千景の亡霊 (海底1号)
しおりを挟む

1,誓い

 

 郡千景は虐げられていた

 家族を顧みない身勝手な父親、その夫に愛想が尽きて他の男と出ていった母親、そんな家庭にいた彼女は憂さ晴らしの標的となるには十分だった

 

 「ちーちゃん、今日は一緒に寝よっか」

 

 そんな彼女にも救われる瞬間はあった

 結城勇一という同い年の少年は争い事を好まない温厚な性格をしており、甚振られている千景を見つけては間に入って千景を庇い、肩代わりしてきた

 

 「ゆうくん、痛かったよね……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 この村出身でない彼は村中に蔓延する悪意に染まることなく千景を庇えるがそこまでが精一杯。ただ標的が変わっただけで悪意は手を抜いてはくれない

 

 「いいんだよ、僕こそもっと早くに来てあげれば良かったのに……ごめんねちーちゃん」

 「ううん、ゆうくんはいつも私を守ってくれてるもの……もう充分よ」

 

 そうは言うが殴られた痣が残る千景の頬は痛々しく、勇一は頭を優しくなでながら千景を抱きしめる

 

 「ねぇちーちゃん、僕ね、もう少ししたらここを出るんだ」

 「え……?」

 

 元々父親の仕事の都合故に長居する予定ではなかったが息子の勇一が虐められていると知り、更に予定を繰り上げて引っ越すことになったとの事、それを聞いた千景は頭が真っ白になり、不安と恐怖で体が震え出す

 

 「い、行っちゃ……やだ……いやぁ、やだよぉ……ゆうくん、捨てないで……お願い、捨てないでぇ……」

 

 啜り泣くどころか顔面がぐしゃぐしゃになるほど泣きじゃくる千景を勇一は頭や背中を優しく撫でる

 

 「ちーちゃんを置いていったりしないよ。ねぇちーちゃん、一緒に行かない?」

 「一緒に……?」

 「お父さんからこの話を聞いた時さ、ちーちゃんがいるから僕はここに居たい、って言ったらちーちゃんも連れて行くから安心しろ、って」

 

 だからずっと一緒だよ、と抱きしめる力を強めると腕の中でまた泣き出す千景、この地獄のような日々から抜け出せる、捨てられると思っていた勇一がずっと側にいてくれる、それがなによりも千景には嬉しかった

 

 「行く、ゆうくんとずっと一緒にいる!」

 「ん、僕もちーちゃんとずっと一緒だよ」

 

 ずっと一緒、その言葉は幼い故の純粋さで二人の心を強く固く縛りつけた

 

 

 

 

 空からバーテックスと呼ばれる人類の天敵が現れ、世界の人口は劇的にその数を減らし続けた

 それでも絶滅を免れているのは神樹と呼ばれる人智を超えた神々の加護とソレを守護する勇者と呼ばれる唯一バーテックスを倒す事ができる少女たちのおかげである

 そんな選ばれた存在達と同じ立ち位置に押し込められた千景は憂鬱そうに教室の窓の外を眺める

 バーテックスと戦うためと言う名目で神樹を信仰する大社が丸亀城の一部を改装し学校のような学び舎に通うこととなったが、集められた勇者達と自分は仲間という気持ちや実感が湧かず、どうにも馴染めないでいた

 

 「ゆうくん達の為にもここには通い続けるけど……ハァ、ゆうくんもっと頭撫でて」

 

 甘えるようにそう言って机に突っ伏していると他の勇者達が揃い少しだけ教室が騒がしくなり、今日の訓練が始まる

 

 (戦う訓練なんかよりゆうくんの花嫁修業とかしたい)

 

 組み手の最中にそんなことを考えながらオレンジ頭の発育があまり芳しくない少女を畳に転がして開けていた胴着を正す

 そもそも勇者の相手はデカくてなんか丸い白い物体、投げるにしろ掴むにしろ人相手に練習するより風船でやるほうがまだ堅実的ではないだろうかと思いながら次の相手と礼をする

 

 「お前にはどうも戦う意志が感じられないが技術だけならそれなりだな」

 「はぁ、どうも」

 

 凛とした声と確固たる意思が瞳から滲み出る少女の言葉に興味なさげに返事を返しながら猛攻に体を合わせる、何度も相手にしているが彼女に対しては一度も技を取れた事はなく、本気でやろうが負けることは必須、であればこんな事で怪我でもして勇一に心配は掛けたくないと考えた所でむしろ逆に、と邪な気持ちが過る

 

 (攻めたと思わせてカウンター食らって適度に怪我をするなら……今!)

 

 襟を掴もうと伸ばした手は予想通り弾かれ、逆に掴まれ投げられる千景は受け身が間に合わないという体で畳と体の間に腕を挟む

 

 「す、すまん!大丈夫か!?」

 

 あまりにもキレイに技が決まりすぎて思いっきり畳に叩きつけた少女は慌てて千景を心配する、腕を押さえてくぐもった声を漏らす千景は心配するなと言いつつも大袈裟すぎないように痛みに堪え、その姿に休むよう勇者の皆々が千景を保健室へと連れて行く

 

 「本当にすまなかった、私がもっと気をつけていれば」

 「良いのよ、本気の貴女と少しやってみたかった私の自惚れだし、あまり気にしないで」

 

 何度も頭を下げる少女に千景は少し辟易しながらも心配するなと念押しする、やっとのことで戻っていく彼女に最後まで悟られないように気を遣った千景はベッドに横たわり少し痛む腕を擦りながら天井を眺める

 

 「……心配かけさせてごめんねゆうくん……つい出来心で……ゆうくん、嫌わないで……」

 「嫌わないよ、ちーちゃんはいつも頑張っているんだから、少しくらい休んでも良いんだよ」

 

 ほんと?と天井から視線を外すと、のほほんとした笑顔を浮かべた勇一が映り、我慢できずに抱きつこうと起き上がったところで勇一が手慣れた手付きでベッドの上にそっと寝かす

 

 「一応怪我人なんだから、安静にしないと駄目だよちーちゃん」

 「これくらい大丈夫よ、あぁでも、せっかくだからゆうくんに甘えたいわ」

 「うん、いっぱい撫でてあげるよ」

 

 頭を撫でられ、怪我した腕を優しく擦られて嬉しそうに目を細める千景はさっきまでとは別人レベルで幸せそうに顔を崩しておりこれを他の勇者が見たならば全員頬をつねるか幻覚を疑うだろう

 

 「ねぇちーちゃん、もう少し勇者様たちの事信じても良いんじゃない?」

 「そうね……ゆうくんがいてくれればそれでいいわ」

 

 聞いてはみたが予想通りの答えになってない答えが返ってきた勇一は、むしろそこまで愛されては何も言えないと咎めたり呆れるでもなく、ありがとうと礼を返す始末

 

 「でもゆうくんの言いたい事は分かるわ、星屑や進化体はまだしも完成体を相手に二人でどうこうは無茶だって分かるから最低限連携が取れるくらいには頑張ってみるわ」

 「ん、じゃあそんな頑張っているちーちゃんを僕は目一杯甘やかすよ……と、誰か来そうだ、お父さんかな」

 

 そう言った直後にドアが開き、巫女と勇一の父、結城勇斗が入ってきた

 

 「あら?今千景さん以外に誰かいませんでした?」

 「えっと……」

 

 言っていいものかとちらりと勇斗を伺うと、察した彼はため息を吐いて猫か何かの所為にする

 

 「そう、えっと、人懐っこい子がいて、ちょっと遊んであげてたの」

 「そうですか?あ、それより腕のお怪我は」

 

 そこまで心配はないとアピールするように腕を見せる千景

 

 「心配かけてしまっているようですが、戦闘に支障をきたす事はありませんからご安心を」

 「そういう心配をしているわけではないのですが……」

 「…………あ、訓練に戻れという事ですね」

 

 やはり劣情に感けてズル休みはするものではないと反省しながらベッドから降りようとすると、勇斗がやんわりと制止しベッドに座らせる。その流れるような所作にやはり親子だと心の内でほくそ笑んでいると落ち込む巫女の姿が視界の端に入る

 

 「純粋に千景さんの心配をしただけですのに……私達ってそんな風に見えてました?」

 「えっと……どうすれば良いかしら?」

 「気にすることはありません千景さま。上里様も我々大社は周りに畏れられているくらいがこのご時世には必要な事でしょう」

 

 彼なりの精一杯のフォローなのだろうが千景から見てもそれはどうかと思う

 だからといって項垂れる巫女に何か気の利いた言葉を言えるような仲でもないので口を結んだままだが

 

 「……ではお邪魔なようですし私は戻りますね……」

 「あ、えっと、はいーーあ、いえ、今のハイは邪魔者扱いしたわけではなく……」

 

 追い打ちをかけてしまったと反省しながら幽鬼のようにフラフラと出ていく巫女とソレを支える勇斗を見送る

 

 「……なんだか申し訳ないことをしたわね、次会えたら謝れるかしら……」

 「僕が言えた義理じゃないけど、ちーちゃんとお父さんはもう少し他者を思いやる言葉を選んだ方がいいよ」

 

 純粋な心配しての事だったのに哀れな結果となった巫女への申し訳無さに今すぐ彼女の眼の前で土下座を敢行したい気持ちになる勇一

 

 「まぁちーちゃんもお父さんも饒舌な所なんて想像できないし僕だってそんなに口が達者な訳じゃないから強くは言えないけど」

 「そうね。ふふ、ゆうくん相手ならいっぱい喋れるのに……あ、世界中の人がゆうくんになればきっと賑やかになれるわ」

 「冗談か本気かは聞かないであげるけど、僕としてはそうなって欲しくはないなぁ、ちーちゃんとずっと一緒にいられる結城勇一は僕以外いらないよ」

 

 はぅ、と小さな悲鳴を上げてベッドに倒れる千景、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしているがその表情は幸せそのもの

 

 「ちーちゃん大丈夫?」

 「ずるいわ、ゆうくん。私だってゆうくんだけの千景よ」

 

 そう言って物欲しそうに見つめてくる千景、彼女の意図に微笑ましく思いながら隣に寝そべり、額をくっつける 

 

 「ちーちゃん、ずっと、ずーっと、一緒にいるよ」

 「……それって私が死ぬまで?」

 「あはは、死んでも一緒さ」

 

 その答えに満足そうに微笑む千景と抱きしめ合い、勇斗の迎えが来るまで千景の耳は真っ赤に染まり続けた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2,勇者

 

 「ちーちゃんはさ、大きくなったら何になりたい?」

 「ゆうくんと一緒にいたい」

 

 腕にしがみついて迷うことなくそう答える千景、今まで真っ当な人生を送れなかった彼女にとって夢も希望も全ては勇一が隣にいてくれる事

 

 「私はゆうくんが側にいてくれたらそれでいいの、それ以上は望まない、それ以外もいらない、だから……」

 「本当に?」

 

 泣きそうな顔を上げるといつもにこにこと微笑んでいた勇一の笑顔はなく、不安が滲むソレはどこか鏡でも見ているような気分になる

 

