トレーナー「好感度が見えるメガネ?」 (アシスト)
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1.トレーナー「好感度が見えるメガネ?」

 

 

「正確には『担当ウマ娘の好意を数値化するメガネ』さ。我ながら面白いものを発明してしまったものだよ、はっはっは!」

「なにわろとんねん」

 

 朝5時、まだ朝日が頭すら出していない時間帯。

 いきなりタキオンから電話が入り、彼女のラボに呼び出されたと思ったらこれだ。

 

 高笑う彼女と未だ寝ぼけている俺の間に置かれた一つのメガネ。一見何の変哲もない普通のメガネだが、タキオン曰くこのメガネをかけるとウマ娘の好感度が見えるらしい。なんだこれは……たまげたなぁ。

 

「なんだいトレーナー君。世紀の発明品を目の前にしているのに、随分とリアクションが薄いじゃないか。もっと驚いてくれたまえ」

「……まだ寝起きだからな……いろいろと理解が追い付かないんだ。えーっと、何だ。結局のところ、俺はなんで呼び出されたんだ」

「もちろん実験さ。トレーナー兼モルモット君には今日一日、このメガネをかけて生活してもらう」

「……ん? それだけでいいのか?」

 

 タキオンの言う通り、俺は彼女のトレーナーでありモルモット。拒否権など存在しない。

 故に実験という言葉を聞いた段階で腹を括ったが、その内容は拍子抜けするほど優しいものだった。

 

「君は普段通り生活すればいい。メガネから得たデータは直接私のPCに転送される仕組みになっているから問題はない」

「……いろいろとハイテクなメガネだってことはわかった。どれ」

 

 タキオン製メガネを手に取って、実際にかけてみる。

 かけた感じは普通の伊達メガネだが、レンズ越しに見えるタキオンの頭の上には『54』の数値が浮かんでいる。

 

 これがタキオンの好感度か。これはまた感想の難しい微妙な数値だな…そもそもどういう仕組みで好感度を算出してるんだこれ。

 

「タキオン、54って見えるんだけど、これって高いのか?」

「普通だね。50が中央値だと思ってくれていい。私はトレーナー君のことを目が合えば挨拶する程度には好意を持っているみたいだ」

「それただの社交辞令では?」

「今回表示される数値は厳しめに設定しているからね。60もあれば信用されていると素直に喜んでいいよ。それじゃあ私は別の準備があるから、今日はよろしく頼むよモルモット君」

 

 タキオンはそう言い残すととラボの奥に消えていく。

 

 …………まぁ、いつもの実験(発光モノ)に比べてば大したことない内容だし、気楽にやろう。みんなが俺のことをどう思っているか知る良い機会だと思おうじゃないか。そうしよう。

 

 というかタキオンの奴、何を思ってこんなメガネ作ったんだよ……。

 

 

*———————*

 

 

「「おはようございまーす」」

「ああ、おはよう」

 

 廊下ですれ違う、俺持ちじゃない数人のウマ娘たちから挨拶をされる。その頭に数字は浮いておらず、タキオンの説明は本当だったんだと理解する。

 

 これが無差別に好感度が見えるメガネじゃなくて本当に良かったと思う。寝起きの頭じゃ考えもしなかったがこのメガネ、かなり危険な代物だ。下手したらウマ娘不信にもなりかねんぞ。

 

 もしもみんなからの好感度が低かったらどうしようという不安が、いまさらになって心に募ってくる。

 

 いや、おちつけ俺。みんなと過ごした練習の日々を信じろ。長い時間かけて培ってきた俺たちの絆は本物だ。大丈夫、きっと高い数字が見えるはず。

 

「あっ! おはよートレーナー!」

 

 そう自分に言い聞かせていると、聞きなれた元気な声が俺の耳に届く。

 この声は、そう。トウカイテイオーだ。普段から娘の如く可愛がっているテイオーだ。好感度が低いはずない!

 

「ああ、おはようテイオー。今日も元気いっぱ……んん?」

「メガネかけてるなんて珍しいねー! いつもより賢く見えるよ!」(1260)

 

 おっ、バグかな?

 目を擦ってもメガネのレンズを擦っても、テイオーの頭の数字は変わらない。50が中央値じゃなかったんですかタキオンさん。

 

『失礼だね、50が中央値だと断言した覚えはないよトレーナー君』

「うおっ!? 何だこの声!」

『私の声はこのメガネをかけている者にしか聞こえないようになっている。テイオー君には上手く誤魔化したまえ。しかしまぁ……さっそく面白い結果がでたねぇ』

「んー?? どうかしたのトレーナー?」

「い、いや。なんでもない。ちょっと耳鳴りがな」

 

 脳に直接語りかけてきたタキオンに驚きながらも、テイオーを誤魔化す。このメガネ、通話機能も付いてるのか。何でもありかよアイツの発明品。

 

「(おいタキオン。テイオーの数字がさっそくバグってるんだけど、もしかして故障か?)」

『残念ながら故障じゃない。至って正常に機能しているよ。君の目に見えているのは紛れもない事実さ』

「(でも1260って……いや極端に低いよりは嬉しいけども。そもそも100が天井じゃなかったのか)」

『下限は0だけど、上限の設定はしていない。でもこの結果は私も予想外だ、そしてトレーナー君、君はもっと危機感を持った方がいい』

「(えっ?)」

『今回の設定上、100ならトレーナーのことが好き過ぎて夜も眠れない程度の好意なんだ。しかし、テイオー君のはその約12倍。いつどこで拉致監禁からのうまぴょいコンボをきめられてもおかしくない程度の好意だ。夜道には気を付けたまえ』

 

 何やら物騒なことを言い始めるタキオンだが、いやいや、流石にそれは言い過ぎたろう。

 俺にとってテイオーは天真爛漫を擬ウマ娘化(ぎじんか)したような存在だ。そんなテイオーが拉致監禁だのうまぴょいだの……想像すらできない。

 

「耳鳴り? トレーナー調子悪いの? しっかり休まないとだめだよ!」(1260)

「わかってるよ。心配してくれてありがとな、テイオー」

「もー、あんまり子ども扱いしないでよー」(1480)

 

 テイオーの頭を撫でる。口では嫌々言っているが、テイオーの顔は嬉しそうににやけている。同時に好感度も200ぐらい上がったが、まぁ気にしなくていいだろう。

 そして見ろ。この邪心の邪の字も見当たらない無垢な笑顔を。こんな娘がそんな物騒な真似するはずないだろ!

 

 そう思いながらテイオーの頭を撫で続けていると、俺のポケットに入っていたスマホが鳴りだした。

 取り出して確認すると、相手は桐生院さん。はて、何用だろう。

 

「もしもし? どうかしましたか桐生院さん」

「突然すみません。午後からのトレーナーミーティングについてちょっとお話が……」

 

 トレーナーミーティング。読んで字のごとく、トレーナー同士の交流会みたいなものだ。

 話を要約すると、ミーティング場所に変更があったみたいで桐生院さんは電話してくれたみたいだ。

 

「そうでしたか。ご連絡していただきありがとうございます」

「いえいえ。あと、これは別件なのですが……最近ミークが気に入りそうな喫茶店を見つけたんです。もしミーティング後にお時間があれば、一緒に偵察に行きませんか!」

「へぇ。それは是非ご一緒にいいい゛い゛い゛!?」

 

 突然、右腕に走る激痛。痛みのあまりスマホを落としてしまい、通話も切れてしまった。

 俺の右腕を握るのは、テイオーの小さな手。しかしその力は人間の何倍も強い。

 

「ちょ、テイオー? どうした急に? 瞳のハイライトはどこに置いてきた?」

「トレーナー? ボクね、トレーナーの隣はウマ娘が一番似合うと思うんだ」(1480)

「お、おお…そうか。そう言ってもらえるとトレーナー冥利に尽きるな」

「トレーナーの隣はボクが一番似合うと思うんだ」(1530)

「痛たたたた!? テイオー痛い! テイオー痛いって!」

「トレーナーの隣はボクだけのものだ。ずっとずっとずっとずっと!」(1720)

 

 好感度が上がるほどに強く握られる俺の腕。あれ、このメガネ、実はスカウター?とか思ってる場合じゃないぐらい痛たたたたた!?

 

『ほら見たことかトレーナー君。ここがトレセン内じゃなかったら、今頃君はテイオーにわからせられていただろう。……いや、病むほどに愛されるのもトレーナー冥利に尽きるのかな?』

「(そんなわけあるかい! テイオーはどうしちまったんだ!)」

『本当にわからないのかい? 意中の相手が別の女からデートに誘われたんだ。腕の一本や二本へし折りたくなる衝動に駆られるのは至極当然の事さ』

「(そんな当然ある!?)」

 

 そんな当然信じたくない。信じたくないが、テイオーに握られてミシミシベキベキと音を立てる俺の腕が『信じたほうが身のためやで?』と身を挺して訴えかけてくる。なんてこったい。

 

「ねぇトレーナー。今夜トレーナーの部屋に遊びに行ってもいい?」(1720)

「痛い痛い! いったん腕を離してくれたら考えてやる! あと理由も聞かせてくれ!」

「それはもちろん…………えーっと、あっ!そうそう! もうすぐテストがあってさ! 苦手な教科があるから教えてほしいなーって!……保健体育とか」(1720)

 

 ハイライトもなく、瞳孔を開いたままテイオーはそんなお願いを口にする。

 俺は難聴系主人公じゃないからテイオーが最後にボソッと呟いた一言も聞こえてしまった。もしもテイオーを自室に招いたら最後、俺は二度とお天道様を拝めなくなってしまうだろう、いろんな意味で。

 

 

 くっそぅ……ウマ娘に好かれるのはトレーナーである身として嬉しいはずなのに、どうしてこうなっちまったんだ。テイオーに限らず、俺はチームのみんなと健全で良好な間柄を築いてきたと思っていたのに……!

 

『……おそらく、そう思っているのはトレーナー君だけだと思うよ』

「(ん? 何か言ったかタキオン?)」

『いや何も。それより今は目の前に集中したまえ。命がかかってるんだから』

 

 そういえばそうだった。俺の右腕はもう感覚を感じない程度に逝っている。次は脊椎(せきつい)の番かもしれない、それだけは何とか阻止せねば!

 

「ねぇトレーナーいいでしょ? 別に無理なら断ってもいいんだけどー……夜道には気を付けた方がいいかなー?」(1720)

「にんじんハンバーグ作ってお待ちしてやるから楽しみにしとけ」

「ほんと!? やったあ!」(1800)

 

 ようやく俺の腕を離し、大袈裟に万歳しながら喜ぶテイオー。

 しかし瞳に光は未だ戻らない。というか途中から瞬きすらしてない。お願いだからルドルフに憧れて輝かせていたあの頃の瞳に戻ってくれ。

 

「えへへ、夜が楽しみだなぁ……! なんだか身体が熱くなってきちゃった! 発散するためにちょっと走ってくるねトレーナー!」(1860)

「お、おう。でも今日はせっかくのオフ日だからな。ほどほどにしとけよ」

「わかってるわかってる! えへへー、無敵のテイオー伝説、いよいよ今夜スタートだー!」(1900)

 

 テイオーはルンルンとスキップして俺の前から去っていく。

 ただの立ち話で好感度が600ぐらい上がったんだけど、俺は一体どこで何を間違えたのだろう……。

 

『しょぼくれている所悪いが、いいのかトレーナー君、あんな約束をしてしまって』

「仕方ないだろ! ああでも言わなきゃ離してくれそうになかったし! 夜までに対策を練らないと……!」

 

 事実は受け止めなければならない。

 テイオーがあれほど俺を想ってくれていたことに気づかなかった俺にも非がある。彼女の暴走は必ず止めて見せる! Not拉致監禁! Notうまぴょいだ!

