Dr.Monster~科学でモンスターの謎を暴け~ (アママサ二次創作)
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第1話 目覚め

性懲りもなく新作。
モンハン世界をゲームとしてより世界観とか異世界として好きなので、モンスターの素材なんかを千空が調べて利用して村、街を作っていくのとかめちゃくちゃ面白そうだななんて思っちゃいました。


 その日人類は石になった。

 

 

******

 

 

 3000と700年ほど。全ての人類が石化してから地上に人類の姿は無く。

 

 変わって竜達が生態系の頂点として君臨し、自然の中を歩いてきた。

 

 そんな中に。今。

 

 1人の男が、目を覚ました。

 

 

******

 

 

 バラバラリと。そんな音が聞こえそうな様子で視界が開け。続けて、3700年の間感じなかった外気に触れる感覚が手の先から伝わってくる。

 

(破れたか。元気に叫びたいところだが……最優先は現場の保全だ。俺の体自体が、この現象の謎を解く鍵になる)

 

 3700年間。カウントを途絶えさせる事無く意識を保ち続けた石神千空は、目を覚ましてすぐに、自分の石化していた場所とその周囲を保全しようと体を起こし。

 

 あるものを目にして一瞬動きを止めた。

 

(なんだ? 沈み方からして足跡か? いや、ありえねえ。んなことより現場の保全だ)

 

 千空が目にしたのは、彼の石化していた場所から2メートルほど離れた場所にある巨大な跡。千空の身長ほどある大きな跡が地面に出来ていた。目に見える範囲で2つ。連続して出来ているそれに一瞬ありえない想定が浮かぶが、それを振り払って千空は自分の倒れていた場所を石で囲い、石片を一箇所に集めておく。

 

 そこまでしてようやく、先程見つけた気になるものに再度視線をやり、今度は近づいた。

 

 下生えの向こう側に隠れて見えなかったが、2つ連続しているように見えたそれは2つどころではなく。右から左までずっと続いている。

 

(おいおい何だこれは。等間隔に出来た跡。左右に離れてるとこから見て四足動物なのは間違いねえ。だが、なんだこのサイズと形状……見たことねえ)

 

 今現在千空のいる日本で考えられるとすれば、大型の動物は熊。それに動物園から逃げ出したものが生き延びたと考えれば象とキリン。

 

 今目の前にあるその足跡は、そのいずれとも違い、また大きすぎた。

 

(20、いや15メートル……そんな生物が出現したのか? 進化、いや突然変異か)

 

 なんにしろ。

 

「唆るぜこれは」

 

 石化の謎もそうだが。3700年の間に自分の知らない生物が出現しているらしい。それが千空の好奇心を掻き立てた。

 

 とりあえず探すべきは水辺。だが。目の前の足跡は新しい。一瞬の思考の末千空は、目の前の足跡を追うことを選んだ。

 

 足跡を追って森を抜けつつ、途中で蔦を引きちぎって腰に巻く。

 

(んあ? んだこの木……植生が変わったのか? つか見たことのねえ植物が多いな)

 

 足跡追って15分ほど。

 

 10メートルほどの崖の下。それは、千空の視界に飛び込んできた。

 

(あー……こりゃ夢だな)

 

 広い背中は白い毛に覆われ。体表は四肢や胴体から見て青色なのだろうが、その上を全体的に黄色い棘のようなものが覆っている。体を丸めているのでわかりづらいが、おそらく頭部である部位には一対の黄色い角。さらに尻尾が太く非常に長い。

 

 千空の知っている動物とは様々な点で異なる特徴を持つ巨大な何か。

 

(ってふざけてられねえな。こんな生物がいるんじゃあ……)

 

 目の前物理的にありえないとかいった考えは非合理的である。いるならばいるとして考えるのが千空のやり方だ。

 

 そんな生物を見下ろしている千空は、冷静さを失っていた。それも仕方が無いことだろう。永遠とも言える時を数え続け意思を保ち。目を覚ましてみればこれである。

 

 だから気付くことができなかった。

 

 生物が進化して目の前の何かが生まれたのだとすれば。

 

 それが1体ではないということに。

 

 上から巨大な何かを見下ろしながら思考していた千空をこれまた巨大な影が覆う。そして、気を抜けば飛ばされてしまいそうな風が吹き付けた。

 

「なんっ……!」

 

 飛ばされないように体を低くしながらも振り返った千空は、そこでまた信じられないものを目撃する。

 

 崖の下にいる存在することすら信じられないような何かとほとんど同じ大きさの赤と黒の何かが。

 

 翼を広げて千空の頭上を飛んでいるのだ。

 

「嘘だろ……! そのサイズで飛ぶのか……!」

 

 それも滑空するのではなくしっかりと羽ばたいて飛んでいる。そのありえない姿に呆然となる千空に対して。

 

 未知の存在を見つけた空の王者は咆哮を上げた。

 

『GrrGHYAAOOO!!』

 

 筆舌にし難い大爆音。虎やライオン。かつての世界で肉食生物の頂点にあったやつらが可愛く思えるような咆哮。その大音響に千空も思わず耳を抑え、体を丸める。

 

 そこで、千空の命は終わった。

 

 

 かに思えた。

 

「戦って……? ってそれどころじゃねえ!」

 

 今のうちに少しでも遠くへ逃げなければ。そう考えた千空は、目の前の恐ろしくも興味深い戦いから目をそらし、崖沿いに2匹から距離を取って走り始める。転ばないように慎重に、けれど少しでも急いで。

 

 あの瞬間。体を丸めた千空に対して赤いワイバーンがその鉤爪を使って襲いかかったとき。

 

 直前の咆哮で目を覚ましていた崖下の何かが崖を飛び上がり、空中にいる何かに対して体当たりを敢行したのだ。そしてそのままもみ合いとなり、格闘戦を始めた。

 

 その振動と音を背中に感じつつ、千空はそこから逃げ出したのだ。



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第2話 火起こし

「んなんっだありゃあ……! 何がどう進化したらああなる! しかも進化の規模の割に時間が短すぎる! っつかあのサイズであの動きはありえねえだろ! どういう理屈だ……?」

 

 千空の言う“ありえない”は。

 『ありえないから信じない』ではない。

 『自分の知っている常識の中では存在しえない。ということは自分の知らない何らかのルールがあるはずだ』。

 

 そういう、現実ではなく自分を疑うための“ありえない”なのだ。

 

 まず進化元や進化の速度もそうだが。あの大きさであそこまで素早くまた大きく動くというのが千空の常識を超えていた。

 

 巨大な生物『恐竜』の代名詞であるティラノサウルスは、時速5キロ程でしか移動できなかったという。そう考えられる理由は色々とあるが、そのうち主となる理由の1つとして、『ティラノサウルスの体が、あの巨体を走らせる衝撃に耐えられない』というものがある。

 

 他にも、特撮の光の巨人に関する話もそうだ。ものが大きくなるとき、この世界の重力や体積の関係でいえばそのままの比率で大きくなるとバランスを保てない。面積が2乗で計算される一方体積は3乗なので、もとの値が大きくなるほど体積が莫大な数字になっていくからだ。

 

 即ち。巨人を考えるなら、人間よりも遥かに体に対して巨大な支えがいる。

 

 そういったルールから考えると、千空の遭遇した2体は遥かにその想像を超えていた。

 

「唆るぜ……つってられねえな。猛獣なんてそうはいないと思ったが……」

 

 現代日本における猛獣なんてたかが知れている。危険なのは熊ぐらいで、後は動物園から逃げ出した猫科の奴らぐらいのものかと思っていた。

 

 だがああいうのが他にもいると考えると、もはや猛獣どころの騒ぎではない。絶対的な死である。

 

(つっても出来ることは限られる。まずは火の確保……のための石器の確保か。鋭利なものがねえと話になんねえ。飯は……魚か野生動物か果物か。つかあんなのがいるなら野生動物も魚も滅びてんじゃねえのか?)

 

 今のところ、鹿や猪、兎といった狩の対象となる動物はほとんど見つかっていない。鳥は今まさに目の前を一匹飛んでいるので、いなくなっているということはなさそうだが。

 

(奴らがいるってことはその餌はいる。ただそいつが俺の手に負えるかどうか)

 

 一番悪いのは、千空の立ち位置が生態系の最底辺となることである。逆に言えば、上位が高い位置にあっても兎のような草食動物がいればやりようはある。

 

「となると……川だな」

 

 まず第1は水の確保。続いて食料だ。衣食住の確保が現状の千空にとっては最優先事項となる。千空の大好きな研究も開発も、命が無ければやっていけない。

 

 取り敢えずの目標を立てた千空は、まずは川を探して歩き始めた。先刻黄色と青の巨大な生物を見下ろした際、そこから千空の逃げた先の低い位置に川が流れているのを確認していた。ひとまずはそこを目指す。

 

 水は、大事だ。人は水が無ければ3日しか生きられない、なんて言われているが。万全の状態で活動できる時間はそこから更に短くなる。更に不衛生は病を生む。特に清潔に慣れた現代人にとって、水は欠かせない。

 

 裸足であるため足元が柔らかそうな草になっている場所を選びながら歩いていくと、やがて川へと行き着いた。見たところ水は綺麗そうである。というか、3700年もあれば多少の汚れなんてものは浄化されてしまうのだろう。

 

「あー水がうめえ」

 

 川に寄った千空は、まず水を何度か手にすくって飲んだ。体力0の千空にとっては、ここまで30分ほど自然の中を歩くのもそれなりに体力を消耗する活動だったのである。

 

(取り敢えず水の確保は出来た。なら次は……火を焚いて大丈夫なのか? いや、どっちにしろ火がねえと飯も食えねえんだ。最低限火をつける方法を確立しとかねえと)

 

 先刻の生物を思い出して火を焚くことを一瞬躊躇するが、火は文明の基本である。食事は当然のことながら、他にも科学文明の発達には欠かせないものなのだ。金属を酸化物から取り出したり、液体を蒸留したり。火が無ければ科学は始まらない。類人猿からの人類の進化も、火が使われるようになってはじめて起きたと言われてる。

 

(きりもみ式じゃあ流石につかねえだろうな。俺には体力はねえ。とするとひも使うしかねえが……やってみるか。トライ・アンド・エラーだ)

 

 再度近くの森に入った千空は、太めの木の割れた欠片と細い木の枝、それに腰に巻いているのと同様の蔦を持ってくる。それと石を用いていわゆる紐錐式火起こしというのを試してみようとしたが。

 

(無理だな。弦には柔軟性がねえ。となると……繊維をなんとか取り出してみるしかねえな)

 

 紐として扱うにはそのままの植物の弦では不完全で、火起こし以前に上手く木の枝に巻きつけることが出来なかった。

 

 そこで、植物から取れる繊維を利用して紐を作ることを考えたのである。

 

(どうする……取り敢えず素手で割いてみるか)

 

 蔓の外皮から順に手でそーっと剥がしていく。紐にするからには多少の長さが無ければ意味がない。ガサガサな外皮部分が繊維として機能するかはやってみるしか無い。

 

(あー、駄目になるとこも多いが長い状態で取り出せる部分もあんな。これが繊維、だな。ちーとばかし量が足んねーか)

 

 持ってきた蔓を裂き終えた千空は、それを飛ばされないように近くの丸い石に巻きつけておき、再度森に入って複数の蔓を回収してくる。そして再び同じように繰り返す作業。

 

 集中することで空腹をガン無視していたが、既に昼時は大きく過ぎている。

 

 作業を続けること6時間ほど。なんとかある程度揃った繊維を今度は撚り合わせてより太い紐を作る。この作業は単純で時間がかかるものの、失敗する心配は無かった。

 

「よし……これなら大丈夫だ」

 

 完成した紐をある程度触ってみた千空は、それが火起こしには十分使えそうなことを確認し、先程拾ってきていた湾曲した木の枝の上と下側に結びつけ、弓のような形をつくった。

 

(こりゃ石器もすぐに必要だな。道具なしじゃあ木の加工が死ぬほど面倒くせえ)

 

 そんなことを確認しながら火起こしに必要な道具や薪を揃え、ようやく。

 

(文明は火から始まった。ならまた俺がここから。最初の火から文明を初めてやる)

 

 セルロースが出すガスの酸化による発熱。

 

 そして発火。

 

 人類だけが火を操る。

 

 夜になる直前にようやく灯った焚火の前で、千空は大きくガッツポーズをした。




もともと原作の火起こし周りの描写は納得いってなかったので自分なりに書きました。Dr.STONEがそのあたりの細かい描写を省いて多くの人が読みやすい漫画を目指しているのは理解できるんですが、だからこそサバイバルやものづくりの描写が好きな自分は気になってしまいました。

そんな自分がひたすらサバイバルだったり自然の中での生活をする主人公を書いた一次創作を張っておくので、是非読みに来てください。


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第3話 かわいいアイツ

 火をつけることに成功した翌朝、即ち目を覚まして2日目。火を絶やさないようにと数時間おきに起きては集めていた薪をくべていたので十分に休めたとは言い難いものの、休んではいられない。

 

 まだ裸でいるにはいささか寒い朝の冷気に身を震わせ。大きく伸びをした千空は、視界の端に写った物を見て動きを止めた。

 

 灰色の表皮に、背中のヒレなど一部に黒い線の入った数匹の生物。まさしく恐竜であるように見える生物の群れが、千空の反対側の岸で川の水を飲んでいた。

 

 それを刺激しないようにそっと立ち上がった千空は、じっくりとそれを観察する。

 

「パラサウロロフス、だっけか? 恐竜が蘇ったのか?」

 

 人類が生まれる遥か以前に死んだとされている生物。現代ではその痕跡として残るのは化石ばかりだ。それが生き返っている。目の前の生物が大昔の恐竜と同一の生物だとすれば、1つの仮説が立てられる。

 

 『石化光線が影響を及ぼしたのは、人類と燕だけではない』。

 

 それは、考えてみれば当然のことだ。そもそも燕の石化すらが、人類に影響が起きてないときには既に発生していた。そうすると、石化光線の影響に優先度、あるいは影響に対する耐性のようなものが存在していてもおかしくはない。そしてそれが、人間よりもより耐性の高い生物が存在した場合、人間が石化した後に何かしらの影響が発生した可能性もある。

 

 そして、石化、というのがあくまで人間と燕に対する影響であるだけで、他の生物に対しては別の何らかの変化を及ぼしている可能性は当然のことながらある。

 

 今は、そうした仮説は立てたところで検証の出来ない、言ってみれば無駄なものだ。

 

 だが発想というのは浮かべようとして浮かぶものではない。逆に、特にそのことについて考えていないときにふと浮かぶことはよくある話だ。だからこそ、浮かんだ考えはその都度整理して、記憶しておく必要がある。

 

 川の向こう側の恐竜のような生物のうち特に大型の個体、おそらくは群れのボスか親であろう個体は千空のほうにちらりと視線を向けたが、『フモ゛ーウ』という鳴き声をあげてすぐに視線をそらした。千空が危険な相手だと認識されなかったのだ。

 

「昨日みたいなのが水飲みにくるとしたらここにいるのもちとまずいか……」

 

 一瞬考えて、千空は寝る場所や焚火の場所を変えることに決めた。水場は生物が集まる場所である。それに比べれば、そこから多少とはいえ離れた場所の方が一応の遭遇の頻度は下がる、はずだ。生態系が変化している以上その常識が間違えている可能性もあるのだが。

 

「さてと、まずは石器だな。後は食い物。魚はいるんだがな……」

 

 ぼやいていても始まらないので、河原や水中からいくつかの石を拾い上げて取り敢えず石で石を叩いて割ってみる。この状況での怪我は治療の手段が無いので、指を打たないように細心の注意を払う。

 

 石を無駄に砕くこと数回。ある程度石の割り方の法則が見えてきた。割るというよりはえぐり取る。そして面と面ではなくなるべく端と端をぶつけ合って削り取る。さらにはある程度の形が出来たら、大きな岩の側面に出来かけの石器をこすりつける部分で少しずつだが削っていく。砥石のようなものだ。

 

「くっくっく、意外と楽しいじゃねえか」

 

 試行錯誤。調べまくり、試しまくる。かつては様々な書物などの情報と最新機器でやっていたそれを、今は素材と自らの身体という原始の道具でやる。

 

 だが、やることは変わらない。ひたすらに調べ、それを記録し、今度は違うことを試す。その繰り返しを人は科学と呼ぶ。

 

 昼頃に一旦休憩して火を焚きなおし、再度石器づくりに励んでやがて夕方を迎える頃には複数の石器を完成させることが出来た。斧やナイフに近いもの。それらがあれば、今後木の利用や、それこそ先程見つけたような肉になる動物を狩るのも可能になる。もっとも先程のあれは、大きさからして狩られる可能性も高そうではあるが。

 

「あーくぞ。腹減ったな」

 

 結局今日も一日ツールづくりに時間を取られたために食料を探すことが出来なかった。水の確保は出来ているとは言え、食料の方もなんとか、それこそ山菜やきのこなどでも良いので見つけなければ行けない。

 

 千空がそんなことを考えているとき。

 

 

 ガサガサ。

 

 

 千空の後ろの茂みが音を立てた。

 

「動物か?」

 

 その音に千空は身構える。うさぎや鹿などの小動物であれば良いが、これが熊やあるいは考えたくないがライオンであった場合。シンプルに食われる。

 

 そう考えた千空は静かに焚火の側から離れて後ずさりを始める。背を向けて走って逃げ出すのが、熊などを刺激すると聞く。なるべくそっとその場を離れよう。

 

 と。

 

 茂みの向こうから小さな何かが飛び出してきた。

 

『ニ゛ャ゛ッ!?』

 

 茂みに引っかかったのか、顔から地面に突っ込み悲鳴のような声をあげたそれ。柔らかそうな灰色の毛並みをした、千空の腰ほどの大きさの生物。その鳴き声は非常に聞き慣れたものだが、視界に入ってくる情報が千空を混乱させた。

 

(猫にしちゃあ、でかくねえか?)

 

 そう考えているうちに、地面に突っ伏していた、というか勢いよく地面に顔面を埋めていたそれは顔を引き抜き、ブルブルと身を震わせる。

 

 それは、たしかに猫であった。少なくとも顔つきなどは、千空のよく知る猫に類似していた。

 

 そしておそらく持ってきたのであろう体の下に転がっていた木の枝に刺さった魚を。

 

 

 “()()()()()()()()。”

 

 

「は?」

 

 

 千空が思わずそう声を漏らしてしまったのは仕方の無いことだろう。そもそも、猫が両手を使うというのが千空の常識から大きく外れていた。

 

 一方の猫も、そこで千空の存在にようやく気づいたのか、『ミャ?』と可愛らしい声をあげて首をかしげている。人間に対する恐怖心や警戒心というのは持っていないらしい。もっとも人間が3700年の間不在であったことを考えれば、人間の存在なんて知っていても覚えていないだろう。

 

 千空がそのまま動かないままでいると、猫は焚火の側へと近づいていき、そこに魚の刺さった串を突き刺す。

 

 それを見た千空に再び衝撃が走る。

 

 この動物は。

 

 火の利用を知っている。

 

 

 火の側に魚を立てて焼き始めた猫は、その後千空の方へと歩いてきた。四足歩行の状態にも2足歩行にも慣れるらしく、千空の側まで来ると通常の猫の歩きから体勢を起こして二本足で立ち上がった。

 

 そして千空の方を見ると、恐る恐るといった感じで手を伸ばし、その足や腕などをポンポンとたたき始める。初めて見るものにたいする好奇心、と言ったところだろうか。

 

 それを驚かさないように千空も手を動かして、そっとその猫の頭部を撫でる。すると猫らしく目を細めて喉を鳴らしているのが聞こえた。手を使ったり火を使ったりとしているものの、どうやら猫としての特性も持っている、らしい。

 

 やがてそれに満足したのか、猫は再度魚のところへいくと、それが焼けているかどうかを確認している。そしてそれに食らいついた。

 

 取り敢えずそれの危険性が低いことを確認した千空は、自分も焚火の側に座り込む。腹が減っている状態で目の前で何かを食べられているのはなかなかに拷問だが、かといって暗くなりつつある森を歩く勇気も、目の前の得体のしれない生物に喧嘩を売る勇気もない。というか、体力ミジンコの千空では普通に喧嘩したらボロボロにされる。普通の猫ですら、本気で喧嘩をすれば人間を圧倒できるのである。

 

 

 と。

 

 

 先程からチラチラと千空が見ているのと同じように千空の様子を伺っていた猫が、食べかけの魚を持って千空の方にやってきた。そして千空にそれを突き出してくる。

 

「俺にくれるのか?」

「ミャー?」

 

 千空の話した内容を理解している様子はないが、千空が魚に手を伸ばしてもそれを引っ込めること無く、千空が掴むと猫はそれから手を離した。火が通ってるのを確認して千空がそれにかぶりつくと、猫は『ミャー』と満足気な声で鳴いている。そして、千空に背を向けて森の中へと消えていった。

 

「なんだったんだありゃあ……猫がああ進化したのか? 猫人、って言えば良いのか?」

 

 暗くなりつつある中で、再度魚を火にあてて火が通ってない部分を焼きながら、千空は今しがた出会ったばかりの生物について考える。

 

 目覚めてからここまで、赤い空飛ぶ怪獣に、黄色と青の怪獣、それにパラサウロロフスに類似した動物、そして二足歩行する猫。

 

 生態系が大きく変化したのは確実だ。そしてその原因には、おそらく自然進化ではなく、あの石化光線がある。人間が猿から類人猿をたどって新人に至るまで、数万年以上の時間がかかっている。それと比較すると、例え猫が類人猿と同じような進化のルートをたどるとしても、いささか進化のペースが早すぎる。

 

「どういう基準で影響を与えてんだ?」

 

 一見無作為、無茶苦茶に見えるものでも、この世のものである以上そこには必ず何らかのルールが存在する。その何らかのルールに則って石化光線が影響を与えた。

 

「そもそも……これは誰がやったんだ?」

 

 石化光線の影響の基準や法則もそうだが、そこもまた謎である。これほど大きな影響を与える何か。どこかの科学者が実験でやらかしたのか、あるいは人類以外の何者か、例えば敵対的な宇宙人が放ったのか。他にも、ウイルスなど自然由来の何か、であるかもしれない。

 

「あの瞬間光線が来た方角……地平線の向こうってことはかなり遠くだな。なんかあんのか?」

 

 千空は考えることをやめない。

 

 と。そうしてしばらく考えていると、先程の猫が戻ってきた。今度は何かを腕に抱えている。千空の目の前に置かれたそれは、きのこや木苺などの食べ物であった。

 

「くれるのか?」

 

 そう答えても返事はないが、代わりに木苺を千空の口元に突き出してくる。おそらく先程魚を見ていたせいか、千空が空腹であると認識されているのであろう。

 

 ありがたいことなのでそれらをもらい、火を通さなければならないものには火を通す。

 

 

 

 この石化した世界で。

 

 1人で文明を立て直そうと思っていた千空に、奇妙な仲間が出来た。




アイルーの登場、千空に親切か、ただの動物か、とか、そもそもアイルーの文明レベルどれぐらいにしようかなとか思いましたが、文明レベルは火を使うものの原始的で千空には親切、なぐらいにしました。

この小説では千空はひとりじゃないよ!