 「ゆうくん?」

 「これから先、本当に何があっても一緒にいてくれる?」

 「……いるッ、一緒にいるよ!」

 

 何が勇一の心を苛んでいるのか今の千景には分からないが、彼を苦しめている要因になんだか無性に腹が立ってきた千景は声を張って肯定し、いつもしてもらうように彼の頭を胸に抱き締める

 

 「……ちーちゃん、温かいね」

 「ゆうくんがくれたのよ?ゆうくんがいなきゃずっと寒くて生きていけないわ」

 「そっか、じゃあ離れられないね」

 

 ギュッと抱き返され千景は安心感に包まれる

 

 「僕もちーちゃんがずっと傍に居てくれるならそれでいいや、だからちーちゃん、ずっと一緒にいてね、約束だよ?」

 「うん、約束。ずっと一緒よ」

 

 顔を見合わせるとどちらからともなく笑みを浮かべる。たとえ何が起ころうとも、この温もりを手放さないと心に新たな火を灯しながらまた強く抱き締めあった

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、千景さんこんにちは」

 

 淡い金髪のくせ毛を伸ばした少女が千景の顔を見て軽く会釈しながら挨拶をする

 

 「珍しいわね、貴方が一人でいるのは」

 

 この少女とオレンジの子は何かとセットでいることが多く、訓練が休みの日に人もまばらな食堂に一人で食事していた事に少しばかり意外に映る

 

 「少し、一人になりたくて」

 「まぁそういう日が必要な時もあるわよね」

 

 話に合わせる千景だが、さっきまで勇一と家で目と目を合わせて愛を囁やきあっていた身としては勇一という依存相手がすぐ側にいないなど、想像するだけでも身の毛がよだつ

 

 (そう考えると、私ってつくづく場違いな気がするわね)

 「千景さんは今からお食事ですか?」

 「……えぇ、ちょっと遅くなったけど自主練前に食べておこうとね」

 

 あのまま日がな一日、囁やきあっていても良かったが、少しくらいは体を動かすべきだろうと登校しに来た

 

 「……あの、迷惑でなければ、少し愚痴を零してもいいですか?」

 「……まぁ吐き出したいなら吐き出すと良いわ」

 

 そう言って料理を軽めに皿へ盛りつけると彼女の正面に座り、箸をつける

 

 「……千景さんは強いですよね」

 「え?」

 

 独り言を相手にする気であったが耳を疑う言葉が聞こえ、思わず箸が止まってしまう

 

 「勇一さん、でしたよね、彼の為にそこまで頑張れるのですか?」

 「当然よ、私はゆうくんのいるこの世界を守るの、もし、仮に、考えたくないけど駄目だとしても……ゆうくんとはずっと、ずーっと、一緒にいるわ」

 

 やっぱり強いですね、と微笑もうとする彼女だが引き攣ったようにぎこちなく映る

 

 「私は怖いです、バーテックスと戦ったら殺されるんじゃないかって。私だけじゃない、乃木さんや高嶋さん、タマっち先輩が殺されたらって思うと」

 

 怯える彼女の言い分は理解できると千景は頷く、その道をすでに通ってきた身としてはまるで勇一の視点で自分を見ているようだと思わずそっと手を重ねる

 

 「自分の命も、自分より大切な人の命も失いたくないわよね、だから私は抗うわ、抗って抗って、一分一秒でも長くゆうくんといる為に、私はいくらでも強くなってみせるわ」

 

 千景の本質の一部を垣間見た気がした彼女は息を呑み、自分にも出来るだろうかと思わず吐露する

 

 「それはあなた次第よ、でも、そうね、私もバーテックスが降ってきた日から怖くて仕方がなかったわ」

 

 スタートラインは同じだと言外に含ませると少しだけ彼女の瞳から何かしらの意志が見え隠れする

 

 「……私も千景さん達みたいにタマっち先輩とずっと一緒にいる為に頑張ります」

 「えぇ、一緒に大好きな人を守り抜きましょう?」

 「は、はい!」

 

 結城一家以外でこうも笑い会えるのはいつ以来だろうか、少なくとも彼女とはこれから仲良く出来そうだと微笑む

 

 「ところで、あの、千景さん。せっかくなのでこれからは杏と呼んでくれませんか?」

 「え、えぇ、よろしく杏さん」

 

 少し返事に詰まっていたが単純に恥じているのだろうと杏は訝しむことはせず、むしろさっそく呼んでもらえたことに喜びが勝る

 

 「あの、千景さんが良ければですけど、その自主練、武器持ちでの模擬戦に付き合ってくれませんか?」

 「えぇ、構わないわ」

 

 同意を得られた杏は嬉しそうに微笑んで訓練場の使用許可を貰いに行くと言い残して食堂を後にする

 そんな杏を眺めながら千景はうどんの汁も最後まで飲み干して一息吐く

 

 「伊予島さん、良い子だね」

 「えぇ…………ゆうくん浮気しちゃいやよ」

 「しないしない、ちーちゃんは僕の事をそんな男だと思ってるの?」

 「ふふ、冗談よゆうくん」

 

 微笑みながら席を立ち、ゆっくりとした足取りで訓練場へと歩いていった

 

 

 

 

 

 

 

 「そこ!」

 

 杏が撃ったゴム弾を大鎌の柄で弾き、そのまま棒高跳びのように飛び上がり背後を取る

 

 「これで私の勝ちね」

 

 模造の武器とはいえ殺意はそのままな千景の勝利宣告に己の首が落ちる姿を幻視した杏は力なく座り込む

 

 「だいぶ疲弊してるわね、今日はこれで終わりにしましょう」

 「あ、いえ、まだ、頑張ります」

 

 膝を笑わせながら立ち上がる杏に無理は禁物だと座らせタオルと飲料水を渡す

 

 「ねぇ、やっぱりこの訓練、杏さんには負担じゃないかしら?」

 

 近距離で広範囲に攻撃できる千景相手に遠距離の直線的な攻撃しか出来ない杏では相性が最悪どころの話ではない

 初めこそ飛び道具という利点で懐に入れさせない引き撃ちで少しは粘れたが、射線が読めてからは千景の一方的な蹂躙になってしまい、いっそ他の訓練をしたほうが良いのではと千景は思ってしまう

 

 「いえ、この訓練方法のままお願いします、今までタマっち先輩たちに頼り過ぎていた分、少しでも一人で立ち回れるようにならないと」

 「……分かったわ、私で良ければいつでも相手になるわ。まぁ、今日の所はシャワーを浴びて帰りましょう?」

 

 二人は備え付けのシャワーを浴びてさっぱりすると帰り支度をする、その際に杏が一冊の小説を出し千景に渡す

 

 「私のお気に入りの小説のひとつです、その、良ければ千景さんも読んでみませんか?」

 「……まぁ勇者の中で言えば共有出来そうなのは私くらいよね」

 

 堅物、アウトドア、まだ早そう、と恋愛小説とは無縁なメンバーを思い浮かべて、まだ自分は取っ掛かりがありそうだと納得してしまう

 

 「あ、いえ、けして無理強いをしたいわけではないですから……」

 「冗談よ、それに興味は少しはあったから。それ、読ませてもらってもいい?」

 

 はい、と嬉しそうに喜ぶ杏から本を受け取ってかばんへ入れる

 

 「それじゃ、また明日」

 「はい、また明日」

 

 こういう関係も悪くないと微笑みながら帰り道を歩いていると勇一が、良かったね、と笑みを浮かべながら千景の手を握る

 

 「共通の趣味が出来れば仲良くなれる大きな一歩だよ」

 「えぇ、でも私はゆうくん第一だからなんだか申し訳ないわ」

 

 杏が好意で差し伸ばしてきてくれた手を振り払うとまでは言わないが握り返す気が起きない心情に薄情だと自嘲してしまう

 

 「そう深く悩まなくても良いんじゃないかな、友情は広く浅いくらいが丁度いいんだよ」

 

 そういうものかと首を傾げる千景に、多分ね、と笑い飛ばす勇一

 

 「まぁ僕にもちーちゃんにもそういう相手が今までいなかったから戸惑うのも無理はないよ。だけど今までいなかっただけでこれから作っていけば良いんだよ、ちーちゃんならそれが出来るから」

 「ゆうくん……分かったわ、私も頑張ってみるわね」

 

 これから共に戦うのならどのみち意思疎通ができる程度には仲良くしておいた方が良いと千景も頷く

 

 「あ、でも頑張りすぎて好きになるのは駄目だよ?」

 「ひどいわ、ゆうくん、私のことそんな風に見てたの?」

 「あはは、冗談だよちーちゃん」

 

 昼間の仕返しだと笑う勇一に分かっていながら千景は許さないと冗談交じりにそっぽを向く

 

 「ごめんってちーちゃん」

 「ふーん、婚約者の事を疑う旦那様なんて知らないわ」

 「もー、聞き分けの無いお嫁さんはこうしてやるー!」

 「あっ、ちょっと、もう!ゆうくん!駄目だってば!」

 

 後ろから羽交い締めに抱きながら千景の敏感なところをくすぐる勇一、笑いをこらえようにも彼の責め苦に抗えた試しはなく、夕暮れに染まり始める帰り道は艶めいた笑い声が響き渡った



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3,愛称

 

 「勇一、千景ちゃん、朝よー、早く起きなさーい」

 

 部屋の外から聴こえる勇一の母、結城綾女は間延びする優しそうな声で朝を告げる

 

 「むぅ〜、んん、ふぁ……おはようちーちゃん」

 「んん~、ふぁ……おはようゆうくん」

 

 寝起きの二人はぼんやりする頭で抱き合い、深く息を吸う

 

 「ゆうくん好き」

 「ちーちゃん大好き」

 

 互いに好き好き言い合っているうちにだんだんと目が覚めだすと、部屋を出てリビングで食卓を彩る綾女と挨拶を交わす

 

 「おはよう二人共、朝ごはんできてるから冷めないうちに食べてね」

 

 隣り合うように並べられた席に座ろうとして、千景は互いが引っ付くほどの位置まで椅子を動かし満足気に勇一の隣に寄り添う

 

 「ふふ、仲良しさんね」

 

 微笑ましい光景に嬉しそうに眺める綾女

 今は居候として千景を招いている立場だが、旦那の勇斗の働きによってもうすぐで本当の家族になると思うと嬉しくもあり少しだけ悲しくもある

 

 (本当はちゃんと愛されて育てられて、そうやって大人になっていくべきなのに……)

 

 だが現実はそうはならなかった、村にも郡家にも千景の居場所はなく、勇一に見初められなければ彼女は一体どうなっていたことか考えたくもない

 

 「あ、あの、ゆうくんのお母さん、その、えっと……あ、ありがとうございます」

 「な~に?改まっちゃってから」

 「私のようなアバズレの子に、こんなに良くしてくださって……」

 「……勇一、挟撃よ」

 

 アイアイサー、と元気よく返事をすると二人で千景をサンドイッチのように挟み、これでもかと頬擦りをする

 

