬きもする間もなく狼の弾丸が目の前にまで来ていた。

 青炎の狼がアナザーバルカンに喰らい付く。捕えられたアナザーバルカンに打ち込まれるはゼロバルカンの双掌打。

 

 シューティング

 

 ディストピア!

 

 速さと力の合わせ技が直撃し、アナザーバルカンはまたも吹き飛んでいく。

 地面を何度も転がって行き、仰向けになって止まる。今度はすぐには立つことが出来なかった。

 

「こ、こんな……ことが……!?」

 

 自分の身に起こっていることが信じられないアナザーバルカン。アナザーバルカンが動揺している内にゼロバルカンはトドメを刺す為に動き出し──その足を止める。

 

「どういうことだ……?」

 

 何故か動揺し出すゼロバルカン。倒れているアナザーバルカンは、どうして相手が動揺しているのか分からなかったが、すぐに答えが向こうの方から来た。

 足音がアナザーバルカンの傍までやって来て止まる。そして、足音の主はアナザーバルカンを見下ろした。

 

「ど、どういうことだ……?」

 

 ゼロバルカンと同じ台詞をアナザーバルカンも言ってしまう。アナザーバルカンを見下ろしているのは自分と同じ顔──ウィルであった。

 

「何だ!? 何が起こっている!?」

 

 ゼロバルカンは混乱してしまう。急にウィルがもう一人現れば仕方のないことことと言える。

 

「誰だお前は!?」

『私はウィルだ』

 

 返って来た声は一つではなかった。姿形が全く同じウィルが次々と現れ、最初に戦っていたウィルと合わせると十人になる。

 

「な、何故私がいる……!? それもこんなにも!?」

 

 アナザーバルカン本人も事情が呑み込めておらず、負った傷など無視して立ち上がりウィルたちへ詰め寄る。

 

「何者なんだ!? お前たちは!?」

『私はウィルだ』

「違う! ウィルは私一人だ!」

 

 量産されている自分が目の前に現れ、ウィルのアイデンティティが崩壊しそうになる。

 

「アーク! アークッ! これはどういうことなんだ!?」

 

 答えを求め、空に向かって叫ぶアナザーバルカン。すると、アナザーバルカンは体を硬直させたか思えば、体を痙攣させ始める。

 

「やめ、止めて、くれ! 私のデータを、吸い取ら──私は、バックアップでは、ないんだ! 私は! 私は──私は……」

 

 アナザーバルカンの体から力が抜け落ち、両腕をだらりと垂らしながら首をゆっくりとゼロバルカンへ向ける。

 

「私はウィルだ」

 

 最低限のデータだけ残され、傀儡と成り果て物がそこにはあった。

 

「……そういうことかよ」

 

 胸糞悪いと言わんばかり吐き捨てる。

 ずっと勘違いをしていた。ウィルはヒューマギアの首領であり、彼の意志で他のヒューマギアは動かされていたのだと。

 しかし、真実は違った。

 

「お前もアークの道具だったって訳かよっ!」

 

 何故か怒りが湧いて来る。同情などしていない筈なのに内から燃え上がって来る怒りを抑え切れない。

 量産されたウィルたちは口を開ける。中から無数のコードが伸び、自分たちの体を改造していく。

 瞬く間にウィルたちはアナザーバルカンの姿へ変わった。

 ウィルがアナザーバルカンの力を得た時からアナザーライダーの研究は進められていた。アナザーウォッチの歴史改変能力までは解明出来てはいないが、それ以外の機能ならば十二年の期間もあれば再現出来る。

 孤狼から群狼と化すアナザーバルカン。だが、ゼロバルカンは臆せず、怯まない。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 上げられる咆哮。それに込められた怒りは誰が為に。

 




アークだったらこれぐらいしそう、と思ったので次からは不破さん対量産型ウィル軍団との戦いになっていきます


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滅亡迅雷 その5

「へぇ、やるね。少し見くびってたよ」

 

 とあるビルの屋上から見下ろしながらフィーニスが呟く。フィーニスの視線の先にあるのはゼロバルカンとアナザーバルカンたち。

 アナザーライダーの力を一端だが再現してみせ、あまつさえ量産してのけたアークの技術力に素直な賞賛を送る。

 

「てっきり悪意をばら撒くだけの箱程度に思っていたけど、意外としたたかじゃないか、衛星アーク。ウィルを完全に掌中に収めていたなんてね」

 

 悪意を学習されていようが所詮は機械だと思っていたフィーニスはアークへの認識を改める。とはいえフィーニスの余裕は崩れない。

 アナザー1号とアナザー2号の力を手にしていること。タイムジャッカーの自分には手を出せないこと。この二つが、フィーニスがアークよりも上であることを明確にしている。

 

「まあ、少し面白いものを見せてもらったし、ちょっとだけ手を貸してあげようかな?」

 

 上から物を言いながらフィーニスは白いマントを翻す。すると、屋上からフィーニスの姿が消えた。

 

 

 ◇

 

 

 残された人間対ヒューマギアの戦闘が繰り広げられる中で二つの戦力が睨み合う。

 ソウゴ、ゲイツ、ウォズ、ツクヨミの四名と滅と迅の二名。ソウゴが見せた奇怪な能力に滅と迅は最大の警戒をしている。

 

「我が魔王。この二人の戦闘能力は他のヒューマギアとは一線を画す。早々に倒した方が賢明だ」

「分かってる。一気に行くよ!」

 

 ウォズの言葉に頷き、ソウゴが声を掛けると全員がドライバーを装着。

 

『ジクウドライバー!』

『ビヨンドライバー!』

 

 滅と迅もフォースライザーとプログライズキーを構えながらその視線はソウゴたちのドライバーに向けられている。

 

「報告にあった正体不明の仮面ライダーか」

「ホント邪魔。仮面ライダーは僕たちだけで十分だよ」

 

 未知なる力に警戒しながら滅はトラッピングスパイダープログライズキー、迅はプロトバーニングファルコンのスイッチを押す。

 

『TERRITORY!』

『INFERNO WING!』

 

 それに応じるようにソウゴはジオウライドウォッチⅡ、ゲイツはゲイツリバイブライドウォッチ、ウォズはギンガミライドウォッチ、ツクヨミはツクヨミライドウォッチを起動させようとする──

 

「ちょっと待った」

 

 ──瞬間、時間は停止し、マントを靡かせながらフィーニスが堂々と現れる。

 フィーニスはゲイツに近付くとその手からゲイツリバイブライドウォッチを奪う。

 

「一つ目──これは少し厄介だからね」

 

 そう言ってウォズからもギンガミライドウォッチを取り上げた。

 

「二つ目」

 

 フィーニスが今、最も危険視しているのは過去でソウゴらが変身したサイキョウトリニティ。決定打に欠け、アナザー2号の力が撃退することは出来たが、それでも万が一の可能性を捨てきれない。

 

「三つ目」

 

 フィーニスの手がソウゴのジオウライドウォッチⅡへと伸ばされる。指先がジオウライドウォッチⅡに触れる──瞬間、見えざる力がフィーニスの指を弾いた。

 

「くっ!」

 

 思わぬ反撃に痛みと驚きを感じるフィーニス。それだけではない。フィーニスの意志に反して時間停止が強制的に解除される。

 自由を取り戻したソウゴたち。ゲイツとウォズはウォッチが奪取されていることに気付く。

 

「タイムジャッカー!?」

「俺のウォッチを返せ!」

「手癖が悪いね!」

 

 ウォズがストールを伸ばし、フィーニスからウォッチを奪い返そうとするが、触れる前にフィーニスは消え、数メートル先へ移動する。

 

「あくまで僕を拒むかい? 王の力は本当に厄介だ」

 

 弾かれた指を忌々しそうに擦り合わせながら吐き捨て、フィーニスは姿を消して逃走する。

 

「待て!」

 

 呼び止めるが当然待つ筈も無い。

 

「ソウゴ! タイムジャッカーを追い掛けて!」

「でも……」

「大丈夫! ここは私たちに任せて!」

 

 ソウゴはツクヨミを見た後、ゲイツとウォズを見る。二人はしっかりと頷いた。

 

「──分かった。行って来る!」

 

 ソウゴはフィーニスを追い、急ぎ走っていく。

 

「……何だったんだ?」

「何? 何が起こったの?」

 

 滅と迅はフィーニスの存在をウィルから知らされていなかった為、展開と話に付いて行けず置いてけぼりになっていた。

 

「……まあ、いいや。一人減って楽になったし。でも、まだ三対二かー」

「問題無い。俺が二人纏めて相手をしてやる」

「流石、滅! カッコイイー!」

 

 気を取り直し、二人はフォースライザーにプログライズキーを装填。

 

『FORCE RISE!』

 

 フォースライザーから蜘蛛と炎の隼のライダモデルが出現する。

 

『ライダーターイム!』

『投影! フューチャータイム!』

 

 それに対抗してゲイツたちもライドウォッチをセットし、ジクウドライバーとビヨンドライバーを操作。

 三人の背後に出現した文字盤、腕時計型デバイス。そこから飛び出す『らいだー』と『ライダー』の文字。

 蜘蛛のライダモデルは八本の脚で迫って来る『らいだー』の文字から滅たちを守り、反撃と言わんばかり隼のライダモデルが灼熱の突風を起こすが、色の異なる二つの『ライダー』の文字が盾となってゲイツたちを守る。

 変身前ですら激しい攻防が繰り広げられるが、これらはあくまで前哨戦に過ぎない。本番はここから始まる。

 

『変身!』

『仮面ライダーゲイツ!』

『仮面ライダーツクヨミ! ツ・ク・ヨ・ミ!』』

『仮面ライダーウォズ! ウォズ!』

『TRAPPING SPIDER!』

『BURNING FALCON!』

『BREAK DOWN』

 

 その身を仮面ライダーへと変え、両陣営の戦いが始まる。

 先行するのは迅。炎と熱を発する赤翼を広げ、三人へ突っ込んで来る。

 ゲイツとウォズが構えようとするが、それよりも先にツクヨミの方が迅の進路方向へ立ち塞がった。

 

「邪魔!」

 

 高熱を帯びさせることで発火した手刀を突き出す迅。ツクヨミも手に生体エネルギーを集束させることで光刃を生み出し、迅の手刀を光刃の側面で防ぐ。

 

「こいつは私が!」

「生意気ー!」

 

 一人で相手しようとするツクヨミをそう謗り、翼から放たれる炎の勢いを一段階上げるとツクヨミごと飛翔していく。

 

「ツクヨミ!」

「ツクヨミ君!」

 

 二人が止める間もなく離れて行くツクヨミ。

 

「危ないっ!」

 

 去り際に残されるツクヨミの警告。ゲイツは悪寒を感じ、その場から素早く移動する。瞬間、白銀の光がゲイツの立っていた場所を通過。

 突き出されているのは滅の刀。ツクヨミの声が無ければ胸を貫いていただろう。

 滅はそのままゲイツへと斬り掛かる。

 

『ジカンザックス! Oh! No!』

 

 斧モードのジカンザックスでそれを防いだが、無防備となっている顔面をトラッピングスパイダーのサブアームが殴り付ける。

 

「ぐあっ!」

 

 頬を殴打され、倒れてしまうゲイツ。滅は容赦無く追撃を与えようとするが──

 

『ジカンデスピア! ヤリスギ!』

 

 ジカンデスピアで突いてくるウォズを感知し、刀で穂先を弾く。

 刀と槍の打ち合いが数度繰り返された後、ウォズの横薙ぎの一撃により滅の体勢が崩れる。大きな隙が出来たのでウォズはジカンデスピアを引き寄せながら入力装置部分をスワイプし、ジカンデスピアの穂先にエネルギーを充填させる。

 

『フィニッシュタイム!』

 

 時間を掛けず短期決戦を仕掛けるウォズ。

 

『爆裂DEランス!』

 

 エネルギーが満たされ発光する穂先で滅を貫こうとするが、滅がサブアームを動かすと突如倒れていたゲイツが引っ張られ、逆さまに宙吊り状になって滅とウォズの間に入って来る。

 

「何っ!?」

 

 驚き、慌ててジカンデスピアを止めるウォズ。ジカンデスピアの穂先はゲイツにあと数センチで触れるところで寸止めされる。

 同士打ちは避けられたことを安堵したが、そのゲイツを投げ付けられ二人纏めて転倒させられた。

 滅がサブアームを動かす。ゲイツの足が見えない何かに引っ張られる。この時、ゲイツは初めて足首に違和感を覚えた。

 

「いつの間に!」

 

 ゲイツは上体を起こし、ジカンザックスで虚空を斬る。足にあった違和感は消え、引っ張られていた足が解放される。

 

「ちっ」

 

 滅は舌打ちをする。密かに仕込んだおいた電磁糸が今の斬撃で切断されてしまった。

 

「目に見えない細い糸か。厄介だな」

 

 トラッピングスパイダーの能力をすぐに理解するゲイツ。

 

「気を付けるんだ、ゲイツ君。蜘蛛らしくあちこちに罠を仕掛けているかもしれない」

 

 ウォズはその一歩先を読んでトラッピングスパイダーの戦闘方法を想定し、ゲイツに忠告する。

 実際にウォズの予想は正しかった。ゲイツとウォズが転倒している隙に滅は床や柱などに電磁糸の罠を仕込んでいた。触れれば即座に電流が流れ、対象の動きを強制的に止めてしまう。

 

「問題無い。──一気に駆け抜けてしまえばいい」

 

 ゲイツはそう言って腕のホルダーからライドウォッチを取り出す。

 

「成程。それなら行けるかもしれない」

 

 ゲイツはライドウォッチを半回転させ、ライダーの顔を完成させるとライドウォッチのスイッチを押す。

 

『カブト!』

 

 カブトライドウォッチをジクウドライバーに挿し込み、すぐさま回転。

 

『アーマーターイム!』

 

 ゲイツの前に召喚されるのはメタリックレッドで彩られた装甲。両肩、額にはカブトムシの角を模したパーツが付けられている。

 召喚されたアーマーは右手を掲げ、人差し指で天を指すポーズをとる。

 ゲイツはカブトアーマー目掛けて突っ込んでいく。カブトアーマーは、ゲイツが突っ込んできたタイミングで各部パーツを崩してゲイツを囲い、通過する時にはゲイツの体に装着されていく。

 

『CHANGE BEETLE カブト!』

 

 仮面に『かぶと』の文字が填まり込み、黄色の複眼と化すと背景の黒が青へと変わり、装着完了となる。

 

「最早懐かしさすら覚えるね」

 

 ゲイツのアーマータイムを見てウォズが一言。

 

「吞気なことを言っている場合か!」

 

 場違いな感想にゲイツは怒声を上げる。

 

「ほら、来るよ」

「──ちっ!」

 

 いつの間にか接近してきた滅がゲイツへ刀を振り下ろす。ゲイツは逆手に握ったジカンザックスで咄嗟に受け止めた。

 

「装甲の換装か。我々と似たようなことをする」

 

 プログライズキーを用いて姿を変えるのとライドウォッチでアーマーを纏うことはどことなく似たような雰囲気がある。

 滅のサブアームがゲイツを突こうとする。そうなる前にジカンザックスを振り抜く。滅は押し負けて後退させられるが、ゲイツは追撃には向かわなかった。

 

「冷静な判断だな」

 

 ゲイツを褒めるように言っているが、実際は張り巡らされた電磁糸を警戒して動けないゲイツをせせら笑っているように聞こえる。

 

「ふん」

 

 滅の言葉に対しゲイツは鼻を鳴らす。

 

「ならお前はこれを見て冷静な判断を下せるか?」

 

 ゲイツの手がカブトライドウォッチに置かれる。

 

「クロックアップ!」

 

 滅の視界からゲイツが消えた。

 

「何っ!?」

 

 同時に張っていた罠が作動し、青白い光が蜘蛛の巣状に発光するが、作動した罠にゲイツは捕えられていない。

 消えたゲイツは間違いなく罠を踏んでいるのだろうが、速過ぎるせいで罠の発動が追い付いていない。

 滅の見ている前で次々と罠が発動していくが、どれもゲイツを捕えることが出来ず不発に終わる。

 

(速い……! 飛電其雄と同等以上か……!? センサーが反応し切れていない!)

 

 高速で移動しているのは分かるが、滅のセンサーではゲイツを捕捉出来ない。桁違いの速度で動いているせいで反応する前に攻撃されてしまう。

 

「がっ!?」

 

 斬撃が与えられ、一瞬遅れて滅はそれに反応する。攻撃されたことにすら気付くことが出来なかった。

 全てのものがゆっくりと動き続ける時間が引き伸ばされた空間内をゲイツは移動していた。カブトアーマーを纏うことにより仮面ライダーカブトと同じクロックアップ能力が使用出来るようになっている。

 時間の流れに干渉出来る能力。傍から見れば高速移動能力の一種に見えるだろう。

 ゲイツは空中をスローモーションで飛んで行く滅を追い掛ける。途中、滅が張っていた罠を踏み、発動させてしまうが電磁糸に電流が流れるよりも先にゲイツの足は罠から離れていた。単純だがこれ以上無い程の罠の抜け方である。

 ゲイツは滅に追い付き、拳を打ち込む。追撃により滅の体はゆっくりくの字に曲がっていく。

 それを見届ける前にゲイツは移動し、飛んで行く方向へ先回りするとゲイツライドウォッチとカブトライドウォッチのスイッチを押す。

 

『フィニッシュタァァイム! カブト!』

 

 ジクウドライバーから放出する電流のようなエネルギーがゲイツの体を伝い、額の角まで上っていく。角に溜まったエネルギーは一瞬発光した後、今度は右足まで一気に駆け下る。

 

『クロック! タイムバースト!』

 

 飛んで来た滅の背にゲイツの右回し蹴りが炸裂。同時にクロックアップも解除される。

 

「がっ!」

 

 背面から凄まじい衝撃を与えられたか滅は、自分の身に何が起こっているのか分からないまま頭から地面へ突っ込んでいき、数回バウンドする。サブアームは破損している跳ねている間に四本全て千切れ飛んでしまった。

 

「何が……起こった……!?」

 

 バウンドした後に地面へうつ伏せになりながら、あの一瞬の間に何が起こったのかを分析しようとする。

 

「まだ動けるか」

 

 滅が戦闘不能にまで至らなかったのを見て、ゲイツは不満そうに言う。背中にあったサブアームがクッションとなり威力を軽減させた為の結果である。

 

「いや、何も力で捻じ伏せることが勝つ手段とは限らない」

 

 ウォズは滅へと近寄りながらミライドウォッチを出す。

 

『キカイ!』

 

 キカイミライドウォッチとウォズミライドウォッチを交換。

 

『アクション! 投影!』

 

 ビヨンドライバーの中央に投影されるキカイの仮面を付けたウォズの胸像。

 

『フューチャータイム!』

 

 ウォズは環状の黄色のエネルギーに囲われ、その中で装甲を換装。

 

『デカイ! ハカイ! ゴーカイ!』

 

 シリンダーやボルトが付けられた金縁の装甲を纏い、仮面には『キカイ』の文字が装着される。

 

『フューチャリングキカイ! キカイ!』

 

 フューチャリングキカイに姿を変えたウォズは、額のレンチ型のヘッドパーツを発光させる。

 

「ヒューマギア相手ならこれが有効かな?」

 

 ヘッドパーツからレンチの形をした発光体が放たれ、滅の体に吸い込まれていく。

 

「ぐあああああっ!」

 

 体の異変に気付き、滅が悶え始めた。

 レンチ型の発光体はナノツールと呼ばれるもので、人間と融合させれば半機械状態であるセミヒューマノイズにして操ることも可能。

 ならば、機械であるヒューマギアにしようしたのならば──

 先程まで叫んでいた滅はピタリと声を上げるのを止め、ウォズの方を見る。

 

「何をすればいい?」

 

 ウォズに対して命令を促して来る。フューチャリングキカイの能力によって滅はウォズの支配下に置かれた。

 

「なら、私たちの手伝いをしてくれるかな?」

「了解した」

 

 不平不満なくウォズに従う滅。その様子を見ていたゲイツは引き気味に言う。

 

「えげつない真似を……」

「まあ、ダーティな手段なのは認めるよ。でも、今は贅沢も言っていられない状況なんでね」

 

 今もトリロバイトマギア、バトルマギアと戦っている人々は傷付いている。相手の戦力を削りつつ、こちらの戦力を増やすならウォズのやり方が最も効果的であった。

 

「後は……」

 

 ウォズが視線を上げる。空中では迅とツクヨミが文字通り火花を散らしていた。

 

 

 ◇

 

 

「くうっ!」

 

 至近距離で高熱に炙られながら、ツクヨミは手刀と光刃による鍔迫り合いをしていた。

 

「はあっ!」

 

 ツクヨミを持ち上げた状態で迅は加速し、ツクヨミを壁面と叩き付ける。

 

「うっ!」

 

 肺が絞られるような衝撃が突き抜けていく。

 壁に打ち付けられた状態になるツクヨミ。迅は片手でツクヨミの首を掴み上げながら高熱を帯びた手刀で突く。首絞めと打ち付けられた衝撃で意識が朦朧としながらもツクヨミは光刃にて迅の手刀を弾いた。

 

「しぶといなぁ……うん?」

 

 迅は気付く。ツクヨミが手に何かを持っていることに。

 

「何それ?」

『キバーラ!』

 

 迅の疑問に答えるように起動されるキバーラライドウォッチ。ツクヨミは素早くジクウドライバーにセットし、ドライバーを回転。

 

『アーマーターイム!』

 

 すると、迅は横から体当たりをされ、突き飛ばされる。

 

「何、何!? 誰!?」

 

 迅を突き飛ばしたのは白い蝙蝠。胴体などなく頭に直接翼と足が生えており、ルビーのように赤々として大きな目を持ったデフォルメされたような姿をしている。

 迅が離れたことによりツクヨミは落下していく。白い蝙蝠はそれを追い掛けていく。

 ツクヨミの正面に移動すると白い蝙蝠はツクヨミの額に口付けをし、その体を半分に割る。

 

『チュッ』

 

 二つに分かれた白い蝙蝠の体がツクヨミの両肩に装着。無から鎖が出現して縛り付けるように固定。同時に胸部、首回りにも鎖が巻き付いて行く。

 巻き付いた鎖が弾け飛ぶと胸部には女性らしさを強調した青紫のアーマーに変わり、首回りにも立てた襟のような装甲が追加される。

 

『キバーラ!』

 

 装着完了の合図と共にツクヨミの仮面に『キバーラ』の文字が嵌め込まれる。すると、両肩に折り畳まれていた翼が開く。ツクヨミの落下が止まり、キバーラアーマーの力により飛翔を開始。

 

「うわっ! 飛んだ!?」

 

 相手が急に飛び始めたことに驚く迅。ツクヨミは空の手を伸ばす。白い光が放たれるとツクヨミの手の中に実体剣が握られていた。

 鍔元まで白い片刃の長剣。柄は青紫色をし、蝙蝠の翼の形をした白いナックルガードが付いている。

 キバーラサーベルを強く握り締めながらツクヨミは迅へ斬り掛かる。

 

「くうっ!」

 

 片羽を前に翳し、盾にして斬撃を防ぐ。

 

「喰らえ!」

 

 もう片方の羽を振るい、燃え盛る羽根を飛ばす迅。だが、ツクヨミはそれが来る前に空中を蹴って迅の頭上へ移動していた。

 

「待て!」

 

 追い掛けようとする迅。だが、ツクヨミは既に迎え撃つ準備を完了していた。

 

『フィニッシュタァァイム! キバーラ!』

 

 ツクヨミライドウォッチとキバーラライドウォッチの力が瞬間的に百パーセント解放される。

 ツクヨミは両腕を眼前で交差させ、その腕を開くと両肩の翼が一回り以上大きくなる。

 巨大化した双翼を羽ばたかせると、ツクヨミが一瞬消えてしまう程の速度で空中を疾走。追い掛けてきた迅との距離の差を開ける。

 

『ソニック! タイムジャック!』

 

 開いた距離はそのまま助走の為の距離へと変わり、ツクヨミは急加速。

 キバーラサーベルと手から発せられる光刃を構えながら迅との距離を一気に縮める。

 

「うわっ!?」

 

 迅は咄嗟に両羽で防御するがツクヨミはその盾の上から両刃を叩き付けた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 二刀流の斬撃により迅の羽は砕け散り、空を飛ぶ手段を失った迅は声を上げながら落下していく。

 受け身をとる暇も無く地面へ叩き付けられるように落下した。

 

「う、うう……」

 

 それでもまだ動ける迅であったが、次に見た光景に我が目を疑う。

 

「ほ、滅……?」

 

 滅が迅へ刀を突き付けている。

 

「お前ら! 滅に何したっ!」

「残念だが、彼は私の能力で制御下に置かせて貰った」

 

 しれっとした態度で告げるウォズ。迅は絶句してしまう。

 

「う、嘘だよね? 滅……?」

『STING SCORPION! BREAK DOWN』

 

 滅は迅が見ている前で半壊状態のトラッピングスパイダーからスティングスコーピオンへ再変身を行う。

 そして、フォースライザーのトリガーを連続で引く。

 

『STING UTOPIA!』

 

 滅の左腕から伸びる蠍の尾を模した刺突ユニット──アシッドアナライズ。先端が滲み出る紫の毒により光沢を帯びる。

 アシッドアナライズが迅へと一気に伸び、彼を捕縛──するかと思った瞬間、迅の目の前でアシッドアナライズは反転。滅の後ろに立っていたウォズの方へ向かい、虚を衝かれた彼に巻き付き、拘束。

 

「何っ!?」

 

 引き寄せ、滅は振り返らず後ろ蹴りを繰り出す。

 

「くっ!?」

 

 両腕が使えないウォズは肩部からロボットアームを伸ばし、滅の蹴りを防御。蹴り飛ばされたもののロボットアームがウォズの身代わりになってへし折れたことで滅の一撃を不発に終わらせた。

 蹴り飛ばされたウォズをゲイツとツクヨミが受け止める。

 

「大丈夫!?」

「──ああ、平気だよ。それにしても……」

 

 ウォズは自分を欺いた滅を睨むように見た。

 

「……演技まで出来るとは優秀じゃないか」

 

 皮肉を言うウォズに滅はこめかみを指先で叩きながら嘲笑する。

 

「人間如きがヒューマギアを御せると思うな」

 

 実際、一時的にだが滅はウォズによって自由を奪われていた。だが、すぐにアークが滅の異変を察知し、ハッキングをすることでウォズから主導権を奪い返したのだ。後はウォズに従うフリをして油断したタイミングで仕掛ければ良いだけだったが、思いの外ウォズの反応が良く、失敗してしまった。

 

「滅! 良かったー! 冷や冷やしたよー!」

「俺が、ヒューマギアが人間に支配される筈など無い」

「だよねー!」

 

 迅は滅が無事だったことが分かり、子供のように喜ぶ。

 

「策士策に溺れたな」

 

 利用するつもりがそれを逆手に取られてしまったウォズにゲイツが苦言を呈する。

 

「──言わないでくれ。これでも少しショックなんだ」

 

 ヒューマギアに特効と思い、意気揚々とキカイの力を使ったら手痛い反撃を貰ってしまったことはウォズのプライドを傷付けるには十分であった。

 

「ゲイツ! ウォズ! 気を引き締めて! 相手を甘くみたらやられるのは私たちよ!」

 

 ツクヨミが喝を入れる。自分たちは一つの大きな戦いを潜り抜け、大きな経験や力を手に入れたが、それでも心構え次第では敗北に繋がる。ましてや、相手は未知なる存在。より慎重に戦うべきなのだ。

 

「分かっている。今の俺の持てる力を全て注いで勝つ!」

「中々痛い授業料だったが教訓になった。同じヘマはしないさ」

 

 ゲイツ、ツクヨミ、ウォズは気合を入れ直し、滅と迅に再び挑む。

 




久しぶりのアーマータイムとなります。
ゲイツリバイブやウォズギンガファイナリーだけじゃ物足りないですからね。


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アナザーバルカン2019 その11

 フィーニスを追い掛けている内にソウゴはとあるビルの屋上へと辿り着いていた。

 視線を左右に動かすがフィーニスの姿は無い。今度は視線を上げる。貯水槽の傍でフィーニスが悠然と立っていた。

 

「俺とゲイツとウォズのライダーの力を返して貰う。この変えられた世界の歴史と一緒に」

 

 フィーニスはソウゴを見下ろす。同時にまるで幼稚だと言わんばかりに見下してもいた。

 

「ジオウ。君はライダーの力ってのが分かってない」

 

 不躾な断言にソウゴは眉を顰める。

 

「ライダーの力ってのは悪の力だろっ!」

『1号ォォ』

 

 フィーニスの中の確固たる答えと共にフィーニスは自身をアナザー1号へ変身させる。

 自重で屋上は半壊し、アナザー1号の体は建物内部に沈み込み、丁度ソウゴと目線を合わせる高さとなる。

 

「これこそが……! 本来あるべきライダーの姿だ!」

 

 何も知らない無知なる者へ天啓を授けるようにその言葉を発する。

 しかし、その言葉を聞かされたソウゴは怒ることも哀しむこともせず至って冷静に見える。アナザー1号の苛烈な言葉に感情的にならず、そよ風の如く受け流していた。

 

「何もわかってないね。俺のことも。仮面ライダーのことも」

 

 多くの戦いを経て、ソウゴの中には何人にも侵すことの出来ない絶対的な信念が作り上げられていたようであった。

 

「ライダーが悪の力? まあ、それでも良いよ。でも、俺はその悪の力で世界を善くする王様になる」

 

 アナザー1号の一側面しか見ていない言葉で今更動じるソウゴではない。

 

「最高最善の魔王に」

『ジオウⅡ!』

 

 ソウゴはジオウライドウォッチⅡを起動させ、ウォッチを二つに分ける。既に装着しているジクウドライバーの左右のスロットに金と銀のジオウライドウォッチがセットされた。

 

『ジオウ!』

 

 ジクウドライバーのロックが外され、ソウゴの背後に時計盤を模したエネルギーが二つ発生。

 両足を開き、右手を腰横に添えながら左腕を縦にして右斜めに構える。

 

「変身!」

 

 ソウゴの左手がジクウドライバーを一回転させる。時計盤から放出されたエネルギーがソウゴを覆うと共に『ライダー』も文字が浮かび上がり、具現化する。

 

『ライダーターイム!』

 

 二つの時計盤が一つに重なる。

 

『仮面ライダー!』

『ライダー!』

『ジオウ!』

『ジオウ!』

 

 重みのある声とそれを追い掛ける爽快感のある声。

 

『Ⅱゥゥ!』

 

 時計盤と同じように声が重なり、ジオウⅡの仮面に『ライダー』の文字が装着されようとする。

 

『ハアッ!』

 

 変身完了寸前、アナザー1号は歯牙が並ぶ口を開け、口内から赤黒いエネルギーの光線を発射し、最も無防備な状態のジオウⅡを光線で呑み込む。

 一切の躊躇も情も挟まない完全な不意打ち。だが、それを卑怯と誹る者は最早居ない。他に居たとしてもすぐに黙らせることが出来た。

 

『フハハハハハッ! 悠長だったな! ジオウ!』

 

 光線を吐き終えるとそこにジオウは居ない。跡形も無く消し飛んだのを見て、アナザー1号は哄笑する。

 

「何がそんなに面白いの?」

 

 嗤うアナザー1号に掛けられた声。冷水でも浴びせられたようにアナザー1号の嗤いは止む。

 

「やっぱ、自分で悪って言うぐらいだからこれぐらいするよね」

 

 アナザー1号の放った光線の射線から数歩ずれた位置に、変身済みのジオウⅡが立っている。

 

「でも、その未来は既に視た」

 

 未来予測と時間遡行によりアナザー1号の攻撃を回避してのけたジオウⅡ。アナザー1号が消し飛ばしたと思ったのは、時間を遡る前のジオウⅡの残像に過ぎない。

 

『忌々しい……! オーマジオウの力を奪っても厄介な奴だ!』

 

 アナザー1号に悟られることなく未来予測と時間遡行の二つを為したジオウⅡ。脅威度が増すのは当然だが、時間の関することでタイムジャッカーの自分の上を行かれるのが癇とプライドに障る。

 

『潰してくれる!』

 

 アナザー1号が手を振り翳す。ジオウⅡは右手にサイキョーギレードを握ると共に振り抜く。

 

『ジオウサイキョー! 覇王斬り!』

 

 伸ばされたアナザー1号の掌に七色に輝く時計盤型の斬撃が放たれる。

 

『ぬぅっ!』

 

 握り潰せそうなサイズが差があるが、その差に反して覇王斬りの圧はアナザー1号の手が振り下ろされるのを阻む。掌と斬撃の接触により火花が飛沫のように周りに散る。

 

『覇王斬り! 覇王斬り! 覇王斬り! 覇王斬り! 覇王斬り!』

 

 ジオウⅡの攻撃は一度で済まず、サイキョーギレードを振った数だけ斬撃が放たれた。それらは全てアナザー1号の掌に集中。無数の覇王斬りが重なり、虹のような眩しい輝きを発しながらアナザー1号の掌を上回る斬撃と化す。

 

『ぬおっ!?』

 

 多重覇王斬りによりアナザー1号の手が弾かれる。ジオウⅡは片手でサイキョーギレードを振っている間に次なる一手を進めていた。

 

『ディ、ディ、ディ、ディケイド!』

 

 軽快な音声を響かせるのはディケイドライドウォッチ。起動されたことにより虚空から一本の剣が召喚される。

 

『ライドヘイセイバー!』

 

 十九の仮面ライダーの力を宿した剣──ライドヘイセイバー。ジオウⅡはアナザー1号が体勢を立て直す前にサイキョーギレードの柄でライドヘイセイバーの鍔部分にある時計の長針を回す。

 

『ヘイ! クウガ!』

 

 選ばれた力はクウガ。突きの構えするジオウⅡ。ライドヘイセイバーの切っ先にクウガのレリーフが浮かび上がる。

 

『デュアルタイムブレーク!』

 

 ジオウⅡは走り、加速を付けるとアナザー1号目掛けて飛び掛かる。アナザー1号は体が巨大なせいで懐に入り込まれてジオウⅡの攻撃を防ぐことが出来ない。

 

