最狂の転生者がモルモットになる話。 (最弱神)
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第一話 「修羅、目覚める」

初めましての方は初めまして。最弱神と申します。ウマ娘は知り合いに勧められて知りました。ゲームはしたかったのですがガチャを引こうとすると落ちるので泣く泣くやめました。そういう状況なので間違いがあればやんわりと教えて下さい。宜しくお願いします。


ある所に修羅と呼ばれるようになった者が居ました。

その者は産まれて数年が経った頃に家族や身内を皆殺しにされてしまいました。

そしてその者は誓いました。全てを奪われたなら相手からも全てを奪ってやると。

その後何年もかけて殺した奴らをその者は殺しました。

それがその者が修羅に堕ちた瞬間でした。

全てを奪った奴らを皆殺しにしたあと、修羅は死刑になりました。

ですが修羅の悪夢はこれが始まりに過ぎませんでした。

修羅は異世界と呼ばれるところに転生して、奴隷にされ、殺され、また転生して、兵器にされ、殺され、また転生して、生け贄にされ、殺され、また転生して、と何度も何度も絶望を叩きつけられました。

いくら辛くても天国にも地獄にも逝けない苦しみに修羅は怒りました。

ある世界では女性の姿で転生し、魔物達の餌にされ、ある世界ではサンドバッグにされ、ある世界では悪魔の子と扱われ、誰も修羅を救おうとはしませんでした。

そうして修羅は元々持っていた力への欲求を強くして、ありとあらゆる手段を使って強くなろうとしました。

悪魔と契約をしたり、神を殺して力を奪ったり、手段を選ばず力を欲しました。

そして敵として立つ者を修羅は片っ端から殺しました。

その時に修羅は戦いというものの楽しさを覚えました。それからはひたすらに命のやり取りを楽しみました。

それでも修羅は、最後には必ず敵として扱われ、時には勇者と呼ばれる者に、時には英雄と呼ばれる者に殺されました。

そんな事を500万年程繰り返した時に修羅はふと思いました。

「今までの俺は間違ってたのではないか?」

それは、修羅の今までの500万年間の全てを否定する言葉でした。

けれども、その思いを得るには修羅は沢山のものを奪い過ぎてしまいました。

更に、修羅は今まで生きた中で悲しみや苦しみ、喜びや怒りといった感情は知っていましたが、愛という感情は知りませんでした。

そして修羅はありとあらゆる世界を統べるという創造神と呼ばれる者に会いに行きました。今までの自分が間違っているのか聞く為に。

創造神はこう言いました。

「修羅に墜ちた者よ、そなたは間違いを犯した。だが今間違いに気付こうとしている。今一度救いを求めるならその罪をそなたの力をもって償いなさい。さすればそなたに愛を知るチャンスを与えよう。」

それから修羅は、人を殺すのをやめました。

修羅は今まで手に入れた力を使い誰かを救う方法を模索しました。

そして100万年をかけて、今まで殺した者達に謝り、赦しを得て、罪を償う事に成功しました。

それを知った創造神は喜びました。

「お主はもう修羅と呼ばれ、人間を辞めてた頃の狂気も何処かへ行ってしまった。お主は人間に戻った。約束通り、愛を知るチャンスを与えよう。」

そう言うと、創造神は修羅をとある世界に転生させました。

 


 

「うぅ…ん…」

 

「おい…おい…どうした…?」

 

「んあ…?」

 

「目覚めたか…どうした?こんなところで倒れてて…」

 

「あー…ここは?」

 

「頭でも打ったのか?ここは東京湾だぞ?」

 

「何だって!?」

 

男は驚いた様子で飛び起きる。

 

「お、おい、いきなりどうした?」

 

「あ…悪い、少し動揺してな…起こしてくれて助かった。ありがとな。」

 

「あ、ああ。」

 

「東京湾だって…?どうしてこんなところに…?」

 

そう思ってると気付いたら懐に入っていたスマホが震える。取り出すと画面には創造神と書かれた連絡先から電話がかかっていた。

 

「もしもし?」

 

「おお、目覚めたか。修羅に墜ちた者…いや、今は『濱田尚人(はまだなおと)』じゃったな。」

 

「は?」

 

「色々思うところはあるじゃろうが、取り敢えず伝えといた方が良いことは教えておくぞ。まずこの世界はお前が最初に産まれた世界とは違うぞ。」

 

「…パラレルワールドって事か?」

 

「似てるけど違うぞ。あと、そなたの力とか元々持っていた武器とかは全て引き継いでおる。そなたの異空間倉庫に入れておいたぞ。」

 

「…そうか。」

 

「一応戸籍や自宅などは用意しておいたが、資金は流石に無理じゃった。そこは理解してくれ。」

 

「了解。」

 

「これから先は基本ワシはノータッチじゃ。決してまた修羅に堕ちるような真似はするでないぞ。」

 

「分かってるって。」

 

「それじゃ、楽しんでの。」

 

そう言って電話は切れた。

 

「…切れたか。さて、図書館でも探すか…」

 

彼はまだ知らない…この世界はウマ娘と呼ばれる存在が居ることも。自分がそのウマ娘と深く関わることも。



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第二話 「修羅、確認する」

少々RPGっぽさを入れてみました。


とある図書館

 

「ふむ…なるほど…この世界にはウマ娘と呼ばれる人を超えた身体能力を持った存在があると…」

 

尚人は図書館でこの世界に関する情報を集めていた。

 

「…ぶっ飛んだ神話だな…まぁ大体分かったし、自宅用意して貰ってるらしいから行ってみるか。えっと場所は…あった。」

 

スマホに登録されていた自宅の住所を確認し、図書館を出る。

 


 

その辺の路地

 

「…まさか一戸建てとは…」

 

自宅と思われる場所に来ると、結構なサイズの一軒家が建っていて、冷や汗をかきそうになってしまう。

 

「あら?どちら様ですか?」

 

「あっ…どうも。今日引っ越してきまして…」

 

「あら、そうなのですか。宜しくお願いします。」

 

「こちらこそ、宜しくお願いします。」

 

そう言うと何故か懐にあった家の鍵を使い中に入る。

 


 

尚人の自宅

 

「…必要な物は置いてあるけど…ちょっと広すぎるぞ…」

 

創造神から与えられた自宅には欲しいと思っていた物が大抵あった。本格的なキッチン、ダンベル等が置かれたトレーニングルーム、情報を仕入れる為の書斎、しっかりとしたセキュリティが付いた倉庫。

だが一人暮らしの場合広すぎるのだ。

 

「まぁ良いか…取り敢えず腹減ったな…金用意して牛丼でも食うか…」

 

尚人は異空間倉庫から金塊や銀塊、宝石をいくつか取り出し、余計な荷物を倉庫に置いていく。

 

「こういうのは大抵高く売れるから助かる…」

 


 

貴金属店で宝石等を売却した後、尚人は牛丼屋『大本命(だいほんめい)』に来ていた。

 

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

 

「一人で。」

 

「注文はタブレットでどうぞ。」

 

「何食うかな…ん?怪物(オグリ)盛り?食べきれたらタダ、残したら3000円…試してみるか。」

 

「おい、あいつ怪物(オグリ)盛りにチャレンジするみたいだぞ?」

 

「あいつ人間だろ?食べきれるのか?」

 

「多分無理だろ…」

 


 

「お待たせしました。牛丼怪物(オグリ)盛りです!」

 

そう言うと店員は裏メニューである筈のキングサイズの倍の量を持ってくる。

 

「ほう…いただきます。」

 

「おっ、あいつ食い始めたぞ。」

 

「どれくらい食えるかで賭けねぇか?」

 

「俺は半分でダウンだな。」

 

「俺は五分の三に賭けるぜ。」

 


 

「…さて、最後に味噌汁飲んで…ご馳走さまでした。」

 

「嘘だろ…完食しやがった…」

 

「一体どんな圧縮率であいつの胃袋にあの量が?」

 

「おめでとうございます。完食したので今回のお代は結構です。」

 

「…おかわりいけるな。」

 

「「嘘だろ…」」

 

「…」

 

店の端の方に居た男は盛り上がってる隙を見てこっそりと逃げ出した。

 

「!食い逃げた!!」

 

「待ってろ!捕まえる!!」(流石に光や音を超えるのは目立ちすぎるな…手加減して追わないと…)

 


 

「はぁ…はぁ…まだ追いかけて来るか…!!」

 

「逃げられると思うなよ!」

 

「はぁ…くそ!!」

 

そう言うと食い逃げ犯は脚を止める。

 

「…店員に謝りに行くか、サツの世話になるか、選んで良いぞ。」

 

「両方とも…やだね!!」

 

そう言うと食い逃げ犯は殴りかかってくる。

 

(…遅っ…止まって見えるぞ…こいつのレベルいくつだ?)

 

尚人は無言で回避しながら食い逃げ犯の強さを確認する。

 

(…レベル3…弱すぎるぞ…そういえば俺のレベル調べるの忘れてたな…えっと…26億4356万7255か。前と同じだな。取り敢えず殺さないように手加減して…)

 

ペチッ…キュン!!

 

尚人は食い逃げ犯にデコビンをすると食い逃げ犯はかなりの速度で吹っ飛ぶ。

 

「あちゃー…これでもまだ強いか…ほら、起きろ。」

 

「痛ぇ…な、何なんだ…てめぇは…」

 

「うーん…ただの一般人だな…」

 

「てめぇみたいな一般人が…居てたまるか…」

 

「そうかい、取り敢えずさっきの牛丼屋行くぞ。謝れ。」

 

「くそっ…」

 

そうして食い逃げ犯を連れて牛丼屋へと戻る。

 


 

「ありがとうございました!これ、御礼です!」

 

尚人は1000円手に入れた!

現在の所持金4億6500万4600円

 

「いや、いいっすよ。大丈夫なので。」

 

尚人は1000円を返した。

現在の所持金4億6500万3600円

 

「そうですか…ではせめて、これを受け取って下さい。」

 

尚人は牛丼の永続割引券を手に入れた!

 

「これは?」

 

「これを会計時に見せて頂くと10%引きにさせて頂きます。」

 

「…ありがとな。」(ここで貰っとかないとこの店員に恥をかけちまうな…)

 

「今後とも、『大本命』をご贔屓に!」

 

「おう!」

 

そう言って去るとスマホが鳴った。

 

「何だ?…メールか。何々…」

 

濱田尚人へ

お主が良い行いをしてるかどうか分かるように暇潰しにアプリを作ってみたぞ。

お主が良い行いをしてるかどうかは周りからの評判で分かる。なのでワシはその評判をポイントとしたのじゃ。良い行いや街にあるチャレンジを成功させると評判ポイントが貯まるのじゃ。一定数貯めると評判レベルが上がるのじゃ。評判レベルが高くなるとお主に役立つ事、良い事が起こるじゃろう。

これからはガンガンチャレンジや良い行いをして、評判レベルを上げるのじゃ!

創造神より

 

「基本ノータッチじゃねぇのかよ…というかゲームかよ…まぁ確認してみるか。」

 

そう言うと尚人はインストールされてたアプリを起動する。

 

『濱田尚人』

現在の評判ポイント 250Pt

現在の評判レベル Lv2

次のレベルまであと 50Pt

 

「いつの間に上がってる…さっきの食い逃げ犯を捕まえたからか…?チャレンジも見てみるか。」

 

『本日のオススメチャレンジ』

10km走ろう 25Pt

牛丼屋『大本命』のメニューをコンプリートしよう 100Pt

競バ場に行ってレースを見よう 25Pt

 

「マジでゲームかよ…創造神暇なのか?まぁいいや、この競バ場でレースを見るってのにするか。」

 

そう言って、尚人は競バ場へと向かった。




軽くキャラ紹介
『濱田尚人』
最初の生を受けてから500万年間転生しては殺戮の限りを尽くし、修羅と呼ばれるようになった者。今は反省しており、出来るだけ殺さないようにしてる。現在の強さは途轍もなく手加減して世界を簡単に焦土に変えられる程度。


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第三話 「修羅、就職する」

面接をまともに受けたことがないので正直おかしなところはあると思います。
URAを基本として、アニメ版のキャラクター(主にトレーナー)とチームの設定を使うつもりです。
時間軸は尚人が転生したのがタキオンが高等部になる三ヶ月くらい前って設定です。
次回は担当決めの予定です。



東京競バ場

 

「着いたな…さて、入るか。」

 

入場料として200円支払った。

現在の所持金 4億6500万3400円

 

(…競バと言っても金は賭けないんだな…)

 

図書館で軽く調べたが、この世界では誰が勝つかで賭けを行っていなかった。理由は…走ってるウマ娘に失礼だからとかそんなのだったと思う。

 

「…あれがウマ娘か…確かに人と似てるけど筋肉とかは違ってるな…そろそろ出走か。」

 

強さを確認してみたが、ウマ娘のレベルは平均30~40くらいのようだ。一般人のおよそ10倍…様々な企業がウマ娘を欲しがるのも当然と言えるだろう。

 


 

レース後

 

「結構見ごたえはあったな…」

 

ピンポンパンポーン…

 

「これより、ウイニングライブを開始します。整理券をお持ちの方は、ライブ会場までお越しください。」

 

ピンポンパンポーン…

 

「ウイニングライブ?…ああ、そういえばレースで勝ったウマ娘はアイドルのライブみたいな事をするんだっけ…立ち見席ですら5000円…凄いな…」

 

「あんた、ウイニングライブ行かねぇの?」

 

「ん?俺?行かねぇよ、金ねぇし。」

 

「そうか…」

 

そう言って話しかけてきた観客はライブ会場に向かった。

 

「さて…ひとまずハローワークとかで職を手に入れないとかな…ん?」

 

「ぬぬぬ…驚愕ッ!届かない!」

 

ふと掲示板の方を見ると帽子の上に猫が乗った少女が張り紙をしようとしてるが届いてなく、必死に背伸びしていた。

 

「親とかの手伝いかなんかかな…?手伝ってやるか。」

 

「ぬぬぬ…」

 

「お嬢ちゃん、その張り紙代わりに張ってやろうか?」

 

「感謝ッ!助かる!」

 

そうして尚人は少女が張ろうとしてた張り紙を受けとる。

 

「日本ウマ娘トレーニングセンター学園職員及びトレーナー募集…か。これで良いか?」

 

「上々ッ!助かった!」

 

「おう。親とかの仕事の手伝いか?働き者だな。」

 

「否定ッ!」

 

「ん?」

 

「私は日本ウマ娘トレーニングセンター学園理事長、秋川(あきかわ)やよいであるッ!」

 

「へ?」

 

尚人は困惑している。当たり前だ。恐らく10代前半のような見た目をしている少女、秋川やよいが日本トップクラスのウマ娘養成機関(略称は中央トレセン)の理事長を名乗ったからである。

 

「理事長!こんなところに居たのですか!」

 

緑色の帽子と服を着た女性が近づいてくる。どうやら中央トレセンの職員のようだ…ということは秋川やよいの話は本当だと思われる。

 

「おお、たづな!今この方が張り紙を張るのを手伝ってくれたぞ!!」

 

「そうですか…はじめまして、私日本ウマ娘トレーニングセンター学園理事長秘書の駿川(はやかわ)たづなといいます。」

 

そう言うと尚人に名刺を渡す。

 

「あ、あぁ…どうも、ご丁寧に。」(この二人…人なのかウマ娘なのか良く分からんな…何者だ?…まぁ良いや…敵対したとしても上手くやり過ごせるだろ。)

 

「…ところで、トレーナー業に興味はありませんか?」

 

「ん?」

 

「実は今、大きな声では言えませんが、とある企画を立ててまして…その企画を行うには優秀なトレーナーが多く必要なのです。」

 

「…ほう。」

 

「もし良かったら…お考え頂けますか?」

 

「…頭の片隅にでも置いとくよ。それでは。」

 

「いずれ会えたらまた会おうッ!」

 

「ああ。」

 

そうして尚人は東京競バ場を後にした。

 


 

尚人の自宅

 

「…トレーナー、か。やってみるのも面白そうだな…色々な人やウマ娘に会えるから、愛を知るのに良いかもしれないし。」

 

彼の目的は、今まで理解出来なかった愛を知ること。ただそれだけである。その為に中央トレセン学園のトレーナーになることにしたようだ。

 


 

三ヶ月後、中央トレセン学園 新人トレーナー面接会場

 

「ふむ…たづな…流石に少し疲れたな…」

 

「あと一人で終わるのですから、頑張って下さい理事長。」

 

「…そうだな!」

 

そう言ったは良いものの、今回の面接に理事長はあまり良い思いは無かった。何と言えば良いのか…個性が足りてない気がするのだ。やる気はある。トレーナーとしての能力もある…だが…パンチが足りないと言うべきか…そんな感じがしたのだ。

 

コンコンコン…

 

「許可ッ!入って良いぞッ!!」

 

「…失礼します。」

 

「あら?貴方は…」

 

あの時の彼だ。一目見て二人はそう思った。ちゃんとスーツを着てきていることから常識は持っているようだ。

 

「本日は宜しくお願いします。」

 

「うむッ!座って良いぞ!!」

 

「失礼します。」

 

「ではお名前をどうぞ。」

 

「濱田尚人と申します。」

 

「うむッ!昔やっていた事を教えてくれ!」

 

「…格闘技をやってました。敵役(ヒール)として。」(流石に本当の事を言っても駄目だろうな…信じて貰えないだろうし…濁しながら言うか。)

 

多少改変しながら尚人は事実を話す。表情を見るにどうやら信じてくれたようだ。

 

「…格闘技、ですか。」

 

「…たづな、ヒールとはなんだ?」

 

「ヒールと言うのは一言で言うと悪役を演じる人…ですかね。」

 

「私は格闘技を通じて敵役(ヒール)としての魅力、そして辛さを知りました。私がここに来たのは私が経験した辛さを教える為です。」

 

「…うむ!良く聞かせて貰ったぞ!」

 

「これにて面接を終わります。」

 

「…ありがとうございました。」

 

立ち上がって軽くお辞儀をしたあと扉の近くまで行き…

 

「失礼しました。」

 

そう言って扉から出る。

 

「…行ったか。」

 

「…ふぅ…彼は一体何なのですかね…履歴書は一見おかしくないのですが…」

 

濱田尚人の履歴書には一見おかしなところは無かった。だが、彼を実際に見るとおかしく感じるのだ。履歴書に書かれたことよりも辛い事を経験したような目に見えたのだ。

 

「ああ…私も感じた…彼の目…元ヒールと言っていたが…そんなレベルとは思えない程の色をしていたぞ…」

 

「…で、どうするのですか?理事長。彼を採用するのですか…?」

 

「採用ッ!彼は新しい風を吹かすかもしれないしな!」

 


 

一週間後 尚人の自宅

 

「…来た。採用発表。どれどれ…良かった。ちゃんと受かってた。三ヶ月間しか勉強してないけど受かって良かった…関係してそうな資格を片っ端から取っていったのが良かったのかな…?」




濱田尚人 現在の評判 Lv7
評判ポイント 1400Pt
次のレベルまであと 100Pt

尚人が取った資格
中央トレーナーライセンス
運転免許(普通車・大型車・大型特殊・普通二輪・大型二輪)
スポーツ医学検定一級
スポーツフード資格

『秋川やよい』
14歳で中央トレセンの理事長を勤めてる。ウマ娘の為なら私財を平気で使うためよく秘書のたづなさんに怒られている。
種族は不明。

『駿川たづな』
中央トレセンの理事長秘書を勤めてる。現役のウマ娘と平気な顔でおいかけっこが出来たりするため何者なのかと良く思われてる。が、種族は不明。


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第四話 「修羅、出会う」

色々書いてたら普段より長くなってしまいました。
次はもう少し早く書けるようにしたいですね。


尚人の自宅

 

「えっと…メモにトレーナーライセンス…昼飯…念のため警棒も持っていくか?」

 

尚人は自宅で今日から始まるトレーナー生活の準備をしている。

 

「もうそろそろ良いですか?」

 

「ああ、もう終わる!」

 

そう外に向けて言って必要そうな荷物を持ち外に出る。

 


 

「悪いな、たづなさん。最低限必要な物のメモとかくれたり、わざわざ迎えに来て貰っちまって。」

 

「いえいえ、理事長からのお礼と言っていたので。」

 

「そうかい、んじゃ向かいますか。」

 

そう言って二人はトレセン学園へ向かう。

 


 

トレセン学園 新人研修会

 

「…以上ッ!解散ッ!」

 

今日は一日研修をした。が正直三ヶ月前にやった事の復習みたいなものだった為あまり収穫は無かった気がする。

 

(取り敢えず帰る前に歩き回って道とか暗記するか…)

 

三ヶ月の間には様々な変化があった。具体的に言うならウマ娘の能力の見方が変わったのだ。今までは

レベル・攻撃力・防御力・瞬発力

などが見えていたが、最近は

レベル・スピード・スタミナ・パワー・根性(こんじょう)(かしこ)

という表記になっていた。

創造神に聞くと「トレーナーとしてやりやすくするためじゃ」と言っていたがこれじゃ本当にゲームみたいになっている。

(ここはあくまで現実だ。ゲームの中じゃ無い。それを間違えないようにしないと…)

 

「さて…だいたい分かったし一度帰るか。」

 

なんか若干薬の臭いがするが…まぁ多分気のせいだろう。

 


 

悪魔が!消え失せろ!!

 

死ね。

 

殺し合いを楽しもうぜ…?

 

AHAHAHAHA…HAHAHAHAHAHA!!

 

「…またか…やっぱり消えねぇな…」

 

その夜、尚人は久しぶりに睡眠を取ったが、悪夢を見た。過去に虐げられた記憶、人を殺した感覚、突き刺したナイフの重さ、殺戮の快感…それらが眠ると必ず夢に出る。だから尚人はあまり眠らない。

 

「…今日は来週の選抜レースの説明だったな…準備して行くか。少々早いがまぁ良いや…」

 


 

AM2:30 トレセン学園職員用玄関口前

 

「…当たり前だけど開いてねぇや、どうやって入るかな…」

 

そんな感じで立っていると後ろから誰か近付いて来る。この気配は…

 

「…どなたでしょうか?」

 

たづなは尚人を不審者かもしれないと勘違いして警戒する。

 

「たづなさんか、悪いな。やっぱり早すぎたよな?」

 

「尚人さんでしたか…どうしてこんな時間から?」

 

「俺ってあまり眠れないんすよ、体質的なもんで。かといって家に居ても資料を漁るくらいしかやること無いし。」

 

そう言うとたづなさんは心配そうな顔をした。

 

「大丈夫なのですか?」

 

「慣れましたし大丈夫ですよ。体力とかは自信あるので。」

 

「そうですか…そういえば、来週は選抜レースですが、どんなウマ娘を育てようと思ってるのですか?」

 

「そうですね…」

 

一般的なトレーナーはここで脚質とか才能とか言うのだろう。だが尚人は違った。

 

「取り敢えず、引く手あまたなウマ娘はパスですね。」

 

「えっ?」

 

たづなさんは驚いた顔をしていた。が気にせず続ける。

 

「実力や才能、適正はやろうと思えば努力でどうとでもなるからその辺は割とどうでも良い。だが俺は新人だから他にトレーナーとしての経験がある奴はごまんと居る。だから俺以外に欲しいと思ってる奴が居るならそいつに譲るよ。一度手にしたら決着がつくまで手放す気はねぇがな。」

 

尚人はこれまでの経験で上へ行きたくても行き方が分からずに燻ってる者たちを何人も見てきた。そこから生まれた考え方だろう。まぁ理由はそれだけでは無いが。

 

「そうなのですか…」

 

「それに、気にも止めてなかった奴が気付いたら真横に立ってて座ってた玉座ごと蹴り落とされて頂に立たれる…そっちの方が面白そうじゃないか?」

 

「ふふっ…確かに面白そうですね…尚人さんってロマン派なのですね。」

 

「まぁな。と言っても暫くはどっかのチームのサブとして勉強させて貰う事になるだろうがな。」

 

そんなこんなで話をしてたら空がだいぶ明るくなってきていた。もうそろそろ気の早い奴は仕事をしにここに来るだろう。

 

「もうこんな時間ですね。」

 

「そうっすね…開けて貰って良いかな?」

 

「ええ。」

 

そうして職員用玄関が開けられる。

 

「さーて、仕事の時間だな。」

 


 

説明後の昼休み

 

「さーて、昼飯どこで食うかな…」

 

ドコーン!!

 

「!?」

 

爆発音が聞こえて周りを見てみると別の棟から黒煙が上がっていた。

 

「待て待て待て…取り敢えず状況把握が先だな…」

 


 

教室棟

 

「黒煙が上がってたのはこっちだったな…」

 

「こらこらこらぁーー!!そこのタキオンさん、お待ちなさぁーーーい!!」

 

廊下に大きな声が響き渡る。おいかけっこか何かでもしてるのだろうか?

 

(声でけぇ…何なんだ一体…)

 

「おやおや、バクシンオー君!そんなに慌ててどうしたのかな?君の愛する教室が黒焦げになったわけでもあるまいに。」

 

「ハイ、黒焦げにはなりませんでしたともッ!!」

 

「よし、平和平和。では私はこれで。」

 

「委員長ストォーーーップ!!全然平和じゃありませんよ!?」

 

「確かに黒焦げにはなりませんでしたがッ!!その前段階くらいにはたどりついてましたよッ!?」

 

どうやらあのボヤ騒ぎはタキオンと呼ばれた生徒が原因のようだ。そしてそれを委員長が咎めようとしてるらしい。

 

(おいおい…何をやったんだよ…?俺でもそんな真似しねぇぞ…)

 

「教室のほんの一角で、少~しばかり煙が立っただけだろう?学級委員長ほどの人物が、目くじらを立てるようなものかな。」

 

(いや立てるだろ、あと音と煙的に絶対そんなレベルじゃねぇだろ…)

 

「むぅ!?む、むむん…そう言われてしまうと…」

 

委員長は考え込んでしまっていた。

 

(考え込まなくて良いんだよ、委員長!しっかりしろ!!)

 

「教室全体をもうもうと黒煙が覆った程度、寛大な心で許すべき…?」

 

(駄目だ!この委員長あまり頭良くねぇ!!)

 

「寛大さは美徳だよ、委員長君。それでは、今度こそ私はこれでー」

 

そう言ってタキオンと呼ばれた生徒は去ろうとする…

 

「……ハッ、いえ!『何を言われてもとりあえず捕まえてこい』と、そういえば先生から8回ほど言いつけられていました…!!」

 

(8回も言いつけられるって…)

 

「というわけで逃がしませんよッ、タキオンさぁーーーん!!」

 

が、再び委員長においかけられてしまった。

 

「アッハッハッハ!さすがに誤魔化されないか!!」

 

(むしろそれで誤魔化せると思われてるのか…委員長…)

 

「待て待てえぇーーーぃ!!バクシンバクシィィィイイイン!!」

 

そうしておいかけっこをしながらこちらに向かって来る。

 

「ハッ…そこのトレーナーさん!タキオンさんを通さないでくださぁーいいッ!!」

 

「え?俺!?」

 

そうしてタキオンと呼ばれた生徒がこちらに向けて突っ込んでくる。そして…

 

「ん?おわっ!?」

 

「よっと!」

 

腕を掴んで怪我をしないよう軽く投げた。三ヶ月の間に手加減の技術も上がっており、今では一般人より少し上程度に手加減出来るようになっているのだ。

 

「咄嗟に投げちまったけど…怪我とかしてないよな…?とりあえず保健室連れていくか…」

 

そう言って伸びたウマ娘を背負って保健室に行った…が…

 


 

保健室

 

悪魔の子め、死をもって償え!

 

いいぞ…この兵器があれば世界を取れる…!

 

(…頭が痛ぇ…あれ…悪夢を見た…ってことは何で俺寝てんだ…?)