 「ゆうくん、お、お母さん……あ、あの、ひゃ……」

 「あなたはもう結城家の娘よ!この家で私達に育てられる結城千景よ!」

 「そうだそうだ!」

 

 いらないと言うなら、誰も手を差し伸べなかったというなら、その役目は自分達だと綾女と勇一は千景を強く抱きしめる

 

 「……だから、そんな風に自分を卑下する娘は、お母さん叱りますからね」

 

 抱き返された綾女は胸の中で震える千景の頭を彼女が泣きつかれるまで優しく撫で続けた

 

 

 

 

 

 

 

 日課となった伊予島杏との訓練が少しずつ実戦形式になってきた千景は日に日に強くなっていく杏にまた微笑みと敗北を贈る

 

 「お疲れ様、立てる?」

 「あ、ありがとう、ございます」

 

 息も絶え絶えに千景の手を借りて立ち上がるも、うまく力が入らずに寄りかかるように倒れる

 

 「す、すみません千景さん」

 「いいのよ、それだけ頑張ってる証拠よ」

 

 壁際に座り直して一息つくと千景はカバンから本を取り出し面白かったと感想を添えて杏に渡す

 

 「ちゃんと幼馴染の手を取ってくれたのは良かったけど、もっと早く幼馴染と引っ付いてほしかったわ」

 「あはは、恋愛小説あるあるですね、私も二人のその後をもっと読んでみたかったです」

 「それとライバルを演じてた子、いい子すぎて最後の方は読んでて辛かったわ」

 「まさか今までの行いは二人を焚きつけるためだったなんて……」

 

 休憩がてら恋愛小説の感想で盛り上がっていると勇一が千景の肩を指先でつつき、どうかしたのかと視線を向けるとちょうど入り口の方から覗く人影と目が合い、あぁ、と察する

 

 「千景さん、どうかしましたか?」

 「ほらあそこ、お客さんよ」

 「お客さん?あ、タマっち先輩に高嶋さん!」

 

 杏が手招きすると覗き見のようなことをしていたことを恥じてか、バツが悪そうに中へと入る二人

 

 「その、私達な?最近二人がなんかしてると気になってな?」

 「覗いたら二人がすごい気迫で組手をしてて、声を掛けづらくって」

 「気にせず声を掛けてくれても良かったのに、ね?千景さん」

 

 ついでに言えばやけに杏と千景の距離が近い事も気にはなっていたようで、この際だからと色々聞いてみてスッキリさせた二人

 

 「そっか、タマ達を守ろうと、嬉しいぞ〜杏〜、千景〜」

 「ありがとう、アンちゃん、ちーちゃん」

 

 二人に撫でられ顔を綻ばせる杏とは対象的に少しだけ困った表情を浮かべる千景

 

 「あれ?どうしたのちーちゃん」

 「ううん、なんでもないわ、ただのヤキモチ……あ、いえ、ちょっと疲れてるだけだから」

 

 すると杏の首が捻じ曲がるのではと思う速度でグルンと回り、千景の手を取る

 

 「つ、疲れてきたんですか!」

 「え、えっと……そうね、杏さんが強くなってきたから油断していたわ」

 

 頬を掻きながらそう言うと杏は嬉しそうに礼を言って抱きつく、彼女からしてみれば千景は教え授ける側の教師的な存在だった、今まで涼しい顔で指導してくれていたが、ようやく千景に疲労を感じさせるほど食いつくことができたのだと喜ぶ

 

 「あ、タマっち先輩と友奈さんも一緒にしませんか?」

 「お、良いのか?」

 「私もぜひ参加したい!」

 

 確かに攻撃のバリエーションが増えるのは良い事だと千景も頷く。とくに盾役と超近接役相手に同時に対応できるようになれば進化体への対応も選択肢が増える

 

 「これからもみんなで頑張りましょう?」

 

 おー、と元気よく返事をするも人数が増えたことでどう訓練していけば良いか分からず皆で首を傾げる

 

 「とりあえず2対2で戦ってみるのはどうだ?」

 「まぁそれが無難な方法かしらね、あとは1対3みたいな変則的なやり方も」

 「サドンデスみたいなのもいいと思うよ!」

 

 色々と案を出し合ったり試しに実践してみた結果、しばらくは1対3のリンチ形式を交代しながら行うこととなった

 

 「よし、まずはタマからだな!さぁかかってーーおわぁっ!!」

 

 意気込んだ瞬間に襲いかかってきた大鎌をギリギリで躱すと続けざまに拳が目の前に映り盾で弾いた瞬間、胸元にゴム弾が命中する

 

 「早かったわね土居さん」

 「ドンマイだよタマちゃん!」

 「その、不意打ちみたいでごめんね、タマっち先輩」

 「くそ~、友奈、交代だ〜!」

 

 この理不尽さがどれほど理不尽なのかと教えてやろうと友奈と交代する

 土居の時同様に初手から畳み掛けるように攻撃するが友奈は持ち前の運動能力で難なく回避し、次々と掻い潜っていく

 

 (高嶋さん、やっぱり強いわね)

 

 四国出身ではない彼女は奈良からずっと戦いながら四国へと避難してきた。そのため戦闘経験はそれなりに多く、多対一という戦い方に慣れている

 

 (これで好戦的な性格だったらまだ続いていたわね)

 

 土居と杏の攻撃にほんの少しズラしたタイミングで大鎌を振るうと案の定、目は追えていたようだが回避も防御も取らずに大鎌を喉元に受け入れる

 

 「……あちゃ~三人掛かりはやっぱりきついね」

 「でもだいぶ健闘していたぞ!すごいな友奈!」

 

 土居の称賛に杏も興奮気味に頷く、褒められた友奈も照れくさそうにしており彼女の和を取り持つ心意気に水は差すまいと先のことは目を瞑る

 

 「さ、今日はもう遅いから今日は終わりにしましょう」

 「あ、もうこんな時間なんですね、皆さん、ありがとうございました」

 「また明日もこれやろうね!」

 

 そうやる気に満ちた友奈に申し訳ないが明日は用事があると、千景は申し訳無さそうに断る

 

 「なんだなんだ〜?勇者の特訓より大事な用事って〜?」

 「もう、タマっち先輩、茶化してはだめですよ」

 「フフ、いいのよ、明日はゆうくんの家族と出かけるの」

 

 全員が察してなるべくいつものように振る舞えるように気を遣うがそれが余計にぎこちなく、千景は気にしなくていいのにと呆れながら解散となった

 

 

 

 

 

 

 「ゆうくんの話になるといつもああなるわよね」

 「しょうがないよ、なんせ僕はこんなんだし」

 

 帰り道、千景に後ろから抱きつく勇一に今日は一段とスキンシップが多いと嬉しそうに頭を傾けこすりつける

 

 「まだ高嶋さんのこと気にしてるの?」

 

 彼女と会話した日は決まってこうだと微笑ましそうに指先で頬を突くと、だって、と子供のように抱きしめる腕に力が籠もる

 

 「ちーちゃんは……ちーちゃんは僕だけの呼び名なのに……」

 「前から思ってたけどゆうくんって高嶋さんにだけ何故か情緒不安定になるわよね?」

 

 心優しいはずの彼がここまで過剰に独占欲を剥き出しにするのは何か理由があるのかと聞いてみたことはあるが、生理的に仲良くなれないからとよく分からない理由だった為にそれ以上考えることはなかった

 

 「友達は広く浅く、勇者みんなと仲良くしよう、じゃなかったの?」

 「そうだけど、高嶋友奈さんだけはなんかこう、永遠に分かり合えない気がする」

 

 本当によくわからない理由だと勇一にしてはあまりにも子供っぽくて可愛らしいと千景は微笑む

 

 「……あの子絶対ちーちゃんの前の名字間違える子だよ……ぐんとか読むタイプだって……」

 

 どういう心配をしているのか分からない嫉妬の仕方に嬉しさはあるものの、彼がいつまでも高嶋友奈の事で頭がいっぱいだというのは面白くはない

 

 「……ゆうくんったら高嶋さんの事ばっかり口にして、私の事は飽きちゃった?」

 「そんなことないよ!……でも確かにちーちゃんの言うとおりだったね、ごめんね」

 

 あからさまに落ち込む勇一を千景は器用に体を回しして抱き返して頭を撫でる

 

 「ふふ、大丈夫よ、何があっても私はゆうくんの隣にいるわ、なんならずっとこうやって胸の中に住まわせても良いくらいよ」

 

 生理的無理というのは恐らく友奈と自分が好意を寄せあう可能性を恐れているのだと千景は思う

 もし仮に勇一に出会う事なく高嶋友奈に出会っていれば隣にいたのは友奈だったかもしれないと、千景も否定できないからだろう

 だからこそ千景からすればそんな心配は考える必要がない。もう千景は勇一に救われ、勇一と契りを交わし、そして結ばれた、それが全てだから

 

 「ねぇゆうくん、私はゆうくんのことが好きよ、ちーちゃんって愛称はゆうくんが呼んでくれることに意味があるの」

 

 彼以外に呼ばれたところで、あだ名以上の意味は一生持たない。勇一が呼ぶからこそ、自分の心臓はこんなにもドキドキするのだと優しく諭す

 

 「だからもっと私を呼んで、私を求めて、ね?ゆうくん」

 「……ちーちゃん、ちーちゃん!ちーちゃんッ!」

 

 脳の奥にまで響く愛おしい愛称に千景は恍惚としながら彼からの求愛を心ゆくまで堪能し続けた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4,収獲

 

 怒涛のような環境の変化に戸惑う間もなく郡の姓から結城に変わり、香川へと引っ越した千景は勇一の隣に寄り添うように座り、向いに座る勇斗と綾女を緊張した面持ちで見ていた

 

 「さて、今日から千景さんは正式に結城家の人間だ、すぐにとは言わないが徐々に順応してほしい」

 

 勇斗の言葉にぎこちなく頷く千景。新しく始まる家庭に喜びはあるものの、勇一と綾女とは正反対な厳つい顔つきの勇斗を見ていると、此処で何か粗相があればまたあの地獄に戻されるかもしれないと不安が拭いきれずに小さく震える

 

 「あなた、そんな顔しても怖いだけよ、千景ちゃんが怯えきってるわ」

 

 綾女からフォローされるが今日から家族になってくれる相手に対して怯えるなどあってはならないと、千景は勇一にしがみつきながら首を横に振る

 

 「だ、大丈夫です、お、お義父さんになる人を怖がったりなんて……」

 「無理しないでちーちゃん、正直僕だってお父さんの顔怖っ、て思うこといっぱいあるし」

 

 頭を撫でられ幸福感に包まれるが視線の先には目を伏したまま腕を組む勇斗が映り、情動の振れ幅に目を回しそうになる

 

 「大丈夫だよちーちゃん、あの顔は嬉しい時とか喜んでいる時のしかめっ面だから何も心配ないよ」

 「そうよ千景ちゃん、この人嬉しい時ほど顔が怖くなるタイプだから」

 「しかめっ面なのに……?あ、違っ、ご、ごめんなさい」

 

  失言をきっかけに、ついに涙が溢れ出す千景を睨むように見つめて席を立つと勇一の隣に綾女を挟んで座る

 