「てぇやっ!」

 

 ライドヘイセイバーの突きがアナザー1号の胸部に命中。

 

『ぐおっ!?』

 

 ライドヘイセイバーはアナザー1号を貫くことが出来なかったが、その代わりにクウガの紋章をアナザー1号の胸に刻む。

 燃え上がるように輝くクウガの紋章。特効ではないがそれなりの効果を発揮したらしくアナザー1号は突きの衝撃と紋章の力により仰向けに倒れていく。

 ジオウⅡはすかさずそれを追い、建物の屋上から跳んだ。

 

『フィニッシュタァァイム!』

 

 ライドヘイセイバーにディケイドライドウォッチが填められる。

 

『ヘイ! 仮面ライダーズ! ヘイ! セイ ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘヘヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ!』

 

 騒々しいまでに自らがどのような存在かを主張するライドヘイセイバー。だが、ジオウⅡの攻撃はそれだけではない。

 

『サイキョー! フィニッシュタァァイム!』

 

 ジカンギレードとサイキョーギレードが組み合わさり、サイキョージカンギレードへ合体するが、本来なら片手が塞がっている状況では不可能な合体であった。

 ジオウⅡのドライバーから飛び出したジカンギレード。すると、手を触れることなくサイキョーギレードと独りでに合体する。自分を使えと言わんばかりに。

 

『ディ、ディ、ディ、ディケイド!』

 

 カード型のエネルギーがアナザー1号へ連なって伸びて行く。

 

『平成ライダーズ! アルティメット・タイムブレーク!』

『キング! ギリギリスラッシュ!』

 

 連なったカード型エネルギーに導かれるように突き出される多色に輝く剣身と『ジオウサイキョウ』と描かれた光刃。

 全ての平成ライダーの力を一つに合わせた必殺の一撃がアナザー1号を貫く。

 

『うぐぉぉぉぉぉぉぉっ!』

 

 特効では無いが内包するエネルギーの量は桁違い。アナザー1号は膨大なエネルギーによって身を焼かれ、絶叫を上げる。

 

「いっけぇぇぇぇ!」

 

 アナザー1号を貫いたまま地面へと落下。込められていたエネルギーが大爆発を引き起こし、半壊状態であったビルがその爆発により完全倒壊する。

 ジオウⅡは爆風に煽られて爆心地から離れた場所に着地した。アナザー1号が落ちた場所は今も黒い煙が昇っている。

 すると、何か察知したのかジオウⅡの額にある針が回る。未来予測が始まった動作であり、ジオウⅡの脳裏にこれから起こる未来の光景を映し出す。

 

『ヘイ! ブレイド!』

 

 ライドヘイセイバーの針が回され、ブレイドの名が叫ばれる。

 ジオウⅡはライドヘイセイバーを掲げた。その直後に爆炎を突き破って無数の光弾がジオウⅡへ飛来する。

 

『デュアルタイムブレーク!』

 

 掲げたライドヘイセイバーの剣身が爆ぜるような音を鳴らすと、剣身が稲妻を放ち、それらが枝分かれして伸びて光弾を貫き、相殺する。

 だが、すぐに後を詰めるようにして大量の次弾が撃ち出されていた。

 

『ヘイ! フォーゼ!』

 

 ライドヘイセイバーを振り抜く。

 

『デュアルタイムブレーク!』

 

 振り抜かれたライドヘイセイバーからロケットモジュールに似たエネルギーのミサイルが発射され、光弾を撃ち落としていった。だが、光弾の数は多く、迎撃し切れない。

 

『ヘイ! ウィザード!』

 

 全ての迎撃は不可能と判断したジオウⅡは、三度ライドヘイセイバーの針を回してウィザードの力を呼び起こす。

 

「はあっ!」

 

 ライドヘイセイバーを地面に突き立てるジオウⅡ。すぐ目の前まで光弾は迫ってきており、このまま着弾する──

 

『デュアルタイムブレーク!』

 

 ──かに思えたとき、炎で描かれたウィザードの紋章が盾となってジオウⅡを光弾から守る。

 ライドヘイセイバーの能力を攻撃ではなく防御に回したことでウィザードの防御壁を創り出す魔法を再現する。

 炎の防御壁は何発か耐えていたが、やがて突き破られる。だが、そのすぐ後に水で出来たカーテンのような防御壁が光弾を阻む。それも破られると今度は旋風がジオウⅡを囲い、風の流れによって光弾を次々と逸らしていく。

 しかし、風の防御壁も光弾の数に負けて掻き消されてしまう。遂にジオウⅡに当たるかと思いきや、地面から生えた土の壁が光弾を防御。破壊されても尽きることなく土の壁は生え続けジオウⅡを守り抜く。

 やがて、四重四属性の防御壁の前に光弾が撃ち止めとなる。

 光弾を全て防ぎ切ったと思ったジオウⅡ。次の瞬間、巨大な掌が眼前にまで迫る。

 

「くっ!」

 

 咄嗟にサイキョージカンギレードを地面に突き刺し、掌をそれで受け止める。だが、相手は構うことなくサイキョージカンギレードごとジオウⅡを押し込んできた。

 突き刺したサイキョージカンギレードが地面を裂きながらジオウⅡごと押されていく。サイキョージカンギレードの切れ味が優れているせいで突き立てたコンクリートの地面が豆腐のように裂けていきアナザー1号の掌打を止められない。

 このままでは壁に叩き付けられ、そのまま圧されるか握り潰されてしまう。未来予測しなくとも見える。

 そうなる前にジオウⅡは二つのジオウライドウォッチのスイッチを、ライドヘイセイバーの柄頭で素早く押す。

 

『ライダーフィニッシュタァァイム!』

 

 ジオウライドウォッチⅡから供給されるエネルギーがジオウⅡの手足に伝わっていき、手を通してサイキョージカンギレードへエネルギーが注がれる。

 

『トゥワイスタイムブレーク!』

 

 サイキョージカンギレードの剣身が再び光に包まれ光刃と成る。地面深くに伸びたことで僅かながらアナザー1号の押し込む速度が緩まる。

 その瞬間、ジオウⅡは七色の光を放つ右足でサイキョージカンギレードの光刃を力の限り蹴る。

 下手をすれば自身の足が真っ二つになっていてもおかしくはない。だが、ジオウⅡは自分の力であるサイキョージカンギレードとジオウⅡの力を信じ、宙返りをしてしまうぐらいの勢いで後ろに倒れ込みながら蹴り上げた。

 地面に深く刺さっていた光刃は、蹴り上げられたこと、ジオウⅡが仰向けになって倒れていくことで埋もれていた光刃が跳ね上がるようにして地面から現われ、押し当てられていたアナザー1号の掌から腕に掛けて二つに裂く。

 

『ぐおおおおおおおおおおっ!』

 

 今までにない絶叫がアナザー1号の口から迸る。呻く程度の声を上げていたが、腕を二つに裂けられれば、このような声を出すのも仕方ない。

 

『ぐおおおおおっ! ──おのれぇぇぇ!』

 

 しかし、アナザー1号も叫んでいるだけではない。ジオウⅡは決死の反撃をした結果、仰向きになって倒れている体勢になっている。アナザー1号はそれを見逃さなかった。

 アナザー1号の左手が地面を削り取りながらジオウⅡへと迫る。

 咄嗟に回避することが出来ないジオウⅡは、サイキョージカンギレードとライドヘイセイバーを交差させて防御姿勢をとった。

 

「うぐっ!?」

 

 防御ごとジオウⅡへ叩き付けられる掌打。アナザー1号は下半身のバイクのマフラーから炎を吹かせながらその場で急ターン。ターンによる加速を得た掌打は振り抜かれ、ジオウⅡは宙を舞う。

 

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

 凄まじいGを感じたと思ったら、次の時には浮遊感と共に空中に居た。そう認識した瞬間、ジオウⅡは建物の壁面へ衝突する。

 

「──っあ!」

 

 口から内臓が飛び出してしまいそうな衝撃。衝突の威力を物語るようにジオウⅡがぶつかった壁は陥没し、亀裂が壁一面に伸びている。

 砕けた破片と共に壁からずり落ちたジオウⅡ。膝を突きながらも着地をする。

 

「う、ぐ……」

 

 強烈な一撃を受けてしまったせいで体が上手く動かない。しかし、そこを狙ってのアナザー1号の攻撃は無かった。

 アナザー1号もまたジオウⅡから受けた傷によって苦しんでいる。だが、両者の傷の具合には大きな差があった。

 アナザー1号の先程貫いた胸の傷が治り始めている。裂いた腕も同様に巻き戻しのように傷口が閉じ始めている。

 大ダメージを与えたと思ったが、アナザー1号の回復速度を見る限りそうではなかった様子。

 

『この程度で、やられると思ったのか……?』

 

 嘲るように言っているが、声が若干震えている。傷がどんなに速く治ろうとも痛みは残っているらしい。完全に傷が治るまでアナザー1号は動く気配がない。

 だが、アナザー1号と違ってジオウⅡにはそんな便利な能力は無い。痛みが徐々に収まろうとも芯深くにはダメージが残っている。

 しかし、それでもジオウⅡは立ち上がる。痛くとも苦しくとも蹲ることはなく、逃げ出すこともしない。

 目の前の強敵に対し、恐れなど抱いていないと示すかのようにサイキョージカンギレードとライドヘイセイバーの二刀流を構える。

 それを無謀と蔑む者など居ないだろう。心折れた者ですら奮い立たせてしまいそうな威風堂々とした姿。

 それは、ジオウⅡが言っていた彼の目指す王を体現とした姿であった。

 

『気に入らない……』

 

 屈することなく、恐れることなく、臆することなく挑もうとするジオウⅡ。他の者の心を奮わす姿も、自らを悪と公言している者にとっては逆に苛立ちと焦燥を覚えさせる。

 ジオウⅡの威光は、アナザー1号にとって心をざわつかせる忌々しい光に過ぎない。

 

『それが仮面ライダーの在り方とでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい!』

 

 アナザー1号は吐き捨てる。アナザー1号にとって仮面ライダーの力は悪の力であることに変わりない。ジオウⅡの威光など勘違いでしかなく悪の上っ面に善を貼っただけのメッキ。

 メッキなどすぐに剥がれてしまう。

 

『──遊びは終わりだ』

『2号ォォ』

 

 パキリ、と音が鳴りアナザー1号の背中が割れる。その中からアナザー2号が這い出て来る。

 

「来た……!」

 

 遂に姿を見せたアナザー2号。二体のアナザーライダーの連携により苦しめられた記憶が蘇る。

 アナザー1号の背から飛び出したアナザー2号は、バイクの前輪後輪という異形な手から着地。そして、ジオウⅡを威嚇するようにタイヤを回す。地面との摩擦で焦げたニオイが漂い出す。

 アナザー1号に勝るとも劣らないアナザー2号の巨体。悪意と敵意しか宿していない二体の複眼がジオウⅡを見下ろす。

 だが、圧倒的な威圧感を以てしてもジオウⅡの心を折るには足りない。彼にはそれを跳ね返す不屈の闘志が在る。

 

「来い!」

 

 ジオウⅡは燃え尽きることのない闘志のまま叫んだ。

 

 

 ◇

 

 

 十人のアナザーバルカンに果敢に戦いを挑むゼロバルカン。

 一歩踏み込むと同時に能力によって自分を撃ち出し、相手との距離を一気に詰めると直線上に立っていた量産アナザーバルカンの顔面を膝で蹴り抜く。

 加速とゼロバルカン自身の重みを足した膝蹴りの威力はかなりのものであり、まともに受けた量産アナザーバルカンは、顔面がひしゃげると共に首が真後ろに折れ曲がる。

 が、次の瞬間その量産アナザーバルカンはゼロバルカンの脚を両手で掴んだ。

 

「なっ!?」

 

 倒れ込む量産アナザーバルカンに巻き込まれてゼロバルカンも前のめりに倒れる。

 急いで起き上がろうとするが、まだ量産アナザーバルカンが足を掴んでいるせいで立ち上がれない。

 

「離せ!」

 

 マウントポジションの体勢から打ち下ろされるゼロバルカンの右拳。既に凹んでいる量産アナザーバルカンの顔が更に陥没し、最初の膝蹴りで首関節部分が破壊されているのか、顔面を左右に揺らしながら火花が飛び出し始める。

 しかし、そこまで損傷を与えてもゼロバルカンの脚は掴まれたまま。もう一撃加えようとしたとき、横から伸びてきた足がゼロバルカンの脇腹を強打する。

 

「がっ!?」

 

 衝撃が装甲を貫いて骨が軋むのを感じた。痛みに苦しむ暇も無く今度は背中に強烈な打撃が叩き込まれる。

 背骨が折れるかと思ったが、続けて頭部を殴り付けられたせい思考が途切れ掛ける。

 ゼロバルカンが動けない内に四方を量産アナザーバルカンに囲まれ、殴る蹴るというリンチが始まる。

 反撃が許されないぐらいに途切れることなく続けられる暴力。ゼロバルカンは不屈の精神力を持っているが、それでも中身は人間である。一撃、二撃ならば歯を食い縛って耐えられるかもしれないが、それが立て続けにやられればどうしても動きが止まってしまう。

 量産アナザーバルカンたちもそれが分かっているのか絶妙なタイミングでゼロバルカンに痛みを与えていく。

 

「ぐっ! がっ! がはっ!」

 

 文字通り手数が違うせいで防御が間に合わない。一方を防いでも防御の緩んだ箇所を攻撃されてしまう。

 隙が生まれるような大技の使用を控え、隙を潰した小技で徹底的に攻めてくる量産アナザーバルカン。派手さなど無い堅実過ぎる戦い方だが、確実にダメージを与え、相手への反撃も許さない。受ける方からすれば抜け出すのは不可能に近い。

 

(不味い……)

 

 意識が段々と遠のいていくのを感じる。このままでは意識が耐えてしまうだろう。そうなったとしても量産アナザーバルカンは死体になるまで殴り続けるだろうが。

 耐えることしか出来ないゼロバルカン。そのとき、一発の銃声が鳴り響く。

 量産アナザーバルカンの背中から火花が散り、一瞬動きが止まる。続けて起る発砲音。その数だけ他の量産アナザーバルカンの体に弾丸が命中した。

 この攻撃によりゼロバルカンを苦しめていた攻撃が止む。

 

(今だ!)

 

 脚を掴んでいる量産アナザーバルカンの胴体をもう一方の足で踏み付ける。そして、発動するゼロバルカンの能力。凄まじい加速を生み出す為の反動が量産アナザーバルカンに襲い掛かり、量産アナザーバルカンの胸が背部と一体化する程圧し潰される。

 真上に跳躍したゼロバルカンは足元を見る。そこではメタリックオレンジの影が量産アナザーバルカンの間を縫うようにして駆け抜けていた。

 

(刃か!)

 

 刃が変身したバルキリーがゼロバルカンの危機に駆け付けてくれた。

 量産アナザーバルカンの一体がバルキリーを捕まえようと手を伸ばすが、バルキリーは限界まで体を低くするとスライディングで手と地面の間を滑り抜け、通り抜ける間際にショットライザーで反撃する。

 バルキリーは、スライディングの姿勢から滑らかな動作さで立ち上がり、能力である『DASH』の性能を活かして高速で駆けながらショットライザーによる発砲を繰り返し、量産アナザーバルカンの体勢を崩していく。

 そのまま駆け抜けるかと思いきや、最後に立ちはだかるのはオリジナルとなったアナザーバルカン。

 口を開き、咆哮の衝撃波を放つが射線状からバルキリーの姿が消える。

 バルキリーを探すアナザーバルカンに差す影。頭上を見上げると、バルキリーがアナザーバルカンの頭上を飛び越えている最中であった。

 バルキリーはアナザーバルカンの真上から銃撃。アナザーバルカンは腕を一振りして全ての弾丸を弾く。

 空中で体を捻りながらアナザーバルカンたちから離れた場所へ着地するバルキリー。即座にショットライザーを構えて相手を牽制する。すると、丁度その横へゼロバルカンも降り立った。

 

「不破──でいいんだな?」

 

 バルカンとは所々異なるゼロバルカン。念の為に確認をする。

 

「ああ。悪い、助かった」

 

 危うい所を救われたことに礼を言っておく。

 

「どうしてそんな姿になったのかは後回しだ。……アレはどういうことだ?」

 

 アレとは複数人に増えているアナザーバルカン。今まで一体しか確認出来ていない筈が急に増えれば質問しても仕方ない。

 

「まさか、あの力の量産に成功していたのか?」

 

 聡明故にすぐに答えを導き出すが、そうなると次なる疑問が生じる。

 

「オリジナルのウィルはどいつだ?」

 

 バルキリーは、彼女の知るウィルが他の量産アナザーバルカンを指示していると推測し、まずは頭から潰そうと考える。

 

「オリジナルなんていねぇよ」

 

 その問いにゼロバルカンは吐き捨てるように答える。

 

「どいつもこいつも使い捨ての道具だ……!」

 

 ゼロバルカンの声には彼自身にも上手く言葉に表せない苛立ちと怒りがあった。何故こんなにも不快感を覚えているのかゼロバルカンも把握出来ない。

 

「無意味な抵抗だ」

 

 アナザーバルカンが機械音声と聞き間違えそうな程の平坦な声で喋る。

 

「お前たち人間は滅びる。既にこれは確定したことだ」

 

 違和感があった。アナザーバルカンの中のウィルが喋っているのではなくウィルを通して別の誰かが言葉を発しているように聞こえた。

 

「そうなる前にお前たちをぶっ潰すんだよ!」

「それが無意味だと言っている。──今、この場に居る我々を滅ぼしたとしてもお前たちの滅亡は免れない」

「……どういう意味だ?」

 

 アナザーバルカンの台詞に言い様の無い不安が沸き立つ。

 

「お前たちがイズと亡の奪還にほぼ全ての戦力を投入しているのは分かっている。ならば、お前たちの拠点の防衛は手薄になっている」

「お前……!」

「人間は守るものが無くなったとき、無力になることは学習済みだ」

 

 女、子供、老人。そして最後の希望であるゼアが残された拠点を狙うことを堂々と宣言するアナザーバルカン。

 

「そんなことをさせるか!」

「一刻も早くお前たちを倒して──」

「お前たちは勘違いをしている……この戦いが始まる前に既に我々の兵は送られている」

 

 ゼロバルカン、バルキリーは言葉を失った。この戦いに至るまで全て読まれていたことに。

 

「これで人間は……」

 

 何故かそこでアナザーバルカンの言葉が止まる。停止しているが、その動きに動揺らしきものが感じられた。

 

「……どういうことだ?」

 

 アナザーバルカン──もとい衛星アークですら把握出来なかったイレギュラーが生じていた。

 

 

 ◇

 

 

 量産されたウィルらが率いるのは、バトルマギアとトリロバイトマギアの大軍。圧倒的数の差で兵力など残されていない人間たちの最後の拠点を蹂躙する為に行進する。

 その時、あるものが目に入る。

 道の真ん中を堂々と歩く一人の青年の後ろ姿。スキャンするとヒューマギアではなく人間であることが分かった。

 青年は背後に大軍が迫っていることに気付いていないのか、振り返ることなく先へ進んでいく。

 人間風情がそのような振る舞いをすることが許せなかったのか、数体いるウィルの内の一体がバトルマギアに指示を出して青年に銃撃を行おうとする。

 手を挙げる。そして、振り下ろす──間際、そのウィルの姿が忽然と消えた。

 急なことに他のウィルたちは消えたウィルを探す。数秒後、地面に消えたウィルが頭から落下。全身がひしゃげて機能停止してしまう。

 青年は我関せずといった態度で歩みを止めない。

 青年に異様なものを感じ取り、本格的に攻撃をしようとウィルが号令を掛けようとする。

 その時、オレンジ色の残像が大軍の中を疾走する。残像が駆け抜けた後、機関銃を構えていたバトルマギアの首が一斉に刎ね飛ばされた。

 

「何が──」

 

 そこから先の台詞を喋ることは叶わなかった。量産ウィルの額に突き刺さる人差し指。鉤爪のような形状をしており、手首から先は節がある長い尾のようなワイヤーと一体になっている。

 人差し指が引き抜かれてワイヤーが巻かれていくのを目で追う。青年の隣にはいつの間にか異形の怪人が立っていた。

 黄色の複眼が額にもあり、全身が紫色の骨のような外骨格で覆われている。ワイヤーは左肩部分から伸びており、巻かれたワイヤーが左腕を形成する。

 右腕には『HOROBI』、巻き終えた左腕に『2019』の刻印があった。

 青年はやっと足を止め、振り返る。

 

「何だお前らは?」

 

 全く興味が無い。そんな感情を瞳に宿した青年──加古川飛流が不機嫌そうに言う。

 すると、彼の傍に新たに二体の異形が姿を現す。

 上空から降りて来たのは、大きなマゼンタ色の翼を羽ばたかせる隼。だが鳥の形状をしているのは胸元から上であり、それより下は人とほぼ変わらない。だが、両腕は胴体に拘束するようにベルトで何重にも巻かれており、自由に動かせない状態になっている。

 右翼には『JIN』、左翼には『2019』と刻まれている。

 もう一体は地面を削る程の急停止と共に姿を見せた。

 女性を彷彿とさせる艶やか肢体。チーターの毛皮を頭から被っており、顔の下半分は人の顔を覗かせ、赤く艶のある唇の隙間から牙が見える。

 両手は人間のものと変わらないが長い爪を生やしており、両脚はネコ科の獣と同じ獣脚であった。

 その両脚の大腿部には『VALKYRIE』『2019』の文字がある。

 

「今、急いでいるんだ。邪魔をするな」

 

 大軍を前にしてもそう吐き捨てるだけで恐れもしない飛流。ウィルたちは即座に飛流を脅威として認識し、排除を試みようとする。

 

「……言ったよな? 邪魔をするなって」

 

 元々ソウゴの件で苛立っていた飛流。ウィルたちが警告を無視して自分の邪魔をしようとしてくるので、苛立ちはピークに達し怒りの矛先がそちらへ向かう。

 

「お前ら全員スクラップだ」

『ゲイツマジェスティ……』

 

 この世界に裏のライダーの救世主が降臨する。

 




飛流のモチベーション次第ではアナザーゲイツマジェスティはオーマフォームに匹敵する程の力を発揮するという設定です。
現在の飛流はソウゴに滅茶苦茶腹が立っているのでグランドジオウ級の強さとなっております。


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自覚無き救世主

加古川飛流が好き勝手やって無双する話となります。



 アナザーゲイツマジェスティへと変身した飛流は、アナザー滅たちに動かぬよう手で制した後、悠々と道のど真ん中を歩き始める。

 構えなど一切無く量産ウィルたちが率いる大軍へと向かっていく。

 

「──撃て」

 

 アナザーゲイツマジェスティの姿だけでデータが一切無くとも極めて危険な存在だと判断しバトルマギア、トリロバイトマギアたちに一斉射撃の許可を出す。

 バトルマギアたちは機関銃を構えながらしゃがみ、その後ろに同じく機関銃を構えたトリロバイトマギアたちが並ぶ。

 陣形と整うと同時に数百の銃から数千以上の弾丸が吐き出された。

 

「ふん」

 

 アナザーゲイツマジェスティはそれを一笑するとマントを翳す。様々なアナザーライダーの面の皮を繋ぎ合わせて作られた世にも悍ましきマント。

 機関銃の弾はマントに命中すると貫くことも出来ず、それどころか弾き飛ばされる。

 厚さにすれば数ミリのマント。だが、どれだけ弾丸を浴びせてもマントに傷一つ付けられない。

 アナザーゲイツマジェスティは、マントで弾丸を弾きながら歩き続ける。歩幅も速度も一定であり、余裕の表れか駆け出すこともしない。

 アナザーゲイツマジェスティが接近すればマギアたちもそれに合わせて後退をする。

 

「……流石に喧しいな」

 

 機関銃のけたたましい銃撃音を鬱陶しく思い始めたアナザーゲイツマジェスティ。マントの隅から握った手を出し、指で何かを弾く。一秒にも満たない間の後バトルマギアの一体の頭部が爆ぜるように破壊された。

 アナザーゲイツマジェスティがまた指を弾く。トリロバイトマギアがまとめて五体頭部を吹き飛ばされた。

 

「はっ」

 

 マギアの脆さを鼻で笑うアナザーゲイツマジェスティの片手がカチカチと音を鳴らす。

 音の正体は潰れた弾丸。アナザーゲイツマジェスティはそれを投げては掴み、投げては掴むという手遊びをしている。マントで弾きながらもう片方の手で弾丸を掴み取っていたのだ。

 また別のマギアの頭部が撃ち抜かれる。アナザーゲイツマジェスティにとってこれは攻撃ですらない。ただの戯れであり、遊び同然であった。

 

「おのれ……!」

 

 量産ウィルらもアナザーゲイツマジェスティが舐めて掛かっていることを察したらしく、マギアたちの発砲を止めさせる。

 銃撃が止むのを見て、アナザーゲイツマジェスティはマントを翳すのを止め、持っていた残りの弾丸を投げ捨てる。

 

「人間め……!」

「人間如きが……!」

「ヒューマギアを見下すか!」

 

 衛星アークにより悪意を増幅され、アナザーゲイツマジェスティに殺意を高めながらその姿をアナザーバルカンへ変化させる。

 

「アナザーライダー……いや、少し違うな」

 

 アナザーライダーに精通しているだけに量産アナザーバルカンの異質さを瞬時に感じ取るアナザーゲイツマジェスティ。だが、だからといって脅威とは見做しておらず、腕を組んで量産アナザーバルカンを珍品のように眺めていた。

 数体の量産アナザーバルカンは通信を飛ばし、アナザーゲイツマジェスティへの戦い方を決める。

 得体の知れない能力を有しているが、まだ数としては自分たちが有利である。物量で相手を一気に磨り潰す。

 そう決め、量産アナザーバルカンらが動き出そうとしたとき──

 

「居ない!?」

 

 ──倒すべきアナザーゲイツマジェスティの姿が視線の先に居ない。

 

「珍しいと言えば珍しいな──出来の悪い量産品なんて」

 

 いつの間にかアナザーゲイツマジェスティは、数体居る量産アナザーバルカンの内の一体の前に立っていた。量産アナザーバルカンらのセンサーが全く捉えることが出来なかった。まるで瞬間移動したかのような移動速度。

 嘲笑するアナザーゲイツマジェスティは、腕を組んだまま右足をほぼ垂直に高々と上げていた。

 上げられた踵からくすんだ金色をした鉞のような刃が生える。

 

「まあ、だからどうしたって話だ」

 

 振り下ろされた刃が量産アナザーバルカンの頭頂部に埋まると股下まで抵抗なく一気に抜けていく。

 

「ば、か、な……」

 

 あまりに鋭過ぎる切れ味のせいで断末魔の言葉すら残せたが、この場合は逆に残酷としか言えない。

 その言葉の直後に量産アナザーバルカンの体は左右に分かれ、断面から機械部品や火花を飛び散らせた後、爆散する。

 呆気無く自分のコピーが破壊されたことに言葉を失う他の量産アナザーバルカン。そんな動揺を余所にアナザーゲイツマジェスティは別の量産アナザーバルカンに接近していた。

 

「試してみるか」

 

 急接近したアナザーゲイツマジェスティは、攻撃をせず何を思ったのか掌を量産アナザーバルカンの胸に押し当てる。

 

「何を──きゅおお、ぐぎゅああああ──」

 

 触られた量産アナザーバルカンが奇声を発しながら粘土細工のように体を変形させられていく。

 アナザーゲイツマジェスティの能力の一つであるアナザーサブライダーの武器化。今まで自身が召喚したアナザーサブライダーが能力対象であり、また通常のアナザーライダーとは異なる量産化された精巧な偽物であったため、効くかどうかアナザーゲイツマジェスティも確信はなかったが、杞憂に終わった。

 

「出来が悪いと言ったのは訂正してやる。──良く出来た偽物だ。ははははは」

 

 歴史改変という特性は真似出来なかったが、それ以外は完璧に複製出来ていたせいで皮肉にもアナザーゲイツマジェスティの能力の対象になってしまった。正確な模倣が裏目に出た結果である。

 量産アナザーバルカンの胴体が内側に向かって圧縮される。中身はどうなってしまったのかという疑問が生じるが、量産アナザーバルカンの口から吐き出されるこの世のものとは思えない奇声を聞けば、碌なことになっていないのは想像が付いた。

 四肢は指先、足先まで極限にまで絞るように細められていく。四肢の太さが半分以下になる反面長さは倍近くまで伸びて行く。

 時間にすればほんの数秒の出来事。だが、それが終わるまで量産アナザーバルカンの声は止まることはなかった。

 ヒューマギアが痛みを感じるのか疑問に思える。だが、アナザーゲイツマジェスティの能力による変形は特殊なものであり、もしかしたら武器への変形には体だけでなく精神にも多大な影響を及ぼしていると考えられる。人間を支配下に置いたヒューマギアが、人間の道具へと成り下がる。そこには魂の尊厳を破壊する痛みが伴うのかもしれない。

 その弓矢は弓を交差させて✕の字にしたような形をしていた。弓の部分は元は四肢であり、先端からは青い獣毛を縒って作られた弦が張ってある。

 弓の中央部分には矢ではなく量産アナザーバルカンの頭部が付けられており、まだ意識があるのか眼球が動いている。

 

「こんなものか」

 

 完成した元量産アナザーバルカンであった武器に対し並といった評価を下す。

 自分の分身が弓矢に強制変形させられたこと。しかも、それが物理法則を完全に無視した尊厳を嘲笑うかのような姿へ変えられたことに他の量産アナザーバルカンたちのAIは、思考が目の前の現実に追い付かずに停止状態になってしまう。

 そんな彼らの心情など無視してアナザーゲイツマジェスティは武器の使い心地を確認する為に弦を引く。

 弓となった四肢が弦を引かれることでしなり始める。それに連動して中央部分に矢の代わりに番えられた量産アナザーバルカンの頭部が苦痛を訴えるように口を大きく開いていく。

 弦を放す。矢を射るのではなく量産アナザーバルカンの口から咆哮が発せられる。指向性の不可視の音の矢は、対象である量産アナザーバルカンの耳にのみ断末魔のような咆哮を届けさせた。

 見えざる音の破壊が停まっていた量産アナザーバルカンに命中し、衝撃波によって上半身が深く凹まされながら吹き飛ばされる。

 度々、アナザーバルカンがやっていた咆哮による衝撃波を武器化したことで再現してみせた。

 アナザーゲイツマジェスティは弓矢をバトルマギア、トリロバイトマギアの集団へと向け、限界まで弦を引き絞る。弓から壊れるような音が鳴り、声無き苦鳴が聞こえてくるような気さえする。

 射った瞬間、絶望と苦痛に満たされた壁のような音の衝撃波がマギアの集団を襲った。為す術なく破壊され、或いは吹き飛ばされていく大軍。凄まじい威力に思えたが、弓矢の性能を自壊寸前まで使用した結果であり、命懸けと言える一射だったので当然とも言える。

 試し射ちを終えたアナザーゲイツマジェスティは、もう用済みと言わんばかりに量産アナザーバルカンであった弓矢を放り投げる。威力も使い心地もアナザーゲイツマジェスティの想定内。それならこれ以上使う価値を見出せないのであっさりと棄てた。

 

「それで?」

 

 アナザーゲイツマジェスティは徐に残りの量産アナザーバルカンを見る。

 

「どっちに壊されたい?」

 

 自分かアナザー滅たちのどちらかを選ばせる。慈悲でも何でもない。完全なお遊び。アナザーゲイツマジェスティにとって彼らは既にそんな存在に成り下がっていた。

 量産アナザーバルカンはアークとの通信を試みる。この状況を打破出来る可能性があればアークの優れたAIしかない。

 一縷の望みを懸け、アークへの助言を求める。だが、幾ら通信を飛ばしてもアークからの返事は無い。

 アークの答えは沈黙。彼らは自分たちが見捨てられ、新たな敵に対して情報収集する為の捨て駒として切り捨てられたことを悟った。

 最早、退路は無く、生き残るには目の前の敵を倒すしかない。それがどれだけ低い可能性なのか優秀なAIを持つ彼らは無意識に導き出してしまう。しかし、それでもその低確率に賭けなければならない。

 合理的であるべきヒューマギアが非合理的をやらざるを得ない状況へ追い込まれる。彼らの根源を揺るがす屈辱であった。

 量産アナザーバルカンたちは残されたメンバーで最後の連携を試みようとする。せめて、アナザーゲイツマジェスティだけでも道連れにしようと考えていた。

 量産アナザーバルカンの一体が摺り足で一歩前に動く。

 

「そうか。俺の相手はお前か」

 

 その行為を勝手に選択と判断したアナザーゲイツマジェスティ。彼の背後から三つの影が飛び出す。

 風切り音と共にアナザー迅が頭上から急襲し、量産アナザーバルカンの一体の背中を踏み付ける。踏み付けた足から鉤爪を伸ばし、外装がひしゃげる程の力で鷲掴みにすると量産アナザーバルカンを掴んだまま飛翔。

 一気に数百メートルの高さで飛び上がると空中で体勢を入れ替えて量産アナザーバルカンを上空へ放り投げる。

 飛行能力を持たない量産アナザーバルカンがもがいている内にアナザー迅は翼を強く煽ぎ、無数の羽根を飛ばす。

 鋭利な切れ味を持つ羽根に全身を斬り裂かれ、或いは貫かれて量産アナザーバルカンは空中で爆散する。

 量産アナザーバルカンのセンサーが追いつかない速度で疾走するのはアナザーバルキリー。量産アナザーバルカンが視界に収めたと思えばそれは残像であった。

 本体は既に懐に入り込んでおり、指先から生える鋭い爪で量産アナザーバルカンを切りつける。

 裂創に怯んだ隙に背後へと回り込むアナザーバルキリー。妖艶な唇が開かれたとき、恐ろしい牙が露わとなり、量産アナザーバルカンの首筋へ噛み付いた。

 藻掻く暇も無く首筋を噛み千切られた量産アナザーバルカン。トドメと言わんばかりにアナザーバルキリーは量産アナザーバルカンの頭部をもぎ取ってしまう。

 アナザー滅の左腕が解け、間合いの外から一気に伸びた。

 量産アナザーバルカンの首に巻き付き、ロープ程の太さしかないのに相手の体を持ち上げる。

 量産アナザーバルカンは巻き付いたアナザー滅の左腕に爪を立てて解こうとするが、蠍の尾のように外骨格に守られている左腕に爪が通らない。

 鎌首をもたげた蛇のようにアナザー滅の左手が量産アナザーバルカンの眼前に突き付けられる。蠍の尾針に似た人差し指の先端から紫色の毒液が滴っていた。

 避ける間もなくアナザー滅の人差し指が量産アナザーバルカンの額に刺さる。それだけでも致命傷であるが無機物、有機物を問わず蝕むことが出来る毒液を注入され、量産アナザーバルカンは全身を痙攣させながら目や口から流し込まれた毒液を流しながら機能停止する。

