ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 (Tentacle)
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プロローグ
全ての始まり



 大概のことは、軽い気持ちで始まる。




 よくある転生モノに巻き込まれたらしい。まだ見たいアニメとか読みたい漫画とか発売待ってる本とか公開直前の映画とかあったのに…と言うか死因なんだよ。死んだ記憶すらないんですが。

 

 前の世界の家族ははっきりと記憶に残っているのに、この世界の両親の記憶はおぼろげだ。

「さあさ、今日はこの種で授業しますぞ」

「タネ?」

多分、生まれて間もないタイミングでこのお婆さんが引き取ったんだろう。親が様子を見に来たりしている気配がない辺り、特に思い入れを感じる必要もないはずだ。

「一人前の星の魔女であれば、この種を芽吹かせるどころか、一分とかからず大樹まで成長させることができまする。まずは芽吹かせ、貴女様の助けが無くとも生きることができるよう安定させるところまでやってみましょう」

「ん、わかった」

今の私の年齢は6歳ちょっと。転生者故に難しい言葉も難なく理解してしまう私の存在を親が気味悪く思ってもおかしくない。悲しいが責める気にはならないし、こっちも意識しないことで対等になるだろう。忘れる前に前世の家族の姿を何かに保存しよう、方法があれば。

「決して、強引にしてはなりませぬぞ。貴女様は支配する者ではございませぬ、共に生きる者にございまする。多くの星の魔女がそこを誤り、滅びました。同じ轍を踏んではなりませぬ」

 

 どうやら私はこの星に一人しかいない魔女だか巫女だかになる存在として生まれたらしく、こうして一人前になる為に修行を積んでいる真っ最中だ。お婆さんは知識を多少持っているだけとのことで、この人にもわからないことが多いのだとか。私が滅茶苦茶久しぶりに生まれた最後の一人かもしれない、と聞いたので無理もないと思う。修行が終わったらそこからは自分であれこれ模索していく予定だ。

「そう、その調子ですぞ…!ゆっくり、促すように…」

小さな手で少し大きめの種を包み込み、ゆっくりと、撫でるように魔力を流し込んでいく。ふるりと震えて割れる外殻の中から見えてくる緑に、ふっと笑みが浮かぶ。新しい命の誕生が嬉しいのか、心の内がほんのりと温かい。

 

 人間で、いわゆる不思議な力が使える人達は極々限られているのは見ているだけでわかった。地域格差が大きいとはいえこの世界は科学で支配されていて、魔法や魔術を信じない人の方が圧倒的に多い。私とお婆さんがいるこの村は山奥の方でその類を信じやすい人達ばかりなので、教わっていることは違えど私のように修行しに来てる人達がちょこちょこいる。中には星の反対側からわざわざ来た人もいるとか。

 なんとも不思議な世界だが、一つ気になることがある。

「……なんか、素手で妙に強い人達多くない?」

 

 

 

 

 

 

 修行すること25年。30間近の私は修行を終わらせる為にお婆さんと二人で、人気のない森の中で向き合って座った。

「ここまでよくぞ、育ってくださいました」

「いえいえ、全て貴方の教えあってこそです」

「…その謙虚さが変わらず貴女様の内にあること、私めは誇りに思いまする」

もう何歳なのか想像もつかないくらいしわくちゃの彼女の目には、感極まっているのかかすかに涙がにじんでいた。

「どうか、この最後の儀を終えてからも忘れずにいてくださいませ」

「はい!」

「では…『星との接続』を」

 修行の最後を飾るのは『接続の儀』。この星(どうやら『地球』らしい)と接続することで、私は真の意味で星の魔女になる。一度繋がってしまえば運命共同体、この星が滅べば私も致命傷、私が死ねば星の環境が加速度的に悪化していく。一応この星と縁を切って他の星と接続する方法とか、星への影響を極力抑える形で私が死ぬ方法とかもあるらしいが、それはあくまで最終手段。基本はこの星の環境を整えつつ、悠々自適に暮らすのが私の仕事だ。設定的に物語の中盤か後半で死にそうな重要キャラだよなぁと、最初知った時のあの微妙な気持ちが忘れられない。とりあえず長生きしつつ自己研鑽しよう。

 接続の儀を終えてお婆さんを村まで送った私は、もう一人の親とでも呼ぶべき人に別れを告げた。無事作れた前世の家族写真の隣にお婆さんの写真も置こう。

 

 地球の現状を確認しつつ見つけた新天地は、滅多に人が来ない深い森の奥深く。様々な草木が生い茂り、多種多様な生き物が生き、近くに程よい大きさの清流が流れている好立地。

「やっべぇ、緑最高」

星と接続したからか、今まで以上に自然の中が居心地よく感じる。私の精神の安定もこの星の環境に大きく関わるから拠点はこういう所の方が望ましいとは言われていたが、まさかここまで安らぎを感じるとは思いもしなかった。

「…よし!家作んないとね!」

星と接続したこの体は不老となって寿命は際限知らず。未だわからないことは多いし、さっき見た限りでは仕事も溜まっている。やることはたくさんあるからこの長い人生で暇することはしばらくなさそうだと、この時の私はかなり楽観的に思っていた。

 

 

 

 

 

 

 森で暮らすこと早20年。転生前のお父さんお母さん、良きあの世ライフもしくは転生ライフを送れていますでしょうか。

「…まーーーーじかーー…」

今日、空から緑色の巨漢が降ってきた。家からさほど離れていない位置にクレーターを作ったそれはなんと重症、主因は衝突以外にある模様。

 

 長年疑問に思っていた不思議な世界観への答えが、ついに見つかった。見つかってしまった。

 

「私、マジで死ぬじゃんこれ」

原作基準なら最低1回、GT含むならもう1回…いや、そもそもドラゴンボールでちゃんと蘇生できるの?死なないように一時的に別の星と仮接続かなんかしないとダメな感じ?

「ぐ、ぅ…」

気絶したまま唸る彼に近づかない形で診察しつつ、目の前の彼に関してあれこれ思い出した。

 原作において、彼は初めて徹頭徹尾シリアスに扱われた悪役だった。私は元々彼の子供の方にハマったクチで、そこを通して色々な考察を重ねたり人の意見を聞いたりしていた。そうしているとやはり思うところはあるわけで━━━。

「…ここに落ちたなら、たぶん、何かしないとだよね」

 

 そんな私だから、ちょっと賭けてみたくなった。

 




 ピッコロ大魔王推しの仲間、絶賛募集中。マジで募集中。自分以外で夢書いてる人、片手で数えても指が余るくらいしか見た事ないんですお願いします。


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不信

警戒は当然。


 

 目覚めると、知らない天井がそこにあった。

 

 視点を変えれば大概の人間よりも大きいこの体を難なく収めるベッドの上に寝かされているのがわかる。状況を把握しようと起き上がろうとすれば全身が軋むように痛み、意識を失う直前までの記憶が蘇る。

「お、のれ…!」

グラグラと怒りが湧き上がり、憎しみで内が満たされていく。それを力にしてようやく起き上がって毛布を取り払えば、治療が施された自分の体が視界に入った。こう扱われる心当たりはない。『あいつ』がわざわざこんなことをするとは思えないが、事情が変わったのだろうか。自分が今いる部屋を見ても幽閉されているようには思えない。どこにでもある人間の住居のようだ。

「どういうことだ?」

部屋の外に出て情報収集しようと立ち上がろうとした瞬間、耳が足音を拾った。外にいるのか、踏まれる草や枝の音も聞こえてくる。まっすぐこちらに向かっているようだ。

 息を潜め、待つ。気の質からして『あいつ』ではないし、神族の関係者でもない。かといって魔族とも言い切れない。穏やかだが、白黒つけれない妙な気だ。部屋に魔力の痕跡が多く残っているのを考えると、魔術・魔法に関わりを持つ者ではあるようだ。自分に何かしらの価値を感じて治療した魔術師なら利用できるかもしれない。

 そこまで考えが至ったあたりで、問題の人物がこの部屋のすぐ近くまで来た。声からして女のようだ。

「そろそろ起きる頃かなーっと」

自信か慢心か、警戒している様子はない。なんの躊躇もなく、そいつはドアを開けた。

 

「 動くな 」

 

殺気を露わに、いつでも攻撃ができるように構える。驚いたからか、目標の足はすぐに止まった。

「その場から動かず、質問に答える時だけ口を開け。ここはどこだ?」

治療道具らしきものが乗ったトレーを持ったまま、女は動かない。見た目は普通の人間の女とほとんど変わりないが、自分と同じように尖った耳と人間の女にしては高めの身長が気になる。

「…ボーロ樹海中央付近の、私の家」

「ボーロ樹海だと?」

天界からどう落ちたかまではよく覚えていないが、そこそこ離れた位置だ。女の声に特に違和感はなく、こちらに精神操作をかけるようなそぶりもない。

「何故、私はここにいる?」

「えっと、その…近くに落ちてて…」

「落ちていた?」

「大きな音がして、見にいったらクレーターできてて…そのままにしてるから、気になるなら見せれるけど…」

「ふむ…で、貴様は私を拾って連れてきた。そういうことか?」

頷きが返された。対応に困っているのか戸惑いが見えるが、嘘はついていないようだ。

「この辺りにいるのは私と貴様だけか?」

「人間が迷い込むことはたまにあるけど、それ以外は特にいないはず。」

「貴様の目的は?」

即答しない女を観察する。場合によっては自分の身がただではすまないとわかっているのだろう、さっきまで緩み切っていた女の気が緊張をあらわにしている。

「どうした?答えられないのか!?」

声を荒げれば目の前の人間がびくりと反応した。女は口を開いては閉じ、悩み、また開いては閉じと、言葉を探しているようなそぶりを見せた。害意らしきものは感じないが、話しづらいような理由となると警戒せざるを得ない。

「……ほっとけなかった、って言って、納得する…?」

 ようやく紡ぎ出された言葉は、偽善者どもがよく口にするそれだった。瞬時に激情が膨れ上がり、それに呼応するように気が上昇していく。

「貴、様ぁっ…!」

 ただただ腹立たしかった。人間も、奴らとのつながりを望んだ『あいつ』も、目の前のこの女も。

 何もかもが気に食わなかった。怯えながらも敵意をむき出しにする目が、嫌悪を露わにする目が、困惑で歪む目が。

「そんなに死にたいか…!」

視界が、揺れる。怒りのあまりか、気によって家屋が震えているのか…そんなことはどうでもいい。とにかくこの女を━━━!

 

「ダメっ!!!」

 

 次の瞬間、体が凍りついたように動かなくなった。何が起こったのか把握する前に全身がバラバラになりそうな痛みが走り、こらえきれず声を漏らす。ひゅっと息を飲む音が聞こえた気がして、音がした方へと視線を向ければあの女がいた。こちらに片手のひらを向けているが、何らかの魔術を使ったのだろうか。

「い、今、そういうことしたらだめ…!」

痛みが治まらない。女の声が震えているように聞こえるのは、先ほどの揺れが収まっていないからだろうか。

「魂が壊れちゃう…!」

遅れてやってきた疲労感と痛みで鈍くなった頭ではその意味を理解できず、ゆっくり近づいてくる女の姿を最後に視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 「━━━つまり、今の私の魂は損傷が激しい上に、構成物が足りない致命傷一歩手前の状態だと?」

「それでだいたいあってる」

再び目が開いた頃にはだいぶ時間が経っていたらしく、視界には最初の光景に加えて疲弊したあの女の姿があった。

「応急手当てしたから、休養すれば自然治癒で問題なく動き回れる程度には回復するけど…」

「それだけでは足りんのか」

「……今の貴方の損傷具合だと、完治できない。欠陥のある魂っていう爆弾抱えながら生きることになる。何かの拍子に死ぬだけならまだしも、魂が崩れて形を維持できなくなったら…存在そのものが、消滅する」

これ以上ない心当たりがあり、診断結果を疑う気は湧かなかった。自分が無理やり切り離された側なのだから足りないものは多いだろう。

「肉体の方はもう3日…2日でも大丈夫かも。ちゃんと栄養とれば順調に回復するはず」

「自然治癒のみで魂を回復させた場合、どれくらいで元通り動けるようになる?」

「一ヶ月より短くはならないし、さっきも言ったけど不完全なままだから…」

「『不具合』は避けられん、か」

苛立ちはある。が、気絶する前のような激しい怒りはない。

「……貴様なら、完治させられるのか?」

深いため息の後にそう聞けば、自信なさそうではあったが返答が来た。

「初めてこういうことするから手探りになるし、貴方の心身にも負担がかかるから時間はかかるけど…治療方法は、ある程度目処がついてる。欠陥がほぼ気にならないところまではいけるはず」

「ふむ…」

 おそらく、こいつより腕のいい魔術の使い手はそう苦労せず見つけられるだろう。だが、この手の連中はえてして高い対価を求めてくる。その一点に関してはこの女の方が大概のやつよりマシだと自分の勘が囁いていた。今知る限りの情報からしてこの女は比較的慎重な方で、無謀な策は好まない。自分に何かしらの対価を求める場合、なるべく踏み倒されないようなものを指定する可能性が高い。理由はともかく、なるべくこちらの怒りを買わないように様子を伺っているのは火を見るより明らかなのでそこは心配しなくてもいいはずだ。

「意地でも治せ、女。私はここで腐り落ちる気はない。」

「わかった」

 緊張した顔つきでの了承に、うっすらと不安を感じた。

 

 

 

 

 

 

 手探りかつ、心身に負荷がかかり、おまけに時間がかかる。

 確かに、そう言われた。

 

 ここまで酷いとは思わなかった。

 

 最初の一週間程は自然治癒である程度安定させる必要があると言われ、休養メインで過ごした。新米の星の魔女だと名乗ったあの女がすることと言ったら経過確認くらいのもので、不満といえばあまり動き回れないことぐらいだった。

 この時に自分が落ちた場所や家の周囲にある川やらなんやらの場所を散歩がてら案内され、さらに自衛のために森一帯に特殊な結界を張っていることも説明された。行動可能範囲が狭い代わりに安全が保障されていると思えば納得できる範囲だった。少々馴れ馴れしいのが苛つくが、無理さえしなければ放っておいてくれるのでこれも問題なく我慢できた。

 

 二週目からが問題だった。

 自分の目で魂の状態を確認したいかと聞かれ、特に断る理由もなくされるがままにそいつの言う安全な方法で魂を外に露出された。この時点で軽い吐き気を感じたが、変形しひびの入った小さく感じる魂を見て放置する気にはなれなかった。事前に治療に関する説明を一通り受けて知識を得たこともあり、きつくても治らないよりはマシだと思ったのだ。

 あの女が直に魂に触れた瞬間、最初の吐き気なんて勘違いだったのではないかと思うほど強烈な不快感が全身を襲った。当然のようにそれは顔に出、それを見たそいつはすぐに手を離した。曰く、生物にとって最もデリケートな部分である以上精神から肉体へと影響がどうしても出てしまうとのことだ。例外はあの世くらいだろうとも。

 深い眠りに入っている状態なら感じずに済む可能性が高いという提案は却下した。完全に信用しているわけではないのだから当然だ。

「…本当に、大丈夫?」

「いいからやれと言っているだろう!」

 

 こちらの言動に敏感に反応する姿が、妙に目に付いて苛ついた。

 

 




あの分離、滅茶苦茶無理矢理やった感がすごい。二人ともよく死ななかったなと。


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気づき

想定外なことは、そもそも考えもしない。


 治療は、亀より遅いのではないかと思うほど鈍足進行だった。

 

 それを指摘すればやれ外殻が固くて整形が難しいだの少しずつやらないと自分の魔力と拒絶反応を起こすだの、いつも反論を用意していた。食事はもちろん、修行内容にやたらと口を出す時もあった。自分の体のことは自分でわかっていると言っても聞かず、こちらが無視すれば魔術で強制送還された。施術中にかかる負荷があの女の想定を超えれば早期に終了し、翌日いっぱいまで監視された。

 こちらがいくら文句を言っても、なじっても、罵倒しても、こと治療となるとあの女は頑なになった。

「それ以上はドクターストップだから!ほんとダメだって!!申し訳ないけど頼むから安静にしててくださいお願いします申し訳ありませんーーーーーー!!!」

しかも、偉そうにいうならともかく、謝りながらだ。おどおどとこちらの機嫌を伺うのに、自分の要求をごり押ししてでも通すのだ。謝りながら。一体あの『申し訳ない』にどれだけの重みがあるのだろうか、もう耳にタコができるくらい謝罪の言葉を聞いた気がする。

 まともに修行に励めるようになったのは一ヶ月半以上経った後だった。本心としてはまださせたくなかったようだが、これ以上は止められないと判断したのだろう。あの頑固者がようやく折れたと妙な達成感を感じ、さっさと治して出て行ってやると心に誓ったのを覚えている。

 

 だが、そこからさらに治療スピードが遅くなった。

 治療の様子は不快感を我慢しながらも毎回見ていたので、進行が遅くなればすぐにわかった。施術後にそこを指摘したが、そいつはいつものように言い訳を持っていた。

「魂がある程度回復してきたせいか、干渉しづらくなってるみたい…もっとスムーズにできる方法は探っていくから、申し訳ないけどしばらく我慢して」

「貴様…!私に他の当てがないからと━━━!!」

「ち、ちがっ、そんなんじゃ…!」

「だったらすぐなんとかしろ!!」

何もかもが思うようにいかなくて、ただただ苛つきばかりが積もっていった。こうしている間も、『あいつ』はのうのうと望んだ椅子の上で誰にも邪魔されることなく日々を生きているのだと思うと余計に苛立った。

 腹いせにあの女がいつも使っている椅子を壊してやったら、落ち込んだ様子で片付けるばかりで反論も文句も何もなかった。余計に腹が立ったが、怒鳴り散らしたところで得るものはないだろうと我慢した。

 

 

 

 

 

 

 二ヶ月経ったあたりから雨季が始まったのか、夜によく雨が降るようになった。

 

 日にちにして七十日ほどだろうか、治療はようやく終わりが見え始めている。しかし、相変わらず進行は早くならない。むしろ遅くなるばかりだ。

「あと少しだろう!!何故さらに遅くなる!?」

「色々試したけどダメだったの!無理に進めたら逆に悪化するかもしれないんだよ?!」

追い詰められているのか、ここ一週間は向こうも言葉に怒気が混ざるようになっていた。

「はっ、どうだか…ここ最近、夜になると長時間留守にしているだろう。何か企んでいるんじゃないのか?」

「っ!…違う!!」

「なら何をしているんだ?私の足止めをしてまで、何がしたい?」

「足止めなんかしてないし、何しててもあんたに関係ないでしょ!」

あからさまに怪しい。余裕がないあまりに知られたくないという気持ちがあらわになっていた。

 もう少し探ってみようかと考えを巡らせていたら、相手の口が先に開いた。

「もう数日くれれば、具体的にいつ終わるか教えられるから…数字出すのに一週間かからないから、だからもう少し待って。お願い」

ならばその日が来る前に貴様の秘密を暴くまでだと、心の中でそうほくそ笑みながら今晩の計画を立てた。

 

 あの女は前から夜に外出していたが、ここ最近はこちらが就寝した後でないと家から出なかった。

 もう少し怪しまれるかと思ったが、寝たふりをするだけであっさりと第一関門を通過できた。足音が家を出てある程度離れたところまで行ったあたりでベッドから抜け出し、音を殺し気配を消し、バレないように後を追う。夜の森は昼に比べれば静かではあるが、夜行性の生物も多くいるので適度な雑音が常に聞こえてくる。おかげで忍びやすい。

 女の足はよどみなく進んでいるので、おそらく目的地は『いつもの場所』なのだろう。早い段階で情報を得られそうだと思ったところで、目標の足取りに焦りが出た。もしやバレたかと足を止めた瞬間、冷たいものが頭に当たった。

「…ちっ、雨か」

焦った理由はこれだと判断し、見失わないように自分の足も早めた。濡れるのは面倒だが、それだけだ。

 

 雨足が徐々に強くなっていく中、たどり着いたのはこの森の中を流れるなんの変哲も無い川だった。川辺に座る背中に動きが見られない間に最適な隠れ場を見つけ、じっと何かが起きるのを待った。

 女は動かない。微動だにせず、ただ雨に打たれている。あの様子ではとっくに頭からつま先までずぶ濡れだろう。まさかずっとあのままじゃああるまいなと疑い始めたその時、微かな声を耳が拾った。

「…ひっ……」

もっと耳をよくすませようと集中しようとしたら、一気に雨量が増えた。突然の変化に思わず声が出かける。星の魔女は天候を自在に操る力を持つと聞いたことがある。まさかそれで雨量を増やし、自分の企み事を隠そうとしているのか。侮っていたかと焦っていた私の耳に、予想を大きく裏切る声が届いた。

 

「ご、え゛ん、なざい…!」

 

ようやく見えた顔は、雨以外のものでも濡れていた。

「ごめっ、なざっ…うぇええ゛っ…あ゛っうっ…」

 例えるなら、親に捨てられそうになっている子供だろうか。こぼれだす言葉はかろうじて単語と認識できるかどうかといった有様。化けの皮が剥がれていくように、泣き方が酷くなれば雨も負けじと強くなる。

 わけがわからなかった。あまりにも唐突に感じた。説明してくれる者などいるはずもなく、呆然とその姿を眺めてしまう。謝罪の言葉が多いやつだとは思っていた。事あるごとに飛んでくるそれが不快に感じるほど、回数が多かった。だが、今のこの光景は…あまりに様子が違う。

 だから、ほんの出来心で、無防備なやつの心の中を覗いた。

 

 

▽▽▽

 真っ先に流れ込んできたのは私への罪悪感で、後を追うように無力感と自己嫌悪と自責が溢れ出てきた。遅れて寂しさも続く。

 満足のいく治療ができない事、私に不快な思いをさせている事、私とうまく関係を構築できない事、つい言い返してしまう事…その他諸々、私に関係するありとあらゆる物事の中のほんのわずかな失敗も逃さず用いて、自分を責めに責めていた。

 ふと湧く私への文句や批判も、すぐに自己嫌悪と自責の激流に飲まれて消えていく。

 

 全て等しく『己が悪い』という考えの元に。

△△△

 

 

 感情の濁流に自分も呑まれてしまう前に読心術をやめた。雨は一層激しさを増していて、あのひどく小さく見える女を叩きのめしそうな勢いだ。心臓が早鐘のように激しく脈打ち、胸が締め付けられるように痛い。荒い呼吸の鎮め方を思い出せない。

 

 あの女は…彼女は、本当に何も企んでいなかった。

 

 慣れない事を慣れないなりに努力し、真面目に治療に取り組んでいた。可能な限り私の都合に答えようとギリギリのところを見極め、怒鳴られる覚悟で必要なことをこなし、誰よりも私にかかっている負荷が大きいからと八つ当たりを責めなかった。

 彼女の欲は、望みは二つだけ。私の完治と、

「ぢょうじに゛っ、の゛っでっ…ごめん、なざいっ…!」

私との良好な関係。

 

 ほんの少しでいいから仲良くなりたい。完治後はたまに会えればいい。茶を片手に少しばかり会話できれば御の字だと、そんな望みを持って私の治療をしていた。

 この森には食料も水もある。生物も多くいる。だが、人はいない。おまけに、星の魔女はただ一人だけの孤独な突然変異だ。常識を軽く凌駕するほど異質な彼女が外に話し相手を求めたところで、人間達のことだからロクでも無いことになる。状況は違えど、あまりに覚えのある問題だった。

 そこまで考えて思い出す、星の魔女の最大の特徴を。

「ま、さか…」

星と接続している魔女は、互いに影響を与え合う。星の環境が悪化すれば魔女の心身に影響をあたえ、逆に魔女の心身に一定以上の負荷がかかれば━━━。

 

「毎晩、こうして泣いていたのか…?」

 




星の魔女は、大変めんどくさい。


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再スタート

今度こそ、二人一緒に、歩む道。


 どれくらい泣いていただろうか。

 

 多少なりスッキリしたので深呼吸しながら気持ちを落ち着かせにかかった。これ以上は洪水を起こしかねない。呼吸にだけ集中すれば数分後には雨も落ち着き始め、安心と疲労から深いため息が出た。

「結局ダメ、っぽいなぁ…」

軽い気持ちでやるべきじゃなかったとまた気持ちが沈み始めたので、切り替えるために川の水で顔を何回も洗った。戻れるくらい落ち着くのにはもう少し時間がかかりそうだ。

「まあ、魂を治せただけマシだよね。うん。できればあのうざったい繋がりも切りたかったけど…ここからさらに伸ばすとか、絶対嫌だろうし。しょうがない、しょうがない!」

独り言で無理やり自分の気力を上げた。治療後いなくなるなら、そこまで耐えるだけの話だ。

「そう簡単に物事が変わるわけないしね。しょうがないもんはしょうがない!」

言葉は偉大だ。何回も言ってるだけなのに、なんだか気持ちが変わってくる。

「よっし!体乾かして目治して、ちょっと散歩して帰る!」

両頬を叩いて立ち上がり、魔術で全身を乾かしながら川に背を向けた。

 

 目の前十歩先くらいに話題の彼がいた。

「ひょっ!?」

思わず変な声が出て、その場に固まる。何故という疑問から、いつからという不安が生まれ、全身から血の気が引いた。

 どこから、見られていたんだろうか。そういえば今日は夜の外出のことで突っ込まれたことを思い出し、終始見られていた可能性が無視できなくて恐怖のあまり体が余計に固くなった。どうすればいいのかわからない。なかったことにできないだろうか。見なかったふりして戻ってくれないだろうか。もう後少しだけなのだから、気にせずに過ごしてくれないだろうか。

 かすかな希望にすがっている私とは対照的に、彼はひどく落ち着いているようだった。怒ってはいないように見えるが、表情が読めない。真顔で、ただひたすらこっちを見るだけだ。

「ぴ……ピッコロ…?」

思えば久々に名前を口にする。早い段階でお互いの名前は教えているものの、彼は一度たりとも私を名前で呼んでいないし、私は私でここ最近は特に気が引けて呼べなかった。名前を呼ばなくても困らないというのもある。

 ピッコロは名前にピクリと反応して、こっちにゆっくりと近づいてくる。表情は変わらない。

 

 私はパニックに陥っていて、怖くて。今ここで終わるんじゃないかと怯えていた。彼が真顔のまま近づいてくる。何を考えてるのかわからない。どんな感情が胸の内に渦巻いているのかわからない。やらかしたという事実以外何もわからなくて、怖い。

 だから、彼の手が持ち上がった時、反射的に目を閉じた。

 

 

━━━ぽすっ

 

 

 一瞬の間をあけて、彼の手が頭の上に落ちてきた。薄く目を開ければ彼はすぐ近くにいて、顔は見えないけれど纏ってる空気は穏やかで。

 そのままじっとしていたら、ぎこちない手つきで、少しだけ撫でられた。

 そのほんのひと撫でふた撫での後にあの大きな手はするりと頭から離れて、彼は何事もなかったかのようにどこかへ飛んで行った。

「………HAI???」

 

 とりあえず、撫でられた頭は気持ちよかった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝から、彼の態度が軟化した。

 私の駄々っ子そのものな大泣きに何を思ったのかは全くわからないけど、以前よりは信用?信頼?してくれているらしく、思うようにことが行かなくて怒鳴るということはなくなった。前みたいに怒鳴りそうになることはあったものの、自ら頭を冷やしに行ったり何たりして未然に防いでくれている。

 同時に、とある癖について私に直すように言ってきた。

「三回目だ。腹筋背筋三セット、とっととやれ」

「うあ゛〜…」

「学習能力のないやつだ」

呆れながらも最後まで彼は数えてくれる。嫌がる私を楽しんでいるような節があるが、そこは気のせいで流しておいた。

「…あのさ」

「七十二、サボるな」

「やりながらで、いいから」

「七十四、七十五…で?」

「何が、うざったいの?」

「回数。七十八、七十九…」

「さっき、それ、聞いた」

謝罪の言葉が多くてそれが鬱陶しいと言われ、今絶賛躾けられている。まあ確かに多かったかもしれないし、それでイラつくのもわからなくはない。でも、こっちは悪いと思うから言っているわけで。

「普通に、しつこく、言ってなくても、アウトじゃん?」

「九十四、九十五…頻度が多い…九十六、九十七…」

「ミスが、多い、だけじゃ…?」

百まで数えると、彼は一旦口を閉ざした。

「……貴様は、毎日十数回は謝らないと死ぬのか?」

「死にはしないだろうけど、失敗の分だけ謝るよ」

思いっきり顔をしかめられた。

「窮屈そうな生き方だ」

「私はピッコロみたいに心臓に毛生えてないから」

「っ、残り二セットはどうした!?」

どうやら謝罪の言葉を一度も言ってないことはそれなりに気にしているらしい。

 そのうち聞ければいいかと大人しく罰ゲームを続けた。

 

 彼の態度の軟化以外に、もう一つ変化があった。

「ん?」

「どうした?」

「いや…あれ?何か…作業しやすくなった?」

治療が進めば進むほど扱いづらくなった魂が、急に抵抗を弱めた。

「本来の抵抗力を取り戻して外部干渉を拒絶できるようになってきたんだと思ってたんだけど…ピッコロは何か変化感じる?」

「てっきり貴様が上手い方法を見つけたのかと思ったのだが、違うのか?不快感がかなり軽減している」

「………適応した、とか?」

 よくわからないままその日の施術を終え、翌日は念の為様々な角度からチェックしてみたものの、作業が楽になった理由はわからなかった。

「ん゛〜〜〜〜〜〜、気になるなぁ…」

「特に異常はないのだろう?」

「そこが納得いかなくて」

「現状どうやってもわからないのであれば保留しておけ。ところで、私と『もう一人』との繋がりはとっくに気づいているな?」

その一言で先日の独り言を思い出し、少し恥ずかしくなる。反射で見苦しいものをと謝罪しそうになったが、ギリギリで抑えた。

「…最初のチェックの時点で気づいてたよ」

「どうにかできるか?」

「…………え?」

思わず、手に持っていたペンを落とす。

「かなり珍しいケースであることは自覚している。対処させるなら、誰よりも私の魂の扱いをわかっている貴様に任せるのが最良だろう。」

言っている意味はわかる。その考え方におかしなところはない。でも、でもそれは━━━。

「…数ヶ月じゃあどうにもならないよ?」

「だろうな」

「本当にいつまでかかるかわからないよ?何年、何十年かかるかもしれないよ?」

「方法に目処は?」

「…自力でどうにかしたケースをちょろっと小耳に挟んだくらい」

「なくはない、と」

前向きな態度に混乱する。今まで早く早くと急かしていたのに、何で急に気の長い話に乗り気になったのか。

「私にはやりたいことがある。が、それを確実に達成させるには多くのモノが足りない。そんな中、貴様という協力者とわざわざ縁を切ることもなかろうと思ってな」

実はこれ、夢の中だったりしないだろうか。

「貴様の結界を侮っていた。『あいつ』は私がここにいるのを認識できないようだ。地盤を固めるにあたって、ここは絶好の隠れ家になる」

泣いてないかな、私。

「目的達成までに切れればよし、間に合わなくてもよし。いずれにせよ、ここは有効活用すべきだと……おい」

「だいじょぶ…悲しいとかじゃ、ないから」

 ボロボロと溢れる涙を素手で拭う。そんな私に彼が肌触りの良いタオルをぎこちなく渡すものだから、もう一枚出してもらうくらい泣いてしまった。

 

 些細な気持ちで賭けた可能性に、こんなに泣かされるなんて夢にも思っていなかった。

 




自分が生み出した部下以外への信頼を考えると、読心術でも使わないと他人を信用なんて無理だろうなと。


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歯車の再調整

人生は、うまくいかないのが当たり前。


 ピッコロとの協力関係?同盟?を築いて、早二年。


「あ、おかえり!」

「…た、だいま」


彼は、気が変わっていつかいなくなるのではという私の心配なんぞ知ったこっちゃないと言わんばかりに、居着いてくれていた。日中は修行三昧だが、食事と就寝の際はちゃんと帰ってくるし、診察や魂を調べる時も文句言わずに協力してくれる。挨拶に慣れなくて未だにぎこちないのはぶっちゃけ可愛いのだけれど、この間そう思ってるのがバレて珍獣の珍行動を見たかのような顔をされた。

「今日はラズベリーパイ作ってみたんだけど、デザートに食べる?」

「もらおう」

「おっけ、お茶は?」

「多めに。いつもより汗をかいた」

「はいはーい」

 神へ何らかの仕返しをする気は失せていないらしいが、頭が冷えてきたのか逆に燃えてきてるのか、神以外アウトオブ眼中。恨みを捨てるのは無理だろうなと思っていた私にしてみれば、周りをあまり巻き込まないスタイルになりそうだというだけで100点満点出したい気分だ。


「そろそろ茶の種類も変わる頃か?」

「えーっと…うん、来週くらいに別のになるよ」

 何気ない雑談ができる仲になったんだなぁとしみじみ思う。延々喋ってるわけでもないし、その日の天気レベルの内容しか話してないけど、これが不思議と楽しい。彼も同じように感じているのか、結構自分から話しかけてくれる。
最初は大荒れもいいところの私たちの関係だったけれど、二年も経てば流石にお互いのことがよくわかってくる。そうして得られた結論は、私が前世で持っていた持論とさほど離れていなかった。

 

 彼は、ピッコロは『悪』なのではなく、『我』が強いのだ。

 

 博愛主義で他者のことを考えて行動するのがデフォルトなナメック星人ならばともかく、地球人基準であれば珍しくはないレベルの自分本位さだ。それ故に悪に傾倒しやすくはあるものの、自分の都合次第で善につくことも普通にある。同じナメックの特徴であるあの生真面目さはしっかり残っているので、望ましい結果を得られるのであれば我慢して善業をこなすくらいはしてくれる。

 極論、彼の判断基準に善悪が重視されないというだけなのだ。神が善なら自分は悪だ!というアレがあるくらいで。

 

 神がこの部分を切り捨てるという点に関しては、まあ、納得できる。立場的には管理人なので人間に対して一線を引く必要がある、生かすも滅ぼすも全て自分の感情とは無関係に判断しなければいけない身の上だ。おそらく卵を産む能力も、神という役職が世襲制になる可能性を危惧して放棄したと思われる。滅私奉公と言えば綺麗に聞こえるかもしれないが、努力が斜め上に行ってる気がしてならない。普通に向き合え。自身からの切除という発想が出るのはともかく、マジでやろうとするのはまずいぞお前。

「ねえ、ピッコロ」

「何だ?」

「あのね、一昨日の━━━」

 

 その瞬間、なんの前触れもなくキュッと喉が閉まった。

 

「か、はっ…!」

首を締める糸のようなものを解こうとしても、そこには何もない。指先に当たるのは、何もない滑らかな肌だけだ。

「あ゛っ…」

酸素が回ってこない頭から効きそうな術をどうにか引き摺り出し実行するも、効果はない。ギチギチと見えない糸で締め上げられ、意識と一緒に体もふらつき始める。

「たわけ!!」


状況を把握したらしい彼は、床に衝突する前に椅子から崩れ落ちた私を受け止めてくれた。少し体温の低い太い指が私の首に触れるも、やはりそこに何もないらしく悔しそうな唸り声が聞こえる。ぼやける思考に抗いながら思いつく魔術を片っ端から使っても、締まりが弱まることすらない。

「もうよせ!それ以上は危険だ!」


言われるがまま抵抗をやめたその時、喉の締まりが嘘のように消えた。体を丸めて咳き込む私の背を、ピッコロの大きな手が優しく摩ってくれる。

「……そんなに、重要な話なのか?」


まだ話すこともままならない私は、断言の代わりに何度も頷いた。彼は咳が止まったのを確認すると私を椅子に戻して、爪が短くなった人差し指でそっと涙を拭った。

「私に関わりがあるが、何者かの妨害によって伝えられない未来…か。妨害への対抗策がない以上、できることをして未来に備える他あるまい。お前は無理のない範囲で対策を模索しろ。起きる前に死んだら元も子もないだろう?」


ようやく落ち着いた私は口を開こうとして、一旦閉じた。


「躾は効いてるらしいな」


「おかげさまで」


しょうがないと、笑うしかなかった。いや、笑えた。

 

 今のこの人なら、この人と一緒ならなんとかなると、思えた。

 

 

 

*



 

 

 

 「ムギ、お前は子供が欲しいと思ったことはあるのか?」

 

「…ごめん、なんて?」

ピッコロと一緒に暮らすようになって十年経ったその日、お祝いだと私が張り切って作った夕食を食べている時に突然聞かれた。

「子供だ。世話焼きのお前が好みそうな割には、話題に上がることがほとんどない」

「えっと、その…好き、と言えば好きだけど、なんでそんな話を?」

彼が祝いならと捕まえてきた美味しくてちょっとレアな魚のムニエルからフォークを離して首を傾げる。話題に出さなかったのは彼も一緒だ。

「お前がどうにかこうにか絞り出した情報から、時間だけはあるとわかった」

「うん」

「その時間を我々自身の強化に使うのは当然だが…時間があるのならば、戦力を増やして強化する余裕もあると考えた」

「あ〜…」

 今後の備えという意味では、おそらくこれ以上ない案だろう。この世界で悟空が単騎で倒した敵は意外と少なく、原作中はもちろん原作後も可能な限り戦力を揃えておくべきだ。私達の子供なら期待できる。ピッコロ一人で産んだ『彼』があれくらい強くなれるのだから。

「悪くない、と思うけど…」

「何が問題だ?」

「……戦いの運命を生まれる前からつけちゃうのは、ちょっと…向いてる向いてないもあるし」

どれほど才能があったとしても、嫌がる子は嫌がる。悟飯くんなんて典型的な例だ。純粋なサイヤ人と同じ戦闘狂であったなら、セル編以降は彼の独壇場になっていただろう。でも彼の本質は全く違うところにある。殺し合いに駆り立ててしまったら精神を蝕まれて、最悪暴走する。

「ちなみに、人間とかを味方に引き込んで鍛えるのは?」

全部言い切る前に旦那様の眉間に思いっきり皺が寄った。予想してなかったといえば嘘になる。

「無理?」

以前なら怒って全力で嫌がっただろう。私はあくまで例外、人間は等しくアウトだった。

「……………人間は、短命だ。今鍛えても、必要な時には死んでいる」

でも、今は違う。嫌だという気持ちはまだあるけれど、必要に迫られることがあれば考えなくもないと彼の表情が教えてくれた。

 

 その変化が、嬉しい。

 

「あ、待って。今気づいたんだけど、この場合産むのどっち?」

「公平に双方一人ずつと考えていたのだが」

「それだと二人の血を引くの私が産んだ方だけだよね」

「お前が魔術でなんとかすればいいだろう」

「雑ゥッ!?」

「私の体だ。お前ならできる」

「その信頼は嬉しいけど流石にどうかと思うよ!」

 

 

 

 

 

 

 ピッコロとの同棲が始まり、20年。

 

 私はもう70過ぎかと、外の雨を眺める。

「どうした?」

私の髪で遊んでいた彼が口を開いた。

「んーん」

視線を本に戻し、あぐらをかいている彼の脚の上に乗っている自分の体の位置を調整した。

「私、本当ならもうよぼよぼのお婆ちゃんなんだよなぁ…ってふと思っただけ」


「…そう言えば人間から生まれた人間だったな」


「そー、一応突然変異ってジャンル」


彼は指を私の髪から離すと、そっと頬を撫でてきた。


「星の魔女は基本的に不老長寿。次代が生まれるか、何らかの形で殺されるかでもしないと死なない…だったか?」

「あってるあってる」

「……私は、どれくらい生きられるのだろうな」

珍しく寂しそうにそんなことを言うものだから、私は顔を上げて笑った。

「ピッコロが生きたいなら、私がなんとかするよ」

「できるのか?」

「先に神との縁を切ってからで良ければ」

 お爺ちゃんになっちゃったらちゃんと若返らせるから安心して、と言う前に数秒ほど口を塞がれた。

「それを口にするなと何度言えばわかる?」


役職名すら嫌がる彼が可愛くて笑いが止まらない。

「変わったよねぇ、ピッコロも」

「おまえのせいだろう」

 

 先日、未来の占いババらしき少女に出会った。彼女曰く、未来の私は笑っていたらしい。どれほど先の未来かはわからないとも言われた。

 ならいいかと、この時安心してしまった。

 

 この生活が当たり前のように続くのだと、山積みの問題も何とかできるのだろうと、お気楽に笑っていた。

 

 

 



*

 

 

 

 一緒に暮らしはじめて二十五年が経とうとしたある日、そいつはやってきた。

 

 ピッコロが必死に私を呼ぶ声が聞こえる。

「ぴっ…ころ…」

力が出ない。声かろうじて出て、体はほぼ動かせない。頭もなんだかうまく回らない。

「まさか、ここまで変わっているとは…」

呆れた口調で話すそいつの顔は初見だが、格好に見覚えがある。界王神あたりの連中のファッションだ。

「そいつを放せ!!」

「…ここで殺されない奇跡に感謝しろ、魔族。変わりすぎた歴史にこれ以上の改変を加えれば、元に戻らなくなる」

歴史、というキーワードでようやく色々理解できた。どうやら『ピッコロ大魔王』が生まれないようにしている私の存在がまずいらしい。それで私を拘束し、ピッコロを殺さずにいる。

 わからなくはない。

 確かに、ピッコロ大魔王の存在は重要だ。ピッコロ大魔王が生まれない事で歴史に大きな変化が起きるだろう。ものすごく不都合な、それこそ地球そのものにとって良くない改変になるかもしれない。

 だが。

 

 だが、それがどうした。

 

 何が悪い。私はただ、ピッコロと幸せに生きたかっただけだ。平穏に暮らすピッコロを見たかっただけだ。


「そもそも何故『そこ』なのだ?魔女よ、より良い世界を願うならばもっと別に方法があったはずだ」

彼が幸せになってはいけない理由がどこにある。歴史改変がなんだ、良い変化になるかもしれないじゃないか。彼が大魔王にならなかったら地球を存続できないという証拠はあるのか。

 いいじゃないか、一つくらい。『悪』とレッテル付けされて、三百年封印されて、ただ倒される以外の人生がないなんて、あんまりじゃないか。1つくらいマシな世界を、そう願ってブルマがタイムマシンを作ったじゃないか。私が似たような事をしちゃいけない理由がどこにある。

 

 ふざけるな。

 

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!

