FGO+スクライド Fate Grateful Olderman  −ある偉大な兄貴の物語− (なんJお嬢様部)
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一人の漢の夢の終わり

とりあえず導入部分。

設定として、クーガーの兄貴はアニメ版の最後のシーンで死亡している、つまり小説版「アフター」に派生してない状態です。FGO的に言うと剪定事象の世界線です。


ーーロストグラウンド。

 

 21世紀初頭に起きた、《大隆起現象》によって日本の首都圏に生まれた新たな大地(フロンティア)。日本本土からの支援を受けて復興した市街と、隆起により建造物や地形が崩壊したまま放置された崩壊地区に分かれたロストグラウンドにおいて、その格差故に、双方を住処とする人間たちの対立が起きるのは必然といえた。

 しかも、都合の悪いことに、ロストグラウンドにはその対立を激化させる一つの要素が存在した。

 

ーーアルター能力。

 

 それは、ロストグラウンド生まれの新生児の約2%に生まれつき備わった特殊能力。自分の意思の力(せいしんりょく)によって、周囲の無機物を原子レベルで分解、自分にとって都合のいい形態に再構成する力である。

 

 そんな、ロストグラウンドの空を二人の(おとこ)が翔ぶ。それはもちろん彼らのアルター能力によるものだ。

 二人は常人では光の軌跡にしか見えない速度で交差する度弾き合い、しかしまた光の速さでぶつかり合う。まるでお互の身をぶつけ合うことこそが、自分が今ここに存在する唯一の証であるかのように。

 互いを喰らい合う獣のように、あるいは競い合う歓びに咽ぶ戦士のように、二人の交差は終わるところを知らない。

 

 そして、そこから遥か離れた地上から、漢たちを眺める一つの影があった。高台に刺したパラソルの下、サイドテーブルに本を広げ、優雅に椅子の背に身体を預ける長身の男。男の目には二人のやり取りが、光の線ではなくはっきりとした動きで見えていた。

 

「わー、すっげー!」

「アルター使いってあんなこともできるんだー!」

「もっと近くで見ようよ!」

 

 男のいる高台の下を、恐らく彼らもアルター使いなのであろう子どもたちが駆け抜けていく。その背に向かって、男は「おーい、坊主ども」と声をかける。

 

「あそこで闘ってる二人な、一人は俺の同僚で、もう一人は俺の弟分なんだ。中々頑張っちゃいるが、俺から言わせればまだまだ半人前だな」

 

 その言葉に、子どもたちは目を輝かせながら男の下へ駆け寄る。ロストグラウンドに、特に崩壊地区に住む、子どもたちにとってはアルター能力者は憧れのヒーローなのだ。

 

「お兄さんそんなに強いアルター使いなの!?」

「えーっ、うっそだぁー!」

「嘘じゃねぇよ、俺は世界を縮める男だからな」

 

 期待と疑いの混ざった眼差しを向ける子どもたちに、男は不敵な笑みで応えてみせる。子どもたちはそこから男に宿る強者のオーラを感じたのか、「わっ」と歓声をあげる。

 

「ホントに!? なら、アルター能力の上手な使い方教えてよ!」

 

 子供からの質問に、男が「ああ」と答えようとした瞬間、一陣の風がその間を駆け抜けた。どうやら、空を舞う漢たちが、一度仕切り直しをするために距離をとって飛んだらしい。

 

「あっ、向こうにいっちゃう!」

「早く行こうぜ!」

 

 先程までの、やり取りは何処へやら。子どもたちは、漢たち(あこがれ)の描く軌跡を追いかけて駆け出していく。

 その背中を見送りながら、男は「やれやれ」と肩をすくめてから、再び椅子の背に深く身体を預けた。視線の先には、先程よりも遥か遠くに輝く2つの光が見える。もう、そのやり取りは男の目にも映らない。変わりに男の目に浮かぶのは、何かを成し遂げた者特有の充足感と、些かの羨望だ。

 男も、かつてはアルター使いの一人だった。しかし、強敵との死闘を潜り抜けた男の体は、もはやアルター能力の使用に耐えられる状態ではなくなっていた。文字通り、命を削っての闘いだったのだ。

 それでも、男は自分がやるべきことを成し遂げた。自分が勝つことこそ叶わなかったが、その想いを熱い漢たちに託し、彼らの勝利までの道を切り拓いた。

 

 そして、護るべき者を確かに守り抜いてみせた。

 

 だが、それでも未練というものはあるもので。

 男がもう駆け抜けることができなくなった未来を、全速力で駆け抜ける漢たち。眩しいものでも見るかのように、男はその姿を目を細めて眺めていた。

 

「カズマぁ、お前は限界を超えちまったんだなぁ。だったら進め、徹底的になぁ」

 

 男はまず、自分が最も目をかけていた弟分に激励の言葉を贈る。もちろん、こんなことは言わずもがな、弟分はその熱い魂一つで行き着くところまで行くのだろう。それでも、その道を切り拓いた男として、最期に一つ言葉を贈らずにはいられなかった。

 それから、男はもう一人の漢にも言葉を贈る。弟分と同じくらい真っ直ぐで、不器用なその漢も彼のお気に入りの一人だった。

 

「劉鳳、少しくらい時間ができたら戻ってやれよ」

 

 そこまで言ってから、男は左手でトレードマークのサングラスをかける。

 漢たちの放つ眩い光に目を灼かれぬように。

 そして、これから光を失う自分の目を見られぬように。

 普段はサングラスをかけるたびに引っかかる、前髪の癖毛を人差し指で弾くのだが、今日の男は前髪が引っかかるに任せたままだ。

 もはや、前髪を弾く力すら男には残っていなかった。

 なんとかサングラスをかけ終えた男は、最期の力を振り絞り、残る言葉を呟いた。

 

水守(みもり)さんの、ところへ……」

 

 それは、男が命を賭して護り抜いた(ひと)の名前。男が見出しながら、終ぞ手にすることのなかった《文化の真髄》。

 

 彼女の名を呟いてから、男が下ろした左手は、椅子の肘掛けに収まることなく、だらりと地面に垂れ下がった。

 

 ーー世界を縮める最速の漢。

 

 漢は、その称号に相応しく、その人生を最速で駆け抜けていった。




???「こんなのクロスオーバーじゃないじゃない! ただのスクライド第二十六話よ!」
???「だったら、(続きを)書けばいいだろ!」


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燃え落ちる人類の夢

FGOサイド導入でーす。

ちょっとオルガマリー所長の活躍するシーンがありますが、ただの趣味でーす(正直)


ーー絶望。

 

 それはこういう状況を指すのだろうと、藤丸立香は未だどこかぼんやりとした頭で思う。

 2016年、何者かの手によって突如として人類史が焼却され、悪意ある者の過去への介入によって、人類の歴史は容易に捻じ曲げられてしまうようになった。

 人類社会の未来を保障する国連承認の研究機関、人理継続保障機関《フィニス・カルデア》は、その性質から人類史の焼却を地球上で唯一回避できた組織となった。《カルデア》は、本来の未来を取り戻すために、本来の人類史では発生しなかった事象、いわゆる《特異点》を探し出し、それを破壊することで未来の改編を防ぐ計画《グランドオーダー》を実行。所長であるオルガマリー・アニムスフィアの指揮の下、カルデアに集められた《特異点》に移動できる《レイシフト》の才能を持つ魔術師たちの中でも、選りすぐりの7名を集めたAチームがつい先程、1つ目の特異点へと《レイシフト》するところだったのだ。

 

 それがどうしたことだろう。

 

 《カルデア》内に潜入していたスパイの手によって、Aチームを含む48人魔術師たちはほぼ壊滅、職員も半数近くを失った。

 半ば壊滅状態になった《カルデア》で、偶然にも生き残ったAチームの一人、マシュ・キリエライトと、48人の魔術師の48番目である立花、そして、所長のオルガマリーだけが《レイシフト》によって、《特異点》と化した2004年の冬木の街へ逃げ出すことに成功したのである。

 立花たちは今、自分たちの手足となって戦う忠実なる過去の英霊、《サーヴァント》を召喚するために魔力に満ちた冬木の霊脈に向かって歩いている最中なのだ。

 

「ああ、もう! なんでこんなことに!」

 

 安全のために隊列の真ん中を歩くオルガマリーが、先程から何度目になるか分からない苛立ちの言葉を漏らして、銀の髪を掻きむしる。普段なら人目を惹きつけて止まないであろう銀糸のように美しいその髪は、今は《カルデア》で起こった爆発と、冬木でのこれまでの戦闘によって煤けてしまっていた。

 

「一体、どうなっているっていうのよ……」

 

 オルガマリーの疑問に、立花は答えるすべを持たない。いや、《カルデア》で生き残った誰もこの件について答えなど持っていないのだろう。

 人理を守るため、選びぬかれた人材が集められた《カルデア》、当然中に入る人間の素性など、親兄弟どころか、学生なら学校で一度「やぁ」と声を交わした人間レベルの情報まで把握されている。

 つまり、スパイなど入り込む余地のないような状況で今回のテロは起きたのだ。そんなこと誰も想定していないだろう。

 

「とりあえず、所長が言うとおり霊脈で戦力を喚びましょう。今は、何が起きたのか原因を探るよりも、この状況を切り抜ける方がいいですから」

「そんなことはわかっているわよ! ああ、もうこんな時にレフがいてくれれば……」

 

 マシュの気遣いの言葉にも悪態をつき、オルガマリーは頭を抱える。

 それも無理もないな、と立花は思う。

 多くの人間の上に立つ責任ある立場で今回の事故だ。自分なんかは、まだ状況が掴めずに浮ついた気分でいるからなんとか耐えられているのだ。現実が自分よりもよく見えている所長は、自分なんかには想像もつかないような重圧を感じているのだろう。

 立花の前を歩く所長の背中は小さい。彼女だって、所長という立場がなければ自分と変わらない女の子なのだ。その心細さはいかばかりだろうか。

 立花はそれに思いを巡らせようとしてすぐにやめた。恐らく、これは今の自分には決して理解できない気持ちだろうから。

 ただ、それでも少しでも何かをしたくなって、立花はオルガマリーに「頑張りましょう、所長。自分も頑張りますから」と声をかけた。

 

「そんなことっ……言われなくてもわかっているわよ……」

 

 再び悪態をつこうとしたオルガマリーだったが、立花の顔を見て、その剣幕を引っ込めた。人の上に立つ者としての矜持と、立花の心からの気遣いが彼女を踏み留まらせていた。

 それから、立花たちは無言で火の手をあげる冬木の街を歩き続けた。《カルデア》も《特異点(ここ)》も、大差ないと思えるような風景がしばらく続いたあとに、先頭を歩くマシュが足を止めて、瓦礫の影へと身を隠す。それを見た立花とオルガマリーも無言で別の瓦礫の影へと入り込んだ。

 立花たちが影に入ったことを確認したマシュが、辺りをはばかる小声で二人に話しかける。

 

「所長、先輩、敵性存在を視認しました。目視できる範囲で、スケルトン2体、ゴースト1体が確認できます。これ以上接近すると生体反応を探知されて交戦状態になると推測されます。いかがしましょう?」

 

 マシュの言葉に、所長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「典型的なアンデット……霊脈の魔力に惹かれたのね。まともに戦えるのがマシュだけの現状を考えると、交戦は避けたいのだけど、霊脈の確保が目的な以上それは無理ね。交戦状態に入ることを許可します。藤丸、あなたは私と援護するのよ。いくら補欠とはいえ、《ガンド》ぐらいは撃てるでしょう?」

 

 オルガマリーの言葉に立花は力強く頷く。

 本当なら、立花もマシュを一人で戦わせるなんてことはしたくない。だが、デミ・サーヴァントとなった彼女と立花の間には、それこそ存在のレベルが違うほどの戦力差があるのだ。

 並び立って戦えば、自分は必ずマシュの足を引っ張る。そう現状を正確に認識した立花は、せめて足止めはしてみせると、自分の魔術回路に火を(とも)す。

 

「……よし、3数えて交戦(エンゲージ)に入るわ。マシュが突入したら視界を広く取って。索敵を密にしなさい」

「わかりました、所長」

 

 立花が応え、マシュが盾を引き寄せて頷く。

 

「いくわよ……3、2、1、GOGO!」

「マシュ・キリエライト、吶喊(とっかん)します!」

 

 オルガマリーの合図を受け名乗りと同時に、マシュが盾を振りかぶり突入する。スケルトンの内、一体だけがこちらに素早く気付いたが、マシュは躊躇いなくそのスケルトンに盾を振り抜いて無数の骨片に変えた。

 このような複数を相手取る戦闘の場合、不意打ちできる相手よりも、反応が早い相手を先に倒した方が負傷するリスクは低い。マシュの判断力は素晴らしかった。

 

「ゴーストは私がやる! はぁっ!」

 

 加えて、オルガマリーの援護も見事なものだった。《ガンド》を立て続けに3発、ゴーストに向けて撃ち込む。ゴーストは苦悶の声をあげ、その姿を揺らめかせる。マシュの(ぶつり)に対して、ゴースト(れいたい)は相性が良くないと判断しての牽制がかっちりと嵌った形になった。

 

「マシュ、右後ろからスケルトン! 鉄パイプで武装してる!」

「っ! はい、先輩! はあぁぁ!」

 

 立花の指示を受けて、マシュは振り返る動きそのままに、背後から鉄パイプを振り下ろそうとするスケルトンを盾で吹き飛ばす。鉄パイプが騒々しい音を立てて地面を転がり、その上にスケルトンだったものの欠片が降り注いだ。

 

「スケルトン撃破! ゴーストの撃破を掩護します!」

 

 スケルトンが復活しないことを確かめ、ゴーストの方に向かおうとするマシュ。その背後の瓦礫の奥で何かがうごめくのを立花は見逃さなかった。

 

「マシュ! 後ろの瓦礫の奥に何かいる!」

「えっ!?」

 

 マシュが振り返るのと、瓦礫の奥からハンマーのような形をした鉄筋コンクリートを振り上げた3体目のスケルトンが飛びかかってくるのは、ほぼ同時の出来事だった。マシュはまだ、盾を構えていない。

 やれるのは自分だけだ。

 立花は、指を銃のように見立てて構え、魔力回路に灯した火を、その先端から呪いの弾丸として出力する。

 

「はあっ!」

「ギイッ!?」

 

 立花の指先から放たれた《ガンド》は、飛びかかるスケルトンの持つ鉄筋コンクリートに当たり、スケルトンは仰け反るように撃ち落とされる。

 

「……これで、終わりです!」

 

 そのスケルトンが立ち上がるより先に、マシュが上から叩きつけた盾が、スケルトンの墓標になった。

 

「所長!」

「まったく、危なっかしいわね……」

 

 スケルトンを倒し終えたマシュがオルガマリーの方を確かめると、そこでは丁度消えゆくゴーストを背にしたオルガマリーが立花たちの方へと歩いてくるところだった。

 

「す、すみません。何分経験不足なもので……」

「ふん、これから嫌というほど経験するんだから大丈夫よ」

 

 周辺確認を怠った自分の迂闊さに恥じ入るマシュに、オルガマリーがいつもの調子で声をかける。

 しかし、その言葉にはオルガマリーなりの労いが込められていることを立花は感じ取っていた。

 

「お疲れ様です、所長。ゴーストを一人で倒してしまうなんて流石ですね」

「……! べ、別にこの程度のこと、アニムスフィア家の当主ならできて当然のことよ」

 

 立花の言葉に腕を組んでそっぽを向くオルガマリーだったが、その頬には僅かながら朱がさしているのは傍から見ても明らかで、それを見た藤丸とマシュは顔を見合わせて微笑んだ。

 褒められて、照れていることに気付かれたオルガマリーは、先程までどこかになりを潜めていた癇癪の虫を再び呼び覚まし、その場で地団駄を踏んだ。

 

「あー、もう、何なのよあなた達! そ・れ・よ・り・も! マシュ、盾を貸しなさい。霊脈が確保できたのだから、それを触媒にして召喚サークルを作って、正式なサーヴァントを喚ぶわよ!」

「あっ、は、はいっ!」

 

 慌ててマシュが盾を地面に置くと、そこを中心として魔術回路に似た模様が青い壁を走る、円柱状の空間が展開される。と、次の瞬間。

 

「あ!? 通信回復してる! マシュ、立花くん! 無事かい!?」

「その声は、ロマニ・アーキマンじゃないの! 医療チームのトップがなぜそこにいるの!?」

「うぇえ!? オルガマリー所長!? 所長こそなんでそちらにいるんですか!?」

 

 久しぶりに回復した通信に出たDr.ロマンにオルガマリーが食って掛かり、サーヴァントの召喚にはそれからしばらくの時間を要することになった。

 通信越しにでも明らかに怯んでいるDr.ロマンと、先程の鬱憤の矛先をこれでもかと彼に向けるオルガマリーを眺めて、絶望の中にあって微かな希望を感じずにはいられない立花なのだった。

 

 




次でいよいよ兄貴が合流しまーす。

人理修復したのは数年前だし、スクライドは十年近く前だし、ところどころ設定があやふやなところあるけど多めに見てクレメンス!


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燃え落ちる夢の欠片を拾い集めて

いよいよ、あの兄貴が藤丸と合流しますよ!


「……現状は、把握したわ。ひとまず私達は、この特異点F、冬木の街をこの状態にした元凶を特定することにします」

 

 Dr.ロマンとの通信を終えたオルガマリーが、眉間に寄った皺を指で解しながら、今後の活動方針を立花たちに伝える。

 

「特定、ですか? 解決ではなく?」

 

 立花が聞き返すと、オルガマリーはジトッとした視線で立花を睨んでから、これみよがしに大きなため息を吐いた。

 

「はぁ〜、あなたね、今この街の有様を見て、この街をこうした元凶に、今の私達で勝てると思う?」

「……ごもっともな意見です、所長」

 

 根本から根こそぎ倒壊した20階はあろうかというホテル。平地になった住宅街。キャンプファイヤーの如く火をあげるオフィス街のビル群。川を挟んだ対岸には産業革命期の工場の煙突排煙を思わせるような黒煙が、街のいたるとこから上がっているのが見える。

 これらを改めて確認した立花は、自分がどれだけ間抜けな質問をしているかすぐに理解した。

 

「見解の一致が見られたようで何よりね。……まぁ、今から召喚するサーヴァントが、よっっっっぽど強ければ考えてみなくもないけど」

「なるほど、因みにどれぐらいのサーヴァントなら考えるんですか?」

 

 藤丸が訊ねると、オルガマリーは腰に手を当ててフフンとふんぞり返る。

 

「当然、サーヴァント中最優のクラス、セイバーね。じゃなくても、ランサーかアーチャーの3騎士のクラスがいいわ。なおかつ、地球上どこの国に行っても知名度が高い英霊ね。ここは日本だから日本に縁の英霊なんかでもいいけど、それは召喚システム上望み薄ね」

「英霊は、信仰などによる知名度、具えた逸話の大きさ、土地との結びつきで強さが決まるんでしたよね」

 

 マシュがオルガマリーの言葉に合いの手を入れると、オルガマリーが「そうよ」と頷く。

 

「だからこそ、契約した英霊の性能を十二分に活かすためには、その英霊の真名や宝具をマスターが知っておくべきなのよ。だからマシュ、貴女は半分人間のデミ・サーヴァントな上に、混ざった英霊も分からないから、せっかくの力を全く活かせてない状態なのよ」

「あ、す、すみません……」

 

 マシュは、《カルデア》の爆発に巻き込まれた時に、咄嗟に既に召喚済みの英霊と契約を結んだのだが、真名などを聞く前に英霊が消滅したため、情報がまるでない状態になってしまったのだ。

 肝心な局面で、失敗してしまったマシュは恥じ入るように体を縮めてもじもじする。それを見たオルガマリーは、先程立花に向けたため息と同じくらいのため息を放った。

 

「まぁ、貴女の場合、この盾が宝具なんだから、盾の逸話のある英雄を片っ端から調べるといいわ。そこから何かしらわかることもあるでしょう。ま、それもここから無事に《カルデア》に戻ってからの話だけど」

 

 オルガマリーのこの言葉を聞いたマシュの顔には笑顔が浮かんでいた。

 

「そうですね! 手持ちの情報から調べれば正体に辿り着けるかもしれません! 所長、アドバイスありがとうございます!」

「なんだかんだ言っても優しいですね、所長」

 

 マシュからのお礼の言葉と、立花からの褒め言葉を受けたオルガマリーは、また顔を真っ赤にしてしまう。

 

「っ〜〜! あー、もう! そういうのはいいから、ちゃっちゃと召喚を始めるわよ!」

「先輩、所長が照れてます」

「うん、所長ってそういうのわかりやすいよね」

「うがー!! 話を聞けー!!」

 

 なんだかんだで、所長の扱いを心得始めた二人であった。

 

ーーーーーーーー

 

「じゃ、召喚について確認するわよ。まず、喚んだサーヴァントと契約するのは立花、貴方の役目よ」

「はい、この特異点から戻ったら所長は《カルデア》からの指揮になるので、都合が悪いんですよね」

「その通り。私は、《レイシフト》適性はそこまで高くないし、マスター適性に至っては皆無なのよ。それに、マスターが現地にいないと魔力供給なんかで問題があるからね」

 

 オルガマリーの言葉に立花が頷く。

 

「はい、ただし例外はーー」

「ーー万が一貴方の魔力では維持できないような大英雄が来たときね。その時は私が契約することも視野に入れましょう。マスターとして戦闘は無理でも、維持ぐらいならなんとかなるわ。そして、《カルデア》に戻り次第、代わりのマスターと再契約を結べばいいわ」

「わかりました。では、サークルに魔力を流しますね」

 

 立花が確認を取ると、オルガマリーが頷く。それを確かめてから、立花は召喚サークルの中心、盾の上に手をかざし、詠唱を始める。

 

「素に銀と鉄。祖に石と契約の大公ーー」

 

 マシュは不測の自体に備えて、召喚サークルからやや離れた位置で、サークルとオルガマリーの間に立ち盾を構える。その守りの後でオルガマリーはサークルと周囲の両方を警戒している。召喚に伴う膨大な魔力に惹かれた魔物や、最悪の場合、この特異点を生み出した側の勢力が偵察に来ないとも限らない。現実の悪意は、ヒーローの変身をわざわざ待ってはくれないのだ。

 

閉じよ(みたせ)。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよーー」

 

 詠唱が進むたびに、サークルに魔力が満ち、中心の盾が仄かに燐光を放つ。常世と英霊の(くら)を繋ぐ門が開く。

 

「魔力反応、異常ありません。召喚は正常に進行中です!」

「私も確認してるわ。周囲に敵性反応もなし!」

 

 世界の外に魔力が流れ込んでいく。その感覚を確かめながら、二人は警戒の手を緩めない。

 この召喚の成否が、自分たちの任務の成否を握る、ひいては人類の運命を握っていることを彼女たちは十二分に理解しているからだ。

 

 彼女たちの期待を一身に受けて、立香の手による召喚はつつがなく進行していた。

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この(ことわり)に従うなら応じよーー」

 

 サークルに流れ込んでいく魔力はいよいよその濃度を増し、常世と英霊の(くら)を繋ぐ門が開いていく。時折、召喚サークルの上に散る稲妻は、開く門が立てる軋み声のようだ。

 

「魔力反応増大! 先輩、あと少しです!」

「依然として、周囲に敵性反応なし! ここまで来たらいい英霊を引き当てなさいよ!」

 

 少女たちの祈りにも似た叫び声が響く中、今、立花の口から最後の詠唱が紡がれるーー

 

(なんじ)、三大の言霊(ことだま)(まと)七天(しちてん)、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 ーーその瞬間、立花は何が弾け飛ぶような音を確かに聞いた。それは、どこか観音開きの扉が勢いよく開け放たれる音に似ていた。

 無論、音だけではない。視覚的に分かる変化も召喚サークルに訪れる。立花の注ぎ込んだ魔力は無数の光球となり、サークルの上に輪を描く。

 そして、光球は次第に七色(にじ)の輝きを示し始める。

 その色を確かめたオルガマリーは、背筋が粟立つ様な戦慄と興奮を覚えていた。

 

「……ハイ・サーヴァント! まさか、この大一番で、最高の英霊を引き当てるなんて!」

 

 英霊を呼び出すとき、英霊に縁の深い特定の触媒を用いない場合、その結果は未知数となる。しかし、召喚のときに舞う光球の輝きによって、呼び出される英霊の格がある程度分かることを、《カルデア》での召喚の事例からオルガマリーは経験し、理解していた。

 通常の英霊であればその色は白。

 より優れた英霊であれば金。

 そして、世界に名だたるハイ・サーヴァントと呼ばれる一握りの英霊は、虹の輝きを纏って現れるのだ。

 だが、その輝きを見てオルガマリーは自分の中に溢れる不安を拭うことができない。

 

「……でも、ハイ・サーヴァントのときの輝きはあんな風だったかしら?」

 

 そう、彼女を不安にさせるのは、その虹の輝きがなんだかとても歪に見えることだ。通常なら、虹の輝きはプリズムを通した光のように美しく鮮烈に均等に輝く。

 しかし、今回の虹の輝きは、なんだか宙に舞うシャボン玉を見るような、あるいは水の上に張った油の皮膜を見るような、そんな不安定な輝きなのだ。

 でも、もう後戻りはできない。何があっても、私が矢面に立たないと。47人の命は背負えなくても、2人分の命なら、アムニスフィアの名にかけて、私が背負ってみせる。

 元来、臆病(おくびょう)者として知られるオルガマリーが人知れずそんな決意を固めたその時、虹の輪の中を貫いて、1つの影が猛然と常世に躍り出るーー!

 

「ひゃっふうぅーー!」

「えっ?」

「な、なに!?」

「わわっ!?」

 

 その時、場違いに高い叫び声が聞こえて、3人は思わず戸惑いの声を上げてしまう。

 一体、誰がこんな空気を読まない叫び声を出すんだ。

 3人の心は一つだったが、すぐに、その声の主は今門を潜り抜けた者に他ならないと思い至った。

 門を超えた影は、そのまま風の尾を引いて天高く舞い上がると、水泳の飛び込みのように空中で何度も回転してから、体操の床の演技さながらの見事な着地を決めて見せた。

 

「とうっ!」

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙。

 ただ、沈黙が場を支配していた。

 そんな中、現れた人影は悠然と常世への一歩を踏み出した。

 人影は、燃えるような赤毛を持つ長身の男だった。赤毛の左右に、一筋の銀のメッシュを入れて流線型にしたような髪型をした男は、召喚の衝撃でやや乱れた髪を両手で後ろに撫で付ける。男が髪を撫で終えたとき、癖毛なのか一房の前髪がハラリと前に垂れ下がった。

 髪型が決まったことを確かめた男は、過去の英霊には相応しくない、どこかの組織の制服のようなスタイリッシュな白い服から、目がチカチカするようなショッキングピンクのスポーツサングラスを取り出すと、キザな動きで耳にかける。その時にサングラスの内に巻き込んだ癖毛を、人差し指でピンと跳ね上げると、男は不敵な笑みを浮かべながら名乗りを上げた。

 

「ーーロストグラウンド武装警察機関「HOLD」、アルター能力者部隊「HOLY」所属のアルター使い、ストレイト・クーガーだ! 俺が来たからにはもう安心だ、諸君! 即断即決、スパッと問題(トラブル)を解決しようじゃないか! はぁーっはっはっはぁー!」

 

 両手の腰に手を当ててふんぞり返るように男は笑う。

 その笑い声だけが響く微妙な空気の中、オルガマリーがなんとか勇気を振り絞って声をあげた。

 

「……藤丸、早く契約しなさい。これはあなたのサーヴァントよ」

「えええっ!? 話が違うじゃないですか、所長! 強い英霊が出たら所長が契約するって!」

「嫌よ! いくらハイ・サーヴァントでも、こんなアクの強そうなのと契約するのはお断りよ!」

「自分だって困りますよ! そこをなんとか!」

「いーやーよー!」

「お、おふたりともどうか冷静に、冷静に!」

「はーっはっはっはー!」

 

 特異点に、一人の男の高笑いが響く。

それをバックミュージックにしながら、人類最後の希望たちは、非常に個人的な理由から醜い言い争いを繰り広げるのであった。




次は兄貴の戦闘シーンが見えるよ!


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世界を縮める英霊

クーガー兄貴の戦闘シーンがあるよ!

※魔術とアルター能力に関する独自の解釈があります。アルター能力は「周囲の物質を分子レベルで分解して、自分の望む形に再構成する」能力なのですが、そこにFGO世界に馴染むように魔術的な要素を加えてあります。


 それは一筋の光だった。

 暗闇の中、微睡みの中にあった男の顔に、確かに一筋の光が差し込んでいた。(かそけ)き、しかし眩く暖かな光。男は思わず立ち上がると、光の指す方をしげしげと眺める。

 

「おおぅ? こいつぁ何だ? どっか建て付けが悪くなったのか?」

 

 思わずそんなことを口走ったところで、男は自分が在る場所が現実の建物ではないことに思い至る。

 

「あー、違うな、違う違う。そういえば、俺は世界と契約して《英霊の座》ってところに収まったんだった」

 

 男は、その全速力で駆け抜けた短い人生の中で、人としての偉業を打ち立てた結果、人類の守護者たる英霊として座に登録された。故に男は、一度(ひとたび)願いを受ければ、常世に戻り人類のために戦う使命を帯びているのだ。

 しかし、人類の危機などそう容易く起きるはずもなく。加えて、男はある理由から英霊としての知名度にひどい欠陥を抱えていた。

 2つの要因が合わさった結果、男を喚び出そうとするものは誰もおらず、男は座の中で不遇をかこつことになったのである。

 自分の立ち位置を改めて認識した男は、再びその場にゴロンと横になる。口から出るのは大きなあくびが一つだけだ。

 

「ふぁ〜あ。しっかし、《英霊の座》ってのも案外退屈な所だな。世界がピンチになったときに貴方の力を貸して欲しい、な〜んて言うからほいほい契約したものの、ちっとも呼ばれないのは想定外だったーー」

 

 そこまで呟いて、男は弾かれたように飛び起きる。

 

「ーーってまさかまさか!? これがもしかして召喚ってやつか!? おいおいおいおい! いよいよこの俺が世界を《最速》で救う時が来たってことですかぁ〜! くぅ〜、燃・え・て・きたぁ~!」

 

 男はその場で歓喜に打ち震えると、直ぐにクラウチングスタートの姿勢を取る。

 

「待ってろよ、世界! 最速の俺が今から即時即断即決で平和を取り戻すからなぁ! イヤッフゥー!」

 

 言うやいなや、男は幽かにさす光に向かって全速力で駆け抜けていく。それに応えるように光はより強くその輝きを増していく。その眩さに、男は一つ心当たりがあった。

 

 ……この輝き、まさかカズ()の。

 

 それは、男の弟分だった、一人の(おとこ)のアルターが放つ輝きだった。

 その漢、決して曲がらず、決して折れず。必要とあらば道理も無理でこじ開けてみせる。世界に対する反逆者(トリーズナー)

 しかし、そこまで考えて男は首を横に振った。カズヤは、どんなにピンチになろうとも()()()()()()()()()()()()()()()()()。アイツなら、例え荒野に立つ者が自分ただ一人であろうとも、構わずにどこまでも突き進んでいくだろう。

 もしもアイツに助けがあるとするならば、それはただ一人風を切って荒野を進むその背中を、支えてやりたいと願う者が自らの意思で力を貸す、その時だけだ。男にはそういう確信があった。

 だが、願わくば。

 俺を喚び起こすマスター(そいつ)が、カズヤのような世界(うんめい)(あらが)(おとこ)であってほしい。

 そうして、男は虹色に輝き始めた光の渦の中へと考えうる最速の速さで飛び込んでいった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「というわけで、えーっと、よろしくお願いします。ストレイト・クーガー、さん?」

 

 始めての召喚に成功(?)してからしばらく、紆余曲折(揉めに揉めた上で、最終的にじゃんけん)の末にマスターをすることになった立花が、ストレイト・クーガーと名乗った男へと恐る恐る右手を伸ばす。

 すると、男はズイッと立花の方に歩み寄ると差し出された右手を両手で握って、残像が残るような速さでブンブンと上下に振り回した。

 

「おー! 少年が俺の《マスター》ってやつか! よろしく頼む! さっきも名乗ったが、俺はその通りストレイト・クーガー、人呼んで《世界を縮める男》だ!」

「あわわわわ……!」

「せ、先輩の腕があまりのスピードで消失して見えます!」

「ちょっと、加減なさいこの莫迦(バカ)!」

 

 サーヴァントのマスターに対するあまりの暴挙に、クーガーの後ろに回り込んだオルガマリーが、その頭に手刀を叩き込む。虚を突かれるかたちとなったクーガーは「あいたっ!」と叫んで立花から手を離した。

 ちなみに、立花は手を離されてからもしばらく、余波で一人、手をブンブンと振り回し続けていた。

 

「いやー、失礼いたしました、ミス(おじょうさん)。英霊としての初めての召喚、些か興奮しておりました」

「ふ、ふん。分かればいいのよ分かれば」

 

 オルガマリーは、急に自分に対して恭しく腰を曲げたサーヴァントに少し戸惑いながらも、肝心なことを聞き出すために再び口を開く。

 

「それで、その……英霊、ストレイト・クーガー。貴方、一体何者なの? 私の知る限り、『ストレイト・クーガー』なんて名前の偉人は歴史上存在しないわ。かといって、精霊やましてや神格の持ち主には見えないし、それにさっき言っていた《HOLD》と《HOLY》? それについても情報を開示してもらえるかしら」

 

 オルガマリーの疑問はどれも最もなものだった。

 サーヴァントを行使する以上、その情報の開示はマスターにとっては必要不可欠だ。クラスや特性が分からなければ、司令塔としての役割を十二分に果たすことはできない。

 更に加えて、「ストレイト・クーガー」なる英霊の名前が耳馴れないものであることもオルガマリーにとっては懸案事項だった。7人のマスターが7騎のサーヴァントを使役し、《聖杯》を巡って争う《聖杯戦争》のときであれば、マスターが魔術などで記憶を抜かれて、対策をされることを避けるため、真名や宝具の開示をあえてしないということもある。

 しかし、現状はそのような心配はない。今は、相手はこちらへの対策を打ってきてはいないし、逆にこちらとしては未知の脅威への対策を練るために仲間のスペックは確実に把握する必要があった。

 

「確かにその通りですね、ミス。俺も何分(なにぶん)座からこちらに招かれるのは初めての経験なので少し戸惑ってしまいました。物事を円滑に最速で進めるためにも、まずはお互いの情報を共有しようじゃありませんか!」

「そ、そうね……」

 

 何か一言喋るたびに、ずずいっと自分に近寄ってくるクーガーから、のけ反るように身を反らしながらオルガマリーが同意する。

 

 話が通じるタイプの英霊であることは僥倖だったけど、距離感が近すぎるのは考えものね。本当に藤丸にマスター権を押し付けられたのは僥倖だったわ。じゃんけんを始める前に「3回勝負よ!」と言った私を褒めてあげたいわ。うんうん、よくやったわ、私!

 

 オルガマリーは、数分前に2本先取された状態から、怒涛の3連勝でじゃんけんに勝って、ガッツポーズをしていたときの自分を心の中で密かに讃えた。

 

「それじゃあ、まずあなたのクラスをーー」

 

 とりあえず、認識の一致が見られたところで、オルガマリーが早速クーガーに質問を投げかけようとしたその時。

 

「所長、先輩! 周囲に敵性反応があります! どうやら下級のアンデッドのようですが……5、6、7っ、かなりの数です!」

「了解! ありがとうマシュ!」

「ちっ、召喚の時の魔力の流れに引き寄せられたのね。なんて間の悪い!」

 

 マシュからの報告で、立花たちは辺りを警戒し臨戦体制を取る。しかし、その中で先程までとは変わらぬ態度の男が一人。

 そう、英霊ストレイト・クーガーである。

 頭の後ろで手を組んで、飄々とした態度を崩さないその姿を見て、オルガマリーが抗議の声をあげる。

 

「ちょっと、クーガー! 敵がいるのよ、早く戦闘態勢を取りなさい!」

 

 オルガマリーの叱咤の声を受けて、それでもクーガーは足下の石ころをつま先で弄んだりと、緊張感の欠片もない。

 

「敵? どこにそんなのがいるんです?」

「周りを見て周りを! スケルトン! 見えるでしょ!」

 

 そこまで言われて、クーガーはようやく辺りを見回す。スケルトンの数は気がつけばもう20体近くに膨れ上がり、その半数近くは廃材などで武装していた。

 それを確かめたクーガーは、サングラスをゆっくりと押し上げると不敵な笑みを浮かべる。

 

「見ましたよ。でも、敵なんてどこにもいませんよ、ミス。スケルトン? あんなもの俺にとっては敵には値しない」

「なっ……」

 

 クーガーの傲岸不遜ぶりに、オルガマリーが絶句する。しかし、これも自分たちの喚び出した英霊の力を見るいい機会だと判断した彼女は、すぐに気を取り直して指示を出す。

 

「なら、その力見せてもらいましょう。マスター藤丸、サーヴァントストレイト・クーガー、周囲の敵性反応を撃滅しなさい」

「はい、所長!」

「初陣の相手にしちゃ物足りないが、肩慣らしには丁度いいか! マスター! 俺に少しばかり魔力を回してくれ!」

 

 クーガーの言葉に、立花が「わかった!」と頷き、すぐに突き出した左手の魔力回路からクーガーに魔力を注ぐ。

 

「来たきたキタァーー! 行くぜ! 《ラディカル・グッドスピード》!」

 

 魔力をパスされたクーガーが、歓喜の雄叫びを上げて、彼のアルター能力の名を叫ぶ。

 変化は一瞬だった。

 クーガーを取り巻く瓦礫の山。その一部が突如として砕け散ると、虹色の煌めきとなって彼の脚に巻き付いてゆく。次々と瓦礫が砕け、彼の脚を煌めきが覆い尽くしたその瞬間。煌めきが全て消し飛ぶと同時に、彼の足には踵に鋭い棘にも似た刃を備えた、薄紫色をした脚甲(グリーブ)が装着されていた。

 

「なっ……!」

 

 その様子を見たオルガマリーが絶句する。

 それほどまでに、今、彼女が目にした光景は魔術師としてありえないものだった。

 

 周囲の物質(マテリアル)を分子レベルで分解して形を無くし、強制的に霊的(アストラル)魔力(エネルギー)に変換してから、自分の望む形に作り変えた!? そんな芸当、《根源》に手が掛かるレベルの大魔術師じゃないと不可能よ!?

 

 オルガマリーの混乱は無理もない。

 そもそも、何かを触媒として使い、そこから魔力を得て発動する魔術は世に数多存在する。例えば、この冬木の街を本来であれば管理しているはずの御三家の一つ、《遠坂家》などは、代々宝石魔術の優れた使い手だった。

 しかし、それは()()()()()()()()()()()()場合の話だ。宝石のような貴石は、魔力を溜め込むタンクとしての役割を果たすもので、魔術師にとっては定番の触媒だ。他にも《ヒュドラの幼体》や《ペガソスの鬣》といった幻獣の一部、《円卓の欠片》や《呪文書》のような神秘の込められた遺物などが魔術の触媒足り得るものだ。これらは、どれもこれも入手至難の貴重な品ばかりだ。

 だが、クーガーはそんなものではなく、あろうことかその辺りに転がっている神秘の欠片もないコンクリートのような人工物から魔力を引き出してみせたのだ。これに驚かずにいられる魔術師がどれほどいるだろう。

 

「ストレイト・クーガー……、一体何者なのよ……?」

 

 半ば呆然としたオルガマリーの口から紡がれた疑問に答える者は当然いない。この場にいる者はオルガマリーを含めて、立花もマシュもクーガーの見せた芸当に、ただ呆然とするしかなかった。

 しかし、そんな芸当をやってのけた当の本人であるクーガーは、そんなことはどこ吹く風といった表情だ。彼は脚甲の具合を確かめるように、爪先で何度か地面を叩く。

 

「さーって、こちらの準備も整った。マスターたちはここに来るまで何度か戦闘をしてきたみたいだが、俺にとっちゃ正真正銘、これが初陣だ」

 

 クーガーは、もう一度包囲の輪を狭めるスケルトンたちを見回す。心を持たぬ人の名残は、目の前の異常事態に怯むことなく前進を続けていた。

 

「マスターたちは俺の力を知りたがってる。わざわざやってきてもらったところで悪いんだがーー」

 

 クーガーが、ここで一旦言葉を切ると、サングラス越しに目の前のスケルトンを睨んだ。

 

「ーー瞬殺させてもらう」

 

 クーガーが最後の言葉を放った瞬間、彼の姿と包囲の輪を作っていたスケルトンの一体が姿を消した。

 瞬きの刹那の後。500メートルは離れているだろうか、立花たちの正面にある15階建てのビルのど真ん中、そこに小さなクレーターが穿たれ、それはそのままビルを突き抜け向こうの空と繋がる。それと同時に、先程までスケルトンが立っていた場所に、先程と変わらぬ悠然とした姿のクーガーが立っていた。

 

「なっ……」

「うそ……」

「えっ……」

 

 立花たちの反応は困惑が2つに驚愕が1つ。

 困惑は、何が起きたのか知覚することができなかった立花とオルガマリーのもの。

 驚愕は、クーガーがまだ20メートルは離れていたスケルトンに一瞬で肉薄し、それを蹴り一つで500メートル先のビルまで吹き飛ばしたことを認識できたデミ・サーヴァントであるマシュのものだった。

 

「さぁ、目を離さないでいてくれよマスター! 瞬きしてる間に全部終わっちまうからなぁ!」

 

 そう叫ぶや否や、再びクーガーの姿が消え、それと同時に周囲のスケルトンがクーガーの隣から順に根こそぎ消し飛んでいく。

 恐らく、砕け散ったスケルトンの骨粉であろう塵が、砂埃と渾然と一体になり風に舞って消えていく。立花たち人間が認識できたのはそれが精一杯だった。

 そうして、10体以上いたスケルトンが最後の一体になったとき、スケルトンの前にクーガーが姿を現す。

 

「よう、残ってるのはもうお前さんだけだぜ」

 

 挑発されたことに怒った訳ではないのだろうが、クーガーの言葉に反応して、スケルトンが持っていた鉄パイプを振り上げる。

 

「スロウリィなんだよ、お前は!」

 

 しかし、鉄パイプを振り下ろす前に、クーガーがほぼ垂直に上げた右脚から繰り出した踵落しによって、スケルトンは真っ二つに切断され、左右それぞれのパーツがクーガーの脇をフラフラと地面に崩れ落ちていった。

 それを振り返りもせず音だけで確かめたクーガーは、高々と両手を天に掲げ、空を仰いだ。

 

「8.59秒……また一つ世界を縮めてしまった……」

 

 そう呟いてサングラスの奥から涙を頬に伝わせるクーガーを眺めて、立花たちは言葉の一つも出せないのであった。




クーガー兄貴の戦闘シーンは数秒で終わるけど、これを書くのには数十分かかるんだよなぁ……。


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焼却された世界と最速の世界

お気に入りが結構増えていて、男の義務教育を済ませた読者がこんなにもいることに震える。

因みに、自分の中の三大男の義務教育は「ガングレイヴ」「スクライド」「サムライチャンプルー」です。

※オルガマリーアンケートは、あからさまに裏切るオーラプンプンだった某教授がネタばらしする話まで実施します。今のところ「生きワレェ!」ルートが優勢ですが、「死亡確認!」が大外から一気に捲ってくる可能性もあるので!


