ルディ子スレに投稿していたSS+α (ルディ子の髪留め)
しおりを挟む

ルディ子の五歳の誕生日

ゼニスからは一冊の本をもらった。

ロキシーからはロッドをもらった。

 

パウロからは、まだもらっていない。

 

なにか小さな包みを持っているのだが、まだ渡されていないのだ。

隣にいるゼニスが急かすことでようやく決心がついたのかパウロはその包みをこちらに渡した。

 

「開けてみても?」

「……ああ」

 

まるで今から何かと戦うような緊張感のパウロに動揺しつつも、俺は包みを開いた。

中には一つの髪飾りが入っていた。

見た目はシンプルだが、素材にはいいものが使われていることがわかる真っ白な髪留めだった。

 

「……これは?」

「あー、なんていうか、お前さ、えー」

「はっきりしてください。父様らしくない」

 

俺の言葉にパウロは少し困ったようにゼニスを見てからこちらに顔を近づけてきた。

なんだなんだ。

男のキスはいらないぞ。

 

「……お前、あんまり女子っぽい格好が好きじゃないだろ」

「…………え?急に何を言っているんですか?」

 

俺は慌てて取り繕うも遅かった。

確かに、スカートにはまだ抵抗があるし、髪留めもゼニスかリーリャがつけてくれる時しかつけていない。

とはいえ、それは隠せていると思っていた。

俺の表情から自分の予想があっていたと確信したパウロは言葉を続ける。

 

「とはいえ、ゼニスはお前が生まれる前から娘だったら可愛い格好をさせたいと言っていてな。親からの誕生日プレゼントなら自分から付けるかなぁと」

「……そういうことは本人に言わない方がよくないですか?」

「お前なら言った方が効果的だろ?」

 

できる限りのシンプルなやつを選んだから使ってくれ。なんてパウロはそう言って締めくくった。

まあ、確かに母様からもらったピンクやフリルのついたものよりはシンプルな白色の髪留めの方が使いやすい。

とはいえ、とはいえ、だ。

 

「髪留めは母様から結構もらってるんですが……。父様はそんなだから父様なんですよ」

「……なんだよそれ。いらないならなんか別のー」

「いえ、絶対に返しません。これはもう貰ったものですから私のものです」

 

パウロに見透かされた事が妙に嬉しいような気恥ずかしいような。

ぶっちゃけ少しムカついた。

俺は今使っているピンクのリボンを外して、今もらったシンプルな髪留めでまとめ直した。

そして、パウロの前で一回りくるっと回った。

 

「似合ってますか?」

「……ああ。似合ってる」

 

そう言って二人で笑っていると仲間はずれにされていたゼニスがやって来たのでかけよってくるくると回る。

 

「母様。似合ってますか?」

「ええ!似合ってるわ!」

 

なんだか楽しくなってきた俺はロキシーの前まで行って再度回った。

ロキシーも似合ってると笑ってくれた。

この時の俺はきっと年頃の女の子のように笑っていたような気がする。

 

///

 

そんな誕生日の次の日。

俺は魔術の授業中にロキシーに聞いていた。

 

「物を保護する魔法ですか?結界魔術ならそういったこともできるかと思いますが、よく知らないんですよね」

「師匠でも知らないことがあるんですね」

「……まあ、結界魔術はちょっと」

 

ロキシーは何て言おうか考えるように視線を動かして、こちらを見て止まった。

そして、何故かニッコニコに笑いながらこう言った。

 

「急にそんなことを聞くのはその髪留めのためですか?」

「べ、別に、そんなんじゃないですよ!」

 

真っ赤になってそう言う俺の頭には真っ白な髪留めが留まったいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

髪留めと金策

大金がいる。

ルイジェルドと共に行かねば俺たちは死ぬし、不正な方法ではルイジェルドは共に来ないだろう。

そのためにはとてつもない大金がいる。

だが、それをゆっくり稼げるほどの時間はない。

 

「よし……売ろう」

 

口にすることで覚悟を決める。

ちょうど今夜はルイジェルドはいない。

護身用に杖を持った俺はこっそりと宿から出る。

 

「こんな夜更けにどこに行く?」

 

速攻でバレた。

 

「いえ、ちょっと眠れなくて」

「夜は危ない。ついていこう」

「たまには一人になりたくて」

 

沈黙。

ルイジェルドはじっと俺の目を見つめてくる。

ここで反らしちゃダメだ。

いったいどうしたんですか?とでも言うようにルイジェルドを見つめる。

 

「何をするつもりだ?」

「散歩ですけど」

「……もう一度言う、何をするつもりだ?」

 

……ダメか。

たぶん、真実を言ったらルイジェルドは俺のことを嫌いになる。

でも、俺にはこれしか思い浮かばなかった。

 

「……売ろうと思います」

「隠すな。全部言え」

 

ルイジェルドはきっと、全部わかってて聞いている。

それでも、言うわけにはいかない。

言えば絶対に止めてくるから。

 

「杖をー」

「隠すなと言っている!」

 

初めてルイジェルドに怒鳴られた。

怒鳴らせてしまった。

ルイジェルドは俺の肩を掴んでもう一度言った。

 

「何をするつもりだ」

「………………髪留めを、売ろうと思っています」

 

バカなことを。そんな言葉が頭上から聞こえてきた。

その言葉に、俺は瞬間的に頭に血がのぼった。

 

「じゃあ!どうすればいいんですか!お金は足りない!時間も足りない!人材も足らない!」

 

どうすればいいかなんてわからない。

だから、勢いに任せてこの数日考えていたことを全部吐き出した。

 

「杖を売れば値がつくかもしれません!その時は戦力が足らなくなります!売れるのはこの髪留めくらいです!」

 

魔眼をもらった時にキシリカから聞いて知ったが、この髪留めは魔大陸にはない種類の織り方でできた布を使用しており、こちらではかなり高く売れるという。

なんでもものすごく丈夫で十年は使えると言われているそうだ。

その縫い方が学べるという技術料と言えばそんじょそこらの鉱石より高く売れるらしい。

もう数年愛用しているため多少ほつれてきているが、それでもまだまだ現役の髪留めだ。

 

「俺は、例え追い詰められても、槍は手放さん」

「それは、息子さんの形見だからでしょう?」

「違う。戦士の魂だからだ」

 

俺はそれを鼻で笑う。

それで海が渡れるなら渡ってくれ。

そのあとを勝手についていくから。

 

「俺はまだ、お前の信頼を得ていないのか?」

「信頼はしていますよ」

「ならば、なぜ相談しない」

 

嫌われたくなかった。とは言えなかった。

お金については髪留めを売るだけで足りると思ってはいない。

とりあえず、髪留めを売り、元手を使ってルイジェルドに剣闘士で稼ぐのがいいだろう。

そうすれば、知名度もあがり収入のいい仕事をもらえるかもしれない。

今後、何をするにしても元手がいる。

その元手が髪留め一つで手に入るなら安すぎる交渉だ。

俺はそんな事前に何度も考えたことをルイジェルドに伝えた。

 

「……なぜ、髪留めを売る必要がある。密輸人という選択肢もあっただろう。お前から出た案だ。俺も渡るならそれが正解だろう。なぜ、髪留めを売る」

「……その密輸人との交渉にもきっとお金が必要になります。何より、密輸人に頼ることはパーティに亀裂が入ります」

 

密輸人はルイジェルドの嫌う悪党だ。

それも子供に害をなす悪党だ。

なら、それは間違いなのだ。

 

「ルディア。俺がいなければ、お前が我慢しなければならないことは何もなかった」

 

その代わり、ルイジェルドがいなければここに来る途中でどちらかが大怪我をしていたかもしれない。

下手をすれば死んでいたかもしれない。

 

「それを、お前の髪留めを売ることで解決することは、俺の誇りが許さん」

 

誇りが許さんと言われても。

 

「俺には出来なかった幸せな親子を俺の手で壊したくない。エリオットから聞いているぞ。父親と大層仲がいいらしいじゃないか」

「な、何を言っているんですか!?あんな人最低な父親ですよ!」

 

俺に構わず毎晩するし、普通に浮気するし、やったこともない剣術教えようとするし、しかも教えるのは下手くそだし、なんか臭いし、うっとうしいし、いきなり暴力変態貴族の家に送り込むし、誕生日に来てくれないし最低な父親だ。

 

「……なら、どうして毎晩その髪留めを手入れしている?」

 

…………顔が赤くなるのはパウロにムカついているからだ。

だから、視界が滲むのも、きっとー

 

「――会いたいんです。なるべく早く」

 

家族はきっと、心配している。

妹たちにはもう忘れられてしまったかもしれない。

それでも、あの家に帰りたい。

俺が顔を伏せてそう言うと、ルイジェルドはしゃがみこんで覗き込んできた。

 

「密輸人を探せ。俺は全ての悪事に目を瞑ろう」

 

俺が髪留めを売らないために。

彼は自分を曲げてくれたのだ。

それが、俺にはどうしようもなく嬉しかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギース遭遇

獣族に捕まって数日たったある日。

ルームメイトが出来た。

それは猿顔の男で見るからに何かやらかしそうな雰囲気を醸し出していた。

いやまあ、捕まっているということは何かやらかしたのだろうけども。

ちなみに、人間裸で過ごしていると裸を見られてもなんとも思わなくなるもので、男が来たというのに俺は涅槃仏のポーズで彼を出迎えた。

 

「ようこそ、人生の終着点へ」

 

男は俺を見て、一瞬顔を赤くしたが、直後に青くなった。

そして、毛皮のベストを投げてきた。

ふむ、赤くなるのはともかくとして、なぜ青くなる。

 

「と、とりあえず、それを着てくれ」

「…………えっと、たぶんだけど、着ない方がいいよ?後悔しない?」

 

いいから着てくれ!と叫ぶその男に従って俺はそのベストを着る。

彼の渡してきたそれは俺の予想通り俺の体を覆い隠せない。

これは彼が多少細身なことも関係あるかもしれないが、俺のこのワガママボディが問題なのだろう。

……おそらく、子供だから着れると考えたのだろうが胸囲で測定すればそう変わらないのではないのだろうか。

とりあえず、言われた通りに腰にヒモを巻いて着終わったので声をかける。

 

「言われた通り着たよ」

「ん?ああ、ありがー」

 

男は俺の姿を見て固まった。

そりゃそうだ。

これは俺の数十年のオタク知識から言語変換するならば、『ワイシャツ借りたけど胸が大きくて閉まらないタイプの彼シャツ』だからだ。

しかも、ノーパン。

人によっては全裸よりエロいとされる伝説の装備。

……あれ?これワンチャンおかされないか?

密室、何故か今見張りはいない、彼シャツのロリ巨乳、猿顔の男。

何も起きないわけはなくー!?

 

「それ以上近づいたらぶっころしますよ!!」

「さっきまでの余裕はどこにいった!?」

 

さっきまでは常時全裸だったから無敵モードだったんだよ。

服を着て少し冷静になったからこそ現在のヤバい状況に理解が回った。

とりあえず、自分と男の間に水の壁を作って牽制をする。

すると、男は疲れたように首を横に振るとため息を吐いた。

 

「……まあ、安心してくれ。絶対に手は出さん」

「…………信じられません」

 

自分で言うのもなんだが、俺は間違いなく美少女だ。

それもかなり特上のロリ巨乳の美少女だ。

それが、ほぼ全裸の状態で据え膳。

この状態でこの男が手を出さない理由はー。

 

「――ホ モ な の か」

 

「違うわ!」

 

そう否定した男は「お前が昔の知り合いに似ててそんな気分にならないだけだ」と吐き捨てるように言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大人になった次の日

その晩。

俺はエリオットと大人の階段を登った。

……正直、女の子になって十年以上過ごしているのでいつかはこんな日が来るのではないかと考えたことはあったが、それにしても急だった。

何より、エリオットとそんな風になるなんて直前まで考えてもいなかった。

たぶん、お互いに色んな感情でグチャグチャだったんだと思う。

パウロに会って、現実を知って、和解したと思ったら、死にかけて、帰ってきた故郷には何もなかった。

エリオットが色んな事を覚悟していた中、俺は何にも覚悟ができていなかった。

私は、とりあえず、二人で帰ることしか考えてなかった。

帰る場所なんてもうとっくになくなっていたのに。

覚悟していなかった俺と覚悟していても耐えられなかった彼はとてつもなく人恋しかったのだ。

そしてなにより、ここで何もしなければエリオットは政略結婚をするだろう。

そうなれば、ノトスやボレアス、それらを名乗れない我が家。

グレイラット家の関係上俺はもう二度と関われない可能性が出てくる。

そんなこと考えていて、気がついたときには俺から誘っていた。

エリートDTたる俺には思春期DTを口説くなんて赤子の手をひねるほどに簡単なことだった。

具体的にはこんな流れだった。

 

ルディ「私が……嫌なの?」

エリオ「そんなわけない!」

ルディ「なら、それなら、あのね、私、エリオットの子猫が欲しいにゃん」

 

……まさか、獣族好きがここまでだとは思わなかった。

その時の俺はエリオットの理性を少しばかり過信していた。

こちとら生娘なのだから少しくらい気を使ってほしかったのだが……。

ただ、それでも俺への好意は伝わってきた。

そして、俺はやっぱりエリオットのことが好きだと思った。

女性に対して恋愛感情がわかなかった段階で自分が身体に引っ張られていることはわかっていたが、普通に好きな男ができるとは。

その時は互いに難しいことは考えず、互いのことだけを感じて過ごした。

そうして過ごすうちに、子供を産むことを考えるほどにエリオットのことがますます好きになっていた。

エリオットとこれで一緒になれるとそう確信していた。

 

正直、過去に戻れるならそんな浮かれていた自分を殴りたい。

そんな風に思えるほどに俺は真っ直ぐ向けられた好意に浮かれていたのだ。

 

翌朝目が覚めた俺の目に入ってきたのはエリオットの真っ赤な一房の髪の毛と『今のオレとルディアでは釣り合いが取れません。旅に出ます』と書かれた一枚の紙切れだけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パウロとの再会1

ミリスに着いてギースと別れた俺は言われた通りに冒険者ギルドにやってきていた。

ルイジェルドとエリオットには先に宿を探してもらっている。

以前のギルドで俺に絡んできた冒険者にエリオットがキレて以降、ギルドには俺一人で行くことが多くなった。

エリオット一人で動かすには不安要素が多く、俺と共にギルドに行くには面倒なことが起こりやすく、昼間のうちに宿を探しておきたいという理由の複合で今ではそういうことになっている。

また、一人でいる女性冒険者は絡まれやすいので、フードを深くかぶって顔を隠すようにしている。

そうやって用心してからギルドに入るとすぐに怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「お前がぶつかってきたんだろ!」

「うっせーよ!やんのか、酔っぱらい!」

 

チンピラはどこの町にもいるようで、このギルドにもいるようだ。

関わるといいことはないので少し遠巻きに掲示板に近づいていく。

何かクエストでお金を稼げるといいのだけ――

 

「――うわっ!」

 

先ほど喧嘩してしていたチンピラの片方がこちらに飛んできたために慌ててそれを避ける。

飛んできたチンピラは当たりどころが悪かったのかそのまま気絶している。

こちらにふっとばしたであろうその酔っぱらいはこちらにゆっくり歩いてくる。

とりあえず警戒しながら喧嘩を仲裁しよう。

このままではこの人を殺しかねない。

予見眼を使いながら酔っぱらいに近づく。

 

「あ、あの、少し落ちつ――」

「なんか文句あんのかよ!」

 

……聞く耳を持たない冒険者には容赦しない。

冒険者がチンピラまみれだと勘違いされるとこちらとしても困るのだ。

とりあえず、酔っぱらいの顔面に魔法で水を作ってぶっかける。

 

「……頭は冷えましたか?」

「…………覚悟しろよ?」

 

酔っぱらいは持っていた剣を抜いた。

…………あれ?この声どこかで聞いたことがあるような?

俺が顔を上げて酔っぱらいをちゃんと見ようとしたその時、ブレて見えたその酔っぱらいの剣がものすごい勢いで首に迫っていた。

慌てて一歩下がりながら熱湯を用意して顔面にぶつける。

とりあえず、目隠しをして横に動かなければ壁が近すぎる。

しかし、直後に見たのは打ち出した熱湯を斬りながらこちらに迫り来る酔っぱらいの姿だった。

ここはギルドで、周りにも少し配慮していたがこのままでは死にかねない。

それほどの殺意を感じた俺は反射的に斬られた熱湯の温度を無理やり上げた。

 

「なっ!?」

 

熱湯の異変に気がついたその男は剣の間合いを捨ててこちらに飛び込んでくる。

なるほど。

自爆技なら術者の方は安全と考えたのだろう。

だが、俺としてもこの距離でこんなことをするつもりはなかった。

 

「吹っ飛びなさい」

 

水蒸気爆発。

水と炎が得意な俺にはもっとも簡単で文字通り爆発力のある技。

周囲を巻き込んだその爆発は俺とその酔っぱらいを同じ方向にぶっ飛ばした。

 

///

 

「……やっぱり使い勝手悪いですね。これ」

 

爆発で壁に叩きつけられた俺は上に酔っぱらいが落ちてきた衝撃で少しの間気絶していた。

気がついた時に慌てて見回すと中々に大きな被害を出してしまったようだ。

やってしまったことを悔やみながらも、まだ上に乗っかっている酔っぱらいを叩き起こす。

……ん?この酔っぱらいやっぱり見覚えがあるような?

 

「あの、早く起きてください。」

「……んあ、んん、もうちょっと寝かせてくれ」

 

そう言ってその酔っぱらいは俺の乳を揉んだ。

そう。俺の乳を揉んだ。

 

オレの、チチを、モンダ。

 

その瞬間、全身に走った嫌悪感はそう簡単には忘れられないだろう。

だから、思わず水流でぶっ飛ばしたことを怒る者はいないだろう。

 

「何すんだよ!ゼニス!……あれ?」

「ふざけないでください!誰ですか!……ゼニス?」

 

俺と酔っぱらいはそこで初めてお互いに顔を見たのだろう。

どうしてお互いに気がつかなかったのだろう。

あんなに会いたかったのに。

やっと会えていたのに。

 

「……ルディ?」

「……父様?」

 

それが、俺たち親子の再開だった。

 

///

 

「父様、お久しぶりです」

「まあ、なんだ、ルディ……よく生きていてくれたな」

 

パウロがそう疲れたように言い捨てたとき、俺は必死で考えを巡らせていた。

俺の記憶にあるパウロはこんな男ではなかった。

何よりどうしてパウロがここにいる。

……聞いた方が早そうだ。

 

「その、父様はどうしてここに?」

「どうしてって、伝言を見ただろう?」

 

なんの話だろうか。

そんなものを見た記憶はない。

疑問符を浮かべる俺の顔を見て、パウロは顔を歪めた。

 

「お前、今まで何してきた?」

「どうといわれても、大変でしたよ」

 

事情を聴きたいのはこっちなのだが。

まあ、同じくらい向こうもこちらがどうなっていたか気になるだろう。

俺はできる限りのよかったことを思い出しながらここまでの道のりを語った。

エリオットに襲われかけたことや、裸に剥かれて閉じ込められた話は別に話さないでおいた。

パウロは結構親バカなところがあるし、無駄に敵を作る理由はない。

そうして、俺が道のりを話せば話すほどパウロの顔が曇っていくのを感じた。

 

「なあ、ルディ。伝言は見たんだよな?」

「……伝言って……なんのことですか?」

 

空気が軋むのがわかった。

……なにか、なにかとんでもない見落としをしてきたんじゃないか?