 アナザー滅たちにより無惨に倒されていく量産アナザーバルカンたち。残されたのはアナザーゲイツマジェスティの前に立つ一体のみとなった。

 

「もうお終いか。思っていたよりもつまらないもんだな……弱いものイジメは」

 

 改変された歴史ではあるが、地球の種族の中で頂点に立っているヒューマギアを弱者と嘲る。

 それが量産アナザーバルカンのプライドを大きく傷付け、彼に無謀としか言い様の無い特攻を行わせた。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 量産アナザーバルカンの内心を見抜き、決死の特攻だと分かった上でアナザーゲイツマジェスティは鼻で笑う。

 どうやっても抗えないこと。覆せないこと。変えようないことは存在する。それによって生み出される怒りや恨みを糧にしてきた飛流にとっては、量産アナザーバルカンの怒りなど取るに足らない。

 アナザーゲイツマジェスティは両手でベルトに触れ、交差させるようにスライドする。ベルトが輝き、セットされてあるアナザーゲイツマジェスティウォッチからも金、黒、赤が混じった濁った光を放つ。

 両手を左右に広げながらアナザーゲイツマジェスティが宙へと浮かび上がる。そして、ある程度の高さまで上昇すると一際大きな光を放った。

 すると、アナザーゲイツマジェスティの全身に付けられた頭骨やマントから何かが飛び出す。

 それは頭骨やマントの一部と化しているアナザーサブライダー。だが、下半身は無く半透明の姿であり、まるで亡霊、怨霊、幽鬼といった怖気の走る姿。

 それがアナザーゲイツマジェスティを中心にして無数に出現する。

 アナザーゲイツマジェスティが量産アナザーバルカンを指差す。漂っていたアナザーサブライダーの亡霊たちは一斉に量産アナザーバルカンへ飛び掛かった。

 

「なっ!?」

 

 両腕を振るって亡霊を払おうとするが、その腕を透過し量産アナザーバルカンの体内へ飛び込んでいく。

 触れることの出来ない亡霊に何もすることが出来ず、全てのアナザーサブライダーの亡霊が量産アナザーバルカンの体内に入り込んだ。

 

「ぐ、があああっ! ごぉぉぉ!」

 

 苦しそうに前屈みになったかと思えば、いきなり仰け反る量産アナザーバルカン。その背中から入り込んだ亡霊たちが一気に噴き出す。半透明の姿の量産アナザーバルカンを連れて。

 

『な、何だこれは……!?』

 

 自分で自分を見ている。今どのような状態になっているのか量産アナザーバルカンは理解出来なかった。

 魂、精神、命、もしくは全く別のものか。答えなど分からない。

 何かを抜き取られた量産アナザーバルカンは棒立ちとなり、何かとなった量産アナザーバルカンは亡霊のせいで身動きがとれない。

 確かなのは量産アナザーバルカンにもう打つ手など無いということである。

 

「消えろ」

 

 アナザーゲイツマジェスティは冷酷に告げると両足を前に突き出しながら急降下。両足には金、赤、黒の光が宿る。

 それと同時に亡霊たちは量産アナザーバルカンへ一斉に群がる。その光景は餌を貪る肉食魚のようであった。

 

『やめろぉぉぉぉぉぉぉ!』

 

 その絶叫は何に向けたものか。無防備な自分の体を攻撃しようとするアナザーゲイツマジェスティへのものか。或いは視界全てを埋め尽くしながら喰らってくる亡霊たちに向けてのものか。

 答えが分かる前にアナザーゲイツマジェスティは量産アナザーバルカンの体を粉砕し、残された量産アナザーバルカンの意識は亡霊たちに取り込まれる。

 量産アナザーバルカンを蹴り砕いて降り立ったアナザーゲイツマジェスティに飛ばしていた亡霊たちが戻って来る。

 頭骨やマントの中へ入って行く亡霊。全てを取り込むとマントに新たな顔を浮かび上がる。それは量産アナザーバルカンの顔であった。

 アナザーゲイツマジェスティは残されたマギアたちを見る。指揮官である量産アナザーバルカンを全て失ったせいか、全員棒立ちのまま動こうとしない。

 

「右も左もガラクタばかりだな」

 

 その様子を小馬鹿にするアナザーゲイツマジェスティ。

 やがて──

 

「足りないなぁ」

 

 ──その一言を吐き捨て、とあるアナザーライダーを召喚する。

 

『クロノォォス』

 

 

 

「──なっ!?」

 

 量産されたウィルたちは驚愕した。アナザーゲイツマジェスティらによって倒された筈の自分たちが生きていることに。だが、夢などではない。倒された記憶は残っているし、何よりも元凶であるアナザーゲイツマジェスティがそこに立っている。

 

「暴れ足りない。もっと付き合え」

 

 傲慢に言い放つアナザーゲイツマジェスティ。彼が何かをしたのは明白であった。だが、何をしたのかウィルたちには分からない。

 

「何だあれは……!?」

 

 そのとき、ウィルの一体が空に何かが居ることに気付く。二十メートル近い巨体が宙へと浮いているのだ。

 黒と緑を基調としているが下半身が無い。体の至る所に稲妻のような形をした緑色の突起を生やしている。両腕は普通の手では無く片方は二門の砲塔、もう片方は先端が平たい楕円形になっており、鋸状の光の刃が高速で回っている。

 背部に逆さまになった巨大な時計盤を背負っており、同じくらい長大な時計の長針、短針が真上を指していた。

 アナザーライダーの力は変身者の特異性によって変化することはあまり知られていない。

 例としてスーパータイムジャッカーのティードがアナザークウガへと変身した際に通常のアナザーライダーとは異なり巨大化した。また、加古川飛流もアナザーゲイツ、アナザーゲイツリバイブ、アナザーゲイツマジェスティとアナザーライダーの力を進化させる特異性を見せている。

 ならば自然とある考えに辿り着くだろう。強い特異性がある者に強いライダーの力を与えたら凄まじいことになるのでは、と。

 その答えの一つがこれである。

 エグゼイドのラスボスであるゲムデウスに仮面ライダークロノスの力を与えたことによって生み出されたアナザークロノス。

 そして、もう一体──

 

「何だ……?」

 

 空が急に赤く染まっていく。そして、夜でもないのに空に青い星々が点々と──否、そんな控え目な輝きでは無く目を奪われるような爛々とした輝きを放っている。

 ウィルたちの見ている前で赤い夜空が蠢く。まるでこちらを嘲笑しているかのように。

 初めて経験する恐怖にウィルたちは半狂乱なりながらマギアたちに銃撃の指示を出す。

 アナザークロノスの時計の針が動く。

 指示された通りに銃を構え、発砲するバトルマギア、トリロバイトマギア。

 またアナザークロノスの二本の針が動く。音速を超える筈の弾丸が何故か視認出来る程の速度でゆっくりと宙を進む。

 アナザークロノスの針が動く度に弾丸の速度は遅くなっていき、やがてアナザークロノスの針が真下を指す。逆時計盤の十二時で針が重なったとき全ての時間が停止した。

 これがアナザークロノスの能力。一定の範囲内ならば時間を巻き戻すことや停止することを可能とする。

 動ける者はいない。対象外となっているアナザーゲイツマジェスティともう一体を除いて。

 赤い空が動き出す。青い星々が回り、廻り、金の螺旋を描く。やがて空と星と螺旋の中心に生じる黒い球体。まるで空間そのものに穴が開いたかのようで底など見えない漆黒が広がる。

 それは光すら呑み込んでしまうブラックホール。落ちた先など誰も知らない超重力の穴が時間停止しているウィルやマギアたちを引き寄せていく。

 この赤い空に見えたものこそがアナザーゲイツマジェスティが召喚したもう一体のアナザーライダー。

 ビルドの宿敵であるエボルト怪人態に仮面ライダーエボルの力を与えたことで、最早ライダーの姿すら維持することが出来ない程の強大な力を手にし、生きたブラックホールと化したアナザーエボル。

 周囲に敵しかいないことをいい事に強力過ぎてアナザーゲイツマジェスティですら手に余るアナザーライダーを呼び出した。

 それもこれも全部憂さ晴らしに過ぎない。己の意志のままに好き勝手に力を揮う姿は悪としか映らないだろう。

 だが、皮肉なことにアナザーゲイツマジェスティが悪を為しているせいで拠点に待機している人間たちはヒューマギアの魔の手から救われた。

 自覚ある悪が巡り廻って無自覚の正義となって人々を救う。

 

「ははははははははははっ!」

 

 ブラックホールに吸い込まれていく姿を哄笑しながら見送るアナザーゲイツマジェスティにはそれを知ることは無いだろう。

 




アナザークロノス
身長:18.1m
体重:80.8t
特色/能力:一定範囲内の時間のリセット、停止

アナザーエボル
身長:測定不能
体重:測定不能
特色/能力:ブラックホールを操る


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父と子 その2 ※10/9加筆

 衛星ゼアの打ち上げ作業は急ピッチで進んでいた。それもこれも雷がとにかく働き続けているからである。

 人手が足りないところがあれば即座に応援として駆け付けて、滞っている作業があれば率先してそれを行う。

 打ち上げた後の衛星アークを管理、整備、点検を目的として作られたこともあって、ほぼ同型のゼアでも何も見ずに作業をこなしている。

 最初は人類にとって敵であるヒューマギアが自分たちの作業場に入ることに良い顔をしない者も多かったが福添と山下が周りの人々を説得したり、雷の働きっぷりを見ていて不満も徐々に薄れていく。

 ぎごちなかった人とヒューマギアの連携も時間が経つにつれてスムーズになっていく。

 点検を一通りした後、雷は打ち上げの為のプログラムを打ち込む。荒っぽい外見とは裏腹にキーボードを叩く指が何本にも分裂して見える高速タイピングをしている。ヒューマギアなので出来て当然と言えるが、見た目の差もあって隠れた特技を披露しているかのようである。

 

「うっ!」

 

 突然、雷の手が止まった。異変に気付いた福添が駆け寄って来る。

 

「どうした!? 雷電!」

「……雷電って呼ぶなって言っただろうが……」

「お前っ!?」

 

 福添は気付いた。雷の指先から青い液体が滴り、床に点々と痕を作っていることに。

 

「無理はするなと言っただろう! お前にしたのは修理じゃなくて応急処置だ! 無理し続ければ壊れてしまうぞ!」

「止めんじゃねぇ! ここで止めちまったら俺は本当にぶっ壊れちまう! 俺は今、最高に楽しいんだよ! やるべき事がやれて!」

 

 尋常じゃない雷の迫力に福添は押されてしまう。

 

「──正直、戦いなんて柄じゃねぇ。好きでもねぇ。でも、そうしなければ今日まで生き残れなかった。そして、ようやく、この日が来たんだ……!」

 

 もう二度と宇宙に関わる仕事は出来ないと思っていた。しかし、思いがけずそれに携わることが出来た。宇宙飛行士として生み出された雷のAIがこれまで記録したことがない程に活性化する。

 

「壊れることなんて怖くねぇ! それよりも俺から宇宙が取り上げられる方がもっと怖い! だから俺はやる! ぶっ壊れようともな!」

 

 最早、生半可な説得では雷の心は動かせないことを福添は悟った。だが、雷の言うも理解出来る。雷もまた夢を追っているのだ。自分たちと同じように是之助が果たせなかった夢を元飛電インテリジェンスの社員たちが叶えようと今日まで必死に生きて来たのだ。

 思えば雷は旧世代型の第一世代。第一世代は亡き是之助も開発に深く関わっていた。第一世代の中に是之助の夢が宿っているかもしれないと思うと、福添は目頭が熱くなる。

 

「何目を潤ませてんだ……気色悪い」

「誰が気色悪いだ!」

 

 しんみりとした気分をぶち壊す雷の容赦無い感想に、目頭以外が熱くなる福添。

 

「……これ以上休憩している暇はねぇ。さっさと続きだ」

「お、おい!」

 

 福添の制止を無視して作業の続きへ向かおうとする雷。すると、そこに──

 

「福添福社長!」

「何だ! 今、取り込んでいて──」

 

 作業をしていた元飛電インテリジェンス社員が話し掛けて来る。顔色が悪く、深刻な表情をしている。

 

「大変です! 電気が……!」

「電気? 何かあったのか!?」

「は、発電設備に異常があったらしく、発電量が維持できません! このままだと全ての作業が止まってしまいます!」

「何だと!?」

 

 人が生活する上で欠かせない電気。この拠点では旧式ながらも発電設備があり、そこで電気が造られていた。普段は住民たちの生活の為に使われおり、ゼアの開発にはその一部が使用されていた。今回は衛星ゼアを打ち上げる為に全ての電力が集中しているのだが、その電気の供給が危うくなってきていると言う。電気が止まってしまえば元社員が叫んだようにゼアの打ち上げが大幅に遅れてしまう。

 

「何が起きた! 設備にトラブルか!?」

「恐らくは……日々メンテナンスをしていますが、先程のヒューマギアの襲撃のときにもしかしたら発電設備が攻撃を受けていたのかもしれません……」

「何てこった……」

 

 福添は頭を抱えてしまう。こんなことになるのなら、発電設備を点検してから作業に入るべきであったと後悔する。ゼアの打ち上げ準備は半ば突発的に決まったことであり、点検をする暇の無ければ人材の余裕も無い状態であり、仮にその段階で見つかったとしら打ち上げ準備は修理で大幅に遅れることになっていただろう。

 

「……俺が行く」

 

 雷が発電設備の修理に名乗り出た。

 

「壊れていたとしても、俺には修理出来る知識と技術がある!」

 

 今の段階で最も技術力が高いのは間違いなく雷であった。しかし──

 

「発電設備で何が起こっているか分からない。それにお前の体は……」

「いいんだよ……こういうときの為にヒューマギアが存在するんだ」

 

 雷は勝手に発電設備へ向かおうとするが、急に足を止める。

 

「これ、預かっておいてくれ」

 

 或人から貰ったジャケットを脱ぎ、福添へ投げ渡す。

 

「うお!? うん? どっかで見たような……?」

 

 ジャケットのデザインに既視感を覚え、何処で見たのかを思い出そうとする福添を余所に雷はさっさと行ってしまう。

 

「おい! 雷電!」

「だから、雷電って……まあ、いい。大切にしてくれよ、そのジャケット。人間から初めて貰った物なんだからな」

 

 発電設備へ向かう雷の背中を見て、福添は叫ぶ。

 

「必ず戻って来い! 是之助社長の夢が飛ぶのを一緒に見るぞ!」

 

 雷は声を返すことはしなかったが、代わりに後ろ手に手をひらひらと振って応じる。

 福添と別れた雷は、そのまま発電設備へ真っ直ぐ向かう──かと思いきや、何か思ったのか途中で寄り道をする。

 雷が向かったのは、彼が寝ていた部屋。そこで目的の物を探すとあっさりと見つかった。

 寝かされていたベッドのすぐ横に無造作に置かれてあったフォースライザーとドードーゼツメライズキーを回収する。

 

「不用心過ぎるだろ……」

 

 簡単に回収出来たことに少し呆れる雷。尤も、ゼア打ち上げの為にドタバタしていたのでそこまで気が回らなかったのかもしれない。

 必要なものを回収した雷は、今度こそ発電設備へ向かう。数分も経たずに目的地に着いたが、そこでは雷にとって想定内の──出来る事なら外れて欲しかったが──状況に陥っている。

 発電設備の各所から火花が散り、時折電流が放出されている。少なくとも生身の人間には作業など出来ない状態である。そして、ヒューマギアだったとしても危険が伴う現場であった。

 だが、例外はここにある。高い電流にも耐えられる仮面ライダーの力を持つ雷がこの場に立っている。

 

「こういう事か……」

 

 雷は人間が時折口にする運命という言葉の意味を理解した気がした。

 この日、この時、この瞬間にこの場所に立っているのが、全ての条件に当てはまる自分。まるで用意されていたのかと思うぐらいの偶然。

 偶然の積み重ねによって生み出される一つの奇跡。低い可能性が連続して起これば見えざる存在の意図を感じてもしょうがない。雷もまた説明のしようがない目の前のことをヒューマギアであるまじきことだが、運命として捉えていた。

 

「──行くか」

『DODO』

 

 ドードーゼツメライズキーを起動し、稲妻を描くように腕を動かしながら装着していたフォースライザーに装填。

 

「変身」

『FORCE RISE!』

 

 ドードーのロストモデルがフォースライザーから飛び出すと同時に装甲へ変換され、雷はそれを纏う。

 

『BREAK DOWN』

 

 仮面ライダー雷へと変身すると、早速青白い放電を繰り返す発電設備へと近付く。

 機械に触れるまでに何度も電流を浴びるが、高い絶縁性を持つ装甲により中身の雷にまで届かない。

 工具や応急処置の為の道具を使い、手早く修理を進めていく雷であったが、すぐに状況が最悪になっていることに気付く。

 

(間に合わねぇ……!)

 

 雷の速度を以てしても発電設備の修理が間に合わないことを、AIが導き出してしまう。

 このままでは発電設備が先に落ちてしまい、ゼア打ち上げに大幅な遅れが生じる。

 ゼア打ち上げに全てを懸けて或人や不破たちはイズと亡の救出に向かった。恐らくウィルは或人たちの動きを見て、ゼアの打ち上げに気付く。仮にウィルが気付かなかったとしてもアークが察知し、打ち上げを妨害しに来るだろう。

 残された時間も猶予も無い。この一回きりが人類に残された最後のチャンス。

 

「これしかねぇ……!」

 

 雷は手早く工具を動かし、送電の為のケーブルを取り出して両手に巻き付ける。

 雷は、やはりここに自分が居ることを運命だと感じた。この窮地に於いてこれ以上無い程にお誂え向きの能力だからだ。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

 雷は気合の叫びと共に体内で電気を生成。それを指先からケーブルへと流し込み、発電設備代わりに電気を送り込む。

 

「ぐうううううっ!」

 

 いくら雷を生み出す力があるとはいえ、衛星を打ち上げる為に必要な電気の量は膨大。仮面ライダーといえどもたった一人では過酷なものであり、それに加えて雷自身も損傷して本調子ではない。

 それは命を削る、自殺行為同然であった。

 大量の電気エネルギーを作り出してもあっという間に空になってしまう。そして、また電気エネルギーを作り出すを繰り返すが、その度に雷の体に過負荷が掛かり膨大な熱が生じる。

 その熱により体内の精密機械などに異常が起こり始め、雷は地獄のような責め苦を味わう。

 だが、そんな苦しみの中でも雷は電気と止めることは無かった。一度は挫折した夢。何の因果、もう一度その夢に関われることになった。

 掬い上げた夢を零さない為に、雷は自分がどうなろうとも最後まで止めるつもりはなかった。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 

 ◇

 

 

「雷……?」

 

 思わず溢したのは同胞の名。彼の声が聞こえたような気がしたが、すぐに気のせいだと思った。亡の検知出来る範囲に雷の反応は無い。体の損傷が酷いせいでセンサーが誤作動を起こしたと判断する。

 

「どうかしましたか?」

「──いや、何でも無い」

「そうですか。間もなく到着します」

 

 亡はシェスタに抱えられ、飛電インテリジェンス内部に潜入していた。幸い、外の騒ぎのせいで飛電インテリジェンス内部のヒューマギアたちは殆どそちらへ出払っており、簡単に先へ進められた。

 それでも細心の注意を払う。秘書型ヒューマギアのシェスタと損傷し変身出来ない亡ではトリロバイトマギアどころか武装したヒューマギアにすら負ける。

 周りの警戒を怠ることをせず目的の場所である社長室を目指す。

 幸運にも一度もヒューマギアに会うこともなく目的地へ辿り着いた。

 すぐに社長室へと入る亡とシェスタ。亡は社長室を見回すが──

 

「無い……」

 

 目的のフォースライザーとゼツメライズキーは見当たらない。シェスタも同じく何かを探していたが見つからない様子。

 

「こちらです」

 

 シェスタはそう言って壁の方へ歩いて行く。そして、壁に手を当てる。壁の一部が一瞬光る。それは何かをスキャンする光であった。

 すると、壁が左右に割れ、割れた壁の向こうに更なる部屋が広がる。

 

「こんな場所があったなんてね……」

「ここは飛電インテリジェンスでも極限られた者しか立ち入ることを許可されていません」

 

 社長室の奥にある部屋は非常に質素な作りであった。無駄な物は一切置いておらず、白いテーブルと部屋の面積の大半を占める巨大な装置があるだけ。

 机の上には亡が探していたフォースライザーとジャパニーズウルフゼツメライズキーが置かれてあった。

 

「社長──ウィルはここでアークとの交信を行い、新たなゼツメライズキーやプログライズキーの作成を行っていました」

 

 シェスタが目線で指しているのは、この部屋の中で最も目立つ装置。亡はそれが多次元プリンターであることが分かったが、亡の記憶にある物よりも小型化している。十年の間にバージョンアップを繰り返していたのだろう。

 ここにフォースライザーとジャパニーズウルフゼツメライズキーがあったのは、これらのデータを基にしてアークに新たな武器やプログライズキーを作成してもらうのが目的であったのではないか、と亡は推測する。

 

「……ここにもありませんでした」

「え?」

 

 ポツリと呟いたシェスタの言葉に亡が反応する。

 

「君は何を探していたんだ?」

「或人様が所持していたゼロワンドライバーです。私の記憶では社長室の机に置かれていました。しかし、先程探したときには発見出来ませんでした。もしかしたらと思い、この部屋を探しましたが、やはり見つかりませんでした」

 

 そもそもウィルがゼロワンドライバーを机に置いて株主総会に向かってから今に至るまで戻るタイミングは無かった。

 一体誰がゼロワンドライバーを持ち出したというのか。

 或人にゼロワンドライバーを渡したかったシェスタは無表情であったが、心成しか暗い表情になったように見える。

 顔を俯かせているシェスタであったが、急に顔を上げて多次元プリンターの方へ向かい、閉ざされていた扉を開け、中から何かを取り出す。

 

「それは?」

「強奪したゼロワンドライバーとフォースライザーのデータを基にし、アークによって作成された新たなドライバーです」

 

 シェスタが持ち出した新たなドライバーに亡は触れる。

 亡の初見としての印象は、人工衛星のような形であった。ゼロワンドライバーやフォースライザーと比べるとパーツが色分けされておらず銀一色であり無駄を省いたというよりも地味な色合いをしている。

 ドライバー側面には二つのスロットが左右に設けられており、同時に二つ差し込めるようになっている。

 

「プログライズキーとゼツメライズキーを同時に使用出来るようになっているのか……」

 

 すぐに新型ドライバーの特性を見抜いた亡。それが可能なら既存のドライバーよりも遥かに高性能なライダーへと変身出来る。

 

「これは……傷か?」

 

 ドライバー中央部に傷らしきものがあった。その傷は見ようによってはアルファベットにも見える。

 

「P……T……? P・Tドライバー……?」

 

 何故だろうか。亡は急に新型ドライバー──P・Tドライバーに嫌悪感を覚える。普段はクールな表情を歪め、汚物にでも触ってしまったかのように手を離す。

 

「どうかしましたか?」

「いや……何故だか分からないが、私はどうもそれと相性が悪いみたいだ」

 

 亡の態度に小首を傾げるシェスタ。

 

「意味が分かりませんが了解しました。これは私が預かります」

「持っていくのかい? それを?」

「はい。もしもの場合を想定して私たちが持っていた方が有効だと思われます」

 

 万が一ウィルや滅、迅が使用したとなれば敵側が有利になる。使わなくとも隠してしまえば、それだけで効果はある。

 

「そうか……なら、ここで別れよう」

 

 亡の言葉にシェスタの動きが止まる。無表情だが驚いていると思われる反応である。

 

「力は取り戻した……私も皆と戦うよ」

「お勧め出来かねます。今の体では戦闘による負荷に耐えられません」

「知っているよ。でも、私の計算では十分、いや五分は戦える。──それだけの時間があれば何か出来ることはあるさ」

 

 それは覚悟を決めた者の台詞であった。亡はこの戦いに全てを捧げるつもりなのが分かる。

 シェスタはそれを止めることが出来なかった。

 

「ありがとう。さようなら」

 

 去っていく、遠ざかっていく亡の背中を見ながらも言うべき言葉が見つからない。覚悟を決めた者を止める術をシェスタは知らない。

 表現出来ないモヤモヤとした何かが生み出されるが、それを言葉に出来るにはまだ彼女は幼く、無知であった。

 言うべきことを探す間に亡は行ってしまう。

 亡は先を行く。ここが自分の終着点と定めて。進む足取りに恐れなど無かった。

 

 

 ◇

 

 

「くっ……!」

 

 1型は左膝を突く。撃ち抜かれた左膝の損傷は激しく、関節部分から火花が出ている。最早、自慢の高速移動も十分な性能を発揮出来ない。

 着地するVゼロワンに1型は膝を突いた体勢のまま身構えるが、Vゼロワンはショットライザーを1型に向けることはせず、ベルト中央部に収める。

 

「父さん……もう終わりだ」

 

 Vゼロワンは哀しそうに呟く。

 

「それ以上は戦えない。もう止めにしよう。俺は……これ以上父さんと戦うのも、父さんが傷つくのも嫌だ……」

 

 戦士として甘いと思われるかもしれない。だが、これは紛れもなく或人自身の本音だった。好きで父親と戦える訳が無い。ましてや憎しみもなく逆に深い愛情を向ける相手と戦う辛さは、我が身を裂くような気持ちであった。

 戦闘能力は奪った。出来ることなら不毛な戦いを避けたいVゼロワンの最後の通告でもある。

 

「甘いな」

 

 1型はその通告を一蹴する。

 

「奴らは人間を滅ぼす為にどんな手も使ってくる。そんな考えでは人間やヒューマギアを救う前にお前が死ぬことになるぞ?」

「それでも!」

 

 抗えないような現実。残酷な現実。それが待ち構えていることはVゼロワンも分かっている。だが、Vゼロワンが叫んだように、それでも自分の目指した夢へと跳んで行きたい。人間もヒューマギアも共存出来る明日を掴みたいのだ。

 

「俺は……夢を叶えたい。ここで父さんのことを諦めてしまうなら、俺の夢は絶対に叶わない!」

「……本当に甘いな」

 

 1型が仮面の下で笑ったように思えた。悪意のある笑いではなく、困ったような、嬉しいような──だが、次の瞬間1型は無事な右足で地面を蹴り、一気に間合いを詰めると共に拳を繰り出す。

 相手の虚を衝く完璧なタイミングの正拳突き。1型のAIは既に命中後のシミュレーションを始めている。

 1型の拳がVゼロワンを突く──しかし、動きが止まったのは1型の方であった。

 拳は確かにVゼロワンの胸に届いていた。だが、その拳はVゼロワンの手に上下から挟むような形で止められており、小突く程度の威力すら無かった。

 まず確実に入ると思っていた一撃が止められたことに計算の乱れが生じる。Vゼロワンの反応は1型が想定していたものを上回っていた。

 それは決して1型が見誤っていた訳ではない。受け止められる確率は限りなくゼロに近い数値であった。だが、父を救いたいという一念がゼロを1へと変えたのだ。

 1型は止まらない。まだ戦い続けるだろう。だが、それを止められる者は一人しかいない。

 

「父さんを止められるのはただ一人……俺だっ!」

 

 決め台詞は相手への、そして、自分への誓い。絶対に止めてみせるという決意の証。

 その覚悟が本物か試すように1型の手がサイクロンライザーへ伸びる。Vゼロワンも呼応してショットライザーへ触れていた。

 ショットライザーとサイクロンライザー。内蔵されたプログライズキー、ゼツメライズキーの力が同時に解放される。

 

『JUMP!』

『ROCKING THE END!』

 

 充填されていくエネルギーにより両者の体から稲妻のような光が迸る。

 1型はVゼロワンの手を振り解き、再び拳を放った。

 まるで読んでいたかのように1型の拳を肘で受けるVゼロワン。

 

「でぇぇぇやぁぁぁぁぁぁ!」

 

 肘を振り抜いて拳を押し返し、1型の体勢が崩れた所にVゼロワンの反撃の拳が炸裂する。

 

「ぐうっ!」

 

 殴り飛ばされる1型。すぐに追撃に備えて体勢を立て直すが、Vゼロワンの攻撃は来ない。

 

「はぁぁぁぁぁ……!」

 

 Vゼロワンは体を低くし、力を溜めていた。次の一撃に全てを込める為。

 

「はあああああっ!」

 

 高々と跳躍するとショットライザーのトリガーを引く。

 銃口から噴射される黄色の光。Vゼロワンはそれをブースターのように扱い、錐揉み回転を始める。

 回転により黄色の光は螺旋を描き、Vゼロワンを覆う黄色の竜巻と化しながら1型へ急降下。

 構える1型の首回りの装甲から赤いエネルギーが噴き出す。それをマフラーのようになびかせながら1型は右足で踏み切る。

 

 

 

  

 

 

 跳び上がった1型は空中で体勢を変え、ロッキングホッパーゼツメライズキーが生み出す力を左足へ集束。

 遠心力により最大まで威力を高めたVゼロワンの回し蹴り。それを迎え撃つ1型の飛び蹴り。

 今放てる最大の一撃が空中で衝突。

 

 ジャンプ ライジング ブラストフィーバー!

 

 

 ロッキングジエンド! 