 

「…神様なんて、大っ嫌い…!」

なんとかそれだけ吐き捨てると、全員に痛みが走って悲鳴が喉を裂く。助けようと飛びかかったピッコロが吹っ飛ばされるのが聞こえた。

「安心しろ、殺しはしない。お前が愚かな行いを反省し、歴史が修正された頃には解ける封印を施す」

 悔しい。まだ、まだたったの二十五年しか経っていないのに。封印される期間の十分の一にも届いていないのに。

「ごめんなさい…ごめんなさい、ぴっころ…」

ああ、あんなに何回も謝るなって言われてきたのに。
結局何も変わってないじゃないか。

 

 

 最後に聞こえたのは、今にも泣きそうな声で私を呼ぶ彼の咆哮だった。

 

 




今回は加筆修正多め。

あいつがアニメに登場したのが、これをちゃんと書こうと思ったきっかけだったりする。


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High Hopes
誕生


歴史って、そうそう変わらない。


 満身の力を一点に込めて、打つ。

 

 打つ。

 打つ。

 打つ。

 打つ。

 

 骨が折れ、皮が裂け、血が噴き出す己の腕の脆さが腹立たしい。握ることすらままならなくなった拳は、腕ごともぎ取り、再生して真新しいものと取り替える。

 そうしてまた、一撃に持てる力の全てを込めて、打つ。

 

 もう何本腕ダメにしたのか、考えるのも馬鹿らしかった。自分に負けないくらい大きい目の前の青い水晶には、未だ傷一つつかない。諦めへと己を導く不安を振り払い、次こそはと打ち込む。

 水晶の中にいる彼女は、眠っているかのように微動だにしない。だが、分厚い水晶越しであっても、魂からかすかに漏れる悲痛な声だけは聞き逃さなかった。

《…ころ……ぴっ、ころ…》

彼女もまた、足掻いていた。時折感じ取れる魂の震えがそれを伝えてくれる。治療の際に彼女の魔力を多量に取り込んだからか、そのあたりに関しては随分と敏感になった。

 苛立ちも込めながら打てば再び腕が血みどろになり、悪態をつきながらまたちぎり取って再生した。同時に、少し体がふらつく。

「ちっ…!」

水晶に手をつき、寄りかかった。焦っても仕方ないと数度深呼吸した後、現状を再確認した。

 自分が調べた限りでは、本当にただ封印されているだけだ。少なくともそこに関しては嘘をついていないらしい。殺したくないのであれば、洗脳なり記憶を奪うなりすれば手間もかからず楽だったろうに。それが難しいのか、はたまた都合が悪いのか、精神操作の類は見当たらない。

 

 同じ大きさの岩であれば瞬く間に壊せるのに、眼前の水晶は末代まで祟りたいくらいに硬い。しかし、まだ絶望には程遠い。

「…まだ、やりようはある」

『あいつ』よりも気が遠くなるほど上位の、神族。彼女の為でなければ飛びかかることはおろか、身動き一つしなかっただろう。悔しいが、それほどの実力差があった。蟻が太陽に戦いを挑むような力量の差…いや、もはや自分の認知を遠く彼方においていくようなレベルだ。

 それに対してこの水のように透き通った憎たらしい青水晶は、自分でも強度を推測できる程度には脆い。今はまだ傷もヒビもないが、『アレ』と比べれば笑いたくなるほどに脆い封印だ。封印されているのが彼女でなければ本当に笑ってしたかもしれない。

 かつての自分であればまだ焦っていたかもしれない。だが、だが今は、彼女が作ってくれた『時間』がある。

 魂の接続はまだ切れていないが(何かを試しては失敗する度に髪の毛を引きちぎらんばかりにキレ散らかす魔女の姿は記憶に焼き付いている、嫌な意味で)、魂そのものはほぼ正常な状態にまで回復している。魂が何らかの事故で崩れる心配がなくなった今、寿命を迎えるまでまだ数百年ほどある。

「…流石に百年以内には目標を達成したいところだ」

あまり長々と待たせるようなことはしたくない。後で埋め合わせができるとはいえ、数百年の孤独は自分もごめんだ。

 絶望するにはまだ早いと、自分の力でまっすぐ地を踏みしめる。効率の良い自己強化の方法を頭の中で並べ始めたその時、全身を悪寒が襲った。

 

 知っている気配だ。

 極力認識せずにいたかった、自分と吐き気がするほど似ている気だ。

 

 彼女が封印されてしまった為に、結界が効力を失ってしまったのだろう。かまっている暇など微塵もないこの時にくる、その間の悪さにしばらく忘れていた怒りが噴き出す。

 八つ当たりしたい気持ちを堪え、こちらの状況など感知したくてもできないであろう彼女に一度視線を戻し、また数度深く呼吸して自分を落ち着かせる。怒りに身を任せれば無駄に時間を使ってしまう。どうせ大した用ではないだろうから、冷静にさっさと済ませてしまうのが正解だ。

 『あいつ』が自分のすぐ上まで来た時、微かだが息を飲む音が聞こえた。そう言えばその辺に使えなくなった腕を処分することなく転がしていたことを思い出す。

「…捨てたモノに何の用だ?」

自分の背後に降りてきたソレに振り向かずに聞いたが、返答はない。

「見ての通り、私は忙しい。貴様にかまっている暇など微塵もない。用もないのに来たのならとっとと去れ」

苛つきながらも言葉を促せば、ようやく重い口が開いた。

「……そんなに、彼女を開放したいのか」

言葉の意味がわからず、振り向いて顔を見た。あの時と変わらない、嫌悪と警戒がそこにあった。こちらの理解が追いついていないのに気づいたのだろう、語気を強めて今度は吐き捨ててきた。

「そんなに力が欲しいか、ピッコロ!!」

 

 思考が停止した。

 

「………は?」

 言い方からして、彼女を開放することで力を手に入れることが目的だと思われているらしい。

 確かに、力は欲しい。彼女を解放して、さらに『アレ』の再来に備えるためには途方もない力が必要だ。『アレ』以外にも、彼女が前から悩んでいた詳細不明の未来の件もある。己が持てる全てだけでなく、彼女が持てる全ても使い、それでもまだ足りないかもしれない。手に入れられる全ての力が必要だ。だが…この水晶を壊したいのは、私が真に求めているのは━━━。

「あの時、どんな手を使ってでもお前を封印しなかったのはわたしの失敗だった…あれほどのお方がわざわざこの星に降りてきてまで何を阻止したのかはわからないが、それをお前が台無しにするのを許してはいけないということは確かだ!」

そこまで行って、ようやく私は思い出した。

「その水晶から離れろ、ピッコロ!!」

 

 

 彼女がいない『世界』に、自分の居場所などなかったということを。

 

 

「っふ……くくくっ…」

ああならば、それならば。

「何がおかしい!?」

躊躇も、遠慮も、気遣いも…情け容赦に連なるモノは、何もいらない。それを向けるべき相手なぞ、自分の背後にいるただ一人しかいないのだから。

「ははははははははははは!!これを笑わずにしてどうしろと言うのだ!?」

そんなにお望みならなってやろうじゃないか。貴様らが、そうであろうと信じる私に。

「放っておけばコレを解放することに集中していたであろう私の視線を、わざわざ他に向けおって!」

「なっ…」

己の敵となれば、彼女にとっても害ある者になる。先に掃除しておいた方が何かと安心だろう。排除しているうちに力もついてくるはずだ。一石二鳥にも三鳥にもなる話じゃないか。

「せいぜい指を咥えて見ているがいい…無数の人間達が、断末魔を上げただの肉塊になる様をなぁ!!」

「待てピッ━━━!」

 目眩しを放ち、全速力でその場から離れた。あいつが側にいる状態で彼女から離れることに抵抗がなかったと言えば嘘になるが、手を出すことはないと確信できるので今だけは堪えた。

 まずは大きな街を一つ滅ぼす。森の中に引きこもって修行し続けた自分の実力を測り、私がとてつもない脅威であることを全ての人間に知らしめる為に。

 人間達が持てる全てを使って抗い、私がそれを片端から潰していけば、自然と私は強くなるだろう。そうして何もかも討ち倒したその先にまだ平穏はないだろうが、確実に近づいているはずだ。人間達がいなくなればこの星にかかる負荷も減って、彼女も楽できるはずだ。

 あの二十五年足らずの緩やかな日々とは打って変わってやることがたくさんある。だが、成し遂げてみせる。

 

 かつて、消滅一歩手前まで弱っていた私を救ってくれた彼女のように。

 私と共に在りたいという願い一つで困難に立ち向かった彼女のように。

 私という『いきもの』を認め、決して蔑ろにせず…そして、愛してくれた彼女ように。

 

「さあ、人間どもよ!恐れ慄け!!」

 

 

「今ここに、『ピッコロ大魔王』は誕生する!」

 




理由は違えど、堕ちていく。


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ただでは起きない

今回は短め。


くらい

 

 

 

 

 

さむい

 

 

 

 

さびしい

 

 

 

 

 

 

 

ぴっころ

 

 

 

 

 

ぴっころ

 

 

ぴっころ

 

 

 

ぴっころ

ぴっころ

ぴっころ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、視界が開けた。

 

 慌てて周囲を確認すると、明かりの少ない古い図書館のような場所にいた。

「…………え?」

私は封印されていたはずで、その封印が解かれたのならあの場に今いるはずで、封印を解いた誰がもいるはずだ。それなのに、自分以外誰も見当たらない、見覚えのない空間にいる。

「なんで…」

もっと辺りを探ってみようと動こうとしたその時、自分の手が目に入った。

 

 青白く、透けて向こう側が見える、自分の手が。

 

「ひっ!?」

思わず飛び退いた体が、そのまま本棚を突き抜けて反対側に出る。たった今起きたことを否定したくて自分の体を見下ろせば、手と同じく透けていた。

 ぶわっと、恐怖で全身を包まれていくような感覚に声が出なくなる。震えることすらできなくて、もしやまさかそんなと最悪の想定ばかりで頭がいっぱいになる。

 

 否定しなくては。

 そうだ、否定しなくては。そんな簡単に、あんな形で終わるはずがない。殺さないって言ってたじゃないか。何か、何かあるはずだ。

 

 嫌な考えを強引に振り払って、考える。私は何も覚えていないから、記憶以外の方法で自分が死んでいないことを証明しないといけない。死とはなんだ?この世界における死の定義はなんだ?思い出せ散々触ったジャンルなんだから…!

「………あっ!体!」

これがただの幽体離脱とかだった場合、体と魂の繋がりは切れていない。死んでいても肉体と繋がっているケースはあるが、あれは切れた後に再接続して初めて成立する特例だ。

 深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。体がないくせにこれで落ち着くのはなんだか理屈がおかしい気がしたものの、効果があればなんでもいいのでその疑問は無視した。

 静かに、集中して、繋がりを探す。自分から出ている『糸』を、どこかで切れていたりしないことを祈りながら、切れそうになっているところがないかも確認しながら、ゆっくり辿っていく。

 そして、いくらか時間が経った後、私の口から安堵のため息が漏れた。

「よかった…地球との接続も切れてない…」

かなり遠く離れてしまっているものの、接続は良好。肉体にも特に影響は出ていないらしく、戻ろうと思えばそれもできそうだ。ひとまず一番の心配事が消えたので、次は自分の周囲のことを考えた。

 

 ぐるっと辺りを見て回ったり通り抜けたりしてみたものの、見つかるのは本がぎっしり詰まった本棚と勉強できそうな机とテーブルだけ。人はおろか虫やカビすらいない、生き物の気配が全くしない図書館だ。

「あんまり埃もないし…誰かが定期的に掃除してる?」

戻る前に誰かに会える可能性は如何程か。とりあえず物に触れることは可能だとわかったので、適当に一冊本を引っ張り出して少し読んでみた。

「…これ、魔術書じゃん」

まさかといろんな本棚からランダムに本を取って目を通す。どの本も、魔術や魔法に関するモノばかりだった。ジャンル問わず、幅広く、それでいてそれぞれ詳しい。

「魔法の、図書館…」

そう言うことなら、色々と納得がいく。おそらくこの空間そのものに何らかの魔法・魔術がかけられていて、それでこの膨大な量の本を綺麗に保管しているのであればあまり汚れていないのも当然。本そのものは使い込まれた痕があるから、ここが全く使われていないと言うことはなさそうだ。

「ここなら、見つかるかもしれない…!」

 自力ではどうにもならなかった封印を内側から壊す方法だけじゃない。ピッコロと神の魂のつながりを断ち切る方法だって、超サイヤ人より強い疑惑が出てるあのクソ界王神もどきを倒すヒントだって、ここにある本のどれかに書いてあるかもしれない。

 どうして急に魂をここに飛ばされたのかはわからない。地球から離れた遠い場所にあること以外で、ここがどこなのかもよくわからない。わからないことばかりだけれど、それもここの本を読んでいるうちにわかるかもしれない。星の魔女に関するあれやこれやも、ここで答えを見つけることができるかもしれない。

 

 心の底からかつてないほどやる気が溢れてくる。状況は最悪だけど、それを挽回するチャンスがここにある。

「…っと、ピッコロに知らせとかないと」

外で同じく彼が足掻いているのは感じ取れていた。最初はずっと側にいたけれど、方法を探しているのか、はたまた修行しているのか、今は不在なことが多い。そして、どうやら私の状態もなんとなくながらわかるらしい。不在から帰ってきた彼が魂のない抜け殻状態の私の体に気づこうもんなら、それはもうパニックになるだろう。大丈夫だと知らせておかないとまずい。

 彼の感度では複雑なメッセージは無理だろうと推測して、シンプルかつ感情を込めた伝言を体にこめる。彼が私の体の近くで激しく心が乱れれば流石にわかるので、最悪彼が様子を見に来た時に戻って説明すればいい。

「さて、と……まーずはここの端っこを探すかぁ」

早いうちに速読能力も身につけないといけない。

 

 今までで一番の忙しさになるなと自分を急かしながら、スタート地点の捜索を始めた。

 




主人公はGTまでしか知りません。


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遭遇

思わぬタイミングで、思わぬ方に遭遇。


 

 「━━━千年ぶり、か?まだ存在していたとはな」

 

 思わず漏れた感想でようやく他者の存在に気づいたらしい。びくりと反応して振り向いたその魂は見るからに幼く、そして未熟だった。

「………もしかしなくてもダーブラ様でございますでしょうか?」

「ほう、暗黒魔界に関して全くの無知ではなさそうだ」

肉体がないにもかかわらず血の気が引いた顔をするとは、器用なことだと薄く笑う。緊張のあまり敬語がおかしく、余計に笑いを誘われる。

「そう怯えるな。ここは全ての星の魔女がいつかは通る通過点…もちろん、ここに来る前に死ななければの話だが」

「そ、そうなんですか…?」

まだ来たばかりなのか、ここの詳細を知らないらしい。せっかくなので暇つぶしにと最低限の知識を入れ込むことにした。

 

 「もう察しているだろうが、ここはありとあらゆる魔術・魔法の書物を内蔵する巨大図書館。これ以上の大きさの図書館は存在するだろうが…魔に通じる者にとって、ここ以上に重要な場所はない。何しろ、神々ですら容易に攻め入ることのできない暗黒魔界にある。外では見ることも叶わぬ書物が数多く守られているのだ」

「……暗黒魔界だったんですね、ここ」

なるほどと納得する様子から紛れもないひよっこの星の魔女だと疑いようがなくなった。

「さては迷い込んだクチか、おそらくは最後の星の魔女よ」

「はい。気づいたこの状態だったので最初は死んだのかと」

「ふむ、惜しいことをした。さぞや見ものだったろうに」

 意外にも、彼女はあまり不快そうな反応をしなかった。むしろわたしという在り方を理解したかのような、諦めのような表情を見せた。よくよく目の前の魂を観察すると、無知な割には『魔』の気配を強く纏っている。同時に酷く目障りなモノもそこにあると気づいた。

「…魔族の師を持ったか?」

「いえ。高齢なのを除けば普通の人間だったかと」

「無知の原因はそこか。貴様に纏わりつく『魔』はどこから来ている?」

「へ?」

「相当執着心の強い魔族に囲われでもしたか?」

であれば『縛り』の方もなんとなく理由を推測できるのだがと言う前に、彼女は面白いくらい朱に染まった。

「……お…夫、が…魔界と縁の薄い、魔族、でして…」

 

 夫。

 

 魔族の、夫。

 

言葉の意味を理解した瞬間、腹を抱えて笑ってしまった。魔族が人間とそういう契約を交わすこと自体は珍しくない。だが、この魔女の反応からして事務的なものではないのだろう。

「魔族と同盟を築く星の魔女は多くいたが…も、物好きがいたものだ」

「ほっといてください!」

「だとすればその『縛り』は横恋慕の結果か?その若さでそれほどの代物を神族がつけるとなれば相当だ」

 

 瞬間、魂だけなのに生き生きしていた女が凍りついた。

 

「…神族が、つけた?」

「気づいてなかったのか?…ああ、なるほど。元々別の縛りが…なんだこれは?神族によるものにしては……まあいい。両方見せてやろう」

魔力を指先に込めて両方の縛りを刺激した途端、魔女が飛び跳ねた。

「…わたしが言うのもなんだが、相当タチの悪い神族に目をつけられたな」

「…なんっ…い、ま…」

「見ろ。貴様を縛る鎖だ」

見やすいようにと指先に絡ませたソレらは、わたしにもわずかな刺激を与えていた。

 一つ目の縛りは、幾重も首と頭に巻かれた青白く光る糸だった。おそらくは言葉を制限するものだろう。珍しくもない。時折知ってはいけないことを不可抗力で知ってしまう者がいて、それが他者に伝わらないように制限をかけるシステムがこの世界に存在する。彼女が生まれた時からかけられているのがいささか奇妙だが、時間経過で徐々に解けていくモノなのでさほど気にする事はないだろう。上手に付き合えばいいだけの話だ。

 問題はもう片方だ。

 見るからに毒々しく光る赤い鎖は、彼女の魂全体に巻きついている。元からある縛りに繋げられたそれは言葉だけでなく行動も制限するもので、時間経過による解除はない。それどころか、そう簡単には解けないよう過剰なまでに強力な力で形成されていて、暗黒魔界の王である自分ですら解除には途方もない手間暇がかかるだろう。逆らえばその意思を失うまで拷問のような痛みが魂に直接響く仕様のそれは、少なくとも通常はこんな未熟な星の魔女にかけるような縛りではない。

 このことを説明すると氷のように冷え切っていた魂が、一瞬にして灼熱の炎を放たんばかりに熱くなった。

 

 

「あ、あんのっ… ク ソ 神 ーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 

 久しく見ていなかった感情の揺れ。神族が忌み嫌い、魔族が嘲笑する、星の魔女の『激情』。それは彼女達を生かし、殺し、神魔から引き離す。それ故に愛憎に呑まれ、変容し、世を乱す魔族の手を借り、法を敷く神族に牙を剥き、半永久的に生きられるはずの命を驚くほど早く失う。

「あんの野郎…ざァけやがって…!死ぬだけで済むと思ったら━━━!!」

 ああ、実に滑稽だ。縛りをつけた神が自分の遥か上にいる実力者だと理解していながら、それでも罵倒し、応報を復讐をと吼える。

 何しろ、それを成し遂げてしまえる可能性があるのだ。少なくとも彼女に関しては、今まで見てきた星の魔女達と比べても良いチャンスがある。重要な情報が欠落していたのか、縛りをつけた問題の神族は火に油を注ぐが如き愚行を犯した。

「そう荒れるな、星の魔女。遠く離れているとはいえ、星とまだ繋がっているのを忘れるな。普段より少ないとはいえ、影響は出る」

どうしても出てしまう笑いを混ぜながらそう言えば、時間をかけながらも彼女は落ち着きを取り戻した。

「失礼しました……あの、ここの本を読めば大概のことは学べますか?」

「ある程度はな。実技を通して初めて理解する現象、複数の知識を組み合わせてようやく辿り着く答え、その時が来るまで理解し得ない真実、解を知っていても自分一人では届かぬ結果、知っているだけではどうにもならない状況…ここにある知識は結局のところ道具でしかないのだ。目的に手を届かせたいのならば上手に使う事だ」

 

 ずっとここにいるわけにもいかないのでそろそろ去ろうかと立ち上がると、もう1つだけと魔女がこちらの足を止めた。

「今更ですけど…星の魔女だと、何故わかったんですか?」

「何、シンプルな事だ。私に知られる事なくここに来られるのは星の魔女か、高位の魔族だけ」

 

「そして、身を焦がすほどの情熱などという厄介なモノを持って生きていられるのは、人間だけだ」

 




星の魔女に関する説明はちょいちょい入れていく形に。
まとめるのはある程度情報が出揃ってからにしようと思ってます。


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果たされる運命

残酷だけど、これが結果


 不覚だった。

 より強くなる為に人間どもを煽っていたら、まさか自分まで封印されるとは。

 

 なんとか三百年経つ前には出てこれたものの、時間の流れに逆える肉体を持っていなかった私は老いて弱くなってしまった。不幸中の幸いとでも言うべきか、封印を説いた連中は使えなくもない悪党だったので不要になるまで利用してやることにした。

 『あいつ』が作ったドラゴンボールとやらを使わずにいたかったが、手段を選んでいられるような状況ではない。百年単位の遅れを取り戻そうと思ったら反則技の一つや二つ、使って然るべきだろう。

 

 ふと外を見れば特に特徴のない晴天と、そこそこ緑の大地が視界に入る。彼女が封印される前は、もっと青々としていたような気がするのは記憶違いだろうか。

 ほんの一時間ほど前に確認したところ、あの水晶は相変わらず傷一つなく大地に鎮座し、中の肉体もあの頃と寸分の違いもなくそこに在った。魂は最後確認した時と同じように他所にいるらしい。確か、調べ物をしているとかだったか。魂が抜けた肉体に初めて気づいた時は思わず辺りを焼き払いかけるくらい動揺した。肉体に残されたメッセージがなければ人間達をほっぽって水晶の破壊に集中していたかもしれない。

 先ほど飲み干したグラスに視線を戻すと、いつかの彼女の声が蘇る。

 

“体鍛えるなら、体が必要としてるものしっかり食べないと。健康的な食事した方が絶対効率いいよ”

 

 一度、そこらの人間が作った『真っ当な食事』と言うものを口にしたことがある。そうするに越したことはないと思って、間違いなく安全だと思えるものを食べた。しかし、驚くほど味がしなかった。彼女がその場にいれば全力で止めに入るほどの調味料をつけたらようやく味覚が反応した。理屈はわからない。だが、これを期に食事の内容は大きく変化した。

 彼女が作ったものであれば、ちゃんと味がするだろうか。怒るだろうか、心配するだろうか、いつもの全身検査をやり始めるだろうか。

 視線を手にやれば、無数の皺がそこにあった。

 

“ピッコロが生きたいなら、私がなんとかするよ”

 

「…私がまず封印を解かないことには、どうにもならんだろう」

ぼそりと漏れた独り言に反応した配下は無視した。

 

 

 

 

 

 

 なんだ、この人間は。

 

 タンバリンが倒したかと思いきや、逆に倒され。大魔王自ら心臓を止めてやったと思いきや、復活して。

「き…貴様、化物か…!」

「それはおたがいさまだ!」

 年老いた状態でも勝てる相手だったはずだ。若さを手に入れた自分ならものの数秒で倒せる相手だったはずだ。それなのに、それなのに。

「この勝負は、どっちかがバラバラにならなきゃ終わらねえよ…」

「無論、貴様だ…!」

何故、まだ立っている。何故、まだ戦いを挑んでくる。

 ピッコロ大魔王に敗北はない。あってはならない。絶対に、あってはならないのだ。たかが人間如きに、負けるわけにはいかないのだ。ここで止まるわけにはいかないのだ。

 

“ごめんなさい…ごめんなさい、ぴっころ…”

 

 それなのに、この人間はしつこく食らいついてくる。

 片脚潰しても、即座に対策して蹴り返してくる。確実に私の力を削いでいく━━━!

 

“ピッコロ”

 

棒を弾き飛ばし、今度こそと全てを込めた。

「終わりだーっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 何が起こったのか理解するのに、1秒ほど時間がかかった。

 

 見たことがないほどの大穴が胴に開き、勝利の歓声が聞こえる。

「な…なんてことだ…」

信じられなかった。あの人間が。この結果が。

 しかし、現実は現実。目を逸らしたくても、事実は変えられない。

「く…くっくっく………み…見事と言うしかないな……」

とてつもない困難を乗り越えた、その成果は称賛に値した。自分が未だ至らぬ領域に届いたのだから。

 

 なんとか残った力を振り絞って最後の足掻きをした。もう私は、これ以上どこへも行けない。しかしそれでも、成し遂げなければいけないことがある。

「我が子よ…いつの日か、父の恨みをはらしてくれ……!」

我が子はきっと、私よりも強くなる。私では届かない場所へたどり着く。そして必ず、彼女を解放してみせるだろう。

 残されたほんのわずかな時間を無駄にはすまいと高速で走馬灯が過ぎていく。大魔王として生きた日々はあっという間に通り過ぎ、ただのピッコロであった頃の約二十五年間で脳裏が埋め尽くされる。

 

 

“ピッコロおかえりー!今日は美味しそーな魚取れたからシンプルに焼いてみたよ!”

 

“へ?あっ、違う違う。これフツーの雨、うん。そういう季節なだけ”

 

“だーーーーーもうっ!!あいつしっつこいわ!!トリモチかっての!切り捨てといて未練タラッタラじゃん!”

 

“新発見、あぐらかいたピッコロの膝の上は座り心地がかなり良い”

 

“…珍しく口の端にご飯粒ついてるけど、どしたの?”

 

“うっ、うるせーーーー!!旦那に夢見て何が悪いんじゃーーーーーーーーー!!”

 

 

“ピッコロ〜”

“ピッコロ!”

“ピッコロ…”

 

“だーいすき…ふへっ、改めて言うとなんか恥ずかしいねぇ”

 

 

 彼女しかいない記憶に、なんの不満も感じなかった。本当に、本当にそれだけで満足していた。あんなことが起きなければ、あの森からほとんど出ることなく一生を終えていたかもしれない。ああ、そうであったならどれほど━━━。

 

“ねえ、ピッコロ”

“あのね、一昨日の━━━”

 

 突然、あの日の記憶が鮮明に蘇る。酸欠しそうになっても何かを伝えたがっていた彼女を思い出し、直後に頭に焼き付いているあの『最悪の日』の情景が浮かんだ。

 

“…ここで殺されない奇跡に感謝しろ、魔族。変わりすぎた歴史にこれ以上の改変を加えれば、元に戻らなくなる”

“そもそも何故『そこ』なのだ?魔女よ、より良い世界を願うならばもっと別に方法があったはずだ”

 

 その瞬間、初めて点と点がつながった。

「お…おおおっ…」

ああ、この瞬間だったのだ。この未来だったのだ。

 

 彼女が変えようとしたのは、彼女が恐れたのは、歴史を歪ませてでも消してしまいたかったのは、『ピッコロ大魔王』の誕生と封印、そして死だったのだ。

 

 彼女が何よりも現実になってほしくないと願っていた結末を、彼女を封印した『アレ』がそうあるべしと守ろうとした未来を、私はまんまとなぞってしまったのだ。

「っ…ムギ……!」

自分の手で助けられなかったどころか、自分の感情ばかり優先して彼女を最も傷つける選択をしてしまった。

 無視すればよかったのだ、天界の椅子に偉そうに居座る『あいつ』の言葉など。別の方法でいくらでも発散し忘れることができたはずなのだ、人間への憎悪など。

 大魔王になどならなくても救えたはずなのだ、水晶の中に閉じ込められた彼女は。人間を排除しなくても取り戻せたはずなのだ、あの穏やかな日々は。

 

『ピッコロ大魔王』ではない誰かになれることを、私は知っていたはずなのだ。

 

「ム、ギ…!」

 泣いてしまうだろう。怒ってもおかしくはない。天気は間違いなく大荒れだ。

 失望させてしまうだろうか。馬鹿だのなんだの喚くだろうか。許しを乞うても、門前払いされないだろうか。

 

 もう一度、呼ばせてくれるだろうか。

 もう一度、呼んでくれるだろうか。

 

 何度も泣かせてしまう私に、何度も間違える私に、それでもと手を伸ばしてくれるだろうか。

 

 

 記憶の中のムギの笑顔が霞んでいくと同時に、意識が途絶えた。

 




ご都合主義全開と書きましたが、サクサク上手くいくとは一言も言っておりません。


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違和感

それは、言葉にできない引っ掛かり


「━━━このわたしなんぞ、もうとうの昔に神をやめるべきだった…ピッコロなどという恐ろしい悪を生み、その力は神をも超え世を混乱に陥れたのだ」

 

 ずっと、引っかかっていたことがある。

 

「そこんとこだけどよ、神様…あいつ、本当にそんなに悪いやつだったのか?」

「孫!?」

「お、おい悟空!何急に言い出すんだよ!?」

長年、疑問に思っていたのだ。

「前のピッコロは、確かにひでえことしてたし、オラも許せねえって思ったし、倒したけどよ…オラ聞いちまったんだ」

そう言う悟空は、自分の掌を複雑そうな顔で見下ろしている。

「き、聞いたって何を…?」

「誰かの名前じゃねえかな…爆発する前に、すげえ寂しそうな声で『ムギ』って言ってたの聞いちまって」

ずっと自分の中に残っていた引っかかりを、勘違いではないということをそうして弟子が裏付けてしまった。

「そ、その名は…」

「『ムギ』と、確かに言ったんじゃな悟空?」

神様が言葉を濁らせているのを割って入るように聞けば、頷きが返される。

「神様もご存知のようですな、ムギと呼ばれる方を」

「…三百年前、ピッコロよりも早く封印された、この地球の『星の魔女』だ」

重々しく言いづらそうな口振りでそう言われて、辺りを緊張が覆った。

「ま、魔女!?」

「ふ、封印されたってことはやっぱピッコロ大魔王を同じくらい悪いやつってことか!?」

 魔女という称号、ピッコロ大魔王の縁者となれば当然の反応だろう。何も知らなければ、自分も同じ反応をしていた。

「わしは会ったことないが、占いババが話したことがあると生き返った後に教えてくれたんでな、色々と聞いてみたんじゃ」

 

 

「『星の魔女』…そんなの初めて聞いたんじゃが」

 

生き返った自分の様子が気になるからと、そんな言い訳でやって来た姉が語り出した内容は新しい発見に満ちていた。

「ムギ様は表舞台に出るのを避けておったからのう。魔術・魔法に通じる者か、ボーロ樹海の近くにいる村出身でなければ知ることもなかろう」

「名前の通り、魔法を使うのか?」

「それだけではない。何百年経とうと老いることのない体と、地球そのものを癒し守る力を持ちながら、神でも魔族でもない『人間の突然変異』…まあ、人間離れした人間とでも思え」

占いババの言葉の端々から魔女への敬意がにじみ出ていた。

「なんじゃそれ…神様と何が違うんじゃ?」

「神は星の管理をするが、星の魔女は星と共生するのじゃ。基本的に下界に手を出さずに見守る神は最悪星を滅ぼすことも仕事のうちじゃが、星の魔女は星が死ねばほぼ確実道連れになるのでな、なるべく自然も人も滅びないようにと積極的に関わるのじゃよ」

「なんと…!」

「“機嫌よくのんびり生きながら、ちょいちょい環境を改善していけば基本的には問題ない仕事だよー”と気楽におっしゃっていたんじゃが、さっきも言ったじゃろう?ムギ様は目立たないようにしておられたんでな、誰にも感謝されずに自分にしかできない仕事を黙々とされておった…星の魔女になる以外の選択肢など、生まれた時からなかったというのに」

「ふむ…」

神の地球に対するスタンスをそれまで聞いたことがなかったのももちろん、影から地球をずっと支えてきた縁の下の力持ちの存在に驚く。神ではないと言うけれど、その立ち振る舞いは神のそれではなかろうか。

 

「ある日つい聞いてしまったんじゃ、寂しくないのかと。そしたらのう…頬を赤くして言うんじゃよ、“一緒に長生きしてくれる旦那様見つけたから、もう大丈夫”と」

「だん……待て、まさか…」

そこまで来て、ようやく何故この話を突然しに来たのか理解した。

「……ピッコロ大魔王が暴れ始めた時、わしはボーロ樹海を確認しに行ったんじゃ。あの方がこれを許すわけがないと、きっと何かあったに違いないと。そしたら…」

「そしたら?」

「よくわからん大きな水晶のようなものの中に封印されておった。何がどうしてこうなったのか、なんとか封印を壊せないかとしばらくあれやこれやしておったんじゃが、うっかりピッコロ大魔王に見つかってな」

「ねーちゃんそれ初耳じゃぞ!?」

「墓まで持っていくつもりじゃったからな」

姉らしかぬ無鉄砲さに、思わず椅子から立ち上がる。さらりと爆弾を落とした占いババは、問題はそこじゃないと言わんばかりに話を進める。

「まあとにかく、見つかったわしは死を覚悟しながらもお前が封印したのかと聞いたんじゃ。そしたらあっさり違うと返された。驚いていたら“封印を解けないなら立ち去れ、人間。二度も見逃す気はない”と言われてな、その言葉に嘘がないのは火を見るより明らかじゃった」

きっと震えるほど恐ろしかっただろう。当時の恐怖が伝わってくる口振りから溢れる言葉は、しかしえもいわれぬ哀愁を纏っていた。

「わしはやつの気が変わる前に逃げた。逃げて、逃げて、ずっと逃げ続けて…気づいたらお前の師匠がピッコロ大魔王を封印していた」

自分があの時感じていた無力感に近いものを、姉も感じていたのかもしれないと思うと、もう言葉が出なかった。

 

 

「…武泰斗様も何か引っかかっていたようでな、こちらを嘲笑いながらも妙に寂しい目をしていたと言っていた。最初は何を言っているのかと思ってたんじゃが、武泰斗様の言葉はずっと頭の隅に残った。何しろ、ピッコロ大魔王は急に現れた…世界征服を始める前はどこにいたのか、何をしていたのか、どうして暴れ出したのか、本当に何も知ることなく終わってしまったからのう」

神様に目を向けると、呆然としているかのように固まっていた。

「神様、前のピッコロも、今ここにいるピッコロも、間違いなく悪人です。罪を犯した以上、そこは紛れもない事実です。しかし…『悪』以外何もないと言うのは、いささか早計ではありませんかな?」

間違いなく、神様は動揺されていた。急に階段の段が1つ消えたかのような、困惑。

 

「神様」

そんな苦悩の霧を晴らすかのように、悟空が呼び掛けた。

「孫…」

「さっきも言ったけど、ピッコロがまた悪さしたらオラが止めるからさ…殺すのはとりあえずやめといてくれねえか?」

その声は、懇願に近い何かが込められていた。

「なんとなくだけどよ、オラとピッコロ、あんまり変わんねえ気がすんだ」

「そっ、そんなことは━━━!」

「あいつは、必死だった」

神様の言葉に被せるようにして、身も心も随分と大きくなった弟子が言う。

「オラ、今でもよく勝てたなって思う。それくらい、必死だったんだ。ちゃんとオラを見てるんだけどよ…本当に倒してえのは、オラのさらに向こうにいる『何か』だった」

 

「なあ、神様…そのムギってやつ、本当に封印されなきゃいけねえやつだったんか?」

 

 悟空の質問に答えが返されることは、ついぞなかった。

 




聡い人は結構引っかかってそうだよなーと


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信じたかった者達

遅れてやってきた絶望


「ん゛ーーーー?どっかミスってるわこれ…ここ綺麗に合うはずなんだけどなぁ」

原作登場時より滅茶苦茶早い段階でダーブラに遭遇すると言う衝撃の出会いから、どれくらい過ぎただろうか。

 

 図書館にいても体の中にいても時間の流れが全くわからないのは困った。ピッコロに今何年何月何日?と聞くのは現実的ではなかったし、ダーブラは滅多に来ない上に聞こうと思った時にはもういなくなっているのでヒントすらほとんどない状態だ。図書館にある本は全て読み切ったので、少なくともその分の時間は経過しているはずだ。

「上から全部チェックしていくしかないか…ここは、確か……あったあった、この本だ」

色々調べたものの、結局内側から封印を解く方法はなかった。どういった類の封印かは分かったが、肝心の弱点が『外側からの衝撃に弱い』だったので早々に匙を投げた。そう来られるともうピッコロに任せるしかない。どれくらいの衝撃で封印が解けるのか全くわからないけれど、まだ封印されたままなのでピッコロ一人ではそう簡単に到達できない領域だろう。

「えーっと……うん、ここはあってる。じゃあ次は…」

縛りに関しては『つけたやつ倒すかゴリ押しで壊せ(意訳)』と書かれていたのでストレス発散をかねて思いつく限り罵詈雑言を吐いておいた。ハードモードなんてレベルじゃない。

「……ん?んん??……あっ…アホじゃん私、マジでただの見落としじゃん。ここにこうして…ほーーら綺麗に合ったぁ!おマヌケ!」

 全ての本を読み終えた後、私は手に入れた知識を元に研究を始めた。研究といっても体がないので実技は実験はできない。全部紙の上だ。戻ったらやることがとにかく多いので早いうちに分身かその類の術を習得したい。体ひとつじゃあとてもじゃないけど時間が足りない気がする。

 

 不安がないと言えば嘘になる。

 大魔王になっていなくても彼が封印される可能性はあるし、歴史がしっかり修正されて大魔王が誕生してしまって本来の流れどおりに封印されててもおかしくない。

 私はこうして限定されているとは言え、封印されていながらも自由を手に入れられた。でも、彼はこういかないだろう。少なくとも原作では彼に全く自由はなかった。狭い場所に三百年近く押し込まれっぱなしなんて、想像を絶する苦痛だろう。それを経たピッコロは、もう私が知る彼じゃないかもしれない。

 それでも、信じるしかなかった。

 

 “ムギ”

 

 彼が諦めないことを。私とまた、なんでもない日々を送りたいと願い続けていることを。

 

 今もまだ、私を愛してくれていることを。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…この人が、ムギさん?」

「そうだ。今の俺達ならこの水晶を壊し、彼女を開放することができる」

 

 サイヤ人と戦う前にどうしてもやっておかないといけないことがあると言われて、僕はピッコロさんに連れられてボーロ樹海というところに来ていた。

 ボーロ樹海は他では見ないような生き物達が生きていて、気をつけないとすぐピッコロさんを見失ってしまいそうなくらい植物が隙間なく生えている。サイヤ人がいなくなって、もっと大きくなったら、ここに来ていろんなことを調べてみたい。そう思うくらい生き生きしている森だ。

 

 水晶の中にいる女の人のことは少しだけ教えてもらった。星の魔女っていう地球にとってとても大事な仕事をしている人で、戦いでボロボロになった地球を綺麗に治す力を持っているんだとか。

「これは、父の悲願だ…俺達以外のやつには任せられない」

打倒サイヤ人とはまた違った真剣さで、ピッコロさんが言う。きっと、ピッコロさんのお父さんにとって、とても大切な人なんだろう。

「ピッコロさん」

「なんだ?」

「この人は…おじさんの、お母さんなの?」

いつも眉間に皺が寄っていた厳しい目付きが、驚きで丸くなる。その目は何度か瞬きした後、女の人の方を向く。

「……そんな未来が、あったのかもしれないな」

返事の声は小さくて、なんだかピッコロさんに似合わないくらい弱く聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 僕達が全力の一撃を同時に当てた瞬間、水晶に大きなヒビが入った。

「やった!おじさんやったね!」

返事はない。見上げれば壊れ始めた封印に目を奪われて息を止めているあの人がいた。

 外側から剥がれるように、水晶のかけらががらがらと音を立てて落ちていく。頭から少しずつ剥き出しになっていったムギさんは、脚を支える水晶が崩れると同時に体が傾いた。

「あっ!」

僕が何かする前にピッコロさんがそれを受け止めて、ムギさんの体にまだついていた水晶が砕けて粉雪みたいに散った。そっと顔を覗き込むと静かにゆっくり息をしていて、何百年も水晶の中にいたとは思えないくらい普通に眠っていた。

「魂も無事体の中に収まっているようだな…気に怪しい乱れもない。少なくとも人間の基準では健康体のようだ」

「よかった…」

そんなことを話していたらムギさんが身動いだ。ピッコロさんが固まる。

「ん…」

ずっと閉じていた瞼の向こうには、満月のようにまあるくて黄色い目があった。

「え、えっと、おはようございます…体、大丈夫?」

寝ぼけているようにぼんやりとしていたから、優しく声をかけてみた。声は聞こえているみたいで、ゆっくりとこっちに顔をむけてくれた。

「……こ…こ、は…?」

声の出し方を思い出しているかのような、かすれたやわらかい声。それに返事をしたのはピッコロさんだった。

「ボーロ樹海だ」

ムギさんの顔がピッコロさんの方を向く。僕もそっちを向いたら、どうしてか申し訳なさそうな悲しそうなピッコロさんの顔がそこにあった。

「…遅くなって、すまない。」

 最初、ムギさんは不思議そうな顔をしていた。それなのに、急に何かに気付いたかのようにみるみる歪んでいった。

「む、ムギさ━━━」

どうしたのかと聞く前に、ムギさんが飛び起きて地面に転がり落ちた。

「お、おい!」

ピッコロさんが起き上がらせるよりも早く自分で起き上がったかと思いきや、ムギさんは地面に手をつけた。

「星よ!!」

さっきのかすれていたのが嘘かのようにはっきりとした声でムギさんが叫ぶと、手を置いた場所から光が噴き出した。

「うわぁ!?」

「ぐっ!?」

眩しすぎて思わず腕で顔を守った。

「お、おじさん!」

「魔法だ!攻撃じゃない!だが、これは…!」

光の束が1つ自分の頭を突き抜けた時、知らない場所が見えた。

 

“おっす!”

“おぬしの知り合いか?”

“いいえ……”

“じっちゃん、生き返ってよかったな!みんなも元気そうだ!”

 

「お、お父さん!?」

その風景はすぐに消えて、気づけば僕は現実に戻っていた。ムギさんは睨むように、必死な様子で光の源を見ている。

「星の記憶を見ているのか…!?」

「どういうこと!?」

「この星で起きた出来事を、過去を見ているんだ!封印されている間に何が起きたのか知るために…!」

「過去を…?」

どうしてピッコロさんはあんなにも不安そうな顔をしているのか。その答えはすぐに出た。

 突然、ムギさんの体がびくりと震えた。徐々に光が弱くなっていって、勢いも緩やかになっていく。

「あ……あ、あ…」

ムギさんの体が震え始めたと思ったら、急に生温い風が通り抜けていった。なんだか少しずつ暗くなってるような気がして空を見上げたら、あんなにも晴れていた空がいつの間にか暗い雲に覆われていた。

「あ、あれ?な、なんで…」

「来るぞ悟飯!!」

「え?」

 

 その瞬間、雷が空を裂いた。

 

 

 

 

 

 

 こうなると予想していなかったと言えば嘘になる。

 ただ、そうあってほしくないと思っていた。

 

 

「あぁああアあああァああああ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!」

 

 

 暴風と豪雨、そして無数の雷。

 突然の大嵐に吹き飛ばされそうになった悟飯を捕まえると、顔色を悪くして俺にしがみついてきた。

「お、おじさぁん…!」

「自分で踏ん張れ!」

「そ、そんなこと言ったってぇ!」

舌打ちをしながら彼女に視線を戻すと、頭を抱えて丸くなっていた。雨か体に叩きつけられ、風が髪を巻き上げ、稲妻に照らされる体はひどく小さく見えた。

 

「あ゛っ、あ゛ぁうっ…!!うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

顔をあげた彼女の目には何も映っていなかった。顔は濡らしているのが雨なのか涙なのかわからないくらいずぶ濡れで、悲痛に歪みきっていた。喉を裂かんばかりに吐き出される絶叫は、天候による轟音にかき消されることなく耳に届く。

「こ、これじゃあサイヤ人が来る前に地球がめちゃくちゃになっちゃうよぉ…!」

 悟飯の指摘は正しい。おそらく今起きている嵐は、数百年に一度あるかどうかというレベルの大災害だ。自分達のような実力者でなければ彼女に近づくことすらできないだろう。

 それほどまでに、彼女は悲しんでいた。

 

 願っていた。

 

 愛していたのだ、たった一人の男を。

 

 

 

 

 

 

 どうすることもできずに耐えること30分。微かに嵐が和らいだのを感じた。

 

 マントから顔を出せば相変わらず天気は荒れていたが、その中心部たる彼女はぼんやりとした様子で座り込んでいた。空を見上げ、だらりと腕を投げ出して、巻き上げられる長い髪に気を取られる様子もなく。

 今なら、止められるかもしれない。しかし、下手に自分が名前を呼んでしまったら悪化してしまうかもしれない。そうして最悪の事態ばかり考えていた俺の存在を無視するかのように、悟飯が声をあげた。

「ムギ、さん…?」

ゆらりとこっちを向いた顔は、こちらの存在を認識すると理性を見せた。

「……と…」

彼女が声を出すたびにぶわりぶわりと涙があふれ、不規則な呼吸のせいで中々言葉が出てこないようだった。

「…ご……めっ…と、まら…なく、てっ…」

状況は把握できているらしい。呼吸だけでも落ち着かせようとしているが、どうにもならないようだ。

「とっ…め……て…」

 

 一瞬も無駄にしなかった。

 

 即座に接近し、正確に、一点を狙って、手刀を振り下ろす。脱力した体を受け止めると徐々に天気が穏やかになり、雷が消え、風が収まり…そして、雨だけが残った。

 

 何もかもが重く感じる。

 雨も、空気も、服も、腕の中の体も。

 

「ピッコロさん…?」

「……帰るぞ」

 父の記憶を受け継いだことをこれほど感謝したことはない。同時に、同じくらい父を恨んだ。

 

「俺なんかが、代わりになれるわけないだろう…!」

 




悟飯くんの知能レベルがわからん…!


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後悔

それは、降り積もる


“おい、昨日と茶の匂いと味が違うぞ”

 

 夢だと、すぐに気づいた。

“何故一年中取れる茶葉にしない?面倒な…”

だってこれは私の記憶、私達の思い出。新鮮で、あざやかで、ちょっとつまづくことはあってもすぐ起き上がれる、そんな毎日。

“私の好みなぞ知ってどうする?”

