アサルトリリィ -RED THISTLE- (ブリガンディ)
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BOUQET -少年とリリィたち-
第1話 開幕


ラスバレ一周年記念ってことで、私もアサリリ小説やってみようと思います。

本編前にちょこっと解説
・タイトルのRED THISTLEとは
赤アザミと言う花。花言葉は「権威」「報復」「復讐」。

・CHARMの扱える設定に関して
Twitterにある公式二水ちゃんより。一応男もCHARMを使えるだけならできるらしい。

男主人公を使ったn番煎じかも知れない作品になりますが、お付き合い頂けたら幸いです。

追記……残酷な描写無い風にタグ付けてたけど思いっきりありますわ……本当にすみません。


魔力とも呼べる力──『マギ』を体内に内包する生命体である『ヒュージ』。これらが現れて以来、人類は存亡の危機に立たされていた。

現代兵器では全く歯が立たず、一方的に蹂躙される結果となっていたことが原因で、暫し敗走を強いられることとなる。

しかしながら、そんな出来レースに近しい状況下に追い込まれた人類も、何も出来ずに終わったわけではない。

それはヒュージと同じくマギを扱うことでヒュージを倒せる武器、Counter Huge ARMS(対ヒュージ可変型決戦兵器)──通称『CHARM(チャーム)』と、それを取り扱うことのできる存在である『リリィ』のおかげだった。

CHARMを振るい、ヒュージと戦うリリィの奮闘により、今日日までおよそ五十年間の間、幾つかの拠り所を失いながらも、人類は抗い、生き延び続けてきたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして続いているそのヒュージとの戦いにて、一人のリリィが窮地に陥っていた。

 

「(な、何あれ……?あれもヒュージなの……?)」

 

塀がいくつもあり、通りの悪い道のところで、黒と白(モノトーン)のお嬢様を思わせる制服を着るリリィとなった少女──一柳(ひとつやなぎ)梨璃(りり)は目の前にいる蛇を思わせる見た目をした鉄色の生命体を前に動揺していた。

肩に掛からないくらいにくらいに短く整えた桜色の髪に、幸運の象徴とも言える四つ葉のクローバーの髪飾りをつけている彼女は今日リリィとなったばかりであり、入学して早々に自身のいる『ガーデン』にて研究対象であったヒュージが脱走し、それの対処に当たっていた。

ガーデンとはリリィを育成する軍事教育機関であり、本来ならばそこでリリィとしての戦い方や、リリィが扱うCHARMの整備方、ヒュージの特性等を学んだりする場所である。

命の危険が付きまとうことから、リリィによっては幼少の頃から戦う術を学ぶ者もいるが、梨璃はそうではなく、二年前に窮地を救ってくれたリリィへの憧れからリリィになる決意を固めた為、それはできていない。

 

「(ど、どうしよう……?夢結(ゆゆ)様はまだ目覚めないし、(かえで)さんも戻って来るか分からない……)」

 

彼女のそばで気を失っている青みがかった黒い髪を持つ少女──白井(しらい)夢結が、その梨璃が憧れたリリィであり、彼女の力になりたい故に梨璃が無理言ってついて来た形である。

そして、無理言ってついて来てしまった事から登録を済ませていないCHARMを現地で、しかも戦っている最中に登録し、それでどうにか一回だけ、もう一人のリリィと共にヒュージに攻撃を加えて夢結がヒュージを討つ手伝いはできたのだが、問題がこの先だった。

斃れたヒュージの体液と、倒し方が悪かったのか、真っ二つにされたヒュージの体の当たった位置が悪く、崩落する建物が落としてくる瓦礫(がれき)からもう一人のリリィを梨璃が突き飛ばす形で助け、その梨璃を夢結が庇う行動を取った。

これ自体は元々倒すヒュージがその脱走ヒュージ一体だけなので、間違った選択肢ではないのだが、このヒュージを追っている最中の通信妨害が起きている間にこの蛇型の生命体が接近しており、その連絡が彼女らに回って来ていないと言う、非常に不味い自体が起きている。

梨璃が気づいたのは楓を探す前に夢結に声を掛けて見ようと試みた直前であり、いくらリリィとは言えど、碌に戦い方を学んでいない、更に疲労もしている梨璃がまともに太刀打ちできる理由が全く無かった。

 

「でも……私が逃げたら……!」

 

この蛇型の生命体が何もしないなら逃げるが最善だが、それをした場合、運悪く楓がこの生命体と鉢合わせると疲労したまま戦わねばならず、更には今動けない夢結は抵抗すらできずに葬られる。

故に梨璃は、絶対に勝てないだろう戦いをここでしなければならなず、何もしない選択肢で待っている未来を嫌い、今思い描ける理想の姿を脳裏に書き起こしながらCHARMを構える。

──いつか、夢結様のようなリリィになりたい。そう願う彼女だが、目の前の脅威へ対処できるビジョンが見えず、怖くて足が震えるのを感じながらも逃げることはしなかった。

そんな絶体絶命と言っても差し支えない状況下だったが、蛇型の生命体の後ろから誰かが走ってくるのが見えた。

 

「……えっ?」

 

「ようやく追いついたな……!」

 

もう一人のリリィかと思ったが、それは違い、少年の声だった。

腰より少し先まで届いてる血のような赤いジャケットを着て、やや癖っ毛な黒髪に、ジャケットと同じく赤い瞳を持った少年は、今にも抑えていた情が爆発しそうな表情をしていた。

その少年は待ち望んでいた旨を告げると同時に、地面を強く蹴って空中に飛び上がり、手に持っていたCHARMを大上段に構える。

彼が飛んでいく方向には蛇型の生命体がおり、先程の発言からして、あれを追って来ていたのが梨璃には分かった。

 

「ヴァイパーァァァッ!」

 

まるで怨敵の名を呼ぶかのように、怒りの情が籠った声を上げながら、着地する直前に合わせて持っていた武器を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

開 幕

Opening

 

 

振りかざすは復讐の刃

──×──

Sadness turns into anger and strength

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

蛇型の生命体──ヴァイパーと呼ばれた存在は、少年が持っていたCHARMを振り下ろす直前に彼の存在に気付き、横に滑るかのような動きでギリギリ避けて見せる。

 

「まだだ!」

 

この一回の攻撃で決められると考えていなかったので、少年はヴァイパーに対して今度は横薙ぎにCHARMを振るって攻撃を行う。

すると今度は自身の体の右側の横腹にある刃を触手のように伸ばして防ぎ、反対側の横腹にある刃で同じように伸ばして反撃をする。

それならばと少年は体を捻りながら、自身の攻撃を防いでいた刃を押し出すように避け、再びCHARMを振るって攻撃に出る。

そこから少年の振るうCHARMと、ヴァイパーが繰り出す両横腹にある刃による応酬が、リリィで無ければ目にも止まらぬであろう速さで行われていく。

 

「す、凄い……!」

 

そして、リリィである梨璃はその戦いを目で追うことができており、その光景に圧倒されかけていた。なお、こうして梨璃が見ることしかできないのも、明確に理由がある。

まず初めに、もう一人のリリィを見つけることが出来れば夢結を連れて逃げることもできたが、そのリリィを探すにも夢結の安全を確保できない為、今回はそれが叶わない。

であれば、少年の戦いに参加するという選択肢も可能だが、梨璃が碌に戦い方を身につけていない為、行けば返って足手纏いになってしまう為これも選択することはできない。

更には少年がこちらを意識しているのか、ヴァイパーが自身以外見る暇が無いようにと僅かに引き離した位置で戦ってくれていた。故に梨璃はここに留まるのが正解となっている。

 

「(怪我、しないで欲しいなぁ……)」

 

図らずも自分を助けてくれた人なのだから、そう思わずにはいられなかった。

本来、ヒュージはマギと言う魔力にも等しい力を体に内包している為まともな攻撃が通らず、倒すには同じくマギを扱うことでそれを倒す武器であるCHARMと、それを扱う人であるリリィがいて始めて倒せることになる。

また、とある事情から男性のマギでは戦うヒュージとは戦えないとされ、現存するリリィは皆少女なのだが、目の前にいるのは少年だった。

落ち着いて来たことで何故リリィでない人がCHARMを持っているのか等、疑問が浮かんできたが、助けられた以上、彼が嫌がるなら無理に聞かないことを梨璃は決めた。

そして、両者の攻防は少年側が優位に立っており、ヴァイパーの防御態勢を完全に崩し切り、CHARMの銃口をヴァイパーの顔に押し付ける。

 

「吹き飛べぇ!」

 

《──!?》

 

至近距離で発射された銃弾が顔に叩きつけられたヴァイパーは悲鳴を上げ、激しい土煙を巻き上げる。

巻き上げてから間もなく少年がその煙の中を突き抜け、煙の先に背を向けないまま梨璃の隣りまで後退して来た。

煙が晴れるまで分からない──。と思ったが、梨璃には煙の先にいる影が見え、それが自分たちに背を向けて逃げ出していくのが見えた。

更には先程まで感じていた悪意も薄れており、それが遠ざかりながら薄まっていくのだから、梨璃にとってはもう確信できるものだった。

 

「あ、あの……!逃げちゃいましたよ?」

 

「何だって?クソッ……!今回もダメだったか……戦闘力は大したことないのに、何だあの耐久力と生命力は……?」

 

梨璃の声を聞いた少年は、ヴァイパーの能力に毒づきながらCHARMを腰辺りに下げ、戦闘体勢を解いた。

その後は周囲を確認した後、梨璃の方に顔を向ける。

 

「ところで、怪我は無いか?」

 

「は、はいっ!私は大丈夫……って、あぁっ!?右肩怪我しちゃってますけど、こっちはあの敵との戦いじゃないので……」

 

少年の問いに肯定したかったのだが、自身の右肩の傷口ができてしまっていることに気づき、ヴァイパーとの戦いに限っては違うことを告げる。

それを聞いた少年は「ちょっと触るぞ?」と問いかけながら、梨璃の右腕を手にとってその傷を確認する。

 

「あんまり深い傷じゃない……化膿を防ぐ為に、消毒とかくらいで良さそうだな」

 

「あ、あの……っ!いきなり何を……!?」

 

「ん……?ああ、悪い。そりゃそうか」

 

こちらの怪我を見過ごせないのは分かるが、それでもいきなり異性に触れられれば流石に梨璃も慌てた。

少年からすれば生死に関わるなら不味いのでお構いなしだったが、それでも梨璃の言い分は理解できているので一言詫びる。

 

「取り敢えず、その傷悪化しないように応急手当だけ済ませようと思ってな……消毒とテーピングだけするけどいいか?」

 

「あっ……はい。お願いします」

 

梨璃から許可を貰えたので、今度こそ少年は応急手当を始める。

その手つきは非常に慣れており、傷も少ないことからものの一分強程度で完了した。

 

「ありがとうございます。ここまでしてくれて……」

 

「気にしないでくれ。俺がやりたくてやっただけだ」

 

簡単な受け答えをした後、少年は梨璃が若干落ち込んでいる様子に気付く。

何があったのかを少年が聞いてみれば、梨璃は彼がヴァイパーに追いつくまでの経緯を話してくれた。

 

「話を聞く限りだと、寧ろついて来て正解だったかもな……君がいなかったら最悪全滅まであったし」

 

「なら、いいんですけど……」

 

その話を聞いた限りだと、梨璃がいなければ帰って来れたのは彼女のそばで横になっている夢結一人、最悪は夢結すら帰って来れなかっただろうと少年は判断する。

先程のヴァイパーの影がハッキリと見えていたのもそうだが、梨璃の目の良さは、少なくとも突き飛ばして助けたリリィの命を救っている。

 

「てことは、もう一人の子を探さないとか。それくらいなら手伝うよ」

 

「……いいんですか?」

 

「合流の予定はあるけど、助けを待ってるかも知れないなら放置は……」

 

「梨璃さーんっ!」

 

出来ない──。と、言おうとしたところで何者かが自分の後ろから梨璃の名を呼びながら走ってくる音が聞こえたので、少年は横にずれることで道を開ける。

その直後に梨璃に抱き着いたのは誰かと思って顔を向ければ、波立つような茶髪を持った育ちの良さを感じさせる少女がそこにいた。

突き飛ばされて落ちてしまった影響で髪が汚れ、タイツが破れてしまっているが、それでも気品というものを少年が感じられるので、大分いいところで育ったのだろうと考えられる。

 

「……!楓さんっ!無事だったんだ……よかったぁ」

 

その少女のなは楓・J(じょあん)・ヌーベル。梨璃と共に脱走ヒュージを討ちに来ていたリリィであり、彼女に命を助けて貰った身でもある。

とは言え、彼女自身リリィとしての実力は非常に高く、今回のヒュージが特殊過ぎただけで、普段戦うヒュージとの一対一なら余裕勝ちできるし、何なら複数相手でも一人でどうとでもなってしまうほどだ。

 

「梨璃さんこそ、右肩を怪我してしまったでしょう?戻って手当てを……あら?応急用具をお持ちでしたの?」

 

「これはこっちの人がやってくれたんだよ」

 

「簡単な応急手当だから、後でちゃんと診て貰うことは忘れないでな?」

 

少年がやったことはあくまでもその場しのぎの処置である為、そこは忘れずに促しておく。

彼の声を聞き、そちらに顔を向けた楓は彼の風貌を見て、一つの確信があったので問いかける。

 

「あなたが噂に聞く『蛇を追う者(アヴェンジャー)』……ですわね?」

 

「えっと……その呼び方、誰かが俺をそう呼んで定着したんだっけ?」

 

ヴァイパーを追うその姿が復讐者に見えることから、彼のことはこの呼び名で通るようになった。

CHARMを扱い、リリィたちを育成する軍事教育機関となる『ガーデン』にも所属していないが、ヴァイパーを執念深く追う未知の存在と言うことで最初こそ政府も警戒していたが、今は彼のことを放置している。

と言うのも、ヴァイパーを追う過程で他のヒュージがいればそちらとも戦うし、人命救助が必要なら協力する姿も見れたので、『ヒュージを討とうとしているなら敵ではない。リリィに等しい存在だ』と認定された為だった。

 

「今日も、例の個体を追っていましたのね?」

 

「ああ。だが、今日もダメだった……あの野郎、相手が自分より強いと分かればすぐに自慢の足で逃げやがる」

 

ヴァイパーが戦闘を継続する場合は『自分より弱い相手』、『消耗させれば自分が絶対に勝てる相手』に限定されており、人数は問わない。

この少年相手に逃走したのは、ヴァイパーがこの二つの条件を満たさないと早期に判断したからで、この条件を満たす場合は数が不利でも普通に戦うのが見られている。

なお、この基準はリリィや自衛官等に適用されるものであり、一般人が相手なら容赦無く襲い掛かり、誰かに様々な方向で苦痛を与えに行く。これが理由で、少年も一度大変な目に遭っている。

また、先程少年が毒づいたように耐久力も相当なもので、一撃の威力に秀でたリリィが放つ近接攻撃ですら倒すのには至らなかったらしい。

 

「ヴァイパー……三年程前に姿を見せるようになったヒュージで、どういうわけか弱者を苦しめることに特化した動きを取る特殊個体……そしてあなたは、ヴァイパーからの被害を減らす、或いはヴァイパーを討つためにそれを追いかける存在……そうですね?」

 

「個人的事情から後者の方が理由としては強いが、前者の理由もちゃんとある。今回はそっち二人に被害出なかったから良かった」

 

ヴァイパーは今より三年程前に現れるようになった特殊個体のヒュージであり、少年はヴァイパー出現から凡そ半年後辺りから姿を見せるようになっている。

楓の問いかけの内、前者は上手く行っているのだが、後者はたったの一度も成功していない。幸いにもヴァイパーは一体しか目撃されていないが、これが増えるとなったら溜まったものではない。

できる限りヴァイパーの所在はハッキリさせておきたいが、無理に追っても捉えられないのは今までの経験から把握できており、追えない相手を追うくらいなら、周囲の安全確保等に時間を割いた方が余程建設的だった。

 

「一度聞いて見たかったのですが、何故そこまでヴァイパーに執着なさるの?」

 

「……どうしても聞きたいか?」

 

「ま、まあまあ……!それを聞くのはまたにしようよ」

 

問いかけた際、少年が暗い表情をしたのに気づいた梨璃は自身の決断に基づいて楓の問いを無しにしようと動いた。

案の定楓も「梨璃さんがそう言うなら」と引いてくれたのでこの話は終わり、少年も梨璃に礼を言う。

 

「さて、アイツを追ってもしょうがないし……こっちの人、大丈夫だよな?」

 

疑問符のついたような言葉を出しながら、少年はうつ伏せになっていた夢結の体を仰向けになるように回し、首筋に触れて脈を確認する。

よく躊躇い無くできるな。と、楓も梨璃も思うが、人命が掛かっているなら寧ろ彼のように即時行動がいいので、責めはしない。

 

「正常な打ち方はしてるな……なら、後は時期に目を覚ますだろ」

 

「本当ですか!?」

 

少年の判断に、梨璃も一安心だった。自分を庇ってそうなったのだから、その安心は大きい。

残りは脱走ヒュージの残骸は梨璃たちが所属する場所に回収される未来は見えているので、少年がこの場でやることは今度こそ無くなった。

 

「さて、時間になったし、俺はそろそろ合流先に行くよ」

 

「はい。危ないところを助けてくれて、ありがとうございました」

 

梨璃の礼に頷き、少年は木々の続いている場所へ今度こそ移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(一応、あの至近距離での高出力射撃(バスターキャノン)は効いてる……)」

 

梨璃たちと分かれてから凡そ一時間半経過した後──。木々に囲まれた道を抜け、都心近くまで人目の付かない道にバイクを走らせる少年──如月(きさらぎ)隼人(はやと)は今回の戦いを振り返っていた。

CHARMは近接戦闘を主に行う近接攻撃(ブレード)形態(モード)と、遠距離からの射撃攻撃を行う射撃攻撃(シューティング)形態(モード)の二つがある。

そして、CHARM次第では近接攻撃形態を二つ持つものがあったり、CHARMごとに遠距離攻撃形態で使える弾種に違いが存在し、隼人のCHARMは近接攻撃が一形態、遠距離攻撃では高威力射撃のバスターキャノンを使用するものになっている。

今回はそのバスターキャノンを至近距離で放ち、ヴァイパーの撃破に臨んだが結果は未達成に終わってしまった。

一応、今までもある程度距離がある所からバスターキャノンを撃ち込んでダメージを与えることはできたが、結局撃破に至ってはいない。至近距離と違って複数発当ててもである。

 

「(弾切れまでは撃ってなかったけど、あれを全部撃たせてくれるくらいヴァイパーは悠長にしてるか?)」

 

耐えらえないと断定すれば間違いなく逃げる未来は予想できる。やるとしたら、その時間を向こう側がくれるかどうかになるだろう。

考え事をしながら歩いていると、目的地である鉄のゲートで閉ざされた場所にやって来た──のだが、隼人は一度建物の横側に回り込んでバイクを停め、ゲートの横側にある小さいドアの前まで移動する。そのゲートはカモフラージュであり、出入口はこのドアである。

開錠の為のコードを数字八桁で入力する形式になっているのだが、念の為周囲を確認し、セキュリティ漏れが起きないように確認をしてから入力をする。

『20201001』と入力したコードは正しく認証され、ドアノブを捻って軽く引けばそのドアが開く。

 

「今戻りました」

 

「あら、お帰りなさい。怪我は無いようね?」

 

ドアを開けて通路を挟んだ先にあるドアを開けて声を掛けると、何やら巨大なディスプレイと睨めっこしながら作業をしている、肩より少し先まで伸ばした赤い髪を持つ、眼鏡を掛けた女性が歓迎の声を返す。

怪我の云々は彼女自身もう既に判別しているだろうが、一応二十確認の意味合いも込めて自身の状態は返しておく。判別していると言うのも、出撃した隼人のバイタルチェックはリアルタイムで把握していたからだ。

 

「すみません由美(ゆみ)さん。せっかくヴァイパーの位置を捕まえてくれたのに……」

 

「気にしなくていいわ。討伐より、犠牲者を出さない方が大事だもの」

 

ディスプレイと睨めっこしながら自身の指先を、コンソールの上でタップダンスさせていた女性──明石(あかし)由美はその手を止め、隼人にサファイアブルーの瞳を見せる。

この女性は隼人の追っているヴァイパーの位置情報をこの場で追跡・特定更には隼人の()()()()()()()まで行っており、彼女の協力あって初めて隼人はヴァイパーの追撃を可能としている。

その協力を貰う対価として、彼女が求めていたヴァイパーによる被害の防止と、近隣の地域──主に都心近くで起きたヴァイパーを含むヒュージによる被害を受けたエリアにおける救助活動要員になっている。

勿論、後者の場合でも被害が出る前に止められればそれで良しであり、なるべく迅速な対応を行うようにしている。

 

「今回戦ってみた所感はどうかしら?」

 

「至近距離のバスターキャノンは効果がありました。ただ、一発じゃ撃破は無理でした……全部撃たせてどうなるかってところですが、それをさせてくれるくらいあいつが悠長にしてるかが問題です」

 

──そこまで行くと賭け事の領域ね……。由美から見ても隼人の回答はいいものでは無かった。早い話、リリィ単独で実現しうる攻撃力での討伐はほぼ不可能であることを意味しているからだ。

だが、実現不能と確定したわけでは無いので、もう一度だけ実行する機会はある。

 

「なら、次に全てを懸けましょう。その為にも、今はゆっくり休んで。後、CHARMはいつものところに持って行って。そうすれば彼女がやってくれるわ」

 

「了解です。それじゃあまた」

 

会話を終え、ディスプレイとの睨めっこを始めた由美を確認し、隼人はこの部屋を入口からそのまま進んで奥にあるドアを開ける。

 

(れい)さん、CHARM持ってきました」

 

「戻って来たね。消費量はどれくらい?」

 

「バスターキャノン一発分、後は近接戦闘分です」

 

部屋に入るや否、隼人は背中まで伸びた蒼い髪と、紫色の瞳を持つ女性──加賀美(かがみ)玲に頼み込む。

CHARMの手入れは主にこの人が担当しており、必要であれば自身の技術によって改造することも可能だが、ただでさえ目立っている隼人をこれ以上目立たせる訳には行かないので、今はしない。

なお、CHARMの扱い方や扱う上での心構えを教えてくれたのもこの人で、由美と同じくらい頭の上がらない相手となっている。

 

「了解。それじゃあ、次の出撃までにはできるようにはしておくよ。一応、もう一本の方は整備終わってるから、間に合わなかった時はそっちを使ってね」

 

「あっちを使う場合は威力が落ちる代わりに死亡率が下がるか……分かりました。お願いします」

 

彼女が指さしたもう一本のCHARMを一瞥した後、彼女に頭を下げた後は部屋を後にする。

この部屋から直接自室として使っている場所には戻れないので、一度由美が作業している場所を経由し、入口の場所から見て左手、玲がいた部屋から出た直後の状態から見て右手へ足を運ぶ。

その先には四つドアがあるのだが、こうしたCHARMのメンテに足を運んだり、モニターで情報を見せ貰ったりと比較的移動が多いため、隼人は右から二番目のドアに自室が存在している。ちなみに一番右は玲の自室である。

部屋に入った後はジャケットを脱いでハンガーに引っ掛けた後はベッドに横になる。

 

「(どれくらいのタイミングでヒュージが出てくるかは分からないけど、まあ仮眠くらいはできるだろ)」

 

ともあれ眠って最低限目を休めて起きたいので、隼人は早速仮眠でもいいからと眠りに入った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい……!噓だろ……!?」

 

地面のアスファルトが所々割れ、高層ビルの幾つかが崩れ落ち、周囲が炎に囲まれていると言う地獄かと錯覚し兼ねない状況下に置かれた場所で、少年が少女に声を掛ける。

肩より少し先辺りまで伸ばした茶髪を持つ少女は、眠るように瞳を閉じており、背中から広がっている傷口によって流れた血の影響で体温が急速に失われていく。

この体温の失い方は人が生命の活動を止めたときと同じであることを知らないが、いつまで経っても目を開けず、力なく体を全体を下に垂らしている様な状態の彼女を見るに、死んだとしか考えられなかった。

──どうして彼女(コイツ)がこんな目に?そんな疑問を持ったと同時、右側から聞きなれない声が聞こえる。少女の体を抱えたまま体を向けると、蛇の様な姿をした生命体がそこにいた。

 

「お、お前が……!お前が……っ……!?」

 

変な声を出す彼奴(きゃつ)が自分の腕の中で眠る少女を殺めたのだと確信し、憎悪の目を向けた瞬間、右腕に重みが無くなったのを感じた。

何があったと思いながら右腕を動かして見るとやたらと軽い感じがし、そちらに目を向けて見れば、肘から先の右腕が体からお別れをして、その切れ目から血が流れていた──。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁああ!?」

 

慌てて起き上がりながら、隼人は自身の右腕を確認する。肘から先もしっかりあるし、()()失った訳ではない。

 

「起きたわね。魘されていたの、気づいていたかしら?」

 

「アリス……?てことはまたあの夢か……全く、いつになったら見ないで済むようになるんだ?」

 

声を掛けられたのでそちらを振り向けば、腰まで伸びている金髪をポニーテールに纏めた、自身の髪と同じ色の瞳を持った隼人と同年代であろう少女がそこにいた。

彼女の名はアリス・クラディウス。隼人に戦う術を教え、瀕死の自分を救ってくれた人である。

隼人が見ていた夢は三年前のヒュージの襲撃に巻き込まれた際の夢であり、そこで幼馴染みの少女を目の前でヴァイパーに殺され、自分は右腕を斬られると言う大怪我を負っていた。

そして、どういうわけかヴァイパーは自分を殺さずに放置し、アリスが瀕死の自分を見つけて由美の所まで運んで、義手による右腕の治療に漕ぎ付けたのである。

アリスが命を救い、戦う術を教え、玲がCHARMを用意し、由美がヴァイパーを始めとするヒュージの情報を収集することで、隼人が現地にて行動する流れが完成した。

 

「さっきの言い方ってことは、特にヒュージの出現は出てないんだよな?」

 

「ええ。もうすぐ食事の準備も終わるけど、シャワーくらいあるはずよ」

 

ならば済ませてしまおうと考え、早速着替えを用意し、自室のシャワールームに移動することにした。アリスは料理当番がある為、そちらに戻る。

ちなみに料理当番は基本的に手の空きやすいアリスと、ヒュージの情報が出ない時は手が空く隼人のどちらかが行うようにしており、後者はたまに程度の頻度だった。

軽くシャワーを終えて着替え終わった後、部屋を出て由美が作業をしていた部屋に行く。

全員が休息を取る際の為にテーブルが一つと、そこを囲うように椅子が四つあり、丁度四人揃って食事が取れる体制ができている。

人数も揃っていることなので、早速食事を取ることにする。

 

「……俺はこの味をまだ出せなそうだな」

 

「練習すればすぐよ」

 

料理の腕前は当番を請け負う回数の多い分、アリスに分があり、この辺りは仕方ないところがある。

とは言え、隼人が下手かと言えばそうでも無く、並みより上くらいの腕前は持っている。

 

「そんなに違うの?私、どっちも美味しいから気にしないけど……由美さんは?」

 

「料理人にしか分からない世界があるのでしょうね。ちなみに私も気にしないわ。どちらも食べられない不味さしてないもの」

 

「「(こ、こいつら……!)」」

 

二人揃って料理当番投げてやろうかと考えたが、玲もメンテナンスとパーツの取り寄せ、由美もヴァイパー等の追跡と料理する暇なんぞ無いので、投げたら自分たちも困るから不可能であった。

向こう側から話を振られない限り、味の話は控えようと二人が決意したところで、少し気を楽にできる話をしながら食事を進めていく。

食事が終わって少し腹を休め、片付けも済ませた後、今後の話を簡単にすることになる。

 

「隼人君とは既に話したけど……バスターキャノンの至近距離射撃を持ってしても、ヴァイパーの撃破には至らなかった。なので、次遭遇した時にバスターキャノンの至近距離射撃を全弾撃ち尽くすつもりで再実行してもらうことになったわ」

 

「それで撃破出来ないのは、相当なタフさですね……。そうなると、次ダメならどこかのガーデンに合流するしかないですね」

 

玲の出した結論には全員が頷く。これでダメならもう単独での撃破は不可能と断言できる。

それはつまり、ヴァイパーの単独撃破に関してもう手詰まりになっていることを査証している。

 

「ところで、お義母さま。合流させるガーデンに目途はあるのかしら?」

 

「そうね……」

 

アリスが由美を義母と呼ぶのは、血は繋がっていなくとも母親代わりをしてくれた彼女への敬意からである。

正直なところ東京付近でも良かったが、そこよりもヴァイパーを討てる可能性を持つ戦術への習熟度が高い場所が望ましかった。

 

「隼人君、今日のヴァイパーの追跡で、リリィとは遭遇したかしら?」

 

「はい。黒と白の制服のところでした。今日の場所は鎌倉の方でしたね……」

 

「黒と白の制服……ちょっと待ってね」

 

隼人の回答を聞いた玲が手に持っていたタブレット端末を操作し、操作し終えた画面をテーブルの上に乗せる。

 

「ここの制服だった?」

 

「百合ヶ丘女学院……はい。ここです」

 

隼人が今日出会った三人のリリィはこのガーデンにおり、ここはリリィの実力が全体的に高く、自主性重視のガーデンであった。

とは言え、これはあったら嬉しい要素であるあり、本命があるかどうかである。

 

「なるほど……このガーデンなら、例の戦術も得意分野だったわね」

 

「なら、後は隼人を受け入れてもらえるかどうか……でしょうね」

 

受け入れて貰える糸口自体は、ヴァイパーを追う過程でリリィの──広義的には人間の味方をしているので、ここでどうなるかだろう。

懸念点とすれば自身が何故ガーデンに所属せずにCHARMを振るっているかであり、これを向こう側がどう捉えるかになる。

 

「そこは祈るしかないわね……ところで、CHARMはどちらを持っていくの?」

 

「持っていけるならどっちも持っていきたいですけど……どっちかだけなら、今日使った方にします。玲さん、また使った場合は悪いんですけど……」

 

「大丈夫。ちゃんと整備するから、任せてよ」

 

連携をするのであれば、防御重視よりも攻撃重視の方が数の利点を活かしやすい──。というのが隼人の考えだった。

これで話す内容は全てで、今回の話し合いも終了となる。

 

「(次が最後の攻撃か……上手く行くかは分からないけど)」

 

──ともあれ、やるしかないな。ヴァイパーに対する隼人の思考に、迷いは無かった。




原作からの変更点や、ちょっとした小ネタ等の解説を入れていきます。

・如月隼人
本小説の主人公。過去の出来事が理由でヴァイパーを追っている。
一応、都心近く出身で、今まで百合ヶ丘近辺に来たことは無い。
タイトルの『RED THISTLE』はコイツの赤い格好と、復讐の花言葉から決定。


・一柳梨璃
アサルトリリィ本来の主人公。
脱走ヒュージと戦い、始めてCHARMを登録して倒すところまでは同じ。
運が悪くヴァイパーと遭遇するも、隼人が間に合って事なきを得る。
これからリリィに関する様々なことを学ぶ身である為、ヴァイパーも隼人も詳しくは知らない。


・白井夢結
初っ端から倒れた状態の登場にして申し訳ない……。
この人が倒れて無ければ、そのままヴァイパー撃退してしまうので、主人公の出番が無くなると言うメタも手伝ってしまった……。
脱走ヒュージと戦い、倒すところまでは同じ。
今までにあった悲しき経験とそれに伴うプレッシャー。想定外の連続と心労が溜まり過ぎてダウン……と言った感じ。
一応、ヴァイパーと隼人のことは知っている。


・楓・J・ヌーベル
こちらも脱走ヒュージと戦い、倒すところまでは同じ。
アニメで普通に動けていたことから打ちどころが良く軽傷と考え、今回はその足で梨璃のところまで走って来た形に。
こちらもヴァイパーと隼人のことは知っており、隼人のヴァイパーに執着した理由に興味アリ。


・ヴァイパー
本小説オリジナルヒュージ。コイツを討つことが隼人の目的。
無駄に硬い上にすばしっこく、更に弱い者虐め大好きと、嫌な人がとことん嫌がる感じの能力。
CHARMを登録しただけで、戦う術を理解していない梨璃が一人で勝つのは流石に厳しく、隼人が間に合わなかったらシャレにならない結果が待っていた。


・隼人が入力した八桁番号
アニメ版アサルトリリィこと、BOUQETの放送開始日。
何だかんだもう一年以上過ぎてるんですよね……時間の流れは早い。


・隼人がバイクに乗ってる
リリィは現場へ向かう為の足を確保する為に、免許の取得は推奨されているらしいが、隼人は無所属。つまりそういうことである。


のんびり続けていくつもりですので、これから本小説にお付き合い頂ければ幸いです。


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第2話 調査

本文前に前回の解説等の入れ忘れ部分を追加

・アリス・クラウディウス
隼人と同じくCHARMを取り扱える者。三年前に瀕死の隼人を発見したのは彼女。
普段飯を作るのは彼女であることが多いが、玲と由美に味の違いを理解してもらえないのが悩みどころ。


・加賀美玲
CHARMの整備を請け負ってくれてる女性。
技術自体は正規の手順で学んでいる為、そこで人を不安にさせるようなことは無い。


・明石由美
ヴァイパーの追跡、隼人の右腕の治療を一身で引き受ける人。
軽くチートに片足突っ込んでるようなスペックしてるが、上手いこと立ち回って資格を滅茶苦茶取得すれば不可能ではないと思ってる。


長くなりましたが、本文どうぞ


「そう言えば……CHARMって、男の人でも扱えるの?」

 

「ええ。スキラー数値さえ足りていれば、男の人でもCHARMを扱えるわ」

 

入学式を終えた夜──。梨璃はルームメイトである腰辺りまで伸ばした青い髪と、紫色の瞳を持つ、しっかり者そうな少女にCHARMに関することで質問してみた。

彼女の名は伊東(いとう)(しず)。彼女は自分たちの所属するガーデン、百合ヶ丘女学院から『素人である梨璃に色々教えて上げて欲しい』と頼まれ、彼女のルームメイトになっている。

ちなみに彼女は内部入学生と言う、梨璃とは違って元々付属の初等部からずっとここにいたリリィでもある。彼女とは逆に、梨璃のように今日からこの百合ヶ丘で過ごすことになるリリィは外部入学生である。

 

さて、CHARMに関してだがこれはスキラー数値と呼ばれるマギを扱う能力の資質を、1~100までの数値で表したものであり、どれだけマギを一度に出力できるかの示しにもなる。

これが50以上ならばCHARMが起動でき、ものによっては更に数値が必要なものもあるが、それを扱える人と認定され、ガーデンに受験する資格やリリィとして戦う資格を得られるのだ。

何故梨璃が男女指定があるのかを問うたかと言えば、今日出会った少年を省き、現存するリリィは皆少女だからであり、男性がいない理由はCHARMを扱えないからだと考えていたからだ。

ただそんなことは無く、男性でもスキラー数値が50以上ならばCHARMの使用は可能である。

 

「けど、どうして急にそんなことを?」

 

「実は今日、男の人がCHARMを使ってたの……確か、『蛇を追う者(アヴェンジャー)』って呼ばれてた……」

 

「……蛇を追う者が近くに来ていたの!?」

 

梨璃がこれを聞いた理由に閑は驚きを隠せなかった。脱走ヒュージ一体を討伐するだけのはずが、急に規模が大きくなっていたのもあるし、もう一つ理由があった。

 

「と言うことは、ヴァイパーも……?」

 

「うん。あの蛇みたいなヒュージだよね?」

 

まさか当たっているとは思わず、閑は思わず手で頭を抑える。ルームメイトになった少女は、初日から命の綱渡りをし過ぎていたのだ。

──本当にこの子、どうして無事でいられたのかしら?少なくとも初陣で経験するような内容じゃないそれに、閑は梨璃の先が思いやられるように感じる。

少なくともヴァイパーの特性上、今日の梨璃の様な相手は格好の餌でもあった為、蛇を追う者と呼ばれる少年が間に合わなければ、何らかの悲劇が起きていただろう。

 

「……何かあったの?」

 

「実は、あなたが今日目撃したヴァイパーのことなんだけど……」

 

今まで公開されている、ヴァイパーの活動範囲の記憶を叩きお越して、閑は一つ不可解な点に気づいている。

それは、ヴァイパー出現から三年前経った今、初めて起きた出来事である。

 

「この近くに出てきたの、今日が初めてなのよ」

 

「……えっ?」

 

ヴァイパーはこれまで都心近くにしか出現情報が無く、急にそこから外れた場所に現れたのだ。

今日まで全くその傾向を見せなかったのだから、ヴァイパーに何かがあったとしか考えられない。

 

「あの人が追い払うから、行きづらくなった……?」

 

「それもあり得そうね。確か彼、ヴァイパーを追いかけ回していたから……」

 

実際蛇を追う者が現れてからと言うもの、ヴァイパーの被害は大幅に数を減らしている。

これは少年がヴァイパー出現の現地に赴き、実際に戦闘で有利に立って撤退させる。これをずっと繰り返しているので、ヴァイパー側は嫌がってこちらへ来たのは確かに考えられる話だ。

だが、今の段階では推測の域を出ない為、これ以上は話しても真相には辿り着けないのは明らかだった。

 

「ただ、一つ言えることがあるとすれば……」

 

──今後、何かあるかも知れないわ。備えておくに越したことはないと言うのが、今出せる結論であった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

調 査

Investigation

 

 

本懐遂げる為の準備

──×──

If you are prepared, you will not suffer

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「やはりそうね……ヴァイパーがここへ出現したのは、昨日が初めてよ。しかも今までの前例を覆す大移動ね」

 

翌日──。先日のヴァイパーの出現個所を改めて確認した由美は断言した。

今までの出現範囲から外れている為、これから出現位置等の調査を行う。

 

「やっぱりか……そうなると、この辺りの地形も覚えた方がいいのかな?」

 

「いずれ戦わねばならない可能性もあるから、そうして欲しいわ。玲、もう一本はいつでもいいのよね?」

 

「ええ。今日調べに出るなら、そっちを出しておきますね」

 

整備内容が少ないとは言え、何度も連続して使うのは避けたい。故に今回は、既に整備が終わっているもう一本の使用を決断する。

 

「そう言えば食材が底を付きかけていたわ……隼人、調査のついででいいから、買い出し頼めるかしら?」

 

「了解。必要な物があるならメモしといてくれるか?」

 

隼人が非番になる日であればアリスが行くのだが、今日は隼人が入り用である為、ついでに頼んでしまう。

細かい話が済んだ後、玲から昨日使わなかった方のCHARMと、秘匿性の高いイヤホンを受け取る。

このイヤホンは隼人が外に出てる際に、由美や玲たちと連絡を取るためのものであり、行動の邪魔にならないことと、連絡していることを悟られづらくなるのが長所である。

 

「何かあったら私が出るわ。だから、その分調査は抜かりなく頼むわ」

 

隼人が戦うようになるまではアリスが今の彼のようなことをやっており、隼人が戦えるようになってからは隼人が対応しきれない場合の緊急出撃担当にシフトしている。

とは言え、最初の数回の出撃はアリスが面倒を見ながらであり、慣れてきた段階で本格的に隼人の単独出撃が始まった。

 

「では、隼人君は準備が出来次第出発。なるべく短時間で調査を終わらせましょう」

 

由美の号令から二十分して、全ての準備を完了させた隼人は百合ヶ丘女学院近辺に赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、都心近く程事前の予防態勢は整って無いみたいですね……」

 

『その辺りはしょうがないね……それに、百合ヶ丘は()()()()()たちとは対立気味だし』

 

百合ヶ丘を目指して足を進める最中、隼人は放置されているせいで老朽化が目立ち、苔がこびりついてしまっている建物郡を見つける。

隼人が軽く老朽具合を話すと、玲は恐らく、自身がリリィとして戦っていた当時よりも深刻なのではないかと推測した。

なお、隼人が言った「事前の予防態勢」とは、電波(ジャミング)を用いて一帯(エリア)からヒュージの出現を防ぐエリアディフェンスのことで、この辺りはそれの設置ができていないようだ。

エリアディフェンスはヒュージが出現、退避の時に移動手段として使用するワームホールである『ケイブ』の発生を防ぐ為のものであり、この手の研究機関と折り合いが悪いガーデンはこれらの用意が遅れ気味である。

とは言え、その研究機関が余りにも非道過ぎる面もある為、一概に百合ヶ丘等、反対派のガーデンが出てくるのも仕方ないのだ。

なお、ケイブの出現を防ぐことはできるが、別のところからやって来たヒュージそのものには効果が無い。

 

「昨日ヴァイパーと戦った場所だ……」

 

『どうやらここ、ヒュージ迎撃の為に見通しや道の通りを悪くしているみたいだね……隼人君が面倒に思ってたのも、間違いなくこれが原因だよ』

 

ヒュージが周りの人間に意識を向けないようにと作ったのだから、通りの悪さ等は仕方ないところがあるだろう。

今現在、百合ヶ丘がヒュージの移動を制限し、被害を抑える為に舗装された道を進んでいる。昨日は由美によるガイドがあったから良かったものの、無ければ最悪昨日いたリリィに被害が及んでいただろう。

──大事にならなくて安心したよ……。安堵しながら周囲を見渡しつつ歩いていると、壁の一つに斬り跡が見つかった。

 

「……!斬られた跡だ!」

 

『隼人君、その壁の斬られ方、確認できる?』

 

ヴァイパーの追跡を行う由美に代わり通信をしている玲の問いに頷き、それを調べる。

そこの壁で発見したものであり、その斬り跡には、見覚えがあった。

 

「この斬り方、ヴァイパーがマーキングする時にやる斬り方だ……」

 

『なら、少なくともここからは現れる可能性があるんだね……』

 

ヴァイパーは自分が始めて出現した場所の近くに、まるで野生動物が「ここは自分の領土(テリトリー)だ」と証明するかのように軽く斬りつける癖がある。

また、こうして場所を変えて現れる場合は、何らかの理由で元居た場所での活動に飽きたので、場所を変えるのだ。

実際、昨日より一個前の戦闘ではヴァイパーが飽きた時に発する声を上げた後ケイブに帰って行ったので、こうなれば理由は絞り切れた。

強いて言えば、これほど大規模の移動が初めてだったくらいだろう。

 

「今後はここに来ますね……」

 

『なら、地形把握は抜かりなくやっておこう』

 

ともあれ、ヴァイパーが現れそうな位置を一つ特定できたのは大きい。

ならば、このまま地形を把握しつつ、ヴァイパーが現れそうな位置を割り出していくことになる。

舗装された道が歩きづらいと思いながら周囲を確認すると、所々に小さなクレーターのできている場所が見つかった。

 

『明らかにヒュージとリリィが戦闘した形跡だね。でも、ヴァイパーじゃない……』

 

「昨日会った子の言葉を信じるなら、研究対象の脱走ヒュージとでしょうね。聞いた感じ妙に強かったみたいですし……」

 

煙幕等を使って敵の同士討ちを誘うヒュージと言うのは、聞いたことが無く、今回が初めての事例だった。

迷彩能力持ちであったりすることも考えると、元から正面戦闘で勝つのは最終手段にし、搦め手に特化したヒュージなのだろう。

 

「戦う時のウザったさで言えばヴァイパー以上……でも、総合的に見ると主観も入ってやっぱりな……」

 

『でも、隼人君はよく抑えてるよ。そうじゃなきゃ、最初にアリスちゃんの訓練をすっ飛ばしてヴァイパーを探しに行っただろうし……』

 

ヴァイパーに怒りや憎しみが今もあるのはそうだが、三年前はよくもまあヴァイパーへの情を抑えて訓練を真面目に受けたものだと思う。

恐らくは怒りに燃えてても、そのままでは勝てないのが自分には分かっていたのだと考えれば納得できるが、それでもビックリするくらい冷静ではあった。

それでも最初の頃はヴァイパーへの憎悪に駆られ、第一回の対ヴァイパー模擬訓練の時は殺意を剝き出しにしてしまっていたが──。

 

『そろそろ百合ヶ丘だね……裏側は確認しておく?』

 

「行けそうだったら確認ですかね……」

 

ガーデンの中を堂々と突っ切るしかないのなら、その時は諦めるつもりでいる。流石にガーデンへ喧嘩を売るかの様な行為は避けたいところである。

そんな決断をして校門前に来たのはいいが、案の定、裏側を確認するなら突っ切るしかない様な景色が見えてしまい、当初の予定通り諦めて戻ることにした。

 

「(リリィたちの前線基地でもあり、憩いの場でもあるガーデンか……)」

 

ガーデンはリリィたちが戦いを終えた後、心に安らぎを与えたり、リリィたちの日常を少しでも豊かにできるような配慮がされているらしい。

らしい──と言うのは、隼人が実際に見たことがなく、話でしか知らないところが大きい。

リリィにとってガーデンは非常にいい場所だと聞いた話では判断できるが、隼人は少し気になることがあった。

 

「そう言えば玲さん、百合ヶ丘とかみたいなガーデンって、確か元はお嬢様学校なんでしたっけ?」

 

『うん。そうだよ。あっ、そういうことなら今日から練習する?私手伝えるよ?』

 

玲の進言に、隼人は素直に「お願いします」と返した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(まだ油断はできない……次)」

 

隼人が百合ヶ丘周辺の調査に来ていたのと同刻。夢結は射撃訓練場にて射撃訓練を行っていた。

普段なら動かない的くらい余裕で全部ど真ん中に当てて、途中からその的を弾丸が突き抜けて行く光景が見えている。

だが、その内心は微妙に焦っていることが夢結には自覚できており、落ち着かせながら狙いを付ける。

何故焦りがあるのか、その理由は明白だった。

 

「(昨日のヴァイパーが出現した時、私は不覚にも意識を失っていた……)」

 

昨日の状況では自分の身を守るはおろか、昨日までCHARMの登録を済ませていなかった梨璃を逃がすことすらままならない。

それは大切なものを()()失うも同義であり、夢結としては到底耐えられるものでは無かった。

何故ヴァイパーが今になってこの近くに来たかは分からないが、どちらにしろ討つべきヒュージの一体であることに変わりはない。

そう結論づけてまた一回引き金を引く。再びど真ん中を通り抜け、奥にある鉄製の壁に弾が激突する。

ちなみに、気を失った理由は想定外のアクシデントの連発と、また自分のせいで誰かが犠牲になるかもしれないと言う強いプレッシャーの相乗効果であり、どちらかが欠けていれば、夢結一人でヴァイパーの撃退に追い込むことは間違いなく可能だった。

 

「(蛇を追う者は味方として認識していい。けれど……)」

 

だからといって頼り切りになるつもりはない。自分は……否、自分たちはヒュージから人を守るリリィなのだから。

とは言え、共闘するならばせめてお互いがしっかり生き残れる保証は必要だろう。連絡が無かったとは言え、昨日の自分のように、倒れたままヴァイパーに討たれかねない状況は不味い。

ヒュージは自分のことなど待ってくれないのだから、誰かがいなければそのまま討たれる。故にその状況を作らないようにする。それらを意識することが、お互いに悲しみを増やさない心構えになるのだから──。

意識を固めてもう一発──。再びど真ん中を弾が通り抜けていく。

 

「(彼もまた、何かを失った者……それは間違いないでしょうね)」

 

自分が目を覚ますよりも前に去って行ったので分からないが、今まで知られている経歴や通り名を考えるとそうだろう。

それがヴァイパーの被害を抑え、力なき人々を守り、昨日に至っては自分と梨璃を窮地から脱させた。

向こう側から協力を要請するなら手伝える限り手伝うつもりではいるが、正直なところ夢結は自分の協力など必要ないように感じている。

 

「(私の力は誰かを傷つけるだけ。彼の目的には間違いなく合わないわ)」

 

とは言え、これは将来思い返せば自分でも驚くほどの自己不信から来るもので、それが夢結にそう感じさせているだけである──が、それを引きずっているからこそである。

自己嫌悪を振り払うべく引き金を引いて、弾丸は──出なかった。

 

「(弾切れ……らしくないわね。碌に弾を数えないだなんて)」

 

射撃訓練中だと言うのに弾の数え忘れをするくらい意識が逸れていたのに気づき、頭を冷やすべく訓練は終了することにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(久しぶりに落ち着いて来れたな……)」

 

時間は進み、都心近くまで戻って来た隼人は自らが住んでいた場所にできている慰霊碑にやってきていた。

この町は三年前にあったヒュージの襲撃で多くの犠牲者が出てしまった場所で、隼人も巻き込まれた一人である。

当時ヴァイパーによって右腕を斬られると言う重傷を負った隼人は、どういうわけかそこに居合わせたアリスに発見され、由美の手によって一命を取り留めた。

何故病室では無く、今住んでいるあの施設で治療されたのかは当時こそ疑問だったが、理由自体は納得したし、そのおかげで自分は生きている。何なら向こうもこっちを実験道具(モルモット)として扱わず疑似的な家族として接してくれるので文句は無い。

 

「花束、これで足りてるかな?」

 

慰霊碑に名を刻まれたとある人に向けて返って来ない問いかけをしながら、花束を置く。

花束を置いた後は最近何をしたか、今一緒に過ごす人たちとどうしているか、等を簡単に話して行く。

 

「お前はきっと、敵討ちとか頼まないと思う。だけど、あいつのせいで傷つく人たちは放っておけないんだ……」

 

隼人が語りかける相手は自分の大切な人が無茶して傷つくことを嫌う。故に今自分がしていることは、その人が望まないことであることも理解(わか)っている。

だがそれでも、ヴァイパーによる被害を止める手段があって、放置するのは違うと考えている。隼人は自分と同じように、ヴァイパー──引いてはヒュージによって誰かと別れさせられるのを無視できない。

 

「さて、みんなが待ってるからそろそろ行くよ」

 

「じゃあな」と声を掛け、隼人は慰霊碑を後にした。

隼人が来ていた慰霊碑に刻まれた何人もの内の一人に、『彩月(あやつき)香織(かおり)』という名があった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

彩月香織は、幼少期から三年前まで共に隼人と過ごしていた幼馴染で同い年の少女だった。

この二人ともう一人の少女の三人は仲がよく、共に行動することも多々あった──のだが、その平穏を崩される事件が起きた。

それが三年前、彼らが共に過ごしていた町がヒュージの攻撃によって大打撃を受けてしまう『日の出町の惨劇』と呼ばれるものである。

指揮官の采配ミス、敵戦力の過小評価、人材の運用方法などが原因として挙げられるが、隼人に取ってはそれ以上に因縁のできる相手がいた。

 

「隼人、道が……!」

 

「とにかくそれぞれ走ろう!逃げ切ればまた会えるよ!」

 

もう一人の幼馴染みの少女は建物が崩れた都合上別れて逃げねばならなくなり、隼人と香織の二人で逃げる時に起きた出来事である。

何かが爆発していった影響で、火によって燃えている建物に挟まれながら走っていき、避難所までもう半分を超えると行った時だった。

 

「よし、もう半分だ……」

 

「良かったもう少しで……っ……!」

 

安堵した香織が突然驚いたかのように表情を変え、直後に力なく倒れていく。

地面に倒れるよりも前に彼女の体を抱えるが、何者かに背中を斬られたらしく、そこから血が流れて来た。

 

「香織……?お、おい、香織!」

 

体を上向きにしてやり、声を掛ける。どうにか手当てのできる場所に連れていってやりたいのだが、避難所はまだ遠く、こんな状況では病院も期待できない。

更には自分も応急手当する為の道具など当然持ち合わせておらず、とにかく避難所へいくしかないのだが、傷が非常に深く、抱えて走って行ったところで間に合わないと言う八方塞がりであった。

 

「は、隼……人……」

 

「香織、大丈夫だ。今からならまだ……!」

 

「ううん……。私は……もう、ダメ……」

 

噓でも安心させてやりたかった隼人だが、香織が自分のことを何よりも理解していたらしく、それは空振りに終わる。

自分の親しい人が、自分の腕の中で、どんどん弱っていく──。その恐ろしい事実を前に逃げ出したくなるが、当時の隼人にそんな手段は何も持ち合わせていなかった。

当時弱冠12歳の隼人ができることなど、たかが知れていたのだ。

 

「だから……っ……隼人だけ、でも……に、げ、て……っ……」

 

「香織?おい、香織!?返事をしろ!」

 

彼女の体温が失われて行くのを感じながら必死に体をゆするが、全く反応を見せない。

 

「お、おい……!噓だろ……!?」

 

香織が目を覚まさないことに信じられない様子を隠せずにいると、右側から聞きなれない声が耳に届く。

彼女の亡骸を抱えたままそちらに顔を向け、その後右腕を斬られることで、隼人がヴァイパーに因縁を持つ始まりとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(もうあんなことが目の前で起きるの、嫌だからな……)」

 

中に入る為の暗証番号を打ちながら、隼人は自分の胸の内を心の中で呟く。

 

「アリス、食材これで足りる?」

 

「ええ。これなら余らせることもないから丁度いいわ」

 

戻った後、アリスに食材の入ったレジ袋を渡し、問題ないことを確認してもらう。

その後アリスは時間も時間なので、早速調理を始めることにした。

 

「特にヒュージは出てないですよね?」

 

「出ていないわ。今日は静かにしているみたい」

 

──明日も出てこないなら、俺が飯を作るかな。今日の流れから隼人はそれを察した。

また、今日はCHARMを使っていないので、玲と話した結果、明日以降もヴァイパーや大型のヒュージが出現しなければこちらを使うことになる。

この時、忘れずにヴァイパーの出現位置に目途が着いたので、それも伝えておく。

 

「了解よ。なら、今日からはそっちを中心に調べた方がいいわね」

 

礼を言った後すぐに由美が作業に入ったので、今度こそ隼人は手が空いた状態になる。

食事を待つ暫くの間は暇になるので、隼人は筋力トレーニングをすることにした。

 

「(ヴァイパー……お前の好きにはさせないからな)」

 

ヴァイパーからの被害を少しでも減らす為、隼人は今日もできることをやっていく。




ASMR結構好きだから、後で雨嘉のやつ聞いておかないと……

前回と同じく、原作からの変更点や、ちょっとした小ネタ等の解説を入れていきます。

・隼人には二人の幼馴染みが存在。内、一人が目の前でヴァイパーに殺された香織。もう一人は一体誰だ……?
・アリスも一応、リリィ。一応の理由は無所属故。
・閑もヴァイパーと隼人のことは知っている。まさかルームメイトの梨璃が、自分と顔合わせする前に死ぬかもしれない状況に連続で陥っていることまでは、流石に予想出来なかった。
・ちなみにこの後、梨璃がCHARMを抱えたまま寝て朝を迎える。夢結とシュッツエンゲルの契りを交わしに行くところまで、百合ヶ丘で起きている出来事は基本的に同じ。強いて言えば、ヴァイパー出現に対し、百由が調査を始めてるところが違う。

前書きと後書きで解説の方式変えてみましたが、統一した方が良いなら次回以降統一します。


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第3話 最終攻撃

前回の後書きみたいな解説は自分で読んでても分かりづらいので、やり方を戻そうと思います。


「……百合ヶ丘の近くに歴戦個体(レストア)が出現?」

 

隼人が百合ヶ丘周辺の調査に赴いてから一週間と一日が経った後、ヒュージの情報を伝えるモニターを見て由美が眉をひそめる。

レストアと呼ばれたヒュージは、損傷を受けながらも、ヒュージの巣と呼べる場所である『ネスト』に帰り、傷を癒して強くなった個体を指す。正式にはレストアードと呼ぶが、後ろの二文字が長いからと省かれるのが専らだ。

こう言ったヒュージは戦場から生き返って経験値等を積んでいる都合上、他のヒュージよりも強い。

と、これだけなら百合ヶ丘のリリィに協力する口実をどうしようかと悩む所であったが、何の躊躇いも無く隼人を送り込める理由が現れる。

 

「……おいでなすったわね?ヴァイパー」

 

ヴァイパーがそのレストアの存在する場所へゆっくりと接近中であった。

隼人は今、自室で読書でもしながら待機している状態である為、まだ間に合う。

 

「隼人君、聞こえるかしら?」

 

『聞こえます。どうしました?』

 

「百合ヶ丘の近くにヴァイパーが接近中よ。出撃できるわね?」

 

『いつでも行けます。現場に急行。ヴァイパーの撃退に向かいます』

 

CHARMを取って出撃するだけなので、隼人はそのまま現場に急行する選択が取れる。

今回が単独撃破の可否を決める最後の攻撃となる。その為、気構えはバッチリだった。

 

「ヴァイパーの方が速い場合、リリィを奇襲から守る必要があるわ。移動範囲の都合もあるけど、今回()『レアスキル』、『縮地』の準備も忘れないで」

 

『了解。準備しておきます』

 

リリィはマギを扱うことができるのは共通しているが、その中でも能力の発現が著しい──得意分野と呼ぶこともできる物をレアスキルと呼ぶ。

当人の生き様が反映されると言われており、一人につき原則として一つしか有せず、その能力をどれにするか選ぶことはできない。

現在確認できていたのは16種類であるが、新たに発見された場合はそれを学会に資料を提出し、その後名を決められるらしい。

隼人のレアスキル──縮地は既に確認できているものの一つで、これは消えるようなスピードで移動を可能にする高速移動スキルで、物理世界で速く動くスキルなので回避、攻撃共に活用できる。

尋常じゃない機動力で攻撃にも防御にも活用できる器用なスキルであり、隼人からすれば非常に嬉しいものとなっている。

連絡事項を全て伝えきったので、隼人に移動中だけ自身の位置情報を出して欲しい旨を伝えてから通信を一度終了し、由美はレストアとヴァイパー、そして隼人の位置を凝視する。

 

「(この位置……ヴァイパーより先にレストアと接触する……)」

 

──なら、ヴァイパーの被害は抑えられそうね。三者の動向を見て由美は一安心つつも、気を抜かずに監視を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

最 終 攻 撃

Final Attack

 

 

命運を分ける戦い

──×──

The wheel of fate begins to spin

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

『もうすぐでレストアと交戦距離に入るけれど、何か妙な反応がレストアに取りついているわ。留意しておいて頂戴』

 

「……妙な反応?」

 

『ええ。まるで、リリィが内側のマギを暴走させているような感じよ……『ルナティックトランサー』持ちが暴走している可能性があるわ』

 

「了解。こっちも現場に着いたら確認します」

 

由美の情報は有難く、自分がどう動けばいいかの判断材料を増やせた。

今の会話にあったルナティックトランサーも、隼人の持つヘリオスフィアと同じくレアスキルの一つで、こちらはヒュージに近いエネルギーを人の身に宿すことで、精神は正常なまま狂戦士化(バーサーク)状態で戦うことが可能になる超が付くほどの戦闘特化スキルである。

途轍もない戦闘力を発揮できる代わりに、狂気を身に宿す都合から戦闘時の自制が効きづらいのが難点である。故に、最悪連携は諦めるしかないのだろうと考えられた。

 

「レストアを発見しました。さっき言ってた妙な反応って、あの白い髪の子ですか?何か様子がおかしい……」

 

『レストアに取りついているならそうよ。その子との連携は難しくなるわね……』

 

遠い位置からだったので分かりにくかったが、どうやらそのリリィは自分が一週間前に目撃したリリィの一人だったことに気付く。

目の前に映る狂戦士(バーサーカー)ぶりから彼女がルナティックトランサーを使っているのが伺え、今回は連携を諦めるしかないと感じさせる。

──なら、どうするか……と、まるで戦艦や山を彷彿とさせる、目の前にいるヒュージのことを考えようとしたが一つ大事なことを忘れていた。

 

「由美さん、ヴァイパーの位置は?」

 

『レストアから見たら右側……隼人君の反対側から接近中よ。近くにリリィがいるなら事前通達して、奇襲を防いで頂戴』

 

「了解」

 

決めるが早いか、隼人は縮地を活用する速度によって、レストアの真正面を突破するべく移動を始める。目指す場所は自分の反対側にいる五人のリリィの居場所である。

建物を飛び越えながらと言う不便もあるが、幸いにも一回の移動量を増やすような動き方ができるので、どうとでもなる。

 

『隼人君、レストアからミサイル反応よ!』

 

「方向は……俺か。ならこうだ!」

 

幸いにも数はちょっとでもと撃ったのか五発と少ない。ならば問題なく捌けるし、後々リリィたちの方に来ないよう叩き落す。そう判断した隼人は全てのミサイルをCHARMで斬り裂き、爆発が起きるよりも前にリリィたちの前に移動を始める。

最初の一歩を踏み出す瞬間に隼人がその場から消え、直後にミサイルが爆発を起こす。その爆発が起きてものの一秒で、隼人はリリィたちの前にいきなり現れたかのように到着する。

 

「あなたは……一週間前の!えっと、今のはあなたが?」

 

「大丈夫。俺のレアスキルは縮地だから」

 

「あの位置からすぐに来れたのも、それが理由でしたのね……」

 

問いかけて来た梨璃に、隼人は軽く答え、楓が納得する。

三年前の惨劇ではは何もできなかったが、今はこうして抗い、結果として誰かを守れる力がある。それで十分だった。

 

「蛇を追う者であるあなたが助けに来てくれたのかしら?それなら助かるわ」

 

「レストアを討つ……って認識してるならそれは違います。この近くにヴァイパーが接近してきています」

 

声を掛けてきた、一人だけCHARMでは無く携行可能なノートPCを持ったリリィの問いに、隼人は否定を返す。

その回答に、問いかけてきた紫色の髪を持つ眼鏡を掛けたリリィは「なるほど。合流されると厄介ね……」と苦い顔をみせた。

だが、それは一瞬で、隼人の存在を見て一つ確信を持って次の問いかけをする。

 

「と言うことは、あなたはヴァイパーを止めに来たのね?」

 

「ええ。俺がヴァイパーを止めるので、その間にあなた方でレストアの方をお願いします」

 

その確信は大当たりで、隼人はもとよりそのつもりだったようだ。

これならばヴァイパーに戦力を割いた結果、レストア相手の戦力が足りないなんて事態を避けられる。

 

「……いいんですか?」

 

「撃破は分からないけど、撃退くらいなら何ともないよ」

 

そこまでやるのは危険というよりは、ヴァイパーの危機回避能力が高すぎて不可能な意味合いが強い。

ともあれ、これで役割分担が終わったので、隼人が向かおうとしたその矢先、梨璃が声を掛ける。

 

「私、一柳梨璃です。あの時、名前言えなかったから……」

 

「そっか……そう言えば俺も名乗ってなかったな」

 

梨璃が右手を差し出しながら名乗った際、楓が理不尽に嘆く声を上げたが、それは気にしないことにした。

実際、これから共に行動する可能性は十分あるので、彼女らにだけは名乗ってもいいだろうと考え、梨璃の想いに答える。

 

「俺は如月隼人。お互い頑張ろうな、一柳さん」

 

「な、なぁぁっ!?わたくし握手すらしたことありませんのにっ!?」

 

その差し出された右手に対して隼人も右手を差し出し、握手を交わす。

短い時間で終わらせてなお、楓が「あんまりですわ~っ!?」と叫びながら頭を抱えながらくねくね動いて悔しさを滲ませているが、構っている余裕は無いので咎を受けるなら後回しだ。

 

「それじゃあ、俺は改めてヴァイパーの撃退に向かいます」

 

気を付けてと言う梨璃の声を後ろからもらいながら、隼人は木々中へ飛び込んでいく。

百合ヶ丘のリリィたちから距離を取れた為、ここから由美との通信を行い、ヴァイパーの位置を再確認する。

 

『もう間もなく接触よ。準備はいいわね?』

 

「いつでも。……来ました!攻撃を開始します」

 

見つけるや縮地を使って一瞬でヴァイパーに近寄り、そのままCHARMを袈裟懸けに振り下ろす。あからさまな不意打ちではあるが、ヴァイパーもヒュージである以上、四の五の言ってる場合じゃない。

横から奇襲してきた隼人に反応の遅れたヴァイパーは、せめて攻撃手段が失われないようにと、自身の中で頑丈な尾の部分を前に出して防ぐ。

この時、ヴァイパーがあからさまに嫌そうな声を上げるが、隼人の狙いはそれによって自分に意識を向けさせることにある。

 

「ヴァイパー、お前の好きにはさせないぞ!」

 

そのまま返す勢いでCHARMを振り上げヴァイパーに追撃を掛けるも、ヴァイパーも体の右側から刃を伸ばして防いだ為、これは有効打にならない。

直後に左側から刃の反撃が来るが、隼人はこれを左前──要するにヴァイパーの右側に回り込むように避け、CHARMを水平に振り払う。

ヴァイパーはこれを戻して右側の刃を滑り込ませるようにして、防ぐのを間に合わせる。

 

《──》

 

「そうだ……俺を狙え、俺を見ろ!彼女たちの邪魔はさせない!」

 

邪魔して来て、簡単に振り払わせてくれず、更には自身にちょっとじゃ済まないダメージを確実に与えてくる隼人をヴァイパーは振り切りたいが、しつこいくらいに食いついてくるので打ち払うしかなく、イラついた声が聞こえる。

隼人からすればこれでよく、このままヴァイパーに至近距離射撃をできるチャンスを伺いながら戦う。

ヴァイパーを自分から意識を外させないようにする為、隼人は空中に上がる選択肢は完全に捨て、地上戦でヴァイパーを押し切るプランを立てている。と言うのも、空中へ上がった僅かな隙にヴァイパーがレストアの方へ行ったら不味いからだ。

なので、地上戦をする上で更にはレストアから遠ざけるように押し込んでいく。

 

《──!》

 

「来るか……なら!」

 

途中で痺れを切らしたヴァイパーが防御を捨て、両側の刃のコンビネーションで猛攻してくるが、隼人は冷静に回避しつつ、これ以上離れると合流が厳しい距離なので付かず離れずを意識する。

ここまで来れば、チャンスを見つけた瞬間反撃して硬直を誘い、至近距離射撃を撃ち尽くすだけだ。

ヴァイパーが今はそれぞれの刃を交互に振り回しているが、両側の刃を交互に振り出したら、その時こそ反撃するチャンスである。

とは言え、待っているだけでダメなら動くことも必要なのは確かで、隼人は途中から片側だけの刃による攻撃を何度か弾いて両方を同時に振らせるように急かす。

すると遂に抑えられなくなったヴァイパーは、両側の刃を左から──隼人から見れば右から水平に振り回して来たので、隼人はそれを自身から見て左斜め上に行くように受け流した。

これによって変に勢いを加速させられてしまったヴァイパーは体を回し、体制を立て直しながらその刃をしまって正面を見ると、鼻先にCHARMの銃口が突きつけられていた。

 

「ヴァイパー!ここでお前との決着を付ける!」

 

──覚悟しろ!啖呵を切りつつ、至近距離によるバスターキャノンの連続射撃が始まった。

二発、三発、四発と、次々と至近距離で強力な弾丸をぶつけられたヴァイパーは悲鳴を上げながら顔に当たるだろう部分の攻撃を防ぎ、隼人を追い払おうとするが、彼は完全に二つの刃の動きを見切っていた。

追い払う為の攻撃を全て避けながら、防ごうとしている位置から外れるように陣取り、ガラ空きになっている箇所へ至近距離での射撃を繰り返す。

隼人がそうして撃ち続けてダメージを与えて行き、残り一発になったところでヴァイパーが悲鳴を上げながらヤケクソに両方の刃を滅茶苦茶に振り回す動作が見えたので、隼人は縮地を用いて離脱して距離を取り、最後の一撃を撃つチャンスを伺う。

最初の数発を当て、そこから逃がさないようにした時点で、今回の狙いは成功と言っていい。

 

「(せめて俺に一太刀でも当てたいのか……)」

 

この時バスターキャノンの射撃が何発も当たっているせいで煙ができているが、ヴァイパーが滅茶苦茶に刃を振り回している結果、少しずつ煙が切り払われていき、彼奴の姿がハッキリと見えるようになってくる。

そして煙が晴れた瞬間にヴァイパーの動きが止まり、そこを逃さず再び縮地で距離を一気に詰める。

 

「……行けぇ!」

 

そして、最後の一撃をぶつけ、悲鳴を上げたヴァイパーに反撃されないように距離を取って警戒する。

すると、せめてこちらだけは葬ると言わんばかりに両側の刃を振り回しに来たが、その軌道を見切って隼人は回避した後、刃を飛ばしている本体の左側にCHARMで斬撃を加える。

この時の斬撃はCHARMに込められるだけのマギを瞬間的に入れ込み、刃を蒼い光で覆わせた状態になっている。

 

《──!?》

 

「……手応えが強い!?」

 

その結果ヴァイパーに浅い傷跡ができ、隼人もヴァイパーも予想外の事態に双方が驚く。

これ以上は無理だと判断したヴァイパーは、レストアのいない方へ逃走を始めた。

 

「通りはしたけど……あそこを狙って倒すのは机上の空論になりかねないな。それと……」

 

本当にどうなってるんだ、あの硬さ──?刃が身を守るからそうでも無いと考えて攻撃したのだが、ヴァイパーの耐久力を考えるととても現実的とは言えない結果と言える。それどころか、至近距離のバスターキャノンをあれだけ受けても撃破出来ないどころか全く傷を見せなかった耐久力に驚きである。

であれば、ヴァイパーの単独撃破は不可能だと判断できるので、それを伝えることと、ヴァイパーの逃走先を確認する為にも由美に連絡を入れる。

 

「由美さん、ヴァイパーの逃走先はどうですか?」

 

『百合ヶ丘周辺から距離を取るように逃走、その後反応が消失したわ。どうやら巣に帰ったみたいよ』

 

であれば、彼女たちに対してできる最大のことは果たせた。隼人はそう判断し、レストアの様子を確認するためにそちらへ戻ることにした。

ヴァイパーに関する報告は後でもできる為、とにかく今は急ぐ必要がある。

走っている最中、上空で光る物が見え、隼人は思わずそちらに目を向けた。

 

「(あれは魔法球(マギスフィア)……?トドメを刺すつもりなのか)」

 

隼人がみた、光の球体は二つのCHARMを重ねた時に発生するもので、これによって強力な一撃をぶつけることが可能である。

百合ヶ丘ではヒュージの核から作り出した専用弾丸を用いることで、九人分のマギを集めた膨大なマギスフィアをぶつける必殺級の戦術があるらしいが、これと今回のマギスフィアは作成法や威力が全く異なる。

今回の方法の方が威力が下がるのだが、ヒュージが傷ついているならそれでも十分であり、急降下していくマギスフィアがレストアに吸い込まれていくのを、丁度戻って来たばかりの隼人も目撃した。

 

「(あれを倒し切ったのか……)」

 

その威力は脆い部分を露呈したレストアを倒すには十分であり、体内の中心部に魔法球を叩きこまれたレストアは跡形も残らず爆散した。

これは戦闘の終了を意味しており、百合ヶ丘のリリィはレストアから自分たちの帰る場所(ガーデン)を守ったのである。

 

「(百合ヶ丘が得意としている連携戦術……それが、あのマギスフィアを更に強力なものにしたやつだと聞く……)」

 

──俺があの蛇野郎(ヴァイパー)を討つには、それが必要だ。確信を抱いた隼人は、連絡できる状況になり次第由美に報告を入れることに決めた。

この報告をするよりも前に、先ずは引き受けたヴァイパーのことを伝えねばならない。

 

「ヴァイパーの撃退、終わりましたよ」

 

「本当?助かったわ……」

 

これで今回の戦いが全て終わりであることを告げられ、後は周囲の確認をした後撤収に入るそうだ。

 

「でも、どうして急にこっちへ来たのかしらね?」

 

「あいつの活動範囲が変わったんです。こんな大規模に変わるとは思いませんでしたが……」

 

これの影響で今までより移動が面倒になってしまい、隼人の到着が遅れかねない事態にもなる。

 

「あっ、如月さん!もう終わりましたか?」

 

「ああ。一柳さんも無事で何よりだ」

 

状況を伝えた後、梨璃が夢結と一緒に戻ってくる。どうやらあのマギスフィアの片割れは梨璃だったらしく、ここ一番で戦えるタイプなのだろうと隼人は考えた。

このやり取りを見た夢結が梨璃に対して驚き、自分に対して複雑な表情を見せるが、隼人は前者くらいしか理由が分からないし、後々面倒になりそうなので詳しく追及をする気は無い。

 

「(あれは、こっちの人にも伝えておくべきか……?)」

 

ヴァイパーの単独撃破が不可能だと断言できる状態になったからこそ、共通認識を持っておいた方がいいだろうと思えた。

これからは彼女らと連携する必要も出てくるので、連携戦術を使わせて貰う代わりに、こちらも情報を提供する──早い話、ギブアンドテイクと言うやつである。

 

「……どうかしまして?」

 

「ヴァイパーのことでちょっとな……。そうだな、ここにいる人たちには先に共有しといて貰おうかな」

 

要らないところで犠牲者を出すつもりは無いので、隼人は今回の戦闘による結論を伝える。

 

「結論から言いますけど、ヴァイパーの単独撃破は不可能だと言っていいでしょう」

 

『……!?』

 

隼人の発言に全員が衝撃を受けた。こうなると撃破前提の動きがほとんどできなくなるのだ。

だが、二年半もの間独自に追い続けた人が単独では討てないと言うと説得力があり、現にヴァイパーは生き残り続けている。

今回の戦闘結果を説明すれば、単独での撃破が以下に絶望的かが伝わった。

 

「じゃあ、他に倒せる方法はありそう?」

 

「そちらのガーデンが得意としていた戦術がありましたよね?俺が考える限りで、最も望みがあるのはそれです」

 

だが、この戦術には非常に大きな問題があり、これはCHARMの核であるマギクリスタルは10代の少女たちに共鳴しやすく、高い共鳴率を必要とするされるものである為、男である隼人はこの戦術を使えない可能性が極めて高い。

絶対とは言えないのだが、これまで必要な共鳴率を満たした男性は一人もおらず、それが出来上がって以来男性リリィと言うのは存在しない。

せっかく追って来たのに──と、思う者も出てくるが、隼人自身も討てないのなら他の方法で討つと割り切りは出来ていたので、そこまで深刻では無く、ハッキリしただけ良かったと言える。

 

「まあでも、全部ダメってわけじゃないし……俺はこれからもできることをやっていくつもりです」

 

逃げている最中の人をヴァイパーやヒュージから守る、近場のリリィと連携してそれらを討つと言うのは、この現実を前にしてもできることとして変わらない。

ヴァイパーに関しては悩みの種になっただけであり、絶望することではないのだ。

 

「さて、合流もあるから、俺はそろそろ行きます」

 

──また共闘することがあったら、よろしくお願いします。と、協力的な姿勢の旨を残し、隼人はその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「──よし。こんな感じね」

 

その日の夜──。百合ヶ丘の一室にて報告書の作成を完了させた、赤フレームの眼鏡を掛ける紫色の髪を背中まで伸ばした少女がいた。

彼女の名は真島(ましま)百由(もゆ)。先程隼人が出会った中で、唯一CHARMを持たずにあの場にいたリリィである。

と言うのも彼女は本来今日の防衛当番では無く、レストアのデータ収取の為にあの場に居合わせたリリィだったのだ。

そして、本来はこのレストアのデータを報告する為の報告書だけで良かったのだが、ヴァイパーと隼人の戦闘結果の報告を追加書きすることになった。

 

「(この報告を出した後、蛇を追う者──いえ、如月君をどうするのかしら?)」

 

彼がヴァイパーを討つのであれば、どこかのガーデンによる助力が必須になる。よって、ここである程度都合がいいように誘導することだって可能な状態なのだ。

とは言え、今までヴァイパーを含む、都心近くでの対ヒュージ迎撃・逃げ遅れた市民の救助等、頼まれなくとも自分たちの助けになる行動をし続けているのも事実であり、ここがどう響くかである。

 

「(取り敢えず、こっちでもできることはやったから、後は祈るしかないわね……)」

 

百由が書いた報告書の内、隼人とヴァイパーに関する内容を簡潔に纏めると、以下の通りになる。

 

如月隼人の証言とこれまでの動向によるヴァイパーの特性報告と今後の対応考察

 

・今年度から百合ヶ丘近辺に現れるようになり、活動範囲が変わった模様。

・尋常でない耐久力を誇り、遂に至近距離のバスターキャノンを全弾撃ち込んでも撃破出来ないどころか、全く損傷を見せない。

・ヴァイパーが刃を伸ばしている際に脆い箇所が出てくるが、そこにマギを多量に込めた近接攻撃をぶつけ、ようやく軽傷。

・レアスキル『フェイズトランセンデンス』を発動し、脆い箇所を狙えばよりダメージを出せると考えるが、ヴァイパーの特性上机上論の域になり、非推奨。

・上記四点から、ヴァイパーを単独での撃破するのは不可能と判断、如月隼人(以下彼とする)は『ノインヴェルト戦術』が最も見込みある撃破法と考えている。

・彼はヴァイパーを討つためにノインヴェルト戦術を欲しているが、当の彼にノインヴェルト戦術が使えるかは不明。検査の必要性有。

・検査に当たっての問題点は彼の行方を掴めないことにあり、日付を指定して適性検査を行うことができない。その為、通常通りの検査を開き、動向を伺うしかないのが現状。

 

以上の点を踏まえ、以後ヴァイパーと対峙した場合は早急な撃退、或いはノインヴェルト戦術を持って撃破を狙うことを推奨。

また、彼の行方は適性検査の張り込み以外に、都心近くの捜索が最も期待できる。

 

 

 

 

 

そして、この報告書を提出した結果、百由の危惧通り誘導しようとする声もあったが、「あくまでもリリィと似たような立ち位置であり、完全にリリィと同じではない」と指摘する声が決定打となり、見つけ次第適性検査を受けてほしい旨を伝える方針に決定される。

この案件は百合ヶ丘と都心近くにある全ガーデンに通達され、翌日からその活動は小規模ながら実行されることになった。




第三回目となる、原作からの変更点や、ちょっとした小ネタ等の解説を入れていきます。

・如月隼人
レアスキルは縮地。ヘリオスフィアもアリだと考えていたが、大正義機動力と言うことでこちらに。
何だかんだ1話で名乗らず去って行ってしまったので、ここで始めて梨璃と名を伝え合う。
ついぞやヴァイパー単独撃破は不可能と判断。ここからどう動く?

