月で死んだと思ったら異世界に召喚された (鮭のKan2me)
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プロローグⅠ:魔術師とルーラー

「—サーヴァント・ルーラー。召喚に応じ現界した。」

 

 

「る、ルーラーだって・・・?」

 

 

 舞台は月。と言っても月面ではなく、そこに存在するムーンセルから作り出された電脳世界。そのある場所にて一人の魔術師がサーヴァントという使い魔の召喚に成功した。

 魔術師の名はクォータル。錬金術師の父と魔術師の母を親に持つ青年である。その特異な生まれもあってか姓はない。そんな彼がここに来るまでの人生は、裕福な暮らしを送れていたこととかなりの素質や才能を持って生まれたことのみ語るとしよう。

 

 

「・・・そこの魔術師、お前が私のマスターか?」

 

 

「そ、そうだ。」

 

 

 魔術師はルーラーに左手の甲を見せる。そこには赤い痣がまるで一つの模様にように浮かび上がっており、それらは干渉しないよう三画で描かれていた。その痣こそサーヴァントとマスターとを繋ぎ止める楔『令呪』。どんな命令でも一画使えば強制的に実行させることのできる膨大な魔力リソースである。これを用いて自害を命じられれば、それだけでサーヴァントは死に追いやられてしまうため、一画でも残していれば反逆される心配はないということだ。

 

 

「・・・フン、そうか。契約を結んだ以上はマスターとして認めてやる。此度の聖杯戦争、このルーラーが制してみせよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月の聖杯戦争、その方式は一対一のトーナメント制。マスターかサーヴァント、そのどちらかが致命傷を負った時点で勝敗が決まる。そんなルールのため次の戦いまでの期間が設けられており、その間生活することになるのが—。

 

 

「ふむふむ、集団で学ぶとなればこうなるのか。だが、こんな環境で個々の才能を活かし切れるのか・・・?」

 

 

 人生で必ずと言っていい程経験するであろう学生生活。その舞台である校舎こそが、聖杯戦争の参加者に与えられた安息の地である。

 ちなみにだが、この魔術師は学校生活を経験していない。例え魔術師であったとしても、正体を隠せば一般の学校に通うことは可能なのだが、彼はそうせず魔術の研鑽にこれまでの人生を捧げた。そんな彼の目にはありふれた教室風景でも物珍しく映るのか、椅子の配置であろうと興味深く観察していた。

 

 

「あら、アンタも月の聖杯戦争に参加していたのね。お目当てのサーヴァントは引けたかしら?」

 

 

「・・・へぇ、あの遠坂も参戦してるのか。それは来た甲斐があるってものだ。サーヴァントなら良いのを引けた、それも想像以上のヤツ(・・・・・・・)をな。」

 

 

「へぇ、そう。情報漏洩は期待できそうにないわね。・・・じゃあコレは個人的な疑問なのだけど、『はぐれもの(・・・・・)』なんて言われる程のアナタがなんでココにいるわけ?」

 

 

「ここだったら、地上じゃ迂闊に行使できないような魔術も試せるだろ?魔術の研鑽場としては上出来じゃないか。この機会を逃す手はない。」

 

 

「はぁ、どこまで行っても『はぐれもの』ね、アンタ。ま、精々頑張れば。ここに来た以上敵同士なんだから、情け容赦はしないけど。」

 

 

「仮にされても困る。本末転倒なんでね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムーンセル内でも昼夜の変化は存在し、暗くなれば殆どのマスターは己に割り振られた部屋で休息を行う。その内の一人である魔術師も部屋に戻っており、部屋に常備されていた机に必要な機材を並べ終えると、部屋の半分以上を占拠した上どこから持ち出したのか玉座のような椅子に座っているルーラーに声をかける。

 

 

「ルーラー。妖精眼の調子はどうだ?」

 

 

「良いも悪いもない。コレはそういうものだ。NPCとやらにはあまり通用しないようだがな。」

 

 

「なるほど、サーヴァントになって格落ちした、なんてことはないと。なら安心だ。」

 

 

「仮に使えないとて、さして影響はないがな。我が権限を使えば真名看破など容易いものだ。」

 

 

「・・・全くとんでもないサーヴァントを引き当てたものだ。一つ提案だが、今後勝ち進むに当たって真名よりもクラス名が看破される方が危険だと思う。幸い貴女は高名な魔女だ。キャスターと言い張っても誰も疑わないだろう。どうか口裏を合わせてくれ。」

 

 

「構わん。私の邪魔をしなければそれでいい。」

 

 

「ありがとう。時間を取らせてすまない。今日はもうお互い不干渉でいこう。」

 

 

 会話を切り上げて机に向かい直した魔術師は、布団に入るその時まで作業に没頭していた。その背中姿を、ルーラーは無表情で見つめる。




 モルガンの姿はFGOにてベリルに召喚された時と同じく第三再臨の姿で、その衣装から白い部分が無くなったイメージでお願いします。
 クォータルは赤目と水色髪のショートヘア程度の認識で問題ありません。あとは両手に手袋をしているぐらいで(なお右手袋の方が左より分厚い)


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プロローグⅡ:挫折と暗雲

 魔術師の目に映っているのは這いつくばるサーヴァントと絶望の表情を浮かべるマスター。そして、薄ら笑いながらそれらを見下す魔女であった。

 戦いとも呼べぬほど刹那的で、あまりにも一方的ではあったが月の聖杯戦争の第一回戦はこれにて終了した。が—。

 

 

「キャスター、話が違うぞ・・・。」

 

 

「違う、とは?私に聖杯を捧げるならば、それを邪魔するものなど叩き潰すが道理だろう。」

 

 

「あぁそうだ、確かに聖杯は好きにしていい。だがその交換条件として魔術戦の邪魔はしないと約束したハズだ!!」

 

 

「邪魔はしていないだろう。やる間もなく終わってしまったがな。」

 

 

 苛立ちをぶつける魔術師とそれを軽く流すルーラー。自室にて行われているそのやりとりは、次の一言で更にヒートアップする。

 

 

「お前の魔術など、この戦いに於いては何の役にも立たん。そんなものを使うならば電脳術式(コードキャスト)で補佐をしろ。」

 

 

「なっ・・・。見てすらいないのにわかったようなクチしやがって・・・!」

 

 

「ならここで見せてみろ。お前が研鑽し続けた魔術とやらを。」

 

 

「・・・いいだろう。コレを見れば考えは変わるハズだ。」

 

 

 —排斥・抽出・統合

 その意味合いを持った詠唱がされると、魔術師の両手に二つの礼装が形を成した。父の錬金術、そして母の宝石魔術両方の特性を持つ彼だけの魔術。右手には刺々しく荒い水晶で構成された剣が。左手には滑らかで寸分の曇りもない水晶玉が浮かぶ。用途も構造も違う二種の魔術行使、これを己の魔術回路だけでやってのける才能こそ彼の自信の源である。

 得意顔でルーラーの様子を伺う魔術師。しかし、ルーラーは何食わぬ顔で魔術師と同じ礼装を指先二(・・・・・・・・・・・・)つで再現していた(・・・・・・・・)

 

 

「・・・・・・は?」

 

 

「そのような魔術、真似できないとでも思ったか?こんなものを戦闘に使うなど、二流にも程があろう。」

 

 

 気がつけば部屋を飛び出していた。まだ20にも満たないとはいえ彼が研究に研究を重ねてきた魔術。別に神代レベルの魔女に敵うと思う程自惚れてはいない。だがそれでも足元にはたどり着いていると、そう思いたかった。

 人気のない場所につくと、彼は座り込む。不思議なことに涙は出なかった。ただ胸の中には空虚感だけがあり、乾いた笑いのみが彼の口から溢れでた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それとはまた別の場所。ある男が一つのデータを閲覧している。そこにはルーラーをマスターに持つあの魔術師の姿があり—。

 

「・・・間違いない。ヤツのサーヴァントはガウェインの天敵となる可能性が高い。ヤツの魔術の特性上直接は難しいが・・・いや、次にレオと当たらないとも限らん。早急に手を打たねば。」




 モルガンのセリフがちょいちょい飛躍してるのは妖精眼込みでセリフ考えているからです。FGO内でも口数が少ない、と言われる理由が理解できた気がする。


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プロローグⅢ:失意と別れ、そして—

「・・・戻ったか。準備はできているだろうな?」

 

 

「あぁ、言われた通りコードキャストでの援護はする。あとは任せた。」

 

 

「いいだろう。では行くぞ、マスター。」

 

 

 戦場へと繋がる扉を潜る魔術師とルーラー。舞台は均一というわけではなく、毎回違った場所が用意される。今回は海岸であり、海原には一つの船が浮かんでいる。

 

 

(・・・あの船は、ライダーの宝具だろうな。クリストファー・コロンブス。知名度は高いが、ルーラーの敵じゃないな。)

 

 

「ハッハァー!待ってたぜキャスター。お前さんの情報集めるのには苦労したぜ・・・。まだ真名もわかってねぇんだからお手上げだ。」

 

 

「抜かせ下郎。情報が集まったとて、お前如きに遅れをとるハズもないだろう。」

 

 

 ルーラーが海上に浮かぶ船へと向かう。ルーラーには湖の妖精としての逸話があるため、水上の戦闘に支障は出ない。様々な魔術を行使し、あっという間に船が落とされる。しかし残骸と化して海に沈む中、あるものだけが勢いよくルーラーに襲いかかる。

 

 

「『新天地探索航(サンタマリア・ドロップアンカー)』!!」

 

 

 どうやらライダーの宝具は船ではなく、錨だったようだ。恐らくあの船はこの海岸にどこかにあったもので、フェイクとして利用したのだろう。だがルーラーは全てお見通しだったのか、その宝具を難なく避け、弾き、ライダーの策を無とした。その錨の攻撃と共にサーベル片手に突撃するライダーに向かって手に持った槍を突き刺そうと構え—。

 

 

「コフッ・・・?」

 

 

 血が出た。どこかを負傷したわけでもないし、そもそもライダーはルーラーによって完全に押され、こちらに攻撃を出す余裕もない。

 ならこの吐血は、この場にいない第三者の仕業で—。

 

 

「やったな相棒!言ったろ?上手い話には乗るべきだってなぁ!」

 

 

「ま、まさかこんなアッサリ行くとはな。『はぐれもの』ってのは大したことなかったみたいだな。」

 

 

 原因はすぐにわかった、毒だ。恐らくライダーのマスターが得意とする煙を使った魔術を応用したものだろう。無臭で目にもつかない、これほどまでに気づきにくくできたとは。・・・あぁ、なるほど。だから海に出たのか。ルーラーが得意な戦場の一つ(・・・・・・・・・・・・・)と知りながらも(・・・・・・)、分断するために。

 内臓が爛れ落ちるのがわかる。もう身体を支える気力どころか、何かを認識することすらできてないのかもしれない。殆ど感覚でしかわからなかったが、ルーラーがライダーとそのマスターを宝具を持って潰したのがオレの最期に見た光景だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —声が聞こえる。何を喋っているのかはわからない。だが声がすることだけは確かにわかった。その声に従うまま導かれる。その過程でオレではないものも組み込まれているのがわかる。一体どうなるのか、どうなっているのか、どうなってしまうのか。それが理解できたのは、サーヴァントとして成立した時であった。




 次回からブリテン異聞帯でのサーヴァント生活となります。型月にわかのためここが違うとか、こうなるはずがないとか色々出てくると思いますがご都合主義として流して暖かい目で見守ってくれれば・・・。感想・批判などはいつでも受け付けているのでお気軽に。


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1:救世主とバーサーカー

「・・・。」

 

 

「あ、あれ?成功してますよね?もしもーし。」

 

 

 薄暗い森の中、無言のまま立ち尽くすオレの目を覗き込む様に見る少女。思考が全く追いつかない、情報不足にも程がある。今目の前にいる少女の疑問にどう答えたらいいかすらわからない。

 

 

「ふむ、サーヴァントとしては成立したようだが、情報がインストールされていないか。恐らく自分が何者かすらわかっていないだろう。」

 

 

「えっ、そうなんですか?参ったなぁ・・・。」

 

 

 少女のすぐ近くにいた青髪の少年が助け船を出す。オレはそれに便乗して話に入ろうと試みた。

 

 

「その通りだ。正直わからないことだらけで困惑している。・・・オレから質問させてもらってもいいか?そちらの方が幾分か楽だろう。」

 

 

「わっ、喋った!?って、ですよね。そりゃ喋りますよね・・・コホン。とりあえず、意思疎通できるようで安心しました。答えられる範囲内であれば何でも教えますよ。」

 

 

「では早速だが・・・ここは一体?土地はともかく、これほどまでの魔力濃度は生前ではあり得ない。時代すら違うのか?」

 

 

「時代どころか、世界すら違います。ここは人類史によって剪定された異聞の世界。詳しく話すと長くなるので、妖精達が中心に生きる異世界(・・・・・・・・・・・・・)とだけ認識できていれば充分です。」

 

 

「・・・わかった。」

 

 

 剪定された異聞の世界・・・。つまり、人類史に選ばれず消えた世界ということだろうか?疑問が更に増えたが、ひとまず何が起こってもおかしくはないのだろう。臨機応変に立ち回らざるを得ないか。

 ・・・それともう一つ気になるのが。

 

 

「先程サーヴァントがどうとか言っていたが、それはオレのことか?」

 

 

「そうです。バーサーカーのサーヴァント、妖精騎士モードレッド。それがアナタです。」

 

 

「・・・バーサーカーなのは置いとくとして、モードレッド?それに妖精騎士だって?なんだそれは・・・。」

 

 

「モードレッドは知ってますよね?かのアーサー王伝説において円卓の一員でありながら叛逆の騎士となった存在。今のアナタはその要素を合わせ持つサーヴァントなのです。よって妖精騎士モードレッドと名付けました。」

 

 

 なるほど、あの何かが混ざられたような感覚はそれか。言われてみればモードレッドとしての自覚も強い。中々奇怪な感覚だ。だが、わざわざこの二流以下の魔術師を使う必要があったのだろうか・・・?いや、今は必要事項だけ聞くとしよう。

 

 

「そうだ、その青髪の少年もサーヴァントなのか?外見に反して妙に落ち着いてる様に見えるが。」

 

 

「そうですよ。セイバー・賢人グリム。私のサーヴァントでもあり、師匠でもあります!仲良くしてくださいね。」

 

 

「賢人グリムだ。複雑な経緯を持って召喚されたサーヴァント同士、よろしく頼む。」

 

 

「あぁ、よろしく。・・・となると、アンタがマスターか。聞けば聞くほど新しい疑問が増えていくばかりだが、あとはもう主の名前だけで充分だ。」

 

 

「あ、そういえばまだ自己紹介してませんでしたね。私の名はトネリコ(■■■■)。このブリテンの救世主です。これからよろしくお願いしますね!」

 

 

「—トネリコ、か。覚えた。・・・バーサーカー・妖精騎士モードレッド、サーヴァントとしてマスターの助けになることを誓おう。まぁ、言うほど役に立つとは思えんが、最善は尽くす。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレが召喚されてから、トネリコの救世主としての旅が始まった。・・・正直な話、その旅は良いものとは思えなかった。困り事を解決して回っても、何の報酬もなく厄介払いされる日々。そんな対応をされたにも関わらず、トネリコは黙って村を後にする。対して、オレはそんな妖精の身勝手さに苛立ちが貯まり続けた。

 そんな中、ある噂を聞いた。

 

 

「100年に一度の『厄災』?なんだそれは・・・?」

 

 

「文字通り、このブリテンに一定の周期で起こる災いのことです。あ、1000年周期で起こる『大厄災』なんてものもありますよ。まぁ、どちらも文献でしか知らないのですが・・・。」

 

 

「・・・まさか、その厄災をどうにかするつもりなのか?」

 

 

「そうです。私にしかできないことですから。それで妖精達が救われるなら、安いものです!」

 

 

 そう意気込む彼女の勢いのまま、オレ達は厄災を祓いに行った。とりわけとんでもなく強かったとか、圧倒的な力量だったとかいうわけではなかったが、その特殊性ゆえ完全に祓うにはトネリコの力が必要だった。彼女一人に任せるのも気が引けたが、オレはその厄災を少しでも鎮めるために戦い続けた。

 長い時間をかけてトネリコが厄災を祓い切った。彼女の魔力量は著しく減っており、立っているのもやっとだった。こんなに頑張ったんだ。あの妖精達であろうと労ってくれるに違いない。

 

 

「『厄災』を祓ってくれてありがとう!助かったよ!

 

 

 

 

 

 じゃあもう帰っていいよ!お疲れ様!」

 

 

 ここでやっと間違いに気づいた。奴等は妖精だ、人間じゃない。人間性だとかそういう問題ではなく、そういう存在なのだ。

 ・・・あの小屋にいる手足や顔の一部を削がれた(・・・・・・・・・・・・)人間(・・)を見た時はただの価値観の違いとしか思わなかったが、それも間違いだったのだろう。

 

 

「おい!人間達はやらないぞ!まだ使えるんだからもったいない!さっさと帰れ!」

 

 

 オレが人間達が収容されている小屋に視線を向けていた事に気づいた妖精がこちらに石を投げてきた。その石は弧を描き、トネリコの頭部に直撃した。

 

 

「っ!?トネリコ!!大丈夫か、今治療を・・・!」

 

 

「そうだ、石を投げよう!そうすればきっと帰ってくれる!帰らなくても殺せるぞぅ!」

 

 

「・・・・・・ヤロウ。」

 

 

 トネリコの前に立って石を防ぎながら妖精達を睨みつける。今にも飛びかかりそうな妖精騎士であったが、その前にトネリコが彼の衣服を掴む。

 

 

「トネリコ・・・?」

 

 

「大丈夫、大丈夫だから・・・。それより早くここを・・・騒ぎが大きくなる前に。」

 

 

「っ・・・!失礼。」

 

 

「モードレッド、こっちだ!」

 

 

 グリムの案内に従い、走る気力もないだろうトネリコを腕に抱えて逃げる。サーヴァント、それもバーサーカーとなった彼の脚力は凄まじいものとなっており、村はみるみる遠くなっていった。

 グリムがある場所で止まる頃には日が落ちかけ、オレも息が切れていた。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・。」

 

 

「・・・モードレッド、もう下ろしても良いよ。」

 

 

「大丈夫だって・・・トネリコに比べたらまだまだ元気だ。グリム、今日はここで野宿か?もっとトネリコが休める場所に行った方が・・・。」

 

 

「安心しろ、ここが一番トネリコが休める場所だ。」

 

 

「・・・どういうことだ?」

 

 

 近くにある洞窟を指差すグリム。理解できずに説明を求めると、グリムは淡々と語り出した。

 

 

「この中なら妖精達には見つからない。次の『厄(・・・・)災』(・・)までには安全に魔力の回復できるだろう。」

 

 

「グリム、次ってなんだ?もう一度さっきみたいな目に合えってコトか!?そんなのあんまりだろ・・・!」

 

 

 トネリコを抱えながらグリムに詰め寄る。コイツだって妖精達がトネリコにした仕打ちを見たハズだ。その上で、次もやれだって?冗談じゃない。

 そんな風に憤っていると、トネリコが口を開く。

 

 

「モードレッド、怒ってくれるのは嬉しいけど、そろそろ休みたいかな?グリムもお疲れ様。」

 

 

「・・・見張りはしよう。モードレッド、悪いがトネリコを案内してやってくれ。」

 

 

「・・・わかったよ。すまないトネリコ、あともうちょっとだけ頑張ってくれ・・・!」

 

 

 グリムを置いて洞窟に入る。入り口の辺りはそうでもなかったが、進めば進む程暗くなってきたため、途中から明かりをつけた。そうして奥に進んで行くと、グリムが言ってたであろう『棺』が見えてきた。

 

 

「・・・アレか。トネリコ、ホントにあの中に入れば・・・トネリコ?」

 

 

「あ、ゴメン。ちょっとボーっとしてた。何か用?もうそろそろ『棺』だったりする?」

 

 

「あ、あぁ、もうそろそろ到着するが・・・。」

 

 

 ボーっとしていたというが、オレの声に反応するまでトネリコの視線はオレの左手に集中していた。今現在洞窟を照らしているオレの水晶玉に。

 

 

「・・・そういえば、見せたことはなかったな。今まで使ってたのは剣だけだったからな、っと。コレでいいか?」

 

 

 トネリコを『棺』に優しく寝かせる。

 

 

「うん、ありがとう。・・・ねぇ、ちょっとお願いがあるんだけどさ。その水晶玉、もっと良く見せてくれないかな?」

 

 

「・・・こんなものでいいなら幾らでも。なんなら手に取って見るか?」

 

 

「いいの!?じゃ、じゃあ失敬して・・・わっ、すごい。ツルツルでスベスベだ!こんなに綺麗なもの作れちゃうんだ、すごいねモードレッド!」

 

 

「そうでもないさ。お前程の腕だったら、こんなものすぐ作れるようになるよ。」

 

 

 以前グリムの授業を覗かせてもらったが、言ってることは理解しやすかった。だがノルマの難易度は非常に高いものだった。にも関わらずトネリコは出された課題全てをこなし、怒涛の勢いで魔術の腕を上げていった。天才以外の何者でもない。

 最早自分よりも格上であろう魔術師である彼女ならば、近い将来オレなんかが磨いてきた独自魔術など簡単に模倣して見せるだろう。・・・かつての魔女のように。

 

 

「・・・そうかもしれませんね。でも、もしアナタがいなかったら私はこの輝きすら知ることはなかったでしょう。ありがとうございます、妖精騎士モードレッド。眠る前に、こんなにも素晴らしい魔術を見せてくれて。」

 

 

「—あぁ、おやすみ。トネリコ。」

 

 

 トネリコから水晶玉が返されると同時に、『棺』の蓋が閉まる。本来ならこのまま彼女の眠りを見守りたいが、そうもいかない。グリムに報告しなければ。

 妖精騎士が去った洞窟の最奥には、救世主の入った『棺』と水晶玉一つのみが残されていた。




 妖精騎士モードレッド

 クラス:バーサーカー

 ステータス
 筋力:B 耐久:B 魔力:A+
 敏捷:C 幸運:B 宝具:?

 クラススキル
 対魔力:B 陣地作成:C 狂化:D

 宝具:■■■■■■■・クラレント


 概要:ある魔術師を元にした妖精騎士のオリジナル。モードレッドの要素を含むためセイバーの適正の方が強いのだが、賢人グリムの入れ知恵で完全に支配下におけるようバーサーカークラスとして霊基が構成された。副産物として感情の起伏が少し激しくなった。
 その特殊な成り立ちから非常に不安定な霊基構造になっており、あろうことか宝具すら使えない状態である。この霊基が確立した時点で確かに存在しているのだが、今の彼はこの宝具の真名を知り得ない。モードレッドの霊基が絡むことから『クラレント』は判明しているが、もう一つの構成要素である魔術師。その魔術を真の意味で解き明かさない限り、その宝具は日の目を見ることがないであろう。—永遠に。


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2:目覚めと出会い

 トネリコが眠りについてからというものの、オレとグリムは『棺』のある洞窟付近で生活していた。オレは少しでも力をつけようと魔術の研究に勤しんだが、オレの編み出した魔術は完璧に近い。故に優秀ではあったが、それ以上の改良は意味をなさなかった。一度グリムに教えを乞おうとしたが、「意味がない」と断られてしまった。

 そんなこんなで一年、また一年と過ぎていく。そして、トネリコが眠ってから20年が経った時、左手(・・)の魔術回路が異常を検知した(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「ッ!!」

 

 

 眠りについていた頭を一気に覚醒させる。そのまま飛び起きたオレは、洞窟の最深部へと向かった。実はトネリコが『棺』に入ったあと、そのすぐ側に即席の水晶玉を置いていたのだ。見た目は普段使っているものとほぼ同じだが中心部は曇っており、性能は遥かに劣る。しかしセンサーとして扱うなら充分であり、こうして離れていても動きは感知できる。

 グリムは洞窟の周囲にいたし、トネリコはまだ眠っているハズ。つまり、洞窟の中で活動しているのは第三者に他ならない。噂では救世主トネリコは死亡していることになっていたが、この洞窟の最奥に入られてしまえばその真相は明らかになってしまうだろう。

 急ぐ、急ぐ。洞窟の内部を照らし、侵入者を排除するために剣を構える。そうして進んで行くと、人影が見え—。

 

 

「あれ、モードレッド。どうしたのそんな急いで?」

 

 

「・・・・・・なんでもう起きてるんだ?」

 

 

「え、そりゃあ魔力回復しましたし、次の『厄災』までにもうちょっと修行しないといけないし・・・。あ、そうそう、この水晶玉助かりました。おかげで足元しっかり見えましたよ!」

 

 

 オレの水晶玉が反応したのは、トネリコだったらしい。『厄災』を祓ったあとのトネリコの消耗は激しく、グリムも次の『厄災』まで休ませると言っていたことからてっきり100年前後は眠っているものかと・・・。今度はもっと質の良い水晶玉を作るとしよう。

 ひとまず、目覚めたトネリコと一緒に洞窟を抜け、グリムと合流する。こうして救世主の旅は再開されたが、その矢先。

 

 

「救世主トネリコ、だな?」

 

 

 開けたところに出ると同時に、黒い鎧に身を包んだ妖精と鉢合わせた。

 

 

(誰だ!?何故トネリコの名を?噂では死んだと広まってるハズ・・・!)

 

 

 水晶を浮かべ臨戦態勢を取るモードレッド。一方、トネリコは身構えることなくその妖精の名を呼んだ。

 

 

「・・・エクター?その声、エクターですよね!なんでここに?」

 

 

「ほう、よく気づいたな。一応正体を隠すための鎧だったんだが・・・。」

 

 

 エクター・・・エクター!!?あのいつか会った頑固者の!?他の妖精と比べれば幾分か、いや数百倍はマシなヤツだったが何故トネリコの元に・・・?

 

 

「少々取り返しのつかないヘマをしてしまってな。行くアテもなく彷徨っていたところだが、丁度いい。厄介になるぞ。」

 

 

「—いいんですか?」

 

 

「フン、どうせ他の村に行っても煙たがられるだけだ。なら顔見知りのお前達と共に行くのも悪くはないだろう。」

 

 

 あまりの衝撃に構えたまま固まるオレを他所にどんどん話が進む。しかし、流石に何も意見しないわけにはいかない。

 

 

「・・・そんな簡単に決めていいものなのか?一緒に行くってことはつまり・・・。」

 

 

「承知の上です。それに、人手が多くなれば旅も楽しくなりますよ!」

 

 

 トネリコがそこまで言うなら、もうオレが止める筋合いはない。なんせオレのマスターは彼女だ。なにかあれば全力でサポートすれば良い。

 そんな感じのことを話していたが、それがエクターの気に触れてしまったらしい。

 

 

「おい、なにをひそひそと話している。」

 

 

「あぁ、すまない。少し不安な要素が幾つかあったのでな。・・・妖精騎士モードレッドだ。これからよろしく頼む、エクター。」

 

 

 こうして救世主トネリコ一行に黒騎士エクターが加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁぁぁぁぁぁぁ!クソッたれがっ!!お構いなしに突撃してくるんじゃねぇ!エクター、まだいけるか!」

 

 

「魔猪にやられるほどヤワな体はしてないが・・・流石にキツいな。お前らいつもこんな戦いしてたのか。」

 

 

「ここまでヒドイのはこれが初めてだっ!!」

 

 

 現在オレ達は魔猪の群れと盛大にやり合っている。事の発端は数時間前、いつもの様に困り事を解決して行く内にある依頼が舞い込んだ。それが魔猪の群れに関するものだった。とはいえ、魔猪の群れが起こす被害は間接的な面が大きいため、こうして戦う必要はなかったのだが・・・。

 

 

「魔猪の群れがなんですか!要は全員ぶっ倒せば良(・・・・・・・・)い話ですよね(・・・・・・)!」

 

 

 とまぁ、救世主様がいきなりブッパするもんで残りの群れが襲いかかってきた。それだけならいいのだが、どうやら魔猪の群れは複数グループあったらしく、倒したところで他の魔猪がオレ達の存在に気づいて襲いかかるという悪循環に陥っている。

 こんな状況でイキイキとしてるのはトネリコだけ・・・いやグリム、お前まだ余裕そうだな。もうちょっと頑張ってくれ、頼むホントに。

 

 

「おいモードレッド!また別の群れが来たぞ!」

 

 

「■■■■■■■■■■ーッッ!!!!!」

 

 

 途中から月の聖杯戦争で見かけたバーサーカーのように叫びながら戦ったオレは間違ってないと思う。




 伸びすごいなー、とは思ったけどまさか赤バーつくとは思わないじゃん()
 アヴァロン・ル・フェの話はリアルタイムで進められただけあって思い入れがあり、いつか書こうと思ってましたがこれだけ期待を寄せてくれるのは嬉しいですね!ちなみに自分の推しですが、こういう作品書いてる時点でなんとなく察せられるかと。


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3:翅の氏族と暴れん坊

「翅の氏族の暴れん坊、ですか?」

 

 

 『厄災』を鎮めては眠りにつくサイクルを七度程繰り返した頃、そんな噂が耳に入ってきた。ブリテンの妖精はそれぞれ氏族で分類されており、風の氏族・土の氏族など計5つある。その内の一つである翅の氏族は暴れん坊と揶揄されるものが出てくるほど武闘派ではないのだが・・・。

 

 

「はい、私たち翅の氏族はともかく、他の氏族の方でも止められないほどの暴れ様で・・・。このままでは色々と困るので、救世主一行に対処してもらいたいのです。」

 

 

 オレ達に詳しい事情を述べた妖精の名はムリアン。次期翅の氏族長とも言われる彼女がそこまで頼むほど問題は深刻なのだろう。

 

 

「わかりました。救世主の名にかけて、その暴れん坊にお灸を据えてやるとしましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トネリコ、灸を据えるとはいったが、いきなり攻撃することだけはやめてくれよ?」

 

 

「むっ、そんなことするわけないじゃないですか。私のことなんだと思ってるんです?」

 

 

「魔猪の氏族。」

 

 

「まだ根に持ってるのソレ!?妖精相手だし対話から入るに決まってるじゃん!」

 

 

「・・・お前ら、もうそろそろ例の場所だぞ。」

 

 

 オレとトネリコがそんなやりとりをしている内に例の暴れん坊がいるという場所についた。

 

 

「うわぁ、木々がへし折れてますね。それに草地も所々禿げてる。」

 

 

「暴れん坊、というのは伊達じゃなさそうだな。警戒を強めて—。」

 

 

「なんだお前ら!こんなところに何の用だ!」

 

 

 急に飛び出してきた翅の氏族らしい小柄な妖精。恐らくコイツがその暴れん坊だろう。確か名は—。

 

 

「トトロットさん、ですね。私はトネリコといいます。アナタがここら一帯で暴れているというのを聞いてやってきたのでs—。」

 

 

 トネリコが言い切る前に糸による攻撃が仕掛けられた。

 

 

「あぶなっ!?何するんですかコノヤロー!」

 

 

「ゴチャゴチャうるさいんだわ!要は他の妖精達みたいにボクを倒しに来たんだろ!なら受けて立つぞー!」

 

 

「・・・なるほど、そう来ましたか。」

 

 

「まずは大人しくさせてから、か。手加減できるような相手とは思えないがやってみるとしよう。」

 

 

「あ、いえ。手助けは必要ないです。この場は私に預からせてください。」

 

 

 何を言ってるんだコイツは。確かにグリムの指南に飽き足らず自らも魔術の開拓を進めていったことでトネリコの腕前は相当なものとなっているが、それでもトトロットが強力な妖精であることは暴れた跡地と先程の糸の操り具合で測れただろう。むしろ一人でやるメリットの方が少なく思えるのだが・・・。

 

 

「こういうタイプはみんなでかかるより一騎討ちでコテンパンにした方が精神にきやすいのです。なーに、少々その自信をへし折ってやるのが身のためってものですよ!」

 

 

(なんてこというんだ!?)