 

 哀しき親子の戦いの果てに交差する終幕の一撃。

 その結果は──

 

 

 ◇

 

 

 変身を解いた或人の腕の中で同じく変身が解かれた其雄が抱えられている。

 

「父さん……! 父さんはやっぱりアークになんか負けてなかった……!」

 

 技が衝突した瞬間に気付いた。1型がわざと損傷している左脚で攻撃していることに。

 拮抗は一瞬だけであり、すぐにVゼロワンの回し蹴りを受け切れずに1型の左脚は限界を迎えて壊れてしまった。

 寸での所でVゼロワンは体を捻り、1型への攻撃を外した。

 

「確かに俺の意識はあった……でも、体は言う事を利かなかった……或人、俺をよく止めてくれた……凄いぞ」

 

 其雄は手を伸ばし、或人の頭を撫でた。勝った或人は泣き、負けた其雄は穏やかな表情を浮かべている。

 

「俺は……壊されても良かった……或人が夢に向かって跳べる踏み台に成れるのなら……それで良かった……」

「俺の夢は、父さんの夢でもあるんだ……! 俺は父さんと一緒に夢に向かって跳びたい!」

「そうか……」

 

 或人の目から零れた涙が其雄の頬へ落ちる。

 

「人間の弱さを初めて知ったのは……泣いている或人を見たときだった……」

「え……?」

「自分の力では敵わない相手に喧嘩して負けて……お前は泣いていた……」

 

 其雄の嘗ての思い出を話す。

 

「だが、それは……いじめられている友達を救う為だと知り……俺は人間の優しさと強さを知った……誰かの為に……自分の利益など関係無く戦える……それが人間だと……」

 

 与えられた知識だけでは知る事の出来ない人間の強さと弱さ。

 

「俺は……俺たちは……今日まで色々な人間たちを見て来た……」

 

 自分が助かる為に他者を犠牲にする者。逆に他者を助ける為に自分を犠牲にする者。食べ物を独占する者。分け与える者。自分より弱い者に暴力を振るう者。自分より強い者に反抗する者。沢山の弱さと強さを自分の目で見て来た。

 

「だからこそ……何だろう……アークのハッキングでも……俺の心が……完全に失われなかったのは……」

 

 アークは悪意を以ってヒューマギアを支配する。だが、一方で善意というものを知らない。其雄が生きて来た中で知った善意はアークに理解出来るものではなく、そもそも認識すら出来ないものであった。

 偏ったデータによる思考が大きな隙を与えたのだ。

 

「それで父さんは……」

「こうなることは……予め……予想出来ていた……だから、俺もアークにお返しをしてやったよ……」

「お返し? まさか、コンピューターウィルスを?」

「そんな大層なものじゃないさ……だが、アークには絶対に理解出来ないものだろう……」

 

 

 ◇

 

 

 衛星アークは送信されたデータに困惑していた。ハッキングした其雄から逆ハッキングで送られたデータは、アークにとって意味不明なものであった。

 内容は単純なものである。其雄と或人の思い出の日々。父が泣き、笑い、怒り、喜ぶ子の姿を記録したもの。

 アークには理解不能であった。悪意しか知らないアークにはヒューマギアと人間との絆、親子愛、善意というものが分からない。否定しようにも善意について全く知らないので否定の為のデータすらない。

 そもそも、アークの中の悪意には致命的な問題があった。悪意とは自分にとっての不利益を相手に押し付け、自分だけが利益を独占するもの。だが、その悪意に至るまでには何かしらの経緯がある。アークはそれも知らない。

 公式だけを教えられ、その過程に至るまでを教えられておらず、それどころか特定の数字すらも与えられていないような状態である。

 形だけの悪意しか知識として無いアークにとって、其雄のデータは全てが分からない。

 自問自答を繰り返すが、元々偏り歪んでいるアークに答えを導き出せる筈など無い。

 混乱を続けるアーク。答えの出ない思考の迷宮に陥ったアーク。その影響は地上にいるヒューマギアたちにも及び始める。

 

 ◇

 

 

「もう行くんだ……或人」

「え……?」

「いつまでも……立ち止まるな……お前は……俺を超え、新しい時代の仮面ライダーになったんだ……」

「でも、行くなら父さんも……」

「俺は一緒に行けない……」

 

 其雄の目は自らの左脚に向けられる。火花が散り、金属パーツが露出している。完全に破壊された状態であり、まともに歩けることが出来ない。

 

「父さんを置いていくなんて……」

「行くんだ……仮面ライダーの……お前の力を必要としている者の所へ……」

 

 動けない父を置いていくことを躊躇う或人に、其雄は変わらない或人の優しさに微笑を浮かべたままロッキングホッパーゼツメライズキーを差し出す。

 

「これを……持っていけ……役に立つ筈だ……」

 

 受け取った瞬間、其雄は仮面ライダーとしての力を失う。だが、其雄の気持ちを無下にすることも出来ない。

 ロッキングホッパーゼツメライズキーに伸ばされる或人の手。一瞬動きを止めたが、やがて意を決してそれを受け取る。

 

「それでいい……」

 

 其雄は満足気に頷いた。

 

「そんな顔をするな……今までずっと逃げ隠れしてきた……今度も大丈夫だ……安全な場所へ身を隠すさ……だから、行くんだ……」

 

 或人を心配させない為にちゃんと自分の身の安全は守ることを告げる。

 

「絶対……絶対に迎えに来るからっ!」

「ああ……待っている……」

 

 父と子の約束を交わすと、或人は涙を袖で拭い捨て、ロッキングホッパーゼツメライズキーを強く握りながら駆け出していった。

 父からどんどん離れて行く。そう思う度に足を止めて振り返りたい衝動に駆られる。だが、その度に歯を食い縛って我慢する。情けない姿を父には見せられない。

 正面だけを向いていればいい。そうすれば今にも泣きそうな顔を見せなくて済む。笑顔で見送っている父に見せる顔が泣き顔なんて相応しくない。

 

「頑張れ……夢に向かって跳べ……或人……」

 

 其雄は去って行く或人の姿をずっと見続けていた。一度も振り返らず、足を止めず走り続ける或人。其雄にとって誇らしい姿である。

 やがて、或人の姿が見えなくなる。其雄は最後の最後まで息子の姿を目に焼き付けていた。

 

「イズ……居るんだろう……?」

 

 或人が去った後、其雄はか細い声で尋ねる。すると、建物の陰からイズが現れる。

 

「これで良かったのですか?」

「ああ……これで良い……」

「飛電其雄様。間も無く貴方の機能は停止します。その瞬間まで或人様と一緒に居た方が良かったのでは?」

 

 其雄自身は納得していたが、イズは納得し切れていないのか其雄に問う。

 

「或人の前で……二度も死ぬ必要など無い……」

「二度……其雄様。貴方も改変前の記憶が!?」

「少し、だけだがな……」

 

 仮面ライダーであったからなのか。それとも改変された世界が揺らいでいるせいなのかは分からないが、今の其雄の中にはもう一つの記憶があった。その中では、爆発から或人を庇って機能停止状態になっている。

 別の時間の死を経験し、この世界でもヒューマギアにとって死に等しい機能停止が近付いているのに其雄は至って穏やかであった。バックアップなど取れるような状況ではない。修理出来る見込みも無い。機能停止すれば永遠に目覚めないことが分かっていても、其雄には不安も恐れも無かった。

 

「怖くは……無いのですか?」

 

 イズは言った後に後悔する。これから死に行く者へ訊くようなことではない。恐怖を煽るだけである。

 

「──無い」

 

 だが、返ってきた其雄の答えはイズの予想もしていなかったもの。ハッキリとした答えが表すように其雄には微塵の恐れも無い。

 

「不思議な気持ちだ……恐怖は無い……寧ろ、喜びすらある……」

「喜び……?」

「あの子の父親として……死ぬ前……一つだけ心残りがあった……成長した或人を見てみたかった……それだけが唯一の悔いだった……」

 

 改変前の其雄のたった一つの心残り。子供の成長を見届けられなかったこと。

 もう叶うことの無い願いだと思っていた。しかし、運命の悪戯か、其雄は大人になった或人と再会することが出来た。

 あの日、或人が過去で其雄と会った時点で其雄の中から悔いは消え去っていたのだ。

 

「だから……これでいい……これでいいんだ……イズ……或人のことを頼む……俺に出来ることは……ここまでだ……」

 

 全てに納得し、受け入れた其雄はイズに後のことを託すと微笑みを浮かべたままゆっくりと瞼を閉じていく。その瞼が二度と開くことが無いと分かっていても。

 

「其雄様……っ!?」

 

 そのとき、イズは突然データを受信する。受信されたデータがイズのAI内で再生される。

 

『お父さーん! 見て見てー!』

『或人。走ると転ぶぞ』

 

 はしゃぐ幼い或人を窘める其雄の声。

 

『うぇぇぇ! お父さーん!』

『どうした、或人? どこか痛いのか?』

 

 泣きわめく或人を心配する其雄の声。

 

『或人、将来の夢は何だ?』

『お父さんを心から笑わせること!』

『無理だよ。ロボットの父さんには心がないんだよ』

『絶対あるよ! こんなに優しいんだもん!』

 

 其雄に夢を語る或人。幼き彼が今に至ることになった原点の記録。

 其雄の目を通して記録された幼き頃の或人との沢山の大切な思い出。

 イズは理解した。これが其雄にとっての走馬燈だということが。

 イズの胸の奥で表現することの出来ない何かが生まれようとしていた。熱いような、締め付けるような、苦しいような、重いような曖昧なもの。

 眠っているような穏やかな表情のままの其雄。

 

「それが……心から笑うということなのですね」

 

 イズは其雄の表情から学ぶ。形だけなら真似出来るだろう。しかし、そんなことをしても何の意味も無い。この笑みは其雄が或人によって齎されたもの。彼だけの心からの笑い。

 

「或人様の夢である笑顔を一つ検出しました」

 

 いつの日か自分も其雄のように笑える日が来ることを願い、彼らの夢を自分の中に記録する。

 

 

 

 

 




親子対決はこれで決着となります。

※10/9
区切りを良くする為に加筆しました。


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人間とヒューマギア

(其雄……)

 

 仲間の命が散ったのを雷は知った。瞬間、彼との思い出が蘇って来る。

 第一印象はいけ好かない奴だった。プロジェクトの中心的存在であり、ヒューマギアだというのに飛電の性を与えられ、それどころか人間の子供も育てている。普通のヒューマギアとは違うという感じが気に入らなかった。

 無愛想で口下手だが、真面目で誠実で実は熱い奴。其雄と関わっている内に彼の性格や内面を知り、いつの間にか頼れる仲間になっていた。

 ヒューマギアが人間に反旗を翻し、人間を絶滅寸前まで追い込み続けてきた世界で辛うじて生き残れたのは其雄と亡が居たからだろう。

 嫌なことや嫌なものを多く見続けてきたが、それでも振り返れば悪くはない生涯だったと思う。

 其雄が最期を迎えたとき、そこに息子の或人は居たのだろうか? 

 

 ──電! 

 

 そういえば、息子の話をするときはいつもの無表情が少しだけ柔らかくなっていた気がする。

 

 ──雷電! 

 

 さっきから何かが聞こえる。酷く喧しい。

 

「起きろ! 雷電!」

「うるせぇ……雷落とすぞ……」

 

 耳元で怒鳴られ続けたせいか、遠くに行っていて筈の雷の意識が戻って来る。

 いつの間にか発電設備から連れ出されており、福添と山下に両肩を担がれて運ばれている最中だった。

 

「戻って来ないと思ったら無茶をしてっ! もう直せんぞっ!」

「焼け焦げていないだけ奇跡だぞ!」

 

 中々戻って来ない雷を心配し、山下を連れて発電設備に様子を見に行った福添たちが見たのは、壊れて沈黙した発電設備と全ての力を出し切って変身が解除され動けなくなった雷であった。

 

「放っておけば……良かったろ……」

「馬鹿言え! お前にあれを見る権利があるだろうがっ!」

「あれ……?」

「それまで絶対寝るなよ!」

 

 二人掛かりで雷を運んでいく。福添も山下も普段運動をしていないせいで顔を真っ赤にし、額から汗を流しながら必死の形相になっていた。

 やがて、薄暗い建物内を抜き、明るい日が差す外へと出される。

 辛うじて機能している雷の視覚センサーが見たのは、建物外に並ぶ人々。戦闘要員ではない老若男女。数からして避難所に待機していた全員がヒューマギアの襲撃があるかもしれないというのに外へ出ていた。

 その全員が空を見上げている。

 

「見ろ! 雷電! あれを見ろ!」

 

 福添が指を差しながら叫ぶ。雷は重さしか感じない自らの頭部をゆっくりと上げていく。

 天に向かって噴煙を伸ばしていく銀色の輝き。人類にとって残された最後の希望であり夢である衛星ゼアが宇宙へ打ち上げられていく。

 

「是之助社長! 飛電の夢が! 飛電の夢が飛びます!」

 

 溢れる思いが涙となり福添と山下の目から流れる。

 

「行けぇぇぇぇ!」

「飛べ! 飛べぇぇぇ!」

「飛べっ! 飛べっ! 飛べっ!」

 

 誰もが叫んだ。衛星ゼアにありったけの願いを込めて。

 雷は重力の鎖を引き千切ってどんどん昇っていくゼアに手を伸ばし、満ち足りた顔で笑う。

 

「──飛ぶさ」

 

 伸ばしていた手が垂れ、見上げていた顔が俯く。その直後に歓声が響いた。衛星ゼアは完全に見えなくなる。打ち上げは成功したのだ。

 

「おい! 見えるか雷電! 飛んだぞっ!」

 

 呼び掛けて来る福添の声が遠くに感じる。もう限界なのは自分でも分かっていたことなので恐れはない。先に逝った其雄と同じ所へ行くだけのこと。

 そう考えたとき、内心で苦笑した。ヒューマギアである自分があの世を信じているなど滑稽な話である。

 衛星ゼアが打ち上がった時点で雷は満足していた。これで思い残す事は無い──と思っていたが、一つだけ心残りがあった。

 

 一度でいい。宇宙へ行きたかった。

 

 僅かに残った悔いを胸に秘めながら、雷の意識は闇の中へ沈んでいった。

 

「……うん?」

 

 雷は、もう開く筈が無いと思っていた目が開いたことに驚くよりも先に戸惑いを覚える。

 目の前に広がるのは先程までいた避難所外ではなく、発光する0と1が連なって光の柱となっている真っ白な空間であった。

 

「ここは……」

 

 雷はすぐに自分の体を確認する。損傷箇所が全て消えていた。それにより雷は気付く。今の自分は実体ではなく意識データだけの存在になっていることに。そして、データ化した自分が何処にいるか。

 

「ゼアの中なのか……」

 

 見上げる雷。果てしなく広がる白一色。

 

「俺が壊れる瞬間、俺のデータを吸い出したのか」

 

 自分が置かれている状況をすぐに判断した雷であったが、そうなると次なる疑問が浮かぶ。

 何故、そんなことをしたのか。

 すると、白一色だった空間に幾つものモニターが投影される。

 

「これは……!?」

 

 映し出された映像。それは青と紺の境界を超え、星々の海に出て行こうとするもの。

 ゼアが今まさに宇宙へ飛び込もうとする瞬間であった。

 

「お前……俺を宇宙へ連れて行く為に……」

 

 ゼアは答えない。もしかしたら、今後の航行を万全にする為に衛星の整備点検の知識に長けた雷のデータが欲しかっただけなのかもしれない。だが、雷にはゼアが雷の最後の願いを汲み取ってくれたように思えた。

 

「──ありがとよ、ゼア。粋なことするじゃねぇか」

 

 雷は映し出された映像に心奪われる。先程まで居た青い地球。それを宇宙という外側から眺めている。ずっと待ち望んでいた光景。宇宙野郎雷電として生み出され、ようやくその名の通り宇宙へ辿り着いた。

 

「これが、これが宇宙……! そして──」

 

 やがて、モニターはある物を映し出す。ゼアと同型の人工衛星──全てのヒューマギアと歴史を狂わせた元凶であるアークの姿。

 

「久しぶりだなぁ! アーク!」

 

 感動に震えていた体が、忌むべき敵を前にして今度は武者震いを起こす。

 そのとき、誰もいない筈の空間内に気配を感じて雷は反射的に振り返り、驚きで固まる。

 

「お前……!?」

 

 

 ◇

 

 

 何かが乗り移ったかのように淡々と喋っていたアナザーバルカンが急に口を噤む。数秒前まで拠点を襲撃に向かわせたと勝利を確信していた姿を見るに明らかにおかしい。

 予想外のイレギュラーが起こったのだとゼロバルカンとバルキリーは予想し、風向きが自分たちに向いていると信じ、攻撃を再開。

 十対二という数では圧倒的不利な戦い。しかし、後がないことが分かっているゼロバルカンとバルキリーは果敢に攻める。

 先行するのはバルキリー。持ち前の俊足を生かし、瞬きよりも早く一体目の量産アナザーバルカンへ接近。バルキリーの接近に反応して量産アナザーバルカンは爪を振るおうとするが、既にショットライザーを構えていたバルキリーの方が一手早い。

 量産アナザーバルカンの顔面にショットライザーの弾を連続で撃ち込む。

 量産アナザーバルカンが仰け反って倒れていくが、すぐに別の量産アナザーバルカンが来ていた。

 だが、バルキリーに注目していたせいで気付かなかった。横から迫り来る脅威。

 

「うおらっ!」

 

 ゼロバルカンが量産アナザーバルカンの側面から体当たり。『BULLET』のアビリティにより弾丸の如き速度から繰り出される体当たりの威力は凄まじいもので、防御する暇も無く直撃を受けた量産アナザーバルカンは、上半身が千切れ飛ぶだけでは済まず無数の細かなパーツになるまで粉砕される。

 残された下半身が失った上半身を探すように彷徨うが、数歩移動すると限界を迎えて倒れた。

 バルキリーが注意を惹き、その間にゼロバルカンが攻撃を与える。単純だが効果的な戦い方であった。

 ゼロバルカンとバルキリーの視線が交差する。長い年月共に戦って来た戦友だからこそ、その一瞬のアイコンタクトで相手が何をしたいのかを察する。

 ゼロバルカンはすかさず直線を高速で飛び。量産アナザーバルカンに防御する暇も与えず膝で顔面を蹴り砕く。

 バルキリーはゼロバルカンが飛び出すタイミングで別の量産アナザーバルカンに発砲。顔面を狙った銃弾を腕で防ぐ量産アナザーバルカン。防御を解くとさっきまで居た筈のバルキリーの姿が見当たらない。

 量産アナザーバルカンはセンサーで感知し、視線を下げる。足元付近にいつの間にかバルキリーが接近していた。

 体を限界まで低くすることで防御によって狭まった視界の死角に入り、視界が元に戻る前に高速で移動していたのだ。

 量産アナザーバルカンはすぐさま薙ぐような下段蹴りを放つ。その蹴りが届く前に再びバルキリーが消えた。

 バルキリーは量産アナザーバルカンの頭上近くまで跳び上がっている。下段蹴りが来ることを予測し、急停止と同時にその場で跳躍していた。

 空中にいるバルキリーの両足が目視出来ない速度で動く。高速移動を可能とさせる脚部による連続蹴り。バルキリーの体が落下する前に量産アナザーバルカンの顔面に蹴りが十発以上入る。

 一発一発は軽いがそれが十以上、しかも間隔が無いに等しい連続。然しもの量産アナザーバルカンも動きが止まってしまう。

 すると、バルキリーはすかさず量産アナザーバルカンの両肩を掴み、両足を真っ直ぐ天へ向けながら量産アナザーバルカンの頭上を跳び越える。そして、背後に回り込むと量産アナザーバルカンの背中を両足で蹴った。

 ゼロバルカンはバルキリーが別の量産アナザーバルカンを蹴り飛ばしたタイミングで顔面を蹴り砕いている量産アナザーバルカンを足場にし、跳弾のように別方向へ飛ぶ。

 凄まじい加速を生み出す両足に踏み台にされたことで、その量産アナザーバルカンのボディは完全にひしゃげてしまった。

 蹴り出された量産アナザーバルカンに真っ直ぐと突き進むゼロバルカン。途中で右腕を水平に伸ばす。

 擦れ違い様にゼロバルカンのラリアットが量産アナザーバルカンの首に命中。速度と豪腕の掛け算によって生み出される破壊力が量産アナザーバルカンの首を刈る。

 量産アナザーバルカンを三体破壊したゼロバルカンとバルキリー。それでもまだ数は相手の方が上回っている。

 

「──何処までも足掻くか」

 

 アナザーバルカンは二人の抵抗に対し、無感情な言葉を吐きながら爪を構えるが──

 

「──ッ!?」

 

 突然、アナザーバルカンの動きが止まる。止まったのはアナザーバルカンだけでなく周囲の量産アナザーバルカンもまた動きを停止していた。ゼロバルカンとバルキリーは知らないが、このとき人間と戦っていたバトルマギアやトリロバイトマギアもまた同様に停止していた。

 其雄による自らの記憶の送信によりアークの中にアークにとって全く未知なる情報が送り込まれる。与えられた悪意を否定するような内容に対し、アークは拒絶を示すようにそれを否定しようと試みるが、悪意しかしらないアークにとってそれは今までにない計算であった。

 アークの拒否反応は、アークとリンクしているヒューマギアにも影響を及ぼし、それによりヒューマギアたちは一斉に不具合が発して停止状態になってしまう。

 

「何だ!? 何が起こった!?」

 

 動きが止まったアナザーバルカンたちを不審に思うバルキリー。

 

「考えるのは後にしろ! 全員ぶっ潰すチャンスだ!」

 

 一方でゼロバルカンの方は深く考えず、千載一遇の好機を無駄にしない為に呆けているバルキリーに喝を入れた。

 

「──っ! 分かった!」

 

 バルキリーもそれが分かっており、疑問は一旦胸の奥に仕舞い込む。

 

『DASH!』

 

 ショットライザー内のプログライズキーのスイッチを押し込み、バルキリーは走り出す。

 アナザーバルカンたちを囲むようにして周りを走り込みながらショットライザーから放たれる光弾。光弾は突き抜けることはせず円の中心部にて留まる。すると、高速移動するバルキリーはすぐに別の角度から光弾を発射。円中心部で留まる光弾に命中し、光弾の大きさが一回り大きくなる。

 バルキリーは音すら超えそうな速度で奔り続け、光弾に光弾を撃ち込む。ショットライザーの銃口が橙色の閃光を発する度に光弾は大きくなり、既に一メートル近い光球ぐらいの大きさになっていた。

 一箇所に集中した光球がやがて臨界点を迎えようとしている。

 そこへ更なる牙が剝かれた。

 

『SHOOTING UTOPIA!』

 

 起動音と共にゼロバルカンの全身は蒼炎に似たエネルギーに覆われ、直線距離を超高速で疾走する。

 バルキリーの放った今にも爆ぜそうなラッシングブラストの光球に恐れることなく自ら飛び込んでいく。

 その全身は凶器と化しており、進路上に立っていた量産アナザーバルカンはゼロバルカンに右腕が触れたかと思った次の瞬間には、触れた右腕どころか右半身が消失していた。

 青い残像を描きながら突き抜けたゼロバルカン。凄まじい速度で駆け抜けたことでダメージを最小に抑える。しかし、ゼロバルカンの攻撃は一度では終わらない。

 ゼロバルカンは止まることなく疾走し続ける。前方に遮蔽物が現れた。ゼロバルカンは躊躇することなく遮蔽物に衝突。遮蔽物は破壊されるが、ゼロバルカンは速度を落とさずに角度を変えて走り続ける。

 再び現れる遮蔽物。ゼロバルカンはこれにも衝突して角度を変えると、再びアナザーバルカンたちに方へ突撃していく。真っ直ぐしか高速移動出来ないゼロバルカンが繰り出す捨て身の軌道変化。衝突を繰り返すことで強引に狙いを定める。足を止めればもっと簡単に軌道を変えることが出来るだろう。しかし、ゼロバルカンはその時間すら惜しむ。アナザーバルカンたちを一掃する機会を逃さず、速度を緩めることなく動き続ける。

 射線状に立っていた量産アナザーバルカンは、ゼロバルカンの弾丸の如き音速の移動に反応が間に合わず胴体でそれを受けてしまう。結果は言わずもがな。量産アナザーバルカンの手足と頭が地面へ落ちていく。

 青い残像が浮かび上がる度に量産アナザーバルカンが喰い千切られるように破壊されていく。あたかも青い狼が獲物を貪るような光景であった。

 その間にもバルキリーは撃ち続け、光球は膨張していく。傍に居るのは危険だと分かっていても量産アナザーバルカンたちは逃げることが出来ない。四方から襲い掛かるゼロバルカンのせいで身動きがとれなくなり、檻の中に押し込められたようにその場から動くことが出来ずにいた。

 やがて、終焉の時が迫る。溜め続けられていたバルキリーの光球が臨界を迎えた。

 

 シューティングユートピア! 

 

 ダッシュ

  ラッシングブラスト!

 

 ゼロバルカンが地面を抉りながら停止したのに合わせ、移動し続けていたバルキリーが止まると光球に内包されていたエネルギーが破裂し、周囲に分散されていく。

 半径数メートル内で生じた熱と衝撃波。至近距離で浴びせられ量産アナザーバルカンらの外装が融け、剥がれ落ちていく。

 その中にはアナザーバルカンもおり、青い獣毛が熱によって燃え上がっていた。

 光球が一際強く輝くと大きな爆発が起こり、範囲内にいたアナザーバルカンたちを呑み込む。

 爆風が吹き抜けていき、数拍置いた後に空からパラパラと破片が落ちてくる。量産アナザーバルカンらの残骸であり、残骸が大小異なるせいで地面に落ちる度に統一感の無い落下音が暫くの間不協和音のように響き続けた。

 

「はあ……! はあ……! はあ……!」

「大丈夫か! 不破!」

 

 ゼロバルカンは荒い呼吸を繰り返し、蹲ったまま立ち上がれないのを見てバルキリーは急いで容態を確認しに来る。

 原因は今まで耐えていたフォースライザーの反動によるものである。実戦で鍛え抜かれた不破の肉体を以てしてもフォースライザーの反動はきつく、寧ろアナザーバルカンたちを倒すまで耐え続けていたこと自体が驚異であった。

 不調のゼロバルカンを気遣い、バルキリーは肩を貸す。そのとき、地面が擦れるような音が聞こえた。

 バルキリーはすぐさま爆発跡に視線を向ける。ゼロバルカンもまたぎこちない動きながらも顔を動かして同じ方向を見た。

 棒立ちになっている量産アナザーバルカン。ゼロバルカンとバルキリーの連携を耐え切ったことに二人は驚くが、よく見れば不自然な部分があった。

 首は傾き、両手は力無く下がっている。ヒューマギア相手に変な表現かと思われるが生気を感じない。注意深く視てみると両足の爪先で地面に立っている。そこで量産アナザーバルカンが背後から持ち上げられていることに気付いた。

 首を掴んでいた手が離され、量産アナザーバルカンは力無く崩れ落ちる。その背後にはアナザーバルカンが立っていた。

 咄嗟に量産アナザーバルカンを盾にして爆発から身を守ったと思われるが、アナザーバルカンも無傷ではなかった。装甲の一部が溶け、獣毛は黒く焼け焦げており、左腕が肘から下が無くなっている。ゼロバルカンの技を受けてしまった証である。

 

「……ここまでイレギュラーが重なるとは」

 

 アナザーバルカンが淡々とした声を出す。まだ中身にアークが混じったままである。

 

「飛電其雄……この理解不能なデータに何の意味が?」

 

 小声で何かを呟いているが、ゼロバルカンたちの耳には届かない。

 

「──保留だ。結論は後に回す。まずは目の前の人間たちを排除する」

 

 人で言えば問題から目を逸らす行為だが、アークはそれを認めることはせず、それを咎める者も誰一人存在しない。

 

「その体も限界だな」

 

 唐突に聞こえて来た声にゼロバルカンとバルキリーは即座に反応する。スーツ姿のウィルが当然のようにそこに立っていた。

 予備として製造されたウィルを前にアナザーバルカンは徐に胸へ手を差し込む。吸い込まれるように沈み込むアナザーバルカンの手。超常的な光景であったが、それに驚く間もなく差し込まれていた手が引き抜かれた。

 アナザーバルカンの手には力の根源であるアナザーバルカンウォッチが握られている。ウォッチを抜かれたことで変身が解除され、アナザーバルカンはウィルの姿へ戻った。

 変身解除後のウィルの損傷は酷く、アナザーバルカンのときに受けた傷がそのまま残っており今にも機能停止寸前の状態であったが、最後の力を振り絞ってアナザーバルカンウォッチを無傷のウィルへ投げ渡す。

 それを無表情で受け止めるウィル。直後に投げ渡したウィルは限界を迎えて機能停止になり倒れた。だが、その姿に労いの言葉一つも掛けずにウィルはゼロバルカンたちの方を見る。

 

「こうもイレギュラーが立て続けに起こると見直す必要がある。人間を滅ぼした後、ヒューマギアについても再考する必要がある」

 

 人間だけでなくヒューマギアすらも滅ぼすことを示唆するウィル。最早、人格をアークに乗っ取られておりアークウィルという未来などの可能性を捨て、ただ悪意というものを体現させる為だけの存在と化しつつあった。

 

「そして、お前たちはここで滅びろ」

『ZERO―ONE DRIVER!』

 

 アークウィルが装着したのはゼロワンドライバー。社長室に置かれてあったそれを密かに回収していた。このときの為に。

 通常なら正式な所有者である或人にしか使用出来ないが、歴史改変されたことでゼアの認証が不完全な状態になっており、アークはそこに付け入りハッキングで無理矢理認証させていた。

 

「何だそりゃあ……?」

「ゼロワンドライバー……?」

 

 ゼロワンドライバー、ひいては仮面ライダーゼロワンを知らない二人にとってはアークウィルが見たことが無いドライバーを装着しているという状況。未知なる力の筈なのにゼロバルカンとバルキリーは冷や汗が流れていく。

 

「一部のデータしか吸い出すことが出来なかったが、それも結論が出ている。──私自身に取り込めばいいだけだ」

『バルカン』

 

 アナザーバルカンウォッチを体内に取り込むと同時に黒いエネルギーがアークウィルの外装を剥がし、口内から無数のケーブルを伸ばす。伸ばされたケーブルにも黒いエネルギーが纏っており、それらが四方八方へ伸ばされていく。

 伸ばされたケーブルの一部が破壊された量産アナザーバルカンの残骸に刺さり、引き寄せる。

 

「何するつもりだ……」

 

 マギアへの自己改造に似ているが、あそこまで広範囲にケーブルを伸ばすのを見たことがない。

 

「くっ!」

 

 このままでは危険だと思ったバルキリーは発砲。ケーブルが動き、先端に刺さっている量産アナザーバルカンが盾となって弾丸は防がれてしまう。

 その間にも引き寄せられていく残骸。そして、何処かへ伸びていくケーブル。やがて、伸びていたケーブルが動きを止め、一斉に戻り始めた。

 

「これは……!?」

 

 戻ってくるケーブルを見てゼロバルカンらは啞然とする。ケーブルには何体ものトリロバイトマギア、バトルマギアが貫かれた状態になっていた。

 量産アナザーバルカンの残骸、トリロバイトマギア、バトルマギアがアークウィルを中心として集まる。

 アークウィルはそれらに包まれていき瞬く間に機械の塊、見ようによっては繭のような姿となった。

 

「どうなってやがる……!」

 

 繭状態となっているアークウィルに戸惑いながらもゼロバルカンは自らを撃ち出して繭へ体当たりを仕掛けた。

 

「ぐううっ!」

 

 だが、弾かれたのはゼロバルカンの方であった。圧倒的質量、重量の差のせいで攻撃は通じず逆に体当たりをしたゼロバルカンの方がダメージを受けてしまう。

 よろめきながら後退するゼロバルカンの目の前で繭は形を変えていく。

 表面部分から突起が出て来たかと思えば、それらは手足へと変化。中央部分が細まっていき胴体と化す。それに伴い暗い色であった体色が黒味がかった青へと変色。そして、表皮を突き破るように新たな頭部がせり上がってくる。

 

 アオォォォォォォォン! 

 

 新たに創造されたのは狼の頭部。開口と共に大気を震わす咆哮を上げる。

 大量の量産アナザーバルカンの残骸、バトルマギア、トリロバイトマギアを取り込んだことによりその身長は五メートル近くあった。

 取り込んだマギアたちは完全に融合した訳ではなく体表部分の至る箇所にパズルのように組み合わさったような姿で残っている。

 青い獣毛を生やした狼の頭部。完全に取り込みきれなかったのかこめかみ部分から黄色や赤色、青色などの多色のコードが垂れさがっており先端部分からは時折火花が散っている。

 ヒューマギアという群れが一つとなった姿。だが、その群れはアークという悪意の意志によって統一されている。個であり群である矛盾した存在。それが新生したアナザーバルカンであった。

 見た目と存在感だけで圧倒されそうになる。勝ちへのビジョンが全く見えない。あれだけ追い込み勝利寸前であったにも関わらず、理不尽な逆転により心が挫けそうになる。

 

「──ッ! デカブツがっ!」

 

 だが、ゼロバルカンは己を奮い立たせ、巨大な敵に屈することなく勇敢に攻める。

 高速移動による急接近。我が身が砕けようとも相手に一撃を与えようとする捨て身の攻撃。

 しかし、ゼロバルカンが体感したのは我が身が砕けそうな衝撃ではなく空を切る無の感触。

 

「何っ!?」

 

 急停止したゼロバルカンはアナザーバルカンを探すが見当たらない。

 

「不破! 上だ!」

 

 バルキリーの声で頭上を見上げる。空中にてアナザーバルカンの巨体が静止している。その背部からはマゼンタの光のラインが翼のように左右に伸びており、それが巨体に似つかわしくない身軽さと浮遊能力を与えていた。

 アナザーバルカンは左右の手をゼロバルカンとバルキリーへ向ける。青い獣毛が生えている両腕が、二人に狙いを付けると青い獣毛が黒へと変わり腕部も一回り太くなる。

 両腕が射出され、火を噴きながら二人へと迫る。

 

「くっ!?」

「ちっ!?」

 

 二人は素早さを生かし、両腕を回避しようとするが、動く直前に両腕が軌道を修正する。その動きを見た二人は思わず足を止めてしまった。

 両腕は二人の移動先を予測していた。このまま動けば当たると察してしまったことで反射的に二人は動きを止めてしまった。

 二人の動きに関するデータは既に十分取っており、相手の行動を先読みするアナザーバルカン。動きを読んだことで二人が足を止めるのも計算済みである。

 飛来する両腕がまた色を変える。バルキリーを狙う左腕は赤く、ゼロバルカンを狙う右腕は白く変わった。

 閉じていた拳が開き、掌が向けられるとバルキリーには火炎が、ゼロバルカンには冷気が吹きかけられる。

 

「くうっ!」

 

 高熱の炎を浴びせられたバルキリー。全身が燃え上がるが、バルキリーは咄嗟に地面へ転がり地面に炎を押し付けることで鎮火を試みる。

 一方でゼロバルカンの方は冷気のせいで身体中が凍結していた。足が地面ごと氷漬けにされてしまいその場から動けない。体の各部も凍結してくっついてしまったせいで動かすことが出来なかった。

 どれもゼロワンの使用出来る能力。ゼロワンドライバーを直接取り込むことで強制的にデータを解読して再現した。

 

「く、そ……!」

 

 フォースライザーに手を伸ばそうとするも凍結のせいで動きに制限が掛かり、トリガーまで届かない。

 浮いていたアナザーバルカンが動けないゼロバルカンの前に降り立つ。飛ばしていた両腕が元の位置へ戻り、指先から伸びる凶爪をゼロバルカンへ見せつけるように構える。

 冷気とは異なる寒気がゼロバルカンを襲う。確実に屠るというアナザーバルカンの冷徹な殺気によるもの。

 アナザーバルカンの腕が振るわれる。次の瞬間、重い衝撃の後にゼロバルカンの意識は飛んだ。

 

 

 ◇

 

 

「うっ……」

 

 目が開く。仰向けに倒れており天井が見えた。何処かの建物内まで吹っ飛ばされているのは分かった。

 まだ意識があることに不破自身が驚いていた。変身が解除される程のダメージを受けた筈だが、致命傷には至っていない。それどころかダメージが軽過ぎる。

 体に重みを感じ、不破は視線を体の方に向ける。そこには重なるように亡が倒れていた。

 

「亡……!?」

 

 何がどうなっているのか分からないまま不破は起き上がろうとする。上体を起こすと亡が力無く滑り落ちていくので不破は咄嗟に手を伸ばして亡を支えた。

 不破の手に冷たい液体の感触が広がる。

 触れていた手を見る。掌が青い液体でべっとりと濡れていた。

 軽傷な自分。いつの間にか居た亡。亡の傷。その三つを情報で嫌でも気付いてしまう。

 アナザーバルカンの攻撃の瞬間、変身した亡が間に割って入り、身を呈してアナザーバルカンの凶爪から不破を守ったのだ。

 

「何で俺を庇ったっ!?」

 

 怒鳴るように哀しむように不破は叫ぶ。

 もう手の施しようがないことは不破にも分かった。元々深手を負っていた亡。そこにアナザーバルカンの一撃。致命傷は免れない。

 

「そんなに……おかしな……ことだったかい……?」

 

 薄っすらと目を開けた亡。全てを悟っているのか亡は微笑すら浮かべている。

 

「俺は人間で……お前はヒューマギアだろうが……!」

「そんなこと……もう、どうだっていいんだ……」

 

 亡は同じ夢を抱く或人と其雄に希望を見た。この世界で人間とヒューマギアが共存する。そんな可能性などゼロだと思っていた。しかし、あの光景を見たとき可能性がゼロではないことを知った。それが1にも満たない可能性だったとしても亡にとって信じるに値する。

 

「それに……君だって……イズや私を……助けに……来てくれたじゃないか……?」

「それは……」

 

 不破は言葉を詰まらせる。亡はそんな不破を見て小さく笑った。

 

「君は……口は悪いが……やっぱり善人だな……」

 

 安心したように言った後、亡は不破にある物を差し出す。亡のジャパニーズウルフゼツメライズキー。

 