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第4話 器用な猫たち

「よーしお前らツリーハウスの続きやんぞー」

『『『『ニャー!』』』』

 

 千空が指示を出すと、4匹の二足歩行する猫が片手を突き上げてそれに答える。そしてそれぞれに石斧を手に、ツリーハウスづくりへと向かっていく。向かっていくと言っても、ツリーハウスの設置場所は千空と猫たちが夜寝ていた木の反対側だ。かなり大型で枝を広げた木が生えており、その上に家を立てようとしているのだ。

 

 一方猫たちを送り出した千空は、朝日が当たる位置に木の板とそれに乗せた獣の皮を晒す。当初の予定としては、食料の確保、衣服の確保、そして住居の確保。優先順位を設けてやろうと考えていたのだが、妙な幸運によって人手ならぬ猫手が確保出来たのである程度同時進行で行っているのである。衣服の材料となるシカとガゼルの間の子のような動物は、千空の設置した罠によって捕まえることが出来た。

 

 皮の方は現在なめしの最終段階に入っており、後は乾燥させて燻せば加工が可能な状態になる。ここまで生きている動物を殺したり温かい血を吹き出す動物を石器でさばいたり、更にはなめしのために脳みそをすりつぶして使ったりなどとかなり……そうかなり精神に来る作業をしてきたが、それがようやく報われるのであろう。鞣し終われば衣服を作ることが可能である。それでようやく、この心もとない植物の腰巻きから解放されるのだ。

 

 革は乾燥させなければ次の工程に入ることが出来ないので、革を日光に干した千空も猫たちの後を追ってツリーハウスづくりに参加する。

 

 

 千空が目を覚ましてから2週間。当初予想していたよりも遥かにハイペースに、生活の基盤が出来上がろうとしてた。

 

 

******

 

 

 複数の2足歩行の猫たちと出会ったのは、2週間前。初めて一匹の猫と遭遇した日の翌日まで遡る。

 

 その日の朝千空は、顔にむずがゆさを感じて目を覚ました。朝方の冷え込む空気に身を震わせながら体を起こすと、隣には昨日遭遇した謎の猫のような生物がいる。おそらくこいつがむずがゆさの原因だろう。

 

「起こしてくれたのか?」

「ミャー」

 

 返答が返ってくるわけではないが、3700年ぶりに言葉を発し、一方通行ながらも誰かに話すというのはなかなかに心が癒やされることであった。

 

 立ち上がって大きく伸びをした千空がその日の予定に思いを巡らせていると、その足を猫が叩いてくる。そして千空の注意がそちらに向いたのを確認して、森の中へと走っていった。どこかに行ってしまうのかと思ったが、途中で立ち止まって千空の方を振り返って『ミャーゥミャー』と鳴いて呼んでいる。

 

「ついてこい、ってのか?」

 

 一瞬悩んだ千空だが、先日作ったばかりの複数の石器を持ってその後を追うことにした。正直、猫にもすがりたい気持ちである。それに、食料を簡単に確保してくれる相手は、できれば逃したくなかった。

 

 そこから一時間ほど。千空の方を振り返って気遣ってくれているとはいえ、相手は移動時は4足歩行の猫であり、森を歩くことに慣れていない千空と比較すると遥かに早い。ある程度を過ぎたあたりから既に千空はヘトヘトであったが、なんとかついていった。

 

 そして。

 

 視界がひらけた場所に到着する。周囲の森と比べて少しだけ視界の開けた場所の中央には、巨大な木が生えていた。その根本まで猫は走っていき、その木の向こう側に回り込んで何やら鳴いている。何かいるのかと訝しんでいると、木の影からひょっこりと猫が顔を出してきた。だがそれは、先程まで一緒にいた灰色の毛並みをした個体とは違い、黄金色の毛並みをしている。

 

 そしてその後ろから更に一匹。また一匹。合計で3匹の猫が頭を突き出してきた。それをぼうっと見ていた千空のところに、最初に出会った一匹が走ってくる。そして千空の足元で立ち上がると、自慢気に胸をはった。

 

「俺も群れに入れてくれるのか? ありがとよ」

 

 千空がその頭をなでてやると嬉しそうに目を細める。取り敢えず、しばらくは食べ物に困ることは無さそうだった。

 

 他の猫が最初にいた木の向こう側に回り込むと、木の枝や丸太を使って多少の風を防げる巣のようなものが出来ていた。流石に広さ的に千空が潜り込むとギリギリではありそうだが、それでも風を防げそうではある。更にその正面側には焚火があり、この猫のような何かが火を扱っていることも確認できた。

 

 それを見た千空は、ニヤリと笑みを浮かべた。どういう理由でこいつらが自分を味方だと考えてくれているのかわからないが、ありがたい、と。少なくとも多少の食と住は確保できた。であれば、今一番急ぐべきは衣となる。

 

「ありがてえ。存分に利用させてもらうぜ」

 

 

 

******

 

 

 

 そこからは、ひとまず川までのルートを開拓し、動物を捕らえるための罠を作成する。他にも正式な住居のための木材を集めるなど行っていたわけだが、更にこの猫たちに関して興味深いことが複数わかった。

 

 まず1つ目は、何の理由か千空になついていると、というか好奇心を持っているようであることだ。例えば最初の川は少し遠すぎるので他の水場を探して千空が歩き回っていると二匹が常についてきて、巣のある場所に戻りたいときには案内してくれた。

 

 2つ目は、千空が使っている石器や植物の繊維から作った紐に興味を示し、それを真似しようとする点だ。火を扱っていることなどからもわかってはいたが、かつての猫と比べて遥かに高い知能を持っており、その手の機能が変化していることもあって道具を扱うようである。

 

 更には、植物から繊維を取り出す千空の行動や石器づくりを模倣し、拙いながらも紐や石器まで作って見せた。手先が相当に器用であることも確かだ。罠も千空が作ったものに加えて、猫たちが作ったものが2つ設置されている。

 

 ただ一方で、もともとは道具などはほとんど利用していなかったようである。棍棒のように木の棒を持っていることは確認できたのだが、どうも火は絶やさないようにしているようであり、火をつけるのにきりもみ式などの方法を使っている様子は無かったのである。

 

「自然発火の火か? 猿人が初めて火を使った時みてえだな」

「ミャ?」

 

 言葉を理解しているのかわからないが、千空が何か独り言を言うとこうやって返事をしてくれるのは非常に可愛らしい。

 

 ともかくも、こうやって千空と猫たちとの共同生活は始まったのである。

 

 

 

******

 

 

「あーおい、それはそっちじゃねえ。長さが足りねえだろ」

「ミャ?」

 

 首をかしげる茶トラ模様の猫が床部分に使おうとしていた板を受け取って、それがその部分の長さには足りないことを実演してみせる。すると今度は木の板を積んでいるところへ行って、今持っていた板より長い板を持って戻ってきた。

 

「ミャ!」

「そうだ。それなら足りるだろ」

 

 猫たちは、こうやって知識を獲得して千空の手伝いをしてくれている。最近では壊れた石器を自分で修理したり、あるいは自作したりするぐらいにはなっている。繊維から紐を作るのは細かい原理を理解していないので繊維を取り出す段階で失敗していることが多いが、時々上手く行っているのも見かける。

 

 ただこうして手伝いをしてくれている猫たちだが、純粋なパワーに関しては千空の方が強いようである。重い木の枝などを持つ場合には千空が1人で持つものも複数匹で担いでいたりする。総じて、指先の器用な子供のようなものだ。

 

 

「おい、そろそろ飯にするぞ」

 

 飯、と。千空がそう口にすると猫たちはミャーと喜びの声をあげて集まってきた。飯、という単語はよく千空が口にする言葉なので、もうしっかりと食事だと認識しているようだ。むしろ勝手に食べてもいいのに、とも思うが、何故か千空の行動に合わせて行動してくれるのである。

 

 食事は猫たちの取ってきてくれたきのこ類と、千空の罠にかかった鹿のような動物の肉を燻製にしたものである。燻製はまだ猫たちが何をしているか理解していないようなので、早く覚えさせて猫たちにやらせて、食料の備蓄を作りたいところである。

 

 他にも、家と衣類が完成すればやらなければならないことはいくつもある。まずは塩の確保。今のところは熱中症のような症状にはなっていないが、塩は早い段階で確保しておかないとまずいものである。次に、土器。これは粘土質の地層を見つけるところから始めないと行けない。だが、様々なものの保管には器は無ければならない。そして一番最初に作ることができるのは土器なのだ。

 

 

 生活基盤を築くためには、必要なことが多い。

 

 そして。

 

 現在は猫たちの手を借りることで作業効率自体はかなり良くなっている。しかし、それはあくまで千空がしている作業の効率であって。

 

 作業を分担する、ということはまだあまりうまく行っていない。例えば千空が皮をなめしている間に、海まで行って塩を確保してきてもらう、というのは、猫に言葉が細かく伝わらない以上難しいだろう。

 

 つまり。

 

「やっぱり、人手がいるな」

 

 楽しそうに肉を炙って食べている猫たちを見ながらそう考えた千空は、午後に一度遠出することを決めた。




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第5話 It's Fantasy

 昼食を終えた千空は複数の石器を持ち、拠点から離れて移動を開始する。記憶をたどって、一夜を過ごした川を経由して最初に目を覚ました場所を目指すのだ。

 

 やはりと言うべきか、巣を離れて歩き出す千空に4匹の猫達は楽しげについてくる。途中でフラフラと離れていっては何かを拾って戻ってきてそれを千空に差し出してきたり、先に走っていっては千空の方を振り返ってみたりと、まるで落ち着きのない子供のようだ。その姿に思わず千空も笑みをこぼしてしまう。これが本当に人間の子供であったならそんなものは見せないのだが、相手は猫だからと気が緩んでしまうのである。

 

「おい、俺に手は2つしかねえんだ。そんなに持ってこられても持てねえぞ」

 

 千空も知らない大型のきのこや、何らかの効能を持つであろう草、石の塊など持ってこられるのだが、生憎それを受け取れるほど千空のキャパシティーは高くない。そんなに首をかしげられても困るのである。

 

(革袋を作るか……こいつらに物を集めてきてもらうのにも使えるしな。それかカゴを編むのもありか。どっちにしろ保存とかにも使えるしな)

 

 そんな思考を並列で行いながらしばらく歩くと、以前一夜を明かした川に行き着いた。雨が一度降ったものの焚火の後は完全には流れておらず残っているのが伺える。

 

 そしてその隣には、白い毛や黄色い欠片のようなものが落ちていた。見覚えがある。おそらくは、あの巨大な動物の痕跡だろう。

 

(危ねえ、拠点移しといて良かったぜ)

 

 ただ水を飲みに来たのか、それとも焚火に興味を持って近づいたのか。とにかく、あの巨大な生物がここに来たのは間違いないだろう。

 

 と。

 

 上空から何やら羽ばたく音が聞こえてくる。視線を上げると、巨大な何かが川めがけて降下してくるのが見えた。

 

「やべえ!」

 

 千空がそれが先日のような飛べる怪獣であると認識するのとほぼ同時、手が後ろへと強く引かれる。振り返ると猫のうち一匹が千空の手を引っ張っていた。他の個体も我先にと森に向かって走り込んでいる。千空よりも長く生きているであろう彼らにとっても、あれは危険な存在なのだ。

 

 慌てて森に駆け込んだ千空と猫たちが見守る中、降下してきた巨大な生物は川の向こう側へと降り立つ。

 

 それは、先日千空の見た生物とは大きく異なっていた。先日見た怪獣は、顔まで巨大な鱗か殻のような組織に覆われており、ファンタジーに登場するドラゴンの一種のような見た目をしていた。

 

 だが、今目の前にいる怪獣の頭部は巨大なくちばしを備えている。ちょっとしたくちばしではなく顔全体の大部分を占めるような大きさのくちばしだ。それを使って水を掬うようにして飲んでいる。体の大部分は赤い鱗に覆われており、鳥類にしては頑丈過ぎる足の先には大きな鉤爪がついているのが見て取れた。

 

(前も思ったが、やっぱでかいやつはどいつもこいつも鱗があんな。爬虫類が進化したのか? 爬虫類と鳥の遺伝子が混ざった、にしてもやっぱでかすぎるか)

 

 特徴から推察を行っている千空にたいして、猫たちは逃げないのかとその手を引っ張ってくる。隠れているので大丈夫かとも考えたが、自分よりもこの環境で長く生きているであろう猫たちに従おうと一歩後ずさった千空の足が。

 

 小さな枝を踏み折った。

 

 ベタな出来事だ。やらかした。

 

 千空の見ている前で怪獣のたたまれていた耳が開き、千空たちのいる方向へと向く。そして顔を上げると、口から燃え盛る何かを吐き出した。

 

「はっ!?」

 

 思わず叫んでしまった千空は、猫に引っ張られるようにして左に体勢を崩した。その右1メートルぐらいの位置に炎の塊が着弾し、一瞬激しく燃え上がる。そしてそのまましばらく燃え盛っていた。

 

「火を吐くのかよ!? ファンタジーじゃねえかんなもん……!」

 

 怪獣が咆哮をあげているのを背中に受けながら、千空と猫たちは全力でその場所から逃げ出す。一番後ろに置いていかれそうになる千空は必死で置いていかれないように走った。音を聞く限りでは追われているようには思えず、千空が数度転び息も絶え絶えになる頃。ようやく猫たちが足を止めた。それを見て危険は去ったと考えた千空は、自分も足を止めてその場所にへたり込んだ。

 

「ひぃ……はぁ、はぁ、ふぅーー」

 

 なんとか息を抑えようとしながらも、思考は先程見た怪獣のことを考えていた。

 

(火を吐くって、どういう、あれだ? 体内にアルコールでも溜め込んでんのか? それを吐き出しながら口のなんかで火花でも起こせば確かに火はつくが……塊になってとんできたのが解せねえ)

 

 なんとか息を取り戻しつつあった千空が猫たちの方を向くと、うち二匹が何やら草のようなものを千空のところへと持ってきた。

 

「あ? どうすんだそれ」

 

 千空がそう話しかけるものの答えはなく、猫たちはそれを手ですりつぶしたり口で噛んで潰す。そしてそれを、千空の擦りむいている膝や肘、上半身などに貼り付けるようにしてくっつけてきた。

 

「止血か? よもぎみたいなもんか」

 

 そう言っている間に痛みが引いていくのを感じる。そして更に、口元に突きつけられたその草を食べると少しばかり苦い感じがしたものの、体が楽になるのがわかった。

 

「あ? なんだこれ……薬物みてえなもんか? 中毒になるとまずいな」

 

 見たことのないそれを猫たちの持ってきたものだからと安易に受けいれてしまったが、少しまずかったかもしれない。千空がそう考えていると、傷口を抑えていた猫たちが手を離す。そして、押し付けられていた草も剥がれて落ちる。

 

 そして。

 

「傷が……ふさがってんのか?」

 

 擦りむいていた傷の大部分がふさがっているのが見えた。大きく擦りむいていた膝の怪我などは完治はしていないものの、それでも大部分がふさがっている。

 

「……その植物も調べる必要がありそうだな」

 

 猫たちが持ってきたということは、おそらく回復させるために使える、ということを知っていたのだろう。どういう原理で回復させているかはわからないが、上手く使えれば怪我の対処に使える可能性が高い。科学文明の『か』の字も無いこの世界では、怪我は致命的だ。それを回復できるのはありがたい。特に、あんな怪物がたくさんいるような場所では。

 

「一回帰るぞ。なんも用意しねえで出歩くのは危ねえ」

「にゃ?」

 

 見上げてくる猫たちを連れてツリーハウスまで歩いて戻る。道中、先程傷を塞いでくれたのに似ている草はある程度回収するように気をつけた。それなりにあちこちに生えているようで探すのには困らなかった。千空がそれを集めているとわかった猫たちもそれぞれに集めて腕に抱えてきてくれたので、それなりの数が巣に戻るまでに集まった。

 

 

 

******

 

 

 

「……よし。先にできる限りの装備を整える。んで……あの場所に行ってどうするか。あっちにも拠点を作っちまうか? コイツラの手伝いがあればまだマシだろうが……」

 

 思考を巡らせた千空は、まずはなめしが終わった革を使って自分用の服と革袋を作ることにする。

 

 針がないので、基本的に縫うという選択はあまり取りたくない。となると羽織るような構造にし、要所だけを繊維から作った紐で止める形にして作れば良い。他には、ベルトのようなパーツを作って腰などは縛っておけば動きやすくなるだろう。

 

 ある程度の設計図を脳内で立てた千空は、石器を使って木の板の上に置いた革を裂いていく。基本的に細かい作業は出来ないので、ある程度ゆるい服になる。最悪寒さや風なんかがしのげれば良い。そもそも人間は他の動物と違って表皮が弱く毛で保護されていないので、何かしらで体表を覆わなければいけないのだ。

 

 千空が革を裂き、穴を開けていくのを猫たちは興味深げに見ている。

 

(こいつら、ほっといたら勝手に服作っちまいそうだな。まあ革の余裕は多少はあるから良いか)

 

 腕を通す穴や袖となるパーツなどを作り、穴を利用して紐を通していく。1枚の布から作るので前開きの布からつくって前は紐でしめて閉じれるようにする。ダボッとした貫頭衣のような構造になるので、腰のあたりを太めの紐で縛る。

 

 数時間かかって、夕刻にはようやく千空の分の服、それに非常に簡易的ではあるが革で作った靴が完成した。靴の方も、人間の弱い足には必須である。千空の足の裏はもうボロボロであった。痛みには無視することで対応しているものの、それも割りときつい。

 

「あ、さっきの草足にも使えるんじゃねえか?」

 

 そう思いついた千空だが、それは今すぐにはやらないことにする。あの草の効能を確認するためにも条件をわけて実験したい。自分に使うというなら、怪我も大事な実験台である。

 

 

 

 こうして衣食住のうち、衣と食が揃った。後は、住を揃えるのみ。そして。

 

「待ってろよ大樹。準備したら絶対てめえを叩き起こしにいくからな」




状況が原作と違うので、大樹を起こすのもかなり大変です。洞窟に放置して目を覚ました大樹が自分で歩き回るとすぐ狩られそうなので、そのために千空が拠点を移すかとかも考えないといけません。

どうするかな……アイルーに手伝ってもらうか。




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第6話 文明の第一歩

 千空の分の衣服を揃えた翌日。ツリーハウスの完成を急ぐ千空だが、やはりというべきか猫のうち二匹はそれを手伝ってくれず、鞣して保存してあった革で何やら工作をしていた。

 

(あー……まあ良いか。革袋に使いそうな分はこっちに確保してるしな)

 

 器用な手さばきで石器ナイフを使って革を切ったり穴を開けたりしている。一匹が革の上に寝ころがって切り抜く場所を決めたり、体に巻き付けて穴を開ける場所を決めたりと、先日千空がしたことの真似ではあるが多少は様になっているのが面白い。

 

 人の科学は、自然現象の再現やモノマネから始まり、やがてそこから原理を解明するに至った。そうして試行錯誤を繰り返すことで、少しずつ少しずつ、先へと進んできた。最初から答えがわかっているものなど存在しない。だからこそ、闇雲に試す。

 

 そういう意味では、今千空が見ている猫達の行動はまさに文明の最初期とも言えるものだろう。

 

(案外、俺が目覚めなかったらこいつらの文明が出来上がってたかもしれねえな。こいつらの種の個体がこいつらだけなわけねえし、もしかするとどこかにもっとでけえ集落みてえなのがあるのかもな)

 

 いつか、生活の基盤を築いて。探索を本格的に行うようになったときには、そんなものも見つかるのかもしれない。最もその前にはあの巨大な怪獣共を避けるための方法を見つけなければいけないだろうが。

 

「おーい、ロープこっちにくれ」

「ニャー」

「サンキュ」

 

 屋根を手掛けていた千空がそう声をかけると、手伝ってくれていた茶トラの猫が長いロープをまとめておいておいたものを手渡してくれる。それを使って屋根板を互いに縛っていき、壁に開けた穴も使って固定していく。それを見ていた猫が隣で同様に屋根板を設置しようとするが、完全に行動を真似できるわけではないのでロープを絡まらせて『ニャニャー!?』と悲鳴をあげていた。それを見た千空は思わず笑いつつ、助けてやることにする。

 

「あー動くな。動いたら余計絡まる。そうだ、じっとしてろよ」

「ニ、ニャァ……」

 

 しょんぼりした様子の猫の体に絡まっているロープをほどいてやる。そしてそれを使って、ゆっくりと何をしているのか実演してやった。

 

「良いか、この穴を通した後にここに通すんだ。そうするとこことここが引っかかって固定される。ほら、やってみろ」

 

 千空がそう言ってロープと次の板を手渡すと、猫は千空がやってみせたように思い出しながらの様子ではあるが、ほとんど同じように屋根を固定してみせた。やはり、手先が非常に器用である。千空がしてみせたそれと同じように不格好なのだ。おそらく、歪んでしまったところまでがその仕組だと認識してしまったのだろう。

 

(下手くそなところまで真似しなくて良いんだがな……。こいつらに色々教えてみるか? 俺がやらなくても色々やってくれるようになりそうだな)

 

 このあたりの矯正は、複数回やってみせることでその中の共通項を見いださせるか、上手く説明することができれば大丈夫だろう。

 

 千空がそう考えていると、革で遊んでいた二匹が鳴きながら二匹と1人の方へと走ってくる。

 

「なんだ?」

 

 そう考えていると、二匹のうち一方がその手に持っている革を千空に見せるように上に掲げた。それを取り上げた千空が広げてみると、二箇所の穴が空いていた。

 

「あー、なるほど。チョッキか。ククク、やるじゃねえかてめえら」

 

 それを持った千空は、それを持ってきた猫を引き寄せて目の前に立たせ、それを着せてやる。大きさをある程度測りながら作っていたようなので、初めて作った割には意外とちょうどいい大きさになっている。

 

 着せられた猫は体をひねるようにして自分がどうなってるか確認した、ガッツポーズをするように飛び上がりながら嬉しそうに『ニャー!』と鳴いた。

 

 すると、チョッキを着た一匹を除いて3匹が布の方へと走っていった。おそらくは、自分たちの分も作ろうというのだろう。

 