「さーって、改めて自己紹介させてもらいますか! サーヴァント、ストレイト・クーガー! クラスはライダー! 人呼んで《世界を縮める男》だ!」

 

 クーガーがスケルトンの群れを撃破して程なく。

 立花たちは安全が確保された召喚サークルに集い、手持ちの情報の交換と整理を行うことにした。

 とりあえず、立花たちがまだクーガーに名乗りを済ませていないこともあって、再び自己紹介から始めることを立花が提案して、今のクーガーの自己紹介に至るわけである。

 わざわざ立ち上がって決めポーズまで取って、二度目の自己紹介を済ませたクーガーを、オルガマリーは座ったまま冷めた視線で見上げていた。

 

「最後の(くだり)はさっきも聞いたわよ。それにしても、ライダーのクラスね。三騎士ではないけれど、十分だわ。何なら、白兵戦が担える分、アーチャーよりも当たりかもしれないわね!」

 

 話している内に、オルガマリーは少しご機嫌になっていた。先程のクーガーの活躍で「自分たちは当たりを引いた」という思いが強まっていたからだ。

 実際、クーガーはサーヴァントの中では当たりと言っても差し支えない。コミュニケーションが普通に取れて、正面切っての戦闘力が高く、マスターの寝首をかこうとしない。運が悪い魔術師などは、サーヴァントを召喚した次の瞬間に、首が胴から落ちていたなどもざらにある。そんなことを勘定に入れても、立花たちは幸運であるといえた。

 オルガマリーに褒められたクーガーは、「どうだ」と言わんばかりに胸を反らし、その中央に右手の親指を突きつけてみせる。

 

「ふふっ、もっと褒めてもらってもいいんですよ、オ()ガさん!」

「オ・ル・ガ! 私はオルガマリー・アニムスフィアよ! ちゃんと覚えなさい!」

 

 名前を言い間違えられたことに噛み付くオルガマリーに対して、クーガーの方は悪びれもせず高笑いを返していた。

 

「はっはっは! すみません、名前を覚えるのが苦手なもので」

 

 すると、今度はその様子を見たマシュが、おずおずとクーガーに向かって問いかける。

 

「えーっと、クーガーさん。それでは、私の名前はちゃんと覚えていらっしゃるでしょうか?」

「ふふっ、もちろんですよ、マシェリ(・・)・キリエエレイソン(・・・・・)さん!」

「うわー!? どうしましょう先輩! 何とも言えないうろ覚え具合です!」

 

 自信たっぷりに、ニアピンで名前を間違えられたことに戸惑うマシュを見て、立花は思わず苦笑いを浮かべながらフォローを入れる。

 

「クーガーさん、彼女はマシュ、マシュ・キリエライトですよ」

 

 それを聞いたクーガーは、ポンと手を打ってから、額にペちんと手を当てて「しまった」というような仕草を見せた。

 最も、顔は相変わらずの笑顔なので反省している感は限りなくゼロに近かった。

 

「ああ、そうでしたそうでした! 俺としたことが! ナイスフォロー、マスター()ジマル!」

「一体、何が始まるんですか! 僕は藤丸ですよ、ふ・じ・ま・る!」

 

 と、まぁこんな調子で、名前が出る度にツッコミが入り、話の腰が複雑骨折してしまうので、情報共有は遅々として進まなかった。

 それでもオルガマリーがこめかみに青筋を浮かべながら、なんとかストレイト・クーガーという英霊の素性を聞くところまで話を持っていったのは、ファインプレーと言わざるを得なかった。

 

「それで、結局のところ貴方はどんな英霊なのかしら。最初の名乗りの時に、《HOLD》とか《HOLY》なんて耳馴れない単語が出たのだけれど」

「なるほど、確かに日本人でなければその辺りの事情には詳しくないのは当然です。お話いたしましょう、オ()ガさん」

「オ・ル・ガ! 何度やらせるのこの(くだり)! ……まぁ、いいわ。分からないことがあればその都度話を止めて質問するから、最初から話して」

 

 オルガマリーが額に手を添えて頭痛をこらえるような仕草をしながら話を促すと、クーガーは「わっかりました!」と意気揚々と話を始めた。

 

「まずですね、俺の出身は《ロストグラウンド》の崩壊地区なんですよ」

「はい、ストップ」

「まだ、原稿用紙二行分ぐらいしか話してませんよオリガさーん!」

「オルガ、マリィ! いや、もう最初から分からないことだらけよ。まず《ロストグラウンド》って何処なの?」

 

 オルガマリーのこの質問に対して、クーガーは怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「おや、ご存知ない? 説明しなくても世界的に有名な場所だと思ったんですが。《ロストグラウンド》ってのは、《東京大隆起》現象で、横浜から神奈川あたりにかけて地盤が隆起して生まれた、日本の中の新しい大地(フロンティア)ですよ。ハジマルは名前からして日本人だからよく知ってるだろう」

 

 日本人だから知っているに違いない。

 そう判断したクーガーの予想は、しかし立花が左右に振る首によって否定される。

 

「藤丸です、クーガーさん。それと、残念ですが自分もその《東京大隆起》、ですか? そんな大きな事件が首都圏で起きたなんて一度も聞いたことありませんよ」

「はぁ!? おいおいおいおい、どうなってるんだこれは!」

 

 今まで余裕を崩さなかったクーガーは、ここに来て初めて焦った様子をみせる。クーガーというアルター能力者が生まれるきっかけになった《東京大隆起》。自分のルーツともいえるその現象が無いと言い切られれば、その狼狽も仕方のないことだった。

 

「ちなみに、クーガーさん。その《東京大隆起》が起きたのっていつですか?」

「ん? ああ、20XX年だよ。どうだ、この年に何か起きたって記憶はないかハジマル?」

「んー、ハジマルではないですし、そんな記憶もないですね」

「おいおいマジかよ……みんなして俺を担いでるってことはないよな?」

 

 愕然としたクーガーが、3人の顔を見回すと、オルガマリーが呆れた様子で首を左右に振った。

 

「ないわよ。そもそも、そんな先進国の首都圏に大打撃を与える大事件、人類の未来を保障するアニムスフィア家の誇る《カルデア》の観測装置が見過ごす訳ないじゃない!」

「そうです! 《カルデア》の観測機《カルデアス》と観測レンズ《シバ》では20XX年にそのような大事件が起きた事実は観測されていなかったはずです!」

「その様子だと、マジで知らない……というよりもそもそも《東京大隆起》現象自体が存在してないんだな。は〜、まいったな~これは」

 

 オルガマリーと、その言葉に追随したマシュを見て、ここは自分の知る世界ではないのだと、クーガーは本格的に頭を抱えた。

 その様子を見たオルガマリーは、流石に少し同情するところがあったようで、クーガーに気遣わしげな表情で声をかける。

 

「とりあえず、お互いの認識のズレが確認できただけプラスに考えましょう。下手をすると、貴方の当たり前が私達の当たり前ではないことで重大なミスをする可能性もあったわけですから」

「そうです! 前向きに考えましょうクーガーさん!」

 

 二人の少女から、優しい言葉をかけられたクーガーは、思わず感極まって「くぅ〜!」という声を漏らしていた。 

 

「俺のことを気遣ってくれてありがとう、オリガさん、マシェリさん!」

「オルガマリー!」「マシュ・キリエライトです!」

 

 しかし、名前の言い間違いには厳しい二人なのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「クーガー、貴方の世界のことを《大隆起》現象のところから一通り話してもらえるかしら。分からない言葉に一々反応していたら話が進まないから、一先ず全部聞いてから考えましょう」

「わっかりました、オリガ「オルガよ!」さん! じゃあ、さっきの続きから話しますよ」

 

 そして、クーガーは自分のいた世界のことを語り始めた。

 《大隆起》現象によって生まれた《ロストグラウンド》。

 切り離された日本本土からの支援を受けて復興した市街と、支援を受けることができず放棄された崩壊地区とその対立。

 《ロストグラウンド》で生まれる子どもたちの内、約2%に先天的に備わる特殊能力《アルター》。

 その《アルター》によって激化する争いを抑えるために作られた警察機構《HOLD》と、その内部にある対アルター能力者部隊《HOLY》。そこに身を置くことになったクーガーの戦いの記憶。

 そして、その最期の瞬間もーー

 

「ーーまっ、ざっとこんなもんです。いかがでしたか? 中々面白い話だったでしょう。なにせ主役がこの俺ですから! はーっはっはぁ!」

 

 クーガー本人の語り口はあっけらかんとしたものだったが、彼の掻い潜ってきた修羅場鉄火場の数々は、言葉だけでも立花たちにその凄まじさを十二分に理解さ(わから)せていた。

 

「クーガーさん、通りで強い訳ですよ……」

「本当に、本当に恐ろしい戦いを何度も潜り抜けていらしたのですね……」

「ま、最後はちょ〜っとばかし、高身長の俺には穴が狭すぎて潜り抜けられなかったんだけどな」

 

 ただの面白いお兄さんというクーガーを見る目が変わり、人生の先輩として尊敬するような態度になった立花とマシュに対して、クーガーは少し戯けてみせる。それは、決して話を深刻にし過ぎない、彼なりの気遣いだった。

 

「でも、最後は結局、俺の弟分のカズ()と、同僚の劉()がなんとかしてくれた。世界は救われてめでたしめでたしって奴だ」

「なるほどね、大体貴方の来歴は分かったわ」

 

 そこまで語り終えたクーガーに、今まで無言を貫いていたオルガマリーがここで久しぶりに口を開いた。

 

「所長、今の話でクーガーさんのことがわかったんですか?」

「ええ、立香。可能性は2つあるわ」

 

 立香の疑問に対してオルガマリーは二本の指を立てる。

 

「1つ目の可能性、それはクーガーは《剪定事象》の世界から来た英霊ということ」

「《剪定事象》……、本来世界が歩むべき道とはIFの(ズレた)世界、ですね?」

「ええ、そうよ」

 

 《剪定事象》とは、本来の歴史の流れから分化した支流の歴史、正しい歴史の流れを木の幹に例えるなら《剪定事象》は枝に当たる。

 《剪定事象》の歴史は、中でも拡張性の無い歴史であり、それ以上は発展しないと世界が定めた歴史だ。そこにリソースを()きすぎると本来の歴史に使われる筈だったエネルギーが無駄になり、健全な歴史の発展が阻害されるということで、そのようなIFは世界が歴史を無かったことに(せんてい)してしまう訳だ。

 

「なるほど、《東京大隆起》という現象は、本筋の歴史からすると《剪定》されるべき事象ということですね」

 

 マシュも納得がいったという表情で頷き、それを見たオルガマリーも軽く頷いてみせる。

 

「ええ、そういうこと。ただ、この解釈には少し問題があるわ」

「問題、ですか?」

 

 オルガマリーの言葉に、立花が疑問の声をあげる。

 

「ええ、クーガーの世界を《剪定事象》と考えた場合、《剪定》されるまでの期間があまりにも長すぎるのよ」

 

 IFの世界を《剪定》する場合、当然その世界が育つ前に《剪定》したほうがエネルギーのロスは少ない。育つ前の若枝は手でも毟れるが、育ちきり太く固くなった枝は道具を用いないと切り落とせない。

 そう考えると、クーガーの世界は分岐点となる《東京大隆起》から長時間放置され過ぎているのだ。

 

「そうですね、だってクーガーさんはーー」

 

 立香がそこまでいうと、オルガマリーがその後を拾った。

 

「ーー21歳ですものね。正直、クーガーの話の中でそこが一番驚いたわ」

「おやぁ、そうなんですかぁ〜。フッフッフ、どうやらオリガさんは俺から溢れる大人の魅力にメロメロってやつですかぁ〜!」

「違うわよ! 歳の割に老けてるなって思っただけよ!まさか、私よりも歳下だったなんて……」

「えっ!? 所長、クーガーさんよりも歳上なんですか!?」

「ええ、そうよ。歳は言わないけど」

 

 オルガマリーの年齢に対する立香の驚き様は中々のものだった。

 実際、彼の中ではクーガーとオルガマリーの年齢イメージは正反対だった。どちらかというとクーガーは大人の男で、オルガマリーは自分たちと同年代の少女という扱いだったのだ。

 だから、立香の脳はその事実をすんなりと受け入れることを拒んでいた。

 ちなみに、マシュについてはオルガマリーの年齢はデータベースから知っていたので、クーガーの年齢に対する驚きはあったものの、立香ほどの衝撃は受けていなかった。

 

「ともかく、クーガーの世界が《剪定事象》とするなら、分化してから20年以上も世界が続いてるのは不自然なのよ。そこで出てくるのがもう一つの可能性」

「それは、一体何でしょうか、所長」

 

 まだ、年齢の混乱から立ち直れていない立香に代わって、今度はマシュが先を促す。

 

「それは《並行世界》、クーガーがこの世界とは全く異なるパラレルワールドの住人ってことね」

「パラレルワールド! この世界とは大本から分かたれた別の世界ですね!」

 

 マシュが驚きの声を上げる。

 

 《並行世界》とは、《剪定事象》の世界とは違い、未来の可能性が残っているIF(もしも)の世界だ。《並行世界》は《剪定事象》の世界とは違って、世界の大本となる大きな設定を共有しながらも、全く別の発展を遂げた世界といっていい。

 つまり、世界の源流(ねっこ)の部分だけを共有した別の幹とでもいうようなものなので、そちらはそちらで正しい歴史が流れている訳だ。

 

「そう考えると、クーガーの世界の長さや《アルター》というこの世界では考えられない能力にも説明がつくわ」

「根本から大きく分化した世界なので、こちらの魔術とはそもそもの成り立ちが違うというわけですね」

 

 マシュの言葉に、オルガマリーが頷く。

 

「その通りよ、だからこちらの世界では考えられないようなことも、向こうの世界では常識ということがあるわけね。《アルター》なんかは正にそれよ。それに、この解釈だとクーガー、貴方の見た《向こう側の世界》にも説明がつくわ」

「なるほど、俺が見た《向こう側の世界》というのは、この世界とはまた別の《並行世界》だったという訳ですか」

「話が早くて助かるわ。《並行世界》から力を抽出するというのはこちらの世界でも想定された魔術体系なの。ただ、あまりにも高度すぎて《根源》に接続した魔法の領域に踏み込んでいるんですけどね。ただ、これに関してはゼルレッチ翁が既に魔法としての体系を確立させているわ。だから、机上の空論ではない実現可能な技術であることは実証済みよ」

 

 そこまで言って、オルガマリーは一呼吸置いてから言葉を続けた。

 

「結論を言うと、クーガー、貴方は《並行世界》の地球上からやってきた英霊なのよ。しかも、時間軸がさほどこの世界とずれていない地球上から、ね」

 

 そう宣言されたクーガーは、その言葉を悠然とした態度で受け入れていた。それは、全ての疑問に納得がいった、そんな様子だった。

 

「今の説明で、俺が英霊としてのお呼びがかからない理由に合点がいきましたよ。英霊っていうのは自分がいた世界の過去の大英雄なんかを呼び出すものなんですから、地続きじゃないこの世界から喚ぶことは本来であればありませんし、そもそも俺の世界では英霊を喚ぶなんてシステム自体がない。そりゃあ、いつまで経っても出番が来ない訳です。まったく、《英霊の座》もいい加減な仕事をしてくれたものですね」

 

 クーガーは肩をすくめた。

 

「ただ、今回の場合は例外が起きた。《特異点》の出現によって、人類史の人理定礎が不安定になった結果、《英霊の座》が人理定礎の安定した《並行世界》への接続を試みた訳ね」

「そして、その試みが成功した結果、俺はこの世界にいるというわけですね」

「つまり、クーガーさんは異世界の英雄ってことですか?」

 

 ここに来て、ようやく立ち直ることに成功した立花が確認を取ると、オルガマリーが首肯する。

 

「ええ、加えて言うなら『これから英雄として語られることになる』英雄ね。多分、《英霊の座》も《並行世界》からの英霊の召喚は困難で、近い時間軸からしかこちらに引っ張ってこれなかったんでしょうね」

「いやぁ、偶然に次ぐ偶然で喚び出された英霊! 運命を感じずにはいられませんねぇ、オリガさぁん!」

「運命を感じてるならせめて名前はちゃんと呼びなさいよ!」

 

 何かにつけてズズッと距離を詰めてこようとするクーガーを避けながら、オルガマリーが「こほん」と一つ咳払いをする。

 

「とにかく、《並行世界》の、それも近い時間軸の英霊を招くことができたのは色々な面で僥倖と言えるわ」

「この世界の英霊を喚ぶのとは違うメリットがあるんですか?」

「ええ、まず真名を語っても弱点がバレないのは大きいわ。有名な英雄ほどその名前から弱点を分析されて対策されることがあるから」

「例えば、ギリシャの大英雄ヘラクレスであれば《ヒュドラの毒》、みたいな感じでしょうか?」

 

 マシュが取り上げたのは世界的に有名なヘラクレスの例えだった。ヘラクレスは彼の倒したケンタウルスの陰謀で、服にヒュドラの毒の混じった血を塗りつけられ、それが元で自死することになったのだ。

 故に、その英雄の死に関わるものは、逆説的にその英雄の弱点足り得るのだ。

 

「その通りよマシュ。そういった逸話のないクーガーは、弱点を分析されてそこを突かれることがないわ」

「ふっ、そもそもこの俺に弱点などありませんよオリガさん」

「なら、今後はいつまで経っても名前を憶えられないその記憶力の悪さを弱点だと思いなさい。もう一つは、宝具への対策ね。彼の宝具はこの世界の力ではないから、これも対策が困難なの。つまり、攻守どちらにおいても私たちは確実に相手に対して有利を取れるのよ」

「それは、かなりのアドバンテージですね!」

 

 立香が嬉しそうに言うと、オルガマリーも少し表情を柔らかくして応える。

 

「一回きりの戦闘で決着をつけるなら、相手に情報を漏らすこともないわ。だからこそ、ここからは事前の情報収集が肝心になる」

「一度の戦闘で相手を倒そうとするなら、逆に相手の真名や宝具の情報が大切になる、というわけですね」

 

 後半から、表情を引き締めて語るオルガマリーに立香は同意する。

 

「そういうこと。それじゃあ、話も長くなってきたからそろそろ出発しましょうか。あまり霊脈に留まりすぎると、また脅威がやってこないとも限らないわ」

「それに、同じところで何度も戦闘があれば、ここの主に嗅ぎつけられるかもしれませんし」

「マシュの言う通りね。雑魚との戦闘を見られて、敵に情報を与えるのが一番の悪手だわ」

 

 そこまで言うとオルガマリーは立ち上がってスカートの裾を払う。

 

「さぁ、行きましょう。目標はこの《特異点》を発生させている元凶の把握、可能ならばこの撃滅よ!」

 

 オルガマリーの一声に、立香たちも立ち上がって「おー!」と気炎を上げる。

 彼らが《特異点》にやってきた時の絶望は、いつの間にか消え去っていたのだった。

 




クーガーの名前の言い間違えネタが出せてよかったなと思いました(小並感)。

とりあえず今回はクーガーのFGO世界での設定補完回でした。次回は戦闘回(予定)ですよ!


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世界に刻む最速の轍

お気に入り登録が70を超えていて震える。

そして、スクライド漫画版が電子書籍化決定のニュースにも震える。マーティン・ジグマール、設定年齢19歳、蟹座のB型ッ!!!、が電子書籍で読めるぞみんな!(ダイレクトマーケティング)


「さてと、移動をするのはいいけれど、行くあてが無いというのは少し問題ね」

 

 霊脈から移動してしばらく、立香たちが市街地に侵入しようとする前にオルガマリーが呟いた。

 

「確かに、敵と遭遇するリスクを考えると闇雲に動くのはなるべく避けたいところです」

 

 オルガマリーの言葉にマシュも同意する。彼女の場合は、襲撃を受けたときに咄嗟に立香たちを守る必要がある。毎回警戒態勢を取るだけでも、盾の維持に回す魔力は馬鹿にならない量だ。補給の効かないこの《特異点》での無駄な消耗を避ける上でも、適切なルート設定ができるか否かは死活問題だった。

 

「その辺り、観測者側から見て何かわかることはないですか、Dr.ロマニ?」

 

 立香がそう問いかけると、ロマニが「うーん」と唸り声を上げる。

 

「詳しい反応は探れていないんだけど、どうも大橋を渡った対岸に膨大な魔力を垂れ流してる何者かがいるようだね」

「あからさまに、そこが元凶ね……こちらを誘っているのかしら」

 

 ロマニからの返答に、オルガマリーが渋面を作る。お互いの位置が割れていない状況を作れる中で、あえて魔力を垂れ流してるのは、位置がバレて先手を取られたとしても勝てるという自信の表れに他ならない。

 つまり、それだけの力量の持ち主がこの《特異点》の元凶であるわけで、彼女がそのような表情をするのも無理のない話だった。

 

「誘っているのは俺たちとは限らないんじゃないですかぁ、オリガさぁん」

「オルガよ! でも、その可能性はあり得るわね」

 

 相変わらずの名前の間違いにツッコミつつも、クーガーの意見自体にはオルガマリーは賛同した。

 

「つまりそれは、この《特異点》の元凶と敵対する勢力が自分たち以外にもいる、ということですか?」

「ええ、そうよ。《英霊の座》というものはね、人類の未来を脅かすような存在に対して、それ自体がカウンターとして英霊を召喚することがあるのよ。それで喚ばれるのは、大概その場所やトラブルを起こしている元凶と因縁のある英霊になるわ」

 

 立香の言葉をオルガマリーが肯定すると、マシュが手を叩いて喜んだ。

 

「じゃあ、その英霊の方と協力ができればこれ以上ない戦力強化になりますね!」

「ええ、現地協力者としての仮契約にはなるけれど、一時的にでも駒を増やせるのはありがたいわ。ただ、これも手放しにはいかなくてーー」

「ーー『敵の敵は味方』とはいかない奴らがいるわけですね」

 

 言うはずだった言葉を拾ったクーガーに、オルガマリーは頷く。

 

「そう、英霊の中には人格が破綻してる連中もいるわ。だから、慎重に出方を窺わないと、フレンドリーに話しかけたら、正面からバッサリってこともあるわ。気をつけなさい、立香」

 

 その流れから、オルガマリーによるキラーパスを受けることになった立香があからさまに狼狽える。

 

「えっ!? そういうときは所長が交渉に行ってくれるのでは!?」

「いやよ! 私は《カルデア》のトップなの、本来ならこんな現場になんて軽々と出てこない立場の人間なのよ!」

「いや、でも、もう出てきてるんですし、ここはトップである所長が礼を尽くすことが、英霊の皆様の心を打つのではないでしょうか!」

 

 そう言って立香が「どーぞ、どーぞ」とポーズを取れば。

 

「契約するのは貴方なのだから、貴方が行くべきよ!」

 

 オルガマリーもそれに負けじと立香に人差し指を突きつける。

 その指先に一瞬たじろいだ立香だったが、すぐにじとーっとした視線でオルガマリーを見つめる。

 

「最初は、『強い英霊なら私が契約するわ』、なんて言ってたのに……所長、クーガーさんの件で『契約するの嫌だな〜』ってなってませんか?」

「そっ、んなことないわよ?」

「嘘だー! 絶対そうだー!」

 

 あからさまに怯んだオルガマリーを見て、ここぞとばかりに追撃をかける立香に、しかしそこは《魔術師たちの伏魔殿》と揶揄される、ロンドンの《時計塔》でロードの一角を担うオルガマリー。この程度でやり込められてなるものですかと、完全に開き直った態度で再び立香に人差し指を突きつける。

 

「お黙り! さっきジャンケンで負けた立香に発言権は無いわ!」

「あのジャンケン、あの時一回きりの有効じゃないんですか!?」

「あ〜ら、ジャンケンしたとき誰が『この一回だけ有効です』って言ったかしら~?」

 

 細かい条件を指定してこなかったそちらの落ち度と言わんばかりに仰け反って勝ち誇るオルガマリー。それを見た立香は地面に崩れ落ちると悔しさから握り拳で地面を叩いた。

 

「き、汚い! 大人は汚い!」

「なんとでも言いなさいな! だてにこの歳で《時計塔》で足の引っ張り合いをやってきたわけじゃないのよ!」

「さ、流石所長です! 悪党ではないけど素晴らしい悪人っぷりです!」

 

 そんな二人のやり取りを見たマシュの口からは、感心しているのかこき下ろしているのか分からないような発言も飛び出した。

 結局、それ以上言い返せなかった立香は、地面に崩れ落ちたまま、がっくりと項垂(うなだ)れた。

 

「うう……僕は悔しいよマシュ、いいように所長にやり込められて……」

 

 そう言って、「よよよ……」と泣き真似をする立香にマシュがそっと駆け寄り背中に手を添える。

 

「先輩、大丈夫です! 何かあったときは私が必ず先輩をお守りします!」

「ああ、マシュの優しさがあったかいなぁ……」

 

 そう言いながらマシュの手を借りて立ち上がる立香。

 そのやり取りを見たオルガマリーは、再び癇癪の虫を叩き起す。

 

「あ、ズルいわよ立香! マシュは私の護衛よ!」

「え〜、所長はクーガーさんに護ってもらえばいいんじゃないですか~?」

 

 立香がそう言うや否や、クーガーがオルガマリーの前にひとっ飛びで現れる。

 

「まっかせてください、オリガさ〜ん! この俺にかかれば英霊の一人や二人が相手でも貴女をお護りいたしますとも!」

「嫌よ! だって貴方攻撃はできても、防御は苦手そうだもの。マシュの盾の方がよっぽど信頼できるわよ。何より護衛対象の名前を間違える人間に、命を預けられないわ」

 

 ずいっと自分の方に踏み込んで有能さをアピールしてくるクーガーから身を反らし、ついでに視線も逸らすオルガマリーを見てクーガーは「はーっはっはぁ、こいつは一本取られた!」と高笑いをしてみせる。

 しかし、クーガーはすぐにいつもの不敵な笑みの浮かんだ顔で、オルガマリーが逸らした視線の先に回り込む。

 

「そうですか、なら、早速俺が貴女の護衛に足ることをお見せいたしましょう」

「『お見せいたしましょう』って、相手もいないのにどうやって見せるのよ……」

 

 オルガマリーが両手を広げ、向けて呆れたような視線を送ると、クーガーはそれに対して、いよいよニヤリと不敵に笑ってみせる。

 

「おやぁ、お気づきでない? 先程、霊脈を離れてからずっと、俺たち、()()()()()()()()()()

「えっ」

「……っ! 付近に魔力反応! さっきのスケルトンの比じゃないぞこれは!」

 

 ロマニからの通信が入った次の瞬間、ロマニが「上だ!」と叫ぶよりも速く、立香たちの隣に建つビルの屋上にあった人影が、ビルの壁面を駆け抜けてオルガマリーへと迫る。

 

「あっ……」

 

 重力の助けを受けて壁面を走るその凶刃を、オルガマリーは為す術もなく見つめるしかない。何か対策を打つにはそれは余りにも速すぎた。凶刃がビルの壁面を蹴り、彼女へ向かって跳ぶ。その残像は振り下ろされるギロチンの刃に似ていた。

 

 駄目だ。こんなところで、終わっちゃう。私、まだなにもできてないのに。私、まだ、誰からもーー

 

 そんなことをオルガマリーが考えた刹那。

 

「ーー《ラディカル・グッドスピード》脚部限定ぃ! はぁっ!」

 

 オルガマリーの目の前に起こった薄紫色の旋風が、彼女の顔面まで僅か1センチまでの距離に迫った凶刃を、ビルの壁面へと叩きつけていた。

 

「所長! 大丈夫ですか!?」

「お護りします! 私の後ろに!」

 

 立香がオルガマリーの側へ駆け寄ると、後ろに崩れ落ちそうになる彼女の体を抱き止め、凶刃との間にマシュが滑り込んで盾を構える。

 

 助かった? 私、助かったの?

 

 自分の命がまだ繋がっている。

 そう認識した途端、オルガマリーの体は震え始めた。それは、自分を襲った者への畏れと自分が生きていることへの安堵に他ならない。

 こんなみっともない姿をいつまでも立香たちに見せられない。そう思って、体の震えを止めようとすればするほど、却って震えは大きくなる。その度に彼女の体を抱く立香の手に力が入る。

 普段なら「痛いわよ!」と悪態をつくところなのだろうが、今はその痛みが、手から伝わってくる熱が、オルガマリーに生を実感させてくれた。だから、彼女は立香が体を支えるに任せて、マシュの盾、そしてクーガーの背中越しに自分を襲った凶刃の姿を見た。

 

 それは、英霊(サーヴァント)の形をした影法師(シャドウ)だった。

 恐らく、女性なのだろう、髪を長く伸ばし、体にピッタリと吸い付くようなデザインの服を着ていることがシルエットから判る。

 その手には、鎖鎌の鎌の部分を杭にも似た短剣に差し替えたような武器が握られている。あんなものを顔面に振り下ろされていたら、今頃オルガマリーの頭は熟れた柘榴(ざくろ)のように弾けていたに違いなかった。

 

「シャドウサーヴァント……!」

「ほう……なんです、それは?」

 

 オルガマリーが影法師の名を呟き、クーガーがその仔細を訊ねる。

 シャドウサーヴァントは、何らかの形で常世に呼び出された英霊が無念の内に斃れたとき、その漆黒の意思や、魔術などによって汚染され再び立ち上がった姿だ。

 英霊が本来持つ、宝具や魔術などは行使できないものの、その身体能力は英霊のそれであり、おおよそ戦いに於いて凡百(ぼんびゃく)の人間が太刀打ちできる存在ではない。

 震える体に鞭打って、オルガマリーがそのことをクーガーに伝えると、クーガーは不敵な笑みを浮かべた。

 

「つまりあれは英霊(かげほうし)の影法師ってことですか。なるほど、スケルトンよりは(ほね)が有りそうだ」

「比べものにならないわ……曲がりなりにもあれは英霊なのよ」

 

 オルガマリーが心配そうな声をあげる。それは自分の身を案じたものか、あるいはクーガーのためか。

 しかし、それでもクーガーは余裕の表情を崩さない。

 

「わかってますよ。でも、やはり俺の敵じゃあない。あいつが俺たちに勝つには、さっきの不意打ちを決めるより他にはなかった」

 

 クーガーが一歩踏み出す。影法師は姿勢を低く構え、攻撃に対していつでも飛び出せる態勢をとる。

 

「重力を利用して壁を駆け降りてのリーダー狙いの突進、スピーディで悪くはない選択だ。だが、お前の唯一にして最大の間違いは、俺がパーティにいることを勘定に入れなかったことだ。常人なら知覚できない速さでも、()()()()()()()()()()

 

 更に一歩進んでクーガーも姿勢を低くする。ここがお互いの必殺の距離。これ以上一歩でも踏み込めば、次の瞬間には生き残るのはどちらか一騎だけとなる。

 

「つまり、何が言いたいかっていうとな……スロウリィなんだよ、お前はぁ!」

 

 先に動いたのはクーガー。言葉を言い終える前に脚甲で思い切り大地を蹴ると、次の瞬間には既に影法師に肉薄していた。

 しかし、影法師も棒立ちでは終わらない。ゆらりと横に倒れるような動作で、しかし確実にクーガーの突進を躱すと、お返しとばかりに武器の鎖を投げ放ち、クーガーの脚へと食い込ませる。それを見た立香の「クーガー!」という叫びが響く。

 だが、当のクーガーは脚に絡みつく鎖を解こうともしない。それを確かめた影法師は、この好機を逃してはならないと、クーガーの態勢を崩すために巻き付けた鎖を思い切り手元へ手繰り寄せる。

 

「残念、そいつぁ悪手だぜ」

 

 次の瞬間、クーガーの脚に巻き付いた鎖が虹色に変色して消し飛んだ。クーガーが、アルター能力を使って原子レベルまで分解したのだ。

 そして、本来なら返ってくるはずの手応えを頼りに鎖を引いた影法師は、仰け反るように態勢を崩す。それは《世界を縮める男》を前にして、余りにも大きな隙だった。

 

「受けろよ、俺の速さを!」

 

 クーガーはそのまま影法師に肉薄、脚甲を利用しての膝蹴りで再び影法師をビルの壁面に沈める。音を置き去りにするような速さの攻撃をまともに喰らった影法師は、緩慢な動作で壁から離れようとするが、その眼前に広がったのはクーガーの靴底だった。

 そのまま、クーガーの飛び蹴りによって顔面を打ち抜かれた影法師は、苦悶の叫び声を絞り出す暇もなく泥のように融けて消えた。

 

 

 




仕事がしんどくて書きながら寝落ちしてましたわ!

これでは文化的二枚目半と言わざるを得ませんわ!


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缶コーヒー1本分の優しさを

お気に入り90超えとか、速さが……足りてますわ!

というわけで、続きです。今回は、ちょっと進度を緩めて、立香とオルガマリーパート。オルガマリー所長の可愛さ伝われ、伝われ……。


「ここは……何処なの……?」

 

 目を開けた、オルガマリーは目の前に広がる天井に戸惑う。しかし、すぐに先程までの出来事がフラッシュバックして、彼女の意識は覚醒する。

 

「そうだわ……さっきの戦闘の後に、私たちはここまで移動してきたのね……」

 

 英霊の影法師(シャドウサーヴァント)を撃破してしばらく。

 交戦地点とはそう離れていない場所にある、未だ原型をとどめたビルの一つに、立香たちは潜伏していた。

 先程の戦闘を聞きつけた敵が、付近に集まる可能性を考えればできる限り距離を取りたいところではあったが、命の危機に瀕したオルガマリーがまだ本調子ではなかったため、緊急避難というかたちでの潜伏だった。

 ビルの二階、恐らく応接スペースだったのであろうフロアのソファに、オルガマリーはその体を横たえていた。死の恐怖からまともに動けなかった彼女を、マシュが盾に載せてなんとかここまで運んできたのだ。

 そして、恐怖による疲労から、彼女はすぐに瞼を閉じたのだった。

 そこまで思い出した彼女の下に周辺の警戒から戻った立香がやってくる。マシュとクーガーは、それぞれビルの屋上と一階で警戒に当たっている。

 

「あ、お目覚めですか所長。調子はどうですか?」

「……ありがとう、もう大丈夫よ」

 

 立香の気遣いの言葉に、オルガマリーはソファから体を起こす。

 口では「大丈夫」と言ってみせるものの、オルガマリーの体調はまだ万全ではない。気を抜くと、あのときの震えが再び襲ってきそうになる。つい先程、致死の刃が眼前まで迫っていたのだ。すぐに気を取り直せというのは無理な話というものだ。

 それでも彼女が体を起こしたのは、自分が《カルデア》の所長であるという義務感と、部下の手前弱みを見せることは許されないという自尊心によるものだ。幼い頃からアニムスフィア家を継ぐものとして育ち、志半ばで父が倒れてからは、ますますその責務に傾倒していった。それこそが魔術師として、《時計塔》を統べる12のロードの一人としてあるべき姿なのだと信じて、自分の信じる理想の姿に自分を押し込め、真っ直ぐにねじ曲がって育った彼女は、無理矢理にでも自分を立ち上がらせることが()()()()()()のだった。

 そうして体を起こした彼女の前に、立香の右手が差し出された。その手にはコーヒーの缶が握られている。

 

「これは……」

 

 オルガマリーが訝しむような声をあげると、「コーヒーです」と立香が答える。

 

「さっき建物を見て周ったときに、自動販売機が壊れてまして。なんでも取り放題だったんですよ。自分も一つ貰ったので、所長もお1ついかがですか?」

 

 そう言う立香の左手には、おなじみの赤い色をしたした缶のコーラが握られていた。それを見たオルガマリーは呆れた表情を浮かべ、それから少し微笑んで缶へと手をのばす。

 

(まさ)しく、火事場泥棒ね……いただくわ」

 

 オルガマリーが缶を受け取ると、立香は「これで所長も共犯ですからね」と言って笑い、彼女の向かいのソファに腰を下ろした。

 それからすぐ、立香はプルタブを引いて缶を開けると中身を喉へと流し込む。何度か喉を鳴らしてから、彼は勢いよく缶を口から離す。

 

「ぷはっ、やっぱり健康に悪いものほど美味しいですね。冷えていたらもっと美味しかったんでしょうけど」

「こんな状況だもの、贅沢はいえないわね」

 

 コーラを飲んで一息ついた立香を見て、オルガマリーもプルタブを開けてコーヒーを一口喉に流し込む。ほろ苦さと微糖の甘さが程よく味覚を刺激して、コーヒー党の彼女にはその味わいがありがたかった。

 でも、オルガマリーにとってそれ以上にありがたかったのは目の前に座る立香の気遣いだった。

 恐らく、立香は、彼女がまだ本調子でないことを想定してコーヒーを持ち帰ってきたのだ。飲み物を飲む間は自然と腰を落ち着けることになる。その分だけ、彼女が再び立ち上がるまでの時間は長くなるというわけだ。

 当然、深く考えずに立香がコーヒーを持ってきたということもあり得る。しかし、オルガマリーはこの何処にでもいそうなごく普通の少年が、細やかな気遣いに長けているということに、今までのやり取りの中で薄々気付いていた。

 

 ……こんな風に誰かに優しくされるのって、いつぶりかしら。

 

 何度かに分けてコーヒーを飲みながら、オルガマリーは思う。

 父が亡くなってからというもの、彼女はその後を継ぐ者として脇目も振らず必死に仕事に打ち込んできた。必死さのあまり、うまくいかないときは周囲の人間に当たり散らし、その度に多くの人が彼女から離れて行った。

 それでも彼女は頑張った。父の事業を引き継ぎ、なんとか今の体制を作り上げ、この人類未曾有の危機に立ち向かう準備も整えた。

 でも、彼女の下に残った僅かの人間にとっては、それは彼女がやるべき当たり前の仕事だった。誰にも認められず、労われず、褒められず。唯一の味方といえるのは《シバ》の開発で協力したレフ教授だけ。そのレフ教授も、最近では《カルデア》運営に関わる他の仕事の為に、彼女と接するのは共通の案件のときだけだ。

 そんなオルガマリーにとって、立香の差し出した手は、彼女に向けられた久しぶりの労いだったのだ。

 缶コーヒーの最後の一口を飲み干すと、再び立香が手を伸ばしてくる。

 

「あ、飲み終わりましたか? じゃあ、自分が捨ててきますよ」

「律儀ね。《 特異点 (こんなじょうきょう)》なんだから、テーブルにでも置いておきなさいよ」

 

 そう言いつつも、オルガマリーが差し出す空き缶を立香は苦笑いしながら受け取る。

 

「なんとなく性分なんですよ、こういうの。それじゃあ、捨ててきますね」

 

 空き缶を受け取った立香が部屋から出ていく。その背中をオルガマリーが見送る。

 

「本当に、根が善良なのよね……」

 

 立香が部屋を出てしばらく、オルガマリーの口からポロリと言葉が溢れた。

 ああいう人間をいわゆる《善良な市民》というのだと、オルガマリーは改めて思う。

 本来であれば《 カルデア (わたしたち)》がその未来を守らなければならない人間。しかし、彼はその未来を守る側に立ったのだ。

 

 ……無理、させてるわよね。

 

 オルガマリーは、立香の心を案じる。

 魔術の才能はほとんど無いに等しい、48人中48番目のバックアップ(かずあわせ)。皮肉にも、魔術師の中でも選りすぐりのエリートたちが背負うはずの人類の未来は、今では彼一人の肩にのしかかっている。普通に考えて、無理をしていないはずはないのだ。

 でも、彼は決してそのような姿を見せない。

 本当に、あるがままのような姿で、それこそ飲み終えたコーヒーの空き缶をゴミ箱に捨てることと同じような自然さで、当たり前のように世界の危機を救おうとしている。それが、正しいことだからやるのだと。

 そして、そんな嵐の只中にあっても、立香はオルガマリーへの気配りさえやってみせた。それは、そうすることが当たり前だという彼の、心の底からの優しさだ。

 缶コーヒー1本分のその優しさが、今確かに自分の中にあることを、オルガマリーは感じている。

 

「……負けてられないわよね、私も」

 

 そうはっきりと口にしてオルガマリーはソファから立ち上がる。立香が部屋に戻ってきたのはそれからすぐのことだった。

 

「あ、所長! もう立っても平気なんですか?」

「ええ、ゆっくりもしていられないからね。藤丸、マシュとクーガーを集めて。今後の方針を話し合いましょう」

 

 立香の言葉に、オルガマリーは力強く頷く。

 その姿を見た立香は、「はい、すぐに呼んできます!」と嬉しそうに部屋を後にする。

 

「私が立ち上がっただけなのに、本当に嬉しそうなんだから……」

 

 再び元気よく部屋を飛び出す立香の背中を見送って、オルガマリーは思わず苦笑いを浮かべた。

 

 大丈夫。私はまだ、なんとかやっていけるわ。

 

 彼女の体の震えは、いつの間にか消えていた。




次は戦闘パート。
みんながよく知ってるあのサーヴァントが出るよ!