・一柳梨璃
隼人が合流するまでは原作と同じく、夢結のスパルタ(或いは無茶ぶり)な訓練を受け、そこからレストア戦。
隼人にせめて名前だけでも伝えたかったので、それが叶った。

・白井夢結
やってた事は原作と全く同じ。隼人が合流した時にはルナトラ発動中の為、本当に全く変わらない。

・楓・J・ヌーベル
隼人が合流するまでは原作と同じ。
一週間前の会話しかしていないのに、隼人が梨璃と握手までやっているので軽くショックを受けた。

・真島百由
原作と同じ行動の後、隼人の証言等を基に報告書を作った。
隼人が他のガーデンに都合よく誘導されないか考えたが、彼の今までの行動を信じるしかなく、フォローするような文の記載はなし。



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第4話 選択

アニメでいうところの、3話と4話の間の話みたいなものです


「うわ……何だその動きづらい状況?」

 

「そう言うことだから、面倒を避けたいなら自分と彼女たちの距離に注意よ」

 

レストア撃退を終えてから三日後──。二日分の休養を終えた隼人の下に、アリスが調べてくれた情報を出してくれた。

内容としては自分を都心近くと百合ヶ丘のリリィが探しているとのことで、何か意図がありそうだった。

 

「探りに行ってみる?こっちのCHARMならすぐに持っていけるよ」

 

「そうですね……ちょっと行ってみます」

 

レストア撃退の時に使っていたCHARMは最終点検を行っている最中なので、使うならもう片方になる。

と言うのも、ヴァイパーと戦った時に過去最高の消耗率を叩き出したのが原因で、取り寄せするなら今からやっておかないと間に合わない危険があるからだ。

 

「この間と同じく、これで連絡を取れるようにしておくわ」

 

──何かあったら、連絡して頂戴。由美に渡された秘匿性の高いイヤホンを受け取り、それを左耳に付けながら了解の旨を返す。

それから間もなくして、先ずは都心近くへ行くことを決めた隼人がその旨を告げて出ていった。

 

「お義母さま、隼人は……」

 

「ええ。彼は選びたいでしょうね……リリィの傍で、彼女らと共闘する道を」

 

ヴァイパーを討つのに単独では不可能と分かった時点で、隼人はそれを望むだろう。そうなれば、今まで通り都心近くのヒュージへ先行して隼人を送り込み、救助を行うのは難しくなる。

ただし、隼人にはヴァイパーの追跡を行う代わりにこちらの求めた救助活動に協力を頼んでいる為、それに対して隼人が義理を通そうとするなら躊躇うはずだ。

これはアリスがいようといまいと関係なく、隼人の性分がさせる行動であり、仕方ない所ではある。

そうなるとヴァイパーの追跡を可能とする場所があるなら始めて隼人は無条件で移動できることになり、その際は己の右腕の為に定期的に戻ってくるくらいになるだろう。

 

「アリスちゃん、確か、近くのリリィが対応強化訓練をしていたよね?」

 

「もしかしたら、それの状況次第ではこちらを気にしなくとも行けそうです」

 

恐らくは蛇を追う者である彼に甘えすぎてはならないと言う考えが、彼女らに上昇志向を抱かせたのだろう。それ次第で隼人を自由にさせられる。

それ以前に、自分たちと違って隼人はまだ居場所を選び直しをしても間に合うのだ。彼が望むのなら、それもいいだろう。

 

「(隼人……例え救われた命だとしても、あなたの人生はあなたのものよ)」

 

──だから、あなたはあなたの望む道を行きなさい。アリスたちは、隼人の選択を尊重するつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

選 択

Choice

 

 

例え違う場所にいても

──×──

Good luck to the boy who is leaving

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(こんな時間からリリィが街中を歩き回ってる……本当に俺を探しているんだな)」

 

都心近くにやってきて、隼人はアリスから聞いた話が本当であることを認識する。

向こうが何らかの形で接触したいのは分かるが、こっちに取って不利な内容じゃないかが心配だ。

 

「参ったな……この調子だと慰霊碑とかの方にもいるんじゃないか?」

 

確認ついでに香織のところに顔を出そうと思ったが、一先ずどうして自分を探しているかを知る方を先にした。顔を出すこと自体は後からでも可能だ。

そう結論付けた隼人は、物陰を利用してリリィたちが合流して会話する時を待つことにした。

張り込みを決めて30分程して、待ち合わせをしていただろうリリィに、同じ制服を着たリリィが合流する。

 

「見つかった?」

 

「ううん、ダメ。普段はこの辺りに顔を出すって聞いたんだけどね……」

 

「向こうがヴァイパーを倒す手段を欲しがるから、適性検査をやりたいって話……あの戦術が必要だからだもんね」

 

「しかも、彼とある程度の時間会話出来たリリィが百合ヶ丘で、その戦術も得意としてるから、そっちでやるように決まったし、不便さは少しくらいと思う」

 

どうやら利用しようとかそう言う話ではなく、ガーデンに招き入れ、連携を確固たるものにしたいような趣旨が伺える。

ヴァイパーを討つのに必要だろうと考えている戦術は複数人で行わねばならず、それに自分が関わった方がいいのではないかと言いたげである。

 

「(どうせ必要なら自分でやってみないか。って言うお誘いなのか……?)」

 

確かに自分で討つならそれがいいのだろうが、隼人自身は何としても自分の手でトドメを刺すと言う考えは持っていない。

とは言え、自分でヴァイパーに手を下せる可能性が上がるのは、それはそれでありがたい話であり、状況さえ許せば乗ってもいい。

 

「(けど、本当にいいのか?)」

 

こっちは死にかけたところから助けて貰い、戦う術と力を貰い、果てにはCHARMの整備までやってもらっている。それなのに自分だけ自由過ぎる気がした。

だが、ヴァイパーを討つ手段を欲しているのはそうなのだから、一度話してからでもいいだろう。

もう少し情報を集められないかと歩き回っていたが、いつの間にか慰霊碑のある方へ道を辿っていた。

 

「次はいつ来れるか分からないもんな……。……?」

 

慰霊碑の方に近づいたが、自分のいない方へと五人の少女が慰霊碑から離れていくのが見えた。

白のブレザーらしき上着と、青のミニスカートので構成されている制服は隼人も見覚えがあり、それはエレンスゲ女学院のものだった。

東京地区六本木に校舎を構える新興ガーデンの一つで、実践第一を掲げる近年急成長中のガーデンでもある。

ただ、ガーデンごとに管轄地域があるのだが、エレンスゲは自らの管轄地域外にも宣言なしに外征をすることもあり、この辺りにガーデンの品格を疑う者もいるらしい。

これに関しては隼人も似たようなことをしている身である為、大して気にしてはいない。別の部分に個人的な怒りはあるが。

 

「(三年経っている以上、もうメンバーは総入れ替えだろうが……。彼女らのミスが、俺の右腕をお別れさせ、香織を死に追いやった……)」

 

今のメンバーに対して恨み節をぶつけるのはお門違いであるのでそんなことしないが、三年前のヒュージ襲撃の際にエレンスゲが対応を誤ったことでこうなっているのだから、ガーデンを信用することは難しい。

だが、現地で協力したことのあるリリィたちは人を助けるべく必至な人たちばかりであり、ガーデンの体制はさておきリリィの姿勢は信じられる。そんな状態であった。

また、隼人が香織のことを振り返ると同時に、一つのことに気づいた。

 

「(あの真ん中にいたリリィ……どっかで見覚えがある?いやでも……)」

 

──共闘したことないよな?てことは新入生か?濃緑(のうりょく)の髪をショートヘアーにした少女を見て、隼人はそう考える。

何故彼女を注視したのかと言えば、香織以外にいたもう一人の幼馴染みと髪色が全く同じだったからだ。

今追っかけられている身で無ければ堂々と声を掛けに行っても良かったが、今回は見送りすることにした。

次にいつ見かけられるかは分からない。だが、今日声を掛けられないからといって、今後ずっとそうだと言うわけでもない。

 

「大丈夫。生きていれば明日がある……また会える」

 

──だから、今はこれでいい。心の中で自制しながら、隼人は振り向かれた時に見えなくなる道を選び、慰霊碑に持っていく為の花束を買いに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

その直後、先程から視線を受けていた少女が振り向くものの、隼人の姿は捉えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「昼はどこかで食うよ。もう少し調べたい」

 

『了解よ。お義母さまたちにも伝えておくわ』

 

時間は進んで昼前──。アリスが応じてくれたので連絡をし、慰霊碑に花束を持って向かっていく。

次来るときはもう少し遅くなるかと思ったが、意外にも早く来れる形になった。

 

「香織、一週間ぶりだな」

 

こうして声を掛けるのも、花束を置くのもいつも通り。この後今までのことだったりを話すのもいつも通りだった。

 

「できること、全部やってみるよ。それと、次来る時はちょっと遅くなるかも……もしそうなったらごめんな」

 

──また来るよ。そう言って慰霊碑を後にしようと振り返ったら──。

 

「「「あっ……」」」

 

「……えっ?」

 

そこに偶然梨璃、夢結、楓の三人がいて、四人揃って驚くことになる。

 

「百合ヶ丘って、神奈川の方でしたよね……?」

 

確かにそこまで距離が遠くないので、自分を探すために来ること自体は納得できるが、わざわざ赴いて来るのは予想外だった。

そして、こうやって自分のところにわざわざ来る以上、用があってきていること自体は確実であり、一先ず理由を聞いてみる。

 

「簡単に言うなら、あなたと話がしたい……と言ったところね」

 

「なるほど……詳しく話を聞きましょう。っと、その前に……」

 

夢結の話を聞いた隼人は、今この場所で聞くべき内容では無いことを理解し、次の提案を出す。

 

「一度腰を下ろせる場所に行きますか。昼時ですし、そろそろそう言う時間でしょう?」

 

まだ平気──と、誰かが答えようとした時、思いっきり腹の虫が鳴る音が聞こえる。

誰かと思えば梨璃であり、顔を真っ赤にしていた。

 

「そうね……場所はあなたに任せるわ」

 

「人気の少ない場所、或いは個室使える場所にするか……ついてきて下さい」

 

自身の今の状況も鑑みた場所へ隼人は三人を案内した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

移動すること凡そ二十分。隼人の案内にて、四人で定食屋に来た。

ここは個室が使えるので、話し合いをするのにも向いていて、食事も人を選ばないものが多い。その為、隼人は落ち着いた昼食所として選んだりもしている。

話を聞いてみると一番奥が空いているらしく、隼人は一番奥を使わせてもらうことにした。話す内容が内容なので、聞かれる可能性は少しでも減らした方がよさそうに思えたからだ。

席に案内してもらった後、注文をし、それを受け取った店員が個室の扉を閉めた後、オーダーを伝えに行った。

 

「普段、このお店に寄りますの?」

 

「たまにくらいだよ。普段は同じ場所で過ごしてる人と交代制で作ってる」

 

隼人が外食をするのは、何らかの理由で現地にとどまる時に限られる。その為基本的に今回のようなパターンの方が少ない。

 

「三年前にヒュージによって荒らされちゃったけど、一部を新しくしながら元通り……人間、やろうと思えば何でもできるって思えるよ」

 

「如月さん、三年前もここにいたんですか?」

 

「うん。ここは、俺の生まれ育った場所なんだ……」

 

都心近くに出てくるヴァイパーを追い続ける隼人の出身も都心近くなのではと思っていたが、予想通りだった。

であれば、以前にヴァイパーを追う理由を答えるのに渋った様子を見せたのも、それに関係すると、梨璃と隼人のやり取りを聞いた楓は推測した。

 

「先程声を掛けられた時もそうだけれど……あなた、人付き合いは得意な方かしら?」

 

「んー……どちらかで言えば俺は苦手な方ですね。ヴァイパー追いかけたり、あの場所に送る花束を買いにでも行かなかったら、ああも声は掛けられなかったはずです」

 

これに関しては質問した夢結のみならず、二人も意外に思った。梨璃との会話を考えるとそうじゃないように見えるかも知れないが、意外にも隼人は人との接し方が不得意である。

実は梨璃に怪我の有無を確認した時以外は、基本的に受動的な会話をしており、自分から話す、或いは話せる話題が無いと会話に困ることが多々あった。

隼人がこうなったのもヴァイパーとの一件が加速させたが、ここから他の場所に順応等をしていくことで幾らでも治せるものである。

話している間に食事が来たので、それぞれのペースで食べ始め、定食の簡単な説明等を隼人がしながらそれぞれの箸が進んでいく。

 

「ごちそうさまでしたぁ……連れてきてくれてありがとうございます」

 

「満足してくれて何より」

 

梨璃の反応を見て、隼人は一安心した。これでイマイチだの言われてしまったらどうしようと思っていたので、最悪の事態は避けられた。

百合ヶ丘は元がお嬢様学校だったと言うのもあって不安要素もない訳では無かったが、少なくとも一人は満足の旨を告げてくれている。

 

「でまあ、この店の話もいいけど……本当は違うんでしょう?」

 

「ええ。では、そろそろ本題に入りましょう」

 

話がしたいと言われているのにこれで終わる訳は無く、彼女らがしたかった話を聞くことにする。

 

「私たち百合ヶ丘女学院は、蛇を追う者であるあなたと協力関係を結びたいと思っているわ」

 

「……俺と協力関係?」

 

自分を探している理由の中では最も考えられるものだったが、理由までは察しきれていない。

一応、考えられる理由はあるが、確証が得られている訳では無いので、先を促すことにした。

 

「あなたはヴァイパーを討つための手段を欲しているでしょう?それがこちらにはあるから、あなたにそれを教えるわ。その代わり、百合ヶ丘のリリィとしてガーデンに入って、こちらの対ヒュージ行動に協力して欲しいの」

 

「交換条件ってやつですか……」

 

なるほど……と、隼人は協力関係と言った理由に納得した。

確かに単独での撃破が無理だと言ったのは自分だし、その手段を欲しているのもまた事実だ。故にそれを提供してくれるのは非常に有り難いし、恩義に報いるべく百合ヶ丘に協力するのは何ら苦にならない。

 

「(いや、流石にないよな……)」

 

都合のいい話を用意し、こちらを誘導する可能性も考えたが、一人の存在が隼人の考えに否定を与える。

 

「あ、あの……私の顔に何か付いてますか?」

 

「ああ、いや……一柳さん、腹の探り合いとか苦手そうだから、こっちを都合よく誘導とかはないと思ってさ……」

 

「そう言うことね……確かに、この子がやるとは思えないけれど」

 

「実際、こちらの都合よく……とは考えていませんし、梨璃さんは純粋で素敵なお方ですが……その考えでいいんですの?」

 

実際、隼人も自分でどうしてこんな考えをしたんだと考えはしたが、実際にそうならそれで良かった。

承諾しても良かったのだが、一つ問題がある。

 

「(あれ?ちょっと待てよ……)」

 

──あれって確か、男にはできなかったんじゃないのか?隼人はその術の問題点を思い出した。

共鳴率の都合上、10代の少女にしか使えなかった話を聞いたことがあり、自身はそれに当てはまらないせいでできないのではないかと危惧したのである。

 

「えっと、確かあの戦術って……」

 

「そう……あなたの予想通り、男の人には使えないわ。ただ、やらなければ分からないから、ダメもとで検査をしてみる……と言う方向で決定したわ」

 

──もちろん、あなたが引き受けてくれたらの話だから、強要はしないわ。夢結が告げてくれた理由なら断るわけにもいかないが、最後の一押しを得る必要がある。

 

「そうですね……ちょっと相談したい相手いるんで、話してきていいですか?俺に戦う術を与え、ヴァイパー追うことを手伝ってくれてる人なんです」

 

「なるほど……それくらいなら構わないわ」

 

一言だけ礼を告げ、隼人は席を外し、店員に一言告げて外に出た。

その後人気の無い場所に移動し、イヤホンで連絡をする。

 

「由美さん、今大丈夫ですか?」

 

『大丈夫よ。何かあったの?』

 

「俺を探していたリリィたちのことと、百合ヶ丘のリリィに持ち掛けられた話を少し」

 

そして隼人は、今回あった話を由美に伝える。

これを聞いてる際の由美はしっかりと話を聞いている旨を返しながら、最後まで話を聞いてくれた。

 

『確かに、こちらでの協力関係で行きづらいのは分かるわ。右腕のこともあるから尚更ね』

 

「ヴァイパーを討つならダメもとで行ってみるべきだと思ってるんですけど、やっぱり恩を返し切らないままって言うのは……」

 

隼人がすぐに決められなかったのはここにある。死に掛けのところを助けて貰ったのだから、自分で好き勝手決めてしまうのは違うと考えていたのだ。

だが、由美たちからすれば隼人はまだ自分の居場所を選べる身であり、自分たちもヴァイパーを討てるのならそれがいいし、望むなら行くべきだと考えていることを告げる。

 

『気にしなくていいわ。元に戻るだけだから……それに、救われた命でも、それは()()()()()のよ。だから、あなたは自分の望む道を行きなさい』

 

「由美さん……」

 

──俺は周りの人に恵まれてるな。隼人はそれを改めて感じた。

それならば隼人が迷うことは無く、自身の答えを告げる。

 

「そう言うことでしたら、俺は行きます。一応、時々顔見せに戻ってくるつもりですけど……」

 

『それでいいわ。あなたがヴァイパーを討てることを祈るわ』

 

礼を告げて連絡を終え、三人がいた場所に戻る。

 

「待たせました。今回の話なんですけど……受けようと思います」

 

「「「……!」」」

 

時々でいいので、恩人に顔を見せたい旨を告げれば、それは夢結が掛け合ってくれるのを保証した。

後は連絡先を教えておき、試験の日程が決まったらその時に試すだけである。

 

「あなたに名乗るのは始めてでしたね……如月隼人です。適正があった時はよろしくお願いします」

 

「白井夢結よ。この間はヴァイパーの撃退をしてくれてありがとう」

 

握手と共に、改めての自己紹介が始まる。

この二人は今日まともに話すことになった。上手くいけば、今後は色々教わることになるだろう。

 

「楓・J・ヌーベルですわ。以前は梨璃さんのこと、ありがとうございます」

 

「どういたしまして。そっちもあの時怪我無くて良かったよ」

 

隼人は名を明かしていたが、楓の名は梨璃が口にした限りでしか知らない。その為、こちらは改まってになる。

適正があった場合は共闘することも増えるだろう。

 

「如月さん……私、如月さんに適正があることを信じてます」

 

「うん。俺もそうだと思いたい」

 

唯一お互いが名乗った二人に改めての自己紹介は必要ない。

梨璃の方はリリィになって間もないと言う話だったので、自分が支える側になるだろう。

 

「それじゃあ、また。検査を超えた時に会いましょう」

 

話も終わり、会計も済ませた後に隼人は三人と別れ、帰った先で三人に感謝の旨を告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

それから凡そ一週間後。隼人の適性検査が行われ、ノインヴェルト戦術への適正が有することが判明し、入学が認められることになった。




これで大体序章とも言えるべき部分が終わりました。

ここからいつも通り解説等を入れます。


・如月隼人
元ヘルヴォル(正確には、当時の作戦にいたリリィたち)には間接的に自分をこんな目にされたせいで、少々恨みがある。
が、それをぶつけるようなことはせず、上手いこと自分を抑えて共闘した。
(最初は共闘することに納得できなかったが)
夢結達の誘いに乗り、百合ヶ丘へ編入することに。


・一柳梨璃
多分、腹の探り合い出来ないんじゃないかと思えるほど純粋で聖人なカワイ子ちゃん。
隼人との交渉は第一接触者であり、互いに名を伝え合っている=コンタクトを最も取りやすいと言う理由で選ばれた。主に、本人の性格で要らん心配させない要員。


・白井夢結
恐らく腹の探り合いはできるだろうお人。
隼人との交渉は第一接触者である梨璃のシルトだから。唯一の上級生と言うことで、主導は彼女が担当。


・楓・J・ヌーベル
お嬢様と言う立場の関係上、腹の探り合いはできると見て間違いないお人。
隼人との交渉は第二接触者であることと、夢結と隼人の相性が悪い場合のピンチヒッターを宛がわれている。が、今回は梨璃のおかげで要らぬ心配となった。


・隼人と共にいた三人。
確かに都心近くの防衛要員を欲していたが、本当は隼人に早いとこ新しい帰る場所を見つけて欲しいと考えていた。その為、今回はこうして後押し。
今後は隼人がいなかった時のように、アリスが主導で外部行動を行う。


・慰霊碑の近くで見た濃緑髪の少女
一体誰なんだ……(分かる人はもう気付けるくらい露骨)


次回以降、隼人は百合ヶ丘に所属して動くことになります。


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第5話 入学

ここから百合ヶ丘に編入した隼人の話が始まります。


「はい。隼人君が使うCHARM二本分だよ」

 

「ありがとうございます。やっぱり二つ分って結構運びづらいな……」

 

適性検査から四日後──レストア討伐の為にヴァイパー撃退を請け負った日から早くも二週間が経過した朝に、隼人は玲から整備の終わったCHARMの入ったケースを二つ受け取った。

二つ分を背負うのは大きさ的に無理があるので、片方は手持ちで移動することになる。

尚、本来ならガーデンに合わせた制服を着るべきなのだが、元がお嬢様学校の百合ヶ丘に男性用の制服が無かった為、暫くは赤のジャケットとその他の格好になる。

ただ、隼人からすればヴァイパーを討つまではこのままの格好で行くつもりであり、男性用の制服が用意されて着るのは、少なくともその後だと考えている。

と言うのも、ヴァイパーを討つ自分は復讐者であると同時に外部協力者の認識が強く、本格的に百合ヶ丘のリリィと認識するのはその後だと確信しているからだった。

 

「隼人、これも渡しておくわ。私たちに極秘連絡する時に必要でしょうから」

 

「戻ってくる時は連絡を貰えるかしら?そうすれば、右腕の確認はすぐにできるわ」

 

「了解。覚えておきます」

 

使い慣れた秘匿性の高いイヤホンを受け取り、隼人は早朝に施設を後にし、百合ヶ丘へと向かう──よりも前に、一度慰霊碑に行って香織にその旨を告げてから今度こそ百合ヶ丘に向かった。

隼人が早朝に施設を出たのはこの為で、ここからは暫く電車の乗り継ぎをして目的地に向かうことになる。

百合ヶ丘も都心に近いはずなのだが、そちらから少し離れる都合か、電車に乗る人は全くいないと言う状況になっていた。

 

「(これもヒュージの影響か……?ヴァイパーが絡んだ影響って訳でもないだろうし)」

 

ヴァイパー一体でこんな影響を出すわけ無いので、隼人はそう考えた。

とは言え、CHARM二つと言う大荷物を持っている身としてはスペースを占有しても怒られないこの状況は気が楽だった。

そして百合ヶ丘の最寄り駅にたどり着いた後、そのまま校門前まで歩いて行く。

 

「ごきげんよう、如月君。来てくれてありがとう」

 

「おはよう……じゃなかった。ごきげんよう(まつり)様。検査の時はお世話になりました」

 

危うくいつものノリで挨拶しかけたが、どうにか軌道修正に成功させる。格式がある以上、順応しなければ後が大変になる。

ただでさえ男一人の環境下に飛び込むのだから、気を遣われることがあろうとも、格式関連はこちらが合わせる側なのだ。

それはさておき、目の前にいる銀色の髪を持った少女は(はた)祀と言い、隼人の適性検査に居合わせていたリリィである。

隼人が敬語で話しているのは彼女が夢結の同級生で、ルームメイトあからであり、これは隼人が彼女らより年下であることから来ていた。

この後彼女に案内され、職員室にてクラス担任となる先生と顔を合わせ、そのまま教室に向かうこととなる。

 

「本日から、この椿組のみんなと共に学んでいく転校生を紹介します」

 

──入って来て。と、担任の先生に声を掛けられた隼人はその教室の中に足を踏み入れる。

クラスは椿、李、杉に分かれており、隼人はその中で椿組であった。

 

「……えっ?」

 

誰か一人、聞き覚えあるソプラノトーンの声が隼人の耳に届くが、それを気にする暇は無く、取り敢えず黒板とチョークを使わせて貰って名前を書く。

意外と字は誰が見ても問題なく書くことはできており、一安心しながら粉の付いた手を払いながら他の生徒たちがいる方に向き直る。

 

「(あっ……見知った顔が二人もいた)」

 

──これは運がいいな。そんなことを思いながら担任の先生に自己紹介するよう促されたので、それを始めることにする。

 

「この度編入が決まった如月隼人です。えっと、皆さんには蛇を追う者が伝わりやすいでしょうか……?」

 

その服装が特徴的なものそのままであった為、教室内にいるリリィ全員が納得した。

編入理由は大体分かるだろうが、最低限説明だけして他の方に移る。これだけでは他の人が接しづらいからだ。

 

「趣味は筋トレと読書。これから練習しようと思ってるのは紅茶の入れ方。欲しいのはバイクの免許です」

 

バイクの免許が欲しい理由は当然、迅速な移動手段の確保であり、助けられる命を増やすためである。

実は今まで隼人は「命が掛かっているから」と、()()()()()()()()()()()()おり、人命救助の為に完全なルール無視をしていた。

ただ、ガーデンに入るのであればそんな真似は許されず、流石に教習所で取らざるを得ない。

 

「今までの生活が生活だったので、こっちでの言葉遣いとかにまだ慣れていないので、色々教えてくれたら助かります」

 

──以上、今日からよろしくお願いします。そう言って頭を下げ、歓迎の拍手を貰った後、自分の席に移動する。

そして、その席は──。

 

「如月さん……同い年だったんだ……」

 

先日も顔を合わせた梨璃だった。

 

「俺、まだ15だから……。改めてよろしく、一柳さん」

 

「こちらこそよろしくね。如月さん……ううん、如月くん」

 

改めてここから友好関係を作っていくのが決まったところでHR(ホームルーム)が終わり、ここからクラスメートたちの質問ラッシュが始まり、一つ一つ答えていく。

また、ただ質問に答えて行くだけでは無く、免許を取るにはどうすればいいか等も聞いておき、放課後はまず申し込みから始めることに決めた。

そうして有意義な情報を得ながら自分の情報もそれなりに伝えた後、実際にクラスのリリィたちと共に授業を受けることになる。

元から戦場で動き回っていた身である為実技は全く問題ないのは当然で、座学も特に問題なくこなしていた。強いて言えば、悪印象を持たれないように、真面目さをアピールするのが少し面倒に感じていたくらいだ。

何なら、唯一異性だから遠慮されるんじゃとも考えていたが、そんなことは無かったようだ。

 

「(『ノインヴェルト戦術』はまだやらないのか……後で資料貰えるかな?)」

 

尚、この日の段階で隼人が欲しかった内容が授業に出なかったことを記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

入 学

enrollment

 

 

新しい生活の始まり

──×──

a person who jumped into a lily garden

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

ノインヴェルト戦術──それは、複数人で作成した超威力の魔法球を的に叩き込む戦術である。

ヒュージの核から作った特殊専用弾を用い、その専用弾を元に作られる魔法球を複数人でCHARMを通してマギを込めながらパス回ししていくことで強力なエネルギー弾に育て上げ、最終的にこの魔法球をヒュージに撃ち込む流れになる。

なお、ノインヴェルトとは『九つの世界』を意味するが、これは基本的に9人で行う戦術であることが由来しており、少ない人数でも実行可能である。

 

「これがノインヴェルトに関する資料よ。分からないところがあったら、また聞いてね」

 

「ありがとうございます」

 

それが隼人の求めていた戦術であり、免許取得の予約を済ませた後、祀にその資料を貸出してもらったのである。

その後はリリィたちが休憩や昼食等を取ったりする場所として使うラウンジの方へ移動し、そこで資料を読み進めていくことにした。

なお、梨璃たちが放課後案内することを言い出してくれたのだが、今回は予め資料の貸し出しを頼んでいたので、泣く泣く断る羽目になったことを記しておく。

 

「(これ、ヴァイパーが放り込まれたらどうなるんだろうな……?)」

 

ノインヴェルト戦術は、ヒュージを逃がさないためと万が一魔法球を外した際の周囲への被害を防ぐ措置として、特殊専用弾を起動すると半透明のドームが出現する。

これにより必殺の可能性を高められるのだが、同時にリリィたちの退路を奪う諸刃の剣とも言えるモノになっている。

気になるのは、自身が絶対に勝てる相手で無いと分かれば基本的に逃走するヴァイパーが、このノインヴェルトによって退路を封じられた場合である。

せめて誰か一人でも道連れにしてやろうと必死になるのか?それとも何もせずにやられるのを待つのだろうか?またはどちらでも無い他のことが起こるのだろうか?

なら、戦場で試せる機会があるなら試してみよう──と、決断する。問題は自分と共にそれができる人を最低でも8人見つける必要があるのだが。

 

「(まあ、それはなるようになれだ。どの道友好関係作らないと難しいだろ)」

 

今すぐ勧誘したところで相手からすれば『えっ……?』となってしまうのが目に見えている。それなのに行動へ起こすのは少し違う。

その為、取り敢えず聞けることを聞いて友好関係を広げて行くのが重要だと考えた。

この他にもノインヴェルトのパス回しの方法が、組んでいるリリィたちによって異なったりするらしいが、それは知識程度になるだろうと考えた。

 

「(ヒュージと戦うリリィたちの前線基地であり、憩いの場でもある、か……)」

 

──考えて作られてるな。校舎の構造と、リリィたちの様子を見て隼人は納得する。

ヒュージとの戦いにて最前線に出るリリィたちは、確かに戦場を舞う戦士であると同時にまだ多感な少女でもある。

そんなリリィたちにも心と体の休息は必須事項であり、それを提供するのがこのガーデンになるのだ。

実際、同じラウンジでもお菓子と紅茶を用意して談笑する人たちだっているし、ちゃんと休める場所になってもいるのだと教えてくれる。

 

「基礎はこれでいいとして、次は何がいいだろう……?」

 

幸い資料自体は一週間単位で借りさせて貰った為、後で読み直すことができる。

その為、次の選択肢としては訓練施設の確認、校内の探索、分からないところを質問する体で友好関係作り──考えればどんどん出てくる。

が、一人で、いる時の方がやりやすいことがもう一つある。

 

「(取り敢えず、寮の確認でもしてくるか)」

 

ガーデンは基本的に寮制であり、基本的には二人ごとに部屋が割り当てられるらしい。

らしい──と言うのは、隼人は現状唯一の男性リリィである故に、一人部屋が用意されている。

部屋の確認は、貸出してくれた資料を置きに行く意味でも、送った荷物の確認をする意味でも丁度良かった。幸いにも一人なので、何食わぬ顔で動ける。

 

「荷物は……全部あるな」

 

それを確認した隼人は、早速部屋に自分の荷物を置いていく。二人部屋となる場所を一人で使うのだから、ある程度贅沢にできるのはいい点だった。

物自体を置き終えたのはいいものの、今度は部屋でやることが筋トレや読書くらいしかないことに気づき、流石に暇すぎるし、今のうちに校内探索をしようと考えたところで、一つやることを思い出した。

 

「そうだった。工廠科(アーセナル)の人に顔を出してくれって頼まれてたな……」

 

工廠科と言うのは、CHARMの整備や戦闘で撃破した残骸からヒュージの解析、リリィの状態確認等、言わば技術屋や研究家と言った役回りを学び、行う学科である。

以前顔を合わせたリリィに今後のことで連携したい話があると言われたので、それに付き合うのである。

であれば余り待たせるのもよくない。隼人は早速移動を始めることにした。

迷うかと思ったが、途中に度々見えた地図のおかげで意外にも迷うことなく目的の工廠科のフロアまで辿り着き、自分を呼んでいたリリィの部屋に辿り着いた。

 

「ここか……」

 

連絡用のベルやら端末やらが見当たらないので、隼人はそのまま「如月隼人です。入ります」とだけ告げて部屋に入ると、そこに自分を呼んだりりィがいた。

 

「ご到着ね?待っていたわよ」

 

そのリリィは一度作業を止め、席を立ってこちらに来た。

 

「改めまして……ようこそ百合ヶ丘女学院へ。私は真島百由。レストア撃退戦の時はありがとうね」

 

「どういたしまして。俺は如月隼人です。今日からよろしくお願いします」

 

レストア戦以来にに百由と顔を合わせ、握手を交わす。彼女に今後のヴァイパーに関する話と、自分に対する頼みがあるらしく、来るように頼まれていた。

 

「どうかしら?百合ヶ丘の生活を始めてみて」

 

「一人だけ異性ってのは大分不慣れなところありますけど、そこでの壁を作んないで向こうから接して来てくれたのは助かりましたね……なんていうか、温かい感じがしました」

 

──これなら無理なく生活できそうです。その一言に百由も安心した。余りにもやりにくいのならそれはそれで申し訳ないからだ。

恐らく隼人はこの後も交流を広げるだろうことが予想できたので、百由の方から早速本題に持っていくことにする。

 

「まず、ヴァイパーのことに関する話ね。ちょっとこの端末の画面を見ながら説明するわね?」

 

部屋の中にある大型機器の画面を百由が指さすそこには、何かヴァイパーの情報だろうものとこの百合ヶ丘周辺の地図だろうものが移されていた。

 

「こっちが先週、都心近くのガーデンから融通してもらったヴァイパーの情報。これを使って、こっちで位置情報を追跡できるようにしておいたわ。出現したら真っ先にあなたへ連絡届けられるようにしたいから、連絡先を交換しておきたいんだけど……大丈夫かしら?」

 

「本当ですか?助かります。そう言うことならこっちからお願いしたいです」

 

交渉は成立し、ヴァイパー発見時には自動通達の設定をもして貰い、隼人としては非常にありがたかった。

今までいたあの場所とは違って百合ヶ丘は広く、自分を一々探す余裕などないだろうから、これは大きい。隼人としても、一々ここに来るのは面倒だ。

なお、元の情報があったとは言え、由美が作った追跡システムと全く同じものをたった一週間で作れたのは見事だと隼人は思っている。由美の場合、自分が訓練している間に一ヶ月の時をかけて作成していたからだ。

 

「後、ヴァイパーの情報のすり合わせをさせてもらえると嬉しいわ。都心近くのガーデンが持っていなくて、あなたが持っている情報……またはその逆もあるでしょうから」

 

百由の頼みに承諾し、お互いの持っている情報を出し合う。

その結果ガーデン側が尋常な耐久力の更新情報持っていなかった程度の差異であり、全く同じ情報を得ていることが判明した。

ヴァイパーに関してはこれで話は終わりで、次は隼人に対する頼みごとである。

 

「……俺がノインヴェルト戦術適正を得ていたことに対する調査、ですか?」

 

「血液サンプルを基に調べるから、それだけお願いしたいんだけど……」

 

ヴァイパー討伐の協力をしてくれる分──もあるかもしれないが、男性リリィの存在の復活に繋がるかも知れない要素になる為、確かに分かる理由だった。

一応、分量に関してはそこまで多くないようになので、それならばと協力することに決める。その結果、この後保健室に寄り、そこで血液サンプルを提供することになった。

予想通り、左腕から注射器を通して血を少量だけ抜かれることになるが、特に問題なく終わり、その後は一度部屋に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あら、一度部屋に戻っていたのね?丁度よかったわ」

 

「祀様?どうかしましたか?」

 

百由との話を終えて自室の前まで来た時、祀に声を掛けられたのでそちらを振り向く。

彼女は物事を話す前に、先ずはこれを──と、一枚の紙を隼人に渡した。

 

「……『レギオン』の体制と俺の待遇について?」

 

「ええ。あなたが百合ヶ丘のリリィとしているのは、極めて特殊なケースだから」

 

レギオンとは、各ガーデン内で組織される複数名で1組のチームのことを指し、ヒュージ発生時はレギオン毎での出撃が基本となるようだ。

脱走ヒュージの時は小規模。レストアの時はガーデンに接近してきたヒュージの撃退を主としていたので、例外となるらしい。

生徒同士で自主的にメンバーを集めて教導官の許可を得る教導官認可制、ガーデンがメンバーを選抜し指名するトップレギオン制といったように組織の仕方はガーデンによって異なるようで、この百合ヶ丘は前者を採用している。

また、レギオンはノインヴェルト戦術等の連携戦術の使用を想定している為、それが使える必要人数をレギオン発足の最低人数としている。

なお、隼人は特例として既に発足済みのレギオン、またはこれから発足するレギオンに十人目のメンバーとして参加することを許されている。

これは一人だけ異性故のコミュニケーション要素の不利、ヴァイパーを追う先で共闘するリリィはおれど、元は単独行動をしていたことが起因していた──のだが、どうしても避けられない問題はある。

 

「一日やそっとじゃできないでしょうけど……」

 

「ま、まあ、時間はあるんだから、焦らないで……」

 

友好関係自体はそんなすぐにできるはずもないのだ。こればかりは時間をかけてどうにかするしかない。

それで肩を落とし、祀に励まされることになったのはここだけの話であり、これを語られることは無かった。

 

「そう言えば、今日貸し出した資料で分からない所はあったかしら?」

 

「一応、方法自体は把握できました。気になるのは、アレをヴァイパーにぶつけたらどうなるかですね……」

 

隼人の疑問には祀も悩ませることになった。何しろ、今までノインヴェルト戦術を試した記録は無し、自身が絶対に勝てる相手ではないなら基本的に逃走するヴァイパーの退路を封じ込めるのだから。

逃げ場を無くせば諦めるのか、それともヤケクソ気味に一人でも多くを道連れにしようとするのか。またはそれ以外か──それは誰にも分からない。

これに関しては見当も付かないが、判明次第真っ先に隼人へ情報を回すことを約束し、この話は終わりとなる。

 

「それじゃあ、私は行くわ。また分からないことがあればいつでも聞いてね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

祀を見送った後、隼人は貰った用紙に改めて目を通す。

レギオンに入ることはヴァイパーを討つのには当然だが、他にも重要だと感じる理由がある。

 

「(俺がみんなでヴァイパーを討った後、()()()()()()()()()()()活動するのならレギオンには入っておくべきだ)」

 

仮にここを去るとしても、ここに残るとしても、自分に選択肢を与えるためにはやはりレギオンに入るのは必須事項だ。

ただし、どこでもかしこでも入ればそれで終わりでは無く、活動を続けられると思えるレギオンに入るべきである。

 

「……てなると、発足済みよりはこれから発足するところとかがいいか……?」

 

「如月くん」

 

聞き覚えのある声が自分を呼んだので、そちらに振り向く。

誰かと思えば梨璃であり、楓と、三つ編みにした茶髪を持つ小柄な少女が一緒にいた。

 

「俺に何か用?」

 

「うん。実はレギオンのことでちょっと話がしたいんだけど……いいかな?」

 

「分かった。そう言うことなら三人とも上がってくれ」

 

梨璃の話に応じることを決めた隼人の計らいにより、三人は隼人に割り当てられた部屋に入る。

何も出さないのは流石に酷なので、不慣れながら紅茶を出すことにした。

手元にあるならインスタントコーヒーにしようと思ったのだが、用意は出来ていなかった。

 

「なるほど……これは練習ですわね」

 

「なるべく早めにマシなものにするよ」

 

三人の中で誰よりも紅茶を飲みなれている楓に評され、隼人は宣言した。

とは言え、不慣れにしては結構マシなものだったらしく、今後に期待と言われたので一安心だ。

 

「えっと、一柳さんとヌーベルさんは前に顔合わせしてるからいいとして……君は同じクラスにいたよね?」

 

「はい。私、二川(ふたがわ)二水(ふみ)と言います」

 

小柄な少女──二川二水は梨璃と同じく補欠合格で入学した少女であり、入学式の日──つまりは百合ヶ丘近辺に始めてヴァイパーが姿を現した日に梨璃と交流を持ち、翌日に梨璃と戦線を共にした楓と交流を持ったようだ。

それ以来、楓と共に梨璃と仲良くしており、時に『リリィオタク』と称される程の知識で梨璃をサポートすることもしている。

リリィオタクと言うのは、リリィやそれに関連事項に強い興味と関心を持つ人──狭義的にはリリィたちのことを指す言葉である。

このリリィオタクの中でも細かい分類があるようで、二水はレギオンで戦う時の戦術、主にノインヴェルト戦術での陣形やポジショニングや動き方についての知識方面が強いタイプで、この知識量で合格を勝ち取ったらしい。

とまあ、途中から梨璃の説明と一緒に二水の話を聞いた隼人は「なるほど……」と、納得した様子を見せる。

 

「改めて、俺は如月隼人。よろしくな、二川さん」

 

──今度その知識を当てにさせてくれ。理由はあれど、凄い豊富な知識を持ったりりィが自分からこちらにコンタクトを取ってきたことは非常に大きく、そのチャンスは逃したく無かった。

自己紹介も済ませた後、本題に入る。

 

「なるほど……レギオンを作るから、俺もどうかってことか」

 

「うん。入学してからいきなりな話だとは思うけど……どうかな?」

 

正直なところ、隼人からすると悩んでいたところに持って来てくれた話なので渡りに船である。

また、万が一自分を入れて八人。後から二人来て十人と言う状況下になっても、自分の特殊な立ち位置のお陰で問題なく十人のレギオンとして発足ができる。

 

「それ、あなたがヴァイパーを討った後まで見据えられていませんこと?」

 

「だろうな……俺が抜けても最悪九人で活動可能だし」

 

どうするかは完全に未定だが、ヴァイパーを討った後は完全に世捨て人になるも同然で、あの三人がいる場所に帰ることだって出来る。

ただ、これはせっかく世捨て人にならないチャンスを投げることも意味する為、自分はよくても誰も喜ばないだろう。そういう意味では選びづらい。だったら百合ヶ丘のリリィとして三年間生きる方がマシである。

また、ヴァイパーのことが話に出たので、忘れない内にそれは話しておかねばならない。

 

「俺をレギオンに迎えるのはいいけど……一回メンバー内で、これだけは話しておいて欲しいってことが一つある」

 

「もしかして、ヴァイパーのこと?」

 

梨璃の問いに頷くことで肯定を返す。なんでこんな話をしたかと言えば、理由はすぐに出てくる。

 

「そうでした……!如月さんが、百合ヶ丘(こっち)に来た理由って……」

 

「二つ名が指す通り、ヴァイパーを討つため……この方をレギオンに迎え入れることは、わたくしたちもヴァイパー討伐を付き合うことを宣言するのと同義になりますわ」

 

流石にそこまではちょっと……と言う人がいるなら、隼人はレギオンに入らない方がいい。だが裏を返せば、全員がそれでも構わないなら、以後はヴァイパー討伐に付き合ってもいい人だけに絞って募集ができる。

この回答次第で結果が相反するので、流石に今すぐ決めろとは隼人も言えない。

 

「だから、一回みんなで考えて欲しいんだ。それでも構わないって言うなら、俺は一柳さんたちのレギオンに入るよ」

 

この促しをした結果、この三人以外には既に夢結がいるらしく、回答は後回しにすることが決まった。

今できる話は終わり、一度夢結と確認を取る為移動を決めた三人を隼人は部屋の外まで見送る。

 

「さて、結果はお楽しみってやつだな……」

 

一発で通ってくれればそれでいいが、必ずしも通るとは限らない。天に運を任せながら、隼人は複数用意している今の服装セットを洗濯に持っていくことにした。

ジャケットの下に来ている黒のインナーシャツと、同色のスラックスは着こなしやすいと言うファッションセンスの欠片も感じられない理由で選択したが、インナーシャツの上に来ている赤のジャケットはヴァイパーへの報復を誓ったものであり、いつしか不要となる──着用しないと決める日が来る。

こんなことを意識したのは始めてだし、いつ来るかは分からないが、暫くはこのセットを使い回していくことになるだろう。

 

「(復讐の赤衣(ジャケット)を脱ぎ捨てる……ヴァイパーを討った後は、まずそこからやるか)」

 

ヴァイパーを追いかけて三年、隼人は始めて復讐後のことを考えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「しょうがないとは言え、風呂は暫く使えないか……」

 

その日の夜、寮でシャワーを終えた隼人は全リリィが共用して使う入浴所の説明を思い出していた。

一時間単位で学年ごとに使用するらしいのだが、隼人は唯一異性故にその取り決めとはまた別枠の存在であり、処遇をどうするかが全く決めきれていないのだ。

ノインヴェルト戦術を唯一使用できる男性リリィ故に検査をせねばならなかったり、彼の為の席の用意、部屋割り等々──準備せねばならないものが多すぎて追いついていない。仮に、隼人がまだ着るつもりはないと言って制服の用意を後回しにしてもらっても大して変わらないだろう。

とは言え、流石に一人だけ入浴所を使わせてやれないのも処遇としてはあんまりなので、整理してどうにかすると言ってくれているし、信じて待つのがいいだろう。

 

「(一旦連絡かな……人が来ても大丈夫なように、資料を読んでいる体制を作っておこう)」

 

自身の何らかの要素を回収し、調べが来ることなど予測済みであり、由美からも「どうせ避けられないのなら、何か一つ使わせてしまえばいい」と開き直った回答を貰っている。

ただ、そうする場合は隼人の活動に保証を用意すべく資料の作成を行うので、連絡を貰いたいと言っていた。その為、隼人は血液サンプルを渡したことを伝えるのだ。

 

《あら、一日お疲れ様ね》

 

「お疲れ様です。今大丈夫ですか?」

 

返答は大丈夫であり、隼人は今日、血液サンプルを提供したことを報告した。

 

《了解。なら()()()として、あなたの安全を保証するものを仕上げるわ》

 

「ありがとうございます。何から何まで……」

 

《それは今度、アリスにも言って上げて頂戴。あの子の考えが、あなたを助けるきっかけだったもの》

 

アリスは『目の前に救える命があるなら、最後まで諦めない』を方針としており、それがあの日隼人を救ったことに繋がった。

戻った時には改めて伝えようと、隼人は決めた。

 

「じゃあ、そろそろ俺はこれで。必要な時はまた連絡します」

 

《ええ。その時はよろしくね》

 

連絡することも無くなったので、変に詮索される状況を減らすべく連絡を終える。

必要にならないのが一番楽だが、万が一に備えるに越したことはない。

 

「(俺は俺で、できることをやっていこう)」

 

──まずは、ノインヴェルトへの理解を深めるか。資料を読んでいるフリをする為に出していたものを、そのまま読み漁ることにした。




いきなり異性が来たら風呂使える時間なんて渡せません。仕方ないね。
隼人は礼儀作法自体は玲から学んで、どうにか形にしました。

ここからまた解説です。面倒な人は読み飛ばしたりしても構いません。

・ノインヴェルトに関して
特殊弾を起動すると、直径50メートルほどの半透明のドームが出現らしいのだが、ラスバレのエヴォルヴや、アニメ最終話のあの全員でやったノインヴェルトとか見ると50メートルじゃ足りないよね?と言うことで、ドームの大きさに関する言及は本小説では撤廃。
隼人はこれをヴァイパーにやった時の反応に興味アリ。

・隼人の無免許運転を良くない目で見ていた人。
代表格は出江(いずえ)史房(しのぶ)様。
ルールを重んじる彼女の性格からして、許せる訳が無かった……。

・如月隼人
赤の上着はヴァイパーへの復讐を誓った証であり、自らが復讐者である証明。
ヴァイパーを撃つ理由に強い私情がある為、梨璃たちの誘いを一度断る。
無免許運転に関してはやはり睨まれていた。
資料を読むのはいいが、本人が実践主義だった故に、あくまでも知識程度。


・一柳梨璃
隼人を年上だと思ってた。レギオンを作れと言われ、行動しているのは原作と同じ。
顔見知りと言うことで隼人を誘う提案を出したのはこの子。
夢結がいない以上決められないので、今回は一時退散。


・楓・J・ヌーベル
アニメでは梨璃がレギオンに誘ってくるまでに、8ものレギオンからの勧誘を断ったとか言うことをやっている梨璃に一途なお人。
ヴァイパーを討つ手段を求めている以上、レギオン加入と同時に友好関係構築で困るだろう二点を持って、梨璃の提案に賛成するも結果は保留に。


・二川二水
何気にこの話でようやく登場した子。隼人とは接点なかったから仕方ない。
知識量は膨大なので、隼人が必要になれば知恵を貸せる。
ちなみに、ヴァイパーと隼人のことは知識として知っている。


・秦祀
この話で初登場。隼人に簡単な案内をする。


・真島百由
百合ヶ丘近辺に登場したヴァイパーへの対応迅速化を用意していた人。
由美みたいな方法で追跡が可能になり、隼人がヴァイパーを追ううえで今後も頼りになるだろう人。


・明石由美
隼人の右腕に関する秘密を知っている人。資料を作成開始。


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第6話 決意

連続でアニメ4話に位置する話です。
アニメ4話分の所は今回で終わりです。


「さて……今後のこともありますから、彼を迎え入れるかどうか……引いては、わたくしたちもヴァイパー討伐に参加するかどうかを決めてしまいましょう」

 

時刻は少し遡って夕方。梨璃たちは一度メンバー探しを中断し、隼人をレギオンメンバーに入れ、ヴァイパーとの戦いに関わって行くかどうかを決めることにした。

なお、夢結を見つけることは出来なかった為、一先ずは梨璃、楓、二水の三人で話し合って、この三人の答えを出すことに決める。

 

「私は話でしか知らないんですけど、ヴァイパーってかなり異質なヒュージなんですよね?」

 

「ええ。では、まずはヴァイパーに関する情報の確認からしましょうか」

 

口頭で伝える形にはなるが、まずは自分たちが隼人をメンバーに加える場合、どんなヒュージと戦うかは知っておく必要がある。

楓が二人にその情報を伝え、隼人が何故百合ヶ丘に入学したのかも改めて説明する。

入学した理由自体は梨璃も知っていたが、戦力の低いリリィや、戦力を持たない一般人なら戦闘や活動を継続し、強いリリィが相手なら撤退する傾向がある。

 

「私、そんなことも知らずについていくって言っちゃったんだ……」

 

「あ、あれは想定外のことですから……!」

 

ヴァイパーがまさかこっちにやって来るなど、誰も想像できなかったのだから、巡りあわせが悪いとしか言いようがない。

この他にも、ヴァイパーの傾向から考えると、参加するなら訓練もしっかり積む必要があるのは目に見えていた。

いざヴァイパーと戦う時に、戦闘を継続されてしまったら彼も気を張る場面が増えて返って損してしまうだろうし、こちらも後悔する。

 

「そうなると……訓練とか、結構必要になりますよね……」

 

「間違いなく。とは言え、流石に向こうもその辺りの融通は利かせるでしょうから……迎え入れるならこちらのことも手伝って貰うくらいいいでしょう」

 

実戦経験無しの二水は不安だったが、楓は割と前向きな──または開き直った思考をしていた。

何も彼自身、『今すぐにでもヴァイパーを討てる程の戦力』を欲している訳ではない。要は、『最終的にヴァイパーを討つことが可能になる戦力』になればいいのだ。故に二水も梨璃も拒否されなかったし、楓に対して是が非でもと固執もしなかった。

彼我の実力差を向こうが正確に知っているかは分からないが、さっさとヴァイパーを討ちたいのなら、このガーデン最高戦力と言えるレギオン『アールヴヘイム』に参加すればいいのだから、それをしないと言うことはその考えを持っていないか、持っていてもヴァイパーからの防衛を優先していることを意味する。

 

「ですので、後はわたくしたちがどうしたいか……ですわね」

 

多少訓練等が増えるかもしれないが、隼人を迎え入れる。自分たちのペースで進めるが、隼人を諦める。この二択である。

楓自身は最終的に梨璃に合わせるつもりではあるが、別に迎え入れること自体は問題ないと考えていた。ヴァイパーの意図的に力ない人を傷つける行為には思うところがある。

 

「私、如月くんを迎えたい……」

 

「ヴァイパーと戦うのを承知の上で……ですわね?」

 

楓の問いに、梨璃は頷く。梨璃にあまり無茶をして欲しくないと思う楓だが、何か理由があるのは確かだ。

その為、せめて理由だけは聞いておこうと決めた。

 

「如月くんにはあの時……大怪我しちゃうか、死んじゃうかも知れなかった私を助けてくれたから……だから、彼のやろうとしてることを手伝いたい」

 

──それじゃダメかな?少し困り気味な笑みと共に問いかけられ、楓は思わず勢いで賛成したくなってしまったが、理由等にも意識する。

迎え入れようと改めて決めた動機は、入学式の日に参加した脱走ヒュージ戦と近しく恩返し。ただし、その時と明確に違うのは、CHARMの契約も済ませてなく自殺同然のことをしかけた当日と違い、今回はしっかりと長期的になるかもしれない目標として見ている。

楓からすれば、梨璃は命の恩人(運命の人)なので、その気持ちを尊重したいし、危ない目には遭わせたくない。だが、今回のこれは時間をかけて危険の可能性を減らしていける点が非常に大きい。

 

「分かりました。そうでしたらこの楓・J・ヌーベル、お手伝いさせていただきますわ」

 

なので、寧ろ楓もヴァイパーを自分たちでどうにかできる機会と考え、乗っかることにした。上手く行けば、隼人のヴァイパーを追うと決意した動機を知ることができる。

こうなれば賛成二、未回答一だが、このまま多数決──と言うのも今回は良くない。ヴァイパーの性質もある為、一人でも反対するなら、今回は諦めた方がいい。

 

「私も、如月さんを迎えたいですっ!もちろん、訓練だってちゃんとしますから!」

 

長めに見積もっても猶予は二年半──。長そうに見えて短そうではあるが、それでも十分に時間はあるのだ。これが二水に参加の決意を後押しした。

これで今この場にいる三人が全員賛成し、隼人を迎え入れると言う決断が降りた。

 

「じゃあ、今度はお姉さまに聞きに行こうっ!」

 

決まれば早く、今日は時間が許す限り夢結を探しに行くこととした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

決 意

determination

 

 

不安を乗り越えて

──×──

regret one does more than regret one doesn't

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うことでお姉様さえ良ければ如月くんを迎え入れようと思うんです」

 

翌日──。夢結を捕まえた梨璃たちは昨日の出来事と、自分たちの答えを伝える。残念ながら、昨日は行方を掴めなかったので、今日話すことになった。

三人で話した結果、梨璃のヴァイパー相手もやっていくと言う決意が事を決め、こうして夢結に問いかけることになった。

話を聞いて「なるほど……」と、納得した夢結は自分の回答を告げる。

 

「構わないわ。如月君を迎え入れましょう」

 

微笑みと共に返された承諾に、三人揃って喜びを分かち合う。

この朗報を早速本人に伝えたかったのだが、生憎隼人は今日、免許の研修中である為、戻ってくるまで時間がかかるだろうと言っていた。

 

「じゃあ、その研修から戻ってきたら伝えましょう!」

 

「うんっ!そうだね」

 

一応、そろそろ戻ってくる時間のはずなので、募集の方向性が変わる為に出てくる内容の討ち合わせをしておくことにした。

その結果、今掲示させて貰っている募集の旨を示す紙を作り直す必要はあることが確定する。

 

「募集する人は絞り込めた……後はこの方針で、どれだけ興味を向けられ、踏み込んで貰えるかね」

 

対象を絞り込むことは、同時に条件に合わない人は最初の段階で諦めることを意味する。

だが裏を返せば、条件を受け入れられる人なら来てもらいやすいので、後は今まで通りのところに問いかけを追加し、動向を伺うだけである。

 

「(やっぱり、最初の講習は楽すぎるな……乗り方分かっちゃってるし)」

 

「あっ、帰って来たみたいですよ」

 

何か考えているような表情を見せる隼人を見つけ、二水が手を振って隼人を呼ぶ。

レギオン加入の成否があるので、隼人はそちらに足を運んだ。

 

「どうだった?」

 

「夢結様からゴーサインをもらえましたっ!」

 

それはよかったと隼人も一安心する。

この後はまたメンバー探しに行くのだが、隼人が免許の為の講習から戻ったばかりである為、一度隼人の休憩が終わってからに決めた。

 

「ところで、如月君。今更とやかく言うつもりはないけれど……あなた、無免許運転していたわね?」

 

「まあ、人命掛かってますから……って、何で分かったんですか?」

 

「「……えぇっ!?」」

 

「乗る時が緊急事態だからとは言え、危険な橋を渡り過ぎてますわね……」

 

絶対都心付近から情報流れて来たんだろうなと予想を立てるが、事実は事実である。実は祀以外の生徒会のリリィの内、一人が隼人を警戒していたのはそのせいである。

人命救助の理由で現場急行は理解できるが、かと言って無免許運転と言う無謀は、入学式の脱走ヒュージ戦についていき、この前のレストア戦で夢結へ接触しに行こうと無茶をした梨璃からしても話が違った。

それとは逆に、隼人からすれば梨璃のような無茶は、()()()()()()()()()()自分もやっただろうと考えていた。

実際、一度だけ訓練不十分を理由に出撃を止められたことがあり、その時は渋々受け入れていたが、止められなければ現場にすっ飛んで行ったのは間違いないだろう。

 

「あっ、忘れない内に伝えておきますね。ヴァイパー討伐に協力するので、訓練の時、お力添えをしてくれると嬉しいんですが……大丈夫ですか?」

 

「こっちが頼んでる分、それは引き受けるよ。必要な時言ってくれたら行くよ」

 

訓練等の協力は隼人の通すべき義理である為、何ら迷うことなく受け入れる。例えこうやって二水に問われずとも、隼人個人がそれをするべきと考えていた為、その時は自分から言い出していただろう。

ちなみにレギオンの勧誘は、隼人が加入したことにより、募集の用紙を修正する必要が出たので一旦手直しをすることになる──と思ったが、それ前提に修正版は用意済みだったので、まずは募集用紙の貼り換えをしてから勧誘活動を始める。

昨日の時点で、ガーデン内を歩き回って大丈夫そうな声を掛けると言う方法を取ってこの成果である為、来る人を待つ方針を取ってみることにした。

 

「なんか悪いな。俺のわがままで、他の子遠慮気味にさせちゃってる……」

 

「だ、大丈夫だよっ!私たち、それも分かった上で引き入れたんだもんっ!」

 

──が、進捗はよろしくない。その原因が本人も述べた通り隼人が加わり、ヴァイパー討伐が視野に入ってしまうことも原因である。

これは梨璃たち四人しか知りえてないことなのだが、隼人が即戦力を求めていないことを気づいていないことにも拍車を掛けている。

隼人の意思を伝えるべきか迷ったが、変に伝えて更に遠慮されるとお手上げになってしまうので、それは辞めにした。

 

「他に心当たりある人はいる?いるなら、先にその人誘ってもいいんじゃないか?」

 

こうして興味を持ってくれる人を待つのもいいが、いっそ先に残った可能性を確かめる方がいい。そんな隼人の思考がこの提案を出した。

隼人の提案には、一人いるから聞きに行ってしまおうと二水が乗り、百由のラボに移動を始める。

 

「百由様のところによく出入りするってことか?」

 

「みたいだよ。凄い特徴的な喋り方をするから、如月くんも覚えやすいと思う」

 

「二水さんに負けず劣らずのちびっこでもありますから、尚更ですわね」

 

「ま、またちびっこって言われた……」

 

移動している最中、サラッと楓による二水弄りがあったが、二水自身は確かにちびっこ呼ばわりを心外に思うものの、その内慣れる自分がいるかもなとも考えていた。

この後も今までの勧誘具合がどうだったのかを隼人と共有しながら移動していると、道の途中で腰の先まで伸びた銀色の髪を耳より少し高い位置でツインテールにした、二水に負けじと小柄な少女と出くわした。

 

「あっ、ミリアムさん」

 

「おお。お主らか……で、そっちが例のか」

 

「よろしく。俺は如月隼人」

 

「ミリアム・ヒルデガルド・v(ふぉん)・グロピウスじゃ。よろしくの」

 

少女──ミリアムと軽い自己紹介を終えた後、レギオンメンバー探しをしていることと、隼人の加入を認めたのでヴァイパー討伐に関わることになるのを話してみる。

 

「なるほど……ヴァイパーに関しては百由様から実戦でのデータ取りも頼まれておるし、お主らが討つと言うなら同行させてもらうとするかの」

 

──もちろん、早く倒せるのがいいことに変わりはないがの。と、付け加えがあったが、それでも加入してくれることには変わりない。

であればと、隼人の時は例外なのでしていなかったが、レギオン結成用紙の名簿覧に、彼女の名を記してもらった。

 

「それじゃあ、そろそろわしは移動する。メンバーが見つかるのを祈っとるぞ」

 

別れ際にミリアムがくれたのは激励の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これで六人……あっ。えっと、如月くんは入れちゃダメだから五人かぁ」

 

「特殊編成って、思ったより大変ですね……」

 

「レギオンを結成するにあたって、人数換算できないのは面倒ですわね……」

 

ミリアムを勧誘した後、同じクラスのリリィでまだレギオンに入っていない人から声を掛けて行こうとなって移動をしている際に、現状の整理と隼人の特殊性による難儀を確認した。

これに関しては、隼人も非常に申し訳無く思っており、せめて入りづらくしないようにと、レギオンの話をする際は彼も同行して最終的にヴァイパーが討てれば実力を問わない旨を伝えるようにしている。

現に、戦闘力はガーデン内最下位でも、リリィに関する膨大な知識を武器に入学した二水を迎え入れているのだから、それに関してはある程度理解されるだろう。事実、加入しない場合は方針の合わなさや既にレギオンに加入済みが起因していた。

 

「(……名前からして中華とかそっちの出身か?)」

 

方針について従ってやって来たのは、寮の部屋の一つで、そこにいるリリィの名は『(くぉ)神琳(しぇんりん)』と、『(わん)雨嘉(ゆーじあ)』と書かれてあった。

実際、名前の通り中華出身であるのだが、隼人がそれを知るのはまた今度になる。レギオンの話をするので、一先ずノックをして部屋にいるかの確認を行う。

少し待つと、背まで伸びた深めの金髪と、左が金、右が赤で左右で違う瞳(オッドアイ)を持つ育ちの良さそうな少女が出迎えてくれて、事情を話せば中に入れてくれた。

部屋には大人しそうな黒髪の少女もおり、彼女は形態端末を弄って何かをしていた。なお、招き入れてくれた方が神琳、部屋で形態端末を弄っていた方が雨嘉である。

 

「(これ、アリスの部屋行った時よりも強いな……)」

 

隼人が部屋に入った直後に感じていたのは女子特有の甘い匂いであり、決して広くない部屋に二人分も充満するのだから、どうしても意識してしまう。

一人分くらいであればアリスのお陰で大分慣れていたのだが、二人分はそれを余裕で上回ったこれはまた時間がかかりそうと確信したので、一先ず今回は顔に出過ぎないように気を付けることとした。

 

「(あの格好……百合ヶ丘のじゃないな?最近編入した子か?)」

 

隼人は雨嘉の格好が外部から来たことを告げているのに気付く。ミニスカートかつスリット有と非常に危ない格好だが、大丈夫なのだろうかと言う疑問がついた。

とは言え、自分が突っ込むと面倒ごとが起きてもおかしく無いので、それは触れないことにした。

 

「なるほど……腕前を問うのであれば、わざわざこんなことしていませんものね?」

 

「まあ、そう言うことだよ。この三年間の内に討てればベスト……最悪ダメでも、後続に託せればいいんだ」

 

そして、タイミング良く神琳から話を振られたので、そちらに乗っかって雨嘉の恰好から意識を逸らすことにした。

実際、神琳の言う通りのことをするならば、梨璃と二水がいる時点で夢結と楓がいても諦めるだろう。

だが、そんな風に選んでいるといつまで経っても参加できないし、その結果ヴァイパー討つために来たのにその準備ができずに終わるという本末転倒になってしまう。

 

「分かりました。そうでしたら、わたくしも参加しますわ。都心近くで三年以上も問題になっていたヴァイパーがこちらに来た以上、放置はできませんから」

 

神琳は滞りなく参加を示してくれたので、これで六人。後三人になる。

この直後に、神琳が雨嘉にレギオン加入の是非を問うが、何やら迷いがある──或いは自身が無さそうな様子だった。

隼人が予想できるのは、こっちが気にしていない腕前云々か、ヴァイパーへの恐怖心かの二つだが、後者の場合はリリィを続けられるかが非常に怪しくなってしまう事案でもある。

 

「もしかしてだけど、腕前とかの方で?」

 

「ごめんね……。せっかく、大丈夫だって言ってくれてるのに……」

 

聞いてみたら案の定だが、これが梨璃や二水のように補欠合格等で実戦経験が少ないからなのか、それとも過去の出来事が原因かは分からない。

これが前者だったらこれ以上は無理強いだが、もし後者の場合は、一つ提案を出せる。

 

「これ……俺が言うのは変かも知れないけど、君の腕前を見て、俺たちが判断するのはどう?」

 

「……私の?」

 

「勿体ないと思ってさ……何もやらないで諦めちゃうの。だったら、思い切って一回やっちゃおう」

 

後者だった場合、皆で評価して決めてしまえばいい。評価が高ければ後押しするだけで彼女は入る決断が可能なはずだ。故にこの提案であり、その方法自体は反対されない。

 

「私もそう思う……。私、最近リリィになったばかりだから、腕前も経験も全然足りてない……だから、雨嘉さんの実力も見てみないと分からないよ」

 

「二人とも……ありがとう。私、やってみる」

 

何なら、レストア戦の時もそうだが、入学して以来何らかの要因で閉ざし切っていた夢結の心を開かせた梨璃が後押ししてくれた。

この二人の言葉に雨嘉もそのまま終わってしまうのは違うと思い、決心をする。

 

「如月さん提案にワカランチンで乗っかるとは……まあ、そこが魅力でもありますが……とはいえ、一つ問題はありますわね」

 

──その方法、どうなさいますの?楓の指摘通り、これが問題である。言ったはいいが、彼女の腕前を確認する内容すら決まっていないのだ。

 

「なら、その方法はわたくしにお任せを。雨嘉さんの強みに合うものを用意できますわ」

 

幸いにも神琳が方法を用意できるので、早速入団試験の為に移動を始めるのだった。

移動の前に夢結にも事情を伝え、監修として彼女も同行することになる。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……如月君、だったよね?さっきはその、ありがとう……提案出してくれて」

 

「こっちこそ、何かごめんな。ロクに何するか決まって無かったのにあんな事言って……」

 

そして入団試験を行う為に移動した後、雨嘉は隼人に礼を、反対に隼人は雨嘉に詫びを告げる。

実際、雨嘉は隼人の一言で挑戦する方向に舵を取る決心ができたのだから、それだけでも嬉しかったのだ。

 

「ちなみに聞くんですけど、どうしてあの提案をしたんですか?」

 

「俺の所感なんだけど……諦めるならやれること全部やって、それでもダメだった時だと思うんだ」

 

二水の問いに対する回答は、それだけでも十分に伝わった。そうじゃなければ、彼がこの百合ヶ丘に来ることはおろか、そもそもCHARMを持って戦うことすら無かっただろう。

これには聞いてた雨嘉、梨璃、楓の三人も、ああやってすぐに切り出せたのはそういうことだと納得する。方法が思いついてるかはさておきだが。

この会話が終わった後、雨嘉の携帯に神琳から電話が来て、試験内容が伝えられる。

 

「……確か、向こう側にいるんだよね?」

 

「神琳さんは、夢結様とご一緒に向こうですわ」

 

今現在、並んでいる廃墟になったビル群の内一つの上に立っており、神琳と夢結はそこから離れたビル群ところにいるようだ。

なお、訓練を行う際にCHARMの信号機能で光を発し、位置を知らせてあるので伝えた訓練自体に索敵は入っていない。

──この距離で訓練するのでしたら……まさか?神琳と雨嘉の距離と試験で、楓は一つの答えを導き出した。

 

「雨嘉さん、猫、好きなの?」

 

「えっ?う、うん……」

 

内容の通達が終わった後、梨璃が雨嘉の携帯に付けている猫のストラップに気づき、「可愛いね、この子」と好意的な評価をする。

この何気ない一言は、雨嘉の持っている価値観を一つ肯定したことも意味しており、彼女が梨璃のいるレギオンに入りたいと言う気持ちを確かなものにする決定打となった。

 

「これ、持っててくれる?」

 

梨璃にその携帯を預け、雨嘉はスナイパーライフルかのような射撃形態となっている青いCHARMを構える。

そして右目の前に何やら薄い蒼の円盤が現れ、それがどんどん表れて10cm程離れたところまで伸びていく。

 

「やはり、『天の秤目』でしたわね」

 

「長距離射撃向けのスキル……なら、やることは狙撃か」

 

雨嘉の使った天の秤目もレアスキルの一種で、遠くの標的を正確に見るための異常レベルの視力を得て、それの距離・方角を極めて正確に把握できるものである。

このスキルと、CHARMの中に装填した模擬弾10発を使い、対象を狙撃。全弾命中させるのが訓練内容らしい。今回は1キロほどと肉眼で見ることは到底不可能な距離まで離れているので、尚の事レアスキルと本人の腕前が出る内容になる。

 

「ちなみに、何を撃つの?」

 

訓練内容自体は興味があるので、梨璃が聞いてみる。

その間にも、神琳は雨嘉に自分の脳天を狙えと言わんばかりにジェスチャーを向けて来ている。

 

「……神琳」

 

「「えぇっ!?」」

 

「「……は?」」

 

雨嘉の回答に対するリアクションは前者が梨璃と二水、後者が楓と隼人である。

何か用意しているかと思えばまさかの自分自身なので、驚かないことはないだろう。事実、梨璃と二水は危ないよと大慌てしている。

 

「彼女、信じてるんだ……」

 

「でなければ、自分を標的になんてしませんわね」

 

この一見とんでもない標的指定だが、裏を返せば相手の腕前を信じているからこそである。それができないならこんなことは絶対にしない。

チャンスをくれた神琳、隼人と梨璃に答えることを告げ、狙いを定めた一射目を行う。

それは寸分の狂いもなく神琳の方へ飛んでいき、弾を放たれた彼女は手に持っていた近接形態のCHARMで()()()()

二発。三発。四発と。発射されていく弾は全て神琳へと寸分の狂いも無く飛んでいき、彼女も全て弾き返していく。

五発目の射撃を弾き返したタイミングで神琳の使っているCHARMが欠けててしまうが、それでもまだまだ全然振るえる。

 

「(神琳さん、弾き返さない強度にまでマギの込める量を抑えているのね……)」

 

何故CHARMが欠けてしまったのか──これに見ていた夢結は気づいていた。

打ち消す程度のマギしか入れていない為、CAHRMの剛性を()()()()()()()()()()のである。

その分無茶も祟ってしまっており、それが今回の様なことを招いている。

 

「(最後の一発……その時に行きます。それを雨嘉さんなら……)」

 

また、更に神琳は対等な条件で実施したいことから自身が普段使用するCHARMは足元に準備しておき、雨嘉が使っているもの同型で色違いのものを使用していた。

これも雨嘉の腕前なら大丈夫と信頼しているからこそであり、この後の六発目と七発目もそのまま打ち返した後、強くなった風が肌を伝い、髪を揺らす。

 

「(あの距離に風か……相当影響受けるな)」

 

いくらマギを込めた弾丸と言えど実体弾。無視できない影響を貰ってしまう。

神琳のところまで届けるだけならば、このまま風が止むまで待つのも選択肢だが──雨嘉はこの風が吹いている状況下でも引き金を引いた。

本人がとある事情で自分に自信が持てなかっただけであり、腕前が無いなんてことはない。現にこの状況でなお、神琳のところまで届くように微調整して届かせており、彼女もそれを打ち消している。

 

「「凄い……」」

 

そんな状況で当てられるのだから、梨璃と二水(初心者組)でも分かる程の腕前である証明にもなる。

まだ風が止む気配が無いので、一度やり過ごそうかと思ったが、目標の位置まで届かせられるのを確信している雨嘉はそのまま続行を決める。

同じ状況下で九発目も放ち、これも神琳のところに届いて打ち消される。立て続けに十発目を撃ち、これも神琳が打ち消すかと思ったが──。

 

「(雨嘉さん、あなたならこれも対処できるでしょう?)」

 

雨嘉が弾を撃つと同時、即座に本来自分が使うCHARMに持ち替え、それを()()()()

これが何を意味するかというと、今まで返って来なかった弾丸が雨嘉の方へ帰ってくるのである。

しかもこれが1キロ離れていても瞬きする頃には届く速度なのだから、相手側が失敗すればシャレにならない。

 

「っ!?……!」

 

だが、雨嘉は咄嗟にCHARMを近接攻撃形態に変形させ、弾丸に刃を当てる事で打ち消して見せた。

今ので指定された模擬弾十発を使用した射撃が終了。結果は全弾命中判定、尚且つ最後の一発に行われた不意の反撃にも対応成功──と、文句の付けようが無い結果となった。

神琳からも電話で「あなたは立派が優秀なリリィなのは、誰の目にも明らかだわ」と言う素直な称賛を貰い、自分はちゃんと彼女に応えられたんだと確信する。

通話音声が漏れる形で朗報を伝えられ、梨璃と二水が安堵し喜ぶ。

 

「ありがとう。梨璃」

 

「……えっ?」

 

この直後のお礼に梨璃が一瞬固まるが、理由は己の持つ価値観の肯定にあった。

梨璃が雨嘉の携帯に付いていたストラップ──これを素直に褒めてくれたことがそれに当たり、雨嘉はそんな人が一緒にいるならと決められたのだ。

試験も無事に終わり、雨嘉と神琳の加入でレギオンメンバーは七人。後二人加われば、九人揃うことになり、隼人を含めた十人によるレギオン申請ができる。

 

「如月君、だよね?ヴァイパーのこと、教えてもらってもいい?」

 

「もちろん。手伝ってくれる以上、こっちから聞いてもらおうと思ってるくらいだよ。これからよろしく。えっと……」

 

──ヤバい。王さんとか郭さんとかって余りにも呼びづらくないか?名を呼ぼうとする直前、隼人はその問題点に直面することになってしまった。

楓のサードネームであるヌーベルとかならまだしも、これは余りにもまどろっこしい呼び方である。特に郭と言うファミリーネームなど、絶対ファーストネーム呼びをさせて貰えるよう、頼んでしまった方が楽まであるだろう。

かと言って、いきなり名呼びもどうかと思ってしまうので、ここでどうするかと悩んでいたら、雨嘉は柔らかな笑みと共にこう告げる。

 

「雨嘉……雨嘉でいいよ。呼びづらいの、分かるから……」

 

「助かるよ……改めて、これからよろしく。雨嘉。対等な呼び方ってことで、俺も隼人でいいよ」

 

「うん。よろしく、隼人……」

 

こうして新たな関係も構築されると同時、梨璃、二水、楓の三人が一つの事を考える。

──もしかして彼、自分からファーストネーム呼びを遠慮していたんじゃないか?と、今までの会話から考え、神琳と夢結の二人と合流した後の帰り道で聞いてみた。

 

「まあそのことは否定しないよ。だって、異性にいきなり馴れ馴れしく名呼びされるのって好きって言わないだろうし……」

 

「確かに、如月君は私たち上級生への呼び方は格式に従って名呼びと様付けにしていたけれど、それ以外で名呼びしていた場面を知らないわね……」

 

隼人の理由を聞いて夢結もそこで思い出す。最後は彼が自ら選んだ道とは言え、百合ヶ丘に誘った結果、こんな面倒を背負わせてしまったのは少しだけ申し訳なかった。

 

「異性故にですのね……。わたくし、そこまで気にしていませんから、楓で構いませんわよ?」

 

「わたくしのファミリーネームも呼びづらいでしょうから、神琳で構いません」

 

お嬢様組二人が進言してくれたので、有難く甘えることにする。

 

「私もいいですよっ!と言うか、どうせなら如月さん共々、全員名呼びにしませんか?」

 

「あっ!二水ちゃん、それいいねっ!」

 

「確かにいい提案ね。なら、そうしましょう」

 