 

 

 救世主とは思えぬセリフである。しかもこれを笑顔で言いのけるのだからなおタチが悪い。

 こうしてトネリコとトトロットによるタイマンが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大・勝・利!!えへへ、どうだ見たかー!」

 

 

「あぁ、頑張ったな。今下ろしてやるから大人しくしてろよ。」

 

 

 トトロットの糸によって宙吊りにされたトネリコを救助する。正直最後の逆転劇は感嘆ものだったが、それを帳消しにするぐらい格好がついてない。

 一方トトロットはというと、先程の暴れっぷりがウソかのように倒れたまま動いていない。・・・まさかとは思うが、やりすぎたか?そう思いトネリコと共に近づいてみると—。

 

 

「うっ、ひっぐ、ぐすっぐすっ・・・。」

 

 

「・・・トネリコ。仕方なかったとはいえ、やりすぎたことは反省しような?」

 

 

「善処します・・・。そ、それより!トトロットがこうも大人しくしてるのです。今のうちに色々聞いてみようではありませんか。」

 

 

 まぁ、確かにそれが本題だな。泣いているところ悪いが、何故暴れる様になったのか詳しく聞いてみることにした。

 

 

「だ、だって、どうすればいいかわからないんだよぅ・・・。何をどうすればいいかわかってるハズなのに、それができる気がしなくって・・・ううっ。」

 

 

「・・・?すまないが、もう少しだけ落ちついて喋ってくれ。その何かってのをハッキリと—。」

 

 

「無駄です。恐らく彼女の『目的』はこのブリテン(・・・・・・)に存在していないもの(・・・・・・・・・・)なのでしょう。」

 

 

「・・・そういうことか。」

 

 

 このブリテンには、オレが生きた世界では当たり前だったモノや文化が欠けている。ここで例を挙げるなら、人間の生殖だろう。このブリテンに生きる者は、体の構造上子を宿すことはない(・・・・・・・・・)。では、新しい人の子はどうするのかという話だが、そこはコウノトリ形式とでも言わせてもらおう。

 そんな違いだけでも、文化として発達しなかったものは多々ある。恐らく、糸紡ぎの妖精である彼女はそのどれかが存在しないことにより苦しみ、暴れてしまったのだろう。

 

 

「トトロット、『目的』を果たせないことの辛さは私にもわかります。ですので、代わりと言ってはなんですが私達に力を貸してくれないでしょうか?」

 

 

「と、トネリコ!?それは・・・。」

 

 

「・・・私達の旅はお世辞にも良いものとはいえない。もしかしたらアナタが感じてるよりもっと苦しいことが待ち受けているかも・・・。なので、強要はしません。これは私のほんの思いつきですので。」

 

 

「・・・ツライ旅、か。じゃあなんで仲間がいるんだ?本当にひどかったらついていこうだなんて思わないじゃないか。」

 

 

「—。」

 

 

「・・・そう、ですね。確かに彼らにかけてる迷惑は小さなものではないでしょう。それでも、彼らはついてきてくれました。だから私は今まで頑張ってこれたのです。どんなにイヤなことがあっても。」

 

 

「そっか・・・よし、決めた!ボクもついていく!」

 

 

「いいの?本当に?」

 

 

「うん!一対一で負けちゃったし、それに、女の子(・・・)を守る(・・・)ってのは悪い気がしないんだわ!!」

 

 

 こうしてすっかり元気を取り戻したトトロットは、救世主トネリコの一行に仲間入りを果たした。ちなみにオレが自己紹介した時、「妖精騎士?なんだそれ!すっごく良い響きなんだわ!ボクも妖精騎士になるぞー!」と意気込んでいた。そんなわけで、彼女は妖精騎士トトロットとして表舞台で活躍することになる。

 余談だが、トトロットがヤケに妖精騎士を強調するため、周囲では妖精騎士=トトロットのイメージが強くなった。まぁ、そこまで気にしてはいないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃあなんで仲間がいるんだ?本当にひどかったらついていこうだなんて思わないじゃないか。』

 

 

 トトロットの口から放たれた言葉はオレにも響いた。これまで彼女(マスター)についてきたのはサーヴァントとしての義務だ。そう思って疑わなかった。確かに最初はサーヴァントであるから仕方なく、だったかもしれない。だが—。

 

 

『・・・ねぇ、ちょっとお願いがあるんだけどさ。その水晶玉、もっと良く見せてくれないかな?』『わっ、すごい。ツルツルでスベスベだ!こんなに綺麗なもの作れちゃうんだ、すごいねモードレッド!』『ありがとうございます、妖精騎士モードレッド。眠る前に、こんなにも素晴らしい魔術を見せてくれて。』

 

 

 ・・・魔術師失格だな。まさかこんなにも情が移るなんて。サーヴァントとしてどこまでやれるか、どれほどのことができるかはまだわからないが、それでもただ一つ、オレがこの世界でやりたいことは見つかった。

 

 彼女(トネリコ)を守り通す。いつか救いが訪れるその日まで—。




 扱う魔術は二流だとしても、魔術師としての心構えだけは失ってなかった(と思い込んでいた)妖精騎士モードレッドですが、今回のこともあって少し吹っ切れました。果たして彼の終着点はどうなることやら。
 ちなみに今回出たムリアンはBBよりも桜よりにイメージしてセリフ付けしてみました。なんせ牙の氏族に恨みを持つ前ですので。

 妖精眼差分ですが、妖精歴終了時点に執筆する予定です。ただ、軽い総集編みたいなものになるのでセリフだけに。あくまで答え合わせ的なものになると思われますのでご了承ください・・・。


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4:選定の槍と大厄災

 トトロットが加わってからというものの、救世主トネリコの旅は一気に賑やかさを増した。トトロット自身がハキハキとしているのもあるが、やはり暴れん坊気質が残ってるのか喧嘩腰になることが多く、その度にトネリコが宥めるといった光景も多く見られた。

 だがそれとこれとは話が別なようで、当の本人の突っ込みグセは相変わらずだった。

 

 

「—全く、本当にあの星の内海(アヴァロン)から来た妖精とは思えない。」

 

 

「聞こえてますよモードレッド?」

 

 

 ぐぐぐーっとモードレッドにヘッドロックをキメるトネリコ。そう、トネリコはこのブリテンから発生した妖精ではない。あのアーサー王が死後旅立った場所で有名なアヴァロン、そこからやってきた『楽園の妖精』(アヴァロン・ル・フェ)なのである。

 わざわざそんなところから派遣された以上、何かしらの『目的』があるハズなのだが、オレはその『目的』については何も知らない。妖精達の困り事や『厄災』を解決していることに関連しているとは思うが・・・。まぁ、なんにせよこの身はサーヴァント。大した願いも無い以上マスターの『目的』のために骨身を砕いて働くさ。だから早くヘッドロックを解いてくれ、そろそろ限界だ・・・。

 

 

「そこまでにしておけ、『大厄災』への対策を考えてたんじゃなかったのか?」

 

 

「・・・っと、そうでした。では続けますね。」

 

 

 モードレッドを解放するなり即座に話に戻るトネリコ。そう、次に対処すべき『厄災』は100年周期ではなく1000年周期の『大厄災』。その規模はこのブリテンに住まう妖精全てを滅ぼしうる程らしい。

 今のトネリコであれば『厄災』を祓い終えても少し余裕が残るほどの力はあるが、『大厄災』ともなれば全魔力を使っても祓い切れはしないだろう。

 

 

「—ですので『大厄災』に於いて私たちがするべきは、少しでも被害を減らすことです。もちろん祓いはしますが、それにも限度があるのでその分アフターケアにリソースを回すという感じです。」

 

 

「多少の犠牲は織り込み済みというわけか。・・・まぁ、妥協案としては悪くないな。」

 

 

「ま、待てよ!そりゃトネリコにヒドイことしてきたヤツだって沢山いたけど、それでも良い妖精だっているんだぜ。そんなヤツらを見殺しになんてできないんだわ!」

 

 

「落ち着けトトロット。そうならないようにオレ達が動くんだ。な、トネリコ。」

 

 

「もちろんです。それに、今回はこの『選定の槍』もフル活用します。『大厄災』といえども、この槍であれば効果はあるハズです。」

 

 

 そう言ってトネリコが取り出したのは一本の白い槍。なんとこの槍、まさかのアヴァロン産だとか。過去の『厄災』戦の時も何度か使用されており、その度に窮地を救われた。・・・が、トネリコにかかる負担も少なくはないのか、使う度に毎回苦虫を潰した様な顔をしている。それを今回主武装として扱うのであれば長期戦は望めないだろう。

 

 

「今日のところはこれぐらいにしておきましょうか。それじゃ、おやすみなさーい!」

 

 

 そう締めて横になるトネリコ。他の面々も眠りにつく一方、オレは睡眠の必要がないサーヴァントの特性を活かして寝ずの番を務めた。そうしてまた救世主一行の夜が明けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、助けてくれぇ!」「こっちだ、早くしろ!」「逃げろ、逃げろぉ!『大厄災』がやってきたぞぉ!!!」「もうダメだ、おしまいだぁ・・・。」

 

 

 悲鳴、怒号、阿鼻叫喚の声がブリテン中に響く。それはどこからともなくやってきた。黒雲と共に歩を進め、雷霆を喰らう巨大な獣。ブラックドッグ、このブリテンを滅ぼさんとする『大厄災』である。

 

 

「こっちこっち!さっさとするんだわ!」

 

 

「皆さん、早く街の中へ!」

 

 

 トネリコとトトロット、そしてその側についてるグリムが比較的安全な場所への誘導をする中、オレとエクターは逃げ遅れた妖精の救助に当たった。しかし、それにも限度があり—。

 

 

「!?おい、そっちじゃない!戻ってこい・・・!」

 

 

「い、イヤだ、死にたくない。死にたくない!死にたくな—。」

 

 

 行き先を間違えた妖精が雷に打たれて消えた。もうブラックドッグはすぐ側まで近づいてきている。

 

 

「エクター!モードレッド!」

 

 

「トネリコ!・・・すまない、確認できただけでも妖精一翅が—。」

 

 

「大丈夫、むしろ救助できただけマシ!それより、『大厄災』をこれ以上進行させるわけにはいきません。準備はできてますか?」

 

 

「・・・もちろんだ。雑だが対雷用の礼装も幾つか作っておいた。役立ててくれ。」

 

 

 こうしてトネリコ一行の対ブラックドッグ戦が開始された。『大厄災』だけあってその攻撃は激しく、咆哮一つで辺りに雷霆が降り注ぐ。だが、その雷霆はオレの作り出した対雷用魔術礼装・水晶避雷針によりその一部を受け流される結果となる。

 オレの水晶魔術は簡単に述べると、水晶の良い部(・・・)()悪い部分(・・・・)、その二種を極端にまで分け、再構築するという錬金術染みた要素のある魔術だ。

 今回作り出した水晶避雷針は悪い部分、荒れた水晶のみで組まれた柱のようなもので、先端部にはより尖った水晶を選んである。即興で作ったものなので耐久性は皆無だが、それでもブラックドッグの雷霆を散らすには十分なものだった。

 

 

「・・・よし、巻きつけたんだわ!エクター、ちょっと来てくれ!」

 

 

「任せろ・・・フンッ!!うおりゃぁぁぁぁ!」

 

 

 トトロットがブラックドッグの足に素早く糸を括り付けると、エクターはそれを思い切り引っ張り、ブラックドッグを転ばせることに成功した。それを好機と見て—。

 

 

「ハアァッ!!」

 

 

「燃えろ。」

 

 

 トネリコとグリムが、それぞれ選定の槍とルーン魔術を宿した剣でブラックドッグの皮膚を切りつける。オレも普段使っている剣を飛ばし、ブラックドッグに着実に傷を与えていく。そんな時だった、()れていた妖精二翅(・・・・・・・・)がオレの目に映ったのは。

 

 

(!?まだいたのか・・・!残念だが戦闘中だ。抑えるだけとはいえ戦線を離れる訳には・・・。)

 

 

 妖精から目を逸らし、体制を建て直したブラックドッグに向き合う。そんなオレの仕草で逃げ遅れた妖精がいるのに気づいたのか、トネリコの意識がこちらに向いた。

 

 

「モードレッド、そこの妖精の救助をお願いします!今回の目的は討伐ではなく、犠牲を減らすことでしょう!」

 

 

「っ!・・・わかった!」

 

 

 マスターからの命令を聞き、妖精二翅の元へと駆け寄る。ブラックドッグに対しひどく怯えた様子だが、ケガはしてないようだ。

 

 

「怖いよぅ、怖いよぅ。なんであんなものが出てくるんだよぅ。」

 

 

「大丈夫か!ここはオレ達で抑える。早く逃げるんだ!」

 

 

「ムリだよぅ。あんなに大きいんだよ、あんなに強いんだよ?逃げたところでムダさ!」

 

 

「っ・・・いいから早くしろ!本当に死ぬぞ!」

 

 

 どうあっても動こうとしない妖精に苛立ちを見せるモードレッド。すると、二翅の妖精の内一翅がとんでもない提案をする。

 

 

「そうだ!コイツを盾にしよう(・・・・・・・・・)!そうすればアイツの攻撃だって防げるぞ!」

 

 

「—は?」

 

 

「そうだ!そうすれば逃げなくたって大丈夫!ずっとここにいれるぞぅ!」

 

 

「うお!?お前ら、足引っ付くな!なんのためにオレ達が戦ってると思って—。」

 

 

「モードレッド、後ろっ!!!」

 

 

 トネリコの叫び声が聞こえる。言われた通り後ろを向くと、そこには口に雷を溜め込んだブラックドッグの姿が。

 

 

「なっ・・・。」

 

 

「避け—。」

 

 

 指示を出す間もなく雷撃がモードレッドを襲う。余波で木々や大地も抉られ、側にいた妖精二翅も消しとばされた。しかし—。

 

 

「・・・・・・うっ、ぐ・・・。あぁクソ、虎の子だったんだけどなぁ・・・。」

 

 

 しかし、モードレッドを倒し切るまでには至らなかった。あの一瞬、魔術礼装である『荒れ水晶の剣』と『歪みなき丸水晶』を取り出したモードレッドは剣を砕いてチャフとし、水晶玉を丸盾へと変形させて雷撃を防ぎ切った。

 とはいえ代償は大きい。細かく砕かれた荒れ水晶は消滅し、対して丸水晶が変形した盾は傷一つ負わない強靭ぶりを見せたが、それを使役するための左腕はあらぬ方向に曲がっている。二撃目はどう足掻いても防げない状態であった。

 

 

(・・・ここまで、か。)

 

 

 深いダメージを負ったモードレッドは意識を失う。その間際にある言葉を聞いて。

 

 

「—選定の槍よ。」




 妖精歴2000年にはアルビオンの加護を得た北の妖精が襲来。妖精歴1年で(恐らく)ケルヌンノスの呪いによって妖精全滅。ということで、妖精歴1000年の大厄災にはブラックドッグさんに務めて頂きました()
 ちなみに妖精騎士モードレッドが扱う魔術礼装の正式名称は『荒れ水晶の剣』『歪みなき丸水晶』としました。魔術師らしく英語版名称もつける予定です。シンプルなものになるとは思いますが。


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5:夢と封印

 —眠りにつくと、決まって同じ夢を見る。いつか行った鉱脈のように薄暗くもあれば、文献でしか見ることのなかったステンドグラスから漏れ出る光が部屋を照らす。そんな場所の中央にオレは立っていた。

 そして、部屋の奥にある玉座にはステンドグラスを背に一人の魔女(・・)が座している。魔女は魔術を行使する。オレの魔術を模倣する。オレの魔術が牙を剥く。対抗しようと魔術礼装を起動させるが、制御が効かない。そう思った次の瞬間には、オレの右手にあったハズの剣が喉に—。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・うっ、ここは・・・?」

 

 

「あ、起きた!モードレッド起きたぞ!心配したかんなコノー!!」

 

 

「ちょっ、トトロット。叩くな、キツい・・・。」

 

 

「無事で何よりです。妖精騎士モードレッド。」

 

 

 気がつくと、ベッドに寝かされていた。天井や壁の質を見る限りどこか作りのいい建物の中だとは思うが、それよりも気になることがある。

 

 

「トネリコ、『大厄災』は・・・!?」

 

 

「安心してください。『大厄災』は選定の槍の力によって打ち倒されました。」

 

 

「・・・・・・はい?」

 

 

 間の抜けた返事が出た。確かに優勢ではあったが、それでも倒せるような相手では・・・。いやそれより、選定の槍を使ったということは—。

 

 

「トネリコ、身体の方は大丈夫か?今まで以上に選定の槍を使ったことだし、それなりに異常が・・・。」

 

 

「えっ?何言ってるのモードレッド。別に選定の槍使っても、代償とかないからね。」

 

 

「はぁっ!?いや、毎回使った後変な顔してたし、何かあるに決まってるだろ!」

 

 

「・・・あー、そういうことですか。あの、結論から言うとですね。

 

 

 

 

 —選定の槍、使えなくなっちゃいました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トネリコ曰く、選定の槍は使用者の心象によってその在り方を変化させる。減点方式のようなものなので、穢れることはあっても清められることはない。そうして長く使い続けられて行く内に選定の槍は少しずつ、少しずつ穢れていき、遂に『大厄災』を終える頃には魔槍(・・)と化してしまった。妖精への殺意に溢れた恐るべき武器に。

 

 

「なぁモードレッド、歩いて大丈夫なのか?足の調子悪いんだろ。」

 

 

「・・・霊基は軋むが、これぐらいなら問題ない。それよりトトロット、トネリコについてやってくれ。余力があるとはいえ、魔力消耗してることに変わりはないからな。」

 

 

 トネリコがソールズベリーの聖堂に選定の槍を納め、封印を施した後、オレ達はすぐに『棺』のある洞窟へと出発した。『大厄災』に加えて選定の槍の封印もしたことで魔力を大量に使ったトネリコもそうだが、今回はブラックドッグの雷撃で足をやられてしまったオレもいるため進行速度は遅めだ。

 

 

 

「今日はここで野宿だ。モードレッド、見張りはオレが行く。トネリコと共に薪の準備を頼む。」

 

 

 普段はオレが見張りについて、グリムとトネリコが焚き木ついでに授業をするのだが、オレの不調もあって役割を交代することになった。エクターやトトロットは夕食の準備をしに席を外したため、今この場にいるのはオレとトネリコだけとなった。

 

 

「さーて、パパッとやっちゃいましょうか!あ、そういえばモードレッドと二人きりになるのは洞窟以外だとこれが初めてですね!」

 

 

「・・・そうだな。」

 

 

「どうしたんです、モードレッド?まだ『大厄災』でのダメージが残ったり?そういう時は遠慮しないでドンドン言っちゃって!」

 

 

 捲し立てるように話し続けるトネリコ。明るく振る舞ってはいるが、もうその空元気(・・・)は見てられない。

 

 

「まだ選定の槍の件引きずっているのか?」

 

 

「—・・・。」

 

 

 オレの放った一言によりトネリコは無言となる。雰囲気が暗くなったのも気のせいではないだろう。

 生前の、純粋な魔術師としてのオレなら「愛着のある武器を失ったことで悲しんでいる」と解釈しただろうが・・・。

 

 

「・・・別に選定の槍が穢れたことなんて、誰も気にしちゃいないさ。」

 

 

 恐らくトネリコが気に病んでるのは、己の手によって選定の槍が穢れ切ってしまったこと。多少なら欺けるが、今回の様に完全に変質してしまっては誤魔化しようがないだろう。

 トネリコは悪しき心の持ち主だと。

 

 

「慰めてくれるのは嬉しいけど、それでも邪な思いがあったことは事実だよ。笑っちゃうよね、楽園から来た救世主がそんなヤツだなんて。」

 

 

 トネリコの口から渇いた笑いが漏れる。その笑いは、ヤケにオレの耳に残った。だから気づかぬ内にこんなことを口走ったのだろう。

 

 

「・・・お前の旅は笑って済ませられるほど楽じゃなかっただろ。全く1000年も続けやがって。」

 

 

「・・・!」

 

 

「選定の槍がそうなるほどにイヤな思いし続けてまで妖精助けてきたんだ。まぁ、その穢れが色んな解釈できる以上、特にコレと決めつけられはしないが・・・そうしてまで頑張るのなら助けないわけにもいかないさ。例えサーヴァントでなくともな。」

 

 

「—ふふ、なにそれ。でも、ありがとうモードレッド。ちょっとだけど元気はでたかな。」

 

 

「それはなによりだ。・・・さ、そろそろエクター達も戻ってくるだろ。早いとこ火をつけないとな。」

 

 

 トネリコが魔術によって火をおこす。グリム仕込みだけあってその所作は完璧なものだ。文句無しの満点をくれてやった。

 その後の夕食や就寝前のトネリコからは、ソールズベリーからの作り笑いは無くなっていた。




 事件簿コラボ没頭して筆が進まなかった・・・。ストーリーの内容が濃すぎる(褒め言葉)
 それで筆が止まっている内にも評価されたりお気に入り登録してくれる人がいるんだから感謝感激ですよ・・・!
 感想も書いてくださり嬉しい限りですが、この話の先、特に主人公が行き着くものについては言葉を濁させていただきますのでご了承願います。


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6:牙の氏族と亜鈴返り

 『大厄災』が起きてから300年。妖精達も徐々に数を増やしていき、復興も大分進んできた。その背景には救世主の活躍もあるのだが、あまり感謝はされず、都合良く事実を曲げられてたり。

 今日も今日とてブリテンを旅する救世主とその仲間たちであったが・・・。

 

 

「・・・ライネック、気持ちはわかるがその肉を寄越せ」

 

 

「断る!これはオレと・・・ト、トネリコ・・・のものだ!!」

 

 

 その中にひときわ大きな牙の氏族。それは数日前の事—。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、今回の依頼は楽勝でしたね!色んな魔術も試せましたし、一石二鳥ってヤツです!」

 

 

「後始末全部オレがやったけどな!?・・・はぁ、今回はちゃんと報酬取るぞ。今日の分どころか、保存してある食料も少なくなってきてる。牙の氏族相手じゃ肉は難しいが、野菜や果実ぐらいなら—。」

 

 

 そうした算段を立てながら牙の氏族ばかりが住む村に戻ると、なにやら騒ぎ声が聞こえた。急ぎ足で戻ると、そこには傷だらけの依頼主とその首を潰さんとする妖精の姿があった。

 

 

「なっ・・・!」

 

 

「なんだテメェら。」

 

 

 驚嘆の声を上げると、それに反応したのかその妖精がこちらを向いた。ただそれだけの行為であったが、得体の知れぬ圧を感じた。

 

 

「いきなりすいません。ちょっとその方に話があるので、解放してもらってもいいですか?」

 

 

「・・・・・・フンッ、命拾いしたな。」

 

 

「ニャギャッ!?」

 

 

 トネリコが物怖じせずに申し立てると、案外あっさりと猫顔の妖精・グレイマルキンを放り投げた。トネリコはその妖精に近寄り、治癒の魔術をかける。

 

 

「大丈夫ですか?こういう状況で言うのもなんですが、アナタの依頼はちゃんと解決しましたよ。」

 

 

「た、助かったニャ・・・。そ、そうニャ!次はアイツをなんとかしてくれニャ!」

 

 

「・・・あ?」

 

 

 一命を取り留めたグレイマルキンが、労いの言葉も無しにオオカミ妖精(仮)を指差す。先程死にかけたばかりで礼を求めるほど鬼畜ではないし、依頼を連続して受けることも慣れっこだが・・・。

 

 

「あんなヤツがいたら皆困るニャ!さっきみたいにやられるニャ!救世主様ならなんとかしてくれるに決まってるニャア?」

 

 

「あ、あの、まずは何故争うことになったのかをですね・・・。」

 

 

「そうだ!アイツ、誰彼構わずイジメてくるんだ!強いから誰も勝てない!」「あんなに強いなんて絶対おかしい!きっとアイツは『厄災(・・)』なんだ!」「救世主様なら『厄災』だって倒せるよね!早くアイツを倒してくれ!」

 

 

「おい、もう収拾つかんぞ。」

 

 

 エクターが呆れたように愚痴を溢す。確かにアイツの強さは戦わずとも感じ取れるほどではある。しかし『厄災』というには時期が早すぎる。まさかとは思うが・・・。

 

 

「・・・ったく、うざったらしいんだよこのグズ共がぁ!!」

 

 

「いかん!!」

 

 

 オオカミ妖精が凄まじい勢いで騒ぐ妖精達に襲いかかるが、エクターは咄嗟に身を投げ出してオオカミ妖精を食い止めた。しかし—。

 

 

「ウゥアァッ!!」

 

 

「ぬお!?」

 

 

「エクター!!?この・・・!」

 

 

 オオカミ妖精のアッパーカットにより、エクターが弾き飛ばされる。間髪入れずに猛進するオオカミ妖精をオレの水晶魔術流ガンドで牽制する。

 

 

「!?消え—。」

 

 

「遅ぇ!!」

 

 

「ガッ・・・!?」

 

 

 横一直線の蹴りが頭に直撃する。そのまま振り抜かれると、オレの身体は低い弾道で飛び、何回か地面に叩きつけられることになった。

 姿だけは捉えておこうとなんとか顔を向ける。オオカミ妖精はオレとエクターの妨害により標的を変えたのか、次はトネリコに向かって突撃し、腕を振り上げていた。

 

 

「!?なんだこいつは・・・!」

 

 

「トネリコに手出しはさせないんだわ!」

 

 

 その振り上げた腕にはトトロットの糸が巻き付いており、エクターをも吹っ飛ばしたその膂力を完全に抑えていた。その隙にグリムがオオカミ妖精の首に剣を突きつける。

 

 

「ウッ・・・!?」

 

 

「動けば、わかるな?」

 

 

「グ、グルルゥォ・・・ッ!!」

 

 

 悔しさが感じられる唸り声を上げるオオカミ妖精。身動きの取れないソイツに、トネリコが近づいて— 。

 

 

「あの、一つ提案があるんですけど、別の場所に行きませんか?ここだとより被害が出そうなので。」

 

 

「なんだと・・・!キサマ何のつも・・・ッ。」

 

 

 食ってかかろうとするオオカミ妖精だが、その前にグリムが剣を更に押し当てる。気持ちはわからなくもない。今の状況において、その提案はオオカミ妖精にとって有利に働くのだから。

 

 

「・・・いいだろう。オマエの話に乗ってやる。」

 

 

「ありがとうございます。では、あちらへ。」

 

 

 トネリコの誘導に従うオオカミ妖精。グリムとトトロットも剣や糸を離し、トネリコとオオカミ妖精の間に入るように合流する。

 

 

「おいモードレッド、生きてるか?」

 

 

「・・・なんとかな。今起きる。」

 

 

 頭の揺れなどお構いなしに立ち上がる。飛距離だけで言えばエクターの方が飛ばされてたのだが、流石というべきかピンピンしているようだ。

 そうしてオレ達二人は遅れて合流しようとするのだが、その途中でトネリコから念話が届いた。

 

 

「・・・全く、一日の消費量としては過去最高だな。」

 

 

「なんだ、指示でもされたか。」

 

 

「そんなところだ。悪いが先に行ってくれ。」

 

 

 トネリコの進行方向とは真逆、村の方に向き直り魔術の準備をする。使うのは大きめの麻衣袋二つ分たっぷりに入った水晶とオレの魔力。そうして少しばかり工夫して作ったのが、壁である。

 

 

「よし、こんなものか。・・・触媒のストックは余裕あったんだが、まぁいいだろう。」

 

 

 一切の透き通りもない水晶の壁。しかし粗悪品かといえばそうでもない。トネリコの注文とは別に、並の妖精では撤去に苦労するほどの強度は誇らせた。

 自分の仕事ぶりと貯蓄していた水晶の大量消費に一喜一憂しながらも、早足でトネリコの元に向かう。オレが着いた頃には、トネリコ達とオオカミ妖精は一定の距離を保って睨み合っていた。

 

 

「モードレッド、頼んでたものは?」

 

 

「見えてるだろ?アレなら充分だ。」

 

 

「ほう、万が一って時の防壁か。あんな壁でオレを止められるとでも?」

 

 

 オオカミ妖精が臨戦態勢に入る。対するオレ達も構え始めるが、トネリコだけは構えを取らず、対話を試みた。

 

 

「ああいえ、勘違いしているようですが、私はアナタと戦うつもりはありません。」

 

 

「・・・なんだと?」

 

 

「つまりですね。アナタを逃しちゃおう(・・・・・・・・・・)というわけです!」

 

 

 ・・・なるほど。だからあの時、こちらの様子が見えない障害物の制作を命じたのか。てっきり妖精達が恐慌してモース化しないための策かと。

 

 

「逃がすだと?『厄災』であるこのオレをか?」

 

 

「いえ、アナタは『厄災』ではなく『亜鈴返り(・・・・)』の妖精でしょう。」

 

 

 『亜鈴返り』とは、ブリテンに於ける原初の妖精・六氏族の始祖と同等の力を持って生まれた妖精を指すものである。それも牙の氏族の『亜鈴返り』ともなれば、このブリテンの妖精の中でも最強と言っても過言ではない。そう、アイツはただ強すぎるだけで『厄災』ではないのだ。

 

 

「だからなんだ!オレがあのグズ共を潰そうとしたことは事実だ!それでも戦わないってのか?」

 

 

「はい、だってアナタ、根っこの方は善い妖精だと思いますから。」

 

 

「・・・脳みそ腐ってんのか?」

 

 

「失礼な。もしアナタが凶暴で悪い妖精だったら、私が油断してる隙に襲いかかってきたでしょう。でもアナタはしなかった。それだけで充分です。」

 

 

 トネリコの言葉によって、オオカミ妖精の闘気や怒気と言ったものが収まっていくのがわかった。どうやら戦闘は避けられるらしい。

 

 

「・・・・・・フゥゥゥゥゥ。興が削がれた。戦うのはヤメだ。」

 

 

「よろしい。それでは、アナタを逃がすためのカモフラージュに入るとしましょうか!えっと・・・そういえば名前聞いてませんでしたね。」

 

 

「・・・ライネック。」

 

 

「ではライネックさん。今から私が魔術を放つので、それに合わせて姿を隠してください。あ、ちゃんと外すので安心していいですよ。」

 

 

 こうしてライネック死亡ぎそう作戦の内容を伝えたトネリコは、距離を取ってライネックの横に魔術が落ちるよう狙いを定め、詠唱を始めた。

 

 

「やれやれ、今回ばかりは突っ込むようなマネせんで助かった。」

 

 

「そうだな、流石に『亜鈴返り』相手じゃ骨が折れ—。」

 

 

 急に不安が押し寄せてきた。いや、何か第三者の邪魔が入るとかじゃなくて、当事者がやらかすような、そんな異変を感じとったような・・・。

 

 

「おぉ、すげー!トネリコの魔術、いつもよりすっごい派手だぞ!!」

 

 

「待て待て待て!?そこまで魔力込める必要ないだろ!??おい、ライネック!もう逃げとけ!!これはヤバ—。」

 

 

 トネリコの放った魔術がどれほどヤバかったか。その威力は余波でオレの水晶壁が崩れる程と言えばなんとなく察せられるハズだ。




 次回はライネックが如何にして救世主一行に加わったか・・・の話ではなく、また別のターニングポイント的な出来事の話となります。ライネックの話はまた別の機会に・・・。


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7:人間と北の女王

「・・・ここも、ですか。」

 

 

「あぁ、ひどい有り様だな。」

 

 

 ライネックの件から700年程が経ち、『大厄災』がやってくる時期となった頃。そんな時に、妖精達の暮らす村が幾つか潰れ始めていた。

 

 

「やはり他の事例同様、北に痕跡が続いている。これは間違いないだろう。」

 

 

「・・・北の妖精の仕業か。全くこんな時期に面倒事を増やしおって。」

 

 

 破壊痕はあちこちにあるが、それでも相当の頭数で移動した痕跡は今まで調査したどの村でも残っている。これが自信の現れでなければただのマヌケという事になるが・・・。

 

 

「フンッ、北の妖精共が幾つも村を滅ぼせるとは思えんがな。どういう手を使ったかは知らんが、一筋縄ではいかんようだ。」

 

 

「えぇー、考えすぎじゃないかライネック(・・・・・)?ムリアンのヤツもそんなこと言ってたけどさー。」

 

 

 こういう時のライネックの意見はグリムの次に参考になる。戦闘に於いての観察眼はこういう場でも遺憾なく発揮されるようだ。

 ・・・ライネックがオレ達の仲間になった経緯はかなり複雑なので機会があれば話そう。

 

 

「ねぇエクター、モードレッド。一つ違和感があるのですけど・・・。」

 

 

「オマエさんも気づいたか。血の痕がないのはここらだけだ。」

 

 

 村の中だけでなく、外にまで続く血痕。しかし、たった一箇所だけ破壊されてはいても血の流れていない場所があった。

 

 

「人間小屋、だな。相変わらず逃がさない作りだけは立派だよ。」

 

 

「・・・まさかとは思うが。」

 

 

「そのまさかかと。北の妖精は人間を連れ込むことで戦力を増強しているのでしょう。」

 

 

 ブリテンの妖精は近くに人間がいるというだけで力を増す・・・だけでなく幸福感すら感じる。つまり、妖精にとって人間は生きるエネルギータンクのようなものなのだ。

 そして逆説的に考えれば生きてさえいればいいので、遊び道具として死に至らないまでの仕打ちをしたり、最悪人数が多ければ一人ぐらい減ってもいいだろうと実際に殺してしまうことも少なくはない。

 北の妖精が人間を攫うのはそうした供給が不足しているのか、あるいはただ遊び道具が欲しいのか・・・。

 

 

「今日はもう撤収しましょうか。これ以上の収穫は無さそうだし、何よりみんな疲れてるだろうしね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、不自然だったのだ。何故わざわざ人間を攫ったのか。何故南の妖精から奪う必要があったのか。オレ達の知るケースであれば村の中で殺し合いなんてこともあるが、ここ最近はそういった話は飛んでこなかった。

 故に、目的そのものが別だったことを追求すべきだった。

 

 

「全くグレイマルキンのヤツ!ボク達への扱いが雑なんだわ!あのにゃーにゃー声もイヤになりそうだ!」

 

 

「まぁまぁトトロット、そこは報酬を貰えるだけありがたいと思いましょう。そういうところだけはキチンとしてますから。」

 

 

 救世主使いの荒い、もとい上手いグレイマルキン(クソネコ)の依頼を終えた道中、不満を漏らすトトロットとそれを宥めるトネリコ。そしてオレのすぐ側にも不機嫌なヤツが。

 

 

「チッ、あのクズめ。やはりあの時殺して置くべきだったか。」

 

 

「ライネック、言うまでもないと思うが・・・。」

 

 

「わかっている!・・・フンッ、つくづく性に合わん事だ。」

 

 

 最早殺意を出すまでに至るほどの嫌悪感を抱くライネックに申し訳程度に釘を刺す。

 ここだけの話、トネリコやトトロットよりも突っ込まないので本当に助かっている。その分手に負えなくなった時が辛いが、それでもこちらの負担量が軽減されるのは助かる。いやこれ以上増えたら胃がやられかねない、サーヴァントなのに。

 

 

「おい、そろそろ次の村に—。」

 

 

「?どうしたエク・・・。」

 

 

