呪い、呪われ (ベリアロク)
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第1話 呪われた子 ※11月2日改変





 

 

 

雲が空を覆い、雫がアスファルトに降り注ぐ。日常に溢れる騒音が落ちる雫の音にかき消され、単調な音が街に響く。曇天という言葉が似合う天気はこういう日のことを言うのだろうか。

 

そんなことはどうでも良い。

ロクでもないことが起きるのは大抵、こういう日なのだから。

 

 

下校のチャイムもとうに止んだ、薄暗い教室の角隅。

乙骨憂太はそこにいた。

 

 

他には4人の学生が乙骨を取り囲んでいる。仲睦まじい放課後の光景に見えるが、和やかな雰囲気はそこにはなかった。

 

 

「なぁ~久しぶりだなァ乙骨ゥ~逢いたかったぜェ?」

 

「こっちにこないで……」

 

 

大柄の男子生徒が乙骨へと一歩、大きく歩み出る。

後退る乙骨の腕には痣が、丁度拳骨一つ分の痣がうっすら残っていた。

 

平等を謳いつつも不平等なこの世界で生じる、複数人で一人を詰る遊び────いじめ。

その一つが放課後、がらんとした校舎のとある教室にあった。

 

 

 

「おいおい……寂しいこと言うなよ。同じクラスの『友達』じゃないか、なァ?」

 

「ブフッ、そうだよ乙骨君。僕たち親友、だろう?」

 

 

 

 

 

――――――駄目だってば

 

 

 

嘲笑混じりに話す不良らしき青年らに対し、学ランを剝がれた青年は壁に背を預け顔を俯かせる。

弾け飛んだボタンが落ちて鳴った乾いた音、気弱なその姿が不良らの嗜虐心を煽り、息遣いは更に荒くなっていく。

 

 

「俺がどれだけお前のことを殴りたかったかわかるか? もっと俺の気持ちを想像してくれよ!!」

 

「ヘヘッ、気持ち悪ィ」

 

「うるせぇな……お前らだってもう我慢できねェだろォ?」

 

 

 

 

――――――やめて

 

 

 

 

「こんなに焦らされたらよ……うっかり殺しちゃうぞ?」

 

 

息を荒げ顔を異様なほど火照らせた不良はいよいよだと自らの上着を脱ぎ捨て、身軽となった不良が肩を軽く回し腕を伸ばす。

 

 

「存分に俺を楽しませてくれよォ? 乙骨ェ‼」

 

 

 

悪意に満ちたその手が青年の胸元を掴む、その時だった。

 

 

 

「来ちゃ駄目だ――――――里香ちゃん!!」

「リカ?」

 

 

 

がらんとした校舎に断末魔の如き叫びが校舎中に響き渡る。それも4度。

惨たらしくも悲惨なその叫びは

 

 

「どうした? 急に叫び声なんて挙げ……て」

 

 

その叫びにようやく現れた教師が目にしたのは何事もなかったかのように静かな教室。

窓には変わらず雨粒が絶えずぶつかっている。

 

ただ異なっていたのは無人の教室の隅で小さく震える青年、異様な鉄臭さ。そしてロッカーから溢れるように床へと流れる鮮血。

 

『キィ』

 

音を立てて開いたロッカーの中にはブロックのように折りたたまれた血肉の塊がぎっちりと詰まっていた。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 

 

学生時代は青春の日々と皆は口を合わせて言う。

 

けれど乙骨憂太の青春は血みどろに、どうしようもなく呪われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――とこれが事件の一部始終だ。これで2度目の説明だが……理解しただろう、彼の危険性が」

 

「だから完全秘匿での死刑執行? あり得ないでしょ」

 

「しかし本人が了承した」

 

 

灯りの乏しい異様な空間。壁すら見えない暗闇に素顔を隠す老人が4人座している。

その老人らに囲まれるように立つ目元にアイマスクのような物を付けた男はやれやれと首を横に振った。

 

 

「とは言ってもねぇ……未成年、それも16歳の子供ですよ」

 

「本人の意思に関わらずあの個性は発動しているのだ。彼を野放しにしては世に混沌をもたらしかねない。故に、だ」

 

「予め芽を摘み取っておこうって話ですか……その過程で逆に何人殺されるか分かりませんよ」

 

 

男の投げかけた指摘に老人らは言葉を詰まらせる。タルタロス収容なども考慮した上でたどり着いた死刑執行。それが被害を最小限に抑える案であるのは間違いない。

だが人的被害が避けられないのは明らかだった。

 

 

「今のところ重傷まで至ったのは今回の4人のみ、拘束にも現状成功していますが次の瞬間にも犠牲者は増えるかもしれない。例えば……アンタらとか!」

 

「……」

 

「もー冗談ですって! 要は死刑も収容も危険が過ぎるってことですよ」

 

「……ならばやはり」

 

「えぇ、

 

 

 

   

 

      乙骨憂太は僕と雄英高校で預かります」

 

 

 

老人らが頭を抱え唸る中、男は一人不敵に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は無数の照明に照らされ嫌と言うほど明るい部屋に場は移る。壁面には穏やかとは口が裂けても言えないほどの銃火器が備え付けられており、その中心の椅子には乙骨と呼ばれた青年が生きる気力を失ったかのようにうずくまっていた。

 

 

「……もうこのままここに居続けよう」

 

 

もうこれ以上何かを壊したくも傷つけたくもない。このまま寝てしまえば起きているよりかは幾何か楽になるだろう。そう思い瞼をゆっくりと閉じようとした時窓もない無機質な扉をノックする音が聞こえた。

 

 

「失礼、ちょっといいかな?」

 

「……」

 

「おっけー、お邪魔するねー」

 

 

(まだ何も言ってないのに……)

 

 

乙骨が返答を告げる前に扉は開かれる。俯かせていた顔を少し上げると乙骨の前には逆立った綺麗な白髪とは対照的な黒いアイマスクのようなもので目を覆い隠した異様な男が立っていた。

その男は乙骨が顔を上げたのを見るとポケットから金属片のようなものを乙骨に見えるように取り出した。

 

 

「これは何かわかるかな? 乙骨憂太君」

 

「……ナイフだったものです」

 

「へぇ、このグニャグニャがナイフってよくわかるねぇ」

 

「……僕が使いましたから。それで死のうとしました」

 

「でも邪魔された、と」

 

 

男の言葉に乙骨は頷く。

そのナイフはねじれにねじれ最早原型をとどめていなかった。

 

 

「暗いね。今日から新しい学校だよ?」

 

「……行きません」

 

「聞いてびっくり! 入学先はあの雄英高校!」

 

「行きません!」

 

 

乙骨は顔を俯かせながらも声を荒げる。

 

 

「もう誰も傷つけたくありません。だからもう、外には出ません」

 

「そうかい。でも……一人は寂しいよ?」

 

「……」

 

 

男の言葉に乙骨は服をぎゅっと握りしめる。

 

 

「君にかかった個性……いや呪いは使い方次第で人を助けることも出来る。力の使い方を学びなさい」

 

「……」

 

「全てを投げ出すのは……それからでも遅くはないだろう」

 

 

 

男の言葉に乙骨は肯定も否定も示さない。心中にあるのはただひたすらに迷いだった。

 

 

 

 

 

 




書きたかったから書いた。けど時間とか手直しとかで消える可能性はあるのでそこんとこよろしくお願いします。試験投稿みたいなとこある。




11月2日改変
文章を一部追加しました。定期的に改変するかもしれません。ただその後のお話に影響はないようにします。感想でもメッセージでも構わないので、掴みや文章としてどうだったか教えて頂けると今後の参考になりますのでよろしければお願いいたします。


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第2話 散歩

それはどこにでもあるような光景。小さな子どもが公園で仲睦まじく遊ぶさま。

ただその姿は蜃気楼のように揺らめいていた。

 

 

 

『――――――ゆびわ?』

 

『そう、婚約指輪』

 

『こんにゃく?』

 

『違うよ、婚約』

 

 

『里香と憂太は大人になったら結婚するの』

 

 

 

少女は少年を見て微笑む。

少女のそれはまるで天使のようだった。まるで世界を照らしてくれる太陽のようでもあった。

 

 

 

 

 

『ずーっとずーっと一緒にいるの……約束だよ?』

 

 

 

 

 

その笑顔が二度と見れなくなるなんて……その時は思いもしなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ッ

 

 

 

瞼を照り付ける光に目を窄め、少しづつ目を開ける。天井には相変わらずの過剰な照明が並び、四方の壁には無数の銃火器がこちらを静かに見ていた。用意された布団を使うまでもなく寝ていたらしい。硬い椅子に座り続けていたことで体の節々に鈍い痛みが残っていた。

軋む身体を無理やり起こし立ち上がると布団の横に衣服が畳まれて置かれているのが目に入った。

置かれていたのは柄などない無地の服、傍には災害用食品と飲料が転がっている様を見るにこれが『朝セット』らしい。

 

 

 

「着替えはあるんだ……けどここで着替えるのは気分が悪いなぁ……」

 

 

 

自身の動きに合わせ銃口が動く無数の銃火器に怯えつつ、朝食の乾パンを咥えながら衣服を新たなものにする。

そうして乙骨が身支度を整えると同時に扉をノックする音が部屋に響く。

例の如く返事をする前に扉は開かれ、その先にはアイマスクを付けた男が立っていた。

 

 

 

「おはよう、乙骨憂太君。今日もいい天気だね」

 

「……おはようございます」

 

「相変わらず暗いなぁ……ま、いいや。起きて早々悪いんだけど散歩でも行かない?」

 

「……」

 

「いつまでもこんな部屋いたら身体に悪いよ? 今日はいい天気だし……さぁ行こう!」

 

「わ、ちょ……ちょっと引っ張らないでください! 自分で歩けますから!」

 

「あー無理しないでいいよ。ここ出るまでは目隠しさせろってジジイ共がうるさいからさ。ちょいと失礼」

 

「……よろしくお願いします」

 

 

 

この人は何言ってもダメな人だと直感した乙骨はため息を吐くと男に目隠しを付けられ喧しかった照明が完全に遮断される。

そのまま連れられるがままに乙骨は男に連れられ猛獣の檻のような場所から外へと足を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、何か好きなものとかないの? 食べ物とか後でおごるよ?」

 

「えっと……塩キャベツが好きです」

 

「塩キャベツ!! 最近の男子は草食系だねぇ……もっと肉食べなさいよ肉!!」

 

「あはは……にしても風強いですね。台風とか来てるんですかね?」

 

「いーや、至って快晴だし台風も竜巻もナシ。まぁ場所が場所だからね」

 

「?」

 

 

 

人々の雑多な声、小鳥のさえずりや自動車などのガス臭さ。

久しぶりに外へ踏み出し感じた空気に乙骨は変な気分を味わいながらも男と他愛も無い会話をしつつ歩いたり、身を抱えられたりしていた。

 

 

「よし、ここらでいいでしょ」

 

(着いた……のかな? 足がぶらついたまんまだけど……)

 

 

やがて男の動きは止まり、それに合わせて抱えられていた乙骨もその場で静止する。

けれど足は空を切るばかりでつま先すらかすらない状況に乙骨は疑念を抱いていると目隠しの留め具がパチリパチリと外れていく音が耳に入った。

 

 

 

「さて目隠し、取っちゃおうか。いい眺めだよ」

 

「ん、眩し……ってえ?」

 

「そういや自己紹介してなかったね。僕の名前は五条悟、これでも結構有名なんだけど……サインとかいる?」

 

「え……五条悟って……じゃなくてですね……!」

 

「ん? どしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで僕たち空飛んでるんですかァ!」

 

 

 

 

 

男に抱えられながら発された乙骨の叫びが木霊する。

真上にあるは雲一つなく澄み切った青い空。体に吹き付けるびゅうびゅうという風と普段は建物などが邪魔して見ることも出来ないような山々が景色として広がっていることが乙骨らがとてつもない高さにいることを示してた。

 

 

 

「別にこのご時世空に浮くくらい珍しいことでもないでしょ。プロならこれくらいは出来なきゃ」

 

「いや、これはもう浮くとかいうレベルでもないと思うんですけど……」

 

「まぁそこらへんは人それぞれだからね。それより今ここにいる理由さ、ただ僕らは空に散歩しに来たわけじゃない」

 

 

 

そう告げ五条は指を地面に、正確には地上に向け指す。

 

 

「今ここにいるのはこの下に用があるからさ」

 

「……この下?」

 

 

 

唾を呑み恐る恐る下の方へ目を向ける。

そこにあったのは木々が生い茂る大自然の中にあるものとしては少々似つかわしくないコンクリートで舗装された道、無数の建造物が並ぶ都市の姿だった。

 

 

「ここは……」

 

「ここは国立雄英高等学校。都心では珍しい大自然に囲まれた空間に場に構え、国を支える人材を育成する学校さ」

 

「ここがあの天下の雄英……」

 

「流石に雄英は知ってるか。「あの」……って言う感じだと誰か知り合いがいるとか?」

 

「いえ、僕の幼馴染が来たがってた学校だったので」

 

 

 

乙骨は胸に下げた指輪を見て悲しげな表情を見せる。

雄英高校は彼女にとっての憧れであった。夢として叶えることも敗れることも最早出来ない『憧れ』である。

 

 

 

「……そっか。悪いね、気分を悪くしちゃったかな」

 

「いえ、五条さんが気にすることではないですよ」

 

「ありがとう、優しいね君は。それにしても五条さん……五条さん、かぁ……」

 

「? どうかしました?」

 

「いやなんでも! 呼び方については今はいいとして、昨日も言ったけど今日からここが君の学校……なんだけどね」

 

「?」

 

「本当は顔パスで『今日からこの子雄英生で!』っていけるはずだったんだけどちょっとばかし頭がお堅い奴がいてさぁ」

 

「はぁ……」

 

「ってなわけでこれから君には試験を受けてきてもらいます! 取り敢えず緑色の機械ぶっ壊していけばいいからさ。さーて、どこらへんがいいかな~」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 

「へ?」

 

 

一人で話を進める五条を乙骨が静止する。

 

 

 

「僕は”無個性”なんですよ!? 里香ちゃんが出てきたら危ないし……雄英高校って言ったら優秀な人達が集まるところなのに個性も無い僕なんかが行ってどうすれば良いんですか!」

 

「あー大丈夫大丈夫、ちゃんと()()()投げるから。うーんここらへんかな~」

 

「狙ってって一体何を……」

 

「ほい、それじゃあいってらっしゃーい!」

 

 

 

 

「え……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

 

 

 

 

五条から手綱とも言うべき首根っこを離され、乙骨の身体は一瞬宙に浮く。

けれどその安堵の浮遊など一瞬で途絶え途絶えの悲鳴と涙と共に乙骨は地上に向かって真っ逆さまに落下していった。

 

その様を横目に五条は携帯を取り出し『一応職場』とディスプレイに映し出された番号に電話をかける。

 

 

「あーもしもし? 五条だけど」

 

『……五条サン。アンタ一体どこで油売って……』

 

「言われた通り乙骨会場に入れといたから採点とか諸々後はよろしくー」

 

『まだ話は終わって……』

 

 

ピッ

 

 

 

「鬼電来るだろうから留守電設定して……っと。彼色々とうるさいからなぁ」

 

 

 

 

そんなんじゃ将来大変だぞ? なんて言いつつ五条は携帯をしまい再度地上を見下ろす。

 

 

 

 

 

「そんじゃあ憂太、くれぐれも――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         ――――――死なないように

 




キリがいいのでここら辺。
ふと思ったのが五条ってヒーローたちのこと呼び捨てなんだろうか。庵歌姫呼び捨てだから呼び捨て? でも冥さんって呼んでるし……わかんねぇ


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第3話 雄英入試その①

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

 

 

断末魔の如き叫びと共に乙骨の身体は地へと向けて急転直下していく。先ほどまで綺麗に見えていた景色の輪郭がどんどん緩やかに、身体を過ぎ去る風の音は益々荒々しくなっていた。

 

 

「死ぬ死ぬッ! 死んじゃうってぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

少しでも落下の速度を抑えようと身体をじたばた動かし必死にもがく。当然空中に掴むものも触れるものなどある筈もなく手足は空を切り、速度は少しも落ちる気配は無い。

それどころか身体に叩きつける風は更に強さを増し景色の歪みも更に酷くなっていく。

風と涙で視界が奪われる。何とか目を開け下を見るとすぐそこまで地表がやってきていた。見渡す限りあるのはコンクリートで舗装された道路に建物、後は緑色の謎の機械だけでクッションが置かれているようにはとてもじゃないが見えなかった。このまま落ちれば地面とごっつんこ、待つのは死のみである。

 

 

『標的ハッケン』

 

『排除スル』

 

 

追い打ちと言わんばかりに地表にいた緑色の機械―――仮想敵の銃口が落下する乙骨に向けられる。身動きのとることの出来ない乙骨には最早成す術は無い。

地面にぶつかり血肉をぶちまけるのが先か、銃弾ないし攻撃を受けるのが先かの2つに1つ。乙骨は向けられた銃口とすぐそこに迫る地面を前にして死を覚悟した。

 

 

 

 

 

だが乙骨が目を閉じようとしたその時、雲一つない晴天の空の下で乙骨の身体は巨大な影に包まれた。

 

 

 

『ゆゔだををぉぉぉぉをををを……いぃじめる゙な゙ぁっ!!』

 

 

 

怨嗟が声となり響く。

乙骨に取り着いた強大で凶暴なる異形。2m近い巨躯に鋭い爪と無数の牙を持った白き鬼の片方の手は獰猛にも仮想敵の身体を容易く引き裂き、もう片方の手は愛する人に傷一つ付けないよう優しくその場に降ろした。

乙骨には取れなかった第三の選択肢を仮想敵が用意してくれた。正に九死に一生を得た状況だった。

数分ぶりに五体満足の状態で地に足を下ろせたことに乙骨はそっと胸をなでおろした。

 

 

「た、助かったぁ……。ありがとう里香ちゃ……」

 

『つぶれろ……! つぶれろ゙ぉっ!!』

 

「あぁ……」

 

 

 

安堵していた乙骨の表情がその光景を前に固まる。

白き異形―――もとい里香が暴れている周りには先ほど乙骨を狙っていた仮想敵2体の他に多くの残骸が散乱していた。内2機は上下左右に4分割され程度で辛うじて『仮想敵だった」ということがわかるものの、周囲に落ちている残骸にはその影すら見ることは出来ない。里香と乙骨の存在に気付き近づいてくる仮想敵を里香はなぎ倒していく。

その動きで地は軽く揺れ、残骸の山はまた増えていく。その量を見るに里香が壊した敵の数は両手で数えられる量を軽く超えていた。

 

 

 

「里香ちゃん! もうそれくらいでいいから……」

 

『憂太と里香の邪魔をぉぉぉぉ……する゙な゙ぁっ!!』

 

 

 

里香は乙骨の言葉など聞く耳を持たないかというように破壊の限りを尽くす。

いやこれは聞く耳を持たないというより、完全に『聞こえていない』。そう表現するのが正しいかもしれない。

周辺に散らばっていた仮想敵の残骸は更に刻まれ、果敢にも乙骨らに向かってきていた仮想敵の影は視界の内に無い。遠くの方で機械音は聞こえるがスクラップが山のように詰まれるこの通りに立つのは乙骨一人になっていた。

 

 

 

「五条さんは『緑色の機械を倒せばいい』って言ってたけど……これでいいのかな」

 

 

 

暴れまわる里香を何とかなだめつつ、乙骨は足元に散らばる鉄くずを拾い上げる。

落下する際の歪む視界の中には緑色の機械の他に学生と思わしき人たちが何人も仮想敵と戦闘を行っていた。

ここが雄英高校で間違いないのなら今この時点で行われているのは超高倍率と名高い雄英入学試験、そこに乙骨は文字通り飛び入り参加をしたのだ。

 

問題はその試験がどういった形式で行われているかだ。今行われている試験がどのような形態で、何科のものなのかすら乙骨は知らなかった。

 

 

「少しでも説明してくれてたらなぁ……」

 

 

少なくともそれくらいの時間はあったよな……なんて乙骨は自身をこの場に放り投げた張本人を思い浮かべながらうなだれる。

仮にも試験なら説明くらいするのが道理だろうが……あの性格からしてそんなことを期待するのは無駄なのかもしれない。

フッと乙骨は自然と笑みをこぼす。気づけな里香の姿は消えていて通りには静けさが戻っていた。

そんな通りの中金属片の山が崩れるその音の方に乙骨が目を向ける。如何にも学校指定というようなジャージを着た少年少女2人が通りに差し掛かり、辺りに散らばった金属片を眺めていた。

 

 

「こっち側の敵は……って何だこりゃあ……」

 

「これって敵の残骸……よね。それも道一杯にあるし、ここはもう品切れかしら」

 

 

 

 

「他の受験生……だよね。試験中にあれだけどルールくらいは聞いとかないと……」

 

 

何しろ制限時間なども知らないのだ。いくら何でも時間が無制限だということはないだろう。

この後の動きを考えるためにも乙骨は話し合う二人の下へ駆けていく。すると乙骨が声を掛けるよりも先に話していたうちの一人、少女の方が乙骨の存在に気付き声を掛けてきた。

 

 

 

「ねぇ貴方、ここで何かあったか知ってる?」

 

「え? ここで何がって……」

 

『――――――誰?』

 

 

突然乙骨の背後に里香が現れる。白いその手には先ほどまで無かった破片とオイルのようなものが付いていて更に敵を倒してきたことを示している。そのせいなのか里香の姿は普段よりも更に負のオーラを感じさせた。

白き里香の身体には目は現れていない。けれど乙骨には里香が目の前の少女をひどく睨みつけているように見えた。

 

 

『お前も邪魔するなら……』

 

 

「ごめんなさぁぁぁぁい!!」

 

 

 

――――――まずい。そう直感した乙骨は少年らから逃げるように全速力で走る。

里香がこちらへと近づいてきた者たちを辺りに散乱するものと同様にスクラップにする光景が想像できたからだ。

里香の身体は乙骨の身体に引っ張られ少年らを串刺しにせんとする爪は身体にすれすれのところの空を切り、そのまま路地裏へと逃げる乙骨の身体に引きずられるように少年らの前から姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

電気もつかない薄暗い廃屋の中、乙骨は小さく息を切らし座り込む。窓から入ってくる日の光が心地よいその建物は若干埃っぽいものの仮想敵が入れるほどの高さは無く、当然他の受験生が入ってくることも無い。ひんやりとした壁と床が火照った乙骨の身体をじんわりと冷やしていく。

 

 

「はぁ……危なかったぁ……」

 

 

あと少しで彼らもあの機械みたいに……

 

 

先ほどの光景を思い出しそっと胸をなでおろす。里香は乙骨の意思に関わらず乙骨の周囲に顕現し、乙骨に危害を当たえんとするモノに牙を向いたり向かなかったり。乙骨に出来るのは自らがその場から脱することで乙骨の傍に現れる里香を対象から引き離すことだけだった。そんなじゃじゃ馬な乙女も今は姿を消していて一層の静けさが乙骨の周りを包み込んでいた。

 

 

「たまたま落ちた場所に他の受験生がいなくて良かったけど……もしあそこに最初から人がいたら……」

 

 

そんなもしもを考え乙骨は身体を震わせる。もしあの場に人がいたならば地面に散らばるのは金属片とオイル、そして人の血肉だったのかもしれない。そんな光景を思わず想像してしまい顔を青くさせると同時に乙骨は五条のある一言をふと思い出した。

 

 

 

 『――――――あー大丈夫大丈夫、ちゃんと狙って投げるから』

 

 

 

「狙って……ってまさかそういうことだったのかな……」

 

「うふ、ふ…ふふふふ……」

 

「里香ちゃん? 何笑って……ひぃっ⁉」

 

 

気味の悪い笑い声の方を見た乙骨は驚きのあまり飛び上がる。

そこにいたのは頭から血を流しその血で顔を赤く染めた小柄な何か。人のようにも豚のようにも見えるそれはただ静かに不気味な笑いをこちらに向けていた。

 

 

「ふふふふふふふ……」

 

「き、君は一体……」

 

 

へっぴり腰で笑い続けるそれと距離を取っている乙骨を突然の轟音が襲う。

静寂を破るような爆発音が鳴り響き、その爆発とほぼ同時に建物にわずかな光を与えていた窓は一斉に割れていく。窓から見えていた綺麗な都市の風景は一瞬にして土砂で埋め尽くされた。

 

 

「一体何が――――――」

 

 

これまでの敵とは比べ物にならないほど大きな駆動音が通りに響き、並び立つ建物よりも大きな影が日光を閉ざす。先ほどまで横にいた存在と入れ替わるかのように建物の外、乙骨と建物何件かを隔てたその場所に巨大な何かが現れた。

 

砂ぼこりでぼやかしているその姿は巨大な仮想敵そのもの。武装から何まで先ほど遭遇したそれと同じ。けれどどこか異様さ、違和感のようなものを感じさせていた。




呪術0の小説買ったんですけど……良いですねこれ。
小説自体買うのが久しぶりだったんですけど地の文たっぷり、小説の表現も自分じゃ思いつかないようなものばかりで小説書くようになる前と比べて小説を読む楽しみが倍増したように感じます。

というわけでそのうち1、2話くらいはテコ入れするかもしれません。
皆も呪術0の小説……買おう!


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第4話 雄英入試その②

ちょい急ぎで投稿したので色々変えるとこあるかもです。


薄暗い部屋の中を浮か上がる幾つもの映像がぼんやりと照らす。まるで映画館のようなその部屋で映し出されるのは学生らが機械相手に個性を放ち倒していく様子。その様子を多様な形姿をした者らが眺め、適宜手元の紙に書き込みを加えていく。そこが雄英高校関係者が試験の様子を監視する場であり、その監督室が試験に新たな動きを与えようとしていた。

 

 

 

「各会場のハッチ及び設備の機動を確認」

 

「0P敵行動を開始しました!」

 

「よし。あとは受験生に回復困難な怪我を負わせないよう注意していれくれたまえ」

 

「「了解しました校長!」」

 

 

 

校長と呼ばれた者は元気のよい返事に頷くと椅子を離れ、予め部屋に持ってきていたポットから緑茶をおかわりする。着こなされたスーツに白い()()()。少々小柄で二足歩行のネズミという点を除けばごく一般的な校長だった。

 

 

「ズズ……うーん、あたたかい緑茶は染みるねぇ。君もどうだい、相澤先生」

 

「いえ、俺は特に……」

 

「まぁまぁそう言わずに」

 

 

校長と呼ばれた男は一服すると近くに座っていた相澤にも緑茶を入れたカップを差し出す。相澤は気が乗らなそうにしつつも軽く会釈をし渡された緑茶を少し口へと運んだ。

 

 

「どうだい、少しは気が落ち着いただろう」

 

「……そう見えましたか」

 

「教師たちのことは何でもお見通しさ! まぁそんな君が気に病むことと言えば……彼だろう?」

 

 

校長の言葉に相澤はため息を吐きながらも深くうなずいた。

 

 

「あの人は自分勝手がすぎる。今日だって学生を一人試験に飛び入り参加させてますし……」

 

「それが五条君だからね……アイデンティティみたいなものだと思えばいいさ。それに何かしら考えがあって毎度事を起こすからね、今回もきっとそうだろうさ」

 

 

 

 

 

 

 

「ヘっぶし‼ ……誰かが僕の噂してるなぁ。憂太は見えなくなっちゃったけど……お、あの子は良いねぇ」

 

 

 

一方噂の男は試験会場を囲む外壁に降り立ち一人優雅に試験の様子を眺めていた。

片手に持つは最高級の緑茶、もう片方の手にはひんやりとした甘さの仙台名物『喜久福』。どちらも五条悟御用達、大正9年創業という歴史を持つ茶屋『喜久水庵』で購入したものだ。

それらを口にして顔を綻ばせ、試験の様子を楽しむ。その様は正にスポーツ観戦客のそれだった。

 

 

「試験開始から20分……そろそろ何か動きがある筈だけど―――」

 

 

その言葉に合わせるように爆発音が響き渡る。音の方に五条が目をやると建物を隠すほどに浮かび上がる砂煙にそれを優に超える黒みがかった緑の巨体が現れていた。

 

 

「0P敵の登場か。なら、奴もそろそろ動き始めるだろう」

 

 

五条は唇についた喜久福を拭い立ち上がる。軽く伸びをした後右手人差し指と中指を立て顔の前に構えた。

 

 

 

「――――――闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊祓え」

 

 

 

五条がそう告げると先ほどまで晴天だった空に一点の陰りが出来る。まるで澄み切った水に墨汁を一滴たらしたかのようなそれは空に広がりカーテンの如く陽をも遮っていく。その夜とも見間違えそうな暗闇は乙骨のいる試験会場の上空一杯を覆うと拡張を止め、今度は壁を覆おうと地へ向かい垂れていく。四方八方を包む暗闇は檻のようにも見えた。

 

 

「さーてと、見せてもらうよ憂太。君にかかった呪いを……ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何がどうなってるんだ……」

 

 

建物を出た乙骨は思わず自らの目を疑う。

空はまるで月明りを失った夜のように暗く、砂煙が立つ中で街灯がぼんやりと道を照らしている。そして通りを挟んでも尚見える暗闇の中にそびえ立つ巨大仮想敵。地球の上に広がる空間とは思えない、異界がそこにはあった。

 

目の前の光景が信じられないというように乙骨は何度も目を擦る。けれど目の前の光景には何も変わりはない。目の前に広がるのは紛れもない現実だった。

 

 

「あのデカいのも試験のやつ……なのかな。流石雄英高校……っていうより五条さんがちゃんと説明してくれてたらこんなに驚くこともなかったんだ。あの人って実は結構……」

 

「キャアアアアアアアアッ⁉」

 

「⁉」

 

 

ブツブツと続く悪態つきを止めるかのように突然の悲鳴が響き、乙骨の肩がビクリと跳ねる。

その悲鳴も一つではない。最初の悲鳴に続くようにまた一つ、また一つと乙骨のいる場所まで届いてくる。

何かを恐れ漏れたその悲鳴はT字路を越え建物を挟んだ通りの先―――巨大な敵がいる場所から聞こえたものだと乙骨にはすぐわかった。

 

 

「何なんだよ本当に……」

 

 

黒い帳の降りた静寂の中、響く悲鳴と巨大敵の影。その全てが混じり合い乙骨の身体を小さく震わせる。

あの悲鳴は間違いなく受け入れられない恐怖を目の前にした時のモノ。乙骨は震えながらもそう確信する。

 

 

「同じだ……あの時と」

 

 

暗闇の中何かが崩れる音と混じり届いてくる悲鳴。それと同じ悲鳴、そしてその悲鳴を耳にした時の光景は今も乙骨の頭蓋にこびりついている。

 

 

 

 

『キャアアアアアアアアアア⁉』

 

『おい、早く救急車を!』

 

『馬鹿野郎! もう生きてるわけが無ェだろ! 頭潰れてるんだぞ!』

 

 

 

 

『……里香ちゃん?』

 

 

 

特別綺麗なわけでもない夕焼けに別に何か特別な予定があるわけでもない只の日常。

それを引き裂くかのような悲鳴、そして溢れるように流れ出る鮮血。

今でも夢で見続けるその光景を乙骨は今思い出していた。

 

 

 

「あああああああああ!」

 

「助けてくれェェェェェェ!!」

 

 

 

以前悲鳴は続き、建物は目に見えるように崩れ砂煙が昇っていく。何かが起きているのは明らかだ。

当然自分が行ったところで何かできるわけでもない。試験の範疇であれば問題がある筈もない。

 

 

……でもそうでなかったら? 