パウロは崩れるように椅子に座ると俺の知らなかった現実を話した。

それは転移事件はフィットア領全域のもので、俺とパウロ以外の家族は全員行方不明だということだった。

 

「もう一度聞くぞ。なあ、ルディ。お前今まで何してたんだ?」

 

俺はもう、何も言えなかった。

確かに大変な旅立ったが、ギルドによることは多くあった。

その時に知り合いを探したか?

探すわけがない。知らなかったのだから。

でも、伝言くらい探せばあったのかもしれない。

何より、俺自身が伝言を残すべきだったんじゃないか?

誰かが俺を探していたとして、すれ違っていたらその人はどこまで行くんだ?

 

「人も探さず、手紙も寄越さず、カッコいい貴族様と二人で遠足気分の冒険。しかも強力な護衛つきだ?お前がのんきに遊んでるあいだにどれだけの人が死んだと思う!!」

 

ああ、そうか。

俺はまた間違えたのか。

ただ、それでも言い返したいこともある。

 

「私だって一生懸命やってきました。間違えたかもしれませんが、それでも頑張ってきました。少しくらい抜けてもしかたないでしょう?」

「別に悪くはねえよ」

 

そう言ったパウロは明らかにバカにするように鼻で笑ってこちらを見た。

 

「なあ、そのルイジェルドってのはどうやって仲間にしたんだ?」

「え?あ、それは――」

「お前はなんかカッコいい騎士さまみたいに言っていたが、お前の身体が目的なんじゃないのか?」

 

……気がついたときにはパウロが吹っ飛んでいた。

おそらく、俺が吹き飛ばしたのだろう。

人間感情がふりきれると何をしたか自分でもわからなくなるのだろう。

そのくらい頭が真っ白になっていた。

あれは、誰だ?

パウロは、パウロは確かに最低なやつだが、そんな、恩人にゲスな勘繰りをするようなやつだったか?

あの男は、いったい誰だ?

 

「どうしてそんなことを言うんですか!!」

 

あまりの怒りに頭をかきむしる。

そうやってイラつきを表現していると、髪留めが手に当たった。

その瞬間、涙が溢れだした。

何故だかわからないが涙が止まらない。

パウロ相手に視界が悪いのは流石にまずい。

袖で拭って顔をあげるとパウロが起き上がって殴りかかってくるところだった。

酔っぱらいが感情に任せて殴りかかってくる。

そんなのよく見えていなくても簡単にさばける。

魔術を使いながら無理やりパウロを投げ飛ばし、俺は馬乗りになって殴った。

 

「私だって!一生懸命やってきました!何も知らない場所で!知っている人がいなくて!それでもこうやってここまで来たのに!生きてきたのに!なんで責められなきゃいけないんですか!」

「……てめぇなら、もっとうまくできただろうが!」

「できないよ!」

 

もう、何を言われても何を言っても意味がない。

俺は感情のままに殴り続けた。

なんで、誉めてくれないんだ。

どうして――

 

「――そんな目で私を見ないで!!」

 

そう叫んだ瞬間に俺は誰かに突き飛ばされた。

慌てて体勢を立て直して、その誰かを見た。

一目でわかった。

ノルンだ。

俺の妹。

パウロにもゼニスにもよく似た俺の可愛い妹だ。

その妹がなんで、俺の方を向いて、両手を広げている?

 

「おとうさんをイジメないで!」

 

身体が芯まで凍るかと思った。

実際、俺は数秒動けなくなるほどの衝撃を受けた。

は?イジメ?俺が?

呼吸が浅くなるのを感じる。

なんだか頭が痛い気がする。

少し目をつぶってからもう一度ノルンの方を向くと、ノルンはパウロと仲良さげに話していた。

どうして、その顔を俺には向けてくれないんだ?

そう思った瞬間にパウロはこちらを睨み付けた。

 

「…………ルディ。お前ならもうすでに捜索に動いていると思っていた。お前とはこんな形で会いたくなかったよ」

 

……ああ、そうか。

それなら、もう、いいよ。

俺は酒場を飛び出すとそのまま目的もなく走った。

とりあえず、今は一人になりたかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パウロとの再会2

気がつくと俺は一人で吐いていた。

魔術で水を作り口をすすぐ。

イジメ。

イジメかぁ。

ノルンの悲痛な叫びが頭で響き続けている。

なんだろう。

俺が悪いんだろうか。

あんなに一生懸命やってきて、やっと会えた家族からは罵倒され、他のみんなは生死不明の行方不明。

知らなかったとはいえ、のんきすぎたのではないか?

何より、どうしてブエナ村が大丈夫だと思い込んでいた?

少し、本当に少し考えれば、少なくとも自分たち以外にも転移者がいることが想像できていれば、少なくともギレーヌがどこかにいる可能性くらいは思いつけたんじゃないか?

そうすれば、伝言の一つや二つ残して来ただろう。

手紙を出そうとすれば、もしかしたら領土全体で起きた転移事件だとわかったかもしれない。

なぜやらなかったのかといえば、ただ、ただただ単純に、気づかないうちに、浮かれていたのだろう。

この、殺伐とした日常に。

三人で冒険するという状態に。

何だかんだで帰れそうな状態だったことも悪かったのかもしれない。

ここまで無事に来れる戦力がなければ、どこかで救援を求めていたかもしれない。

その場合は、俺かエリオットのどちらかが死んでいたかもしれないが。

ああ、考えれば考えるほどミスしかない。

大変だったことをしっかり伝えていればそれでパウロも仕方がないと思ってくれたかもしれない。

ただ、あんな状態のパウロに何が話せる。

あんな、やつれて、酔っぱらって、それでいてあんな、昔のあいつらみたいな目で、軽蔑するような目で、俺を――

 

「――おげぇ」

 

もう一度水ですすぐ。

汚物は水で川に落としておく。

本来はよくないかもしれないが、今は何も考えられない。

自分でも驚くことだが、久しぶりに無条件で信頼できる人に会ったことが緊張の糸を切ることになっていたようで感情が抑えられない。

 

ああ。考えたことがないわけじゃない。

 

旅の道中、エリオットに襲われかけた。

その際はルイジェルドが助けてくれて、そのあと叱ることもしてくれた。

それ以降エリオットはそういう目を向けるだけで我慢するようになった。

その視線を向けられているうちに、男というものを思い出した。

下半身でものを考えている俺という最低な男を思い出した。

その時に、ルイジェルドはどう思っているかを考えなかったわけがない。

劣情というものはふとした弾みで弾けるものだ。

たとえそう思っていない相手だとしても。

エリオットにも、ルイジェルドにも、俺は勝てない。

予見眼を使えばエリオットには勝てるかもしれないが、以前勝ったときから少し間が空いているため今度は勝てないかもしれない。

 

だから、だから、パウロに出会ったときに俺は自分で思うよりもずっと安心したのだろう。

パウロは強い。

何より、俺の味方だ。

そう、思っていたのは、俺だけだった。

 

「ひぐっ、ひっ、ぐん、ひっ」

 

自覚したら涙が止まらない。

頭がガンガンする。

誰か、助けてくれ。

俺はもうとっくに限界を超えていたみたいなんだ。

 

「……ルディア?」

 

聞こえた声に頭が一気に冷静になるのを感じた。

慌てて顔を拭って振り返る。

弱みを、見せちゃいけない。

寄りかかっちゃいけない。

彼は俺の生徒なんだ。

 

「どうかしましたか?」

「……ああ、いや、中々宿に来ないからルイジェルドと手分けして探してたんだ」

 

そう言ってエリオットは泊まる予定の宿を教えてくれた。

なら、早くそこに行こう。

今日はもう、何も考えずに眠りたい。

私は何故か軽くなった後頭部を触りながらエリオットに笑いかけた。

 

「…………ルディアは先に行っててくれ。俺はこの後ルイジェルドと打ち合いがあるから」

 

そうなのか。

なら、先に向かうことにしよう。

そうして俺は言われた宿に行き、泊まる部屋で眠りについた。

 

///

 

「なにしに来やがったんだよ。ギース」

「一年ぶりにあったってのにあんまりじゃねぇかよ。パウロ」

 

一年ぶりにあったその猿顔の男は昔と変わらず飄々とした態度でそう言った。

彼の話を聞くと、俺の伝言を見て魔大陸側を探してくれていたという話だった。

そして、ルディアと会ってここまで案内してくれたと。

 

「なあ、パウロ、聞かせてくれよ。お前、ルディアに何を言った」

 

聞きたいなら聞かせてやるよ。

あいつがどれだけのんきに過ごしていたか知ったこと。

くだらない自慢話を始めたときは思わずぶん殴りそうになったこと。

逆ギレされたあげくにボロ負けしたこと。

 

ギースは何か言いたそうだったが適度に同意をしながら最後まで聞いた。

そして、聞いたうえで言った。

 

「お前さ、娘に期待しすぎじゃねぇの?」

「…………あ?」

 

コイツは、何を言っている?

期待しすぎ?

なにを?

誰に?

 

「オレが?ルディをか?」

「あいつは確かにすげえよ。無詠唱で魔術を使うヤツなんざ見たことがねえ。何十匹という魔物を一人で退治したとも聞いた。ルディアは、それこそ、百年に一人の天才ってヤツなんだろうよ」

 

そうだ。ルディは天才だ。

あいつは間違いなく天才なんだ。

 

「けど、まだガキだ。ルディアは、まだ、11歳のガキだ」

 

ギースはそう言いきるとさらに続けた。

 

「お前、自分が12歳で家を出たからそれ未満はガキって昔からよく言ってたよな?」

「それがどうしたよ」

 

ルディはオレよりずっと強い。

酔っていたとはいえ、本気のオレがまともな型を使うことなく完封された。

魔法使いなのにオレを投げ飛ばすことすらしたんだ。

それでいて我が家にいた時ですらオレより頭がよかった。

頭がよくて、力があって、そんなやつに歳なんか関係あるか?

 

「パウロ。お前が11歳の時に魔大陸に行って生きていけつって、出来たか?」

 

そりゃ、前提がおかしいぜ。

実力は今のオレ以上で、現地の言葉を話せて、強い魔族に護衛してもらっている。

そんなの誰にだって生きていける。

そうやって俺が鼻で笑うと、ギースはヘラヘラと笑ったまま否定した。

 

「できねえよ。少なくとも、今のお前じゃ絶対にできねえ」

「ハッ!じゃあなおさらじゃねぇか!オレにできねえ事をやってのけた天才だ。そんなすげえやつに期待するのは間違っているか?能力のあるやつにそれだけの仕事を期待するのは間違ってるか?なあギース、オレは間違っているか?」

「間違ってるね。お前はいつだって間違ってる」

 

そう言ってギースは運ばれてきていたビールを飲んだ。

 

「魔大陸ってのはヤバイんだよ。街道がねえ。そこらじゅうにいる魔物はCランク以上ばかり。そんな大陸で天才とはいえ実戦経験のない子供が放り出される。そこを助けてくれる大人が現れる。右も左もわからない状態で手を差し伸べてくれる存在。けれど、その大人はあのスペルド族だ。断れば何をされるかわからない。その後、助けてくれるとはいえいつかは切り捨てられるかもしれない。そう考えれば見知らぬ魔族だって助けて恩を売るだろう」

 

ギースは有無を言わせずそこまで言い切った。

なるほど。

確かに大変だったのだろう。

だが、そこまで頭が回るならあと少し考えれば、俺の伝言を見てくれれば、それだけで話は大きく違ったんじゃないか?

 

「なんで、その状況でそれだけのことができて、家族を探すことができねえんだ」

「お前、自分で何言ってるかわかってるか?ヤバい状況で、何とか生きてきて、生きられたなら他にも色々できただろうって。おつかいのついでじゃねえんだぞ?オーバーワークだ」

 

ギースの言葉をもう一度鼻で笑う。

ギースお前だって間違えている。

 

「もしもだ、そんなギリギリだとして、そんなやつがどうしてあんなに楽しそうに話せる。どう見ても迷宮に遠足気分で入って浅いところで遊んで帰るお貴族様だぜ?」

 

きつかった?

そんなわけない。

あんな楽しげに話すから、余裕があったから、家族ぐらい探してくれてもよかったじゃないかと。

本当に辛かったなら、それを語るはずだ。

けど、ルディアはそんなところは語らなかった。

 

「そりゃ、お前に気をつかったんだろ」

「…………は?」

 

あまりにも予想外の回答がやってきた。

 

「なんでアイツが、オレの心配なんてしてんだ?ダメな親父だからか?」

「そうだ。お前がダメな親父だからだ」

「そうかよ。天才様にはくだらねぇことで酒に逃げるような弱い男はさぞ哀れに映ったんだろよ」

「別に天才じゃなくても哀れに見えるぜ?今のお前となら喧嘩別れせずにすみそうなくらいだ」

 

なんだそれ。

オレはそんな顔をしているのか?

自分の顔に触ると何日も剃っていないひげがジャリっと音を立てた。

 

「パウロ、もう一度言わせてもらうぜ。お前は娘に期待しすぎだ」

 

期待して、何がいけないんだ。

昔からなんでもうまくやった自分の子供に期待しないやつがいるか?

 

「なあ、なんで素直に再会を喜ばねえんだ?いいじゃねえか。ルディアがどんな旅をしてきても。能天気にのんびり旅してても。各地で観光を楽しんでたとしても。お互い元気で会えたんだ。まずはそれを喜べよ」

 

オレだって、最初は喜んださ。

 

「それとも、体のどっか失って、目もうつろな娘に会いたかったか?二年もありゃ下手すりゃ誰ともわからねえガキをつれてたかも知れねえ。死体になって再会ってのは、魔大陸ならありえねぇな」

 

死体は残らねえから。とギースは締めくくった。

そう。ここ数日はそんな最悪を想像して陰鬱としていたはずだ。

確かに、どうしてオレはルディに期待しすぎたのかもしれない。

ただ、それでも俺は納得がいかないことがある。

 

「なんでルディはブエナ村の情報を知らなかった。ザントポートには伝言を残していたはずだ」

「そりゃ、運悪く見つけらんなかったって事だろ」

「……ギース。お前はルディをどこで見つけたんだ?」

 

ルディアは北から来た。

北でギースが活動できるでかい町はザントポートくらいだ。

あそこにはキチンと伝言が残っているはずだ。

なんなら団員が駐在しているから情報が入るはずだ。

なら、どこから来たんだ?

 

「これ、ルディアが言わなかったなら俺から言いたくないんだが」

「ギース」

「……絶対に俺から聞いたって言うなよ?」

 

ギースはそう前置きをして語りだした。

 

「俺がルーデウスに会ったのはドルディア族の村だ。ちょっとした勘違いもあって重罪人として牢屋に入れられていた」

「…………は?」

 

重罪人?

そういえば、昔にギレーヌからドルディア族の罰について聞いたことがある。

檻に入れられる、鎖に繋がれる、冷水をかけられる、全裸にさ、れ、る?

 

「ギースてめぇ!!ルディの裸見やがったな!」

「そういうとこだけ勘がいいなぁ!?おい!!」

 

オレが立ち上がるとギースは慌てて座れとジェスチャーした。

確かにこれ以上騒ぎを起こしたらギルドを出禁にされかねない。

オレはしぶしぶ椅子に座り直した。

 

「で、まあ、ルディアを一目見てすぐにわかったよ。こいつはゼニスの娘だってな」

 

ギースはそういうと懐かしそうに目を伏せた。

 

「ここに来るまで何度も驚いたよ。基本ベースが天然な所とか。妙なところで潔癖な所とか。料理を教えてくれなんて言ってくるところとかさ」

 

何より笑い方がそっくりだった。

ギースはそう言ってもう一度ビールを飲んだ。

 

「とりあえず、明日素面でもう一度会ってみろよ」

「…………わかった」

 

ギースは苦笑いしながらこちらを見ると、ふと思い出したようにポケットから一つのものを取り出した。

 

「これ、たぶんルディアのだから渡しておいてくれ。さっき大通りで泣きながら投げ捨ててたから間違いない」

「は?ちょっとまて、詳しく教えろよ」

「知るか。お前がやらかしたんだからケツくらい自分で拭け。親子だろ」

 

そう言い捨ててギースはギルドから出ていった。

そしてすぐに戻ってきた。

とんでもなく慌てて。

 

「パウロ!今すぐギルドを出ろ!これ以上ギルドを壊すわけにはいかねえ!」

 

言っている意味はわからなかったがとりあえず荷物を持って外に出る。

そこにはどこか見覚えのある真っ赤な髪の少年が立っていた。

少年は俺を見ると尋常じゃない殺気を送りながら口を開いた。

 

「あなたがパウロですか?」

「そうだが、お前は?」

 

そう聞くと少年は偉そうに腕を組んで名乗った。

 

「エリオット・ボレアス・グレイラット。ルディアの婚約者です」

 

その名乗りを聞いた瞬間に、オレは右手を振り抜いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パウロとの再会3

「どけ」

「どかん」

 

ルディアと別れてそのままギルドへ向かった俺はルイジェルドに道を防がれていた。

急がねば下手人がどこかに行ってしまうかもしれない。

あんなルディアは初めて見た。

あんな、俺にもわかるような作り笑いを浮かべるルディアを俺は見たことがなかった。

だから、俺はぶっ殺すと誓ってギルドに向かっている。

 

「……お前と別れてすぐにギースと会った。ヤツはルディアの現状をおおよそわかっているし、こうなった原因と話して解決しようとしている。お前が行けば話が拗れるだろう」

「話し合いで解決?あんなルディアを見てもそんなのんきなことが言えるのか?今は宿に戻っているはずだから自分の目で見てこいよ」

「…………見たとも。ルディアが大通りで叫んでところでギースとあったのだから。ギースの予想では、ルディアはおそらくー」

「ー父親に会ったんだろ!?」

 

俺の言葉にルイジェルドは驚いたように目を見開いた。

ああ。完全に直感だったが間違ってはいないようだ。

父親に会って、そこで何かがあった。

おそらく、父親に失望するような。

もう二度と会いたくないような何かがあったのだ。

そうでなければ、あんなに大切にしていた髪留めを外しているわけがない。

そんなことでもなければ、あれほど自信満々な彼女の心が折れるようなことはそうそうない。

 

「わかっているならなおさらだ。親子喧嘩に口を出すな」

「ルディアは俺の家族だ!今はまだ違うかも知れないけど、いつか、必ず、認められるような男になって、守ってやりたいんだ!」

 

実際は俺たちが転移したように他の誰かも転移しているかもしれない。

災害の規模によっては、家族にならない方がルディアを守れるかもしれない。

でも、それでも、家族になったうえで守ってみせるとそう決めた。

欲に流され、ルイジェルドに叱られたあの日。

何があっても守ると誓った。

それが、少し離れただけでこのざまだ。

許せない。

ルディアの父親がじゃない。

自分のバカさが許せない。

だから、その失敗くらいは取り返したい。

 

「だから、どいてくれ」

「…………せめて、ギースが出てくるまでギルドの前で待ってろ。あの男ならそう悪い展開にはしないはずだ」

 

どのくらい待つことになるかわからないが、その間ルディアは俺が見ていよう。

ルイジェルドはそう言って俺が一人で向かうことを許可してくれた。

てっきりストッパーとしてついてくると思っていた俺としてはルディアの安全も保証されるし嬉しい提案だが、一体どういうことなのだろうか?