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チキチキマシン猛レース in 冬木

新鯖の登場する戦闘までいかなかった。許して(テヘペロ)


 潜伏したビルの二階、応接室に集まった立香たち4人は、ソファに座り額を付き合わせて今後の動きを相談していた。

 どうやら、このビルは元は不動産系の会社だったらしく、テーブルの上にはビルの中で破壊を免れた棚の中に保管されていた冬木市の地図が広げられていた。

 

「では、最終確認よ」

 

 オルガマリーがそう言って地図を指差す。

 

「ここが、今私たちのいるビル。私たちはこれから冬木の大橋を超えて、対岸の巨大な魔力反応が確認された地域に向かう。そこまでのルートは、最短かつ大通りを通って行くわ」

 

 オルガマリーの指先が地図をなぞり、立香たちの視線がそれを追う。

 

「大通りを選ぶのは、裏通りだと襲撃者からの奇襲を受ける可能性があるからですね」

 

 藤丸の確認にオルガマリーは頷く。

 

「そうよ、狭い路地でさっきみたいな高低差を使った奇襲をされたら、万が一ってこともあるから」

「さっきのような影法師ならいざ知らず、本物のサーヴァントとなると、俺もどれだけ戦えるのか未知数ですからね」

 

 クーガーは、謙虚な言葉を言いつつも、その表情はどこか楽しげだ。恐らく、誰が相手だろうと自分は負けないという絶対の自負があるのだろう。

 しかし、そんな様子を見たオルガマリーが釘を刺す。

 

「クーガーは確かに護りにも役立つようだけど、分かっているリスクは負わない方がいいわ。それに裏通りのような細い道は、倒壊した建物のせいで封鎖されている可能性もある、避けたほうが無難ね」

「瓦礫を超えるときは、どうしても隙だらけになってしまいますからね」

 

 オルガマリーの言葉にマシュが同意する。大盾を持ち機動力に優れる訳でないマシュは、瓦礫を超えるのも一苦労で、その時に攻撃を受ければ立香たちを庇えない、そう判断したようだ。

 

「了解です。俺も、大通りの方が速さを活かしやすい。異論はありませんよ」

「自分も、体力的に障害物を避けられる大通りがありがたいです」

 

 クーガーが答え、立香もそれに追随した。

 そうして全員の答えを確かめたオルガマリーが頷く。

 

「なら、全員の意見は一致したわね。では次に、作戦を遂行する上での留意点を確かめましょう。この作戦を実行する上で唯一のボトルネックは、ここよ」

 

 オルガマリーの指先が、地図上に赤でバツをつけたポイントをトンと叩く。そこは冬木の街を流れる川の中央にかかる冬木大橋だった。

 

「この、冬木大橋を越える行程、ここが一番攻撃の危険性が高いわ」

「はい、遮蔽物のない橋の上は索敵を受けやすく、非常に危険です。それに、遠距離から狙撃されたり橋自体を落とされたりしてしまう危険性も否定できません」

 

 オルガマリーの言葉に、マシュも肯定の意思を示す。

 建物の残骸があり、隠れる場所が豊富な市街地と比べ、橋の上では姿が丸見えだ。必然、魔力探知ではなく視認でこちらの位置がバレる可能性は高い。そうなると逃げ場のない橋の上だ、攻撃する方法はいくらでもあるというわけである。

 

「一応、こちらでモニターした感じ、こちら側の橋の周辺に魔力反応はなさそうだ。でも、対岸ではさっきから大き目の魔力反応が出たり消えたりしてる」

「対岸には明らかに他の勢力がいるってことですね。こちらに敵対する勢力なら、間違いなく襲撃してきますね」

 

 ロマニからの通信を受けて、立香が気を引き締める。

 襲撃を受けたときに、最も危険なのは普通の人間である立香とオルガマリーだ。しかし、オルガマリーと違い、彼は魔術師としての才能は下から数えた方が早い。最低限の自衛すらままならない彼にとって襲撃の有る無しは死活問題だ。

 

「でも、策があるのよね?」

 

 そう言ってオルガマリーが視線を向けたのはソファに座るクーガーだ。釣られて、マシュと立香もクーガーの顔を見る。

 クーガーは3人の視線を受けながら、悠然とした態度のまま人差し指でサングラスを押し上げるとニヤリと笑った。

 

「まっかせてください、オリガさん!」

「オ・ル・ガ! で、その策ってのはなんなのよ」

「これは説明するよりも実際に見てもらったほうが早い。外に行きましょう」

「あ、待ちなさいよ!」

 

 クーガーは右脚を高く掲げ、それを下ろす反動でソファから立ち上がると、そのまま部屋から出ていく。急いで後を追いかけて立香たちが外に向かうと、クーガーは1台の車の前で立っていた。

 

「フォーシーターはあまり好みじゃあないんだが……、4人だから仕方ないか」

「なに? まさか車に乗って走って行くつもりなの?」

「確かに、大通りなら瓦礫を避けて充分に車で走り抜けることは可能だと推測します」

 

 

 

「でも、その車壊れてますよクーガーさん」

「ですね、この《特異点》で見た車も含めた機械類はほとんど壊れていました。戦いの余波でしょうか」

 

 立香の指摘に、マシュも同意する。

 激しい戦闘が行われたであろう冬木の街では、繊細な機械の類は、戦いの巻き添えか或いはその後の火災のせいで、ことごとくだめになっていた。目の前の車も、その多分に漏れず、ガラスは全て吹き飛び、タイヤとサスペンションも駄目になったのか、車体が地面にへたり込んでいた。

 

「壊れているかいないかは、俺にとってはさしたる問題じゃない。大切なのは車という形があるかどうかなのさ。さ、ドアを開けて席に座って。素敵なドライブと洒落込みましょう」

 

 クーガーは運転席のドアを開けると車に乗り込む。開いた窓から腕を出し、指で「乗りなさい」と合図を出すと、オルガマリーは「はぁ」と溜め息をついてから車へと近付いた。

 

「……わかったわよ。マシュ、助手席はお願いね。藤丸は私と一緒に後部座席よ、クーガーの後ろに座りなさい」

「はい! ドライブは初体験です、なんだかワクワクします!」

 

 《カルデア》育ちのマシュは、車に乗るのは初体験だ。オルガマリーに促されるままに、彼女は笑顔で助手席に乗るとシートベルトを締めた。

 しかし、立香はというと席には座らず、ドアに手をかけたまま車を見つめ何か考えている。

 

「何かしら? 早く乗りなさいな、藤丸」

 

 オルガマリーが再び乗車を促すも、立香は車には乗らず、しばらくして今度はオルガマリーの方を向いた。

 

「……所長、もしかして事故が起きたとき、一番安全な席に座ろうとしてません?」

「……ジャンケン」

「……はい」

 

 策略を見抜いた立香だったが、悪人オルガマリーの前に為すすべはなかった。肩を落としてクーガーの後ろの席に座ると、それを見届けたオルガマリーが満足そうにマシュの後ろの席に座った。

 4人を載せた車は、その重量に負けて、もう車体の底を地面にベタ付けの車高短(シャコタン)状態になってしまっている。

 

「さぁ、乗ったわよ。ここからどうするのか見せてちょうだい」

「わかりました。オリガさん、前に《アルター能力》の話をしたの憶えてますか」

 

 オルガマリーに返事をしながら、クーガーはバックミラーやシートの位置を動かす。

 

「ええ、物質を原子レベルで分解して、エネルギー化したそれを望む形に作り変える能力、よね」

「流石、オリガさん。俺のことをよく知ってらっしゃる!」

「変な言い方しないでよ! あと、私はオルガマリーよ!」

 

 オルガマリーが切れ味鋭いツッコミを入れるが、それを無視してクーガーはハンドルを握りながら話続ける。

 

「俺の望む形は《速さ》です。俺は、この世のありとあらゆるものを速く走らせることができるんですよ!」

「……それってまさか、《アルター能力》でこの車を走らせるってこと!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるオルガマリーに、クーガーは満面の笑みで頷いてみせる。

 

「イエス! マスターハジマル、俺に魔力を回してくれ!」

「藤丸です! 了解、クーガーさん!」

 

 ツッコミつつも、立香が魔術回路に火を入れてクーガーに魔力を注ぐ。

 

「よーし、行くぜ! 《ラディカル・グッドスピード》ォ!」

 

 完全に魔力の回路(パス)が繋がったのを確かめたクーガーが《アルター能力》の名を叫ぶ。その瞬間、立香たちの乗った車体が虹色の光に包まれ、立香達はシートに座った状態で宙に投げ出される。

 

「わわわ!」

「ちょっと、大丈夫なのこれ!?」

「うわっと!」

 

 しかしそれも一瞬のこと。次の瞬間には立香たちを包むように流線型の新しいボディが生まれ、その後に立香たちの座るシートとベルトが、スポーツカータイプの4点式のモデルに変化する。気が付くと4人は先程乗ったくたびれたセダンタイプの車ではなく、近未来的な外見をしたスポーツカーの中に座っていた。

 

「す、すごいです!」

「わぁ! モーターショーで見るデモカーみたいだ!」

 

 マシュと立香が車の変化に歓声を上げる中、オルガマリーだけが自分を拘束するシートベルトを念入りに確かめて不安そうな表情を浮かべる。

 

「あの、クーガー? この車って一体どれ位の速さでーー」

「はっはぁーー! 行くぜぇーー!」

「ーーはしるぅわああぁぁぁぁ!?」

 

 オルガマリーの言葉は最後まで続かなかった。

 クーガーがアクセルをベタ踏みにした瞬間に、彼女の体は猛烈なGを受けてシートに縫い付けられたからだ。

 

「わぁ!」

「わー!?」

「あわわわ!?」

 

 走り出した車内から上がった声は3つ。

 1つはこの走りを楽しむ余裕のあるマシュの歓声。

 残る2つは、ようやくヤバいことになったと気付いた立香と、案の定ヤバいことになったと思ったオルガマリーの悲鳴だった。

 三者三様の声をBGM代わりに、クーガーはご機嫌にハンドルを握る。アクセルはシフトチェンジの瞬間以外常にベタ踏みのまま、ほとんどスピードをロスすることなく、時速数百kmの速さで冬木のビル群を置き去りにして大橋へと駆ける。

 

「オリガさん俺はこう思うんです旅は道連れだと旅はいいものですその土地にある文化や風物や食べ物を楽しみ束の間の非日常を味わえるしかし目的地までの時間はいささかめんどうですでもご安心ください俺ならその行程を破壊的なまでに短縮できるその短い道中で窓の外を流れる様々な景色を楽しんだり峠道のコーナーでは遠心力に身を任せ隣り合った二人の距離が不意に縮まる嬉しいハプニングがあったりして体だけでなく二人の仲までも加速していく素晴らしい体験を味わえるぅ!」

 

 車が加速するのに合わせてクーガーの舌の回転までもが加速して、車内では訪問販売のセールストークもかくやという速さでクーガーの口上が垂れ流されてゆく。

 

「はい、旅って素敵ですね!」

「うひゃぁぁぁぁ!!」

「あばばばばば……」

 

 しかし、車内でまともにそれを聞いているのはマシュだけで、二人の距離が縮まるイベントを今まさに味わっている立香とオルガマリーにはもはやそれを知覚処理するだけの余裕が残っていなかった。

 

「あっ、いよいよ大橋ですよ!」

 

 そうこうしている内に、立香たちはいよいよボトルネックの大橋へと差し掛かる。途中何度かスケルトンや亡者のようなアンデッドが車の前に立ちはだかっていたが、クーガーはその全てを轢き潰し、霧のごとく飛び散らせて撃破していた。

 入口には、誰が張ったのかバリケードが築かれていたが、紙切れのようにそれを引き千切り、クーガーは一切スピードを緩めることなく、むしろ更に加速を続けながら大橋(ストレート)へと侵入していく。

 

「はっはぁーー! 誰も俺の速さに追いつけない、止められない!」

 

 クーガーの宣言通り、大橋に侵入した彼らを遮るものは何一つなかった。

 妨害らしい妨害を受けずただ真っ直ぐに突き進むマシン。

 それを止めたのは車外を流れる景色を見つめていたマシュの一声だった。

 

「……! 皆さん、対岸の大橋の袂で誰か戦っています!」

「何っ!?」

「うーわー!?」

「クーガー! よそ見しないでー!?」

 

 自分の身の安全を守るので精一杯の二人に変わり、クーガーがマシュの見つめる方を確認する。視線の先には大橋の脇に造られた公園。そこでは確かに3つの影が激しく交錯し戦い合っているように見える。

 

「どうやら、2体はシャドウサーヴァントのようです! シャドウサーヴァントが連携して、そうでない誰かを追い詰めています!」

「なるほど、じゃあその追い詰められている方が《英霊の座》が招いたサーヴァントってことか!」

「可能性は高いです! ああ、でも、早く助けに入らないとやられてしまいそうです!」

 

 悲鳴にも似たマシュの声が示す通り、シャドウサーヴァントの連携を受ける人影は防戦一方で、どんどん川の方へと追いやられていく。このまま川にでも落とされれば生存は絶望的だ。

 しかし、クーガーの車の速さを以てしても、橋を降りて公園まで回り込んでいては救援は間に合わない。クーガーもそのことをしっかりと認識していた。

 そして、その解決策もクーガーは既に頭の中に思い描いていた。

 

「どうやら一刻を争うみたいだな。しかたない、《ショートカットするぞ》!」

「はい!」

「えっ?」

「ふぇっ?」

 

 クーガーの「ショートカット」の言葉でようやく正気に戻った立香たちが、次の言葉を発する前にーー

 

「いくぜぇ!」

「わー!」

「あーーっ!?」

「み゛ゃ゛〜~!?」

 

 ーークーガーの操る車は、橋の欄干の切れ目から、対岸の公園に向かってその車体を宙に踊らせていた。



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兄貴たちは惹かれ合う

 街の中心部を川の流れる冬木の街ではよく目にする河川公園。ここ、大橋の袂に位置する公園もその内の一つだ。

 普段、市民の憩いの場になっているだろうその場所は、今英霊たちの闘技場(コロッセオ)と化していた。

 

「ーーANSUR(アンスール)!」

 

 今、一人の英霊がルーンの一つを叫び杖を掲げる。北欧の主神(オーディン)の名を指すそのルーンは、雷光を纏う火球となって顕現する。

 

「撃て!」

 

 言葉と共に杖が振られると、火球は迫る2つの影法師に向けて矢もかくやという速さで飛翔する。

 しかしーー

 

「ククッ……」

「キエッ!」

 

 ーー迫る2つの影法師、痩せぎすで白面の男は僅かに身を反らすだけでそれを躱し、数多の武器を背負う僧兵は薙刀を振るうことで火球を切り飛ばした。

 

「ちっ、単発のルーンじゃあ仕留められねぇか!」

「聖杯ニ、贄ヲ、捧ゲヨ!」

 

 白面の影法師が叫びを上げて杖の英霊へと斬りかかる。杖の英霊は間一髪でそれを躱すも、纏うローブのフードが切り裂かれ、その顔が(あら)わになる。

 青年、と言って差し支えない外見の男だ。襟足だけ伸ばした青い髪の毛を逆立てて、襟足は(うなじ)のところで短く1つに結んである。その電紅玉(ルベライト)にも似た色の瞳には、意思の強さと燃える闘争心が焼き付いていた。

 

「ヌゥン!」

 

 白面の影法師の攻撃を躱した男に、今度は僧兵の影法師が迫る。薙刀を払わず、抜き差しする素早い刺突の連続で、男の態勢を更に崩しにかかる。

 

「ちょっと前まで敵同士だったのに、嫌らしい連携をしてくるじゃねぇか!」

 

 杖の英霊は、下手に動いて態勢を崩さぬように、差し込まれる薙刀の軌道を杖を添えて逸らす。3度ほど攻撃を逸らしてから、僧兵が薙刀を手元に引き戻すのに合わせ、英霊は大きく後ろに跳んで距離をとる。盤面は再び英霊が火球を放つ前の形に戻った。

 

「ちっ、同じ長物(ながもの)でも、やっぱり杖は性分じゃねぇな!」

 

 杖の英霊は、舌打ちをして杖を構え、慎重に2体の影法師との距離を測り直す。とにかく、機動力により優れる白面の影法師からは大きくマージンを取らなければ、今の英霊のクラスでは一瞬で刈り取られるのは自明の理だった。

 

「カカッ! 今ノ突キヲ躱スカ! 僥倖、僥倖ッ!」

「ククッ、贄ニモ格ガアル。コノ者デアレバ、聖杯ガ満チル時モ近イ!」

 

 対する影法師の2騎は、杖の英霊が距離を取るに任せて哄笑を放つ。いくら英霊が好きに動こうとも、もはや自分たちの優位は揺るがない。そういう確信が滲み出た余裕の態度。

 

 ……実際にそうだから(たち)(わり)ぃ。ったく、どこの誰だか知らねぇが、悪趣味なことしてくれるぜ。

 

 影法師たちの態度を見て、杖の英霊は内心で悪態をつく。

 彼らは少し前まで、この冬木の街で行われた《聖杯戦争》を争うため呼び出された7騎の英霊たちの2騎だった。しかし、何者かの介入によって《聖杯戦争》のパワーバランスは崩壊、凶悪なまでに力を得た剣士(セイバー)のクラスの英霊により、今やまともな英霊は半数以下になっていた。

 

 このままセイバーの英霊が勝ち残れば、間違いなく()()()()()()()()()()()()。だが、今冬木(ここ)にいるまともな英霊が力を合わせて、ぎりぎりセイバー(やつ)に届くかどうか。だがそれ以前にーー

 

「シャァッ!」

「くっ!」

 

 杖の英霊の思考は、白面の影法師が放つ短刀によって中断させられる。後ろへのステップと杖によって3本投げられた短刀を全て打ち払う。追撃はこない。

 

 ーーこの暗殺者(アサシン)をどうにかしないと、残った英霊(やつら)と合流すらできねぇ。クラス同士の相性は悪くないんだが、こうまで接近されると、最早クラスによるアドバンテージはねぇな。

 

 今、杖の英霊に短刀を放った英霊は、かつては《聖杯戦争》に喚び出されたアサシンの英霊だった。対する杖の英霊のクラスは魔術師(キャスター)。陣地を張り、魔術によって不意打ちを察知できるキャスターは、一般的にアサシンに対して相性有利で、感知されても対策を取る前に陣地ごと一瞬で轢き潰すことのできる騎兵(ライダー)には不利とされている。

 しかし、それはキャスターが十全な体制でアサシンを待ち受けられればの話。ここまで接近を許し、もはや白兵戦の様相を呈した今の状態では、近接戦闘に長けたアサシンが幾分か有利に立ち回れる。

 加えて、逃げようにもその機動力のせいで引き離すこともできない。槍兵(ランサー)である僧兵はそこまでの機動力がないので、ルーンを使えば撒くことも可能だろうが、このアサシンだけはここでケリをつけなければならなかった。

 

 一対一(サシ)ならどうとでもなるんだが、組んでこられるとどうにもならねぇ。コイツらと刺し違えるぐらいならできそうだが、そうするとあのセイバーを止められねぇ。くそっ、手詰まりか……!

 

「サテ、ソロソロ時間モ惜シイ。決着トイコウカ。合ワセヨ、ランサー」

「委細承知。ユクゾ、アサシン。聖杯ニ贄ヲ、奇跡ヲ我モノニ!」

「もう終わってるてのに、過去をなぞるしかできないってのは憐れだなぁ!」

 

 いよいよ決戦の構えを見せるアサシンとランサーの影法師に吼えて、キャスターは杖を構える。構えた杖は2騎の猛攻を凌いだせいで大分削れ傷んでいた。もう、この戦いの間保つかも怪しい。

 だがしかし、例え勝ち目がなかろうと、気迫だけは決して負けない。斃れるときは敵の喉笛に食らいつき、地獄巡りの道連れだ。それこそが《クランの猛犬》の異名を持つ、キャスターにとっての矜持だった。

 

「さぁ、来い! この俺の首、楽に取れると思うなよ!」

「イザ!」

「参ル!」

 

 3騎の間に流れる緊張が極限にまで高まり、今まさにはじけようとしたその瞬間。

 

「ひゃっほーーぅ!」

「なっ!?」

 

 その場に相応しくない歓声とともに、キャスターの顔に影がさす。思わず空を見上げたキャスターの目に焼き付いたのは、宙を舞うマシンの底、剥き出しのメカニズムの部分だった。

 

「ガァァァ!?」

「ラ、ランサー!?」

「ははっ、マジかよ……!」

 

 マシンはそのままキャスターの頭上を飛び越えると、その勢いのまま、あろうことか目の前のランサーを跳ね飛ばした。マシンはそのままランサーを大橋の橋桁まで吹き飛ばすと、止めとばかりにそのまま橋桁にめり込むランサーへと突っ込み、車体から四つの座席を射出した後、大破炎上した。

 

「グァァァァ!!」

 

 車体に挟まれ脱出することも叶わず、橋桁にめり込んだまま炎に炙られるランサーが苦悶の声を上げる。

 

「ムウッ、何ガ起キタ!? 何者ダ、貴様!」

 

 ランサーの悲鳴と突然の乱入者に狼狽えるアサシンの影法師。

 その叫び声に応えるように、燃え盛り黒煙をあげるマシンを背景(バック)にして、ハンドルを片手に持った一人の男が悠然と前に進み出た。

 

「聞かれちゃあ答えない訳にはいかないなぁ! 俺の名前はストレイト・クーガー! クラスはライダー、人呼んで《世界を縮める男》だ!」

「ガァァァ!!」

 

 クーガーが名乗りを上げた瞬間、彼の背後で炎上するマシンがついに爆発。雄叫びとともにランサーは爆炎に包まれ消えていった。

 

 ……なんだよ、活きのいいのがいるじゃねえか。

 

 なんの前触れもなく目の前に現れた、嵐のような一人の男。

 手繰り寄せた勝利の予感に、キャスターは思わず口元に笑みを浮かべるのだった。

 

 



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兄貴×兄貴=超兄貴

兄貴!兄貴!兄貴!兄貴!兄貴!
(デレレレレレレン! デレレレレレレン! オレヲミテクレェ!) 
兄貴と私! ボディビル!…………

いよいよ兄貴たちの共闘です。兄貴の兄貴らしさが出るように頑張ります。

※キャスニキのルーン魔術を一部盛ってあります。

お気に入り登録してくださった120人超え&評価を入れてくださった5人の速さが足りている読者の皆様、本当にありがとうございます!
評価のバーを一つ、赤く染めることができました! 励みになります!


 黒煙を上げるマシンを背に、一人の男が仁王立つ。

 その悠然とした佇まいに、アサシンの影法師は思わず半歩、その身を退かせていた。

 それを見た男は獰猛な笑みを浮かべる。狩りの悦びに浸る肉食獣(クーガー)の如き笑みを。

 

「逃げるのか? まぁ、それも一興か。アンタは中々に速そうだ。《 特異点(ここ)》のボスに王手(チェック)をかけに行く前の()慣らしには丁度いい」

「グゥ……! 世迷イ言ヲ……!」

 

 闖入者のあまりの傲岸不遜ぶりに、こらえかねたアサシンが素早く両手で6本の短刀を投擲する。6本の短刀は、同時に放たれたように見えて、全てがわずかな時間差で手元を離れている。

 そのため、盾のような面での防御ができない場合、無傷で凌ぐには迫る短刀を順番通りに一筆書きの要領で撃ち落とす他ない。初見では同時の攻撃だと錯覚し、タイミングを崩されて負傷を免れない危険な技だ。

 にもかかわらず、その男ーークーガーは、手に持ったハンドルで迫りくるそれを、順番通りに打ち払ってみせる。

 

「ナッ……!?」

「この程度の細工、俺に見抜けないとでも? これなら、このサングラスを作りにメガネ屋に行ったときの視力検査の方がよっぽど難しかった」

 

 勢いを失い、地に落ちて硬い音をたてる短刀を見たアサシンが驚愕の声を上げる。対するクーガーは、人差し指でサングラスを押し上げると、軽口を溢した。

 

「はっ、やるじゃねぇか!」

 

 一連のやり取りを見たキャスターが喝采をあげると、クーガーはそちらを振り返ってニヤリと笑った。

 

「この程度、朝飯どころか前日の夜食前だ。助太刀、してもいいかい、大将?」

「嬉しいねぇ、助かるぜライダー!」

 

 クーガーの笑みに向けて同じ不敵な笑みを返すと、キャスターはアサシンのサーヴァントに向けて杖を構える。

 

「さて、どうやら形勢逆転のようだなアサシンの旦那。悪いが俺は、おたくらと違って体勢が整うのを悠々と待ったりはしねぇ。すぐに決めちまおうか」

「最高だぜ、大将! 速さこそが文化の基本法則だ! 即時即決即断、素早く決着と行こう! マスターハジマル、魔力を俺に回してくれ!」

 

 キャスターの言葉に気を良くしたクーガーは、立香に魔力の供給(パス)を要求する。

 しかしーー

 

「オロロロ……」

「オロロロ……」

「せ、先輩! 所長! 大丈夫ですか!?」

「……あらま」

 

 ーー遊園地の絶叫マシンすら子供騙しに感じるレベルで、横Gと縦Gに翻弄された立香とオルガマリーは、シンガポールの某有名な石像よろしく、冬木の川面に向けてその胃袋の中身を放物線を描いて垂れ流している最中だった。

 

「おいおい、アンタのマスター、かなりグロッキーじゃねぇか」

 

 呆れた調子でキャスターがその様子を眺めると、クーガーは「はて」と首を傾げた。自分には立香たちの不調に思い当たる節がないといった様子だが、彼らの不調の原因がクーガーの世界を縮めるドライブであることは、火を見るよりも明らかだった。

 

「んー、どうやらさっきまでのドライブで、少しばかりはしゃぎ過ぎたらしい。こりゃ、しばらくはまともに動けそうにないな」

「だ、誰がはしゃいでるっていうっぷ……」

 

 見当違いなクーガーの解釈に、思わず反論しようとしたオルガマリーだったが、胃袋から迫り上がってくる熱いパトス(ゲロ)を堪えきれず、再び川面に向けて口から放物線を描き始めた。

 その様子を確かめたクーガーは、未だ警戒してこちらの出方を窺っているアサシンへと視線を戻す。

 

「まぁ、マスター無しでも俺の速さに揺るぎはない。俺だけでもどうにかなるってところお見せしますか」

「へぇ、期待させてもらおうか」

「それじゃあ、しっかり目に焼き付けな大将! 《ラディカル・グッドスピード》脚部限定!」

 

 クーガーが《アルター能力》の名を叫ぶと、その手に持ったハンドルが虹色の輪となりクーガーの脚に絡みつく。そして、先程地面に叩き落とした短刀と周囲の地面なども虹色の煌めきに変化させると、彼の脚にはいつもの薄紫色の脚甲が装着されていた。

 

「オフェンスは任せてもらっていいかい?」

「ああ、しっかりと合わせてやるよ」

 

 クーガーの問いに、キャスターは杖を掲げて応える。

 

「恩にき る  ぜ   大    将」

 

 それを見た瞬間、クーガーの言葉が引き伸ばされ、その姿がかき消える。

 

「喰  ら え、《ヒールアンドトゥ》!」

 

 次に現れたとき、クーガーは脚甲の足裏一面をアサシンに向け、跳び蹴りを放っていた。

 

「グゥッ!?」

 

 アサシンからすれば、先程まで十分な距離を取っていた筈の相手が目の間に現れたに等しい。何とかククリナイフで受け止めるも、その体は大きく後ろにずり下がる。

 

「へぇ、あれに反応するか! なら、こいつはどうだっ!」

 

 跳び蹴りを放ったクーガーは、しかしまだ地面に降りることはない。脚甲の側面に設けられたジェットスリットから推力を発生させて、空中で何度も追撃の蹴りを放つ。マズルカのように不規則な緩急をつけた蹴りの嵐に、アサシンは反撃の糸口を掴むことができない。

 

「ヌゥッ……押シ込マレルカ……! ダガッ!」

「むっ!」

 

 クーガーの蹴りの“緩”の部分を突き、アサシンが身を捩ると横方向へと抜け出す。直線的な動きが持ち味のクーガーは、咄嗟に反応しての追撃ができない。

 だが、クーガーは慌てない。

 なぜなら、今のクーガーにはその背中を守る男がいるのだ。

 

THORN(ソーン)!」

「グッ!?」

 

 キャスターの唱えた《トゲと巨人》を指すルーンにより、地面から発生した棘の柱にアサシンの体が突き上げられる。

 

「ナイスアシストォ! 逃がさんぜっ!」

「ガァッ!!」

 

 地面から浮き上がり無防備となったアサシンの体に、体勢を立て直したクーガーが回し蹴りを叩き込む。

 ジェットによる加速を受けた蹴りを腹部に叩き込まれたアサシンは、黒いゴム毬のように不規則に地面を跳ねると、植え込みにめり込むような体勢でようやく停止した。

 衝撃で白面を砕かれながらも、何とか起き上がろうとするアサシンに向け、ようやく着地したクーガーが向きを合わせる。

 

 ダメダ……コノ英霊タチ、互イノ戦型ガ噛ミ合ッテイル……!

 

 アサシンは、完全な自分の不利を悟った。

 直線に爆発的な加速力で迫るライダーだけなら、攻撃軸から逸れることで避けようもある。しかし、避けた先にルーンによる魔術をピンポイントで撃てるキャスターの存在がそれを許さなかった。

 

 ダガ、コチラモ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……! アサシンの本質ハ獲物ノ不意ヲ突クコトデアルト、ソノ身ヲ以テ知ルガイイ!

 

 そして、クーガーが今にも突撃しようと構えを取ったその瞬間、アサシンは喉を枯らすような大声で叫んだ。

 

()()()()! 今ダ!」

「何ぃ!?」

「しまった!」

 

 アサシンの声に慌てて振り返ったクーガーとキャスターの背後、未だ火を上げる橋桁の爆心地から火達磨となったランサーが躍り出た。その飛び出た先には、クーガーのマスター、藤丸立香が立っていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 奇襲を受け、橋桁にめり込んだまま燃やされたランサー。その心臓たる《霊核》が、未だ破壊されていないことを感知していたアサシンは、マスターとクーガーたち英霊を引き離すことで、ランサーによるマスター殺害という王手詰み(チェックメイト)を狙ったのだ。

 

「せ、先輩!」

「グガァァァ!!」

「くぅっ!?」

「マシュ!?」

 

 デミサーヴァントであるマシュは、何とか奇襲に反応できたものの、ランサーの振るう燃え盛る薙刀によって盾ごと弾き飛ばされる。

 もう、ランサーと立香の間を遮るものはない。

 

「ガガッ! 拙僧ヲ゛甘グ見ダナ、魔術師! 御首、()ッタリ゛ィ!」

 

 元は《仁王立ち》の逸話を持つ、偉大なる日本の英霊として召喚を受けたランサー。その耐久力(タフネス)を生かした策がはまったことに、焼け焦げた喉で哄笑し、今、必殺の薙刀を立香の脳天へと振り下ろす。

 

 コレデ、アノ方ヘノ面目モ立ツワイ……ハテ、「アノ方」とは誰デアッタカ……?

 

 肉体へのダメージと、影法師と化して混濁した意識の中、ランサーはその勝利を捧げるべき主の顔を思い浮かべようとする。

 しかし、その姿は記憶の靄の中、一向に像を結ぶことはない。最早、その記憶を再現する脳の領域は焼け焦げていた。

 その、刹那の疑問が、ランサーの必殺の薙刀から“必”の一文字を奪い去った。

 

「……ハアッ!」

「ヌ゛ゥッ!?」

 

 横合いから走った鋭い衝撃、それは体内の気の流れを伝ってランサーの全身に染み込みその動きを狂わせる。

 振り下ろされた薙刀は、狙うべき立香の脳天を遥かに逸れて舗装された地面を叩き割った。

 

「ぼさっとしてないで早く逃げなさい、藤丸!」

「所長!」

 

 ランサーが未だに制御の効かぬ体を横に向けると、そこには銀の髪を靡かせた少女が、こちらに指先を突きつけていた。

 オルガマリーによる《ガンド》撃ち。

 立香の缶コーヒー一本分の優しさが、今の彼女をランサーに立ち向かえるほどに奮い立たせていた。

 

「オノ゛レ小娘ェ!」

「ひっ……!」

 

 しかし、そのなけなしの勇気もランサーからの殺意をまともに受けて霧消してしまう。竦んでその場から動けなくなったオルガマリーに向け、ランサーが再び薙刀を振りかぶる。

 

「させねぇよ、SIGEL(シゲル)!」

「ガッ……フッ……!」

 

 しかし、その薙刀が振り下ろされることは無かった。キャスターの唱えた《太陽》を指すルーンが、燃え盛る大火球となってランサーの胸を霊核ごと貫いていた。

 それは、オルガマリーの振り絞ったなけなしの勇気が、ランサーにとって必殺の刃となった瞬間だった。

 

 ……アア、終ワリカ。イザ、終ワッテミルト……呆気ナイ……モノ……ダ……。主ヨ、申シ訳……

 

 霊核を失い、急速に崩れ始める影法師の体。その刹那、ランサーの意識は、先程まで思い出せなかった主の顔を、靄の向こうにはっきりと確かめてから消えていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「バカナ……!?」

 

 必殺を期したランサーによる奇襲。

 それが失敗に終わったことでアサシンは動揺を隠せなかった。しかし、奇襲が不発だった以上、己が身一つでこの局面を乗り切らねばならない。

 

「グッ……!?」

 

 制御の効かぬ体にムチを打ち、何とか植え込みから立ち上がったアサシンを待っていたのは、こちらに向かって既にクラウチングスタートの構えを取るクーガーの姿だった。

 最早、勝ち目がないことは分かっていた。

 しかし、汚染されてもなお残る聖杯に選ばれた英霊としての矜持の欠片が、アサシンに武器を構えさせていた。

 その姿を眺めるクーガーの顔には、いつもの不敵な笑みはない。ただ、目の前に立つ一人の英霊への敬意があった。

 

「決着といこうか、アサシン」

「アア……、ソウシヨウカ」

 

 互いに呟くように言葉を交わすと、黒と紫、一陣の風となった二人の英霊が交錯する。二人の姿が再び視認できるようになったとき、アサシンの顔から白面が落ちると、それは地面に着く前に解けるように消えていく。

 それは、アサシンの霊核が砕かれたことを示していた。

 自分が起こした結果を振り返ることもなく、クーガーはサングラスをぐっと目元に押し上げる。

 

「……感傷だがな、アンタとは影法師(こんなかたち)じゃない、ちゃんとした姿で逢いたかったぜ」

「ククッ……縁がアれバ、マた、逢えるさ……」

 

 最後の刹那、お互いの力を認め合うと、アサシンの影法師は先に解けた白面の後を追うように、その身を宙に溶かして消えていった。




《次回予告》
燃える炎の海の中、漢たちの絆が結ばれる。背中を預ける友を得て、熱き漢の血は(たぎ)る。ああ、しかし彼らは気づいているのだろうか。悪意ある者の手がその背に爪をかけようとしていることに。燃え盛る《特異点》の熱風に、漢たちの流す血が(けぶ)る。
             (ナレーション:若本規夫)


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比翼の兄貴

お気に入り160超え&10名の評価をくださった方、ありがとうございます! 2目盛りも赤く染めることができました! こんなに早く伸びると思わなかったので、ありがたい限りです!

シビアな評価も、さらなる研鑽の為の励みになります!どしどし感想や評価、お待ちしてます!