 妖精は超自然的な存在であり、間違っても人間が敵う相手ではない。だからこそブリテンの人間は家畜同然にされていたのだ。

 しけし、エクターの視線の先、そこには村の妖精が人間の手によって倒されるという残酷かつ不可思議な光景が広がっていた。

 

 

「トトロット、モードレッド!人間達の食い止めをお願いします!他の三人は私と一緒に救助活動!」

 

 

「任せろ!モードレッド、行くぞ!」

 

 

 トネリコの指示に従い人間と妖精の間に割って入る。人間達が持っている武器を投擲用の水晶の剣で抑えようとしたが、少しの鍔迫り合いで砕かれてしまった。

 

 

「・・・なるほど。」

 

 

「邪魔をするな!」

 

 

 再度攻撃を加えようと、武器が大きく振りかぶられる。それに焦ることなく、オレは砕け散った水晶片を触媒に魔術を行使する。

 

 

「ゴァッ!?」

 

 

「普通ならそれで意識は落ちるハズだが・・・もう少し威力を上げても問題無さそうだな。」

 

 

 四方八方からのガンドにより体制を崩した人間を手刀で失神させ、後続に意識を向ける。オレの戦い方を見て、すぐには攻めずゆっくりと機を伺い始めたが、攻める前にこの戦いの幕は下された。

 

 

「アナタ達、一体何をしているのかしら!」

 

 

 突如この場に響き渡る声、それを聞いた人間達が一斉にその方向を向く。

 

 

「じょ、女王様!これは・・・。」

 

 

「皆まで言わなくて結構。大方私のために一人でも多く南の妖精を殺しておこう(・・・・・・・・・・・)って魂胆でしょう?意気は認めますが、報告も無しに動いた罰は与えます。」

 

 

 女王と呼ばれたその者は妖精であった。しかし、妖精というにはあまりにも凄まじい威圧感。ライネックのそれとはまた別のベクトル、圧倒的強者ではなく上に立つ者としての器量が感じ取れた。

 

 

「・・・いきなりで失礼ですが、アナタは?」

 

 

「あら、アナタ噂の救世主ね?ふーん・・・ま、他の妖精よりはマシってところかしら。いいわ、教えてあげる!私は影の国(アイルランド)の女王マヴ、北の妖精や人間達を統べるもの。そして純血龍アルビオンの加護を受けたブリテンの支配者(・・・・・・・・)よ!」

 

 

 今回の『大厄災』は北に住む妖精や人間に与えられた龍種の加護そのもの(・・・・・・・・・)という決まったカタチがないもの。そしてその影響を大きく受けた女王マヴこそが、近い未来『夏の戦争』を引き起こすことになる張本人である。




 設定等を確かめにアヴァロン・ル・フェ見返したらその度に精神がやられます()
 何度見ても慣れないし感動するとかいうある意味ヤバい章ですわ・・・。

 ところで話は変わりますが、遂にモルガン陛下とトリ子の二人がメインの礼装来ましたね!まさに理想郷の一つなので入手したいところ。


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8:『夏の戦争』と婚約者

 女王マヴがオレ達の前に姿を現してから数日、現在ブリテンは北の妖精と南の妖精に分かれた戦争の真っ最中である。

 

 

「予想通り、状況は不利。このままだと全滅は必至ですね。

 

 

「あぁ、核になっているだろうマヴさえ突破すればいい話ではあるが、アレはムリだな。数が違いすぎる。」

 

 

 予測にはなってしまうが、アルビオンの加護の大半を継いでいるのはマヴ。それを叩けば他の妖精や人間にもかかっている加護は段々と消え、形成逆転も可能になるハズ・・・なのだが、取り巻きが多すぎてオレ達のような少数精鋭ではマヴの元まで辿り着けないのだ。仮に辿り着けたとしても兵士の相手で疲弊してるオレ達にマヴが遅れを取るとは思えない。

 

 

「ヤツ自身も前線に出るのは好奇だと思ったが、全く油断してねぇ。オレ達がどこから参戦しても対応できる陣形を組んでやがる。腹立たしい事この上ない。」

 

 

「なぁ、どうするんだよトネリコ。このままじゃみんなやられちまう。ボクそんなのヤダぞ!」

 

 

 まさに絶対絶命のこの状況。しかし、トネリコにはまだ策があった。無謀としか思えないほどの策が。

 

 

「そうですね。ではマヴの元まで直行する、というのはどうでしょうか。」

 

 

「待て、周りの取り巻きはどうするつもりだ。あそこで消耗すればマヴには・・・。」

 

 

「大丈夫です、要は戦闘しなければいい(・・・・・・・・・)話ですから。ただ、そうなると全員で行くのは厳しそうですね・・・よし、エクターついて来て。グリム達は南の妖精の監視をお願いします。」

 

 

「お、おい、エクターだけでいいのか?グリムはともかく、オレは霊体化すれば・・・。」

 

 

「ダメです、恐らくマヴには勘付かれるでしょう。心配しないでも、無事に帰って来ますよ。」

 

 

「・・・・・・わかった、朗報を期待する。エクター、頼むぞ。」

 

 

「任せておけ、この身一つでいいなら幾らでも差し出してやるさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「—さて、こっちもこっちでマズイことになったな・・・!」

 

 

 トネリコがエクターと共に北の妖精達の元へ向かった頃、オレ達は南の妖精の動向を見ていたのだが、しばらくして北の妖精からの攻撃が止んだ事に気づき、一気に攻めようと蜂起したのだ。

 今攻め込まれれば混戦は避けられない。そこでオレら四人は南の妖精の軍を抑えることに従事することとなった。

 

 

「ハッ、北に比べれば南の妖精など軟弱よ!」

 

 

「勢い余って殺すなよライネック。」

 

 

「フン、誰にモノを言ってる。」

 

 

「モードレッド!こっち頼むんだわ!そろそろ崩れる!」

 

 

「今行く!こうなったら何袋でも使ってやるよ!!」

 

 

 自分で言うのもなんだが、この場をライネックの次に抑えているのはオレだ。いつか作った水晶壁、その亜種。糸のように細くした水晶を編み込み、物理的な強度を上げた一品。それが妖精達の進行を妨げている。

 あえて欠点を言うのであれば荒れが多い不純な部分はあまり使えないことだが、このブリテンで取れる水晶はどれも品質が良い。燃費が悪いのに変わりはないが、無駄な部分が多く出ないのは精神的にも楽できる。気休め程度ではあるが。

 

 

「モードレッド、触媒の在庫は?」

 

 

「・・・正直厳しい。最悪オレの魔力で補えば多少なりとも数を増やせるが・・・そちらはどうだ。トネリコから何か来てないか?」

 

 

「何かあればお前にも来るだろう。そう心配するな。」

 

 

「・・・あぁ。」

 

 

(エクターもいるし大丈夫だとは思うが・・・。いや、ここまで時間が経って何もなければ、持ち込めはしたのか?和平交渉に。)

 

 

 トネリコが南の妖精を守るために下した一手、それはマヴに戦いを止めさせることだった。確かに北の妖精は軍として圧倒的な力を持っているが、それ故にトップの指向には逆らえない。女王マヴがあるタイプの王として君臨するなら、交渉の余地が無くとも一対一の場には持ち込める・・・というのがトネリコの談だ。

 良くて一騎討ち、悪くて精鋭との戦いになるが、それを切り抜けても軍のど真ん中。生還の余地があるとは思えない。やはり距離を取ってでも一緒に行くべきだったか—。

 

 

「モードレッド、聞こえたな?」

 

 

「・・・グリム、あとは任せる。」

 

 

「おい、トネリコに何かあったのか?言え!」

 

 

トネリコがやってくれた(・・・・・・・・・・・)。それよりライネック、トトロット呼んでこい!あとは引くだけだ!」

 

 

 ライネックに指示し、オレは残った水晶をありったけ使って砂嵐のように妖精達に飛ばす。目に入ったり傷口に入ったりと怯んだ隙に退却し、それを見計ったようにグリムの魔術が妖精達を吹き飛ばす。その威力はトネリコの本気に匹敵する程であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「—それで?何もかも予想通りだったわけじゃないだろう。」

 

 

「えぇ、お互いにとって予想外の出来事があったのは確かです。」

 

 

 あれからマヴとの交渉に成功したトネリコと合流したオレ達であったが、南の妖精の邪魔をしたのは事実なので良い目はされなかった。そんなわけで、また姿を消すべく『棺』の洞窟の最奥を目指していた。

 

 

「最初は話を聞いてはくれましたが、それでも止めるつもりがなかったようで精鋭達と一緒に襲い掛かられちゃいました。エクターが盾になってくれたおかげでなんとか乗り切れましたが・・・。」

 

 

「エクターだからできた力技、か。あとで労ってやらないとな。だが、そこから一体どうやって勝ったんだ?」

 

 

「・・・その、ですね。その戦いの最中、一人の人間が亡くなられたのです。その人間には特にアルビオンの加護が強かったのですが、肉体が耐えきれなかったようで。」

 

 

「それがどうした?人間一人失ったところで—。」

 

 

「その者はマヴの婚約者でした。」

 

 

「!?」

 

 

 婚約者、だと・・・!?いや、南の妖精達の扱いと一括りで考えるのは良くない。価値観は様々だ。マヴにとってはそれが婚約対象にまでなる程であったということで・・・。

 

 

「その瞬間を目の当たりにしたマヴは戦意を喪失。そして、向こうから戦いの終わりを申し出ました。」

 

 

「そう、か・・・なぁ、トネリコ。いっそのこと、マヴが勝った方が良かったんじゃないか?そうすれば—。」

 

 

 そうなれば、もう迫害されることはないかもしれない。頑張った分報われるような世界になるハズだ。

 

 

「それはいけません。女王マヴが南の妖精を根絶やしにするという意思は本物でした。それに万が一南の妖精が傘下に入るとしても、いつか必ず反発するでしょう。」

 

 

「・・・すまない、今のは失言だった。」

 

 

「いえ、大丈夫ですよ。・・・それに、今回は個人的な感情でも動いてたのであまり褒められたことではないですから。」

 

 

「な・・・そうなのか。」

 

 

 トネリコが私情を挟むのは滅多にない。たまに後先考えず突撃したりするが、悪い結果になることは早々ないのもそれが起因している。

 

 

「えぇ、だって—。」

 

 

 —■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(ブリテンの支配者なんて許せるわけがない)




 補足ですが、最後の伏せ字の内容は当たりざわりのないものとなっています。簡単に言うと、本心の内容が過激かつ自分勝手なものになってない感じです。


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9:人の騎士と『円卓』

 さて、今更だがこのブリテンに起こる厄介な現象の説明をしよう。このブリテンは人間ではなく妖精が頂点に位置する世界であるが、そんな妖精にも天敵がいる。その名は『モース』。並の妖精であれば触れただけで侵され死に絶える、形を取った呪いとも言うべき存在である。

 

 

「フッ!・・・エクター、そっちは!」

 

 

「少々キツイが、これぐらいなら耐えれる。終わったならさっさと別のところに行け!」

 

 

 

 と、村へ向かう道中で遭遇することもある。そうでなくとも依頼で駆除することはあるのだが、 妖精でないオレであっても多少の影響はあり、あまりやりたくないというのが本音だ。

 

 

「■■■■■■■■ーッ!」

 

 

「!また湧いたか。だがこの数なら。」

 

 

 余裕で倒せる。そう思った次の瞬間、予想外の出来事が起こった。

 

 

「「たあぁぁぁぁ!!」」

 

 

「むっ!?」

 

 

 槍を持った人間がモースを後ろから突き刺した。オレのところだけでなく、ライネックやエクター、グリム。果てにはトネリコとトトロットの周りにも人間達が守るように躍り出た。

 そして、その人間達のリーダーであろう人物がオレ達に声をかける。

 

 

「大丈夫か?牙の士族一人でこの数は辛かっただろう。あとは僕たちに任せてくれ!」

 

 

「えっ、あっ、ちょっと!」

 

 

 トネリコの静止も聞かずに人間達はモースに攻撃を加え始める。そうしてモースの群れは片付き、ようやく落ち着いて話せる状況となった。

 

 

「災難だったね。もしかして、旅をしている妖精かい?それにしては様々な士族と一緒みたいだけど・・・。」

 

 

「フンッ、余計なコトをしやがって!テメェらの助けなぞ無くともオレ達だけで、いやオマエ達より早く片付けられたぞ!」

 

 

「そうだぞ!ボクたち救世主一行がそんな簡単にやられるもんか!」

 

 

「二人とも、そこまでに。」

 

 

 リーダー格の人間にライネックとトトロットが食ってかかる。確かにあのまま戦っていればより早く終わってたのは事実かも知れないが、それでも助けてもらったことに変わりはない。二人を宥めるトネリコを他所に、救世主と聞いたリーダー格の人間が興奮気味に話す。

 

 

「救世主・・・?も、もしかしてキミ、いやアナタは救世主トネリコなのか!?」

 

 

「は、はい、そうです。」

 

 

「おぉ、会えて光栄です・・・!あぁ、失礼。僕はウーサー。アナタに憧れて、困っている者を助けようと活動しています。ここにいる人間達も、同じ信念を掲げた自慢の仲間です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、では発足してからまだそんなに日は経っていないのですね。」

 

 

「は、はい、恥ずかしながら・・・志ばかりが高いままで。」

 

 

 ウーサーと名乗った人間は自分達が作った村にオレ達を招待し、トネリコはそれを受けて現在ウーサーと談笑している。一見みすぼらしい場所だが、家や塀を作った者の懸命さ・誠実さは伝わってきた。水晶から多くの礼装を作っている以上、物作りに関してはそこそこ精通している。

 

 

「いえ、これだけの人間を集めるには目に映る数以上の困難があったでしょう。その頑張りは高く評価します。それと、今更ですが敬語は結構です。」

 

 

「あ、ありがとう・・・しかし、やはりアナタほど上手くはいってない。妖精に虐げられる人間だってまだまだいるし、僕たち自身も狙われることだってある。こんな調子じゃ、やれることなんてタカが知れてる。でも、これが少しでもアナタの助けになるならばこの一生、費やす価値がある。」

 

 

 そう語るウーサーの目は輝やしく、それでいて力強いものだった。これほどまでに強い意思を持った人間はこの数千年の中でもいなかった。この世界でそんな人間が生まれたこと自体に感動すら覚える。

 そう感じていると、トネリコがある提案を持ちかけた。それこそ、まるで全チップを賭けに出す様なものを。

 

 

「ウーサーくん。アナタの思い、しかと伝わりました。しかし、妖精達の氏族間の争いは収まらず、アナタ達人間も消費されていく一方でしょう。ですが、もしアナタがどんな目にあっても構わないというのなら、このトネリコがたった今思いついた計画に乗ってください。もちろん強要はしません。」

 

 

「・・・その計画、聞かせてくれ。」

 

 

「いきなりですが、結論から言うとウーサー君。アナタには六つの氏族を統べる王(・・・・・・・・・・)になっていただきたいのです。」

 

 

『!?』

 

 

 この話を聞いて驚かない者はいなかっただろう。なにせ、人間より強大な力を持つ妖精の上に人間を立たせる、と言う無理難題のものだったのだから。

 

 

「もし妖精達の中で王が立てられても、王となった者の氏族以外から反発されることは間違いないでしょう。そこでどこにも属さない人間であるアナタが王となって妖精達を収め、平和な世界を築くのです。」

 

 

「い、言いたいことはわかるが、そう簡単に行くものなのか?それに、ボクよりもトネリコの方が長く生きれるし、上手く収められるんじゃないだろうか・・・。」

 

 

「私ではダメです。確かにどの氏族の出身でもありませんが、それ故に妖精達からは根本的な部分で嫌われるので。」

 

 

「だったら、僕でも同じなのでは・・・。」

 

 

「えぇ、ですからそうならない様に力を示す必要があります。アナタが妖精達の上に相応しいと誇示するために。」

 

 

 トネリコが言いたいのは、ウーサーに六つの氏族全てを打倒させて王として認めさせるというものだ。だか、それはつまり—。

 

 

「・・・六氏族相手に戦争を仕掛ける、ということかい?」

 

 

「はい、そんなところです。あ、大丈夫ですよ、私達も全力でサポートさせていただきますから!」

 

 

「それは助かるんだが・・・救世主とあろうものが自分から戦争を仕掛けても問題無いのか?」

 

 

「ウーサー君、私の目的は今のブリテンをより良くすることです。その大幅な近道が実行できるのであれば、私は躊躇なくやりますよ。」

 

 

「そうか・・・皆!今トネリコと話したんだが—。」

 

 

「ウーサー!バッチリ聞こえてたぜ!オマエが王になれば、きっとこの世界も良くなるさ!」「そうだ、アンタはオレ達みたいな腕や足を潰れされたヤツだって見捨てず助けてくれた!その恩義に報いる時だ!」

 

 

 ウーサーが言うまでもなく人間達は活気付き、瞬く間に全体に通達された。ウーサーの今までの善行だけでなく、彼の持つカリスマ性の高さがわかる瞬間であった。

 

 

「一人で話進めてくれたな。」

 

 

「何か異論でも?」

 

 

「あったら言ってるさ・・・ここまで来たら、どんな手を使ってでも成功させるからな。」

 

 

「えぇ、頼りにしてますよモードレッド。」

 

 

「トネリコ、早速頼まれたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 

 席を外したウーサーが戻ってきた。他の人間達の様に浮足立っているようにも見えるが、冷静さはそのままだ。こうした凄みを感じさせられる度に、本当にやってのけるかも知れないという思いが強くなってくる。

 

 

「その、戦争をするわけだから軍を作ることになるだろう?良い名前が思い浮かばなかったんだけど、折角だからかの救世主様に名付け親になってもらいたいんだ。」

 

 

「なるほど、そう来ましたか・・・・・・えぇ、良い名前があります。人間でありながら、弱きを助けたいと願うその信念、騎士という名に相応しい者達が集う場所。『円卓(・・)』、私が知りうる中でこれ以上似合う名は存在しません。」




 一気に『秋の戦争』辺りまで進めましたが、もう少しペース上げないとカルデア来るのめちゃくちゃ先になるから是非もないよネ!()


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10:『秋の戦争』と大魔術

「モードレッド殿!鏡の氏族領地北方の包囲、完了しました!」

 

 

「ご苦労、見張りの目は二人以上、30分毎に入れ替える様に。後衛は得物の調子も確認しておけ。」

 

 

 ウーサーがトップを務める『円卓』の軍が妖精達に反旗を翻し、数日が経つ。消耗は激しいものの、破竹の勢いで土・風・牙の氏族を撃ち倒していった。まぁ、その背景にはウーサーやトネリコに賛同してこちら側についてくれた翅の氏族の妖精達とその氏族長となったムリアンの働きもあったわけだが。

 残る敵は鏡と王の二つの氏族だけだ。

 

 

「はっ!・・・その、つかぬ事をお聞きしますが、モードレッド殿はまともに休まれてないのでは?軍の指揮は我々に任せて仮眠でも・・・。」

 

 

「オレに限った話だが、休息の有無でポテンシャルは変化しない。人の心配をするなら自分の心配をしておけ。」

 

 

「は、はぁ・・・。」

 

 

 戦争が始まってから休まず動いたのは事実だが、直接的な戦闘はまだ行っていない。精々魔術による広域殲滅に加担したぐらいだ。そういった消耗で考えるなら、牙の氏族をたった一人で抑え込んでいたライネックや最前線で敵の攻撃を受け続けたエクターの方がひどいだろう。

 

 

(手筈通りなら、ウーサー率いる南の本軍が領地内に突入、鏡の氏族長を討ち取るのだが・・・妙だな、合図が上がらない。)

 

 

「報告、報告ーッ!南の本軍が王の氏族による強襲を受けた模様!」

 

 

「なに!?」

 

 

「も、モードレッド殿!北から王の氏族の軍勢が向かってきています!その数、およそ3000翅!」

 

 

 いざ鏡の氏族と戦おうという時に、突如として攻撃を仕掛けた王の氏族。しかし、マヴが何かしらの行動を起こすのは予測済みだ。冷静かつ臨機応変な対処が求められる。そのために重要なのは—。

 

 

「女王マヴの姿は?」

 

 

「はっ!北の軍勢、その中枢に確認できました!」

 

 

「ならトネリコやウーサー達はなんとかなるか・・・全部隊に通達!これよりオレ達は北の軍勢を相手取る!ただし目的は殲滅ではなく足止め、決して南に向かわせるな!」

 

 

 オレの指示は『円卓』の兵士により迅速に行き渡り、迎撃の準備を整える。しかしやはり時間はかかるもので、マヴの軍勢はもうそこまで来ていた。

 

 

「前線に立つ。あとは任せたぞ。」

 

 

「ご武運を!」

 

 

 補佐官としてオレの傍にいた兵に指揮を任せ、急いで前線に向かう。それにしても、魔術師であったオレが軍を率いるとは、らしく(・・・)なってきたな。

 

 

「モードレッド殿!我々はいつでも行けます!」

 

 

「よし、まずオレが敵の勢いを削ぐ。が、それでもタカが知れてるだろう。油断することなく数的有利を保って・・・!?」

 

 

 数刻の余裕、それを持って『円卓』への気休めの激励を送ろうとしたが、その刹那の間にオレの目の前には槍が迫っていた。サーヴァントの動体視力でもかろうじてでしか反応できないソレに、オレは水晶玉を槍の穂先に合わせた大きさの円形に広げて防いだ。しかし、衝撃までは殺し切れず身体が吹っ飛んでしまう。

 

 

「ぐぉっ・・・!」

 

 

「あら、誰かと思えばトネリコの取り巻きじゃない。まさかとは思うけどアナタがここの最高戦力?」

 

 

「・・・役者不足な上に力不足で悪かったな。そちらは・・・妖精統一の軍か。相変わらずだな。」

 

 

 顔見知りなだけあって軽いやりとりをする。『夏の戦争』時のマヴの軍勢は人間も妖精も入り混じった編成だったが、それ以来マヴは妖精のみを己の軍として使役している。やはり原因は・・・。

 

 

「えぇ、人間なんて弱い生き物は私の軍にはいりません。それなのにアナタ達ときたら人間ばっかの軍な上に飽き足らず、王にする、ですって?そんなもの認められるわけないじゃない!いいこと?妖精の上に立ち、王として君臨するのはこの私、女王マヴよ!本当は鏡の氏族を落とすつもりでしたが、余興として、アナタ達を蹂躙してあげましょう!」

 

 

 マヴの号令と共に王の氏族の軍勢は攻撃を開始する。オレは少しでも『円卓』の負担を減らそうと広域殲滅を試みたが・・・。

 

 

「くっ、マヴめ。やはり好き勝手させてくれないか。」

 

 

 マヴの軍、その中でも選りすぐりの精鋭がオレに殺到する。サーヴァントとタメを張れるほど強力な上、数もいるため対応が難しい。なんとか合間を縫って水晶を介した魔術を行使し、『円卓』の兵士を攻め立てる多数の妖精を倒せてはいるが、キリがない。

 

 

「後続部隊、壊滅状態です!先陣を切った部隊も戦う意志はありますが、消耗は激しく・・・。」

 

 

「えぇい、モードレッド殿の周りにいる妖精は引き剥がせないのか!」

 

 

「すでに別動隊が助太刀に行きましたが、赤子のように蹴散らされた模様・・・!」

 

 

「かくなる上は・・・モードレッド殿!助太刀する余裕があるのであれば、離脱はできますか!?もしそうであれば、急いでウーサーや救世主様の元へお戻りください!ここは我々が命に変えても・・・!」

 

 

 指揮を任せた兵がそう提案するが、それはできない。ウーサーだけでなく、トネリコからも頼まれたのだ。やられるつもりは毛頭ないが、見捨てるつもりもない。

 

 

(・・・やりたくはない。やりたくはないが、これしかあるまい。)

 

 

 葛藤しながら、左手の礼装『歪み無き丸水晶』に目を向ける。こいつは角ばった変形こそできないものの、それに目を瞑ればかなり自由な形を取れる。そして、その形を限りなく縮小化させた球状にし、魔力を逆流させれば、理論上の話ではあるが、縮めた分抑えられた魔力が放出され大爆発を引き起こす。これをすれば、マヴの精鋭はおろか、マヴ本人にも痛手を負わすことができるだろう。

 しかし、その代償としてこの最高傑作とも言える礼装は消滅し、それと密接に繋がったオレの魔力回路には凄まじいフィードバックが襲いくる。人間であれば確実に死ぬが、サーヴァントの身体ならば良くて戦闘不能で済むハズ。

 

 

「あとは、任せたぞ。」

 

 

「!アナタ達、早くその妖精騎士を仕留めなさい!」

 

 

 何かを感じ取ったのか、マヴが精鋭達に始末の命令を下す。だが、もう遅い。すでに水晶玉は指一本ですら包み込める程に縮小、拳銃で例えれば引き金に指がかかり、銃口は額に付いているような状況だ。左腕をマヴのいる方向に向ける。その瞬間、視界が光で埋め尽くされた。

 

 

「っ・・・!?」

 

 

(しまった・・・!これでは狙いが—。)

 

 

 慎重に取り扱わなけらばならないため、下手には撃てない。逆転の一手を潰され、その後の展開に思考を張り巡らせていたが、その考えついた中にはない予想外の光景が目に広がっていた。

 

 

「よっしゃー!!『合わせ鏡』成っ功!!!前々から試してみたかったけど、使う機会なくて困ってたんだー!」

 

 

「と、トネリコ?それは流石に危険じゃないかい?了承した僕も僕だけど・・・。」

 

 

 目の前に突如として現れたトネリコとウーサー・・・だけでなく、ライネックやエクター、『円卓』と翅の氏族の軍勢の姿があった。

 

 

「モードレッド、ここまで良く持ち堪えましたね。おかげで鏡の氏族への進行妨害は一回きりで済みました。あとは私達にお任せを。」

 

 

「あ、あぁ・・・ところでトネリコ、『合わせ鏡』を行う魔術リソースなんてよくあったな。へそくりでもあったのか?」

 

 

「あー、その、へそくりと言えばへそくりなのですが・・・。」

 

 

「わかった、もうこの話は止めにしよう。補完してた二十袋超分の水晶は無かったことにする・・・!」

 

 

「そんな魔術もあったのね・・・いいわ、手間が省けたとはこの事ね!アナタ達を倒した暁には、堂々と戴冠式を挙げてやるわ!」

 

 

 体勢を立て直した王の氏族の軍勢は、更に士気を上げ突撃を開始する。

 

 

「さぁ、ウーサー君。」

 

 

「あぁ・・・みんな、これが最後の戦いだ!南軍全部隊、迎撃用意ッ!!」

 

 

『オオォォォォォォォォ!!』

 

 

 まさに大合戦とも言うべき『秋の戦争』最後の戦い。結果として、ブリテンの王の座を賭けた一進一退の攻防を制したのは、救世主と翅の氏族を味方につけた『円卓』であった。




 断章ばっか見てて『合わせ鏡』どんな魔術なんだろうなー、とか想像膨らませてたら普通にトリ子が使ってた件。


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11:盾の騎士と未来の話

 『秋の戦争』終戦後、各氏族の長はウーサーが自分達の王になることを認め、戴冠式を執り行うと宣言した。それ以来、『円卓』が拠点にしていた場所・現ロンディニウムはその準備で慌ただしくなっている。

 —が、そこに救世主トネリコとその仲間の姿は無かった。

 

 

「おいモードレッド、何か収穫はあるか?魔術についてはお前の方が詳しいだろ。」

 

 

「一応はな。ただ痕跡からしてトネリコやトトロットの方に何かがある可能性が高い。急ぐぞ。」

 

 

 戴冠式の日までの間、トネリコはロンディニウムでの準備に参加することなく、救世主としての活動を再開した。ただウーサーが王になることを認めない妖精も一定数いるわけで、それに加担した救世主トネリコもつけ狙われることとなった。代わりにそれ以外の妖精から攻撃されることも少なくはなったが。

 そんなある日の事だった。トネリコが『秋の戦争』で行使した『合わせ鏡』、それと同等以上の魔力反応を感知したのは。

 

 

(妖精は魔術を使わない。そんな手順を踏むことはしない。だからこのブリテンにいる魔術師はトネリコとグリム、オレの三人しかいないハズ。一体何者だ?)

 

 

「海岸まで来たな。見たところどこも異常は無さそうだが。」

 

 

「・・・おかしい、確かにここらが中心点、そうでなくとも近い場所なのには違いない・・・姿を隠している?」

 

 

 魔術が使われたということは、何が起こっていて(・・・・・・・・)もおかしくはない(・・・・・・・・)。周囲の警戒を怠らず、入念に調査を進めることにした。そうしてしばらくすると、トネリコからの念話が入る。

 

 

「エクター、撤収だ。トネリコ達が正体を突き止めた。」

 

 

「ほう、大事はないか?」

 

 

「切羽詰まった状況でないことは確からしい。日が暮れる前に向かうとしよう。」

 

 

 こうしてあらかじめキャンプの準備をしていた場所に向かうと、見張りを任されたのかライネックと鉢合わせた。

 

 

「フン、遅かったな。」

 

 

「悪い。それで、トネリコ達は?」

 

 

「奥で得体の知れん人間と話している。鉄の鎧に大盾など、随分と奇怪なヤツだ。」

 

 

 人間が鉄の鎧に、大盾?『円卓』にもそんなヤツはいないし、鉄が毒となる以上、妖精達の間で噂にならないハズがない。それに、そいつが先程の魔術を扱う魔術師だとしてもそんな格好はありえない。ますますわけがわからなくなった。

 

 

「とりあえず、オレ達も向かうとしよう。引き続き見張りを頼む。」

 

 

「待て、エクターはいいが、モードレッドはオレと見張りだ。」

 

 

「・・・トネリコからか?」

 

 

「それ以外に何がある。」

 

 

 魔術関連とくればこのブリテンでは希少なのもあって気にはなるが、従わないという選択肢は無い。エクターを先に行かせ、ライネックと共に周囲の警戒に当たる・・・のは少しの間だけだった。

 

 

「モードレッド!今から『大穴』に行きますよ!遂にアレを解明できる目処が立ちました!」

 

 

「おい待て急すぎるだろ。ちゃんと一から説明しろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・へぇー、未来から、ときたか・・・。」

 

 

「はい・・・その、妖精騎士モードレッドさん、でしたか?信じてもらえないとは思いますが・・・。」

 

 

 まだ日の昇らない頃、『大穴』に向かう道中にて鉄の鎧と盾を持つ人間との初会偶を果たしたオレは、ここにくるまでの経緯を聞いていた。

 

 

「・・・まぁ、ありえなくはないだろう。問題はそれほどの魔術を使えるヤツが2500年以上先にも存在するということだが・・・。できることなら一目見てみたいかもな・・・そうだ、名前ぐらいなら聞いても良いだろう?」

 

 

 本来であればその魔術を使った者は目の前の人間でなく、その年に起こった『厄災』を送り込むつもりだったというが、それができる程の魔術師ともあれば流石に興味が湧く。その年までにこの霊基が保っていればいいが・・・。

 

 

「そ、それはですね・・・。」

 

 

「モードレッド、その話題はここまでに。事故とはいえ、マシュをこんな目に合わせた人物の話は傷を抉るでしょう。」

 

 

「・・・そうだな。すまない、無遠慮過ぎた。」

 

 

「いえ、大丈夫です!トネリコさんもお気遣いありがとうございます。」

 

 

 不躾な質問をしたにも関わらず、大盾を携えた人間『マシュ・キリエライト』は一切の不快感を見せなかった。過去に飛ばされるなんて事をされたら動揺や不安等で我を失いそうでもあるが、気丈さを損なっているようにも到底思えない。それは、ただの人間として見るのならあまりにも・・・。

 

 

「!トネリコ。」

 

 

「えぇ、モースの群れですね。ちょうど進行方向にもいますし、駆除しておきましょうか。」

 

 

 前方のモースに気づかれる前に接近し、魔術による遠隔攻撃を行う。半数以上はそれで片付いたが、後方へのダメージは浅く、モースはこちら側に向かってきた。迎撃しようと次なる魔術の用意をするが、その前にオレ達とモース間に割り込む影があった。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

「■■■ッ!?」

 

 

「・・・マシュ、何をしている?」

 

 

「は、はいっ!もしかして、邪魔をしてしまいましたか?」

 

 

「いえ、いいタイミングです。ただ、ちょっと左にズレてください。」

 

 

 マシュの盾により弾かれたモースは、再度こちらに進行してきたが、その前にトネリコの魔術が炸裂、今度こそ全滅した。

 

 

「ふぅ、お疲れ様でした。マシュも突発的ではありましたが、助かりましたよ。」

 

 

「あぁ・・・あそこはオレの魔術で妨害するつもりだったんだが、そうするよりも良い防ぎ方だった。手慣れてるな。」

 

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 

 賞賛に照れるマシュ。しかし、これである確証が得られたのも確かだ。マシュはただの人間ではなく、サーヴァントとしての力(・・・・・・・・・・・)も有している。ただしグリムのように英霊・神霊が憑依してるようなものではないらしいので、判別がつかなかった。

 ただそうなると、未来のブリテンにはそんな存在が発生するような状況ということだが・・・マシュ曰く争いは起こってないらしいのであまり考えないようにしよう。

 

 

「まぁでも、マシュには『大穴』を調査するという大役がありますから、ほどほどに。では先を目指しましょう!」

 

 

 こうして盾の騎士・マシュを加えたトネリコ一行は、ブリテン島に存在する『大穴』の調査へと向かう。

 ・・・ただ、ここまで乗り気でご機嫌なのはこちらとしても喜ばしく思うが、いつにも増してやたらめったら戦闘起こすのはどうかと思う。おかげでマシュとの連携もそれなりのものとなってしまった。




 Q.なんでマシュ登場させたの?
 A.『二回目』のトトロットがどんな末路迎えるか想像つかなかったから
 はい、そんなわけでこの小説は『二回目+α』ルートを辿らせていただきます。ハベトロットのプロフィール見てると、ますます『二回目』ルートのトトロットがどうなったかわからな・・・いや、想像したくない()


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12:『大穴』と□□

「よーし、到着ですね!早速準備しましょうか!」

 

 

 マシュと出会った海岸から数日かけて『大穴』に着いた。各自トネリコの言われた通りに動き、調査の準備は着々と進んでいた。

 

 

「マシュ、ちょっとその体制のままじっとしてくれるか?」

 

 

「はい・・・えっと、何を?」

 

 

 マシュの腰辺りに三種の水晶玉が入ったホルダーを取り付ける。水晶のホルダーとは別にベルトも用意していたのだが、剣と共にぶら下げそうなのでそこに引っ掛けた。

 

 

「一つは観測用、もう一つは記録用、そして最後に照明用だ。素材にはかなり拘ったから、早々壊れはしないハズだ。」

 

 

「えっ、こちらの礼装、モードレッドさんが作ったものなのですか!?」

 

 

「ん?あぁ、トネリコから調査の方法を聞いた日には制作に取り掛かったが・・・。」

 

 

「そんな短期間で三つも・・・大切に扱わせていただきます!」

 

 

 いや、大切にすると言われても、物理的にも魔術的にも強固な一品ではあるし、何より保存したものを視聴・記録できれば壊すつもりの使い捨て型なのだが・・・。まぁ、照明用だけは長く使えるだろう。

 そんなやりとりもあって、いよいよマシュは『大穴』の中へ。トネリコの魔力付与(エンチャント)により強化されたトトロットの糸を命綱とし、それをエクターがいつでも引っ張れるように待機。そしてオレの水晶で内部の観察、必要に応じてトネリコがマシュに念話を送る。ちなみに『大穴』の側にはモースは湧かず、妖精も近寄りはしないが、念のためライネックとグリムが周囲を警戒している。

 

 

「あちゃー、ダメですね。マシュの姿しか映ってません。」

 

 

「・・・残念ながらこれ以上光量を増やすのは難しかったのでな。無事が確認できるだけ良しとしてくれ。」

 

 

 マシュに渡した各種水晶はオレの魔術回路と繋がっており、遠隔でも操作可能となっている。しかし消費魔力はそれ以上にもそれ以下にもできないため、予め決めていた性能しか発揮できはしない。

 

 

(・・・しかし、どれだけ深いんだこの穴は?ここまでくれば海溝クラスの深度だぞ。)

 

 

 信じ難いほどのものではあるが、現に目の前にあるのだから認める以外ない。そして、ここから事態は急変することになる。

 

 

「マシュ、聞こえますか!マシュ!?・・・エクター!早く命綱引っ張って!糸が汚染し切る前に!!」

 

 

 『大穴』の底にあるもの、それは近づいただけでも死へと至らしめかねないもの。現に底から立ち込める魔素がトトロットの糸を汚し、マシュの意識も刈り取って—。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —待て、それならマシュに持たせた水晶玉(・・・・・・・・・・・)はどうなっている?