 

「そんなわけでタキえもん。何か良い案はない?」

『自分で考えなよ』

「そんな!」

『君たちのうまぴょいには興味ないからね。引き続き実験の方を頼むよ、モルモット君』

 

 引き続きって……言われてみれは今日はまだテイオーとしか会ってないな。

 

 俺が受け持っているウマ娘はテイオーとタキオンを含めて6人。今日は練習のないオフ日だが、授業を受けるために残りの4人もトレセンには来ているはずだ。

 

 あの4人なら面倒事になることはないだろう。きっとテイオーが特別だっただけだ。思春期とかいろんなものが拗れてああなってしまっただけに違いない。うん、ポジティブにガンガン行こう。

 

『その後トレーナー君の姿を見たものはいない……って展開にならないことを祈っているよ』

「はっはっは。ならないならない」

 

 

 

 

※なります



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2.何とかならない

 

 ウマ娘のトレーナー職は給料が良いし、何よりやりがいに満ち溢れている。ウマ娘たちと切磋琢磨し、多くの観客が集うレースに勝たせることができたときの達成感は、言葉にできないほどだ。

 

 その分、ブラック企業も二度見するほど真っ黒に忙しい。

 基本的に俺達には休日というものが存在しない。彼女たちに休みを取らせても、練習メニュー作成やレースへの申し込み、理事長に提出する資料作成等々、トレーナーはやるべきことが非常に多い。あーあ、その辺ボタン一つで出来るようにならないものかね。

 

 そんなわけでだ。タキオンの実験に付き合ってやりたいのは山々だが、俺にもやるべきタスクがある。先にそっちを片付けてからじっくり付き合おうとするかね。テイオーの件もあるし。

 

『えー……トレーナー君、私の実験を優先してはくれないのかい?』

「お前たちのための仕事だからな。こればっかりは仕方ないと割り切ってくれ」

『じゃあさっさと終わらせたまえ。実験時間は有限なんだ。ほら、はーやーくー。はーやーくー』

「うっさい。一回メガネ外していいか」

『外したら【トレーナー君とゴールドシップ君が夜な夜なずきゅんどきゅんしてるって噂知ってる?】ってメールをテイオーに送っちゃうよ?』

「あー! このメガネめっちゃかけ心地いいわぁー!」

 

 

 

 

*————————*

 

 

 

 タキオンに茶々を入れられながらも、山ほどあった仕事は昼前には全て終えることができた。これが火事場のウマ力ってね。

 

 かなり体力を使ったし、少し早いけどカフェテリアで昼食を取ろう。そういえば最近新メニューが追加されたとか聞いたな。それを頂こう。

 

「モグモグ……モリモリ………やはりここのご飯は美味しいな。箸が止まらないよ」(83)

「いい加減止めたれやオグリ。食堂のおばちゃんら、肩で息吸いながら涙目でごっつこっち見とるで」

 

 カフェテリアに入ると、視界に映ったのはオグリキャップと山のように積まれたどんぶり。きっとタマモクロスも一緒にいるんだろう、どんぶりの山に隠れてピコピコ動いている耳しか見えないけど。

 

 オグリは俺の担当ウマ娘の一人だが、頭の数字は『83』。

 解説のタキオンさん、この数値どう思われます?

 

『80台か。トレーナーの衣類をパジャマや枕にすることに一切の躊躇いを持たない程度の好意だね。愛されているねぇ』

「(なるほど)」

 

 いや「なるほど」で流せるレベルじゃねぇだろ俺ぇ…。

 最初のテイオーがバグっていたせいで、80台でその程度なら「まぁええんとちゃう?」と思ってしまう自分がいる。感覚狂ってますわコレ。

 

 2人はまだ俺のことに気が付いていないようだ。

 どれ、バレないように近づいて、少し驚かしてやろう。オグリの驚き顔ってあんまり見たことないし。ふっふっふ。

 

「しかしオグリ、いつにもまして食うてへん?今日は練習休みのはずやろ」

「ああタマ……実は少し悩み事があってな。そのせいかな、あまりにも食事が喉を通ってしまうんだ」(83)

「逆やろ普通! せやけどオグリやからなぁ……で、悩みって何なん?」

「トレーナーの事を考えると、お腹が空くんだ」(160)

 

 雲行き怪しくなってきたね。

 今オグリの好感度が跳ね上がったように見えたんだけど、気のせいだと思いたい。だってまだ何もやってないよ俺?

 

 トレーナーとして、担当ウマ娘に悩みがあると言うのなら聞き捨てならないのだが、俺の第六感が『あかんあかん! 知らない方が幸せなこともあるんや!』と全力でそれを拒否しようとしてくる。

 

 だが時間は待ってくれない。オグリとタマモの会話は止まることなく続く。

 

「なんやそれ。どういう理屈やねん。オグリのトレーナーはそない美味しそうに見えるんか」

「ああ、美味しそうなんだトレーナーは」(1200)

「……いやいやオグリ、今のはタマちゃん渾身のボケやって。同意されてもヒジョーに困るんやけど」

「そうなのか? でも本当なんだ。こうやって何か食べていないと今にもトレーナーを食べに行きたくなってしまう」(88)

「オグリん!? それ意味わかって言うとる!?」

 

 一瞬オグリの好感度がテイオーにも劣らない数字に見えたのは、きっと寝不足か妖怪のせいだろう。

 

 ふーん。オグリは俺が美味しそうに見えるのかぁ。

 まったく、食いしん坊さんだなぁオグリは。俺の顔がタコ焼きにでも見えてるのかねぇ、あっはっは。

 

『つまりオグリ君はトレーナー君への性欲を、同じ三大欲求である食欲を増加させることで誤魔化しているわけだ。なかなか興味深いね。ちなみに1200は部屋中に隠し撮りしたトレーナーの写真を張り付けて快感を覚える程度の好意だ』

「(やめろォ! 折角考えることを放棄していたのに現実を突きつけるのやめろォ!)」

『頭を抱える気持ちもわからなくはないが、データ採取はまだ始まったばかりだよ。さぁ、オグリ君に話しかけたまえ』

 

 メガネから聞こえる死刑宣告にも近い命令。

 い、いや待て。おちけつ、おちけつ俺。頭を冷やして考えてろ俺。

 

 相手はあのオグリキャップ。彼女の辞書にはレースと食欲以外の言葉はないと言っても過言じゃない。タキオンはああ言うが、オグリは真面目な顔をしてボケを言うタイプの天然ボケボケウマ娘。性欲が存在しないが故に食欲が過剰気味になっている、という希望的観測もできるのではないか?

 

 そう考えると、声をかけても何も問題ない気がしてきた。寧ろ今話をして、しっかり悩みを聞いてあげるべきだろう。こういうことは後手に回すと話が拗れるからな。

 

 俺は意を決してオグリの背後に立ち、声をかける。

 大丈夫、オグリを信じろ。

 

「よっオグリ。今日もたくさん食べてるな」

「やぁトレーナー。今日も美味しそうだな」(1400)

 

 いやダメかもしれん。

 

「おお、噂をすればオグリのトレーナーやん。なんやなんや、タマちゃんには挨拶なしか?」

「おっ、いたのかタマモ。どんぶりの山で見えなかったよ。ちっちゃいから」

「だれがドチビや! はったおすで!」

 

 タマモは俺を慕ってくれている後輩(男)のウマ娘。オグリと一緒にいることも多いし、担当ウマ娘以外ではかなり交流があるほうだ。関西弁も俺の故郷の方言だから親しみやすいし。

 

 今はそれよりもオグリだ。初手から回れ右したくなる挨拶だったが、ここで逃げちゃだめだ。あくまで今通りかかったフリをして、オグリの悩みを聞き出さねば。

 

「噂をすればって、2人して俺の話でもしてたのか?」

「ああ。どちらのトレーナーが美味しいかって話をしていた」(1400)

「してへんわそんな物騒な話!? 今日のオグリ何かおかしいで! トレーナー! オグリの悩みを聞いてやってや! きっと込み入った話になるさかい、うちは席外すで! 先に部屋戻っとるわ!」

 

 俺にオグリを押し付け、逃げるように走り去っていくタマモクロス。

 気持ちはわかる、あとは任せろ。

 

「むっ、別にタマも一緒にいて良いんだが……」(1400)

「アイツなりに気を使ってくれたんだろう。それで、悩みって何だ? 俺が美味しそうって言ったのもその悩みが起因してるんだろう」

「……ああ。一週間ほど前の話なんだが、トレーナーが私たちに手作りおにぎりを差し入れしてくれたことがあっただろう。量こそ少し物足りなかったが、不思議とお腹も心もいっぱいになる美味しいおにぎりだった」(1400)

 

 おお、あったなぁそんなこと。実家から大量に米が送られてきたから、それをおにぎりにして練習後に配ったんだ。みんなそれはもう美味しそうに食べてくれたものだ。

 

「しかし……その日からいくら食べてもお腹が満たされないし、トレーナーを見るほどお腹が減ってくるんだ。何かの病気なのだろうか……モグモグ……」(84)

 

 そう言いながら、お茶を一杯啜る感覚でかつ丼を食していくオグリ。何か食べている間だけは好感度が落ち着くようだ。

 

 ふむ。事情は大体把握できたぞ。解決策は見当もつかないが。

 タキオン殿下、お知恵を貸していただきたい。

 

『あの時のおにぎりか。あれにはトレーナー君のフェロモンが大量に染み込んでいたからね。一番あれを食べたオグリはトレーナー中毒になってしまったんだろう』

「(つまり、どういうことだってばよ)」

『君の手料理以外じゃ空腹が満たされないってことさ。だがまだ治療は可能だろう。君の手料理とそれ以外の料理を同時に食べさせながら経過観察し、徐々に君の手料理以外でも満腹になるよう量を減らしていくのが妥当かな』

 

 なるほど。わかりたくない部分から目をそらして要約すれば、オグリは俺の料理の虜になってしまったということか。

 

 そういうことなら一つ、良いアイデアを思い付いたぞ。今日の夜、チームのみんな全員を我が家に招いて懇親会をしよう。オグリに料理を振る舞えるし、テイオーもルドルフたちの前なら暴走しないだろうし、チームの仲も深められる。まさに一石三鳥。おっ、いいんとちゃいますこれ。

 

『はぁー……実に甘々な考えだねぇー……』

「(んっ?何か言ったかタキオン)」

『何も言ってないよ難聴系モルモット君』

 

そうか。ならよい。

 

「オグリ、お前の悩みはわかった。それなら今日の晩ご飯、俺の家に食べに来い。チームのみんなも呼んで懇親会をしよう」

「なっ! いいのかトレーナー! 私はたくさん食べてしまうぞ!」(86)

「命に比べりゃ安いもんよ」

 

 時間とお金さえかければ解決できる悩みなら、リボ払いであろうと喜んでしてやるぜ。こういう時に使わずしていつ使う金だって話だ。

 

 

 ふぅ…しかし、オグリは何とかなりそうでよかったぜ。ちゃんと話し合えばどうにかなるもんだ。この調子なら病みテイオーも話し合いさえできれば元のテイオーに戻るんじゃないか? 明日の朝日は無事に拝むことができそうだ。

 

「ああっ…トレーナーの手料理、とても楽しみだ…! 想像するだけで涎が止まらないよ…!」(89)

「はっはっは。しっかり腹空かせて来いよ。あとオグリ、ずっと気になってたんだけど、口元にご飯粒ついてるぞ」

 

 俺はそう言って、オグリの口元についていたご飯粒を人差し指で取ってやる。

 これがいけなかった。

 

「ああ、ありがとうトレーナー。もったいないことをするところだったよ」(90)

 

 ご飯は一粒も残さず食べる派のオグリは、俺の人差し指についたご飯粒を食べるため、パクっと、俺の人差し指をしゃぶるように口に含んだ。

 

「おいおいオグリ、それは流石に行儀が悪」

「————っ!!!」(100)

「………いっ?」

 

 瞬間、オグリの目の色が変わった。

 

『これはいけない。 トレーナー君、今すぐオグリ君から指を抜くんだ』

「(え、ちょ、タキオンさん、どゆこと?)」

『ただでさえオグリ君はトレーナー中毒なのに、トレーナーフェロモンを分泌する指を直に口に入れたんだ。後戻りできなくなるよ』

「(ははっ、そんな馬鹿な)」

 

「………んっ……んん………おいひい……おいひいっ……!」(2300)

 

『訂正だ。もう後戻りできない』

「嘘だと言ってくれ」

 

 一心不乱に、しかし妙に色っぽく。両手で俺の手首をがっちりキープしながら人差し指を舐め回すオグリさん。それだけならまだよかったのに、何故か瞳の光も消えかけている。言い換えるなら、暴走テイオー一歩手前の瞳をしている。

 

 後戻りできない、だと?

 そんなの俺は信じないぞ!

 

「オグリ! 正気に戻れ! 俺の人差し指は棒アイスじゃないぞ!」

「ああ……棒アイスじゃない……そんなものとは比べ物にならないほど、トレーナーの指は濃厚だ……んんっ……!」(2600)

「オグリぃいいいい!!」

 

 ダメだ! 完全にハイライトさんがフェードアウトしちまった!

 好感度もテイオーのそれを遥かに凌駕してやがる!

 

 今のオグリに碌な言葉は響かない。どうやったら指舐めをやめてくれる……いや考えるまでもない。俺の指が美味いというなら、もっと美味い料理で釣るまでだ!

