転生女装令嬢俺物語。~推しCPをくっつけたいんですが、何故かヒロインが俺のことを口説いてきます~ (かり~む)
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1:0歳児は女装を決意する

 聖アメリア学園に今年もまた新入生を迎える季節がやってきた。

 友人はできるだろうか。学園での生活は楽しめるだろうか。もしかして、恋人もできたりするかもしれない。不安はあるが、それ以上に期待に満ちた顔もちで荘厳な学園の門を潜る生徒たち。

 

 その中に。周囲とは異質のギラついた瞳を携える存在がいた。

 

(遂にこの日がやってきた)

 『彼女』は違った。如何に小ぎれいに外面を取り繕うとも、清楚な長いスカートで己を偽ろうとも『彼女』こそは例外であり、異端だった。

 

 ――――学校生活を楽しむ?

 ふん、馬鹿馬鹿しい。己の楽しみなど放棄した。自身のこれからの3年間はナイフを常に喉元に突き付けられるような、緊張と苦難に満ちたものとなるだろう。

 

 ――――恋人?

 そんな色恋沙汰に現を抜かす暇があるなら、己の目的に邁進しろ。それ以外を見据えるな。勢いよく放たれた矢のように、あらゆる雑念を排し、ただただ標的を射ぬけ。

 

 未来ある新入生が求めるもの、それらを『彼女』は切って捨てる。価値を認めていないわけではない。価値が分からぬわけでもない。ただ、今の自分には必要ないだけである。全ては大いなる『目的』の為に。

 

(――――だけど友人……か)

 『彼女』は頬を僅かに緩める。

 

(それだけは欲してもいいかもしれない。俺は彼女と交友を結ぶためにこの学園にやってきたのだから。それが俺の『目的』に繋がる)

 

 友情だけは己に許した。しかし、それすらもやはり『目的』へ至るための為のピースでしかない。

 

 全ては、定めた目的に向かって消費される。『彼女』は温度の無い機械めいた思考回路をこの齢にして形成していた。

 

(俺は必ず! シリウス様とアンナ嬢のカップリングを成立させて見せる!)

 

 ………これが『彼女』の、というか『彼』の目的であった。

 

 ここで彼の情報を少し補足しておこう。

 

 彼は転生者であった。

 彼は俗に言うCP厨であった。

 

 そして。

 彼の性別は思いっきり男であった。

 

 如何に小ぎれいに(化粧)で外面を取り繕うとも、清楚な長いスカートで己(の性別)を偽ろうとも『彼女』こそは例外であり、異端だった(つまりは男)だった。

 

 また。

 

 己の推しの攻略対象と主人公とくっつける。その為ならばこの3年間を、いやこれからの生涯を女装して過ごそうと決めるくらいには、頭のねじが外れていた。

 

 この物語の主人公の名は―――カミーユ。

 ゴールドローズ家嫡男、カミーユ・ゴールドローズ。

 

 彼は乙女ゲーム『聖剣☆物語』の世界に、主人公の友人ポジションとして転生した元日本人の伯爵令嬢(男)である。

 

 

 

 転生なんて、これっぽっちも信じていなかった。しかし実際自分が経験してみれば、信じるほかないだろう。

(まさか転生した先が、自分が熱狂的に嵌っていたゲーム『聖剣☆物語』の世界だとは! なんか馴染みのある単語をよく聞くなぁとは思ったよ! おまけに転生先が原作に登場するキャラクター、カミーユ・ゴールドローズなだなんて! 最高だ!)

 

 『聖剣☆物語』とは2✕✕✕年に発売された乙女ゲームである。ゲームだけではなくアニメやミュージカルなど多面的に展開し、魅力的なキャラクターと練りこまれたストーリー展開によって人気を博した。

 

 『聖剣☆物語』の世界観はオーソドックスな西洋ファンタジー風の世界だ。

 

 工業は殆ど発達しておらす、産業革命の兆しは微塵も見えない。代わりに魔法が人々の暮らしを支え、大地には魔物が跋扈する。

 

 物語は平民として育ったが妾の娘として貴族に血を引く主人公アンナが男爵家に引き折られた結果、学園に転入するところからスタートする。学園には持つ者に莫大な力を授ける『聖剣』が眠るという噂があり、それを求めて魔族の王子が魔界にやってくる。

 

 他にも学園には王国の王子や王国と敵対していた帝国の優良貴族の跡取り、マッドサイエンティストの天才少年など濃い面々が多く通う。主人公は『聖剣』を巡る陰謀と戦いに巻き込まれながら彼らとの絆を深め、やがて恋に落ちるのだ。

 

 物語の大筋は王道ともいえるし、使い古されたテンプレとも言えるだろう。

 だからこそ、ライターの筆力が問われるのだが、ゲーム本編はそんなハードルを易々と飛び越えていった。

 

(……あれ、これもしかして。シリウス様とアンナの恋模様が見れるのでは?)