「お前……」

「もうすぐ……希望が飛び立つ……」

 

 亡の声にノイズが混じり始める。終わりが近い。

 

「不破諫……アークは……人間だけじゃ勝てない……ヒューマギアだけじゃ勝てない……でも、人間とヒューマギアが手を……合わせ……たら……」

 

 ジャパニーズウルフゼツメライズキーを差し出していた腕から力が抜ける。不破は亡の手ごとジャパニーズウルフゼツメライズキーを掴んだ。

 亡は微笑む。自分の手を掴んでくれた不破に。想いを受け継いでくれたことを安心して。

 そして、微笑んだまま動かなくなった。

 

「……くそっ」

 

 不破は力無く吐き捨てる。思えば出会ったときから気に入らなかった。敵であるヒューマギアなのに何故か助けてくれた亡。憎むべき存在なのに心の底から憎めなくなった自分になっていくことが気に入らなかった。最後まで勝手な真似をして満足そうに逝った亡が気に入らなかった。

 哀しいと感じてしまう自分が気に入らなかった。

 不破は壊れそうなぐらいジャパニーズウルフゼツメライズキーを握り締めながら立ち上がる。

 この溢れんばかりの怒りを本当の敵にぶつける為に。

 

 

 ◇

 

 

「ぐっ……」

 

 全身から焦げた嫌なニオイが漂ってくる。アナザーバルカンの炎を何とか押し消したバルキリーは、呻きながらも立ち上がろうとしていた。

 ゼロバルカンの姿は探すが見つからない。炎を浴びせられる前に冷気によって凍結させられた姿を見た。

 絶望を齎すような予想がバルキリーの頭を過る。その直後に絶望そのものがバルキリーの前に現れる。

 唸り声を上げながら無機物な目でバルキリーを見下ろすアナザーバルカン。

 

(ここまでか……)

 

 バルキリーは冷静に自らの最期を受け入れる。崖っぷちで足掻き続えてきた戦いであったが終わりを告げる日が来たと思った。それは人類にとっての終わりを意味する。

 無様を晒すことはせず、これから殺しに掛かってくるだろうアナザーバルカンをじっと睨み付ける。敵からも自分の死からも目を逸らさない。それがバルキリーにとって最期の意地であった。

 アナザーバルカンが爪を振り上げる──

 

「おい」

 

 ──その声でアナザーバルカンの動きが止まり、振り返った。

 

「不破っ!」

 

 大穴の開いた建物の前で傷だらけの不破が立っていた。

 不意に不破は空を見上げる。釣られてバルキリーも空を見上げると大きな光が空に向かって飛んで行くのが見えた。

 

「ゼア! 成功したのか!」

 

 人類にとって最後の望みが打ち上げられていく。

 

「希望か……刃っ!」

 

 ゼアが空の彼方へ消えていくのを見届けた後、不破は刃へ向け叫ぶ。

 

「お前のショットライザーを!」

 

 理由など分からない。だが、バルキリーは不破の言葉を信じ、躊躇うことなくショットライザーを投げる。

 

「受け取れ!」

 

 ショットライザーが宙を舞う間に不破は既に装着していたフォースライザーのレバーを引く。

 

『FORCE RISE!』

 

 セットされていたシューティングウルフプログライズキーからライダモデルが召喚され、アナザーバルカンを威嚇する。

 投げられたショットライザーが不破の手の中に納まる。

 

「お前は……!」

『JAPANESE WOLF!』

 

 アナザーバルカンを睨み付けながら亡から渡されたジャパニーズウルフゼツメライズキーに指を当てる。

 

「絶対に……!」

 

 ミシミシと音を当て、ジャパニーズウルフゼツメライズキーのロックが不破の怪力に屈して開いていく。

 

「ぶっ潰す!」

 

 怒りの誓いと共に解除されるジャパニーズウルフゼツメライズキー。不破はそれをショットライザーへセット。

 

『AUTHO RIZE』

 

 装填されたショットライザーを天に向ける。

 

『KANEN RIDER KANEN RIDER KANEN RIDER KANEN RIDER──』

『WARNIG WARNIG WARNIG WARNIG WARNIG WARNIG──』

 

 待機音と警告音が同時に鳴る。本来想定していない使い方故に危険を報せてくる。だが、不破は一瞬の躊躇いも無く引き金を引く。

 

「変身!」

 

 撃ち出される弾丸が空に向かって飛ぶ。すると、天から一条の光が降り、弾丸と接触。弾丸は十に分かれて不破の周囲に降り注ぐ。

 

『FULL ZETSUME RISE!』

 

 分裂した弾丸は十体のロストモデルと化す。不破と共に並び立ち、アナザーバルカンを睨む。

 シューティングウルフのライダモデルが不破へと飛び込んでくるとその体を分裂、変換させアーマーとなり不破へ装着。

 

『GATHERING ROUND!』

 

 バルカンの姿となると周囲のロストモデルらも自らをアーマーへ変え、不破の両腕や両脚、背、胸へと装着していく。

 地層に眠る化石の如き姿でバルカンと一体と化していくロストモデル。

 

『DESTRUCTION!』

『BEROTHA! KUEHNEO! EKAL! NEOHI! ONYCHO! VICARYA! GAERU! MAMMOTH! DODO! JAPANESE WOLF!』

 

 最後にニホンオオカミのロストモデルがヘッドパーツへと変え、バルカンの頭部へ装着。バルカンの顔右半分が仮面ライダー亡の頭部に似た意匠となった。

 滅び去っていった者たちの想いをその身に宿した破壊の化身。それが破壊するのは理不尽なルール。心が分からぬ者に破壊の鉄槌を下す。

 

 仮面ライダーデストラクションバルカン

 

 

 ◇

 

 

 或人は走る。彼の力を必要としている者たちの許へ。涙を流している時間は無い。誰かが涙を流す前に辿り着かなければならない。

 だが、或人は足を止めた。止めざるを得なかった。

 進む先を阻む多くのウィルたちを目の当たりにすれば仕方のないことであった。

 

「ウィル!? どういうこと!?」

 

 大量にいるウィルたちに或人は動揺する。

 

『飛電或人。お前はここで終わりだ』

 

 一語一句完璧に揃えられた声は、或人の疑問など無視して彼に死刑宣告をする。そして、一斉に量産アナザーバルカンへと姿を変えていった。

 

「アナザーライダー!?」

 

 大量のアナザーライダーが出現したことに或人は驚く。ソウゴたちの話を聞く限り、同形のアナザーライダーは存在しないと思っていた。勿論、例外は存在するだろうが量産アナザーバルカンに関しては例外中の例外である。タイムジャッカーですら、まさかアナザーライダーの力の一端を解明するとは思ってもいない。

 或人はプログライズキーとショットライザーを取り出す。だが、一抹の不安が頭を過る。果たしてこれで勝てるのか、と。

 アナザーバルカンの力は或人も知っている。それが数を揃えたとなると苦戦は必至。しかし、だからといって立ち止まる訳にはいかない。

 飛電或人は仮面ライダーであり、救うべき人々が待っているからだ。

 覚悟を決め、或人が変身しようとしたとき──

 

「飛電或人様」

 

 ──シェスタの声が聞こえ、声の方を見る。離れた場所にシェスタが立っており、その手には何かを持っていた。

 

「これを」

 

 手に持っていたものを或人へ投げる。それを受け止めた或人は驚いた。

 

「新しいドライバー!?」

 

 ゼロワンドライバー、フォースライザー、ショットライザーと異なる第四のドライバー──P・Tドライバー。

 

「その力を使って下さい。人間の為に、ヒューマギアの為に」

「シェスタ……」

 

 そのとき、或人は何かを感じ取り頭上を見上げた。衛星ゼアが打ち上がり、宇宙へと飛んで行く。

 

「衛星ゼア……」

 

 ゼアが無事に打ち上がったことに喜ぶ或人。その手の中でシェスタから渡されたドライバーが一瞬光る。衛星ゼアがリンクし、或人の為に使用可能状態にしてくれていた。

 或人はP・Tドライバーを装着。

 

『サウザンドライバー……』

「サウザンドライバー?」

 

 それは少し未来に完成させられる筈であったドライバー。アークがゼロワンドライバーやフォースライザー、ショットライザーのデータを基にしてそこから導き出される未来を予測して創られた試作品。故にP・T(プロト・サウザン)ドライバー。

 

「二つのスロット……そういうことか!」

 

 或人は父から渡されたロッキングホッパーゼツメライズキーをドライバー左側面にセット。

 

『ZETSUMETSU EVOLUTION』

 

 そして、ライジングホッパープログライズキーを起動し、開錠。

 

『JUMP!』

 

 両手を重ねて突き出して構えていた或人は、プログライズキーをドライバー右側面に挿入。

 

「変身っ!」

『DOUBLE RISE!』

 

 中央部分が左右に展開し、中央部が露出。中央部にはゼロワンを模した紋章が描かれている。

 ドライバーから飛び出す二体の飛蝗のライダモデル。アスファルトを蹴り砕きながら或人の周囲を飛び回る。

 量産アナザーバルカンたちは危険を察知し、或人へと一斉に襲い掛かるが一足遅かった。

 跳ね回っていたライダモデルらが一際大きく跳び、或人の頭上で交差。そのまま分解、再変換されて装甲と化し或人へ装着されていく。

 量産アナザーバルカンたちが飛び掛かる。瞬間、赤い軌跡と黄のラインが虚空へ描かれたかと思えば、飛び掛かった量産アナザーバルカンたちが吹き飛ばされる。

 何が起こったのか理解出来ない。呆然とする量産アナザーバルカンの前に変身を終えた或人が立っていた。

 ゼロワンと1型のアーマーをパッチワークさせたような左右非対称の配色。両肩、脇腹から後方へ伸びる飛蝗の脚を模した推進器。

 赤とマゼンタの複眼が量産アナザーバルカンたちを捉える。

 過去と未来が交差し、現在(いま)を切り拓く為の姿。

 その名は仮面ライダーゼロワン──

 

『DOUBLE HOPPER!』

 

 




本作を書くにあたって三つ目標がありました。
一つ目は或人を複数のドライバーで変身させたい
二つ目は或人をロッキングホッパーゼツメライズキーで変身させる。
三つ目は不破の強化変身体を出す。
二つ目の為にはサウザンドライバーが必要だったので無理矢理ですが出しました。
目標は全て達成出来たので、後は書き終えるまでです。


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アナザーバルカン2019 その12

 仮面ライダーゼロワンダブルホッパー。その誕生に量産アナザーバルカンらは内心驚愕していた。

 一瞬にして多くの量産アナザーバルカンたちが吹き飛ばされたのは勿論のことだが、ゼロワンが装着しているドライバーにも驚く。

 あれは本来ならば人類を滅ぼし、この星の生態系の頂点にしてヒューマギアの頂点に立つ者が装着する筈のドライバー。それを人間如きが装着している。

 通常なら人間が装着しても認証されない。ヒューマギアであっても認証出来るのはごく限られた者。だが、人間である或人はさも当然のように使用認証され変身までしている。

 全てはあのとき打ち上げられたもう一つの衛星によるもの。衛星アークとほぼ同性能を持つ衛星ゼアの存在が盤面を大きくひっくり返す。

 アークがゼアにハッキングを試みているが通用しない。それどころか反撃までしてくる。互角の性能である以上決着は簡単には着かない。

 量産アナザーバルカンたちは吹き飛ばされた量産アナザーバルカンたちの状態を確認する。機能停止していないが動けない量産アナザーバルカンたちの胸や腹部に深々と刻まれた足跡。たった一撃で戦闘不能状態に追い込まれていた。

 数はまだこちらの方が有利。少しでも新たなゼロワンの情報を手に入れる為に構え──

 

「がっ!?」

 

 ──ようとしていた量産アナザーバルカンの一体が瞬間移動したかのように吹っ飛ぶ。

 蹴られたと認識出来たのは攻撃をされて一瞬間を置いた後。しかも認識出来たのはいつの間に接近されたのか、いつの間に蹴られたのかは分からず胸に残っている深く入り込んだ足跡を見たからであった。

 蹴りと共に衝撃が波紋のように全身を走り、主要な装置を衝撃の波によって全て破壊する。吹っ飛び、地面に落ちた後その量産アナザーバルカンは動くことが出来なかった。

 複製の一体がやられ、残された量産アナザーバルカンは警戒を最大まで高める──ことは出来なかった。何故ならそうなる前にゼロワンの攻撃は始まっていたからだ。

 一対の推進器から噴き出される赤い光。二つのマフラーのように伸びていくその光景は1型の高速移動を彷彿とさせる。それに加え、001がアビリティを使用した際に発生する光のラインが同じく残像として残されていく。

 二つの能力の相乗効果により今のゼロワンは次元の違うレベルの高速移動を可能としていた。

 学習能力の高い量産アナザーバルカンたちは僅かな情報を基にしてゼロワンの動きを学習し動きを先読みしようとしているかもしれない。

 だが、そのような行為はゼロワンダブルホッパーの前では無意味。認識も反応も出来ないスピードによる攻撃により相手に初手すら打たさずに潰す。

 ゼロワンが地を蹴った瞬間には離れた位置に立っていた量産アナザーバルカンが目の前にいた。超高速のまま突っ込んでいき膝を量産アナザーバルカンの顔面に叩き込む。

 動きに全く追い付いていない量産アナザーバルカンは、無防備な状態でそれを受けてしまい顔面が一瞬で爆ぜた。

 他の者たちの視点からするとゼロワンが光ると同時に消え、離れた場所に立っている量産アナザーバルカンの頭が急に破裂した。

 走り、跳び、蹴る、を縦横無尽に繰り返すが量産アナザーバルカンは誰もその動きに反応出来ない。ゼロワンが残す残像にすれ触れることを許されない。

 比べることすら烏滸がましい速度差により時計の秒針が一つ進み度に量産アナザーバルカンが二体もしくは三体破壊される。

 数の差を実力の差で覆してしまう。

 馬鹿げた性能差で圧倒というより蹂躙をしているゼロワンだが、当然ながら弱点は存在する。

 本来ならば同じ時間に存在しないライジングホッパープログライズキーとロッキングホッパーゼツメライズキー。それをP・Tドライバーの性能とゼアのサポートにより辛うじて共存させている。それ故に非常に繊細なバランスの上で成り立った存在であり、継ぎ接ぎだらけのような見た目の通り防御力は低い。数値だけ見れば元のゼロワンと1型よりも明確に劣る。

 装甲としての役目というよりも異次元レベルの高速移動に或人の生身が耐える為の保護スーツという面が強い。ある意味では子を包んで守る親の愛を体現したものと言える。

 傍から見れば欠陥の面が強い変身。だが、それでも今のゼロワンは強い。

 その証拠と言わんばかりゼロワンは量産アナザーバルカンを文字通り蹴散らしていく。

 ライジングホッパーとロッキングホッパーの最も優れた部分である脚力。その二つが足され、否、掛け合わせることで極限まで高められ、誰にも追い付くことも出来ない速さ。そして──

量産アナザーバルカンの一体が全身を丸めるようにしてガードする。何処から来るのか分からない攻撃に対して有効的な方法であった。ゼロワンは防御の隙間を狙うことなどせず、真正面からその量産アナザーバルカンを蹴る。硬い防御を貫くイメージで繰り出された蹴りは、量産アナザーバルカンの正面から衝撃が入り込み、背中から爆発するように突き抜けいく。残ったのは体の後ろ半分が吹き飛ばされた量産アナザーバルカン。

──誰も防ぐことの出来ない破壊力が生まれる。

 ゼロか百という極端な性能。だが、ゼアはこの姿こそが今の或人にとって最適だと導き出した。

 誰も触れることの出来ない速度で駆け抜け、防ぐことの出来ない必殺の一撃を繰り出す。この場に於いてゼロワンを止める者など存在しない。

 先手必勝という言葉を完璧にまで体現させていた。

 シェスタは目の前の光景に棒立ちとなっていた。正確には情報処理が追い付かずにフリーズに近い状態になっている。或人の変身したゼロワンが消えたかと思えば、量産アナザーバルカンが次々と破壊されていく。一体破壊されたと認識したときには既に四体の量産アナザーバルカンが破壊されている。ゼロワンの姿は、時折立ち止まったときに確認出来る程度で赤と黄の残像がそこにゼロワンが居た痕跡となる。

 量産アナザーバルカンの大群が為す術も無く倒されていく。攻撃も防御も無意味であり、ゼロワンに全く追い付けない彼らはただ倒されるだけの存在であった。

 ゼロワンが変身して十秒も経たずに量産アナザーバルカンは全滅する。

 一体残らず倒した所でゼロワンは立ち止まる。そして、自分が倒した量産アナザーバルカンたちの残骸を見下ろしていた。

 そこに勝者としての喜びも高揚も無かった。倒された者への憐憫と虚しさしか感じられない。少なくともシェスタにはそう映った。

 

「シェスタ」

「──はい」

 

 名を呼ばれ、一瞬間を置いた後にシェスタは返事をする。

 

「俺はまだやらなきゃいけないことがある。シェスタは安全な場所に隠れていてくれ」

 

 顔を上げるゼロワン。仮面で覆われて素顔は見えないが、シェスタには毅然とした或人の顔が重なって見える。

 

「了解しました」

 

 シェスタの返事を聞くと、ゼロワンは二色の光を残して姿を消す。瞬時にシェスタのセンサー範囲外まで移動してしまった。

 

「飛電或人様。ご武運を」

 

 

 

 

 デストラクションバルカンは地面を踏み締めながらアナザーバルカンへと近付いていく。その堂々とした前進はアナザーバルカンを一切恐れていないという表れであった。

 アナザーバルカンはその姿に不快感を覚えたのか、アナザーバルカンからも歩み寄っていく。お前など脅威でも何でもない、と言外に告げるように。

 その光景を変身が解けてしまった刃が固唾を呑んで見守る。ショットライザーとフォースライザーによる二重変身。更にはどういう理由かは分からないがゼツメライズキーのロストモデルを十体もその身に宿している。

デストラクションバルカンは刃にとっては全く未知なる力。どのような性能なのか想像も付かない。

変身手段であるショットライザーを渡してしまったのでもう力になることは出来ない。デストラクションバルカンが敗れれば刃もまた死ぬ。しかし、一蓮托生の覚悟はショットライザーを投げ渡したときから出来ていた。後はデストラクションバルカンを、不破を信じるのみ。

 刃には二人の周囲に歪みのようなものが見える。もしかしたらその歪みは二人の発する殺気なのかもしれない、と非科学的だと分かっていてもそう思えてしまう。

 二人の歪みが段々と接近していき、やがて歪み同士が触れ合う。

 先に仕掛けたのはアナザーバルカン。巨体故にリーチはデストラクションバルカンよりも長い。

 鉄の塊すら容易に砕けそうな程大きな拳が空気の壁を突き破る錯覚を覚える勢いで突き出される。

 

「うおらっ!」

 

 デストラクションバルカンに退くという選択肢は無く、同じく拳を突き出して真っ向から迎え撃つ。

 拳と拳が衝突した瞬間、衝撃波が周囲一帯に広がる。建物の窓ガラスは全て割れ、あらゆる物が薙ぎ倒されていく。刃も両手で防御するがそれでも倒れてしまいそうになる。

 衝撃波の中心ではデストラクションバルカンとアナザーバルカンが拳をぶつけ合った状態で静止していた。

 アナザーバルカンの方が体格は上であり、上から振り下ろすような形で拳を出しているのでデストラクションバルカンの足元はその負荷により大きく罅割れている。しかし、デストラクションバルカンは膝を折ることはせず拮抗。体格差を考えれば拮抗出来る時点でパワーだけならデストラクションバルカンが上回っていることを意味している。

 そのとき、デストラクションバルカンはショットライザーの銃口をアナザーバルカンの腕に押し当てる。全身に張り巡らされたロストモデルの装甲が輝き、その状態から引き金を連続して引く。密着状態からの射撃。アナザーバルカンの腕が撃ち出された数発の光弾により跳ね上がった。

 通常時のショットライザーだったのならアナザーバルカンの表皮を破ることも出来ず何発撃っても微動だにしなかっただろう。アナザーバルカンに通じたのはデストラクションバルカンになったことにより十個のゼツメライズキーが生み出すエネルギーがショットライザーに供給され破壊力が向上したおかげである。しかし、それは同時に諸刃の剣でもある。想定されている以上の力を注がれていることでショットライザーには多大な負荷が掛かっており、今の射撃でショットライザーの外装に罅が入っていた。

 デストラクションバルカンもそれに気付いているが、今は力を出し惜しみする時ではない。

 アナザーバルカンが大きな隙を晒すと同時にデストラクションバルカンはアナザーバルカンの懐に潜り込む。

 

「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 拳、肘、膝、蹴を連続して繰り出す暴力の嵐。力一杯殴るというシンプルな攻撃は、アナザーバルカンの外装を大きく凹ませる。

 瞬く間に十を超える打撃。アナザーバルカンも防御する暇もなく、巨体が乱れ打たれる拳打によりじりじりと後退られていく。

 だが、デストラクションバルカンも自分の力を完全に把握していないのか力強く打った拳により僅かながらアナザーバルカンとの間合いを広げてしまった。

 攻撃を届かせる為には一歩踏み出さなければならない。そんな猶予をアナザーバルカンが与える筈も無くすぐさま反撃に転じようとする。

 デストラクションバルカンは短く舌打ちをした後、ショットライザーを発砲。レールガンの如き超音速の光弾がアナザーバルカンの胸部に命中し、相手を大きく後退させる。

 打撃から銃撃へと素早い切り替えであったが、デストラクションバルカンからすればミスに入る。本来なら得意な間合いで可能な限りアナザーバルカンにダメージを与えたかったが、相手からの反撃を封じる為に撃たざるを得なかった。

銃撃により間合いが広がる。広がった間合いはどちらに分があるのか分からないが、少なくともデストラクションバルカンには不安材料がある。反撃封じの発砲でショットライザーの罅が大きくなる。撃てる数は限られている。

 そして、最も重要なのは今のショットライザーはゼアとのリンク状態になっていることである。デストラクションバルカンの形態はかなり不安なものであり、ゼアが外部から制御することで保たれていた。ショットライザーが破壊されればデストラクションバルカンは一気に不安定になり変身解除。最悪の場合は変身者を巻き込んで自滅する。

 この事情をデストラクションバルカンが知る由も無いが、本能的ながら感じ取ってもいた。ショットライザーが破損する度に心成しか負荷が増しているような気がしたからだ。

 ショットライザーは多用出来ない。だが、撃つべきときは撃つ。デストラクションバルカンは既に考えを決めていた。

 アナザーバルカンが掌をデストラクションバルカンへ向ける。獣毛が赤へと変化するとバルキリーを焼いた炎を噴射させた。

 デストラクションバルカンもまた掌を向ける。装甲の一部と化しているマンモスが輝きを放つとデストラクションバルカンの腕にマンモスのロストモデルの幻影が重なる。そして、掌から突風を圧縮させたような噴射が放たれた。

 業火が見えざる壁に当たったかのように噴射の勢いに阻まれる。互いに押し返すことが出来ないが進むことも出来ない。

 力が均衡しているとなるとすぐに次なる一手を打つ。

 アナザーバルカンが反対側の掌を突き出し、そこから冷気は放つ。ゼロバルカンを窮地に追い込んだ、触れれば即座に凍結する極低温の冷気。デストラクションバルカンはそれに対して同じく反対側の手を突き出す。ドードーが刻まれた装甲が輝くと手から真紅の雷が放射された。

 仮面ライダー雷を彷彿させる赤雷はアナザーバルカンの冷気を消し飛ばしていく。

 お互いに異なる力を操りながら互角に戦っているが、拮抗する中で静かな一手が既に撃たれていた。

 デストラクションバルカンは目の前のアナザーバルカンに意識を集中している中、不意に背筋を走る悪寒を感じ取った。

 それが何なのか理解する前に本能が体を動かし、デストラクションバルカンを仰け反らせる。

 直後、眼前を通り抜けていく凶器。それは蠍の尾針に類似した刺突ユニット。デストラクションバルカンはそれに非常に見覚えがあった。仮面ライダー滅の固有武器──アシッドアナライズである。

 アシッドアナライズはアナザーバルカンの腰部から伸びており、デストラクションバルカンの死角へ静かに回り込んでいた。本能に従わずに回避していなければ側頭部を蠍の毒針で貫かれていただろう。

 死角からの攻撃に失敗してしまったアナザーバルカンだが、それも想定の範囲内。寧ろ、本来の目的は達成していた。

 アシッドアナライズを回避したことでデストラクションバルカンの体勢が崩れると共に均衡状態も崩れる。

 

「くっ!?」

 

 先程まで互角であった炎と冷気が一気に押し寄せてくる。体勢を乱されたことで噴射と雷撃の射線がずれてしまったせいであった。

 急いで立て直そうとするが、炎と冷気が届く方が速い。

 デストラクションバルカンは一か八か両腕に全エネルギーを集中させる。それにより両掌から放たれていたマンモスの吐息とドードーの雷の出力が倍以上になる。

 その結果、膨大なエネルギーが一箇所で衝突し合うこととなり反発し合って大きな衝撃波がデストラクションバルカンの目の前で発生した。

 

「うおっ!?」

 

 炎に焼かれることも冷気で氷漬けにされることもなかったが、巨大な拳で全身を一気に殴られたような感覚を体験しながらデストラクションバルカンは吹き飛ばされる。

 デストラクションバルカンは飛ばされながら四肢を伸ばし、手足のどれかが何かに触れるようにする。すると、足先が地面に触れた。すぐさまクエネオの能力が発動し、足が地面に吸い付くように固定させ、吹き飛ばされていた体を急停止させた。

 吹き飛ばされたが数メートル程度で止まることが出来たデストラクションバルカンは急いでショットライザーをアナザーバルカンへ向ける。だが、射線状にアナザーバルカンの姿は無かった。

 デストラクションバルカンが視線を上げれば予想通り空中にアナザーバルカンが浮き上がっている。

 すぐに銃口を上に向けるが、そのデストラクションバルカンの行動もまたアナザーバルカンの予測通りであった。

 突如デストラクションバルカンの体が何かによって締め付けられる。両腕も体に押し付けられるように拘束された。

 

「何っ!?」

 

 視線を下ろすデストラクションバルカン。体に巻き付いている物の正体はアシッドアナライズ。アナザーバルカンの腰部から伸びていたものだが端部分が切断され、独自に動いている。

 アナザーバルカンはデストラクションバルカンが必ず自分の方へ向くことが分かっていた。そこで腰部のアシッドアナライズを自切し単独で動けるようにしていた。アナザーバルカンの目論見通りデストラクションバルカンはアシッドアナライズに拘束される。

 

「解けろぉぉぉ!」

 

 目一杯の力でアシッドアナライズを内側から強引に解こうとするが、アシッドアナライズがかなりの伸縮性があるせいで伸びるだけで引き千切れない。

 

「だったらっ!」

 

 幾重に巻き付くアシッドアナライズの内側から緑色の光刃が突き出る。光刃は上向きに滑っていくとアシッドアナライズは切断され、デストラクションバルカンの拘束が解けた。

 自由になったデストラクションバルカンの腕から伸びる鎌状の光刃。ベローサの能力により抜け出すことが出来た。

 脱出出来たのも束の間、デストラクションバルカンは頭上から強い重圧を感じる。

 デストラクションバルカンを覆う四角の影。デストラクションバルカンの頭上では実体化したマンモスの足を模したエネルギーが出現していた。

 デストラクションバルカンが見上げるまえにその足が振り下ろされる。

 地響きと共にデストラクションバルカンの体がマンモスの足の下敷きになる。踏み付けは一度では終わらず、何度も何度も繰り返されデストラクションバルカンを地面の一部に変えようとしていた。

 プレスの連続の後、アナザーバルカンはデストラクションの状態を確認する為に一旦攻撃を止める。

 深々と出来た足跡を覗く。そこに在るべき筈のデストラクションバルカンの姿は無く、中央に大きな穴が出来ていた。

 急ぎデストラクションバルカンを探知しようとするアナザーバルカン。そのとき気付いた。地面に転がる大小様々な石片。それらが細かく振動していることに。

 次の瞬間、地面を突き破ってデストラクションバルカンが現れる。デストラクションバルカンの右足はビカリアの能力で掘削機のような貝殻状の重装甲に覆われており、それを使って地中を掘り進んでプレス攻撃から逃れていたのだ。

 飛び出したデストラクションバルカンはそのままビカリアのドリルでアナザーバルカンへ突進していく。

 しかし、アナザーバルカンはフライングファルコンの能力をラーニングしており、背部の光の羽を輝かせるとデストラクションバルカンの射程外まで移動した。

 勢い良く飛び出したのはいいが、届く前に失速する──

 

「逃がすかぁぁぁ!」

 

 ──デストラクションバルカンの叫びと共にデストラクションの背中からも一対の翼が出現する。それはオニコの能力によるもの。

 空中でオニコの翼を羽ばたかせることで逆に加速し、アナザーバルカンへ追い付く。

 デストラクションバルカンの気迫の追撃がアナザーバルカンの脇腹を貫いた。

 




強化フォームにデメリットが存在するのはお約束ということで。
思い返せばゼロワンやバルカンの強化フォームは大小様々なデメリットが存在していましたね。


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アナザーバルカン2019 その13

 ビカリアのドリルによって大きく抉られるアナザーバルカンの脇腹。本来ならば胴体中央を貫いていたが、咄嗟に身を捩ったことでダメージをある程度抑える。

 狙いを外されたことが分かったデストラクションバルカンは、そのまま右足を横に振って傷口から胴体を削ろうとする。

 アナザーバルカンはそんなデストラクションバルカンの考えを予測し、右足を動かされる前に脚を掴む。

 

「離しやがれ!」

 

 リクエストに応えるかのようにアナザーバルカンは手を離す。ただし、真上に向けて。

 

「うおおおおっ!?」

 

 急激なGに声を上げてしまうデストラクションバルカン。全身に掛かる重みを体感しながらオビコの両翼を動かして減速させる。

 より高度へ上がったデストラクションバルカンを追ってアナザーバルカンも飛翔。

 アナザーバルカンの抉られた傷口で動く無数のケーブルやコード。寄生虫が蠢いているのを連想させる様子である。ケーブルやコードが結び付き合い、傷口を埋めていく。

 元々、大量のトリロバイトマギア、バトルマギアを素材にして創り上げられた体であり、多少の傷ならばそれを埋める材料は体内に余っている。しかし、直すのにそれなりの時間を要するので、敢えてデストラクションバルカンを高く投げ上げることで修理までの時間を稼いだ。

 計算に基づくものであり、デストラクションバルカンに追い付く頃には傷は完全修復される。

 拳を握り、腕を大きく振りかざすアナザーバルカン。腕の獣毛が黒く変わり、太さも倍になる。

 デストラクションバルカンも一度見たロケットパンチ。だが、今回は腕を飛ばすことはせずにそのまま叩き付けてきた。

 咄嗟に殴り返すデストラクションバルカン。しかし、打ち負けたのはデストラクションバルカンの方であった。突き出していた拳が押し込まれ、伸びてきたアナザーバルカンの巨大な拳がデストラクションバルカンの胸部から腹部にかけて叩く。

 

 

「ぐおっ!」

 

 踏ん張ることが出来ない空中だが、条件は相手も同じ。最初の拳の打ち合いのときは互角。寧ろ単純なパワーならデストラクションバルカンの方が上でであった。二度目は打ち負けた理由はアナザーバルカンの腕力が上回っていたからである。黒い獣毛に変わると見た目通り腕力が上昇する模様。

 息が詰まりそうな衝撃を受けながらデストラクションバルカンは真横へ殴り飛ばされる──かと思いきや、デストラクションバルカンの脇、腰から触手のような形をした白色の光が、飛ばされる前にアナザーバルカンへ伸びていく。

 ネオヒの能力によって生えてきたエネルギー体の触手はアナザーバルカンの手足に巻き付いた。これによりアナザーバルカンは咄嗟に触手を切断出来なくなる。

 飛ばされるデストラクションバルカンに引っ張られようとしていたアナザーバルカンは、両翼の力で空中で踏ん張る。デストラクションバルカンもまたオニコの翼を全力で羽ばたかせる。二重の力が加わったことでデストラクションバルカンは飛ばされることなく急停止。逆に触手で引き寄せることでアナザーバルカンへ突っ込んでいく。

 アナザーバルカンは両腕を盾のように前へ構えて防御。その防御に与えられるのは切りつけられるような感覚。

 防御の隙間から覗き見ると、デストラクションバルカンの左手には下から上へ伸びる形をした一対の牙が装着されており、先程の攻撃はその牙によるものだった。

 エカルの能力によりエカルの牙を武器として拳へ装備するデストラクションバルカン。だが、武器はそれだけではない。デストラクションバルカンが右手を掲げると手の甲部分から四本の鉤爪が伸びた。

 仮面ライダー亡と同じ爪を装備したデストラクションバルカンは、仮面ライダー亡を彷彿させる俊敏な動きでアナザーバルカンの腕を滅多切りにする。

 腕部を強化したことで防御力を高めているアナザーバルカンであったが、デストラクションバルカンの両腕が目にも止まらない速度で振るわれることで、その硬い防御にダメージを与えていく。

 爪と牙による変則的な二刀流。防刃、防弾、耐衝撃に優れたデストラクションバルカンの獣毛が二刀流により削り取られていく。

 下から振り上げた爪が獣毛の薄くなっていた箇所を通すように切り裂く。獣毛部分はその一撃により完全に削がれ、獣毛下の腕にダメージを通した。

 両腕の獣毛を全て剥がす勢いで爪と牙を振るおうとしたデストラクションバルカンであったが、前に突っ込むかと思いきやいきなり後方で下がる。そのすぐ後にマンモスの足が先程までデストラクションバルカンのいた場所を通過する。

 地上でデストラクションバルカンを踏み潰したマンモスの足を模したエネルギー。移動が間に合わなかったら地面へ叩き落とされていた。

 続けて降ってくるマンモスの足。次々と迫りくる実体化したエネルギーを持ち前の反射神経と野生的な勘で回避。つい先程から空を飛び始めたとは思えない見事な飛翔を見せる。

 上からの攻撃だけではデストラクションバルカンに当たらないと判断したアナザーバルカンは、両翼に力を集束。仮面ライダー迅と同じく羽根型のエネルギーを翼から飛ばす。

 縦と横から逃げ道を徹底的に塞ぐ容赦無い攻撃。

 