 「すまなかった千景さん、妻や息子の言う通り私の顔はあまり……いや、全く愛想が良くない。村での環境に苛まれてきた千景さんには酷だったな」

 「あ、う……私……ごめんなさい、ごめんなさいッ」

 

 これ以上怖がらせないようにと視界に勇一と綾女を挟んでくれる勇斗の優しさに気づいた千景は心の底に沈めていた親の温かさを思い出し、勇一達を挟んで勇斗に縋り付いて泣きながら謝る

 

 「……直接はもうちょっと先ね」

 「……今はこれで十分だ、直ぐにとは言わん、徐々に慣れてくれれば」

 

 綾女の手に重ねながら千景の頭を撫でる、いつか訪れる日まで、この手で二人を守り抜こうと誓いながら勇斗は愛おしそうに二人の子供を見つめ続けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 爽やかに澄み切った空の下、天空恐怖症でもなければピクニック日和な日に、千景は勇斗と共に瀬戸大橋に来ていた

 

 「結城様に敬礼!」

 

 迷彩服を来た大人たちが年端もいかない中学生の自分に向けて恭しく敬礼されるこの状況は何度経験しても慣れるものではない

 

 「ねぇお義父さん、やっぱり皆さんを連れて行くのは止めたほうが……」

 

 結城家が抱える精鋭部隊とはいえ彼らはただの人間、訓練こそ積んではいるがまともな対抗手段など殆ど無く、結界の外への同行は何度行っていても抵抗感がある

 

 「千景さま、彼らはこの任務の為に鍛え上げてきたのです、千景さまのサポートに徹し、いざとなればその身を挺してお守りいたします」

 

 公私はきちんと分ける勇斗は今は大社の(かんなぎ)として振る舞っており、慕っている義父にも畏まれるなどたまったものではないと不機嫌そうにそっぽを向く

 

 「お義父さんの意地悪」

 「…………今は任務の成功のみをお考えください」

 

 だいぶ間を開けて絞り出したような声に少しだけ溜飲を下げた千景は仕方がないという風に肩をすくめる

 

 「……分かったわ……それじゃ、行ってきます」

 「お気を付けて。それと勇一、千景さまの事をきちんとお守りしなさい」

 

 分かってるよ、と自信満々に答える勇一の抱擁に千景は嬉しそうに照れながら彼らと共にトラックへと乗り込む

 

 「結城様、いつものルートでよろしいですね」

 「そうですけど……本当に良いんですか?」

 「お心遣い感謝します、ですが覚悟は決まってますので」

 

 千景の心配は他所に彼らに恐れや迷いは一切なく、トラックは結界の外へと突き進んでいく

 

 「大建替え、か」

 「神様目線だと何をするにしても規模が大きいものだね」

 

 倒壊した街並みを呆れるように眺めながら勇一と話していると、レーダーがけたたましく鳴る

 

 「来たわね」

 

 車を停車させると雨のように降り注ぐバーテックスを大鎌で屠り続ける千景、その切り捨てた死骸が消える前に隊員達が速やかにガラスケースへと詰め、色とりどりの光が荷台を輝かせていく

 

 「何度見ても綺麗だね」

 「そうね、これが兵器の原料だなんていまだに信じられないわ」

 

 軽口をたたきながら大鎌を振るっているとレーダーを見ていた隊員が進化体の接近を叫んで知らせる

 

 「矢型よ!隠れて!」

 

 目視で確認して叫ぶや、鋭く尖った杭のようなモノが勢いよく射出され、とっさに弾く

 

 「ちーちゃん、いける?」

 「えぇ、だからゆうくん、一気にお願い」

 

 トラックが射線から外れたのを確認し駆けだすと、すべての矢が千景へと向き、射殺そうと次々襲い掛かる

 だが千景はその雨に一滴も触れることなく掻い潜り、徐々に距離を詰め、矢型が次を構えた一瞬の隙きに懐へと潜り、勢いに任せて両断する

 

 「ゆうくん美味しい?」

 「うん、ごちそうさま」

 

 光りに包まれながら満足そうに手を合わせる勇一に千景はおかわりもあると微笑み、次へと躍りかかる

 そんな命のやり取りをしばらく屠り続けると辺りからバーテックスの気配がなくなってきた為、地下ヘと潜り込んで中の安全を確保すると休息を取る一行

 手頃な瓦礫に腰を下ろした千景は隊員の一人からお茶を受け取ると勇一にもたれ掛かりながら喉を潤す

 

 「ふぅ、さすがにハイペース過ぎたわ」

 「お疲れちーちゃん」

 

 労う勇一の抱擁に無理した甲斐があったと顔や体に触れて勇一の輪郭をなぞっていく

 

 「くすぐったいよちーちゃん」

 「あら、もうそこまで出来たの?」

 「ううん、でもなんかそんな気分」

 

 想像豊かね、と微笑む千景を嬉しそうに強めに抱きしめてグリグリとおでこを肩に擦りつける

 

 「ふふ、甘えたがりのゆうくん、なんなら膝枕もしてあげるわよ?」

 「ん〜、むしろ僕の膝にちーちゃんの頭を乗せたいなぁ、なーんて……あれ?」

 

 冗談交じりに提案すると徐に寝そべり、幸せそうに勇一にしがみついて顔をこすりつける

 

 「ちーちゃんったらもう……気持ちいい?」

 「最高よ」

 

 尻尾が生えていればそれはもう引きちぎれんばかりに振っていることだろうと勇一は頭を撫でながら微笑み、吸うのは止そうとさすがに咎める

 

 「さすがに匂いは再現できないからね?」

 「そうかしら?心做しか吸えてるような……」

 

 気のせいだと念を押す勇一にクスクスと笑みを零し、からかっていたのだと気づいてじゃれ合い始める二人

 

 「あの、千景様……お楽しみのところ申し訳ございませんが」

 「……バーテックスね、わかったわ」

 

 なんて間の悪いと舌打ちしながら不服そうな顔はするものの、すぐに切り替えてトラックへ乗り込み外へ飛び出す

 

 「せっかくいいところだったのに……」

 「まぁまぁ、帰ったらまたいっぱい甘やかしてあげるから頑張ろうね、ちーちゃん」

 

 それなら俄然やる気が湧くと七人御先を降ろして各自ガラスケースを携える

 

 「……ちーちゃん?さすがにそれは無駄遣いじゃないかな?」

 「作業効率が上がるなら無駄じゃないわ」

 

 確かに勇者の身体能力が7人掛かりで集めれば早く終わるがその分千景の負担は増える事になり、それはあまり賛成できない勇一はやる気満々な千景と体を重ねる

 

 「ッゆ、ゆうくん……そん、いきな……り……」

 「だって止めてもちーちゃん渋るでしょ?ちーちゃんが無茶するくらいならいっそ食事を始める方が良いよ」

 

 まるで千景の口から勇一が発しているかのような口振りに隊員達の目が据わる

 

 「勇一様、我ら一同この身を捧げる覚悟は出来ております」

 「その決心は別の機会でお願いするよ、今はとりあえず離れた位置で七人御先達と回収してて」

 

 そう言ってトラックから飛び跳ねると進化体の頭上から大鎌を振り下ろし、いとも容易く真っ二つにする

 

 「おいで御馳走、全部食べてあげるから」

 

 殺到するように群がるバーテックス達へと大鎌を振り回し光を浴びながら踊っていく、まるで演武のような殺戮に遠く離れた隊員達は畏れを抱きながらも救われたような表情が伺える

 

 「綺麗だな」

 

 隊員の一人が呟くと周りも同意するように頷く、真っ当な人生を歩めなかった彼らにとって結城家、ひいては勇一の存在は最後の希望であり安らぎでもある

 いつか自分達も、そんな羨望に近い眼差しで勇一の糧になっていくバーテックス達を眺めながらガラスケースを回収していった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5,つきもの

 

 結城千景になってから彼女の人生はガラリと変わった

 温かく優しさに溢れた母、厳格ながらもちゃんと見てくれる父、そして何より、これでもかと愛を注ぎ込んで包み込む勇一

 結城一家に矯正された千景は痩せ細っていた体は日に日に健康的に育ち、健やかな心を育めるようになった

 

 「……からだ、おもい……」

 

 そんなある日の事、目を覚ました千景は気怠さと気持ち悪さと腹部の鈍痛に悶ながら勇一にしがみついていた

 

 「ちーちゃん、大丈夫?トイレ行く?」

 

 勇一が心配そうにお腹を擦る、彼の手の温もりにいつもなら何もかもがどうでも良くなるほど幸福感に包まれるというのに今日はやけに痛みが重い

 

 「ゆうくん……お願い、一人じゃ……動けなくて……」

 

 わかったと頷き、痛みに堪える千景を抱き上げてトイレまで連れて行くと、終わったら声を掛けてと一言添えて扉の前で待機する

 

 「む?おはよう勇一、順番待ちか?」

 「あ、お父さんおはよう」

 

 実は、と朝の千景の様子を話すと険しい顔に更に皺を寄せて何か考え始める為、勇一は呆れながら忠告する

 

 「お父さん、ちーちゃんに見つかる前にその顔直した方がーー」

 「ゆ、ゆうくん……」

 

 遅かったか、と振り返ると顔面蒼白の千景が映り、父親は別に怒ってないと伝えるが、千景は震えたまま勇一にしがみついてなにかに怯え続けている

 

 「ちーちゃん?どうかしーー」

 

 生暖かい液体で千景の下半身が赤く染まっていることに気づいた勇一、ソレが血だという事に気づくまで時間は要らず、強く千景を抱きしめる

 

 「ち、ちーちゃん、大丈夫、大丈夫だからね!」

 「ゆうくん、わたし……死んじゃうの?」

 

 そんなことない、と強く否定し急いで救急車を呼ぼうとリビングへと向かおうとして勇斗がソレを止める

 

 「落ち着きなさい二人とも、千景さんのソレは病気でも怪我でもない」

 「え?」

 「そう、なの?」

 

 勇斗の一声で冷静さを取り戻す二人、こういう時自分の顔は迫力があって便利だと自嘲しながらトイレの棚からナプキンを取り中身を見せる

 

 「今、母さんを呼んでくる、詳しい使い方は母さんから教わりなさい」

 

 そう言って綾女を呼びに行くとものの数秒で綾女がやってきて千景を抱きしめる

 

 「初潮の事ちゃんと教えてなくて不安にさせてごめんね千景ちゃん!」

 

 そのまましばらく続きそうな勢いだったがそこは母親、まずはちゃんと対処の仕方を説明して実行させるのが先決だと千景を連れてトイレへと篭もる 

 

 「ちーちゃん……大丈夫かな」

 「安心しなさい勇一、この手のことは男より女性の方が手慣れている」

 

 故に男手は別のことに手を回すべきだとタオルを勇一に渡して床の血を掃除していき、終われば朝食の準備に取り掛かる

 

 「お父さん、女の子って血が出るのが普通なの?」

 「人によっては量の差異はあるが出るのが普通だ、月毎にそういう日が来るものだ」

 「月一なの?じゃあまたちーちゃん苦しむの?」

 