「マスター、無事かい?」

 

 アサシンの体が影の呪縛から解き放たれ、消滅するのを見送った後、クーガーは安否を確かめるべく立香のもとに駆け寄った。立香は、川面に面する公園の手すりに捕まって、ようやく立ち上がったところだった。

 

「ええ、所長が庇ってくれましたから。胃の中身が全部、冬木の川の養分になった以外は傷一つないですよ」

「はーっはっは! そいつはいい、晩飯が沢山食えるぞ、ハジマル!」

「……藤丸です。次があるなら、もう少し安全運転でお願いしますね、クーガーさん」

 

 立香の無事を確認したクーガーが高笑いするのを見て、立香は二つの意味でげんなりした表情を浮かべて、力なく釘を刺した。

 

「ふっ、心配無用だ、ハジマル。俺は、どんなにスピードを出そうとも決して事故は起こさない! つまり、俺がハンドルを握る限り、それは必ず安全運転だということだっ!」

「その言葉、あそこの橋桁に突き刺さってる、ブサイクなオブジェ(マシンのざんがい)を見て、もう一度言ってもらえるかしら?」

 

 人差し指と中指を揃えてビシッと決めポーズをするクーガーに、こめかみに青筋を浮かべたオルガマリーが微笑む。彼女の右手の親指は肩越しに、背後の橋桁に突き刺さったまま(くすぶ)っている自動車の残骸を指差していた。

 

「ふっ、でもああ(オブジェに)なる前に、脱出できたでしょう?」

「死ななかったとしても、精神衛生上悪いって言ってるのよ! 心という器は、一度ヒビが入(トラウマにな)ったら、二度と元には戻らないの! これから、車の運転ができなくなったらどうしてくれるのかしら、まったく……」

「安心してください、オリガさん! その時には俺が責任をもって、毎日貴女の送迎をやらせていただきますから!」

「そんなの、事故で死ななくても、ストレスで死ぬわよ!? 運転どころか乗ることすら不可能になるわよ!」

 

 最早、お馴染みとなったオルガマリーが地団駄を踏みながらクーガーに文句を言い、クーガーが高笑いでそれを受け流す光景。それを微笑みながら見守る立香とマシュ。一難去ったことにより、何とか心の平穏を取り戻し始めた立香一行。そこに歩み寄る一つの影があった。

 

「はっはっは! 中々、愉快そうなパーティじゃねぇか!」

「あっ! 貴方は先程の魔術師(キャスター)の英霊の方ですね!」

 

 近寄ってきたのは、先程の死闘を共に生き抜いた、他ならぬキャスターその人であった。

 いち早くそれに気付いたマシュが、声をかけながらキャスターに駆け寄ると、キャスターは自分の顎に片手を添えて、マシュの体を頭の天辺からつま先までしげしげと見つめる。

 

「あ、あの、私の姿に変なところがあるでしょうか?」

 

 キャスターからの舐め回すような視線を浴びて、マシュが戸惑った声を上げる。

 

「んー、いや、お嬢ちゃん、さっき思い切りランサーに吹き飛ばされてたから、怪我でもしてないかと思ってな。タフなサーヴァントは、たまに怪我しても気付かない奴がいるんだよ。ほら、背中の方も見せてみな」

「は、はい!」

「ふむふむ、こっちも傷らしい傷はないな!」

 

 言われるがままに振り返ったマシュの背中を眺めると、キャスターは「よーし、健康健康!」と言って、マシュのお尻の辺りを2回ほど手で叩いてみせた。突然のボディタッチに、マシュが思わず「ひゃん!?」という声を上げる。

 

「あ、大将! セクハラは流石に見過ごせませんなぁ!」

「な、流れるようにボディタッチを!?」

 

 それに気付いた立香とクーガーが、抗議と当惑の声を上げるも、当のキャスターは「怪我の具合を診てやったんだ、これぐらい役得ってやつだろう」と、涼しい顔で答えてみせる。

 

「そう、なんですかね?」

「いや、あれはただのセクハラね。気をつけなさい、マシュ」

 

 ピュアなマシュが、キャスターの発言を鵜呑みにしそうになるのを制しながら、オルガマリーが立香たちの輪から進み出てキャスターの前に立つ。

 

「先程の戦闘では助けていただき感謝します、サーヴァント・キャスター。私は、人理保障機関《フィニス・カルデア》で所長を務める、オルガマリー・アニムスフィアと申します」

 

 オルガマリーは立香たちの代表者としての役割を果たすべく、名乗りを上げて頭を垂れた。

 彼女が頭を上げるのを見て、キャスターが笑顔を浮かべる。それは、先程までの獰猛なものではない、人懐っこい好青年のものだった。

 

「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺はサーヴァント・キャスター、この冬木の聖杯を巡る《聖杯戦争》に喚ばれた英霊の内の一騎さ。ま、もう《聖杯戦争》の枠組み自体が崩壊しちまって、今の俺はマスターもいない《はぐれサーヴァント》ってやつだ」

「《はぐれサーヴァント》……。喚び出したマスターが死亡するなど、不慮の事故でマスターを失うか、《英霊の座》が喚び出して元からマスターが存在しないサーヴァントの総称ですね」

「そういうこと、俺はその前者ってわけだ」

 

 マシュの確認に、キャスターが頷く。

 

「そうか、この年の冬木は《聖杯戦争》があった年だったのか……ということはそちらには最低でも7騎のサーヴァントがいるということかな?」

 

 会話を聞き、通信してきたロマニに、キャスターは「ああ、その通りだぜ、なよっとした兄ちゃん」と答えてから、渋い顔つきになる。

 

「……ただ、まともな英霊(やつ)はもう俺と弓兵(アーチャー)しか残ってねぇ。ランサー、ライダー、アサシンは、反転したセイバーにぶっ潰された。狂戦士(バーサーカー)はどうなったか知らねぇが、あいつは元から壊れてるからな。上手いことセイバーに向かって行ってくれたら御の字ってやつだ」

「……つまり、追加で得られる戦力は、そのアーチャーだけって訳ね。しかも、もしアーチャーがまだ《聖杯戦争》をなぞっているなら、キャスターの貴方に(くみ)した私たちと敵対することすら考えないと……」

 

 オルガマリーが顎に手を添えて眉間に皺を寄せる。現地での英霊との仮契約がほとんどできないことは、《カルデア》にとってかなりの痛手だった。

 半ば事故のようなかたちでのレイシフトを果たした立香たちには、召喚サークルでの追加召喚を行うだけの魔力(リソース)がない。冬木の《霊脈》を流れる魔力を利用した召喚は、既にクーガーに使ったため再利用は不可能だ。

 もちろん、虎の子の《令呪》を一画切るという手段もないことはない。しかし、マスター適性はともかく魔術師としての能力(キャパ)が低い立香にとって、《令呪》は決戦の切り札だ。状況によっては、一戦で三画全てを使い切ることすら視野に入れる必要がある。

 そして、キャスターの話を聞くに、この《特異点》はオルガマリーの予想を超えて終わりが近い。当初の調査をして帰還し、補充を済ませての再潜入が許されるだけの猶予はない。そんなことをしている内に、もしセイバーが聖杯を手に入れてしまえば、この《特異点》は誤った形で《人類史》に定着し、未来は永久に失われることになる。

 指揮官として、苦しい舵取りを迫られるオルガマリーには頭の痛い情報だった。

 そんな、立場による責任に押し潰されそうなオルガマリーに、キャスターは「そう深刻になるなよ、嬢ちゃん。こういうのってのは、大概何とかなるもんさ」と笑い飛ばしてみせる。

 

「それに、悪いことばかりって訳じゃねぇしな。一先ず、ここでランサーとアサシンは退場させられた。それだけでも、ここの盤面はかなり落ち着いた。不幸中の幸いってやつだな」

「なら、もっといい知らせがある。さっき橋を渡って来る前に、俺たちはもう一つ影法師を倒してきてる。あれは多分、ライダーだな。戦うときの動き方に、知性が感じられた」

 

 クーガーが付け加えるように手持ちの情報を出すと、キャスターは思わず「ヒュウ」と口笛を吹いた。

 

「やるじゃねぇか! となると、今の冬木はほとんど安全地帯といっていいな。魔力に惹かれたモンスターは、この街の犠牲者が転じた自然発生のアンデッド程度だ。少なくとも今の俺たちの敵じゃねぇ。んで、肝心のセイバーは、ここから少し離れたビル群の中央に陣取って動かねぇ。バーサーカーは多分いるとしたらセイバーの側だな。マスターの制御が無くなれば、サーヴァントとしての本能で、この辺りで一番強い魔力反応に向かうだろうはずだ。恐らく、十中八九当たりだろうさ」

 

 キャスターが喋りながら杖で地面に冬木の絵図を描いていくと、それを見ながらオルガマリーが相槌を打つ。

 

「ふむ……。そうなると、動きが読めない脅威は貴方の言うところの、()()()()アーチャーだけ、ということになるわね」

「あー、アイツは多分大丈夫だ。いけ好かねぇ、ひねた性格の野郎だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、一番分かってるような奴だからな」

「なら一安心、なのかしらね」

「上手く協力が取り付けられるといいですね、所長」

 

 そうして、立香とオルガマリーは顔を見合わせて、ホッとため息をつく。

 

「ああ。ただ、アーチャーはセイバーを監視しつつ、気取られねぇように、《気配遮断》でビル群のどこかに潜伏してるはずだ。まずは、それを見つけて合流しねぇと、俺たちだけじゃセイバーには勝てねぇ」

「セイバーは最優のクラスって話だけど、今回のセイバーに選ばれた英霊はそんなに強いんですか?」

 

 立香が訊ねると、キャスターは今までで一番険しい表情を見せた。

 

「ああ、剣の英霊と言われれば、誰もが真っ先に名前を思い浮かべるようなビッグネームさ」

 

 その言葉に、誰かの喉がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「……名前を、聞いてもいいかしら」

 

 息をするのも憚られるような重苦しい沈黙の中、口を開いたオルガマリーの問に向けて、キャスターはその口をゆっくりと開いた。

 

「……この《特異点》の王、反転した(オルタネイティヴ)セイバー。そいつの真名は《アルトリア・ペンドラゴン》。かの名高き聖剣エクスカリバーに選ばれた王の中の王(キングオブキングス)。ーー《アーサー王》だ」




《嘘次回予告》
《特異点》の砂ぼこりの向こうに、立香たちは遂に真の敵の姿を捉える。その者は、名を口にするのも恐ろしき、音に聞こえし《アーサー王》。かつてない強敵を前にして、男たちは手を取り合う。ああ、しかし。《特異点》という獣の牙は、その絆をも引き裂くのか。次回、『紅き弓兵』。男たちの明日は見えない。
           (ナレーション・若本規夫)


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紅き弓兵

続きました!

二次創作ランキング日間94位に入ってました! ありがたき幸せ!


「キングアーサー!? なんてことなの……よりにもよってそんなビッグネームが相手なんて……!」

 

 オルガマリーは半ば悲鳴のようにそう漏らすと、思わず崩れ落ちそうになる脚を、何とか踏みとどまらせていた。

 

 ーーアーサー王。

 

 かつての英国、ブリテン島を支配した聖剣使い。

 彼女と、彼女に付き従った円卓の騎士たち、その輝かしい栄光と波乱に満ちた戦いの日々、そしてカムランの丘で迎えた最期の時。綺羅星の如く並ぶ彼女の人生を彩るエピソードの数々は、未だに多くの人々を魅了してやまない。

 英霊としての格を決める要素の一つに、その英霊の知名度が上げられるが、その点ではアーサー王に勝る英霊はこの世界にほぼ存在しないと言っても過言ではない。

 加えて、今回のアーサー王は最優のクラスであるセイバーとしての現界だ。その盤石ぶりを思えば、魔術師として《聖杯戦争》などに明るいオルガマリーが、このような反応を取ってしまうのも無理からぬ話である。

 しかし、そんな状況にあってキャスターは相変わらず笑みを崩すことはない。

 

「そう、悲観するほどのものでもねぇさ。セイバーは確かに強い。だが、それも十全に能力(スペック)が機能すればの話だ」

「アーサー王は、全力が出せない状態なんですか?」

 

 立香の問いに、キャスターは「ああ」と首肯した。

 

「まず、俺らサーヴァントはマスターと契約して魔力を供給(パス)してもらうってのは理解してると思うが、冬木(ここ)が今の有様になったときに、俺たちのマスターたちは一人残らず消えちまった」

「マスターが消えた……? 殺害されてしまった、ということでしょうか?」

 

 「殺害」という言葉を恐る恐る口にしたマシュに向けて、キャスターが首を左右に振る。

 

「いや、ネットのケーブルを抜くみてぇに、ある瞬間から無理やり回路が切れた。まるで元からマスターなんていなかったみてぇにな。たとえ、マスターが殺されたとしても、しばらくは魔力の残滓は残るはずだが、そいつがねぇ」

「となると、世界自体の書き換えが起こった、ということかしら……」

 

 オルガマリーはにわかには信じがたいように呟く。

 世界の改変は、今回の《特異点》のように膨大なエネルギーさえあれば不可能なことではない。しかし、それはかなり大掛かりな事象であって、細部のディテールまでいじろうと思えば、恐ろしい量の魔力(リソース)を割かねばならない。

 《特異点》を生みつつそこまでのことができる魔力を担保できる黒幕の存在。魔術に明るいオルガマリー故にそんな存在がいることは受け入れ難かったのだ。

しかし、キャスターはオルガマリーのその呟きに向けてはっきりと頷いた。

 

「ああ、どうやらここに介入した何かが、自分(てめぇ)の都合の良いように世界を継ぎ接ぎしたらしい。ま、とにかくここに喚ばれたサーヴァントは、皆一様にマスターを失い、《聖杯戦争》は捻じ曲がって、ここは火の海ってわけだ」

「有り得ない、って言いたいところだけれど、有り得ないが起きているのが《カルデア》の現状なのよね……」

「それでも、現状ではアーサー王の魔力は減る一方、という訳ですよね」

 

 頭を抱えるオルガマリーを励ますように、立香が努めて明るい調子で喋る。

 

「ああ、恐らく(やっこ)さんが、自分で更地にしたビル群の中央から動かないのも、さっさと他のサーヴァントを影法師にしちまったのも魔力の節約の為だろうな」

「なるほど、魔力を節約するなら敵を探し回るよりも迎え討つほうが効率がいい。それに、索敵なら影法師に街を徘徊させれば事足りるし、リスクも少ない」

 

 クーガーがセイバーの行動の真意を指摘すると、キャスターも「その通りだ」と認識の正しさを肯定する。

 

「加えて言うなら、魔力の貯蔵量は少なくとも3騎を影法師(シャドウ)にできたセイバーがトップだ。あちらからすれば、俺たち生き残りが逃げ隠れして、戦わずに持久戦に持ち込めば、最後に軍配が上がるのはあちらさんだったって訳だ」

「でも、その目論見は私たちの出現で崩れた」

 

 オルガマリーが指摘すると、キャスターはニヤリと笑った。

 

「そうだ、セイバーの作戦は『俺たちに平等にマスターがいないとき』に成立する。こちらがマスターを確保した現在、あちらさんの戦略は根っこから崩れたってわけだ」

「なら、アーサー王はこちらに攻めて来るでしょうか?」

 

 立香が訊ねると、キャスターは「それは無いな」と首を振った。

 

「並の英霊なら、ここで踏ん張れないだろうが、そこは反転してもアーサー王だ。突然やってきたあんたら(カルデア)に、残された時間があまり無いこと位は気付い(ちょっかんし)てるはずだ」

「戦乱続きのブリテンを一時期とはいえ治めることに成功した英霊……その辺りの駆け引きはお手の物というわけね」

「むしろ、反転した今の方が冷徹になってる分だけ、生前よりも優れていることすらあるな。ま、ということで、だ」

 

 キャスターは、暗い話はここまでと言わんばかりに語気を強めて立香たちを見回す。

 

「その戦略に対抗するには、ひとまずマスター契約を結んじまおう。今は少しでも長く回路(パス)を繋いで決戦の為の魔力を溜めてぇ。いけるな?」

 

 キャスターの確認に、オルガマリーが頷く。

 

「はい、申し出を受け入れます。サーヴァント、キャスター」

「よろしくお願いします、キャスターさん!」

「ありがとうございます!」

「大将みたいないい男と肩を並べて闘えるとは、英霊ってのも存外悪くない」

 

 笑顔で、キャスターの申し出を受け入れる立香たちを見て、キャスターの方も「ははっ、嬉しいねぇ!」と破顔する。

 

「じゃ、俺と契約してくれるマスターはどちらかな。少年の方はもう2体と契約しているようだから、バランス的にはお嬢ちゃんと契約するのがいいんだが……」

 

 そう言って、キャスターがオルガマリーを見ると、彼女は残念な表情で首を振った。

 

「残念なことに、私はマスター適性が皆無なんです。キャスター、貴方との契約は彼ーー藤丸立香が行います」

「よろしくお願いします!」

「おう、そうかい。……ふーん、中々いい眼をしてるじゃねぇか」

「やっぱり、大将もそう思うかい。マスター、ハジマルは中々の人物だろう」

「藤丸ですって、クーガーさん。でも、褒めてもらってありがとうございます。自分はそんなに大した人間ではないと思うんですが……」

 

 二人の英霊から褒められたことが、いかにもこそばゆいという風に、立香が右手で後頭部をポリポリと掻く。そんな彼の背中をキャスターがバシバシと力強く叩く。

 

「いやいや、こんな世界の危機に命張って立ち向かえるだけで大したもんさ! もっと自分を誇りな、マスター藤丸!」

「イテテ、ありがとうございます。なんか、自信が出てきました」

「そうかいそうかい、ならいい気分の時にちゃちゃっと契約しちまおうか」

「そうですね」

 

 立香は頷くと、令呪の宿る左手をキャスターへと掲げ、魔術回路に火を灯す。しばらくの後、令呪が一瞬紅く輝くとキャスターとの間にパスが生まれた。

 

「……よし、契約は完了だ。これから俺はあんたの指揮下に入る。せいぜいうまく使ってくれよ、マスター藤丸!」

「全力を尽くします! よろしくお願いします、キャスター!」

「ははっ、いい返事だ!」

 

 返事を聞いたキャスターがニヤリと笑うと、今度はそのやり取りを少し羨ましそうな視線で見つめていたオルガマリーの方へと顔を向ける。

 

「というわけで、今から俺は間接的にはお嬢ちゃんの指揮下に入ることになる。もし、何かあればお嬢ちゃんも遠慮なく俺のことを指揮してくれ」

 

 キャスターの言葉にオルガマリーは驚いたような表情になる。

 

「それは……構わないのですか?」

「ああ、普通はマスターの命令優先だが、こんな状況だ。マスター藤丸の方が手が回らないなら、そのときは指揮系統が変わるのもやむなしだろうさ。マスターもそれで構わないよな?」

「はい、自分にも限界がありますから、所長にそうしていただけるならありがたいです」

 

 立香がそう言って笑うと、オルガマリーは少し頬を染めて顔を逸らす。人に認められる経験がないオルガマリーにとって、自分のことを無条件に認めてくれる彼の笑顔や、キャスターからの信頼はこの上なく心地の良いものだったのだ。

 油断すると崩れそうになる表情を、何とか気合で繋ぎ止めると、オルガマリーは再び立香たちの方を向く。

 

「そ、そこまで言うならそうさせてもらうわ。キャスター、貴方を私、オルガマリー・アニムスフィアの指揮下に置きます。有事のときは指示に従ってください」

「おうよ、任せな嬢ちゃん!」

 

 オルガマリーの言葉にキャスターが力強く頷くと、オルガマリーは耐えきれず頬を染めて顔を下げた。それを見たマシュが思わず笑顔になる。

 

「あっ、所長が照れてますよ、先輩!」

「ふふっ。そうだね、マシュ」

「て、照れてなんかないわよ!?」

 

 なんだか微笑ましいものを見るような目で頷き合う二人に対して、オルガマリーは思わず顔を上げてツッコミを入れる。しかし、顔が上がったことで彼女の頬が赤くなっているのが誰の目にも明らかになり、その説得力は皆無に等しかった。

 

「ああ、照れる貴女も素敵ですよオリガさん!」

「ははっ、確かにな。嬢ちゃんはムスッとしてるよりも、それぐらい愛嬌を出してる方が丁度いいぜ」

「ちょっ、いや、えっと、私はオルガマリー、じゃなくて、いや、それはよくて、あー! うー!」

 

 加えて、畳み掛けるように二人の英霊から褒められたオルガマリーは、いよいよ茹でダコのように顔を赤らめてオーバーヒート状態に陥った。

 結局、彼女が元の冷静な状態に戻るには、それから四半刻ほどの時間を要するのだった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 立香たちがマスター契約を結んでしばらく。

 一行は、情報を共有しながら冬木の市街地を歩いていた。いよいよ目的のオフィス街のビル群は目と鼻の先となった。

 

「それにしても、キャスターさんが、あの《クー・フーリン》だなんて驚きました!」

「本当にね。ランサークラスでの現界でないことが悔やまれるわね」

 

 キャスターの真名ーーケルトの大英雄《クー・フーリン》。その名を先刻聞いていたマシュたちが再びそれを話題にあげると、クー・フーリンはお手上げといった様子で手の平を天に向けた。

 

「まさか俺も、ドルイド僧時代の姿で喚ばれるたぁ、思ってなかったぜ。触媒が悪かったか、あるいは先にランサーの枠を埋められちまったか。全く、ランサーでの現界ならこんなことになっちゃあいなかったんだがなぁ」

 

 そう言ってクー・フーリンは首を左右に振る。

 実際、ランサーとしての彼の強さは折り紙付きだ。ケルトの戦士としてのタフネスやスタミナもさる事ながら、特筆すべきはそのスピードから生まれる宝具《ゲイ・ボルク》による致命の一撃である。「心臓を穿った」という結果を生み出してから、それをなぞる様に放たれる因果逆転の呪いの朱槍は、ランサー自身の卓抜した技量と合わさり、並の英霊では気付いたときには霊核(しんぞう)を穿たれてしまう。

 たとえ回避に成功したとしても、ランサークラス故の仕切り直しの速さのせいで、すぐに二の矢が撃たれるため、無傷で切り抜けることを許さないクラスと宝具の特性が完璧に噛み合った英霊となれるのだ。

 当然、喚び出す側も十中八九この組み合わせを狙って彼を喚ぶので、今回の限界は間が悪かったと言わざるを得ない。

 あるいは、その間の悪さすら、何者かの陰謀なのか。

 

「いやー、しかし残念ですなぁ。クー・フーリンといえば、俺の世界でも名だたる大英雄だ。ぜひ本来のクラスで速さ比べをしてみたかった……」

 

 クーガーが額に手を当てて、心の底から残念そうな表情で首を左右に振る。それを見て、クー・フーリンもウンウンと同意する。

 

「本当にな。《並行世界》の英霊と手合わせできる機会なんて、こんな状況(イレギュラー)でもなきゃまずねぇからな。ただーー」

 

 クー・フーリンはそこまで言って言葉を切ると、立香の方を見つめる。

 

「ーー今回の件で、俺とマスターの間には(えにし)が結ばれた。もし、別の場所で英霊を喚ぶことがあれば、そのときには本来の俺が来るかもしれねぇな」

「そのときはよろしくお願いします、クー・フーリンさん!」

 

 立香がそう返事すると、クー・フーリンは破顔し、しかし、次の瞬間にはすぐに引き締まった戦士の顔になる。気がつけば立香たちはオフィス街のビル群へと足を踏み入れていた。

 

「おうよ! 本当の俺の強さ、存分に見せてやるさ。……さて、そろそろここからが死線(デッドゾーン)だ。この奥には最高で3騎英霊、あるいはその影法師(シャドウ)が待ち受けている」

「セイバー、アーチャー、そしてバーサーカーですね」

 

 確認を取りながら、マシュが盾を構え直す。いよいよ敵地ということもあり、奇襲に備えた無意識の行動。

 結果として、それが立香たちの命を救うこととなった。

 

「……! ビル街から魔力反応! 上だ! みんな気を付けて!」

「えっ!?」

「むっ!」

 

 突如、ロマニの通信が会話に割り込み、マシュは言われるがままに盾を上に構えた。その体勢が整うか整わないかの内に、螺旋の形状の鏃を持つ恐ろしく巨大な矢が、マシュの体を盾ごと吹き飛ばしていた。

 盾と鎧を含めるとかなりの重量のハズのその体は、ゴム毬のように何度か地面を跳ねてようやく止まる。

 

「きゃぁ!?」

「マシュ!」

「マスター! オリガさん! 俺の後ろに!」

「わかったわ!」

「ちっ、ANSUZ(アンスース)!」

 

 突然の凶事に思わず叫び声を上げる立香。

 そして立香とオルガマリー、矢の飛んできたビルの間に割り込むようにクーガーとクー・フーリンが立ち、クー・フーリンのルーンによる炎がビルの屋上を撫でると、そこから一つの紅い人影がひらりと路上に舞い降りる。

 十階以上のビルから落下したにしては、衝撃を感じさせないゆったりとした動作で、人影が立香の前に立ち上がる。その姿を見たクー・フーリンが思わず声を荒らげた。

 

「おいおいおい、随分なご歓迎じゃねぇかよ、アーチャー!」

 

 一陣の風が、彼らの間を吹き抜ける。

 その風を浴びて、アーチャーと呼ばれた紅い男はただ無言で立香たちを眺めているのだった。



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紅き嚆矢は疾風を纏う

一ヶ月経たない内に、UA10000↑+お気に入り200↑ありがとうございます! 漢の義務教育を履修済みの方がこんなにもいること、嬉しく思いますわ!


 クー・フーリンの双眸は、それを見るものに紅玉の輝きを想起させる。それは、彼という英霊の輝きをその瞳を通して垣間見ていることに他ならない。

 そんな彼の瞳には、今、怒りの炎が揺れている。その炎の向かう先は、それに負けぬ紅に染まる1騎のサーヴァント。

 

「一体、こいつはどういう了見だ、ええ? アーチャーよぉ!」

 

 キャスターは、杖の先にルーンの火を灯し、怒りとともにアーチャーへと突き付ける。彼の熱さとは対象的に、アーチャーは揺らぐその火を冷めた目で見つめていた。

 

「セイバーを狩るためには共闘が必要なことぐらい、お前さんなら理解してんだろ、なぁ?」

 

 クー・フーリンの激情に、対するアーチャーは無言。

 その様子を見て、クー・フーリンは短いため息を一つ吐く。

 

「だんまりか。お前はもっと、合理的な考え方ができる奴だと思ってたんだがなぁ」

「いや、極めて合理的な判断をしているとも、キャスター」

 

 ここで初めて、アーチャーが口を開く。言葉の内容に違わず、彼の口調は極めて冷静なものだった。

 

「だったらーー」

「ーーもちろん、セイバー(あれ)を倒すには共闘が必要なことは理解しているさ。ただーー」

 

 クー・フーリンの言葉を遮るように話し始めたアーチャーが言葉を切る。次の瞬間、彼の両手には白と黒、陰陽を示す一対の短剣が握られていた。

 

「ーー今回の作戦は必殺を期さなければならない。私にも組む相手を選ぶ権利があるということだ」

 

 英霊同士の戦いにおいて、数は絶対に有利に働くとは限らない。《聖杯戦争》などで、マスターである魔術師が、無能な働き者(あしでまとい)であるせいで、優れた英霊が脱落したという例は枚挙に暇がない。

 特に今回などは相手が相手だ。マスターがいなくてもある程度の活動を可能にする《単独行動》をクラススキルに持つアーチャーが、中途半端な戦力(あしかせ)を嫌うのは無理からぬ話だった。

 そして、アーチャーは黒白(こくびゃく)の双剣を構えてみせる。それは「お前たちの性能がセイバーに通用するか否か、白黒つけてやろう」という無言の挑発に他ならない。

 

「はっはぁ! なるほどなるほど」

「……っ! クーガー!」

 

 それを見たクーガーが、オルガマリーの静止を振り切って立香たちの前に進み出る。

 

「こちらの力を、ぶん殴って確かめる。手っ取り早くて嫌いじゃないぜ、そういうのは」

 

 《ロストグラウンド》という無法地帯で生きてきたクーガーにとって、彼の幼年期を支配した唯一のルールは「拳と拳で語り合い、勝った奴が正義」というシンプルなものに他ならなかった。故に、彼は傍から見れば意外な程に、自然にアーチャーの振る舞いを受け止め、その正面に立った。

 お互いに、後一歩踏み込めば死線というその場所で、クーガーは立ち止まると脚を肩幅に開く。彼の周囲の瓦礫が虹の煌めきとなって、その脚に纏わりついてゆく。

 

「ただ、その『力を測るのは俺の方』って態度が気に入らねぇ。要するに、何が言いたいかっていうと、だ」

 

 クーガーが先程よりも語気を強める。

 そうする内に、虹の煌めきは実体を伴い薄紫の脚甲へと変わる。瞬間、クーガーの姿は陽炎となり、その実体は既にアーチャーへと肉薄していた。

 

「見下してんじゃねぇ!」

「むっ……!」

 

 突如として目の前に現れた薄紫の旋風に、しかし、アーチャーはしっかりと反応してみせた。クーガーの回し蹴りを干将莫耶の二振りの剣を交差させていなすと、吹き飛ばされる勢いのまま大きく距離をとる。

 

「なるほどな。大口を叩くだけのことはあるか」

「そっちこそ舌がよく回るようだな! 次は俺の速さで目を回してやるよ!」

 

 クーガーが、返す刃で飛び込みざまの膝蹴りを撃ち込もうとするも、アーチャーは今度は交戦を避け、すぐ側のビルの一階に窓を突き破って逃走を選択する。

 

「ちっ、逃がすかよ!」

「言葉は正確に使え。誰が『逃げた(・・・)』というんだ?」

 

 当てが外れたクーガーが、追いかけるように窓からビルへと飛び込むと、そこでは廊下の奥、既に短剣を弓に持ち替え、(けん)をつがえたアーチャーが立っていた。

 

「はあっ!」

「ちっ!」

 

 窓から侵入したクーガーに向けて、アーチャーが矢を放つ。廊下という左右への回避を許さない空間は、アーチャーにとって必殺の陣地だ。

 クーガーもそれを察知して、迫る矢を回避ではなく蹴りで捌く。硬質な金属がぶつかり合う不快な響きを残して、アーチャーの放った矢はクーガーの脇を通り窓の外へと消えていった。

 

「はっ、止まって見えるなぁ! 弦の代わりに輪ゴムでも張ってるんじゃないのかぁ!」

「これを躱すか、面白い」

 

 クーガーの軽口には取り合わず、アーチャーは呟くように言葉を零すと2階への階段を駆け上がる。

 

「今のうちに楽しんでな! すぐに笑えない状況になるからなぁ!」

 

 クーガーも叫びながら廊下を駆け抜け、階段へと向かう。吹き抜けから見上げるビルの階段は、各フロアの防火扉が全て閉められ、すぐに駆け上っていけないように細工がされていた。しかし、クーガーは「しゃらくせぇ!」と叫ぶと、手すりを足場代わりにして、階段中央の吹き抜けの部分を跳んで一気に最上階へと向かう。

 吹き抜けを駆け上がる最中、クーガーはこのビルがアーチャーによって仕組まれた巨大な陣地であることを見抜いていた。

 

 アーチャーに、ビルの防火扉を閉めている時間はなかった。となると、奴も俺と同じルートで屋上に向かったはずだ。そして、この建物は意図的に作った奴の陣地だ。屋上には間違いなく罠が張ってあるだろうな。

 

 最初の一撃を凌いでからの素早い転進。 

 窓から飛び込んだ先の廊下での冷静な奇襲。

 階段とフロアの行き来を隔てる閉じられた防火扉。

 これは、明らかにクーガーを屋上へと招き入れるようにアーチャーが仕組んだ罠だ。アーチャーは攻撃を躱すために咄嗟にここへと逃げ込んだのではなく、あえてこのビルを選んでクーガーを誘い込んだのだ。

 

 とするならば、俺が取るべき合理的な戦略は、屋上のひとつ下のフロアの防火扉をぶち破って、屋上にいるアーチャーを足下から奇襲することだ。俺の《ラディカル・グッドスピード》なら、天井の一枚くらいぶち抜いてその先にいる奴を叩くぐらいわけの無い芸当だ。

 

 わざわざ敵の懐へと無策で飛び込む必要は無い。アーチャーは、策を見抜いたアドバンテージを十分に活かさなければ、苦戦必死の相手である。

 

「だがなぁ!」

 

 屋上へと続く階段まで吹き抜けをショートカットしたクーガーは、下のフロアには向かわず、その勢いのまま屋上への入り口となる鉄扉を蹴り飛ばした。

 

「ほう、正面から来たか」

「ああ、来てやったぜ」

 

 扉を蹴破ったクーガーの視線の先。ビルの屋上は、その一面に無数の武器が墓標のように打ち立てられていた。

 その最奥、転落防止の手すりを背に、アーチャーが悠然と立っている。アーチャーは、ビルを抜ける風に紅衣の裾をはためかせながら、落ち着いた動作で弓に矢をつがえる。

 

「この程度の策、見抜けぬ無能とは思わなかったが」

 

 弓を引き絞りながらアーチャーがそう零す。しかし、彼の放つ言葉に落胆の色は無い。彼にはクーガーが罠だと知ってあえてこの場に来たことが分かっていた。

 その言葉に応えるように、クーガーは不敵な笑みを零す。

 

「ああ、そうさ。この程度の策、正面からぶち破れなければ、俺の力がアンタに示せない」

 

 クーガーは脚甲のつま先を何度か地面に打ち付けてからクラウチングスタートの体勢を取った。

 そう、この戦いは()()()()()()()()()()()()()。アーチャーに搦め手で勝ったとして、それがセイバーに通ずるに足る力を示すことになるかと言われれば、答えは「NO」だ。

 ここでクーガーが示さなければならないのは純然たる力。

 多少の策など物ともせず、あの、アーサー王(でんせつ)と真っ向から撃ち合える、それに足る力がある。これは、その確証をアーチャーに与える為の戦いなのだ。

 アーチャーはその上で、あえて安い策でクーガーを誘ったのだ。その策をあべこべに利用しようとする程度の英霊なら、セイバーとの決戦には不要。彼にはそれだけの覚悟があった。

 そして、クーガーは見事にその覚悟に応えてみせたのだ。

 気がつくと、いつの間にかアーチャーの口元には笑みが浮かんでいた。

 

「ふっ、ならば見せてもらおうか。お前のその力とやらを!」

「ああ、瞬きなんてするんじゃないぞ、目を瞑ってる間に全部終わっちまうからなぁ!」

 

 お互いが口上を述べ合った次の瞬間、クーガーが紫紺の風となった。彼は屋上に刺さる武器などものともせず、それらを轢き潰しながら地を這うようにアーチャーへと駆ける。

 

「はぁっ!」

 

 応ずるアーチャーは、つがえた偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)をクーガーへと放つ。螺旋を描いて飛翔するその矢は周囲の空間を巻き込んで進み、その突破力は矢の本体だけではなく、周囲の空間すら捻じ曲げて武器とする。マシュが先程この矢を受け止め切れなかったのも、この空間のねじれの余波を相殺しきれなかった為だ。

 

 ……本体を避けるだけでは避けきれない。しかし、横に避ければ命綱のスピードが殺される。さぁ、これをどう凌ぐ!

 

 力を試すとはいえども、無論アーチャーは本気でクーガーを殺しにかかっている。この程度で殺されるような英霊はそもそも不要だからだ。

 まともに受ければ、致命傷は必死。

 そのアーチャーの一糸に対してーー

 

「はああぁぁぁ!」

「なんだと!?」

 

 ーークーガーは真一文字に直進した。

 お互いに向かい合う速度でぶつかれば、いかに強固な英霊でも偽・螺旋剣の突破力を受け止めきることは至難の業だ。流石のアーチャーも、ここでは本心から驚愕の声を上げる。

 しかしーー

 

「ーーいい速さだ。ようやく、俺のいる世界が戻ってきた気がするぜ」

 

 クーガーはその速さを知覚していた。本気を出せば音すら置き去りにする《世界を縮める男》は、迫りくる偽・螺旋剣の生み出す破壊の力を確かに見抜いていたのだ。

 そして、その圧倒的な暴力に対してクーガーが取った行動。

 

「こいつを、くらえぇ!!」

 

 トップスピードでクーガーの脚が振り抜かれる。その瞬間、クーガーの足から一本の矢が確かに偽・螺旋剣へと放たれた。

 しかし、クーガーの《アルター能力》、《ラディカル・グッドスピード》にはそのような能力はない。

 では、放たれた矢の正体は何なのか。

 その答えはアーチャーの口から零れていた。

 

「……っ!? ……そうか、(オレ)の剣か!」

 

 クーガーが放った一本の矢。

 それは、他ならぬ、アーチャーが屋上に投影してあった剣の一振りだった。クーガーは全速力でアーチャーに駆け込むときに、進路上に刺さった剣を、迫りくる矢に向けて思い切り蹴り上げたのだ。

 そして、互いに矢となった名のある宝剣の投影(フェイク)は、真正面からぶつかり合い、金切り声を上げながら弾けて空に消える。

 その行く末を確かめるよりも早く、投影した二の矢を弓につがえるアーチャー。

 しかし、彼の動作は冷気を感じるほどの距離で首筋に添えられた薄紫の脚甲によって阻まれた。

 

「言うのが遅かったが、よそ見も駄目だぜ、弓矢の旦那。どうだい、俺の速さは?」

 

 己の首筋に脚を突き付け、不敵に笑う一人の男(クーガー)

 間近でその顔を見て、アーチャーの顔にも男と同じ笑みが浮かんでいた。

 

「満点だ。先程までの非礼を詫びよう」

 

 アーチャーが弓を下ろすと、クーガーも脚を下ろして頭を下げた。

 

「詫びる必要なんてないさ。俺も旦那の立場なら、全く同じことをしていただろうからな」

「ふっ、ならばお互い様ということか」

 

 そう言って、下げようとしていた頭を止めたアーチャーの前に、クーガーの右手が差し出される。

 

「改めて、はじめましてだ旦那。俺の名前はストレイト・クーガー、人呼んで《世界を縮める男》さ」

 

 その右手をアーチャーは力強く握り返す。その強さが、試練を乗り越えた男に対する彼の信頼の強さであると示すかのように。

 

「ならば私も名乗ろう。サーヴァントアーチャー、真名はエミヤだ。クーガー、君の背中は私が守ってみせよう」

 

 二人の男の間に固い絆が結ばれたその時、階段を駆け上って、2つの影が屋上へと飛び込んだ。

 

「クーガーさん!」

「クーガー、無事なの!?」

 

 地上でのやり取りのあと、慌ててクーガーを追いかけてきた立香とオルガマリー。息を切らして階段を上ってきた二人が目にしたのは、その顔に笑みをたたえ固い握手を交す男たちの姿だった。

 その、あまりにも美しく力強い光景に、思わず二人の頬も弛む。

 

「……なんとか、なったみたいですね」

「心配させないでよ、全く……」

 

 今までの不安が一気に安堵へと変わった疲れから、その場にへたり込む二人の前で、男たちは十分に互いの健闘を称え合うのだった。



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決戦前、円卓を囲んで

続きました!

投稿し過ぎて、FGOの魔眼列車の復刻イベントが完走できそうになかったので時間があきましたわー!


「さて、これから決戦をしかけるにあたり、私の持っているセイバーについての情報を共有しておこうと思う」

 

 先程の戦闘からしばらく。立香たちは同じオフィスビルの中程にあった会議室に腰を落ち着けていた。部屋の中央に鎮座していた円卓を囲うように座った彼らは、決戦に向けて手持ちの情報を共有していた。

 

 先程までは、立香たち《カルデア》一行が、オルガマリーが主導する形で、現在自分たちの置かれている状況をアーチャーに伝えていた。ここからは、それを受けてアーチャーが情報を開示する流れとなっていた。

 

「まずは、セイバーではなく周囲の状況から説明させてもらおう」

「周囲の、というとバーサーカーかしら」

 

 オルガマリーの確認にアーチャーが頷く。

 

「それも含めて、だな。では、お望みの通りバーサーカーのことから話させてもらおう。結論から言って、バーサーカーは既にセイバーに撃破されてシャドウ化している」

「つまり、バーサーカーとセイバーが交戦している隙を突くってプランは崩れたわけね」

 

 オルガマリーが険しい表情で額に手を当てる。

 アーサー王(ばけもの)狂戦士(ばけもの)をぶつけて漁夫の利を狙おうとしていた彼女からすれば、搦め手が使えないというのは頭の痛い話だった。

 そんなオルガマリーの心痛を気遣うように、アーチャーは口元に笑みを浮かべてみせる。

 

「ふっ、そう悲観するものでもないさ。五体満足のバーサーカーと戦わなくてよくなった、と考えることもできる」

「バーサーカーは、それほどまでに強い英霊の方だったのですか?」

 

 マシュが訊ねると、アーチャーは少し険しい表情で応えた。

 

「……ああ。今回の《聖杯戦争》でバーサーカーに充てがわれた英霊は、かの名高きヘラクレスだよ」

「へ、ヘラクレスですって!?」

 

 オルガマリーが思わず椅子から立ち上がって目の前の長机を両手で叩く。しかし、そんな彼女の反応も無理もない話だ。

 ヘラクレスといえば、ギリシャ神話に燦然とその名が輝くアーサーに匹敵するビッグネームだ。単純な身体能力もさることながら、恐ろしきはその宝具《 十二の試練(ゴッド・ハンド)》である。生前、彼が打ち立てた命がけの12の偉業がそのまま宝具になったそれは、彼の身にその偉業の数だけ命を吹き込む。

 つまり、ヘラクレスは12回致命傷に至る攻撃を与えて初めて斃すことが可能なのである。尋常ならざる大英雄ヘラクレスに12度の致命傷を与えることがどれだけ困難なことかは想像に難くないだろう。

 そんなオルガマリーの様子を見て、アーチャーは険しかった表情を少し緩める。

 

「そう、ヘラクレスだ。だが、かの大英雄も既に影法師(シャドウ)となった。影法師には宝具は使えないし、戦闘力も格段に劣る。ヘラクレスは最早そこまでの驚異ではない」

「大英雄ヘラクレスを驚異ではないって言うのはどうかと思うけど……ここは直接見た貴方の見立てを信じましょう、サーヴァントアーチャー。となると問題はーー」

「ーーその大英雄を倒すだけの力を持つアーサー王、というわけですか」

 

 オルガマリーの言葉をクーガーが拾う。彼は先程からアーチャーの話を興味深い様子で聞いていた。

 

「そういうわけだ。クーガー殿」

「クーガーでいいぜ、エミヤの旦那」

 

 クーガーは人差し指でサングラスを額に押し上げてニヤリと笑う。

 クーガーの中では、一度拳を交えたアーチャーとの間に最早遺恨はない。それは、共に肩を並べて戦う戦友に他人行儀は無用との、彼なりのアピールだった。

 そして、その意図を汲み取ったアーチャーも、笑顔でそれに応えた。

 

「ならこちらも遠慮なくそうさせてもらおう。クーガー、君の世界にもアーサー王は存在したのか?」

「ああ、『アーサー王と聖杯』の本は読んだことがある。俺の世界でも、アーサー王は選定の剣を引き抜き聖剣に選ばれ、円卓の騎士と共に夷狄と戦い、ブリテンを守護した偉大なる王だった」

 

 クーガーの言葉に、アーチャーは「ふむ」と頷く。

 

「そうか、やはり並行世界といっても、大筋では世界の流れは変わらないということか。なら、話は早いな」

「みたいですな。ただ、細部のディテールは異なるようだ。まさか、この世界のアーサー王が女性とはね」

「それは自分も驚きました。この世界でも、伝え聞くアーサー王は男性でしたから」

 

 クーガーの言葉に立香が同意を示す。

 一般的な人類史しか知らない立香にとっても、アーサー王が女性という事実は、目を瞠る驚愕の情報だった。

 

「アーサー王は、選定の剣を抜いてから、王であるために少女であることを捨て、王としての人生を歩み始めたんだ。それは、ある意味では人を捨て《ブリテンの守護者》となるに等しい大いなる決断だったんだ」

 

 一人の少女が聖剣に選ばれたことにより、その人生の歓びを全て捨ててまで王になる。

 もちろん、王になったことで得られた歓びもあっただろう。しかし、それは本来得られたはずの、平穏の中のささやかな幸せとは程遠いものだったはずだ。アーサー王は、ブリテンの繁栄と栄光との引き換えに、多くのものをその手から取り零して生きてきたのだ。

 アーサー王の生き様を語るアーチャー。その顔には悲壮とも取れる表情が浮かんでいた。

 

「……エミヤの旦那は、アーサー王に(ゆかり)のある英霊なのか?」

「……ああ、円卓の騎士というわけではないが、彼女とは少なからず因縁があるんだ」

「なら、決戦は旦那とアーサー王で一対一(サシ)の場を(あつら)えてもいいが、どうする?」

「なら、俺も大英雄のお相手って訳だな。俺は特に異論はねぇな。あとはアーチャー、お前さん次第だぜ」

 

 クーガーの提案、それは彼とクー・フーリンがヘラクレスを引き受けて、アーチャーがアーサー王と決戦をするという作戦(プラン)だった。

 

 腹に一物抱え続けるぐらいなら、拳を交えて(なぐりあって)スッキリする方がいい。

 

 そう考えてのクーガーの提案は、アーチャーが左右に振る首によって否定された。

 

「いや、事ここに及んでは私情よりも確実な勝利を優先させたい。最強の戦力には最強の戦力をぶつけるべきだ。私がヘラクレスを引き付ける。クーガーとクー・フーリンには、アーサー王の撃破をお願いしたい」

「そうか、わかったぜ旦那」

「そうかい。お前さんがそう決めたのなら、俺が口を挟むことではねぇな」

 

 恐らく、アーチャーに思う所がないわけでは無いのだろう。いや、間違いなく思うところはあるのだ。

 しかし、それを押し込めてまでの覚悟の提案に、男たちは力強く頷いた。戦士たちの間には、言葉を交す以上に相手を理解する強い絆が確かにあった。

 

「というわけで、セイバーは俺たちの担当になった。勝手に話を進めたが、問題ないかハジマル、オリガさん?」

「はい、名前が間違ってる以外は問題はないです」

「藤丸の言うとおりね」

「そうかい、それはよかった」

「よくないわよ! 名前は直しなさいよ!」

 

 そう言って「ムキー!」と怒りながら、隣に座ったクーガーの肩をポカポカ叩くオルガマリーとそれを宥める立香とマシュ。肩を叩かれガクガク揺れながら「はーっはっは! すみません、オリガさーん!」と相変わらずの態度のクーガー。

 土壇場とは思えない、いつも通りのやり取りをする《カルデア》一行を見てクー・フーリンが思わず「ははっ」と笑いを零す。

 

「いやぁ、いいマスターに恵まれたなぁ、クーガーは」

 

 マスターは触媒によってある程度英霊を選べるが、英霊はマスターを選べない。互いの相性によっては、喚び出した瞬間に殺し合いが始まってもおかしくはないのだが、《カルデア》チームとクーガーの関係は恐ろしいほどにうまく噛み合っていた。

 

「ふっ、これも俺の人徳ってやつですかね」

「いや、ないから。徳とか一切ないから」

「ふっ、ここまでマスターたちとサーヴァントが友好な関係なら、安心してセイバーの相手を任せられるというものだ」

 

 マスターとサーヴァントの繋がりの太さは、時にサーヴァントにスペック以上の力をもたらすことがある。そのことをよく理解していたアーチャーは、彼らの姿を見て何度も頷いていた。

 

「エミヤさん……でも、いいんでしょうか……」

「もちろん構わないさ」

 

 マシュがアーチャーを気遣うような声をあげると、彼はマシュに向かって大きく頷く。

 

「この一戦には人類史の存亡がかかっているんだ。自分の役割(ポジション)くらいは分かっているつもりだよ。それに、信頼するに足る相手に背中を預けるんだ、不安などある訳がないさ」

 

 そう言い切ってアーチャーがマシュに微笑む。

 その顔は、大人びた英霊の顔というよりは、どこか無垢な少年のような笑顔だった。

 あるいは、それこそがこのアーチャーエミヤという英霊の本質なのかもしれなかった。

 

「……わかりました! 不肖、このマシュ・キリエライトも勝利のために全力を尽くします!」

 

 アーチャーからの言葉に自分に向けられる確かな信頼を感じたマシュがぐっと拳を握りしめる。

 

「ああ、よろしくたのむよ。では、それぞれが戦う相手も決めたということで、セイバーの情報と私の考えた戦術を伝えたいが、いいかな」

「もちろん」

「よし、お前さんの絵図を見せてもらおうか」

「お願いするわ」

「お願いします、エミヤさん」

「よろしくお願いします!」

「わかった。では、まずはーー」

 

 迫る決戦を前に、一同は円卓を囲んで額を突き合わせる。

 円卓には上座や下座の概念がない。そこに座る者が位置によって優劣を持たぬよう、どこに座っても円周の一部になるような配慮があるが故の円卓なのだ。

 そんな円卓を囲う立香たちには、今マスターやサーヴァントの垣根を超えて、同じ苦難に立ち向かう同士としての確かな絆が芽生えているのだった。



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黒き王との謁見

いよいよセイバーが本格的に登場します!