こうしてこの場にいた七人全員が名呼びになり、一気に親睦が深まった日になった──。




私の書いてる小説の中だと最もハイペースな展開で進んでいますね。
今までがスローペース過ぎるのもありますがw

ここから再び解説の方に進んでいきます。面倒ならいつも通り読み飛ばしで大丈夫です。
今回ちょっとアンケートを出しますので、そっちに協力して頂けると幸いです。

・如月隼人
名呼びは異性故に遠慮していた復讐者。
全員の賛成が得られたので、十人目のメンバー候補に。
今回はレギオンメンバー勧誘のサポートに回る。


・一柳梨璃
自分の提案した隼人の加入が認められて一安心。
基本的にメンバー勧誘は原作と同じ。
雨嘉が入りやすくするサポートもしていて、神琳のキツイ言葉に対するフォローはしないで済んだ。


・白井夢結
基本的に原作と同じ。
結果的に、隼人の加入どうするか最終的に決める人となった。


・楓・J・ヌーベル
梨璃と二水にヴァイパーへ関して軽く説明もした。
原作と違い、雨嘉の試験についてきた。神琳と雨嘉の部屋に行くところまでは基本同じ。


・二川二水
原作と違い、雨嘉の試験についてきた。神琳と雨嘉の部屋に行くところまでは基本同じ。
隼人に訓練を承諾してもらえて一安心。


・郭神琳
本小説初登場。基本的に原作と同じだが、隼人が先に提案を出したことで、キツイ物言いをしないで済んだ。


・王雨嘉
本小説初登場。基本的に原作と同じだが、隼人のお陰で神琳からのキツイ物言い回避、一番最初に隼人と互いを名呼びしあうと、予想以上にいい役回りに。


・ミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウス
本小説初登場。実はレギオンの勧誘をされた場所が違う。


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第7話 訓練

アニメ版4話と5話の時系列が結構あるので、2話程オリ回入れます。


「なるほど……そんなことがあったのか。お主、そこらはしっかり控えておるんじゃな?」

 

「いや、だって……いきなり馴れ馴れしくやってもさぁ……」

 

雨嘉と神琳がレギオンに入ることを決めた翌日の放課後──。メンバーの七人と隼人で昨日の出来事を共有する。入学してから僅か三日で名呼びをできる関係を一気に増やしたのだから、驚かれるのも無理は無い。

それと同時に、隼人がそれを控えていた理由も理解でき、それは仕方ないと言えた。

 

「どうせならわしらもそうするか。まあ、正直言うと一人だけ名呼びじゃないのは疎外感あるから嫌での……」

 

『た、確かに……』

 

明らかに省かれものの空気を作ってしまうと後々イメージダウンにも繋がり、せっかくメンバーを集めたのも台無しになってしまう。

それならばと隼人もこれを承諾し、これで一人だけ──と言う事は無くなった。

 

「昨日聞いた限りですと、後二人でしたね?」

 

「ええ。これだけの速度でメンバーが揃っているだけでも順調だわ」

 

梨璃に一度、失敗を経験して学んで欲しいと考えていた夢結からすると、順調に進み過ぎてもいるがそれはそれである。

ただ、残り二人となれば難しく、例えばの話し、「私たち三人だけど、溢れちゃうなら諦める」と言った返し等が増えてくるのだ。

隼人とヴァイパーの件もある為、残り二人をどう集めるかがカギとなってくる。

 

「メンバー集めもいいいけれど、私たちのレギオンが結成された場合、否が応でもヴァイパーとの戦いは避けられない……」

 

──よって、今日は一度訓練に回りましょう。実際かなり順調な方ではある為、今日はこうしてもいい。

そんな夢結の提案は誰も反対することなく、なら訓練内容をどうするかの話に移行する。

 

「隼人君。ヴァイパーに関する情報……一度整理させて頂けませんか?」

 

神琳の頼みを隼人は承諾する。噂話程度にしか知らない人もいるはずなので、そこは解消しておきたい。

既に周知の通りだが、『異常なまでの耐久力』、『弱者狙いを優先』、『勝てないと分かればすぐに逃げる足の速さ』は非常に厄介で、特に耐久力に限っては単独撃破が実質的に不可能ととんでもないものになっている。

この結果と今までの隼人が取ったリリィたちに対する協力的な行動があり、百合ヶ丘が彼をスカウトし、今に至る形となる。

 

「この中で危険なのは梨璃と二水か……。この二人がヴァイパー相手にやられないようにするのは優先したいな……。夢結様、この方向で大丈夫ですか?」

 

「それで行きましょう。ヴァイパーに関する知識はあなたの方が上……ここは合わせるわ」

 

「「よ、よろしくお願いしますっ!」」

 

夢結から承諾が降りたので、この方針で行くことにする。

ちょっと緊張交じりに頭を下げる二人を見て、自分がヴァイパーへの復讐心からCHARMを取らなかった場合どうなっていたかを思わず考える。

 

「訓練って、何から始めるの……?」

 

問いかけた雨嘉もそうだが、確かに皆気になっていたところである。

これに対し隼人は「一応、何からやるかは決まってるよ」と、答える。

 

「まずは防御……要は、ヴァイパーを捌き切る為の訓練から」

 

隼人が真っ先に目指すは、生存能力の確保だった──。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

訓 練

Training

 

 

糧は明日の功に

──×──

I can't do it now, but I can catch up with you over time

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

攻撃は最大の防御──と言う言葉があるが、少なくともヴァイパーと戦う時に限り、隼人はそれが正しいとは思っていない。

 

「ヴァイパーと不意に単独で遭遇してしまった場合、撃破が不可能な以上は撃退に持っていく……要は、最低でもヴァイパーにやられない状態に持っていく必要があるんだ」

 

仮にそれを覚えたとしても、倒せない相手なら意味がないし、そもそもその機会を活かす前にやられてしまっては元も子もない。故に隼人は守りを優先的にした。

更に深く言うならば、『死ななければ、それでいい』ではなく、『()()()()()帰って来れば、何があっても勝ち』の思考を覚えて貰いたいと思っていて、それは忘れずに伝える。

 

「(五体満足……あなた、その身に何かあったとでも言いまして?)」

 

疑問に思った楓だが、この詮索は後回しだ。

それよりも今は、隼人が提示する訓練内容のが重要である。

 

「んで、やることなんだけど……相手側のお二人は相手の守りを崩すつもりで攻撃してください。梨璃と二水は相手の攻撃を防ぐ。とにかく防ぎきる。これを一対一でやる。んで、余りにも攻撃側が早くも相手を崩すようなら少し加減する」

 

──そうじゃないと、ただ打ちのめされるだけで終わって、訓練にならないから……。隼人は己の中にある見解を、訓練内容の後に述べる。

この隼人の方針に全員が納得して終わり──かと思えば、一人これでショックを受ける人がいた。

 

「梨璃……その、この前の訓練はごめんなさい」

 

「お姉様っ!?だ、大丈夫ですよ!私、あの訓練のおかげでCHARMにマギを込められるようになりましたし……」

 

「……えっ?何で?」

 

手で顔を覆って梨璃に詫びる夢結と、それをフォローする梨璃を見て、隼人は暫定のレギオンメンバーと顔を見合わせる。

──俺、もしかして不味いこと言った……?慌てる隼人に対し、ミリアムは「まあ、アレは夢結様にも落ち度があるんじゃが、お主も気を付けろ」とだけ告げた。要はダメじゃん──と思わないこともないが、仕方ないので割り切った。

どうやら梨璃がCHARMにマギを込める方法もまだだったらしく、それの訓練相手を夢結が務めたのだが、その方法が余りにも待ったなし法で、ひたすら梨璃のCHARMにマギを込めたCHARMをぶつけてそれを計ると言うものであった。

確かにやるタイミングや内容こそ悪いが、その方法は内容等を選べば効果的と言えるので、今度この形式をどこかで入れてみようと隼人は考え、述べた。

 

「柔軟性に長けていていいですわね……。ところで、攻撃側はわたくしと夢結様でいいんですの?」

 

「防御側二人の要望を聞いて決めたから、最初は二人に頼みたい。加減の得意不得意、ついていけるかどうかで攻撃側を変えてみよう」

 

訓練受ける側にはそれくらいの選択肢があっていい──。隼人はこう思っていた。

夢結も落ち着き、楓も役割分けに理解を示したところで、今度こそ訓練を始めることにした──。

隼人が始めの合図を出し、その直後から、二つの場所で鉄と鉄のぶつかり合う音が聞こえだす。

 

「防御側の二人!まずは受け止めるだけでもいいから、とにかく防げる回数を増やして行くんだ!受け流すとかは後回しでいい!」

 

開始早々、隼人は二人にちょっとした路線誘導を行う。いきなりアレコレ全部やろうとしても無理だから、一個ずつ順番にやるのがいい。

攻撃側は個人の裁量でできる段階の人であることを知っている為、とやかく言う事は無い。何かあったら聞くくらいだろう。

 

「梨璃。攻撃を防ぐ時、姿勢と、力を込めることを意識してみなさい」

 

「……姿勢と力?」

 

「反応は出来ていても崩れるのは、その二つが上手く行っていないからよ」

 

防御する為の姿勢と、力がしっかり入っているが両立していなければ防げたところで弾き飛ばされてしまう。そこに気づいて夢結が指示を出す。

梨璃が納得したところでもう一度始めると、今度は防いでも姿勢が崩れることなく、二回目以降に備えることができた。

 

「二水さんは……まず、目を慣れさせましょう。わたくしが見た感じほぼギリギリの反応ですから、一回一回落ち着いてよく見る……防御姿勢を作ろうとするのは見えていますから、追いつけばしっかり防げますわ」

 

「は、はいっ!よろしくお願いします!」

 

二水の場合は梨璃とは逆に、反応が遅く防御姿勢を作ることが出来ていない。

ただ、それでも姿勢を作ろうとするのは見えているので、やはり反応である。

確認したところで再開するが、楓は攻撃の際に意図的に溜めの時間を長く作り、二水が反応しやすいように攻撃を遅れさせた。

 

「これなら反応できると……なら、慣れるまでは今の速度を防いで行きましょう」

 

「ありがとうございますっ!」

 

そうすれば二水も防げるので、彼女の反応が早まればこの溜めを消す方向にした。

本人たちの希望も当然あるのだが、今のところ割り振りを失敗した──と言う事はなさそうだ。

 

「ところで、あの二人が慣れた後はどうするんじゃ?ずっと防御と言うわけでもないんじゃろ?」

 

「慣れて来たら、隙見つけて反撃する練習を入れるよ。慣れたら更に反撃を増やしていって、最後は普通に近接戦闘限定訓練と同じになる」

 

「……思ったよりもガッチリ組んであるの」

 

予想以上にしっかりした訓練段階に、ミリアムが驚きつつも感心する。

隼人自身、こう言ったメニュー作り等は作ろうと思えば作れる。ただ、自分に必要な事や興味のあることでない場合、非常に面倒くさがるのだ。

 

「一度休憩にしませんか?あの四人、ずっと動きっぱなしですから……」

 

「差し入れ、持ってきたよ」

 

神琳と雨嘉が人数の飲み物を持って来てくれたのと同時、もう訓練を始めてからもう一時間も立っていることに気づき、一度休憩を挟むことにした。

 

「梨璃の方は安定してきたわ」

 

「二水さんも、反応が早くなって来ました。とは言え、こっちは今日一杯はやれても連続で防御まででしょう」

 

「急ぎじゃないから、そこは焦んないでいいさ。ゆっくりやっていこう」

 

時間としては次の一時間をやったら終わりとし、その後は総括と次にやることを話して終わる。

そこまで纏めて、10分間の休憩を取った後、そのまま再開する流れになる。

なお、メンバーは本人たちが完全にやる気であった為、変更せず続投である。

 

「そういやお主、ノインヴェルト戦術の方はどうじゃ?」

 

「一応資料自体は読み込んだんだ。ヴァイパーの反応は気になるけど、それはやってみないと分からないし……」

 

隼人の悩みはやはりこれである。ヴァイパーがノインヴェルト戦術をぶつけられた時の反応が気掛かりなのだ。

どちらにせよ、自分はさっさとパスをして残り時間でヴァイパーを請け負うべきと考えており、それは今度話した方がいいかもしれない。

 

「なら、それまでの間にどこか、戦術を学ぶ時間を用意しましょうか?」

 

神琳の提案はありがたいもので、今度どこかで学ばせてもらうことにした。隼人自身、連携ができないなんてことはないが、兵法等を詳しく学んでいる訳ではない。

あまり得意な案件ではないが、覚えて損する内容では無いので、ぜひ覚えておきたいところだ。

 

「私からは、遠距離攻撃を出せるけど……いる、かな?」

 

雨嘉が少々遠慮気味なのは、単純に隼人の戦闘スタイルが問題だった。

百合ヶ丘で知られる隼人は接近戦が得意で、ヴァイパーに目移りさせない為習得したのが大きい。この為、遠距離攻撃技術が不要な可能性が出ていた。

と、思われたがそんなことは無く、寧ろ隼人は教えて貰う気満々で、それを伝えれば雨嘉も引き受けた。

 

「(次が右上。次は……左!)」

 

「(今日一日でどうにか溜めなしの攻撃に反応できるようになった……反復が必要かどうかですわね)」

 

今日一日でどうにか二水の反応速度を確保することに成功し、反復練習の要不要は次の訓練で決まるだろう。

確かに、二水は実力関連で言えばガーデン内最下位だが、裏を返せば、それはいくらでも他人から吸収し、成長できる証拠でもある。

 

「……!今っ!」

 

「いいわ……!今のようにすれば、私も攻めを止める必要がある……今のようにできるタイミングを多く見つけなさい」

 

一方で梨璃はイレギュラー要素多しとは言え、二度の実戦経験と、この訓練をやる前にもあった夢結との訓練も手伝い、最後の十数分で反撃を解禁していた。

梨璃も初心者故に伸びしろも相応に残されており、ここからいくらでも強くなれるのである。

こうして二人が前進できたところで訓練は終了し、反省と次の訓練予定日を決めて終わりとなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「「はぁ~……」」

 

その日の夜──一年生組の女子……要するに、夢結と隼人を省いた六人は浴場で体を休ませていた。

特に通しで訓練をしていた梨璃と二水は顕著で、湯に浸かって早々脱力感ある声を出す。

 

「梨璃さんお疲れでしたから、ゆっくり休んでくださいまし♪もちろん、二水さんも……あっ、梨璃さん。今日はわたくしがお背中流しましょうか?」

 

「お主の場合、やりたいだけじゃろ……。まあ、それだけ動いてたのは事実じゃが」

 

楓が梨璃とスキンシップを取りたがっているのは周知の事実で、今回もそうだろうというのは見える。

彼女は彼女が梨璃の身を本気で案じたり、気持ちを汲み取ったりできるのはいいのだが、時折犯罪スレスレのセリフが出てくることがあるので、一部の人はその内捕まりそうと危惧している人もいる。

ただ、今回の場合は散々訓練で動き続けた梨璃への気遣いによるもので、そう言った不味い部分は出ていないようだ。それでも彼女の柔肌に触れるチャンスとは思っているが。

 

「隼人の訓練内容は地に足のついたやつで、梨璃と二水には合ってたみたいじゃな」

 

「最後は二人共、一歩進めてた……」

 

いきなり全部やるのが厳しいなら、最初はやること絞り込んでしまえ──。これが隼人の方針であったが、実はこれが受け売りなのはまだ誰も知らない。

何気なく隼人の訓練内容を話題に出したが、彼の発言には気になる要素があった。

 

「五体満足……の言葉を使ったところですか?」

 

神琳の問いに楓は頷いて肯定を示す。どうもこの部分が非常に気になるのだ。

 

「で、でも……普通に体を大事にして欲しいって意味言ったかも知れないし……」

 

「それはそうですが……かと言って、わざわざあの言い方をする必要もありませんもの」

 

梨璃のこっちを気遣ったと言う解釈をしたい気持ちも分からない訳じゃない。その可能性は十分にあり得る。

だが、人の身体を気にするなら「無事に帰って来る」とか、「怪我無く」とかくらいでもいいが、彼はやたらと具体的に「五体満足」と言ったのである。

男のマギではCHARMを振るので精一杯、リリィとしては戦えないと言われている現在、それを承知の上でCHARMを手に取った隼人は相応に理由があるはずで、そんな彼が五体満足の言葉を使った。

 

「考えたくはありませんが……」

 

──もう既に、体のどこかが自分のものじゃなくなっているのではなくて?楓の予想は、誰もがそうであって欲しくないと思うものだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(よし。これで終わり、と……)」

 

梨璃たちが入浴してる最中、一人自室で筋トレを済ませた隼人はバスルームで体を洗い、温めた。

その後訓練内容等を確認してみる。一応、段階ごとに踏んでいけるのはいいこととして好評であったが、それでも改善点がどこかにあるかもしれない。

確認している時、自分が無意識ではあるが、人によっては疑われる単語を使ってしまったことを思い出し、思わず右腕を見る。

 

「(あれで何人か勘繰り始めたかな……)」

 

特に、自分がヴァイパーを追う理由に興味を示していた楓が一番あり得る人で、もし気づかれていたらそれはこちらの落ち度だ。

もし気づかれているなら自分がヴァイパーを追う理由を話すことになるが、その後人間関係への影響をどれだけ上手く修正できるかがカギだろう。

 

「あの資料、来週にはできるって言ってたよな……」

 

──何人分必要なんだ?百由とレギオンメンバーのことを考えると、最低でも十は下らないだろう。それどころか十五を超える可能性がある。

 

「(まあでも、いつか隠せなくなる日は来るんだ。右腕のことも……)」

 

どこからどう見ても特異的存在(イレギュラー)な自分なので、いずれ全てが判明する──または由美の資料によってこちらから明かすことになる。

誰にだって隠したいことはある──。そう言うのは簡単だが、自分のそれは隠したいで済む案件ではない。

例えヴァイパーを追う理由ですら、右腕のことを考えればほぼ確実と言ってもいいくらい不可能だ。

 

「ともかく、どちらかになったらちゃんと話そう」

 

──そうじゃないと、多分……話がちゃんと進まない。自分の口で全部説明自体はできるが、確固たるものがないと絶対にややこしくなるのは目に見えていた。

その為、隼人はこの決断をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「「状況判断練習?」」

 

「ああ。俺は結構口酸っぱく言われたんだけど、ヴァイパーを討とうとするあまり、他を疎かにしようとした時があってね……そう言った間違った判断でデカいミスしないようにってところだよ」

 

翌日。隼人の経験談から、梨璃と二水に比較的簡単な心理テスト的なものをやってもらうことにした。

CHARMを手に取ったのがヴァイパーへの復讐であったことから、最初の頃隼人の考え方はかなり歪んでおり、二人に述べた通りヴァイパー打倒が全てにおいて最優先と化していた。

無論、そんな状態で戦闘に出ようものなら守るべき人たちすら守れないという最悪の事態が待っているので、そうならないようにここで考え方を整理してもらうことにしたのである。

 

「まあ最初は簡単なのから。自分の目の前にはヒュージが二体。片方はヴァイパーで、もう片方は小型の一般ヒュージだ。ちなみに、距離はヴァイパーの方が遠いけどそっちは周囲が全部見え、周りには何もない。逆に一般のヒュージの周囲の内一部は瓦礫の影響で見えないところがある。幸いにもこの二体の間の距離は結構あり、どちらかと戦闘しても気づかれはしないくらいにある」

 

──さあ、二人はどっちから対処する?これは自分が順番に対処するしかないという状況を前提の二者択一問題で、対ヴァイパー時の考え方を養ってもらうのが狙いである。

ヒュージの危険度だけを考えると明らかにヴァイパーなのでそちらに行きたいが、この問いかけは明らかに狙いがあり、隼人が昨日言っていたことを思い出せば自ずと答えは出てくる。

 

「「一般のヒュージから!」」

 

「いい答えだ。ヴァイパーの方が危険なのはそうだけど、一般のヒュージの周囲に逃げ遅れた人がいたら助けなきゃならないから、こっちを先に対処しなきゃいけない」

 

──よって正解だ。隼人の返しに二人は安堵する。実は隼人はこれを専用のVR空間で実戦形式の訓練でやったのだが、当時は復讐心の影響でヴァイパーの方へ走り、ヒュージの近くに来た瞬間一般人の悲鳴を聞くと言う不味いケースが待っていた。

当然ヴァイパーを討つことはできなかったし、一般人も死亡判定が来ると言う最悪の結果となってしまい、ここから短時間で全力で思考矯正し、実戦に出るころには完全に治し切った。そして、今はこうして教える立場に回っている。

ちなみに、この不正解時を今回のテストに合わせた形で伝えると、二人は尚の事しっかり意識しようと決める。

 

「(その正常な判断が出来なくなるほどの復讐心。正確にはそれを作る憎悪、ですか……)」

 

──一体、どのような出来事がその憎悪を?話を聞きながら、神琳はそのきっかけに目を向ける。

昨日の段階での推測に基づくなら、体の一部欠損の可能性になるが、真相は定かではない。

 

「(ヴァイパー絡み以外も教えるのは、他の状況でも役に立つからで間違いありませんわね……)」

 

隼人の用意したテストには、ヴァイパーが一切絡まない内容も用意されており、これはリリィになってから日が浅い二人に考え方を教える時に偏らない為いいと言える。

この後も様々な状況における判断を求める出題を出し、それに答えてもらい、隼人が正解・不正解を返した後に解説を入れるをくり返していく。

 

「何か掴めそうかしら?」

 

「今のところは何も。今回のでは尻尾を出さなそうですわ」

 

昨日の推測に関しては夢結とも共有しており、隼人がボロを出したら話してくれるか問いかけてみることに決めている。

無論、無理強いはしないで、あくまでもお願いの範囲に留める算段だ。

 

「手間をかけるけれど、この後もお願いするわ」

 

「はい。分かりました」

 

この後も引き続き話を聞きながら張り込んでみるが、今日は何も引っかかるワードは出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

また時は進み、授業を受け、メンバー勧誘をし、訓練をこなし──と、早くも一週間が過ぎた。

 

「……んんー?何かしらこれ?」

 

そんな日の夜。自分のラボに籠っていた百由は目の前の結果に目を疑った。

何をしていたかと言えば、隼人から採血したサンプルの解析をし、何故彼にノインヴェルトの適性があったかを確かめていたのだ。

 

「(これ、本当に本人から採血したのよね……?)」

 

何故百由がここまで疑っているのかというと、その解析結果に問題があった。

 

「うーん……一度本人に聞いてみたいところだけど、知っているかどうかね」

 

本人が知らずの内にそうなっているのか、否か──。これが問題だった。

仮に本人が知っているならそのまま聞ける可能性はあるかもだが、そうでない場合は何が起きるか分かったものじゃない。

百由としてはCHARMを手に取る決断をした以上知っていると思いたいが、実際に話してみないと分からないだろう。

 

「(一回やり直してみましょうか……次もこの結果にならないといいんだけど……)」

 

本人の願いは叶わず同じ結果となってしまったが、今回の解析は以下のような結果が出ていた。

 

如月隼人の血液サンプル解析結果

 

・血液型:O型

・スキラー数値:65

・レアスキル:縮地

・ノインヴェルト適性:有

 

と、ここまでなら問題ない──。否、正確には男性にしては妙に高いスキラー数値は気になるが、それ以上に最後の一文が致命的なまでに問題点だった。

 

・マギデータ:UnKnown

 

「あぁー、もう!何よコレ!?何でマギデータがUnKnown(詳細不明)なのよ!?」

 

──まるで意味が分からないわ!余りにも異常すぎる結果に、百由が頭を抱えることになる。

こんな結果になったことなど、百合ヶ丘で誰一人としていない。聞いたところで絶対に隼人しかわかる可能性のある人はいない。

 

「参ったわね……詳しく話を聞きたいけれど、隼人君がどう動くか分からない程の厄ネタじゃない……」

 

──彼、何がどうなっているの?隼人に対する疑問が解決するどころか、更に謎が深まる結果になった──。




今回は訓練回になりました。描写上手く行ってるといいんですが……。

ここから少し解説入ります。

・如月隼人
今回の訓練メニュー立案者。方針は一個ずつ確実にやっていく訓練スタイル。
スキラー数値が65と男性リリィにしては妙に高い。

・一柳梨璃、二川二水
訓練を受けた二人。実戦経験のお陰で、若干梨璃の方が進んでいる。
隼人が失敗談も伝えてくれるので、後進の自分たちは覚えようと意気込んでいる。

・白井夢結
梨璃の訓練相手を務めた人。今回は具体的な説明を入れられた。
なお、隼人の方針を聞いてちょっとショックを受けた。

・楓・J・ヌーベル
二水の訓練相手を務めた人。隼人の訓練内容はいいものと考えている。
隼人の体が訳ありだと推測。

・郭神琳
楓と同じく、隼人の体が訳ありだと推測。

・王雨嘉
隼人に遠距離攻撃の強化を不要と言われないか不安だった。
が、隼人が欲したので問題なし。

・ミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウス
隼人の訓練内容は二人に合っていると感じている。
何気に唯一名呼びしあう関係になっていなかった。

・真島百由
隼人のマギデータが詳細不明のせいで頭を抱える。
どうにかして話を聞けないか考え中。


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第8話 迎撃

あれから訓練やレギオンメンバー集めをしていくことで、早くも隼人が入学してから二週間が経過した。

訓練により梨璃と二水は着実に強くなっているが、レギオンメンバーはあれから一人も引っかからない。

そんな風に時間を過ごして行くが、ちょっとだけ嬉しいニュースが出てきた。

 

「と言う訳で、俺は無事に免許取れたんだ」

 

「「おぉ~っ!」」

 

隼人が物凄い短期間でバイクの免許を取得することに成功しており、それに梨璃と二水が感心しながら隼人の免許証を食いつくように凝視した。

ちなみにこれは、短期間で取得させてもいいと認定された人が取得できる認定証も兼ねたものであり、高い運転技術と強い自制心、更に十分な知識把握の三点が揃ったものにのみ与えられるものである。

それを聞いた梨璃と二水は更に関心を強めるが、その他の人は素直に称賛していたのが雨嘉、残りの四人は少々呆れ気味だった。

 

「隼人君……あなた、自慢するのはいいけれど……」

 

「今まで無免許運転していたこと、忘れたとは言わせませんわよ?」

 

夢結と楓が言ったことに対し、隼人は「忘れはしないが、もう時効」と言う旨を堂々と返した。この男に、命を救うためなら罪も何もないのだ。

寧ろ、変に法を守って命を助けない方が罪だと考えているレベルであり、こう言う所は致命的に嚙み合わない人もいるだろう。否、実際にいた。

 

「(この無遠慮さと言うか、配慮の苦手具合が、人付き合いが苦手と言う理由なのでしょうね)」

 

以前、人付き合いは苦手だと言っていたが、この辺の余りにも狭義的な思考や、自分の発言で微妙な顔をされても余り意に介していない様子が原因なのかもしれない。

実際の話、隼人は今回の場合「考え方が違うから仕方ないか」と納得してしまっており、思考に焦点は行ってるものの、感情への焦点がまるで足りていないのが問題だった。

都心近くで一般の人と話すように、感情を意識していればまだいいのだが、思考が優先されるとこうなってしまうのが不得意と感じている理由である。要は、自分の狭義的な思考で反感を買いやすいのだ。

 

「何という堂々さじゃ……まあ、それくらいの度胸がないならこんなことせんじゃろうな」

 

「し、神琳……無免許運転って、どういうこと?」

 

「彼……人の命を救うためと言う名分で、免許無しにバイクを乗り回したことが何度もあるんですよ」

 

雨嘉は去年度の三月に編入していた為、隼人のことをそこまで詳しく知らない。ヴァイパーを追っている少年と言う認識だけだった。

ちなみに、神琳やミリアムが詳しい理由としては、隼人のその無免許運転行為を誰かが目撃し、それが広まったからだ。

また、楓の場合は百合ヶ丘に編入する前に事前学習で知ったからである。

 

「梨璃、二水さん。あなたたちも免許が必要と思うなら取得を考えておいて」

 

「「はい、分かりましたっ!」」

 

隼人がやらかしている故の釘差しの意味も察した為、二人はちょっと緊張気味に返した。

ミリアムたちも頼むから隼人のような無茶(堂々と無免許運転)だけはしないでくれと思っていたところ、ヒュージ襲来を告げる鐘と、誰かの端末から着信音が鳴る。

それは隼人からのもので、送られて来たメッセージであろう内容に、隼人が顔を怒りで歪める。

 

「隼人君……?どうかしましたか?」

 

「出てきやがったな、ヴァイパー……!」

 

──どこにいようと、お前の好きにはさせないからな!凡そ三週間ぶりとなるヴァイパーとの邂逅となり、隼人は早速出撃の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

迎 撃

intercept

 

 

新たな居場所での戦い

──×──

combination of thought and emotion

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

出現したヒュージは幸いにもヴァイパー一体らしく、隼人が行けばすぐに解決できる事案だった為、今回は彼が向かうことになった。

 

「助かるよ。手伝ってくれて」

 

「構いませんわ。わたくしも、ヴァイパーのことを知っておこうと思いましたので」

 

その時、百合ヶ丘近辺はまだ覚える余裕がないはずと踏んで、楓が同行を進言してくれたので、それを隼人が承諾し、二人で出撃するに至る。

本当なら一人で行っても良かったのだが、これを拒否すると後々人間関係が面倒そうなので、素直に乗っておくことにした。

ちなみに今回、連絡が隼人にしか来なかったのは、まだレギオンが確立出来ていない為、そのメンバーにヴァイパー襲来の通知をできる状態にしていなかったのが理由だ。

 

「またこの道か……」

 

「そう言えば、あなたと始めて出会ったのもこの近くでしたわね」

 

ヒュージ迎撃の為に舗装されている道に来て、もう結構時間が進んだんだなと二人は思った。

あの時は梨璃の無事な姿を見たいと走っていた楓と、偶然梨璃の近くにやって来たヴァイパーを追撃していた隼人。何気に梨璃が要素に絡んでいる二人は、今はこうして二人でヴァイパーを追っていた。

 

「ところで、ヴァイパーがこの近くに来たと断言できる要素はありますの?」

 

「実は、あいつが自分でその近くに出現するって決めた時、マーキング行為みたいに刃でどこかを軽く斬るんだ……。それが残ってるかどうか、ヴァイパー追い払った後に確認しよう」

 

百合ヶ丘に所属するリリィに見て貰えば、より意識してもらえるだろうと思い、隼人は提案する。

それに楓が納得した後、大体その斬り跡を付けた場所の近くにいるのを伝え、そちらに急行する。

 

「「いた……!」」

 

隼人が先導する形でそちらに走ると、ヴァイパーがこちらの方に移動していた姿を発見できた。

百合ヶ丘近辺に来てからはほぼ一方的に不意打ちで追い払えたが、今回は正面からなので、流石にヴァイパーはこちらに気づき、左右の刃を少し出しながら威嚇姿勢を取る。

ただ、それを受けて怯むような二人ではないので、意に介さずそれぞれのCHARMを構える。

 

「ぶっつけ本番の連携だけど……俺が前行っていいか?」

 

「ヴァイパーへの慣れもありますし、お願いしますわ」

 

──その代わり、バッチリとサポートしますから!自身のCHARMをシューティングモードに切り替えることで肯定の意を示した楓を見て、隼人はそのままヴァイパーの左側に回り込むように走り出す。

自分の為に射線を開けてくれたことを確信した楓は、そのまま牽制を開始し、弾を放たれたヴァイパーはとっさに刃を使って迫りくる複数の弾丸を連続で弾き飛ばす。

 

「これで十分でしょう?」

 

「ああ、ナイスアシスト!」

 

楓が一度撃ち終わる直後、隼人がヴァイパーの左側からCHARMを横薙ぎに振るう。

それをヴァイパーの左の刃で防がれると分かるや、すぐに離脱。その後楓が再び援護射撃でヴァイパーに防御を強要する。

すると、この射撃が鬱陶しく感じたらしく、ヴァイパーが狙いを変え、二つの刃を連続で伸ばして楓に襲い掛かる。

 

「あら、わたくしを狙えば倒せると思ってまして?」

 

が、当の本人は素早くブレードフォームに切り替えてその刃を弾き返して余裕の笑みだった。確かにヴァイパーとの戦闘経験は皆無だが、今の迎撃行動くらいなら朝飯前と言える。

何なら、そこから再びシューティングモードで射撃を始めるのだから、ヴァイパーはイライラを加速させる。

 

「あの時と同じだ!持っていけ、ヴァイパー!」

 

《──!》

 

その結果、楓に意識が向き過ぎたあまり隼人を意識から外してしまい、至近距離からまたバスターキャノンを一発貰うことになった。

再び土煙が上がってしまったので、不意打ちを避けるべく、隼人は楓の隣まで戻る。

 

「さて、こっちで始めて戦った時は離脱。レストア戦の邪魔を止める時はせめて一撃と向かって来たけど……」

 

──今回はどうだ?早いとここでヴァイパーが退くかどうかを決める段階まで来たので、煙の中を注視する。

煙が晴れて行くと、まだヴァイパーがそこに立っていた。

 

「まだやる気みたいだな。リリィと俺の二人だから、すぐ逃げてもおかしくはないんだけど……」

 

「何を言ってますの?()()()()もう、立派にリリィでしょう?なら、わたくしたちでコテンパンにして、とっととお帰り願いますわっ!」

 

短期決戦で決着を付ける──。そう決めた後の行動は早かった。

二人揃ってブレードフォームにCHARMを変形させた後、隼人が縮地を使って即時にヴァイパーの後ろへ回り込んで振り下ろし、ヴァイパーがそれを防御できず直撃する。

 

《──!》

 

「今だ!」

 

「はぁっ!」

 

隼人の不意打ちにキレたヴァイパーが刃を同時に振り下ろし、それを隼人が受け止めている最中に、今度は先ほどまで正面だった楓に、背後からCHARMで横薙ぎに斬られる。

後ろを見せたらまた斬られると感じたヴァイパーが隼人と睨み合いを続けようとしたら、楓がもう一撃加えてきたので、今度は片方の刃で隼人、もう片方の刃で楓を対応しようと考える。

しかし、それは先ほどまで両方の刃で止めていた隼人を自由にさせてしまう悪手であり、自由になった隼人が刃を伸ばしてガラ空きになっている右側の脆かった部分に攻撃を加えた。

 

「(やっぱマギを込めるだけ込めないと、全く通らないよな……)」

 

有効な範囲が狭い、多量のマギを込めて始めて有効打、ヴァイパーはダメと分かればすぐ逃げる。この三つの要素で狙い続けるのはいくら何でも無理がある。

 

「全く……よくもまあ、こんな硬さだけのヒュージが生まれましたわね……!」

 

「けど、コイツのせいで嫌な想いをした人だっている……。その人らを減らす為にも、好きにはさせない!」

 

この後、二人で何回かに一度のタイミングで位置を入れ替えながら、次々とヴァイパーに対し連続で斬撃を浴びせて行く。

 

《──!?》

 

そして、何度も攻撃を受けている間に堪らなくなったヴァイパーはヤケクソになり、二つの刃を滅茶苦茶に振り回し出したので、二人は距離を取る。

これはとにかく自分たちを追い払いたかったらしく、距離を取れたと分かるや否、即時に逃げて行った。

ああなったヴァイパーを追っても無駄なのが分かっている隼人は、ヴァイパーの反応消失を確認しようと端末を取ると、そのタイミングで反応消失の通知がやって来た。

 

「よし。撃退成功だ」

 

二人してお疲れ様と労い、互いにCHARMを背負うなり腰に下げるなりして、戦闘体勢を解く。

今回はヴァイパー以外の反応はない為、これで後は戻るだけだが、その前に斬り跡が残っているかを確認する。

 

「ああ、残ってたな……これがヴァイパーの斬り跡だよ。場所を移動して一回目の時にこういうことをして、自分はこの周囲に出てくるってアピールするんだ」

 

「なるほど……これが目印でしたのね」

 

目印も確認できたので、ガーデン内に戻るべく二人は足を進める。

 

「前々思ってたけど、結構変わったCHARMしてるよな……どこ製の?」

 

「いいところに目を付けましたわね?このCHARMはグランギニョル製……わたくしのお父様が経営しているところですわ!」

 

「……お父様が経営?ってことはお前、ご令嬢って事か……!?」

 

隼人は始めて知った事実に驚愕する。初対面の時の、戦いが影響して整いが無くなった恰好でもなお、育ちの良さを感じたのはそう言うことなのだろう。

そんな風に納得したところで、隼人は自分の持っている知識を楓と認識合わせしてみることにした。

 

「確か、グランギニョルってフランスの方で経営している……トップのCHARMメーカーだよな?」

 

「話が分かるお人で助かりますわ♪このCHARM、そこで作った特注品ですの」

 

最初はトップクラスと言おうかと思ったが、家元の人にはこう言った方がいいと思って言葉を変えたら案外成功だった。

楓のCHARMの話を聞いた時、隼人は「どれぐらい金掛かるんだろ?」と思ったと同時、形状をみて「扱いづらそうだな」と思ってしまったのは内緒である。

隼人は今まで預り知らぬことだったが、実はCHARM一機は戦車一台とほぼ同額らしく、出撃手当ての報酬と共に後々驚くことになる。

 

「もし、新しいCHARMが必要でしたらお声掛けを。わたくしの名義でカリカリにチューンしたものを差し出しましてよ?」

 

「それはありがたいけど……動作速度と剛性、それから火力と取り回しの良さは意識してくれよ?長物になる都合で、少し取り回しが悪くなる分にはいいけど」

 

──あら、結構注文なさりますのね……?かなり具体的な以上特に文句はないが、予想以上に内容が飛んで来たことに楓が驚く。

実はこれ、単純に楓のCHARMみたいなのが来たら卒倒し兼ねないから故の念押しであり、今使っているCHARMのようなタイプを好んでいるだけである。

ただ、楓には今の注文と隼人の使っているCHARMを見て、何となく予想はできた。

 

「気に入っていますのね?そのCHARM(ブリューナク)が」

 

「まあな。コイツ、結構無茶についてきてくれるから……」

 

隼人の使っているブリューナクは、現在夢結が使用しているCHARMと同型で、それの色違いである。

ブリューナクは対ショック機構や高速変形、基本速度、攻撃力や剛性に重きを置かれながらもバランスのいい性能をしたCHARMで、この扱い安さとタフさが隼人に愛着を抱かせた。

また、この回答により隼人が実用性重視で選ぶ人間であることも楓は理解し、彼がこちらに注文する際はリクエストに応えようと決めた。

 

「なら、わたくしからはヴァイパーを追う理由の方を……」

 

「まあ、そうなるか……」

 

いずれ話さなければならない時が来ると分かっていたので、そろそろ潮時なのかもしれない。

 

「と、言いたいところですが……今はまだ構いませんわ」

 

──その代わり、他の皆さんにも話さなければいけない時が来たら、ちゃんと教えてくださいまし?楓の気遣いに素直に感謝し、その時は必ず話すことを約束する。

 

「ですので、代わりに聞きたいことはヴァイパーを討った後……その時にあなたが何をしたいのか、ですわ」

 

「俺のやりたい事か……そうだな。一個決まってるのは、この上着を二度と着ない生活を送ること。コイツはヴァイパーへの復讐を誓った証みたいなものだから……」

 

──まあ、気持ちを入れ替えて生活を送ってみる以外何も決まっていないんだ……。ちょっと頭を搔きながら申し訳なく言えば、今度は楓が思わず吹き出して笑う。

 

「……えっ?何で笑ったんだ?」

 

「す、すみません……まさか何も決まっていないとは思っていなくて……」

 

「し、しょうがないだろ!?人を助ける為に全力だったんだから……!」

 

とは言え、本当に何も考えが纏まっていないのは事実だ。叶えたい夢も特にない。

ただ、人を助ける姿勢──。これを悪く思うわけは無く、楓はその姿勢を素直に称賛した。

 

「やりたい事、決まるといいですわね?」

 

「……ああ、そうだな」

 

隼人が見る未来の地図──それはまだ、誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(何というかまあ、女の子同士二人きりで……って言うの結構見るな……)」

 

──女子校とか男子校とかになると、こう言うの増えるんかな?出撃から戻った隼人は、ガーデン内を歩いてそんなことを思った。

百合ヶ丘がリリィたちの自立性を重視した結果、それが顕著になっている所はあるが、それでも多い分は多い。

 

「やりたい事か……あんまり思いつかないな」

 

今この百合ヶ丘で過ごす上で──ならいくらでも思い浮かぶのだが、他はそうでもない。

何かあるかと考えてみるが、やはりヴァイパーを討つ方へ思考がシフトしてしまい、どうも長期的なものは思いつきそうに無かった。

 

「(しょうがない……今は日課とかをこなそう)」

 

特に思いつきもしないので、まだやっていなかったトレーニングを済ませることにする。

これのおかげで大分体は頑丈になってきており、結果としてものを持った時の保持力や、姿勢の維持する強さも得ている。

 

「(他にやっとくべきなのは、外出申請の確認とかか?)」

 

一応、自分も必要ならその申請書を書けば出れるらしいが、あまり高頻度ではいかないで欲しいと頼まれている。

というのも、現状たった一人の男性リリィなので、その辺りは我慢してほしいとのことだそうだ。

この為、隼人は買い出しと右腕のチェック程度にとどめておこうと考えた。

 

「(右腕か……そろそろ半月経つし、一回由美さんに頼もう)」

 

思い立ったが吉日、早速外出許可を取り、今週の休日に早速戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「はい。これでチェック完了よ。特に問題なしね……」

 

「ありがとうございます」

 

早速今週の土曜日。隼人は由美たちのところに戻って右腕のチェックをしてもらった。

どうやら全てが問題なかったらしく、これくらいの頻度で戻って来れればと思うが、定期的過ぎると何かあると思われるかもしれないのと、今回が少し早すぎたので、少し間を開ける必要があるかもしれない。

幸いにも二ヶ月に一回くらいでもそんなに問題は無いし、最悪三ヶ月に一回でもまあ何とかなるらしいので、これなら遅れさせても良さそうだ。

ちなみに、ここまでは免許を取ったので堂々と百合ヶ丘内にあるバイクを一台借り、それでここまでやって来た。

 

「礼儀作法はどう?上手く使えてる?」

 

「おかげ様で。後は、紅茶の淹れ方をどうにかできればいいんですけど……」

 

こればかりは自分でやるしかないので、玲に頼れる範疇を超えてしまっている。

その為、彼女からも練習あるのみと返され、そこまでになってしまった。

 

「この後は何か予定でもあるの?」

 

「特にはないけど、買い物と慰霊碑に顔を出すくらいは」

 

「あら、丁度よかった。私も買い出しする予定だったから、行きましょうか」

 

都心近くに買い出しへ行く直前、由美からは渡したいものがあるから、直帰せずに戻って欲しいと頼まれ、それを承諾する。

 

「ここに来るのも大体二週間ぶりか……」

 

「三年前と比べれば、流石にあなたも落ち着いたわね」

 

当時は心のどこかで香織が死んだことを否定したい自分がいたが、遂に否定できなくなったことで悲しみにくれたこともあったが、少しすれば流石に受け止めることはできた。

ただ、その分ヴァイパーを討つ意思は完全に固まり、討つ以外にヴァイパーから多くの人の命を救う決意を抱く事にもなった。

 

「ねえ、隼人……右腕のことで、私のことを恨んでる?」

 

「……どうした急に?」

 

突然、沈んだ表情で問いかけてくるものだから、隼人も思わず聞き返した。

 

「確かにその右腕のお陰であなたの命は助かった。けれど……その腕のせいで、あなたの体は一つなのにある意味で()()()()()()()()()()()()()から……」

 

()()()()()()()()んだろ?そんな一時的なものに、一々恨みを持ったりしないよ」

 

「隼人……」

 

結局のところ、マギが使えない年になってしまえば一般人に戻るのだから、気にする必要はない。

 

「寧ろ、お礼が言いたいくらいだ。お前があの時俺を助けようとしてくれたから、俺はまた明日を見れるんだから……」

 

「そう……そうよね」

 

──ありがとう、隼人。アリスは隼人の言葉に素直に感謝した。

その後買い物だけ済ませて戻り、由美の言っていたものを受け取ることにする。

 

「待たせたわね……右腕の資料は完成よ」

 

何かと思えば、遂にその資料が完成したのである。

他の人にも説明する為に部数印刷する必要があるのは目に見えているが、何部必要かは分からない。そこで、由美がいくら欲しいか聞いてきたので、隼人が整理する。

 

「(レギオンメンバー揃う前提で九人、俺のこと調べてくれてる百由様で一人、後は生徒会の方々で三人……でも、ここから少し増える可能性があるから……)」

 

──大体十五か。結論を出した隼人はそれだけ貰うことにした。

何ならその資料が崩れないようにクリアファイル数枚をセットで渡してもらえたので、それも有難く受け取っておく。

その後は三人に送られながら、バイクを走らせて百合ヶ丘のガーデンに帰ることになった。途中でガソリンを満タンにしておくことだけは忘れていない。

 

「(結局何やりたいかは全く決まらないんだよな……とは言っても、考えてるだけで答えが出るわけでもない)」

 

楓に言われてから考えて見ているが、結局その辺りは決まらない。

今すぐ何を成し遂げたいかと言えば、やはりヴァイパーを討ちたい。そうなると結局情報収集やら何やらで全く普段と同じことしかしない。これでは全く進捗しないだろう。

 

「(しょうがない……コーヒーでも飲んで、一回落ち着くか)」

 

たまには思い切って濃いやつもいいかな──。ガーデンに戻ってくる頃。隼人は一度休憩を決め込んだ。




次回、本編に戻ります。

ここからまた解説に入ります。

・如月隼人
CHARMは実用性を優先する復讐者。ブリューナクがメインのCHARM。
基本は思考が先に来る人。バイクの無免許運転はもう全く気にしていない。ヴァイパー討った後、やりたいことが決まっていないことが悩み。
一応、右腕のことは知っている。


・楓・J・ヌーベル
他者の感情に気遣った対応のできるご令嬢。隼人も少し気が楽に。
隼人の要求の多さにビックリしたが、注文を考慮してくれるだけ十分。


・アリス・クラウディウス
隼人の右腕に関して罪悪感を持っている。
だが、隼人は対して気にしていないどころか感謝している為、そこで救われる。


・その他レギオンメンバーの皆さん
隼人の免許に関しては感心と呆れの二分。これはどれだけ隼人の話を聞いているかによる。


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第9話 祝福

マスターデュエルのランクマでラーを使い、プラチナ5からゴールド5まで落ちた大馬鹿野郎は私です……w

こんな雑談はさておきとして、本編の方はアニメ5話分になります。


「(なんだかんだ言って、もう六月の中旬だ……)」

 

あれから更に訓練を積んだり、時々あるヒュージ迎撃に参加したり、レギオンメンバーを勧誘したり、ある時にはヴァイパーの撃退をやったり──。

と、そんな時間を過ごしていたらいつの間にか時は流れ、今は六月十七日の夜──。ここまで上手く行かないと、レギオン結成は失敗なんじゃないかと思うくらいに人が集まらない。

これがどれだけ酷いかと言われれば、神琳と雨嘉を勧誘して以来、一人も引っ掛からない。それくらいの酷さである。

 

「(上手いこと、こっちの様子見を終えた人とかいればいいんだけどなぁ……)」

 

探してもそんな都合のいい人はいるだろうか?いるかもしれないが、そんな都合よく見つかるとは思わない。

となると、これは非常に絶望的だと断言できる。

 

「(何とかしてやりたいが、人数揃わない限り俺が行ってもなぁ……)」

 

正式にメンバー扱いできない為、隼人が行ったところでややこしくなる。こうなるともう隼人にできるのは、梨璃たちと一緒にいる時に協力するか、祈るだけだった。

──しょうがない、他のことだ。ここで真っ先に思いついたのは、右腕の資料の管理である。

 

「一応、机の引き出しに入れてはいるけど、もう少しプロテクト強くしたいな……」

 

自分が見せると決めるまで、決して誰も見ることができないように封印するのがいい。そう決めた隼人は早速自室に戻る。

机の引き出しでも十分見づらいが、いざ捜索された際にバレる可能性はある。そうなるとやはり備えておきたい。

 

「何かいいのは……あっ、コイツだ」

 

偶然にも引き出しの中に、クリアファイルごと資料を隠せるサイズの木箱があり、それの中に入れることにした。

更には箱の上に張り紙をし、ペンで「真相を明かす時が来たら、鍵を使って開けよ」と書き記し、備え付けの簡易鍵で鍵かけし、鍵も同じ引き出しの中に入れておく。

 

「さて、寝るか……明日も早いんだ」

 

時間はもう日が回る時間に来ていた為、隼人は消灯し、ベッドに潜り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

祝 福

blessing

 

 

あなたへの贈り物

──×──

irreversible past and future

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「俺、そう言えば一個だけ全然知らないまま過ごしてたのがあってさ……シュッツエンゲル制度って何だ?これに関してあまり知らないんだよな……」

 

「なるほど……興味があるんですね?」

 

翌日。隼人は自分が百合ヶ丘で採用されている制度の一つを全く知らないことに気づき、二水に教えを請うことにした。

頼んだ結果、二水は素直に「お任せ下さいっ!」と胸張って言ってきてくれたので、隼人は素直に感謝する。

 

「まず、シュッツエンゲルと言うのは、上級生が守護天使として下級生を導く制度で、疑似的な姉妹関係を結ぶ形で成立します。上級生が制度の名の通りシュッツエンゲル、下級生はシルトになって、上級生が下級生をリリィとしての成長を促すと同時に、人間的な指導も行うものなんです」

 

──ちなみに、基本的には上級生が下級生に契りを交わして欲しいと頼むんですが、梨璃さんと夢結様の場合はその逆で成立した珍しい例なんですっ!二水の説明を聞き、「なるほど……」と納得しながら、一つ凄いことを知った。

 

「俺が言うのもちょっと……ってとこあるけど、梨璃って結構型破りなとこあるんだな……」

 

「ふぇっ!?私がっ!?」

 

「まあ、それを受け入れた私も私だけれども……」

 

後々聞くと感情に正直なところが強いとなるが、現在はこんな感じの評価である。楓自身もそれは間違っていないと思った。

隼人が気になる箇所の解決が済んだところで、楓は二水が持っているものに触れることにする。

 

「ところで二水さん、それはタブレット端末ですわね?」

 

「そうですよ。これ、昔は誰でも持ってたみたいなんですけどね……。今じゃ中々見つけられませんので、借りられてよかったです」

 

どうやらとあるものを楓らに見せたいので借りて来たらしい。梨璃と隼人はタブレット端末に関してはあまり知識はないが、隼人は玲が時々使ってた電子機器と言う本当に最低限の認識はあった。

二水が「これを見てくださいっ!」とテンション高めに頼みながら、丁寧に端末をテーブルに置き、画面を起動させる。

するとただ鏡面代わりみたいになっていた画面に光が灯り、その直後いきなり梨璃の3Dモデルだろうものが立体的に出現し、パーソナルデータらしきものがその3Dモデルの隣に出現する。

3Dモデルの方だけなら良かったのだが、梨璃本人の真横にも出現したのはプログラムの影響なのだろうか。その辺り隼人は詳しく知らなかった。

 

「えぇっ!?何何っ!?」

 

「梨璃本人にも出てきた……ってかこれ、パーソナルデータか?」

 

「はい。楓さん、興味津々だったみたいなので」

 

「梨璃さんの極秘情報ですわ……♪」

 

慌てる梨璃、冷静に出てきたものに目を向ける隼人、それに肯定を返す二水、喜ぶ楓、特に気にせず紅茶を飲む夢結と反応が五人様々だ。

この直後嬉しさの余り変なスイッチの入る楓と、自分のデータ丸見えは流石に勘弁願いたいので止めようとする梨璃に分かれるが、隼人と夢結はパーソナルデータの方に目を向ける。スリーサイズとかその辺の見ちゃいけないものは無視する──と言うよりも、今の隼人が()()()()()()()()()

そして、パーソナルデータの内一つのことに気付く。

 

「「(梨璃の誕生日は六月十九日、今日は……六月十八日)」」

 

明日が梨璃の誕生日であり、二人はそこに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(一室借りたって話だし、誕生日用の料理でも作ったり、用意したりしてみよう)」

 

──クラッカーとかその辺があるといいよな?恐らくだが、祝いの品は用意する方が楽ではある。栄養バランスの為に野菜系を作る時くらいだろう。

自分が買い出しした時の食料には無かったので、ここは外出許可を申請して出向く形になる。

ちなみに、行先は当然都心近くであり、百合ヶ丘付近の売り場の場所等が分かっていない隼人はあれこれ聞いて時間がかかるよりも、道が遠かろうと分かる場所が早いと考えた。

 

「(まだチェックは大丈夫。デカい戦闘があったら、その時に頼もう)」

 

三年間とは言え、暫くずっと過ごしていた馴染み深い場所なので一瞬寄ろうと考えたが、今はやるべきことがあるし特に用もないのでそのまま通り過ぎていく。

都心近くに来たのでまずは慰霊碑に行き、墓参りを済ませに行く。都心近くに行くときはもうルーチンワークに近い状態になっているが、もしかしたらヴァイパーを討った後は終わるかも知れない。

 

「(そう言えば香織、前に医者になりたいって言ってたっけ?)」

 

──今後何かやりたいことを探す時に、参考にしよう。その夢を抱いたのは束の間、ヴァイパーに殺されてしまったのが彼女の悲しき道であった。

何故彼女が医者の夢を抱いたのかと言えば、リリィたちは自分たちを守ってくれるが、彼女らが来る前に怪我や病に陥った時、誰が助けられるのか?と言う疑問を抱き、辿り着いた答えが医者である。

そこからと言うもの、彼女の夢は自分たちを助けてくれる人らでは助けられない人を助ける為、医者になると言うもので固まり、これから勉強──と思った矢先、その夢を見ることすらできなくなってしまった。

 

「(ヴァイパー……夢を抱いたばかりの人を殺した事、報いを受けて貰うからな……!)」

 

自らが抱いた憎悪と怒りで顔が歪み、拳に力が入ったところで今日がどんな日かを思い出し、それを止めて首を横に振る。

 

「バカ野郎……今日は人を祝うんだろ?」

 

──だから、今日は明るく行こう、な?自分に言い聞かせ、食材の買い出しに出向く。

バイクで運搬できる量が非常に限られているので、種類を絞り多めの人数分の量を買い込んで戻ることにした。

 

「(後は俺の部屋にある在庫を確認しよう。小麦粉残ってるなら、小さいサイズのパンくらい焼けるぞ)」

 

──なら、善は急げだ。隼人は都心近くを抜けた瞬間、バイクの速度をコッソリと上げた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「夢結様を?いや、俺は見かけてないけど……何かあったのか?」

 

「実は、今朝からずっといないみたいなんです」

 

「あなたも朝早くから外出すると言っていたので、もしやと思っていたのですが……行先は全く別のようですわね?」

 

そして午後──。戻ってきて早々二水に確認を取られたが、残念ながら隼人は回答を持たない。

そう言うもあり、夢結と一緒にいられないことで梨璃が少し落ち込んだが、彼女は必ず帰ってくる旨を告げ、一度安心させる。

なお、夢結に至ってはほぼ明け方から外出しているらしく、隼人が見かけるタイミングは無かったことを記しておく。

 

「さてと……ちょっと部屋の在庫見てくるよ。何か使えそうなものあるといいな」

 

クラッカーとチーズ等の組み合わせは切って載せるだけだから非常に簡単で、材料も買ってきたばかりだから問題ないが、パンはそもそも材料があるかどうか分からない。

その為、一度部屋へ確認に向かうことにした。

 

「残量は……おっ、割とある」

 

──これなら作れるな。ならば早速……と言いたいが、パンを焼くなら調理室のオーブンがないと厳しい。その為、隼人は申請を出して使わせて貰うことにした。

人いたらどうしようかと思ったが、幸いにも今は一人であり、そのまま作業を始めることにする。

 

「(ここからいったん小分けして焼く、と……)」

 

パンのサイズ自体は一、二口あれば食べきれるくらいに小さいものにしてあり、焼けるのも比較的早い。

焼き終わったら皿の上に乗せた後ラップでくるんでおき、そのまま運び出す。

強いて言えば焼きたてを渡せないのは難所だが、時間も既に夕方なので、固まって碌に食えないなんてことは避けられる。

 

「隼人、そのパンどうしたの?」

 

「今焼いてきた。何か挟めるものあったら出してくれていいよ。その時は軽く切り目入れるから」

 

持って来て早々雨嘉に問われて回答すれば、料理できるか問われ、それに肯定すると驚かれた。

やっぱり、俺はそう言う見た目じゃないらしい──。改めて分かった事実に少しショックを受けたが、いつまでも気にしていられないので、後は人が揃い次第菓子類の準備を済ませる。

余り早く準備してしけたりしてしまうのは頂けないので、今は我慢である。

 

「あら、随分と手慣れていますね……。普段からしている方ですか?」

 

「一応ね。こっち来てから晩は毎回作ってるくらいに」

 

とは言え、腕前は比較対象が一人しかいないから正確には分からない。が、別に比べようと思う気にはならない。

ただ、腕前があればあるほど人を幸せにできるのだから、鍛えて損はない。隼人の見解はこれだ。

大体自分たちにできる準備は終わったので、後は夢結が帰ってくるのを待つくらいである。

 

「(こうやって思い切った準備したのも、大体三年ぶりか?)」

 

アリスたちと過ごしていた時は場所が場所だし、普段隠れて過ごしていることもあってこんなに大それた準備は出来なかった。強いて言えば、その日の食事を少し豪華にしていたくらいである。

──あれはあれで楽しかったな。誰にも知られず密やかにやっている感じが隼人には好ましかった。今回のような形も嫌いではないが、あれはあれだけの良さがあった。

 

「今戻ったわ」

 

「お姉さまっ!」

 

「おおー。やっぱり心待ちにしてたみたいだな」

 

そして夜になり、夢結が戻ってきた。右手には何かラッピングをされた小さなものを持っている。

何かと思えばそれはプレゼントであるらしく、それを開けてみるとラムネのビンが一本入っていた。

また、彼女の両隣には緑髪のショートヘアーの少女と、金髪をポニーテールにした少女が立っている。

 

「ラムネだぁ!お姉さま、買ってきてくれたんですか?」

 

「ええ。あなたが好きだと言っていたから」

 

誕生日というのなら、当人の好きなものを──。と言う、無茶苦茶が付くほど不器用な夢結なりの祝いの品であり、正直これで大丈夫か夢結は不安だった。

ただ、そんな不安は完全に杞憂であり、梨璃からすれば『大切な人が自分の為にプレゼントを用意してくれた』と言う事実だけで充分であり、ものの質など、全く問題にならない。

 

「(そう言えば、この果実っぽい匂いは誰からだ……?)」

 

部屋に充満する女子特有の匂いの中から、一つ別のものを嗅ぎ分けた隼人が視線で辿ると、そこには夢結がいた。

──外出中に果樹園とかその辺に行ったのか?隼人の推測はこれである。正直この匂いを感知できた理由は、女子特有の匂いを少しでも意識から外したかったのがある。

なお、夢結はわざわざ梨璃の故郷に行ってまで、自分と梨璃の二人分を買いに行ってたのだが、帰り道で喉の渇いた子供二人にあげてしまったらしく、その後ガーデン付近に全く同じものを見つけると言う非常にショッキングな出来事があり、それで妙に落ち込んでしまっていたことを記しておく。

ちなみに、これが原因で夢結はそれらしいことが出来ていないと思っていたが、梨璃からすればそんなことはない。

ただ、自販機のラムネであることはバレバレだったらしく、誤魔化せていないことに緑髪の少女と金髪の少女は不安になった。そうだとしても梨璃には関係ないのだが、そこはそこである。

そして、夢結が納得できないのならばと、梨璃は一つお願いがあると伝えながら、自らの両腕を外に広げる。

 

「お姉さまを私に下さいっ!」

 

「……えっ?」

 

困惑した声が誰だったか、それは誰にも思い出せない程些細なことになるくらい、梨璃の発言に皆が一瞬固まった。

少しした後、楓がこの爆弾発言にショックを受けたのだが、それはそれである。

 

「(お、俺……一旦この部屋から出ようかな?)」

 

困惑しながらも夢結が梨璃を抱きしめ、少々特殊な空気が出来始めて来たので、隼人はそそくさと部屋を離れようかと考えた。

ちなみに、この時梨璃が夢結から自らの故郷にある果樹園の匂いがするとの旨の発言が聞こえ、匂いの正体が判明する。

このままいい雰囲気になる──と、思ったが途中で事態が急変する。

 

「あ、あの……っ……お姉さま……く、るしい……です……!」

 

「(は……?ちょっと待て?何で苦しい……?)」

 

隼人は即座に二人の状況を確認するが、もうこれしか理由がないことを確信する。

 

「ゆ、夢結様!腕!腕に入れてる力が……!」

 

「腕……?あっ……り、梨璃……その、ごめんなさい」

 

「はぁー……だ、大丈夫です」

 

やはりそれが原因らしく、そこで加減が聞いた為に梨璃は窮屈故のダウン等が起こらずに済んだ。

ちなみに、夢結は一緒に来た二人が何故ついて来たのかを聞いていなかったらしく、その理由を問う。

 

「そうだったな……(まい)たちをこのレギオンに入れてくれ」

 

緑髪の少女──吉村(よしむら)Thi(てぃ)・梅がそう告げる。金髪の少女──安藤(あんどう)鶴紗(たづさ)も一緒らしい。

一応、ヴァイパー絡みで少し面倒を掛けることを伝えたが、『ヴァイパーもヒュージで、結局討たなきゃならないのは一緒だから気にしない』の旨が鶴紗から帰ってきたので、何ら問題なく迎え入れる。

そして、これでレギオンメンバーが9人揃ったので、申請できることになった。こう言った意味でもささやかなプレゼントになった。

 

「(本当は失敗を経験して欲しかったのだけれど……まあ、いいわ)」

 

意図とは違う結果になったが、夢結は気にしないことにした。

目の前でシルトの梨璃(大切な義妹)が喜んでいるのだから、それでいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、久しぶりに大人数で祝いができるとはな……」

 

その日の夜。隼人は今日の出来事を振り返っていた。

日の出町の惨劇が起きた後ではちょっと食事を豪華にする程度しかできなかったが、こうやって祝いの品を誰かが用意し、飾り付けを誰かが用意し、食事を誰かが用意し──と言った大掛かりなことを今回実に三年ぶりにできたのである。

ただ、これと同時に思い出してしまうことがある。

 

「(そう言えば、最後にああいうのやったのは香織の誕生日を祝った時だっけ?)」

 

それから一週間した後に惨劇が起きたのだから、些細な幸福から一気に理不尽が舞い込んできた──と、考えると中々に酷いことがあったものだ。

なお、隼人はその惨劇以来、両親とも顔を一度も合わせることが出来ておらず、真相を知る者とも会えていないので、早いところ知りたいと言う欲もある。

 

「(日の出町の惨劇……香織が死に、俺の右腕が斬られ、父さんと母さんと離れ離れになり、あいつが生きているか分からなくなったあの事件……その中にはヴァイパーもいた)」

 

当然、ヴァイパー一体でここまでの被害が出るわけじゃない。隼人は目の前でヴァイパーに被害を受けたから憎悪があり、下手人が他のヒュージならそいつを恨んだだろう。

だが、結果として隼人の知人はヴァイパーのせいで悲しみを被ることになり、それを黙って見てはいられなかった。故に隼人はCHARMを手に取り、戦いの地に立ったのである。

 

「(こんな想いをする人、一人でも多く減らせたらいいな……)」

 

──で、その過程として何もしてない人を平然と傷つけるヴァイパーは倒す。例え何があろうとも、ヴァイパーを討つことは決定事項であった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これ、本当にどうなってるのよ……」

 

「百由様、大分参っておるの」

 

翌日の早朝──。ラボにて百由とミリアムが二人して隼人のサンプルから取得できたデータを見ていた。

ちなみに、ミリアムは今しがた見たばかりであるが、それでも百由が参る理由は察しが付く。

本当ならこのデータはまだ見せたく無かったのだが、少しでも早く情報が欲しいので、今回は例外である。

 

「妙におかしいデータが見えるの」

 

「そうなのよ……これのせいで全く説明をつけられないの」

 

早いところガーデン等に報告をしたいのだが、訳の分からないデータがあるせいで報告ができないのだ。

特に、マギデータの詳細不明は致命的で、結果のでた翌日は使用した端末の不具合やバグを考えた程である。

だが、結局端末に異常は無く、隼人のマギデータが訳の分からない状態になっているのは確実になってしまった。

 

「百由様、わしが隼人に鎌をかけて見るかの?」

 

「それはお願いしたけど、隼人君が許容してくれるかどうかね……無理だったらそれは止めておきましょう」

 

以前も自分で結論を出したが、隼人がそれでここを抜けて単独行動に戻るなら台無しである。

それだけは避けたいので、最終手段とした。

 

「もしもの話よ?隼人君が話をしたいって持って来てくれるなら、その時は教えてくれるかしら?それを元に資料を纏めるわ」

 

「うむ。それは了解じゃ」

 

──とにかく、確証となるものが得たいわね……。原因不明のマギデータを知れることを祈りながら、百由はまた思考を始めた。




この話のメインを張る夢結と別行動で、その原作部分は完全にそのままと化す為、省略した結果、一話完結となりました。


以下、再び解説となります。


・如月隼人
ヴァイパー打倒に執着した余り、異性のスリーサイズやら何やらへの興味が薄れてしまっている復讐者。大人数で祝いをやるのは久しぶり。
やりたいことの候補に一個、医者が出てきた。夢を抱いた直後に眠ることになった少女の影響が将来にまで及びかけている。
両親とは一度も連絡が取れておらず、自分も消息不明者扱いである為、再会は絶望的。


・吉村・Thi・梅、安藤鶴紗
本話で初登場。部分を削りながら3、4話分をやったら出番がここになるまで遅れた。
鶴紗は明言しているが、梅もヴァイパーはどっちにしろ討つべきヒュージの一体だからと特に気にしていない。


・一柳梨璃
基本的な原作と同じ。
隼人の機転で夢結の力が入り過ぎてる抱擁を受けた際に、ダウンするのを避けれた。


・白井夢結
隼人が同行しなかった為、原作通り一人で梨璃の故郷へ。
力が入り過ぎている抱擁をした際に、隼人のお陰で梨璃のダウンは免れた。


・楓・J・ヌーベル、二川二水
基本的に原作と同じ。
公式ファンブックでは、部屋の飾り付けをやっていたことが語られており、本小説もこれに準拠。


・王雨嘉
隼人が料理をすることに驚いた。
これは隼人の無免許運転+接近戦が得意なことから、料理のような物事が苦手だと思っていたから。


・郭神琳
隼人慣れっぷりで普段から料理する人と見抜いた。
一柳隊だとラスバレ内で料理が出来ると明言されている。


・ミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウス
基本的に原作と同じ。
他のメンバーに先駆けて百由から隼人の異常を伝えられる。


・真島百由
現在隼人のデータを解析中。
より精密に解析をするべく、解析装置のグレードアップを打診中。


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第10話 始動

アンケートご協力ありがとうございました。
今まで通りのテンポで物語を進めていこうと思います。


梨璃の誕生日にレギオンメンバーが揃ったりがあった日の翌日の朝。自分たちのレギオンに申請が通り、自分たちに宛がわれた部屋へ一度全員で見に行くことにした。

ちなみに、名称登録をする為に名称を伝える必要があるらしく、候補はあるのでそれの確認をするそうだ。

 

「……えっ?一柳隊?」

 

この時、自分たちのレギオン名に困惑したような反応を見せたのが梨璃であり、この名称間違いじゃないのかと聞けば、全員が「一柳隊だね」とか「一柳隊だな」とか言うように全く反対の声が聞こえない。

隼人も夢結もこれに反対することはせず、せめてものの抵抗としてせめて白井隊じゃないのかと言う旨を聞いても、ほぼ全て梨璃が集めたメンバーなのだから白井隊は合わないと拒否され、レギオン名は結局一柳隊で確定した。

 

「そう言えば、ヴァイパーって大体どれくらいの頻度で場所を変えるの?私、それ知らないんだけど……」

 

「結構バラバラなんだ……一番短い時は一週間。一番長い時は大体九ヶ月は滞在してたよ。基本的には一、二ヶ月で移動するんだけど、今回はまだ動いていない」

 

自身の質問に対する隼人の回答を聞き、鶴紗は随分と気分屋でテキトーなことをするヒュージだなと感じた。下手をするともっと長く居座ることもありそうだが、今のところ九ヶ月以上の滞在は見たことがない。

一柳隊は一般的なレギオンのようにチームで共に活動する最中、ヴァイパー討伐に積極的になることが決まっている。レギオンが発足した為、これからは各レギオンメンバーの端末に出現情報が送られることになっている。

 

「で、頑張って追い込んだところで無駄に堅いから倒せないし、逃げられると……凄い面倒だな。こりゃノインヴェルトを欲しがる訳だ」

 

梅も自分が隼人なら余りにも面倒過ぎるから、何らかの手段を欲するのは間違いないと確信する。

ただ、これは自分が遭遇したことが無いから出てくる疑問なのだが、あのサイズのヒュージに対して、本当にノインヴェルトが必要かと言うことである。

場合によっては、梨璃と夢結がこないだのレストアを討伐した時のように、マギスフィアを使って倒せるのではないかと考えが出てくる。

ただ、これはヴァイパーが逃げない前提になってしまうので、隼人は確実性が無いと選択肢から捨てたのだろうと推測できた。だからこそ、逃がさない状況を作れるノインヴェルトを欲したのだろう。

聞いて見ればそれは当たっており、隼人はマギスフィアによる討伐は、確実性の低さが理由で選択肢から外していた。

 

「(とは言え、このままやってるとただ追い払うだけで終わっちゃうんだよな……)」

 

今現在、自分が積極的に妨害することでヴァイパーの被害を抑えているのはいいが、そこ止まりである為、隼人にとっては悩みの種と化している。

楓と共に迎撃した時も、ある程度戦闘してもすぐに逃げられているし、当時自分と同格くらいのリリィ二人と三人掛かりでヴァイパーを討ちに行った時に至っては、ヴァイパーの逃走で戦闘が三分もしないで終わってしまっている。

それを踏まえた上で考えられるのは、ノインヴェルトをほぼ不意打ちに近い形で始動し、ヴァイパーの逃げる思考を封じるのが鍵となるかも知れないことだった。

 

「(ヴァイパーを逃がさない手段……あっ、それならこうですわ)」

 

隼人が今まで追い払うしかできなかったのは、ヴァイパーを倒し切る攻撃手段がない事と、即席の連携でヴァイパーと戦う場合に撃破がほぼ不可能の二点から来ている。

だが、今はレギオンと言う即席以外でも連携できる仲間がおり、ノインヴェルトと言う倒し切れる為の手段は存在する。であれば、出せる提案がある。

 

「でしたら、どこかの休日を使って一柳隊の強化合宿を提案しますわ。そこで対ヴァイパー用の陣形、戦術……その他諸々も決めてしまいましょう」

 

「いいですね。今までの方法で逃げられてしまうのでしたら、逃げられない方法を作ってしまいましょう」

 

どうやら神琳も逃げられないようにすればいいのではと考えていたようで、楓の提案に真っ先に賛成を示す。

こうなれば話は早く、強化合宿を行う為の申請を準備しておき、その日の為にアイデアを持ってくるようにすることが決まった。

また、二水もこれを機に差を縮めたいと考えた。

 

「(ヴァイパー。お前は……お前だけは絶対に倒してやるからな……!)」

 

倒せる確率が上がったことにより、隼人はヴァイパーに対する怒りを再認識し、それを見た一柳隊の面々は、彼がヴァイパーに対し、相当腹に据えかねているのを改めて感じた。

そう思ったところで、ヒュージ襲来を告げる鐘の音が聞こえ、一柳隊は現場へ向かうことになる。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 10 話 }

 

始 動

start-up

 

 

ここからまた始まる

──×──

Let's go to a new battlefield together.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

連絡を受けて飛んで行った一柳隊は、ガーデンに近づいてきていた大型のヒュージを一体目撃する。

前回見たレストア程ではないが、十分に大型なヒュージはドリルのようにも、特殊な錨のようにも見える形状をしていた。

今回はこのヒュージを撃退することになるのだが、隼人は常時警戒している要素がある。

 

「(以前のレストア戦もそうだ……あの戦場にヴァイパーは足を運んで現れていた……)」

 

──あいつ、まさかまたこっちに来るって言うんじゃないだろうな?隼人は考えたくもないことを予測した。

だが、事実として不意打ちしてやろうと言わんばかりにレストアとの戦場近くに移動していたのは事実で、今回もそのような可能性は否定できない。

 

「隼人さん、今回アールヴヘイムの皆さんがノインヴェルト戦術で速攻を掛けるみたいです。今後必要になるはずですから、しっかり見ておきましょうっ!」

 

「ありがとう。そうするよ」

 

今回、レギオンによる連携を見せると言う建前、アールヴヘイムが隼人が最も見たかったものを見せてくれるらしいので、お言葉に甘えることにする。

目で追ってみると何らかの弾丸をCHARMに装填、それを味方の方に向けて撃つと光の球体が飛んでいき、放たれたリリィは別の味方に向けてその球体を弾き飛ばす。

球体を自分に向けて弾き飛ばされたリリィは、それを再び別の味方に弾き飛ばし──と、これを最後の一人に向けて弾き飛ばすまで続けていく。

これが資料に乗っていたマギスフィアのパス回しであり、ああやって弾き飛ばす際に自らのマギを込めて味方へ送り出すのである。

ちなみに、ノインヴェルトを実際にどうやるかは二水の話を聞きながら見せてもらっている。

 

「(あのうっすらと見えるのが移動制限のドームか……)」

 

ノインヴェルトを確実に決め、周囲に無用な被害を出さないようにする為の措置らしいそれは、確かに対象のヒュージを囲うように出来上がっていた。

隼人が気にしているのはこれによって退路を断たれたヴァイパーがどうするかであり、これにより諦めてくれるのは理想だと考えている。

そして最後の一人まで回り、その人はその球体を弾き飛ばさずに受け止め、シューティングモードでヒュージに向けて撃ち出す。

放たれた弾丸は寸分の狂いもなくヒュージに届き、それを受けたヒュージは間もなく爆散する──かと思われたが、弾丸がヒュージの目の前で止まっていた。

よく見ると、弾丸とヒュージの体の接触を、蒼い魔力の壁が止めていた。これはマギリフレクターと呼ばれる、ヒュージが自らの身を守る為に使うバリアのようなものである。

 

「(何だ?ヒュージが抵抗しているのか?)」

 

ノインヴェルトの威力を実際に見たことが無い隼人は、ここからまだ何かやるのかと考えていたが、実はこの状況はかなり異質な状況である。

と言うのも、ノインヴェルトをぶつけられたヒュージは基本的にマギリフレクターがあっても突発されて倒されるのだが、目の前のヒュージはマギリフレクターで耐えている。

これで考えられるケースは、ヒュージのマギリフレクターが強いのか、ノインヴェルトの為に込めたマギが不足しているかの二択だが、アールヴヘイムがそんなヘマをすることはない為、明らかに前者である。

そんなこともあってか、メンバーの一人が完成させたマギスフィアをCHARMで押し込んで無理矢理ヒュージの体に届けることを試みたが、自らのCHARMが破損し、爆発の中にいるヒュージはダメージが見受けられないと言う、異様な事態で終わってしまった。

 

「な……おい、ちょっと待て!ノインヴェルト戦術ってあれだけしか威力ないのか!?」

 

「あのヒュージにノインヴェルト戦術を防げるくらいのマギスフィアがあったみたいです。でも、変ですね……あれくらいのヒュージなら、今ので倒せていたはずなんですが……」

 

レストアより明らか弱いであろうヒュージを倒せない現状を目の当たりにし、隼人は流石に焦った。ヴァイパーはサイズ自体非常に小型な癖して尋常じゃない耐久を誇るので、今の光景を見た限りでは、せっかく見出した希望が一瞬で水泡に化してしまう。

二水も何か変だと感じているが、理由まではすぐに見出せない。何らかの強化個体の説が真っ先に浮かぶくらいである。

そして、アールヴヘイムの九人もCHARM破損と、ノインヴェルト戦術の代償によるマギの多量消費が重なって撤退せざるを得なくなってしまった。

 

「……!あのヒュージ、まだ動いてるっ!止めましょうっ!」

 

梨璃が爆煙で見えにくくなっているヒュージが動いていることに気づき、非常事態として一柳隊は初陣でそのヒュージを止めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「梨璃!訓練通り私に合わせて攻撃。いいわね?」

 

「は、はいっ!」

 

戦闘開始から間もなくして、メンバーの援護射撃を貰った後、梨璃と夢結がヒュージに向けて突入する。

その時、夢結はヒュージ近づいたことで、あることに気付く。

 

「(古い傷跡……こいつもレストアだったの?)」

 

──それなら、あのノインヴェルトを防いだことも頷けるわ。理由に説明できる要素を確認するのは一瞬、すぐに思考を切り替えて梨璃と共に同時にCHARMを上から縦に振り下ろしてヒュージを切り裂く。

そのまま斬られたヒュージは体が左右にお別れして撃破──になるかと思ったが、完全には真っ二つとならず、途中で両断が止まってしまう。

 

「あの光は……!」

 

原因はヒュージが相当に頑丈か、または何かの要因があるの二つになるのだが、神琳はヒュージの体内に入り込み、光を発していたものが何かに気づいた。

 