 

 

その考えが頭に上る頃には乙骨の身体は悲鳴の下へと駆け出していた。

道路の灯りにぼんやりと照らされる暗い道をただひたすらに駆けていく。先ほどまでうるさかった敵の声も今は聞こえない。そのことが却って恐怖心を煽ってくる。

どこからが想定内でそこからが想定外なのか。或いは全て想定外、何なら全て想定内の出来事かもしれない。

何たってここは天下の雄英だ。その校風は『自由』とどこがで聞いた覚えがある。謎の生き物も悲鳴含めて全部演出って可能性も大いにある。

 

 

「もうわけわかんないよ!」

 

 

試験の説明を約1秒で済まされたことを嘆きながらも乙骨は瓦礫を超え、仮想敵の亡骸を越えて走る。

地面が隆起したり建物が倒壊した影響で道は災害の後のような惨状で人の通れる道ではもはやない。

けれど乙骨は足を止めることなく進み続け多少遠回りをしつつも何とかその通りに繋がる道へとたどり着いた。

瓦礫の無い道路へと叫びと共に逃げ去っていく人々の姿を見て上がる息を整え現場へと足を速める。やがて乙骨はその通りへと入る角へと差し掛かった。

 

 

「あれは……」

 

 

道に転がる障害物を越えて辿り着いた先にあったのはある者は叫び、ある者は地に這い助けを請う惨状。そんな彼らの後ろにはそんな惨状を作り出した巨大な仮想敵の姿があった。

その姿は帳のせいか緑というよりも黒に近く、巨体に突き刺さった電灯の灯りは仮想敵の頭部をうっすらと照らしている。辺りの暗さも相まって点滅する灯りに照らされるそれはひどく不気味に見えた。

乙骨がその通りに入ると同時にそれまで鎮座していた仮想敵は再び音を立て動き出した。

 

 

「まずい……動き始めるっ……」

 

『ケ、ケケケケケケケ!』

 

 

背を向け逃げ惑う者たちを嘲笑うかのように仮想敵は奇怪な音声と共に巨腕を乱暴に振り回す。道幅狭しと動かされるその巨腕は並び立つ建物をビスケットかのように砕き、砕けたその破片は雪崩のように受験生らの立つ地へと降り注いだ。

 

 

 

「にっ……逃げろォォォォ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

 

 

 

瓦礫が降り注ぐ道を悲鳴と共に受験生らは逃げ出していく。道路に辛うじて立っている電灯は配線が切れたためか僅かな光も発しない。空に広がる暗闇とその下で背後の怪物が作り出す大きな影から抜け出そうと影の外に零れるわずかな光を求め一心不乱に駆けていく。

 

 

「クソッ、足元にも気を付けなくちゃいけねぇ……って押すんじゃねぇよ!」

 

「仕方ないだろ!? チンタラしてたら危ねェんだよ! 前の奴らもっと早く進めよ!」

 

「や、やめて……いたっ⁉」

 

 

 

足元も覚束ず明かりも無い場で走れば当然躓く者も現れる。そして運が悪ければその場から身動きが取れなくもなる。

多くの生徒が我先にと逃げ出すそんな場では差し伸べられる手も無い。多くの生徒が逃げ出すさなか、一人の少女が地に這う姿が乙骨にははっきり見えた。

 

 

そしてその少女を下衆な目つきで眺める異様な生き物が仮想敵の中から顔を見せるのもはっきりと。

それは乙骨が先ほど建物の中で見た生き物だった。

 

 

『うふ、うフふふふふふふフふふふふふ!! かわいい、ネ! カワイイ、ね!』

 

「ひっ……」

 

『うふ、ふふ、ふ……ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!』

 

 

 

金切り声のような奇声を発しながら仮想敵の拳が少女へと振り下ろす。その光景を遠目で見つめる者らの悲鳴が響き渡る。

あと数秒もしない内に暗闇を鮮血が飛び散るだろう。自分にはきっと何も出来ない。

出来るのはただこうして見つめるだけだ。

 

 

(ここまで来たけど……僕にはどうしようもないんだ! 何もできない! 人だって救えるはずがないんだ!)

 

 

自分に言い聞かせるように心の中でひたすらに叫ぶ。皆も逃げてるんだから自分だってしょうがないんだとひたすら言い訳を続けた。

けれど目は決して背けなかった。背けてはいけない気がした。可愛らしかった彼女の顔が地に染まる、あの日の光景と重なったから。

 

 

『がんばれ……憂太』

 

 

何処からかそんな声が、彼女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

乙骨は地を蹴り少女の下へと全速力で駆けだす。

身体が異様に軽く視界は歪むがそんなことは厭わない。ただひたすらに足を速め、彼女の手を掴むことに注意を注ぐ。

 

 

今乙骨の中にはあの惨劇を二度と起こさない為……とか、

あの日彼女を守れなかった者として……とか。

そんな考えは無かった。ただあったのは助けたいという純粋な想いだった。

 

 

 

『? ケケケ?』

 

「助けて……」

 

『……けけけっけけけけけっけけけケケケ!!』

 

 

 

乙骨の登場に仮想敵は一瞬振り下ろそうとしていた手を止めるもすぐさま動き出し再度拳を少女へと振りかざす。

少女を挟む地面と仮想敵の拳の間はもうわずかしかなかった。それでも乙骨は足を止めずに走り続ける。

 

 

「ッ……手を伸ばして!」

 

 

拳が少女へと叩きつけられるよりも先に乙骨がその下へと滑り込む。正にコンマ数秒の世界だったが乙骨の差し伸べた手を少女は何とか掴むとそのまあ瓦礫の上を転がるように進み身体を覆っていた黒い影から抜け出した。その直後に立っていられないほどの振動と轟音が鳴り響く。背後を見ると瓦礫は砕け、セメントで固められていた道路にはヒビが走っていた。

 

 

「はぁ……はぁ……大丈夫?」

 

「う、うん! ありがとう! 本当にありがとう!」

 

「そんな抱きつくほど……じゃ……」

 

 

突然体から力が抜け、視界が真っ白になる。音も消え匂いもしない、無の世界にでも突っ込まれたかのような感覚を味わう。これまでの動きの反動だ。

何か普通ではない力をためか乙骨の身体にはガタが来ていた。

 

 

「大丈夫⁉」

 

「ッ……!! だいじょう、ぶ」

 

 

ふらつき今にも倒れそうな身体を片膝を地面へ打ち付け意識を何とか保つ。

身体は軋み視界はずっと回り続け、膝を付いてなければしばらく起き上がれない。加えて腹からこみ上げてくる気持ち悪さの三重苦に耐えていた。

 

 

 

「ここは危ない、から……早く逃げて」

 

『ふ、ふフふフフぐフぐフふフふふふ…!!』

 

 

少女は乙骨の身を案じながらも脱兎の如くその場を後にする。薄情と思えるかもしれないがそれも今の仮想敵を見れば至極当然だった。

仮想敵の動きは最早機械のそれではない。身体をねじらせ、自らの装甲を破壊していき火花が散る。機械でありながら狂っているその様はまるで怒りに悶える人のようでもあり、同時に何かを恐れた獣のようでもあった。

 

 

『ウガッ……ガガガガァ!!』

 

 

 

仮想敵はまたも奇声を放ち乙骨へと飛びかかる。

その動きには先ほどまでの余裕はなく、飛びかかる姿は鉄の身体を持った獣そのもの。乙骨に振りかざすその拳は先ほど少女にぶつけようとしていた拳の何倍も速い。

対する乙骨はもう一歩たりとも動けなかった。

 

 

「ごめん里香ちゃん。 僕もそっちに行くかも」

 

 

乙骨は首に掛けた指輪を掴む。それは意図して行ったことではなかっただろう。死を覚悟して取った無意識かつ意味を持たない行動。

仮想敵の動きは止まらず、周囲にも止める術を持つ者はいない。最早打つ手はない。

仮想敵の拳が乙骨の身体を打ち砕かんとしたその時、最後のきらめきのように掴んだ指輪がわずかな光を放った。

 

同時に肩をポンと叩かれたようにも乙骨は感じていた。

 

 

 

 

『ゆゔだををぉぉぉぉをををを……いぃじめる゙な゙ぁっ!!』

 

 

 

 

 

 

――――――〇月〇日 雄英高校ヒーロー科入学試験

          

          黒い結界の中で敵と思しき存在が受験生らを襲う。

        幸い重傷者の数は0、軽傷者数名で事なきを得た。

          

 

           なお被害者らの証言によると敵は試験用の仮想敵を奪った者以外にもう一体いた模様。

           仮想敵にも引けを取らない背丈に鋭い牙と爪を持った化け物だと複数人から確認できたが証拠となる映像が得られなかったため

           真偽は不明。該当する個性持ちはおらず、敵がいたことを示す証拠が証言以外になかったため表向きは幻影による物だと結論付けた。尚外部メディアへの露見が無かったため本事件は非公開とする。




今月は忙しく更新できないかもなのでそこそこ長めに書きました。
伸びれば続く、伸びなきゃわからんので気長に待っててください。


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第5話 不安と門出

少し時間が出来たので。
読みにくかったら申し訳ない。


試験から時間は流れたとある日のこと。

広大な敷地と設備を誇る雄英高校、その一角にある薄暗い部屋に教員らは皆集まっていた。

 

 

 

「……」

 

「B会場の彼、中々いい動きするわね」

 

「ええ。しかしスタミナ切れか後半の動きは少ないです。惜しい子だ」

 

 

そこでは各々紙とペンを持ち、画面に映し出される受験生らの様子を眺めている。

学生一人一人の将来が左右される採点において誰もが真剣な表情で作業に取り組むその部屋の雰囲気はかなり重苦しいものだった。

 

 

「……A会場の方、終わりました」

 

「ご苦労様。そしたら次は例の会場の方を他の先生方と――――誰か来たみたいだね」

 

 

根津が相澤に指示を下そうとしたところでチャイムの音が部屋に響く。

その音はこの部屋の前に入室許可を得ていない訪問者がいることを示す呼び鈴だった。

 

 

「俺が出てきます。指示はその後改めて」

 

「助かるよ、よろしく頼むね」

 

 

 

校長に軽く会釈をし相澤は呼び鈴の鳴る扉の前に立つ。

採点中にこの部屋に人が来る予定はない。けれど警報も無くこの部屋にたどり着き呼び鈴を鳴らせている以上雄英高校関係者であるのは間違いない。

百%安全でかつ気の許せる相手の筈なのである。けれど相澤の手は開錠ボタンに触れることを躊躇う。

 

 

(この先にいる人物は何か、とても面倒くさい奴な気がする……)

 

 

相澤の直感がそう囁く。味方であるものの外道、そんな奴がこの扉を隔てた先にいると。

かと言って開けないわけにもいかないので相澤は直感が外れてくれることを願い扉を開ける。

扉を開けた先には雰囲気の破壊者(ブレイカー)ともいえる男がアホ面かまして立っていた。 

 

 

「おっ疲れさまで~す! 五条悟、出張から帰ってまいりましたー!」

 

「五条サン……」

 

 

相澤は目の前の男の登場に大きくため息を吐く。

直感通り、案の定の結果である。

 

 

「や、ひさしぶり! 元気してた?」

 

「……おかげさまで元気ですよ」

 

「? ま、いいや。それより悪いね、校舎の空部屋借りちゃって。おかげさまで憂太もぐっすりさ」

 

「いえ別に俺は何もしてません。リカバリーガールの指示の通り動いただけですから」

 

「不愛想だねー全く。……それでどうだった? 乙骨憂太、中々の逸材じゃない?」

 

 

五条はビシリと両手の人差し指で相澤を指さす。

ニヤけた面を見せる五条に相澤は顔を綻ばせることなく話を続ける。

 

 

「逸材かどうかもこっちはわかりませんよ。試験場囲ったあの黒いやつ、五条さんが出したんでしょう?」

 

「あ、うん。カッコイイでしょ!」

 

「……あれが出たタイミングでその乙骨がいる試験場の映像全部途切れたんです。おかげで採点の方、難航してますよ」

 

「マジ? いやーごめんごめん、本当に悪気はなかったんだー意図したことではなかったんだー」

 

「……アンタって人は……」

 

「はいはいそこまで」

 

 

あからさまなほら吹き顔を見せる五条とそれに静かに苛立つ相澤の間に根津が割って入る。

相澤の様子を見て意地悪く笑う五条とは相反して正に大人な対応である。

 

 

「これはこれは校長先生。今日も紅茶、キメてますね?」

 

「この時期はいつも忙しいのでね、紅茶は欠かせないのサ」

 

「あ、試験の様子撮っといたんでデータ送っときまーす。多分全員分」

 

「……あるんだったら早く送ってくださいよ」

 

「メンゴメンゴ、色々と事情があったんだよ。それより校長、最近の雄英どうです?」

 

「至って平和だよ。生徒たちの成長も目まぐるしいし、どの科の生徒も充実した時間を過ごせていると思うのサ」

 

 

根津はにこやかな顔を見せながら手に持つティーカップを口へと運ぶ。

少し口に含み紅茶の香りを、味を楽しみティーカップを顔から離した根津の表情は打って変わって真剣なものになっていた。

 

 

「さて、君と世間話に花を咲かせるのも悪くはないのだけど……それはまたの機会にしようか」

 

「ええ、僕も世間話をしにここに来たわけじゃないんで」

 

「そうかい、ならここで話すのもアレだから会議室に行こうか。相澤君も一緒に来てくれたまえ」

 

 

校長の言葉に相澤は頷くと3人はそのまま観測室を後にし、会議室へと場所を移す。

一般的な電灯・デスクが備え付けられたその部屋で3人は椅子に着くと根津が話を始めた。

 

 

「じゃあまず何故帳を下ろしたのか聞かせてもらおうか。僕の記憶が正しければあれは敵を閉じ込める結界だと認識しているのだけど、実のところどうなのかな?」

 

「あーあれね、帳を下ろしたのには色々理由があるけど結論から言うと……いたよ敵」

 

「敵が⁉ あの日雄英高校内にいたんですか⁉」

 

「うおっと凄い反応⁉ どうどう……落ち着きなよ相澤君。話はまだ途中だから」

 

「……すみません」

 

 

珍しく慌てた様子を見せる相澤に五条は驚きつつ彼をなだめ、相澤が再び席に着いたところで話を再開する。

 

 

「正直な話居たのに気づいたのは試験後憂太を拾いにいった時だ。まぁ来るだろうとは思ってたけどね」

 

「来るってわかってたなら何で予め連絡をしなかったんですか?」

 

「確証が無かったからさ。言うならばただの勘よ、勘」

 

「勘……ですか」

 

「そ、確証もナシに入試を中止にするわけにもいかんでしょ。公安のジジイ共も中止は絶対避けろってうるさかったし」

 

 

五条はやれやれと首を横に振る。

雄英高校は国内にあるヒーロー養成校としても1,2を争うほどの知名度と実績を兼ね備えていて、それに見合った設備とヒーローも在中している。雄英は言わば未来のヒーローが生まれる場であり、敵から畏怖される場でなければならないとするのが政府の考えである。そんな場所が

 

  敵くるかもしれないから試験は中止するぞ~

 

なんて言えば敵への効力はもう期待できない。いくら名の売れたヒーローが都心にいるからとはいえ痺れを切らした敵が世に解き放たれれば被害は免れないだろう。雄英は世の平和の為に強固な姿勢を見せ続けることが求められているのである。

 

 

「その為にあの結界……帳ってのを張ったんですね」

 

「正確には親玉とかやばい奴らが来ることを防ぐために帳を下ろしたんだけど……ま、大体そんなとこだよ」

 

「なるほどね。何故君が帳を下ろしたのかは納得がいったよ。けど帳が下りていたのになんで敵が中にいたんだい?」

 

「最初から試験場内に潜伏していたってことでしょうか」

 

「いや、その線は薄いだろうね。試験中に()()感じそれっぽいのもいなかったし」

 

 

五条は首を横に振り考えを否定する。

少なくとも乙骨を連れて空に居た時には試験場内に敵と思しき存在を宝石のようなその目が捉えることはなかった。

 

 

「じゃあ何で帳の中に……」

 

「恐らくだけど敵の個性が『透過』とかそこらだったんだろう。『透過』で帳を抜け、0P敵を奪ったんじゃないかな。見てないからわからないけど」

 

「0P敵には整備用のコクピットがある……そこを利用されたかもしれないね。それよりも事件の方の処理はどうしたんだい? 警察の方からは何も連絡が来てないけど」

 

「この件は公安の方が処理したから問題無いですよ。事が事だからね、この件は未公開事件になる。ただ後々警戒態勢について軽ーく指導が入るかも」

 

「了解した。敵の件は解決として……他に何か君が気になる点はあるかな?」

 

 

根津の言葉に五条は一瞬考えこむも、顔を上げ告げる。

 

 

「気になる点が一つだけ。今回の事件だけど計画的な犯行の可能性があるんだ」

 

「計画的犯行か……して何故そう思ったんだい?」

 

「まず相手の個性について。敵の持っていたであろう『透過』は強個性の類だ。警報が作動しないなら銀行強盗だってし放題だし、他にも使いようはあるだろう」

 

「それを入学試験で暴れるために使うのはおかしい……と」

 

「そ。まぁそれだけだったら愉快犯の可能性もあるんだけど……問題は敵の身柄は拘束できなかったことだ」

 

「拘束できなかった? 敵を逃がしたってことですか?」

 

「憂太が大型仮想敵を倒した後、ほんの一瞬だけど薄気味悪い姿をした敵が仮想敵から這いずるように出てきたのを見たんだ。憂太の方もやばかったからすぐに敵を拘束しようとしたんだけど一瞬でそっからいなくなっちゃった」

 

 

五条は握っていた拳を開きながらそう告げる。

まるで蒸発するような、消えるような感じだったと五条は付け加える。

 

 

「敵が消えた……その様子君にはどう()()()?」

 

「一瞬だったんで全部視れたわけじゃないです。けど少なくとも個性が関わってた。何らかの個性の影響で姿を消したのは間違いないですね」

 

「一瞬でそこまで……相変わらず五条さんは腕だけ「は」良いですね」

 

「腕だけ「は」って何よ! グッドルッキングガイ五条悟は腕も良いし優しいし、気が利く上に()()良いんだよ!?」

 

 

五条は子どもみたいに頬を膨らませて拗ねるも、一瞬で表情を戻し話を続ける。

 

 

「それに試験の時、雄英高校周辺にはハウンドドッグもいたでしょ? 機械系の機器は『透過』で誤魔化せても彼の鼻を誤魔化すことは出来ないはずだ。となると……」

 

「第三者の関与の可能性がある……ですね?」

 

「正っ解! なんなら裏にデカい奴がいる可能性もある」

 

「それ含めて計画的犯行の可能性があるってわけですか。ヒーロー飽和時代とは言え確かに可能性が低い話じゃない」

 

「でしょ? だから警戒態勢の強化も視野に入れた方が良いと僕は思ってる。取り越し苦労になるかもだけどさ」

 

「思い過ごしになるのが一番サ。採点終了後は警察と相談しつつ警戒態勢も見直していこう」

 

「流っ石校長! 生徒想いのイケメン……いやイケネヅミ!」

 

「僕は誰よりも生徒を愛するからね、これくらい当然さ。そう言う五条君もまさにGT(グレイトティーチャー)だね!」

 

 

「「はっはははははははははははははははははは!」」

 

 

(もう帰っていいかな)

 

 

五条と根津の笑い声が会議室中に響き渡る。

その声は部屋から漏れ廊下にも届いて事務作業をいていた職員らに恐怖を植え付けたとか、そうでもないとか。

そうして採点に追われてた日々も過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に時は進み、桜舞う頃。

自然あふれる中にポツンと立つ建物の中は朝から賑やかだった。

 

 

「ささ、早く着替えちゃって! 新しい制服だよーん!」

 

「わわ! 自分で着替えられますってぇぇぇぇl!」

 

 

試験終了から7日後には乙骨は目を覚ましており、現在体調は万全。

公安に拘束されていた時よりも前向きになったのか性格もやや明るく、やせ細っていた肉体には同年代と比較して程よい筋肉がついていた。

そんな彼が五条の手を振りほどき身に着けたのは雄英高校の制服。

ボタン一つ止めの白い学ランに黒いズボン。一般的な制服と比べるとかなり異色な色合いだった。

 

 

「これが新しい制服……雄英高校の制服ってこんなんでしたっけ……」

 

「そんなもんさ……うん、よく似合ってるよ。 それじゃあ僕は出かけるから行先はさっき渡した紙を見るように!」

 

「え、あ、ちょっと!」

 

 

 

乙骨が声を掛けるよりもスピーディーに五条は部屋を後にする。

先ほどまで賑やかだった部屋もがらんとし、部屋には一人乙骨がポツンと立っていた。

 

 

「はぁ、やっぱり五条さんって結構自分勝手な人だよなぁ……仕方ない、僕も出かけよう」

 

 

乙骨はため息を吐きつつも身支度を整え、部屋を後にする。今日はいよいよ雄英高校の入学式だ。

廊下の窓からは日が差し込み、小鳥のさえずりが新たな門出を祝福してくれているようだ。新調した靴を履き下駄箱へと向かう。

 

 

「……行ってきます」

 

 

誰もいない校舎に出かけることを伝えると五条に渡された紙に従って歩き出す。

目的地は『ここ!』と書かれただけで名称はわからない。けれど進むべき道は地図と周りの自然が教えてくれていた。

 

木々が生い茂る中に作られた緑の道を歩いていく。暖かい風が春を感じさせてくれている。

やがて周りの緑も桜色に、自然の通り道を抜けた先に乙骨が見たのは木々を優に超えてそびえたつ城の如き建造物――――――雄英高校だった。

 

 



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第6話 雄英高校『呪術科』

大分間が空いてしまいました。
反応見て再投稿するか決めようと思います。


「ここが雄英高校……」

 

 

空を穿つかのように聳え立つ雄英高校校舎、そして校舎を守るように囲む壁。人を迎えるように開いている門は同時に威圧感すら感じさせる。それらを前に乙骨は思わず息を呑んだ。

 

 

「え……と、とりあえず中に入らないと」

 

 

周囲には学生はおろか人っ子一人居らず、視界の隅では小鳥たちが戯れている。

時計は持ち合わせていないため時間はわからないが学生が誰もいないこと、五条に渡された紙に『なる早で!』と書かれていることが乙骨に今の状況を知らせていた。

 

正門をくぐり下駄箱を抜けた先の廊下を乙骨は駆ける。先が見えないほど長い廊下にはちらほらと人がいるが乙骨と同じ制服の者は一人としておらず、乙骨の存在はひと際目立っていて不可思議なものを見るかのような視線を乙骨は集めていた。

 

 

(本当にこれ雄英の制服なのかなぁ……)

 

 

自らの装いに疑問を持ちつつも乙骨は今朝五条から渡された紙を取り出す。

『これを見てくれば大丈夫だから!』と言われたものの取り出されたそれはアバウトが過ぎて雄英高校のどこを目的地としているか最早読み取ることが困難なレベルのものだった。

 

 

「こっちの方……で良いんだよな? 詳しい教室とか書かれてないしどの教室に入ったら……うわぁ⁉」

 

「わぁっ⁉」

 

 

突然鈍い衝撃が身体に生じ、前へと向かっていた身体が尻もちを着く。視界が明滅をする中何が起きたのか確認しようと前を見ると乙骨よりもやや背の低い緑髪の少年が同じように尻もちを着き床に座っていた。

 

 

「いてて……」

 

「っつぅ……ごめんなさい! 怪我とか大丈夫ですか⁉ 本当にごめんなさい、僕前見てなくて……その……」

 

 

乙骨は謝罪の言葉を述べながらもじりじりと少年から遠ざかっていく。何かに気を取られて人にぶつかってしまうようなことはこれまでもよくあった。そうじてそれは相手の怒りを買い、トラブルになり乙骨に拳が向けられる。運が悪ければそこで里香が顕現する。そんなことがよくあったのだ。

 

もう誰も傷つけたくない……

そう思い自らの命すら断とうとした乙骨にとってこの状況は心臓を直に握られる程の恐怖と寒気を呼び起こすものだった。

 

少し、また少し。乙骨が後退りしていく。

しかし少年の顔が僅かに見えたその時、逃げ出そうとする乙骨の動きはピタリと止まった。

 

 

「は、はい。僕は大丈夫です。あなたの方こそ大丈夫ですか?」

 

 

緑髪の少年はぶつかった場所をさすりながらもすっと立ち上がり乙骨に手を差し伸べる。十中八九乙骨がぶつかったにもかかわらず少年の表情には怒りの欠片すらなかった。

 

 

「え……ええ。僕も大丈夫です。一年の教室に向かってたんですが迷ってしまって……」

 

「僕も新入生です! 雄英って白い制服もあるんだ……あ、折角だし1年の校舎まで一緒に行きませんか?」

 

「……いいんですか?」

 

「勿論です! あんまり余裕もないですし早いとこ向かいましょう!」

 

 

乙骨は頷くと二人は目的の校舎へ向かうため廊下を駆けていく。

乙骨は走りながらも隣の少年の顔をチラリと見る。そこには希望に溢れた笑みが浮かんでいた。その表情は乙骨にとって眩しく輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の名前は緑谷出久。君の名前は?」

 

「乙骨憂太。よろしくね緑谷君」

 

 

 

側方がガラス張りの廊下が二人を陽の光で照らす。そんな中二人は駆けていた。

 

 

 

「こちらこそよろしく乙骨君! 僕はA組なんだけど乙骨君は何組なの?」

 

「えーっと僕はね……「おーい、そろそろ本鈴鳴っちゃうから教室入りなー」

 

 す、すみません……って五条さん⁉」

 

 

乙骨は本能的に掛けられた言葉に対し頭を下げる。

だがその聞き覚えのある声に視線を前に移すと「やぁ」と言った感じで手をひらひらさせる五条の姿がそこにあった。

 

 

 

「さっきぶりだね憂太。友達も早速出来たみたいで何よりだよ」

 

「まだそこで会ったばかりですけ――――――「五条悟⁉ 本物だ!!」

 

 

出久が突然大声を上げ会話に割って入る。 

五条を見つめる彼の眼差しは輝いていた。

 

 

「ヒーローチャートではオールマイトについで2位に位置するもその実力はオールマイトに勝るとも劣らないとも言われるあの五条悟さんですよね!? サイン貰わなくちゃ……!」

 

「おー良い反応だね。憂太もこれぐらい驚いてくれるかな~って思ってたんだけど」

 

「あんまりヒーローのこと詳しくなくて……というよりあの時はそれどころじゃなかったんですから」

 

 

……誰かさんが空から突き落としてくれましたからね……

乙骨はやや恨みが籠った眼差しを五条へと向ける。

 

 

「やだなー、そんな目で見ないでよ憂太。僕は憂太のことを思って色々やってるんだからさ」

 

「……いい加減なこと言ってる気がするなぁ」

 

「それよりも教室入らないと。特にA組の担任は時間に厳しいから即座に席に着くことをお勧めするよ」

 

「なら僕A組だから急がないと……またね乙骨君! 五条さんも今度サインお願いします!」

 

 

 

五条の言葉を受けた緑谷は一目散に駆けていく。勿論走り出す前に乙骨と五条にきちんと挨拶した上でだ。

優しく真面目、乙骨の中の緑谷の第一印象が決まった瞬間だった。

 

 

「真面目だねー彼。七海と気が合いそう……でもないか」

 

「それより五条さん! 僕って何組なんですか?」

 

「憂太もA組だよ。今走って行った彼と同じA組」

 

「な……なら早く言ってくださいよ! 予め教えてくれてたらこんな迷うこともなかったのに……」

 

「言ってなかったっけ? ゴメンゴメン」

 

 

謝辞の意など欠片も込められていない言葉を告げた後、五条は続ける。

 

 

「けど今日は違うから。A組に合流するのは明日……以降かなー」

 

「? 今日は違う……? 明日以降……?」

 

「そ。A組はヒーロー科のクラスで憂太もA組で授業を受けることになる。けど、君の所属は()()()()()()()()()()()。名簿上はA組だけどね」

 

 

五条の言葉を理解出来ないといった具合に首を傾げる乙骨を見て五条は笑いつつ、乙骨の肩に触れる。

次の瞬間視界が、否空間が歪み出し瞬き一つする内に乙骨の周りにあるのはガラス張りの壁でも綺麗に清掃された床の広がる廊下でもなくなった。木製の床に年期の入った壁とただ一つ用意された机、目の前には同じく筆跡を消し切れていない黒板と教卓。そしてそこに五条悟は立っていた。

 

 

「ようこそ。僕が教鞭を取る雄英高校『呪術科』へ」

 

 

「呪術科……?」

 

 

天下の雄英高校の校舎内にあるとは思えないほどの異様な空間、『呪術科』の教室で乙骨憂太の物語が始まろうとしていた。







お気に入りと評価は常に待ってます。モチベなんでね……
後はアンケート。2年組を出すか否か、その配分は的な。
ただ原作2年組全員出すとなると僕のスキル的に無理があるかもなのでアンケートの内容は参考にしようと思います。


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第7話 雄英高校『呪術科』その2

評価着いたと思ったら一瞬で黄色になって大ダメージを受けた今日この頃。
まぁ客観的に見たらそんなもんよね……ってことで更新しました。


「呪術科……ですか?」

 

「そ。ヒーロー科でも普通科でも、ましてや商業科もない。雄英高校『呪術科』さ」

 

 