 

 心臓が痛くなるくらい愛おしい、私の人生最良の日々だ。

 

 

“そろそろ学んだかと思ったが…気が抜けるとすぐこれだ。とっとと始めろ”

 彼が座っている椅子は、彼の体格だけでなく好みに合わせて作った真新しい椅子。頑張った甲斐もあって、よく使ってくれていた。

 言われるがままに腕立て伏せを始めれば、彼がいつものように数え始めた。

“もっとペースを上げられるだろう。手を抜くな”

脚を組んで、頬杖をついて、めんどくさそうに数える声が心地良い。

“……何故笑う。気味の悪いやつだ”

辛辣な言葉を投げられても、怒る気になれなかった。偉そうな態度も許せてしまった。もう少し優しくてもいいじゃないかという不満はあったけれど、罰はしっかりこなした。

 

 罰を終えた私を見て呆れた顔をする彼も、大好きだ。

 

 

“━━━ずっと独りだったわけではない。『あいつ』と分離するずっと前、そうではない時があった”

ぼんやりと星を見上げる横顔は、どことなく寂しげだった。

“記憶はあまり残っていない……いや、『あいつ』がその記憶を手放すことを望まなかっただけかもしれないが…とにかく、親と呼ぶべき存在がいたのは覚えている”

元々この星の住人ではないと、なんとなくは理解しているんだろう。それを裏付ける記憶を思い出せないだけで。

“おそらく、故郷と呼ぶべき場所もあるのだろう。同族、つまり魔族ではない、同じ体を持つ者達が暮らす世界が……今の私が受け入れられる保証はどこにもないがな”

 ふっと、彼から自嘲が漏れた。

 

“どうせ好かれるのは『あいつ』の方だろう。今更帰ったところで意味はない”

 

 あの寒そうな背中に寄り添いたかった。彼の居場所になりたかった。せめて、ちょっと一息つけるくらいの休憩所になりたかった。

 

 彼が安らげる世界を、作りたかった。

 

 

“お前は、本当におかしな人間だ”

 

 彼よりは弱いけれど、そこらの人間よりは強くてずっと丈夫な私の体を、繊細なガラス細工のように触る手が好きだ。

“人間から生まれ、人間に育てられたその目…化け物にしか写らんだろう、普通は”

爪で引っ掻いてしまわないようにと、間違ってでも傷つけないようにと、触れるか触れないかのところで滑っていく指が、愛おしい。

“ムギ、私に一体何を見た?長命さだけではなかろう。お前にとっては些細な問題だ、一人くらい自分と同程度に伸ばすならできるとその口で言ったのだからな”

私から頬を彼の手に押し付けると、一瞬の緊張の後に抜けていく力。理解しきれないけれど離れがたい、そんな気持ちを滲ませる不安と恐れが混じった目。私以外の誰にも見せない、脆くて無防備で臆病な彼の姿。

“……可能性。そんな、そんな不確かなモノを当てにしたのか”

 彼の一挙一動に胸が締め付けられる。私を大切にしたい一心で、無知で不器用な彼なりに精一杯探りながらしているだけだと分かっている。でも、すぐ消えてしまう幻にすがっているかのような、弱々しい彼を見るのは悲しかった。

“そんな理由で、二ヶ月も耐えたのか。何も得られないかもしれないにもかかわらず、失うばかりで終わっていたかもしれぬのに…突然気を変えた私を拒否することなく、さらに与え続けたのか。ろくに何も返していない私に”

両手を伸ばし、彼の角張った顔の輪郭をなぞって、そのまま頬を包んだ。こういうのは理屈じゃないんだよと笑えば、真上にあった目が数秒ほど大きく開いた後に柔らかく伏せられる。そっと合わせられた額は、私のより少しだけひんやりしている。

“そうだな。コレに、理屈などあるわけがない。理屈で、ここに至ってたまるか”

再び合った目には、小さな希望が見えた。

“求める、望む、願う…それこそが、生きる原動力。生命であることの証明。お前の場合……それが、たまたま…コレ、だった、と…”

自信のなさを露骨に伝えてくる小さな声が聞きたくなくて、強引に少しかさついた唇を塞いだ。

 

 ワンテンポ遅れて後ろに回る腕に、もっと強く抱きしめてほしかった。

 

 

 自信を持ってほしかった。不安にさせたくなかった。揺らぐことのない土台をあげたかった。

 

 最初は本当に、本当にただの出来心だった。それは否定しない。些細な気持ちだったのは紛れもない事実だ。

 でも始まりはどうであれ、私は彼を、ピッコロという『ヒト』を、心から愛するようになった。幸福を願った。信じられる何かがこの世界にあると、安心してほしかった。この世界に存在して良いのだと、生きる許しを誰か乞わなくても良いのだと、強引に奪わなくても居場所があるのだと…微塵も疑わなくても良い理由を作りたかった。

 私がいるから大丈夫だと、証明したかった。

 

 証明、したかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 薄く目を開くと、ぼやけた視界に揺れるオレンジの光が映った。

 

 数度の瞬きをすれば目から何かがこぼれ落ちて、視界が徐々に透き通っていく。どうやら夢を見ながら泣いていたらしい。

「あっ…おじさん!起きたよ!」

涙を拭いながら起き上がれば何か軽いものが近づいてくる足音と一緒に、幼い子供の声が耳に入ってきた。音の方へと顔を向けると、生傷だらけの幼稚園児くらいの子供と、彼によく似た誰かと、焚き火が1つ。自分の体も確認すると、毛布がかけられていた。

「あ、あの、大丈夫…じゃ、ない、よね…」

こんな、こんなにも長く、封印されていたんだと改めて思い知らされる。

 

 何もかもが手遅れだ。

 何もかもがすでに起きて、終わってしまっていた。

 

「…生きてはいるよ」

だからと言って、この子を今以上落ち込ませる必要はない。かすれた声で返事しながらなんとか小さな笑みを作って、そっと頭を撫でる。

「ごめんなさい。大変だったでしょう?」

あの人の忘れ形見にそう言うと、小さな否定を返された。声も顔も違うけど、どことなく面影がある。気の質だろうか。

「二人とも、出してくれてありがとう。私じゃあ…私には、どうにもできなかった、から」

 

 本当に、どうにもできなかったのだろうか。

 本当に、方法はなかったのだろうか。

 出られなかったのか……防げなかったのか。回避できなかったのか。

 

 できることがあったんじゃないかと自責の海に沈みはじめた時、かつてスピーカー越しによく聞いていた声がそれを止めた。

「かなり調べたが、外側から衝撃を与えて壊す以外に方法はなかった。内側に閉じ込められている身ではどうにもならないだろう」

ああ、この優しさは知っている。聞こえの良い言葉で甘やかすのではなく、事実をそのまま伝えて否定させない圧を加える、この話し方。あの人は、もう少し乱暴な物言いだったけれど。

「…ん、そうだね。私も、その答えしか出なかった」

 不安な様子で見上げてくる悟飯くんの頬を一度そっと撫でてから手を離し、ようやく自分のいる場所に気を向けた。どうやらここは自然にできた洞窟の入り口近くらしく、外は暗くて止まない雨がしとしとと降り注いでいる。はて、あの荒野は普段どのくらい雨が降る場所だったか。環境に悪影響が出てそうで申し訳ない。

「…修行、邪魔しちゃった、かな。ごめんなさい」

解放早々失敗続きだ。また気が沈みそうになると、すかさず静止が入る。

「お前は悪くない」

今度はもっと、感情がこもっていた。

「どうにもならないことで、自分を責めるな……散々、言われたはずだ」

わざとそうしたことに気づいた時、胸がチクリと痛んだ。そうだ、記憶を受け継いているんだった。知っているんだ。あの悲劇を、背負っているんだ。

「言われた…だから、これ以上の謝罪はやめておくね」

 

私が、封印されてしまったばかりに。

 




最悪の「振り出しに戻る」


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愛の形

それぞれ、異なる形のそれ


 ピッコロさんがムギさんにサイヤ人のことを話している間、僕はずっと二人を見ていた。

 

 ずっと封印されていたからこの人達がこうして話すのは初めてで、そのせいかどっちもなんだか遠慮しているような雰囲気だった。自分を押し殺しているような、間違って傷つけないように回り道しているような、遠くから話かけているような、そんな調子で。

「これから、どうするつもりなんだ?」

「とりあえず、地球の現状確認からかなぁ。百年単位で不在だったからだいぶあれこれ変わっただろうし…あ、今降ってる雨は日が昇る前に止めるから安心して。早朝の地面のぬかるみはどうしようもないけど、お昼頃にはある程度乾いてるはず」

最初のアレの被害も確認しないと、と呟きながら考え込むムギさんは無理に明るく振る舞っているようにしか見えなかった。

「…無理は」

「してないしてない。これでも天候を操作できる程度には落ち着いてるよ」

ピッコロさんもそれに気づいているみたいだけれど、どうにもできないからか不機嫌そうだ。

「明日、ここら一帯をチェックしたらボーロ樹海に戻るね。色々確認が終わったらたぶん顔見せにくるから」

「たぶん…?」

「いやほら、ちょっと本格的に治さないといけない土地があったりとかしたらそっちに集中するかもだし!」

今の焦りは心配かけたくないからなのか、それとも隠し事があるからなのか、僕にはわからない。でも、ピッコロさんはわかったみたいで、眉間のシワがさらに深くなった。

 バレてるのに気づいたのか、ムギさんが話題を変えてきた。

「そうそう!もう1つ確認というか、早めに決めておきたいことというか、そんなのがあって!」

「…なんだ?」

 ピッコロさんにとって、この人は本当に大切な人だ。

 今日初めて会話して、今日初めて触れた人。それでも、本当はまださっきの話が気になっているのに、話題が変わるのを止めなかった。ピッコロさんが親から受け継いだ記憶がどんなものなのかほとんど教えてくれなかったけど、その記憶はきっと、ムギさんを大切にしたくなるような、そんなかけがえのない思い出がいっぱいなんだろう。

 

「えっと、その…なんて、呼んだら良いかな?」

 

「は?」

「え?」

思わず、僕も声が出た。邪魔しないようにと静かにしているつもりだったのに。

「ほら、私にとって『ピッコロ』は…えっと、あっちの方だから。名前受け継いだのはわかってるけど、どっちも同じだと、あの、紛らわしいし、ね?」

 わたわたしながらの説明だけれど、聞いた僕は普通に納得した。僕は今ここにいるピッコロさんに最初に会ったけど、ムギさんが最初に会ったのはピッコロさんの親の方だ。最初にそう呼んだのが向こうなら、こっちのピッコロさんを別の呼び方にするのが自然だ。

 ピッコロさんは、固まっていた。

 口を少し開いて、目を見開いて、驚いた顔をしたまま身動き1つしていなかった。ムギさんの方を見ると、僕と同じようにピッコロさんの反応が予想外だったみたいでオロオロしていた。

「え、あ…だ、大丈夫?ねえ?」

心配そうに声をかけながら近づこうか迷っているムギさんの代わりに、僕が近づいて呼びかけてみた。

「おじさん!ピッコロさんってば!」

体を揺り動かしながらそう呼ぶとようやく僕と目が合って、数回瞬いた。その目がゆっくりとムギさんの方にも向くと、少し遅れてピッコロさんの口から声が出た。

「す、まない。想定外だった」

一瞬、声の出し方を忘れたかのような言い方だった。

 

 今日のピッコロさんは、今まで見たことない表情をたくさんしている。

 申し訳なさそうな顔、心配そうな顔、不安な顔、悔しそうな顔…そして、今の顔。昼の青空の向こうにもちゃんと星があるんだと今更思い出したかのような、当たり前のように知っていたはずのことを改めて知らされたかのような、夜明けの顔。

 その理由を聞きたかったけど、ピッコロさんが軽く頭を振るといつもの難しい顔に戻ってしまった。

「……マジュニア」

「へ?」

「天下一武道会に参加した時に使った偽名だ。『ピッコロ』以外で呼ばれ慣れている名はそれだけだ。新たに作るよりはそちらの方が良いだろう」

顔が戻って、理由を聞くことはできなかったけれど、これだけはわかる。

 

 たった今、ピッコロさんに何か良いことが起きた。間違いない。

 

「マジュニア、ね?」

「ああ」

 だって、こんなにもピッコロさんの気が柔らかくなったんだから。

 

 

 

 

 

 翌朝、日が昇る前に起きて雨を止ませ、昇り始めた頃に荒野の状態を確認し、大きなダメージもなかったので二人に別れを告げた。二者二様に心配そうにこっちを見てきたから良心がチクチク痛んだけど、それを無理矢理笑顔の下に隠して地球全体のチェックに取りかかった。

 彼が…ピッコロが地球に残した爪痕が残っている場所がまだいくらかあって、特にひどいのは中の都のキングキャッスル周辺だった。星の記憶を見て比較したところ生き返った後に中の都に留まらなかった人達がかなりいたらしく、人口が大幅に減っていていた。逆に比較的被害が軽かった中の都の郊外の住宅区は人口が増えていて、そこと中の都を繋ぐ公共交通機関も比例して増加していた。

 天下一武道会会場のあるパパイヤ島のダメージも中々だったけれど、こっちは急速に復興が進んでいてそう時間かからず元通りになりそうだ。おそらくマジュニアの大技が下方向にあまりダメージを与えなかったのに対し、ピッコロの大技は思いっきり地球をえぐっていたのが要因の1つだろう。

「時間できたらキングキャッスル周辺の回復に集中した方がいいかなぁ…」

 その他の地域に関しては、意外と大丈夫そうだった。天災から中々回復しきれてないところはちょこちょこあったけれど、人間の環境破壊によるダメージは想像以上に少なかった。私が不在だった間に地球環境との付き合い方を改めてくれたんだろうか。だとしたらありがたい。これから大きなダメージを受ける事件が増えていくから、細々とした仕事は少ないに越したことはない。

 

 久々に肉体を持って動き回ったからか、ボーロ樹海に戻ってきた頃にはかなりお腹が空いていた。ちゃんとした食事を取りたい気持ちはあったけれど、まだまだやることがたくさんあるのでその辺の取って食べれる木の実で簡単にすませた。

 そうしてようやく再会した我が家は、案の定荒れ放題…では、なかった。

「あ、れ…?」

時間は確かに経過している。外も内も、取り換えるしかないほどボロボロになっている部分がある。生えてきた植物によって壊されたのだと思われる部分もある。ホコリだって被っている。

 でも、三百年近く経ったにしては、綺麗すぎる。

 

 まるで、まるで誰かが、数年前に一度手入れしたかのように。

 

「…ほし、よ」

壁に手を当て、家の記憶を少しばかり遡った。

 

 

▽▽▽

 

“━━━これが、限界か”

 

 リビングに立つあの人の手は、土やらなんやらで汚れていた。

“魔法で作られたとは言え、百年単位で持ち主不在では流石に荒れてしまうな。私ももう少し魔術の類を身につけておくべきだった……いや、この場合は掃除か?”

ふっと小さな笑いが溢れる。

“この私が掃除とは…ずいぶんとアレに毒されたものだ”

あの頃とは少し違う、懐かしさと寂しさの混じった笑みだった。

 

 ひとまず気は済んだのか、彼はリビングに背を向けて外へと通じる扉に手をかける。そしてそれを開けて一歩踏み出したかと思ったら、首だけが再びリビングの方を向いた。

“………いってくる”

また戻ってくると言わんばかりに、いつも私に言っていた言葉を、誰もいない部屋に告げた。

 

△△△

 

 

 もう十分泣いたと思っていたのに、しばらくは天気を荒らさないようにしようと気合を入れたはずなのに、気づけばまたポツポツと雨が降り出していて。そんな中、私の顔は雨に当たっていないのにびしょ濡れになっていて。

「……ばか」

ずりずりと、家の壁に寄りかかりながら座り込む。

「ぴっころの、ばかぁ…」

若返って、さあこれから世界征服ってタイミングで、わざわざ掃除しに来て、挙句そんな言葉まで残して。

「だったら…だったら、ちゃんと…かえって……!」

無茶だと分かっていても、届かない言葉だと知っていても、言わずにはいれなかった。

 

「ちゃんと、帰ってきてよぉっ…!」

 

この家にピッコロがいないのは、自分のせいなのに。

 

 

 

 

 

 

 ムギさんがいなくなってから、ピッコロさんはよく1つの方向をぼんやり眺めるようになった。もちろんそれは修行をしていない時で、特に夜眠る前が多い。

 僕は、その視線の先に何があるのか知っている。

「心配、なの?」

今晩も、そうだった。すっと自分に向けられる目には修行中のあの厳しさはなくて、なんだか迷っているような気がした。

「…貴様には関係ない。もう寝ろ」

ピッコロさんは、自分が考えていることをちゃんと話してくれる。修行でわからないことがあればきちんと説明してくれる。

 でも…だけど、自分の気持ちは、ほとんど話してくれない。態度や話し方でわかることはあるけど、それだけだ。元々そういう話が嫌いなだけかもしれない、相手が僕だからかもしれない…確かなのは、誰にも話さないってことだけ。

 それは、よくないと思う。

「ピッコロさん」

「寝ろと━━━」

「ムギさんと話して」

失礼だけど、無理矢理言った。途端に、ピッコロさんの体が固くなる。

「…貴様に指図される筋合いはない」

ピッコロさんの組まれた腕に、爪が少し食い込む。

 怒られるかもしれない。殴られるかもしれない。蹴られるかもしれない。下に放り投げられるかもしれない。

 

 でも、僕しか言えないことだ。

 

「今言わないと、ずっと言えないかもしれないから」

ぴしりと、空気が固まった。

「…僕、お父さんが死んだって聞いた時、ドラゴンボールで生き返るって言われても、怖かった。もし、生き返らなかったら、どうしようって」

ピッコロさんの顔を見るのが少し怖くて、自分の手ばかり見てしまう。

「もっとたくさん、したいことがあるの。またお父さんと釣りに行きたいし、お母さんも一緒に来てピクニックしたいし、遊びたいし、話したい……もっと、もっとありがとうって、大好きだって、言いたいし言われたい。お父さんがあんなに早く死ぬなんて思ってなくて、だからまだ…まだ、足りなくて」

ああまた涙が出てきそうだ。泣いたらピッコロさんは怒るのに。

「サイヤ人が何をするかわからないから、お父さんとまた一緒にいられるかわからなくて、怖いの。生き返ってもまたすぐ死んじゃったらって…」

 

「孫悟空は、死なない」

 

大きくないけど、はっきり聞こえる声だった。恐る恐る顔を上げると、いつものしかめっ面がそこにあった。

「その為に修行してるんだ、死ぬわけがなかろう」

「でも…」

「前回はなんの準備もしていなかった」

当たり前のことを話すように、ピッコロさんは淡々と続けた。

「あいつが負ける時は、なんの備えもしていない時だけだ。何かが来ると知っていれば、どんな手を使ってでも、あいつはそれを越えようとする……俺の仇は、そう言うやつだ。だからこそ、簡単には勝てない」

こんなに嫌そうな顔をしながらお父さんを褒めるのはこの人くらいだと思う。

「孫悟空の仲間は必ず、やつを蘇らせる。くだらん心配をしている暇があったら自分が死なない努力をするんだな」

 わかったらとっとと寝ろと話をそこで終わらせようとするピッコロさんに気付いて、すかさず僕は話を戻そうとした。

「あの、ムギさんは…」

「何度言わせるつもりだ!?寝ろ!」

ああダメかと落ち込んで、諦めて背を向けて寝ようとした時だった。

「…貴様に言われなくとも、近々様子を見に行く。まだ精神が安定していないだろうしな」

僕の師匠は、本当に素直じゃない。

「はい!…おやすみなさい、ピッコロさん」

 

だけど、やっぱり優しい人だ。

 




切りどころがわからんかった…
あと、悟飯くんの口調が迷走してたらすみません。この頃は特にあやふやです…


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七転び八起き

何度でも立ち上がる


 結論、現時点でピッコロとの再会は不可能だ。

 

 薄々と予感はしていたが、実際に真実が顔面に叩きつけられるとしんどい。

「なんで……もう、歴史での役目終えてるじゃん…」

行き場のない気持ちを持て余しながら、草むらでもだもだ転がる。

 彼はもう『仕事』を終えた。クリリンを一度死なせることによって超サイヤ人の覚醒の遠因になって、マジュニアを産み落とせば彼は用済みのはずだ。死んでいなければならない、のであればシンプルに会いに行くだけなら歴史への影響はない。

 そう、私が死んでも、何の問題もないはずだ。

 

 最初、ブルマにドラゴンレーダーをもう一つ作ってほしいと頼みに行こうとした。土下座くらい安いものだとブルマの居場所を探ろうとした途端、全身に激痛が走ってその場に倒れた。

 次に、自力で蘇生させようと研究しようとした。ノートに研究タイトルを書こうとした瞬間激痛が再発し、痛みのあまり気絶するまでそれは続いた。

 生き返らせるのがダメならばと、占いババにあの世への案内を頼もうとした。ブルマの時と全く同じことが発生した。

 私が封印されている間もお互いの存在を認識できたことから、テレパシーを応用してあの世にいるであろう彼と話そうとした。しかし、彼を見つけ出す前にまたあの拷問のような苦しみが始まった。

 痛みが問題であるのならばと、痛覚を一時的に切ってみたり、麻酔を使ってみたり、とにかく痛みをどうにか消したり和らげたりできないかと試行錯誤した。どれも失敗に終わった。

 思いつく限りのことはした。同じ案を何回も試してみたりもした。

 喉が枯れるくらい叫び、絶え間なく涙を流し、地面に爪を立て、吹き出す汗を拭いもせず、みっともない姿を晒しながら、全身を貫く痛みと戦った。

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 

 そうしているうちに私の精神はあっさり限界を迎えた。三桁年本を読み漁り研究し続けてもほどんどなんの変化もなかった私の精神が、ほんの一週間たらずで参ってしまった。元から精神が弱っていたとは言え、自分はやはり貧弱な凡人だと思い知らされた。

 そんなこんなで最終手段である『自害』は、軽率ながらも試行されたのである。

 躊躇はあった。どんなに追い詰められていても、こればっかりは実際行動に移すまでに少しばかり時間がかかった。本当にここであっさり死んでもいいのか、ピッコロは許してくれるだろうか、マジュニアや悟飯くんに大きな傷を負わせてしまわないか…やらない理由なんてそれこそいくらでもあった。

 でも、それ以上に辛かった。自分が楽な方向に逃げてしまうくらいには。

 

 まあ、さも当然のように妨害されて気絶させられて、気づいたら数時間たっていたわけだが。

「別に私もいらないじゃん…いなくても勝手に話進むじゃん…」

どう考えても例のあの界王神もどきがつけていったあの死ぬほど趣味の悪い縛りのせいだが、目的が見えない。原作通り話を進めたいだけなら、私がいつどこで死のうが問題ないはずだ。むしろ何も関係ないタイミングで死んでほしいくらいだろう。

「なんで、私だけ生かされるの…」

ブゥが来た時にワンチャン消極的自殺はできるかもしれないので、最悪それをあてにしよう。彼と一緒にいられるなら地獄だろうがどこだろうが問題ない。どうとでもなる。

 

 何度目かとっくの昔にわからなくなった深いため息を吐いて、いつの間にかまた降り出した雨の中のろのろと起き上がる。最初みたいな激しい雨はなんとか降らせないようにしているものの、ちょっと気を抜くとすぐこれだ。頭を冷やせば少しはマシになるかなと近くの川へ向かえば、水が明らかに茶色い。そりゃそうだと額に手を置いて、そうして手についた汚れを見て自分の外側の状態にようやく気が向いた。

「うわ…」

魔法で荒れた水面を水鏡にして見下ろせば、思わず声が漏れるくらいには酷い有様だった。髪は葉っぱやら泥やらが絡まってぐちゃぐちゃ、泥だらけの顔の中心にある目は真っ赤で腫れ放題、首から下も容赦無く自然の犠牲になっていて、よくよく見たら手足の爪にしっかり泥が入り込んでいる。と言うか、靴どこ行った。のたうち回ってる間に脱げたのか。

水浴びは無理なので魔法で全身を綺麗にして目の腫れも治す。靴がないのを除けばいつもの自分だと確認した後に水鏡を消せば、どっと疲労感がのしかかってきた。今日はもう寝てしまおうと重い足取りで家に戻ろうとした時、予想外のことが起きた。

 

 マジュニアが、目の前に降りてきた。何の前触れもなく、上空から。

「……え?」

思わず辺りを見回してから再び彼に視線を戻す。何故どうしてとあからさまに困惑してしまい、それに釣られたかのようにマジュニアも少し落ち着きをなくしたかのような表情を見せた。

「お、驚かせるつもりは、なかった。その、少し、話が…」

そわそわと動く手から居心地の悪さが伝わってくる。かなり気を遣われているのは早い段階でわかっていた。立場からして気を使わないなんて無茶振りもいいところなので、私にできることと言ったらそれを悪化させないことぐらいだ。

「話?…って、あっ、ごめんね。すぐ雨止めるね?」

極力優しい声を出そうとしたけど、果たしてうまく出せただろうか。自分の中にまだ煙たいほどに燻っている悲しみを無理やり噛み殺し、空に手をかざして少しばかり強引に雨を止めた。もう少し落ち着けば雲も勝手になくなるだろう。

「本当にごめんね、濡れちゃったよね」

なんで彼がこちらに向かっていることにすぐに気がつけなかったのか。ちょっと周りを気にかけるだけでこんなミスは簡単に避けられる。本当に封印が解けてからろくに何もちゃんとできていない。なんで私はこうも━━━。

 

「……謝らないでくれ」

 

それは、まるで懇願のようだった。

「わかっている、そう言う人物だと。知っている。だが……聞く度に、苦しい」

ふわりと、彼の道着とマントに一瞬風が通り抜けたかのように見えた。服を新しくしたんだろう、濡れた跡が消えていた。

「『ピッコロ』だからじゃない…俺が、今ここにいる俺が、聞きたくないんだ」

 ふと、気づく。

 この場所は、ピッコロに初めて頭を撫でられた時と同じ場所だと。私が帰ろうと振り返った時に、今マジュニアがいる位置に彼がいた。

「マジュニアが、聞きたくないの?」

「聞きたくない。できれば二度と」

「それはちょっと…」

「わかっている。ただの願望だ」

あの時と違うことはたくさんある。

 そう、こうして私が歩み寄るのも、あの時と違う。

「手、血出てるよ」

躊躇しながらもそっと彼の手を持ち上げると、不思議そうに首を傾げて自分の両手を眺め始めた。強く握りすぎて爪が食い込んでいることに気づかなかったらしい。

「………優しいねぇ、マジュニアは」

胸がふわっと温かくなって、自然と笑みが浮かんで、さっきの疲労感も忘れて傷を癒す。

「あの人は回数が鬱陶しいとかうるさいとかそんな風にしか言わなかったなぁ…まあ、紛うことなき本心だろうし、別にそれで良いんだけども」

痕を残すことなく治った掌を親指でそっと撫でてから顔を上げると、じっと静かな表情で見下ろされていた。再び視線を手に戻して、少し眺めた後に放す。

「言わないのはやっぱり無理かな。マジュニアには重いモノを背負わせてしまったし、迷惑かけてるし、多分これからもかけちゃうだろうし…でも」

こればかりはちゃんと顔を見て言わないとダメだと、気恥ずかしくも見上げた。

「ありがとう、苦しくなるほど気にかけてくれて。マジュニアがそこまで気にしちゃうなら、頑張って回数が少なく済むようにするね」

 原作のこの頃の彼がここまで柔らかい人物だと描写されたのは最初の死の時だったけれど、いつからこうだったんだろうか。いつから、それが滲み出てきたんだろうか。いつから、悟飯くんがそれを拾い始めたんだろうか。

 

「…何故、俺は勘違いをしたのだろうな」

「マジュニア?」

「俺は、先代とは異なる存在だ。名前と思いを…願いを託されたに過ぎない。そもそも当人が生きてるタイミングで卵が存在している以上、同一存在であるわけがない」

「え、あ、うん。そうだけど」

急に何を言い出すのかと思いつつ、大人しく聴き続ける。

「最初はきちんと線引きができていたにも関わらず、俺は…いつの間にか自分ではない者に成ろうと、成らなければならないと、そう在れかしと生まれたのだと思い込んでいた」

そう言われて原作の漫画のコマが脳裏をよぎる。確かに最初はピッコロのことを父だと認識していたのに、天下一武道会では自分を生まれ変わりだと言っていた。

「記憶の引き継ぎですら完全なものではない。俺にすら見せたくない記憶、プライベートなモノだろう…それが受け継がれなかったせいで、かなりの抜け落ちがある。自分のコピーを作りたかったのであれば、それは起きないはずだ」

 プライベートな、記憶。

 高速で心当たりが脳内を駆け巡る。ブワっと顔が熱くなって、思わず顔を背けてそれを隠すように腕で頭全体をガードした。

「…あの、その……抜けてる部分に特徴があったりは…?」

墓穴を掘りにいく発言だと分かっていても、聞かずにはいられなかった。

「特には……いや、夜が抜けがちか?」

「早速だけどすみませんごめんなさいそれ以上は勘弁してください私が悪うございましたっっ!!」

「なっ…聞いたのはそっちだろう!」

「謝罪カウント増えちゃうから許して!」

しんみりした空気から一転、その場はマヌケなBGMが流れそうなくらいコントじみた空気になってしまい、結局話題に戻れる程度に落ち着くのに数分かかってしまった。

 

「とにかく、だ。俺はずっと勘違いしていたんだ…どう呼べば良いのか聞かれるまでは」

 先ほど駆け抜けたギャグ時空のおかげか、どうやら不安やら緊張やらは消えたらしい。怪我の功名、はこう言う時に使うんだったか。

「俺は思い出した。自分のままでいいのだと、同じ名前なだけの別の誰かであっていいのだと…あの時、あの瞬間、俺はもう一度この世に生まれ落ちた」

そんな大袈裟な、と言いたかったけどやめておいた。声も顔も真剣で大真面目に話しているようだから、その一言は余計通り越して暴言になりかねない。

「……悟飯に封印されているのは俺の母親かと聞かれた時、その時はそんな未来があったのかもしれないと答えた」

 胸に突き刺さる言葉だった。ピッコロ大魔王が生まれない世界を作るにあたって一番の問題はマジュニアの誕生だった。ピッコロに産んでもらうしかないだろうか、はたまた私が産んでも大丈夫だろうか、タイミングはどうするか、悟飯くんとスムーズに接触させるにはどうしたらいいか…考えることはたくさんあった。

 たくさんあったけれど、楽しみだった。

 成長を急かされないマジュニアというのも中々素敵な響きだったのだ。原作の彼は人気上位キャラなのが納得できる魅力的な人物ではあったけれど、同時にかなり苦労してきた方でもあった。悟飯くんに負けないくらい、過酷な星の下に生まれていた。そんな彼が、もう少し穏やかに生きられたら。なんだったら悟飯くんと兄弟のようにゆっくり育つことができたら、どれほど良いだろうか。

 そんな思いは果たされることなく、今に至ってしまったが。

「だが、かつてと変わらず先代の妻としてそこに在り続け、俺が生まれ直した理由であるのなら……」

 

 

「それなら、母、と…呼んでも、理屈は、通る、と…」

 

 

 心臓が、呼吸が、思考が、何もかもが一瞬止まった気がした。

 私は、何もしていない。起きて、ちょっと話しただけだ。育児らしいことなんて微塵もしていないし、私の血なんてこの子には一滴たりとも通っていない。何も、何一つ、マジュニアにできなかった。

「……いいの?」

なんとか絞り出した声は弱くて震えていて、目にはじんわりと水が溜まり始めていて、さっき目の腫れを治したばかりなのにと頭の隅の方で思ってしまった。

 重荷にしかなれないと思った。

 足を引っ張るだけの存在になってしまうのではないかと恐れた。

 だって、だってこんなにも私は、散々引っ掻き回しておいて、結局…役に立つことなく、むしろ苦しみを助長させてしまったのに。

「名も願いも義務のように受け継いでしまったかもしれない。不安がなかったとは言わないが、それを理由に逃げる気はない…母親として扱うのも、『ピッコロ』と名乗るのも、謝罪を聞きたくないのも、荷を捨てないのも、全て俺自身の意思だ」

ああどうしてこんなにも、こんなにも明らかに余計でしかない私が、ここまで恵まれるのか。

「強制はない。俺は自分が望むように生きる」

 

 種は撒かれた。

 根ははられ、葉は光を浴び、水を吸い上げて成長した。

「…『お母さんって呼んでもいいですか』って、ここぞって時にストレートに言葉が出ないところで似なくてもよかったのに」

ならば、何度失敗しても、責任を持って刈り取ろう。たとえ数は少なくとも、誰かに望まれたという事実は揺らがないのだから。

「情けないお母さんで良いなら、喜んで」

他でもない、私に願ってくれたのだから。

 

 空は、いつの間にか星々が輝いていた。

 

 




作者「おっ、評価バーに色ついた!へー、これくらいでつくのかぁ。ちょっと嬉しいなコレ( ^ω^ )」

少し後の作者「お気に入りめっちゃ増えてるんだけど!?(((°Д °;)))」


お気に入り、評価、感想、ありがとうございます。
本当に、本当に励みになります。


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歩み寄り

少しずつ、一歩ずつ、近づく


「たぁーーー!」

 

 岩に向かって放り投げた悟飯が、それを足場に跳ね返って殴りかかってきた。状況判断、体勢調整、着地から発射までの体幹のブレ、脚への力の込め方、そして繰り出された一撃の強さ。ようやく及第点まで来たかと受け止めた手を掴んで、そのまま地面に叩きつける。

「ぐっ…」

流れるように蹴り飛ばせば、腕でしっかりと防御した悟飯が吹っ飛んでいった。スイッチさえ入ればそう簡単に死なない程度にはなってきたか。

 追撃をと手に気を込め始めた時、こちらに近づいてくる者に気づいた。

「ピッコロさん?」

太陽の位置を見れば、なるほど確かにそんな時間だった。

「…休憩だ。水場でその面と手を洗ってこい」

手を収めてそう言えば、悟飯の顔が喜色に輝く。

「はいっ!」

うるさいくらいの良い返事をしたかと思えば、泉の方へ全速力で飛んで行った。その現金な姿にため息が漏れるが、コレが始まってから明らかにやる気が増しているので何も言えない。

「今日は順調?」

やってきた彼女は自分の近くに降りてきて、見上げながらそんなことを聞いてくる。

「…それなりだ」

「そっか。ならよかった」

それ以上深く聞くことなく準備を始める母上は、随分と楽しそうにしている。精神も以前と比べてかなり安定してきた。良い傾向だ。

「あ!ムギさんこんにちは!」

「はい、こんにちは。今日は食べたいって言ってた回鍋肉作ってみたんだけど、初めてだからちょっと味違うかも…」

「本当!?やったぁ!」

戻ってきた悟飯はさっき以上にテンションが高い。これが食事の力なのかと敷物の上に並べられる料理を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 せっかくお母さん扱いしてくれるんなら、お母さんらしくサポートしたい。初めてそう言った時、マジュニアは渋った。心配八割、何ができるかわからない二割といった感じの顔で「無理しなくても…」と止められそうになった。確かに病み上がりで精神ズタボロで戦闘は大して強くないけれども、だからと言って引き下がるわけにはいかなかった。

「何かやることある方が余計なこと考えなくて済むから」

「しかし…」

「何かしらできることはあると思うんだけど……あっ!ねえマジュニア!」

 

「悟飯くん、今何食べてる!?」

 

休息時間やら水分補給やらは想像以上にしっかりしていた彼も、食事の量はともかくその内容に関してはさっぱりだった。親と違って水だけで済ませてしまう彼ではわからないことの方が多いだろう。

「私があの人に食事内容の大切さをレクチャーした記憶、たぶんあるよね」

「…!」

「成長しきった大人でも気をつけなきゃいけないことを、これからどんどん成長する悟飯くんが疎かにしたら修行にかなり支障出るんじゃない?」

「む…」

「ちょっと調べれば足りないものも必要なものもすぐわかるし、それに合わせた献立も作れる。そんな豪華なものは作らないよ、必要なものを必要な分作るだけ。だから、ね?」

説得はさほど難しくなく、話し合いの末に毎日昼食だけは私が用意するという形になった。

 

 

 無論、悟飯くんだけで満足するわけもなく。

「おかわり!」

「はいはーい……あ、マジュニア。お茶の味、今度は大丈夫?」

「ああ。これぐらい薄い方が飲みやすい」

「やっぱりあの茶葉が濃かったんだねぇ…悟飯くん、おまちどうさま」

水だけで基本は問題ないのは百も承知だけど、より効率よく回復できないかと自家栽培している茶葉に手を入れた。メイン効能は疲労回復で、精神への効果を期待して香りも調整した。一種の茶葉では理想の仕上がりにならなかったのでブレンドしたら、今度は味が濃すぎるという問題にぶち当たって中々苦労した。でも、その苦労が楽しかった。コップに注がれたお茶の香りが鼻まで届いた時にマジュニアが見せる柔らかい眼差しが、最高の報酬になった。

「悟飯くん、本当に良い食べっぷりだねぇ」

「ムギさんのご飯、すっごくおいしいから」

 私が二人と一緒にいるのは、1日のうちこの時間だけだ。邪魔になりたくないと言う気持ちはもちろんあるけれど、それ以上に時間がない。図書館で得た知識に基づいた実技訓練や実験、星の魔女としての仕事、その他もろもろでなんだかんだ忙しい毎日になっているのだ。

 

「ムギさん、僕、気になってることがあって」

「ん?私のことで?」

 私に関して概要程度にしか聞いていないらしく、悟飯くんはこうして食事中にあれこれ聞いてくる。学者希望な子供だけあって気になることはすぐ聞いてしまうところがあって、たまに質問に次ぐ質問で昼食時間が長引いてしまうこともたまにある。あんまり長引くとマジュニアが不機嫌になるので、場合によっては質問の回答を次回に持ち越したりすることもあったりなかったり。

「ムギさんは魔法と魔術を使うんでしょ?」

「そうだよ」

「魔法と魔術って違うの?」

「そうそう、実はちゃんと違うの」

今回はよくある疑問だったので、さほど言葉を探すことなく説明できた。

「魔法はその人が元々持ってる力で、魔術は手順とか道具とか必要なものを揃えたら使える力なの」

「ふんふん」

「例えば、私の『天気を変える力』とか『植物を元気にする力』とかは魔法。腕を動かすのと同じくらい当たり前にできるし、練習すればどんどん上手になる。逆に、『呪いを解く力』とか『人の体を詳しく調べる力』とかは魔術。やり方を知らないとまずできないし、魔術やその人の得意不得意によっては道具が必要になったりするの」

こう言った分類を使う人はあくまで魔法や魔術を専門的に扱っている人達だけらしく、それ以外は『超能力』や『特殊能力』などのそれっぽい呼び方を使っている。つまりチャオズの超能力やウーロン達の変身能力も、私達の分類だと『魔法』扱いなのだ。

「あ!じゃあピッコロさんも?」

「正解!『気』を使わない『心を読む力』とか『物を作る力』は魔法だから、一応『魔法使い』になるよ」

魔法使い、という言葉の響きが良かったのだろう。かつてないほどキラキラとした目で悟飯くんに見つめられるマジュニアがものすごく居心地悪そうだった。可愛いけれどちょっとかわいそうなので、話を続けてちびお弟子ちゃんの注目をこっちに戻した。

「どんな力も『魔法』の方が強くて便利なんだけど、『魔術』なら『魔力』を持っていれば誰でもできる。最初の『魔術』は『魔法』を誰でも使えるものにする為に生まれてて、私とマジュニアが使う『魔法』も『魔術』で真似できたりするんだよ」

「じゃ、じゃあ僕も…?」

「誰でも『気』を持ってるように、誰でも『魔力』は持ってるよ。違うのは持ってる量だけ。良い道具があれば、誰だって『魔術使い』になれる。ドラゴンボールは誰だって使えるでしょ?」

「そっかぁ!」

嬉しくてほっぺを赤くして喜ぶ悟飯くん、くっそ可愛いなオイ。マジュニアが溺愛するのも納得の笑顔。この顔で全面信頼されてたらそりゃあ心の壁も崩壊する。

「人によっては『魔法』がちょっと使い勝手悪かったり力が足りなかったりするから、『魔術』で補強したりとかもしてるよ。ネジを締めたり緩めたりするのは手だと難しいから、ドライバーを使う感じ」

「僕も『魔術』使ってみたい!」

「それはサイヤ人を倒してからにしろ」

「…はぁい」

 すかさず待ったをかけるマジュニアと、不満げながらもちゃんと分かっているので了承する悟飯くん、そしてそれがおかしくて笑いを堪えきれない私。この短い休憩時間が、楽しい。食事と一緒にこの場を噛み締めている。

 

 

 ああ、この先が、怖い。

 




今回も加筆多め。
書き始めた当初は魔術と魔法の違い、全っっっっ然考えてませんでした…
ちなみにサイヤ人の大猿化や超化、フリーザ様やザーボンの変身は『気』によるものなので『魔法』ではありません。
個人はもちろん、種族によって魔力が多かったり気が多かったりします。

ピクシブに追いつき始めているので、そろそろ更新速度が下がります。


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嘆きと怒りと

立場がよく似ている二人


 

 ピッコロさんは、優しい。

 

「マジュニア…」

「ダメだ」

 予想より早くサイヤ人が来たとわかった時、ムギさんは一緒に戦いたがった。自分にもできることはあるから、僕達が戦いやすいようにサポートできるから、戦力は少しでも多い方がいいだろうからと、ムギさんは必死にピッコロさんを説得しようとした。

「早くこの場から離れろ。母上の仕事はこの後だ」

「でも!」

「サイヤ人との戦いが苛烈を極めるのは容易に想像がつく。地球へのダメージを考えれば、今は力を温存しておくべきだろう」

でも、ピッコロさんは譲らなかった。声を荒げることなく、静かに、ムギさんの願いを拒否した。

「…万が一、俺達全員が倒された時の最後の砦としての役目もある。どうであれ、出番は今ではない」

 

「頼むから、退いてくれ」

 

 ちらりと見えた素の顔を、僕もムギさんも見逃さなかった。声はいつも通りなのに、目が、小さな表情の変化が、必死で。真っ当な理屈だけじゃない何かが、確かにそこにあって。

「……ずるい。ずるいよ、マジュニア」

目に涙を溜めながら、あの人はピッコロさんの願いを叶えた。

「二人とも!死んだらダメだからね!」

そう言って強がって飛び立つ魔女の姿を二人で見送る。

 

 ピッコロさんは僕の隣で、とても、とても申し訳なさそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 ピッコロさんは、優しい。

 

「━━━な…情けない話だぜ……ピ…ピッコロ大魔王ともあろう…ものが……」

一緒に戦ってもよかったのに、ムギさんを逃してあげた。狙われていたのはこっちなのに、自分が逃げた方が自分の為にも皆の為にも良かったのに、僕を助けてくれた。

「だ…だが…悟飯……お…俺と…ま…まともにしゃべってくれたのは…お前が最初だった…」

死ぬと知っていたから、嘘をつかないように、ムギさんに返事しなかった。

「せ…先代も…こんな気分だったんだろうな……は…母上…には…悪いことをした…」

今にも死にそうなのに、考えるのは自分以外の人たちのことばかり。

 確かに僕を誘拐したのはこの人だ。お母さんにもお爺ちゃんにも会わせてくれなかったし、修行はものすごく厳しかったし、意地悪なところもあった。

 でも、どんなに僕が自信なくても「お前ならできる」と迷わず言ってくれた。僕がわからないことを聞いたらちゃんと答えてくれた。僕が眠っている時はずっと側にいてくれたし、服がボロボロになったらすぐに替えてくれた。僕の調子が少しでもおかしかったら僕より早く気づいてくれたし、自分でなんとかできないような危ない目に遭いそうになったらすぐ助けてくれた。

 こんな人が、ピッコロさんが、本当に悪い人なわけがない。そんなわけがないんだ。

 

 あ、そうか。

「き…貴様といた数ヶ月……わ…悪く…なかったぜ……」

 そうだ、この気持ちだ。

「死ぬ…な…よ……悟………飯…………」

 

 ムギさんも、こんな気持ちだったんだ。

 

 

「うわぁあああああああああっ!!!!!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 悟飯の文字通り全身全霊の一撃は、サイヤ人に通用しなかった。

「チ…チビのくせにすげえことやってくれるじゃねえか……」

強すぎる。あまりにも、強すぎる。もう少しで悟空が来てくれるのに、間に合いそうにない。

「ち…ちくしょう……!!」

小さな子供を助けようにも、もうまともに体が動かない。無力感と悔しさに押しつぶされそうで、ピッコロに謝る悟飯が見ていられなくて、顔を背けて目を瞑った。

 

 その瞬間、轟音があたりに響いた。

 

「ぐぉっ、おおお…!」

サイヤ人の呻き声が聞こえてきて、慌てて目を見開く。苦しんでいるサイヤ人と驚いている悟飯しか視界に入らない。偉そうな方のサイヤ人を見ても、驚きであたりを見回しているだけだ。

「な、何が…?」

生温い風が辺りに吹くと、何かに気づいたかのように悟飯が空を見た。釣られて同じように見上げると、まるで誰かが神龍を呼び出したかのように、急に厚く黒い雲海が広がり始めていた。ゴロゴロと雷鳴が聞こえてきたかと思ったら、今度は下からうるさいくらいの地鳴りが響いて体が震える。

