同級生の朝比奈さん (高菜チャハーン)
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1話 同級生の朝比奈さん

私のクラスには優等生がいる。

才色兼備、文武両道、佳人薄命、八方美人。褒め称えるには余りに足りない、私の語彙力の無さを恨むところだ。…ニュアンスが怪しいのがあるって?私は褒め言葉として認識しているけど。まぁ、実際に伝えることはないので安心してほしい。

 

そんな優等生。朝比奈まふゆさんというんだが……明るくユーモアがあり誰からも頼られクラスでは学級委員を務めあげ部活動では好成績を残し身体能力も高くテストでは満点嫉妬すら馬鹿馬鹿しい美貌…と、ギャグ漫画かよと言いたくなるほどのハイスペック超人な訳だが。ギャグ漫画にしては愛されポイントでもある欠点も見当たらず、少年漫画のヒロインにしては浮いた話の一つも聞かない。

 

例えるなら、ボクの考えたさいきょー人間だろう。

同級生に勉強を教えて欲しいと言われれば何度でも応じ、返事のしにくいキラーパスを飛ばされても柔軟にいなし、後輩に気を配り、先輩に期待され、先生から頼りにされる。

 

誰かに文面で紹介しようものなら「それ何のアニメのキャラ?」と返されるだろう。それほどに信じがたいのだけど。

 

実際に目の当たりにすると尊敬するしかないって言うか……正直な感想を述べるなら「おいおい、マジかよコイツ」といった具合だ。

 

朝比奈まふゆは優等生であり続けた。私が宮益坂女子学園に入学してしばらくしない内に[朝比奈まふゆ]の名前は優等生として有名になり、私の耳にも入ってきた。

 

一年の頃は当人とは別のクラスだったし、私の交友関係だってそこそこ狭かったにも関わらずだ。朝比奈まふゆ=優等生というのは今現在、2年Bクラスになっても続いている。一切のミス無く、疑問すら持たせないほどに。

 

そんな優等生。朝比奈さんが私の後ろの席になったのは2年に上がってすぐのコトだ。出席番号的に朝比奈さんが2番。私が1番。どうせなら後ろから朝比奈さんを観察……茅の外から眺めて楽しみたかった。

 

べ、別にあら探しをしようとかそういうのではなく。ちょっとしたポンコツがあったときにどういう反応をするのか見たいって言うか。美人の慌てる様は万病に効く的な……んっん!いや、まぁ、身勝手な話ではあるけど、失敗する朝比奈さんを見て安心したい。というところはある。

 

失敗、と言うと聞こえが悪いかもしれないが。親近感を生じさせるような、ありふれたうっかりは人間味を持たせてくれる。

 

現状、頼られてばかりいる朝比奈さんが、クラスで特定の人物と談笑する。といった光景は見てとれない。もちろん、部活動や私生活ではそんなことはないだろうと思いはするけど。

要は、[優等生の、私達とは異なる、朝比奈さん]ではなく[優等生の、朝比奈ちゃん]くらいの朝比奈まふゆを見て楽しむことが私の願望だ。いや、なんだったら優等生を止めた朝比奈さんも見てみたい。

 

ごく稀に覗かせるハイライトオフとか、周囲に誰も居ないと思ってるときたまに口元がユルんでるとか。いや、違うぞ。決して、朝比奈まふゆに誓って私はストーカーじゃない。

 

ただ昔から、影が薄かったり、足音を消すのが癖になってたり、幻のシックスマンみたくなってるところにバッタリ遭遇しちゃっただけで。

 

 

それ以降、朝比奈さんに警戒されてるのかたまに視線を感じる。朝比奈まふゆ同担歓迎BE絶許過激派壁になりたい勢の私としては誠に遺憾だ。

 




朝比奈さんは私のことが嫌いかもしれないけど特に気にしてない


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2話 前の席の秋田さん

「おはよう!朝比奈さん!今日も早いねー。あれ?ハイライト仕事してなくない?あの…えっと……う~ん、顔がいい」


秋田小町さん。

私と同じクラスで、席は私の一つ前。

テストでは大体80点前後の点数を取っている。配点の高い問題は全て正解しているのに、基礎問題は空白で提出することが多い。どうしてか聞いてみたら「ささやかな反抗、かな?皆には内緒だよ?嫌われちゃうからね」と返された。

 

よくわからない。

 