いまいち状況の掴めていない乙骨に対し五条は再度告げる。ここは呪術科である……と。

その言葉が更に憂太を混乱させる。雄英高校には「ヒーロー科」・「普通科」・「商業科」・「サポート科」の計4つの科が存在するが、「呪術科」などという科が存在するなど一度も耳にしたことがなかったからだ。そもそも『呪術』という名前からしてそれらに並ぶ学科とは乙骨には到底思えなかった。

 

 

(本当かな……また適当なこと言ってたり……)

 

「信じてない……って顔だね憂太。酷ーい先生泣いちゃう……うぅ……」

 

「いえ⁉ ソンナコトハ……って先生?」

 

 

わざとらしく嗚咽の声を挙げる五条の口から洩れたワードに乙骨は思わず聞き返す。

 

 

「あ、言ってなかったっけ。僕呪術科の担任だから」

 

「えっ」

 

「えっ……何か嫌そうな顔してない?」

 

「いっ、いやいや! 嬉しかったんですよ! まさか五条さんが先生だなんて思ってもみなくて!」

 

「そうだよねー! 僕みたいなクールでナイスなガイが先生を務めるだなんて嬉しくなっちゃうよねー!」

 

「勿論です! あは、あはははははは!」

 

(『まさか五条さんが先生じゃないよな……』なんて思ってたなんて言えない……)

 

「よし! じゃあこれからは五条先生でよろしく! 初めに呪術科自体の簡単な説明をしようか」

 

 

上機嫌に鼻歌を歌いながら教卓の上に胡坐をかいた五条はそのまま説明を続けていく。

 

 

「何故聞いたこともないような『呪術科』が雄英高校にはあるのか。その理由は大きくわけて二つある。一つはこの学科自体創設間もないから。もう一つは呪術科の存在は公にされていないからさ」

 

「公にされていない……? そんなことあるんですか?」

 

 

乙骨が五条の説明に対し疑問を呈する。

それもその筈である。学科が公表されていなければその学科を志願しようとする者もいないわけで、当然受験しようとする者もいないわけである。ともすれば呪術科は存在しないも同義だろう。再び首を傾げる乙骨を見て五条は説明を続ける。

 

 

 

「呪術科にはちょっとした事情があってね。その事情は……追々として、早い話この学科はスカウト制なんだよ」

 

「スカウト制……ですか?」

 

「そう、スカウト制。僕が良さそうだな~って子を見つけてきて育てる学科さ。こう……光る原石を探す……みたいな!?」

 

「な、なるほど……?」

 

「だから公になってなくても生徒は所属してるし、活動も行われてるのさ。ここまでは大丈夫?」

 

 

五条の問いに対し乙骨は頷くと五条は説明を続ける。

 

 

「それで呪術科の存在理由だけどヒーローの信条、というか道徳的倫理が大きく関わってるんだ」

 

「信条と道徳的倫理……」

 

「ヒーローは敵を殺さず捕まえる。いわば不殺の正義を掲げてるしそれを掲げることが当たり前だと思われてる。憂太もヒーローが敵を殺しに行ったのなんて見たことないでしょ?」

 

「え、ええそれは勿論……」

 

「でもさ、敵を殺さず捕まえられるなんて相手が大したことない奴の時だけなんだよね」

 

 

先ほどまでとは打って変わり五条の声のトーンが低くなる。

それと同時に乙骨は部屋の空気が変わったのを肌で感じた。

 

 

「大抵の敵なら問題ない。けどたまーにいるんだよ、厄介な奴らがね」

 

「……信条を捨てて、殺さないといけないような敵がいるんですか?」

 

「不殺以前の問題さ。普段から不殺を掲げて呑気してる奴らにはまず勝つことすら出来ないような奴がいるんだよ」

 

  ま、僕やオールマイトなら別だけど 

そう付け加えて語ると同時に五条の声のトーンがいつものおちゃらけへと戻る。 

 

 

「そういう奴らへの抑止力、ないしより巨悪に対抗するための実力を養うことを目的とした学科がここ、『呪術科』さ。やることはほぼヒーロー科と同じ、けど目指すところが厳密には少し違うから分けたってわけ」

 

「その違うことって一体何なんでしょう?」

 

「そうだね……相手にする奴とかまぁ色々違うとこはあるけど大きいのは今言ったヒーローの掲げる不殺の信条、これを場合によっては捨てて戦うことさ」

 

「……っ」

 

 

淡泊に告げる五条を前に乙骨は思わず息を呑む。

ヒーローは勿論この世界に生きる殆どの人が無意識の内に持っている不殺の信条を捨てること、それは場合によっては人を殺すことを意味していた。

 

 

「これも公にはされていないけど一部のヒーローや一部の状況下においては人を殺すことが認められるケースが存在してるんだ。綺麗ごとだけで成立するほど世の中甘くないからね」

 

「人を……殺す……」

 

「あーそんな心配しないでいいよ。なんせ平和の象徴がいるからデカい悪事を起こそうとする奴らはそういないしね。ただ……覚悟はしておいて欲しいんだ。無数の誰かのために人を殺す覚悟を、ね」

 

「五条……先生も人を殺したことがあるんですか?」

 

「あるよ。それも両手で数えられないくらい。それでも僕は戦い続けるさ。弱者生存……それがこの世界の理・あるべき姿……らしいからね」

 

「弱者生存……それって「入るぞー」」

 

 

何かを懐かしむかのように告げられた五条の言葉に聞き返そうとしたところで教室の扉が音を立てて開かれる。

扉の前に立っていたのはこちらも雄英高校の制服ではない、乙骨の白い制服の黒いバージョンのような服を着た少女と少年、乙骨と同じ白を基調とした服……ではなく毛皮を身に付けたパンダだった。

 

 

 

「おっ来た来た! 引っ越しの準備の方はどうだい?」

 

「別に。元から大した荷物もないから問題ねぇ。それより五条、今日は呼びつけて何の用だよ」

 

「五条って……呼び捨てって酷くない? 僕って真希より何個も年上だし、しかも先生よ」

 

「じゃあ悟」

 

「じゃあって変わってないし……そんじゃあ僕は真希のこと禪院ってよぼおっか「コロス」

 

 

 

「あははは……」

 

「んでコイツ誰?」

 

「あっ、その……」

 

「小さいころ色々あって呪われちゃった乙骨憂太君でーす! 同級生だから仲良くしてあげてねー」

 

「呪い……?」

 

「そう呪い。ちなみに攻撃するとね……」

 

 

そう言って五条は黒板から取り出したチョーク数本を乙骨に投げ飛ばす。

突然の出来事に乙骨は呆気に取られ目を瞑ろうともしないがそんな彼を守るように宙から異形の腕が現れ、チョークを弾き飛ばしたかと思えばその二腕は首をへし折らんと五条へと襲い掛かる。けれどその腕は何故か五条の手前の空を掴んで動かなくなった。

 

 

「こんな風に憂太を大好きな里香ちゃんが攻撃してくるからそこんとこ気を付けてねー」

 

 

皆が目の前の光景に絶句する中五条は淡々と語る。

しばらくして里香が消えさると「次は皆の番だね」と言って他のメンバーの紹介を始めた。

 

 

「まずは武具使いの禪院真希。武器の扱いに関してはプロレベル、何かあったら聞くと良いよ」

 

「……」

 

「個性『呪言』狗巻棘。語彙はおにぎりの具しかないから会話頑張って」

 

「こんぶ」

 

「そしてパンダ」

 

「パンダだ。よろしくな」

 

「……とまぁこんな感じ」

 

(一番欲しい説明がなかった……)

 

 

恐らく個性『パンダ』とかだろうと想像はつくがそれはそれとして他二人と同じくらいの説明は欲しい。

特段コミュ力があるわけでもない憂太は仲良くなるための足掛かりを欲していたがその想いは五条には届かなかった。

 

 

「そんで悟、なんで私たちを呼んだんだよ。入学説明会はこの間やったろ」

 

「しゃけしゃけ」

 

「今日皆を呼んだのは他でもない、重要事項があったからね!」

 

 

 

五条はそう告げると黒板にチョークを用い書きなぐるように文字を書き込んでいく。

両手に幾つものチョークを持ち緑一色だった黒板が色鮮やかになっていく様からも本気具合が伺える。

 

 

 

「凄い気合いの入れようだな悟。あ、カルパス食う? お返しは笹以外で頼むぞ」

 

「ツナマヨ」

 

「棘も欲しいのか? ほらよ」

 

「すじこ」

 

「あ、ありがとう。その……パンダ君は狗巻君が何言ってるのかわかるの?」

 

「まぁな、棘とは知り合って時間経つし。真希もそうだぞ」

 

「あん? 何か言ったか? ……ったく、書くなら予め用意しとけよ」

 

 

 

「出来ましたっ! 今日の最大にして最重要なイベント、それは……こちら!」

 

 

時間にして数十秒。

ふーっと一息つくと黒板をバンと叩き乙骨らに黒板に書き込んだ重要事項を露わにした。

 

 

「チキチキ! 新入生の皆の親睦を深めちゃおうの会!!」

 

 

「「「「は?」」」」

 

 

前には満面の笑みを浮かべる五条、対して机が並べられている乙骨ら側の表情は完全に固まっていた。それどころか真希のこめかみには青筋が浮かんでいて笑みを浮かべる五条とのコントラストすら生まれていた。

 

 

「うんうん、我ながらナイスアイディア! 1年は皆仲良くなって僕との仲も深まる、そしてなんやかんやで地球温暖化も解決だ!」

 

「……なぁ悟」

 

「どした真希? ……アレーおかしいなーとても感激してるような顔には見えないんだけど」

 

「このためだけにわざわざ呼び出したんか……? ここに着くまで何時間かかるか知ってるよなぁ……お前が変なところに寮立てたせいでなぁ……!!」

 

「それについては悪かったって! でも良い汗かけただろ……?」

 

「……良いぜ、覚悟しな」

 

 

炸裂する五条のキメ顔。悪びれる様子を見せない五条に我慢の限界の来た真希は背負っていた筒から棒状の何かを取り出し、次の瞬間五条の下へと振りかざす。取り出されたそれの先についていたのは銀に輝く刀身・薙刀だった。五条はそれを冷や汗すらかかずに素手で受け止めた。……否、手に当たる直前で薙刀の動きが止まっていた。

 

 

「おー危ない危ない。尖ったものは人に向けちゃいけないってお家の人に教わらなかった?」

 

「家には教育のきの字もなかったんでな。それに今向けてんのは人じゃねぇ、化け物だ」

 

 

(二人とも怖すぎる……)

 

 

乙骨も目の前の光景の恐ろしさから一歩後退りする。第3者がこの状況を見れば間違いなく通報ものだろう。触れ合う真剣と素手。そんな状況で軽口を言い合う二人に恐怖しているとパンダが口を開いた。

 

 

「なぁ悟よ、本当にこの歓迎会だけなのか?」

 

「ツナマヨ」

 

「あーそれもいいけど……今はいいかな。とりあえず事務連絡が一つだけある」

 

「事務連絡? わざわざ口頭で伝えなくちゃいけない感じのやつ?」

 

「いーや別に大したことないただの連絡。明日から僕、いないからよろしくね」

 

「成程なーそいつは確かに大したことない――――――は?」

 

 

「「「は?」」」

 

「いやー、№1と№2が同じ場所にいるわけにはいかないからさ。というわけで君たち明日からヒーロー科、A組ね。そこんとこよろしく!」

 

 

 

 

「「「はぁぁぁぁぁぁぁ⁉」」」

 

「おかか……」

 

 

前代未聞の入学翌日には担任が消え去るという事前通達を受けその場にいる者全員言葉を失う。

A組のメンツよりもやや早く『雄英高校の校風は自由』というのを実感した4人だった。

 




これ以上平均評価が下がるようであればこの小説自体出直そうと思います。ブラッシュアップしないとダメってことでしょうからね。だからと言って「低評価送ってくんな!」って脅してたりするわけじゃないので低評価される方がいらっしゃったら是非その理由を感想なりメッセージなりで送っていただければ幸いです。今後の参考にします!

勿論高評価いただけたなら泣いて喜びます。


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第8話 優しさ

8話のデータを間違えて仮のものをアップロードしていたので本来のものを上げなおしました。会話抜けの部分や地の文が抜けていた部分が修正されていると思いますのでよろしければ前に見た方もご覧ください。


入学式……であったはずの初日から一夜過ぎ翌日。

晴れ渡った空の下、雄英高校の校舎にあるヒーロー科1年A組に話は移る。

 

 

「おはよう飯田君。それに麗日さんも」

 

「おはようデク君」

 

「おはよう緑谷君! 二人とも余裕を持っての登校とはいい心がけだな!」

 

「心がけだなんて……たまたま朝早く起きちゃっただけだよ」

 

「私も! 昨日あんなことがあったばかりだからね……」

 

「ム、確かに。僕も初日からあれほどプレッシャーを感じたのは初めてだったよ。流石は雄英だ」

 

 

 

飯田の言葉に緑谷と麗日も頷く。

呪術科が仲良く話している間にヒーロー科、それもA組限定で行われていた『個性把握テスト』。各自現状の能力を把握することを目的としたものだったが生徒らの反応から一変、最下位除籍をとするテストと化したのだ。結果としては除籍は合理的虚偽で皆在籍しているわけだが、やっとの想いで入学した当事者である彼らにとっては生きた心地がしないものだった。

 

 

 

「何はともあれみんな除籍されることなく今日を迎えることが出来てよかったよ」

 

「うん! 18人しかいないクラスメイトだもんね!」

 

「そうだな! ……18人か」

 

「どしたの飯田君?」

 

「いや18人というのが気になってな……」

 

 

 

そう言って飯田が一枚の紙を緑谷らの前に出して見せる。

その紙はいわば学級通信のようなもの、1年ヒーロー科一同の名称が記されたものだった。

 

 

「これは……『雄英通信』?」

 

「先ほど廊下で拾ったんだ。恐らく今日配布されるものか、廊下に掲示されていたものなんだろう。先生が来たら渡そうと思っていたんだが……二人ともここを見て欲しい」

 

「A組とB組の人の名前が書かれてるけど……これがどうかしたの?」

 

「ちゃんと全員分書かれてるよね?」

 

「ちゃんと全員分書かれてるさ。ただ気になるのは人数なんだ」

 

「「人数?」」

 

 

緑谷と麗日の発言に飯田は頷く。

 

 

「A組の欄に書かれているのは18。B組の欄に書かれているのは……22人なんだ」

 

「4人の差かぁ……4人も差があるってことあるのかな?」

 

「一人二人程度の差なら十分あり得る。が、4人差は見たことが無い。ただ単に分ければいいだけだからな。こちらに知らせていないだけで何らかの区分けがされている可能性もあるが……」

 

「なんにせよ警戒した方が良いかもしれない、そういうことだね飯田君」

 

「僕はそう思う。昨日の件がある以上これも何か試されているのかもしれないからな」

 

「さ、流石に考えすぎじゃないかなぁ……」

 

「オール……じゃなかった知り合いの人に聞いたんだけど相澤先生って雄英高校の中でも結構厳しい人らしいんだ。ならこれも昨日言ってた『苦難』なのかもしれない。それに……」

 

 

 

緑谷は教室の後ろへと視線を移す。昨日まではただの空きスペースであったはずの場所。そこには新たに机が4つ置かれていた。

 

 

 

「新しく席が4つもある。昨日までなかったはずだよね?」

 

「ああ。教室の状態は記憶しているが確かに昨日ここには机は無かったな」

 

「2日目から転校生でも来るんかな?」

 

「流石に2日目から転校生は考えにくいが……」

 

「『自由』が売りの雄英なら有り得なくはない……ね」

 

 

 

昨日の件もありあらゆる可能性が考えられる。一体何が待ち受けているのか……唸っている緑谷たち。そんな彼らの思考を遮るかのように教室の扉がガラガラと開かれた。

 

 

「よし、お前ら早く席に着け。今日は早めにホームルームを始めるぞ」

 

「まだ予鈴なのになんでー!! もっと話してたーい!」

 

「休み時間を奪わないでくれよぉ!」

 

「君たち! 口の聞き方というものがあるだろう! それはそれとしてご説明お願いします!」

 

「はぁ、わかってる。わかってるさ。後で早めに始めた分時間はやるからまずは話を聞け」

 

 

クラスの者たちをなだめ相澤はため息を吐く。『合理的』を語る相澤の様子から見てこの展開が不本意であることが何となくクラスの者らにはうかがえた。

 

 

「あー、別の科からの転入で4人A組に入ることになった。ったくなんでウチに4人も……」

 

「転入性⁉」

 

「2日目で⁉ マジかよ⁉」

 

「緑谷君の言う通りだったな……」

 

 

 

転入性というワードに教室内がざわつく。そのざわつきには仲間が増えるという嬉しさや期待、何故このタイミングという疑問の他既に『苦難』は始まっているのかもしれないという不安もあるだろう。それぞれが異なる思いを持ちながら開いた扉を注視する。どんな人が入って来てもすぐに動けるように……と。空気がヒリつく中外に居た者は遂に教室へと入ってきた。

 

 

「あ、もう入っていいのか?」

 

「「「「「えっ」」」」」

 

 

瞬間教室の空気が固まる。

教室へと足を踏み入れ入ってきたのはどんな人でもない。白と黒のツートンカラーの存在――――――パンダだった。

 

 

「さっさと入れよ。廊下冷えるんだからよ」

 

「ほーい」

 

 

誰かに蹴られ急かされるも動じずパンダはのっそのっそと教壇へ上がる。そのパンダに続いて黒髪メガネの少女・襟で半分顔を隠す少年、そして緑谷にとって見覚えのある気弱そうな少年が一人入ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

「なぁなぁ! お前の個性って『パンダ』なのか? やっぱり笹好きなの?」

 

「俺はパンダだぞ。けど笹は嫌いだ」

 

「笹嫌いなの⁉ ウケルー!!」

 

「俺瀬呂ってんだ。よろしくな狗巻」

 

「こんぶー」

 

「こ……こんぶ?」

 

「ねぇ、禪院……だよね? あたし耳郎って言うんだ。よろしくね」

 

「あぁよろしく。私のことは真希って呼んでくれ」

 

「オーケー。じゃあウチのことも響香って呼んでよ」

 

 

「緑谷君!」 「乙骨君!」

 

「まさか一緒のクラスになれるなんて思ってもみなかったよ!」

 

「僕もだよ! そう言えば五条さんは? 結局あの人って雄英高校の人だったのかな……」

 

「えっ……とあの人はどこかに行ってしまったというか……」

 

 

 

「お喋りはそこまでにしとけ。ホームルームを始めるぞ」

 

 

 

盛り上がっていた教室が相澤の言葉でピシャンと静まる。その状況についていけない乙骨ら呪術科組だったが周りに動きに合わせ指定された座席へと腰を下ろしホームルームに参加するのだった。

 

 

 

そしてしばらく時が経ち、4限目の授業も終了。昼食の時間を乙骨らは迎えていた。

 

 

 

「ようやく昼飯の時間だな。……ってどこ行くんだ憂太」

 

「どこって昼休みだし雄英高校って食堂が凄いらしいからそこ行こうかなって思ってたんだけど……」

 

「聞いていないのかい乙骨君」

 

「えっと、君は……」

 

「失礼、僕は飯田天哉だ。よろしく乙骨君」

 

「よ、よろしく……」

 

 

キビキビと喋る飯田に乙骨は圧倒されるも飯田は平常運転でそのまま話を続ける。

 

 

「それで本題だ。乙骨君は食堂へ行こうとしていたようだが今の期間食堂が使えるのは上級生のみ。すなわち一年生は使えない。一年生は来週からでないと食堂は使えないんだ」

 

「そうなんだ……」

 

「悟の奴伝えてなかったのか……まァあいつ大事なこと伝え忘れやがるからな」

 

「しゃけしゃけ」

 

「まぁ悟も忙しいだろうし仕方ないだろ。ほら憂太」

 

「え?」

 

 

 

腑抜けてた憂太が我に返りパンダが差し出してきた手を見る。そこにはサンドイッチが一つ乗せられていた。

 

 

 

「やるよ。俺別にそこまで腹減ってないからな」

 

「な、なんで? 僕パンダ君に何も出来てないし……」

 

「なんでって……友達じゃん。何かヤバイのに憑かれてるけど一応」

 

「しゃけ」

 

「ならば……乙骨君、僕のも少し分けてあげよう!」

 

「俺も俺も! あ、俺上鳴電気! よろしくな!」

 

「私芦戸三奈! たこさんウィンナーあげる!」

 

「え、そんな僕なんかに……」

 

 

初めての状況に対処出来ないでいる乙骨を置いて目の前にはどんどん食べ物が乗せられていく。卵であったり野菜であったり、白米であったり……色鮮やかなそれは拒絶や忌避をされ続けてきた乙骨が久しく得ていなかった人のやさしさ、温もりだった。

 

 

「私麗日お茶子! 私からはお餅を差し上げ……」

 

「う、うぅ……」

 

「な、泣いとる⁉ ウチなんかした⁉」

 

「大丈夫か乙骨君⁉ 怪我でもしたのかい⁉」

 

「おかか⁉」

 

「何でもない……大丈夫……」

 

「乙骨がひ弱だからだろ? こっちこい憂太、一から鍛えてやる」

 

「ちょっと真希さん⁉ この状況でそれやるとか鬼か何か⁉」

 

 

「……」

 

「チッ……うるせぇな……」

 

 

数名を除いて涙を流す乙骨を見てクラス中の人が乙骨を気にかけ駆け寄ってくる。

どれもついさっき会ったばかりの人間だ。上辺だけかもしれないし、すぐさま裏切られるかもしれない。それでも憂太の目から涙は止まらなかった。

 

 

 

 

場所は変わって職員室前。教職員らも授業を終え、食事へと向かおうとしていた。

 

 

「さーて今日は何を……ってイレイザー、眉間にしわ寄ってるぜ? 入学から2日目だってのに問題児でも相手にしてたのか?」

 

「問題児というか、面倒な大人を相手にしたせいだろうな」

 

「面倒な大人?」

 

「……五条悟」

 

「あー……あの人スゲー頼りになるけど毎度やること凄いもんな」

 

「全くだよ 面倒臭さはお前以上だよ」

 

「WHAT!? オイオイオイ! そりゃないぜイレイザー!」

 

「はぁ……」

 

 

隣で喚き散らすイレイザーの言葉には耳を貸すことなく、相澤は懐から数枚の書類を取り出す。それらは昨日五条から渡された書類で、乙骨らのデータが記されたものだった。

 

 

 

 

 『―――ってなわけでうちの科の4人、A組に入ることになるからよろしく!』

 

 『……どういうことですか』

 

 『どういうことも何も……言葉の通りさ。あ、校長には話通してるからそこんとこは安心していいよ』

 

 『安心して……ってその話自体初耳なんですが。大体なんで4人全員をA組に……』

 

 『そこは勘さ。A組に入れた方が彼らは伸びる……そう踏んだだけだよ。だからB組のブラド先生に頼んで4人多めに生徒を担当してもらって、A組には予め空席を用意してもらってたんだ』

 

 『……人数が不釣り合いだったのはそういうことですか。ならせめて早めに言ってもらえませんかね、こっちも暇じゃないんです』

 

 『だって予め言ったら絶っー対受け入れないでしょ? そういうことだからよろしく!』

 

 

五条が力強くサムズアップを示すを見て相澤は睨みを利かしながらため息を吐く。

認識を改めねばならない。目の前の男……五条悟は敵だけでなく、味方にとっても最悪な人間であると。カリキュラム等を組んだ後でのこの申告である。相澤の中での嫌いな人間ランキング、そのトップに五条が君臨したのは言うまでもなかった。

 

 

 

「あの人に次会ったらどうしてくれようか……」

 

「ま、まぁまぁ。昼休みもそんな長くないんだし飯でも食おうぜ」

 

「……そうだな。あの人のせいで色々狂ったが今日の午後が良い機会だ」

 

「今日の午後? A組の授業は確か……ヒーロー基礎学か」

 

「そこで呪術科の生徒らの能力を見る。活躍次第によっては……今日が雄英での高校生活最後の日になるかもな」

 

「……そーかい」

 

 

相澤の言葉にマイクはただそう言葉を返す。それが共に戦ってきた相澤なりの考え方である以上マイクはそれ以上言葉を挟むつもりはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよだね……!」

 

「う、うん!」

 

 

そんな思惑はいざ知らず、教室は次の授業とその際に現れる人物への期待からざわめきたつ。緑谷は勿論乙骨ですら興奮を隠せていない。やがて時計の針は真下を指し、時刻は1時半を回った。運命の5限目、ヒーロー基礎学が今……始まる。

 

 

 

 



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第9話 戦闘10分前

「わ~た~し~が~」

 

「普通にドアから来た!!」

 

 

 

「オールマイト!!」

「すげぇ、ホンモノだぁ!」

「銀時代のコスチュームだ! 画風が違いすぎて鳥肌が…」

 

 

口上とともに勢いよく開けられた扉から現われるは身長2mを誇る巨漢。勝利のVサインを示すかの如く際立った金の前髪、青いマントに飽くなき闘志を表すかのように纏う紅蓮のコスチューム、悪に決して屈しない姿勢を表す純白の笑み。乙骨らの前に立つ者こそが日本の誇るナンバーワンヒーロー『オールマイト』。彼の登場に緑谷を始めとした面々の歓喜の声が沸き立っていた。

 

 

「わぁぁぁぁぁぁ……!! カッコイイなぁオールマイト……!」

 

「緑谷君はオールマイト本当に好きなんだね」

 

「うん! オールマイトは僕の憧れで最高のヒーローなんだ!」

 

「最高のヒーローなのは言うまでもないだろ。何せナンバーワンヒーロー様だからな。憧れってのは同意だけどな」

 

「しゃけ」

 

「そ、そっか」

 

(相変わらず狗巻君が何言ってるのかわからないや……。それにしてもまさか本物のオールマイトに会えるだなんて思わなかったなぁ)

 

 

反応に差異はあれどヒーローにさして詳しくない乙骨も心を躍らせる。ヒーローの活躍や具体的な仕事などは知らずとも今目の前に立つオールマイトの姿こそがトップオブザヒーロー……真の英雄であること。それを乙骨は実際に目にし、肌で感じて実感した。その一方でオールマイトはこのままでは収集が付かないと踏んだのか心苦しそうにしながらも壇上に立つと軽く咳ばらいをし、説明を始めた。

 

 

「皆も既に把握していると思うが私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るため様々な訓練を行う授業だ。単位数も多いから張り切っていくように!早速だが……今日はコレ、戦闘訓練さ!!