「な、なんだ!?」

こんな異常事態なのに悟飯は一人、全てを理解しているかのように落ち着いた様子で、空に向かってポツリと呟いた。

「……ムギ、さん?」

その名前の持ち主が誰だったか思い出す前に、10本の稲妻が同時にでかい方のサイヤ人に落ちた。

「がぁああああああああ!!?!」

 肉が焼ける匂いが辺りに漂う。痛みのあまりその場に膝をつくサイヤ人に、追撃だと言わんばかりに何本もの雷が降り注いだ。立て続けに空のあちこちに発生しては落ちる雷電は、避雷針にでも引き寄せられているかのようにサイヤ人を一度も外さない。空も地面も絶え間ない雷光によって白く瞬いて眩しい。こんなの、異常気象なんてレベルじゃない。

「悟飯!!巻き添えくう前に離れろ!!」

鳴り響く雷響から鼓膜を守ろうと耳を塞ぎつつ、叫ぶ。衝撃のあまり耳を塞ぐので精一杯だったらしい小さな子供にその声はなんとか届いたらしく、転がるようにこちらに駆け寄ってきた。

「く、クリリンさん…!」

悟飯に、電気の影響を受けた様子は一切ない。あんなに近くにいたのに、雷はこの子をかすりもしなかった。

 

 突然、天地の震えが止まる。あのサイヤ人はかなりのダメージを受けてまともに動けないらしいけれど、まだまだ死にそうにない。急な静寂の理由を知ろうともう一度空を見上げた。

「あ、あれは…」

サイヤ人の真上の暗雲に、白く輝く小さな穴が開いた。それはバチバチとわずかに電気を漏らしながら、ゴロゴロと唸りながら、徐々に広がっていく。直径数メートルはあるその穴に電気が集まっていると気づいた時、さあっと自分の血の気が引くのを感じた。

「悟飯!」

「えっ?」

オレは最後の力を振り絞って悟飯抱え込み、伏せた。

 

 

 全てをかき消してしまうような、世界が真っ白になるほどの音と光。そんな世界が終わるかのような光景を経ても生きてる自分が、しばらく信じられなかった。

「お父さん!」

腕の中の悟飯があげた声につられて見た先にいる悟空の背中で、ようやく現実に戻れた気がした。




本シリーズは、飛ばすところはガンガン飛ばす、をモットーにしております


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裁かれたい人たち

みんなみんな、罪悪感が憑いてる


「━━━てわけで宇宙船はバッチリオーケーよ!!」

 うっかりサイヤ人の宇宙船を自爆させてしまった時はどうしようかと思ったけれど、神様が乗ってきたという宇宙船のおかげでなんとか軌道修正できた。サイヤ人のものよりずっと大きいあちらの宇宙船なら中を少し改造するだけですぐに出発できるはずだ。

「神様の宇宙船でナメック星へか!!すごいや!!」

 

 手段が確立してさあ誰が行くかという話になった時、その人は窓から普通に入ってきた。

「よっ、と…失礼」

「へ?」

長い黒髪から顔を出す尖った耳と、満月のような黄色い瞳の、背の高い女の人だった。

「ムギさん!」

反応からして悟飯くんの知り合いらしい。でも、どこかで聴いたことがある名前な気がする。いつだろう。そんなに昔じゃないと思う。

「悟飯くん」

お互い面識があるのは間違いみたいで、来訪者は迷わず悟飯くんに近づいた。声色も表情も、普通に心配している人のそれだ。

「む、ムギさん…ぼ、僕……僕は…」

何か言い訳をしようとしている悟飯くんの頭に彼女の手がそっと乗せられた。

「生きてて、良かった」

悲しげに微笑むその姿を見て、悟飯くんの息が止まる。くしゃりくしゃりと掻き撫でる手つきは酷く優しい。

「む、ムギさ…」

それでもなんとか言葉を紡ごうとする口を、呼ばれた女性がもう片方の手の指で止める。

「頑張ったね」

そう言うと頭を撫でていた手が淡く光る。その光は傷だらけの小さな体を数十秒ほど包み込んだかと思うと、なんの前触れもなくふっと消えた。

「これで怪我は治ったけど、だからと言って無理しないでしっかり休むこと。いい?」

真綿を扱っているかのように、悟飯くんの顔を二つの手が包む。

「私の力で体は癒えても……心は、どうにもできないから」

 そこまで言うと彼女は悟飯くんから離れて、今度はクリリンに近づいた。

「え、えっと…」

「……別に取って食べたりしないよ」

ポンと軽い調子で坊主頭に置かれた手から、さっきと同じように光が滲み出る。体に纏わりつく光が消えた後にクリリンが自分の体を確認すると、同じように傷が消えていた。

「あ、ありがとう、ございます……」

「別に…お礼言われる立場じゃないし」

「え?」

 

 会話もそこそこに、彼女は一番の重傷者へと向かった。

「孫、悟空」

「よう」

急に、空気が重くなった気がするのは何故だろうか。

「こうして会うのは初めてだな」

「だね」

「……恨んでるか?」

その時になってようやく思い出した。そうだ、ムギって確か、ピッコロ大魔王の━━━。

「………何も思うところがない、って言ったら嘘になる」

「おう」

「でもあの立場なら、誰だってそうする…誰でも……貴方を責めるのはお門違いだって、ちゃんとわかってる」

顔が見えないから、彼女がどんな表情をしているのかわからない。でも、握られた拳に込められた力が少しだけ増したのはわかる。声がわずかに震えていることも。

「それに…それに孫悟空……貴方だけだった…」

違う、声だけじゃない。よく見てようやくわかる程度に、本当にわずかに震えている。

 

「貴方だけが…あの広い世界で……私すらいなくなった、あの広い世界で唯一………ただ一人だけ、あの人と対等だった…!」

 

絞り出されたかのような、苦しそうな声だった。

「あの瞬間、どちらかが死なない限り終わらないあの戦いの中で…いや、そんな殺し合いだったからこそ…!孫悟空、貴方はあの人と対等になれた…!上下なく、全身全霊で、殺し合った…!」

「おめえ…」

 話している内容は出鱈目なようで、理屈が通っていた。自他認める天才の自分が変に拗らせたりしなかったのは、おおらかな母の存在ももちろんだけれど、自分と同じ目線に立てる父がいたからこそだと断言できる。見下すことも下から睨めつけることもない誰かがいるのは、人が思っている以上に大事なことだ。敬意と共感を同時に感じられる相手以上に孤独を癒してくれる存在はいない。なんだかんだ言いながら孫くんの友人を辞めないのも、本人の人柄に加えて、別ジャンルながら自分と同じ天才だからというのは確かにある。

 孫くんもピッコロ大魔王も、ほんの一瞬かもしれないけれど、きっと何かが通じたのだろう。心のどこかにあった孤独感が消える瞬間が、確かにあったのだろう。

「あの子の時も…正体を知っていても、正面から向き合って戦った……誰もが、誰もが存在してほしくないと思っていたであろうあの子に、生きてほしいと願ってくれた…憐みなんかじゃなくて、なんの混じり気もない敬意で…!」

 なんて、なんて悔しそうな声だろう。顔が見えている孫くんはきっと、声に負けないくらい悔しい表情が見えているんだろう。ちらりと悟飯くんを見ると、今にも飛び出しそうな顔をしていた。

「確かに貴方はあの人を殺した。来るのが遅くてあの子を死なせた……でも、私の気持ちなんて関係ない…貴方の存在そのものが救いだった瞬間が、確かにあったから…」

「……そうか」

 多分、孫くんは一発くらいは殴られる覚悟をしていたんだと思う。ピッコロ大魔王を倒した時からずっと、なんだかすっきりしてない様子だった。正しいことをしたはずなのに何かを取りこぼしているような、本当にわずかな後悔がずっとあったのかもしれない。

 ムギさんは数回深呼吸をすると再び口を開いた。

「だからと言って、さっきも言ったけど、思うところがないわけじゃない」

「なら、どうすんだ?」

彼女の手が、さっきと同じ光をまとって孫くんに触れる。そして、悟飯くんとクリリンの時よりずっと早く、それを退かした。

「後遺症が残らないところまで治したから、しばらく大人しくしてれば綺麗に回復するはず……どうせそのうち仙豆で治すだろうけど、入院生活は少しマシになるでしょ」

「へへっ…ありがとな」

「言わないで」

 

 要は済んだと言わんばかりに彼女は病床から離れて、そのまま入ってきた窓から出ようと敷居に手をかけた。

「ちょ、ちょっと待つだ!」

それを、チチさんが止めた。ムギさんは素直に止まり、そして振り返った。

「何か?」

「何か?じゃねえべ!おめえ、本当にピッコロ大魔王のヨメだか!?」

「……正確には初代、つまりキングキャッスルで好き勝手やった方だけど、確かにそうだよ」

ムギさんはこの展開を予想してたかのように向き直り、チチさんはズカズカ近づいていった。

「おめえにもずっと文句言いたかっただ…!」

「お、お母さん!」

悟飯くんの制止の声なんて聞こえないと言わんばかりに近づいた彼女は、人差し指を突き出して背の高い来訪者を睨み上げた。

「おめえさ、子供にどんな教育をしただか!?天下一武道会の会場を吹っ飛ばして、悟空さを殺そうとして、挙句にオラの可愛い悟飯ちゃんを拐って!!親なら子供が悪さしようとしたら、ちゃんと止めて叱るのが仕事だべ!」

「お母さん、ムギさんは…!」

「悟飯ちゃんは黙ってるだ!」

チチさんはどんどんヒートアップしていく。ずっとため込んでいたと言うのは嘘じゃないのだろう。対してムギさんは静かで、微動だにしない。

「何が『私の気持ちなんて関係ない』だ!?まるで悟空さが悪いみたいに!悪いのは悪さしたおめえの家族と、止められなかったおめえだ!!旦那の方はともかく、子供はおめえが頑張れば良い子になれたかもしれねえのに何してただ!!?被害者みてえにメソメソしてれば許されると思っただか!!」

「お母さん!!」

「悟飯ちゃん、さっきから何で…!」

 

「育てたかったなぁ」

 

チチさんよりずっと静かなそれは、何故かやたらと病室内に響いた。

「…何、言ってるべ?」

「あの子は母上って呼んでくれたけど…最後の三ヶ月しか一緒にいなかったのに、母親気取りって冗談きっついよねぇ」

部屋の空気が一瞬にして氷点下まで落ちた。

「血だって繋がってないのに…なっさけないよねぇ、死なせたのは孫悟空じゃなくて私でしょどう考えても」

乾いた笑いと一緒に言葉が吐き出されている。

「貴方の言う通り、私は母親失格……いや、そもそも母と名乗る権利なんてぶっちゃけないよね、うん。あの子が望んでくれたからそうしてたけども…ほんっと、形ばっかりだったなぁ」

そう言うと彼女は再び窓に手をかけた。

「じゃあ、いるだけ無駄な私はこれで……悟飯くん、ちゃんと休んでね」

優しい言葉を最後に、魔女は空の向こうへと消えていった。

 




念のためですが、チチさん好きです。
ただ、彼女の立場と持ってる情報を考えるとムカ着火ファイヤー案件だろうなと。


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想定外

一難去ってまた一難


「貴様……何を考えている?」

 

 その男は、辛うじて怒りを抑えている様子だった。

 

「贖罪のつもりか?そんなことで許されるとでも?」

「ピッコロ、私は…」

「黙れ。聞きたくもない」

 此度の地球での戦闘で死んだ戦士達、その全てを界王様の元へ送りたいと言う地球の神の要望を承諾した。そしてその戦士達のうち、一人がそれを間髪入れずに拒否した。

「閻魔大王、とっとと俺を地獄に送れ。神と同じ空間になぞ、長々と居座りたくはない」

迷いなく地獄行きを口にする死者の目には諦観と覚悟、そしてわずかな罪悪感があった。

「…サイヤ人が再び地球にやってくるかもしれない、と言ってもお前は行きたくならないか?」

「なんだと!?」

「サイヤ人の片割れ、ベジータは生き延びた。回復した後に地球に戻ると言ってな」

「……トドメを刺さなかったのか、あの馬鹿は!!」

ライバルのことをよく理解しているだけあって察しが良い。正確にはトドメを刺そうとする仲間を止めたのだが、言う必要はないだろう。どっちであれ同じことだ。

「そもそも、お前を地獄に送ったところで大した罰は与えられん」

「…どう言う意味だ?」

「気づいておらんのか、お前だけが纏うその光に」

 怒りのあまり暴れられては面倒なので話題を変えた。案の定気づいてなかった彼はすぐに反応して自分の体を見下ろす。

「何だ、これは…?」

「星の魔女の『加護』だ」

クリーム色の薄い膜のような光が、彼の全身を覆っている。優しくほんのりと光るそれは、内外の目を潰すようなことはしない。

「星の魔女が大切に思う者に勝手につく、対象の魂を守るモノだ。思い入れが強ければ強いほど、加護はより強力なものとなる。お前の精神力とその強さの加護があれば、地獄の刑罰など無きに等しい」

驚きのあまりピッコロの口が仕事を放棄した。横で会話を見物している地球の神と他の戦士達も驚きを隠せていない。

「私としてはあまり無駄なことはしたくない……もっとも、お前以上の加護を与えられた男は他に当てがなくて送ってしまったがな」

「っ、まさか…!」

「今まで見た星の魔女の加護の中でも桁外れに強力だったな、アレは。界王神様でもそうそう苦痛を与えられまい」

その言葉に地球の神が誰よりも敏感に反応した。まだ信じられない…いや、信じたくないのだろう。

 一方ピッコロは一瞬も疑わずにそれを受け入れ、俯いている。与えたばかりの生身の肉体が微かに震え、握り締めた拳から僅かな血が滴り落ちている。

「さあ、どうする?」

 

 その姿は、何年も前に私の前に来たあの大罪人と、痛々しいほど似ていた。

 

 

 

***

 

 

 

「な〜〜〜んであんなこと言うかな私〜〜〜〜〜!?」

 すっかり元通りになった家のリビングのテーブルで頭を抱える。戦いから丸二日が経過し、最低限の地球修復を終えた私は絶賛自己嫌悪中だった。

「チチさん何にも悪くないのに何言ってんの私…絶対凹むでしょあんなの…アホちゃう…?」

 ナッパの一撃からマジュニアと悟飯くんを守るどころか、ナッパを殺し切る事すらできなかったあの時の私は、悪天候を発生させないことにばかり気を取られていた。冷静にちゃちゃっと済ませてしまえば余計な会話をすることもないだろうと、甘い考えを持って行動していた。私のような存在を、チチさんが放っておくわけがないのに。

「あの後原作通り悟飯くんがチチさんに怒鳴るわけじゃん…?地獄じゃん…?」

チチさんは一人の母親として、一人の妻として、一人の人間として普通に怒っていただけだ。私相手に罪悪感を感じる必要は全くない。事実、私は二人を止められなかったのだから。

「もうやだ……死にたくても死ねないし…おいてかれるし……なんで生きてるの私……」

 せめて、せめてこのクソみたいな縛りがなければと見えない鎖を睨む。あの時も邪魔された。マジュニアを救うなと、ナッパを殺すなと、全て筋書き通りにしろと。どっぱどぱアドレナリンが出ていただろうに、そんなの関係ないと言わんばかりに痛みは襲いかかってきた。ベジータがナッパを殺さないといけない理由が全く思い浮かばないせいで余計に腹立たしい。世界そのものも極力原作から離れない仕様になっているらしく、私の存在が周囲にどんな影響を与えようと展開自体に大きな変化はない。本当になんで生きてるんだ私。

「…………これから、どうしよ…」

 ナメック星への同行は不可能だ。契約した星から全く離れられないわけじゃない。単純に力不足なのだ、私が。十分に力を持っている星の魔女であれば宇宙の反対側にいても問題なく接続を維持できるが、私みたいに力が弱いと距離が離れた分だけ接続が不安定になって最悪切れてしまう。暗黒魔界に行った時みたいに体を残して幽体離脱するという方法はあるけれど、そうなるとほとんど何もできなくなるので意味がない。

「フリーザ編ノータッチってなると……人造人間編に備える?いや、なんかアニメ沿いっぽいところもあるみたいだし、先にガーリックJr.?劇場版は時系列が無茶苦茶なやつばっかりだから、大体は無視して大丈夫だろうけど…」

 

 埒が明かないので今後のことに思考を向け始めた時、家を建て直したと同時に貼り直した結界によく知っている気が入り込んだ。遠くから私を呼ぶ幼い声が聞こえる。

「…マジかあの子」

たったの二日しか経っていないのにと再び頭を抱える。一瞬隠れてやり過ごそうかと思ったが、悟飯くんは意外と頑固だ。今日がダメなら明日、明日もダメならそのまた次にやってきて、それでもダメなら生き返ったマジュニアをも巻き込んででもリベンジしかねない。海より深いため息を吐きながら諦め、大人しく家の外に出た。

「ムギさん!」

「はい、こんにちは悟飯くん。ちゃんと休めた?」

努めていつも通りに対応する。この子はもう、十分通り越して精神科通いしてもおかしくないくらい傷ついているはずだ。余計な心配をかけるわけにはいかない。

「…はい!それで、あの……お願いが、あって…」

「お願い?」

このタイミングでお願いとなると、ナメック星へ向かうことに関するものだろうか。同行は無理だけど、それ以外であれば何かしらのサポートはできるかもしれない。言いづらそうにしてるのは私の精神状態を心配してだろうか。

「あの」

「うん」

「…………あの!お母さんに会ってくれませんか!?」

 

 

「…なんて?」

 

 

 なんて?




この頃は本当に息つく間もない


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介入開始

DB界の女性陣は強い(確信)

追記(2022.03.05)
感想での指摘を受けてさらに加筆しました。


 来てくれないかもしれないと不安げな我が子を送り出して、早一時間。

 落ち着くために入れたお茶はとっくに冷え切っていた。眼前の液体と同じくらいの速さで自分の感情も冷めてくれれば良いのにと無茶なことを考える。

 

“なんてこと言うのお母さん!!”

 

 あの女がいなくなった後、悟飯ちゃんが病室を振るわせるくらいの大声でそう言った。今まで一度も怒鳴ったことがなかった、一度も自分に逆らったことがなかった、目に入れても痛くないほどに愛情を注いだ我が子が。

“ムギさんは…ムギさんはついこの間までずっと封印されてたんだよ!ピッコロさんは生まれた時からずっと独りで、ムギさんに会いたくても会えなかったんだよ!それなのに…それなのに…!”

話しながらどんどん顔が険しくなっていったかと思うと、突然くしゃりと泣き顔に変わった。どうしたのかと声をかける前に、あの子はシーツに顔埋めてわんわん泣き出した。あの女への謝罪を繰り返しながら。

 もし悟飯ちゃんが言っていた通りずっと封印されていたのだったら、もし本当に三ヶ月しか一緒にいなかったのであれば、確かに育てるも何もない。その点に関しては、確かにあの女を責められないかもしれない。でも、それだけじゃあの子の怒りと悲しみは説明できない。ピッコロ大魔王の妻であるあの女も、生まれ変わった方のピッコロ大魔王も必死に庇う必要はない。人殺しで人攫いの親子であることには変わりない、悪人一家なのだから。

 

 ずっと、ずっと心のどこかで恐れていた。いつかまたピッコロ大魔王が悪さをするのではないかと。おっ父どころか武天老師様ですら敵わない、悟空さが死にかけながらどうにかこうにかやっと倒したあの男が、また私達を殺しに来るんじゃないかと。修行と食べることばかり考えてはいるけれど、自分なりに子供に向き合って父親らしくあろうとする心優しい夫が、いつか殺されてしまうのではないかと。自然と平穏の素晴らしさを幼いながらも理解している、賢くて涙もろくて思いやりのある息子の身が危険にさらされてしまうのではないかと。何よりも大切な自分の家族が『ピッコロ大魔王』と言う厄災によって奪われてしまうのではないかと。

 本音を言うなら、悟空さにはもう戦ってほしくなかった。農作業でいいから、仕事をしてのんびり穏やかな日々を自分達と過ごしてほしかった。でも、悟空さはピッコロ大魔王への唯一の対抗手段でこの星の英雄で、修行して強くなることが何よりも生きがいな人だ。正面からもうやめてくれなんて言えなくて、少しずつ離れていってくれないかと祈りながら仕事を促すしか出来なかった。だから、せめて悟飯ちゃんだけでも戦いから遠ざけようとした。戦いとは無縁な子供でいてほしくて、ありふれた普通の生活を満喫する大人になってほしくて、心配事をこれ以上増やしたくなくて、とにかく修行から遠ざけた。どんなに悟空さがもったいないと言っても、そこだけは譲らなかった。

 それなのに、これだ。自分の心配通りに悟空さが死んで、悟飯ちゃんがたくさん傷ついた。自分のこれまでの努力が一瞬で全て泡になった。それも『ピッコロ大魔王』が関わる形で。

 気が狂うかと思ったし、世の理不尽を呪ったりもした。どうして自分が、自分の家族がと何度も枕を濡らした。ありふれた平和な毎日を願っていただけなのに、どうしてこうもうまくいかないのかと。泣いて、悔いて、悩んで、ただ待つ他ない状態で約一年過ごしてきた。そうして待ちに待った結果戻ってきたのは、問題を全て解決して無事な悟空さと悟飯ちゃんではなく、未来の脅威を背負ったボロボロの二人だった。

 

 正直もう二度と関わりたくなかった。少しモヤモヤするけれど、二度と会わずに済むならそれでもいいと思っていた。けれど、あの悟空さにまで諫められてしまった。

“チチに怒るななんてオラも言わねえよ…でも、ちっとはムギの気持ちも考えていいんじゃねえか?”

あの何かと常識知らずで、けれどもなんだか妙に鋭い旦那様にまで、そう言われた。

 あの女が八つ当たりで半端に治した体を無理して動かしてぎこちなくも我が子を宥める姿を見ていたら、なんだかのけものにされているみたいな気分になった。ずっと置いてけぼりにされていたのがさらに遠くに行ってしまったみたいで、悲しくて寂しくて不快で、とにかく納得できなかった。こんなに頑張って、こんなに耐えてきたのに、自分の努力が足りていないかのような扱いをされて納得なんてできるはずがなかった。

 納得できない自分の気持ちは、みんなが、それこそ悟空さも悟飯ちゃんも理解してくれた。母親なんだから心配して当然、一年後にこんなことになってたら怒りが出るのももっともだと。でも、それだけだった。

“ごめんなさい、お母さん。ムギさんも…ピッコロさんも、僕が悪いって思ってなさそうだけど…それでも、僕はナメック星に行きたい。そうしないと……そうしないと僕、自分が嫌いになっちゃいそうだから”

 厄災のような男達とその関係者が庇われる理由なんてわかりたくもなかったけれど、それ以上に大切な家族に置いていかれるのが嫌だった。

 

「チチ…」

「大丈夫だ、おっ父。オラ、牛魔王の娘だべ?大魔王のヨメと話すぐらいなんてことねえ。だから、隣の部屋にいてくんろ」

 一体何が、あの子にあそこまで言わせてしまうのだろう。何を知れば、あんな重い覚悟を持って宇宙へと飛び出そうなんて考えるのだろう。何もわからなくて、どんどん距離が開いてしまいそうな気がした。だから、頭が冷えたと同時に対策を打った。

 じっとしているのも嫌になってお茶を入れ直そうと立ち上がると同時に、家の外から声が聞こえてきた。

「…やっぱりやめよう?ね?悪いことは言わないから」

「ダメだよムギさん!せっかくここまで来たのに!」

「だからって…いやほんと待って待って悟飯くん力つっよ!?成長したね!?」

これが、大魔王のヨメの言葉か。まるで、まるで普通の人だ。偉そうな雰囲気なんて一切ない、どう聞いても我が子に引きずられてやってきた人の声だ。

「……緊張感のない声だべ」

とりあえずお茶だ。長話になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 今世紀最大級に居心地の悪い空間だ。

「え、えっと…」

チチさんの顔は険しい。孫家のリビングには私と彼女しかいない。牛魔王は隣の部屋に、悟飯くんは家の外だ。

「…おめえ、本っ当にピッコロ大魔王のヨメだか?」

首を傾げるチチさんの声には疑いが籠っている。

「正真正銘、あの人の妻です……まあ、あの頃は『大魔王』なんて名乗ってなかったですけども」

「そうけ」

いただいたお茶の香りは大変良い。きっと味も負けないくらい良いのだろうけど、飲むに飲めない。飲まないのもそれはそれで失礼なのだろうけど、タイミングが掴めない。

「あの、私に会いたいって悟飯くんに聞いたんですけど」

「んだ」

「どうして…?」

むしろ死んでも会いたくない部類ではなかろうか。罪悪感があっても、いや、罪悪感があるなら尚更見たくない顔だと思うのだが。

「……あの後、オラの可愛い可愛い悟飯ちゃんに生まれて初めて怒鳴られただ。今までいっっっぺんもオラに怒ったことなかった、あの悟飯ちゃんに」

「うっ…」

こっちはもう顔を見てられないくらいなのに、なんで呼ばれたんだろう。

「悟空さにもおめえの気持ち考えろって言われただ。旦那様にも子供にもダメ出しされたら…もう嫌でもちゃんと考えるしかねえ。だから、おめえの話を聞くことにしただ」

「私の、話?」

「全部、話すだ。ピッコロ大魔王に会った時から今日までのこと、全部」

「ええ!?」

思わず顔を上げた。アレを、全部。私が転生者だってこととか、本筋に全く関係ないこととかを省いても、相当な量になる。

「ぜ、全部って……かなり長くなりますよ」

「構わねえ。今日で終わらねえなら、また明日来るだ。全部聞くまで悟飯ちゃんに迎えに行かせるから逃げられるなんて思わねえことだ」

全部聞くまで離さないと目が雄弁に語っている。この人、本気だ。

「………わかり、ました…」

せめてもの贖罪になることを祈って、私は語り出した。

 

「あの日、あの人は空から降ってきました━━━」

 

 

 

 

 

 

 余計なところはガンガン省いていったのだろう。何度も突っ込んだ質問をしたにもかかわらず、途中食事休憩を挟んだにもかかわらず、悟飯が寝る少し前に魔女の話は終わりを迎えた。

「……チチさん」

「なんだべ」

「チチさんは、本当に、本当に何も悪くないです。怒って当然です。悟飯くんは…ほら、優しいですから、あの子は。優しい良い子だから、私みたいなのでもつい庇っちゃうんです……ごめんなさい、喧嘩の原因になっちゃって」

コップに残ったお茶を飲み干し、ため息一つ。語り手に目を向ければ、ただただ申し訳なさそうに、出来る限り小さく座っていた。

「………オラ、やっぱりピッコロ大魔王は嫌いだ」

「はい」

「どっちも許す気はねえ」

「…はい」

「……んだども、一つだけ同意できることがあるだ」

不思議そうに首を傾げる姿に呆れた。元々こう言う性分なのだろうけど、流石にどうかと思う。

「おめえ、謝りすぎだ」

満月のような瞳が全部見えるくらい、彼女の目が開く。

「何でもかんでも自分のせいにしすぎだべ。ピッコロ大魔王が躾けようとするのもわかるだ」

「そ、れは…」

「おめえ、確かに色々できる魔女かもしれねえけんど、何でもできる神様じゃねえべ?あと、こっちが責める隙間もないくらい自分を責めるのもどうかと思うだ。怒るに怒れねえ」

後半がかなり突き刺さったらしく、顔が俯く。開こうとした口を慌てて閉じたのは、謝罪の言葉がこぼれそうになったからだろうか。

 

「ムギさ、最後に一つ確認して良いだか?」

「…うぇっ!?え、あ、はい。どう、ぞ?」

急に変わった呼び方に大袈裟なくらい反応する姿に危うく笑いそうになった。危ない。

「ピッコロ大魔王…おめえの旦那が生き返ったら、どうするつもりだべ?」

答えはもうわかりきっている。でも、彼女の口からちゃんと聞きたかった。

「……それまでにアイツが死んでなかったら、まずはそっちを倒します」

「その後は?」

「…………元の、元の生活に…戻りたい、なぁ…」

満月から雨がこぼれ落ちそうなのが見えて、テーブルに置いてあったテッシュを押し付けた。

「んなら大丈夫だな」

「へ?」

「オラ多分一生許せねえけど…でも、もう悪さしねえならいいだ」

顔を伝う涙を拭わずに茫然とこちらを見る姿があまりに間抜けで、とうとう笑みを堪えきれなくなった。

「そんなに驚くことないべ」

「で、でも!」

「そんなに大事で、大事にしてくれる旦那様なら、ムギさが嫌がるようなことを生き返ってまでやらねえだよ」

 子供の方はまだわからない。でも、生き返ったらまずはサイヤ人とか言うのと戦わないといけないらしいので、すぐに悪さをすることはないだろう。どうであれ、しばらくは心配しなくていい。

「今のうちからおめえと仲良くしておけば、向こうも下手なことはできないべ。自分を殺した男のヨメと仲良くする自分のヨメ見て、ちょっとハラハラすればいいだ」

ちょっとくらい仕返ししても良いだろうと得意げに笑ったのに、目の前の彼女の涙腺は止まることを知らない。

「チチさん…チチさんっ…」

「あーあー、そんなに泣いたら目が腫れちまうだよ」

悟飯の修行を止めなかったこととかその他もろもろ思うところはまだたくさんあるけれど、彼女なりにできることをしたと聞いた以上は怒りっぱなしではいられない。

「今日は泊まっていくといいべ」

泣きながら何度も感謝の言葉を繰り返す彼女の背中をさする。

 

 伝わってくる体温は、確かに人間のそれだった。

 

 

 

 

 

 

 「━━━ほら、蒸しタオルだ。そのままにしたら悟飯ちゃんが心配するべ?」

そっと、自分の部屋のドアを少しだけ開けて様子を伺う。

「ありがとうございます…蒸しタオルとか久しぶりだなぁ」

「自分で作らないのけ?」

「目の腫れくらいならパッて治せるんですよ。ああでも、こっちの方が気持ちいい…」

「……早とちりして、本当にすまなかっただ。オラ、怒鳴られて当然だったべ」

「いやいやいや!チチさんも散々な目に遭ってますから!あの状況で冷静だったら逆に怖いですよ!?」

「だからってあんな八つ当たりしていいことにはならねえ。悟飯ちゃんにもちゃんと謝らねえと…」

声しか聞こえないけれど、僕の心配が雪みたいに溶けていく。

「しばらくそれ瞼に当てて大人しくしてるだ。オラは寝巻きとお客様用のお布団を引っ張り出して…」

「ちょっ、手伝いますって!」

「座ってるだ!ムギさはお客様だべ!」

声色だけでわかる。もういつも通りのお母さんだし、いつも通りのムギさんだ。

「ちょっと丈は短くなるけんど、オラの寝巻きでいいだか?」

「服なら自分で出せるから大丈夫です!本当に!」

「出せる…?」

「えっと、こう…」

「ふ、服が変わっただ!?」

これならもう出てきても大丈夫だろう。

 

 おやすみなさいの挨拶くらいはしないとと思って部屋から出てきたら、ちょうどお爺ちゃんも静かに部屋から出てきた。そして僕を見て少し驚いた顔をした後、ふっといつもの優しい笑顔になった。

「よかっただな、悟飯」

僕は、同じように笑顔で答えた。

「…うん!」




なんだかんだ面倒見が良い


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【記念作品】もしもピッコロが人間に近づく努力をしたら

お気に入り100件突破記念!
もしもピッコロがムギ以外の人間と早い段階で関わっていたら、のIF話です。
まさかこのシリーズがここまで多くの人に読んでもらえると思っていませんでした。本当にありがとうございます。

pixivに追いつきそうなことと、リアルが多忙になる為、一旦ここで更新を停止します。
リアルが落ち着いて、ある程度書き進めた後にまた更新を再開します。



「ちなみに、人間とかを味方に引き込んで鍛えるのは?」

 

その案を聞いた時、自分の全身が強張るのを感じた。人間に良い思い出などない、ムギ以外は。ムギだけが例外で、他の人間に何かを期待する気持ちは無いに等しかった。

「無理?」

ああでも、彼女も確かに人間なのだ。彼女も確かに、人間から生まれ、人間の手で育ち、人間として生きてきた命なのだ。樹海の外にいる連中は、紛れもなく彼女の同胞なのだ。

 自分の生命に関わることでも無い限り、ムギがあまり無理強いしないのはわかっていた。可能性があるのならいくらでも待ってくれるであろうこともわかっていた。希望さえ見えていればいくらでも甘やかしてくれる馬鹿だと、誰よりもわかっていた。

 

 だから、変わろうと思った。

 

 自分から一歩踏み出そうと、抵抗感を噛み殺した。

 

 

 

 

 

 

「あの時、どんな手を使ってでもお前を封印しなかったのはわたしの失敗だった…あれほどのお方がわざわざこの星に降りてきてまで何を阻止したのかはわからないが、それをお前が台無しにするのを許してはいけないということは確かだ!」

絶望の縁にいた。ムギさえいれば他は何もいらないと思っていた世界で、そのたった一人すら奪われて、挙句に覚えのないことで責め立てられた。

「その水晶から離れろ、ピッコロ!!」

本当に、限界寸前だった。

 

「おい!本当にこっちなんだろうな、亀!?」

「間違いないって鶴ちゃん!」

 

その時聞こえてきた声に、ふっと肩の力が抜けた。そして、そうなった自分に腹が立った。

「ピッコロ〜〜〜〜〜!ピッコロ師匠〜〜〜〜〜〜!ピッコロ師匠様々〜〜〜〜〜〜!」

「殺されたいのかお前は!?貴様の巻き添えを食うなんてごめんだぞ私は!」

「この際反応してくれりゃなんでも良い!あんなわけわからんくらいでかい気が来て!あいつの気が乱れまくって!あげくになんかよく似てる気まで出て来て!もう無事なら万々歳だろ!!」

探ってみれば焦りを隠しきれない二人の気を追うように、少し大きめの比較的落ち着いている気が近づいている。どうやら三人ともこちらに向かっているらしい。それも、他でもない自分のことを気にして。

 急速に頭の中が冷めていくのがわかる。そうだ、冷静にならなければならない。眼前の馬鹿を相手にしている暇はないと自分で思ったじゃないか。向こうが自分と同じく声を聞いて混乱しているうちに落ち着け。

「見えた!ピッコロさ……うわなんじゃこりゃあ!?」

ボロボロの腕が何本も転がっている地面に気づき、亀のやつが騒ぐ。ワンテンポ遅れてやってきた鶴は腕を見た後すぐに神を見て、声も出ないくらい混乱している。

「お、お前達は…?」

そして、神もまた混乱していた。当然だろう。こいつらとの交流はムギのおかげで一切知られていないのだから。

「ピッコロさん、一体何が…?ムギさんはなんで水晶に…?」

「…今更敬語を使っても遅いわ、たわけ。しっかり聞こえている」

「うげ!?」

とりあえずいつも通り亀にアイアンクローをしてやれば、ギャーギャー騒ぎながらジタバタ暴れる。少し落ち着いた鶴はそれを眺めながら事情の説明を求めて来た。

「本当に何があったんですか?そしてあちらの方は一体…?」

「ムギが水晶に封印された理由は私にもよくわからん。そこにいる私と同じ姿のやつは地球の神、ムギの結界が解かれたから余計な茶々を入れに来ただけだろう」

「ち、地球の神…!?」

やつの方を見れば追いついた武泰斗と話をしていた。面倒な状況把握を向こうで済ませてくれているらしい。楽でありがたい。

「ピッコロ殿」

そう思っていたら武泰斗から声をかけられた。

「なんだ?」

「…嫌かも知れないが、何が起きたのか詳細を聞かせてほしい」

 

 ムギの勧めがなければ決して関わらない連中だった。人間を鍛えるなんて、それこそもっと後でも問題ないと思っていた。ムギ以外の人間の助けなど、必要ないならわざわざ手を伸ばすほどのものではないと思っていた。

 

 だが。

 だが、今この瞬間。

 

 初めて、その存在を、感謝した。

 

 

 

 

 

 

 ピシリと何かにヒビが入る音がしたかと思ったら、突然幽体離脱状態の自分が引っ張られるような感覚がした。何事だと状況を確認する前にどんどん魔法の図書館が離れていって、気づいたら自分の肉体の中に戻っていた。自分の周りで何かが壊れて崩れていく音と感覚がして、期待に胸が高鳴る。

 長い間離れていた体の操作がイマイチわからなくて、解放されてもうまく動かせなくてよろめく。わずかな危機感は覚えのある腕の感触であっさりかき消された。

 

「ムギ」

 

瞼の動かし方を思い出して、瞬きしながら目を開く。そこにあったのは、願ってもやまない私の旦那様の顔で。かすれた声で呼び返せば、心底安心したような顔をされて。縋り付くように首に腕を回したら、彼もしっかり抱きしめ返してくれた。

「ぴっころ……ぴっころぉ…!」

「…遅くなって、すまなかった」

他の人の気配がしたのでその体勢のまま辺りをみれば、なんだか知っているような顔の人達が何人かいた。

「ムギさん、おはようございます」

「おかえりなさい、ムギさん」

「ムギ様っ…よくぞ、よくぞご無事で…!」

「ムギ殿、ご気分はいかがかな?」

声を聞いて誰なのか気づいて、過ぎ去った年月の長さにも気づく。とても、とても長い間だったけれど、まだ間に合う。今からいくらでもこの星を変えられるタイミングで、私は帰ってこれた。

「…ただいま、みんな」

さあ、この世界を救いにいこう。

 

 大好きな貴方ごと、世界を救いにいこう。




最後のムギ解放の際は、武泰斗様と亀・鶴仙人が協力し、占いババが立ち会いました。
神は表立って反対するちゃんとした理由がなくて、納得いかないならがも神殿から見守りモード。

どうしても先を早く読みたい方はpixivの方へどうぞ。
今後も基本はpixiv更新→ハーメルンで加筆修正更新というスタンスで行く予定です。


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知らなかったこと



雨。

雨。

雨。



あの日から、私の夢は、いつも雨が降っている。


 ナメック星へ出発する当日の朝、見送りにムギさんの姿はなかった。

 

 病院で怪我を治してくれたとはいえ、直後の騒ぎで気まずいところはあるだろう。悪い人ではなさそうだけれど、こればかりは仕方ないかと諦めた。

「なあ悟飯」

「なんでしょうクリリンさん?」

「今思ったんだけどさ、ムギさんも同行した方が良かったんじゃないか?ほら、ピッコロ大魔王がナメック語を教えててもおかしくないだろ」

出発して早一時間、荷物の整理を終えた俺達は特にすることもなく駄弁っている。

「ちょっと、気まずい空気になったらどうするのよ。丸二ヶ月一緒なのよ」

「そりゃあ最初は気まずいでしょうけど…」

怪我を治す以外にもできることが色々あるみたいだし、戦力としてもある程度期待できそうな感じだった。ピッコロを生き返らせる為と言えば了承する可能性も高い。

 しかし、それを悟飯は否定する。

「行けるならそうしてたと思います。でも、地球からあまり離れられないらしくて…『力不足』とか言ってました」

「力不足?」

なんだそりゃと首を傾げる。地球そのものと縁深い存在だというのはなんとなく聞いてはいるけれど、その都合なんだろうか。大魔王やら神やら宇宙人やら…今まで生きてて色々見てきたけれど、この調子だと死ぬまで何かしらに仰天し続けそうだ。

「あっ、でも“言葉がわからなくても、多分大丈夫だよ”って言ってました!ピッコロさんも…大魔王さん?も、神様も簡単に読心術を使えるみたいだから、ナメック星人もそれでこっちの事情を読み取ってくれると思うって」

「プライバシーも何もないわね…」

嫌そうに顔を顰めるブルマさんをよそに、悟飯が自分のバッグの中を探る。

「それで今思い出したんですけど……あった!」

出てきたのは、シンプルで手作りっぽい麻袋のようなモノだった。

「なあにそれ?」

「ムギさんが二ヶ月も楽しみがないのは辛いだろうからって用意してくれたんです!」

そう言って小さめのリュック程度の大きさのそれを開けると、手と顔を思いっきり突っ込んで何かを探し始めた。どう見てもそこまで大きくも深くもない袋に、悟飯の頭がすっぽり入ってしまっている。魔法か、魔法なのか。すごいな魔法。

「え〜〜っと、確か…赤がブルマさんで、黄色がクリリンさん…僕が緑!」

ようやく顔を出した子供は、満面の笑みでそれぞれ異なる色のラベルがついた透明な袋を取り出した。ビニールらしきそれに入ってるのはどう見ても━━━。

「スイーツじゃない!」

「はい!僕の以外はカロリーを抑えてるから、食べ過ぎなければ大丈夫だそうです」

手渡されたマフィンはかなり美味しそうだ。変な麻袋から出たけど。

「こっちの麻袋に入ってる間は消費期限も気にしなくていいって言ってたから、お腹壊したりもないと思います」

悟飯はそういうと自分のクッキーに躊躇なくかぶりついた。特に何もなく美味しそうに食べ続ける姿を見て、ブルマさんも恐る恐る自分の焼き菓子に口をつける。

「………本当にただの美味しい苺タルトだわ」

それに続いてこっちも食べてみれば、しっとりふんわり優しい甘さのマフィンでしかなかった。このおいしさで、しっかりカロリー面も考えられているとはちょっと考えられない。もしかして、かなりの料理上手なのだろうか。

「悟飯くん」

「はい」

「また宇宙旅行するなんてことになったら、真っ先にムギさん連れてきてくれる?」

思わぬ形であの人の有能さを知ることになった俺達だった。

 

 

 

***

 

 

 

 旅立つ悟飯ちゃんに、一つだけ頼まれたことがある。

「チチさーん!一昨日言ってたお茶っ葉、お試し分持ってきました!」

「ムギさ、ちょうど良かっただ。今から作る所だから、昼飯食べていくと良いべ」

それは、あの泣き虫な大魔王の妻をほっとかないことだ。

 

“その、毎日じゃなくていいから…たまに、調子どうかな?って確認するだけでいいから…”

 

 あんな小さな子供に心配させるなんてと思うものの、ほんの一年前の自分と状況が似ているのもあって同情の方が強くなる。知らない間に最愛の夫が大罪を犯して死に、それを知った三ヶ月後に仲良くなり始めたばかりの夫の子まで失う。子供の方は生き返るとは言え、この状況で何事もなかったかのように振る舞う彼女の胸中が心配なのは自分も同じだ。

「チチさんの料理、勉強になるなぁ…中華作る人、地元にいなかったんです。中華鍋買っちゃおうかな」

「そっだら金出して良い鍋を買うだ。ちゃーんと面倒見れば一生物、損はしねえ…オラはオラで、もっと優しい味の料理を増やさねえと」

既婚者の女友達は思えば彼女が初めてで、案外会話が弾む。特に料理に関してはジャンルが異なることもあって、互いに何かしら学ぶことが多い。おっ父もすぐ彼女に慣れて、笑顔で挨拶する仲になっていた。

「…あの人が、薄味好みだったんです」

ぽろりと、わずかな緊張を混ぜて夫のことを話す姿はぎこちない。友達がいなかったのは向こうも同じらしく、加えて大罪人である彼の存在を口にするのはやはり気がひけるらしい。

「子供もそうなのけ?」

「あ、はい。あの子は水だけで問題ないのでお茶くらいしか出せないんですけど、それもかなり薄めにしてました。ナメック星人の味覚自体が敏感なのかも」

「お互い、飯一つでも大変だなぁ」

深く掘り下げたりはせず、しかし無関心でもなく。程よい距離感を持って話を聞く。

 本当はもっと話したいけれどこちらを気遣う彼女と、まだちょっと惚気を聞ける領域に至っていないこちら。今はそれでいい。お互いそう思っているのは空気でわかる。

「悟飯くん、チチさんの回鍋肉が大好きらしくて…私も作ってみたんですけど、やっぱり全然違いますねー」

「そりゃあ良いこと聞いたべ。帰ってきた日の晩飯は回鍋肉にしねえとな」

 ふとした会話で少しずつ零される大魔王の知らない顔は、随分とぎこちなくて、不器用そうだった。悟空さの無知とは違う、好意全般への慣れてなさが滲み出ていた。感覚的に理解するということが下手で、理屈で埋めたがるような人だった。

「チチさん、お茶っ葉で合わないところがあったら言ってください。プロほどじゃないですけど、調合にはちょっと自信あるんです」

そんな男が、いや、そんな男だからこそ、いちいち言葉の裏を考えるなんてアホくさくなるような彼女を妻にするのは、すごく納得がいった。

 でも、逆に何故彼女が彼を望んだのかは、わからなかった。夫を愛しているのは伝わる。できるものなら今すぐ彼の両腕に飛び込みたいくらいに好いていることは、空気だけでわかる。その溢れ返るほどの愛の源泉が、わからなかった。