 

「頼むから舐めるのをやめてくれ! 今日の晩ご飯はもっと美味いもの作ってやるから!」

「………」(2600)

 

 ダメ元でそう言うと、オグリは何も言わずにチュポンと、俺の指を口から出す。うおお……指先めっちゃふやけとる……。

 

「……本当だな、トレーナー? 今のよりもっと濃厚なものを作ってくれるんだな?」(2600)

「あたぼうよ! 極上のにんじんハンバーグを腹いっぱいご馳走してやんよ!」

「……そうか。そういうことなら、今はもう我慢しよう」(2600)

 

 オグリはそう言うと、どんぶりの山を両手で持って席を立つ。

 食事の時間はここまでのようだ。

 

「でもトレーナー。覚えておいてほしい」(2600)

「な、何をだ?」

「もしもだ。もしトレーナーの手料理でも、この欲求が満たされなかったなら」

 

 

「————私はもう、我慢できないよ」(3000)

 

 

 そのどす黒い瞳は、例えるなら、一ヶ月の禁欲生活を終える直前の怪物。

 プリティ要素の欠片もない目をしながら、オグリは俺にだけ聞こえるようにそう呟き、ゆっくりと去って行く。

 

 ………えっと。我慢できないって、食欲をだよね?ねっ??

 

『あっはっは。なかなか良いデータが取れたよモルモット君。さぁ次に行こうか』

「お前は鬼か! もうそれどころじゃねぇし! 俺今夜どうなっちゃうんだよ!」

『そりゃあ、テイオー君とのうまぴょいからのオグリ君とのうまだっちだろう。運が良ければ他のメンバーが助けてくれるんじゃないかな? ちなみに私は今晩もやりたい実験があるから、懇親会とやらは欠席させてもらうよ』

「この人でなし!」

『ウマ娘だからね』

 

 いやいやタキオンと漫才なんかしてる場合じゃない。迅速に対応策を考えなければ。

 

 テイオーだけでも手一杯なのに、まさかオグリまで……一体何がいけなかったんだ。フェロモン? んなわけないだろ。もっとちゃんとした理由があって然るべきだ。

 

『まぁまぁ、そう焦る必要もないよトレーナー君。私が居なくても3対2、数だけならまだ優勢だ。ゴールドシップ君はともかく、君の味方には頼りになる皇帝様と妹様がいるだろう』

「それはそうだが……」

 

 確かにルドルフとライスなら仲裁に入ってくれるかもしれない。けど、俺たちはチームだ。皆の仲を取り持つのもトレーナーの仕事。彼女たちを衝突させるようなことは避けたいし、できることなら俺だけでなんとかしたい。

 そもそも身に覚えがなかったとはいえ、両方とも俺がまいた種だ。俺だってガキじゃない、自分のケツは自分で拭く。

 

 ……と、カッコよく言い切りたいところだが、具体的な解決策が思いつかないのも事実だ。俺のうまぴょいも掛かってる。あの2人に相談するのも視野に入れておいた方がいいかもしれない。

 

 ルドルフは俺の最初の担当ウマ娘、そしてライスは実妹。比べるものじゃないが、2人との絆は他のみんなより少しだけ硬く結ばれている。信じよう、仲間たちを!

 

「……うん、そうだな。持つべきものは仲間だ。ポジティブに、ポジティブに行こう」

『その意気だトレーナー君。非科学的だが、思い込みの力が物事を優位に進めることもある。何とかなるの精神で行こうじゃないか』

「だな。何とかなる何とかなる。今までだってみんなで困難を乗り越えてきたんだ、今回もなるようになるさ!」

 

 

 

 

 

※ならない

 

 



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3.今夜の君みたい

 

 

 

*————————*

 

 

「では以上を持って、本日のトレーナーミーティングを終了とします。皆さんお疲れさまでした!」

 

 ベテラントレーナーのその一言で、ミーティング参加者は一斉に席を立ちあがる。かくいう俺もその中の一人だ。

 

 案の定、テイオーとオグリのことで頭がいっぱいで、ミーティング内容はほぼ頭に入ってこなかった。やはり一人で悩んでいても埒が明かない。それとなく、誰かに相談してみよう。

 

 ルドルフとライスへの相談は最終手段として、他に相談できそうな相手といえば桐生院さんか後輩トレーナーだ。が、桐生院さんへの相談はやめておいた方がいいだろう。万が一テイオーに見られたら、夜を待たずしてうまだっち(殺)だ。

 

『どうにかなるの精神で突き進むと言っていなかったかいトレーナー君?』

「そんな昔のことは忘れた。というか、あれを見たらそんな甘い考えできなくなっちまった」

 

 いやね、ミーティング前にね、チームメンバー全員にメールを送ったのよ。『今夜俺んちで懇親会やるぜ。食費は全部俺持ちだ。遠慮はいらん、全力で食べに来い』って。

 以下、返信内容。

 

 

ルドルフ

『心得た。今日の生徒会の仕事は早めに切り上げることにしよう。君の家に行くのは久しぶりだな、今から待ち遠しいよ』

 

ライス

『お兄さまのおうちで懇親会……! ライス、とってもたのしみにしてるね!』

 

ゴルシ

『手土産に今一本釣りしたクロマグロ持ってくわ。酢飯の用意は任せたぜトレーナー!』

 

オグリ

『全力で食べさせてもらうよ、トレーナーを』

 

テイオー

『ねぇなんで? なんでボクと二人っきりじゃないの? ねぇなんで?ボクがトレーナーの一番じゃなかったの?ねぇなんで?ねぇなんで?ねぇなん(以下文字数上限までびっしり)』

 

 

 5分の3内容がおかしかったが、テイオーがダントツでヤバい。何がヤバいって、俺がメールして5秒であの文字数を返信してきたってところがマジやばたん。もう話し合える気がしないし、なるようになる気もしない。

 

 一応『ちゃんと勉強には付き合ってやるから』と返したが、その返信は未だ来ていない。あれ、これ詰みじゃね?

 

「どしたんスか先輩! 出荷前の鶏みたいな顔になってますよ!」

「おお、後輩か。って誰がチキンやねん」

「そこまで言ってねえっス!」

 

 突然背後から話しかけて来たのは、さっきのトレーナーミーティングまで一緒にいた、タマモのトレーナーである俺の後輩。己の直感だけで今まで生きてきたような、バカだけど何処か憎めないタイプの男だ。

 

 後輩に相談するのも気が引けるが、四の五の言ってる場合ではない。今は藁にでも(すが)りたいのだ。何か良い案を出してくれるかもしれないし。

 

「なぁ後輩。ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「何スか急に改まって?」

「これは俺の友人の話なんだが。最近担当ウマ娘からうまぴょいされないか不安で圧し潰されそうなんだと。なんと助言してやったらいいと思う?」

「うまぴょい? よくわかんないっスけど、なるようになりますよ! 果報は寝て待てっス!」

 

 その段階はとっくに通り過ぎてるんじゃバカ者。こちとら寝てる間にずぎゅんどきゅんされてもおかしくない段階まで来ちゃってんだよ。

 思わずそうツッコみそうになるが、これはあくまで友人の話。俺の話じゃないから「なるほど、一理ねぇな」と目をそらしながら頷く。

 

 そんなやり取りをする俺たちの前に、ツカツカと真っ直ぐに近づいてくるウマ娘の影が一つ。

 

「おいトレーナー。迎えに来たぞ」

「おおっ、グルーヴ! もう約束の時間っスか」

「よっ、グルーヴ。生徒会室以外で会うのは珍しいな」

「むっ、貴様は会長の……」

 

 俺たちの前に現れたのは、一冊のファイルを腕に抱えたエアグルーヴ。確かこの娘も、後輩の担当ウマ娘だったな。

 

 生徒会室にはルドルフに会うために頻繁に行くから、生徒会副会長であるグルーヴともそれなりに交流はある……んだけど、正直ちょっと苦手なんだよなぁこの娘。何故だかわからないが、俺に対して刺々しいというか、当たりが強いというか。

 

「貴様……随分と私のトレーナーと仲が良いのだな……」

「ま、まぁ後輩だしな」

 

 ほらー、今だって俺のことを親の仇みたいな目て睨みつけてくる。見上げられているハズなのに見下ろされている気分だ。

 

「……まぁ良い。さっさと行くぞトレーナー、私は一秒でも時間が惜しい」

「なんだ後輩、グルーヴと練習の約束でもしてたのか?」

「いえ!練習じゃなくって勉強を教える約束っス!わざわざ迎えに来てくれるなんてトレーナーとして嬉し泣き不可避っス!」

「……グルーヴに、勉強?」

 

 違和感。

 それは妙な話だな。先も述べたが、後輩は基本的にバカだ。いくら社会人と学生とはいえ、グルーヴは才色兼備ウマ娘。後輩が教えられるようなものは何もない筈だが…。

 

 まぁ、よそ様のトレーナーとウマ娘の私用に口出しするのもアレだし、邪魔者は退散するかね。俺も対策考えないといけないし。

 

「……おい貴様、ちょっと待て」

「えっ? 俺?」

「この資料、事が終わった後で会長に届けるつもりだったのだが、貴様に任せることにする。その方がう……勉強時間もとれるしな。大切な資料だ、慎重に持っていけ」

「……? おお、わかった」

 

 再び違和感。

 グルーヴが人に仕事を任せるなんて本当に珍しい。後輩がたまにグルーヴの仕事を肩代わりしているのは知っているが、それは後輩が勝手にやっていることだ。グルーヴは完璧主義なところもあるから、生徒会長であるルドルフへの重要資料提出なら尚更自分でやりそうなものなのだが…。

 

「……ところでトレーナー。朝渡したドリンクはちゃんと飲んだだろうな?」

「もちっス! 飲んでからやたら身体が熱いっすけどね!」

「今日の日差しは強いからな。そのせいだろう」

「なるほど!」

 

 なにやら怪しげな会話をしだす後輩とグルーヴを見て、ついに違和感の正体に気づいた。

 それは瞳だ。いつもなら”女帝”の名に恥じぬ鋭く真っ直ぐな瞳をしている彼女が、底なし沼のように深く濁った瞳をしているんだ。

 

 というか、この瞳には見覚えがあるって言うか、さっきのテイオーに似てるって言うか、さっきのオグリに似てるって言うか、ハイライトさんが定時じゃないのに退社してるって言うか。

 

 ……………ま、まさか。

 

「後輩後輩、ちょっとこのメガネかけてみ?」

「わかったっス! ふっふっふ! どうっすか先輩! 眼鏡キラーンなオレ、知的っぽく見えますか!」

「うん見える見える。で、グルーヴの頭になんか見えない?」

「7200って見えます!何スかあれ!」

 

 ダメみたいですね。

 

「貴様ら、いったい何を遊んでいる」

「ああ、すまんな。時間取らせて悪かった。メガネ返せ」

「っス!それじゃあ先輩、お先に失礼するっス!」

「おう。元気でな」

 

「ところでグルーヴ、どこで勉強するんスか?」「音楽室を貸し切った。あそこは防音室でもあるからな、存分にできる」「グルーヴは本当に勉強熱心っスね! 流石オレ自慢のウマ娘っス!」「褒めても何も出んぞ。寧ろ出させ……んんっ、なんでもない。早く行くぞ」

 

 そんな意味深な会話をしながら歩いていく女帝と後輩の姿を、見えなくなるまで見送ってやる俺。

 

 ………いやぁ、無理やろ。好感度がデカすぎる。俺の力じゃ助けられないってアレは。後輩よ、お前のことは忘れない。お前との思い出は棺桶まで持ってってやるからな。でも一応タマモにSOSメールは送っておいてやろう。

 

『なかなか面白い後輩君だったねぇ。まるで今夜の君みたいだ』

「俺の未来が確定してるかのような言い方はNG」

 

 俺はああはならないって。流石に。

 ………ならない、よな?