 

「……お前を少し過小評価していた。お前はもう戦士だったのだな」

 

首をかしげている俺にルイジェルドそう呟いた。

 

///

 

さて、ギースが出てきたら何て言おうか。

ギルドの前に着いた私は持っている剣をカチカチ鳴らしながら考えをまとめていた。

 

(ギースが出てきたらまずはルディアの父親に会わせろと言う。そして、復讐に来たことを伝える)

 

そんなこと言わなくてもこれだけ不機嫌です。という顔をしていればあの男なら察してくれるとは思うが。

 

(次にルディアの父親に何を言えばいい?これはルディアを傷つけたことへの復讐のようなものだ。だから、ルディアの名前を伝えるのは絶対。次に自分がルディアとどんな関係なのかを伝える)

 

俺とルディアの関係?

先生と生徒。

デッドエンドの仲間。

15歳になったらそういうことをする約束をしている仲。

うん。

ルイジェルドも親子の喧嘩に口を出すなと言っていた。

ならば、その輪に俺も入るべきだろう。

 

(これは実質的にお義父様との初対面のご挨拶。なら、一言目は決まった)

 

そう思って顔を上げるとちょうどギースが出てきたところだった。

軽く手を上げてニッコリと笑うとギースは慌ててギルドの中に戻っていった。

流石だ。

説明する手間が省けたのは助かる。

しばらくして、無精髭まみれの酔っぱらいが出てきた、

ああ、この男がそうなのか。

ルディアが口癖のように最低の父親と言っていたが、たぶんこういう意味ではないだろう。

何故ならそういっている時の彼女はとても幸せそうに笑っていたのだから。

 

「あなたがパウロですか?」

「そうだが、お前は?」

 

そう言われた俺は、間違えて剣を抜かないように腕を組んでから相手を睨んだ。

コイツは敵である前にルディアの父親だ。

挨拶はキチンとしなければならない。

 

「エリオット・ボレアス・グレイラット。ルディアの婚約者です」

 

そう名乗った瞬間に、その男の右手が俺の顔面をぶん殴っていた。

 

「パウロ!?急に何してやがる!」

「わ、悪い。あまりにもありえない妄言が飛んできたから思わず殴っちまった」

 

痛え。

しっかりと体重の乗った、戦いなれている殴り方だった。

調子乗って腕を組んでいたから防御できなかった。

俺は腰に下げていた剣を抜くと上段に構えた。

殴られて頭が揺れているが、酔っぱらいにはいいハンデだ。

 

「……やるのか?」

 

パウロが剣を抜いたのを見てギースが離れていく。

これで、邪魔者はいなくなった。

 

「そういやこっちからは名乗ってなかったな。改めて、パウロ・グレイラット。ルディアの父親だ」

「よろしくお願いします。お義父様」

 

その言葉が決戦の合図になった。

 

///

 

パウロはこの勝負はすぐに決着がつくと思っていた。

だが、それが間違いだったとすぐに気がつく。

エリオットは身長が高い。

普段、ルイジェルドと並ぶためにわかりにくいが一般的な同年代と比較すると背が高い。

背が高いということは手足が長い。

それは大人と同じような動きができるということでもあった。

さらに彼には圧倒的なセンスと才能があった。

そして何より、彼の師匠は剣王ギレーヌとスペルド族の親衛隊隊長ルイジェルド。

修行場所は死地である魔大陸だ。

そこら辺の冒険者よりはるかに強かった。

 

(やっぱり、ギレーヌから教わっているからか剣神流への対応が他より早い。他の流派で攻めた方がいいか?)

 

対応ができない速度で相手を切り捨てる流派に対して他より早く対応されるのであれば使用する利点が薄い。

何より音に聞いた暴力貴族はコイツだろう。

なら、水神流がいいか。

打ち合いのさなか、わざとほんの少しだけ隙を作りそこを狙わせる。

案の定、狙いどおりに攻撃が来た。

単純な男だ。

剣神流の似合う真っ直ぐな勢いのある一太刀。

それを受け流そうとして、手応えが軽すぎることに気がついた。

たまたま上手く行きすぎた感覚ではない。

これはー

 

「ーぶっ飛べ」

 

先ほどの意趣返しとでも言うようにその男の拳がオレの顔面に突き刺さった。

 

///

 

パウロをぶん殴った俺は弾かれた剣を拾いに歩いていた。

正直、ルイジェルドの方が数倍強かったので勝ったという実感がわかない。

露骨な隙を作られたので水神流とあたりをつけて、受け流される瞬間に剣を手放して拳を握った。

ただそれだけの勝利だった。

少なくともルディアから聞いていた強くてカッコいい父親はそこにはいなかった。

 

「とりあえず、満足しました」

 

俺は剣を納めながらそう言った。

パウロはまだ少しよろけるのかゆっくりと立ち上がるとこちらを睨んだ。

 

「……お前、何がしたかったんだ?」

「ルディアを泣かした人がいるのでぶっ殺そうかと思いまして」

 

お義父様だったので殴るだけで済ますことにしましたけど。

俺がそう言うとパウロはバカみたいに口を開けてこちらを見ていた。

……何かおかしなことを言っただろうか?

 

「…………お前にとってルディアはなんだ」

「先生で、仲間で、いつか家族になりたいと思う大切な人です」

 

しっかりとパウロの目を見て俺はそう答えた。

パウロは大きなため息を吐くと「家庭教師はまちがいだったかなあ」とこぼした。

 

「なあ、ルディは俺を許してくれると思うか?」

「俺なら縁を切りますね」

 

パウロの弱気な言葉に俺は突き放すようにそう言う。

ただ、ルディアなら、そしてこの人が父親なら。

おそらく、可能性はあるんじゃないかと思っている。

 

「ただ、一つ言えることはルディアは毎晩髪留めを手入れしていました。俺には向けたこともないとても幸せそうな笑みを浮かべながら手入れをしていました」

 

俺から言えることはそこまでだ。

それ以上は自分で考えろ。

俺より長い付き合いで、俺より愛されている男に、これ以上優しくする理由は俺にはないのだから。

 

///

 

俺は宿に戻ってからエリオットという少年の言っていた言葉の意味を考えていた。

髪留め?

いったいなんの話をしている?

それを手入れしたからなんだと言うんだ。

ああ、そういえばギースがなんか渡してきていたな。

確かそれも髪留めだったはずだ。

俺はポケットに入れていたその髪留めを取り出してまじまじと見る。

薄汚れたボロボロの髪留めはおそらく元の色は白色であったであろうことがかろうじてわかるほどに汚れていた。

けれど、それは丁寧に扱われたうえでそれでも起こった経年劣化というような感じで、まだまだ使用することが可能であった。

…………なんだ?どこかで見覚えがあるような?

 

『髪留めは母様から結構もらってるんですが……。父様はそんなだから父様なんですよ』

『いえ、絶対に返しません。これはもう貰ったものですから私のものです』

 

ルディの声が聞こえた気がした。

いや、実際に昔言われたことだ。

 

『似合ってますか?』

 

「…………ああ、似合って、る」

 

なんで、こんなのまだ使ってるんだよ。

たまたま転移時に身につけていたとしても、こんなになってたら現地でいくらでも買い換えればよかっただろ。

こんなにボロボロになって。

きっと、色んな苦労があったのだろう。

そんなことがよくわかる。

ルディが言わなかったことが伝わる、そんな感覚だった。

 

「……お父さん?泣いてるの?」

 

どうやらノルンを起こしてしまったようだ。

急いで顔を拭うとノルンに笑いかけた。

しかし、ノルンはオレではなくオレの手元を見ていた。

 

「……ねぇ、おとうさん。それ、ルディおねえちゃんのかみどめだよね?」

 

…………は?

どうしてノルンがこれを知っている?

ノルンはオレの疑問に答えるようにスラスラ語りだした。

 

「まだ、ルディおねえちゃんが、いえにいたとき。まいにち、『これはお姉ちゃんの宝物なんだ』って。キレイだったし、ルディおねえちゃんに、よくにあってたからおぼえてる。じゃあ、やっぱりきょういたのって、ルディおねえちゃん?」

「…………ああ、そうだよ。あれはルディだ。」

「ねぇ、なんでルディおねえちゃんはおとうさんをイジメてたの?あんなにおとうさんがスキだったのに」

 

ああ、そうなのか。

ずっと、どこか距離があると、そう思っていた。

口を開けば憎まれ口。

たまに言い争ってもまず勝てない。

フォローすることよりもフォローしてもらったことの方が多い。

そんなルディだから、ソマル坊の時は本当に焦った。

オレが間違えていたとはいえあんなに泣かれると思っていなかったのだ。

そうだ。

確か、あの時もこの髪留めを使ってくれていたんじゃないか?

思い出した。

あの時、シルフくんを守ろうとして泥が付いたとゼニスに泣きついていたんだ。

そうか。

そうだったんだ。

ああ、涙が止まらない。

 

そんな娘に、必死で生きてきた娘に、オレは何を言った。

 

少年の言葉が頭をよぎる。

確かに、そんなクソ親父だったら、オレだって縁を切るよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パウロとの再会4

翌朝。

目を覚ました俺は髪をまとめようとして、髪留めがないことに気がついた。

そして、探しているうちに昨日のことを思い出して泣きそうになった。

きっと、どこかで投げ捨てたのだろう。

パウロとの繋がりを感じるアレを身につけていられるほど昨日の俺は冷静じゃなかった。

のそのそと起き上がった俺はまとめられずボサボサになっている頭を手で整えながら食堂に向かった。

 

とりあえず、飯を食う。

空腹はストレスに繋がるし、考え方がネガティブになる。

昨晩は何も食べなかったどころか全部出したから腹ペコのペコペコだ。

出てきた朝食を食べ終え、食後に飲み物を飲んで一息入れていると、入り口に一人の男が現れた。

 

ゲッソリと窶れた、青い顔をした男が立っていた。

 

俺はその顔を見た瞬間、

あからさまにビクついた。

 

男は俺を見つけると近寄ってきた。

すると、隣に座っていたエリオットが立ち上がり、パウロの前に立ちふさがった。

 

「何しに来たんですか?」

「色々と親子で話したいことがあってな」

 

エリオットは腕を組んだままパウロを睨み付けていたが、ため息を吐いて食堂の出口に向かっていった。

 

「次があったら本当に殺しますよ」

「……わかってる」

 

そんな会話を見たルイジェルドも席を立つ。

そして、すれ違いざまに一言だけ言った。

 

「お前にも言い分はあるだろうが、その言い分が通るのは、娘が生きている時だけだ」

「……わかった。忠告ありがとう」

 

俺しかいなくなったそのテーブルにパウロが座る。

俺は思わずパウロから目をそらす。

今はまだ、会いたくはなかった。

こちらが回復するのをもう少し待ってほしかった。

俺は無能なのだから。

 

「ルディ!大きくなったな!」

「セクハラですか?」

「な!?ちょっ!違えよ!」

 

パウロから放たれたその一言に打てば響くというように俺は反射的にそう返していた。

昔のような、どこか明るい、軽口を言い合うパウロの口調だったから、思わずそんな軽口で返してしまった。

そんな軽口に俺の口元に少しだけ笑みが浮かぶ。

そうだ。

昔はこんな風によくパウロをおちょくっていた。

懐かしい。

俺はここに来たことはパウロなりの歩み寄りだと考えることにした。

おそらく、今の一言もそう言うことなのだろう。

そうでもなければ、こんな無能な少女のところに朝一でやってくるわけがない。

だから、俺だって少しは歩み寄る。

 

「今の人がエリオットとルイジェルドさんです」

「ああ、エリオットの方は昨日会ったよ。思いっきり殴ってくれたよ。後でお礼を言わせてくれ」

「……父様。マゾなんですか?」

「違う!ただ、目を覚まさせてくれただけだよ。ルイジェルドってことはあれがスペルド族か」

「私の身体を狙うような人に見えましたか?」

「…………見えなかったよ。後でキチンと謝罪させてくれ」

 

昨日とは随分話が違う。

まあ、余計なことは言うまい。

 

「それで、何をしにきたんですか?」

 

自分でもビックリするような冷たい声が出た。

さっきまで楽しげに話していた空気も一瞬でどこかへいってしまった。

ああ。俺は自分で思っているよりもダメージを受けているのかもしれない。

本気で生きてきたつもりで、一生懸命頑張って、やっと誉めてもらえると思ったら、もっと頑張れ?

それは俺の努力をなかったことにされているように感じた。

だから、俺はもう、パウロとわかりあえないのかもしれない。

 

「いや……その、謝ろうと、思って」

「何を謝るつもりですか?」

「……昨日のことを」

 

パウロがそう言った時。

今さら何をという気持ちが生まれた。

いや、パウロは悪くない。

悪いのは俺なんだ。

だってー

 

「だって、みんなが大変なときにのんきに遊んでいたことは事実ですからね。情報収集をせず、情報共有もせず、のんきにちんたら帰ってきたのです。そうですね。遠足とでも言いましょうか?ちょっとした非日常に浮かれてしまっていたんです。それに関してはむしろこちらから謝罪しなければなりません。道中魔王様から魔眼をいただくことがありましたが、かのキシリカ様なら家族の居場所くらいなら聞けば探すことができたでしょう。それもこれも私が知らなかったから。なぜ知らなかったのかといえば、遠足気分で遊んでいたから。初めはともかく安定してからは確かに弛んでいました。殴られたならわかるでしょう?エリオットは強いですよ。ルイジェルドはその数倍強い。そんな前衛二人に守られながら後ろからチマチマ魔法を打つ。弛んでも仕方がない状況とはいえ、フィットア領がなくなったことを知っていればその余裕をうまく活用できたでしょう。全て私が悪いんです。他のこともそうですね。クエストでお金稼ぎしたときも、もっと効率的に討伐クエストを受けれたかもしれません。スペルド族の復権なんてお題目を立てて、関係のない人たちを助ける余裕はあったんです。探せば転移事件の被害者位見つけられたでしょう。何より、私たちの戦力があればその人たちを守りながらここにたどり着くことだってできたでしょう。そう、全ては私が無能で、出来損ないで、可愛くないことが悪いのです。父様は昨日ノルンと笑っていましたね。なるほど。ノルンはさぞかし多くの功績を残しているのでしょう。無能と罵られる私と違って愛されているノルンは一体何をしたのでしょう。いえ、違いますね。逆ですね。私はできる力があったのにやらなかった。ノルンはおそらく、できる力がないからやれなくてもよかった。なるほどなるほど。ならば、私は何もできない無能として生まれるべきでした。そうすれば、家庭教師としてあんな見知らぬ土地に飛ばされることもなく、転移の時も誰か家族と一緒だったかもしれません。そうすれば、私もその誰かに守ってもらって愛してもらえたのでしょう。そうです。私がなまじ天才で生まれたからいけないのです。天才で生まれてしまってごめんなさい。未だに誰も見つけられていない父様は悪くありません。だって探したんですから。全部全部探してもいない私が悪いんですよ」

 

こんな無能が中に入っていて本当に申し訳ない。

俺がいなければパウロはルディアと楽しく暮らせていただろう。

それがどんな暮らしかはわからないが、少なくとも今よりは幸せだったはずだ。

 

「で、他に用件はありますか?」

「…………色んな情報を共有できればと、思ってな」

「ああ!情報共有!」

 

それはそうだ。

俺としたことがー

 

「ー私としたことがたった今それができていないと話したばかりなのに。とはいえ、私の方からは何もありませんよ?昨日話したことで全てです。何故なら私は自分のことしかやっていませんから。フィットア領復興に力を入れている父様に共有することなんてもう一つとしてありません。誰を見つけたわけでもなく。誰かの情報を見つけたわけでもなく。ああ!そうです!ルディア・グレイラットとエリオット・ボレアス・グレイラットなら見つけましたよ!まあ、父様はすでに知っていると思いますから別にいいですかね?ええ、後は本当に何もないですね。期待させて申し訳ありません。無能なのに天才のフリをしてしまって。勘違いさせてしまったのですね。昨日知ったかもしれませんが私は無能ですよ。本当になんでこんな無能になってしまったんでしょうね。天才も二十歳を越えればただの人なんて言われますが、私は十歳でただの人になってしまったんですかね?まあ、どうでもいいですね。では、申し訳ありませんがそちらの情報をお願い致します」

 

そうやって、パウロから聞いた話は想像よりずっと悪かった。

もう、フィットア領には何もないそうだ。

人はもちろん、建物も、木々も、何もかもがなくなって更地になっているらしい。

そりゃあ、何のんきに遊んでいるとキレるだろう。

ああ、聞けば聞くほど自分が無能すぎて殺したくなる。

 

「ほれ」

 

会話が切れたタイミングでマスターが俺達の前に湯気の出ているコップを置いた。

 

「サービスだ」

「ありがとうございます」

 

気がつけば喉がカラカラに乾いていた。

全身は汗でぐちゃちゃになっており、全身冷たくなっていた。

 

「なあ、嬢ちゃん。詳しいことはわかんねえが……」

「……?」

「顔ぐらい見てやれよ」

 

言われて、初めて気づいた。

 

俺はパウロの方を見ただろうか?

いや、この席に着いてからは見ていない。

見る資格がないと思ったからだ。

だが、マスターは見ろと言う。

……なら、覚悟を決めろ。

 

「……どうして、そんな顔をしているんですか」

「……そんな顔ってなんだよ。いつも通りだろう?」

 

いつも通りなものか。

パウロはそんな泣きそうな顔はしない。

軽口にも元気がない。

この痩せこけた男は本当にパウロなのか?

 

だが、同じような顔を、どこかで見た気がする。

どこだったか。

……ああ、思い出した。

 

まだ男だった頃の自宅の洗面所だ。

引きこもって一年か二年。

一番、情緒不安定だった頃。

 

そうか。

パウロは今までずっと不安で、ようやく現れた俺があまりにも想像と違ったから、死んでいるかと知れないと思っていた俺があまりにもあっさりしていたから。

だから、イライラしてしまったのだ。

 

俺にも似たような経験がある。

俺は、あの時謝りに行けなかった。

変なプライドがあったのだ。

 

けれど、パウロは俺に謝りに来た。

俺はそれを聞かなかったけれど、パウロは謝りにきていたのだ。

それを、俺は振り払った。

お互いに、謝らなければならい。

だが、俺がそれをぶったぎった。

和解などあり得ないと、壁を作った。

この壁は、俺が壊さなければならない。

きちんと俺から歩み寄らなければならない。

そうだ。

決めたじゃないか。

俺は、本気で生きるって。

 

「父様。提案があります」

 

俺は、できる限りの明るくそう言った。

父様もこちらを向く。

そうだ。

パウロは大人になろうとしてくれていた。

なら、俺も大人にならなければならない。

 

「昨日のことはなかったことにしましょう。可能なら今この瞬間まで全てをなかったことにしてください」

「……ルディ?」

「今から私たちは数年ぶりに再会します。そういうことにしましょう」

「……何言ってるんだ?」

「いいから!」

 

俺だって今さらパウロとこんなことするのは恥ずかしい。

だが、それでもこれが一番いいと思ったのだ。

俺に言われるままに席を立ったパウロは両手を広げて待機する。

その胸に、勢いよく飛び込んだ。

 

「父様!会いたかった!」

 

言った瞬間に涙が溢れた。

ああ、初めて会った時にこうしておけばよかった。

……いや、今初めて会ったのだからあっているのか。

パウロからは昔はしなかった酒臭さがある。

だが、それでも、これは間違いなくパウロだ。

ずっと、ずっと会いたかった。

 

「オレも、会いたかった……会いたかったんだよ、ルディ……。ずっと、誰も、見つからなくて、死んでるんじゃないかって、だから、オレは……」

「私……頑張ったでしょう?頑張ったんですよ……父様……」

「ああ、頑張ったなあ……。生きててくれて……ありがとう……。本当にごめん……ごめんな……」

 

こうして、俺は約五年ぶりに父親と再会することができたのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パウロとの再会5

その日、丸一日パウロと話をした。

 

何てことないお互いに別れてから何があったかを、くだらないことまで隅々話した。

パウロの話の中で新しい家族が増えるかどうかという話があったが、まあ、それは出来るときはなんとなく出来るだろう。

そして、俺の方の話。

 

「誕生日は悪かったな……」

「何がですか?」

「顔も見せてやれなかった」

 

そう。

パウロは俺の2回目の誕生日に顔を出せていなかった。

理由はわからないが、このアスラ王国では節目年に盛大に祝うのだ。

 

「あ、誕生日といえば」

「はい?どうかしましたか?」

 

パウロはポケットを漁ると、元真っ白な髪留めを取り出した。

……な、なんで、パウロがそれを持っている!?

