一般人が元勇者パーティのベテラン戦士になったら (森野熊漢)
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バイトと人生辞めました。
続けられるようにしたいけど思いつき次第。
『またお前はそうなのか』
そう何度言われてきたのだろうか。
何故俺がそう言われなければならないのかがわからない。
ただ、俺は自分のしたいことをやっているだけなのに。
性分として一つのことだけに集中してというのが難しくて、飽きっぽいというだけなのに。
それで誰かに迷惑を直接かけたというわけでもないのに。
勝手に人に期待しておいて、勝手に失望されて。
俺の生き方を、人間性を呆れたように否定してくるのか。
『もっと確固たる意志をもって取り組めよ』
意味がわからない。なんで興味が出たからという軽い理由でいろいろなことに手をだしてはいけないのか。
辞めるのだって自分が熱中できないからって理由で離れるだけなのに。
ちゃんと辞めるに際しても、急に辞めるのは流石に迷惑をかけるからと思って、きちんと余裕をもって伝えているのに。
どうして。
『お前みたいなフラフラしてるやつは碌なやつじゃない』
うるさい。
『お前には期待していたのに、がっかりだよ』
うるさい。うるさい。
『もっと一つのことに集中できる人間になれよ』
なんでそんなことを言われないといけないんだ。
『失望したよ』
何故勝手に期待されたからといって、俺がそれに応えることを当然だと思われてるんだ。
勝手に期待して、それに応えられなかったから、好き勝手に言って。
「……疲れた」
夜22時。今日で辞めたバイト先を後にする。
余裕をもって二か月前に辞めることを店長に伝えたら、その日以降毎日俺の人間性を否定してくるようになった。おそらく不安を煽って辞めないように心変わりさせるつもりだったのだろう。
まあ人格否定するような言葉をかけてくるだけのところに留まる理由なんてない。
「……やだなあ」
それでも傷つくものは傷つく。
周りからしたらフラフラしてるように見えるかもしれない。まあ現に俺はこれといったやりたいことも定まっていないし、フラフラしているというのは間違いではないのだが。
「……はぁ」
心身共に疲労困憊。自覚できるレベルである。
これまでもいくつかのバイトを辞めてきたが、今日が一番しんどい状態である。
だからだろうか。
いつもの道を歩いていたはずが、気づけば見知らぬところに出ていて。
慌てて元の道を戻ろうとして焦っていたからか、頭上からの飛来物に気づかず。
痛みと衝撃を最後に俺の意識は途絶えた。
「はっ!?」
目が覚めた。
すごく嫌な夢を見たような気がする。やっと辞める予定のバイトが最終日になって、嫌味を言われながらも働き終えて、帰り道に頭に物が落ちてきて死に至るやもしれない怪我をする、そんな夢。
まだ痛むような気がして、思わず手をやる。
「ってえ!?」
痛かった。膨らんでいるので瘤ができているのだろう。冷たさも感じたので、何やら冷やしてもらっていたのだろうか、枕元に氷袋があった。
そこで初めて周りに目を向けた。少し遅れてだが、このセリフは言ってみたかったので言ってみる。
「知らない天井だ」
わざわざ真上に向きなおしてまで言う徹底ぶりを誰か褒めてほしい。褒めてやろう、俺自身が。
「……どこかの病院……でもなさそうだよなあ」
病院特有のにおいだったり、他の人がいないとか、部屋自体が病院らしくない。いくつか俺の知っている病院情報でそう判断した。
あとベッドが無駄に豪華。掛け布団もガラの入ったオシャレなもので、正直高そうである。
部屋の内装もオシャレな感じで、これが一人用の部屋だとしたら随分豪華なものである。
あと窓から入る日光がオレンジ色に部屋を染め上げていた。もうすぐ夕方なのだろうか。
まあ普通なら重体になるような怪我だろうし、起きた時間がたまたまそうだったというだけだろう。
そんなことを考えながら辺りを見渡していると、ガチャ、とドアの開く音と共に、女性が入ってきた。
「ああ、気が付かれましたか」
「あ、はい、なん……!?」
なんだかほっとした表情をしている。この人が第一発見者なのだろうか。
しかし、その格好に俺は言葉を止めざるを得なかった。
なんで。なんでだ。なんでだい。
なんで三段活用が出てくるくらいには、なんでって気持ちである。
(なぜこのご時世において鎧なんてもの着てらっしゃるんですかこの人は!?)
病院でも、病院じゃなくても明らかにおかしいということを自覚してらっしゃるのだろうか。
「……どうかされました? 頭、痛みます?」
そんな俺の心境を知ってか知らずか。普通に近くの椅子に座り問いかけてくる女性。
いやなんでそんな普通に着慣れてる感じなんですか。
「あ、はい。瘤になってるみたいで」
「そうですか……。…………え?」
改めて恐る恐る触ってみるとやっぱり痛い。というかこんな瘤一つで済むような感じではなかったと思うんだが。
割と重量あったし、大きさもあったよなあ。なんで瘤で済んでるんだ。
「なんで瘤で済んでるんだ?」
「……頭を打ったから瘤ができたのでしょう?」
いやそうだけど。そうだけどそうじゃなくて。
「頭を打つとかそんなレベルじゃなくて、潰れて死んだと思ったんですけど」
「そんなレベルの事故でしたっけ……?」
明らかに俺の頭上から降ってきたものは、瘤で済めばラッキーとかではなく、瘤で済めば一生分の運を使い切るレベルであったんだが。
「さっきからどうしたんですか? 様子がおかしいですよ? 話し方もいつもと違いますし」
「……いつも?」
女性の言葉に思わず聞き返してしまう。いつもとはどういうことだろう。
「えと、初めまして、じゃ、ないん、ですか?」
「隊長、頭を打って混乱してるんですか? 私ですよ? 副隊長のエーミルです」
(いや誰ええええぇぇぇ!?)
日本人の名前以外の知り合いなんてほぼ覚えはないんですけど!?
あと隊長ってなんだよ!? 一般人に何求めてるんだよこの人!
「あ、ああ!エーミルさんね!はいはい!」
とりあえず知ってるふりをしてこの場を流す。大人の世界!
「やっぱり混乱されてるようですね。少し落ち着きましょうか?」
逆効果だった。むしろ可哀想な目で見られ始めた。なんで?
「えっと、エーミルさん?」
「はい、まずそれです」
ビシッとこちらに指をさしてきた。一体なんだ。
「隊長は隊長なんですから、まず私たちにそのような言葉遣いをしません」
「いや、そう言われましても。それにまず隊長ってなんですか」
「え……?」
パチパチと瞬きをするエーミルさん。実年齢は不明だが、見た感じ年上の彼女がするとすごく可愛い動きに見える。
しばらく見つめられた後、エーミルさんが口を開く。
「隊長、ご自分の名前、わかります?」
ええ……ここに運び込まれた時点で身元を洗われてないの?
少なくとも定期券やら持ってたからそのあたりは知られてると思ってたんだが。
そんなことをぼんやり考えながらも。
「太田 正平ですけど」
一応きちんと名乗っておく。もしかしたらこれをきっかけに家に連絡が入るかもしれないし。
そう思っていたのだが。
「えっ……本当に隊長じゃない!?」
ぽかんとするエーミルさん。
「ええ……?」
そして、ぽかんとされたことになんと反応を返していいかわからなくなるというカオスな状況が展開されただけだった。
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バイトと人生辞めました。2
1/19 若干設定を変更したのに合わせて、本文を改稿、追加しました。
「まずはちょっと整理しましょうか」
ひとしきりわたわたした後、エーミルさんが咳ばらいを一つしてからそう言った。
なおわたわたしていたエーミルさんはすごく可愛かった。
「あなたは私の知っている隊長の見た目をしているけど、中身が隊長ではない。で合ってる?」
「はぁ、まず俺がどんな見た目なのかわからないんですが」
そう言うと、エーミルさんは手鏡を持ってきてくれた。恐る恐るのぞき込んでみる。
「いや……俺じゃん……」
よく見知った顔をした男が不安そうな顔をしていた。ってことは、この身体の持ち主と俺が全く同じ顔をしているか、もしくは俺がこっちに来たことで、この身体の持ち主の顔が元々の俺の顔に認識がゆがめられたかのどちらかだろう。
頬を抓ってみると痛かった。夢じゃない、絶望。
「隊長……ううん、今はとりあえずオオタさんと呼びましょうか。オオタさんの身体は私たちの隊長であるグラフさんという方のものです」
「はあ……グラフさんですか」
全く聞き覚えない名前。なんか響きだけで偉そうとか思ってしまった。
「……今のあなたの状態が隊長の悪ふざけという可能性がゼロなので、隊長の人格が変わったか、別人が入ってるかのどちらかという線しかないんですよね」
「いや、そこは悪ふざけの可能性を信じましょうよ」
ジト目で見ると、何故かほっこりした顔で見られた。
「隊長は……絶対に悪ふざけとかしない方なんですよ。確固たる意志をお持ちで……まあ頑固という言い方の方がしっくりきますが。これと決めたら絶対に曲げない方なんですよ」
そう嬉しそうに話すエーミルさんを見て、俺は。
「……そう、ですか」
そう返すことしかできなかった。
何の因果か、俺とは全く正反対の性格の人物になってしまうなんて。
しかも、エーミルさんの反応から察するに、そういう人物であることが正しいというような、そんな気持ちになる。
…これまでのことを思い出すのをギリギリで堰き止められた。多少は漏れ出したけどまあギリギリセーフ。
「さて、ここからが本題です」
居住まいを正すエーミルさんに釣られ、俺も背筋を伸ばす。
そこから夜遅い時間まで、話が続くのであった。
「総員、整列!」
『はっ!!』
清々しい朝の空気に似つかわしい女性の凛とした声に、清々しさをぶち壊しにするような野太い声が続く。いい天気で散歩日和と言いたいくらいである。
ちなみに、女性の声はエーミルさん。昨日と同じく鎧姿である。
「隊長、お願いします」
「うむ」
エーミルさんに呼ばれて俺はその隣に歩み寄る。前方に目を向けると、鎧姿の男、多分あれは男、おそらくあれも男。
俺(というよりグラフさん)の受け持つ隊員たちである。百人ほどと話には聞いていたものの、ざっと見た感じそれ以上に感じる。朝からきちんと集まるし、なんなら俺が来る前から既に自主練的なことをしてたのか、すでに少し汚れている兵もいる。
一度全体を見回しつつその間に気づかれないように深呼吸を一度入れる。「グラフ」をこの人数の前で演じることに臆していることを表に出さないように。
「おはよう。今日も気を抜かず訓練に努めてくれ。何もないのが一番だが、報告、連絡、相談は大事にしてくれ。要請がある時にはここに集合するように頼む」
『はっ!!』
俺の言葉の後、全員が敬礼を返してくる。どうやら彼らの知っているグラフさんを違和感なく演じることが出来たと思っていいだろう。一安心。
「隊長、ありがとうございます。では本日の流れは私から伝えますね」
「ああ、頼む」
大きく頷き、少し離れたところで腕を組み見守る。
……ここまでの一連の流れは全て昨晩、エーミルさんに教えてもらったグラフさんの動きである。一度決めたことは貫き通すと言った通り、何もなければ毎度同じことを伝え、流れも変わらないということだったので、俺としてはすごく助かった。これがもし毎回面白い話をして盛り上げているとかだったら、初手から詰んでいただろう。そういう点に関しては、頑固者でありがとうという思いである。
……まあ熱意を持っているであろう兵の中にも、毎度同じことを言っているからか、きちんと聞いていなさそうな者もいたのだが、大丈夫だろう。何かあれば報告、連絡、相談の流れは浸透しているだろうし。
……エーミルさんが話し始めたら熱を込めた視線で見つめているし、うん。毎度同じことしか言わない男の話に対する反応はそうなるよな。俺もそうなるだろうし。
「では、解散!」
『押忍!!』
そんなことを考えていたらいつの間にか話が終わっていた。
話が長い上司ということではなさそうで何よりである。初見だけど、おそらくエーミルさんはすごい慕われてるよな、多分。こちらに歩いてくる姿を、ほぅとため息をつきながら見つめているのがぱっと見るだけでも二割くらいいるんじゃないか。
「お疲れさまでした、隊長」
「あ、はい……ううん、ご苦労だった」
気を抜いていたので、素が出かけたが慌てて『グラフさん』を演じ直す。
危ない危ない。エーミルさんを見つめていた勢もちょうどよく目を離したところだったようなので良かった。
「さて、本来なら隊長には訓練を指揮していただいてるのですが、今日は部屋で私と執務をしていただくことになっています」
「なるほど、わかった」
訓練に入ったところで、俺のボロが出るのがわかりきっていたから今日は執務を行うというのは予め決めていたので、特に動揺もなく返答する。
まあ、執務に逃げるのも長くは続けられないので、早めになんとか対策を考えないといけない。
訓練に参加できるように俺自身が覚悟を決める必要があるが、そのためには今の俺に何ができるのか確認しないといけないわけで、そうするとおそらく素人丸出しの動きを衆人環視の元にさらさないといけないわけで。
なるほど、冷静に考えても、これ詰んでね?