「器用だなてめえら」

「ニャー!」

「クク、じゃあてめえはこっちの手伝いだ。1人だけ先にそんなもん作ったんだ、ちゃんと手伝えよ」

 

 

 

******

 

 

 

 家の完成は、昼をすぎる頃にはかなりの部分が出来てきた。そのため千空は昼食を遅らせてでも完成させようとしていたのだが。

 

「メシニャー! メシニャー!」

「あ? 今なんつった?」

 

 全員チョッキを着た猫たちのうち一匹が、何やら言葉のような鳴き声をあげていた。それを空耳かと思った千空が手を木材の上に置いたまま視線を向けると、再び同じような鳴き声をあげる。

 

「メシニャー!」

「飯、つってんのか? 飯?」

 

 千空がそう問いかけると、その一匹はそれを肯定するように頷いた。

 

「まじか……真似するだけじゃねえのか」

 

 子供が言語を覚える際、それは音と、実際の行動やものなどを結びつけることから初められる。今まさしく、目の前の猫がやってみせたことだ。おそらくは、この昼という時間帯を太陽か体内時計から感じており、それと食事、そして『飯』という音を結びつけているのだろう。

 

「つか、お前ら声帯どうなってんだ」

「ニャー?」

「言ってもわかんねえか。よし、んじゃあ飯にすんぞ」

 

 言葉を理解する素養があるとはいえ、現段階では完全に理解はしていないのだろう。だが、教えればただオウムのように真似するだけでなく、話せるようになる可能性がある。

 

(教えてみるか、日本語を。そうすりゃあ意思伝達ができるようになる)

 

 焚火の側に行って木の板の上に積まれていた干し肉から塵を吹き飛ばしながら、千空はそんな予定を立てた。

 

 

 

******

 

 

 

 昼食が終わり、更にツリーハウスの外装の建築も終わり。一段落ついた千空は、猫たちに言葉を教えてみることにした。ツリーハウスはまだドアの部分に吊るすための布が用意できていないので風通しが妙にいい状態だが、それはまた罠を回ってあの草食のガゼルのような動物を捕まえることが出来ないと用意ができない。取り敢えず、今できることは終わったのだ。

 

「あ゛ー! 衣食住の確保、完了だ。随分早かったなここまで」

 

 そう言って、完成したツリーハウスの中で転がりまわっている猫たちを見る。足の裏や体表など汚れている猫たちが転げ回ると室内が汚れるだろうが、それは千空もたいして変わらないだろう。

 

「こいつらのおかげもでかいな。よし。おい、こっち来い」

 

 猫達に優しげな視線を向けた千空は、手を叩いて4匹の視線を集め、4匹に近づく。

 

 そしてそのうち、一番最初に出会った灰色の個体の前にしゃがみ込むと、その頭をなでながら、千空が新しくつけた名前を告げた。

 

「ありがとうな。お前はハルだ。よろしくな」

「ニャ?」

「ハル、ハル。お前の名前はハルだ。ほら言ってみろ。ハル。ハル」

「ハル、ニャ?」

「そうだ。ハル。ハル」

 

 首をかしげながら言ったハルの頭をなでて何度もその名前を告げる。それが、自分を呼ぶ名前だと理解させるのだ。

 

 それを、他の3匹にも実施していく。茶トラの個体をナツ、黄金色の個体をアキ、真っ白な個体をフユと名付けた。長い名前は理解し難いだろうし、あまり洒落た名前も思いつかないためこの名前にしたのだ。

 

「「「ナツニャ!」」」

「ニャアアア!」

「「「アキニャ!」」」

「ニャー!」

「「「フユニャ!」」」

「ニ、ニャァ」

 

 それがそれぞれの名前であると理解したのか、4匹は互いに名前を呼び合ってそれに返事するような行動で会話をしていた。

 

 こうして名前をつけて改めて観察してみると、それぞれの個体の特徴というのも認識がしやすくなった。言葉による認識の拡充や変化というのもまた、人間の進化、発展を促してきた大きな要因である。

 

 ハルは、4匹の中で一番明るい。どんなときでも明るく嬉しそうな『ニャ!』という声を上げるので、聞いていると元気をもらえる。千空のことを一番気にかけてくれているように感じる。

 

 ナツは、一番元気が良い。森を歩いていると、すぐに走ってどっかにいく。好奇心も特に強く、千空の行動をよく観察している。そのさなかも色々と鳴いて騒がしいのだが。ただしものづくりに関しては見ているのが好きなのか、紐やチョッキなどを最初に作ってみようと動き出すことは無かった。

 

 アキは、千空がやったことを自分で試してみるのが好きなようだ。紐や石器、チョッキなどを作り始めたのもアキだ。手先も器用で、千空が作った以外の2つの罠は両方アキが監修している。他にも、千空が作ってみせたことのないような中途半端な大きさの石器など、既に自分で何かを試す様子を見せ始めている。

 

 フユは、4匹の中ではほんのわずかにだが引っ込み思案なようである。他の3匹が撫でられているときも後ろで自分の番が来るのをじっと待っているし、他の3匹が何かを作っているときもそれを眺めているような様子が見受けられる。そしてアキに引きずり込まれて一緒にやっている。手先の器用さはアキよりも上だが、その消極性からアキを補助しているような感じだ。

 

 

 

 千空が4匹を観察していると、4匹が千空の足元に来てその足を叩いてくる。

 

「あ、なんだ?」

 

 千空がそう尋ねると、4匹は順に名前を言った後、千空の方を指してくる。

 

「名前か?」

「ナマエ、カ、ニャ?」

「違う違う。千空だ。『セ・ン・ク・ウ』だ。センクウ。『セ・ン・ク・ウ』」

「センクーニャ!」

「センクー!」

「あー、まあそれでいいわ」

 

 




アイルー可愛い! だけにならないように、言語を教えるのとか、なるべく進展が書けるようにしつつ、アイルーと千空の日常も書いていこうと思います。

ツリーハウス完成。
さてお次は……






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第7話 未知の植生

気づけば二次創作のランキングのそれなりに高いところに……
これを機にドクターストーンの二次創作増えてほしいなと思いますが、なかなか千空が0から色々やるのを原作と違う形で書くのは難しいですね。


「……まじで傷がふさがってんな。自然治癒力を促進してんのか?」

 

 先日火を吐く怪鳥から逃げた直後に猫たちが千空の傷に使ってくれた草。それと同じものを採集してきた千空は、唯一傷ついている部分である足の裏にそれを使ってその効果の具合を確かめていた。

 

 先日その草を使った際には、猫たちがすり潰したり噛んで潰したりした草を千空の傷に貼り付けてくれた。そこから考えると、その草に含まれている成分に何らかの形で傷を治癒させる効用があると考えられる。問題は、どのような形で傷を高速で塞いでいるのか、だ。

 

 それを確認するために、すりつぶした薬草を貼り付けるのではなく薬草をすり潰して出た汁を垂らしてみた。

 

 すると、やはりと言うべきか裸足で歩き回っていたために皮が剥がれ血が滲んでいた皮膚が高速で再生していくのが見えた。その回復した部分を触ると、以前とほとんど変わらない柔らかい皮のままであるのがわかる。

 

「いや、マメが治った後なのに皮膚が固くなってねえ。となると自然治癒力の促進じゃねえな。使いまくって筋トレとかは出来なそうか」

 

 その後足の裏の数カ所の傷に試してみると、小さな傷は痛みすら残さずに回復したものの、ある程度の大きさより大きい傷の場合は新しい皮膚ができるだけでその内部の傷は完治せず、痛みが残ったり、そもそも傷がふさがり切らなかったりした。また同じ箇所に繰り返し草から絞った汁をかけても、それ以上傷の再生は進まなかった。総じて、ごく小規模な傷を治す程度の効果しか無いらしい。どれほどの期間を開ければ再度効果を発揮するかは、今後検証していかなければならないだろう。

 

「連続して効果がないとなると、細胞に結びつく何らかの成分かもしんねえな。となると後は経過観察か。前も特に不調は無かったから副作用は無いと思いてえが……」

 

 以前使用した際にもたいして問題は無かったのであまり心配はしていないが、念の為しっかりと記憶しておく必要がある。

 

 そして仮にこれが本当に副作用なしで利用できるのであれば今後はある程度携行しておきたい。それなりにあちこちに生えているのが確認出来ているとはいえ、欲しい時にいつでも手に入るほど大量に自生しているわけでもない。そのためそれを持ち歩くための袋、あるいは容器が必要である。

 

「となると土器か……先に革袋だな」

 

 更に言えば、草から抽出した汁で十分なのであれば、それを蒸留したり濾過したりして純度を高めることで効果が高まることも期待できる。そしてそれを容器に小分けにして持ち歩いていれば、臆病な程に怪我することを避けている今と比べて怪我が怖くなくなる。

 

 それらを試すためにも、容器など複数の道具類は必須だ。それにどちらにしろ、文明を効率的に次の段階に進めるには水をためることのできる器や、その他様々なものを保管、運搬できる容器は無くてはならないものである。

 

「よし。革袋作るか」

 

 第一の目標を定めた千空は、早速行動を開始した。

 

 

 

******

 

 

 

 まず作成する革袋は、食材や草など個体を入れて収集、保管しておくためのものである。作成して猫たちに渡しておけば食料の採集をより効率化できるだろうし、燻製肉や茸など適当に山積みにされている食料の保管にも利用ができる。これに関しては木製のバスケットや土器でも同様のことができるが、それら2つはおそらく作るのにかなり時間がかかる。それに対して、千空は既に服や革靴などで取り敢えず革を加工することには慣れている。そのためまず最初に革袋を作成することにしたのだ。

 

 家が完成したことでそれぞれに石器を作って自慢し合ったり、植物の繊維を取り出しては紐を作ってくれている猫たちのうち一番暇そうだったフユを呼び、作成する袋のおおよその大きさを決定する。猫たちの移動のことを考えると背中に背負うことのできる形が良いだろう。

 

「絞れる形にすんのはちと面倒くせえな……いや、いけるか」

 

 おおよその形を想像し、それに合わせて革を切り抜いていく。底が膨らんだ形状になるようにし、切り抜き終えた革に紐を通せる穴を開ける。糸と針で布を縫うのとは違って、縫うのに使えるような針はまだ無いし、革は布と違ってそういう加工を人力でするのは難しい。そこで、先に穴を開けておいてそこに紐を通して結果的に縫う作業に近い結果に持っていこうとしているのだ。

 

 ただ。この方法でもある程度の袋は作ることができるものの、穴を先に開けてしまいその穴を紐で完全に塞ぐことはかなわないという都合上、密封性が低くなってしまう。

 

「液体入れるもんは別で考えるか。胃袋もあるしな」

 

 側面を縫い合わせて袋の形状にした後、最後に背負うための紐を付けていく。袋の口の部分も紐を通せる形にし、絞って口を閉じれるようにする。猫たちは急いで移動するときには四足歩行で走るようなので、袋の口がふさがっていないと前に向かって内容物がこぼれて大変なことになってしまう。ある程度の雑さは許されるが、構造は考えなければならない。

 

 

 3時間ほどかけてようやく1つ目の革袋が完成する。

 

「おい、ちょっとあっち向け」

 

 それをすぐ近くで観察していたナツの背中に背負わせてみる。初めて作ったが思いの外悪くない。多少紐がゆるいようだが、そこは紐を適度な長さで縛ってしまえば問題ない。

 

「ニャ?」

 

 自分の背中を見ようとしながら不思議そうにしているナツの背中から一旦革袋を外し、目の前でその袋の中に石器や治癒効果のある草を放り込んで、中にそれが入っていることを示してみせる。そして再度それを背負わせる。

 

 普段は両腕に抱えられるほどのものしか運べないが、袋を使うことで運べる量が増える、ということに気づいてくれているのかはわからないが、少なくともそうやって物を運べるということは理解してくれているだろう。

 

「よし、じゃあ食料を取ってきてくれ」

「ニャー!」

 

 革袋を背負ったナツが勢いよく走り出していく。そして、ものの30分ほどで袋をいっぱいにして返ってきた。まだ千空が残り3匹分の革袋の革を切り出し終えていないうちにである。

 

 自慢気にナツが見せてきた革袋には、大量の茸類や雑草が入っている。

 

「そうだ。そうすりゃたくさん持ってこれるだろうが」

「メシニャ!」

「まだちょっと早えよ」

 

 ポンポンとナツの頭を叩いた千空は、革袋の中身を一応確認して食べるのに問題が無いものだけであることを確認すると、革袋作りに戻る。いつもならこのあたりでアキが真似をしはじめて千空の作業量を減らしてくれるのだが、今日は何やらハルと取ってきた木の実で遊んでいるようである。

 

「ナツ、やってみるか?」

「ニャ?」

 

 再び作業を観察し始めたナツに、革で袋を作るという作業について教えてみる。この作業も、これから幾度もやらなければならない作業である。それを一緒にやってくれれば時間を節約できる。

 

 

******

 

 

 お昼時になるまで作業を続け、昼になったので他の3匹を呼んで食事を取ることにする。と。

 

 革袋作りを教えていたナツ以外の3匹を呼ぼうと千空が視線を向けた瞬間、アキの手元のなにかから猛烈な勢いで白い煙が吹き出し、3匹を覆い隠してしまう。

 

「ニャニャー!?」

「ウニャ!?」

 

 煙の拡散する範囲はそれほど広くなく、半径2メートルほどの空間を覆った煙はその場に滞留する。その中から、3匹が飛び出してきた。

 

「アキお前、何した……?」

 

 千空がそう尋ねるも、アキはしょんぼりした様子でうなだれている。何かが失敗したからか、あるいは千空に怒られると思っているからだろう。

 

 だが、千空は怒るつもりはない。

 

 ただ、知りたかったのだ。一体何をやってこんな煙を発生させたのかを。煙というのは、通常これほどまでに爆発的に広がるものではない。爆発的に広がる場合には、何らかの化学反応が発生している可能性がある。それも有害なものが。

 

 だから、目の前の煙から少し距離を取って吸わないように口を手で抑えておく。

 

 だが、警戒する千空と違ってしょげているアキ以外の猫たちはのんきなもので、再度煙の中に突入すると、何かを持って外に出てきた。それは小さな。と言っても直径5センチほどの木の実であった。




アンケートと同じ理由で、この話の革袋を作る描写などに関してもご意見、感想をいただきたいです。



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また支払い方法の関係で利用できないという意見があったので、Fantiaでファンクラブを開設しました。
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こちらも同じプランを用意しています。よろしくお願いします。



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第8話 未知の植生・2

たくさんの人が楽しみにしてくれてるみたいないので頑張って書いたよ! 

というかなんかこの小説だけ僕の書いている小説の中でも評価が高すぎておったまげてます。最低が7て……愛されてますね! 千空!


 突如として発生した煙の中から猫たちが持ってきた何かの実は、堅い殻に覆われていた。

 

「これがどうかしたのか?」

 

 千空がそう尋ねると、しょんぼりとしていたアキがまだ溜まっている煙の中へと入っていき、しばらくして何かを手に載せて戻ってきた。何かが細かく砕け散った後のような破片。それを見た千空は、おそらくは自分の手にしている木の実に何かが起きた結果この煙が発生しているのだと気づいた。

 

「これが……取り敢えず割ってみるか」

 

 破片を持ってきたということは、実を砕いてその粉かあるいは中身を何かと混ぜてしまったのだろう。そう考えた千空が渡された実を石の台の上において石器の斧でぶっ叩こうとすると、猫たちが慌てて止めてきた。そして煙の方を指差している。まるで、『ああなる』と言っているかのようだ。

 

「あ? お前らがやったみたいに別の何かと混ぜなけりゃあ大丈夫だろうが。ってか割ってみねえと何かわからねえよ」

 

 猫たちが平気で入っていったところをみると問題の無いものであるというのはなんとなくわかるが、それでも自分の目で何なのか確認しておきたい。そう考えた千空は、猫たちの静止を振り切って石斧の側面で謎の実を強く叩く。相当に頑丈な殻をしているようで、かなりの力で叩かないとならなかった。

 

 そして。

 

 数度叩いた後、実が弾ける。そして中から勢いよく白煙が吹き出した。

 

「は!?」

 

 その出来事の思わず固まった千空はすぐに口を塞ぐが、それまでに煙を吸い込んでしまった。だが思っていたような害はなく、ただ多少煙たくて咳き込むだけであった。それらの情報に一瞬で思考を巡らせた千空が煙の中に留まっていると、アキが来て千空を煙の外へと引きずり出してくれる。

 

「わり、ありがとなアキ。しっかしまあなんで煙が発生してんだ? 害は無さそうだが……まさか割るだけで煙が発生するとはな。しかもあの実1個からこの量か」

 

 アキが石器で何やらしていたのはこれである。正確には、もう少し別のことを思いついて試している最中に失敗してしまったのだ。しょげていたのも、それが上手くいかなかったのが原因であった。

 

「こんな植物があるとなると、他のも全部調べてえな。何か使えるのがあるかもしれねえ」

 

 一方の千空は、たった今割った実の存在に驚いていた。驚くべきは、実の大きさに対して煙の量、言い換えると煙の広がっている体積とその濃さが大きすぎることだ。おそらく同じ体積の小麦粉を空中にばらまいたところで対して視界は阻害されないだろう。一方で、この実を割った結果発生した煙はある程度の体積、それも人数人はすっぽり覆うほどの体積を視野ほぼ0にするほどの濃さがある。

 

 煙というのは、気体の中に微粒子群が浮遊している状態をさす。おそらく今実から発生したのは、通常の焚火から出るような煙とは違う、植物由来のなにかの粉塵だ。微粒子のせいで咳き込みはしたもののそれも火の煙よりは弱く、また匂いがしなかったのである。

 

 それを考えると、今発生した煙は、おおよそ人体に無害である、と思えた。少なくともわざわざ吸おうとしなければ害は無さそうである。もっともこの後千空が体調を崩すようなことがあればそれが煙のせいである可能性が高いのでまだ断言は出来ないのだが。

 

 ただ、そう。通常は化学反応などで発生させる煙を、ただ実を割ることで発生させることができる。

 

「これは……目くらましに使えるかもしんねえな。まああいつらも動物である以上聴覚や嗅覚は人間より優れてるだろうが……試してみる価値はある、か」

 

 今現在千空に最も必要なものは、この生態系の大きく変化した世界で、千空をも餌にする可能性の高い肉食生物達を避ける、あるいは退ける手段だ。ひとまずそれが確保できれば探索の危険度も大きく下がるので猫たちにすべてを任せること無くこの木から離れることができるし、大樹を、他の人間を救うための研究を始めることができる。

 

 今現在千空は、自分で定めたスタートラインに達する前の状態なのだ。

 

「今は利用できるもんは何でも利用してえ。よく考えりゃあ、今まで襲われてねえからって今後もここが襲われない可能性はほとんどねえんだ。備えはあったほうがいいじゃねえ、無いと詰みだ」

 

 千空の見ている前で、煙は次第に拡散して向こうが見通せるようになってくる。視界が通るほどに薄れるのにかかる時間はほんの数分。

 

 だがその数分を稼ぐことができれば、あるいは距離を取ることが、逃げることができる。

 

「おいお前ら」

 

 煙が薄れた後に入って砕けた実の破片なんかを掃除している猫たちに声をかける。そして自分が砕いた実の破片を手のひらに乗せると、それを猫たちに示しながら森を指差す。

 

「これと同じもんを持ってきてくれ。他にもなんでも良い。とにかく色々持ってきてくれ」

 

 そう言うと、先程ナツに使わせた革袋の中身を一旦ツリーハウスの中に放り出しておき、それともう一つだけ完成している革袋を猫たちに渡す。それを持って森に行って、持てるだけのいろいろなものを持ってきてほしい。

 

 その意図が伝わったのか伝わってないのか、猫たちは革袋を受け取ると2匹で1組となって森の中へと走って行った。その後ろ姿を見送って、千空も自分の革袋作りの作業へと戻る。

 

「とっとと言葉も教えねえとな。今のままじゃあ現物が目の前にねえと指示が出来ねえ」

 

 

 

******

 

 

 

 革袋作りがまた1つ終わり一段落ついたところで、千空はとあるものを思い出す。そしてそれを保管、もとい放り出してある猫たちの元の巣を覗きに行く。ちなみにいま現在は、猫たちも千空もツリーハウスで寝ているのでもう巣を使っている人間はいない。

 

 巣の中をみると、そこにはそれらが放り出したままで転がっていた。全体的に青い茸。大きさは傘が直径10センチほどで、柄が7センチほど。見るからにアウトな、というと、石化以前の毒キノコはどちらかと言えば白や赤だったので語弊があるかもしれないが、少なくとも食べたい見た目はしていない。

 

 だがこれらは、猫たちが千空の食料を取ってきてくれという願いに応えて取ってきたものである。毎回というわけではないが、それなりの頻度での青い茸が混ざっているのだ。申し訳ないが見た目がアウトだし他のきのこ類や燻製肉なんかで足りているので取り敢えず放置しているのである。

 

 きのこ類の中でも見覚えのあるブナシメジやしいたけなんかがあるところをみると、おそらく既存のきのこ類と今千空が見ている青いきのこのような石化後に出現した茸が存在しているのだろう。

 

 そして猫たちが持ってくるということは、少なくとも彼らにとっては食べられるもの、だと認識されている。そしてこれまでのところ猫たちが持ってきたこの青いきのこ以外の食料で、千空に食べられないものは無かった。

 

「こいつも、なんかあの傷の治る草みてえに効能があんのか。食ってみるか……」

 

 気は進まないが、夕食の時に食べてみよう。そう決めて千空は、革袋つくりの作業に戻った。

 

 

******

 

 

 

 夕刻になって猫たちが戻ってきた。いつもの食料採集などではもっとすぐに戻ってくるのだが、今回はかなり時間がかかった。

 

 そして予想していた通り、というと少し残念だが、『他のものも』取ってきてくれという千空の意思は伝わっておらず、ひたすらに先ほど千空が破裂させた煙を吹き出す実、通称『ケムリの実』が袋に詰め込まれていた。その数おそらく50以上はあるだろう。

 

「ククク、まあ想定内だ。なら、明日からは時間作って言語を本格的に教えてやるよ」

「ミャ?」

 

 千空のワルい笑顔に、猫たちは首をかしげて答える。彼らに聞き覚えのある単語がなかったからだ。ときどき、というかそれなりの頻度で偽悪ぶる千空だが、相手が言語も人間の表情も通じない猫だけに滑り倒していた。

 

「あーほら飯にすんぞ」

「メシニャー!」

 