よく覚えてないが、私は道に捨てたはずだ。

パウロとの話し合いが終わったら探しにいこうと思っていたのにこれは流石に予想外だ。

 

「お前、これわかるか?」

「……な、なんですか?その白い髪留めがどうかしたんですか?」

 

咄嗟に俺は知らないふりをする。

いや、相手はパウロだ。

自分の渡したものなんて覚えてないだろう。

しかも、軽く五年前のものなんて覚えているわけがない!

 

「なんだ、お前のじゃないのか。じゃあ、あとで捨てー」

「ー誰かが探しているかもしれないのでギルドに届けましょう!?」

 

捨てられるわけにはいかない。

絶対に捨てられるわけにはいかないのだ。

その髪留めは、ただでさえ大事なものだったのに、今ではブエナ村時代の最後の思い出なのだ。

なおさら捨てられるわけにはいかない。

 

「でも、こんなにボロボロなんだぜ?落とし主ももう要らないんじゃないか?」

「いやいやいや、ボロボロになるまで使ったということは思い出の品である可能性があります!例えば誰かに送られたとか!」

 

もう、半分以上自白している気がするが、相手はパウロだ。

気づかない!はずだ!

パウロは不思議そうな顔をしながら髪留めをしげしげと眺めた。

そして、こう言った。

 

「そうか?なら、ルディが届けておいてくれるか?オレにはよくわかんねえし」

「は、はい!わかりました!きっちり届けておきますね!」

 

やった!

勝った!

これで私の手元に無事に戻ってきた!

よかった……。

 

「…………まさか、そんなに大事にしてくれるとは思ってなかったんだよなあ」

「……へ?」

「いや、それ、俺が五歳の誕生日にあげたやつだろ」

 

は?え?ちょ?待って?なに?

まさか、まさか!まさかまさかまさか!!

 

「いやな、ノルンがそれを見て『お姉ちゃんの宝物』だって言うからまさかとは思ったが、驚いた」

 

ノルンのバカ!!

どうしてそんなことを覚えている。

というか、どうしてパウロにそれを言う!

 

「まあ、他にもギースやエリオットから大事な髪留めの話は聞いていたんだが」

「~~~!?、?」

 

情報の線が多すぎる。

どうやってもパウロにことがバレていたのだろう。

あれは、『ルディア』ではなく『俺』のことを考えたプレゼントだったから嬉しかったんだが……。

 

「大事にしてくれることは嬉しいが、流石に新しいものを買ったらどうだ?あ、いや、違うな。今から買いにいこう」

「……はい?」

 

俺が疑問符を浮かべていると、パウロはそそくさと出かける準備を済まして俺の手を引っ張った。

ちょっと待ってくれ。

話の展開が見えないのだが。

 

「お前の十歳のプレゼントを今から買いにいこう!」

 

パウロはそう言うと嬉しそうに俺を引っ張った。

そんなパウロに引きずられるように俺は外に出た。

そうして、親子での髪留め選びが始まった。

 

///

 

とはいえ、ぶっちゃけ何かがあったわけではない。

というか、何か起こるわけがないのだ。

ここにいる親子は女心のわかないゲス男パウロとエリートDTが中身の服装に気をつかわないタイプ女子俺だ。

いくつか見て回った結果ー。

 

「ーまさか、まったく同じものを選ぶとはな……」

「……いいじゃないですか。気に入っているんですよ。これ」

 

今の私の頭には真新しい真っ白な髪留めが止まっている。

古い方は話し合いの末、パウロが持っていることになった。

この後俺たちはまた別れることになる。

ならば、パウロにも俺の存在を感じられるものがあった方がいいんじゃないかという考えだ。

 

「なんか、娘の髪留めを持ち歩く父親って変態っぽくないか?」

「安心してください。父様はもとから変態ですので」

 

そうか?なんて首をかしげているけれど、流石に自覚してほしい。

ゼニス、リーリャ、ギレーヌ。

パウロから繋がった女性は全員パウロと繋がったことがある。

正直マジでどうにかしてくれ。

それに比べたらむしろ、娘の髪留め持っているくらい健全すぎて規制ゼロだ。

そんな風に軽口を叩いていると、パウロとの間にあった溝は完全に消えていた。

 

「なあ、ルディ。次の誕生日の話なんだが」

「……だいぶ、気が早くないですか?」

 

俺の文句に苦笑いしながらもパウロはある提案をした。

 

「お前の十五歳の誕生日にも同じものを買いにいこう。今度は、家族全員で」

 

ああ、それはいい。

とても素敵な提案じゃないか。

 

「はい。行きましょう。絶対に、家族全員で」

 

俺たちはこの白い髪留めにそう誓った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷宮都市にて

迷宮都市ラパン。

 

パウロがゼニス救出のために向かったその都市に、俺達はやってきていた。

とある事情により、予定より大人数での出発となった俺達は様々な困難を乗り越えてようやくたどり着いていた。

 

今回この遠征のために組まれたパーティは俺、エリナリーゼ、フィッツ、アイシャの四人。

アルスとクリスがいる以上本当はこんなに大人数で来るつもりはなかった。

ノルンとクリフ先輩には本当に迷惑をかけてしまっている。

一応、俺やエリナリーゼの知り合いの冒険者に声をかけてきたのでフォローはしてもらえると思うが、全て終わったらお礼をしに行こう。

 

さて、とりあえずここに着いたからにはまずは手紙を送ってきたギースを探さなければならない。

『ゼニス救出困難、救援を求む』

そう書かれた手紙を見て、みんなで話し合った結果このメンバーで向かうことになったのだ。

もちろん。いるであろうパウロでも構わないが。

 

とりあえず、冒険者ギルドについた俺達はギースかパウロについて聞こうとして、見覚えのあるサル顔を見つけた。

何か揉めている様子だが、どうやらギースが劣勢のようだ。

そのままギースが話していた相手はどこかへ行ってしまった。

 

「ギース、あんな顔できたんですね」

「あら、わりとあんなもんてすわよ」

 

きっと大人ぶってたんでしょうね。と言ってエリナリーゼはギースを呼びつけた。

ギースはきょろきょろと周囲を見回して、こちらを見つけるとよろよろと歩いてきた。

 

「お、おお!エリナリーゼ」

「遅れましたわね」

「いや、早すぎるくらいだぜ。いや本当に早すぎる。手紙と入れ違いになっちまったか?」

「そのことはあとで全員で共有いたします。ゼニスはどうなっています?」

 

エリナリーゼが聞くと、ギースは顔を曇らせた。

 

「芳しくねえ。こっちも詳しくは合流してからにしよう」

「そうですね。とりあえずは父さんのところに案内してください」

 

そう言った俺を見たギースは目を丸くした。

そして、何を言っていいか考えているのか口をパクパクとさせて慌てていた。

それを見て、まあ、そうなるよなあと思いながらもギースを急かしてパウロのもとへ向かった。

 

///

 

パウロ達が泊まっているという宿に到着し、その入り口まで来たところでギースは振り返った。

 

「いいか、パウロは相当参ってるからな。エリナリーゼよ、おめぇも言いたいことはあるだろうが、今回はちっとばかし抑えてくれ」

「……まあ、ルディアのこともありますし、善処しますわ」

 

ギースはその言葉に苦笑いをしながらこちらを向いた。

 

「先輩もだ。今の先輩なら前みたいな喧嘩は絶対しないと思うが、あんまり責めないでやってくれ」

「はい。わかっています」

 

一応、覚悟しておこう。

前回の時といいパウロは折れるときはあっさりと折れる。

まあ、だからこそ、このメンバーで無理やりやってきたのだ。

セラピーの準備は万端である。

 

「……ねえ、ルディ。僕どういう顔で会えばいいんだろう」

「別に、そのままでいいと思いますよ?」

 

昔、パウロからはエリオットとフィッツのどっちと付き合うというようなことを言われていたくらいだ。

別に結婚したからと言って何か対応を帰る必要はない。

しいて言うならお義父さんと呼んでやればいい。

アイシャは何も言わないが、リーリャに会えるのが楽しみなのか心なしかソワソワしている。

 

「じゃあ、入るぞ」

 

ギースに導かれて宿に入る。

パウロは一目でわかった。

テーブルの上に突っ伏している男だ。

 

「……えっ!?」

 

パウロの近くから驚く声が聞こえてきた。

こんな土地でもメイド服を着込んでいる。

リーリャだ。

少々疲れたように見える彼女は慌ててこちらに駆け寄ってくると、俺を心配してきた。

 

「あの、ルディア様?大丈夫なのですか?アイシャ、これはいったい……」

「はい。ですが、あんまり時間がないので父さんを叩き起こしてもらえますか?」

「ルディお姉ちゃんなら大丈夫らしいよ?私も話で聞いただけだからよくわからないけど」

 

そんなことを話ながらパウロの方へ近づいていくと、正面に座っていた女性が立ち上がって席を譲ってくれた。

正直助かる。

確か、ヴェラさん?シュラさんだったかな?

経理の人だ。

彼女もまた疲れた顔をしていた。

彼女の開けてくれたパウロの正面に座ってパウロを起こしてもらう。

 

「旦那様!ルディア様がおいでなさいました!」

「ん……?」

 

ゆっくりと顔をあげたパウロはそれひどい顔をしていた。

清潔さはあり、以前のような酒臭さはない。

けれど、目の下のクマ、全体的にやつれた姿。

気配からも疲労感が滲み出ていた。

これを見ただけでも急いで来たかいがあったと言うものだ。

 

「ルディ……?」

「父さん。お久しぶりです」

 

パウロはまだ夢うつつなのかぼんやりとしている。

手は出さないと言っていてあれだが、これでは話が進まない。

手っ取り早く顔面に冷水をぶっかけて叩き起こした。

 

「……わっぷ!?何しやがる!……あ?ルディ!?」

「……目は覚めましたか?父さん」

 

俺の行動に周りはワタワタしていたが関係ない。

こちらとしてはそんなに時間がないのだ。

 

「リーリャ。どれくらい眠ってた」

「ほんの一時間ほどです」

「そうか、悪かったな。ルディ」

 

パウロは大きく伸びをするとこちらの話を聞こうと姿勢をただした。

なら、とりあえず時間の短いことから始めていこう。

 

「父さん。色々話し合いたいんだけど、その前にリーリャさんにお願いが」

「は、はい。なんでしょう?」

 

父さんにとっては寝起きの目覚ましだと思ってもらおう。

 

「出産できる場所用意してもらってもいいですか?」

 

///

 

というわけで、急遽宿屋にて行われる出産。

正直ここまでもつか不安しかなかった。

アルスとクリスのことで判明したのだが、俺の出産周期は他の人よりも明らかに早い。

具体的にはおよそ半分ほどである。

それがわかったのは、初めてで一回しかしていないのに半年ほどで出産したことに起因する。

他のタイミングでヤってない以上はそういう体質なのだろう。

あと、エリナリーゼに確認したら出産直後に普通に冒険者やってるのは異常とのことなのでおそらく出産に特化した呪子なのだろう。

初めての出産以降母乳が止まらないのもおそらくそのせいである。

そんな体質であるため、出産してからここに来るという案もあった。

だが、状況がわからないなら早く行ける分には早い方がいい。

何より、疲労困憊であろうのパウロへの特効薬になると考えたのだ。

そうして行われた妊婦強行。

周りからさんざん止められながらも無事たどり着いた。

 

ここまできたなら出産に関しては何も心配していない。

出産特化型の俺、ベテランのリーリャ、その弟子のアイシャ、万能のエリナリーゼ。

この布陣で億が一にも失敗することはない。

そして、本当に何の問題もなくするすると双子が産まれた。

……また双子か。

まあ、男の子と女の子なのでそれぞれの名前を考えていてよかった。

先に産まれた女の子がルーシー。

後に産まれた男の子がジークハルト。

そう、名前をつけた。

 

「…………まさか、本当に元気なんですね」

 

ルーシーを抱きかかえながら、笑う俺を見てリーリャが驚いていた。

俺はもうすたすたと歩いてみんなに見せてまわっている。

……まあ、普通はそういう反応になるみたいなんだよなあ。

俺としては初めての時からこういう感じだったからおかしいという実感はないのだが。

それにしても可愛い。

自分の子供とはいえ本当に可愛すぎる。

 

「……どうしよう。本当に嬉しい」

 

俺の隣ではジークを抱きかかえながらフィッツが涙を流していた。

ありがとう。ありがとう。と繰り返し言っている。

…………ありがとうはこっちのセリフなんだけど。

 

「…………いつも、そばにいてくれてありがとう」

「……え?ルディなんか言った?」

 

何にも言ってません。

それより、早くパウロに孫を見せなければ。

初孫というわけではないがジジババには孫という存在は可愛くてたまらないもののはずだ。

後片付けはリーリャとアイシャに任せて俺はパウロを探す。

あれ?エリナリーゼさんが手招きしている。

近づいていくと、部屋の端っこをを指差した。

見ると、父さんが蹲っている。

 

「父さん?どうかしましたか?」

「……なんかな、親のいないところでも子供はしっかり育つんだなあって思ったらどんな顔で孫に会えばいいかわからなくてな」

 

……何言ってるんだこの人。

パウロはしっかり親をしているじゃないか。

 

「父さん。親がいないというのはですね。種だけ仕込んで居なくなるようなクソヤロウのことを言うんです。父さんは複数箇所に仕込んだだけでずっと居てくれました。立派な父親ですよ」

 

あんまり、こういうことは言いたくないが。

それでも感謝はたくさん言うべきだ。

この数年、周りに助けられる毎日だったからそう思うようになった。

 

「父さん。今日までありがとうございました。これかも末永よろしくお願いします」

「……え、あ、おう。わかった」

 

パウロは意外そうにこっちを見て、とりあえずそう言ったようだった。

別に、真面目に答えられても俺達らしくない。

そんな感じにさらっと流してくれ。

 

「ねえ、父さん。私の娘です。抱いてもらえませんか?」

「ああ!わかった!」

 

こうしてパウロは私の娘を抱いたのだ。

パウロにとって孫にあたるその赤子を。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アイシャ編if

冒頭はアイシャ編の事前知識が必要になってます


家族会議が始まった。

 

アイシャは全て練習だったと言い張り、アルスはずっと黙っていた。

今回の件。

家族として何も話し合わないわけにはいかなかった。

家族会議の参加者は私、夫たち、アイシャ、アルス、リーリャ、パウロ、ゼニスの合計九人で行われている。

また、私以外の全員には私が処罰を決めるから口を出さないよう言い含めた。

それでも手を出しそうな人がいたが、他の数人で抑えてもらうことにしている。

 

「練習だったっていうけど、アルスには好きな子とかいるの?」

「それはーーー」

「私はアルスに聞いてるんだよ?アイシャ」

 

アイシャの言葉を遮った私にアイシャは何か言いたげにうめいただけで黙り込んだ。

いつものアイシャなら、私にバレないように全部済ますことくらいできただろう。

それができなかったということは少なくともアイシャは本気だったのだろう。

本気だったから気がまわらなくなってしまったのだろう。

 

「アルス?何か言ったらどう?」

「……あ……いや、その……」

 

……後ろで一対二の攻防が繰り広げられている音がする。

口を出すなというのは手を出すなという意味でもあるのだけど。

振り返って少し睨むと暴れていた一人は気まずそうに黙り込んだ。

本来なら一番会話に入るべきなんだろうけど、彼とアルスは仲がよくない。

話が余計に拗れるようにしか考えられないのだ。

黙っているアルスを見ていることにも飽きてきた頃。

何も言わないと確信した私はため息を吐いて立ち上がった。

その動作に少し肩を震わせたアルスは恐る恐るこちらの様子をうかがってくる。

 

「これ、意味ないしやめよっか」

「「「「「…………えっ?」」」」」

 

私以外のその場にいた全員の声がそろう。

いや、経験的にわかっているのだ。

一度喋らないモードに入ると、子供というものはなかなか喋らない。

だから、とりあえずは、自称大人から片づける。

 

「アイシャ!一緒にお風呂に行こう!」

 

こんなことになるような気がしていたから裏でお湯を沸かしてある。

そして、これは私からの最後の優しさだ。

ここでの会話によっては私は二人と永遠に別れることになるかもしれない。

それでも、必要なことだと思ったから。

私は魔術で水を作ってこう言った。

 

「アイシャ。全部水に流してあげるから風呂場に行くよ」

 

だって、練習だったんでしょ?

自分の言葉を使われたアイシャは気まずそうに顔を反らした。

…………いつものアイシャなら肯定して許してもらえるならと飛びついただろう。

そういう流れに持っていこうとしていたのだし。

つまり、これは、そういうことなのだ。

 

「どうしたの?好きでもない男のとか嫌でしょ。よくわかるから。早く流しに行こうよ」

「…………や、だ」

「え?なに?」

「……………………い、やだ」

 

アイシャがそう言った途端にアルスがうつ向きながら手を強く握り直した。

……あと、もう少し。

私は、二人を信じてる。

 

愛する家族を信じてる。

 

「…………何を言っているか、わかってる?」

「………………ごめんなさい。やっぱり、流してもらってもいい?練習だもんね」

 

…………私の予想だが、二人が愛し合っているなら、アイシャがアルスを愛しているなら、これを拒否すると思っていた。

だから、とりあえずは一度否定しただけでいい。

第一段階が成功したことにホッとしつつ、アルスの方を向いて驚いた。

エリオットが二人の制止を振り切り、アルスに向かって拳を振り抜いたところが見えたからだ。

 

「お前は!アイシャにここまで言わせて!」

「だってアイシャ姉が、自分に任せろって……」

「……だってじゃないっ!」

 

エリオットの拳がもう一発、アルスに叩きこまれた。

アルスは床にたたきつけられ、苦悶のうめき声を上げた。

 

「そんな風に育てた覚えはない!」

「あんたに育てられた覚えがねぇよ!」

 

……論点がズレていく。

私は思わず天井を見上げる。

やっぱり、エリオットを同席させたのは失敗だっただろうか?

とはいえ、一人仲間外れにするわけにもいかないし、みんなの前でなければ意味がないのだ。

私達の前で、家族の前で、親の前で、しっかり宣言してこその意味がある。

 

「お前はアイシャのことをどう思ってるんだよ!」

「ああ!?大好きに決まってるだろ!」

 

………………あ、あれ?言った?