 

眠っていた意識を覚醒させ、起き上がろうとする。

 

「ーおや。目が覚めたかい?」

 

「お前は…さっきの…?」

 

さっき投げた筈のウマ娘が目の前に立っていた…

 

「多少の混乱状態にあるようだね。意識を取り戻したばかりなんだ、あまり無理をしない方が良い。ほら、椅子に座って。リラックスすべきだ。」

 

言われるままに保健室の丸椅子に座る。

 

「さて…自分が何故ここにいるかは?思い出せるかな?」

 

「えーっと…確か…」

 


 

「トレーナーさん!ご協力ありがとうございましたッ!」

 

「おう、とりあえず怪我とかしてないか確かめる為にこいつ保健室に連れてくから。」

 

「分かりました!では!」

 

そう言って保健室まで背負って行って…

 

「やっと着いた…とりあえず寝かせとけば良いか…腹減ったな…飯食わない…と…あれ…?」

 

ここで多分体力尽きて倒れたんだっけ…

 


 

「ーふぅン、ことの経緯までどうにか思い出せたようだね。」

 

「ああ…って俺は何でこんなバカみたいな理由でぶっ倒れてんだよ…」

 

グゥ~…

 

「そういえば昼飯もまだだった…まぁ良いや、何で教室でボヤ騒ぎを起こしたんだ?」

 

「奇妙なことを訊ねるね君は。そんなモノ、『研究の一環』以外にどんな解答が存在するんだ?」

 

どうやら俺の目の前で立っているウマ娘は倫理観か常識か、または両方をドブにでも捨ててきてしまったもしれないようだ。

 

(俺も褒められる程この世界の常識や倫理観に詳しい訳じゃないし黙っておこう…)

 

「おうそうか…んじゃ、俺はこれで…」

 

ギシッ…

 

と立ち上がろうとしたけど上手く立てない。確認してみるといつの間にか椅子に縛り付けられていた。

 

「君、考え事に没頭すると、他に意識が向かなくなるタイプかい?いや私もそこに関しては同類だ、気持ちは分からなくはないがね。」

 

どうやら俺は彼女に縛られていたようだ。やろうと思えば力ずくで抜け出せるが…余計なエネルギーを消費するのは正直嫌だな。

 

「とはいえ親切心から忠告しておくけれど、自分の状態ぐらいは、常に気を配ることをお勧めするよ。"健康で元気な成人男性"という被験体を求めてやまない研究者と、いつどこで巡り合ってしまうかわからないだろう?」

 

彼女が科学者…いや、研究者気質なのが言葉から十二分に分かった…

 

「被験体って…」

 

「もっとも私にとっては、幸運が両足で歩いてやって来たと言うほか無いがね。たまには神様とやらにも感謝しておくとしよう。何しろ私の噂は、すっかり学園中に知れ渡ってしまったようでね。今となっては被験体を頼む所か、目が合うたび逃げられる始末だ。」

 

「そりゃその言い分だと何回もボヤ騒ぎとか起こしてるらしいし有名にもなるだろ…」

 

若干呆れながらそう溢す。

 

「だというのにーーハーッハッハ!まさか目の前に噂を知らぬ新人が現れるとは!なんたる幸運!」

 

「人の話聞いてねぇな…」

 

「という訳でモルモット君。間違えた、新人トレーナー君。」

 

堂々とこっちをモルモット呼ばわりされて少々動揺する。

 

「ちょっと待て、今『モルモット』って言ったか?」

 

「大の大人が些末なことを気にするな。それよりも、これから1本…いや健康だしもっとイケるな…3本ほど薬を飲み干してもらうぞ。」

 

「…色々ツッコミ所はあるが…とりあえず、何の薬だよ?」

 

薬物、毒物に関する耐性は600万年間でもう鍛える余地が無い程に鍛え上げてある。やろうと思えば強力な自白剤とダイオキシン500gを一気のみしたあと王水のプールで三時間泳ぐくらいは余裕だ。まぁ耐性も弄れるようになってるから一般人程度の耐性にするのも出来るが…

 

「ククククッ、それは、飲んでからのお楽しみというやつだよ。あぁ大丈夫…最悪の結果になったとしても精々数時間、両脚の皮膚が黄緑色に発光するぐらいだ。可愛い副作用だろう?」

 

「いやその副作用の起こし方が分かんねぇよ…」

 

普通発光するためにはエネルギーを発しなきゃいけない。放射線だか何だか詳しくは忘れたけど、とにかくライトなどが光るにはエネルギーを光る力に変換する必要がある。その変換する部分が人体には存在しない。なのに薬の副作用で発光すると言ったのだ。訳が分からん。

 

「そんなことよりも重要なのは、この薬によって観測されるであろう人間の大腿四頭筋の収縮データだ。ウマ娘と人間の身体構造がほぼ同一であることはよく知られた事実だが、その両方のデータを比較することによって新たなー」

 

ガララッ

 

保健室の扉が開かれ黒髪のウマ娘が入ってくる。彼女を見ても逃げたりしないところを見るに何か彼女に用事でもあるのだろう。()()()()()()()()()()()こと以外は変わった様子は見られない。

 

「タキオンさん…またそんなことやってるんですか…」

 

「おや、カフェじゃないか!どうしたんだい?ましや実験に協力をー」

 

「しません。先生が呼んでいるので、伝えに来ただけです…。次の選抜レース参加について…話が、あるそうですよ…。」

 

どうやら二人は仲が良さそうだ。彼女は変わり者だと思うが友人と呼べる存在が居るなら大きな問題は無いだろう。

 

「早く…行ってください。ほら…すぐに…」

 

「おっとっと…わかったわかった、そう睨むなよ!しょうがない、実験は次の機会にしよう。新人トレーナー君、また会おう!」

 

そう言って彼女は保健室を出ていった。

 

「…実験しないというルートは無いのね…」

 

「はぁ…縄…解きますね…。」

 

そう言って拘束を解かれる。

 

「ああ…彼女は一体なんだったんだ…」

 

「タキオンさんを知らないのですか…?」

 

「あいにくこの学園来て二日目なんでね…名前は?」

 

「マンハッタンカフェです…彼女はアグネスタキオンさん…」

 

「そうか…とりあえず、食いそびれた昼飯食わないと…ありがとな。今度何か礼するよ。」

 

「いえ…」

 

そう言って保健室を出たあと、かなり遅めの昼飯を食べる為に場所を探しに行った…




『アグネスタキオン』
周りからはレースも授業も出ない異常者として見られてるウマ娘。彼女に悪意はあまり無い。

『マンハッタンカフェ』
黒髪で落ち着いた雰囲気のウマ娘。守護霊的な何か(彼女はお友達と呼んでる)が一緒に居て、見えているらしい。

『サクラバクシンオー』
熱意を持って仕事に取り組む学級委員長ウマ娘。でもあまり頭は良くない。


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第五話 「修羅、選抜する」

このままのペースでいくと何年かかるか分かったものじゃ無いから巻いた方が良さそうですね…


時間が経つのは早いもので、もう一週間が過ぎ今日は選抜レースの日だ。

選抜レースとは、『本格化(ほんかくか)』と呼ばれる現象で走力が開花したウマ娘の実力をトレーナー達が見て、スカウトする為の材料を手に入れる為の行事と聞いている。

その為尚人を含めほぼ全てのトレーナーは選抜レース会場に来ていた。

 

(俺みたいなのが見てもあまり判断材料には出来ないけど、敵となった時の為のデータ集めとしては有用だろうな…)

 

「驚いたわね。さっき配られた追加資料、何事かと思って見てみたら、出走表にアグネスタキオンの名前が加わってるじゃない…!」

 

「えっ、アグネスタキオン!?実力は高いけどかなり危険な子だって噂の、あの…!?」

 

(へー、彼女走るんだ…本当に走りに来るのか?)

 

一週間の間に少し調べたが、アグネスタキオンというウマ娘は、学園としてはかなり扱いに困っているようだ。

しょっちゅう起こすボヤ騒ぎは勿論、よく分からない薬品の作成、一部教室の不正占拠、授業はほぼ出ずトレーナーも取らない、レースなんかは無論出ない。少し聞いただけでこれだけ出てくる。

かと言っていざ走ると実力は本物らしく、誰が言ったのかは不明だが、その末脚は『超高速(ちょうこうそく)』とまで言われてるらしい。その実力が彼女をこの学園に居る為の命綱となっているのだろう。

ドーピングの疑いもあったが、友人(本人は否定しているが)のマンハッタンカフェによると

「タキオンさんはよくおかしなことをしますけど…そんな卑怯なことをするような人ではありません…。」と言っていた。

そんな彼女がトレーナーへのアピールをする為の機会と言っていい選抜レースなんかに本当に来るだろうか…?

 


 

「タキオンさーんっ、アグネスタキオンさーん!?おかしいな…カフェさん、アグネスタキオンさん見てませんか!?」

 

「え…わ、私に聞かれても…。」

 

「えぇ~…参ったなぁ…。」

 

やっぱりと言うかなんと言うか、アグネスタキオンは現れなかった。

 

「なぁんだ、タキオンはやっぱり今回も来ないんですね。『超高速』とさえ言われている末脚、見てみたかったんですが。」

 

「祖母は『オークス』、母は『桜花賞(おうかしょう)』…。名誉ある一族の中でも"最高傑作(さいこうけっさく)"と入学前は謳われていたのに。あの奇人ぶりには困ったものね…。」

 

(流石ブラッドスポーツとまで呼ばれる競技だ、血縁っていうのがめっちゃ見られてる…)

 

「失礼、マンハッタンカフェ。アグネスタキオンは…来ていないのか?」

 

そう言ってマンハッタンカフェに近付いているのは、シンボリルドルフというウマ娘だった。生徒会会長を勤めていて、圧倒的な強さから『皇帝(こうてい)』の二つ名を持っている。

 

(まぁ今まで出会ってきた皇帝とか帝王とかそういうのは、大抵ろくなもんじゃ無かったけどな…彼女は多分別か。)

 

「今回の選抜レースに関しては必ず出走するようにと、学園側からも通達があった筈だが。」

 

「あ、はい…その話は確かに先日伝えましたし、聞きに行くところも…見ましたが…えっと、でも…」

 

「本日も不参加…か。委細承知(いさいしょうち)した、感謝する。」

 

皇帝の表情はどこか物々しい。彼女はこのまま不参加で大丈夫なのだろうか…?

 

(…探しに行ってみるか。気配は…あっちの方だな。)

 

そう思って尚人は選抜レース会場を離れ、アグネスタキオンを探すことにした。

 


 

三女神像付近

 

(多分この辺に…あ、居た。)

 

「あァ…?なんでてめェがここにいやがんだ、タキオン。」

 

(あれは…エアシャカールってウマ娘だったか?)

 

エアシャカール。不良っぽいと言うか…変わった髪型をしていて、言動も荒っぽいが、実際は超データ主義、ロジカル主義の頭の良いウマ娘だ。

 

「君らしからぬ非論理的な問いだな、シャカール君。学園生徒である私が敷地内にいる、それのどこに疑問を挟む余地が?」

 

「チッ、そうじゃねェ!!てめェは今日の選抜レースに出てるハズじゃねェのかって話だよ!」

 

(見た目は不良だが、聞き分けはあるんだな…きっと彼女は良いトレーナーが着くだろうな。)

 

「ハッハッハ!まぁそうカリカリするなよ!セロトニンが足りていないのかい?」

 

明らかにアグネスタキオンはエアシャカールに向けて喧嘩を売っている。少なくとも尚人の目にはそう見えた。

 

(おいおい…煽るなよ…)

 

「答えは簡単、"必要がないと判断したから"だ。私の意図と選抜レースの目的は、残念ながら合致していないんだよ。それに、以前参加した折には散々な目に遭ったからね。キャベツに群がるモルモットのようにトレーナーがわらわらと…。」

 

(…うん、予想出来てた。彼女ならそう言うよな。)

 

「…そりゃ、そんだけてめェの走りに魅せられたんだろ。」

 

そこまで言わせるアグネスタキオンの走り、少し気になってしまった。まぁ見ることは厳しそうだが…

 

「だが、彼らの提示するスケジュールには無駄が多くてねぇ。貴重な研究時間をドブに捨てるというのは、さすがにいただけない。トレーナーがウマ娘を彼らの価値基準に当てはめ判断するように、我々ウマ娘にも選別の権利がある。そうだろう?」

 

(なるほど…一理あるが、こんな態度をずっと続けてきたとなると、そろそろ本当に学園から首を切られてもおかしくなさそうだ…)

 

「あーッ、わァったわァった!!もういいよ、知るか。好き勝手サボってろ。…けどな、実験実験で授業にもまともに出ねェ、選抜レースにも出ねェ、スカウトも受けねェ、当然デビューもしねェ。ーてめェの学園での立場、そろそろヤベェぞ。」

 

そう言ってエアシャカールは去っていった。彼女の言っていることは当たっている。それはアグネスタキオンも理解はしているだろう。

 

「ふぅン。『知るか』『好き勝手やれ』と言いつつも忠告していく…ククッ、相変わらず愉快だなシャカール君は。と、おや…?」

 

どうやらこちらに気付いたようだ。

 

「君はー先日の新人トレーナー君じゃないか!まさか自ら被験体となりに来てくれたのか!?なんたる素晴らしいモルモット精神!感服の一言に尽きるね!」

 

「今のところその予定はねぇよ、選抜レース始まってるぞ?行かねぇのか?」

 

「あぁそういうことか。であれば残念、私に参加の意思はないよ。」

 

「ふむ…理由は?」

 

「トレーナーにとってはスカウト対象を見出す場であるように、ウマ娘にとって選抜レースは実力をアピールするための場だ。しかしながら現状、私はレースの実力をトレーナー陣にアピールする必要を感じていない。故に不参加。話は以上だ。」

 

…これは重症だ。彼女の関心は何についてかは分からんが、実験にしか向いていない。こんな状態では、遅かれ早かれ確実に首を切られるだろう。彼女が学生生活を続ける為には実験にしか向いていない関心を少しでも別の方向に向けるしかなさそうだ。

もっとも、学園を去るというのも一つの選択肢としてはあるのだが、彼女は恐らく社会というものが分かっていない。そんな世間知らずが学園という庭を飛び出しても間違いなく淘汰されるだろう。

 

「ーさっ、そんなことより実験の続きといこうか!?実は独自に開発していた、筋機能測定装置のプロトタイプが昨晩完成してね。用いれば従来の1000倍は詳細なデータがー」

 

「お前の脳ミソの中は実験100%なんだな!?」

 

「あらゆる可能性は、実験によって発掘され検討されるべきだ。研究の時間は幾らあっても足りやしない、違うかな?」

 

「一体そこまでして何を研究しているんだ?」

 

純粋な疑問からだった。ここまで彼女が一辺倒になれる何か…それに興味が浮かんだのだ。

 

「"ウマ娘の可能性"だよ。更に言うならば"ウマ娘という生物に眠る肉体の可能性"、すなわち"最高速度"ー否、"最高のその先"といった所か。」

 

「その先…?」

 

「最早その存在は当然のものとして扱われつつあるが、あらゆる常識は発見の敵だ。故に排除さて考えると…そもそも我々ウマ娘は、存在自体がいまだ深遠なのだよ、君。」

 

言いたいことは分かる。あらゆる常識は発見の敵…事実尚人は常識を知らずに育ったから修羅と呼ばれる程の力を手に入れた。それに600万年生きた尚人でさえ人間の全てを知っている訳では無い。それが人よりも難解でそして出会ってそれほど時間も経ってないウマ娘についてなんか…素人同然だろう。

 

「人類に酷似した外見でありながら高性能・高機能な耳と尾を持ち、その筋力は質量に反しいように甚大。特に走力は動物界においても突出しており、全種族中でも上位に値するスピードを有している…アッハッハッハ!!実に!!実に興味深いとは思わないか!?つまりね君、私の脳内を埋め尽くす衝動はシンプルだよ。『我々はどこまで速くなれるか!?』『その可能性の拡がりは!?』私は!この体で可能性の果てー"限界速度(げんかいそくど)"を知りたいのさ!!」

 

そうアグネスタキオンは一方的に話してきた。その目は本当に狂っていて、本当に楽しそうだった。

 

(なんだか少々申し訳なく感じてきたな…)

 

そう感じるのも無理はない。

尚人は既にアグネスタキオンの言う限界速度のその先を体験している。彼女の名前にもあるタキオンという名の付いた粒子…光よりも速い速度でしか活動出来ないと言われる仮想粒子よりも彼は速く動けるからだ。だがそれを話す訳にはいかない。

この世界にとって尚人はイレギュラーも良いとこだ。世界に混乱を招くと後に面倒な事が起こるだろう。

 

「あらゆるウマ娘の中で最もスピードを発揮できているのは、"本格化"を迎えレースに出走している者たちだといえる。より困難なレースで、より強大な相手と競い合うことは走力の充実に必要不可欠。つまりトゥインクル・シリーズへの出走権を手にすることは、私の研究を大きく前進させる。故にこの学園へ来たのだがね。まぁ、しかしー」

 

そこまで言って、誰かが近付いている事に気付いた。

 

「アグネスタキオン。…学園側より通達がある。来い。」

 

そう横から茶々が入った。恐らく教師だろう。

 

「ふぅン、ここでお呼び出しか。…では、私はこれで失礼するよ、新人君。」

 

「おう…」

 

雰囲気からして彼女にとって不利益な通達が来たのだろう。そんな不穏な気配を漂わせる教師と共に、アグネスタキオンは立ち去ってしまった…




『シンボリルドルフ』
皆の生徒会長なウマ娘。
皇帝の二つ名を持ち、物凄く速い。
周りから距離を置かれてるように感じて距離を詰める為に駄洒落を言うようになったと言う噂がある。

『エアシャカール』
不良っぽい言動と格好とは裏腹にかなり頭の良いウマ娘。
作者がいまいちキャラを掴めてないので多分もう出てこない。


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第六話 「修羅、契約する」

尚人の戦闘シーン書きたいな…と考えましたがウマ娘という世界観が確実に崩壊しそうなのでやめました。最初の方で用意した設定の事を忘れてるのは何処の誰でしょうかね…(遠い目)
因みに昼想夜夢とは『目が覚めている昼に思ったことを、夜に寝て夢見ること』という意味です。


選抜レースから数日後、尚人は勉強させて貰うチームを探す為に学園内を回っていた。

 

「さーて、色々あるけど何処が良いのかね…ん?あれは…アグネスタキオンとマンハッタンカフェか…何話してるんだろ?」

 

「じゃあ…決まったんですか?ここを、出て行くって…。」

 

「!」

 

出て行く…その言葉の意味が退学を意味するのは簡単に想像出来た。彼女が納得してるなら止める義理も無いが…

 

「まぁ、そうだね。申し込んでもいない選抜レースへの強制参加要求が、どうやら最後通告というやつだったらしい。」

 

「選抜レースくらい…出ればよかったのに…。それか、普段の授業を…もう少し真面目に受ける、とか…。」

 

「有象無象に研究を邪魔される日々を繰り返すのはごめんだよ。授業だって、無駄のない範囲でなら受けていたつもりなんだが。」

 

恐らくここでいう『無駄のない範囲で』は最低出席日数を大きく下回っているだろう。もしかしたら一桁かもしれない。

 

「でも…退学したらトゥインクル・シリーズにも出られないし…。研究は…どうするんですか…?」

 

「無論続けるよ。私の頭脳と肉体は常にここに在るのだから。それに、トゥインクル・シリーズでなくとも高い実力を持ったウマ娘の集まるレースはある。いっそ海外に拠点を移してもいいな!イギリス、フランス、アメリカ、ドバイーーそれはそれで新たな可能性が広がりそうだ!」

 

(…そんな風に学業を放棄して海外の研究所に行っても学業ですら放棄した根気の無い奴として追い返されると思うが…)

 

「海外…それはまた…随分と、思い切りのいい…。」

 

「ハッハッハ!それもこれも研究のため、というやつだよ。ともあれ私は、"アグネスタキオン"というウマ娘の肉体を用いて、最高速度のその先を見に行く。それが揺らぐことは無いさ。」

 

「そう…ですか…。」

 

「おや…おやおや?もしかして私を案じてくれたのかな?もしくは幾度もなく実験に付き合う内、癖になってしまったかな!?心配せずとも薬を配送してあげるくらいはやぶさかではないが!」

 

「いえ…2度とおかしな実験に巻き込まれないなら、私としては…願ったり、といいますか…。」

 

「えー!!」

 

「でも…研究は続けるというのなら、よかったです。…では。」

 

「あ、待てカフェ!最後にこの実験…ってもう聞いてないか。」

 

これらの会話から、アグネスタキオンが学園を出る意思は固いようだ。…余計な世話とはいえどうも歯痒いな…と考えていると

 

「君もそう思うかい?」

 

いきなり話しかけられた…最近油断してるなぁと少し自己嫌悪しながら声の主を予想する…この声は…

 

「"皇帝"シンボリルドルフ…何の用で?」

 

「いや…君がえらくアグネスタキオンに興味を持っているようでね。昼想夜夢(ちゅうそうやむ)…というやつかな?」

 

「やめてくれ…その言い方だと俺が変質者になるから…超高速の噂が気になってるだけだよ。」

 

嘘である。超ド級の年長物として彼女が心配なのだ。彼女が社会の荒波に沈み散っていくのは…なんか嫌だと思ってしまう。

 

「…これから私はアグネスタキオンに模擬レースの併走を頼もうと思う。君は見に来るかい?」

 

「…ありがとよ皇帝。見学させて貰おう。」

 


 

夕方 模擬レース場

 

「っと…ちゃっかり客席にいるとは。君もなかなか太いやつだな、新人君。」

 

「いやぁ…あんな話聞いたら行かない選択肢は無いだろ。」

 

"超高速"とまで言われた彼女と"皇帝"が併走するとあっては、見に行かないトレーナーは居ないだろう。まぁ尚人の他に観客は居ないが。

 

「ふぅン。まぁ知欲に衝き動かされる人間は嫌いじゃあないよ。好きなだけ観戦するがいいさ。私がこのレースを駆けるのも、最後だろうからね。」

 

「待たせたな、アグネスタキオン。幸い二人きり…観客も新人君のみ。静かな勝負が楽しめそうだ。」

 

「そういう時間帯を狙ったんじゃないかい?どんな腹積もりかは知らんがね。」

 

事実皇帝が何を目的としてこの模擬レースを行おうとしてるのかは、思い当たる節が多すぎるから分からない。単純に彼女の最後の走りを見ようとしてるのか…レースの情熱でも呼び覚まさせるつもりなのか…それとも…

 

「ふっ…さて、コースは芝2000mでいいかな?」

 

「なんだって構わないよ。恐らく会長には大恩があるだろうからね、お安い御用というやつだ。」

 

「…結局君を庇いきれなかったのだから、感謝される謂れは無いさ。」

 

「ハッハッハ!君は相変わらず生真面目さが過ぎる!!まぁいい、芝2000mだね、準備を始めよう。」

 

そうしてアグネスタキオンは準備をしに移動したが、皇帝は考え事をしていた。

 

「…どうかしたか?」

 

「研究のためトゥインクル・シリーズに出る必要があり、学園に来た。だが在学する事自体が研究を拒むのであれば、退学も止む無し。トゥインクル・シリーズに拘泥する事はない。拠点を移し、その他の実力者たちが集うレースに出るのみーーここまでは実に論理的だが、だからこそ不思議だと思わないか?何故彼女は、最後通告があるまで学園に居続けたのだろうな。『担当トレーナー』という、彼女の言う『邪魔者』からは決して逃れ得ぬこの学園に、何故?…君は、どう思う?」

 

(…こりゃ、皇帝はとんでもない策士かもな。まぁ彼女の走りを見るまでは何も言わんが。)

 

こうして、尚人一人だけが見守る中、"超高速"と"皇帝"のレースが始まった…!

 


 

「さて。準備はいいかな、アグネスタキオン?」

 

「いつでもどうぞ、会長。」

 

アグネスタキオンは名高い一族の"最高傑作"であり、素行の悪さすら霞ませてきた脚の持ち主らしい。対する"皇帝"シンボリルドルフは、強豪ひしめくトレセン学園の頂点に君臨する、絶対的な実力者ーー期せずして目撃者となれた二強の対決は、スタート直前から皮膚すら痺れる強烈な迫力を放っていた…!

 

(…この感覚…懐かしいなぁ…おっと、走りを見るのに集中しないと…)

 

そうして…レースの火蓋は切られた。

 

「はっ、はっ…!!」

 

「フッ…さすがは"皇帝"、か…!」

 

剥き出しの才をぶつけ合う中でも、リードを奪い続けたのはシンボリルドルフであった。しかし、最終直線に差し掛かりーー

 

(特殊相対性理論に矛盾することなく、光速度より速く動く仮想粒子の存在は、いまだ完全に否定されてはいない。定説では、ウマ娘の最高速度は時速約70kmとされているが、それ以上に到達し得る可能性を否定する根拠は見つかっていない!わかるか?可能性だ!!この脚は!この体は!!ーー可能性に満ち満ちている!!)

 

アグネスタキオンの眼が、変わった。

 

「くっ…!?」

 

彼女は、アグネスタキオンは…あの皇帝を追い抜いたのだ。

 

「もっと速く!もっと速く!!もっと速く!!!ウマ娘の脚に眠る可能性の果ては!この肉体で到達し得る限界速度は!いまだ影すら見えぬ程、遥か彼方なのだから…!!」

 

その眼は無邪気な少女のようでもあり、狂気的な欲望に憑かれた悪魔のようでもありーー呼吸も忘れるほど、魅せられる色をしていた。

 


 

「はぁっ…はぁっ、はぁ…!!ーー疲れた!!心底そう思うぞ、アグネスタキオン!!」

 

「クク、会長はお優しい。勝利したのは君だというのにね。」

 

「だがハナ差…いや、ほぼ同着だっただろう。全く末恐ろしい。しかし君を手放さねばならんとは、損失が過ぎるな。心変わりの兆しは?全く無いのか?」

 

どうやら皇帝がアグネスタキオンと走ったのはレースの情熱でも呼び覚まそうとする為のようだ。だが尚人は分かっていた。確実にそれだけじゃ無いと。

 

「もしや、生徒会長の君が出張ることで学園に愛着でも持たせようと?だとすれば残念、失敗だ。私の心は変わらないよ。」

 

「そうか…それは、彼の話を聞いてもなお、か?」

 

「ん?彼…?」

 

「…ふふ。」

 

顔を手で隠す。こうでもしないと笑っているのが周りにバレそうだからだ。身体の震えが止まらない。恐らく皇帝の本当の目的は尚人をこうすることだろう。

 

(…ハハハハハ!!こりゃやられたな…良いぜ皇帝。乗ってやるよ。後悔するなよ!!)

 

他のトレーナーが見ても似たような状態になるだろう。だが尚人は違う。他のトレーナーは『レースに勝たせたい』『もっと強くさせたい』と思うところだが、尚人の感情はもっとシンプルでもっと純粋だった。

 

『面白そうだ。』

 

ある意味ではトレーナーとして失格なその感情を尚人は抑える事が出来なかった。

 

「…ふぅン?君、どうしたのかなその目は。随分とーー狂った色をしているが?」

 

先程見てしまったアグネスタキオンの走りが、頭から離れない。だが彼女は、『可能性の果ては遥か彼方だ』と言った。アグネスタキオンはーーもっともっと、速くなれるというのだ。それを全力で追う彼女を助ける道…これが面白く無い訳が無い!!

 

(俺も見てぇよ…君が限界すら置いていく姿が!!)

 

「こら、勝手に呆けるな!まさか、『スカウトしたい』とでも言うつもりか?おいおいよしてくれ、これ以上研究を遅延させるつもりはないんだ。」

 

そう、アグネスタキオンはまともなトレーナーなど求めていない。日々のトレーニングでさえ、彼女にとっては研究の一環なのだから。その部分が周りのまともなトレーナーを近寄らせなかったのだろう。だが…彼は、まともでは無かった。

 

「この間の薬…持ってるか?」

 

「急になんだ君は。あるけど。」

 

そう言って取り出してくれたアグネスタキオンの手から、かなり怪しい色をしているその薬を奪い取りーー

 

「えっ。おい、君!?」

 

3本すべてを、一気に飲み干した!!