 不安そうに狼狽する勇一に、だから支える人が必要だと勇斗はいう

 

 「誰彼構わず優しくしろとは言わん、だが本当に支えたい、守りたい人ならその為の努力と知識を怠らない事だ」

 

 棚から一冊の本を取り出し、これを読んで学ぶようにと勇一へと渡す

 

 「それはあくまで入門程度の知識だ、今の内に千景さんに合う最善を二人で考えていきなさい」

 「……うん、分かった」

 

 そう言ってる間に綾女と千景が戻ってくるとすぐに駆け寄る勇一

 

 「心配かけてごめんねゆうくん」

 「ちーちゃんが無事なら良いんだ。これからは僕もちゃんと勉強してちーちゃんを助けるから」

 

 ひしと抱き合う我が子達の微笑ましい光景に綾女も勇斗も笑みをこぼし、四人は朗らかに食卓を囲んだ

 

 

 

 

 

 

 

 「体が重い……」

 「ちーちゃん無理しないで」

 

 ベッドの上で唸る千景、いつもであれば遠征に行った程度で音を上げる事などないが、今回に限って重めの月の物と被ってしまい、訓練を休むほど体調を崩してしまった

 

 「ちーちゃん、やっぱり代わろ?元はと言えば僕の食事のせいだし」

 「ううん、流石にコレまで、肩代わりしてもらうわけには、いかないわ」

 

 千景を心配そうにしている勇一だが遠征時に使った七人御先の代償は勇一が今現在請け負っている

 何度か経験しているがあの負の感情に苛まれている時にこの痛みが伴うなど、愛する勇一にさせるわけにはいかないと千景は意地でも勇一の甘言を断わり続ける

 

 「それに……この痛みを抱えてる間、ゆうくんがいつも以上に優しいでしょ?だからいっぱい甘えさせて」

 「もう、ちーちゃんったら……えい」

 

 後ろから抱きついてきたために千景は一瞬強張らせるが、乗り移る気はない勇一の様子に安堵し、お腹を優しく撫でてくれる手に緊張も痛みも和らいでくる

 

 「……ありがとう、私の我儘に付き合ってくれて」

 「本当に我儘だよちーちゃんは、僕がこんなにも……あぁ違う違う、ごめんちーちゃん」

 「ふふ、大丈夫よ、ゆうくん」

 

 一瞬飲まれそうになったのか怒気を孕んだ声を出した勇一へと頭を反らし、腕を伸ばして顔や頭を撫でる

 

 「たとえゆうくんの心に表に出せない闇があろうとも、私はずっとゆうくんと痛たた…………」

 

 台詞の途中で本音が溢れ、血の気が引いていた真っ青な顔が見る見るうちに赤く染まっていく千景

 

 「うぅぅぅ、こんなはずじゃ……」

 「だ、大丈夫だよ、ちーちゃんの愛はちゃんと伝わってるから」

 

 顔を両手で覆って恥ずかしそうに震える千景を励ますように撫で回す勇一

 すると扉をノックする音が部屋に響き、千景は上擦った返事で招くとお盆を持った綾女が入ってくる

 

 「どうしたの千景ちゃん、気の抜けた返事だったけど。勇一がなにかした?」

 「そこで躊躇なく息子を疑うあたり酷いもんだよ全く」

 「あ、あの、ゆうくんは悪くないの、まだちょっとお腹が痛くて」

 「あら、スープだけでもと思ったんだけど……これも無理そう?」

 

 机に置かれたスープから香る美味しそうな匂いにお腹が小さく鳴る

 

 「ふふ、大丈夫そうね、起き上がれる?」

 

 蚊の鳴くような声で肯定しながら母の手を借りてベッドから降り、手を合わせてスープをひと掬い口に含む

 

 「……美味しい……ありがとうお義母さん」

 「どういたしまして」

 

 色々と傷んだ心身に染みる味だと心の中でホロリと涙を流しながら完食すると綾女は笑顔で千景の頭を撫でる

 

 「全部飲めたわね、偉い偉い」

 「……もうお義母さんったら、スープを飲めたくらいで……」

 

 唇を尖らしながらも止めてくれとは言わない千景。一番は勇一だが母の手の温もりも好きな千景は抗えずに大人しく撫でられる

 そんな幸せを噛み締めていると、ふと綾女の反対の手が千景の隣の宙を彷徨っているのに気づく

 どうかしたかと聞くまでもなく、すぐに意図を読み取ると勇一に隣りに座ってもらい、こっちだというように綾女の手を動かす

 

 「……ありがとう千景ちゃん」

 

 姿が見えないのは勿論、触れもしなければ声も聞こえない、それでも千景のおかげで勇一を確固とした存在として接することが出来る

 

 「貴女が結城家に来てくれて嬉しいわ」

 

 泣きそうな笑みでそう言う綾女に千景と勇一は一緒に抱きしめて、自分もそうだと微笑む

 

 「愛されなくて疎まれていた私は、ゆうくんやお義母さんやお義父さん達と出会えたからいま幸せに生きていられるの、そうじゃなかったら多分死んでたわ」

 「……もう、嬉しいけど悲しいこと言うんじゃありません」

 

 悲しむ母に千景はそれでも嬉しそうに笑みを浮かべる

 優しい家族は悲しんでくれるが、正直な所もうあの家も、あの名も、あの場所も、前世かそれ以下みたいな思いしかない千景にとってここの温もりこそが全てであった

 

 

 

 

 

 夕方、勇一に支えられながらならなんとか動けるまで回復した千景は家事の手伝いをしていた

 

 「あら、誰か来たわね」

 

 乾いた服を一緒に畳んでいた時にチャイムが鳴り、綾女が向かおうとして千景が自分が出ると言って玄関へと向かう

 

 「ただいま千景。もう起きていて大丈夫なのか?」

 「お帰りなさいお義父さん、なんとかね」

 

 いつもよりだいぶ早い帰りの勇斗にどうしたのかと少し期待を込めて尋ねると頭を撫でられ望んだ答えが返ってくる

 

 「無論、お前を心配したからだ。朝よりはマシになったみたいで安心した」

 「……ありがとうお義父さん」

 

 不器用ながらも優しくて安心させてくれる父親という存在は情緒不安定な心を正してくれる

 

 「ところでお義父さん、後ろの巫女様は……」

 

 最後の理性が残って抱きつきたい衝動を抑えていたのは余計な目があっての事。客人、それもお目付け役の巫女がいてはさすがに冷静さがフル動員してしまう

 

 「あぁ、少し上里様と話があってな……」

 「このような時間に押しかけて申し訳ありません」

 

 礼儀正しく頭を下げる巫女に何の話か気になりはしたがおそらく巫覡(ふげき)同士の話なのだろうと客間へと案内し、部屋から出ると不発に終わった衝動を勇一に求める

 

 「う〜ん、なんか代用感が否めないなぁ」

 「……ごめんねゆうくん」

 

 抱きつく千景をしょうがないと笑みを零しながら抱き返してくれる勇一だが、その力が次第に強くなり、千景は少し苦しそうに勇一を見る

 

 「……ゆう、くん?」

 「ちーちゃんこそ目移りしないでね、お父さんもお母さんも僕の自慢の家族だけど、ちーちゃんの一番は僕でしょ?」

 

 七人御先の勇一だとすぐに理解した千景だが、これも勇一の本性なのだと思うと怖さよりも愛おしさが上回り、思わず笑ってしまった

 

 「ふふ、ごめんなさい。ゆうくんの言うとおり私にとって一番はゆうくんよ」

 「……分かればいい、ずっと一緒だよ、縛ってでも逃さないから」

 

 それは痛そうな求愛だと微笑みながら顔を抱き寄せ唇を重ねた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6,戦装束

 

 「はい、出来たわよ千景ちゃん」

 

 手作りの洋服を千景へと見せる綾女、花柄やフリルが主張しすぎないようにあしらわれたワンピースはとても可愛らしく、千景は目を輝かせながら服を眺める

 

 「さ、千景ちゃん着てみて」

 「え?あの、私?」

 「当然よ、千景ちゃんのために作ったのよ?さ、着てみて頂戴」

 

 促されるまま着替える千景。裾を摘んでみたり、その場で回ってみたりすると恥ずかしそうに綾女へ笑みを向ける

 

 「どう、ですか?」

 「とっても可愛いわ〜、さすがは私の自慢の娘ね」

 

 満面の笑みで称賛してくる綾女に照れながら千景はありがとうと礼を言う

 

 「さ、勇一にも見せてあげましょ」

 「は、はい……」

 

 頰を紅潮させながら深呼吸する千景、扉の向こうに待つ勇一にどうぞと声をかけるとゆっくりと扉が開き勇一と目が合う

 

 「ゆうくん、どう?」

 

 綾女は手放しでキレイだと褒めてくれたが勇一は琴線に触れてくれただろうかと少し不安そうに視線を泳がしていると、視界が暗転し、抱き潰されていると理解するのに数秒かかった

 

 「ゆ、ゆうくん?」

 「あらあら、口より手が出る所はお父さん似ね」

 

 熱い抱擁に微笑ましく笑みを浮かべながら部屋を出ていく綾女。二人っきりで会話もなく、息苦しさも感じるほど抱きしめられる千景だがそこに不安な表情は一切なく、むしろ胸元に押し当てる形となった耳へと入る早鐘を打つ心音に嬉しくなる

 

 「……ゆうくん、私綺麗?」

 「綺麗だよ」

 「……私に価値ある?」

 「ちーちゃんじゃなきゃ僕は嫌だよ」

 「……わたしーー」

 「それ以上言ったらお父さんとお母さん呼ぶから」

 

 呼ぶというより千景を抱えて突撃しそうな雰囲気に、それは潰されそうだと微笑んで最後にもう一言、と勇一を見上げる

 

 「私とずっと、一緒にいてください」

 「そのつもりだよ、だからちーちゃんも僕とずっと一緒にいてほしいな」

 

 日課になりつつある告白を終え、父親にも見てもらおうと二人は笑顔で書斎へと向かった

 

 

 

 

 

 

 山の中に設けられた射撃場、的の代わりに置かれたマネキンには赤を基調とした服が着せられており、それを狙うように隊員達が重火器を構える

 

 「撃て」

 

 上官の号令で放たれる鉛の雨、撃ち漏らすことなく全弾命中させると煙幕が晴れるのをジッと待つ

 

 「目標、ほつれ一つありません」

 「マネキンへの衝撃、8割緩和されています」

 「第一段階はクリアね、次のテストに移りましょう」

 

 綾女の指示に今度は取り囲むように爆薬を設置し、隊員に指示を降して起爆する、爆炎が空高く上がり、轟音と爆風が綾女たちのいる場所まで轟くと、黒い煙の中から真っ黒になった服が現れる

 

 「さすがにコレは負担が大きいか、とくに撃たれたところはもう駄目そうね」

 「それでもあの爆薬量相手に原型留めているから前作より断然上がっていますよ」

 