事実に行き当たり悲しみを禁じ得ない状態になりながらも、エーミルさんの後についていき、執務室へ到着。
「早速作業を始めましょうか」
「あ、本当にやるんですね」
報告書とか渡されても、異世界素人の俺にはどうしたらいいかなんてわからないんだが。
「私が既に確認し終えた書類があるので、それに判を押していってくだされば大丈夫です」
「それくらいならできますね」
よかった。これで手書きでサインとかになったら、絶対に自分の名前を書いてた。
「隊長。口調が」
「っ、すまない」
こっちも気を付けないとすぐにボロが出るな。今のうちに癖をつけておかないと。
気を引き締めてハンコを握る。俺の世界にもあるような、日付とかを動かして調整できるタイプのやつだった。少し共通点を感じられて心の安寧を得た。
「隊長!失礼します!」
心の安寧を得ていたんですけどねえ!?
ドカーンという擬音が聞こえてきそうなくらいの勢いでドアが開け放たれて、一人の兵士が入室してきた。
慌てて顔を引き締める。ハンコを見て笑っている姿なんて見られてないよな?
「きちんとノックをしてから入りなさい、エリー」
俺が言葉を発する前にエーミルさんが先に声をかけてくれた。すみませんありがとうございます。
「すみませんエーミル副隊長! 緊急でしたので慌ててしまいました!」
ビシッと敬礼をしながら、エリーさんという名前らしい女性がそう言った。
「緊急? 一体どうしたんです」
「それが、隊長を出せという要求をされてまして!」
何で急に俺が呼び出されているんだろうか。
一体誰がそんな要求をしたんだろう。
「誰がそのようなことを?」
なんとか思い浮かんだ言葉を喉で「グラフ言葉変換」にギリギリかけられて発された。
いやほんとギリギリ過ぎない? 自分の今の状況を思い出せたから何とかなったけど、これ完全にボロがすぐに出るやつじゃないか。
「ローゼル様です!」
「ローゼル様がですか……」
こんなタイミングで、とエーミルさんが苦い顔をした。
何? そのローゼルさんとやらは何かまずいの?
疑問が頭を駆け巡るが、顔に出ないように表情筋に力を籠める。
こいつずっと顔に力入ってるな。
「わかりました、しばらくしてから隊長と向かいますので、ロビーで待ってくださるよう伝えてください」
エーミルさんの言葉が終わるか終わらないかのあたりで、「わっかりましたー!」とエリーさんが部屋を飛び出していくのを見送る。入ってくるときも騒がしければ、出ていくときも騒がしかったなあの人。
完全に自室を飛び出す時のテンションというか、意識だったよな。
「「はぁ……」」
俺とエーミルさんのため息がシンクロした。
美人と行動のシンクロ、これはもう実質夫婦と言っていいのではないだろうか。
「気持ち悪い顔をしているところ、大変失礼ですが、話さないといけないことが出来ました」
「本当に大変失礼ですねえ!?」
一応立場としては上司よ俺!? 中身一般人だけど!
というか表情に出てたのかよ。悲しみ禁じ得ないわ!
「で、その話というのはさっきのローゼルさんとやらのことですよね? グラフさんとどんな関係のある人なんです?」
「ローゼル様は、隊長の義理の妹様にあたります」
義理の妹。ふむふむなるほど。
「なるほど、で、どうしたらいいんですか? 義理の妹とか言う創作にしか出ないようなうらやましい体験をしているグラフさんを亡き者にすればいいんですか?」
「どうしました急に!? しかもグラフ様は今あなた自身ですよ!?」
そういえばそうだった。いくら羨ましいからと言って、自傷行為をするほどではない。まだ。
「何かすごく不穏なことを考えてそうですが……」
勘が良すぎません?
「ローゼル様が隊長に会いに来る、というより無理やり引きずり出しに来る理由は一つです」
「ほうほう」
義理の妹が押し掛けてくる=結婚を迫ってくるの方程式だコレ。
このグラフさん、堅物ということらしいし、義理とはいえ妹からの愛情を受け取るわけにはいかないと突っぱねていたのだろう。こういうの、俺は詳しいんだ。
「それはグラフ様への本気の決闘の申し込み、です」
俺の想像していた甘い展開を返してくれ。
早めに次も出したい。
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バイトと人生辞めました。3
今のところコメディ要素薄すぎるから仕方ないね。
「ようやく来たのね、義兄《にい》さん」
鋭い声と共にそれ以上に鋭い視線をこちらに向けてきた女性。おそらくアレが俺の……じゃなくて、グラフさんの妹のローゼル様とやらだろう。
俺より身長は低く、肩くらいの高さだろうか。まあ俺の身長が成人男性平均くらいだから周りよりも少し小さいか。綺麗な銀髪をお持ちなんだが、俺の髪、つまりはグラフさんの髪が黒なわけで。
これは一体どういうことだってばよ。
ついでに何でエーミルさんは少し離れたところに立ってるの。もっと近くに来てよ。
「それにしても私が来てから随分待たせてくれたじゃない。何?嫌がらせ?」
それにしても美人である。顔は可愛いというよりは綺麗という言葉がしっくりくる美人さん。背丈はさっき確認した通りそこまで大きくはないが、出るところは出ているというかなんというか。
まあ、俺はエーミルさんのような可愛い顔立ちの方も好きなんですけどね!
と、まあこんな思考をしているのには理由があるわけで。
「私が何を言っても無視ってわけ? 偉そうに」
違います。あなたが言葉と共にバシバシ敵意をぶつけてきてるからどう返せばいいのかわからなくて困ってるんですよ。
なんてことは口に出せない。自分よりも年下の少女に気圧されているなんて恥ずかしいことこの上ないのだが、内心ガクブルなのはどうしようもないわけで。
少し離れたところにいたエーミルさんに視線で助けを求めると、察してくれたのか、こちらに来てくれた。
「ローゼル様、グラフ様は今まで仕事をされていたので遅れてしまいましたので、その辺で」
「……ふん」
一言言うだけでローゼル様の口の勢いを止めてくださった。ありがとうございますエーミルさん。
ただ、言葉での攻撃がなくなっただけで、射殺すような視線はやめてくれないのがすごく辛い。
耐えきれず、エーミルさんの傍に寄る。
「エーミルさん、これどういうことなんですか。なんで俺はこんな当たりがきついんですか」
「本性が漏れてます……! ローゼル様は隊長のことを嫌ってるので!」
「なんで!?」
嫌われている妹に罵倒されるためだけに呼び出されたってこと!?
「まあ理由はあるのですが……すみません、その話はまた時間のある時にでも」
「今知りたいんですが「何コソコソ話してるのよ」……無理そうですね」
「とりあえず、いつも決闘を申し込まれるので受けてください。移動の時にまた必要なことを話します」
聞かれてもまずいことを話しているから今は話せない悲しみを背負いながら、エーミルさんから離れる。
「さて、最後のお話は終わった? 今日こそ決着をつけるわよ、義兄さん」
「んんっ……まあ、そのために来たんだろうからな。エーミル、受けてしまっても予定は大丈夫そうか」
念のためにエーミルさんに確認を取る。俺が妹に付き合うことで仕事に滞りが発生したりしたら申し訳ないからなー。隊長だからそれはもう代わりなんてそうそういないだろうし。
「大丈夫ですね、一番急ぎのものでも午後から取り掛かれば間に合うものなので」
無慈悲。エーミルさんに俺の祈りは通じなかった。
「なら、さっさとやりましょ。今日こそは私が勝って認めさせるんだから」
そう言い残し、さっさと踵を返して歩いていくローゼル様の後姿を眺めながら。
「急な腹痛の予定が入ったから中止とかにならねえかなあ」
「無理ですね。諦めてください」
ふと呟いた独り言に無情な返答を返されてため息をついた。
朝に集合した広場がいつも決闘場として使われているらしく、ローゼル様は中心で仁王立ちしていた。
エーミルさんと話しながら広場にやってきた俺を迎えたのは、先ほどレベルの鋭さを持つローゼル様の視線と、訓練を中断させられたであろう兵士の声だった。
「ほら、さっさと来なさい」
「……わかった」
勿論、こんな状況下でもグラフさんを演じるのは忘れない。むしろグラフさんを演じることに集中することに必死になることでローゼル様の殺気を気づいてないようにしている。
ここに来るまでの間に、エーミルさんに案内された部屋で鎧兜を身に着け、剣と大盾を手にした状態である。一般の出の俺がいきなり使えるはずないのだが、そこはグラフさんの
「エーミル、合図して」
「わかりました。では、準備はいいですね」
(……え?)
え、準備できてないんだけど。
「はじめ!」
俺の様子をチラとも見ないで言うエーミルさんに絶望した。
しかし、そんなことを考える暇もなく、ローゼル様は動き始める。
それと同時に火の玉を三個こちらに飛ばしてきた。
それを俺は盾で受け止める。
問題はここだ。
俺の本心としては火の玉なんてものが飛んできた時点で全力で避けたいところである。
だが、どうやらグラフさんのスタイルが「全て受け止める」というものだったらしい。
なんで一般人には到底無理な戦闘スタイルを貫いているんですかねえ!
「そう言われても、明らかにいつもの動きと違ってしまうとばれてしまいますからね……」
「それはもう仕方ないんじゃないですか。グラフさんが心変わりしたってことで良くないです?」
「それもありだとは思うのですが、今ではないと思うんですよね。それに団長が実は戦えないなんて知られたら騎士団の沽券にもかかわりますし」
事前の話をしたところ、俺にはよくわからないが、そういうことらしい。
どうやら俺がグラフさんでないことは、何か大きなきっかけを作ってからというのが理想とのこと。
そのきっかけというのがいつになるのかという疑問はエーミルさんの圧を感じる笑顔に黙殺されたのだが。
「なるほど」
盾で受け止めた火の玉から受けた衝撃。戦闘素人が受け止められるか心配していたが、やはり肉体が丈夫だからか、思った以上のものではなかった。
「……いつも以上に腹立つ!」
そして俺のつぶやきに何故か怒りのボルテージを上げられた。なんでだ。
火の玉を更に四個ほど飛ばした後、氷魔法を足元に放ってきた。
先ほどと同じように火は受け止めたものの、氷魔法は盾が間に合わず直撃。ダメージ自体は具足が防いでくれたため無いが、左足が凍り、地面に固定されてしまった。確信はないが、おそらく少し力を籠めればすぐに解放はできるだろう。
だが、隙はできる。
「……余裕ぶっこいてるからよ。でも容赦はしないから!」
移動しながら雷、風と属性を次々に変えてこちらに放ってくるが、何故か球状の魔法ばかりである。
足を急いで解放し、盾で全て対処ができた。
「あーもう、ムカつく!」
「なぜそんなに腹を立てているのかはわからんが、一度落ち着け」
「うっさい!」
あっれえ? とりあえず落ち着いてほしくて声を掛けたら余計にキレられたぞ?
グラフさんフィルターを通したことで煽りと受け取られたのだろうか。
「……にしてもどうしよう」
エーミルさんに言われたのは「攻撃を受け止める」という一点のみ。
攻撃は、俺がしたくないしなあ。剣は持ってきてるけど。
こんだけ攻撃されてるし、嫌われてるけど妹だし。俺自身は特に恨みはない……いや、わけもわからず決闘をさせられてるからそこは恨んでいい気がする。
気持ちはどこぞの暗黒騎士がパラディンになるための試練。まああっちは装備を整えて回復アイテムを潤沢にしておけば殴り倒せてしまうんだが、そういうことをするわけにはいかないし。
「どうしたものか……」
「考え事するなんて余裕ぶっこいてんじゃないわよ!」
短気すぎません!? こちとら穏便にこの場を切り抜けるための方法を考えてるだけなんだが!
「Fボール! Sボール!」
飛んできたのは火と雷。ファイアボールとサンダーボールってことか。
にしても、何故今になってわざわざ大声で宣言したのか。
疑問を持ちつつ受け止めている間に、いつの間にか放たれていた氷魔法で再び足元が凍らされていた。
急いで固められた足を地面から離している間にローゼル様がこちらにダッシュしてきた。
至近距離で魔法を放つつもりか? いや、それならそれで盾でなんとかできる。
なら、狙いは一体なんだ?