 

(さばの味噌煮缶にデスソースとレモン汁を大量にかけた後真っ黒になるまで焼いたような味だ…ようするにスゲー不味い!!)

 

「ぁぁ!不味い!!もう一杯!!」

 

そう言って空になった試験管をアグネスタキオンの前に出す。

 

「…驚いた。いや、驚いたな…クッ、クク…アッハッハッハッハッハッハッハ!そんな勢いよく被験体になるやつがあるか!?しかも不味いと言っておいてもう一杯とは!!まるでモルモットだな、君は!!」

 

「好きにしな、実験動物(モルモット)でも構わねぇ!!薬や実験の被験者くらい喜んでやってやる!!」

 

「ーーふぅン?なかなか愉快なことを言うじゃないか。実験動物でもいい?人権を放り捨ててしまって本当にいいのかな?クククッ!…何が、君をそうさせた?」

 

ここが恐らく立ち止まれる最後の機会だろう。この質問に返答したら尚人はアグネスタキオンの実験動物(モルモット)になってしまう。そんな警告が聞こえても、尚人の感情が止まることは無かった!

 

「決まってるだろ、アグネスタキオン。君が言う"果て"…それを俺も見たくなったのさ。それ以外の理由が要るか?」

 

「ふぅーーーーーーン…。」

 

「俺はここに来て1ヶ月もない新人だ。それでも良いなら…俺に、君を担当させてくれ。」

 

かなり久しぶりに頭を下げた。これ以上の交渉材料は無い。断られてしまったら素直に立ち去るしかないだろう。

 

「言葉は月並み。だが狂気の虜…か、クックックックッ。ならば決まりだ、行くとしようか。」

 

「…何処へだ?」

 

「察しが悪いなぁ君は。職員室に決まっているだろう。担当トレーナーがついたというのに退学なぞしていられるか。」

 

「ということは…!!」

 

「ククッ、君の扱いはモルモット、あるいはそれ以下だがね。それでもよければ来るといい。誰も辿り着き得なかった"果て"を、私が見せてやる。」

 

こうして、二人の"狂気"は担当ウマ娘とトレーナーという契りを結んだ…

 

「…フム、いや待て。せめて症状が収まるまで待とう。無用な混乱や誤解を生んでしまっては面倒だからね。」

 

「え?症状?」

 

「気づいていないのか?…君、発光しているぞ。黄緑色に。」

 

「…あっ!!そういえば前そんな事言ってたな…」

 

この日から尚人には『発光人間』というあだ名がついたという…




『アグネスタキオン』
スピード 82 G+
スタミナ 76 G+
パワー 76 G+
根性 79 G+
賢さ 87 G+
所持スキル 『introduction:My body』『根幹距離○』『好位追走』『束縛』


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第七話 「修羅、準備する」

本来アプリでは1月前半から開始なのを4月前半からになってるのでバリバリショートカットしていきます。
桐生院のキャラはまだ掴めてないのでキャラ崩壊起きてたらすみません。


トレーナールーム

 

「おや尚人さん。どこのチームで勉強させて貰うかは決まりましたか?」

 

「あー…その事なんだけどなたづなさん…俺個人でトレーナー契約結ぶことにしたわ。」

 

ザワザワ…

 

周りの他のトレーナーの視線が一気に尚人に向けられる。「新人が大きく出たな、ウマ娘の脚に泥でも塗ったらただじゃおかないぞ?」という感情が籠ってるのが分かる。

 

「それでどなたを担当するのですか?」

 

「アグネスタキオンだ。もう許可は取ってある。」

 

そう言った瞬間周りの視線が消えた。おおよそ関わったら実験台にされると思われたのだろう。

 

「そうですか…アグネスタキオンさん!?彼女には退学通告が出てた筈では?」

 

「蹴った、『担当トレーナーがついたというのに退学なぞしていられるか。』だってさ。まぁ俺の扱いは実験動物(モルモット)以下だけどな。」

 

周りから可哀想なものを見るような眼で見られる。まぁ彼女の走りを知らないとそういう反応になるのは必然的だろう。

 

「…大丈夫なのですか?」

 

「肉体にはかなり自信があるから問題無い。そういう訳でトレーナールームの用意を頼みたいんだが。」

 

「分かりました、すぐに手配しますね。」

 

こうして本格的にアグネスタキオンとの研究の日々が始まった。

 


 

翌日 トレーナールーム

 

「さてアグネスタキオン…長いからタキオンで良いか?」

 

「別に構わないよ、モルモット君。」

 

「おう…んじゃタキオン、今回は今後の予定について話そうと思ってる。最初に言っておくが俺が行うのはあくまで提案だから気に食わなければ遠慮無く文句言ってくれ。」

 

タキオンの性格を考えるとああしろこうしろと言うのは愚策だろう。まぁ無謀な事を言ったら警告はするが。

 

「ふぅン?あくまで最終決定権は私に預けるということだね?」

 

「そういうことだな、取り敢えず今のところは6月のメイクデビューまでは調整かな…と考えてる。」

 

とは言うものの今は4月の前半…あと2ヶ月と少ししか時間が無い。それまでにトレーニングと研究とウイニングライブの練習を平行して行わなければならないのは少々厳しい…

 

「異論は特に無いよ。練習内容も君に任せよう。」

 

「OK…適正とかも考えて決めないとな…」

 

尚人はタキオンのトレーナーとなる事を決めた時からウマ娘の能力を見るのが更に上手くなっていた。具体的には練習や距離、作成の得意不得意とスキルと呼ばれるレース中のみ発動する特殊な能力。更にウマ娘のコンディションが分かるようになったのだ。

 

(ダートは大の苦手だから基本レースは芝で良いとして…マイル以下の距離も苦手だから避けるべきか…練習はスピードと根性が得意っぽいからそれを重視して…)

 

「…よし、取り敢えずフィットネスバイク使うか。」

 

「モルモット君?上位の器具やトレーニングはある程度トレーナーとしての経験が無いと使用権限が降りなかったと記憶しているが?」

 

中央トレセンではトレーナーとしての能力も段階的に見られており、高く評価されるとより高い効果を期待できる器具などの使用許可が降りたりするシステムが採用されている。無論尚人は新人なので評価はほぼ無いと言って良いだろう。

 

「理事長に頼み込んだ。時間が無いのにプライドなんか守っていられねぇよ。使い方は熟知してるしな。」

 

「ふぅン?よく通ったねぇ…」

 

「誠意と熱意でごり押した。んじゃ時間もねぇし行くか、着替え終わったらジムで集合な。」

 

「分かったよ。」

 

そうして尚人はトレーニング用のジムへ向かう。

 


 

トレーニング用ジム

 

「さて、10分もあれば来るか…?」

 

そう言って壁際に移動してると、かなり重そうなダンベルを持ち上げてる女性の人間が居た。

 

(あれは確か同期の…)

 

「…あっ、貴方は確か濱田トレーナー?」

 

「ああ、どうも桐生院トレーナー。」

 

彼女は桐生院葵(きりゅういんあおい)。トレーナーの名家、桐生院家に産まれたエリートトレーナーだ。知識とかはかなりあるが経験不足が目立つと噂を聞いたことがある。

 

(…レベル21…かなり運動神経は高いな…)

 

「濱田トレーナーは何故ここに?」

 

「担当のトレーニングは今回ここでやろうと思ってな。着替え終わるのを待ってるんだ。」

 

「そうなのですか、私はミークのトレーニングを試してました。」

 

…今桐生院は担当ウマ娘のトレーニングを試してたと言っていた、どういうことだ?人間の筋力じゃウマ娘にとっては大人と子供のようなものだろう。

 

「…筋力に自信があるのか、俺も身体は鍛えてるからな…」

 

「そうなのですか、そちらも頑張って下さいね。」

 

「ああ、そっちも頑張ってな。」

 

そんな話をしていたらタキオンが来た。

 

「待たせたねトレーナー君。」

 

「おう来たか。んじゃ始める…前にこれを渡しておこう。」

 

そうして尚人は靴とチョッキを置く。

 

「これは?」

 

「だいたい10kgくらい重りをつけた靴とチョッキだ。鍛えるのに使えるかなって、使うかは好きにしな。見た目からサイズを割り出したからかなりズレてるってことは無いと思う。」

 

高負荷を短時間かけて鍛えるよりも低負荷を毎日かけて鍛える方が効果は高いだろう。まぁウマ娘からしたら軽すぎる可能性もあるが。

 

「ふぅン…悪いがこれは却下だ。」

 

「…そうか、分かった。これはしまっておくよ。んじゃ早速トレーニングしようか。」

 

(何故か断られた…実験や研究する時に邪魔になるからとかか?別の方法を考えないとな…)

 

そんな感じに疑問は胸の中に放り込んでトレーニングを見る。なかなかの効果を生んでいるようだ。

 

(このペースでいけるなら多分メイクデビューは余裕だな…多分ハプニング起こるけど、人生一度で上手くいくことねぇしな。)

 

尚人はまだ知らない、ウマ娘という種族にとある重大な欠点があることを…




『桐生院葵』
尚人と同じ年に入ってきた新人トレーナー。トレーナーの名家桐生院家に産まれてきたので知識とかは叩き込まれてる。身体能力が素晴らしく、パルクールが得意。


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第八話 「修羅、変身する」

今回からオリジナルウマ娘のタグを増やします。レースシーンをカットするかで悩みましたが、取り敢えず次回に書いてみて、あまりにも酷い出来なら大きなレース以外はカットの方向でいこうと思います。タキオンのステータスが足りてるか不安ですね…『こんなステータスで勝つのは無理だろ』状態かどうか判断出来ないので…


時間はあっという間に過ぎ去って5月前半、人間の慣れとは恐ろしいもので最初は身体が光る度に動揺していた尚人だったがその程度ではもう驚かなくなっていた。今日も予定の練習が終わったのでタキオンが使っている実験室で実験動物(モルモット)になっている。

 

「モルモット君、今日はこの薬を飲みたまえ。」

 

「おう、いただきます。」

 

そう言って尚人はタキオンお手製の薬を一気飲みする。

 

(相変わらず味は最悪に近いな…奴隷時代に食わされた泥と残飯のミックスみたいなのと比べたら旨いが。)

 

「さて…反応はあるかな?」

 

飲んで少しすると身体が光り始めて…

 

ボンッ!

 

「うわっ!!…ゲホッ…ゲホッ…モルモット君…?」

 

急に煙が暴れ出た。

 

「ゲホッ…ゲホッ…取り敢えず、換気するぞ…」

 

窓を開けて煙を追い出すとそこには…

 

「あれ…俺声変わって…」

 

「モルモット君…なのかい…?」

 

「あ?何言ってんだ?俺は…え?」

 

青鹿毛の髪や尻尾がボサボサで右耳に切れ込みが入っているウマ娘が立っていた。 

 

「相っ変わらず現代科学で証明出来ねぇもん作ったなぁ…」

 


 

「…で、本当にモルモット君なんだね?」

 

取り敢えず情報を整理することにした。タキオンには分からないように調べてみたがDNAは完全にウマ娘になっている。因みに右耳に切れ込みが入っているのは恐らく奴隷時代の影響だろう。

 

「ああ、俺は濱田尚人。それは変わってない。」(本来ウマ娘のステータスの限界値である1200を余裕で超えてたりウマ娘が手に入れるのが無理そうな頭のおかしい効果のスキルを持ってるのはスルーしとこう…余計ことが拗れそうだし。)

 

「ふむ…一体どういうことなんだ?流石の私でも少々予想外だぞ…?」

 

「ちょっと待て狙ってやった訳じゃねぇのかよ。一生このままは少々困るんだが。」

 

ただでさえ力加減が苦手なのにウマ娘になったことでパワーが更に上がっている。そこが一番の問題だ。

 

「まぁ予め解除薬は用意してるさ。」

 

「それなら良かった、せっかくだし今日くらいはこのままでも良いかな…」

 

「それならウマ娘用の薬を試して貰おうか!」

 

「了解っと…尻尾の感覚が慣れねぇな…」(脚もなんか弱くなってる気がする…気のせいか?)

 

昔転生した時に獣人になったこともあるのである程度は慣れている尚人も、ウマ娘になるのは初めてだった。

 

「よし、切り落とすか。タキオン、押さえといてくれ。」

 

何を言ってるんだい君は!?

 

「いや感覚慣れねぇしジーンズに絡まって気持ち悪いからいっそ切り落とそうかなって。」

 

多少血が出るかもだが…恐らく問題は無いだろうと考えていると、タキオンが必死に止めてきた。

 

「バカなのかいモルモット君!?ウマ娘が尻尾を切り落とすということは自身の骨を切り落とすのとほぼ同等のことなんだよ!?」

 

「そうなのか…ならやめといた方が良さそうだな…」

 

「全く…ビックリしたよ…」

 

「HAHAHA…そうだ!タキオン、制服の予備って持ってるか?」

 

「一応持っているが…何に使うんだい?」

 

「スパイ活動。」

 

尚人がウマ娘になれるようになったこと、ウマ娘になれる薬をタキオンが製作したことを知っているのは今この部屋に居る二人だけなので、トレーナーとして手に入れにくい情報も、一生徒としてなら入手出来るかもしれないと考えたようだ。

 

「なるほど…悪くない考えだね。ただ、その背格好だとOBとして動いた方が自然そうだねぇ。」

 

「なるほど…よし、この姿の時は俺のことを『ファーザーモア』と呼んでくれ。中央トレセン卒業生の一人という設定でな。」

 

「『ファーザーモア』…どういう意味なんだい?」

 

「尚、その上、更にって意味がある。俺の名前から取った。」

 

「ふぅン?良いだろう。この薬はストックしておくよ。」

 

「助かる。」

 

こうして『ファーザーモア』はこの世に誕生した。

 


 

6月前半 トレセン学園 ダンススタジオ

 

「今日はウイニングライブの練習をやろうと思う。『ウイニングライブを疎かにする者は学園の恥』って皇帝が言ってくるしな。」

 

「ふぅン?モルモット君は踊れるのかい?」

 

「正直ほぼ未経験だ、だから講師を呼んだ。どうぞ。」

 

そうして講師として呼んだウマ娘が入ってくる。

 

「テンカムテキノテイオーサマダ!!」

 

彼女はチームスピカ所属のトウカイテイオー。脚の柔らかさからくる独特の足取りはテイオーステップと言われていて、トレセン学園内で一番歌やダンスが上手いと噂で聞いたから教師を頼むことにした。

 

「トウカイテイオー君か、興味深いね…」

 

「今回は宜しく頼むよ。」

 

「ヤクソクハマモッテヨネ!!」

 

「ああ、XLサイズのハチミーとかいうドリンク十杯だろ?一杯3000円って高いよな…」

 

現在の所持金 4億6485万3400円

 

「ソレジャシッカリツイテキテネ!!」

 

そうして尚人とタキオンはトウカイテイオーからウイニングライブの基本を習った。これで踊れなくて恥をかく心配は無いだろう。

 


 

阪神競馬場 ウマ娘控え室

 

そんなことがありながらも6月後半、遂にメイクデビューである。

 

「いよいよメイクデビューだな、タキオン。お前の実力なら余程大きなミスをしない限り勝利は確実だ。頑張れよ。」

 

「モルモット君こそ、しっかりとデータを取っておいてくれたまえ。私の研究の為にもね。」

 

「ああ、無論だ。頑張ってこいよ。」

 

そう言って尚人はタキオンを見送った。いよいよ超高速を見せつける時が来た…




『トウカイテイオー』
チームスピカに所属しているとても速いウマ娘。身体の柔らかさからくる走りが売り。ハチミツドリンク、通称ハチミーが好物でゲーセンのダンスゲームで1位になってるらしい。

『ファーザーモア』
濱田尚人がタキオンの薬の効果でウマ娘になった姿。
ステータスが2000を超えていたりスキルが頭のおかしい効果だったりバ場適正や適正距離が超万能な完全チート状態なウマ娘。(但しレースに出ることは無い)

『アグネスタキオン』
スピード 122 F
スタミナ 105 F
パワー 96 G+
根性 113 F
賢さ 95 G+
所持スキル 『introduction:My body』『根幹距離○』『好位追走』『束縛』


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第九話 「修羅、困惑する」

何とか形にはなりましたが、スキルをどう表現するかでかなり悩みました。次回はヤベーイ記者を出したりする予定です。


「注目の1番人気、1番アグネスタキオン。」

 

「良い仕上がりになってますね。好レースが期待出来そうです。」

 

今回のレースは9人。ステータスを見てみたが、油断しなければ勝てる相手だ。

 

(今回の作戦は一番適性が良い先行だ。距離も2000mだし問題は無い。)

 

タキオンの脚質はメインが先行、サブが差しになっている。距離適性は中距離…2000m~2400mがメインで遠距離…2400m~3200mがサブになるだろう。

 

「まぁ勝負は最後まで分からんから、油断せずにいって欲しいな。」

 

「続いて二番人気を…」

 


 

出るウマ娘の紹介も終わり、いよいよレースである。

 

(今回タキオンの番号は1番。内側だし場所としては最高と言って良いだろう。スタートミスるなよ…)

 

「ゲートイン完了、出走の準備が整いました…スタートです。」

 

全員大きな出遅れも無く、無事にレースが開始される。

 

『根幹距離◯』発動!

 

「各ウマ娘、綺麗なスタートを切りました。」

 

「誰が先頭に抜け出すか、注目しましょう。」

 

現在はほとんど横並びになっていて、逃げを選択した4番と6番が少しだけ抜け出し始めてる感じだ。

 

「先行争いは4番と6番。期待どおりの結果を出せるか?1番人気、アグネスタキオン!」

 

現在は4番、6番が逃げていて、それをタキオンが追いかけてる状況だ。その後ろを3番と8番が追っていて、残りやすいは脚を溜めている。

 

「焦るなよ…まだ序盤だからな…」

 

「先頭は4番、快調に飛ばしていきます。それを追いかけるように6番。大きく離されて1番アグネスタキオン。3番と8番、追いかける。」

 

そろそろ第1コーナーに差し掛かる頃だ、距離にして500m通過くらいだろう。逃げの二人とタキオンには4バ身程の差がある。

 

「さぁハナに立ったのは4番!このままリードすることは出来るか!2番手の位置で先頭を伺うのは6番!そして外めをつきましては1番アグネスタキオン!内から内から3番!その外並んで8番!あとは2番!少し離れて5番!」

 

『好位追走』発動!僅かに疲れにくくなった!

 

『好位追走』の効果で多少タキオンのスタミナ消費が押さえられながら、現在第2コーナーが終わりかけて、もうすぐ直線になる。

 

「4番、先頭を進みますが、これは正解でしょうか?」

 

「4番、彼女の脚質にはあってますね。」

 

(さて直線…向こう正面だ。俺ならここから多少ペースを上げ始めるかな…いやそれは悪手か?)

 

「向こう正面に入って先頭からシンガリまでおよそ8バ身。順位を振り返っていきます。依然として先頭は4番。並ぶように6番。3バ身開いて1番アグネスタキオン。更に2バ身開いて8番。それを見るように3番。そして外めをつきましては2番。追いかけるように5番。その後ろに9番。そのあと7番。」

 

後ろの方はもうバテてきてるし、抜かされる心配はあまりしなくて良さそうだ。それよりも4番と6番、あの二人はまだ差がある。残り800mほどだが間に合うか…?

 

「意気揚々と先頭を行きます4番!どうでしょうこの展開?」

 

「掛かっているかもしれません。息を入れるタイミングがあれば良いのですが。」

 

「第4コーナーを曲がって直線へ向かう!」

 

「ここからスパート!一気にレースが動きます!」

 

600mを切り、最後の直線に入っていく。解説が言っていたとおり、ここから追い込みをかけるのが定石だ。例に漏れずタキオンもここでスパートをかけるが…

 

(…?ステータスから想定した速度より若干遅いか…?どういうことだ?)

 

ウマ娘のステータスが見えている尚人からしたら、想定よりもタイムが若干遅かった…

 

「1番アグネスタキオン!ここで追い抜いた!現在先頭はアグネスタキオン!アグネスタキオン!完全に抜け出した!どんどん差が開いていく!200を通過!」

 

(…この事はこっちでもう少し調べてから伝えても遅くねぇだろ、もし間違ってたら怒るだろうしな…それよりも今は勝ったあとの事を考えながら記録だな。)

 

ぐんぐん周りを突き放してタキオンは進んでいく。そして今、3バ身の差を開いてゴール板を蹴った。

 

「1番アグネスタキオン!強いとしか言えない走り!次のレースが今から楽しみです!1番アグネスタキオン!見事に完勝!メイクデビューを制しました!2着は6番!3着は4番!」

 

「…よし、記録完了。タキオンのところに行くか。…ん?」

 

「あの子、アグネスタキオンっていうの?すごかったわね!」

 

「ああ、才能を感じる子だ…!あの子はきっと伸びるぞ!」

 

「…こりゃ責任重大だな…!!」

 

アグネスタキオンの見せた輝きは、会場中の注目を集めていたーー!

 

そうしてライブを見届けたあと、タキオンの元に向かっていく。

 


 

見送り場

 

「フー!こんなものかな!」

 

「…いい走りだったぞ、タキオン。」

 

「おやおや、トレーナー君!相変わらず純粋無垢なモルモットたる瞳だね!」

 

心の中で(俺が純粋無垢な訳ねぇだろ)とツッコミながら、話を聞く。

 

「HAHAHA…マンハッタンカフェから聞いたけど、紅茶派なんだってな?しかも結構な甘党。一応淹れてきたけど要るか?」

 

「ああ、ありがとうモルモット君…と、そんなことより、君に伝えたいことがあるんだった。デビュー戦は無事に終えた。ひと息つくより、大切な報告がある。わかるだろう?」

 

(…次のレースの話か?それとも実験か?)

 

「研究が煮詰まっていてね、早々に帰らなければならないのだ。ということで、私はこれで。あ、取った記録は後で送っといてくれたまえ。」

 

そういうと彼女は、あっさりとその場を後にした…。

 

(…うん、分かってた。)

 

デビュー戦を経ての感想はともかく、今後の展望についての話にも、一切触れることなく去った彼女だったがーーとはいえ、世間から注目を浴びるウマ娘の1人になったことは事実だった!

 

スピードが3上がった!

スタミナが3上がった!

パワーが3上がった!

根性が3上がった!

理事長との絆が少し深まった!

 

「千里の道も一歩からって言うし…焦らず行くか、うん。」

 

大きなトラブルもなく、メイクデビューを制したタキオンと尚人。タキオンはこれまで通り研究を続け、尚人はタキオンの手綱を握りながら、違和感の正体を探っていく…




『アグネスタキオン』
スピード 125 F
スタミナ 108 F
パワー 99 G+
根性 116 F
賢さ 98 G+
所持スキル 『introduction:My body』『根幹距離○』『好位追走』『束縛』


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第十話 「修羅、驚愕する」

ジュニア期のやることの少なさと自身の原作知識の少なさに頭を悩ませながら書いてます。あと理事長のURAファイナルズ開催発表がかなり遅れましたね…知識の少なさから来たミスです。
あと今回巻けそうなところは巻いてます。


危なげ無くメイクデビューを制し、一つ駒を進めた二人。その事について取材を受けてもらいたいと理事長から言われたので、二つ返事で了解した。

 

「さて、そろそろ記者が来るな…どんなのなんだろ?理事長が言うには熱意があるらしいが…」

 

「失礼します。」

 

「あ、取材申し込んできた記者さんですか?」

 

「はい。初めまして、本日取材させていただきます月刊トゥインクルの乙名史(おとなし)悦子(えつこ)と申します。本日は宜しくお願いしますね。濱田トレーナーさん。」

 

そう言って名刺を差し出してきたので受け取りこちらも名刺を渡す。

 

「これはご丁寧に。タキオンのトレーナーをしてる濱田です。本日は宜しくお願いします。」

 

「普段通りで構いませんよ?敬語も使わないで結構です。」

 

「そう?ならお言葉に甘えて…」

 

そんな感じで取材がスタートした、最初は簡単な質問だったので無難な感じに答えておく。

 

「…なるほど。つまり、貴方のトレーナーとしての役割はーー」

 

「担当ウマ娘が夢を掴む手伝いをすること…かな。」

 

「…。」

 

急に乙名史記者が豆鉄砲を食らったように止まる。そして尚人の方をじっと見ている。

 

「…乙名史記者?どうしたんだ?」

 

「…す。」

 

「す?」

 

「す…す、す…!!素晴らしいです!!」

 

「!?」

 

フリーズしていたかと思ったら急に立ち上がり大きな声で叫ぶ。その行動に思わず尚人は動揺した。

 

「ご担当のウマ娘に夢を掴ませる!その手伝いをする!そう仰いましたね!?」

 

「え、えぇ…確かにそうですが。」

 

あまりのテンションの上がり具合に思わず敬語になる。それほどに尚人は圧されていた。

 

「つまりそれは、夢を掴ませるためならすべてを受け入れるということっ!!トレーニングを頼まれたらいつでも付き合い、レースの後の疲労回復は名湯巡り、水が飲みたいと言えば、山まで汲みに行く!ああ…トレーナーさんのお覚悟、とても…とても感服いたしましたぁ…!」

 

「そ、そうですね。」

 

そんなことこれっぽっちも言っていないが、実際頼まれたら温泉に連れて行ったり、山の水汲みくらいは余裕で出来るので頷いておく。

 

「上々ッ!早速取材が始まっているようだな!」

 

そう言って理事長が入ってくる。

 

「あ、理事長。お疲れ様です。」

 

「うむッ!どうだ!このトレーナーはなかなかの逸材だろう?」

 

「ええ、ええ!私、初対面ながら取り乱すほどに感服いたしました…!」

 

「果たしてあれを取り乱すなんて生温い説明で良いのだろうか?」と思ったが黙っておく。余計事が拗れそうだ。

 

「ウマ娘のためであれば、たとえ嵐の中にさえ飛び込んでいく覚悟がおありになるとか…!」

 

「言ってねぇよ?まぁそれくらいならやるけど。」

 

「重畳ッ!!さすがだな!それでこそ、スターウマ娘候補のトレーナー!」

 

そのあと2、3問質問された後、取材は終わった。少々人の話を聞かないところはあるが、理事長の言っていた通り、とても熱意のある記者だった。

 

(つーかこの世界人の話聞かない奴多すぎだろ…それとも俺が会った事ある奴が人の話聞かない奴ばっかなのか…?)

