肉盾って、最高だよね! (nrnr)
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肉盾って……いいよね
控えめに言ってド変態な主人公が見たかった。反省も後悔もしている。
一発ネタです。
その時足を止めたのはただの偶然で、そして運命だったのだと、後に少年は語った。
「……んン?」
少年が通う雷門中の廊下。話し声であふれているのはいつものことだが、その日は少し様子が違った。
「来たれ、サッカー部員!」
張り上げるような声。声量からして運動部のそれだと判断して、なんとなく、そう、なんとなくその声がした方をのぞき込めば、そこでは一人の男子生徒が手作りのプラカードらしきものを掲げて道行く生徒に声をかけ続けていた。
奇妙なクセのある茶髪にオレンジ色のバンダナ、活発そうな笑顔。中々に特徴的なその外見の男子生徒を、たしか少年は知っていたはずだ。
話したことはない。クラスも違うし、あちらは自分のことなんて知らないかもしれない。少年が男子生徒に見覚えがあったのは、彼が雷門中においてはそこそこの有名人だったからだ。
円堂守。雷門中サッカー部を立ち上げた、現部長兼キャプテン。
ただ部長というだけなら有名人というほどにはならない。彼がちょっとした有名人扱いされているのは、彼の行動によるものだ。
雷門中サッカー部ははっきり言って弱小だ。そもそも11人必要なスポーツであるにも関わらず部員はその人数に達していないし、練習だってまともにできていないはず。噂では、部員のほとんどがやる気を見せず、ただだべるだけの形骸化した部活だなんて話もあった。
やる気もなければメンバーも少ない、そこにあるだけのサッカー部。そんな部活の部長が、たった一人で……あるいはマネージャーも含めて二人でサッカーをやるためにあれこれ駆け回っているとなれば、話題に上るのも当然だった。同情であったり、あるいは馬鹿にしたものであったりと意図は様々だったが、自然と雷門中で彼のことを知らない人間の方が少なくなり、サッカー部とは縁のなかった少年の耳にまで入ることになったのである。
とはいえ、それだけならさほど少年の興味を引くことはない。
今更こんな中途半端な時期に部員を募集したところでどうにもならないだろうし羞恥プレイか何かかな、と少しだけ関わりがないことを
『帝国学園来たる サッカー部員大募集!』
……帝国学園とな?
帝国学園と言えば、40年間フットボール・フロンティアなる中学サッカー全国大会で無敗の超強豪校だったはずだ。それ以外のジャンルでも圧倒的な知名度を誇る名門校なこともあり、少年でもそれくらいのことは知っていた。
全国トップ、全国トップである。人数が揃ったとしても、まず雷門中サッカー部に勝ち目なんてないだろう。あの円堂守という男子生徒はそれを知っているのかいないのか。勝ち目が無くても戦おうとしているのか、それとも馬鹿みたいに勝てると信じているのか……いや違う、そうじゃない。そんな強豪校とサッカーをするということは、ボールを蹴られるということは、つまり、つまり──!
「あァすみません詳しく話聞いてもいいですか帝国学園と試合するんですよねちょっとサッカー部入りたいんですが」
「……へ、お、おう!?」
ここまでノンブレス。しかもスライディングもかくやのスピードで円堂の目の前に現れてのマシンガントーク。こればかりは円堂も面食らうしかなかった。
しかし、円堂はサッカー馬鹿である。サッカー部に入りたいという言葉を認識すれば、そんな不審な様子なんて一気に頭から吹き飛ぶタイプ。目の前に現れた少年のことなんて知らないが、サッカーをやりたいなら良いヤツだという認識をした。してしまった。
「入ってくれるのか!?」
「まァ帰宅部なので。戦力になるかは微妙でしょうけど、ルールとか基礎的なことはわかるし運動神経もそこそこだから数合わせくらいにはなりますよ」
「数合わせなんて言うなよ、これから練習すれば絶対強くなれるって! 俺、円堂守! ありがとな、一緒に頑張ろうぜ!」
そう言って円堂握手のために差し出した手を、少年ががっちりと掴む。
「僕は
かくして少年──夢威はサッカー部に入ることとなったのである。
「ってことで、今日からサッカー部に入ることになった江藤だ!」
「江藤夢威です。初心者なので足引っ張るかもですけど、僕なりに全力を尽くしますので」
「これで9人……あともう少しだな!」
「よろしくな、江藤!」
夢威はおや、と少し眉を動かす。正直ここまで歓迎されるとは思っていなかったため、ちょっと拍子抜けだった。