 損傷具合を見極めた綾女は試験は終了だと告げて服を回収しに行く

 

 「はぁ、もっと丈夫な素材ないかしら、軽くて加工しやすくて神樹様の加護が乗りやすい感じのもの」

 「欲張りすぎですよ主任、それにこれでも十分すぎるくらいですよ」

 

 自衛隊の協力に感謝して車を走らせる綾女達、少しでも勇者の負担を減らせるようにと頑丈な戦装束を開発しているが、綾女の不安を払拭させる出来には未だ至っていない

 

 「高望みだってのは私もわかっているわ、でも実際に戦うのは私の子供たちなのよ、妥協なんてするものですか」

 

 勇者の装備とはいったが私欲まみれなのは百も承知、むしろ彼女からすれば我が子を戦地に送るというのに贔屓するなという方がありえない

 

 「まぁその主任の高望みのおかげで私の旦那も助かってますからね、とことん突き詰めていきましょう」

 

 作ったは良いが納得いかなければそのまま傭兵の装備に転用される為、彼らの消耗率は大災害に比べてぐんと下がっている

 

 「いっそ外套みたいな羽織る物で補ってはどうですか?」

 「それは最終手段よ、戦場で着替える暇なんてないわ、変身シーンで攻撃してこないのはフィクションの世界だけよ」

 

 とはいうもののないのとあるのとでは生存率が上がるのも事実な為、準備自体はしておくべきだろうといくつかの資料を皆へと配る

 

 「あ、ここでおろして頂戴、娘と待ち合わせしてるの」

 「迎えでしたら一緒に送りますが?」

 「親子水入らずを邪魔しちゃだーめ」

 

 はいはい、と辟易しながら綾女を降ろしてさっさと去っていく車に手を振って見送ると、待ち合わせ場所へと向かう綾女

 

 「確かこの辺り……あ、千景ちゃーん」

 

 ベンチに座っていた千景を見つけて手を振りながら近づくと、綾女に気づいた千景も満面な笑みを浮かべて手を振り返す

 

 「ごめんね千景ちゃん、待ちくたびれたでしょ?」

 「ううん、お義母さんこそお仕事忙しいのに付き合ってくれてありがとう」

 

 本当に可愛い愛娘だと抱きしめる綾女が、手招きをしていることに気づいた勇一が千景の後ろから抱きついてサンドイッチ状態になる

 

 「はふ、ゆうくんもお義母さんも大好き」

 「それは良かったわ、じゃ、もう少しこのままでね?」

 

 二人に挟まれ幸せそうに蕩けた千景はしばらく親子サンドを堪能する、このまま日暮れまでしててもいいくらいだがそろそろ今日の目的をしなければと我に返って名残惜しそうに離れる

 

 「それじゃ行こっか千景ちゃん」

 

 千景と手を握りあって向かったのは人の居ない海岸沿い、大建替えが始まって以来、海沿いに人が来ることは滅多になく、静かな砂浜を家族で散歩するのが千景の楽しみの一つになっている

 

 「でも良いの?せっかくの休みならもっと遊べる所に行ってもいいのよ?」

 「良いの、人混みは正直苦手だし、ゴミ拾いしてる方が私は好きだから」

 

 そう言って浜に打ち上げられた瓶や包装を拾って袋に分けていく

 今までがどん底だった千景には結城家はあまりにも、それこそ怖くなるほど幸せすぎて、なにか良い行いをしなければいけないのではと考えるようになった結果、身近なゴミ拾いを始めてしまい、気づけば半分趣味と化してしまった

 

 「あら、このよく分からない金属の塊……この塊融かせば服の素材にならないかしら」

 「お母さん?得体のしれないものをちーちゃんに着せるのはちょっと……」

 「このご時世使えるならなんでもよ、ゆうくん」

 

 怪訝そうな顔をする勇一とは違ってむしろ乗り気な千景、もはや彼女にとって母親からのプレゼントなら、たとえ原材料が何であろうとそこに愛があれば諸手を挙げて喜んでしまう

 

 「……ま、ちーちゃんが良いならいいけど……あ、お父さんだ」

 

 勇一の声にゴミの山から視線を外すと辺りを見渡していた勇斗と目が合い、手を振って父を呼ぶと嬉しそうな顔(しかめっ面)で手を振り返しながら側に寄る

 

 「お義父さんお疲れ様、今日は早かったね」

 「あぁ、今日は母さんも試作品のテストで切り上げると言っていたからな、私も早めに終わらせてきたところだ」

 

 それとお土産だと封筒を綾女に渡しながら今日のテストの詳しいデータだと言葉を添える

 

 「あら早かったわね、てことはあのあとラボで作業してたのね」

 「彼女たちも君の期待に応えようと頑張っているようだ。ところで千景、勇一は今どのへんだ」

 

 見渡す勇斗の手を取ってこのへんだと手を添えるとそこに綾女の手も重なり3人で勇一の頭を撫でる

 

 「なんか気恥ずかしいよちーちゃん」

 「ふふ、お義父さんもお義母さんも、ゆうくんのことが大好きだからね」

 「そうね、二人共私達の自慢の子供だもの、ね、あなた」

 「あぁ、私達四人で結城一家だ」

 

 いつの間にか団子のように抱きしめ合う四人はしばらく家族の温かさを噛み締め、それぞれゴミ袋を手に帰路へと付く

 

 「しかし今日も随分と集めたものだな、この内どれが一番の成果だ?」

 

 コレだと千景と綾女が自慢気に例の金属の塊を見せ、数秒見つめていた勇斗は徐々に怪訝そうな顔を浮かべる

 

 「母さん、それはゴミでは?」

 「今はね、でもここから繊維状に加工して要所要所に織り込めば」

 「立派な戦装束になるかもしれないわ」

 

 二人してどうだと言わんばかりな表情に、見えるはずもない勇一が手のひらを天に向けて肩を竦めている姿が脳に過る

 

 「……まぁ二人がこれだと決めた事なら私が口に出すことでもない、応援しているぞ」

 

 勇一と似たような反応をする勇斗に親子だな、と千景と綾女は微笑み合いながら勇斗の腕にそれぞれ抱きつく

 

 「……母さんは良いとして千景は勇一が嫉妬するだろう」

 「ゆうくんならお父さんの首に抱きついてるよ?」

 

 実感はないがおそらくぶら下がるように漂っているのだろうと想像し、落ちるなよ、とほくそ笑みながら注意すると仲睦まじく家路に就いた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7,予兆

 

 「お父さんどうしたの?こんな時間に」

 

 夜が明けるかどうかの時間に地下室に呼び出された勇一は肌寒さに身震いをしながら腕の中で船を漕ぐ千景から暖を分けてもらう

 

 「……お前と一対一で話したかったのだが……」

 「起きた時にバレちゃってね、でもちーちゃん寝ぼけてるからお話聞いても夢だと思うよ?」

 

 愛おしそうに千景を見つめる勇一、この様子では離すのは無理だろうと肩を竦めて諦める

 

 「まぁいずれ話すつもりではあった、その事前情報だと思ってもらおう」

 「なになに?そろそろ儀式始めるの?」

 「あぁ、神殺しの器は手に入れた、祭壇ももうすぐ整う、あとは勇一の使い手だが……」

 

 勇一を見れば千景を抱き潰すほど抱えておりその瞳に異論は認めないとドス黒い感情が渦巻いている

 

 「……もし仮に千景さんが断ればーー」

 「そしたら他のひとに頑張ってもらうか……人の世から神様の世に変わるだけだよ」

 

 忘れもしない初めて会った日、それまでお役目を待つだけだった勇一の心に欲という名の明かりが灯った。それからというもの、悪意や穢れに曝されながらもただ側に居続けたい一心で千景を守ってきた

 

 「ちーちゃん以外いらない、ちーちゃんが僕を拒絶するなら僕は死んだも同然だよ」

 「…………お前を受け入れてくれる相手は、探せばきっと……」

 「いるかもね、でも僕はちーちゃんが欲しいんだ」

 

 そう満面な笑みで答える勇一にこれ以上は無意味だとため息を一つ吐き、勇一の頭を撫でる

 

 「怒らないの?」

 「したところでお前の考えは変わらんだろう。なら何がなんでも成功させる方向で思考したほうが良い」

 

 でなければ本当に人類は屈する間もなく淘汰される

 

 「……大丈夫よ……」

 

 眠そうな、だがはっきりと聞こえた千景の言葉に二人は視線を向ける

 

 「ゆうくんが……私を……欲しいと言ってくれる……私も……一緒よ……ゆうくんが……良い、ゆうくんじゃなきゃ……やだ……」

 

 そこまで言いきって眠気が勝った千景は小さな寝息を立てながらもたれかかると嬉しそうに頬擦る勇一

 

 「えへへ、どうやら大丈夫みたいだねー」

 「……子供の寝言だ、実際に目の当たりにすれば迷い、意見が変わることもある」

 「なにをー?息子を贄にする気満々なくせにー」

 

 あ、と言いすぎた事を自覚して後悔しながら見上げると案の定、眉間に皺を刻み、歯を軋み上がるほど噛み締めている勇斗が映る

 

 「だ、大丈夫だよお父さん、僕はちゃんとお役目を全うして立派な武器に成るから!」

 「すまない、すまない勇一……」

 「あぁもう、怖い顔なのに更に顔を歪めたらもはや怨鬼だよ……」

 

 何に対して怨むと問えば紛う方なく無力な己と大建替えを始めようとする神々にだろう

 

 「まったく、しっかりしてよねお父さん。大事な時期なんだからさ」

 「……すまない、取り乱してしまった」

 「まぁそれだけ愛されてるんだって分かるから嬉しくはあるけど」

 

 落ち着いた父はいつものように厳つい顔つきに戻り勇一もホッとする

 

 「ところで勇一、ずっと抱き上げていては重いだろ?そろそろ代わるが……」

 「ちーちゃんは重くない!お母さんに言いつけてやる!」

 

 代わりに娘を背負う的なつもりで言ったが勇一はデリカシーのない父親だと舌を出しながらさっさと部屋を出ていく

 一人呆然と佇んでいると、呪われそうな妻の声が聞こえ、叱られる未来に冷や汗を流しながらも逃げる事なく部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これで、ラスト!」

 

 ムカデのような進化体を屠り、一帯からバーテックスの気配がなくなったところで一息吐くと、隊員の一人が気になることを口にする

 

 「バーテックスの数が減ってる?」

 

 確かに最近は戦闘してる時間より探してる時間の方が増えてるような気がしていた、いつもであれば午前中だけでもそこそこ集まる御魂が今日は空のケースが目立っている

 

 「念の為に聞くけど回収し忘れた個体は?」

 「いえ、勇一様の以外は全て集めました」

 

 隊員達もこの状況に疑問を抱いており、やはり総数自体が減っているのではと声が上がる

 それだけ聞けばむしろ喜ばしいことだがここにいる者たちはアレに終わりがあるなど楽観視するものなど居らず、むしろ嵐の前の静けさ的な不気味さが際立っている

 

 「ゆうくんどう思う?」

 「もしかしたら優先順位が変わってきてるのかも」

 