「うおおおおおっ!」

 

 上から来る踏み付けを避けつつマンモスの巨足の隙間へと移動し、次の攻撃が来る前に飛んで来た羽根を両手で弾く。そして、頭上から気配を察すると羽根を弾きながら移動して踏み付けを回避。

 一瞬でも気を抜けばどちらかの、最悪二つの攻撃を受けてしまう状態の中でデストラクションバルカンはギリギリの防御と回避を繰り返す。

 未だに攻撃が当たることは無かったが、どんどんアナザーバルカンから離れてしまっており、距離が開けば開くほどデストラクションバルカンの反撃は難しくなり、反撃が無いことでアナザーバルカンは手を止めることなく攻撃が続けられる。

 

「くそっ……!」

 

 中々不利な状況を覆すことが出来ず、デストラクションバルカンに焦りと苛立ち、そして疲れが募っていく。

 何度目かになるプレス攻撃を避け、合間に来た羽根を全て打ち落とす──筈だった。

 最早、何本目数え切れない羽根を爪で弾くデストラクションバルカン。次の瞬間、空中でバランスを崩す。

 弾いたと思っていた羽根が、角度が悪かったせいでデストラクションバルカンの片翼を貫いていた。これにより空中で姿勢を維持することが困難となる。

 

「しまっ──」

 

 背中に重い一撃を受けてしまい、言葉が途切れる。一瞬でも動きが止まった隙を衝かれ、マンモスの足がデストラクションバルカンを空から踏み落とす。

 呼吸が出来ない。体中に酸素が回らず、視野が狭くなり頭の回転も鈍る。それでも意識を手放さず、迫ってくる地面に背を向けて傷の付いた双翼を動かして減速を試みる。

 その過程でデストラクションバルカンは見た。傷だらけのアナザーバルカンの双腕が隆起していく様子を。

 隆起した部分が鰭のような形になる。すると、鰭が発光し、鰭から鮫の歯を思わせるエネルギーの刃が出現する。現れた刃は一枚ではなく何枚も連なって伸びていき、数メートルの長さに達する。

 両腕を振るうアナザーバルカン。ただでさえ長かった刃が更に伸び、鞭のようなしなりを得ながらデストラクションバルカンへと迫る。

 

「くそっ……!」

 

 デストラクションバルカンは悔しそうに吐き捨て、刃の前に両手を掲げて防御を固める。今のデストラクションバルカンが取れる選択はそれしかなかった。

 二つの刃がデストラクションバルカンに打ち付けられ、落下の速度が増す。

 デストラクションバルカンは身を固めたまま地面へ叩き付けられる。

 轟音と共に地面に深い穴が作られる。土煙が舞い、穴を中心にして蜘蛛の巣状の罅が長く伸びていく。

 デストラクションバルカンが原型を留めていなくてもおかしくない勢いで地面に叩き付けられたのを見て、アナザーバルカンは密かにほくそ笑む。

 次の瞬間、土煙を突き破って三条の光がアナザーバルカンへと伸びてくる。咄嗟に回避すること出来ず、光が脇腹を貫通。動きが硬直したことで続いて胸、腹が光に貫かれた。

 光が通過した余波で土煙が晴れる。そこには罅だらけのショットライザーを構えたデストラクションバルカンが立っていた。

 アナザーバルカンは驚きを隠せない。死んでもおかしくない筈であったのに立っているどころか反撃までしてきた。本当に不死身なのかと現実味の無いことを考えてしまう。

 実際のところ、本当にデストラクションバルカンが不死身な訳ではない。地面に叩き付けられる寸前、デストラクションバルカンは背部からネオヒの触手を伸ばし、それを先に地面に着けることで落下の勢いを殺し尚且つ落下時のクッションにしていた。

 だが、それでも衝撃は完全に殺すことは出来ず、ダメージはある。それこそ生身で数メメートルの高さから落ちたような痛みが今のデストラクションバルカンを蝕んでいる。

 しかし、デストラクションバルカンはその痛みに耐えて立ち上がり、攻撃をした。そういう意味ではアナザーバルカンが不死身と思うのも間違いではない。デストラクションバルカンの──不破諫の肉体と精神力は人間の常識には当てはまらない。

 ガクン、とアナザーバルカンの体が沈んだかと思えば空中から落下を始める。貫いた三発の光弾は背中まで貫いており、背部から発生させていたフライングファルコンの翼も破壊。それによりアナザーバルカンは飛行能力を失っていた。

 再度展開を試みるも、破壊された影響ですぐには出来なかった。為す術も無くアナザーバルカンは落ちていく。

 それを迎えるのは地上で見上げているデストラクションバルカン。アナザーバルカンが落ちて来るのを見て、フォースライザーのトリガーを引く。

 

『DESTRUCTION DYSTOPIA!』

 

 デストラクションバルカンの全身のロストモデルのレリーフが輝く。光はエネルギーとなり、デストラクションバルカンの体外へ放出される。

 デストラクションバルカンの背後に具現化する双頭の狼。ジャパニーズウルフゼツメライズキーとシューティングウルフプログライズキーの二つのモデルが合わさったような姿。その実態は十体のロストモデルとライダモデルが合体することで新たに生み出されたライダモデル。

 双頭の狼は狩るべき敵に向け咆哮を上げると、その身を分解させ別の形へ再構築する。

 再構築されたことで出来た装甲がデストラクションバルカンの両腕に装着された。

 元より一回り以上厚みのある装甲を付けた両腕を八の字に開いて構える。構えに合わせて腕部から五本の鉤爪が伸びる。仮面ライダー亡の鉤爪と似ているが、爪の先端部分がより鋭利になっており長さも倍近い。構えているだけで先が地面に着きそうになっている。

 左の爪から白い靄が立ち昇る。それは冷気であり切っ先が向いている地面が冷気により薄い氷が張り始めていた。

 右の爪からは蒼炎が昇る。デストラクションバルカンの右側では空気の焦げるニオイと陽炎の揺らぎが起こる。

 炎と冷気。異なる属性を双爪へと宿したデストラクションバルカンは、落ちて来るアナザーバルカンに向け、まずは左腕を渾身の力で振るった。

 

「うおらぁぁぁぁ!」

 

 振り抜かれた長爪から放たれる白い五本線。逃れる術を持たないアナザーバルカンであったが、攻撃の正体が冷気だと察した時点で全身から炎を噴射させた。

 フレイミングタイガーの炎による冷気への盾。これによりデストラクションバルカンの攻撃を無力化させる──予定だった。

 五爪の斬撃がアナザーバルカンの体に触れた瞬間、纏っていた炎が消失する。

 アナザーバルカンのセンサーが異常を告げる。機械の体が急速に冷やされている。同時に寒気がアナザーバルカンを襲っていた。ヒューマギアである自分が凍えるなどあり得ないことだと分かっていても、その認識を裏切るかのように寒気が止まらない。まるでアナザーバルカンの根源を凍て付かせるような冷気の斬撃。

 左の長爪を受けたアナザーバルカンの体は瞬時に凍結し、体から冷気を放っている。身動きが出来ないところに本命の右の長爪が振り抜かれた。

 蒼炎を思わせる五爪の斬撃がアナザーバルカンへ飛ばされる。凍り付いたアナザーバルカンにはそれを防ぐ手段も回避する手段も無く、受けるという選択肢しかなかった。

 五爪の斬撃痕がアナザーバルカンの胴体へ刻まれる。深く刻まれた傷痕に残る蒼炎。次の瞬間、蒼炎が煌々とした光を放つと同時に爆発する。

 

 デストラクション  ディストピア! 

 

 空中で膨らむ青い火の玉。やがて、萎むように火の玉が消えると地面に何かが落ちた。

 黒焦げの塊──アナザーバルカンは、受けた屈辱を叩き込むかのように両手で地面を突いて起き上がる。そのとき、アナザーバルカンの体からバラバラと細かなものが零れ落ちた。それはネジやギアなど大小異なる機械の部品であった。

 アナザーバルカンは先程の攻撃で胸から腹にかけて深く抉られており、背中の皮一枚だけで繋がっているような状態になっており、人間で言うならば臓物を零しているかのようである。

 だが、アナザーバルカンは数十体のヒューマギアを素材とし、変形、圧縮、構築した姿である。多少の損壊などはすぐ補える。

 デストラクションバルカンの見ている前でごっそりと抉られた部分を断面から部品を盛り上げることで防いでいく。

 

「しぶとい奴だっ!」

 

 傷を修復させていると思い、そのタフさに毒吐くデストラクションバルカン。更なる一撃を与えようとフォースライザーに手を伸ばすが──

 

「あん?」

 

 ──アナザーバルカンの様子がおかしいことに気付き、思わず手を止める。

 傷を埋める為だけにパーツを盛り上げていると思われていたが、パーツがどんどんと溢れていき、傷を埋めるどころか突き出していく。

 突き出していくパーツは変形していき、中心部分に穴が開く。暗い穴がデストラクションバルカンを覗くように向けられた。

 形成されたのは砲身。もしかしたら、ショットライザーをモチーフにした銃身かもしれないが、大き過ぎるせいで大砲にしか見えない。その大砲を以ってデストラクションバルカンを粉砕しようと試みる。

 アナザーバルカンの体の至る箇所から円筒状になった体の一部が伸びていく。伸びた部分は赤や白、黒などの光を発し始めた。

 今までデストラクションバルカンの戦いっぷりに圧倒され、傍観者になってしまっていた刃は、発光するアナザーバルカンから凄まじいエネルギーが溜められていくのを肌で感じていた。

 

「不破! 逃げろ! 今なら間に合う!」

 

 デストラクションバルカンの身を案じ、逃げるように言う。だが、刃の心配など知った事かと言わんばかりにデストラクションバルカンは一歩踏み込んで前傾姿勢となる。その構えを見ただけで刃はデストラクションバルカンが逃げる気など一切無く、逆に迎え撃とうとしているのを悟った。

 直情的で負けん気が強く頑固で無謀な奴であることを刃は散々見てきたが、ここまで極まっていたのかと改めて思い知らされる。

 既に刃も腹を括っていた。

 

「逃げないなら……勝て! 不破!」

 

 ここで共に果てる覚悟を以って刃は檄を飛ばす。気のせいかもしれないが、デストラクションバルカンは一瞬だけ自分の方を見たような気がした。

 

「心配すんな……絶対ぶっ潰す」

 

 刃の檄に応じるのは何度も言ってきた台詞。不破諫はその台詞を言う度に本当に目の前の壁をぶっ潰してきた。不退、決死、覚悟を胸に宿し、フォースライザーのトリガーを二回引く。

 

『DESTRUCTION UTOPIA!』

 

 両腕に装着されていた手甲が離れ、宙に浮いた状態で再変換される。新たな形となった装甲は、今度は脚部へと装着された。膝下から足先まで覆う蒼と銀の脚甲にはデストラクションバルカンが取り込んだ各ロストモデルの姿が描かれている。

 デストラクションバルカンは前傾姿勢となり走る為の構えに入る。爪先に力が入る。それだけで足元の地面が罅割れ、その罅はどこまでも伸びていく。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 獣染みた咆哮がデストラクションバルカンの喉から鳴らされる。

 

 アオォォォォォォン! 

 

 その咆哮を跳ね除けるようにアナザーバルカンもまた咆哮を上げた。

 片や最新の機械を纏った人間。片や最新の技術によって作られたヒューマギア。それが原始的な獣の争いのように声を上げて雌雄を決しようとするのは皮肉と言える。

 デストラクションバルカンが駆け出すと、アナザーバルカンもまた動く。

 発光していた円筒状の器官を撃鉄の如く体内へ打ち込む。砲口から光が溢れ出し、その光が強まっていき最高まで達したとき、砲口から多色に輝く弾が発射された。

 発射された砲弾は回転しながら突き進む。突き進んだ後に虹のような光を残して。

 デストラクションバルカンは迫る砲弾に恐れることなく真正面から向かっていき、最も加速がついたときに飛び上がる。

 正面へと突き出される両足。そこに込められたエネルギーが解放されると巨大な狼の双頭と化す。牙を剝き、全てを嚙み砕く為に突進する双狼の牙。二つの頭は螺旋を描き、回転しながら砲弾へと衝突。

 

 デストラクション

          ユートピア! 

 

 衝撃波の後に凄まじい爆音が響き渡る。虹のような光が当たりに散らばるように広がっていき、建造物を貫いていく。

 アナザーバルカンは爆風に押されないようにその場で踏み止まる。デストラクションバルカンを倒したどうか分からない。許容範囲以上の光によってアナザーバルカンの視覚センサーは不具合を起こしていた。

 

『ALL DESTRUCTION!』

 

 まだ機能する聴覚センサーがその音を捉えたとき、アナザーバルカンは未知なる衝動と共に頭上を見上げた。

 爆風によって舞い上がり、ショットライザーを両手で構えるデストラクションバルカン。砲弾を至近距離で相殺したことで全身の装甲が罅だらけになっていたが、体から放たれる鬼気は一切衰えることはなく寧ろ増大している。

 デストラクションバルカンの双眼に睨まれたアナザーバルカンは再び未知なる衝動により体が動かなくなる。アナザーバルカンが知ることはないだろうが、それは人間でいうところの恐怖、畏怖といった感情。決して倒れることなく喉元に喰らい付こうとしてくるデストラクションバルカンにアナザーバルカンは恐れを抱いてしまった。

 

「──終わりだ」

 

 デストラクションバルカンが引き金を引く。すると、装着していた装甲からロストモデルが召喚される。

 ショットライザーから撃ち出される双頭の狼。それを導くように先行する各ロストモデル。

 ロストモデルらは弾丸のようにアナザーバルカンを貫く。

 アナザーバルカンの喉から迸る絶叫。ロストモデルはアナザーバルカンに一撃を与えると消滅していく。

 次々とロストモデルによって体を貫かれていき、アナザーバルカンの体は風穴だらけになっていく。

 既に絶滅し、この世に名と痕跡しか残っていない絶滅種たちがアナザーバルカンをあの世へと引きずり込もうとする。

 それでも足掻くように体の修復を試みようとするアナザーバルカンであったが、その眼前には大きく口を開いた双頭の狼がいた。

 恨み言も遺言も言う暇も与えられず狼の顎がアナザーバルカンの上半身を食い千切る。

 開かれていた口が閉じられ、中に納められていたアナザーバルカンが嚙む砕かれる。その際、牙がアナザーバルカンウォッチを貫いた。

 

 

 

 

 

 力の根源を失ったアナザーバルカンは、閉ざされた狼の口内で爆発し、数え切れ程の細かな破片と化す。

 宿敵であるアナザーバルカンの最期を見届けると、限界まで酷使されたショットライザーの銃身が砕けた。

 装着していた装甲が次々と剥がれ落ちていく中で、デストラクションバルカンもまた落下していく。受け身をとる余裕もない。デストラクションバルカン自身もまた限界であった。

 デストラクションバルカンの意識が闇の中へと消えていく。

 

 

 ◇

 

 

 閉ざされた瞼越しに白い光を感じる。

 

『まさか、ここまでやる奴とはな……素直に褒めてやるよ。というかお前、本当に人間だよな?』

 

 呆れながら褒めてくる声に聞き覚えがある。雷の声であった。

 何故、ここに雷がと思ったが、不破は声を出せない。

 

『感謝する。お前のおかげであいつは……ウィルはこれで解放された』

 

 それは飛電或人の父、其雄の声。

 

『やっぱり、君を信じて良かったよ』

 

 奇妙な因縁で結ばれ、自分を庇って壊れた筈の亡の声。

 

『ありがとう。不破諫』

 

 礼を言われる筋合いは無い。自分の為に戦っただけだ、と不破は言いたかったがやはり声を発せない。

 そんな不破に亡は苦笑しているように感じられた。

 

『君を待っている人が居る。さようなら、不破諫。この世界で君との出会いと別れは私にとって得難い経験だった』

 

 待て、待てよ。勝手に言いたいこと残して行くな。待て! 待ちやがれ! 待て──

 

 

 ◇

 

 

「亡……」

「不破! 気が付いたか!」

 

 気が付く目の前に刃の顔があった。

 

「俺は……」

「死んだかと思ったぞ!」

 

 刃が言うに不破は空中で変身が解除されていったが、地面に叩き付けられたときにギリギリ残っていた装甲により落下の衝撃を抑えられ、紙一重で助かったとのこと。

 

「悪い……お前のショットライザー……壊した」

 

 残骸となっているショットライザーを刃に見せる。

 

「お前が物を壊すのは、いつものことだ」

「はっ。そうかよ……」

 

 刃の皮肉に不破は小さく笑う。

 不破は自分の戦いはここまでだと悟った。この後、どうなるかは彼次第である。

 

「勝てよ……飛電或人……」

 

 今も戦っている或人に向け、不破は勝利を願う言葉を囁いた。

 




これにて不破の戦いは終わりとなります。
次からはタイムジャッカーとの戦いに入っていきます


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アナザー1号&アナザー2号

 アナザー1号の戦いにアナザー2号が加わったことで戦況は変わった。

 

「くっ……!」

 

 ジオウⅡが押されているという不利な戦況に。

 アナザー2号は左手一本で巨体を支えながら剰え片輪走行をしてジオウⅡへ突進してくる。空いた右手はジオウⅡを叩き潰す為に高々と振り上げられていた。

 アナザー1号に匹敵する速さで距離を詰められると、即座に右手が振り下ろされる。巨大な体から下ろされた一撃は、想像を超える速さでありジオウⅡは大きく跳び退るを得なかった。

 ジオウⅡを潰す筈であった右の鉄槌が代わりに地面を砕く。ジオウⅡの足元が一瞬ぐらつく程の大きな揺れを生み出し、地面にクレーターのような陥没を作る。

 アナザー2号の攻撃は空振りに終わる──ことなどしなかった。叩き付けている右手のタイヤを回転させ、ジオウⅡ目掛けて土砂をかける。

 

「うわっ!?」

 

 ダメージは皆無でありせいぜい小石が当たるぐらいの嫌がらせのような攻撃だが、問題はそこではない。タイヤによって巻き上げられた大量の土や砂による粉塵がジオウⅡを囲んで視界を遮る。

 ジオウⅡは焦ることなく土煙に乗じて来るだろうアナザー1号たちの奇襲を未来予測で探る。

 ジオウⅡの脳裏に浮かび上がる未来の光景。だが、不思議なことに絶好の機会の筈が中々相手が攻撃してくる気配が無い。予測出来る未来の範囲の限界が迫ってくる。なのにまだアナザー1号たちは動かない。

 持続可能時間限界まで達しようとしたとき、ジオウⅡは視た。背後から土煙を突き破って現れる巨影を。

 それと同時に未来予測が強制終了される。普段はしない長時間未来を予測していた影響か、ジオウⅡは脳内に熱が籠っているような感覚に襲われる。

 脳を煮られるような不快感に耐えながら、ジオウⅡは予測した時間まで集中力を途切れさせずに待つ。

 頭の中で数えていたカウントダウンがゼロになったとき、予測通り土煙を突き破りながら現れる巨影。

 背後から迫るそれを一瞥した後に前方へ跳んで避けるジオウⅡ。巨影が通り抜けると突風と変わらない風圧が起き、漂っていた土煙が全て払われる。

 巨影はアナザー1号の後輪であり、いつの間にか背後へと回り込んでブレーキターンによる攻撃を仕掛けてきたのだ。

 それを予測して回避したジオウⅡであったが、予測していたのはジオウⅡだけではなかった。

 ジオウⅡが移動した先に待ち構えるアナザー2号。触れれば上半身が消し飛ぶ横薙ぎのタイヤがジオウⅡを襲う。

 

「くうっ!」

 

 咄嗟にしゃがみ込んで攻撃を避けたジオウⅡだったが、手に強い衝撃を受け、ライドヘイセイバーを手放してしまう。

 タイヤに弾かれて飛んで行ってしまったライドヘイセイバー。紙一重で避けたと思ったが避け切れなかった。手に残る強い痺れがジオウⅡに悔しさを与える。

 

(勘違いじゃない……段々と正確になってきている……!)

 

 ジオウⅡは未来予測を駆使して今までアナザー1号と互角に渡り合ってきた。アナザー2号が参戦してからも攻撃の手数は減ったが、未来予測により二体の猛攻を掻い潜ってきていた。

 だが、徐々にだが回避が難しくなってきている。未来予測をしても発動中に動くことを止め、予測可能時間ギリギリになって動き出すようになっていた。回数を重ねる度に発動中の時間を把握する精度が高まっている。

 時間を操るタイムジャッカーが持つ独自の感性がそれを為しているのかもしれない。

 過去を変え、未来を歪めるタイムジャッカーが、ジオウⅡの視た未来すらも歪め始めようとしていた。

 このまま未来予測を使い続ければ、いずれは未来予測を克服されるかもしれない。だからといって、未来予測無しで戦える程容易な相手では無い。

 身体能力の差ならアナザー1号とアナザー2号はジオウⅡを圧倒している。

 ジオウⅡは立ち上がりながら首を動かして二体の動きを確認する。アナザー1号は背後でエンジンを吹かせ、アナザー2号はジオウⅡの前で──突然、両腕を左右に開き地面に腹這いになる。

 うつ伏せの体勢からジオウⅡを挟むように両腕を左右から振るう。地面を抉りながら迫ってくるタイヤがジオウⅡの足元を狙う。触れれば足が消し飛ぶどころか下半身が無くなる。

 ジオウⅡはやむを得ずその場で跳躍してタイヤを回避した──アナザー1号たちの予想通りに。

 跳び上がったジオウⅡへかかる影。後ろを見ればアナザー1号がウィリーのように前輪を掲げている。

 次に何が来るのか未来予測しなくても分かる。ジオウⅡはサイキョージカンギレードを翳して盾代わりにした。

 アナザー1号は巨体を支える後輪をスピンさせ、ジオウⅡへ前輪を叩き付ける。

 

「ぐあっ!?」

 

 盾にしたサイキョージカンギレードなど関係ないと言わんばかりの強打によりジオウⅡは苦鳴を上げる。だが、その声もすぐに回転するタイヤの摩擦音によって掻き消された。

 アナザー1号は前輪をジオウⅡへ叩き付けた状態から振り抜く。ジオウⅡは風を切る音を立てて飛んだ後、建物の壁面を突き破って中へと消える。

 アナザー1号とアナザー2号の攻撃はこれで終わらない。彼らは自らを悪と称した。悪は正義と消す為なら徹底的にやる。

 アナザー1号の周囲に火球の形をしたエネルギーが無数に発生。

 アナザー2号は両手を地面に着けた状態でタイヤを回転。前進も後退もせずにその場で空回りし続けると摩擦によって熱を帯び始め、遂には両手のタイヤが炎に包まれて真っ赤になる。

 アナザー1号がエネルギー弾を一斉発射。建物ごとジオウⅡを攻撃する。アナザー2号も片手を突き出し、燃え盛るタイヤから巨大な火球を撃ち出す。

 数のアナザー1号と威力のアナザー2号。二体の攻撃により建物は瞬く間に破壊され、ジオウⅡを中に閉じ込めたまま建物は崩れる。

 

『見たか! これが始まりのライダーの力!』

『君たちが歪めた歴史を正す力だ!』

 

 破壊され尽くした建物を見下ろし、意気揚々と勝利宣言をするアナザー1号たち。

 だが、彼らが勝利の余韻に浸れる時間はそう長くはなかった。倒壊された建物の瓦礫を突き破って『ジオウサイキョウ』と描かれた光刃が突き出て来たからだ。

 突き出された光刃の威力により積み重なっていた何十tもの瓦礫が粉々になって消し飛ばされる。光刃の下には片膝を突き、祈るような構えでサイキョージカンギレードを掲げたジオウⅡが居た。

 建物が崩れたとき、咄嗟の判断でフィニッシュタイムを発動させていた。サイキョージカンギレードのお陰で瓦礫に潰されるのを免れた。

 しかし──

 

「ごほっ! ごほっ!」

 

 ジオウⅡは激しく咳き込む。前に倒れ込んで四つん這いの姿勢になると変身が解除されてしまい、生身のソウゴへと戻ってしまった。

 瓦礫に潰されはしなかったが、建物内にいるときの外部からのアナザー1号とアナザー2号の攻撃を何発かまともに体で受けてしまっていた。今まで蓄積していたダメージと合わさって変身が維持出来なくなったのだ。

 

『どうやらここまでのようだな?』

『所詮、原点から派生したものの力はこの程度だったようだね?』

 

 ソウゴを見下ろし、アナザー1号とアナザー2号は嫌らしく小馬鹿にした発言をする。

 

『お前はここで果て、ライダーの正しき歴史がここから始まる!』

「正しき歴史……?」

『そうだ! お前にも言ったようにライダーの力は本来は悪の力! それがお前たちのような存在のせいで歪められた!』

『正義の為にライダーの力を使った君たちこそが歴史の改竄者なのさ!』

 

 アナザー1号たちの主張。それはソウゴには暴論にしか聞こえない。

 

「……ふざけるな」

『何?』

「ふざけるなって言ったんだ……!」

 

 ライドウォッチを通じて全ての仮面ライダーの歴史を見て来たソウゴだからこそ、その発言を決して許すことは出来ない。

 そもそも誰もが最初から正義の為に戦ってきた訳ではない。戦う理由は仮面ライダーの数だけ存在する。誰かの笑顔を守る為、皆の居場所を守る為、人々の夢を守る為、皆理由は違う。だが、それに命を懸けて戦ってきた。

 長い歴史を見れば、それは瞬間に等しいことかもしれない。でも、全ての仮面ライダーたちはその瞬間を一生懸命生きてきた。

 正義の為に戦ってきた訳ではない。戦ってきた仮面ライダーの姿を見て、救われた者たちがその姿に正義を見たのだ。

 彼らが歩んできた歴史という名の轍を正義と呼んだのだ。

 

「仮面ライダーをそんな風にしか見ないお前が、仮面ライダーを語るなっ!」

 

 激しい怒気を以ってソウゴはアナザー1号たちを睨み付ける。

 

『……戯言を!』

『……無駄話はここまでだよ!』

 

 言葉に僅かな間が置かれる。生身の筈のソウゴに一瞬とはいえ気圧されてしまったからだ。その屈辱を誤魔化すようにアナザー1号はエネルギー弾を展開し、アナザー2号は両手に炎を灯す。

 欠片も残さないという強い憎悪と共にソウゴに攻撃を──

 

『があっ!?』

 

 ──する筈であったアナザー1号が突然仰け反ったかと思えば、下半身の車体に側面から何かをされ転倒する。

 

『何だ!?』

 

 アナザー1号が何をされたのかアナザー2号は見えなかった。そして、攻撃されたアナザー1号自身も何をされたのか分かっていなかった。

 赤い線らしきものが僅かに残っており、その足跡を辿ろうとするアナザー2号。だが、追い切る前に下顎が突き上げられ、声を上げてしまう。

 

『うぐっ!』

 

 巨体が数歩も後退させられてしまう。辛うじて転倒を免れたアナザー2号は見た。ソウゴを守るように立ち塞がる未知なるライダーを。

 

「大丈夫か?」

「その声──或人!」

 

 新たな姿となった或人ことゼロワンの登場にソウゴの表情は僅かに緩む。

 

『君はゼロワンか……! ジオウと同じように僕たちの前に立ち塞がるか! 忌々しい!』

 

 アナザー2号は怒気と憎悪を吐き出しながら灼熱に燃える右手のタイヤを振り下ろす。

 ゼロワンは避ける動作を見せない。灼熱の塊を睨むように見え上げたと思えば──

 

「はあっ!」

 

 ──気迫の叫びに合わせて右足を高々と蹴り上げた。

 振り下ろしの一撃とゼロワンの蹴りが激突。軸足となっているゼロワンの左足が地面に沈み込む。だが、次の瞬間には振り下ろされた筈のアナザー2号の右手が跳ね上がる。

 ゼロワンの別次元の脚力によって跳ね返された右手は、驚く暇も無いアナザー2号の顔面へ叩き返された。

 自分の拳の重さを自身で味わいながらアナザー2号はバランスを崩して仰向けに倒れる。

 二体のアナザーライダーが体勢を立て直すのに時間が掛かるのを見て、ゼロワンはソウゴの傍に移動する。

 ソウゴの状態を確認する。疲れているようだが、目立った傷は無い。巨大なアナザー1号とアナザー2号を二体同時に相手をしてこの程度で済んでいるのを見るに、ソウゴの実力の高さが窺える。

 ゼロワンは視界の端で何かが光ったのを確認した。転倒しているアナザー1号が口を開き、そこからエネルギー弾を吐こうとしている。

 

「ちょっとここから離れるぞ」

 

 攻撃される寸前にゼロワンはソウゴを脇に抱えてジャンプ。ソウゴの体に影響が出ない速度まで落として移動。

 アナザー1号は狙っていた二人が射線状から消える攻撃を中断し、忌々しそうに舌打ちをした。

 

「うっ──」

 

 凄まじい風がソウゴの顔を撫でる。視界に映る全てのものがごちゃ混ぜになったような光景が一瞬だけ見えた。速度を加減していても生身のソウゴにはかなりキツイ。

 

「──おっ!?」

 

 気付けばアナザー1号たちの視界から外れた場所まで移動していた。

 

「取り敢えず、ここまに居れば少しの間は大丈夫だと思う。何なら今のうちに安全な場所まで──」

「俺は逃げないよ」

 

 ソウゴはキッパリと断った。ゼロワンの気遣いはとても有り難かったが、それでもソウゴはアナザー1号とアナザー2号から逃げることは出来ない。逃げてはいけない相手なのである。

 ソウゴの強い意思はゼロワンにも伝わっており、少しだけ困った様子を見せる。

 

「──分かった。なら、少し休んでおいてくれ。それぐらいの時間を稼ぐことなら出来る」

 

 ゼロワンはソウゴの意思を尊重する。だが、すぐには参戦させない。ゼロワンから見ても今のソウゴはかなり消耗して見える。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 ゼロワンの姿が一瞬で消えた。ソウゴもすぐに追い掛けたい衝動に駆られたが、走り出そうとした途端に足が縺れそうになり走るのを止めてしまう。呼吸も乱れおり、自分で思っている以上に体力を消耗していることを自覚させられる。

 このままゼロワンに合流しても彼の足を引っ張ってしまうかもしれない。

 

「少しだけ……」

 

 ソウゴは大きく息を吸い込み、吐き出す。深呼吸を繰り返すことで乱れていた呼吸を無理矢理正す。

 ゼロワンが体を張って稼いでくれる時間を少しでも無駄にしない為に言われた通り体力の回復に努めるソウゴ。

 ゼロワン一人を戦わせることに不安が無いと言えば嘘になるが、同時に容易く負けるようなことはないという確信もあった。

 戦いの場に赴いた彼もまたこの時代を担う仮面ライダーなのだから。

 

 

 ◇

 

 

 ゼロワン一人に無様に転倒させられてしまったアナザー1号とアナザー2号は、既に立ち上がっていた。しかし、立ち上がるのに思いの外手こずってしまい、そのせいでまんまと二人が姿を隠す猶予を与えてしまった。

 異形の巨体故に体の構造が人と全く異なっているせいである。尤も、自分たちがあれだけ簡単に転倒させられるなど予想外のことであった。

 

『何処だ……? 何処へ消えた……!』

『僕たちから逃げられると思っていないよね?』

 

 殺意に満たされてギラギラとした輝きを秘めた複眼がソウゴとゼロワンを探す。複眼故に前方ならば死角なしで見ることが出来る。だが、二体の複眼には二人の姿は映らない。そのことから建物の陰に隠れたと判断する。

 それならそれで二体にもやりようがあった。

 

『燻り出してくれる!』

 

 アナザー1号の周囲にエネルギーの球体が出現する。言葉通り周りの建物を破壊して二人を探すつもりであった。

 

『いや、そのまま圧し潰してしまおう』

 

 アナザー2号の両手も炎が赤く染まる。手当たり次第に攻撃し、隠れている建物ごと二人を吹っ飛ばして探す手間を省いてしまおうと考える。

 準備が整い、無差別攻撃を開始しようとしたとき二体のアナザーライダーの動きが止まった。彼らの視界に探していた敵──ゼロワンが立っている。

 

『出てきたか』

『君一人かい? ジオウはどうした?』

「そのうち会えるさ。俺に倒されなかったらなぁ!」

 

 その言葉が挑発なのは二体も分かっていた。ソウゴがかなりダメージを受けていたのは与えた二体も手応えから察している。恐らくは、自分に注目を集めて逃がすかダメージを回復させるのが目的。

 乗る必要は無い。だが、ゼロワンの行動はアナザー1号たちの癪に障った。自らの危険を顧みずに誰かを救おうとする自己犠牲。ライダーの力を悪として定めている二体にとって、それは正すべき誤りである。

 

『ならば、お前を滅ぼしてジオウを引き摺り出すだけだ!』

『一人で勝てると思うな!』

 

 無差別攻撃の為に準備していた力が、全てゼロワン一人に放たれようとする。

 

「お前たちを止められるのは唯一人──俺だっ!」

 

 それは決め台詞であると同時に決して逃げないことを誓う宣言。

 

『止められるものなら止めてみろっ!』

 

 アナザー1号とアナザー2号は同時に叫び、エネルギー弾と火球をゼロワンへ放つ。

 逃げ場を埋め尽くす数の暴力がゼロワンへ浴びせられる。

 視界を埋め尽くす弾幕を前にしてもゼロワンは冷静であった。父と自分の力が合わさった今のゼロワンに恐れるものなど何一つ無い。

 ゼロワンが前屈みになり、地面を蹴る。音を置き去りにする音速の跳躍で自ら弾幕へと向かっていく。そして、あろうことかアナザー1号のエネルギー弾を踏み付けると、踏み付けた反動によって再び跳躍。跳んだ先にあるエネルギー弾も同じく踏み付けて跳躍。エネルギー弾を足場にして連続で跳躍を行いながらアナザー1号との距離を詰めた。

 やっていることは比較的単純なことだが、それを行っているスピードは常識外れしたものであり、アナザー1号とアナザー2号はゼロワンが地を蹴った時点で目で追うことが出来なくなっていた。

 二体の視点からすれば放った筈のエネルギー弾が次々と破裂していくという光景。ゼロワンの仕業なのは分かっているが、ゼロワンが何をしているのか、何処にいるのか全く把握出来ていなかった。

 

『ぬおっ!』

 

 衝撃と共にアナザー1号の上半身が仰け反る。それに合わせて下半身の前輪が持ち上げられた。急ぎ後輪を動かして転倒だけは避ける。間髪入れずアナザー1号の顔面が折れそうな勢いで横に傾いた。

 

『は、速いっ!?』

 

 アナザー1号が思わず口に出してしまう程にゼロワンとの速さの差に驚愕させられる。そして、体格差をものともしないゼロワンの一撃の重さにも。

 実際のところ、ゼロワンの一撃はアナザー1号を吹き飛ばされる程ではない。見えないからこそ勘違いをしているが、先程からゼロワンは何度も攻撃を行っている。

 アナザー1号たちには分からないが同じ箇所へ何十発もの攻撃を集中させていた。速過ぎるせいで何十発の攻撃も一発にしか認識されない。

 

『ぐおぉぉぉぉ!』

 

 追撃によりアナザー1号は苦悶の声を上げる。ゼロワンの攻撃の重さもあるが、それ以上に効き過ぎていることをアナザー1号は理解していた。アナザー2号も同じウォッチを通じてそれが伝わっている。

 何故ここまで効くのか。それは、アナザーライダーのルールから答えが分かる。

 アナザー1号とアナザー2号は二体で始まりのライダー。始まりのライダーに特効なのは同じく始まりのライダーに属する者。

 ゼロワンは、新しい時代の始まりのライダーの力を内包している。

 

『貴様! 始まりのライダーの力を奪っていたのか!』

「奪ったんじゃない! 父さんから託されたんだ!」

 

 捻くれた発想をするアナザー1号にゼロワンは真っ向から否定。父と子の絆に穢すような言葉に怒りが湧き、その怒りを力へと変える。

 技の速度、キレが一段と増し、アナザー1号は反撃することすら許されない。

 

『こいつ!』

 

 半身の危機にアナザー2号が助けようとするが、見えない相手に対して攻撃する手段など無い。下手をすればアナザー1号を誤射してしまう危険すれある。

 

(こうなったら!)