 

 翌日、悟空さの着替えを病院に持っていった。半端とはいえムギさが治したおかげで経過は順調…のはずが、修行しようとして何度も看護師さんやお医者様に止められているらしい。自分の夫ながら少々呆れる。

「今日はちゃんと大人しくしてただか?」

「え、あ、おう。そ、そりゃあ、もちろん…」

たらりと汗を流す夫をじとーっと睨んでも、たははと困った顔で笑われるだけ。こと修行やら戦いやらとなると本当に聞いてくれない人だ。

「まったく…悟空さは本っっ当にしょうがねえだな!」

持ち帰る服を乱暴にバッグに詰め込む。どうせ洗濯行きだ、ちょっとぐちゃぐちゃになっても問題はない。

「チチ」

「なんだ?」

「…調子が戻ったみてえでよかった。色々とすまなかった」

背中に投げられた言葉に手が止まる。悟空さに視線を戻すと、困ったような笑みに申し訳なさが混じっていた。

「オラがもっと…心も体も強けりゃ、チチも辛ぇ思いしないで済んだ」

「悟空さ…」

「前のピッコロの時から、ずっと怖かったんだろ?」

こういう時の夫は、いつだって鋭い。女心だとかロマンチックなあれこれとかはさっぱりなくせに、見せないようにしている部分はしっかり見抜いている。

「どんなに修行しても、いつも何か足りねえ…足りねえし、思うようにいかねえ事ばっかりだ。いつも手からこぼれちまって、気づいた時には手遅れなんだ」

治りかけの手を見下ろす目はとても暗い。いつも太陽のようにキラキラと楽しげに笑っている姿とは似ても似つかない。

「何かあっただか?」

荷物を一旦置いて、ベッド側の椅子に腰掛ける。やはり一度死んだとなると色々とあるのだろうか。あの世では修行していたらしいが、それ以外にもあれこれあったんだろうか。

「オラはまだまだ強くなれる。なれるけど…欲しい時に欲しい力が足りてねえんだ、いつも。皆が助けてくれるからなんとかなってきたけど……でもよ、やっぱ足りてねえんだ」

「皆が助けてくれてなんとかなってるなら良いでねえか。人間ってのは誰かに助けられて生きてるもんだ。地球が吹っ飛んでねえんだから、悟空さは十分やってくれてるべ!」

「オラのじっちゃんもピッコロ達も死んでるのにか?」

「そ、れは悟空さの責任じゃねえ!悪いのは殺したやつだ!」

「なら、やっぱりオラが悪いな」

一瞬言葉を失ったけれど、すぐに心当たりを思いだせた。

「さ、最初のピッコロ大魔王の時は仕方なかっただ!ああでもしなき地球がとんでもねえことになって、ムギさも今以上に苦しんでたべ!悟空さは必要ねえなら殺さねえ、真っ当な良い人だ。オラの、自慢の旦那様だ!」

「必要ねえなら、か…」

 

「じゃあ、オラのじっちゃんは死ななきゃいけなかったのか?」

 

「……え?」

今度こそ完全に言葉を失う。耳から入ってきたそれを、頭が拒絶して理解できない。

「オラなんだ、チチ……じっちゃんを殺した猿の化け物は、オラだったんだ」

 

 

 

 

 話には聞いていた。おっ父の兄弟子、悟空さの育ての親、悟飯ちゃんが名前をもらった義父にあたる人物。とても優しくて強い武道家だった彼が、ある晩怪物に踏み潰されて亡くなったと。

「サイヤ人は、満月を見ると大猿の化け物になるんだ…オラも、今まで知らなかったんだ━━━」

曰く、サイヤ人というのは戦闘民族でとても好戦的で荒っぽい宇宙人であり、夫本人も幼い頃に頭を強く打たなければその通りになっていたという。そうして性格が変わった彼であっても満月を見れば一転して暴れ回ってしまい、毎回周りが大事になる前に止めてくれて真実を隠してくれていたらしい。

「ちょ、ちょっと待つだ!それなら悟飯ちゃんは!?」

「悟飯もなれる。でも、それは尻尾があればの話だ」

「尻尾…?そういえばいつの間にか…」

「尻尾はサイヤ人の弱点だ。切れたり千切れたりすれば大猿にはなれねえ。神様はそれを知っててオラの尻尾を取って生えなくしたんだ…だから、心配なら神様が生き返った時に頼めばいい」

それを聞いて少し緊張が和らいだ。応急処置も予防方法もちゃんとある。可愛いあの子をちゃんと守れる。

「まあ、悟飯は大猿になってもなんとかなるけどな」

「へ?」

「おめえのおかげだ、チチ。悟飯には地球人の血も流れてる…オラと違って皆の声が聞こえる、ちゃんと自分で止まれる優しい心があるんだ」

眩しそうな目でこっちを見る悟空さの顔に、胸が苦しくなる。感謝されているのに、心が締め付けられる。

「なあ、チチ…オラとピッコロは、どうしてこんなに差ができちまったんだろうな」

いつも前向きな悟空さの声が、枯れ葉を巻き上げる乾いた秋風のように空しい。

「乱暴者のサイヤ人と真面目なナメック星人が、大事なものを地球で見つけて……片方はその大事なものを知らねえうちに殺して良いやつ扱いされて、もう片方は大事なものを取り返したくて悪いやつになっちまった」

 

「始まりは同じだったはずのオラ達が、なんでここまで違うんだろうな」

 




お久しぶりです。

すごかったですね、スーパーヒーロー…


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語られないもの


雨だ。


今日も変わらず、雨が降っている。

ざあざあと、とめどなく。

雨が。

雨が。



雨が。





 

 できないことが、あまりにも多かった。あれもダメ、これもダメと、それはもう何度も痛みで強制終了させられてきた。

 

 でも、なんとなくだけれど、妨害されない範囲もわかってきた。

「…久しぶり、だね」

「ムっ…ムギ様…!」

原作の本筋さえ守っていれば、痛みは発生しない。私がいる時点で原作から離れているし、周囲の人達の心情にも影響を与えているけれど、そこに関しては問題ないらしい。つまり、関係者の心情や考えが少々ズレても原作通りの流れになれば何も問題ないのだ。

「申し訳ありませんムギ様…!私は、私は…!」

原作漫画に描写されなかった部分は、当然たくさんある。ようは、うまいことその『語られなかった部分』にねじ込むことができれば良い。本筋に沿うことさえできれば、生死すら覆せる可能性が高い。ブウ編を乗り越えるだけで一気に自由度が上がるなんてことも、有り得る。

「君は、何にも悪くないよ」

 長い間一人で抱え込んでいたであろう、占いババの頬をそっと撫でる。彼女が自分なりにできることはないかと足掻いていたことは、もう知っている。占い以外だとこれと言って飛び抜けた才能のない彼女が、ずっと自分の無力さを悔しく思っていたことも。落ち着くまで待った方がいいかなと柔らかいタオルを差し出すと、それを受け取りながら向こうから口火を切ってきた。

「…こんな私でも、何かできることがあるのですか」

「たぶん。他に心当たりがないから、場合によっては占いに頼るかも」

正直に言えば占いババはタオルに顔を埋め、数回深呼吸をした後に涙を拭いて顔を上げた。

「なんなりと。全霊で尽くさせていただきます」

 

 本当に、人に恵まれているなと思う。

 私の周りは、いつだって優しい人が必ずいる。こちらが何か言う前に、迷わず手を差し伸べてくれる人がいる。だからこそ、頼りすぎないようにしないといけない。きっと、言えば言った分頑張ってしまうだろうから。

「ちょっと…いや、かなり手間と時間がかかるんだけど…」

事情とやりたいことを全部説明しても、占いババの躊躇はほんの数秒しか保たなかった。

 

 

***

 

 

 そこまで親しくないこともあり、会う理由がないと中々声をかけるのも難しかった。彼女は彼女でやることがたくさんあるらしく、相談事もないのにお茶に誘うと言うのもなんだか申し訳なかった。

 畑や茶葉などの話題が尽きてしまって早一週間。前回なんとなく調子が悪そうに見えたが、難しい仕事していて疲れているだけだと言われてしまいそれ以上追求できなかった。そろそろ様子を見に行った方がいい気はするものの、これといった話題が思いつかない。

「悟飯ちゃん…ちゃんと勉強してるだか?ちゃんと寝れてるだか?おっ母、やっぱり心配だべ」

快晴の星空をぼんやり眺める。ムギさの協力で美味しい軽食を持たせてあげることはできたとは言え、慣れない長旅に対する不安は拭えない。この星のどこかならともかく、旅先は宇宙だ。普通の旅行と比べると、体調を崩す可能性はかなり高いはずだ。

「……それがあったべ」

そうだ。なんでこんな簡単なことを忘れていたのだろう。可愛い息子のことを話せばいい。彼女も心配しているはずだ。魔法だか魔術だかを使えば、様子を確認するくらいできるかもしれない。変に時間が余れば悟飯ちゃんの小さい頃の話でもすればいい。

 そうと決まれば準備だ。向かう時間、持っていく手土産、滞在時間、その他もろもろに頭を巡らせる。ボーロ樹海の中にあるムギさの活動圏には特殊な結界が張ってあるが、万が一に備えて自分は問題なく通れるようにしてもらっている。そして自分が通ればドアベルを鳴らすみたいにわかるらしい。

「電話がねえのが面倒だべな…まあ、明日無理なら出直せばいいべ」

ジェットフライヤーの燃料の残りも確認せねばと外に出て、ふとボーロ樹海がある方角を見た。そして、違和感に気づく。

「なんで曇ってるだ…?」

ほんの1時間前はあちら側も晴れていた。それが今にも大雨が降りそうなくらいの厚い雲に覆われている。

“空を見れば、ムギさんが今大丈夫かどうかわかるよ”

気づけば雨具を着てジェットフライヤーに飛び乗っていた。

 

 備え付けのラジオから原因不明の大雨に関する気象情報が聞こえてくる。ボーロ樹海に近づけば近づくほど雨足は強くなり、視界も悪くなる。幸い風はほとんどなく、落ち着いて運転すれば問題ない範囲だ。この辺りはこの時間帯に誰かが飛んでいることはほとんどなく、これだけ降っていれば野生動物も雨宿りに徹しているだろう。焦るな焦るなと何度も自分に言い聞かせる。

「ムギさ…」

ハンドルを握る手が汗ばむ。努めて明るく振る舞う彼女が弱音を吐けるような人物に心当たりはない。きっと、その役目はあの不器用で理屈っぽい夫が担っていたのだろう。彼女の口から語られる日常に他の候補は見当たらない。弱音を吐けず、空模様が変わるからと感情的にもなれず、毎日自分の気持ちを抑えながら忙しなく動く彼女がどこかで限界を迎えるのは当然の結果だ。

 ボーロ樹海は雨季でもきたのかと勘違いしてしまいそうなほどの土砂降りだった。目を凝らせばなんとか彼女が張った結界が見える。あの結界の内側の中心に、ムギさの家がある。おそらくそこにいるだろうと半分祈りながらそこへ向かう。これで外に出ていたらどうすればいいのだろう。この雨の中探しに行くのは流石に危ない。

「…これで外にいたら説教だ」

放っておくという選択肢があっさり投げ出されてしまった自分に少し呆れる。風邪を引いたらどうするんだとか、そうなったら無理矢理にでも連れ出して看病しなければとか、身内同然に心配してしまっている自分がいる。ちょっと前まで極悪人の家族だと憎しみすら感じていたのに、我ながら酷い掌返しだ。相手があっさりそれを許してしまう姿が見えてしまうのも頭が痛い。

 なんとか彼女の家近くの開けた土地に着陸する。ここにすごい音立てて落ちてきたのだといつか聞いた話を思い出した。雨具のボタンをしっかり確認してから傘を手に外に出る。うるさいくらいの雨音だ。ジェットフライヤーをカプセルに戻して、足元に気をつけながら明かりが見える方へとゆっくり歩く。完全防備で来た自分の判断は正解だった。傘だけだったら家にたどり着くまでに下半身がずぶ濡れになっていただろう。

「ムギさ!ムギさ!オラだ、チチだ!開けてくんろ!」

雨音に負けないよう遠慮なく玄関の戸を叩くが、返事はない。家にいないのか、はたまた聞こえていないのか。もっと強く叩けるが自分程度の力でもドアは壊せるので躊躇した。ものは試しにとドアノブに手をかければ、鍵がかかっていなくてあっさり開く。

「…ムギさ?」

中を覗き込めば薄暗いリビングが視界に入る。奥の方にあるのはキッチンだろうか。なんとも言えないもの悲しさが漂っている。いまだ彼女の返事はなく、意を決して中に入る。コート掛けのようなフックが側にあったのでひとまずそこに雨具を掛けさせてもらう。想定外の使い方だったらその時に謝ろう。

「ムギさ〜…?」

本当にいないのだろうかと疑い始めた時、僅かな物音がした。こっちかと目を向けた先には別室につながるものと思われるドアが一つ。これ以上勝手に入ってもいいものかと少し迷ったが、今は緊急時だとそれを捨ててドアを開けた。

 大きなベッドと、その真ん中で枕を抱えて蹲る誰かがそこにいた。

「ムギさ!」

体に何かあったのかと慌てて近づけば、がばりと起き上がった彼女と目が合った。痩せて色が悪くなったような気がする顔に、涙に濡れて真っ赤に腫れた両眼。

「何があっただ!?誰かに何かされただか!?」

ぽかんとこちらを見ている彼女を現実に引き戻そうと揺さぶる。

「え、あ、ちょ…チチさっ…なんで…?」

ようやく得られた返事は戸惑っていて、一時的に悲しみから抜け出せたようだった。

 




チチさん、思い立ったら早い


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理屈じゃない理解

 キッチンを少し強引に借りてお茶を入れた。お湯を沸かしながらキッチン周りの勝手があまり変わらない幸運に感謝しつつ、所狭しと並べられた茶葉の瓶のラベルを読む。落ち着く香りがする茶葉を選んで二人分のマグカップと共に熱々のお茶が入ったポットを持って戻れば、居心地悪そうな友人が大人しく待っていた。

「え、えっと…」

「謝ったら怒るだよ」

先手を打って釘を刺せばうぐっと足止めをくらったかのような声が返ってきた。どんな時もわかりやすい人だ。

「とりあえず一回お茶を飲むだ。そんだけ泣いたら喉も乾くべ」

「はい…」

素直で大変よろしいと自分の分に口をつける。ふわりと漂う優しい匂いで波立つ心が徐々に落ち着いていくのがわかる。プロには負けると言っていたけれど、これだけ効果があるブレンドが作れるなら普通にお店を開けるのではと呑気な事を考える。

 半分くらい飲んだタイミングで心地よい沈黙を破った。

「で?何があっただ?」

案の定、かなり言いづらそうにしている。だかしかし、こちらも退く気はない。この大雨の中来たのに大人しく帰るわけがない。

「お、怒らない…?」

「それは内容によるけんど、嘘と隠し事はもっと怒るべ」

向こうもそこは重々承知なはずだ。出会って間もない頃に自分の半生のダイジェストを語らせたのだから。ムギさは少し悩んだ様子を見せたものの、そうかからず諦めてくれた。

「その、ちょっと魔族に関する説明します、ね」

「説明?」

「そこがわからないと、今してることの理由がわからないので…」

 彼女の夫は、少し特殊な生まれではあるものの立派な魔族。その魔族が持つ特性の一つに『彼らによって殺された命はあの世に行かず、この世を彷徨い続ける』といったものがある。

「彷徨い続けるって…ずっとだか?」

「少なくとも二、三百年以上彷徨いっぱなしです」

自分の顔が若干青くなったのが言われなくとも分かった。

「封印から解放された後に殺された人達はドラゴンボールで生き返ったので、また魔族に殺されない限り大丈夫です。でも…封印される前に殺された人達は、あれからずっと彷徨い続けてるんです。もう自分のことも分からなくなってる人もかなりいました」

なす術もなく殺された挙句、現世で他の人達が犠牲になる様も見てきたと考えると自分すら見失うのも無理はないだろう。彼女の夫がそれを承知で殺していたとなると、彼の極悪人っぷりに開いた口が塞がらない。

「本当に…本当にたくさんの人が、あの人と配下の魔族達の犠牲になりました。大多数はほぼ一撃で殺されて…抵抗した人達、特に多少なり対抗できる武闘家の人達は嬲られながら死にました。先に死んだ人達は、ずっと、その人たちを助けることもできずにそれを見てきました」

語る声は震えていないが、両手に包まれたマグカップは僅かに揺れている。

「ないまぜになった負の感情を抱えて、皆、皆彷徨い続けてました……だから、少し前からあの世へと少しずつ送ってるんです」

「そんなこともできるだか!?」

「いえ、私ができるのはこの星と魂の繋がりを切る事だけです。封印前にかなり研究した分野で、かつ私自身が星と繋がってて比較的勝手がわかるんです。そのままにするとフラフラ宇宙まで漂ってしまうので、その後は占いババに案内をお願いしてます」

「…ちなみに、宇宙まで行ったらどうなるだ?」

「………その辺の管理は私にもわからないので、漏れがないように念入りに人数チェックしてます」

なるほど最近疲れてたのはそれかと、最初の心配事の原因を知ることができて少し安心する。今やつれているのも、夫の所業の結果を改めて目の当たりにしてしまったからだろう。本当に酷な話だ。

 しかし、ここまで来ると本当に理解できない。惚れたら負けとは言うけれど、ここまで過酷な尻拭いをさせられたらもう限界になりそうなものだ。悟空さはこんなこと絶対しないと知っているが、自分が同じ立場になったら悟飯ちゃんを連れて迷わず離婚している。

「前からやろうと思ってた事だか?」

「いえ…色々考えてる時に魔族の性質を思い出して、それで…」

それとも、実は妻として最後のけじめをつけようとしているのだろうか。彼女は何も悪くないけれど、それは彷徨っている魂も同じだ。彼女ならできる限りの後始末をしてから切ろうとしてもおかしくはない。そっちの方が気分も楽だろう。

「ムギさは、本っ当に苦労ばっかりだなぁ…」

面倒な男に出会ってしまったばかりにと同情を隠さない声でそう言えば、マグカップがことりと音を立ててテーブルに置かれた。

「…馬鹿、ですよね」

俯いてしまったから顔は見えない。でも、小さく鼻を啜る音で表情は容易に想像がつく。

「見てるし、聞いてるんです。あの人が何をしたか…殺された人達の有り様まで、全部。それで吐いたり、食欲無くしたり、夢に見たり、眠れなくなったり……発狂するんじゃないかとか、そうなったら楽かもとか、そんなことも考えました」

「ムギさ」

「………でも、思い出すんです」

声と一緒に全体的に震え出す小さな体。少し落ち着いたはずの雨が、また激しくなっていく。

「私に触るのも怖がる手とか、いつ抱きついても払い除けない体とか、幻かと疑って不安そうに私を見る目とか、荒れてる私を宥めてくれる穏やかな気とか…精一杯私を大事にしてくれた、普通の人として生きていけたあの人を、昨日のことみたいに覚えてるんです」

ぱたぱたと、水滴がテーブルに落ちる。組まれた両手はどれほどの力が込められているのか、白くなりはじめていた。

「あの人、最初は本っ当に何もかもが嫌いで、人間は特に信用できなかったんですけど…でも、ちょっとずつ私のこと見てくれるようになって、十年経った頃にはどうしても必要なら人間と協力してやらんでもないってくらいには落ち着いたんですよ。自分の気持ちにちゃんと向き合って、辺り一帯にぶちまけないでちゃんと本当に嫌なものに焦点を当てられるようになって……そろそろ私以外の人とも関わってもらおうと思ってたんです…思ってたんですよ…」

一瞬にしてひっくり返ってしまった二人の人生。長い年月をかけてゆっくり築いてきた優しく穏やかなそれが、理不尽すぎる一撃で粉々に砕け散った。

“なあ、チチ…オラとピッコロは、どうしてこんなに差ができちまったんだろうな”

ふと、見舞いに行った悟空さの言葉を思い出す。

“始まりは同じだったはずのオラ達が、なんでここまで違うんだろうな”

悟空さがもし、違う人に育てられていたら、頭を打たなかったら、何かの拍子に戻ってしまったら。もし、ムギさが封印されなかったら、もっと人に囲まれて生活していたら、何も奪われずにいられたら。

 

 そんなもしもがあったなら、私達の立場はひっくり返っていたかもしれない。

 

「……あの人、『好き』とか『愛してる』とか全然言ってくれなかったんです」

ため息をこぼすように、ムギさが小さく笑った。

「なんでって聞いたら “私が言うと、どうしても真実味がなくなる。お前が大切なのもお前を望んでいるのも本当だが、だからこそ感覚的に理解し切れていない言葉を使うなど不誠実なことはしたくない” って返されて……本当に、どこまでも理屈っぽくて、真面目で、不器用で…」

ゆっくり上がった顔は、自分自身を小馬鹿にしようとした笑みが悲しみで崩れていた。

「馬鹿ですよねぇ……あの人も私も、もうとっくに詰んでるようなものなのに…まだ、二人で幸せになりたいなんて、思って…」

 気づいた時にはムギさを抱きしめていた。驚いて固まる彼女が落ち着けるようにとそっと頭を撫でる。何か言葉をかけようとあれこれ考えるも、思いついたのは優しさのかけらもないものだけだ。

「…オラがいたら、ムギさの旦那叱り飛ばして悪さしねえように見張ってやったのになぁ」

 多分、多分だけれど、彼女の夫が極悪非道な事ができてしまったのは、単純に彼女以外の全てがどうでも良くなってしまったからなのだろう。死体の山ができようと、街が崩れた廃墟だらけになっても、精々ゴミだらけの部屋を見たくらいの気持ちにしかならなかったのだろう。害虫の巣を駆除したことに一々悲しくなったり、罪悪感で落ち込んだりしないのと同じだ。片付けるのが面倒なだけで。

 悪ガキが何度も虫を殺して遊ぶのを真面目に叱る大人のような、そんな誰かは彼女しかいなかった。彼に良く在ってほしいと思う誰かが、他に一人もいなかったのだ。他にできる前に、彼女を失ってしまったのだ。生まれ落ちた瞬間から『悪』だった彼が、良く在ろうと努力したにも関わらず。

「チチ、さ…」

「とっくに終わったことであれこれ言ってもしょうがねえ…しょうがねえけんど、ちょっと悔しいだ。生き返ったらムギさの分まで説教しねえと」

ちょっとくらい八つ当たりしてもバチは当たらねえべ?と背中をぽんぽんと優しく叩けば、固まっていた腕が自分にしがみ付いてきた。

 

 ピッコロ大魔王は極悪人で、孫悟空は世界を救った英雄。それは変わらない。犯した罪と、成し遂げた功績は確かにそこにある。過ぎ去ってしまったことは変えられない。

 でも、今自分の腕の中にいるのは、『もしも』の自分だ。仲良く平穏に生きられたらそれ以上何もいらなかった、自分なりに精一杯大事にしてくれる夫と幸せになりたかっただけの、もう一人の自分だ。そんな存在を邪険に扱うなんてできるわけがないし、愛した相手にありったけの怒りと憎悪をぶつけるにはもう熱が足りない。正しさやら善悪やら全部放り出した掌返しをする自分に、かつての犠牲者が「自分はなんとかなったからって!」と同じように責めてきてもしょうがないだろう。

 それでもやっぱり、小さな子供みたいにわんわん泣いているムギさに幸せになってほしいと思ってしまった。

 

 

 

 

 雨は一晩中降り続いたので、帰宅は危ないとそのまま泊まった。翌朝自分を家まで送りペコペコとおっ父に謝る彼女は、随分とすっきりしていた。




 ムギも寿命を理由に人と深く接していなかった部分があるので、ここまで踏み込んでくる人は育ての親と大魔王とチチさんくらいしかいません。ピッコロさんは立場上お互いに遠慮するので踏み込みが浅い。


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繰り返すもの

今回は短めです。


 生きて帰るつもりだった。自信だってあった。

 

 あの日、泣いている悟飯をただ見上げるしかできなかった日。先代と全く同じことをしてしまったと、その瞬間になるまで気づかなかった。母上は同じことの繰り返しになるかもしれないと恐れていたのではなく、そうなると知っていたから(・・・・・・・・・・・・)食い下がっていたのだと、気づけなかった。

 果たして母上がその場にいてできたことがあったのか、という点に関してはわからない。言動に制限がかかっている以上、なす術もなく眼前で俺の死を見ることになった可能性だってある。もっとも、そうであっても意地でも何かを変えようと足掻いただろうが。

“情けないお母さんで良いなら、喜んで”

母親扱いすべきではなかったのかもしれない。迫り来る死の前にせめて悔いなく生きようとした上での判断だったが、かえって苦しめる結果になってしまったと自責で潰れそうになる日もあった。しかし、ぎこちないながらもできた繋がりは双方にとって確かに救いだったのだ。否定し切ることもできない。

 だから、挽回したかった。悟飯を生きたまま救って母上の元に帰ることが一番の償いになると信じて、少々強引にでも生き返った。途中の思わぬ出会いでさらに強化され、これならいけると本気で思っていた。

 

 あの瞬間、咄嗟に孫のやつを庇った理由は自分にもよくわからない。もしかしたら、父親の死を悲しんでいた悟飯をまた見たくなかったのかもしれない。あるいは、孫が死んだら本当に打つ手がなくなるという危機感故の行動だったのかもしれない。

 朦朧とする意識の中、馬鹿か俺はと自分に呆れていたのだけは覚えている。これではまた地球が荒れるなと、脳裏に焼きついている母上の嘆き悲しむ姿を幻視しながら闇に呑まれていった━━━。

 

 

 

 

 目を覚ますと自分は地面に横たわっていて、殺されたはずのナメック星人の子供がすぐ側にいた。起き上がれば悟飯が駆け寄ってくる。辺りを見回せばたくさんのナメック星人に混ざってブルマとベジータもいて、その場にいる者のほとんどが自分と同じく状況が理解できず困惑している。幸い、最長老様が細部まで把握していたのですぐ説明を受けることができた。

 地球に戻ってきたと言うことはと周辺の気を探ってみれば、高速でこっちに近づいてくる者がいた。ほぼ同時に気づいたベジータが騒ぐが、俺と悟飯はその正体を知っている。

「マジュニア!!」

土埃を巻き上げながら少し離れたところに着地し、大声を上げて母上が駆け寄ってきた。。本当は飛びつきたかったのだろう、あと数歩のところで急ブレーキして半端なところで腕が彷徨う。肩を上下させながら魔術で全身スキャンする姿が、全速力で飛んできた事を言外に伝えてくる。そんな姿を見て心配そうに声をかける悟飯の姿を視界に入れてようやく安心したのか、母上は顔をくしゃりと歪めて声を絞り出した。

「お、かえ、りっ…」

自分の肩からも力が抜けていくのがわかる。柄にもなく緊張していたらしい。責められるようなことは絶対にないと知っているのに。

「おや、貴方はもしや…?」

そこで最長老様から声がかかる。ハッと声の方へと顔を向けた母上はその姿を見ると、慌てて駆け寄った。

「え、えっと、すみません…少し、失礼しますね」

一言断ると彼女は大きな手を取って、少量の気を送り込み始めた。

「お若い方、私はもう長くありません。気にする必要はありませんよ」

「…息するのも、辛いようでしたので」

あくまで苦痛を和らげる為の処置らしい。やろうと思えば延命措置もできるのだろうが、相手がそれを望んでいないと分かっているのだろう。ゆるゆると小川のように気を流していた。

「この星は、心優しい魔女に恵まれたのですね……カタッツの子の片割れが貴方に出会えて、本当に良かった」

皺だらけの大きな手を労るように撫でていた母上の手が一瞬止まった。俺も悟飯、そしてブルマもその言葉に反応した。

「少しばかりですが、貴方達の事情を知っています。私にできる事はあまりにも少ないですが…いつか、そのあたたかな願いが叶いますように」

母上は、泣かなかった。涙を溜めながらも微笑んだ。

「ありがとうございます」

 

 その諦めの悪さが、目が眩みそうなほど眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

降り続く雨で、とうの昔に体は冷え切っている。

 

 

冷たい体は凍ってしまったかのように動かない。

 

動かない。

 

動かない。

 

 

そう離れていない所に、ムギが雨に打たれながら座っているのに。

 

背を向けて、肩を震わせて、必死に声を殺しながら泣いているムギが。

 

ムギがいるのに、動かない。

 

 

動けない。

 

 

 

 

動けないのだ。

 

 



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確かに感じるもの

ようやくこちら側


 

 「━━━ぃ…おい!起きるオニ!」

 

 頭を打たれた衝撃で目を覚ませば、沸騰している鉄臭い赤い池が眼前に広がっていた。後ろに目をやれば、自分を叩いたであろう鬼が嫌そうな顔でこちらを見下ろしている。

「今日の責め苦はこれで終わりオニ。とっとと出るオニ」

どうやら浸かっている間暇すぎて眠ってしまったらしい。他の罪人が雑に引き摺り出されるのを横目に自分で出れば、鬼が手に持っている書類を確認して再び口を開いた。

「明日は針山地獄オニ。時間はいつも通りオニ」

「…わかった」

留まる理由はなく、かと言って急ぐ理由もないので背を向けて歩く。そしたらさほど離れないうちに話し声を優秀な耳が拾った。

「先輩、先輩…あれ、ナメック星人オニ?ナメック星人でも地獄に落ちるオニ?」

「シッ、声が大きいオニ……珍しいけどたまーにいるオニ。あいつはその中でも珍しいタイプオニ」

 自分が本当に余所者だと知ったのは死んでからだった。初めて聞いた時の胸中に驚きはなく、ナメック星人の概要を教えられた時は神の事を思い出して顔を顰めた。出会えても馴染めない同胞達という予想がここまで綺麗に当たるとは。

「なんであいつは平気オニ?ぐーすか寝ててびっくりしたオニ!」

「周りのピカピカ光ってるやつのせいオニ。あれに守られてどんな責め苦も効かないオニ。地獄にいる意味が全っ然ないオニ…!」

そんな事より『加護』の方が衝撃だった。おそらく本人も知らなかったであろう、ムギらしい感情的で強引な力。自分に与えられたソレの強さがそのまま彼女の愛の証明になり、想いの強さを目の当たりにした私はさらなる絶望に叩き落とされた。

 

 毎日、消えてくれと願った。

 毎日、消えないでくれと願った。

 毎日、忘れてくれと願った。

 毎日、忘れないでくれと願った。

 

 あの柔い手のように自分を優しく包む光を見る度に苦しくなる。地獄に元より存在するありとあらゆる拷問では痛み一つ感じないこの身を責めるのは、己だけだ。

「…ムギ」

名を呼ぶことすら躊躇するくせに、呼ばずにいられない。思い出す権利もないのに、思い出してしまう。こんなに想われていたのに、あんなに願われていたのに、愚かで弱い自分は最悪の道筋を選んで酷く傷付けた。きっと今も泣いているのだろう。泣いて、雨を降らせて、起きた災害の結果を見て自分を責めているのだろう。悪行なぞ、何一つしていないのに。

 夢の中のムギはいつも泣いている。灰色の雲に切れ目はなく、雨は止むことを知らない。そうなったのは、自分のせいだ。私が、ムギを不幸にした。それなのにまだ、私は守られている。私はまだ、愛されている。掴めてしまったあたたかな心を守るどころか、私はズタズタに引き裂き続けている。

 苛立ちをあらわにして近くの岩を殴れば、歯応えもなく崩れ去ってゆく。痛みはやはりない。どうにもできない現状と、惨めな自分だけがそこにある。

「ムギ…!」

何をしても、あの笑顔に届かない。

 

 

 

 

 翌日、言われた通りに針山の苦行をこなす。当然痛みなく、滞りなく終わる。

「今日の責め苦はこれで終わりオニ」

「明日はどこだ?」

「灼熱地獄オニ。それと、今日は面会があるオニ」

「面会…?」

まさかと唯一の心当たりが脳裏を過ぎるが、すぐにその可能性は限りなく低いと除外した。ムギなら確かに生死関係なくもう一度会おうとするだろうが、『アレ』がそれを許すとは思えない。許されていたならとっくに会えていたはずだ。

「さっさと来るオニ!俺は忙しいオニ!」

逆らうのも面倒なので、大人しくついて行った。

 面会室は地獄とそれ以外の境目のような場所にあり、私は厳重に拘束された状態で椅子に座らされた。不快だが、痛みはない。いつも通りだ。どんな物好きが会いに来るのやらとガラスのようなものに仕切られた向こう側を眺めていたら、すっかり存在を忘れていた男が姿を現した。

「武泰斗…!!」

反射的に飛び出そうとした体は拘束から抜け出せず、椅子が少しがたつくだけだった。対する武泰斗は驚きで目を一瞬見開くも、すぐに冷静になったようだ。

「久方振りだな、ピッコロ大魔王」

私はしばらくもがいたが拘束は解けず、舌打ちの後に脱力した。

「この忌々しい拘束がなければその身を引き裂いてやるものを…」

「憎いか、私が」

「あんなところに封じ込めて置いてよく聞けるな」

それもそうかと納得した様子の人間に神経を逆撫でされるが、暴れたところでどうにもならない。さっさと用事を済ませてしまおうと気を鎮めた。

「何の用だ?恨み言でもぶつけに来たか?」

とっとと吐いて終わらせろと促せば、数秒の沈黙の後にやつは再び口を開いた。

「……私は、お前がわからなかった。戦っている時も、封印する直前まで」

「貴様なんぞにわかるわけがなかろう」

「だから、閻魔大王様にお尋ねしたのだ。お前が暴れ出した理由を」

そこまで聞いて出てきたのは、嘲笑だった。

「憐れみにきたか?世界を救った天下の武泰斗が、このピッコロ大魔王様を?全てを持っていた男が、何も持たない私を?笑わせるな!」

薄っぺらい同情など嫌悪しか湧かないと吐き捨ててやろうと思った。

 

「憐むなど、できるわけがなかろう…!」

 

だが、その男の口から出た声は血反吐でも出ているのかと思うほど苦痛に満ちていた。

「なんなのだ……なんなのだ、あれは!あんな話があってたまるか!私は…私は、数百年がかりの悲劇の歯車に過ぎなかった!たった一つの救いを奪われた男を、さらに追い詰めただけではないか!」

想定外の反応にどう対応していいかわからない。眼前の男の煮えたぎるほどの怒りが、額と拳に浮き出た血管に表れる。

「私に、神々の考えを推し量る事はできない。お前がどのような理由であのような道を歩まされたのか、私程度ではきっと知る事はできぬだろう…だが!どんな理由があろうと!お前が受けた仕打ちは、決して正当化されてはならない!」

ムギだけだと思っていた。この理不尽さに怒りを覚え、逆らいたいと願う他者は彼女だけだと思っていた。

「…貴様がどう思おうと関係ない。たかが人間一人、文句を並べ立てたところで連中は痛くも痒くもないわ」

こうして素直に対話できる存在が他にいるなんて、思いもしなかった。

「私の地獄行きはもう覆らん。ムギに再会することもかなわん。私が自ら、全ての希望を握り潰したのだからな」

そこで武泰斗は、さらなる想定外を出してきた。

「…希望なら、ある」

「何?」

「三百年前にお前達魔族に殺された者達、地上を彷徨っていた魂達…その全てが、あの世にたどり着いた」

「………は?」

ありえない。魔族に殺された者達の魂はあの世に行けずに彷徨い続ける。そういう呪いが、縛りがあるはずだ。

「ピッコロ、お前の妻はまだ諦めていない。お前とまた会うために、できる事を片っ端からやっている。お前達に殺された者達の呪いを解き、案内人の元へと送り届けたのだ。一人残らず」

開いた口が塞がらない。そんな馬鹿なと思う自分と、あの馬鹿ならやりかねないと思う自分がいる。

「お前の罪を減らせば会える可能性が上がるかもしれないと思ったのだろう。事実、閻魔大王様は贖罪の代行を認めてお前の刑罰をその分軽くした」

私が殺した者達と直接会ったのなら、私がしたことも知ったはずだ。彼らの恨み辛みを聞いたはずだ。無数の命の、無限の怨嗟を聞いたはずだ。それでもまだ、会いたいと思っているのか。それでもまだ、『加護』が消えないのか。

「ピッコロ、お前に彼女を想う気持ちがまだあるのなら…」

まだ、荒唐無稽な可能性を、泣かせてばかりの私を、信じてくれているのか。

 

「残っているモノから目を背けてはならないと、私は思う」

 

「それだけを伝えたくて、ここに来た」

 

 





今日も雨が降っている。

私とムギの上から降っている。

体も冷え切ったままで、何も変わらないままかと失意のため息を溢す。

温度の低い世界で、私の吐息が白く濁る。



白く、なった。



息が白くなるということは、つまり外と内で温度差があるということ。

外が冷たく、内が温かいことに他ならない。


そう、温かいのだ。


途端、呪縛が解けたように体が軽くなる。

まだ思うままとはいかなくとも、動くことには変わりない。

踏み出す。

歩く。

駆け出す。


跳ぶ。




たどり着いて、捕らえる。

冷え切った自分の腕の中に、冷え切ったムギの体がある。

荒い呼吸は全て、白く濁る。

見上げてくるムギから漏れた吐息も、白い。

満月のような瞳から零れ落ちる涙をそっと拭えば、信じられないくらい熱を持っていた。

「…たわけ」

そんな熱いものを流したら、自分が焼けてしまうだろうに。

「この、大馬鹿者が」

早く、早く泣き止めと、しっかり抱き締める。

数秒後に背に回された手が、震えながらもしがみついてきた。





雨は、まだ降っている。

世界はまだ、冷え切っている。


だが、こんなにも冷え切ったこの世界で、雨の止まない世界で。

自分の腕の中に、確かに熱が戻り始めていた。


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包み込まれる

この、都合の良い世界の中心で。


この人達の周りは、楽だ。

 

「ムギさん!」

「ムギさんだ!」

「ムギさん、今日は何の話をしてくれるんですか?」

「また魔術見せてください!」

「ムギさんっ、昨日ブルマさんが見つけてくれたお水がすごく美味しくて…!」

カプセルコーポに一時保護されることとなったナメック星人達。外に出られないとは言え、大きな庭園も部屋数もしっかりあるので特に不自由することなく暮らせているらしい。原作でその様子はざっくりとしか語られなかったけれど、いくら多種多様なペット達がいるとは言え流石に暇では?と心配した私はちょくちょく顔を見せにいくようにした。

「こんにちは〜。今日もみんな元気そうで何より」

駆け寄ってきた子供達の頭を順番に撫でれば、花が綻ぶように笑ってくれる。マジュニアも生まれたばかりはこれぐらいの大きさだったんだろうなと思うと、ものすごく悔しい。一度で良いから抱きしめたかった。

「ムギさん、いつも子供達の相手をしてくださりありがとうございます」

「お礼を言われるほどのことじゃないですよ、ムーリさん」

 ナメック星人達の気はいつも穏やかで、ここに来ると自然と自分の肩から力が抜ける。根本的な所で明確な違いはあれど、瞑想している時のあの人とよく似たそれがとても心地良い。ぶっちゃけ、半分はそれ目当てなので礼を言うのはこっちな気がしないでもない。魂送りでだいぶ疲弊した心に滅茶苦茶沁みて、うっかり泣きそうになる時もある。

「ムギさん、今日は悟飯さんも来てるんです!」

「おっ、それなら今日は地球の生き物のお話する?悟飯くんも詳しいし」

「ほほう、それは私も気になりますな…」

「なら是非ご一緒に」

きゃいきゃいはしゃぐ子供達に連れられて、のんびりゆっくり庭園へ向かう。途中ブルマさんのお母さんにも会って、前回持ってきた苺タルトのレシピのお礼を言われる。

「ブルマさん、作った端からどんどん食べちゃって!お料理、とっても上手なのね〜」

「いえいえ、普通ですよ」

ブリーフ博士と比べるとあまりにも若々しいパンチーさんは、初めて会った時からすごくフレンドリーに接してくれている。最初はなんだか自制しているような雰囲気だったから心配してこっそり読心術を使ってみたけど、ピッコロに関する惚気話を聞きたい気持ちを抑えていただけで拍子抜けした。未亡人かつそこまでまだ仲良くないからと我慢してくれる思いやりに感謝しつつ、とりあえず見なかったことにした。まだちょっと、楽しく思い出話できるほど気持ちに整理がついてないし。

 私もすっかり馴染んじゃったなぁと、遠慮して距離をとっていた過去の自分を笑った。いろいろありすぎたとは言え、この世界の懐の深さを忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 悟飯くんを交えたことで地球の生き物解説は大変盛り上がり、ムーリさん以外の大人達も私が魔術で宙に映すイメージを眺めながら興味津々に聞いていた。ナメック星の異常気象で失われた動植物は数知れず、多種多様な生き物を実際に見ることがなかった新世代の好奇心が大いに刺激されたらしい。

「何から何まですみません」

「気にしないでください。慕ってくれるのは嬉しいですから」

三時間に及んだ解説会の後、はしゃぎにはしゃいだ子供達はすっかりエネルギーを使い果たして流れるようにお昼寝タイムに突入した。悟飯くんだけならまだしもデンデまで私の膝を枕にするし、他の子供達も私に寄り添うようにして丸くなるしで動くに動けない。この後やろうと思っていたことがあったけど、こりゃキャンセルだなと安心し切った寝顔を晒すデンデの頬をそっと撫でた。ふくふくと丸くて柔らかい、よもぎ餅のようなそれをつまみたい気持ちはなんとか抑えた。

「貴方が相手だとついつい甘えてしまうようで…ムギさんの気は、包み込むような柔らかさある。きっと、それで安心してしまうのでしょう」

「そんな、買い被りですよ」

「いえいえ、そんな貴方だからこそだと私は思うのです」

首を傾げれば、ムーリさんは先代の最長老様を彷彿させるような微笑みを浮かべた。

「貴方だからこそ…誰よりも孤独な我らが同胞を、絶望の底無し沼から掬い出せたのだと」

 

ふっと、あの寂しい背中が脳裏をよぎる。

 

「生まれる際に変質したことによって、我らでは持ち得ぬ可能性を手に入れた同胞。いくつもの偶然が重なって、本来のナメック星人であれば決して届かない奇跡を実現した者…我らではおそらく理解しきれない、必要なモノを与えられない、居場所になれない仲間を、貴方は救ってくださった」

当たり前のように、『同胞』という言葉がその口から転がり出た。異質な存在への嫌悪はなく、確かな敬意と尊重、そして安心がそこにあった。

「あ…あの人、は、魔族、ですよ?人も…犠牲者、だって、たくさん…」

言葉を詰まらせて言ったそれは、別にあの人を貶して言ったわけではなくて。一瞬でころりと評価が変わってしまうのが怖くてしょうがなくて。

“どうせ好かれるのは『あいつ』の方だろう。今更帰ったところで意味はない”

期待した後にあの言葉通りの展開が来ることを恐れて、無理やり吐き出した言葉だった。

 最初から期待されていないのはいい。もうどうしようもないことだってことぐらい子供でもわかる。でも、これ以上落ちようがないと思っていたところで上げて落とされるのは、いくらなんでも━━━。

「ええ、聞いています。彼の子が教えてくれました…彼の罪は簡単に許されるようなことではありません。償いはあって然るべきです。ですが、それと魔族であることは別物です。生まれは選べないものですから」

ナメック特有の、少し温度の低い手が肩に添えられた。

「彼は…ピッコロさんは、貴方を大切に思えた。貴方との穏やかな日々を喜び、貴方を傷つけまいと気遣い、貴方の幸福の為に模索し、貴方と変化していくことを受け入れ、貴方と共に困難に立ち向かうと決意した。全てに怒り、絶望していた彼に『幸せに生きたい』と願わせたのは、他でもないムギさんです」

何か、言おうとした。口を開けて、動かして、無音の空気だけが喉を通る。震える唇を見せないように手で覆い、歪む表情は俯いて髪の毛で隠した。

「そんな貴方を理不尽に奪われ、ありふれた願いそのものすら否定されたら……魔族でなくとも、世界と神々を呪うでしょう」

ぱたりぱたりと服に水滴が落ちる。

 ピッコロに出会ってから、どうにも涙腺が緩んだ気がしてならない。嬉しい時も悲しい時も、すぐ目の前がぼやけてしまう。

「死を目前にしても貴方を助けることを諦めないピッコロさんの思い…我らが同胞に持つそれとは異なれど、他全てが敵であっても揺らがなかったその愛は素晴らしいものです。その強さを仲間が手に入れられたことは、とても…とても、誇らしい。ですからどうか、貴方も自信を持ってください」

 

「ムギさんはピッコロさんのことを…誰よりも愛した夫を、誇りに思って良いのです」

 