私は思わずアルスをまじまじと見る。

 

「い、今なんて?」

「俺は!アイシャ姉が!アイシャが!大好きだ!」

 

よく言った。

私は口元がにやけそうになるのをこらえながらアイシャの方を向く。

 

「ねぇ、アイシャ。あんなこと言ってるけどどう思う」

「…………」

「アイシャ」

「……私だって!アルス君が好きだよ!」

 

アイシャは泣くようにそう叫ぶと、その場で崩れ落ちた。

 

「でも、じゃあ、あたしはどうすればよかったの!?だって好きなんだもん!しょうがないじゃん!アルス君のために何でもしてあげたいって思うんだもん!あたしは、アルス君が、好きなんだもん……結婚したいんだもん……」

「……そっか。アルスも同じ気持ち?」

 

私がアルスを見ると、今度はまっすぐにこちらを見ていた。

 

「俺はアイシャを愛している。結婚したい。だから、二人の関係を許してください」

 

うん。二人ともしっかり言えた。

私はその宣言を聞いてパウロとリーリャの方を見る。

二人には、私が事前にどういう風に終わらせたいか話していた。

アイシャは、私の妹であると同時に二人の娘なのだから。

パウロは軽く笑い、リーリャはしっかりと頷いた。

二人とも納得してくれたようだ。

なら、私から言えることは一つ。

 

「うん。いいよ」

 

私は家族を信じている。

当人達が選んだ幸せを信じている。

 

///

 

「元から許可するつもりで始めた会議だったの!?」

 

アイシャと風呂に入りながらことの真相を教えると、そう叫んだ。

これに関してエリオットはともかくとして、残りの二人はなんとなく察していたとは思う。

というか、根本的にこの家の人間がまっとうな恋愛をするとはあまり思ってないし、私にとってはアイシャに好きな人ができただけでかなり嬉しいことなのだ。

 

「……私は、家を追い出されるかと思ってたくらいなのに」

「ああ、それは絶対にない。仮に誰かがそう提案したり、アイシャが出ていきそうだったら手足を折ってでも家に残すつもりだった」

 

出来る限りさらっと告げたその言葉はアイシャに本気だと伝わっただろうか。

伝わらないだろう。

きっと、彼女は自分の現状がわかっていない。

アイシャとアルスのそれを見てから、他の家族が帰ってくるまでに色んなことを考えた。

それで、ふと思い出したことがあったのだ。

それを思い出してからはどうやってアイシャの味方になるかだけを考えていた。

私はアイシャに近づいてゆっくりと抱き寄せた。

 

「ねえ、アイシャ。いくつか質問してもいい?」

「……うん。今なら何でも答えると思うよ」

 

そうだな。

何から聞こう。

 

「最近、体調悪くない?」

「……あー、バレてた?なんか、最近調子でないんだよね」

「食べる量が減ってたもん」

「そうなの。食欲がないんだよ」

「あと、慢性的なダルさもあるでしょ」

「そうなの。季節の変わり目だからかな?」

「暖かいけど、微熱があるんじゃない?」

「うーん、お風呂に入ってるからじゃない?」

 

まあ、おおよそ確信を持っていた。

やっぱり、私の予想はあってそうだ。

 

「アルスとしたの今日が初めてじゃないでしょ」

「…………うん」

「責めてないよ。大事なことだからキチンと答えて。それって、今から一月くらい前のことじゃない?」

「…………知ってたの?」

 

知らないよ。

ただ、わかるんだ。

さっき、泣き崩れたのも原因不明の不安感があったから、好意を肯定されて安心したのだろう。

この症状を、私はよく知っている。

私は抱き寄せたアイシャをさらにこっちに寄せて抱きしめ直した。

 

「な、なに?どうしたの?」

「……おめでとう。アイシャ」

 

アイシャは私の言葉の意味をしばらく考え、ふとその答えに思い至った。

やっぱり、アイシャは自分に対しては持ち前の有能さが上手く発揮されないようだ。

私の初孫は男の子なのか女の子なのか。

どちらにしても、きっと幸せに育つだろう。

泣きじゃくる妹を抱きしめながら私はそう思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編

ラノア王国に着いた俺達はまず推薦状をくれたジーナスという人物に会いに行くことにした。

 

ラノア魔法大学から推薦状が届いたのは少し前のこと。

アルスとクリスが産まれ、この子達のためにもう一度本気で生きることを決めた俺はエリナリーゼからの進めもあり、この学校に通うことにした。

冒険者を続けること、ゼニス救出を手伝いに行くこと、そして学校に通うことをそれぞれ天秤にかけたときに『赤子二人を背負った人間』にできることは一つだけだった。

推薦状が届く少し前くらいから、ゾルダート達に手助けして貰うことも多くなり、衣食住に不安が出てきていたところだったのだ。

周囲の人間に話を聞くと制服があり、学生寮があり、食堂もあり、成績に応じて学費を免除してもらえ、周囲のギルドで働くことも許可されている。

正直言って、受けないという選択肢はなかった。

 

///

 

魔法大学に着いた俺達は、周囲の人間に道を訪ねながら何とか目的の場所にたどり着いた。

応接室に通された俺達はアルスとクリスをあやしながらジーナスを待った。

一時間ほどで現れたジーナスは俺を見るなり驚いたように目を見開き、ハッとしたように頭を下げた。

 

「お待たせしました。教頭のジーナスです」

「ルディア・グレイラットです。推薦の件についてお伺いに参りました。こちらは、パーティメンバーのエリナリーゼ・ドラゴンロード。私を手助けしてくれている人です」

 

エリナリーゼは俺に着いてくると同時に若い男を漁りたいと言っていたが、俺の補佐にすれば免除があるのではないかということでそういうことになっている。

 

「では、大学に在籍していただけるのですね?」

「はい。ただ、見ての通りの子連れなのでいくつか手助けをしていただけると助かるのですが」

「その程度でしたら。そうですね、元々お二人合わせて一人分の学費のつもりでしたがどうでしょうか?」

 

詳しく話を聞くと、有名な魔術師が通うということに意味があるらしく、ある種の広告費のようなものらしい。

そのため、特別生は基本的に学費が必要ない。

子供のために学生寮ではなく、大きめな研究室を一室もらえることになったのも非常に助かる。

お互いに条件を擦り合わせたのちにジーナスは言った。

 

「それで、申し訳ないのですがちょっとした試験を行ってもよろしいでしょうか?」

「……構いませんが、筆記ですか?」

「いえ、噂通りの実力かどうか見せていただきたくて」

 

///

 

ジーナスに連れられて訓練室にやってきていた。

 

「ゲータ先生!シルフィさんをお借りしてもよろしいですか!?」

 

しばらくして、白髪のキレイな女の子が出てきた。

大きめのサングラスが少し浮いているが、全体の印象が清楚というか、可憐というか、俺とは違って美少女らしい美少女だった。

その少女は俺を見るなりとても驚き、そしてアルス達を指差した。

 

「そ、その子達は?」

「あ、はい。私の子供です。可愛いでしょう?」

 

まあ、父親はいませんが。という俺の言葉に少女は顔を背けた。

怒ってくれているのか。

泣いてくれているのか。

笑っているわけではないと思いたい。

まあ、この子達に罪はなく、俺の大切な家族なのだから同情されることもないのだけれど。

俺は模擬戦の用意として、エリナリーゼに二人を預ける。

頭を軽く撫でてやるとニコニコと笑う二人は俺の癒しだ。

ついでにジーナス先生にお話が。

 

「あの一つ条件を追加してもいいですか?」

「はい。私が飲み込めるようなものであればですが」

「私が彼女を圧倒したら、私の仲間の学費を半額に免除してもらえませんか?いかんせん金欠でして」

「……しっかりと研究をしてくださるなら許可しましょう」

「そのくらいお安いご用です」

 

これで勝てば俺が無料でエリナリーゼが半額で入学できる。

お金は節約できるときに節約した方がいい。

今後何が起こるかもわからないんだから。

 

「それじゃあ、よろしくお願いします。今度入学するルディア・グレイラットです」

「……シルフィです。よろしく」

 

ジーナス先生が魔法用の壁を作ってくれたところで俺達は向き合って構えた。

シルフィ先輩は杖を、俺は素手を構えた。

当たり前だが杖がある方が強い。

だから、俺は何も持たなかった。

先ほどジーナスとの約束のためだ。

どうせなら完璧に圧倒したい。

今から行うのは魔術の撃ち合い。

そこら辺の無詠唱を使えるだけの学生に負けるわけにはいかない。

それに何より、子供達にカッコいいところをみせたいじゃないか!

 

「では、始め!」

 

ジーナスの掛け声と共にシルフィが魔術を撃ち出す。

俺は、それを見てから全く同じ魔術を打ち返した。

本来は有利になる魔術で相殺するところを俺は同じ魔術で打ち返した。

それは、端的に自分の方が格上だというアピールだ。

シルフィは少し驚いた顔をしたものの、すぐさま切り替えて他の魔術を撃ち出す。

俺はそれを相殺する。

撃ち出す。

相殺する。

それを何十回か繰り返しているうちに少しギャラリーが集まってきた。

……ふむ。聞こえる声からすると、このシルフィというのはこの学校の中でもかなり上位の実力者のようだ。

実際に撃ち合った感覚としても、あんな小さな初心者用の杖ではなく、『傲慢なる水龍王』のような杖を持っていれば撃ち負けていたかもしれない。

そのくらい俺との差は少なかった。

だか、あの杖ならまだ負けることはない。

圧倒すれば学費免除。

それがかかっている以上こちらとしては容赦できないのだ。

お互いに同じ魔法を撃ち続けること数十分。

周りが飽きて、少し焦れてきた時だった。

シルフィが手を上げた。

 

「……すみません。これ以上は仕事に差し支えが出るので終わりにしてもいいですか?」

「え、ええ。構いません。ありがとうございました」

 

シルフィはペコリと頭を下げたあと、ふと思い立ってアルス達の方にてを振った。

……いい人じゃないか。

俺はニッコリと笑ってシルフィに頭を下げた。

しかし、ジーナスは少し困ったように唸っていた。

 

「いや、間違いなく実力者なのはわかりましたが、何かもっと分かりやすい大きな魔術を使えませんか?」

「……と、言われましても」

 

そりゃ、大きな魔法も使えないわけではないが、室内で使うような魔法ではない。

それはジーナスもわかっているようだが、やはり他の教師や生徒を納得させるだけの説得力が欲しいのだろう。

そして、少し考えてから子供達の姿をした人形を作り出した。

 

「精密な魔力操作の証明にこんなものはどうでしょうか?」

「……素晴らしい。これなら周囲も納得させられるでしょう。それでは、これからよろしくお願いします」

 

こうして、俺は衣食住の安定に成功したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゾルダートとの出会い(ゾルダート目線)

「……どうして……私は、生きているんでしょうか」

その少女が目を覚ました時に一番始めに言った言葉がそれだった。

彼女は森の中で行きだおれていた。

たまたま俺達が通りかからなかったら、本当に死んでいたかもしれない。

見るからに幼い少女を見捨てるわけにもいかなかった俺達は彼女を保護して宿で看病をしていた。

そして、目を覚ました一言目がそれだ。

死にたかったのか?と俺が聞くと、わかりません。と、返事をした。

……何か事情があるのだろう。

こんな少女に何があったか考えたくもないが、それでも生きていることに疑問するほどのことがあったのだろう。

目が覚めたなこれでも飲め。と小さめの匙でに少量のスープをすくい、彼女の口元に持っていく。

彼女はそれをゆっくりと飲んだ。

飲むなら、それは生きたい証拠だ。

生きる意志のあるやつは強い。

なんとか生かしてやりたい。

俺は今後のことを考えながら少しづつスープを飲ませた。

 

///

 

数日後。

ある程度喋れるようになった彼女はルディアと名乗った。

持っていた杖からある程度の身分があるとは思うが家名を名乗らないということはお家関係で何かあったのか。

単純に体力が回復していないだけかもしれないが。

それでも、自分で飯を食うようになっただけ安心だ。

コイツには元気になったら働いてもらおうと思っている。

世話した分の金もそうだが、こういう気力を失ったタイプは何か目標を持ってをやらせた方が安定する。

昔、仲間を失った冒険者がそうだった。

義務でも、恩でも、借りでもなんでもいいからやることがあるということに救われる人間もいるということだ。

 

///

 

そのあと数日が経ち。

ある程度動けるようになったルディアから自分の身体を買えと言われてひっぱたいた。

クソガキが何を言ってやがる。

確かに胸はデカイし、なんか妙な色気があるのは事実だが、そういったつもりで助けてないし、そんなことをしたらパーティが壊滅する。

どうやら、頭が回ってきたことで迷惑をかけていることに気がつき、今すぐにでも何か返そうとしたようだ。

……まさかと思うが、それが日常的なところから逃げてきたんじゃないだろうな?

拾ったその日に身体を拭った仲間の話では暴行の後はなかったと聞いたが、奴隷であった可能性はゼロではない。

思ったより面倒なヤツを拾ったかもしれないな……。

 

///

 

さらに数日後。

ポツポツと喋る彼女の言葉を統合すると、愛しあった男に捨てられて失意のままに北に来たそうだ。

食欲がなく、気がついたら森で倒れていたということらしい。

北に向かった理由はいなくなった母親を探してとのことだが、手がかりは何もないそうだ。

こんな子供がボロボロになりながら探しているという話はパーティメンバーとしても力になりたいと思わせるには十分だった。

もしも、母親の手がかりを見つけたら教えてやろう。

そんなことを話してお互いに情報共有ができた頃、体力の戻った彼女が借りを返したいというのでクエストに連れていった。

そして、彼女の魔法に俺のパーティは全員驚くことになる。

無詠唱で聖級を使え、複数の上級を同時に操るような魔術師はそういない。

何より、彼女の得意とするお湯や温風を出す魔法には女性陣が大歓喜していた。

遠征先での衛生環境が整うということはそれだけで喜ばしいことだろう。

もちろん、それだけの魔術が使えれば戦闘面でもなんの心配はなかった。

弓使いのサラなんかは彼女の無詠唱のせいで役割がかなり減ってしまい苦笑いが絶えない。

詠唱なしでできる遠距離ということが利点の弓としては無詠唱は最大のライバルということなのだろう。

ルディアによる戦力の増加で俺達は安定してクエストをクリアできるようになった。

 

///

 

数ヵ月が経ち。

ルディアが体調が明らかにおかしい。

クエストに出るようになってから一月ほどから少し体調を崩すようになっていたが、それでもこの数日は明らかにおかしい。

いや、原因はわかっている。

彼女がそれを隠したがっていたが、流石にもう、外見でわかってしまう。

彼女は妊娠をしていた。

そして、それが明らかになって数日。

あの事件が起きた。

 

///

 

「……おい、ルディア。お前、何やってんだ」

 

最近はルディアをクエストに誘わなくなっていた。

お腹の子に万が一があってはいけないからだ。

にもかかわらず、クエストから俺達が帰ってきて見たルディアは酒をがぶ飲みしているところだった。

わざわざ、ローブを厚着して、マスターからはわからないように着ぶくれさせて、それで無理やり飲んでいた。

 

「何やってるかって聞いてんだよ!!」

 

俺は思わずルディアの胸ぐらを掴んだ。

殴らなかったのはギリギリ残った良心の賜物だろう。

ルディアは気まずそうに目をそらして何も言わない。

 

「……お前、お腹に子供がいるんだろう?」

 

ルディアの身体が震えるのがわかった。

……ああ、そういうことか。

最近のルディアは一緒にバカ騒ぎするほどに元気だったから忘れていた。

初めて出会ったコイツは、今にも死にそうな、死にたがっていた少女だった。

 

「…………その子の父親が嫌いなのか?」

「そんなわけないでしょ!?」

 

それは、俺が初めて聞いた彼女の怒鳴り声だった。

酔っぱらっているからか、誰かに聞いてほしかったのか、我慢の限界だったからか、理由は山ほどあるだろうが、彼女はその全てを語った。

愛しあった男がいた。

そこまでは、俺も聞いていた話だった。

けれど、彼女の生い立ちは俺の想像を越えて酷かった。

見知らぬ土地に飛ばされ、凶悪な魔物と戦い、長い間旅をして帰ってきた故郷はなくなっており、母親はいまだに行方不明で、多くの人が亡くなっていた。

そんな失意の中、その旅を共にした男と家族になろうとした。

いや、彼女としては家族になっていたのだろう。

翌朝その男はつりあわないとメモを残して消えていたのだが。

 

「……私が妊娠していることに気がついたのはあなたとクエストに行くようになってすぐのことです」

 

彼女は月の物が来なかったことを初めはストレスや栄養不良からだと考えていた。

しかし、いつまでたってもそれは来ず、食欲がないのにどんどん大きくなるお腹はそれを確信に変えていったという。

 

「この子達に罪はないんです。私は彼を愛していました。だけど、この子がもし、彼に似ていたら……」

 

……私は愛せるかわからない。

そう、泣くように言い捨てた。

……こんな子供にそんなことを言わせるその男をぶん殴りたい衝動にかられたが、そんなことよりも彼女に何て言えばいい。

子供がいるわけでもなく、そんな悩みを今まで一度としてしたことはなかった。

だから、俺には何を言っていいかわからない。

わからないが、これだけは言っていいのだろうか。

おそらくとても無責任で、他のメンバーに聞かれたら殴られるかもしれないが、『今』彼女を支えるのはこれしか思い浮かばない。

 

「……とりあえず、産んでから考えてみろよ」

「…………は?」

 

案ずるより産むが易し。とは、意味が違うが、まだ産まれてもいない子供をこんなに愛しているのに今さら愛せるかわからないとは笑ってしまう。

産まれた後の事を考える。

幸せにできるか考える。

何より、愛してあげられるか考える。

これが愛じゃなくてなんだというのだ。

 

「…………私は、この子を愛しているのでしょうか?」

「さあな、産んでみりゃわかるんじゃねぇの?」

 

もし、どうしてもダメだったらその時考えればいい。

そんときゃ俺も付き合ってやるよ。

そんな行き当たりばったりな言葉に彼女は何を思ったのか目を丸くすると、すぐに自分に解毒魔法をかけてアルコールを抜いた。

そして、しばらく俺の方を見て言った。

 

「…………脈拍が戻らない?」

「あ?何の話だ?」

「いや、その、とりあえず、今日はもう、寝ます……」

 

顔を真っ赤にしたルディアはそう言って自分の部屋に戻っていった。

……あいつ、解毒魔法苦手だったか?

なんだか、とても酔いたい気分になったので、ルディアの残した酒を飲み干した。

顔が熱いのはきっと、酒を飲んだからだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナナホシとルディア

「ルディア。お風呂に入りましょう」

 

ある日。

目を覚ましたナナホシにそう言われた私は何を言っているのかしばらく理解できなかった。

そして、身体を隠すように抱き締めてナナホシから距離をとった。

 

「変態!」

「……私があなたに何かしたことがあったかしら?」

 

いや、別に経験としては何もされたことはないのだが。

何故だか身体を守った方がいいと、魂が叫んでいたのだ。

それに、ナナホシはたまに振り切れることがあるから用心するにこしたことはない。

 

「で、何で私とお風呂に入りたいんですか?」

「いや、あなたの妹達や子供達とは入ったことがあるけど、あなた自身とはなかったなあって、ふとそう思っただけなのよね」

 

あー、それはそうかもしれない。

だいたいの場合、彼女がお風呂に入っている間に私がご飯を作る流れが多いから。

それに、私の前世は男だ。

うら若きJKとお風呂に入ることは本来許されないだろう。

 

「ナナホシ。知ってると思うけど、私の前世は男なんですけど」

「そんなことは承知のうえよ。でも、あなた自身は今女性でしょ?おそらくだけど、心もほとんど女性になってるんじゃない?三人目の旦那さんができた頃から私を見る目が変わってきてたもの」

 

…………こいつ。本当にただのJKか?