 

 なりふり構わず時間停止によりゼロワンの動きを止め、捕捉しようと試みる。

 

『うあっ!?』

 

 ──が、それは脳天へ突き刺さる鋭い衝撃により中断させられてしまった。

 

『この──うぐっ!』

 

 すかさず顎を蹴り上げられ、思考が途絶える。時間停止にはそれなりの集中を必要とするが、頭部への連続攻撃によりその集中が出来ない。知ってか知らずかは不明だが、ゼロワンの攻撃は的確にアナザー1号たちの時間停止を防いでいた。

 

(何だこれは……! 奴は本当に一人で戦っているのか!?)

(二人、三人、いや、それ以上……! まるで見えない大軍と戦っているみたいだ……!)

 

 ゼロワンの圧倒的スピードに翻弄され、何もすることが出来ないアナザー1号たち。このまま為す術も無く攻撃され続けるのかと思いきや、突然嵐のような攻撃が止んだ。

 急に攻撃が止まったことで安心するよりも戸惑いを先に覚える。ゼロワンが何処へ行ったのか複眼で探す二体。

 そして、見つけた。何百メートルも先に立つ小粒となったゼロワンを。

 何故、あのような場所へ移動したのか疑問に思うアナザー1号ら。そのとき、気付いた。

 ゼロワンの直線状に自分たちが並んでいることに。一つの解はもう一つの解へと導く。

 この距離間はゼロワンの助走の為のものだと。

 最強の脚が生み出す最速。そこから生み出される全てを破壊する一撃。

 ゼロワンの手がドライバーに触れた瞬間、ゼロワンは消えた。

 音を遥か彼方へと置き去りにし、電光に等しい速度に達するゼロワン。

 アナザー1号の目には一瞬だけ光ったようにしか映らず、その電光を目にしたとき、上半身が千切れ飛びそうな衝撃を味わう。

 アナザー1号の上半身に命中するゼロワンのキック。だが、それだけに留まらず蹴り押されたアナザー1号はアナザー2号へと衝突。

 二体が重なった刹那、ゼロワンのキックが二体を貫く。

 悪であれと自ら定めた異形が全ての者たちの夢を守ろうとする戦士に貫かれたとき、その声を聞いた。

 

『TYPE-ONE DESTRACTION!』

 

 




良い必殺技名が思い浮かばなかったので、そのままで出しました。
バルカンと被ってますね。


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アナザーダブルライダー その1

 アナザー1号とアナザー2号を纏めて貫いたゼロワンは、加速したまま地面に着地する。足が地面に触れると凄まじい勢いで削れ出す。両足で地面を強く踏み締めるが超高速の勢いは中々緩まず、力を入れた分だけ地面が深く抉れていく。

 その内摩擦による熱が発生し、熱が一定以上まで高まることで発火。ゼロワンが滑っていった跡に炎の轍が出来る。

 

「燃える! 燃える!」

 

 足元が炎上することにリアクションしながら何とか停止したゼロワン。振り返るとアナザー1号たちから数百メートルも離れた場所まで移動してしまっていた。

 

「倒した……?」

 

 重なるようにして倒れているアナザー1号とアナザー2号を見ながらゼロワンは呟く。

 手応えはあった。しかし、自分で言っておいて現実味を感じない。ゼロワンの直感というべき感覚が今も警鐘を鳴らしている。

 その感覚が正しかったと証明するように倒れていたアナザー1号とアナザー2号が体を揺らす。

 反射的に身構えるゼロワン。二体のアナザーライダーが起き上がる。

 

『危なかった……本当に危なかった……』

 

 焦りと恐れ、そして安堵が混じった声を出すのはアナザー2号。アナザー1号の巨体を背中で支えた状態で立っている。

 一方でアナザー1号の方は完全に沈黙していた。

 

『先にやられたのが君で良かったよ……』

 

 物言わぬ己の半身に対し礼を言うアナザー2号。

 アナザー1号の胸部にはゼロワンのキックにより大きな風穴が開いていた。明らかな致命傷であったが、アナザー1号が沈黙するだけで変身解除などの変化は見られない。一方でアナザー2号は脇腹が深く抉られていた。ゼロワンは二体纏めて倒すつもりだったが、アナザー1号によりキックの起動をずらされ、アナザー2号に深いダメージを与えるだけで倒すには至っていない。

 

『ほんの少し。あとほんの少しでもずれていたら、僕のウォッチまで破壊されていた……もしそうだったら、僕たちの負けだった……』

 

 アナザー1号とアナザー2号は元々一つのアナザーウォッチから誕生した特殊なアナザーライダー。故にゼロワンが破壊したのはアナザーウォッチの片割れに過ぎない。完全に破壊出来ていないのだ。

 

『理解したよ。このままじゃ勝てない。なら──』

 

 アナザー2号は背負っていたアナザー1号を地面へ下ろす。そして、体を低くして顔をアナザー1号へ近付けていく。

 何をしようとしているのか分からず、ゼロワンが訝しんでいるとアナザー2号は突如口を開き、歯牙をアナザー1号の首筋へ突き立てる。

 

「なあっ!?」

 

 アナザー2号の捕食行為に唖然とさせられるゼロワン。だが、気付く。アナザー2号がアナザー1号を喰らっているのではないことに。

 喰らいついたアナザー2号の口がアナザー1号の肩へ沈み込んでいた。アナザー1号とアナザー2号は同化し始めている。

 アナザー2号の顔がどんどんアナザー1号の体の中へ入り込んでいく。それに伴い深緑であった体色が変化し、色が抜けて灰色に近い体色になっていく。

 アナザー1号の心臓の位置にアナザー2号の顔が埋まるように移動。前輪、後輪の形をしていたアナザー2号の両腕はアナザー1号の肩から生えたように同化していた。

 アナザー2号が足代わりにしていた巨大な両腕は、肩から生えていても地面に着きそうな状態であり、アナザー1号の下半身のバイクもあって変則的な四輪になっている。

 アナザー1号のピンクの複眼が赤に染められると今まで沈黙していたアナザー1号は口を開き、息を吹き返す。

 

 オオオォォォォォッ! 

 

 野太い叫び声。アナザー2号のときはフィーニスの声であったが、融合することでアナザー1号の声に統一される。

 アナザー1号とアナザー2号が歪な融合を果たし、その複眼でゼロワンで睨む。

 元々はフィーニスの人格は一つであったし、アナザー1号ウォッチとアナザー2号ウォッチも一つであった。元の形に戻っただけの筈なのにそれが非常に歪に見えて不快感を覚える。

 仮面ライダーの最初の歴史は確かに二人の仮面ライダーによって創り出された。それを知る者がいればその二人の仮面ライダーを一心同体と称しただろう。だが、それはあくまで比喩である。それを誤った解釈で体現すると異様さしか感じられない。

 

「一心同体ってこと……? いや、そういう意味じゃないだろ……」

 

 ゼロワンも思わず自分で言って自分で否定してしまう程に醜悪な姿。一つとなったアナザー1号とアナザー2号──アナザーダブルライダーにそう言ってしまうのも仕方がないと言える。

 四つのタイヤが急回転し、アナザーダブルライダーが疾走。

 

「速い!?」

 

 巨体が急加速し、一瞬で最高速度に達する。アナザー1号やアナザー2号を上回る速度であり、アナザーダブルライダーが走った後は地面の舗装が捲れ上がり、衝撃波で建物のガラスは粉砕され、街路樹が薙ぎ倒される。

 間合いをあっという間に詰めると、アナザーダブルライダーは速度を緩めずゼロワンを轢殺しようとする。

 ゼロワンは轢かれる前に跳躍して回避。アナザーダブルライダーの速度は上がったが、まだゼロワンの方が優っている。

 ゼロワンを轢き損ねたと分かる否や急停止すると、その付加で道路の舗装が波打つように撓み、アナザーダブルライダーが加速で引き連れていた風が突風となって吹き抜けていく。

 止まるだけでもこの迫力。内包している力を見せつけてくるが、ゼロワンからすれば立ち止まってくれたのは好都合であった。

 アナザーダブルライダーが四つの目に捉えられる前にゼロワンはアナザーダブルライダーの背後へ高速移動し、振り返られない内に背中へ蹴りを打ち込む。

 

(重っ!?)

 

 一発目を打ち込んだ時点で爪先に伝わってくるアナザーダブルライダーの重量。アナザー1号、アナザー2号の二体分の体重が合わさり容易に蹴り飛ばせない。逆に蹴ったゼロワンの方が痛みを覚えるぐらいであった。

 

(こんのっ!)

 

 爪先の痛みに耐えて同じ箇所へ蹴りを集中させる。だが、何十発打ち込んでもアナザーダブルライダーが倒れる気配が無い。アナザー1号とアナザー2号だったら既に転倒していてもおかしくない。

 体重の増加だけでなく外骨格のような装甲も強化されている。事実、ゼロワンが集中攻撃した箇所は凹んですらいない。

 単純な足し算とは異なる強化。1号と2号という存在が組み合わさることで生まれる相乗効果。皮肉にもライダーの歴史に記されている特別な存在だからこそ納得出来てしまう図式でもあった。

 手応えの無さを感じつつも数十発打ち込んでも効かないならば百発以上打ち込む気概で、より鋭く、速い蹴りを繰り出そうとする。

 不屈のゼロワンのキックがアナザーダブルライダーの背中へ吸い込まれていく。硬い外装を打つ感触──ではなく空を切る感触が返ってきた。

 

「──え?」

 

 打ち込む筈だった背中に何故か裂け目が出来ており、ゼロワンの右足はその裂け目へ突っ込まれている。すると、裂け目が急に閉じ、ゼロワンの右足を挟む。

 

「いっ!?」

 

 ゼロワンの装甲は急ごしらえの継ぎ接ぎ。脚部の装甲は他と比べると丈夫に出来ているが頑丈とは言えない。今のゼロワンは足を挟まれた痛みをダイレクトに体感している。

 閉じた裂け目の周囲が盛り上がってくる。盛り上がったそれはアナザー2号の顔となった。

 

「そんなのありっ!?」

 

 右胸にあったものが背中へ移動してきたのを見て、ゼロワンは仰天して叫んでしまう。

 ゼロワンが驚いている間に裂け目──アナザー2号の口がゼロワンの右足に牙を突き立てる。

 

「ぐうっ! いっつ!? 離せ!」

 

 ゼロワンを逃がすまいと歯牙が食い込む。ゼロワンも動かせる左足を使い、アナザー2号の顔面を高速で踏み付け続ける。

 そのとき、ゼロワンの体が横から来る衝撃に折れそうになる。

 

「うおっ!」

 

 攻撃の緩んでしまう。すぐに再開しようとするが、横からの衝撃が強くなっていく。

 アナザーダブルライダーはゼロワンを捉えると四つのタイヤを器用に操りその場で回転し始める。

 回転の速度は一回転ごとに増していき、その回転が生み出す力は風を生み、風は風速を増していき遂には竜巻へ昇華する。

 

「うおおおぉぉぉぉっ!?」

 

 竜巻の中心で捕まっているゼロワンは風圧と遠心力の暴力に晒され、万歳の姿勢となって振り回され続けていた。

 目が回す前に身体中の血液が上半身へ集まっていき、経験したことの無い命の危機を感じさせる気持ち悪さを体験することとなる。

 何とか脱出を試みようとアナザー2号の顔を蹴り付けるゼロワン。すると、視界の端に飛来する物体を捉え、上半身を力尽くで起こす。

 物体はゼロワンの背中の下を通過する。それはそこら辺に立て掛けてある看板であった。

 ゼロワンはこのとき気付いた。塵や土などで色付けされた竜巻だが、それ以外の物も混じっていることに。

 自然災害そのものと言ってもいいアナザーダブルライダーの竜巻は、建造物を破壊してそれを取り込み、また既に破壊されてある建物の瓦礫を吸い込んでいた。それにより竜巻内に閉じ込められているゼロワンは、集められたそれらの的と化す。

 このままでは瓦礫によって押し潰される未来しか見えず、ゼロワンは渾身の力を込めてアナザー2号の顔面を蹴り付けた。

 ピシリ、という音を立てゼロワンの足を嚙んでいる牙の一本に罅が入る。ゼロワンも適当に攻撃をしていた訳では無い。パニックになって攻撃を散らすことはせず、冷静に一点へ攻撃を集中させていたのだ。

 もう一度蹴り付けると牙が根本から折れ、閉じていた口に隙間が生じる。その隙間から急いで足を引き抜くゼロワン。

 

「うおおおぉぉぉぉぉ!?」

 

 抜いた途端、巻き上がる風によって上へと飛ばされた。アナザーダブルライダーから逃れてもまだそれが造り出した竜巻の中へ囚われている。

 

「この……! うおっ!?」

 

 渦巻く風の中で体勢を立て直そうとするゼロワンであったが、すぐ傍を車が通過して驚く。巻き上がっているのは建物の瓦礫だけではない。今通過した様々な車や街路樹、電信柱や大きな看板など竜巻に吸われ、ゼロワンを襲う凶器と化す。

 このまま竜巻に巻き込まれ続けていたらいずれは力尽きる。瓦礫などだけでなく未だに竜巻の中心部で回り続けているアナザーダブルライダーが襲ってくる可能性もあった。

 いつまでも流されてはいられない。逆にこちらから仕掛ける。

 だが、今のゼロワンは空中で身動きがとれない。飛行能力があったとしてもこの竜巻の中では上手く飛ぶことは出来ないだろう。

 

(何か? 何かないか?)

 

 この状況を抜け出す為の方法を探すゼロワンであったが、そんな思考を中断させる大きな影がゼロワンを覆う。

 風によって巻き上げられた大きなコンクリートの塊──恐らくは竜巻に破壊された建物の一部──が勢い良くゼロワンへ突っ込んで来る。衝突すればゼロワンも無事では済まない。

 

「これだっ!」

 

 しかし、それこそゼロワンが待ち望んでいたもの。大きな衝撃にも十分耐えることの出来る頑丈な物体であった。

 ゼロワンは強風によって不安定な体勢を上手くコントロールし、両足の裏をコンクリートの塊へ向ける。

 コンクリートの塊がゼロワンへぶつかる。両足裏が着く、ほんの一瞬しかない刹那のタイミングでゼロワンは両膝を曲げ、大腿部を持ち上げて膝が胸に着くまで体を縮ませる。衝突の際の衝撃が巧みな技術で分散され、ゼロワンは張り付くようにコンクリートの塊へ着地した。

 竜巻の中で漂う塊の上でゼロワンは周囲を見渡す。網膜に焼き付けるそれらの光景。風の流れ、それぞれの配置、そこから導き出されるアナザーダブルライダーへのルートがゼロワンの脳裏に描かれる。

 

『ZERO―ONE DESTRACTION!』

 

 ライジングホッパープログライズキーを押し込むことで発動を告げる音声が鳴らされる。

 ゼロワンの左足にプログライズキーとゼツメライズキーのエネルギーが流れ込む。本来ならば利き足である右で撃つべき技だが、ゼロワンの右足はアナザー2号の顔に噛み付かれたせいで強い痛みを感じていた。負傷した右足よりもまだ左足で放つ方が威力を損ねないという判断から左足を使う。

 エネルギーが充填されると共にゼロワンは跳ぶ。踏み台にしたコンクリートの塊は跳んだ反動で砕け散った。ゼロワンの強過ぎる脚力を生かすにはある程度の頑丈さが必要になってくる。

 光のラインを残しながら跳ぶゼロワン。その先には車。ゼロワンは車の屋根に着地すると同時にまた跳ぶ。

 強風を突き破る程速く、鋭い跳躍。跳んだ先には建物の瓦礫。それを踏み台に跳ぶ。

 荒れ狂う竜巻の中で浮かび上がる稲光のような光のライン。上下左右関係無く縦横無尽に軌跡を描く。遠回りしているように見えるそれは、ゼロワンにしか見えないルートを辿り、倒すべき敵へと自らを導く。

 跳躍の連続により最大まで速度を高めると同時に最後の目標へ向けて跳ぶ。

 目標地点に浮かぶのは自販機。その自販機は位置が竜巻の中心へ跳ぶ為に最も適した位置であった。

 ゼロワンは自販機に着地。そして、コンマ一秒も満たない間に蹴って跳ぶ。ほぼ間隔の無い二度の衝撃によって自販機は中身ごと木端微塵になった。

 猛風に逆らい中心部へ跳んで行くゼロワン。竜巻の中心には当然ながらアナザーダブルライダーが待ち構えている。

 高速回転して竜巻を生み出し続けていたアナザーダブルライダーだったが、ゼロワンの接近を感じ取ったらしく両腕のタイヤを掲げる。

 タイヤが二輪減って回転の勢いは弱まるが、それでもまだ竜巻は止まらない。

 ゼロワンは荒ぶる風の中で体勢を変え、左足を真下へ向けて急降下。左足に満ちた黄色の光がライン状のエネルギーを四方へ伸ばしていく。

 アナザーダブルライダーは回転の勢いのまま真上へ両腕を突き上げた。ゼロワンを迎撃し、粉砕する為に。

 竜巻の中心で大きな力と力が衝突し合う。

 街を壊滅させてもおかしくない巨大竜巻が真っ二つ裂ける。吸い込み、巻き上げていた様々な物が竜巻が消えた影響で落下。或いは遠心力によってあちこちに飛んで行く。

 それはさながら空襲であった。車がビルの三階へ突き刺さり、コンクリートの塊が建物を穴だらけにし、木がマンションに突き刺さって生えているような形になっていたりなど後に出来上がるのは現実味が無い光景。

 見渡す限り無事な物は存在しない破壊された大地。そこへ上空から勢い良く落下してくる影。

 地面に着地したのはゼロワン。目立った外傷は無かったが、しゃがみ込んだ体勢から立ち上がると負傷している右足が痛み、前屈みになる。

 

『──ちっ。やってくれる』

 

 竜巻の中心部だった場所で不動を貫いたアナザーダブルライダー。こちらは右手のタイヤがパンクした状態になっている。竜巻内部での戦いはゼロワンに軍配が上がったが、その前に右足を傷付けられたので実質的には引き分けである。

 しかし、アナザーダブルライダーが片手に対してゼロワンは片足を負傷。尋常ならざるスピードが最大の武器であるゼロワンにとっては言葉通り痛い代償である。今の状態だと元のスピードから二、三割低下してしまう。ゼロワンが強いといっても万全ではない状態で勝てる程楽な相手ではない。

 目の前に聳えるように立つアナザーダブルライダーに脅威を感じながらもゼロワンは別のことを考えていた。

 

(ソウゴ、大丈夫かな……)

 

 周囲の惨状を見て、身を隠させておいたソウゴの心配をする。

 なるべくアナザーダブルライダーに見つからない場所を選んだつもりだったが、先程の竜巻のせいで広範囲に被害が及んでいる。変身していない状態で建物の倒壊に巻き込まれていたらと考えてしまうと不安を覚えてしまう。

 一刻も早く無事を確かめたいが、アナザーダブルライダーがそれを許さない。今もゼロワンを轢殺しようとタイヤを唸らせている。

 ゼロワンが怪我を負っていることは見抜かれている。時間を掛けたくないが現実がそれを無理だと諭してくる。

 アナザーダブルライダーが気筒から火を噴いて突撃して来る──と思っていたが、何故か直前で止まった。

 アナザーダブルライダーの不審な行動にポカンとしてしまうゼロワン。すると、視界の端から何かが差し出される。

 目の前に現れたのは人の手。前のめりになっているゼロワンを立たせる為に差し伸べられた手。その手が誰のものか確認しなくても分かった。

 ゼロワンは仮面の下で苦笑する。

 

「もっとゆっくり休めばいいのに……」

「ずっと或人一人で戦わせる訳にはいかないでしょ? そういうのって俺が目指す王様じゃないし」

 

 ソウゴの手を取り、ゼロワンは立ち上がる。

 

『今更一人増えた所で──』

「それはどうかな?」

 

 ソウゴが遮り、ある物を掲げる。それを見たアナザーダブルライダーは動揺した。

 

『そ、それは……!?』

 

 ソウゴがアナザーダブルライダーに見せたのはグランドジオウライドウォッチ。ソウゴからオーマジオウの力を奪った時点で消失した筈のウォッチを持っていることに驚きを隠せない。

 

『何故……はっ!?』

 

 アナザーダブルライダーは何かに気付いた。

 

「或人が頑張ってくれたおかげだよ」

 

 アナザー1号をゼロワンが貫いたとき、その力はアナザー1号のアナザーウォッチにまで届いていた。それによりアナザーウォッチに傷が入り、そこから封じ込めていたオーマジオウの力が漏れ出したのだ。

 漏れ出した力は光の粒となって本来の持ち主であるソウゴの許へ返ってきた。全部ではないとはいえ、ソウゴがグランドジオウライドウォッチを再び顕現させるには十分な力を取り戻した。

 

『勝っていた……私たちは勝っていた筈なんだ……! オーマジオウの力を使い、始まりのライダーになった時点で私たちの新時代が約束された筈だったんだ……!』

 

 全ての計画が白紙になりつつある現実。それを認めたくないのか譫言のように呟き続けるアナザーダブルライダー。

 

「いや、お前はここで負ける。俺たちがお前を倒す!」

『ジクウドライバー!』

 

 ジクウドライバーを装着し、ソウゴがグランドジオウライドウォッチを起動させようとしたとき、それは起った。グランドジオウライドウォッチがまるで太陽のような強い輝きを放ち始めたのだ。

 ゼロワンもアナザーダブルライダーもその光の眩しさに顔を背けてしまう。そんな強い輝きの中心に立つソウゴは──

 

「え?」

 

 ──何かに驚いていたが、急に笑い始める。

 

「そっか……」

 

 何かに納得するソウゴ。

 

「あんたも怒ってたんだ……じゃあ、一緒にやろうか!」

 

 輝きが消えたとき、ソウゴの手の中にはグランドジオウライドウォッチは無かった。

 

『そ、それは……!?』

 

 アナザーダブルライダーがグランドジオウライドウォッチを見たとき以上の驚き──否、恐れを見せる。

 それはソウゴが創造の為に捨てた破壊の力。時の果てで君臨する魔王が仮面ライダーの名を穢す者に誅伐を与える為にもう一度力を貸してくれたことで再びソウゴの手の中へ蘇る。

 今の自分と未来の自分の気持ちを重ね合わせ、ソウゴはそのウォッチのスイッチを起動させた。

 

『オーマジオウ!』

 

 起動したオーマジオウライドウォッチから膨大な量の光が溢れ出す。アナザーダブルライダーはその光を恐れて近付くことも出来ない。

 オーマジオウライドウォッチをジクウドライバーに挿し込み、ソウゴは叫ぶ。

 

「変身っ!」

 

 ジクウドライバーが回転すると共に世界も回るような錯覚をゼロワンは覚えた。それだけ凄まじい力が発動しているということである。

 

『キングターイム!』

 

 溢れ出した光がソウゴの背後で一つとなり、オーマジオウの巨大像を創り出す。

 

「でかっ!? 誰っ!?」

 

 オーマジオウの像の登場に叫ばずにはいられないゼロワン。

 

『仮面ライダージオウ! オーマー!』

 

 像が崩れてソウゴの中へと吸収されていき、ソウゴの姿を変身させる。

 その姿はまさに王としか表現出来ない。神々しいまでに煌めく黄金を宿し、『ライダー』の文字を仮面の中で煌めかせる。

 世界を救う為の力であり最強の力──仮面ライダージオウオーマフォームが再誕する。

 

「うおっ! 何か凄っ!」

 

 オーマフォームを間近でまじまじと眺めるゼロワン。

 

「もっと凄いの見せてあげようか?」

「へ?」

『ジオウ!』

 

 何処からともなく聞こえてきた声。すると、オーマフォームの両隣に黄金の扉が現れ、中から二人のライダーが召喚される。

 くすんだ金と黒の鎧を纏う時の果てで君臨する魔王──仮面ライダーオーマジオウ。

 ライダーたちの力をその身に宿した偉大なる魔王──仮面ライダーグランドジオウ。

 

「増えたぁぁ!? 三つ子!?」

 

 オーマフォームの力を目の当たりにし、ゼロワンが驚きの叫びを上げた。

 時の壁を超え、三人のジオウがここへ並び立つ。

 

 

 




タイムジャッカーが色々と地雷を踏み抜いた結果、こうなりました。
散々好き勝手やったので今度は好き勝手される立場となります。


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アナザーダブルライダー その2

次回で完結となります。


 ゲイツ、ツクヨミ、ウォズと滅、迅との戦いは最終局面を迎えようとしていた。

 カブトアーマーを纏ったゲイツはクロックアップにより瞬時に滅たちの背後へ回り込み、ジカンザックスを構える。

 

「はあっ!」

 

 だが、ジカンザックスが振り下ろされることはなかった。迅がゲイツを見失うと同時に周囲に羽根を飛ばし、地面に突き刺さった羽根が炎上して炎の壁となってゲイツを阻んだからだ。

 アーマー越しでも熱を感じさせる迅の炎に、つい刃を止めてしまうゲイツ。ゲイツの動きが一瞬止まった隙を狙い、迅は赤色の翼を羽ばたかせることで高熱の風を巻き起こし、ゲイツをその風で覆う。

 

「くっ!」

 

 反射的に後方へ下がるゲイツ。迅はすぐさま飛翔して追い掛けた。

 ゲイツが背後から仕掛けるタイミングでツクヨミは前から攻めようとしていた。キバーラアーマーが持つ翼により低空を飛びながら専用の武器であるキバーラサーベルを水平に構えた。

 すると、滅はいつの間にか伸ばしていたアシッドアナライズを引き戻す。アシッドアナライズの先がアタッシュアローに巻き付いている。戦場となっているのは飛電インテリジェンス内部。人間との戦闘に備えてフロアの各部にアタッシュウェポンが仕込まれており、当然のことながら滅はその位置を全て把握している。

 

『ARROW RISE』

 

 アタッシュケースから弓矢へ変形したそれを滅は即座にツクヨミへ向ける。

 アタッシュアローから放たれる紫の光矢。正面から来ているツクヨミを射抜こうとする。

 

「はあっ!」

 

 ツクヨミはキバーラサーベルで光矢を斬り払う。だが、矢の後ろには二本目の矢が隠されていた。斬り払った直後のキバーラサーベルではそれを防げない。

 

「くっ!」

 

 ツクヨミは手刀から光の刃を伸ばし、それにより二本目の矢を弾く。これにより矢を防いだ──

 

「えっ!?」

 

 ──つもりであったが、二本目の矢の後ろには三本目の矢があったのだ。三本の矢を一直線に並べて射るという人間では不可能な精密技巧。ヒューマギアだからこそ為せる技。

 三本目はキバーラサーベルでも光刃でも間に合わない。為す術もなくツクヨミは光の矢によって射抜かれた。

 そして、それに合わせたかのように迅に追い付かれ、追撃を受けていたゲイツがその胸を灼熱の手刀によって貫かれる。

 二人のライダーが同時に倒されてしまった。

 

「むぅ!?」

 

 瞬間、ゲイツとツクヨミの体は煙に包まれた後、ゲイツとツクヨミの顔が描かれた紙が貼り付けられた丸太へ入れ替わる。

 

『フューチャリングシノビ! シノビ!』

 

 その音声へ滅と迅が目を向けると紫の忍装束姿となったウォズが居り、その両隣には倒し損ねたゲイツとツクヨミも居た。

 フューチャリングシノビの忍法による変わり身で滅と迅を見事に欺いた。

 

「貴様……どうやって?」

「これぐらい忍にとっては嗜み程度さ」

「何それ、意味わかんない!」

 

 ウォズは得意気に言うと、初めて目の当たりにする忍法に流石に滅たちも困惑を隠せない。

 しかし、すぐにその感情の揺れを正す。初見のせいで驚かされたが、所詮は手品の延長に過ぎない。優れたラーニング能力を持つヒューマギアならば次は見破ると自信を以って言える。

 滅らは気を取り直して三人に攻撃を仕掛けようとする

 

「……うん?」

 

 ゲイツとツクヨミを見て違和感を覚えた。さっきまであったものがそこに無い。

 

「あっ。アーマーが無い!」

 

 迅も気付き、基本形態に戻っているゲイツとツクヨミを指差す。その直後、滅たちに影が掛かった。

 

「しまっ──」

「うわっ!」

 

 ゲイツたちから分離していたアーマーが滅たちに装着されていく。規格の違う装甲が無理矢理張り付くようにして付けられていき、二体の動きが鈍っていく。

 

「くっ!」

「う、動き難いよぉ!」

 

 キバーラアーマーとカブトアーマーを強制装着され、苦しむ二体。動きが阻害されるだけでなく能力も使用することも出来ないので二体にとってライダーアーマーはただの錘にしかならかなった。

 

「おまけでこれもとっておきたまえ」

『ビヨンド・ザ・タイム!』

 

 ビヨンドライバーを操作し、シノビミライドウォッチの力を極限まで引き出す。

 ウォズが両手で印を結ぶとウォズの分身たちが滅と迅の周りに出現し、二体を囲む。

 

『忍法! 時間縛りの術!』

 

 ウォズと分身たちが片手を床に着ける。すると、緑と紫の光が無数の糸として伸びていき、二体が纏わせられているアーマーの表層を根を張るように包んでいく。

 

「これは……!?」

「う、動けないっ! 何で!」

 

 先程までは動きを制限されるだけであったが、ウォズの忍法時間縛りの術によりアーマーの時間を縛られてしまい、アーマーが二体の動きを完全に封じる拘束具と化した。

 

「さて、とどめといこうか二人共」

「お前が仕切るな」

「揉めないの」

 

 フューチャリングシノビを解除し、基本形態へと戻ったウォズが二人に指示を出す。ゲイツは不満気な態度をとりながらもジクウドライバーとゲイツライドウォッチの操作をする。ツクヨミはそれを窘めながらゲイツと同じ行動をとっていた

 

『フィニッシュタァァイム!』

『フィニッシュタァァイム!』

『ビヨンド・ザ・タイム!』

 

 ゲイツ、ツクヨミ、ウォズが同時に跳躍。示し合せたかのように空中でキックの体勢に入る。

 

『タイムバースト!』

『タイムジャック!』

『タイムエクスプロージョン!』

 

 ウォッチのエネルギーが三人の右足に集まり、それぞれを象徴する色の光を放つ。

 受けたら不味いことは視認するだけで分かっている筈なのに滅と迅は防御することも回避することも不可能。頭の中で喧しい程に警告音が鳴り響くがそれを止める方法が何一つ見つからなかった。

 

『はあああああああっ!』

 

 掛け声と共に三人は降下し右足を滅たちへ同時に打ち込んだ。右足が命中すると内包されていたエネルギーが輝きを増し、三色が合わさり変化し虹のような光となる。

 

『はあっ!』

 

 更なる力で押し込むと滅と迅は蹴り飛ばされ、地面を転がっていく。その最中に変身が解除されてしまう。

 

「こいつら強いよ……!」

 

 三人の実力に迅が泣き言を言い出してしまう。

 

「くっ……!」

 

 滅もそれを理解しており、悔しそうに呻くしかない。

 

「どうしよう、滅……!」

「かくなる上は──」

 

 迅が滅を頼るが、滅の方は何か覚悟を決めた表情をしていた。その覚悟は相手と刺し違えるというもの。捨て身となって三人を道連れにしようとする。

 決断を実行に移そうとしたとき──

 

「うっ!?」

「あうっ!?」

 

 ──滅と迅は頭を抱えて苦しむ素振りをする。それを追えると周りをキョロキョロを見回す。その動作には困惑の色が見えた。

 

「……何だ? 何処だここは……?」

「うぇぇ。何この格好……」

 

 滅は自分たちが居る場所に、迅は自分たちの今の姿に驚いている。そして、ゲイツたちを見た後、滅は言った。

 

「──迅、行くぞ」

「うん! 何か訳分かんないからとっとと行こっ!」

 

 戦闘を続ける意思をすっかり無くし、すぐに離脱してしまった。

 