 

 

 

 

※なります



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4.独占力

 

 耳を澄ませば、小鳥のさえずりや誰かの悲鳴(うまぴょい)が聞こえなくもない昼下がり。俺は満を持して生徒会室の目の前に立っていた。

 

 グルーヴから預かった資料をルドルフへ届けにここまで来たのだが、正直、めちゃくちゃ不安だ。好感度が低かったらどうしようなどどいう浅はかな不安じゃない、高過ぎたらどうしよう不安だ。

 

『随分と自意識過剰な考えだねぇトレーナー君。テイオー君とオグリ君の2人が特別だった、という考えはないのかい?』

「そう考えたいのは山々だが、2度あることはなんとやらだ。ルドルフは俺の最初の担当ウマ娘、長い付き合いだ。悪く思われてない自信もあるし、良く思われ過ぎている自信もある」

『ほぅ…言い切るね。その自信、単に付き合いが長いからという理由だけじゃなさそうだ』

「まぁな」

 

 突然だが、少し昔話をしよう。

 俺が受け持つ前から、”皇帝”の二つ名を持つルドルフの走りは圧巻だった。その走りは人もウマ娘も見るもの全てを魅了し、ベテラン、ルーキー問わず、多くのトレーナーが彼女をスカウトしようと必死になった。もちろん、俺もその中の一人だった。

 

 最初はダメ元だった。『彼女の走りをもっと見ていたい』という子供のような理由でルドルフをスカウトしに行った。当たって砕けるつもりだったのが、彼女は俺のスカウトに首を縦に振った。

 

 

 ウマ娘とトレーナーは二人三脚。ウマ娘の期待に応えられずして、トレーナーは務まらない。俺は”皇帝のトレーナー”の名に恥じぬため、死に物狂いで努力し続けた。

 

 最初の頃は良かった。しかし、数々のG1レースに出場しては、当然のように一着を掻っ攫うルドルフの姿を見続けているうちに『自分は本当に彼女のトレーナーとして相応しいのか?』という不安が俺の中に募るようになった。完璧な走りに見えるのは俺がまだ素人だからであり、より良いトレーナーの下でその力を発揮するべきではないかと思うようになってしまったのだ。

 

 遂には練習中、その不安をルドルフの前で零してしまったことがある。トレーナーとしてあるまじき行為、ウマ娘側から解雇宣告されてもおかしくない所業だと、今では思う。

 

 でも彼女は違った。

 俯く俺の頭を優しく撫でながら、こう言ってくれた。

 

 

「違うよトレーナー君。君”だから”だ。私と同じ夢を持つ君がトレーナーだから、私は今まで皇帝の名に恥じぬ走りができたんだ。謙虚なのは君の長所だが、下を向いて自己謙遜はしないでくれ。君は前を向いて、私たちの夢の先にある光景を見ていてほしい。あらゆるウマ娘が幸福に過ごせるその世界を、私の隣でね」

 

 

 優しく、しかし力強く。励ますようにそう言って、俺を慰めてくれたルドルフ。

 

 まぁ泣いちゃうよね。仮にそれが社交辞令から出た言葉だったとしても、それまでの俺の努力が認められた気がして、安心のあまり号泣したね。突然涙と鼻水を垂れ流す俺におろおろするルドルフの姿は、今思うととても可愛らしいものだった。

 

 ここまで長々とルドルフとの過去を振り返ってきて、結局俺が何が言いたいかというとだ。俺とアイツはトレーナーとウマ娘の関係だけじゃなく、同じ夢を志す仲間であり同志である、ということだ。互いを信じて、信じられる関係だということだ。

 

 だからきっと好感度も高いと思う。しかし、仮に1000を超える好感度であろうと、ルドルフが2人のように暴走することはないだろう。俺たちの関係に(よこしま)な感情が入る隙などないからだ。

 

『ならばさっさと生徒会室に入りたまえ。心配はないのだろう』

「まぁ待てタキオン。万が一、万が一ってこともある。現にその万が一が二回連続で起こってるんだ。心の準備ぐらいさせてくれ」

『トレーナー君の根性はGかな? 心の準備をしたところで数値が変わることはない。シュレディンガーの猫さ、早く箱を開けて中を確認するんだ。実験結果を焦らされる私の身にもなってくれないか?』

「お前は命と貞操を狙われてる俺の身になれ!」

 

 ここでルドルフがとんでもない数字を叩き出してみろ! 俺の人生ゲームセットだよ! がめおべらなんだよ! 深呼吸ぐらいさせろい!

 

 その時、タキオンとの会話に夢中になっていた俺は、背後から近づいてくるウマ娘の存在に気付かなかった。

 

「だーれだ?」

 

 そのウマ娘はそう言って、両手でふわりと俺の視界をふさぐ。

 

 たった三音でもわかる安心感のある声色。両手から感じるのは、俺が不甲斐ない思いをした時やへこたれた時に、何度も頭を撫でてくれた時と同じぬくもり。

 

 聞き間違えるはずがない。

 感じ間違えるはずもない。

 

 いつの間にか、俺の心は落ち着きを取り戻している。

 やはり何年経っても、皇帝様には適わないな。

 

「………今日は一段と、子どもっぽいことをするんだな。ルドルフ」

「さぁ正解はー!ウマ娘界の奇行種、ゴルシちゃんでしたー! すっげーだろ! めっちゃ練習したんだぜ、田所〇ずさの声真似」(なめこ)

「テメーかよ!!!」

 

 俺の安心感を返せ! というか恥っず! 俺恥っず! 全然ちゃうやん! ことごとく間違っとるやんけ!

 

 視界が開けると、そこにいたのはまさかのゴールドシップ。格好は制服ではなく漁師のそれであり、彼女の背後にはクロマグロが入っているであろうどでかい発泡スチロールのケースがあった。マジで釣り帰りなのかコイツ。

 

 あと、頭に浮かんでる文字はなんだ。

 なめこって何だよ。もはや数字じゃねぇし!

 

「(ツッコミどころが多すぎる! 助けて! タキエもーん!!)」

『ふぅむ。流石にゴルシくんの好意は測定できないか。解析データもめちゃくちゃだ。予想はできたことだが、実証できた価値は大きいかな』

「(つまり正真正銘のバグってこと?)」

『そういうことだね。私の科学力じゃ、まだゴルシ君の解析は難しいようだ』

 

 ゴルシどんだけだよ。

 

「なーに一人でぶつぶつ言ってんだよトレーナー。もう一人の僕とでも喋ってんのか?」(ちくわ)

「い、いやなんでもない。お前こそ今まで何処で何してたんだよ」

「太平洋のど真ん中で釣り。アタシのオーシャンスピリッツは領海を越えるぜ!」(たわし)

 

 どうやら越えてはいけない一線を越えてきたようだ。俺、お前が捕まらないか心配だよ。頭の文字も訳わかんねぇし。

 

 いやでも逆に考えれば、これは寧ろ良かったと思うべきか。いつも通り、訳のわからないゴルシで安心した。おかしくないゴルシはゴルシじゃないからな。まぁ何をしててもおかしく見えるのがゴルシだけど。

 

 少し希望が見えてきたかもしれん。どんなシリアスもゴルシの領域展開(ギャグくうかん)の中では全てが無意味。テイオーやオグリのうまぴょいも有耶無耶にしてくれるかもしれない。今まで考えもしなかったが、ゴルシこそが救世主だった……?

 

「はっ! ゴルシちゃんレーダーが反応してる! 発信源は……地球の裏側か!トレーナー、アタシちょっとブラジルまで行ってくる!」(ちりとり)

「……えっ?ちょ、ちょっと待て!今晩は俺の家で」

「わり、アタシパスで。うおおおっ! アタシのフロンティアスピリッツが、ゴルシちゃんを海へと駆り立てた!待ってろワンピぃぃぃっス!」(おかか)

 

 俺の引き留めに応じるわけもなく、ゴルシは窓ガラスをパリーンと突き破って暁の水平線へと走り去る。マグロの入ったケースだけを残して。

 

 ………いや、うん。俺が間違ってた。一秒でもゴルシに期待した俺がどうかしてたよ。反省しよう。

 

「何やら騒がしいと思ったら、やはりトレーナー君か」(70)

「あっ、ルドルフ」

 

 声のした方を向くと、生徒会室からひょっこり顔を出し、こちらの様子をうかがうルドルフがそこにいた。流石に騒ぎ過ぎたようだ。

 

 頭の数字は70。普通だ。普通に高い。だがそれが良い。

 

「うるさくして悪かったルドルフ。窓の修繕費は俺の給料から天引きしといてくれ」

「その必要はない。君たちの会話は聞こえていたよ。割ったのはゴールドシップだろう、トレーナー君に責任はないよ。まったく彼女は……理事長には私から話しをしておこう」(70)

「助かる」

「彼女の傍若無人且つ破天荒な行動には慣れている。気にするな……と言いたいところだが、どうせなら言葉だけじゃなく、行動でも感謝を示してほしいかな。んっ」(70)

 

 そう言って、ルドルフは俺の前に頭を差し出す。これは”頭を撫でてほしい”のサインだ。

 

 普段は真面目なルドルフだが、俺と2人になるとき少しだけ子供っぽくなる。『私ばかり君の頭を撫でている気がする』『なら俺も撫でようか?』ってやり取りを昔して以降、2人きりになるとこうやってナデナデを催促してくるのだ。

 

「ありがとよルドルフ。後すまん。いつも迷惑かけて」

「ふふっ、気にするな。それでこうしてもらえるなら、安いものさ」(70)

 

 髪が乱れないよう、優しくルドルフの頭を撫でてやる。

 しかし、好感度は70をキープしたままだ。

 

 これは勝ち確演出ですね間違いない。ルドルフは正常だ。これなら安心して相談もできる!やったぜタキオン!お前も嬉しいだろ!ようやくまともなデータが採れたんだからな!

 

『……………ん、そうだね。そうだと思っておくよ』

「(……えっ。何今の間。何その不安を煽る意味深なセリフ。安心していいんだよな俺)」

『確かにまともな数字だ。解析データは正常値、バグもない。70は心の底からトレーナーの事を信頼する程度の好意だ。ただ……これはおかしい……でも……うむむ………いや何でもない。気にしないでくれ』

「(無茶言うな!? 言え! 一体何がおかしかった!)」

 

 俺が必死に聞いても、タキオンは言葉を詰まらせた後『やはり何でもない』と答える。お前ほど『何でもない』が信用できないウマ娘はいないぞオイ。

 

「そういえば、トレーナー君がメガネをかけているのは初めて見るな、伊達メガネかな? 伊達男の君には良く似合ってるよ、伊達だけに。……ふふっ」(70)

 

 エアグルーヴのやる気が下がりそうなセリフを口にするルドルフを見ても、好感度は70のまま変わらない。俺には特に問題なく見えるが、タキオンには何が気がかりなんだ?

 

 まぁいい。一旦タキオンを信用しよう。気にしなくていいって言うなら特に問題はないんだろう。ルドルフが正常であることは一目瞭然なんだ。ここからはポジティブに行こう。

 

「ダジャレも絶好調で何よりだよ。これ、グルーヴからの届け物」

「ありがとう、確かに受け取ったよ。しかし、エアグルーヴが他人に資料の運搬を任せるなんて珍しい。外せない用事でもあっただろうか?」

「トレーナーとうまぴょいの練習だってよ」

「うまぴょい? ……ああ、ダンスの練習という意味か」

「そうそう」

 

 まぁ間違ってない。

 グルーヴは後輩の上で踊っているだろうし、後輩は不運(ハードラック)(ダンス)っちまっているし。悲しい事件だったよ……。

 

 過ぎてしまったことを悔やみ続けても仕方ない。過去よりも目前の問題を解決せねば。

 

「今少し時間あるか?ちょっと相談したいことがある。2人で話したい」

「構わないよ。相談と言うのなら生徒会室で話を聞こう。今日はブライアンも練習で来ないからな。さぁ、入ってくれ」(70)

 

 

 

 

 

*————————*

 

 

 

 

 

「なるほど……事情はわかったよトレーナー君。テイオーは兎も角、まさかオグリもとは……これは少し、骨が折れそうだ」(70)

「し、信じてくれるのか?」

荒唐無稽(こうとうむけい)な話ではあったが、君がこのような冗談を言う人間じゃないことは、私が一番良く知っている」(70)

「る、ルドルフぅ……!」

 

 テイオーの暴走、オグリのペロリスト化。このままでは2人に命と貞操と尊厳と人権が奪われかねないこと。今日起こったことの全てをルドルフに話した。全てを話し終えるまで、ただ頷いて俺の話を聞いてくれたルドルフには感謝しかない。

 

 しかし、このメガネの事だけは話さなかった。理由はタキオンに口止めされたことと、伝えなくても別に支障はないだろうと俺が判断したからだ。

 

「あのメールを見た時から何かあるとは思っていたが、まさかそんな奇天烈な事態が背景にあるとは夢にも思わなったよ」(70)

「……本来なら俺だけで解決するべき問題だってのはわかってる。でも、もうそんなこと言ってられる余裕はないんだ。頼む、力を貸してほしい」

「無論だ。さっそく一つ、いい案を思い付いたよ」(70)

「マジか!」

 

 さっすがルドルフ、頼りになりすぎる。

 お前が俺のウマ娘で本当によかったぜ。

 

 

「私と一緒に海外へ夜逃げしよう。安心してくれ、トレーナー君は私が責任をもって幸せにする。支葉碩茂(しようせきも)な人生を約束しよう」(70)

 

 

 …………。

 …………。

 

 ルドルフが淹れてくれたコーヒーを一口飲んで、気を落ち着かせる。

 ふぅ、おちけつ。好感度をよく見ろ俺。70から変動はしてない。つまり、そこから導かれる真実はいつも一つ。

 

「ジョークにしてはガチトーンだったな。一瞬ヒヤッとしたぞ、はっはっは」

「む? 以前テイオーたちと見た恋愛ドラマを参考にした案だったのだが、ダメだったか?」(70)

「………流石に最終手段かな」

 

 こんなタイミングで天然ボケをかますとは、心臓に悪いぜまったく。しかし、ルドルフなりに真剣に考えてくれた案だ。国外逃亡は頭の片隅に置いておこう。

 