視線や所作だけで人の心のうちを読まないでもらいたい。

 

「それに、輪廻の概念から考えれば私の前世だって男かも知れないわ。大事なのは今どうあるかよ」

「……あなたの理屈は理解はできましたけど、それは私があなたとお風呂に入る理由にはなってないですよね?」

「あら?グレイラットの家にはお風呂は誰かと一緒に入るってルールがあるんじゃなかった?」

 

ここは、グレイラットの家じゃないといえば簡単だが、それで我が家に来られたら確実に一悶着起きる。

最近は疲れるからと、旦那とも一緒に入らないので、ここでナナホシと入るなんてことになったら何が起こるかは目に見えている。

……そして、おそらくそこまで想定して言っている。

 

「……はあ、別に構いませんけど、その分ご飯遅くなりますからね」

「私のワガママだもの。構わないわ」

 

こうして、私はナナホシとお風呂に入ることになった。

 

///

 

「……それにしても、やっぱり大きいのね」

 

脱衣所で服を脱ぐ私を見てナナホシはそう呟いた。

その目は純粋な驚きに溢れており、ある種の感動を含むニュアンスをしていた。

……なんだろう。この感覚は。

誉められたのが嬉しいような、気恥ずかしいような。

ただ恥ずかしいのとは何かが違う。

今までも胸に関してはさんざん言われてきたはずなのに何が違うのだろうか?

旦那と違うのは間違いない。

イヤらしさや下心がないのだから。

妹達やリニプルとも違う。

雰囲気はアイシャが一番近いが、何がこんなに恥ずかしいのかピンと来ない。

 

「……やっぱり、大きい方がモテるのかしら?」

「まあ、一般的にはそういう人が多いとは思いますけど、好きになった人の身体が一番好きになりますよ」

「…………元男からの助言?」

「多少は。でも、基本的には私から旦那への気持ちですかね」

「……はいはい。ごちそうさま」

 

そうやって鼻で笑う彼女の表情は言葉よりも穏やかで、どこか楽しそうだった。

ナナホシが私をチラチラと見てくるので、私も服を脱いでいるナナホシを見つめる。

…………肌白すぎじゃない?スタイルもいいし。

私は体質的に全身がある程度整うようになっているが、そうではないナナホシは毎日の積み重ねでこのスタイルを作っているのだろう。

いつだったか太ってきたと言ったかいがあったというものだ。

そうやってナナホシをジロジロと見つめていると白かった肌が赤みをおびた。

 

「……なんか、恥ずかしいわね」

「誘ったあなたが言いますか!?」

 

ワイワイわちゃわちゃ脱衣所で騒ぎながら衣服を脱ぎ捨て、私とナナホシは裸になった。

研究で日夜籠っている彼女の肌は本当に白く、その長い黒髪と合わさってとても美しく見えた。

けれど、やはりその裸を見ても私はキレイだなとしか思わなかった。

 

「やっぱり、私に興奮するかしら?」

「んー、めっちゃ綺麗ですからそれに対しては興奮しますけど、性的に興奮はしてないですねえ」

 

お互いにわかっていた問いかけと答えをしながら、風呂場に向かう。

二人して身体を流して清潔にしていく。

私はふと思い立ってナナホシの髪を洗ってあげることにした。

私も人並みに長めではあるが、彼女の髪はずっと長いので手を貸してあげようと思ったのだ。

 

「……私、子供じゃないんだけど」

「私から見たら十分に子供ですよ」

 

彼女の時の進みは普通の人間よりずっと遅い。

起きている時間だけで考えれば、上の方の子供より彼女は間違いなく年下で子供だった。

初めて出会ったときは私の方が子供で、次に出会ったときはほぼ同い年だった。

今はずっと年下で、私にとっては前世を除いても祖母と孫ほどにも年が離れている。

そんな彼女は私に髪を洗われながら少しうつむいて何かを見つめていた。

……急にこんなことを言い出すから何かと思ったが、やっぱり何かあるのか。

 

「ナナホシ。何か悩みごとでもあります?相談したいこととかあるんじゃないですか?」

「……どうしてそう思ったの?」

「結構長い付き合いですからね」

 

ナナホシとは出会って本当に色んな事があった。

私の子供たちが何人も一人立ちして、妹達も結婚して。

彼女と出会ったのがラノアに来てすぐの頃だからもう数十年の付き合いだ。

……本当に、色んなことがあった。

 

「…………いえ、あなたに話しても意味はないから」

「えー、なんでですか?いつもはすぐにでもワガママ言ってくるのに。」

「………………やっぱり、なんでもないわ」

 

そう自嘲気味に笑う彼女の雰囲気を見て、本当にどうしたのだろうと心配してしまう。

こんなにダウナーな彼女は久しぶりに見た。

何か夢見が悪かったのだろうか?

というより、私には言えない悩み?

 

「うーん。私がダメならアイシャにでも話しますか?会いたいならあとで言っておきますけど」

「………………そうね。お願いするわ」

 

その後の私は最近あった他愛ない話をナナホシに共有しながらゆっくりとお湯に浸かった。

聞きたいことはあったが、無理に聞くのは良くないし、アイシャなら上手くやってくれるだろう。

私はナナホシのことを妹に託すことにした。

 

///

 

「で、ナナホシさんに会いに来たわけですが。いったいどうしたんですか?」

 

ルディアとお風呂に入ったその日の夕方。

『毎日』やっていた運動をやる気にならず、私はベッドに腰を掛けてどこか虚空を眺めていた。

誰かに相談したい気持ちが強くてアイシャを呼んでもらったものの、いったいどこから説明すればいいのだろうか。

彼女が来て数分。

入れてもらったお茶はすでにぬるくなっていた。

 

「……あの、本当にどうしたんですか?」

「………………私は、あなた達に何ができるのかしら」

 

ポツリと漏れたその言葉は、私がこの数時間ずっと考えていたことだ。

私はルディアに、ルディアの家族に、迷惑しかかけていない。

恩があるのに、借りがあるのに、それを返せず『毎日』が過ぎていく。

何かしよう、何かしたい。

そういう気持ちだけが膨らんで、何もできずに今日を終える。

そうやって、どれ程の時が経ったのだろうを

気がつけばルディアの子供達はとっくに大きくなっており、アイシャの子供もとっくに学校に通っているという。

私が十二回眠るだけで世界では一年が進む。

私の中で一年が経つ頃には、世間は三十年以上の時が進む。

わかっていたはずなのに、今朝のルディアを見て急にそれを実感してしまった。

見るからに若いその身体は私と同い年に見間違えてもおかしくないほどに若々しかった。

けれど、私にはわかってしまった。

毎日会うわけではないルディアは確実に大人になっている。

言い方を変えれば、それは老いていくということだ。

それを自覚したとき、私は焦ってしまった。

そして、思いついたのが背中を流してあげることだった。

……考え方が完全に孫なのが本当に心苦しい。

結果的にはルディアが何かに気がつきそうになったので何もできずに二人でお風呂に入っただけになったのだが。

 

「私は、ルディアに恩を返したいの」

 

アイシャは私の言葉にキョトンとした。

具体的に「何言ってるんだ。こいつ」という言葉が聞こえてきそうなほど怪訝そうな顔をしている。

そのまましばらく待っていると急にため息を吐かれた。

 

「……何よ。おかしなこと言った?」

「別に、おかしなことは言ってませんよ。ただ、なるほどなあって」

「……なるほどって何がよ」

 

別になんでもないですよー。とアイシャはそっぽを向いてそう言った。

その仕草が妙に子供っぽくて彼女らしくなかったが、結婚したり子供ができたりして思うことがあったのだろう。

こうして二人で話すのも久しぶりだからそういった変化も大きく感じるものだ。

 

「まあ、せっかく相談してもらっていますし、私から言えることはちょっとしたプレゼントでもあげれば喜ぶと思いますよ?」

「……プレゼント?」

 

ああ。確かにそれはあるかもしれない。

旦那から何をもらった。

子供達から何をもらった。

町の人から何をもらった。

そういった話をよくしている気がする。

 

「あの姉、未だにお父さんからもらった髪留めとってありますからね。もう壊れそうで使えないからって部屋に飾ってあるだけですけど」

 

髪留めといえばあれか。

前世が男だと知った時に少しからかったら結構本気で怒られたやつ。

確か、誕生日にもらってからずっと使っていたと言っていたはずだ。

なるほど。贈り物か。

 

「でも、そのくらいで返せる恩じゃないのだけど」

「気持ちが大事なんですよ。少しづつ返してもいいですし、感謝してるよって気持ちをとりあえず伝えるだけでもいいです。それをきっかけにしてほしいことを聞いてもいいんじゃないですか?」

 

やはり、頭と口がよく回る子だ。

いや、もう子というには大きくなっているのだけれど。

きっかけとしてのプレゼント。

少し気恥ずかしいが、何もできない現状よりはましだ。

 

「ありがとう。考えてみるわ」

 

私はそう言ってアイシャと別れた。

 

///

 

そして、しばらく経ったその日。

私はルディアにプレゼントを用意して待っていた。

 

「ねえ、ルディア。渡したいものがあるのだけど」

「え?なんですか急に?……あれ?今日って私の誕生日でしたっけ?」

 

こういう反応を見ると未だに年下に見えることがある彼女に苦笑いしながら私は小包を渡す。

彼女はそれを嬉々として開いた。

たぶん、彼女の好みを外してはないはず……。

 

「……これは、編み紐?」

 

包みの中に入っていたのは四色の紐を編んで作った編み紐だった。

緑と青と赤と黒で編み込まれたそれは、それぞれが落ち着きのある色を選んだのでそこまで派手なものではない。

それでも、その四色であることは一目でわかるような色を選んだ。

 

「これ、手作りですね」

「まさか。買ったものよ」

 

私の言葉にルディアは嬉しそうに首を横にふった。

この四色をピンポイントで使った組み紐がその辺にあるわけがない。と。

 

「それぞれ、フィッツ、ロキシー、エリオット、のイメージで色を選んでくれたんですよね?」

「たまたま、偶然よ」

 

だとしたら黒は誰のだと言うのだ。

もし、私が作ったならルディアで茶色の紐を選ぶだろう。

そうしなかった以上は私の手作りではない。

 

「黒は、ナナホシの色ですよね?」

 

…………本当に、作るときの私は脳から変なエキスが出まくっていたのだろう。

初めはルディアと夫達で四つ編みにするつもりだった。

だけど、身に付けるものに本人のイメージを入れるのは何か違う気がしてしまったのだ。

何より髪に着けたときに茶色が被ってしまう。

それは私のセンスが許せなかった。

そして、考えて、考えて、寄り添うものとして私をそこに入れたくなったのだ。

……冷静になった今考えると、めちゃくちゃ恥ずかしいことをしているうえ、夫の中に自分を混ぜ混んでいる。

そんな最悪なことをしてしまっていることに気がついて全身から冷や汗が止まらないのだけれども。

その時はそれが最善だと、最良だと、完璧だと思っていたのだ。

 

「やっぱり返して!」

「絶対に嫌です。これはもう貰ったものですし、もう私のものですよ?」

 

そう言ってニヤニヤと笑うルディアを見て私も笑った。

笑うということは気に入ってくれたのだろう。

なんだかんだ気に入ってもらえたならそれでいい。

 

「それにしても、こんなもの作ってくれるなんてどういう風の吹きまわしですか?」

「……あなたに何かキチンとお礼をしたくて」

 

そう言った私を見たルディアの顔は先日見たアイシャとそっくりで、なんだか妙に血の繋がりを感じてしまった。

 

「私はあなたにたくさん救われたわ。魔力の件を初めとして、このお茶を探しに行ってくれたこともそう。心が折れそうなときに支えてもらったこともあったわ。あなたがいなければ、私は地球に帰る手段を手に入れられなかった。だからーーー」

「ーーーちょっと待ってください。感謝してくれるのは嬉しいんですが、過剰に気負いすぎですよ」

 

そう言うルディアはなんだか気まずそうに笑っていた。

ルディアは私があげた組み紐に目線を落としてゆっくりと口を開いた。

 

「……私だってナナホシに感謝しているんですよ?」

「私に?」

「はい。だって、私はとても幸せです。辛いこともたくさんあったし、死にかけたことも一度や二度じゃありません。それでも、私は、今、とっても幸せなんです」

「…………それが私の感謝とどう繋がるのよ」

 

関係しかありませんよ。とルディアは本当に幸せそうに笑った。

私は彼女に何かしたのか?

……本当に心当たりがない。

地球に送る装置に関してはルディアは興味がなく、私はそれ以外に何か彼女にしてあげていただろうか?

 

「ナナホシ。あなたがあの時オルステッド様に声をかけてくれなかったら。私はあの時あの場所で死んでいました」

 

それは、私と彼女が初めてあった日のことだ。

ヒトガミの名前を出したルディアをオルステッドが殺そうとし、結果的に殺さずに済んだあの日のこと。

 

「子供達と会うこともなく、旦那と結婚することもなく、妹達の晴れ姿を見ることもなく、後悔と失意の中死ぬだけだったんです。それを救ってくれたのは、ナナホシ。あなたなんですよ」

「……でも、それは」

「結果だけ見たっていいじゃないですか。私は幸せ。あなたも幸せ。それじゃ嫌ですか?」

 

嫌ではない、けど……。

それじゃあ、この気持ちはどうすればいいんだ。

 

「アイシャに言われましたよ。『ナナホシさんってルディ姉にそっくりだね』って。たぶん、言われないとわからなかったり、自分を悪く見るところなんかを見てそう思ったんでしょう。……だから、言いますよ。少し恥ずかしいから、一度しか言いませんからね!」

 

顔を真っ赤にしてずいずいっと、こちらに近寄ってきた彼女はまるで告白するかのようにこちらを指差して叫んだ。

 

「ナナホシは私の友達なんだから貸し借りとか難しく考えなくていいんです!」

 

///

 

言った。

言ってやった。

私はナナホシに向かって友達宣言をした。

正直、めちゃくちゃ恥ずかしい。

いい年したおっさんが転生して、前世の年齢を越えたおばあちゃんになっている私。

そんな私が現役JKに友達宣言。

世が世なら殺されてしまうかもしれない。

先ほどは私がキョトンとしていたが今度はナナホシがキョトンとしていた。

そして、ようやく言葉を理解したのかナナホシの顔が少しずつ赤くなり、顔をそらして呟いた。

 

「……何恥ずかしいこと言ってるのよ」

「自覚はあります!」

 

でも、貸し借りで長い間付き合ってきた私達も次に進んでいいと思ったから。

何より、あとナナホシに会えるのが何回かわからなくなってきたから。

今のうちに伝えたいことは全部伝えたいと、そう思ったから。

 

「私は、ナナホシと会えてよかったと思ってますよ。地球の話もできましたし、和食の改良にも妥協せずに続けることもできました」

「……ルディア?」

「私はナナホシが大好きです。今まで、キチンと伝えことがなかったので今言っておきます」

 

たぶん、最近のナナホシの様子がおかしかったのはおそらく私の行動に何か違和感を感じたからだと思う。

私にはそれがなんなのかわからないけれど、きっとそれはここ数年で急に疲れやすくなったことと関係があるのかもしれない。

エリオットは亡くなった。

なら、私もそう長くはない。

 

「……ルディア。あなたには私が地球に帰る時まで生きてて欲しいわね」

「……魔力タンクとしてですか?」

「茶化さないでよ」

「…………ごめんなさい」

 

それは叶わないことだと二人してわかっていた。

私は今を生きたくて

彼女は未来で生きたいのだから

それから、いつものようにたわいない話をした。

それは今までと違って遠慮がなく、友達同士の会話と言って差し支えがなかったと思う。

 

///

 

私がルディアと友達になって『一ヶ月』が過ぎた。

その頃からルディアは私に会いに来ることがなくなっていた。

よく来てくれるのはアイシャとフィッツだ。

そうなってから私はこちらからルディアに会いに行くべきか悩んでいた。

彼女と話す度にわかってきたことだが、彼女は強がりだ。

そして、カッコつけたがりで、弱いところをあんまり見せないようにしている。

私とルディアはお互いに色々とさらけ出しているが、それでも見られたくない一線がある。

それは、家族にしか見せない一線だろう。

私はそれを越えるわけにはいかなかった。

越えちゃいけないと思った。

だから、私は、その日が来るまで会いに行けなかった。

 

///

 

「ナナホシさん。おはようございます」

 

目覚めた私にそう声をかけてきたアイシャは普段とは違い、黒い正装を着ていた。

それを見たとたん、私は全てを理解した。

 

「起きたてで申し訳ありませんがーーー」

「ーーーええ、わかったわ」

 

私はそう言うとテキパキと支度をした。

私が制服に袖を通していると、アイシャは何故か笑いだした。

……何かおかしかっただろうか。

 

「いえ、ルディアお姉ちゃんが『ナナホシは私の葬式に絶対制服で来るからそのまま通してあげて』って言われていたので」

 

……ああ、そうか。

普通は喪服を着るべきなのか。

ルディアとの別れだということと、私が高校生だということが合わさって普通に着てしまっていた。

ただ、それがルディアの望みでもあったならこれでいい。

これが、ある種の地球庶民式だ。

そうやって支度を済ませた私にアイシャが一つの封筒を渡してきた。

それは、ルディアがいつも渡してくる封筒とは違い、可愛らしい動物の描いてある封筒だった

 

「ルディアお姉ちゃんから手紙です」

 

私はそれを受け取ると少しだけ時間をもらった。

けれど、その封筒にはそこまで長い文章は書かれていなかった。

 

『私には幸せなことがたくさんありました。両親のこと、子供のこと、旦那のこと、妹のこと、そう言った家族のことの他にも多くの幸せがありました。その中の一つにあなたもいます。私はナナホシと友達になれて幸せでした』

 

そして、封筒の中に入っていたのはその文章と一つのネックレスだった。

装飾としてロケットがついており、開くと彼女と私が笑っている絵が描いてあった。

……彼女から見ると、私はこんなに笑っていたのだろうか。

私はその絵を見たとたん涙が止まらなくなり、部屋で静かに泣いていた。

 

///

 

「なあ、そのロケットってなんなんだ?」

 

とある冒険の途中、黒髪の少女はそう聞かれてロケットを見る。

聞かれた少女はそのロケットを外して蓋を開いた。

聞いた少年の他にも青髪の少女も中身が見たいのか近寄っている。

 

「これはね、私のこの世界での友達がくれた宝物なの」

「ママはナナホシとは特別に仲良かったから」

 

黒髪の少女と同じくらいの年に見える茶髪の少女が二人で寄り添うその絵は二人ともとてもいい顔で笑っていた。

少年はその絵を興味津々で覗きながら彼女がどんな人物だったかを聞いてきた。

それを聞いた黒髪の少女はしばらく考えてから言った。

 

「龍神の右腕。世界的な魔術の権威。無詠唱魔術のエリート。二つ名は『泥沼』か『子連れ』。世界中にコネクションがある『名無しのグレイラット』の源流。歩く性癖破壊者。初恋泥棒。母乳(マナポーション)生産工場」

「…………え、えっと?それって人間なの?」

 