チラっと彼女の右手に握られていたものが見えた。
先ほど持っていた杖ではなく、それはなるほど。確かに魔道士の装備しているイメージはあるもの。
ただ、真正面から突っ込んでくるなら魔法以上に防げるものだが。
「……クイック!」
「!?」
瞬間、ローゼル様の姿が視界から消えた。
一瞬のことに混乱するものの、グラフさんのこれまでの戦闘経験で染みついた身体の動きだろうか。
考えるよりも先に後ろを振り向いた先に。
「くらえっ!」
「……!?」
それを首に向けて突いてきた。
それを俺は。
「うおっ!?」
「な!?」
全力で回避した。
あれを受け止めるなんて冗談じゃない。
「義兄さんが、避けた……?」
「避けるだろう。そんな致死武器を使われたらな」
ローゼル様の右手にある武器。
RPGでなら存在を知っているし、何なら稼ぎに使っていたこともある武器。
急所に当てることで一撃で敵を葬ることで有名なソレ。
「本当に毒針、か」
改めて確認のために呟いて、内心身震いした。
訓練という名目で殺しにかかられたんだが。
いややべえって!? 毒針だよ!?
リアルに人に向けるものじゃねえんだよなあ!?
「本当に、義兄さんが……?」
ローゼル様が放心しながら何かつぶやいている。
……そういや全部受け止めるって方針なんだっけ。思わず避けたのはまずかったか。
恐る恐るエーミルさんに目を向けると、口に両手を当てて驚きのポーズをしていた。
はい、俺がやらかしたからですね。本当に申し訳ございません。
ギャラリーもざわめいているし、これは、うん。
早くもグラフさんじゃないというボロを出してしまった。
それにワンテンポ遅れて気づいた俺は、内心で大慌てが始まった。
なお、毒針で攻撃された時よりも現在の方が心の中が荒れ狂っている。
「ふむ、どうやらひとまず終わりで良いな。ローゼルさ……ローゼル、エーミル。場所を移そうか」
何とか表面と言葉は取り繕うことができ、そう声を上げることが出来た。
声や身体を振るわせることなく言い切ることが出来たことを誰か褒めてほしい。
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バイトと人生辞めました。4
「さあ、話してもらいましょうか、義兄さん」
一度外で解散し、グラフさんの普段着を身に着けた俺が自分の部屋に到着するなり、先に到着して座っていたローゼル様が立ち上がり詰め寄ってきた。
ちっか。明らかにパーソナルスペース狭いタイプの人の距離の詰め方だよこれ。
正直離れてほしい。綺麗な顔立ちが近くて落ち着かないのと、さっきまで怒った顔ばかりだったからいつこの至近距離で大声でキレだすのかとハラハラするから。
「……まあ、落ち着け」
しかし、ここで下手に突き放せないのが今の俺の立場である。騒いだら余計にボロが出る。
つまりローゼル様を落ち着かせているように見せて、実のところ自分に言い聞かせているということだ。
完璧だ。完璧すぎる……!これは俺の勝ちだ……!何に勝ったのかは知らんが……!
まあ、ローゼル様も「それもそうですね」と、少し身を引いてくれたから言った甲斐があったというもの。
俺の緊張度が三ポイントほど下がったからよかったというものだ。
エーミルさんに三人分の飲み物の用意を頼み、グラフさんの椅子に座る。
この部屋、個人用の部屋と聞いていたが、ソファがいくつかと真ん中にテーブルと、明らかに客が来ることを想定した内装をしており、自分自身の部屋との格差に、後にこっそり涙を流した。
待っている間、早く話せと言わんばかりのローゼル様を、「エーミルが来るまで待て」と諫めつつ、この話し合いをどう切り抜けるかを考えること、数分後。
「お茶をお持ちしました」
良いにおいを立てるお茶を各々の前に並べた後、俺の横に座りお茶をすするエーミルさんを見て、俺は思ったね。
エーミルさんに話の主導を任せて、後は野となれ山となれ作戦でよくね?と。
ローゼル様が何やらヒィヒィ言ってたのだがどうしたのだろうか。
「さて、待ちましたよ義兄さん。お茶も飲みました。話してください」
いや、飲み干せばいいってわけじゃないんですが? 一口で飲んだの? ヒィヒィ言ってたのって口の中に熱々の茶を放り込んだからか。大丈夫かこの人。
「エーミル、任せる」
「隊長……どこまで話していいかはこちらで判断してよろしいですか」
無言でうなずく。
俺が下手に言い繕うより、幾分かはマシだろう。
何せ、俺自身がどこまで話していいか線引きできていないのだから。
「ローゼル様、よろしいですか」
「ええ、お願いするわ」
さて、二人で話し込み始めたし、俺は俺で何をするかで困る。
え? 二人の会話を聞いておけ?
やだよ、女性同士の話の間に挟まってると文句言われるんだろ?
女二人に男一人混じっているというだけで叩かれるって、ネットの世界では常識になってるって俺は知っているんだ。
「え、ええ!?」
「更にはですね……」
何やらローゼル様が驚いていらっしゃるが、まあそうだよな。
兄であるグラフさんの人格が全く別人に変わっているなんて普通じゃありえないんだから。
ん? そういや色々ありすぎて考えられてなかったけど、俺はどうやって俺のいたところに帰ればいいんだ?
それに、俺がグラフさんに入っているってことは、俺自身の身体はどうなってる?
意識不明の状態なのか、もしくは……いや、そんなことが都合よくあるとは思えないが。
「に、義兄さん!」
しばらく思考に耽っていると、話が終わったのだろう。ローゼル様が勢いよく話しかけてきた。
その後ろには「やりました!」とばかりにキラッキラした笑顔のエーミルさん。
あの表情を見るに、伝えるべきことを伝え、伝える必要のない情報を隠せたというところだろうか。
「これからは柔軟な戦い方を意識していくようにするって本当ですか!?」
「エーミル!?」
思わずエーミルさんを二度見。変わらずとってもいい笑顔のままのエーミルさん。
よくよく見れば、顔は青ざめてるし、若干足は震えている。
なるほど、あの表情はどちらかというと、「もうどうにでもなーれ」的な感じのものだったか……!
というか、なんでこんなことになったのかを教えてほしい。
ローゼル様を少し待たせ、エーミルさんを部屋の外に連れ出す。
周りに人はいないので、キリキリ吐いてもらうことにする。
「すみません隊長、私もきちんと話をしたつもりだったのですが……」
「一体どういう伝わり方をしたんだ……」
「事故で頭を打ってから少し変わられたというように伝えたのですが……」
ふむ、まあいきなり別人になったというよりは説得力のある説明ではある。
「そうしたら、隊長がどのように変わられたのかということを聞かれましたので」
ふむ、まあ先ほどの口ぶりから察するに、隠すべきことはわかっているとは思うのだが。
「一つの戦い方に拘らなくなりましたと伝えたところ、大喜びされまして」
ふむふむ。
「これでようやく隊長の隊に入れると考えられているようです」
「……うん?」
むしろそれの何が悪いというのだろうか。
「これまでの隊長はクラスごとに部隊で分けるようにされていました」
「それは普通じゃないのか?」
「ええ、ですがそれは軍としての話。隊長は少人数での行動でもそれを認められなかったのです」
「……そうなのか」
ということは、つまりどういうことだ?
そんな疑問が顔に出てたのだろう。エーミルさんはこほんと一つ咳払い。
「戦士は戦士、魔道士は魔道士でしか組めなかったということです」
「いやそれ頭が固いとかいうどころかバカなだけでは!?」
補い合えよ! 足りないところを補うのがパーティ活動なんじゃないの!?
「隊長曰く、魔道士を守りながら戦うよりも、戦士たちで突貫したほうが早いだとか」
「いや言いたいことはわかるけど」
走っていける場所ならともかく、届かない位置だったり、敵に近づけないような場合はどうしたんだ。
「まあ隊長は敵に味方を投げつけることで遠距離、空中戦を制していましたし、遠距離からの攻撃は全て隊長自身が盾となっていましたから……」
「力量があるからこそできたんだろうけど、かなり無茶苦茶じゃないですか!?」
というか、話しぶりから投げられた味方はみんな無事だったような感じなんだけど。
矢とか魔法とか銃とかで負傷者や死者が出なかったのは完全に奇跡の類だろう。
まず人を投げつけるという発想もそうだが、実行できるあたりが人としておかしいと思うが、この世界では当たり前のことなのだろうか。
……いや、ないわ。エーミルさんの表情から、グラフさんだけがおかしいことがわかったわ。
まあ火力面では魔法職がいなくてもなんとかなっていたというのは理解した。
しかし、戦士タイプだけでは補えないものが一つある。
「回復は一体どうしてたんですか。まさか薬草だけでなんとかしてたんですかね」
「いえ、それはさすがに難しかったようですが……」
そら、やはり魔法職なくしてはいけないのよ。RPGのお約束。
「勇者様が回復役となることで全て事足りたとのことでした」
「勇者ってそういう役回りのためにいたんだっけ?」
RPGをやってきた中で俺の知ってる勇者は確かに回復魔法も使えるのが多かったけど、さすがに回復を一手に担わせるようなことはなかったんだが?
というか、勇者ってイメージでは、旅に出る使命を帯びる時までは、一般人として過ごしてきた人物がなるイメージがあるから、戦闘職のエキスパートに比べたら技量や身体能力に差は出ると思っているんだが……もしかして。
「勇者ってもしかして戦闘力的に一番低いから回復役に任命されたとか?」
「……ご名答です」
俺は顔も知らないが、勇者よ。この身体の主とその仲間が本当に申し訳ないことをした。
「まあ勇者様本人は戦闘狂とかではなかったですし、むしろ後方支援役で良かったと仰ってました」
「適材適所だったってことか」
その勇者が「俺は勇者だ活躍させろ邪魔するならパーティから追い出す」とかそんな思想持ちじゃなくてよかった。きちんと自分に最適なものを理解して行動できたのだから偉い。
「歩く薬草という異名がついたって喜んでましたね」
「本当にそれは喜んでいい異名なんですかね?」
正直悪口じゃないかと思ったけどそこまでは口にしないことにした。
「えと、まあ話を戻しまして、ローゼル様が隊長のパーティに入りたいと言っているというわけです」
「俺としては別に構わないんですけど、まずいんですか?」
正直な気持ちを伝えると、エーミルさんは困ったように眉尻を下げた。
「ええ、ローゼル様と隊長だけの問題ならよかったのですが、現在隊長はここの隊の長です」
「まあ、らしいですね」
「となると、急に制度を変えたというのは周りからすると違和感しかないわけです」
確かに。俺がグラフさんでないということに気づかれなかったとしても、何かしら不信感を生むのは免れないだろう。
それなら、ローゼル様を隊に入れない方向で進めるしかないわけだが。
「喜んでたって言ってましたからねえ……」
「ええ……誰もそんなことは一言も言ってはないのですが、私としても気持ちはわかるので……」
副隊長から見ても気持ちがわかる程度には、グラフさんは頑なだったのか、と改めて思う。
さてさて、どうすれば良いだろうか。
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バイトと人生辞めました5
なので途中から久々に手を付けた部分もあるので結構無理やりなところもあったりなかったり。
まあ待ってくれてた人がいるのかも不明なわけですが。
「Fボール!Aボール!」
「……む」
盾で飛来する属性弾を振り払う。
「Sボール!Wボール!」
先ほどと違う属性弾を半歩踏み込むことで避ける。
今日持っている盾は金属製とのことで、電気を通してしまうとのことでこのように動いている。ちなみに昨日の盾は何らかの絶縁体が含まれているのか、電気を通さないものだった。知ったのはさっき。グラフさんがきちんとそのあたりを配慮した装備をしてたことに感謝した。
「Hウェーブ!」
間髪入れず襲い来るのは熱波。おそらくヒートウェーブだからHね。
というか、おそらく波系魔法使い続けられるだけで俺負けそうなんだが。
盾で防いではいるけど、下手したら少しは食らうぞこれ。
まあその分、向こうも魔力とかを大幅に使うと考えると、そこまで連発できないと考えて良いだろう。
「Iウェーブ!」
氷混じりの冷気の波。引き続き盾で防がざるを得ない。
先ほどの熱波と違い、バシバシと盾に当たり音を立てて氷が砕ける。
「クイック」
ギリギリ聞こえた。次に繰り出してくる攻撃につながる布石になる術の名前。
どう動いてくるか、なんてのは相手しかわからない。だから俺は。
「うっそ、また防がれる!?」
自分の勘を頼りに身体を反転させ、盾を突き出した。そこには昨日と同じく毒針を突き出した姿勢のローゼル様。
昨日と違うのは俺が回避ではなく、防御したというところ。だから。
「……」
「!? あっ!」
横なぎに盾を振り、針を弾き飛ばし距離を詰め、ぶつかる直前で制止。
「参り、ました……」
「ふむ、とりあえず今回はこんなものでいいだろうか」
盾を背負い、弾き飛ばした針をローゼル様に返却すると、むうとむくれていた。
「今日のは決まったと思ったのに、簡単に対応されたのは悔しいわ」
「まあなんとかってところだがな」
自分でも驚きだったのだが、どうやら俺はグラフさんに憑依したとかではなく俺の身体ごとこちらの世界に来ていたらしい。最初にこちらで気づいたときには気づかなかったのだが、どうやら俺の一般人身体能力でもこちらの世界では騎士団隊長レベルに匹敵するようである。
仮に俺の世界にグラフさんが移動していたとしたら、一般人レベルに収まってしまうということになるのだろうか、とか考えたけど、俺にはどうしようもないから早々に考えるのをやめた。
「義兄さん、そのなんとかってところをきちんと教えてほしいんだけど?」
「そういっても、勘としか言えないんだが」
これは本当だ。ただ、一般人レベルの勘ですらこちらでは通用するようになってるあたり、助かっているが。
「むうう……」
「むくれないでくれ……本当のことしか言ってないんだから」
ぽんぽんと頭を撫でながら言うしかない。割と撫で心地が良いため、癖になってしまいそうである。
「まあ、義兄さんが今はそういうことにしときたいならそうでいいけど。でもいつか教えてよ?」
「いや、教えるも何も今全部言ってるんだが」
またまたーという反応をされた。え、俺そんなに信用ないの?