 仮に逃げても、追ってくる可能性は充分ある。だから、2人から逃げる方法より、2人をどうにかして諭す方法を第一として考えたい。俺はそうルドルフに伝える。

 

「うむ。トレーナー君の気持ちはわかった。しかしそうなると、一人では少し厳しいな」(70)

「やっぱ難しいか?」

「トレーナー君の話を聞く限り、オグリは兎も角テイオーは聞く耳を持ってくれるかすら怪しい。私一人だけで2人を諭すのは困難だ」(70)

「ならルドルフがテイオー、俺がオグリの相手をするって言うのは」

「いや、君が表立って行動するのはやめた方がいい。ウマ娘の筋力は人間のそれをはるかに上回る。トレーナー君は彼女たちから見える位置にいない方がいいだろう」(70)

 

 確かに、と俺は頷く。万が一見つかって襲われるようなことがあれば、俺一人じゃ逃げ切ることは不可能だからな。

 

 そうなると俺達にはもう一人、ウマ娘の協力が必要になるわけだ。ゴルシとタキオンを除外すると、頼れるウマ娘は一人しかいない。

 

「ライスくんにも協力を仰ごう。2対2なら勝ち目はある。ちなみに、彼女に話は?」(70)

「まだだ。一応、これから会いに行くつもりではいる。一緒に来るか?」

「いや、先に向かってくれ。私は少し準備がある、後で向かうとライス君に伝えてほしい」(70)

「わかった。……ありがとな、ルナ」

「礼には及ばんよ。君と私は一蓮托生、比翼連理(ひよくれんり)の仲だからね」(70)

「ふっ……違ぇねぇ。じゃあ、ちょっと行ってくる」

 

 ポンと、ルドルフの頭を軽く撫でた後、俺は生徒会室を後にする。

 

 

 順調だ。全てが順調に良い方へと進んでいる。数時間前までの焦燥感が嘘のようだ。やっぱ悩みは自分だけで抱えるのはダメだな。今日改めて、仲間と悩みを共有する重要性を理解できたぜ。

 

 さぁ、ライスの元へ向かおう。この時間ならカフェテリアでおやつを食べてる頃だ。相談するついでに、兄妹仲良くモグモグタイムと行こう。

 

 ところで、ノリでああ言って生徒会室を出たけど、ひよくれんりってどういう意味だろ。仲が良い的な奴だとは思うが。

 

『………むぅ。やはり変だ』

「まだ言ってるのかタキオン」

 

 ルドルフとの会話中も、聞き取れない程度の小声でブツブツ言っていたタキオン。

 何が変なのか聞いてもまったく教えてくれないから今までスルーしてきたが、ようやく教えてくれる気になってくれたようだ。

 

『トレーナー君。確認なんだが、会長の数値は70一定だったね?』

「おう。会話しようが頭を撫でようが70のままだったぞ」

『それが妙なんだ。数値は一秒間隔で常に更新されるようになっている。細かな表情の動きや感情の揺らぎを読み取って計算される数値だから、何をしても数値が変動しないのは本来おかしい事なんだ』

 

 どうやって好感度を算出してるかと思ったら、そういう原理か。この技術力でもゴルシには通用しないってどういうことだよ。

 

「おかしいのはわかった。けど好感度が一定だったのは事実だろ。何か他に理由があるってか?」

『考えられるのは、数値が一定になるよう我慢し続けることだが……いや、会長なら可能か?』

「我慢?」

『幸福、欲望、嫌悪。あらゆる感情を鋼の意思で、心の内に留めるのさ。心の外に出なければ、私のメガネでは読み取れないからね』

 

 ふーん。つまり感情の抑制が上手いってわけか。

 皇帝は心の強さも天下一品なんだな。

 

『抑制なんて生易しいものじゃない。鎖で無理やり縛り付けているようなものさ』

「それって一緒じゃないのか?」

『全く違う。無理やり抑え込んでいるのなら、必ず容量に限界が来る。爆発しようものなら、数値は万を超えるだろう。まぁ仮説だがね』

「おっそろしい仮説だな。けどまぁ、ルドルフに限ってそれはないだろ。はっはっは」

 

 

 

 

*————あります—————*

 

 

 

 

 今日は少し調子に乗ったかもしれない。

 比翼連理は流石に攻めすぎたかな。

 

 

※比翼連理……相思相愛の仲。仲睦まじい夫婦間の例え

 

 

 堅忍果決(けんにんかけつ)。彼に嫌われたくない一心で、この感情を我慢し続けてきたが、そろそろ限界も近い。せめて彼が見てない所では、この気持ちを発散しよう。

 

 私はトレーナー君が好きだ。彼の笑顔が好きだ。あの優しい手が好きだ。聞くだけで身体が熱くなるあの声が好きだ。彼の一挙手一投足が大好きだ。最初は一目惚れだったが、彼のことを知っていくうちに、彼の全てが好きになってしまった。

 

 隙あらば抱きつきたいし、隙あらばキスしたいし、隙あらばうまぴょいしたほど、私は彼を愛している。はしたない感情であることは重々承知しているが、これが本心だ。我慢はしても否定するつもりはない。

 

 しかし、私はテイオーのように独占力は強くない(自称)。

 私が一番なら、君のそばに誰が何人いようと構わない。

 

「だが……テイオーには、どちらが上かを分からせてあげないといけないね」(12000)

 

 そう呟いて、私はテイオーにメールを送る。生徒会室に今すぐ来るように、と。

 

 皇帝と帝王。どちらがよりトレーナー君に相応しい称号か、存分に語り合おうじゃないか。フフッ。

 

 

 



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5.存在しない記憶

 *————404 Not Found————*

 

 

 妹の幸せは、兄の幸せ。

 これが俺の座右の銘。

 

 ライスシャワーは少し気弱な面もあるが、誰かのために一生懸命になれる優しさを持つ、俺の自慢の妹だ。

 

 昔、ライスがまだランドセルを背負っていた頃。『自分の夢をキャンパスに描く』という宿題をライスが取り組んでいたのをたまたま見かけたことがある。

 

 後ろから絵を覗こうとする俺に気づいたライスは、恥ずかしそうに絵を隠す。しかし、俺の目はライスの絵をバッチリと捉えていた。青いバラをモチーフにした勝負服を身に纏う少女が、大歓声の中で一着を勝ち取る絵を。

 

『ライスは絵が上手いなぁ。最強のウマ娘になるのがライスの夢なのか?』

 

 俺が冗談交じりにそう聞くと、ライスは首を横に振った。そして小声ながらも力強く、自身の夢を語ってくれた。

 

『ライスね、青いバラのようなウマ娘になりたいの。お兄さまも、お母さまも、お父さまも。ライスの走りを見てくれるみんなを幸せにできるような、そんなウマ娘に…!』

 

 そのライスの夢を聞とき、やはり俺たちは兄妹なんだなぁと改めて実感した。何故なら、俺もライスと同じような夢を持っていたからだ。

 

 俺とライスがまだ幼き頃、両親に連れて行ってもらった有マ記念。その頃の俺はライス以外のウマ娘に興味はなかったが、レースを観戦して価値観が180度裏返った。2500mを全力で駆け抜けるウマ娘たちの姿を見て、心の奥底が熱くなるのを感じたのだ。

 

 ウマ娘たちの力になりたい。見るもの全てを魅了し、勇気づけ、幸せにするような、あの走りの手助けをしたい。それが、あの日からの俺の夢だった。

 

 ライスの夢と俺の夢。立場は違えど、向かうべき場所は一緒だ。俺は自分の夢を叶えるため、そしてライスの夢の手助けをお兄さまとして全力で遂行するため、苦手だった勉強にも必死で取り組み、見事トレーナー試験に合格したのだった————。

 

 

 *————404 Not Found————*

 

 

 

 

「そして俺は今に至るってわけだ。良い話だろう?」

『記憶の捏造はよしたまえトレーナー君。君の夢は本物だろうが、君が大阪のタコ焼き屋夫婦の一人息子であることは、シャカールくんがトレセンのデータベースをハッキングして得た個人情報から確認済みだ。ライスくんが妹だった過去なんて存在しないよ』

「うるさい。俺はお兄さまだぞ」

『うーん、これは重症だねぇ』

 

 タキオンが何を言っているのか、俺にはさっぱりわからない。俺とライスが仲良し兄妹であることは周知の事実だろうに。なぁ?

 

 

 心に余裕を取り戻し、精神的にも元気になってきた俺は、タキオンと駄弁りながらカフェテリアへと足を運んでいた。

 

 ここに足を運ぶのは今日で二度目。お昼時と比べてると閑散として見えるが、探しウマ娘がいる今は好都合。すぐにライスを見つけることができた。

 

「うぅ……やっぱりライス、悪い子だ……」(68)

 

 ……のだが、何やらライスの様子がおかしい。ショートケーキを食べているハズなのに、瞳には涙が溜まっている。好感度が普通に高い数値で安心してる場合じゃねぇぞオイ!

 

「どうしたんだライス! いったい何があった?!」

「お、お兄さま……ライスね、イチゴさんを最後に食べようと取ろうとしたら、床に落としちゃって……。イチゴさんに悪いことしちゃった……」(67)

 

 ショートケーキが乗ったお皿の隅っこにポツンと置かれた苺。よく見ると、少し埃が付いている。見た目的には3秒ルールを大きく違反してしまったようだ。

 

 ライスは苺を食べられなかったことに対して泣いている訳じゃなく、苺を食べてあげられなかったことに慈悲の涙を流しているのか。なんて優しさ、地上に舞い降りたエンジェルとはライスの事だったんだな……。

 

 しかし、いくら優しいからとは言え、泣いている姿をそのままにはできない。お兄さまが何とかせねば。

 

「ライス、ちょっと待ってろ」

「お兄さま……?」(68)

 

 俺はすぐにカフェテリアの受付に向かい、ライスと同じショートケーキを注文。頼んで間もなく出てきたケーキを片手にライスのもとへ戻る。

 

「ちょうど俺もショートケーキの気分だったんだ。ライス、苺を交換しよう。あむっ」

「ふぇっ!? お、お兄さま!?」

 

 俺は自分のケーキの苺をライスのケーキに乗せ、代わりにライスの苺を口へを放り込む。少しジャリジャリするが、苺特有の甘酸っぱさは損なわれていない。

 

「お兄さま、 イチゴさんぺってしないと! お腹こわしちゃうよ!」(67)

「大丈夫大丈夫、俺の胃袋は頑丈だから。意外と美味しかったし」

「で、でも……」(68)

「苺さんも美味しく食べられて喜んでる。だからもう泣くのは禁止な。ライスは笑顔の方が似合う、次からは落とさないように気を付けようぜ」

「お兄さま…!! うん! ライス、もう泣かないよ!」(76)

 

 帽子を落とさないよう、気を付けてライスの頭を撫でてやる。昔も今も変わらず、ライスが泣いたときはこうやって慰めるのが俺流だ。好感度は変動こそあれど、全然許容範囲内。ルドルフ同様、ライスも正常のようだ。やっぱり前半2人がおかしかったんや。

 

『ふむ、ライス君のデータは疑う余地もなく正常だ。時間の問題だろうけど』

「(なんでタキオンはそう俺を不安にさせるようなことばっか言うん??)」

『事実を述べたまでだよロリコン』

「(ストレートな罵倒やめて。せめてシスコンと言って)」

『どっちでもいいよそんなの。それよりも本題に入らなくていいのかな? そのケーキが最期の晩餐になるかもしれないのに』

 

 なんだかタキオンの言葉に棘が多くなってきた気がする。何か機嫌を悪くさせるようなことを言っただろうか。心当たりがなさすぎる。

 

 だがタキオンの言うことはもっともだ。まだ命の危機が回避できた訳ではない。もうちょっとライスを撫でていたいが、相談に入らせてもらおう。

 

「ライス。食べながらで良いんだけど、ちょっと頼みがあるんだ」

「お兄さまの頼みなら、ライス…がんばって力になるよ…!」(77)

「オグリについて少し相談があってな。アイツの相談に乗ってやってほしいんだ」

「オグリさんの……?」(75)

「私がどうかしたかトレーナー」(620)

「ふぁ!?」

「あ、オグリさん。ふあぁ…とってもたかい……」(76)

 

 急に声をかけられたせいで変な奇声を上げる俺。

 

 後ろを振り向くと、そこにいたのはシュークリームを頬張るオグリキャップ。ライスが高いと言っているのは、オグリが右手に持つお皿の上にあるシュークリームで出来たエベレストのこと。人間なら間違いなく糖尿病待ったなしのボリュームだ。

 

 しまった。この時間はオグリもモグモグタイムだったか。というか待って。オグリの奴、何か食べてる状態なのに620とか見えるんだけど。この短時間でめちゃくちゃ悪化してるだけど!