 

 シリウス様とは『聖剣☆物語』の攻略対象の一人である。先ほど述べた学園に眠る『聖剣』を求めて魔界からやってきた魔族の王子が彼だ。

 

 彼の目的は『聖剣』を魔族の元にもたらして、人間を支配する事である。だからこそ、人間である主人公との恋が輝くのだ。エモいと言い換えても良い。

 

 父である魔王の言いなりの人形となっていたシリウス。彼が主人公との交流を経て本当の自分を発見する過程は当時のカミーユの胸をうち、涙腺を崩壊させた。

 

 ちなみにカミーユの性別は前世も今生も男である。男で乙女ゲームをやる人間は客観的に見て珍しいだろう。乙女ゲームと名の付くように、このゲームの対象は夢見る乙女たちだ。が、そんなことはカミーユにはあまり関係なかった。美しいものを美しいと愛でて何が悪いのだ。

 

 ともかく、この世界はゲームの世界であり、カミーユにもまた役割が与えられていた。主人公であるアンナの友人役である。

 

 学園に転入してきたばかりで右も左もわからず、また妾の子供という生まれのせいで周囲から冷ややかな視線に晒される主人公アンナ。

 

 そんな彼女に『同性として』初めに声をかけるのが、カミーユの役目だ。

 そして、そこそこの爵位を生かしてアンナと攻略対象たちとの繋ぎをしたり、主人公の学園生活をサポートする。

 

(最高だ! 彼と彼女の恋模様を近距離から眺める事ができる! きっと神は俺にそれを見せる為にこの世界に転生させたんだろう!)

 

 しかし。

 

 問題がひとつあった。

 

 赤ん坊の身体でも確かに主張する下腹部の『アレ』。

 今世でもカミーユは男として産まれていた。

 

(原作ではカミーユ・ゴールドローズは女だった筈。……いや、ゲーム内で説明されなかっただけで、女装男子だった可能性も…それは流石にないか。着替えシーンのCGがあったが、確かに胸があった)

 

 この差異が将来どのような歪みを産むのか分からない。

(よし)

 

 カミーユの覚悟はすぐに決まった。

 

(俺、女の子になる!)

 カミーユ・ゴールドローズ、生後1週間の決意であった。

 

 

 カミーユがこの世界に生を受けて5年の月日が流れた。

 その間、カミーユはこの世界が『聖剣☆物語』の世界であるとの確信を強めた。ゲームで聞き馴染みのある地名や人名や幾つも耳にしたからだ。

 

「父上」

 カミーユは今生における父親に声をかけた。

 

 母はいない。

 カミーユが3歳の時に亡くなった。

 

「なんだ、カミーユ。我が黄金の薔薇よ」

 

 この台詞だけで分かるように彼の父、カリオストロは頭がちょっとアレだった。いちいち大仰でかっこつけで、その場のノリだけで生きているような男だった。

 

 だからカミーユは自分が熱意をもって訴えれば父は自分の目的を否定しないだろうな、という確信に近い考えがあった。

 

「父上。俺には目的があります」

「目的? 随分と固く遊びのない言葉を使う。夢、の間違いではないのかね? 齢5つにはそちらの方が相応しかろう」

「夢ではいささか曖昧過ぎます。叶ったらいいな、叶うかどうか分からない……そんな甘い考えではいけないのです。俺の目的は産まれた時より定めたものです。必ず達成せねばなりません」

 

「なんと。その歳にして天命を知るか」

 

 して、その目的とは。と、父は尋ねる。

 

「……それは言えません」

「何?」

「理由があります」

「ふむ。その理由は?」

「それも言えません」

「目的は言えない。理由も明かせない。ならば、なぜお前は私に相談などした?」

「見逃してもらいたいのです。私が女装してアメリア学園に通うのを。叶う事ならば、その助力も頂きたい」

「なに?」

「ぼ、坊ちゃま。お気は確かですか?」

 

 父の傍らに控えていた執事のセバスチャンが口を挟む。

 

 セバスチャンはカリオストロの前の代から親子3代にわたってゴールドローズ家に仕えている。主のどんな命令も黙々とこなす彼だが、流石に今のカミーユの言葉はそのまま流すことはできなかったのだろう。

 

「それが俺の『目的』の達成へと繋がるのです。俺の『目的』は女装してアメリア学園に通う。それが『目的』を果たす上での第一条件なのです」

 

 カリオストロは瞼を閉じた。

 

「……冗談、ではないようだな。お前の目。本気の『覚悟』を灯した目だ。ふむ」

 

 そして、カッ!と勢いよく見開く。

 

「………面白い! 良いだろう!」

「えっ」

 

 セバスチャンが『嘘だろコイツ』みたいな目でカリオストロを見る。

 

 先ほども言ったようにこのカリオストロという男、頭がちょっとアレであった。辺境伯という肩書や貴公子然とした容姿、落ち着いた物腰は所詮見かけだけである。

 

 実際の所、彼はその場のノリだけで生きている男だ。今のお言葉だって百パーセント本音である。

 

 ―――『面白そうだから』。それだけの理由でカリオストロは息子の女装を認めた。

 

「ふふふ! 何かは知らぬが流石は私の息子。突飛なことを考える! 良かろう! 許す! それだけではなく、出来得る限りの助力をしよう!」

「ありがとうございます! 父上!」

 

 満面の笑みを浮かべる親子。

 

「え、いや。旦那様、嘘でしょ?」

 