……ないな。グラフさんの振りしてる時点で嘘ついてたわ。
「そういや今日もその針使ってたんだな」
「あ、うん。ちゃんと危険はないようにしてるし」
そう、この間使って来た毒針であるが、なんとアレは致死性の毒が込められていたとかではなく、軽度の痺れ薬だった。ソースは俺。
いや、さすがに目の前でローゼル様が自分に毒針を刺して証明してきたし。持っていた毒針全部をエーミルさんにも確認してもらって痺れ薬ってわかったし。
正直毒針云々より、証明のためと言って自分に毒針を打つ姿を目の前で見せられた俺のメンタルを心配してほしかった。唖然としたし。
「さて、今回はこれで終いだな。戻るとするか」
「そうね……義兄さん、明日もやりますからね!」
笑顔でそう言い残すとローゼル様は走り去っていった。なんだろう、昨日よりもだいぶ雰囲気が柔らかくかなったのだが、いつどのような理由でそうなったのかがわからない。
「……いや、さすがに一般人に毎日相手させるのは酷だと知ってほしいんだけどなあ」
ただし一般人と言い出せないため、相手に自分が一般人ということを気づいてもらわないといけないという条件がつくので、望みがかなり薄いことに涙しているのが現実である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
部屋に戻った俺を待ち構えていたのは、
「討伐、ですか」
「ええ!そうですよ!」
とってもいい笑顔で一枚の依頼の紙を持ち込んできたエーミルさんだった。
どうやら俺のいるところは、近隣の討伐依頼などを請け負うことなどもしているらしく、度々掲示板にそういったものが張り出されている。騎士団を抱えているってのでそういったことをしているのはなんとなく理解できるものの、それが自分に直接回ってくるなんて考えていなかった。
「しかし、そういうのって普段掲示板に貼られてるものですよね? 何故俺に?」
ざっと見る限り、貼りだされているものとそう大差のない依頼だったように思う。だからこそ、俺に直接持ち込む理由が見当たらない。
「隊長もこういう仕事があり、どのように達成するかを知っておいた方が良いと思いまして」
「……はぁ、そりゃそうでしょうけど」
「……隊長が考えてそうなことはわかるので、先に聞きますね。今の隊長がいきなり重要人物の護衛だったり、高ランク設定されている討伐任務などを回されて、自信をもって受けられますか?」
「無理です、なるほど全て理解しました」
つまりは、軽めの仕事で雰囲気を掴む機会をくれたということだろう。
しかし、逆にこういうので「グラフさん」としての立ち居振る舞いとかが崩れて周りにバレてしまわないだろうか。
「ああ、そんな心配そうな顔をしないでも大丈夫です。しばらくは私も同行するようにしますし」
「エーミルさんが? しかし、それって大丈夫なんですか?」
「ええ、視察も含めて軽めの依頼を私と隊長が受けているということにできますので」
それって、実質俺のお守りをしながら騎士団の仕事ぶりを見るってことじゃないか。エーミルさんが過労で倒れないか心配になってきた。原因の俺が心配するのも変な話だろうか。いや、おかしくはないか。
「わかりました。ああ、それとなんですが」
ぺらっともう一枚持っていた紙を見せつけてきた。
「ローゼル様が隊長の隊に入りたいと正式に申し込みされてまして……」
「はあ、そうなんですね」
「……どうします?」
いや、俺に聞かれても困るんだが。俺は別にいいと思ってるよ。最初こそ棘のある接し方をされたけど、今は割といい子だと思ってるし。
「……じゃあ今回はお互いにお試しということで加わってもらいますね」
なんでエーミルさんはため息をつきながら書類に書き込みをしているのだろうか。
首を捻りながらその様子を見ていたが、まったく理由がわからなかった。
「隊長!失礼します!」
ドバーン!と轟音を上げて扉が開かれたと思ったら、二人の男女が勢いよく入室してきた。
なんだなんだ、騒がしいな。
「隊長! ローゼル様が隊に加わるというのは本当ですか!」
「ちょっとアキ、落ち着きなさいって!」
アキ、というのは今俺に何か言っている男の名前だろうか。必死に腕を引きながら、エーミルさんや俺にすみませんすみません、と謝っている姿にこっちが申し訳ない気持ちになる。
「アキロウ、一体ノックもせず何の用です。まず礼儀はしっかりとすべきでしょう」
エーミルさんが先ほどまでと打って変わって厳しい態度をとる。おお、これが副隊長の風格というやつなのか。もはや俺と隊長を変わってもらった方が良いと思うんだがどうだろうか。
「隊長からもここは言うべきかと」
えぇ、俺からも必要なの? エーミルさんだけでいいだろ?
俺の渾身の視線での訴えも、「早く」という視線返しによって棄却される。あれぇ、やっぱり彼女の方が隊長なのでは?
「そうだな、エーミルさn「失礼、手が滑りましたわ」あいたぁ!?」
「「隊長!?」」
俺が話し始めると同時にデコにペンが飛んできた。飛んできた方向には投擲後のフォームの副隊長。
いや、手が滑ったとかいう問題ですらなくないですか? 思い切り狙って投げたの隠すつもりないですよね?
「あの、副隊長。今思い切り隊長をねら「手が滑ったんです」、狙って「手が、滑ったんです」、はい、何でもありません」
こっわ。あのアキロウくんとやらが俺の代わりに尋ねてくれたけど一瞬でなかったことにされたんだが?
むしろこれ以上踏み込んだら存在がなかったことにされそうな感じなんだが?
ちなみに、さっきエーミルさんからペンが飛んできた理由はなんとなく察した。あれだな、部下の前でグラフさんをちゃんと演じろっていう意味合いだな。唐突にあの二人が部屋に来たから意識から外れてたから仕方ないね。
「エーミル、その辺にしておけ」
「……はっ」
きちんと「グラフさん」を意識し話す。エーミルさんが、微笑を浮かべて返答したのでおそらく正解だったのだろう。
「それから、先の……なんだ、ローゼルさ、ローゼルのことだが、これから正式な通達を行うつもりだ」
ですよね? こちらでは決めたけどまだ本人にこれから伝えるところだから間違ってないよね?
エーミルさんに目線を送ることで確認をとる。いや、取らないと不安で俺の胃が死ぬから仕方ない。
「アキロウ、それにユミカ。今隊長が仰った通り、これから通達となります。全体通知はその後となるので今は控えてください」
「……しかし!」
「わかりました。お騒がせして申し訳ありませんでした」
なおも噛みつこうとするアキロウくんをユミカと呼ばれた女性が抑え、こちらに頭を下げてきた。
ユミカさんは悪くないよなあ。アキロウくんを止めようとしてただけだし。
「ユミカ!なんで止めるんだよ!」
「今副隊長が仰ったでしょう。後から正式に通達されるんだから、何かあるならその時で構わないでしょ」
「しかしだな……!」
だからアキロウくんはユミカさんを見習って反省してほしい。とりあえず落ち着け。エーミルさんの視線の温度が段々と下がり始めようとしてるぞ。
「…………」
いや、俺への視線の温度が下げなくても……え? これ、もしかして俺に何とかしろっていうこと?
知らんがな。もう適当に騒がせておいてよくない? うるさくなったらつまみ出したらいいでしょ?
「隊長! なんでローゼル様が隊に入るなんて話が出てるんですか!」
おっと、直接こちらに噛みついてきたんだが、俺は一体どうしたらいいのかね。
「そもそも、うちの隊に魔道士なんて邪魔でしかないんですよ! どうせあいつら、魔道士以外と連携なんてすることなんてないんですから」
「……いや、そんなことないんじゃないか?」
「そうなんです! 魔道士なんてみんな同じだ!」
「……………………」
なんだろう。俺は正直ここでの騎士のあり方とか魔道士のあり方とか、そういったものは全く知らないけれど。
無性にこいつの言い分には腹が立った。
「なら、その目で確かめてみるがいい」
「隊長……?」
エーミルさんはおそらく俺の考えていることがわかっているのだろう。だが、止められても俺は止める気はない。
「貴様が魔道士が嫌いなのはわかった。だが、隊に入れるか入れないかは俺とエーミルが決める。それに何かしら反対したいというなら、それだけの根拠を示せ。……お前の言い分ならそうだな、俺とローゼルの連携が、お前とユミカに渡り合えればよかろう」
「そんな、隊長に勝てるわけ」
「お前はさっき、魔道士との連携なぞ不可能といったな。なに、俺はローゼルと手合わせはすれど共に戦ったことは皆無だ。そして別に俺たちに勝てとは言っていない。俺たちが連携を取れているかどうか、お前たちから見てどうなのかを実戦の中で判断してみろと言っているだけだ」
「なるほど……それなら確かに無理に勝ちに固執する必要はない、というわけですね」
エーミルさんは、おそらく勝ち負けでの決定を懸念していたのだろうか。俺の言葉に、それならば大丈夫でしょう、と納得してくれたようだった。
「……わかりました。怪我しても後悔しないでくださいよ、隊長」
「……お前は後ろから刺されないようにも気を付けておけよ」
「……一人で勝手に突っ走った挙句、巻き込まれた……これ、私は悪くないよね? アキロウを刺してもいいよね?」
なんせ、ユミカが暗ーい目をしてぶつぶつ呟いていたのだから、そりゃそんな言葉も送りたくなるわな。
さて、ローゼル様には申し訳ないがご足労願うとしますか。
そのうち、なろうとかにもマルチ投稿とかしていきたいなあって。
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バイトと人生辞めました6
「義兄さんと、いっしょに?」
あの後、午後に外の演習場で鍛錬という名の「ローゼル様の入隊を認めさせるの会(仮)」を行うことを約束した直後。
何故かローゼル様が部屋の外に都合よくいたため、すぐに事の次第を話すことが出来た。勿論、アキロウくんの腹の立つ物言いは俺の言葉でソフトに言い換えておいたから問題はないはず。
「ああ、嫌かもしれないが、こうしないとどうやら角が立ちそうでな。今日はたまたま直接部屋に突っ込んでくるやつがいたからわかりやすかったものの、ああいう意見があるということは他にも思ってるやつがいると思うからな」
だから申し訳ありませんが魔道士さんとの共闘をするために力添えをしていただけないでしょうか。
そういう思いを込めつつ、口では「ローゼルが隊に加わるには力を示さねばならぬ」的なことをなんとか伝えていく。
いやマジで、勝手に啖呵切ったのは申し訳ないので協力してくださ……いや、よく考えたら俺はローゼル様が隊に加わるかどうかなんてどっちでもいいんだったわ。
「わかった、やるわ。だから義兄さん、しっかり力、貸してね」
「……ああ」
どこまでできるかわからないけど、やれるだけはやってみようと思います。ローゼル様以外とは訓練すらしたことないので無様を晒さないようにしたいと思います。
……隊長だから元々無様なんて晒せないじゃないか。後でエーミルさんにあの二人の情報を少しでも聞き出しておこう。
そう心の中で今後の算段を付ける俺に背を向け、ローゼル様は部屋の扉を開けた。
「あ、そうそう義兄さん」
「……うん?」
「さっき義兄さんがアイツに怒ってくれたの、嬉しかった」
じゃあまた後でね、と言い残し、廊下に歩き出した。
……やだなあ、啖呵切ったあたりのこと、全部聞かれてたってことですかこれ。恥ずかしいな?