 否定されるのが普通だった。同情されるのが関の山だと思っていた。

 当然と言えば当然なんだろう。ナメック星人らしい反応だと言われたらそうだとしか返せない。でも、それでも、やっぱり嬉しい。偽りのない綺麗な言葉が、都合の良い許しが、涙を堪えきれないくらい私を救ってくれる。

 

 

 

 

 ねえ、ピッコロ。

 

 この世界は、私達が思っていた以上に優しいみたいだよ。

 



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特別な誰か

だからもっと知りたい


 ムギさんは、いつもいろんな話を聞かせてくれる。とても楽しそうに、僕たちにもわかるように、僕たちが飽きないように、話してくれる。その時間が楽しみでしょうがなくて、僕もカルゴも他の子たちもムギさんが来てくれるとつい駆け寄ってしまう。勢い余って飛びついても、笑って許してくれるムギさんが大好きだ。

 そんなムギさんが、少し寂しげな声で話している時がある。それは決まって、新しく最長老になったムーリさんが相手で、話題は僕の知らない『ピッコロ』というナメック星人のことだった。

「━━━中々、厳しい指導ですなぁ」

「私が向いてなさすぎたってのはあると思います。私、どうしても手を抜くというか、力が入りきらなくて…“それでどうやって自分の身を守るつもりだ!?逃げれるものも逃げられなくなるぞ!”って言われて、何回も宙に放り投げられちゃって」

「宙に!?」

「それはもうぽーんと。護身術指導の後はお風呂に直行してたなぁ…懐かし…」

悟飯さんと仲が良くて、たまに会いにきてくれる彼とは違う別の『ピッコロ』。聞けばあの人の親で、地球に避難してきたカタッツさんの子供なのだとか。

「嫌にならなかったのですか?」

「げんなりしちゃう時とか勘弁してほしい時はありましたよ、普通に痛いですし。でも、私を心配してるから教えてるんだってわかってたので…私以外の全てに安心できないから、自分が間に合わなくても逃げられるようにって根気強く教えてくれました」

「それは……また…」

「…とても、悲しい理由です。そんなに心配しなくても大丈夫だよって言ってあげられたらよかったんですけど、嘘はつけませんでした」

 その『ピッコロ』さんは、長い間ムギさんと一緒に暮らしていた。ムギさんと『夫婦』という関係になっていた。『夫婦』とは、クリリンさん曰く、二人の人間が共に生涯を生き抜くという誓いをした特別な関係らしい。子供を作ったり育てたりするのも『夫婦』になってからが普通だと言っていた。

「私のことになると何かと不安になることが多くて、なんのトラブルもない平穏な一日の後に少し…怖がっているような顔をする時もあって」

「…平穏を、当たり前だと思えなかったのですな」

「……大事に、本当に大事にしてくれました。こんなにも自分以外の誰かを大切にできる人だって知る度に、幸せにしたくて…安心、してほしくて…」

片方がいなくなったり、どうしても関係が噛み合わなくなったりしないと『夫婦』は解消されない。そして解消されないと別の人と『夫婦』になれない。簡単に相手を変えられるような誓いじゃないから、本当に好きな人を選ぶようにしているのだとか。

 「大事にしてくれると言えば、あの人、私に触れる時は爪を短くしてたんですよ。こう…ひゅって引っ込む感じに短くなるんですけど、これってナメック星人なら誰でもできるんですか?」

「おや…放り投げるわりには、貴方の扱いに気を使っていたのですね」

「あ〜、やっぱりそういうアレなんですか」

「我々ナメック星人は、生まれて間もない子供に触れる時は爪を短くしているのです。地球人の赤子ほどではありませんが、やはり生まれて数ヶ月は万が一を考えて慎重に扱っているのです」

「赤子レベル!?私そんなに脆く思われてたんです!?」

「ムギさんは見る限り全体的に柔らかそうですから…子供達も柔らかくて温かいと良く言っていましたよ」

「放り投げられるけど、爪は立てられない……クッション?ぬくいクッション扱いなの私?どう反応すればいいのこれ?」

 ムギさんともう一人の『ピッコロ』さんは、お互いを選んで誓い合った。誓いの通りに生きて、死別した。ムギさんは、選ぼうと思えば別の人を選べるのに、そうしなかった。

「黙々と触ってくるなぁって思ってたけど、まさかそんな…」

別の誰かに見向きもしないで、再会を願っている。

「ふふっ、こう聞くと子供達とあまり変わらなくて可愛らしいですな」

「本人に言っちゃダメですよ。絶っっ対怒りますから」

ほんの少し、羨ましい。僕たちナメック星人にはちょっと分からない気持ちかもしれないとクリリンさんも言っていたけれど、もう一人の『ピッコロ』さんは同じナメック星人なのにそう思えた。良いことばかりじゃないと横で聞いてたブルマさんが言っていたけれど、『夫婦』であるブルマさんの親はとても仲良しで楽しそうに見える。

「是非とも、お会いしたいものです」

「……愛想は期待しないでくださいね」

悲しいことも辛いこともあるけど、それを一緒に乗り越えようと頑張れる誰か。幸せにしたいと、一緒に幸せになりたいと強く願える人。そんな存在としてムギさんに選ばれた知らない仲間が、羨ましくて━━━。

「ムギさんっ」

「うぉっ!?…デンデ、もう昼寝終わったの?」

「ちょっと早くに目が覚めちゃって」

今だけちょっと甘えさせてくださいと、心の中で彼に謝った。

 どうやっても彼には敵わないんだろうなと、少ししか知らない自分でもわかる。ムギさんの一番はずっと彼なんだろうなと、確信に近い何かがある。だから今だけ、目一杯甘えよう。

 

 いつか彼が帰ってきた時に、心から二人の再会を喜べるように。

 

 

***

 

 

 もしかしたらこれは自分専用に用意された苦行なのかもしれないと、穏やかな気を纏って反対側に座っている男を見る。

「そんなに天国は暇か?」

「平穏ではあるな」

 

 まだ三回目だが、わざわざ面倒な申請だの予約だのをして武泰斗が面会しに来る。立場上の問題もあってこちらには拒否権はないらしく、私は毎回不快な拘束椅子に座らされる。もう逃げたり暴れたりというのは諦めたから、せめて普通の椅子に座らせてほしい。なんだったら床でもいい。

「貴様の話し相手など、ここに来ずとも履いて捨てるほどいるだろう」

「私は、お前の話が聞きたいのだ」

「…趣味が悪いのはムギ一人で十分だ」

ため息しか出ない。私を改心させようとでも思っているのだろうか。ムギ以外の人間がどうなろうと知ったことではないのに、無茶を言う。

 間違った判断をしたとは思っている。もっと別の方法を使うべきだったと後悔している。だがそれは、ムギが苦しむ結果になったからだ。ムギの苦しみがなければ、心残りはあっても後悔はなかった。他の人間にいくら憎悪されようと、今更なのだから。

「ああ、その気だ」

「何がだ?」

「お前は妻のこととなると纏う気が変わる。まるで別人だ。そっちのお前を、私は知りたい」

顔に浮かんだ不快を隠す気など微塵もなかった。

「やはりこれは私専用の苦行だったのか」

「そんな風に思っていたのか?」

「貴様の目は節穴らしいな」

拘束用の大きな鎖をガチャガチャ鳴らしてやれば、次回はなんとかならないか聞いてみるなどほざいてきた。まだ来る気か。

「話してもいいと思える範囲で構わない。ムギ殿に関連することを聞かせてほしい」

何かしらの納得が手に入れられるまで諦める気がないらしいその男に、私は海溝より深いため息を吐いた。

 



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放せなかったもの

 「━━━ムギ殿を端的に表す言葉はなんだ?」

「しつこい、ベソかき、感情的、柔らかい、甘い…こんなところか」

「柔らかい?」

「心身共に、強く握ったら潰れるか破裂する印象がある」

「お前にしては感覚的なコメントだな…甘い、と言うのは人に対してと言う意味で良いのか?」

 

 ムギに関してと言われてもどこから話せば良いかわからないと逃げようとしたら、質問大会が始まった。閻魔大王からの情報はあくまでこちらの事情の概要だけらしく、彼女に関する基本的なことから聞かれた。

「それであっている。あれは、とにかく呆れるくらい甘ったるい」

「自分への対応がそう感じるものだったのか?」

「…そうだ」

「ふむ……お前にとって、彼女の一番の長所はなんだ?」

しばし記憶を遡って、考えを巡らせる。一般的な美点ではなく、私が重要視している点。本質的に善人寄りなのでありふれた言葉がいくつか脳裏をよぎったが、

「一番となると、極力疑わせないところだろうな」

結局思い出に確認を取るほどでもなかった当たり前の結論が出た。

「疑わせない?」

「ムギも私も、完璧からは程遠い。何かしらの疑いが出ることはある…だが、それもすぐ消し飛ぶ」

そういったところが、私を繋ぎ止め続けている。馬鹿だとしか思えない時もある。理解に苦しむ時もある。解放してやった方が良いと考える時もある。だが、どんな理屈も感情も、あの安心感の前には無残に敗北してしまう。弱い自分が、縋ることやめられずにいる。

 私でなくてはいけないと泣くその様が、私が伸ばした手を喜んで受け取る笑顔が、私のこととなれば大人の対応を忘れて我が儘を喚く姿が、私が抱える問題に共感しながら真摯に向き合う在り方が、生まれ落ちた瞬間にはもう存在していた胸の穴を際限知らずに満たしていく。

「信頼しているのだな」

「疑うのも阿呆らしい、が正しい表現だ」

「同じことだろう」

彼女を知らない武泰斗には言葉の違いがわからないらしい。勘違いされるのは癪なので、どうにか説明を捻り出す。

「…例えばの話だ。実際には起きていない、あくまで例え話だ。良いな?」

「わかった」

「ムギに私の応援を全力でやらせたとする」

「したことないのか?」

「する理由がない。とにかく、そうするように仕向けた場合、あれは道具を用意するところからやりだす」

「道具から」

「そうだ、旗やら鉢巻やらあるだろう。そういった物を思いつく限り準備して、声が枯れて汗だくになるまで応援する。必要なら回復用の飲食物や薬も用意して」

予想通り震えだす体を無視しながら話を続ける。

「準備の段階ではしゃぎ倒して、下手すると応援する前に体力を使い果たしかねないから自ら強制的に休んで、本番はさらに興奮する。そのせいで天気は勝手に最高の状態になり、状況によっては私以上にことの勝敗なり何なりの結果を気にする。自分は応援しているだけにもかかわらず、だ。私が活躍すれば所謂黄色い悲鳴だって上げる。そのまま私への好意も叫びだす」

「ふっ……く、くっ…」

ガラスの両側には手を置けるようなカウンターのようなものがあるが、武泰斗は今、そこに突っ伏して必死に笑いを堪えていた。こうなるとはわかっていたが、他に説明のしようがなかった。

「全て、心から楽しんで、一切の嘘なくやるのがムギだ。それくらい馬鹿げたことを、私相手にするのがムギだ。これを知って疑えるか?」

「むっ、無理だな……ほ、本当にしてないのか?」

「させるか!気が散るわ!」

とうとう吹き出した武泰斗が椅子から崩れ落ちた。大声を上げて笑っていないだけまだマシだが、眼前の光景がただただ忌々しい。

「そ、そうか…気が散る、かっ…」

「ええい、そんなに騒がれて真面目にやれるわけなかろう!煩くてかなわん!」

「そう、だなっ…」

 

 結局、武泰斗が落ち着くまで五分程かかった。

「つまりムギ殿はそう言うことをするような人物だと、容易に推測できるほどに好意を隠さないのだな?」

「そうだ。一部に関しては『しようか?』とすっとぼけた顔で自ら聞いてきた」

「そして、それに嘘がないと確信できると」

「正の感情に関しては、嘘をつけないどころか嘘をつく気が微塵もないからな。勝手に辺りの天気が心地良くなるわ、周囲の草木の花が咲くわで気を読む必要すらない」

「そんな彼女なのに、疑ったのか」

痛いところを突かれて歯軋りする。

「なんとでも言え」

地を這うような低い声で認めても、嘲笑が返されることはなかった。

「だからお前は、地獄から出ようと暴れなかったのだな。そんなにも守られているのに」

 私を守る加護は衰えるどころか、さらに強くなっている。地獄のどこへ行っても、どんな罪人に絡まれても、私の魂は無傷でいられる。痛みを感じることもない。何より、孤独を感じない。電子ジャーに封印されていた頃とは違う、魂が剥き出しの状態だからこそ、ムギの力を容易に感じられる。

「…封印が解かれたタイミングも、ムギの足掻きも知らなかった。地球の様子を知る方法があることは、知ってはいたが……」

「全てを知った彼女の反応が怖かったのか」

信じる信じないの問題だと言うのか。知らなかったでは済まされないほどの過ちを、ムギが一番望んでいなかったことをやらかした自分に、自信を持てと言うのか。まだ自分と共に在り続けるために足掻いてくれると、身勝手な自分を許してくれると。

「再会したいと思わなかったのか?一目会いたい、せめて見守りたいと…」

「それを願うような価値が私にあると、本気で思っているのか?」

そこにあるのは慣れしたんだ怒り。私が、生まれ落ちた瞬間から有りとあらゆるモノに向けた、煮え滾って煮詰まって蒸発してしまいそうなほどの憎悪だ。

「この件でどれほどムギが傷ついたか、その絶望が死に直結してもおかしくないと、私が一番よく知っている…!それほどの裏切りをしてしまったのだと、言われずとも私はわかっている!その願いそのものがおこがましい事くらい、私が誰よりも理解している!」

胸の奥の、彼女が埋めてくれたはずの場所が、ぐずぐずに腐ってグチャグチャに混ざり合っているような気がする。

「ムギは…ムギだけは、守らなければならなかった!守る理由が、守りたいと思うだけのものを持っていた!それなのにこれだ!知っていながら自分の欲望を優先して、この様だ!!」

ガチャガチャと自分を拘束する鎖がうるさい。苛立ちも怒りも憎しみも、何もかもを何かにぶつけたいのに、それが叶わない。

「ムギが望んでくれなければ、私なぞ無価値だ!生まれた理由通りの、ただ呪詛をばら撒くだけの廃棄物だ!!そう生まれたんだ私は(・・・・・・・・・・)!!」

ぶつけたい。壊したい。ズタズタに引き裂いてやりたい。

「偉そうに『正しい在り方』を語るな、人間!!貴様らが当たり前のように持っている権利なぞ、私は持っておらん!貴様らの常識なぞ、私に通用するわけがなかろう!!」

どん底まで落ちぶれた自分が、無傷なのが許せない。

 

「よせ、ピッコロ」

 

「よすのだ、ピッコロ。それ以上はいかん」

静かで落ち着いているはずの声が、やたらと耳に響く。

「それ以上、ムギ殿が何よりも大切にしているものを貶すな。彼女をもっと傷つけるだけだ」

言い返そうとして、息が詰まった。

「き、さま…!」

「我々が持つ当たり前を、ムギ殿はお前にも与えたかったのではないのか?」

返す言葉が思い浮かばない。反論したくてもできない。否定できない。

「ありふれた償いができない、地獄の責め苦になんの苦も感じない身の上は、さぞ辛かろう。八つ当たりしたくもなる。いっそ彼女に愛想を尽かされて、一切の希望が消え失せた深淵に堕ちることができればと願うのも無理はない…それが、お前の思う最もふさわしい罰なのだろう?」

 見透かされている。何もかも。自分の片割れであったはずの神が何一つ理解できなかった自分の胸の内を、敵同士にしかなれなかったはずのこの男がたやすく整理してしまっている。

「お前のその苦悩は、ムギ殿を心から愛しているからこそ胸を引き裂く。そしてその愛を、彼女も知っている。知っているからこそ加護は薄れず力を増し、お前が本来すべきだった贖罪を代行した。もうとっくに手遅れだ。お前はもう、彼女が引き返せなくなるくらい愛してしまった」

ぐしゃりと心臓を握り潰されたような感覚に身震いする。もはや言葉を返そうとも思えない。

「誰がなんと言おうと、ピッコロ、お前には価値がある。価値を持ってしまっている。その事実から逃げるな。お前がどう思おうと、その手の中に彼女はたやすく自らの魂を預けてしまうのだから」

体の震えが止まらない。肉体なぞとうの昔に失ったはずなのに、寒気がする。

 

 恐ろしい。

 

 この手に、意地でもしがみつくムギが恐ろしい。

 

 この血に塗れた手から、鋭い爪から、身を守ろうとしない彼女が、恐ろしい。

 

 堕ちに堕ちた私に、恩を仇で返し続ける私に、それでも価値有りと断ずる彼女が恐ろしい。

 

「ピッコロ、誰も傷つけない在り方など神ですら叶わぬことだ。守りたいと願いながらも、自分の手で壊してしまうことは珍しいことではない」

突如脳内を恐怖で支配される中、それでも武泰斗の言葉がするりと入り込んでくる。

「…ま…まだ……」

乾いた口で何とか言葉を紡ぐ己が、惨めで情けない。

「これ以上、傷つける覚悟をしろと…泣かせてでも、まだ足掻けと…そう言うのか…!」

 

 私に出会わなければ、茨の道なぞ歩まずに済んだのに?

 今ここで諦めさせるだけで、たったそれだけで余計に傷つくこともなくなるだろうに?

 

「我々にできるのは日々学ぶことだけ。器用な者、才能のある者、覚えが良い者…そうしてあまり苦労せず目標を達成できるものは確かに存在する。だが、そんな者達であっても、より良い己を目指せば学びからは逃れられない。失敗からも、挫折からも……お前も武道家であるなら、よくわかっているはずだ」

もう、分からない。自分が今感じているのが絶望なのか希望なのか。

「二人とも傷つかないのが一番なのは確かだ。傷つけ合わずに済むなら、そうするに越したことはない。だが、不運が重なることもあれば、知らない一面が突然出てくることもある。認識のズレでうまくいかなくなる時だってある…どれほど予防したとしても、どこかで引っかかることを完全に防ぐのは不可能だ。故に大切なのは、問題が起きてもそれにきちんと向き合い、乗り越える強さなのだ」

 やはり、これは自分専用の苦行らしい。

 

「逃げるな、ピッコロ。自分の過ちを理解しているのならば、そこから進めるはずだ。ムギ殿はとっくに立ち上がって進んでいるのに、お前は目を背けたままで良いのか?」

 





今日の夢もまた、雨が降っている。

前回と変わらず、ムギが私にしがみついている。

落ち着いたら離れようと思っていた。

晴れたら、泣き止んだら、自分の役目は終わると思っていた。

だが、雨は止まない。彼女の涙も止まらない。

「ムギ」

呼んでも返事はなく、より強くしがみつくばかりだ。

少し考えて、傘を出してもう一度呼びかける。

「ムギ」

ようやく手の力が緩んで、体液でぐちゃぐちゃの顔が上がる。

「これを持て。雨避けにはなるはずだ」

「ピッコロは?」

傘も受け取らずにそう聞いてくるムギに、ぐずりと胸中が掻き回される。

「いいから早く持て」

「ピッコロが持った方が綺麗に二人入るよ。私じゃあ届かないよ」

埒が明かないと傘を押し付けて離れようとしたら、泣き叫ばれた。

「やだ!!」

「おい…!」

「離れたらピッコロでも冷えちゃうからやだ!!」

「私なら━━━」

「大丈夫じゃない!!」

さっき以上に泣き出す彼女に傘を渡せるはずもなく、引き離す為に離れた手も置き場が分からずに宙を彷徨う。

「やだよ…独りにならないでよ…」

説得するはずが、逆にムギにべそべそ乞われてしまっている。

「独りのピッコロなんて…やだ……さび、しい…」





自分の弱さにため息しか出ない。

「……これでいいか?」

乾いた敷物の上に座り、膝にムギを乗せ、傘を持つ。

そうしてようやく聞けた少し安心したような声に、肩の力が抜けていく。


そんな自分がどうしようもなく情けなかった。


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正面から初めて

 時折、ピッコロも星の魔女もカプセルコーポレーションに長時間いないタイミングが訪れる。少し意識して見ればそれに規則性があることが容易にわかる。最初は意味がわからなかったが、もしやという期待が生まれた時、ただ上から見続けるだけではいられなかった。

 

 「おお!では貴方がカタッツの━━━!」

「は、はい…」

「皆、貴方に会いたがっていました…!最長老!ムーリ最長老!我らの同胞が会いに来てくださりましたよ!」

興奮した様子の初対面の同族に引かれるままについていけば、あれよあれよと言う間に子供にも大人にも囲まれた。想像以上の熱烈な歓迎に頭がついていかず、素直に喜べるようになるまで少し時間がかかった。自分が宇宙人であったことも忘れていた私にとって、こんなにも自分の存在を喜んでくれる仲間がいることは信じがたいことだった。

「いやはや申し訳ない、皆してはしゃいでしまって…たくさん話して疲れたでしょう」

「いえ、その…慣れない感覚ではありますが、楽しい、ので…」

正の感情で私を圧倒しかねない勢いながらも、彼らは確かに気遣ってくれていた。私が答えにくそうな、返答に困った様子を見せればそれ以上は聞き出してこなかった。

「それは良かった。ですが喉は乾いたことでしょう。こちらを」

「ああ、ご丁寧にどうも」

そう、とても優しかった。心地良い話だけさせてくれた。

 

ピッコロのことも、星の魔女のことも、話題に挙げてこなかった。

 

「ムーリ殿」

「なんでしょう?」

それに甘えてしまえばいいのに。

「…聞かないのですか」

「何を?」

こうしてわかりやすく逃げ道だって用意してくれているのだから、それに乗っかってしまえばいいのに。

「……ピッコロの、ことを…」

口が止まらなかった。止められなかった。

 

“『悪』以外何もないと言うのは、いささか早計ではありませんかな?”

“なんとなくだけどよ、オラとピッコロ、あんまり変わんねえ気がすんだ”

“今まで見た星の魔女の加護の中でも桁外れに強力だったな、アレは”

 

 それぞれ異なる口から放たれた、私が信じる『事実』と噛み合わない言葉達。それらは無視しようとしても、ぐるぐると頭の中を絶えず巡っていた。

 別に、自分を完璧だなんて思っていない。むしろ、多くの間違いを犯したダメな部類の神だと認識している。だがピッコロは、自分から切り離した悪性の塊であるはずの命の本質は、自分でももうよくわからなくなっていた。必要ないものを、悪へと傾倒しやすいものばかりで構成されているはずのモノが、かつては自分の一部だったはずの存在が、わからなくなっていた。

「貴方が話しづらいであろうことを、無理に聞き出そうとは思いません。貴方には貴方の苦悩があったのですから。まだ整理できていない部分もあるのでしょう?」

どこまでも優しい言葉で、どこまでも透き通った穏やかな目だ。それが、たまらなく苦しい。

「…わ、からない、のです」

罪悪感で潰れそうな心が、言葉を無理やり押し出していく。

「……あの時は、それが正しい選択だと信じていました。先代の神に認められた事も後押しして、その後どう対応するかが神として初めて自分に与えられた試練だと思いました。ですが…ですが、今はもう、わからない。自分が産み出した存在が一体なんなのか、自分の行動は正しかったのか、実はとんでもない過ちを犯していたのか…」

そこまで言って、心臓を握り潰されるような痛みが走った。

「…違う。違う、違う…!確かにピッコロのことはわからない。わからないが……間違ったことをしたということだけは、理解している…!」

そこまで言って、ようやく自分の醜い部分に、切り捨てていなかった悪性に気づいた。

「ずっと…ずっと信じ込もうとしていた…!悪いのは全部ピッコロだと、ピッコロを誕生させたのが間違いだったのだと、そう思い込もうとしていた…!でもそうではない…私の過ちは、ピッコロに正面から向き合わなかったこと…!」

一度出してしまうと、もう止まれなかった。

「何も知らないことが、何も知ろうとしてこなかったことこそが、私の罪だった…!歩み寄ろうとせず、目を背け、都合のいい話を信じて、死んだのなら気にする事もないと、逃げ続けた…!言葉を多く交わしたわけではない地球人達ですら気づいた違和感を、気のせいだと自分可愛さに無視していた…!」

 

 醜い。醜い。

 醜い醜い醜い!

 なんと性根の腐った神だろうか!

 

 こんな、こんな軽蔑されてしかるべき私が、こんなにも優しい同族達と一緒にいていいわけがない。独りであってしかるべきだ。ここにいたら、弱い自分はさらに彼らに甘えてしまう。

「どうか、お座りを」

立ち上がった自分を、そっとムーリ殿が制止する。

「その精神状態で飛び出すのは良くない。ひとまず落ち着きましょう」

弱い私は、その言葉に逆らえずにそのまま座ってしまった。

 

 「…貴方はたった一人でこの星に送られ、迎えがくるのを長い間待っていたのでしたね。さぞ、孤独だったことでしょう。諦めた瞬間の貴方の心境を思うだけで、胸が痛みます」

話し始めた時と変わらない心地良い声が、動揺して揺れ動く私の気を少しずつ宥めていく。甘えてばかりではいられないと呼吸に意識を向け、少々無理やりながら息を整える。

「ですが、こうして想像しても…きっと貴方と真に共感することはできないのでしょう。我々と貴方達では、あまりにも境遇が異なる」

その言葉に顔を上げると、あの透き通った目に憂いが見えた。

「ナメック星人と地球人は多くの違いを持つ者同士ではありますが、確固たる自分と相手への敬意があればきっと共存も可能です。貴方達は二種族の架け橋になれる、素晴らしい素質を持っていますが…今回は、それが裏目に出てしまった」

「素質…?」

「貴方の肉体は紛れもないナメック星人のそれですが、その内に在るものは地球人の影響を多大に受けています。分離する前は、まさにナメック星人と地球人の精神が混ざり合って混沌としていたのでしょう。ナメック星人らしさを学びきれず、かと言って地球人にも染まりきれず…己の出自を誇ることも周りにも馴染むことできなかった貴方は、居場所を求めて神の元へ赴き、そして…最後には神殿という居場所を失わない為に、『神に相応しくない自分』を切り捨てることを選んだ」

はっと息を飲む。ああ、そうだ。そうだった。

「確固たる自分の居場所を手に入れたものの、今度はそれを壊しかねない存在が生まれた。自分の思う『自分の悪いところ』ばかりで構成された命…貴方にとって、ピッコロさんはかけらも信用できない存在だった。だから彼がムギさんと行動を共にするようになっても、長い間音沙汰がなくても、不安は常にあった。いつか必ず、全てを壊しにくると思わずにいられなかった」

私は、もう独りでいたくなかった。どこでもいいから居場所がほしかった。ここにいていいのだと、誰かに認められたかった。

 

「……自分は百年以上彷徨い続けても地上で居場所を見つけられなかったのに、ピッコロさんは偶然落ちた先で半年もかからずに見つけたなんて、考えもしなかったでしょう」

 

その瞬間、自分がいかに惨めな存在か思い知らされた。

「わ、私はっ…わ、たし、は…!」

ピッコロにそんな感情はない。ピッコロにそんな願いはない。ピッコロにそんな可能性はない。そう信じずにはいられなかったのだ。それを、そんなことを認めてしまったら、私は━━━!

「自分のこれまでの苦悩と努力の価値を、貴方は守りたかった。間違えてしまった時もあったものの、できる限りのことはちゃんとしてきたと信じたかった。だから貴方は、自分の『悪性』たるピッコロさんが自分より遥かにうまく何かを手に入れられるはずがないと、思い込んだ」

ムーリ殿はそこで一息入れると、タオルを作って差し出してきた。いつの間にか泣いていたらしい。

「彼も貴方も、自分と自分の居場所を守ろうとただ必死だったのです。孤独に蝕まれた心が、貴方達に間違った道を選ばせてしまった…何もかも違うようで表裏一体。元は一人だっただけあって、貴方達はとても良く似ていたのですよ」

拭っても拭っても涙が止まらない。それの源泉が悲しみなのか、悔しさなのか、はたまた罪悪感なのかわからない。正体不明の感情が、水に変化して際限知らずに溢れ出している。

「わ…わた、しは、これっから……ム、ギどの、にも…ひ、酷い、ことを…」

「……難しい問題です。あまりにも多くのことが起き、時間も過ぎてしまいましたから」

うまく言葉が紡げなかったにもかかわらず、ムーリ殿は私が言わんとしていることをきちんと汲み取ってくれる。

「とりあえず、今までしてこなかったことをしてみては?」

私がしてこなかったこと。私が、何よりも先にしなければいけなかったこと。

「…ムギ殿、には、聞けません」

「ええ。やらない方がいいですし、そもそも避けられていますから」

「では、ど、どうしたら…?」

雑多な感情が渦巻いて、考えがうまくまとまらない。知らねばならない。私は、ピッコロを、知らねばならない。それだけは、わかる。

「そうですね…ムギさんから聞いた話を私がそのまま話すのは無理ですが、ピッコロさんのことを話すムギさんの様子や、そこから感じ取れた『ムギさんにとってのピッコロさん』を語るくらいなら…」

「む、無理しなくても…」

「おそらく大丈夫ですよ。ムギさんは、確かに貴方に対して思うことはありますが、大人の対応ができないほどではありません」

どういうことかと首を傾げれば、ムーリ殿が小さく笑った。

「先代の神様の教育方針にも問題があり、全て貴方一人の責任にはできないと言っていました。恨みがあるからと私達に会わせないのは違うと言って、接触しやすいように規則性をつけて不在になるという手を提案したのも、ムギさん本人です」

「…え?」

「“そもそも自分の嫌いなところから逃げたやつが神になれた時点で、どう考えてもおかしいんですよ。人間が好きなら、人間を見守るのなら、人間の悪性…人間の欲望もきちんと受け止めないと。その前段階すらクリアさせないなんて、先代が教育サボってたとしか思えません”…と、それはもう大変不機嫌そうな顔で言っていました」

チャンスなど、与えられないと思っていた。報われることのない償いを積み上げ続ける他ないと思っていた。

「怒りが強すぎてまだ会えない状態ではありますが、貴方がこれからでもきちんと向き合いたいと思っているのなら、それを止める権利はないと判断されたのです。たとえ、一生許せなかったとしても…貴方にチャンスを与えないのは、不公平だと思ったのでしょうね」

そこに在ったのは、私が愛した地球人の善性。私が大切にしたいと願った、良き人の在り方。怒りも恨みも自覚しながら、それでもなお正しくあろうとする強い心。

「……ピッコロが、変わるわけだ」

 

 彼を、探そう。本当のピッコロの姿を。私の中に確かに在った、身勝手なものとしか思えなかった欲望の名前を。

 

 

 限りなく地球人に近づいた『私』が手に入れた、かけがえのない日々の成果を。

 




原作ではずれっぱなしで終わったのか、はたまた答えを得ることはできたのか。


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遠い夢を見上げて

晴れ晴れな空を目指して


 そもそも何故、前世の私はマジュニアを真っ先に好きになったのだろう。

 

 悟飯くん達がナメック星に出発した後くらいからだろうか、ふとそれについて考えることが増えた。別にピッコロの方が魅力的なのにとかそういう問題ではない。ピッコロの内面をしっかり知ることができたのはこっちに来てからなので、前世の私に魅力に気づけなんて無茶は言わない。

 確かに成長後のマジュニアはかなり真っ当な部類だろう。見せ場も強みも相応にあって、老若男女問わず好かれるのもわかる。悟飯くんとの師弟関係でかなりポイントが高いのも要因の一つだろう。そういった理由は前世の私にも通用している。

「…チェック……こっちも、OK……はい、はい、はい。こっちも問題なし…」

最近、なんとなくだけれど一番の理由が見えてきた。自分の現状と照らし合わせた時、あっと気づいた。

「……よしっ、全部OK!後は皆に知らせるだけ!」

 

《あーあー、マイクテス。マイクテス…えー、サイヤ人やらフリーザ軍やらと戦った地球人の皆様及び関係者様、そしてナメック星人の皆様にお知らせです。この度、地球に悪影響を及ぼす星の接近が確認されたため、星の魔女たる私がそれの破壊を務めさせていただく事になりました。非常に強いエネルギーを必要とするため、感知能力の高い皆様が驚かないようこのように事前に連絡させていただきました。その他軽度の地震も発生することが予想されますが、地球そのものへの影響はこちらで極力抑えますのでご安心ください。突然のお知らせになりましたことを深くお詫び申し上げます。結果は追ってご連絡致します。それではまた後ほど》

 

 社会人経験は短いものだったから敬語がちゃんとしてるか自信ないけど、まあ、多分こんなものだろう。事前告知なしでやるよりはずっと良心的なはずだ。

「さて、と…頑張ろうか、相棒」

真新しい杖に意思はないのに、自分で作ったせいか随分と愛着を持ってしまった。

 

 

***

 

 

 母上から突然飛ばされたテレパシーの内容に、思わず声がひっくり返った。一人で修行しているタイミングで本当に良かった。無力ではないとはいえ、星を破壊するとは何事だ。あの母上が匙を投げて排除してしまうような星とは、一体どれほどとんでもないモノなのだろうか。

 いてもたってもいられず、準備をしているらしい母上の元へ向かう。当然だが、自分と同じ方向へ向かっている気が複数感じ取れた。少し遅れる形で悟飯も接近している。母上の気からは多少の緊張を感じるが、それ以外はいつも通りだ。

 周囲の生き物を安全地帯へと追い払ったのか、だだっ広い荒野に彼女は一人佇んでいた。半径五メートルほどの魔法陣の中心で、身の丈よりも長い木製と思われる杖を持っている姿は異様だった。

「お、流石。一番乗りだね」

「母上、これは一体…?」

「他にもお客さん来るみたいだし、揃ってから話すよ。あ、魔法陣踏まないようにね。保護してあるから大丈夫だろうけど、一応ね」

言われるままに魔法陣の外に立ち、全員揃うのを静かに待ちながら母上を観察した。母上が右目の下を軽く叩くと、その眼前に淡く光る小さな魔法陣が展開された。そのまま空を見上げてしかめ面をしたので、おそらく遠見の魔術だろう。

「ムギさん!お待たせしました、皆揃いました!」

「ああ、悟飯くんも…って、うわすご。ほぼフルメンバー」

目標に集中していたのか、他の連中が来ているのに気づかなかったらしい。俺と悟飯、クリリン、天津飯、餃子、ヤムチャ、そして無理やりついてきたらしいブルマが今ここにいる。

「えーっと…何から話そうかな……とりあえず、問題の星を見せた方がいいかな?マジュニアはちょっと影響受けるかもだから注意して。他の人もだけど、まずいって思ったらすぐ言って」

「見せる?」

「私と一時的に視覚を共有する魔術でね。魔術自体は無害だけど、問題の星がかなり特殊だから安全第一で行くよー」

全員の了承を取ると母上は再び空を見上げて、スコープのような魔法陣に触れた。魔法陣の光が強くなったと思った次の瞬間、宇宙空間が眼前に広がった。

「うわぁ!?」

「うっ、宇宙!?宇宙が見えるわ!」

「わぁ…!」

「こ、これが…魔術…」

それぞれ驚く声が聞こえる中、俺は少し遠くにある星に目を奪われていた。眩しく輝いているわけではない、暗い色も相まってむしろ見えにくい部類であるはずのそれは、その禍々しくも妙に心地良いパワーを発して俺を釘付けにしている。注意しろと言うのはこれのことかと、即座に自分の気を鎮めた。

 落ち着いてきた頃には他の奴らも見えにくいが異質な星に気づき、話を進めるために俺は口火を切った。

「母上…」

「心身に異常ある?フィルターみたいなのかけられるけど、どうする?」

「い、いや…問題ない。だが、あれは一体…?」

 

「魔凶星だよ」

 

 

***

 

 

 原作で起きる出来事は当然起きるし、唯一情報を持っている私に規制が入ってるので基本的に変えることはできない。この世界においては、それは原則だ。

 

 それならばアニメシリーズは?

 劇場版は?

 TVスペシャルは?

 ゲームは?

 

 一部、特にゲームや劇場版に関してはIFストーリー的なものが多く、原作とはうまく噛み合わないものがある。これらについてはとりあえず除外してもいいだろう。登場していたオリジナルキャラクター自体はどこかにいるかもしれないが、原作を変えてしまうような登場の仕方はしないと思われる。

 ならばそれ以外、原作の空白時間に入り込めるオリジナルストーリーや、GTなどの原作以降の物語はどうなるのか。

「こうしてズームして見てみるとよくわかると思うけど、いかにも魔族が好きそうな星でしょ?」

「な…なんて禍々しいパワーだ…!」

少なくとも、ガーリック親子に関しては普通にいた。つじつま合わせで若干変わっているところはあったけれど、それ以外はそのまま私が知っている通りだった。これにより現神がガーリックの影響もあって早期に就任した可能性が浮上し、知った時は思わず渋い顔をしてしまった。なんてことをしてくれやがったのでしょう。

「ムギさん、本当にあの星を壊すの?」

「うん。最初はちゃんと生き物がいたみたいだけど、星のパワーが強くなりすぎて皆脱出したか死滅してるんだよね。地下の方も念入りに調べたけど、最新の生き物の痕跡は千年以上前のものだったよ。だからまあ、周囲を巻き込まなきゃ死ぬ命はないはず」

「そ、そっかぁ…」

「生き物がいるなら軌道を無理やり変えるとか、影響を受けないように地球全体を結界で覆うとか、そういう案も真面目に考えたんだけど…どっちも確実に地球を守れる方法じゃないから、遠くにあるうちに壊す事にしたの」

彼らのせいで真面目GTルートを考えなければいけなくなったものの、同時に原作外の要素に関しては問題なく私が関われることも判明した。私がやらかして影響が出てしまうような流れになった場合が心配だけれど、それはその時にならないとわからないだろう。それにしても悟飯くんらしい心配だ。念の為、優しさを悪用されないよう後で魔族に関するレクチャーをしておこう。

「星のパワーに耐えられる者はいなかったのか?」

「いたにはいたんだろうけど、多分そういう魔族は魔凶星がなくても十分強いし、自分含めた少数以外がバタバタ死んでいく星の活用方法ってあんまりないから…他の星に近づけて、そこの魔族を強化するのが一番無駄がなくて簡単な使い方になる」

「だから壊すのね!地球の魔族がパワーアップして暴れるかもしれないから!」

「ピンポーン。ここの魔族のほとんどが武天老師クラスに手も足も出ないんだよね。だから極一部を除いて割と大人しいの。まあ、ホームグラウンドたる魔界や魔凶星から離れたのなら当然なんだろうけど」

天津飯の質問に答えると、ブルマさんが私の意図に気づいたのでさらに説明を付け加える。最初から気になる人達にはきちんと説明するつもりだったので、ある程度そのあたりの情報整理はしていた。おかげでサクサク話が進む。

「星の説明はこんなもんかな。そろそろ破壊してもいい?」

「言葉だけ聞くと滅茶苦茶物騒だな…」

メンバーの中でも比較的警戒心強めの天津飯達やヤムチャにも納得してもらえたので、そろそろ仕事を始めたい。そう思っていたら、マジュニアからどうやって破壊するのかと聞かれた。

「魔術や魔法を使うのだろうと想像はつくが…正直言って、母上にそれが可能だとは思えない」

「うん、まあ…そうなるよね。戦えなくはないけど、弱い部類だってマジュニアは知ってるし」

「え…雷とか使えるのにか?」

ナッパにしたことをよく覚えているらしいクリリンが驚く。反対に悟飯くんはマジュニアと同じ表情をしている。

「必要に迫られたりブチ切れてたりしたらそりゃあ暴れるけど、私は所詮『魔女』であって戦闘は専門じゃないよ。これでも基本は平和主義だし…と言うか、私が好戦的だったら地球の天災の発生率はもっと高くなってるよ」

「そ、そういう仕組みなのか…」

星の魔女に関しては私も例の図書館に行って学ぶまで知らなかったことが多いので、マジュニアの反応は当然だ。つくづく、自分がいかにマイノリティーか思い知らされる。

 

 そう、私は少数派だ。この世界のどこへ行っても、私は異質な存在だ。

 

「この距離にある星を壊すとなると、それこそ神とか宇宙空間でも生きていける種族とか、超高度な科学兵器による超遠距離狙撃とかじゃないと無理なんだけど…星の魔女も、そう言う連中に含まれる例外でね」

前世からその傾向があったし、今更それをどうにかしようとは思えない。もう、そこまで自分を変えようとは思えないし、変わるにも限界がある。

「星の魔女は、星と接続して共生してるわけだけども…一時的になら、複数の星と繋がれる。素のスペックでどうにもならない敵に遭遇した時はもっぱらこの手を使って、身体能力や単純な火力を底上げする。理論的には繋がった星の数だけ強くなれるけど、事前に仮契約というか回線みたいなのを個別に引かないとダメだし、手に入れた力の分だけ体に負荷がかかるから少しずつ増やしていかないと自滅する…今回に関しては月と太陽に回線を繋いで火力と推進力を補ってる」

 子供の頃は、どこへ行っても浮いてしまう自分が悲しかった。常識は人それぞれとは言うけれど、私の持つそれは世間一般から結構ズレていて共感されないことが多かった。寂しくて、つまらなくて、惨めで、自分がダメなやつみたいに思えて…せめて無害でいようと一人で過ごしていた私が出会ったのが、ドラゴンボールの原作漫画だった。

「後はどう当てるかだけど…このまま方向だけ調整してぶっ放すと、他の星やらなんやらを巻き込んでどえらいことになるし、いろんなものに当たることで届かなくなったり壊し切れなくなったりする。これが今回の仕事で一番難しい部分なんだけど、実は星の魔女だと割と楽に突破できちゃうんだよね」

「…まさか、回線か?」

「正解!星の影響を極力受けないような最小限ギリギリの繋がりだけど、それでも標準をロックして他の障害物は極力避けるようにできるんだよ。本来は星に衝突しそうな隕石への対策として生み出された手法で、こんな大層な魔法陣とか杖とかいらないんだけど…対象が大きめな星であることと、単純に私がまだ未熟だからどうして魔術的な補助が必要で……つくづく弱いなぁ、私…」

とても読みやすくて、他にすることもなかった私は黙々と読んで、そしてマジュニアの生き様を見た。

 かっこいいと思った。優しくて、賢くて、強くて、大人で…人に囲まれていないのに、全然惨めじゃなかった。経歴や見た目、性格などいろんな要因が重なって、普通の人間社会では生きづらい異質な存在なのに、物語後半の彼は不幸じゃなかった。普段は一人で過ごしていても、極々少数の人達としか関わらなくても、他の人達からは怖がられていても、それを理由に正しいことをやらないなんてことはなかった。必要なら泥を被って、命だってかけて最善を尽くす彼が、本当にかっこよくて憧れた。

「ま、とにかく!魔凶星の破壊に関してはきちんと事前調査、手法の確立、最終確認までしっかりやってるから大丈夫だよってこと!月と太陽の力を借りるのは地球を治すのにちょこちょこやってるから、何を取り扱ってるのかもちゃんとわかってる。今回は一点にパワーが集中して絶対皆わかっちゃうから、変に心配されないように連絡しただけだよ」

 子供の頃はそれくらいしか言語化できなかったけれど、今ならもっと言える。

 

 異質であっても人に囲まれなくても、幸福に生きられるし惨めでもなんでもないと体現するマジュニアを見て、私は救われていた。

 

 はみ出し者でも良い。無理して他人と仲良くならなくて良い。わかってくれる人を大切にして、可能な限り良く在ろうとすれば、十分真っ当。大勢の人が褒め称えなかったとしても、誇って良い立派な人生。むしろ一人で過ごす時間を楽しめない方が色々ときついと、成長していくにつれて私は学んでいた。気付いていなかっただけで、マジュニアほどかっこよくはないけれど、割と近い人生を前世の頃から楽しめていた。

 星の魔女としての人生に割と適応できていたのも、その生き方がある程度身についていたからだ。ピッコロは私の幸福な人生において必要な最後のピースで、だからこそあの二十数年は本当に幸せだった。いろんなものがないようで、いろんなものを諦めていたようで、色々と不自由なようで、色々と大変なようで、でも欲しいものはちゃんと全部ある普通に幸せな人生(・・・・・・・・)だったのだ。

「じゃあ、今度こそ始めるよー!」

ピッコロだって、そう生きられた。最悪の介入で奪われてしまったけど、確かにそう在れることを彼は身をもって証明してくれた。そう生きられるならそれで良いと、私以外にも思ってくれる人達だっているのだ。私達のわがままじゃないと、私達でも願っても良いのだと。

 

 だから、強くなる。彼を守れるくらいに、強く。あらゆる可能性を模索して、何度でも立ち上がって、自分なんかなんて言い訳もやめて、いちいちくよくよしないで、もっと強く。

 だって私は間違ってない。惨めじゃない。当たり前の、ありふれた願いを、他の人達と同じように頑張って追い求めているだけなのだから。

 