隣にいる青髪の少女も力強く頷いている。

最終的に子供だけでサッカーの試合ができるような状況だったという。

サッカーチームが作れるではなくゲームができるだ。

孫までいくと厳密な人数を家族ですらわからなくなることがあるくらいだ。

 

「そんな人でもね。私の最大の理解者で、私の大切な親友だったの」

 

そう言って笑うその少女の顔はロケットの中に描いてある絵とそっくりな、誰が見ても素敵な笑顔だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナナホシのホワイトデー

世の中どんなことにも責任は伴う。

今回の事件、誰が悪いかといえばルディアが悪い。

いや、まあ、私が言わなければ何も起こらなかったのだけれど、それでもルディアが悪いと私は思っている。

これは、そんな私の不用意な発言から産まれた事件。

 

「そういえば、ホワイトデーのお返しは何にしたのかしら?」

 

昨日。というか先月のことだが。

私にとっては昨日のこと。

そんな先月、ルディアからチョコのようなものを貰った。

 

「ナナホシには微妙かもしれませんがアイシャが絶賛するのでちょっと味見してもらえませんか?」

 

そんな言葉通りに地球のチョコからしたら果てしなく微妙なそのお菓子はそれでも彼女が一生懸命作ったことがわかる。

なんとなく、そんな味がした気がした。

誰に渡すかもわかるそのチョコに素直に微妙と感想を返しながら、私達は笑いあった。

つまり、先月はバレンタイン。

彼女は愛しい旦那達にそのチョコを渡したことだろう。

ならば、今月は旦那達からのお返しがあるはずだ。

 

「……ホワイトデー?」

 

そう聞き返すフィッツの言葉に私は自らの失敗を悟った。

最近はルディアと話してばかりだったから感覚が地球によっていたのだろう。

この世界にバレンタインがあるわけがない。

何より、チョコが一般的に普及しているなら彼女のチョコはもっと美味しいものだったはずだ。

ならば、ホワイトデーなんてものは絶対にあるわけがない。

 

「ちょうど一月ぐらい前にルディアからチョコを貰わなかった?」

「チョコ?ああ、あの黒い媚薬のこと?貰ったよ」

 

……なんだ?何か、おかしな単語が混ざった気がする。

 

「び、媚薬?」

「え?うん。昔、アリエル様からそういう風に言われて食べたことがあったから覚えてる。あれ、媚薬でしょ?」

 

待って。

いや、ちょっと、本当に待って。

まさか、いや、絶対にそうだ。

 

「……もしかして、貰ったその晩に皆でいただいた感じ?」

「…………ん。まあ、そうだけど、ちょっと話題としては下品じゃない?」

「そのあと、彼女不機嫌にならなかった?」

「え?ああ、まあ、ちょっとやりすぎたかもしれないけど、エリオットが『媚薬なんて渡したルディアが悪い』って言い張ったらなんか納得してたよ?」

 

この天然ドS王子とあの駄犬をどうにかしろ。

私がどう説明しようか思案していると、フィッツも何かを間違えたことを悟ったのか少し困った顔をしだした。

 

「……あのね、まず、この時期に愛している人にチョコを渡すって風習がある地域があるのよ」

「えっ!?初めて聞いたんだけど!?」

 

そりゃそうだ。

この世界のどこにもそんな風習ないだろう。

 

「それで、それ事態は別に『愛しています』くらいの意味合いしかなくて、媚薬を渡すとかそういう意図はないのよ」

 

私の言葉にフィッツの顔がサッと青くなっていく。

そりゃそうだ。

別に出してもいないOKサインを勘違いして行為に及んだら、完全にやらかしだろう。

あのルディアが露骨に不機嫌になったならそれは間違いなくそれが原因だ。

媚薬云々に関しては地球にもそういう話があったはずなので、それを思い出して何とか納得しようとしただけの話だろう。

それはそれとして、フィッツ。

顔を青くするのはまだ早いわよ。

 

「チョコを貰った人はその一月後にお返しをするというところまでがこの風習なんだけど、お返しは用意しているのかしら?」

「……いや、してない」

 

知らなかったのだから仕方がない。

とはいえ、思い人のささやかな思いを勘違いしたあげく、謝罪もせず、お返しもしないというわけにはいかないだろう。

 

「その風習では何を返すのがいいとかあるの?」

「一応、物によって意味があったりすることもあるけど、ルディアとしては『好きな人に渡して、お返しをもらう』ってことがしたかっただけだと思うから何かプレゼントをあげればいいと思うわ」

 

あの子は妙なところでオトメチックというか、ロマンチストだからちょっと着飾って素敵なディナーでも用意してあげればいいんじゃないかしら。

ああ。そういえばーーー

 

「ーーーお返しは三倍なんて言葉もあったわね」

「なるほど!ありがとう!ナナホシ!」

「…………えっ?」

 

私が気がついた時にはすでにフィッツの姿はなかった。

それほどまでに焦っていたのだろう。

ただし、話は最後まで聞いてほしかった。

 

「……三倍返しは例えであって実際にされても大抵は困るのだけど」

 

ルディアの身に何が起こるかは想像がつかないが、彼らも悪い人間ではない。

誠意を持って、謝罪をして、感謝を伝えるならそう悪いことにはならないだろう。

問題はエリオットだが、まあ、あとの二人が何とか抑えてくれることを願う。

そう、願っていたのだ。

 

まさか、『3倍のチョコを食べさせて普段の3倍愛する』なんて暴挙にでるなんて私には想像がつかなかったのだ。

 

……その結果、アルスとクリスにものすごく文句を言われることになるのだが、全部ルディアが悪い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔が差したナナホシ

いつも通りに目覚めたその日は、いつもと違ってルディアがすでに私の部屋にいて、いつもよりちょっと豪華な朝御飯を用意していた。

 

「……何?何かの記念日だったかしら?」

「いや、別に?ここ数日ちょっと暇で」

 

私が訝しげに訪ねると、困ったようにルディアはそう答えた。

足下を見るとレオがそばにいる。

なるほど。

私は改めてルディアの身体をよく見る。

身体のラインが分かりにくいゆったりとしたワンピース。

また、この少女ーーーいや、見ようによっては幼女に見える彼女はあの大好きな旦那達との子供を妊娠しているのだろう。

そして、そのタイミングとオルステッドからの依頼が重なったか何かで旦那達が忙しく、妊娠をしているために大きく動くこともできず、家事はアイシャかリーリャさんが担当しているのだろう。

じっとしていればいいものを、それが苦手だからと私のご飯を作ることでそれを紛らわしているのだろう。

だろうばかりの推測だが、おそらくそう間違えていない。

何故ならすでに何度もこのパターンを経験しているからだ。

 

「私はありがたいけど、またアイシャに怒られるわよ?」

「この間母さんにも怒られたよ」

 

まあ、特にやめるつもりもないけど。と笑う彼女はとても元気そうだ。

そういえば、今回は誰の子供なのだろうか?

私がふと思ったその疑問を口にしたのが間違いだった。

今まで妊娠中の彼女とあったことは何度もあったが、あまり興味もなかったこともあり産まれたあとに誰が親かを聞いていたのでその質問がどんな答えを言わせるのか考えもしなかったのだ。

 

「うーん。誰だろ?」

 

そんなことを真顔でのたまう彼女は愛おしそうに自分のお腹を撫でながら語った。

 

「タイミング的にはフィッツな気もするけど、同じ頃にロキシーともしてたし、少し時期はずれるけどお腹をよく蹴るしエリオットかもしれない。誰の子でも幸せになってくれればそれでいいよ」

 

私は唖然としてしまった。

少なくとも、地球の日本出身の私には理解できない感性だ。

彼もそうだったのではないのか?

いや、そうだ。

根本的に彼女の中身は男である。

それが、ここまでなるなんて。

 

「…………ねぇ、ルディア。朝っぱらから何言っているんだって思うかもしれないけど聞いていい?」

「そりゃ、ナナホシに夜しか話せないことがあったら時間が足らないだろうし問題ないけど、そんなに改まってどうしたの?」

「…………えっと、その、やっぱりさ、アレって、気持ちいいの?」

 

おそらく私の顔は真っ赤になっているだろう。

朝っぱらから何を聞いているんだ。

でも、改めてこんな話ができる友人なんて彼女しかいないし。

将来的にいずれ行うそれは、きっと不馴れになってしまうだろう。

ならば知識だけでもほしいと考えてしまったのだ。

彼女はそういったことを明け透けに話してくるし、聞けば教えてくれるだろうというハードルの低さもある。

かくして、お互いに黙ること数秒。

ゆっくりと、彼女は言った。

 

「……うーん。人によるんじゃないかな?」

「………………いや、もういいわ」

 

聞いた私がバカだった。

そんな気の使った言葉を聞きたかったわけじゃなかった。

なんていうか、もっと下ネタ混じりのガールズトークみたいなことがしたかった。

私が早々に切り上げてご飯を食べようとすると、ルディアは慌てたように言葉を続けた。

 

「あ、いや、たぶん、勘違いしてる。受け手じゃなくて攻め手の話」

「…………???」

 

彼女の言うことがわからないのは私がまだ子供だからなのだろうか?

ルディアは色々と思い出すように、言葉を厳選するように、視線をそこらじゅうに向けたのちに口を開いた。

 

「痴漢に触られても気持ち悪いけど、好きな人に触られたら嬉しいじゃん?そういう感じの話」

 

あー、人によるってそういう。

私が納得をしたのがわかると、ルディアは語りだした。

 

「たとえば、フィッツは色んなことに気をつかってくれてるし、全体的にメチャクチャ甘やかしてくれてとても気分がいい。焦らすこともあるけど適度にこっちが興奮するのを待ってくれてるだけで過度にいじめてきたりはしないし、そこら辺はやっぱり一番付き合いが長いことが少し関係あるのかもなって思うこともあるかな。こっちから攻めるときもキチンと口にだしてくれるから喜んでくれてるのがわかって攻めてて楽しいし、コミュニケーションって感じが一番するかな。ロキシーはその点ちょっと不器用かな。気をつかってくれるんだけど気をつかいすぎてるというか。なのに、盛り上がってくるとやりたい放題してくるところとかスゴく子供っぽくて可愛いなって思う。こっちから攻めてる時なんか一生懸命声を我慢してるからこっちも意地になってメチャクチャにしちゃう。お互いにやりたい放題やっても不快にならないのはやっぱり愛してるからだと思うよ。エリオットは、なんだろう。正直、私の初めての時はあんなに素敵だったのになぁってのはちょっと思うくらいには荒いかな。この学校にもいるけど、獣人の発情期って感じのリミッターが外れてる感じ。色んな跡をつけてくるのもエリオットが一番多いよ。ただ、まあ、そうやって、メチャクチャにされるのも嫌じゃないし、むしろ、エリオットに求められているのはなんか安心するんだよね。まだ昔のことがちょっとトラウマなのかもしれないけど、それでお互いに幸せならいいかなって思える。そんな感じで人によるとしか言いようがないかな?」

 

…………この間およそ一息。

いや、厳密には呼吸をしているのだけれど、私が割り込む隙間なく言い切られてしまった。

動揺するこちらを気にするでもなく、旦那の自慢をニコニコと言い切ったその奥さまはとても機嫌がよさそうだ。

ここまで来たならば、いっそ全部聞きたい。

毒を食らわば皿までってやつだ。

 

「ねぇ、今日は旦那さんとのこと色々教えてくれない?改めて聞いたことなかったし」

 

私の言葉にニッコニコで頷いた彼女はとても幸せそうで、それを見た私は何故かとても安心したのだった。

 

…………数時間後に後悔することになるのはまた別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルディアと泥棒猫1

「エリオ兄。ルディ姉にバレる前に早く捨ててきなよ。どんな展開になっても最悪だよ?」

「わかってる。けど、放っておけないだろ」

 

ある日、仕事を終えた私が久しぶりに家に帰るとアイシャとエリオットが揉めている声が聞こえてきた。

私にバレるとマズイこと?

一瞬だけ浮気かと思ったが、あんなに反省したエリオットが今さら私に何か勘違いさせることをするとも思えない。

ならば、なんだろうか。

捨ててくるもの。

言い換えれば捨ててこれるものであるということだ。

…………もしかして、エッチなオモチャだろうか。

そういうものを持ってくるのはだいたいロキシーだったが、エリオットもそういったものに興味がないわけではない。

むしろ、興味は強い方と言える。

あまりにも過激なものを買ってきたがばっかりにアイシャが叱っているといったところだろうか。

私は呆れながら声のする地下室の方へ向かう。

 

「アイシャ。ただいま」

「ルディ姉!?帰ってたの!?」

 

アイシャに声をかけるとアイシャにしては珍しく明らかに焦ったようにそう返事をしてきた。

詳しく事情を聞くと、エリオットが拾ってきた猫が朝からうるさいと言うことだった。

……少し自分の妄想が恥ずかしくなった。

 

「ルディ姉。この件は私とエリオット兄で解決するから先にリビングに行って休んでて」

 

そう言ったアイシャは真摯にこちらを見つめている。

それは提案というよりは懇願と言った方が近い真剣さだった。

…………何か、隠している。

アイシャの行動は予測できないことも多いが、今回は流石に露骨すぎる。

何より、解決という言い方に引っ掛かりを感じた。

まるでそこには私にバレると新たな問題があるようではないか。

 

「……アイシャ。どいて」

 

私が少し不機嫌そうにそう言うと、アイシャは自分の失策を悟った。

そして、しばらく視線と思考を彷徨わせた結果として、「扉、壊さないでね」とだけ言い残して離れていった。

 

「……アイシャ?どうした?」

 

中から呑気なエリオットの声が聞こえてくる。

耳をすませば確かに猫の声も聞こえてくる。

 

「……ルディ?」

「そうだよ。今すぐそこを開けて」

 

エリオットはしばらく間をあけてから「ダメだ」と言った。

その言葉に私は一つ、大きく深呼吸をした。

ため息を吐くだけではなく、大きく息を吸って落ち着かせようとした。

そして、何とか落ち着かせた私はもう一度だけ言った。

 

「……開けて」

「…………話を聞いてくれるか?」

「…………私が怒ることじゃないんだよね?」

 

私の確認に「それは約束する」とはっきりと答えたエリオット。

彼は嘘が苦手だ。

ならば、私が怒ることではないのだろう。

それにしてはアイシャの反応が気になるが、私はエリオットにもう一度声をかけて扉を開けてもらった。

 

地下室に鎮座している、首輪を付けられた猫を見て、息を飲んだ。

立派な猫だった。

汚れてはいるものの、ピンと耳が立ち、尻尾もスラっとかっこいい。

それだけじゃない。

まず目に飛び込んできたのは、胸だ。

大きな胸。私と同じぐらいだろうか。

着ているのはボロで、かろうじて胸と腰だけを隠している状態。

活動的な筋肉のついた太ももが、日に焼けた健康的な肌が、惜しげもなくさらされている。

 

「ああっ!ボス、お久しぶりニャ!助かりますニャ!ご恩は一生忘れませんニャ!」

「頼むから黙っててくれ!ルディも!話を聞いてくれ!」

 

リニア・デドルディア。

 

俺の先輩で、数年前に学校を主席で卒業した獣族の女。

 

ああ、よく憶えている。

 

なるほど。

 

よし。

 

「こんの、泥棒猫!!!!」

 

私の魔法が地下室をメチャクチャにしたのは言うまでもないことだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルディアと泥棒猫2

「では、言い訳をどうぞ」

 

先ほどよりもさらにボロボロになったリニアは縛り上げて部屋のすみに転がしている。

抵抗をせずに私の怒りを受け止め、ボロボロになったエリオットは私の隣で正座をしている。

……そして、その隣で私も正座をしている。

ちなみに、怒っているのはアイシャだ。

 

「……言い訳も何も、私は言われた通りに扉は壊さなかったし」

「何か?言いましたか?ルディ姉ぇ?」

 

珍しく本気でキレているのかアイシャはわざわざこちらを下から覗き込むように屈みながらそう言った。

その顔から目をそらしながらも、私は悪くないと主張する。

悪いのはエリオットだ。

 

「エリオ兄が悪いのなんて、大前提。事前に忠告したのに怒りを爆発させたバカな姉に私は文句を言っているんです」

「………………ごめんなさい」

 

……納得はしていないが、確かに私にも非はあったかもしれない。

私はしぶしぶ謝りながらエリオットを睨み付ける。

アイシャも言っていたが、今回の件はエリオットがリニアを持ち帰ってきたのが大前提だ。

それについてこのバカはどんな言い訳をしてくれるのだろうか?

 

「……そろそろ喋ってもいいのか?」

「はい。と言いますか、エリオ兄から説明がないと終わりません」

 

アイシャに促されてエリオは思い出すように語りだした。

端的にまとめると、今朝もいつものように散歩をしていたところ、ボロボロのリニアを見つけた。

その容姿が私やシルフから聞いていた容姿に酷似していたために名前を聞いたところリニアであることが判明。

逃亡奴隷であることを知ったあたりで、追いかけてきた奴隷商を発見。

とりあえず、奴隷商をボコって逃亡。

普通に家の中に置いておくには事情が悪いし、清潔ではないという理由から地下室に隔離。

子供達が興味を示して地下室に入ってこようとするために内側から鍵をかけてルディアが帰ってくるまで待機。

その間暇だったため学生時代の話を聞いていたところエスカレートして声が大きくなり、アイシャにバレたためなんて説明しようと悩んでいたところにルディアが帰ってきたということらしい。

その説明にアイシャはしばらく考えてから呆れたように言った。

 

「…………浮気じゃない証拠は?」

「……………………特にない」

 

苦々しく呟くエリオットだったが、その可能性はないだろうと私は考えていた。

エリオットは正直バカで、変態で、獣人が好きだが、それ以上に誠実に生きようとしてくれている。

過去に自分がやった過ちを取り返すために、アルス達に認めてもらえるように、誰よりも優しく、誠実に生きようとしている。

町中を走り回っているのもその一貫であることを私は知っている。

本人に聞くと、私やシルフのように体力作りだと言い張るが、それなら裏路地を重点的に走り回る必要はないし、木刀を持ち歩く必要もないだろう。

うちの学校にもエリオットに助けてもらった生徒が何人もいる。

だから、おそらく今回もそういうことなのだろう。

アイシャもそれはわかったうえで聞いているのだろう。

本当に疑っているのであれば、リニアと離れてそれぞれに事情を聞いてから矛盾点を指摘するようなやり方をするだろう。

何より、この人やっぱりバカだなぁと言う表情で溜め息を吐いているところを見るに、今回の件は私のいないところで浮気を疑われるようなことをしたことに怒っていたのだろう。

で、あるならば事件の解決はそこまで遠くはない。

 

「そういえば、追いかけてきた奴隷商は殺しちゃったの?」

「いや、事情を聞いた感じだと悪いのはこっちみたいだったから殺してはない」

 

というか、殺さなきゃ逃げられないような戦力だったら素直に返して修行してる。と、苦笑いしながらそう言い張った。

……まあ、その辺の奴隷商に私の夫並みの戦闘力を求める方が酷というものだ。

そして、殺していないのであればある程度穏便に済ませることも用意である可能性が高い。

 

「…………そういえば、リニアはどうして奴隷になってたの?」

 

ふと呟いた私の言葉にエリオットも首をかしげる。

どうやらエリオットもその話は聞いていないらしい。

ギャンブルして借金とか、そういう自業自得のことなら助ける必要がないような気がする。

 