「で、エーミルさんはさっきから何を笑ってるんです?」
「いえ、何でも?」(ローゼル様、嬉しいのを必死に隠して隊長に素っ気なく接していたけれど外から見てて全部わかってしまうのが面白かったなんて言えませんわ)
さっきからローゼル様とやり取りしている間、ずっとニコニコしていたんだが。俺があたふたしているのがそんなに面白かったのかちくしょうめ。
美人がとてもいい笑顔で楽しそうに笑ってくれているのなら別にいいか。
「さて、エーミルさん。アキロウくんとユミカさんについての情報を貰えます? あまりにも初見丸出しの動きをしてしまうのもマズいでしょうし」
「それはそれで面白……いえ、そうですね。騎士団内にバレてしまうのはまずいですから」
「おい今面白いって言いかけたよな?」
なんてことだ。自分から役を崩すなと言い聞かせ、時に物をぶつけるという暴挙にも手を出した本人が面白さを理由に必要な支援を放棄しかけましたけども!?
そこから時間になるまで、クスクス笑い続けるエーミルさんから二人の情報を引き出した。
にしても、別に食べ物の好き嫌いとか教えてもらう必要はあったのか?とか思うところはあったものの、6割方は必要な情報だったことをここに記しておく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて、いけそうかね、ローゼル」
時間直前になり、ローゼル様と合流した俺の第一声がこれである。すごく歴戦の猛者感を出しているが、その実態は元々は喧嘩のけの字も体験したことがないような奴である。
……おっかしいな、なんでこんなことに巻き込まれてるんだろう。
「あら、義兄さんこそ大丈夫かしら? 私に合わせられるのかしら」
不敵な笑みでローゼル様は言い返してきた。……敢えて言う。大丈夫じゃないです。
「出来るだけ合わせられるようにするが……ローゼルも合わせられるところは合わせてくれよ。個人の力を示すのではなく、魔道士と共闘が可能かどうかというのを示すのが目的なのだから」
「私だけでもしかしたら終わってしまうかもよ?」
実際ありそうなんだよなあ。
「まあ? ここは義兄さんが取り持ってくれた機会だし、出来るだけ合わせるわ」
謎に気合いを感じることにむしろ恐怖を覚えてしまうんだが何故。
「……ローゼル様、準備はよろしいようですね」
「……隊長も余裕そうで」
俺たちが話していると、アキロウくんたちが話しかけてきた。なんだろう、さっきよりも顔が怖いんだが。ちなみに先に話しかけてきたのがユミカさんで、後がアキロウくんである。
「ええ、いつでもいいですよ。そちらこそ準備はよろしいのかしら?」
「当然です。隊長の横に並び立つ準備も貴方よりも整えられていますので」
「……へぇ?」
え、ユミカさん? なんかさっき会った時よりも雰囲気怖くない?
アキロウくんはアキロウくんで俺から視線を外してくれないし。
「……何か言いたいことでもあるのか?」
「まあ、色々とありますが……とりあえずは終わってからでいいっす」
なんだ? なんかすごく冷めたような、それでいて何かしらいろいろと込められているような視線を向けられているんだが?
ユミカさんとローゼル様に至ってはずっとお互いに煽り合っているし。なんだなんだ一体。
「二人とも、そろそろいいか。盤外戦術も大事だとは思うが今日のはあくまで鍛錬という名目だ。そこまでにしておけ」
「……はい、隊長」
「……そうね義兄さん。」
「この二人が煽り合っていることに関しては全て盤内の話なんだよなあ」
アキロウくんが何か言っていたが全く意味がわからなかった。
「「これから思う存分潰します」」
いや潰したらダメだろ。
そう思ったが、怖くて声に出せなかった。出来たのは、今回立ち会ってくれる団員に「早く始めてくれ」という思いを込めて目で訴えかけるくらいだった。無力な隊長を許してくれ。
「そ、それでは始めます! 両チーム構えて、はじめ!」
すごく早口で始められた。気持ちはわかるよ。早く離れたかったよね。出来るなら俺も君についていきたいんだけどダメかなダメですよねわかる。
アキロウくんはオーソドックスな剣と盾。ユミカさんも同じく剣だが、盾を持っておらず背中には弓を背負っている。近接オンリーと近接と中距離どちらもを担えるというのはエーミルさんの情報通りである。
「いきます! いつも通りいくぞユミカ!」
「うっさい邪魔!そこどいて!」
「……え?」
「どっせえええええい!」
「うおおおおおおおぉぉぉぉ!?」
「さて、どういくか……」
「義兄さんは下がってて。負けられないから」
「は? え?」
「Iウォール!」
どう連携するかなーと考えていたら、いきなりペアが勝手に前に出たでござる。
言われた通り下がったら、ローゼル様が氷の壁を展開し、ユミカさんの剣劇を防いだ。
しかし聞いてない。ユミカさんの叩きつけた剣とローゼル様の繰り出した氷の壁がぶつかり合い、尋常じゃない衝撃がこちらにまで伝わってくるなんて聞いてない。あの衝撃はどう考えてもユミカさんの腕力によるものだろ。狂戦士か何かなのか?
これには味方のはずのアキロウくんも呆けてしまっていたようだ。どうやら彼も俺と同じく戦闘からはじき出されてしまったらしい。
お互いに顔を見合わせたところで、おもむろに頷き。
「……ユミカはいつもこんな感じだったか?」
「いえ、俺も初めて見たっす」
戦闘そっちのけで感想を言い合っていた。
そんな俺たちを放っておいたまま、二人の戦いは続いていく。
「だあああああああああ!」
「Rシールド!」
巨大な岩の盾に叩きつけられる剣。ガァン!と轟音を立てつつも砕けることなく岩の盾はその斬撃を防ぐ。
ガァン!ガァン!ガンガンガンガン!
「この岩!鬱陶しいわね!」
「あんたの攻撃の方が!鬱陶しいわよ!」
ユミカさんの剣が連続で叩きつけられることで岩の盾が徐々に砕け始める。
それに対しローゼル様も力を込め盾を維持しているが、だいぶ苦しい状況。
ガィン!ガン!ガン!ガン!ガン!ドゴォ!
「っく!砕かれた……!」
「ぜぇ、ぜぇ……」
そして遂に岩の盾が砕かれる。が、ユミカさんも消耗が酷いようで肩で息をしている。
……うん。これ完全に二人ともこの鍛錬の主旨を忘れてるよな。
「アキロウ!何もしてないなら加勢して!」
「お前が邪魔だって言ったんだよなあ!?」
アキロウくんがすごく理不尽な目に合っていて可哀想になってきた。
「義兄さん!魔道士を前線に出すなんて何を考えているんですか!」
「下がっていろと言ったの、誰だったか思い出してもらっていいか?」
アキロウくんの気持ちが即座に理解できた俺だった。
「あのゴリラ女の攻撃をあたしだけで防ぐのは厳しいから、義兄さんよろしく」
「よろしくって……とりあえずお前には攻撃がいかないように出来るだけ立ち回ってみるが……」
あの威力を俺は防げるのか? いや、おそらくいけないことはないんだろうが、アキロウくんもいることを考えると真正面から立ち向かうのは愚策だろう。
「ローゼル、確認だが……」
「ローゼル様とやり合ってみて、どうだったんだ?」
「さすがといったところね。全然攻撃が通じなかった。でもあちらにも何もさせなかった」
「……ほう」
「アキロウ、次はあんたが前でいつも通りに。私は後ろからいくわ」
「わかった。だが隊長にはすぐバレるぞ」
「だからこそ私が後ろなのよ。隊長だからおそらく大丈夫。任せて」
おもむろに俺がローゼル様の前に出ると同時に向こうもアキロウくんが前に出てきた。
ということは、ユミカさんが狙撃体勢に入ろうとしていると考えるべきか。
まだ剣を持ったままだから判断がつかない。弓で攻撃してこれる距離だから剣はないと断定するには恐ろしい絶妙な距離である。
「ローゼル、二つともだ」
「えぇ……と言いたいけれど、義兄さんがそう言うなら任せて」
、
そう言うなら傷つくから最初からそんな声をあげないでほしかった。
「ふ、ぅう!」
「むっ」
そんなやり取りをしている間に仕掛けてきたアキロウくんの攻撃を捌く。盾でどうにか捌き続けられているが、元々の俺の身体能力でも十分動ける世界で良かったと改めて思う。出来るなら戦う必要とかも全くないのが一番理想的だったとかはそんなことは少ししか考えていない。
「今だ」
「……オーガアーム!」
アキロウくんの攻撃が止んだ一瞬、合図を送る。予定どおり、一つ目の補助をかけてもらえた。
「なん……うわぁっ!?」
轟っという音と共にぶつけた盾にアキロウくんが吹っ飛んでいく。
オーガアーム。効果はそのままの通り、鬼の腕になる、というわけではなくあくまでそれに近い腕力を一時的に得られるというものらしい。すごいなファンタジー世界。俺が今までやってきたゲームとかでも攻撃力強化の補助呪文ってこんな感じだったのかもしれない。
「……今の、は……!」
「っし!」
呆然としているアキロウ君の横をユミカさんの弓から放たれた矢が通り過ぎる。狙いは……俺か。
腕力強化したことで普段と若干感覚のズレを感じつつも盾で防ぐが。
「っす!!」
俺の右横を抜けつつ、走りながら射撃。……え、補助魔法とか使ってないのにその速度で来てるのかよ。
左手の盾で防ぎにくいようにご丁寧に右側を抜けてくるのもかなり意識している。
先のやり取りから、ユミカさんの落ち着き方からやり手であるとは思っていたが、正直ここまでとは思っていなかった。戦闘素人でも身体能力で全てなんとかなると舐め切っていた俺が悪いのだが、正直ここまでとは。
「っく!」
防げないことはない。だが、正直ギリギリではある。俺の周りを走り回りながら矢を射かけてくるため気を抜けない。手を出そうにも俺の攻撃はおそらく躱されて致命的な隙を作るだけだろう。かといって、悠長にしているとアキロウ君が復活してくるだろう。
……仕方ない。一応頼んでおいたが、いけるか?
「ローゼル!」
声をかける瞬間に初めてユミカさんに剣を当てに行く。最短距離で鋭く最速の突き。
「……そこです!」
当然のようにバックステップで躱され、反撃の矢を放たれる。腕は伸び切った状態で、距離は先より少し離れたものの盾を今から構えるには間に合わない。避けるにも完全に躱しきるには至らないだろう。
当然そうなるよな。
「クイック!」
だからこそ、それが致命的な隙となる。
補助呪文がかけられたことを身体で感じ取ってから足に力を込める。一歩左斜め、もう一歩を右斜めに踏み出す。
「……嘘っ!?」
わずかに目を見開くユミカさんに剣で斬りかかる……のは気が引けたので、勢いのままにタックルをかます。そういえば一時期悪質タックルとかいう言葉が流行ったなあ。
クイックによる加速度の増加もあり、思ったよりも遠くまでユミカさんは飛んで行った。ちなみにアキロウ君はローゼル様が岩を檻のようにして閉じ込めていた。
「そ、そこまで!」
先ほど開始の合図を出した団員が慌てたように試合終了を告げた。見れば他にいる団員の中には呆然としている者もいる。視線の方向的にユミカさんへの心配といったところが多数だろう。
「初めての共闘としては及第点、かしら?」
「……まあ、そうだな」
最後は連携したけど最初はワンマンだったんだが。完全にお互いのチームメンバーを無視してたから、無視された同士謎に話してたし。
言わないけどね。余計なこと言って、わざわざご機嫌な状態を崩す必要もないだろうし。
「ユミカさんは……うん、完全に伸びてるな」
「まああれだけのタックルなら納得ね」
岩の檻を解除したローゼル様がアキロウ君を引きずり出した。
あれ? 俺が最後に見た時よりボロボロなんだけど、ローゼル様ともしっかりやりあってたのか?
なんとか歩けているからそこまで問題はないと思っていいか。
ユミカさんを抱きかかえて、アキロウ君を引き連れたローゼル様と医務室へ二人を運び込むとしよう。
新年度がこれまでよりしんどいのって害悪ですね。
次話できるだけ早く作りたいですね。
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バイトと人生辞めました7
「づっっっかれた………」
ぐでーんと自室のベッドに倒れ込む。
いや本当に冷静に考えたらなんで俺は隊長やってて訓練だか鍛錬だかを全力で受けているんだ?
こう、隊長って部下の鍛錬を外から指導しているような立場じゃなかったっけ? 俺の今まで触れてきたコンテンツがそうだっただけで、実際はこんな感じなの?