 千空の言葉に喜んで革袋をツリーハウスに置いた4匹は食材を持って焚火の方へと走り出していく。ちなみに焚火は猫たちが最初に使っていたのとは別に千空が火をつけた。このときにやり方を教えているのでおそらく火を付けることはできる、と思われる。ただ現在は動物避けと猫たちが不安がる可能性があるので夜中も絶やさないようにしているが。

 

「メシって単語はあんまり良くねえか……」

 

 自らのサバイバルと同時に、猫たちに知識を教えていくことに決めた千空は、教育についても悩んでいくこととなる。

 

 その姿はまるで、父親のようであった、とは後に猫たちが語った言葉である。




ここから千空がモンハン世界の植物とかを調べまくる流れに――。

最後はちょっとふざけました。なんか書きたかったので。

いろんなものの名称ですが、それぞれに何らかの形でモンハンの名称へと収束させていく予定です。例えば『猫たち』→『アイルー』とか。『謎の実』→『ケムリの実』とか。パラサウロロフス→アプトノスとか


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第9話 言語教育

 明けて翌日。

 

 再び千空は考えてこれからの行動に優先順位をつけることにする。

 

 まずこれから確保したいものの1つは塩だ。これから気温が高くなっていき汗をかくことも増えていくだろう。そうなると、水分を取るだけでは身体の機能を維持することができなくなっていってしまう。塩も身体の機能の維持には必須だ。

 

 加えて言えば、塩があれば肉を塩漬けという形で保存することが出来るし、普段の食事にも味をつけることが出来るようになる。正直に言えば、味付けのしていない食事にはすでに飽きが来ていた。普段罠にかかっている鹿とガゼルの間の子のような動物は、野生の鹿や猪が癖が強いと言われているのと比べると幾分食べやすい肉であると思う。とはいえ、である。最低限の塩で良いから味が欲しいと思うのは仕方ないだろう。川で取れるマスのような魚も、いくら自然の中で生育して身が引き締まっているとは言え、塩が欲しい。本音を言えば大根おろしや醤油なども。

 

(っと、塩が欲しいっつっても作るのに土器がいるんだよな)

 

 そう、確保、というよりは作らなければならないものの2つ目は土器だ。これは食べ物を煮たり、薬品を調合したりするのに使う。ガラスが確保できていない現段階で、加熱に使える器となりうるのは土器だけだ。現段階では硫酸など化学薬品と言える様なものは入手が難しいだろうが、一番近いところで言うと、薬草をそのまま袋に突っ込んで持っておくのではなく、小さなポットのような入れ物にすり潰し濃縮した状態で入れておいて、それを塗り薬のように使うという方法も取れるだろう。

 

 そしてもう一つしたいことは、この植生が大きく変わり新種の虫などが大量に生息している世界で、活用できるものが無いか探索しながら探すことである。

 

 例えば、あれだけ巨大な怪物が存在しているのだ。それにつきまとう虫、あるいは鳥が存在している可能性もある。海で魚を獲る漁師達は、鳥山という海鳥が大量に集まっている場所を目安に漁を行うことがある。これは、その鳥山の下に大量の魚が集まっているからだ。魚が大量に集まる場所の目安として、鳥山を利用しているのだ。

 

 だが、これは実際には逆である。

 

 『魚が大量に集まっている場所に、それを目当てに鳥が集まっている』。

 

 で、あるならば。

 

 何らかの理由で、大型の動物の周囲に餌を獲得するために鳥が集まる可能性はある。

 

(ああ、そういや象に寄生虫目当てに集まるっつう鳥もいたな)

 

 それを先に観測することができれば、大型の怪獣との接触を事前に避けることがある程度可能になるだろう。

 

 ただ、そうした生態を観測するためには、長年の観察が必要となる。そんな時間は千空にはない。

 

 そこで、もう一つ。

 

 千空は、腹を晒して爆睡している猫たちへと視線を向ける。

 

「コイツラに言葉を教えて、野生の知恵を引きずり出してやる」

 

 悪い笑顔をしながら千空は、そう宣言した。

 

 

 

******

 

 

 

 ねぼすけな猫たちを叩き起こして、まずは朝食の準備。もともと食生活をないがしろにしがちだった千空だが、この世界に来てからはむしろ食生活や健康状態が改善されている。毎日身体を限界まで使うので、夜ふかしをする前に眠気に耐えられなくなるし3食では足りないと思えるぐらいに腹が減るしで、ないがしろにしてられないのである。

 

 そして今朝からは、そこに新しい試みを取り入れることにした。

 

「肉、だ。ニク。こっちはキノコ。こいつは……アオキノコ、か? まあ細かい名称は良いか」

 

 焼くために木の枝に食材を突き刺しながら、それらの名前を猫たちに教えていく。一単語一単語教えていくよりも、普段から大量に言葉を使っていれば、自然に慣れてくれるかもしれない。これはあくまで人間の幼児に対する言語の刷り込み方だが、外国で生活してそこの言語に触れているとその言語に慣れが出てくることもある。

 

 つまりは、猫たちに言語を教えるのではなく刷り込むのだ。

 

「ニク! ニク!」

 

 猫たちは、肉食な以前の猫とは違ってキノコなども食べれるようだが、それでも魚と肉は好物なようである。

 

「はっ、焼けたら喰うぞ。赤じゃなくなったら焼けた証だ。今日は粘土を探しに行く。まずは土器を作って色々保存できるようにしちまわねえとな」

 

 教える、というほどの事をするのではなく、なるべくたくさん言葉を話しかける。千空は教育に関してはある程度の知識があるだけで初心者なので、とにかく色々と試してみるしか無いのだ。

 

 

 

******

 

 

 

 たくさん猫たちに話しかけながら(何も知らない人が見れば、話す相手が居なくて気が狂ったのかと思うだろう)食事を終えて、その後は土器づくりに使うための土探し兼探索へと出発する。装備は猫たちがそれぞれに革袋とチョッキ。千空自身も自分用の大きめの革袋を持っている。また千空の革袋の中には、複数の石器が適当に放り込まれている。いずれは石器を運ぶ用の工具袋や、採取したものを木の実や薬草等分類ごとにわけて入れるための個別の袋も用意したいものだ。

 

「よし、行くか。んじゃあ出発進行だ!」

「「ダ! ニャー!」」

 

 ハルとナツが元気よく返事し、1人と4匹は拠点から離れて歩き始める。

 

 今回の探索では、普段水場に使っている池に流れ込んでいる小川をたどりながら周囲の自然を観察していくつもりだ。土器づくりやかまどづくりに使える粘土は、川沿いの崖等で特によく見つけられる。基本的に粘土は岩石が風化してできたのものなので、それが川に流されて行き着いた先が崖沿いであったり、露出している部分が粘土層になっていることが多いのだ。

 

「やっぱ靴があると多少痛えのは抑えられるな。けど右足だけ薬草で治しちまったから左足より痛え。にしても、植生がやっぱ大分違うな。木の実何かも1個ずつ確かめてかねえと。虫、は……漢方に使えるぐらいか。いや、先入観は良くねえか。見たことねえやつは全部どんなもんか確かめねえと。猛毒持ってたら困るがな」

 

 凄まじい速度で回っている頭の中を、ある程度ゆっくりとしたペースで言葉として口から発する。あるき出して数分だが、もうすでに口を回し続けることに疲労を感じ始めた。とはいえ、取り敢えず今日のうちはずっと口を回し続けてみることにする。疲労した場合には帰れば良いのだ。

 

「地面から生えてる植物にもでけえ実がなってんな。つかまだ春なんだが、もう実がなってんのか? 何年生だ? 1年に何回も生え変わんのか? 取り敢えずこの実も採取しとくか。あー、ってか虫が一部やたらとでかいな。なんだあの巨大なトンボ。尻尾が光ってるが……トンボだよな?」

 

 ひたすらに独り言を繰り返しながらあるき続ける千空。その様子を奇妙に思うこともなく、猫たちは真剣な様子で千空の話を聞きながらついてきていた。




お久しぶりです。

言語教育に張り切る千空パパです。なおこの後疲れて加減を考え始めた模様。


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第10話 鉱石と巨大飛甲虫

この小説書くときは常に『セリエナ 昼』を流してます。


 川沿いに歩き初めて数十分。一時間も立たない頃には、崖沿いに露出している粘土層の地質に到達することが出来た。

 

「よし。……流石に話すの疲れんな」

 

 粘土質の層を前にして腰に手をあてた千空はそう独りごちる。

 

「おい、お前ら。これが粘土、だ」

「ニャ?」

「ネンド。覚えとけ。粘土だ」

 

 今後重要になるであろうものは、優先的に名前を教えておくことにする。千空が工作をしている間に猫たちに素材を拾ってきてもらえるようになれば作業の効率は格段に上がるだろう。

 

 取り敢えず粘土の質を確認するために、すぐ隣の川水で湿らしてこねる。加えて近くの土を混ぜてこねると、しっかりと粘土状になるのが確認できた。おそらくこれで土器やかまどは作れるだろう。そこはトライ・アンド・エラーでやってみるしかない。水の量や土と粘土の比率なんてのは、成分分析も出来ない今は千空が自分で見つけ出し覚えておくことしか出来ないのだ。

 

 と。

 

 猫たちと一緒に粘土を掘り出し、予備に持ってきた革袋に詰め込んでいく。大量に詰め込むと重くなりすぎるので量を調整していたのだが、そこで千空は、対岸の崖の壁面に不思議なものを見つけた。

 

「なんだあれ。なんかの鉱石、か? しっかしんな生え方……」

 

 それを見た千空が作業の手を止めていると、それを不思議に思った猫たちも顔をあげて千空の見ているものを見る。

 

 千空が発見したそれ。崖の下の方から生えているように見えるのは、暗い青色をした何かの結晶のようなものを内部に含んだ岩の塊だ。塊自体の大きさは千空の腰ほど。表面の大部分が周りの通常の堆積岩とは違って、青く、ツルッとした見た目をしている。なんらかの特殊な鉱石であるようにしか思えなかった。

 

 粘土集めの手を一時中断し、千空はザブザブと川を渡ってその岩の塊の前まで行く。触ったところ、表面には大理石か何かのような、ツルッとした不透明な結晶であるのがわかった。表面が妙に平らなのは、結晶が割れたときに特性上そうなったのだと推測できるが。

 

「こんな石、あったか?」

 

 記憶を掘り起こしても、目の前にあるような石は千空の覚えている限りでは存在しない。それこそ見た目の特徴としては大理石が近いのだろうが、あれはあたり一帯の岩石がそれになるようなものであって、今千空が目にしているように通常の堆積岩から飛び出して生えている様なものではない。言ってみれば、この場においては異質な物体なのだ。

 

「気になんな……割って持って返ってみるか」

 

 ちーとばかしもったいねえ気もするが、と呟きながらも、千空は革袋から石のハンマーを取り出す。その動きを猫たちが沈黙しながら見守る中、千空はその岩をハンマーでもってまずは軽く叩いてみる。

 

 当然ながらそんな強さでひびは入らないが、中に何らかの空洞がありそうなことが予想できた。叩いたときの手応えが、完全に詰まっているもののそれとは大きく違ったのだ。そこで、今度は思い切り力を入れて叩いてみる。叩く方向は岩の塊のてっぺんから面を砕くのではなく、面が剥がれて落ちる方向に。表面がツルッとしているということは、そちらの方向であれば結晶が剥離しやすいことが考えられるからだ。

 

 石のハンマーと岩の塊双方が少しずつ欠ける中、叩きはじめてしばらくした頃にその変化は訪れた。

 

 バガリ。

 

 そんな音とともに、岩の塊の天辺付近が小さく崩れて落ちたのだ。

 

「よし……あ? 中に何か入ってんのか?」

 

 それなりの力で叩き続けてようやく割れた岩に、千空がしびれた手をほぐしながら視線を向けると岩の割れた断面から何かが覗いているのが見えた。

 

「なん、だ、これ。なんかの鉱石が中に含まれてたのか?」

 

 通りで叩いたときに違和感があったわけである。割れた岩の塊の欠片を拾って革袋に放り込んだ千空は、天辺から除いている別の、囲んでいた暗い大理石のような岩とは違って鮮やかに青く輝く結晶の周囲の岩をそっと叩いて砕き、それを取り出す。

 

 大きさは千空の両の拳を合わせたぐらいで、不透明なそれはまさしく何かの結晶だというのがふさわしく見える。外側に若干岩は付着しているものの、おそらくは酸化物などではなくそれなりに純度が高い状態なのではないだろうか。

 

「なんの結晶だ? 金属だよな?」

 

 表面に爪を立ててみた千空はそう推測をする。青い宝石といえばサファイアなどがあげられるが、あちらはある程度透明であるのに対してこちらは完全な不透明。であるにも関わらず輝くような色合いをしているのが見て取れる。

 

「持って帰って調べてみるか」

 

 両手に持った結晶を眺めながら千空がそう呟いていると、目の前から岩を叩いている音が聞こえ始める。どうやら千空が結晶を観察している間にまちきれなくなったナツとアキが千空の落としていた石器を拾って自分たちも岩の塊を割ろうとしているようだった。

 

「あー、まあ、なんか見つけたら教えろ」

 

 基本的に猫たちが何かに興味を示したときは手を出さないようにしているので、千空はそれだけを言って再度粘土の採集へと戻っていった。

 

 その後粘土をちょうど担げるぐらいの重さ集め終わった頃。

 

「ニ゛ャー!!」

「ニャニャニャ!!」

 

 川の向こうから何やら大きな声で鳴きながら猫たちがざぶざぶと千空の方に走り寄ってくる。その手には先程まで使っていたであろうハンマー。

 

「あ、どうし――」

 

 た、と。言い切る前に、猫たちはそのハンマーを思い切り振りかぶり、千空の方へと向かってぶん投げてきた。そのハンマーは、千空の頭上を越えて後ろの方へと飛んでいった。

 

「何めがけて投げて……」

 

 それを追って後ろを振り返った千空の言葉は、途中で止まった。心臓が口から飛び出る、というのは、こういう事を言うのだろうか。例え、いくら大型の怪獣を見てもある程度の冷静さを保てた千空とは言え、である。

 

 自分の上半身ぐらいある虫のような何かが空中からアイルーの投げたハンマーで叩き落されているところを見れば、驚きもするし思考も停止ぐらいはする。

 

 最もそれはほんの数秒のことであるが。

 

「虫!? いくらなんでもでかすぎんだろ俺の上半身ぐらいはあるじゃねえか!」

 

 思わず、と言って良いのか。千空は猫たちの攻撃を受けた巨大な虫に追撃するように、石器類の入った革袋をぶん投げる、というよりはそれでぶん殴った。

 

 それを受けた虫は勢いよく地面へと叩き落され、少し痙攣した後にその動きを止める。

 

 恐る恐る、といった様子でそれに近づいた千空は、その巨大な虫を前に息を呑んだ。

 

「虫か……流石にきついな」

 

 主に見た目的な部分で。恐竜が大きいのはまだ良いのだが、虫、である。いくら千空とて、見るのは大丈夫でも積極的に見ていたいものではない。

 

 とは言え。

 

 羽や足、頭部の角のような器官が圧し曲がっていることから見て死んではいるものの、これも千空の知らない未知の存在である。持って帰って、解剖するなりしてどんな生物なのか確認しておきたい。

 

 そう考えた千空は、恐る恐るその虫を持ち上げて、石器を取り出した袋へと詰め直した。




ちなみにあいつの頭みたいに見える左右に飛び出した赤いの、どうやら胸らしいです。


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第11話 土器づくり・1

お久しぶりです。ちょっと書くのから離れてたら書けなくなってリハビリしてました。


 無事粘土の採集を終え、ついでにフユの袋には粘土の塊の代わりに先程の鉱石と巨大な虫を放り込んで大木の拠点まで帰還した。拠点の近くには砂が取れる場所もあるので、ひとまず土器を作るために必要なものは揃っている。

 

「あ? フユ、ちょっとこっち来い」

 

 早速土器づくりに入ろうとした千空だが、その前に戦利品を種類ごとにわけてツリーハウスに置いておこうとしたところで、フユの背負っている袋に起きている異変に気づいた。

 

 フユの背負っているその袋の側面から、何かが突き出しているのだ。

 

 大人しくやってきたフユに革袋をおろしてもらい、突き出しているそれを確認する。といってもフユの持っているバッグには巨大な虫と青い鉱石しか入っていないのでそのどちらかなのだが。

 

「あー、破れちまったな。また作り直すか」

 

 作りの甘い革袋だ。壊れる想定ぐらいはしている。そして千空はその突き出している部分、おそらく虫のどこかのパーツであろうそれを袋の中へと押し返そうとして。

 

 プツリと。指先に鋭い痛みが走った。

 

「あ?」

 

 焼けるような、という表現が正しいのだろう、まさに痛みというよりも熱さとして感じられる感覚。

 

 指先の皮膚が、鋭いものによって切れた、感覚。

 

 飛び出していたものを押し返そうとした千空の指先から、赤い液体が。

 

 人の身体に流れる血が流れ出していた。

 

 慌てて千空は、ハル達にある程度集めてもらっていた薬草の中からまだみずみずしいものを選び、口に咥えてすりつぶす。そしてそして唾液と薬草から染み出した汁で濡れたそれを、傷のあるであろう指先へと押し付けた。

 

「いっつ……そんな力入れて押してねえぞ? なんで怪我したんだ」

 

 薬草を使ったことによって指先の痛みがひいていくのを感じながら、千空はその飛び出しているものを改めてよく確認する。飛び出しているのわずか2センチほど。

 

 だがその飛び出している部分の上10センチほど、革が綺麗な断面を見せて切れていた。

 

「は?」

 

 その様子に千空は思わず間の抜けた声を漏らした。

 

 野生動物の革は、もともとかなり頑丈なものである。少なくとも多少尖った木の枝や石器ぐらいではろくに切れない。千空が革を加工する際には、とくに念入りに削って作った先端の尖った石器を使ったのだ。

 

 それが。こうも綺麗な断面を見せてスパッと切れている。人間の皮膚などたやすく貫くはずだ。

 

「なんっつう斬れ味してやがる。完全に刃物じゃねえか」

 

 指先の傷も完全に皮膚が戻ったわけではないものの流血が止まったので、空いている方の手で袋の口から中身を確認する。

 

「羽が鋭いみたいだな」

 

 そっと見た目上明らかに丸みを帯びている赤い部分をつかんで袋の外へと取り出す。それに興味深げに4匹は近づいてくるが、千空が怪我をしたのを見ていたからか手を出そうとはしなかった。

 

「……先にこいつの観察しとくか」

 

 丁寧に作った石器を遥かに上回り、皮膚をたやすく貫くその羽の鋭さに興味が湧いた千空は、土器づくりを一旦置いておいてその巨大な虫の死骸を先に調べることにした。もともと新しい生態系に属する生物がどのような危険を持つかだけでも早いうちに調べておきたいと思っていたので、予定の順序を入れ替えただけだ。

 

「おい、お前ら。こういうのを虫っていうんだ」

 

 特に鋭かった羽に気をつけて虫を観察しながら、千空は4匹に話しかける。まずは名詞、それも大まかなものを教えるのが先決だ。

 

(特に鋭いのは羽……鋭いというか薄いのか。その分横からの衝撃には脆い。さっきの一撃で折れるわけだ。あとは……この目立つのは頭部じゃなくて胸部。そんで尻にはおそらく毒針。どういうたぐいの毒か知らねえが、こればっかりはすぐには試せねえか。毒腺が取り出せりゃあ罠にかかった生物にでも試せるんだがな)

 

 大まかに見てある程度の特徴は掴めた。取り敢えず感じることとしては、むしろこの大きさでいてくれてありがたい、というところだろう。蜂などのように人よりも遥かに小さな身体で来られると叩くにも面倒だが、むしろこの虫ぐらいの大きさがあると攻撃を当てやすくて良い。先程はハルのぶん投げた石斧で空中から叩き落とせていたので、特に頑丈ということもなさそうである。速い、というのはありそうだが、それも通常のハエや蜂の速度ですら人間の手には負えないので、速くても叩きやすくなったと言えるだろう。

 

「よし。こいつの毒の検証は今後の課題だな。あとはこいつの身体がなにかに使えるかどうか、か。それはおいおい試しながらやっていくしかねえな」

 

 動物の骨を使った道具などもあるが、これだけの大きさがある虫であればその代用ができるかもしれない。

 

 そういう意味で言えば、あの巨大な怪獣たち。あれらの骨なんかは、そのままテントなどの骨組みに使うこともできそうなぐらいの大きさがありそうだ。

 

 改めて、生態系の変化というのは非常に大きなことであると千空は実感した。

 

 

 

******

 

 

 

 巨大な虫の観察が終わった千空は、当初の予定通り土器づくりをやってみることにした。

 

 現代、というと語弊があるかもしれないが、滅びた現代の陶芸においては、土器を焼くための専用の竈門やそれを冷やすための施設なんてものがある。だがそれらは、あくまで土器をより洗練させるためのでものであって、ただ使うための土器を作るのに必要なものではない。

 

 土器を作るのに必要なものは、実はそれほど多くないのだ。

 

「まずは材料の粘土、そして砂。あーお前ら、ちゃんとこれらの名前覚えろよ?」

 

 土器づくりに必要なものは、まず素材として粘土の塊と水、そして砂。そしてそれを乾燥させるための火。

 

 以上である。

 

 ここに、例えば粘土の粘り気を増すためにある程度冷暗所で寝かしたほうが良いとか、乾燥させるときに熱が均一に行き渡る環境があったほうが良いとか色々とあるが、ひとまずそれらは今現在どうこうできることではない。竈門程度なら粘土を使って作れるかもしれないが、それも土器で粘土を扱う感覚を掴んでからのほうが良いだろう。

 

「まずは粘土の塊を砕く。砕いてなるべく細かくする」

 

 側面が削れて平らになった木の上で粘土の塊を砕いて細かくする。その際混ざっている不純物、例えば小石や木の欠片なんかは土器を作ったときには割れる原因になってしまうので取り除く必要がある。

 

 続いて、砂と同じぐらいにまで砕いた粘土に水を混ぜ多少馴染んてきたところで多少の砂を混ぜつつ、粘り気があり、かつ、こねたり丸めたりしても亀裂ができない程度を目指していく。砂を混ぜるのは、粘土の粘り気を抑えるためだ。

 

 粘土に含まれる土の粒子は非常に細かく、そのために水を混ぜると粘り気が発生する。それを緩和するために、見た目上は粒が小さいとは言え『見える程度の細かさでしか無い』砂を混ぜることで、それを変化させるのだ。

 

 砂と粘土と水を混ぜ続けると、やがてなんか良さげになってくる。感覚でしか語れないのが歯がゆいところだが、千空とて粘土などに対する知識はあっても陶芸に対して造詣があるわけではない。そういうのはまさに職人の領分というものだ。

 