 ーー夢を、夢を見ていた気がする。

 

 それはとても大切な夢だ。遠い昔に、置き去りにしてきた何かをつかみとったような。

 

 あるいは、それはごくありふれた、夕食後に食卓を囲んで行う団欒のような、とてもささやかで温かな幸せを感じる、そんな夢だったと思う。

 

 だが、それはあり得ざる幻想に過ぎない。

 

 なぜなら、私はそれを選定の剣を引き抜いたその時に、全て過去に置き去りにしてきたのだから。

 

 ブリテンの未来を護るために、そこにある人々の笑顔を護るために。私は人ではなく《 守護者(システム)》となったのだ。

 

 故に、(わたし)幸福(ゆめ)などに意味はなく。

 

 あの瞬間から、私の幸福(ゆめ)は、きっと人々の幸福(ゆめ)でできていたのだーー

 

「GRUUUUUuu……」

「ーーむ、少し微睡(まどろ)んでいたか」

 

 側に控える巌のような男の影法師が上げる唸りが、意識を覚醒させる。聖剣によって切り裂かれたビルの残骸、それが作る小高い丘の上に載せた肘掛け椅子の上で私は目覚めた。

 

「AAAAGGGGURRUAAaaa!!」

「……ふむ、思う様暴れて来るといい狂戦士(バーサーカー)よ」

「AAAGUUuu……!!」

 

 私の声で、狂戦士は黒い疾風のように丘を下り、私が聖剣によって切り裂いた道を駆け抜けて行く。それが視界から消えると、私はゆっくりと肘掛け椅子に体を預けた。今となっては、この身を預けることができるのは最早あの黒い疾風とこの椅子だけだ。

 

我が息子(モードレッド)のように私を終わらせに来るか、英霊とそのマスター(有象無象)ども」

 

 そう、ここが今の私にとっての《カムランの丘》に他ならない。我が息子によって命脈を立たれた彼の地に、私は再び蘇ったのだ。

 

「だが、今度の私に敗北はない。ここから聖杯の力により、再び私のブリテンは甦るのだ」

 

 そうだ。あのとき、私はその弱さから、命も忠実な騎士たちもブリテンも、そこに暮らす民の笑顔すらも失った。守護者(システム)に徹しきれなかった人の部分が、王としての判断を狂わせたのだ。

 だが、その弱さは全て聖杯に満ちた汚泥が私の中から洗い流してくれた。

 我々7騎のサーヴァントとそのマスターが欲して止まなかった、万能の願望機たる冬木の大聖杯は、何者かの悪意によってその魔力を汚染されていた。そして、私は大聖杯を汚染した者とは別の何者か(・・・・・)の手によってその汚泥を一身に浴びることとなった。

 自らの願いを込めるはずの大聖杯が、既に汚染されていたことへの絶望は、その汚泥と私が一つになるに連れて歓喜へと変わっていった。大聖杯に満ちた汚泥によって、私は大聖杯と一つになったのだ。

 今や、大聖杯の無限に等しい魔力は、全て私の手中にあるといっていい。後は、これをうまく出力できるまで私の能力(キャパ)を引き上げるのだ。汚泥という肉を得た私にはそれができる。できるのだ。

 

「そして、今度はこの《カムランの丘》より始めよう。私の新たなブリテンを! 一部の隙も許さぬ完全なる世界を!」

 

 さぁ、ブリテンの終焉たる《カムランの丘》から時計の針を巻き戻そう。そうして、理想のブリテンを現実に引き寄せよう。私にはもうすぐそれができる。

 今の私はこの世でもっとも合理的な守護者(システム)だ。

 

 決して狂わず。

 決して誤らず。

 決して違わず。

 

 私の中の理想の王はついにここに完成した。

 故に、次のブリテンは決して果てを迎えたりはしない。あの過ちを二度と繰り返すことは無いのだ。

 

 そうして私は椅子から立つと、丘へ王の証たる剣を突き立て仁王立つ。最早、小細工をするまでもなく、私の刃は叛逆者たちの首を断つ。この威風堂々たる姿こそが、私の求めた王の姿。

 そして、私の双眸は聖剣の切り拓いた道の先、叛逆者が来るであろうその先を見据える。

 

 キャスターか、あるいはアーチャーか。いずれにしろ最早私の敵ではなーー

 

 ーーその道が。今までの自分が、間違っていなかったって信じている。

 

「……っ!?」

 

 不意に頭部を殴られたような痛みを覚え、気が付くと私は丘に片膝をついていた。

 

 なんだ、今の言葉は。私はまだ、夢を見ているのか。

 

 それは、あり得ざる記憶の中のあり得ざる言葉。私という完璧(システム)を狂わせる、幸福(ゆめ)という名の異分子(バグ)

 

 あり得ない。これは夢だ。悪い夢だ。さぁ、目覚めのときだアルトリア・ペンドラゴン。もうあの光景を繰り返したくないから、お前は完璧になったのだろう。

 

 そう言い聞かせ、私は再び立ち上がる。どれほどの時間が経っていたのか、私の眼前には一人の男が立っていた。白を基調とした制服をまとった背の高い気障な男だ。顔に浮かんだその笑みが、軽佻浮薄な印象をより強めている。

 

「おやぁ、随分と調子が悪そうですなぁ。これは、俺が本気を出すまでもないですかなぁ」

 

 こちらの神経を逆撫でするような軽薄な台詞と態度。しかし、私にはその奥に潜む狼の牙が見える。

 

「……不遜である。王の御前であるぞ、控えよ道化」

「道化師扱いとは心外ですなぁ。心中穏やかでないあなたの為に、わざわざそうしてみせたんですよ、こっちはね」

 

 両手を広げて戯けてみせた男は、すぐに脚を肩幅に開いた構えを取る。すると、いかなる原理か、男の周囲の瓦礫が虹色の煌めきに変わってその脚に巻き付き、次の瞬間には薄紫の脚甲が現れていた。

 

「野良犬風情が、私を下に見るか」

「そっちこそ、見下してんじゃねぇよ」

 

 剣を抜き放つ私に向けて、男が隠していた牙を剥き出しに咆える。

 それは競争に負けて野に解き放たれた野良犬のそれではない。自ら荒野で生きることを選んだ獣の咆哮だ。

 

 なるほど、この男が私の最後の試練ということか。

 

 私には分かる。この男は私とは違う、別の合理性に衝き動かされて生きているということが。

 故にここで斃さねばならぬ。私の完璧が正しいことを示すために。

 

「では、序列というものをその身に叩き込んでやろう。完全たる王、アルトリア・ペンドラゴンの力その身に刻んで果てるといい!」

「上等! サーヴァント・ライダー、ストレイト・クーガー! 世界の果てまでお前をぶっ飛ばす男の名だ!」

 

 極限まで高まった互いの魔力が触れ合ったその瞬間、()()の力を中心に、間違いなく世界が揺れた。

 




次回、戦闘パートですわ~!


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決意を力に

セイバーオルタ戦その2、なんですが、どちらかというと回想パートに近いです。


「はぁっ!」

「らあっ!」

 

 裂帛の気合とともに交錯したクーガーとセイバー。彼らはまるで喧嘩独楽がぶつかりあったときのように、魔力の火花を散らしながら弾き合って、仕切り直すかのように先程までの位置へと戻る。

 ただし、先程と違うのは、クーガーの脚を包む薄紫の脚甲。

 彼の武器であるそれは、セイバーのエクスカリバーを受けた右脚の甲の部分が大きく抉れ、削れ飛んでいた。

 

「ちっ、この俺が押し負けてるってのか!」

 

 クーガーが舌打ちをすると、再び彼の周りに転がる瓦礫が虹の煌めきとなり、破損した右脚の脚甲を包む。光が消えた頃には、再び無傷の脚甲がその姿を現していた。

 破損から修復、一連の流れを見たセイバーが、その整った眉を顰める。

 

「ほう、復元能力か。実体のある武具の宝具、というわけではないのだな、その脚甲(グリーブ)は」

 

 《宝具》は、その英霊の逸話が武器になったようなもので、当然英霊にとっての切り札に等しい。

 逸話なのでヘラクレスの《十二の試練》のように形を持たぬ宝具もあれば、アーサー王の《エクスカリバー》のように、逸話を残した実体のある武具の宝具も存在する。

 しかし、この宝具というものは一度破壊されてしまえば、その現界の間は再び使用することは適わない。このような武具は誰か他のものに与えられたものであったり、長年の準備の末に造られたものであるため、大概の英霊が自力で直せるものではないからだ。

 その宝具を破損前提で《 魔力超過(オーバーロード)》させ、一撃にすべてを載せて放つ《ブロークン・ファンタズム》という手法もあるが、自身の力の象徴たる宝具を手放すリスクを鑑み、この手段を使う英霊はほとんどいない。

 クーガーはそんな容易に修復ならざるはずの宝具を容易く直してみせた。故にセイバーは、彼の脚甲を実体のないものだと看破したのだ。

 それに対して、クーガーは隠すことでもないという風に、力強く頷いてみせる。

 

「ああ、こいつは自前さ。俺の生き様そのものみたいなもんだ。容易く抜けると思うなよ」

 

 クーガーにとって《ラディカル・グッドスピード》は、彼の求めた速さ(りそう)の具現に他ならない。それを破ることは、即ち彼を斃すことに他ならなかった。

 セイバーは、クーガーの覚悟を前に、己の聖剣(かくご)を構え直す。

 それは、泥にまみれても決して失われることのなかった彼女の守護者の象徴(りそう)。一撃の交錯によって、彼女はこの決戦が互いの理想の強さをぶつけ合う死闘になると理解していた。

 

「ならば、脚ごとへし折れるまで何度でも斬りつけてやろう」

「それよりも、自分の剣の方を心配してな!」

 

 セイバーの挑発に応えるクーガーの咆哮じみた叫びとともに、二人の英霊は再び白と黒の旋風となり、冬木の街に吹き荒れた。

 

 身を屈めなければ舞い上がってしまいそうな突風と、ともすれば、体をかするだけでもその身が消し飛びそうな魔力の奔流が宙を走る。その度に、立香は自分の魔力が恐るべき速さで吸い上げられていくのを感じていた。

 

 これが、英霊同士の戦い……!

 

 立香は、目の前で繰り広げられる光景を見て、今まで自分は本当の意味での英霊同士の戦いを経験していなかったことを思い知らされていた。

 もちろん、先程までの戦いが危険でなかった訳ではない。アサシンとランサー、2騎の影法師との戦いでは、ランサーの振るう凶刃が、後一歩踏み込めば立香の首を刎ねるというところまで、死神の吐息が間近に迫ったこともあった。

 だが、今の状況はそれすらも生温く感じてしまう。

 立香のすぐ脇を駆け抜ける魔力の奔流が、瓦礫を巻き上げ吹き抜ける疾風が、その全てが彼にとっては致命の一撃だ。目の前に立ち、その細い体と大きな盾で自分を庇ってくれているマシュがいなければ、自分はもう既に数十回は死んでいるだろう。そう、立香は確信していた。

 

 それでも、退くことはできない……!

 

 最早、自分ではどうすることもできない状況の中、魔力が喪われることによって飛びそうになる意識を、立香は歯を食いしばって耐える。

 

 だって、自分は皆と約束したんだから!

 

 歯を食いしばり過ぎたことによる出血を、口の端に滲ませる立香の脳裏に浮かんだのは、先程までの仲間たちとのやり取りだった。

 

 

ーーーーー

 

 

「つまり、貴方は戦力を分散させることを提案するわけね?」

「その通りだ」

 

 今から遡ること十数分前。

 ビルの会議室で、互いが手持ちの情報を出し切ったうえで、アーチャーから提案された作戦についてオルガマリーが再確認をとっていた。

 アーチャーからの提案は、「こちらの戦力を3つに分けて行動する」というものだった。

 オルガマリーとしては、せっかく集結させた戦力を再び分散させるのは無意味なのではないかという意図からの再確認だったが、アーチャーは首を縦に振って自身の提案を肯定した。

 

「むしろ、今の戦力を一つにしても、無尽蔵の魔力を確保したセイバーを正攻法で抜くのは困難を極める。加えて、取り巻きのバーサーカーを排除しなければ、まともに戦いの土俵に立てるかも怪しい」

「確かにな。セイバーの話を聞くに、今の(やっこ)さんは騎士道に則る戦いよりも、合理的な戦いを好むみてぇだ。まず、バーサーカーをけしかけて、その隙きを突く戦術は、いかにもありそうな選択肢じゃねぇか」

 

 アーチャーの見立てにクー・フーリンも同意する。

 本来のランサーで現界したときの彼の戦闘スタイルは、どちらかといえば今の反転したセイバーに近しい合理的なものだ。まずは自身の生存を第一に考え、勝つべきところは外さない。

 だからこそ、「今のセイバーならこうするであろう」という行動予測が、彼には容易にできる。そして、その予測の結果は、アーチャーのそれと合致していた。

 

(まさ)しくだ。故に我々は、バーサーカーの注意を引きあれを引き連れて時間稼ぎをする、セイバーと真っ向から殴り合う、セイバーの不意を付く、この3つの役回りが必要となる」

「なるほどね。そうなると、その役目には貴方達サーヴァントを一騎ずつ割り当てる必要があるわね」

 

 オルガマリーとしてもアーチャーの考えには賛同できるようで、顎に手を添えて軽く頷く。

 

「その通りだ、ms.オルガマリー。そして、その内訳も既に考えてある」

「聞かせてもらえるかしら」

「ああ、まずバーサーカーだが、あれは私が受け持とう。あれを引き連れて時間稼ぎをするのには付かず離れずの機動力が必要になる。そう考えると、クーガーは速すぎるし、クー・フーリンでは遅すぎる」

「妥当な意見ですな、俺は問題無いと思いますよ」

「こっちも異論はねぇな。ランサーだったら俺が受け持ってもよかったんだが、今の俺では無理筋だ」

 

 クーガーが人差し指でサングラスを押し上げてニヤリと笑い、クー・フーリンは肩をすくめて、それぞれ賛同の意を示す。

 

「賛同してくれて何よりだ。そして、セイバーと正面からぶつかるのはクーガー、君の役目だ。その速さは、間違いなくセイバーの喉笛に突き刺さる」

「上等! いい目を出してみせましょう!」

 

 クーガーが掌に拳を打ち付けて気合を入れる。彼は相手がどんな大物であっても、自分の速さへの絶対的自信は揺るがない。

 

「ありがとう、クーガー。そして、搦め手の方はキャスター、クー・フーリンに任せたい。ルーンの多様性が、臨機応変な不意打ちには何より向いているはずだ」

「ま、そうなるわな。精々、こっちもイケるってところを見せてやるかな」

 

 クー・フーリンは肩にかけていた杖を軽く振るってニヤリと笑う。

 

「ひとまず、英霊はこの役割分担で動く。それから、各英霊に同行するマスターたちの人選なのだが、これも私から提案させてもらっても構わないかな?」

「ええ、英霊が貴方が提案した分担でいくならそれに付随するマスターの人選も貴方がやるのが合理的ね」

「自分も、エミヤさんの提案を聞きたいです」

 

 オルガマリーに加え、立香もアーチャーの意見を促す。

 

「ありがとう。まず、私だが、私は単独行動を取らせてもらおうと思う。本丸のセイバーになるべく多くの戦力を注ぎたいし、バーサーカーを連れての時間稼ぎには人の身ではついてこられないだろうからね」

「こればかりはしょうがないですね……」

「ああ、そこでマスターである立香君、君にお願いがあるんだ」

「……お願い? ……はい、なんでしょうか?」

 

 まさか、自分が英霊から頼み事をされるとは思っていなかった立香は、きょとんとした表情でアーチャーを見る。

 

「君の手に宿る令呪、その一画分の魔力を私に貰い受けたい」

「令呪を……」

 

 言われて立香は自分の左手の甲に視線を落とす。

 令呪というのは、マスターの証であるとともに、それ自体が膨大な魔力のリソースとなる。これを用いれば反抗しそうなサーヴァントを、強制的に従えることすらも可能となる。

 ただし、そのような使い方は下の下であり、本来は宝具の真名開放のような戦闘時のパワーアップに充てることが有効的な活用法方である。令呪の後押しを受けたサーヴァントは、遥か格上のサーヴァントにすら匹敵する力を発揮することもあり得るからだ。

 令呪というのは一画の規模に差はあれど、三画という画数に例外はない。立香の手の甲には今、三画揃った令呪が刻まれている。

 

「流石に、大英雄ヘラクレス相手では万が一、ということもある。確実に役目を果たすためにも魔力を十分に確保しておきたいのだが……どうだろうか?」

「自分としては構わないんですけど、所長はどうです?」

「私としても異論はないわね。もしこれが虎の子の残り一画とかなら少しは考えもしたでしょうけど、まだ三画全てが健在な今は、出し惜しみすることもないわ。アーチャーには確実にバーサーカーを引き付けてもらいましょう」

「わかりました。それでは、エミヤさん、令呪一画を貴方に託します」

 

 そう言って、立香が右手をアーチャーにかざすと、彼の手から令呪が一画、紅い光を放って消える。それと引き換えに、膨大な魔力がアーチャーの内で膨れ上がるのが傍目にもわかった。

 

「ありがとう、立香君、ms.オルガマリー。皆の期待には確実に応えてみせよう」

「お願いするわ、アーチャー」

「頼みます、エミヤさん」

「ああ。さて、次にセイバーと正面で戦うサポートだが、これはもうマシュと立香君で決まりだろう。令呪(切り札)を使うタイミングや戦闘の指示を出す上でも、立香君は必ずクーガーの側にあるべきだし、その護衛としてマシュの存在は外せない」

 

 そこまで言うと、アーチャーは少し言葉を区切り、マシュと立香を力強く見つめる。

 

「……これは正直、かなり危険な役回りだ。本当なら、君たちのような人間に任せていい性質のものではないことは十分に理解している。でも、これは君にしかできないことなんだ。頼めるね、マシュ、立香君」

 

 アーチャーの瞳には、このような命のやり取りの中に身を置く役回りを、年頃の少年や少女に押し付けてしまうことへの慙愧(ざんき)の念が浮かんでいた。それはあるいは、彼の生き様に違う行為を二人に強いてしまう自身の無力への憤怒だったのかもしれない。

 

「はいっ! マシュ・キリエライト、必ずや先輩をお守りいたします」

「自分にできることならやってみせます!」

 

 そのアーチャーの気持ちを汲み取ったのか、立香とマシュは元気よく返事をしてみせる。

 

「二人とも……ありがとう……」

 

 真っ直ぐな、あまりにも真っ直ぐな二人の気持ちを受けてアーチャーは思わず言葉を詰まらせた。

 それは、自分が信じて守りたかったものの精髄を目の当たりにした、彼の歓喜の大きさを示していた。

 

「……クーガー、かなり酷なことを頼むが、彼らを護ってやってくれ」

「そんなこと、言われる前から織り込み済みさ」

「ふっ、流石に世界を縮める男は覚悟の早さも違うらしいな」

 

 セイバーを相手取りながらマスターたち二人を護る。

 そのあまりにも困難な任務(オーダー)を、不敵な笑み一つで受け入れてみせるクーガーに、アーチャーも思わず笑みを零してしまう。

 

 ……ああ、私はこういう者たちと肩を並べて戦いたかったのかもしれない。

 

 ーーNor known to Life(ただの一度も理解されない).

 ただ、ただ真っ直ぐに正義を追い求めていた。

 そんな、生前のアーチャーの生き様は、誰にも理解されることはなく、たった一人で彼は死んだ。

 それも仕方のないことだと最期の瞬間まで心のどこかで割り切っていた。それほどまでに彼の生き様は常人の精神性から乖離していた。

 だが、このクーガーという英霊は違う。

 もちろん、クーガーには彼の掲げる正義があり、それが自分のそれとは違うことをアーチャーは理解している。それでも、互いに違う正義を掲げながら、全力で相手の正義を肯定してくれるような、そんな懐の深さをアーチャーはクーガーに感じ取っていた。

 

 器用に生きているように見えて、本質的には不器用にしか生きられない男。

 

 アーチャーとクーガーは、その根源が同じ人種なのだ。そして、互いに自分たちが同じ人種であることを、先程までのやり取りの中で、二人は完全に理解っていた。

 

「では、最後にセイバーへの奇襲だが、これはクー・フーリンとms.オルガマリーに頼む。クー・フーリンのルーン魔術による手数の多さ、ms.オルガマリーの魔術師としての器量を鑑みるに、この二人に魔術的な手段でセイバーの不意をついてもらうのが最善であると判断した」

「戦闘は得意ではないのだけれど、わかったわ。私も《カルデア》のトップとして、できる限りのことをやりましょう」

 

 オルガマリーが、覚悟を決めた表情でそう宣言すると、その背中をクー・フーリンがバシッと叩く。思わぬ衝撃に「ひゃん!?」と変な声をあげるオルガマリーを見て、クーガーが「ああー!?」と叫び声をあげて席から立ち上がる。

 

「安心しな、お嬢ちゃん。俺が本気を出せば、お前さんに傷一つつけさせねぇよ」

「た、頼りにしてるわ、キャスター。でも、背中を叩く前に予告はしてほしかったわね……」

「その通り! ボディタッチはいくらなんでも見過ごせませんなぁ、大将! レディに対して失礼ではありませんか。ねぇ、オリガさん!」

 

 席を立ったクーガーが、その人差し指をビシッとクー・フーリンに突き付けて抗議するも、オルガマリーはやれやれという様子で首を振った。

 

「確かにそうだけど、名前を間違えられるよりはまだましね」

「Oh……こいつは手厳しい……」

「はっはっは! この程度スキンシップの範疇だろ、大目に見てくれよ、クーガー!」

「か〜っ! これが人生経験の差ってやつなのかぁ〜!?」

 

 意気揚々と助けに向かったはずのオルガマリーに梯子を外されて、ガックリと項垂れるクーガーの背中をクー・フーリンが高笑いしながらバシバシと叩く。

 そんなやり取りを横目で見ながら、アーチャーが再び口を開く。

 

「ありがとう、ms.オルガマリー。君も、中々に苦しい立場だと思うが、よろしく頼む」

「お気遣いありがとうアーチャー。ええ、なんとかやってみせるわ」

 

 軽く頭を下げるアーチャーに向けて、オルガマリーは力強く頷く。

 

「では、これでそれぞれの役割は理解してもらえたと思う。何か質問がなければ、すぐにでも動こうと思うがどうだろうか?」

 

 そう言ってアーチャーが全員を見回すと、「はいっ」という威勢のいい声とともに、おずおずとマシュが右手を挙げる。

 

「おや、マシュ、何か疑問な点があるかな?」

「疑問というよりは確認なのですが……」

 

 そこまで言うと、マシュは少しアーチャーから視線を逸らし、その顔に躊躇いを浮かべる。しかし、すぐに意を決した表情で再び口を開いた。

 

「……エミヤさんは、セイバー、アーサー王と戦わなくてよろしいのですか? どうやら、因縁浅からぬ間柄のようですが……」

 

 マシュが口に出したのは、セイバーとアーチャーの関係についてだ。アーチャーがセイバーと縁のある英霊であることは、情報共有の段階で皆が知るところだった。

 英霊の縁というものは生半(なまなか)なことで結ばれるものではない。まず、(くら)より招かれることが稀な上に、無数の英霊の中から縁のある英霊同士が選ばれるとなると、その可能性は天文学的確率の低さとなる。

 だからこそ、マシュは「直接会ってケリをつけなくていいのか」と、アーチャーに確認したのだ。

 マシュの気遣いに対してアーチャーは「ふむ」と呟いて、軽く首を左右に振った。

 

「気遣いありがとう、マシュ。だが、大丈夫だ。人理の危機というこの状況、私情を挟むわけにもいくまいよ」

「ですが……」

 

 それでも喰い下がろうとするマシュに、アーチャーは微笑んで再び首を振った。

 

「いいんだ。それぞれが正しく役目を果たして、世界が護られれば、それでいい。それにーー」

 

 そこまで言うと、アーチャーは言葉を切って不敵な笑みを浮かべる。

 

「ーーあのバーサーカー、アレは別に倒してしまっても構わないんだろう? その後でゆっくりと合流させてもらうとするさ」

「へっ、咆えるじゃねえか!」

「俺もそういうのは嫌いじゃないぜ、エミヤの旦那!」

 

 アーチャーの口から吐かれた存外に強い言葉に、クー・フーリンとクーガーが色めき立つ。

 この三人、なんだかんだで意地を張るのが好きな男ばかりだ。アーチャーの見せた特上の意地は、二人の男の血潮を沸き立たせるのには十分すぎるほどだった。

 

「わかりました、私も精一杯努力します!」

「自分も、エミヤさんが間に合うように頑張ります!」

「それは……私も負けてはいられないな。……まったく、私はよいマスターと戦友に巡り会えたようだ」

 

 アーチャーの決意に応えるように、精一杯の気炎をあげる二人。こんな場所にいることすら恐ろしいだろうに、それを微塵も見せず英霊である自分への気遣いすらしてみせる二人に、アーチャーは畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 そんな感動に震える彼の肩に、椅子から立ち上がったクーガーがポンと手をのせる。

 

「じゃ、行くとしましょうかエミヤの旦那。あんまり手こずるようだと、世界を縮めるこの俺が最速で勝ってしまうかもしれませんよ」

「こればかりは早いもん勝ちだ。獲物がなくなることを心配してな」

 

 クーガーと、それに釣られるように立ち上がったクー・フーリン。それに負けじとアーチャーも力強くその腰を上げる。

 

「ふっ、それは困ったな。では、作戦を開始しよう。ms.オルガマリー、《カルデア》の代表として、作戦開始の音頭をとってくれるかな」

 

 アーチャーの言葉を受けて、オルガマリーが力強く椅子から立ち上がり右手を前に掲げる。

 

「わかりました。……これより、この《特異点F》攻略に向けて、決戦となる作戦を開始します。目標は敵性サーヴァントセイバー、キングアーサーの撃破。総員が最善を尽くすことを期待します。行くわよ!」

「応!」

 

 オルガマリーの言葉に全員の想いが一つとなり、そうして《カルデア》は、ついに決戦の地へと向かったのだ。

 

 

ーーーー

 

 

 エミヤさんや、他のみんなは自分を信頼してここを任せてくれたんだ。それを裏切るわけにはいかない!

 

 あの会議室で交わした想いが、強い決意が、震える立香の両の脚を地面へと確かに縫い付けていた。

 

 人の想いとは、ときに恐るべき爆発力を生む。

 

 立香の前に立つ反転した騎士王は、泥に溶けゆく胸の内でそのことをまだ憶えているのだろうか?

 それぞれの思惑を乗せて、《特異点F》の決戦は、さらにその勢いを増してゆく。

 




次回は、戦闘パート+オルガマリー&クー・フーリン視点のパートになりそうですわ!


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星の流した涙の跡は

セイバー戦3話目!
セイバー戦は後2回の予定!
今回は、クーガーと、オルガマリー&クー・フーリンのチームにフォーカス!


「ちぃっ!」

 

 もう何度目になったか分からない攻撃の失敗に、クーガーは思わず舌打ちする。

 

 今のは結構いい線いったと思ったが、これを避けるかね!

 

 先程、クーガーは直進すると見せかけて、セイバーに肉薄する直前でほぼ直角に右へとステップ、その先にあった瓦礫を蹴って再びセイバーに突入するサイドワインダーのような攻撃をしかけていた。

 しかし、その攻撃を体を捻るような動きと、振り下ろしたエクスカリバーを返す刃で掬い上げるような斬撃で、セイバーは見事にいなしていた。

 

「小癪な手を使う。だが、私には無意味だ」

「どうかな? 今のは無理に体を捻ったように見えたがなぁ!」

 

 攻撃を避けられ、横をすり抜ける形となったクーガーは、セイバーに背を向けたまま大きくバックステップ。その動きの中で体を捻り、セイバーの頭部に踵落としを見舞う。

 普通ならば、体を反転させ相手と正対し、踏み込みと同時に攻撃動作に移るという2行程を必要とする動きを、クーガーはその尋常ならざる脚力で、1行程に縮めてみせた。紛れもなく、回避至難の速攻。

 

「ふん!」

 

 その一撃を、それでもセイバーは頭上に()()()()()()()エクスカリバーで受け止めてみせる。そのまま払いのけるようにクーガーを宙に跳ね上げると、剣身に《 風王結界(インビジブル・エア)》を展開。風の結界をクーガーに向けて解き放つ。

 

「なんのっ!」

 

 蹴り出す足場がなければ空中では動けない。並の英霊であればまともに食らう一撃だが、クーガーはそれを脚甲の側面にあるスリットからのジェット噴射で躱す。風に煽られて乱れる髪を撫でつけながら、クーガーとセイバーは再び仕切り直しの位置についた。

 

「いやぁ、こいつは中々に手強いですなぁ」

 

 クーガーがいつも通りの少し戯けた調子で話しかけると、セイバーはそれを「ふん」と鼻で笑う。

 

「見え透いた道化気取りはやめたらどうだ。お前の隠したつもりの牙はもう丸見えだぞ」

「おやぁ? この程度で俺の力を全部見たと思ってらっしゃる? なら、もっと道化を楽しんでいってもらいましょうか」

「力がまだあるというのなら出し惜しみはしないことだ。そうせねば、その首すぐにでも宙に舞うことになるぞ」

「さぁ、そう上手くいきますかねぇ」

 

 攻撃の次は言葉の応酬を繰り広げ、再び両雄は構えを取る。低く短距離走のような構えのクーガーに対して、セイバーは屋根(ダック)と呼ばれる、剣道でいうところの大上段に構える。一太刀で相手を仕留めてみせるという極めて攻撃的な構えだ。

 

 俺の速さに応じて斬れるってことか。嫌な感じだ。

 

 セイバーの構えを見て、クーガーはその姿にある男の姿を重ねていた。

 男の名はーー無常(むじょう)矜侍(きょうじ)。クーガーと同じく《向こう側の世界》を見たアルター能力者で、彼の命を終わらせるきっかけとなった男だ。

 無常は、そのアルター能力によって他者のアルター能力を吸収し、自分に都合のいい形に変質させて使うことができた。

 それによって得た、無常の最たる能力の一つ、それが《 未来予知(フォアサイト)》だった。無常は未来に何が起こるかを先読みすることで、クーガーの速さに対抗してきたのだ。

 そして、今のセイバーの動きに、クーガーは無常の《未来予知》に近いものを感じ取っていた。

 

 セイバーは、明らかにこちらの動きを読んだような防御をしてみせる。だが、その動作には無常ほどの余裕はない。もしかすると、()()()()()()()()()のか?

 

 クーガーのこの読みはまさに正鵠を射ていた。

 セイバー、アーサー王には《直感》のスキルがあり、正常な状態であれば、それは《未来予知》に近しい、戦闘における最適解の動きを彼女に可能とさせていた。反転した(オルタ)の状態である今は、本来の性能は喪われているものの、それでも武術の達人程度の先読みは可能だ。

 クーガーの動きがあまりにも規格外の為に、今のセイバーは際どい回避を強いられているものの、彼の速さに慣れ始めれば戦いの天秤は彼女に大きく傾くことになる。

 

 速さに対抗するために、自分の速さを上げる必要は無いということか。なるほど、英霊ってのは面白い!

 

 戦えば戦うほど不利になるはずの状況で、しかしクーガーは内心に湧き上がる歓びを抑えきれないでいた。

 戦いの中に身を置くクーガーにとっては、強者との戦いは心沸き立つものであり、逆境はそれをさらに引き立てるスパイスのようなものだった。

 

 蛇野郎みたいな(ひね)た陰謀屋ならともかく、反転したとはいえ、セイバーの叶えたい理想は本物だ。だからこそ、俺の速さ(りそう)をぶつけるだけの価値がある!

 

 無常の理想が、全てを踏み台に己を伸し上げる我欲であれば、セイバーの理想は私欲を捨てて全てを他者の幸福に捧げる献身だった。前者の理想はクーガーにとっては唾棄すべきものあったが、後者のそれが泥に塗れてまで手に入れたいものなのだとしたら、クーガーにはそれを軽んじることはできなかった。

 なぜなら、それは彼が既に辿ってきた道なのだから。

 

「さぁ、仕切り直しだ! 受けろよ俺の速さを!」

「野犬風情が、何度でも躾けてやろう!」

 

 その叫びは狼と獅子のそれに等しい。

 二匹の誇り高き獣たちは疾風となり、再びその爪牙を交え始めた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「おお、やってるねぇ~。流石はクーガー、反転した騎士王相手に五分でやれるたぁ、見上げたもんだ」

「異常に強いとは思っていたけど、まさかここまでとはね……」

 

 決戦の地である倒壊したビルでできた瓦礫の丘、そこを見下ろせるビルの屋上にクー・フーリンとオルガマリーは陣取っていた。

 この位置取りは、オルガマリーがクー・フーリンに提案したものである。ここからなら、クーガーの戦う戦場も、彼女の祖たる《アニムスフィア》の一門が目指した(そら)の果ても見通せる。

 

「しかし、この戦い長引くとクーガーに不利そうだ。セイバーが、段々クーガーの速さに慣れてきてやがる」

「わかったわ。すぐにでも準備を始めましょう」

「ああ、俺たちの作戦は嬢ちゃんの《天体魔術》で、セイバー目がけて流星をぶつける、これで間違いないな」

「ええ、クー・フーリン。セイバーの守りを突破するには中途半端な魔術では無理でしょうから」

 

 キャスター、クー・フーリンとオルガマリー、この二人の共通点はともに《ルーン魔術》の使い手ということである。ただし、どちらかというと速攻を意識した小〜中規模の魔術を得意とするクー・フーリンに対して、オルガマリーは長い詠唱と星辰の動きを利用した大掛かりな魔術を得意としていた。

 今回相手取るセイバーは、元の騎士王の状態よりも魔術耐性は落ちているとはいえ、それでも生半な魔術では傷一つつかぬほどの堅固な魔術防御を展開している。加えて、聖杯からの魔力リソースの常時供給によって、攻撃を分けて徐々に防御を減衰させるという手段も取れない。一撃で防御を貫く火力でなければ、時間とともに減衰した防御は回復してしまうのだ。

 故に、二人が採ったのは最大出力による一点突破。

 人の力を超えた、星の力を呼び込むことで護りごとセイバーを撃ち抜く手段を選んだのだ。

 

「じゃあ、俺は魔除けや気配遮断のルーンを刻んでいく。嬢ちゃんは術式の準備を進めてくれ。俺のルーンが完成して魔力の流れをセイバーが探知できない状態になったら、そこで詠唱開始といこうじゃねぇか」

「ええ、それじゃあ始めましょう」

 

 クーフーリンの言葉にオルガマリーが頷いて、二人は杖やナイフなどでビルの屋上にルーン文字を刻みつけていく。不意打ちという役目を果たす以上、魔力利用はご法度なので物理的な手段を取らざるを得ないためだ。

 ゴリゴリと屋上を削る音が響く中、クーフーリンが手を休めることなく「なあ、嬢ちゃん」とオルガマリーに話しかける。

 

「どうかしましたか、クー・フーリン」

「いや、ただ黙々と作業するのもあれだろ。ちょっと喋りながらでもいいかって思ってな」

「そんなことですか……何か重要な連絡かと思いました」

 

 呆れたように応えるオルガマリーに、クーフーリンは「ハハッ」と笑ってみせる。

 

「いやいや、行動前にリラックスするのも大切なことだぜ。ずっと張り詰めたままだと、英霊だって保ちゃしないさ。……それに、嬢ちゃんはずっと気を張りっぱなしだからな」

 

 クーフーリンから図星をつかれた、オルガマリーの肩がビクリと震える。しばらくの沈黙の後、彼女の口からふっとため息が漏れて、作業の手が止まる。

 

「……やっぱり、そう見えますか」

「ああ、見えるね。嬢ちゃんは、会ったときからずっと肩肘張りっぱなしさ。《カルデア》の連中とやいのやいの言ってるときでも、嬢ちゃんだけはどこか吹っ切れてねぇ」

「……仕方ないのよ。これは私が背負うべき責任なんだから」

 

 オルガマリーが絞り出すように言葉を零す。その口調には先程までの丁寧さが失われ、どこか意固地になった子どものような、そんな部分が入れ替わるように現れていた。

 

「父さんが、突然亡くなって、アニムスフィア家の当主になって、《カルデア》の事業を引き継いで、私は人の上に立つ人間になったの」

「そうかい」

「だ、だから、人の上に立つ人間として、弱みは見せられない、見せられないのよ。だって、だってそうしないと……」

 

 オルガマリーの言葉が止まる。ここを超えてしまえばもう後戻りはできない。そんな彼女の最後の意地が言葉を堰き止めていた。

 重苦しい沈黙が屋上に流れ、いたたまれなくなったオルガマリーが顔をあげると、そこには彼女を見つめるクーフーリンの顔があった。

 彼は真剣な表情で、ただ黙ってオルガマリーの話の続きを待っていた。それは英霊というよりも、人生の先達として、一生を全力で生き抜いた者として、彼女の苦しみを受け止めてやろうという、一人の男の気概があった。

 それを見た瞬間、彼女の頬を一筋、温かいものが伝った。それは、彼女の心の堰がついに彼女の想いを外へと解き放った証だった。

 

「……私、誰にも認めてもらえないもの! わ、私だって、せ、精一杯頑張って、(そば)に誰もいないのに、必死にやってるのに、みんなそんなことできて当たり前だって……でも、失敗したら、失望されて……うう……」

 

 一度溢れ出したそれは、それを溜め込んでいた長さに比例するように、後から後から彼女の頬を伝った。

 溢れ出るものの多さに言葉を失い、頭を垂れる彼女の頭に、温かいものが触れる。驚いた彼女が見上げると、そこにはクーフーリンの笑顔があった。それは、いつもの気さくな兄貴分のそれや、野生の獣を思わせる戦闘中のそれではなく、家族に向けるような慈愛に満ちたものだった。

 

「それでいい、それでいいんだ」

「あっ……」

 

 オルガマリーの頭に載せたクーフーリンの手が、優しく彼女の頭を撫でる。その感覚は彼女の奥底に眠っていた古い記憶を呼び覚ました。

 それはまだ、彼女が愛されていた頃の遠い遠い記憶。優しく彼女の頭を撫でて、微笑みを投げかけてくれるあの人の記憶。

 

「人間はな、心に全部のことを溜め込めるほど丈夫にできちゃいないんだ。それこそ、そこらのガキンチョから、一国の王に至るまでな。だから、嬢ちゃんだって耐えられなくなったら、吐き出しちまっても構わないんだ」

「うぅ……」

「今は、《カルデア》の目もクーガーたちの方に集中してる、他には誰も見ちゃいないさ。遠慮なんてしなくていいぜ」

「わぁぁぁ……!」

 

 クーフーリンの囁くような言葉に従い、オルガマリーはそのまま声を上げて泣き続けた。クーフーリンはその間、また黙って彼女の頭を撫で続けていたのだった。

 

 

ーーーーー

 

 

「……ありがとう、もう大丈夫よ、クーフーリン。みっともないところ見せたわね」

 

 時間にすれば数分足らず。ビルの屋上にオルガマリーが立っていた。濡れた頬を頬を手で拭って、涙の跡はもはや泣き腫らした目元だけとなったその顔は、先程までと変わって生気に満ちていた。

 

「気にすんな、嬢ちゃん。若者の悩みを受け止めるのも年長者の役目だからな。もういいかい?」

 

 クーフーリンも、そんな彼女の回復に気付き、いつもの気さくな笑顔で応えてみせる。

 

「ええ、クーガーや藤丸、マシュたちだって頑張っているんですもの。残りの準備、すぐにでも済ませましょう」

「ああ、いっちょやったりますか!」

 

 そして、二人がほぼ完成に近かったルーンを刻み終えると、その中央にオルガマリーが立ち、クーフーリンが自身の刻んだルーンに魔力を流す。

 

「よし、これで偽装は完了だ。あれだけ魔力が荒れ狂ってるなら、俺たちの魔力は術式が完了するまで辿れねぇ。後は任せたぜ、嬢ちゃん!」

「ええ、私は私の役目を果たすわ!」

 

 偉大な英霊から頼られている。その事実が、臆病なオルガマリーを奮い立たせる。

 オルガマリーが、クーフーリンに向け気力充実の返事をしたその瞬間、周囲にぶつんとノイズが走り、《カルデア》のDr.ロマンと通信が通じる。

 

「準備はできたかい、マリー! 下の状況はかなり逼迫してきてるよ!」

「わかったわ、こちらはいつでもいけるわ。私の術式が完成する寸前に、藤丸に合図を送ってくれるかしら」

「ああ、任せてくれ!」

 

 ーー時はきた。さあ、私の役目を果たしましょう。

 

 Dr.ロマンに指示を出し、ついにオルガマリーの口から呪文の言葉が紡がれる。

 

「星の形。(ソラ)の形。神の形。我の形。天体は空洞なり。空洞は虚空なり。虚空には神ありき」

 

 《天体魔術》。それは、宇宙を舞う星辰の力を利用する魔術。代表的なものには星を落とす《コメット》などがあるが、これは星の動きを精緻に把握しなければなし得ない非常に高度な魔術である。

 しかし、この《特異点》という環境はオルガマリーにとって大きくプラスに働く。

 《特異点》は既に過ぎ去った過去。つまり、術式に必要な天体の動きは()()()()()()()()()。例え、《人類史》が失われようとも、宇宙を駆ける星には無縁のことだからだ。

 加えて、この《特異点F》は現在から極めて時間軸が近い。即ち、観測の精度は極めて高く、それらは全てデータとして《カルデア》に蓄積されているのだ。

 故に、彼女の魔術は、《特異点》において英霊にすら有効な宝具クラスの刃となるーー!