日頃から、授業で解りづらい箇所を聞いて来たり。想定されるケアレスミスを話し合っているし、秋田さんは意図的に100点を取らないようにしているように見える。クラスメイトと答案用紙を見せ合いながら、「いやー、時間見てなかったよ」なんて笑っていたけど。毎回解答時間の残り20分位になると前の席からペンを走らせる音が止むことを私は知ってる。それなのに、私がいつものように100点を取ると、「朝比奈さんは凄いね!」なんて言ってくる。

 

やっぱり、よくわからない。

 

部活動は水泳部に所属していて、クラスメイトが言うには、2年に上がる頃にはすっかり部のエースだったらしい。それを聞いていた秋田さんは、「そうだね!私だけ胸が小さいままだったからねぇ!何でだよホントによぉ!」と教室を飛び出してしまった。体育の授業でペアになった時も、別に運動神経が悪いようには感じない、それどころかとても良いと思う。

 

私が部活から帰るときもまだプールに明かりが点いていたりして、秋田さんが毎日熱心に部活に取り組んでいたのは知っていたし、「胸なんて大きくても困ることばっかりだよ?」と言うと「朝比奈さん…それフォローだとしても他の娘に言っちゃダメだよ?戦争が起きちゃうから…」

 

そう言った秋田さんの顔は今までに見たこともないくらいにしかめっ面だったのに、「ま。それはそれとしてフォローは嬉しいけどね。ありがと、朝比奈さん」なんていつもの笑顔を浮かべていた。

 

ますます、よくわからない。

 

秋田さんは先生やクラスメイトから信頼、されてる、と思う。[いいこ]の私と同じ様に頼られて。応えて。それが当たり前みたいに笑ってる。

思い返してみると、秋田さんは[いいこ]の私によく似てる。勉強ができて、運動神経が良くて、皆に頼られる。それでも、秋田さんが優等生と呼ばれているのは聞いたことがない。

 

何が違うのか、よくわからない。

 

 

 

そういえば、秋田さんには[いいこ]を演じていないときの私を見られたことがあった。学校内ではあったけど閉校時間も近づいていて、周囲に私以外の人の気配もなかった事もあり油断していた。いつもと違うことといえば、その日は前日に[25時、ナイトコードで。]名義で作品を投稿していたはず。秋田さんと曲がり角でぶつかって目があった瞬間は、突然のことで[いいこ]の演技が追い付かなかった。

 

「………っ!」

 

「おっと、ごめんね!……朝比奈さんは大丈夫?」

 

「…うん!大丈夫!こっちこそごめんね秋田さん」

 

「?どこか悪いとこがあったら言ってね、我慢して悪化するのが一番良く無いから。あと………いや、気をつけて帰ってね!」

 

「?うん!またね!」

 

あの時、秋田さんは間違いなく[いいこ]じゃない私を見ていたのに。それでも、秋田さんはいつもと同じように私と接していた。お母さんや友達に求められ続けた[いいこ]じゃなくて、自分のことも解らなくなった[ワタシ]と目があったのに。

 

なんだか、胸がざわざわした。

 

理由はわからない、けど試してみようと思って。秋田さんにワタシとして何度か接してみた。その度に、いつもみたいに笑って、秋田さんは応えた。

 

 

 

一回きりなら、ただの偶然だと思えた。気のせいにするならそれに乗じたし、踏み込んで来るなら誤魔化した。でも、[いいこ]の私に似てる秋田さんが[ワタシ]を見て、何も変化の無いことが、今も。目の前で椅子を向かい合わせて座って、いつもみたいに笑っている秋田さんが証明している。

 

「……ワタシを見ても、驚かないんだね」

 

「あ、おかえり。う~ん…前からちらほらその目をする朝比奈さんを見たことがあって、嫌なことあったのかな?とか、女の子の日なのかな?とか思ってたけど……今リラックスしてるみたいだし。こっちの朝比奈さんが素なんだなって思ったから、かな。ずっと顔見てくるから何事かと思ったよ」

 

「……それだけ?」

 

また、胸がざわざわした。

 

「うん。あとは~…優等生としての朝比奈さんは見てて頑張ってるなーって思ってたよ。仕事中のキャリアウーマンってこんな感じなのかなって。だから…お疲れ?ブラックコーヒーでも奢ろうか?」

 

「…要らない。どうして、ワタシにもいつもと同じように笑って接してくるの?」

 

 