 だからこそ、自分の感覚でやってみるしか無いのである。

 

 千空がこね終えたあたりで、それを見ていた猫たちも同じように粘土を砕いてこね始める。それを横目に千空は1つ先の段階へと進む。

 

「取り敢えずは、こねた後寝かせるのと寝かせないので試してみるか。後は焼く時間も試さねえと」

 

 そう考えた千空は、こねた粘土を2つに分ける。一方はこれからすぐに土器を作り、もう一方は一晩寝かせてから作るのだ。

 

 寝かせる方はツリーハウスの中に革をしいてその上に転がしておく。棚とか机とかはまだ作れていないのだ。

 

「んで、これで紐を作って丸めるように積んでくわけか」

 

 常に手を濡らして断面から乾燥する粘土に対して水分を補充しつつ、基本的な土器を作っていく。まずは底となる部分を薄く広げる。そしてその上に、細長く伸ばした粘土を輪を描くようにして積み重ねていく。一塊の粘土を伸ばして器を作るのではなくこうやって何層にも積み重ねるのには何か理由があるのだろうが、流石の千空でもそこまで細かいことは知らない。

 

 ただ、こうやって作れば隙間ができない、ということは知っている。

 

 ひとまず粘土の塊から両手で持つ程度の大きさの器と、コップ程度の大きさの器ができた。

 

 そうなると次は、この粘土の塊を使える器へと変えていかなければならない。その段階は、乾燥と焼入れの二段階に分けられる。まだまだ柔らかい粘土を一旦乾燥させて固くし、そこから更に焼くことで頑丈さを高めるのだ。

 

 猫たちもそれぞれに土器の器を作る段階に至っているので、千空は一足先に土器を乾燥させるための焚き火を用意する。普段のとは別に、現在土器を作っている水場の近くに用意した。

 

 それができれば、後はその焚き火の近くで乾燥させるのみだが。

 

 これがまた時間がかかるのである。知識として、少なくとも半日程度かけてしっかり乾燥させたほうがいいのは知っている。

 

「不眠不休だな。まあいつも通りに火の番してくれりゃあ問題ねえか」




長くなったので土器づくりは二話にわけます。


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第12話 土器づくり・2

連続投稿一話目です。


 食料の採集を猫たちに任せて、千空は1人火の側で土器を乾燥させる傍ら、食料を集めに行く前に4匹に集めてもらった植物の蔓を使ってかごを編むことにする。革袋があり更に土器の製作に手をかけている現状容器の数自体は足りているのだが、それでも不定形の革袋ではなく定形かつ容量のあるかごはある程度形を維持して運びたいものを入れたり、固くて革袋越しでも痛いものを運ぶのには必須だ。それこそ今日運んだ巨大な虫の死骸や鉱石のような。

 

(あの鉱石も調べてえんだがな。ここまで綺麗な青い鉱石っつうとサファイアとかタンザナイトとか宝石系ばっかりが浮かぶがアルミン酸コバルトとかの化合物系にもいくつか存在してるっちゃあしてる。ただそのどれもあんな露出の仕方はしねえ筈なんだが……これもまた3700年で新しく出現したもんなのかもしれねえ。

 

……まあ調べるのはもうちょい余裕が出来てからだな)

 

 あまり火が強くなりすぎない程度に焚き火に枝をくべた千空は、その隣で集まった大量の蔓を積み上げる。

 

 まず今からするのは選別だ。本来かごを編むためには当然ながら適した蔓とそうでないつるというのが存在する。例えばどの程度固く、どの程度折っても裂けにくいかなどだ。

 

 ただ今回は集めた山盛りの蔓は4匹に示して似たものを集めてきてもらったものなので、その中には細すぎたり弱すぎたり、あるいは乾燥していてかごを編むには不十分だったりするものも多く混ざっている。

 

 その蔓の山をまずは、籠を編むに足る柔軟さと強度、それに適度な太さを持ったものと条件にみたないものにわけていく。これに関してはひたすら手で触って折り曲げても裂けないかあるいはほんのちょっとの亀裂で済むかを確認していくかしか無い。

 

 それが終わったら今度は使える方の山からある程度の量の蔓を取り出してその節や飛び出している葉を石器でそいで、なるべく表面がなだらかになるように手を加える。節があると曲げたとこにそこから亀裂が入る可能性があるからだ。

 

「取り敢えずアイツラのサイズで作ってみるか」

 

 蔓の用意も出来たところで、まずは試作も兼ねて猫たちのサイズで作ることにする。千空の大きさに合わせて作るとそれなりの大きさになるので、その前に試作をしておきたいのだ。

 

(まずは……どうすんだ。土器のときは底を作ってその上に積み上げてった。けど今回は土器と違って底の面と側面の接続を考える必要がある。となると……編むってことはなにかに合わせて形を作れば良いんだ。んで、普通に縦横編んでくだけなら平面になる。なら────)

 

「先に骨組みを作ってしまえば良い」

 

 まずは思いついた仕組みを試してみることにする。側面の壁を作るための指標、骨組みを作る必要がある。そしてその骨組みは当然ながら、底から側面まで繋がっているものである必要がある。

 

「側面に柱を作るためにわざわざ編むと強度が心配だ。っつか蔓じゃあそこまで細かいこと出来ないだろ。ってなると……そうか、U字に蔓を曲げればそこから側面までカバーできる。で、そこに底を作るためには―――」

 

 あーでもないこーでもないと呟きながら、実験用にかなり細い、籠を編むには不十分な蔓を使って手元で弄ぶ。地面に書いたり頭の中でやるだけでなく、こうして動かしてみることで見つかることもあるのだ。

 

 そうして。

 

 しばらく試行錯誤した結果、ひとまずの方針が決まった。

 

 まず最初はU字にしない。U字にするのではなくて、縦横3本ずつの骨組みを十字に重ねるのだ。そして重なっている部分を底の中心としてその周りに渦を巻くように他の蔓で底を作っていく。

 

 ここで実際に糸で布を編む際のように縦横3本の骨組みと上下交互になるように通していくのだ。そうすると、蔓と蔓が互いに支え合い、更に大きな摩擦が発生することで底が解けなくなる。

 

 ある程度の底の面積が獲得できたところで、今度は骨組みを折り曲げて底面から90度の角度で立てる。そして今度は、そこに土器のときと同じように輪を描くように蔓を通していく。蔓が途切れた場合には新しい蔓を足せば良い。そもそも籠を編んだりする際の利点は、その大きな摩擦にある。一本一本じゃあ弱い摩擦も、相互に支え合うことで大きな力となって籠の形状を維持してくれる。もし先端が解けそうだった場合には、細い蔓で骨組みに縛り付けてしまえば良い。形の良さを目指していない以上、やりようはいくらでもあった。

 

 そうして。作り始めて一時間ほどかけて試作の籠が完成したわけであるが。

 

「口が狭えな。縛りすぎたか」

 

 思っていた形状とは少し違う形になってしまった。側面に蔓を通して行くときにしっかりと形が形成できるように力を入れて引っ張っていたのだが、それが先端のあたりをきつく縛ってしまい腹のあたりだけが妙に膨らんだ籠になってしまった。まあそういう入れ物として見れば愛嬌があって良いのかもしれないが、今回は失敗だ。

 

「なるほどな。底付近じゃあ蔓が底面との接続部分に支えられて内側に倒れねえが、上の方に行くとその縛りも弱くなる。そこに俺がきつく蔓を巻いたから口が小さくなったわけだ」

 

 一度わかってしまえば後はそれに気をつけてもう一度やるだけだ。

 

 だがその前に、一旦土器の確認である。火が直接当たらないが熱はしっかりと伝わる位置に置いていた時は、触ると火傷しそうなぐらいの温度は持っていた。

 

(回したいが触ると火傷するな。棒を使えばどうにかなりそうだが、まあ一回これで行ってみるか)

 

 土器の状態を軽く確認した千空は、今度こそ完成させようと再び籠を編み始めた。

 

 

******

 

 

 猫たちが戻ってきたのは、そんな千空が2つ目の籠を編み終えた頃である。一回目で慣れたことで編むのにかかる時間も短くなった。

 

 そんなところに、ちょうど自分たちそれぞれの革袋と、フユだけは千空用の大きめの革袋を満タンにした状態で帰ってきた猫たちを見て千空は早速それを背負わせてみることにする。

 

「よし、フユ」

「ニャ?」

 

 千空の声にひかれてやってきたフユの背中の革袋を降ろさせ、代わりに背中に出来たばっかりの籠を背負わせてみる。籠の部分は蔓で。背負う部分は以前作ってツリーハウスに保管していた縄を使った。

 

「ニャ?」

 

 フユは不思議そうに自分の背中を見ようとしているが、それよりも他の3匹の方が興味津々な様子である。

 

「これはカゴ、って言うんだ。フクロより固い。崩れない」

 

 伝わっているかは分からないが、革袋との使い分けについても説明しておく。これからは今後基本このカゴで食材の採集などは行ってもらいたい。それは容量の問題もあるが、せっかく取ってきた食材が傷つかないようにするためでもある。

 

 例えばキノコのようにある程度定形のものならば良いのだが、以前一度ハルが取ってきた赤いトマトのような中身をした果実は袋の中で押しつぶされてしまっていた。もちろんカゴでも適当に詰め込めばそうなるだろうが、袋のように形状が変化することで中で不要な圧力がかかることはないだろう。

 

 逆に袋が利用できそうなものといったら薬草などの大量に集めても柔軟性のあるものか、小麦粉のような粉の場合だ。

 

「小麦は自生してんのかねえ。植生は大分変わってるみたいだが、穀物系統は大丈夫なのか。それがねえと文明再建がきつくなるぞ……」

 

 ボソリとこぼした千空に猫たちが不思議な表情向けてくるので、千空はそれに何でも無いと首を振る。

 

「よし、お前らも籠の編み方覚えろよ。今からつくんぞ」



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第13話 土器づくり・3

開けて翌朝。一晩火の番を代わる代わるするために外で寝た千空は朝日の光で目を覚ます。夜明け頃に確認したときにはすでに火は下火になっており、土器も十分に乾燥しているようだったのでそのまま短い睡眠を取ったのだ。

改めて温かい程度の温度まで冷えている土器をでこピンしてみると、固い感触が手に帰ってくる。

「十分乾いてるってところか。そしたら後はお焚き上げだな」

 

 つんつことつついて土器の状態を確認した千空が川で顔を洗っていると、猫たちも起き出してくる。昨晩遅くまで火の側で籠を編んでいたので眠たそうだが、それぞれに完成、あるいは完成間際の籠にかなり満足そうにしている。

 

 昨晩取ってきたキノコ類の残りと干し肉で朝食を済ませる。ちなみに干し肉の作り方は一応猫たちに教えることが出来たので、昨日罠にかかっていた分に関しては猫たちが干しておいてくれた。また一つ任せることが出来る作業が増えたのである。

 

「そんじゃあ早速土器焼いてみるか」

 

 現状の千空に出来るのは、土器を火の中に並べてファイアーすることだけである。それで土器が成功すればありがたいし、失敗すればどこかが悪かったと確認出来る。少なくとも縄文時代などは竈門を使わず野焼きで土器を作っていたのだ。後は回数チャレンジして、土器を完成させるしかない。

 

 まず最初に、一旦焚き火をごく弱火の状態まで弱くする。そしてその上に土器を並べていく。火を弱くしたのは、土器を並べる際に火傷をしないようにするためと土器をいきなり高温の状態にしないためだ。

 

「革手袋ほしいな。流石に作るのがめんどくさそうだが……別に指の部分がなくて良いなら簡単に作れるか。なんなら適当に切ったのをかけて持ち上げれば良いか」

 

 適度に土器が温まったと感じたら、今度は土器の上側に燃えやすい細い枝なんかをテントを築くように乗せていく。これで、天然の竈門、というわけではないが土器を火の中に閉じ込めることが出来る。

 

 後は火の方は絶やさず薪を放り込んでいくだけでいい。まあ火の強さに関しては試しだめし必要だ。その間に猫たちには、昨晩残しておいた土器をこねてもらうことにする。

 

「おいお前ら。土器、作ってくれ」

「ニャ!」

 

 千空の言葉を聞いた猫たちは、我先にとツリーハウスのある木の方へと走っていく。おそらくは、『土器』『作る』の短いフレーズが理解できたのだろう。

 

 千空が話しかけている、ということは猫たちからは『鳴こうとしている』という形で、コミュニケーションを取ろうとしていると受け取られているのだろう。そしてその上でわかる単語があったのでそれを達成するために動いてくれた。

 

 まだ疑問や『昨日』などの過去の表現は理解できないのだろうが、かなりの進歩であると言えた。

 

 

******

 

 

 新しい土器をこねている猫たちのうち、ハルとフユにはジェスチャーで最初に作ったお茶碗サイズの数倍のものを作るように伝えてみた。粘土の山の上に手で弧を描いて『これぐらいの』と言ったのが伝わっていれば良いのだが。

 

「火が通ったら赤くなるっつうが……全くわからねえな」

 

 4匹が粘土をこねて土器を作っている間、千空はひたすら薪を積んでる場所から運んできたり土器の様子を確認したりしていた。

 

 土器に焼入れを行うのは、粘土に含まれる金属粒子を融解させ周囲の粒子と結びつかせることでより強固な状態にするためだ。乾燥しただけの状態でもギリギリ使えると言えば使えはするのだが、そっちは焼入れをしたのと比べるともろく経年劣化も激しく、また水分に非常に弱い。ちょっと水を川から運んできてなにかにかけることぐらいにしか使えないのだ。

 

 それに比べて、焼入れを行えば土器を構成する粒子同士がガッチリと結びつくことで、水分を入れたところで溶け出したりすることはなくなる。それを確認するための色が、赤茶色、というわけだ。

 

「半日くらいか? まあしばらくは様子見、だな」

 

 

******

 

 

 土器を火で包んでからすでに5時間。猫たちが2つ目の土器も作り終えて、新たに粘土を採集してきてくれた頃。

 

「お? 赤くなったか?」

 

 じーっと火の中の土器の様子を眺めていた千空は、灰色に近かった土器の色が赤茶色に変わったのを目撃した。おそらくこれが、土器が焼け上がった証なのだろう。

 

 そのまま様子を見るときに使っていた長い木の棒で土器の上に積もっている燃えカスを払い落としていく。当然まだ燃えている薪もあり火の粉が散るので、先に猫たちには退避させていた。掻き出されて舞い散る火の粉の鮮やかさにはしゃぐ猫たちが火傷をしないように遠ざけながら、千空は火を散らして土器を露出させた。

 

「赤っぽいとこもあるけど焦げてるとこもあんな。完成してんのか?」

 

 赤が目安、というのは知っていたが、実際にやってみれば全体が均一に赤くなるなんてことはなく見えている部分が赤くなっただけのようだった。

 

 何時間ほどで完成するかを確かめるために、今回はここで野焼きをやめて土器が完成しているかを確認することにする。

 

 薪を散らせた後、土器を木の棒で付き転がして下に熾が残ってない場所で自然に冷却する。冷却しないと触れないのでついつい水をかけたくなるが、水をかけると土器が急激にもろくなって壊れるので絶対にダメだ。

 

 そんなことを猫たちに説明しながら一時間も待っていると、土器がほんのり温かい程度で十分触れる熱さになる。

 

「お前らどれが自分のか覚えてるか?」

 

 ひとまず焼き上がった土器は、奇跡的に全部割れることなく形を保っていた。ほとんど失敗して何度も繰り返すつもりだったので少しばかり嬉しい誤算である。

 

 4匹はそれぞれ自分が作ったのを覚えているようで、それぞれに自分の土器を手にする。ハルのはオーソドックスでずんぐりむっくりとした形状で、あえてなのか自然となのかはわからないが肉厚な器になっている。

 

 ナツの分は、おそらく作った段階では縦長だったのだろうが、薄く作ったためか粘土が重力にまけて器が太った感じになってしまっている。

 

 アキのは何をどうやったのか、どんぶりのように口が広がっている。正直土器を初めて作るときにこの形状が出来上がるとは千空も考えていなかった。やはりアキは、工作に関しては優れているようだ。

 

 フユの器は、几帳面らしい性格が現れたのか表面に凹凸がほとんどなく、また厚さもほとんど均一で壁がまっすぐたった綺麗な円形をしていた。その綺麗さに、千空は自分の作った不格好な時と見比べて三度見ほどしてしまったが、それも仕方のないことだろう。

 

「あー……土器づくりは今後基本お前らに──」

 

 任せる、と。言いかけた千空だが、それは否定しておいた。確かに器程度のものなら良いのだが、蒸留などをするための特殊な形状をしたものを作る必要がある場合には、千空自身も土器づくりに慣れている必要がある。もちろん絵などで猫たちに伝えられたらそれはそれでありがたいが、常にそううまくもいかないだろう。

 

「くくく、文明と一緒に人間もきっちりレベルアップしとかねえとな」

 

 文明が無くなった今だからこそ、知識と同時に確かな手の技術が必要となる。そう、これまでの生活で千空は確信していた。

 

「よしお前ら、土器作ってじゃんじゃん焼くぞ!」

 

 ひとまず土器が作れることと、その大凡の手順がわかった。

 

 それならば後はトライアンドエラー。水を少し汲む程度のものだけでなく、水を大量に貯めておくためのものやそのほか貯蔵に使えるレベルのものも欲しい。

 

 そのためにはまず。

 

 自分より器用な猫たちを職人に育て上げることを目標に、千空は猫たちに声をかけた。




ちなみに本来なら猫たちの土器づくりはほぼ100%成功しません。なぜなら毛が混じるから。そこから亀裂となって土器が割れます。

けどまあこの子らアイルーだから! アイルーは最強なんです!


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第14話 海へ

「しっ、静かに」

 

 前へ出ようとする猫たちを手で制した千空は、ポケットからケムリ玉を取り出しつつ、眼前を通り過ぎていく青い甲殻を背中に備えた熊のようなモンスターを見送る。千空同様に息を潜めた猫たちもその背中を静かに見送り、その背中が遠くの木の陰に消えたところで小さく息を吐き出した。

 

「案外やり過ごそうと思えばいけるもんだな」

「静かに、ニャ」

 

 千空の言葉に呼応するようにそう告げる猫の手にする籠の中には、尻尾が青いままの大きなトンボがいて、退屈そうに羽を揺らしている。

 

「やっぱり駄目か。捕まえてると反応しねえな……。飛んでないと駄目、ってことか? なら次は紐で縛ってみるか」

 

 籠を抱えたアキの頭をなでてやりつつ千空はそんなことを考える。アキの後ろには、それぞれに小さめのポーチと石槍、石斧を所持したハル、ナツ、フユ。

 

 拠点周辺から探索を初めて一ヶ月ほど。ある程度活用できそうな植物や生物は見つかったものの、探索は難航していた。

 

 ギャウギャウと響く複数の鳴き声に、千空は眉をしかめる。

 

「またか」

 

 その声に猫達が槍を構えるが、それを制して手にしていたケムリ玉を包む蔦の葉を石のナイフで切断する。それを声のした方へと投げれば、木にぶつかると同時に弾けたように白い煙が飛び出し、一瞬であたりを覆い尽くした。

 

「帰るぞ」

 

 千空の言葉に猫たちはいつもの鳴き声ではなくうなずきを返して、引き返す千空の後を追う。

 

 千空達がその場を去って数分後。薄れた煙の中から数匹の、オレンジと紫の体色を持つ体高1.5メートルほどの恐竜のようなモンスターが飛び出してくる。キョロキョロと周囲を見渡すそいつらは、やがて何も見つからないとわかったのか引き返していく。

 

 

 本格的に探索をはじめてから1ヶ月。探索は思うように進んでいない。千空達の行く手を阻むように、3700年後の世界の脅威。

 

 モンスターが、立ちはだかっていた。

 

 

******

 

 

「ここも駄目、か。となると少し迂回するルートか、どっかのタイミング……むしろ夜の方が良いかもしれねえな」

 

 ツリーハウスに戻った千空は、机の上に広げられた大きな革に木炭で描かれた地図に、今日奴らと遭遇した場所をばつ印で記入する。地図の南東側、海に近づく方向は軒並みばつ印がつけられている。その他にも、ひと目でわかる熊や巨大な翼竜のようなモンスターをデフォルメしたアイコンもちらほらと見受けられるそれは、千空と猫たちの1ヶ月の成果だった。

 

 土器づくりも大型小型の土器が完成し、保存食料としての干し肉もある程度蓄え。いよいよ遠出、そして海に到達して塩やら貝殻やらが確保出来た後はいよいよ考察していた石化した人間の復活に着手しようと考えていたのだが、その海に到達するという段階で今のところ千空は行き詰まっていた。

 

 探索を始めた当初は、むしろいろいろなことがうまく進んでいたように思う。それは千空の観察眼もそうだが、猫たちが片言だが言葉を話すようになったおかげでもある。

 

 例えば、ケムリの実を改造して作ったケムリ玉に使用する特殊なツタや、大型のモンスターが接近すると尻尾が赤く光りだす大型のトンボ、猫たちとの会話で言いやすいようにキザシヤンマと名付けたそれなんて猫たちの言葉によって千空が存在に気づき、皆で探しにいったものだ。

 

 モンスターという言い方も猫たちとの会話のために考えた。動物との区別はシンプルだ。空を飛ぼうが地面を走ろうが木を登ろうが、虫だろうが翼竜だろうが恐竜だろうが獅子だろうが熊だろうが、こちらに対して攻撃的、あるいはその可能性がある奴らは全てモンスターとして。

 

 それ以外は、例えかつては存在していなかった種、例えば頻繁に水辺を訪れるパラサウロロフス似の生物のような種でも『積極的な攻撃性がなく、また命にかかわる攻撃はしてこない』生物は動物と呼称することにしたのだ。これによって、モンスターといった瞬間に危険だとわかるようにしたのである。

 

 ちなみに件のパラサウロロフス似の生物、猫たちにアイデアを募ったところ『アプトノス』と名付けられたそれは、千空と猫たちの手によって一匹が駆られご馳走となったことで、モンスターの区分から外れる事となったのである。

 

 そして今。

 

 千空の海への到達を邪魔しているのは、そのモンスターのうち一種。大きさは小型と言い切れる程度のものだが、何分群れとしての数と群れの他の個体を呼ぶ鳴き声が厄介な『ジャギィ』と名付けた種である。

 

 大型のモンスターを避ける、あるいは奴らから隠れるすべはある程度見つけることが出来た。

 

 大型のモンスターは捕食行動を行っているときに限っては足音だったり、あるいはその周囲におこぼれを預かりに集まる頭部だけ赤い全身真っ黒の鳥だったりと、遠くからでもその存在をある程度察知することが容易いのだ。それ以外の場合には気づけずに接近してしまうこともあるが、そういった場合には奴らも腹ペコではないようで今のところ積極的に襲ってきたことはない。即座に離れれば大丈夫な部類だ。今度凶暴な種が見つからないとも限らないので警戒はしなければいけないが。