 ピッコロを取り戻して全身全霊で生きるのならば、弱いままなんていられない。

 

 



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ブレない願いのチカラ

 

 確かに母上は、戦いに向いていない。後方で支援している方がまだうまくやれるだろう。彼女の持つ力は、戦い以外のところで最も活躍できる。

「…地球(ほし)よ」

では、彼女は弱いのか。

 

 否。断じて、否。

 

 何度も傷つき膝をついても、母上はその度に立ち上がってきた。これがダメなら次はそれだと、歩みを止めなかった。自分が信じているものの為に、足掻き続けてきた。弱い人間なら、とっくの昔に諦めて楽な道を歩いていた。

月と太陽(ほしぼし)よ!」

 衛星と恒星に母上が呼びかけたその次の瞬間、ズシンと周囲の空気が重くなった。どこからともなく響いてくる大きな地鳴りに対して、地面はあまり揺れていない。確かにこれなら地球への影響はほとんどないだろう。

「うわっ!?」

「きゅっ、急に気が膨れ上がって…!」

母上が地面に斜めに突き立てた杖の先端、そこに急激に気が集中して高密度のエネルギー体が徐々に形成されていく。そこからわずかに漏れ出した気が、電流のようにバチバチとあたりに飛び散る。

「ぐっ……こんのっ、聞かん坊…!」

今度は魔力の出力が上がり、黒髪が蛇のように波打つ。土星の輪のように光球の周りに魔法陣が展開し、気の流出が止まった。

「まだ…まだぁっ…!」

さらに膨れ上がる弾丸を制御する為に、魔法陣が二つ追加される。母上の表情の険しさと大量の汗が、ことの困難さを証明していた。

「く、クリリンさん…これって…!」

「ああ、悟空の元気玉そっくりだ…!やり方は全然違うけど、扱ってる力が同じなんだ…!」

そして直径二メートルほどで気弾の成長が止まった。

「回線、強化…標準、ロック…推進力、フルチャージ……最終チェック、完了…!」

一つ一つ、口に出して確認する様はかつてないほど危機迫っていた。他の星から力を借りたことはあると言ってはいたが、これだけの力を一点に集めたことなどなかったのだろう。

 同じくらいの大きさの気弾を作るくらいなら、孫はもちろんのこと、俺や悟飯でも可能だ。おそらくクリリンでもなんとかなる。俺達の力を借りて、母上が標準等を担当するという分担もできなくはなかっただろう。しかし、母上はそれを選ばなかった。きっと、初めからその発想がなかったのだ。

「━━━発射!」

パヒュッと、随分と大人しい音を残して青白い土星が消えた。それだけ高速で放たれたのだと気づいた時には、視界が再び宇宙に飛んだ。凄まじいスピードで星々が目の端へと流れていき、本物の土星の側もあっという間に通り過ぎていく。

「回線解除!」

魔凶星以外の障害物が見えなくなった瞬間に響く声、直後に眼前に広がる爆発。

「対魔凶星粉砕帯、用意!」

本当に当たったことに感嘆する間もなく、次の工程に進んでいく。事前に聞いていない物騒な響きに驚いたのは自分だけではないだろう。

「標的限定、よし!他全ての透過設定、よし!」

元に戻った視界に映る彼女の姿は、紛れなく一端の戦士のそれだった。

「だらっしゃああああああああああっ!!」

 

 誰だ、この人を弱いとか言ったのは。

 

 全て終わった後に矢継ぎ早に質問された母上曰く、粉砕帯の役目は文字通り魔凶星の破片をさらに細かく砕くこと。地球の前に盾のように展開されたそれは隕石をほとんど影響が出ないサイズまで小さくする、もしくは大気圏内で燃え尽きるようにするのが目的らしい。

「最初からそれを使えば良くないか…?」

「ミキサーに野菜とか果物とか入れる時、ある程度小さくするでしょ。それと同じ」

「周りに生き物がいる星が他にないなら、丸ごと全部消しとばす必要ないものね」

大声を出したからかいくらかすっきりした様子で、受け継いだ記憶の中と変わらない気さくな笑顔を浮かべている。

「それにしても良いフルスイングだった…」

「バットを振るというよりでっかい扇を振る感じなんだけどなぁ」

ここまでやって自己評価が何故イマイチになるのかと、少々頭が痛くなった。

 

 

***

 

 

 「━━━よくよく考えれば護身術を教えている時は無傷ではなかったと思い出した。ようはそれと同じ理屈なのだろう?」

「そうだが、教えていたのか」

「常に近くにいるわけではないからな。私が間に合う程度の自衛くらいしてもらわんと安心できん」

あれから色々と考えたのか、四回目の面会に来たピッコロはかなり落ち着いていた。私との会話で頭の中を整理できていることに気づいたのか、質問にも素直に応えている。

「……ムギにもよく、“そんなに脆くない”と言われた。だが…いや、弱くはないのはわかるが…比較対象が自分となると…」

「それだけの武術の才と積み重ねてきた修行を経て、力加減ができないわけがなかろう。彼女に教えている時もきちんとできているようだし」

「そう、なるな…」

生まれによるものか、彼は精神面に多くの問題を抱えているようだ。疑心が沸きやすく、常に不安を抱え、確信を得ねば中々安心できない、精神的に疲れやすい性質が特に顕著だった。これなら確かに『極力疑わせない』というムギ殿の性質は一緒にいて楽だろう。

「おそらくだが、ムギ殿をひどく傷つけてしまったことで過敏になったのだろうな。これ以上は、と言っていただろう?彼女の許容範囲を超えることを恐れて、そんな言葉が出たのだ」

「確かに言った…ムギの甘さは無限ではない。限界がある……最初にやらかしてそこはわかっている」

「待て、何回やらかした?」

「……大きな枠組みで見れば二度、最初と最後に」

「最後は大魔王になったことだな?初回はなんだ?」

彼女のこととなると、ピッコロの気が揺れ動く。不安定で、柔らかくも刺々しくもなり、ころころと様子が変わる。それを隠さない程度にこちらを信用してくれていることは、少し嬉しい。

「天界から追放された時、落ちた先がムギの活動圏内だった…当時の私は文字通り全てに憎悪し、何もかもに不信を抱いていた。ムギも例外ではなく、私の治療も何か裏があると思っていた。私を利用したいだけで、心配なふりをしているだけだと思っていた。いたずらに私が苦しむ姿を見たくて、わざと非効率的な治療法を使っていると思っていた」

聞けば聞くほど、疑心暗鬼に囚われた心だった。そういう生まれなだけで、ここまで何も信じられなくなるのかとこっちが疑いたくなるほどに。

「ある時から妙な行動をしだしたムギを見て、ついに何かやるのかと…尻尾を掴んでやると、後を追った…企みを暴き、それをぶち壊して嘲笑ってやろうと…」

声に、後悔が溢れていた。

「……泣いていた…涙と声を枯らさんばかりに、豪雨の中独りで……わけがわからず心をのぞいたら、ムギの濁流のような本心を叩きつけられた…そこまできてようやく、孤独なお人好しでしかなかったムギの心が…完全に折れる直前だと知ったのだ」

 こうして面会するようになって、ピッコロのいろんな顔を見れるようになった。悪辣でない、穏やかな表情もあるのだと知った。

「不平不満と罵詈雑言を並べ、物を壊し、警告も無視して……そんな私を、それでも途中放棄しないで治そうとしていた…最後までやり切る為に、私に隠れて泣いて、なんとか耐え凌いでいた…」

だが、どんなに怒りに震えても、絶望しても、後悔に沈んでも、泣き顔だけは見せてはくれない。

「最初に読心術を使えばよかったのだろうが、私は神が不要だと判断したモノで形成された身。人間に関する記憶も、人間の悪性を煮詰めたようなものしかない。良い経験があったとしても、私は受け継いでいない(・・・・・・・・・・)……人間の心なぞ、極力見たくなかった」

泣き方を、知らないのかもしれない。

「……そこまで追い詰められていたのに、私が少しマシな態度をとって協力姿勢を見せただけでムギは泣いて喜んだ。そして、そのまま私を信じ続け……私を、選んだ…」

大概の人間ならとっくに泣いているであろう状態で、彼は顔を歪ませるだけで涙一つこぼせずにいた。

「私に価値を見出し、溢れんばかりにそれを口にした。慣れない感覚で戸惑うことも多かったが…聞く度に、安心した。あまりにささやかな私の返しを、大袈裟なほどに喜んで…私の存在そのものが喜ばしいと言わんばかりに」

そこで一つ、彼はため息をついた。

「おかしなものだ…己が価値を示さんと神と人間に憎悪を燃やし、ムギに毎日のように価値を保障されて安心していたにも関わらず、今更無価値でなくなったことが恐ろしくなろうとは」

自分を嘲笑っているようで、根底に確かな愛しさのこもった笑み。それは、大魔王という称号にはあまりにも似合わない優しいものだ。

「…ムギ殿のためなら消滅すら選べるほどの想いは立派だが、それではまた泣かせてしまうぞ」

「だろうな。そういう馬鹿だ…自分一人では幸せになれないと、私にしがみつくどうしようもない馬鹿だ」

「そこまで辿り着けたから、地獄で本格的な修行を再開したのだな」

「聞いたのか」

 前回、彼はこの面会を自分専用の苦行だと呼んでいた。案外そうなのかもしれないと、私も思うようになってきた。何度もしつこいと言われないか心配していたが、どうやら閻魔大王様が口利きしてくださったらしく、今回は通常よりずっと早く申請が通った。椅子の問題も改善され、拘束は最低限になった。とにかくやりやすい環境が整えられていた。

「地獄の鬼達が気味悪がっていると、愚痴のようなものを聞かされた」

「あいつらは文句しか言わんだろう」

「そう言うな。苦労の多い仕事なのは想像がつくだろう」

本当にそうでなくとも、私はここに来続ける。何度でも、めんどくさそうに椅子に座っているこの男に会いに。生涯の後悔を一つ何とかできるのなら、この男にもう一度チャンスを与えられるなら、いくらでも足を運ぼう。

 

 去り際に珍しくピッコロに呼び止められた。

「外で聞き耳を立てているやつに、私と貴様らを一緒にするなと伝えておけ。あんな潔癖の塊みたいな連中と一緒にされるのは御免だ」

「…お前は、本当にムギ殿以外には手厳しいな」

「丁寧に扱う理由がない。それと、神のやつが似たような真似をしたら何も話さん。情報漏洩も許さん。いいな?」

「ああ、そちらに関しては肝に銘じよう。当然の権利だ」

それを最後に、面会室から出た。

 ゆっくり、落ち着いて廊下を歩き、面会室から少し離れた場所にある待機室に戻った。

「分離しても聡い子のままでしたね」

「申し訳ありません、最長老殿。どうにもまだ壁が…」

「いえ、良いのです。あの反応は当然でしょう。事実、我々とあの子は大きな違いがあるのですから」

頂点を極めた武人でも中々到達できない極限まで穏やかで清い気を纏ったそのお方は、柔和な笑みを崩さない。

「ナメックの真面目な気質はそのままらしいと聞いて少し心配していましたが、少しずつ前向きになれているようですね。貴方のおかげです、地球の方」

「いえ…全ては、ムギ殿が基礎を作ってくれたからこそです」

 

 ピッコロは、地獄に落ちて当然の悪人だ。それは変わらない。多くの人々が傷つき、苦しみ、死んだことは覆しようがない。生前話をする事なく争い封印したことに思うことはあれど、あの時あの状況で打てる最善のことをしたとも思っている。ピッコロも魔封波の件で私を許すことはないだろうが、私が全力を尽くした結果だと知っている。それはそれだと、互いに理解した上で接している。そんな矛盾しているような、捻れながらもうまくいく関係を作れるのが人間だと、私は思っている。

「ピッコロには信じられるものがある。信じられるものがあるのならば、誰だってどこまでも行けるものです」

自分は魔族だと言い張っているが、彼ほど人間臭い男もいないだろう。

 

 そう思って、私も笑った。

 




Q.なんで自己評価イマイチなの?

A.「だってまだ超サイヤ人にすら追いついてないよ!?全っっっ然足りないでしょどう考えても!」


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変質


 我らは知っている。

 憎悪を。怒りを。絶望を。

 我らは知っている。

 喪失を。無力を。嘆きを。



 我らは知っている。魔族でありながら、知っている。

 平穏を。希望を。幸福を。

 我らが自ら得たものではないが、知っている。

 愛を、満ち足りると言うことを、知っている。



 故に、願う。その欲望のままに、足掻く。

 何故なら、我らは知っている。

 断片ながらも、知っている。

 それが、どれほど尊いものか知っている。



 願う。

 願う。

 願う。



 その為に、我らは生まれたのだから。



 

 彼らがどうしているかなど、考えたこともなかった。

 同じく地獄にいるだろうとは思っていたが、それ以上は何一つ。死後もなお縛る気などあるはずもなく、別に何をしていようが構わなかった。なんなら、もう二度と会うこともないと思っていた。何一つ成し遂げることのなかった主なぞ、わざわざ構い続けることもないだろうと。

 

「ピッコロ様!!」

 

 だから驚いた。向こうから声をかけてくるという想定は、全くしていなかった。

「ピアノ…?」

「我らもいます!」

死ぬ直前に産んだ、四人の配下達。思えば全員揃ったことは一度もなかった。

「…タンバリンはともかく、シンバルとドラムは扱いに困って転生させられてもおかしくないと思っていたが、違ったか」

「確かに閻魔のやつはそこを突いてきましたがね、そんなものこっちから願い下げですよ」

どうやら、全員再会を喜んでいるらしい。流石にピアノは死に方からして恨まれるかと思ったのだが、見たところそんな様子は微塵もない。

「不躾ながらピッコロ様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「言ってみろ」

「……奥様は…ムギ様は、あの後…?」

ピアノの質問に緊張が走る。一転して全員が目に不安を滲ませている。どうやら彼らも地上の様子は把握していなかったらしい。

「ムギなら、最期に残した子が開放した」

そう告げれば、まるで自分のことのように歓声をあげた。

「あの状況で子を…!流石です大魔王様!」

「封印を壊したとなれば相当な強さだな…!」

「ムギ様の身は最低限守られてると考えても良さそうか?」

「ピッコロ様が執念で産んだ子だぞ、当然だ!」

 なんだ、これは。

 確かにムギに関する情報は与えているが、わざわざ話題にあげたことはない。そんな暇もなかった。立場的に多少の敬意は持つだろうが、それにしたってこの喜び方には違和感がある。

「お前達」

「「「「はっ!」」」」

それに、この揺らがぬ忠誠心はなんだ。声まで綺麗に揃えて。転生さえも蹴って。

「ピッコロ様?」

「いかがなさいましたか?」

「我らが何か…?」

言葉が見つからない。何故という疑問はあるのに、それをうまく文章に落とし込めない。

「さてはピッコロ様、もう切れた縁だとお思いでしたか?」

戸惑う他三人に対して、ピアノは笑みを浮かべてそう聞いてくる。

「……お前は特に、恨む権利があると思うが」

居心地悪いながらも正直にそう言えば、四人は顔を見合わせた後に吹き出した。

「何をおっしゃるかと思えば」

「そういう顔はむしろ我らがすべきでしょうに」

「あのガキを恨むならともかく、なあ?」

「まったくだ。大魔王様、お役に立てなかった我らに貴方を恨む権利などあるはずもないでしょう」

困惑から抜け出せない。何一つ理解できないまま、笑う彼らを見る。

「役に立つも何も、私がやつの息の根を確実に止めなかった結果だろう」

どうにかそうして言葉を捻り出すも、彼らはなおも笑みを崩さない。

「それを言い出したらオレだって死体をきちんと確認していません」

「オレなんて、別のやつに殺されてますよ」

「オレも、あの三つ目だけでもさくっとやっておくべきでした」

「非戦闘員であるにも関わらず、わざわざ近くで見物したのは私の落ち度です」

悪意が、負の感情が、まるでない。私が産んだとは言え、魔族なのに。

「…ピアノ、これはお見せしないとお分かりになられないんじゃないか?」

その言葉の意味も、まったく想像できなかった。

 

 導かれるままについていけば、途中から徐々にある集団の元へと向かっていることに気づいた。自分の知らない責め苦がそこにあるのかと思ったが、集団の気を探った瞬間足が止まった。

「…ま、さか」

「そのまさかです。さあお早く」

あれから何年経ったと思っている。死ねばそれまでと、こちらは振り返りもせずに駆け抜けたというのに。死後も尽くせなど、一言も言っていないのに。

 ピアノが足を止めたその先、足場の下に広がる盆地には三百年前私が率いた魔族達がいた。しかも、どういうわけか全員で組み手をしている。地獄の辺境にちょっとした道場ができていた。

「おおーい!」

こちらの心の準備などお構いなしにピアノが声を張り上げる。その声に反応した魔族達が見上げた先にはピアノが、そしてそのすぐ後ろには私がいる。

「ピッコロ様!」

「ピッコロ様だと!?」

「本物か…?」

「大魔王様の気も分からなくなったのかお前!しっかりしろ!」

「ピッコロ様…!」

「夢じゃねえよな!?」

「クロスカウンターするぞ!俺も自信がねえ!」

途端に崩れる統率に焦るのは私だけだ。

「おい、大丈夫なのか?」

「ははは、皆はしゃいでおりますなぁ」

「互いの正気を疑って殴り合っているが?」

「何、混乱は一瞬です」

騒ぎに騒ぐ彼らの元へと降り立つ。ざっと見た限りではほぼ全員いそうだ、恐ろしいことに。

「全員落ち着け!!ピッコロ様の御前だぞ!」

比較的理性的な者が宥めようと足掻く中、私達はさらにその集団へと近づいた。

 

 

***

 

 

 元より、自己肯定感が低い御方だった。必要とされていたから生まれた我らとは、そこで大きく異なる。

 類稀な才を有しているにも関わらず、我らなぞ一人で全員倒せる実力者であるにも関わらず、自分は不出来でどうしようもない生き物だと思い込んでいる。生まれだけが原因であればとっくに乗り越えられただろうが、初めての完全敗北が大きな傷痕となってこの方を蝕んでいる。

「お久しぶりです、ピッコロ様…!」

「お前がまとめ役か、オルガン」

「はっ、僭越ながら…」

「いい。誰かしらやらねばならんことだ」

何故慕うのかと我らに聞いておきながら、自分も数百年会っていない配下の名前をさらりと言う辺りなんという人たらし。いや、この場合は魔族たらしとお呼びするべきか。

「大魔王様、つかぬことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「カシシか。なんだ?」

最前列にいた魚人のようなそいつも、そこが気になっていたのだろう。少し驚いた後に、おずおずと疑問を口にした。

「その、もしや…我ら全員の名を覚えておいでで…?」

ああそして、やはりこの御方は心底不思議そうな顔をするのだ。何を当たり前のことを言わんばかりの声色で答えるのだ。

「自分で作っておいて覚えていないわけがなかろう。そっちの端からギロ、タネット、マリンバ、カリヨン、コンガ、チェロ、ウード、トラバス、シタール━━━」

ピッコロ様が淀みなくつらつらとそれぞれの名を口にすれば、呼ばれた者達は歓喜のあまり涙を滲ませ、まだ呼ばれていない者達は期待に震える。

「━━━コルネット、カリナ、ハーモニカ……おい、たかが確認だろうが」

状況についていけずに止まってしまわれたので、続きを促した。

「ピッコロ様、そのまま全員呼んでいただけないでしょうか?」

「は?」

「皆、長い間貴方の声で自分の名を聞いておりませんので」

その言葉が胸中のどこかで引っ掛かったのだろう。僅かに目を見開いたかと思えば配下を数秒ほど見渡し、目を細めて息を吸い込んだ。

「……チューバ、オーボエ、ティンパニ、クラベス、アングル、マンドリン、カンテレ━━━」

粛々と、名前を一人一人呼ばれていく。

 

 まるで何かの儀式であるかのように、最後の一人が呼ばれるまで誰もが騒ぐのを堪えた。

 

 

 

 

 戸惑いが中々消えないピッコロ様であっても、稽古をと言われれば断らなかった。ある者は一人で、ある者はコンビで、構えるピッコロ様へと飛びかかる。

 その内ピッコロ様も調子が出てきて、不敵な笑みを浮かべて十人まとめてかかってこいと挑発なされた。驚きは一瞬、その場は誰も彼もが順番で揉めるほどの歓喜に溢れた。

「ようやく笑ってくださいましたな」

「うむ。あれでこそピッコロ様だ」

元よりあの方は武道家だ。自己研鑽はもちろんのこと、戦いそのものも好んでいた。状況故に素直に楽しむことが難しかっただけで。

「奥様はなんとおっしゃられるでしょうなぁ…」

「何、きっと笑顔で観戦なされるだろうさ。ピッコロ様の幸福を何よりも願われていたあの方なら」

ふっと、楽しそうだねぇと微笑む黒髪の女性を幻視する。岩の上にこぢんまりと座って、月光のような柔らかい光の灯った瞳で見下ろすムギ様を。

「ピアノ殿は奥様に関する記憶を多く受け継いでおいでか」

「そう言うオルガン殿はあまり…?」

「多くはない。だが…花の香りが鼻をかすめると、どうにも頬がな?こう、堪えても上がってしまってだな?」

「ああ…わかりますぞ。地獄にいると滅多に嗅がなくなって、余計に難しいでしょう」

「わかってくださいますか」

 直接お会いすることのなかった、ピッコロ様の大切なお方。我らを見て、どのような反応をされるだろうか。困惑?混乱?歓迎?できれば三番目であってほしい。お茶を片手に会話を楽しむ相手を何よりも欲しがっていたと言うムギ様と、ピッコロ様のことで話に花を咲かせることができたら───。

「…皆が満足したら、情報整理しなければなりませんな」

「ピッコロ様自ら出向いてもらわなくてはならない場所もある。忙しくなるぞ」

 

 夢だ。

 ささやかで、ちっぽけで、しかし遠い、夜空に瞬く星のように煌く夢だ。

 

 その夢を思うだけで温かくなるものがある。その願いを口にするだけで、ふわりと体が軽くなる。その空想に少し浸るだけで、確かに得られる小さな幸福がある。

 叶うなら嬉しい。だが、まずはピッコロ様だ。ピッコロ様の幸福無しに、私の幸福はあり得ない。そして何より、幸福なピッコロ様を見るだけで満たされるものも確かにあるのだ。

「今に見ているがいい、名も知らぬ神よ…!」

 

 我ら魔族の執念深さ、思い知らせてくれる。



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日常に還る

 

 その日は、僕達が思っていた以上に早く来た。

 こんなにも時間の流れを早く感じる毎日は初めてだった。

 

「割れてない?」

 皆が揃うのを待っていると、カルゴがふと聞いてきた。細心の注意を払っているけれど、そう言われると気になってしまってそっと箱の中身を確認した。もちろん、他の人達に見られないように。

「…うん、大丈夫」

「よかった」

長く使えるようにと頑丈に作ったけれど、それでもやっぱり不安になってしまう。他にも心配事はたくさんあって、何よりもあの人に喜んでもらえるかと考えるとドキドキが止まらない。

 落としてしまわないようにと、箱を抱え直す。あと来ていないのは悟飯さん達とクリリンさん達だ。

「───ムーリさん、よかったらこれを」

「これは…もしや、茶葉の苗ですか?」

「皆気に入ってくれていたので…あ、これナメック語で書いた説明書です。ちょっと読みにくいかもしれませんけど」

「いえいえ、わざわざありがとうございます。良い記念にもなります」

ムギさんは早くから来てくれて、名残惜しそうに皆と話している。ついてきてくれたら良いのにと一瞬思ってしまって、慌てて振り払う。

 ムギさんは、もう自分で選んでいる。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、自分の願いの為に進み続けると決めている。どんなに楽しくて、どんなに平穏であっても、僕達とは来てくれない。

 寂しいし、そんなムギさんが好きな気持ちでちょっと苦しい日もある。

“…お前も、そう感じるか”

いつか、白いマントを掴んでそう溢した僕にピッコロさんが共感してくれた。幸せになってほしい誰かが苦しんているのに、それを止められない。もう頑張らなくていいと言えたら、どんなにいいだろう。ゆっくり休んでのんびり生きていいと言えたら、どんなに素敵だろう。

“俺達にできることがあるとすれば…母上が進む道を、少しでも歩きやすくしてやることだけだ”

静かに、諭すように、あの人はそう言いながら僕をぎこちなく撫でてくれた。ネイルさんそっくりなのに、撫で方が全然違ってなんだか不思議な気分だった。

 

 そんなことを思い出していたら悟飯さん達もクリリンさん達も到着して、ようやくポルンガを呼び出す準備に入った。

「デンデ」

「うん…行こう、カルゴ」

大した力のない僕達にできることなんて、たかが知れていて。側にいることすらできなくて。それでも、それでも何か少しでも力になれたらと思って。

「喜んでくれるかな…?」

僕達の精一杯を持って、そろそろと皆がいる中心へと歩いた。

 

 

***

 

 

 星の魔女のことは、あまりよくわからない。

 会う機会が一切なかったのだから知らなくて当然だが、何よりあのピッコロ大魔王の妻だなんてロクでもない気しかしなかった。

 

 だが、俺達は生まれ変わりだと名乗っていたピッコロの背中を何度も見ている。時に地獄に、時に地球に意識を向けている、物悲しそうな後ろ姿を。

「ピッコロ、少し聞きたいことがあるが良いか?」

「…なんだ?」

特にそれを止めなかったものの界王様も気になっていたらしく、ある日ふと彼に問いかけていた。

「お前は何故、星の魔女を母と呼ぶ?」

「何?」

「確かにお前の親との関係はあったかもしれんが…血を引いているわけでもなければ、育てられたわけでもない。わざわざそう呼ぶ義理があるようには思えんが」

 

 彼の気が急上昇したのは一瞬だった。

 

彼の瞳には紛れもない怒りがこもっていたが、何を思ったのか理性的に対応することを選んだらしい。

「……貴様にわざわざ説明してやる義理もない」

地を這うような声でそれだけ言うと、ピッコロはその場から離れていった。

「あーあ、ダメじゃないですか界王様。ピッコロの地雷踏み抜いて」

「やかましい!あそこまで過敏に反応するとは思わんじゃろ!」

あからさまにショックを受けている界王様を気遣って、ヤムチャが揶揄う。

 俺はと言うと、どう反応していいかわからなかった。チャオズも似たようなものだったのだろう、なんとも言えない顔で俺を見上げてきた。

 結局疑問が投げっぱなしにされたままピッコロが蘇生し、しばらくしてヤムチャも後を追った。

 

 そしてさらにナメック基準で一年後、すなわち百三十日後に俺とチャオズも生き返った。

「天さん!」

さっきまで一緒だったのに生き返った俺にチャオズが飛びつく。見渡せばピッコロや神様によく似た異星人達の中に紛れるように、よく知っている顔ぶれが混ざっている。懐かしさもあって、様々が思いが胸からこみ上げてくる。

「さて、ではそろそろ我々も…と言いたいところですが、最後にもう一つだけ」

三つ目の願いで帰るはずのナメック星人達の長が待ったをかける。

「デンデ、カルゴ…行く前に、さあ」

ずっとタイミングを測っていたのだろうか、緊張した様子で小さな子供が二人おずおずと後ろから出てくる。大きい方の子供が無地の箱を大事そうに抱えて、静かに足を進める。

「…え?私?」

そして、見慣れない黒髪の女性の目の前で止まった。首を傾げながらも彼女はしゃがんで、子供達と目線を合わせた。

「えっと…色々してくれて、その、楽しかったから」

「僕達からの…お礼、です」

「わざわざ用意してくれたの!?ありがとう!開けてもいい?」

穏やかな目でそれを見守るピッコロに気付き、ようやく彼女の正体を把握する。おそらく夫の同族だからと気にかけていたのだろう。揃って頷く子供達に破顔して目を輝かせながらそっと箱を開ける姿は、大魔王の妻やら星の魔女やら仰々しい肩書きとは釣り合わない。

「え……これ…」

そしたらその顔が、驚きに変わった。恐る恐る取り出されたのは、なんの変哲もない二つのマグカップ。変わっていることといえば、片方だけ妙に大きいことぐらいだ。

 彼女の様子を見て余計に緊張してしまったのだろう、子供達がつっかえながらも説明する。

「大きい人だって、聞いたから…ちゃ、ちゃんとピッコロさんに、大きさも確認してもらって…」

「……い、一緒に使えるものがあれば…い、いつかきっと、役に立つかなって…」

状況を把握した以上その言葉の意味も理解できてしまい、開いた口が塞がらなかった。あの子供達は知っているのだろうか、彼が何をしでかしてしまったのかを。いや、知らない可能性の方が高い。子供相手にする話ではないし、言えたとしてもぼやかした表現しかできないだろう。

 こっちが衝撃のあまり言葉を失っていると、星の魔女がそっとコップを箱に戻してから地面に置いた。そして子供達を二人まとめて、ぎゅっと、噛み締めるかのように抱きしめた。

「…ありがとう」

あまりにか細いそれは、震えていた。

 子供達は数秒ほど固まっていたが、二人で包み込むように彼女を抱きしめ返した。

「ムギさん、今まで本当にありがとう」

「僕達、応援してます。だから、いつか…いつかきっと、二人で遊びに来てください」

 

 俺は知らない。何も知らずに、今ここに立っている。

 だが、ピッコロの眼差しと、子供達の心のこもった贈り物と、彼女の震える声が、感情的に納得させてきた。

「遠慮されそうだけど、頑張って説得して連れてくるよ。約束」

拭っても溢れる涙を緩んだ頬の上で滑らせながら指切りする彼女は、願われたのだ。他でもないピッコロ本人に、母になってほしいと願われたのだ。そう願われるほどに、あのピッコロ大魔王が妻にと望んでしまうほどに、愛を振りまく人物なのだ。

“…武泰斗様も何か引っかかっていたようでな、こちらを嘲笑いながらも妙に寂しい目をしていたと言っていた”

いつか、武天老師様が言っていたことを思い出す。真相はどうなのかわからないが、語られた歴史に穴があったのは事実。

「何事も額面通りに受け取るべきではないと言うこと、か」

少なくとも彼女に関しては、先入観を捨てなければと一人決意した。

 

 この後、久々の現世の食事に舌鼓を打っていたら彼女の手作りだと聞いて、驚きすぎて微妙な空気にしてしまったのはまた別の話だ。




ナメックは癒し


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君が希望

見えない明日を照らすのさ


 迫るフリーザとコルド大王の気の大きさを把握した私は、他の皆とは違う絶望を感じていた。

 

「いや、強すぎでしょ…」

 

あのクソ神、やっぱり超サイヤ人どころじゃなかった。なんとなく察してはいたけれど、こうして確信させられると精神的にかなりクる。そりゃあ界王神と同じ格好してりゃそれくらいの強さあって当然ですよねチクショウ。

 ボソリと呟いたコメントはフリーザ達に向けられたものだと勘違いされ、その場にいる誰かに同意された。まあ、今の私にとってはフリーザもバグってるレベルで強いから否定はしない。別の存在に向けたコメントだとバレたところで説明のしようがないし。

「…とりあえず、私は後方支援に努めるよ。なんとか悟空が来るまで持ち堪えないと」

「ご、悟空!?悟空もこっちに向かってるのか!?」

「うん、多分皆でもわかると思う。フリーザ達が目立っててわかりづらいだけだから」

それを聞いて気を探ったブルマさん以外の皆の目に光が灯る。とりあえずこれで士気は多少上がるはずだ。

 現時点では、ここが原作の時間軸であるという保証はない。未来から来たトランクスの時間軸だった場合、ここから一気にウルトラハードモードになる。原作本軸だろうと思って行動してきたけれど、違った場合はもうほぼほぼ詰みだろう。可能な限り悟飯くんとトランクスとブルマさんを助力して、死んでピッコロに会いに行く覚悟をするしかない。あんなしんどい現実はまっぴらごめんだけれど、縛りがある以上私にできることは限られている。

 違ってくれと祈りながらフリーザ達の船からわらわら兵士が降りるのを見守っていたら、見間違えようのない紫色の髪を見つけた。

 

 皆の、そして私の、晴天のように眩しい希望を。

 

 

***

 

 

 母さんから聞いた話でしか知らない人達を見渡す中、一人だけ全く心当たりのない女の人がいた。悟空さんに並ぶ身長、長い黒髪、ころんと丸く黄色い目、尖った耳、ムギという名前。悟飯さんのお母さんが長い黒髪だったと聞いているけど、それ以外は全く一致していないから違うだろう。

 悟空さんに自分の正体を明かした後、流れで彼女について聞いてみた。

「あの…一つ確認してもいいでしょうか?」

「おう、なんだ?」

「皆さんと一緒にいるムギさん、でしたか…あの人は誰ですか?」

「え?知らねえんか?ピッコロの母ちゃんなのに?」

「ピッ、ピッコロさんのですか!?」

ナメック星人なのに何故と思わず問い詰めてしまったら、悟空さんは俺に気圧されながら説明してくれた。曰くピッコロさんの親、すなわちピッコロ大魔王の妻なだけで血は繋がっていないのだとか。

「ブルマはともかく、悟飯から聞いてねえのは変だな…」

「は、初耳です…そ、そんな事情が…」

念の為に悟空さんと歴史をざっくり辿ってみたものの、ムギさんの存在以外は俺が知っている通りの流れだった。星の魔女なんて存在も知らなかった。未来予知ができる魔女のような格好のお婆さんの話なら聞いたことがあったけれど、どう考えても別人のことだろう。

「何故こんな違いが発生したかはわかりませんが…傾向からして、人造人間が来るのは変わらないと思います」

「ああ、修行はみっちりしておく。けど…案外ムギのおかげで良い方向に変わることがあるかもな!」

太陽のような明るい笑顔に、混乱していた俺も釣られて笑う。確かにそんな可能性もありえる。期待しすぎるのは良くないだろうけれど、悟空さんがこれだけ信頼している人ならきっと何かしら力になってくれるはずだ。

 

 帰ったら母さんにムギさんのことを話さないとなと考えながらタイムマシンへと戻っていたら、後ろから何かが近づいてきた。

「そこのお兄さーん!ちょっとお話いいー!?」

件の人物が随分とフレンドリーな様子で俺を呼ぶ。悟空さんの説明はざっくりしていたし、直接話を聞いておいた方がいいかもしれないと思って中空で止まった。

「えっと、ムギさんでしたよね?僕に何か?」

「うん。えっとね、まずはもうちょっと気をつけた方がいいよって話。私はイレギュラーだからともかく、ナメック星人ならあの距離でもまるっと全部聞こえるよ」

「えっ?……あっ」

ピッコロさんは耳が良いと悟飯さんが言っていたことを今更思い出す。

「まあ、今回は悟空より説明上手なうちの子が聞いてたのが良い方向に転がったけど…今後は気をつけようね」

「は、はい…」

皆に会えて浮かれていたとはいえ、なんてミスだ。ピッコロさんじゃなかったらとんでもないことになっていたかもしれない。

「次に私のことなんだけど…トランクスは何も聞いてないんだね?悟飯くんからも、ブルマさんからも」

「はい。あの、本当にピッコロさんの…?」

「義理だけどね、望まれたから母って称号背負ってるよ」

目を細めて柔らかく笑う姿は愛おしげで、心からピッコロさんを大切にしているのがそれだけで十分すぎるほど伝わってくる。悟飯さんからも聞いていないことに悟空さんが驚くのも、なんとなくだけどわかる。

 「で、この場合考えられるのは、一:私が誰にも出会わず引きこもりっぱなし、二:誰かに会う前に死んでるもしくは封印されてる、そして…三:そもそも最初から存在していない、このどれかだと思う」

「封印、ですか?」

「一回封印されたことがあってね、そっちは時期が早かった可能性もあるかなと」

「なるほど…」

「まあ、私は三だと思ってるけどね。私、ちょっと色々と特殊だし」

「特殊、ですか」

どう特殊なのか気になるけど、おそらく話したら長くなるのだろう。彼女はそれ以上言わなかった。

「とりあえず、向こうに戻ったらボーロ樹海ってところ調べてもらえる?私がいるとしたらそこが最有力候補だろうから」

「ボーロ樹海ですね、わかりました。他に可能性がありそうな場所に心当たりは?」

「強いて言うなら自然豊かで、人間の手がほとんどつけられてない土地かな。調べるならちょっと時代遡った方がいいかも」

私三百歳超えだしと付け加えるムギさんを思わず二度見する。とてもそうには見えない。星の魔女だからだろうか。気になることが多すぎる。次来る時までに質問を整理しておこう。

「とりあえず今はこんなものかな?次来た時に話せそうならもっと詳しく説明するよ。あんまり引き止めたくないし」

そう言うとムギさんの隣に突然正体不明の穴が開いた。俺が驚いているのを気にもしないで彼女がその中に手を突っ込むと、探るような動きをした後に麻袋のようなものを引っ張り出した。

「これ、中に食糧が入ってるからあげる」

「え?」

「その中に入れれば、生の食べ物でも悪くなったりしないで新鮮なまま保存できるよ。破れたりとかしない限りずっと使えるから、よかったら使って」

押し付けるように渡されたそれの紐を解いて開けると、どう見ても外観と合わない収容スペースいっぱいに食べ物が詰め込まれていた。

「い、いいんですか…?こんな良いものをもらってしまって…」

「そんなものしか渡せなくて申し訳ないくらいだよ。もっと便利なものも一緒に渡せたらよかったんだろうけど、いまいち思いつかなくて」

しっかり紐を結び直して両手で麻袋を持つ。チラリと赤いものが見えた気がしたけれど、母さんの大好きな苺だろうか。そうなら嬉しい。

「トランクス」

呼ばれて顔を上げれば、青空がよく似合う満面の笑みがそこにあった。

 

「希望を届けてくれて、ありがとう」

 

薬と情報を持ってきただけなのに、まるで世界を救ったかのような口ぶりだった。



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非日常の外で

 「━━━いーかげんにしてけれっ!!!ジョーダンじゃねえ!!!」

 

のどかな山奥の一軒家から、怒号が響いた。

「でっすよねー」

トランクスとちょろっと確認した後に孫家に急行したら、少し離れたところにマジュニアが待機していた。そこに静かに合流して様子を見守ること数分、想定通りの言葉で辺りの空気が揺れた。

「悟飯の性格と望みを考えれば母親の方が正しいな」

「そう、だからややこしいというか…そもそも大人だけで対応すべきだし」

木の幹からひょっこり顔を覗かせて様子を伺っている私と違って、木に寄りかかって視線すら向けない彼は平静だ。学者になりたい悟飯くんに“サイヤ人を倒した後になればいい”とはっきり言っているから、この状況は割と不本意だろう。ナメック星人の皆がいなくなってからの一年、律儀に悟飯くんを避けていたのだから。

「…母上は元より子供を戦場に送ることに反対していたな」

「ん?…ああ、そっか。うん、言った。自分の力をコントロールするためとか、健康維持とか自衛とか、そういうので鍛えるのは全然構わないんだけど……戦場の記憶は、焼きついて引きずっちゃうだろうからさ」

戦力確保の為に子供を産む、そんなことをピッコロに提案されたこともあったなぁと少し懐かしくなる。

 子供にわざわざ経験させることはないと言おうとしたその時、何かが連続して破壊される音が響いた。慌てて視線をマジュニアから孫家に戻すと、穴の空いた家の壁とへし折られた一本の木、そして破壊された岩だったものと見覚えのある足が。

「わ゛ーーーーー!!ちっ、チチさーーーーーーん!」

慌てて駆け寄る私と同時に駆けつけてくる悟空と悟飯くん。容態を確認して悟空に運ばせ、壊れた壁を魔術で塞ぎ、チチさんの治療を始めた頃には彼女の怒りがだいぶ抜けていた。

「も…もういいだ…泣くのはいつだって女なんだ…」

根負けというよりは気力を失った様子の彼女にかける言葉が見つからない。同情と申し訳なさでこっちまで謝りたくなる。

「…だけんど、三年経ったらぜってえ拳法やめさすからな…!」

「ほ…ほんとにすまなかった…オラとしたことがつい……」

私が治療している間、濡れた手拭いで泥やらなんやらを拭ってあげている悟空を見て、少し…ほんの少しだけ、羨ましかった。

 

 

***

 

 

 ムギさは相変わらずやることがそれなりにあるらしい。そんな中、栄養面を重視したレシピや一部食料の提供でサポートしたいと自主的に言い出した。

「こっちとしてもできることはしたいし…その、あまり接する機会はないかもしれないけど、うちの子がお世話になりますから」

悟飯ちゃんと悟空さだけで食費がとんでもないことになる我が家にとってありがたい話であるし、理由ももっともらしいものだったので断りづらかった。

「ムギさは農家でもしてるんか?」

「家庭菜園よりは規模が大きいって程度ですけど、一応。かなり便利な保存の魔術があって、それで量溜め込めるってのもあります。やろうと思えば自分の力で野菜の成長促進させたりとかもできますし」

「羨ましい限りだべ…」

彼女の持つ便利な力を見る機会は何かと多かったけれど、今ほど自分も魔法使いになりたいと思った時はない。悟飯ちゃんがいない間に気を紛らわせるために始めた家庭菜園はあるものの、家族全員が揃った状態だと焼石に水だ。ほぼ自己満足の趣味になってしまっている。そういう意味でもせめて夫には仕事をして欲しいのだが、山育ちの野生児には今ひとつ危機感がない。

「…チチさん、ちょっと思いついたことがあるんですけど」

「へ?」

 

 「えっ?亀仙流からやり直し?」

「そう。と言っても、まるっと全部じゃないけど」

風呂と夕食を終えたところに顔を出したムギさが悟空さに提案したのは、自分も知らない情報から生まれた変化球だった。

「次の戦いまで三年あるんだから、基本中の基本をウォーミングアップ代わりにするのは悪くない案だと思うんだけど」

「つっても…じっちゃんの修行のどれをするんだ?」

「素手で農業やるやつ」

「「素手で農業!?」」

思わず悟飯ちゃんと声を上げる。本当なのかと確認すれば、確かにやったと大したことではないかのように夫が肯定する。鍬すら使わずにクリリンさと畑を耕していた日々を懐かしく思い返している姿からして、信じがたいが嘘ではないのは確かだ。

「早くに起きて、朝ごはんの前に農業やって、しっかり食べてから修行。日によっては昼食の後と夕飯前にも。作るのはとりあえず自分達で食べる分だけ。慣れるまでは少し時間かかるだろうけど、私もサポートするし、一度勝手が分かれば昔よりずっと手早くこなせるはず。それならウォーミングアップの範疇に収まるでしょ」

「そりゃ確かにあの頃よりは早くできっだろうけど、意味あるんか?」

「ある」

農業の経験があるなら言ってほしかったとか、本当の亀仙流の修行ってそんななのかとか、あれこれいろんなことが頭を巡っている。うまくいけば悟空さに食料確保くらいはさせられるかもしれないとしか言われていなくて、正直ちょっと混乱していた。

「速くやるだけなら簡単だろうけど、柔らかい土やら作物やらを吹っ飛ばしたり粉々にしたりしないように力加減しながらとなると、そう簡単じゃないはずだよ」

「!」

「素早く、優しく、丁寧に…農作業の後に本格的な修行をするんだから、余計なエネルギーを消費するわけにもいかない。無駄を削いだ分だけスタミナを温存できるし、細やかな力のコントロールも身に付く。悪くないと思うけど?」

力加減、という言葉に悟空さが反応して考え込む。真剣な顔の悟空さはちょっと見惚れるくらい良い男だけれど、真面目な話をしているお客様の前ではしゃぐわけにもいかず我慢する。

「作った分は自分達の胃袋に入るから一石二鳥。慣れてきて自分達で食べる分以上に作れるようになったら、それを売ってお金にして一石三鳥。修行しながら食料確保できて、ゆくゆくは仕事にできる。仕事になるところまで行けば、いくらやってもチチさんは大喜び。良いことづくめでしょ」

はっとした悟空さの顔が急にこっちを見て少し焦る。何か言おうとするものの、こっちもまだ頭が追いついてないので言葉が出てこない。数秒見つめられたかと思うと視線がそれてムギさの方を向いた。

「…なあ、野菜ってどれくらいでできるんだ?」

「素直で大変よろしい」

事前にまとめておいたのだろう、概要だけとはいえわかりやすくまとめられた模造紙を手に友人が説明を始める。それを真剣に聞く夫と、その隣で興味深そうに聞いている息子。自分も同じく聞こうとしたものの、この光景があまりにも別世界で頭に入らない。

 ふと悟空さも悟飯ちゃんも視線がずれているタイミングで、ムギさがこっちを見た。小さく笑ってぱちりとウインクをしているけれど、きっとこの状況になるまで彼女も内心緊張していただろう。うまくいかない可能性だって十分にあったのだから。