求められた[いいこ]の私、解らなくなった[ワタシ]。全然違うのに、同じように笑ってる秋田さん。

 

もっと、胸がざわざわした。

 

「?…朝比奈さんは朝比奈さんでしょ?違う一面だったとしても、全部含めて朝比奈まふゆって人間だと私は思ってるんだけど……え?別人格だったりするの?」

 

「…違う。…………秋田さんは、他の人とは違いすぎて。よくわからない」

 

 

ざわざわしていた胸が静かになって、まるでアクアリウムを眺めてるときみたいに……?違う。けど、セカイでミクと居るときとも、違う。………やっぱり、よくわからない。

 

「あはは!よく言われるー。私自身、私のことよくわからないんだよね。でも、変える気も無いし。間違いだとも思ってないからなー。う~ん、末期。いや、手遅れ?」

 

 

 

………………え?

 

「…え?」

 

「あ、そろそろ他のクラスメイトが来る頃だね。今日も頑張るかー!あぁ、そういえばさっき朝比奈さんに見られてたときに[Untitled]って曲がインストールされたんだけど、何か知ってる?」

 

 

……………え?

 

「う、うん。…」

 

「よかったー。じゃあ今度時間があるときに教えてね!」

 

「…うん」

 

……………え?




ねぇ、我がクラスが誇る美少女二人がずっと無言で見つめ合ってるんだけど、これ見ても大丈夫なやつ!?
ちょっと!そんなに騒いだらバレちゃうって!
あ。秋田さんがこっち見た
( ̄b ̄)シー

(^-^)ゝ゛バタッ

(^_^ゞ

(^-^)/

あ。倒れた
ちょっ!鼻押さえて保健室!


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3話 セカイに行く秋田さん

 秋田さん。書いて欲しい書類があるから、放課後に会室まで一緒に来てもらっても良いかな?勿論、部活動が終わったらでいいから。あっ、終わったら連絡が取れるように連絡先の交換してもらっても良いかな?


 ゴリゴリの優等生フェイスで朝比奈さんが話しかけてきたのが今日の昼休憩のとき。

 

 お昼は母さんの作った弁当を速攻で平らげて、残った時間は気の向くままにふらふらと校内を徘徊する。そんな私の習慣を知ってか知らずか、午前中の授業を終えて活気立つクラスメイトの中。朝比奈さんは私に接触して来た。

 

 つまり、衆人環視の中、有名な優等生が業務の名のもとに、有無を言わさぬスケジューリングと連絡先の交換を迫ったのだ。

 

 断ることは許さない。というよりは周囲に対してのアピールだろうか?今日の放課後、朝比奈さんと私は用事がある。私情ではない。連絡先を交換するほどにこれから接触が増える。というような。

 

 情報を自ら明かし広げることで他者の行動を牽制し、出刃亀を抑制し、今後の行動をしやすくしていると取るなら……

 

 今日の放課後に時間がある、人気は無い方がいい、そして。簡単に説明出来るものではない。というところだろうか、優等生としての朝比奈さんの立場を利用した上手い手口だ。

 

「オッケー、じゃあさくっとトモダチに登録しようか」

 

「うん!面倒だからって忘れちゃダメだよ」

 

 ……一瞬。ハイライト仕事して無かったな。朝比奈さん圧を掛けるの天才的だよ…表と素の顔完璧に使い分けてない?それとも無意識でこのクオリティなの?末恐ろしいよ。

 

 

 

 

***

 

 ガチャ…ガチャ…ガチャリ、プール場へと続く道を忘れ物が無いか確認しながら施錠していく。

 徒歩で通学している私なら電車のダイヤを気にしなくても良いから、と申し出てはや数ヶ月。部活終わりの戸締まりは私が行っている。

──その方が都合が良いし。

 

 鍵を職員室に持っていくのは朝比奈さんの用事が済んでからで良いかな。……さて。片付けもすんだし、朝比奈さんに連絡してみるかな。部活も終わってる時間だし、通話でいいか。

 

『お疲れー。部活は終わったけど、会室に向かったらいいの?』

 

『そう』

 ……うん。朝比奈さんの近くに他の人は居ないみたいだね。素のときの声のトーンだ。

『オッケー、じゃあこれから向かうよ。何か必要なものとかある?』

 

『特に無い』

 

『わかった。それじゃあ、またあとでね』

 ……こんな時間に個室で二人っきりとか、朝比奈まふゆにバレたらとっちめられそう……

 