「あれって、CAHRM……?」

 

──しかもあれ、二年前にお姉さまが使っていたのだよね……?ヒュージの体内から現れた、金色の剣を思わせるCHARMが見え、それが自分を助けてくれた時に夢結が使っていたものだということに梨璃は気づいた。

では、夢結本人はどうかと言うと、そのCHARMが自身の抱えごと(トラウマ)を刺激してしまったらしく、呻いたような声を上げた後、彼女が持つ黒髪は、過剰なストレスが掛かったかのように、毛根から先端にかけて白く染まっていき、紫の色も血のような赤い色に変わり妖し気に光る。

 

「……ルナティックトランサー?埒が明かないからか?」

 

「不味いな……夢結のやつ、ダインスレイフを見て二年前のことを思い出したみたいだ」

 

梅が事情を説明してくれて、隼人の予想とは違うことを把握できた。

となればレストア相手に使用していた理由は分からないが、恐らく何らかの心理的ショックを受けたのだろうと予想は出来る。

 

「って、ありゃ不味い……!」

 

梨璃が固まってしまった夢結に気を取られて、ヒュージの攻撃を見れていないことに気づいた梅は、即座に縮地で梨璃のところに接近。彼女を抱えて元いた場所まで緊急離脱する。

その直後から、夢結はレストア相手に一人で無茶苦茶な戦いを始める。レストアの体が裂けた内側から出てくるレーザー攻撃を本当に最低限に避け、一部はそれに掠りながら近寄って攻撃する。

 

「梨璃さん、お怪我はっ!?」

 

「梅様が連れてきてくれたから大丈夫。けど、お姉さまが……」

 

早い行動が幸いし、梨璃に怪我もない。だが、それよりも彼女は夢結をどうにかして正気に戻そうと考えていた。

そこで、今可能性があるとすれば、自分が声を届けること──要するに、ルナティックトランサー中の夢結との接触だった。

 

「参ったなこれじゃ近寄れんぞ……」

 

「それに、援護も難しい……」

 

ミリアムと雨嘉の二名が難儀の声を上げた通り、近づけば巻き込まれかねないし、援護射撃使用にも誤射しかねない動きをされている。

そんな風に味方がほぼ第三勢力と化した厄介な状況であるが、そんなこと以上に面倒な知らせがやって来る。

 

「えっ……ヴァイパーが来てる……?」

 

ただでさえ夢結の暴走状態があると言うのに、想定外の増加出現に雨嘉が驚きの声を出す。

確かに来たことは重要だが、問題は出現位置であり、隼人はその詳細と方角を導き出す。

 

「ヤバい……!あっちには撤退中のアールヴヘイムがいる!」

 

──このままじゃ奇襲されるぞ!方角が大問題であり、今すぐ行かねば最悪の事態が起こりかねない。

 

「あっちの人たちには、連絡来ないの?」

 

「ええ。ヴァイパー出現の通達が来るのは、わたくしたち一柳隊だけ……アールヴヘイムには来ませんわ」

 

これは連絡体制が関係しており、無関係な人を巻き込むまいと言う隼人の考えを尊重した結果が今回は仇となってしまった。

ならば今すぐ誰か一人でもいいから、ヴァイパーの撃退に向かわねばならないと、楓の話を聞いた鶴紗は結論を出す。

 

「そう言えば隼人。お前、梅と同じで縮地だったな?」

 

「はい。行くなら俺か梅様でしょうね」

 

これはリリィ単体としての戦力がどうこうではなく、単純にレアスキル込みでの機動力が問題である。

今からヴァイパー阻止へ向かうには、二人の内どちらかが向かう以外無く、他の人はどうやっても間に合わない。

 

「夢結を止めるのも、あれを上手いこと取り返すのも、どっちかが残る必要がある……)」

 

梅はダインスレイフを見ながら思考する。あれがもし、以前に夢結が使用していたものであるのなら、今後何らかの形で使えるのは間違いない。使うかどうかはさておきとしてだが。

だが、その事情を隼人が知るわけも無く、その問答をするくらいなら自分で行くべきである。ダインスレイフへの執着に関して隼人は皆無で、自分は割とある。

また、夢結の懐に飛び込んで上手いこと止めるのも、縮地持ちのどちらかが適任だと考えられる。

 

「梅はこっちに残ってやることができた……だから、ヴァイパーを頼めるか?」

 

「了解!」

 

その為、梅は隼人にヴァイパーの対処を頼み、自らが残ることを選択する。

時間がないことを分かっている隼人は、返事を待たずに戦線を離脱。ヴァイパー奇襲の阻止に向かった。

 

「ヴァイパーは隼人君にお任せするとして、問題は夢結様ですね……」

 

どうすれば正気に戻せるか──。それを他の人たちが考える頃にはもう、梨璃は動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(ヴァイパー(あの蛇野郎)……!都合の悪いタイミングで出てきやがって……!)」

 

移動中、隼人はヴァイパーの出現に毒づきながら飛ばしていた。

せっかく見れたノインヴェルト戦術もヒュージの状態が特殊過ぎて評価不能、夢結の暴走のおまけにこれで狙っているのではないかと考えてしまう。

 

「(俺はヴァイパー打倒(彼奴を殺す)の為に協力しているし、その勤めを果たすって考えた方が建設的だな)」

 

ヴァイパーから百合ヶ丘付近を守ると考えれば落ち着かせ、冷静さを保てる。

そうしたところで、今の位置と接触時間を思い出していく。

 

「(もうすぐで撤退中のアールヴヘイムの背中に追いつく。後はそれを通り抜けて、先にいるヴァイパーを止める……!)」

 

恐らくあの待機していた時の高台の横辺りにヴァイパーが来ているだろう。故に、そこにたどり着くと同時に真上から奇襲を掛ける。

 

「えっ……?何で彼がこっちに来てるの!?」

 

「(いた……!)」

 

アールヴヘイムのメンバーの一人である、紫色の髪を持った少女が隼人の登場に驚きの声を上げるが、隼人の耳にそれは届いていない。

案の定、壁を登って背後から彼女らに奇襲を掛けよう画策しているであろうヴァイパーがそこにいたので、隼人はヴァイパーの背を取れるように飛び降り、落下しながらCHARMを逆手に持ち替え、それを振りかぶる。

 

「この野郎っ!」

 

《──!》

 

ほぼ前上にいる相手にどうやって奇襲を考えようかと考えていたところに、まさかのほぼ真上に現れた奴から奇襲を掛けられたことに驚き、ヴァイパーは飛びのくように後ろに下がって避け、隼人の背後に向けて刃を伸ばす。

しかしながら、それは縮地によって避けられ、また背後を取られて一度斬られたので、ヴァイパーは隼人を正面に捉えながら距離を取る。

 

「どこにいようとも、お前の好きにはさせない!」

 

逆手持ちにしていたCHARMを持ち替え直したところで、隼人は再びヴァイパーへ距離を詰めていった──。




今回はアニメ6話の前半です。

ここからまた解説入ります。


・如月隼人
ノインヴェルト戦術を見たのが始めてなので、威力がそんなにないと勘違いしかけた。
梅とダブル縮地でダインスレイフ奪還……とは行かず、ヴァイパーが来たので緊急移動。


・一柳梨璃、白井夢結
レストアの近くまで行ったお二人。
アニメを見返した限り、梨璃がレストアの攻撃で閉じ込められたような描写は夢結の錯覚と考えて、本小説では夢結の暴走前に梅が救助した形に。


・吉村・Thi・梅
本小説での解釈により、明確に梨璃を救助する描写が追加。
ちなみにこの人がヴァイパーに行った場合、ダインスレイフの奪還は他の皆さんでやることになるが、ダインスレイフと夢結を知っているこの人の離脱は流石に無しにした。


・二川二水
セリフ体ではなく通常文での形ではあるが、隼人にノインヴェルト戦術の解説を担当。
楓の提案した強化合宿への意欲が高め。


・楓・J・ヌーベル
コミックアンソロジーネタに従い、強化合宿提案者に。
動機にヴァイパー打倒が追加されている。


・隼人に反応した人
番匠谷(ばんしょうや)依奈(えな)
その先にいたヴァイパーで納得しつつ、全く気づかせず接近していたヴァイパーにもビックリ。


今まで書き溜めを作りながら週二投稿をやってきましたが、書き溜めが無くなったので、これからは投稿頻度が落ちることになります。
申し訳無いですが、そこを把握しながらお付き合いして頂けると幸いです。


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第11話 希望

どうしても長期連載になりがちな私の小説ですが、本小説は短期決戦プロットを組んだのでもう間もなく前半が終わりそうです。


《──》

 

「遅いっ!」

 

ヴァイパーの刃による一閃を躱し、隼人はCHARMを横一線に振るってヴァイパーに当てる。これによって傷ができる訳ではないが、彼奴を苛立たせる布石になる。

そのまま気を抜かずに縮地で後に回り込み、今度はCHARMを縦に振って攻撃を当てる。それによって苛ついたヴァイパーが隼人に狙いを定め、刃による連続攻撃を始めたので、隼人は後に下がりながら攻撃を弾いていく。

 

「まさかだけど……彼、意図的に私たちからヴァイパーを引き離してる?」

 

レギオンリーダーである金髪の少女が隼人の動向を見て、それに察しをつける。

彼女の予想通り、隼人は意図的にヴァイパーが自分以外攻撃対象に入れられないよう、少しずつ誘導しているのである。

少しでもクソ外道蛇(ヴァイパー)から被害を減らすべく、隼人は接近戦を長時間できるように修練し、更にはこちら意外意識できないような戦い方も身につけた。

これが功を奏して、今までヴァイパーの被害を大幅に減らせたのである。

 

「(そう。もっとだ、もっと……もっと来い!)」

 

ちょっとでも意識を逸らさせない為、大丈夫そうな場面なら思いっきり当てに行く攻撃をし、ヴァイパーに注視させ続ける。

そして、ある程度アールヴヘイムのメンバーと距離が離れていき、もうじきヴァイパーが視界に捉えられない距離まで離れようとしてきている。

この現状に気づいたヴァイパーが隼人を無視して移動をしようとした瞬間、ヴァイパーの後頭部にバスターキャノンが直撃する。

 

《──!?──……!》

 

「お前の目には俺以外を映させない……お前には!俺の声と戦闘音以外届かせない!俺を見ろ!」

 

余りにも邪魔すぎることをされたヴァイパーが怒りを見せるものの、隼人は構わずにバスターキャノンをもう一発撃ってヴァイパーの注意を完全に引き付ける。

こうなったらヴァイパーはこちらを潰すべく、二つの刃を連続で振り回して隼人の体のどこかを切り裂いてやろうと試みる。

──が、この攻撃は隼人に一発も直撃させることは叶わず、何なら途中で体の一部を何度も切り付けられ、ヴァイパーの怒りは次第に焦りへ変化する。

 

《──……!?》

 

「無駄だぁっ!」

 

動揺が影響して動きが固まってしまったヴァイパーに、マギを多量に込めた一撃をぶつける。

それは体前面に直撃するも、これでは全く傷を与えられない。

 

《──!?──!?》

 

「これで分かっただろう!?俺がいる限り、手出しはさせないって!」

 

だが、体をのけぞらせること自体は可能で、ヴァイパーの思考が完全に止まってしまう。

また、これを好都合と捉えた隼人はバスターキャノンの銃口をヴァイパーの鼻っ面に突き付け、こう宣言する。

 

「見ろ!お前を追い続け!お前を殺す男だ!」

 

隼人がそれと同時に至近距離でヴァイパーにバスターキャノンを放ち、堪らなくなったヴァイパーは被弾した時に巻き起こった煙を利用して逃げる。

流石にこの状態ではアールヴヘイムのメンバーに奇襲を掛けることなぞ、頭から離れているのは確信できる為、隼人はそれ以上追うことはしない。

 

「(ヴァイパー……どんな手段や力を身につけようとも、必ずそれを踏み越えて殺してやるからな……!)」

 

──逃がしはしない、必ずだ。今できることの全てをやり、落ち着いた隼人は縮地で急ぎ戦場への合流を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 11 話 }

 

希 望

preference

 

 

決まるは必殺の一撃

──×──

The avenger finds a way out.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……ダインスレイフを取り返す?」

 

「ああ。ありゃ夢結の二年前の忘れ物でな……。今まで全く見つからなかったけど、ヒュージに使われてるってなると放置できないし、回収できるまたとない機会が来たからな」

 

時間は遡り隼人が離脱して移動中、梨璃がルナティックトランサーを発動して暴走した夢結を引き連れ、皆に戦線死守を頼んで離脱した直後になる。

自分の提案を鶴紗がオウム返しに聞き返したので、梅が簡単に説明する。

二年前に起きた出来事である甲州撤退戦──。この戦いまで夢結が使用していたCHARMがそのダインスレイフであり、その戦いを最後に行方不明──推定紛失となっていた。

今までは仕方ないと諦めていたが、見つかったとなれば話は別であり、ヒュージに利用されないように取り返すことを考えたのである。

 

「そう言うことなら了解」

 

鶴紗も納得したところで、やることを簡単に説明する。

まず、ヒュージが持っている四つの刃にもなる触手をかいくぐって回収することになり、突入できる状況になった瞬間、梅が縮地で一気に飛び込み、ダインスレイフを回収して離脱の流れになる。

ヒュージが体の内側からマギのレーザー攻撃をする可能性も考えられるので、取り付いた後はほぼ一瞬で決着を付ける必要があるのが懸念点か。

その為、少しでも攻撃対象を絞られないように、残りのメンバーは援護射撃と攻撃の迎撃を行う算段である。

 

「ちょっと面倒を掛けるけど、よろしく頼むぞ」

 

ヒュージからCHARMを取り返す──。それに反対する者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(とにかく急いで戻るんだ……夢結様のこともある、俺が遅れて惨事が起きたらシャレにならない!)」

 

時間は進み、ヴァイパー撃退直後の隼人は縮地で全力移動していた。

予想外の奇襲からアールヴヘイムのメンバーを守れたのはいいが、それでも戦線を離れて行動している為、自分のせいで誰かに危害が及んだら不味い。それはヴァイパーに右腕を斬られた時よりもよろしくない。

そんなこともあり、隼人は大急ぎですっ飛んで行っているのである。普段であれば梨璃と二水も訓練のおかげで怪我無く戦えているのは間違いない。

ただ、今回は夢結の暴走もあり、ここが最も大きな不安要素である為、隼人の足を急かしていた。

 

「(レストアは、健在……戦況は?みんな無事か?)」

 

どうやら荒々しい戦いが無くなっている為、夢結は離脱したか、落ち着いたかになるが、それを細かく確認する余裕は無い。

移動しながら見えるのは、ヒュージの触手らしき部分を斬り落とそうとしている様子で、恐らく自分がなにかすれば確実性が上がるだろう。

そうと決まれば行動は早く、手っ取り早く援護ができる狙撃を敢行することにした。

流石に雨嘉のように1キロ離れた相手を撃ち抜く事はないが、2、300メートル程度なら狙撃できる。

 

「(当たるか……いや、当てる……!)」

 

確かな意思と共に、隼人はヒュージの胴体に当たるようバスターキャノンを撃ち込む。

それは寸分の狂いも無く裂けた胴体の内側に飛んでいき、命中して爆発を起こす。

 

「あの射撃……ブリューナクのですわ!」

 

「はいっ!たった今隼人さんが戦線に復帰、ヒュージに狙撃しました!」

 

「なら、飛び込める要員二人に増やせるね」

 

縮地持ちが戻って来ると言うことは、取り付ける確率の上昇を意味している。

 

「……?梨璃と夢結様は?」

 

「梨璃が、夢結様を連れて戦線を離れたの……私たちは二人が戻って来るまでの間、『戦線の死守』。これ、梨璃からの命令だよ」

 

「それと、あのCHARMが見えますか?あれは以前まで夢結様が使用していたCHARMの可能性があり、梅様の提案であれの奪還を狙っています」

 

雨嘉、そして神琳の話を聞かせて貰った隼人は了解の旨を返し、戦線に改めて合流する。

梅からも戻ってきたところ悪いが、手を貸して欲しいとのことだったので、二人掛かりの縮地による翻弄でダインスレイフの奪還を狙うことに決める。

 

「隼人と梅様は丁度反対の位置……いい条件が揃ったようじゃ。わしらでタイミング作るから、行って来い!」

 

迫りくる触手の内、片方を神琳と雨嘉、もう片方をミリアムと楓が迎撃した瞬間に、隼人と梅はそれぞれの位置から触手に飛び乗り、縮地で攻撃を避ける気満々であることをアピールしつつ接近していく。

 

「よし!お互い取り付いたな……早いとこ引き抜いて離脱するぞ!」

 

「はい!」

 

二人でダインスレイフを手に取り、そこから力を入れるも、中々引き抜けない。

 

「な……引っ掛かりが!?」

 

「けど、これを逃したら次は無い……!悪いけど踏ん張ってくれ!」

 

楽に引き抜けるかと思えばそんなことは無く、ヒュージ体内の食い込み具合と、隼人と梅の腕っぷしによる勝負になってしまった。

今攻撃が来ると、自分たちはダインスレイフを引き抜く為にも対応できない。その為迎撃を残りの皆に任せるしかない。

 

「っ……!ヒュージの触手による攻撃が二人に!皆さん、守ってあげて下さいっ!」

 

二水は今回、自らのレアスキルである『鷹の目』を使った索敵、情報収取要員として後方に待機している状態となっている。

鷹の目は空から地上を見下ろすように状況を把握が可能になる程の異常視力を得る、俯瞰、異常空間把握系のスキルであり、これで把握した膨大な情報をまるでチェスや将棋のように理解できるようになっている。

ただし、視界の変化によって戦闘行動が非常に難しくなる為、不要または使用していると危険な状況の場合は使用中断等が推奨される。

 

「まだ引き抜けない?」

 

上手いこと取り付くことの出来た鶴紗が協力してくれ、ここからは四人掛かりで引き抜くことになる。

とは言え、ヒュージの体の体積や、CHARMのサイズ、ヒュージ自身の攻撃からこれ以上のサポートは厳しく、この三人でやるしかない。

 

「二水さん、わたくしたちでヒュージに射撃。衝撃を与えて引き抜きのサポートをしますわよっ!」

 

「は、はいっ!分かりましたっ!」

 

二人そろって狙われたらすぐ回避ができるような距離で射撃を行い、ヒュージの体中に弾丸を連続で浴びせていく。

ダメージは薄くとも、その衝撃がヒュージの体に影響を与え、三人がダインスレイフを引き抜くことに成功した。

 

「よし、抜けた……!」

 

喜ぶのも束の間、ヒュージが足搔きとして三人に向けて至近距離レーザー攻撃を行う予兆が見えたので、三人は咄嗟に離脱する。

三人が離脱したタイミングでレーザー攻撃が通り抜けていき、向かう先が体内なので、ヒュージは盛大に自爆し、小さくないダメージを負う。

 

「こいつが、用のあるやつですね?」

 

「ああ。これで一個目的達成だ」

 

この金色の剣がダインスレイフであり、隼人は持ち主の所(夢結の手元)に帰らせて上げられるのはいいんだろうと思った。

また、このCHARMを見て、隼人は一つ思うところがあった。

 

「(あいつや両親を夢結様だとするなら、俺はこのCHARM(ダインスレイフ)なんだろうな……)」

 

知らぬ間に知人のところを離れ、一人行方不明扱いになっている隼人の状況はまさにそうだ。そう考えると、夢結のところに返してやれるだけダインスレイフはまだ幸せかもしれない。

 

「後はあのヒュージですけど、このままだとパワーが足りませんね……」

 

「手があるとすれば、ノインヴェルト戦術ね……」

 

二水の声に聞き覚えのある声が帰って来たと思えば、夢結と梨璃が共に戻ってきていた。

戻って来たことに全員が歓喜すると同時、今度はそれをやるために必要となる特殊弾が必要と言う結論が出る。

 

「それならありますわよ?これを使って、全員分のマギを込め、最後の人があのヒュージに向けて攻撃……」

 

──動きながらのパス回しをいきなりできるとは思えませんので、パス回しをした人から前進。牽制に回る方向で行きましょう。用意のいい楓の提案は即刻採用される。

それが決まるや否、梅が特殊弾を拝借。隼人の方に向き直る。

 

「よし。練習も兼ねて、今日はお前が始動役だ」

 

「……俺ですか?」

 

「だ、大丈夫だよ隼人くんっ!初めてなのは私もだから……うぅ、急に不安になってきた」

 

励ますつもりが自身の不安を煽ってしまった梨璃を見て、確かに緊張の糸がほぐれるのを感じた。

覚悟が決まったところで、装填準備の手筈通りに特殊弾装填時にスライドするカバーを動かし、いつでも行けるようにする。

 

「じゃあ、そのままじっとしてろよ?」

 

「(……マジかよ)」

 

コイントスの要領で特殊弾を親指で弾き、隼人のCHARMに装填される。

ここから隼人のマギを込めたマギスフィアが発射されるのだが、最初の狙いは梅を指定された。

──俺が言えたことじゃないけど、結構無茶する人だな。隼人に取って、梅のイメージがこうなった瞬間である。

 

「じゃあ、行きます!」

 

「おう!遠慮するな!」

 

「(アリス……お前の力を借りるぞ!)」

 

自らの恩人に心の中で告げ、梅に向けてマギスフィアが発射される。

その後隼人は即座に前線に出て、無理ない範囲で牽制を始める。

ただし、今回は普段戦う距離よりある程度遠くを保ち、回避が容易な状態を維持している。

 

「(アレを撃った後から、マギの残量がカツカツに感じる……そんだけ持っていかれるんだな)」

 

隼人は彼女らが撤退した理由にこれもあることを理解し、本当に必殺の一撃かつ最後の切り札なんだなと認識する。

彼の後ろから、パス回しを終えた仲間たちが次々と前線に来て、これにより隼人の負担が少しずつ軽くなっていく。

そのパスは楓まで回っていき、後は梨璃と夢結の二人に回すだけになった。

 

「……!」

 

「……楓さん?」

 

なお、梨璃にパスを回せる(愛を届ける)と分かった楓が凄い勢いで走っていき、梨璃がビックリしたことを記しておく。

 

「……!?CHARMが……!」

 

「わたくしの愛が重すぎましたわ!」

 

この時、梨璃が夢結に声を届ける為にやった無茶が祟ってしまい、CHARMの刃の途中から先が欠損。マギスフィアが空に飛んでいく事態があったものの、夢結がそれを捉えたことで事無きを得る。

今回夢結が代わりにパスを受け取れなかった場合はロストと呼ばれる、マギスフィアが彼方に飛んでパスが失敗を表す状況が起きる。これが避けられただけでも儲けものである。

パスを受け止めた後、梨璃が夢結に呼ばれて彼女のところにいき、二人でフィニッシュショットを放ち、それが直撃したヒュージは耐えきれずに爆散し、無事撃破となる。

 

「(こいつがノインヴェルト戦術か……これだけの威力があれば流石にヴァイパーも討てそうだな)」

 

──ヴァイパー……お前との戦い、蹴りを付けよう。その凄まじき威力の後に見えている、無数の光となって空を漂うマギの残滓は隼人に取って希望の光景となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(この様子じゃ風呂の許可は降りなそうだな……まあ、俺一人の為にそうするわけにもいかないし、我慢するか)」

 

その日の夜──。二ヶ月近く経っても風呂の許可が降りない事実にショックを受けるが、割り切った隼人がいた。

ただし、ノインヴェルト戦術によって希望は見え、後は如何にしてヴァイパーを逃がさない状況に持っていくかの勝負になったことは大きい。

このままだと六年間戦うだけ戦い続けるのではないかと思い始めていたが、そんな日々の終わりが見えて来ただけでも前向きになれる一日だったと言える。

 

「とまあ、それはいいんだが……俺の体のこともそろそろ考えないとな……」

 

──いきなり話しても、色々大変かも知れないけど……。とにかく自身のことに関しては話さねばならないことが多く、一度に話そうものなら長くなる。

とは言え、百由は自分の血液サンプル検査でいつ気づいてもおかしくないし、自分の言葉を誰かが捉えて探りを入れている可能性も考えられる。

最悪なのはこちらの情報だけ一方的に引き抜かれ、自由やヴァイパー撃破手段が奪われることだが、そっちの手合いに反対派のこのガーデンがそこまでやるとは思えない。

 

「(なら、百由様が検査結果を元に聞いてきた時か、俺が誰かの探りに気づいたタイミングのどっちかだな)」

 

──慰霊碑に行く時はともかく、向こうに戻る時は慎重になった方がいいな。整理を付けた隼人は、まだ済ませていなかった日課の筋トレを始めるのだった。




これでアニメ前半が終わりになりました。

以下、再び解説です。


・如月隼人
縮地のおかげでヴァイパー撃退からすっ飛んで戻って来れた。
二水に代わって今回はノインヴェルト始動役。


・一柳梨璃、白井夢結
隼人らが先にダインスレイフを引き抜くことに成功した為、援護射撃の必要が無くなった。
そこ以外は原作と同じ。


・楓・J・ヌーベル、二川二水
今回はこちらの二人が援護射撃要員として抜擢。
人が一人増えたおかげで可能となった要素。


・吉村・The・梅
基本的には原作と同じだが、ヴァイパーのこともあり、始動役を隼人に定めた。



来週仕事が多忙になってしまうので、次回の投稿が遅れてしまうことを申し上げます。


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第12話 詮索

残業が多過ぎてこの日まで投稿出来ませんでした……。

アニメ7話まで暫く時間があると仮定し、数話掛けて隼人の正体と、対ヴァイパー決戦の話を行います。

ちょっと時間軸がおかしくなっている箇所があったので、そこを修正しました。

来週に控えた合宿

再来週に控えた合宿


初のノインヴェルト戦術を実施した戦闘から早くも週末を迎えた早朝──。隼人は周囲を警戒しながらバイク置場にやって来る。

 

「(今のところ誰も引っ掛からない……)」

 

──誰だ?俺のことを見ているのは?自らの事情からこうなるのも時間の問題ではあったが、探りが本格化してきており、少し動きづらい状況ができてきていた。

最悪はどこに行ったか分かりづらくする方法を取るしかないだろう。

 

「なら今の内だ……」

 

善は急げ。素早く校門前までたどり着いた隼人はそのままアクセルを入れ、施設まで移動を始めた。

 

「(隼人さん……一体どこへ行くのかしら?)」

 

それを影から見ていたのは楓で、今日は再来週に控えた合宿の場所や日程を決める為に話す予定なのだが、隼人が午後にずらして欲しいと頼んだので探りも兼ねて要求を飲み込んだ。

一応、隼人が乗ったバイクのドライブレコーダーは調べて貰っており、基本的に外出する場合は二パターンであるところまでは判明している。

二つのパターンの内片方はそのまま都心近くまで走っていくパターン。これは梨璃の誕生日祝いの時の買い出しでもやっていた。

もう一つのパターンはどこか都心近くでも、百合ヶ丘近辺でもない場所への移動をし、そこから少しして都心近くに移動する。或いは逆の順で移動する。こちらの方が多いパターンである。

今日はどっちになるか?一つ目だと元居た場所の様子や知人の顔を見に行くで終わってしまう可能性が高いが、二つ目の方だと情報を聞き出すチャンスである。

 

「(さて、あなたはどちらを選びますの?)」

 

隼人の動向次第となった為、楓はガーデン内での行動に戻る。

 

「じゃあ、今日もそっちの方面ですか?」

 

「恐らく。彼、今までの外出は全て都心近くかそこにしか行ってませんもの」

 

隼人の外出を見届けた後、一柳隊の皆で状況の共有を行う。

初の対ヴァイパー訓練時の引っ掛かる発言、移動先が必ず都心近くか、都心近くと都心近くから外れたどこか。この二点が隼人のヴァイパーを追う理由と、ノインヴェルト戦術が使えた理由に関係していると考えている。

 

「百由様の方からも、検査装置のアップデートができたから、今日から再度確認するそうじゃ。こっちで何か掴めたら楽に聞けるの」

 

あの詳細不明のマギデータは何なんだと思いながらも、ミリアムは百由から共有を頼まれた情報を伝える。今回の再検査で掴めてしまえば、隼人の事情はどうやっても掴める。

後は隼人の移動ルートを元に追跡ないし、待機するメンバーは誰にするかの話が出てくるが、この話に終始乗り気になれないメンバーが一人いた。

 

「(隼人くんが話してくれるまで待つっていうの、ダメなのかな……)」

 

それが梨璃であり、彼女はヴァイパーから身の危機を救ってくれた隼人に対する詮索は無理にやらないと考えていた。

──だが、行動パターンがほぼ固定化されている部分は日課で済ませていい訳のない情報があり、これが原因で断念されている。

 

「梨璃、大丈夫……?」

 

「雨嘉さん……ありがとう。もうちょっと待てないかなって思っちゃうんだ……」

 

そんな彼女を見て、今まで姉妹のことで一人悩んでいた雨嘉が聞いてくれたのは少し助かったところだ。

実際、雨嘉も自分の悩みが影響して無理に聞こうと考えてはいないらしく、そう言う意味でも一人味方がいると考えられるのが嬉しい。

自分が担当になった場合は敢えて失敗しようかと考えながら、梨璃はその話に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(大事を取って違反や邪魔にならない場所に停めはしたけど……今後どうする?移動が凄く面倒になったな)」

 

右腕のチェックを受けるべく移動していた隼人だが、普段と違い、施設の近くにある公園の駐輪場にバイクを停め、そこからは徒歩移動をしている。

前日に前もってそう言う移動をするとは告げてあり、由美からも承知を得ているのでここは問題ない。

それよりも幸いなのは、その公園が都心近くへ行く道と、施設へ行くための道で共通する交差点にあり、ここで意図的にバイクを停めれば追跡先を迷わせることができる可能性が見込めた。

これでも気休めにしかならず、バレる時はあっさりなのは覚悟するしかない。

 

「さて、これでチェック完了よ。ノインヴェルト戦術にも付いていけてるみたいね」

 

「ありがとうございます。アリスにも、礼言っておきますね」

 

自らのマギ遷移データ等を見せて貰い、隼人は一安心する。

ここまでは特に問題ない一幕であったのだが、問題はここからであり、隼人は本題に切り出す。

 

「何人か俺を探っているみたいです。このままだとここがバレる危険もあるんで、別の移動手段を使おうかと考えています」

 

「なるほど……なら、いっそのことこっちから誘い出してしまっても構わないわよ?こちらに関する情報の口外無用さえ約束してもらえれば」

 

「……マジで言ってるんですか?」

 

余りにも大胆過ぎる発言に、隼人が驚愕する番となる。

一応、他の人たちもそう言うことになってしまったら承知の上らしく、穏便に済ませられる相手ならそうしてしまう考えになっているようだ。

 

「隼人、いざという時にこれを渡しておくわ。と言っても、最終手段だけど……」

 

そう言ってアリスが隼人に渡したのは閃光玉であり、取り押さえられる前の緊急手段である。

拳銃等も選択肢にはあったが、離脱を優先するなら、少しでも相手を止められるこちらであり、拳銃は人を盾に取って脅すしかできない。

 

「使い方は分かるわね?」

 

アリスにそのまま問われ、当然の如く頷く。出来れば使わないで済むことを祈るが、あるに越したことはない。

 

「大丈夫。本当にどうしようもないなら、既に移動先は用意してあるし、いつでも逃げれるようにはしてあるから」

 

玲の言う通り、実は各種必要なデータはすべてバックアップを常時取得しており、即時全データデリート用のバッチファイルも作成済み。

更には玲の使うCHARMの整備場はどうしようもない部分のみ再調達すれば、すぐに整備再開可能と大分周到に用意されている。

極めつけには当人たちにしか知らない専用ルートも用意しており、早々捕まることはない。最も、この施設を破棄しないで済むことが一番いいのだが。

 

「そう言うことだから、あなたは釣り出す相手に気を付けて頂戴。それさえ失敗しなければ、後はいくらでもフォローできるわ」

 

由美から最後の告げを貰い、その後停めていたバイクのところに徒歩で戻っていく。

 

「(話すとしたら誰がいいんだ……?)」

 

一柳隊に絞るのであれば、梨璃と二水は顔に出るだろうからダメ。梅と鶴紗は接点が浅過ぎるので一番動向を読めずに危険。この二組は少なくとも無理だろう。

こうなると残りの五人から選ぶことになるのだが、この中だと雨嘉も梨璃と二水に近い理由で難しい。ミリアムは真面目さが必要になればできるので、無理ではない。

そして、残った夢結、神琳、楓の三人は最もこの手の話しやすく、特に楓はこっちがヴァイパーを追う理由を気にしていたし、こう言った手合いの話ができないようには見えない。

口外無用の取引さえ成立すれば一番恙なく話を進められる為、出来れば彼女であってほしいとは思う。

なお、資料を提供してしまうのもいいが、こっちは一柳隊の探りよりは、百由の検査に対しての回答に近く、今回使うのは適切とは思えない。

 

「(腕のことに関してはどの道皆に話すけど、あの人たちのことは流石にな……)」

 

恩人を売る真似など、死んでもやるつもりはない。そんなことをするくらいなら、隼人はガーデンを去り、また単独で活動を行うだけである。

 

「ともかく、またここに停めて次に来る奴を誘い出そう」

 

行動方針を決めた隼人は、そのままバイクを走らせ出した。

なお、帰路を走る際、隼人が「面倒臭いなぁ……」と、走りながらぼやいていたことを記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 12 話 }

 

詮 索

pry

 

 

やりたくなかった駆け引き

──×──

due to the presence of a reason

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「戻りましたわね?」

 

「ああ。わざわざ助かったよ」

 

「では、揃ったことですし、今回の合宿に関しての話を始めますわ」

 

そして、迎えた午後──当たり障り無い会話をしてから、本題の合宿日程決めに入る。

使える場所は百合ヶ丘近辺にある指定地域。ここで模擬戦等による訓練や、対ヴァイパー討伐に向けた陣形考案などを行う。

余り遅くなり過ぎないように七月上旬を予定しており、ここの二日間を使って訓練を実施することになる。

一応、移動自体は金曜日の放課後に行い、夕食等は現地で作ることになるそうだ。

 

「……それ、調理用具とかも持参するのか?」

 

「それに関してはガーデンでの貸し出しがあるから、気にしなくていいわ。防護用のケースもセットだから、持ち運びでの危険も無いわ」

 

夢結の回答で隼人の疑問は解決する。ただ、食材に関しては鮮度維持や、当人たちの食べたいもの等の都合から持参になる。その為、ここだけは事前に準備しておく必要がある。

後で神琳から作りたいメニューと、必要材料の分量を聞いて、合宿の一つ前の休日に買って来るのがいいはずだ。

 

「(そうなると、都心近く行く時に今回みたいな停め方した方がいいかもな……。いや、いっそのこと最寄り駅確認してそこに停めるか?)」

 

「(恐らく、バイクで行き来ができるからと隼人君はわたくしと話して引き受けるはず……その時どう動くのを見るか、或いは張り込むか……)」

 

食材関連のことが出た時点で、もう一部から探り合いの空気が出始めて、真面目に話しているはずが余計な詮索合戦をする羽目になっていた。

他の人が行動や立ち位置の特殊過ぎる自分を知りたいのは分かるが、隼人はアリスや由美(恩人たち)に不利が被るのだけは何としても避けたい。

ともかく、隼人はどの道一対多を強いられている以上、不利が着くのは承知の上なので、せめて恩人たちの安全さえ保証してくれるならそれでいいのだ。

 

「(ってなると、問題は俺から何を引き出そうとしているかだ。百由様なら多分アリスになるんだけど……他の人は何だ?)」

 

楓ならヴァイパーを追う理由があるが、プラスαで何かあるかもしれない。他の人らは全く読めない。

これなら意図的に次の外出もバイクはあの位置に停め、誰かが来ていたらこっちで問いだしてしまうしかないだろう。

と、そこまで纏めてから、思考を切り上げて合宿の方の話に戻る。

 

「ちなみに、こう言った時の為に訓練服があるんですが……」

 

「あるんだけど……?って、そうか。隼人(こいつ)にそれは支給されてないね」

 

「はい。なので、隼人さんはいつも通りの格好になると思います……」

 

──揃うチャンスが来なさそうです……。鶴紗が気づいたことに肯定しながら、二水がちょっとガッカリした旨をこぼす。

これに関しては不可抗力なのでしょうがない。と言うか、自分一人の為にそんなものを男子用に用意する可能性はないだろう。ノインヴェルト戦術を使える事情が事情である。

 

「そうそう。合宿前にCHARMの整備はこっちでやっておくから、各自出すのは忘れずに頼むぞ。まあ、隼人の場合は放置されているもう一本を使うのも手じゃが……」

 

「流石にそれはしないよ。ブリューナクはちゃんと出しとく」

 

連続した日にちでCHARMを持ちっぱなしになるので、ミリアムの催促には素直に従う。

話すことは話し切ったので、これで一度解散となった。

 

「(とにかく一週間前の外出だ……。ここで勝負に出るしかない)」

 

ある程度の安全を確保すべく、隼人は決意した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(よし。取り敢えず今日もここだ。後々行くのが面倒になるから、先に右腕のチェックだな)」

 

そして迎えた合宿一週間前の休日──。隼人は自分の立てた戦法通り、どちらに行ったか分からないように中継点となる公園の駐輪場にバイクを停めて施設に向かう。

施設からここに戻り、誰かが来ているなら上手いこと逃げられないようにして問いただし。誰もいないなら都心近くまでバイクで移動、その後帰りに確認である。

また、都心近くまで行ってから戻った後、誰かを釣り出してしまったらチェックに行きづらくなってしまうのだ。故にこうするしかない。

 

「さて、ここが二つの行き先で中継点となる場所ですが……あっ、ありましたわね」

 

隼人が駐輪場から離れて凡そ三十分後──。徒歩にて楓が隼人が停めたバイクを発見した。

彼の動向を探し出す人員は、ほぼ消去法で楓が選ばれ、こうして足を運んできた次第である。

と言うのも、隼人が当時予想していた通り、梨璃、二水、雨嘉の三人は表情に出やすくダメ。鶴紗と梅は接点が少なく、怪しまれるからダメ。

こうなると残りは四人になるが、ミリアムは百由の手伝いもあるので、流石に無理は言えない。神琳は隼人に頼んだ身である為、今回は絶対にバレる。

そして残った二人になるが、今回は前々から隼人がヴァイパーを追う理由に興味を持っていた楓が自ら買って出た形になる。

 

「(ともかく、まずは周辺を確認。その後張り込みですわ)」

 

自分たちが来るのを見越して公園内のどこかに隠れているかと思えばそんなことは無く、張り込みに移行する。

楓が待機する位置は、隼人がどこから出てきても必ずバイクと双方を捉えられる位置である。向こうがここに張り込んでいないこと前提に行動するので、流石にバレやすいのは覚悟の上だ。

仮に先手を取られてしまったとしても、最低限何故毎回都心近くまで足を運ぶかが知ればそれでいい。また、これは非常に個人的な事情もあるが、万が一彼が強行手段に出るのであれば一柳隊の皆──最悪は梨璃だけでも安全を確保する心積もりである。

 

「(今、どっちにいるのかしら?)」

 

困ったところがあるとすればこれで、隼人の足跡を追えない状態である。とは言え無理に動いても仕方がないので、このまま待機するしかない。

だが、流石に今は夏場であり、木々が多い公園内のおかげで日陰に居られるものの、それでも結構暑いものは暑い。熱中症対策で飲み物を忘れずに持ってきたのは正解だった。

 

「そう言えば、都心近くと言えば前に……」

 

──慰霊碑のような場所に立ち寄っていたはず……。聞きそびれてしまっていたが、隼人がヴァイパーを追う理由の一端がそこにあるかもしれない。

それなら聞き出してしまえばいいのだが、問題はタイミングである。

 

「悩みどころですわね……って、冷たっ!?」

 

「こんなところで考え込んでも答え出ないだろうし、一杯どうだ?」

 

いきなり首筋に冷たいものを当てられてビックリし、即座に振り向いたら、そこには飲み物の入った缶を二つ持った隼人がいた。

下手人が知人で安堵したと同時、自分側の行動が失敗して(既にバレて)いたことも悟る。思考の海に沈んでしまったのが敗因だと分析できる。

 

「で?俺の何を知りたいんだ?」

 

更には自分たちの張り込み理由さえ織り込み済みだったらしく、今回は完全に一本取られてしまったようだ。

隼人からすれば理由は余りにも絞り込むのが簡単過ぎる為、張り込みに勝てたくらいにしか思っていない。

 

「外出の際、何故わざわざ都心近くまで行くのか。それと、時折どこか違う場所に行く……知りたいのはこれですわ」

 

飲み物を素直に受け取りながら、楓は理由を告げる。どうやら隼人は自分に原因があるのを分かっているので、張り込みの理由さえ聞ければ十分らしい。

今回の神琳に頼まれた買い出しだってそうだ。百合ヶ丘近辺で済ませられるのに、隼人は毎回決まって都心近くまで足を運ぶのだ。梨璃の誕生日の時もそうだった。

しかも都心近くへ行って戻るだけならいいのだが、稀にどこにでもない別の場所に移動することもあったので、尚の事怪しまれていることを告げる。

 

「理由は二つある。けど、片方は今すぐには話せないな……説明する為の資料が手元に無い」

 

「でしたら、もう片方は?」

 

いずれ話せるのなら、今は気にしない。楓はすぐにそう割り切った。

そして、もう片方は今から都心近くへ行くので、そこで改めて話すと確約を貰えた。

 

「んじゃ、歩きで行くのも遠いから乗っていくか……」

 

──後ろに乗ってくれ。流石にこの距離を歩かせるのが酷だと分かっている隼人は、楓を後部座席に乗るよう促す。

詮索されているのを引き出した以上、もう回りくどいことをしないんだなと思ったと同時、楓は一つ気づいてしまった。

 

「そ、その……余り、意識しないで頂けるといいのですが……よろしくて?」

 

後ろに座る──。バイクだとそもそもスペースが狭い都合上、豊満なそれを押し付ける形になってしまうのだ。

故に、恥ずかしく思いながらも頼み込んだのだが──。

 

「……?何で頬赤くしてんだ?」

 

当の隼人は全く理由を察していない。何を迷っているだとすら思っていた。

ただ、楓に隼人の身に起きた悪影響に気付ける理由など無く、これが噓偽り無い本音とも考えられない。

 

「……とぼけてますの?」

 

「は?何をとぼける必要があるんだ?ってか、何を気にしてるんだよ?」

 

逆に、隼人からしても楓は何を深読み、ないし邪推しているのかと思っており、全くの平行線になる。

 

「なっ……!あなた、わたくしの口から言わせようとしてますの!?悪趣味にも程がありませんこと!?」

 

「俺の何が悪趣味なんだよ!?理由分からないんだから察せは無理だろ!」

 

こうなるとただただ時間を浪費してしまうので、楓は諦めて後部座席に座ることにした。

 

「(この男……本当にそうなんですの?けれど、口調や声音的に噓でもなさそうですし……。はぁ。どうせなら、梨璃さんにサービスしたいですわ……)」

 

「(アリスは全く気にしてなかったのにな……何が問題だ?)」

 

隼人がこの辺に無頓着過ぎるのはヴァイパーが最大の原因ではあるが、実はアリスも遠因を作っていた。

と言うのも、隼人とアリスが二人乗りでバイクに乗って移動する時があったのだが、アリスもその辺を全く意識していなかったのである。

何なら、以前一度風呂上がりのアリスの全裸を見てしまったこともあるが、その時彼女は「不慮の事故だからいいが、凝視はよせ」と言った旨を恥ずかしがる様子もなく(無感動そのもので)平然と告げたレベルであり、これが隼人に対する異性のイメージと化してしまった。

そんなこともあってか、隼人にその手の色気やら何やらの効果は今のところほぼ死んでいる。よって、楓の豊満な膨らみが押し付けられたとしても、「落ちないように安全確保をちゃんとやってる」程度にしかならないのだ。

 

「移動中に聞いて置くんだけど、俺たちが都心近くで始めて顔合わせた時……慰霊碑があったのは分かるか?」

 

「ええ。そこに立ち寄りますの?」

 

そう言えば隼人がそこに立ち寄っていたのを思い出しながら、楓は肯定旨を返す。ちなみに、隼人の声音等は完全に平時のそれであり、そっちに関する反応が全くないのも確認できた。

──こ、この男……!まさか頓着が消えてまして!?常時平静を保てるのはいいかも知れないが、それはそれで男子としての欲が消えてるのは危険だろうと楓は感じる。

ちょっと不味い事態に気づいた後、都心近くに付いてからは花束を一つ買い、そのまま慰霊碑に足を運ばせる。

 

「この彩月香織ってあるだろ?俺と同い年の幼馴染なんだ」

 

「お墓参り代わり、と言うことですのね……」

 

理由自体は比較的納得できるものだった──が、もう一つの場所に行く場合はこれはついでになるのも予想できた。

そして、この香織と言う少女の墓前がここにあるのも、恐らくの理由にたどり着く。

 

「まさか、この子は……」

 

「ああ。ヴァイパーに殺された……。俺の隣で」

 

「……!」

 

隼人は行方不明者なので、ここには載せられていないが、恐らく死亡したとされている。両親も隼人が知る限りでは同様である。

更に聞いてみれば、この香織と言う少女──当時医者を目指す夢を持ったばかりであったらしく、夢と言う名の希望を得たばかりの知人が目の前で殺されたことが隼人の琴線を触れ続けているようだ。

とは言え、どんな理由であろうと()()()()()。そこを弁えている分、隼人は他人に強要することをしなかったのだろう。

事実、施設での訓練は頼み込み、承諾を得たこと。由美がアリス以外にもう一人現場で動ける要員が欲しいの二点が重なって始めて踏み出たのだ。

 

「ヴァイパーのせいで、俺とこいつの様な目に遭う人を一人でも多く減らす……。それが、奴を殺す為に追うって決めた理由なんだ」

 

──何故、夢を持ったばかりの人が死ななければ行けなかった?常々出てきてしまう疑問と怒りであり、その下手人であるヴァイパーへ怒りは収束する。疑問は理不尽なことが起きたで無理矢理片付けている。

最初の頃は何故彼女ではなく自分が生きているんだと考えすらもしたが、流石にそれは助けられた命を粗雑に考えすぎなのですぐにやめている。

 

「根本はそれでも、もう一つあるんでしょう?」

 

「ああ。けど、細かい話は待ってくれ。さっきも言った通り資料が必要だからな……」

 

それでもざっくりと言うことはできる。その為、隼人はそれだけ教えることにした。

全てを伝えるその時まで待っていいとも思ったが、早いか遅いかになるだけの今、大して変わらないと言う考えに至る。

 

「右腕のここから先……もう俺の腕じゃないんだよ」

 

「……あなたが五体満足でと伝えていた理由、ですわね?」

 

ただし、ここから先は話せない為、我慢してもらうしかない。

表面上は何ら変わらない普通の腕に見えるが、本来の腕じゃないと言う事実は一生付いて回る為、それで複雑な思いをするのは避けて貰いたいところである。

 

「悪いな。色々隠して……」

 

「いえ。探りを掛けていたこちらもこちらですから」

 

買い物を済ませた帰り道。互いに非礼を詫びて、これ以降はもう余計な探り合いは無しになることになった。

正直言って、隼人からすればこうやって早いところ協定が出来た方が楽である為、問題ない。

 

「ところで、何かやりたいことは見つかりまして?」

 

「候補の一個は出た。けど、確定までは行かないな……」

 

──いっそのこと、それを探す旅に出てもいいかも知れない。

ただ、それもヴァイパーを討って、百合ヶ丘に残るかどうかもある為、それ次第だろう。

 

「(早いとこ、ケリをつけられればいいな……)」

 

夏以内に決めれれば理想だなと、隼人は一人考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜──。別の場所でも事態が動こうとしていた。

 

「うわ……何よこれ?」

 

百由のラボであり、解析装置のアップグレードが完了したので早速隼人の血液サンプルを再度解析してみたところ、一つ明らかに厄ネタなものが転がって来た。

 

「(アリス・クラウディウスって誰かしら……?データ通りなら、この人と何かあったと考えられるわ)」

 

隼人のマギデータから、この少女の名が出てきたことで、百由はこれがアタリだと推察する。

詳しく調べたいところだが、解析装置ではここまでが限界であり、細かいことは隼人から直接聞くしかないだろう。

 

「向こうから情報提供があるなら楽なんだけど……」

 

──来るとは限らないのよねぇ……。百由は頭を抱えるが、一番手っ取り早いのはどの道隼人に聞いてしまうことに代わり無かった。

ならば、どこかで動くしかないが、それで離反等が起きたらシャレにならない。準備した協力体制が一発でご破算する。

 

「(なら、今の段階による資料を纏めましょうか)」

 

必要最低限の人に伝えるべく、百由は次のやるべきことを定めた。

彼女が纏めた、今までの解析結果は次の通りに纏められる。

 

 

 

如月隼人の血液サンプル解析結果と今後の対応考察

 

・レアスキルは縮地。この情報に偽りは無く、現に先日のレストア戦ではヴァイパー撃退から戦線復帰に役立てている。

・ノインヴェルト戦術適正有。この情報も偽り無し。実際にレストア戦で始動役を担当、成功も確認済み。

・その一方でスキラー数値65と妙に高い数値と、男性にも関わらずノインヴェルト戦術適正を得た理由として、マギデータが異常なことが考えられる。

・彼のマギデータにはアリス・クラウディウスなる人物のマギデータが混在しており、過去に何らかの実験等を受けた可能性が高い。

・これが強制的なのか、彼自身が希望してか、はたまた別の場所で協力関係があるかは不明だが、もし強制的な場合は救助も必要と推測。

・ただし、彼の背後は全く洗い出せておらず、それを知れるまでは十分な警戒を要する。




・如月隼人
異性への頓着で、まさかの恩人から悪影響を貰っている。匂いはちょっと厳しいのに、密着は全く平気。
怪しまれる要素があるのは承知の上。今後どこかで自身の秘密を明かす予定。
アリスたちの安全さえ保証されるなら何でもいい。


・一柳梨璃、王雨嘉
隼人の詮索に対して反対派の二人。
残念ながら隼人に怪しまれる要素が多く、詮索は実行された。


・楓・J・ヌーベル
今回の調査代表者。隼人が回り込みを思考に入れなければ、こっちがアドバンテージを取れてた。
身体の密着を気にするも、隼人がアレなせいで自分だけ損した。


・アリス・クラウディウス
隼人の異性の頓着に関して、完全に戦犯をかました命の恩人。
ただし、アリスも性に関しての頓着がかなり薄く、問題ないとかいうまさかの事態になっていた。


次回もこんなに残業が酷くなけりゃ来週投稿を目指します。


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第13話 開示

また残業が連続して投稿遅れました……。


「無駄だ!お前はもう、何をやっても俺に勝つことはできない!そのバカみたいな硬さで、死なずに済んでるだけだ!」

 

《──……》

 

楓に事情を話して数日した平日。ヴァイパー出現の報を聞いた隼人がすっ飛んでいき、即座に圧倒。ヴァイパーは邪魔された恨み節を表現するしかできない。

焦れて攻撃して来たところを──と考えたが、生憎隼人は縮地持ち。身構えても速攻で背後に回り込み込まれ、斬られて無駄に痛みを感じる羽目になる。

そうなれば、もうヴァイパーには逃げる以外手段が残されていない。最近ヴァイパーは隼人を見ると、いつか自分が本当に殺されるのではないかという恐怖を感じ、居ても立っても居られない状態になるのだ。

 

「ただで逃げれると思ったら大間違いだ!」

 

《──!?》

 

そのまま逃げれるかと思ったら、隼人がシューティングモードによる射撃を逃げる先へ置くように撃って来たので、ヴァイパーは咄嗟にそれを右へ避ける。

一瞬身構えるも、それを好機と見た隼人が右、左──と立て続けに二発発砲。一発目の弾丸でヴァイパーを意図的に避ける方向を絞り込み、二発目を直撃させた。

これによって堪らなくなったヴァイパーは足を止めるのを我慢して、一目散に逃走した。あの時の宣言だけでなく、今の一撃で加速させられた恐怖を引きずりながら──。

追撃の必要性が無くなった隼人は戦闘体勢を解き、百合ヶ丘に戻る道を歩き始める。

 

「(まだ別の場所に逃げる様子はない……)」

 

──縫い付けることができたのか?隼人はヴァイパーの様子を見て予想する。彼奴が負けず嫌いなのは知らないが、こちらが妨害しまくっているので、いい加減ストレスを溜め込んでいるかも知れない。

だが、隼人からすればこれでよく、出現位置を絞り込んだままにできるなら今後が楽になるのだから、いくらでも戦い方を考えられる。

 

「(ただ、俺が戦っていると逃走までの時間が早くなりだしたのは問題だな……)」

 

ノインヴェルト戦術は準備に時間がかかる──。逃走経路を封じるドームが完成するよりも前に範囲外へ逃げられた場合、不発だけで済むならまだしも、枯渇状態をヴァイパーに狙われたら最悪である。

弱い者虐めが大好きなヴァイパーのことだ、力尽きたリリィの悲鳴を楽しむ悪趣味なこと等は平然とやってのけるだろう。

なので、そうならない為にも確実にノインヴェルト戦術を叩き込む戦法を考える必要がある。

 

「(……危険だけど、あの二人──特に、梨璃が望むならやってみてもいい戦法はあるな)」

 

懸念点は夢結と楓が滅茶苦茶反対してくるかどうかだが、一番期待値のある方法である。それなら陣形の際に話してみてもいいだろう。

 

「(香織の命と夢を奪ったツケを払わせてやる……!)」

 

──次会う時こそ、お前の最後だ……!戻る際、隼人は再び怒りが燃え上がるのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 13 話 }

 

開 示

disclosure

 

 

明かされる真実

──×──

Thus the boy became an alien.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

思いついた提案を早速伝える……前に、隼人含む一柳隊の全員は一度やらねばならないことがあった。

 

「いやぁ……ごめんなさいね。わざわざ全員に来てもらっちゃって」

 

今日は前もって百由から話したいことがあると呼び出されており、一柳隊に宛がわれている部屋で話し合うことになっている。

とは言え、肝心な当の隼人が来ておらず、それを始められないでいるのだが。

 

「あいつが何やってるか聞いてる?」

 

「資料を取りに行く……と言っていましたわ」

 

──にしても、少し遅いとは思いますが……。一応、楓に対してだけはほぼ事情が割れているのでそれを明かしている。

その割には意外にも時間が掛かってしまっているので、少々疑問になっていた。

楓の回答を聞いた鶴紗が続けて資料のことに関して聞こうと思った時、ノック音が聞こえ、隼人が「お待たせしました」と声を掛けた。

一応、トラブルを避ける為に待つスタイルが多いのを知っているので、夢結が入る用に促し、隼人が入って来る。

 

「遅かったわね。どうかしたの?」

 

「この資料を作ってくれた人とちょっと話してました」

 

夢結に事情を話しながら、隼人はその木箱と鍵をテーブルの上に置いた。

 

「……木箱?」

 

「その中に資料を入れてある。今日まで極秘ものだったから、こうして厳重に封をしてたんだ」

 

だが、その資料を見せる前に百由が聞きたいことがあると言っていたので、先にそっちを促すことにした。

 

「じゃあ早速……と言いたいところだけど、その前にみんなにこれを渡しておくわ。隼人君の血液サンプルから解析出来た、リリィとしてのパーソナルデータよ」

 

その貰った資料に皆で目を通せば、やはりと言うか男性にしてはスキラー数値がやけに高い所は即座に気づかれる。

ただ、それは些細なことであり、問題はマギデータが異常なことである。

 

「これが本題。如月君、教えて貰えるかしら?」

 

「そうか……ここまで調べが付いてるんじゃしょうがないですね」

 

百由の問いに対し、隼人は半ば諦め気味に答えた。

だが、ただで答えるつもりは無いので、最後の確約だけは取りに行くことにする。

 

「なら、俺がこれから話す内容は必要最低限の人……まあ、理事長と生徒会くらいはいいとして、それ以外は口外無用でお願いします」

 

「……それに関しては理由が知りたいけど、知った時点でその約束は呑んだと認識するのかしら?」

 

百由の問い返しに、隼人は肯定する。話すネタが外に広げてはいけない系統だからだ。

ついでに言えば、対応次第ではアリスらに避難勧告の連絡を送らねばならず、隼人としては何としても避けたい事例である。

その為、これを呑めない人がいるなら、その人にこの話をするわけには行かない。何なら、レギオンが連帯するものだとして、一人でもダメならこの場で話せるのは百由たった一人になってしまいかねない。

 

「……なら、私から一つ質問させて貰うわ」

 

「どうしました、夢結様?」

 

「あなたが機密保持に拘るのは、誰かに命令されたから?それとも、何か別の理由が?」

 

夢結としては、前者でないことを確認したくて問いかけた。

仮に前者の場合、隼人の救助の考案から、対象施設の調査まで非常に面倒な段取りをする必要がある。

 

「先に言っちゃうんですけど……百由様が調べたアリスと、この資料に載っているとある人物は俺の命の恩人です。その人らが静かに暮らせる時間を守る為、俺は機密保持を徹底したいんです」

 

「(と言うことは、アリスと言う人か、もう一人か……どちらかが隼人さんを救助。救助した方と同じか、別か……どちらかが何らかの方法で右腕の治療を行った、と……)」

 

先にある程度の情報を貰えている楓は、隼人の事情に予想が建てられる。それが当たっているかはさておきとして、話をスムーズに整理できる。

隼人の目は真剣そのもので、これなら命の恩人の意味まで聞き出せると思った夢結はそこで納得した。

他の皆に確認してみたところ全員大丈夫とのことなので、隼人はその資料を全員に配る。

 

「何らかの要因で、腕を失ったリリィの戦線復帰・戦闘力回復を目的に開発された特殊義手……ですか?」

 

「ああ。この特殊義手の開発には、研究の協力を自ら申し出たブーステッドリリィの血液と細胞のサンプルを基軸に研究・開発された」

 

腕の欠損とは非常に痛いもので、CHARMであれば片腕でしか扱えなくなる為、変形の鈍速化、片腕でしか扱えないことによる安定性の低下から来る戦闘力低下は凄まじく、これが原因で戦線復帰すらままならずそこから離脱(リタイア)するリリィが非常に多かった。

この現状を憂い、ならば義手を用意して戦線復帰の手助けを──と言う考えに至って開発されたのが、この資料にある特殊義手であった。

また、見た目の影響も最新の注意を払っており、内部に高性能ナノマシンを搭載することで、肌の色合いや指のサイズ等、本人のそれと自動で合わせられるようになっている。

ただしこの義手、何の問題も無く使えた訳では無く、ある大きな問題が理由で開発は打ち切り。試作品だけ残して終わってしまったのである。

 

「試作品だけで終わってしまった理由は、マギの混合。別の人のマギが混じってしまい、戦線復帰しても今までと似て非なるマギを使うせいで連携に支障をきたしてしまうから、単独行動前提でしか復帰できないっていう欠陥を抱えていたんだ」

 

試作品が出来上がった直後にノインヴェルト戦術が確立。そちらの影響で連携力が優先された状況下にて、それに支障をきたすものは提供できない。世代移行の波に飲まれてしまった技術である。

その時代の波に吞まれたことで、この義手は日の目を浴びることは無かった。

 

「なるほどね……ノインヴェルト戦術が確立されなければ使われていたかも知れないわね」

 

CHARMを二つ重ね、二人分のマギで魔法球を作るマギスフィアに多少影響はありそうだが、二人ならギリギリ許容範囲の可能性はあるだろう。

ただそれでも、パートナー変更を余儀なくされる可能性はあり、きっとどこかで問題になっていただろう。

 

「目的が目的じゃから仕方ないが、ちと勿体無いのう……これ、煮詰めれば医療技術としても使えたじゃろうに……」

 

技術屋としての性分か、ミリアムはその悲しき技術の道筋を嘆いた。

だが、そうやって純粋に技術の話をできる訳でも無く、気になる点が出てくる。

 

「じゃが、どうしてこんな資料を持っておるんじゃ?お主、こっちの道進んどらんのじゃろ?」

 

ミリアムの問いかけが、気になる点の全てを示していた。隼人の出自と普段の行動を考えたら全く釣り合わない資料である。

まあ気付く人は気付くだろうと思ってた隼人はさほど動揺はせず、そのまま答えを告げることにした。

 

「実はこの特殊義手の試作品、俺が使っているんだよ。ヴァイパーにぶった切られた右腕の代わりとして」

 

『……!』

 

まさか隼人がそんな代物を使っているとは思わず、全員が衝撃を受ける。

それはいい──。否、これだけでも大分トンデモな事態になっているのだが、根本的な疑問の解決は終わっていない。

が、その前に日の出町の惨劇の話を隼人が切り出す。

 

「ヴァイパーの初出現はそこらしく、一番最初の犠牲者は俺の幼馴染みの少女──彩月香織、重傷者は俺自身だったらしい。その後も、何人か俺のように目の前で誰か殺されたり、自分の体の一部分だけ斬られた人がいたみたいだ」

 

隼人はヴァイパーが苦しみを長引かせる為に放置され、そこを人に見つけられて救助され、一命を取り留めている。

 

「ち、ちょっと待って……。これだけだと……そのアリスって人、出てきてないけど……?」

 

「そっちか。この特殊義手の開発に使われた血液と細胞のサンプル、アリスのなんだ……」

 

──俺のマギデータにアリスが混じってるの、そう言うことなんだ。隼人がCHARMを扱えるようになった代償は、体の一部が本来のものではなくなる、リリィとしてみたら異質になることだった。

隼人の異常なマギに関してはこれで判明した。が、他にも隼人の提供した資料には情報が残っている。

 

「製作者名、明石由美……?」

 

「俺は話でしか聞いた事ないけど……その人、元G.E.H.E.N.A.(ゲヘナ)の研究者だったってさ。その人とアリスのおかげで、俺はこうして一命を取り留めてる」

 

名前に気づいたものの、そのG.E.H.E.N.A.と言う組織に梨璃は今一ピンと来なかった。

だが、他の人たちはそうならない。その組織の名を聞き、複雑な表情をする者と苦虫を嚙み潰したような顔に変わる者がいた。

G.E.H.E.N.A.は元々、ヒュージの研究を生業(なりわい)としていたことで有名な多国籍企業で、民間企業の研究者集団であったのだが、次第にヒュージ、リリィ、CHARMなどの核心を掴み、ヒュージとの戦いを科学的側面で主導し、リリィ強化などの凶行にも走るようになった訳ありの企業である。

更にはリリィの強化に関しても控えめと思いっきりの二つで組織内による意見の割れがあり、とても一枚岩とは言えない状況と化してしまっているようだ。

 

研究自体は人類の役に立っているのがあるとは言え、リリィたちへの悪影響があるのも事実で、ガーデン内でもこの組織に対しては親睦するのか反対するのかで分かれている。

前者は恐怖の象徴にもなり兼ねないが、その分ガーデンやCHARMの強化等が容易く、リリィになれそうにない子の望みを叶えるも可能らしい。

反対に、後者の方はその手の場所の関わりを一切禁じる程で、何なら研究によって強化されたリリィや人質の救助等も行っているそうだ。ちなみに、百合ヶ丘は後者に当たる。

 

「隼人。その言い方だと、お前が関わった頃にはもう研究者を辞めていたってことでいいのか?」

 

「ええ。大体五年前──。この特殊義手の試作を最後に、アリスを連れて組織を抜けています」

 

ただG.E.H.E.N.A.の研究者だったら色々面倒なことをする必要があったかも知れないが、五年も前にそこを脱退しているとなればそれをする必要性の判断も難しい。

それに、アリスを何故連れて行ったのか。これも疑問である。なので、問いかけて見ると──。

 

「アリスは由美さんの知人の一人娘で、ヒュージの襲撃で孤児になっちゃった彼女を引き取ったんですよ……」

 

元々、何かあったら頼むと託されていたらしく、知人との約束でそのまま引き取ったらしい。それも、義理の母親として。これが今より八年も前らしい。アリスが由美を『お義母さま』と呼んだのはこれにある。

特殊義手の研究・開発の開始は七年前で、当時、アリスは自分が由美に命を救われたように、誰かの命を救えるならとリリィになり、血液と細胞のサンプルを渡して研究を手伝った。

これを気に、研究者の自分と親の自分とで揺れていた由美は次第に親の面と自覚が強くなり、元より凶行の強まるG.E.H.E.N.A.とそりが合わなかった彼女は、その研究を終えたら辞職し、アリスと共に暮らす道を選んだようだ。

 

「元々優秀な研究者だったから、今でも戻って来てほしいとかほざき倒す研究者(バカ野郎)たちが多いらしいんでね……居場所を知ってどうこうとかしようってんなら、俺があの二人に逃げるように言わなきゃいけないんです」

 

命の恩人が嫌がることをやらせるつもりはない──。隼人からは、そんな義理堅い面が見えた。特にガーデンに属せず、偏った目を持たないからこそ──と言うよりも、今の隼人には命が何よりも重い為、他が全て二の次も同然なのかもしれない。

なお、強化手術等に関しては「リリィになれそうにも無く、どうしてもリリィになりたい人に必要最低限だけ」の思想だったらしく、控えめどころかほぼ不要と考えていたそうだ。

 

「百合ヶ丘がG.E.H.E.N.A.(あのバカ共と)折り合いが悪いのは分かってる。だから……もし、元とは言え、俺がそんなところの人と関わってんのがタブーだって言うなら……」

 

──俺はここを去ります。招き入れてしまった時点でもう遅いかも知れないが、面倒になる前に終わらせることはできる。

実際、隼人は保護される必要もないし、百合ヶ丘を離れたところで寄る辺は残っているのだ。ガーデンさえ望むなら、隼人は準備が済み次第ここを離れられる。

 

「で、でも……!隼人さん、ヴァイパーを討つ為に男子一人を覚悟して来たのに……せめて、ヴァイパーを討つまでって出来ないんですか!?」

 

「そうなると、時期が不確定って言いたいけど……元々引き込んだのはこっちだから、それだけでも理由にはできるわね」

 

一先ず話すこと自体は可能だろう。二水の言う通り、元々ヴァイパー打倒と百合ヶ丘近辺のヒュージ迎撃で協力しているのだから。

何しろ、隼人側はもう十分に対価を出しているが、こちらはまだ対価を返せていない。隼人自身は最悪後世に──と考えてもいるが、それでも契約不履行だ。

 

「とは言え、話して見ないと分からないわね……隼人君、この資料まだ残ってる?」

 

「ええ。生徒会と、理事長分なら刷ってありますよ」

 

その人らに行き届かないのは不味いだろうと考えて由美に頼んでいたので、その辺に抜かりは無い。

必要分の資料を渡し、要点の確認を済ませたことでこの話合いは終わりとなり、百由はすぐ報告の準備に向かい、一柳隊も訓練の話は一旦後回しとなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「何でだよ……?何で……俺が、俺と香織が……一体何したってんだよ……」

 

ヴァイパーに右腕を斬られてしまった後、彼奴は何故か分からないが何もせずに去って行った。

どこか楽しそうにしている声音が去り際に聞こえたような気がするが、今となっては些細なことに過ぎない。

行きなり幼馴染みを殺され、自らの右腕が斬り落とされる──。何の罰が当たったんだと訴えたくなる。

 

「!?倒れてる……!」

 

隼人が嘆いた直後に金色の髪を持つ少女が彼を発見し、急いで駆け寄る。

 

「嘘……私の声、聞こえる?返事はできる?」

 

その少女こそ、アリス・クラウディウスであり、失血が増えてきている隼人に声を掛けたのだ。

 

「俺が……」

 

「……!どうしたの?」

 

「俺に、力さえあれば……香織が死ぬことも、右腕が無くなることも無かったんだ……チクショウ……チクショウ……!」

 

隼人は己の無力をこれでもかと呪った。せめて、ヒュージを追い払うことくらいできればと──。

もう自分たちの家族を案じる余裕すら無い。隼人はただ、己の現状を見るしかできない。

 

「何で俺は……こんなにも弱い……んだ……」

 

「……いけない!このままだとこの人まで……お義母さま、聞こえる!?私と同じくらいの年をした、重傷者の男子を一人見つけたわ!右腕が斬られてて、失血も進んでる!」

 

《何ですって……?事態は一刻を争うわ。降下するから、その人と一緒にヘリに乗って!アレを使うわ》

 

失血によって意識を失った隼人を見て、アリスはすぐに由美に連絡。その結果、特殊義手の試作品を治療に使うことが決まった。

これが理由で隼人は一命を取り留め、同時にヴァイパーを殺す為に復讐者の道を歩むことに決めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

意識が戻った隼人が声を上げながら体を起こす。そこは寮の自室であり、あの会議をした日から二日──週末になり、今日の授業が終われば合宿の為に暫くガーデンを離れることになる。

あの後百由の報告を受けた結果、ガーデンは「隼人が実験道具と化していないのなら、干渉の必要なし」として、ガーデン残留を認められた。

ただ、こんな話をしてしまった結果、隼人がもし居心地を悪くする場合、本人が望むならヴァイパーを討った後保証付きで脱退可能とかいうとんでもない話が出てきてしまったのは、暫く忘れられないだろう。

と言っても、今すぐ決める必要は無く、ヴァイパーを倒した後からでも決められる為、この話は後回しでもいいのは助かっている。

 

「完全に振り切れてる訳じゃない、か……」

 

油断していた所に再び悪夢を見たため、少しげんなりした。どうせ拭えない過去なら、せめて良かった頃の夢をみたいと思うのはダメだろうか。

ただ、一つ問題があるとすれば、両親と香織、もう一人幼馴染みの顔は今でも思い出せるが、香織ともう一人の方の両親が思い出せなくなってきている。

 

「(良くも悪くも、時間が経つってのはこう言うことか……)」

 

あの惨劇から時間が経ち、第二の家族と戦う力を手に入れ、新たな未来の為に旅立つ活力を得ているが、同時に過去の良かった記憶の一部が風化してしまっている。

その内過去の記憶はほんの一部、自分にとって忘れられない出来事しか思い出せなくなるのだろう。そう考えると少し怖くなった。

が、同時にそれも新しい希望や発見──出会いが補い、勝手に乗り越えて行けるのだろうと確信も得ている。

 

「……泣いてたのか、俺」

 

今回の悪夢は一番悔しくて、悲しい記憶だったからだろう。実際、ここから隼人の様々な基準は大きく変わった。

特に人命が関わる時の認識の変化は凄まじく、あの惨劇を経験しなければ、無免許でバイクに乗る選択肢を取ることなど、絶対に無かっただろう。

そう考えながら涙を拭い、今日のやるべきことを考え始める。

 

「(対ヴァイパー陣形……それも、ノインヴェルト戦術を決める前提なら、どうするかな)」

 

ただ撃退するだけなら自分が最初にヴァイパーへ突撃し、後から何人かが合流して波状攻撃を決めればいいのだが、今回は逃がしてはいけない為、少し趣向が異なる。

ノインヴェルト戦術によるドームが出来るよりも前に逃げられてはいけない為、程よく時間を稼げるリリィで最初は当たるのが望ましい。

 

「(奴は最近ビビって、俺を見たら逃げが早くなる……そうなるなら、俺は途中の交代要員兼フィニッシャーくらいにしか回れない)」

 

と言うよりも、ヴァイパー相手は流石に自分がフィニッシャーに回される可能性は高い。そうでないなら、フィニッシャーは夢結辺りが無難になる。

それはいいが、どうしてもヴァイパー経験がゼロの人たちにしか回せなくなるのは、結構痛い点である。一柳隊の中では飛びぬけて強い夢結と梅ですらも、ヴァイパーと交戦経験は無い。

だが、それでも上級生二人は非常に強く、ちょっとやそっとの事でやられるようには思えない。何なら、彼女らは普通に圧倒出来るだけの実力があるので、少なくともこの二人と自分は宛がえない。

 

「(やっぱり、こないだ考えてたアレを提案して見るか……)」

 

どうするか迷っていたが、決意を固めた隼人は準備を済ませて一日を始めることにした。




ちょっと無理あるかもしれませんが、隼人の右腕はこんな風になっていました。

隼人に右腕が渡るまでの流れを簡単に書くと……。

リリィの戦線復帰を助ける為、リリィの血液と細胞を基に義手を作ると企画。

作ったはいいけど、マギが混合してしまう。
(実質的にリリィとしては別人同然に)

更に連携が大事なノインヴェルト戦術が確立。マギ混合の問題は致命的に。

しょうがないから、資料だけ残して凍結。
サンプルを廃棄するかは作った由美にお任せ。

由美が持ち出してアリスと一緒にG.E.H.E.N.A.を去る。
(この時、残留を願う声を全て蹴っている)

それから暫くして日の出町の惨劇が発生。当時現場にいた隼人が右腕を失う重症。

隼人をアリスが発見して救助。治療の為、試作品の右腕を使用。

こんな感じです。
リリィになるつもりなんざなく(と言うか、時世的に絶対なれない)、普通に生きようとしていた隼人に対し、緊急的に使用した結果初めてマギ混合のデメリットを無視して使用できました。



次こそちゃんと翌週に出せればいいな……。


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第14話 準備

残業ラッシュが起きなかったので、本日は投稿します。


放課後を迎え、合宿の為に移動し、夕食等も済ませた夜──。ヴァイパー討伐の為の陣形に関して、隼人から驚きの提案が出る。

 

「……隼人君、もう一度言ってくれないかしら?」

 

「驚くのも無理ないでしょうけど……なら、もう一度。みんながノインヴェルト戦術の準備をする間、()()()()()()()()()()()つもりです。最悪、途中まででも構いません」

 

認めたくなかったなこの人──。夢結が眉をひそめてもう一回聞いた辺りで疑問を持たれていることに察しが付いてなお、隼人はその提案を取り消さない。

勿論、こうして提案した以上、ちゃんと理由自体はある。無ければこんな提案は出していない。

 

「わ、私なのっ!?」

 

「お待ちになって?梨璃さんはまだ、対ヴァイパーの経験がありませんのよ?安全の為にも、経験のある人が担当するべきですわ」

 

「それを言ったら俺とお前……いや、単独での経験まで入れたら俺以外全員そうだろ」

 

危険なのは重々承知しているが、楓の問題点を言い出したら絶対に実行できない提案なので、隼人はその理由だったら問答無用で蹴り、上手いこと賛成を取るつもりである。

その為に、理由自体をしっかりと説明する必要がある。

 

「ごたごたのせいで話すの遅れちゃったけど、最近ヴァイパーは俺と交戦した際に逃げ出すのが早くなってる……」

 

──このままだと、ノインヴェルト戦術を完成させる前にヴァイパーが逃げ出すかも知れないんだ。隼人が今回当たれない理由はそこにある。

ヴァイパーの位置を特定から接触、そこから逃走までの時間を考えて、ノインヴェルト戦術を完成させる余裕があるだろうか?恐らくは無い。

隼人が足並みを合わせれば、数に気づいて逃げられる。隼人が速すぎれば逃げられる、これではダメなのだ。撃退はできても討伐はできない。

 

「で、俺より強い人はヴァイパーが逃げるのを早まらせる可能性が高いから、夢結様と梅様も外すしかない」

 

──特に、梅様は縮地すら考えたら俺の上位互換まであるし。上級生組が元アールヴヘイムのメンバーと言うこともあり、こちらも厳しい。

こんな風に、「逃げられないように時間を稼ぎつつ、ヴァイパーを捌く」行為が非常にシビアなせいで、早速三人が省かれた。理由は全員、時間稼ぎよりも前に逃げられるからである。

 

「まあ、それはしょうがないか。お前の言ってる通りなら、梅は戦い方を理解された時点で逃げられるしな……逃がさないようにするには全力封印も同然だし」

 

梅の場合、今のヴァイパーを考えると逃がさないをしづらい要素が山盛りなせいでダメだった。

縮地持ちで隼人より強いとあれば、彼奴は間違いなく逃げ去るだろう。それならいざという時に、一瞬だけフィニッシュショットまでの間の時間稼ぎをやってくれた方がいい。

 

「で、これ以外に外した方がいい人は誰だって言うと、鷹の目でヴァイパーの居所を捉えられる二水。索敵やって囮やってからノインヴェルト戦術はちょっとな……余りにも負担が重すぎる」

 

「そこはしょうがないですね……でも、その分索敵はお任せくださいっ!」

 

とてもではないが、一人で背負う負担が大幅に増えてしまう。流石にやらせるわけには行かない。彼女の場合、鷹の目があると知った以上、対ヴァイパーの訓練は専ら自衛が目的になっていたので、ここも特に問題はない。

こうなると消去法で、誰が向いているかになる──のだが、隼人は一個の要素に可能性を見出していた。

 

「俺の知る限り、ヴァイパーと単独で交戦する羽目になりかけたのは梨璃だ。戦う可能性はあったのに、それを逃しているって考えると……ヴァイパー(あのクソ蛇)が興味を持つ可能性はある」

 

「……梨璃なら、長い時間惹きつけられる可能性があるってこと?」

 