 

 

オールマイトが拳に握られたカードを生徒らに示す。それは白色の背景に”BATTLE”とだけ赤く書かれたカード……文字通り戦闘を意味する語句、戦闘訓練が始まることを視覚的にも伝えてきていた。

 

 

「戦闘ッ!!」

 

「訓練……!!」

 

「そしてそいつに伴って…コチラ!入学前に送ってもらった個性届と要望に沿って誂えたコスチュームだ。」

 

「「「おおー!!」」」

 

 

オールマイトが手元のリモコンのスイッチを押すと教卓の隣の壁からコスチュームの入ったケースを乗せた棚がせり出す。自らの個性や各々の要望を基にプロの手によって作り上げられたヒーローの原点とも言えるそのコスチュームの存在に生徒らは更なる盛り上がりを見せた。

 

 

「皆これに着替えてグラウンドβに集合だ!」

 

「「「はい!!!」」」

 

 

「いやーいよいよだな」

 

「ヒーローっぽいやつキター!って感じするよな!」

 

「遂に戦闘訓練か。兄さんたちに恥じない活躍をしなければ……!」

 

「メガネ君硬い硬い! もっと気楽にいこうよー」

 

「ム、確かにそうだな。あと僕の名前は飯田天哉だ!」

 

 

 

「時間は有限だ! 皆迅速に行動するんだぞ! 乙骨少年たちも急ぐんだぞ」

 

「は、はい!」

 

「いい返事だ乙骨少年。色々事情があるようだが……応援しているぞ! では!」

 

 

そう乙骨に告げオールマイトが教室を後にし、それに続くように各々がコスチュームケースを手に取り更衣室へと向かっていく。ただコスチュームが用意されているのは事前に申請を出していた生徒、つまり元々ヒーロー科であった者のみである。つまり先日まで呪術科であった乙骨らに用意されたコスチュームは無く、学籍番号が書かれたケースは形だけのものだった。

 

 

「これがコスチューム……! 早速着替えに……ってどうしたの乙骨君?」

 

「あ、いや……僕らコスチューム無いみたいなんだ。この制服で十分だと思うから着替え行ってきちゃってよ」

 

「そっか……じゃ、また後でね!」

 

「うん、また」

 

「やっぱお前のもなかったか」

 

「真希さん」

 

 

緑谷と別れ乙骨が振り返るとそこには真希・パンダ・狗巻の呪術組が二人の会話が終わるのを待つようにそこにいた。真希たちは皆ケースを椅子代わりにしており中身が入っていないとはいえ先ほどまで目を輝かせていた緑谷らとは扱いの差が雲泥であった。真希に続くようにパンダが口を開く。

 

 

「ま、だろうな。そもそも俺らには必要ないしー」

 

「しゃけしゃけ」

 

「必要ない……ってコスチュームが?」

 

「そうだ。どうせあの馬鹿は禄に説明もしてないんだろうが今私たちが来てる服はコスチューム程とはいかなくてもそこそこ頑丈に出来てんだよ」

 

「俺と真希は武器持ってるし、棘も喉スプレーあれば問題ないしな」

 

「乙骨もあの呪いがありゃ大丈夫だろ。無害アピールしてる上受け身なお前を守るには十分だ」

 

「……でもそれじゃ誰かを……」

 

「そりゃお前に力が無いからだ。力が無いから守られて、他人が傷つく。なんで守られてるのに被害者ズラしてんだよお前」

 

「そんなこと……」

 

「そんなこと……なんだ?」

 

 

真希の問いかけに乙骨の言葉がつまる。事実、図星だった。正しいからこそ眼鏡越しに乙骨に向けられる眼光がナイフのように心を抉っていく。嫌な汗がにじんでくる。それでも真希の言葉は止まらなかった。

 

 

「どうせここに来たのも自分の意思じゃなく、誰かに言われるがままに来たんだろ? 何の目的もなくいここにいれるほど甘くねェんだよ。ヒーロー科も、呪術科も」

 

「真希!」

 

「おかか!」

 

 

追い打ちのように掛けられる真希の言葉を遮るようにパンダが二人の間に割って入る。狗巻も同じく割って入り、何を喋っているのかはわからないものの諫められた真希は乙骨に絡むのを止めた。

 

 

「ったく……わーったよ」

 

「悪いな憂太。真希は他人を理解した気になって話すことがあるんだ」

 

「たかな」

 

「いや……本当のことだから」

 

 

何も言い返せない。ただただ彼女の言うことは正しかった。

立ち止まる乙骨、先に進む真希。その差は二人の溝を示しているようにも見えた。

 

 

「憂太……」

 

「ツナマヨ」

 

 

乙骨に欠ける言葉に迷うパンダ。何かしらフォローをしようと狗巻と考えているとその思考を止めに来たかのようにピリリリリリと謎の電子音が鳴り始める。それは乙骨の携帯の着信音だった。

 

 

 

「電話だ……僕に掛けてくる人なんていたかな」

 

「さぁな、間違い電話じゃねぇの? もう他の奴らも着替え終わって向かってる頃だし俺らは先行くけど……大丈夫か?」

 

「大丈夫。僕もすぐに追いかけるから」

 

 

 

二人に一時の別れを告げ、乙骨は携帯のアプリを立ち上げる。画面に映るは見知らぬ番号、パンダの言う通り間違い電話である可能性が最も高い。

けれど何故かでなければいけない。出ないといけない気がした。そしてその気がした時には乙骨は既に携帯の受話器を取っていて、急いで聞く姿勢に入った。

 

 

「わ、わわわわ……」

 

『こんにちは憂太。クラスの皆とは仲良くなれた?』

 

「ご、五条先生⁉」

 

『驚いた? そろそろ僕の愛する生徒たちが寂しがる頃じゃないかな~って思ってさ』

 

「別に寂しくはないですけどそれよりどうやって……」

 

『え? そりゃあ……』

 

「や、やっぱり大丈夫です。それで今日はどうしたんですか?」

 

 

どうやって番号を伝えていない自身の携帯電話に掛けこれたのか……という質問に対しろくでもない解答が返ってくると予期した乙骨は本題へと移る。忙しさでもうしばらくは話すことすら出来ないだろうと思っていた五条からの電話だ。一時的に忙しくなくなったということも考えられるが……こうして電話してくるということは何かしら重要なことの伝達であることは間違いなかった。

 

 

『僕の予想だとそろそろ戦闘訓練が始まる頃合いだと思ってね、ちょっとしたアドバイスと餞別でもと。ほら僕先生だから』

 

「はぁ。でもアドバイスですか? 里香ちゃんがいつ出てくるかもわからないし見学にしておこうかと思ってたんですが……」

 

『いや見学は出来ないよ、多分だけど。今回の訓練の位置づけは憂太たちにとっていわば試験に近しい。他のA組メンバーは突破した試験を憂太たちは受けてないからね』

 

「A組の試験? ヒーロー科の試験なら学科もあの後ちゃんと受けましたよ?」

 

『それとはまた別にあったのさ。まぁその話は今は置いておくとして、とにかく今日の場に君は立たなくちゃいけないわけだ。文字通り戦闘訓練だしクラスメイトと戦うわけだけど……いけそう?』

 

「いや、いやいやいやいや! 無理ですよ! 僕自身個性は無いし里香ちゃんの呪いがいつ暴走するかもわからないんですよ⁉」

 

 

 

五条の問いに乙骨は全力で首を横に振る。先ほど真希に言われたように乙骨に力は無い。それ故に乙骨に向けられた力に対し里香が顕現する可能性は十分にありえる。憂太に元々あった人を傷つけたくないという思いと真希にぶつけられた言葉から今日の授業は見学することを既に決めていたのだ。そこにこれであるから乙骨も混乱するのも無理なかった。

 

 

 

『そうだね、憂太単体じゃA組のメンバーとやりあっても万に一つ勝ち目があるかどうかだろう。それに里香という爆弾もある。誰かを殺してしまえばその時点で僕も憂太もクビだ』

 

「クビ……で済むんですか……?」

 

『クビはクビでもリアル首ちょんぱの方だからね、文字通りゲームオーバーさ。でもその爆弾を君の力とすることが出来たならば戦える……そうは思わないかい?』

 

「爆弾をって……里香ちゃんをですか⁉」

 

 

電話越しにも五条の口角が上がった様が目に見えた。

 

 

『本当は雄英にいる間に力を扱えるくらいにはしてあげたかったんだけどそうもいかなくてね。まぁでも』

 

 

「僕が里香ちゃんをだなんて……今まで制御なんてろくに出来てこなかったのに今出来るわけがないですよ……」

 

『そうかな? 憂太は気づいてないかもしれないけど入試のあの日、君は里香を己の意思で呼び出したんだ。その結果君と折本里香の間にはパイプが生まれ、つながったのさ』

 

「パイプ?」

 

『電線みたいなものだよ。その電線を通して電源である里香から憂太へと電気を流す。そうすれば部分的なものではあるけど憂太も里香の力を使えるってわけ』

 

「……本当ですか? 正直信じられません……」

 

 

これまで制御できないがために様々な苦しみを味わってきたのだ。乙骨が信じられないのも無理はなかった。そんな乙骨に五条は言葉を返す。

 

 

『今の憂太には出来る筈さ。死ぬ気で頑張ればいけるいける! 実際死ぬかもしれないけど

 

「え、今なんて……」

 

『とは言え肉体そのものに力を流すのは見た感じまだ難しそうだったから僕からプレゼントを渡しておくよ。グラウンドβに行く前に呪術科の教室に寄ってね』

 

「呪術科の教室ってグラウンドと真逆なんですけど……普通に遅刻しちゃいますよ!」

 

『死ぬ気で走れば間に合うって! ほら走った走った!』

 

「死ぬ気が軽すぎますってー!!」

 

 

 

ここに居ない電話の向こう側の人間に文句を言いつつも乙骨は廊下を駆ける。

戦闘開始まであと……わずか。

 

 

 




もっと進ませたかったんですが私用が今週重なっていてこれが限界でした。恐らく次の更新は来週以降になると思われるのでモチベとなりうるものお待ちしております。


p.s.
ワールドトリガーを今更ながら見始めたんですけど凄い面白いですね。乙骨クロスならワールドトリガーのほうが適してたかもしれないなんて思い始めた今日この頃です。


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第10話 カウントダウン

感想何件かいただいているのに返信できず申し訳ない。ちらっと見た時にネタバレらしきものが見えたため感想欄が開けていない状態です。作者は単行本勢なので早くとも次巻が発売されるまでは感想が返信できないかもしれませんがご了承ください。また今後は本誌ネタバレの方は避けていただけると幸いです。


 

「待ってたぜ皆! かっこいいじゃあないか!」

 

 

日光が照らす市街地『グラウンドβ』に立つ生徒らを見てオールマイトは腕を突きだしグッと親指を立てる。生徒らは全身を鉄鎧で覆ったものから肌を大きく見せるものまで多種多様な装いを身に纏い、太陽という名のスポットライトに照らされた姿はまさに『ヒーローの卵』と形容するに値するものだった。

 

 

 

「まさに十人十色! 憧れのコスチュームを着た感想はどうかな?」

 

「メッチャ感激っス! いよいよだなって改めて思うぜ!」

 

「俺のはただの柔道着だし……あんま実感わかないかな」

 

「すじこ!」

 

「えっと……褒めてくれてるのかな?」

 

「似合ってるってさ」

 

「あはは……ありがとね」

 

「ウチのは憧れのイメージに普段着のイメージを加えたみたいな感じだけど中々いい感じ! 麗日はその、かなり攻めてるね……」

 

「いや~サイズミスってパツンパツンになってしまいました……サイズ変更とか出来るかなぁ」

 

 

各々が思い描いていた装いを身に付ける中麗日だけは恥じらいを見せる。麗日の纏うコスチュームは宇宙服のようなデザインであるが体格を隠す宇宙服とは対照的に体のラインが露わになっていた。

 

 

「それならば後日サポート科の方に顔を出すと良い。装備改良ならともかくサイズ変更程度なら入学してすぐの今でも問題無いだろう」

 

「融通が利かないようでしたら私にお任せを。家の者がサポート出来ると思いますから」

 

「そうそう! 俺に頼ってもいいぜ? この俺がその麗らかボディを……」

 

「黙ってろカス」

 

「ヒンッ⁉」

 

「下手な真似してみろ……あとは、わかるよな?」

 

 

麗日を見て鼻息を荒くする峰田を真希が文字通り足蹴にする。レンズ越しに見える彼女の凍てつく眼光に晒された峰田は下手に反抗すれば死ぬ、そう確信し地に伏せガタガタと身体を震わせるだけで動こうとしなかった。

 

 

「はいはいストップ! 足をどけなさい禪院少女!」

 

「そうだぞ真希。峰田が可哀そうじゃん。キモイのわかるけど」

 

「わーってるよ。――ただコイツの目が気に入らなかったんでな」

 

「ひぃぃ……おっかねぇよ」

 

「峰田少年もだぞ。君たちはヒーローの卵であることに加え高校生だ、言動には気をつけるように」

 

「お、おっす……」

 

「まったく……仲良くするんだぞ。して乙骨少年はどうした? 教室では禪院少女たちと居たと思うんだが」

 

「憂太ならすぐ来るから気にしないでくれ。トイレにでも行ってるんだろうさ」

 

「しゃけしゃけ」

 

「そういうことだ。時間が勿体ねぇから話を進めてくれオールマイト」

 

「むぅ……確かに時間が勿体ないな。よし! では今回の戦闘訓練の説明を始めよう!」

 

 

オールマイトはどこからか端末を取り出し、宙に一枚の画像を映し出す。

そこには4階建ての小型ビルの断面図が表示されていた。

 

 

「今回の訓練は対人戦闘訓練!敵退治は主に屋外で行われるが凶悪な敵に関しては屋内の方が現れることが多い。これは統計で出ている確かな情報だ」

 

「真に小賢しい敵は屋内(やみ)に潜む……ということですわね」

 

「その通りだ八百万少女!これから君たちにはヒーローと敵の2チームに分かれ2対2の屋内戦を行ってもらう!」

 

 

オールマイトは生徒らに告げると手元の端末を操作し、映し出す画像を更新する。

先ほどは訓練の地形の紹介だったが今度のものは文章がつらつらと並べられていた。

内容を要約すると以下のとおりである。

 

 

・状況設定は『敵』がアジトに『核』を隠しており『ヒーロー』がそれを対処しようとしている

 

・ヒーロー側の勝利条件は制限時間内に『敵』の確保か敵が屋内に隠している『核』を回収。

 

・敵側の勝利条件は制限時間まで『核』を守り切るか『ヒーロー』の確保。

 

 

しばらく時間を取り、皆が見終えたと判断したオールマイトは手元の端末を操作し映像を停止し端末を懐へとしまい生徒の方へと向き直す。

 

 

「見終わったかな? では皆気になるコンビ及び対戦相手の決め方だが……これだ!」

 

「これって……くじ引き?」

 

「適当に決めてしまうのですか⁉ もっと能力や関係などデータを参考に決めていくべきでは……」

 

「プロは急造チームアップとかするんだろ? 街中見てても同じ事務所の奴らで固まって対処出来てる時の方が少なく感じるけどな俺」

 

「パンダ君の意見に僕も賛成だよ。そういったことを見据えてのくじ引きなんじゃないかな?」

 

「成程二人の言うことも一理あるな……失礼いたしました!!」

 

「いいよ!! 早くやろ!!」

 

 

オールマイトに言われるがまま皆くじを引いていく。一般的な学校のクラスならともかく20人しかいないA組においてくじ引きに大した時間がかかることもなく最終尾に並んでいたパンダがくじを引きこの場に居る者は皆くじを引き終えた。

 

そう、この場に居る者は。

 

 

 

「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

 

 

グラウンドβと校舎をつなぐ通路から叫び声と共に乙骨が飛び出す。服装は変わらずの白い呪術科仕様の制服。ただその背には竹刀袋のようなものがあった。

 

 

「遅ぇぞ乙骨。何してたんだよ」

 

「ごめん……」

 

「まぁ間に合って何よりだ! さ、乙骨少年もくじを引いてくれ」

 

 

乙骨は頷くとオールマイトに差し出されたボックスに手を入れる。中にあるボールは一つだけ。それを掴み取り出してみるとそこに描かれていたアルファベットは『F』だった。

 

 

 

「最初の対戦カードは……コレ!

 

 

オールマイトは二つのボックスから一つずつボールを取り出す。取り出した内の片方には『F』、もう片方には『H』と描かれていた。

 

 

『Fコンビ』がヒーロー‼ 対する『Hコンビ』が敵だ‼ Fコンビは乙骨少年と禪院少女、Hコンビは常闇少年と蛙吹少女だ!」

 

 

「禪院……ってことは」

 

「げっ」

 

 

乙骨が視線を向けたことでコンビ相手がわかったのか真希は滅茶苦茶に嫌そうな声をあげる。面と向かって言われたその声を聞いて内心乙骨は傷つく。一方でJコンビの二人が「がんばろう」なんて言ってるやりとりが開幕拒絶反応を示された今の乙骨には羨ましかった。

 

 

「敵チームは先に入ってセッティングを! 5分後にはヒーローチームが潜入スタートだ! 他の皆はモニターで観察するぞ」

 

「頑張れよ真希、憂太」

 

「めんたいこ!」

 

 

乙骨ら4人を除いた生徒らは皆オールマイトの指示でモニタールームへ動いていく。他の生徒が皆移動したことを確認したオールマイトはその最後尾に着く前に乙骨らの方を振り返った。

 

 

「常闇少年と蛙吹少女は敵の思考をよく学ぶように! そして双方に言えることだが今回の訓練はほぼ実戦! 怪我を恐れずに思いっきりな!」

 

「御意」

 

「わかったわ」

 

「はいよ。ま、コイツが怪我をするかは怪しいとこだがな」

 

「……」

 

 

真希の言葉に乙骨は深く俯く。そんな様子を見てかオールマイトは言葉を付け加えた。

 

 

「最後にもう一つだけ……度が過ぎれば中断する。危険だと思ったなら撤退も手の内ということも頭の片隅に入れておいてくれ」

 

「「「「はい!」」」」

 

 

それは訓練自体の安全確保のためなのか、それとも乙骨自身の安全のために告げられたことなのか。真意を告げぬままオールマイトはその場を後にする。オールマイトの告げた言葉の真意を乙骨は理解することもなくただ時間が過ぎ訓練が始まらんとしていた。

 

 






前書きの捕捉ですが恐らく何か重要な要素が欠けてしまうことを危惧して感想を書いていただいたことと思います。その要素がどのようなものなのか確認は出来ていませんがこの小説をそのネタバレが影響を与える部分まで書くつもりはありません。反応が貰えずエタるかもしれませんしどうか心配なさらないでください。


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第11話 想い:上

戦闘訓練の舞台『市街地』。都市空間に広がるものと見分けがつかないほどに精巧につくられたその場所に位置する廃ビルを前に乙骨と真希は訓練の開始を待っていた。

 

 

 

「――――――ってのが訓練の内容だ。わかったか?」

 

「一応は……」

 

「チッ、まぁいい。それよか背負ってるやつ見せてみろ」

 

「う、うん……どうぞ――――――」

 

 

背負っていたものを「どうぞ」と言いきるよりも先に真希は乙骨から奪い取るように受け取る。どうも手口がカツアゲじみている。

 

 

「あ? 何ビビってんだよ。訓練はこれからだろうが」

 

「ハッハイ」

 

「ホント気が小せェな。んで、そんなお前に悟が渡したのがこれか」

 

 

真希が袋から取り出した得物が日光を浴びて白銀に煌めく。近代科学の技術がふんだんに使われているわけでも何か特殊なギミックがそのわっているわけでもない、古来から日本に伝わる製法で生み出された日本刀。それこそ乙骨が五条から譲渡された武器だった。

 

 

「何の変哲もない刀だが切れ味が悪いな。概ね訓練で使えるように悟が石かなんかにぶつけてたんだろう……ってなんだよ」

 

「何で五条先生から渡されたってわかったのかなって思って……」

 

「気弱そうなお前が自分から持ってきたとは考えられねぇし、十中八九悟の指示だと思った。悟以外にお前に伝手無さそうだし悟の指示だろ?」

 

「指示というかなんというか……言われた通りに部屋に行ったら置いてあったというか……」

 

「そういうのを指示って言うんだよもやし」

 

「……もやしデスカ」

 

 

乙骨と真希がそうこう話してるうちに時間は経ち開始時刻となる。訓練の始まりを告げるサイレンが市街地に鳴り響き渡った。

 

 

『両チーム準備はいいな? 戦闘訓練開始!!』

 

 

「さって……と、私の邪魔したら承知しねェからな」

 

「……もし邪魔しちゃったら?」

 

「敵ごと纏めてぶっ飛ばす」

 

 

至極当然といった風に言い切る真希。

絶対に邪魔だけはしないようにしよう……そう乙骨は自身に言い聞かせながら真希と共に暗い建物の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わってモニタールームでは動き出した両チームの動向をA組一同は眺めている。やはり初戦ということもあり彼らの盛り上がりようも相応のものだった。

 

 

「なぁ皆はどっち勝つと思うよ? 俺は常闇のいる方が勝つと思うね!」

 

「常闇把握テストの時ヤバかったもんね~。何でも高得点出してたし戦闘になるともっとヤバそう!」

 

「蛙吹君も把握テストのどの分野においてもクラス平均の上を行っていたからな……相当強いぞ敵チーム」

 

「対するヒーローチームの二人は未知数だもんなぁ。なぁパンダ、お前から見て二人はどうよ」

 

 

瀬呂から回された問いにパンダは一瞬考え込むもすぐに答えを出す。

 

 

「まず真希だがかなりのやり手だ。武具の扱いにおいてはこの学校だったら右に出る者はいないだろ」

 

「「「おぉ~」」」

 

1対1(サシ)なら余程の実力差が無い限りはまず負けんだろうな」

 

「すっげー……やっぱ真希って滅茶苦茶強いんだね」

 

「乙骨次第じゃどうなるかわからねぇなコレ……! 乙骨はどうなんだ?」

 

「憂太は……正直わからんな」

 

「しゃけ」

 

「わからない……ってどういうこと? 真希の実力がわかるなら乙骨の実力を確かめる機会もあったんでしょ?」

 

 

耳郎は純然たる疑問を投げかかるもパンダは首を横に振る。乙骨はパンダらと違い呪術科に入ったのが遂先日のことだ。その日ヒーロー科のように個性把握テストもなけれな模擬戦のようなものも当然無い。パンダたちにわかるのは乙骨の人柄だけだった。

 

 

「憂太にはちょっとした事情があってな。実力の程は俺たちも知らん」

 

「未知数ということだな……ヒーロー科に即日転入してくる君たちの一員だ。間違いなく手強い筈……」

 

「というのは建前でぶっちゃけ弱いぞ憂太は」

 

「「「「えぇぇ⁉」」」」

 

 

パンダの急激な手のひら返しに一同唖然とする。完全に乙骨の実力は未知数、そして手強いで進む流れだったところのコレだ。その流れを面白いと思ったのか、はたまた滑稽だと思ったのか壁際で気だるそうに立っていた爆豪が口を開いた。

 

 

「ハッ、違いねェ。メガネの方はともかくあのモヤシは間違いなく弱ェ。雑魚が出すオーラがプンプンしてるぜ」

 

「雑魚とか言うなよ爆豪! でもまぁ……ずっと真希の後ろへっぴり腰で歩いてるし、確かに漢らしいとは言えねぇな」

 

「おかか」

 

「あーそうだな……確かに一つ付け加え忘れてた。弱いのは()()()()憂太だ。ポテンシャルだけなら俺らの中でもずば抜けてる」

 

「ポテンシャルってもそれ発揮できなきゃただのお荷物だろ」

 

「確かにそうだ。ただ『殻』を破ってそれが発揮出来たなら戦局は大きく傾く。そこは間違いないな」

 

「ケッ、あんなモヤシには出来そうもないけどな」

 

 

「皆お喋りはそこまでだぞ! そろそろ両チームがぶつかりそうだ!」

 

 

オールマイトが一喝したことで生徒らは鎮まり映像の方へと集中する。複数の画面で映し出されている戦闘訓練の様子。その中でもオールマイトの眼差しは乙骨が映るものに向かっており、額には汗が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真希と乙骨は何事もなく4階建てのビルの内の3階にまでたどり着いていた。1階は電灯が部屋を照らし2階は外の火の光が部屋の中を照らしていたのに対し3階は打って変わって日の光は無く光を失ったかのように薄暗い空間が広がっていた。真希と乙骨は敵を警戒しつつ進んでいたがある曲がり角の前で真希はふと足を止めた。

 

 

「止まれ」

 

「真希さん?」

 

「そこ隠れてんだろ。出てこいよ敵」

 

 

足を止めた真希は曲がり角の影をじっと睨みつける。何も無いように見える影を乙骨もじっと見ているとその影がゆらりと動きだし乙骨らの前へと躍り出る。それは漆黒のコスチュームを身に纏った常闇の姿だった。

 

 

「と、常闇君⁉」

 

「フッ、闇に紛れた俺を見破るか。まさか正面から入ってくるとは思わなかったが……裏の裏をかく戦法、それとも自信からか?」

 

「こそこそ裏口から入るような真似すんのは性に合わないだけさ。やり合っても負けねェ自信もあるがな」

 

「成程。確かに2対1ではこちらが不利だな……一旦ここは退かせてもらおう」

 

「逃がすかよ!」

 

 

背を向け逃げ出す常闇を真希は追いかけ、置いていかれないよう乙骨も駆け出す。曲がり角の先へと姿を消した二人を追い自身も曲がり角の先へと躍り出た乙骨と真希の正面には先ほどまで背を向け逃げていた常闇がこちらを向いて立っていた。

 

 

「どうした? 観念するのがやけに早ェじゃねぇか」

 

「観念はしていない。退くべき場所まで退いたから止まったんだ」

 

「退くべき場所……?」

 

 

真希は辺りを見回し警戒する。何か仕掛けがあるようにも思えないただの通路だ。常闇の言葉がハッタリである可能性も十分にある。けれどこれまで通った来た通路と何かが違っていたのは確かだった。

 

 

「退くべき場所つってもたかがさっきの場所から数メートルだ。大層な仕掛けを用意しているようにも見えないな」

 

「確かに大層な仕掛けは無い。だが我が力には暗闇こそあれば良い」

 

「暗闇だって……?」

 

 

常闇の言葉に真希は今一度辺りを見回す。何の変哲もない通路だ。ただこれまでの通路と異なる点が二つだけあった。一つは天井に備え付けられていた灯り。もう一つは窓。どちらもわずかながらもこの廃ビルの中に光をもたらしていたものだがここにはそれがなかった。

 

 

「っ乙骨走れ!!」

 

「え?」

 

「もう遅い! 出てこい『黒影(ダークシャドウ)』!」

 

『アイヨ!』

 

 

常闇の身体の中から竜のようにも見える黒い影が呼応するように現れる。出た直後は童話に出てくるようなポップな姿だったが瞬時にその姿は鋭い爪と眼光を持つ凶悪なものへと変貌した。

 

 

『シャア! ヤッテヤンゼェ!』

 

「クソっ、下がってろ!!」

 

「うわぁ⁉」

 

 

漆黒の影が意思を持つかのように向かってくる光景を見ると同時に乙骨の身体は後方へと突き飛ばされる。影は一直線に体勢を崩した真希の方へと向かっていく。

 

 

『隙ダゼェ!! モラッタァァ!』

 

「真希さん!」

 

 

影の爪が真希を切り裂かんとする光景を前に乙骨は覚悟する。次に目に入るのは飛び散る血しぶきだろうと。だが

 

 

 

「この程度じゃ隙にはならねェよ‼」

 

 

 

視界に入るは火花散る閃光。影の攻撃は真希の身体へと届く前に彼女の持つ鉈によって弾き返されていた。すかさず真希はのけぞった黒影の懐へと潜り込み鉈を下から振りかざす。

 

 

「おォら!!」

 

『グゥ⁉』

 

 

鉈の一撃は黒影の腕を容赦なく切り落とす。けれど切り落とされたその腕は地面へと落ちる間もなく黒影の下へと還り黒影の腕は元通りに修復された。

 

 

「ダメージなし……結構良いの入れたつもりだったんだが甘かったか」

 

「この状態の黒影に反撃するか……! 『黒影』!」

 

『ウオッシャアアア!!』

 

 

黒影の猛攻が真希へと襲い掛かる。次々と飛んでくる爪と牙で切り裂かんとし床へと叩きつけんとする黒影の攻撃を真希は鉈や身のこなしで全て受け流しつつ、カウンターの如く飛び出してきた黒影の腕や頭を切り裂いていく。その余波は壁や床に傷を生み、ヒビを作っていく。どちらかが気を抜けば倒れる……そんな攻防も黒影の身体を真希が蹴飛ばしたことで双方距離が生まれ終わりを迎えた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「真希さん!」

 

「……チッ、人の心配するならお前も戦えっての」

 

 

真希は頬から出た血を拭いつつそう吐き捨てる。

攻撃を与えた回数では間違いなく真希の方に軍配が上がるだろう。だがその代償のように乙骨を背後に戦う真希の身体には次第に傷が増えていく。対して黒影に真希の攻撃は届くものの切り裂いた部分は水が元の形に戻るようにあっという間に修復してしまう。加えて本体の常闇にダメージを与えようにもこの狭い通路ではリーチの長い鉈が却って邪魔になっている。このままではジリ貧になることは明らかだった。

 

 

「……っごめん」

 

「いいからこっから離れるぞ乙骨! あいつの個性は恐らく――――――」

 

 

闇の中だと強くなる――――――

そう言い切る前にその場から脱しようとした真希の脚が止まる。前を常闇と黒影が塞ぐ一本道の通路、その反対側には既に()()()()の敵がいたのだ。

 

 

「逃がすか……蛙吹!

 

「ケロッ!」

 

 

反対方向にて立ちふさがる蛙吹の口から勢いよく舌が飛び出す。粘液のようなものが付与されたそれが向かった先は真希ではなく、乙骨だった。里香の出る様子は―――――無い。

 

 

「うわ、わわわわわ⁉」

 

「クソッ……乙骨!」

 

 

里香がいなければ乙骨はただの人間、防ぐ術などない。乙骨へと向けられた攻撃を真希がその身を挺して受け止める。黒影の一撃に比べれば大した威力もない一撃だが真希の気を引くには十分だった。

 

 

「これで終わりだ……ヒーロー‼」

 

「……ッ」

 

 

先ほどの攻撃のせいか身体が痺れて動かない。乙骨も真希にも成す術はない。黒影の拳が真希と乙骨を纏めて打ち砕かんとする。だが

 

 

「何だ⁉」

 

 

突然の地鳴りのような音とともにこれまでの戦闘の影響か床が崩れ始め、その衝撃で土煙が周囲に舞う。その土煙は乙骨らに味方し常闇らの視界を奪った。

 

 

「ゴホッ……ゴホッ……」

 

「常闇ちゃんヒーローは……」

 

 

崩落もすぐに収まり土煙も晴れる。常闇らの前には先ほどまで無事だった床がくり抜かれたかのように消え、乙骨らの姿も煙のように消え去っていた。




中々難産だったので反応貰えると嬉しいです……はい……


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第12話 想い:下

3階での戦闘の影響で下の階へと転落した乙骨と真希は再び核のあるであろう上階へと向かい進んでいた。その足取りは訓練前の何倍も遅くなり、乙骨は真希に肩を貸し歩いていた。

 

 

「ここまで来れば大丈夫な筈……身体の方は大丈夫?」

 

「はぁ……はぁ……心配すんじゃねェ……よ」

 

「真希さん⁉」

 

 

その場に崩れそうになる真希の身体を乙骨は支え、壁へともたれかけさせる。真希の言葉には先ほどまでの威勢は無く、額には尋常ではないほどの汗が伝っている。

 

転落は絶体絶命だった二人にとって嬉しい誤算であったが同時に予測していなかったがための反動を二人は受けた。落下自体の衝撃に加え共に転落した瓦礫から受けたダメージもある。結果敵から身を隠すことは出来たが二人は相応のダメージを受け、真希に至っては一人で歩けないレベルで疲弊していた。

 

 

「なんで……っこの切り傷のせいか」

 

「お前と違ってひ弱じゃねェからな……切り傷如きじゃくたばりゃしねェよ。床が崩れたタイミングで切り傷に毒かなんか入ったんだろ。ったくツイてねェ……」

 

「僕を庇ったせいで真希さんが……」

 

「ウジウジすんな気持ち悪ィ……その様子だとお前の方は大丈夫そうだな……ふぅ」

 

 

真希はため息を吐き震える手で額の汗をぬぐう。そして何かを決心したかのように乙骨の方へ顔を向けた。

 

 

「もう時間一杯、決断の時だ乙骨」

 

「決断って何を……」

 

「戦うかどうかだよ。恐らくこの訓練は私たちのヒーロー科編入の試験を兼ねてる筈だ。じゃなきゃ悟はこのタイミングでお前に刀なんて渡さずに見学させてる」

 

 

真希の言葉を受け乙骨は背負っている竹刀袋を見る。大した重さもなかったそれが急に重くなったような気がした。

 

 

「ここで結果を残せれば晴れてヒーロー科、残せなければどうなるかはわからない。今ここでやるしかねぇんだよ」

 

「……そんなこと言ったって僕には無理だよ」

 

 

これまでも同じようなことは何度もあった。けれどその度に己が呪いの恐ろしさから逃げ出したのだ。誰も傷つかないよう、自分自身を苦しめないように。誰かに立ち向かっていく自分の姿など乙骨には到底想像できなかった。

 

悔しさからか、それとも自身の惨めさからか。ぐちゃぐちゃの感情が入り乱れ乙骨は唇を噛みしめる。

 

 

「――――――乙骨」

 

 

そんな後ろ向きな姿を見せる乙骨の胸倉を真希は掴んでいた。

 

 

「お前マジで何しに来たんだよ……この雄英高校によ!」

 

「何がしたい! 何が欲しい! 何を叶えたい!」

 

「……僕は……」

 

 

答えはもう己の中にあった。誰かの役に立ちたいとか自分の力を生かしたいとか、そんな胸を張って言えるような立派な理由ではない。本当に個人的な、されど乙骨にとってはもっとも得難いもの。

 

 

「……僕はもう誰も傷つけたくはなくて、閉じこもって一人で消えようとしたんだ。でも……」

 

 

一度は受け入れた秘匿死刑。それで乙骨は終わろうとした。他人の為、何より自分自身の為に。誰ふり構わず傷つけてしまう人生はもうウンザリで、死刑を選び終えようとしたのだ。

 

 

けれど言い返せなかったのだ。

 

 

 『でも……一人じゃ寂しいよ?』

 

 

人生を終えようとした場所で五条に告げられた一言。これで乙骨は気づいてしまったのだ。誰かを傷つけるのは怖い。それでも乙骨には願いがあった。

 

 

「誰かと関わりたい。誰かに必要とされて……生きてて良いって、自信が欲しいんだ」

 

 

使命でも義務でもない。純然たる願い。自分自身を救う為の術を探しに乙骨は雄英高校へとやってきたのだ。

 

 

「だったら強くなれ」

 

 

そしてその答えは真希の口から告げられた。

 

 

「強くなって、強くなって、強くなって! そんで敵を倒せ! 自信も! 他人も! その後からついてくんだよ!」

 

「……」

 

「雄英高校はきっと……そういう場所だ」

 

 

それだけ告げて真希は限界が来たのかその場に倒れ伏す。真希に掴まれていた乙骨の胸倉は倒れた勢いでボタンがちぎれ胸元が露わになり、そこには小さな首飾りが木漏れ日に照らされ鈍く光っていた。

 

それこそ鎖に通した幼き日に交わした指輪。

里香との約束の証であり、里香という存在との最も強い繫がりだった。

 

 

「……」

 

 

願いは明かした。答えも得た。

ほんの片手で数えられる程度の人数との関り。それも数日のこと。けれどその出会いを経た乙骨にはもはや迷いはなかった。

 

 

「里香ちゃん」

 

 

指輪を握りしめ愛する人の名を呼ぶ。

 

 

 

――――――なぁに?