 執事の言葉はスルーされた。そんなこんなで、カミーユの女装計画は難なく認められることになったのだ。

 



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2:早くも原作から致命的に外れる

 ―――蝶の羽ばたきが嵐を起こす。

 

 ところで話は変わるが。バタフライ・エフェクト、というものがある。

 

 ブラジルの気象学者エドワード・ローレンツの提唱した学説でその内容は、ブラジルでの小さな蝶羽ばたきがテキサスでトルネードを起こす、というものである。

 

 これは当然、人間対人間の問題にも置き換えることができる。本人が忘れてしまうような小さな出来事が、周り廻って本人の思いもよらないような結果を起こすかもしれない。本人にその気がなくとも、会ったことのない誰かに影響を与え、影響を受けた誰かの人生をレールは確かに切り替わる。レールの切り替わった誰かはまた別の誰かのレールを切り替える。

 

 そんなことが幾度も繰り返されると、いずれ世界ともいうべき大きな枠組みで、やがて取返しのつかない決定的な歪みを産む。あるべきルートから外れてしまう。

 

 今回の話は、そんな蝶の羽ばたきと――――たいして関係がない。

 

 単に少年が迂闊だっただけのオチである。

 

 

 ◆

 

 更に1年後。カミーユは6歳となった。最近は髪を伸ばし始めている。目指すは腰まで届くロングストレートだ。原作のカミーユがそれくらいの長さなのである。今度はドレスにも挑戦しようかと思っている。この身体に女のとしての仕草を馴染ませるのなら、やるなら早い方が良い。

 

(いや、馴染ませる。って考えがもう駄目だ。それって根っこは男ってことだろう? 違うよな。芯から女の子になるつもりでいかないと。甘いぞ、カミーユ)

 

 きたるべき原作開始以降、カミーユは一切のぼろを出すつもりはなかった。

 

「そろそろ言葉遣いも変えてみるか。……変えてみようかしら?」

「お願いです。止めて下さい。何でもしますから」

 

 後ろにセバスチャンがいた。老執事は真顔だった。

 

「今さら何?」

「私はまだ坊ちゃまの女装に完全に認めたわけではありませんので…」

「うん。でも、父上は認めてくれたよ?」

「うう…。はあ。どうしてこんなことに。亡くなられた奥様に申し訳が立ちません……」

 

 その夜。

 屋敷は慌ただしかった。玄関に行くと、甲冑を纏ったカリオストロがいた。庭の方には兵たちが控えていた。出陣か直前、といった様子である。

 

「父上。戦ですか」

 

 ゴールドローズ家は辺境伯の地位を下賜された貴族である。戦が起これば兵を率いてそれに対処せねばならない。この時代、戦わぬ貴族に用はないのである。

 

「ああ。そうだ。ラングロウリィ家が反乱を起こした。他の諸侯と共に私はラングロウリィ家の誅伐に向かう」

「心配です」

 

 本心だった。

 

 ――――カリオストロを心の底から父と思えるか。

 

 

 そう神的な上位存在に問われ、その答えが誰にも知られないと約束されるなら。

 

 カミーユはその首を横に降るだろう。

 

 しかし、かといって目の前の男に何の感情も抱かないほど、カミーユは人間をやめていない。6年も共に暮らせば、情も湧く。愛も抱く。

 

 カミーユの不安げな表情を見かねたカリオストロは自信満々に笑った。

 

「王国は負けはせん。そして私は無敵だ。王国にゴールドローズ家在りとその名を知らしめてやろう」

「……反乱は帝国の仕業ですか」

「賢いな。流石だ。帝国が裏で手を引いている。証拠は出てこんだろうがな」

 

 カリオストロは忌々しそうに鼻をならした。

 

「ふん、帝国め。正攻法では勝てんから、こちらの足場から切りくずそうとしてきた」

 

 カリオストロは玄関のドアを開け、用意されていた馬に跨る。

 

「では行ってくる!」

「お気をつけて!」

 

 ラングロリィ家の反乱は殆どの被害もなく鎮圧された。しかし、帰ってきたカリオストロの顔は浮かなかった。

 

 聞くと、

「親しい友が一人亡くなった」

 と短く答えた。

 

「私がもっと早く駆けつけていれば。あの時、戦場に霧が出なければ。……助けられた筈だった。本当なら救えた筈なのだ」

 

 ワインのグラスを傾け、やるせないように呟くカリオストロの姿は、カミーユが初めて見るものだった。

 

 

 ――――『本当なら救えた筈なのだ』

 

 最近、カミーユの頭の中にその言葉が反芻する。

 

 理由ははっきりしている。この世界の主人公であるアンナとシリウスのことについてだ。実はこの二人がハッピーエンドで結ばれるルートは存在しない。というか、シリウスの状況が詰んでいるのだ。

 

 他の攻略対象のルートでは『聖剣』をその手に納めることができなかった罰として父である魔王に粛清される。

 ならばシリウス自身のルートではどうか。シリウスルートでは中盤でアンナの出生に関する重大な秘密が明かされる。それはアンナこそがシリウス達魔族をはじめあらゆる勢力が探し求めていた『聖剣』そのものであるという真実。

 