 今まではノコノコと結界から出てきた千景達を襲っていたが未だに返り討ちにされる現状にバーテックスは他を襲って態勢を整えようとしているのではと勇一は考える

 

 「ほら、四国以外にもまだ抗ってる所ってあるからさ、なかなか殺せない僕たちの事は後回しにしてるんじゃないかなって」

 

 つまりいつまでも抵抗を続けるダニよりも簡単に吸い込める埃からキレイにしようとしているということかと千景は納得する

 

 「はぁ、いっそもういいやって終えてくれてもいいのに」

 「今回の大建替えは人側に付いた神様が多いみたいだからね、なかなか掃除が捗らないんだよ」

 

 人側に付き、人を守りたいと思う神々とそうでない神々との意見の相違、庇護する神様が少なければ絶滅までさせる気はない神々もおこぼれだと赦してくれるが今回は如何せん捨てきれない神が多すぎるのが未だ終わらない原因でもある

 

 「それだけ善良な市民がいることを考慮してほしいわね」

 「まぁ神様たちから見たら僕たち人間なんて木どころか葉っぱみたいな扱いだから」

 

 一纏めに捨てられる側からすれば堪ったものではないと肩をすくめる

 

 「それにしても隠れもせずにこんな場所でお喋りできる程度には本当に向こうも興味がないみたいだし今日は帰ろうか」

 

 徒労に終わることほど虚しく無意味なことなどない、引き際は早いほうがいいだろうと考える勇一に対して千景は少し残念そうというか、同意しかねるという顔を浮かべる

 

 「でもゆうくん、お腹空いてない?」

 「……大丈夫だよ、数が減ってるとはいえ今日もそれなりに食べたから。…………だからそのガラスケースは元あった場所に置いておこうね?」

 

 不安で心配する千景を宥める、だがそれでも一度湧いた不安が拭えない千景は何度も勇一とガラスを見比べる為、察した隊員達が、一つぐらいならと勧めてしまう

 

 「ほら、この人達も良いって」

 「駄目だってちーちゃん、蓋開けようとしないの!ちょっと、周りの人!ちーちゃんを止めて!」

 

 必死に千景の手を押さえて聞こえるはずないのに思わず叫んで呼びかけるが当然彼らには聞こえはしないし、仮に聞こえる者が居たとしてもそもそも私兵である彼らが千景相手にそんな事出来るはずもない

 故に彼らが取る行動はそのガラスには何も入ってなかったと言わんばかりに見て見ぬ振りをする事だけ

 

 「ほら、好き嫌いしないで」

 「そうじゃない、そうじゃないよちーちゃん!あ、うぐぐ、ぬぅぅ!」

 

 ちょっとだけ開いた隙間から光が漏れ出しこのまま無駄になるくらいならと勇一は一思いに中身を吸収する

 

 「……あぁ、食べちゃった」

 「美味しかった?」

 「…………うん」

 

 良かった、と笑みを浮かべる千景。色々と思うことはあったがこの笑顔が見れたからまぁ良いかと勇一が開き直り、千景を抱き枕のように抱きついて顔を埋める

 不貞腐れる姿も可愛いものだと微笑んだ千景は嬉しそうに抱き返して、今日は帰るよう隊員たちに伝え即諾で車が走りだす

 

 「それで勇一様はこの状況をなんと?」

 「四国は後回しにされてるんじゃないかって、まずは他の地域を攻めるだろうって」

 「となると……長野ですか」

 

 現時点で確認が取れている長野の諏訪大社、なんとか連絡が続いている諏訪には勇者が一人しかおらず、結界の規模を顧みても真っ先に潰される場所だと容易に想像がつく

 

 「ねえ、もし私が行きたいって言ったら皆さんどうしますか?」

 

 ふと空を見上げていた千景の呟きに皆が合わせた素振りなく付いて行くと同行を希望する

 

 「……もう少し悩むとか葛藤とか……」

 「少なくとも私は千景様を守る為なら進んで盾にも囮にもなります」

 「勇一様の力となるのでしたら喜んで魂を捧げます」

 「我々は結城家に仕え使われる部隊です、どこまでもお供させてください」

 

 他の者も皆似たような意見だと頷く

 何故彼らはこうも簡単に死地へと飛び込めるのかと思いながらも、その答えはすでに身に沁みている千景はそれ以上試すような事は言わない

 

 「じゃあ、旅行の時は荷物持ちお願いしてもいいかしら?」

 

 お任せを、と一同が承諾する彼らの心意気に感謝しながら千景は遠くを眺めてほくそ笑んだ

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8,旅立ち

 

 環境が変われば価値観が変わる、誰が言っていたかは知らないがまさに今がそれだろうと千景は震える手でゆっくりと食材を切っていく

 今まで食事とは腹が満たせれば良いくらいで、お湯さえあればすぐに出来るカップ麺が主な食事だった千景だが、結城家に来てからというもの料理の暖かさと愛情と作ってあげたいという欲が生まれ始め、拙いながらも少しずつ綾女から料理を教わっている

 

 「どう、ですか?」

 「ちょっと危なっかしかったけど綺麗に切れてるわ、あとはもう少し力を抜いて自然体で切れるように頑張りましょう?」

 

 綾女に撫でられながらちゃんとした評価と改善点を教えられ千景は達成感と次への意欲を募らせる

 

 「お義母さん、次は味付けしてみたい」

 「ふふ、やる気満々ね、それじゃ今度はーー」

 

 和気藹々と進んでいく料理教室をソファから微笑ましそうに眺める勇一

 

 「勇一はもう良いのか?さっきまであの輪に入っていただろうに」

 「だってちーちゃんが僕の為にごはんつくってあげたい、って、そんなこと言われたら余計な事できないって」

 

 初めての千景の手料理に期待で胸を膨らませる勇一、そこに不安や心配といった表情はなく、仮に炭が出てこようともこの笑みが崩れる事なく平らげそうだと勇一の浮かれ具合にどこか懐かしく思う勇斗

 

 「バッチリよ千景ちゃん」

 

 味見をした綾女の評価に良かったと胸を撫で下ろす千景、これなら勇一も喜んでくれると丼にうどんをよそうと食卓に並べる

 

 「今日は千景ちゃんの手料理よ、冷めないうちに頂きましょう」

 

 全員席について手を合わせるとうどんに箸をつける

 

 「美味しいよちーちゃん!」

 「あぁ、美味いな」

 

 二人の好評価に嬉しそうにうどんを啜る千景。綾女の補助があったからではあるもののカップ麺が得意料理という悲しい思い出を払拭できそうだと少しだけ自信が付く

 

 「お義母さん、これからも私に料理を教えて下さい」

 「勿論よ、勇一の胃袋をしっかり掴めるように頑張りましょう」

 

 胃袋を掴まずともすでに千景の虜だと勇一は自覚しているがこれからも千景の手料理がまた食べられるなら何度でも惚れ直そうと心に決めた

 

 

 

 

 

 

 乃木若葉の朝は早い、夜明けが始まる前から体力作りの為のランニングを始めており、軽く汗を流したところで寄り道をして帰ろうと海岸沿いを見てみると案の定の人物が映る

 

 「千景……やはりいたか」

 

 誰もいない浜辺に一人佇む見知った後ろ姿を見つめながら若葉は声をかけるべきか悩んだ

 実力は申し分なく戦うことに恐怖で震える心配もない、他の勇者達とも仲睦まじくチームワークの大切さを身に覚えさせる訓練も取り入れている頼もしい仲間

 それと同時に彼女の危うさというものもよく目にしてしまう、何もいないところに顔を向けて会話のようなやり取りをしたり、愛おしそうに武器を手入れしたり、今のように一人静かに海の向こうを眺めていたり、そんな姿は見ていて痛々しかった

 

 「死者にとらわれるな……などと私が言える立場ではないな」

 

 結城勇一、千景の婚約者である彼は笑顔が似合う優しい人物でどこに行こうと二人は片時も離れなかった程、仲睦まじかったと聞いている

 そんな彼の姿を一度も見ていない理由など、このご時世に生きていれば誰でも容易に想像がつく

 かくいう若葉にも痛いほど身に沁みており虚空に幻影を求める様に強く当たることなどできるはずもなかった

 

 「……帰るか」

 

 一人になりたいと思う気持ちは分からなくはない、心の整理をしている最中に邪魔するものではないと立ち去ろうとしたとき、思いも寄らない声が聞こえ振り返ってしまった

 

 「やっぱり乃木さんね、朝のジョギングかしら?」

 「ち、千景?いや、しかし、んん?」

 

 先程まで浜辺にいたはずの千景が直ぐ側に立っていることに狼狽える若葉に千景はふふっと小さく笑って謝る

 

 「乃木さんが見えたからちょっとだけ精霊の力を使ってみたの、驚かせてしまってごめんなさい」

 「あ、あぁ、そういうことか、まったく無駄遣いがすぎるぞ」

 

 笑いが溢れる謝罪をする千景だったが、ふとその表情が安堵したように見え若葉は思わずどうしたのかと問いかける

 

 「……ちょうど乃木さん辺りにはさすがに言っておいたほうが良いかなって思ってて」

 「何の話だ?」

 

 ひとまず腰を下ろそうとベンチを見つけて座ると千景は申し訳無さそうな表情を浮かべる

 

 「誰かの所為で死ぬかもしれないって聞いたらどう思う?」

 「質問の意図がよく分からないが……私は最期まで戦うぞ」

 

 最期の時までバーテックスに報いを支払わせ続ける、そう決めた若葉にとって死ぬ理由は重要ではない

 

 「さすがは乃木さんね、じゃあちょっとの間四国を任せてもいいかしら?」

 「どういうことだ?」

 

 怪訝な表情を浮かべる若葉に千景は諏訪に行く旨を伝える、一瞬何を言っているのか理解できなかった若葉だが整理がつくと思わず立ち上がり千景の両肩を掴む

 

 「いきなり何を言い出すんだ千景!」

 「諏訪にいるバーテックスを倒したいの、ゆうくんにしてあげられる事はしたいから」

 

 勇一の名前が出ると若葉は先程の威勢が嘘のように霧散し俯く、最愛を失った千景はバーテックスを殺し続ける事でしか生きてはいけないのは分かっていた、調査という名の復讐に外へ出ていることもひなた経由で知ってはいた

 

 「……諏訪は、もう持たないかもしれないぞ」

 「そうね」

 「大社は、恐らく許可しないはずだ」

 「もう聞いたわ」

 

 だったらなぜ、と口にしようと顔を上げると慈愛に満ちた笑みを浮かべる千景を見てしまい、若葉は言葉を失う

 

 「乃木さんの言いたいことはわかるわ、でも私はゆうくんが大好きだから」

 「……わかった、こっちは任せておけ、千景は千景のしたい通りにやるといい」

 

 義務や矜持に囚われず死してなお愛する一人を想い戦う、覚悟とも違う生き様の千景を止められるのはきっと勇一という存在だけだ

 