 

 

 

応える声が確かに聞こえた。

もうその声に怯えない。その声から逃げることもない。

 

 

幼き日の彼女との約束と呪いという二面性を持つその指輪。過去から現在、そして未来までも続くはずだった約束。その光と闇を乙骨は覚悟を持って受け入れる。指輪は今鎖から放たれ、左手の薬指へと嵌められた。

 

 

 

「――――――力を貸して」

 

 

 

あるべき場所へと移った指輪が淡い光を放つ。

幼き頃から自他を巻き込み傷つけてきたその呪いを今乙骨は”術”として受け入れた。

 

 

 

 

 

 

一方3階にいる常闇と蛙吹は崩落した床の先を眺めつつ、乙骨らの動きを窺っていた。常闇らヴィランチームはほぼ無傷だったが防衛対象がある以上油断は出来なかった。

 

 

「どうかしら常闇ちゃん。乙骨ちゃんたちの姿は見える?」

 

「見えんな。探そうにも瓦礫が邪魔で黒影も出せん」

 

「もしかしたら核の方に向かってるのかしら。結構なダメージだったと思うのだけど……」

 

「万一もあるからな。蛙吹は核を守っていてくれ」

 

「梅雨ちゃんと呼んでね常闇ちゃん。核の方は任せておいて」

 

「頼む」

 

 

薄暗い廊下で常闇と蛙吹が別れ、各々の役目のため動いていく。

その時だった。

 

 

 

ガラッ……

 

 

 

瓦礫が傾いたかのような微かな音、微かな振動。常人であれば気づくことも気にすることもないその僅かな異変に常闇だけが気づいた。

 

 

「蛙吹‼」

 

(何か、何かがマズイ……‼)

 

 

形容しがたい悪寒が常闇を襲う。それは野生的本能か同族故か。危機を伝えるべく言葉を発した時にはもう遅かった。

 

 

 

「どうしたの常闇ちゃん? 何か――――――」

 

「ッ、お前の後ろだ蛙吹ィ!」

 

 

 

常闇の言葉に振り返った蛙吹。そしてその背後には刈るように飛び出した乙骨が刀を振りかざしていた。その眼光は訓練前のそれとは別人であり、暗闇に飛び上がるその姿は命を刈る死神のようだった。

 

 

「ケロッ⁉」

 

「――――――ごめんね蛙吹さん」

 

 

乙骨の放った大振り。その一閃には技術など一切込められていない。けれど刀は蛙吹の胴を打ち取り、蛙吹の身体を壁面へと叩きつけ意識を刈り取った。

 

その場に残った二人は向き合い対峙する。

 

 

「後は君だけだ常闇君」

 

「そのようだ。不意を突いたとは言え蛙吹を一発で仕留めるとは……それがお前の個性か」

 

 

常闇が乙骨の持つ刀を見て言う。乙骨の刀には赤色でも紫色でもないオーラが纏われていた。

 

 

「僕の力じゃない。この力は里香ちゃんのモノ、そして僕が今立てているのは真希さんのおかげさ」

 

 

パスを繋いだ里香の力を形ある刀に込めたモノ。これが蛙吹を刃こぼれした刀で沈めた要因であり、乙骨と里香の呪いの形だった。

 

 

「成程、詳細は知らんがこの短時間でお前が成長したことはわかる。何というか……前向きになったな」

 

「そうかな。ならそれこそ真希さんのおかげだよ」

 

 

里香の力は危険だ。扱い切れるかもわからず、誰かを傷つけてしまうかもしれない。それ故に自ら使おうとせず再び閉じこもろうとした。このまま終わろうとした。誰も何も傷つけないように。

 

それでもこの力を使い戦おうと思わせてくれた、一歩を踏み出せたのは真希のおかげだった。

 

 

「それより僕とゆっくり話してても大丈夫? 今頃真希さんが核を確保しちゃってるかも」

 

「フッ、ハッタリはよせ乙骨。建物の中で動いているのは俺とお前だけなのはもうわかっている。残るは俺とお前だけだ」

 

「わかっちゃうか~……はぁ、出来れば君とは正面からやりたくなかったんだけど」

 

 

乙骨が常闇と正面から戦いたくない理由は大きく分けて3点。常闇が真希と同等の実力を持っていることと乙骨には喧嘩の経験はおろか刀を扱ったことすらないこと、そして長時間の力の行使による里香顕現の恐れがあった。

 

経験も力も乙骨自身に無い以上里香の力に頼るほかない。だが今回が里香の力を自発的に扱う初めての場だ。扱いを誤れば里香顕現に繋がる。

 

里香が顕現してしまえば常闇らを傷つけてしまうのは間違いない。それは乙骨の本意ではないし五条の言う通りならば顕現させた時点で即死刑執行となる。

 

どの点を取っても乙骨に取れる選択肢は『短期決戦』以外なかった。

 

 

 

「行くぞ乙骨‼ 『黒影』‼」

 

 

掛け声と同時に影が乙骨目掛け突進してくる。流動的でありながら鋭利な爪を持つそれの拳を乙骨は躱しつつ、真希のようにカウンター気味に攻撃していく。けれど刀の扱いに慣れない乙骨の攻撃は影を掠める程度で一振りで軽く息が上がってしまっていた。

 

 

「はぁッ、はぁ……」

 

「お前の方こそゆっくりしていて大丈夫か? このままタイムアップならこちらの勝ちだ!」

 

「ぐっ……」

 

 

影の猛追を刀で振り払いながらも乙骨は残り時間を確認する。与えられた時間の大半は既に消費してしまっており訓練終了までもう2分となかった。

 

 

「こうなったら……!」

 

 

このままだと常闇の言う通りこちらの敗北は確定する。それだけは避けなければと考えた乙骨は常闇と一旦距離を取ると力任せに刀を壁にぶつける。激しい音とともに壁は崩れ、砂埃と瓦礫が乙骨と常闇の間を遮った。

 

 

「今のうちに核を見つけにいかないと……」

 

 

常闇がこちら側に来れない内に上の階へ……そう考えた乙骨は常闇のいる方に背を向け駆けていく。だが

 

 

「そうはさせんぞ乙骨‼」

 

 

瓦礫は大した足止めにもならず、常闇は瓦礫を吹き飛ばし乙骨へ影を飛ばす。常闇に背を向けていた乙骨は身を守る間も無く壁へと強く打ち付けられた。

 

 

「カハッ⁉」

 

「終了まで後2分を切った。核には辿り着けんだろうが……念のためだ。ここで拘束させてもらう」

 

 

打ち付けられた衝撃で息が上手く吸えない。痙攣する。身体が言うことを聞かない。震える足に鞭を振るいながら立ち上がる乙骨を前に常闇は容赦なく近づく。確実に意識を刈り取り拘束するために。

 

 

「くそっ……!」

 

 

乙骨は何とか床に落ちた刀を拾い握り攻撃しようとする。けれどもう間に合わない。満身創痍の乙骨が刀を振るうよりも先に常闇の影が乙骨にぶつけられるのは明白だった。

 

 

「これで終わりだ」

 

 

放たれた意識を刈り取らんとする攻撃。常闇の影が乙骨の鳩尾にぶつかるのを止められる者は誰もいない。誰もがそう思った時、突如一面の壁が崩れ目が眩むような光が中へと差し込んできた。

 

 

『グワァァァァァッ⁉』

 

「クソッ『黒影』‼」

 

 

その日光に当てられてか猛威を振るっていた影は悲鳴を上げ常闇の中へと戻っていく。

その光は日光。人に活力を与える光であると同時に影を掃うもの。常闇の『黒影』も例外ではなかった。

 

 

「……一体何が」

 

「ギリギリセーフ……ゴホッ!」

 

 

九死に一生を得た乙骨が声のした方を見る。光が差し込む崩れた壁、そこには2階で倒れているはずの彼女、真希が壁に背を預けながら座っていた。

 

 

「真希さん‼」

 

「蛙吹はもう拘束した! 後はそいつだけだ乙骨‼ もう時間が無ェ!!!」

 

 

こっちは心配するなと真希はかすれた声で叫ぶ。残り時間は1分を切った。寸秒の躊躇いも許されない。そのことを理解した乙骨は刀を力強く握る。今出せる全てをぶつけるために。

 

 

「行くよ常闇君ッ‼」

 

「ッ……来い乙骨‼」

 

 

両者ともに満身創痍、互いが今出せる呪い/影を刀/拳に乗せる。その力の増幅のぶつかり合いは建物すら揺らつかせる。その揺れが一瞬だけ止んだその瞬間二人は地を蹴り飛び出した。

 

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」」

 

 

呪いと影がぶつかり合う。大地が揺れるかのように建物全体が揺れ、風が吹き荒れる。そのぶつかり合いはすぐに決着が着いた。

 

 

「終わりだァァァァァァ‼」

 

 

陽の光を味方につけ、今引き出せる呪いを全て込めた一撃は影の拳を上回り常闇を切りつける。全霊を賭けた一撃は常闇の意識すらも刈り取り、瞬時に常闇の身体を乙骨は拘束した。

 

 

 

呪いと影の戦い。その軍配は呪いに、乙骨に上がった。

 

 

『訓練終了‼ 勝者ヒーローチーム!!!』

 

 






ようやく書きたい乙骨を書けるステージに来た……! ホントようやくって感じです。
相変わらず難産だったので高評価・感想お待ちしております!



加えて一つ。
感想欄を見たのですが恐らく感想が一件消えたように感じます。恐らく本誌ネタバレを含んだ感想を書かれた方が消したのだと思います。ご配慮ありがとうございました。



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第13話 骸と言

訓練を終えた乙骨らはオールマイトの指示の下モニタールームへと足を運ぶ。その部屋の扉を開けた先でクラスメイトが乙骨たちを出迎えた。

 

 

「やるじゃねぇか乙骨! 熱かったぜ!」

 

「やべー戦いしやがって! 後にやる俺らのハードル上がりまくりだよ!」

 

「常闇も凄かったー! あの影みたいな奴カッコ良かったよ!」

 

 

 

「あはは……何か恥ずかしいね」

 

「むぅ……」

 

「はいはい静かに! 時間は大切にだ」

 

 

先ほどまでの戦闘に沸き立つ生徒らをオールマイトは抑えるとモニターを再度点灯させた。講評の時間である。

 

 

「では訓練の講評を行うぞ! 今戦はHEROチームが勝利、MVPは禪院少女だ!!!」

 

「アレ~最後バチバチやってた乙骨と常闇じゃないンすか?」

 

「二人とも全力で正しく男‼ って感じだったよな! なんで二人じゃないんだろ」

 

「何故だろうな~? わかる人⁉」

 

「はい、オールマイト先生」

 

 

オールマイトの問いに一人堂々と手を挙げる。手を挙げたのは長髪を後ろで束ね、動きやすさを重視したコスチュームを身に纏う八百万だった。

 

 

「それは禪院……真希さんが一番状況設定に順応していたからです」

 

 

勿論その点については蛙吹さんもですが と付け加えて八百万は話を続ける。

 

 

「乙骨さんは最終的にヴィランチームを二人打倒しています。が、最初に会敵した際には戦闘放棄さえしていませんが何もしていません。相手を前に逃げも戦いもしないのは愚の骨頂かと」

 

「すみません……」

 

「常闇さんも念には念を入れた行動や序盤の冷静さは良かったと思いますが乙骨さん共々攻撃が乱暴過ぎます。建物内にあるハリボテ核が本物だったら……危険すぎますわ」

 

「むぅ……」

 

「蛙吹さんは行動に問題点はありませんでした。真希さん同様設定に準じた行動を取っていてワンダウン取っています。他のメンバーよりも活躍の場が少なかったことがMVPでない要因だと思われます」

 

「ケロ、嬉しいけど悔しいわ」

 

「そして真希さんですが冷静な行動で敵の待ち伏せを看破、敵側に有利な状況で互角に渡り合いつつ最終局面では蛙吹さんを拘束した上強引ではありましたが部屋の中に光を差し込ませた。状況に応じ適した行動を取っていたと思います」

 

 

 

試験の見解を淡々と述べていく八百万。己の見解を述べられた者らは各々反応を示すがMVPとして挙げられた真希は今保健室にいるため反応を示すようなことは当然なく、代わりに『しーん』とした空気が流れた。

 

 

「ま、まぁ禪院少女の行動には粗さもあったわけだが……正解だよ。くぅ……全部言われちゃったな‼」

 

「常に下学上達! 一意専心に取り組まねばトップヒーローになどなれませんので!」

 

「その意気だ八百万少女! さぁ次の組み合わせに行こうか! 次は……」

 

 

そうして訓練は次々と行われていく。

 

 

轟のワンサイドゲーム

 

緑谷と爆豪の死闘とも言える衝突

 

 

それら個性のぶつかり合いをA組一同は目にし講評する。幾つもの組み合わせで戦闘が行われる中パンダと狗巻、二人のヒーロー科における初陣も行われようとしていた。

 

 

 

「これが最後の組み合わせだな。ヒーローチーム『狗巻・パンダコンビ』VS ヴィランチーム『上鳴・耳郎コンビ』‼」

 

「どんな戦いになるんだろ? パンダたちの個性私たち知らないしー」

 

「さぁな。仲の良い乙骨なら知っているかもしれんが」

 

「確かにな。どうなんだよ乙骨……乙骨?」

 

「……え、あ……ごめん、聞いてなかったや」

 

 

閉じかけていた瞼を何とか開けて乙骨は聞き返す。里香の力の行使の影響か乙骨の身体も精神も既に疲れ切っていて立っているのが限界だった。

 

 

「パンダと狗巻ってどんな個性なのかなって聞こうと思ったんだが……大丈夫か?」

 

「初戦闘だ、疲れ切ってしまうのも無理はない。キツかったら休んでもいいぞ乙骨少年」

 

「大丈夫です……僕も皆の戦いを見てたいんだ。パンダ君の個性も、狗巻君の個性も知らないし」

 

「お前も知らないんだな。ま、見てればわかるか」

 

「相手の動きや見た目から個性を推測することもヒーローとして重要なスキルだからね。それ含めて見ていこう」

 

 

そう言ってオールマイトがモニターの方へと視線を移したのを見て乙骨らの視線も流れるようにモニターに集中する。モニターには既に始まった戦闘訓練の様子、建物内でヒーローらを待ち受けるヴィランである上鳴らの姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

「どうだ耳郎」

 

 

建物の中、上階に位置するヴィラン二人はヒーローを待ち構える。上鳴は身体に電気を迸らせつつ視界に入る周囲の警戒、その上鳴に問われた耳郎は耳から伸びるイヤホンプラグを床へと差し息を済ませていた。

 

 

「……下の階に足音。足音的に二人いると思う」

 

「んじゃ二人ともくっついて歩いてんだな」

 

「音の大きさからして一人は大柄、一人は小柄……上鳴の言う通り固まって歩いてんだと思う」

 

 

耳郎はプラグを床から抜き息を大きく吐く。プラグを通して下の階の音を耳郎は拾っていた。

 

 

「よーっし! なら後は上に上がってきたのをぶち倒すだけだな!」

 

「頼むから油断はしないでよ? パンダはともかく狗巻の個性はわからないんだから……」

 

「わかってるよ! 大丈夫大丈夫!」

 

「ホントかなぁ……」

 

 

下の階の様子を把握した上鳴らは待ち伏せするべく階層を渡る唯一の手段である階段の方へと向かう。建物内にはエレベーターはなく、あるのは二つの階段のみ。二人は下階での音の向かう方向からヒーローらが通るであろう階段はわかっていた。

 

 

その階段へと向かい、相手を待ち伏せする。階段の少し手前で腰を下ろそうとしたその時だった。

 

 

「ッ⁉」

 

 

突然数歩先の床が打ち砕かれ瓦礫となる。その異変にいち早く気づいた耳郎は上鳴を引きずりながらも飛ぶようにその場から後退した。

 

 

「一体何が……」

 

 

 

そう上鳴が言い切るよりも先に床の抜けた穴から答えが飛び出す。静かだった建物内で突然床をぶち抜いた犯人、その正体は犯人というよりも犯『パンダ』だった。

 

 

 

「あれ、外したか」

 

 

穴から現れたパンダは手に着いた瓦礫や砂を掃いながらつぶやく。それはまるで狙っていたかのような口ぶりだった。

 

 

「ッ……なんでウチらの場所が⁉」

 

「うーん何となく? 野生の勘ってやつかもな」

 

「勘であそこまで当ててくるのかよ……!」

 

 

上鳴と耳郎は驚きつつも冷静にパンダから距離を取る。この訓練では核が見つからない限り時間切れが勝利条件の一つであるヴィランが有利だ。故に無理して戦闘する必要はない。そうでなくとも目の前で想像以上の超パワーを見せられた以上正面から戦うのは分が悪い、そう判断しての行動だった。

 

 

「行くゾォ!!」

 

 

だがその後退を許さないかのようにパンダは二人目掛け突進する。床を振動させるような獰猛な走りにパンダと二人の間にあった距離は一瞬で縮まった。

 

 

「マジかよッ⁉」

 

「まずは一人、もらったァ!」

 

 

パンダの拳が上鳴の横腹を打ち取る。上鳴はその動きに何もアクションを起こすことが出来ない。パンダの拳は宙に浮いた上鳴の身体を壁へと叩き付けた。

 

 

「上鳴‼」

 

「よし……んじゃ後はお前だけだな」

 

 

砂塵が舞う中上鳴の声は無い。数的有利を失ったヴィランチームは完全に劣勢になる。そんな中で耳郎に取れる選択は一つしかなかった。

 

 

「クソッ、ごめん上鳴!」

 

 

取れる選択は一つ、その場から脱出。ヒーローチームが合流するよりも先にその場から脱し核の防衛に徹するのが優良の選択。

 

ただそれはパンダが見逃してくれればという条件付きの選択だった。

 

 

「逃げか。ま、妥当だが……見逃すほど俺は甘くないぞ!」

 

「ッ……だろうね!」

 

 

パンダと耳郎の間にはわずかな距離しかなく、パンダの脚力をもってすれば間を詰めるのは他愛もない。パンダが上鳴を壁へと押し付けていた拳を引き駆け出そうとする。けれどその脚は思うようには動かなかった。

 

 

まるで人一人分の重しが片足に引っ付いているかのように。

 

 

「……ただじゃやられねぇよ」

 

「あ」

 

「個性マックス出力ッ……‼」

 

 

上鳴の身体が一瞬発光する。次の瞬間溢れんばかりの膨大な電流がパンダと上鳴の身体をのみこんだ。距離を取っている耳郎の肌すらもジリジリとヒリつかせるその電撃をもろに食らったパンダはその身を焼かれていく。

 

 

「うおおおお⁉」

 

「このまま倒れろッ!」

 

 

互いに身動きが取れない状態での意地同士のぶつかり合い。時間にして数秒経った頃、叫びと共に流れていた電流は消えた。

 

 

「ッ……どうなって」

 

 

眩暈を起こす視界を何とか戻しつつ耳郎はどうなったのか通路の先を見る。

 

電気が消えた後には黒い煙と焼け焦げた音が通路内に流れる。その下には倒れたままの上鳴、黒ずんだパンダの姿が変わらずあった。どちらもその場から微動だにしない。

 

 

「上鳴……?」

 

 

倒れたまま動かない上鳴に耳郎はそっと近づくと声を掛ける。その声に反応して上鳴は顔だけ起こして見せた。

 

 

「ウェ、ウェ~イ……」

 

「ブフッ‼」

 

 

アホ面を浮かべる上鳴の顔を見て思わず耳郎は吹き出す。その顔は耳郎のドツボにハマる面白さで訓練中でありながら笑い転げそうになるも目の前の存在が動いたことでその行動は取られなかった。

 

 

パンダはぴんぴんしていた。

 

 

 

「あー痛かった。案外やるなお前」

 

 

焦げた肌をポリポリと搔きながら倒れ伏す上鳴を眺めてパンダはつぶやく。まるで激辛麵でも食った後かのような軽いリアクションに耳郎はすぐさま距離を取りなおし上の階へと駆け出してく。

 

 

間違いなくパンダへダメージは与えている。

けれどそれはパンダを倒すには不十分だった。

 

 

 

「今ので通信機器が壊れたか……棘‼

 

 

もはや使い物にならなくなった機材をその場に捨て、相方の名をパンダは叫ぶ。

 

 

「ッ、早く上に上がらないと」

 

 

耳郎の走る先に狗巻の姿は無い。パンダが回復する前にこの場を脱することがこの状況での耳郎の判断だった。

核を防衛するため上の階の階段に足を掛けようとした、その時だった。

 

 

 

「――――――しゃけ」

 

 

 

そうはさせまいと狗巻が間に遮って飛び出す。考えるまでもなく耳郎は待ち構えられていたのだ。

 

 

「なッ⁉」

 

 

突然の狗巻の登場に耳郎は身構える。けれどその時には、狗巻が襟から口を露わにした時にはもう勝負は決まっていた。

 

 

「動くな」

 

 

震えるようではっきりと耳に届いたその声はエコーがかかったかのように何重にも頭の中で響く。その事に耳郎が気付いた時にはもう身体の自由は耳郎にはなく、ただその場に立ち尽くす他出来なかった。

 

 

「ッ……マジか」

 

 

その隙に狗巻は拘束テープを耳郎に巻き、パンダもまた倒れ伏したままの上鳴にテープを巻いた。ヴィランチーム戦闘不能、ヒーローチームの勝利である。

 

 

『訓練終了! 勝者ヒーローチーム!』

 

 

「お疲れ棘」

 

「高菜!」

 

 

パンダと狗巻は互いの手をパチリと叩く。その勝利のハイタッチで今年ヒーロー科における初の戦闘訓練は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

日も傾いた放課後。夕焼けの空が広がる中乙骨らは廊下を歩いている。教室で今日の戦闘訓練の反省会が行われていて乙骨らもそれに参加しようと教室へ向かっているところだった。

 

 

「いや~凄かったよパンダ君も狗巻君も!」

 

「まぁあれくらいはな。憂太も凄かったぞ」

 

「しゃけしゃけ!」

 

「……ありがとう。でも二人の方がもっと凄かったよ! 上鳴君の電撃受けてもパンダ君平気そうだったし、狗巻君も言葉一つで拘束しちゃうんだもん! 僕なんかとてもじゃないけど二人みたいには出来ないよ……」

 

「俺らは経験があるからな。憂太だってもっと戦えるようになるさ」

 

「……」

 

「あれー、ひょっとして真希さん話題に上がらなくて拗ねてらっしゃる?」

 

「拗ねてねェよ!」

 

 

授業も全て終わり保健室で大事をとっていた真希も万全の状態まで回復、他3人もリカバリーガールの治療により同じく万全の状態。ただ乙骨だけは少し事情が違った。

 

 

「それより聞いたぞ乙骨。なんでも二限ぶっ続けで寝てたらしいじゃねェか」

 

「うっ……ハイ、その通りです」

 

 

苦虫を嚙み潰したような顔で乙骨は頷く。リカバリーガールの回復はあくまで身体的なもの、体力は回復しない。

 

里香の力を初めて行使した影響もあった乙骨は真希の言葉通り2時間連続で授業中に寝てしまったのだった。

 

 

「初回の授業もあったしな。こりゃ目つけられたかもな」

 

「こんぶ!」

 

「制服目立つは授業は爆睡かます。『異端児乙骨サマ』……ってか? 傑作だな」

 

「やめてよもう……」

 

 

恥ずかしさで手で顔を覆い隠す乙骨に構うものかと3人はケタケタと笑う。傍から見ればいじめに見えてもおかしくない光景ではあるが、この状況下で乙骨は恥ずかしさと同時に暖かさを感じていた。

 

 

それは彼が求めていた、人の暖かさに他ならなかった。

 




お気に入り数や評価が良くならない中、何とか更新する今日この頃。週一更新はもうキツイですわな


メゲナイショゲナイドラゲナイの精神で頑張るしかねぇ!


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第14話 不穏な気配

誤字報告の方いつもありがとうございます、そしてすみません。


激しい戦闘が何度も繰り広げられた戦闘訓練から一夜明け、翌日の雄英高校1年A組ではホームルームが行われていた。

 

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと記録の方は見させてもらった」

 

 

相澤は気だるそうにしつつも教卓に立ち話を進める。A組の面々にはもはや見慣れた光景だった。

 

 

「爆豪」

 

「!」

 

「お前もうガキみたいな真似するな。能力はあるんだから」

 

「……わかってる」

 

「で緑谷はまた腕ぶっ壊して一件落着か」

 

「うっ」

 

「個性の制御……いつまでも『出来ないから仕方ない』じゃ通させないからな」

 

 

 

昨日の戦闘訓練での爆豪と緑谷の衝突。その衝撃は建物を崩壊一歩手前にしたほどで崩壊に近づけた要因の一つ、というか元凶は緑谷の捨て身の一撃だった。

 

 

(緑谷君のあの一発、凄かったなぁ。五条先生でもアレは出来ないと思うし)

 

 

 

「俺は同じことを言うのが嫌いだ。それさえクリアできればやれることは多い、焦れよ緑谷」

 

「っはい!」

 

「あとは乙骨と常闇。核がある想定であのやり方はやり過ぎだ。お前らもっと冷静に立ち回れ、いいな」

 

「はっ、はい!」

 

「御意」

 

「さて、今日の本題だ。これから君たちにはあることをやってもらう」

 

 

(((まさか……抜き打ちテスト⁉))))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学級委員長を決めてもらう」

 

 

「「「「学校っぽいやつキター-‼」」」」

 

身構えていた生徒らから安堵の叫びが上がる。身構えている原因は全て初日の個性把握テストに収束するわけだが乙骨らには知る由もなかった。

 

 

「委員長やりたいです俺!」

 

「ウチも!」

 

「リーダーでしょ? やるやるー‼」

 

「委員長は俺にやらせろ!」

 

「えー、爆豪すぐキレるからなぁ」

 

「キレんわ!」

 

 

生徒らが次々に挙手し委員長に立候補していく。そんな中最後列の4人は冷めた反応を示していた。

 

 

「……なんでこんなに人気なのかな? 僕の経験だと名乗り出るのは一人二人くらいの役職だと思うんだけど……」

 

「さぁな、知らねぇ」

 

「ヒーローってのは色々求められるからな。そういう素質を鍛えるにうってつけの役職なんじゃないか?」

 

「なるほど……」

 

 

 

「静粛にしたまえ!」

 

 

皆我こそはと声を上げ、ざわめく中筋の通った声が教室に響く。その声の主はメガネの下から真剣な表情を覗かせる飯田だった。

 

 

 

「多を牽引する重要な仕事だ。責任は重大、周りからの信頼あってこその聖務!」

 

「飯田ちゃん……」

 

「民主主義に則り真のリーダーを皆で決めると言うなら……これは投票で決めるべき議案だ!