 

「スターズ・コスモス・ゴッズ・アニムス・ホロウ・ヴォイド・アニマ・アニムスフィアーー!」

 

 彼女の詠唱が終わる。

 それは即ち、星の落ちる刻ーー

 

「いっけぇー!」

 

 オルガマリーの叫びが、ビルの屋上に響くのと同時に、空を覆う雲と黒煙を切り裂いて、冬木の街に星が降った。




???「オルガマリー所長カワイイヤッター!」
???「フィーヒヒヒ、マーケティング的にもこれは大成功ですよ!」
???「オルガマリー所長と激しく前後したい! フヒヒヒアバーー!?」
???「破廉恥海賊死すべし。慈悲はない」
???「アイエエエエエ!?ニンジャ、ニンジャナンデ!?」
???「ドーモ、カベニンジャクラン、オサカベヒメ=サン、フーマニンジャクラン、コタローデス。ハイクを詠め。カイシャクしてやる」
???「アバーー!?」


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星降る丘に将星の堕つ

セイバー戦の続き!
今回は、クー・フーリンとオルガマリー、クーガーとセイバーパート!


 もう、何時のことかはっきりとは覚えていないが、昔、夜空を駆ける流星群を見て「星の雨が降っている」と呟いた記憶がある。

 雄大な自然現象が夜空に描く壮大な星のタピスリー。

 しかし、魔術の世界において、それは人の手で叶えうる(わざ)の一つとなる。

 

「藤丸君! もうすぐ、マリーの詠唱が完了する! クーガー君に合図を送ってあげて!」

「はい!」

 

 Dr.ロマンからの通信を受けて、立香はクーガーに供給(パス)する魔力を瞬間的に引き上げる。それが合図だった。

 

「……! せいやぁっ!」

「ふん、馬鹿の一つ覚えだな」

 

 クーガーが、真正面からセイバーに肉薄し、飛び蹴りを放つ。それをセイバーが、当然のごとくエクスカリバーで打ち返すと、クーガーはその勢いを利用して、聖剣を蹴りつけ大きく後方へと飛び立った。

 

「馬鹿を見るのがどちらなのか、今からわかりますよ、王様!」

「むっ!?」

 

 離れ行くクーガーの顔に浮かぶ不敵な笑みに、策の気配を感じたセイバーが、彼を追撃するために瓦礫の丘を駆け下りていく。

 しかし、クーガーの笑みとそれに迫るセイバーの間を、天より降り注ぐ流星が遮った。

 その一撃を皮切りに、一つが小型の建物はあろうかという星の欠片が、セイバーに向けて無数に降り注ぐ。

 轟音と粉塵、そして突風が駆け抜ける。

 マシュの構える盾の裏側まで回り込んでくる衝撃に、立香は恐怖以外の理由で、思わず尻もちをついてしまっていた。

 

「す、すごいです! これが所長の《天体魔術》! あっ、大丈夫ですか先輩!?」

 

 

 あまりにも現実離れした光景に、護るべき対象が尻もちをついていることに気がついたマシュが、慌てて立香に声をかけると、立香は「うん、なんともないよ」と声を返す。

 立香は、ズボンについた埃を払いながら立ち上がると、目の前に落ちる星の雨を、半ば呆然とした様子で見つめながらポツリと呟いた。

 

「でも、これはあれだね……」

「なんですか、先輩?」

 

 その呟きを拾ったマシュが問いかけると、立香はその顔に苦笑いを浮かべマシュを見た。

 

「やっぱり、お星様は空に浮かんでいるのを眺めるのが一番だなって思ったよ」

 

 そのどこか場違いな答えに、マシュは一瞬キョトンとした表情になってから、クスリと一つ笑いを零した。

 

「そうですね。……でしたら先輩、ここから無事に帰れたら、一緒に星を見ませんか?」

「それはいいね、みんなで見ようか」

 

 立香が笑顔で答えると、今度はマシュも満面の笑顔になった。

 

「はいっ! 所長やクーガーさんやドクターや、フォウさんも、みんなで一緒に見ましょうね!」

「おやおや、何か楽しいことの相談かい、お二人さん!」

「あっ、クーガーさん!」

 

 飛び退いた動きのまま、立香たちの元まで帰って来ていたクーガーにいつもの調子で声をかけられ、マシュが思わず声を上げる。

 

「ええ、先輩と大切な約束をしたのです」

「そうかい、それならもうひと頑張りしないと、だな」

「えっ?」

「まだ何かあるんですか、クーガーさん」

 

 先程までと打って変わって、クーガーがいつになく真剣な調子で喋るので、立香とマシュはその視線を辿る。

 クーガーの視線の先には、今や瓦礫ではなく流星群の丘となったセイバーの玉座があった。すると、次の瞬間、丘に突き立つ流星に光の線が刻まれ、その全てが線を挟んで上下にずり落ちる。

 

「そんな!?」

「こんなことって……!」

 

 思わず叫び声を上げる二人の前に、崩れ落ちた流星の巻き上げる砂煙の向こうから現れたのは、無傷に等しい姿のセイバーだった。

 服や鎧についた砂埃を払おうともせず、悠然と歩みを進めるセイバーの真正面にクーガーが立つ。彼我の距離はおよそ20メートル。互いに全力で飛び込めば必殺の間合いである。

 

「お召し物が汚れてますよ、王様。お色直しなんてどうです?」

「構わん、この程度の余興にそこまでする必要はない」

 

 クーガーの軽口に、セイバーはエクスカリバーを軽く振るって応える。

 

「ならいいんですが。これからやられるってときに、服がボロボロだと様にならないと思ったんですがね」

「ふん、道化もここまで来るといよいよ目障りだな。そろそろ退場願おうか。だが、その前にーー」

 

 セイバーが言葉を切ると、エクスカリバーの刀身に、黒く悍ましい魔力が迸る。

 

「ーー我らの勝負に水を指した羽虫どもの始末だ」

 

 続く言葉とともに聖剣が振り抜かれた瞬間、聖剣に纏わりついた魔力の奔流は、黒い閃光となって宙を駆け、とあるビルの屋上を薙ぎ払った。

 

 

ーーーーー

 

 

「うそでしょ……!? 星辰の動きを完璧に演算しての《惑星轟》を無傷で凌ぐなんて!?」

「ちいっ! 奴さん、思ったよりも聖杯に馴染んでやがった! まさか、嬢ちゃんの魔術を防ぐだけの出力がもう出せるなんてな!」

 

 セイバーの玉座を見下ろせるビルの上、《惑星轟》の直撃を受けてなお、何事もなかったかのように歩み始めたセイバーを見てオルガマリーが驚愕の叫びをあげる。

 クーフーリンも、予測を超えて聖杯の泥に適応していたセイバーを見て、自分の認識の甘さに舌打ちする。

 

「早く……早く、次の準備をしないと……!」

「何やってる、嬢ちゃん! すぐに退くぞ!」

 

 立香たちを支援するため、再び魔術の詠唱に戻ろうとするオルガマリーに向けて、クーフーリンが叫ぶ。

 

「でも、このままじゃクーガー達が!」

「今一番ヤバイのは奴らじゃねぇ! さっきの魔術でこっちの位置はバレてんだ! 奴さんがそう何度も横槍を許してくれるものかよ!」

「きゃっ……!?」

 

 言うや否や、クーフーリンがオルガマリーの腰を掻き抱くと、ビルの屋上をセイバーとは反対方向に疾走する。

 

「飛ぶぞ、嬢ちゃん! 舌を噛むなよ!」

「へっ?……きゃあぁぁぁ!?」

 

 屋上を反対側まで駆け抜けたクーフーリンは、そう叫ぶと同時にオルガマリーを抱き上げると、転落防止の手すりを踏み台にその身を宙へと踊らせた。

 オルガマリーが、思わず自分を抱えたクーフーリンの顔を見上げると、その背後、先程まで二人のいたビルの屋上を黒い閃光が薙ぎ払っていった。

 

「っだぁ! ……くぅ〜、キャスターなのがマジに悔やまれるぜ。大丈夫か、嬢ちゃん」

「ええ、なんとかね……」

 

 着地の衝撃を殺しきれなかったクー・フーリンが、痛む脚に苦悶の呻きを上げながらも、なんとか隣接するビルの屋上へと退避することに成功した二人は、お互いに顔を見合わせ安堵のため息をつく。

 

「そいつはよかった。どうだ、立てるか?」

「ええ、もちろんよ…………あれ? んっ、くっ、このっ……ん〜〜!!」

 

 クーフーリンの腕から屋上に降ろされ、自分の足で立ち上がろうとしたオルガマリーだったが、いくら立とうとしても腰が地面に吸い付いたように上がらない。

 そのことに気がついたオルガマリーは顔を真っ赤にして俯いた。

 

「……あの、とても言いにくいのだけど」

「おう、言わなくてもいいぜ。十分にわかってるからよ。そら、もう一度抱えてやるよ」

 

 完全に腰が抜けてしまったオルガマリーを、クーフーリンがもう一度その腕に抱き上げる。

 

「こんな肝心なときに……ごめんなさい、クーフーリン」

「気にすんな、嬢ちゃんはよくやってるさ。それに、あの作戦が外れた時点で、俺たちにできることは終了だ。後はクーガー達に任せるしかねぇ」

「悔しいけど、それしかないのね」

「ああ、仲間を信じて待つのも戦いさ」

 

 《カルデア》のトップでありながら、自分の部下たちに対して何もしてやれない不甲斐なさに下唇を噛み締めるオルガマリー。クーフーリンは、そんな彼女のここまでの健闘を讃えるかのように、彼女を抱きしめる腕の力を少し強めた。

 その心地よい強さに体の緊張を解いたオルガマリーは、ビルの向こうで今も戦っている三人に思いを馳せる。

 

 お願い。どうか、生き抜いて。

 

 オルガマリーの祈りを嘲笑うかのように、ビルの向こうからは轟音が響く。

 しかし、悲観的な彼女には珍しく、不思議と「なんとかなる」という予感が胸の内に渦巻くのだった。

 

 

ーーーー

 

 

「……マスター。令呪、一画切れるか?」

「……! はい、いつでもいけます」

 

 セイバーがビルの屋上を薙ぎ払う一瞬をついて、囁くように届けられたクーガーの声に、立香が同じ程度の声で答える。

 恐らく、この後はもはや十分にコンタクトを取る時間はない。そう判断したクーガーの一瞬だけの作戦会議。

 そして、その判断が正しかったことは、立香たちの正面に立つ、聖剣を構えた騎士王が教えてくれた。

 

「消し飛んだか、あるいは無様に逃げ去ったか。ともかく、小五月蝿い羽虫共は消えた。さぁ、決着といこうか」

「ああ、ここまできてようやく意見が一致したな」

 

 聖剣に再び黒い魔力を纏わせるセイバーに対して、クーガーはサングラスを押し上げると肩幅に脚を開く。

 

「クーガーさん、お願いします!」

「任せな()ジマル! 《世界を縮める男》の本領、とくと御覧(ごろう)じな!」

 

 立香の手から二画目の令呪が光って消える。その瞬間、クーガーの周囲の瓦礫が手あたり次第に虹の煌めきに変換され、クーガーの脚に纏わりつく。だが、その煌めきは脚甲のときのように消えることなく、クーガーの足元で竜巻のような光の渦となる。

 その光景を見て、しかしセイバーは悠然とした佇まいを崩さない。むしろ、先程までよりも冷然とした態度で聖剣を構えていた。

 

「なるほど、奥の手ということか。だが、奥の手を残しているのは何もそちらだけではないぞ? 我が宝具エクスカリバーは、未だにその力解放してはいないのだからな」

「なっ、あれ程の出力でまだ《真名解放》をしていなかったのか!?」

 

 通信からDr.ロマンの驚愕の声が漏れる。

 《真名開放》とは、宝具の本来の性能を発揮するために、秘匿されていた名前や能力を解き放つことだ。

 セイバーの場合は、エクスカリバーという名こそ知れ渡っていたものの、その本来実現しうる性能をここまで隠していたのだ。この辺りの駆け引きの上手さも、彼女を王に押し上げた所以である。

 秘めたる力を解き放ったことで、エクスカリバーは黒い稲光を纏った、背筋も凍るような薄ら寒い燐光を放ち始める。それは、全ての生命がこの世に在ることを否定するかのような拒絶の光だった。

 命あるものは、その悍ましさに直視することすら憚られるようなその光。

 その光を、クーガーはサングラス越しに真っ直ぐに見つめていた。

 

「ピカピカ光ったり、光線を出したり、聖剣ってのは(せわ)しないもんだな。《HOLY》のマクスフェルなんかが見たら喜びそうだが……生憎、俺はもう玩具の剣で満足できるような歳じゃあない」

 

 そこまで言うと、クーガーは瓦礫を踏み台代わりにクラウチングスタートの体勢をとる。それは、人類が最速で走り出すために生み出した、最良のフォーム。

 そんな、先の先を取ることをあからさまに匂わせるクーガーの脚甲のスリットに、彼の足元で渦巻いていた虹色の煌めきが残らず吸い込まれていく。更に黒き輝きを増すセイバーの聖剣とは対象的に、脚甲は顕現したときの元の姿へと戻っていた。

 しかし、魔術に少しでも造詣があるものなら分かるだろう。その内部には今にも弾け飛びそうなほどの魔力が渦巻いていることを。

 

 次の一撃が決戦の一撃となる。

 

 その場にいる誰もがその事実を認識していた。

 

「我が聖剣(生き様)を愚弄するか。道化故に多少の不遜は目こぼししたが、こればかりは赦さぬ。鏖殺だ、塵一つ遺さぬと思え」

 

 今まで見たことがないほど、眉間に深く皺を寄せ聖剣を構えるセイバーに対して、クーガーも応じるように体を曲げて、放たれる寸前の撥条のように力を溜める。

 全身から溢れ出る、力を開放する寸前に見られる特有の緊張感に反して、クーガーの顔は不敵な笑みを絶やさない。

 

「ああ、愚弄してるさ。だがな、その剣を一番愚弄してるのはアンタだぜ、王様」

「何?」

「泥に塗れても叶えたい願い(りそう)がある。そいつは分かる。昔の俺もそうだったーー」

 

 クーガーが、《ロストグラウンド》のアルター使いを取り締まる警察機構、《HOLD》にその身をおいたのは、他ならぬアルター使い達を護るためでもあった。彼がアルター使いの有用性を示すことが、アルター使いの社会的地位を高め、それが長い目で見ればアルター使いの未来を拓くことに繋がる。

 そのために、クーガーは《ロストグラウンド》のアルター使い達から裏切り者と蔑まれても、本土の側に付くことを選んだのだ。

 そんなクーガーだからこそ、セイバーの想いは痛いほどに分かる。本当に大切なものを護るためなら自分がいくら汚れても構わない。二人のスタンスは一致していた。

 しかし、だからこそクーガーはセイバーに吼える。

 

「ーーだが、あんたは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! だから、俺が! あんたと同じように願いを追い求めた俺が、あんたの目を覚まさせてやる!」

 

 泥に浸かるものは、いつの間にか深みに嵌っていることが多い。持つものが多ければ多いほど、その身はより深く泥中に沈み、結局汚してはならないものまで泥に浸からせてしまうことになる。

 クーガーは、セイバーが今まさにその状態であることを見抜いていた。

 

「……世迷言を。我は泥に塗れようとも、自分の理想まで泥で穢してはおらぬ。我の理想は、完全なるブリテンの未来は、ここより始まるのだ。それを今から貴様を消して証明してやろう」

「……残念だ、王様。あんたはもう、何が正しくて何が間違っているのかもわからないんだな。なら、どちらが正しいか、俺が教えて差し上げましょう!」

 

 もはや、問答は無用。

 互いにそう断じた二人が、魔力を高めてゆく。

 二人の口から、ともに宝具を開放する言葉が紡がれる。

 

「卑王鉄槌。極光は反転するーー」

「輝け、もっと輝けーー」

 

 二人の間に流れる魔力が暴風となり、ビル街を吹き荒れる。

 

「先輩! 私の真後ろに!」

「わかった! 頼むよマシュ!」

 

 英霊ですらまともに立つことが怪しいその風の中、マシュは盾についたアンカーボルトを地面に打ち込み、渾身の力でその場に踏みとどまる。立香もその後ろに入り、荒れ狂う風を避けながら目を背けることなく決戦の趨勢を見守る。

 その視線の中で、先に詠唱を終えたのはセイバー。彼女に対して先を取ると思われたクーガーは、まだ詠唱によって力を高めている途中だった。

 

 ーー()った。いくら奴が速く動こうとも、放ち終えたエクスカリバーの極光より速くは動けまい。

 

 勝利を確信したセイバーが、最後の言葉を口にする。

 

「ーー光を呑め!《約束された勝利の(エクスカリバー……)……っ!?

 

 後一節。詠唱の最中、セイバーの目が驚愕に見開かれる。それを見たクーガーがセイバーの背後、ビルの屋上を見上げて叫びを上げる。

 

「……やれやれ、『ヒーローは遅れてやってくる』ってやつですか。まったく、にくい演出をしてくれますなぁ、()()ァ!」

……(モルガーン)》!」

 

 クーガーに向かうはずの必殺の一撃は、踵を返したセイバーによって背後のビルの屋上へと放たれる。黒い光の奔流は、セイバーの背後、僅か数メートルまでに迫っていた螺旋の矢を打ち払い、ビルの屋上で弓を構える赤い弓兵を薙ぎ払った。

 

「エミヤさん!」

 

 立香の悲痛な叫びが、戦場に響く。彼は、契約したアーチャーとの間にあった魔力の回路(パス)が消失したことにより、アーチャーの霊核が砕かれたことをいち早く理解していた。

 まさに、決死の一撃。

 そしてそれは、この戦いの結末を決する一撃でもあった。

 

「見事だ、エミヤの旦那ァ! その想い、俺がしかと受け取ったぁ! ()くぜ、王様!」

「小賢しい! 我の理想を、無礼(なめ)るなぁ!」

 

 紅き弓兵の最期を見届けたクーガーとセイバー、二人の咆哮が呼び水となり、互いの魔力が今、解き放たれる。

 

「受けろよ、俺の《速さ》をーー」

「屍の山に沈め、崩落せよーー」

 

 宝具を解き放つための言葉が、今度は共に紡がれる。

 その解放は同時ーー

 

「ーー《衝撃の、ファーストブリット》ォ!」

「ーー《約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)》!」

 

 ーーその瞬間、世界は一瞬閃光に包まれて、そこに存在する、あらゆるものの知覚が失われた。




次回は、アーチャーパートと、クーガーとセイバーの決着パートですわ~!


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荒野に旅立ちの鐘が鳴る(前編)

セイバー戦ラストォ! 長くなるので分割2部ですわ〜!

今回はエミヤパートですわ~!


「流石はギリシャ神話の大英雄……決して侮ったわけではないが……」

 

 決戦直前、確実な勝利を掴むための布石として、影法師となった狂戦士(バーサーカー)シャドウ・ヘラクレスを引き受けたアーチャーは、その強さに自分の見通しの甘さを呪っていた。

 彼には、生前のとある経験によりバーサーカーとして現界したヘラクレスの知識を持っていた。それ故に、今の自分であれば()()()()()()()()()()()()()()()という確信があった。

 だからこそ、彼はその確信を前提として、ヘラクレスの相手を引き受けたのだ。

 

 しかし、結論から言うと、アーチャーのその判断は間違いだった。

 

「まさか、()()()()()()()()()()()()()()がこれほどの力とは……!」

 

 そう、彼の誤算の原因は、ヘラクレスが以前とは違い、マスター付きの英霊ではなく、大聖杯の泥によって動くシャドウ・サーヴァントになっていたことだ。これがヘラクレスという英霊にとっては、デメリットではなく、逆にメリットとして働いていた。

 そもそも、英霊はマスターからの魔力供給により現界するのだが、当然、英霊の格によって消費される魔力の量には雲泥の差がある。歴史に名だたる大英雄、神や半神ともなれば、一回の戦闘で十分に性能を引き出せないままに魔力を枯渇させてしまう魔術師すらざらにいる。それどころか、補助的な道具を用いなければ維持するだけで精一杯ということすらありえるのだ。

 アーチャーの知るヘラクレスは、《聖杯戦争》に勝利するためだけに生み出された、アインツベルンの白き少女をマスターとして彼の前に立ちはだかった。全身に巡らされた魔術回路に、それに見合う巨大な令呪。恐らく、ヘラクレスのマスターとしてはこれ以上の適格者はいないと思われる人選だった。

 しかし、そんな彼女ですらヘラクレスにとっては()()()()()だったのだ。

 実際、彼女はヘラクレスを本来の適性があるアーチャーなどのクラスでは維持できないため、狂化により意思の疎通ができない代わりに魔力を抑えられるバーサーカーのクラスで現界させていた。故に、アーチャーはその隙を突いてヘラクレスを6度も斃してみせたのだ。

 だが、今のヘラクレスにはその魔力という枷がない。彼に魔力を供給しているのは、無尽蔵ともいえる冬木の大聖杯。いくら魔力を使おうともすぐにその穴が埋まってしまう。

 加えて、バーサーカーというクラスで底上げされたヘラクレスの“暴”の力は、シャドウ・サーヴァントになることで《 十二の試練(ゴッドハンド)》という宝具を失うという対価をもってしても、有り余る程になっていた。クラス適性、魔力源、サーヴァントの格、その全てが噛み合った結果、ヘラクレスは本物の怪物になったのである。

 

「GRUAAAAGA!」

「くそっ、障害物もお構いなしとはな!」

 

 気配遮断と機動力を生かしてビル街を縦横無尽に駆けるアーチャーに対し、ヘラクレスはビルをぶち抜いて最短距離で追い縋る。宝具を撃つための決定機を作れないまま、(いたずら)に時が過ぎていく。

 

 このままでは、せっかく立香君に貰った令呪一画分の魔力を垂れ流すだけだ。……どうやら、私も覚悟を決めるときか。

 

 もはや、逃走を続けることは無意味。そう判断を下したアーチャーの目の前には、とあるビルがそびえ立っていた。そこは、彼の遠い記憶の中で、セイバーとライダーが壁面を駆け抜けながらしのぎを削りあった決戦の地だった。

 

「さて、ここが正念場だ。私に着いてこれるか、ギリシャの大英雄!」

 

 ヘラクレスへの挑発と、自分自身への喝を含めた叫びを上げると、アーチャーは手元にアサシンの使っていたダガータイプの短剣を複数投影、それをビルの壁面に投擲して打ち込んでゆく。

 打ち込まれた短剣はどれも微妙にずれた配置になっており、その短剣を足場代わりにしてアーチャーはビルを駆け登って行く。

 

「GAAAUUu……!」

 

 それを見たヘラクレスも、後を追いかけるべくビルの壁面へと足をかけるも、アーチャーの使った短剣は既に彼の手で消滅させられており、壁をそのまま蹴上がろうにも、壁はヘラクレスの重量を支えきれずその足は壁面を踏み抜いてしまう。必然、ヘラクレスは壁を手足でよじ登ることしか適わず、ここで初めて両者の間に十分な距離が生まれた。

 ヘラクレスがまだ下層で苦戦しているとき、既にビルの屋上に手を掛けていたアーチャーは、遥か下で登攀に手間取るヘラクレスの姿を見て自分の策の成就を確信した。

 

「やはり、直線的に追ってきたか。今回は、影法師故の思考力の無さが仇となったな。もし、彼女がマスターであれば、私の策などには目もくれず、()()()()()()()()()()()()だろうな」

 

 そう呟いて目を瞑るアーチャーの瞼の裏に映るのは、冬を擬人化させたような純白の少女の幻影。

 しかし、次の瞬間にはそれを振り払うかのように彼は瞠目し、己が引き受けた敵の姿を正面から見据える。

 

「さぁ、決着といこうかバーサーカー!」

 

 宣言するやいなや、アーチャーはその手に干将と莫邪、二振りの剣を投影する。

 

「……ふん!」

 

 次の瞬間、あろうことかアーチャーは二振りの剣を壁面に置いた()()()()()()()()()()

 投影とはいえ干将・莫邪は紛れもない宝具。それがもたらす痛みにアーチャーは思わず顔を顰める。

 

「くっ……、だが、これで私も壁面に立つことができる!」

 

 そう、一見するとただの自傷行為に見えたアーチャーの行為は、実は「足を壁面に縫い付けることで、重力に逆らって壁に立つ」という芸当を可能にするためのものだったのだ。目論見通り、重力に逆らい壁に立ったアーチャーの前には、迫りくるヘラクレスの姿がある。

 それを確かめると、アーチャーは弓と捻くれた剣を三本投影する。その内の二本をビルの壁面に突き立てると、残る一本を矢の代わりに弓へと(つが)えた。

 これこそが、アーチャーの考えた布陣の完成形。

 重力に逆らいビルの壁面を攀じ登るという状況下にいるヘラクレスへの、重力の加速度まで加えた《偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)》による連続射撃。いかに大英雄といえども、負傷は免れ得ぬ回避至難の計略である。

 引き絞った弓矢越しにヘラクレスを眺め、アーチャーは不敵な笑みを浮かべる。

 

「さぁ、来い! 私の試練が貴様の乗り越えてきた《十二の試練》に勝るかどうか、その身で確かめてみろ!」

「GuRuAAAA!!」

 

 アーチャーの叫びと、ヘラクレスの咆哮が重なった瞬間、第一矢が放たれる。

 螺旋の矢となった《偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)》は、壁面に立つという無理な体勢から放たれたとは思えないほどの唸りを上げてヘラクレスに肉薄する。

 しかし。

 

「AAaaG!!」

「何!?」

 

 叫びを上げたヘラクレスが壁面を蹴って跳躍、螺旋の矢はヘラクレスと壁面の間を素通りしていった。ヘラクレスが跳躍した後の壁面に開いた穴からは、不格好な飴細工のようにねじ曲がった鉄骨が見て取れた。

 ヘラクレスが着地すると、ビルの滑らかな壁面は、そこにあばたを作りながらもなんとかその体を受け止める。

 

「なるほど、下に柱があるところを足場にしたのか! だが、まだだ!」

 

 跳躍によって再び距離を詰めるヘラクレスに、アーチャーは焦ることなく第二矢を番える。そして、再びヘラクレスに対してそれを放つ。直線的に放たれた第一矢に対して、こちらは下から上へとやや斜行気味にヘラクレスへと向かう。

 

「GAaa!!」

 

 それでも、ヘラクレスは先程と同じように下に柱のある壁面を蹴って跳躍、再び矢を回避してみせる。

 しかし、その後に彼を待ち受ける展開は、先程とは異なっていた。

 

「GRuOoo……!?」

「残念だったな。そこには柱はないんだ」

 

 アーチャーの言葉が示す通り、斜行する矢を避けて斜めに跳んだヘラクレスの体は、着地の衝撃で腰の辺りまで壁面にめり込んでいた。同じ直線上に跳ばれては先程の二の舞になると判断したアーチャーによる咄嗟の判断。それは大英雄にとって、致命的といえる隙を産んだ。

 ビルにめり込んだ体を、なんとか引き抜こうとするヘラクレスの前で、アーチャーは悠々と3本目の矢を弓に番え、弦をめいいっぱいまで引き絞る。

 

「さらばだ、大英雄。残念だが、ビルに登った化け物というものは、最期は地面に墜ちると相場が決まっているんだ」

「GAAAaaa……!!」

 

 言い終えたアーチャーの手から放たれた矢は、今度は過たずヘラクレスの胸の中央を射貫いていた。

 英霊の姿をなぞるだけのシャドウ・サーヴァントには、宝具を使うことができない。故に、たった一つしかない霊核(いのち)を砕かれたヘラクレスの肉体は、地に墜ちるとそのままバラバラに砕け散った。

 その様子を見届けたアーチャーは、干将と莫耶の二振りの剣を霊体化して屋上へと登る。

 

「無傷、とは言わないまでも、なんとか最低限の役目は果たしたか。だがーー」

 

 そこで言葉を切ったアーチャーの視線の先、別の高層ビルの影からは激しい衝撃音が届いてくる。

 

「ーークーガーがまだ戦ってくれている」

 

 その音で、アーチャーは、セイバーとの決戦がまだ終わっていないことを悟っていた。

 クーガーが、限りなく最速を目指す英霊であることはこれまでの短いやり取りの中で、アーチャーも理解している。そんな彼が、まだ、セイバーとの決着をつけていない。それは即ちーー

 

 ーー彼は、私にセイバーとのケリをつけさせるために踏み留まってくれている。

 

 アーチャーとセイバーの間の因縁は、作戦会議のときにクーガー達も知るところだ。それでも、勝利を優先させるために、アーチャーはセイバーとの決戦に横槍を入れられぬように、ヘラクレスを引き受けた。

 だが、クーガーは信じたのだ。

 アーチャーが、必ずヘラクレスを斃すことを。そして、セイバーとの戦いに参じることを。

 

「ならば、私もそれに応えるとしよう!」

 

 アーチャーは、痛む足の傷の回復もそこそこに、ビルの屋上へと登ると、隣接するビルへと飛び移りながら戦地を目指す。ヘラクレスとの戦いで、アーチャーが立香の令呪から貰い受けた魔力はほぼ底をついている。ならば、傷を治すより移動や攻撃に魔力(リソース)を割いたほうがよいという判断を彼は下した。

 痛む足でビル群を駆けるアーチャーは、しかし、痛みすら押して動けるほどに、その胸の内は晴れやかだった。

 

 ーー信頼されている、というのはこうも心地よいものなのだな。

 

 ずっと独りで戦ってきた。

 常に正義のために動いてきた。

 人ではなく正義の味方であることを選んだ自分を、理解するものなど誰もいなかった。

 だが、どうだ。

 今、私は信頼されている。

 あの、大英雄を必ず倒すと。そして、彼女との戦いにケリをつけに来るのだと。

 そのためだけに、土壇場で歯を食いしばって耐えている戦友(とも)がいるのだ。たとえそれが、《特異点》から退去すれば消える記憶だろうとしても。この一瞬の信頼こそが、何ものにも代え難い、人を衝き動かす原動力となるのだ。

 だからーー

 

「ーー今の私には、それで十分なんだ」

 

 ビルの縁にアーチャーが足を掛ける。足下ではセイバーとクーガーが互いに魔力を高めている。いよいよ決着のときだ。だが、間に合った。

 呼吸を整え最後の魔力で《偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)》を投影、弓の弦へと番える。

 正真正銘、これが最後の一撃となる。

 構えた弓矢越しにセイバーを見る。今、まさに振りかぶられようとする彼女の聖剣の先にはクーガーとマシュ、そして立香が立っていた。

 

「そうじゃないだろう、君の生き様(りそう)は」

 

 アーチャーは知っている。セイバーの振るう聖剣は、彼女の在り方を決めた彼女の写し身なのだと。弱きを助け強きを挫く、人々の笑顔を護るための剣なのだと。

 故に、彼女にその剣を立香に向けて振るわせることなど許されない。それは、彼女自身を否定することに他ならない。

 

 だからこそ、(オレ)がセイバーを止めるんだ。

 

「さぁ、これが今の私にできる全てだ! 受け取れ、セイバァー!」

 

 叫びと共に螺旋の矢は宙を舞う。空間すらも削ぎ落とす回避至難の一撃は、しかし、聖剣の放つ黒い閃光にかき消される。それでもなお、勢い衰えぬ閃光は、その先に立つアーチャーを一瞬でその奔流の内に飲み込んだ。

 聖剣の放つ恐るべき魔力に霊核を砕かれ、座へと戻る彼のその心は、凪の海のように穏やかだった。

 

 私の役目は全て果たした。ありがとう、クーガー、立香、オルガマリー、マシュ、クー・フーリン。後は、君たちが彼女をーー

 

 心の内で、一時の縁を結んだ仲間たちに声援を贈ると、紅き弓兵は少年のような微笑みを浮かべながら、魔力の奔流の中へと溶けていった。




ついに次でセイバー戦決着!

そして、いよいよアンケートの〆切のときが来ましたわ!
アンケート結果を受けた《特異点F》最終話は、あと一話後に投稿ですわ~!


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荒野に旅立ちの鐘が鳴る(後編)

セイバー編ラストォ!
今度は、クーガーVSセイバー決着パート!

なんだか急に閲覧数が増えて、「日間の二次ランキングの隅っこにでも載ったのかしら?」とか思ったら、まさかの日間総合31位!

んぁ〜! ありがたき幸せですわぁ〜! 読者の皆様には、感謝っ…! 圧倒的感謝っ…! ですわ〜!


 判断は間違っていなかった。

 あの、紅い弓兵の攻撃は無視してよいものではなかった。恐らく、英霊としての存在の全てを載せた一撃。おおよそ躱せるものではなく、必ず防がなければならない一撃だった。

 しかし、それは目の前に立つこの男を前にして、取っていい行動ではなかった。先程までのやり取りで、この男の速さは十二分に理解していた。この間合いで刹那でも隙を見せれば、それ即ち死。そんなことは分かりきったことだったはずだ。

 

 ーーそうか、そうだったのか。

 

 そこまで考えて私はようやく思い至った。

 

 私は既に詰んでいた(チェックメイトだった)のか。

 

 その事実を認識した瞬間、胸の霊核を砕いて、恐ろしく速く、そして心地よい風が戦場を吹き抜け、私は思わず、構えた聖剣をその手から取り落としていた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「決着、だな」

 

 星屑の丘の上、先程までセイバーが座していた玉座のあった場所に、クーガーが砂煙と共に現れる。距離にして100メートルはある不安定な瓦礫の足場を、彼は瞬きの刹那に駆け抜けていた。

 そして、その速さがもたらしたエネルギーは進路にあるものに対して、圧倒的なまでの破壊を撒き散らす。

 彼が丘に現れたのと時を同じくして、彼の背後で反転した黒き騎士王が、その手から聖剣を取り零して膝を付く。その左肩から心臓にかけて、鎧の肩当てと胸甲を切り裂いて真一文字に傷が走っていた。

 クーガーは彼女の上を飛び越すようにして、その蹴りを袈裟斬りに浴びせていたのだった。

 誰が見ても明らかな致命傷。

 

「……まだ、だ」

 

 しかし、どう考えてもまともに動けるはずのない傷を受けてもなお、セイバーは右手で左肩を押さえ、ゆらりと立ち上がる。

 だが、彼女は地に突き立った聖剣を抜くことはなく、ゆらりとクーガーへ歩みを進める。立香とマシュは固唾を呑んでその成り行きを見つめている。

 セイバーはゆっくりと、しかし確実に前へと進んで遂にクーガーの待つ丘の下で歩みを止めた。その構図は、奇しくもクーガーたちがこの場所に現れたときと正反対の立ち位置であった。

 二人の視線が交わり、セイバーの口が開く。

 

「……なぜ、私は負けたのだろうな」

 

 セイバーの口から零れた問いに、クーガーがその先を促すように「なぜ、ですか」と復唱する。

 

「ああ、そうだ。大聖杯の潤沢な魔力に、敵を迎え撃つ万全の陣、そして、あらゆる判断を合理的に下す怜悧な心。おおよそ、私が負ける要素はなかった。故に問いたい。そこ(玉座)に立つお前と私の差は何だったのか。私にも仲間があれば貴様に負けることはなかったのか」

 

 次第に語気を強め身を乗り出して詰め寄るセイバーに、クーガーは笑みを浮かべて首を横に振る。その笑みは、先程までの不敵なものではなく、どこか人懐っこさを感じる好青年の笑みだった。

 

「それもあるでしょうが、本質はそこじゃありませんよ王様」

「ではなぜ……」

「それはねですね、王様、あなたは後ろ向き過ぎたんですよ」

「後ろ向き……」

「あっ、もちろんこれはさっき後ろを向いたこととは無関係ですよ。まぁ、あれも俺の勝利を支えてはくれたんですが、俺が言いたいのは、そう、考え方の問題です」

 

 訝しげに眉を顰めるセイバーに向けて、クーガーが戯けた調子で両手を振る。

 

「王様、貴女はブリテンの繁栄を願いここから新たなブリテンを始めようとした。自らのせいで滅びの運命を辿ったあの国をやり直そうと」

「そうだ、その通りだ。大聖杯は万能の願望機。歴史を一からやり直すことなど造作もない事だ」

「それですよ」

 

 自分の言葉に対して突き付けられたクーガーの言葉と彼の人差し指に、セイバーが「何?」と一瞬怯む。

 

「その願いがそもそも『後ろ向き』なんです。貴女は過去をやり直すのではなく、ここから新しいブリテンを始めるだけでよかったんだ」

「それは、しかし……」

 

 クーガーの言葉に対して、答えあぐねるセイバーに向けて、彼は畳み掛けるように言葉をつなげる。

 

「確かに、貴女の愛するブリテンは滅びました。これを貴女は間違ったことだと考え、聖杯の力で1からやり直そうとした。でも、でもですよ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……っ!」

 

 その瞬間、セイバーは弾かれたように顔を上げた。彼女の胸の奥を駆け抜けていくのは、輝かしかったあの頃の夢の欠片たち。

 聖剣に選ばれ、人々の歓喜とともに王位を戴いた戴冠式。

 綺羅星の如く居並ぶ円卓の騎士たちと轡を並べて戦った華々しき戦場。

 戦場から勝利の凱旋をする騎士たちの戦列に駆け寄り、私に一輪の花を手渡してくれた少女。

 

「あ、ああ……!」

 

 セイバーの口から嗚咽にも似た慟哭が零れ、彼女はその場に跪いた。

 

 ーー忘れていた。全て、忘れて置き去りにしていた。私の人生は、こんなにも美しかったことを。私は、何という、愚か者だ。

 

 戦いの塵労に(まみ)れるうちに、いつしか置き去りにしてきた思い出を取り戻したセイバーの肩に、丘を下ったクーガーが右手を添える。

 

「思い出しましたか? 貴女が《過去》に積み上げてきたその全てが今の貴女を作っているのですよ。今の貴女の行為はその全てを否定する、それはつまり貴女自身を否定することだ。だから貴女は負けたのですよ」

 

 そこまで言うと、彼は空いている左手を広げ、セイバーの視界を開けてみせる。

 

「どうやったって《過去》ってのは変わらないんです。だったら、その先に目を向けるのも悪くないんじゃないですか」

「そうか……お前は、英霊になってもまだ、未来を夢見ているのだな」

 

 英霊とは、既に終わった存在だ。彼らは、彼らの人生や役割を生きて、それを終えることで座へと登録される。故に、本質的に彼らは《過去》の存在なのである。

 しかし、《過去》を本質とする英霊の中にあって、クーガーは決して過去を振り返らない。最速を目指す男は、常に前を向いて《未来》を目指すのだ。一秒一瞬でも世界を縮めるために。

 それこそが、クーガーの英霊としての特異性であり、そして、クーガーの強さの源でもあった。《過去》という重荷を背負わないだけ、彼はより速くより高みへと駆け抜けることができるのだ。

 セイバーは、その開けた視界の先に、荒野を駆け抜けていくクーガーの背中を幻視していた。

 

「はい、そうですとも。だってその方がずっと面白いでしょう」

 

 クーガーがそう言っていつもの不敵な笑みを浮かべると、セイバーもその邪気の無い笑顔につられて「ふっ」と笑みを溢した。そしてーー

 

「ーーふんっ!」

「ぬおうっ!?」

 

 突然、セイバーが気合いを込めて肩に添えられていたクーガーの手を振り払う。唐突なその行為に思わずクーガーが尻餅をつくと、その間に彼女は丘の上の玉座へと歩みを進めた。そして、玉座のあった場所の前に立つと悠然とクーガーたちの方を振り返った。

 

「道化たちよ、もう一度その名を聞こうか」

 

 セイバーが肩を押さえていた右手を前に掲げ高らかに声を上げる。

 

「いいでしょう! 俺の名前はストレイト・クーガー! 人呼んで《世界を縮める男》だ!」

「はい、私は人理保証機関《カルデア》所属のデミ・サーヴァント、マシュ・キリエライトです!」

「同じく、《カルデア》所属のマスター、藤丸立香です!」

 

 セイバーの声に応えるようにクーガーたちが名乗りを上げると、それを見た彼女は満足そうに頷いた。

 

「お前たちの奮戦、見事である! お前たちは見事に私という試練に打ち勝ってみせた!」

 

 そこまで言うと、セイバーは再びその顔に笑みを浮かべた。その笑みはマシュが思わず「あっ」とため息を零すほど、今までの険が失われた、美しく慈愛に満ちたものであった。

 

「故に、その栄光を讃えるために、褒美を取らす。クーガー、私の前に」

「わかりました、王様」

 

 呼びかけに答えたクーガーが、丘を上りセイバーの前に立つと、彼女は自分の胸に手を当てるとその手をクーガーへと差し出した。

 その手の上には、いつの間にか虹色の輝きに包まれた酒杯のようなものが置かれていた。

 

「あ、あれは聖杯!? そうか、この《特異点》を生み出していたのは聖杯の力だったのか!」

 

 思わぬ聖遺物の登場に、Dr.ロマンが通信越しに声を上げる。立香たちも、その言葉で興味深そうに聖杯に視線を注ぐ中、クーガーがセイバーの手から恭しく聖杯を受け取ってみせる。

 

「貴女の想い、確かに受け取りました。ありがとう、王様。貴女と競い合えたことに感謝を、そして、これを貴女に、貴女にはやはりこれがないと様にならない」

「うむ、そうだな」

 

 受け取った聖杯を左手に抱え、右手を差し出したクーガー。その手には、彼が拾い上げたエクスカリバーが握られていた。刃を持って差し出された聖剣の柄をセイバーの右手がしっかりと握る。

 

「礼を言うのは私の方だ、クーガー。お前は、私に答えを与えてくれた」

「そこまで大それたことはしてませんよ。俺が与えたのはきっかけに過ぎません。答えに気付くことができたのは、貴女の中に、ちゃんと答えが眠っていたからです」

「……ふっ、そうか」

 

 二人がお互いに笑みを交わして手を話すと、セイバーの体がその縁から輪郭を失い解け始める。霊核を失った英霊は現世から退去せねばならない。大聖杯の膨大な魔力によって遅れていたそれがようやく始まったのだ。

 

「どうやら、私もここまでらしい。最後にもう一つお前たちに褒美を取らせる。心して聞け」

「は、はい!」

 

 セイバーの言葉にビシッと居住まいを正したマシュを見て、彼女の目が刹那慈しむように細められる。

 

「私は、クーガーに授けた聖杯、これを持つ者によってこの世界の王に仕立て上げられた」

「……! ということは、その聖杯の持ち主が今回の件の黒幕ということかい!」

「然り」

 

 Dr.ロマンの声にセイバーが頷く。

 

「へぇ、こっちにもやっぱりいけ好かねぇ蛇野郎みたいなのがいるってわけだ」

 

 獰猛な肉食動物のような表情で、クーガーが拳を手のひらに打ち付けると、セイバーも険しい表情を浮かべる。

 

「ここから先、お前たちを苦難の道が待ち受ける。冠位指定(グランドオーダー)への旅立ちの鐘は、今ここに鳴らされた」

 

 そしてセイバーは右手の聖剣で玉座のあった丘を指し示す。

 

「この下、冬木の街の下に人為的に造られた地下道に通じる道がある。その(はて)、大聖杯の膝下でその者はお前たちを待ち受けているだろう」

「なるほど、じゃあひとっ走りして、そいつの横っ面に一発いいのをお見舞いしてやりましょう」

「そうだな。クーガー、お前ならあるいは奴に手が届くやもしれん」

 

 そうして、全てを語り終えたセイバーは右手をゆっくりと下ろす。しかし、その腕は下ろすよりも先に光の粒となって消えてゆく。

 

「では、お別れだ。《カルデア》の若きマスター藤丸、盾の乙女マシュ、そして最速の英霊クーガー。お前たちの旅路の無事を祈っているーー」

 

 そうして、光に溶けてゆくセイバー。

 彼女が光に還る最後の瞬間。立香たちはそこに、青い衣を纏った偉大なる騎士王の姿を確かに垣間見ていた。



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ある少女の幼年期の終わり(前編)

《特異点F》ラスト! 今回も分割前後編! 後半に所長視点のパートがあります!