 

 そして仮に大型モンスターの捕食のターゲットにされた場合には、ケムリ玉とハジケクルミを活用することでどうにかしている。モンスターも別に絶食腹ペコ状態ではないので、ちょっと痛い目を見せたり姿を隠せれば諦めてくれるのだ。むしろそれで激昂するような相手は何かしら目立っているので、全力で避ける方向で行動している。

 

 ケムリ玉は以前見つけたケムリの実を加工して割れる直前の状態にし、その周囲を柔軟性の高い特殊なツタの葉で包んでおいて使う前に葉に切れ込みを入れることで投げた直後に煙を吹き出すようにしたものである。加工の難易度は高いものの、猫たちが率先して作ってくれているし、千空も3個に1個ぐらいは成功している。これは使える場面が相当にあるし、煙によって嗅覚まで塞いでくれるようでかなり重宝している。必需品とも言えるだろう。

 

 もう一つのハジケクルミは、ある程度強い衝撃を受けるとすさまじい勢いで破裂する大きなクルミのような外見をした果実だ。千空はこれをクルミだとは断じて認めていないのだが、初めて見たときに『クルミ』とこぼして以降猫たちがそう呼ぶので諦めてその呼び方にした。弾ける勢いは凄まじく、川でとれた魚にぶつけたら魚は中程からちぎれ残った部分にはクルミのかけらが刺さっていたし、おそらく千空や猫たちであれば骨にひびぐらいは簡単に入るだろう。

 

 そんな代物なので、モンスターに狙われても顔に向かって数個ぶつけてやれば後を追ってこなくなるので最終手段として機能している。今のところ使えたのは、大きな青い熊の眼の前ではちみつに手をだすという馬鹿をナツがやらかしたときだけであるが。

 

 加えて、薬草もそのまま持つのではなくある程度すりつぶして煮詰めた状態で小さな土器に入れて持ち歩いている。濾過していないのでいい具合にどろどろで、うまいこと傷口に軟膏のように塗りつけられるのだ。以前治りが他のときよりも良いときがあったように思えたのは目下調査中であるが、今のところ手がかりが無い。

 

 そういうわけで、大型の奴らだけであればある程度自由に歩き回れるぐらいの道具は揃っているのである。

 

 にも関わらず探索が難航しているのは、今目指している海の方に、おそらくはジャギィの群れの縄張りがあるからだ。角度を変えルートを変えて接近しても、必ずどこかのタイミングでアイツラが視界に入る。向こうから接近してくることもあるし、千空達が先に気づいて距離を取ることもあるが、気づかれないままに通り抜けるのは至難の技だろう。

 

 正直ジャギィの1,2匹程度ならどうにでも出来る。実際千空とアイルー達で石槍で攻撃したときには撃退することが出来た。

 

 だが奴らは10匹以上の群れなのだ。鉤爪と牙は鋭く、振り回す尻尾の一撃は槍越しでも手がしびれるぐらいには重たい。まともにやり合うには戦力不足だ。

 

 だからこそ、千空はどうにか奴らを超えられないかと苦心しているのである。

 

「こっち、ニャ?」

 

 千空が地図を前にうなり声を上げていると、ハルが地図の左上の方角。千空が目覚めた方角をタシタシと叩きながら話しかけてきた。

 

「そっちはまだ後だ。先に海でほしいもんが色々とあるんだよ」

 

 海を先に目指している理由。それは塩の獲得。そして他にも海で取れるものから作れる石鹸が上げられる。

 

 このモンスターワールドで、かつての科学の名残はもはや残っておらず。となると致命的なのが怪我だ。今のところは薬草の回復能力でどうにかなる程度の擦り傷ですんでいるので治療も出来ているが、少し大きなキズが出来て破傷風になったりすると一発でアウトである。だからこそ、清潔さを保つための石鹸はどうにかしてゲットしたいのである。

 

 そこまで準備ができてようやく、拠点を離れて外泊。

 

 すなわち。

 

 千空が目を覚ましたところにあるであろう、その『石化を解いた何か』を探すのに時間を費やすことが出来る。

 

 後味のついていないキノコや魚、肉にはいい加減飽きが来た。早く海行きたい。

 

 そのためには、ジャギィの群れをなんとか突破しなければならない。アイツラの獲物を用意して引き付ける手なんかも考えたが、リスクがかなりある。となるとやはり、アプローチを変えてみるべきだ。

 

「夜に火なんかつけてたら一発で場所がばれるだろうが……つかあいつら」

 

 天候条件と月の満ち欠けに左右される月光と、人為的に用意できるものの目立ちすぎる火について考えていた千空は、そこではたと思いつく。

 

 まだ試していないことがあった、と。最も原始的で、効果的に獣が恐れるそれ。

 

「松明、作ってみるか」

 

 人類の進化の発端になったそれ。

 

 即ち。

 

「モンスターとは言え獣なら、火を恐れんじゃねえか?」

 

 



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第15話 憩いのひととき

 思いついたらすぐに試す。もちろん安全は確保しつつ。

 

「流石に今日はきついか。明日以降だな」

 

 いそいそと今日消費した分のアイテムの補充であったり、採集した植物やキノコなどを混ぜたりしている猫たち、いや。『アイルー』達に目をやり、千空は思案する。

 

 現在千空達は、毎日朝早くに目を覚まし、朝食の前にアイルー達を主体にキノコや木の実など食料の採取、そして手分けして設置してある罠の確認と朝食の準備をする。最近ではアイルー達も火の付け方を完全に理解したために、夜中火の番をする必要も無くなってきた。

 

 その後様々なものを採集しつつ、海へのルートを考えている。その後、日が暮れる前には拠点まで戻ってきて、工作をしたり獲物の加工をしたりしている。

 

 実を言えば海の方向も千空の記憶と北極星で方角を確認しているだけなので、最悪の場合、地形が大きく変わっていて海に到達出来ない可能性もある。だが現段階でそれを考えてもどうしようもないので、ひとまず海があると予想できる方向へと探索を進めていた。

 

 そんな毎日忙しい生活をしているので、千空もアイルー達も……いや。

 

「疲労が溜まってんのは俺だけか。あいつら元々野生だったわ」

 

 だが実のところ、そろそろ数日休みを取りたいレベルで千空は疲労が溜まっている。下手にぶっ倒れるのは非合理的なので、このあたりで休息を取りたいと思っていたのだ。

 

 本当なら、海に行って塩と海藻や貝殻等いろんな工作に使うものを入手した後に、工作兼休息という形にしたかったのだが。

 

「明日は一日のんびりするか」

 

 週休二日制とは言わないものの、月休2日ぐらいは確保しないと千空の体力では限界なのだ。

 

 

******

 

 明けて翌日。毎朝の日課を終えた後休憩するということをアイルーたちに伝えると、彼らもそれぞれにやりたいことに移っていった。フユとハルは千空と一緒に休憩することに決めたのか、千空の近くでゴロリと寝転がっている。

 

 とはいえ、休憩すると言っても一日中ゴロゴロするというわけではない。ただ探索で歩く分を工作に当てるだけでもかなりの休憩になる。

 

「とりあえず松明と、そのために動物性油脂ももっと貯めとかねえとな」

 

 松明を作るのは実はかなり簡単である。これまで作ってこなかったのは、夜出歩くのは危険だと考えていたために定点に設置できる焚き火で十分だったからだ。

 

 まずは松明の持ち手となる適度な太さの木の棒。これに関しては持ちやすければ何でも良いので適当な棒を持ってくる。

 

 次にロープ。植物性の繊維は様々な場面で使うことが予想出来ていたので、アイルー達にも繊維が取れる植物については教えており、朝の採集のときなどに採ってきては時間があるときに繊維へと加工している。加工済みのロープのストックも加工前の繊維のストックもそれなりにあるが、今回はロープを使う。

 

 そして最後に動物性油脂。普段から罠にかかった動物から皮や肉を取っているが、その際に油も採集していた。最初道具がない頃はどうしようも無かったが、土器が出来てからはその保存も加工もできるようになり、確実にいつか使うからとある程度溜めていたのである。実を言えばずっと作りたいと思っていた石鹸にも使うので動物性油脂の需要はかなり高かったりする。

 

「何ニャ?」

「松明だ。焚き火より良く燃える」

「アチチ?」

「ああ、そうだな」

 

 手元を覗き込んでくるハルとフユに応えつつ松明を作る。作り方は非常にシンプルで、動物性の油脂を塗り込み染み、込ませたロープを木の棒の先端に巻きつけるだけだ。このロープに染み込ませた油が燃えることで松明の先端のみが燃える、という構造である。

 

「使ってみるか?」

 

 ハル達が興味津津な様子で見てくるので、朝食後につけっぱなしになっている焚き火の側へと行く。そこではアキがなにやら複数の土器を使って何かを煮たり混ぜたりしている。

 

「アキ、何作ってんだ?」

「実験だニャ。薬草と混ぜてるニャ」

「そうか。危ないものを混ぜないように気をつけろよ」

「ニャ!」

 

 アキはどうも研究者気質というか。自分で色々な構造を試したり、いろんなものを混ぜてみたり。千空が作った道具でも、分解して構造を確認したりしていることがよくある。今も、みんなですることが無いので、1人で薬草をいろんなものと混ぜてみているのだろう。

 

(この開拓精神、俺も見習わねえとな)

 

 すでに人類が積み上げてきた科学について知っている千空は、その知識に従って行動している。千空をここまで助けてくれた科学の知識だが、それは言い換えれば、『科学に囚われている』とも言える。この常識と世界が変わったモンスターワールドにおいて、その先入観は時として新たな発見の妨げとなりうる。

 

 その点アキは、千空から学んだ知識は多少あるものの、ほとんど無知の状態である。

 

 だからこそ自分で様々なことを試そうとする。試し、新しいことを見つける。人類が200万年かけてやったことをまた一からやろうとしているのだ。

 

(人間が滅んでも、こうやって次の知的生命体が出てくるのかも知れねえな)

 

「ちょっと火借りるぞ」

「りょーかいニャ」

 

 猫たちの中で言語を一番理解しているのもアキであったりする。こういうのを本物の天才と言うのだろうと。そんなことを考えつつ、千空はアキの対面側から焚き火に松明を差し入れた。

 

 そして引き抜くと、松明の先端のロープを巻いてある部分が問題なく燃え上がっていた。

 

「ちゃんと燃えてんな」

 

 燃えているのが先端部分だけなので、持ち手は全く熱くない。これであれば、地面に木製の支えを置いて立てて置いたりする事もできるだろう。室内やツリーハウスの付近に関しては安全性を考えて置く気になれないが、拠点から水場までの道のりを照らしておくのも悪くない。

 

「ま、そういうのはおいおいだな。とりあえず作るぞ」

 

 その後ハルとフユを伴って、千空は松明を複数生産した。完成した松明は下向きに土器に突っ込んでおく。

 

 二十本ほどそれが出来たところで、とりあえず松明づくりは終わりにしておいた。

 

(他に出来ることは……)

 

 千空がそう考えを巡らせていると、服の裾が引かれるのを感じる。

 

「あ?」

「キューケ-ニャ!」

「ネルニャ!」

「あ? いや別に休憩っつっても寝るだけが……っておい!」

 

 応えている間にハルとフユに手を引かれて、ツリーハウスの下の木陰まで引っ張られていく。悔しいが季節がら上がってきた気温とそよ風がちょうどよく心地よく、座っていると穏やかな眠気に襲われる。

 

「ま、たまには昼寝も悪くねえか」

 

 寝させようとしてくるハルとフユに大人しく従って横になると、二匹も千空の両側を挟むように横になって来た。やがてすぐに、千空が眠りに落ちるよりも先に両サイドから寝息が聞こえてきた。

 

「はええよ寝んのが」

 

 そう悪態を口にしつつも悪い気はしない。石化が溶けてからこれまで、よくも悪くも生きることに必死だった。アイルー達の手助けによって楽になった部分は多いものの、楽になったら楽になったで他の事をする必要が出てくる。

 

 だからこそこうして、完全に気を抜いて休憩するということはなかなか無かった。

 

「娯楽ってのはやっぱり大事なもんだな」

 

 生活に余裕が無ければ娯楽に割けるリソースは無い。

 

 が。

 

 精神に余裕を生み出すのが娯楽でもあったりする。

 

(なんか、簡単にできそうなボードゲームでも考えてみるか)

 

 そんなことを考えつつ、両サイドの体温に誘われるようにして、千空も眠りへとついた。




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第16話 火の脅威

 一日の休憩を挟んで翌日。天気は曇天。少々肌寒い中、千空達は先日と同じ地点までやってきていた。装備はいつもどおり、アイルー達は石槍と石斧、それに採取したものを入れる籠やいろんな道具を入れたポーチを。千空はそれらに加えて、ケムリ玉やハジケクルミ等モンスターを避けるための道具を腰回りのポーチや革袋に入れて持ってきていた。

 

 そして今日はそれに加えて、それぞれが小さめの革袋と、そこから飛び出す数本の木の棒、否、松明を持ってきていた。目的は昨日思いついた通り、火がジャギィ、ひいてはその他のモンスターを退けるのに使えるかどうかの確認だ。

 

「出てこないな。縄張りを巡回してんのか? なら……」

 

 昨日遭遇した地点を通り過ぎてしばらくいったところで、千空はアイルー達にも指示を出して一旦足を止めた。ここまでくればまた遭遇するかと考えたが、どうやらそうでもないようだ。動物の生態に関しては千空は科学ほど詳しくはないのだが、おそらく広い縄張り内であっちに行ったりこっちに行ったりしているのだろうということは想像出来た。

 

 そうなってくると松明を試せないのだが、代わりに別の解決策も考えられそうだ。

 

 そう千空が考えたところで、ここ数日で聞き慣れてしまった甲高い鳴き声が聞こえてきた。

 

「ちっ、やっぱいんのか。つか奴らの総数どうなってんだ。それもいつか調べてえな」

 

 生活の基盤が出来てから色々な生物、モンスターの生態を見てきた千空だが、ジャギィは現段階においては脅威であるのでしっかりとした観察をするよりも回避することを優先していた。そのためにまだ見えてないことも色々とあり、それがわかれば何か別のアイデアが浮かんだのかも知れないと好奇心が首をもたげるが、今はそれをわきに置いておく。

 

「お前ら、ちょっと戻って焚き火するぞ」

「ニャッ!」

 

 ビシッ、と上に手を伸ばしたアイルー達と共に少し後退し、そこで焚き火を設置した。持ってきた松明だが、火をつけるには元となる火が必要なのだ。火打ち石なんかがアレば松明に向かって火花を飛ばせたかもしれないが、今の千空達の火をつける手段は錐揉みだけである。

 

 少し戻った開けた場所で焚き火を作り、そこから火を松明へと移す。それぞれ数本の松明を持ってきているが、2本目以降は前の松明から火を接げば良い。

 

 千空、アキ、フユが手に松明を持ち、ナツとハルは石槍を構える。全員が松明を持ってしまうと襲われたときに戦うことが出来ない。そのためにアイルー達を半分にわけた。

 

「よし、行くぞ」

 

 松明を前方に構えた千空を先頭に、ハルとアキがその後ろを。ナツとフユが後方の警戒をする。

 

(他のモンスターはむしろ火が好きとかだったら洒落になんねぇな)

 

 内心そんな考えを巡らせながらも、千空は木の間から周囲を警戒しつつ先へと進んでいく。なるべく物音は立てず、松明の火で視界が狭まらないように。アイルー達もそれがわかっているのか、いつものように騒ぐことなく静かに千空の後ろをついてくる。

 

 このあたりもアイルー達が成長しているところだろう。もともと狩りやこっそりとした行動なんてしていなかったであろうアイルー達が、千空が細かく教えないでも見るだけでそれを真似している。

 

 いや、おそらくは。

 

(理解、してんだろうな。行動の意味を。知能が高いにしても、ここまでになるもんなのか?)

 

 アイルー達は、千空が教える行動そのものだけでなく、なぜその行動をするのか、という意図まで理解している様子を見せる。教える側としては楽だし、その知能の高さが、人間以外の知的生命体の進化の過程のようで見ていて興味深かったりもする。

 

 そうこうしているうちに、先程引き返したあたりまで戻ってきた。木の幹につけてあった傷を千空が確認し、そこから一歩踏み出したと同時。

 

 ガサリ、という音と同時に少し離れた場所の茂みから二匹のジャギィが飛び出してきた。全長1.5から2メートルほどだが、その半分程は細長い尻尾と長い首で占められている。オレンジと紫の鮮やかな色合を持った小型の肉食恐竜のような見た目だ。

 

 茂みから飛び出した後、空中の匂いを嗅ぐような動作をしたジャギィは、そこからキョロキョロと視線を巡らせた後、千空たちに目を止める。

 

 そして空へと顔を上げて、遠吠えを上げた。

 

 ギャウギャウと響く普段の鳴き声ではなく、喉を張って響かせるような低音の遠吠え。以前初めてジャギィに遭遇したときにそれが何なのかと見ていた際には、迫ってきた多数のジャギィに命の危険を感じた。それ以降はジャギィが気づく前に避けるか、遅くても遠吠えを上げた段階で逃げ出していた。

 

 だが今回はそうすることは出来ない。

 

(ここで逃げたら意味がねえ。引いたら何もわからなくなる。だからギリギリを。ギリギリ逃げれるところをつかねえと)

 

 ジャギィが遠吠えを上げると同時に、千空達はゆっくりと後退を始める。ジャギィから離れすぎないように。しかし、他の個体が集まってきたときにちゃんと襲われて、かつ逃げられるように。

 

 そのために縄張りのギリギリの場所に来た。ここであれば、来るジャギィはすべて前からになる。たとえ囲まれても、後ろ側へ走って突破すればその先に他のジャギィがいる可能性はほとんどない。

 

 こんな危険な真似をしているのにはしっかりと理由がある。今千空達は、身を呈しての実験を行おうとしているのだ。

 

 松明、つまりは火の有用性を試すとして、少数のジャギィ相手であれば石槍でも牽制することで安全が確保できてしまうために火の有用性が確認できない。かといってジャギィの群れの中に突撃して火が通用しなかったときには、それこそ命に関わる。

 

 だからこうして、できる限りの退路を確保した上で実験に挑んでいる、というわけだ。ここから後退するルートも走りやすい道を通ってきたため、逃げる際には足場を気にせず走ることができる。

 

 焚き火を作ったあたりまで後退する頃には、最初に茂みから現れた個体を含めて10匹ほどのジャギィの群れが千空達の前側に立っていた。うち数匹が回り込もうとしてくるものの、千空達が木を盾にしながら後退していくので囲まれずにすんでいる状況だ。

 

「止まれ」

 

 千空が空いている右手を上げながらそう指示を出すと、じわじわ後退していたアイルー達が千空に合わせて足を止める。

 

 ここからが本番だ。

 

 アイルー達の足を止めたまま、千空は松明を前に突き出して正面から接近してきているジャギィの1体に自ら近づいていく。その千空を警戒したのか、追跡してきていたジャギィが足を止めた。

 

 一方千空はゆっくりとだが、確実にジャギィとの距離を詰めていった。ジャギィの一飛びでも届かない距離から、千空の一歩で届く距離へ。そして──

 

「(下がった!)」

 

 松明とジャギィの距離が腕一本を切ったところで、ジャギィが一歩後ずさる。

 

 続けて一歩。また一歩。前に出てくる千空に合わせてアイルー達も移動した結果、焚き火のあたりまで後退していた一団は、再びジャギィと遭遇した位置まで来ていた。

 

 その間に周囲を取り囲んだジャギィの群れは威嚇するように鳴き声を上げているものの近づいてくる様子を見せない。そのまま千空が正面から外れて、周囲のジャギィを追い払うようにアイルー達の外をぐるりと廻ると、それに押されるようにしてジャギィが包囲網を広げる。

 

(火にはビビってんな。後はどの程度有効か。追い払えるかいちかばちかやってみるか)

 

 ひとまずジャギィは火を嫌い、避けようとすることはわかった。後はそれがどの程度有効か、そしてジャギィがどの程度執念深いか、だ。たとえ火を嫌って距離を取ったとしてもずっと囲まれたままでは落ち着けないし、隙を見せた瞬間にやられる可能性がある。

 

 ここから追い払えるか。

 

 背負った革袋から予備の松明を取り出した千空は、右手に持ったそれを左手に掲げた松明の火を使って灯す。

 

 そして再度近くのジャギィに近づくと、今度は自分から勢いよく踏み込んで右手の松明を振り回した。

 

 舞い散る火の粉に、直前まで一歩ずつ後退していたジャギィが今度は大きく飛び下がり、一層激しく威嚇の声を上げる。

 

「アブナイニャ!」

「センクー!」

 

 アイルー達が驚きの声を上げる。それに応えないまま千空は他のジャギィにも向かって松明を振り回し、最後には近くにいた1体に向かって燃え盛る松明を投げつけた。

 

 それは命中こそしなかったもののジャギィの背中をかすめて近くに落ちる。そこから大きく飛び退ったジャギィはわずかに身を捩るようにした後、背を向けて走って逃げていった。それに続くようにして、他のジャギィも背を向けて去っていった。

 

 おそらく、ジャギィは知らなかったのだ。人がどのような存在なのか。脅威なのか脅威ではないのか。餌となるのかそうではないのか。

 

 それを確かめるために、いきなり襲いかかること無く観察していた。

 

 だが、ここで千空が脅威を示した。自分たちが、人間が脅威であるということを認識させた。アイルーたちに対する認識はどうかはわからないが、ジャギィは千空を脅威だと認識しただろう。

 

「よし! 帰って計画練んぞ。本格的に、海への道を切り開く!」




ジャギィが思ったより脅威で書いてて(火だけじゃあ解決しねえな?)ってなりました。



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番外編1 石器づくり

千空がまだ目覚めたばかりの頃の話。今後こういう細かい描写は番外編を主にしていき、メインストーリーは先へと進んでいきます。



1年ぶりの投稿お待たせしました。
こちらの記事も御覧ください。
https://amanohoshikuzu.fanbox.cc/posts/6347909


 文明の崩壊した世界で生活を初めてはや数日。二足歩行する猫のような仲間を得て、原始の世界で生活基盤を整えるために立ち上がった千空だが、ある1つの問題にぶつかっていた。

 

「くそ、またか。やっぱ急造品じゃ全くだめか」

 

 焚き火をつけることが出来てからすぐに制作した石器だが、使っているうちに問題が見えてきた。千空が思いつきで作った石器の、道具としての完成度が低いのだ。

 