 

「立候補の挙手がそびえ立ってるせいで説得力0よ飯田ちゃん」

 

 

矛盾した行動を突っ込まれ、飯田は軽く咳ばらいをしながら手を引っ込める。

 

 

「だが『やりたい者』がやれるものでもないのは事実だろう」

 

「けどよ、投票なんて言ったら皆自分に入れるぜ?」

 

「だからこそ複数票獲得した者こそが真にふさわしい人間とはならないだろうか⁉」

 

「う~ん……そう言われたらそうとも言える、か」

 

「どうでしょうか先生‼ 投票で委員長を選出するのは良い方法だと思うのですが!」

 

「時間内に決まれば何でもいいよ」

 

「わかりました! では!」

 

 

既に寝袋に入り考えることを放棄した相澤の了解を得て、飯田は投票の段取りを進める。やり方は机に顔を伏せ、委員長に相応しいと考える者の名が挙がった際に挙手するという至って古典的なものだった。

 

 

「よし、皆顔を上げ結果を確認しよう!」

 

 

特に騒動などが起こる余地もなく、黒板に描かれた結果を一同目にする。ほとんどの者が一票のみを得ている中複数票得ている者の名が黒板にはあった。

 

 

 

「僕に3票ー-ッ⁉」

 

「なんでデクに! 誰が……!」

 

「まーお前に入れるよかわかるけどな」

 

 

一人は緑谷。

 

 

「八百万2票じゃん」

 

「3票得れなかったのは悔しいですが……一体どなたが入れてくださったのでしょう」

 

「そりゃあオイラが」

 

「100%嘘だろ」

 

 

一人は八百万。そして

 

 

「……嘘だろ」

 

「凄い! 真希さん3票入ってるよ!」

 

「……チッ、こういうの柄じゃねェんだよ。乙骨はともかく……お前らわかってて入れただろ」

 

「お、おかかー」

 

「何のことカナー……。ホラ俺は自分に投票したから1票になってるだろ?」

 

「パンダに入ってる一票は私のだ。面倒だからお前に入れたが……語るに落ちたな」

 

「あー……俺パンダ、人間の言葉わからない」

 

「チッ……」

 

 

禪院真希。この3人が複数票得た者たちだった。また複数票得た者がいるということは0票だった者がいるということでもある。その一人である飯田は盛り上がる教室で一人肩を震わせていた。

 

 

「0票……わかってはいた! 流石聖職といったところか……!」

 

「やりたがってたのに他の奴に入れたのか。お人好しだな飯田は」

 

「でもその人が良いと思って入れたんだよね。自己よりもクラスを思って入れた飯田君は凄いよ」

 

「乙骨君……」

 

「めんたいこ!」

 

「何を言っているのかわかりかねるが……励ましとして受け取っておこう。狗巻君もありがとうな」

 

 

涙をそっと拭う飯田の背後からまた一人乙骨らの方へと一人歩いてくる。その人物は緑谷だった。

 

 

「あ、あの禪院さん」

 

「私を名字で呼ぶな。そんで何か用か?」

 

「僕もぜん……真希さんも票数が同じだからまだ完全には決まってなくて、決選投票で決めようかと思ってるんだけどそれでも大丈夫?」

 

「いや、ンな面倒なことしなくていい。緑谷に委員長は任せる」

 

「……え? いいの?」

 

 

真希の言葉に緑谷は驚きの表情を浮かべる。これだけ人気の役職だ、飯田の言うように『やりたい者がやれる役職』でない以上反応は当然だった。だが真希にはその役職をやる意味も理由もなかった。

 

 

「元々そういうの合わないし嫌いなんだよ。何なら辞退させて欲しいンだが」

 

「本当にいいのかい真希くん? ヒーローになるためにはとても良い経験となる筈だが……」

 

「生憎とそういう経験はあんま求めて無いんでね。次に票数が多かった奴にでも任せりゃいい……どうだ先生?」

 

「決まれば何でも良いって言ったろ。好きにしな」

 

「よし、じゃあ私は辞退な。残念だったなお前ら、私は委員長とかにゃならねェよ」

 

 

真希は振り返り乙骨らに言う。申し訳なささの欠片も真希の言葉はなかったが乙骨らの想いは変わらなかった。

 

 

「僕はただ投票しただけだから。真希さんが決めたことなら文句は無いよ」

 

「そうだな」

 

「しゃけしゃけ」

 

「……そうかよ」

 

 

乙骨らの反応に真希は少し驚いたような顔をすると窓の方へと顔を背ける。不思議と真希が放つピリピリとした空気はその時だけ少し和らいだような気が乙骨にはした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝のホームルームから時は経ち昼食の時間を迎える。雄英高校の誇る学食に緑谷麗日飯田の3人に乙骨ら呪術科組が混ざる形で机を囲み各々食事を取っていた。

 

 

 

「結局委員長はデク君、副委員長は八百万さんになったね~。大丈夫そうデク君?」

 

「だ、だだだだ大丈ぶぶぶ!」

 

「すっげー動揺だな緑谷。今から緊張してたら疲れちゃうぞ」

 

「そうだけどいざ委員長やるとなると不安だよ……僕に務まるかな」

 

「しゃけしゃけ」

 

「ツトマル」

 

「大丈夫さ。緑谷君のここぞという時の胆力や判断力は多を牽引するに値する。だから僕は君に投票したんだ」

 

「でも飯田君も委員長やりたかったんじゃない? メガネだし!」

 

「私は辞退したけどな」

 

 

吐き捨てるように真希がつぶやくと麗日はハッとしたような顔になる。緑谷の『あー』という顔を見るに麗日は結構な天然らしいことが乙骨らにも感じられた。

 

 

「『やりたい』と『相応しい』かは別の話、僕は僕の正しい判断をしたまでだ。真希君もああは言っていたが同じような思いがあったのではないか?」

 

「いや私は……」

 

 

そんなんじゃない。そう真希が否定しようとしたその時だった。

 

 

ウウゥゥゥゥゥゥゥ~

 

 

他愛もない会話で溢れていた校舎内に突如大音量のサイレンが響き渡る。それは耳に届かせる音というよりも身体で感じさせる振動のような警報だった。

 

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へと避難してください』

「セキュリティ3? セキュリティ3とはなんでしょうか!」

 

「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ! 3年間でこんなの初めてだ! 君らも早く避難を‼」

 

 

そう言って飯田の問いに答えた生徒も食堂の外へ逃げようと駆け出していく。周囲でも大勢の生徒が我先にと移動を始めていた。

 

 

「とにかくメッチャヤバイってことだよね⁉ 私たちも早く逃げなきゃ!」

 

「まぁそうした方が良いんだろうが……こりゃマズイな」

 

 

食堂にはヒーロー科をはじめとする大勢の生徒が居り、今回のような警報は初めてだと言う。速やかな避難を促された生徒らは当然出口へと駆けこむわけだが人数が人数だ。出口辺りで詰まるのは目に見えていた。

 

 

「ああ、このままではパニックに――――うわぁ⁉

 

「飯田君⁉ ってわァ⁉

 

 

乙骨らは皆濁流のように流れる人の勢いに押し流される。飯田らが想定していたように我先に逃げようとする生徒らの恐怖と焦りから食堂はパニックに陥っていた。

 

 

「いたっ⁉ 急に何⁉」

 

「皆この状況で取る行動は同じってこった。もうちょい頭ひねればいいのにこれだから人間は……」

 

「余裕そうだねパンダ君⁉ 今にも僕押しつぶされそうなんだけど⁉」

 

「モヤシだからだよ! もっと鍛えとけ!」

 

「おかか!」

 

「迅速過ぎてパニックに……ってしまったァー!」

 

「デク君ー!!」

 

「緑谷くー-ー-ん!!」

 

 

次から次へと人の流れに飲み込まれていく。例えるなら流れるプールの勢いを何千倍にもしたかのような、満員電車の苦しさを何倍にもしたかのような圧力と勢いを生徒たち自身が生み出し苦しんでいた。

 

 

「一体何が……侵入したって言うんだ!」

 

 

勢いを増す人の流れに窓ガラスに打ち付けられた飯田は外に目を向ける。そこにいたのは大勢でありながら武装などせず、カメラとマイクを多数携える者たち。とどのつまりただの『報道陣』だった。

 

 

「何かと思えばただのマスコミ! 皆さん落ち着い痛ァ⁉

 

 

「痛てェ⁉」

「ちょっと待て誰か倒れたぞ⁉」

「押すなって! 危ねーんだよ!」

 

 

飯田の言葉は届くことなく、より状況は悪化していく。この場が安全であることを誰も知らず・気づかず、パニックはより深刻なものになっていた。

 

 

「飯田! 無事か!」

 

「パンダ君! 狗巻君は!」

 

「途中ではぐれた。この程度で大事になるようほど軟じゃないから大丈夫だと思うが……どうする?」

 

「……」

 

(この場で大丈夫なことを知っているのは僕だけ、狗巻君の力には頼れない。こんな時緑谷君なら……兄なら……!)

 

 

目苦しい人の流れに耐えながら飯田は必死に考えを巡らせる。尊敬する二人ならどう行動するのかと。

 

けれどあと一つ足らない。この状況を打開するにはあと一歩足らない。そんな時

 

 

 

「飯田くー-ん‼ パンダくー-ん‼」

 

 

 

人の濁流に流されながらも叫びをあげる麗日の姿が飯田の目に映る。その瞬間飯田の頭の中で足らなかった最後のピースがカチリとハマった音がした。

 

 

「パンダ君! 僕を麗日君のところまで投げれるか⁉」

 

「! ああ、問題無い! 無事の方は保証できないがな!」

 

「十分だ!」

 

 

パンダは頷くと飯田をひょいと持ち上げ投擲体勢に入る。ボールを投げるそれと同じ体勢で人を投げ飛ばすにはとてもじゃない体勢ではない。けれど飯田には不思議と不安はなかった。

 

 

「麗日ァー-!!!」

「麗日君!!!」

 

「へ⁉」

 

「行くぞォォォォ!!!」

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

 

麗日がこちらを見たことを確認すると同時にパンダは飯田の身体を文字通り放り投げる。綺麗に放物線を描く飯田は真っすぐ麗日の方へと飛んでいく。

 

 

「えええええええ⁉ ちょ、ちょっとぉ⁉」

 

「俺を浮かせろ!! 麗日君‼」

 

 

飯田の言葉を理解してか、はたまた防衛本能故か麗日は直撃せんとした飯田の身体をはたき、飯田の身体は浮力を得る。

 

 

「失礼!!」

 

(目指すは皆の視線が集中する場所!!)

 

 

誰かの肩を土台にし浮力を得た飯田は宙へと浮き上がると個性を最大出力で放つ。ふくらはぎに備わったマフラーが火を吹き飯田の身体を暴れまわしながらも目的の場所までジェットエンジンの如く押し進めていった。

 

 

「ヌオオッ⁉」

 

 

凄まじい勢いで進んでいく身体を方向だけは何とか制御しつつ、生徒らの真上を一直線。壁に衝突した時の衝撃など二の次に、自己より他を救う為皆の注目を集める出口へと進んでいく。

 

 

「このまま……ッ!」

 

 

だがそんな彼の意に反して方向が大きくブレる。このままでは目的はおろか人間ボーリングを起こしかねない。必死に飯田は軌道を変えようとするも無重力の個性だ、飯田の意思で軌道を変えようはなかった。

 

 

「クソッ!」

 

「飯田君!!」

 

 

このまま人に直撃すると思われたその時、目の前の人ごみの中から自分を呼ぶ声を耳にする。歪む視界では誰か認識できないがその声は聞き慣れた、紛れもないものだった。

 

 

「乙骨君⁉」

 

「うおおおおおッ!」

 

 

乙骨はボーリングのように直撃せんとした飯田を受け止めると同時に再び宙へと放り投げる。飯田の意図を汲んでの行動かは定かではないが飯田の身体は生徒らが最も注目を集めるであろう出口の非常灯付近へと打ち付けられた。

 

 

(短く! 端的に! それでいて大胆に!)

 

 

「皆さん! 大丈ー---夫!!!」

 

非常灯の上で非常口マークを等身大の人間が取る。これ以上の大胆で端的、かつ注目を集める行動はなかった。

 

 

「え」

 

「へ?」

 

「敵の侵入ではありません! 単なるマスコミです! パニックになる必要もありません! ここは雄英、最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう!!」

 

考えを巡らし友人の力を借りて伝えられた飯田の言葉は不安と焦りが生み出したパニックを消し去り、その場にいた者たちは落ち着きを取り戻す。それから数分としない内にマスコミを追い返した教員らもその場に到着し雄英は普段の日常を取り戻し、少々騒がしかった昼休みは終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

その後授業は何の弊害を受けることなく進み、帰りのホームルームの時間を迎えた。今朝のホームルームで学級委員長に選出された緑谷と真希の辞退で副委員長となった八百万が相澤と入れ替わるように教壇へと立った。

 

 

「さ、委員長始めて」

 

「でっ、では他の委員決めを取り行っていきます! ……でもその前に一つだけいいですか?」

 

 

浮ついた声で身体を震わせながらも意を決した緑谷は口を開く。

 

 

「委員長はやっぱり飯田君が良いと……思います!」

 

「緑谷君……」

 

「あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ。僕は飯田君がやるのが『正しい』と思うよ」

 

「俺も賛成だ。棘っつうカードが無い状態であの行動が出来るんだからな」

 

「しゃけしゃけ」

 

「僕も賛成だよ。あの場は飯田君だからこそ止められたんだ。緑谷君も正しいと思うけど飯田君も『正しい』と僕は思うし」

 

「皆……よし!」

 

 

 

「委員長の指名ならば仕方あるまい! 1年A組の学級委員長、この飯田天哉が務めさせてもらおう!」

「「「「おお!!」」」」

 

 

 

……やっぱり飯田君も凄いな

 

新たな学級委員長の誕生にクラスが盛り上がる中、動じることなくピシッと立った背筋を見て乙骨はそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

所変わって薄暗いバーに話は移る。カウンターの裏には年代物のワインがずらりと並び、内装やテーブルなどからどことなく古めかしく西洋らしさを感じさせていた。

 

アンティークな雰囲気が漂うその店に今異質な存在が2つ。

一つはそんな店の雰囲気をぶち壊すかのような『SOUND ONLY』とだけ映し出す薄型テレビ。

もう一つはバーなどとは疎遠である仏道を歩む者が着る服『袈裟』を纏った男がそのバーに座していた。

 

 

 

『雄英バリアー崩壊!! 敵襲来か⁉』……ね。御宅の子やんちゃが過ぎない? もう少し教育しといた方が良いと思うんだけど」

 

『躾だけが教育じゃあないからね。それに陽動として君の役に立っただろう?』

 

「五条悟が雄英にいない以上陽動は必要ないさ。これでも学生の頃は有望だ何だと言われてたからね」

 

 

そう言って袈裟の男は複数枚束ねられた書類を懐から取り出す。その書類は雄英高校が厳重に保管しているであろう一年の計画がきめ細かに記されたカリキュラムだった。

 

 

「それより例の件本当にやる気か? 学生はまだしもかの英雄を殺すっていうのは僕の理想に遠のくからあまりやりたくはないんだけど」

 

『何、君にも大いに利のあることさ。奴がいる以上君が望む世界は創れないんだから。それにお互いの目的の為に協力する……それが僕らの関係だろう?』

 

「……はぁ、仕方ないか」

 

 

袈裟の男はため息を吐くとバーカウンターにカリキュラムを置く。男用に出されたグラスを空にすると立ち上がり、バーカウンターと異質なテレビを背にした。

 

 

「悪いけど直接手を下すようなことはしない。こちらとしてはかの英雄とぶつかるとしてもまだ先にしたいからね」

 

『問題無い。今回は教え子の教育兼僕個人の楽しみの為にやるようなものだから安心して見ていると良いよ……夏油傑

 

 

薄暗いバーの中、誰も知らぬこの瞬間『SOUND ONLY』の壁の向こうで不気味な笑みが浮かんでいた。

 

 









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第15話 救助訓れ

 

 

波乱の委員長決め、そして雄英へのマスコミ突入から一晩明けた翌日。

乙骨ら含めた雄英高校1-A組は広大な大地、もといそれと見間違うほど広大なグラウンドをバスに乗って移動していた。

A組の面々が各々話に花を咲かせる中、乙骨は最後部一歩手前の座席で荷物の確認を行っていた。

 

 

「ハンカチやティッシュ持ってる。刀も……うん、持ってきたから大丈夫だよね……」

 

「バス乗ってから確認したって意味ねぇだろ。隣でせわしなくされると気分が悪ぃ」

 

「ごめん……真希さんは冷静だね」

 

「冷静でもねぇよ。ってかこれが普通だ」

 

 

乙骨の申し訳なさそうな声に隣に座る真希はそっぽを向きながら答えた。

 

 

「とは言え、今日行く場所が場所だからな。準備の確認はしておいた方が良い」

 

「しゃけしゃけ」

 

 

一つ後ろの座席に掛けていた狗巻とパンダが声を合わせて言う。

 

 

「なんたってこれから行くのは『USJ』だからな。U・S・J!」

 

 

パンダの言葉に狗巻は何度も首を縦に振る。

パンダの言う『USJ』。それがこのバスの行先だった。

 

 

「USJ……? もしかしてあの『USJ』⁉」

 

「知ってるのか憂太?」

 

「勿論だよ! 色々なエリアが一つの敷地の中にある場所でしょ?」

 

「そうだな。あらゆるエリアを体験できる場だ」

 

「季節関係無く訪れることが出来て、可愛いキャラクターもいる!」

 

「そう! それこそ!!」

 

 

「ユニバーサル「嘘と災害と事故ルーム!!」

 

 

パンダの口から発せられたのはとても『USJ』と認識したくないワード。

期待していた言葉とは全く違う言葉を拾い、乙骨の口角は下がり表情は漂白した。

 

 

「……え?」

 

「『嘘と災害と事故ルーム』だ。ユニバじゃないぞ。ユニバは大阪、ここ東京」

 

「授業でなんでユニバに行くと思ってんだよ」

 

「だって『USJ』って聞いたらそれしか出てこないよ……」

 

「まぁ気持ちはわかるケドな、色々とそれはナイだろ」

 

 

パンダの言葉に真希と狗巻もうんうんと頷く。

 

 

「でもそしたら色々なエリアがあるっていうのは……」

 

「それは本当だ。前悟に連れてこられたとき、色んなゾーンがあったからな。屋内だから季節問わず」

 

「じゃあ可愛いキャラクターっていうのは……」

 

「それは俺と13号デース。13号は常にいるかわからんケド……可愛いじゃん?」

 

「……ソウダネ」

 

「USJってそもそも大阪だろ? 雄英の敷地にあるわけねぇよ。……にしても雄英のバス、もう少しどうにかなんねぇのか?」

 

 

真希が頬杖を付きながらため息を吐く。

乙骨らが乗るバスは紛れもなく雄英高校専用車。けれど、その内装や外装は交通バスのそれだった。

 

 

「経費削減で使いまわしてるんじゃないかな? ここって国立の学校だし」

 

「試験でメッチャ金使ってる癖にケチくさ……金の使い方偏りすぎだろ。どうなってんだよ雄英の金使い」

 

『おい呪術科。騒ぐのは結構だが限度は守れよ』

 

「チッ、わかってるよ」

 

 

相澤の社内アナウンスで乙骨らの会話が途絶える。その一方で社内の前方では呪術科などいざ知らず、ヒーロー科の面々が会話に花を咲かせていた。

 

 

 

「私、思ったことなんでも気になったこと言っちゃうの。緑谷ちゃん」

 

「ハッハイ! 蛙吹さん!?」

 

「梅雨ちゃんと呼んで。あなたの個性……オールマイトに似てるわよね」

 

「えっ!? そ、そうかな!? で、でもオールマイトは僕なんか比較になんてならないし……」

 

「そうだぜ梅雨ちゃん! オールマイトって言ったら、こう……一撃粉砕!みたいな感じじゃねぇか?」

 

「確かにそうね。緑谷ちゃんのはなんというか……危なっかしいもの」

 

「だろ? でもインパクトある個性は良いよな。俺のはあんまパッとしなくてよ」

 

「そんなことないよ切島君! 切島君の個性も……」

 

 

 

 

「どいつもこいつも個性の話なんかで盛り上がるって……ガキかよ」

 

「おかか!」

 

「俺らだって十分ガキだぞ真希さんや」

 

「外見の話してんじゃねぇんだよ。精神だ、精神」

 

「精神ねぇ……あれが年相応だろうに。憂太だってああいう青春っぽいの好きだよな?」

 

「すじこ?」

 

「青春かどうかはわからないけど……これまで友達いなかったからああいうの羨ましいよ。良かったら真希さんも……」

「フリだとしても私はやらねぇからな」

 

 

乙骨がチラリと横を見るも真希の視線は窓の外。そっぽを向いた真希に乙骨の期待の眼差しは届くことはなく、そこそこのショックを受ける乙骨だった。

 

 

 

それから早数分、バスは停止する。

下車した乙骨らの前には野球ドームのような巨大な建造物があった。

 

 

「この中が訓練場だ。入ってすぐのところで説明があるから話が聞こえる位置にいるように」

 

 

相澤の指示に頷くと、薄暗い入場ゲートをくぐり扉の向こうへと足を踏み入れる。

次の瞬間目に入ったのは倒壊したビル群に燃え盛る街、湖にポツンと浮かぶ船に土砂崩れを起こす山などが災害のオンパレードがお菓子の詰め合わせのように一面に収まっている光景。

 

そしてそれを背にして立つ小柄な宇宙飛行士の姿だった。

 

 

「皆さん、待ってましたよ!」

 

「「「おおおぉぉぉぉ!!」」」

 

「スペースヒーロー13号! 災害救助を主に行っている紳士的なヒーローと会えるなんて…」

 

「私好きなの13号!!」

 

 

「あの人が13号なんだ」

 

「マスコットっぽいだろ? 俺みたいで」

 

「お前の100倍はマスコットしてるよ」

 

「しゃけ」

 

「あはは……」

 

 

容赦ない2人の様子に乙骨は苦笑いする。

未だ狗巻の言葉の意図は読み取れない乙骨だったが、今回ばかりは感じ取れたような気がしていた。

 

 

「見ろよあの湖! でっけーウォータースライダーあるぜ!」

 

「ドームの中にドームがあるのか。マトリョーシカみてぇだ」

 

 

「ゴホン……説明大丈夫かな?」

 

 

13号の一言で生徒らは一斉に口を閉じる。

13号は皆気を引き締めたことを確認すると話を始めた。

 

 

「ここには見ての通り様々な災害を想定した状況を意図的に作りだしている演習場です。嘘の災害や事故ルーム―――略してUSJ!」

 

 

(本当にUSJなんだ……怒られたりしないのかな)

 

(俺らがアトラクションになってるし大丈夫だろ)

 

(え、そうなの? 僕呼ばれてないけど……)

 

(そりゃお前出番ないからな)

 

(そんなぁ……)

 

(めんたいこ……)

 

 

既にUSJのくだりを知る呪術科組は気を緩ませる。勿論、周りの迷惑にならないようにだが。

 

一方相澤は13号に居る筈の存在について尋ねていた。

 

 

「13号、オールマイトは? もう着いてる時間の筈だが」

 

「先輩……それが制限ギリギリまで活動してしまったみたいで」

 

 

13号は指を3つ上げながらそう伝える。それはオールマイトが本当に限界まで活動してしまったことを示していた。

 

 

「仮眠室で休んだ後、授業の終わりごろには顔を出すそうです」

 

「不合理の極みだなオイ……仕方ない。13号、始めよう」

 

 

平和の象徴の献身加減に相澤は思わずため息を零しつつも、授業を開始するよう促す。

あくまでオールマイトを授業に組み込んでいたのは念の為の警戒態勢だからだ。

 

一学校の授業にプロヒーローが3人付くことですら過剰であり、そこにオールマイトが組み込まれるようなことは過剰でない筈が無い。2人でも十分。そう相澤は判断した。

 

 

「ゴホン! はい、では始める前にお小言を1つ、2つ……いや3つ、4つ……」

 

 

((((どんどん増えてくな……)))

 

 

生徒の皆がそう考えていた、その時だった。

ほんの一瞬、ラジオの波長を合わせる時のようなノイズが空気中に走った。

 

 

 

「‼」

 

「しゃけ!」

 

「敵か⁉」

 

 

いち早く気づいた狗巻、真希、パンダが臨戦態勢を取る。そしてそのコンマ数秒後に相澤もまた事態を察知した。

噴水広場に表れた謎の黒渦、そこから這い出ようとする存在に。

 

 

「一塊になって動くな!」

 

「え?」

 

「13号! 生徒を守れ!」

 

 

 

「ちょ、真希さん、パンダ君、狗巻君も! 急にどうしたの⁉」

 

「里香とパス通じてんだからお前でも何となくわかるだろ」

 

「あっちの方から嫌な感じは確かにするけど……」

 

「嫌な感じがする奴は大抵2種類にわけられる。1つはクソったれたジジババ共。もう一つが……」

 

 

 

「「敵だ!!」」

 

 

相澤と真希、二人の言葉がその場にいる者たちに現状を理解させる。

先ほどまで伽藍としていた噴水広場には渦の中から現れた者たちで埋められて行っていた。

 

 

 

「ヴィ、敵⁉ どうしてこんなところに来るんだよォ⁉」

 

「喚くなブドウ野郎、殆どが雑兵だ。ただ……」

 

「モヤみたいな奴と手一杯の小僧、ありゃちょいと面倒かもな」

 

 

 

「13号に……イレイザーヘッドですか。先日頂いたカリキュラムではオールマイトが居る筈なのですが……」

 

「やはり先日のはクソ野郎どもの仕業か」

 

「どこだよ平和の象徴は……折角こんな大軍連れてきたって言うのに……」

 

 

 

 

「子どもを殺せば来るのかな?」

 

 

 

その日、乙骨たちは初めてソレに直面した。

 

 

プロが自己の為、人の為向き合っているモノ

プロが自己の為、人の為戦っているモノ。

その途方もない悪意に。









永らくお待たせしました。合間合間を縫って少しづつ書いてはいますがモチベとmustなことに挟まれて中々筆が進まない次第です。もしまだ読んでいただける方がいれば感想でも、評価でも何かしらで反応していただけたら幸いです。


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第16話 ジャンブル・ヴィラン

 

 

「敵⁉ ヒーローの学校に入ってくるなんて馬鹿すぎるだろ⁉」

 

「先生。侵入者用センサーは……」

 

「もちろんありますが……!」

 

「反応しねぇってことは向こうにそういう”個性”を持った奴がいるってことだ」

 

 

噴水広場に出現した黒い渦、そしてそこから次々と現れる敵を見下ろしつつ轟は呟く。

確認出来るだけでもその人数は既にA組の人数を上回っていた。

 

 

「だとしても雄英襲ってくるなんてバカにもほどがあるだろ⁉ いやアホの方が正しいか⁉」

 

「そうでもねぇよ。校舎と離れた隔離空間。そこに僅かな人数が入る時間割を狙ってきてる」

 

「何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ。バカだがアホじゃねェ」

 

「……ッまじか」

 

 

轟と真希の言葉にA組の面々は事の恐ろしさを理解していく。

目の前にいるのは紛れもなく敵そのものなのだと。

 

 

そんなやり取りが行われる中、相澤はゴーグルを構え生徒らの前に立っていた。

 

 

「13号、学校に連絡しつつ避難開始! 禪院と轟の言う通りセンサー対策も頭にある奴らだ。電波系の個性が妨害してる可能性もある。上鳴、お前も個性で連絡試しとけ」

 

「ッス!」

 

「乙骨ら呪術科組も同様だ。五条さんに連絡取れそうなら取ってくれ」

 

「は、はい!」

 

「まぁ出ないだろうけどな。自由人だし」

 

「しゃけ」

 

「……一応だ、一応」

 

「先生は⁉ 一人で戦うんですか⁉ あの数じゃいくら個性を消すって言っても……」

 

「緑谷。一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 

そう言い残し相澤は高台から敵のいる噴水広場へと飛び降りる。

着地点には敵が待ち構えていたが、不安に思っていた緑谷だったが相澤の操る布に捕らわれた敵同士が空中でぶつかり合い、相澤が地に降りるよりも先に倒れ伏す光景が緑谷らにも見えていた。

 

 

「凄い……! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ」

 

「分析してる場合じゃない! 早く避難を‼」

 

 

 

「させませんよ」

 

 

 

扉へと向かう生徒らの目の前が突如暗闇で包まれる。

その正体は先ほどまで広場にいた靄の敵だった。

 

 

 

「初めまして。私は黒霧、そして我々は敵連合と申します」

 

「敵連合……か。計画的なのは間違いなさそうだな」

 

「ええ。僭越ながらこの度、ヒーローの巣窟雄英高校へと入らせて頂いたのは……平和の象徴に息絶えて頂きたいと思ってのことなのです」

 

 

黒霧の言葉に生徒たちはざわめき立つ。

目的をNO1ヒーローの抹殺とする敵の計画的犯行。即ち、敵らは平和の象徴を殺せる算段を持っていることを示していた。

 

 

「平和の象徴……オールマイトのこと⁉ どどど、どうしよう真希さん⁉」

 

「落ち着け! 平和の象徴をこんなチンピラ如きが獲れるわけねェだろ」

 

「存じ上げない方もいらっしゃるようですが……私の仕事は変わりませんね」

 

 

黒霧は乙骨らを一瞥すると、不自然にゆらめくもやが何倍にも膨らましていく。

まるで乙骨らを闇の中へと引きずり込まんとするように。

 

 

「はァッ‼」

 

だがその靄は爆風と斬撃の如き一閃、爆豪と切島の攻撃によりかき消され敵もまた吹き飛ばされていた。

 

 

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったかァ⁉」

 

「ダメだ! どきなさい二人とも」

 

 

13号の言葉に二人は首をかしげる。

2人の背後には吹き飛ばしたはずのもやが再び起き上がっていた。

 

 

「危ない危ない……生徒と言えど金の卵だ。万全を期すためにも散らして、嬲り殺させて……」

 

「動くな」

 

 

危険を察知し、咄嗟に発せられた狗巻の呪言。

呪言を受け、先ほどまでゆらめいていた黒い靄がピタリと動きを止めた。

 

 

「ッ身体が……⁉」

 

「やるじゃねェかおにぎり野郎」

 

「ゴホッゴホッ……めんたいこ」

 

「狗巻君の声めっちゃ掠れてる⁉ 大丈夫⁉」

 

「棘の呪言は強力な分、相手との力量とかに差があると反動もあるんだ。待ってろ今喉薬渡すから」

 

「ああ、それなら私のポケット……に……」

 

 

ポケットを確認しようと目線をずらした真希の視界に移った何かが真希の言葉を奪う。

背景にはそぐわない黒の異形。剝き出しの脳を持った怪物──脳無が拳を構えていた。

 

 

「ッ棘‼ パンダ‼」

 

「ッゥ⁉」

 

 

誰しもが安心しきった中、唯一異形の存在に気付いた真希が叫ぶ。

その声が届いた時にはもうパンダと狗巻は吹き飛ばされ、壁際のズシンという音が鈍く響いていた。

 

 

「な、ななな何なんだこいつゥ⁉」

 

「狗巻君‼ パンダ君‼」

 

「心配は後だ乙骨! コイツは……ヤバイ‼」

 

 

真希は薙刀を取り出し臨戦態勢を取る。

目の前の異形から発せられる、これまでには無い恐怖が真希の身体を震わしていた。

 

 

「……」

 

「見かねて死柄木弔が寄こしたのでしょうか。何にせよ助かりました。後は私の役目を……」

 

「皆さん早く僕の後ろに‼」

 

「果たしましょう」

 

 

 

再度、先ほどよりも莫大な闇が生徒らを高台ごと包み込む。

爆風も斬撃も、本体までは届かない。生徒たちの姿は闇の中に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

「うわあああああッ⁉」

 

 

ゴチンと頭に鈍い痛みが走る。地に頭を打ち付けた痛みに耐えつつ乙骨が目を開けると、先ほどまでの景色も敵はない。

見覚えのない屋内に乙骨は一人居た。

 

 

「さっきの奴の個性で飛ばされたのかな。皆も近くにいると良いけど……真希さーん! 狗巻くーん!」

 

「アガッ」

 

「アガッ?」

 

 

うめき声のような声、それに何かを踏んづけた感覚に乙骨は下を向く。足元には腕に手榴弾のようなものをつけた攻撃的な薄金髪の少年の姿があった。

 

 

「あ……っと、これはですね決してわざととかではなくて……」

 

 

その姿を知る乙骨は血の気が引くのを感じながら、そっと足をどかす。少しでも丁重に、生存の余地を残すために。

 

 

「誰だ俺のこと踏んづけた奴はァァァァァァ‼」

 