 

『当然だね。オグリはトレーナーフェロモンの中毒者。我慢すれば我慢するほど、トレーナー君を欲する思いも強くなる。彼女はもうトレーナー君なしでは生きられない身体さ』

「(……俺の身体は麻薬か何かなの?)」

『一度吸ったら二度と手放せないタイプのね』

 

 人間ドックの予約をしよう。

 俺の身体は一度、骨の髄まで精密検査するべきだ。

 

 突然のオグリ襲来で焦る俺。しかし待て。これは逆に好機だ。

 

 オグリは好感度こそ高いが、話は通じる。ルドルフを待たなくても、今ここで俺とライスで諭すこともできるんじゃないか? それにここはトレセンのカフェテリア、周りの目もある。いくら好感度が高かろうと妙な真似はしないはず。

 

 ピンチをチャンスに変えてこそ、一流のウマ娘トレーナーと言うものだ。まずは平静を装って、オグリの出方を見よう。

 

「……よ、よぉオグリ。お前もおやつを食べに来たのか?そんなに食べると晩飯が入らなくなるぞー?」

「問題ない、まだ三皿目だ。それにメインディッ……トレーナーを見ていたらもうお腹が空いてきたよ」(5100)

 

 オイ待てェ。

 今の言い間違えで済ませられるレベルじゃなかったぞオイ。

 

「オグリさん、お兄さまを見るとおなかすくの…?」(73)

「ああ。最近のトレーナーは美味しそうだからな。ライスもトレーナーを見てお腹が鳴ることはないか?」(4900)

「……じーっ……ううん、ライスのおなかはならないよ…?」(75)

 

 ライスは俺をまじまじと見ながら、お腹を不思議そうに(さす)る。

 やり取り自体はホッコリしているのに、会話内容がおかしい。最近の女子高生ウマ娘の会話は、20代おっさんにはついていけねぇや。

 

 だが諦めちゃだめだ俺。ここは意地でも会話に喰らいついていかなきゃいけない場面だ。好感度は想像の3倍高かったが、言っていることは昼の時と変わらない。ハイライトさんも薄っすらとだが存在している。諭すなら今しかない!

 

「オグリ、ライスの反応が正常だ。狂ってるのは俺を見て鳴っちまうオグリのお腹の方だ。お願いだから正気に戻ってくれ。ほら、俺のショートケーキやるから」

「しかし、トレーナーの指は実際に美味しかった。舐めただけであれだけ美味しかったんだ。実際に食べたらもっと美味しいだろうし、他の部位も……」(6300)

「食べたら…お兄さま無くなっちゃうよ……?ライス、そんなのいやだよ…」(79)

「————ッ!?」(3000)

 

 身体に電流が走ったように、オグリが目を見開く。とても驚いているようだが、驚きたいのは俺の方だ。オグリの奴、マジで俺の事食べる気だったのか……ひえぇ……。

 

 しかし、ライスの言葉はかなり効いている。好感度もいきなり3000近く減った。まだまだ油断できない数値だが、この調子で好感度を下げられれば死亡フラグは回避できる!

 

「 食べたら、トレーナーがいなくなってしまう……ッ!? それじゃあ私は……これからいったい何を食べれば……!?」(2500)

「俺を食べる前提で話を進めるのやめて」

「おいしいものならたくさんあるよ…?ケーキのイチゴさんとか…ハンバーグのにんじんさんとか…だからね?お兄さまを食べるのはよくないことだよ…?」(82)

「た、確かに……トレーナーの手作りならあるいは……しかしあの味を忘れることは……!!」(1200)

 

 頭を抱えて葛藤するオグリ。好感度も初期テイオー並みに減ってきた。喜ぶのはまだ早い数値だが、大きな進歩だ。ライスよ、もっと言ってやれ。

 

「もしお兄さまを傷つけたら、たとえチームのみんなでもライス……」

 

 そう言ってライスの瞳が蒼く光りかけた時、俺のポケットから音楽が流れた。

 

 音源であるスマホを取り出すと、画面には『シンボリルドルフ』の文字。準備ができたらこっちに来ると言っていたが、トラブルでもあったのだろうか。

 

 ライスとオグリの視線もスマホに集中している。とりあえず出てみよう。

 

「どうしたルドルフ。何かあったのか?」

『ハァ……ふぅ……もしもしトレーナー君。すまない、連絡が遅れてしまって』

「? いやそれは構わんけど……妙に息が荒いが大丈夫か?」

『ああ……問題ない。少しテイオーと話をしてね。少しヒートアップしてしまっただけさ』

「テイオーと!? 本当に大丈夫か!? テイオーは!?」

『少なくとも今は落ち着いているよ。筆舌に尽くしがたい竜虎相搏(りゅうこそうはく)、言葉のドッジボールも、時には有意義な結果を生むものだね』

 

 ちょっと何言ってるかわかんない。

 とりあえず、どうにかなったってことでいいのか?

 

『本題に入ろう。トレーナー君は今どこにいる? ライス君とは会えたかい?』

「ああ、カフェテリアでな。ついでにオグリとも一緒にいるよ」

『それなら丁度良い。2人に生徒会室へ来るように伝えてくれないか? 済まないが至急だ』

「………任せて、大丈夫なんだな?」

 

 念を押して、俺はルドルフに問う。

 

 2人を生徒会室に呼ぶということは、テイオーとオグリ、2人を同時に諭すということだ。テイオーも今は大人しいようだが、ルドルフの声色から察するに、まだ危険域内なのだろう。

 

『君の皇帝を……いや、君の”愛バ”を信じてくれ。夜の懇親会までには話を付ける。トレーナー君には必ず、幸福な未来を約束しよう』

「……わかった。みんなを頼む、ルナ」

 

 そう言い残して、通話を切る。ルドルフの覚悟は受け取った。ならば俺はみんなを、愛バを信じて待つだけだ。

 

「2人とも。ルドルフからの伝言だ。至急、生徒会室に集合せよってな」

「わかった。このシュークリームを食べ終わったら行くよ。10秒待ってくれ(モグモグ)」(460)

「あとライス、ルドルフはお前の味方だ。迷った時はルドルフを信じろ。だから無理せず頑張ってくれ、頼む」

「…?よくわからないけど……お兄さまがそう言うなら、ライス、がんばるね!」(93)

 

 フンスと意気込むライスと、シュークリームの山を一瞬にして更地にするオグリの頭を優しく撫でて、生徒会室(せんじょう)へと送り出す。

 

 こうなった以上、もう俺にできることは何もない。みんなを信じ、にんじんハンバーグを作りながら自宅待機するだけだ。大丈夫、みんな無事に戻ってくる。今晩は全員で笑いながら食卓を囲むんだ。ゴルシとタキオン欠席だけど。

 

「なぁタキオン、やっぱり今日の懇親会来ないか?みんなで摂る食事も悪くないもんだぞ」

『…………』

「……ん? タキオン、どうかしたか?」

『……む、すまないモルモット君。私としたことが、少しボーっとしていたようだ。ええっと、何の話をしていたっけ? ああ、夜のうまぴょいの話だったか』

「それはもう回避した未来だ。懇親会への参加、どう?」

『言ったはずだよ、やりたい実験があると。これだけは今夜しか行えないんだ。悪く思わないでくれ』

 

 俺は何度も誘うが、タキオンの意思も硬いようだ。

 まぁ、無理強いはしないでおこう。

 

「あとタキオン。このメガネって何時までかけてればいいんだ?」

『懇親会とやらが終わるまで、かな。数値の変動を最後まで確認したい。できればもっとイレギュラーなデータが欲しいなぁ』

「そんな物欲しそうに言われても……もう1000を超える好感度はないと思うぞ。みんな正気に戻りそうだし」

『実験結果は最後の最後までわからないものだよ。夢の10000超えの可能性も0%じゃない』

「そうなる確率が0%に決まってるだろ。絶対来ないから、そんな悪夢のような未来」

 

 

 

 ※100% 100% 100%

 

 

 

 





おまけ


☆最終回に向けて簡単な人物紹介☆

トレーナー
・死亡フラグを立てる天才。存在しない記憶を保持している。手や汗から特別なフェロモンを発しており、これをウマ娘が長時間浴びると狂ってしまう。もう助からない。

シンボリルドルフ
・トレーナーの最初の担当ウマ娘。故にフェロモンを浴びている時間も一番長いため完全に手遅れ。普段は我慢しているが過去に2度限界を超えており、その度にあらゆる薬を混ぜたブレンドアイスティーで昏睡したトレーナーとうまぴょい伝説している。グルーヴが後輩に盛った薬は彼女が貸したもの。

ゴールドシップ
・2番目の担当ウマ娘。もともと狂っているためフェロモンの効果を受けない唯一のウマ娘。いろんな意味で手遅れ。太平洋横断中。

アグネスタキオン
・3番目の担当ウマ娘。唯一フェロモンの存在に気付いている。フェロモンには研究対象として興味を持っているが、なるべく浴びないように気を付けている。しかし実は手遅れ。

オグリキャップ
・4番目の担当ウマ娘。三大欲求を食欲に全振りしていたためフェロモンを浴びても問題なかったが、おにぎりの一件で大量のフェロモンを体内に取り込んでしまったことで手遅れになる。トレーナーを食べたい(物理)なので、現在だと一番危ないウマ娘。

トウカイテイオー
・5番目の担当ウマ娘。中等部特有の思春期中にフェロモンを大量に浴びてしまったので、誰がどう見ても手遅れ。トレーナーがウマ娘と話している分にはまだ我慢できるが、雌の人間と話しているのを見ると何かをへし折りたくなる衝動に駆られるやんちゃな娘。

ライスシャワー
・6番目の担当ウマ娘。トレーナーをお兄さまと呼んでいるが、血が繋がっているわけではない。まだトレーナーのチームに入って日が浅いため、フェロモンの効果をあまり受けていないが、最終回で手遅れになる。


☆次回、最終回(バッドエンド)———!



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最終話.誰がどう見てもバッドエンド

 

 

 

「ふんふぅー、ふふんふぅー、ふーんふふぅーんっと」

 

 

 鼻歌交じりにハンバーグを焼き続けること2時間弱。換気扇をかけているにも関わらず、我が家のキッチンには腹を刺激する肉の良い香りが充満している。

 

 キッチンのコンロを全てフル活用して何十枚ものハンバーグを焼いてきたが、まだまだこれからだ。この程度のハンバーグの山、オグリが息を吸えばすぐになくなってしまう。まだまだ焼いていくぞ……と気張ってはみるが、スーパーで買ったお惣菜やらオードブルもたんまりある。よっぽどのことがない限り足りるだろう。なんたって、今回かけた食費は俺の給料3か月分だからな。足りなきゃ嘘だぜ。

 

 腕時計を確認すると、現在時刻は午後6時30分。みんなには7時集合と伝えてあるし、早い奴ならそろそろ来そうだな。

 

 

 ……今、俺の心に不安はない。そう断言できるほどの自信とゆとりが心にある。ルドルフは約束を絶対に破らないウマ娘だ。『幸福な未来を約束しよう』と確かにアイツは言った。だから必ず、みんなと楽しく食卓を囲める未来が来ると俺は信じている。

 

 信じているのはルドルフだけじゃない。へし折っちゃう系ウマ娘と化したテイオーも、君の膵臓を食べたい系ウマ娘と化したオグリも、妹のライスも、みんな信じている。己の欲望に打ち勝って、必ず俺のもとに戻ってきてくれると信じている。

 

 俺たちチームの絆は絶対だ。そこに疑いの余地はない。

 だから俺はただ信じて、もう少しだけハンバーグを焼いて待とう。

 

「ソースはデミグラスとケチャップと……人参ソースもあればいいかな。どう思うタキオン?」

『————』

「……返事がない。ただの屍のようだ」

『————』

 

 料理を作り始めてから間もなく、タキオンからの通信が途絶えた。ボケても返事がないし、お手洗い中か? それにしては長いが……ああでも、やりたい実験があるとか言ってたし、その準備中かな。

 

 よし。懇親会が無事終わったら、差し入れに料理を持って行ってやろう。アイツは研究や実験に集中すると飲まず食わずで2、3日徹夜することも珍しくないからな。その辺はトレーナーとして、ちゃんと健康管理をしてやらないと。

 

 

 ピンポーン!

 

 

 タキオン用のハンバーグを一枚ラップで包んだところで、運命のインターホンが鳴り響く。ついに誰か来たようだ。

 

「鍵は開いてる。入って来てくれー」

「…………」

「……ん? 入っていいぞー?」

「…………」

 

 ?? なんだ? いつもなら遠慮なくズカズカ入ってくるのに、一向に入ってくる様子がない。もしかして、チームメンバーじゃない別の誰かが来たのか?