「ニャ?」

「あ? これか?」

 

 ボロッ、と、木の棒に結び付けられているところからもげた石に猫のうち一匹が興味を示すので、それを渡してやる。少なくともこのままでは使い物にならないのが判明した。

 

 最初に石器を作ったときに、形ばかり知っているものを、削った石の中で運良く良さげに出来たもので再現していたのだが、いざ使ってみると支障が出るのだ。特に木の棒に石器をくくりつけただけの石斧と槍がやばい。

 

「ちゃん、っと作らねえとだめだな。仕方ねえ、やるか」

 

 2日ほどかけて周辺は歩き回ったし、食料は猫たちが結構持ってきてくれるので少なくとも数日は心配無い。だからこそここで、一度道具作りに専念して、そのノウハウを身につけておくことが今後にも繋がると千空は判断した。

 

 

 そうと決まれば、まずは以前作った石器の反省点。そして新しく石器づくりをやらなければならない。

 

 まず以前作った石器の反省点。隣でバラけた斧の木の棒と石器部分と植物の蔓からとった繊維で適当に編んだ紐で遊んでいる猫のうち一匹を見ながら千空は考える。思考に潜ったために、見られていることに気づいたその茶トラの猫が「ニャ?」と首を傾げているのは目に入らなかった

 

 

 取り敢えず、石器自体の鋭さ、尖り具合は悪くないように思う。そもそも石器時代、石器が出来たばかりの頃の石器というのは、けして切れ味が鋭いというようなものではなかった。現代の金属製の刃物とは比べ物にならない、『尖っている』という程度のものだった。

 

 もちろんその鋭さ、という点でも改良は必要である。例えば今、食料として稀に、ウサギを猫達が取ってきてくれることがある。他には魚なんかも。そんなときに、ウサギであったら皮を剥いだり、魚なら腹を割いて内臓を取ったりすることの出来る鋭い刃物も必要だ。特に動物の皮が加工できる石器はすぐに用意したい。千空の着る服を得るためにはそれが必要だ。

 

 だが今、取り敢えず考えたいのは、石器の刃物部分ではなく、道具としての性能。つまり、石斧としての柄だったり石槍の柄の部分のことだ。

 

(やっぱ、穴をなんとかして開けねえといけねえな。となるとあれか)

 

 今回壊れた石斧は、森で適当に拾ったY字の木の枝の股の部分に石を置き、紐で縛り付ける、という方法だった。そしてその石器部分の固定が甘かったので、木を叩いているうちに緩んで外れてしまった。

 

 そこで今度は、紐で不安定に縛るのではなく、木の棒に穴をあけてそこに石器をはめ込むという形で、がっちりと固定したい。ついでに適当に拾ってきた木の棒で作った前回は使っていると手のひらが痛かったので、硬い木の表皮を剥いで削って、素手で使いやすいものにしたい。

 

 まずは柄になりそうな木の棒を取ってくる。千空が振り回すことを考えて、少し細めの木材を選ぶ必要がある。

 

 灰色と茶トラの猫がついてくる中、近くの森を歩いて良さそうな木材を探す。

 

「ニャー?」

「ウミャウミャウ」

「ニャ!」

「ニャーーー!!」

 

 猫たちが何やらはしゃいでいる。彼らの言葉は千空にはわからないので、なんか犬がテンション上がってるぐらいのつもりでほうっておくことにした。

 

 1時間ほど歩き回って、広葉樹の一本が良さげな太さであるのを見つけた。

 

「……これで良いか。切るのは大変だが、使う道具は、良いもんを用意しねえとな」

 

 倒れている木材から良さそうなものを探したかったが、見つからなかったので仕方なくその木を、手で持った石器でたおすことにする。

 

 持ってきた石器を猫たちにもわたし、まずは千空が木の切りたい位置にぐるっと一周印を付ける。

 

「ここを、こうやってほってくれねえか?」

「ニャ?」

 

 灰色の猫が首をかしげるので、千空が率先してそこに石器を叩きつけたりグリグリと押し付けてほってみせたりすると、猫たちも真似し始めた。

 

「いや、3人同時はあぶねえな」

 

 3人で一本の木を叩くのは危険なので、時々交代しつつ、2時間ほどかけて木を倒しきることが出来た。

 

「うし、そんじゃあ持って帰る、か……重!」

「「ニャ、アア!」」

 

 1人と2匹でなんとか、途中の草や他の木に引っかかる木を引きずって拠点まで持って帰った。

 

「ありがとな」

「ニャ?」

「ニャウ!」

 

 猫達に礼を言って、白毛と黄金色の二匹が取ってきてくれた食材で昼を済ませた後はいよいよ木の加工だ。

 

 まずは、木の根から上の方で枝分かれする手前までの、まっすぐで使いやすそうな部分だけにする。今回は地面に置いた木に石器を振り下ろして、先端の方を切り落とす。それが終わったら今度は、木の表皮の表面を傷つけて、そこに細い枝を突っ込んでベリベリと剥がしていく。

 

「ニャー!」

 

 いつの間にか見学が4匹に増えていた猫たちが、ベリベリと綺麗に剥がれていく木の皮に楽しそうにしている。この皮は皮で使い道があるので、捨てることなく丸めて猫たちの巣に置いておいた。火の火口とか、場合によっては建材にも使えるだろう。

 

「そーら!」

「「「ニャーー!!」」」

 

 猫たちより大きな体を使って広範囲を千空が一気に剥がし、木材の硬い表皮が全て無くなると、つるりとした白い木の内側が見えた。触ってみるとすでにつるりとしていて、表皮と比べてはるかに触りごこちがいい。

 

「よし、そんじゃあこれをまたいい長さに切って、後は細かい部分だな」

 

 出来た真っ白な木材から斧の柄にする分の木材を切り出し、その表面をツルツルな石でこすってならす。

 

 そしていよいよ、木の棒に穴を開ける部分だ。

 

「そんじゃあ、あとは火だな」

 

 いつもつけっぱなしになっている焚き火の側に台にする石をおいて千空が座り込むと、その周りを囲むように猫たちが集まってくる。

 

 4匹に見つめられながら、2本の木の棒を箸のように持った千空は、焚き火の中で熾になっている欠片を拾い上げて、それを木の棒の上においた。それを見た猫たちが周りで慌てているが、千空は落ち着いている。

 

 そしてしばらくして木の上から炭の欠片をどけ、その黒くなった部分を特に尖った石器でほじくった。この石器は、割れ方が鋭くなるタイプの石を沢山割ってようやく出来た、とっておきの石器だ。

 

 そして、木の棒に熾をのせては焦がし、焦げた部分を削り取るという作業を繰り返す。

 

 すると少しずつではあるが、焦げたところだけが削られていくことで木の棒に穴が開いてきた。削りたいところだけを焦がすことで脆くして、穴を開けていく方法だ。

 

 そして数時間かけて、ようやく穴が開通。既に日が傾きつつある時間帯に入っている。結局、穴の仕上げと斧自体の組み立ては明日とすることにして、その日の作業は終わりとなった。

 

 

 

******

 

 

 

 翌日。起きてすぐに、昨日の続きを始める。まずは斧の柄の、石器をはめる穴。昨晩開通したところを、更に火を当てることで穴を広げ、形を整える。

 

 それが終わったらいよいよ組み立て、となる前に。

 

「この際、石器の方もちゃんと作るか」

 

 実をいうと千空の石器。ナイフ状の小型の石器の作成はかなり時間をかけてやっていたが、石斧に使う石は、運良く片側が薄くなった石があったのでそれを少し削ってそのまま使っていたのだ。

 

 しかし、真面目に石斧として使うなら斧の先端は研いで置かなければならない。鈍器と刃物の中間ぐらいにはしておきたい。

 

 そこで、今回は少し本気を出して、石を削ることにした。

 

 やることは単純だ。以前から使っていた斧の石器を別の石で叩いて整形し、表面を河原の硬い石にこすり合わせて削り整える。

 

 問題は、莫大な時間がかかるだろうということ。少なくとも、半ば運に任せて硬い石を割って、鋭く尖ったナイフを作ったときよりもかかるだろう。あちらは、成功する確立は低いがうまくいけば1発なのに対し、こちらはひたすら地道に仕上げることになるからだ。

 

 その代わりうまく作ることができれば、自然と鋭利に鋭くなるナイフと違って、広い幅を持った鋭い刃を作ることが出来る。

 

 

 時間がかかるだろうな、と思いつつも、千空はやる気満々だった。

 

(進歩には時間がかかるもの。一歩一歩、たしかに歩いていかねえとな。つか、打製石器から磨製石器の進化をたどんのか)

 

「そそるぜこれは」

 

 その進化の歴史をたどる、という行為がまた、千空のやる気を高めていた。

 

 

 

******

 

 

 

 磨製石器には大抵、砂岩、粘板岩、あとは蛇紋岩など、柔らかい岩石が用いられる。今回千空が使うのもそれだ。だが、大昔の人間は、それに加えて衝撃の加わる石斧などには、性能や耐久性を求めてか、硬い閃緑岩や安山岩すら使っていたらしい。だからこそ、柔らかい石を使う千空がくじけることはない。

 

(やったやつがいるんだ、辿らないでどうする)

 

 元々形状はまとまっていた石斧の石器を、河原の石にひたすらこすりつける。水をかけてはこすり、またを水をかけては別の方向から。そうしていると水に削れた石の粉が混ざって濁りはじめ、次第に石器の表面がつるりとし、そして先端が鋭く尖ってきた。

 

 千空は思うのだ。

 

 石器を作るのは、現代人からすれば遥かに大変なことのように思える。コンビニにいけば金属製の鋏が売っているような時代だ。何もないところから石器を得るのも、獣をとって皮を得たり、あるいは植物から繊維をとって衣服を作るのも、そして家を建てるのも。

 

 千空だってそう思う。今だって石器を作るためにひいこらしているし、服も家もまだ取っ掛かりすら無い。

 

 だが、同時にこうも思う。

 

 だが、石器はできようとしている。

 

(案外、やれるもんだな人間)

 

 人にとっては、どこまでいっても硬い、とても機械の力無しで加工できるようには思えないようなそれを。

 

 いま千空は、己の手だけで削っているのである。削る前と比べて石は一回りは小さく、また綺麗に整形されている。

 

 ここまでわずか1日だ。

 

 その1日を、たった、と見るか。あるいは、1日()と見るか。

 

 少しでも生活基盤の確保を急ぎたい千空としては後者だが。

 

 人類が築き上げてきた科学の道のりを考えるならば、千空は前者と答えるだろう。

 

 たった1日で、人は素手から石を削って鋭い道具に変えてしまうことが出来る。それが何より誇らしい。

 

 

 

 

 昼頃になってようやく完成した石器を、斧の柄にはめ込む。岩でコンコンと衝撃を与えつつしっかりとはめ込み、振るっても抜けないの確認した千空は、ずっと見守っていて、隣で千空を真似して石を削っていた猫たちをつれて近くの森に入る。

 

 そして手頃な木を見つけると、その幹に向かって斧を振り下ろした。

 

 振り下ろした斧は、以前のように表面を叩くのではなく、しっかりと鋭い切っ先をもって、木の樹皮を傷つける。2度、3度叩くごとに傷口は大きくなり、やがて、細い木ではあるものの、手で石器をもって削った時とは比べ物にならないぐらい簡単に、木は倒れた。

 

「「「「ニャニャー!!」」」」

 

 驚く猫たちを見下ろして千空は言う。

 

「これが、道具の力だ。覚えとけよ」

 

 人類200万年の文明を取り戻す。その第一歩は、人が硬き石と木を削る証明から始まった。




今現在当シリーズのβ版は一話のみとなっております。今後書いていく予定です。
詳しくはこちら
https://amanohoshikuzu.fanbox.cc/posts/6347909


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第17話 海だ

 海への道が切り拓けつつあるところで、いよいよ塩の入手のために本格的に用意をするべきときが来た。

 

 繰り返すが、塩の入手は急務である。それをなすためにジャギィの領域を突破できるようにこれまで地図を書き脚を伸ばして考え続けたのだ。そのため、道の開拓と並行して塩の採取に必要な道具も準備してきた。

 

「よーし、もう1回持ってくもん確認すんぞ」

「りょーかいニャ!」

「土器持ってきたニャ!」

「落とすなよ! それ大事だからな!」

 

 まず塩を得るために必須の道具として、完成度が高い土器が必要だ。それも小型のものではなく、大量の水を一度に入れることの出来る大型のもの。ついでにツリーハウスの拠点から海岸まで、少なくとも半日以上の行軍を運ぶので、壊れづらい頑丈なもので、かつ軽量なものが必要となる。

 

 ナツが抱えてフユが支えて持ってきた土器は、初めて土器を作ったときからずっと土器づくりを試し続けているナツとフユの力作だ。最初の頃土器を作ったときは、小型の土器ですら形が崩れ、大型の土器になると分厚さが半端ないものになっていた。それでも割れていないものを使って食品の保存などに使っていたが、それをこの一月半ほどでブラッシュアップしたのがナツとフユだ。千空は口は出したものの、工作技術で2匹に負けていたので、大人しく大型のものは任せて小型のものの制作を時々手伝っていた。

 

 ちなみに完成したのはつい一昨日のことである。土器づくり、何が一番時間がかかるといって待つ時間だった。こねた粘土を10日以上寝かせることで工作しやすくし、形が出来た土器をこれまた寝かせて乾燥させる。色んな条件を試すということで粘土の寝かせた日数も色々、土器の乾燥も火に遠くからあてたり冷暗所でゆっくり乾かしたりといろいろやったが、結局時間がかかるじっくりゆっくりが土器づくりでは正解に近かったらしい。ちなみに初日に早急に作った土器は、初日は使えたものの脆かったのか普通にひびが入っていて割れた。千空もちょっと凹んだし、アイルー達はかなり凹んだ。

 

 そういうわけで、実用的な、完成度の高い土器の完成はこれからになる。

 

「土器はちゃんと袋に包んで行けよ」

「ニャ! 用意してるニャ!」

 

 次に用意するのは、数日分の食料だ。塩作りには予定としては数日かかる。加えて海の近くで他にすることがある予定なので、少なくとも3日分以上の食料は用意しておく必要がある。食料のメインになるのは、多少乾燥しても水で戻して食べることの出来るしいたけと干し肉だ。特に干し肉の方は、少々硬いが貯蓄が少しずつ出来つつある。

 

 そして年の為の水の持ち歩き、は全く考えていない。というのも、現在の探索で進んでいるルートの近くに、ちょうど拠点近くの川が合流する太い川が流れているのがわかっているからだ。もっとも汽水域がある関係上、それなりに遡上しないと真水が飲めないことは覚悟しているが。そのため、現地で水をためるための土器は持っていくつもりである。

 

「そんで、石器とか道具類! それと松明とケムリ玉!」

「ニャ!」

「よし! 準備終わり!」

 

 しばらく悩まされたジャギィを突破できる目処がたったことで千空のテンションが少しばかり高い。実際海へのルートが早い時期に開拓出来たところですぐには出発出来なかったが、邪魔されたという感覚が問題なのだ。

 

「これで、明日もう一周遠回りして海行って、ルートの確立か」

「土器持ってくニャ!」

「あーいや」

 

 そこで改めて行動の順番を確認した千空は、一旦落ち着いた。

 

「土器は後だな。まずは拠点を作らねえと」

「拠点?」

「家だよ。あれと一緒だ」

「ニャ! 家作るニャ!」

 

 先に海での活動が問題なく行えるようにして、それからようやく重たい土器なんかは運ぶべきだろう。今は、交通機関にのって離れた場所でもたやすく行き来ができた頃とは違うのだ。たとえ1キロ、通学で歩いていたのよりも短い距離でも、場合によっては1時間以上の時間がかかる。舗装された道はなく、植物や地形が前を阻む。そんな世界で生き抜くためには、活動の起点に出来る場所を、一つならずと、長期的に活動する場に合わせて複数設けておく必要がある。

 

 千空が嬉しそうにしているおかげか、話を聞いているアイルー達もいつもより割増で楽しそうだ。

 

 結局その後は海への機運を全員で高め、その日は早めに就寝することにした。

 

 

 

******

 

 

 

 翌日。朝早くから準備をして拠点を出発する。それぞれが手に槍を持ち、荷物を背負う。食料を背負っているアキとフユは大型の袋を。ナツとハルは道具類が入った袋を複数にわけ、それを採取用のかごに入れて背負っている。千空は千空で、モンスターを撒くためのケムリ玉やはじけクルミ、それに松明や、向こうでの活動に使うであろう大型のかごを持って、中には飲料水を確保する為の小型の土器もいくつか入っている。

 

「よし、行くぞお前ら」

「「「「ニャー!」」」」

 

 朝食を食べた火を蹴って消し、千空が勇ましく立ち上がる。元々体力もやしを標榜していた千空だが、この3ヶ月近くの活動で、細いなりに体力がついてきた。元々食が太くないのと、体力をいくらでも消費する環境で太ることはないが、腕や脚には細く引き締まった筋肉が付き始めている。

 

 そしていよいよ出陣。

 

 先頭に一番危機察知能力の高いフユが立ち、その後ろにアキ、そして千空、ナツ、ハル、と続く。ちなみにフユが危機察知能力が一番高いのは、一番慎重で、好奇心にひっぱられづらいからだ。これがハルやナツになると、先導しているはずなのに好奇心に負けてわけわからない方向に突き進み始めたりする。

 

 拠点を離れてしばらく行ったところで、川が合流しているのを確認する。この拠点近くの川と別の川の合流地点が、1つの活動の目印だ。そこから川の流れに沿わず、少し右に曲がって進む。ここの川は蛇行しているので、こうして歩いていれば自然とまた合流出来るのだ。

 

(いまんところ、奴らの気配はない)

 

 ジャギィを警戒しているが、その様子は今のところない。ジャギィを火によって退けられると判明したもののわざわざ危険なモンスターの縄張りを横切る必要もなく、予想される縄張りの更に外側を通過するように今回のルートはとられている。

 

 その後、ジャギィの警戒をしつつ、川の向こう側で眠っているピンクと白い鱗を持つ花のようなモンスターを遠目にし、空の遥高いところで派手な喧嘩を引き起こしている2頭のモンスターを木々の間から目撃しつつ、8時間ほど移動を続ける。

 

 千空の記憶の限りは、間もなく海が見えるであろう、と。

 

 そう考えた直後、視界が開けた。

 

「おお……」

「ニャーーー!! 水がいっぱいニャ!」

「せんくー!」

 

 海岸の近くまで広がる森の先に、白い砂浜が広がる。

 

 そしてその向こう。待ち受けていたのは、どこまでも続き、寄せては引き、引いては寄せている、広大な海だ。

 

「やっとたどり着いたぜ」

 

 口角をあげて思わずそうこぼした千空は、初めて見る光景に驚くフユが腰に飛びついてきたことでたたらを踏んだ。

 

「おい、どうしたフユ」

「センクー、あれ何だニャ」

「あれ?」

 

 そう言ってフユが指すのは、視界の先に広がる海である。そこでようやく、アイルー達が海というものを自身の言葉以上のものとして知らないことに気づいた千空は、フユの頭をぽんと撫でて笑った。

 

「あれが海っつうんだよ」

「海? あれがニャ?」

「海! 水がいっぱいだにゃ!」

「おー、そうだ。地平線の果まで、くくっ、つまり見えるところ全部海ってことだ」

 

 千空の説明に、アイルー達はオオー、と歓声をあげた。

 

「よーしお前ら。まずは寝るところの確保すんぞ」

 

 そんなアイルー達に指示を出し、千空自身も森へと戻る。正確には、森の中でかつ海に近い位置に、今夜焚き火をして眠れる場所を探すために。

 

 幸い海岸を見渡す限り、モンスターの影はない。陸の生物が変わっている以上、海岸の生物、そして海の生物も変わっている、あるいは巨大化している可能性を考えたが、取り敢えずカニが巨大化しているようなことはなかった。だからこそ、安心してここに拠点を作ることが出来る。

 

「アキ、ハル、周りの探索、危なかったら逃げてこい。ナツとフユは俺と一緒に焚き火の準備すんぞ」

「「「「わかったニャ!」」」」




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第18話 竪穴式住居

 海岸すぐ近くの大きな岩の隙間に、千空たちは一旦の居を構えた。焚き火の準備をするとともに、それぞれ持ってきた動物の皮を広げる。ガゼルと鹿の間の子のような新種の動物、アイルー達がケルビと呼ぶ動物の皮は非常に柔らかく柔軟で、少々厚みには欠けるものの、寝るときに体の下に敷くとそれだけで快適さが増す。今回はこれを、拠点の外でも落ち着いて眠ることが出来るようにと持ってきたのだ。

 

 ぶっちゃけ地面で眠れないのは千空だけなのだが。アイルーたちは知恵があるように見えてもまだ野生の存在なのである。

 

「そんじゃあ薪集めだ。集めれるだけ集めんぞ」

「ニャア」

「木、倒すニャ?」

「いや、薪にそれは向かねえ」

 

 千空と会話出来る言葉を覚えたことで、こうしてアイルーたちはわからないことを千空に問いかけるようになった。そして千空も、自分より自然での活動に適しているアイルーたちを自立して動ける戦力にしたいと考えているので、そうした質問にもかなり丁寧に答えている。

 

 その後しばらく、周囲から薪になる落ちた枝や倒れた木などを集める。ついでに倒れた木などの様子から、この当たりが大型のモンスターの活動圏内になっているかも探る。

 

 この自然の様子からモンスターの活動圏を探るというのはかなり重要で、少なくともそうすることでモンスターとの余計な接触であったり縄張りの侵犯を避けることが出来ているのではないかと千空は考えている。

 

(まあ、生態系が変わっちまった以上は、前の常識を持ち出すのは危険なんだがな。出来る限りはしときてえ)

 

 せずに遭遇して後悔するよりは、して遭遇しないほうがもちろん良い。そう考えて

アイルー達にも伝えている。

 

 ちなみに今のところそうした自然破壊で見かけているのは、千空が石化から復活して初めて見た、黄色の甲殻と青い鱗や毛並みを持った狼のようなモンスターと、大きな木々にぶら下がって跳び回る、巨大な猿のようなモンスターだ。それ以外にもモンスターの痕跡らしきものはあるが、千空にはどれがどのモンスターか判断するすべがない。アイルー達も、流石に森の木の様子からそういったことに気づくことは出来ないらしい。

 

 

 1時間ほどかけて一山になる程度の小枝や倒木を集めた後は、臨時キャンプ地の地面を軽く掘り下げて、しばらく焚き火出来る程度のスペースを作る。

 

(くっそ、スコップの偉大さがわかりやがるな)

 