違うわ、俺が読んだことのあるラノベの中で一番心の中に残ってた「千獣戦線」シリーズが、強さがレベルで表されているようファンタジー世界だっただけだわ。ああいう世界って訓練をサボったりしたりすることで能力値の弱体化とかレベルダウンとか起きないのだろうか。見たことないんだけど。
あと、あの世界観って魔法使いとか獣人などの様々な種族の存在とか色々俺の好きな要素がてんこ盛りだったんだよな。魔法による能力強化とか、種族ごとの特徴を活かした戦いとか、ファンタジーだから出来ることってのは多かったけど、そういうところがウケて人気にもなったんだっけ。
どうしよう、思い出したら久しぶりに読みたくなってしまったんだが。この世界にも千獣戦線シリーズってあるのかな。面白いから世界の壁を突き抜けて存在してるとかそんな理由で。
「隊長、失礼します……何してるんです?」
「ちょっと二度と鑑賞できないことに感傷に浸ってるだけです」
ノックと共に部屋に入ってきたエーミルさんに怪訝な顔をされたが、嘘は言っていないし、今の俺にとっては割と重要である。
とはいえ、部屋に来てくれたのにそのままというのもいただけない。身体を起こして茶でも淹れようとしたが、「お疲れでしょうから、私が」と止められた。
「まずは、お疲れさまでした」
「ありがとうございます、でいいんですかね」
淹れたてで熱い紅茶をチビチビと飲む。
ゆっくりじっくり美味しくいただくのが大事だとは思う。
「どうでした? あの二人は」
「……うーん」
アキロウ君はまあ、身体強化されたとはいえ素人の俺が渡り合えるレベルだった。これからに期待である。
ユミカさんは……うん。ローゼル様との一騎打ちはすごかったです。
「すごかったです」
「簡素ですねえ。まあ正直そう思うのも仕方ないかもしれませんが」
優雅に紅茶を嗜むエーミルさん。非常に絵になる美しさである。
俺も紅茶を改めて嗜んでみる。あっつい。舌火傷するわ。
「隊長の動きもすごくよかったですよ。ほとんどの騎士団員から見たら隊長だと思ってもらえたかと」
「ほとんど、か」
言葉の裏を返せば、俺がグラフさんではないとまでは気づかなくとも、何か違和感を覚えた団員もいたかもしれないということだが……これに関しては仕方ないと思いたい。素人なりにやれることをやったんだ。むしろ褒めてほしい。
「さて、今回の件でローゼル様のことも団員たちは認めてくれるでしょう」
「それは何よりです」
ユミカさんとローゼル様のせいで正直忘れていたなんて言えない。
「この後、正式に式を行い、配属となります。よろしくお願いしますね、隊長」
「何をすればいいかを教えてもらえれば、頑張りますが」
笑顔で言われたけど、俺にきちんと説明をしてほしい。
さっきからユミカさんやローゼル様たちが理不尽に話を進めているくせに、説明が皆無だったんだよ。
どれだけアキロウ君が必死に涙をこらえてたのかは俺だけが知ってるんだからな。
「では、後でまたお伺いしますね」
優雅に一礼してエーミルさんが部屋を出ていった。俺の使ったティーセットも持っていくあたり、本当に出来る人である。
「ふぅ……」
やはり慣れない人と接するのは疲れる。まあエーミルさんはおそらくこれからずっと接することになるだろうから、早めに慣れないと。更に言えばグラフさんに近い人と話すこともあるだろう。
……うん。
「……ん、そうだな」
思い立ったが吉日ではないが、早めに知っておくのは良いことだろう。そう思って部屋にある本棚を物色していく。
団長らしくきちんといろんな固そうな書籍がずらっと並んでいて、正直見ているだけで手が止まりそうになる。戦術所に指南書、これは経済書?
(経理も担ってるのか団長って?)
そういうのはエーミルさんとか、経理担当とかが担ってるもんだと思うのだが。今度エーミルさんに聞いてみよう。最悪俺も勉強していかないといけない状況になるかもしれない。
色々と本を物色していくと。
「……ん?」
一冊だけ、黒い革表紙のものがあった。特に何も特徴がなさすぎて、他の書籍と一線を画している見た目なのだが、何故だかたった今まで気づくことができなかった。
「……日記帳?」
適当に真ん中あたりを開けて見ると、それっぽいページ。だが、特に何も書いていない。
パラパラと後ろまでめくるが、記されているものは皆無。
では頭はどうかと思い、開けてみる。
「……なんだこれ」
最初のページの最初の行にたった一行。
『何か迷ったときや困ったことがあればこの書を見ること グラフ』
「……?」
なんだ? グラフさんはこれをメモ帳か何かにするつもりだったのか?
にしても、このメッセージは中を見た人に向けたものに見える。とすると、このメッセージは何か指示書か何かにするつもりだったと考えるべきか? それならもっと人目に付く場所に置くべきだろう。
自分用なら、付箋とかを机に張り付けたりするだろうし、もっと手元に、それこそ業務用の机に置くとかするべきだ。
そうなると、完全にこの日記帳の存在意義がわからない。いや、俺の考えすぎで、グラフさんが一言書いたはいいけど結局本棚に収めたまま忘れてしまっていた可能性もあるが。
「ま、エーミルさんからいろいろ教えてもらう時に使ってもいいか」
人に自信をもって見せられる字は書けないが、メモくらいなら使わせてもらっていいだろう。
覚書用のメモにすることに決め、元の本棚に戻したと同時に、部屋のドアを叩く音が聞こえる。
「義兄さん、少しいいですか」
(ローゼル様……?)
ローゼル様が部屋の前にいらっしゃった。
何やらもじもじしていらっしゃるのだが、一体どうしたのだろう。
「ええと、その……」
「……?」
さっきまで一緒にいたときよりもなんだかしおらしさを感じるのだが、一体何があったというのだろう。
……もしかして。
「ああ、トイレか」
「はったおすわよ?」
なんて理不尽な。仮にも義兄(仮)だというのに。
はぁ、と呆れたようにため息をついたローゼル様の様子は、さっきと変わり
「さっきの手合わせ、義兄さんと初めて協力できたわね」
「ん? ああ、そう、だな」
序盤の暴走は思い出してはいけないんだろうなあ。
「あれはまだあの時あの場に合うものをやっただけだから、その、ね?」
「……うん?」
またもソワソワと落ち着かない様子になったローゼル様に首を捻る。
そんな俺に業を煮やしたのか、「もう……」と漏らして何度か深呼吸を繰り返し、
「その、これからの連携のために、特訓の約束、したいなって」
「……それくらいは別にいいが」
何故にその程度のことを溜めて言うのだろう。双方のためになることだし別段言いにくいことではないだろう。
まあ、とても嬉しそうな顔になったし、きっとそうする必要があったのだろうな。
上機嫌になり、ニコニコし始めたローゼル様を見ながら、そんなことを思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて、これにてローゼル様は隊長の隊へ加入となりましたが」
ローゼル様の入隊式が終わった後、俺とローゼル様だけエーミルさんに部屋に残された。
なお式は俺の要望で簡素に終わらせた。当の本人は貴族だから派手なのを所望するかと思いきや、俺の案で納得してくれた。
まあ、式が長いとしんどいからね。ソースは過去の入学式や卒業式などの実体験。
「隊で魔族との大規模な戦闘の予定は今はありません。ですが、だからと言って入隊早々何もしていないというのも周りからは良く思われません」
窓の外を見ながら淡々と話す。ちょっと上司感の演出うますぎない?
あ、上司だったわ。俺? 形だけの上司だから。仕事とか歴とかはエーミルさんが上だから。
そんなのでも一応入隊したばかりのローゼル様よりは上になるんだよな。いつ抜かされる……というか、隊長から降ろされるかわからないけど。
「また、魔術師との連携は隊としては初めてになります。その訓練も必要です」
確かに、俺とは出来たけど、隊としてはまだ未経験となるのか。入隊式の時にちらっと見たが、魔術師の加入に、お世辞にも快く歓迎していると言えない隊員が数人いた。後の多数は無関心。
悲しいことに、ほんの一握りだけが、歓迎してくれていた。
隊長はエーミルさんに頼んで職権乱用してでもご褒美あげちゃうぞ。ローゼル様を交えて歓迎してくれた隊員に隊の金で焼肉でもしようぜ。
「なので、ローゼル様にはしばらくクエストをこなしてもらいます」
「はい、わかりました。それは兄さ……隊長とでも可能でしょうか?」
「……そうですね、隊長もたまには外で仕事して気分転換をしてもらうのも良いでしょうし、隊長と色々試してもらってから他の隊員と組んでもらうのもよさそうですね」
「わかりました。……よしっ」
「そういうわけですので、よろしくお願いしますね、隊長」
「……んぁ?」
やっべ、何も聞いてなかった。うまい肉食いてえってことしか頭になかったわ。
こういう時は秘技「知っている振りして誤魔化した後、頭を下げながら教えてもらう」だ。
二日に一回はやってたから慣れたものだ。二人に責められるより一人に責められる方がマシだしな。
……いや、最初からきちんと聞いておけって言うのはやめてくれ。その正論は俺に効く。
「ああ、オッケーオッケー、うん。了解した」
「……ならいいですけど」
「義兄さん……」
「おっかしいな、思っていた反応と違うぞ?」
何故かジト目で二人に見られ、内心冷汗が止まらないの、なんでだろう。
この後、がっつり二人から静かに説教をされた。
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ゴブリンズクエスト
例の日記を見た。
何かを言われたわけでもなく、本当になんとなく。
何かをメモしようとか、そんなことすらも考えていないというのに、気が付けば開いていた。
そこには、前に読んだところの次のページに、
「名前を書いておこう、忘れないうちに」
ただ、それだけが書いてあった。
書かれている通りに、名前を書く。
俺の名前は……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「義兄さん、これなんてどうですか?」
妹であるローゼル様がニッコニコしながら一枚の依頼書を見せてくる。
うむ、可愛い。兄弟とかじゃなければ結婚を前提にお付き合いしたいと思うくらいには可愛い。いや、そんなこと申し込む度胸なんてあるはずないんだが。
そして可愛い顔を輝かせながら、
「ブラックドラゴン討伐(クエストランク爆高)なんて私たちにピッタリでしょう?」
軽い感じで死刑宣告にを宣って来た。
あれ? なんでこんなことになってるんだっけ?
とりあえず「ふむ」と納得したような声を出しつつ、自然な動きで死刑宣告になりかねないそれを元に戻しておく。やらされてたまるか、こちとら素人だぞ?
「ローゼル、今回はあくまで騎士団との連携の練習なんだ。無闇に格上と戦うような依頼は無しだ」
冷静に伝えると、「ええー」と返される。いや、こっちがええーって言いたいよ?
あくまで連携の確認なんだから、どのようなことが出来るのかを確認して持ち帰るのが主であって、土壇場で失敗したら死なんて環境でやるものではないんですが。よくある話なら巻き込まれる形でそういう状況になることはあれど、避けられるものは避けるに限るだろう。
「ちぇ、それなら…」
そう言って再び掲示板で依頼を探し始めた。その姿を見つつ俺も依頼を確認する。彼女に任せておくだけにすると、ヤバめの依頼だけになりかねん。
そう思いつつ目を走らせていると、
「…ん?」
何やら他の依頼と何かが違う依頼の紙を見つけた。思わず手に取り眺める。
『緊急の依頼。ギルドは通していませんが、受けられる方募集。報酬は相談させてください』
「うーん?」
何が違うのか、と頭を悩ませていると。
「義兄さん、何を見てる…何、それ? 何て書いてあるの?」
(書いてあることが読めていない…?)
思わずローゼル様の持っている紙と見比べる。
『墓場の暴走グールを止めてくれ。同胞が何人も犠牲になっているんだ』
こっちが俺の持っている方で、
『湖の神殿の奥に潜む不死鳥の涙を回収してください(超高ランク向け)』
これがローゼル様の持っている方。また何て依頼を手にしているんだこの人は。
いや、問題はそこではなく。
(文字が違うが……俺には問題なく読めている?)
いうなれば、日本語と英語でそれぞれ書かれているという感じだろうか。俺は英語は苦手ではあるが、多少の文章ならつっかえながらだが読めるには読める。今は二つの言語が目の前にあるが、英語以上にスムーズに読めているというわけだ。
ただ一つ、俺が驚いたとすれば。
(ローゼル様の読めない方が、日本語で書かれているってことなんだよな)
こっちの公用語が日本語ではないことはわかってはいたものの、問題なく文字が読めていたため、何も疑問に思わなかった。今この時疑問に思わなかったことに疑問を覚え始めるという奇妙な現象が起きているのだが、一体これはどういうことだ。
「義兄さん?」
「あ、ああ……これか? なんだローゼルは読めない……のか?」
「ええ、私が他の言語に触れてこなかったというのもあるけど、こんなのわざわざ貼っておくものかしら」
確かに、公用語を使っていない依頼なら公用語に直した方が以来としては受けやすいだろう。ここから推測するに、この依頼は「この文字を読める者にあてたもの」か、「依頼を管理している者が気づかない間に貼りだされたもの」のどちらかである。もしくは、このどちらも当てはまっている可能性はある。
「誰も気づかなかったのかしら、これ」
「もしくは気づいてたとしても、わざわざ報告しなかったってこともあるな」
そのあたりは依頼者に聞いてみるのも一つかもしれない。本来ならきちんとギルドを通さないといけないものだが、今回のようにギルドを通さず、個人交渉で依頼を貼りだすことも稀にある。そういうのは大体人目を避けたい後ろ暗いものか、緊急でギルドの申請を待っていられないか。
「え、これ本当にいくの? ギルド通ってないのよね?」
「……本来なら俺も避けるべきだと思うんだがな」
なぜ日本語で書かれているのか、とか。気になる要素の方が大きい。
しかし、危険性もあるというのは十分にわかっている。
「だから、ローゼル。お前は誰かと別の依頼を受けたらいい。俺のは……万が一があるからな」
俺の都合でローゼル様を巻き込むのは違う。
そう思って言ったのだが、
「……ふん!」
「っっっ!? いったぁ!?」
靴のかかとで小指を思い切り踏まれた。靴の上からでも痛いんだが!?