ついにオルガマリーアンケートの結果がでましたわ!
なんと、6倍近い大差で生存ルートになりましたわ〜! 出番が増えるよ! やったねオルガちゃん!

現在スペランカー状態のオルガマリーを、どのように助けるのかは後編で明らかになるのでお楽しみに!

【お礼】
日間ランキング総合10位ありがとうございますわ~!
今まで、日間総合ではバンドリの2次創作で17位を取ったのが最高でしたので、初めてのトップテンですわ〜!
なんかもう、UAとお気に入りが見たことないスピードで増えて、震えてますわ(西野カナ)。

わたくし、あまり今風の文体では書けませんし、投稿もクーガーの兄貴には遠く及ばない速さですけれど、それでも、多くの方の力添えで、更に多くの方々に作品を見ていただけて嬉しいですわ〜!

そして何より、『スクライド』と『FGO』、素晴らしい2つの原作に無上の感謝を!


「まさか、この街の地下にこんな空間があるなんて……」

 

 冬木の街の地下、高さ十メートルはあろうかという回廊を歩きながら立香が呟き、オルガマリーもその言葉に首肯する。

 

「ええ、《時計塔》から離れた、こんな極東の辺鄙な土地でここまでの魔術工作をするなんて……ここの管理者は誰だったかしら?」

「えーと、確か冬木の街は御三家と言われる魔術師達が管理していて……あった、手元のデータによると真桐、遠坂、そしてアインツベルンの一門がその御三家みたいだ」

 

 オルガマリーの問いかけに、端末からデータを呼び出したDr.ロマンが答えると、彼女は右手の親指の爪をギリッと噛んだ。

 

「なるほどね、真桐は《時計塔》から離れて久しいし、遠坂は先代が不動産のコンサルティングに成功してからは付かず離れずの関係だったわね。アインツベルンはそもそも《時計塔》からは距離を置いた一門だから、そんな魔術師たちに手を組まれると《時計塔》が気付かないのも無理のない話ね……。まったく、今回の件が片付いたら、すぐに監査官を送り込んでやるんだから!」

「うわぁ、マリーの送り込む監査官なんて絶対にねちっこいぞぉ……彼らも可哀想に……」

 

 通信回線越しに、肩を抱いて半ば本気で震えるDr.ロマン。その声を耳聡く拾ったオルガマリーが、その目にじとりとした眼光を浮かべる。

 

「何かいったかしら?」

「気のせいでーす、僕は何も言ってませーん」

 

 Dr.ロマンの言に違わず、粘着質な声で釘を刺しにいくオルガマリーに対して、Dr.ロマンはすっとぼけた調子で何とかその場を切り抜けようとする。

 

 

「……《カルデア》に戻ったら、管制室の音声データのログを漁るから」

「マリー、僕が悪かった! 謝るから、勘弁して!」

 

 しかし、海千山千の強者達を相手に立ち回ってきた彼女を相手取るには、彼には些か経験値が足りなかった。合掌。

 

「まったく、私が《カルデア》に帰ったら覚えてなさーーキャッ!?」

 

 そんな愉快なやり取りを繰り広げるうちに、足下が疎かになっていたのか、オルガマリーが地面の段差に足を取られ前のめりに転びそうになる。

 

「おっと、あぶねぇ」

 

 その体が地面に着く前に咄嗟に抱え込んだのはクー・フーリンだ。彼は素早くオルガマリーを抱きとめると、その体をゆっくりと支えて、彼女を立ち上がらせた。

 

「あ、ありがとう、クー・フーリン。助かるわ」

「大丈夫か? かなり苦しい局面を切り抜けてきたんだ、脚に来てても不思議じゃねぇ」

「大丈夫、ただ躓いただけよ」

「ならいいんだ」

 

 そんな、二人のやり取りを見てクーガーがあんぐりと口を開ける。その口を閉じないまま、彼は立香の肩をトントンと人差し指で叩く。

 

「なぁ、ハジマル。なーんかあの二人、さっきまでと距離感変わってないか?」

「藤丸です。でも、確かにさっきよりも何というか、親密な感じですよね。他人行儀じゃないというか」

「や、やっぱりそう思うよな!? 一体、何があったんですかオリガさーん!」

 

 クーガーが半ば叫ぶような声で問いかけると、途端にオルガマリーは頬を赤く染めて首を左右に振る。

 

「な、な、な、なにも、なかったわよ!?」

「嬢ちゃん、それは流石にあからさま過ぎんだろ」

 

 あまりにも分かりやすいオルガマリーの反応に、流石のクー・フーリンも呆れた様子でお手上げのポーズを取る。それを見たクーガーは、思わず両手で頭を抱えて悶絶した。

 

「くっはぁー!? やっぱり、二人きりのときに何かあったのかぁ!? この俺がスロウリィ!? そんなことありえーん!」

「あーもう、うるさいわよクーガー! 駄弁ってないでさっさと先に行くわよ! こんなところ早くおさらばしてやるんだから!」

 

 クーガーの反応にますます頬を赤く染めたオルガマリーは、気恥ずかしさを紛らわすためかドスドスと大股で通路を先行しようとする。しかし、彼女がマシュの横を通り越そうとしたとき、マシュが手で彼女の動きを制した。

 

「所長、あまり性急に歩みを進めるのは危険です。どうやらこの先、大聖杯から溢れ出した魔力が澱みとなって足下が更に視認し難くなっているようです」

「んっ、そうなの? 少し確認させてもらえるかしら」

「はい、どうぞ」

 

 ようやく、赤面から立ち直ったオルガマリーがマシュの盾越しに奥を覗くと、確かにマシュが報告するように、立香達の眼前に伸びる通路は、ここから一段と地下深くへと落ち込み、そこにはガスのように濃密な魔力が吹き溜まっていた。

 

「確かに、迂闊に前進するのは危険ね。クー・フーリン、ルーンで明かりを灯せないかしら」

 

 オルガマリーが通路の様子を確かめながらクー・フーリンに声をかける。彼のよく使うANSUR(アンスール)のルーンは、火球として放たなければ手元で光る光源となるのだ。

 そして、彼女の言葉に応えるように通路の中に光が満ちていく。

 

「ありがとう、クー・フーリン。これで明るくなったわ」

「いや、俺はまだ何もーー」

「ーークー・フーリンさん、体が!」

 

 オルガマリーからの礼に戸惑うクー・フーリンを見て、マシュが思わず叫びを上げる。

 光を放っていたのは他ならぬ彼の体だ。その光は、つい先程セイバーが《英霊の座》へと送還されるときのそれと同じものだ。

 この《特異点》の主は、先程座へと戻ったアーサー王だった。彼女の退去により、彼女へのカウンターとしての役割を与えられてここに留まっていたクー・フーリンにもいよいよ退去のときがきたのだ。

 

「おや、どうやら今回の現界はここまでみたいだな」

「そんな!? 駄目よクー・フーリン! この先には、まだこれから黒幕がいるんでしょう? 貴方の力が必要なのよ!」

 

 あっけらかんとした態度のクー・フーリンに対して、オルガマリーは悲痛な叫びをあげる。今や彼女にとって、クー・フーリンという英霊の退去はパーティの戦力が下がる以上の意味を持っていた。

 狼狽えるオルガマリーを安心させるように、アイルランドの光の御子は、その異名の通りの輝くような笑顔を彼女へと向ける。

 

「そんなに心配するこたぁねぇよ、嬢ちゃん。アンタには俺だけじゃなくて、他にもいい仲間がいるじゃねぇか」

 

 そう言って、クー・フーリンが杖を掲げる。その先には立香たち《カルデア》のメンバーがいる。

 

「そうですよ、所長!」

「私もお力添えします!」

「オリガさんのためなら、この俺が一肌でも二肌でも脱ぎましょう!」

「あ、あなた達……」

 

 泣きそうな表情で顔を歪めるオルガマリー。その顔の直ぐ側にクー・フーリンが顔を寄せて囁くように告げる。

 

「嬢ちゃんは、上司と部下みたいに関係を割り切っちまうよりも、もっとあいつらに背中を預けるといい。案外、あっさりと受け入れてくれるだろうぜ。俺からの最後のアドバイスだ」

 

 言い終えると、クー・フーリンはローブを翻して彼女から距離を取る。

 

「それじゃ、気張れよ《カルデア》の! 今回の現界は悪くなかったぜ! クーガー、しっかり嬢ちゃんを護ってやれよ!」

「言われなくても分かってますよ、大将!」

 

 男同士は視線を交わし合うと、どちらともなくニヤリと笑った。

 

「ならいい! じゃあ、縁があればまた会おうぜ。おっと、その時はランサーで喚んでくれよ。本気の俺を見せてやるからな!」

「ありがとうございました、クー・フーリンさん!」

「また、どこかでお会いしましょうね!」

「私たちが喚んだらちゃんと応えてよね!」

「また会うときを楽しみにしてるぜ、大将!」

 

 立香達が大きく手をふると、クー・フーリンは満足そうな表情で頷いて、軽く手を上げて応えると座へと還っていったのだった。

 

 

ーーーーー

 

 

「ここが冬木の大聖杯……まさか、こんなものが辺鄙な極東の土地に眠っていたなんて!」

 

 クー・フーリンが退去してしばらく。立香たちはついに、冬木の地下大空洞の最深部、大聖杯の座す空間に足を踏み入れていた。

 

「自分でも分かるくらいの凄まじい魔力……!」

「先輩、私の後ろに! 何がきっかけであれがこちらに来るかわかりませんから」

 

 膨大な、あまりにも膨大な魔力を垂れ流す大聖杯。その有様をみて、思わず立香たちは身構えてしまう。

 万能の願望機とまで呼ばれるその力は、決して伊達ではない。かつて数多の魔術師達の妄執・怨嗟・憎悪によって満たされた毒酒の盃は、最早個の人間が制御できる範疇を超えてしまっていた。

 

「オリガさんもマシェリの盾の後ろに。この空間に満ちてる魔力ってやつのせいで、敵の気配が読みにくい。ここは、不意打ちされるという前提で動いたほうがいい」

「私は、オルガだけど分かったわクーガー」

「私もマシュですが、わかりましたクーガーさん! 所長、私の後ろにどうぞ」

「ええ、私は背後を警戒するわ。前は任せたわよ、マシュ・キリエライト」

「……はい!」

 

 クー・フーリンの教えの通り、同じ苦難に挑む仲間として、オルガマリーはマシュにその背中を預ける。マシュも、彼女の心境の変化を悟って、快く彼女の指令(オーダー)に応えてみせる。

 そして、立香たちはクーガーを先頭に、マシュ、立香、殿で後方警戒をオルガマリーが担当する形で大聖杯へと近付いてゆく。黒幕からの攻撃はまだこない。

 

「……ストップだ」

 

 襲撃のないまま、大聖杯との距離を半分ほどまで詰めたところで、クーガーが待ったをかける。

 

「どうかしましたか、クーガーさん?」

「この先、一段と魔力が濃くなってやがるぜ。しかも、溝の底みたいなドロッとしたやつだ。俺やマシェリなら大丈夫だが、ハジマルとオリガさんにはきつそうだ」

「……っ、名前はともかくとして、確かにこの魔力、生身の人間の方にはあまりよくありません。先輩、所長、ここで止まりましょう」

「わかった、でも大聖杯はどうしようか、このまま放置するわけにはいかないよね?」

 

 立香は顎に手を添えて考え込むような格好をする。

 大聖杯は立香たちの目の前で相変わらず、淀んだ魔力を垂れ流している。今はマシュの護りがあるから何とかなっているとはいえ、このままでは早晩、立香達の立つ場所も魔力で汚染され退避を余儀なくされるだろう。時間が経つにつれて、ますます対応が困難になることは明白だった。

 

「ええ、流石にこんな代物をそのままにするわけにはいかないわ。それに、恐らくこの大聖杯こそが、この特異点が未だ消滅していない元凶だもの」

「特異点の核、というわけですね」

 

 特異点の主が退去しても世界が閉じないのは、他に世界を維持する核があることに他ならない。そして、世界を維持できるだけの力を持つものは限られる。オルガマリーが大聖杯がその元凶であると考えることは当然の帰結であった。

 

「では、俺だけが接近して調べてきましょう。恐らく、それ以外に方法はないでしょう」

「クーガーさん、いけますか?」

「もちろん! 俺の脚の速さは知ってるだろう、ハジマル。何かあったとしても、そこから一瞬で離脱して仕切り直せるのは俺しかいない」

「わかりました。後、藤丸です、クーガーさん」

「それと、虎の子の令呪、いつでも切れるようにしておいてくれ」

「はい」

 

 クーガーの言葉に頷いて藤丸が手の甲に視線を落とす。そこには最後の一画となった令呪が刻まれていた。《カルデア》に戻れない以上、これがここで使える最後の令呪となる。

 

「気をつけなさいよ、クーガー。貴方に何かあったら私たちはほとんど詰みなんだから」

 

 オルガマリーが少し頬を染めながらクーガーのことを気遣う。するとクーガーは、ブルッと身体を震わせると、右手の人差し指と中指を揃えて、気障な仕草でそれに応える。

 

「お気遣いありがとうございます、オリガさーん! 俄然やる気が湧いてきました! 即時・即決・即断、この俺が、一瞬で片付けてやりますよ!」

「慎重に行けって言ってるのよ、私は!」

「なははは! そうでした、そうでした! それでは、ストレイト・クーガー、慎重に行ってまいりま〜す!」

 

 いつもの漫才地味たやり取りを交わして、クーガーがいよいよ大聖杯へと足を進めたその時。

 

「いや、その必要はないよ」

「……っ! 誰だ!」

 

 突然、大空洞に声が響くと、クーガーの声に応えるように、大聖杯を支える台座の影から、一つの人影が現れる。それは、英国紳士風の濃緑色のスーツを身にまとう、赤茶色のくせ毛を長く伸ばした髪型の男だった。

 

 その姿を見た瞬間、クーガーとマシュ、そしてオルガマリーの目が見開かれる。

 

 おいおいおい、なんだこのドス黒いヘドロを固めたような人擬(ひともど)きは! なるほど、こいつがこの世界の蛇野郎か!

 

 レフ教授!? 生きていらっしゃったのですか……いや、違う! レフ教授なら、あんなに大聖杯の側にいて汚染された高濃度の魔力を浴びて平気でいられるはずがない! それにこの悍ましい気配……人のそれではありません!

 

 クーガーとマシュ、二人は目の前に立つ存在の異質さを感じ取っての瞠目であったが、残る一人、オルガマリーだけは違う意味を持っていた。

 

「ああ、レフ! 貴方もこちらに飛ばされて来ていたのね! 無事でよかったわ!」

 

 彼女はレフに向かって呼びかけながら、マシュの脇を抜けてレフに向かって駆け寄っていく。この土壇場においてあまりにも、あまりにも軽率な行為。

 しかし、彼女のことを誰が責められようか。

 周りはほとんど敵ばかり、そんな中で日々《時計塔》のロードとしての重責に喘いでいたオルガマリー。そんな彼女の唯一の理解者が、あそこに立つレフ教授その人だったのだ。しかも、彼女は先程この特異点での理解者であるクー・フーリンを退去で喪ったばかりなのだ。目の前に垂らされた救いの糸に縋り付くのは無理からぬ話なのだ。

 レフの立つ場所は高濃度の汚染された魔力が充満した空間のはずだ。しかし、彼女は何故かそれを物ともせずにレフの元へと向かって行く。

 

「いけません、所長!」

「オリガさん、ダメだ!」

 

 明らかな異状にオルガマリーを引き止める二人の叫びも虚しく、彼女は遂に無事にレフの元まで辿り着いてしまった。

 

「やぁ、オルガマリー。君がここにいるなんて驚いたよ」

「ああ、レフ! あなたこそ無事で良かったわ! この《特異点》も、後はこの大聖杯の処理をするだけよ。さぁ、早く終わらせて帰りましょう!」

 

 レフに縋り付いて、捲し立てるように話すオルガマリー。彼女はまだ、レフの目に浮かぶ剣呑な光に気付いていなかった。

 それを見たクーガーは、内心で激しく舌打ちをしていた。

 

 くそっ、俺としたことが出遅れるとは! これじゃあ、文化的二枚目半だ! あの野郎は間違いなくヤバい。さっさとオリガさんを引き剥がしたいところだが、距離が近すぎる。何とかヤツとオリガさんが離れるタイミングを見計らって掻っ攫うしかない!

 

 そこまで考えて、クーガーはちらりと立香を見る。

 視線に気付いた立香は、クーガーに向けて令呪の宿る手を見せて、軽く頷いた。

 

 ハジマルも、俺の意図を理解してくれている。いいマスターだ。頼りがいがある。後は、タイミングだ。絶対にはずせないぜ、ここはなぁ!

 

 立香との意思疎通を確認し、仕掛けるタイミングがくるときに備えるクーガー。その視線とレフの視線が刹那交わる。その瞬間、レフの目には明らかな侮蔑の色が宿った。

 

「いやぁ、それにしても本当に想定外のことばかりだ。イレギュラーなハイ・サーヴァントに、役立たずのはずの48人目のマスター。なぜこうも、揃いも揃って、人は運命に抗いたがるのかね」

「……? レフ、貴方何を言って……」

 

 ここにきて、オルガマリーもようやく目の前のレフという男の違和感に気付く。これは自分がよく知るレフ・ライノールではないと。

 そんな彼女に向けて、レフの皮を被った何かは無慈悲な宣告を突き付けた。

 

「君もだよ、オルガマリー。《カルデア》では、君の足下に爆弾を仕掛けたのに、まさか、精神体だけが特異点に飛ばされるとはね!」

 

 

ーーーーー

 

 

「レフ……あなた、一体何を言ってるの? 私が精神体……? いや、そもそも、爆弾って……」

 

 脚から力が失われて、私は思わずよろめいた。

 いや、脚だけではない。私の全身から急に力が抜けて、レフの声がどんどん遠くなっていく。彼は私のすぐ目の前に立っているはずなのに。

 

「《カルデア》で起きた爆発事件の、黒幕は貴方だったのですかレフ教授!?」

 

 それは本来なら私が言うべき言葉。《カルデア》の所長として、私の組織に牙を向いた者に突きつけなければならない刃。でも、それは私の口からではなく、マシュの口から零れた。

 考えがまとまらない。何かを口に出そうとしても、あまりにも多い情報が、私の理解を拒み、それを言葉として出力させてくれない。

 

 いや、違う。

 情報が私を拒んでいるんじゃなくて、私が情報を拒んでいるんだ。

 

 だって、レフの言葉はありえないことだらけだ。

 レフは実は敵のスパイで。

 《カルデア》の爆発事件の爆弾を仕掛けたのはレフで。

 その爆発のせいで私の身体はもうなくて。

 今の私は亡霊とさして変わらない状態で特異点を彷徨っていて。

 特異点(ここ)から還れば、私は消滅してしまう。

 

 嘘だ、うそだ、ウソだ……そんなこと全部悪い夢だ。だって、私はちゃんとここに生きて立ってる。自分の意思で考えることもできる。私は死んでなんかいない。絶対に死んでなんかいないんだから。

 

 そんな私の思いを嘲笑うかのように、レフの形をした何かが、彼なら絶対にしないような醜悪な笑みを私に向ける。

 

「おかしいと思わなかったのかい? レイシフト適性が皆無の君が特異点にやってこれたことが。君がここに立っているのは、レイシフトに向いていない君の肉体が消し飛んだからさ。精神体になったことで肉体の枷がなくなり、君は初めて念願のレイシフト適性を手に入れたのだよ!」

「ち、違う……そんなの全部嘘よ……」

 

 その言葉を否定しようとしても、私の言葉は弱々しい呟きとなって消えていく。彼の言うことは、残酷な程に今の状況に合致しすぎていた。

 

「おい、毛虫野郎。さっきから聞いてれば好き勝手言ってんじゃねぇ! 幽霊なら手を取ったり触れたりなんてできないはずだ!」

「そうだ! 所長が死んでいるなんて、ありえない! だって、さっき自分は所長と一緒にジュースを飲んだんだ!」

 

 まともに喋れない私に代わって、クーガーと藤丸がレフに反論している。けれど、レフの方はやれやれといった調子で首を左右に振るばかりだ。

 私のよく知る彼なら絶対に浮かべないような嘲笑を、その顔に貼り付けて。

 

「まったく、これだから理解力に乏しい人間は困りものだ。君たちにも分かるように言ってあげよう。今の彼女はね、英霊と同じ様な存在なのだよ。英霊が霊基を登録された座から現世に喚ばれるように、彼女も《カルデア》という座からこの特異点に喚ばれたんだ。だから、食事もできるし、体にも触れられる」

 

 レフの口からは滔々と耳を背けたくなる言葉が紡がれる。耳を塞ぎたい、何も知りたくない。そんな思いとは裏腹に、力の抜けた私の手は動いてくれない。

 ただ、残るすべての力で立ち尽くすしかできない私の耳に、レフの言葉はどんどん突き刺さっていく。

 

「英霊は役目を終えれば座の中に戻るべき場所がある。でも、悲しいかな、彼女の精神には戻るべき場所である肉体がない。つまり、彼女はここから去れば消えるしかないということなのだよ」

「そ、んな……」

 

 今まで身体を何とか支えていた脚から最後の力が抜けて、私はその場にへたり込んでしまう。

 この特異点は、正しい人類史にできた染みだ。私たちは、その染みを除去するためにここに来ているのだ。

 でも、肉体のない私はこの特異点でしか存在できない。つまり、特異点を修正して、正しい歴史を取り戻すということは、その時点で私の命が終わることに他ならない。

 私の未来には、どうあがいても絶望しかなかった。

 

「まったく、最期まで手間のかかる娘だったよ君は。だから、最期に君にはもっと絶望してもらおう。見給え、あのお方から預かりし聖杯の力を使えばこのようなこともできるのだよ」

 

 へたり込む私を見下すレフが、宙に手をかざすと、手の先にある空間が揺らめいて、その揺らめきの先に私のよく知るものが現れた。

 

「これは……《カルデアス》? でも……これって……」

 

 私達の目の前に現れたもの。それは、人類史の未来を観測する、《カルデア》の象徴とも言える観測装置《カルデアス》だった。隅から隅まで知らぬことはない私の《カルデアス》、でもそれはある一点だけ私の知るそれとは違っていた。

 

「そんな!? 《カルデアス》が、全部赤く染まっています!」

 

 《カルデアス》の意味を知るマシュの口から、悲鳴にも似た声が漏れる。

 人類の営みが正しく行われていれば、青く染まるはずの《カルデアス》。しかし、今《カルデアス》は、その全てが真紅に染め上げられていた。それが意味するところは1つしかない。

 

「そうだ! お前たちがこの特異点を修復したお陰で、人類の未来は焼却された! 2017年以降、この地球上に人類が存在できる場所など、もうどこにもないのだよ!」

「そんな……そんなことって……」

 

 レフの言葉を聞いても、もう私には何がなんだか分からなかった。

 

 自分はこの特異点に精神体で放り込まれて、特異点が解決したら、《カルデア》に帰る器のない私は消滅する。しかも、特異点を私たちが修正したせいで、逆に人類史の消滅が確定してしまった。

 分からない。分かりたくもない。どうしてそんなことになるのか。だって私は正しいことをしているはずなのに。

 でも、唯一分かってしまったことはーー

 

「ーー結局のところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()、オルガマリー・アニムスフィア」

「あ……あ、ああ、あああああ!」

 

 それだけは、それだけは絶対に認めたく無かった。だって、私は今までずっと頑張ってきたもの。陰口を叩かれようとも、後ろ指を指されようとも、誰にも認められることがなかろうとも。人類の未来を保障する、それこそが私の生きがいだと信じて、ずっと頑張ってきたんだから。それなのに、私のやったことは全部過ちだったなんて、そんなのーー

 

「ーーそんなの、あんまりよぉ……」

 

 ようやく動いた私の手は、耳ではなく目を覆うことを選んだ。

 これ以上、辛い現実を見ないために。

 これ以上、涙を見せないために。

 

「ああ、可哀想なオルガマリー。そんな状態で生きているのも辛いだろう。だから、最期は大好きな《カルデアス》に、私が君を送り込んであげよう」

「えっ……?」

 

 レフの口から出た信じられない言葉に、私は耳を疑った。

 《カルデアス》は、人類史の未来と過去を観測する超高密度の情報体だ。物理的な質量こそ有さないものの、コフィンシステムで精神を過去へとレイシフトできることからも分かるように、精神に対しては惑星規模の質量を持つのだ。

 つまり、今の精神体しかない私は、人が地球の重力に引かれるように、《カルデアス》に向かって墜ちていってしまう。あの、赤く焼け爛れた《カルデアス》に。

 

「いや、いやよ、そんなの! こんなの、絶対に間違ってる!」

「残念だが、これが現実さオルガマリー。さあ、君の大好きな《カルデアス》と運命を共にするといい! ははは!」

「やだっ! 体が……引っ張られる!? 誰か、誰か助けて!」

 

 レフの哄笑と共に、私の体は宙に浮かぶ。いや、正確には《カルデアス》に向かって墜ちているのだ。

 

 ひどい……ひどいわ……。こんなの、あんまりじゃない……。

 

 私だって、自分が清廉潔白な人間だなんて思っていない。父の、マリスビリー・アニムスフィアが《カルデア》で行ってきた所業を、《カルデア》ごと引き継いだそのときから、父の業を背負って生きてきた。父の事業でモルモットのように扱われたマシュには、いつか殺されてしまうかもしれない。そんなことだって覚悟していた。それでも、誰にも認められなくても、誰にも褒められなくても、誰にも愛されなくても、私は私のやれることを精一杯やってきた。

 

 でも、特異点(ここ)に来て、そんな状況が少し変わり始めたと思ったのに。私のことを、大英雄のクー・フーリンが評価してくれて。

 彼は居なくなったけど、まだ藤丸やクーガーは、私のことを信頼してくれている。それに、マシュとだって少し心の距離が近づいた。それが私には分かるの。

 だって、今までこんな気持ちになったことなんて、私、一度もなかったから。誰かに信頼されるって、認めてもらえるって、こんなに心が温かくなるんだって。それが、ようやくわかり始めたところだったのに。今までのどん底の私から、ようやく這い上がれると思ったのに。なのにーー

 

「ーー嫌、嫌よ! 私、まだ全然みんなに褒められてない! 認められてない! ようやく、これからだと思ったのに……!」

 

 《カルデアス》が、私に迫ってくる。私の背中は既に、《カルデアス》から放たれる焼け付くような熱さを感じている。

 もう、だめだ。

 そう感じた瞬間、私の体から全ての力が抜けて、先程までとは比較にならない速さで、私の体は《カルデアス》に堕ち始める。

 今際の際、私はぼんやりと自分の本当の願いを思い出していた。

 

 そうよ。本当は私、「人類の未来を護る」なんて、大それた願いなんか持っていなかったの。

 私の本当の願い。

 それは、「私の隣に立つ誰か」。

 もちろん、絶世の美男子や王子様なんて贅沢は言わない。たとえ、それがどんな平凡な人だっていいの。

 いつも隣に居てくれて、私が頑張ったときには、たった一言「よく頑張ったね」って微笑みながら声をかけてくれる。

 そんな人に、私は隣に立っていてほしかったのよ。

 

 

 

 



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ある少女の幼年期の終わり(後編)

続きましたわ!

リアル多忙でクッソ時間が空いて申し訳ありませんわ!
感想をいただいたので、これ以上おまたせするのはあまりにも不義理だと思い、なんとか仕上げましたわ!

それでは、本編をどうぞですわ!


()()ー!!」

「……っ!」

 

 突然、全力で叫ばれた自分の名前に、思わず体が反応する。気付かないうちに、場の空気に飲まれて固まっていた体に熱が流れ込んできたみたいだ。

 

 ーー虎の子の令呪、いつでも切れるようにしておいてくれ。

 

 そして、呼ばれた名前とともに、つい先程自分が託されたクーガーさんの言葉が頭にリフレインする。

 

「クーガーさん!」

 

 我に返った自分は、反射的に彼の名前を呼びながら左手の令呪に魔力を流していた。

 

「行くぜぇ! 輝け、もっと輝け、俺のアルター!」

 

 返事はなかった。もうそんな余裕すらないことは、自分もよく理解(わか)っていた。《カルデアス》に墜ちてゆく所長を助けるためには、ここから先、一切の猶予はないんだと。

 でも、返事がないということが、そこまで心が通じ合っているような気がして、不思議と不安な気持ちはしなかった。

 目の前ではクーガーさんが、令呪によってブーストされた魔力で、周囲の物質や大聖杯の汚染された魔力すら手あたり次第に虹の煌めきに変えて、脚だけではなく全身に煌めきを纏っていく。

 

 ……脚だけじゃない!? つまり、これが()()()()()()()()()()()()()()

 

 全身を虹の煌めきに包まれるクーガーさんを見て、自分の胸に押し寄せてきた感情。

 それは、驚愕と安堵。

 驚愕は、今までのクーガーさんがまだ本気を出していなかったということに対して。そして安堵は、今のクーガーさんなら必ず所長を救ってくれるという期待からくるものだ。

 もちろん、目の前に立つレフ教授の皮を被った何かにクーガーさんが勝てる保証があるわけじゃない。アレは平凡な魔術師である自分が見ても分かる化け物だ。

 

 それでも、自分の目の前に立つクーガーさんの背中を見ていると、不思議と負ける気がしない。理屈なんかじゃない。本能がクーガーさんの勝利を確信しているんだ。

 

 そして、自分の目の前で、クーガーさんの背中は菫色をした鎧に包まれていく。恐ろしいまでに洗練された流線型を描くその鎧の背には、ジェット戦闘機の噴射口のようなスリットが無数にあって、これこそが彼の目指した《最速》の形なのだと一目で分かった。

 

 お願いです、クーガーさん。貴方の《速さ(ちから)》で所長を助けてあげてください!

 

 そんな自分の祈りに応えるように、クーガーさんは大声でその《速さ》の名前を叫んだ。

 

「さぁ、受けろよ、俺の《速さ》を! 《ラディカル・グッドスピード》完全解放! 《フォトン・ブリッツ》!」

 

 その瞬間、クーガーさんの姿はこの世から消えた。

 いや、正しくは自分が知覚できなくなったのだ。

 今、自分の目に映るものは、クーガーさんの背中から噴出される虹の煌めきだけだ。

 

「きゃっ!?」

「うわっ!? マシュ!?」

 

 目の前に突如としてマシュの背中が迫ってきて、自分は咄嗟にその背中を支えてしまう。

 

「大丈夫かい、マシュ!?」

「す、すみません先輩! クーガーさんの出した衝撃波があまりにも凄まじくて!」

 

 思わず叫んでしまった自分に、マシュが盾を構えたまま振り返って答えてくれる。クーガーさんの放った虹の煌めきは、その恐るべき出力で、盾を構えた状態のマシュを、一瞬で自分の側まで後退させていた。地面に刻まれた(わだち)のようなマシュの足跡、その深さと長さがクーガーさんのパワーの凄まじさを見せつけている。

 

「なんて力だ! でも、これなら……!」

「ええ! これなら、所長が《カルデアス》に落ちる前に助けられるかもしれません!」

 

 自分とマシュは顔を見合わせて頷き合うと、正面に顔を戻して虹の煌めきの向こうにいるはずのクーガーさんに向けて大声で叫んでいた。

 

「「いっけぇ〜! クーガーさん!」」

 

 

ーーーーー

 

 

 その叫び、確かに聞き届けたぜ、藤丸、マシュ!

 

 クーガーは、背後に確かに二人の声を聞きながら己の纏う《最速》を精妙に制御して、オルガマリーへの距離を詰めていた。

 

 《全速力》ではダメだ。それでは()()()さんに触れたときに、彼女が壊れてしまう。《フォトン・ブリッツ》を徐々に解除しながら、オルガさんを救うタイミングで《ラディカル・グッドスピード》も完全に解除する!

 

 もしこれが、レフを倒すためならクーガーはこの姿のまま全速力で大空洞を駆け抜けただろう。

 しかし、今回の目的はあくまでもオルガマリーの救出。クーガーのアルター能力の全力を、不安定な霊体のオルガマリーが受け止められるとは到底考えられなかった。

 故に《フォトン・ブリッツ》は、あくまでも初速を得るためだけに利用して、後はそれを解除しながら身体に働く慣性の力によって残りの距離を詰める。そうすれば《カルデアス》に落ちゆく彼女の身体を受け止める瞬間には、アルター能力を全解除して生身の彼女が耐えられる速度にまで減速できる。

 これがクーガーの描いた絵図だった。

 

「ハハハ、無駄な足掻きだ人間!」

 

 そんなクーガーの耳に、レフの姿をした何かの放つ哄笑が響く。

 

「もう手遅れだよ。彼女はもう、私が聖杯によって開いた穴を通って《カルデア》と繋がった。この特異点ならともかく、《カルデア》側に墜ちた肉体のない今の彼女には、もう触れることすらかなわないのだよ!」

 

 んなこたぁ分かってんだよ、この毛虫野郎!

 

 己の策が成就することを確信して、もはやこちらの妨害すらしてこないレフに向けて、クーガーは内心で悪態をつく。

 しかし、肉体のない今のオルガマリーに触れることができないというレフの言葉は正鵠(せいこく)を射ていた。精神と肉体とはコインの裏表。それは一体ではあるが、決して互いに触れ合えるものではないのだ。

 実は、クーガーはオルガマリーへの接近方法は考えていても、どのように彼女を救けるのかについてはノープランで突っ走っていた。それでも、今はとにかく走り出さなければ、救出が間に合わなかったからだ。

 しかし、クーガーが諦めることは決してない。高速で流れる世界の中、それ以上の思考の速さで彼は解決策を模索する。

 

 精神体のオルガさんに、魔力で編まれた仮初とはいえ実体をもつ俺が触れられないのは解る。その辺りの知識は《英霊の座》が教えてくれたからな。

 でも、俺が霊体になってオルガさんに触れられるようになっても、結局オルガさんと一緒に《カルデアス》に落ちるだけだ。流石に、このスピードで膨大な質量を持つ《カルデアス》に向かっていけば、いくら俺でもオルガさんを連れての脱出は無理だ。

 《カルデアス》に落ちないようにするには、俺は実体を維持していないといけない。ならどうする? どうする、どうする? 考えろ、ストレイト・クーガー!

 

 思考はフルで回転させながら、オルガマリーに接触するときに備えて、クーガーは《フォトン・ブリッツ》を徐々に解除していく。まずは、鎧の兜の部分が解除され、虹の煌めきに戻って彼の視界が開ける。

 

 ……そうだ! あるじゃないか、完璧な解決策が!

 

 《フォトン・ブリッツ》の解除で広がった視界。その端を後ろに流れていく煌めきを横目で追ったその時、クーガーの頭の中に一つの妙案が思い浮かんだ。

 

 問題はタイミングとスピードだな。スピードを殺し過ぎず、かつ《フォトン・ブリッツ》の解除を()()()()()()()()()()()()。かなり、綱渡りの作業になるが、それでもーー

 

「ーー意地があるんだよ、男にはなぁ!」

「ハハハ、その意地は徒労に終わる! 潔く諦め給え!」

「そうするなら、ハナからこんなところに来ちゃあいないんだよ!」

 

 叫び声をあげてクーガーがオルガマリーに迫る。その姿を、彼女は全てを諦めたぼんやりとした目で眺めている。

 そんな彼女に、諦めることを知らない男は心の底から呼びかける。

 

「オルガさん! もし、貴女がまだ生きることを諦めていないなら、俺に手を伸ばしてください!」

 

 クーガーの《フォトン・ブリッツ》は、もう手甲(ガントレット)脚甲(グリーブ)を残すのみとなっていた。その2つも虹の煌めきに戻しながら、クーガーはオルガマリーに手を差し伸べる。

 

「あ…………」

 

 その手を見たオルガマリーの目が僅かに輝き、まるで誘蛾灯に惹かれる羽虫のようにフラフラとした動きで伸ばされる。

 それは、オルガマリーという全てを喪ったパンドラの匣の奥底に、たった一つだけ残っていた最後の希望。生きたいという、生き物の本能が彼女の手を動かしていた。

 その手を見たクーガーの顔には、いつもの笑みが浮かんでいた。

 

「ありがとう、オルガさん。貴女は俺のことを信じてくれた。だから、その信頼に今俺が応えてみせましょう!」

 

 そう宣言するとクーガーは全力でその手を彼女に伸ばす。

 

「届けぇー!」

 

 クーガーの身体を包む《フォトン・ブリッツ》は、そのほとんどが失われていた。最後に残った指先の一部が虹色の煌めきに変わったその時、煌めきは彼の指先を離れてオルガマリーの指先へと移る。

 

 その瞬間、クーガーの手は触れ得ざるはずのオルガマリーの手を確かに握りしめていた。

 

 

ーーーーー

 

 

 私はもうあの世に堕ちたのかしら。それとも、まだその途中なのかしら。

 なんだか、とても温かいわ。私はこれからどんどんあの燻る炎に灼かれていくのかしら。

 それとも、あの世はこんなに温かいところだったのかしら。悪いことをいっぱいしてきた私は、冷たく暗い地獄に行くはずなのに。

 

 信じていたものに裏切られ、自分の命すらも絶え果てることが必定となる。全てを諦めた意識の中で、私はぼんやりとそんなことを考えていた。

 

 それにしても、あの世ってこんなに心地良いのね。私が向かう先はきっと地獄のはずなのに。それとも、此岸が地獄なら、彼岸の方が少しはましなのかしらね。

 

「……さん、オ……ん……」

 

 なんだろう、私を呼ぶ声が聞こえる。それは、不思議と心の底にまでストンと落ちてくるような声だ。

 

「オ……ガさん、オル……ん……」

 

 声は、どんどん大きく近くで響いてくる。

 もう最近は久しく忘れていた、聞いているだけで温かくて安心する、そんな声。

 

 この声を、私は知っている。

 

 そう思ったとき、私の頬をもう枯れ果てたと思った一筋の涙が伝い、私は思わずその名を口にしていた。もう、久しく口にすることのなかったその名を。

 

「マリスビリーお父様……?」

「……っ! 起きましたか、()()()さん!」

「……!」

 

 お父様とは違う大きな声に、私は思わず閉じていた目を見開いた。私の目に映るのは、額にサングラスを掛けて、不敵な笑みを浮かべる赤毛の青年。

 

「クーガー……?」

「ふふっ、ようやく眠り姫のお目覚めですか」

「何バカなこと言ってるのよ……」

「いやぁ、もう少し目覚めないようならキスでもして差し上げようかと思ってたんですがねぇ!」

「えっ……きゃっ!?」

 

 クーガーの言葉で、私はようやく自分がどんな状態なのかようやく理解した。今、私はクーガーに片手を握られた状態で抱きかかえられていたのだ。いわゆる、お姫様抱っこの状態で。

 

「は、早く離しなさい、クーガー!」

「おっと、分かりましたから暴れないでくださいよ、オルガさん」

 

 流石に恥ずかしくなった私が思い切り手足を振り回すと、クーガーは私をそっと地面に下ろしてくれた。

 なんだかそれは、遠い記憶の彼方、お父様がまだ生きていた頃に私にしてくれたみたいで。

 私は、思わず手足を振り回すのを止めて、じっとクーガーの顔を見つめてしまった。

 すると、視線が合ったクーガーが微笑んで、思わず私は顔を反らしてしまった。

 

「まったく、許可もなくレディの体に触れるわ、名前は言い間違えるわ、貴方にはデリカシーってものがないのかしら」

 

 あ〜!? 違うでしょ、私!