 シリウスと各攻略対象の奔走の結果、魔族以外からアンナが狙われることはなくなる。しかし、魔王とそれに従う魔族だけは変わらず『聖剣』の力を欲し続けるのだ。ルートの最後、シリウスはそんな魔王を止めるため、単身で魔界に帰還し、そこで物語は終わることになる。その後、シリウスは魔王を倒すことができたのか。

 

 その後はアンナとシリウスは再会できたのか。全てはユーザーの想像に任されている。しかし、カミーユは2人はその後再会できなかったのだろうと、思う。幾つかの考察要素がシリウスと魔王の相打ちを裏付けているからだ。

 

 ――――『本当なら救えたはず』

 

 父の言葉が脳内で反響する。自室にいると気がめいってしまいそうだったので、カミーユは屋敷を散策する事にした。

 

 執事のセバスが庭で洗濯物を干していた。ここは、年長者に相談してみるのも良いだろう。

 

「おや、坊ちゃま。今日は天気が良いので洗濯物がすぐ乾きますなあ。………はあ」

「主人を見てため息を吐くなんて首になっても知らないよ」

 

「申し訳ありません。いえ。坊ちゃまを見てため息を吐いたわけではないのです。本当です。女装姿で屋敷を歩き回る坊ちゃまの姿を見てこのゴールドローズ家の未来を案じたとか、そのようなことを決して決してないのです。むしろ坊ちゃまの凶行を最終的に止められなかった己の不甲斐なさをただ恥じるのみですとも!!」

「よく分からないけど、自分を責め過ぎないようにねセバス」

「皮肉が通じないって最強ですねえ!」

 

 いきなりブちぎれた執事にカミーユは困惑した。本当にどうしたのだろうか。

 

 セバスも歳だから疲れがたまっているのかもしれない。ボケてないといいけど、とカミーユはセバスを心配げな表情で見上げた。

 

「うう…。その天使の様なあどけない顔。坊ちゃまではなくお嬢様であったなら!」

 

 セバスはやり切れない、とでもいうように叫んだ。

 

 その後に、

 

「で、何か私に用ですか」

「あ、そうだった。これは例え話。俺の友人の話なんだけど―――――」

 

(坊ちゃまの話ですね。坊ちゃまに友達はいませんし。なんども、少しでも女装バレのリスクを低下させるため、女装が未熟なうちは外に出歩くのをなるべく控えているのだとか)

 

「聞いてる? セバス」

「聞いてますとも。坊ちゃま友人の話ですよね」

「そう。俺の友人にはやるべき使命があるんだ。産まれた瞬間に神に言い渡された(ような)使命で、彼はこれまでずっとその為に生きてきた。だけど」

 

「だけど?」

 

「最近彼は迷っているみたいなんだ。彼が自分の目的を果たすと不幸になる人がいる。いや、どの道その人は不幸になるんだけど……彼だけは決まった運命を覆せるんだ。だけど、その運命に覆すと、今度は神に与えられた使命、あるべきレールから外れてしまう。ねえ、セバス。俺はどうすれいいんだろう?」

 

(あ、最後に自分の話って言っちゃったよ、坊ちゃま)

 

 セバスチャンはツッコミを口の中でせき止め、顎に手を当てて考え込む。伊達に何十年も生きている訳ではない。その『仕草は』サマになっていた。

 

 そう、仕草は。

 

(うーん、抽象的すぎて訳が分からん)

 当たり前だった。

 悩みに悩んだセバスチャンは適当にノリと勢いで流すことにした。ぶっちゃけゴールドローズ家の主従は似た者同士であった。

 

「ばっちゃま。悩む事はありません。どちらかしか選べないなら、両方選んでしまえばいいんです」

 

「そ、そんなの俺にできるかなっ?」

 

「人は前に歩き続ける限り、前に進みます。大丈夫です! 行けますよ!」

 

「人は…前に歩き続ける限り、前に進むっ!?」

 

 当たり前である。

 仮に、前に歩きながら後ろに進む人間がいるとすれば、それは単にエスカレータの乗る向きを間違えただけの人間である。

 

 ただ、何故かカミーユは感銘を受けていた。霧が晴れたかのような明るい表情で、カミーユは執事に言う。背筋を伸ばし、神に向かって宣言するように。或いは、神に挑むかのように。

 

(美しい…)

 

 その佇まいに、セバスチャンは貴族の血筋を見た。誇り高き黄金の薔薇の血は確かに受け継がれていたのだと、分かった。

 

「俺――――魔王を殺すよ」

 

 

(いや、どうしてそうなったっ!?)

 

 意味が分からなかった。

 

 

 どちらかしか選べないならば、両方選んでしまえばいいのだ。

 

 (原作の展開をなぞれば、シリウス様は死んでしまう。シリウス様を救おうと思ったら、必然的に原作を外れる事になる。俺はずっと悩んでいた)

 

 だけど。

 

(悩む必要なんてなかったんだ。原作をなぞり、シリウス様とアンナが結ばれた後、俺が魔王を殺す! そうすれば完璧だ! シリウス様は死ぬことは無くなりアンナといつまでも幸せに暮らすことができるっ!)