隼人が梨璃を推す理由を一言で表すならこれだ。確固たる証明等はできないが、理由とすることはできる。

ちなみに、他のメンバーをダメとするなら、雨嘉には狙撃のバックアップとして、万が一の為にノインヴェルト戦術を開始するまで残って欲しい。ミリアムは自身の持っているレアスキルによるダメ出し要員になるかもしれない。

他にも、楓はレアスキルの都合上万が一に備えて残って欲しい。鶴紗も戦闘力が高く、場合によってはヴァイパーを逃がしてしまいかねない。自分と上級生を省くなら、一番選びづらい。

こうなると残りは神琳と梨璃の二人だが、ここまで来るとこう言った引き付けやすい要素を持つ梨璃を優先するかしないかだけになる。

 

「確かに、今回の目的を考えると隼人君が当たるのは不適任ですね……」

 

「ここしばらくでビビり癖が着いたのはビックリじゃが……まあ、それはさておきとして引き付けるならそうなるかの」

 

──と言うか、わしのダメ出しは本当の最終手段じゃな?ミリアムの問いに隼人は頷く。何しろノインヴェルト戦術で決められない=倒せる可能性はダメ出しになるからだ。

そう言うこともあり、隼人は梨璃を抜擢したのだ。

 

「じゃあ……後は、梨璃次第?」

 

「そうだね。まあ、俺以外全員が反対だったらこれの実行は取り消しになるけど……」

 

自分でも結構無茶を言っているという自覚はあるので、拒否されても恨むことは無い。

その場合は他の人が温めていた提案の中から、最も有力そうな物を選択するだけである。

 

「大丈夫。私、やるよ」

 

「……梨璃、いいのね?」

 

まさかの本人が承諾の旨を告げてくれたので、隼人としてはありがたい結果となった。

夢結からの確認も頷いて肯定を返し、梨璃の意思が固まっていることを告げている。

 

「俺としてはありがたいが……本当にいいんだな?」

 

「元々決めてたんだ……隼人くんが困ってる事があるなら、絶対に手伝おうって。あの時、色んな意味で助けられてるから……」

 

早い話が恩返しである。実際、入学式当日に消耗した状態でヴァイパーと戦うことになりかけていたので、本当に助かっていたのだ。

こうなったら梨璃の意思が非常に固いのは分かっているので、この方針で進むことになる。

 

「(なら後は、心構えと接近戦技術か……)」

 

──今回ばっかりは頼むぜ……。梨璃に祈りつつ、隼人は自分にできることを全うすることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 14 話 }

 

準 備

Preparation

 

 

終わらせる為に

──×──

with a decision to cut through the long darkness

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……?この反応……まさかね」

 

隼人らがヴァイパーを討つ為の会議をしているのと同刻。由美はノインヴェルト戦術を実行した直後と、それ以外の右腕のデータを見比べ僅かな違いを発見する。

そのデータを確認してみると、今は大丈夫でも、後々響きそうなものであることも判明した。

 

「(やはりね……始動役であれば負担が大きく無いから気づきにくかったけれど、今の内蔵ナノマシンでは九人分でやるのがギリギリね)」

 

──それを超えたら、許容量限界突破(キャパオーバー)で戦闘後は機能不全に陥るわね。ノインヴェルト戦術を行って初めて生じた右腕の問題点である。

作った当時のナノマシンが既に数年前の旧式である為、ノインヴェルト戦術に対するマギ負荷耐性が追い付いていないのだ。ノインヴェルト戦術を何人で撃っても平気なように、新型のナノマシンを準備する必要がある。

 

「由美さん。新型ナノマシンの設計データ、出来ましたよ」

 

「ありがとう。早いわね」

 

玲から受け取ったそれを素早く確認する。全て問題なしで、これを二週間以内に完成を頼むことになる。

 

「苦労を掛けるわね……」

 

「大丈夫ですよ。私、この仕事も生活も……凄く満足してますから」

 

──多分、天職だと思うんです。技術屋として合間を縫って学んだ技術を使え、他のことも学ぶことができたのは、玲にとって非常に幸運だったのだ。

リリィとしての戦いが終わりを迎え、その後のやりたいことが全てできる場所が無くて困っていたところ、由美に誘われ、ついてきたことに玲は一度も後悔していない。

 

「なら良かったわ……それならお願いね」

 

「はい。仕上がったらまた来ますね」

 

玲はそれだけ告げると、作業部屋に戻る。隼人の右腕が関わっているので、作業は急務を要する。

そして、それと入れ替わる形でアリスがやってきた。

 

「お義母さま。もうすぐなのね」

 

「ええ。彼の悲願は達成されようとしているわ……」

 

三年間、自分の夢や将来のことすら考えず、ひたすらにヴァイパーを追った時間が無駄でないことを告げられる日々が近づいてきている。

ヴァイパーの底無しとも言える防御力を見ると不安になるかも知れないが、レストアすら一撃で葬れるノインヴェルト戦術を、あの小柄で逃げ腰のヴァイパーが耐えられることは無いだろう。

否、仮に耐えられるとしても、隼人の執念が食いついて何らかの返しをするだろう。

 

「ねえ、アリス。ヴァイパーを討った後……隼人君はどうしたいと思う?」

 

「私は隼人じゃないから分からないけど、そうね……」

 

──失った時間を取り戻したいんじゃないかしら?アリスの一言に、由美は納得する。

失った時間を取り戻すと言っても、何も過去に戻る訳じゃない。学生時代にしかできないことを、今のうちにやってしまうとか、そう言うことである。

そうでなかったとしたら、隼人は自分が何をしたいか探しに行くか、一度ここに戻ってきてゆっくり考えるかだろう。

 

「勿論、どうするかは隼人の自由……私たちがとやかく言うこともないわね」

 

「ええ。ヴァイパーを討った時点で、私たちと隼人君の協力する条件が消えるもの」

 

隼人はヴァイパーを討ちたい。自分たちはヴァイパーやヒュージから人を守る為、都心周辺へ送れる救援要員が欲しい。この二つで協力していたが、この内ヴァイパーを討つ為の協力要素が消滅するのだ。

こうなると隼人はこちらに対して要求するものが無くなり、対するこちらも協力への対価を払えないことになる。ここが一つの節目になるだろう。

 

「ただそれでも、立つ鳥の為にできることをするだけね」

 

やることは変わらず、由美は再び自分にできることを始める。

 

「(隼人、あなたが望む未来は何?)」

 

──焦らなくていいわ……ゆっくり考えなさい。今奔走する復讐者に、アリスは心の中で問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァイパーと戦う時だけど、一番大事なのはビビらない……要は怖がらないことだ」

 

「怖がらないこと……?」

 

近接戦闘の訓練を一度休憩している際、隼人が梨璃に向けてアドバイスを一つ送る。

隼人が何故こう言ったかを考えると、ヴァイパーの特性に焦点が行った。

 

「大雑把に言えば、弱い者虐めだっけ?だから、梨璃が怖がってたら調子に乗る……」

 

「逆に言えば、梨璃がビビんなければアイツも慎重になるかもしれない……ってわけか」

 

鶴紗と梅の簡潔に纏める姿を見て、理解の早い人たちで助かると隼人は思った。

 

「なら、ここからの近接戦闘訓練は梨璃に圧を掛ける形で行きましょう」

 

夢結の提案に賛成し、早速誰が行くかになるが、圧掛けが無理そうな人は一度除外していくことにした。

今回は相手が梨璃なこともあり、楓は真っ先に除外されたのを記しておく。

 

「ああっ!?わたくしと梨璃さんの二人でいられる時間が……!」

 

「そうは言うが、お主梨璃にプレッシャー与えるの嫌がるじゃろ?」

 

「当たり前ですわっ!梨璃さんを怖がらせてどうしますのっ!?」

 

楓のブレなさを見たミリアムは「ダメじゃこりゃ」とお手上げのジェスチャーをした。まあ、それだけ梨璃を大切だと思うからなのだろうが。

結果、シルトの為にと心を鬼にした夢結が引き受けることにし、近接戦闘訓練が再開される。

 

「隼人君、ノインヴェルト戦術による交代のタイミングは二通りあります。一つは、ドームが完成し、ヴァイパーが逃げれなくなった時。もう一つは……」

 

「ノインヴェルト戦術が完成する直前……要するに、フィニッシュのタイミングか」

 

神琳が隼人に対して言いたいのは、どっちのタイミングで交代が望ましいかである。前者はヴァイパーの好き勝手にさせないが、隼人がフィニッシャー前提だと少々不安定か。

逆に、後者の場合はフィニッシャーとしては安定するが、ヴァイパーの妨害が安定する保証は無い。

 

「なら、フィニッシュの直前……俺がパスを受ける時に一瞬だけでいい。ヴァイパーの足止めを頼むよ。それさえあれば、俺は途中から交代して、そのままフィニッシュを叩き込む」

 

流石に複数人の射撃を一斉に多方向から浴びれば、ヴァイパーとて無視できない。そこで気を取られたら最後。隼人がノインヴェルト戦術を叩き込んで終了の流れである。

 

「でしたら、後は陣形の取り方を決めておきましょう。隼人君は梨璃さんと近い位置で大丈夫ですか?」

 

「ああ。万が一があったらすぐに駆けつける」

 

梨璃と隼人の位置取りはすぐに決定し、そこから練り込んで行くことになった。

 

「(待ってろよ、クソ蛇野郎(ヴァイパー)……!)」

 

──お前を絶対に殺してやるからな……!隼人の怒りと憎悪が生み出した殺意が通じるか否か。結末の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

そして、その訓練を活かす日が来るのは、思いの外早かった。

二泊三日の訓練を終えた翌週の週末──。ヴァイパー出現の方が鳴り、一柳隊のメンバーは対策の予定通りに行動する。

 

「あっ、見えました!2時の方向にヴァイパーですっ!」

 

「では、梨璃は先行してヴァイパーと交戦。他のメンバーは定位置に付き次第、ノインヴェルト戦術を開始。いいわね?」

 

全員が返事をすると同時、隼人を残して全員が素早く散開する。隼人もこのまま定位置に移動し、交代次第梨璃がそこに退避してノインヴェルト戦術に参加する手筈となっている。

 

「いた……!」

 

《──?》

 

隼人では無く、梨璃が来たことにヴァイパーは困惑したような声を出すが、深く考えるのはすぐに止めた。

以前チャンスだと思ったところを邪魔され、味見の出来なかった相手である為、それを確かめられるいい機会と判断し、試しに威嚇してみる。

 

「(そう。怖がっちゃダメ……気を強く、臆さずに……!)」

 

その威嚇行為を直視せず、深呼吸して自分を落ち着かせ、梨璃はCHARMを構え直した。




次回、ヴァイパーとの決着です。

最終決戦直前と言うことで、ちょこっとだけ解説入ります。


・如月隼人
確実にヴァイパーを討つことを考えて、自分が囮にならない道を提案。
討った後どうするかはまだ未定。取り敢えずヴァイパーを討つ。


・一柳梨璃
まさかの囮に抜擢された。
危険ではあるが、当の本人がやる気なので訓練で準備。


・白井夢結、楓・J・ヌーベル
梨璃の囮を提案されてビックリした。特に後者は抗議までしてる。
が、最後は梨璃が決めたので訓練等で支えることに。


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第15話 ■■

サブタイはお楽しみに


《──……》

 

「……」

 

ヴァイパーが威嚇行為、梨璃がCHARMを構えてから数秒。風が煽って肌寒さを感じさせるが、梨璃は決して恐れない。

教えられた通り、臆する姿勢を見せず、確実に対応するつもりだ。そして、ヴァイパーに付け入らせなければ、そこからいくらでもできる。

 

「(来た……!)」

 

梨璃が全く動かないことに痺れを切らしたヴァイパーが、その場から右側の刃を伸ばして攻撃を行う。

対する梨璃は、CHARMを横薙ぎに振るうことでそれを弾き、懐に飛び込んで突きを入れる。

 

「やっぱり硬い……」

 

それでも事前に彼奴の硬さは教えて貰っている為、特に焦りはしない。すぐに攻撃を捌けるように少しだけ距離を取る。

すると左右の刃が順番に襲って来たので、梨璃は先に来た左側側の刃をCHARMで弾き飛ばし、右側の刃は片足を軸に回転するようにして避け、もう一度伸ばして来た左側の刃を受け止める。

 

《──?》

 

「大丈夫。見えてる……動きも間に合う」

 

仕掛けて見たヴァイパーは、梨璃の様子を見て違和感を感じた。コイツ、妙に強くないか?と──。

ほんの少し──それも二ヶ月以上前ではあるが、それでもヴァイパーは確かに自分を見てCHARMを構えるも、足を震えさせていた梨璃のことを覚えており、今度味見をしてみようと思っていた。

だが、現実は今の有様であり、予想より奮闘し、尚且つ全く自分に動じない梨璃を見て困惑に至る。

原因は主に二つで、一つは隼人に邪魔されすぎてそこまで覚えられなかったこと。もう一つは至極簡単、この味見に至るまで時間が掛かり過ぎたのである。

特に二つ目は大きく、二ヶ月もあればリリィとして成長できる。初心者であれば尚更である。更には時折ヴァイパーに対する特化訓練も行ったのだから、当然ねじ伏せることは容易く無い。

 

「私……最初は怖かった。まだCHARMの使い方も分かって無かったし、逃げてもダメ。戦ってもきっと勝てなかったから……」

 

《──!?》

 

次に来る攻撃を再び捌き、CHARMによる一撃を加えながら梨璃はヴァイパーに告げる。その姿にヴァイパーは焦り、攻撃のペースを速める。

だがそれでも、梨璃は防ぐ攻撃を最低限に抑え、回避を優先することで対応してみせ、段々と彼奴に余裕が無くなっていく。

 

「でも、訓練して、実戦も重ねて……この日の為に準備だってして来たから……!だから……」

 

──あなたなんて、怖くないっ!梨璃の一言で、自分が甘かったことをヴァイパーは告げられることになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ノインヴェルト戦術を開始するわ。隼人君、準備いいわね?」

 

「いつでもどうぞ。行けるタイミングで飛び出します」

 

梨璃が戦闘を始めた直後、隼人に確認を取った夢結は全員に呼びかけ、ノインヴェルト戦術の特殊弾を装填。味方のリリィがいる方へ飛ばした。

ここから先は如何にヴァイパーを惹きつけられるかどうかに掛かっているので、

 

「(始まった……!)」

 

その特殊弾から形成されるマギスフィアを見た梨璃は、思い切って接近し、ヴァイパーを釘付けにする行動に打って出る。

 

《──?》

 

何かがおかしい──。そう感じるも、理由が分からないヴァイパーは戦闘続行を選んだ。

梨璃のCHARMとヴァイパーの二つの刃がぶつかり合い、一回目のパスが通り過ぎていく。

 

「(大丈夫。みんなと一緒だから……!)」

 

《──……》

 

少しずつ苛つき始めたヴァイパーだが、梨璃はそれに付き合わないようにし、力勝負も付き合わずに自分から少しだけ離れる。

それをチャンスと見て飛ばして来た攻撃を再び弾き、今度はシューティングモードで何発か弾丸を当ててすぐにブレードフォームへ戻す。

この間にも、二回目、三回目とパスが進んでおり、ドームの完成が近づいてきている。

 

《──!》

 

「……!動きが……!?」

 

相手のペースに持ち込まれているようで鬱陶しく思ったヴァイパーが動きを変え、それに対応の遅れた梨璃が体制を崩す。

そこにすかさずどこかをお別れさせてやろう──と思ったが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「(これを撃ったら、すぐにパスへ移ればいいだけ……)」

 

《──!?……!》

 

スタンバイしていた雨嘉が狙撃を敢行し、ヴァイパーに衝撃を与えて行動を中断させる。

邪魔されたヴァイパーが下手人を探そうと辺りを見回すが見つからず、何なら梨璃は体制を立て直しており、目論見が完全に潰れていた。

 

《──!》

 

「!次は……」

 

「いや、もう大丈夫だ」

 

攻撃に備えて身構えたとほぼ同時、一瞬でヴァイパーの真横に現れた隼人がCHARMを振るい、ヴァイパーを斬りつける。

 

《──!?──!》

 

「梨璃、夢結様が待ってるから、受け取って俺に回してくれ!」

 

「ありがとう!ちょっとだけ待っててっ!」

 

ヴァイパーが怒りの声を向けるがなんのその。梨璃が離脱を始めると同時、隼人はヴァイパーの眼前にシューティングモードにしたCHARMを突きつける。

この光景を嫌と言う程見ていたヴァイパーは恐怖を煽られ、動きが固まってしまう。

 

「ここからは俺に付き合ってもらうぞ!そして……!」

 

──今日でお前を地獄に叩き落してやる!殺意と怒りに満ちた声音をぶつけながら放たれた一射はヴァイパーの鼻先にぶつかり、最初に百合ヶ丘付近で戦った時のように呻きを上げる。

 

「逃げられると思うなよ……!」

 

《……──!》

 

また何回も撃たれたら堪らない──!そう考えて逃げようとしたが、既に隼人は逃走しようとしていた先に回り込んでおり、そのままブレードフォームで一度斬りつける。

これも縮地を活用したかく乱戦法であり、攻撃しては消え、攻撃しては消えを繰り返し、ヴァイパーがヤケクソに刃を振り回し捲る状態になるまで続けていく。

この時、消えてから現れる際に、毎回背後や逃げようとする方向に回り込むだけで無く、先読みを見据えて敢えて同じ場所に現れることで背後を取る等も行う。

 

《──!》

 

「(よし、これで少しの間止まってくれる)」

 

ならばと皆に合図を飛ばし、その直後に一斉射撃が開始される。

一度に複数の方角から弾丸が飛んでくるので、さすがのヴァイパーも防御姿勢を取らざるを得ず、そこで完全に足止めされてしまった。

その際に隼人が梨璃の飛ばしたパスを受け取っており、もう後はそれをぶつけるだけになっていた。

 

「攻撃中止!後は、彼にお任せしますわ!」

 

「あれだけ撃っても、全く傷なしですか……」

 

神琳も呟いたが、やはりヴァイパーの硬さは異常の一言だ。雨嘉の狙撃も衝撃を受けて反応しただけであり、ダメージ自体は殆どない。

これがヒュージの中では最小サイズだと言うのだから、如何に能力が偏っているかが伺える。

 

「全部はあの一撃が通るかどうか……」

 

「上手くやれよ……隼人」

 

これでダメなら現状ヴァイパーを仕留められる手段は無いに等しい為、半分お祈りが入っている。

だが、決まってしまえば全て終わりであり、一度事態は収束することになる。

 

「(香織、みんな……今度こそ終わらせるからな……!)」

 

隼人がCHARMを構え直したと同時、ヴァイパーは何が何でも逃げ出そうと背を向けたが、おかしい点に一つ気付く。

 

《──!?》

 

「そのドームがある限り、お前も俺も逃げられない……」

 

──決着をつけるぞ、今日!ここで!CHARMを横水平に構えて宣言した直後、縮地で一瞬にして姿を消す。

最早逃げる思考すら奪われてしまったヴァイパーは、その場で滅茶苦茶に刃を振り回し始めた。まるで、自らが死ぬのに酷く怯えたように。

今更何を怯えているんだと、今までお前がやった──やろうとしていたことだろうがと隼人は思うが、無駄に長引かせるつもりは無い。一思いに切り捨てるだけだ。

しかし、振り回しても隼人は現れることなく、無駄に徒労してしまったヴァイパーは一度行動を止め、落ち着いて時を待とうとしたが、それが生死を分けることになる。

 

《──……!》

 

「もらった!」

 

迎撃体制が碌に整えられていないヴァイパーの胸元を、隼人のCHARMから放たれた銃の一撃が突き刺さる。

いくら防御力の高いヴァイパーの甲殻でも計十人分のマギを込められた一撃は耐えられないらしく、少しずつヴァイパーの体に深く入り込んでいく。

 

《──!──!》

 

「そのまま沈め!」

 

ヴァイパーは死の恐怖に負けてしまい、もう抵抗する余力すら無い。自らの声で、伝わらぬ命乞いで必至なだけだった。

そんなものは当然隼人に通じるわけも無く、彼が左手でサムズダウンを見せると同時、完成されたマギスフィアが胸元を抉り抜き、そこから上と下をお別れさせる。

直撃を確認した隼人が即時離脱すると同時、マギスフィアが爆発を起こし、それによってできた爆風が晴れると、そこには胸元から上だけとなったヴァイパーの甲殻が残っていた。

 

「息はもうないか……けど、念の為だ」

 

万一に備えて隼人は動かぬヴァイパーの体にバスターキャノンを叩き込み、その体を粉砕する。最早抜け殻に等しいヴァイパーの体に、当時のような防御力は残っていなかったようだ。

ようやくやるべきことが終わった──と、思ったところで、隼人の右腕から突然力が抜け落ち、CHARMを手から落としてしまう。

 

「腕が……!?けど、ここまで持ったならいいか……」

 

なんとなくではあるが、右腕のナノマシンがイカれたのだと察しはつけられるので、それ以上は考えない。寧ろ、今度はしっかり残ってくれて安心した。

 

「こちら隼人。ヴァイパーの撃破を確認──作戦は成功と判断します」

 

そう告げて他の皆の安心する声や、自分を労う声が入るが、隼人は後から何を言われたかと言われれば全く思い出せない自身がある。

と言うのも、別の理由に意識を持っていかれてしまっていたのだ。

 

「これで、やっと終わりだ……無意味に殺される人も、夢を奪われる人も、俺のように命を弄ばれる人も……もう、増えない……」

 

三年以上に渡る戦いはようやく終わったのだ。それが分かった隼人は目尻から涙が浮かんでおり、声も震えていた。

 

「このクソ蛇を討ったところで、あいつも……俺の腕も返ってくるわけじゃない……!そんなこと分かってるんだ……!」

 

別に期待していた訳じゃない。そんな方法を探していた訳でも無い。何ならこんな事して香織が喜ぶかと言えば寧ろ逆で、自分から危険に飛び込むことを悲しむだろう。

ただそれでも、隼人は自分たちのような人が増えるのは放置出来なかったし、彼女のように夢を抱いたばかりの人が命を落とすことを許せなかったのだ。

確かに、自分が戦うことで被害は減らせたが、それでも、ゼロにはならなかった。

 

「けど、これでもう……!俺も、みんなも……奴を気にして、怯えることもない……!」

 

この辺りで一柳隊のメンバーが近くに来ており、そこで感情が爆発して身の内を吐露する隼人の姿が見えた。

 

「やっと……やっと終わったんだ……!」

 

この日、蛇を追う者(如月隼人)の復讐者としての戦いは終わりを告げたのであった──。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 15 話 }

 

決 着

settlement

 

 

長き戦いの終わり

──×──

The darkness cleared up, and the light came in.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「隼人……」

 

「……香織?」

 

どこかの公園のベンチで座っていた隼人の前に、最後見た姿──正確に言えば惨劇に巻き込まれる直前の姿の香織がやって来た。

過去に戻ったのかと思えばどうやらそうでもないらしく、隼人は現在の復讐の赤衣を着た姿である。

 

「(なら夢か……)」

 

そう納得したところで、香織が反応してもらえて喜んだのも束の間、すぐにぷりぷりと怒った様子を見せた。

 

「香織、どうした?何で怒ってるんだ?」

 

「どうしたも何でもないよ!隼人、自分で分かってたじゃん!私が悲しむって……!止まらなかったら意味ないじゃん!」

 

「えっ?あっ……その、ごめん」

 

そりゃそうだと、隼人は言われて納得した。やはりと言うか、自分はこう言った他人の感情に配慮した行動が苦手なのは変わってないらしい。

実際、知人たちの感情に配慮するなら、会いにいくために行動しても良かったはずで、それをせずヴァイパーを討つことに走っていたのだから、言い訳も何もない。

何なら小学生時代も時折、納得の行かない考えを持った相手に強めの言葉で自分の意志を伝え、それが原因で喧嘩になることも度々あった。

早い話、自らの中にある思考を優先して、他者の感情に気を使えないこの悪癖は、小学生時代から全く治っていないのだ。

 

「でも、ありがとう」

 

──これで、私たちみたいな人、少しは減るんだよね?香織の問いに、隼人は頷いた。少なくとも、ヴァイパーからはもう出ないからだ。

それで一安心した香織は、ヴァイパーに関する話はもうやめにした。隼人が助けられなかったことを悔いていることを告げると、他の人が助かるならいいと赦した。

 

「あっ、そう言えば……今って誰かと一緒にいるの?一人ぼっちじゃないよね?」

 

「流石にそこは大丈夫だよ。第二の家族みたいな人たちがいるし、今なら偶然の重なりでできた仲間もいる」

 

──多分、俺も香織と立場が逆ならできるんだろうけどな……。自らが他人に安心させる言い方ができてる風に感じられず、こんなことを考えた。

 

「ちょっとだけ考えちゃうんだ……。俺が今、この力を持ったあの時に戻れるなら香織を助けられたのかなって」

 

「私を助けてくれるのは嬉しいけど、それで隼人が助からなくなっちゃうなら、私は嫌かな……」

 

「俺もちゃんと助かる上でなら……って、訳でもないか」

 

そもそもそう言う無茶をやめろと言うのだから、行けたとしても行ってはダメだろう。隼人はその考えは捨て置くことにした。

せっかくヴァイパーを討ち、より未来を見ることができるようになったのだから、過去は振り返る程度でいい。

 

「あの子には会った?」

 

「いや。それっぽい子は前に見たんだけどな……」

 

「ちゃんと会ってあげるんだよ?ずっと寂しがってたから……本当、無事で良かったよ」

 

自分が憂いてる要素は無くなったのだから、次以降の外出は暫くその子を探す目的を追加していいだろう。そう考えて隼人は頷いた。

 

「さてと……お父さんとお母さん待ってるから、私そろそろ行くね」

 

「そっか。なら、()()()の間お別れだな」

 

人はいつか死が訪れる──。が、簡単に死ぬつもりは無い。隼人はそれを遠まわしに告げるが、香織は分かってくれたようで、笑みを浮かべる。

 

「それはそうだよ。立派なお爺ちゃんになるまで、こっちに来ちゃダメだからね?」

 

理由は当然これで、早い話が天寿を全うしたら初めてこっちに来いである。

それに強く頷き、満足した香織が手を振ってから立ち去るのを、隼人は見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

形態端末の着信音に促され、隼人はゆっくりと目を覚ます。今日はヴァイパー討ってから翌日の朝である。

誰から電話が来ているかと思えばミリアムからだった。

 

「もしもし?」

 

『朝からすまんの。百由様が昨日から進めてたバイタルチェック、今日の朝からできるようじゃ』

 

「早いな……分かった。身支度したら行くよ」

 

──色々気を遣わせてるな。と、思いながら感謝の旨を告げ、電話を切る。

昨日はヴァイパーを討った記念として、一柳隊のメンバーで祝勝会をしようと話が上がっていたのだが、せめて右腕が治るまで待とうとなった。

それがたまたま居合わせた百由の耳に届き、超特急で準備を進めてくれたのである。

 

「(あれ……?外の景色って、こんなに明るかったっけ?)」

 

カーテンを開けて差し込んだ光に目をしかめながら、見てみた外の景色に違和感を感じた。

確かに、日差しも雲に隠れてはいないのだが、それでも今までと比べて明らかに明るく感じる。

 

「(そうか……俺に外を暗く感じさせる原因(あの卑怯者なクソ蛇)が消えたからだ。俺は今度こそ、前を見て進めるんだ)」

 

後ろを見続けなくていい──。それがこれだけ楽になるものだとは思わなかった。納得できたところで、自然に笑みがこぼれていた。

前を見て進めるのだから、前もって決めていたことは今日からやることにする。

 

「(こいつはもう着ない。だから、今度新しく買いに行くか)」

 

復讐の赤衣(過去の象徴)を『ハンガーに掛けた(置き去りにした)状態のまま』、隼人は部屋を後にした。




Q.何でこんなに早く決着になった?

A.ヴァイパーが想像以上にラスボス向きの設定してなかったのと、隼人が復讐を終えた後を書くべきと思った。


決着着いたので解説入ります。


・如月隼人
遂に本懐を遂げた復讐者。代償は右腕(のナノマシン)がイカれる。
流石に今までが今までだったので、情が溢れた。
赤のジャケットは後ほど処分予定で、もう今後着ることは無い。
今後見える世界は体感ではあるものの、ゲームの設定で言うところの輝度が2~3上がった世界になる。


・一柳梨璃
途中危なげながらも囮を頑張った本編主人公。
自己暗示で半ば無理矢理乗り越えることに成功している。


・王雨嘉
救助の為に撃った狙撃は本話・本戦闘におけるファインプレー。
勝利をほぼ確定させたも同然な一撃と化しており、その後ヴァイパーがなす術も無く死んでいる。


・ヴァイパー
今回遂に討伐された外道蛇(ラスボスの器じゃなかった奴)。幾ら頑丈でもノインヴェルト戦術までは無理だった。
後に周囲と都心近くに伝わり、時間と共に忘れ去られていく。
敗因は雨嘉の狙撃に気を取られたこと。だが、今回の戦闘は雨嘉に気づけなかった時点でもう負けが決まっていたようなものでもある。
要するに、梨璃一人しか見ていない時点でコイツは詰んでいた。


・真島百由
隼人の右腕の事情を知り、超特急で準備をしてくれた人。
どれくらい急いだかと言えば、徹夜で仕上げたレベル。


・彩月香織
隼人の予想通り、復讐者と化していた彼にお怒りだった模様。
ただ、彼がどんな形であれ、無事だったことには安堵しており、爺になってから来てくれたら本当に憂いが消える。


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第16話 再動

ヴァイパーを討伐し、早くも一週間が過ぎた休日──。完全な真夏になった日のことである。

 

「ああ……バイクに乗りたい……。風を感じながら移動するの楽しいのに」

 

「動かないなら仕方ないでしょう?それに、今日元に戻るならいいのでは?」

 

現在、右腕が動かせないので隼人は電車を使って由美たちのところに移動する羽目になっている。

移動する理由は昨日の段階で完成した新型ナノマシンを、右腕に搭載してもらうからである。

バイクの移動を好む理由は単に自分のペースで動けるから以外にも、今言ったように移動中に来る風を感じるのを好んでいるからだ。

この辺り、ヴァイパーへの復讐と言う暗い目的を少しでも紛らわそうとしたところはあるが、それがこのように返って来るならそれもまたと思った。

あれ以来復讐の赤衣は一切着用しておらず、これからは百合ヶ丘のリリィとして戦う意志を示す上着を探しに行く予定である。実際、今日も黒のインナーシャツと、同色のスラックスと言う、赤のジャケットを外しただけの格好になっている。

仮にも年端の行かない少女と──それもかなりの美少女と一緒に出向くのに、その格好は無いだろうと言いたくなるかも知れないが、隼人が恩人たちに復讐を終えた証明になる為、今回ばかりは我慢してもらうしかないし、楓にもそこは了承を取っている。

 

「毎度毎度助かるよ……わざわざ同行してくれて」

 

「構いませんわ。わたくしも、個人的に気にしていた箇所の解決ができるかもしれませんもの」

 

今回は楓が同行しており、彼女は客人として初めて施設に案内することになる。

隼人は自らが他にやることを探すにも、将来どの道資金が必須である為、出撃手当ても考えて百合ヶ丘に残留を選んだ。

勿論、ただこれだけにとどまらず、これまで協力してくれた仲間を放って一人離脱する気になれなかったのだ。

 

「(これだけ良くなった景色を見ながら、バイクで走ったら絶対楽しいよな……これからの趣味にドライブ入れるか)」

 

「(そっちへの頓着の薄さもそうですが、命に関する物事への執着の強さ……間違いなく、これから向かうところにあるはず……)」

 

隼人は今後の楽しみ、楓は復讐者だった男の今を作ったきっかけを考えていた。

最寄り駅に着いた後、隼人の案内でその施設へ向けて進んでいくのであった──。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

隼人が何故楓を呼んだのか、それは二日前の放課後に遡る。

 

「……もうですか?早いですね。助かります」

 

『玲が突貫作業でやってくれたわ。それと、一人くらいならここへ連れてきてもいいわよ?今一人で移動するのは大変でしょうし、その手伝いと、あなたの心象悪化を防ぐ為にもなるわ。位置情報の秘匿を約束してもらえると助かるわ』

 

由美から連絡を受け、隼人は一先ず協力してくれる人を見つけたらまた連絡すると伝え、早速思考に入る。

思考対象は勿論、誰を施設に連れていくか──。これである。

 

「(まあ、ぶっちゃけ位置情報さえバラされなきゃ誰でもいいからなぁ……)」

 

早い話、勢いで話さなければ誰でもいいのだ。逆に言えば、そのせいで絞れないのだが。

であれば、自分の背後をどれだけ気にしているかを焦点に絞ってしまえばいいだろう。

 

「てなると、一人は候補に挙がるな……」

 

「あら、誰が候補に挙がりますの?」

 

部屋を出た直後にそんなことを口にしていたら、偶然にも通りかかった人の耳に届いた。

誰かと思えば楓で、丁度隼人が候補に上げていたその人である。

 

「お前か……丁度良かった。今の話なんだけど……」

 

ざっくりと右腕を直す目途と、誰か一人を連れてきてもいい許可が降りた話をすることにした。

 

「あら、それは一安心……とは言え、早かったですわね?」

 

「向こうが突貫工事で作ってくれたみたいでな……まあ、誰を連れていくかは一旦一柳隊のメンバーで話し合うか。多分、お前になるんだろうけど」

 

これに関しては最も隼人の背後に興味があった人だからではあるが、ほぼ確定と見ていいだろう。

一応確認として、運よくレギオンの部屋に全員集まっていたので隼人はそこで話してみることにした。

 

「本当!?隼人くんの右腕が治るの!?」

 

「もう目途が立ったのか……まあ、早いならそれでいいか」

 

それを伝えて見たところ、反応は良く、良くなった腕を見せてくれとの旨を貰った。

この後、一人なら案内ができると伝えられ、誰が行くかと言う話になる。

 

「取り敢えず、位置情報さえバラさなければ誰でもいいよ」

 

隼人が示す条件は非常に緩い。機密保持をあれだけ徹底していた前回と打って変わっているのは、ヴァイパー討伐に対する礼もある。

こうなれば、隼人の背後関係を気にしていた人が行くのがいいとなり──。

 

「なら、楓さんが行くでいいんじゃないかしら?」

 

「気になるなら、直接見て解決が一番じゃな」

 

こうして楓が指名されるのであった。そう言う事ならと彼女自身も遠慮なく行かせてもらうことにし、その後隼人と共に外出申請を出しに行った。

 

「(さて、彼はどう言った過ごし方をしていたか……ようやく知れますわね)」

 

「(取り敢えず当日だ……上着買うのは墓参りしてからでいいか。アリスに買い出し手伝ってもらう……は、できるな。どうせ向こう行くまでバイク乗れないし、治れば向こうにあるの使えるしな)」

 

楓が一満足していた横で、隼人は自分の現状の内、バイクに乗れないことを嘆くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 16 話 }

 

再 動

re-movement

 

 

光ある道を進む

──×──

Revenge is over, and a fresh start

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「前に行ってたもう一個の行き先ってここなんだよ」

 

「……何かの施設に見えますわね」

 

そして最寄り駅に着いた後、徒歩で目的の施設に辿り着いた。

楓の率直な第一印象にはそうだよなと同意した後、立ち話をするのも酷なので、開錠して中に入ることにする。

 

「あっ、一応暗証番号打つところは見ないでくれるか?後ろ向いててくれると助かる」

 

「なら、終わったら声をかけてくださいな。それと……いえ、何でもありませんわ」

 

そう言ってコッソリ触るのは無し──。と言おうとしたが、以前に全く効果が無かったことを思い出し、その言葉を飲み込んだ。

何が言いたかったのか分からない隼人は一瞬首を傾げたが、何でもないならいいやと承知して暗証番号を入力していく。

──左手でもまあ打てるな……。普段打ってたのは右腕でだが、反対の腕でも特に問題なくできたことに一安心だった。

 

「よし、終わったぞ」

 

声を掛けて中に入り、楓を由美たちがいる場所に案内する。

 

「戻りました」

 

「お帰りなさい。やっぱり着てこなかったわね。あの上着」

 

もう終わりましたからね──。歓迎の言葉をくれた由美に対し、隼人は笑みと共に堂々と答える。

これで自分たちの協力関係は終了したことを確信しつつ、由美は楓の姿を視界に入れた。

 

「彼女が連れて来た子?」

 

「ええ。俺に協力してくれたレギオンにいるリリィの一人です」

 

「初めまして。わたくし、楓・J・ヌーベルと申します」

 

「ヌーベル……なるほど。グランギニョルのご令嬢さんね。隼人君から話は聞いてるでしょうけれど、私は明石由美……彼の右腕の製作者よ」

 

凄いところの人と縁ができたなと思いながら作業を切り上げ、客人用のコーヒーを用意することにする。

自分たちは普段、無糖で苦みの強いものを好んで飲んでいるが、他の人が合うかと言えば必ずではない。その為、砂糖の用意も忘れない。

案の定、ブラックのまま飲むのは厳しかったらしく、楓は砂糖を使わせてもらっていた。

ちなみに、元G.E.H.E.N.A.だからと最初は警戒してしまったが、隼人らと話す様子は至って普通で、一人だけ損すると思ってやめにした。

 

「うん。やっぱ俺はこっちの方がいいな……」

 

「そうですの?わたくしは紅茶の方がいいですわ」

 

「二人とも、それは慣れの影響でしょうね」

 

隼人がコーヒーを好むのも、楓が紅茶を好むのも、どちらも慣れが起因する。

リリィとして生きていれば紅茶を飲まない週など存在しないだろうし、隼人のような特殊な生き方をしていればそこで大きく影響を受ける。今回がたまたまコーヒーだっただけで、紅茶になっていた可能性もある。

ちなみに、玲も最初は紅茶を好んでいたが、ここで生活している内にコーヒー派へと変わって行った。

 

「さて、コーヒーのご馳走も済んだことだし、そろそろナノマシン交換と行きましょうか」

 

「はい。お願いします」

 

隼人から了承を得た後、由美は玲を呼びに行く。

そこから、ものの二分ほどで、当の本人を連れて由美が戻ってきた。

 

「じゃあ、隼人君は右腕だけ出して頂戴。袖まくりから交換まではこっちでやるわ」

 

「ヴァイパー討伐お疲れ様。アフターケアは任せてよ」

 

「ありがとうございます。こんな超特急で用意してくれて……」

 

隼人の礼に対し、玲は元気に動く右腕を見せて欲しいと返し、作業を始める。

右腕の袖まくりを完了させて専用台に乗せ、台のディスプレイに、隼人の右腕のデータが表示される。

 

「あの、そちらの赤い点は……?」

 

「これはナノマシンがダメになった時の表示よ。今からこのナノマシンを全て吸い出して、新しいナノマシンを入れ直すわ」

 

楓は隼人の右腕のデータを見たことがなかったので、質問して見たところ、由美が答えてくれた。

 

「じゃあ、始めるよ。少しの間動けないけど、それはちょっと我慢してね」

 

「大丈夫ですよ、玲さん。いつでもどうぞ」

 

了承を得たところで玲は彼の右腕に注射器らしいものを刺し、ナノマシンの吸い出しを始めた。

すると、機能不全を起こしていたナノマシンの表示が移動して消えていくのが見えた。これが全て消えるまで吸い出しし、その後新型のナノマシンを入れることになる。

 

「ただいま……って、隼人じゃない。戻ってきてたのね?」

 

「アリスか。今ナノマシンの交換してもらってる」

 

「(この人が……?わたくしたちと全く同い年に見えますわ)」

 

そのタイミングで買い物を終えたアリスが返って来て、その荷物だけ整理して戻って来た。

戻って来たところに合わせて隼人が楓とアリス、玲の三人を紹介し、間を持つ役割を果たす。

 

「ところで、私たちのことはどこまで聞いてるかしら?」

 

「G.E.H.E.N.A.を脱退したことと、隼人さんの恩人であること……それから、もう脱退してから戻る気は無い辺りですわ。一応、ヴァイパーを討つに当たって協力関係であることは予想できますが」

 

作業の間、由美から問われたので楓は答える。隼人も最低限しか話していないが、それでも予想は簡単だ。

元とは言え、G.E.H.E.N.A.と言えば警戒してしまうが、この人はもうそんな意識ゼロで、何なら隼人と共に人の為に動いていたとなればその内警戒も薄れるだろう。

 

「ならそうね……少し話をしましょうか。隼人君を治療して、初めて百合ヶ丘近辺に行くまでの頃を……」

 

「えっ?それ話すんですか……?ちょっと恥ずかしいな……」

 

「隼人君、最初の頃は結構荒れてたからね……」

 

「(今以上に酷かったんですの?)」

 

命を救う為に平然とルール違反、更にそれを加速させる自らの理念で大概だと言うのに、それより上があると示唆され楓は驚愕した。

実際、救助された直後の隼人は香織を目の前で殺されたショックと、己の無力への嘆きと払拭、そしてヴァイパーへの殺意と怒りが重なって心境がとても穏やかでは無かった。

 

「実戦へ参加する前に、半年間掛けて訓練させたけれど……まあヴァイパーへの憎しみが募って最初のうちは碌に正常な判断を下せなかったくらいね」

 

「その酷さは見ていた私も保証するわ。制止の声すらヴァイパーへの殺意で全く聞いていなかったから……」

 

「あれは、本当にすいませんでした……」

 

実際、「殺してやる、殺してやる……!」と怨嗟の声を呟くものだから如何に平静さを欠いていたかが伺える。その為、訓練期間の内、一ヶ月辺りはこれの矯正をしていたりもする。

隼人が梨璃たちに正常な判断ができるよう心理テストを行ったのはこれが理由で、自分と同じ失敗をしないようにする狙いだった。

その後問題無しと判断できる段階になり、隼人は実戦にて救助活動等に協力。その過程でヴァイパーを追い掛ける姿と言動が『蛇を追う者(アヴェンジャー)』の称号を与えた。

幸いにもヴァイパーからの被害から守り、現地のリリィのみでは間に合わない救助に成功させたり等で味方の認識を付けさせたことは大きく、今日に至るまで隼人の真相を知ったのは一柳隊と一部の人だけである。

 

「ヴァイパーの調査は平行して行っていて、その結果無駄に硬いこと。出現位置にマーキング行為を行い、その周囲で活動する等の確認ができたわ」

 

──マーキング行為の詳しい理由までは知らないけれど、もう考える必要はないわね。多分、人に恐怖心を与える為だろうが、もう過ぎ去った話である。

ちなみに、時折ヴァイパーがその場所での行動に飽きたかのような声を上げ、そこからケイブへ帰ると、次に出現する位置が変わるのも調査の過程で知ったことだ。

 

「これが都心近くでのヴァイパーの活動期間を纏めたものだよ。人が密集しやすい場所であるほど、長く活動しようとしているの」

 

「……!合計すると大体三年間……でしたら、ヴァイパーが百合ヶ丘近辺に現れたのは……」

 

「考えられることがあるなら、都心近くでの活動に飽きたからでしょうね。その三年間で全て周り切っているから……」

 

玲がタブレット端末に映して見せてくれた情報で、楓は百合ヶ丘近辺に現れた理由への辻褄らしきものを見つけた。

これによって次に狙いを定めたのが百合ヶ丘近辺。そして偶然にもまだ戦い方も覚えていない梨璃の前に運悪く現れた形になる。

ただ、気になるのはこの近くは大分人が少ない場所であり、ヴァイパーがそこまで長期間滞在するような場所には思えなかった。

 

「そこは隼人の存在でしょうね。合わなくなると思ったら、移動先の初日で遭遇するし、奴に初めて恐怖心を植え付けたから」

 

「称えるべきか、呆れるべきか……判断に困りますわ」

 

その復讐心による行動は、確かに厄介な存在を縫い付けたが、それまでの行動がとてもじゃないが褒められる要素を打ち消している。

無免許運転もそうだが、縮地を活用した無茶な救助行動も普通にしていたらしく、この男は他人にどれだけ心配掛けているかを一度知るべきだと楓は本気で考えている。

タチが悪いのは隼人の中での危険管理は思いの外しっかりしており、ちゃんと全部生還しているし、何なら救助者と自身の怪我等は一個も増えていないのだ。故に由美やアリスもその辺を完全に放置している。

この話をした辺りで振るいナノマシンの吸い出しは終わり、新型ナノマシンの挿入が始まる。

 

「こうして無事にヴァイパーを討伐できたから、後はどうするかね……当初の目的を果たした以上、隼人君は私たちと協力する理由は消えているわ」

 

ヴァイパーの単独撃破不可の時点で形骸化しかけていたが、それでもヴァイパー討伐と人命救助等で協力関係を結んでいたのだ。

それが終了した今、隼人を縛るものは無く、ここに残るのも、どこかへ旅立つのも、全て彼の自由である。

ただ、一つ問題があるとすれば、彼が旅立つには帰る場所の確保ができていないことにあり、それが課題となるだろう。

 

「で?あなたはどうしますの?」

 

「全く決まってないよ。ていうか、こんなに早くクソ蛇を殺せると思って無かったんだ……」

 

三年以内──。レギオンメンバーのことを考えれば二年以内に討てればいいなと考えていたら、ものの半年もせずに討ててしまったせいで、全くその辺の考えが決まっていなかった。

この為、全てはこれから決めることであり、それも卒業までに決めたいと思っている。

 

「(けど、何がいいんだろうな……)」

 

実際、何も決まっていない以上、それも探していくしかないだろう。

であれば、今は当面の目的としている、香織との約束を果たすのを優先しつつでいいだろう。夢の中であることは変わりないが、自分たちが無事を確かめ合うことは、彼女が望んでいることだと断言できる。

 

「ここに残るなら構わないわ。ここは私たちにとっても、あなたにとっても家のようなものだから」

 

「それに、これだけずっと過ごしてたら……もう家族みたいなものだしね」

 

「当然、選ぶのは隼人の自由よ。望む道を行きなさい」

 

行くも残るも、この三人は止めはしない。それだけでもありがたい話であった。

ならゆっくりと考えて行こう──。そう思ったところで、隼人の右腕を映しているモニターから電子音が聞こえた。

 

「よし、これで完了だよ。動かしてみて」

 

モニターの新たに入ったナノマシンが全て緑色の点で表示されているのと、電子文字で『COMPLETE』の文字が見え、隼人は右腕を動かしてみる。

肘を曲げてから伸ばす。右手を開いてから閉じる。肩を起点に軽く一回転振り回してみる。

 

「(前より動かしやすい……?)」

 

今回のナノマシンはノインヴェルト戦術への適正をより高めると同時に、基礎性能の向上を図ったものである為、それが動かしやすさに直結していた。

と言っても、体感領域での誤差であり、それ以上変えるのは非常に難しかったことが伺える。

 

「問題なさそうです。マギの入れ方とか、その辺変わらないんですよね?」

 

「もちろん。まあ、最大許容量が増えているから、強いて言うなら前より無茶が利くようになっているわ。少なくとも、今回ヴァイパーを討った時の人数分は余裕で制御できるわ」

 

ならよかったと隼人は一安心しつつ、礼を言う。

この後は墓参りと一緒に買い物をしてから戻るつもりであり、であればとアリスも手伝ってくれることになった。

ちなみに、今回楓はアリスのバイクの後部座席に座らせてもらい、一人故にサインがはっきり出せる隼人が前を走ることになる。

 

「あの右腕のことは聞いているのよね?」

 

「ええ。あなたの血液と、細胞のサンプルが使われていることも……あなた自身が、ブーステッドリリィであることも……」

 

移動中、アリスが問いかけて来たので楓は答える。聞いては悪いだろうと思って遠慮していたのだが、本人がいいと言ってくれるなら話は別だ。

義母である由美が持ち出した理由が、研究機関の者たちによる悪用を防ぎ、本当に必要となる者に渡すまで確保するのが目的だったことを教えてもらい、確実性が低いなと楓は思った。

なお、ブーステッドリリィになるのは複雑な事情がある可能性が非常に高い為、それに触れることは正直申し訳ないと思っている。

 

「ブーステッドリリィに関しては気にしていないわ。私がお義母さまへの恩を返すのと、自分のやると決めた道に必要なことだったから」

 

アリスは元々スキラー数値が微妙に足りておらず、そのままではリリィになることができなかった。

その悩みを解決する方法としてブーステッドリリィへの強化手術の存在があり、それを飲んだアリスは、義母である由美に強化手術を施して貰うことになる。

由美の方針通り必要最低限の手術であったが、それでも十分過ぎるものであり、彼女は晴れてリリィとしての道を歩むことになる。

最初は現場手伝いに近い形での活動だったが、これは元々ガーデンに所属するつもりも無かったから、大して気にしていない。

他人が例えどう思おうとも、自分のやって来たこと、歩んできた道に後悔は無い。だからこそ、アリスは胸を張って楓の予想と全く違うその言葉を堂々と言えた。

 

なお、ブーステッドリリィの強化手術はヒュージの技術や細胞等を使うケースが多く、これによってブーステッドリリィは治癒能力の強化や、血を使った武器の生成能力等を得られたりもするらしい。

が、やり過ぎるとそのリリィがヒュージ化してしまうこともあり、これのせいでやり過ぎるとろくなことが無いからと言う控え目派と、限界に挑戦したい思いっきり派で二分される原因にもなっている。

アリスの場合は本当に最低限の手術であった為、ブーステッドリリィ特有の強化能力は持たないが、同時にヒュージ化してしまう危険も無い。

 

「その結果、お義母さまの手伝いはできたし、死にそうだった隼人を助けることもできた……だから、私に後悔なんてない」

 

──誇りには思うけどね。アリスの満足気な笑みを見て、余計な気遣いは不要だと楓は理解した。

ただ、無条件で満足しているかと言えばそうでもないらしく、一つ気掛かりが残っているようだ。

 

「私、ヒュージのせいで家族を失ったせいで価値観にずれがあるから、その影響が出てないといいんだけど……」

 

「……」

 

「……?どうかしたの?」

 

「いえっ!その……何でもありませんわ。おほほ……」

 

──これ、わたくしたちでどうにかしましょう。これ以上アリスに苦労を掛けまいと思い、楓は胸にしまっておくことにした。

一先ずアリスの価値観のずれ自体も時間と共に治せるはずだとお茶を濁しておく。

 

「あっ、一つつかぬ事をお聞きするのですが……あなたは、免許の方は持ってまして?」

 

「持ってるわけ無いでしょう?私、ブーステッドリリィとは言え、ガーデンに所属していないから」

 

「や、やっぱり……」

 

──……隼人さん(アホンダラ)の恩人も同じでしたのねっ!?言葉に出さぬものの、楓は頭を抱えたくなった。等のアリスも何言ってるんだお前はみたいな反応をしたので、尚更である。

ちなみに、隼人とアリスは二人揃って玲から教わっており、彼女はしっかり免許を取得しているが、そんなことは関係ない。と言うか、これを知ったら楓は人に犯罪を推奨しないでと玲に怒るだろうが、流石にそれを知る機会は今後ないだろう。

 

「ようやく、ヴァイパーがいない状況でここに来れたな……」

 

都心近くに着いた後、買い物をしてからでは物が邪魔になってしまうので、先に慰霊碑に立ち寄ることにした。

花束だけ購入してそれを備える。そこから、隼人はそこで眠る香織に向け話し始める。

 

「久しぶりだな……と言っても、一ヶ月は経ってないけど……ようやくヴァイパーを討ててひと段落着いたから、顔出しに来たよ」

 

普段と比べて自分はどうなっているだろうか?自分ではよく分からないが、ここに来る隼人を時々見かける人からすれば、晴れやかになったと答えるだろう。

 

「これでもう、アイツのせいで俺たちみたいな人は増えない……俺がこんな道に走っちゃったのは悪かったけど、もうそんなこともしないで済むんだ」

 

「(隼人……ようやく、あなたの心に平穏が訪れるわね)」

 

アリスの脳裏に浮かぶのは、初めてこの場に来た時、香織の名を見て涙を流す隼人の姿だった。

己の無力を呪い、ヴァイパーへの殺意が増し──。とても齢12の少年とは思えない表情をしていた彼が一転、今は年相応の少年らしい穏やかな笑みを浮かべている。時間の流れと境遇の変化を教えてくれた。

空模様は奇しくも当時と全く同じ状態になっており、尚の事変化を感じさせてくれ、脳裏の姿と目の前の姿の差に安堵したアリスも穏やかな笑みを浮かべる。

 

「将来何やりたいとかはまだ決まって無いし、夢も特に持ってないけど……それはいくらでも考えられる。だから、今は俺がやるべきこと──リリィのみんなと一緒に、ヒュージと戦って……俺たちのような人が増えるのを少しでも多く止めるよ」

 

──また心配かけちゃうかも知れないけど、大丈夫。もうあんなやり方はしないよ。その言葉に対し、女子二人はそれぞれの考えが出る。

 

「(そうね。ヴァイパーに対する執着心以外、気にする要素はない。隼人自身、結構無茶なことはするけど、リスク管理自体はミスしないから……)」

 

「(無茶をしないって、どの範囲までですの?流石に、一人で無謀なことはしないと思いますけれど……)」

 

この二人の考えに差異があるのは、隼人との付き合いの長さと理解が起因する。アリスの方が長くて思想の理解が強いのは仕方ないところである。

何なら、アリスの場合、自分の思想を彼なりの形にして引き継いだのを知っている為、尚更だ。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ。今度はこんな寂しい格好しないで来るから、そこは許してくれ」

 

こうして慰霊碑を去った後、隼人の服と、祝い用の食料・食材等の買い出しをアリスに手伝って貰い、施設へ戻ってバイクを返しに行く。

 

「悪いな。ここまで手伝って貰って……」

 

「これくらいいいわ。それよりも、ガーデンの制服に合わせなくて良かったの?制服の代用品は」

 

隼人が新しく購入した上着は白のコートであり、インナーが黒である為百合ヶ丘の制服と比べ、上は白黒反転した組み合わせになっている。

これに関しては意図的にやったものであり、ここから幾らでも自分を変えられると言う意味合いと、百合ヶ丘のリリィとして戦うが、存在自体がイレギュラーであることに変わりない二点から、隼人はこの目立ちやすい組み合わせにした。

 

「ヴァイパーを討つ為の協力は終わったけれど、それで人間関係全てが終わりにはならない……帰りを待っているわ」

 

「向こうで何をやりたいか。それが見つかることを祈るわ」

 

「困った事があったら相談に乗るから、いつでも連絡してね。用意できる物があったらそっちに送るから」

 

自分の帰る場所はここだと三人が教えてくれ、隼人は孤独じゃないことを改めて感じ取る。

 

「うん。行ってきます……俺の家族たち」

 

自分の大切な家族に手を振り、隼人は再び出発する。

 

「さて、これからはどうやって行こうかな……?リリィとしてどうやって戦うか、将来何をしたいか。考えられることは多いな」

 

「時間はいくらでもあるんですから、ゆっくりと考えて下さいな」

 

未来の道筋はまだ決まらないが、選べる数はいくらでもあった。




これにてヴァイパー決戦編は終了となります。次回からはアニメ本編に戻ります。

軽く解説入ります。


・如月隼人
自らがイレギュラーであることを忘れないようにする道を選んだ。紅茶よりもコーヒー派。
ナノマシンの交換が完了したので、マギに対する負荷をより受けられるように。
あんなやり方しないとか言ってはいるが、復讐心に任せた戦い方をしないだけで、根本は全く変わらない。目の前に救える命があるなら、救うべく突っ走る。


・楓・J・ヌーベル
レギオンメンバーの勧めと、隼人らの事情が重なり、今回例外的に施設に案内してもらったお嬢様。コーヒーよりも紅茶派。
目先の悩みは、隼人の身に起きてる問題点。解決手段を思考中。
隼人のあんなやり方しない宣言は完全には理解できていない。


・アリス・クラウディウス
隼人の心に平穏が訪れ、一安心。ただ、自分が隼人に悪影響を及ぼした自覚は無い。
ブーテッドリリィになったことに関しては全く後悔していない。隼人を救い、ヴァイパー討伐も終わったから、尚の事これで良かったと思っている。
無免許運転者の一人で、無免許運転する恩人も同じ無免許運転であった。
隼人のあんなやり方しない宣言は理解できており、心配はしていない。
施設にいる人らでは、隼人から見ると居候先にいる同い年の異性。


・明石由美
楓に自分が知る限りの隼人が辿った道の情報を提供。隼人がコーヒー派になったのは、この人が普段からコーヒーばっかり飲むのも影響してる。
ヴァイパーに関しては資料が足りず、今でも憶測にしか過ぎない部分はあるが、そこはもう必要ないだろう情報として割り切っている。
施設にいる人らでは、隼人から見ると母親代わりの人。


・加賀美玲
隼人に新しいナノマシンをくれた人。最初は紅茶派だったが、今はすっかりコーヒー派。
実は隼人のCHARMの整備をする必要が無くなったせいで、暇な時間が増えてしまっている。その為、余った時間は技術の取得やリサーチに時間を回している。
施設にいる人らでは、隼人から見ると姉のような人。


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第17話 邂逅

久しぶりにアニメ本編に戻ります。


「よし……これで終わりだな」

 

「見事な手際ですね」

 

隼人の右腕が戻った翌日の夜。時間が時間だったので今日に引き延ばした祝勝会の準備の内、食事の準備を隼人と神琳でやっていた。

作る物自体は軽めに食べて行けるものであった為、その手のものを作り慣れている隼人からすれば特に苦は無い。寧ろ楽まである。

一柳隊の中で、料理を結構な頻度でやるのはこの二人だけであり、その辺を全任せされたので、神琳は寧ろこの状況だからこそ聞きやすいものがあった。

 

「ちょっとだけでいいのですが、復讐が終わった後のお気持ちやその他……聞かせていただけますか?」

 

「……?どうした急に」

 

「お願いですから……ね?」

 

──何か訳アリか?理由を問うてもはぐらかされてしまった隼人は、それ以上追求しないことにし、取り敢えず答えることを選ぶ。

 

「総括すると、憑き物落ちたって言うのか、穏やかになれたって言うのか……どっちだ?所感だと、周りの景色が明るく感じたな……後、俺の場合やりたいことが全く決まって無かったから、それもゆっくり探していきたいと思う」

 

──時間はあるんだ。ゆっくり考えればいい……。相変わらず感情関連には不器用な隼人だが、これもその内時間や環境で治るのだろう。

それを聞いた神琳が「そうですか」と納得した様子を見せたが、隼人は忘れずにもう一つ付け足しておく。それはもし、神琳が何かに復讐心を抱いているならである。

 

「例えその対象を目の当たりにしても、自分を見失わないことが大事だ。そうじゃないと、自分が持ってる力を発揮できないで死んじゃうからな……。多分俺も、それができなかったら皆に会うよりも前に死んでた」

 

「分かりました。意識しておきます」

 

聞きたいことは十分に聞けたらしく、この話はここまでになった。

その為、自分たちが持っていかねば始まらないこの食事を、まずは二人掛かりで持っていくことにした。

 

「(そう簡単に機会が訪れるとは思えませんが……)」

 

──その時が来たら、必ず……。一瞬とは言え、自分でも気づかないくらい、神琳は内側の情が溢れそうになっていた。

ただ、これを今爆発させたところでどうしようもないので、神琳は一度自分を落ち着かせ、今回の祝勝会に意識を回す。

 

「(俺はこうだけど、神琳がどうなるか分からない……)」

 

──様子がおかしくなったら、今回の話を思い出すようにしよう……何かヒントがあるはずだ。隼人はこの話を頭の中に叩き込み、思考を切り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ヒュージの残骸か。これ……」

 

翌日の朝──。何やら海を渡っていた輸送船が事故に遭ったとのことで、一柳隊のメンバーで調査に来ていた。

百合ヶ丘近辺の海辺で調査をしていたが、そこでヒュージの残骸を発見する。

 

「昨日って、戦闘ありましたっけ?」

 

梨璃が確認の為問いかけるも、残念ながらそのような報告は無かった。

 

「それとこれ、活動停止してからある程度時間が経っているみたいです」

 

ヒュージは撃破されたりすることで活動停止した後、そのまま腐って消え去って行くのだが、今はその腐りゆく時に発生する臭いを発しており、それを嫌って鼻を摘まむメンバーもいる。この状況に回答した二水もその一人だ。

 

「今回は……まだマシな方……」

 

雨嘉が鼻を抑え、眉を下げながら言った通り、今回のこれはまだ優しい方であり、都心近くで大量のヒュージと戦った後は非常に強烈なものになる。

なお、隼人自身は嗅ぎ慣れてしまったので特に抑える様子も、不快感を感じている様子も無く、普通に辺りの確認をしていた。都心近くでの狭い空間での活動によって耐性が付くのも早かったのだ。

 

「(……何というか、以前より落ち着いてる気がしますわ)」

 

少しだけ隼人の様子を見てみた楓だが、彼の目から伝わるものが随分大人しくなったように思えた。

考えられる理由は復讐者では無くなったことで、やるべきことが減ってそこに集中しやすくなったと同時、己を怒りで歪める復讐心が消えたからだろう。

この前口にしていたあんなやり方しないが気になるところだが、今それは考えないことにした。

 

「(あのクソ蛇の仕業って可能性はないな……この前ぶっ殺したし、そもそもアイツは陸上でしか戦えない)」

 

ヴァイパーが関与するかどうかは真っ先に否定する。彼奴に海を渡る輸送船を襲撃できる能力は無い。

であれば共喰いやら出現したケイブがたまたま荒波の上で、そのまま波に飲まれてしまったやらが浮かんでくるが、果たしてそんなことがあるだろうか?確証は得られないので、結局謎のままだ。

 

「細かく考えてもしょうがないか。分かってる情報が余りにも少なすぎる……」

 

割り切ったところで、レギオンメンバーたちのざわついた声が聞こえたのでそっちに足を運んでいく。

 

「何か見つかったのか?」

 

「戻って来ましたわね?実は……って、ちょっとお待ちになって!?」

 

「おぉっ!?何だ急に!?」

 

到着するや否、いきなり後ろへ回り込んで来た楓に目隠しをされた。

幸いにも平地であり、例えそうでなくとも隼人自身バランス感覚は鍛えられているので問題ないが、いきなりなものだから驚く。

この時、以前の様に豊満なそれを押し付けることになったが、楓が気にする余裕も、隼人が堪能する余裕も無い。と言うか、余裕があっても隼人はそれをしない。

 

「はぁ……これでどうにか……すみませんが、このまま待ってくれませんこと?」

 

「え……?いいけど、せめて理由を説明してくれ」

 

何か理由があってこうしたのだと考えた為、隼人はそれを聞き出すことを選択する。

そうすると、今度は全員揃って黙りこくってしまった。それだけ言いたくないことなのだが、隼人は理由が分からず納得できない。

 

「何も理由ないならこの手、どかすぞ?」

 

「それだけはダメですわっ!あなたが如何に無頓着だろうと、それだけは……!名誉の為だと思って下さいまし!」

 

「なんだそりゃ……?」

 

訳が分からないとは思うが、これだけ楓が切羽詰まった様子なら納得するしかないのだろうなと隼人は割り切った。

 

「楓、悪いけどちょっとの間頼むゾ……」

 

「そうね。隼人君に風評被害は出せないから……」

 

「ま、待った待った!?何でそんなに重くなってるんですか!?」

 

梅と夢結すらそんなことを言うもんだから、今度は隼人が焦る番になる。

しかしながら、このままでは事態の解決にはならず、どうしたものかと皆が考える中、楓らとすぐ近くにいた二水はとあることに気付く。

 

「あっ、楓さん。隼人さんの上着をお借りすればどうにかなりませんか?急ごしらえですが、どうにかなりそうだと思うんです」

 

「なるほど……このサイズでしたら、何とかなりそうですわ。と言うことですみません。この上着、お借りしたいのですが……よろしくて?」

 

「まあ、この面倒な状況終わるなら何でもいいよ。ただ、後でちゃんと教えてくれよ?」

 

自分だけ状況が分からないままあれよあれよと話が進んでいくので、流石に隼人も若干イラついていたのが伝わる。他の人らは躊躇ったが、隼人の反応を予想した楓はそれを承諾した。

一先ず隼人の上着を借り、二水が梨璃のところに届け、何かに使っていく。なお、この時隼人は大事を取って目をつぶっている。

 

「急ごしらえにも程はあるが……まあ、これなら大丈夫じゃろ」

 

「本当に最低限だけれど、これならどうにかなるでしょう」

 

ようやく許可が降り、やっとかと思いながら隼人はその目を開ける。

 

「……女……の子?」

 

そこには隼人の上着を着た、紫色の髪を持つ小柄の少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 17 話 }

 

邂 逅

encounter

 

 

変わる日常

──×──

What does this encounter bring?

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

少女を連れてガーデンに戻った後、隼人は何故その少女に自分の上着を着させたのか事情を聞かせてもらった。

 

「……とまあ、そう言うことがありましたの」

 

「なるほど……まあ、何とは言わないけど、俺の認識がそっちと大分違うことは分かった。分かったんだけど……その子、替えの服とか何も無かったのか?」

 

『……そっち!?』

 

「はぁ……今回もそうなりますのね?」

 

頬を赤らめることも無く、二やけた顔をすることも無く、ただただ目を細めて疑問を口にした隼人に、一柳隊の全員が驚愕した。

一人例外なのは楓で、隼人の異性に対する意識が非常に弱いのを知っていた為、そこに呆れていた。

 

「は、隼人……本当に、それだけ……?」

 

「いや、なんでそんな格好だったんだとかはちょっと疑問に思ったけど……別にそれ見てどうこうは無いよ。寧ろ、無事でよかったと思う」

 

彼女らが嫌がっていた以上、直接口に出さないくらいの気の回し方はできた──が、相変わらず自他問わず命への執着が強すぎるのは変わっていない。

また、雨嘉との会話を聞いてこの悪影響受けた欲の弱さの改善は骨が折れるだろうと、楓は予想する。

件の少女自体は記憶喪失や、何らかの影響で体が弱っていることから百合ヶ丘で保護することになり、リハビリ等もこちらで行うそうだ。

 

「そう言えばあの子、記憶が戻らなかったら帰る場所が分からないんじゃ……」

 

「ああ……確かにそりゃ問題だな」

 

鶴紗が呟いて梅も気づいた。記憶がない以上、帰る場所がないも同然である。このままでは体が戻っても、もう一つの問題が残り続ける。

 

「なあ隼人、お前の知り合いのところで引き取ってもらうことはできるか?」

 

「うーん……部屋が残ってれば何とかなりそうな気もしますけど、それは最終手段にしましょう」

 

恩人たちに面倒ごとを何個も負わせるのは気が引ける為、隼人は最後まで保留したかった。とは言え、どうしようもないなら頼る必要があるだろう。

あそこにいるのは、世捨て人になるのを承知の上で隠れて過ごすことを選んだ人たちだ。訳アリの存在である場合はその方がいい可能性は高い。

ただそれでも、向こうの人たちは自分たちと同じ場所に来る人が増えるのを望んでいないのもまた事実で、できれば使いたくない方法である。

 

「(一応、後で聞いてみるか)」

 

いざという時はこちらでどうにかするしかないので、そこは忘れずにやっておくことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「で?どうなったの?」

 

「空きの部屋が一個あるから、匿う準備自体はできるよ。ただ、この前も言ったけどそれは最終手段に取っておきたい」

 

翌日の昼──。隼人は由美に確認を取った結果を伝えた。一応、最悪の事態は免れることができるようだ。

最終手段にしているのは、その先世捨て人も同然の生活を送る可能性が跳ね上がる為、オススメはできないからである。

 

「おまけに訳アリと癖アリの人たちと一緒に生活となりますし、わたくしもあまりオススメできませんわ……」

 

あそこに一人でいた時点で訳アリだろうと思えるが、まだ全てが決まった訳ではないので、何とも言えないところだ。

とは言え、楓のオススメしない回答には隼人も賛同だった。あそこに無理していく必要はないのだから。

 

「それにしても梨璃さん、帰って来ませんわね……」

 

「自分で見つけた子だから、気にしているのでしょう」

 

梨璃はその少女を放っておけなかったらしく、移動しても大丈夫なくらいに余裕がある時は病室へ様子見しに行っていた。

これに関して、隼人はその行為を悪いとは思っていない。何らかのメンタルケアや心の拠り所を欲していた場合、それを彼女が担うことができるようになる。

ただ、問題は梨璃に負担が回り過ぎてしまうことにあり、ある程度軽減させられないかとも思う。

 

「(と言っても、俺は最悪物理的な方面にしかなれないかもな……)」

 

己の感情が不器用すぎる弱点がある為、自分ができることは限られている。

 

「楓なら梨璃についていくと思ったんだけどな……どうしてこっちに残ったんだ?」

 

「病室ではお喋り禁止ですのよ?そんなところで梨璃さんと一緒にいたところで、何をしろと言いますの?」

 

「見舞えよ……」

 

梅の問いに対する楓の回答を聞き、ツッコミを入れた鶴紗と同じく、隼人はそう思った。この少女、梨璃に執着し過ぎである。

 

「(あっ、そうか……いざって時の為に、生徒会の人とかに今回の結果話した方がいいか……)」

 

──なら、俺は放課後行ってみるかな。運よく鉢合わせたらそのまま伝え、最悪時間辺りで声を掛けられるならラッキー。

このどちらがダメだとしても、少女の様子を見ることもできるので、最悪何かしら一つは得るものがある。

 

「あっ、お姉さまっ!」

 

隼人が決断をしたところで、梨璃が駆け足で戻って来た。

どうやら今のうちに授業内容の一部を聞いておきたかったらしく、それで戻ってきたのはいいが──。

 

「あぁっ!?間に合わなかった!」

 

予鈴の音がなってしまい、次の授業に備えて移動しなければなら無くなってしまった。

慌ただしく戻ってきたのに、挨拶をしてまた慌ただしく去っていく梨璃を見て、隼人は忙しそうだなと思った。

 

「(あいつ……やること増やしちゃったみたいだな)」

 

右腕が義手になってから訓練期間の間──。右腕の拒絶反応との戦いと体力作り、更にはCHARMの扱い方と戦闘技術の叩き込み、これだけに飽き足らず心理テストと筋トレと、余りにもやることを増やし過ぎていた自分を重ねてしまい、少し梨璃が気掛かりになった。

梨璃の性分を考えればあの少女を放っておけないのだが、授業もあれば訓練もあるしで中々多忙になっている。数こそ隼人程ではないが、移動時間がその比ではない。隼人は全ての移動が五分以内で済んでいたくらいに対し、広いガーデンを移動する梨璃はそうもいかない。

少女のことを考えると、移動時間がどうしても邪魔になってしまうくらいの量である。そこをどうにか減らせればいいはずだ。

 

「(俺ができるとすれば、その辺を相談したり、梨璃に催促するくらいか……)」

 

やれることを見出した隼人は、忘れずにやろうと決めて午後の授業を受けるべく移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そっか……じゃあ、今度この子も下見に?」

 

「流石にそれはちょっと早いな……確定していないなら、教えるわけにはいかないし」

 

そして放課後──。梨璃に最低限生活先を用意できることを隼人は伝えた。

相変わらずの強セキュリティぶりに梨璃はそれもそうかと思うが、同時にこの少女がどこにも行き先がないわけではないことに安心する。

 

「りり。このひと、なんかちがうよ?」

 

「服のことかな?えっと……何て言えばいいんだろ?」

 

「俺はイレギュラー……まあ、普通とはちょっと違う人でね……ここに来る人としては前例が無いから、梨璃たちみたいな服を持っていないんだ」

 

性別違いも当然あるのだが、そもそも隼人は正規の百合ヶ丘生ではない。リリィの定義からは狭義的に言えば外れているのだ。

かなり大雑把な説明のせいか、少女は頭の上に「?」マークが浮かんでいるような表情を見せ、もうちょいいい説明が無いかと隼人は考えた。

こうして話していると嬉しく思っていた梨璃は、突然自分の身につけている指輪が光ったことに気づいた。

 

「……ん?なあ、梨璃。指輪が……」

 

「え……?あっ。これ、私のマギじゃない……」

 

自分の指輪から自分以外マギを表示していることに気づいた。そして左手を見せてもらえば、案の定彼女にも指輪が付けられていた。

隼人たちは少女がCHARMを取り扱うもの──すなわちリリィが付けている指輪の存在に気づいた。この指輪、イレギュラーである隼人も必須のものであり、これがあって初めてCHARMを扱うことができる。

リリィの身体と指輪、そしてCHARMの三つが揃って初めてマギを扱え、肉体のみでできた事例は今まで一度もない。

 

「そう。その子、リリィだったのよ」

 

どうして?と思った時、自分たち以外の声が回答を出してきたので、そちらに振り向く。

するとそこには祀と百由がおり、百由はこの少女がスキラー数値ギリギリでリリィだったことを教えてくれた。

そして、どうやらその数値は梨璃がリリィになった当時と同じだったらしく、彼女はそこに驚いた。

 

「(……偶然か?それならいいんだけど)」

 

妙な要素が多かったので少し疑問ではあるが、それは勘繰り過ぎだと割り切った。

 

「如月君がここにいるのは珍しいわね……何かあったのかしら?」

 

「実は、この子の移住先として、一室使えないか確認取ったんですけど……OKはもらえました。ただ、あそこへ行くのは最終手段だと思ってください。訳ありの人が辿り着く場所みたいなものなんで……」

 

「了解よ。けれど、一先ずの場所が見つかっただけでも助かるわ」

 

祀は少女の行く末を思い、安堵していた。この会話が普通にできるのは、祀が生徒会の代理故に、アリスたちのことを知っているからだ。

伝えることも伝え、次のやるべきことの為に隼人は移動の準備をする。

 

「明日実技だからな……そろそろいかないと。練習する時間が無くなる」

 

「あぁっ!?私も練習してない!」

 

ならばお互い協力してさっさと終わらせようとなり、移動しようとしたのだが、少女が梨璃のスカートをつまんで少女がその足を止める。

 

「りり、ない……ないっ!」

 

「へっ……?大丈夫だよ。また来るから」

 

「梨璃、その子に好かれたみたいだな」

 

少女の動向を見て、隼人はそう判断した。記憶や体力の問題があるところに、気になって梨璃が見てくれるなら、それだけでもありがたかったのだろう。

更に言えば、梨璃は彼女の第一発見者であり、見つけなかった場合どうなっていたか分からない。

 

「梨璃さんたち、もう行かなくちゃいけないの。代わりに、私で我慢して?」

 

「ないっ!」

 

祀が助け舟を出そうとしたら、即刻その少女は拒否の意を示し、軽いショックを受けた。

こうなってしまっては仕方ないので、祀は梨璃が暫くの間少女の面倒を見る担当になることを提案した。

これに関しては生徒会の権限を使って融通を利かせるらしく、授業も彼女の面倒を見ながらできるようにしてくれるらしい。

 

「(すごいな生徒会……そんなことまでできるんだ……)」

 

隼人は生徒会の権限にビックリしたが、これはリリィたちのメンタル関係もあるんだろうと考えた。

レギオンのメンバーには祀から伝えておく──つもりだったのだが、そこだけは梨璃が自分で伝えると決め、部屋を後にするのだった。

 

「隼人くん。隼人くんは……私があの子に付き添うこと、どう思う?」

 

「俺か……?」

 

梨璃が恐らく賛同を得たいのだろうとは考えが付いた。たが、それでいいかと言われれば違う気もする。

恐らく、その場で梨璃をサポートするように答えを出すのがいいのであり、今は回答しない方がいいだろう。

 

「一応、どう回答するかは大体決めてる。ただ、それは一旦話をしてからだな……」

 

故に、隼人はこの場での回答は保留にする。

ただ、経緯の説明とかが困ったならそこは手伝うことを約束し、梨璃は感謝の意を返した。

 

「(とは言え、あの子が梨璃を好いているのは事実だ……てか、今思ったけど)」

 

──梨璃、割と人たらしか同性たらしだったりするのか?梨璃の人を惹きつけていることを知り、隼人はこんな疑問が出た。




久しぶりに本編書けたし、やっと結梨ちゃん出せた……。

ここから解説入ります。


・如月隼人
相変わらず異性への頓着が非常に弱い。最低限結梨の移住先は確保。
復讐関係のことを神琳に問われたので、少し気にしている。
ちなみに、今回も楓の膨らみを堪能していない。まあ、今回はする余裕が無いだろうが……。
梨璃が結梨の面倒を見ることに対する回答は如何に……?


・一柳梨璃
原作と同じく、結梨の第一発見者。様子を見に行くのも原作と同じ。
結梨の面倒を見ることになるのも同じだが、レギオンメンバーの回答がどうなるか。


・楓・J・ヌーベル
隼人の無警戒行動に神がかったフォローをした一人。
今回も隼人に膨らみを押し付ける羽目になったが、今回は気にする余裕も無い。


・二水二水
隼人の無警戒行動に神がかったフォローをした一人。
これにより、隼人が身動き取れない問題は無事解決。


・郭神琳
隼人に復讐関係を問いかける。何やら訳アリの様子。
彼からアドバイスないし忠告を貰ったが、その時に効果はあるだろうか?