 

 

 目線だけを向けると、先程まで中継用の水晶玉を構えていた左手はいつの間にか下ろされていた。もう少し視線を下げると、その下ろされた左腕にはところどころ黒い斑点が浮かび上がっており、黒く汚染された水晶が溶けるように手から零れ落ちていた。

 

 

(ッ!!?)

 

 

 痛覚すら感じさせない□□。それがマシュの持つ水晶玉と通じているオレの魔術回路に及んでいた。

 

 

「くっ・・・!」

 

 

 そこからどうするかは決めていた。しかし、それを留めるためのデメリットは幾らでも思い浮かぶ。だが、決断しなければその先は—。

 

 

「ガッ!??ァ"ァ"ア"ア"ア"ッッ!!」

 

 

「モードレッド!?何やってんだ!?」

 

 

 左腕の付け根・・・ではまだ□□されている可能性があるため、肺胞ギリギリを狙って水晶剣を突き刺し、左腕を切り離した。しかし、オレの水晶剣は切断には特化しておらず、激痛を走らせながら断ち切ったため、声を押し殺すことはできなかった・・・が、痛覚があるということはそこまで汚染は進み切ってなかったと見ていい。切断に使った水晶剣はそのまま崩し、傷口に無理矢理貼っつけて出血を塞いだ。

 

 

「オ"ッ、レはい"い・・・!早ぐ、マ"シュを・・・!!」

 

 

「っ・・・モードレッド、マシュの治癒が終わるまでガマンお願い・・・!」

 

 

 右手で傷口の水晶を抑えながら、トネリコの返答に頷く。オレの左腕でこの様なのだから、『大穴』に潜っていたマシュの汚染はこの比ではないだろう。

 

 

「おい、引き上げたぞ!どうだ!?」

 

 

「・・・マズイ、全身に呪いを帯びてる。こればっかりは私だけじゃ・・・トトロット!グリムとライネック呼んで来て!ソールズベリーの土地と『風の氏族』の協力があれば・・・!」

 

 

「わかった!マシュ、死ぬんじゃないぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、ソールズベリーの聖堂に運び込まれたマシュは、土地による力の作用と風の氏族の妖精の助力、トネリコの解呪によって一命を取り留めた。

 

 

「ふぅ、なんとかなってよかったな。」

 

 

「えぇ、本当によかったです。モードレッドも左腕の再生遅くなって申し訳ありません。」

 

 

「いや、もう少し魔力が回復してからでも良かったぞ?流石に疲れたろ?」

 

 

 マシュに帯びていた呪いを祓ったあと、トネリコはオレに魔力を供給し、左腕を完全に再生させた。ここまで完璧に再生させるとなるとそれ相応の魔力は使うため、遠慮はしたのだが聞く耳は持たれなかった。

 

 

「ハッ、左腕一本満足に再生出来んとはな。」

 

 

「オマエの再生力と比べられてもな・・・。」

 

 

 ライネックが部位欠損すること事態珍しいことだが、いざもげても瞬く間に再生する。流石は亜鈴返りだ。

 

 

「さて、落ち着いたところで『大穴』について整理しましょうか。今すぐに手を打つ事はできませんが、準備することはできますからね!」

 

 

 『大穴』、その底にあるものはいずれ対処しなければブリテンが滅ぶ程の厄ネタ。少なくともオレ達では何もできない。何故そんなものがあるのか、どうしてそうなったか、救世主一行最後の旅はそれを探るためのものとなった。




 タイトルや本文中にある□□についてのヒント
 1.妖精騎士モードレッドにとって重要になる要素
 2.漢字二文字
 3.魔術の特性


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13:『破滅の予言』と秘密の計画

 『大穴』に関わる情報を求めてはや五ヶ月。今は亡き『雨の氏族』の壁画と『鏡の氏族』に伝わる口伝、果てには人間達が残した書物や各地に点在する遺跡を巡り廻り、遂に決定的なものを発見するに至った。

 

 

「ふむ、やはりここにある春、夏、秋はそれぞれの名がついた戦争と一致してると見て間違いなさそうですね。」

 

 

「だが、そうなると冬が控えていることになるな。それに、無事に乗り越えたとしてもこの記述は・・・。」

 

 

 オレ達が見つけた『巫女の予言』、それはブリテン島最初の人間である祭神の巫女が残した『破滅の予言』。気になるところばかりではあるが、まずは仮説を立てるしかない。

 

 

「えぇ、間違いなくこのブリテンの崩壊を意味するでしょう。そしてそれを成しえる程のものがあの『大穴』にはある。」

 

 

「・・・ケルヌンノス、かつてこのブリテンに存在したただ一柱の神。記憶違いでなければケルト神話の神だったハズだが・・・こういうこともあるか。」

 

 

 基本的に己の魔術に活かせるものしか学ばなかったオレだが、月の聖杯戦争へ赴くにあたって数々の説話・伝承を漁りに漁ったこともあり、こういう歴史や神話にも多少は詳しい。

 ケルヌンノスはギリシャ神話のハデス、メソポタミア神話のエレシュキガルと同じ冥界の神としてケルト神話に名を残している。そんな神の死骸がこのブリテンの『大穴』の底の底に存在しているのだ。トネリコによれば、その亡骸が星をも滅ぼす程の呪いを発し続けており、更にはブリテン中に降る灰もそれが原因とか。

 

 

「まぁ実を言うと、これに関しては対抗策(・・・)あったりするんですよね!」

 

 

「・・・・・・?」

 

 

 ハッタリではないのはわかるが、あまりの信じられなさに言葉が出てこなかった。アレをどうにかできる手段など、このブリテンに存在するのだろうか・・・?

 

 

「えぇ、それはもう大船に乗ったつもりで構いませんよ。まぁ、使うことになるのは大分先になると思いますし、あとはウーサー君やマヴに託すこととします。」

 

 

 そう、話は変わってしまうが、もう『戴冠式』の日まではそれこそ一週間も無いのだ。トネリコも出席しなければならないため、つい先日旅を切り上げてロンディニウムへと向かう道中なのだ。だからこそ、最後の最後にこの予言に辿り着けたのは幸運と言える。

 やはり、ここまで隠し通した(・・・・・)のは正解だったようだ。

 

 

「トネリコ、その話なんだが—

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —実はウーサーとマヴ、全く結婚の準備してないぞ。」

 

 

「・・・・・・はぁ!??」

 

 

 唐突な事実を告げられて少しの間固まり、様々な感情がないまぜになった声を上げるトネリコ。

 

 

「ちょっ、ちょっとどういうこと!?全面戦争したとはいえ、あの二人そこまで仲悪いわけでもなかったよね!?というかモードレッドそれいつ知ったの!?」

 

 

「いや、実際どうなっているかは知らないが、ロンディニウム出る前にオレ達でそういう話したから間違いないだろ。」

 

 

「・・・()ってどういうこと?なんで私に黙ってそんなことしたの?!」

 

 

 淡々と喋っていると、トネリコの声色は段々と低くなってきた・・・これ下手すれば殺されるな。出るならもう今しかないぞ・・・!

 

 

「トネリコ!ホラ、見てくれよ!『戴冠式』の衣装!マシュに聞いたんだけど、花嫁(・・)の衣装は白が基本なんだってさ!」

 

 

「えっ・・・花、嫁?えっと、何言ってるの?」

 

 

「マヴもウーサーも、オマエが妃に相応しいというものでな。そもそもその婚姻を決めたのはオマエの強情さによるものだ。なら、こちらも強引に出ても文句はあるまい。」

 

 

 思えば、発端はトトロットがトネリコのための衣装を仕立てようとエクターに教えを乞いたことからだった。トネリコが『戴冠式』用の服は要らないからと述べたため、トトロットが代わりに作ろうとしたのだ。

 しかし、ここにきてトトロットの記憶容量の少なさが支障をきたす。今まで問題視しなかった分、その様子はひどく痛ましいものであったが、なんとマシュのサポートによって克服、そこからは一流と言っていいほどにまで裁縫技術を極めていった。・・・それでもなおエクターほうが上なのは目を丸くしたが。

 

 

「勝手に決めたのは申し訳ないと思う。ただ、みんなオマエのためを思って動いたのだけは認めてほしい。それがオマエへの裏切りだとしても。」

 

 

「・・・だから、私は『戴冠式』が終われば・・・。」

 

 

「ウーサーと最期まで一緒に過ごしてからでもいいんじゃないか?10年にも満たない時間ではある。だが、このブリテンで過ごした時間の何にも勝るハズだ。」

 

 

 そうだ、このままただ救うだけ救って去るなんてあんまり過ぎる。ここまでしたなら例え少しでも、あと少しでも長く居ていい。このブリテンが辿る事になる新しい時代、人間も妖精も争わない平和な国ができる切っ掛けを作ったのは他でもないトネリコなのだから。

 

 

「全く、何ウジウジしてやがる。テメェの望んだ結果になるにはもうウーサーの妃になるしかねぇだろうが。」

 

 

「ほら、トネリコ大好きなライネックだってこんなこと言ってるぞ。ここまで言われてまだ迷うか。」

 

 

「ハァッ!?お、おい、なんでオレがト、ト、トネリコの事を・・・。」

 

 

「ライネック、残念だが全員気づいとったぞ。もちろんトネリコ本人もな。」

 

 

 闇夜にライネックの咆哮が轟く。それを聞いたマシュやグリムも何事かとやってきて、最終的に全員で夜が明けるまで語り合うに発展した。そこから仮眠を取って出発した昼頃、救世主はロンディニウムの騎士の元へと帰還した。




 ちなみに本小説のトネリコとウーサーの恋度合いは
 トネリコ→→→←←←←←ウーサー
 ぐらいの比率です(本編だとどのぐらいか知らないけどまぁ、ラブラブにはなるでしょ)


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14:崩れた願いとはぐれた騎士

「・・・・・・。」

 

 

 妖精達の死体で広がったブリテンの大地、それを踏みしめて妖精騎士は行く。たった一人で(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンディニウムに火の手が上がる。『円卓』の兵が妖精達に余すことなく殺される。そんな『円卓』の中で真っ先にやられたのはウーサーだ。誰も警戒しない、警戒しようのない、儀式のために用意されたどくのお酒(・・・・・)を飲ませる卑怯な手で。

 

 

「ハァ・・・ハァッ・・・!」

 

 

 無論、妖精達の攻撃の対象は『円卓』だけではない。それに組みした救世主の一行も対象だ。俺は無我夢中で今までにない大きさの水晶の大剣を作り出し、バーサーカーの筋力のまま振り回し続けた。だが、その怒りに任せた行為は共に大きく魔力を消耗する結果となった。

 

 

(トネリコは・・・ッ!?いや、アレは偽物か。バレてないということは、上手く逃げられたか。)

 

 

 視界の端に妖精達に連れていかれるトネリコの姿が映ったが、オレとの魔力パスの繋がりを感じられない。つまり、あのトネリコは偽物だろう。アレの正体はオレ達を売った妖精、トネリコがソイツを捕まえて姿を変え、身代わりにしたものだ。

 

 

(なら・・・あとは脱出するだけか。)

 

 

 ただし、そうは言っても周りは火の海。妖精達はその場に居合わせた『王の氏族』と戦ってはいるが、もうすぐマヴは撤退を命じるだろう。ならば、その前に事を済ませる。

 

 

「『王の氏族』が撤退したぞ!」「扇動者トネリコはどうした!」「無事捕まったらしい!黒騎士も一緒だ!」「あとは氏族長達が裁判する!」「扇動者がどんな刑を受けるか楽しみだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・目先の楽しみを優先して消火を後回しにするとは。そのおかげで逃げおおせたわけだが。」

 

 

 少ない魔力量でオレがやったのは礼装の形状変更。それにより、己の周囲に球状の層を二つ作って真空状態を生み出した。こうすることで熱を通さず、外側の荒れ水晶により周りのガレキにも溶け込めるため、火の中に潜めば見分けはつかない。とはいえ、火を消されれば周りのガレキとの違いは一目瞭然なため一発アウトだったのだが・・・。

 妖精達はあとですぐ消せるからと、先にトネリコ(偽)の連行を行なっていたため、それで手薄になった隙をついた。

 

 

(どうして、こうなった。たった10年、その短い安息ですら彼女には与えられないのか・・・。)

 

 

「いや、何を勝手に落ち込んでいる。そんなの、当の本人が一番ツライに決まっている。」

 

 

 まずは、合流しなくては。魔力パスで繋がっている以上、生死の確認は容易だが、それでも直接会った方が都合が良い。

 

 

(もちろん、手掛かりを残すようなヘマはしてないハズ・・・だが、どちらに方角に向かったかは明白だ。)

 

 

 南に比べれば、北に済む妖精はあまり好戦的ではないし、何よりそこにあるモノ(・・)が違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —だとすれば、■■■■なら何処に向かうだろうか?

 

 

 妖精騎士は向かう。主の元へ、また彼女に会うために。




 全てが台無しになった。しかし、それでも続けるのだとしても止めはしない。ただ一つ『覚悟』をして欲しい。もうその先に、終わりはないのだから。


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15:『空想樹』とトネリコ、選ぶ道は—

「—トネリコ。」

 

 

「・・・何故、私がここに来ると?」

 

 

 背を向けたまま問いかけるトネリコ。この場には、マシュもグリムもライネックもトトロットも、もちろんエクターもいない。二人きりだ。

 

 

「正直な話、オマエ(トネリコ)がどこに行くかは検討もつかなかった。やるべきことはまだ残ってたハズだからな。」

 

 

「なるほど、ではもう一つだけ質問をしましょう。

いつから(・・・・)気づいていた(・・・・・・)?」

 

 

 振り向いたトネリコの目は、その声色と同じほどに冷たいものだった。

 

 

最初から(・・・・)、もしかしてとは思った。だが、確証を持てたのは今この瞬間、その発言でだ。・・・やっぱり、そうなんだな。」

 

 

「えぇ、アナタにはモードレッドの霊基も備えましたから、もしもの事態を想定していましたが・・・杞憂だったようですね。」

 

 

 その真名()を隠していたものとして顕著だったのはマシュが来てからだろう。未来の情報を話してはいけない、という制約はあったものの、名前すら隠すのはそれがオレ達・・・いや、オレに何かしらの関係があるという証明に過ぎない。

 

 

「・・・これからオマエがやろうとしている事、その終着点はわかるが方法はサッパリだ。だが、それ以外にたった一つだけ聞きたいことがある。」

 

 

「内容は、聞くまでもありませんね。なぜ(・・)アナタ(・・・)を召喚したかでしょう(・・・・・・・・・・)?」

 

 

 そうだ、それこそ最大の疑問。何故オレをモードレッドの要素を使用してまで召喚したのか。申し訳程度とはいえ縁があるため召喚の難易度は下がっているだろうが、それでもただ優秀な手駒として呼ぶにはあまりにもメリットがない。

 

 

「理由はただ一つ、アナタを評価していたから(・・・・・・・・・・・・)です。」

 

 

「・・・評価、だと?」

 

 

「えぇ、ですがそれはアナタ自身(・・・・・)のことではありません。第一、私がアナタの召喚に踏み切ったのも、強迫観念のようなモノですから。」

 

 

 ありえない、オレの魔術など文字通り指先のみで再現できる程度のものだぞ?それを、評価していた?いや、言い方を考えれば、魔術以外の何かの可能性が高いが・・・オレの人生は魔術のためだけに費やしたもの、それ以外など何もない、ハズだ。

 

 

「・・・私はこれから、この『空想樹』を枯らし、その魔力を持ってこの『異聞帯(ロストベルト)』を異聞世界へと変え、私だけの妖精國を作ります。妖精騎士モードレッド、我がサーヴァントよ。本来であれば問うことすらしませんが、救世主(トネリコ)としての私に長く仕えた功績を持って選択権を与えます。」

 

 

 トネリコの後ろにある世界樹と呼ばれたもの、それが本来どういうものなのかはマシュにより教えられた。アレの名は『空想樹』。このあり得ない異世界を現出させ、汎人類史に縫い付けんとするモノ。しかし、その役目もこれまで。これからのブリテンを存続させるのは目の前にいる人物だ。

 

 

「選択肢は二つ。私の治める妖精國の住人となり、我が右腕として生き永らえるか。もしくは、この異聞帯の終わりと共に消え去るか。どちらが苦となるかは・・・わかりますね?」

 

 

 あぁ、間違いない。どう考えたって後者の方が楽(・・・・・・)()。生か死か、の問いにも見えるが、その生は恐らく永遠を意味する。

 自分がブリテンを治める、ということは女王として君臨し、国を管理し続けるのだろう。他人任せにしない以上、このブリテンが終焉を迎えるまで王の座は誰にも渡さない。そして、コイツがブリテンを終わらせるハズがない。

 だからこそ、後者の選択肢を用意してくれたのだ。

 

 

「答えは、決まってる。」

 

 

「そうですか、では—。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「右腕、というには役者不足ではありますが、この妖精騎士モードレッド、例え永劫の時を過ごすことになろうと、アナタと共に歩みます。」

 

 

 トネリコの目の前で跪いて、そう宣言する。似合わない口調だとは自負しているが、どうせここから先、イヤになるほど使うだろう。

 

 

「モードレッド・・・・・・いえ、なんでもありません。アナタの意志、しかと受け取りました。・・・それはそれとして、騎士口調似合いませんね!」

 

 

「・・・触れてくれるな。」

 

 

「ふ、ふふふっ、ごめんごめん・・・コホン、では妖精騎士モードレッド。この先の対策としてまずは—。」

 

 

 —アナタに着名(ギフト)を与えます。




 妖精暦編はもうちっとだけ続くんじゃ


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15.5:賢人グリム

「よっ、久しぶりだな。」

 

 

「・・・オマエか。まぁ、入れ。」

 

 

 トネリコと別れてから400年近く経つ。あれからオレはブリテン中の坑道を巡り回り、工房とするのに最適な場所へと根を下ろしていた。そんな工房入り口の洞窟に来客があった。

 

 

「へぇ〜、中々できた工房だな。」

 

 

「そこまで言わせるなら及第点ってところか。ほれ、たまたま仕入れてた紅茶だ。」

 

 

「おっ、じゃあ遠慮なく。」

 

 

 この馴れ馴れしい口調、一体誰かと思われるが、賢人グリムである。普段は神霊サーヴァントが表に出ることが多いが、素の性格はわんぱくなものだったりする。トトロットともよく喧嘩していたな・・・。

 

 

「それで何の用だ。ここはたまたまで来れるような場所じゃないぞ?」

 

 

「せっかちだなぁ、まぁ元気そうで何よりだ。用事の方だが・・・ちょっと疲れたんで休んでからにする。ここ、居心地良いしな。」

 

 

「・・・ハァ、勝手にしろ。茶菓子を持ってくる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休んでから用を話すと言っていたが、あのヤロウ何も言わず一週間も過ごしやがった。まぁ、魔術や戦闘研究の手伝ったり、思い出話に花を咲かせたりと悪くはない日常は送れた。

 

 

「よし、そろそろ行くか。」

 

 

「やっとか・・・おいちょっと待て、まだ用事について何も・・・!?」

 

 

 昼食を取り次第、工房を去ろうとするグリムを引き留めようとしたが、グリムが入り口を出た瞬間、周辺に凄まじいほどの神性が感じられる術式が展開された。

 

 

「これがオレの用事だ。この『泉』なら、『大厄災』であろうと耐えれるハズ。」

 

 

「グリム、霊基が・・・。」

 

 

 『泉』を張ったあとのグリムからはまるで神性、いやサーヴァントらしい気配すら消え失せていた。

 

 

「あぁ、賢人グリムはここで終わりだ。ま、元々そういう約束(・・)だったしな。」

 

 

 約束、というのは彼に憑依していた神霊サーヴァントとのものであろう。だが、それではこの妖精は—。

 

 

「そんな顔すんなって!オレは別にきにしてない。あの時(・・・)の選択は間違ってなんかないからな!」

 

 

「そう、か・・・。」

 

 

「・・・じゃあな。ヴィヴィアンのこと、頼んだ。」

 

 

 妖精は駆け出す。この広い平原をどこまでも征く。オレはそんな彼の背が完全に見えなくなるまで見つめ続けた。

 

 

「達者でな、賢人グリムとして生きた風の氏族の妖精よ。」

 

 

 彼は元々どんな妖精だったのだろうか。いや、もしかすると役割も名前もないからっぽの妖精だったかもしれない。それでも、そんな彼が終わりの運命を受け入れてまで助けたい誰かに会えたのは、疑いようのないことだろう。




 グリムの元となった妖精は、もちろんセタンタをイメージしております。そして次回、いよいよ女王暦編突入・・・!


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16:妖精國と水晶工

「ふむ、ほうほうほう・・・・・・上出来ですな!まさか今一度この作品を目に出来るとは。」

 

 

「いえいえ、特注品とはいえスプリガン様の注文に沿っただけのこと。これぐらいは造作もありませんよ。」

 

 

 鉄と煤の町ノリッジ、その領主であり土の氏族長でもあるスプリガンの住まう金庫城に、一人の来客があった。

 

 

「流石はモルガン陛下お墨付きの水晶工。いやはや、模倣品を頼んでしまったのが惜しいですなぁ。」

 

 

「残念ながら、立て続けのご依頼はお断りしてますので。また縁があればお引き受けいたしましょう。」

 

 

「えぇ、是非ともお願いしますよ。代金は此方に。」

 

 

「・・・確かに受けとりました。では私めはこれで。言うまでもないとは存じますが、『厄災』にはご気を付けを。」

 

 

 札束を受け取り、そのままノリッジを去る妖精。その名はエリドール。妖精國ブリテンを旅する水晶工である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、みんな!エリドールだ!水晶工エリドールがやってきたぞー!」

 

 

 女王モルガンに反旗を翻す者が集う『円卓軍』、その本拠地である廃都ロンディニウムにエリドールが足を運ぶ。

 

 

「突然の来訪、失礼。パーシヴァルはどこに?」

 

 

「はっ、団長であれば鍛治場に—。」

 

 

「おぉ、エリドール殿!お久しぶりです。」

 

 

 『選定の槍』を携えた大柄の人間が鍛冶場から出てきて、来訪した妖精に歩み寄る。

 

 

「久しぶり。どう?そろそろキャメロットに出頭する気にはなった?」

 

 

「いえ、答えは変わりませんよ。その根気強さだけは受け取らせていただきます。」

 

 

「まぁまぁ、言ってるだけだよ。わかりきってはいるけど、今ならまだ仲介できるかもだから。」

 

 

 お決まりと言っていいやりとりを交わしていると、先程パーシヴァルのいた鍛冶場から人間の子供達や妖精が出てくる。

 

 

「エリドール!ほら、石英!加工術見せてくれよ!」「伯爵が用意してくれたんだ!お金もちゃんとあるからな!」「こら、お前たち。エリドールにあまり迷惑かけるなよ。」

 

 

「そんなに急がなくても・・・そうだな、明日の明け方まではいるから、他にお客様がいれば声を掛けるように。さ、ちゃんと並んで。5モルポンド均一でお一人様一回だぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜、やはり一仕事終えたあとは気分がいいな。」

 

 

「お疲れ様です、エリドール殿。女王派であるにも関わらず、『円卓』の皆にもその腕を振るっていただけること、感謝します。しかし、このお金は・・・。」

 

 

 パーシヴァルの手には、スプリガンの屋敷で受け取ったものと同じ厚みの札束が握られていた。

 

 

「ん?あぁ、予定より長く居座ったしな。それ相応の滞在料を支払ったまでだよ。なぁに、そこのところウチの()は寛大だ。遠慮なく受け取れ。」

 

 

「・・・エリドール殿、アナタはモルガン陛下の政策に異を感じてはいないのですか?」

 

 

「おっと、それは遠回しな勧誘か?まぁ、無駄とだけ言っておこう。モルガン陛下には大恩がある。商売はすれども、支援・援助は一切しない。そこのとこ、わかってくれよ?」

 

 

「そう、でしたね。『取り替え(チェンジリング)』でこのブリテンに来て身寄りの無いアナタを厚遇したのは、他でもない陛下なのですから。無粋な問い、失礼しました。」

 

 

「いいよ別に。さ、もう行くよ。時間潰しにノリッジに寄ったはいいものの、そろそろ約束の日程が近いのでね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベリル・ガット殿、ご注文の品をお届けに参りました。」

 

 

「おう、待ってたぜ!毎回すまねぇな。さて、体内の様子は・・・おぉ、よく見えるよく見える!でもコレ、本当に位置合ってんのか?」

 

 

「イ"ッ!?ギャァァア"ア"ア"ア"ッッ!!」

 

 

 水晶玉とは逆の手にナイフを握ったベリルは、ベッドに括り付けられた人間の腹にそれを突き立て、内臓を抉り出した。

 

 

「おっ、マジで肝臓だな!不具合もねぇとは、良い仕事っぷりだな!」

 

 

「御身は陛下の夫なのですから、度を超えた注文でない限り手を抜くわけに、わっ!?」

 

 

 突如飛来した糸がエリドールを襲うも、それらは間一髪で避けられる。

 

 

「オイ、ガラスのヒールしか作れねぇザコがなんで私の領地に入ってんだよ。」

 

 

「こ、これはこれは妖精騎士トリスタン様、お久しゅうございます。モルガン陛下の娘でありニュー・ダーリントン領主であるアナタの許可無く入ったのは誠に申し訳な—。」

 

 

「御託はいいからとっとと死ね。」

 

 

「うおぉっ!?で、ではベリル殿。またのご注文お待ちしております。」

 

 

「オーケーオーケー、しっかり生き延びてくれよ?」

 

 

「逃がすと思ってんのかこのヤロウ!」

 

 

「ご容赦を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、さっきブラックドッグに襲われて思い出したんだけどよ。エリドールのヤツ、ブラックドッグとかモースとかにあったらどうしてんだろうな?」

 

 

「エリドール?あの、その方は一体・・・?」

 

 

「マジかアニス、エリドールも知らねぇのか!?妖精騎士と同じぐらい有名なんだぜ!」

 

 

「・・・水晶妖精エリドール。決まった住処を持たず、ブリテン中を旅する水晶細工師だ。女王暦400年頃に『漂流物』として流れ着いて以来活動し続けてる大ベテランだ。今となっては、ヤツの作品はグロスターのオークションぐらいでしかお目にかかれない。」

 

 

「そんなにすごい方がいらっしゃるのですね・・・!お一人で旅をしているのでしょうか?」

 

 

「あぁ、そりゃあ・・・どうなんだろうな?別に会ったことあるわけじゃねぇけど、従者や護衛の一人や二人はいるだろうよ!アニスは『予言の子』だからその内会えるかもな!」

 

 

 時は女王暦2017年。絶対的な女王『モルガン』が統治する中、それを打ち破る『予言の子』が現れると予言された年である。しかし、このお話は物好きのために水晶を操る者の道行、その末路を描くことにしよう。




 一気に情報量増しましたが、まぁ今回は女王暦編のプロローグ的なものということで。ちなみにエリドール、というのは水晶に関連する妖精の名を拝借させていただきました。


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17:糸紡ぎとシェフィールド

「息災か?ハベにゃん。」

 

 

「だぁぁぁもうっ!仕事持ってくんな・・・って、エリドールじゃんか!ひっさしぶりだなコノー!」

 

 

「しー、しーっ!大声出すなよ、お忍びで来てるんだから。ボガードのヤツに出禁喰らってるんだよ。」

 

 

 城塞都市シェフィールド、そこに存在する仕立屋の工房にひょっこりと顔を出す。久々に会った仕事仲間、糸紡ぎの妖精『ハベトロット』は多忙の毎日を過ごしているようだ。

 

 

「え、じゃあオマエどうやって入ってきたんだよ?門が開かなきゃ入って来れないだろ。」

 

 

 シェフィールドは城塞都市の名の通り立派な城壁で囲まれており、妖精の手によって概念的な護りである『(ルール)』も備えられている。そのため基本的には門が開いてる時にでしか入れないのだが・・・。

 

 

「水路っていう裏口があったんでそこから不法侵入したってわけさ。もちろん帰りもそこから行くつもりだ。」

 

 

「そこまでして何しに来たんだよ?」

 

 

休暇中(・・・)の暇つぶし・・・というのは冗談だ。警告しに来たんだよ。」

 

 

 おちゃらけた雰囲気を止め、真面目に語り出す。

 

 

「ボガードが反旗を翻してもうそれなりに経つ。このままだと女王の軍が攻めるのも時間の問題だ、城塞都市といえど必ず落ちる。ボガードの意志が固まってるのは重々承知だ。だからオマエを逃すついでに非戦闘員だけも助けてやろう、と思ったんだが・・・。」

 

 

 個人的にも反女王を掲げ続けるボガードは生かそうとは思わない。だからこそ、見知った顔だけは助けようとした。だがハベトロットはそんなヤワな妖精ではない。

 

 

「悪いけど、僕の仕事は花嫁を送ることだ。それを成し遂げるまで、ここを離れる訳にはいかないな。」

 

 

「送る花嫁がどこにいる?今溜まってる仕事は鎧と鞄、果てには槍の裁縫だろう。」

 

 

「そりゃそうなんだけど・・・でもボクにはやらなくちゃいけないことがあるんだ。そればっかりは例え昔の仲間であろうと譲れない。」

 

 

 ハベトロットの眼差しには強い意志が宿っていた。こうなってしまったハベトロットはもうアイツでないと・・・いや、それでも止められないだろうな。

 

 

「・・・はぁ〜、わかった。これ以上は何も言わない。ただし、仕事は請け負わせて貰うぞ。」

 

 

「えっ、いいの?でも、本業以外のことさせるのもなぁ・・・。」

 

 

「本業じゃないのはオマエも同じだろ?ホレ、現物の場所教えろ。」

 

 

 依頼書を手に取りながら保管場所について催促する。軽い裁縫であればそれなりにできる。いざとなれば水晶を使って溶接することもできるが、それは多方面に敵を作りかねない行為になるのでよしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜数日後〜

 

 

「ハベにゃーん、新しい仕事だよ。ハベにゃーん・・・。」

 

 

「またかよ、ってマズッ!エリドール、コイツ被れ!」

 

 

「うぉっ、と。」

 

 

 ハベトロットから一枚の大きな布が投げ渡される。確かにオレが今ここにいることはハベトロットだけしか知らない。故にここは誤魔化す必要がある。

 

 

「ハベにゃん?ソイツは一体・・・。」

 

 

と、通りすがりのアシスタントでーす。」

 

 

「そ、そうか。それよりハベにゃん、新しい花嫁が—。」

 

 

 なんとか誤魔化せたようだ。ここで衛士に見つかれば、ハベトロット共々ボガードに処刑を言い渡されてしまうだろう。作業を続けながら顔を見られないように最新の注意を払っていると、突如としてハベトロットが大声を出した。

 

 

「やっとまともな仕事が来た!待ってた甲斐がありましたー!用意はとっくにできてるから、すぐに寸法を・・・と、その前に衛士とエリ、アシスタントは出てった出てった!一日はかかるから他の仕事はそのアシスタントに任せるように!」

 

 

「ちょっ、ハベ・・・締め出されちゃったよ。」

 

 

 勢いのまま衛士と共に追い出され、オマケに仕事まで押し付けられた。唖然としていると、その衛士と目が合う(俺は布越しだが)。

 

 

「な、なぁ、ハベトロットのヤツ結構仕事溜め込んでたと思うけど・・・大丈夫か?」

 

 

「・・・まぁ、なんとかするさ。ハベトロットには花嫁衣装の製作に集中してもらいたい。さ、仕事が終わったらアンタの鎧も届けに来てくれ、肩の辺りほつれてるからな。」

 

 

 そうして友人の仕事を肩代わりしたオレは、寝る間も惜しんで消化し続けた。ちなみに押し付けた張本人はボガードの新しいお妃にかかりきりで全然顔出さなかった。いや、それもアイツの仕事の範疇だから文句はないが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キサマ、何故シェフィールドにいる?」

 

 

 バレました。水路からの侵入の痕跡や謎のアシスタントなど、断片的な情報とはいえかき集めれば確信にまで至ったらしい。そんなわけでオレはお縄にかかってボガードの前に座らされている。

 そもそも出禁を喰らった原因だが、根っからの女王派であるオレが反女王を掲げるシェフィールドで活動すると士気が移ろいかねないためだ。最も過ぎてぐうの音も出ない。

 

 

「仕事仲間の様子を見るだけだったけど、こうならば話は別か。・・・率直に言う。ボガード、悪いがオマエはもう助からない。陛下は何があってもオマエ達を潰す。だがここに住む民は別だ。今すぐに避難誘導を開始しろ。」

 

 

「フン、女王の盲信者め。自分の立場がわかっていないようだな。ここではオレが法だ!キサマ如きの戯言に耳を傾けると思うな。牢獄に放り込め。」

 

 

「はっ!」

 

 

 こうして牢屋に閉じ込められはしたが、予定通り来るべき時までは大人しくすることにしよう。それにしても死刑にしないとはまだまだ情が残っているな。もしくは、実力差はしっかり測れていたというところかな?