 


 

数日後

 

朝にスマホを確認すると理事長からトレーナー及び学園所属のウマ娘全員へメールが届いていた。内容は『伝令ッ!本日13:30より緊急の会見を行う!!会見後に全校集会を行うので全員体育館に集合すべし!!』だった。

 

「理事長…?なんだろ、あの時言ってた企画の説明とかか?」

 

タキオンの性格を考えるとたとえ来るように言ってもほぼ確実に来ないと思われるが、念のため伝えておき、会見をスマホで視聴する。そこで理事長が言ったことは…

 

「提言ッ!トレセン学園理事長の名において、ここにーー新レース、『URAファイナルズ』の開催を宣言するッ!!!」

 

会場、そして学園中にざわめきが巻き起こる。が、それを気にも止めずに理事長は詳細を説明する。

 

「『URAファイナルズ』とは、言うなれば『全てのウマ娘にチャンスを与えるレース』。あらゆるウマ娘が、己の全力で以て、頂点を!最強を!トップの座を!!競うことができるレースなのだッ!!!」

 

周りのざわめきが大きくなる、あと乙名史記者は相変わらず人が変わってる。

 

「チャンスを…トップの座を…あらゆるウマ娘が…!!…ふ。ふふ。ふふふふふふっ…!!はぁぁぁぁっ…!これは、面白いことになってきましたぁ…!」

 

その後、今度は体育館で学園関係者に向けた説明を聞く。内容は大雑把に分けて4つだった。

全距離、全コースでG1レベルのレースになる『URAファイナルズ』を行うこと。

参加するには多くのファンを得てスターウマ娘にならなければいけないこと。

それぞれの距離などで予選、準決勝、決勝としてレースを行い、1着を取ったウマ娘とトレーナーには『初代URAファイナルズチャンピオン』という最高の名誉を与えられること。

開催予定日は3年後だということ。

これらを聞いて流せるような者は居なかった。いつの世も知的生命体は一番という言葉に弱いのである。無論尚人もその一人だった。

 

「…狙うなら芝、中距離かな…ファン集めは…ファンサービスはタキオンの性格的にキツいか…?」

 

頭の中で考えていた今後の予定を更新し、どうやってタキオンをスターウマ娘まで育て上げるかを考える。そんなことをしていたら集会は終わってた。

 

「あ、もう終わってた。タキオンの元に行くか。」

 


 

「というわけでタキオン、このURAファイナルズは恐らくデータを得るには最高の機会だと考えられるんだよ。」

 

「そうかい。URAファイナルズに出走するには、ファンを集める必要があるが…どうやって集めるんだい?」

 

「クラシック三冠を取る。ただこのままじゃファン不足で最初の弥生賞にも出れないからその前にホープフルステークスも出走したい。」

 

クラシック三冠…G1レースでも特に強いウマ娘が出ると言われる『皐月賞』『日本ダービー』『菊花賞』を制覇したウマ娘に与えられる称号だ。これを取ればスターウマ娘に大きく近付けるだろう。

 

「ふぅン…『ホープフルステークス』に『皐月賞』『日本ダービー』『菊花賞』を見据えて…最初の目標は『ホープフルステークス』か。なるほど?しかしメイクデビューの次がG1レースで、その後の目標がクラシック三冠とは!随分とまあ、強気だね?」

 

聞いてくれてはいるが、どこか乗り気じゃなさそうだ。やはりこの前の違和感が原因か?

 

「フ、期待を寄せるのは君の勝手だ。否定はしないよ?このローテーションも、まぁ、君の思い描く未来にマッチしていると思うしね。目指すのは構わない。ただし、この通りのレースに出る約束は出来ない。出るかどうかは自分で決めるよ。1番の目的は研究だからね!無駄なことに使う時間はないのさ。」

 

「そうか…ま、最悪ドタキャンされても説教したりしねぇから。理由は聞くけど。」

 

そんなこんなで、次に出るレースの予定が(一応)決まった。果たして上手くいくのだろうか…




『乙名史悦子』
月刊トゥインクルという雑誌を担当している記者。ウマ娘に関する知識はその辺のトレーナーよりも高く、熱意がよく分かる。興奮すると人の話を聞かなくなるのが玉にキズ。


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第十一話 「修羅、苦悩する」

今回からかなり原作改変が加速します。閲覧の際はご注意ください。あともう既に後書きに書くことがネタ切れを起こし始めてるので所持品とかについてとかを垂れ流そうと思います。不評ならやめますが。


化物を超えた肉体を持つ誰か以外は燦々と降り注ぐ紫外線とその結果上がっていく気温を恨みそうなとある夏の日。そんな化物こと濱田尚人は悩んでいた。

 

「タキオンの成長のノビが落ちてきてる…」

 

当たり前だが人もウマ娘も成長スピードは一定では無い。早熟か晩成かと色々差がある。

それでもなお異常と思わせるのは、尚人のこれまでの経験が成せる技だろう。

 

「…今度脚触らせて貰うか。そうすればすぐ分かる。」

 

そんな感じで久々の休みを家で朝食を食べながら仕事の事を考えて半日潰す。

 

「あ、もう昼過ぎてる…丁度良いし夕食の材料でも買いに行くか。」

 


 

商店街

 

「夕食何にするかな…」

 

中央トレセンの近くにある商店街に尚人は来ていた。ウマ娘が良く来るらしくいつも賑やかで、しかもその辺のスーパーよりも食材などが安く買えるので結構な頻度で来るのだ。

 

「おや、トレーナー君じゃないか。」

 

「あ、タキオン。休日に会うのは始めてだな。」

 

「そうだねぇ…もしや荷物持ちをしに来たのかい?ククッ、感心感心!存分に働きたまえ。」

 

「俺夕食の買い物に来たんだが…まぁ別に良いけど。」

 

そんな事もあり、タキオンの買い物に付き合うことになった。

 

「トマト一つで、そこそこの栄養が摂取できるが、それでも足りないのがこの体の不便なところだな。トマトと…あとはサラダ用の蒸されたチキンも3つ買おう。たんぱく源がなければ筋肉機能の成長は見込めない。ああ、面倒だ。全てサプリメントで賄えれば、時間もムダにせず一瞬で済むというのに。」

 

「サプリじゃ味気なさ過ぎないか?」

 

「おいおい、食事とは不足している栄養を補うための行為だよ?大方の栄養素は、生で食べても体内に入る。リコピンなどは、加工品の方が多く摂取できるがね。料理なんてしてられないし、私は普段、買ったものを適当にミキサーに放り込んで飲み干してるよ。」

 

…この言葉を聞いて、尚人の思考は一瞬停止した。尚人にとって食事はかなり重要なものだ。贖罪者として生きている尚人はボーッとする時間があったりすると色々と嫌な事を考えてしまう。だが食事の時は忘れられた。というか考える暇が無かった。昔はタキオンと同じ栄養さえ補給出来れば良いという考え方だったが、今は楽しむことが必要だと理解している。

 

「経口から補給するだけの行為に、余分な手間を取られたくない。時間は有限なのだよ、トレーナー君!はぁ。カフェテリアが年中無休で営業していれば、こんな面倒なことをせずに済むのになー。」

 

「…俺が作ろうか?こう見えて独り暮らしだから料理には多少自信がある。」

 

「君が食事を?ハハッ!献身的と言うべきか、従属的と言うべきか。これまでの実験を経て、尽くすという行為が私へのアディクションとなっている可能性も否定できないな。ククッ、いいだろう。私の時間が奪われるわけでもなし、悪くない提案だ。わかった、夕食は君に任せてみよう。遠慮なく尽くしたまえ!」

 

「おう、任せろ。」

 

この瞬間尚人の脳内では今まで覚えてきた料理のレシピをフル回転させ、何を用意するかを考えていた。

 

(ウマ娘は普通の人間よりかなり多く食うらしいが…まぁ平均サイズ調べてその量用意すれば良いか。栄養バランスとかも考えて…年頃の女性だし見た目も拘った方が良いか?)

 

「ああ、熱量ばかりが高い偏った食事になっては困るぞ。栄養バランスを考えて用意するように。」

 

「無論だ。それじゃ俺は材料を仕入れるからこの辺で。」

 

そう言って尚人は自分とタキオンの夕食の材料を買いに行く。

 


 

数時間後 学生寮の近く

 

「こんな時間に呼び出すなんて、何の用だい?」

 

「夕食任せてただろ?ほれ弁当。」

 

そう言ってウマ娘の一食平均サイズである重箱3段を渡す。

 

(まさか平均が3段だったとは…俺の方が食ってるじゃねぇか。)

 

「おお、そういえば!研究に夢中になって、食事のことを忘れていたよ。実は少し基本に立ち返ってみてね。いわゆる光速を超える速さをウマ娘の可能性として求めるならば、4元加速量の…」

 

(…やべぇ、何言ってるのか全然分からん。今まで本読んだり独学で何とかしてたけど学校通っとけば良かったかな…)

 

そのまま数十分ほどよく分からん話を聞いて、タキオンは寮へ戻っていった。

因みに翌日に「量が多いから少し減らしたまえ」とか「箸を使うのが億劫」とか言われたが、米粒一つ残ってない弁当箱を見て尚人の頬が少し緩んだ。まぁそれ以降毎日3食用意することになってしまったが…

 


 

数日後 トレーナー室

 

「タキオン、すまないが脚を触らせて貰っても良いか?」

 

「藪から棒にどうしたんだいトレーナー君?」

 

「あー、いや。日々の練習でどんな風に仕上がってきてるか確認したくてさ。」

 

嘘である。本来の目的はタキオンの脚を確認して違和感の原因があるかどうか探るためだ。

 

「ふぅン?まぁ良いだろう、存分に触りたまえ。」

 

そう言ってタキオンは靴下を脱ぎ、素足を見せてきた。

 

「それじゃ失礼して…」

 

爪先、かかと、足首、腿…一つ一つ触れて確認した。そして確信してしまった。

 

(…耐久性が低すぎる…!!違和感の正体はこれか!!)

 

トレーナーになる時に買った本に書いてあったウマ娘の脚についてのデータ、タキオンの脚はその本のデータよりもとても力強く…そしてとても脆かった。

例えるなら…30年前のF1カーの車体に最新型のハイパワーエンジンを無理矢理積んでいるようなものだった。言うまでも無いがそんな事をすれば車体はエンジンのパワーに耐えきれず木っ端微塵になるだろう。

 

「どうだい?トレーナー君?」

 

「…あ、そうだな。良い仕上がりになってきてるな。」

 

(…普段のモルモット君とは様子が違うねぇ…まぁ良いだろう。そんな事より研究を…)

 

何故か今言うのはマズい気がして尚人は誤魔化す。だがその顔には前よりも曇りが見えていた…

 

「…よし、タキオン。今日はオフにしよう。遊びに行ったりしてガス抜きをしないか?」

 

「良いだろうトレーナー君。では実験といこう!!」

 

「了解。今日は何色の薬?」

 

「今日はねぇ…」

 

そんな感じで一時的に忘れる為に遊び…という名の実験を行う二人。だが尚人には先程判明した真実が頭にこびり付いていた…

 

(俺の力を使えば一瞬で解決出来るだろうが…確実に騒ぎになっちまう。どうするか…そういえば元理事長代理が昔怪我などを回避する為の企画を立ててたとか聞いたな。詳しく話を聞いてみるのも手か。)

 

タキオンのやる気が絶好調になった。

『広がる恐れ』を獲得した。




改造特殊警棒『エウメニデス』
機動隊が使う特殊警棒を絶対に折れないように改造した武器。慈愛の女神の加護をかけており、この武器を持っている間は敵を殺さずに無力化出来るだろう。


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第十二話 「修羅、相談する」

今回はヤベーイ不審者の登場です。次回恋愛要素出したいと思っているのですが正直自信ありません。
お気に入り登録者が100人いきました。誠にありがとうございます。


周りはすっかり暗くなり、星空が見え始める夜。尚人は会議室で人を待っていた。

 

「…失礼します。」

 

「私なんかの為にこんな夜遅くに来て下さって感謝します、樫本トレーナー。」

 

彼女は樫本理子(かしもとりこ)トレーナー。数年前に理事長がアメリカへ出張した時に理事長自ら推薦して理事長代理になった。

その時に『徹底管理主義』というものを掲げ一悶着あったらしい。その内容は『生徒の判断を「無計画」「情動的」として全て切り捨て、ウマ娘を肉体・精神その他あらゆる面で徹底的に管理して育成する』というものだった。

結局計画はとあるチームとのレースで決着を着けて頓挫&理事長が帰ってきたことで理事長代理を離任。今は前から見てたチームファーストの面倒を見てる。

 

(ランダム要素(刺激)があるから生きるのは楽しいと思ってる俺からしたら徹底管理主義は御免だが、怪我を避けるという部分だけは見習う必要がありそうだ。)

 

「それで…何故こんな時間に来るように言ったのですか?濱田トレーナー。」

 

「生徒には聞かれたくなかったから。確実に面倒な事態になる。」

 

「そうですか…」

 

「とっとと本題にいきましょう。俺の担当であるタキオンの脚は…一般的なウマ娘と比べてとても力強く、そしてとても脆いんです。」

 

ここまで聞いて樫本トレーナーは理解と困惑が混ざったような表情をする。おそらく何で分かったのかが気になっているのだろう。

 

「何故新人であるあなたがそれを?」

 

「肉体の壊れかたとかは過去の経験上理解してるから、それの応用です。で、何か対処法は?」

 

今のところ用意出来る対処法は3つある。

1つ目は尚人の本来の力を使う方法。これは一瞬でこの問題を解決出来るが絶対に怪しまれるし、彼女の今までの努力を踏みにじる行為になるから出来れば使いたくない。

2つ目はこの世界の医学で何とかする方法。一番怪しまれないのはこれだが多分それで何とか出来るならタキオンは病院に行っているだろう。

3つ目は尚人の技術をどこかの企業とかに売る方法。何か言われても金掴ませて黙らせれば良い。

 

(この中だと多分3かな…)

 

「…彼女の場合遺伝である可能性が高いのでなんとも…」

 

「…そうですか…」

 

二人は苦虫を噛み潰したような表情をしてしまう…と何故か足音が聞こえてきた。

 

「…今俺ら以外に居るのは…」

 

「…ひとまず確認してみましょう。」

 

そうして息を殺しながら扉を開けて足音がする方を見る。そこに居たのは…

 

「う~ん…流石に遅すぎたかしら…でも朝まで待てばあんし~ん、よね!!」

 

赤いボディコンスーツと白衣と仮面を見に纏い、えらく太い針を持った不審者だった。

 

「樫本トレーナー、彼女は…」

 

「不審者ですね。」

 

「紐かなんか探してきて下さい。俺が押さえておくので。」

 

「分かりました。」

 

そう言って樫本トレーナーは一度離れる。

 

「…で、不審者さん。何用でこんな時間に?」

 

「ワォ、見つかっちゃった☆でもあんし~ん、して!まだ針1本触ってないから。施術のイメトレをしてただけなのよん。ウマ娘の輝かしい未来を思いながらね☆」

 

「そうですか、続きは署で聞くから。」

 

取り敢えず脅し目的で指をポキポキ鳴らす。不審者相手なら多少強引な手を使っても文句は言われないだろう。

 

「ストップ、ストーーーップ!まずは会話をしましょ?(自称)笹針の至宝、安心沢刺々美(あんしんざわささみ)をここで失ってもいいの!?」

 

「今のところ全く問題無い。」

 

「ワォ、辛辣☆…でもこれだけは信じて。あたしはただ、ウマ娘の活躍と成功を心から願っているだけ…。そう、あなたと同じようにね。」

 

そうして安心沢は仮面越しにこちらを見る。眼は悪くないが…

 

「…残念だが見た目の胡散臭さで全部台無しになってるよ。」

 

「ホームページに寄せられたコメントも見て!」

 

そう言って安心沢はスマホを取り出し笹針関連のサイトを見せる。

『笹針のおかげで1着になれました!』『施術してから毎日がウハウハでーす♪』

そんな感じの感想がびっしり書かれていた。彼女では無い別の誰か宛に。

 

(こういうのサクラの場合も結構あるんだよな…というか誰?)

 

「ワォ、喜びの声がいっぱ~い☆…師匠宛てだけど!」

 

「師匠宛てかよ!!」

 

そんな話をしてると樫本トレーナーが長めの紐を持って来る。

 

「濱田トレーナー。持ってきました。」

 

「ああ樫本トレーナー、すみませんが今回は厳重注意で済まそうと思います。見た目は色々アレですが悪いことしそうな奴じゃ無いので。」

 

「…そうですか。分かりました。」

 

「キャー、見逃してくれるの!?話が分かるじゃなーい☆…そうだ!お礼にブスッとしてあげる!パワーアップのチャンスよ~!…上手くいけは。ワォ、あんし~ん☆」

 

「いらん。俺はパワーアップする必要無いし、樫本トレーナーは耐えられるか不安だしな。あと次からは不法侵入は辞めて正面からアポ取って来いよ。次不法侵入したら突き出すからな。」

 

「は~い、じゃ退散☆」

 

そう言って二人は安心沢を追い出す。

 

「…貴方はどうして彼女を警察に突き出すのをやめたのですか?」

 

「さっきも言いましたよ、見た目はアレですが悪い奴じゃ無いのでって。あと医療関係者と関係を持っておくのもアリだと思ったのですよ。使える手は増やしておきたいので。」

 

いくら尚人でも医療知識はまだプロよりかは下だ。もしタキオンに何かあった際にただの病院では対応しきれない場合、他に頼る場所が必要になる。そんな時は尚人よりも安心沢の方が顔が利いたりして良いだろう。

 

「優しいと思っていたらそういう事ですか…自己中心的なのですか?」

 

「他人に迷惑をかけない自己中が俺のモットーの一つなので。」

 

「そうですか…ではそろそろ私は帰りますね。お疲れ様です。」

 

「お疲れ様です。」

 

そうして樫本トレーナーは尚人と別れ、帰っていく。

 

「…本当に、これ以上パワーアップして何をするってんだよ。使い方間違えたら世界どころか何もかも滅ぼせる化物じみた力を。」

 

そう自虐するように溢してしまう。色々溜まっているのだろうか。そんなこともありながら、尚人は自宅へと帰っていく…




『樫本理子』
URAの幹部職員でチームファーストのトレーナーで元理事長代理という結構すごい経歴を持つ。昔は衝突もあったが今はだいぶ丸くなったらしい。因みに運動神経はかなり残念でレベルは2。

『安心沢刺々美』
笹針という器具を使う医学をウマ娘に勧めてくる怪しげな人間。師匠の腕は確かだが、本人は色々危なっかしい感じがする。たづなさんから逃げ切ったという噂があるが真意は不明。


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第十三話 「修羅、観察する」

普段より遅れて申し訳ありません。多分時間軸がぐちゃぐちゃになってると思いますが気にしないで下さい。チームスピカのトレーナーの名前は沖野でいきます。


長く感じた夏が終わり少しずつ気温が下がっていく9月上旬の頃、珍しく尚人は多少駆け足で実験室へ向かっていた。

 

「タキオンやったぞ!チームスピカとの合同練習の許可が降りた!」

 

「本当かいトレーナー君!?」

 

「ああ、双方に良い刺激になりそうだって。ありがてぇよな…!!」

 

「同感だねぇ、いつやるんだい?」

 

「来週だ。計測機器の調整は済ませとけよ。」

 

「分かったよトレーナー君。」

 


 

一週間後 グラウンド

 

「今日から一週間、宜しくお願いします。沖野トレーナー。」

 

「おう、宜しくな!」

 

沖野(おきの)トレーナー。強者であると同時に変わり者が集まるとかいう噂のあるチームスピカのトレーナーで、ウマ娘の脚を許可なく触る悪癖があるらしい。

 

「しかし…よく私みたいな新人の申し出受けてくれる気になりましたね。」

 

「そんな卑屈にならなくても良いだろう。」

 

「そうですかね…」

 

そんな感じで暫くトレーニングを見ていると、ふとこんな事を言われた。

 

「なぁ…運命って、お前は信じるか?」

 

その瞬間一瞬だけ、ほんの一瞬だけだが、尚人の雰囲気が変わった。まるで修羅と呼ばれたあの頃の雰囲気と殺意を纏っていて、学園に居る全ての者が悪寒を感じた。

 

「…すみませんが私の前で運命という単語は控えて貰えませんか?過去に色々ありまして…」

 

「?…ああ。」

 

そう返事する頃には先ほどまでの逃げ出したくような威圧感はなりを潜め、いつもの雰囲気に戻っている。そんな様子を見て誰もがさっきの悪寒を気のせいと思い練習を再開する…ただ一人を除いて。

 

「…なぁマックイーン。」

 

「何ですのゴールドシップさん?」

 

彼女はゴールドシップ。チームスピカに所属しているウマ娘で、中央トレセンで最も行動の予測が出来ないことで有名である。そんなクレイジーの権化みたいなウマ娘が、えらく真剣な表情で、同じくチームスピカ所属のメジロマックイーンに周りに聞こえないように小声で話しかけていた。

 

「さっきの悪寒…マックイーンも感じたか?」

 

「えぇ…もしかして貴女も感じましたの?」

 

「ああ…あの悪寒、トレーナーがアグネスタキオンのトレーナーと話してた時に一瞬だけ出たんだ…」

 

「…?どういうことですの?」

 

「距離が遠くて何を話してたのかは分からねぇ…だが、一つ分かったことはアグネスタキオンのトレーナーは何かを言われて一瞬だけだが…ウマ娘ですら出せないレベルの殺意のようなものを感じたことだけだ。」

 

「なっ…あり得ませんわ!あんな感覚、人間に出せるわけ…」

 

その続きをゴールドシップは言い重ねるように止める。

 

「マックイーン…今言ったことは他言無用な。ゴルシちゃんレーダーが反応してるんだ…あのトレーナーはヤバいもんを隠してる。何かあればすぐ逃げろ。」

 

「…貴女がえらく真剣に話すので恐らくいつもの嘘では無いのでしょう。頭の片隅にでも置いときますわ。」

 

そんな不穏な噂をしてるのをスルーして尚人は沖野トレーナーと話を続ける。

…その様子を不満げに見てる者が居た。

 

「…トレーナーさん…」

 

サイレンススズカ。異次元の逃亡者という二つ名を持つほど脚が速いチームスピカ所属のウマ娘だ。

だが他のウマ娘と比べて何処か様子がおかしい…

 

「私の方が速いのに…」

 

(…ん?あれは…サイレンススズカか。何でこっちを…違うな、これ沖野トレーナー見てるな。しかもあの目…嫉妬か?)

 

何故嫉妬の目を向けられてるのかは分からないが、そのままトレーニングを続け、この日のトレーニングは終了した。

 


 

PM6:00 トレーナー室前廊下

 

「…さて、今日は早く終わったがどうするか…」

 

珍しくタキオンの実験も無く、暇になったので尚人は彷徨いていた。どうやらタキオンは慕われてる後輩から質問責めにあっているらしい。

 

「帰って久しぶりに飲もうかね…ん?」

 

廊下の先でサイレンススズカがぶつぶつ独り言を言いながら左回転していた。

 

(…せっかくだし聞いてみるか。悩みがあるなら沖野トレーナーに報告してやろう。)

 

そう思い、耳を澄ませる。すると…

 

「…トレーナーさん…どうやったら振り向かせられるのかしら…」

 

こんな感じの内容が聞こえてきた。そして尚人は理解した。

 

(あ、これサイレンススズカは多分恋ってやつになってるな。どうしよ…俺の目的を叶えるためのヒントになるかもしれんな、手伝い出来るか交渉してみるか。何を手伝えるかはいまいち分からんけど。)

 

そう決めてサイレンススズカに接触を試みる。

 

「…トレーナーさん…」

 

「…独り言ならもう少し小さい声で言った方が良いと思うぞ?」

 

「ひゃぁぁぁ!?ア、アグネスタキオンさんのトレーナーさん!?」

 

「どーも。」

 

「その…もしかして…聞いてました?」

 

「…トレーナーさん…どうしたら振り向かせられるのかしら…ってやつのことか?」

 

超上手い声真似をしながら話す。こうした方が緊張を緩ませられるだろう。たぶん。

 

「…どうする気ですか…?」

 

「…脅したりする奴も居るんだろうが、俺の趣味には合わない。それに沖野トレーナーには恩があるしな、あの人もそろそろいい歳だし、そろそろ相手見つけて欲しいと思ってたとこだ。」

 

「…?どういうことです?」

 

「あんたのその恋路、手伝ってやる。」

 

「…いいんですか?」

 

「ああ、悩んでタイム落ちたりしたらつまらんしな。俺個人としては互いにちゃんと支え合えれば好きに付き合っていいと思ってるし。」

 

この前法律関連を調べた際に、何故か児童福祉法がかなり緩くなっていた。どうなってるんだこの世界と思ったが、どうやらウマ娘とトレーナーが恋愛関係、及び婚約関係になるのは結構ザラらしい。

 

「…ありがとうございます。」

 

「ああ、といっても何からすればいいのか俺分からんけどな。彼女とか居たこと無いし。なんなら初恋すらまだだが、それでも良いなら手伝おう。」

 

「宜しくお願いしますね。」

 

こうして、サイレンススズカの恋愛成就大作戦が開始した。




『沖野トレーナー』
チームスピカのトレーナーで、常に飴を咥えている。しょっちゅう担当ウマ娘から関節技をかけられているらしく、耐久力は人間を超えてる。因みに担当ウマ娘の為に料理を奢ったりしてるから常に金欠らしい。

『ゴールドシップ』
チームスピカに所属しているウマ娘。現在居るメンバーでは最古参で、一人だけギャグマンガの世界に生きているような行動を取る。非常に勘が鋭い。

『メジロマックイーン』
チームスピカに所属しているウマ娘。ウマ娘世界で名を知らぬ者は一人も居ない名家、メジロ家の令嬢で将来は当主を継ぐと予想される。太りやすい体質で、大好物のスイーツを我慢してるという噂がある。

『サイレンススズカ』
チームスピカに所属しているウマ娘。元々はチームリギルに所属していたが、どうやら合わなかったらしくチームスピカに移籍した過去がある。スピード狂ならぬ先頭狂の気質があるらしく、どんな時でも先頭を欲してる。沖野トレーナーに恋心を抱いている。


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第十四話 「修羅、奔走する」

就職活動などをしていたら遅くなってしまいました。大変申し訳ありません。これからも不安定になるかもしれませんが、気長にお待ちください。


トレーニング後、会議室

 

「…ということで、これからサイレンススズカの恋愛成就作戦会議を行います。チームスピカの皆さん今日は宜しくお願いします。」

 

会議室には、尚人とチームスピカのメンバー全員を集めた。沖野トレーナーは書類作成で居ない。

 

「ちょっと待って?もしかして…皆知ってたの?」

 

「少なくともスピカ全員が気付いてたぞ?」

 

「嘘でしょ…」

 

「恋してるんですかスズカさん!?」

 

そう驚くのはスペシャルウィーク。北海道から越してきたウマ娘で、食事量と脚の速さは中央トレセンでも一二を争うほどだという。

 

「…すまん、スペシャルウィーク以外はに訂正する。」

 

「…で、誰に恋してるんですか?」

 

「スペちゃん…そんな大声で言わないで…」

 

「そりゃ…トレーナーだろ?」

 

「ヤッパリゴールドシップモソウオモッテタ?」

 

「…///」

 

「話を戻そう。恋愛成就に必要なのは相手を知ることと聞く。沖野トレーナーについて知ってることを教えてくれ。」

 

そうして沖野トレーナーについての情報を纏めていく。が、大した情報は集まらなかった。せいぜい彼女とかが居ないことくらいしか分からなかった。

 

「…今分かる情報はこんなとこか。取り敢えず最悪の展開だけは無かったが…」

 

「意外と私たちトレーナーさんのこと知らないんですね…」

 

「…こうなったら、別の方法でいくしかないな。」

 

「別の方法…というと?」

 

「次のオフの時、サイレンススズカには沖野トレーナーと1日デートに行って貰う。」

 

「え!?」

 

周りから動揺と困惑が混ざったような声が飛び出してくるが無視して話を続ける。

 

「他のメンバーは後方支援(バックアップ)に専念して、良い雰囲気を作り出す。こんな感じか?」

 

「ちょ、ちょっと待てよ、展開急ぎすぎじゃないか?」

 

そんな風に待ったをかけるのはウオッカ。チームスピカ所属のウマ娘で、カッコいいものの憧れが強い不良気取りのウマ娘だ。なお同室のダイワスカーレットとはライバル同士でしょっちゅう競ってるらしい。

 

「あのな、学生生活ってのは長いようで短いんだ。最悪卒業後二度と会わない。」

 

「…っ!!」

 

「本来未成年の学生が教育者と恋愛関係になるって世間からかなり白い目で見られるか…まぁ約束を取り付けるくらいなら問題無いだろ。」

 

「…どうしてそこまでしてくれるのですか?」

 

…ここで正直に話すつもりも無かったので、尚人は本当とも嘘とも言えない内容で誤魔化した。

 

「決まってるだろ、いつかタキオンと戦う相手がそんな顔で競ってもつまらないからだよ。」

 

「…つまらない?」

 

「ああ、どうせなら最高の状態で戦って貰った方がどう考えても双方に良い。」

 

「そうだったのですか…」

 

「んじゃ、具体的なデートプランを決めようか…」

 

そんな感じで会議内容が変わりながらも話し合いを続け、準備を進める。

 


 

数日後 トレーナールーム

 

沖野トレーナーはうんうん言いながら悩んでいた。

 

「どうしたのですか沖野トレーナー?」

 

「ああ、濱田トレーナーか。実は担当達から息抜きとして遊園地に行こうって誘われてるが、今月も厳しくてな…おハナさんにはこの前借りたばっかりだし…」

 

「…10万もあれば良いですかね?」

 

「へ?」

 

「貸しますよ、金利期間担保一切無しで。」

 

そう言って尚人は机の上に10万円を置いた。

 

「いやそんなポンと渡されても!?」

 

「こういう時金が原因で断るのってトレーナーとしても男としても情けなくなりません?それにこう見えて昔結構稼いでたので。」

 

「だが…」

 

「私達トレーナーの最優先事項は何ですか?担当の為に動くことですよ?その為に必要なのが金なら、私は貸せる範囲なら貸しますよ。それにこの時期調整とかで忙しい筈なのにわざわざ誘ってくれたってことは結構良く思われてるんですよ。やり過ぎたら止めなきゃ駄目ですが、たまにはその気持ちに答えてもバチは当たりません。というか()()()()()()()。」

 

「…すまん、助かる!今度うまいメシでも食いに行こうぜ!」

 

「いえいえ、思いっきり楽しんで来て下さい。多分それが一番彼女たちに良いと思います。」

 


 

数日後 近場の遊園地

 

「いやー、晴れて良かったな!」

 

「そうですねトレーナーさん!」

 

そんな感じでスピカメンバーと沖野トレーナーは近くの遊園地に来ていた。表向きは今後の為の息抜きとして、本当の目的はサイレンススズカと沖野トレーナーを近付ける為である。

 

「どれから乗りたいんだお前ら?」

 

「トレーナーさん、もう他の皆居ませんよ?」

 

「は!?」

 

「スペちゃんは…」

 

あ!あれ美味しそう!!スズカさん!私行ってきますね!!