 

 俺は不審に思いながらも玄関へ向かい、未だ開かれない扉に手を掛ける。

 

 

『アカン! アカンて! 開けたらアカン!!』

『悪いことは言わへん! 今からでも居留守と決め込むんや!』

『うまぴょいがそこまで迫っとる! ああ、もう逃げられへん!』

 

 

 ドアノブに手を掛けた瞬間、俺の中の天使と悪魔と生存本能が何かを伝えようと必死に訴えてくる。が、『そんなことあるわけないやん』と俺は一蹴して、その扉を開く。

 

 そこにいたのは、サングラスとマスクで顔を隠した、勝負服姿の4人の愛バたちだった。

 

 

 …………え゛っ。

 

「……お、お前たち? 一体何をして」

「テイオー、オグリ、ライス。やっておしまい」

「「「ハッ!!」」」

「おぶぅ!?」

 

 ルドルフが3人に指示を出すと同時に、俺は頭陀袋(ずたぶくろ)を頭から被せられた。そしてその上から縄でぐるぐる巻きにされ、身動きが取れないように固定される。

 

 何が何だかさっぱりわからないまま、俺はなされるがまま4人に担がれて、えっほえっほと何処かへ運ばれていく。

 

 

 頭陀袋の中で、俺は後悔した。

 信じるべきは、己の直感だったと。

 

 

 

*————————*

 

 

 

 

 10分ほど経っただろうか。目的に到着したのか、俺は頭陀袋に入れられたまま、優しく降ろされた。縄が解かれ、視界も開ける。連れて来られたのは、意外にも見慣れた場所だった。

 

 一つのチームに一部屋ずつ割り振られる、トレセン内のミーティングルームだ。よくチームメンバーとここに集まっては、ミーティングや勉強会、小さな祝勝会などを開いている。例のおにぎりもここで配ったものだ。

 

「手荒な真似をして済まないトレーナー君。君を連れ出すのに、この方法しか考え付くことができなかった」(70)

 

 マスクとサングラスを取り、最初に謝罪の言葉を繰り出したのはルドルフ。いやいや、もうちょっとマシな方法あったでしょ。ゴルシじゃないんだから。

 

 ルドルフの頭の数字は安定の70。

 最悪の状況を覚悟していたが、好感度に変わりはないようだ。

 

「お兄さま、痛くなかった…? ライス、やさしく縄を結んだつもりだけど……痕とか付いてないかな……?」(72)

「あ、ああ。大丈夫だ。ちょっと驚いたけど」

 

 ライスも変わらず普通だ。好感度も様子も、おやつタイムに会った時となんら変わらない。人攫い一歩手前の所業をしでかした直後とは思えないほど普通だ。

 

 考えても埒が明かないし、目の前に張本人たちがいるんだ。説明を求めよう。

 

「ルドルフ、状況説明を頼む。俺にはもう何が何だかさっぱりわからない。ドッキリか?」

「ドッキリではないし、状況が吞み込めないのも無理はない。何も理解できていない状態の君を、この場所に連れてくることが目的だったからね」(70)

「この場所……って、ミーティングルームにか?」

「ああ。トレーナー君の部屋は刺激が強過ぎて、話し合いが難しいと判断したんだ。何より、彼女たちの要望もあってね」(70)

 

 ルドルフはそう言うと、視線を俺からとある2人へと移す。

 

「……トレーナー」(74)

「と、とれーなー……」(102)

 

 そこには、不安と後悔で押しつぶされそうな顔をしたオグリと、今にも泣きだしそうなテイオーがいた。

 

 ……なるほど。ようやく察しがついたぜ。

 テイオーは100とちょこっとオーバーしているが、それでも午前中と比べれば良心的な数値に下がっているし、ハイライトもしっかり戻っている。ルドルフとライスは本当に頑張ってくれたようだ。

 

 先に頭を下げたのは、暴走した食欲により自分を見失っていたオグリキャップ。

 俺は黙って、彼女の言葉を待つ。

 

「……済まなかったトレーナー! あの時の私は、どうかしていた」(72)

 

 俺もそう思う。

 

「ルドルフとライスに諭され、ようやく気付いたんだ。いくらトレーナーが美味しそうに見えるからって、食べようとするのは間違ったことだと」(71)

 

 俺もそう思う。

 

「……正直に言うと、まだトレーナーのことは美味しそうに見える。けど信じてほしい。私はもう、自分のこの欲求には吞まれない。これから先の行動でそれを証明して見せる」(75)

 

 そう言って顔を上げるオグリの瞳には、強い意志が宿っているように見えた。まるで『これからは一日三食とおやつだけで我慢します』と宣言しているような瞳。まさかオグリがこんな目をするなんて……。

 

 オグリの思いは、確かに俺に伝わった。

 今度は俺が返してやる番だ。

 

「オグリ」

「っ」(70)

 

 名前を呼ぶと、オグリは肩をビクッと震わせる。

 俺に何を言われるか不安なのだろう。しかし、不安を感じているということは、今までの行いに罪悪感を感じ、反省しているということだ。

 

 なら、俺から返す言葉はこれでいい。

 

「……次のレース、買ったらご馳走だ。期待してるぜ」

「…っ!ああ!まかせてくれトレーナー!!」(82)

 

 よし、これでオグリは完璧に正気に戻った。

 残りは一人、オグリの後ろに隠れている帝王様だけだ。

 

 テイオーはこちらの様子を伺っては、オグリの後ろに隠れるのを繰り返している。その様子だけで、言いたいことがあるけど言いだし辛いって気持ちが手に取るようにわかる。ここは背中を押してやるのが吉と見た。

 

「らしくないぞテイオー。言いたいことはスパッと言うのがお前だろう」

「……と、トレーナー……ボクのこと、怒ってない……?」(98)

「怒らせるようなことした記憶でもあるのか?」

「……ううぅ………」(94)

 

 オグリ同様、テイオーもかなり自責の念を抱えているようだ。反省しているようで何よりだが、あんまり自分を責めすぎるのも良くないことだ。

 

「テイオー、ゆっくりでいい。俺は怒ってないし、怒るつもりもないよ」

 

 俺はテイオーに近づき、そう言っていつものように頭を撫でてやる。

 

「……ボクね、自分のことしか考えてなかった」(94)

 

 そうしてやると、ポツリと、テイオーが言葉を零し始めた。

 

 

「トレーナーの一番はボクだってずっと思ってた。……ううん、ちょっと違うかな、トレーナーの一番はボクじゃないとダメだって思ってたんだ」(93)

 

「他の誰かがトレーナーのそばにいるとね、心がドロドロに熔けちゃうような、そんな気持ちでいっぱいになって……そんなの絶対に許さないって思うボクがいて……」(96)

 

「でも、カイチョーとケンカしてわかったんだ。トレーナーの隣に立ちたいのは自分だけじゃないって。ボクの気持ちに負けないぐらい、みんなトレーナーのことが大好きなんだって」(102)

 

「それなのにボク、トレーナーを独り占めしたくて、みんなにもトレーナーにも酷い事言って……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」(99)

「謝らなくていい。言ったろ、怒ってないって。寧ろ嬉しいよ、テイオーがそう思えるほど精神的に成長したことが。……大人になったな」

「ど、どれーぇなぁー……うわあぁぁん!!」(98)

 

 俺の胸でワンワン泣くテイオーを、あやす様に背中をポンポンしながら慰める。今だけ父親になった気分だ。

 

 ふぅー…と、心の中で大きなため息をつく。テイオーもオグリも正気を取り戻したし、これで安心して明日を迎えられそうだ。ルドルフとライスには足を向けて寝られないなこれは。

 

 そもそも今日は何でこんなことになったんだっけか……ああそうだ、タキオン作のこのメガネが原因だった。軽い気持ちで引き受けた実験が、まさかこんなことになろうとは思わなんだ。

 

 皆の気持ちを知る良い機会だー、とか思ってたなぁ俺。知った結果散々な目にあった気がしないでもないが、終わりよければなんとやらだ。皆との絆もより深まった気がするし。

 

「これで一件落着だな。さぁ皆、俺の家に戻ろう。料理の支度はできてる。今夜は無礼講だ、パーッと楽しもうぜ!」

 

 よっしゃあ! 誰がどう見てもハッピーエンド!

 最終話、完ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その必要はないよトレーナー君」(14800)

「……………えっ?」

 

 

 ガチャ ガチャガヂャ  ガギャゴン゛

 

 

 ルドルフのセリフと頭の数字にあっけにとられたその一瞬、唯一の出入り口である扉の方から物凄く鈍い音が鳴り響く。

 

「南京錠の締め方はこれでよかっただろうか」(12000)

「だいじょうぶですオグリさん…説明書通りやれていました…! 」(3200)

 

 そこには南京錠……南京錠? いや、俺の知ってる南京錠はあんな形をしていない。南京錠ではないが、妙にゴツくてメカメカしい南京錠のような何かを扉に取り付けているオグリとライスがいた。

 

 出入り口の扉だけじゃない。窓にも同じようなものが取り付けられており、ご丁寧に窓の外には防犯シャッターまで降りている。

 

 つまり、今この部屋は完全な密室となっている。そして、あの南京錠のような何か。仮に俺がペンチを持っていたとしても、あれを壊して外に出ることは叶わないだろう。

 

「……うぅ……ぐすん……くんくん……ふへへ……アハッ」(13500)

 

 俺の胸で号泣してたはずのテイオーは、泣き止んだにも関わらず一向に俺を離そうとしない。それどころか、狂気に満ち溢れた笑顔をしながら、その小さい身体を俺に擦りつけてきている。

 

 ふむ。ここまで冷静に状況を把握してきたが。

 そろそろ限界かもしれん。叫んでいいかな?いいよね??

 

「誰か助けてぇえええええええ!!!!!」

 

 それは魂の叫びだった。

 俺は地球の裏側にいるゴルシにも届ける勢いでSOSを叫んだ。というか、叫ばずにはいられなかった。

 

「ふふっ、何を怯えているんだトレーナー君」(15000)

「ひっ!? るどっ、ルドルフ! お前おままおま、何だその数値!??」

 

 回らない呂律(ろれつ)を必死に動かし、ルドルフに問う俺。

 

 さっきまで70から微動だに変動しなかったルドルフの好感度が、15000という桁違いな数字にワープ進化を遂げている。ハイライトのなくなったルドルフの目は、獲物を視界に捉えた肉食獣のそれだ。

 

 俺の生存本能はもう白旗を振って諦めているが、俺の魂はまだ諦めるなと死に物狂いで俺を応援してくれてる。そうだ、まだ諦めちゃいけない!

 

「数値? ……ああ、今のトレーナー君は私たちの好意を視認できていたのだったな」(16200)

「っ!? 何故それを!?」

「タキオンから聞いてるよ。しかし、その眼鏡のお陰でとても苦労した。君と2人きりの間、平常心を保つの正に艱難辛苦(かんなんしんく)、拷問に近い苦行だったよ。でも……もう我慢の必要はない」(20800)

 

 そう言うと、ルドルフの好感度がまた跳ね上がり、遂には20000を超えた。助けて。

 

 だがちょっと待て。メガネのことをタキオンから聞いていた、だと? 俺に対しては口酸っぱく口止めを強要していたのに?

 

『何故、私が会長にメガネの事を教えたか。気になってしょうがないようだねぇモルモット君』

「た、タキオンか!? 助けてくれタキオン! いまミーティングルームに拉致監禁されて」

『みなまで言わなくてもわかっているよ。何故なら』

 

「既に私は、ここにいるからね」(17000)

 

 眼鏡から聞こえていたはずのノイズ交じりの声が、まるですぐそばで喋ってるかのように鮮明に聞こえた。

 

 振り向くと、そこにいたのは俺が直前まで助けを求めていたウマ娘、アグネスタキオンがいた。が、頭の数値を見て俺は悟った。助けを求める相手を間違えたと。

 

 ちょっとまってちょっとまってちょっと待て!

 お前がこの数値はおかしいだろぉ!

 

「どういうことだタキオン! 目が合えば挨拶する程度の好意って、自分で言ってたじゃないか! なのにその数値って……!」

「私が会長に立てた仮説を覚えているかい? つまりそういうことさ。実に名演だったろう、フジキセキくんとオペラオーくんに頭を下げて教えを請うた甲斐があったというものさ。はっはっは!」(17200)

「なにわろとんねん!!」

 

 つまりなんだ。タキオンもルドルフも、鋼の意思で俺への好意を抑えていたって言うのか? いったい何のために……って、このタイミングでタキオンが姿を現した時点で答えは出てるじゃねぇか!