 書いてる時に2部6章見返してて疑問に思ったけど、シェフィールドの城壁は門が開かないと通れない。でも妖精騎士ランスロットは崩れる前から空中から内部に攻撃できているという。
 個人的には多分神秘の格の差だろうなって(龍種の冠位は伊達じゃない)


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18:抱え行く者と捨て阻む者

「・・・遂に来たか。」

 

 

 牢獄にまで届く程の轟音。間違いなく女王軍がシェフィールドを攻め落としにきたのだろう。しかし、この様子ではまだ城壁は持つだろう。強情なボガードの事だから裏口はまだ開けないだろうが、避難も滞りなく—。

 

 

「ッ・・・!!?」

 

 

 悪感がした。それも今まで感じたことがないほどの。

 

 

「出るか。」

 

 

 そう決意した次の瞬間には手足の枷を一息に外しつつ、その勢いで鉄格子も切断した。

 

 

「あ、おいッ!」

 

 

「悪いね。だが、オマエも逃げた方がいいんじゃないか?ここが崩れるのも時間の問題だろう。」

 

 

 見張りを振り切って外に通じている道を探す。その間にもまた何度か悪感を感じた。言いようのない不安を感じながら外に出ると、そこには惨状が広がっていた。

 

 

「これは・・・!ボガードめ、一体どんな隠し玉を?」

 

 

 城から城壁の外まで一直線に抉られた痕跡が残っている。ただそれだけなら問題は無いのだが、その近くにいた妖精が目立った傷も無く死んでいる(・・・・・・・・・・・・・)のが気にかかる。

 

 

「いや、まずはハベトロットだ。裏口ならいいが・・・『予言の子』と一緒にいるなら、あるいは。」

 

 

 そう言葉を切って城を見やる。このシェフィールドに於ける『予言の子』とは、鉄の装備と凄まじい力を持った人間を指す。ボガードの新しいお妃として迎え入れられたのもソイツだ。

 もう逃しているなら問題はないが、まだ手元に置いているというならハベトロットもそこにいるハズ。

 

 

「まぁ、そりゃ女王騎士もいるよな。」

 

 

 いざ城につくと、チェスのナイトを彷彿とさせる鎧を着た妖精が包囲網を敷いていた。オレの場合、見つかっても襲われはしないだろうが時間を取られるのは確実。なんとか人気の無い通路を探っていると—。

 

 

「・・・おやおや、シェフィールドの領主や『予言の子』がこのザマとは。」

 

 

「!?キサマ、エリドール!牢獄から抜け出たかッ!!」

 

 

「あの程度の設備で拘束できるとでも?ま、それはオマエが一番わかってたと思うが。」

 

 

 城の中庭にはボガードとそのお妃、果てにはハベトロットまでいた。しかし、お妃である『予言の子』はもう動ける状態でないし、ボガードも生きているのが不思議なぐらい衰弱している。にも関わらず、ボガードの声色には力強さが抜けていなかった。

 

 

「エリドール、悪いけどこの二人連れてけるか?」

 

 

「ハベトロットさん?この方は、敵ではないのですか?」

 

 

「いーや、敵だよ。ただ戦うつもりがないだけで。今は休暇中だ、公私問わず友人の頼みぐらいは聞いてやるさ。」

 

 

 そう語りながら『予言の子』に向かって肩を貸そうとするも、その前にボガードが身を起こす。

 

 

「オレの妃に、触るな・・・!」

 

 

「おっと、それは失礼。じゃあどうするつもりだ?」

 

 

「愚問だ、オレが背負う!キサマの手など借りてたまるか・・・!」

 

 

 すでに死に体だと言うのに、ボガードは自身の妃を乱暴かつ優しく抱え上げる。

 

 

「ではオレはここらで退散するとしよう。ハベトロット、離れてやるなよ?」

 

 

「おうとも!ボクは花嫁の味方だからな!」

 

 

 お妃を抱えたボガードとハベトロットが城をあとにする。一方オレは手のひらで複数の水晶を転がしながら、女王軍の侵攻状況を確認する。

 

 

「・・・さて、頼み事を受けたはいいものの、誰かさんに仕事を取られたせいで手が空いてしまった。なら、ちょっとした手伝いに回るとしよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「裏門へ急げ!ボガードも『予言の子』もそこへ向かったハズだ!」

 

 

 妖精騎士ガウェイン率いる黒犬部隊が歩を進める。立ち向かう兵の姿は、すでに無かった。

 

 

(裏門がまだ騒がしい。ランスロットめ、何を手こずって—。)

 

 

 瞬間、複数の爆音がシェフィールド中に響き渡る。

 

 

「!?なんだ!」

 

 

「が、ガウェイン様!通路が・・・!」

 

 

 黒犬部隊の進軍先には、周囲の建築物と溶け合った壁が出現していた。

 

 

「ガウェイン様、他の道も同じく壁で塞がれております!」

 

 

「どけ、私が出る。」

 

 

 ガウェインがその手に持った剣を振るう。『太陽の騎士』の名に恥じない膂力は強力無比である。が、壁を完全に破壊するには至らず、半分程度の厚さを削るに終わった。

 

 

「これは、石英・・・水晶だと!」

 

 

「ご名答!いやー、まさかこんなことになるとは。」

 

 

 ガウェインが壁の材質を見破ると同時に、この水晶の壁を出現させた張本人が姿を見せる。

 

 

「エリドール、まさかとは思うが、この壁はキサマが作り出したのか?」

 

 

「まぁ、創ったのは私ですね。言い逃れはしませんとも。」

 

 

「—ほう。」

 

 

 角に手を掛かるガウェイン。それを見たエリドールは慌てたような様子で続きを述べる。

 

 

「いやいや、勘違いなさらないでほしい。これはたまたま落としてしまった(・・・・・・・・)だけなのですよ。牢獄からいざ逃げようと思った矢先に、ポロッと転がり落ちたようで・・・。」

 

 

「そんな戯言が通るとでも?舐められたものだな!」

 

 

「・・・裏切ってどうこうするつもりなら、こうして姿を現しませんよ。少々お待ちを。」

 

 

 今にも襲いかかりそうなガウェインを尻目に、水晶の壁に近づき手を触れる。すると、水晶の壁は一気に崩れ落ち、その残骸は辺り一面に転がる。

 

 

「と、このように処理するために来たのです。しかし、事故とはいえ手間を取らせてしまったのも事実。処分は如何様にも。」

 

 

「・・・キサマへの処罰は、私ではなく陛下が言い渡すだろう。それまで大人しくしていろ。」

 

 

 水晶の壁が無くなった事により、ガウェインは再び侵攻を開始し、オレは女王騎士に連行される。

 

 

「ではエリドール殿、こちらへ。」

 

 

「あぁ、すまないね。」

 

 

(もう少しだけ長引かせる予定ではあったが、時間稼ぎはこれぐらいでいいだろう。しくじるなよボガード、ハベトロットのためにも。)

 

 

 あとで聞いた情報によると、『予言の子』やボガードは裏門から脱出。裏門は詰所に残った二翅の妖精に手により閉じられ、開閉機能を壊されたことにより追跡は不可能。女王の軍は正門の穴からキャメロットへと帰還した。




 前回のシェフィールドの城壁についての疑問。ガッチガチなのは壁だけで壁の上通れば普通に侵入可能だった件(つまり空飛べるランスロットには関係無し)
 まぁそれは置いといて次回、誰とは言わないが最も120レベルまで上げられたキャラが登場します。


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19:『静脈回廊』と女王の裁決

「っと。ハベトロットさん、手を。」

 

 

「サンキューマシュ!高低差あると地味にキツイんだわ。」

 

 

 シェフィールドから北の洞窟に逃げ込んだマシュとハベトロットは、『厄災』を止めにノリッジへ向かうため、『静脈回廊(オドベナ)』と呼ばれる地下迷宮を進んでいた。ガイド役には白い狼、付かず離れずの距離でマシュ達を導いていた。

 

 

「狼さん、どうしたのですか?」

 

 

 狼か次に進む場所を嗅ぎ分けていると、急に唸り声を上げて臨戦体制を取る。

 

 

「・・・フレキか。なるほどグリムめ、すでに召喚されていたか。」

 

 

 通路の角から一人の妖精が姿を見せる。

 

 

「あ、アナタは、あの時の・・・!」

 

 

「エリドール、わざわざこんなとこに何の用さ?」

 

 

「そうだな、オレもここに足を運ぶことは進んでしないさ。でも仕方ないだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —女王陛下直々の依頼なんだから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平伏せよ。献上せよ。礼拝せよ。従属せよ。」

 

 

 異聞帯ブリテンに存在する『大穴』、それを囲うように建てられた罪都『キャメロット』。

 

 

「この場に集いし30の大使、100の官司は静観せよ。」

 

 

 その玉座の間、多くの上級妖精が集う中、女王騎士は淡々と述べる。

 

 

「疆界を拡げる王。妖精國を築きし王。」

 

 

 最果てより戻り、この妖精國を2000年以上統治し続ける絶対的女王の名を。

 

 

「モルガン女王陛下の御前である。モルガン女王陛下の威光である。」

 

 

 冬の女王モルガン。その冷たい眼光は、正面で跪く一人の妖精にのみ向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、こうして女王陛下の前に来るのは、近年だとモルガン祭に出品する水晶細工の件だけになっていたが、まさかこのような形で会うことになるとは。

 

 

「エリドール、如何にオマエと言えど此度の一件は看過せぬ。その愚行にはそれ相応の罰を与えよう。」

 

 

「心得ております。仕事仲間を逃すためとはいえ、陛下の邪魔をしたのは紛れもない事実にございますから。」

 

 

 オレや陛下が言葉を発すると共に、周りの上級妖精達もざわざわ、ひそひそと話す。

 

 

「あの水晶工エリドールが、漂流妖精(はぐれものの)エリドールが『予言の子』に肩入れしたというのは本当だったのか!」「いくら人気があるっていっても、こうなればおしまいだな。」「まぁ、外の妖精だし別にいいだろ。」

 

 

 

「・・・キサマへの処罰はただ一つ、その財産の押収だ。」

 

 

「財産・・・というとまさか!」

 

 

「オマエの保有する水晶や工房の二割。そして魔晶核の四割を献上するがよい。」

 

 

「ま、魔晶核まで!?しかも四割・・・!」

 

 

 魔晶核とは、水晶を錬金術によって掛け合わせて作る『魔晶』、それを生み出すために必要な触媒である。先日の妖精騎士ガウェインの前に作りだした壁も、複数の水晶を組み込ませた『魔晶』の一つ。

 簡潔に言うならば、素材さえ揃えば即座に一級品の礼装を作り出せる高級品だ。

 

 

「異論でも?」

 

 

「い、いえ、ございませぬ・・・。」

 

 

 異論はあるハズもないが、核一個作るのにどれだけ苦労するか・・・。

 

 

「陛下!それだけで済ますおつもりですか!?陛下に楯突いた以上、もっと重い罰を与えるべきです!」

 

 

「それだけ、だと?バカめ、コイツにとってこれ以(・・・)上の罰はない(・・・・・・)。さてエリドールよ、処罰とは別に私から依頼がある。」

 

 

「なんでしょう・・・。」

 

 

 まだショックが残っているが、依頼を聞くためかろうじて持ち直す。

 

 

「『静脈回廊』の調査だ。サンプルとして鉱石の採取も許可する。オマエでしかわからぬ事実もあろう。」

 

 

「・・・承りました。」

 

 

「では行くがよい。もちろん、押収品を納めた後でな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「—というわけで、ここらの鉱石を取りまくってたわけだ。わかってくれたなら、フレキを引っ剥がしてくれると助かる。」

 

 

 経緯を話してる間ずっと噛みついてくるせいで、作業服ボロボロなんだが?

 

 

「え、えっとつまり・・・?」

 

 

「敵対はしないってことだな。でも、それがボクらを見逃していい理由にはならないと思うけど?」

 

 

「ハベトロット、汚職というのは口封じも大事だ。道案内手伝ってやるから、必要以上に採掘してた事は内緒にしてくれ、頼む。」

 

 

 直に補充すると、もう少しだけあと少しだけと止まらなくなってしまうので、普段は市場に出回ってる水晶だけでやりくりしているのだが・・・流石にこの量をサンプルというにはムリがある。

 

 

「歯止め効かなくなるのは相変わらずだな・・・別に構わないけど、モルガンはお見通しだと思うな!」

 

 

「お二人とも、仲が良いんですね。」

 

 

「・・・まぁ、職人同士の繋がりでな。マシュ、だったか?オレはエリドール、ここを出るまでの間は協力してやるさ。」

 

 

「はい、よろしくお願いします!あ、狼さん、もう噛みつかなくても大丈夫ですよ!」

 

 

 こうして女王の依頼と並行して『静脈回廊』攻略の手助けもすることになったわけだ。狼はまた進み始め、マシュもそれに続くが、ハベトロットはオレを引き寄せてヒッソリと話しかける。

 

 

「なぁなぁ、手伝ってくれるのはありがたいけど、マシュは『予言の子』だぜ?捕まえなくていいのか?」

 

 

「ハベトロット、オマエ冗談上手くなったか?マシュが『予言の子』でない(・・・・・・・・・)のはオマエもわかりきってるだろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女王陛下、エリドールを野放しにしてよろしいのでしょうか?」

 

 

「構わぬ、好きなだけ泳がせておけ。アレは今回の様な事例でない限り私に不利益な事はしない。」

 

 

「しかし・・・。」

 

 

「だがそれも我が妖精國の上書きが完了するまでのこと。その時がくれば、もはや用済みだ。」




 今作品では水晶関連のあれこれが出てきますが、それについてはまた別の話で一気に纏めようと思います。オリ魔術出すなら前もって纏めた方がいいってハッキリわかんだね()


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20:暫しの別れと変わりゆく情勢

「いやぁ〜、流石は『予言の子』。『静脈回廊(オドベナ)』に住む魔獣珍獣相手でも余裕だね。」

 

 

「ハベトロットさんとエリドールさんの援護のおかげです。『予言の子』としてはまだまだ力及ばずかも知れませんが・・・。」

 

 

 『静脈回廊』内の迷宮には岩や鉱石を纏ってたり、それそのものだったりする怪異が生息しているが、それらはマシュの怪力と盾により次々と粉々になっていく。近づくのが厄介な敵には、ハベトロットの糸やオレによる目眩しのサポートで盤石な体制を築いていた。

 

 

「『予言の子』ねぇ・・・・・・まぁ、そこは追求しないでおこう。ほら、ノリッジまであともう少しだ。ここまでくれば、魔獣も出てこないだろう。」

 

 

 道案内は白い狼・フレキが買ってくれているが、あとどれくらいなのかを伝えることはできないので、進行度を伝える役目はオレが請け負っている。休憩を取る目安にもなるしな。

 

 

「その・・・聞きそびれていたのですが、エリドールさんは1600年もの間ずっと旅を続けられていたのですか?」

 

 

「オレの話?あぁ、確かにこの数日間そういう話はしてなかったな・・・まぁ、1600年前から水晶細工を売り物に旅してきたのはホントかな。今も売れ続けてるから良い仕事見つけたと思ってるよ。」

 

 

「ボクの作った花嫁衣装の中にも、エリドールの作った装飾品付いてるヤツ幾つかあるしな!」

 

 

 ハベトロットの言うようにオレも注文次第で花嫁衣装の製作に噛むこともあったりする。もっとも、シェフィールドでボガードの花嫁に衣装を作るようになってからは無くなっていた仕事だが。

 

 

「そうなんですね!あっ、それとお一人で旅をしているのでしょうか?」

 

 

「そうだけど、それが何か?」

 

 

「いえ、モースに遭遇された時とかはどうなされているのかと気になったのですが・・・。」

 

 

「・・・あ〜、そういう時は—。」

 

 

「心配しなくていいぜマシュ、コイツは妖精騎士や氏族長の次ぐらいには強いからな!」

 

 

「そ、そんなにお強かったのですか!?」

 

 

「・・・ハベトロット。」

 

 

 濁そうとしたらしっかりバラしやがったこの糸紡ぎ。折角マシュが苦戦するような敵もいなかったから援護に徹せられて誤魔化せてたのに。

 

 

「いいだろこれぐらい?おっ、アレ出口だろ!さっさと行こうぜ!」

 

 

「あ、本当ですね!私たちも行きましょう!」

 

 

 出口に向かって駆け出すハベトロットとマシュ。すでに案内役のフレキは外におり、無事『静脈回廊』の迷宮を抜けることができた。

 

 

「くぅ〜、やっぱ外の空気サイコーだな!さっ、早くノリッジに!」

 

 

「はい!・・・あ、アレ?エリドールさんは・・・。」

 

 

 オレを探して周囲を見渡すマシュ。まぁ、洞窟の出口で座ってるだけなんだが。

 

 

「あ、エリドールさん!もしや、疲れが溜まっていたのですか?でしたら休憩を—。」

 

 

「オレの事は気にせず。オマエ達を見送ったら、そのまま『静脈回廊』に戻るよ。」

 

 

「えっ・・・。」

 

 

 面を喰らったような表情をするマシュ。なるほど、そういう慣性でなければハベトロットもここまで付き合わないだろう。

 

 

「オマエは『予言の子』なんだろ?なら女王派のオレからしたら邪魔でしかない存在だ。『静脈回廊』内なら目が無いからいいが、これ以上表だって助けるわけにはいかない。」

 

 

「で、でも・・・。」

 

 

「そもそも、オマエを助けたのはハベトロットを思ってのことだ。オマエ個人の思想に付き合う義理はない。」

 

 

「・・・まぁ、そんなとこだろうと思ってたよ。マシュ、残念だけどエリドールとはここでお別れ。次会う時は・・・敵同士かもな。」

 

 

「そんな、だって、この数日間いっぱい助けてくれて・・・。」

 

 

「・・・よし。ならマシュ、そんなにオレと一緒にいたいなら一つ提案しよう。『予言の子』としてキャメロットに向かえ。あぁ、命の保障は約束しよう、女王陛下もそう公言しているしな。」

 

 

「そ、それは・・・!」

 

 

 まぁ、今キャメロット向かえば拘束されなかったとしてもノリッジの『厄災』には間に合わない。どちらかを取るしかあるまい。

 

 

「なら早く行け、急に気が変わって強引に連れてくかもだぞ?オレの強さはそこにいるハベトロットのおかげでわかってるだろう。」

 

 

「・・・エリドールさん、手を貸してくれて、ありがとうございました・・・っ!」

 

 

 そう言ってマシュは背を向けて走り出した。一方ハベトロットはすぐに追わずに、こっちを真っ直ぐ睨んでいた。

 

 

「エリドール!マシュ泣かせるなよなー!いくら昔馴染みだからって許さないぞ!」

 

 

「悪かったよ。あぁそうそう、念のため言っておくけどモルガン陛下に謁見することがあれば『静脈回廊』でのオレのこと内緒で。」

 

 

「もう知るか!エリドールのバーカ!!」

 

 

 こうしてハベトロットも去り、フレキもいつまにか姿を消していた。一人残ったオレは、身体を起こしながら一つ呟いた。

 

 

「・・・花嫁の味方なら、オレに構わずさっさとついてやれよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「—『静脈回廊』の様子は以上です。他の調査結果はこちらに。」

 

 

「ご苦労、報酬として500万モルポンドを取らす。この調査結果の分も後に算出しよう。」

 

 

 『静脈回廊』からキャメロットへ戻り、鉱石関連は口頭で、それ以外は紙へと書き纏めてモルガン陛下に報告を行った。そして、ここに至るまでの間に事態は大きく動き出していた。

 

 

「・・・して、モルガン陛下。『予言の子』及び『異邦の魔術師』を招くと耳にしたのですが。」

 

 

「余計な手間とはいえ、ノリッジの『厄災』を払った功績は認める。ガウェインの護衛もあって到着までは2日といったところだが・・・エリドール、当日にキャメロット及びその周辺への滞在は許可しない。」

 

 

「!?も、モルガン陛下、しかし—。」

 

 

 ゴンッ!!と杖を突いた音が玉座の間に響き渡る。『予言の子』はまだしも『異邦の魔術師』に対する警戒があったのだが、口答えは不味かった。

 

 

「・・・失言、失礼しました。女王陛下の仰るままに。」

 

 

「そうだ、オマエはいつものように(・・・・・・・)旅を続けていればいい。」

 

 

 女王陛下に頭を垂れながらこの先の事を考える。敵は『予言の子』や『異邦の魔術師』だけでない、反女王派の者もいれば増え続けるモース、そして臨界を迎えようとしている『大穴』。改めて見れば問題は山積みだ。恐らくは、妖精國始まって以来最大のターニングポイントと言っても過言ではないだろう。

 余談だが、『静脈回廊』から持ち帰った袋4つ分の水晶はその内3袋分押収された。虚しい。




 ここからストーリーとはまた離れて進めて行きます。尺の短縮とかそういう下心はありませんきっと多分メイビー。


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21:グロスターと愛玩の獣

「少しお早いですが、向こう一ヶ月分の出品作です。どうぞお納めを。」

 

 

「えぇ、ご苦労様です。流行が去ってもアナタの作品を欲しがる物好きは一定数存在しますから。」

 

 

 流行と歓楽の街『グロスター』。その領主であるムリアンの『妖精領域』に覆われたこの町は、女王モルガンの支配を受けることなく独立しており、外交という形で関係を保っている。

 そんな場所にもオレは足を運び、水晶細工を売り渡っている。違いがあるとすれば、毎夜行われるオークションのために個人宛ではなく万人受けする作品を作っているというところだ。

 

 

「取り分はまた落ち着いた頃に取りに来ようかと。今のご時世、物騒な事になりそうなので。」

 

 

「『予言の子』と『異邦の魔術師』の登場により、エインセルの予言が信憑性を増してきていますからね。もっとも、私としては中立を保たせてもらいますが。」

 

 

「わかっていますとも。モルガン陛下もグロスターからの援助は期待していないでしょうし。」

 

 

 ムリアンの『妖精領域』の前では、例えモルガン陛下であろうと迂闊に手を出せない。『予言の子』に対する援軍などは出さないにしても、『鐘』はならされることになるだろう。

 

 

「・・・ま、この話はこれぐらいにしておきましょう。ムリアン様とも長いですし。」

 

 

「えぇえぇ、なにせグロスターでオークションを始めた頃からのお付き合い。できれば私の町に留めたいところでしたが・・・。」

 

 

「残念ながら私はモルガン陛下の支持者。ムリアン様がモルガン陛下につくなら考えなくもありませんでしたが、叶わぬ要望ということで。」

 

 

 席を立ち、ムリアンの部屋を出ようと扉に向かうと、手をかける前にそのドアは開かれた。

 

 

「あら、もうおかえりですか水晶工様?」

 

 

「・・・あぁ、もう用は済んだからね。そういうわけでそこをどいてくれると助かる。」

 

 

 扉を挟んで目の前の化狐・コヤンスカヤを睨む。コイツと何かしら商売したら必ず損するような気がしてならないので、かなり苦手だ。

 

 

「ハァ、相変わらず馬が合いませんのね。」

 

 

「とんでもない!妖精の中でもここまでやりやすいお方はいませんもの♪」

 

 

「・・・こっちからしたらやりにくいことこの上ない。側に置いているムリアン様の度胸には感服するほかありませんよ。」

 

 

「エリドール、アナタはコヤンスカヤを嫌い過ぎです。コヤンスカヤもあまり虐めないように。」

 

 

「申し訳ありませんムリアン様。エリドール様を前にするとどうにも嗜虐心がそそられてしまって。えぇ、今後は控えますとも。」

 

 

「それでは今度こそ行くとしますか。オークションの盛況、楽しみにしております。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、次はどこに行くか。『厄災』の影響でモースが増え始めてるし、長旅は禁物。近くの街といったら—。」

 

 

 そう考え込んでいるその時だった。ブリテン中にそれが響いたのは。

 

 

「—・・・巡礼の、鐘。そうか、ならあそこにでも行くかな。どうせいるだろう。」

 

 

 次の一歩は思い切り踏み出し、ブリテンの平原を駆け抜ける。女王モルガンと『予言の子』、その戦いが幕を開けた。




 モルガン陛下が次のイベントの特効入ってて狂喜乱舞してるのは作者だけでないハズ。
 ところで妖精領域って固有結界みたいで結構チートだと思うんですけど、その中でよくムリアン倒せたなって。誰とは言いませんけど。


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22:オックスフォードと若き勇者

「やはり騒がしいな。今日中には出るつもりか?」

 

 

「おぉ、エリドールじゃないか!残念だけど商売はまた今度にしてくれ!今はロンディニウム侵攻に向けて兵と武器を揃えてるところだからな!」

 

 

 大食堂『オックスフォード』、領主である牙の氏族の長が作り上げたレストラン街。とはいっても、領主の意向で牙の氏族の本能を掻き立てる肉の料理はどこであろうと取り扱われていないのだが。

 

 

「お気になさらず、今回は商売目的じゃありませんから。注文があれば別ですけど。」

 

 

 さて、今この街では進軍の準備で慌だたしくなっている。ノリッジの『鐘』がならされたことで、女王モルガンは『予言の子』とそれに与する勢力を敵と見なした。

 よって、まずはロンディニウムを拠点とする円卓軍を潰すために動員されたのが—。

 

 

「ウッドワス様、お久しぶりでございます。」

 

 

「・・・エリドール、非戦闘員のキサマが何故ここにいる!!」

 

 

「今一度若き勇者の勇姿を見たくなりましてね。流石に戦場まで行くつもりはございませぬから、出発前にと。」

 

 

 亜鈴百種・排熱太公ウッドワス。モース戦役以来、モルガン陛下に支えてきた牙の氏族長。過去のある事件から本能を曝け出すことを非常に嫌がっており、菜食主義となって礼節も身につけた変わり者でもある。

 

 

「確かに戦場にまで足を運ばれては迷惑だ。精々陛下に殺されぬよう、キサマと同じく何の役にも立たないガラス細工でも作っておけ。」

 

 

「おぉ、ヒドイ言われよう。陛下の期待を裏切らぬようで最上の結果を出さねばなりませんね、お互いに。上手く事が運ぶのを願っていますよ?」

 

 

「当然だ、種としても軍としてもこちらの方が上なのだからな!パーシヴァルに『選定の槍』があろうとそれは変わらんよ!」

 

 

「おや、『選定の槍』の事はご存じでしたか?陛下から聞かされたので?」

 

 

「いや?オーロラだよ。そういえばキサマ、オーロラから依頼を受けたが未だに完成していないらしいな?彼女ほどの妖精を待たせるとは、水晶工も落ちたものだな!」

 

 

 なるほど、ソールズベリーの領主からか。確かに『選定の槍』はあの街の大聖堂に保管されていた、逆に知らない方がおかしい。聞いたタイミングはノリッジ陥落時にここオックスフォードで会食をした時か?しかし、この話題を出せば絶対に不機嫌になるので聞かない方が吉だろう。

 

 

「落ちたも何も、今の私めの腕では彼女の美しさに(・・・・・・・)見合った作品(・・・・・・)が作れないのです。一刻も早くお届けしたいとは思いますが、私のプライドにかけて見合わない作品は送れませんから。・・・あぁそうそう、最後に一つだけよろしいですか?」

 

 

「なんだ?これ以上は時間のムダ—。」

 

 

「先日新しく出来たというレストランの事で。折角訪れたことですし、是非堪能したいと思いまして。」

 

 

「・・・二つ先の曲がり角を右に曲がれ。オススメは根菜のサラダだ。」

 

 

 レストランの話題になった途端、急に丁寧な対応をするウッドワス。どれほど本性が荒々しくても、長い間それを封じ込めただけあって紳士差が様になっている。その成長を見れただけでも来た甲斐があった。

 

 

「ありがとうございます、オックスフォード公。またの機会があれば、アナタが考えたフルコースなんてものも注文してみたいですね。」

 

 

「フン、ソレは安く無いのでな。精々手持ちと相談することだ。」

 

 

 それを最後にウッドワスは軍隊の指揮に戻った。ちょうど武器の装備や隊列が終わった頃らしい。途中で指示を出さなくてもこれなのだから、良く指南されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウッドワスの軍がオックスフォードを去り、その一方でオレはウッドワスに薦められた料理を注文し、口にしていた。

 

 

「・・・確かきんぴらごぼう?とかいう料理があったな。それに近いものか?」

 

 

 ごぼうと人参、それにジャガイモと大根が入ったサラダ。和食の一つに似たようなレシピがあった気もするが、何か違う気がする。まぁ美味くはあるのだが。

 

 

「おうエリドール、どうだそのサラダは?ウッドワス様が自ら編み出した新作だ。」

 

 

「おいしかったよ、少なくとも私にとっては。肉を制限されているアナタ方にとってどうだかは存じませぬが。」

 

 

「まぁな、肉が喰えなくて不満なのはみんな一緒だ。ウッドワス様はお堅すぎる。」

 

 

「まぁ、肉なんて置いていればオックスフォード公はお怒りになることでしょう。このメニュー表に載(・・・・・・・・・)っていれば(・・・・・)の話ですが。」

 

 

「ハハハ、大丈夫だって。あの保管庫には根菜しか(・・・・・・・・・・・)入ってない(・・・・・)からな!」

 

 

「それならよかった。では、ご馳走様。」

 

 

 メニュー表にも載ってないし目に見える保管庫にも入ってない、か。全く、不憫としか言いようがない。なぁ、ウッドワス?