・一柳結梨
本小説にてようやく初登場。梨璃以外にも、隼人と僅かな交流アリ。
とは言え、本当に少しだけなので、梨璃とのように接するのはまだ少し先。


来週ワクチン三回目を打つので、次回が遅れる可能性があります。


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第18話 整理

アニメ7話は結梨ちゃんの身の回りなどで結構な日数が経過しているものとして、同時進行で本小説独自の話が混ざります。


レギオンに宛がわれた部屋に付いた後──。梨璃はメンバーに自分が暫く少女の面倒を見ることを伝えた。

 

「差し出がましいようですが……梨璃さん。少々入れ込み過ぎではないでしょうか?」

 

神琳も言った通り、少し少女に対して関わりに行き過ぎではある。事実、祀らが彼女の身なり等をどうにかできる以上梨璃が無理にいく必要はないのだ。

ただ、梨璃も梨璃で大切な家族や友達が待っているはずの彼女が、何も思い出せないのは全てを失ったも同然であり、せめて一緒にいてあげるくらいはと考えを返す。

それでも、楓からは梨璃の役割として必然性は無いと制止の声が掛かり、夢結からは梨璃自身が一柳隊のリーダーと言う他に代わりの利かない存在であることを告げられる。

 

「それでも何とかするしかないでしょう。心配しないで」

 

──が、夢結からすれば梨璃の選択は織り込み済みらしく、背を押す回答を返す。その隣で楓も頷いている。

 

「俺はもう、香織と話すことはできない……だから、あいつから聞きたかったことを聞くことも、俺が何か伝えたい時に伝えることももうできない……これは、この先ずっと抱え続ける後悔だ。けど、お前とあの子はまだ違う。聞きたいことは聞けるし、伝えたいと思ったら伝えられる」

 

──だったら、後悔しないように、今できること、やれることはやっておくべきだと思うぞ。要するに、隼人も賛成の答えである。

 

「ありがとうございます。私のわがままで……」

 

梨璃は自らの行動で面倒を増やしてしまうと思ってこう言うが、それは違う。

 

「いいえ。それは思いやりよ」

 

あの少女を思うからこそ行動できるそれは、夢結が返したとおり思いやりである。

この二人の賛成から全員がそれぞれ「こんなご時世だからこそ」や、「気持ちはわかる」と言った、夢結と同じく背を押す声が出る。結局のところ、始めから反対する気は無かったのだ。

どうせ賛成するなら、アンタらはどうして一々面倒な問いかけしたんだと隼人は言いたくもなったが、話がややこしくなるのでそれはしない。

 

「ありがとうございます。私、行ってきますっ!」

 

迷う理由が無くなった梨璃は一度頭を下げてから、そのまま少女の方へ走っていった。

 

「俺も、放課後余裕があれば少し行くかな」

 

「いざという時の滞在先には、あなたもいるものね」

 

あの施設はこのガーデンでの生活が終わり、特に宛がないなら隼人も引き続きそこで過ごす。故に、少女との面識を合わせる必要性はある。

そうすれば、少女がどんな様子かを伝えることも十分に可能となり、メリットも大きい。

ただ、一つ願うことがあるとすれば、その少女がその施設に来ないこと──或いは、来たとしてもあの施設内の生活で窮屈しないかの二点だ。

そんなことを考えていると、何やらカタカタと音を立てるので、そちらを見てみればテーブルの上の紅茶が入ったカップが揺れており、何があったのかと思えば夢結が片足でトントンと、リズムを刻むように床を叩いていた。

 

「あら?もしかして夢結様、ヤキモチを焼いてますわね?」

 

「……ヤキモチ?私が?」

 

自らの問いに対して、「一日の長がある」と楓に返された夢結は、梨璃が自分以外の誰かの方へすっ飛んで行ってモヤモヤしているのを自覚した。

 

「いや、何故そこで自信満々なのじゃ……」

 

「まあ、それだけ梨璃が大切なんだな」

 

そんな風にヤキモチのあれやこれやを話してメンバーが盛り上がっている風景をそっと見守りながら、隼人は一つのことを思い出した。

 

「(いい加減、あっちの方でも動かないとな……)」

 

──その為にも、まずは整理だな。やるべきことを見出した隼人は状況の整理を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日の放課後──。一柳隊のメンバーはラウンジにて休息しているが、晴れて少女の面倒を見ることになった梨璃は姿を見せていない。恐らく今も、少女の為にできることを精一杯やっていることだろう。

このように一つの問題に決着を付けたことにより、隼人はもう一つの問題へ思考を回すことになる。

 

「(あいつと鉢合わせるタイミング……どこがいいんだ?)」

 

その問題とは、隼人が右腕を失うきっかけになった日の出町の惨劇──。この時から百合ヶ丘近辺への編入直前よりも先にて、あまり進んでいないもう一人の幼馴染みの少女の行方と再会である。

三年以上も経っているのに全く出会えおらず、せいぜいそれらしき少女を一度見かけ、エレンスゲ女学院の制服を着ていたくらいである。

 

「ここしばらくの間、ヒュージの襲撃が来てないみたいようですし……梨璃さんがあの子の面倒を見ている間、このままだといいですね」

 

「そうじゃな。それなら梨璃も変に気を遣わず面倒を見てられるしの」

 

夢結と楓が梨璃の帰りを待ち遠しく思いながら足踏みし、それによる靴音とティーカップが揺れてカチャカチャ音を鳴らしてリズムを刻んでいるが、他の皆は気にせず会話を続ける。

 

「(場所としてはあの慰霊碑の前。そこで張り込む……は、無いな。香織やみんなの眠りを妨げてまでやることじゃない……)」

 

それらの音が鳴る中、隼人も思考を回し続け、次は場所が思考に出てくる。

とは言え、そこが最も見込みの高い場所である為、行くとしたらそこしかないだろう。無理に他の場所へ行ったところで、行き違いになるのが予想できる。

強いて言えばエレンスゲの近くまで踏み入れてもいいが、特別用も無いのにガーデン近辺──しかもG.E.H.E.N.A.と仲のいいガーデンの近くを自分が迂闊に動き回るのも良くない。

 

「梨璃って……暫くの間、座学しかできないんだよね……?実技とか、どうするんだろう……?」

 

「実技の部分はあの子の面倒を見た後に補習……だそうです。まあ、これは仕方ありませんね」

 

梨璃は現在の体制が体制なので、実技は後回しにされるそうだ。これも状況が状況故に仕方ないところである。

 

「なあ鶴紗。梨璃は今日、帰ってくると思うか?」

 

「さあ……?夢結様に会う為に、一瞬くらいなら帰って来るんじゃない?」

 

「(外出許可の使いどころもか……。俺、もう少し頻度落とせって言われたもんな……)」

 

隼人は本来、その特異性故に外出頻度を控えて欲しかったのだが、右腕のメンテやら資料やら、墓参りやら買い出しやら──とにかく事あるごとに外出していたのでお小言を貰っている。

この為、タイミングを選ばねばならず、できることなら一発で当たりを引きたい所存だ。

 

「(梨璃……今頃どうしているのかしら?あの子の様子からして、変なことをされたりはしないでしょうけど……。こうやって待っているのはやはりもどかしいわ。早く戻ってこないかしら?)」

 

「(全く……お邪魔虫が多くて、梨璃さんと二人きりになれる時間がありませんわ……。梨璃さんはどの道曲がらなかったでしょうけれど、隼人さんはアシストしてしまいますし……)」

 

先程から梨璃の帰りを待ち遠しくている二人は、考えると余計に梨璃が早く戻って来て欲しいと思い、足踏みのテンポはそのままに、勢いが若干強くなる。

 

「(どうする?ナノマシンの交換しちゃったし、一週間……いや、最低でももう二週間待つか?それか、いっそのこと無理言ってもう少しの間だけ控えるの待ってもらっても……)」

 

自分が無事を伝えないせいでずっと待ち続けている可能性もあり、隼人は自らの狭義的な思考を加速させ始めていた。

──そもそもタイミングを考える必要あるのか?カツカツカチャカチャ言ってないで、動ける時動けば……。と、考えたところで、一度隼人の思考に待ったが掛かる。

 

「いやいや、そうじゃないだろ……」

 

耳で物音を拾った結果、思考が乱れてしまったので頭を横に振りながらストップさせる。

色々考えられることはあるが、同時に考えねばならない状況が非常に腹立たしい。

 

「……どうかしましたの?」

 

「いや、ちょっと考え事してた。個人的なことだから、気にしないで」

 

楓に問われたが、一旦はぐらかす。

ただ、一度整理しなければならないし、今日は訓練も予定していないので、隼人は一度場所を移動して思考し直すことにした。

 

「今の、絶対集中切れたね……」

 

「お前ら……梨璃を気にするのはいいが、ちょっと表に出過ぎだな?」

 

鶴紗が確信した通り、隼人のリアクションは集中できなくなってしまったそれである。

こう言う人らがいる状況でなお思考を選んだ隼人も自業自得ではあるが、こっちもこっちである。

 

「(あの感じ、何かの心残りかしら……?)」

 

はぐらかした時、復讐心が取れた結果の穏やかさと、何かを抱えた悩みを両立させたかのような表情をしていたのを楓は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「参ったな……どうする?」

 

それから数時間後──。寮の自室にて、結局結論を出せないまま時間が過ぎてしまった。

流石に確信も持ててない状態で説得しようにも、それでは納得させられないので待つしかなさそうになり始めているが、いつまでもそのもう一人を待たせるわけにもいかない。

 

「(けど、見つければ残った全ての心残りを解決できるかも知れないんだ。これ以上悠長にするわけには……)」

 

考えながら時間を見ると、後三十分くらいで梨璃が一度戻ってくるかも知れない頃合いの時間だった。仕方がないので、一度移動を始めることにする。

 

「こう言う時、確信できる段階に持っていければ良かったんだけど……それは仕方ないか」

 

割り切ってドアを開けると、目の前に楓の姿があった。恐らく、自分がここにいると当たりをつけて来たのだろう。

 

「お前か……。もう時間だろ?」

 

「ええ。覚えていたようで何よりですわ」

 

梨璃を迎える時は、事情がない限り皆で迎えようと決めており、前もって来てくれたらしい。

じゃあ行こうか──。そう言って移動を始めようとした時、楓が待ったを掛けた。

 

「その、差し出がましいかも知れませんが……あなたが言っていた考え事……それは何ですの?」

 

「……別に答えてもいいんだけど、どうしてそこまで俺を気にする?」

 

ヴァイパーも討ったのだから、もう彼女が自分を気にしなくていいはずだ。ならば何故だ?隼人はそこが疑問になった。

故に問いかけたのだが、その回答は隼人に周囲の配慮を気を付けさせるものになる。

 

「すみません。見えてしまいましたので……あなたの抱え事している表情が。ヴァイパーを討ってなおそうなると言うことは、何かあるのでしょう?」

 

「ああ……これは俺が迂闊だったな」

 

そうなるなら、もう少し早く場所の悪さに気付くべきであったと頭を抱える。

とは言え、話していいかどうかは話が別だ。自分でどうにかせねばならないネタなような気もしていた。

 

「無理に……とは言いません。よろしければ、話してくれませんこと?」

 

「……分かった。ただ、これは正直聞いたお前にどやされても文句言えない内容だってのは承知しておいてくれ」

 

「えっ……?ええ……」

 

──けれど、どんな内容ですの……?いきなりそんなことを言われ、流石に楓も一瞬反応に困った。

ただそれでも、力になれればと言う気持ちが勝り、話を聞くことを決断する。

 

「俺の幼馴染み……香織のことは覚えてるよな?」

 

「ええ。あれは、悲しい話でしたわ……」

 

それが動機で普通の生活を捨て、復讐者となったのだから、間違いなく悲劇である。

ただ、今回はそこでは無く、別の問題だった。

 

「実は、俺にはもう一人幼馴染みの女の子がいるんだけど……そいつとあれから一度も顔を合わせられてない」

 

「……えっ?」

 

ここに来て始めて知った衝撃の事実である。また、これは後で気付くことだが、隼人もこの時何故か楓にすんなりと話せてしまったことに驚いたそうだ。

何なら、両親行方も未だに分からないままで、知っている連絡手段は使用できないと大分な状況であった。

幼馴染みの少女らしき人物は一度見かけたらしいが、確信には至っていないらしい。

 

「生きているって確証は無い……けど、動かなきゃ何もわからないままだから、どうしようかと思ってさ……」

 

「あの……一つ、よろしくて?」

 

その悩みを聞かせてもらい、楓は一度待ったをかける。

何故かそうしたのか──は今更聞こうとは思わない。それは彼の辿った道が証明している。

 

「悩んでいるようでしたら、尚更急いで見つけるべきですわ。それなのに何を迷ってらっしゃいますの?」

 

「えっ?いや、けどさ……」

 

隼人はそれでもなお、自分がガーデンに負担をかけていたことを自覚していた為踏み出しきれなかったが、それを見た楓が痺れを切らす。

 

「このアホンダラっ!あなたの大切な人でしょう?それならガーデンも話を聞いてくれますわっ!そもそも、ヴァイパーを討つ時の考えを出したり、行動するときは止まらないのに、どうしてこっちは止まろうとしてますの!?」

 

「誰がアホだ!出来るんだったら言われなくてもそうしてるよ!」

 

いきなり罵声から入って来たので隼人も思わず言い返してしまったが、よくよく考えればそうなのだ。動きもしないのに諦めては意味がないのだ。

 

「とは言え、リリィの中にも、何かを抱えて戦っている人がいるのは事実ですし……やりすぎ注意なのもまた事実ですわ」

 

「まあ、そうだよな……俺一人が何でもかんでも融通利かせてもらうのは、ちょっと違うか」

 

だがそれでも、自分一人が不幸かと言えば当然否であり、ある程度自粛すべき時もあるのだ。

そして、隼人は今回、その時が来たのである。自らが抑え、落ち着いて行くべき時が。

 

「控えめで行くとするかな。助かったよ」

 

隼人が今後の方針を見出したようなので、そこに一安心する。これからは必ずしも急ぐ必要はない。

何しろ、この男は己の復讐心にて人生と価値観が大きくずれ、そのまま走り続けてしまった身である。そんな少年のことを想い、楓は無意識に彼の右手を両手で取っていた。

 

「せっかくですし、少しくらい休んでもいいのではなくて?」

 

だから、自らのあり方や考え方を整理する時間を作る意味も兼ねて、一度くらい立ち止まってもいいと考えていた。

その考えに肯定した隼人は、この時の楓が見せた慈愛の溢れる表情と瞳がやけに印象に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 18 話 }

 

整 理

arrangement

 

 

まだ終わっていないこと

──×──

before spending time in peace

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(まあ、なるようになれだな……)」

 

その日の夜──隼人はそう思いながら歩いていた。

本当なら急ぎたいところだったが、他の人を考えれば流石に今回は踏み出すつもりもない。隼人は話を聞いていないが、夢結の場合過去に自分のシュッツエンゲルを失っている。

ただ、こんな状況で焦らないのは、それだけ自分が落ち着いた──。或いは急ごうとしなくなったと考えることもでき、楓に言われた少しくらい休んでもをすんなりと受け入れられたのだろう。

 

「楓……?こんなところで休憩か?」

 

「あら、隼人さんもですか?」

 

辿り着いたのはガーデンにある噴水広場の前であり、そこで腰を下ろして休んでいた楓と出くわす。

楓は気に入った場所として時々来ており、隼人は幼馴染みの少女を探す際の位置を改めて考えたついで、ちょっと立ち寄ってみただけであったことを話す。

 

「そうでしたか……ただ、手がかりが少ない以上、時間が掛かりそうですわね」

 

「まあでも、お前の言ってた通りちょっとくらい休んでもいいんだし、引きずりはしないよ」

 

そこまで気負う必要はないので、隼人も無理はしない。行ける時に行けばいいだけである。

だが実際の話、早ければ早いほどいいが、時間制限が無い事柄である為、急がなくていいのだ。

 

「あいつ……元気にしてるといいんだけど」

 

「実際に見なければ分からないでしょうけれど、今は信じましょう」

 

希望通りになっているとは限らないが、今は信じたい。だから、楓の言葉に反対は無かった。

 

「ところで、その幼馴染みの方、どんな人でしたの?」

 

「そうだな……凄い大雑把に言えば真面目なやつで、お前みたいに悩んでる人見たらほっとけないやつだよ」

 

──たまに変なこと思いつく、面白い部分もあるけどな。隼人が覚えている限り、その少女はそんな人物であった。

更に、隼人はある意味楓と似ていると評する。自分で話してて通じる部分があったからだ。

 

「わたくしと……?」

 

「まあ、この辺りは俺の所感だから、参考程度にな」

 

別にしつこいとかそんなことは思わない。何しろ、今日あの時話を聞いてもらわねば自分は今頃、思考の袋小路に入っていただろうから。

──いつか、あいつと楓が話すところを見てみたいな……。そんなことを思ったら、楓が何やら自分の右腕に触れていた。

 

「……どうした?」

 

「見たり触れたりだけでは別物だと思えませんわね……本当に精巧な右腕ですわ」

 

改めて、その右腕の完成度に関心を抱いていた。実際、隼人の腕を義手だと見抜ける人は一人もいなかった。

実は触れられた感触等もしっかり備わっており、尚更義手と見抜くのは難しい代物となっている。

 

「俺も時々、これが義手だってこと忘れそうになるけど……その方がいいのかもな。余計なことを気にしないでいいから」

 

「ええ。あの方たちもきっと、それを望んでいるはずですわ」

 

こう言う恩人や知人の感情や想いに対しての配慮はしっかり出来ているのに、勿体ない──と楓は思った。

容姿自体は中々のものを持っており、背丈も高い。表情自体も穏やかものを自然とできるのだから、そこで圧を掛ける心配もない。

だと言うのに、自分が二度も膨らみを押し付ける事態になっても──しかもその内一回はこちらから伝えているにも関わらず反応が非常に鈍かった。

確かに、こちらの体格等を見て常時にやけられるとかよりは全然いいが、それとこれとは別だと言える程反応が悪いのは後々大きく響いてしまうマイナス点である。

 

「(どうすればいいのかしら……?)」

 

何かきっかけを与えられればいいのだが、そのきっかけが見つからない。

少なくとも、色気でどうこうできる段階には至っていない。この男の執着が薄すぎるからだ。

 

「(それもまずは、幼馴染みの方を見つけてから……かしらね?)」

 

隼人の心境を考えると、そこからのような気もする楓だった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

それから二週間近くが経過した休日の午前──。外出許可を得た隼人は発見した少女の避難先として使う予定である施設にて、部屋の整理を手伝う為にそちらへ出向く。

見かけたレギオンメンバーにそれを告げながらバイク置場にやってきて、その内一台を押して校門前まで移動を始める。

放課後の余裕がある時に隼人も顔を見せているが、体の方は大分良くなってきており、少し前辺りからランニングマシンで走ってる姿も確認できた。もう少しすれば、体調の方で面倒を見る必要は無くなるだろう。

 

「行きますのね?」

 

「ああ。この機会だし、ついでに行ってみるさ」

 

事情を知る楓からは、見つかることを祈る旨を返され、その言葉を胸に刻んだ隼人はヘルメット着用をし、エンジンを入れて今度こそ出発した。

ガーデンに所属して以降、ノーヘルで動き回るのは緊急時のみであり、彼女らの格式を損なわない為にもそれは避けている。実際、ガーデンに来て以来、ノーヘル運転したのは施設までバイクを使えなかった時と、成り行きで楓を乗せて移動することになった際、彼女にヘルメットを譲ってやむ得ずの二回だけだ。

風を楽しむ上では少々邪魔になってしまうが、それでも十分である為、隼人はこれを飲み込んでいる。

 

「(さて……今日外出したのが吉と出るか凶と出るか……)」

 

──吉であってくれれば嬉しいが……。結果が見えない事柄に祈りながら、隼人は目的地へバイクを走らせた。




アニメ7話分は恐らく次で終わると思います。

ここからちょっと解説入ります。


・如月隼人
梨璃が面倒を見ると言う行動には賛成。描写外で何度かコンタクトは取っている。
楓の後押しもあり、自分のやり残しを終わらせるべく、もう一人の幼馴染みの捜索を決断。ただ、いつもよりゆっくり進める予定ではある。
やると決めてから二週間近く経ってようやく行動可能になったが、果たして首尾は……?


・一柳梨璃
原作と同じく、面倒を見に行くことに。
隼人がいざという時の滞在先を確保した為、もしかしたら梨璃にも伝える必要があるかも?


・楓・J・ヌーベル
隼人が悩んでいると的確に見抜いた。
幼馴染みの少女を探しに行くことには肯定……どころか、何故やらなかったと呆れ半分。
実は隼人の手を取った時は無意識。気づいた後が大変かも……


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第19話 ■■

またまたサブタイ伏せさせてもらいました。どうなるかはお楽しみに

どこで勘違いしたか、レギオンの数が7しかないのに8にしていたようなので、修正しました。


「はやと、そこはどんなところ?」

 

「そうだな……ここよりは狭いけど、安全な場所だよ。後、優しいお姉さんたちがいる」

 

「まつりやりりみたいなっ!?」

 

「うーん……その二人とはまたちょっと違う感じかな」

 

隼人が施設に足を運ぶ一週間前のこと──。休日だったので隼人は機を見て少女がいる部屋に立ち寄り、そこで少し話をしていた。

今聞かれた内容は少女の住処として採用された、アリスらが待っている施設であり、立て続けに聞かれた人のことを簡単に答える。

話して見た感じ、余談は許さないが、体調も良くなってきており、このまま行けばガーデン内を歩き回ることも夢じゃないだろう。

 

「会ってみたい?」

 

「うんっ!」

 

少女の返事に、隼人が向こうの人たちも楽しみに待っていると返すと、彼女はまだ見ぬ場所に胸を躍らせた。

 

「隼人くん、最初の一回でいいから、私も一緒に行けないかな?」

 

「それくらいなら大丈夫そうかも……後で聞いてみるよ。結果が分かったら伝える」

 

「うん。ありがとう」

 

梨璃はどうなるか分からないが、彼女には暗証番号も伝えることになるだろう。

 

「(陰謀とかそう言うの、何事も無いといいんだけど……)」

 

少女らと語らいを続ける中、隼人は何事もない事を願うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

隼人らが少女と語らいをしている頃──。ガーデン、エレンスゲ女学院のラウンジにてため息をこぼす少女が一人いた。

農緑のショートヘアーをした少女の名は相澤(あいざわ)一葉(かずは)。エレンスゲが誇るトップレギオン──『ヘルヴォル』の現レギオンリーダーである。

百合ヶ丘はリリィたちの自主性を重視したレギオン結成をしているが、このエレンスゲでは序列七位以内──要するに個人能力の成績で上位七名がそれぞれのレギオンリーダーに選ばれ、リーダーがメンバーを選定する方針を取っている。

ヘルヴォルのリーダーは序列で一位を獲得した者に与えられるもので、一葉はそれを成し遂げていた。

そんな彼女がため息をこぼした理由は眺めていた写真であり、その写真にとある人物の姿が写っていた。

 

「(隼人……一体、どこにいるの……?)」

 

写真自体はもう五年近く前に取ったものではあるが、そこには日の出町の惨劇以降行方不明者扱いになっている隼人と、死亡してしまった香織。そして、自分自身が写っていた。

実は彼女、隼人らと一緒に避難している最中、運悪く倒壊して来た建物のせいで一人だけ別行動で逃げなければならなくなってしまった身である。

皮肉にもそれがヴァイパーとの遭遇を呼ばず、逃げた先で再び倒壊して来た建物に巻き込まれる不幸はあったが、現地で『マディック』──CHARMを起動することができず、リリィに満たない者たちで構成された、対ヒュージ戦闘員の少女の一人に救助され、一人生き延びた。

また、彼女の家族は幸いにも全員生存しており、自身共々家族が全員死亡してしまった香織、そもそも本人自身が行方不明になってしまった隼人と比べ、最も幸運だったのが一葉であるが、それは慰めにはならない。

 

一葉自身、元々リリィになるつもりで小学生時代から二人とは別で、リリィになるべくそちらの学校で学んでいたのだが、日の出町の惨劇に直面して以来、自分たちのような人を少しでも多く減らせるようにしたいと考えるようになっていた。

それは一般人だけでは無く、リリィやマディックも同様で、日の出町の惨劇がヘルヴォルの──引いてはエレンスゲの采配ミスによって起きたのを知った時、彼女はここを変えるべきだと考え、入学を決めたのである。

そんなこともあってか、今までのヘルヴォルが実力ばっかりを重視してみていたのに対して、一葉はそれ以外の要素も大事とし、前例を覆す採用方法を選んだりもしている。

 

「(蛇を追う者がそれらしいって聞いてるけど……偶然なのか、私は一度も彼と対面したことが無い)」

 

その裏で、隼人の捜索は一向に進んでおらず、一つ希望があるとすれば、今はもう討伐されてしまったヴァイパーを追いまわしていた少年である。

見た目自体は隼人に似ていると聞いており、どうにかして会えないものかと考えていたが、かの蛇が討たれた今、それができるかも怪しい。

ただ、自分が動かねば会うことは叶わない為、結局は動くしかないのだ。

 

「一葉、ここにいたんだ」

 

憂鬱そうに悩んでいると、聞きなれた声が聞こえたので、そちらに顔を向ける。

そこには茶髪の髪をポニーテールにした少女がいた。

 

恋花(れんか)様……」

 

「また、幼馴染みのこと?」

 

その少女の名は飯島(いいじま)恋花。一葉が所属するヘルヴォルのメンバーの一人であり、ムードメーカー的立ち位置の上級生である。

彼女含め、ヘルヴォルのメンバーは一葉の事情を伝えてもらっており、その様な人も、リリィとマディックも。多くの犠牲を増やさぬよう、動いて行くことに協力している。

この活動の中、ずっと気掛かりにしているのが隼人の行方であり、最後に顔を合わせてから三年以上もの間見つかっていないのだ。

──まあ、早いとこ何とかしたいよね。と、共感の旨を返しながら恋花はその写真を見せてもらう。

 

「うーん……やっぱり、あの蛇を追う者……彼が一番見た目近いよね?」

 

「恋花様もそう思いますか……」

 

やはり思い浮かぶのは蛇を追う者──。あの少年は最も見た目が似ていた。

写真に映る隼人も黒髪の癖っ毛、赤い瞳で条件は一致している。更には不定期とは言え、日の出町に──特に、慰霊碑の前に姿を現すことが多い。

とまあ、これだけ情報はあるのだが、肝心な隼人本人かの確証は無いのが問題である。

なお、一葉にとってはあくまでもヴァイパーは討つべきヒュージの一体だったので、それが解決した今は特に問題としていない。

 

「ここで悩んでてもしょうがないし、来週あたり行ってみたら?運よく見つかっちゃうかもよ?」

 

「そんなあっさりと……いえ。行かないと始まらないのは同じですし、そうしてみます」

 

結局は現地に行かねば分からない以上、行く以上の選択肢は無いのだ。今まで発見できずに諦めていたが、何が最もいいかも変わっていない。

故に、吹っ切れた一葉は恋花に礼を告げ、早速来週に備えて外出許可を取りに行くことにした。

 

「(ごめんね、一葉。アタシのせいで、こんな面倒なことさせちゃって……)」

 

自分の過去にやったことを振り返りながら、去っていく一葉に対して恋花は心の中で詫びた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所かな……」

 

「お疲れ様。やっぱり、隼人君がいると力仕事が早く終わるわね」

 

そこからおよそ二時間後──。隼人は空いている一室を、いつでも少女が来てもいいように、由美と共に部屋の整理を完了させていた。

 

「後は机と椅子……それから、ベッドくらいは用意してあげてもよさそうね。それに関してはこっちでやっておくわ」

 

「了解です。それと、暗証番号を教えるのはその子だけにしておきますか?一応今、面倒を見てやってる子がいるんですけど……」

 

「そうね……なら、基本はこっちに来るかもしれない子だけにして、万が一のことがあればもう一人の子に教えて上げて。もう一人の子が来なければならない時なんてこと、起こらないといいけれど……」

 

──まあ、一緒に来る分には構わないわ。一応の承諾は得られたので良しとした。梨璃は普段来ないので、むやみやたらに教えるわけにもいかない。その為、この判断はやむなしと言えた。

その後、隼人はもう一人の幼馴染みの少女のことを少し話してみることにする。

 

「確かに、両親の方は合流するのが絶望的だと判断したけれど……そっちも残っていたのね?」

 

「今更過ぎるかも知れませんが、諦めるのも違うと思って……」

 

家にも携帯にも繋がらないんじゃ、両親と連絡を取れず、住んでいた家は倒壊しているでほぼ詰んでいるも同然だが、幼馴染みの方はまだわからない。

三年以上もの間こうだったので、両親と同じく希望はかなり薄いが、彼の言っている通り諦めないのは大事である。

それに、こちらも都心近くの救助活動等を依頼していたのもあり、その時間が無くなった今、合間を縫って探すべきだろう。

 

「結論としてはヴァイパーを討つ時と同じ、諦めない意思よ。そうすればいつかはまた会えるわ」

 

「ありがとうございます。じゃあ、そろそろ行きます」

 

──再会できることを祈るわ。由美に見送られた隼人は施設を後にし、日の出町に向けてバイクを走らせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの日の昼下がり──。隼人は花束を持って慰霊碑の前に現れた。

 

「だいたい二週間ぶりか……ちょっと待たせちゃったな」

 

もしかしたら早いこと気にしないようにしてくれ何て言うかも知れないが、それはもう少し時間がかかりそうになる。

ヴァイパーを討ってもなお、自分の中にある心残りがあり、これを解決せねばならない。故に、近況を語った後、問いかけてみることにした。

 

「なあ香織。一葉と俺の両親のこと……何か知らないか?」

 

ダメもとで聞いてみるが、やはり慰霊碑からは何も聞こえない。もしかしたら、向こうで香織が困った顔をしているかもしれない。

──これは、悪いことしたかもな……。知らないならしょうがないと詫びを入れ、この話は一旦無しにする。

 

「それじゃあ、また来るよ。今度はこんな話しないで済むようにするから」

 

そうして隼人は一度慰霊碑を後にし、近くを探してみることにする。

今日見つからなくてもいいが、少しでも可能性を上げるべく、粘らない理由は無い。

 

「(着いたのはいいけど、もう慰霊碑には寄ってしまった……?寄ってしまったとしたらどこに?)」

 

少しして、日の出町に到着した一葉も隼人と会うべく捜索を始める。

目指す場所は慰霊碑で、まずは一番望みのある場所を目指すことにした。

 

「見当たらない……一度慰霊碑に戻るか」

 

一葉が動き出したと同時、隼人は一度慰霊碑に戻ることにした。

いないならまた別の場所を探せばいい。そう考えて一度戻るのだ。

 

「お願い。今度こそ見つかって……」

 

「(どこだ……どこにいる?)」

 

まるで運命に導かれたかの如く、二人は慰霊碑に足を進めていく。

 

「(嘘でもいい……一回だけでもその顔を見たい)」

 

「(香織、頼む。俺たちをもう一度……!)」

 

そうしてそのまま慰霊碑前に辿り着いた時、二人は遂に顔を合わせた。

だが、本当に目の前にいるのが自分の探していたか分からず、しばしの間二人の間に沈黙と言う名の静寂が走る。

しかもここで妙に困るのは、一葉が私服であり、隼人が自分のことをガーデン所属のリリィと判別できないせいで、切り出しが乏しくなってしまっている。

 

「あの、以前と格好が違いますが……あなたが蛇を追う者ですか?」

 

「そうだけど、君は?」

 

幸いにも向こうから切り出してくれたので、隼人はそれに乗っかって情報を引っ張り出すことにする。

ここで隠されたなら少し迷うことになるが、向こうから開示してくれるなら一気に楽になる。

 

「失礼しました。私は相澤一葉。ガーデン、エレンスゲ女学院に所属するリリィです」

 

「一葉だって……?そうか。やっと見つけられたんだな……」

 

その名前を聞いた事で隼人は安堵する。ようやく過去の全てに決着をつけられるその日が来たのだ。

 

「俺は隼人……如月隼人。ようやく会えたな、一葉……」

 

「隼人……?じゃあ、本当に……」

 

「ああ。三年ぶり……だったな」

 

隼人が無事に生きていた──それが分かって寄り添った頃にはもう、一葉の目尻から涙が溢れていた。

ずっと探しても見つけられなくて、目の前の少年の生存が絶望的になって、何度も諦めそうになったが、ようやく報われたのである。

 

「良かった……!本当に、隼人が生きてて……!」

 

「俺も嬉しいよ。お前が生きててくれて……」

 

ようやく一葉を見つけることができ、隼人は穏やかな笑みを浮かべていた。

日の出町の惨劇から離れ離れになってしまった二人は、この日ようやく顔を見合わせることができた──。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 19 話 }

 

再 会

reunion

 

 

長い日々を超えて

──×──

From now on, I will look forward.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ここか……父さんと母さんには、悪いことしちゃったな……」

 

その後、日の出町のところにある両親の墓前にて、隼人は一葉から両親のことを教えてもらった。父親は惨劇から間もなく病に掛かって病死、母親は父親の死と隼人の行方不明によって生まれたストレスとショックによる衰弱死だったそうだ。

なお、これが起きたのは惨劇から僅か一週間──。当時隼人が右腕の治療を受け、それによる拒絶反応と戦っている真っ最中だったので、どうやっても間に合わない事案である。当時日の出町にはまだ入れない状況だったので、隼人が再会できる手段はもう無かった。

ただそれでも、今この場で泣かないで済んだのは、一葉の前で意地を張りたいのも当然あるが、三年の時を経て、それを受け入れる心の準備と覚悟が出来ていたことが大きい。

とは言え、流石に両親の死別である為、悲しげにする顔は出てしまっているが。

 

「ごめんね……私があの時、戦えていれば」

 

「お前が悪いわけじゃないよ。そっちの両親は……大丈夫だよな?」

 

当時の一葉はまだCHARMが渡されておらず、現場に居合わせても避難誘導や、隼人らを引き連れて非難するかのどちらかしかできなかった。

この内彼女が選んだのは後者であり、途中までは良かったが運悪く建物の倒壊で自分だけ一人別の道で避難せざるを得ない状況に陥ってしまったのだ。

故に、隼人は一葉が悪いとは微塵も思っておらず、問題があるとすれば、采配に問題があったエレンスゲ──狭義的に言えば旧ヘルヴォルに文句がある。

幸いにも一葉の両親は無事であり、それが分かっただけでも一安心だ。

 

「隼人は今、百合ヶ丘にいるんだっけ?」

 

「ああ。ヴァイパーを殺す手段を求めて入ったんだ……」

 

目的は果たしたので、後はそのまま百合ヶ丘に所属して時間まで戦う決意も固まっている。

一葉としてはまたどこかに行ってしまわないか不安ではあったが、隼人が一人ガーデンにいるリリィを置いて去るのを良しとしていないのを感じた。

だからこそ、死なないのと、行方不明にならないことを約束してもらうことで、彼女は納得した。

 

「ありがとう。ちゃんと帰ってくるよ」

 

「うん。もし、今度時間が取れそうだったら教えて?お父さんとお母さんに会わせたいから……」

 

それに承諾しつつ、ちゃんと挨拶の一つや二つはできるよな──と、隼人は自分で不安になる。

何しろ三年以上も顔を合わせていないのだから、どんな風に声をかければいいのか、悩ましいところである。

普通に挨拶しても向こうは安心するかも知れないが、こっちの心構えの問題だった。

 

「隼人。私がエレンスゲにいるって言ったよね?」

 

「ん?そう言ってたけど、それがどうした?」

 

「私は今……ヘルヴォルのリーダーなんだ……」

 

その事実に隼人は驚いた。エレンスゲにいると言った以上、その可能性はあったが、まさかリーダーになっているとは思っても見なかった。

序列一位になったことでこうなったのだが、今までのヘルヴォルとは違う方針で動くことも決めている事に変わりはなく、一葉は隼人に宣言する。

 

「私はヘルヴォルを……引いては、エレンスゲの在り方を変える。変えて見せる……。それが、あの日を超えて、私が決めたこと」

 

──もしかしたら、隼人はヘルヴォルを……引いてはエレンスゲを恨んでるかも知れない。そんな危惧がありながらも、一葉は己の言葉を曲げる事無く言い切って見せた。

 

「そうか……分かった、信じるよ。お前が少しでも変えてくれるって」

 

「ありがとう。私、頑張るから……」

 

だが、隼人からすれば、今を戦うリリィを恨む理由なんぞ無いので、一葉の宣言をあっさりと受け入れた。

その決意を聞いた後、時間も時間なので連絡先だけ交換して解散となった。

 

「(父さん、母さん……また来るよ)」

 

──今までの文句は爺になってから聞くから、それまで待ってて。この日、隼人の過去から繋がる心残りは全て解決した。

ただやはり、寂しいものは寂しいもので、バイクに乗る前、隼人が無意識に涙を流していたのは、誰も知ることは無かった。ガーデンに着くころに、それはもう見えていないから──。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(過去の事が終わったなら、これからは未来だな……)」

 

その日の夜──外出から戻ってきた隼人はバイクを戻した後、ガーデンを歩きながら思考に入っていた。

何をやりたいか?と問われれば、何個か考えは出てくる。だから、その内どれを選ぶかになるだろう。

 

「あら、戻って来ましたわね?」

 

「ああ。丁度今な」

 

腰を下ろして休憩すべくラウンジに赴いたらそこには楓がいた。

立ち話も難なので、一言断りを入れて向かい側に座り、ポットに入っている紅茶をカップ一杯分注がせてもらう。

 

「それで?首尾はどうでしたの?」

 

「それか。実は……」

 

隼人は楓に対し、一葉にまた会えて連絡先を交換したことと、両親が死んでしまっていたことを話した。

 

「そうでしたか……何事も都合よく行くとは限りませんが、それは災難でしたわね」

 

「三年経って連絡もできないから望みは薄かったけど……やっぱり生きてまた会いたかったとは思うよ」

 

こればかりはもう仕方ないことなので、これ以上引きずることはしない。これは、自分が一人ぼっちでは無いことを分かっているのもあるだろう。

隼人が自分の中で解決しているなら、ここから先は干渉する必要は無いと判断した楓もそれ以上の追及はしなかった。

 

「ところで、前にも聞いたのですが……何かやりたいことは決まりまして?」

 

「何個かはあるんだけど、どれにしようかってところだよ」

 

その候補の内、絞り込んで進むだけなので何もないよりは楽なのだが、実際にどれにするのを決めるのは楽とは言い切れない。

──何がいいんだろうな……?隼人は腕を組み、思考の海に入ろうとする──。

 

「まあ、それは今後に期待としましてっ」

 

「おお……何だ急に?」

 

──が、何を思ったか楓がデコピンして来たことでそれは阻止される。

 

「急にも何も、まだ時間に余裕はあるんですから、今すぐに決める必要はありませんのよ?」

 

「ん……?ああ、そうか。普通の高校生だとしたら、俺らはまだ一年……ここで進路考えてるのは、余程その道に行きたくてしょうがない人くらいか」

 

楓に止められたことで、隼人は自分が如何に先走っていたかに気付く。

今後の道筋──それも、将来自分が手に付ける事業の事など、早目に見積もっても来年度からでも遅くはないのだ。寧ろ、今の隼人に必要なのは整理の時間である。

 

「このガーデンがどう作られているか──。それは理解しているのでしょう?」

 

「ああ、それは大丈夫」

 

ヒュージと戦うリリィたちの前線基地であり、憩いの場でもある場所──。それは編入当初に確認している為、理解はしている。

ただ、それと同時に隼人はこのガーデンを殆ど前者の用途でしか活用できておらず、後者の用途は色々制限があるのはそうだが、ヴァイパー討つことへ意識が集中しすぎておざなりになっていた。

 

「でしたら、改めてこのガーデンを利用しませんこと?出撃の時が来ればその限りではありませんが……。今のあなたには、この上なく最適な場所のはずですわ」

 

「確かに、それは違いないな」

 

ならば、今こそ使える範囲で後者の用途を隼人も使っておくべきであり、それで自分のあれこれを整理してからまた考えればいいのだ。

今すぐできることはこうして紅茶を飲みながらの語らいである為、時間がある今のうちにそれをやっておくことに決める。

 

「(改めて……本当にお疲れ様ですわ。隼人さん)」

 

日の出町の惨劇から始まった隼人の激動の日々は、今度こそ本当の終わりを迎えたのだった──。




Q.隼人を両親と死別させた理由は?

A.三年行方不明で再会したら、恐らく隼人が両親気遣い過ぎて、または両親が強く引き留めて今後多大な制限が掛かると予想したから。


と言う訳で、隼人のもう一人の幼馴染みは一葉でした。
多分、露骨過ぎて分かりやすかったかもと思います。

以下、解説入ります。


・如月隼人
遂に幼馴染みの一葉と再会。ただし、両親は残念な結果に。
ここから改めて未来への地図を描いて行くことになるが、暫くはお休みする予定。
施設への許可に関しては最低限獲得。後は何事も無ければいいが……。


・一柳梨璃
結梨の事がご心配な様子。これは楓と違い、アリスや由美のことを名前しか知らないから。


・一柳結梨
隼人が今まで過ごしていた施設の事が楽しみ。祀や梨璃とは違う人たちと聞いたので、そっちも気になっている。


・相澤一葉
隼人の幼馴染みの一人。唯一、家族共々五体満足で全員生存した。
日の出町の惨劇当日、ヴァイパーと居合わせていない為、特に憎悪等は無かった。
自分の宣言を隼人が受け取ってくれて一安心。後は走るだけ。


・飯島恋花
誰を一緒に出すか迷ったが、今回は日の出町の惨劇と縁がある彼女を抜擢。
一葉から隼人の事に関しては存在だけ教えて貰っているが、出会った時どうなる?


・明石由美
香織の事は聞いていたが、一葉の事は実は今回が初耳。
今回梨璃に教えないよう伝えたのは、必要以上に情報公開をしない為。


・楓・J・ヌーベル
両親の事に関しては残念だったが、隼人の過去に全ての決着が付いて一安心。
ついでに、隼人の行動しすぎになりかけたところにストップ一発。これで隼人に暫く休憩時間を渡せた。


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第20話 道標

「うーん……」

 

「隼人、どうしたの?そんなに難しそうな顔して……」

 

今よりおよそ三年程前──。まだ日の出町の惨劇が起きていない頃、香織が医者になる夢を決めたばかりの頃、休日での出来事である。

その日、隼人が自宅で頭を悩ませていたところに、彼の母親が気づいて声を掛けて来たので、隼人は己の悩みを話してみることにする。

悩みの内容とは、将来の夢やこの先何をしたいかの事であり、小学に上がる頃からリリィになることを志望して一人別の学校へ行った一葉と、最近になって医者になる夢を持った香織のそばで、自分だけが特にそう言うのを持っていないことだった。

 

「だから考えちゃったんだ……俺が何も決めて無いの、遅いんじゃないかって……」

 

「そんなこと無いわ。一葉ちゃんと香織ちゃんが凄い早くやりたいことを見つけただけ。今決まっていないことが悪いわけじゃないのよ」

 

早くやりたいことを見つけてくれたなら、その方が早い段階で手伝う為に必要なものを用意できたりするので、親としては嬉しいが、急いだ結果妥協した回答になるよりかは、ゆっくり考えてしっかりとした回答にしてくれた方が親としては嬉しい。

故に、母は隼人の今の状態を悪いとは言わなかった。他ならぬ家族が言うならそうなんだろうなと隼人は思い、そんなに深く悩まないようにした。

 

「なら、隼人。今まで見てきたりやってみたりしたものの中で、これだって言えるの、何かあったか?」

 

「何か……」

 

同じ部屋で話を聞いていた父親が聞いてきたので、隼人は考えてみる。

まだ完全にとは言えないが、今のところはこれかなと言えるものは一つあった。

 

「飯……」

 

「……あら?もしかして足りなかった?」

 

「ああ、いや。そうじゃないんだ」

 

時刻はまだ午後一くらいであった為、母が勘違いしてしまったところを訂正する。

何も腹が減ったわけでは無く、自分がこれかもと思っているのがたまたま食事系だっただけの話である。

 

「色々飯食った時……特に外食の時なんだけど、ああいう飯作るの、どうやればいいんだろうとか、どういう思いで作ってるんだろうとか、時々考えるんだ……」

 

──だから、俺が今これって思えるのは、飯に関することなんだと思う。それが、今出せる隼人の回答だった。

まだ確定とは言えない。だが、明確に候補はある。そんな状態である。

 

「あら、良いところに目をつけてるじゃない」

 

「そこまで出てる段階でも十分だ。俺なんて、高校生終わる寸前まで碌に決まらなかったからな」

 

──なら今度、どっかまた外食行こうか。真剣に話を聞いてくれた両親の存在は、隼人にとって非常に有難く、次の外食が楽しみになっていた。

 

 

 

 

ただしそれが、二度と叶うことのない約束になるなど、この時は誰も知る由が無かった──。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……夢、か」

 

一葉と再会できた翌朝──。在りし日の夢から覚めた隼人は、ゆっくりと体を起こす。今日は幸いにも休日であり、予定としては午後に訓練があるくらいである。

楓に話していたやりたいことの内、料理関係は確かにあった。だが、それを考えるのはもっと早い時期からだったことを、今日日まで忘れてしまっていた。

 

「(なんでこんなこと、忘れてたんだ……?)」

 

恐らくはヴァイパーへの復讐心が忘れさせてしまっていたのだと思えるが、それでも大事な思い出と、自分の未来に向けたきっかけの一つである。これを忘れていたのは非常に悲しい話だ。

だが、今回は思い出せたと言う幸運があり、これは自分の未来を考える為の道筋の一つになるだろう。

 

「(そうなると朝飯作りたくなってくるな……)」

 

幸いにも時間に余裕はある。ならば、行動するのも問題ないだろう。

そう考えた隼人は早速冷蔵庫の食材を確認する。昨日の帰りに買い物はしてあるので、在庫は余裕がある。

 

「よし、早速やるか……!」

 

食材をまな板におき、簡単な指の運動を済ませる隼人の目は、いつも以上に明るさを見せていた。

それはまるで、過去に無くした──まだ夢と言い切れない、希望と言う名の欠片を取り戻したかのように。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 20 話 }

 

道 標

guidepost

 

 

それは原初の希望

──×──

begin a journey to reclaim lost time

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そう言う訳で、同行の許可だけは取れたぞ。暗証番号は緊急時にならない限り教えられないけど、そこは我慢してくれ」

 

「大丈夫だよ。わがまま聞いてくれてありがとう」

 

どういう訳かいつも以上に上手く作れた朝食を食べ終えた後、隼人は梨璃と少女がいる場所に赴き、昨日許可を取れたことを伝えた。

 

「隼人っ、そこ、いつ行けるの?」

 

「いつだろうな……君の体が良くなってるのが絶対条件だけど、早くて一か月か?向こうも準備あるし」

 

「そっか……早く行ってみたいなぁー」

 

外出許可をあまり取れないのもあるが、少女の体調と、由美たちによる部屋の最低限の準備が整うまではまだ無理だ。

ただ、裏を返せばそれさえクリアすれば、残りは隼人の外出許可が取れるタイミングで行けばいいだけなのも意味している。

 

「なら、今日もリハビリ頑張ろうね。そうすれば、早く行けるようになるから」

 

「うんっ!頑張る!」

 

状態も見つけた頃が嘘だと思えるくらい良くなってきているので、もう少しでみんなと顔を合わせられるだろう。そう思えた。

訓練が近いので、頑張れよと声を掛けて隼人はその場を後にする。

 

「(そう言えば……あの子、コーヒー飲んだことあるか?)」

 

移動中に思い出した内容は、施設へ行けば飲み物がコーヒー三昧になりそうな事であり、早目に慣れさせてしまうのもいいかも知れないと思った。

当然、微糖がいいか無糖がいいかも出てくるが、苦さは何も砂糖の量だけで決まるものじゃない。コーヒーを淹れる際に使う豆も影響してくる。

 

「(後で豆を調べてみるか……)」

 

そう考えを纏めた頃には、CHARMの保管庫にまで辿り着いていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

訓練が終わった後、最早定番とも言える形──。ラウンジで梨璃を待ちながら休憩をしていた。

なお、訓練をする前、隼人は梨璃と一緒にいたことで楓から恨み節をぶつけられたが、そんなものは知らんと流している。だったらお前も来ればいいだろと返してみている。

──が、結局は梨璃と会話できないのもそうだが、他の人が梨璃と仲睦まじい姿を見せられて、嫉妬心が出そうなのでやめにしたそうだ。まあ、梨璃を困らせまいとするなら仕方ないだろう。

他にも、隼人と違って絶対に話さねばならない話題も持ち合わせておらず、梨璃に会いに行く理由で行ったところで前途の会話が出来ないのがあって断念せざるを得ない。

以前にも鶴紗が見舞えよとツッコミを入れていたが、本人の意思がブレないならとやかく言うつもりは無い。

 

「(アイツ……梨璃に関することさえなければ、()()()なんだけどな……)」

 

つくづく勿体ない──。と、隼人は思っていた。自分に対しての気遣い等を通して、断言できる段階まで来ていた。

ただ、こんなことを考えている当の本人が異性への執着が薄いせいで、相手側に勿体ないと思われているのは完全にお互い様である。

 

「そうだな。これらで慣れてもらうのがいいか……」

 

それはさておきとして、隼人は先程思いついていた、自分が考える中で初心者に優しそうなコーヒー豆のピックアップを実行していた。

普段自分たちが飲んでいる豆、苦みが少ない豆、苦みは至って普通の豆と三種類を選び出し、そこから順番に飲んで慣れて行って貰うつもりである。

一応これは借り出ししたタブレット端末でチェックを入れており、チェックしたものを紙にメモする二重確認スタイルを取っている。

 

「何をやってるんだ?」

 

「あの子があっちで過ごすなら、多分コーヒー飲むことになると思いましてね……始めての人でも飲みやすそうな豆を探していたんです」

 

この上で、隼人は偶には他の豆でコーヒーを飲んでみようとも思っていた。自分たちが普段飲んでいる方の豆は、気が向くなら梨璃にも味わってもらいたいとも思っている。

 

「あっ、そうだ……二水。ガーデンでコーヒーよく飲むところってあったりする?」

 

「コーヒーをよく飲むガーデンは聞いた事無いですね……。基本、百合ヶ丘と同じで紅茶をよく飲むガーデンが主流ですよ」

 

ダメもとで聞いてみたが、やはりそう言う場所はなさそうだ。

今度、コーヒーの良さを勧めてみるのもいいかもしれない──そんなことを隼人は考えた。

 

「そう言えばお主、一人で部屋にいる時はコーヒー飲んでるんじゃったな?」

 

「お前……ホントにイレギュラーもいいところだな」

 

隼人は紅茶を淹れる練習をする時を省き、部屋でいる時は基本コーヒーを好んで飲んでいる。用意するのが面倒な時は水にしているが、それくらいである。

鶴紗に言われたことを全く否定できないくらい、ガーデンに所属するリリィとしては特殊であり、外部での生活に慣れ過ぎている証でもある。

その話を聞いた楓は位置が近かったので、そこからタブレット端末を覗き込み──。

 

「あら?もしかしてですが……この中に、わたくしが頂いたものもありまして?」

 

「ああ。こっちが向こうでお前も飲んだやつ」

 

ちなみにこの豆、隼人が選んだ三つの中では最も苦みが強い。楓はいきなりこれを飲んだのかと思ったが、隼人も当時は同じ気持ちだった。

しかしながら毎日の如く飲んでいる内に慣れてしまい、今ではすっかりこの苦みに無糖が好みになった。

 

「お前も今度飲み比べてみるか?」

 

「ええ。せっかくですから、頂きますわ」

 

紅茶の方がいいと言っていたが、コーヒーを悪いとは一言も言っていない。故に、楓を誘った結果いい返事がもらえたのだ。

それならば早速購入──と、行きたいところだったが、生憎隼人は昨日外出を使ったばかりである為、流石に行動を起こすことはできない。

 

「でしたら、今度わたくしが行ってきましょうか?」

 

悩んでいたら神琳が名乗り出てくれたので、隼人が確認を取ると「以前外出で食料調達してもらったお礼」とのことらしく、それならば素直に頼む。

今度に備えて、隼人は自分が選んだコーヒーの豆と、コーヒーに使う砂糖をメモして渡しておいた。

その直後、丁度よく携帯端末に着信音が鳴った。

 

「私じゃない……?」

 

家族からメッセージが来る機会も多い為、自分のだと思っていた雨嘉は別の人であったことに一瞬驚く。

誰かと思えば隼人であり、彼が携帯端末を開くと、何かメッセージが一件届いていた。

 

「(一葉からか……)」

 

メッセージの内容としては、男子一人でガーデン内の生活をしている隼人を心配してのものと、彼女の両親が来れる時いつでも来てくれと言っていたのを伝えるものだった。

少し悩んだ後、隼人は大丈夫である旨と、行く時は予定が決まったらまた連絡する旨を返信することにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、来た……」

 

──そしてそれは、エレンスゲのラウンジで休憩を取っている一葉の形態端末に無事届いた。

どうやら隼人は上手いこと生活しているらしく、一葉の心配は杞憂に終わって一安心となる。

自分が知る限り、彼は一回反応せずにやり過ごせばいいのに、納得がいかないならそこで首を突っ込んでしまうタイプの人間である。これが原因でリリィたちと衝突していないかが心配だったのだ。

だが、どうやら当の本人は「自分がイレギュラーである為、基本的に合わせる」スタンスを取っていることが判明し、それなら大丈夫だろうと判断する。

 

「(良かった……私が心配しているようなことになっていなくて)」

 

恐らく、隼人の事絡みでは三年越しだろう笑みを浮かべながら、そのメッセージの内容に満足して携帯端末を閉じる。

三年ぶりなのだから、もう少し話してもいいんじゃないかと言う気持ちや考えがないわけではないが、お互いの時間がある。無理をして何度もメッセージのやり取りをしても疲れるだけだし、何よりもまた会えるのだ。

 

「(さて、そろそろ次の訓練メニューを考えよう)」

 

恋花からは「変なメニューは勘弁」と言われているが、そんなことにはならない()()()と考えている。

と言うのも、一葉は特定の条件下を想定した訓練メニューを作るのだが、その想定が想像の斜め上を行く時があるのだ。

この傾向こそ、彼女の預り知らぬ場で、隼人が楓に話していた「たまに変なこと思いつく、面白い部分」そのものであり、当の本人が残っていると知れば笑うだろう。

実際、幼少の頃はそのズレた思いつきをしてしまった時、隼人からちょくちょく指摘されていたのだが、本人がヴァイパー討伐等に首を突っこんでいく悪癖が治っていないのと同じく、彼女もこの傾向が治っていない。

 

「(こ、今回は大丈夫……なはず)」

 

思い出して恥ずかしくなり、数舜頬を赤らめたが、気を取り直してメニューを組み立てる。

それが終わる頃には夕食を取ってもいい時間になっていたので、そのまま夕食を取ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

──そして、その組み立てたメニューが後日、恋花に変だと言われるのはこの時まだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これで間違いありませんか?」

 

それから凡そ一週間の時が経ち、神琳が買い出しに行ってくれたコーヒーの豆と砂糖を確認する。

自分が買おうと思っていたのは全て入っており、問題ない為礼を告げる。

 

「聞いてみたいんだけど、女の子的には苦み少ない方がいいの?」

 

「えっと……私は、少ない方がいい。かも……」

 

雨嘉が答えたのは、隼人が周囲を見渡し、最終的に視線が彼女の先でピタリと止まったからである。

だが実際、甘いものを好む女子はよく聞くが、苦いものを好む女子は余り聞かない。まだ辛いものを好む女子の方が聞く印象がある。

 

「ところで隼人君。例のあの子、様子はどうだったかしら?」

 

「発見した時が嘘みたいに元気ですよ」

 

──多分、今日中に退院できると思います。そんな回答を聞き、夢結も一安心する。

これはようやく梨璃と一緒に時間を楽しめることへの情も多分にあるが、それでも噓偽りない本音だった。

なお、これに関しては昨日までの段階の話であり、今日はこの後行こうかと考えていたくらいだ。

 

「お姉さま、隼人くん。みんなも、お待たせしました」

 

「噂をすればじゃな……制服を着てるということは、編入か?」

 

話している最中に梨璃が少女を連れてやってきており、しかも少女は制服を着ていた。

一応、隼人の伝手で一柳隊のメンバーは少女がリリィであったことは知っており、そこに戸惑いは無い。

そして、ミリアムの問いには肯定が返ってきて、週明けから編入し、共にリリィとしての学業を行うようだ。

なお、クラスの事に関しては梨璃に懐いているのを考慮してか、椿組に編入されるという話も貰っている。

 

「じゃあ、自己紹介しよっか」

 

この自己紹介の言葉を聞いた時、隼人は一つ気になる要素があった。それは少女の名前である。

実のところ、何にするかは特に聞いておらず、今日この場で始めて知ることになるのだ。

 

結梨(ゆり)だよっ!」

 

「へっ……?」

 

少女が何の迷いも無くそう告げた時、梨璃が拍子抜けした声を出す。

ちなみにこの名前、以前に二水が作っていたリリィ新聞の見出しの一つにあった、梨璃と夢結の二人組の特集の部分から取ったものであるらしく、まさか梨璃もこっちを名乗るとは思っていなかったらしい。

また、姓が梨璃と同じく一柳を名乗っているので、この少女の名は一柳結梨となる。

 

「なるほど。じゃあ、改めてよろしくな。結梨」

 

「うんっ!隼人、よろしく!」

 

「隼人くんっ!?」

 

そして、隼人がこれに乗っかって挨拶したことで、少女の名が確定になる。

こんな風に言わずとも、他の誰かがそのまま挨拶をし、そうなっていただけで、隼人が最初にこうしたから隼人が決めたようになっているだけだ。

実際、今も他の人たちが次々と結梨を歓迎する声を返し、彼女は受け入れられ、輪に入っていったので、梨璃も訂正するのは諦めた。

 

「これ何?」

 

「それはスコーンよ」

 

テーブルの上に置かれてある菓子が目に留まり、夢結の回答を聞いた結梨は早速それを手に取って口に入れた。

その味は気に入ったらしく、無理ない範囲で順次口に含んでいく姿があった。

 

「これ邪魔になるか……ちょっと置いて来よう」

 

「どうせなら淹れて来る……にしては、遠すぎますわね」

 

買ってきてもらった袋がいつまであってもスペースを取ってしまうので、隼人は一度部屋へ戻ることにした。

 

「(名前を自分で決められるのって、ある意味幸運なのかもな……)」

 

今回の状況を鑑みて、部屋に戻りながらそんなことを思うのであった。




今回でアニメ7話までが終わりです。

簡単に解説入ります


・如月隼人
少年時代の夢になる前のものを思い出した。家族関係自体は良好だった。
コーヒーのご馳走はまた今度。


・一柳梨璃
原作通り結梨のリハビリが終わったので合流。
ちなみにコーヒーの話は預り知らず。知るのはまた今度。


・一柳結梨
ようやく皆の前に顔を出せた。
原作と違い、自らの住処になる場所が確保されているので、そちらも楽しみ。


・郭神琳
今回は隼人の為に買い出し代行。合宿の時の借りを返した形になるか?
コーヒーの豆と砂糖がそんなに重くないから助かった。


・楓・J・ヌーベル
今回で自分の飲んでいたコーヒーを知る。
暫く無糖で飲む気は無く、慣れるまでは微糖を選ぶ。


・相澤一葉
隼人が見つかったので一安心。
考えた訓練メニューの内容は、後とで知った場合隼人にも変と言われるもの。


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第21話 抱負

翌日の放課後──。結梨が編入して授業も終え、一柳隊の部屋でまずは結梨にCHARMが届いたので、その登録を済ませることになる。

 

「へぇ、グングニルか……」

 

結梨が使うことになるCHARMはグングニル──。ブリューナクと同じく第二世代のCHARMである。

グングニルは比較的簡単に高速変形が可能な機構、中長距離戦闘を中心に優れた汎用性、そして初心者にも扱いやすい設計でありながら、ポテンシャルの高さも秘めている。

更には豊富なカスタムパーツと、マギを防御に回すことで見えない防護壁を張り、オートガードの役割も備えており、使い勝手の良さは群を抜いて高い。

 

「……?隼人さん、何か懐かしそうにしてますね?」

 

「ああ。こやつが予備CHARM持ってる話を前にしたじゃろ?その予備はあのグングニルじゃ」

 

「結構いるんだね。グングニル使用者」

 

一柳隊の中で言えば現在使っているのは二水と梨璃。今日からこれを使う結梨と、予備のCHARMとして控えさせている隼人の四人だ。

ちなみに、全員がそれぞれ色違いであるが、同じ色を使ってごっちゃになるよりは全然いいだろう。

 

「北欧の田舎メーカーでは無く、グランギニョルでしたら、社割でワンランク上のが手に入りますのにー」

 

──いきなり初心者に渡せるものじゃないだろそれ……。と、隼人はツッコミたくなったが、彼女の家柄上ここは宣伝時なのでここは何も言わないでおく。

ちなみにこのグングニル、ミリアムが言うには工廠科が中古のものをパーツ総入れ替えして組み直したものなので、新品以上に扱いやすいという副次効果すらあるので、尚更今回はこちらの方がいいだろう。実際、隼人は自分が結梨ならばこのグングニルを選択する。

 

「ねぇ梨璃、どうしてリリィは戦うの?」

 

「えっ?えっと、ヒュージからみんなを守るため……」

 

理由を問われ、梨璃が咄嗟に出せた回答はこれだった。恐らく、数いるリリィの内、最もらしい回答はこれだろう。

 

「誰だって怯えながら暮らしたくない……それだけよ」

 

より根本的なものとしては夢結のこの回答もそうで、理由も特に無く、ただただ襲ってくるヒュージの襲撃不安や恐怖を感じ、そのまま過ごしていたい人などいないはずだ。

この直後、結梨が夢結の匂いを嗅ぎ、『悲しそうな匂い』と評する。表情が分かりづらいと言われる夢結だが、これは始めてである。

 

「何だ?今度は匂いで分かるのか?」

 

梅のこの言葉をきっかけに、結梨が一柳隊全員の匂いを嗅いでみる。

その結果は、全員が夢結と同じく悲しい匂いであるらしく、これはみんなが悲しみやそれに近いものを抱えて戦っているからだと神琳が答える。

だがこの匂い、どうやら例外も存在しているらしい。

 

「梨璃はちょっと弱いかも。それと、隼人も」

 

「ん?ああ。俺はその原因解決したからな……」

 

「私はお気楽なのかも……」

 

それは隼人と梨璃で、双方それぞれの理由で、悲しみの匂いが弱い例外になる。

隼人の場合は悲しみの始まりを産んだヴァイパーを打ち、その後過去に折り合いを付けられた、梨璃はの場合はそもそも、リリィとして戦う理由が憧れから来るのが理由だろう。

 

「梨璃さんはそのままでいいんですのよっ!純粋無垢なままが一番ですわ~っ!」

 

楓のこの反応を見て、「また始まったな」と一柳隊のメンバーが思うのはいつものことだった。そして、この話を聞いた結梨は自分もヒュージと戦うことを決める。

梨璃からは記憶も戻っていないのだから、無理しなくていいとも言われたが、結梨は全然分かんないからこれから色々知りたいと返した。

そんなことを言われたら断れないので、彼女は晴れて歓迎され、この話に決着が付いた。

 

「(わたくしもいつか、彼のようになれるのかしら?)」

 

少し思考に入る神琳だが、それはなるようになった時しか分からないだろう。その為、この考えは一旦隅に追いやった。

話がひと段落したところで、近い話として戦技競技会の話がやって来る。

 

「なるほど……要するに、体育祭みたいな感じか」

 

「表向きは、日頃の切磋琢磨を披露する場──ですけどね」

 

神琳の説明を聞き、まあそんな感じになるかと隼人は納得した。ちなみにこの話、浴場で昨日出ていた話なので、当然隼人は知らない。

故に、この場で改めて話をすることにしたのである。

 

「クラス部門、レギオン部門、個人部門などの成績で競い合って……最後に選ばれる最優秀リリィには、素敵なご褒美があるそうですよっ」

 

「(生きてるだけ儲けものだから要らない──何て言ったら、絶対ぶちのめされるな……)」

 

「(流石に、要らないは言わないでしょう?形だけでも選ぶはず……)」

 

隼人が気づいたからいいものの、危うく楓の危惧通りになりかけていた。

己の感性がずれていることは嫌でも実感させられているので、隼人は仮に選ばれたら有難く頂戴しようと決めた。己の価値観を少しずつ戻していくいい機会である。

なお、今年は工廠科全面協力により、CHARMに高級オプション付け放題と教えて貰い、一瞬目を光らせるも、それはそれで困る要素だった。

 

「なに、工廠科に任せれば魔改造もお手の物じゃ。安心せい」

 

「いや、技術力は疑ってないんだけど……頼むから、実用性重視でな?」

 

魔改造の単語だけで隼人が不安になっていたのは、理由を知っている者ならすぐに察せる。要するに、この場で言えば楓である。

実用性重視でブリューナクを選ぶところから、信頼性の高い機能を好んでおり、試験的・実験的な機能は嫌うだろう。

 

「でしたら……いっそのこと、わたくしの方で注文しませんこと?要望通りのものをお届けしますわ」

 

「……それもアリだな」

 

こちらの形に合わせたオーダーメイドなら、魔改造されるよりよっぽどいい。その為、隼人はそっちの道に飛び込んだ。

 

「オプションの話はその時のお楽しみとして──。今度は雨嘉さんね」

 

「……えっ?」

 

──これとこれ。と、言いながらどこからともなく何らかの衣装を取り出した。

巫女服と何らかのフリルドレスだろうか?服装の需要等が分からない隼人は、何故これが用意されているかは理解できなかった。雨嘉も、神琳が自分に対して何故用意したかは分かっていない。

ただ、当の神琳はそれはもう楽しそうな声音で、この日の為に用意したと回答する。

 

「こんなのもあるぞい?イヒヒ」

 

「~!猫耳は外せない……!」

 

更には援護射撃と言わんばかりにミリアムの手にはメイド用のドレスらしきもの、鶴紗の手には猫耳カチューシャがあった。

お前らどこからそれを取り出したとか、何で鶴紗までノリノリなんだとか、この状況に隼人はツッコミたいところが山ほどあったが、それ以上に、妙に嫌な予感がしてしょうがない。

また、先程神琳が話を切り替えた瞬間から、この場にいてはいけないと自身に警鐘を鳴らし続けている。動かねばこちらも危ないだろう。

ちなみに、鶴紗に実は猫好きな面があり、あのカチューシャはそこから来るのだが、隼人は梨璃、楓、二水の三人と違い、当日それが分かる一面と出くわしていない為このことを知らない。

 

「さてと。コーヒー飲みに行くかな」

 

危険なのであれば理由をつけて緊急離脱──。隼人の行動に迷いは無かった。何なら、神琳たちが「申し訳ないが席を外してくれ」と目で訴えて来ていたので、もうこれは止められないだろう。

ドアを開けていざ退室──というタイミングで、誰かがジャケットの右袖をつまんで来た。

 

「隼人……!お願い……私も、連れていって……!」

 

「え?えっと……」

 

誰かと思えば雨嘉であり、いいようにされるくらいならと逃げ出すべくチャンスを掴もうとしたのだ。

懇願するように頼まれてしまったので、隼人もどうしようか──と、考えるよりも早く、雨嘉は三人に捕まって引っぺがされる。

 

「あらあら、いけませんね……」

 

「サイズが合っているかの確認もあるからの。逃がしはせぬぞ?」

 

「隼人。終わったら言うから、ちょっと頼んだ」

 

「(あっ、遅かった……)」

 

こうなったら誰かが再び三人から引っぺがさないと、雨嘉はあの服装たちの餌食になるのは間違いない。

しかしながら、雨嘉にとって不幸なのは、他の人たちは神琳たちの意図を理解していないので動けない、または理解しているので動かないの二パターンだった。

 

「は、隼人……助けて……」

 

故に、もうこうなると隼人にどうにか助けてもらって逃げ出すしかない。

これは流石に助けてあげようか──と、考えるも束の間、三人から目だけで邪魔したら許さないと言わんばかりに無言の圧が飛んできた。

──三人分は流石に怖いわ。一人と三人なら一人が楽と考え、これは諦めるしかないと判断することになる。

 

「ごめん。雨嘉……後で奢るから」

 

「……!?は、隼人……?」

 

その為、隼人は右手で十字架を切りながらドアを閉めてそそくさ退室していき、逃げ出す希望が断たれた雨嘉は、そのまま三人の餌食になってしまった。

 

「隼人さん、『命に関わらないから』でそそくさ退散しましたわね?」

 

楓の予想通り、隼人は命に関わらないからいいだろうと非常に事態を軽く見ていた。これもあっさりと引いたのを一助している。

たかが着替えなのだから、自分が退散してしまえばいいだろうと言う、非常に割り切った判断だ。

また、隼人は後で知ることになるが、どうやら雨嘉を戦技競技会のコスプレ部門と言うアフタータイムの楽しみに参加させるつもりだったらしく、いきなり出てきた衣装はそれが理由である。

 

「雨嘉さんが?地味ではありませんこと?」

 

「何でも、何にも染まっていない感じがいいとのことみたいです」

 

黒髪で大人しい性格の為に、どうしても地味目に映ってしまう可能性はあるが、それでも彼女の容姿は美少女のそれであり、十分な素養は備えている──どころか、寧ろ一柳隊のメンバーで随一まであるだろう。

二水に理由を聞いても、楓は「そういうものですか」と非常に淡々と返しながら、紅茶を一口飲む。何にも染まっていない感じと言われると、梨璃が思い浮かんでいるのかもしれない。

──やはり、わたくしはこちらですわね。楓は自分の好みを再確認した。

 

「お前、ホントに梨璃にしか興味ないんだな……」

 

梅のこの言葉にも堂々と肯定をしながら視線を戻す──。

 

「……んなっ!?」

 

──と、その先には着替え終わった雨嘉の姿があった。

 

「やりましたわ♪」

 

「やりきったのう♪」

 

「かわいい……♪」

 

推し進めた三人が満足している通り、それはもう衣装によって普段とは違う可愛らしさを手にした雨嘉の姿があった。それこそ、楓の下馬評である「地味」を完全に覆していた。

これを真っ先に受け入れた旨を明言したのは梅で、彼女も雨嘉のことを可愛いと称えた。

 

「あっ、そうだ!これ、隼人に送って聞いてみないか?」

 

「いいですね。それ」

 

「……えっ?えっ?ま、待って……!」

 

あれよあれよと話は進んでいき、雨嘉の形態端末を借りて写真を撮り、そのまま写真付きメールで隼人に送った。

 

「……?」

 

それは丁度、豆を挽き終え、これから淹れていくと言うタイミングで形態端末に届いた。

内容を見てみると、写真と共に「これをみて可愛いかどうか答えてくれ」と言った旨のメッセージが送られてきていた。

一応、題名に「神琳です」とあったので雨嘉本人が送っていないことは間違いない。間違いないのだが──。

 

「同調圧力を掛けないでくれ……」

 

立て続けに「多分可愛いって言うよね」みたいなメッセージがあるので、勘弁してくれよと思った隼人であった。

しかしそれはそうと、普段と違った感じがあっていいと思っていたのは事実である為、適当に同意したメッセージを送り込んでおく。

コーヒーを一杯飲んだ辺りで、戻ってきていい旨のメッセージが届いたので、了解の旨を返して一度戻った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 21 話 }

 

抱 負

ambition

 

 

抱えるものは人それぞれ

──×──

overcome, reconcile, and move on

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「無理矢理、連れていってくれてもよかったのに……」

 

「それは……本当にごめん」

 

コーヒーを一杯飲んで満足した後、隼人は約束通り、雨嘉に奢ることになった。

今回奢るのは高級のパフェであり、それはデザートとしては相当値を張るものである。

今回は多勢に無勢なのもあったので、一先ずこれで許しを貰うことはできた。後はこの一時を過ごして終わりである。

 

「それじゃ、頂きます……♪」

 

「(ここまで値を張ったのは、スイーツの種類と質か?)」

 

目を輝かせながらパフェを口に含む雨嘉を見ながら、隼人はそんな分析を行う。

値にあったものを提供するのだから、当然量や質は比例するものである。

 

「ここの飯、多分、紅茶に合わせられてるんだな……」

 

「……?紅茶に?」

 

「ああ。コーヒーと一緒だった場合、どこかで違和感が出ると思うんだ」

 

隼人は何も頼まないのは違うなと思い、軽食と共に紅茶を貰い、その紅茶を飲んでそう述べた。

系統の違う飲み物である為、そのどちらかに合わせればもう片方には合わなくなってしまう。故に、隼人はコーヒーとは合わないだろうと考えた。

 

「隼人は……」

 

「ん?」

 

「隼人は……その、私が……コスプレ部門に出ても、大丈夫だと思う?」

 

自分の預り知らぬところで計画され、もう出るのがほぼ確定なので、少し自身が無かったのだろう。

実際、隼人はメッセージだけでしか返していないので、生の声がどうだかは分からない。

 

「俺は大丈夫だと思うぞ?後、これは知っておいて欲しいんだけど……」

 

──雨嘉って自分が思う以上にレベル高いから、自信もって。リリィとしての技術もそうだが、少女としてみても容姿は良いものを持っている。

それを聞いた雨嘉は一瞬面食らうが、その後照れてしまった影響で頬を朱色に染める。

 

「ありがとう……ちょっと、自信持てた」

 

「それは何より」

 

ちょっと恥ずかし気にした雨嘉を見ながら、「こう言うのに男って惹かれるのかな……?」と隼人は考えながら、至って平静な状態で紅茶を一口飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後から、結梨にCHARMの扱い方と戦い方を教えるべく、今日から彼女に対する訓練を行うことになった。

これの主導は夢結と梨璃であり、必要な部分があればそこで当人らと交代と言う形である。

梨璃の時の反省もあり、まず最初はマギの入れ方をしっかりと教え、そこから射撃や近接の訓練をする形で進めて言っているので、この辺りに問題は無い。

 

「(最初からこうすれば、梨璃に苦労させないで済んだのでしょうね……)」

 

過ぎてしまったことはしょうがないが、二度と繰り返すまいと夢結は心に誓った。

故に、今回はしっかりとこのような形を選んだのだが、やはりこうした方が上手く行くようだ。

 

「梨璃。戦う時、何か気をつけた方がいい?」

 

「気を付ける?うーん……」

 

結梨に問われた梨璃は考えてみると、思い浮かんだのは自分にできることを精一杯やると言ったところが出てきた。

なるほど……と頷いた後、夢結からはヒュージの攻撃は変に受け止めるよりも、受け流してしまった方がいいことが多いのを教えられる。

基本的にヒュージのパワーは強く、まともに正面から打ちあってもいいことは無い。唯一の男性リリィである隼人ですら、ヒュージの攻撃は回避と受け流しが多く、力勝負をやりたがらないのが伺える。

 

「隼人は?」

 

「俺か?そうだな……」

 

他の人と比べて非常に極端な考え方だが、それを伝えて考えて貰うのもアリかも知れない。そう考えた隼人は次のことを伝えた。

 

「最低条件は『死ぬな』。基本的には『怪我無く帰ってこい』。んで、理想は『怪我無く帰ってくるついで、誰かを助けられるようになれ』……だな」

 

「お前、極端すぎだろ」

 

余りにも命に関する事柄だらけの回答に、鶴紗もそうだが一部のメンバーがもうちょいないのかと思ってしまった。

その微妙な反応を見て、隼人はこれも控えた方がいいかもと考え出す。

 

「(けど……理想に従って死ぬってのも、俺は違う気がするんだよな)」

 

だが、隼人は時折聞いたことがある、『命を賭すべき戦いは己で決める』と言う言葉は賛同しきれていない。

と言うのも、これは自分が戦うと決めたなら、()()()()()()()()()()と捉えることができ、命の執着が非常に重い隼人にはそりが合わない。

故に、今回のように隼人は教える。死んでしまっては元も子もないのだ。

 

「だから……戦いに行く時、もしかしたら帰って来れる保証のない戦いを経験するかも知れない……でも、そんな時でも、生き残るってことは忘れないで。生きてさえいれば、こうしてみんなと話すことも、訓練を積むことだってできるから」

 

「……?うん。分かった」

 

いきなり全部を理解するのは難しいかも知れない。ただそれでも、伝えられずにはいられなかった。

 

「(納得できるかどうかはさておきとして、言っていること自体は何も間違っていませんわね……)」

 

実際、隼人は生きていたからこそ一葉との再会もできており、この言葉は全く間違いじゃない。

これと同時に、隼人の命に対する執着の重さから、恐らく命を賭すにしても、死にに行く真似は論外と考えているのも、楓には察せられた。

だが、自分と共に戦う仲間や、自分の帰りを待つ人らはそう言う行動を望まないのはまた事実で、隼人はこの先ずっとその思想に反対派であり続けるだろう。

 

「(ですが……そうやって悲しみを止めるのもまた、リリィの務め。わたくしたちは、自分にできることをやっていきましょう)」

 

命を賭して人の命を守るのを悪いとは言わない。それは悲しみを止める行為だから──。

だが、その結果自分が死んでしまえば、別のところで違う悲しみが出てしまうのだから、死なずして人の命を守るのが一番いいのだ。

故に、楓は隼人のその考えに納得が行くし、できれば周りを頼ってやって欲しいとも思う。一人では限界があることくらい、この男にも分かっているはずだ。

 

「とまあ……それらも含めて、結梨にはしっかりと覚えて貰います。いいわね?」

 

「分からないところは教えてあげるから、いつでも聞いてね?」

 

こうして、結梨の訓練は賑やかに──しかしながら、丁寧に進められて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

訓練やその他諸々をやっていき、あっという間に週末の夜──。もう翌日には戦技競技会が開催となる。

こういった集団での行事は実に三年ぶりなので、隼人は内心楽しみにしている節があることに気づいた。

それと同時に、形態端末にメールが届いた着信音が鳴る。

 

「(一葉から?なるほど……来月か)」

 

内容は両親が来月予定を開けるので、来れるなら来てほしいと言っていた旨のメッセージであり、隼人はこれに了解の旨を返した。

 

「(買い出しとかは大量に買い込んだ方がいいな……顔を合わせた後で同時にやってしまおう)」

 

控えるように頼まれてしまっている以上、一つの外出で多くのことをやらねばならない。

無駄に行き先を増やしてしまうのはしんどいが、上手いことやっていくしかないだろう。

また、来月と言うのは、早ければあの施設で結梨が過ごすための部屋の準備が終わるくらいの時期であり、同時にやるのが難しい事案で悩ましくなる。

 

「(その辺だけは融通利かせてもらうしかないか……)」

 

とは言え、後者の方は確定では無いので、なるようになれであった。

一先ず目先のことに対する整理が終わったので、自分の現状を振り返ってみる。

本来ならば少年相応の時間を過ごしていたはずだが、それはヴァイパーにより奪われ、討った今、これを失われた時間を取り戻すいい機会だと言える。

 

「(取り戻せるだけ取り戻していくか。二年半あるんだ……行けるところまで行けるさ)」

 

少年は今、己の思春期はを蘇らせるきっかけを見つけた──。




Q.何で結梨が退院した翌日から結梨がCHARMの契約してるの?