 

 原作ゲームでは結局、2人が穏やかな暮らしを謳歌する場面は描かれなかった。物語の合間合間には心安らぐ平和なシーンが挿入されたが、それもまた後のシリアス展開のための布石の意味が大きかった。2人が平穏を享受できた時間なんてありはしなかった。

 

 

 だからこそ。

 

(原作のその先に……最高の未来へ! 俺が2人を連れていくっ!!!)

 

 そのために。

 

 あらゆる苦難を超えていけ。あらゆる困難を踏破しろ。前へ、前へ、歩み続けろ。2人の幸福を実現するために。

 

 カミーユ・ゴールドローズ。

 6歳夏の決心であった。

 

(こうしてはいられない! 決めたからには即行動!)

 

 カミーユはすぐに父に会いに行く。

 

 この時間なら居場所は分かっている。予想通り、カリオストロは薔薇に囲まれながら日課の高笑いをしていた。

 

「父上っ!」

「フハハハハ!! ん? どうしたカミーユ。我が黄金の薔薇よ!!」

「俺、魔王を殺したいんです」

 

 カミーユの言葉を聞いたカリオストロは眉を顰めた。

 

「魔王? あの魔王か? 初代アーサー王によって魔界に封じられたあの魔王?」

「はい。その魔王です」

 

 カミーユは頷く。カミーユを追いかけてきたセバスチャンが息を切らしながら言う。

 

「はあはあ……ははは、坊ちゃま。偶には年相応の話をするのですな。少し安心しました。はあ、はあ…」

 

 思えば、カミーユくらいの年齢の子供なら棒切れの『聖剣』をもって勇者ごっこに勤しむだろう。間違いなく、『女装10年計画』に邁進したりはしない。

 

「ですが、魔王は只人には倒せません。それこそ『聖剣』に選ばれた王族でもないと。それに、魔王は魔界に封じられております。あの地はこちらからもあちらからも出入りは不可能。倒そうと意気込んでも、魔王には会えないのですよ。そもそも、初代アーサー王が魔王を封じて数百年。とっくに魔王は死んでおりますよ! ははは!」

 

 

「魔王を倒す。為に今から己を鍛えたいんです!」

「私の話を聞いてすらいないっ!?」

 

 カミーユの真っすぐな言葉を受けたカリオストロはニヤリと笑った。

 

「んー! 面白い! よかろう! この私が直々に稽古をつけてやろう! また家庭教師もつけてやろう!」

「えっ!?」

 

 ―――『魔王を殺す、なんて骨董無形な夢の為そんなにガチになるんですか?』

 

 セバスチャンは舌先まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。いや、家庭教師をつけるのは良いのだ。しかし、カミーユはまだ6歳である。

 

「ありがとう、父上! 大好き!」

「ははは! 男が甘えるものではない!」

「父上! 俺は女装して女の子になる予定ですよ! 将来、見目麗しき令嬢となる俺に男の論理を押し付けないで下さい!」

「おっと、そうだったな! これは失礼!」

 

「転職考えようかな……」

 

 

 

 カミーユは10歳になった。

 

 率直に言うと、戦いにおいてカミーユは天才だった。カリオストロが連れてきた剣と魔法のそれぞれの家庭教師。カミーユは彼らからスポンジが水を吸う如く、いやスポンジから水が勝手に溢れ出る如く、1を学ぶと10を得た。

 

 家庭教師がついてから3年目、彼らは「もう教えることはありません」と声を揃えて言った。『最早カミーユの実力は齢10を目前にして王国でも10指に入る程である』。かつては王宮魔導士と騎士団筆頭騎士だった彼らに太鼓判を押されたカミーユだったが、その顔は浮かない。

 

 当然である。

 カミーユの将来の標的は魔王である。人の枠内で満足していたら駄目なのだ。

 

 そんな悶々とした気分のまま、更に1年が過ぎた頃。

 領内で魔族が出たという噂が流れた。

 

 魔族とは、かつて人族と敵対した種族の総称である。数で勝る人族を滅亡寸前まで追い込んだ恐るべき種族である。しかし、その噂を本気になって信じる領民は誰もいなかった。

 

 それもその筈。魔族は王である魔王ともども初代アーサー王によって魔界に閉じ込められ、そこから一歩も出ることができないのだ。実際、建国以来魔族の姿を見た者はひとりもいない。

 

 だが、カミーユだけはその噂が真実ではないかと疑っていた。だって、ゲームの知識で彼は知っているのだ。

 

 魔族を閉じ込める結界。

 それは年々弱くなっていることを。

 

 結界を通り抜ける事に長けた魔族であれば、時間の制限はあるものの最早魔界と人の世界を自由に行き来する事ができる。知識の由来が由来なため、この事実じゃ誰にも明かすことはできないが。

 

 そんなわけで、カミーユは魔族の噂を調査することにした。

 

 

 

「――――で、本当にいたよ。魔族」

 

 魔族はあっさりと見つかった。

 

「人と魔族の気配って結構ちがうものなんですね。ひとつ勉強になりました。明らかに人ではない異物が森の中に混じってるのが分かりましたよ」

 

 カミーユは眼前の魔族を観察する。

 