 そんな中で感じるのは、スコップという、一見シンプルな道具のありがたさだ。見た目も形状もシンプルなスコップだが、あれでも複数の能力を兼ね備えている。

 

 まず第一に、幅の広く薄い先端部によって、地面に深くまで鋭く突き刺さる。まず今の千空たちの文明レベルだと、それだけするどく薄く幅広く更には頑丈な道具というのは夢のまた夢だ。

 

 そしてその鋭さは、ただ地面に刺さるだけでなく、森や山、草原などにおいて地面の下に張り巡らされている植物の根を断ち切るのにも役立つ。地面の下に張り巡らされた根は、断ち切ってばらばらにしなければ地面を掘るのの最大の障害になると言っても過言ではない。

 

 そしてさらに、掘り返し、柔らかくした土を、その広い面にのせて一気に外へと運ぶことが出来る。この人の体より遥かに多くのものを一度に楽に運ぶ道具というのは、スコップに限らず、例えばそれこそ水を運ぶ土器だとか、ものをはこぶ革袋だとか、いずれも効率的な活動には欠かせないものだ。

 

 まあ今はそのいずれも無いので、ひたすら槍や木の棒で地面の土を突き刺して柔らかくしては、それを両手と胸で抱えるようにして外に運ぶことしか出来ないのだが。

 

「あー、くそ、目の細けえザルでもかごでもありゃあな」

「疲れたニャー!」

「大変だ、ニャ……」

 

 それほど広くない、直径が1メートルほどの穴ですら、1人と2匹かかりで重労働だ。それでも、数日は拠点にする可能性が高いので丁寧になんとか穴を堀切。加えてその穴の縁に拾ってきた大きめの岩を埋めることで、一時的に周囲から崩れないようにした。

 

 そうこうしているうちに、探索に出かけていたハルとアキが戻ってきた。探索ついでに採取もしてきてもらったので、2匹とも背中のかごにそれなりにきのこなどが入っている。

 

「なんかあったか? でけえモンスターは?」

「モンスターはいなかったニャ! でもアプトノスの群れがいたから、食べに来るかもしれないニャ」

「空の遠くに飛んでたニャ。広いところも見つけたニャ」

 

 2匹の報告の中で、千空は見逃せない報告を見つける。

 

「広いところってのは、邪魔な草が無いってことか?」

「そうニャ! チクチクでじゃまなのがなかったから歩きやすかったニャ」

 

 改めて問いただした質問の答えに、千空は笑みを濃くした。それこそが、この海の近くに探したかった要件の土地だ、と。

 

「よし、アキ、飯食ったらそこに案内してくれ」

「わかったニャ!」

 

 

 

******

 

 

 

 遅い昼食を早速焚いた焚き火の周りで終えた1人と4匹は、アキの先導で、邪魔な草がないというエリアに向かった。

 

 臨時キャンプ地である2つの大岩の間からわずか50メートルほど。周囲の木が大きく育ったために、細い木も、膝丈、あるいは腹、 胸ぐらいの高さまで伸びる可能性のある下生えすら生えておらず、丈の低い草と、若木が1、2本だけ生えている空間に出る。

 

「ギャップだ」

「ギャップ、ニャ?」

「ああ、森の中で、木の生育上こうやって隙間が生まれることがある。それをギャップとか、もっとシンプルに空き地なんつったりするんだよ」

 

 下生えで笹などが生えまくった場所というのはかなり活動しにくい。ツリーハウスの拠点からここまでの行軍でも、そういう場所に差し掛かるたびに移動速度が落ちていた。とくにアイルーたちは背丈が低いので、千空が先頭にたって通り抜けてきた。

 

 そしてそういう場所はどういう活動をするのにも向かない、少なくとも下生えを刈る、あるいは焼くという手間を払わなければ利用出来ないのだ。

 

 その点この森の中に広がる20メートル四方の空き地はかなり使いやすい。ついでにこうした空き地の周りには高い木が集まるので、大型のモンスターの接近も自然と防げるのではないかと千空は期待していたりする。

 

「ここを建設地にするぞ」

「建設?」

「家を建てるってことだ」

「家! 作るにゃ! 木登りニャ!」

「ニャー!」

 

 木の上の家というツリーハウスの要素を気に入っているアイルー達がはしゃぐが、千空はそれを制止する。

 

「はしゃいでるとこ悪いが、今回は木には登らねえ」

「ニャ!?」

 

 ショックを受けているアイルーを他所に宣言する。

 

「俺たちは今から、原初の人の家、『竪穴式住居』を、ここに建てる」

 

 そうと決まれば、建設に取り掛かる準備だ。

 

「ハル」

「ニャ! なんだニャ!」

「先に雨をしのげる場所を探しといてくれ」

「わかったニャ!」

 

 忘れていた雨宿り場所の選定をハルに任せて、建設の準備を始める。準備と言っても、持ってきた道具のうち宿泊用以外の石器類などを、建設予定地の空き地へと運んでくるだけである。残った荷物は、岩の下の隙間に押し込んで、仮に雨が降った場合に濡れないようにしておく。

 

 そして準備を終えたところで、いよいよ、竪穴式住居づくりの始まりだ。これは、今後の活動でも欠かせないものになると千空は思っている。少なくとも鉄器の刃物で綺麗に木材が切れるようになるまでは、竪穴式住居がもっとも堅実で作りやすい建物になる。それをアイルー達にも覚えさせて、千空がいなくても拠点を建てれるようにしておきたい。

 

 ぶっちゃけ最初にツリーハウスに手を出したのはミスだったと千空は思っていた。ただあの頃は、巨大なモンスターやその争いを見て、地面に足をつけた家というのを畏れて樹上へと逃げていただけだ。加えて、木の太い枝の間にハマるように建築したことで、家本体の支えだけでなく木によって支えられてツリーハウスは絶妙なバランスで成立しているのだ。

 

 あれがアイルーたちの基準になってしまっては困る、というのが、千空の一番懸念していることだった。




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第19話 竪穴式住居・2

 千空が、なぜこの海の近くに竪穴式住居を作ろうと思ったのか。それにはまず、『家を複数作ろうとしている理由』の説明が必要だ。

 

 今現在、西暦5700年と少々。世界から人が作った建築物などの痕跡は失われ、更に生態系が大きく変化して、人類にとってより厳しい大自然が広がる世界となっている。

 

 そんな中で、今の千空には、()()()()()()()()()

 

 こう言うと語弊があるかもしれない。正確には、『安全な生活が担保される、半永久的に定住出来る場所』が存在していない、だ。

 

 考えても見て欲しい。

 

 石化前の現代において、家というのは基本的に、そこに帰れば安心の生活の絶対的な基盤と出来る場所であった。火事や地震など有事があればそれも失われうるが、そんなのは一生に一度経験するかどうか。そんな安定した家を、技術や社会という構造によって担保されていた。

 

 竪穴式住居が活用された縄文時代でもそれは変わるまい。複数の人間が群れを無し、住居群を作って生活する。それだけで、少なくともかつて日本、いや、石化以前の世界に存在していた猛獣ですら簡単には手を出すことが出来ない、集落という名の要塞が出来ていた。狩猟採取ならではの食料不足などで移動を余儀なくされたとしても、それは計画的に、自発的に行われるもので、少なくとも家というものの安全性は確かなものだったはずだ。

 

 かたや、今、どうだ。千空とアイルー達が生活している拠点は、本当に安全か?

 

 樹上に作ったので、少なくともジャギィのような小型のモンスターに襲われることはあるまい。だがこの今の世界には、全長10メートル以上、翼を広げれば横に15メートル以上あるくせに平気で飛び回り、あまつさえ火球を吐き出して地面や木を吹き飛ばすモンスターが存在しているのだ。たった1つの家。守るための武力も城壁ももたないそれを、どうして安全といえようか。

 

 だからこそ千空は、複数の拠点をいずれは築いていくつもりなのである。少なくとも千空以外にも複数の人間が復活し、モンスターの縄張りにこっそり間借りするのではなく、人のテリトリーを形成できるようになるまでは。

 

「ちゃんと踏み固めろよ。 お前らもここに寝たりするんだからな」

「ニャア……」

「疲れたニャ」

 

 日をまたいで掘り出した穴の床と側面に積まれた土を、全員で踏み硬め、体重の足りないアイールたちは丸太の平らな面でついてガッチリと固めていく。非常に疲れる作業だが、今後使っていく場所なので丁寧に、時間をかけてガッツリ踏み固める。ちなみに雨がここで振ったらやり直しだ。

 

 床の面積はそれなりに広く。一時の倉庫と、ついでに最低限1人と4匹の寝床になる予定なので、少し広めにして置かなければならない。

 

 

 拠点をこの場所に作る2つ目の理由として、ここに来る予定が、言い換えるならば海の用事が一度ではすまないことがあげられる。

 

 今回千空が海に来たのは、塩を確保するためである。塩は食料とする以外にも様々な加工だったり科学だったりに使うので、今回それなりに作れたとしても、なくなればまた後日改めて作らなければならない。

 

 また加えて、海には他にも必要なものがある。例えば貝殻は炭酸カルシウムで出来ており、加工することで水酸化カルシウムとして活用が出来るし、海藻も同様に石鹸作りなどに有効な成分を含んでいる。

 

 そうした、資源の宝庫である海を活用するためには、資源を採集する拠点となる場所が必要だ。

 

 ツリーハウスの拠点からこの海まで8時間。慣れれば6時間ほどでつくかもしれない。それだけの時間をかけてやってきて、ここで例えば塩を作る。だが塩を作るためには色々な道具が必要になる。今回は持ってこれなかった大型の土器なんかもそうだし、塩作りの間生活するための食料などもだ。

 

 いちいちそんな用意を毎回して毎回持ってきて、毎回時間をかけて最低限の生活環境を整えつつ採集、なんて手間なことはやってられない。

 

 だからこの海の近くに拠点を作り、そこに海の近くでの活動に必要なものや、最低限の食料などを用意しておくのだ。そうすれば、最低限移動に必要な装備でツリーハウスを出発して、海近くの拠点に寝泊まりするとともに必要な道具を回収して採取、その後道具はここに置いて、採取した必要なものだけを持ち帰れば良い。

 

 今すぐ、今回の遠征ではなく、今後の生活基盤を考えてのことだ。

 

 

 という説明を噛み砕きつつアイルー達にはしたが、伝わったかどうかは微妙なところである。

 

「今後のために、ってことだな」

「役にたたないかニャ?」

「今じゃねえ。明日の明日の明日のずっと明日に楽できんだろ」

「ずーっと明日ニャ」

「そうだ。今じゃなくて、そのときに役に立つものを作ってんだ」

 

 時間の概念というのが、まだアイルーたちにはあまりわからないらしい。毎日その日を生きる、という生活をしていた彼らに、明日、明後日、来年、逆に、昨日、一昨日、一季節前、去年という概念を与えたのは千空だった。

 

 それを理解してもらうために、こういう会話も良くしている。特に土器関係の待ち時間であったりとか、来る冬の為の準備など、アイルー達が理解している、受け入れている時間を使ってなんとか理解してもらおうと努力している最中だ。

 

 

 

 

******

 

 

 

 全員で床を固め終わったら、今度は壁と屋根となる部分の建設。これは基本的には大量の丸太を使うので、全員で森に入って木を倒すことになる。

 

「いいか、まっすぐな木を探せ。曲がってたら使えねえ。それと短すぎてもだめだ。ちゃんと、ここからここまでの長さがあるやつだぞ」

「わかったニャ!」

「長いの探すニャ!」

「太さはわかってるか?」

「これぐらいだニャ!」

 

 手を使って太さを表現するアイルー達に、千空はよし、とうなずく。

 

「それがたくさんいる。切ったらここまで持ってきてくれ。ある程度集まったらまた指示する」

 

 そこから二手ほどに別れて、それぞれ木を切りに出発した。

 

 竪穴式住居の骨組みは、まず掘り下げた床部分に正方形に支柱を4本建て、4本の上部分に地面と平行に正方形に丸太を乗せたものを基礎とする。そしてその基礎の上に、ぐるっと周囲に盛った土の外側からもたれかからせるように垂木を設置し、それを一周分。四方八方から同じ角度で中央に向けて木をもたれかからせることで家を構成する。石化前の現代の建物のように、地面に垂直の壁と、地面に平行の屋根があるのではなく、斜めになった壁が天頂部で合流することで屋根も兼任するような形になる。

 

 そして垂木とそれに横向きに結びつけた木の棒で出来た壁兼屋根の基礎に、木の葉だったり木の皮だったり繊維で作った布だったり藁だったり下生えの植物だったりを結びつけることで、風も雨も防げる家にするのだ。

 

 ちなみに今回は、周囲に大量の熊笹、一枚の葉が普通の笹を5枚合わせて手のひらのようになっている植物があるので、これの葉を使おうと考えている。

 

 と。森の中で良さそうな木を見つけた千空が、それに斧を叩きつけようとしたところで。

 

『GRUAAAUAOOO!』

『UGUAABOAAAUA!』

 

 遠方から響く音に顔をしかめる。

 

「また、でかいのが喧嘩してんのか」

 

 石化後の世界での生活で時々聞く音。1度探索で高所にいるときに、崖の下で青と黄色の狼のようなモンスターと、黒い毛並みに白いさしが入った一回り二周り小柄なモンスターが向かい合っているのを見たときにその音の正体に気づいた。

 

 縄張り争いか威嚇か、あるいは己を奮い立たせるような意味があるのか、モンスターたちは争いの最中に大声で咆哮を上げることがあるのである。最初の頃は、これを聞いたらたとえ遥か彼方であっても慌ててアイルーたちの巣に隠れていたが、今はその声の大きさから遠方かと判断出来たときには気にしないことにしている。

 

 というのも、生態系が変わった上に自然が生命力に溢れているからか、あちこちでモンスター同士が喧嘩しているようで、日に一度は咆哮をきくし、多いときには日に何度も響くときもあるのだ。川の近くは安全地帯となってるようで並んで水を飲んでたりもするが、一度ツリーハウスの間近で大音量の咆哮が響いて慌てて逃げたのは苦い思い出である。

 

 遠いとはいえ、一応木を叩く手を止める。今の咆哮は、いつも無視している距離よりは少しばかり近かった。

 

「せんくー」

「一旦木叩くのやめろ。しばらく皮剥いで笹集めんぞ」

「リオレウスにゃ、声でわかるニャ」

「またか……」

 

 下手に大きな音を出して、縄張り争いで気のたっているモンスターを引き付けては敵わない。

 

 そんな千空の指示に答えつつ、モンスターの咆哮を聞き分けることの出来るアキが言う。聞き分けることが出来るといっても特に良く聞くモンスターの声がわかる程度なので、2種類ぐらいしかわからないらしいが。

 

 そんなアキが言ったリオレウス、と名付けたモンスター。千空が目を覚ましてすぐに襲われかけた、赤を基調にところどころ黒い鱗を持つ飛ぶモンスターのことを言うらしい。翼を持っているために活動範囲が他の地を行くモンスターと比べて遥かに広く、またそれなりに好戦的なためにあちこちで色んなモンスターと喧嘩をしているらしい。千空は未だにその鳴き声を聞き分けられないが、将来的に広範囲に探索することを考えると聞き分けられるようになりたいものだ。

 

 

 

 その後、おそらく同じ争いをしている2頭のモンスターが吠えまくってくれたおかげで周囲にいた小型の動物類や鳥なども完全に引っ込んでしまい、そんな中で木を叩く音を出す気にもなれなかったので、その日はすでに集めている木材の皮を剥がしたり、壁に貼る熊笹を集めたりした。



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第20話 竪穴式住居・3

「そこに差してこっちにのせろー」

「オーライ、オーライだ、ニャ!」

「1回しか言ってねえのに良く覚えてんな」

 

 背の小さいアイルー達に人間サイズの建築は厳しい、かと思ったが、人間より小柄な体と猫由来のバランス感覚を活かして支柱に登って見事に作業をしてくれている。千空はどちらかというと重たい木材運び係兼現場監督だ。

 

「センクー、ささできたニャ」

「おーサンキュ。そんじゃあお前らもこっちに参加してくれ」

「ハルと同じことニャ?」

「2匹でペアになってやってくれ」

「りょーかいだニャ!」

 

 今現在は、床に突き立てた4本の支柱とその上の梁に垂木を乗せ紐で縛る段階に来ており、スペースが狭いので二手にわかれて並行作業をしてもらっていた。垂木もあとわずかでのせ終わるので、最後に4匹全員で作業をしてもらう。ちなみに千空は垂木に枝を縛り付けながら現場監督を最後までする。身長より高い梁に登る能力は千空にはない。

 

「出来たにゃ!」

「ニャ!」

「おーう、そんじゃ次は横棒つけんぞ」

「終わりじゃないニャ!?」

「雨貫通し放題じゃねえか」

「ニャニャア……」

 

 垂木まで出来たことで家の概形が見えてきた。アイルーたちはそれに歓喜しているが、残念ながらまだまったく家は完成していない。家の概念を今一度説明した方が良いだろうか。

 

「家になる建物の条件覚えてっか?」

「寝れるニャ!」

「風がビュービューしないにゃ! あと雨も降らないニャ!」

「そうだ。そうするためには何がいるか、考えてみろ」

 

 千空の出した問題にアイルー達が唸っている間に作業を進める。こういうとき、ハルとナツが悩んだり考えたりするのに対して、フユはよくわからないけど取り敢えずやっておこう、という行動を取り、アキはやってみながら考える、という行動を取る。そしてハルとナツは、大抵しばらくしたら考えるのに飽きて作業に参加してくる。

 

「わかったか?」

「わかんないニャ!」

「正解を教えてやる。風がビュービューしないためには何がいる?」

「むむむ……」

「……木の中だったらふかない、ニャ?」

 

 作業しながらのアキの答えにうなずく。

 

「そうだ。木の中っていうのはどういう場所だ?」

「わかったニャ! 木があるから風が入れないニャ!」

「そうやって、風が入れない場所を作んだよ。そうすりゃ風を防げる」

 

 今のアイルーたちの知能水準を、千空は小学生低学年ぐらいだと思っている。なので、何故風が入らないか、そもそも風とは何か、なんてレベルまで無理に話してしまうつもりはない。いずれアイルーたちから聞かれたら答えるし、知能が成長してきたりしたら教えるつもりだ。

 

「雨も同じだ。木の下なら濡れないだろ?」

「雨宿りニャ!」

「葉っぱが冷たいの止めてくれるニャ!」

「雨は上から落ちてくる。斜めにも落ちてくるが基本上から下だ。だったら、上に何かがあれば雨は当たらねえ」

 

 そういう構造を考えろ。論理的に思考する、という行為そのものをお手本とともに示すことで、千空はアイルー達に思考の成長を促していた。

 

 千空が下の方の地面に近い位置の横棒を結び、アイルー達が、その結んだ横棒に登って上の方から横棒を縛っていく。もってきた繊維を編んだ紐以外にも、剥いだ木の皮なんかも利用する。

 

 その作業にこれまた1日以上の時間がかかり、最後に下から順に、アイルー達が作った笹の塊、茎の部分から追った熊笹を複数重ねたものを、魚の鱗のように重なり合うように並べていく。

 

 下から順に上の方へと結んでいき、天頂部は、笹で出来た壁の側面に穴が空くように設計した。入り口部分にも屋根をつけて、ようやく。

 

 半月近い時間をかけて、ようやく。新たな拠点となる竪穴式住居を作り上げることが出来た。

 

「出来た」

「やったニャー!」

「疲れたニャー!」

 

 歓声を上げるアイルー達と千空の前には、笹で覆われた大きな塊。のように見える新しい家。早速アイルー達が飛び込んでいこうとするのを千空は制止する。

 

「待て、もう1つやることがある」

 

 アイルー達にそう告げた後、あるものを集めてくるように指示した千空は、竪穴式住居の中に入って、4本の支柱の中央付近に穴をほった。そして外で焚いている焚き火に薪をくべつつ、アイルー達が戻ってくるのを待つ。

 

「持ってきたニャ!」

「何するニャ?」

「ハル、それ少しだけ、火の中に放り込んでみろ」

 

 アイルー達が持って帰ったもの、それは海岸沿いならそのへんに普通に生えている松の木の生の葉っぱだ。集めてきたそれをハルが火の中に放り込む。するとしばらくして、もくもくと尋常ではない量の煙が出てきた。

 

「煙を部屋の中で立てる。そうすっと家全体が煙で燻される」

「イブされるニャ?」

「燻す、ってのは、煙がたくさん出てモクモクってなることだ」

「もくもくニャ」

「そうやって家を燻して、虫がつかねえようにする。ついでに家が長くもつようにもな」

 

 出来上がったばかりの竪穴式住居だが、このまま行くと虫の楽園になってしまうだろう。生態系の変わった世界だが、蟻だったりの小さな虫類は千空も確認している。そんな虫にとって、障害物がたくさんある竪穴式住居というのは身を隠しやすく隠れやすい場所になる。

 

 箸のように持った木の枝で燃えている薪を持った千空が、それを落とさないように住居の中に運び入れ、真ん中にあけた穴へと放り込む。それを数回繰り返したところで、アイルー達が拾ってきた松の葉を穴の中へと放り込ませた。

 

「モクモクするニャ!」

「モクモク! ニャ!」

「ウニャー!!」

 

 水分を多く含んだ松の葉が燃焼することで多量の水蒸気が発生して煙となり、更に温度が下がることで煙の量が増える。先に外に出ていた千空が、屋根に開けた煙突代わりの穴から煙が抜けてくるのを見守っていると、煙に巻かれながらアイルー達が飛び出してきた。

 

「しばらくはあのままモクモクだ」

 

 家全体から染み出すように煙が溢れ出している。あの煙が虫除けの成分となることで、家を虫から守ってくれるのである。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 家を燻した煙も一段落したところで、千空たちは帰路の準備を始めていた。せっかく拠点が出来たのになんぞやという話だが、この海に来ているメインの理由は『塩の採取』だ。それを達成する為の道具を取りに戻らなければならないのである。

 

 だが行きとは違って、持ってきたものの一部を置いていくことが出来る。特に寝泊まり用の皮革は、直接地面につかないように住居の中に並べた丸太の上に積んでおいた。他にも石器などの道具類も、全員がそれぞれ持ってきたもののうち半分ほどを置いていく。

 

 他にも採集用のかごと革袋を一部置いて、ツリーハウスの拠点への帰路に出発する。帰り道は行きをそのままたどることになるが、行きで見つけた特徴のある木であったり、対岸の様子や川の蛇行具合などを参考に帰り道をたどる。

 

 そして帰りは少し急いで7時間ほどで家に到着して。

 

 数日間外で過ごし寝る間も惜しんで作業を続けた千空は、疲労でツリーハウスに入った途端に崩れるように睡眠に落ちたのだった。



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