 

「って言って屋台に向かいました。」

 

「じゃあテイオーとマックイーンは!」

 

オオー!ゲンテイハチミーダ!

美味しそうなスイーツですわ!私ちょっと食べてきますわ!

 

「って言って甘味系の売り場に向かいました。」

 

「じゃあウオッカは!」

 

俺はスカーレットと決着を着ける!

望むところよ!かかってきなさい!!

 

「そう言ってスカーレットさんと対戦系のアトラクションに行きました。」

 

「じゃあゴルシ…は…うん、駄目か。スズカも一人で回るか?」

 

「…トレーナーさんと一緒が良いです。」

 

「お、おう…そうか。」

 

こうして二人は一緒に遊園地を楽しむ事にした。

 

「…イヤーアンナイイワケデツウジルモノナンダネ」

 

「私たちがああいう風に思われてるということでしょうか…」

 

「何でゴルシちゃんだけ理由聞かれないんだよ~…」

 


 

その後、ジェットコースターの先頭に一緒に乗ったり、コーヒーカップを楽しんだり、何故かゴールドシップがメインパフォーマーをやってるショーを観たり、今までの事を話しながらのんびり観覧車に乗ったりと楽しく濃密な時間を過ごした。

そして夕方…

 

「そろそろ戻らないと寮の門限に遅れるな…」

 

「そうですね…」

 

「ちょっとスズカはそこで待っててくれ、他のメンバー探してくるから…」

 

そう言って駆け出そうとした沖野トレーナーの裾をサイレンススズカはそっと掴む。

 

「…スズカ?」

 

「…トレーナーさん、少しだけ…二人きりになって下さい…」

 

「…分かった。」

 

二人は人気の無い場所に移動し、お互いを見る。そしてそれをスピカメンバーがバレないように見守る。

 

「…どうしたんだ、スズカ?」

 

「…トレーナーさん、その…私…」

 

(良いぞ、言っちまえ!)

 

(もう少しですよスズカさん!)

 

「私…トレーナーさんのこと、好きなんです!」

 

((((((言った!!)))))))

 

沖野トレーナーはとても動揺しており、咥えてた飴を落としてしまう。がそれを気にせずサイレンススズカは続きを話す。

 

「返事は…今は聞きません。だって今答えを聞いても…トレーナーさんは絶対に答えてくれない。立場や私たちの将来を考えて…答えてくれません。だからせめて、私が卒業して答えを聞けるようになるまで、待っていてくれませんか…!?」

 

教師と生徒の恋愛を…あまり世間は良い目で見ない。その事はサイレンススズカも分かっていた。ならせめて、待って貰う約束をし、先手を打っておくことにしたのだ。

 

「スズカ…確かにスズカの言う通りだ。今返事をしようとすると…断るしか無い。ただ、卒業後なら改めて返事を考えることが出来る。分かった、こんなおっさんで良いなら…待ってるよ。」

 

「トレーナーさん…!!」

 

「言っておくが、今回の件はあいつらには秘密な?あと対応も変えずにちゃんと鍛えるからな。」

 

「はい!!」

 

こうして、デート大作戦は大成功に終わり、二人の絆はより強固な物になったのだった。




『近場の遊園地』
トレセン学園から電車で数駅進んだ所で営業している大型の遊園地。
子供からお年寄りまで皆の憩いの場になっている。


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第十五話 「修羅、焦慮する」

因子継承は三女神を信用してない尚人には使えるわけ無いのでこういう方法でいきます。


「…今日は合同練習の最終日だな、タキオン。」

 

「そうだねぇ…ここ数日で良いデータが大量に取れたよ。すぐにでも実験したいくらいさ。」

 

「おう、終わった後の予定は今のところ開けてるぞ。」

 

「ふぅン?なら練習後はこの薬を飲みたまえ。」

 

「了解。」

 

そうして薬を受け取ると、沖野トレーナーとサイレンススズカが近付いてきた。

 

「すまん、濱田トレーナー、今大丈夫か?」

 

「ん?まぁ少し話す程度なら…」

 

「じゃあ少し来てくれ。」

 


 

校舎裏

 

「…ここなら他の者に聞こえる心配は無いな。」

 

「何か聞かれたく無いようなことなんですか?」

 

「…正直…いろいろ不味くてな。」

 

「トレーナーさん、そろそろ本題にいった方が…」

 

「おっとそうだな…濱田トレーナー、今回の件では本当に世話になったな。スズカの悩みを解決する為に動いてくれてありがとう。」

 

そう言って二人は尚人に向けて頭を下げる。

 

「ちょっ!?頭上げてくださいよ、あれ俺が勝手にやっただけですよ!?」

 

「それでも、こちらの問題の解決に繋がったことは事実なんだ。」

 

「あなたが私の背中を押してくれなかったら私はずっとこの思いを言葉に出来ずに終わってたと思います。本当にありがとうございます。」

 

「何かお礼をしたいが…正直濱田トレーナーは金銭とか食事とかじゃ駄目な気がするんだ。」

 

そう言うと沖野トレーナーは懐からメモ帳を取り出す。

 

「これは?」

 

「今まで俺が調べたりした練習法などを書いたメモ帳だ。役に立つと思うぞ。」

 

「こんな貴重そうなの…本当に良いのですか?」

 

「ああ、是非とも使ってくれ。」

 

尚人は『沖野トレーナーのメモ帳』を手に入れた!

 


 

数時間後、トレーナー室

 

「そういえば沖野トレーナーからメモ帳貰ってたな。読んでみるか…」

 

尚人は『沖野トレーナーのメモ帳』を読んだ!

沖野トレーナーの経験が流れ込んでくる!

 

「…なるほど、こうすれば良かったのか。」

 

その時、ふと閃いた!このメモ帳の内容はアグネスタキオンとのトレーニングに生かせるかもしれない!

アグネスタキオンの成長に繋がった!

マイル適正がDからCになった!

長距離適正がBからAになった!

差し適正がBからAになった!

逃げ適正がEからCになった!

全てのトレーニングで上がるステータスが+5%された!

才能が一段階開花したことにより『中距離直線◯』を習得した!

『栄養補給』のヒントを手に入れた!

『先行コーナー◯』のヒントを手に入れた!

『直線◯』のヒントを手に入れた!

 


 

そんなこともありあっという間に季節は冬、ホープフルステークスである。

 

「タキオン、今回はG1レース。メイクデビューとは文字通り格が違う。気張れよ。」

 

「分かっているとも。これほどまでの大舞台、貴重なデータが大量に取れるだろうね。ちゃんと記録したまえ。」

 

「了解。記録はこっちに任せてくれ。相手は強いが勝利の可能性は十二分にあるから、行ってこい。」

 

(とは言ったものの…確かにステータスとかは他のウマ娘よりあるが、脚の件についての対策がまだ纏まってないのはな…いかんいかん、記録に集中しないと。)

 

そんな不安を隠しながら、タキオンの勝利を信じて関係者席で記録を取る。が、どれだけ隠そうとしても少しだけ恐れが滲み出てしまっていた。そしてその恐れは、タキオンの脚の進みを少しだけ遅くしまう。

 

(…これがG1…想定以上だねぇ…!!しかし…普段の力を出しきれて無い気がするが…気のせいかねぇ?)

 

…結果はアタマ差で一着。辛勝だった。

 

「お疲れタキオン。何とか勝てたな。」

 

そう言って尚人は自動販売機で買ったスポーツドリンクをタキオンに渡す。

 

「ああ…G1レースとなるとトレーナー君の言った通りメイクデビューとは雲泥の差だったよ。」

 

「そりゃそうだ…文字通りレベルが違う、まぁ少なくとも今回ので一歩前進だな。」

 

「そうだねぇ、ちゃんと記録は取れたのかい?」

 

「バッチリだ。タキオンのPCに送信しとくから確認してくれ。」

 

「分かったよモルモット君。」

 

そう言うとタキオンは研究をする為に帰り始める。

 

「…早く解決法を見付けないとな…」

 

そう呟く彼の背中は…前よりも不安げだった…悪いことでも起きなければいいが…

 

スピードが10上がった!

 


 

その日の深夜 尚人の自宅

 

ボキッ!!

タキオン!?おい大丈夫か!?誰か救急車呼べ!!早く!!

…辛いことを言いますが、もうどれだけ治療してもどんなリハビリを行おうと…彼女の脚は…走れません。

トレーナー君…ハハ…実験は、失敗だ…

そんな…嘘だろ…おい…俺の判断ミスで…彼女の…脚が…

 

「ちくしょー!!…はぁ…はぁ…ちっ、悪夢の方向性変えてきやがった糞が!!」

 

尚人は普段から寝ると悪夢を見るが、この日から見る夢が変わった…それも更に悪い方に。

 

『広がる恐れ』が消えた!

『鮮明になる畏怖』を習得した。

 


 

お正月も終わり、帰省した生徒たちも続々と戻ってきたりする頃、尚人はタキオンの脚について考える息抜きに模擬レース場を訪れていた。

 

「…こうも静かだと、タキオンと皇帝の模擬レースを思い出すな…あの時の発言、もし他の奴に聞かれてたら絶対引かれてるな。まぁ普段からゲームの無敵状態みたいに輝いてたら今さらか。」

 

そんな感じで過去のことを思い出しながらボーッとしていると、

 

「天皇賞には出ません…だってライスは…敵役(ヒール)だから…」

 

「…あ?」

 

尚人にとって決して聞き流すことの出来ない、聞き流してはいけない単語が近くで聞こえた…




『悪夢』
人が寝ている時に見る夢でも酷い内容の場合の総称。尚人は500万年前からずっと見てきているが、彼が見る悪夢は必ず「彼が最も見たくないもの」という鬼畜仕様である。

『アグネスタキオン』
スピード D+ 393
スタミナ E 234
パワー E 241
根性 E+ 279
賢さ F+ 178
所持スキル 『introduction:My body』『根幹距離◯』『好位追走』『束縛』『中距離直線◯』『栄養補給』『先行コーナー◯』『直線◯』『鮮明になる畏怖』


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第十六話 「修羅、教育する」

大変お待たせしました。ファーザーモアの活躍がやっと書けました…


(今誰か俺の前で自分は敵役(ヒール)とか言ったのは誰だ?相手次第じゃ説教になるが。)

 

そう思いながら声のした方を向くと、青薔薇の飾りがついた黒い帽子をかぶるウマ娘と栗毛で赤みがかった冷静沈着そうなウマ娘が居た。

 

「…どっちが言ったんだ?」

 

「ふぇっ!?あなたは…?」

 

「人物データベース検索…エラー、目の前の人物のデータは記録されていません。」

 

「なんだその喋り方…まぁいい、俺は濱田尚人、新人トレーナーだ。で?どっちが言ったんだ?」

 

「どっちとは?」

 

敵役(ヒール)発言した奴だよ。」

 

「ラ、ライスだけど…」

 

どうやら敵役(ヒール)発言をしたのは黒い帽子を被った方のウマ娘らしい。

 

(正直気弱そうだな…敵役(ヒール)の名を背負えるようには見えん。)

 

「ライスさんがどうかしましたか?」

 

「俺は元本物(プロ)敵役(ヒール)でね、名乗る資格があるのか気になってな。」

 

「資格…?」

 

「ああ、取り敢えずお前にとって敵役(ヒール)とは一体なんだ?」

 

軽くしゃがみ視線を合わせて真剣な目で聞く。一言一句聞き漏らさないように集中して。

 

「え、えっと…誰からも勝つことを望まれない人…?」

 

そう聞くと尚人の口からはため息が出た。彼女には資格が無いと判断したのだろう。

 

(…一度本物の敵役(ヒール)を見せてやりたいが、近くの格闘場なんて知らないしそもそもこの世界で格闘家として登録してねぇ…どうするか…いいこと閃いた!!)

 

そんなことを考えると尚人は電話をかけるふりをする。

 

「もしもし?ああ…うん…今何処?日本来てるの?ちょっと来てくれないか?ああ…ありがとう。それじゃ。」

 

「どなたに電話をかけたのですか?」

 

「俺の師匠だ、二日後の…17時、予定開けれるか?」

 

「わ、私は開いてるよ…?」

 

「よし。ならさっき言った時間にここに来てくれ。」

 

そう言うと有無を言わさず去っていってしまった。

 

「えっと…ライスどうすれば良いのかな…」

 

「彼の言うことを聞くなら明後日に来てみるべきかと。」

 


 

「さて問題は相手だが…皇帝で良いか?あんだけの相手なら充分だろうし…問題は向こうの都合だが…まあ滅茶苦茶速い奴が居るとでも言えば来るか。ウマ娘は速さの欲望はチーターより上だし。」

 

そんな感じで皇帝相手に模擬レースの約束を取り付け、2日間でウマ娘としての走り方に慣れる為に暫く変身して走ることにした。

 


 

2日後

 

「…そろそろ時間かな?」

 

「君は…ライスシャワーか、君も濱田トレーナーに呼ばれたのかい?」

 

「ふえっ!?シンボリルドルフさん!?なんでここに!?」

 

「私は彼から凄く速いウマ娘が来ると聞いて…」

 

そんな話をしてると右耳に切れ込みが入ったウマ娘が近付いてきた。

 

「君があの馬鹿弟子が言ってた娘かい?」

 

「えっと…貴女は…?」

 

「私はファーザーモア、濱田尚人の師匠ってとこだね。」

 

そう名乗るウマ娘は観察するように二人を見ていた。

 

「…こっちがこの学園で最強と名高い皇帝サマで、こっちがあの馬鹿弟子が言ってた敵役(ヒール)希望の娘か。ふーん…」

 

「あの…」

 

「ああ、すまんねあの馬鹿弟子が。とっとと始めよう。んで皇帝サマ、勝負服は着てこなくて良いのかい?後で本気出さなかっただけなんて言われても面倒だよ?」

 

そんな感じに煽るが欲しかった反応は帰ってこなかった。

 

「ふっ、私はいつどんな格好でも勝負時は本気だよ。芝2000mで良いかい?」

 

「その条件で構わないよ。後で吠え面かいても知らないよ?」

 

そう言って二人はゲートに向かう。

 

「そういえばあの馬鹿弟子から今回の走り方は聞いてるのかい?」

 

「どんなことされても自身の走りに集中しろとは言われているよ。」

 

「そうかい、さて…」

 

軽い準備運動をするとファーザーモアは大きく息を吸い込み、観客席にも聞こえる声で叫んだ。

 

「より高い速度への欲望を抑えきれない愚か者達よ!今宵私はこの学園で一番速いと言われる皇帝の顔に泥を塗ろう!無惨に敗北する姿を見逃さずにな!!」

 

「「!?」」

 

その後即座に押してから5秒後にゲートが開くボタンを押し、構える。

 

「準備は良いな皇帝サマ?」

 

「フフッ…あの発言、撤回させてみせよう。」

 

そうしてゲートが開きレースが始まった…が、皇帝が完璧なスタートダッシュを決めたのに対しファーザーモアは微動だにしない。

 

「なっ!?」

 

「500m、このくらいのハンデはないと成り立たない。」

 

どうやらファーザーモアは皇帝が500m地点を通過するまではゲートから出る気はないようだ。そんなあまりにもレースを馬鹿にしたような行為を行いながら、彼女はクラウチングスタートの構えをする。

 

「…ッ…」

 

皇帝は怒りを感じながら淡々と自身の走りを行い続ける。そして500m地点を通過した。

 

「それじゃ…行くか!!」

 

その瞬間、ゲートから目の前の者を刈り取る為に死神が飛び出した。

大逃げも真っ青な超加速。所謂掛かりと呼ばれる状態に見えるが化物のようなスタミナと筋力が掛かりすら作戦へと捩じ伏せる。その状態で生み出された速度はウマ娘の限界と思われており、皇帝が全力で走りなんとか出せる75km/hを大きく超え、3桁目に到達していた。

そうして1500m付近、この世のものとは思えないプレッシャーを感じた皇帝が思わず振り返ると…

 

「は…!?」

 

「ヘッ…お先!!」

 

いかにも悪人といったニヤつきをした顔でファーザーモアが迫っており、横から追い抜かれた瞬間死神の鎌で魂を刈り取られたような錯覚に襲われた。いくら歴戦の皇帝といえど人にもウマ娘にも本来決して出せない威圧感に掻き乱されてしまいその隙を突かれ一気に置いていかれる。

そうしてファーザーモアがゴール板の付近まで来ると急にブレーキをかけ後ろを向き

 

ノロマめ(blunt)!!」

 

そう吐き捨ててからゴール板を踏んだ。

 


 

「…ルドルフさんが…負けた…?」

 

ライスシャワーは未だに目の前の状況を信じられずにいた。

現役最速と名高いシンボリルドルフが500mのハンデで4バ身ほどの差を付けられて負けた。それも若くても20代後半、下手したら30代にいってそうで本格化などとっくの昔に過ぎてるであろう今日初めてみたウマ娘にだ。圧倒的…いや、絶望的な差を見せつけられ、しかも最後に暴言を吐く余裕まで見せていた。こんなレースが今まであっただろうか?

 

「ハァッ…ハァッ…君は…いったい…?」

 

「…一流の敵役(ヒール)ってとこかな。それじゃ。あの馬鹿弟子の頼みとしては面白かったよ。」

 

そういうと劇が終了した時のように西洋風のお辞儀をして出口の方へ向かっていった。

 


 

翌日

 

「どうだった?俺の師匠の走りは?」

 

「…えっと…なんか…胸の中から…嫌なものが溢れてきそうになっちゃった…かな…?」

 

「そうかそうか、それを常に不特定多数からぶつけられるのが敵役(ヒール)ってものだ。それでも勝ってより強い憎しみを受ける。その憎しみを笑って受け止め誇りにするくらいの覚悟が必要なかなり厳しい役回りなのよ。…誰かに()()()()()奴に勤まるほど楽なものじゃない。」

 

尚人は真剣な眼で会話を続ける。伝えたいことを伝えきる為に。

 

「お前が英雄(ヒーロー)になるのか敵役(ヒール)になるのかはお前が決めることだ。誰かにならされるものじゃ無い。ただ今のお前は誰かにならされた愚者だ。どっちにもなれてない半端者だ。そんな奴と今後戦うことになっても…全くもって意味がない。お前はどうなりたいんだ?このまま半端者として諦めて朽ちるのを待つか?敵役(ヒール)として生きることにして暴言を吐かれることを誇りにする生き方をするか?それとも今までの半端者な自分に別れを告げて英雄(ヒーロー)を目指して突っ走るか?待つ気はない、今決めろ。」

 

「…じゃない。」

 

「あ?」

 

「ライスは敵役(ヒール)じゃない…半端者でもない…ライスは…英雄(ヒーロー)だ…!!」

 

そう呟いたライスシャワーの眼には、天すら焼き焦がすほどの闘志が燃え上がっていた。

 

「へっ…やっとマシな顔になったな。その誓い、裏切るなよ?一人前の英雄(ヒーロー)になったお前とタキオンが戦うのを楽しみにしてるからな。」

 

「…はい…!!あの、タキオンさんのトレーナーさん!!」

 

「なんだ?」

 

「あの…本当に、ありがとうございました!!」

 

「俺がやりたくてやっただけだ、気にすんな。」

 

そういって、何処かスッキリした顔で尚人は模擬レース場から去っていった。




『ライスシャワー』
小柄だがガッツのある黒髪のウマ娘。運があまり無く、自分が居ると周りが不幸になると思い込んでるが実際はただ単に間が悪いだけである。


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第十七話 「修羅、説明する」

すみません、大変遅くなったのに今回短いです。内定が決まったのでこれから投稿スピードを戻せるように頑張ります。シンボリルドルフを書くのが非常に大変なので今後あまり出番は無いと思います。


トレセン学園 トレーナー室

 

「多少遅いが明けましておめでとうタキオン。」

 

「そうだねぇモルモット君。さて早速帰省中に作成した新薬を…」

 

そんな新年の挨拶を掻き消すように放送が流れる。

 

『濱田尚人トレーナーは、至急生徒会室にお越しください。』

 

「悪い、呼ばれちまった…」

 

「構わないよ、出来るだけ手短に済ませたまえ。ところで要件の予想は出来てるのかい?」

 

「思い当たる節が多すぎて分からん。」

 

「ふぅン…」

 

「んじゃ終わったらトレーナー室で。」

 


 

生徒会室

 

コンコン

 

「失礼しまーす…」

 

ノックした後そう言って入ると、普段の姿からは想像出来ないような機嫌が悪いと一発で分かる顔の皇帝が居た。

 

「急に呼び出してすまない、かけたまえ。」

 

「…用件はなんですか?」

 

ソファーに座り置いてあった紅茶を一気飲みすると尚人は皇帝を見ながら聞く。

 

「…単刀直入に聞こう、彼女は…ファーザーモアは何者だ?」

 

「予め言った通りですよ、俺の師匠でウマ娘。」

 

「そうは聞いたが未だに信じられなくてね…実力も、走り方も。」

 

口調は変わっていないが、本来レースの時にしか発してこない威圧感を全力で向けてくるあたり、相当怒らせてしまったようだ。そんな姿を見て尚人は彼女への認知を改めた。

 

「…走り方に関しては俺が頼んだ。敵役(ヒール)の走りをしてくれってな。説明しとけば良かったな、悪いな。」

 

「そうか…では、あの実力は?ウマ娘の最高時速が70km前後と言われているが彼女は明らかにそれ以上出ていたぞ?」

 

「…それ話すには師匠の過去を話さないといけないけど…師匠過去知られるの嫌がるんだよな…もし話したのバレると確実に殺される…」

 

尚人は顔を真っ青にしながら会話をすることで事実だと相手に誤認させる。

やはりこの男、演技が上手である。

 

「…そんなに恐ろしいのかい?」

 

「空腹の人食い熊の巣に放り込まれた時は流石に死にかけたかな…絶対に他言しないと約束してそれを守れるなら言っても良いが。」

 

「…その条件で構わない。話してくれないか?」

 

「ああ、一度しか言わねぇからな。」

 

そんな訳で尚人はファーザーモアの過去(という名の作り話)を皇帝に話した。

 

「そんな事が実際にあるとは…未だに信じられないよ、あの走りを見なかったら。」

 

どうやら皇帝の怒りはある程度収まったらしい。ファーザーモアの過去に同情でもしたのだろうか?