 そういえば。今まで朝比奈さんに嫌われてるものだと思っていたけど、今日の朝の様子を見るにそういう訳じゃ無くて。優等生を演じている朝比奈さんとは、別の側面の朝比奈さんとして私と接していただけなのか。

 

 ただ、朝比奈さんの言い口からして、優等生としての自分ではない一面……今朝のような─まぁ、仮に素の朝比奈まふゆとするか。その、素の朝比奈さんが受け入れられるものではないのだと感じている節を感じた。

 

 なんだか私の対応にずっと疑問を持っていたみたいだし。いや、優等生と素のときで一切の変化無く対応しただけなんだけどね。嫌われてるんだろうとは思ってたけど別にそんな事どうでもいいし……あ、これがおかしいのか?

 

 

 

 

***

 

 

「お待たせ。待った?」

 

 朝比奈さんが所属している学級委員の会室に向かうと、テーブルの上に数枚のプリント用紙を並べてあり、それを眺めるように朝比奈さんが座っていた。

 

「別に。それよりこれ書いて……話はそれから」

 

「オッケー……水泳大会の賞状の受賞者名の確認と、それを学校のPRに使って良いかの承認のサイン…こんなのあったっけ?去年も賞状何枚か貰ったけどこんなの無かったよ?」

 

「…今年の新入生に何人か、特殊な人が居るからだと思う。アイドルと、御令嬢?ってクラスの誰かが言ってた」

 

「へー、朝比奈さんはあんまり興味無さそうだね」

 私も興味無いけど。と返しながら書類に秋田小町と記入していく。…それにしてもこの名前、何度も書いてると名付け親に沸々とした怒りががが。

 

 名字が秋田で8月18日に産まれたからって娘の名前を米の品種と同じにするとかなに考えてんだあの阿呆共。二人とも過労で頭狂ったとしか思えないんだけど──

 

「……終わった?」

 ─おっと。頭の中で親に毒づきながら、書類を確認して名前書いてたけど。さっきので最後だったみたいだ。朝比奈さん?終わった瞬間聞いてきたってことはずっと見てたってこと?ちょっと恥ずいぞ?

 

「うん。問題ないよ」

 書類の後で話すって言ってたし、今朝の一件以降私のスマホに保存されている音楽ファイルについてだろう。

 

「[Untitled]についてだけど、見て貰った方が早いと思う」

 曲を再生して。と言われて自分のスマホを操作する。朝比奈さんもスマホを取り出してるけど、同じ曲なら一つの端末で良いのでは?あと、聴くじゃなくて見るってどういう?

 

まぁ、とりあえず再生してみるか

 

 

***

 

 

───綺麗だ。

 

 どこまでも続く世界は仄暗く、微かな光を放つ円形と三角形。そして、上空から差し込む柔らかな光芒。

 

 所々に突き出た三角錐、あらぬ方向へと伸びる鉄骨………一つだけ人工物なのなんで?

 

 それはともかく。暗さといい、静けさといい。なんとも言えぬ無機質感と幻想的な風景。それでいて実家のような安心感………私死んだんか?いや、ちょっと居心地が良すぎて逃げたくなっちゃうな。

 

 

 ──思い返せば[Untitled]を再生したとき。スマホの画面を見ていた私は強烈な光に見事に目を焼かれ、某大佐よろしくのたうち回って。ふらつく頭で周囲を見渡したら、そこは明らかに別世界。

 

 あまりの綺麗さに見惚れていたけど。一緒に居た筈の朝比奈さんの姿は見当たらない……まぁ、朝比奈さんの言動から[Untitled]を再生したらこの世界に来ることは知ってたみたいだし。手慣れてたから、何度か来たことがあるんだろう。

 

 それなら…ちょっと散策してみても良いかな?朝比奈さんだって、見て貰った方が早いって言ってたし?オタクとしては、こんな不思議体験にワクワクするなって言われても無理だからね!

 

 ……あ、リピート再生にしておいた方が良いかな?曲が終わったら強制帰還とかされたら、朝比奈さんと合流出来ないかもしれないし。

 いやー、楽しくなってきたなぁ!

「~♪~~♪」

 




……っ!この音。ミク…

うん、まふゆと一緒に来た子。……なんだか楽しそう

………そう。
(でも、ここにこれたってことは。秋田さんも……)


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