「ごめんなさぁぁぁぁぁい!!」

 

 

訂正。敵はいなかったが、怖い同級生はいた。

近くにいた仲間は真希でも狗巻でもパンダでもなく、爆豪だった。

 





キリが良いのでやや短めです。
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第17話 センスの塊

 

 

「なぁ、人様踏んづけた気分はどうだ? さぞ良い気分だろうなァ!」

 

「ホントにごめん! まさか爆豪君が寝そべってるなんて思いもしなくて……」

 

「もういいわ、うざったい! 余計なこと喋ってるうちに敵が寄ってきたわクソが!」

 

 

教室程の大きさもない室内には爆豪と乙骨、そして敵。その数10人。

黒霧の個性によりA組の面々がちりじりになる中、乙骨と爆豪は二人は倒壊地区ゾーンの廃墟にて多数の敵との戦闘に突入しようとしていた。

 

 

「へへ……ガキ二人にこの人数。余裕だな」

 

「あっという間に終わっちまうかもなぁ!」

 

 

乙骨らを囲む敵は薄気味悪い笑みを浮かべている。

 

 

「この人たちも敵……なんだよね」

 

「雄英にいる不審者なんて敵しかいねェよ。さっさと刀抜けよモヤシ。まさか今更ビビってんじゃねェだろうな」

 

「モ、モヤシって……敵とこうやって向かい合うの初めてだし、刀を向けるのだって……」

 

「チッ、温室育ちのクソ野郎かお前。邪魔だけはすンじゃねェぞ」

 

 

「あー、なぁガキンチョ共よ」

 

「「!」」

 

 

敵の一人が不意に乙骨らに言葉を向ける。

 

 

「質問なんだけどさ、雄英って女子もいるよな? 俺可愛い子来るの期待してたんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

「特にボンキュッボンの眼鏡の子! あの子が来てくれてたらいうこと無かったよな!」

 

「ガキ共は好きにして良いって言う話だし、さっさとあの子のとこ行こうぜ!」

 

 

「……へぇ、その話僕にも詳しく聞かせてくださいよ」

 

「ひっ……」

 

 

乙骨は躊躇いもなく刀をすらりと抜き構える。

その姿は浮足立っていた敵たちを現実へと引き戻させた。

 

 

「ケッ、なんだあの野郎やる気あンじゃねェか。1人で10人相手したって良かったンだけどなァ」

 

「な、何だよ。まさかこの人数とまともにやり合えるなんて思ってないよな⁉」

 

「思ってなきゃヒーローになんかなれねェよッ‼」

 

想いをぶつけると同時に爆豪、乙骨は敵に向け飛び出す。

片や爆発を、片や呪いを込めた一撃を振るい、その一撃は敵数人を一瞬にして地に伏させた。

 

 

「なんだ、思ってたよりも弱ェな」

 

「まさか一振りで倒せるなんて……やっぱりこの人たち敵じゃないんじゃないかな。侵入者ではあるけど」

 

「雄英の侵入者なんて敵しかいねェってさっきも言っただろうが」

 

 

「い、一瞬で半分やられた……⁉」

 

「聞いてた話と違うぞ⁉ 何が『力の使い方もなってないガキだから余裕』だ! バケモンじゃねぇかよ!」

 

「ビビってんじゃねぇよ! 雄英だろうが何だろうがガキはガキだろうが!」

 

 

残った敵も負けじと個性を発動し、矛先を二人へと向ける。

ある者は個性で生み出した銃弾を、ある者を個性で拳を剣へと変化させたモノを突き出す。

 

 

「はっ!」

 

「甘っちょろいンだよォ!」

 

 

そんな敵の攻撃を乙骨は銃弾を躱し一太刀を、爆豪は拳をいなし爆破を叩き込む。

乙骨らを囲んでいた敵は全てその場に倒れ伏した。

 

 

「これで全部か。個性使ってもやっぱ弱ェな」

 

「ふぅ……やっぱりまだ刀使うの慣れないなぁ。身体がしんどいや」

 

「この程度で根ェ上げてンじゃねェぞモヤシ。雑魚しかいなかったンだしよ」

 

「はは、爆豪くんは流石だね。僕なんかとは全然違うや」

 

「ンなこと当たり前だろ。殺すぞ」

 

(理不尽⁉)

 

 

そんなこんなでやり取りをしていると2人以外気絶しているであろう屋内で、足音が2人の耳に届く。

遠いのか小さな音だったが間違いなくこちらへと近づいてきている。

 

 

「……爆豪くん」

 

「あァ、わかってる。まだ雑魚が残ってンのか」

 

 

近づいてくる足音に爆豪と乙骨は身構える。

やや緊迫した空気の中、扉を開けて入ってきたのは見慣れた赤髪だった。

 

 

「オラオラ敵‼ 俺が相手に……って爆豪! それに乙骨も!」

 

「切島くん!」

 

「無事で良かったぜお前ら! 他の奴らは?」

 

「知らん」

 

「僕たちこの部屋に飛ばされてから外出てないんだ。この部屋にいるのは僕と爆豪くんだけ。切島くんは他の人とは?」

 

 

乙骨の問いに切島は首を横に振る。

 

 

「会えたのはお前らだけだ。建物中にはお前ら以外いなかったし、他の奴らはたぶん別のエリアに飛ばされたんだと思うわ」

 

(ってことは倒れてる奴らは2人がやったってことだが……汗一つかかずにこれかよ。2人ともクソ強ぇ、センスの塊かよ……)

 

 

切島は乙骨と爆豪の存在が同じクラスにいるということを目の前の事実と合わせて嬉しく思いつつも身を震わせる。

正しく友であり強者(ライバル)と言える存在が目の前にいるのだから。

 

 

「だろうな。敵の強さから考えて数で俺らを潰そうって魂胆だろうよ」

 

「……ってなると皆はUSJの中でちりじり。僕たちみたいに各自敵と戦ってる状況って考えるのが妥当かな」

 

 

乙骨の言葉に切島と爆豪は頷く。

 

 

「なら次にすることははっきりしてるな。助けに行こう! 攻撃手段の少ねェ奴らが心配だしよ!」

 

「確かに皆が皆戦闘が得意なわけじゃないもんね」

 

「だろ? 手が空いた以上俺らが助けに行かねぇと……」

 

「ごめん、切島くん」

 

 

乙骨の断りに切島はぽかんとする。切島の言葉を待たず乙骨は続ける。

 

 

「僕は入り口のところに戻ろうと思う。皆が心配な気持ちもあるんだけど……パンダ君と狗巻君も心配なんだ」

 

「そういうことか……確かにあの二人は黒い変な奴にフッ飛ばされてたし心配だな。わかったぜ!」

 

「ありがとう切島くん」

 

「で、爆豪はどうするよ。俺と一緒に行くか?」

 

「ワープゲートの奴をぶっ殺してくる。敵の出入り口締めときゃ逃げらんねェだろ」

 

「はぁ⁉ 今は敵より他の奴ら助けに行った方が良いだろ! 安全確保のためによ!」

 

「そもそも安全確保って言うけどよ……」

 

 

地べたに伏している敵らを爆豪が見下ろす。

 

 

「生徒に充てられたのがこんな奴らなら大概大丈夫だろ。仮にも雄英生ならな」

 

「な、成程。冷静だな爆豪!」

 

「いつでも冷静だわクソ髪。俺とモヤシは同じ方面、違う方面行くのはお前一人だ。さっさと行っちまえ」

 

「待て待て。ダチを信じる……男らしいぜ爆豪! 俺もお前の考えにノったぜ!」

 

「ケ、勝手にしろ」

 

 

目をギラギラとさせる切島に爆豪はぶっきらぼうに言い捨てる。

男の友情とも言うべき何かが結ばれた瞬間だと、何故か一歩引いて見ていた乙骨は感じていた。

 

 

(ああいうのちょっと憧れるよなぁ……っていけないいけない……)

 

「えーと……しばらくは2人と一緒ってことだよね?」

 

「そういうことだ。パンダたちも心配だし急ごう!」

 

「なんでお前らと一緒に行かなくちゃいけねェんだよ! 一人で行かせろ!」

 

「待て待て待て! 複数人で移動した方が絶対安全だし、あのワープゲートと戦うにしても一人でやるより複数の方がいいだろ?」

 

「うっせ! あんな野郎一人で十分だわ!」

 

「あははは……」

 

 

軽口を飛ばし合いながらも乙骨はパンダと狗巻を助けるべく、爆豪と切島はこの状況を引き起こした黒霧を倒すべく3人は入り口の高台へと向かっていった。






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第18話 劣勢と光

 

乙骨らが移動せんとしていたその頃、荒野エリアで待ち構えていた敵らは目の前の光景に啞然としていた。

 

 

「何が……何が起きてんだよ⁉」

 

 

相手にするは4人、それも学生だ。事前に伝えられていた情報・段取りと相違なく、『子どもをいたぶるだけの簡単な仕事である』と皆がそう認識していた。

 

天下の雄英高校に攻め入ることも知っていた。倍率何百倍をも突破した金の卵たちが標的であることも十分理解していた。それでも戦いは数であり、子どもが相手である以上不測の事態など起きうる筈もないと確信を持っていた。

 

 

目の前の光景を見るその時までは。

 

 

「なんだよコイツ⁉」

 

「弾丸切るなんてありえねぇだろがよぉ!」

 

「ふんっ!」

 

 

真希の持つ薙刀が敵を一人、また一人と地へ叩きつけ空へと放り飛ばしていく。

抵抗する敵が放つ弾丸や剣戟も真希の前で火花を散らすのみで、傷一つも与えられない。

簡単な仕事であるという認識は一人の少女によって打ち砕かれた。

 

 

「聞いてねぇぞこんな奴がいるなんて! 簡単な仕事って聞いたから来たんだけど!」

 

「私もよ! 子どもいたぶって気持ちよく帰るつもりだったってのに!」

 

「囲んでやっちまえばガキ一人くらい────」

 

 

「お喋りはもう良いだろ。ガキ相手に黙って倒されとけ」

 

 

敵たちが足並みを揃え攻撃しようとするも、真希にとっては所詮烏合の衆。焦りの一つもない。

弧を描くように払われた薙刀の一閃は敵を一掃した。

 

 

「コエ~! ちょっと真希サン、一瞬三途の川が見えたンだけどォ⁉」

 

「間合いに入る方が悪い! 電気とか飛ばせんだろ、遠くから援護でもしとけ!」

 

「俺は電気を纏うだけなの! 放電も出来るけど、したら皆巻き込んじまう!」

 

「じゃあ今はただの足手まといじゃねぇか!」

 

「そうだよ! 今俺は頼りにならないから、頼りにしてるぜ!」

 

「調子良いヤツだなオイ!」

 

 

薄ら笑いを浮かべつつ敵を薙刀で払い、脳天直撃の一撃を与え意識を刈り取っていく。

負けじと上鳴も人間スタンガンが如く、電気を纏い突進し敵の数を減らしていく。

 

その光景を一歩引いたところで耳郎と八百万は見ていた。

 

 

「最初はこの数相手にどうしようかと思いましたが……流石は真希さんですわ」

 

「正に一騎当千って感じ。下手に手を出したら上鳴よろしく真希の邪魔になっちゃいそう」

 

「とは言えこのままじゃキリがありませんわ。ヒーローの卵としても、真希さん一人に任すわけにはいきません!」

 

「そうだね……上鳴‼」

 

「何だよ耳郎!」

 

「八百万がぶあっつい絶縁体のシート作ってくれた!」

 

「────なるほどね!」

 

「時間は大分かかってしまいましたが……真希さんは早くこちらに!」

 

 

八百万の言葉に真希は敵に向けていた薙刀を地に置き、棒高跳びの跳躍のようにしなやかにその場を脱する。

脱する時には既に先ほどまでのものとは比べ物にならないほどの電気を上鳴はその身に纏っていた。

 

 

強力ではあるものの、味方を巻き込んでしまう彼の個性。

制約とも言えた味方は今絶縁体で身体を覆った。巻き込んでしまう味方はいない。もう彼が気にするものは何もなかった。

 

 

「助かるぜヤオモモ、耳郎。これなら俺は────クソ強え‼」

 

 

限界に達した風船が割れるが如く、上鳴はギチギチまで貯め込んだ電気を爆発させる。

放出した電気は地を走り、空を伝い360度彼らを囲んでいた敵たちを襲っていく。

一瞬とも、数分とも感じられた電光と電撃は無防備に立ち尽くしていた敵たちを一人残らず黒焦げに、地に伏せさせた。

 

八百万らは身を守ってくれた絶縁体シートから抜け出すと、その光景・そしてその光景の代償とも言える上鳴のアホ面を目の当たりにした。

 

 

「ウェ、ウェ~イ……」

 

「放電するとあんな風になるんだ……ブフッ、顔ヤバすぎる」

 

「案外やるじゃねぇか上鳴。サシならいい勝負になるかもな」

 

「お二人とも真面目になさってください……他の方々が心配ですし、合流を急ぎましょう」

 

「……そうだな。バカになった上鳴連れて先行ってくれ」

 

「真希はどうするの?」

 

「一人は危険ですわ! 敵がどこに、どれだけいるか分からない以上固まって動いた方が……」

 

「武器拾ってくるだけだから問題ねぇよ。そこら辺に落ちてるやつ見つけたらすぐ合流すっからさ」

 

「外の救援を呼ぶためにも今は合流最優先! 真希なら大丈夫だって!」

 

「……わかりました。すぐに来てくださいね!」

 

「おう、わかってらぁ」

 

 

気の抜けた返事を返し、真希は八百万らと別れ敵が倒れる中を歩いていく。

一人になり、無防備な背中を見せる真希。そんな彼女を見る者が地中から静かに姿を見せようとしていた。

 

 

(素晴らしい信頼ってヤツだなぁ……その信頼が仇になるんだがなぁ!)

 

 

息をひそめ、音を立てないよう敵は少しずつ身体を地表へと出していく。地面が隆起する音も石ころが転がるような音すら立つことなく、そのまま敵の凶手が真希へ向かわんとする。その矢先、真希は振り返ることなく大きく跳躍した。

 

 

(なッ……アイツどこ行きやがった)

 

「ここだバーカ。どうせ隠れてるヤツがいると思ったわ」

 

 

音を立てないよう最小限の動きで探そうとする敵を嘲笑うかのように真希が告げる。

音一つ立てずにいた敵の動きを察知した真希は地中に身体を残す敵の背後を取っていた。

 

 

「実質戦闘不能の上鳴、次点で一人になった奴を人質にでもしようと考えてたんだろうが、残念だったな」

 

「なんで気づいた……音一つだって立ててなかったんだぞ! まさかそういう個性持ちか?」

 

「そんな個性持ってねぇよ。ただ色々と感が良いだけだ、人一倍な」

 

「クソッ……ガキが‼」

 

「ガキだからって甘く見るからこうなんだよ。そこでのびとけ」

 

 

地中に身体半分を埋める敵の頭に真希は薙刀の柄で ゴン と一撃を加える

鈍い音とともに、敵はその場に首を垂れた。

 

 

「さーて、野暮用終わったし合流するか。あの脳無(デカブツ)どうにかしねぇと」

 

 

あの敵だけは格が違う。そのことをわずかな接敵の間の衝撃と真希の本能が告げている。

八百万らに追いつくため、ワープ前の高台に急ぐ為真希は駆けだした。

 

 

 

 

 

一方その頃、噴水広場前。

先陣を切っていた相澤/イレイザーヘッドは死柄木をはじめた敵たちと交戦を続けていた。

 

 

「クソヒーローが!」

 

「死ねェイレイザー!」

 

 

罵詈雑言を吐きながら攻撃をしかけてくる敵。

イレイザーは体術を駆使し、襲い来る敵を1人づつ着実に倒していく。

 

その光景を死柄木は首を掻きながら眺めていた。

 

 

「流石だなぁイレイザーヘッド。やっぱり有象無象じゃ相手にならないか」

 

「だったら大人しく捕まって欲しいもんだがな。合理的じゃない」

 

「そんなつまらないことするわけないだろイレイザー。それに相手にならなくても、()()()()()

 

「‼」

 

 

静観を決めていた死柄木が突如距離を詰め、相澤へと手を伸ばす。

攻撃に転じたのを察知した相澤は周囲の敵を布を回し振り払い、向かってくる死柄木にエルボーを繰り出した。

 

 

「ッ⁉」

 

 

直線的に向かってくる死柄木の身体をイレイザーの攻撃は容易に捉える。

けれど苦痛の表情を浮かべたのは死柄木ではなく、イレイザーの方だった。

 

 

「1アクションごとに髪が下がる瞬間がある。その間隔はどんどん短くなっていってる」

 

「……」

 

「個性だって万能じゃない。無理をするなよイレイザーヘッド……」

 

「────ッ」

 

 

死柄木の五指に囚われたイレイザーの肘がボロボロと音を立てて崩れ、落ちていく。

イレイザーは苦痛に耐えつつ個性を再度発動させると、死柄木の拳を振り払い距離を取った。

 

 

「……やってくれたな」

 

 

距離を取ったイレイザーは苦痛をこらえつつ息を整え、再び戦う構えを取る。

体力を消耗し、肘は砕かれ、個性のインターバルを見抜かれた。

劣勢であるのは誰の目にも明らかであり、雑兵と称された敵らも勢いづいていた。

 

 

「良い表情だなヒーロー。気に病むことはないさ、普段の仕事と勝手が違うんだろう? 生徒に安心を与えるために真正面から飛び込んでくるなんて……」

 

「どんな状況に対応してこそヒーローなんでね……」

 

「へぇ……かっこいい、かっこいいなぁイレイザー」

 

 

肘が砕かれ右腕をだらんと下げるイレイザーを見て死柄木は不気味な笑みを浮かべつつ、追い打ちのように言葉をかける。

 

 

「そんなかっこいいお前に良いことを教えてやるよ、イレイザーヘッド。本命は俺じゃない

 

 

長身なイレイザーをも丸々覆ってしまうような影がぬらりと現れる。

剥き出しの脳、まばたきすることない眼球、残虐性を示すかのような歯と筋肉を持つ存在────脳無がイレイザーの背後にはいた。

 

 

「クソっ、いつの前に」

 

「やれ、脳無」

 

 

咄嗟に距離を取ろうとするイレイザーの腕を無慈悲に脳無は掴む。

死柄木の一言でぶらさげるだけだったイレイザーの腕はメキメキと音を立て、小枝のように本来とは真逆の方向に湾曲した。

 

 

「ッ────ああああああああああッ‼」

 

 

イレイザーの悲痛の叫びがUSJに木霊する。

その叫びは敵の方から一足早く脱し、付近まで近づいていた緑谷らの表情を絶望の色に染めただけでなく、

高台にいる者たちにまでその絶望の片鱗を味合わせるものだった。

 

 

 

「脳無がイレイザーヘッドを倒しましたか。これは僥倖ですね」

 

「相澤先生……ッ」

 

「下手な動きは取らないほうが身のためですよ。そこに転がる13号のようになりたくなければ、ね」

 

 

黒霧の言葉、そしてすぐ傍に倒れる13号の姿を見て麗日たちは足を震わせる。

 

当初は飯田一人を脱出させ応援を呼ぶ算段だった。しかし13号は黒霧との交戦により、自身の個性を利用され背中に大きな損傷を与えられ戦闘不能。

相澤の助けも期待できなくなった今、麗日たちに黒霧を突破しUSJを脱出できる余地はなかった。

 

 

「どうすればいいんだよ……」

 

「大人しい子は嫌いじゃないですよ。大人しく待っていたとしても死ぬことに変わりありませんが」

 

 

黒霧は靄を麗日らへと伸ばす。ワープしそこねた生徒らを確実に殺すために。

しかしその靄は障子が伸ばした触腕によって払われた。

 

 

「飯田、走れ!!」

 

「ッ……ああ!!」

 

 

最後のチャンスであると判断した障子の叫びに飯田は全速力で走り出す。

個性『エンジン』のスピードに黒霧の靄は一度振り払われるも、黒霧自身が飯田と扉の間に立ちふさがった。

 

 

「ちょこざいな……外には出させませんよ!」

 

「くそう!!」

 

 

全速力の飯田を受け止めるように黒霧がゲートを開く。飛び込む先はUSJのどこかか、高所か、水の中か。いずれにせよ死地が先にあることは飯田は理解していた。

 

 

(それでも止まるわけにはいかない! これが皆を救える最後のチャンスなのだから!!)

 

 

覚悟を決めた飯田はギアを上げる。どのような場に出ようと一分でも、一秒でも早く救援を呼びに行けるように。

 

 

「うおおおおおおおッ!」

 

「なまいきだぞメガネ……消えろッ!!」

 

 

黒霧はゲートをより広く展開し、扉全体を覆う。もはやゲートに触れずして外へと続く扉に触れることは叶わない。

全速力で駆ける飯田の足が黒霧の靄に触れんとした、その時

 

 

 

「潰れろ!!」

 

 

どこからともなく聞こえた叫び。それは言霊の如く黒霧の身体から発する靄ごと叩き潰した。

 

 

「何をッ……⁉」

 

「めんたいこ!!」

 

「狗巻君! すまない!」

 

 

安否不明だった狗巻の姿に飯田は一瞬笑顔を見せ、扉を蹴り破りUSJの外に脱する。

飯田の姿はみるみる小さくなっていく。その姿を見て、黒霧はふらつきながらも立ちあがった。

 

 

「逃がすわけには……ッ」

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 

飯田を追いかけようと外へ出んとする黒霧。プレートとして浮かぶ()()()()を白き剛腕が撃ち砕く。

メキメキと音を立てたその衝撃は黒霧をUSJの中へと引き戻し、壁に突き飛ばした。

 

 

「お返しだ、靄野郎。殴ってきたのあのゴリラみたいな奴だけど」

 

「しゃけ」

 

 

相澤と13号がダウン。プロヒーローがいないこの状況は極めて劣勢と言えるだろう。

けれど、飯田が救援に向かいパンダと狗巻が復帰したことで一筋の光が見えたのだった。



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第19話 お初にお目にかかります

 

その場に残っていた麗日、障子、戸芦、瀬呂は狗巻たちの下に駆け寄ると、その姿に安堵の表情を浮かべる。

 

 

「狗巻君! パンダ君!」

 

「無事だったんだな、良かった」

 

「おかか……」

 

「無事って程無事じゃないけどな。俺も棘も大分もらってる」

 

「しゃけ」

 

「ほんほん……棘は数本骨折れてるらしいしな」

 

「マジかよ! テープで補強しとくか? 意味あるかわからんけど……」

 

「おかか。すじこ」

 

「『気持ちだけ受けとっとく』ってよ。今はあの靄とゴリラみたいな奴をどうするか考えないとだ」

 

 

(手ごたえはあんまだし、やり辛い相手だしな)

 

 

パンダが黒霧を殴り飛ばした先に目を向ける。

手ごたえがないとパンダ自身が感じているように、狗巻とパンダの二段攻撃を受けた黒霧は既に立ち上がる様子を見せていた。

 

 

「やっぱピンピンしてんなアイツ」

 

「あれ食らって立てんのかよ!」

 

 

黒霧を視界に据え、パンダらは身構える。しかし当の黒霧が目を向ける先はパンダたちではなく、外からの光がやや差し込む扉の方だった。

 

 

「……応援を呼ばれる、か。ゲームオーバーだ」

 

 

自身が守るべきだった扉はぽっかりと開いている。

現実を受け止めてか飯田を止める時に発せられた激情から冷め、落ち着いた様子で黒霧は己の個性を発動させ、パンダたちの前を後にした。

 

 

「逃げ……た?」

 

 

麗日の問いに狗巻は肩をすくめる。

現状人数差等を考慮しても戦況はトントン、あっちの個性の種が分からない以上分はあちらにあることは明白だった。

 

個性の制約か、何かの予定に合わせたか。

いずれにせよ黒霧に対しパンダらが今言えることは「『わからない』がわかる」、ということだけだった。

 

 

「一先ずヤツのことは置いといて、これからのことを考えた方が良いだろう」

 

「だな。俺と棘は相澤の援護に向かう。あのまま放っておくのは流石にマズイ」

 

「しゃけ」

 

 

「わ、私たちも行くよ!」

 

「ダメだ」

 

「なんで⁉ 私たちだってヒーローの卵なんだよ⁉」

 

「戸芦……」

 

「理由はある。お前らに戦闘許可が下りてないことだ」

 

「戦闘許可……」

 

「どんな状況であれ、仮免許も持ってない奴が交戦すれば責任を問われることになる。その責任が生徒か学校か、はたまた両方なのかは知らないがな」

 

「確かに敵の手から脱出するだけなら正当防衛が認められる。だが、救出のため個性を振るえばその限りではないということになるというわけか」

 

「でも、そしたらパンダ君たちも駄目じゃないの⁉」

 

 

麗日が声を荒げて問いただす。冷静さを失ってしまうような状況である中、自分も該当するにも関わらず、例外かのように立ち振る舞っていることにおかしさを感じたのかもしれない。

だが実際の所、この場においてパンダたちは例外の存在だった。

 

 

「俺たちは呪術科だ。ヒーロー科と違って限定的な状況下かつ、緊急時には戦闘の許可が下りるようになってる」

 

「しゃけ」

 

「あとはあのゴリラ、脳無って言ったか。食らったからわかるが……アイツの力は相当だ。肉体強化の個性でも持ってなきゃ一発で死ねるぞ」

 

「しゃけ……」

 

「そんな……」

 

「だからって逃げろって言ってるわけじゃない。他にもやれることがあるだろう? ヒーローってのは何も戦うだけが仕事じゃないんだから」

 

「そう……だね」

 

「あの時の私とは違う………今の私たちに出来ることをしよう!」

 

「「「おう/うん!」」」

 

 

 

麗日らは団結し、ある者は13号の手当を、ある者は未だ合流できていないクラスメイトの把握・手助けを、各自自分が取るべきだと感じた行動を取っていく。

憧れのヒーローオールマイトの信任、先の戦闘訓練の派手な戦いから皆どこかに「ヒーローは戦わなくては」という認識が静かに生まれていた。

パンダの言葉は彼らの背中を押し、迷いを断ち切る手助けとなったのだった。

 

「おかか!」

 

「あー悪い悪い。パンダさんによる説教はここまでだ。お前らのこと案外気に入ってるからさ、死なないように頑張れよ」

 

「うん……!」

 

 

麗日らの頷きを一瞥すると、パンダと狗巻は高台から飛び降り噴水広場の方へと向かっていく。

我らがヒーロー科における担任を救い敵を倒す、そのために。

 

 

 

 

 

一方その頃、雄英高校本校舎。

USJの動乱などいざ知らず、ヒーローと教師、二足の草鞋を履く多忙な彼らのために設けられた仮眠室にてオールマイトは根津校長の教師論を説かれていた。

 

 

「……」

 

「つまりだね、ヒーローと教師の関係性というものは一言で表すにはあまりにも複雑であって……ちゃんと聞いてるかい?」

 

「すみません先生。やはり13号くんにも相澤くんにも連絡を取れないのが気掛かりでして……」

 

 

オールマイトは携帯の画面に残る履歴を見て言う。

普段なら5分前後で折り返してくる彼らからの返信はオールマイトには届いていなかった。

 

 

「今行ってもすぐに戻るハメになるんだろう? いっそ今日はもう私の教師論を聞いて今後の糧とするべきさ」

 

「確かに変身出来て30分程ですが……やはり行かせていただきます」

 

 

少し悩むもオールマイトは立ち上がる。

 

 

「教師としての責任を果たすため、少しでも生徒たちに還元しなくては」

 

「そうかい。教師論を離せないのは少し残念だが、教師としてのその想いは無下にしてはいけないね」

 

「教師論はまた別の機会に伺います。まずは教師としての役割を果たしてきます!」

 

 

根津にオールマイトは一礼し、仮眠室を後にする。

USJに向かうのは教師としての責を果たすため、生徒たちの糧になるようなことを行うためだけではない。

 

 

(何か……嫌な予感がする)

 

 

言葉に形容は出来ない。けれど、何かとても良くないことが起きている。そんな予感がオールマイトにはあった。

己が直感を信じ、自らの身体から煙を放出しつつマッスルフォームへと変身する。

 

 

「今日のラッキーアイテム、つけた来たんだがなぁ!!」

 

 

先ほどまでのやせ細った身体からは想像できないほどの脚力で、オールマイトはその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

全速力で、駆ける、駆ける、駆ける。

一秒でも、コンマ1秒でも早く駆け付けるために。雄英高校内の舗装され開けた道路を車の何倍ものスピードでオールマイトは駆けていく。

対向車何も気にすることない道路にて、オールマイトの視界に1人の少年の姿が映った。

 

 

「オールマイト!」

 

「飯田少年!!」

 

 

呼び止められたオールマイトは地を蹴り返し、飯田の下へと着地する。

飯田の表情からは不安と恐ろしさ、責任が感じ取れた。

 

 

「USJが敵に襲撃されました! 相澤先生、13号が倒れ生徒らの全員の安否も……わからない状態です」

 

(なんて端的な説明……きっと怖い想いをしただろうに)

 

 

身体を震わせながら説明する飯田に対し、オールマイトは安心させるよう肩にポンと手を置く。

 

 

「説明ありがとう飯田少年! もう大丈夫────私が、いる!!」

 

「……ッ‼」

 

「私はUSJに急行する。飯田少年は他のプロヒーローの救援を頼む!」

 

「はい‼」

 

 

飯田が聞き届けたと同時に、オールマイトは全速力でUSJへと向かう。

踏みしめた地面は隆起し、大きな足跡を残していく。それほどにオールマイトの脚力は、怒りは規格外のものだった。

 

USJまでおよそ数キロ。1分も経たずに合流できる筈。

残り変身時間を考慮しても、20分以上の余裕がある。

 

 

「ならばその余力を速度に変える!」

 

 

普段の100%から、120%へ。

この後に支障を出さず、より素早くUSJへとたどり着けるように。

オールマイトがより一層の力を込めて地を蹴ろうとした。その時だった。

 

 

「せん、せんざあざざざあい!」

 

 

一言で表すなら妖怪のような異様な存在がオールマイトの眼前に突如現れた。

咄嗟の状況でありながらも、その存在から殺気を感じ取ったオールマイトは反撃に移る。

 

 

「はぁッ!」

 

 

速度を殺し、決して致命傷にならないよう放たれた一撃はその妖怪のような何かを吹き飛ばし、道端の木々へと打ち付けた。

 

 

「………せ、せんざぁあ……」

 

「雄英の敷地内に敵か? それにしては何かが違うような……」

 