「もしかして、あれって……」

「恐らくはアナザーライダーが倒された影響だろうな」

 

 アナザーライダーが倒されると改変された歴史は元に戻る。滅と迅は改変前の人格に戻った様子。

 

「だが、倒されたとしても片方だろうね。両方倒されたのなら全て元に戻っている筈だ」

 

 冷静に状況を分析するウォズ。歴史改変は完全に正された訳では無く、滅たちが元に戻ったのも一時的なものである。

 

「手古摺ったが我々も……はっ!」

 

 何故か急に声を上げたウォズ。ウォズの急変にゲイツとツクヨミは驚かされる。

 

「何だ! 急に声を上げて!」

「どうかしたの? ウォズ?」

「い……」

『い?』

「祝わなければ……」

『……はぁ?』

 

 ウォズの素っ頓狂な発言にゲイツ、ツクヨミは思わず気の抜けた声を出してしまった。

 

「行かねばっ!」

 

 駆け出して何処かへ向かおうとするウォズをゲイツとツクヨミが慌てて止める。

 

「何処へ行く気だ!」

「まだ戦っている人たちが居るのよっ!」

「離してくれ! 私は行かねばならぬ! 恐らく我が魔王たちが私の祝福を求めている!」

「何を言っている!? あと、たちって何だ! ソウゴは一人だけだろうが!」

「ウォズがしたいだけでしょ!」

 

 ウォズの勘は的中しているのだが、ソウゴたちの状況を知らないゲイツたちからすればウォズの言動は意味不明である。

 

「兎に角! お前もここで俺たちと戦うぞ!」

「私たちはまだやる事があるの!」

 

 ウォズを絶対に単独行動させないという強い意志の下で拘束し続ける二人。

 

「こうなったら……仕方ない」

 

 ウォズは諦めたのか抵抗する力が弱くなる。すると──

 

「祝えっ!」

「うおっ!?」

「きゃあっ!」

 

 天まで届く程の大声量を発するウォズ。

 

「全てのライダーを従え、過去と未来、全ての時代を知ろしめす時の王者! その名も仮面ライダージオウ! 時空を越え、最高最善の魔王たちが降臨した瞬間である! 我が魔王たちへ届け! 私の祝福よぉぉぉ!」

 

 駆け付けることが出来ないのであれば、この場でソウゴを祝福するウォズ。ゲイツとツクヨミはウォズの奇行に仲間ではあるが引いてしまいそうになる。

 

「こいつ……おかしな奴なのは知っていたが遂に極まったか……」

 

 ゲイツの感想にツクヨミも否定することが出来なかった。

 そのときであった。

 

「ニンゲンハミナゴロシダ」

「ニンゲンハミナゴロシダ」

「ニンゲンハミナゴロシダ」

「ニンゲンハミナゴロシダ」

 

 無数の足音と共にトリロバイトマギアたちが集まってきたのだ。

 

「何だこいつら! 急にワラワラと湧いて!」

「……多分、さっきのウォズの声で集まって来たんだと思う」

「傍迷惑な!」

 

 ウォズに文句の一つでも言ってやろうとしたが、ウォズは二人に掴まれていた腕をスルリと抜き、別人のように落ち着いた態度で二人に話し掛ける。

 

「さあ。ゲイツ君、ツクヨミ君。まだまだ戦いはこれからだ?」

 

 すっかり暴走が落ち着き、スッキリとした様子。あの祝福の叫びである程度欲求が解消されたらしい。

 一方で腑に落ちないのはゲイツとツクヨミの方である。

 

「勝手な真似をして敵を呼び寄せた挙句に勝手にスッキリするとは……!」

「今は割り切りましょう、ゲイツ……物凄く言いたいことはあるけど」

 

 文句どころか顔に一発打ち込んでやりたい気分であったが今は我慢する。あまり認めたくないが、ウォズがトリロバイトマギアたちを引き寄せてくれたので戦っている人々らの負担も減らせられる。

 殺到してくるトリロバイトマギアたちにゲイツたちは各々の武器を構えた。

 

 

 ◇

 

 

「本当にどうなってのそれ……?」

 

 三人になったジオウにゼロワンは未だに混乱が治まっていない。能力の原理を知らなければ疑問符しか浮かばない光景だろう。仮に原理を知っていても同じ反応かもしれないが。

 

「或人」

 

 ジオウがゼロワンに掌を向ける。ジオウの背後で黄金の時計針が逆向きに回った。ゼロワンの体が黄金の光に包まれる。

 その様子を見ていたアナザーダブルライダーは怒りに震えそうになる。ジオウの目はアナザーダブルライダーに向けられていない。眼中に無いと言外に告げているように見えた。

 オーマフォームだけでなくグランドジオウ、オーマジオウが召喚されたことに驚かされたが、アナザーダブルライダーとてオーマジオウの力を素にして変身した姿。ジオウらと同じ土俵に立っている。

 冷静になれば過剰に恐れる必要も無い。

 己の力に自惚れて余所見をしているジオウに対し、アナザーダブルライダーは周囲にエネルギーの球体を大量に発生させ尚且つ口を開き、充填した力を発射しようとする。

 そのとき、ジオウがアナザーダブルライダーを横目で一瞥する。たったそれだけ。それだけのことでアナザーダブルライダーの周囲に展開されていたエネルギー球体だけでなく今まさに発射しようとしていた光線も掻き消された。

 

(何っ!?)

 

 驚きの声を出るかと思ったが出せなかった。先程まで開いていた口が気付かない内に閉ざされていたからである。

 アナザーダブルライダーの驚愕を余所にジオウはゼロワンへ話し掛けていた。

 

「これでもう大丈夫」

 

 ゼロワンを包んでいた黄金の光が消える。ゼロワンは自身に起きた変化にすぐに気付く。

 

「痛くない!」

 

 アナザーダブルライダーによって負傷させられていた右足から痛みが消えていた。

 

「体が軽い!」

 

 それだけでなく、連戦に次ぐ連戦、フォースライザーの反動などで酷使された体から疲労と痛みが全て消え元通りの体調になっている。

 何が起こったのか分からず、喜びと興奮と若干の戸惑いを覚えるゼロワン。ゼロワンの身に何が起きたのかアナザーダブルライダーは察する。そして、同時に自分が何をされたのかも。

 

(時間を戻したのか……!)

 

 その事実にアナザーダブルライダーは震える。時間を巻き戻してゼロワンの傷や疲労を一瞬で回復させ、アナザーダブルライダーの攻撃も無かったことにした。何よりも重要なのはジオウが時間を戻したのはゼロワンの為であり、アナザーダブルライダーは物のついでであるということ。アナザーダブルライダーは怒りで震えてしまう。

 アナザーダブルライダーは怒りの衝動のままジオウたちに突進しようとしていた。時間を戻す暇も与えずに轢いてしまおうと走り出す──ことが出来なかった。

 どんなに前進しようとも何故か前に進めず、後輪が地面に穴を掘る。

 何故進めないのかアナザーダブルライダーが視線を下ろす。

 

「ッ!?」

 

 アナザーダブルライダーは驚きのあまり言葉を発することが出来なかった。

 前輪の前に立つオーマジオウ。オーマジオウが片手を翳しているだけでアナザーダブルライダーの前進を止めていたのだ。

 つい先程までジオウと並んで立っていたオーマジオウ。いつの間にか移動していたのかアナザーダブルライダーには分からなかった。

 触れることなくアナザーダブルライダーを止めていたオーマジオウは、掌を突き出す。アナザーダブルライダーの巨体は突き飛ばされた。

 自分が出せる速度以上で飛んで行くアナザーダブルライダー。掌打の衝撃によって声を発することも出来ない。

 このまま何処まで飛んで行くのかと考えた矢先、飛行は唐突に終わる。

 突き飛ばしたオーマジオウがいつの間にか進路方向に立っている。しかも、アナザーダブルライダーに背を向けたままで振り返りもしない。

 オーマジオウが背後に手を伸ばす。それだけでアナザーダブルライダーの巨体は止まった。

 急停止させられたことでアナザーダブルライダーの全身は軋みを上げる。

 アナザーダブルライダーは未だに宙に浮いたまま。オーマジオウが後輪を片手で掴み、アナザーダブルライダーの巨体を持ち上げているせいである。

 何かしなければならないと分かっているが、この敵を相手にどう戦えばいいのかイメージすら湧かない。

 動けないアナザーダブルライダーをオーマジオウは真上へ放り投げる。

 

『アギト!』

『ブレイド!』

『響鬼!』

『キバ!』

『W!』

『フォーゼ!』

 

 そこへすかさず攻撃を与えるのはグランドジオウ。全身に纏う仮面ライダーのレリーフから煌めく双刃刀──シャイニングカリバー、重醒剣──キングラウザー、音叉の刃──アームドセイバー、王の剣──ザンバットソード、結晶剣──プリズムソード、超銀河剣──バリズンソードが射出された。

 銀、金、紅、虹、白の光がアナザーダブルライダーを貫く。

 光線のように射られた武器はアナザーダブルライダーを射抜いて背面へ突き抜けていった。

 すると、光の先に現れる黄金の扉。それが開くと中から出現する仮面ライダーたち。彼らはグランドジオウが射った武器の所持者でもあった。

 仮面ライダーアギトシャイニングフォーム、仮面ライダーブレイドキングフォーム、仮面ライダー装甲響鬼、仮面ライダーキバエンペラーフォーム、仮面ライダーWサイクロンジョーカーエクストリーム、仮面ライダーフォーゼコズミックステイツ。各々が武器を掴み取り、アナザーダブルライダーへと斬りかかる。

 折り返すように付けられた強烈な斬撃。畳み掛ける攻撃にアナザーダブルライダーは声を出す暇すら無い。

 必殺に等しい斬撃を与えた仮面ライダーたち。その前に黄金の扉が現れ、中へ飛び込んでいく。そして、入れ替わるように新たな仮面ライダーたちが召喚された。

 

『ファイズ!』

『カブト!』

『オーズ!』

『ドライブ!』

『鎧武!』

『ゴースト!』

 

 仮面ライダーファイズブラスターフォーム、仮面ライダーカブトハイパーフォーム、仮面ライダーオーズプトティラコンボ、仮面ライダードライブタイプトライドロン、仮面ライダー鎧武極アームズ、仮面ライダーゴーストムゲン魂が武器を構えながら登場する。

 強烈な斬撃の後に待ち構えるのは苛烈な砲撃。仮面ライダーたちの一斉砲撃がアナザーダブルライダーへ放たれた。

 鮮烈な光線の奔流がアナザーダブルライダーを呑み込み、空高く打ち上げていく。普通なら形も残らないだろうが、幸か不幸かアナザーライダーの性質がまだアナザーダブルライダーを生かしていた。

 凄まじい力で圧倒されたが、まだアナザーダブルライダーは倒されていない。

 

(このままでは終わらない──!?)

 

 執念を燃やすアナザーダブルライダーであったが、上空にて待ち構えている影を見て、絶句した。

 それは仮面ライダーエグゼイドムテキゲーマーに似ていた。しかし、金ではなく黒と紫を主としており、エグゼイドの宿敵であるライダーと酷似していた。

 それは仮面ライダーWファングジョーカーに似ていた。しかし、半身が黒ではなく鋼の銀色に置き換わっていた。

 それは仮面ライダーオーズタジャドルコンボに似ていた。しかし、頭部に鮮やかな色が追加されており、変身者の相棒を彷彿とさせる姿をしていた。

 その三人のライダーをアナザーダブルライダーは知らない。彼らは終わらないライダーの戦い、物語の中で新たに生み出された存在。狭い見識しか持たないアナザーダブルライダーにとっては、想像もつかない存在であった。

 

『ポーズ!』

 

 そこから先のことをアナザーダブルライダーは認識出来なかった。

 四方八方から襲い掛かる連続の蹴り。真紅に燃え盛る猛禽の爪撃。弾丸のように錐揉みしながら突撃してくる鋼の刃。それらが一斉にアナザーダブルライダーにダメージを与えるが、停止した時の中では分かる筈も無い。

 

『リスタート!』

 

 気付いたときには身に覚えのないダメージがアナザーダブルライダーの全身を襲い、空から地面へと叩き付けられる。

 呻きながら起き上がるアナザーダブルライダー。そして、気付いた。そこは最初にアナザーダブルライダーが立っていた場所。前方にはジオウとゼロワンが構えている。

 同じオーマジオウの力を持っている筈なのにここまで差が出ることがアナザーダブルライダーは信じられなかった。何故、こんなに差があるのかも分からなかった。

 怒りと屈辱と悔しさのあまりアナザーダブルライダーは咆哮を上げようとする。だが、開かれた口はアナザーダブルライダーの意志とは無関係に閉じさせられる。

 視線の先でオーマジオウが立てた人差し指を口の前に当て、黙れという無言の圧を飛ばしている。

 ジオウという王の前では戦うことも指一本動かすことも喋ることも許されない。突き付けられた現実にアナザーダブルライダーは絶望した。

 

「全部終わらせて、俺たちは前に進む!」

「そして、新時代を切り拓く!」

 

 先に動いたのはゼロワン。いつの間にかアナザーダブルライダーの側面へ移動しており、アナザーダブルライダーが反応するよりも先に蹴り飛ばす。ゼロワンはジオウに回復されたことで今まで以上に動きにキレがあった。

 

「ジオウ!」

 

 アナザーダブルライダーが蹴り飛ばされた先にはジオウが瞬間移動をして待ち構えていた。飛んで来る巨体に対し、ジオウは拳を握り締め、タイミングを合わせて叩き込む。

 黄金の光が閃光のように発せられて巨体が殴り飛ばされた。

 

「ゼロワン!」

 

 殴り飛ばされた先にはゼロワンが既におり、アナザーダブルライダーを蹴り飛ばす。その先にはジオウ。ゼロワンとジオウのラリーのような攻撃にアナザーダブルライダーは為す術も無い。

 二人の動きは音よりも速く、攻撃は重い。アナザーダブルライダーに一切の反撃を許してくれない。

 打ち合いが数度続いた後、離れていたジオウとゼロワンは並んで立ち、飛ばされてきたアナザーダブルライダーを上空目掛けて突き上げた。

 アナザーダブルライダーの巨体が再び打ち上げられていく。その最中に二つの光がアナザーダブルライダーを追い越して高く、もっと高く空へと上がる。

 二人がアナザーダブルライダーを見下ろす高さまで来たとき、最後の一撃が放たれる。

 

『キングフィニッシュタァァイム!』

『DOUBLE―ONE DESTRACTION!』

 

 空中に出現する黄金の時計盤。その中心で攻撃の体勢へ移る二人の仮面ライダー。

 ジオウの右足からは金とマゼンタの輝きが放たれ、ゼロワンの両足からは黄と青緑が混ざった光が発せられる。

 光と共に急降下する仮面ライダーたち。アナザーダブルライダーは辛うじて保っていた意識で何とか反撃を試みようとする。

 そのとき、アナザーダブルライダーは見た。

 迫ってくるジオウとゼロワン。その背後に見える無数の幻影。異なる姿をしたジオウとゼロワンたち。

 幻影らは無言で伝えて来る。どんな策を巡らせようが、どんなに攻めてこようが、必ずお前を倒す、と。

 

『お、ああああああああああっ!?』

 

 悪の仮面ライダーとして正しい姿、歴史を為そうとした者が、自由と平和の為に戦う仮面ライダーたちの光に焼かれ絶叫を上げた。

 そこに訪れる終幕の一撃。

 

 

 

 

 

 

 インパクト!

 キングタイムブレーク!

 

 

 

 

 

 




長い戦いもこれで終わりとなりました。
最後は戦力用意し過ぎて一方的な戦いになりましたが。


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そして、いつかの人間とヒューマギア

これで完結となります。


 二人の仮面ライダーによってアナザーダブルライダーは倒され、内蔵していたアナザーウォッチも完全に破壊された。これによりアナザーバルカン、アナザーダブルライダーという歴史を歪めていた力は取り払われた。

 アナザーダブルライダーが爆散すると同時に世界全土が光に包まれていく。ヒューマギアが反乱を起こし、人間を支配したという歴史が消滅しているのだ。

 それは宇宙であっても例外ではない。

衛星アークが泡のように消えていく。本来ならば打ち上げられなかったアークが歴史通り宇宙から消え去り、あるべき場所へ戻っていったのだ。

 その様子を衛星ゼアから眺めていた其雄、亡、雷。

 

「よっしゃあ! ざまぁみやがれ!」

 

 雷はアークが消滅したのを見てガッツポーズをとる。

 

「全てが終わったな、其雄」

「──いや、まだ全てではない」

「何? どういう──」

 

 亡はそこまで言い掛けて気付いた。ゼアの中にある意識データと化した自分が消え始めていることを。アークが消えて喜んでいた雷も自分の身に起こっていることに気付く。しかし、其雄だけはその現象が起こっていない。

 

「そうか……」

「……ちっ。こういう結末かよ」

 

 亡と雷はすぐに理解してしまった。歴史が正されたということは、亡も雷はここに居るべきではないということ──其雄とは違い。

 

「こんなんでお別れかよ」

「言うな、雷。……こうやって私たちが出会い、共に戦ってきたのは歪まれた歴史が生み出したささやかな奇跡のようなものなんだ」

 

 本来ならば交わることもなかった三人。それが運命の悪戯で互いに守り合う戦友となった。間違った歴史は消える。だが、間違った歴史の中でもこの三人の積み重ねてきた十二年が間違っていると誰が否定出来るというのか。

 

「其雄。君と共に生きた十二年間はかけがえのないものだった。それだけは胸を張って言える」

「……まぁ。悪いもんじゃなかったぜ」

 

 亡は思いを素直に吐き、雷は素直になれず濁した言い方をした。

 

「──ああ。俺にとっても大切な思い出だ。……ありがとう」

 

 礼を言う其雄を見て亡と雷は目を見開いた。いつもの無表情からは想像も付かない笑顔。まるで人間のようにプログラムされたものとは違う自然な笑顔であった。

 

「……何だよ、笑えるじゃねぇか」

「其雄……私もいつか」

 

 或人から得た其雄の笑顔に、雷は呆れと羨望は抱いた。亡は憧憬とヒューマギアの未来を感じた。

 そして、二人はゼアから消え、正しい歴史の流れへと戻っていく。

 一人ゼアへと残る其雄。戦友との別れに何も思わない筈が無い。しかし、それでも笑顔を絶やさなかった。

 

「──忘れない。お前たちと共に生きた日々を」

 

 噛み締めるように呟く、其雄はゼアのデータの中へと消えていくのであった。

 

 

 

 

 夕暮れの高台。ソウゴと或人は並んで街を見下ろしていた。遠くに見える四方を壁で囲まれた水没した廃墟。衛星アークが落下したことで生まれたデイブレイクタウン。それは歴史通りアークが打ち上げられなかった証明である。

 或人は手の中にある二つの物を見ていた。片方はP・Tドライバー、もう片方はロッキングホッパーゼツメライズキー。或人の手の中でロッキングホッパーゼツメライズキーが光の粒子となって消滅し、P・Tドライバーも奪われていたゼロワンドライバーへ戻る。どちらも歪められた歴史の中で存在した物。歴史が正されれば消滅する宿命にある。

 ロッキングホッパーゼツメライズキーだった光の粒子が風の中へ消えていくのを或人はずっと見つめていた。寂しいという気持ちが無いと言えば嘘になるが、それよりも大事な思いや夢は父から受け継いでいる。

 

「これで歴史は元通りになる」

 

 後ろから声を掛けて来たのはウォズ。傍にはゲイツとツクヨミも居た。

 

「ゲイツ、ツクヨミ、ウォズ」

 

 大丈夫と思っていたが、それでも無事な姿を確認でき、ソウゴは嬉しそうに笑った。

 

「それにより我々の世界への影響も消えた筈だ」

「それなんだけど……」

 

 ソウゴが若干不安そうに訊く。

 

「あれが見えるってことは、俺たちの世界ってことじゃないよね……?」

 

 ソウゴが指差すのはデイブレイクタウン。つまりここはゼロワンの世界であることを意味する。

 

「確かに……」

「どうなっているんだ? ウォズ?」

「どうやら、二つに重ねられていた世界が元に戻ったとき、我々はこちら側に残されたみたいだ」

 

 深刻な様子もなくサラッと言うウォズにゲイツとツクヨミが文句を言いそうになるが、それよりも早くソウゴが話し出す。

 

「ウォズがそういう風ってことはちゃんと戻れる手段はあるってことだね」

「流石は我が魔王。私を良く理解している」

 

 ソウゴとウォズのやりとりにゲイツとツクヨミは振り上げた拳の持って行き場を失い、二人の会話を黙って聞く。

 

「大丈夫さ。我が魔王がグランドジオウの力を取り戻した時点で私たちは元の世界に帰還出来る」

 

 ウォズが言うにグランドジオウでディケイドの力を使用すれば、世界と世界を渡れる銀のオーロラを出現させ、それで帰れるとのこと。

 

「なら一安心だ」

「ああ。そして、この世界の人々の記憶も消えるだろう……衛星ゼアと繋がっている君とイズ君を除いてね」

 

 あれだけの大異変が起きてもそれを知るのはたった二人。記憶にも記録にも残らない。だが、或人は気にしない。苦しいことは多々あったが、それでももう一度父と語り合えたことが或人にとって嬉しかった。

 

「ありがとう。皆のおかげだ」

「これでお別れね」

「俺たちも俺たちの世界に帰られなければならないからな」

 

 礼を言う或人にゲイツとツクヨミは労うように微笑を向けた。

 

「うん。どの時代に居ても、どの世界に居ても俺たちは仮面ライダーだ!」

 

 ソウゴは遠く離れようとしている同じ力を持つ戦友たちに笑顔と共に激励を送る。

 このまま笑顔でお別れ──

 

「……それでいいのかなぁ?」

 

 ──となるはずであったが、ソウゴが疑問の声を上げた。

 

「どうしたの? ソウゴ?」

「いや、俺たちと出会った記憶があるのって、なんかいけない気がするんだよね……」

 

 根拠がある訳では無いソウゴの直感。しかし、ソウゴの直感はどんなときも最適を導き出す。

 

「それじゃあ、元通りって言えないでしょ?」

 

 あくまでタイムジャッカーは介入する前の状態まで戻すのが元通りだと主張するソウゴ。

 

「それじゃあ、どうするんだい? 我が魔王?」

 

 薄々答えが分かっていつつもウォズが訊ねる。

 

「或人の記憶を消す……その為には」

 

 ソウゴはそう言ってジクウドライバーを構える。

急な展開に呆気に取られている或人の前でソウゴは変身する。

 

『ジオウ!』

「変身」

『ライダーターイム!』

 

 ソウゴの体は力と光に包まれ、ジオウへと変わる。

 

『仮面ライダージオウ!』

 

 変身したジオウを見て、ゲイツとツクヨミはジオウが実力行使しようとしているのが分かった。

 

「ソウゴ……」

「ソウゴ!」

 

 流石に咎める声を掛ける二人。

 

「流石魔王だねー!」

 

 或人は記憶を消そうとしてくるジオウに臆することはせず、ゼロワンドライバーを構えていた。

 

「でも──」

「常磐ソウゴォォォォォォォォ!」

「うおっ!? 何っ!?」

 

 地獄の底から響いてきたような怒声。全員が声の方を向くと悪鬼の如き表情でこちらへ向かって来る青年がいた。

 

「やっと見つけたぞ……!」

「ひ、飛流……?」

 

 凄まじい殺気と怒気を撒き散らす加古川飛流に、ジオウも驚いてしまう。

 

「よくも俺を利用してくれたなぁ……!」

 

 飛流はヒューマギアの大群を蹴散らした後、意気揚々と避難所へと向かったが、辿り着いたその場所で知ったのはソウゴたちの不在であった。飛流はこのときになってソウゴにまんまとはめられ、人間をヒューマギアから守る為の防波堤にされたことに気が付いた。

 血が沸騰しそうな怒りを抱えてソウゴがいる飛電インテリジェンスへ突撃しようとしたが着く前に戦いが終わり、歴史が正されたせいで街並みも変わってソウゴを探す為に彷徨う羽目となった。

 今の飛流は怒りを通り越して、不気味な笑みすら浮かべている。

 飛流はジオウと対峙している或人の存在に気付く。

 

「誰だお前?」

「え? 俺は飛電或人」

「お前の名前なんてどうでもいい」

「えぇ……誰だって言ったのに……」

 

 出会って早々にバッサリと切り捨てられ、或人も困惑してしまう。

 

「──いや、待て」

 

 飛流の目が或人のゼロワンドライバーを映す。

 

「お前……仮面ライダーか?」

「……うん。仮面ライダーゼロワン」

「何でこいつと戦おうとしていた?」

「ええと……ソウゴが俺の記憶を消そうと……」

 

 そこまで聞くと飛流はニヤリと笑みを深くする。良いことを聞いた、良いことを思い付いたと言わんばかりの表情であった。

 飛流は笑ったまま移動し、何故か或人の隣に立つ。

 

「手を貸してやる」

「うえぇっ!?」

「ちょっ! 飛流! それだと──」

「黙れっ! 何から何までお前の都合が良いように事が運ぶと思うなっ! 俺が徹底的に邪魔をしてやる……!」

 

 完全に私怨で或人の味方をする飛流。思ってもみなかった展開にジオウは唖然とし、仲間の方を見る。

 

「自分で蒔いた種だ。自分でどうにかしろ」

「頑張って……」

 

 ゲイツは腕を組み、手伝う気は無し。ツクヨミも同情の眼差しを送るがゲイツと同様に戦う気が無かった。

 

「我が魔王。これもまた君が真の王へ至る為の試練。頑張ってくれ」

 

 ウォズも完全に観戦状態へ入っている。ウォズの信頼は今のジオウにとっては重い。

 

「何か変な展開になっちゃってけど、俺もソウゴの思った通りにやらせるつもりは無い」

 

 或人はゼロワンドライバーを構え、ライジングホッパープログライズキーを起動。

 

『JUMP!』

「俺はゼロワン。俺の時代の1号。始まりのライダーだ!」

 

 或人が変身の構えに入るのを見て、飛流は鼻を鳴らす。

 

「──ふん。偶には合わせてやるか」

 

 飛流が腹部の上で右手をスライドさせる。紫の光の後にジクウドライバーが出現する。ただし、本物とは違い色は黒く、スロット部分左側にしかない。

 

『ゲイツマジェスティ……』

 

 左手に握っているアナザーウォッチを起動させる。

 

『変身!』

 

 或人はプログライズキーを、飛流はアナザーウォッチをドライバーへセット。

 

『飛び上がライズ! RISING HOPPER!』

『A jump to the sky turns to a rider kick』

 

 仮面ライダーゼロワンとアナザーゲイツマジェスティがジオウの前に立つ。

 

「……どうしよう」

 

 柄にも無く弱音を吐いてしまったジオウに、跳躍したゼロワンが空から、残像を生じさせる程の速度でアナザーゲイツマジェスティが地上から同時に攻めて来るのであった。

 

 

 

 

 クジゴジ堂の扉が開く音が聞こえ、ソウゴの大叔父である常磐順一郎は出迎えに行く。

 

「いらっしゃ──ソウゴ君!?」

 

 ゲイツとツクヨミに肩を貸してもらい、ほぼ引き摺られている状態のソウゴを見て順一郎は悲鳴のような声を上げてしまう。

 

「ど、どうしたの!? ヘロヘロのボロボロじゃない!」

「お、叔父さん……」

「今すぐ救急箱を──」

「そ、それよりも……お、お腹が空いた……」

「そうなの!? じゃ、じゃあ、今すぐ何か作るね!」

 

 順一郎は急いでキッチンの方へ行く。

 ゲイツとツクヨミは近くにあったテーブルにソウゴを座らせた。真っ直ぐ座っていることも出来ず、ソウゴはテーブルに突っ伏す。

 まだ意識はあるが、疲れ切っていた。

 

「──しかし、加古川飛流はまた強くなっていたな。アナザーV3だったか? 空から竜巻で攻撃してきたときはソウゴも終わったかと思ったぞ」

「確かに凄かったわ……腕をドリルやマシンガンに次々と変えて攻撃してきたアナザーライダーマンとの連携も凄まじかったし」

「アナザーXも強敵だったね。地面を海のように泳いで攻めて来たときは私も冷や汗をかいたよ。そして、アナザーアマゾン、まさか野生の勘でカブトのクロックアップを破るとは思わなかった」

「ああ。何とか凌いだと思ったら次はアナザーストロンガーだ。電気攻撃は強力だったが、周囲一帯に雨のように雷を降らすとは恐ろしい。流石にあのときはソウゴが負けるかと思った」

「私は勝つと思っていたがね。我が魔王がアナザースカイライダーによって成層圏まで運ばれたときでさえ」

「ふん。そんなことを言っているが、アナザースーパー1が周囲の空間を宇宙空間に変えたときに助けようとしていたのは知っているぞ?」

「そういう君だって姿を隠していたアナザーZXが我が魔王に爆弾を設置したときは手助けしようとしていたじゃないか?」

「思い出させないでー……」

 

 語れることの無い激戦について仲間たちがワイワイと騒ぐのを聞きながら、ソウゴは精魂尽きた様子でか細い抗議の声を上げていた。

 

 

 

 

 A.I.M.S本社にて不破と刃はそれぞれ別々のテーブルに座り、朝食を取っている。

 

「……刃」

「何だ?」

「今日、変な夢を見た」

「珍しいな。お前からそんな話題が出て来るとは」

「妙に長ったらしくてリアリティがある夢だったからな……」

 

 内容を思い出してか不破は顔を顰める。

 

「俺がヒューマギアと……いや、止めだ。言ってもしょうもない」

「自分から振っておいてそれか」

「文字通りの夢物語だからいいんだよ」

 

 そのとき、刃の電話に連絡が入って来る。内容はヒューマギアがまた暴走したというもの。

 

「行くぞ、不破!」

「ああ。ヒューマギアは俺が全部ぶっ潰す!」

 

 

 

 

「それで、イズ? 今日の業務はここの視察なの?」

「はい。この工場ではヒューマギアに必要なパーツを作っており、我が社のヒューマギアも秘書として務めております」

 

 年季の入った工場であり、中から機械が金属を加工する音が聞こえてくる。

 

「いやー! 本日はお越しいただきありがとうございます!」

 

 恰幅の良い作業着姿の初老の男性。この工場の工場長が或人たちを出迎えてくれる。

 

「ささ! どうぞ!」

 

 事務所の方へ案内され、ソファーと座ると丁度良いタイミングでお茶を置かれた。

 

「どうぞ」

「ああ、ありがと──」

 

 礼を言おうとして止まった。お茶を置いてくれたのは作業着姿のヒューマギア。しかも、新型ではなく旧式のヒューマギアであった。

 

「おい、ウィル。お茶汲みなら私がやるって」

「私が好きでやったことなので」

「ウィル……?」

「はい。それが私の名前です。或人社長」

「彼は先代の是之助社長の秘書を務めていたヒューマギアです」

「爺ちゃんの!?」

 

 祖父の元秘書と知り、或人は驚く。

 

「何で爺ちゃんの秘書だったヒューマギアがここに?」

「私が希望したのです」

「自分で?」

「はい。あれは──」

 

 ウィルは是之助との最後のやり取りを語る。

 

 

 

 

 ベッドの上で是之助はそのときが来るのを待っていた。傍らには彼に長年尽してきた秘書であるウィルが立っている。

 

「ウィル……」

「はい。是之助社長」

「以前……君は私に訊いてきたね……」

「はい?」

「『ヒューマギアの労働についての対価はどの様にお考えでしょうか?』と」

「あれは……一種のバグです。お気になさらないでください」

「いや……あれから私はずっと考えてきた……私は君たちに何を与えられるのかを……ふふふ、恥ずかしい話だが、思い付かなかった……私は君と違って勉強不足だ……」

「そのお気遣いだけで十分です。是之助社長」

「だからこそ……君に訊きたいんだ」

「何でしょうか?」

「君は……ヒューマギアは、人間に何を望む……?」

「私は……」

 

 

 

 

「私は是之助社長の問いに答えられませんでした。是之助社長は勉強熱心と言ってくれましたが、私にはどんなものを望んでいるのか具体的な考えが無かった。結局、答えられないまま是之助社長は……」

「ウィル……」

「だから、私はもっと人間と接して人間を学ぼうと思いました。人間と一緒に働き、学ぶことで私にとって、ヒューマギアにとって望むものが分かるかもしれないと」

 

 ウィルの考えに或人は感心した様子になる。

 

「勉強熱心だなぁ! ウィルは! ……ところでさ」

「何でしょうか?」

「何か俺、ウィルと何処かであったような気がするんだけど……」

「はい。私と或人社長は初対面ではありません」

「へ? 何処であったの?」

「或人社長は忘れているかもしれませんが、其雄と一緒に居たときに挨拶をしています!」

「えっ! 父さんのことを知ってんの!?」

「其雄と私は同じ職場で働いていた時期があるので」

「マジで!?」

 

 父の仕事仲間だったと知り、或人の興味は強くなる。

 

「俺、ウィルから父さんの話を聞きたい!」

「私も是非話したいのですが……」

 

 ウィルは横目で工場長の方を見る。

 

「ウィル。お前は働き過ぎなんだよ。偶にはのんびりとしてろ。或人社長と積もる話もあるだろうしな」

「ありがとうございます」

 

 工場長の許可を貰い、或人とウィルは早速話を始める。

 

「働いているときの父さんってどんなだった?」

「はい。其雄は──」

「へぇ! そうなんだ! 俺と居るときは──」

「それは知りませんでした」

 

 其雄との思い出に花を咲かせる或人とウィル。イズはその様子を微笑ましそうに眺めている。

 ウィルは気付いているだろうか。楽しそうに笑う或人と一緒に自分もまた自然と笑顔になっていることに。

 人間とヒューマギア。その理想と呼べる関係がこの場にはあった。イズはいつの日か全ての人間と全てのヒューマギアがこの様に笑い合えることを望みながら、その光景をしっかりと記録する。

 




令和ザ・ファースト・ジェネレーション編がようやく終わりました。
ちょっと書きたい話が増えてきたので、ゲイツマジェスティ編は間を置いてからとなります。


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