 モルガン陛下、アンタ、イベントでなんちゅー事を・・・。それはそれとして可愛かったですハイ。
 強い分横領とか自分勝手な行動多い牙の氏族をできるだけ纏めつつ自身も律していたウッドワスはめっちゃ有能。異論は認める。


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23:ウェールズと散り行く者

「あの軍は、ガウェインの?ロンディニウムには向かわないのか?」

 

 

 オックスフォードから北へ向かっていたオレは、その道中妖精騎士ガウェインとその軍隊を遠くから発見した。望遠鏡の様な礼装を片手に観察していると、背後から声をかけられた。

 

 

「そこで何をしている。」

 

 

「おっと、これはこれはランスロット様。一つお聞きしたいのですが、一体どこへ行くつもりで?」

 

 

 遠くのガウェインを指差しながら後ろを振り向く。そこにいたのはブリテン最強の妖精騎士ランスロット、唯一無二の竜の妖精である。

 

 

「・・・ウェールズだ。陛下の命令でね。」

 

 

「—なるほど、そういうことでしたか。時間を取らせて申し訳ない。」

 

 

 ウェールズというと、各地から追いやられた非力な妖精。主に虫の形を持った者が行き着く場所だ。そして、他にその森を住処にしているのは—。

 

 

「別に、ボクならすぐ追いつけるし。・・・そうだ、オーロラに頼まれてたモノは?」

 

 

「残念ながら、まだ納得の行くものが作れておらず。代わりに汎人類史に伝わる作品の一つをお贈りさせていただきました。オーロラ様も大層気に召していましたよ。」

 

 

「そうか、ならいいんだ。こちらとしても助かっている。」

 

 

「いいえ、作品をお持ちする度にそれ相応の代金を貰っている身からすれば、オーロラ様には頭が上がりませぬ。一刻も早く完成させるために工房に潜るとしますか。ではランスロット様、良い報告を期待しておりますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コレとコレとアレ・・・って、そうだ陛下に徴収されたばかりだった。となると迂闊に研究には使えないから一時切り上げで別の礼装を—。」

 

 

 その日の内に洞窟の中にある自身の工房に戻ったエリドールは、様々な道具や水晶を取っ替え引っ換えしながら依頼された作品や研究について考えを纏めていた。旅の道中で取り掛からない作業はこうした各地に点在する工房で行っているのだ。

 

 

「さ、て。ひとまず完成の近い作品を仕上げるとするか。」

 

 

 数ある工房の中に安置していたソレをゆっくりと取り出し、その全体を覆う布が剥がされる。

 

 

「ん〜、鎧の装飾に立派な角、そして何より長大な体躯。文句なしの出来だ。」

 

 

 笑みを浮かべて頷くエリドール。その眼前にあるのは、水晶によって作られた像が鎮座していた。そしてそのモデルとは—。

 

 

「まさかガウェインの像を注文するヤツがいるとは、それも原寸大。難しくはないが、それ故に手が込んでしまったな。」

 

 

 ある妖精の依頼で作る事になった妖精騎士ガウェインを形取った像。もちろん頭から足まで水晶で作られたものだが、ただ形を真似ただけでなく配色もしっかりしたものとなっていた。

 

 

「ふむ、傍目から見ても中々。細かい造形もありながらバツグンの強度も備えている。これは陛下に献上しても文句はないレベ—。」

 

 

 と、自分の仕事ぶりに感心している時だった。そのガウェイン像にヒビが入り、ガラガラと崩れ落ちたのは。

 

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅ、度々間を空けていたとはいえここまでやるのに何年掛かったと・・・。今年は厄年か・・・!」

 

 

 実際『厄災』が来たり、『予言の子』の存在によって戦争が始まっているので厄年なのに間違いはない。

 

 

「全く、ひとまず当社の注文通りの範疇でパッと作ったが・・・3日掛けたにしては不出来だな、やはり着色が無いと。・・・いや、いつまで拘ってても仕方がない。今日は別の依頼で作った作品でも持っていくか。」

 

 

 ガウェインの像をしまい、新たにもう一つ布がかけられた像を取り出した。その中身は、排熱太公ウッドワスを模した像だ。

 

 

「本物と程遠いとはいえ、この毛並みの出来具合はほれぼれするな。これはもう作り手以前にベースが良すぎる。さ、そろそろ出るか。」

 

 

 後始末をしながら工房を出たエリドールは、水晶の作品が入った袋を片手に南へと向かっていった。その途中、幾つか村に立ち寄ったが、決まって同じ話題で盛り上がっていた。

 

 

「ガウェインが、バーゲスト(・・・・・)が敗れた・・・!?」

 

 

 ウェールズの森にて、ロンディニウムから駆けつけた『予言の子』に敗れた妖精騎士ガウェインは、そのギフトを失って本来の真名()・バーゲストを露わにした。とはいえ、ガウェインのギフトが失われようとバーゲストの力が削がれることはない。

 故にこそ、それを破った『予言の子』に注目が集まる。それとは別に『異邦の魔術師』もそこにいただろうが、バーゲストを倒し切れなかったという時点で大体の実力は予想できる。

 

 

「それにしても、バーゲストが敗れたその時に水晶像も崩れ落ちるとは、不吉な事この上ない。」

 

 

 やれやれと首を振りながら、依頼された村へと足を運ぶ。袋の中に入ったウッドワスの像が既に砕けていることには、まだ気がついていなかった。




 イベントでの陛下がありとあらゆる面で最高でした。まさか今回だけでなくしょっちゅう単独レイシフトしてたとか規格外にも程がある(戦慄)
 ロンディニウムの決戦は完全にすっ飛ばしました。もし向かってたら某ビーストと鉢合わせendが待ってます(白目)


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24:妖精舞踏会と旅の一行

「・・・よし、これでいいか。」

 

 

 ブリテン各地に点在する工房を訪れたエリドールは、その日の内にそれを作り上げた。ロンディニウムにて敗れ去ったウッドワスの彫像を。

 

 

「モース戦役から陛下に仕えてきた若き勇者。妖精騎士相手でも早々負けないオマエが、まさかこんな結末を迎えるとはな。・・・だが、パーシヴァルの寿命を考えれば『選定の槍』の行使は捨て身で一回切り。陛下に届く可能性を削ったのは良い働きだったぞ。まぁ、そこまで辿り着けるかは別だがな。」

 

 

 作品を作業場に残し、工房から出る。左手には、一通の手紙が握られていた。

 

 

「ムリアンめ、このタイミングで妖精舞踏会(フェアリウム)を開くとは。まぁいい、陛下の株を少しでも上げるチャンスだしな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖精舞踏会、氏族の長達やムリアンによって招待された妖精のみが参加を許される夜会。その年もっとも輝いた妖精を決めるといったものもあるが、個人的には興味がない。あくまでただの水晶細工師だからな。

 

 

「・・・時間前に着いたはいいが、さて服装はどうするか。必要最低限の格好でなければオレだけでなく陛下のメンツも潰れる。前に来た時にはどういうものだったか。」

 

 

 そう考え込んだのが悪かった。曲がり角で何者かと衝突してしまった。

 

 

「うわっ!?」

 

 

「おっと、すみません。少し考え込んでしまっ—。」

 

 

 その妖精の姿を見て、言葉が詰まった。一方ぶつかった妖精は少しのけぞるも、付き添いの人間の支えられたことで転んだらはしていなかった。

 

 

「大丈夫、アルトリア?」

 

 

「だ、大丈夫です。それより、ぶつかってごめんなさ・・・あ、あの、もしもし?」

 

 

「・・・失礼。その帽子、よく見せて貰えないか?可能なら手に取ってみたい。」

 

 

「えっ、ま、まぁ、それぐらいなら・・・。」

 

 

 差し出された帽子を手に取り、その隅々を確認する。・・・かなり使い込まれているが、アイツ(■■■■)の作品だな。

 

 

「ありがとう、いきなりすまないね。良い職人に作って貰ったんだな。」

 

 

「は、はい!それはもうすごい職人さんでした!」

 

 

 満面の笑みを浮かべながら、そう返してきた。そうか、コイツは—。

 

 

「エリドール、ぶつかっといて帽子見せろとか失礼過ぎないかー?」

 

 

 感傷に浸っていると物凄く聞き馴染みのある声が。

 

 

「ハベトロット?オマエ何故ここに・・・いや、確かに謝罪がまだだったな。すまなかった。」

 

 

「いえ、もう気にしてませんから。それより、エリドールって、まさか・・・。」

 

 

「考えている通りで合ってるよ。水晶工エリドール、ブリテンを旅する女王派の妖精だ。そういう君は、『予言の子』だろう?」

 

 

「あ、あはは、バレバレだぁ・・・。」

 

 

「各地を渡り歩いてる分、情報は多く入ってくるからな。姿を見たのは初めてだけど、すぐわかったよ。」

 

 

 何の因果か。たまたまぶつかった妖精は今話題の『予言の子』であった。確証は十分にある、むしろ間違えようがない。

 

 

「エリドールって確か・・・。」

 

 

「ブリテンを旅して歩く水晶妖精だね。各地に石英で作られた作品があったろう?アレの殆どは彼が手掛けたモノなんだ。」

 

 

 先程『予言の子』を支えた人間が呟くと、翅の生えた妖精が補足を加えた。・・・生えたとはいったが、あの翅、偽物では?

 

 

「水晶工ご本人!?ホントに!?もしかしなくても、妖精舞踏会に呼ばれたんですよね!!?」

 

 

「まぁね、オークションに度々出品してるのもあって、ほぼ毎回招待されてるよ。」

 

 

「じゃ、じゃあ!同行者の枠って開いてたり・・・?」

 

 

「はは、女王派のオレが『予言の子』の連れと一緒に出席とか、外聞悪くなること間違いなしだな。まぁ、キミ達が陛下の元につくなら話は別だけど。」

 

 

「あ、じゃあ遠慮しときますね・・・。」

 

 

「へぇ、じゃあロンディニウムのヤツらに石英の飾りもの作ってたのはいいのかよ?」

 

 

 小柄な犬の様な妖精(牙の氏族ではない)が目に見えて気を落としてると、今度は赤髪の男が話しかけてきた。

 

 

「陛下に反旗を翻す者ではあるが、商売となれば別だ。ちゃんと金も払われてるし、材料だって用意してあった。依頼主に対しては平等なつもりだぞ?」

 

 

「仕事に私情や政治は挟まないってことか。」

 

 

「それがダメだったら、オレはとっくに処分されてるよ。・・・もう少し話しててもいいが、そろそろ会場に行かないとな。キミ達も出るんだろ?早く準備するといい。」

 

 

 話を切り上げて妖精舞踏会の行われる会場に向かおうとした。が、その前に杖を持った幼子が声を上げる。

 

 

「その前に一ついいかな。キミはチェンジリングでこのブリテンにやってきた汎人類史の妖精と聞いたのだけど、それは事実?」

 

 

「・・・あぁ、間違いないよ。オレはその汎人類史(・・・・)()ではある。じゃ、これにて失礼。」

 

 

 今更だが、帽子の下りからは半分素で話してたな。呆気に取られたとはいえ、以後気をつけなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダ・ヴィンチちゃん、なんであんな質問を?」

 

 

「そうだね・・・。藤丸君、キミ、エリドールという名に聞き覚えは?」

 

 

「ない、けど・・・何かしらの妖精の名前じゃないの?」

 

 

「そうだったら気にすることもないし、異聞帯だからで片付けられた問題でもあったんだ。でも、現代に伝わってる妖精の中にエリドールなんて妖精はい(・・・・・・・・・・・・)ない(・・)。そして、そんな妖精をモルガンは好き勝手させている。詳しいことはわからないけど、この二人の間には何かある。十分に警戒する必要があるね。」




 ※わかりづらいと思いますが本作の藤丸立花は男性です。
 エリドールについての設定再度纏めようとネットサーフィンしてたら、ウチの小説ヒットしてビックリしました。


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25:揺れる思惑と消え去る名、次なる一手は誰が為に

「やぁエリドール、この間の作品見事だったよ。また頼んで貰ってもいいかい?」

 

 

「えぇ、依頼内容にもよりますが、期日以内には完成させましょう。」

 

 

「エリドール、前に頼んだ作品なんだけど、もうできてるか?」

 

 

「もちろん。ですがこの場に持ってくるのは無粋と思ったもので、また後日お待ちさせていただきます。」

 

 

 妖精舞踏会が始まって少し経った頃、オレは沢山の妖精から声を掛けられていた。ここに集まるのはそれなりの立場を持つ妖精ばかりであるが、オレはその全員に水晶細工を作っており、その腕を認められている。ムリアンの敷いたルール上、見知らぬ者に対しては認識阻害が働くが、オレにはあまり効果はない。

 

 

「エリドール!やっぱり噂通り、無料(タダ)で頼んだ作品は素晴らしかったよ!今まで作って貰った中でも最高のモノだ!」

 

 

「そう言って貰えるのは嬉しい。けど、忘れてないだろうね?」

 

 

「あぁ、【タダで作ったらもう二度と依頼は受け付けない】だろ?大丈夫、アレ以下の作品なんて欲しいとは思わないから!」

 

 

「ふふ、それはそうでしょうね・・・。なにせ一世(・・)一代の自信作(・・・・・・)ですから。」

 

 

 実のところ、金や材料の用意が無くても水晶細工は作ることにしてる。その対価がタダ、だ。ただし、それで頼んだ客には二度と水晶細工を作らない。

 タダより高いモノ(・・・・・・・・)はない、と言うだろう?

 

 

「あら、久しぶりねエリドール。」

 

 

「おぉ、これはこれはオーロラ様。お変わりなき美しさ、それを見ていると私の胸は張り裂けそうになってしまいます。アナタ様の美しさに見合う水晶細工、それを作り上げることができないのだから。」

 

 

 風の氏族長・オーロラ、ソールズベリーの領主にして美しい翅を持つ妖精。世渡りの上手い妖精でもある。

 

 

「いいのよ、アナタは代わりの作品を沢山作ってくれるもの。前のは、えーと・・・。」

 

 

「スノードームのことで?」

 

 

「そう!そのスノードーム、今でも大切に保管してあるのよ?汎人類史にはあんなものもあるのね!」

 

 

 前回贈ったのは万華鏡だけどな。

 

 

「それは光栄にございます。今すぐとまでは行きませぬが、いつかアナタのお眼鏡に叶う作品をこさえてみせましょう。」

 

 

 そう締めてオーロラから離れる。ちなみに付き添いには妖精騎士ランスロットがいるのだが、どうやら今は『予言の子』の元に向かっていたらしい。

 

 

「先程はどうも。」

 

 

「おや、ランスロットの次はキミかい?」

 

 

「オーロラ様の相手をしていたところ、ランスロット様が近くにおらず探してみれば、アナタ方といるのを見かけた次第にございまして。」

 

 

「・・・なんか、さっき会った時とは態度違う?」

 

 

 応対したのは杖を持った幼子と人間の男。幼子の方はダ・ヴィンチと呼ばれていたか。

 ・・・いや待て。ダ・ヴィンチとは、あのレオナルド・ダ・ヴィンチか?!何故このような姿に・・・??疑問が尽きないが、これは時間をかけて解明するレベルの謎な気がする。切り替えるとしよう。

 

 

「あぁ、あの時はあまりの衝撃につい素面で話してしまいまして。普段はこういう口調なのですよ。」

 

 

「・・・なんか、エラく虫唾が走る口調だな。」

 

 

「ははは、2000年以上も続けておりますからね。そろそろ違った話し方を模索しましょうか。」

 

 

(そういう問題じゃねェんだけどな・・・。)

 

 

 さて、わざわざ挨拶するためだけに話しかけたわけでもない。この人間の男、恐らくはベリル・ガットと同じ『異邦の魔術師』であろう。モルガン陛下程の魔術ではないにせよ、どのような魔術を使うのかは興味がある。せめてその系統だけでもわかればいいのだが・・・。

 そう思ってその人間に視線を向ける。しかし、それと同時に他の妖精が訪ねてきた。

 

 

「おや、水晶工様。少し失礼するよ。」

 

 

「・・・いえ、お気遣いなく。何か依頼でも?」

 

 

「あぁいや、用があるのは・・・そう、そこの人間の男だよ。」

 

 

 『異邦の魔術師』を指差して用件を述べる妖精。簡潔に纏めると、この会場にあるテラスへの誘いだった。それも妖精騎士からの。

 

 

「どうします?妖精騎士からの誘いであれば断るわけにも行きませんけど・・・。」

 

 

 アルトリアが連れに目配せしてると、その次にオレに視線を向けた。・・・まぁ、考えてることはなんとなくわかる。

 

 

「私のことなら大丈夫ですよ。テラスから戻ってきたらまた話しましょう。」

 

 

「えぇ、では行きましょうか!」

 

 

 テラスへと向かうアルトリア達を見届ける。その後会場を見渡すと、確かに妖精騎士の数が足りていない。しかし、姿が見当たらないのは3騎中2騎だ。

 

 

(ランスロットはいるが、バーゲストとトリスタンがいない・・・?まぁ、トリスタンは妖精舞踏会が始まってすぐベリルと共に挨拶に向かって以来気にかけられなかったが・・・。)

 

 

「皆様、ご歓談中失礼します。メインイベントの開始時刻が迫っているため、ステージへの移動をお願い致します。」

 

 

 模索して考え込んでいると、ムリアンの使いの妖精がそう呼びかける。集まった妖精達は次々に指定された場所へ向かい、仮面を取り出す。オレも持参の仮面を持ってステージの観客席へ移動する。ステージ中央はまだ照明が付いていないため良く見えない。

 そこから暫くして、ムリアンのアナウンスが響き渡った。

 

 

「表の妖精舞踏会など目眩し。ここはグロスター、刺激と破滅、興奮と悲劇が無くては物足りない。そんな皆様のためにとっておきの舞台を用意させていただきました。さぁ、嘲笑と羨望が混ざり合うメインイベントを始めましょう!!」

 

 

 ステージ上のライトが一斉に照らされると、そこにはベリル・ガットと妖精騎士トリスタン。更には、『予言の子』の一向の姿が。

 

 

「・・・確かに、先日のグロスターでの一件とムリアンの周到さを考えればこうなるか。」

 

 

 妖精騎士トリスタンとアルトリアは、前にもグロスターのオークションで矛を交えたという。恐らくは、その雪辱を晴らすためにトリスタンは『鐘』を賭けてでも再戦の舞台に乗ったのだろう。

 

 

「さて、どう転ぶか・・・って、引っ込んだ、だと?」

 

 

 なんと『予言の子』はステージに上がらないどころか、姿を消してしまった。急な展開ではあるがこれは『鐘』を鳴らすまたとない機会、それを前に引くとは・・・。元より低かったが、オレの中での評価は落ちたな。そう思った次の瞬間、『予言の子』は再び姿を現し、連れの『異邦の魔術師』と共にステージに上がった。

 ・・・とりあえず結果だけ述べよう。妖精騎士トリスタンはアルトリアに敗北した。それによりギフトまでも失い、かつて蘇りの『厄災』を引き起こした吸血妖精バーヴァン・シーであることが知られてしまった。非難で溢れ帰った会場を逃げるように去ったバーヴァン・シーを確認したオレは早足で会場を後にし、そのままグロスターから出た。

 

 

「・・・違う、アレ(『予言の子』)は違う。乱されるな、オレはエリドール、オマエはエリドール(・・・・・・・・・)。水晶細工師、ブリテンを旅する陛下の忠臣。そうだ陛下だ、オレは陛下(モルガン)に忠誠を誓った。決してアイツ(■ネ■■)では・・・いやダメだ、アレを引き合いに出すな・・・!」

 

 

 頭が、いや、身体全体がグチャグチャに掻き回される感覚が襲ってくる。なんとかオレ自身を保たなければ、そのための■化だろう。

 しかし、その現象はピタリと止む。声がしたからだ。オレを導く声が—。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、ガウェインに引き続きトリスタンまで!妖精騎士はあと1騎・・・!」「あんなヤツらどうでもいいけど、これからオレ達どうなるんだ?」「ウッドワスも期待ハズレだったし、こうなったら『予言の子』が勝つんじゃプェ—。」

 

 

 『予言の子』の勝利を口走った妖精は、一滴の血を残すことなく消えた。玉座に座るモルガンの手によって。

 

 

「・・・今のは警告だ。これより我が敗北を示唆する言を述べた者は、即刻首を刎ねる。」

 

 

『は、はっ、申し訳ございませぬ陛下・・・!』

 

 

 牙の氏族長ウッドワスに加え、妖精騎士2騎のギフトが失われた。ここまで敗戦が続けば、キャメロットの上級妖精であろうと不安に思うだろう。

 

 

「とはいえ、トリスタンも敗北したとあって何もしない訳にはいかぬ。ここは一つ手を打つとしよう。」

 

 

 おぉ、と妖精達が静かに騒ぐ。モルガン直々の裁量であれば、必ずや良い成果が出るだろうと。

 

 

「・・・無能共め。まさか別用途の駒(・・・・・)を引っ張り出さねばならぬとは。」

 

 

 小声でそう呟いていると、玉座の間の扉が開かれる。扉の前に居たのは—。

 

 

「—来たか、我が右腕よ。」




 ぶっちゃけもうエリドール=誰なのかわかりきってると思いますが、敢えて隠し続けようと思います。
 次回は久々の戦闘回。しかも我らが藤丸君も参戦。カルデア側のサーヴァントも複数騎出す予定なので乞うご期待!


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26:オークニーと水晶の騎士

 最果ての国『オークニー』、長い間廃虚となったそこに存在するのは予言の子一向と賢人グリムともう一人、長い眠りについていた初代妖精騎士ギャラハッドだ。

 

 

「マシュ、その、どこか不調はない?2000年も眠ってただろうから・・・。」

 

 

「大丈夫です先輩。マシュ・キリエライト、以前と変わらず活動できます。これまで離れてた分、精一杯マスターをお守りします!」

 

 

「おう、その意気だぜ。こっちも改めてよろしくな嬢ちゃん、それに坊主。」

 

 

「はい、グリムさん。頼りにさせていただきます。」

 

 

 『賢人グリム』としてカルデアに合流したのは、キャスターのサーヴァント『クー・フーリン』。サーヴァントの召喚が極めて困難な妖精國に存在する稀な存在である。

 

 

「はは、嬢ちゃんは初代グリムと面識あるから飲み込みはや—。」

 

 

 グリムの表情が硬くなる。その視線は、南の方向へと向けられていた。

 

 

「おぅ、どうした賢人とやら。急に難しい顔するじゃねぇか。」

 

 

「・・・察しがつくだろ。敵襲だ、構えとけ。」

 

 

 赤髪の男『千子村正』にそう返すグリム。しかしその目は逸らされることなく、その敵影を捉えていた。

 

 

「こ、ここにまで追手が!?ノクナレア(北の軍勢)だっているのに強引な・・・。」

 

 

「あぁ、たった一騎で来てやがる。無謀ってもんだぜ。」

 

 

 オークニーの領地に向かってくるのは、モルガンの持つ物と同じ配色をしたハルバード型の杖を持つ馬頭の騎士。そう、女王騎士であろうその妖精がたった一騎でオークニーにまで『予言の子』を追ってきたのだ。

 

 

「まぁなに、まずは小手調べ・・・燃えろ!」

 

 

 ルーン文字による魔術の行使。それもサーヴァントとはいえ智慧の神によるものであれば絶大な威力を誇る。距離が離れているため避けられはするが、その爆風は侵攻を妨害するのに多いに役立っていた。

 

 

「よし、クー・フーリ・・・じゃなくてグリム、ありがとう!おかげで準備できた。」

 

 

「お安い御用だが、名前しっかりな!いやマジで!」

 

 

 グリムがルーン魔術による妨害をしてる中、『異邦の魔術師』藤丸立花はサーヴァントを召喚していた。通常サーヴァントの召喚にはそれ相応のコストや条件が必要とされるが、カルデアはこれを戦闘時のみの限定的な時間に収めることで多種多様なサーヴァントの簡易的な召喚を可能とした。人類最後のマスターである彼は、ここに来るまでに沢山の出会いを経験した。その過程で契約したサーヴァントの数は、最早圧巻の一言である。

 そんな彼がこの場面で召喚したサーヴァントは—。

 

 

「・・・いざ参る!」

 

 

 杖を振るっての攻撃が来る。しかし、呼び出されたランサーはその攻撃を難なく受け流す。再度杖を振るっても、次は杖の側面を叩かれて軌道をそらす。もう一度杖による攻撃を仕掛ける・・・と同時に魔弾による波状攻撃が繰り出される。不意を突いたであろうその攻撃、だがそれすらも全て防ぎ切った。

 

 

「甘いな、貰っていこうか。」

 

 

 

 初見の相手に対しても完全に対応する槍の使い手。その英霊の真名は宝蔵院胤舜、かつて己が編み出した『朧裏月十一式(おぼろうらづきじゅういちしき)』を宝具として持つランサークラスのサーヴァントである。無論、その宝具は守りだけでなく、攻撃に転用することも可能だ。

 攻めあぐねた女王騎士に目にも止まらぬ突き、切り上げ、そして横薙ぎ。それらを喰らった女王騎士の鎧はたちまち傷つき、馬の首を模した兜はガシャリと音を立てて落ち、破片を散りばめた。

 

 

「え・・・何、アレ・・・。本当に女王騎士?」

 

 

「なるほど、そんぐらい本気(マジ)ってことか。」

 

 

 切り落とされた鎧・・・その破片は、まるで意志を持つかの唸り、女王騎士(?)の身体に集まっていった。しかし、落とされた馬の頭は首には戻らず胴体に吸い込まれるように混ざっていき、鎧全体がもう偽る必要はないとばかりにその形状を変え始めた。

 最早女王騎士の証である鎧は見る影もなく、その鎧は角張った形状と流線的なフォルムが溶け合った歪なものとなっていた。そして武器も杖から大剣、それも右腕と一体化したものに変わっている。それら全ての材質は鉄や木、布などは使われておらず、全てが水晶で造られていた。

 

 

「こりゃマズイな。坊主、次の手用意した方がいいぜ。」

 

 

 右腕の大剣が音を立てて肥大化していき、刀身の本数もそれにつれて増えていく。計5本の刀身が指の様に、まるで大きな手となったそれを振り下ろされては、ランサーの技・・・いや、出力ではどうにもならなかった。重圧な魔力塊が槍ごとその霊核を砕く。

 剣の形状が元に戻った頃には、すでにランサーの霊基は消失していた。

 

 

「胤舜・・・っ!」

 

 

「おいおい、冗談キツいぞ。確かにそこまでの力技じゃなければ突破できねぇかも知れねぇが、実際にやるかよ。燃費なんて気にもしねぇ、正に狂戦士(バーサーカー)だな。」

 

 

「だったら、これで!マシュ!」

 

 

「はい!前に出ます!」

 

 

 胤舜の代わりに前線に出たのはマシュ。大剣を肥大化させての攻撃はしてこないが、仮にやってきたとしても雪花の盾はそんなものを通しはしない。戦いの経験も豊富な彼女を相手に攻め崩すことは、至難の技だ。

 そうしている内に、マシュはマスターからの合図を受けて動きを見せる。

 

 

「やあぁっ!!」

 

 

 盾を正面に構えての突進。かなりの速度で迫ってきたソレを石英の騎士は避けずに受け切ることを選んだ。そして、防御姿勢を取って自ら視界を狭くした彼は、その初動に気づくことはなかった。

 

 

 一歩音超え、

 

 

 受け止められた瞬間にマシュはバックステップで後退する。そうしてようやく理解する。次の一手はもう打たれている、と。

 

 

 二歩無間、

 

 

 かろうじて視界の端に捉えられたのは、超スピードで迫る何か。ただそのハッキリとした姿や手に持つ獲物を理解するには間が足りない。

 だが、石英の騎士はまだこの速度に反応自体は出来ていたのだ。次にこちらに来るタイミングを読んで防御、あるいは捨て身でカウンターを喰らわせようと試みる。しかしそれは無意味に終わる。

 

 

 三歩絶刀、

 

 

 石英の騎士の視界からその何かが姿を消した。もしこれが更なる加速であったなら、まだ対応できたであろう。しかし、これは超人的な技が昇化された空間跳躍(・・・・)。姿など捉えようもなく—。

 

 

「『無明三段突き(むみょうさんだんづき)』!!」

 

 

 その宝具は、寸分の違いなく鎧の関節部(・・・)を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやったぁー!!どんなもんだ!」

 

 

「アルトリアさん、見事な援護でした。」

 

 

 マシュが前線で石英の騎士を抑えている間、後方ではセイバー『沖田総司』、新選組の天才剣士が必殺の機会を狙っていたのだ。それに加え、アルトリアによる魔力付与によって更に威力を増した宝具『無明三段突き』は、石英の騎士を大きく吹き飛ばすことに成功した。

 

 

「いやぁ、マシュが前張ってくれたおかげだって!ねぇ立花—。」

 

 

「アルトリア、まだ終わってない・・・!」

 

 

「え、いやでもあんな一撃喰らわせたんだし、少しは弱って・・・。」

 

 

「・・・だからこそだよ。あの太刀筋は相手を斬ることに特化している。まかり間違っても相手を消し飛ばすだとか、そんな豪快な真似するもんじゃねぇ。だからあんなに吹っ飛ぶハズがねェんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)。」

 

 

 千子村正がそう言うと同時に、倒れていた石英の騎士は起き上がる。確かに宝具の一撃で吹っ飛ばされはしたし、一番脆いであろう関節部にもちゃんと攻撃は入った。

 それでもなお、その騎士の鎧、水晶にはヒビ一つ入らなかったのである。

 

 

「今逃げることは簡単だが、あのヤロウは絶対追い続けてくるだろうな。かといってこの場で倒し切るにはちょいとばかし難しい。モルガンめ、厄介なヤツ送り込んできやがったな。」

 

 

「村正は、あの鎧突破できる?」

 

 

「鎧の核がわかりゃあな。あんな出鱈目防御、タネはあるハズなんだが、どうにも右手(・・)に目がいっちまう。千子村正、刀鍛治に一生を捧げ業の目を見るに長けてると自負してんだが・・・。アイツ、まだ手の内隠してやがるな?」

 

 

「それならムリに攻めないで、囮役をやってほしい。できるだけ注意を惹きつけてほしいんだ。」

 

 

「へぇ?何か策でもあんのか。」

 

 

「・・・賭けではあるけどね。ひとまず皆にも伝えよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水晶の騎士には少しの油断があった。モルガンの加護があるとはいえ、宝具を防いだ。英霊の誇りとも言えるソレでも破れない鎧は、彼に余裕をもたらしていた。しかし、だからこそこの場でそれを破り得る存在に注意を払っていた。

 一人は賢人グリム、もう一人はアルターエゴ『千子村正』。どちらも神霊の力(・・・・)を持つ以上、一息にやられる可能性もゼロではない。『予言の子』と違いこの二騎は捕縛対象でないため、迎撃による生死を気にしないのでいいのが救いだ。

 

 

「オオォラァッ!!」

 

 

 千子村正の刀と水晶騎士の大剣が衝突し、砕け散る。村正はすぐさま別の刀を投影し、水晶の騎士は生やす様に大剣を再構築した。しかし、グリムやダ・ヴィンチの妨害もあっては迂闊に反撃できず、新たに簡易召喚されたサーヴァント一騎を倒すのみで攻めあぐねていた。

 ので、まずは鎧に組み込まれていた礼装(水晶玉)を取り出す。広範囲殲滅の準備だ。

 

 

「させるかっ!」

 

 

 村正がいち早く反応して刀を振るうが、それと同時に周囲に水晶の柱が出現し、村正の刀はその柱共々砕けちる。その間に水晶玉は発光を始めると、鎧にも光が満ち、その光は周囲の水晶柱にも伝播していき—。

 

 

「これは、魔力がどんどん増幅して・・・!」

 

 

「ダ・ヴィンチ、後ろに来な!気休め程度だが守っ—。」

 

 

 細いものから太いものまで、反射を利用して増大された何本ものレーザーが周囲に放たれる。村正が破壊した柱の分威力も減衰されてはいたが、それでもグリムにダメージを負わせるに十分なものだった。

 

 

「・・・ちっ、これ以上はマズイかもな。」

 

 

「グリムさん、大丈夫ですか!村正さんは・・・。」

 

 

「アイツなら心配ねぇよ。今は動けないだろうがな・・・。嬢ちゃん、悪いがあと少し頼めるかい?」

 

 

「・・・はい、お任せを!」

 

 

「私もサポートするよ、二人が回復するまでは持ちそうにもないけどね・・・。」

 

 

 最後の砦はマシュとダ・ヴィンチ。そう簡単には突破できないだろうが、それは向こうとて同じ。グリムもそうだが、至近距離で受けた村正もすぐには前線に出れない。もはや向こうに己を退けられる者(・・・・・・・・)はいない(・・・・)、そう確信し—。

 

 

「—オレがいる。」

 

 

 気づかないのがおかしいレベルの膨大な魔力。それが集約された砲塔を向けるサーヴァントの姿に石英の騎士は驚く。

 ランサー、セイバーと続け様に出した藤丸であったが、今この敵を倒すことはできない。そう結論づけた藤丸は、村正、グリム、ダ・ヴィンチ、マシュ、そしてライダー『オデュッセウス』を召喚して足止めに徹した。その隙に召喚されたもう一騎のサーヴァント・アーチャーの宝具をフルパワーで放つために。

 

 

「オデュッセウスのおかげで注意は逸らせた。あとは・・・行ってくれ、ナポレオン!!」

 

 

ウィ(了解)!『凱旋を高(アルク・ドゥ・)らかに告(トリオンフ・)げる虹弓(ドゥ・レトワール)』!!!」

 

 

 虹色の光流が放たれる。それは見事に石英の騎士に命中し、飲み込み、地面すらも抉り取った。だが、それでもなお騎士の鎧に傷はつかない。

 

 

「・・・坊主。」

 

 

「あぁ、これでいいんだ(・・・・・・・)。」

 

 

 騎士の鎧を突破することはできなかった。しかし、そうでなくとも飛ばすことはできたのだ(・・・・・・・・・・・)。ナポレオンの宝具を受ける騎士の足は少し、また少しと後ろに下がっていき、遂には地面から足が離れてしまう。

 

 

「敵、大きく3時方向へ飛んで・・・ロストしました。マスター!」

 

 

「うん、今のうちにエディンバラへ!」

 

 

 石英の騎士を退けた『予言の子』一向は王の氏族長・ノクナレアの治めるエディンバラへと向かった。そこであれば追って来れないだろうと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、見事見事。まさかここまで飛ばされるとは。『異邦の魔術師』、いやカルデアのマスター。今回はオレの負けだ、オマエを侮っていたよ。」

 

 

 鎧から水晶玉(礼装)を完全に切り離し、回収する。すると、鎧の形を構成していた水晶は、霧の様に四散した。

 

 

「この礼装を核に概念防御を形成したはいいものの、衝撃を完全に殺せはしないからな。あのセイバーの宝具でそれを見破られたのは痛かった。・・・いや物理的にもまだ痛いな。」

 

 

 関節部を抑えながらこの場を後にする・・・と試みたが、その足は縫い付けられたかのように動けなかった。

 

 

「・・・・・・引き止めてもムダだ。もう引き下がれないし前に進むこともない。それが、オレ達の選んだ道だからな。・・・オマエ達が望んだ国を作らなかったのは、悪いと思っている。」

 

 

 水晶玉を手に、石英の騎士・・・水晶工エリドールは最果ての国を去る。

 許しの声が届くことはなかった。




 カルデアサーヴァントの選出基準は半分作者の趣味で半分展開重視です。沖田さんとナポレオンちょっと役割被ったかなーと思ったので、一人以外にタゲ集中させるスキルを持ったオデュッセウスを挟むことで強引に同じ手を通しました(描写が無かったのはすまない、本当にすまない)