「ほんっとーに……なんだから……」
屈みこんで悶え苦しんでいると、ボソボソとローゼル様が不機嫌そうに呟いていらっしゃった。
何で私めはそんな不機嫌な態度で小指を攻められたんでしょうか。
「あのね、義兄さん。私と義兄さんがどうしてここに来たのか、理由を覚えてる?」
「そりゃあ、ローゼルが騎士団員と連携を取れるようにするための練習だろう?」
「そうよね。なのに何故いきなり団員と組ませようとしているのかしら? お義兄様には人の心というものはないの? ん?」
「……そんな責められることか?」
「いきなり初対面の人と話したり、ましてや連携なんて取れるはずがないでしょう!?」
そんな堂々とコミュ障宣言されても困る。こちとら気づいたら周り知らない人どころか知らない世界だったんだぞ。誰とでも上手く付き合えるような奴でもないのにいきなり隊長とか担ぎ上げられて色々させられてるんだぞ? 見習え?
「いや、まあ、そう、だな」
だがまあ、言いたいことはわかる。俺も無理だわ。ローゼル様とはやらないといけない状況だったからやったし、それきっかけで今組んでいるようなものだからな。
……あれ? そう考えたらローゼル様も同じじゃないのか?
「でもローゼルもこの間、俺と初めて組んで上手くいったんだ。他の人とも出来るだろうに」
「…………初めて?」
何か小声でボソボソ呟き始めたんだが、さっきと様子が違いすぎて話しかけにくい。
「いや、でも……なら、納得は出来るけど……」
「……うん、まあそのうち元に戻ると信じるか」
仕方ないので、再度依頼書に目を落とす。依頼文は見た通り。
場所は……街の裏手の山、だと? しかも登山口から少し離れたところ、と。
街中でとかじゃないあたり、本当にローゼル様を連れていきたくない。
とりあえず話を聞きに行くだけ行ってみることにしよう。ローゼル様は別行動してもらえるよう頼みこむとするか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結論から言うと、無理でした。
「義兄さん、本当に私に別の人と組めと、そう仰るんですか」
「出来るならそうしてもらえると助かるが……どうしても無理というなら今日は休みにしたらどうだ」
「義兄さんも当然休むのよね?」
「いや、だから俺はこの依頼をした人に会いに行ってみようと「私も行きます」いや……」
以下、無限ループ。
キリがないので、仕方なく付いてこさせることにした。
指定された街の裏手の山。指定された場所まで足を運ぶとそこには。
「ほう、上手く見つからないように隠されてたんだな」
洞窟の入り口があった。
「こんなところで依頼のやり取り……本当に?」
「俺もどうかと思っている。だからローゼルには戻ってほしかったんだが……」
「却下よ。それに私の心配してくれるのは嬉しいけど、義兄さんだって危なくないわけではないでしょう?」
否定できないのが困る。
「……ん、何か奥から来てる」
「どうしてわかった?」
「探知魔法だけど……エーミルさんに昨日教えていただいたばかりで出来るか不安だったけどできて良かった……」
脳筋だと思ってたけどそうじゃなかったんだな……何かエーミルさんがどうとか聞こえたけど。
そんなことを考えていると、ローゼル様が言った通り、洞窟の奥から近づいてくる足音が聞こえた。
よくよく目を凝らして見ると。
「人……じゃないな」
「……! 義兄さん! 構えて!」
若干人間よりも小柄な体躯。粗雑な衣服を身に纏った緑色の表皮。
鋭い目つきに手に持った木製の棍棒。
「ゴブリン!」
俺がよくゲームでプレイしたり漫画で読んで知っている「ゴブリン」だった。
『ヒト……か。俺たちの依頼は結局誰にも届かなかったというわけか』
(依頼……? それにこの言葉って)
「……義兄さん! どいて! 私がやる!」
ローゼル様が俺の前に立ちはだかり、杖を構える。
ゴブリンの方もそれを見て何かを諦めたような顔をしてから、棍棒を構えた。
『仕方ない、荒らしに来たというのならそれ相応の対処はしないといけねえからな』
『いや、ここに来いって言われたから来ただけで荒らすとかそんなつもりはないんだけどなあ』
『!?』
ついつい聞こえた言葉に反応してしまったところ、何故かこちらにグリン!と顔を向けた。
『おい、今あんた「Fボール!」……っちぃ!』
火球がゴブリンの頭のあったところを通り過ぎていく。どうやら咄嗟に屈んで避けたようだ。
「Aボール! Sボール!」
『くっそ、おい! そこのあんた! 俺の言葉わかるんだろ!?』
なんかゴブリンがこっちに向かって必死に叫んでいるんだが。
『え? ああ、聞こえてるが』
『やっぱりか! 頼む! この嬢ちゃんを止めてくれ! 話をしたい!』
『それはいいが、俺も聞きたいことがある。答えてくれるか?』
『とりあえず落ち着いて話をしてからな!』
それもそうだ。今のやり取りの間に、ローゼル様の魔法弾を5発は回避しているわけだしな。
「っちぃ! ゴブリンがちょこまかと……義兄さん! 手伝って!」
「少し待て、ローゼル」
盾を構え、ゴブリンを庇うように杖の先に立つ。
「な!? 何をしてるの義兄さん!」
「待てと言っている。このゴブリンと話をしたい」
「はぁ!? 話!? 出来るはずないでしょ! ゴブリンは魔物よ!?」
「それも含めて確かめたいことがあるんだ」
「少しでも怪しい動きをしたら問答無用でアイツを燃やすわ」
そこまで言って、ようやく杖を下ろしてくれた。一安心したところで改めてゴブリンと向かい合う。
「あー、すまんかったな」
『…………?』
首を捻られてしまった。あれ? さっき話せてたよな?
(……あ、もしかして)
言語に意識を向けて。
『これで言葉が通じてるか?』
『あ、ああ!』
どうやら通じたらしい。
しかし、驚いた。
どうやらゴブリンの言葉というのは、俺のよく知る『日本語』だったらしい。
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ゴブリンクエスト2
(マジで日本語が通じたのか)
そんな思いをそっと胸に収め、ゴブリンと向き合う。
ゴブリン。RPGでは序盤に出てくることの多い魔物。派生系もいるものの、大半が序盤のみに出てくる印象。世間的には序盤といえばこいつかブルーで軟体なかの有名魔物と二部されると思っている。
さて、冷静にそんなことを考えてはみたものの、俺自身驚いている。まさかゴブリン…ひいては魔物という存在が実在していたことに。
『まず確認したい。この依頼は貴方たちの出したものか?』
言いながら、依頼者を見せる。何故か俺には読めて、ローゼル様には読めなかった件の代物である。
『あ…ああ! それ! 一体どこで!』
『どこでも何も、街のギルドに貼ってあったが』
『…そうか…。いや、いくら急いでるからと言ってアイツも危険なことを…』
どうやらゴブリンにとっても想定外なことがあったらしい。
『すまない、確かにそれは俺たちの出したものだ。わざわざ話を聞きにきてくれたのか』
『ああ、急ぎと書いてあったからな』
『話せるだけでなく、文字まで読めたのか…これは、もしかしてもしかするぞ』
期待したような表情で呟くゴブリン。
『よし、ここで話すのもなんだ、俺たちの住処に来てくれ』
「なんですって!? 行かないわよ!?」
ゴブリンが言ったことをローゼル様に伝えると、すごい反応をされた。
「昔から義兄さんがずれているとは思っていましたが、ここまでとは思いませんでした! わかっているんですか!? ゴブリンですよ!?」
「いや、話が通じるし大丈夫じゃないかと思うのだが……」
「その考えが危ないんです! 騙されているとは考えないんですか!」
「……そう言われてもなあ」
本当に困ってるからこそ、こんな依頼まで出してきたと思うんだよなあ。
「わかった、心配ならローゼルは残ってくれ。俺が行ってくる」
「何言ってるの!? それこそ危ないのよ!」
ええ……。どうしろというんだ。
「……義兄さんには、あのゴブリンについていかないという選択をする考えはないのね?」
「そうだな」
「……なら、私も行きます。義兄さんに何かあったら困りますから」
「すまんな」
「そう思うなら、気を抜かずにいてください」
「……すまん」
すごく不服そうだが、付いてきてくれるそうだ。ありがたい。
『そこの姉ちゃんはなんて?』
『ゴブリンの住処に付いていくなんて無警戒すぎるって怒られた』
『ハハハッ、違いない!』
『……言っておいてなんだが、気を悪くしたりしないのか?』
『まあ思うことがないと言えば噓にはなるな。だが、俺たちゴブリンの種族が人間にどう思われているのかなんてのはある程度知っているからな。仕方ないさ』
『自分たちの行いを正当化しないんだな』
『まあ実際、必要にかられてやってる奴もいるが……ゴブリンの中には好きでそういうことをする奴が多いのも事実だからな。俺は、ここの俺たちの仲間がそういうことをしてないと信じているが、人間がそれを信じるかどうかはまた別問題だしな』
『……そうか』
それって、人間にも当てはまることだよな。ゲームでも素材が欲しいから魔物を狩る、というものがあったりするが、やっていることは変わらないのではないだろうか。
『さて、行くか。その姉ちゃんも来るのか?』
『ああ。俺一人で行かせるのは心配らしい』
『ハハッ、まあ兄ちゃんは無警戒すぎるから心配されたんだろうな!まあ、兄ちゃんは強そうだから問題ないだろうがな! よし、行くか』
「義兄さん、行くのかしら?」
「ああ。ついて来いだと」
「ふーん。……ゴブリン、変な動きをしてみなさい。即座に丸焼きにしてやるから」
『……何て言ったんだ?』
『変な動きをしたら丸焼きにするんだと』
『怖いねえ。まあそのくらい警戒されるのが当たり前ではあるか!』
ハッハッハ!と大笑いしながら歩き出すゴブリンに続いて洞窟の階段を下りていく。
中は松明が等間隔で壁に設置されており、割と明るい。
見回す限りでは不意打ちできそうな物陰もなさそうだが、ローゼル様にばかり心配をかけさせるのも申し訳ないため、素人ながらに周囲に気を配っておく。
『そんなに見回したところで、あんたらを襲うような指示は出していないからな』
『いや、単にゴブリンがどんなところに住んでいるのかが珍しくてな』
『まあ確かに、人間からしたらわざわざゴブリンの暮らしなんて気にしないか』
『ゴブリン族は人間の暮らしに興味があるのか?』
『そりゃあ、俺たちは俺たちで便利だと思うものは取り入れていきたいからなあ。人間の暮らしは、俺たちの暮らしにはなかったものが多くあったから、真似できるものは真似しているってところだな』
まあ、結局真似事でしかないんだがな!と松明をポンポンと叩きながら話すゴブリン。
なるほど、この松明もゴブリンが人間の暮らしから真似をしたのか。
しかし、文明を真似できるということは、ゴブリン独自の文化も出来ていそうだな。
『さて、ここだ』
しばらく歩いた後、開けたところへ着いた。
真ん中に少し大きめの焚火があり、近くに何匹かのゴブリンがいた。
……俺を案内してくれたゴブリンに比べると全体的に少し小さく見える。
『に、人間!?』
『なんでこんなところに……!?』
『待て、ボスが連れて来たってことは?』
何やらコソコソ話しているが、まさか俺に通じているとは思うまい。
『ボス、こいつらは一体何者で?』
『俺たちの依頼を受けてくれるっていう人間だ。俺たちが何もしなければ大丈夫だ』
『……ボスがそう言うなら』
『ああ、そうだ。ニケを呼んできてくれ』
ゴブリンもゴブリンで、俺たちが来たことに動揺しているらしい。
……そういや今誰かを呼ぶように言っていたが、ゴブリンにも、名前を呼び合う文化があったんだな。
『へい親分、一体何の用……なんで人間がここにいるんで!?』
『いや、お前に依頼を貼るよう頼んだ結果こうなっているわけだが』
『一体どういうことで!?』
『いや、人間の街の依頼書を貼るところにお前が貼ったんだろう……?』
『……ああ!? なるほどそういうことか!』
「落ち着かないわね……」
ローゼル様がきょろきょろしながらぼやく。
まあ、俺以外に言葉が通じないし、元々ゴブリンは敵という概念があるから仕方ないところではあるか。
「まあ、落ち着け。特に敵対するつもりはなさそうだからな」
「……それでもよ」
うーん、気を張りすぎと思うのも、俺に危機感がなさすぎるが故かもしれんな。
そう呟くと足を踏まれた。自覚しただけ偉いと思ってほしいのにこの仕打ちは酷い。
『すまん、待たせたな。こいつが依頼書を貼りに行ったニケだ』
『あんたらが俺たちの依頼を受けてくれたって本当か?』
『ああ、これだろ』
『えっ?』
依頼書を渡そうとすると、周囲から何故か目を向けられた。一体なんぞや。
『おい、人間が俺たちの言葉を使っているだと?』
『一体どういうことだ!?』
ああ、そういやそうだったな。他のゴブリンは知らないんだった。
『落ち着け、この人が俺たちの言葉を理解できたおかげで、今ここに来てもらえているんだから』
俺たちを案内してくれたゴブリン……もう長いし、周りから呼ばれているからボスでいいか。
ボスが周りをなだめてくれている。
そのおかげでどうやら俺たちを見る目も少しだが柔らかくなったようだ。
『なるほど、同族の言葉がわかる人間がいるのは驚きだったが……確かに心強いな』
『ああ、確か……ニケだったか。よろしく』
『……本当に通じてるんだな。やれやれ、驚きだぜ』
『ちなみに、こっちの姉ちゃんには通じていないようだからな』
『そうなのか……まあ、よろしく頼むぜ、姉ちゃん』
ニケが律義にローゼル様に頭を下げた。
「え、えっと?」と戸惑うローゼル様に彼らの言葉を伝えると、「その、ご丁寧にどうも……」と、お辞儀を返していた。
『さて、早速だが依頼の話に移らせてもらおうか』
しばらく交流(俺が他のゴブリンに絡まれていた)した後。
各々が適当に腰を下ろし、ボスの話に耳を傾ける。
『今回、前々から起きていたアンデットの襲撃に関してだが、以前ニケに依頼を出してもらった。来てもらえると思っていなかったが、奇跡的に言葉がわかる人間に来てもらうことが出来た!』
『おおおおおおぉぉぉっ!!!』
「な、なんなの!?」
ローゼル様が突然の雄たけびに驚いているが、まあ仕方ないね。
頭を撫でることで少し落ち着かせることにする。代償は俺のつま先へのダメージ。
痛い痛い。恥ずかしいからってそんなつま先だけを的確に踏み抜かないでくれ。
『では、今回の依頼を受けてくれた人間たちだ! こっちへ来てくれ!』
さて、作戦会議開始だ。
また違うのも投稿したいってなってるけど頑張りたいね。
モチベください。
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ゴブリンクエスト3
作戦会議は割とすんなり終わった。
まあ、何故か俺が名乗った時にざわついた気がするんだが、気のせいだと思いたい。
あのボスですら、「お、おう……?マジ……?」と呟いてたように思うが、さすがボスなだけあって、すぐに気を取り直して話を続けてくれた。
ローゼル様からも「義兄さん……」と憐みの目を向けられたんだけど、何がダメだったのだろうか。お兄さん、ちょっと納得いかないよこれぇ!