 青ざめた月の様な肌に刀のように薄く尖った2本の角。伝え聞く魔族の風貌そのもの。氷の美貌と称するに相応しい、ぞっとするほど端正な顔立ち。

 

 しかし、それは歪んでいた。

 

 当たり前だろう。彼はたった今片腕を斬り落とされた所なのだから。

 

「ば、馬鹿な!?」

「ふうん。骨と筋肉はやっぱり人と比較にならないくらい、硬いな。でも、斬れないほどじゃない。これも勉強になりました」

「な、なめるなよ! 人間風情が!」

 

 魔族の片腕から、炎の塊が生み出される。

 

 魔法だった。それは大気を焦がしながら、一直線にカミーユに向かっていく。当たれば間違いなく焼け死ぬだろう。対処法は避けるしかない。

 

 しかし、カミーユにその選択肢は与えられていなかった。

 

「ひっ」

 

 カミーユの背後で、火球を見て悲鳴を漏らす存在。カミーユと同年代くらいの茶髪の女の子。カミーユが駆けつけた時、この女の子は魔族に襲われる直前だった。

 

「はは! お前が避ければそいつは焼け死ぬぞ!」

「だったら避けなきゃいい」

 

 そう言って。

 

 ――――カミーユは魔法を斬った。

 

 それも2つや3つに切り分けた訳ではない。

 剣閃が煌いたかと思うと、火球は何百、何千と細かくみじん切りされていた。

 

 当然、カミーユも後の女の子も無事である。火球の残骸である火の粉を纏うカミーユを見て、魔族は呆然と呟いた。

 

「嘘、だろ。あ、あああ……」

「聞きたいんですが。貴方って魔族の中でどれくらい強い方なんですか?」

「う、うわああああああああああ!!」

 

 狂乱して突っ込んでくる魔族をカミーユは一刀のもとに斬り捨てる。魔族の胴は上下で半分に別たれた。

 

 

 初めて人を斬った。誰かを殺した。ショックは意外な程なかった。

 

「……ところで、そこの林の中にもう一人いますよね」

 

 ひゅん、と剣の血を払いながらカミーユは唇を開く。

 

 大きな音は立たなかったものの、林に隠れ潜んでいた魔族は大きく動揺した様子だった。焦燥が手に取るように分かった。

 

「……どうやら怪我をしているようですが、敵討ちでもしますか? 出来れば、の話ですが」

「……」

 

 林の中の魔族は今倒した奴よりも弱い。というか、呼吸の音から判断するに多分子供だ。魔族とはいえ、子供を殺すのはカミーユといえ、なるべくしたくはなかった。なるべく、ということは別に殺しても良い、ということだった。

 

「まあ、逃げてもいいですよ。一つ教えてくれれば。今俺が倒して魔族って、貴方たちの中で強い方なんですか?」

 

 現在カミーユはマントとフードを深くかぶり目元にも仮面をつけているため、正体がバレる心配はないだろう。

 

「………ああ。魔族の序列で10位に入る」

 

 声変わりを迎える前の甲高い声。やはり子供だったようだ。

 

「ありがとうございます。行っていいですよ」

 

 林に隠れた魔族の気配は遠くなっていく。

 

 

「ん、気絶してるな」

 

 魔族に襲われていた女の子は気を失っていた。女の子を村に送り届け、カミーユは屋敷に戻っていく。

 

 高位の魔族とも十分戦えることがわかった。このペースで実力を上げていけば、いずれ魔王にだって届くだろう。

 

 魔王を殺す。その為に、カミーユはひたすらに鍛錬していく。勿論、原作のカミーユに近づくため様々な稽古事もしなけれべならない。ダンスや裁縫、マナーなど貴族の淑女が学ぶべきことは多い。

 

 またゲームでのカミーユは多趣味で社交的な少女であった。出来得る限り、おのれを原作に近づける。時間はいくらあっても足りない。 気づけば、カミーユは16歳になっていた。原作のスタート地点、聖アメリア学園の入学式は目の前に迫っていた。

 



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3:物語の始まり

 16歳となったカミーユは来たるべき日を迎えていた。

 

 原作の開始。入学式はとうにすませている。

 

 カミーユの機嫌は最高に良かった。入学式が始まる前は気負いもあり、どこかピリピリした雰囲気を纏っていたが、今はある程度肩の力を抜いてリラックスしている。

 

(いやー! 新入生代表のルークライト王子かっこよかったな! ほんとに同じ人間かよ。光の粒子が見えたね。イケメン爽やかオーラが、後方の席にまで届いてきたわ! あのイケメンがルートによっては闇堕ちして、入社3年目みたいな顔をするもんだから、人間てのは分からんよな)

 

 

 ルークライトはアメリア王国の第一王子だ。

 ゲームにおける攻略対象の一人でもある。

 

 

 入学式では、王子は初めゲームに出てくるキャラクターを何人も見る事が出来た。しかし、肝心の主人公とシリウス様を見つけることはできなかった。

 

(まあシリウス様入学式サボってるからな)

 

 

 カミーユは一人学園に併設された貴族寮に移動する。

 

 貴族寮とは、読んで字の如く貴族出身の生徒の為に作られた寮である。平民出身の生徒の為の寮もあるが、そちらよりも遥かに設備が良い。

 

 

(さーて。そろそろ原作のイベントが起きるぞ!)