 

「だろうな…あまりにも現実離れが過ぎるし。」(まぁ俺が経験した現実はもっと現実離れしてるがな…)

 

「しかし…そんな事を経験した者の弟子って事は君もかなり強いのかい?」

 

「期待されても困る。『人間はウマ娘には勝てない』ってのが常識だろ?」

 

「それもそうだったね…私たちは()()を目指して走っているが君は()()の方が得意なのかな?」

 

皇帝にいきなりそんな洒落を言われて尚人は一瞬ポカンとしてしまった…が、すぐにいつもの調子を取り戻す。

 

「…ぷっ、俺としては()()よりも()()の方が好きだし得意かな。デカイからのんびり浸かれる。まぁそれより好きなのは船に乗ることだが。一番前で進んでいくのを見るのが良いんだ。」

 

()()から()()の景色を見ているのか…フフッ。」

 

「ああ…しかしいきなり洒落をぶっ込まれるとは思ってなかったな。」

 

「相手を畏怖させないようにするためにしてるのだが…これがなかなか難しいんだ。」

 

「そうか…多分タイミングだろ。使い時が悪いと場は白けるだけだからな。」

 

「なるほど…これからはそこも気を付けよう。ところで先ほどから敬語が外れているが、理由を教えてくれるかな?」

 

「あー…俺本来敬語が壊滅的に苦手で…問題無さそうと判断した時は外すんだ。嫌なら戻そうか?」

 

「フフッ…別に構わないよ。君は益者三友(えきしゃさんゆう)な人間に見えるしね。」

 

「今まで友人も彼女も居たことがないボッチ歴=年齢(とし)な俺がか?」

 

実際はボッチと言うより孤高と言う方が正しいかもしれないが、友人も彼女も居た試しがないのは確かである。

 

「少々意外だね…コミュニケーション能力は高いと思っていたのだか。」

 

「昔色々あったんだよ…」

 

そう言って適当に誤魔化していると、ノックの音がした。

 

「客か?」

 

「いや、多分エアグルーヴだろう。」

 

「副会長だったっけ。流石に長居し過ぎたか。もしまた俺の師匠と戦いたいなら言ってくれ、タイミングが合えば来るかもしれん。」

 

「それは御免被らせて貰うよ…流石に一敗塗地(いっぱいとち)に感じるしね…彼女と同じ道を歩めばもっと強くなれるだろうか?」

 

「…分かってるかもだが一応言っとくぞ…」

 

その後何かを言って入れ違いになるように尚人は生徒会室から出ていく。

 

「失礼しま…会長、確かあの男は…」

 

「ああ、私が完敗した者の弟子だそうだ。」

 

「…私には未だに信じられません。会長が芝、しかも2000mで大差で負けるなんて…」

 

「…彼女は、どうやら私よりも途轍もなく重いものを背負ってきたらしい。それが敗因だと私は思っている。」

 

「背負ってきた…?」

 

「ああ、しかし彼はこうとも言っていた。」

 

『師匠は途轍もなく理不尽なゲームに勝たなきゃ死ぬから必死になって強くならざるを得なくなった。それに強いことと人生で幸せになることは決して(イコール)じゃない。』

 

「…」

 

「…これは彼なりの警告なのだろうと私は思う。これ以上踏み込ませない為の…すまない、暗くなってしまったな。紅茶でも淹れよう。」

 

「私も手伝います、会長。」




『ファーザーモア』
濱田尚人がウマ娘になった姿
やはり異常な強さを持っている

ここから先は偽装した設定である。
ファーザーモアは中央トレセン卒業後、世界へ挑みに日本を旅立った。だが海外は甘くなく、レースで結果を残せず、しかも騙されて地位と名誉を失った。
失った後に待っていたのは地下の違法賭博場だった。そこではドーピング、機械、何でもありのレースが行われており、そこの出場選手として金を稼がなければ奴隷、もしくは死が待っている。
ファーザーモアは機械やドーピングに頼る金も無く、自身を壊れる寸前まで鍛え上げ、他の選手よりも速く走った。時に襲われ、怪我を負ってからは武道も学び、誰にも負けないようにした。
そうして5年間、彼女は勝ち続けた。この違法賭博場で3年以上生きた者はそれまで居なかった。負けた者は殺されるからだ。他者を負かし、他者が死ぬことで生き延びてきたことから、彼女は『死神』と呼ばれた。
こうして自由を買い取った彼女は、今は自身の技術の継承と失った時間を取り戻す為に世界を回っている。


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第十八話 「修羅、披瀝する」

相変わらず後書きのネタ切れを起こしてます…ファーザーモアが実装された時の性能でも書いときます。次回は天皇賞(春)になると思います。走るのはタキオンではありませんが。


正月ムードもすっかり消えたある冬の日、アグネスタキオンとマンハッタンカフェは並走トレーニングをしていた。

 

「タキオンさん…最近はサボらずにトレーニングをしてるそうじゃないですか…」

 

「ふぅン?カフェからもそう見えるかい?」

 

「普段の貴女なら最低でも3日に1度は実験などの理由でサボるじゃないですか…どういう風の吹き回しなんですか…?」

 

「失礼だなぁカフェ!私が今欲しいのは実際に試した際のデータだよ。よってトレーニングのついでにそのデータを集める。実に合理的だろう?」

 

「…まぁ、そうですね。」

 

そうは言っているが、マンハッタンカフェは直感で感じていた。最近のタキオンが何処かおかしいことに…そして尚人もそれは気付いていた。その原因も…

 

「ふーっ、そろそろ私は上がらせて貰うよ。忘れないうちにデータを取っておきたいからね。カフェも肉体には気を付けたまえよ?」

 

「…了解、手伝うことは?」

 

「今回は集中したいからねぇ、特に無いよ。」

 

「そうか…んじゃ、お疲れ。」

 

「…アグネスタキオンのトレーナーさん。」

 

「…何だ?」

 

「最近のタキオンさんは…何処か変で…」

 

「分かってる。」

 

「分かってるって…本当にですか?」

 

「そんなに知りたいなら()()()()()()()()()にでも聞けば良い、並走ありがとな。それじゃ。」

 

そう言って尚人はその場を去る。

 

「待って下さい、貴方まさか見えて…」

 


 

「…知ってんだよ…積み立ててきたもん全部ブッ壊れる絶望も、異常が産まれた時から引っ付いてる悲しみも…」

 

そんな事を誰にも聞こえないように呟きながら彷徨いて居たら、気付けば校門まで来ていた。

 

「…どうしたのですか?そんな暗い顔初めて見ましたよ?」

 

「…ああ、たづなさんですか。気にしないで下さい、こっちの話です。」

 

「悩みは一人で抱えてても解決しませんよ?」

 

「…分かってます。」

 

「そうだ!この後予定空いてますか?」

 

「特に無いですけど…」

 

「では…一杯付き合ってくれませんか?」

 


 

居酒屋

 

「…ぷはぁ!!仕事終わりのビールは最高です!」

 

そう言いながらたづなさんはジョッキに入っていた生ビールを飲み干し、ツマミの焼き鳥を噛っていた。

 

「普段とはキャラ変わってますねたづなさん。」

 

「そうですか?濱田トレーナーはあまり飲まないんですね。」

 

「酒は今まで一人で飲んできたので誰かと一緒にどう飲めば良いのか分からないんですよね…」

 

「それじゃあ今日は飲めるだけ飲んじゃいましょう!」

 

そう言って駿川たづなはビール瓶をラッパ飲みし始めた。

 

「ほどほどにお願いしますよ…?」(アルコール耐性はある程度下げとくか…)

 


 

数十分後…

 

「なぁんでいつもいつもポケットマネーを勝手に使わないで下さいって言っても理事長は聞かないんでぇすか!!」

 

「…」(たづなさんって絡み上戸なんだな…)

 

「聞いてますか!?」

 

「いえ全く。」

 

「酷い!!」

 

そんな感じで話してると後ろから話し声が聞こえてきた。

 

「なぁ…せっかく出てこれたのに全然箸進んでねぇじゃねぇか。もっと食おうぜ?勤め果たした後の最初の飯なんだしよ。」

 

「いや…なんか俺なんかがこんな旨いもん食って良いのかなって…防衛とはいえ殺しだぞ?」

 

「良いんだよ、あの時はしょうがなかったんだ。」

 

「悪いな…俺みたいな前科ものは何も返せねぇし出来ねぇのに…」

 

その発言を聞いた瞬間に尚人がグラスを握る力が強くなる。当然その握力にグラスは耐えられる筈もなく…

 

パリーン!!

 

「!?」

 

握り潰されたグラスは破片と中に入っていたビールをばら撒きながら地面に落ちていった。

 

「…やっちまった…悪酔いしちまったか…?」

 

「だ、大丈夫ですか!?手とか傷付いて…」

 

「大丈夫です…これ弁償代と迷惑料と今回の代金です…釣りは要らないので余ったら適当に使ってください。」

 

尚人は駿川たづなに10万円を渡す。

 

「えっ!?」

 

「すんません、悪酔いしたっぽいので今日はもう帰ります…では。」

 

尚人はそう言うとすぐに店を出ていってしまった…

 

「…本当にいったい何があったのですか?濱田トレーナー…」

 


 

尚人の自宅

 

居酒屋から帰ってきた尚人は取り敢えず手を洗おうと洗面台の前に立っていた。しかし鏡に写ったのは尚人ではなく、尚人と同じ姿をした別のナニカだった…

 

「…幻覚系の耐性は完全にしてるんだがな…本格的に悪酔いしたか?あんな量でなるとは思えんが…」

 

…気付いてるだろう?

 

「幻聴までセットかよ…フルコースだな。」

 

貴様は過去数えるのも億劫になるほどの人間や天使、神々悪魔その他意志ある者達を殺してきた。

 

「数えてるし一人残らず覚えてるわ、82兆5366億3756万4771体。その内72兆3300億1236万2561人は人間。忘れられると思ったか?」

 

そんな殺戮者の貴様が誰かを救えると?

 

「今まで俺は償いの為に色んな奴の命を守ってきた、知ったような口を聞くな…!!」

 

予言しよう、貴様は彼女を…アグネスタキオンを

 

バキィ!!

 

鏡の中のナニカが言い終わる前に鏡をぶん殴って叩き割った。

 

「…黙ってろ、てめぇはただの悪夢だ、悪夢は寝てる間しか活動しちゃいけねぇ…現実にしゃしゃり出てくるなクソ野郎が。」

 

壊れた鏡を直しながら、尚人は言われた事を思い出す。

 

「…タキオンに打ち明けるべきかなぁ…脚に気付いてること…明日トレーナー室に呼び出すか…」

 


 

翌日 トレーナー室

 

「…で、用ってなんだい?トレーナー君?」

 

「…タキオン、俺はタキオンに黙ってた事がある。」

 

「なんだい?」

 

「…タキオンの脚について。」

 

「!?」

 

タキオンは動揺している。まさか知られてるとは思っていなかったのだろう。

 

「…確信したのは去年の夏、タキオンの脚を触れて確認した時だ。違和感を感じたのはメイクデビューの時だがな。」

 

「…そうだよ、私の脚は天性のスピードと最初の3年間も耐えられるか分からない程の脆さを兼ね備えていた。だから私は2つのプランの研究をしていたのさ。1つ目はプランA、これは私の脚の補強。私の脚で限界まで到達することを目標として、それに伴うエトセトラの実験だ。2つ目はプランB、プランBは私での到達を諦め、他のウマ娘を代わりに到達させる実験。この2つの研究を平行して行っていた。そんな中で、君がトレーナーになった。君は私の脚に期待してくれていた。クラシックレースに出ようと意気込んだ。」

 

タキオンは何かを思い出すように目を閉じた。それを尚人は…黙って見ていた。

 

「正直なところ、私も、クラシックレースの提案には夢を見たよ。しかし、現実は現実だ。私は…この脚がURAファイナルズどころかクラシック3冠を取ることすら私の脚には耐えられないと感じた。それにプランAの研究も進みが悪くてね。私のピーク中に、間に合うとは思えない。」

 

「…だからプランBに舵を切ろうとしていて、その他のウマ娘にマンハッタンカフェを選ぼうと考えていた?」

 

「正確にはもう切ったが正解だよ。トレーナー君には悪いがこれから私は自分の脚を壊してでもデータを得て、他のウマ娘に試す薬用のデータを取るつもりさ。」

 

「…」

 

「専属契約は破棄してくれて構わないよ。元々私は問題児と扱われてるしねぇ、他のウマ娘でも君なら強く出来るだろう。」

 

彼女の目は、あの時のように狂った色が消えてきている。このまま止めなければ、彼女は本当に自身の脚を壊すだろう。それを止めずにいるほど尚人は血も涙もない悪魔じゃない。

 

「…嫌だ。」

 

「は?」

 

「…ガキみたいだと笑ってくれて構わない。これから言うのはただの俺の我が儘だしな。」

 

「…何が言いたいんだい?」

 

「俺は…元々新人トレーナーとして何処かのチームのサブトレーナーとして勉強するつもりだったんだよ。けどなタキオン…タキオンと皇帝のあのレースを見て、俺は迷わずその道筋(ルート)を蹴った。何でだと思う?」

 

「君も言ってたじゃないか…私が言う"果て"…それが見たくなったと。」

 

「確かにそう言ったがな…俺はな、タキオンが果てを全力で追いかけるのを…支援し助ける道、それが()()()()だから俺はタキオンの担当になることを決めたんだ。頭可笑しいだろ?他のトレーナーなら『強くしたい』とか『レースに勝たせたい』とか考えるのを自分が面白そうと感じたからだぜ?ある意味トレーナー失格だろ?」

 

「…つまり君は、あくまで自分の為に私と契約したと?」

 

「ああそうだ。だからこそ、俺はタキオンの脚が壊れて欲しくないし、他の奴の面倒を見るのも御免だ。」

 

「…それでも、耐えられないことには…」

 

「そんなもん俺が耐えられるようにしてみせる!」

 

「…何を言うかと思えば、理屈の無いただの熱意だけで奇跡と呼ばれるものは起きないのだよ?」

 

「奇跡も魔法も要らねぇよ、タキオンが望むなら起こしてやるがな!」

 

「…本気で、言ってるのかい?」

 

「本気も本気、大本気(おおまじ)だよ…あまり俺を舐めないでくれ、俺は『濱田尚人』だぞ?」

 

そう言う彼の目は、タキオンをスカウトした時よりもずっと狂っていた。

 

「なんで…そこまで…?」

 

「決まってる、俺がお前のトレーナーで、俺が運命って奴が大嫌いだからだよ。」

 

「…君をそこまで狂わせたのは、私が原因かな…」

 

「元々かなりクレイジーだった自覚はあるがな。」

 

顔をニヤけさせながら尚人はそう言った。

 

「…良いだろう、私の脚が壊れるまで…君に賭けてみよう。」

 

「ありがとよ、もうタキオンが夜通し涙で枕を濡らす日は来させない。約束だ。」

 

尚人は約束をする時に行う指切りの為に小指を前に出す。

 

「君って案外詩人(ポエマー)なのかい?」

 

「ちょっと格好つけただけだよ…別に良いだろ?」

 

「ふぅン…まぁ良いだろう。」

 

そんな感じで2人は指切りをした。尚人とタキオンの間の絆が強まった気がした…




『ファーザーモア』
見た目
毛色 青鹿毛
髪型 ショートカット
耳 ボサボサで右耳に切れ込みが入ってる
尻尾 ボサボサ(一度切り落とそうとした)
勝負服 女番長をイメージした特攻服

概要
年齢 30代?
誕生日 不明
身長 166cm
体重 見た目よりかは重い

性能
バ場適正 芝B ダートA
距離適正 短距離C マイルB 中距離A 長距離A
脚質適正 逃げB 先行G 差しG 追い込みA
固有スキル 『死神の精算』
初期スキル 『直線巧者』『末脚』『ペースキープ』
覚醒スキル Lv2 『コーナー加速○』
Lv3 『円弧のマエストロ』
Lv4 『直線回復』
Lv5 『全身全霊』
練習適正 スピード10% パワー10% 根性10%

固有スキル 『死神の精算』
効果 レース中盤以降で追い抜いた時、前方を死神に魂を刈り取られたような感覚に襲わせて掛かりやすくし、速度を若干落とす&刈り取った魂を吸収し自身の速度が上がる

固有二つ名  『死神』
習得条件 G1レースで5回以上追い込み・四番人気以下で出場し一番人気のウマ娘をレース後半で追い越し一着を取る。


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第十九話 「修羅、激昂する」

普段私は炎上を恐れながら書いてますが、今回の話に限り、炎上も覚悟の上で書いてます。あと運命についての詳しい説明は次回に入れる予定です。あと今更ですが時系列とかに矛盾がある気がしますが気にしないで下さい。


隠していたことを打ち明けたことにより気持ち的にも多少楽になったのか、アグネスタキオンと尚人は弥生賞と皐月賞を無事に勝利した。そしてそれから数日が経った頃…

 

「…正直今でも信じられないよ…私の想定だと皐月賞が終わる頃には私の脚は砕けると考えていたが…」

 

「俺は大したことしてねぇよ、出来ることをしただけさ…」

 

「その出来ることの中に私が思い付きもしなかった肉体補強案があった事が驚きだねぇ。」

 

「格闘技やってた時に人体の壊し方は徹底的に覚えたからな、あとは逆転の発想だ。どこに衝撃を加えると壊れるのかが分かればあとはそこを補強するなりそこに衝撃が行きにくくするなりすれば良い。」

 

そんな感じで会話をしているとスマホのアラームが鳴る。

 

「おっと、もうこんな時間か。」

 

「天皇賞(春)のデータを撮りに行くんだったねぇ。気を付けて行きたまえ。」

 

「言い方母親か…?まぁ行ってきます。」

 


 

京都競バ場

 

「えっと…今日の出場選手は…メジロマックイーンに…おっ、ライスシャワーも出るのか。記事は…」

 

尚人はたまたま貰った競バ新聞を取り出し読んでみる。その内容はあまり良いものでは無かった。

 

「なんだこれ…こりゃあいつが自分を敵役(ヒール)と思い込むのも無理ねぇな…」

 

新聞には主にメジロマックイーンへの3冠を期待する声が書かれていて、その裏にライスシャワーへの敗北を願う声や根拠の無いバッシングが大量に書かれていた。

 

「三流…いや、四流記事だな。こんなもん読んで民衆は何か…思わねぇか、民衆ってのは液体で真実よりもより単純な答えに向けて流れ込むって人心掌握の本に書いてあったしな。」

 

そんな事を呟き、新聞をゴミ箱に投げ込むと尚人はレースを良く見れる席に座り、ビデオカメラを設置した。

 

「あとは放置でOKっと…パドック行くか。」

 


 

パドックでは、出場の切符を勝ち取ったウマ娘達が客にアピールをしていた。

 

「やっぱりG1はレベルが高ぇなぁ…!?」

 

一目見て絶句した。メジロマックイーンもなかなかだったが、ライスシャワーの肉体は…極限と言っていい程に鍛え抜かれていた。レースという場で戦うこと以外を考えてないとすら思わせる剛脚を彼女は持っていた。

 

「きっちり仕上げて来たみたいだな…余計なもんが何もねぇ。こりゃ間違いなく速ぇぞ…!!」

 


 

その後、ゲート入りが完了し、いよいよスタートという場面…

 

「頼むからマックイーンの三冠の邪魔だけはしないでくれよ…」

 

「ライスシャワーなんかに負けるなよ…三冠を見せてくれ…」

 

(…我慢しろ俺、ここで暴れたらレースは中止、ライスシャワーの決意が無駄になる。レースが終わるまでは見守るのに徹しよう。)

 

勝利を願う者、敗北を願う者、その発言に怒りを抱く者、それぞれが観客席でレースの行く末を見守る。

そして最終コーナーを曲がりラストの直線、メジロマックイーンがメジロパーマーを追い越し先頭に立ち、そこを差そうとライスシャワーが上がってくる。

 

「おいおい辞めてくれよ、マックイーン頑張れ!」

 

「ライスシャワー、またヒールになるつもりか!?」

 

(ライスは…敵役(ヒール)じゃない…)

 

そう思った彼女の眼には…蒼く燃え盛る闘志が…決意が溢れ出ていた。まるで極限まで削ぎ落とされた体に鬼が宿ったように。

 

英雄(ヒーロー)だ…!!」

 

そう呟いた瞬間、彼女の脚はそれまで以上に力強く大地を踏み、メジロマックイーンを…追い越した。1バ身、2バ身とドンドン突き放していき、メジロマックイーンと3バ身の差を作り出しゴール板を駆け抜けた。しかし…

 

「…またやったよ…」

 

「マックイーンの三連覇、見たかったなぁ…」

 

「何で勝つんだよ…」

 

彼女がどれだけの努力を行い、力を身に付け、勝利への願いを抱いて勝ったのかを考え、勝者への祝福を贈る者は…殆ど居なかった。

 

(…今まで様々な経験をしてきたが、ここまで不快な気持ちになったのは久しぶりだな。)

 

そんな事を思いながら尚人は撮影機器を回収し、誰にも見つからないようにライスシャワーの控え室に先に向かう。

 


 

ライスシャワーの控え室

 

「お姉様…やっぱり、ブーイングって痛かったね…」

 

「いつか必ず祝福の言葉に変えて見せましょう…ね?」

 

「そうだね…お姉様、ライス、頑張るよ…!!」

 

そんな事を話ながら控え室に入ると、机の上に青薔薇の花束が置かれていた。

 

「わぁ…綺麗だね…でも誰からだろう…?」

 

「確かに気になるわね…あら?これは…」

 

花束の中に、メッセージカードが紛れ込んでいて、こんな事が書かれていた。

 

勝者には胸を張る義務が…ライスシャワーへ、優勝おめでとう。あの場に居た数少ない()()の内の一人より』

 

「…どういうことかしら?」

 

「…あの人かもね、お姉様。」

 

「あの人って?」

 

「ライスがお姉様やブルボンさん、マックイーンさんの次に尊敬してる人だよ、私に敵役(ヒール)英雄(ヒーロー)の違いを教えてくれた人。」

 

「そんな人が居たのね…私も会ってみたいわね、一度お礼を言いたいわ。」

 

「お姉様も多分一度は顔を見てると思うよ…?」

 

そんな事を話してるのを壁越しに尚人は聞いていた。

 

「…俺がやりたくてやってるだけだっての、さて…子供の涙は、大人が拭わなくちゃな…」

 

そして尚人は、理事長へと電話をかける。

 

「もしもし、たづなさん?理事長に繋いでくれる?急ぎで頼む…理事長ですか?要件が一つだけありまして…『これから俺が行うことは全て俺の独断でやってるのでもし何か責任を追及されたら全責任を俺に投げてください』。それじゃ宜しくお願いしますね?では。」

 

そう言うだけ言うと何かを言われてるのを無視して電話を切り、首元に着けたトレーナーバッチをポケットの中に仕舞う。

 

「さて…運命(クソッタレ)をブッ飛ばしてくるか…」

 


 

翌日 理事長室

 

「濱田トレーナーさん?言い訳を聞きましょうか?」

 

そうたづなさんは威圧感を感じる雰囲気を纏いながら尚人に話を聞く。が、尚人は何処吹く風よと言わんばかりに怯みもせずに自分の意見を述べた。

 

「俺は一切後悔してません。」

 

「反省ッ!!君には匿名のタレコミであの場に居た観きゃ」

 

「客じゃ無い。」

 

「な…」

 

「観客には勝負の舞台に立った者への感謝、負けた者への励まし、そして勝者への祝福を贈る義務が発生する。それを怠った者は決して客とは言わない。」

 

「それでも暴力は…」

 

「まず俺は同じような事を言ったら相手はパイプ椅子で先制攻撃してきましたよ?それに私は受け流しと寸止めしかしてませんので相手にダメージは一切与えてません。終わったあと警察に事情説明しましたが、多少の注意で解放されましたし。俺のこの行いが善だとは言いません、善や悪なんてものに答えはありませんし。だからと言って何の不正も行ってない少女が集団で暴言を吐かれて泣いてるのを見逃すのが良いこととは決して俺には思えません。」

 

「ぐっ…そこを言われると…」

 

「よって私はあの行動に一切の後悔はありません、それとも…理事長やたづなさんも()()()()なんですか?」

 

その言葉を聞いて、二人は黙り込んでしまった。当たり前だ。二人ももし出来るなら尚人と同じことをしていたと自覚しているから、ここで何かを言えばあのような非道な行為を行った者達と同類になってしまうことも理解していたからだ。

 

「…たづな、私たちの負けだな。私達には彼を裁けるほどの非情さが無い。」

 

「そう、ですね…ですが流石に何もお咎め無しという訳にはいきません。そこは理解していますね?」

 

「分かってます。」

 

「謹慎ッ!!濱田トレーナー、君には一週間の謹慎処分を言い渡すッ!!」

 

「甘んじて、受け入れさせて頂きます。」

 

こうして尚人は一週間謹慎処分となり、自宅で時間をもて余すことには…ならなかった。何故ならライスシャワーが勝った後、控え室で泣いていた時に尚人は運命(クソッタレ)が行動していた形跡を見つけていた…つまりあの暴言の数々も、運命(クソッタレ)の仕込みが紛れてる可能性が高い、だから尚人は、一週間の謹慎処分による暇な時間を使って運命に何を行っていて、何を仕込んでいるのかを全て聞き出しに…

 

「運命によって誰かが理不尽に苦しむなら…誰かが人の道から外れそうになるなら俺がブッ壊してやる…!!」




『トレーナーバッチ』
身に付けている者が中央トレーナーであることを証明するバッチ。中央トレーナーは必ず衣服の何処かに着けている必要がある。これを尚人が身に付けている間は彼は『濱田トレーナー』として動いており、外している間は『濱田尚人』として動いている。なお理事長室に入る頃には再度装着していた。


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第二十話 「修羅、制裁する」

ファーザーモアの立ち絵を知り合いに描いて貰いました。
ただ挿し絵の貼り付け方が分からないので調べて分かったら本文の最初の行にでも貼ります。


ファーザーモア 立ち絵

 

【挿絵表示】

 

 


 

天皇賞(春)が終わり、理事長室で謹慎処分を受けたあと、尚人はとある別空間に来ていた。

 

「…よお、7000年ぶりか?最近はやっと反省したかと思ったらこれだよ。相変わらず趣味が悪いな運命(クソッタレ)が。」

 

…修羅、貴様はまた運命(我々)に抗おうと言うのか。もう諦めたまえ、貴様がどう抗おうと運命(我々)は世界のために試練を与える。

 

「今の俺は濱田尚人だ、それに世界のためが方便だってことはもう分かってるんだよ…結局てめぇが誰かの苦しむ姿を見たいってだけだ。滅ぼしたい程俺はてめぇら運命(クソッタレ)が憎い、けど滅ぼしたら世界が崩壊する程てめぇらが世界に食い込んでるから滅ぼさないでおいてるだけだ。」

 

あまり運命(我々)を舐めるなよ、修羅。運命(我々)は何度でも…

 

そんな演説(言い訳)を聞く気は尚人には一切無く、ブン殴って黙らせた。

 

「黙れよ、俺みたいな存在は本来1人も居ちゃいけねぇのにまた誰かを人の道から落とす気か?」

 

貴様…!!

 

「てめぇらが仕込んだ事全部言え、いつ誰をどうやって傷付ける?今度は誰を敵役(ヒール)に仕立てて殺すんだ!?」

 

そう運命の首もとを掴みながら叫んでいる尚人の眼は怒りと殺意にまみれていた。

 


 

「…さて、運命(クソッタレ)への制裁は終わったしやらなきゃいけない事をちゃんとやらないとな…」

 

尚人が運命(クソッタレ)交渉(拷問)して手に入れた情報は、サイレンススズカ、ライスシャワーのレース中の事故死。それによる不特定多数の人間とウマ娘の人生を狂わせる事だった。

サイレンススズカについては沖野トレーナーとの仲が進展した時点で運命(クソッタレ)の予定とは異なる結果になってしまっている為心配はいらないが、問題はライスシャワーの方だ。天皇賞(春)で大きな罵声を浴び、汚名返上の為に宝塚記念に出た時にようやく歓声を浴びれたと思ったら転倒し死亡…というのが運命(クソッタレ)の描いてる構図であり、今のところ概ねその構図に沿って話は進んでいる。サイレンススズカのように仕込まれる前に前提を変えてしまうなら楽だが、仕込まれた後だと流れに逆らうのは非常に困難となる。もう転倒する未来は避けようが無いだろう。

 

「…あれ作るしかねぇか…もうあんな運命(クソッタレ)のせいで誰かの涙を見るのはまっぴらだ。」

 

そう呟くと尚人は自宅まで戻り、倉庫から様々な材料を取り出してなにか作り始めた。

 


 

一週間後 トレセン学園廊下

 

「やっと謹慎解除か…まぁトレーニングの指示や弁当渡すのはドローン使ってなんとかしたが…」

 

「…あっ!」

 

「ん?ライスシャワーか、天皇賞お疲れさん。」

 

「…やっぱり、痛かったです…」

 

「…まぁそりゃそうだ、どんなに強い奴でも傷付かない訳じゃない。お前はよくやったよ、お前の強さは俺が保証する。」

 

そんなことを話してるとライスシャワーのトレーナーが近付いてきていた。

 

「なに人の妹を勝手に口説いてるのよ?」

 

「口説いてるつもりはねぇんだが…それに今のところ彼女作る気も結婚願望もねぇし。」

 

「あっお姉様!この人がこの前言った尊敬してる人だよ!」

 

「あら、貴方が…って貴方あのアグネスタキオンのトレーナー!?ライスちゃんを実験台にはさせないわよ!」

 

そんな感じでライスシャワーの前に塞ぐように立たれて尚人は少しため息を吐き出す。

 

「その予定はねぇよ…それに無理強いはしない主義なんだよ俺。」

 

「あらそう…ありがとうね、ライスを助けてくれて。」

 

「ありがとうございます!」

 

「前にも言ったが俺がやりたくてやってるだけだからな…あ、そうだ。これやるよ。」

 

そう言うと尚人は懐から木の板のようなものを取り出して渡す。

 

「うわぁ…綺麗な青い薔薇…」

 

「青薔薇の護符、まぁ御守りだな。一度だけ奇跡を起こしてくれる…らしいぜ?」

 

「これ多分高いでしょ…良いの?」

 

「良いんだよ、大して質の良い物を使われてる訳じゃねぇしな。優勝の賞品代わりとでも思ってくれ。あと…担当の脚は、念入りに見とけよ。」

 

「ええ、分かってるわ。本当にありがとうね。」

 


 

トレーナー室

 

「…一週間ぶりだな、今度掃除しねぇと…」

 

「やぁモルモット君、謹慎中はどうだったかな?」

 

「タキオン…生憎大して面白いことは無かったよ、あとあの時の行動に俺は一切後悔してない。」

 

「…言うと思ったねぇ、けど大丈夫なのかい?あれだけ派手なことをするとインターネットで晒されてもおかしくないと思うがねぇ。」

 

「大丈夫大丈夫、確かにああいう奴は人への暴言をネット上とかで言いまくるのが大好きな場合が多いが、それ以上に保身を気にする。『私はライスシャワーに向けて集団で暴言を吐いたらその事を指摘されて逆ギレして皆で殴りかかったら一人残らず返り討ちにされました』なんて大声で言う奴なんてそうそう居ない。居たらそいつはただのバカ…いや極め付きの愚か者だろう。」

 

「結構ボロクソに言うねぇ…」

 

「それほどの事をしたってことだよ…」

 

「そういえばあの場に居たのが人間だけでは無いだろう?ウマ娘も居たはずだがどうやって切り抜けたんだい?」

 