前評判と異なり、雷門中サッカー部は熱意にあふれていた。自分の他にも風丸一郎太という助っ人を加えた彼らは、きっと圧倒的実力差であろう帝国にも果敢に挑もうとしている。その日から参加した特訓は、その熱意が本物だと判断せざるを得ないほどにハードなものだった。
学校のグラウンドは借りられないからと鉄塔広場を使い、重いタイヤをいくつも使って体をいじめ抜き、ひたすらに身体能力の底上げをする。夢威は初心者ということもあって念の為にルールの確認やボールを使う時間が多めに確保されていたが、それでもかなりハードに感じるのだ、元からいた彼らにとってはどれだけ厳しいトレーニングなのだろうか。
「……いやァ、いいですねェこういうの。ちょっと羨ましい」
「え?」
「ああいや何でも。早くあそこに混ざれるようにしないとなァと思いまして」
「心配しなくても、江藤くんならすぐにみんなと同じ練習ができるようになると思う。ルールもちゃんと理解してるみたいだし、ボールの使い方もだんだん上手くなってきてるよ」
そうじゃないんだけどなァ。わざわざ自分のために時間を割いてくれている木野のフォローを無下にするのも何なので流石に口には出さなかったが、夢威は思わず苦笑した。
サッカー部に入部して一日と少し。部員のあまりの熱意に夢威は場違いなような気と、それ故の申し訳なさと、そこから生まれる感情から色々な笑顔を浮かべてばかりだった。
別に自分に熱意がないとは言わないが、いかんせん周りの熱意がすごすぎる。サッカー部に入った動機が不純な自覚がある身としては、ちょっとギャップを感じずにはいられなかったのだ。
夢威がサッカー部に入ったのは自分の欲望のためだ。勿論やるからには本気で挑むしそうでなければ意味がないが、動機の不純さを知れば流石に非難は免れない気がする。反射的にサッカー部に入部してしまったが、これは帝国学園との試合が終わったら退部した方が他の部員のためかもしれないな、くらいのことは考えざるを得なかった。
……試合が始まる前からこんなことを考えているなんて知られたらそれこそ怒られるかもしれないが、まあそれはそれ。夢威なりの誠意というかなんというか、真面目にやっている人間相手に自分の欲望を押し付けるほどのクズではないという意思表示なので許してもらいたい。嘘、許さなくても全然オッケーである。
そこまで結論を導き出すと、夢威は自分で自分の頬を叩き、意識を切り替える。やっぱり痛いだけでつまらなかったが、それ故に切り替えはスムーズだった。
元々授業でサッカーに触れる機会があったから、ボールを動かすのはそこまで苦ではない。器用さの発露とでも言うべきか、既に考え事をしながらドリブルをするくらいのことはできるようになっていた夢威は、試合での動きを考えてみる。
夢威が配置される予定のポジションはDF。これは無威自身の「盾になるのが性に合ってるので」という言葉によるものだ。本当はGKが一番良かったが、キャプテンこと円堂がそのポジションである以上はどうしようもない。そもそもGKにボールが辿り着く前に夢威が立ち塞がればいいだけ、そこまでこだわりもなかった。
となれば、後はどれだけ防げるか。帝国のシュートというのがどれだけ強烈なのか、今までサッカーとは縁遠かった夢威には想像すらつかない。タイヤでひたすらにダメージへの耐性をつけて……つけて……つまりタイヤでの攻撃を受けまくって……部員からのシュートも受けてみて。
「江藤くん?」
「……何でもないですよォ」
とにかく、ひたすらに重たい攻撃を受け続ければ多少は防げるようになるだろう。ドリブルなんかは経験者の方が上手いだろうし、パスを中心とした立ち回りをしておけば足手まといになることもそうはないはずだ。
あくまで夢威は初心者、いくら特訓したところで帝国の選手には敵わない。となれば、後はどれだけ盾になれるかだ。GKである円堂の負担を少しでも軽減するために、何度でも肉盾になれるだけの耐久力をつけることこそが最優先だろう。帝国のシュートを何発も受けて、受けて、受けまくれば、その打開策だって思いつくかもしれない。ああ、そう、何度だって受けて────
────帝国学園の、中学サッカー界最強のシュート。
想像するだけでゾクゾクする。人前だから堪えたが、きっと家だったら自分の体を歓喜と期待に震わせていただろう。
……言い忘れていたが、江藤夢威という少年はとんでもないドMである。
つまりはそういうことだった。
江藤夢威、略したらM。
風丸の一日後に入部したのでまだマックスと影野と目金がいなかった模様。
羞恥プレイしてみたかったし部員に不快げな視線をぶつけられてみたかったしきつい練習が好きだし自分で自分を痛め付けてもつまらないし帝国のシュート受けたい。
ちゃんとやる気はある。
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