A.17話でしでかした俺の描写ミスで、指輪付いてる状態にしてたのが行けない。


以下、解説入ります。


・如月隼人
悲しみの匂いが薄い人その1。コイツの場合は問題が解決済み。
雨嘉の救助は命が関わらないから、圧掛かった時点で断念。財布への打撃は甘んじて受けた。
ちなみに、雨嘉の裸体等への興味は微塵も無い。この辺の欲が戻るのはまだ先。
相変わらず命への執着が重く、結梨に教えたことも、とにかく生存関係。


・一柳梨璃
悲しみの匂いが薄い人その2。
この子の場合は戦う理由の原点が悲しみじゃない。故に、原作でもそうなったのだろう。


・白井夢結
結梨の訓練に関してメイン指導者的ポジションに収まる。
梨璃と二水の対ヴァイパー訓練は、隼人と言う適任者がいたから譲っただけであり、彼がおらず訓練が必要ならこの人が主導になっていた。
結梨の戦い方は今後、彼女の方針が基準になるだろう。


・楓・J・ヌーベル
ここぞとばかりに隼人に契約を持ち掛けた。反応はかなり良好。
リリィが戦場に赴く思想に関して反対しているわけではないが、まあ隼人は拒否感あるだろうと察している。


・王雨嘉
救助キャンセルされてしまった不運の子。その分、隼人の財布に代価を払って貰った。
褒められたことに関しては素直に嬉しい。その時の反応はきっかけになるか……?


・郭神琳
実は隼人に掛けた圧が何だかんだ一番強い。恐らく、雨嘉をコスプレ部門に参加させようと画策した首謀者。


・安藤鶴紗
何気に猫好き描写は今回が初。
どうやら猫以外にも、似合う人が付ける猫耳カチューシャもアリな様子。神琳たちの計画に乗ったのはそれが理由か?


・ミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウス
雨嘉をコスプレ部門に参加させる計画の協力者。恐らく一部格好を探し出したと思われる。
隼人の実用性重視な方針を聞き、勿体無いと思うものの、無理強いする必要はないと思ってる。


・一柳結梨
描写ミスが影響で訓練とCHARM契約が前倒しに。
隼人の命に関する執着等は理解しきれておらず、知る時が来るのはまだ先。


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第22話 祭典

気づいたら評価付いてました。

想像してたよりはマシで安心です。


戦技競技会の当日の朝──。由美はとあるメモ書き程度の資料と睨めっこしていた。

 

「(現場に着いた時は何もいなかった──。それなのに、いきなりその子が現れた、ね……)」

 

結梨を発見した時の状況と、そのエリアに入った時の状況を隼人から口頭で聞いた内容だが、これに違和感を感じている。

見落としかも知れないと隼人は言っていたが、これは当事者側の意見であり、俯瞰的に見れる由美はそれを参考程度にもう少し深く見ていく。

 

「(何か別のモノがあって、そこから()()()()()()()……と言った方が正しそうね)」

 

そして、由美はこの結論を出した。いきなり迷い込んだにしても、裸体で来るのはどうかと思うし、泳いで来たのなら、そんな偶然にも全員の目を盗んで移動できるだろうか?その疑問が強い。

故に、いきなり出てきたと考えるのだが、今度はどこから出てきたかが説明できない。隼人はその瞬間を見ていない為、参考資料が無いのだ。

しかしながら、この結論に関しては正直永久の闇になってしまっても構わない事案であり、問題はもう一つの方である。

 

「こんな状況……G.E.H.E.N.A.(研究狂い)たちが見逃すはずも無い……」

 

彼らに都合よく連行されれば、結梨は間違い無く体のいい研究対象にされてしまう。それを見つけた本人や、隼人は望まないだろう。

そもそもの話、研究狂いが何らかのミスをして彼女が迷い込んでしまった可能性もあるが、そうであるならそうで、あのバカたちは何らかの方法で連れ込もうとするだろう。

 

「アリス、準備の方は終わったかしら?」

 

「ええ。家具の用意も終わっているし、予備の布団も一式あるわ」

 

「ありがとう。最悪明日には必要になるかも知れないから、準備しておいて頂戴」

 

「……何か問題が?」

 

アリスに事情を説明すれば、急ぐ必要があることを理解した彼女が了解の旨を返した。

彼女が再び準備に入ったのを見届けて、再び由美は睨めっこに戻る──前に、一度時計で時間を確認する。

 

「(隼人君に連絡が通るのは夕方以降……)」

 

──そこで、連絡の全てを済ませるしかないわね。罪なき少女の命を救うべく、良識ある科学者は決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 22 話 }

 

祭 典

feast

 

 

それはひと時の楽しみ

──×──

enjoy this moment with everyone

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(こんなイベント行事みたいなのは三年ぶり……いや、四年ぶりか?)」

 

──随分と久しぶりな気がするな。隼人は校舎の外に出て、グラウンドに向かいながらそんなことを思った。実際、この様な祭りごとに参加するのは小学生時代以来であり、相当時間が経っている。

隼人は今回交代要員としての立ち位置が近いが、正直言って昔のように上手くやって目立ちたいと言う感情が無い為、この方が楽でいいし、見ているだけでも久しぶりなんだから楽しめるだろうと思っていた。

今回、まずはクラス対抗戦から始めるらしく、隼人は梨璃や二水、楓らが仲間になる。

 

「二人組を組んで技を競い合いますよっ」

 

「(二人組か……)」

 

──楓が梨璃を狙ってそうだな。隼人の予想は的中していた。

 

「ふふ……これならばお邪魔虫もいませんし、無防備な梨璃さんを独り占めですわ~っ!……あら?結梨さん?」

 

「私、梨璃と一緒に出るから……」

 

「……何ですってぇ!?」

 

残念無念。既に先約がいたようだ。変えるのは間に合うかも知れないが、恐らく梨璃も結梨と出るつもりだったのだろうから、無理だろう。

 

「あはは……楓さん、また今度ね?」

 

「お邪魔虫二号~……」

 

一号は言うまでもなく夢結のことを指すが、本人らの気持ちを考えると──な状況が何とも言えないところである。

まあ、こればっかりはタイミングがタイミングだろう。

クラス対抗戦は、数メートルの高さをしたポールの上に置かれている円状の布を最も早く取れたクラスの勝ちである。

取り方としては、片方がCHARMで円を描き、空中へ飛び立つジャンプ台を形成──もう一人がその中に入り、足でマギを制御して昇っていき、そのまま置かれてある布を取る形になる。

 

「あっ……俺、目、瞑ってた方がいい?」

 

「目を……?……!その、すみませんが、少し我慢して貰いますわ」

 

観戦の立ち位置にいた隼人が何が起こるか察しが付き、意図に気づいた楓もやむ得ず隼人の目を両手で防ぐことにした。これは彼が不埒な行為できませんとアピールする目的が強い。

もう本当に、ただただ時の運と言うか整理が追い付いていないと言うか、諸々の事情に隼人が合わせなければならないのは少し可哀想になる。

隼人はうっかり見てしまったところでああだこうだ騒ぎはしないのだが、問題は相手側であり、相手側がダメなら諦めるしかない。

 

「コイツ本当に運悪いな……」

 

「せ、せめてこの競技だけ我慢してくださいな……」

 

間近にいた鶴紗と神琳も、そんな隼人の現状を哀れんだ。これでは純粋に楽しめないだろう。

もちろん、こんな面倒をかけさせてしまった楓もかも知れないが、そもそも彼女の場合は梨璃を結梨に取られてしまっているので、どっちにしろだろう。

 

「(まあ、何も反応がないならそれはそれで楽なのですが……)」

 

「(とは言え、こうなってる状況……どう返すのが正解なんだ?どれも不正解な気はするが……)」

 

それぞれ同じ状況のことを考えているが、内容は全く別であった。しかもお互い口にするのも難しい内容である。

 

「何て言うか……良くも悪くも、俺がイレギュラーだって改めて実感するよ」

 

「こればっかりは仕方ありませんわ……」

 

隼人が嘆いてしまうのは無理もない。ただでさえ価値観にズレがあるのに、一人だけ異質故に合わせねばならないのだ。

──てかコイツ、アリスの比じゃないな……。三度目の正直なのか分からないが、明確に比較対象ができてしまった隼人は、数舜とは言え、ついぞやそちらに意識が回ってしまった。

そして、試合が始まってからは早く、勝負はもの一分もせずに終わった。

 

「終わったみたいですわ」

 

「結果は……?」

 

どうやら梨璃と結梨のペアが勝てる──と思ったら、あと一歩のところで別のクラスの少女に先を越されてしまったようだ。

紫色の髪をツインテールにし、同じ色の瞳を持った少女曰く「初心者にしてはセンスいい」とのことで、その才覚を認めている。

とは言え、センスがあるない関わらず、負けは負け。結梨は悔しかったのか、膨れっ面を見せた。

 

「結梨ちゃんっ、凄かったよ!」

 

「でも出来なかった!」

 

やっぱり悔しかったらしく、表情を変えてそれを表し、それを見た梨璃は「そんなことないよ」と励ます。

これだけ見ていると非常に微笑ましい光景だが、隣では楓が嫉妬にまみれた様子を見せており、もう少し抑えられないかと隼人は思った。

 

「なんだかあの二人、シュッツエンゲルみたいだナ」

 

クラスが違う為、遠くで見ていた梅の感想に夢結も返事こそしないもののその光景を暖かい目で見ていた。

 

「如月君……その、大丈夫だよね?」

 

「ああ。それならわたくしが目を塞いでおきましたので」

 

「俺が合わせる立場だからね……」

 

もう一度だけ楓がその状態を再現して証明を取る。一応、開始前にそうやっていたのは確認していたが、本人たちは分かりづらい。

これ自体は隼人も納得していたからまあいい。こればっかりは仕方ないのだ。

 

「もう遅いかも知れないけど……アンタたち、男女で密着してるけどいいの?」

 

「「……えっ?」」

 

緑色の髪を持つ少女に聞かれ、二人は数舜間をおいた。

だが、ここで隼人はかなり頭を悩ませる事態になる。

 

「(ヤバい。無茶苦茶回答に困る)」

 

そう。異性への頓着が薄いままだった故に、どう返せばいいのかが全く分からないのだ。

ただ、幸いもう一人問われた相手は楓であり、隼人の状態を読んでアクションを起こす。

 

「状況が状況だから仕方ありませんわ。ただ……この男、全く反応を見せないから、押し付け甲斐が無いと言いますか……もっとこう、せめて眉の一つでも動かしてくれれば」

 

「待て待て。それを安売りしようとするな……まあ、正直言えばこんな役回りさせて申し訳無いよ」

 

まあそうなるだろうな──と、殆どの人が思った。強いて言えば、楓に触れた時の反応が何も無いのは嘘だろと思う人がいた。

実際、隼人のそっちに関する頓着が余りにも薄く、それもヴァイパーによって歪められたのだから仕方ないと楓は割り切ろうとした──。

 

「(でも、実際アリスより凄いのは確かだよ)」

 

「……!」

 

──が、耳打ちとは言え彼からは想像つかない回答が来た。言葉こそ少ないが、楓からすればそれだけでも十分だった。言って見るとどうなるんだと言う思いつきではあるが、余り聞かれたくなかったので、耳打ちを選択した次第である。

と言うよりも、正直嬉しかった。例え隼人が咄嗟に思いついたその場凌ぎだとしても、始めてまともな回答が得られたのだから。

少しの沈黙が走って辺りを見渡した隼人は、楓がとても嬉しそうにしているのが目に入った。

 

「……どうした?」

 

「それですわ、それっ!そう言った反応が欲しかったんですわっ!もう、最初からそう言う反応を下さればいいのに♪」

 

こんなこと言いながら、楓は胸元をわざとらしく抑えて見せる。

だが、今までと比べて明らかに表情が明るいのと同時に、意識させたい感じが伝わり、顔に熱が入ると同時、今自分の周りが何かを思い出して物凄く焦りを感じた。

 

「お、おい!?ちょっとは体勢を考えろ!俺に関して要らない誤解ができるかもしれないだろ!?」

 

「あら、すみません。珍しい反応だったのでつい……」

 

実際にはもう、椿組には「男子って楓さんみたいな人がいいんじゃ……?」と言う考えが何人か出てきている。

これに関しては後でコッソリ聞かれた際、隼人が「みんながみんなそうって訳じゃない」と回答して弁明をして事無き得た。

ただし、これは()()()()での話であり、()()()()()()楓みたいなのが好みと言う疑惑は残ったままである。

 

「(分かってはいたけど、気をつけなきゃいけない事が多過ぎる……!いやでも、あれはマジで……ダメだ、ダメだ!一旦意識から切り捨てろ!)」

 

「(少しは改善の兆しが見えて安心ですわ……ただ、ちょっとタイミングがダメでしたわね)」

 

完全に自分の方に意識が向いてしまった隼人を見て自省しつつも、今までの仕返しが出来たとして楓は一満足した。

この後、個人部門を行い、隼人もここで参加し、名目は遠くの距離から正確な射撃を複数の的全てに素早く当てる勝負なのだが──。

 

「は、速さで勝って精度で負けた……」

 

「狙撃なら、まだ負けないよ……?」

 

普段の戦闘なら、まずは距離を詰めると考えるくらいの距離であった為、隼人は雨嘉に敗北を喫する。ちなみにこの勝負、隼人はノーミスであれば間違いなく勝てていたので、今後は射撃精度を己の課題として見出した。

また、雨嘉は距離が近ければ速度で負けていたので、狙撃で早撃ちへ挑戦するのもいい機会と考えていた。そう言う意味では、お互いに有意義な勝負だったと言える。

工廠科の研究の成果として、存分に弄り倒したCHARMの披露会があったが、隼人の反応は全てイマイチだった。

 

「(いや、全部使いづらそうだな……)」

 

何しろそのCHARM、殆ど全てが実用性度外視だったのである。これでは隼人もいい反応を返せない。

技術の進歩や結晶──と言えば聞こえはいいのだが、どうもこの男はそれだけだと納得できないようだ。

とは言え、その頑張り自体は否定するつもりは無く、寧ろ自分にできないことをバンバンやってるのは素直に称賛できる。

 

「(明日とかでもいいから、楓にCHARMの話持ち掛けとくか……)」

 

これを見て思い出した隼人は、具体的な内容を考えながらその他のものを見ていくことにした。

その結果、今回のCHARMからは欲しそうな要素を余り見つけられなかったが、大まかな指標は決める事ができ、一歩前進と言える。

披露会の次はレギオン対抗戦になり、選抜メンバーがそこに参加する。ちなみに隼人や梨璃は見学である。

やることとしては、各レギオンが守るべき的があり、それを撃たれないようにしながら他レギオンの的を撃ち抜くものらしい。

 

「あれ……何かあったの?」

 

「もしかしたら、この前の挑発が続いてるかも知れません」

 

ミリアムが緑髪の少女にわざとらしいファイティングポーズを見せられて憤っていた理由を、二水が簡単に答える。

ちなみに、その時の話も浴場での話なので、隼人は現場にいない。

なお、その緑髪の少女、どうやらアールヴヘイムのメンバーであるらしく、その挑発ができるだけの腕前はあることは疑いようもない。

 

「結梨、梅と代わるか?習うより慣れろって言うしな」

 

「ダメですよっ!結梨ちゃんはまだCHARMにも慣れていないんですから、怪我したらどうするんですか!?」

 

やりたそうにしている結梨を誘ってみたが、梨璃に阻まれたので梅は断念した。そんな様子を「梨璃が母親みたいだ」と思いながら隼人は見ていた。

この会話の後に始まった一柳隊とアールヴヘイムのレギオン対抗戦だが、アールヴヘイムは夢結とやり合ってもいいことが無いのでスルーを考えていたらしいが、滅多に戦える機会が無いから三人程彼女の方に向かっていき──。

 

「さて、次は誰かしら?」

 

──あっさりと返り討ちになり、その夢結は自信たっぷりな笑みでこんな問いをしていた。

隼人は知らないが、彼女も元アールヴヘイム所属であり、その実力は非常に高い。百合ヶ丘でも屈指のレベルである。

 

「お姉さま、凄い……」

 

当然、彼女に憧れてガーデンに入った梨璃が魅了されない訳も無く、暫しの間その姿が焼き付いていた。

無論彼女だけで無く、他の人たちも結構な数が見入っていた。

 

「なっ……!?後ろに……!」

 

「避けてくれてありがとうなのじゃ……」

 

一方で、緑髪の少女とミリアムの対決は、ミリアムが最後の一撃に見せかけたフェイズトランセンデンスの一撃を避けさせ、的を撃ち抜くクレバーな戦法で一矢報いていた。

ただ、その後はフェイズトランセンデンスの反動で倒れてしまい、彼女は医務室コースになった。

ここまでで午前の部は終了となり、昼休憩をしてから午後の部に移ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を取って、午後の部開始数分前──隼人は一先ず外に出て一柳隊の皆と合流するべく移動をしている。

昼食中は個人部門やレギオン部門での話で持ちきりになり、そこで隼人と雨嘉はお互いの持っている射撃技術の講習会を約束している。

この他にも、レギオン部門による夢結の複数人一蹴や、ミリアムの一発逆転攻撃は非常に注目されたものであり、ここでも話題になった。

なお、午後の部は百由が作ったメカヒュージとミリアムが対決するデモンストレーションと、コスプレ部門等……やることはアフタータイムのお楽しみに近い。

 

「(あれ?待てよ……。さっき倒れてたよな?)」

 

──代わりは誰がやるんだ?自分には話が来ていないので、隼人はこれが疑問になった。

 

「あっ……隼人くん。結梨ちゃん見なかった?」

 

「いや、見てないけど……先に夢結様と行ったとか?」

 

移動中に梨璃に問われたので、隼人は正直に答えて共に移動する。

そして、一柳隊のメンバーを見つけるもそこに結梨はおらず、どこにいるのかと言うと──。

 

「えぇっ!?結梨ちゃんどうしてそこにいるのっ!?」

 

──何と、CHARMを手に持って百由製のヒュージロイドの前に立っていた。

どういうことかと聞いてみたら、ミリアムの代理として結梨を登録していたらしい。

 

「相手は百由が作ったのだから大丈夫だろ?」

 

「百由様が作ったから、心配なのでは……?」

 

楓のツッコミには、梨璃も隼人も二人揃って首を縦に二回振って肯定を返した。

どうにかして登録をやり直せないか──と考えるも遅く、地面から無数の鉄が飛び出して、網目あるドームを作り出してしまう。

 

「あっ、遅かった」

 

「あわわわわ……!」

 

──これどうやって開けるの?そんな疑問が浮かび上がった直後、現場に到着した百由が間に合わなかったことに反応する旨をこぼす。

早速聞いて見たところ、どうやら勝負がつくまで開かないように設計されているらしく、開ける手段に関しては諦めることにした。

 

「エキシビションだし、リリィが勝てるように設定して……ありますよね!?」

 

百由が作って設定したのだから、もしかしたら──と不安になりながら問いかけた雨嘉だが、次の回答で全員がビックリすることになる。

 

「いいえその逆よっ!限界近く(ゴリゴリ)にチューニングして、()()()()もイチコロのはずだったのに……結梨ちゃんが危ないわっ!」

 

「百由様わしをどうする気だったんじゃ!?って、慌てるのは遅いわっ!」

 

この後、二人で口論が始まるが、そんなことは些細に過ぎない。悪い意味で期待を裏切らなかったので、何してんだこの人と思った。

なお、ぐろっぴとは百由が最近になってミリアムをそう呼ぶようにしたあだ名であるが、いつからこうなったのかは他の人は詳しく知らない。

 

「技術屋も研究狂いも、何でか頭のネジ飛ばしちゃう人っているんだよな……」

 

「どこかのアホンダラみたいに、命に執着しすぎている人も……ではなくて?最近は落ち着いているみたいですが」

 

「お前……もうちょっとこう、隠したりとかしないの?」

 

「隠すつもりもありませんでしたし、これでいいんですのよ。ゆっくり考えてくれているなら、問題ありませんわ」

 

実際、隼人は食事関連に意識が強くなり始めているが、そこから先へはまだ進んでいない。故に、ここからは時間が経過してどうなるかである。

 

「それはさておき、こっちだな……」

 

「ええ。百由様の設定がやりすぎなのが少々不安ですわ……」

 

結梨は大丈夫か?それが共通の考えだった。確かに訓練はしている。だがそれでも、その訓練期間は一週間にも満たない。隼人ですら、治療した腕を慣らすところまで入れて半年間は訓練してからの実戦なのだ。明らかに準備時間が足りていない。

碌に訓練もせずに実践に赴いた梨璃の一例もあるが、あれは余りにも例外が過ぎるので、今回は除外する。

なお、結梨がこんな無茶をやっていることに関しては「時代が変わった」と神琳が、「今や百合ヶ丘のゴシップは結梨に向いている」と二水が証言しており、思いっきり結梨に注目が集まっている空気が明かされた。

 

「梨璃、私、やるよ!」

 

結梨はリリィになり、皆のことをもっと知りたいと告げた。記憶が失くしたならと、新しく作る道を選んだのだろう。

──だから、見ててっ!そう言って結梨は百由製のヒュージロイドと対峙する。

 

「結梨ちゃん……」

 

そこまで言われたらもう止められないし、夢結からも信じてあげなさいと言われ、梨璃も見守ることにした。

 

「あ、あの構え……」

 

「夢結様がやってる構えだな」

 

最初に取った構えが夢結もやる構えだったので、数名が驚く。

皆が見守る中、暫しの間静かな睨み合いが始まる。その睨み合いの後、先に動いたのはヒュージロイドだった。

 

「……!?」

 

いきなり高速回転しながらの体当たりを前に、結梨は反射的にCHARMで防ぎ、数歩後ろに下がる。本来は受け流しが理想ではあるのだが、初見でこの防御をやっただけでもかなりのものである。

ヒュージロイドの足の内一つの打撃にCHARMを振り下ろしてぶつかり合うも、パワーの差が災いして押し負ける。

そして、こうなるとヒュージロイドの攻勢になり、そこからくる連撃を、結梨は体制を崩しつつもどうにか避けてやり過ごしていく。

 

「押された時は間合いを取りなさい!」

 

「そう、相手のペースは崩す為にあるのよ!」

 

結梨は始めて戦っている──。そんなこともあり、彼女に聞こえることを祈ってか、戦いに関するアドバイスの声がちらほらと聞こえてくる。

そこから起きた流れの変化はすさまじく、力勝負には一切付き合わないと言わんばかりに結梨は走ったり飛んだりを繰り返しながらヒュージロイドへ攻撃していき、時々自分の移動先に合わせて置かれる攻撃は大丈夫ならそのまま、ダメなら受け流しながら通り抜けて行く。

打って変わって初心者とは思えない動きを見せた結梨を前に、会場が沸き上がった。

 

「(行ける……やれる!)」

 

そして最後は、マギを込めた全力の攻撃により、ヒュージロイドを十文字に切り裂いて勝利して見せた。

 

「みんな、出来たよっ!」

 

綺麗に着地した後、CHARMを頭上に掲げながら発したその声は、皆の歓声に迎えられた。

この後、コスプレ部門も残っているが、この時点で結梨が最優秀リリィになるのはもう確定していた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(やっぱり、雨嘉の受けはよかったな……)」

 

全ての部門が終了した放課後──。隼人はラウンジで夕食を取りながら今日の事を振り返っていた。

結梨が全ての注目をかっさらった後のコスプレ部門は、雨嘉が見事に優勝しており、この前背を押した意味はあったと言える。

ちなみに、最優秀リリィには結梨が選ばれており、後日工廠科の技術を持ってCHARMにオプションを装備できるらしい。

 

「(いや、初心者のCHARMをいきなり魔改造したりはしない……よな?)」

 

少なくとも、自分が結梨の立場だったらお断りである。まあ、自分が実用性重視で物を選ぶからではあるが。

それでも、全体を通せば非常に充足した一日であり、満足出来たのも事実である。来年もきっと、こうして過ごせるのだろうと思えた。

 

「(……由美さんから連絡?)」

 

部屋に戻れば、由美から連絡が来ていることを知らせる為に準備しておいたライトが点滅していることに気づき、素早くイヤホンを耳に付ける。

 

「遅くなりました。何かあったんですか?」

 

『やっと繋がったわね……一つ連絡しなければならない事項が出来たの。落ち着いて聞いて頂戴』

 

そして、今日の朝に判明した内容を隼人に告げられることになる。

今回の連絡により、緊急事態に陥る可能性が高いと隼人も判断できた。

 

「じゃあ……万が一のことがあれば、その子と保護者の位置にいる子の二人に暗証番号と場所は伝えます」

 

『ええ。そうすれば、事が収まるまではこちらに匿うわ』

 

この決定に、隼人はありがとうございますと返し、連絡を終了した。

 

「(まさか、こんなことになるなんて……けど、なっちゃったのは仕方ない。後は対象するだけだ)」

 

割り切った後、隼人は彼女らの避難を助ける為に思考を回し始めた。




Q1.あのヒュージロイドを、CHARMの扱う訓練してから一週間の隼人が戦ったらどうなるの?

A1.隼人には結梨のように高過ぎる吸収力がありません。なので死にます。

Q2.あの狙撃対決は何ぞ?

A2.個人部門あるとか聞いたのに何も無かったので、独自に追加して見た。

これでアニメ8話まで終わりました。

ここから解説入ります。


・如月隼人
三度目の正直と、命に関わる状況じゃないからと言う二点が重なり、等々異性への意識が回ってしまった。ここから変わるか?
早撃ちができるのは対ヴァイパー技術の一環。逃げ切られてしまうので、三発目を超えると精度が落ちてしまうのが課題。
楓が好みかもと疑われているが、己の反応故にやむなし。


・一柳梨璃
最早結梨ちゃんのオカン。基本は原作と同じ。
アニメでは次が山場になるが、果たして……?


・楓・J・ヌーベル
三度目の正直が通じて満足。改善の兆しも見えて一石二鳥。
結梨ちゃんがヒュージロイドとの対決を終えた後、梨璃に抱きつかれる彼女へ嫉妬しているのは相変わらず。


・王雨嘉
個人部門でも勝利。勝因は射撃精度。
狙撃の照準を定めるまでを早めたい為、隼人の早撃ち技術を欲している。


・真島百由
何でこの人トンデモチューンをヒュージロイドに施したんだ……。
ミリアムへのズレた想いなのだろうが、隼人には技術屋の悪い癖が出たと評されている。


・ミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウス
本小説ではようやく渾名が公開された。
何気にフェイズトランセンデンスのぶっ倒れ芸は、アニメ本編でもここが初だったり。


・緑髪の少女
田中(たなか)(いち)。隼人へのイメージが変わるきっかけを作った。


次回以降、アニメ9話分に入ります。


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第23話 行動

いつかネプシスか、その作中内に登場したキャラを題材にして何か書きたいな……。


「……!」

 

翌日の朝──何故か妙に嫌な予感を感じた隼人は普段よりも早く目が覚めた。

理由は何となく分かる、昨日話していた結梨の案件であり、万が一に備えての、無意識下での早起きだと言える。

 

「(取り敢えず、梨璃たちの居場所は分かってる。一先ず周りの状況だ……)」

 

──今はどうなってるんだ?急いで身支度を済ませ、部屋から出る。幸いにも、昨日の段階で梨璃から朝一でやる予定を教えてもらっていたので、そちらを目指して行けばいい。

その過程で、まずは近くから見て行こうと考え、足を動かそうとしたところで、珍しくこちらに向かって来ていたであろう夢結と顔を合わせた。

お互いにごきげんよう──と、軽く挨拶したところで、すぐに本題に入る。

 

「わざわざこっちに来たってことは、何かあったんですか?」

 

「ええ。結梨の事でね……事態は一刻を争うわ」

 

内容としては、政府の方から、結梨を()()()()()()()引き渡せと言うもの。

──いや、何でそうなったんだと言われれば、どうやら彼女、G.E.H.E.N.A.とグランギニョルの間で生まれた実験体らしい。

大雑把に言えば、ヒュージの細胞を変異させて作られた人造人間であるらしく、記憶は失われたのではなく、()()()()()()()()()()()()()のだ。

こうやって人では無いと言われてしまえば、ガーデンが彼女を保護する理由が失われてしまい、このまま彼女をガーデンに匿おうものなら、()()()()()()()()()()()()()()、無理矢理ガーデンを潰されかねない。

 

「あいつら……命を何だと思ってるんだ……!」

 

「当然、許される行為とは言えないわ」

 

だが、G.E.H.E.N.A.は人類の生存に大きく貢献しており、その暴走を止められるところは無い。故に、こんな横暴がまかり通ってしまっているのだ。

──何か、方法は無いんですか!?結梨は共に戦う仲間であると同時、守るべき命であることに変わり無い為、隼人は手段があるなら実行しようと問いかける。

 

「土壇場でも構わない。結梨をガーデンから逃がし、私たち一柳隊のメンバーの誰かしか知らない場所へ避難させるわ」

 

ちゃんと方法自体はあり、それだけでも隼人は一安心だった。

 

「私からは、梨璃と私自身しか知らない場所と言える場所がある……あなたは?」

 

「それならご心配無用です。知っているのは俺と楓の二人だけ……更にはそこへ入るには八桁の暗証番号が必須だから、場所が割れたとしても、暗証番号を知らないなら誰も入れません」

 

しかも、暗証番号を知っているのは隼人一人であり、楓を捕まえてもダメ。何なら、避難した二人には施設にいる三人が会話相手や何かになってくれるおまけ付き──と言う、余りにも強力な構えがあった。

元G.E.H.E.N.A.の研究員と言うことで普段なら警戒すべきなのだが、隼人の事例があるし、楓も何も被害を受けなかったし、更には協力関係の証言あるしで問題は無い。

この今回は限りなく絶対に近い安全性は非常に有難く、理想は隼人が先に発見して結梨を逃がす。次点は夢結が発見して逃がすになった。

 

「ただ……隼人君、万が一を考えてあなたが結梨と逃げることだけは本当の最終手段とします。いいわね?」

 

「俺は別に……いや、分かりました。由美さんの技術は、守らないといけないですからね……」

 

「あなた自身のこともよ?それは、あなただけじゃない……あなたの知人の心を守ることにも繋がるから……」

 

「それはもちろんです。死んじゃったら……全て終わりですから」

 

隼人が行ってしまえば、今度は男性でありながら現行リリィとして活動できた理由の調査として、彼を問答無用で連行させられてしまうだろう。それは一柳隊のメンバーは誰も望まない。

更にそこから由美の技術が使われたものである為、彼女を躍起になって探し出すだろうから、尚更ダメである。

 

「それぞれ手分けをして探しましょう。見つけたら……大丈夫な時で構わないから、連絡をくれると助かるわ」

 

「了解です。なら俺は、上の階から探します」

 

やると決まれば早く、早速行動を開始する。梨璃からは今日は何をするのかは幸い聞き出せており、もうそこにいるのも分かっている。故に、隼人は何の躊躇いも無くそちらへ歩き出す。

移動の最中、携帯端末を操作して地図情報を表示するのを忘れない。この場所は梨璃に伝えなければ、まず移動ができないからだ。

そして、運よく誰ともすれ違う事無く、隼人は目的地である屋上に辿り着き、梨璃と結梨しかそこにいないことを確認するや、すぐそちらに歩を進める。

 

「あっ、隼人っ!」

 

「えっ?あっ、ホントだ!ごきげんよう、隼人くん……って、どうしたの?」

 

「梨璃、緊急事態だ……落ち着いて聞いてくれ」

 

先程夢結から聞かせて貰った話を、そのまま梨璃に伝える。

 

「そんなっ!?だ、だって、結梨ちゃんは……!」

 

「ああ。俺もそう思うよ……。ただ、黙って終わる訳じゃない。今から結梨をとある場所へ逃がして、そこでやり過ごしてもらうんだ」

 

隼人は携帯端末で開いていた地図情報の出ている画面を見せ、どこに逃がすかを教える。

 

「そこ、何があるの?」

 

「そこには、俺の右腕をくれたり、ヴァイパーの追跡をしてくれた人たちがいる……別の言い方をすれば、俺の第二の家だ。八桁の暗証番号を知らなければ絶対に入ることができない場所……」

 

──そんな場所に、結梨を逃がす。隼人の話を聞いて、梨璃は結梨を逃がすなら納得はできた。

だが、一つ問題があり、それは由美の素性を知らない梨璃が、彼女を警戒していることにある。その為、一人で行かせる気にならなかった。

それ以外にも、結梨を一人だけ全く分からない場所へ連れて行くのも不安がある──早い話、放っておけないのである。

 

「隼人くん、私が結梨ちゃんと一緒にそこへ行くよ……放っておけないから」

 

「……いいのか?なら、そうしようか。夢結様には俺から謝っとく」

 

この状況では結梨が一人で逃げれるのが理想だが、誰かが付いて行った方が心の支えになるのは確かだ。

それならばと隼人は承諾した後、場所の情報と暗証番号教え、更には自分が緊急手段として渡されていた閃光玉を渡しておく。

 

「じゃあ、行ってくるよ……お姉さまに、よろしくね?」

 

「分かった。結梨のこと、ちょっとの間頼むよ」

 

梨璃がCHARMの刃を隼人に突き付けながら、そう頼む。本来はこんなことしたく無かったので、震え声になっているのは本当にすまないと隼人は思った。

一応こうした理由として、梨璃が隼人を脅して結梨を連れて行ったと言う体裁を取るためである。

本来のリリィであれば、制服のボタンを装った閃光玉や、非常に鋭い針として使用できるリボンと言う気休めのものが存在するものの、隼人の格好は専用のものではなく、市販の服装である為、そんなものはない。

早い話、隼人だけはこうしてしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()とアピールでき、彼が罪に問われる確率を下げれるのだ。

実際のところは、そんなものあったところで、CHARMを持ったリリィに先手を取られている時点で意味が無いも同然であり、隼人以外であろうと特に変わりはしないだろう。

 

「梨璃……?」

 

「ごめんね。そろそろ行こっか……それじゃあ、後はお願いっ!」

 

結梨を連れた梨璃が、そう言い置きながら飛び去っていくのを見送った。

──こっちは任せてくれ。そう心で呟きながら、次にやるべき行動を思い起こしながら、隼人は行動に出る。

 

「生徒会のメンバーに言うしかない……なら、今どこにいる?」

 

「……如月君?待って、何があったの?」

 

一先ず形式状伝える為に探そうとしたが、まさかの向こうから来てくれる事態になった。

──間一髪間に合ったな……。そう思いながら、隼人は自分から事情を聞いた結果、梨璃が結梨を連れて逃げてしまったと伝える。

自分が逃がしたと言うような言い方はしない。それは話をややこしくして進まないし、こっちの身が危うくなる。気遣ってくれた二人の為にも、絶対にしない。

 

「……そうね。その格好では何も……特に仕込みも無いのでしょう?」

 

「ええ。何も……」

 

──閃光玉でも仕込んでおくようにします。実際、状況によっては必要になってしまう道具である為、閃光玉くらいは常備しようと考えて宣言した。

逃げる先も検討はつけられないと返しておき、向こうから礼を告げられ、そのまま立ち去っていく。

 

「一個……聞くの忘れちゃったな」

 

結梨のことを諦めているのかどうか──。それを聞こうとしていたが、時間の無駄になってしまうと考えて割り切った。

それよりもやらねばならないことがある為、隼人はそちらの行動を始める。

 

「(アリス、お前が俺を助けてくれたように……俺も結梨を助けるよ)」

 

恩人に心の中で呟きながら、隼人はまずは連絡を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 23 話 }

 

行 動

behavior

 

 

原点は変わらない

──×──

The saved life is to save someone's life.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「では、梨璃さんたちはその施設へ?」

 

「ええ。今、隼人君が状況を確認してくれているわ」

 

梨璃が結梨を連れてガーデンを脱走した後、隼人は夢結へ連絡した後、傍受されないように一柳隊に宛がわれた部屋で由美に連絡を取り始めている。

現在、この部屋にいるのは脱走した梨璃と結梨、家柄の事情で確認を取りに行っている楓の三人を省いた八人で、今は事情確認を最優先としていた。

また、二人が脱走したことによって彼女らを捕まえる為に、現在各地でリリィに出動命令が掛かっている。当然、百合ヶ丘も例外ではないし、何なら探しに行かねばガーデンを潰される恐れがあり、行くしかないが正しい。

 

「わざわざありがとうございます。それで、どうですか?……逃げ出したのは大体……前くらいで、距離的には……」

 

隼人は一柳隊のメンバーに由美の名は割れているし、緊急事態である為と言ってこれを実行している。

梨璃と結梨の安否は、この後の結果次第である。

 

「なるほど……あれは分かりづらいね」

 

「普段はつけてない……よね?」

 

この行動は、隼人が秘匿性の高いイヤホンを所持していることも明かす危険な行動であり、現に一柳隊のメンバーには明かされている。

だが、この際もう隼人はバレても構わないと考えていた。この行動で結梨の命を救えるなら、反省はすれど後悔はしない。

とは言え使用にあたって、夢結が一柳隊のメンバーに口外無用を約束させてから使っているので、今回は例外的にデメリットを無視できる。

これは隼人の百合ヶ丘──特に一柳隊のメンバーに義理を返す為の残留と、彼女らが先払いしたヴァイパー討伐の協力によって出来た信頼関係の現れでもある。

 

「けど、梨璃が出てっちゃって良かったのか?」

 

「良かったと言いたくはないけれど、隼人君が行くよりはまだいいわ。それに、あの場面ではあれが最適でしょう」

 

「命を弄ばれるのは当然じゃが、技術が悪用されたら最悪じゃしの……」

 

結梨の心情まで考慮した場合、梨璃が一緒にいてあげるだけでもかなり違う。故に、これが正解に近いだろう。

 

 

「梨璃さんたち、大丈夫なのかな……?」

 

二水の不安も最もだ。彼女の無事を確認できる手段があるとは言え、隼人の元滞在先に彼女らが辿り着かねば確認ができない。

 

「そうですね……あの二人が来た時は……本当ですか?……はい。俺が送り出した二人と一致します。なら、事が落ち着くまで……ありがとうございます。それじゃあ、俺はレギオンメンバーに伝えます」

 

「どうかしら?」

 

「無事に到着して、保護を受けたみたいです。一先ず、向こうは心配しないで大丈夫です」

 

隼人の報告で、皆が一安心する。これなら梨璃も結梨も、捕まって連れて行かれ──なんて最悪なシナリオは回避できる。

なので後は、結梨の安全が保障出来次第迎えに行く形になる。

 

「しかしまあ、あの研究狂いたちも落ちた……いや、少なくとも五年前からもう落ち切ってるか」

 

──だから由美さんも抜けるんだろ。G.E.H.E.N.A.のバカさ具合に隼人は毒づかずにはいられなかった。

由美とアリスの経緯もあって、隼人は既にあの組織への期待は皆無と言ってもよく、まともな組織に戻ったらずっこける自身がある。

 

「それでもあんまりですよ……だって、結梨ちゃんがヒュージなわけないじゃないですかっ!」

 

二水のこの悲痛な想いは最もである。少なくとも、この一柳隊にいる全員がそうだ。

 

「私はブーステッドリリィだから、ある意味では同じなんだけど……全く、好き放題だね」

 

「ブーステッドリリィって言えば、ある意味俺もそうなんだよな……」

 

ヒュージの技術や細胞等を用いて強化手術を行う為、ブーステッドリリィもある意味では人の姿をしたヒュージと言うこともできる。

違う点があるとするなら、ヒュージの要素を取り入れられているのは、隼人やブーステッドリリィは後天的、結梨の場合は先天的であるところだ。

これに関して腹が立つのはそうだが、いつまでも気にしている場合でもない。無事逃げおおせれたのが分かったなら、これからどうするかである。

 

「大丈夫になったら……みんなで、迎えにいけないかな?」

 

「ですが……隼人君は元々、情報公開を最低限に済ませたかったのでしょう?大丈夫なんですか?」

 

「なるほど……そう来たか。状況が状況だしね」

 

──セキュリティも秘匿もあったものじゃないな……。と思いながら、隼人は再び連絡を試みた。

 

「それはそれとしても、大丈夫なら私たちにできる義理は果たします……故に、提示された条件があった場合は必ず従いましょう」

 

隼人に命を救って貰った恩を返す為に通していた義理を、わざわざ外して貰っているのでこれだけは厳守せねばならない。

それは皆分かっていることで、そこは迷うことなく頷いてくれた。

 

「俺たち以外は絶対来ないようにして欲しいのは言われましたが……取り敢えず、許可はもらえました。後は、タイミングを待ちましょう」

 

「思ったよりすんなりじゃったの?」

 

「事態が事態だからね。由美さんも許可してくれたよ」

 

これで一通り問題は解決し、後は今、結梨を引き渡す必要のない理由を述べる資料を百由が大急ぎで作っているらしく、それの完成と結果が通るか次第だ。

 

「ところで、楓さんは……?」

 

「今回は家元が絡んでますからね……お取り込み中でしょうね」

 

行くにしても、楓が戻って来てからがら望ましい。故に、暫くは連絡や通達があるまでは待機とし、各々いつでも出れる準備だけはして欲しいとなった。

 

「(あいつがやるなんてことはないな……)」

 

──それだけは信じたいな……。隼人は自分の中に、楓へ対する信頼があることに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね。コーヒーしか出せなくて」

 

「い、いえ……ありがとうございます」

 

隼人らが会議を済ませた直後──。施設に辿り着いた梨璃と結梨は速やかに由美たちに招き入れられ、腰を下ろさせて貰っている。

普段はリリィが紅茶を好んでいるケースが多いのは玲を通して知っているので、そこは少し申し訳なく思っているようだ。

自分が出回ると追跡の危険があったアリスも、リリィでない為大きく行動するのが難しい玲も、この施設で待機しており、全員が彼女らと顔を合わせている。

 

「うっ……苦い」

 

「なら、そこの砂糖を使うといいわ。苦さを甘さが薄めてくれるから」

 

──使いすぎは注意よ。そう言って勧められた砂糖を梨璃は一袋使って飲んでみる。今度はまだ大丈夫と思えるレベルに落ち着いた。

逃げ回る緊張感から解放されたのは良かったが、今度は慣れない人、慣れない場所での会話と言う、百合ヶ丘に来たばかりに近い状況になったので、梨璃は「あの時もこんな感じだったなぁ……」と、当時の緊張を思い出す。

結梨は大丈夫かと気になって梨璃はそちらを見てみるが、結梨は全くコーヒーに手を付けず、下を向いて沈んだ表情を見せていた。

 

「結梨ちゃん、大丈夫?」

 

「私……人じゃないのかな……?」

 

結梨は隼人から告げられた話を聞いてから、ずっと思い悩んでいたのだ。

それが当たり前だと思われていたことを、いきなり否定される──。そのショックと言うのは、どうやら想像よりも大きいらしい。

 

「そ、そんなことないよっ!きっと、何かの間違いだよ……」

 

「梨璃……」

 

隼人が自分が捕まるのを良しとしなかったのも、梨璃が自分を庇おうと、手を引いて一緒に逃げたことも、あの二人は自分を人だと思ってくれて、その同じ人を助けたかったのが伝わった。

だがそれでも、こう言うことになってしまったせいで自分が人だ──と、旨を張って言えなくなってしまっている自分がいるのもまた事実である。

 

「なるほど……。自信が持てないのね?」

 

──全く、あの研究狂いたちもバカなことをしてくれたわね……。結梨の様子を見て、由美は確信した。

この状況を鑑みて、伝えることができた由美は、それを伝えることにする。

 

「結梨さん、一つ言っておくわ。自分が人かヒュージかを決めるのは周りでは無い……あなた自身よ」

 

「私、自身……?」

 

周りに「お前はヒュージだ」と言われたとしても、はいそうですかで納得してしまえばそれこそ問答無用で研究材料にされてしまう。が、こっちから「お前は人だ」と言っても、ある意味ではあの研究狂いたちと同じで、存在の強要となってしまう為その言い方はできない。

故に、由美は選択の余地を与える行動に出た。勿論、これだけでは終わらず、他の言葉もある。

 

「例えば、私はブーステッドリリィ。ヒュージの技術等で強化手術を受けたリリィで、ある意味あなたと同じようなもの……でもね、私は自分のことをヒュージだなんて一度も思ったことは無いわ」

 

「アリスさん……?」

 

「私はお義母さまと玲さん……戻って来れば隼人と言う同じ人と過ごして、いざという時は非正規の立場ではあるけれど、ヒュージと戦って人を守る……」

 

──後者はいずれ出来なくなるにしても、前者の生き方はどう見ても人間でしょう?アリスは自信満々に言い切って見せた。

それと同時に、自分の細胞等を基にした右腕を使用している隼人も同じ考えをしていると伝える。理由はヒュージの技術等を使おうと、リリィであるなら結局人だと定義下からである。

 

「そう言うわけだから、私からすればあなたも人と変わらないのよ」

 

「……」

 

アリスが述べたのは参考としての考え方だった。簡単に言えば、「あなたも私もヒュージ由来の技術が体にある。そして、私が人として生きているなら、あなたも人」である。

何となくではあるが、結梨はこう言う考え方が自分に必要なんだろうなと感じた。

 

「ねぇ、結梨ちゃん……思い出して見て?昨日までどうやって生きて来たか……答えはきっと、そこにあるよ」

 

「それと……これからどうしたいかも、考えて見るといいよ。そうすれば、もう迷わないでいいから」

 

「昨日までと、これから……」

 

梨璃と玲から問いかけられ、結梨は自分のことを振り返ってみる。

いつ逃げなければいけないかは分からない──が、逃げるタイミングは隼人しか見ておらず、彼は逃がすのを推奨している以上、暫くは安全だと思える。

 

「分かった。ちょっと、考えてみる」

 

結梨は少しの間、自分がどうしたいか振り返ってみることにした。

 

「うぅ……苦い」

 

その最中、全然口につけていなかったコーヒーを、無糖で飲んだ感想がコレである。

この後砂糖を入れてもう一回飲んで、そこで味に満足するのだった。

 

「(私……私は……)」

 

そして、コーヒーを飲んだり、梨璃やアリスらと会話を経て、結梨は己の中に答えを出した。




2話で終わらせられるだろうか?終わらなかった場合は3話分使うことになります。


以下、解説入ります。


・如月隼人
夢結から聞いた話、梨璃たちにどこで何をする予定か聞いていたことが幸いし、先回り成功。
自分の立ち位置が厳しい為、結梨を連れて離脱は断念。前もってこれが予測でき、退学申請が間に合えば当日に現場へ突撃──結梨を連れてガーデンから逃走ができた。


・白井夢結
隼人に遭遇できたので、捜索の協力を依頼。結果は成功。
もし、あの移動中に遭遇できなかった場合、原作と同じ形になっていた。


・一柳梨璃、一柳結梨
生徒会との問答が起こらずそのまま逃走。隼人の計らいで施設へ逃げ込めた為、硬い場所で寝ないで済む。
始めて飲んだコーヒーは苦かった。
結梨の方は答えを見出したが、果たして……?


・その他一柳隊の皆さん
結梨のことは人だと思っている。
施設へ迎えに行く許可を貰えたのは嬉しい反面、隼人に少し申し訳なく思っている。


・アリス・クラウディウス
結梨に自分の考え方を示した。
これが結梨に対してどうやって影響する……?


・明石由美
生きる上で、自分が何者かの意識は非常に大事だと思っている。
これは隼人もアリスも例外では無いが、自分自身は人として接するつもりだったりする。


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第24話 定義

書きたいところ入れたら2話で終わらせられませんでした


その日の夜──とある場所に足を運びながら、隼人は今日起きたことを整理していた。

運悪く見つかったら──何てことも考えていたが、そもそも施設へ辿り着かれたところで彼女らは逃走プランを組み立て済みであり、開けられるよりも前に実行完了が可能にしているので全く問題なかった。

その為、隼人はその不安は切り捨て、他の方を整理し始める。一先ず、迎えに行くのは結梨の安全を保障できてからは確定である。

ちなみに、結梨の安全を保障できるよりも前に攻撃されそうになった場合、隼人は己の身を投げ売って百合ヶ丘のリリィ全員を守ろうと画策したが、速攻で見抜かれて全員に怒られながら却下された。故に、これは没案になる。

 

「(一葉と連絡は取れなかったけど、流石に見つかる訳はないか……)」

 

懸念点は一葉と連絡が取れず、そのまま見逃すように頼めなかった点ではあるが、寧ろ彼女らが怪しまれてしまい、そこからドミノ倒しの如く大混乱を招いてしまう可能性がある。

最悪、都内と鎌倉の全ガーデンを百合ヶ丘と同じくヒュージを匿った敵として攻撃されてしまうかもしれないので、連絡できない方が良かったまである。

いや、そんなバカな──と思うかもしれないが、G.E.H.E.N.A.の横暴を許容してしまう今の政府(麻痺状態)では本当にやってしまいかねない。なので、現状はこれが最善手だ。

 

「(で、俺が今からやるのは百由様への差し入れ準備だ)」

 

現在、結梨が人だと証明する為の資料を超特急で百由様だが、朝からずっと部屋でモニターと睨めっこしながら資料を作成しており、食事の時間すら忘れてしまう程必死にやっていた。

しかしながら、そんな風に丸一日何も食事を取らずにこれをやっていくのは流石に限度があったらしく、偶々彼女のラボに顔を出そうと思っていた隼人を偶然見つけて食事とコーヒーを依頼。承諾した隼人が移動を開始して今に至る。

実際、体力面だけなら全国のリリィでもぶっちぎりで一位になれる可能性が見込める隼人は、自分が引き受けて他者の負担を負わせないようにしようと考えて引き受けており、頼まれたこと自体は何の文句も無い。寧ろ、結梨を助けられるならエンヤコラの精神だった。

 

「さてと……リクエストは肉料理だったな。栄養バランスも考えて野菜増しにするか?」

 

──聞いてから来れば良かったな……。当人が集中してもらう為にも、彼女の望みに近づける努力を一つ怠ってしまったのはミスだったと自省する。

行動自体は早い方がいいのは確かなのだが、それとこれとは話が別である。しかしながら、今回は時間が無いので許して貰うしか無い。

楽に持っていけるのは丼にしてしまう事だと結論付け、肉の残りを確認。すると牛がかなり残っているので、今回は牛丼を手早く野菜増しで作っていく。

 

「(よし。じゃあまずはこっちを持って行こう)」

 

そうしたらささっと手早く牛丼を運び、また部屋に戻って次はコーヒーの豆を挽いた後、マグカップや砂糖等、必要な物を持って百由のラボに足を運んで入室する。

 

「コーヒーはまだ時間かかるんで、ちょっと待っててください」

 

「ええ。わざわざありがとうね」

 

その間に、百由は自分が喉に詰まらせず、腹も下さないで済むギリギリの速度で食事を進めていく。

本当なら味わって欲しいとも思う隼人だが、今回は人の命が掛かっているので、そう言うことは言わない。寧ろ、わざわざありがとうとも思っている。

百由が牛丼を平らげる頃にはコーヒーも準備が終わり、それぞれのマグカップに注ぐ。

 

「じゃあ、これも貰っちゃうわね?結構な量だけど……」

 

「どうぞ。そこら辺は個人の裁量ですから」

 

隼人は無糖。百由は今回、少しでも多くの糖分が欲しいので緊急手段として多量の砂糖を使用した。

 

「うーん……これだけやると流石に砂糖ね。ごめんなさいね?今度またちゃんとした砂糖の量で頂くわ」

 

「ええ。豆も今回以外に後二種類あるんで、そちらも好みがあれば言ってください」

 

今回は百由の好みが分からなかったので、三つの中で最も標準的な苦みをしたものを淹れている。

そうして一息ついたところで、百由の方から隼人に声がかかった。

 

「今日は本っ当にありがとうございましたっ!」

 

「……俺ですか?」

 

聞いてみると、どうやら夢結の方が隼人の迅速な対応で結梨が無事逃げ出せたと言う話を聞いていたらしい。

そして、この資料はこれによって時間ができたからこそ作成しているものであり、結梨の安全を確保できる絶好のチャンスとなったようだ。

 

「ところで、その資料ってのはできそうなんですか?」

 

「正直結構危なかったわ……でも、楓さんがお家元に電話して技術資料の公開の約束を漕ぎつけてくれたから、日が昇るまでには出来上がるわ」

 

「あいつが……そうだったんですね」

 

──やっぱり、あいつはそんなことするやつじゃないよな。百由の話を聞いて、隼人は心から安堵する。

堂々とした戦いを好み、良くも悪くも正直なところの多い彼女がそんなことをするなら、今まで自分に接してきたアレは何だと問い詰めるところだった。

これで疑問が解決した──と、満足して終わろうと思ったが、もう一つ新しい問題が出てきた。

 

「って、ちょっと待って下さい。今、日が昇るまでに……って言いませんでした?」

 

「言ったけど、それがどうかしたの?」

 

「……寝不足で倒れたりしないでくださいよ?」

 

「大丈夫よ。仮眠だけでも取れれば十分だから」

 

──それ十分って言わないでしょ……。百由がけろっと言ってのけたそれに隼人は絶句した。同時に、これだけは絶対に真似してはいけないと心に誓う。

無論、百由も無理に真似しろとは思わない。仮眠だけで十分になるのは、本来人としてよろしくは無いのだ。故に、彼女も急ピッチでやらねば行けない場合の緊急措置としている。

 

「はぁー……。ごちそうさまでした。それじゃあ、私はまた資料作りに戻るから、結梨ちゃんたちのことよろしくね?」

 

「了解です。こっちは任せてください」

 

コーヒーも飲み終わり、簡単に約束をした後、隼人は部屋を後にした。

 

「(さて、俺も忘れ物確認だけしたらさっさと寝た方がいいな)」

 

もう一時間とちょっとすれば日が回る時間であり、明日以降のことも考えると少しでも睡眠は稼いだ方がよさそうだと考え、移動を始めようとする。

幸い、使用している食器等は自前のものである為、一々返しに行ったりする必要もないので気が楽だ。

 

「……隼人さん?この時間に何をしてますの?」

 

「百由様に頼まれて差し入れ。そう言うお前こそ……って、そうだったな。一先ずお疲れ様」

 

移動中に楓と遭遇したので、一応一つ確認をしておく。それは食事を取り損ねて無いかだ。

何しろずっと席を外していたし、百由とは別の意味で休息ができていなかったのでは無いかと考えている。

 

「えっ?ああ。それなら別に……」

 

──大丈夫ですわ。と、答えるよりも前に腹の虫が咄嗟に誤魔化そうとしていたことを教えてくれ、それを聞いた隼人は一回盛大にため息をつく。

 

「よし。お前の分も何か作るか……コーヒーも用意するから、一旦来なよ。あっ、言っとくけど『ダイエット中だから』とかって言い訳は聞かないぞ?飯抜きって逆効果だし、寧ろ栄養不足の悪影響が出る。それで倒れてからじゃ遅いんだからな?」

 

「(確かに空腹は命に関わることですが……逃げの手段を全部潰して来ましたわね)」

 

空腹は最悪餓死──。つまり、命に関わる重大な事なので隼人は楓の言い訳を予め全部封殺しに行った。

本当は百由の徹夜も咎めたいところだが、彼女は自分の仕事が他人の命に関わるので、止めることはできない。精々リフレッシュ等ができるように差し入れを送るくらいである。

そんなことで部屋に半ば強制連行になった楓だが、今日は浴場に行けて無いので、着替えと洗面用具を持って来ることだけは許してもらい、持ってきた後にそちらへ合流した。

 

「来たか。湯は出るようになってるから、遠慮せず浴びちゃいな。飯もそれが終わる頃にはできるよ」

 

用意の速さに礼を言いながら、楓はシャワールームに向かう。

それを目で確認した後、隼人はそのまま調理の続きに戻り、手早く盛り付けとコーヒーの出来状況を確認する。

もう完成しており、後は注ぐだけだったので、二人分のマグカップを用意し、それを注ぐことにした。

 

「時間も時間だし、胃もたれしない献立にしておいた」

 

「配慮に感謝しますわ」

 

普段は見られない部屋着姿の楓は礼を告げてから、早速その食事を貰うことにした。

 

「どちらの豆にしましたの?」

 

「一番苦みが少ないやつ。砂糖は必要なら使っていいよ」

 

楓が微妙そうな反応をしていたのを思い出し、隼人はこれを選択していた。

飲んで見たところ、これならまだ大丈夫で、今回は無糖で飲んでみることにする。

 

「(あぁ……あの苦みに慣れ過ぎたな。ちょっと足りなく感じる)」

 

苦みが強いのに慣れ過ぎると、苦みが弱いと物足りなさを感じてしまう。正にその状況だった。

自分がコレなのだから、もっと早くから飲んでいるアリスや由美は顕著だろうなと隼人には予測できる。

 

「結梨さんのこと、助かりましたわ。おかげでお父様に直接聞き出せましたもの」

 

「お礼を言いたいのはこっちもだよ。俺には、ああやって逃がすことしかできなかったから……」

 

「ですが、あれが無ければわたくしは行動すら出来ませんでしたのよ?」

 

隼人が動かねばそもそも時間すら無い。隼人はその先が出来ず他人を信じるしかない。

なら、これは自分たち全員で力を合わせた結果として受け止め、残りは百由の資料と説明が通ることを祈るだけだった。

 

「ところで、その気になった自分で結梨さんを連れて行こうと聞いていますが……?」

 

「えっと……夢結様から?」

 

実質的に肯定の意を返すと、もう少し自分のことを大事にしろと案の定お怒りを受けたので、もうこの発想はしないからと約束し、これで許しを得る。

この後は明日以降、自分たちがどうするかも連携しておき、万全の状態で迎えられるようにした。

 

「ごちそうさまでした。では、また明日」

 

「ああ。またな」

 

無事間食した後、楓は退室し、時間も日が回る直前になっていた。

その為、隼人は忘れ物確認だけ済ませて寝てしまうことにする。

 

「(百由様を信じよう……)」

 

確認を終えた隼人は成功を祈りながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝──。百由は理事長代理の同伴で政府の方へ結梨の結果を伝えに行った。

その結果を述べてしまえば、無事に成功で、結梨は人であり、リリィであると認められることになる。

これによって皆で堂々と結梨を迎えに行くことができるようになり、由美たちがいる施設には早速連絡が入ってきた。

 

「隼人君?結果は出たかしら?」

 

『はい、結果は成功です。結梨は人であり、リリィであることが認められたんで、ガーデンに迎え入れることができます』

 

「それは良かった……なら、私からあの二人には伝えておくわ。後は事前に伝えた通りにお願いね?」

 

『了解です。それじゃあ、また』

 

連絡を送って来たのは隼人で、それは紛れもない朗報だった。連絡を終了した後、一度後ろを振り向く。

そこには軽めの食事とコーヒーによる朝食を楽しんでいる梨璃と結梨、アリスの三人がいた。玲は二人から預かったCHARMの点検中である為、今は部屋にいない。

アリスはいつも通りなので気にしないが、残り二人は流石に二度目の食事となれば安心できているのだろう。昨日と比べて幾分か明るい顔を見せていた。

 

「お義母さま。どうだったかしら?」

 

「朗報よ。二人とも、結梨さんがヒュージでは無く人として認定されたから、これから隼人君たちが迎えに来るわ」

 

「……梨璃!」

 

「うんっ!良かったぁ……」

 

今度こそ二人とも安堵することができ、特に梨璃はホッと胸をなでおろす。

その後は二人とも帰って何をしようかだったり、今度はこんなこと知りたいだったりと明るい話に切り替わり、一日ぶりに楽しんで食事に手を付けられた。

 

「到着したわね。ついてきたリリィも事前に聞いた通りで、他は誰も来ていない……」

 

──上首尾ね。個人裁量でも安定感のある隼人に関心する。

隼人が電子ロックを解き、ドアを開けて先に全員に入ってもらい、後ろをしっかり警戒しながらドアを閉めたのがカメラに映る。

 

「二人ともお待たせ。確認は終わったよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう。玲」

 

二人でCHARMを受け取った直後、一柳隊全員が中に入ってきた。

 

「あなたたちが隼人君の所属しているレギオンメンバーね?」

 

「はい。百合ヶ丘女学院、一柳隊──一柳梨璃、一柳結梨の二名を迎えに来ました」

 

この場では夢結が代表して答える。これに関しては予め決めておいたことである。

夢結の言葉を聞いた後、由美は隼人に嘘はないかを確認を取り、本当であると答えた。

隼人に問いかける方法で確認したのは、元から決めていたことであり、もし、隼人が聞いた話と相違する場合は閃光玉を使い、梨璃と結梨を連れて施設移動を始めるつもりであった。

 

「了解よ。では、二人を連れて行きなさい。それと、この場所は口外無用でお願いするわ。隼人君の帰る場所が変わってしまうから」

 

「分かりました。約束します」

 

承諾を得たことで、今度こそ二人は一柳隊のところに送られ、後はガーデンに帰るだけになった。

 

「結梨。昨日も言ったけど、己の道を貫きなさい。それが、生きる意思に変わるわ」

 

「うん。アリスもありがとう」

 

昨日の夜、最後に決めた後どうするかのアドバイスを受けており、結梨はそれをしてくれたアリスに感謝していた。

 

「隼人、あの子をお願いね」

 

「ああ。こっちは任せて」

 

アリスと約束を交わし、今度こそ一柳隊は施設を後にする。

帰ったら何をするか。そもそも授業とかどうするんだとか、そんな話をしながら戻っていると、一つの通知が誰かの端末に舞い込んで来た。

その内容は、ヒュージが百合ヶ丘前方の海に出現と言う、緊急の情報だった──。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だよアレ……戦艦か!?」

 

現場に到着し、開口一番に呟いた隼人の言葉だった。海を悠々と渡って、百合ヶ丘を真正面に見据えられるように浜辺から10キロ程離れた所に停滞する巨大なヒュージを見た時出た表現が、戦艦である。

しかも最悪なのが、あのヒュージはそのまま接近してくることもなく、遠距離から自分の周囲に浮かせている砲台のようなものを複数使い、それから発するエネルギーを圧縮──細いながらも一本の超火力を誇る熱線として撃ち出すのが見えた。

その一射は幸いにも被害は出ていなかったものの、余波で射線上の上にある雲を真っ二つに焼き払い、その威力をまざまざと見せつけられた。

 

「(しかもあの距離じゃ、こっちの攻撃が届かないから接近するしかない……)」

 

隼人は対象するならの結論は即座に浮かんだが、問題がいくつも出てくる。

まずは接近方法──。リリィは元々水上で戦うことなど想定しておらず、マギを足に集中させて、某忍者漫画のように移動することはできるにしても、動きは非常に緩慢となってしまう。その為、あの次の一射が来るまでに間に合わない危険がある。

次に接近までの道のり──。普段のリリィからすれば超が付いてしまう程の低機動力で接近しようとしても、途中の迎撃があればそれを避けられない危険が高い。おまけに移動にマギを使う為、防御にも回したところで大して防げないか、移動すらままならない可能性が出てくる。

最後に、接近してから──。あれ程の大きさでは単独で撃破することは困難で、ノインヴェルト戦術を使おうにもここからでは遠すぎて撃てない。

そもそも準備する前にあの熱線が来てしまえばそこで終わりだ──。自分たち諸共百合ヶ丘がサヨナラするはずだ。

 

「(八方塞がりだって言うのかよ……!?)」

 

──冗談じゃない!内心で毒づきながらも、自らができる手段の内、一人でも多くを引き連れて逃走が真っ先に出ている辺り相当相手の力があることを示している。

だが、隼人自身の力では何も手出しできないのは明白で、誰かの協力を得ようにも、そもそも遠すぎて誰も何も手出しできないのが問題だ。

確かにヒュージから人を守る決意をしてCHARMを取ったが、

 

「あれ、ヒュージだよね?」

 

「うん。そうだけど……」

 

──どうすればいいんだろう?結梨の問いに答えながら、梨璃も方法を模索していた。

隼人と同じく、あの距離に対して自分たちで何ができるかの想像もつかないのだ。強いて言えば、そこから逃げるしかないのかと言う疑問である。

 

「……結梨ちゃん?何をしようとしてるの?」

 

「倒しに行くの」

 

「結梨ちゃんっ!?」

 

結梨が少し前に出ていったのが見えたので、聞いてみればとんでもないことを言い出して梨璃のみならず、一柳隊全員が驚いた。

もう撤退するしかないのではないかと言う疑問すら出ている中で、結梨はただ一人、倒すことを前提に動こうとしていた。

 

「どうして……?」

 

「だって私、()だから」

 

どうやって倒すとかどうこうでは無く、結梨は自らの在り方に従うことを選んだ。

この決定打をくれたのはアリスの参考であり、それを表すかのように結梨は「アリスが教えてくれたの」と、言葉を紡ぐ。

 

「(アリスが……?)」

 

「私の生まれがどうだって関係ない……。ガーデンで過ごして、戦技競技会やって。一緒にコーヒー飲んで……今からヒュージと戦う私は、人」

 

これが自分の答えだと、結梨はブレる事無く、曇りの無い表情で己の定義を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 24 話 }

 

定 義

definition

 

 

私は人だから

──×──

of a determined person, to go to his or her place of death

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「だから私、行ってくるね」

 

「待って、結梨ちゃんっ!」

 

走り出した結梨を止めようとした梨璃だが、一歩遅く、伸ばした手が空を掴む。

今からなら走って追い付けるかと思えばそうでもなく、結梨は物凄い速度で水上を走り抜けていく。

通常のリリィではあんな速度を叩き出せないのだが、一つだけ手段はある。

 

「あれ、縮地か……?」

 

自らがそのレアスキルを所有している梅は、彼女の速度に理由を見つけた。

目の前で水上における問題点を解決した速度で結梨は突っ走り、更には迎撃の弾丸を全て裁きながら少しずつ距離を詰めていく。

 

「あれは、フェイズトランセンデンスも混ざり混んでる様子が見えるの……じゃが」

 

──あれでは打てるかどうかはさておきとして、こっちに戻って来れんぞ?ミリアムが示した問題点は大きく、このままでは結梨が確実に死んでしまう未来が見え始める。

だが、結梨が高速で動いている理由さえ分かれば、成功するかはさておきとして、手段が用意できると一人確信できる存在が一人いた。

 

「……なら、結梨はまだ助けられるんだな?」

 

それは隼人であり、少しずつ海の方へ歩を進めて行ってる。

 

「ああ、縮地持ちなら可能じゃが……。待て、お主まさか!?」

 

「そのまさかだよ。俺が迎えに行ってくる」

 

方法があるならやる──。一刻を争うとは言え、何の迷いもない言動に全員が驚いた。

 

「ち、ちょっと待て。お前ぶっつけ本番だろ!?」

 

「ぶっつけ本番ですけど……()()()()()()()()()()()()()()()よね?」

 

──コイツ不安とか無いのか!?余りにも迷いが無いそれをみて、同じ縮地持ちの梅が驚愕した。

誤解無きように言うなら、隼人は別に不安が無いわけではない。ただ、諦めることへの拒絶感が()()()()()()()()()()()勝っているのだ。

 

「でも……隼人くん、どうして?」

 

「アリスが俺を見つけた時と比べて、助けるのが難しく無いからだよ」

 

隼人が助かったのは、それこそ奇跡に近しいものであり、どれか一つでも欠けたらその時点でアウトだった。だが、結梨の場合はタイミングさえ間違え無ければいいので、それがこの答えを出していた。

ただ、一つ間違えては行けないのはタイミングで、早すぎず、遅すぎず。最良のタイミングで飛び出す必要がある。

 

「隼人さん、あなた……!」

 

「アリス。お前への恩返しをするよ……今日、ここで!」

 

楓が制止しようとするもその時は来てしまい、一言呟いた隼人はそのまま走り出していった。

彼女の手が空を掴む直後、隼人は縮地で加速しており、自分が走った道に水しぶきをあげさせながら一気にヒュージの所へ接近していく。

 

「……何が無謀なことはしないですの?」

 

「……楓さん?」

 

「今そのやっている行動の……どこが無謀じゃないんですの!?」

 

──自分のやっていることを振り返りなさいな、このアホンダラっ!以前の反省はどこに行ったんだと言う、楓の怒りだった。




結梨の生死は次回です。


以下、解説入ります。


・如月隼人
まあ、コイツが命の危機に陥った人を放っておく訳ないよね。そんな訳で縮地発動して突撃。
まさかの一日で数人分の飯を提供。味自体は比較的好評だった様子。


・一柳梨璃、一柳結梨
二人とも野宿では無く、しっかりとした寝床で寝れたので、コンディションは良好。特に結梨は、この一日でコーヒーが気に入った。
アリスのおかげで、結梨は人の意識がより強固になっていた。


・白井夢結
今回は『隼人とその仲間・知人』では無く、『百合ヶ丘のレギオン』として迎えにきている為、代表はこの人。二人が逃げ切り確定で最も安堵してたりする。


・吉村・Thi・梅
隼人の行動力にビビったお人。
恐らく、やる意思があれば彼女も隼人のような無茶はできるだろうけど、今回は隼人が迷わな過ぎた。


・楓・J・ヌーベル
飯云々は特に言及されて無かったけど、アニメ8話考えると絶対食う暇無かったよな……と思いながら今回の展開に。
以前の反省云々の意味が隼人とずれており、お怒りに。


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第25話 ■■

果たして結果や如何に?