 

ぶつけた拳の違和感にオールマイトはやや戸惑う。

勿論、USJ以外の雄英の敷地内にも部外者、それも敵がいたことは驚きだ。ただそれ以上に殴り飛ばしたこの感覚が、これまで相手してきた敵とは何か異なる存在であることをオールマイトに伝えんとしていた。

 

 

「何にせよ暫くは起きれないだろう。USJに急がねば!」

 

 

気になることではあるものの、今現在渦中にある生徒たちの安全が最優先だ。

優先事項をはっきりさせたオールマイトは、再びUSJに向かおうとする。

 

 

「いやはや、流石平和の象徴と謳われることはある。実に素晴らしい」

 

「……君も侵入者か? 悪いが今急いでいるんだが」

 

「それは実に失礼した。一先ず名乗らせていただこう」

 

 

男は袈裟を翻し、深くお辞儀をする。

その礼には敬意こそあれど、謝意はない。ただ何か並みの敵とは違う、邪悪さが溢れるものだった。

 

 

「私の名は夏油傑。現状で世界唯一の────呪詛師だ

 

 



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第20話 玉折

 

 

「夏油傑⁉ 僻地にある集落、そこに住む112人を皆殺しにした……夏油傑か!」

 

「そうですとも。当時あなたはアメリカに応援に参じていた。それがどういった了見のモノだったのかは存じ上げないが、私にとっては幸運でしたよ」

 

 

木陰から現れた夏油はオールマイトとUSJとの道を塞ぐように、間に立つ。

 

 

「日本から一時的にいなくなったとしても、エンデヴァーという自身に次ぐ実力者もポストオールマイトと名高い五条悟もいる。そう考えて出たのでしょう。けれど失敗だった。エンデヴァーは自らの執念に時を費やし、頼みの五条悟も私を殺すには至らなかった」

 

「……それは五条君が君に情を持っていたからではないかな?」

 

「ハッ、あいつがそんなもの持ってるとは思えないですけどね」

 

「そうかい。平和の象徴として、ヒーローとして言いたいことはたくさんあるが……悪いが先を急いでいるんだ。お喋りはこれくらいにしよう」

 

「それは残念。かの平和の象徴とはじっくりとお話したかったのですがね。例えば……あるべき世界の形とか、ね」

 

「enough!」

 

 

オールマイトはもう十分だと夏油に拳を振るう。

目の前の存在は先ほどと違い、明確な敵。即ち手加減の必要もない。

100%の力を込めた拳を夏油の腹部に叩き込む。

 

けれど細身の夏油など一撃で屠れるだけの威力があった拳はぐにゃりとした異様な感触とともに打ち返された。

 

 

「何⁉」

 

「凄まじい力……2級呪霊程度では一時の盾にしかならないか‼」

 

 

衝撃までは打ち消せなかった夏油は体勢を立て直し、掌を地に向ける。

その掌からはゆっくり広がっていく泥のように呪霊と称された化け物が5体、姿を現した。呪霊の大きさも身体的特徴も一体一体異なり、それぞれが別の存在であることをオールマイトは察していた。

 

 

「それが君の個性『呪霊操術』、その呪霊たちか。先ほどの攻撃もそれで凌いだか」

 

「ご明察。戸籍を消そうとも私の個性は把握済みか」

 

「君も雄英に一度名を連ねたんだ、連ねた以上戸籍を消そうとも雄英のデータベースには情報が残る」

 

「流石は雄英。そういうところはしっかりとしている。……しかし記録があったところでこれを防げるかな!」

 

 

夏油の指示で5体の呪霊が一斉にオールマイトに突撃する。

 

ある呪霊は恐竜の如く鋭い爪を伸ばして攻撃せんとする。

ある呪霊はその巨躯でオールマイト自体を包みこまんとする。

ある呪霊は蛙のような舌を伸ばしたかと思えば、喉奥から銃口のようなものを覗かせている。

 

正に十人十色、否十霊十色の攻撃がオールマイトを襲う。

 

 

「これはおっかないな!」

 

 

オールマイトは焦ることなく地に自身の拳を叩きつける。

地に叩きつけた拳は地を隆起させ、上昇気流を起こす。包囲攻撃を仕掛けた呪霊を突風は巻き上げ、予測していなかった状況に行動を止める呪霊をオールマイトの『SMASH』は一撃にして消し飛ばした。

 

 

「全く……容赦のない。アレらが人であれば貴方は人殺しになるのだが」

 

「騙そうとしても意味はないとも。五条君から話は聞いている。アレはヒトではない別の何かだと」

 

「騙そうなどと思ってはいませんよ。仰る通りアレらはヒトではない。ただのか弱い生命ですよ」

 

「か弱い、ね。弾丸飛ばしてくるような生き物がか弱いわけがないだろうに」

 

 

オールマイトは頬を擦り、地を拭う。

先の呪霊の一体がオールマイトに弾丸を発射、直撃ではないもののオールマイトの頬を掠め、傷を与えていたのだった。

 

 

「おや、血を出してしまいましたか。失敬、かの平和の象徴があの程度で傷を負うとは思いもよらず……」

 

「HAHAHA、私も年を取ったということかな。最近衰えを感じてしまうよ」

 

 

乾いた笑いで自虐するオールマイトは、チラリと夏油の様子を窺う。

おどけている様子を見せつつも、目の前の男に一切の隙もなかった。

 

1人殺せば犯罪者。100人殺せば英雄というのは誰の戯言だっただろうか。

目の前の存在は英雄などではない。けれど、並みの敵とは一線を画す存在であることをオールマイトは理解した。

 

 

「10年前のあの事件以来、目撃情報もなかった君がこれほどとはね……」

 

「お褒めの言葉をいただき恐縮です。どうです、この後お茶でも。東京駅の方に中々洒落た茶屋があると私の家族が……」

 

「悪いがお茶は先ほどたっぷり飲んできたのでね!」

 

 

オールマイトは拳を夏油に向け、夏油はそれを呪霊でいなす。

オールマイトは理解していた。夏油はただの時間稼ぎ、自身の足止めであると。

 

記録では彼が『1級』と呼称する呪霊が複数体存在する。五条君曰く『並みのヒーローじゃ相手にならない』とのこと。けれど彼はそれを切ってこない。何かしらの事情があるのか、切るタイミングを見計らっているのか。少なくとも本気で戦いに来ていないことは拳をぶつける中でオールマイトは確信していた。

 

呪霊も無尽蔵ではない筈。いつかは呪霊のストックも切れ、夏油を打破することが出来る。けれどその時には制限時間は0、主目的のA組救出は叶わない。

 

では夏油を放置してUSJに直行すべきか?

それもまた否だ。雄英生は校舎にも山のようにいる。それもヒーロー科のように自衛の術を持った者は少ない。教師もいるが先の『1級』のカードを夏油が隠し持っている以上、壊滅的被害が予測できる。放置するという選択肢もまた取れなかった。

 

 

「頭のキレる男だ、まったく………やり辛いな君は!」

 

「私も貴方を高く買っている。出来れば戦わず、私の同志になって欲しい」

 

「敵の同志にかい? それは出来ない……相談だな‼」

 

 

夏油との会敵から5分。オールマイトは既に夏油が『2級』と呼称する呪霊らを100体は打破している。それでも夏油の表情には焦り一つなく、無尽蔵かの如く呪霊が夏油の掌から溢れ出てくる。

 

 

「キリがないな。そんなに私とお茶したいのかい?」

 

「ええ、是非とも。ただここまで言っておいてなんですが、断っていただいても構わない」

 

「⁉」

 

 

夏油が掌を下に向けると同時に、オールマイトにプレッシャーが走る。これまでの呪霊とは別格の何かが出てくると彼の直感が述べていた。

 

その直感に応じるように掌から洪水の如くそれは出てくる。

夏油の背丈の何倍もの物体があふれ、身体を成したそれは頭上と右手に巨大な時計を持つ一つ目の化け物。どの時計の針も『4時44分』を示している。

その化け物が夏油の背後に現れた。

 

 

「貴方が死んでも私の理想の世界に大きく近づく。貴方が死んでしまうのは悲しいし、勿体ないとは思うが……どちらにせよ、私には有意義なのさ」

 

「これが『1級』という奴か。凄まじい圧………HOLY SHITだな全く!」

 

「『1級』も知っていたか。そうこれは私の切り札の一つ、『1級呪霊 逢魔ヶ時』。『1級』の位を冠してはいるが、実際のところ『特級』に1歩踏み入れているかもしれないけどね」

 

 

『逢魔ヶ時』と称された呪霊の眼光がオールマイトを捉えると、オールマイトの四方数メートルが暗闇を誘う結界で囲われる。結界の中には何もなく、ただポツンと浮かぶ時計が『4時44分』を示していた。

 

 

「何だこの檻のようなものは‼ 壊せん‼」

 

 

オールマイトは拳を結界に対しぶつける。けれどその透明な檻のような結界にはひび一つ入ることはなかった。

 

 

「4時44分────逢魔が時。妖怪だとか呪いとかが強まる時間帯、その時間が流れる結界に貴方を閉じ込めました。逢魔が時である1分の間、貴方はそこから出ることは出来ない」

 

「1分? その時間を耐えれば終わりじゃないか!」

 

 

結界内に溢れてくる呪霊を殴り、蹴飛ばしながらオールマイトは笑う。

目の前の魑魅魍魎に対する僅かな恐怖心を消すためにも、夏油の能力に屈していない姿を見せるためにも。

 

しかし夏油はその姿に笑みを返した。

 

 

「確かに1分の間では逢魔が時によって強化された呪霊が無尽蔵に湧くその空間でどうこうすることは出来ないだろう。だが、『逢魔ヶ時』が結界を生むことが出来るのは一度が限度ではない」

 

「……ッそういうことか」

 

「そう、貴方がそこから脱する度に結界に閉じ込める。勿論連発が出来るわけではないが、その隙を埋める切り札を幾つか持っているのでね」

 

 

しくじったか、オールマイトは心の中で吐露する。

これまでの判断、敵の誘いに乗らなかったことではない。相手の手の内を読み違えたことだ。文面、五条悟からの話で『呪霊操術』がどのようなものかは聞き知っていたが、ここまでとは思いもしなかった。トリッキーな個性は数あれど、ここまでのものはない。彼の個性は個性の範疇を大きく超えるものだった。

 

加えてあの夏油の余裕な表情。恐らく『逢魔ヶ時』と対等、或いはそれ以上の呪霊を手駒としていることが伺える。猶更放置すれば何が起きるかわからなくなった。

USJの敵が何体いるかはわからないが、制圧に5分かかるとして現時点の残り時間は体感15分程。数回結界に閉じ込められれば、その時点でデッドラインを迎える。

 

状況がより一層悪化したことで苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるオールマイト。

彼に対し夏油は王手をかける。

 

 

「さぁ、オールマイト! 平和の象徴よ! 口惜しいが我が大義のための犠牲となれ‼」

 

 

『逢魔ヶ時』のインターバルを埋めるための呪霊を生み出そうと、掌に夏油は意識を集中させる。その時だった。

 

 

「────術式反転『赫』」

 

 

衝撃。

一瞬静寂が訪れたかと思えば、空間が割れんほどの衝撃が辺りに走った。

 

夏油は思わず呪霊を盾に、自らの身を守ろうとする。その判断は正しかった。

空から降り注いだ赤き光、そして衝撃は盾にした『逢魔ヶ時』を大地ごと屠り、消滅させた。

『逢魔ヶ時』の消失に合わせ、オールマイトを囲っていた結界も同時に消失する。

 

 

「1分経たずに結界が壊れた⁉ 一体何が……」

 

「『逢魔ヶ時』が一瞬で……君か、悟」

 

 

夏油が憎たらしいような、それでいて平静を装ったかのような表情を浮かべ空を見上げる。

そこには風に髪をたなびかせながら夏油を見下ろす、五条悟の姿があった。

 

 

「五条君! 来てくれたか!」

 

「こいつの相手は僕が引き受けます。オールマイトはUSJに。他ヒーローもじき向かう筈です」

 

「すまない!」

 

 

オールマイトはUSJに向け再び全速力で駆けていく。

その進みを夏油は止めはしなかった。

 

 

「さて、久しいね悟。相変わらずそんな目隠ししてるのかい?」

 

「世間話をしに来たんじゃない。帳を使わないなんて初歩的なミスもするんだな傑」

 

「そんなミスするわけないだろ。帳を下ろせば君がすっ飛んでくる、そう判断したから使わなかっただけさ」

 

 

遅かれ早かれそうなることはわかっていたけどね、と夏油は付け加える。

そんな彼の様子を五条は窺いつつも、自らの個性で無限を収束させ攻撃の準備を整える。

その様子を見て夏油は肩をすくめて笑った。

 

 

「止めとけよ。君が見たかは知らないが、さっきをここを走ってたメガネの男の子。彼に呪霊を付けておいた」

 

「……飯田君か」

 

「そうそう彼彼。『私が雄英敷地内にて五条悟に攻撃された時、爆破する』ようにしてある。逆に君が今ここで私を攻撃しなければ何も害はない。ただ……制約の分、爆破した時の飯田君と他の雄英生の命の保証はしかねるがね」

 

「……」

 

「さらばだ、悟。また近いうちに会おう」

 

 

夏油はそう言い残すと巨大な鳥のような呪霊を呼び出し、その場から脱する。

 

 

「近いうちに会おう、か」

 

 

呆気ない退却に呆れつつ、万が一に備え飯田に付けたという呪いを取り除くべく五条は雄英校舎へと戻っていく。

オールマイトがいれば問題ないだろうと考えて。

 

 

 

 

一方その頃、USJ。

『対平和の象徴 脳無』にイレイザーヘッドが交戦するも、健闘虚しく無残な姿がさらされていた。

 

腕は真逆に曲がり、何度も打ち付けられた地面には血だまりすら出来ている。そこに重石のように乗っかっていた脳無は今、パンダらと交戦している。

 

その光景を見て緑谷・蛙吹・峰田は呆然とするほかなく、骨がある存在を倒しゲームに飽きてきた死柄木は次の行動を考えあぐねていた。

 

 

「……」

 

「イレイザーヘッドはもう終わりだ。あのパンダと変な語彙のガキは脳無に相手させるとして後は……何すればいいかな。もう飽きて来たし適当に済ませて……」

 

「死柄木弔」

 

 

黒霧が靄から死柄木の背後に突然現れた。

 

 

「黒霧か。13号はやったんだろうな」

 

「行動不能には出来たものの……一名に逃げられました」

 

「……は?」

 

 

 

「はぁー--……お前がワープの個性じゃなきゃ消し炭にしてたよ」

 

「申し訳ございません」

 

「流石にプロ何人も相手にしちゃ勝ち目がない。今回はゲームオーバーだ。帰ろう」

 

 

死柄木が肩を落とし、トボトボと歩く。

その姿と話声は近くの水場に身をひそめる緑谷らにも届いていた。

 

 

「今帰るって……言ったよな? 言ったよな!」

 

「ええ。私にも聞こえたわ。けど……」

 

「これだけのことをしておいて、あっさり引き下がるなんて……」 

 

 

(ゲームオーバーって……一体何が目的なんだ、こいつらは!)

 

 

一貫性の無い、何が目的なのかもわからない目の前の恐怖に対し緑谷らは戸惑う。

そんな彼らを死柄木は視界に収めると、一瞬空を仰いだ後緑谷らのいる水場に身体を向けた。

 

 

「けどもその前に、平和の象徴としての矜持を少しでも────へし折って帰ろう」

 

 

帰路に着こうとしていた死柄木が一瞬にして距離を詰め、五指を蛙吹の顔面へと伸ばす。

相澤の肘を崩した個性、その魔の手が蛙吹の顔面に向けられている。個性を受けた肘はその機能を失い、崩れた。それが顔面だったなら死へと追いやられてしまう。

 

 

(マズイ、マズイマズイマズイマズイ‼)

 

 

その光景を間近で見る緑谷は何とか抵抗しようとする。

けれど身体は動かない。ただただ見ていることしか出来ない。身体を犠牲にした個性の発動すらも間に合わない。どうしようもない現実を前に緑谷は思わず目を閉じた。

 

 

「させ、るかぁっ‼」

 

 

どこからともなく現れた剣の一閃は死柄木の腹部を捉える。

その五指は蛙吹にたどり着く前に、遥か遠くへ吹き飛んだ。

 

剣撃による突風に緑谷は目をうっすらと開けると、そこにあったのは刀を携えた乙骨の姿だった。

 

 

「皆大丈夫⁉」

 

「乙骨君!」

 

「ごめん遅くなった! ここからは────僕が相手だ!」

 

 

 




恐らくあと数話で終わります。
出来れば年内、ないし年始には完結したいところ。

一話書くのに相当時間を要しているので、よろしければ評価や感想などいただけると幸いです。


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第21話 日常

 

「爆豪君たち置いてきちゃったけど……急いで正解だったな」

 

 

乙骨は深呼吸をして乱れた呼吸を整える。

その姿を死柄木は乙骨の一閃が入った腹を抑えつつ立ち上がった。

 

 

「いってぇ……骨何本か折れただろ今。 んで、誰だよお前」

 

「雄英から拝借した資料には見かけなかった顔からして……夏油様の言っていた呪術科の者かと」

 

「じゃあアイツらのお仲間か。なら、僕たちの相手よりアイツら助けてあげた方が良いんじゃない?」

 

 

死柄木は指で自身の後方を見るように促す。

そこあるは脳無と交戦するパンダと狗巻の姿。2人の肌は傷つき血を流しており、劣勢なのは見て取れた。

 

 

「呪術科がどの程度か知らないけど、アレの相手は無理だろ」

 

「……わかってる。僕もすぐそっちに行くさ」

 

 

乙骨は地に打ち付けられた相澤の姿を視界に収める。

パンダや狗巻は自分以上の力を持っている。それでも先生を倒してしまうほどのあの化け物には足りないと理解していた。

 

 

「ちょ、ちょ待ってくれよ乙骨! オイラたちだけじゃアイツらの相手は無理だって!」

 

「乙骨ちゃんを困らすようなこと言わないで峰田ちゃん。脳無を相手にしてるパンダちゃんたちの助太刀が今は優先だわ」

 

「けどよぉ……」

 

「僕たちは大丈夫。だから乙骨君はパンダ君たちを!」

 

「緑谷君……わかった」

 

 

緑谷の言葉に乙骨は戸惑いを振り払い、パンダらの方へ向かう決意を固める。

 

 

「ふー……」

 

 

足に力を込める。筋力、そして里香から貰い受けた呪力を込めて。

下手な小細工はせず、ただ愚直に一直線に乙骨は前へ飛び出した。

 

 

「真っすぐ来るとは……やはり子供ですね」

 

「行ってくれるのは助かるが……見す見す通すのは勿体ないよな?」

 

 

死柄木は向かってくる乙骨を受け止める姿勢を作る。

今度は両手を構え、片腕が剣で弾かれようと確実に乙骨を砕くために。

 

愚直に突っ込んでくる乙骨はその腕から逃げることは出来ない。

けれどそう思われていた乙骨は大きく跳躍、死柄木らの視界から一瞬姿を消した。

 

 

「あ……?」

 

「何という跳躍!」

 

 

およそ人とは思えない跳躍に死柄木らは思わず乙骨を目で追ってしまう。

その一瞬の隙が死柄木らの命運を分けた。

 

 

「デラウェア……スマッシュ!」

 

「ッ馬鹿力が!」

 

 

乙骨の跳躍と同時に水面から飛び出た緑谷のスマッシュが地を巻き込みつつ死柄木らに飛んでいく。地面を風圧で巻き込んだその一撃は死柄木と黒霧をも巻き込み、元いた位置から大きく突き飛ばした。

 

 

「ぐぅっ……乙骨君!」

 

「緑谷君、ありがとう! 皆は逃げて!!」

 

 

跳躍と同時に姿が見えた爆豪たちにも聞こえるように乙骨は叫ぶ。

先生たちが倒れ、パンダたちが目の前で苦戦している敵は一つの手段を除いて対抗しようがないと本能で感じ取ったからだった。

 

 

「パンダ君、狗巻君!」

 

「憂太!」

「しゃけ!」

 

 

土煙が上がる場と直線上にいたパンダらの下に乙骨が降り立つ。

土煙の方を見ると脳無の開き切った目が呆然とこちらを見ていた。

 

 

「アレが相澤先生を……2人とも大丈夫⁉」

 

「何ともない……ことはないな。正直ボロボロだ」

 

「おかか……」

 

 

パンダらが気まずそうに言葉を返す。

プロヒーローすら短時間で地に伏せた敵の猛攻を受け、二人の身体は既に限界に近かった。

 

 

「そんな……」

 

「アイツダメージ与えても与えてもすぐ回復しやがる。そのくせしてこっちは数発貰えばアウトだからな」

 

「しゃけ……」

 

「棘も既に喉がやられてる。今さっき吹き飛ばしたのが最後の一発……ってもう立ち上がりやがったか」

 

 

パンダと棘がふらつきながら構えを取る。

先ほどまで立ち上がっていた土煙はとうに晴れ、傷一つ無い脳無が立ち上がり乙骨らを見ていた。

 

 

「そんな状態じゃ……ダメだ戦っちゃ!」

 

「俺だって戦いたくねぇよ。ただ戦わずしてどうにかなるわけでもないだろ?」

 

「それはそうだけど……」

 

「ッ、来るぞ構えろ!」

 

 

獣の如き雄叫びを上げ、脳無が地を駆けだす。

瞬き一つする内に脳無との距離は数十メートルからわずか数歩のところにまで縮む。

脳無の拳が乙骨の眼前に迫ろうとしたところで、脳無の頭上から降ってきた矛が脳無の身体を貫き地に伏せさせた。

 

 

「────よう、無事かお前ら」

 

「「真希」さん!」

 

「あいつぶっ刺しちゃったけど問題ねェよな。死んだら死んだで良いけどよ」

 

「大丈夫だ。どうせすぐこっちのこと殴りにくるからな」

 

 

「……」

 

 

「ほら立ち上がった」

 

「マジで不死身だなアイツ……」

 

 

真希は懐から刀を取り出し、体勢を整える。

パンダらに比べダメージは少ないものの、今持っている武器は非常用のモノであることは乙骨にも理解出来た。

 

 

「真希さん……他の人たちは?」

 

「爆豪たち以外でUSJ内で見かけた奴らは逃がした。今はもう救援呼びに行ってる頃合いだろうよ」

 

「そっか……じゃあ、ここは僕に任せて」

 

「おかか!」

 

「無茶言うな憂太。有効打ナシで戦えるほどアイツはお優しくないぞ」

 

「正直なところ、一人で戦おうがまとまって戦おうが時間の問題だろうが………死ぬぞ憂太」

 

「大丈夫だよ真希さん……里香ちゃんを呼ぶから」

 

「「「‼」」」

 

「だから先生と緑谷君たちのことお願いするよ……ッ!」

 

「憂太!」

 

 

矛を抜き立ち上がる脳無が体勢を整える前に乙骨は急襲をかける。

真希らが逃げる時間を稼ぐためぶつけた剣は数秒脳無の身体を止めた後、乙骨ごと吹き飛ばされた。

 

 

「力に差があり過ぎる……剣じゃ抑えきれないッ⁉」

 

 

手を震わせながら立ち上がる乙骨の目の前に脳無の拳が叩き込まれる。

咄嗟に剣を構えるも先ほどの衝撃で満足に力を込めることが出来ていない乙骨の剣は容易に叩き飛ばされ、もう片方の拳が乙骨の腹部を捉えた。

 

 

「ぐふっ……」

 

 

強烈な痛みが乙骨を襲い、その場に膝を付く。

衝撃は全身に回り、血反吐を地に降らした。

 

 

(やばい……視界が……)

 

 

口からだらだらと垂れる血を眺める乙骨の視界がゆらぐ。

そんな状況を敵が、ましてや改造人間が見逃すわけもない。脳無の拳は無防備の乙骨の顔面を吹き飛ばす────その時だった。

 

 

「ぶっ飛べ‼」

 

 

乙骨の背後からの叫びに脳無が盛大に吹き飛ぶ。

それは狗巻の呪言による乙骨のアシスト。そして脱出が完了したという合図だった。

 

(やっぱり凄いな……狗巻くんは)

 

吹き飛んだ脳無が何事もなかったようにむくりと起き上がると同時に、乙骨も口元の血を拭いふらつきながらも立ち上がる。

信頼してくれた友人の想いに応えるために、自身の責任を果たすために。

 

 

「来い…………里香‼」

 

 

 

乙骨の叫びとともに、地面が漆黒の沼へと変わる。

USJ内を僅かに照らしていた照明は割れ、閉鎖空間である筈のUSJ内に突風が巻き起こる。

 

沼から湧き上がるは巨影。人の数倍の身体を持つ脳無の、何十倍をも誇る巨大な影が壁のように現れた。

 

 

それからは一瞬の出来事だった。

脳無に瞬きは出来ない、けれど脳無が瞬きを出来たならそれを生理反応として行うほどの一瞬で里香は脳無の眼前に迫っていた。

 

 

『ゆゔだををぉぉぉぉをををを……いぃじめる゙な゙ぁっ!!』

 

 

叫びとともに里香は脳無の身体を両手でつかむ。

掴まれたと脳無が認識した時には、既に無敵を誇っていた脳無の身体は一瞬にして2つに引きちぎられ、およそ人のものとは思えないドス黒い血が辺りに吹き出し飛び散った。

 

 

 

 

 

「────そして、折本里香の1分50秒の完全顕現により、呼称『脳無』は沈黙。主犯とみなされる死柄木・黒霧の死体は発見されなかった為、逃走したものとみなされる。ヒーロー重傷2名、生徒重軽傷4名で幸い折本里香によって怪我した者はいない────これがUSJ事件の全てだな?」

 

「はい。USJ内で起きたこととしてはそれが全てです」

 

 

薄暗い部屋────公安本部地下にて淡々と老人らと五条は話を進める。

USJでの事件は乙骨による折本里香の顕現で全て終結へと向かい、今はその後始末の最中だった。

 

 

「雄英の敷地に敵が侵入するとは……不測の事態だ」

 

「だとしても折本里香の2度目の完全顕現! 申し開きの余地はないぞ五条悟!」

 

「だからちゃんと責任持って私が鎮めたでしょう?」

 

「そういうことを言っているのではない! 乙骨憂太が折本里香を顕現させたことが問題だと言っているんだ!」

 

 

壁の向こうで声を荒げる老人の態度に、五条はため息を吐く。

この老害共は本当に何もわかっていない、と。

 

 

「あのですね。仮に乙骨憂太が折本里香を顕現させなかった場合、間違いなく死人が出ていた。生徒も教師も何人も帰らぬ人になっていたのは実際に対敵した相澤先生やパンダたちの証言から容易に予測が付きます」

 

「それは結果論だろう。折本里香が生徒らの命を奪っていた可能性も十分あり得る」

 

「彼はそうなる可能性を考え、顕現させる前に生徒らを逃がしていた。恐らくオールマイトや他のヒーローが到着することを見込んだ上で顕現させたんです。極めて冷静な判断だったと私は評価しています」

 

「冷静だから何だと言うんだ! 折本里香がどんな能力を持って、どの程度の破壊力を持っているのか我々には予測すらつかないというのに!」

 

「……そう、今私たちが折本里香について言えることはただ一つ、『わからない』ということだけ。その『わからない』をどうしようもないから僕にお鉢を回し、僕に乙骨の身を任せたんだ。任せてゆっくりお茶でもしててくださいよ」

 

 

壁の向こうから言葉が返ってこなくなるも、五条は話を続ける。

 

 

「あちらは間違いなく力を強めている。対するこちらの切り札兼支柱は満足に戦える状況じゃない。僕だって明日には九州、翌週には北海道に飛ぶくらい多忙なんだ。それは仕事回してるそっちが一番よくわかってるでしょ」

 

「……」

 

「ヒーロー飽和社会だなんだ言われてますがね、自ら強い手札を捨てる余裕なんてないんですよ、こっちには」

 

 

それじゃ、と告げて五条は一人部屋を後にしようとする。

その姿を多くの者が眺めるだけの中、一人静かに口を開いた。

 

 

「……乙骨憂太の秘匿死刑は保留ということを忘れるな」

 

「忘れてないですよ。まぁ、仮にそうなったら────私が乙骨側に着くということもお忘れなく」

 

 

負け惜しみ化の如く告げられた言葉に五条は眼帯の包帯を取って睨みを返す。

静まっていた空間は完全な静寂へと移り、五条は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

昼下がりの雄英寮。呪術科用に設けられた部屋で4人が集まる中、乙骨は窓に腰かけ晴れ渡る空を呆然と眺めていた。

 

 

「憂太、おい憂太────憂太!」

 

「わぁっ⁉ 何⁉」

 

「大丈夫かーぼーっとして」

 

「しゃけ」

 

「いてて、いたいいたい……」

 

 

狗巻肘で突かれる。脳無にやられた怪我が完治していない為地味な痛みがあったが、その痛みとは別に何かこそばゆいような嬉しさがあった。

 

 

「あはは……USJの時のこと考えてて……」

 

「USJェ?」

 

「脳無とか怖かったもんなー。それ以外は雑魚だったけど」

 

「そ、そうじゃなくて」

 

「? じゃあ何だよ」

 

「USJで里香ちゃんを呼び出したとき、あの一瞬だけ本当に里香ちゃんと繋がれた気がしたなーって……」

 

 

乙骨は薬指にはめた指輪を眺め微かに笑う。

 

思い返せば今まで人生辛いことばかりだった。きっとこれからも苦難は続くだろう。

それでも今は誇れる友人も、里香も近くにいる。

 

里香の呪いが解ければ、この生活も終わる。

きっとその時間も長くない。けれどほんの少しでも長く、より頑張れたらと思う。

 

 

 

他の何にも代えがたい、この楽しい時間を。




年始というには遅すぎましたが何とか終わりました。
正直完全燃焼には程遠い終わり方でしたが、このまま半年以上寝かせるわけにもいかない……というわけでもありまして。
いつか時間が出来たらちゃんと書き切りたいなーというのが本音です。

更新に間が空いてしまって読むのを止めてしまった方もいると思います。その方々にはここでお詫びを。と言っても今読んではいないと思いますが。

作品を書く上で様々な方にアドバイスをいただきました。それらが活かせている部分、活かせていない部分が多々あると思いますが本当にありがとうございました。


そして最後まで読み続けてくれた方。果たして何人いらっしゃるかはわかりませんが、本当にありがとうございました。また他の話を書くことがあればその際もまた読んでいただければ幸いです!



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