 アンナは貴族の血をひいているが妾の子である。それが一部の令嬢の癪に障ったのだろう。

 

 『ここは貴女がくるような場所ではなくてよ』とかなんとか難癖をつけ始めるのだ。

 

(意地悪な貴族のお嬢様方に絡まれたアンナ。そこに、たまたまシリウス様が通りかかって助けるんだ。いや、本人的には助けたつもりなんかないんだが…。本当は道を聞きたかっただけなんだが。ぶっちゃけ本人的には迷子で困り果ててるからな)

 

 なにせ学園で迷って入学式をサボった男だ。方向音痴は筋金入りである。

 

(で、シリウス様にアンナは平民寮への道を教えてやる。2人が別れた後に、カミーユ・ゴールドローズはアンナに声をかける。これが原作の流れだ)

 

 脳内でこれからの流れをシミュレーションする。

 

(お、ここだな。おお、すげー。原作のCGと同じ風景だ)

 

 階段途中にある踊り場が目的の場所だった。

 そこでカミーユはアンナがやってくるのを待つ。

 

 が、

 待てども待てども彼女はやってこない。

 

(あれ? こないなぁ。といっても原作でも正確な時間とか書かれてないしなぁ)

 

 

 

「――――あら、ここは尊い血筋のみが住まうことを許された貴族寮ですわよ。なのに何故、鼠が紛れ込んでいるのかしら?」

 

 尊大で他人を見下した口調。

 

 声の方向を向くと気の強そうな少女が立っていた。背後には2人取り巻きが立っている。

 

(原作で聞いた声のままだ!)

 カミーユは歓喜する。が、肝心のアンナは何処にもいないし、意地悪な貴族令嬢たちは明らかにカミーユの方向を見ている。

 

 カミーユは念の為、自分の後方を振り返る。やっぱり誰もいない。自分の顔を指さし『わたしですか?』とジェスチャーする。

「貴女以外に誰がいるのかしらっ!!」

 

 怒られた。

「いや、人違いですよ」

 自分はアンナではない。

「貴女であっていますわっ!」

 

(……これはどういう事だろうか)カミーユは混乱していた。

 

「貴女……わたくしを馬鹿にしていますの? ゴールドローズ家の長女でしょう? あの成金一族の」

 

 成金一族。ゴールドローズ家を貶める際に使われる言葉だ。ゴールドローズ家はカリオストロの代まで明日の生活に困窮するほどの貧乏下級貴族だった。

 

 しかし、領内から金鉱が見つかったことにより一気に生活は潤った。また、金山から得た資金を元手に今は亡きゴールドローズ夫人が商会を開き、莫大な富を築いたのだ。近年急速に力をつけたゴールローズ家を妬む者は多い。目の前の令嬢たちもそういった手合いなのだろうと、カミーユは当たりをつける。

 

 しかし、

(やっぱりおかしいだろ。どうして俺がこのポジションにいるんだ!? ここで貴族たちに囲まれべきは主人公のアンナなのに!?)

 

 カミーユは青い顔をして唇をぎゅっと結ぶ。それは第三者から見れば、虐められる可哀想な女の子にしか見えなかった。

 

 だから、

 

「――――感心しないな。そういうのは」

 

 そこに救いの手が現れるも、きっとおかしな話ではないのだろう。

 

 コツコツと、ブーツを鳴らしながら彼女はカミーユたちの元まで歩いてくる。

 

「あ、あなたは……! なんですの!? 文句でもあるんですの!? わたくしはこの物を知らぬゴールドローズ家令嬢に貴族としての礼儀を教えていただけですわ!」

 

「そうかい」

 

 言いながら、『彼女』は距離を詰め続け貴族令嬢を壁際に追い込んだ。

 

 

「っ!? なんですの!? やりますの!?」

 

「まさか。ただ、キミにはそんな顰め面よりも、笑顔の方が似合っている。そう思っただけさ」

 

「んなっ!?」

 

 貴族令嬢の顔が真っ赤に茹で上がる。

 

「うん? あはははは! ごめん、今のは取り消すよ。笑顔よりも、恥ずかしがってる顔の方がずっと素敵だ。うん、リビアの花のようだ!」

 

「きいいいいいい!」

「あらあら」

「まあまあ」

 

 そんな貴族令嬢たちと『彼女』を目の前にして、カミーユは混乱の極みにあった。

 

(……嘘、だろ。これは。一体どういうこと、だ。何が、どうすれば、こうなる?)