「ウマ娘は『自分は筋力や体力で人間より強い!人間なんかウマ娘に勝てる訳がない!』って固定概念があるからな、戦場で相手が油断してる時ほどのボーナスタイムは無い。確かにあの筋力からくる強烈なパンチとかは効くだろうが、当てる技術が無ければなんの意味も無いからな、人間がウマ娘と喧嘩して勝つなら合気道辺りを覚えれば相手の強大なパワーを利用出来るから良いと思う。」

 

実際これは事実だが、尚人の場合元が途轍もなく強いのであまり参考にはならないかもしれない。そもそも一般人にウマ娘のパンチを避けれる動体視力は無いだろう。

 

「君って結構格闘技とかについては真剣に説明してくれるねぇ。」

 

「元本物(プロ)だからな。その辺は真面目にやる、普段が不真面目って意味じゃねぇからな?」

 

「それは分かってるよ。そういえばトレーナー君が謹慎中の時に私に弁当を渡す際にドローンを使って居たが君って結構多芸なんだねぇ。」

 

「今まで色々あってな、大抵の事なら経験してきたから多分だいたいそつなくこなせると思う。」

 

実際600万年間で様々なことをしているので、やらない事は多々あれど、出来ない事は無いと言っても良い。

 

「君の器用さは本当に凄いよ…寮長よりも上かもしれないねぇ。」

 

「独り暮らしが長かったからかな?まぁただの経験からくる慣れだけどな。さて、そろそろ雑談も終わりにしてトレーニング行かないか?」

 

「確かにそろそろ行った方が良いねぇ…先に向かってるよ。」

 

「おう、分かった。んじゃグラウンドで集合ね。」

 

こうして平和な日々は続いて行く…男の静かな決意と共に。




『運命』
尚人が最も嫌悪する概念の一つであり、尚人を人の道から外した要因。彼の前で運命について語ると修羅としての殺意が抑えきれなくなる。
世界を第三者として見て、時々ガス抜きとして誰かに理不尽な不幸を背負わせる。そしてその誰かを人々が攻撃することによって世界のガス抜きが完了する…というのは全て方便であり実際は誰かの泣き叫ぶ姿や苦しむ姿を見るのが単に大好きというだけの最低最悪の存在。
因みに今はもう「気に食わなければ捩じ伏せる」事が尚人には可能らしい。

『青薔薇の護符』
薔薇の形になるようにカットされたアクアマリンとサファイアで飾り付けされた木製の護符。
絶望するような現実を奇跡を起こすことで一度だけ無かった事に出来るらしい。
但し絶望するような現実かどうかの判断が不明の為心強い御守りとして持っておくのが良さそう。


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第二十一話 「修羅、信頼する」

本来鍵を渡すイベントは前回やる予定でしたが完全に忘れてました…


東京競バ場

 

今日は日本ダービーの前日、そこで尚人のタキオンの二人はコースの確認とどんな状況になるかの予想を立てに来ていた。

 

「東京レース場…起伏が緩めで最終直線が長いって聞いてたけど、確かに中山と比べると100m以上違うな。」

 

「そうだねぇ…皆あそこの辺りでスパートをかけると予想出来るから…出場する選手も考えると…」

 

「…資料から考えると、今回出る選手のうち逃げを選ぶであろう2名はここでバテて落ちる…勝てるな、このレース。いや元々負ける事なんか今まで一度も考えてないが。」

 

「そうなのかい?モルモット君のことだから何か考えてそうだったが。」

 

「負けた時の事なんか負けた後考えれば良いんだと俺は思ってる。余計なこと考えると疲れるしな。」

 

実際は負ける=死の世界だったから負ける事を考えても何の意味も無いが尚人としての正解。負け戦だとしても勝利の一手を全力で探し、そして全員生き抜いて勝利する。彼はそういう男である。

 

「君を見てると君がどういう人間なのか分からなくなってくるよ…」

 

「ただのクレイジー野郎だと思うが。ゴールドシップとは方向性が違うけど。」

 

「君割と自嘲に躊躇が無いねぇ…」

 

「しょうがないよ、事実だし。」

 

そんな事を話ながらシュミレーションを終わらせ、最終確認を済ませる。

 

「よし。これであとは明日走るだけだな。」

 

「そうだね。可能性を導き出して来ようじゃないか。」

 

「何か掴めたら教えてくれ。詳しく聞きたいから。」

 


 

翌日、タキオンをパドックまで送り尚人は観客席に来ていた。

正直あまり評判は良くない気がするが、恐らく10割で尚人が原因である。

 

「…噂なんてもんはしょせん消費期限75日だから気にしすぎもあれか。」

 

「貴方は…もう少し…気にした方が…良いと思います…」

 

この話し方と気配で誰なのかはハッキリと分かった。

 

「マンハッタンカフェか…タキオンがいつも世話になってるな。」

 

「いえ…今日は…勝てそうなのですか…?」

 

「彼女はぶっちぎりの強ささ、半端じゃない。それに負けることを想定して戦う経験は俺にはない。常に勝つ道、生き抜くを模索し続けて、今日まで両足で立ってきたからな。」

 

「そう…ですか…一つ…聞いても…良いですか…?」

 

「なんだ?」

 

「貴方は…()()()()()のですか?」

 

そう聞くマンハッタンカフェの顔は…興味と恐れが同居していた。

 

「…何を知りたいのかは知らねぇが、俺は霊感はある方だとだけ言っておこう。」

 

「貴方はいったい…」

 

「はいストップ、知らない方が良いことも世の中一つや二つある。特に君やタキオン、皇帝みたいな表側の住民にはな。」

 

「それは…どういう意味なのですか…?」

 

「分からなくて良い、同じことは言わねぇぞ。」

 

「そう…ですか…それは…失礼しました…」

 

そんな事を話しているとレースが既に始まっており、もう中盤も過ぎようとしていた。

 

「…今日俺と君は会わず、ここに着ていた事を知らなかった。会話なんか無論無かった、そうした方が良いだろう。多分だけどな。」

 

「…そう、ですね…念のため言っておきますが…タキオンさんを…悲しませたりしないで下さいね…」

 

「子供の涙を拭うのは大人の仕事だ、大人が子供を泣かせちゃ駄目なのは理解してるつもりだ。」

 

「…なら、良いですが…」

 

どうやら話しているうちにレースは終わってしまったようだ。掲示板には一着の部分にタキオンの番号が書かれており、二着との間には三という数字が表示されている。

 

「…いっけね、見過ごした…」

 

「すみません…私のせいで…」

 

「いや、良いんだ。録画は済ませてあるから後で見直すよ。それじゃ、今回の事は他言無用で頼むな。」

 

そう言って尚人はその場から立ち去りタキオンの元へ向かう。

 

「…私達が表側…そして恐らく彼は裏側…どういうことなのでしょうか…」

 


 

ウイニングライブが終わった後、タキオンに多少責められたが何とか謝り自宅に帰って眠っていると…

 

「…ここがモルモット君の家か…鍵は開かないねぇ…窓なら開いてるだろうか?」

 

そう言って庭に足を踏み入れた瞬間

 

ビーッ!ビーッ!

 

「!?」

 

警告音が鳴り響くと同時に筒のようなものが飛び出してきて、タキオンに向けて先を向ける。そして筒の穴から…

 

「ぶっ…なんだこれは…」

 

大量のトリモチが発射されタキオンを捕らえた。

 

「…なにやってんの?タキオン…」

 

「モ、モルモット君!今すぐ助けたまえ!!このベタベタしたものを外してくれ!!」

 

「…正面からちゃんとインターホン使ってくれれば開けたのに…というか今門限過ぎてるでしょ…」

 

「そんなことはいいから!!」

 

「はいはい…」

 

尚人はトリモチを特殊な液体で溶かしてタキオンを救出していく、ただ服は結構悲惨なことになっていた。

 

「…取り敢えず風呂沸かすから入ってろ、上着は洗っといておくから。流石に下着は帰って自分で洗ってくれ。コンビニかなんかで売ってるかな…」

 

「モルモット君…なんだいあのトラップは…」

 

「ウマソックとかの防犯登録してなくてな、自前で用意した。上手くいくか分からなかったが、効果はちゃんとあったな。」

 

「少なくとも防犯対策はしっかりしてるようで安心したよ…お風呂借りてくるねぇ。」

 

「服は適当に用意しとくから、ごゆっくり。余計な物触るとさっきみたいなことになるから触れないでよ?」

 

タキオンを風呂場まで案内して入らせたあとタキオンが着ていた服を洗濯機に放り込み、コンビニなどで必要な物を買ってタキオンの着替えと共に置いて風呂から出てくるのをリビングでのんびり待つ。

数分後、しっとりと水分を纏ったタキオンが用意した服を着て出てきた。

 

「身体ちゃんと拭こうぜ…風邪引くぞ?」

 

そう言ってタキオンにバスタオルを投げ渡すとタキオンは自分の身体を適当に拭いて机の上に適当に置いた。

 

「…で、こんな時間にどうしたんだ?何か緊急の用事…ではないだろうけど。」

 

「…モルモット君が寝てる間に実験の一つでもしようと思ってねぇ…」

 

「…そんな感じだろうと思った、やるなら起きてる時にしてくれよ…あと不法侵入はやめような。色々騒ぎになるから。」

 

「むぅ…」

 

「そんな顔したって流石に怒られるから…スペアキーやるから今度からは正面から来い…」

 

そう言うと尚人は自宅のスペアキーを机の上に置く。

 

「ふぅン?そんな簡単に渡して良いのかい?」

 

「タキオンなら悪用しないだろ。渡しておくついでに言っとくけどあそこの部屋は倉庫だけど、危険なものが大量にあるから絶対に入るなよ。」

 

「分かったよ、今日はもう遅いし送ってくれるかい?」

 

「…俺免許は持ってるけど車もバイクも持ってねぇ…」

 

実際には倉庫にあるのだが、車検を通すのを忘れていた為使えない。そもそも馬力や最高速度などが頭可笑しい数値になっているので通るかどうかも微妙なところだが。

 

「ペーパードライバーってやつかい?」

 

「まぁそんなとこだな。取り敢えず寮長か何かに電話するか。」

 

尚人はトレセン学園に電話するが、夜遅いこともあり電話は繋がらなかった。

 

「…駄目だ、やっぱり出ない。」

 

「念のため外泊届けを出しておいて良かったねぇ…」

 

「それを先に言えよ…布団で良いよな?」

 

尚人は倉庫に入って来客用の敷き布団と掛け布団を取り出して即閉め直すと床に敷く。

 

「構わないよ。それにしても君の家って広いんだねぇ、誰かと住んでるのかい?」

 

「いや独り暮らしだ。少々広すぎることは自覚してる。」

 

「不動産屋とかで見てなかったのかい?」

 

「この家貰い物なんよ。」

 

「誰からだい?親とかかい?」

 

「親はもう居ねぇ、里親…みてぇなもんかな。」

 

「…その、すまなかったねぇ。」

 

「気にしないでくれ、もう遠い昔の話だ。」

 

そう言って尚人は最初の血縁者である両親を思い出す。だが思い出せたのは集合写真を撮られた時と自分に隠れて葉巻を吸っていた時、そして血の中に沈みもう物言わぬ肉片になっていた時のことだけだった。

 

(俺を除いた一家強盗放火殺人、証拠を消すために家は犯人によって焼かれたが保険として犯人が警察の上層部に賄賂送って早々に捜査は打ち切り。これら全部が運命(クソッタレ)の仕込みだと知った時は開いた口が塞がらなかったな。)

 

「…今日はもう休むとするよ。お休みモルモット君。」

 

「ああ、お休みタキオン。」

 

翌日、色々な人から質問責めされることになった。




『キューバ産の葉巻』
葉巻の本場、キューバで職人が一本ずつ手巻きで仕上げた高級葉巻。細かな所までしっかり拘り抜かれた一級品で最小限の装飾がされたシガーカッターと防水加工がしっかり施された葉巻入れ、専用のターボライターがセットで付いている。
元々は尚人の最初の父親が吸っていたらしいが、彼曰く「煙よりも価値を味わってるような感じだった」そうだ。
普段は吸わないが、尚人の両親の命日の時のみ弔いとして一本だけ吸っている。が、味わいなどは数十万年吸っても未だに良く分からないらしい。
なお両親はとっくの昔に別の生命に転生しており尚人の事など覚えてる訳が無いが、それでも弔いを続けているのは今までの血縁者で唯一思い入れがあるからだろう。


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第二十二話 「修羅、決意する」

投稿が遅れてしまい申し訳ございません。現在準中型の免許を取るために教習所に通っていてなかなかキツイので、これからも投稿ペースが乱れる可能性があります。
乙女ゴルシを書いてみたいと思ってますがどんな感じに書けば良いのか分からず苦戦中です。
今回自分でも何が書きたいのか分からなくなってきてるのであまり自信はないです。
次回は菊花賞の予定です。


日本ダービーも勝利し、確実に一歩ずつ伸びている二人。そんな二人に追い風となるイベントがやってきた。

一時的に全てのトレーニングが最高級の効果を発揮するボーナスタイム…そう、夏合宿である。

聞いた話によると2ヶ月の夏合宿でのトレーニングで生まれ変わったと思えるほどの成長を遂げたウマ娘も少なくないらしく、この期を逃すトレーナーは中央に居ない。

 

「という訳で夏合宿行こうと思うが異論はあるか?」

 

「特に無いねぇ…普段と違う環境によるデータの違いにも興味がある。準備を頼むよ。」

 

「ある程度は手伝うけど、着替えとかは自分で準備してくれ…生憎俺は女性のファッションとかさっぱりだしな。」

 

「そういう問題なのかい?」

 

「それ以外にもあるだろうけど…まぁ良いや、とにかく機材とかは用意しとくから、服とかは自分でやってくれ。」

 


 

そうして夏合宿が始まったが、尚人は何故かマラソンをしていた。

 

「…」(だいたい現在70kmくらい走ったかな…手加減しながら走ると無駄に疲れる…!!)

 

「流石はモルモット君だねぇ…!私の薬品を飲んでいるとはいえこれだけの距離を平然と走ってるなんて…!!」

 

記録を取るためにタキオンも一緒に走っているため一応トレーニングにはなってる…と思いたい。

 

「マラソンは…よく…やってたからな…あと何km?」

 

「その状態なら…あと30kmはいけるねぇ!!」

 

「俺じゃなかったら倒れてるぞそれ!?」

 

…その後30km走ったあと、海岸まで戻ってきたら…

 

「よし次はスクワットをして貰おうか、最低150回はしておくれよ?」

 

「マジかよ…今朝もうやったのに…」

 

「日常的にやってるのかい?」

 

「何年も続けてきたからな…もう癖みたいなもんだ。」

 

「ふぅン?そういえば私はモルモット君の過去をあまり知らないねぇ、今度話してくれるかい?」

 

「タキオン?どんな奴にも1つや2つ絶対に誰にも知られたくない事があるもんさ、タキオンにとっては脚のこと、それが俺にとっては詳しい過去ってこと。良く言うだろ?隠し事をするなら知らないのが一番良いって。つまりそういう事だ。」

 

誤魔化すように目を剃らしながらそう話す。その姿を見てなんとなく察してくれたようだ。

 

「…いつか自主的に言いたくなったら、その時改めて聞かせて貰うとしようかねぇ。」

 

「出来ればその時は永遠に来ないと良いんだが…」

 

そんな事をやってるとカメラを持った男が近付いて来た、ここら一帯は中央トレセンの貸し切りの筈なのでファンの可能性は無い…となると記者…ということになるが、今日取材の連絡は来ていない…

 

「アグネスタキオンさんですよね?」

 

「…ああ、そうだけど。悪いが後にしてくれないかい!今、実験の仕上げをーー」

 

「あの濱田尚人氏と組んでいるというのは本当ですか?」

 

だいぶ失礼な記者だが、尚人は気にも止めていなかった。

 

「…記者ですか?タキオンの取材は学園通してからお願いします。あと現在少々忙しいので取材ならまた後日にして頂けますか?」

 

そんな感じで俗に言う『大人の対応』で適当に流している…が、タキオンの機嫌はあまり良くなさそうだった。

 

「あっ、貴方があの暴力トレーナーですか!担当を無視して筋トレとは良い御身分ですねぇ!!」

 

「帰りたまえ、トレーナー君にそんな事言うな!」

 

「タキオン、落ち着け。俺への暴言などはタキオンが居ない時に好きなだけ聞きますので後にして貰ってよろしいですか?」

 

「君はあんな風に言われて悔しくないのかい!?」

 

「生憎あの程度何処吹く風よ、それに事実無根の話されても何も響かねぇ。こっちがやったことなんて寸止めと受け流しくらいだぜ?相手は傷一つありゃしねぇ。オマケに先制攻撃してきたのは向こうだ、サツも正当防衛の範囲内ってことで軽い注意で済ませたよ。それで暴力とか言われても、見当違いって感じだな。」

 

「そうなのかい?」

 

「ああ、つまり全く気にする必要ねぇのさ。言いたい奴には言わせておけ、あとは結果で捩じ伏せれば良いだけだ。そうだろ?」

 

「そうだねぇ、勝てば官軍ってことかい?」

 

「そういうこと。んじゃ続きやろうか。」

 

そんな感じで結果的にガン無視された記者はかなり不機嫌な様子で去っていった。

 

「あいつら…ただで済むと思うなよ…!!」

 

そんな三流の捨て台詞を残して。

 


 

その日の夜

 

「濱田トレーナー、少し宜しいですか?」

 

「たづなさん?どうしました?」

 

「これを見て貰えますか?」

 

そう言って見せてきたのは、先ほどの記者が書いたこちらを蔑む内容のネットニュースが映ったスマホだった。

 

「…腹いせって感じだな、根拠も理論もありやしねぇ。」

 

「それでも…」

 

「民衆は反応する…ですよね?」

 

「ええ…濱田トレーナーはこの前の一件で人目についています、色々気を付けてくださいね…?」

 

そう心配そうに言ってくるので、安心させる為に

 

「安心してください、タキオンには何があろうと被害出させないので。」

 

と不敵な笑みを浮かべながら話したが、どうやら不快に思われてしまったようだ。

 

「貴方は不特定多数の心無き者たちからアグネスタキオンさんを護りきれると思っているのですか!?全てを敵にしても護りきれると思っているのですか!?」

 

「そう確信してなければこんな事言いませんよ、それに俺はタキオンに、2度と涙で枕を濡らす日を来させないって約束してるんですよ。タキオンを護り、育てる事は俺の仕事ですが、誰かの涙を拭う事は俺の義務です。悪いですがこれについては俺は仕事以上に本気でやりますので。」

 

その本気の眼を見てたづなさんはたじろいでしまう。

 

「…ほ、本当に…護りきれると…?」

 

「世界が相手でも、勝つ自信はありますよ。それが俺のやるべき事ですから。」

 

「どうやってそこまでの自信を…?」

 

「単純に事実だからですよ。」

 

「…確かに人間が素手で5000人以上を一度に無力化してる時点で異常と言っていいですが…しかもほぼ無傷で…」

 

「今度軽く護身術でも教えましょうか?本当に軽くですけど。」

 

「貴方の護身術って本当に護身術なのですか?もっと過激な方な気がするのですが…」

 

「過激な方も教えられますよ?」

 

今回の眼は半分冗談っぽかった。が、もしも頼まれたら想像を絶するような内容を教えてくることは確実だろう。

 

「…遠慮しておきます。」

 

「そうですか、それは残念です。今なら無料でやってましたが…」

 

「少し気になりはしますが…」

 

「そうですか…まぁ、気が変わったら言ってください、暇な時にでも教えますから。」

 

そんなことを言いながら用意されていた自室に戻っていく。

なお翌日何故か記事を書いた記者の居る会社の株価が大幅に下がったらしい。




『尚人のスマートフォン』
尚人が製作した改造スマートフォン。市販品を大きく上回る演算能力や情報処理能力があり、やろうと思えばペンタゴンへの不法侵入すら可能。ハッカーにとっては喉から手が出るほど欲しい一品。


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第二十三話 「修羅、除霊する」

お久しぶりです。
前回「次回は菊花賞の予定です。」と言いましたが、予定を変更しました。恐らく次回こそは菊花賞になると思います。
実は、今回出てくるキャラには元ネタがあるキャラが居ます。(ヒントが少なすぎて分からないと思いますが…)
大ヒントを言うとタキオンの友人の友人(?)に関係がある馬です。特に正解しても賞品などはありません。


なんだかんだで夏合宿も終わりが近くなり、普段との環境の違いによる活力のブーストも切れかかってきた頃、ウマ娘達の間ではとあるイベントととある噂で盛り上がっていた。

合宿場の近くの山にある神社で花火大会があり、屋台も出るということと、その神社の近くにある祠に幽霊が出るという噂である。

ただ、幽霊の一件は実際に子供のウマ娘が数日間帰ってこなかったという被害も報告されている為、学園としては見過ごせない状態であり、悩みの種となっていた。

 

「という訳でちょっとその幽霊ぶん殴るかなんかして何とかして来るから終わったら花火大会行かねぇか?」

 

「幽霊と呼ばれる存在には質量が存在しないから物理攻撃は無理だと思うがねぇ…?」

 

「腕に塩でも着けておけば除霊効果は充分出るだろ。」

 

そう言って尚人が取り出したのはスーパーで買える特売の食塩であった。当たり前だがこんな物で普通の人間は幽霊を昇天させられる訳がない。

 

「あと切り札として聖水を作ってみた。まぁ各地の伝説やら神話やらに出てくる聖なる物って呼ばれてるのをごちゃ混ぜにしただけの無国籍風って感じだがな。それなりの効果はありそうだし無かった時でも凍らせればアイスになりそうだ。」

 

こんな物に効果があるのかは全くもって不明だが、無いよりかはマシだろう…マシだと思いたい。

 

「食べれるのかい?聖水って?」

 

「教会が配ってるのなんて祈り捧げられてるだけで元はただの水だぞ?水道水なのか井戸水なのかは知らんが。」

 

「それはそうだがねぇ…」

 

「まぁ最悪何かあっても帰ってこれるだろ、それが出来たから今ここに俺は居れてるんだし。」

 

その説得力があるのか無いのか尚人以外にはいまいち分からない言葉にタキオンは折れた。

 

「…生きて帰ってきてくれたまえよ?君のような実験動物(モルモット)兼トレーナーなどこの先見つからないだろうしねぇ。」

 

「確かにそんな奴この世に俺以外居なさそうだな、HAHAHA。」

 


 

その日の夜 寂れた祠

 

「確かこの辺だったよな…あれか、だいぶ風化してるな…手入れされてねぇみてぇだ。」

 

噂の祠は雨風に曝され続けてボロボロになっており、人の手が長い間加えられていないことが容易に分かった。こんなになるまで放置されて鬱憤が溜まったのが怪異現象の原因だろうか?

 

「…取り敢えず綺麗にしておくか、汚ぇ所に住んでると大抵の奴は気が滅入っちまうだろうし。」

 

上に被った埃や落ち葉などを払い、屋根に貼られた銅板の錆を取り、錆びにくいように錆止めを塗り、木に素材に合ったペンキを塗り直し…そんな事をしてると随分と見違えて綺麗になった。これならここに居るであろう神も心地よく住めるだろう。

 

「もしこれで機嫌が良くしてくれたりしてくれたら幽霊退治でも手伝ってくれると助かるんだが。」

 

その辺のコンビニで仕入れた缶ビールと油揚げとおにぎりをお供え物として置いてそう呟く。何を供えれば良いのかはよく分からなかったから適当にそれっぽいのを用意した。

と、そんな所に…

 

「…お、待ってました。」

 

噂の幽霊がやってきた。どうやらウマ娘の幽霊のようだった。

 

…オマエ、ナンデワタシガワカル?

 

「俺が幽霊とか見えるタイプの奴だから。それで、ここらで幽霊によって子供が数日間行方不明になってるって噂が流れてるんだが、お前か?」

 

「…ワタシハ、レースガダイスキダ。ダカラオモイキリハシリアイタイ。ケドオトナハワタシヲミレナイ。ダカラワタシガミエルコドモニツキアッテモラッテタ。」

 

この幽霊はただ単にレース相手が欲しかっただけらしい。あまり悪意もなさそうだし、ぶん殴って無理矢理昇天させるという方法はやめることにした。

 

「…なるほどね。なら俺があんたのレースに付き合ってやるよ。これでも脚には自信がある。ウマ娘相手でも負けねぇよ。」

 

「…イイノカ?」

 

「ああ、といってもこの後この辺であるお祭りで待ち合わせしてるから今日は1レースだけだがな。」

 

「…ソレデモイイ。オマエハドウヤラフツウノニンゲンジャナサソウダ。ヒサシブリニゼンリョクガダセソウデワクワクスルヨ。」

 

「そりゃ良かった。幽霊と戦うなんて俺も久しぶりだ、ちょっとワクワクしてるよ。」

 

この幽霊、何年ここに居るのかは定かでは無いが、ずっと鍛え続けてきたのだと思われる。その強さは…ハッキリ言って現時点のライスシャワーやタキオンどころが、皇帝(シンボリルドルフ)を大きく越えていた。文字通りレベルが違う。

 

「オマエニハオトルガワタシモカナリキタエテキタ。ソウヤスヤストマケルツモリハナイ。」

 

「へっ、上等。何処で走るんだ?俺は何処でもいけるが、ウマ娘のあんたは芝かダートじゃねぇと全力出せねぇだろ?」

 

「アンシンシロ、コノサキニツブレタレースジョウガアル。ソコデフダンワタシハハシッテタ。」

 

「そうなのか。なら大丈夫だな。」

 

幽霊に着いていってみると本当に競バ場があった。金属部分が錆びていたり照明がへし折れたりしてるが、レース用の芝とダートは充分使える代物だった。何故年期が入ってそうなのに芝もダートもレースで使えるほどの高品質が保たれてるのか、疑問が湧くが考えても仕方ないことなので放置。今は目の前のレースの事を考えることにする。

 

「ダートミギマワリ2000m、ババハリョウ、ソレデイイカ?」

 

「了解、ゲートは…うっそ、まだ使えるぞこれ。電源は…これか。これで準備は良さそうだな。」

 

30秒後にゲートが開くように設定してゲート内に入る。この状態でウマ娘の真似事をするのは初めてだが、手加減とかは練習したし大丈夫だろう。

 

「…ソレジャ、ハジメルゾ。ガッカリサセナイデクレヨ?」

 

「そっちこそ、吠え面かくなよ?」

 


 

結果、無論尚人が勝った。だが彼女の差しとしての脚は非常に速かった。上がり3ハロンの世界記録を3秒は縮めてるだろう。

 

「…ハハッ、コノスガタニナッテカラワタシニカッタヤツガニンゲンノオトコナンテナ…コンナタノシイレースハハジメテダ…!!」

 

「お前も相当速かったぞ?俺が見てきたウマ娘で間違いなく最速だ。他の奴がなんと言おうと、現段階でお前の右に出るウマ娘は一人も居ないだろう。俺の担当が求めてる"最速のその先"ってやつの答えの一つがお前なのかもな。」

 

「イヤ…ワタシガマダイキテタコロ、ワタシニマサルトモオトラナカッタヤツガヒトリイル…モシワタシトオナジニナッテモキタエツヅケテイタラサイソクハオソラクアイツダロウ…ドコニイルノカモモウワカラナイシナマエモワスレタガナ…」

 

「そうなのか、興味深い事が聞けたよ。是非とも会ってみたかったな。」

 

「フフ…ワタシモサ…ワタシは…満足…シた…たった1回なのに…あんなレースをしたら…満足出来ない奴は居ない…友達達のとこに逝くとしよう…良かったら…ここは…好きに…使ってくれ…」

 

声がクリアに聞こえると思い幽霊の身体を見ると、天使の輪っかのようなものがあった。どうやら昇天するつもりらしい。近くに別の存在も居た。あの祠に居た神が彼女を天界まで導いてくれるようだ。

 

「…ありがとうな、他の奴が忘れても俺はお前の事を忘れることはないだろう。お前とのレース、楽しかったぞ。」

 

「ああ…私も、今までで最高だった…あり…が…とう…

 

そう言葉を残して、彼女は神と一緒に天へと飛んでいった。恐らく戻ってくることは無いだろう。そう思いながら後ろを振り向くと足に何かが当たった。拾ってみると古い蹄鉄があった。手に持った瞬間に確信した。これは彼女の物であると。最期に最高のレースをやってくれたお礼なのだと。

 

「…ありがたく貰っていくぞ。じゃあな。」

 

そう呟いて、理事長に幽霊騒ぎが解決した事を電話で教え、蹄鉄を懐にしまい甚平に着替えて待ち合わせ場所に行く。

 

尚人は『歴戦の蹄鉄』を手に入れた。

 


 

花火大会会場

 

「…確かこの辺で待ち合わせだったと思うけど…」

 

「遅いよモルモット君、これは後で実験に付き合って貰うしか無いねぇ。」

 

「おお、タキオン。悪かった…な…!!」

 

声を聞いて振り返ったらそこには空色をベースに可憐な浴衣を着たタキオンの姿があった。

 

「…モルモット君?何を呆けてるのかい?」

 

「あ、ああ悪い。タキオンがそういう格好で来るって無かったから、凄く良く似合ってるぞ。」

 

「そうかい?今日行くことを伝えたらスカーレット君とデジタル君に着せられたんだが…そう真正面から褒められると少々照れくさいような感じになるよ…」

 

彼女が言うデジタル君はタキオンの同室であるアグネスデジタルの事だろう。彼女は一言で言えばウマ娘オタクって感じであり、その知識は下手なトレーナーが顔負けする程である。そして脚質もとんでもないことになっており、芝もダートも平然な顔で走れるのだ。そんなウマ娘は中央トレセンの歴史上初めてであり、専用の対応を取らざるを得なかったらしい。

 

「そうなの?まぁタキオンは元から美人だし、それを和服が引き出してるって感じかな。写真撮りたいくらいだ。」

 

「ハハッ、君がそんなに喜んでくれるとは少々想定外だったよ。」

 

「そう?俺は割と思ったことは口にしてると思うぞ?」

 

そんな事を話ながら屋台のある方に向かって行く。そして…

 

「よしトレーナー君、この手先の感覚が10倍鋭くなる薬を飲んでこの型抜きをやってみてくれたまえ。」

 

「任せろ、この手のは無双してたからな。」

 

型抜き屋では一番難易度が高いのをいとも簡単にクリアし…

 

「この薬は動体視力を引き上げる薬さ。これで射的をすれば効果さえ出てれば百発百中間違い無しさ。」

 

「射的は得意だぜ?的が近すぎるのが少々不満だが。」

 

射的屋ではモルモット型のぬいぐるみを1発でGETし…

 

「君はあの輪投げも出来るのかい?」

 

「もちろん、好きなのを取ってやるよ。」

 

輪投げ屋では全ての輪っかを棒に通し…とこんな風に屋台を無双してた回った。

 


 

「トレーナー君ってこういうのが得意だったんだねぇ、最後の方は店側が勘弁して欲しいって言ってたねぇ。」

 

「少々調子に乗り過ぎたかな…まぁ良いか。そろそろ花火が上がるな。」

 

「そうだねぇ…痛っ!!」

 

「タキオン!?」

 

タキオンが急に右足を押さえていたので直ぐに確認する。すると…親指と人差し指の間が赤くなっていた。

 

「あー…草履の鼻緒が擦れたのか…普段履かねぇしな…」

 

「…次からは普通の靴にするかねぇ…トレーナー君、おぶってくれたまえ。」

 

「了解…よいしょっと…」

 

そうタキオンの草履を回収して背中におぶった時、

 

ヒュー…ドーン!!