「よくぞ聞いてくれましたニャ。思い出せば長く苦しい、聞くも涙、語るも涙……」

「短くまとめてくれ」

「ニャ」

 

端的にまとめると商売に失敗して、赤字が続いていたところに騙されて、多額の借金を背負ったらしい。

最初の商売の仕方がアホすぎて、あんまりフォローする気にならないが、騙されたことには同情する。

助けてやりたい気もするが、悪者と敵対するには守るものが多すぎる。

正直、「知り合いだったから思わず手を出してしまったがお返しします」って言いながら多少の金品握らせて返した方が我が家的には安泰なんだよなぁ。

 

「ボス……。なんでもするから助けて欲しいニャ……」

 

…………この人に対して恩がないわけじゃないんだけど、それ以上に困らされたりムカついたりした記憶の方が強くて。

未だに学校に行くと【OGには男子のパンツを欲しがるロリ巨乳がいる】って話を聞くことになる。

なんかなぁ、助けられるとは思うし、助けようとする気持ちがなくはないんだけど、リスクリターンが合わなすぎる。

最後に騙されたのは可愛そうだが、正直そこに至る道のりは借金しながら適当に商売を始めた初動にある。

ある意味では自業自得なその惨状をフォローするために我が家に万が一でも悪意が及ぶような事態になるのはあまりにも不本意だ。

この、ある意味でどっちにしてもいい状況なら私は友達より家族を選びたい。

とはいえ、積極的に見捨てたいとも思ってないし、助けられるなら助けたいとも思っている。

それでも、子供たちを守ることを考えると、どうしても助けるという結論が出せない。

うーん。

 

「…………どうしたもんなかなぁ」

 

実際は貯金を崩して、借金の肩代わりと奴隷商への補てん、商売相手への謝罪費等々。

その辺を払えば解決するような気はするのだが、それにはかなりの大金を支払うことになる。

急な出費をどう思うかが問題だ。

奴隷として買われたと言っても、ドルディア族の娘であり、主席だったリニアという高級品に手を出すような貴族には心当たりがある。

というか、私の隣で正座している男の実家だ。

あの家のことだ。

そこまで酷い扱いにはされないという保証もある。

なんなら、一筆書いてあげてもいいだろう。

…………なんだか、その辺りがいい落としどころな気がしてきた。

 

「ごめんくださーい!」

 

私がおおよそ考えをまとめきったところで玄関から声がした。

リニアの様子を見るに、奴隷商のようだった。

私はアイシャとエリオットにここで待っているように伝えて玄関に向かった。

 

///

 

私が向かうと既にリーリャが対応をしていた。

見るからに暴力担当の大柄な二人と交渉担当の小柄な一人という三人の男たちは、しらばっくれるリーリャにイラついているようだった。

そのうち、後ろにいた暴力担当の一人がリーリャに手を伸ばした。

それを慌てて交渉担当の男が止める。

いわく、痣でもつけたら皆殺しにされるぞ。と。

…………別に、積極的に殺しはしない。

出来ないとは言わないし、実際に我が家を敵に回したら、そこらの小国くらいなら相手にできるような戦力で攻められることになるのだ。

小さな裏市場の一派閥くらい潰すことにわけはない。

私が自分の家に呆れていると小柄な男がこちらに気がついて揉み手をした。

 

「リーリャさん、あとは私が対応します」

「分かりました奥様」

 

リーリャは一礼し、数歩下がった位置で止まった。

控えていてくれるらしい。

 

「どうも、初めましてルディアさん」

 

小男は揉み手をしながら、改めて頭を下げてきた。

 

「あっしはリウム商会傘下・バルバリッド商店で揉め事を担当をしとります、キンチョと申します」

「初めまして、ルディア・グレイラットです」

 

話を聞くと、やはりというかなんと言うか、リニアを返せという内容だった。

そりゃそうだ。

正直奴隷としては容姿も、知能も、戦闘能力も、どれを取ってもトップクラス。

しかも、話を聞くに処女でもあるらしい。

今ではあまり価値があるものとも思わないが、それが変えがたい価値であるという考えも理解している。

で、あるならば、お値段が釣り上がることも理解はできる。

 

「…………ちなみに、おいくらだったんですか?」

「アスラ金貨で300枚です」

 

その値段を聞いて私は眉間に皺を寄せた。

…………払えなくはない。

……払えなくはないんだよなぁ。

我が家は私を含めて四人全員が高給取りだ。

ただ、【私の妹や子供達といった家族の安全】と【詐欺に引っかかった友人】を天秤にかけると前者が勝ってしまうのだ。

もっと高ければ払えないからごめんね。と言い訳ができたのに。

何より、この街には今後も住み続けるつもりなので揉め事を起こしたくはない。

念のため確認すると買い取り手はやっぱりボレアスのようだし、やはり一筆書くくらいが落としどころか。

子供たちは私が守らなければならないのだ。

 

「わかりまーーー」

「ーーールディ?これ、何の騒ぎ?」

 

私がリニアを引き渡そうと思ったその時。

ちょうどフィッツが帰ってきた。

奴隷商の三人も待ってくれるようだったので、フィッツに事情を説明した。

全部の説明を終え、リニアを引き渡そうとしているという私の言葉を聞いたフィッツはひどく苦々しく顔を歪めると、大きく息を吸ってから吐き出した。

なんだろう。

一体、何がそんなに不満なんだろうか。

 

「ルディ。キミは、友達を助けたいかい?」

「……そりゃ、助けられるなら」

 

何度も言うが、恩がないわけではないのだ。

それ以上に家族を大切にしたいと考えているだけで。

フィッツは二つ三つ考えてから頷くと、リーリャにエリオットを呼ぶように言った。

私が首をかしげていると、少しよろけながらエリオットが現れた。

…………さては、バカ正直にずっと正座していたな。

エリオットはフィッツを見ると申し訳なさそうに頭を下げた。

フィッツはそれを慌てて遮ると、ボクたちの友達を助けてくれてありがとう。と言った。

 

「さて、奴隷商さん。いくら払えばリニアを引き渡してもらえますか?」

「フィッツ!?」

 

私はフィッツのその言葉に思わず声が出てしまった。

慌てて振り替えるとエリオットも目を見開いている。

当たり前だが奴隷商も呆気にとられたようにポカンと口を開いている。

 

「そちらの言い値で構いませんよ」

 

三倍の900枚とかでいいですかね?と、言い出したフィッツはリーリャに金庫からあるだけ持ってくるようにお願いする。

リーリャは私にどうするか視線で聞いてきたのでとりあえず頷いておく。

フィッツの考えがわからないが、何か覚悟を決めた様子のフィッツに口を挟むことは出来なかった。

あれよあれよという間に交渉は進み、相手の提示した価格よりもより多く渡し、財力だけでなく武力もちらつかせて釘を刺した。

途中からはエリオットも腰の木刀を揺すりながらフィッツの隣で圧力をかけていた。

最後にはリーリャさんもお見事です。とか言っているし。

 

…………いったい、なんだって言うんだ。

………………私は何か間違っていただろうか。

……………………だって、子供達を守らなきゃ、それが私の仕事で、義務で。

 

「……ねぇ、ルディ。キミは優しい。きっと、昔だったら何をやってでもリニアを助け出しただろう?」

 

それは……、そうかもしれないけど……。

今は妹達がいる。

子供もいる。

守らなきゃいけない家庭が、ある。

……もう、失いたくない、家族がいる。

そのためにオルステッド様に知恵を借りて、みんなを守っている。

それは、間違っていない、はずだ。

 

「ボクはね。いや、ボク達はね。キミの枷になりたくはないんだよ」

 

フィッツは言い聞かせるようにゆっくりとそう言った。

 

「助けるってすぐに言い出さないルディはなんか変だと思ってた。それでも、まさかこっちに気をつかってるとは思わなかったんだ。フィッツが俺を呼んだから、俺達に何かあると思って考えたらすぐにわかった」

 

エリオットは自分が情けないとでも言うように俯き気味に言葉を吐いた。

そして、何かを責めるようこちらを睨み付けながら続けた。

 

「ルディ。一人で全部守ろうとしてるだろ」

 

吐き捨てられたその言葉に、私はハッとした。

いつから、いったい、いつからそう考えていたのだろうか。

未来の自分にあった頃か?

ヒトガミに裏切られたあたりか?

オルステッドと戦ったあの日か?

 

わからない。

わからないけど、いつからか、ハッキリと、そう考えていたことだけは確かだった。

 

「……こういう話をするなら、ロキシーもいた方がよかったけど」

 

たぶん、同じことを言うと思うし、二人で言わせてもらうけどさ。と、フィッツはこちらに一歩詰め寄って言った。

 

「旦那にくらいワガママ言ってくれないと、ボクたちも辛いんだよね」

 

泣きそうなフィッツから目をそらすと、全身から怒気が漏れ出ているエリオットと目があった。

言葉にされなくても、頼ってもらえなかったことにキレている事はよくわかった。

私はこの期に及んで、なおも間違えていたのだ。

レオを呼ぶときに実感したはずなのだ。

私一人では守れる範囲に限りがあることに。

 

みんなは支えてくれると、助けてくれると、そう言っていたのに。

頼ってしまったら、私が役立たずだと思われてしまったら、また捨てられるんじゃないかって。

そんなはずはないって、わかっていたはずなのに。

私だって覚えがある。

頼ってもらえないことの辛さを。

大切なものを守りたいのに守らせてもらえない歯痒さを。

 

「…………ごめん」

「別に、ルディは悪くないよ。ただ、少しだけ間違えただけなんだ」

「まあ、今日から色々手伝わせてくれればそれでいい」

 

私が謝ると、フィッツは笑って、エリオットは照れ臭そうに、それぞれそう言った。

 

この日から、我が家の生活は少し変わった。

無詠唱で火や水を操り家事に尽力してくれるフィッツ。

家族の時間を増やして子供たちと戯れるロキシー。

パトロールついでに食材を買い足すエリオット。

以前よりも旦那たちに頼るようになった私。

 

そして、レオやララに半分オモチャにされている奴隷のリニア。

 

一人増えてより賑やかになった我が家は今日も平和である。

 

///

 

余談ではあるが、ことの顛末を知ったロキシーが「どうして私は残業をしていたのでしょう……」と落ち込んだ結果、できる限り家にいるようにするという結論にいたったのは、昔同様少しズレていて可愛いと感じたことをここに記しておく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

隠しているのはーーー?

それに気がついたのは冒険者を初めてすぐのことだった。

気がついてしまえば元男として俺が気をつかうべきだったとも思うのだが。

冒険の目線が私の身体に向いているのだ。

エリオットといた頃はエリオットが目線で黙らせていたし、エリオットからもそういった目線を向けられていたのでそこまで不快ではなかった。

けれど、一人になった以上は狼の群れに放り投げられた羊に他ならない。

ある程度の自衛はするべきだ。

そういった目線で見られないようにせめてもの努力として、胸に布をきつく巻き付けて潰し、お腹周りに防具としての厚手の布を巻き付けて全体のシルエットを寸胴にすることにした。

エリオットが褒めてくれたこの身体は、俺から見ても間違いなくエロい。

けれども今は、些細なことにも嫌悪感が沸き上がる。

無用なトラブルを避けるためにも気を付けることは大切だった。

だから、そうやって努力していたのだ。

 

///

 

「ルディア。そのローブ暑くないのか?」

 

とある依頼の最中、ふと気がついたようにスザンヌがそう聞いてきた。

俺は何て答えようか考えたうえで、チラリとサラを見た。

……羨ましい。彼女のような身体だったならこんなこと悩みもしないのだろう。

俺は別に。と、素っ気なくそう答えた。

案の定、サラが噛みついてくる。

いつものようにスザンヌが気をつかって言ってあげたのに云々。

別にそんなこと言ってほしくもないし、理由が理由だから話を広げてほしくもない。

何より大声で周囲のメンバーもこちらを向いており、その中には男性もいる。

こんな状況では先程よりも言いにくい。

とはいえ、この難癖モードになっているサラに冷静に話しかけるとなおさらヒートアップすることは経験上理解している。

性別こそ違えど、彼女のそういったところはエリオットによく似ていた。

エリオットにはギレーヌ。

サラにはスザンヌだ。

俺は自分でもわかるほどに顔をしかめながらスザンヌに近づき、軽く手招きをした。

それだけでおおよそのことを理解したのかサラを待つように言い含めながら耳を貸してくれた。

俺より背の高いスザンヌに少し背伸びをしながら「体型を隠したいんです」と、それだけ伝えた。

スザンヌはこちらの言葉から一瞬俺の身体を見て納得するようにうなずいた。

そして、「サラにも気をつかってくれてありがとう」と言った。

 

「サラ、人には色々事情があるんだ。個人的なことを聞いても答えにくいことだってある。今回はそれを聞いた私が悪い」

 

でもとまだ言い足りないのかサラはこちらを睨み付けてくる。

それをスザンヌが諌め、いつものように少しギスギスしながらも不思議な距離感のパーティーに戻る。

 

///

 

ああ、そんなこともあった。

そんな現実逃避を行うほどに今の俺は現実を見たくはない。

サラなら、何か思われていても女性だからなんとかなった。

ただ、今の現状は本当にひどい。

なんとなく、気恥ずかしさで誤魔化した俺が悪いのだ。

冷静に考えれば魔法で出せる水を汲みに行くという行為がおかしいのはわかる。

だが、それでも、だ。

わざわざそう言ったのだから何か一人でやろうとしていることくらい察してほしいかった。

スザンヌに言われた通り、普段している布達磨は当たり前のように暑い。

戦闘を行ったあとなどは汗がダラダラと流れることがあるほどだ。

だからこそ、水を汲みに行くと言って汗を流しに来たのだ。

その結果が、様子を見に来たゾルダートというわけだ。

 

「泥沼?何かあったの、か?ーーーって、あっ、わりぃ!?」

 

思わず全裸のまま固まる俺とこちらに背を向けて植木にしゃがみこむゾルダート。

そんな状況が発生してはや数秒。

現実逃避もこのくらいにしておこう。

これは私にも非があることなのだから、謝罪をしなければ。

慌てて服を着て耳まで真っ赤にしているゾルダートのそばまで向かう。

まだ男は苦手だが、ゾルダートとは一度吹っ切れてから割りと仲良くなれていた。

こんなことがきっかけでこの関係が壊れることは望んでいない。

急いでフォローしなければ。

 

「ゾルダート。服を着ましたからこっちを向いてください」

「…………おう」

 

茂みの中で向かい合って座る俺達は互いに互いの顔を見れていない。

二人とも気恥ずかしさが極限まで振りきっていて何を言っていいのかわからないのだ。

とはいえ、俺からできることは一つだけだ。

この件をなかったことにする。

普通に考えれば今回被害者は俺で、俺が気にしなければそれで終わりの話だ。

ならば、それを伝えるだけだ。

 

「…………その、なんだ、察しが悪かった。お前が女だってことにもっと気をつかえばよかった」

「あの、私は気にしませんから。このことはなかったことにしましょう?」

「………………は?」

「お互いに忘れましょう。それが一番いいはずです」

 

俺の言葉にゾルダートはしばらく考えるように唸ってから首を横に振った。

何故?俺が悪いのだからそんなに気にしなくていいのに。

ある意味では被害者のゾルダートはそれでも首を横に振って言った。

 

「いや、やっぱりそれはダメだ。今後もお前と旅することを考えたら、今回の件をなあなあにしちゃダメだ。今後、似たようなことが起こるかもしれない。それは俺以外の誰かかもしれない。そんな時に同じようなことにならないように何かしらで精算するべきだ」

 

ゾルダートの心意気は素晴らしいが、何かしてもらいたいことも特にない。

ゼニスの捜索は話を通してはいるので今さら頼むことでもない。

金銭面も今回のように一緒に依頼をこなす以上そこまで困ってはいない。

あえて願いを言うならば、それこそ今後も普通に接してくれればそれでいいのだ。

 

「それはそうかもしれないが。何かしらの詫びがしたい気持ちもわかってくれないか?」

 

罪悪感。

それ事態は心当たりが多くある。

何かで相殺しなければ自分自身を許せない。

相手に何かを尽くすことでようやく対等になれる。

そんな状態なのだろう。

対等になるために何かをしたいゾルダート。

すでに対等だからそんなことをしてほしくない俺。

何か、こう、そこまでの労力を使わずに俺の助けになること。

そこにいることに意味があるような……。

あっ。

 

「それじゃあ、今晩一緒に寝てください」

 

空気が凍ったのは言うまでもない。

 

///

 

「いや、俺はまだ納得してねぇからな?」

 

俺のテントに入ってきたゾルダートは俺を半目で睨み付けながらそう言った。

そう言いながらもやろうとするのはやっぱり謝罪の意思表示なのだろう。

俺の提案はこうだ。

ぶっちゃけ男女混合というより男所帯+俺みたいな少数パーティーの今回の旅は道中のトラブルが最も懸念されていた。

わかりやすく言えば俺へのセクハラである。

日程が緊急だったために動ける中で実力順に選んだ結果らしいが、詳しく面識があるのがゾルダートだけなのも正直不安だったのだ。

そして、それならゾルダートと隣り合わせで寝ることになれば他の男達は手を出しにくくなるという算段だ。

元々、俺とゾルダートがよく酒場で飲んでいるのは周知の事実のため、俺一人でテントを使用することへの罪悪感も一緒に解決できる画期的な案なのだ。

ゾルダートもしばらくは色々言われるだろうが、それを罰だと思ってくれたまえ。

 

「で、お前は何してるんだ?」

「はい?眠るのでさらしとか外してるんですけど」

 

縛り付けているその布は正直息苦しいし、何度も言うように暑いのだ。

眠るときくらい外させてほしい。

……おや?何やらポカンと口を開いたままこちらを見ているゾルダートくんがいる。

身体を濡らした布で軽く拭ってさっぱりさせる。

本当は昼間のように流水を浴びたいが、贅沢は言えない。

自分で作ったお湯で拭うことは別にいいのだが、そのお湯をその辺に捨てることに若干の抵抗感があるのだ。

なんか、マーキングというか、そういう感じで何かが残ってそうで恥ずかしいというか、なんというか。

 

「…………お前、本当に色々気をつけろよ」

「えっと、何がですか?」

 

めちゃくちゃ疲れたように溜め息を吐くゾルダートに俺は首をかしげる。

まさか、誰の前でも身体を拭うとおもっているのだろうか?

 

「誰の前でもこんなことやると思ってるんですか?」

 

そう思われているなら心外だ。

いつだったか、酒の席で酔っ払ったお前が言ったのだろう。

 

『泥沼に欲情なんかするわけないだろ!あっはっは!』

 

欲情されないなら気にするだけ無駄な気づかいだ。

俺だって気を抜けるならできる限りの気を抜きたいのだ。

特に今回は野営しながら進む遠征。

休めるときに休むことが長生きのコツだと思っている。

 

「それじゃあ、寝ましょうか。……ゾルダート?」

「あ、え、あ、ああ。そうだな。寝るか」

 

なんかだかゾルダートが妙にソワソワしてる。

何かするわけでもないのに、このソワソワは古の童貞時代の記憶を思い起こされる。

ゾルダートは風俗にも行くらしいので童貞ということはないと思うのだが、それでも色々考えてしまうのだろう。

男なんてそんなもんだ。

ソースは俺。

 

そんなこんなありながらも、当たり前に何事もなく朝を迎えた。

とはいえ、ゾルダートが完全に寝不足だったため次の日からは一人で眠ることになったは別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。