 ちなみに今回の展開をクエストに直すなら、
 1w:3gauge サポート:クー・フーリン(キャスター)、マシュ

 1gauge・女王騎士(バーサーカー)
 デバフ(解除不可):大振りな攻撃(クリティカル率DOWN)・無謀な進軍(防御DOWN)

 2gauge・石英の騎士(バーサーカー)
 Blake時:立ち姿変更、無謀な進軍解除、チャージMAX、無敵貫通(1ターン)付与
 バフ(解除不可):水晶鎧(特殊耐性)・尽きぬ魔力(毎ターンチャージMAX)
 デバフ(解除不可):突破口(攻撃を受ける度チャージ減少・宝具攻撃を受けた時チャージ減少)
 石英の騎士がチャージ0の状態でバトル終了


 1gauge目は楽々突破できますが、2gauge目がかなり偏屈。バーサーカーのチャージゲージは5なので、Extra attack込みでも1つ残ってしまい、ターン終了時にはすぐさまフルチャージされて振り出しに戻るクソっぷり。特殊耐性のせいでゴリ押しも効かない。
 ただし、宝具攻撃を受ければチャージ2つ分減少するので、攻撃宝具を挟んだExtra attackや攻撃宝具2連射以上で突破可能となっております(チャージ減少系スキルも有用)。相手の攻撃はチャージ含め全て単体なので、マシュで防御しつつクー・フーリンの強化されたスキル『泉にて』で宝具の準備をするのがオススメ。
 まぁ今回は『焼き尽くす炎の檻』未使用ですがね。


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27:エディンバラと騎士の片鱗

 『予言の子』がオークニーの鐘を鳴らす数日前、罪都キャメロットの玉座の間に一人の妖精が来訪していた。

 

 

「来たか、我が右腕よ。」

 

 

 開かれた扉の先に視線が集まる。あのモルガンが右腕とまで呼ぶ存在。ウッドワスも妖精騎士も続いて敗れた今、上級妖精達はより期待を膨らませる。

 

 

「遅ばせながら馳せ参じました、モルガン陛下。して、此度は何用で?」

 

 

「ウッドワス及び妖精騎士の度重なる敗戦は知っての通り。思い切った手は好まないが、オマエにも動いてもらうことにした。」

 

 

 モルガンとその眼前で跪く妖精。その光景を見ていた周りの妖精達は、ザワザワと騒いでいた。

 

 

「な、なぁ、陛下の右腕って、ホントにアイツか?」「でも陛下がそう言ってるし・・・。」「何を言う!妖精騎士を破った相手に、他所から来たただの職人が敵うわけないだろ!」「それもそうだ。バーヴァン・シーの件と良い、陛下は何を考えているのか。」

 

 

「動く・・・となると。」

 

 

「『予言の子』の追討。これをエリドール(・・・・・)、キサマに依頼する。」

 

 

 その言葉を聞いて官司達のざわめきはより一層大きくなる。それもそのハズ、今モルガンの前に跪いている妖精・エリドールは非戦闘員であることで有名。その水晶細工の腕のみでモルガンに気に入られたのだ。

 

 

「モルガン陛下!エリドール様はただの水晶細工師です!それを妖精騎士が敵わないような相手に差し向けるなど・・・!」

 

 

「その通り、水晶を作り形取らせることしか脳のないヤツだ。だが、使えない駒ではない。」

 

 

 上級妖精からの抗議をバッサリ切り捨てる。それと同時に、どこからともなく幾つもの槍がエリドールに向けて放たれた。

 

 

「へ、陛下!?」

 

 

「喚くな。オマエ達の言う強さを証明させているに過ぎん。」

 

 

 槍が直撃したことで粉塵が舞い上がる。その粉塵が晴れて見えて来たのは、エリドールを取り囲む水晶の壁であった。

 

 

「陛下、合図も無しとは流石に肝を冷やしましたぞ。」

 

 

「キサマであれば問題なかろう。全力ではないにせよ、このように我が魔術を防ぎ切った。『予言の子』などにコイツを倒すことはできない。」

 

 

 おぉ!と感嘆の声を出す妖精達。それを尻目にモルガンは淡々と述べる。

 

 

「ではエリドールよ。この依頼の間、オマエには女王騎士と同等の権限を与える。存分にその腕を振るうがいい。」

 

 

「かしこまりました。」

 

 

「では陛下、エリドール様に鎧と杖を・・・。」

 

 

「必要ない。水晶を作り形取るのみ、それしかないがそれこそが最大の武器なのだ。」

 

 

 書記官である女王騎士が自らが装備している鎧と杖と同じ物を渡そうとしたが、モルガンはそれを制止する。

 その次の瞬間、エリドールの身体は水晶に包まれた。水晶はバキバキと音を立てながらも、まるで水の様に唸り曲がって形を成す。それが収まると、女王騎士の鎧と同じ形・色を持つ水晶の鎧が見に纏われていた。

 

 

「では行くがよい。成果は期待しないが。」

 

 

 全身を鎧で覆った水晶の騎士は、モルガンに一礼して玉座の間を後にした。

 

 

「・・・アレ?今出てったの誰だっけ?」「思い出せないけどまぁいっか!これで『予言の子』もおしまいさ!なにしろ陛下の右腕なんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グッ!?アァ・・・。」

 

 

「・・・流石にあの中までは追えないな。ノクナレアはオレの侵入を許しはしないだろうし、鎧のまま行ったとしてもそんな怪しい者通すハズもない。ここは静観するか。」

 

 

 『予言の子』が王の氏族長・ノクナレアの治めるエディンバラに向かったことを掴んだものの、ノクナレアはモルガンと睨み合いを続けているため、エディンバラ周辺どころか敷地内にいることすら許されないだろう。

 故に、こうして襲ってきたノクナレアの手先を右腕の大剣で串刺しにした。その周りにも王の氏族の妖精が力無く倒れている。

 

 

「しかし、やはり便利だなこのスキル(■■隠■の■)は。堂々と戦闘を行えるのはいつぶりだろうな。」

 

 

 鎧を纏ったエリドールは右腕を振るい、刺さったままだったノクナレアの部下を地面に叩きつける。

 

 

「マヴとの条約がある以上は手出ししないが、それが反故になるのも時間の問題か。幾ら束になったところで無駄だと言うのに・・・。」

 

 

 エディンバラ領内を抜け、鎧を解くエリドール。『予言の子』が動くまで、彼は水晶工として妖精國を旅することだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、エディンバラからオックスフォードへと向かう道中、馬車の中の一幕。

 

 

「それにしても、女王歴になる前にはモードレッドもいたんだね。妖精騎士の。」

 

 

「はい、こちら(異聞帯)のモードレッドさんは男性で、よく皆さんの手助けをしていました。飲み込みも早くて、妖精歴に飛ばされたばかりの私にも親切にしてくださいました。・・・でも、やはり『大厄災』でお亡くなりになられていたのですね。」

 

 

「モードレッド、ですか・・・。」

 

 

「アルトリア、気になる?」

 

 

「う、ううん!なんでもない!」

 

 

「そういえば、汎人類史ではアーサー王の遺伝子を使ってモルガンが生み出したホムンクルスと・・・。」

 

 

「えっ、なにそれ。そっち(汎人類史)のモルガンってそんなことしてたの?」

 

 

 談笑する『予言の子』達、赤い踊り子はすぐ近く。




 モードレッドというか某アサシンっぽくなってるかも知れない・・・。まぁ全く一緒のスキルにするつもりもないですけども。
 ちなみに先日開催された星4交換は、略称が定まらないことで有名なアルトリアオルタ(ランサー)に致しました。ややこしさこの上無いので本小説での出番は絶望的です()


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28:『失意の庭』と静かな怒り

「少々取り立て過ぎたが、これだけの水晶と核があれば攻めの手段も豊富に作れる。『予言の子』もエディンバラを出た頃だろうし、今度こそ陛下の依頼を完遂しなければ。」

 

 

 袋の紐を絞めて、『予言の子』が通過するであろう場所に向かうエリドール。その袋には対価として徴収した水晶が敷き詰められており、中には魔晶核と名付けた赤い水晶も幾つか混ざっていた。

 貴重な資源の一つを切り札としてわざわざ調達する辺り、エリドールの本気が伺える。

 

 

「さて、鎧の展開を・・・・・・む?アレは・・・。」

 

 

 水晶を見に纏う最中、遠くから黒いモヤの様なものが見えた。遠見用の水晶玉を取り出して兜越しに覗くと、そこには止まった馬車と人の形をしたモースと戦う『予言の子』達の姿があった。そしてもう一人—。

 

 

(モース人間・・・それに、バーヴァン・シー!?何故此処に・・・陛下の命でないことは確か、であればベリル・ガットの差し金か?)

 

 

 人の形をしたモースの様な何か、その正体はベリル・ガットが実験として作り出したモースの呪いを宿した人間。そして、それを率いているのは先日ギフトを剥がされ謹慎の身となった妖精騎士トリスタン改め、バーヴァン・シーであった。

 予想外の事態に足を止めて静観したエリドールであるが、その一瞬が更に大きな事態を招くこととなった。

 

 

「なっ、アレはッ!?」

 

 

 バーヴァン・シーが取り出した物を見て慌てて駆け出すエリドール。だが間に合うことはなく、バーヴァン・シーの持つ魔道具に『予言の子』と『異邦の魔術師』が吸い込まれた(・・・・・・)

 二人を助けようとマシュが盾を構えて突撃したものの、それより早くバーヴァン・シーは『水鏡』によって転移する。残されたマシュは唖然として膝をついてしまった。

 

 

(バーヴァン・シー、何故オマエが『失意の庭(ロスト・ウィル)』を・・・!)

 

 

「・・・で、テメェは追い討ち要因ってわけか?」

 

 

(・・・しまった、これは最悪だな。)

 

 

 村正が刀を突きつけた先には、水晶の騎士。バーヴァン・シーを止めようとなりふり構わず近づいてしまったためか、気配を捉えられてしまった。

 向こうからすれば、戦力を削いだところを潰そうとしていると思っていることだろう。撤退しようにも村正とグリム相手では苦戦は必死、『予言の子』と『異邦の魔術師』を攫われたこともあって鬼気迫る戦いが予想される。

 

 

(バーヴァン・シーも気になるが、まずはコイツらだ。場合によってはここで始末を・・・ッ!?)

 

 

「チッ、またか・・・!」

 

 

 突如として、水晶の騎士の背に円状の光が広がる。バーヴァン・シーが使用したものと同じ『水鏡』と同様のものであった。

 水晶の騎士の身体は『水鏡』に引き込まれていき、その場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぉっ!?・・・ここは、キャメロット?」

 

 

 『水鏡』の転移先はキャメロット、この『水鏡』はエリドールが使ったものではなく、その眼前にいる者の手によって使用されたものだ。

 

 

「キサマ、あの場にいながら何をしていた。」

 

 

「へ、陛下っ、申し訳ございませぬ!まさかバーヴァン・シー様が『失意の庭』を持ち出していたとは・・・!」

 

 

「・・・バーヴァン・シーの容体を見てこい。私は無能共に『失意の庭』の件を伝えねばならぬ。オマエへの処罰はその後だ。」

 

 

「・・・はっ。」

 

 

 一方的に告がれるモルガンの言葉を聞き、エリドールはバーヴァン・シーが転移した先であるキャメロット内の部屋に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーヴァン・シー様、お邪魔致します。」

 

 

「ぁ・・・だ、れ?」

 

 

「エリドールにございます。失礼ながら扉を開けさせていただきますよ。」

 

 

 ノックを挟んでバーヴァン・シーの部屋に入る。弱々しい返事の通り、バーヴァン・シーにいつもの様な刺々しさはない。その姿は見るも無惨で、身体(・・)の一部が腐り落ちてもいた(・・・・・・・・・・・・)

 

 

「・・・勝手に、入ん、ないで・・・。」

 

 

「そうも行きませぬ、女王陛下の命ですので。・・・『失意の庭』は、どこにありますかな?」

 

 

 軽く見渡しても『失意の庭』は見当たらず、また魔力反応もない。一体どこにあるのかと聞いたのだが、それによってバーヴァン・シーの様子はさらにおかしくなる。

 

 

「あぁ、あ、あぁぁ!持って、かれたの・・・お母様の『庭』、持っていかれちゃったの・・・ごめんなさい、ごめんなさいお母様。大切、にしようとして、たのに、ダメな娘でごめん、なさい・・・。」

 

 

「・・・バーヴァン・シー様、誰が『失意の庭』を持ち出したのですかな?」

 

 

「・・・・・・ベ、リル・・・。レッド・ベリル・・・ワタシの、ケッコン相、手・・・。」

 

 

「そうですか。バーヴァン・シー様、暫しお待ちを。『失意の庭』は必ずや私が取り戻し、陛下にお渡しします。」

 

 

 エリドールはバーヴァン・シーの欠けた身体を応急処置で繋ぎ合わせると、部屋を出た。その目の色は、今まで以上に真剣なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、久しぶりだねマシュ。それにペペロン伯爵まで。」

 

 

「!アナタは、エリドールさん・・・?」

 

 

「あらヤダ!エリドールちゃんじゃないの!ロンディニウムの子達が寂しがってたわよぅ?」

 

 

 ある領内の前でマシュとペペロン伯爵を呼び止める。ペペロン伯爵の正体はスカンジナビア・ペペロンチーノという藤丸立花やベリル・ガットと同じ『異邦の魔術師』、いつの間にかノリッジに住み着き、自らのブランドを浸透させたやり手でもある。

 

 

「しょうがないでしょう?今あそこに行ったら陛下に反逆者扱いされかねない。こっちは商売してるだけですから。」

 

 

「あらあら、じゃあ女王派のアナタはこんなところに何の様かしら?」

 

 

 伯爵が探りを入れる。当然だ、ここは好んで訪れる様な場所ではない。何かワケでもない限りは。

 

 

「『失意の庭』の探索ですよ。まずは持ち出した本人の領地を調査しようと思いまして。」

 

 

「!?な、何故それを・・・!」

 

 

「陛下から聞いた。依頼内容はある程度聞くのが大事だからね。そういうマシュは・・・聞くまでもないかな?」

 

 

「・・・はい、その『失意の庭』には大切な人達が囚われているのです。だから、一刻も早く助けだしたいのです!」

 

 

 その言葉には、エリドールに向ける真っ直ぐな瞳と同じくらい強い決意が込められていた。それに応えたのか、エリドールはこう述べる。

 

 

「私の目的はあくまで『失意の庭』です。それ以外にうつつを抜かしてたら、陛下に何を言われるか・・・。」

 

 

「へぇ?つまり、私達と敵対するつもりはないと捉えていいのかしら?」

 

 

「まぁ、ここは特に物騒だし、いざとなったら手助けし合おうということで。じゃ、探しますか。」

 

 

「エリドールさん・・・!ありがとうございます!」

 

 

 こうしてエリドールとマシュ、そしてペペロン伯爵の三人は、『失意の庭』が保管されているであろう場所・殺戮劇場『ニュー・ダーリントン』へと足を踏み入れた。




 今回情報量多いのは気のせいじゃないと思う。次話に持ち越し過ぎたかぁ・・・。


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29:ニュー・ダーリントンと狼の魔術師

「まさか郊外にこんな場所があるなんて、エリドールちゃん様々ね。」

 

 

「なに、『失意の庭』の反応を辿った結果にございますよ。さ、こちらです。」

 

 

 ニュー・ダーリントンに潜入したマシュとペペロン伯爵は、エリドールの導きによって郊外にある廃れた聖堂の中に入る。

 『失意の庭』の反応があったのは更に地下。そこに通ずる入り口を見つけ、階段を降りていく。

 

 

「もう、マシュちゃんにはそんな喋り方しないのに。もっと砕けた態度でもいいのよ?」

 

 

「伯爵はお得意様ですが、マシュは私の客ではありませんので。すでに先着がいますから。・・・それにしても妙だ。」

 

 

「妙、とは?」

 

 

 違和感を感じたエリドールにマシュが問いを投げかける。注意深く進みながらも、それに対しての答えを述べる。

 

 

「ニュー・ダーリントンは他の街よりも監視の目が厚い。もちろんリスクを最低限に抑えたルートは選んでるが、補足されてることは間違いないはずだ。」

 

 

「それでもノーアクションってことは裏で何かしてるか、はたまた堂々と行動してるか(・・・・・・・・・)、ということかしらね?」

 

 

「・・・後者については否定させていただきます。あまり戦闘は好まないので。さ、そろそろ反応のあった層に着きますよ。」

 

 

 『庭』があると思しき階層に付くと、より警戒を強めて奥に進む。しばらく進むと、『失意の庭』が台座に置かれた状態で見つかった。

 

 

「あ、アレは・・・!」

 

 

「あったね。念のため罠が無いか調べる。確認したらすぐに出してあげるよ。」

 

 

「エリドールさん、お気をつけて・・・。」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 『失意の庭』に触れるエリドールにマシュは心配の声を掛ける。それに対して、ペペロン伯爵は笑みを浮かべながらも疑いの視線を向けていた。

 実際それは正しい(・・・・・・・・)。もちろん『庭』の使用者の問題もあるから機能を停止し、解放させはする。だが無事に出すつもりもない。

 

 

(『庭』を通じて精神に干渉し、『予言の子』と『異邦の魔術師』を植物状態にする。治すのは陛下の元に連れて行ってからだ。恨むなら引っかかった自分を恨め。)

 

 

 『失意の庭』はその世界に閉じ込めた相手の精神をへし折る。モルガンが手掛けた以上、使用者の魔力が尽きない限りは絶対に。

 そこで、その精神に干渉する特性を利用するというわけだ。最終的に『庭』を壊すことにはなってしまうが、安いものだろう。

 

 

(では早速『庭』に干渉するための穴を開け—。)

 

 

 『庭』に触れ、魔力を通そうとした瞬間、『失意の庭』が強く光る。あまりの眩しさに目を覆ったエリドールが次に見たのは、『庭』から解放された『予言の子』と『異邦の魔術師』の姿だった。

 

 

「先輩!アルトリアさん!」

 

 

「ここは、現実?でも魔力切れで止まった様子は・・・っ!アナタは。」

 

 

「・・・礼なら要らない。そういう依頼だったからな。」

 

 

 やったのは、穴を開けたことだけ。それは自身が干渉できるようにするためでもあったが、その逆もまた然り。今起きたように穴を通じて内部から外部への脱出もできる。

 だが、まさか『失意の庭』により弱りきった精神状態でそれを可能にしたとは・・・!

 

 

「それでも助けてくれたことに変わりはないよ。ありがとう。」

 

 

「礼はいいと言ってる。確かに通路を作りはしたが、それを活かしたのはオマエ達・・・オホン、失礼。口調が乱れてしまいました。」

 

 

 思いもしなかった事態になったのもあるが、やはり『予言の子』を前にするとどうにも調子が狂う。

 

 

「あら、エリドールちゃんらしくないわね。案外予想外の出来事には弱いタイプなのね。」

 

 

「・・・まぁ、そんなところです。」

 

 

 ペペロン伯爵の見透かした様な物言いに肩を竦めながらその横を通る。

 

 

「エリドールさん、どこへ?」

 

 

「依頼はもう終わり。ならこれ以上肩入れする理由もないんでね。お互い生きてたらまた会えるさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・女王暦400年からブリテンを旅する水晶工。ううん、本当はずっと前から始まってて、今も彷徨っているのですね。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、お勤めご苦労さん!」

 

 

「・・・これはベリル・ガット様、アナタ様が持ち出した『失意の庭』ですが、私の不手際で壊れてしまいました。深くお詫び申し上げます。」

 

 

 聖堂のある階層にて、下階から登ってきたエリドールはベリルと遭遇する。少し離れたところには、留置されたモース人間の姿もある。

 

 

「いやいや、余計なヤツもいるとはいえ、マシュを連れて来てくれたのは大助かりだ。あとは出迎えの準備をするだけなんだが・・・手伝ってくれよな?」

 

 

「もちろんですとも。して、私は何をすれば?」

 

 

「そうだな・・・。何かエゲツない作品でも作ってもらおうとも思ったんだが、アンタの出番は最後の最後にしてもらおう。信用はなくても、少しぐらいの信頼はあるだろうしなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(来たか『予言の・・・ッ!全員無事だと?あの数のモース人間を一体どう突破したのか・・・。)

 

 

 聖堂の出口への通路で、『予言の子』ら全員がベリル・ガットと相対している。倒されれば呪いを移す厄介なモース人間、それを地下への通路前に大量に設置していたが、なんらかの方法で避けたようだ。

 一方オレは、ベリル・ガットの指示で聖堂の出口で待機、逃げようとして脇を抜けた者がいれば引き留めて始末しろ、と言われている。まぁ、あの雰囲気からして逃げることはまずないだろうが。

 

 

「ならしょうがない。こっちも奥の手を出すしかないか。」

 

 

 マシュが盾による突撃で強行突破を試みるが、それをベリルは腕を振るうだけで弾き飛ばした。強化の魔術を重ねがけしたとしても、ありえないことだ。その答えは、彼の霊基によって証明された。

 

 

(やはり、この魔術は・・・。)

 

 

 ベリルの全身から毛が生えていき、体格も大きく、歪に変化していく。その姿は人狼とも呼ぶべきもの。

 しかし、この妖精國にはそれとあまりにも類似する妖精がいた。

 

 

(・・・・・・ウッドワス。)

 

 

 かつての仲間()の姿が目に入った。




 改訂の件、本当に迷惑かけました・・・。やらなければ次話の内容よりごちゃごちゃになってたとはいえ、再発しないよう気をつけていきたいです・・・!
 本作での『失意の庭』はマシュが破壊したのではなく、藤丸が失意を乗り換えた強い意志に加え、エリドールが穴を開けてしまったことで逆に利用されて脱出できてしまったという感じです。


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30:狼男と伏せられた名、手に持つ剣は叛逆の意志

 昔の、あるいは空想の中の作り話。旅の付き添い、綱渡りの日々、それが気の遠くなる程に繰り返されていた。

 ハッキリ言って、苦痛だった。強引で危なっかしく、されど真っ直ぐなヤツが見てられないから側にいただけだ。

 

 

 ある妖精が言った。そんなやり方でしか救えないのなら救世主など辞めてしまえ、と。確かに変えの効かない役ではあっても、逃げる選択はできる。オレがその立場であったなら間違いなく放り出してるかもしれない。

 しかし、ソイツは逃げないどころではなく、それ以上を望んでしまった。本来の『目的』を果たすだけであれば、まだ楽であっただろうに。

 だからこそ、その旅を終わらせようとした妖精を、『亜鈴返り』と呼ばれる強力な妖精を一人で叩き潰した。

 それ以来だったか。その『亜鈴返り』は救世主に手を貸し、旅を共にしたのは。傲慢ではあったが、気高く、一途な、信頼できる友であった。

 

 

 ・・・話がズレたな。あぁ、どのように『亜鈴返り』を捻じ伏せたのかは言ってなかったか?わざわざ説明する気も無いのだが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丁度良い被検体(・・・・・・・)もいることだし、実戦で見せることとしよう。

 

 

「グゥ!?ガァッ・・・!??」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 排熱太公ウッドワスの霊基を以て『予言の子』の前に立ちはだかったベリル。ただの見せかけではなく、その姿通りの力を持つ存在に空気が張り詰めていた。

 そんな中最初に動いたのは、今もなおベリルを串刺しにしているエリドールであった。

 

 

「え、エリドールさん!?何故ここに・・・というより!」

 

 

「なんで、ベリルを・・・?」

 

 

 かつて苦戦を強いられたウッドワスと寸分違わぬ力を持つベリルに一撃喰らわせた、というのは頭に無いだろう。それほどまでにこの同士討ちは衝撃的だった。

 

 

「テ、メェェェ!エリドールッ!何考えてやガッ!!?」

 

 

「合点が言ったよ。」

 

 

 ベリルの身体を串刺していた爪、水晶の腕を振るい、地面に叩きつける。『予言の子』は眼中に無く、ただベリルだけをその目に捉えていた。

 

 

「その魔術、ウッドワスに何かしたな?そして、それをやらせた者に使わせたのは・・・。」

 

 

「・・・だったらなんだ?後ならともかく、今オレを攻撃する理由にはならねぇだろ。陛下の夫ってポジションはそこまで軽くねぇと思うんだがなぁ。」

 

 

 ベリルがモルガンの夫という立場である以上、直接的な危害を加えるということは女王に背いたも同然。故にベリルはエリドールを駒としてある程度は信頼していたのだ。女王騎士の権限を与られていようとそれは変わりなかった。

 

 

「そうだな、陛下の側に付いておきながら身内に手を出したという点ではオマエと同類だ。・・・全く、ここにきて情で動くことになるとは思いもしなかったよ。」

 

 

 静かに、だが確かな怒りが声に乗っている。

 

 

「よって、オマエを始末するためだけに陛下の意に反くとしよう。そうとも、ならばこの霊基(・・・・)こそが相応しい。」

 

 

 エリドールの身体に赤い稲妻が・・・いや、赤い水晶が魔力の奔流へと変わり、荒々しくほとばしり始める。

 

 

「何故オレが争い事から距離を置いていたのか(剣を振るわなかったのか)、それは闘うこと(剣を持つこと)自体が陛下への叛逆(・・)となるからだ。それが、エリドールでないオレという存在。即ち—、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —我が名、妖精騎士モードレッド。ベリル・ガットよ、それが独善を持ってキサマに叛逆する者の名だ。」

 

 

 片手には採掘したばかりのような荒削りの水晶を剣にしたものが、もう一方には加工されたように少しの傷も翳りもない丸水晶が浮かべられている。

 かつて救世主と旅をした妖精騎士。現代に於ける妖精円卓の基盤の一つでもある彼。漂流妖精、水晶工と呼ばれたエリドールは、今ここにその名を持ち出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハ、ガッ・・・・・・ァッ!」

 

 

「元からではあったが、性能頼りの攻撃なんて通用するハズもないだろう。そら、もう一太刀。」

 

 

「ギッ、ガアァァァァアアッッ!!!?」

 

 

 ウッドワスの脚力を活かした迅速な一撃。それを最低限の動きで避けた妖精騎士モードレッドは、水晶の剣を払って浅く傷つける。そんな軽傷で済むハズの攻撃は、ベリルに耐え難い激痛を与える。

 戦闘が始まってからそう時間は経ってない。実のところ、状況は妖精騎士モードレッドが少し優勢止まりでまだ互角ではある。だがそう感じさせないほど、ベリルの口から搾り出される苦悶の声は悲痛であったのだ。

 

 

「どうだ、『再生封じの杭水晶』は?人間相手では無害に等しいが、妖精、それもウッドワス程の再生力となれば吸い取られる魔力も、掻き捻られる肉の量も尋常ではないだろう。」

 

 

 皮膚を傷つければ血が出るだろう。それは暫くすると血小板によって塞がれる。そんな働きを補助する薬や絆創膏と言ったものがあるだろう。この礼装はその逆。元に戻ろうとする力が強いほど、より悪化させるものだ。

 もっと厳密に言うならば、傷自体は塞ぐ。ただしそれに必要な代謝、それに伴った傷の治りが極端なものとなり、杭を支点としてより乱雑な形で傷を癒してしまうのだ。しかも、治っているのだからそれ以上良くなることもない。

 そんな礼装がベリルの体内に5本。最初に刺された時に打ち込まれたものが、5本だ。果たして人間が、妖精の身体だからこそ発生する痛覚の奔流に耐えられるのだろうか。

 

 

「急所を攻撃しようにも、オレの力では再生前に寸断するのは難しい。そこでまずは、再生できなくなるところまで再生させる。傷が塞がなくなったなら、それで致命となりうるからな。」

 

 

「グギ、ギィ・・・ッ!・・・ィ、ヒヒ、ヒ、そう上手く、いくものかよ。」

 

 

「ほう、まだ痛みの治らぬ状態で喋るか。何か勝機でも?」

 

 

「あぁ、そりゃあもう。・・・制限があるのは、そちらも同じみたいだし、なぁ・・・。随分、魔力の流れが緩やかになったじゃないか?」

 

 

 痛みに顔を歪めながらも、妖精騎士モードレッドの弱点を言い当てたベリル。身体中を絶え間なく走っていた赤い稲妻は、今は断続的なものに落ち着いている。

 

 

「・・・想定の範囲ではあったが、やはり鋭いな。お察しの通り、これは資源を消費しての一時的な力だ。だが、その前に決着がつくとは思わないか?」

 

 

 妖精騎士モードレッド、その霊基を維持できる時間はそう残されていない。しかし、目の前の敵を片付けるには充分。

 その焦りと慢心が、ベリルに反撃の糸口を与えてしまった。

 

 

「ホラよ!」

 

 

「・・・ふん。」

 

 

 ベリルの掌から放たれた魔力の光線。魔術というにはあまりにも粗雑なものであったが、それ以上に強力な一発。

 それを妖精騎士モードレッドは新たに取り出した水晶玉に吸収させる。魔力を吸った水晶は暗く濁り、砕け散ることでその役目を終えた。

 その隙にベリルは懐に潜り込み、爪による一閃を放つ。それによって痛手は負ったのはベリルの方であったが。

 

 

「・・・ガ、ハ・・・ハァ、ッ!!やっぱり抜け目ねぇな・・・!」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 爪が捉えたのは衣類の下に隠された板形の水晶。防御用というにはあまりにも脆いが、壊されることで即座に別の形を取り相手に突き刺さる迎撃に秀でたものだ。

 だが、その程度は読めたハズ。ただ力で圧すことは不可能だというのに、愚直に攻めるその姿勢に疑念を抱く。

 

 

(何かあるな。であれば即座に潰すまで・・・!)

 

 

「—残念だが、オレが一手先だ。」

 

 

 先程の攻撃でエリドールの礼装に貫かれ、縫い付けられた手・・・とは逆。右手の甲から強い光が発せられた。

 

 

「しまった、令呪(・・)か・・・!!」

 

 

「ご名答。さぁ、ひとまずご退場願おうか!」

 

 

 狼を象った令呪、その一つが消える。令呪はサーヴァントへの命令、または魔力ブーストに使用される。だが、その本質は無属性の膨大な魔力。扱い方によっては己の身体性能の増強、武器の強化に費やすこともできる。

 この場にベリルのサーヴァントはいない。かといってサーヴァントを呼び出すわけでもない。これは妖精騎士モードレッドを隔離するための一手(一画)だ。

 

 

「『猟奇固有結界・レッドフード』、残り少ない時間はそこで楽しく使うと良い。」

 

 

 防ごうにも左手を縫い付けてしまった以上、右手の位置は遠く。妖精騎士モードレッドは、ベリルの発動した固有結界、世界を蝕む空間の中に幽閉され、姿を消した。

 しかし、まだ終わりではない。次の邪魔者を前にし、ベリルは獰猛な笑みを浮かべる。されどその目は・・・笑っていない。

 

 

「・・・フゥー、悪いな待たせちまって。あぁ、時間をかけたくないのは一緒だろ?そういうわけで・・・さっさと殺されてくれ。」




 というわけで、妖精騎士モードレッドの再登場回でした。まぁ大半の読者様はとっくの昔に真名看破してたとは思いますけども()
 ちなみに本編でお蔵入りになってしまったベリルの固有結界『猟奇固有結界・レッドフード』は断片的な情報しかなかったので作者の妄想となります。ベリル・カットの名は伊達じゃない。


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31:歪む結界と隠匿の兜

「・・・霧の魔物とは、中々に厄介なモノを押しつけてくれたな。」

 

 

 令呪の魔力による編み出された『猟奇固有結界・レッドフード』。その世界は霧に包まれ、その霧自体が生きてるように襲いくる恐るべき世界。引き込まれた瞬間から攻撃は始まっていたが、皮膚の下から押し出すように水晶を展開、鎧を形取ることで間一髪で防ぎきっていた。

 

 

(霊基はまだ維持できるが、ここから脱出した時に一撃喰らわせる程の余裕は無いか・・・?)