 

 本当は感謝の言葉を言いたかったのに、私は恥ずかしさのあまり、思わず悪態をついてしまう。いつだって、私はこうなのだ。本心を隠すために必要以上に言葉の棘をまとってしまう。

 でも、そんな私の内心を見透かしたようにクーガーは微笑みを崩さない。普通の人間なら、不愉快に感じるようなそれも、なぜだか彼なら許せてしまうのだから、ズルい性分だと思う。

 

「申し訳ありません、緊急事態だったもので。それと、名前でしたら、()()()()()()()()()()()()()?」

「…………あっ」

 

 そう言われて気付いた。

 確かに、さっきからずっと私は「オルガさん」と呼ばれていた。クーガーは、正しく私のことを呼び止めてくれていたのだ。

 

 ……ズルいわ。普段は(おど)けて、肝心なときにこれなんだから。

 

 何度考えてもクーガーはズルい。でも、それを帳消しにしてしまえるほどのものを、彼は私に与えてくれた。

 私は、ゆっくりと、しかし確かに自分の足で再び立ち上がった。

 

「ば、バカな!? 一体何が起こっている!? なぜ、お前はオルガマリーに触れられる!?」

 

 私の目の前では、レフが信じられないものを見たと言わんばかりに瞠目して狼狽えている。だが、それは私も同じだ。

 

「クーガー、あなた、どうやって私を助けたの?」

「簡単なことです。俺のアルター能力の応用ですよ」

 

 私の問いに、クーガーは前髪のくせ毛を指で跳ね上げながら、事も無げに答える。

 

「アルター能力の応用……確か、アルター能力は、周囲の物質を原子レベルで分解して、その持ち主の望む形に再構成する力、よね……? ……! ということは、まさか!」

「貴様、オルガマリーの身体を能力で再構築したのか!?」

「ご明察だぜ、毛虫野郎」

 

 私の言葉を受けるように、レフもどきの口から紡がれた正解に、クーガーが不敵な笑みで答える。

 

「この体は、貴方の力でできているのね、クーガー」

 

 私は自分の胸に手を当てる。

 クーガーにとっての《理想》は《速さ》だ。故に彼の《アルター能力》は全てを《速さ》に注いでいる。

 しかし、その《速さ》を曲げてまで、彼は私を助けてくれた。彼の《理想》の中に、私を置いてくれた。そう思うと、作り物であるはずのこの体が、なんだか生身を持っていた頃よりも温かく感じられた。

 クーガーはそんな私を見て満足そうに頷く。

 

「はい、その通りですオルガさん。最も、再現度の高さには些か不満がありますがね! もし、詳細なデータをいただけるのでしたら、それはもう隅から隅まで完璧に再現してみせますよ!」

「さらっと、セクハラするのはやめてもらえるかしら」

 

 私がジトっとした視線を送ると、クーガーは戯けたように両手を左右に振った。

 

「冗談ですよ冗談! さてと、場を和ませる小粋なジョークはここまでにしてーー」

 

 クーガーは、そこで言葉を切ると、未だに狼狽を隠せないレフもどきへと向き直る。その顔に、先程までの戯けた表情はなく、今にも飛びかからんとする獣のような剥き出しの闘志が浮かんでいた。

 その横顔に、どんなに戯けていても、やはり彼は一人の優れた戦士なのだということを改めて実感させられる。

 

「ーー正解者にはご褒美だ。お前に、敗北を進呈してやるよ、毛虫野郎!」

 

 そう言い放つとクーガーはクラウチングスタートの構えをとる。それは、人が最速に近付くために編み出した、《文化の真髄》とでもいうべき構え。

 

「さぁ、オルガさん! 俺に命令(オーダー)をください!」

 

 今にも放たれようとする、引き絞られた矢のような緊張をまとったクーガーが、私を見ることもなく言葉を発する。

 

 そう、これは私が向き合わなければならないこと。今までの私との決別。そして、《カルデア》の長としての私の責務。ありがとう、クーガー。そして、藤丸とマシュ。あなた達が、あなた達の責務を果たしたように、私も私の責務を果たす!

 

 私は、胸を張って前を向く。

 

「クーガー、貴方のマスター藤丸立香の所属する、人理保証機関《フィニス・カルデア》の長として命じますーー」

 

 大きく息を吸い込みながら、私は右手を天高く掲げる。

 目の端には、険しい表情を浮かべた藤丸とマシュの顔が見える。私は彼らの方を少しだけ見て微笑んでみせた。

 本当に上手く微笑むことができたかはわからない。でも、今の私はきっと上手くやれている。

 

 大丈夫。だってもう迷いはないから。

 

「ーーレフ・ライノール……いえ、レフの皮を被った人理の敵を撃滅しなさい!」

 

 私の振り下ろした手の先には、レフの姿をした何かが憎悪を剥き出しにこちらを見ていた。

 こんなものを、私は今の今まで心の支えにしていたのだ。私は孤独のあまり、縋るべき相手を見誤っていた。

 

 でも、今の私には縋るだけじゃない、背中を預けられる仲間がいるのよ。だから、もう、偽物の優しさは必要ないの。

 

「よく吠えた! なら、その指令(オーダー)、俺が果たしてみせましょう!」

 

 それを示してくれるかのように、クーガーが私の声に応えてくれる。ただ、それだけで無限に勇気が湧いてくるようだ。

 

「ほざけぇ、人間風情がぁ!」

 

 レフもどきがその姿を歪め、その内から悍ましい何かが溢れ出ようとしている。しかし、それが何かをする前にクーガーが動いた。

 

「行くぜぇ、毛虫野郎! お前に足りないもの、それは!」

 

 叫び声と共に、クーガーがその脚に虹の煌めきを纏いながら駆け出していく。その姿が、眩いほどに輝いて見えるのは、きっと彼の能力のせいだ。

 

「情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ!」

そしてなによりもォォォオオオオッ!!」

 

 雄叫びとともにクーガーの脚が光の速さで振り抜かれる。

 それは、全ての闇を切り裂く希望の光。

 彼の追い求めた理想の光だ。

 

「《速さ》が足りない!」

「ガァァァァァ!?」

 

 レフもどきにとっての不幸は、それが本性を現すために人の姿を捨てようとしていたことだった。

 レフという実体を失い、なおかつ本性の実体を結ぶことも間に合わなかった霊体のそれは、自分の策略とはあべこべに、苦悶の叫びとともに《カルデアス》へと墜ちていく。

 一体、レフ教授がいつからああなったのかは私にはわからない。あるいは、最初からああだったのかもしれない。

 それでも、彼が私にとっての拠り所であったのは紛れもない事実だ。

 

「……レフ教授。私は、前に進みます。ありがとう、そして、さようなら」

 

 だからこそ、消えゆく彼への別れの言葉を(はなむけ)にして。

 この瞬間、私は過去と決別し、未来へと歩き始めたのだ。

 

 




第一章は、残りあと一話ですわ!
頑張って早めに投稿しますわ!


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debriefing : 特異点F《炎上汚染都市冬木》 前編

続きましたわ!

地味に時間ができたので投下ですわ! ただし、一気には無理なので分割ですわ~!


 地鳴りのような音を立てて《冬木の大空洞》が崩壊していく。

 いや、正しくはあるべき姿に戻ろうとしているというべきか。

 核たる聖杯とアーサー王を失い、それを影で操る黒幕も退去した。その時点でこの特異点は存在を維持できるだけの強度を失ったのだ。故に、この特異点の消滅に巻き込まれることは、特異点の一部として消滅することを意味していた。

 

「《特異点》が修正される! ロマニ、《カルデア》への転送を急いで!」

「分かってるよマリー! でも、こっちの設備はダメージが大きい上に、クーガー君の霊基データまで追加しなくちゃいけないんだ! もう少し時間がかかるよ!」

 

 オルガマリーが通信する《カルデア》司令室では、Dr.ロマンの指示の下、職員たちが、立花たちの生存証明をするために、コフィンシステムを必死になって調整する姿が映し出されていた。

 《カルデア》の運営を任された選りすぐりの人材である彼らはよくやっている。しかし、やはりレフ教授になりすましていた何かによるテロの影響は大きく、人数の不足は如何ともし難い。特異点の消滅が先か、立花たちのレイシフトが先か。状況は一刻を争うことになっていた。

 必死になって自分たちを救おうとしてくれている彼らに対して何もできないことに、立花はほぞを噛む思いだった。彼の隣に立つマシュも同じ思いのようで、その手は胸元で固く握られている。

 重苦しい沈黙が場を支配する中、口を開いたのはオルガマリーだった。

 

「……コフィンシステムの生存証明、藤丸とマシュの2基分を優先させなさい」

「……!? 所長、そんな!?」

「いけません、オルガマリー所長!? ようやくここまで来たんです、帰るときはみんなで一緒に帰りましょう!」

 

 並行して進む4基のコフィンシステムの生存証明。その内、2基を優先すれば確かに作業効率は上がり、立花たちが全滅するリスクは減る。

 オルガマリーの判断は非常に合理的なものだった。だが、それ故に立花たちにとって、仲間を見捨てるに等しいそれは受け入れがたい言葉だった。

 必死の表情で、オルガマリーに食い下がる二人に、オルガマリーは微笑みながら首を左右に振った。

 

「今後のことを考えれば、これが最善手よ。そもそも、私の肉体はもう消滅しているのだから、レイシフトが成功して《カルデア》に帰れる保証はないのよ。クーガーは英霊だから最悪あなた達が無事に帰れば再召喚することだってできるわ」

「確かに、そうですけど……!」

 

 それでもなお食い下がろうとする立花の肩にオルガマリーが手を置く。その、思いがけない行動と肩に置かれた手から伝わる優し感覚に立花の動きが止まる。

 

「私は《カルデア》の所長なの。部下であるあなた達の安全を守る義務があるのよ。これが最後になるかもしれないんだから、最後くらい所長らしいことをさせなさい」

「所長……」

 

 オルガマリーの見せた優しさに、思わず言葉に詰まりそうになる立香の肩を、彼女の手がトンと押す。押し出された立香は「わわっ」と声を上げながら、マシュの隣へと収まった。

 二人並んだ立香とマシュに、オルガマリーは右手の人差し指を突きつける。

 

「その代わり、私が生きてカルデアに戻ったらビシバシあなた達を指揮してやるんだから覚悟してなさい!」

「……っ、はい!」

「所長、必ず、必ず《カルデア》でお会いしましょう!」

 

 いつもの調子に戻ったオルガマリーに、立香たちが力強く頷く。Dr.ロマンの通信が再び入ったのはそんなときだった。

 

「マリー! 藤丸君とマシュの生存証明が完了した! いつでもレイシフト可能だよ!」

「よくやったわ、Dr.ロマニ! 今後は、貴方の昼行灯(ひるあんどん)扱いの見直しを検討してあげるわ」

「えぇ!? これだけ頑張ってるのに検討するだけ!?」

「今までサボっていた分、検討するだけありがたいと思いなさい! さぁ、早く二人を《カルデア》に!」

「わかったよマリー! 二人ともそこを動かないでね!」

「はい! 所長、また後で!」

「所長、《カルデア》でお待ちしています!」

「はいはい、分かったから早く帰りなさい」

 

 しつこく別れを惜しむ二人に、オルガマリーが苦笑を浮かべながら、飼い猫を追い払うかのようにしっしと手を振ると、立香達の姿が陽炎のように透き通って消えた。レイシフトに成功したのだ。

 

「……ありがとう。藤丸、マシュ」

 

 最早、この場にはいない二人に向けて、オルガマリーは囁くように言葉を紡いだ。そんな彼女に背後から一つの足音が近づく。

 

「さーて、いよいよ残すところは俺たち二人ですね、オリガさん」

「はぁ……、私としては最後に残るのが貴方なのは不本意ですけどね」

 

 消えた二人と入れ替わるように横に現れたクーガーにむけて、オルガマリーは溜め息混じりの皮肉を吐く。しかし、クーガーはそれもどこ吹く風といった様子で、いつもどおりの笑みを浮かべながらサングラスを額へと押し上げる。

 

「滅びゆく世界に最後に残った男女二人なんて、最高にロマンチックなシチュエーションだと思いませんかオリガさん」

「ええ、わざと名前を間違えてくれるような男性じゃなければ、ね」

「はっはーぁ! こいつは手厳しい!」

 

 オルガマリーの棘のある言葉を受けても、クーガーは相変わらずの高笑いを上げて、消えゆく世界をその眼に焼き付けている。その姿を見つめながら、オルガマリーはポツリと半ば独白のように呟いた。

 

「ごめんなさい、本当ならあなたは一度《英霊の座》へと退去すればいいのに、私の身体を維持するためにこんなことに巻き込んで」

 

 オルガマリーの今の身体は、クーガーのアルター能力で生成されている。彼女が《カルデア》に無事に帰るためには、クーガーは《英霊の座》に戻ることなくアルター能力を発現させ続けなければならなかった。つまり、特異点からの退去が間に合わなければ、彼はオルガマリーと消滅の運命を共にしなければならないことになる。

 しかし、そんな滅びを目の前に控えても、クーガーは相変わらずの気楽な調子で首を左右に振る。

 

「いえいえ、これで俺ってば、今の状況を中々に楽しんでるんですよ。だって、世界が滅びる瞬間なんてそう何度も立ち会えるものじゃありませんからね!」

「呆れた……、やっぱり一度死んだサーヴァントは滅びることが怖くないのかしら」

「はい、まったく」

 

 オルガマリーの問いに、クーガーは彼らしく即断してみせる。

 

「ですが、俺が怖くないのは一度死んでいるからじゃあないんですよ」

「……え?」

「俺たちは、全く違う世界から奇跡のような確率で巡り会えた。なら、俺たちが助かる奇跡だって、意外と簡単に起こる気がしてきませんか」

 

 そう言って、クーガーがウインクをすると、オルガマリーはにこりと微笑んだ。

 

「そうかもね。……ふふっ、貴方とはようやく初めて気が合ったわね」

「ははっ、これから何度でも合うことになりますよ!」

「二人とも、レイシフトの準備ができた! さぁ、今度は君たちの番だよ!」

 

 Dr.ロマンの通信が入り、二人は顔を見合わせる。

 

「ではオ()ガさん、また後で」

「ええ、私の《カルデア》で会いましょう、クーガー」

 

 やり取りを交わした刹那、二人の体が陽炎のように揺らぐ。それと同時に、特異点の中心《冬木の大空洞》は大音声を上げて完全に崩落した。




この話から新しいアンケートを取らせていただきますわ!

アンケートの内容は、「邪竜百年戦争オルレアン以降の特異点で、本来のストーリーで登場するサーヴァント以外がいてもいいか?」ですわ! 

オーケーなら本来のストーリーではいない、手持ちサーヴァントがいるor途中で召喚する状態で話が進みますわ。手持ちサーヴァントは、直前の特異点で縁を結んだサーヴァントか、攻略特異点に登場するサーヴァントと関係させられるサーヴァントを1〜2騎までとする予定ですわ! あまりにも大所帯だと緊迫感がなくなりますので!

逆に、ダメならクーガー以外の仲間は、本来のストーリーで出てくる現地協力者のサーヴァントのみで進みますわ!

皆様のご投票お待ちしてますわ!


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debriefing : 特異点F《炎上汚染都市冬木》 後編

続きました。
くっっっそ時間が開きましたが、これにて《特異点F》終了ですわ~!


 

――なんだろう。意識が微睡(まどろ)んでいる。

 

まるで、ぬるま湯を張った湯船に頭まで浸かっているような気分だ。それは、抜け出すにはあまりにも心地よく、しかしそれでいて、気を抜けば何時でも溺れてしまいそうな、死の気配を孕んでいる。

 

――起きないと。▓▓▓▓が待ってる。

 

肉体は、このまま眠りの淵に落ちていけと囁く。しかし、それは二度と戻れぬ奈落への入り口だ。

だから、起きなければならない。瞼を開いて、いよいよ現実と向き合うときだ。

なんだか、それはとても辛く、そして苦しいことである気がする。命を喪うことよりも、もっと恐ろしいものが待っている、確信めいた予感があった。

――でも、僕を待っている▓▓▓▓がいるから。

 

それでも、どんなに恐ろしい苦難が待ち構えていようとも、それを一緒に乗り越えてくれる人がいる。僕を支え、そして僕が支える人がいる。その事実だけで、目を開けるには十分だ。

 

――さぁ、行こう。

 

心の中でそう呟いて、僕――藤丸立香――は、微睡みの海から抜け出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「……ここは?」

 

目を覚ました立香を待っていたのは、見知らぬ真白き天井だった。まるで病院のように、穢れを排したそれを眺めているうちに、彼の意識は断片的に回復していく。

 

 

カルデア。魔術師。マスター。テロ。爆発。裏切り者。炎。冬木。特異点。サーヴァント。人理焼却。アーサー王。反転。聖杯。レフ。そして――

 

「っ! み、皆は!? ……ぐっ!」

 

パズルのピースを組み合わせるように、立香の記憶が繋がる。そこに、《特異点》をともに駆け抜けた仲間の姿が現れたその瞬間、立香はベッドから飛び起きていた。

立ち上がろうとして、しかし、自分の頭を襲った鈍痛に顔をしかめ、立香は思わず倒れそうになる。

 

「おっと、こいつはマズいな」

 

しかし、崩れ落ちそうになる立香の体を、脇から差し伸べられた腕が支えた。白いスーツに包まれたその腕は、服の上から分かるほどに鍛え上げられた男の腕だ。

 

「……クーガーさん!」

「やれやれ、寝る子は育つとは言うが、3日も眠りっぱなしじゃあ、流石に不健康だぜ()ジマル」

「……ふじまる、ですよ、僕は」

 

立花が苦笑いを浮かべると、クーガーはニヤリとした笑みを浮かべて、支えていた腕を背中に回し、立花の肩を抱いた。

 

「ははっ、それだけ口が回るなら大丈夫そうだな。……よく戻ってきた、ハジマル。やっぱりお前は見上げた男だぜ」

「ありがとうございます、クーガーさん。ご心配をおかけしました」

「いやいや、俺はハジマルは絶対に戻ってくるって信じてたからな。それほどでもないさ」

 

クーガーは、空いた方の手のひらを、やれやれと言わんばかりに天に向けて首を竦める。

自分が、絶対に戻ってくると信じてくれた。その事実が、立花には何よりも心地よかった。

 

「クーガーさん……」

「おっと、感激するにはまだ早いぞ」

 

感極まったような声で、名前を呼ぶ立花をクーガーが制する。出鼻を挫かれたような形になった立花は、思わず「えっ」と声を上げていた。

 

「ここには、俺よりも、お前さんのことをもっと心配してた奴らがいるからな」

「……あっ」

「今の時間、付き添いはたまたま俺の番だったがな。お前さんのバイタルは、常にカルデアの管制室がチェックしてるんだ。目が覚めたことはもう伝わってるだろうから、今にみんなここにやってくるぜ」

「それじゃあ……」

 

立花がそれ以上言葉を発するよりも、部屋の扉が開くのが早かった。

 

「せ、先輩! おはようございます! お体は大丈夫ですか!」

「マシュ……!」

 

最初に飛び込んできたのは、藤色に近い髪をした乙女、マシュ・キリエライトだった。彼女は、クーガーに支えられて立つ立花に駆け寄る。立花が「うん、なんともないよ」と応えると、彼女は、ほっと胸をなで下ろした。

しかし、立花が体をクーガーに支えてもらっていることに気付いて、再びその表情が曇る。

 

「まだ、お一人では立てませんか?」

「いや、久しぶりに立って立ちくらみがしただけだよ。ほら、この通り」

 

不安気なマシュの様子に、立花が慌ててクーガーから離れて両手を上げ下げしたり、脚を上げたりしてみせると、今度こそマシュは満面の笑みを浮かべた。

 

「ああ、よかった……。また、こうしてお話できて嬉しいです、先輩」

「僕もだよ。マシュが無事でよかった」

「先輩……」

 

立花の微笑みに、マシュがうっとりした表情で頬を染めたその時、再びドアが開いて、騒がしい足音ともに銀髪の女性が部屋に駆け込んでくる。

 

「マスター藤丸! 起きてるの!? 」

「オルガ所長!」

 

立花が意外な来客の名前を呼ぶと、オルガマリーは少し目を見開いたあと、大きなため息を1つ吐いた。

 

「はぁ……いくらなんでも眠り過ぎよ、まったく……」

「すみません、何分疲れていたもので……」

「疲れたからといって、3日も寝続けたら逆に健康に悪いわよ! 後でバイタルチェックをするから、それまでに食堂で軽く何か入れておきなさい、いいわね!」

「は、はい! あの、お気遣いありがとうございます、所長」

 

立花が、オルガの言葉の中に混ざる気遣いに、背筋を伸ばして素直に礼を述べると、彼女の耳は冬の寒さに触れたように真っ赤に染まった。

それがバツが悪いとでも言うように、オルガは立花からそっぽを向いた。

 

「ふ、ふん! これくらい、カルデアの所長として当然の責務です」

「も〜、素直じゃないんだからさ、マリーは。こんな時ぐらい『よかった』の一言でいいじゃないか」

 

オルガの言葉に反応したのは、いつの間にか彼女の後ろに立っていた、Dr.ロマンだった。

いかにも「やれやれ」といった風に、首を左右にふるDr.ロマン。そんな彼に向けて、オルガの首がゆっくりと動く。まるでそれは、油の切れかかったブリキのおもちゃのように緩慢な動きだった。

 

「何か言ったかしら、Dr.ロマニ・アーキマン?」

 

立花からはオルガの顔は伺えないが、恐らくその表情は般若の如きものだろう。Dr.ロマンの顔は、一瞬で色を失い、素早く左右に振られた。

 

「なんでもないでーす! あ、立花君、無事で何よりだよ、恥ずかしくて言えないマリーの代わりに、僕が言わせてもらうよ」

「ちょっとお話をしましょうか、Dr.ロマニ?」

 

言うやいなや、オルガの右手がDr.ロマンの頬を掴んでいた。

 

「いふぁい!? いふぁいから、ほっへをひっふぁらないで、まりぃ〜!」

 

そうして、そのままほっぺを抓られたまま退場していくDr.ロマンを、苦笑いを浮かべて立花は見送った。

 

――ああ、僕は本当に帰ってくることができたんだ。

 

いつもと変わらない日常の喧騒。それが、立花に《特異点》からの生還を強く認識させた。

無事に、仲間たちの下へ帰ってこれた喜び。その歓喜に震える彼の肩に、ポンと何者かの手が載せられた。

 

「うんうん、無事に帰ってこれたようで何よりだね。『カルデアに無事に帰るまでがレイシフト』とはよく言ったものさ」

「そんなこと、どこの誰が言ったんですか……」

 

立花は、そう言いながら新しく肩に載せられた手の主を振り返る。

それは息を呑むような美女だった。

緩やかなカールを描く、亜麻色の豊かな髪を腰のあたりまで伸ばし、頬に朱のさす美しい顔には、薄く微笑みが湛えられている。瑞々しい唇は少し開いて、先程立花にかけられた言葉は、間違いなくここから放たれたものだと言うことが分かる。

そんな美女を前に、立花の口から溢れたのは、

 

「……えっと、本当にどこの誰です?」

 

さも当然のように隣に立っていた、謎の美女への戸惑いだった。

 

――えっ、何この人!? 本当に初めて見る人だ!? ……でも、なんだか、この人、どこかでみたことがあるような……?

 

「えーっと、すみません」

「ん〜、何かな~?」

 

立花の言葉で、目の前の美女が前のめりに彼の顔を覗き込む。吸い込まれそうなその瞳に、立花は思わずたじろいだ。

それでも何とか呼吸を整えると、立花は胸の内に湧いた疑問を彼女にぶつける。

 

「あ、あの、もしかして以前何処かでお会いしましたっけ?」

「ふふふ、ナンパの口説き文句としてはありきたりだなぁ〜」

「先輩!?」

「ち、違いますよ! そんなんじゃないですって!」

 

美女の軽口でマシュが色めき立ち、立花は慌てて首を左右にふった。

 

「……そういうんじゃなくてですね、本当に何処かで会ったことありませんか? なんだか見覚えがあるというか……」

 

立花が探るように尋ねると、美女は思わせぶりな微笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、そうかもね。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ?」

「君はもしかすると私に会ったのは、美術館かな? それとも歴史書や芸術書の中かもしれないね。本なら教科書って可能性も捨てがたいかな。あ、少し前には映画にもなったから映画館って線もあるかも」

「ということは、貴女はサーヴァントですか?」

 

立花も、そこまでヒントを出されれば、彼女がサーヴァントであることは自ずと分かった。書物や映画に登場する有名人で、カルデアに縁があるのは歴史上の人物に他ならない。

立花の考えが正しかったことは、目の前の美女の首肯によって証明された。

 

「イエス! さぁ、私が誰か当ててごらんよ〜」

「ええ〜、そんな無茶な!」

 

立花は、魔術師としては三流もいいところの家系なので、このような知識には疎い。歴史上の人物も、本当に教科書に載るような有名どころしか知らないレベルだ。

 

――でも、教科書に載ってるって言ってたし、多分有名人なんだ。ごくごく普通の僕でも分かるレベルの。「美術館」とも言っていたから、芸術家なのかな?

 

手持ちの情報を、自分の知識と合わせて整理しながら、なんとか正解に辿り着こうとする立花。しかし、その情報は中々目の前の美女と結びつかない。

そのまましばらく、立花がうんうんと唸っていると、美女がおもむろに部屋の中にあった一脚の椅子へと腰掛けた。

 

「それじゃあ、出血大サービスだ。私が、最もよく知られているポーズをとってあげよう!」

「お、お願いします」

「オッケー、じゃあ、これでどうだ!」

 

そう言うと、目の前の美女は、椅子に座ったままポーズを決めた。

それは特に奇抜なものではなく、ごくごくありふれたものだった。両手を腿の上で重ね、背筋を軽く伸ばしたリラックスした姿。顔は正面を向いて微かに微笑みを湛えている。

あまりにもありきたりなはずのそのポーズは、しかし、立花に激しい既視感を覚えさせるものだった。

 

「あ、ああ! これって、あのルーブル美術館の……!」

「お、その調子、その調子!」

「世紀の名画、『モナ・リザ』!」

 

立花は実際にルーブル美術館に行ったことはないし、美術に明るいわけでもない。それでも、「モナ・リザ」という絵画は、生まれてこの方何度も目にしている。恐らく、文明圏では、この絵画を目にしたことのない人間の方が少ないのではないだろうか。

だから、文明圏に生きる立花も、この絵については決して見紛うはずもない。

 

「大正解〜!」

 

そして、彼の目が正しかったことは、そのまま目の前の美女が肯定してくれた。

 

「ということは、貴女は……」

「そう!」

 

立花が答えを言う前に、美女はそれを遮るように叫んだ。

彼女はそのまま椅子から立ち上がると、その場でくるりと回ってからポーズを決めた。

 

「私こそが、かの有名な万能の人! 完全無欠のダ・ヴィンチちゃんさ!」

「ええ〜!?」

 

目の前に、現れた「モナ・リザ」姿のサーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチ。そのあまりにも唐突なビッグネームの出現に、しばらくは開いた口が塞がらない立花なのだった。




少し生活にゆとりができたので、ぼちぼち投稿する予定ですわ~


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briefing : 第一特異点《邪竜百年戦争オルレアン》

すごくお久しぶりですが、続きました。


立香が目覚めてから数時間後、彼のバイタルチェックが終わるのを待って、《カルデア》の主要なメンバーは、司令室へと集められていた。

 

「さて、主要なメンバーは揃ったかな〜。それじゃあ、ブリーフィング、始めちゃおっか!」

「よろしくお願いします、ダ・ヴィンチさん」

 

立香が軽く会釈をすると、ダ・ヴィンチは「オッケー」と軽く応えて、ウインクを一つ飛ばしてみせた。

 

「それじゃあ、まずは現状の把握からだね。みんな、《カルデアス》を見てくれるかな」

 

ダ・ヴィンチの言葉で、一同の視線は、部屋の中央に鎮座する《カルデアス》へと注がれる。《カルデアス》は依然として、人類の生存を許さない灼熱の赤をその身の全てに映している。

 

「……レフ、いえ、レフの皮を被った何かの言っていた通りね。ここから先、人類の生きられる歴史は地球上に存在しない」

 

オルガが呟くように言って、下唇を噛む。人理保証を任された《カルデア》の長たる彼女からすれば、このような結果を招いた自分に、忸怩たる思いがあるのだろう。

 

「でも、俺たちはまだ負けたわけじゃない。そうでしょう、()()()()ちゃん」

「……ちょっと待って、『大ピンチ』って、もしかして私のことかな!?」

 

僅かな沈黙の後、クーガーの発言の意味に気がついたダ・ヴィンチが色めき立った。

 

「クーガーさん、いつにも増して言い間違いが酷いです!」

 

マシュからも鋭いツッコミを受けると、クーガーは目元を手で覆うと高笑いを放つ。

 

「はっはぁー! すみません、人の名前を覚えるのが苦手でして!」

 

まったく悪びれもしないクーガーの様子を見て、ダ・ヴィンチは呆れたように「はぁ」と一つため息を吐いた。

 

「歴史上の人物の中では、覚えやすい名前トップ10ぐらいには入ってると思うんだけどなぁ、私。……えーっと、気を取り直して、クーガー君の言う通り、私達は負けたわけじゃない。みんな、《カルデアス》をよく見てくれたまえ」

「これは……赤が濃い部分がありますね」

「確かに、言われてみれば何箇所か赤が、濃密な部分があるわね」

 

立香たちが気づいたこと、それは《カルデアス》の赤の濃度の差だった。《カルデアス》が、その全てを赤に染めている中にあって、その色が一際濃く現れている箇所がいくつか存在していた。

全員がその認識を共有できたことを確認したあと、ダ・ヴィンチが大きく頷く。

 

「その通り、実はこの赤が濃密な部分なんだけど、高濃度の魔力反応があるのさ」

「高濃度の魔力反応……」「それはつまり……」

「……《聖杯》ね」

 

立香とマシュの呟きを拾ったのはオルガマリーだった。彼女は「このレベルの魔力リソースがまだ他にも、しかも複数あるなんてね」と、半ば呆然としたように呟く。

しかし、それも無理からぬ話だ。

万能の願望機たる《大聖杯》には及ばずとも、少なくとも世界の一部を別の可能性(i f)へと作り変えることができるだけの力。それを複数、しかも同時に用意できることがどれほど途方もないことなのか、《時計塔》のロードたる彼女には身に沁みてわかっていた。

 

「一体、私達は何を相手にしているのかしらね……」

 

自分たちが相手取ることになった敵の、想像を絶する強大さ。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。部屋に迷い込んだ羽虫のように、隊列をはぐれたアリのように、無造作に払い除けられただけで、自分たちは消し飛んでしまうのではないか。そんな想像をするたびに、恐怖が蔦のように足元から這い上がってくる。

 

「まっ、そんなことは今は考えたところでどうにもならんでしょう」

 

今にも崩れ落ちそうになるオルガマリーの脚から恐怖を振り払ったのは、いつもと変わらずあっけらかんとしたクーガーの言葉だった。

 

「ちょっと、クーガー! こっちは真剣に悩んでるのよ!」

 

あまりの危機感のなさに、オルガマリーがクーガーを嗜めるが、その舌鋒が真価を発揮する前に、ダ・ヴィンチの「いや」という声が水を差す。

 

「クーガー君の言うことは、あながち間違いじゃないよ。敵の正体を暴くには、今の私達にはあまりにも手持ちのカードが少な過ぎる」

「確かに、《騎士王》も、他の敵の存在は示唆していましたが、具体的にそれが何なのかについては言及していませんでした」

「むう……」

 

議論を進めるにも、まずはそのたたき台が必要だ。結局のところ、今はいくら考えてみても、ただいたずらに恐怖を掻き立てるだけでしかない。

ダ・ヴィンチの言っていることは正論だ。

そう判断したオルガマリーはすぐに口篭っていた。

 

「つまり、私達にできるのは、赤が濃密なところの中でも比較的魔力反応の薄い部分から順に《レイシフト》して、現地で相手の尻尾を掴むしかないってことさ」

「結局、出たとこ勝負ってわけね……」

「そういうこと。まぁ、私達もいい出目になるようには精一杯バックアップさせてもらうつもりだよ」

「僕も精一杯頑張りますから」

「はぁ……、貴方にそんなことを言われると何も言い返せないじゃない」

 

オルガマリーは溜息を吐きながらも、その声色にはどことなく前向きな気持ちが滲んでいた。

《特異点F》での旅の中で、オルガマリーは立香に無理をさせたことや気を遣わせてしまったことを忘れてはいない。

本来なら、自分が支えるべきはずの相手に、力強い笑顔で「頑張る」などと言われてしまえば、上に立つべき者として責務を果たさないわけにはいかない。そういう気概をオルガマリーは持ち合わせていた。

そんな、立香たちの様子を見て、話はまとまったと判断したダ・ヴィンチは、満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、現状の把握はここまで。それで、2つ目の議題なんだけど、それはクーガーくんの扱いについてだ」

「おや、俺ですか?」

「うん、具体的に言うと、君のマスター権を立香君から、オルガ所長に移譲しようと思ってね」

「「えっ?」」

 

ダ・ヴィンチの発言のあとに聞こえた声は2つ。

一つは、「なぜ、そんなことをするのか」と、純粋な疑問を浮かべた立香のもの。

もう一つは、「なんで、そんなことをするのか」と、純粋に面倒事を引き受けたくないという拒絶を示したオルガのものだった。

 

「うひょー! ということは、俺とオリガさんが今まで以上に強い絆で結ばれるということですかぁ!? んー、エキサイティング、ファンタスティック、ワンダフォー!」

「ど、どうしてよ! 《特異点F》では、藤丸がクーガーのマスターでうまく立ち回ったじゃない!」

 

今にも自分に飛びつきそうになるクーガーの顔面を片手で押さえながら、オルガマリーが必死の形相で抗議の声を上げる。

しかし、すごい剣幕で迫られても、ダ・ヴィンチはどこ吹く風といった様子だった。

 

「ま、これは簡単に言うとオルガ所長、君の安全保障のためだよ」

「え、私の?」

 

ダ・ヴィンチの口から出た意外な言葉に、オルガマリーが毒気を抜かれたような表情になる。

 

「うん。オルガ所長、今の君は、クーガーくんの《アルター能力》で生存できている、というのは認識してるよね」

「ええ。私の、(エーテル)の器である肉体は、カルデアの爆発で消滅してしまったから……。今は、クーガーの能力である物質(アストラル)の再構築で、私の肉体を擬似的に作ってもらっている状態、なのよね」

 

オルガマリーの答えに、ダ・ヴィンチは満足気に頷いた。

 

「流石所長、理解が正確で助かるよ。つまり、オルガ所長、今の君は、もしクーガー君が何らかの理由でカルデアを退去することになったら、その時点でジ・エンドなわけさ」

「クーガーがいなくなれば、能力で構築された肉体は元の物質に戻るものね……」

 

冬木の街で、クーガーの戦闘を経験しているオルガは、彼が戦闘後に《アルター能力》を解除するたび、武装として再構築された物質が、ボロボロになって元に戻る場面を幾度となく見ていた。

つまり、クーガーが能力を解除すれば、オルガマリーの肉体はその時点で元の物質になり、肉体を失った彼女はよくて幽霊(ゴースト)、最悪そのまま消滅というわけだ。

 

「だから、万が一、立香くんがクーガー君の現界や契約を維持できなくなった場合、その時点で君の命はおしまいってことさ」

「他人に生命を預けるよりは、自己管理しろってことね」

「それもあるけれど、最悪の場合、立香くんが作戦中に命を落とすようなことになれば、それで《カルデア》のマスターは全滅。《人理修復》の可能性はゼロってことにもなりかねないよ」

 

そう言ってダ・ヴィンチが立香に向けて人差し指を突きつけると、マシュが慌ててその間に割って入るように飛び込んだ。

 

「せ、先輩は私が護ります!」

「ふふっ、分かってる分かってる。あくまで『最悪の場合』だからね」

「あっ、す、すみません……」

 

立香のことで思わず熱くなってしまったマシュが、頬を赤く染めながら、消え入りそうなほどに体を縮めてみせる。

 

「とにかく、リスクヘッジのためにも契約は必須ってことね……はぁ、仕方ないわね」

 

オルガマリーは、また頭痛の種が一つ増えると言わんばかりに、額に手を当てて大きな溜息を一つ吐いた。

 

「ふふっ、そんな所長にグッドニュースを一つ」

「……? 何かしら」

 

ニコニコと笑顔のダ・ヴィンチの言葉にも、オルガマリーの反応は薄い。その表情は「今の私を喜ばせられるものなんて、この世にあるわけないじゃない」と、半ば達観したオーラを放っていた。

 

「元の肉体を失ったからかどうかはわからないんだけどね、今の所長のマスター適性は特級クラスだよ」

「え」

「それこそ、今の所長なら、ひょっとしたら神霊レベルでも契約できちゃうんじゃないかなぁ」

「な、なんですって!?」

 

ダ・ヴィンチがさらりと口にしたこの言葉に、オルガマリーの目は零れ落ちるのではないかと思うほどに丸く見開かれた。

アニムスフィア家現当主として、圧倒的な魔術回路を持つオルガマリーにとって、唯一のネックはそのマスター適性の異様なまでの低さだった。そのことで、後ろ指を指されることがあった彼女にとって、本来あるべきマスター適性が手に入ったことはこの上ない幸福だった。

ついさっきオルガマリーが見せた、この世の終わりを垣間見たかのような表情はもうそこにはなかった。彼女は、頬を上気させて美少女と呼ぶに相応しい晴れやかな笑顔でクーガーの方へと振り返った。

 

「 ちょ、ちょっと、クーガー! すぐに契約するわよ! さぁ、早く!」

「もっちろん、こっちは準備万端ですよ、オリガさ〜ん!」

「オッケー、貴方と契約してから使う令呪の一画目の命令は、『私の名前を絶対に呼び間違えるな』にするから」

「そ、そんなことに令呪を使わなくても!?」

「私にとっては『そんなこと』じゃないのよ!」

 

先程までの興奮は何処へやら。一転して、こめかみに青筋を立ててクーガーを睨む、オルガマリー。その口から零れた想像を絶する言葉に、立香が慌ててフォローに入る。しかし、一度噴火したオルガマリーという名の活火山は、今までの鬱憤を全て吐き出してやると言わんばかりに、その勢いが留まるところを知らなかった。

 

「いい? 立香、私はカルデアのボスなのよ! ボスがいつまでもサーヴァントに名前を呼び間違えられるなんて締まらないじゃないの!」

「お、思い直してください所長! クーガーさんもきっとちゃんと呼んでくれますから、ね、クーガーさん!」

「はっはっは! もちろん、努力しますとも!」

「その返事は絶対に努力しないやつじゃないの! ムキー!」

「わー、落ち着いてください所長!?」

 

結局、このあと立香たちに代わる代わる宥めすかされおだてられ、オルガマリーとクーガーの再契約が済むまでには小一時間ほどの時間を要した。

契約を終えた彼女の右手に、令呪が三画全て残ったままだったことには、立香たちの並々ならぬ努力があったことは語るまでもない。

 




《カルデアス》周りの設定が違うかもしれませんが、その辺りはフィーリングで流してくださいまし!
余裕があれば修正しますわ!


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