そんなこともあったけど、私は元気です。
ちなみに、作戦会議の結果、俺とローゼル様で件の場所への偵察へ行くことになった。ゴブリンたちは既に何回か向かったことはあるものの、ほぼ毎回平穏無事とはいいがたい結果らしい。だから危険を冒してまで依頼を出しに行ったというのも納得ができる。
「義兄さん、準備は出来てます?」
「ああ、とりあえずは」
荷物らしい荷物は特にない。いつも通り装備は身に着けているし、それ以上のものはローゼル様が持ってくれている。
というのも、魔術師だからという謎の理由で問答無用に道具袋を奪われたと思ったら手元から消えていた。何が起こったのかわからなかったし、今でもわからない。きっとこの世界の常識だろうから、下手に突いて俺がグラフさんじゃないということがバレる方が怖い。
「じゃあ行きましょうか。確かここからしばらく歩くのよね」
目指すはゴブリンの拠点から山頂を目指す途中にあるらしい。
行けばわかるとのことなのだが、詳しく教えてくれなかったのだが何故なのだろうか。
何かシャーマンと自称しているゴブリンがめちゃくちゃ唾を飛ばしながら場所と、持っていた札について力説していたのだが、彼が関係しているのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると。
「……ここね」
「……ここだろうな」
謎の札が大量にばらまかれている開けた場所が見えた。
きっとシャーマンが必死にばらまいたのだろう。効果のほどはわからないが、目印としては役に立ってくれていた。
「何もなさそうだな」
「……ええ」
念のために剣を抜いて、その場所に踏み入れる。
割と広範囲に札がばらまかれており、この空き地一帯を囲むようになっている。
まるでこの中に閉じ込めようとしているかのようである。
「……義兄さん!」
「ああ」
ローゼル様の叫びに、気のない返事を返しつつ、背後に剣を無造作に降る。
グシャア、という何かが潰れたような音。
振り向いた先に音もなく背後に立った何者かの倒れ伏した姿がそこにあった。
自然とローゼル様と背中合わせに立つ。続々と音もなく地中から何かが現れる光景がそこにあった。
「……これが例のゾンビ、ですね」
「だろうな」
数にして二十ほど。しかし、それは地上に這い上がってきた数であり、まだ続々と地中から出てこようとしているのが見える。
「背後を取られたらマズいです。離れないでくださいね」
すごく頼りになる義妹様に心中で滂沱した。お兄ちゃん、成長を見られてうれしいよ。
なお成長する前を知らないけど、そこのところは今はどうでもいいよね。
「まずは……Fウェーブ!」
熱波がゾンビを襲い、燃え尽きていくゾンビ。しかし、燃え尽きた後には新しいゾンビが這い出てくる。
ちなみにローゼル様は技名だけを叫んでいるのだが、本来なら魔道士が術を発動するときにはもっと長ったらしい詠唱をしないといけないのだとか。それを一言に込めて放てるローゼル様は規格外の力量を持っているとかどうとか言うのを、エーミルさんがこそっと教えてくれた。ありがとうエーミルさんの知恵袋。
「Fフレーム!Fフレーム!」
燃えては這い出て、燃えては這い出てを繰り返す。
どうやらゾンビは際限なく出てくるようであり、ローゼル様がこのままずっと続けていてもいずれジリ貧になるのは目に見えた。
なので、動くことにする。
「ローゼル、クイック準備。自分にかけろ」
「……!? は、ハイ! クイック!」
補助をかけ終わったのを見て、剣を腰だめに構え、足に力を込め始める。
このクエストに出る前に、エーミルさんにグラフさんの技を聞き、時間がない中ではあったが、出来るようになった技を試すことにする。
「俺の後に続けよ」
「はい!」
そんなやり取りをしている間にもゾンビは迫る。もはや目の前でその腐った両腕を振りかぶり、こちらに叩きつけようとしたところで。
「……閃!」
横なぎに剣を振るうと同時に足の力を前方移動のために解放する。
目の前のゾンビは、耐久がそこまで高くないのもあってか、上半身と下半身がきれいに分離し、地に着く前に消滅し。
俺の移動した範囲にいた、後続のゾンビも同時に分離し、消滅をしていた。
消滅した先からまた這い出てきてはいるので、すごく気持ち悪い光景が目の前に広げられているのは仕方ないと思うしかないか。
まあ、俺の予想通りなら、今はこれ以上戦う必要はないとは思うが。
「義兄さんでもダメだなんて……!」
「まあダメではあるが……とりあえずは大丈夫だろう、見ろ」
ゾンビは再び群れを成して俺たちの元へ殺到するが、とある地点を境にして、消滅をし始める。
その場所というのが。
「お札……ですか」
「まさかあのシャーマンが本物だったとはな」
あの札が、さっきのシャーマンが撒いた封印だったのだろう。通りで力説していたわけだ。
「なるほど……ですが、これなら特にもう私たちが関与する必要もないのでは? 封印されているならもう問題ないでしょう?」
「いや、そうもいかないだろう」
おそらく、というかほぼ確実にあの結界は破られるだろう。
遅かれ早かれ、だ。
「とりあえず、みんなのところに戻ろう。ゾンビの出現傾向と対策を考える必要がある」
あのうさん臭いと思ったシャーマンが一番力を借りないといけないだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お前ら、無事だったか!」
アジトに戻るやいなや、ボスに迎えられた。
場所と起きたことを簡潔に話し、メンバー全員と話す時間を設けてもらえるよう頼んだところ、快く頷いてくれた。
一旦休んでからにしよう、ということで重い防具を外してから手ごろな空間に腰を落ち着ける。
ローゼル様も魔力の消費が激しかったからだろう、文句も言わずに俺の隣に腰を落ち着け、ため息をついていた。
「疲れたか?」
「……そうね、さすがに」
なんとなく訊いてしまった俺に、律義に返してくれた。
見ると、壁にもたれて半分目が閉じかかっているローゼル様。
「今のうちに寝ておけ。時間になったら起こす」
「……ん」
こてん、と。
腕に頭を預け、ローゼル様が寝入っていた。
頭の位置を調節し、首が痛くならないようにしてやっていると、近くに二人ほどのゴブリンが毛布を持ってきてくれた。
礼を言って受け取ると、そっと離れていった。
おそらくボスが数ある中で綺麗なものを持たせてくれたのだろう。
少し汚れはあるものの、酷くはないそれを掃ってローゼル様の肩から羽織らせようとするものの、上手くいかない。
ならば、と思い、頭をゆっくり膝に下ろし、極力変なところに触らないように気をつけながら身体を仰向けにしてやり、毛布をかけてやる。
「……後で怒られるかなあ」
まあ怒られたときはそれはそれで仕方ないと諦めよう。
変な体勢で寝て、調子を崩されるよりはよっぽどいいだろう。
俺自身も後に備えて、気は張りつつも脱力し身体を休めることにした。
こんなことしたことはないのだが、休むコツをグラフさんは身に着けていたらしく、エーミルさんに話を聞いて試したことで出来るようになったのはありがたいものだ。
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兄さんの肩にもたれかかったところまでは覚えていたのだが、気が付けば仰向けに寝かされ、頭が膝の上にあるという状態だった。
ぼうっとした頭でそれだけを理解する。
「……起きたか?」
義兄さんが私が起きたことに気づいた。
頭に優しく手を乗せ、撫でてくれているのが気持ちよく感じる。
「ん……」
「まだ時間はある。まだ寝ていてもいいぞ」
「うん……」
そう言ってくれたから、ありがたく再び目を瞑る。
寝ぼけているようにここまで振舞えたのは、我ながら偉いと思う。
(待って待って待って!? 義兄さんの膝枕!?)
ただ、内心はそうでもなかったのだが。
頭は完全に状況を理解し、若干覚醒している。それどころかオーバーヒートを起こしかけている。
顔が熱くなっているのがわかるんだけど、バレてないわよね!?
(あ……毛布もかけてくれたんだ)
毛布をかけるために寝かせてくれたのか、と理解する。
それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだが。
(これは……たまにはいいわよね)
「う……ん……」
寝入ったふりをして、義兄さんのお腹の方に寝返りをうつ。
義兄さんのにおいや温かさを顔で感じる。
(なんだろう、すごく安心する……)
義兄さんのことは正直苦手だった。
魔術師はいらないと、にべもなく騎士団に入ることは断られ続けた。
いくら訴えても、義兄さんは顔色一つ変えることをせず、淡々と切り捨てられた。
その頃あたりからだろうか。義兄さんが苦手という意識が怒りに変わり始めたのは。
ずっと義兄さんに勝てたら入団を認めてもらうという条件をつけて喧嘩を吹っ掛け続けるものの勝てることはなく。
そんな日々が続いたある日、義兄さんの雰囲気が変わった。
いや、
頑固一徹だった義兄さんが影も形もなくなったかのよう。
本人は今までと変わりないように振舞おうとしているのはわかる。
実際、その努力があって騎士団の人にはほぼバレていない様子である。
気づいているのは、エーミルさんくらいか。あの人は勘がいいし。
しかし、隠しきれていない部分が今までになく優しいのだ。
言葉、表情、態度。
これまでの義兄さんの言葉を借りるなら「甘さ」が出ているのだろう。
実際、騎士団長という立場にしては致命的な甘さが戦闘訓練にも見え隠れしていた。
だが、私はそれを好ましく思っている。
義兄さんが、私の知っている義兄さんに戻ってきた感じがして。
最後すごく適当になった感じがするので、気が付いたら追記されてる可能性があります。悪しからず。
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