 

「ま、まさか……俺は今日一日、ずっとお前の掌の上だったってことか……!?」

「ふぅむ、その答えは半分正解だね」(17400)

「半分?」

「正解は、私たちの掌の上だよトレーナー君。さて……そろそろかな?」(21000)

「そろそろって何を……うっ!?」

 

 ルドルフが意味深にそう呟くと、俺の身体に異変が起こる。

 

 一言でいえば、身体が熱い。頭も足もクラクラするほど全身が熱いが、特に下半身にある俺の7人目の愛バ(意味深)が高熱を帯びているのを感じる。

 

 瞬間、走馬灯のようなものが頭をよぎる。

 今日、生徒会室でルドルフと会話したときの場面。ルドルフの冗談とは思えないセリフを聞いて、気持ちを落ち着かせるためコーヒーを一杯飲んでるなぁ俺。盛られちまったなぁ俺。

 

「トレーナーの身体、すっごく熱い……なんだかボクも熱くなってきちゃった。えーいっ!」(13800)

「いっ!?」

 

 熱のせいで足がおぼついていた俺は、いとも簡単にテイオーに押し倒される。背中に強い衝撃が走る…と思ったら、何故か床には俺が使っているハズの布団が敷かれており、痛みはほとんど感じなかった。

 

 俺の身体にウマ乗りになって、舌なめずりをしながら俺を見下ろすテイオー。まずいですよ! こんなんレ〇〇゜じゃないですか! えっちなのはいけないと思います! 純愛以外認めんぞ俺は!

 

「降りろテイオー! お前、自分が何してるのかわかってるのか!」

「何って、うまぴょいだよトレーナー。へっへっへ、安心して。やり方はカイチョーに教えてもらったから! 」(14000)

「ルドルフぅ!? 」

 

 ヤル気満々なテイオーの発言に驚きを隠せない。

 ルドルフさん!? 中等部の娘にナニ教えてるの!?

 

「うむ、流石に説明不足が過ぎるかな。テイオー、一旦待てだ。私が良しと言ったら続行を許可する」(22000)

「はーい!」(15300)

「俺の意思は!?」

「モルモット君に拒否権などあるわけないだろう」(17200)

 

 ルドルフとタキオンは俺のそばにしゃがみ込む。南京錠(仮)の設置を終えたオグリとライスも同様に俺の周りに集まった。

 

 傍から見たら集団強漢一歩手前のこの状況。

 ここからハッピーエンドへと向かう道、ある?

 

 

_人人人人人人_

> ※ない  <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄

 

 

「事の発端は3日前、タキオンがこのメガネを発明したことから始まった」(26000)

 

 そう言うと、ルドルフは俺のメガネを指さして説明を始めた。

 

「『担当ウマ娘の好意を数値化するメガネ』……非常に恐ろしい発明品だ。このメガネをかけてしまえば、幾ら鈍感なトレーナー君でも私たちの好意に気づいてしまう。私たちの愛の大きさを知ったら、今まで通り接してくれなくなってしまうかもしれない。私はそれを恐れた」(27000)

 

「私がこのメガネを作ったのは、ただの興味本位だよ。しかし会長には多大な恩があるからねぇ、実験前に一応報告したのさ」(16200)

 

「トレーナー君が私たち誰か一人を選んでくれるなら、最悪それでも良いと思った。だが、きっと君は誰も選ばない。君は私たちの誰よりもチームの絆を大切にしていたからね。かといって、私たちがトレーナー君を取り合う事態に発展してしまうのも回避したかった。だから、一度みんなで話し合いをしたんだ」(28000)

 

 その話し合いって言うのが、ライスとオグリが生徒会室に召集されたあの時だったんだな。どうして”みんな”の中に俺を入れてくれなかったんですかねぇ……。

 

「話し合いは難航したよ。全員でトレーナー君への愛を、思いの限り打ち明けあったからね。特にテイオーの愛の深さは、私も開いた口が塞がらないほどだったよ」(30000)

「えー、カイチョーも大概だったよー。だってもう2回もうまぴょいしたんでしょ、抜け駆けはずるいよー」(16400)

「仕方ないだろう。元はと言えばトレーナー君が無意識に私たちを誘惑するのが悪いんだ」(32000)

「……えっ? 2回? えっ??」

「話を戻そう」(32400)

 

 いや勝手に戻さないで。

 えっ、ちょ嘘だろおい。俺うまぴょいされてたの!? しかも2回!? 知らん間に卒業してたの俺!? 何が鋼の意思だ! 全然我慢できてないじゃないか!

 

「私たちは話し合いの末、みんながどれほどトレーナー君の事を愛しているかを相互理解することができた。そして、一つの結論に至った」(35000)

「け、結論……?」

「トレーナー君には、私たち"全員"を1番として見てもらおうってね。だが安心してほしい、君との約束は守る。私たち全員で必ず、君に幸福な未来をプレゼントすることを誓おう」(42000)

 

 そう言うと、ルドルフは優しい手つきで俺の頬を撫でる。勝負服姿のルドルフは手袋をしているが、今だけはそれを外していた。

 

 ルドルフに言われるまでもなく、俺にみんなのことを一番に思っている。だが、ルドルフの言っている意味はそういうことじゃないのだろう。おそらく、恋愛対象として、愛バ関係としての一番と言う意味だ。

 

 ルドルフの指は次第に俺の口元に近づき、人差し指が俺の唇に触れる。彼女はその人差し指を軽く眺めた後、ペロリと舐めた。

 

「……ふっ、ふふふっ。やはり君の唾液は実に甘美だ。今日もたっぷり堪能させてもらうよ」(56000)

「会長。私はもうお腹が減って待ちきれない。食べて良いかな?」(17000)

「良いだろう。味見は大切だ」(57000)

「待て待て待て待て! オグリ、お前はダメだろ! お前の食べるは命に関わるやつだろ!」

「問題ないトレーナー、身体は食べない。会長から教えてもらったのだが、男の人には舐めたり吸ったりすると濃厚なお粥を出す部位があるのだろう。それを頂きたい」

 

 下ネタが過ぎる!

 というかそっちも命に関わるっての! テクノがブレイクするっての!

 

「ら、ライス助けて!お兄さまがピンチだ!その腰の短刀を使う時が遂に来たぞ!」

「だいじょうぶだよお兄さま……会長が言ってたの。これは、みんなが家族になるための準備だって……。ライス、それってとっても幸せなことだと思うの。ライスの幸せはお兄さまの幸せって、昔よく言ってたよね……?」(5400)

「そんな記憶な……いや……えっと……やっぱねぇわ! そんな記憶なかったわ!」

 

 やべぇよやべぇよ、マジどうすんだよコレ! ルドルフがみんなに要らん知識を植え付けた上で協力体制を取ったせいで、もう俺の味方が誰一人居ねぇ! しかも薬を盛られたせいか『このまま快楽に流されても、いいかな?』と、俺に『いいとも!』と言わせようと理性が語り掛けてくる! 

 

「諦めたまえモルモット君。私としても、君にはうまぴょいしてもらわないと不都合だ」(16600)

「な、何だと……!?」

「いつかは試そうと思っていたことだ。君のフェロモンはウマ娘を狂わせるが、同時に身体能力を底上げる効果がある。うまぴょいは君のフェロモンを極限まで体内に取り込む行為だ。もちろん私も参加するよ、実験データは大いに越したことはないからね」(17000)

 

 つまりタキオンは、遅かれ早かれ、俺はこうなる運命だったと言いたいようだ。くそったれ。

 

 ……もう、詰みだな。この状況を打開する術はもうない。ルドルフもテイオーにかけた『待て』の指示を解こうとしている。そうなれば最後、俺はみんなとうまぴょい伝説だ。ははっ、いったいどこで間違えたんだろうな俺……。

 

 俺は諦めて目を閉じる。

 その時だった。地面から妙な音が聞こえたのは。

 

「………むっ?」(16600)

「何の音だ? 今のトレセンは生徒会長権限で私たち以外使用禁止にしてあるはずなのだが…」(60000)

 

 どうやら俺の幻聴ではないようで、ルドルフたちにも聞こえているようだ。と言うことは、この音はマジで下から聞こえている?

 

 全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。謎の音はどんどん大きくなり、そしてその発生源は、ミーティングルームの床に人一人通れるほどの穴をドカンと開けて現れた。

 

 

「天元突破ゴルシちゃん、ここに見参ッ!! アタシは毎日が空色デイズだぜッ!」(のりしお)

「ご、ゴルシぃいいいい!!!」

 

 

 意味の分からないことを言いながら穴から出てきたのは、ブラジルまでボンボヤージュしたはずのゴールドシップだった。その手にはどこかで見たことあるようなドリルを持っている。

 

 ツッコミどころ満載の登場だが、ここにきて希望が見えた! ゴルシならワンチャンあるぜオイ!

 

慮外千万(りょがいせんばん)、相も変わらず予測のつかない登場の仕方をするなゴールドシップ。しかし、君は今太平洋を横断していると思っていたのだが、なぜ地中から?」(62000)

「いやさぁ。水陸両用セグウェイでブラジルまで行くつもりだったんだけどよー、ふと閃いたんだよ。『海を渡るより地面掘っていた方が距離近くね?』って。マジ天才だと思ったわ私、今年のノーベル賞はゴルシちゃんに決まりだぜ」(かたつむり)

 

 ノーベル賞を無礼(なめ)るな。

 

「でさー、ブラジルまで到着したタイミングでゴルシちゃんレーダーがまた反応してさ。引き換えして来てみれば、おもしれーことになってんじゃんか!」(きりたんぽ)

「理由は兎も角よく来てくれたゴルシ! 頼む助けてくれ!!」

「任せな! オイお前ら!トレーナーの言いたいことわかってんのかぁ!?」(ほたて)

 

 ゴルシは俺にグーサインを出して、5人に対して牙を向ける。

 

 おお! まさかゴルシがこんなにも頼もしく見える日が来るなんて……! 流石俺の愛バの一人だ! さぁ言ってやれ! お前の言葉ならみんなに届くかもしれない! あとは託した!

 

 

「トレーナーはなぁ!『日本での重婚は認められてない。するならナイジェリア辺りに移住してからだぜハニー達』ってことを言いたいんだよ!」(つくね)

「違ぁう!違ぁあう!!」

 

 

 あ゛あ゛あああああああっ!!

 う゛あ゛あああああああっ!!

 

 

 やっぱゴルシはゴルシだった!

 そりゃそうだ! だってゴルシだもん!

 

「む……確かに、それはトレーナー君の言う通りだ。私としたことが、そこまで考えていなかったよ」(63000)

「ふっ、だが安心しな。この穴はナイジェリアにもつながってる、入れば5分で到着さ。アフリカ大陸は一夫多妻制の国が多いことで有名からな。野郎ども、ゴルシ様に感謝しな!」(ねぎま)

「わぁ…! ありがとうゴールドシップさん…!」(5500)

「感謝する、ゴールドシップ。君もトレーナーを味見していくか?」(18800)

「病気になりそうだからいいわ」(うめぼし)

 

 も、もう突っ込む気にもなれない……。

 誰が病気持ちだこの野郎…。

 

 一瞬だけ希望の光が灯ったように見えたが、別にそんなことはなかったぜ。せっかく俺の愛バ6人が全員揃ったのに、全員が医者が匙を投げるレベルに手遅れだったなんて……。

 

「ハァ……ハァ……ねぇカイチョー。もういいかな? ボクもう……ね?」(30000)

「ああ。待たせて済まない。念の為確認しておくが、一回うまぴょいしたら交代だぞ?」(75000)

「うん!」(42000)

 

 俺の上で涎を垂らし、息を荒げながらルドルフに催促をかけるテイオー。その表情は中等部の女の子がしてはいけない程に発情しているように見える。

 

 テイオーだけじゃない。ルドルフも、オグリも、ライスも、タキオンも。全員が顔を赤く染めて息を荒げている。ゴルシは無言でビデオカメラを構えながら、俺に親指を立てている。

 

 ………もう、俺が言えることはこれしかねぇや。

 

「……や、優しく、してね?」

「えへへ、むり☆」(530000)

 

 

 

*————————*

 

 

 

 その後、トレーナーを姿を見たものは誰もいない。

 

 彼だけではなく、彼が担当していたウマ娘たちもトレセンから姿を消した。彼女たちが見つかったのは、行方不明になって3日後の事。トレーナーとウマ娘たちは、日本から遠く離れたナイジェリアに国籍を移し、活動の場をも海外に移したのだ。

 

 トレーナーがトレセンに戻ることはなかったが、ウマ娘たちはトレセンとナイジェリアを行き来している。2点は遠く離れているが、彼女たちには片道を5分で行き来する術を持っていたので問題なかった。

 

 彼女たちは海外でも活躍を続け、彼女たちの名と、彼女たちのトレーナーの名はあっという間に世界に轟いた。しかし不思議なことに、トレーナーの姿を見たものは誰一人としていない。

 

 彼女たちが新しく建てたナイジェリアの新築からは「Tasscatea(たすけて)」とトレーナーのと思われる声が聞こえるらしい。しかし、現地の人は日本語がわからないので『ジャパニーズは賑やかなんだなぁ』と思うだけなのだった————。

 

 

 

  B A D E N D

 

 

 

 

 

 

 



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