 「先に言っておくが謝るなよ、仮に千景が諏訪に向かい一人抜けたところでバーテックスに遅れを取るつもりはない、だからむしろお前に諏訪を頼みたい」

 「えぇ、一人でも多く連れて帰るわ」

 

 そう言って微笑んだ千景が花びらのように散り姿を消す、それと同時にけたたましくなる携帯の画面を見るとひなたからだと通話をする

 

 「た、大変です若葉ちゃん!結城さんが、千景さんが!」

 「あぁ、今しがた見送ったところだ」

 

 はい?と素っ頓狂な声が聞こえたかと思うと矢継ぎ早に質問され、詳しくは会ってから話すと通話を切ると久しく聞いていなかった飛行機の音に空を見上げる

 

 「行って来い千景、それがお前の愛の形なのだろう」

 

 空の彼方へ消えていく飛行機を見送ると、慌てているであろうひなた達の下へと足早に駆け出した

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9,救援

 

 諏訪大社はかつてない危機に直面していた

 今まで何度か襲撃はあったがその規模は小さく、まるで余り物を相手にしていた気分だった

 だが今日降りた神託は今まで襲いかかってきたバーテックスの総数以上の規模で侵攻してくると告げられ巫女、藤森水都は心が折れ泣き崩れた

 

 「うたのんは、うたのんは怖くないの!?」

 

 度重なる襲撃で結界は綻び始め、辛うじて原形を維持している程度にすぎない、いつ壊され食い殺されるかも分からない現状にそれでも笑みをこぼす勇者、白鳥歌野は膝を付いて水都の肩に手を置く

 

 「怖いよ?怖いけど、それで何も出来なくなるのが一番怖いの」

 

 人によっては屈してしまえば楽になると考える者もいるが勇者である彼女は抗い続けることを選んだ

 

 「最後の最期まで私は抗う、それに私は一人じゃないわ、みーちゃんや諏訪の皆、それに四国の勇者達がいる」

 

 だから私は諦め無い、そう力強く宣言する歌野に水都は涙を堪えようとするも体は歌野を求めて縋り付く

 

 「大丈夫、みーちゃんも諏訪も私が守るから」

 

 決意と同時に鳴り響くサイレン、バーテックスの襲来の知らせに歌野は神器である藤蔓を手に駆け出す

 

 (どうか、どうかうたのんをお守りください)

 

 土地神に祈る水都の耳に神託の代わりに聞こえるはずのない飛行機の音が微かに聞こえた気がした

 

 

 

 

 

 

 諏訪への侵攻が始まっている最中、限界出力で向かう輸送機が空を切っていた

 

 「不気味なほど襲撃がないですね」

 「それだけ諏訪大社に力を割いているのだろう、あとどれくらいだ」

 

 何もなければ5分だという報告にそろそろかと勇斗は千景達の所へと戻る

 

 「千景、勇一、準備はいいな?」

 「任せてよ!」

 「私もゆうくんも大丈夫よ」

 

 恐怖など微塵も感じていない千景の様子に勇斗は頼もしい子供たちだと頷き周囲にいる精鋭部隊を見る

 

 「これより諏訪大社の救出にあたる、今作戦の目的は白鳥歌野の救助と飛行場の確保。白鳥歌野の救助の際は囮も兼ねて勇一の食事を行う故に速やかに退避を行うこと、今日が命日になる者も出るかもしれないが例え無様な最期になろうとも胸を張ってほしい」

 

 迷彩服に身を包んだ彼らの表情は覚悟が決まっており、無駄死も厭わない作戦に怯える様子はまったくない

 

 「結城様、まもなく降下ポイントです」

 「分かった、後部ハッチ開け」

 

 ガコンと開いた後方から外を見下ろすと蠢く白い塊が所狭しとひしめいている

 

 「圧巻だね、ちーちゃん」

 「えぇ、これならしばらく、いいえこれだけいればゆうくんとデキるわ」

 

 殺意と劣情が入り混じった千景の輪郭が若干ブレ出すので勇一は、抑えるように抱きつき頬ずりする

 

 「まだ早いよ、せめて飛び降りてから、ね?」

 「うん……ふふ、久しぶりにゆうくんと……ふふ、ふふふふ」

 

 若干怪しい笑みを浮かべていると降下サインが点灯し、一目散に飛び出す千景、続くように全員飛び降りると眼前に広がる悍ましく蠢く白い塊の群れの中に懸命に抗う少女を見つけると千景はそこへ向かって振りかぶる

 

 「邪魔ぁッ!!!」

 

 ミサイルのように襲いかかる千景、今にも少女を喰らおうとしたバーテックスを大鎌で刈り取り爆散させる

 さすがの負荷に体から血飛沫が吹き出し周囲を赤い花弁で彩るも気にする素振りなく立ち上がる

 

 「まだ生きてるわね!」

 

 決めつけるように少女、白鳥歌野に確認しながら周囲のバーテックスを大鎌で刈り取り、進化体や若干硬い巨大なバーテックスへと飛びかかっては刻んでいく

 

 「あ、貴女は……?」

 「結城千景!ゆうくんの妻よ!」

 

 名前以外の情報が何一つ頭に入らない歌野など目もくれずにバーテックスを殺していく千景、すると周囲のバーテックスは歌野どころか結界すら無視して千景へと襲いかかる

 

 (ど、どうしましょう、あんな死地に向かうには足が……でも……)

 

 援護できれば良いが自分の体の状態を自覚できる程度には冷静さを取り戻しており、ただ見ているだけしか出来なかった

 

 「いたぞ!こっちだ!」

 

 後ろから声が聞こえ、振り返ると迷彩服を着た屈強な男たちが向かってきており、瞬く間に背負われその場から走り出してしまう

 

 「あ、あの!あそこでまだ戦っている方が!」

 「千景様なら心配ありません勇者様!」

 「むしろ早くこの場を離れなければーー伏せろぉ!!!」

 

 いきなり地面に押し付けられ、何事かと横を見れば巨大な草刈機でもかけたのかというほど周囲の物は同じ高さで切り揃えられており、もしあのままあそこで座っていたらと思うとゾッと背筋が凍る

 

 「食事が始まった……急げ!少しでも結界へと勇者様だけでもお連れしろ!!」

 

 駆け出す彼らに担がれた彼女の視線の先に血の海に沈む千景が恐ろしく感じてしまうほど幸せそうな笑みで何かを抱きしめ

 

 「ごちそう……いっぱい」

 

 幼さの残る男性のような声を最後に耳にして衝撃波に呑まれた歌野の意識は途切れた

 

 

 

 

 

 次に目を覚ました歌野はいつもの諏訪大社ではない無骨な天井をぼんやりと見つめ、前後の記憶が混濁しながらもゆっくりと体を起こす

 

 「……みーちゃん?」

 

 膝に寄りかかるように眠る水都の姿を目にし、疑問や混乱が湧くも、それ以上にまた会えたことに喜びが決壊する

 

 「みーちゃん、みーちゃん……」

 

 いつものように気丈に振る舞おうにも体と心はすでに泣く態勢を整えており、溢れる感情のまま、縋り泣き続ける

 

 「ん、んん……ぁ……ッ!?うたのん!」

 

 目を覚ました水都が勢いよく顔を上げるとちょうど後頭部と顎がぶつかり合い、しばらく悶絶し合う

 

 「う、うたのん、お、おかえりなさい」

 「み、みーちゃん、た、ただいま」

 

 患部を擦りながら微笑み合う二人、少々感動の再会とするには痛みの自己主張が激しいが生きてまた会えた喜びは何よりも勝る

 

 「それでみーちゃん、私達ってどうなったのかしら?」

 

 諏訪大社ではないことは確かだが、あの状況下で救援らしき勇者がきた程度の事しか分からない

 幸い周りにいる見知った長野の皆に安堵の表情が伺える事から悪い状況ではないと安心する

 

 「あのね、うたのんが戦ってくれてる間に四国から助けが来てくれたの」

 

 救援部隊として送られた彼らが滑走路まで生き残った住民を連れ出し、四国へと避難させようと準備しているとの説明に歌野はホッとする

 

 「そっか、やっぱり四国の……乃木さん達が……」

 

 定期連絡でしかやり取りはしたことなかったが彼女が助けに来てくれたのだと喜んでいると、水都は言いづらそうにそれはちょっと違うと否定する

 

 「確かに四国から助けは来たけど……その、結城さんの独断らしいの」

 

 四国からおいそれと勇者は出せない為に千景の無断での強行、救援に携わっている彼らも雇われた傭兵という肩書しか持っていないという

 

 「でも勇者じゃないならバーテックスには」

 「うん勝てない、でも四国は……ううん、結城さんは勝てないながらも負けない手段はあるって」

 

 その手段というのが勇者という立場を利用し、バーテックスの目を全て自分に向けさせ、囮となる事で時間稼ぎをしているという

 

 「……している?じゃあ結城さんは……」

 「戦ってくれてる……今も、あの場所で」

 

 限界を超えている体で立ち上がろうとする歌野を水都は必死に押し止める

 

 「離してみーちゃん!仲間が!結城さんが!」

 「大丈夫!大丈夫なのうたのん!」

 

 仲間の勇者を囮にして何が大丈夫なのかと思わず声を荒げようとした時、どうかしたのかと聞き覚えのある澄んだ声が聞こえ、歌野は思考が鈍る

 

 「あ、あれ?結城、千景さん?」

 「あ、目が覚めたんだね、応急処置はしたけどまだ動くのは無茶だよ長野の勇者さん」

 

 戦ってくれてる筈の千景がいる事に頭が混乱しているとそれを察して千景の後ろから千景が現れ、これが答えだと言う

 

 「本物であって幻、あそこで囮になってる僕が死んでも此処で生きてる限り、最大7人同時に存在出来るんだ」

 「ねぇゆうくん、続きしよ?」

 「ちょ、ちーちゃん待って待って、いま大事な話をしてるからね?」

 

 甘えてくる千景を大人しくさせようと千景(勇一)は千景を抱きしめ、宥めるように頭を撫でる

 

 「えっと……結城さん?」

 「ちょっとごめんね、予想以上にちーちゃんが甘えてきて……待ってちーちゃん!キスはここじゃーー」

 

 髪がしわくちゃになるほど頭を抱き寄せられ千景と熱いキスを交わす、端正整った同じ顔の二人がまぐわう様に歌野は見てはいけないと手で顔を覆うも、ちゃっかり開いた指の隙間からガン見する

 

 「ちーちゃん!んん、だから、んンッ……こ、ここじゃ、んっ、ま、まずいっんんー!」

 「……み、みーちゃん、これってどういうこと?」

 「えっとね、私も聞いたばかりなんだけど、あの力って副作用が強くて制御できない結城さんもいるらしいの」

 

 確かに制御できていない感じだがそういう制御なのかと言葉に困る歌野

 

 「と、とにかく、諏訪の、んむ……皆さんの、安全は、んっ、私達が、んんッ……ほ、保証……」

 

 その先が紡がれることはなかったがおそらく大丈夫なのだろうと釈然としないながらも理解し、甘い吐息を聞きながら避難の準備が整うのを待ち続けた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。