 

 翌早朝、容赦無く悟空さの尻を蹴飛ばす勢いで畑作りをさせている姿に怒りが湧くことはなかった。若干八つ当たりしているように見えなくもなかったのに、むしろもっと言ってやってくれとまで思えるようになっていた。

「ほらほら、朝食まであと三十分!労働は最強の調味料じゃーーーー!!」

「ひぇーーーーー!!なんでそんなおっかねえんだぁ!?」

トラクターなんて目じゃないスピードで耕されていった土地に肥料も混ぜて、種を植えられる状態にするまで朝食は食べられないと言われた悟空さは汗を流しながら頑張っている。流石に本当に素手でやるのはどうかと思ったらしく、ムギさは丈夫な作業着と手袋もしっかり用意していた。

 元々、道着以外の服はあまり着ない人だった。普通の服もなくはないし寝巻きはちゃんと着るけれど、丈夫さの面でどうしても頼りないから起きている時間の九割はあの山吹色を纏っている。

「……欲しいもんは、どっちも変わらねえだな」

戦いはゆっくり迫っているし、道着が姿を消すことは一生ないだろう。でも、でもこれからは、戦いとは関係ないありふれた普通の格好を、平凡平穏な農家の格好をしている夫を毎日見られる。

 

 そのことが、視界が少し霞んでしまうくらい、嬉しかった。




どう考えても悟空が農業やり出すの遅いって思いまして


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些細なことから

 お父さんが畑仕事を頑張っている時間、ピッコロさんは一人で修行して、僕は勉強するようにしていた。朝起きたらちょっと体操して、計画通りに問題集を解いて、朝ご飯をしっかり食べたら修行しに家を出る。毎日、これの繰り返しだ。

 

 「本当に全然顔出さねえだな…」

「まあ、飯もいらねえって話だから当然といえば当然だべ」

お母さんとお爺ちゃんがピッコロさんの姿を見ることはない。僕とお父さんがご飯を食べに戻る時も、ピッコロさんはついてこないから。

「ムギさにお茶っぱ用意してもらっただのに」

お母さんは、まだ怒ってはいるけど、ピッコロさんをお客さんとしてもてなす気はあった。ムギさんと仲良くなれたのもあって、少し抵抗がなくなってきたんだと思う。

 僕は毎回誘ってるけど、俺はいいっていつも断られる。あの荒野でのお昼ご飯を食べる時間はいつも楽しみだったから、あの頃みたいにピッコロさんにはいてほしい。でも、優しくて真面目なあの人が来づらい気持ちもわかってしまう。

“人見知り、というか…あんまり騒がしいのに慣れてないってのはあると思うよ。チチさんにも気を使ってるだろうし”

いつかムギさんに相談した時にそう言われた。僕に会うまでずっと独りだったから、それが当たり前になっていてもおかしくない。寂しげに、申し訳なさそうに説明された。

“なんだかんだあのお昼の時間は嫌いじゃなかっただろうから、良いきっかけがあれば少しずつ来るようになるんじゃないかな”

その言葉を信じてあの手この手で誘ってみたけど、ピッコロさんは僕を追い払うように断ってばかりだった。

 

 

 

 

 いつもと変わらない、ありふれた夜。夜ご飯を食べ終わって一息ついたところで、珍しく家のドアがノックされた。

「こんな時間に…迷子だか?」

元々、この家にお客さんはそうそう来ない。夜の山道は僕達みたいにある程度強い人じゃないと危ないから、知っている人達は皆昼間に会いに来る。ご近所さんですらそれなりに離れたところに住んでるから、用があればすれ違わないように前もって電話してくれる。だから今人が来るとしたらこの辺りに詳しくない人か、急な用事でどうしても来ないといけなかった人だけだ。

「うひゃあ!?」

びっくりしているお母さんの声に釣られて僕とお父さんが玄関に目を向けると、思ってもいなかった人がそこにいた。

「ピッコロさん!」

「ピッコロじゃねえか。なんかあったんか?」

感情の読めない顔でお母さんを見下ろしていたピッコロさんは、一瞬だけ僕を見てから視線を戻した。

「…母上のことで連絡しに来た」

「ムギさ?ムギさがどうかしたのけ?」

突然のことに固まっていたお母さんも、ムギさんのことを話題に出されていつもの調子を取り戻した。それを観察するような目でじっと見ながら、ピッコロさんが続ける。

「明日の夕方から明後日の早朝はおそらく姿を見せないだろう。用があれば昼間に済ませておいた方がいい」

それを聞いて、僕は首を傾げた。ムギさんは元々、星の魔女としての仕事やらなんやらでいないことの方が多い。何かあった時はピッコロさんがテレパシーで呼ぶなり、お父さんが瞬間移動で呼びにいくなりしてはいたけど、わざわざその時に呼ばなきゃいけない事情はそんなに多くない。後で聞けることはそうしていた。それに、何かしらの作業で身動きが取れないとなれば自分で事前に教えてくれるのに、何故か今回はピッコロさんが伝えに来ている。しかもなんだかふんわりとした説明だ。ムギさんらしくないし、ピッコロさんらしくもない。

「ってことは、明後日はオラ一人で畑仕事か?」

「おそらくな」

「はっきりしねえ言い方だな。まぁた何か隠してるだか、ムギさは」

お母さんも僕ほどじゃないけど変に思ったらしい。お父さんの確認にも断言しないピッコロさんを相手に仁王立ちして聞き出そうとした。そこでようやく、ピッコロさんの表情が変わった。

「…案外簡単に忘れるんだな」

ふっと自嘲するような、ニヒルな笑みだった。

「何がだ?」

「まあ、忌々しい記憶だろうしな。思い出せないならそれでいい。母上に余計な刺激を与えないのであれば問題ない」

そこではっとしたお母さんが近くの壁を、そこにかかっているカレンダーを見た。そこで僕も、そしてお父さんも気づいた。

 

 ━━━五月九日、ピッコロ記念日。

 

 全員が状況を理解したのを感じ取ったからか、ピッコロさんが説明しだした。

「これまでの傾向からして昼間は安定しているが、陽が落ちると毎年雨が降る。大荒れになることはないと思うが…下手に突き回せばどうなるかわからん。翌朝まではそっとしておいてほしい」

ほんの一晩、しとしとと雨が降るだけだっただから今まで気づかなかった。季節的にも極端に多く降ったりしなければ怪しまれるようなこともない。きっとムギさんも気づかれないようにしていたんだろう。人に迷惑をかけないように、心配されないようにしているムギさんなら、たとえ大切な人の命日であっても気を使われないように誤魔化す。ピッコロさんはそれをよくわかっているから、先回りして僕達に伝えに来た。今までずっとお母さんに会わないようにしてきたのに。

「そういうことだか…それなら独りの時間は大事だな。邪魔はしねえから安心するだ。夜だけで十分なのけ?」

「昼間は全世界がお祭り騒ぎしているからな、それを妨害したくないらしい。丸一日憂鬱なのは嫌だとも言っていた」

「…頭が痛くなるくらいムギさらしいべ」

「まったくだ」

ムギさんのこととなると割と話が合うんだなと、普通に会話できている二人を見る。これはもしかしてと期待したところで、ピッコロさんが話を切り上げた。

「話はそれだけだ。遅くに悪かった」

背を向けると同時に、ふわりとあの白いマントがなびく。それを見たお母さんが、せっかくのチャンスがと焦る僕より早く動いた。

「待つだ」

「…伝えるべき情報は伝えたと思うが」

「オラもムギさに関係することで話があるだ」

「ほう」

最初、ドアを開けた直後は少し怖がっているように見えたお母さん。それがたった数分で、僕達と話しているのと変わらない様子でちゃんと目を見て話している。お母さんの、こういうところは本当にすごいと思う。

「カレンダー見てついでに思い出しただ。おめえ…」

ムギさんの時もそうだった。理解(わか)ると早い。疑っている間はかなり警戒するし、意地になると結構頑固だし、すぐに仲良しともいかない。ショックを受けやすいところもある。でもそれは自分なりにちゃんと考えた上で正しいと思う答えを持っているからで、間違いに気づいたらそこを自分で直せる。直して、もう一回考えて、少しずつでも行動できる。

「母の日はいつもどうしてるだ?」

僕はそんなお母さんが、大好きだ。

「…………は?」

「やーーーーーっぱりそうだっただ!!ちょっとこっちに来るだ!」

「なっ、おい!?」

簡単に手首を捕まえて家の中に引きずり戻すお母さんと、混乱してるせいでまともに抵抗できなくて引っ張られるままのピッコロさん。お父さんはそれを見て楽しそうに笑っている。

「ははっ!ピッコロでもチチには逆らえねえみてえだなー、悟飯」

「うん、みたいだね」

「貴様ら、他人事だと━━━!」

「おめえの相手はオラだ!」

 

 とても騒がしくて、楽しい夜だった。




チチさんとピッコロさんは一回仲良くなってしまえば後はサクッとうまくいく派


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三百六十五分の一


 五月九日。

 世界は、喜びに満ちている。



 誰もが愛と平和を歌い、あらゆる揉め事を一旦休戦して祝う、特別な日。
 一度奪われたものを取り返して、瓦礫の上で再起を誓った歴史的祝日。
 嘘か本当か怪しくなるような詳細不明の英雄譚に耳を傾け、ああでもないこうでもないと答えのない浪漫を語り合う日。



 私が、一番複雑な、日。



 

 「誕生日おめでとう、マジュニア」

 

 してあげられることがあまりにも少ないこの子の誕生日。朝一番に祝福して、とびっきりの茶葉でいつも以上に丁寧にお茶を淹れて渡すので精一杯なのがただただ悔しい。もう少し賢ければ何か良い考えが浮かぶかもしれないと思うと同時に、そもそもこの子ナメックの中でも特に物を持たないしなと半ば諦め気味な気持ちもある。

「…俺より随分と嬉しそうだな」

「生まれてきてくれたこと、今ここに生きてることは、本当に嬉しいよ」

 初対面で泣き叫んで暴走しまったことに関しては、今でも思い出して泥の中を悶え転がるくらいには恥じている。マジュニアは何も悪くないのに、状況が状況とはいえあまりにも酷いリアクションだった。ちょっと死にたくなるくらいには罪悪感がある。というか、死にたくなる系の失敗多すぎでしょ私。もう縛りに生かされてるも同然だ。何回何年寿命伸びたんだろう。

「そのうち、難しいこと考えなくてもいい日になるよ。約束」

気にするなとは言えない。だから、気にならなくなるように変える。いつかこの子が、祝われるような年じゃないって恥ずかしがるくらい普通に過ごせるように。

「━━━ピッコロさーん!ムギさーん!」

遠くから、高くて明るい声が飛んできた。流石一番弟子、遠慮がなくなれば一直線だ。

「騒ぐ人が少ないのは今だけだよ」

「どういう意味だそれは」

「今言ったでしょ、難しいこと考えなくても良くなるって…自分で思ってるより好かれる理由をたくさん持ってるよ、マジュニアは」

意味がわらかないと言わんばかりに私を見下ろす姿は、面白おかしい。

 悟飯くんが、トランクスが、悟天が、面倒見の良い真面目な彼を放っておくはずがない。甘えも尊敬も感謝も親愛もぜーんぶ混ぜて、勢いよく飛びつくに決まっている。そんな未来が保証されているという点では、原作から大きくずれることのないこの世界は安心できる。

「案外優しいんだよ、この世界」

慣れない様子でどこかの山の雪解け水を受け取るマジュニアと、直接汲みに行ったせいで赤い顔に満面の笑みを浮かべる悟飯くんの姿は、一枚絵にしたいくらい微笑ましかった。

 

 

***

 

 

 命日は、いつも以上に空っぽに感じる。胴体をぶち抜かれるという死因のせいでもあるが、それ以外の理由の方が大きい。

 

「大魔王様、本日はいかがなさいますか?」

ピアノに呼ばれて現実に戻る。再会してから、特に断る理由もなかったので配下達と行動を共にしている。良い修行相手にもなるし、今もなお自分に忠誠を誓う彼らにしてやれることと言ったらそれくらいしかない。

「すまんが、今日は放っておいてくれ」

「…かしこまりました。何かあれば遠慮なくお申し付けくださいませ」

しかし今日だけは、誰の相手もする気になれなかった。ピアノやドラムにとっても命日ではあるが、そこに気を使ってやれるほどの余裕はあまりない。

 地獄において命日の扱いは、罪人によってさまざまだった。態度の良い者は自由に過ごすことができ、逆に真面目に刑罰を受けずに反省もしない者はいつも以上に厳しくされる。刑期が終わり近い者は閻魔と今後のことについて面談することもあるという。

「自由と言われてやることがあるのか、こんなところに」

私は、責苦による苦痛を一切感じられないという点を除いて、基本的に問題を起こしていないので好きに過ごせる。誰にも邪魔されないのであれば全力で修行に励めばいいのだろうが、そんなやる気もない。やろうとしたが五分も保たなかった。我ながら情けない。

 退屈がてら、ふらふらあてもなく地獄を彷徨う。罪人どもの阿鼻叫喚、忙しなく働く鬼達、乱闘騒ぎで響く爆発音…全てが背景で混ざり合って遠くに感じる。独りになりたい。雑多な音から遠く離れて、独り静かに━━━。

 

“ピッコロ”

 

幻聴であることを承知で自分の手を見下ろす。()変わらず自分を覆う光は温かい。

「…独り、は違うか」

樹海で生きてた頃のように、ムギと二人きりでいたい。悲しみも何もない雨の日に心地よい雑音に包まれて、当たり前のように私を椅子扱いする彼女を見下ろしたい。だが、それは叶わない。あの頃と同じ皺一つない手に、自分より小さい手が添えられることはない。ここにいる限り、それは無理な願いなのだ。

 それでも、なるべく静かな場所へと足を進める。誰にも邪魔されないような辺境を探して歩く。側にいる事は叶わずとも、ムギの存在を感じる事はできる。きゃらきゃら笑う声もとくとく止まらない心音も聞こえず、指通りの良い髪や柔い肌に触れられないが、彼女の想いはそこにある。集中すればその感覚に浸ることは可能だ。ただ心地良いだけのそれに時間を浪費するのはあまり良くない事だろうが、今日くらいはいいだろう。寝ても夢見が悪いとわかっている今日くらいは。

 そんなことを思いながら音にだけ気を向けていたからだろう、らしくもなく足を踏み外した。

「なっ━━━!?」

ぐわりと、引き込まれるようにして谷かと見紛うほどに大きい穴に落ちていく。吹き荒れる風に振り回されながら、掃除機に吸われるように奥へ奥へと連れて行かれる。風に逆らって飛ぼうにも思うようにいかず、何かに捕まろうとしても手は宙を掻くばかり。

 

 そうして延々と人形のように振り回されている間に、意識も飛んだ。

 

 

 

 

 いつもの、雨だ。眠るのを避けていたのに結局これかとため息を吐く。

 

 「すぐ、すぐ治す、から…!」

 

 いつも以上に酷い顔をして、ムギが私の脚の間に座っている。大穴が空いた私の胴の前で、涙と鼻水を垂れ流しながら必死に治療を施している。

 

 「よせ。魔力の無駄だ」

 「やだ!」

 

 出血らしい出血はない。痛みは、なくはないが鈍い。

 

 「明日になれば消える」

 

 ただ伽藍堂なだけの穴だ。それも、命日に空くだけの。

 

 「でも…でも…!」

 

 少しずつでも小さくしようと、少しでも痛みを減らそうと、触れるか触れないかのところでムギの手が(くう)を撫でる。そこから出た温い何かで、ぽこりぽこりと体が埋まっていく。今日中に終わるとは到底思えないスピードではあるが、確かに。

 

 「ムギ」

 

 顎を持って強引に目を合わせる。不細工な泣き顔は我儘な子供のそれと良く似ている。似ているのに、不細工だと認識できているのに、忌避の感情は湧かない。

 

 「…お前は、本当にどうしようもない馬鹿だ」

 

 内臓も何もかも吹っ飛んで空っぽの胸が温かい。雨が降り注ぐ中、冷えた風に飛ばされることのない温もりが灯っている。

 

 私が持つ大きな傘の下、瞼だけをぱちくりしてムギが動かなくなる。特別何かをした覚えはない。

 

 「どうした?」

 

 問い掛ければあの柔い手が上に伸びてきた。幻ではないことを確かめるような、震える手つきで私の頬に添える。

 

 「…わらった」

 

 風が、止まった。雨粒が小さくなり、音が柔らかくなる。

 

 「ピッコロが、笑った!」

 

 涙で潤んだ瞳は蜂蜜のようで、今にもとろりと溢れ落ちそうだった。手の中の顔の体温が上がり、頬が紅潮する。悲しみでずぶ濡れの声が少しばかり乾いて、自分がよく知る聞き取りやすいそれに近づく。

 

 「お前……お前は、なんで、そう…」

 

 ないはずの心臓をこともなさげに貫かれ、自分のちょろさに思わず唸る。どうしようもないのは私の方だ。

 

 「ぴ、ピッコロ?」

 

 額を合わせてため息をつく私に、ムギはオロオロ心配している。どうしてくれようと思ってもどうにもできない状況に歯痒さを覚える。

 

 

 

 会いたい。

 

 

 夢ではない生身の体で。

 青々とした地球の上で。

 勝手に咲き乱れる花々の中心にいるお前に、会いたい。

 

 

 

 「はぁ…こっちの話だ。気にするな」

 

 いくらか肉体が残っている胴体の端の部分にムギの頭を寄せて、塩水まみれの顔をどうにかしろとタオルを押し付ける。いまいちよくわかっていない様子の彼女が鼻を啜りながらも大人しく拭いている姿を、私は静かに見下ろした。

 

 とりあえず泣き止んでくれたのでよしとしよう。悪夢になるはずだったこれが、良い方向へと転がったのだから。

 



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駆け回るような幸福を

 毎年、ピッコロ記念日明けは若干調子が悪かった。しょうがないことだし、自分に厳しくしたところであっさりポッキリ心が折れる程度の人間なので、命日の夜は好きに泣いて翌日は無理しないことにしていた。

「…んふっ」

だが、だがしかし。

「ふへへへへぇ〜〜!」

今年の私は、ことあるたびにベッドの上で幸せに転げ回っていた。かれこれ数日経っているけど、気持ち悪い笑みが止まらない。

「はーーーー!ダメっすわ、もうダメっすわ。三っ百年ぶりの新規笑顔供給やっっべえわありがとう世界私は幸せです!!」

キモい嫁でごめんなさい旦那様。おかげさまで絶好調です。

 

 封印から解放されてからというものの、夢を見ると大体いつも同じ雨空の下にいる。違う夢を見る時もあるけど、そういう時は直近のストレスなりなんなり理由がある。最初は寒いわ寂しいわ悲しくて涙が止まらないわでろくでもなかったけれど、途中からピッコロが私を見つけてくれて、以来ずっと側にいてくれる夢に変わった。夢だとわかっているのもあって寂しい気持ちは消えないし、ふとした時にピッコロがいなくなろうとしたりなんたりするもんだから涙腺が壊れっぱなしだけど、それでも会えるから悪夢とは呼べずにいた。

 それが、それが今回。胴体に大穴開けたピッコロを毎年見るのが当たり前になりつつあった、ピッコロ記念日の夜。怒ったり申し訳なさそうだったり苦しそうだったり真顔だったりと、今まで一度たりとも口角を上げることのなかった旦那様が、初めて、小さく笑った。

「好っっっっっっっき。大好き。愛してる」

呆れたような、しょうがなさそうな、あの頃よく見せていた気の抜けた笑顔。もちろん意地の悪そうなギラついた笑みも大変お似合いでいらっしゃるけど、これは格別なんだ。

 夢でも会えるだけマシだと自分に言い聞かせてきた。幻であっても、抱きしめて名前を呼んでくれるなら十分すぎると思い込もうとした。ハッピーとは言い難い空間で、それでも何かしてあげられたなら恵まれているんだと涙を拭って起きてきた。それが突然これだ。本物じゃなくても悶え転がりたくもなる。

「はぁ………会いたい」

 起きた直後は幸せすぎて布団から出れず、その日の悟空の畑仕事時間に間に合わなかった。だいぶ慣れてきたみたいだから特に問題はなかったみたいだし、謝っても気にするなって文句一つ言わずにさらっと流してくれたのはありがたかった。もちろんその分しっかり働いた。思わぬ燃料投入で滅茶苦茶元気だったし。

 それにしても惜しいことをしたなと、ベッドから起き上がる。夢を見ている時は思い付かなかったけど、あの時キスくらいすればよかった。いや、それで目が覚めてしまう可能性もあるから余韻に浸れなかったかもしれない。なんとも悩ましい浮かれぽんちな二択で頭をいっぱいにしながら、軽く身支度をして孫家へと飛んだ。

 

 

 

 

 ここ数日調子が良かったおかげで、清々しい青空が広がっている。孫家の作物も順調に育っていて、今日は花が咲く前のチェックをする予定だ。二度目になる収穫を今か今かと楽しみにしている悟空のモチベーションは高いままで、一回目の収穫の時点でチチさんが涙ながらにお礼を言ってきた。

“オラもう、ムギさに足向けて寝れねえだ”

“いやいやお互い様ですから”

 悟空は別に、チチさんのことを大事に思っていないわけではない。結婚というシステムすらよくわかっていない状態で夫婦になった当初は随分と戸惑っただろうし、今も頭が追いついていない部分は多いと思う。でも『力加減』に敏感に反応したのを見れば、彼があのミスをかなり気にしていたのは明白だ。どうにも家庭という枠組みと父親という役割に収まりきれていない悟空を矯正するなら、これ以上のタイミングはないと思い切って踏み込んだ自分を褒めたい。無論、亀仙人のあの修行あってこその成功ではあるのだけれど。

 孫家から歩いて五分ほどの場所に広がっている畑に降り立てば、昼食を食べ終えて様子を見にきていた悟空が笑顔で出迎えてくれた。

「よっ!今日も元気そうだな」

この距離感にホッとしている自分がいる。そりゃあ一番好きなキャラはマジュニアだったし、悟空の欠点は長年ファンをしていれば嫌でも目につく。でも、それでも彼は主人公なのだ。私が心から楽しんで愛した物語の、最後はなんとかしてくれるヒーローが彼なのだ。いくら自分の夫とあれこれあったとはいえ、嫌いになんてなりたくなかった。憎悪をぶつけるなんて、そんなことしたくなかった。だから、こうしてうまく良好な関係に持っていけたのは本当に嬉しい。

「━━━特に病気とかもないし、成長も順調。この調子なら問題なく収穫できそうだね」

「そっか。なら良かった!」

土汚れのついた子供っぽい笑顔を見て笑える程度になった自分が嬉しい。随分な回り道になってしまった。

「ムギさーーー!」

和やかな気持ちになったところで、チチさんの声が飛んできた。昼食後のはずなので何か個人的な用事だろうと後ろを見て、固まった。

「ムーーギーーさーーーーー!」

チチさんが、マントを掴んでマジュニアを引っ張っている。悟飯くんも連れて。とっても楽しそうかつ、元気よく。

「…なんで???」

「おー、鳩が豆鉄砲食らったっちゅー顔みてえだ」

数秒思考停止した私を、悟空は呑気にケラケラ笑っている。どうやら状況に驚いているのは私だけらしい。マジュニアは不本意そうだけど、本気で抵抗していない。知らないうちに距離が縮んでいたらしい。

「今日もいい天気だな、ムギさ」

「あ、はい。あの、この状況は…?」

「今日はだーいじな日だ!ほら、ピッコロさ!モタモタするでねえ!」

いつの間にか呼び方まで身内モードになってしまった我が子を見上げながらその場に立つ。ものすごく居心地悪そうだけれど大丈夫だろうか。

「ピッコロさん」

悟飯くんにも促されて、マジュニアはようやく大きめの紙袋をこちらに差し出してきた。

「え?」

流れで受け取ったものの訳がわからずに茶色いそれを見ていたら、これまたぎこちない声で彼が言った。

「今日、は……母の日、だと、聞いた…」

脳が再起動するまでにたっぷり五秒はかかった。

「あーーー!そういえば五月だったね!?すっかり忘れてた。え、いいの?本当に?」

いろんな感情が一気に吹き出してきて、そのまま言葉に変換されてしまう。それに気押されながらもマジュニアは頷いてくれたので、いそいそと紙袋を開けて中身を引っ張り出した。

 

 見覚えのある落ち着いた赤が、眼前に広がった。

 

「………これ…」

なんの変哲もないブランケットだ。寝るときに使っても良し、寒い室内で纏っても良しな、一人用のブランケット。でもこの素材は、この色味は、あの人が纏っていたそれと全く同じ布だ。

「一般的には花を贈ると聞いたが、母上にそれはどうかと…俺が用意できるものでは、これしか思い浮かばなかった」

不思議と自分で作ろうとは思いもしなかった。ピッコロのものは、家に残されたもの以外は何もかもなくなってしまったと思い込んでいたのかもしれない。再現しようと思えばできたと思う。

 でも、でもこれは、マジュニアがピッコロと全く同じ方法で作った、限りなく本物に近いそれだ。

 

 絶対に、私には作れないものだった。

 

 

***

 

 

 ぶわっと、突然野菜の匂いが強くなる。出所の足元を見れば固く閉ざした蕾ばかりついていたはずの作物が、一斉に開花していた。

「な、ななななんだべーーーーー!?」

「うわぁ!?」

「は、花が!」

家族三人で驚いていると、ムギさが悲鳴をあげた。

「うぎゃーーーーーーー!!やっ、やっちゃった…!ごめん悟空ーーー!!」

畑に植えられた野菜だけではなく、近くの木々も、畑のすぐ側の雑草も、花が咲く植物は全て満開の花びらを誇らしげに見せていた。時期を終えて蕾すらないものもあったはずなのに。

 慌てて畑全体と周囲の植物を確認して回るムギさに理由なんて聞けるはずもなく、困った顔でそれを見守っているピッコロさに問いかけた。

「なんてことはない。嬉しかっただけだ」

「へ?」

当人はあんなに困っているのにと首を傾げる。その後続いた説明の声色は、大魔王の生まれ変わりと名乗った男のものとは思えないほど優しい。

「ここ最近、妙に明るいのは無理をしているからかと思ったが…どうやら本当に機嫌が良かったらしい。プレゼントで閾値を超えた」

「閾値、ですか?」

「そうだ。母上が一定以上幸福感を感じると、ああして辺りに花が咲く。季節も何も関係なく、だ」

「それでなんであんなに困ってんだ?」

「要は強制的に狂い咲きさせているからな、植物そのものに悪影響が出る可能性が高い。幸い、今回は母上が管理に関わっている畑が被害の八割だ。大きな問題にはならない、が…孫のスケジュールが狂うだろう」

説明を聞いて今後数日が不安な悟空さを他所に、悟飯ちゃんは興味深そうに花を観察しながらムギさの近くへじわじわ寄っている。当の本人は赤いブランケットをしっかり抱えたまま、花畑の中をおろおろ走り回っていてなんともおかしな光景だ。

「…礼を言うべきだろうな」

小さな声が上から降ってきた。見上げればなるほど、確かにナメック星人だと納得させられる柔らかい眼差しを向けられている。

「母上が花畑を作ってしまうほど幸せを感じたのは、約三百年ぶりだろう。感謝する」

 

 つくづく自分は手のひら返しの早い人間だと、我が子とたったの四歳しか年の変わらない大きな子供の気持ちを素直に受け止めた。




独自設定の『星の魔女』ですが、神の一種ではないものの発想の元ネタは地母神系になります


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最上級の明日へ

今、進め


 

 まさか、何一つ悪くないのに丸一日拘束されるとは思わなかった。

 

 「散々な目にあった…」

「ご、ご無事で何よりです大魔王様…!」

落ちた穴の底で目を覚ますとそこにはかなり特殊な罪人が拘束されていて、私が魔族であったがために何か裏があってのことだと勘違いされた。目的は何だやら、どうやって侵入しただの、詰問に次ぐ詰問で正直に答えても信じてもらえず、時間感覚を失いそうなほどに同じことを繰り返された。私が言った通りの場所に老朽化によって崩れてできてしまった大穴が確認されてからは態度が軟化したものの、それでも解放されるまでかなり時間がかかった。

「万単位の年月封印しておくような魔族の牢くらい!まともに管理しろ!」

最終的には閻魔帳を引っ張り出しての接点確認までされたが、自分で生み出した者以外の魔族とは縁が限りなく薄かったので本当にただの事故だと処理された。閻魔大王本人から一応謝罪はされたが、こっちは良い迷惑だ。追加で二日ほど責苦を免除されても命日以上にやる気が出ない。ただただ疲れた。

 当日分の責苦を終えて待機していたオルガンと会話しつつ、何かできることはないかと右往左往していたシタールに肩揉みを頼んだ。想像以上に喜んで奉仕されて若干居心地が悪いが、他の配下も様子からして他の者達にもそのうちやらせた方が良さそうだ。墓穴を掘ったような気がしてならない。

「しかし、まさか偶然見つけてしまわれるとは」

「奴を知っているのか?」

「はっ、何も数万年前に神々を相手に戦争をした魔族軍の参謀であったと」

 落ちた先で厳重に拘束されていたそいつはテンメンと名乗り、遠い昔に神々に逆らってしてやられたとしか言わなかった。衰弱していたからか皺の塊のような男だったが、それでもすきあらば抜け出しそうなほど目がぎらついていた。

「奥様…星の魔女に関することを含めて多くの知識を持っているだろうと接触を試みていたのですが…」

「管理はともかく、警備はしっかりしていたと」

「それもですが、奴が閉じ込められている牢そのものが魔族と非常に相性が悪いのです。お恥ずかしながら、我々では侵入直後に意識が飛びます」

「……ムギの加護か。道理で━━━」

こちらの姿を捉えたその瞬間に咽せるほど笑い転げていたのはそう言うことらしい。妻によるものだと馬鹿正直に答えたら一度窒息して蘇生したものだから流石に引いた。

 

“何がそんなにおかしい!?”

“き、貴様っ…な、ナメックの魔族が!星の魔女を、つ、妻に娶るなど!ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!どんな確率じゃあ!?あひゃっ、ひーーーー!!”

“珍しいだけだろうが老ぼれ!”

“そ、それぞれならな、確かに珍しっ、うぇ゛っほ!ぐふっ!”

 

相当暇だったからこそだろうが、それにしたって窒息するほど笑うのはどうかと思う。

「偶然故にあまり長話はできなかったと推測しておりますが、何か情報は得られましたか?」

「ああ。流れで星の魔女の話になったが…『アレ』の斃し方に目処がついた」

途端、周囲がざわつく。

「なっ…本当ですか、大魔王様!?」

「ムギ次第ではあるがな。まったく…現実味のない無茶苦茶さと都合の良さだけなら宇宙一だな」

ただ一声、それで全て片付く。何とも恐ろしい切り札だが、音を並べるだけでは発動しない。かつて星の魔女がまだそこらにそれなりにいた頃でも、死ぬまで使えなかった者は少なくなかったという。

「神族から詳細を隠す為に口伝でしか残さなかったそうだ。星の魔女にとってはまさしく最終手段だ、無理もない」

「な、なるほど…」

静かに、しかし興奮しながら配下達が騒ぐ中、鬼が私を呼んだ。

「ピッコロー、武泰斗と面会オニー」

ため息は隠さなかった。責苦の免除とは何だったのやら。

 

 

 

 

 随分とランクが上がった面会室で頬杖をついて、爪で丸いテーブルを叩く。私が特に暴れることなく会話するようになったのがしっかり報告されているのか、まずは拘束具がなくなり、次にマシな椅子に変えられ、気づいたら仕切りのガラスすらない部屋に案内されるようになった。楽なのはいいが、なんだか癪だ。楽だから甘んじて受けるが。

 武泰斗は飽きることなく私を何度も尋ねてくる。まさか一年を超えてもまだ来るとは思いもしなかった。奴への不快感は、今となっては無きに等しい。殺せるか殺せないかと聞かれたら殺せるが、少なくとも嬲る気はない。敬意を持って、痛みなく一瞬で終わらせる。ムギには遠く及ばず、孫悟空にも足りないが、それでもそこらの人間の何百倍もマシな男だ。

 

 

 ━━━花の匂いで、思考が止まった。

 

 

 反射的に立ち上がって見た先のドアには、武泰斗がいた。

「お、おお…すまない。脅かす気はなかった」

呆然と数秒立ち尽くす。当たり前の光景を見下ろす。その数秒で、自分の行動を振り返る。

「ピッコロ?おい、どうした?」

眉間に皺を寄せて近づいてくる男の姿でようやく現実に帰ってきた私は、背を向けて壁へと一直線に向かう。

「おい!一体、何が━━━」

 

 ゴッ、と思いっきり壁に打ちつけた頭はいつも通り全く痛くなかった。痛そうなのは音だけだった。

 

 何でも良いから衝撃をと何度か連続してぶつけ、白い壁が負けたのを見て自分の頬に拳を振るった。そこでようやくわずかな痛みと頭の揺れを覚えて、ようやく止まれた。

「はぁ…………いっそ殺せ」

「なんださっきから急に!そもそももう死んでいるだろう!」

ようやく私に辿り着くと、武泰斗は私を無理矢理席に戻して反対側に座った。

「人が入ったと同時に奇行に走って…何があった?」

「……何も起きていない」

「そんなに言いにくいことか」

「嘘はついとらん」

言いたくない。直近のアレのせいでつい反応してしまった自分が憎い。

「どうせムギ殿関連だろう」

「…」

「いくらお前であっても、驚かされた私にも理由を言わないのは不誠実だぞ」

「うるさい」

言わないと、やはりしつこいのだろう。だがそれでも言いたくない。小っ恥ずかしい。

「言えないのであれば、先の奇行を報告するしかないが」

「卑怯だぞ貴様!」

「理由がわからない以上、黙っている義理もない」

さあどうすると圧をかけてくるそいつに、絶対に誰にも言わないと約束させた上で渋々ながら白状した。

「…ムギ、が」

「うむ」

「………ムギは、特に幸せだと…花の、匂いがする」

 最初はそうそう起きることではなかった。楽しげにしている彼女の側の植物が生き生きとすることはあっても、辺りの気候が心地よいものに変わることはあっても、勝手に花が咲くなんてことは滅多になかった。ムギ自身、植物への悪影響を気にして抑えているところがあった。

 だが、次第に私の言葉一つ、行動一つで時期外れの開花をするようになった。相当嬉しいことがあると、そこら一帯が花畑になってしまう。花によってはいきなり強い匂いに襲われることもあり、私も可能な範囲で気遣うようにはしていた。これのためだけに活動範囲の花を一部移動させたこともあった。

 いつしか、機嫌が良いムギの名前を呼ぶだけで辺りが花々に覆われるようになった。私へと至る小さな足跡を埋め尽くすように、小さな草花が咲くようになった。自分の領域内なら大丈夫だと開き直って、あちこち踊るように駆け回って花の道を作るようになった。

 

 花が、ムギの幸福の証になった。

 

「なるほど。来る前に天国の花畑に寄ったのだが、それで香りが移ったか」

「やはりそんな理由か。紛らわしいことを」

「しかし…ふふっ、確かにこれは恥ずかしくて言えないな」

「張り倒されたいのか!」

 

 成果もあったが、碌でもない数日間だった。

 

 

***

 

 

 三年後、五月十二日。

 

「さーてと…いよいよだなぁ」

 

 マジュニア達から少し離れた所で、こっそり皆が集まるのを見守りながら時を待つ。不測の事態に備えて別行動したいと言ったら誰にも反対されなかった。多分、私がいない方が原作通りスムーズに進むからっていうシステム側の働きかけもあったんだろう。

 必要な魔術の習得に妨害はなかった。作戦を練っている時も、一部を除いて痛みなくノートに書き散らせた。こうして今、その時を待っている間もなんともない。相変わらず変えられそうにないこともあるけれど、抜け道が存在するものも確かにあった。

「反撃させてもらうよ、世界」

 

 私の手が届く、有り得ざるイフ。先の未来に備えて打つ、確かな布石。

 

 

 可能性を無限大に広げる、一歩だ。

 



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【番外編】もしもピッコロが人間に近づく努力をしたら②

 評価、コメント、ブックマーク、いつもありがとうございます。励みになっています。
 こちらは本編ではなく、以前書いたIFストーリーの続きになります。

 Pixivでの最新話に追いついてしまった為、ここでまた更新を一旦停止します。次はいつになるかはっきりしたことは言えませんが、今回よりは早く戻ってくることを目標に書き進めていきたいと思っています。
 気長にお付き合いいただけると幸いです。本当にありがとうございました!


 人間との交流を始めてもいいと、彼が苦虫を潰したかのような顔で言った時は驚いた。正直、早くても数年後だと思っていた。それがどう言うわけか近日中にスタートする方向に行って、本当に良いのかと思わず何度も確認してしまった。 まるで死地に向かうような顔をされたらそりゃあ心配にもなる。

「…必要なことだと、お前は思っているのだろう?」

言外に未来への備えとして必要だからやるのだと伝えられて、そうなると私も提案した側なのもあって反対できなくて。

 数日後には未来の占いババを交えて話し合いをしていた。

 

 

 

 

 封印されて救出を待つ間、私はやっぱり心配だった。あの武泰斗様に加えて未来の亀鶴仙人を含めたお弟子さん達、そして未来の占いババがいるとはいえ、ピッコロが私の不在中暴走しない保証はなかった。

 だから、自分に言い聞かせて信じた果てに期待に応えてくれた皆の姿を見た時、嬉しくて嬉しくてただいまと言った後はしばらくまともに言葉が出てこなかった。

「よかっ…ほんとに、よがっ…!」

「…ベソかきめ。封印されてただでさえ減っている体力を余計に使うな」

ピッコロに抱えられたまま、出してもらったタオルに顔を埋める。なんか前よりふわふわ度が上がってる気がする。少し落ち着いて涙を綺麗に拭った後、正真正銘の占いババになった彼女から水を受け取って喉を潤す。聞けばあれから百年ほど経っているらしい。

「そんなに封印硬かった?」

「そ、れもあるが…」

素朴な疑問を投げかけると、珍しく言葉を濁された。自分の心情に関するもの以外ではスパッと答えてくれるのに、どうしたことか。首を傾げていたらすでに頭が眩しいことになっている亀仙人が笑った。

「ぷぷっ…見せてあげた方がわかりやすいのではありませんかな、ピッコロ()?」

「そのわざとらしい呼び方はやめんか!」

どうやら二人の関係性はさほど変わっていないようだけれど、何を見せるつもりだろうか。

 見せた方が早いのは本当らしく、ピッコロは私を抱えたまま宙に浮いた。彼に先導される形で他四人もついてくる。少なくとも樹海は昔と変わらない様子だ。本当になんなんだとキョロキョロしていたら、樹海のすぐ外の村があるはずの場所が何かおかしかった。

「ん?……んんんんん!?」

おかしい。あの村はせいぜい百人規模の、のどかで静かで小さな集落だったはずだ。それなのに何故、やたら広くなって大きな建物がたくさんあるのか。

 あれは集合住宅?商店街みたいなのが見えるのは気のせい?道を歩いている人達は見える範囲だけでも数千、いや数万人いそうな感じですが?なんか公園っぽいのもあるんですが?あのマークはもしかしなくても病院ですか?なんか武装したモンスタータイプの地球人が暴れることなくうろうろしてるんですが?中心部に見えるなんかでっかい宮殿一歩手前の邸宅は何?

「ぴ…ぴっころさん?」

ぎぎぎと音がしそうなくらいゆっくりした動きで旦那様の顔を見ると、ものすごく居心地悪そうな顔をしていた。

「…あそこはもう、辺境の村ヨーカンではない。オルケストラ王国の首都リードに生まれ変わった」

「しゅ、しゅと?おるけすとらおうこく?」

街の上空を飛ぶ私達に手を振る人達がたくさんいる。よくよく見たら拝んでる人とか泣いてる人とかもいる。ピッコロを讃える万歳三唱もあちこちから聞こえてくる。

「ここは私の国、『ピッコロ大魔王』が治める国…起き抜けの頭には大きすぎる負荷だと承知で言うが」

 

「お前はこの星の四分の一を支配する王の妃になった」

 

 大変情けないことに、私はこの直後気絶した。

 

 

 私が目を覚ましたのは四時間後。ベッドのすぐ側で目が覚めるのをずっと待っていてくれたピッコロの手には、書類が挟まっているバインダーとペン。すぐ側の棚の上には大量の書類が鎮座している。

「…ワーカーホリック、良くない」

「仕方なかろう。急速に成長している国の王なぞ、多忙で当然だ」

封印されている百年の間に色々あったらしく、ヨーカンや近隣の村を助けたりなんたりしていたらいつの間にか支配者になっていたそうな。なんでさ。え?自分でもわからない?そっかぁ。

「今は富国強兵をモットーに来たる未来への備えをしている状態だ。今の状況はお前の知る歴史と違うか?」

まあでも、いざ王座に放り込まれたら真面目に仕事しそうなタイプではある。本当に過労には気をつけてほしい。

「私の知識が一部当てにならないレベルの改変起きてる」

言葉を選びながらそう答えると、ピッコロが小さなため息を漏らした。

「一部、か……となると、問題はやはり地球外か?」

大きく目を見開いて驚いていると、簡単な推理だと彼は説明してくれた。

 彼は自分のルーツに関して穴だらけの記憶を辿りながらどうにかこうにか調べて、とりあえず宇宙人であることまではなんとか把握した。そしてそこから、人間ではまず敵わない彼に関する未来で不安を感じている私が、地球外の何かを恐れているのではないかと考えたらしい。

「えっと…とりあえず、対策の方向性は正しいよ」

「大筋としては問題ない、といったところか」

私の一番の不安は彼自身にあるけれど、そこ以外の問題は百点満点花丸一等賞だと思う。このまま放っておくとフリーザに目をつけられかねないから、回復後に何かしらの誤魔化しを私がしておかないといけないだろうけど。でも、それくらいだ。地球全体の底力が上がるのは、今後のトラブル対応において間違いなくプラスに働く。強いて言うならレッドリボン軍もといドクター・ゲロが心配だけれど、その辺はまだやりようがある。

 まさかこんな形でピッコロが『大魔王』になるとは思いもしなかった。このままいけば『孫悟空がピッコロ大魔王と戦う』原作を、だいぶアクロバティックな形でなぞることはできるだろう。途中人やら神龍やらが殺されたりという展開は消えるかもしれないが、悟空のパワーアップ自体は彼の性格的に少々緩やかになるだけで済む。クリリンの死が回避されたとしても、一回目で十分キレ散らかしているので超サイヤ人への布石が消える心配もあまりしなくていいはずだ。心配することがあるとしたら、ドラゴンボールの願いで王になったという人物くらいだろうか。まあ、世界征服には至っていないからそこもなんとかなりそうだけれど。

「聞いた限りの現状から、お前ができるアドバイスはあるか?」

思わぬ方向へと進み始めているこの世界について考えを巡らせていたら、自信なさげな声でそう聞かれた。きっと、彼にとってもかなり不安な状況なのだろう。地球の王様になるなんて、それこそ復讐の手段以外の理由で考えもしなかっただろう。私の意見があったとは言え、ここまで来るなんて思いもしなかったに違いない。

 ああ、でも。いや、だからこそ。彼の現状が、心から嬉しかった。

「…良い王様でいて。 農業とか天災とかは私がどうとでもできるし、愚痴とかそういうのも聞くし、できることはなんでもするから……だから…だから、ほんの少しでいいから、人間を信じて」

無理に愛さなくていい。怒っていい。イラついていい。ただ、憎悪を理不尽に彼らにぶつけないようにしてくれればいい。国を作って、治めて、成長させる理由が、民の為なんて綺麗事は言わなくていい。この国を、星を守る理由が、私だけであってもいい。

「いつか…いつか、私以外の人間も信じて良かったって思える日が、絶対来るから」

いつか来る孫悟空という男を、彼が作る仲間を、繋がりを信じられるような人になってくれさえすればいい。私という例外だけで終わらない信頼を持てるようになってくれれば、それだけで━━━。

 

「…………それなら、もう、来ている」

 

その小さな声が、視線を合わせようとしないで明後日の方を向いている顔が、少し垂れ下がった耳が、止まった手が。彼の言動全てが、 その言葉が本当であるとひしひしと伝えてきて。

 私は、文句を言われながらも、彼にひっついてギャンギャン泣いた。

 

 

 

 

 「良いこともあったぞ」

「何?」

(あいつ)の死ぬほど悔しそうな顔を何度も見れた」

「うわめっちゃ見たい」

 

 ざまあみろ、神様。うちの素敵な旦那様は、最高に強くてかっこいいぞ。

 



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