 

 

 令呪を使用して作り上げられた固有結界であれば、抜け出すにもそれ相応の対価を払わねば。そう意気込んだ妖精騎士モードレッドは霧の中を歩み出した。

 そう、たったそれだけで霧の様子は少しずつ変わっていった。

 

 

「■■■!?■■■■■■ーッ!!!」

 

 

(来るか!・・・いや、何もない?それどころか、これではまるで・・・。)

 

 

 まるで霧が苦しんでいるかのようだ。先程まで苛烈に攻めたてていたハズの霧の魔物『スラックスナーク』は・・・この世界そのものは、生物のように悶えてるかのような挙動と悲鳴を上げていた。

 

 

「・・・ベリル・ガットの身に何があったか?だとしてもこの世界はオレを引き離すためのもの。例え死に至ろうと解除されることはない、そのための令呪だったハズ。・・・いや、今重要なのはここから出れる算段を掴みかけているということだ。」

 

 

 原因は不明であるが、この好奇を逃す手はない。

 

 

「まずは周囲からだ!」

 

 

 右腕の大剣を膨張させ、いつかカルデアのマスターが召喚したランサー・宝蔵院胤舜を葬った腕を形取る。その膨大な魔力の質量によるものか、対象の力を削ぐ力を持った腕は霧を包み込み、想定以上(・・・・)の効果を発揮しその結界を打ち破った。

 

 

(やはり妙だ、幾ら要素があってもオレがこの固有結界を突破するには苦戦必死。ここまで簡単に抜けられはしないが・・・悪運が強いということにしよう。)

 

 

「ベリル・ガット、お前の固有結界は存外に呆気なく・・・!」

 

 

 固有結界を抜け出した妖精騎士モードレッドであったが、すでにベリル・ガットはおらず、『予言の子』もその姿を消していた。そして、もう一つ固有結界に幽閉される前と違う状況は—。

 

 

「チッ、そちらのタイムリミットも限界か!」

 

 

 ベリル・ガットにより仕掛けられた聖堂の崩壊。崩れ落ちた天井は、すでに妖精騎士モードレッドの眼前にまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ぃ、よっと!危ない危ない、危うく生き埋めになるところだった。」

 

 

 瓦礫を掻き分けて出てきたのは、水晶工エリドール。咄嗟の出来事に妖精騎士モードレッドは純粋な魔力放出で瓦礫を砕き、その被害を最小限にした。埋まった頃にはすでにエリドールとなっていたが、その力でも充分に脱出は可能であった。

 

 

「おや、そちらも無事だったか。」

 

 

「あ、エリドールさ・・・あ、あれ、エリドールさん・・・?」

 

 

 こちらに気づいたマシュがオレの名を呼ぶが、大きな違和感に戸惑う。『異邦の魔術師』も、それには疑念を抱いたようだ。

 

 

「まぁ、種明かしぐらいはいいか。妖精騎士モードレッド、その名前に聞き覚えは?」

 

 

「確か、救世主トネリコと共に旅をした初代妖精騎士だったと思うけど・・・。」

 

 

「そう、そしてそれはオレだ。・・・と言っても実感薄いだろう?まぁこれは円卓の騎士であるモードレッドの逸話が関係しているんだが・・・。」

 

 

「!もしかして、『不貞隠しの兜』でしょうか・・・?」

 

 

「・・・正解だ。モードレッドの『不貞隠しの兜』、そのスキルがオレの場合は名前(・・)に強い影響を及ぼしている。」

 

 

 汎人類史に於けるモードレッドは、その出自を隠すために兜で素顔を隠し続けた。その正体を隠すと言った逸話は、特定の条件を満たすことで発動するスキルとなってオレに付与された。

 おかげ様で、本来の名(・・・・)すら思い出せない。

 

 

「エリドールであれば妖精騎士モードレッドではない、妖精騎士モードレッドであればエリドールではない。簡単に言えば、駒がすげ変わる様なものだ。」

 

 

「・・・その話が本当なら、アナタが生きた年月は1600年ではなく。」

 

 

「まぁ、陛下と同じぐらいは生きてるさ。・・・疲れて怠惰に過ごした結果とはいえな。『予言の子』、陛下と同じ『楽園の妖精』。ハッキリ言ってオマエの存在は邪魔だ、不都合だ。それでもこのブリテンを救うなら・・・覚悟は決めろ。」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 無言で憐れみの目を向けるアルトリア。あぁ、やはりオマエはモルガンとは違う。(同じだ)

 

 

「では叛逆者の皆々様、陛下の裁きが下されるまでその余生をお過ごしください。」

 

 

 『失意の庭』の無力化は済んだ。妖精騎士モードレッドは勝手な行動を取ったが、エリドールは大人しくキャメロットに戻るだけだ。

 

 

「そういえば、崩れる前に見たあの血はペペロン伯爵のものだったか。・・・追悼作ぐらいは作るとしよう。」

 

 

 決戦の日は、近い。




 ステータスや真名に関する情報を隠す『不貞隠しの兜』。それをギフトとの併用で完全に別人とまで誤魔化せられるというヤバい設定で使用しました。まぁ、バーゲストの真名を看破できたようにアルトリアにはバレバレでしたけども()


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32:最後の反乱と霊基の変調

『妖精騎士モードレッド、アナタに着名(ギフト)を与えます』

 

 

 着名とは何故?すでに妖精騎士モードレッドという名があるだろう。

 

 

『それは空想の中での話(・・・・・・・)。空想樹があるからこそ存在をアナタの存在は許されている。だから、私の妖精國では消えてしまう。』

 

 

 なるほど、確かにこの霊基は本人で無いとしてもモードレッド。汎人類史のサーヴァントとしてある以上、消え去るのは確実か。

 

 

『そのための着名です。私の妖精國にその名を持って繋ぎ止め、劣化することなく永遠を過ごす。もっとも、アナタの精神状態までは保証しませんが・・・問題無いありませんよね?』

 

 

 もちろん、答えは先程の通り。どのような苦難が待ち受けようと、オレはどこまでもついていこう。我が(マスター)よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニュー・ダーリントンの一件から丸三日。円卓軍の本拠地『ロンディニウム』が焼け落ちたり、ノクナレアが宣戦布告したりと色々あったが、遂に円卓軍と北の連合、そして『予言の子』がキャメロットの攻城戦を開始した。

 籠城の構えを取っていた女王軍もそれに対抗するべく兵を挙げ、妖精騎士の内バーゲストと妖精騎士ランスロットの二騎もそれぞれ正門の守護と遊撃に当たっていた。しかし、それはつい先程までの話。正門が抜かれてからはバーゲストは降伏し、妖精騎士ランスロットは上空へと飛び去ったことで女王の軍から離反した。

 この勢いに乗って、城下町に円卓とノクナレアの軍が殺到。着々と罪都キャメロットを攻略していく。

 

 

「仕込んだルーンはまだ機能してるな。これなら城下町への進軍も滞ることなく行けそうだ。」

 

 

 賢人グリムことクー・フーリンは、陽動の役目をこなしたあと師団に合流し、後方支援を主体に戦闘に参加していた。

 

 

「さて、向こう側も上手くやって・・・っ、誰だ!」

 

 

 気配を察知し、正体を現すよう催促するグリム。それに応えるように周りの景色と同化していた水晶の騎士が姿を見せた。その正体はもちろんエリドール、妖精騎士モードレッドである。

 

 

「・・・テメェか。やはりと言うべきか、この場にいたッ!?」

 

 

 言い切る前に水晶の騎士は凄まじいスピードで兵士を無視し、グリムに攻撃を加えるエリドールであった。しかし、その攻撃を加えた右腕の形状は、腕とも剣とも言えず、それらの要素が断片的にあるだけの歪な水晶塊であった。

 流石に杖のみでは防ぎ切れないため、ルーンによって生み出された木の腕でガードした。

 

 

「グリム殿!」

 

 

「来るな!コイツの狙いはオレらしい。オマエらは先に行け!」

 

 

「.・・・は、はっ!聞いたか、先に行くぞ!」

 

 

 隊長格の兵がそう号令すると、兵士達はたちまちこの場を去っていき、グリムと水晶の騎士だけが残された。

 

 

「グ、リム・・・グリム・・・!この、裏切者・・・め・・・。オマエは、行かせぬ・・・生かして、おけぬ・・・!」

 

 

「・・・なるほどな。初代グリムが言ってたバーサーカーってのはオマエのことか。クラス名だけ残すなんざ意地悪だと思ったが、名前を言っちゃ不都合って意味だったとはな。」

 

 

 初代グリムの残した情報、そして水晶の騎士がグリムに向ける憎悪。それらの要素が備われば、もはや『不貞隠しの兜』など無意味。口には出さないものの、二代目グリムはその正体を看破した。

 

 

「で、オレ(二代目グリム)と初代グリムを重ねちまってるってわけだ。前に戦った時はそんな様子じゃなかったと思うんだが・・・狂化のランクでも弄られたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やはりグリムに襲いかかったか。他に居合わせた兵すら見逃すとは・・・。バーヴァン・シーの警護に当てなかったのは正解だったな。)

 

 

 玉座から事の顛末を見届けているモルガン、その視線は今城下町で暴れているエリドールに向けられていた。

 

 

「へ、陛下、あの水晶で出来た歪なモノは一体・・・。」

 

 

「侵入者を駆逐するための殲滅機構だ。もっとも、単体に固執する不良品であったようだがな。」

 

 

 異常が起きたのは二日前、突如としてエリドールがキャメロットを出立。行き着いた先の工房で暴れ狂うエリドールの姿が、モルガンの遠見の魔術に映った。

 そも、妖精騎士モードレッドはその成り立ち故に非常に不安定な部分がある。それが今になって影響を及ぼし出したのだ。

 

 

(・・・ヤツが密かに集めてた魔晶核とやらは、繋ぎ合わせるためのもの。他の妖精騎士とは違い、自ら真名を露わにするにはエリドールという存在に一時的に妖精騎士モードレッドの名を縫い付ける他ない。ただの亜種礼装かと思えば、理論上で裏口を見つけ出していたとは。)

 

 

 妖精騎士モードレッドとエリドールは別の存在。そう定義されていたからこそ、彼自身がエリドール=妖精騎士モードレッドで結びつけてはならなかったのだ。

 彼の狂化ランクが下がった(・・・・)のは、つまりそれを理解してしまったからである。故に同名の存在を同一視してしまうようになったわけだが、モルガンだけはマスターであるからか間違いはしない。

 

 

「いや、むしろこれで完成(・・)に近づいたのかも知れんな。」

 

 

 個人の考えはそれまで。城下町に侵攻するパーシヴァル率いる円卓とノクナレア率いる王の氏族。そして、『予言の子』である『楽園の妖精(同族)』に敗北を与えるために、女王はその玉座を立った。




 エリドール(妖精騎士モードレッド)の身に何が起こったのか。比較的わかりやすく解説
 1.妖精騎士モードレッドの真名を解放したため、『エリドールが妖精騎士モードレッドである』という証明が為される。
 2.両名は完全な別人と定義されていたのだが、それを同一としてしまったため他の者も同一に纏めてしまうようになった(例:初代グリム=二台目グリム、マヴ=ノクナレア)
 2'.当然モルガンも汎人類史の魔女と同一になってしまうのだが、マスターとサーヴァントの関係によって雑ではあるが分別はできている。
 3.悪いことばかりではなく、二つの名が半ば入り混じってることで霊基出力が上がってたり。










 4.ここまで凝った説明してなんだけどこの状態次話で解消されます(軽いネタバレ)


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33:夢の終わり

 阿鼻叫喚の声がキャメロット各所に響き渡る。玉座の間への到着を待つことなく出陣したモルガン、それに相対したのは『予言の子』・・・だけでなく、円卓軍も、王の氏族も、モルガンと戦っていた。

 もちろん、それらの正体は本体でなくただの分身。本体と同等の力を持った分身が何体も現れ、城下町に戦火を、冬の嵐を巻き起こしている。

 彼らの戦いもまた、終わりへと近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガハッ!!・・・こりゃ坊主助けに行くとか考えてる場合じゃねぇな・・・!」

 

 

「心配ハ、無用だ。おマエが行っタとコろで、マスたーハ、止メらレナイ。」

 

 

 ただ水晶が積み重なっただけの様な剣でグリムを押し潰す。半ば暴走しているエリドールではあるが、その強さは今までの比ではない。神霊サーヴァントであるグリムの攻撃を物ともせず、一方的に攻撃を加える程には。

 

 

「・・・へぇ、マスターの事はちゃんと分かるんだな?」

 

 

「当タり・・・マ、えだ。ヤツ(・・)・・・トは、まチガエよウモ、なイ。」

 

 

 仮定だらけではあるが、もしかしたらモルガンに牙を剥かせられるかもしれない。そう考えたグリムであったが、軽く一蹴され、自身を潰そうとしている腕により力が入っただけに終わった。

 

 

「・・・ぐ、ぁ・・・・・・!」

 

 

「そ、ウだ。アイつ(■■■■)デは、ない。だかラ、手ヲ貸シてやっタんだ。見てルだケで、危ナっかシイやツだったカら—。」

 

 

 ふと、気づく。周囲の変化に。確かに先程まで有象無象が悲鳴を上げていた。それを引き起こしていた分身体が全て消え去っている。

 エリドールは、弾けた様にその場を離れた。

 

 

(ありえない。ありえない!ありえないッ!!あのモルガンが、敵を残したまま手を引いた?一度手を出したならば必ずと言っていいほど殲滅してきたモルガンが?・・・もし、手を引くような事態があったすれば、それは—。)

 

 

 モルガンの敗北、即ち死。負けたのであれば、どうあってもモルガンの生存はありえない。彼女はそういう者であり、またヤツらもそのようなモノだ。

 逃げることはできない、逃げさせることはできない。あの頃とは違う。であれば、こうして護りに行くしかない。

 動く城壁によって迷宮と化したキャメロットを走る。時には壁を蹴る。他の者など眼中に無く、ただ玉座の間を目指した。捨て置かれた凶刃に気付かぬまま。

 

 

「・・・イマイチ状況が飲み込めないが、助けに行かせる程甘くねぇぞ。」

 

 

 身体中傷だらけ、裂傷や部位の欠損なぞ者ともせずに振られた刀は、跳ぶサーヴァントを見事に捉え、斬り裂いた。

 

 

「千、子・・・・・村正・・・ッ!」

 

 

 鉄壁を誇った鎧が一刀両断。水晶の騎士は宙を舞い、墜落する。水晶の欠片が当たりに飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで女王も王女もいなくなった。ヒドイ支配とはおさらばだ!」「でも外のヤツらはどうしよう?しっかり保護してもら、イ"ッ!?」

 

 

 細い糸の様なものが妖精達を貫く。

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・。玉座から離れろ、駒風情が・・・!!」

 

 

 水晶の鎧を、その核となっていた水晶玉の礼装をも失ったエリドールが玉座の間に踏み入る。糸の様な物は水晶で構築されており、彼の身体から浮き出ている魔術回路、チカチカと点滅を繰り返すそれに沿う様に伸ばされていた。

 

 

「え、エリドール!キサマ、何を・・・か、身体が!なん—。」

 

 

「ヒ、ヒイィ!!す、水晶に変わった、赤い水晶に・・・!」

 

 

「嬉しいことに、オマエ達全員オレにタダで作品を(・・・・・・)作らせたな(・・・・・)?やれ上級妖精としての証だとか・・・。汎人類史にはこういう言葉がある。タダより高いモノは無い、とな。」

 

 

 一翅、また一翅とエリドールの手により赤い水晶へと変えられ、砕かれ、引き寄せられていく。何の抵抗も出来ずに、一方的に搾取される。

 

 

「オマエ達は陛下が奪わなかったモノを自分で売り渡したんだよ。自分自身の価値というモノをな。それがこの赤い水晶、魔晶核(・・・)の正体。素材へと成り下がったオマエ達だ。本来であれば次の代が生まれる直前で徴収するが・・・代わりは幾らでも作れる。精々オレの糧となれ・・・!」

 

 

「これは一体どういうことかしら!」

 

 

 この惨状の中、強い芯が通った声が響き渡る。キャメロットに侵攻してきた勢力の一つ『王の氏族』、その長であるノクナレアが辿り着いたのだ。

 

 

「お、おぉ!王の氏族長ノクナレア!頼むよ!アイツを殺し—。」

 

 

 ノクナレアに助けを求めた妖精に水晶の糸・・・いや、触手が突き刺さり、魔晶核へと変換される。軌道上はノクナレアへと向かっていたが、駆け寄ったことにより巻き添えを喰らった結果だ。

 

 

「・・・来たかノクナレア。玉座は、渡さない・・・!」

 

 

 十を超える魔晶核を用い、巨大な腕を形作る。ノクナレア目掛けて振るわれたその腕に上級妖精も巻き込まれ、たちまちその身を水晶とされ腕に取り込まれる。その腕をノクナレアは避けることなく、片手で構えるのみで受けた。

 

 

「この国は陛下のモノだ。この国だけが陛下の居場所だ。もうオマエ達に奪わせなど・・・っ!!」

 

 

「アナタ達、手加減はしてやりなさい。」

 

 

 ノクナレアの近衛兵がエリドールの巨腕を霜でも踏むかの様に軽く砕き、急所を外して槍を刺す。素材は最高級、礼装の形成にも問題ない。ただただ致命的な問題があった。

 魔力の精製が、できなくなっていた(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「アナタ達の支配()はもう終わりよ。・・・ゆっくり休みなさい。」

 

 

 意識を失う直前に見たものは、自分を攻撃した近衛兵でも、憐れみの目を向けるノクナレアでもない。・・・肉片しか残っていない変わり果てたマスターの姿だった。

 弱く点滅を繰り返していた魔術回路の輝きが、完全に消える。




 度重なる霊基の異常、そしてマスターの死亡。一人残された彼が行き着くとは・・・


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34:最後の足掻きと来たる呪い

「・・・。」

 

 

 城塞都市エディンバラ、地下牢。・・・とは言ったものの、鎖などで繋がれておらず、見張りは出入り口に一翅のみ。ただ『掟』のある鉄格子だけが彼を閉じ込めていた。

 本来の力を考えれば薄すぎる防備、だがそれで十(・・・・)()な程に彼は弱体化していた。

 

 

(手遅れになるのは、マスター譲りなのかもな。縁で召喚されたからにはそれぐらいの共通点はあるか。・・・こんなに苦しい思いを、アイツは何度も経験してたのか?)

 

 

 思い起こすのは紅い妖精。他の妖精騎士とは似て非なる動機でギフトを与えられた者。そこまでする理由を彼は知っていた。彼女が救世主を名乗っていた最大の要因なのだから。

 

 

(・・・オレは、オレはどうするべきか。マスターがいなくとも活動自体は可能(・・・・・・・)。だが、そうまでして動く理由を失った。オレは・・・何のためにここにいる?)

 

 

 それだけではない。魔術回路・・・彼の神経、導線とも言えるそれが全く機能しない。恐らくはアルターエゴ・千子村正に、礼装ごとやられてしまった影響なのだろう。

 マスター不在で魔力の貯蔵も無い以上、彼の切れる手札は著しく減っていた。

 

 

「ならば、アイツの、アイツの願いを叶えなければ。」

 

 

 わかっている。自分ではなくあの望まれた女王しかできぬことだと。

 わかってはいた。その最後の希望がいとも容易く摘み取られるのだと。

 わかってはいるけれども。魔術師の彼にとって、無意味に終わることだけは耐えられるものではなかった。

 

 

「・・・ノクナレアめ、本当にどこまでもナメた(お人好しな)ヤツだ。・・・行かなければ。」

 

 

 彼を閉じ込めていた格子は、隠し持っていた儀式用の短剣で容易く切断された。恐らく付与された『掟』は特定の行動に対して強度を落とすものだったのだろうか。

 ともあれ、数日前に投獄されたエリドールは、『王の氏族』とある妖精に扇動された者とで戦火が上がるエディンバラを抜け出した。向かう先はただ一つ、王無き玉座だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コフッ・・・モース毒への耐性はあるとはいえ、あの数と量は流石にキツいか・・・。」

 

 

 エディンバラからキャメロットまではそれならに距離がある。そして、『大厄災』の前兆としてブリテン各地にはモースが大量に姿を表している。

 それを対処しながら、逃げながらここまで脚一つで来たエリドールへのダメージは少ないものでない。それでもまだ斃れるわけにはいかない。

 

 

「玉座・・・玉座に、行かねば・・・。オレが、オレが続けるんだ・・・この妖精國を、アイツの願い()を・・・!!」

 

 

 玉座の間まで辿り着く。執念で霊基(からだ)を動かし、手を伸ばす。

 しかし、その手は遮られる。突如転移してきた無数の、無機質な兵によって。

 

 

「・・・コイ、ツらは。」

 

 

 その水晶の兵士が、押収された魔晶核を素材に作られていること。モルガンが用意したこと。そして、自分を玉座へと近づけさせないためのものだということは一瞬で理解した。

 ただそれよりも早く、一つの疑問が浮き出た。

 

 

(コイツらは・・・何に反応して(・・・・・・)動いている?)

 

 

 モルガン無き今、彼女の手によって細かい動作は不可能。自動で反応するにしても、魔力は魔術回路の停止で生成出来ず、裏技(・・)で退去寸前で踏みとどまっているのもあってサーヴァントとしての反応も薄い。

 別の線も考えれば出てくるが、やはりこのタイミング、この時点で出現するにはあまりにもピンポイント過ぎる。

 しかし、考える時間が無いのは兵士の先、玉座の先に見えるモノ(・・・・・)でわかる。わかってしまったからこそ、エリドールは前に進んだ。

 

 

「ど、け・・・!ぐっ・・・!」

 

 

 当然、兵士に妨害され、前には進めない。短剣による斬り掛かり、礼装を砕いたことによる魔力の放出、なけなしの宝石魔術など、少ない手札を全て切っても、水晶の兵が数を減らすことはなかった。

 

 

「行かなければ、行かないと行けないんだ・・・行かせて、くれ・・・・・・。何故だ、何故なんだ、トネリコ。オレは、オマエのために戦ったのに、戦ったハズなのに・・・どうして、いなくなって。」

 

 

 信頼し、全てを捧げたつもりのマスターに、決死の信念を否定された。それが彼の心を、より深い絶望に染める。

 そうして、その時(・・・)が訪れる。

 

 

「—ぁ。」

 

 

 祭神の手(呪いの奔流)が目の前を覆い尽くす。玉座も、水晶の兵士も、もちろん彼も耐えられるハズもなく、触れた瞬間に形を失う。

 こうして、夢は覚めたのでした。




 主人公、某アルテミット・ワン関連説が囁かれてますが全くそんなことありません。なんせこの作品の作者、それを詳しく知ったの最近ですし(型月にわか)。
 さて、ケルヌンノスの呪い(触れたら一発アウト)を喰らったわけですが、まだ数話続きます<=to be continued


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35:目覚め

 とある錬金術師の男がいた。ある時期を境に大気中のマナが枯渇した世界に於いて、さほど影響を受けなかった人種の一人。

 アトラス院に所属する彼は『人類の保存と滅亡の先延ばし』という永代に真摯に向き合い、機械的ではあったが対策のためにあらゆる人種と交流を持った。その中には当然魔術師から魔術師へと変わった家系の者もいた。

 その内の一人・宝石魔術を扱う家系の者と、男は婚姻を結ぶことになる。互いのメリットを考えられてのものであり、その一つである後継者作りも計画的に進められた。

 男の人生に面白みのあるものは無いかもしれない。だが何もかも順風満帆に進んでいた。富・研究・人間関係、そのどれにも恵まれていたのだから。

 そうして自分達の跡継ぎ、一人の男児が産まれた時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は、その赤子を殺す事にした(・・・・・・・・・・・)

 

 

 自身の観測した未来、その破滅の根源となるモノだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!・・・・・・ッ、はぁっ、はぁ・・・夢、だったのか?」

 

 

 仰向けの体制から上半身だけを起こし、目に見えるものを一つずつ確認する。誰もいない玉座、赤く染まった空、そして沈黙している水晶の兵士達。

 先程まで見ていた夢と状況が酷似していた。そして、その最後には—。

 

 

「は、ははは・・・滑稽だな。二度も死んだ記憶を引き継ぐなんて・・・。」

 

 

 左手で顔を覆う。手袋が無ければ、爪が食い込んで出血していたかもしれない程には力が篭っていた。

 

 

「オレに、どうしろというんだ。別にコイツらがいようがいまいが、玉座が使えないのは変わらない。使えるヤツはもう何処にも存在しない。この滅びが終わったあとには何も残らない。・・・もう、続きなんてない。」

 

 

 自分が使えないことなんて最初からわかっていた。なにせ、アレは神を殺し切るための礼装だ。計12門、異聞帯の壁すら越える聖槍を同時に扱うなど、ただのサーヴァントではどう足掻いてもムリなのだ。

 

 

「ここまでやって、何も報われないなら・・・下手に希望なんて持つんじゃなかったな。」

 

 

 左手を下げ、光を無くした目で天井を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パキリ

 

 

「?」

 

 

 不意に音がした。地面についたままの右手からだ。何をしても変わりはしないのだから気遣う必要もない。

 それでも彼は、首を動かした。目線を向けた。だってその音は、飽きる程耳にした水晶の割れる音だったのだから。

 

 

「・・・・・・なん、だ?だが、赫い(・・)水晶だと?」

 

 

 右手が見たこともない赫い色の水晶で覆われていた。魔術は使えず、錬金術も使用した覚えが無いのに、何故水晶がこのような形でここにあるのか。

 その答えはすぐに出た。その水晶の形と同じく、開かれた手を握り拳を作る。赫い水晶は砂の様に崩れて消える。崩れたあとに見えたのはただの皮膚であり、いつも付けている手袋では無かった。つまり、今崩れ落ちた水晶は元々—。

 そこまできて、彼は一つの結論に辿り着いた。夢で自分を消し去ったあの厄災、かつて『大穴』で自分を蝕んだ呪いと重ねて。

 

 

「は・・・は、は・・・ふ、はははははははは!!アーッハハハハハハハハハ、ハハ・・・ハ・・・は

・・・・・・そういうことかモルガン(ルーラー)ッッ!!!」

 

 

 ひとしきり笑った後、強い怒りを顕にする。

 

 

「確かにこれなら、わざわざサーヴァントとして成立させてまで手元に置く価値がある!!オレだってそうする!例え保険(・・)であろうともな!」

 

 

 ついぞ語られなかった己の召喚された動機。宝具の正体。それらを自ら見出した彼の心境には怒り、そして嬉しさの感情が湧きあがっていたが、それ以上に清々しさがあった。

 

 

「・・・なんだよ、最初からアイツに手を貸す必要(意味)なんてなかったってことか。」

 

 

 悲しさが見えたのはほんの僅か、彼の表情は決意の色で染まっていた。

 

 

「それなら、オレの選択は一つだ。オマエの望み通り、この力を振るおう。・・・ただし、これが最初で最後だ。」

 

 

 それが彼の、最後の独り言。そこから少しして、玉座の間には彼も、無数の兵もその姿を消していた。塵となって消える赫い水晶を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —水晶とは、地底で二酸化ケイ素がマグマによって溶かされ、急速に冷やされることで造られる。

 天然の鍛冶場によって生み出された神秘的な鉱物は、水神の宝物、空神の贈り物、水の精そのもの。あるいは、氷のまま化石となったものとして言い伝えられることがあった。

 その言い伝えの一つが真実だったのか定かではないが、水晶には『封印』の魔術的な要素が含まれている。




 なんで生きてるかって、そりゃあまぁグランドロクデナシの巻き添え喰らったから(準備の有無関係なく時間戻せるのは流石にチート)。
そしてプロローグ以降あんま出せてなかったextra要素をここで持ってくるスタイル。魔術師としてのオリ主も掘り下げていきたいけど、今回の章はあくまでモルガンのサーヴァントとしてのオリ主の話なので、それはまた別の機会に。


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36:魔拳侵蝕、対峙するは賢人と—

 ブリテン島上空に佇むカルデアの空飛ぶ巨大潜水艇・ストームボーダー。『炎の厄災(アルビオン)』となった妖精騎士ランスロットの強襲を防ぎ、撃破したカルデアであるが爪痕は大きく、静止状態で艦の修復に勤しんでいた。

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「ゴルドルフ所長、紅茶でも如何ですか?」

 

 

「う、うむ、頂こう・・・。」

 

 

 裁定者のサーヴァント『シャーロック・ホームズ』がカルデア新所長である『ゴルドルフ・ムジーク』の様子を見て紅茶を差し出す。名探偵にして明かす者である彼は、ゴルドルフが何に心配しているかを察して釘を刺すかのように告げる。

 

 

「これでも最大に譲歩した結果です。ミス・キリエライトらの思いを尊重しないとは言いませんが、我々の本命はあくまで『呪いの厄災(ケルヌンノス)』。その時に備えて温存しなければなりません。」

 

 

 ボーダーの修復作業の合間に『獣の厄災(バーゲスト)』を止めに行った藤丸達であったが、脅威度を考えればケルヌンノスにのみ焦点を当てても良かったのだ。

 ケルヌンノスが撒き散らす呪いは妖精國の外にまで広がる世界規模の災害。対してバーゲスト、ブラックドッグが及ぼすのは都市規模と、ケルヌンノスに比べれば小さなものであった。

 それでも彼らが向かったのは、そんな小さな被害でも出さないため・・・もあるだろうが、それによって人から恐ろしい妖精として見られることになるであろうバーゲストの尊厳を護るため。

 

 

「そんなことはわかっている!わかってはいるが・・・。」

 

 

「まぁ、ポジティブに考えようや所長サン。その分ココの防備が厚い、ってな。」

 

 

「いやいや、防備と言われても、アルビオン以外にここまで襲ってくるヤツがいるのかねキミィ?」

 

 

 心配の絶えないゴルドルフに、船に残ったサーヴァントの一人である賢人グリムが気楽に話しかける。

 ただ、ゴルドルフにしてみれば境界の龍・アルビオンの他にこの高度まで攻撃してくる相手など想像も付かない。いや、想像したくないのかもしれない。如何に戦力が少しでもあるとはいえ、今襲われては堪ったものではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、このタイミングでの襲撃は当然と言えよう。

 

 

「緊急事態ー!ボーダー上空50m地点に敵性サーヴァント反応確認!!落下してきます!」

 

 

「なな、なんだとぅ!?どうやってここまで!?いや、それよりまだ他にサーヴァントがいたと・・・!」

 

 

 突如として鳴り響いたアラートと共に、周囲の観測を続けていたネモ・マリーンの一人が報告する。サーヴァント、それも敵性反応を持つものなど、脅威以外のなにものでもない。

 少々パニックに陥ったゴルドルフであるが、次の報告を聞いて多少落ち着きを取り戻した。

 

 

「あ、でも魔力反応はそんなに大きくない!転移魔術を行使したと思われ、その分弱くなってるかとー!」

 

 

「そ、そうか!それなら、グリム・・・いや、ホームズでも対処できるのではないかね?」

 

 

「・・・いや、ちょっとマズイかもな。」

 

 

 苦い顔をしながらゴルドルフの希望を一蹴するグリム。それによって再び動揺した様子のゴルドルフの代わりに、ホームズがその言葉の意味を問う。

 

 

「ミスターグリム。アナタはこの襲撃者について心当たりがあるのでは?」

 

 

「まぁ、オレの不始末と言えばそうとも言えるってところだな。そういうわけでちょっくら片付けに行かせて貰う。心配せずとも、対ケルヌンノス用に余力は残しておくさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ一つ言葉にするなら・・・運が良かった。そもそもの話、転移魔術なんてものをノーリスクで使えるほど魔術に長けてはいない。

 それでもやってのけれたのは、あの『棺』がレイシフトの技術を応用したものであったこと。電脳ダイブに特化した魔術回路を持つ魔術師(ウィザード)であったことが大きい。

 それでも不確定要素は多々あったのだが、結果として成功したのだ。やるべきことに目を向けよう。

 

 

「よぉ、どうだいここからの眺めは?ま、見える景色が景色だ。そこまで良いものじゃないだろうが。」

 

 

「・・・もう何度も見た、世界の崩壊なんて。今回のはとびきり大きいだけだ。」

 

 

 炎、雷、呪い。ブリテン全土に広がり、今もなお惨状を引き起こしている。エインセルの予言通り、ブリテンは滅びの一途を辿ろうとしている。

 

 

「そうかい。・・・で、マスターのいないオマエが今頃何しに来た。カルデアに協力する気はなさそうだが?」

 

 

「オレは、サーヴァントだ。ただの影だ。だが、敢えて言おう。オレはこの妖精國(・・・・・)を生きた(・・・・)。どれだけ惰性になっても、生き続けてきた。故にこの異聞帯の住人として、モルガンの騎士として、最後まで戦い抜く。それが、オレの答えだ。」

 

 

「・・・普段のオレなら快く受けてやったろうが、状況が状況だ。悪いが、一対一(サシ)じゃやれねぇぞ。」

 

 

「構わない、対複数になるだろうとは予想していた。それで誰が来る?カルデアのサーヴァントか、それとも千子村正か?アイツには借りがあ—。」

 

 

 そこまで言って目に入ってきたのは・・・一番ありえない(会いたくない)人物であった。

 

 

「—何故、ここにいる。聖剣の糧となったものは消える。それはモルガンとて例外ではない。何故ここにいる、『予言の子(・・・・)』!!」

 

 

「・・・まだやりたいことがあるから。そんな身勝手な願いでも、それを叶えてくれる仲間がいた。だからこそ、アナタとは正面からぶつかりたい。モルガンの願いを叶え続けたアナタと!」

 

 

「・・・注文が多すぎて、これっぽっちしか叶えられなかったけどな。」

 

 

 視線を右手に落とし、再度アルトリアを見据える。

 

 

「始めよう、前座ばかり長くても仕方ないだろう。・・・我が真名()は妖精騎士モードレッド!救世主トネリコのサーヴァントにして、女王モルガンに支えた者!!賢人グリム、そして『楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)』よ!貴様らを、我が魔剣の錆にしてくれる!」

 

 

 高らかに叫び、右手を掲げ詠唱を始める。この数千年、認知すらできなかった宝具を使うために。

 

 

星の血涙(溶岩と水)は混沌にして、万物封ず秩序の晶。その境界は紙一重、表裏一体の柔な戒め。混沌が這い出るならば、秩序もまた形を持って現出する。さぁ、見るがいい。これがオレの、このオレ(・・・・)だけの魔剣だ!『魔剣へ変ぜよ、赫き水晶(クリスタライズ・クラレント)』ッ!!」

 

 

 右手が赫く染まり、水、あるいはマグマの様に水晶が流れ出し、鋭利な両刃剣を形作る。円卓の騎士モードレッドが所持していた魔剣・クラレント。妖精騎士であるモードレッドは、水晶によってそれを再現した。

 赫く濁る魔剣を構え、妖精騎士モードレッドはグリム、そしてアルトリアに襲いかかった。これが、彼の最後の戦いである。




 ネモ、ホームズ、ゴルドルフ。この御三方初登場させる上に同時に描写しようとしたらかなりの難産になってしまった(ネモに至ってはマリーンズのみ)
 やっと宝具出ましたが、妖精騎士モードレッドのプロフはまた別の機会に纏めようと思います。ちなみに残り魔力量多くはないのに使用できたことから、燃費面はとても良い。


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