 

 余りのショックで立っていることすら困難になり、後ろに倒れこむ。そこは螺旋階段が続いていた。カミーユは下に向かって転がる――――ことは分かった。

 

「おっと。大丈夫かい?」

 

 とっさに『彼女』がカミーユの手を掴み自分に引き寄せたからだ。片手はカミーユの掌を握り、もう片方は腰に添えられている。まるでキスする2秒前のような態勢だった。

 

「………………………………キミは」

 

 カミーユの瞳を上から覗き込む『彼女』。

 

「おっと、失敬。余りに可愛いお嬢さんだってでね。つい、見とれてしまった。とはいえ、不躾だった。許してくれ。ボクの悪い癖だね」

 

 

「あ、あの」

「うん?」

「離してください。お、重いでしょう?」

 

 出来得る限り異性との肉体接触を控える。それは彼が己に課したルールの一つ。混乱の極みにあるからこし、カミーユの口は自然と自分に課した強固な掟に従っていた。

 

「ふふ。そんなことはないよ。羽のように軽い。とはいえ、嫌がる女の子を無理やり腕の中に閉じ込めておくのも紳士的ではないね。その林檎のように真っ赤に染まった愛らしい顔をもっと近くで見たかったって本音はあるけどね」

 

 呼吸するように口説かれた。その様子を見て貴族令嬢が歯を食いしばる。

 

「きーーーーっ! 誰にでもそんな歯の浮くようなセリフを言うんですね! アンナ(・・・)・ランスロット!」

 

「――――――――――誰?」

 

 本当に誰なのだろう。

 

 この桃色の髪をポニーテールで束ねた長身の少女は。

 

 制服の上から外套を袖を通さず、肩からひっかけるその姿は様になっている。一応スカートをはいてはいるが、デニール数の高いストッキングを着用し肌色は見えない。

 靴はどういう訳かローファーでもヒールでもなく、脹脛まで覆う革の軍用ブーツだった。

 

 男子からも人気は出るだろうが、それ以上に女子から人気がでるであろうことが簡単に予想できる容姿。

 

 

「っ!? 知らないんですの! 王国剣技舞踏会にて史上最年少で優勝し剣聖の称号を賜った『あの』アンナ・ストレイ・ランスロットを!? 王都を恐怖のどん底に突き落とした『ブラックレイン事件』を解決に導き、爵位を賜ったあのアンナ・ランスロットを!? 宮廷騎士団の指南役を務めるあのアンナ・ランスロットを!?入学初日にも関わらずもう学園ではもうファンクラブが結成されてるんあのアンナ・ランスロットを!? 今、王国で一番ホットで熱いあのアンナ・ランス――――」

「ごめんなさい、私が悪かったです!!!!」

 

 いい加減認めよう。今自分に微笑みかけているのは『聖☆剣物語』の主人公アンナだ。

 

(王都の方で凄い剣士がいるって話は聞いてたけど、それがアンナだなんて思わないだろっ!? おまけに廊下の角に隠れてこちらの様子を伺ってるのはシリウス様じゃないか!? なんかブツブツ言ってるし!?)

 

 カミーユは銀の髪の美男子を視界の隅に捉える。

 

「………奴だ。奴がいる。どうしてこんなことに……。父上、申し訳ありません。私は次の夏休み、実家には帰れないかもしれません。土の中にいるかも……ブツブツ」

 

 シリウスはなぜか青い顔をしてガタガタ震えていた。

 

(……本当に、意味が、分からない)

 

 誰か教えて欲しかった。

 

 

 

 

(――――遂に見つけた)

 

 アンナ・ランスロットは歓喜した。

 

 言っても誰も信じてくれないだろうが、幼い頃アンナは魔族に襲われた経験がある。助けも呼べない森の中での出来事だった。

 

 しかし、救い手は現れたのだ。

 

 金の髪を持つ仮面をつけた少年。

 その日以降、寝ても覚めても『あの少年』のことが頭から離れない。

 

 あの金の髪。

 あの太刀筋。

 

 ―――美しかった。これまで見た何よりも。これから見るであろう何よりも。

 

 きっと己は恋をしたのだ。そう理解した瞬間、アンナの進むべき道筋は決まった。あの金の少年が何処かの誰かは分からない。

 

 だけど、いつか見つけて見せる。追いついてみせる。その決意を胸にひたすらに剣を振り続けた。

 

 そうして、ようやく再会の時は訪れた。少し雰囲気が変わっているようだが、見間違えようもない。

 

 

 あと、実は女の子だったようだが、そんなのは些細な事である。

 

 

 

 

(遂に見つかってしまった)

 シリウスは絶望した。

 

 幼いころ、彼は神を見た。

 死神を、見た。

 

 数年ほど前から外界に出た魔族が消息を絶つ事件が頻発している。詳しい原因は明らかになっていないが、魔族の多くは外界での活動限界が訪れたにも関わらず魔界に戻らなかったために肉体の消失が起こったのだと考えている。

 

 しかしシリウスは確信していた。

 

 一連の事件は死神の仕業であることを。幼い頃、シリウスが出会ったあの美しくも恐ろしい金の死神が魔族を刈っているのだと。

 

 あれから自分も強くなったが、あの日の死神に勝てるイメージは微塵も湧かない。それでも、死神と再会することはなかった。

 

 だけど、今日ついに死神に見つかってしまった。あの日と違って仮面をしていないが自分が見違えようもない。

(あっ。今、目があった)

 

 気づけばシリウスの身体は回れ右をしていた。とにかく全力で奴から離れるのだ。

 

 

 アンナは歯の浮くようなセリフを自分にかけてくる。シリウス様は何故か、こちらから逃げるように回れ右して廊下を全力ダッシュしている。

 

(――――どうしてこうなった!?)

 カミーユの物語は今まさに始まったばかりである。

 

 

 



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