 

花火が撃ち上がり夜空を様々な色の光で綺麗に彩った。

 

「…鮮やかだな。」

 

「そうだねぇ…昔見た時よりずっと…」

 

「…そりゃ良かった…うん、本当に…昔見た時よりずっと…綺麗だ。」

 

その時の尚人とタキオンの顔は…心の底から嬉しそうだった。

 

才能が1段階開花した事により『独占力』を習得した!




『歴戦の蹄鉄』
尚人とレースで戦ったウマ娘の幽霊が使っていた古い蹄鉄。幽霊が装備していた物は物質ではないので、普通残らない筈だが、なぜか形あるものとしてこの世に残っていた。
長年使っていたのか若干すり減っているが、今まで戦ってきた勲章とも言える細かな傷は色褪せる事はないだろう。

『寂れた競バ場』
壁などに苔や汚れが目立ち、照明はへし折れ、観客席は劣化によりボロボロになっている競バ場。しかしレースをするために必要なダートと芝、そしてゲートは未だに使えるという少々不気味な場所。人が入った痕跡は無いが、どうやって維持出来たのだろうか?幽霊である彼女が維持する為の整備など出来る筈が無いのに。


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第二十四話 「修羅、奇怪する」

お久しぶりです。高校を卒業し仕事を始めてだいぶドタバタしてたら4ヶ月も経過してました。誠に申し訳ありません。これからも気長に待ってくれると嬉しいです。


ついに来た菊花賞当日。これを制すれば『クラシック三冠』という名誉はタキオンの物になるだろう。

 

「今回でクラシックの最後の冠を持つウマ娘が誰か決まる。当たり前だが俺らは既にその内の2つを手に入れた。最後の1個だけは渡さんと全力で潰しにかかるだろう。酷い場合参加選手全員がタキオンだけをターゲットにしてくる可能性も十二分にあり得る。かなり厳しいレースになるだろう。」

 

「ふぅン…確かにそれは興味深い、だがそれでも問題無い…トレーナー君ならそう言うだろう?」

 

「よく分かってるじゃねぇか、俺がどういう奴か。相手が例え三女神とやらであろうが負ける道理はねぇ。」

 

「トレーナー君は相変わらずだねぇ…」

 

そう呆れも多少入った言い方で溢すが尚人は全く気にしない。

 

「変わる気が無いもんでな、そろそろ時間だ。紅茶用意して待っとくぞ。」

 

「サバラガムワかキーマンを希望するよ、無ければアッサムでも構わないがね。」

 

「了解、良いのを用意するよ。タキオンの場合飽和状態越えても砂糖入れることもあるしあまり変わらないかもだけど。」

 

「私は味覚を楽しませてるだけだよ。私の味覚を最大限楽しませる為に融解度の限界を突き詰めてるだけさ。トレーナー君もどうだい?」

 

「そんなのばっか飲んでたらいつか糖尿病なりそうだな…俺は遠慮しとく。」

 

そんな感じに話していると、ノックの音が響く。

 

「アグネスタキオンさん、そろそろお時間です。」

 

「もう時間か…準備は良いな?」

 

「勿論だねぇ。記録をしっかり頼むよ。」

 

「ああ、タキオンもちゃんと無事に帰ってこいよ?」

 


 

「注目の1番人気、6番、アグネスタキオン。」

 

「これ以上ない仕上がりですね。得意の先行策で、クラシック3冠の名誉を手にして欲しいですね。」

 

…彼女の相手となる17人のウマ娘達、その全員がタキオンを見ていた。警戒するように、観察するように、敵視するように、じっと見ていた。

 

(…やっぱり警戒されてるか、上手く抜け出せねぇと厳しいな…ただステータスはこっちの方が上みたいだ、掛からなければ勝機は充分ある。落ち着いていけ…!!)

 


 

他の選手が全員一人を警戒するという異常な状態でレースは開始した。

現在400m地点、タキオンの順位は8位と先行にしてはかなり下の方であった、その理由は…

 

「…ブロックし過ぎだろ…最早肉壁だぞ…これセーフなのか?」

 

前方の7人はタキオンの行く手を徹底的に塞ぎ、後方の8人はタキオンに向けてプレッシャーを放ちまくっていたからだ。

 

「予め仕込んでねぇと絶対出来ねぇ動きだぞ…密会でもして打ち合わせしてたのか?だとしたらあまり気分良くねぇな…」

 

まぁ他のトレーナーを見ても驚いている表情がちらほら見えるので大半の選手は独断で行っているのだろう。実際無理をしてるからか顔が苦しそうにしている者も多い、壁が瓦解するのも時間の問題だ。だが一人だけ余裕そうな顔をしている者も居る。恐らくそいつが発案者だ。そいつのトレーナーも特に驚いていないからトレーナーもグルの可能性が高い。

 

(…実力じゃ厳しいから策を練り自身が有利な状況にする、確かに正しいな。だがそんな甘い策で負けるほど…柔な鍛え方はしてねぇんだよ…!!)

 

壁に穴が開き、瓦解し始めた瞬間に余裕そうな顔をした選手が一気に追い込みをかける…が、タキオンはそれ以上の速度で穴から壁をぶち抜きグングン差を縮めていく。

 

(私は誰よりも練習してきたんだ…3冠を取るために…!!それなのにあんな問題児に2冠も取られて…最後の冠も取られるなんて…認めない…!!認めない認めない認めないぃっ!!他のを踏み台にしてでも…絶対に取らせないっ!!)

 

(多少邪魔は入ったがね…ここで抜かせなきゃ最高のその先なんて夢のまた夢だねぇ…さあ、可能性を導きだそう!!)

 

負けじと相手も前に立とうとするが塞ぎ切れず差し抜かれそのままの勢いでタキオンは1着をもぎ取った。

 

「よぉし…!!流石タキオンだな…!!」

 

そうして尚人は録画していたカメラを仕舞い、タキオンお気に入りの紅茶のセットとアイシング用の氷袋を持ってタキオンの元へ向かった。

 


 

控え室

 

「お疲れさん、三冠おめでとう。脚冷やしとくぞ。」

 

そう言ってタキオンの脚に氷袋を置いて炎症を抑えると同時に脚の様子を確認する。

 

(思ったより疲労が蓄積してるな…直後にウイニングライブに行かせるのは危険だな。)

 

「トレーナー君、紅茶は用意出来てるかい?」

 

「ああ、今淹れる。」

 

尚人はタキオンに氷袋を渡して予め蒸らしておいた紅茶をティーカップに注ぎ、角砂糖と一緒に持っていく。

 

「ほい、サバラガムワ。あと砂糖ね。」

 

「ありがとうトレーナー君…良い香りだねぇ…」

 

「結構良いの買ったからな。まぁタキオンの家は結構良いとこらしいしこのくらい普段から飲んでるのかもしれんが。」

 

「特に気にしたことは無いねぇ…何だか眠たくなってきたよ…」

 

タキオンはうとうとした様子でそう呟く、紅茶を飲んだことでリラックスしたのが原因だろう。

 

「なら少し寝たら?寝てる間にマッサージもしてやるよ。」

 

尚人はタキオンが正月の頃に通販で買っていたらしい仮眠用のハンモックを広げる。結構気に入っているようでしょっちゅう荷物の中に入っていた。

 

「そうさせて貰うことにするよ…30分ほど経ったら起こしてくれると助かるよ。」

 

「了解、ライブに遅れる事は俺から言っとくから安心して休みな。」

 

メールで遅れることを手早く連絡してからマッサージを始める。眠りを邪魔せず、疲労を抜き取るようにしっかりと。

 

(ちょっと本気でやるか。疲れが全部消し飛ぶくらいので。)

 


 

25分後…

 

「うぅ…ん…」

 

「お、おはようタキオン。よく眠れたか?」

 

「トレーナー君…?身体がとても軽いが今何分経ったかい…?」

 

「25分ってとこだな。」

 

時計を取り出して見せると確かに眠り始めてから25分が経過したところだった。

 

「…本当にかい?時計が壊れてるとかではなく?」

 

「ああ、もう少ししたら起こすつもりだったぞ。」

 

「…信じられない…こんな短時間でここまでの疲労回復効果が…!?」

 

「インド辺りに行ってた頃に教えて貰ったのをやっただけだよ。めっちゃ効くって評判だったんだ。」

 

嘘である。インドで教えて貰ってなどいないし独学で見つけた超回復のツボなどを刺激して疲労を追い出しただけである。

 

「…君の経歴には未だに謎が多いねぇ…」

 

「あまり言いたくねぇってだけだよ。」

 

(…ここまで拒否されると逆に気になってくるねぇ…彼には何処か普通とは違う()()がある…あまり実家に頼りたくないのだが…トレーナー君について調べられるか聞いてみようかねぇ。)

 

なお、この後ウイニングライブは問題無く踊れました。

 


 

数日後 旧理科室

 

「…まさかここまで成果が得られないなんてねぇ…」

 

タキオンは実家に居る執事やメイドに頼んで尚人に関する情報を調べて貰ったが、殆ど何も分からなかった。経歴を調べても通っていたとされる学校は既に廃校になっており、海外での動向も不明。尾行をしても必ず撒かれ、自宅を調べようとしても防犯トラップで一網打尽にされる、と打つ手無しの状況だった。

 

「…貴女のトレーナーについて、調べてたんですか…?」

 

「そうなんだよカフェ…でも全くと言っていいほど何も分からなくてねぇ…」

 

「…彼は…何処か違う気がします…普通の人間とは…というかこの世の存在とは…」

 

そう言いながらマンハッタンカフェは日本ダービーで会話した事を思い出す。自身を裏方と言うならともかく、裏側と言う者を知らなかったからなぜそう言ったのか彼女には分からなかった。

 

「…完全に否定しきれないのがトレーナー君の不思議なところなんだよねぇ…」

 

「…貴女が直接調べてみては…?貴女なら…警戒されにくそうですし…」

 

「…そうするしかなさそうだねぇ…けど手掛かりになりそうなものなんて…」

 

そう言ってる時にタキオンは思い出す、尚人が絶対に入るなと釘を刺していた部屋があることを。

 

「…一つだけ心当たりがあるねぇ…」

 

「なら…」

 

「彼には決して入るなと言われてるが…まぁ後で謝ろう。」

 

そう言うとタキオンは扉を無理矢理開ける為に特製の溶解液を作成して、尚人の家に向かう。その先にある尚人の秘密がどれだけ危険かも知らずに。




『アグネスタキオン』
スピードC+ 522
スタミナD 349
パワーC 422
根性D 315
賢さD 322
所持スキル 『introduction:My body』『根幹距離◯』『好位追走』『中距離直線◯』『栄養補給』『先行コーナー◯』『直線◯』『独占力』『鮮明になる畏怖』


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第二十五話 「修羅人、吐露する」

お久しぶりです。色々ありましたが、免許は取れました。来年もよろしくお願いします。


尚人が珍しく残業で帰るのが遅くなってる夜、タキオンは尚人の自宅に合鍵を使って入り、彼が倉庫と言っていた部屋の前まで来る。

 

「…普通の家にはまず無い程頑丈な扉だねぇ…」

 

そう呟きながら扉の鍵を薬品で溶かして開けるとそこには…

 

「…なんだい…これは…!?」

 

古今東西からかき集められたと思われる様々な銃器と銃弾が入ったガンロッカー…棚に飾られたあらゆる種類の近接武器…この世の物ではない謎の金属や宝石などの素材…まるでここだけが別の世界になったと思えるほど異質な物が大量にあった。

 

「…こんな物…この世にあるのかい…?」

 

あまりのショックに呆けているタキオンに、置かれた武器の一つが目に入る。悪趣味な飾りがされた剣に何故だか分からないが非常に惹かれていた。そしてその剣を手に取ろうとした瞬間…

 

「辞めておけ、その剣は曰く付きのもんだからな。まぁ死にてぇって言うなら話は変わってくるが。」

 

「!?ト、トレーナー君!?」

 

腕を掴まれ止められた。

 

「俺この部屋には入るなって言ってた筈だが…まぁもう遅いか、鍵壊されてるし。」

 

「これは…その…」

 

「…取り敢えずリビングに戻ろう、言い訳なら聞くから。」

 

「…分かったよ、トレーナー君。」

 


 

リビングに戻った後、尚人はタキオン用に紅茶を淹れてから質問を始めた。

 

「…で、なんで入った?理由は予想がつくが。」

 

「…正直に話そう。トレーナー君、君には謎が多すぎるのさ。過去も…考えてることも…何もかもがね。」

 

「だから調べる為に誰か雇って尾行させたり家の中調べようとさせたのか…」

 

「初めておかしく感じたのは君と出会った時さ、トレーナー君。」

 

俺がトレーナーになって三日目の時、タキオンは教室に黒煙を上げてバクシンオーから逃げていた。

 

「そこのトレーナーさん!タキオンさんを止めて下さい!」

 

「は?おっと!」

 

そう言われて俺は、タキオンを掴んで投げたんだったな。そうして気絶したタキオンを保健室に運んだ…のに空腹でぶっ倒れて俺は気付いたら寝てて縛られてたな。

 

「目が覚めたかい?まさかウマ娘を投げるなんて…武道の経験でもあったのかい?」

 

これが俺とタキオンの出会いだったかな。改めて思うが何で俺はこんなバカな理由で気絶してんだ?

 

「あの時はなんとなく納得していたが、今冷静になって考えると武道の経験があってもあんな瞬時に投げるのは普通の人間には無理さ。次におかしく感じたのは担当を申し込んできた時さ。あの時君は…」

 

タキオンに出会って数日が経った頃タキオンは担当を取らなかったり、問題行動を起こしたりで退学通知が来ていた。タキオンが学園を退学すると決めた日に、皇帝と模擬レースをする事になった。

 

「到達しうる限界速度は影すら見えぬ程遥か彼方なのだから…!!」

 

そう良いながら皇帝を追い抜こうとしたのは今でも忘れられない。その時の目を見て俺は面白そうだと思ったんだ。

 

「好きにしな、実験動物(モルモット)でも構わねぇ!!」

 

そう言って俺はタキオンが持っていた薬を一気飲みして、担当契約を結んだんだよな。

 

「私の薬を飲んだ時の顔…動揺が殆ど感じられなかった。過去に似たような事を経験してるね?次は、君が私の薬の影響でウマ娘となっていた後の話さ。」

 

ある日たまたま出来た人間を一時的にウマ娘にする薬を使って、ライスシャワーに本物の悪役について、そして英雄のなり方を教えた時の話か…?あの時徹底的に下衆な走り方をしたな…この事タキオンには伝えてなかった気がするが…

 

「あの後別の被験者で試してみたところ全員が体調不良を訴えたのさ、人間の感覚とウマ娘の感覚は大きく違うからね。けどトレーナー君はそんな様子は一切無かった…そして最後に、そこの倉庫の中を見た時さ。あの中には、この世の何処にも無い素材で出来た武器等、様々な物があった。トレーナー君…君は、何者なんだい?」

 

「…もう隠し通せない、か。」

 

「話してくれるね?」

 

「信じて貰えるかは保証しねーぞ?証拠はいくつか出せるけど。」

 

「分かった。教えてくれたまえ。」

 

「俺は…俗に言う転生者ってやつさ。もっと簡単に言うと化物だ。」

 

俺は隠していた殆どのことを伝えた。この世界の生まれては無いこと。過去に殺しを行ったこと。魔法とかを使えることを。

 

「…君は頭でも打ったのかい?それとも夢の話を現実とでも思ってるのかい?」

 

「まぁそうなるよな…俺の過去、見れるけど見る?一応言うけど死体とか平気で出るけど。」

 

「…ここまできたら、見させて貰うよ。見せれるのなら。」

 

「そうか…なら見てきな。」

 

そうして尚人はタキオンに魔法をかける。

 

「あれ…急に…ねむ…けが…」

 

「…これから見るのは、俺の経験全てだ。それじゃお休み…」

 

夢の中へ行ったタキオンを持ち上げ、布団の中に入れる。

 


 

夢の中

 

「ここは…なるほど、今は夢を見ているのか。あの話と照らし合わせると…これはトレーナー君の過去かな?」

 

「まま…まま!」

 

二歳くらいと思われる子供が、木陰に居る女性に向けて走っていく。

 

「…あの話が本当なら、あれが恐らくトレーナー君の子供の頃かな。」

 


 

ドスッ!!

 

「嫌っ!!やめ…て…」

 

気付いたら女性の胸にナイフが刺さる。覆面を被った男がナイフを引き抜くと女性は倒れて動かなくなった。

 

「!!」

 

「あれ…まま?…まま!?」

 

「どうします?ボス?」

 

「ガキは放っておけ。問題は無いだろう。」

 

「…嘘だろう?トレーナー君は、こんな目にあっていたのかい?」

 

(…よくも、よくもままを…いつかおまえらからもすべてをうばってやる!!)

 


 

「被告人、濱田尚人氏を殺人罪の罪で死刑とする。」

 

「…トレーナー君、君が時々見せる悲しそうな顔は、これが原因かい?」

 

こうして尚人は死刑となり、殺された。そして…

 


 

「お前は生け贄だ。せいぜい大人しくしてろ。」

 

(…なんで…)

 

転生し生け贄として殺され、

 


 

「Rh842の調子はどうだ?」

 

「問題ありません。いつでも戦場に送り込めます。」

 

(…なんで…)

 

転生し兵器として扱われ、

 

「自爆装置を起動させろ。敵を纏めて吹き飛ばせ。」

 

「了解です。自爆コード入力。」

 

(なんで…なんで…)

 

戦場で殺され、

 


 

「お前は悪魔の子だ!燃え尽きて消えろ!悪魔め!!」

 

(…なんで…なんで…なんで…!!)

 

色んな世界で尚人は理不尽に苦しめられ、殺される。だが彼に手を差し伸べる者は一人も居なかった。

 

「…トレーナー君…」

 


 

「…力が欲しい。今まで俺は散々虐げられてきた…俺が弱いからだ…力を…もっと…力を…!!」

 

こうして尚人は修羅と成り、悪魔と契約をした。

 


 

「いや…やめて…助けて…」

 

「俺が助けを求めた時に笑いながら石を投げたのは…何処のどいつだ?」

そういって右手に持ったナイフを振り上げる。

 

「やめ…」

 

「死ね。」

 

ドスッ!!

 

「…君は、ここでもう完全に狂ってしまったんだね。トレーナー君。」

 


 

「逃げろ!!修羅が来たぞ!!」

 

「あれ?なんで逃げるの?もっと楽しもうよ?HAHAHAHA…AHAHAHAHAHAHA!!

 


 

こうして500万年の間、尚人は罪を重ねた…何度も何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

「…君は…どうりであんな寂しそうに…」

 


 

「…よう、創造神。俺のことは知ってるだろ?」

 

「そなたか…修羅と呼ばれし者は。」

 

「今日は楽しい殺し合いをしに来た訳じゃねぇ。今までの俺が間違ってたのか、それを聞きに来た。」

 

「…ほう。ようやくそれに気付いたか。」

 

「…つまり俺は間違ってたって事か。」

 

「修羅に堕ちた者よ。そなたは間違いを犯した。だが今間違いに気付こうとしている。今一度救いを求めるならその罪をそなたの力をもって償いなさい。さすればそなたに愛を知るチャンスを与えよう。」

 

「愛…?なんだそりゃ?教えやがれ!」

 

「それを知るにはまず償いをしなければならん。そして償った時初めてそなたは愛を知れる。その愛こそそなたを救うだろう。」

 

「…あーもうよく分かんねぇ!!てめぇの話が仮に本当だとして俺はどうすれば償いとやらが出来るんだよ!!」

 

「まず今まで殺してしまった者全てに謝りなさい。そしてこれからは誰も殺さず、その力を人を救う為に使いなさい。それがそなたの償いになるじゃろう。」

 

「…信用して良いんだな?」

 

「わしは嘘は言わん。」

 

「…裏切ったらまずお前を殺すからな。」

 

「裏切ったらの話しじゃろう?早く行くがよい。」

 

「…食えねぇジジイだなおい。」

 

そう言って尚人は去っていく。

 

「…これが君の目的なんだね?」

 

「そうじゃな。」

 

創造神はタキオンの方を向いて話しかける。

 

「え!?まさか私が見えてる…?」

 

「見えておるわい。そなたは…未来の彼を知るものか。…ほう。彼は償いきれたのか。」

 

「…あの、トレーナー君は…一体…」

 

「彼はの…かつてわしが作り出した運命によって狂わされてしまった存在じゃ。お主越しに彼の未来を見てみたがの…彼が悪夢を見るのは自身に無意識でかけた呪いじゃ。」

 

「え…?」

 

「彼は罪を償ったあとも、罪の意識を棄てられずにいるのじゃ…その罪の意識が呪いとして現れたのじゃろう。この呪いはわしにも解けん…じゃが、お主ならもしかしたら…彼を呪縛から解放してやってくれんかのう?」

 

「…私に、出来るのかい?」

 

「ワシが知る限りお主は彼に最も信頼されてる存在じゃ。自信を持てい。そろそろ目覚めの時じゃの…頼んだぞ。」

 


 

AM4:00 尚人の自宅

 

「うぅ…ん…?」

 

魔法の効果が切れたようで、タキオンは目を覚ます。

 

「目が覚めたか。どうだ?俺がどんな存在か知って。軽蔑しただろ?」

 

「…あれは、真実なのかい?」

 

「…ああ。どんな理由であれ、俺は罪の無い人間を殺し続けた。最低最悪の存在だ。」

 

「モルモット君…」

 

「…あの時の俺は間違ってたって事は分かってる。けどあの時感じた肉や骨を砕く感覚…浴びた返り血の匂い…それらを忘れられねぇのも否定できねぇ…実際傷付けないように寸止めで済ませたとはいえ天皇賞(春)の時での喧嘩…あれは滅茶苦茶楽しかった…俺は、結局修羅のまんまだ。居ちゃいけなかったんだ…元々居なかった存在、不法侵入者なんだよ…オマケにあの運命(クソッタレ)は俺の存在を検知して絶望させる為に俺の周りの奴らを傷付けようとするだろう…そう思うと…怖いんだ…」

 

尚人は下を向いて隠しているが、今にも潰れそうな表情をしていた。

 

「確かに俺は救いを欲した。でもそれでやっと出来た繋がりがあの運命(クソッタレ)のせいで傷つくのは本当に嫌だ…そんなくらいなら、俺は…」

 

そこまで聞いて、タキオンは勝手に身体が動いていた。尚人の頭を近くに引き寄せ、子供をあやすように抱きながら頭を撫でた。

 

「…え…」

 

「…辛かったんだろう?今までのモルモット君の苦しみを全て理解してるとは言わない。でも誰にも頼れなくて、寂しくて、辛くて、苦しかったんだろう?君が自分を卑下するなら、私が代わりに君を尊大しよう。私を信頼してくれないかい?」

 

「…ひぐっ…タキ、オン…ワァァァン!!」

 

今まで堪えてた分、尚人は思い切り泣いた。大粒の涙を、恥も何もかも気にせず大量に流した。

 

「…今だけは、好きなだけ、泣くと良い。モルモット君。」

 

こうして尚人は泣いて、泣いて、泣き疲れて、誰にも見せたことの無い朗らかな顔で眠った…

 

「…こうしてると子供みたいだねぇ…今日だけの特別サービスだぞ?」

 

この日は600万年ぶりに、悪夢を見なかった…その代わりに…在りし日の記憶…両親と仲良く遊んでる忘れた筈の記憶を夢の中で見ていた…

 


 

AM6:00

 

「…あ…あれ…朝…悪夢を…見てない…?」

 

「おや、目が覚めたかい?」

 

目が覚めた時には、タキオンの膝枕だった。

 

「タキオン…?あれ、何で俺…!!」

 

目が完全に覚めて、様々な感情が溢れだし飛び起きる。そして即座に正座をして、

 

「大変見苦しいものをお見せしました…」

 

それはもう綺麗な土下座をしたという…




『創造神』
ありとあらゆる世界のありとあらゆる存在、現象、理を無から作り出した神。とある異空間から世界を眺めるのが趣味。尚人にとっては一番長い付き合いで、感覚としては近所の爺さんに近い。元々はそれぞれの関わりを管理する為に作り出した運命が離反し暴れまわっている事に罪悪感を感じている。


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