「そう言えばさ……」

 

「……?」

 

時は遡り凡そ三年前──。隼人が由美たちの指導の下、リリィとして──正確にはCHARMユーザーとしての訓練を受けている時期に当たる。

状態としては、復讐心に呑まれないように矯正が終わって間もない頃──。復讐心の経過観察をしながら戦闘技術を高めている、入り口に入ったばかりの頃だった。

一度休憩時間を貰ったので、そこで隼人がアリスにとあることを問いかけた。それは、最初からずっと聞き忘れていたことである。

 

「どうしてあの時、俺を助けてくれたの?」

 

香織がもう無理なのは分かっているから、助けるなら自分を助けることになるのだろうが、正直自分でも既にギリギリな状態だったことは今でも鮮明に覚えている。

ヴァイパーへの憎しみと、己の無力を呪っていた隼人からすれば死ぬつもりは無かったが、ただ死ぬのを待つだけな地獄の状況──それをアリスが見つけてくれ、由美が寸でのところで繋ぎ止めてくれた。

この為、正確には二人で助けたになるのだが、そもそもアリスが見つけてくれなければ死んでいたので、隼人からすればアリスの方が恩人と言う認識度合いでは強い。勿論、由美も恩人の認識である。

 

「私ね。諦めたくなかったのよ」

 

「……諦めたく、無かった?」

 

「もう五年くらい前になるわ……私も一度、ヒュージの襲撃で家族を失って、このままだと一人で野垂れ死ぬかも知れない……て、なった時があるの」

 

──その時、私はお義母さまに救われたわ。自分の両親との約束であったことは教えられているが、それでも助けに来てくれたのは彼女で、彼女が無理だと諦めなかったから、自分も生きている。

この恩義もあり、アリスはいつか自分のような状況に陥った人がいるなら、何としても見つけ出し、義母と協力してでも助け出そうと考えていた。

そして、偶然にも隼人が自分と似たような状況に陥り、それを見つけたアリスは諦めずに由美へと連絡を繋ぎ、今日に至るのである。

 

「そっか……それで俺を」

 

「ええ。だからもし、あなたが助けてくれたことをありがたいと思っているなら、私みたいにやってみるのもいいと思うわ」

 

──当然、力をつけてからにはなるけれど、最後は自分の意志で決めるのを忘れないで。隼人は頷いた。

当然ながら、この三年後に自分の意志で誰かを助けに行くとは、この時夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

縮地を使って全速力で走っていく隼人は、目の前でヒュージが展開している砲台に取り付き、破壊を開始している結梨の姿が見えた。

 

「(ミリアムがフェイズトランセンデンスも一緒に使ってるって言ってたけど、本当に速いな。アレ……)」

 

大体ヒュージと自分たちの間から、ヒュージの方に近くなる直前辺りで走り出したが、結梨が取り付いたタイミングで隼人は三分の一を進めたくらいである。

これはフェイズトランセンデンスのかけ合わせが出来ている結梨と、それが出来ていない隼人の差が表れており、どうしても速度で負けてしまっているのだ。

 

「来たか……!」

 

そこからもう少し進んで五分の二を超え、もう少しで半分に行こうかと言う距離──。ここでヒュージが隼人に気づいたらしく、迎撃をこちらにもいくらか飛ばして来るようになった。

これは幸いにも避けれるからいいのだが、問題はこの先にある。

 

「結梨!?速すぎる……!」

 

こうなると結梨が避ける為に必要なプロセスが減り、攻撃が早まってしまう。その結果結梨の砲台撃破速度が上がってしまい、隼人は避ける為に意識を割いて減速するしで非常に不味い。

どれくらい不味いかというと、結梨のところに辿り着くよりも速く彼女が撃破を完了してしまい、彼女を助けられないか、間に合ったとしても自分──或いは、二人揃って脱出できない可能性がある。

 

「(あそこに辿り着いて、逃げ切るまででいいんだ……そこまで持つなら、もう少しだけマギを回していい!)」

 

このままでは間に合わない──そう判断した隼人は更に加速することを選択。本当にギリギリで突っ走っていくことを決めた。

加速すると回避が難しくなってしまう点はあるが、そんなことを気にしている余裕は無い。とにかく間に合わせるのが重要と割り切っている。

戻って来るタイミングで確実にマギが枯渇して倒れるようなギリギリ過ぎる計算だが、こうでもしないと間に合わない。

 

「(大丈夫。やれる……!)」

 

一方で、結梨は目の前に集中しきっており、もう既に砲台が残り半分になっていた。

自分の方に来ない迎撃が時々あるのは気づいており、それがみんなの為にも急ごうと気持ちを急がせる。

意識していることはとにかく止まらない。そして、可能な限り迅速に敵を無力化することであり、これが救助の為に走る隼人を更に急がせる結果に繋がっていた。

 

「(俺への弾幕が止まった……!)」

 

残り三分の一辺り、弾幕が結梨へ集中したのが見えたが、それでもペースは落とさない。寧ろチャンスとしてこのまま速度を維持して突っ走っていく。

 

「アリス、頼む!届けさせてくれ……!」

 

自らの命を救い、力の源をくれた少女へ向けて祈り、隼人はそのまま結梨の方へ走り続ける。

ヒュージまでの距離は凡そ五分の一──。砲台を全て破壊した結梨が、トドメの一撃を決めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

隼人が飛び出してから少しした時に遡る──。浜辺の方では結梨がデュアルスキラー──。二つのレアスキルを使えるリリィである疑惑が出ていたり、自分たちも何かできないかと考案したが、距離が問題で全て却下になる話が出ていた。

 

「あ、あいつ……!マギの配分調整を捨てたのか!?」

 

その最中で、梅は彼がしでかした行動に気づいた。先ほどまでは最低限戻って来れる保証を残していたのだが、今は結梨を連れ、ヒュージから離れることしか考えていない速度の出し方である。

マギを追加消費して速度を上げているのだが、無理にやったせいでその消費が多くなっており、下手すればフェイズトランセンデンスを使い終わった後になってしまいかねない。

これが陸地ならまだいいのだが、彼がいる場所は海面上だ。マギが枯渇して動きが止まろうものなら溺れてしまう。そうなっては結局二人共助からず行動の意味が無くなる。

しかも、これまた海面上故の問題で、足元にマギを集中させて足場を作っている都合上、これで余計にマギの消耗が入っている。枯渇する危険があるのはこれのせいでもあり、陸地ならあの速度でも自力で戻って来る余裕は残っているはずである。

 

「(でも、行けるのは梅だけか……)」

 

彼が戻って来れない場合、迅速に救助に行けるのは梅だけであることもまた事実であるが、二人も背負って戻って来るのはとてもでは無いが厳しい。

であれば、誰か一人を背負って救助に向かうのが正解である。ただ、それでも片方は到着まで遅れてしまうが、これ以上は望めない。

 

「二水さん、隼人君はどうかしら?」

 

「半分を超えて、そのまま走っています!ただ、結梨ちゃんの攻撃ペースを考えると、あれでも間に合うかどうか……」

 

それでもギリギリと言う判断が出たのは厳しいが、信じるしかない。

であれば、自分たちは成功を前提に何か補助を用意するだけだと割り切り、夢結は梅に縮地による救助準備をお願いする。

ぶっつけ本番で不安が残るが、実際目の前でその状況で敢行している隼人もいる以上、音を上げるわけにもいかない。先輩としての矜持(プライド)が、梅に実行を選択させた。

 

「なら、一人おぶられてくれ。梅一人じゃ二人も連れて帰れない」

 

「それもそうね……なら、梨璃にお願いするわ」

 

「……私ですか?」

 

夢結が梨璃を抜擢したのは、彼女が何らかのタイミングで飛び出す傾向があるのを把握していたからであり、結梨の危機を前にその可能性があったからである。

実際、梨璃も飛び出してしまう直前だったようで、ならばと引き受けることにした。

 

「梅様、私は大丈夫ですっ!」

 

「よし……ちゃんと捕まってるんだぞ?ちょっと行ってくる!」

 

──隼人に文句あるなら、後で何言うか考えとくんだゾ!そう言い置きをして、梨璃を背負った梅も走り出す。

到着は間違いなく結梨がヒュージを討伐するタイミングは超える。故に、彼女が成功させ、隼人と共に生還することが前提になっていた。

 

「(お願い……どうか無事でいて)」

 

──私のようにはならないで……。自らの過去がある夢結は切実な想いだった。

そして、梨璃を背負った梅が五分の一を進み切った頃、結梨はヒュージに対して最後の一撃を与えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(これで、終わり……!)」

 

全ての砲台を破壊し終えた結梨はCHARMを頭上に振りかぶり、ありったけのマギを込めていく。

その結果、CHARMの刀身を覆い尽くし、更にそれよりも長く、マギによって形成された光の刃が伸びて行った。

 

「やあぁぁあああっ!」

 

一意専心(いちいせんしん)──。人として、皆を守る為に討つ決意を乗せてCHARMを真っ直ぐに振り下ろす。

それは自身の体格から見て、何倍もある大きさのヒュージが形成するマギリフレクターなぞまるでバターを切るかの如くあっさりと突破し、本体を縦一文字に切り裂いて見せた。

これで無事撃破となるのだが、代償は非常に大きく、結梨が扱っていたグングニルはマギを制御する為のコアの部分から砕けてしまい、全く使い物にならない状態にまで破損する。この一戦でとんでもない無茶をした反動である。

更に、これは本人が後で知ることではあるが、フェイズトランセンデンスと縮地のかけ合わせのせいでマギを使い果たしてしまい、一歩も動けない状態になってしまった。このままではヒュージが起こす爆発に飲まれてしまうだろう。

 

「梨璃、みんな……私……」

 

もうすぐこのヒュージも形を維持できず、爆散するだろう。それを表すかのように、ヒュージの周囲から光が上り始めている。今すぐ逃げねばならないが、この体はもう言うことを聞かない状態まで疲弊しており、このまま運命を共にするのが近づいている。

だがそれでも、結梨は一つだけ誇れるものを胸に残していた。何もないよりはずっと良かった。

 

「できたよ」

 

今度は模擬戦では無く、実戦で──。実際に皆に教えてもらったことを実践し、見事にヒュージを倒した。これだけでも誇れるものだった。

このまま自分も光に包まれ、その先は──とはならなかった。

 

「結梨ーっ!」

 

「……隼人?」

 

──掴まれ!間一髪、浜辺の方へ体を向けながら滑り込む形で隼人が結梨の隣まで到着し、左手を伸ばしたのが見えたので、それを左手で掴む。

それを確認した隼人は咄嗟に彼女をお姫様抱っこするかの如く抱え直し、すぐさま浜辺の方へ向けて走り出した。

結梨を抱えて走り出してからものの五秒した頃にヒュージは巨大な爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「全員無事かしら……?二水さん、申し訳ないけれど、確認急いで」

 

「は、はいっ!」

 

雲まで届く高さの爆発を見て一瞬気圧されはしたが、己のやるべきことをしっかり見据えている夢結は己を律し、二水に指示を飛ばす。

梅と梨璃はヒュージから距離が離れていた為、無事がすぐに確認できた。問題は隼人と結梨の二人である。

何しろ非常にギリギリのタイミングで接触、離脱を行った為、無事かどうかが非常に怪しい。

 

「(お願いだから……二人共、どうかご無事で……)」

 

今まで苦楽を共にしてきた仲間が、一瞬で二人も失われるなどシャレにならないので、二水も冷や汗をかきながら必死に鷹の目で捜索を続ける。

もう少しで浜辺とヒュージがいた位置の丁度間に到着する梅も、爆発によって出来た煙を前に停止の判断が浮かび始めていた。

理由は無策に煙の中に突っ込んで、自分と梨璃が戻って来れず、最悪は四人とも死ぬと言う事態を何としても避ける為である。そんなことをすれば、レギオンメンバーどころか百合ヶ丘のリリィ全員のメンタルに尋常では無いダメージを与えてしまう。

 

「頼むゾ……お前ら。せめて、その煙の中からは出て来てくれよ……?」

 

「結梨ちゃん……隼人くん……」

 

その最悪な事態を避ける為にも、隼人らには何としても爆発の中から出て来て貰っていなければならない。

無事を祈りながら、二人掛かりで煙の中と煙の周りを見渡していく。

 

「あっ……!梅様っ!あそこ……前の方に……」

 

「前……?いた!」

 

梨璃が気づいて指さす方を見れば、脱出した直後でフラフラになりながらも結梨を抱えて海面上を歩いている隼人の姿があった。

それに気づいた梅も梨璃に一言掛けてから急行する。結梨も十分持たないだろうが、隼人はもっと不味い。今すぐ連れて戻る必要がある。

 

「二人とも無事ですっ!梅様たちが今合流しましたっ!」

 

その連絡に安堵し、二水には鷹の目を終了していいように告げる。

後は梨璃たちが戻って来れるように、誰かを手配した方がいいかも知れないと言う思考が回り、夢結は辺りを見渡し始める。

 

「取り敢えず、隼人はこのまま運んで行く。梨璃にはちょっと悪いが、結梨を連れて、少しの間歩きで戻って来てくれ」

 

迎えが来てくれればそれが一番だが、そんな前準備はしていないので、自分たちで戻るのが一番だろう。

一先ず隼人を担いだ梅は、彼の自重もあるので急いで走り出した。

 

「隼人、後で皆からの文句を楽しみにしとけ」

 

「それ、ちょっと……嫌ですね……」

 

どれくらい元気なのか声を掛けてみたが、普段からじゃ考えられない程力尽きた様子を確認し、無駄口叩くのも無理そうだと判断できる。

そのまま急いで戻り、ある程度進んで行った頃には、隼人の無茶と自分の救援を見てたのか、他のリリィ二人が縮地で梨璃たちの方へ走っていくのが見えた。

 

「(助かった……これなら、梨璃たちもあの距離から帰って来れる)」

 

正直なところ、これだけの距離を数往復するのはマギの量的に大分厳しい。その為、この迅速な対応は非常に助かった。

安堵したところで、ペース配分を気にする必要が無くなった梅はそのまま無理ない範囲で速度を上げ、浜辺まで隼人を連れて戻る。

体格差が影響して、隼人の足元が常時海に浸かっていたのは申し訳ないが、彼の方針を考えれば死んでないだけ安上りである。

 

「来てくれたんだ……結梨ちゃん、もうちょっとで帰れるから……って、結梨ちゃん?」

 

「……」

 

何やら背負ってる結梨が沈黙気味だったので声を掛けてみると、何かが自分の髪に当たる。

──どうしたんだろう?と思えば、後ろから結梨がすすり泣いている声が聞こえた。

 

「梨璃……っ……!私……っ……私……!」

 

「結梨ちゃん……」

 

なりふり構わず助けに来て、今は力尽きている隼人。自分たちの為に、後追いで駆けつけて来てくれた梨璃と梅。そして今、自分たちの為に迎えに来てくれているリリィ二人。どれか一つでも欠けていれば自分はもう、こうして梨璃と話すことも出来なかったのかもしれないと、結梨は考えた。

それが自分の中に死への恐れを思い起こさせ、無謀過ぎた行動に反省を促していた。ごめんなさい──と、それを悔いている言葉が結梨から発せられた。

 

「私、本当に心配したんだよ……?もしかしたらって……!」

 

──でも、無事でよかった……!結梨につられて、梨璃も涙を流しながら本心を言葉にする。

この後で、結梨は梨璃と緊急時以外このような無茶はしないと約束し、この件は丸く収まったことを記述しておく。

 

「(アリス……やっとお前に、助けて貰った恩を返せたよ)」

 

梅に担がれている隼人は、恩人に心の中で呟きながら、そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 25 話 }

 

救 助

rescue

 

 

ようやくできた恩返し

──×──

Memories of tragedy are not repeated.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……で?言いたいことはそれで全部かしら?」

 

「いや、だって……放っておけなかったから……」

 

今より四年程前──。隼人は母親からお説教を受けていた。

と言うのも、隼人は今日、自分のクラスにいる人と喧嘩をしたのだ。と言っても口喧嘩だが。

動機自体はリリィになることを誘われた香織が嫌がっているのを放っておけなかっただが、相手が女子だし、思いっきり泣かすまで問題点を指摘するしで今に至る。

これは隼人の当時からの悪癖であり、自分に取って納得できない事態が起きると自ら首を突っ込んでいってしまうのである。しかも、それを言っている人がいるなら、その人の感情を全部無視するくらいで。

もし、今回の相手が香織で無ければ我慢して無視をする努力をしたかも知れないが、残念ながら今回は困っているのが香織であり、到底無理な相談だった。

実際、今も自らは間違っちゃいないと言いたげに、謝罪の言葉を出さない隼人を見て、彼女は思いっきりため息をついた。

 

「まあ、香織ちゃんのことを放っておけなかったのは分かるし、それはいいわ。けど、もう少し自分を抑える練習をしなさい?そのままだと、友達増えないままよ?それに、偏見持たれて距離だって置かれちゃうのよ?」

 

「いいよ別に。人の嫌がること平然とやれる友達なんか……俺には要らないよ。後、その偏見とか意識して香織を見捨てる気なんて、俺にはないから」

 

こんなことをあっさりと言ってのける我が子に、母親は頭を抱えたが、これだけ小学生生活を送っても一向に増えないのなら、仕方ないんじゃないかとも思ってしまっている。

何しろ隼人も小学校に上がってからすぐは友達を作ろうと努力はしていた。していたのだが、話した子がどうも性格やら趣味やら合わない子ばかりで、隼人から身を引くか衝突するかで失敗に終わってしまっていた。

極めつけには、担任の先生に似たようなことを言われた時、今自分が言ったことと全く同じ様なことを言ってのけており、ここまで来てしまったならしょうがないのかもと思えてきた。新しい友達よりも、昔から一緒の友達・大切な子を選んだのなら、強要するのも酷かもしれない。

よく言えば自分の意思がこの頃からしっかりしている、悪く言えば頑固で感情の配慮に欠ける子であった。

 

「分かった。そこまで言うなら友達のことはいいわ……。ただ、改めて言うけれど、言い方や自分を抑えることだけは忘れないで?将来仕事をする時とか、色んな所で起きる会話で苦労することになるから……」

 

「……はい」

 

仕事は生活に関わってくるのは、父を見て何となく理解していた為隼人は素直に頷く。それが分かれば良しとして、要点を改めて伝え、そこでお説教を終わりにする。

ただ、怒ってだけ終わらせるつもりは無い。褒めるべきところは褒め、悪いところはちゃんと反省してもらう。それがこの如月家で決めた育て方である。

 

「香織ちゃんの為に動けたこと、それは良いことよ。それは、大切な人の為に動ける……隼人の中にある優しさだから」

 

「……うん」

 

ダメなところはダメ。でも良いところは良い。これが後々隼人に分析力や決断力、行動力を与えて行くきっかけになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ん……んん……っ」

 

暗闇で見えなくなっていた視界を、隼人は重たくなっていた瞼を開くことでそれを確保する。

──随分と懐かしい夢を見たな。と、思いながら暫しの間目を慣れさせた後、自分のいる場所が寮の部屋でないことに気づいた。

 

「どこだ……ここ?」

 

そのまま見た限りでも、かなり広い部屋で、鼻に届く匂いから、すぐ近くに花があることを感じられる。

また、自分の左側にはカーテンがあり、この部屋の大まかな特徴を掴むことができた。

 

「(病室か……?てことは)」

 

──俺は何日寝込んでたんだ?あの後結梨帰れたのか?そもそも、ここは百合ヶ丘だよな!?とにかく確認せねばならない。

体を起こしてすぐに──とはいかず、起こそうとした時に自身の腹から重みを感じられた。

 

「……楓?」

 

「……っ……」

 

恐らく結構早い時間から来ていたのだろう。その疲れで自身の腹を枕替わりに寝てしまっている。

そして、よく見たら目尻から涙が見えており、自分の為に泣いてくれていたことが理解できた。

 

「ありがとう。俺なんかの為に……」

 

それが嬉しかった隼人は彼女の涙を拭ってやり、寝た彼女を弄るよりも前にそっと起こしてやる。この起こす過程で確認したが、この部屋には自分たちしかいなかった。

すると楓は「んん……」と、こちらのアクションに反応したような声を出しながら目を開ける。

 

「おはよう。ぐっすり寝れた?」

 

「隼人……さん……?」

 

まさか自分が起きていると思っていなかったらしく、彼女は目をパチパチとして面食らったのを示した。

その直後、自分がどんな状態で眠りこけたかを覚えていた楓が涙を慌てて拭う様子を見せるが、想像より自分の手に来る涙の量が少なく、隼人に先取りされたことに気付く。

これが影響で顔を真っ赤にし、今回は理由が分かっている隼人は思わず表情が緩んでしまう。

 

「それはさておきとして……何が無謀なことをしないのか、教えて頂けませんこと?」

 

「今すぐに?答えるのはいいけど、先に状況どうなってるか教えてくれないか?」

 

「嫌ですわ。先に教えて下さいな?」

 

──コイツ、ハッキリと断りやがった……。今回のことは相当お怒りだったらしく、これは意地でも聞き出すつもりなのが見えた。

ただ、さっきまで見ていた夢もあって拒否する気も起きず、素直に話してみることにする。内容としては香織の眠る慰霊碑で宣誓した事のすれ違い解消である。

とは言え、これを話したところで理解はすれど納得は出来なかったようで、案の定楓は怒っていた。

 

「……それで?それのどこが大丈夫なんですの?助けたのは事実ですが、あなたはその後どうするつもりでしたの?過剰な使い方までしてますのに……」

 

「結梨を助けるなら、ああするしかないと思ったから……」

 

「そこは分かりますわ。問題はその先、戻る手段ですの」

 

「それは……ごめん。正直に言って、そこは完全に博打にしてた」

 

──動かなきゃ助けられない、でも安全管理する余裕は無い。この二点が隼人に戻れるかは天に身を任せる方針を選んだ。

当然、この方法は問題がありすぎて楓にダメ出しをされる。あまりにも安全性や確実性が欠けている。

 

「そうやってあなたは、周りを頼ろうとしないでっ!一人で飛び出してっ!もう少し、自分のこと……大切にしたっていいのではなくてっ!?」

 

「おぉっ!?わ、悪かったから!泣くのだけは止めてくれ!な?な!?」

 

途中で涙を流しながら自分の問題点を訴えて来た楓を見て、隼人は大慌てながら非を認め、どうにか窘める方向へシフトする。こうなるとどうやっても隼人に勝ち目は無い。

落ち着かせる最中、楓のことを「いい女」と心の中で評しているが、再び梨璃が絡んでそれが崩れ去るのを、隼人はまだ知らない。

 

「約束するよ。無茶は控える、けど……」

 

「ええ。確実性があるなら、それは許しますわ」

 

そうして今度こそ納得できたところで、一度涙で潤んでしまった楓の瞳が落ち着くのを待ってから、ナースコールで自分が起きたことを知らせる。

 

「……そう言えば、日付とかその辺ってどうなってるの?」

 

「寝たきりでしたものね。なら、まずは……」

 

話を聞くと、隼人が意識を失ってから二日程寝込んでおり、結梨は無事で今はレギオンメンバーと一緒に隼人の目覚め待ち。

そして、梨璃は体裁的な意味合いもあるが、脱走した懲罰として、ガーデンの収監室で一週間の謹慎処分であることを告げられることになる。




Q.二人とも無事な理由は?

A.(不幸の上塗り等は)もういい……もういいだろ!?

真面目な話をすると、隼人は物語開始前、そして両親関係で不幸を背負ったし、あの展開で救えないのはちょっと……と思ったから。


てなわけで、解説入ります。


・如月隼人
結梨を救うために突っ走り、成功。代償は消耗と緊張、疲労によるぶっ倒れ。
小学生時代は納得行かないこと言ってたら、相手が女の子すらレスバで負かしに行くくらい容赦の無い鬼畜。この性格が災いして友人関係は幼少期から全く増えていない。


・一柳結梨
隼人により原作の悲劇回避。思えば、原作で誰かに謝ったシーンて無かったな?
無事に生存したため、これからの動向はどうなるだろう?
幸いにも、リリィを終えた後の避難先は確保済み。しかも逃げる準備も万端と、その後の生活は大分マシ。状況が許せばいくらでも選べる。


・一柳梨璃
流石に収監までは変えられなかった。でも、心境は大分マシ。
原作で壊されてしまった髪飾りは壊れていない。付け替えるかどうかは分からない。


・楓・J・ヌーベル
涙を流した原因は大体隼人が起因する。一人で危ない橋渡るわ何だので、もう気が気じゃない。
この他にも、いつの間にか意識を割く量が増えているのもあるが、未だその自覚は無い。


・吉村・Thi・梅
梨璃を伴い、この人が途中から行かねば、隼人と結梨は死んでいた。
海辺渡ることに関する躊躇はここで消えた。


実はこの時点で、本小説でやりたいことはほぼ達成されました。
なので、残りは走り抜けるだけですが、楽しんで頂ければ幸いです。


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第26話 振替

ここからアニメ10話です


時は遡って一日前──隼人が意識を失って倒れている状態の時である。この日から梨璃の一週間の収監が始まり、隼人が起きるのを待つ時間となっていた。

事態が事態だったので、今週の授業は臨時休業となり、リリィたちは梨璃が出てくる日と、隼人が目覚める時を待ちながら退屈と友達になっている。その為、暇でしょうがないリリィの一部は自主的に訓練をしていたりもする。

 

「具合はどうかしら?」

 

「もう平気。それよりも、お腹空いちゃった」

 

実は、結梨も昨日はガーデンに戻ってから寝込んでしまっており、夕食は取れていない。マギの枯渇による疲労困憊が原因だった。

ただ、それ以外はどこも支障は無く、寧ろここまで元気にいられる姿を見て夢結たち一柳隊のメンバーは安堵する。

一応、梨璃のところには夢結と結梨の二人で顔を出しており、梨璃は少しの間我慢して待つ旨を、ちょっと疲れが残っている笑みと共に返していた。

 

「でしたら、用意しますね。少し待っていて下さい」

 

今この中で料理ができるのは神琳だけである為、彼女はレギオンに宛がわれた部屋を後にし、準備を始める。

 

「後は、あやつがどれくらい寝込んでるかじゃの」

 

「梨璃が帰って来る前に起きればいいね」

 

これには当然、皆で梨璃を迎えたいからがあり、それに反対する人はいない。

そして、問題は何日で起きるかになるが、こればっかりは本人ですら分からないだろう。

 

「私、隼人にお礼言えてない……」

 

「ならそれは、起きた時忘れずに言いましょう」

 

隼人の独断専行に近い救助行動への文句は、結梨と梨璃以外の一柳隊メンバーが考えていることであり、結梨としてはこっちである。

大事なことが言えないまま終わるのは嫌であり、これが理由で結梨は落ち込んだ様子を見せていた。

 

「あれ?そう言えば、楓さんはどちらに?」

 

「隼人のところに、行くって言ってた……だから、いるなら病室だと思う」

 

実は、収監されている梨璃と寝込んでいる隼人を省き、楓だけはこの部屋に来ていない。昨日の段階で相当お怒りだったので、恐らくはなるはやで言いたいのかも知れない。

 

「お待たせしました。こちらをどうぞ」

 

「ありがとうっ!いただきます」

 

「(隼人君。結梨のこと、本当にありがとう……)」

 

──お礼と文句を言いたいから、早く起きて頂戴ね?結梨も一緒にいる何気ない日常は、隼人の手によって守られたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「(昨日からずっと、この顔をしていますわね……)」

 

同じ頃──楓は病室で隼人の傍にいた。まるでやり切ったかのように満足した表情で眠る彼は今、ちょっとつついたり、ゆすったりしても起きる気配はない。

ヴァイパーを討った直後とかだったらきっと好意的に受け止められたのだろうが、今は心境が心境でそうもいかなかった。

 

「全く……何が無謀なことはしないなんですの?」

 

昨日も自室で呟いてしまったが、これを聞きたくてしょうがない。

確かに、あんなことをしなければ結梨は助けられなかったし、その結果梅と他のリリィが続いてくれたので結果大団円に終わったのだが、それとこれとは話が別だ。

また、何も聞きたい話はこれだけにはとどまらない。楓は聞きたい話がまだまだ山ほど残っている。

 

「ヴァイパーを討ったら何をしたいか……それは決まりまして?」

 

初めて一緒にヴァイパーを撃退した帰りで聞いたこと──。その答えはまだ明確に聞けていない。

強いて言えば候補が上がったとは教えてもらえたが、残念ながら今回求める答えとしては不足している。

 

「わたくしの方での注文はしますの?するなら内容はまだ聞けてませんのよ?」

 

これも結局、最終的な回答は聞けていない。大体予想は着くが、それでも要望に沿わないのなら意味がないのである。

実際、誘って見たらかなり反応が良かったのは正直言って嬉しかったので、少し楽しみにしていた。

 

「そりゃ、わたくしだってすぐに決めろとは言ってませんわ?けれど、その答えが聞けないのは……っ……嫌でしてよ?」

 

戦場に赴く前に口約束したり、当人の想いを聞いた後、その答えを聞けぬまま別れてしまったり、その先の未来を一緒に見れない悲劇と言うのはよくある話だ。

今目の前にいる隼人のように、不幸な出来事からどうにか真っ当に戻ろうとして、その途中で散ってしまうリリィも当然いたりする。普段であれば、その不幸の一つとして片づけられた筈だ。実際、人前では努めて冷静に振る舞うことで、無理矢理取り繕うことが出来ている。それでも少々怒りの様子は出ていたが。

ただ、今回は何故かダメだった。彼以外誰もいないので実質的一人っきりなのもあるが、今意識を失っているだけで、死んでいないにも関わらずだ。

 

「あなたの好きな……コーヒーを飲みながらでいいですから……っ……聞かせてくださいな……」

 

──ダメ。今日のわたくし、止まれませんわ。気がつけば涙が止まらなくなり、すすり泣いていた。こうやって問いかけては涙を流すのを、明日まで繰り返すのであった。

そして翌日、彼も目覚め、安堵すると同時に怒りと悲しみが同時に出て、あの口約束まで漕ぎ着けたのである。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「わざわざみんなで来てくれたのか……ありがとうございます」

 

そして現在──。隼人が目覚めたことを楓が一柳隊に連絡し、全員が病室へ赴いたところである。

隼人は今日一日どうするんだと聞かれれば、一日安静を言い渡されているので、退院後ガーデンのリリィたちに顔を出した後、部屋で大人しくするつもりらしい。

 

「しかしまあ、大体二日も寝てたとは……通りで腹が減ってたわけだ」

 

「普段より多めの食事にされているのに、あっさりと完食しちゃいましたね……」

 

起きてすぐに貰った食事を普段以上の速度で完食し、その理由に納得する。

ここから夜までは我慢するが、満腹感は無かったので、恐らく今日は多めに食事を取ることになるだろう。空腹は命の敵である。

なお、二水が呟いたので聞いてみると、どうやらこの食事、男子である自分に合わせて栄養バランスを維持したまま増量されているらしい。それでもあっさりと平らげたのは、余程空腹だったのだろう。

 

「(部屋に戻ったらコーヒー飲むか)」

 

真っ先に飲みたいものと言えばこれだ。これを機に、誰かに勧めてみるのもアリかも知れない。

──誰からがいいだろう?そんなことを考えてると、結梨から声をかけられた。

 

「ありがとう、隼人」

 

「……結梨?」

 

「私がこうしていられるの、隼人のおかげだから」

 

「……ああ。どういたしまして」

 

──だから、ありがとう。ニッコリと満面の笑みを浮かべる結梨を見て、隼人はその頭を撫でながら礼の言葉を受け取る。

この時若干目元が潤んでいたのは、自らの歩んできた道を肯定され、嬉しかったのが大きい。

──香織、改めて……俺が爺さんになるまでさよならだ。心の中で、隼人は挨拶を送った。

 

「梅様、俺の無茶をフォローしてくれてありがとうございます。おかげで、こうして結梨を助けられました」

 

「お礼を言いたいのはこっちもだ。隼人が迷わなかったから、梅も行けたんだからな」

 

恐らく、どちらか片方でも欠けていたら結梨と共々水面にサヨナラだっただろう。

両方があったからこそ、始めて結梨を救うことができたのである。

一先ずお疲れ様──と言うことで、この話は終わりとなった。

 

「そう言えば、俺が梨璃に顔を出せるのって……いつからだ?」

 

「来週に収監が終わるから、早くてもそこからじゃ」

 

暫く梨璃に会うのが無理なら、それは仕方ないと隼人は割り切った。ただ、何もしないで待つのもそれはそれで退屈であるし、時間が勿体ないとも思う。

 

「何かできそうなことを考えるか……」

 

──何がいいだろうな?後で考えて見ようと隼人は思った。

 

「それなら……明日とかでもいいから、みんなで考えるのは……?」

 

「あら、いいですね。でしたら、午前中に話してしまいましょうか」

 

雨嘉の妙案に神琳が乗っかり、それなら明日の午前はレギオンの部屋に集合だと梅が提案し、それも全員が賛成し、夢結が締めくくる形で決定する。

そして、隼人の着替えを持って来てもらえたので、他のメンバーは先に部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 26 話 }

 

振 替

transfer

 

 

激動を終えて

──×──

something that can be done during a short rest

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これから何をするか決める前に……隼人君。あなたに、私たちから伝えておくことがあります」

 

「……?伝えておくこと?」

 

──一体何ですか?と、問おうとした隼人だが、その言葉は喉から出そうで出なかった。

何しろ、結梨、楓を省いた七人が顔は笑っている、しかし目が笑っていないと言うとんでもない状態で彼を見ていたからである。

──いやいや、何がどういうこと?説明を求めようと全員に目線を送るが、結梨は何のことか分からずに首を傾げた。

 

「要するに、言いたいことがあるのはわたくしだけではなくてよ?」

 

楓の答えはこれと言いたげな言葉に、隼人は概ね事情を察した。大体自業自得のようなものである。

 

「取り敢えず、一人で何でもやろうとするな」

 

「ああいうのをやるのはいいけれど、戻る為のケアはしておきなさい」

 

「それが無いなら、今度は私たちで止めるから」

 

「ひやひやしたんですから、お願いしますよ?」

 

「他の人と一緒に解決する──と言うことを覚えてください」

 

「必要なら、いつでも手伝うから……ちゃんと言って?」

 

「目の前で死なれるのを、ここの者らにばら撒かんようにせい」

 

梅、夢結、鶴紗、二水、神琳、雨嘉、ミリアムの順にそれぞれ言いたいことを言っていき、思わず隼人は気圧された。

こればかりは自分が原因である為、素直に詫びて了承することにする。これ以上面倒ごとにしないための措置である。

 

「(しかしまあ、暫くは大事にした方がいいな)」

 

退院したばかりだし、この前結梨を助ける為の実質無計画(ノープラン)突撃もしたしで己を戒めておく。

しかしながら、あの施設では無力から鍛えあがった姿を見ていることから信頼──。こちらでは自らの方針による無茶を見ていることから心配──。読み仮名にして一文字しか違わないが、意味合いは大きく違う。

実際、百合ヶ丘のリリィたちも自分が退院した際に、喜びと心配の情を覗かせていたので、きっとそういうことだろう。

 

「さて……言いたいことも言ったし、そろそろ決めましょうか」

 

こうして話合いが始まり、あれよコレよと色々案が出てきて、一人でできるもの。複数人でできるものとそれぞれを用意する方針はすぐに固まる。

 

「(何がいいかな……場所が場所だし、大きめなものはナシ。となれば軽いなものだな)」

 

そうして、一人でできそうなもので自分にできるものを早速見つけた隼人は、その手のカタログを読み漁り始める。

ちなみに、場所の配慮等もしっかりしており、持って行っても大丈夫そうなものをメモに残して候補を絞っていく。

 

「よし。この辺だな」

 

候補を絞り込み切ったので、後はどれがいいかを選択することになる。

それさえ選べば材料の買い出しと、余裕があれば練習に時間を割けるので、後が楽だ。

 

「そう言えば、隼人。外出許可は控えるように言われて無かった?」

 

「それはそうだけど……一ヶ月経ったしもういいと思う。後、あの無茶をしたから由美さんのところに顔を出しておきたい」

 

いざという時、右腕の不調でCHARMが動かせなくなったらそれはそれで困るのだ。そう言う意味でも、隼人は外に出ておきたかった。

そんなこともあって早速外出許可を取りに言ったら、それは見事に通り、明日で自分のやることを全て済ませる算段を立てることにした。

 

「(そう言えば、結梨のCHARMがダメになったんだよな……)」

 

昨日の段階で、結梨のCHARMは修復不能なレベルで壊れてしまっており、新しく取り寄せた方が楽だと言う話が出ているのを思い出し、後で百由のところに顔を出しに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ええ。この苦さなら問題ありませんわ」

 

「やっぱりあれ苦い方だよな……」

 

その日の夜──。数日ぶりに、隼人は楓と自室でコーヒーを飲んでいた。

一番苦みの弱いものを選択したのだが、以前も問題なかったように、楓は無糖で口に付けている。

 

「今は、特に問題なしですの?」

 

「うん。最大許容量が増えてるのもあるかもしれないけど、何ともないよ」

 

一応、動かす分には何も問題はない。右腕のナノマシンを入れ替えた恩恵が出ているかはさておきとして、それは確かなのだ。

後はマギを込める分に問題ないかが気になるところで、それだけは忘れずにやっておきたいことである。

 

「何事もないといいですわね……」

 

「ああ。そう思いたい」

 

右手にそっと触れながら呟く言葉に隼人も同意する。そうすれば由美たちも楽できるし、何なら自分含めて多くの人が安心できる。

そう願いながら、右手に触れる楓の手に、自分の左手を無意識に乗せる。

 

「「あっ……」」

 

少しして二人揃って我に帰り、互いに頬を朱に染めて見合わせながら暫し沈黙する。

両者共にいきなりやったことなので、お互いを水に流すことでこの件は終了とした。

 

「ああ、そうだった……一つ、お前に伝えておくことがあるんだ」

 

「あら、どうしましたの?」

 

内容としては、自分がこの先何をやりたいかであり、楓は思ったよりも早かったなと思った。

ただ、それはそれで気になっているのは事実である為、先を促すことにする。

 

「俺、飯を作る仕事をやるつもりなんだ……だからまあ、リリィとしての戦いが終わったら修行と勉強だな」

 

「なるほど……何か、決めになるものはありまして?」

 

理由は自分が復讐者となる前に抱いた夢の欠片を思い出したからであり、今度こそそこに向かって走ろうと思ったからである。

もう一つは、仮に香織の夢を──。と言って医者を目指したとしても、きっと彼女は喜ばないと確信したからだ。

過去と他人に囚われている訳では無く、在りし日のことを思い出して自分で決めたのなら、何も反対する理由は無かった。

 

「でしたら、その資格を得られることを祈りますわ」

 

「あっさりと肯定されたな……でも、ありがとう」

 

恐らくは今までが彼女の基準でストップをかけたい事柄だったのは理解できた。

それでも、人に肯定されると言う嬉しさはやはりあり、隼人はリリィとしての戦いが終わった後にやることを固めた。




Q.リリィの戦いを終えた後、隼人の選択は何故?

A.過去と香織の死を乗り越え、自分の道を選ぶ決心がついた。

以下、解説入ります。

・如月隼人
流石に全員に言われれば反省もする。
これからは、取り決めした通りの行動していく。恐らく、必要なら手伝ってくれる人と一緒に行動するだろう。(ただし、緊急時は別)
結梨のCHARMに関して何か対応策アリ……?


・一柳結梨
ようやくお礼を言え、これにて自分の胸の内は解決。
CHARMに関しては百由達を信じるしかない状態。


・一柳梨璃
現在、原作通り収監中。ただし、原作と違って一人狭い場所で一人悔いながら過ごす──何て地獄のような環境ではない。
疲れていたような笑みは、気が気じゃない逃亡状態と、先日のヒュージとの戦闘が原因。


・楓・J・ヌーベル
隼人と飲むなら、紅茶よりコーヒーの方がいいんじゃないかと思いだしている。
彼の今後やりたいことに関しては、復讐者になる前の状態に起因しており、その辺の心配が必要なくなって安心した。


・その他一柳隊の皆さん
楓以外にも、この子らも隼人の無茶ぶりに文句があった。
それでも、結梨は隼人の無茶が無ければ救えなかったので、そんなに多くは言っていない。次やったらもっと言い分が増える。


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第27話 感謝

auの回線トラブルにやられてました……


「本当にいいのね?」

 

「ええ。俺は同時に二つも扱えませんし、同型だから違和感も少ないはずです」

 

時刻は夕方──。隼人は百由のラボに顔を出していた。

百由の問いかけには肯定を返し、自分の決断は本当であることを示した。

 

「あなたが持って来ていたグングニルの登録を解除して、結梨ちゃんに再登録させる……。確かに、新しいパーツを寄せ集めなり何なりして、組み立てるよりは早く済むけれど……」

 

「殆どブリューナクで戦っている俺には、無用の長物になりかねませんからね……求める人のところに送ろうと思うんです」

 

かつて抱いていた復讐心を体現した色は、結梨には合わないかも知れない。なので、塗り替えるなら塗り替えるで構わないが、それはそれで手間だろう。

とは言え、以前まで使っていた当人の癖が残ってしまっている可能性があるので、隼人の登録を解除した後、パーツごとに分解整備をする必要はある。

だが、結梨のCHARMの準備が早まるのはそれだけでもありがたいので、報告だけして実行することを百由は決断する。

 

「それじゃあ、解除だけお願いするわ。その後はこっちでやっちゃうから」

 

「分かりました」

 

──結梨のこと、よろしくな。こっちに来てから碌に使用してやることは無かったが、それでも始めて触れたCHARMはコイツである。

これを手にしてから今までのことを振り返りながら登録解除を済ませ、今度こそこのCHARMとの縁が切れることになる。

解除する際に、拗ねているような反応をしたのは暫くほったらかしにしたせいだろうと、隼人には予想できた。

 

「それじゃあ、準備できたら結梨ちゃんに届けるわ。一週間くらいで用意できるって、本人に伝えておいてくれるかしら?」

 

「分かりました」

 

こうして部屋を後にした後、運よく結梨と顔を合わせた隼人はそのままCHARMの準備ができることを伝えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

「(あの時、結梨を助ける行動は褒められたものじゃないけど、間違っていなかったんだな……)」

 

夜──。歩きながら隼人は目が覚めてから今日までのことを振り返る。

これは結梨が皆と笑っていて、それをみたリリィたちが微笑ましい目を向けている光景を見た時、隼人が思ったことであり、無駄では無かったと断言できた。

ただ、数人を怒らせたり、不安にさせてしまっていたこともまた事実で、隼人はこれから気を付けねばならないと改めて戒める。

そんな風に思いながら、隼人は己の右腕を見つめた。

 

「(こうすることができたのも、アリスが俺を助けて、玲さんがCHARMを用意してくれて、由美さんが足取りを追ってくれたおかげ……)」

 

──一人じゃたかが知れてるけど、人間って結局……そう言うことなんだろうな。誰かと助け合って生きる姿を見て、人の広義的な在り方を隼人は結論付ける。

ヴァイパー討伐も、最終的には一柳隊の協力無くては不可能だったし、結梨を助けることも、梅と縮地を使えるリリィがいなければ無駄死していただろう。

そう考えると、一人ではすぐに限界が来てしまうのが良くわかる。だからこそ、楓ら一柳隊を筆頭に言われてしまったのだが──。

 

「……隼人君?」

 

「夢結様?」

 

そして、そろそろ校舎内に戻ろうかと思ったところで、隼人は夢結に遭遇した。

お互いそのまま戻るつもりだったので、ラウンジに移動して腰を下ろし、少しだけ話すことにした。

 

「先ほど言いそびれてしまったことだけれど、改めて……結梨を助けてくれて、ありがとう」

 

「ああ。いや、俺の方こそすみません。アレだけは戻る算段途中で投げ捨てたくらいに行き当たりばったりだったんで……」

 

夢結からは礼を、隼人からは謝罪を送る。夢結は目の前で二回も、大切な誰かが死にゆく姿を見ないで済んだことから、とても安堵していたようだ。

この時、隼人は夢結がそんな経験をしたのは始めて聞いたので、思わず「……二回?」と聞き返してしまった。

彼の呟きを聞き、夢結は隼人がその辺の事情を全く知らないことに気づき、今から二年と半年前に起きた甲州撤退戦のことと、当時自分のシュッツエンゲルであった川添(かわぞえ)美鈴(みすず)のことを話してくれた。

また、目の前で大切な人を失った隼人と夢結だが、前者は無力故に助けられず、後者は己の力の制御不足が招いた悲劇と言う違いがある。

そして、この悲劇を経験して以来、夢結はルナティックトランサーを意図的に封印する決断をしており、今でも何らかの形で精神的に追い込まれない限りは一度も発動していない。

 

「力の使い方を間違えると、大切な人を……或いは己を殺しかねない、か……。あの人たちは、訓練と言う事前準備でそれを教えてくれたんだな」

 

そう考えると、自分は幸運だったのだと思えた。ヴァイパーに右腕を斬られ、アリスが助けに来るまでの間以外、彼は一人じゃなかった。

だからこそ、彼はこうして今日まで生きることが出来ているのだ。

 

「人との繋がりは大事にしなさい。私のように、一人になってはダメよ」

 

「……俺は、夢結様が一人だとは思えないですね」

 

そもそも一人でいる人間と言うのは、全ての他人から関心を向けられなくなった──または全ての他人が自分のところに駆けつけられなくなった人()()|のことで、そうでなければ一人と言うことは無いのだ。

こう言う意味では、夢結も決して一人では無いのだ。

 

「……どういうことかしら?」

 

「一人じゃなかったけど、それに気づけなかっただけってことですよ。梨璃を筆頭に、周りにいるでしょう?」

 

──理由は何であれ、夢結様に接してくる人が。そう言われると、夢結は隼人の返答とその理由に納得する。

大切な義妹である梨璃、ルームメイトの祀、同じく前代アールヴヘイムに所属していた梅、一柳隊のメンバー──。その他にも意外に接してくる人は多かった。

──どうやら、私の思い込みだったようね。何か一つ、しかし想像よりも大きな抱えごとによる心の重荷が、少し軽くなった気がした。

 

「ありがとう。少し、気分が楽になったわ」

 

──今度何かで悩んだら、誰かに頼ってみよう。夢結は心の中で、そう決心する。

それはそうとして、隼人には改めて周りを頼るように催促もしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んん……」

 

翌日──。隼人が右腕の確認を兼ねて外出へ出る日の朝になる。梨璃は収監室で三日目の朝を迎える。

この部屋で時間になったら来る食事を取り、特にできることも無く過ごしていく日々は控えめに言って退屈であり、寂しくもあった。

 

「(お姉さま、今頃どうしてるんだろう……?結梨ちゃん、元気にしてるかな……?)」

 

朝起きて、毎回考えるのはこれで、確認できないからこそ気になっている事柄である。

自分がいない時の結梨を見たことが殆ど無いので落ち込んでいるかも知れないし、それを夢結や誰かが見てあげてるのかも知れない。

ただ、こうやって考えられるのは隼人が無茶にも程がある突貫で結梨を助けてくれたからであり、それはとても助かっている。

 

「(私、何もできなかった……)」

 

それと同時に、あの場で自身が出来たことなど何もないことも思い出す。強いて言えば、梅に連れてもらい、結梨を真っ先に迎えに行ったくらいだろう。

あの後結梨は元気な姿を見れたのでいいが、隼人の方は起きたところまでしか聞けていない。故に、どんな状態でいるかは分からないのだ。

こんなこともあって、もっと何かできなかったのか……とか、自分の力が足りなかったのか……とか、余計なことを考えてしまう。一人で何もすることのできない時間だからこそ、尚更である。

 

「(早く、みんなに会いたいなぁ……)」

 

出入口になる部屋のドアを、梨璃はどこか遠くを見ているような目で見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「問題無しよ。ナノマシンの交換は意味があったようね」

 

午前中に施設へたどり着き、隼人は右腕のチェックを受けた。

モニター越しでも何も問題なく動いている様子が見えており、隼人はこのままCHARMを扱うことが出来る。

 

「あの子、無事に助けられたんだよね?」

 

「どうにか。そう言えば、アリスは部屋に?」

 

「うん。もうすぐするとお昼の準備始めちゃうから、今のうちだよ」

 

玲の返答を聞いた隼人は、善は急げで彼女の部屋に向かうことにした。

ノックして彼女から許しをもらった後、彼女の部屋に入ると、髪をポニーテールに縛り、話が済んだら昼の用意を始めると言わんばかりの姿勢を見せるアリスの姿があった。

 

「あら……その表情を見るに、本当に助けられたようね?」

 

「ああ。結梨は無事だよ」

 

結梨のことは由美へ事前に連絡しており、隼人の様子を見て三人が確信に至っている。

事実、隼人の表情が穏やかなものになっており、ヴァイパー討伐が終わって角が取れた今でも分かりやすかった。

 

「アリス。改めて、礼を言わせて欲しいんだ……」

 

「いいわ。聞かせて?」

 

隼人の穏やかながら真剣な眼差しに、アリスは迷わず肯定して先を促す。

 

「ありがとう。あの時助けてくれて……俺に力を与えてくれて……遅くなっちゃったけど、これで恩を返せたと思う。これも、アリスが俺を見つけて、先を作ってくれたからだ」

 

「私も、その力を渡すのがあなたでよかったわ……。それと、私の方からもお礼を言わせて?」

 

──あなたのおかげで、()()()()()()が救われたわ……だから、ありがとう。それが誰を指すか分かった隼人は、それを素直に受け取る。

それは、隼人が三年前の恩を返した証明にもなる言葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 27 話 }

 

感 謝

thanks

 

 

お前のおかげで助けられた

──×──

And then we move forward again.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(凄い久しぶりに筋トレ出来た気がする……)」

 

その日の夜──。戦技競技会前日以来、久しく出来ていなかった筋トレを済ませた隼人はガーデン内を歩いていた。

外出の頻度自体は、来年度からは問わなくていいらしいので、それまでは辛抱だと自らに言い聞かせる。

 

「(ただまあ、買い物を大容量でやらなきゃいけないのは面倒なんだよな……)」

 

バイクで持ち運ぶには容量に限度があるのに、外出頻度を抑えねばならないので大量に持ち帰る必要がある。これが厄介で、隼人は外出の度に悩まされることになる。

外出の頻度はこれを理由に納得してもらおうと思ったら、来年度の下りがあったので、ならいいやと隼人は割り切る道を選んだ。

そうして歩いていると、一室だけ明かりの付いている部屋を見つけ、その部屋名を確認して中を覗いてみる。

 

「(工作室に……楓?)」

 

──何があったんだ?普段なら絶対に有り得ないだろうその光景を見て、隼人は見ているのがバレないようにまずは覗くのを止めてから思考の海に入る。

彼女が何を作っているかは想像も付かないが、何かあったことだけは間違いない。少なくとも、これだけはすぐに断言できた。

ここを利用している理由自体はこの際置いておくとして、その部屋に入ってどれくらい時間が経っているかは気掛かりである。

 

「そうなると喉が渇いたりとか、何かあるはずだよな……」

 

──飯はちゃんと食ってる?そもそもあの部屋、飲食は大丈夫か?一人で張りつめていると時間を忘れるのを理解している隼人は、それを危惧した。

誰かに確認を取った方がいいかも知れない──。そう考えて動こうとした時、偶然にもこちらに来る人影があった。

 

「……六角(ろっかく)さん?」

 

「ごめんね。驚かせちゃったかな?」

 

そこにいたのは、自分と同じ椿組に所属する灰色みのある茶髪を持った少女──六角汐里(しおり)で、どうやら自分がここに来たのを偶然みて、声をかけようとしていたようだ。

聞いてみると、工作室を使わせて欲しいと頼まれて楓に使わせているらしく、何を作っているかは特に聞いていないそうだ。ただ、それだけでも隼人からすれば情報源としては十分すぎる。

 

「多分梨璃の為だろうな……ってことは、あいつの持ってるものとかに何かあった……?」

 

「一柳さんの……?でも、あの時までは大丈夫だったよね?」

 

汐里の確認には頷いて肯定を返す。あの四つ葉のクローバーを形どった髪飾り等も、特に問題は無かったはずだが──。

であれば、自分の知らない間に何かがあった。或いは、楓が梨璃の気持ちを切り替えられるようにと贈り物で何かを作っている。このどちらかになる。

 

「(見れていない以上、聞かなきゃ分からない……)」

 

一人で解決できるだろうとは思うが、それでも何か差し入れ的な手伝いはできるだろうと思う。

そう考えていると、汐里からはここのことを何も言わないようにしてくれればOKと告げられたので、素直に礼を告げて行動に入った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

結論を言ってしまえば、楓がこのような行動に出たのは後者──思いやりの心から来るものだった。

早い話が、隼人と共に軽食を作るメンバーとは別に、自分からプレゼントを用意するようで、彼女がパッと思いついたのが梨璃が身に着けていた髪飾りである。

また、更に話を聞いてみると、どうやら昨日の夜からこのように作業を始めているらしく、その作業時間は今日のように人知れずやる為遅い時間にやっており、結構ギリギリなスケジュールになっているようだ。

 

「……お前も結構無茶をやるんだな」

 

「あら、あなたのあれほどではありませんわ」

 

──なんていうか、他人の為になると、自分のことを後回しにする人多いな。そう思いながら、隼人は小休止の為に持ってきた飲み物を渡す。

楓も丁度休憩を挟もうとしていたらしく、それは彼女の手に問題なく渡った。

 

「これが、梨璃さんに必要かは分かりませんが……」

 

「でも……途中でやめて、それで後悔するよりはいいんじゃないか?」

 

「……それもそうですわね」

 

気分転換で付け替えてくれるかも知れない──。そう考えれば、この不安も気にならなくなる。

本当に彼女がつけてくれるかどうかは分からないが、やること自体が無駄かも分からないし、途中でやめたらそれこそ本当に無駄と言うのは分かるのだ。

であれば、動く方がいい──。それが、話した結果楓の出した結論であった。

 

「差し入れありがとうございます。そろそろ戻りますわ」

 

「ああ。結果は当日の楽しみにするよ」

 

空き容器は隼人が然るべき場所に捨てる為に回収し、部屋を後にした。




2話分で決着ならず。次回でアニメ10話が終わりです。


以下、解説入ります。


・如月隼人
礼を言いたい相手に言えた。
コイツが使っていたグングニルは、今後結梨が使用することになる。
実のところ、グングニルは長らく使わなかったせいで、隼人の感覚が変わってしまっている為、いい加減譲り時でもあった。


・一柳梨璃
原作よりメンタルがマシでも、一人で狭い空間に居続けるのは苦痛。
自己嫌悪に陥ったのは、低い自己評価から来るもの。そのせいで尚更収監室での一週間がキツイ。


・白井夢結
自らと似た悲劇が繰り返されなかったので、心境が大分マシ。
少しは他人を頼ろうと思えたのも、心の余裕が少しできたから。


・楓・J・ヌーベル
原作と理由は違うものの、髪飾りの制作を開始。
少なくとも、煮るなり焼くなりの下りは起こらないだろう。


・アリス・クラウディウス
隼人からちゃんと恩を返して貰った。
後は彼がリリィとして最後まで戦い抜き、人としての生活に戻れたら思い残しは完全に消える。


サンブレイクやるので、次回の投稿は遅れます。


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第28話 再起

サンブレイクもやることが装備作り、神おま厳選等のみに落ち着いて来ました。

神おまは貫通ライトで周回するか……w


再び翌日──。収監室で四日目の朝を迎えた梨璃だが、この日に一つの変化が訪れる。

 

「……?」

 

朝食を取った後だが、何かが地面に落ちる音がした。どういうわけか四つ葉のクローバーを模した髪飾りが欠けるように壊れてしまったのである。

それを拾った梨璃は、その髪飾りが「今回は肩代わりしておいた」と言ってきそうに感じた。もしかしたら、結梨や隼人の生存と言う幸運を、この髪飾りが持って来てくれたのかも知れない。

 

「……」

 

それと同時に、「このような幸運は二度もない」──。「また幸運が欲しいのなら、自らが動けるようにしろ」と促されているような気もした。

事実、結梨の生存は隼人がいなければ絶対に出来なかったことで、梅や現地のリリィがいなければ助けても全員で帰って来れなかった。その中で、梨璃は決定的な部分に関与できていない。

今ここに夢結や楓がいれば、今の梨璃を見て「無理に追い込んではいけない」と窘めるだろうが、当の本人たちはここに来れるのは四日後である。

 

「私に……できること……」

 

──それって、なんだろう?今すぐには思いつかないが、少しずつ探していこうと梨璃は決めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これ、本当にいいの?」

 

「ああ。結梨には必要だと思うから」

 

それから更に翌日、一柳隊の部屋では結梨に渡ったグングニルの登録が行われようとしていた。

どうやら一日で整備と同時に塗り直しまでやったらしく、百由曰く「結梨ちゃんに、復讐者としての色は合わないでしょう?」とのこと。これを聞いた隼人がノータイムで首を縦に振ったのは当然の帰結である。

 

「(頼むぞ……グングニル)」

 

──結梨を守り、戦う力になってくれ。CHARMの登録を見ながら、隼人はかつての剣(グングニル)に祈った。

そして登録が終わり、今後は時間を見つけて結梨はCHARMの習熟をやることになる。

とは言え、それは梨璃が戻ってきてからでも遅くないので、今のところはCHARMに自分のマギを馴染ませるくらいだろう。

 

「なんかCHARMの用意が早いと思ったら、そう言うことか」

 

「予備のCHARM様様だね」

 

隼人の予備として控えさせていたCHARMである為、用意は非常に早かった。

本来はグングニルのパーツの斡旋から、必要であれば整備等も必要だったので、もっと時間がかかっていたはずである。

 

「ですが、こちらに来るまでの資金はどちらから?ガーデンの時と違い、出撃の報酬等も無いはずですが……」

 

「確かに……CHARMは非常に高額ですからね。どうやって取り寄せたんですか?」

 

アウトサイダー故に資金面のやり取りが厳しいのではないかと、神琳と二水を筆頭に一柳隊が思った疑問である。この話が全く理解出来てないのは、事情故に仕方ない結梨くらいだ。

事実、彼女らの指摘通り、隼人は出撃時の報酬等は一切受け取っていない。実は政府で例外的に報酬を渡そうと言う話も出たらしいが、渡そうにも口座など知らないし、手渡ししようにも見事に滞在先を掴めず、断念と言う形で結局報酬支払の話は無しになり、それが響いてガーデンで出撃した時の分しかもらえていない。

 

「向こうの人たちが研究成果やら、元リリィだったから出撃報酬の額やらで補填してくれたよ。後、グングニルは元リリィだった人からアリス、アリスから俺に渡ったみたい」

 

──その時、剥げてた塗装を思いっきり別の色で塗り直してああなったんだ。これが、隼人がCHARMを二本も持っていられた理由である。早い話が使い回しだった。

本来は青と銀、アリスが使っていた頃は白と金で構成されていたグングニルは、その時に隼人の復讐心を表す血のような赤と黒で塗り直されたそうだ。

そして、結梨に渡る時、あまりにも彼女に似合わない色だと判断した百由が塗り直しを決断したのである。誰が何を言わずに、彼女自身の選択である。

この結果、このグングニルは三回の模様替えをして、別の担い手に渡されることとなったのだ。

 

「ところで、あなたのブリューナクはそのままでいいんですの?」

 

「うーん……ヴァイパーは討ったし、もうあの色は合わなくなったからどうするかな……?」

 

実はブリューナクもグングニルと同じく、赤と黒でカラーリングされてあり、今の隼人の心境には似合わないものとなっている。

とは言え、変えるにしても明確に何にしたいとかが無いので、今しばらくは無しだろう。

 

「まあ、それは今度でいいんじゃないか?」

 

梅の一言に納得し、それはそうだと割り切ってこの思考を隅に置いておいた。であれば、後は各々がやるべきことをやるだけである。

 

「隼人。分かっておるとは思うが、今のCHARMは前以上に丁重に扱うんじゃぞ?予備を譲ったのじゃからな……」

 

今まではブリューナクがダメになってもグングニルを使えばいいのだが、今回からはそうすることができない。

これは確かに重要な事案である為、隼人は今後どうするかを考える。

 

「……よし、楓のところに注文するか」

 

「まあ!いいんですの!?」

 

ならば、前々考えていたことを実行に移すだけである。その結果、この一言で楓が目を輝かせた。

それなら後で契約の話をしようということになり、それも隼人はあっさりと頷いて承諾する。

 

「……?今思ったんじゃが……」

 

「ミリアムさん、どうしたんですか?」

 

──楓に契約の話を持ち込んだの、あやつが初じゃないかの?ミリアムの一言に、皆がそう言えばと気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「では、これで契約終了ですわ」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

その日の夕方──。隼人の自室で行われた契約は無事に完了した。

CHARMの額は尋常ではない程の高額である為、流石にローン返済の形で返していくのだが、それもそれで大分高い。

しかしながら、隼人もヴァイパー撃退やその他ヒュージ迎撃で出撃し、その資金がある為、どうにかプランは建てられている。

何なら、一出撃ごとに振り込まれる破格の報酬を見た時、隼人は目を点にするほど驚いたりもしていた。

 

「なんて言うか、こうして過ごしていると夢でも見てるみたいになるよ……」

 

「夢……ですか?」

 

「あれだけ復讐に執着して、全く先を考えていなかった俺が……リリィとしての先とリリィが終わった後のことを考えてる」

 

──正直、こうなる日がこんなにも早く来るとは思って無かったんだ。大事な話が終わった故か、ある程度くつろいだ様子を見せながら隼人は楓に自分の想いを告げた。

当時の想定として、編入直前にあったヴァイパー戦の時点でこう言うことができるのは、少なくとも後一年は先だと考えていた。それが、その創造よりも半年以上早くなっている。

当然、それは喜ばしいことであり、表情からもそれが見て取れる。

 

「(こんなにも、穏やかな顔ができますのね)」

 

もしかしたら、何事も無く成長した場合の、本来の性格を取り戻したのかも知れない──。編入直後や、ヴァイパーと対面している時期の表情を思い出しながら、楓はそんなことを考える。

また、これと同時に自分しか知らないものだと思うとちょっとした背徳感も得られた。

 

「……?俺の顔に何か付いてる?」

 

「いいえ。ただ、あなたの身の回りが大分落ち着いたのだと思いましたので」

 

「確かに。そうみたいだね」

 

答えながら相手を許容するように表情を緩める隼人をみて、楓も合わせるように穏やかな表情を見せる。

──たまには、こんな時間もいい。そんな風に二人して意図せず同じことを考えていると、隼人が机に置いていた端末が着信音を鳴らす。どうやらメールのようだ。

一言断りを入れて内容を確認すると、それは一葉からのものであり、久しぶりに来た近況報告だった。恐らく、結梨の件もあったので、落ち着いただろうタイミングに送ると決めていたのだろう。

実際、こちらも落ち着きはしているので、近況報告を打って返信する。

 

「……」

 

「どうした?そんな微妙そうな顔して……」

 

「分かりませんわ。ただ……」

 

──何かこう、モヤモヤするものを感じましたの。ちょっと申し訳なさそうに、それでいてどこか恥ずかし気に楓はそう言う。

それと同時に、隼人も何故か少し申し訳なく思うが、明確な答えは出せない。強いていうのであれば、自分が彼女に嫌われていない。ないし、気にかけられているのは分かるくらいだ。

 

「……俺、そんなに想われるような人間なのか?」

 

お世辞にも褒められたような人間では無いと言う自覚はある。何しろ、気に入らないことを言う相手は誰でも平気で喧嘩を吹っ掛けるわ、女の子相手でも容赦なく泣かすわ、友人関係における周り気遣いは無視するわ、自らの復讐心に任せて伝えるべき相手に無事を伝えないわで、こんな阿呆を誰が思うのだろうか?隼人には全く想像できない。

──いや、本当に何かあるのか?そんな風に自己評価が低い分析をしていると、背中に何か柔らかいものが押し付けられた感触がした。

 

「……楓?」

 

「大丈夫ですわ。あなたを想う人は、ちゃんといますもの……」

 

いつの間にか後ろに回り込んでいた楓の優しい抱擁を、隼人はそのまま受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら間に合ったみたいだな」

 

「ええ。後は、明日渡すだけですわ」

 

それからさらに二日後の夜──。工作室にて、楓は無事に四つ葉のクローバーを形どった髪飾りを完成させた。

今日が梨璃の収監されている最後の一日であり、明日から彼女はあの部屋から解放され、普通の学生生活に戻ることができる。

明日は早朝に隼人と数名が最後の準備を済ませた後、一柳隊全員で出迎えに行くことになる。

 

「ん……っぅ……」

 

「……大丈夫か?」

 

楓が少し体を伸ばしてみると、関節が音を鳴らす。同じ姿勢を維持して作業した故の影響だろう。

大分お疲れの様子を見たので、隼人も行動を起こす。と言っても、マッサージやその辺がせいぜいなのだが。

やろうとすれば、楓から「足を伸ばせる場所」をリクエストされたので、隼人の部屋に招くこととした。

 

「っ……はぁ~……効きますわぁ……」

 

「(やってみればできるもんだな……)」

 

その肝心なマッサージ方法は指圧であり、楓の望む位置に合わせてやってみればこれが結構好評で、頼まれたら応えようと思った。

何か事あるごとに部屋で二人きりになっている二人だが、こうなることへの抵抗感がどこかへ行っている。これに関しては二人とも全く気付いていない。

指圧による幸福感と快感で、時々楓が嬌声に近い声を出しているが、幸いにもボリュームが抑え気味であること、隼人が特にその辺を意識してないこともあり、()()()()()()()()()()()問題なかった。

 

「よし。こんなところかな」

 

「ええ。とても助かりますわ……」

 

非常にご満悦な様子なのが声から伝わり、応えた隼人も満足である。マッサージ中に隼人が汗をかいていたので楓、隼人の順でシャワーを浴びてその汗を流した。

その後は二人分のコーヒーを用意して、それを飲むことにする。

 

「そう言えば、一つ気になったのですが……」

 

「どうした?」

 

ガーデンを卒業すれば、リリィたちは各々が本来過ごしていた場所に帰る、それは楓も例外ではない。

結梨の場合は隼人が過ごしていた施設へ帰る為、ここは例外に当たる要素だが、隼人もこの例外の一人である。

だが、結梨のようにもうそこ以外ない──と言われれば、それは少し違う。

 

「ガーデンを去った後、あなたはまたあの施設に戻りますの?それとも……その、幼馴染みの方のところへ?」

 

「俺か?まだ分からないな……もう少ししたらあいつ同伴で、親御さんに顔見せに行くんだけど……その時の話次第じゃないかな?でも多分、迎えられたら応えるとは思う」

 

「そう、ですのね……」

 

「(……?妙だな。楓にしては歯切れが悪い)」

 

一瞬だけ言うのを躊躇ったであろう問いかけと、納得しているようでしていない様子に隼人は気付くが、変に追求するのも良くないと思い、今は問わないことにした。

隼人の言っていた幼馴染みが女子であることを覚えていた為、楓は気になって今回問いかけた。

今回の回答には何とも言えないモヤモヤしたのを感じており、今後のことを考えると後者の方がきっといいのだが、できれば前者であって欲しい気持ちもある。

だが、最終的に選ぶのは隼人である為、自分から口出しするつもりは無い。あくまでも問いかけだけで終わらせるように楓は自制心を働かせる。

 

「まあでも、最悪どこかで一人暮らしできる場所探したり、用意してもらってそこで過ごすかも知れないし……結局その時次第だな」

 

「……」

 

自分のモヤモヤしたものを知ってか知らずか、隼人は第三の選択肢──。それも、こちらが一番スッキリできる内容を持ってきたことに楓は一瞬目を丸くするも、すぐに笑みを浮かべて肯定を返す。

ちなみにこの回答、隼人は至って自然に思いついたことをそのまま言っただけであり、もしこれを楓が知ったら思わず吹き出すことだろう。

その後は他愛ない話をしながら、コーヒーを飲み進めていくが、この後今のような様子を、楓が見せることは無かった。

 

「(やっぱり、楓にはこっちの顔をしてもらいたいな……。その為にも、取り決めしたことは守ろう)」

 

「(気を遣ってくれたのでしょうか……?ですが、それは嬉しいですわ♪)」

 

──この時間、またできないかな。二人してそう思いながら、この一時を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……!お姉さま、結梨ちゃんにみんなも……」

 

そして翌日の朝──今日から通常の生活に戻ることになる梨璃が収監室のドアを開けると、一柳隊全員が顔を出していた。

これについては夢結から全員で迎えに来るのを決めていたと話し、梨璃もそれで納得する。

 

「あら?梨璃さん。髪飾りはどうしましたの?」

 

「実は……これ、ダメになっちゃって」

 

真っ先に違和感に気づいた楓が問いかけると、非常に寂しそうな笑みと共に欠けてしまってダメになった髪飾りを見せてくれる。

──これ、作ってて正解だったな。それを見た隼人は偶然の巡り合わせに驚いた。

 

「でしたら、こちらをどうぞ。作っている途中も、果たして必要になるか分かりませんでしたが……」

 

「楓さん……」

 

楓が作った髪飾りを見て、何かあったのか梨璃がひくついた声を聞かせ、涙を流し始める。

何があったのかと、問いかけて見れば、髪飾りの方は確かに嬉しく、別のことにあるようだ。

 

「私……っ……あの時……何もできなかった……結梨ちゃんが飛び出して、隼人くんが追いかけた時……梅様についていくだけで……」

 

この悔しさと無力感は、いくら紛らわそうとしても収監室で過ごしている間は何度も思い出させられた。

だが、必ずしもそうかと言われれば、それは違うと結梨が答える。

 

「……結梨ちゃん?」

 

「私、梨璃が連れ出してくれた時……凄く嬉しかった。あそこで過ごす時、寂しくなかった」

 

「……!」

 

──大丈夫。梨璃はもう、()()()()助けてくれてる。その言葉は、梨璃に取っては救いだった。

それどころか、梨璃が見つけてくれなければ、結梨はここで過ごすこともできず、そのまま死んでいたと考えれば、彼女は結梨の命を救ってもいるのだ。

 

「いいのよ、梨璃。今は泣いて……吐き出せる内に吐き出してしまいなさい」

 

「お姉さま……っ……うぅ……っ……」

 

抑えられなくなって、無理に抑えようとしている梨璃を見た夢結が寄り添い、優しく促す。溜め込んだ結果、自分がああなってしまった以上、それだけは阻止したかったのだ。

その一言を貰ったのを皮切りに、それを抑えることは無くなった。涙ともに、その悔しさを吐き出していく。そうして自らの気持ちに整理をつけることで、梨璃はまた新たな気持ちで日常に戻っていく。

今日から授業再開──。と、なるかと思えば、今日が祝日なので休みになっており、それは明日からになっている。

こうして収監が終わった梨璃は、朝食は自分で好きなものをと言うガーデン側の意向でまだ何も食べていないので、空腹感に襲われた。

 

「でしたら、用意もありますので、移動しましょうか」

 

神琳、隼人を筆頭に、軽食をそれぞれ用意した人たちからの差し入れが入る。

 

「食べきれないなら昼に残りを……ってのでもいいと思う」

 

「うん。ありがとう」

 

ちなみにこの軽食を作ると決めたのは隼人だが、理由は自分が病室の飯を取った時に考えたことがある。

それは、『自らが選んで食べ続ける同じく飯は美味い』が、『自らが選ばず食べ続ける飯はやがて寂しくなる』であり、梨璃が後者の状況に陥るのを危惧していたのだ。

この考えを伝えると、それは大変だと同意をしてくれた神琳と、他にも名乗りを出した数名用意した。

隼人らと違い、軽食作りに参加しなかった人は新しいハンカチやその他諸々の生活用品を買い出してプレゼントしている。

これ以外にも、ラムネが全員分あるが、最初は夢結が梨璃の分だけを予定していたのだが、どうせなら全員分にしようと言う梅と発案と、結梨の後押しでこうなった。

まだ、差し入れの軽食もどうせならみんなの朝食にしてしまうことにし、ラムネと軽食で──と言う、一風変わった朝食を一柳隊全員で取ることになる。

 

「そう言えば……その髪飾り、いつ作ってたんですか?」

 

「夜に合間を縫ってですわ。内緒にしておきたかったので」

 

ちなみに、結局それを作っているのは隼人以外には知られておらず、それも明かすつもりは無いので、それを知るのは誰もいないだろう。

 

「(私、強くなる……)」

 

──それで、今度は私が結梨ちゃんを……。いつもの日常に戻りながら、梨璃は静かに決意した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 28 話 }

 

再 起

comeback

 

 

ここからまた先へ

──×──

toward the tomorrow that each person wants




これでアニメ10話分が終わりです。

以下、解説入ります。


・如月隼人、楓・J・ヌーベル
お互いの距離感が結構縮まって、大分気を許せるようになってる。
できれば一緒にいたいのだが、現在のままだと隼人が将来的に厳しい(現状ほぼ世捨て人)。
一葉のとこの養子にしてもらえるか、どこかで一人暮らしできればワンチャン。


・一柳梨璃
この子がいなければ、結梨の人生は始まっていない。本来の髪飾りはほぼ原型を留めている。
今回の決意を胸に、再び訓練を進めていくことに。


・一柳結梨
この子の墓標は存在しない。全ては梨璃がきっかけをくれた。
実は梨璃無しであの施設に逃げた場合、自分が人じゃないかも知れない不安に押しつぶされていた危険がある。


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第29話 変化

大分終わりが近づいて来ました。今回からアニメ11話分です。

今回、無茶苦茶悩んだネタがあります。


追記
どうやらアンケートがしっかり表記されていなかったようなので、修正しておきました。


梨璃の収監が終わってから翌日の放課後──。一柳隊は全員でラウンジに集まっていた。

彼女が今度こそ結梨を守れるように──と言う意思の下に訓練したいと言ったのもあるが、動く前に意識確認も必要だったので、とある内容を筆記試験方式で確認させてもらうことに決める。

 

「採点が終わったわ。結果はこれね」

 

「うぅ……あと少しだったのにぃ……」

 

その内容とは、対ヴァイパーの訓練の時にもやっていた特定の状況下においてどのような行動を取るかの選択であり、これを梨璃の心境に合わせて問題を調整したものである。

梨璃の願いに応じて発案したのが夢結、試験内容の参考を用意したのが隼人。そして試験内容を編集して完成させたのが楓であり、これを一日で完成させた。

今回の試験は90点以上を合格として設定し、ぶっつけ本番でやってもらったのだが、その結果は86点。後二問正解で合格となっていた。

 

「まだ一回目ですもの……それなのに、これだけ取れているのは流石ですわ♪」

 

「急ぎで対応したい時ほど落ち着いて動く……それが分かっている証拠だな」

 

次やれば合格するだろうな──と、思いながら他のメンバーも回答と問題内容を確認する。

そうして見ていると、次は編集元がどうだったかかが気になった人が出てくるので、隼人が元々持っていた問題内容を持って来て貸渡した。

 

「思ったんだけど……隼人が無鉄砲そうに見えて、その辺の管理しっかりしてたのって……これの影響?」

 

「だと思います。だからこそ、こちらに来るまで単独行動でも平気だったのでしょう」

 

鶴紗の疑問に、的確な評価と一緒に神琳が肯定を返す。

実際、楓が最初に見た時もこれは見事な内容だと感心しており、隼人のギリギリながら意外に徹底できてたリスク管理の理由に合点が行った。結梨を助けに行ったアレは緊急事態に想定外が重なったので例外とする。

 

「それにしてもこの内容……ヴァイパーを意識しているだけあって、接近戦を重要視していますね?」

 

「二次被害を出さない為……だね。だから、隼人もそうなった……実戦もあるけど」

 

「確かに。これをやっていたら、狙撃手に適性のあるリリィ以外はそうなりそうじゃの」

 

ヴァイパーに意識を向けさせる。犠牲者を減らす。なるべく一対一。これらの条件が合わさり、隼人は接近戦を得意とするようになった。一対多もあるが、それもヴァイパーが絡んでいる場合を想定したケースが多い。

遠距離もできないわけではないし、雨嘉との技術交換で腕前も上げてきているが、それまではアリスや玲と比べ大分下手だったのを記述しておく。

理由としては彼女らが遠・近問わずバランス良く戦えるようにしたのに対し、隼人が接近戦重視だったのが大きい。

 

「……これ、私もやっていい?」

 

「結梨ちゃんも?」

 

「構わないわ。なら、次は結梨も受けてもらいます」

 

先週のこともあり、夢結は即断で対応したが、これに反対する人はいない。

この為、結梨に対してこの試験の目的を簡単に説明し、後日ぶっつけ本番で受けてもらうことになる。

 

「あっ、そうだ。引っ掛け問題入れてもいいんじゃないか?」

 

「……免許の筆記試験みたいにですか?」

 

梅の一言で当時の内容を連想しながら隼人が問いかけると、それに対して肯定が帰ってきた。

確かに引っ掛け問題があれば、それに掛からないことが正しい知識を持っている証明となる為、全然いいと思える。

 

「そうなりますと……そのままの筆記では無く、引っ掛けの部分は二択問題の方がよろしくて?」

 

「確かにそうね。問題の文が合っているかの成否を答える方式に変更しましょう」

 

「楓。免許試験用の問題集残ってるんだけど、使う?」

 

「是非。お願いしますわ」

 

免許問題の引っ掛け方は、結構いやらしいものだと隼人は記憶している。実際、試験を受けたことのあるリリィなら全員が頷いてくれるだろう。

そして方針が固まり、楓はその参考資料を用いて新たに問題を作り直す作業を開始することになる。

 

「(梨璃。あなたを死なせは……いいえ。()()()の様にはしないわ)」

 

──だから、あなたはそのまま進みなさい。楓と隼人が席を立って移動し、その他のメンバーで問題に関してのあれこれを話している姿を見ながら、夢結は心の中で激励する。

恐らく、後二回もしないで梨璃は試験を合格するはず。であれば、次は実戦方式訓練でどうするかを相談するべきだろう。

 

「そう。それでいいんだ」

 

「……えっ?」

 

久しく聞いていない声が聞こえ、夢結はそちらを振り向いてみる。

そこにいる銀色の髪を持ったショートヘアーの少女は、「気づいたかい?」とちょっと嬉しそうに反応してから、話を続ける。

 

「彼女らをボクたちのようにしない為には、君や、周りの人で支えるのが一番だ」

 

「お姉……さま?」

 

振り向いた先には、自らのシュッツエンゲルであり、二年以上前に故人となってしまった川添美鈴の姿があった。

誰か気づいているのかと思えば、誰も気づいている様子は無い。こちらに声を掛けて来た梅の目線を見てみるが、彼女を捉えている様子は無い。

 

「(……どういうことかしら?)」

 

詳しいことは分からないが、調べる必要は出てきた。

その為、早速理由をつけて一度席を外し、その後戻ってきて見るが、先ほどいた場所に美鈴の姿は無い。

だが、自身が移動してラウンジを離れるまでは全く同じ場所にいた為、謎が深まる結果になった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「よし。これで完成ですわ」

 

その日の夜──。明日に向けた問題を無事に完成させ、コピーも問題ないことを確認した楓が自室で満足気に頷く。

梨璃に引っ掛け問題の意地悪をするのは、別段迷ってはいなかった。彼女の為として、ここは自らの心を固めて作り上げて見せた。彼女が誰かを守れるように手助けする──。それが、今は必要だからだ。

終わった後は連絡をくれればコーヒーを準備すると隼人が言っていたので、お言葉に甘えて連絡を入れ、移動の準備を始める。

 

「(いっそのこと、実家の近所に彼の住処を用意できないかしら?)」

 

今現在、あの施設以外帰る場所を持っていないが、もしかすれば自分が名前と顔を知らない少女と一緒に過ごすかも知れないと言う隼人の話を聞いてから、暫くして思いついた案がこれである。

確かに距離自体は結構あるかも知れないが、家の財力を使えば十分に可能で、彼自身が一人暮らしに挑戦する気があれば呑んでくれるだろう。

勿論、隼人が住みたいと言うこと前提であるし、彼が住める場所を見つけたならそれでいい。ただ、ガーデンを去った後もちょっとだけでいいから、会いやすくできないだろうか?と言う発想から出た考えである。

 

「(……あら?わたくし、いつの間にか考えの比重が……)」

 

──梨璃さんより、隼人さんに向き始めてまして?ようやく気づいた楓だが、今までのことを振り返ると想像以上に隼人へ肩入れしていた自分がいた。

具体的にどの辺りから?彼のどんなところに?色々疑問を考えてみる中、後者の理由はしっかりと出てくる。一本筋の通った芯の強さに感心したりもしたが、それ以上に放って置けない部分が勝って意識したのはある。

その最中で人らしい──少年らしい部分を取り戻していく過程等に惹かれて行ったのは事実だ。が、前者の方は全く分からない。本当に気づいたらいつの間にかである。

 

「(わ、わたくし……一体、どうしてしまいましたのっ!?)」

 

あれだけ梨璃に運命を感じていた自分が、気づけば隼人への意識が非常に強くなっている。しかも、これが今まで全く自覚が無かったのだから尚更である。

そして、ここに気づけば早く、楓は頭を抱えながら顔を真っ赤にして暫し混乱の様子を見せる。

だが、それも冷静に自分がどこでどんな経験をし、何に興味を持っていたかを振り返れば自ずと納得もできた。何しろ彼と出会ってから半年も経っているのだ、変わる為の時間は十分足りていた。

 

「ええ。そう言うことですのね」

 

──これも、わたくしの気持ちですから。自分を認めることが出来た楓の表情は非常に晴れやかだった。

確かに梨璃のことも大切だ。しかしながら、隼人のこともまた大切。だったら無理にどちらかを否定する必要は無い。

自らがアプローチを掛けるのがどちらなのかと言う話であるが、これも最近の動向を考えれば逆転しているし、()()()()()()()()

 

「(であれば、何がいいか……それを考えてみましょうか)」

 

移動の最中──自らの気持ちに気づき、何をやるべきかを決めた楓の足取りは非常に軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 29 話 }

 

変 化

change

 

 

移りゆく想いや考え

──×──

That's how people change

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「誰か異性を意識してるか、か……」

 

同日の夜──隼人は楓に問われたことを思い返してみる。誰かを名指しして言うことこそ流石にしなかったが、一人いると答えてはいる。

まあ、誰かと言われれば楓なのだが、やはり当の本人に言ってしまうとどうなるか分かったものではないので、珍しく隼人が曖昧に回答してしまったようにも見える一幕だった。

ただ、楓自身はならば自分がそれを超えるように──或いは、より確固たるものにする為努力するように決めた目を見せたので、悪いわけではないのだろう。

 

「(相手によっては回答を変えるべき……?いや、変に噓をつくのもよくないのか……)」

 

別段、楓以外に意識している異性はいないし、今回のことも遠回しとは言え、正直に話しているだけでやましいことは無い。

寧ろ、変に噓をついて後々大変な想いをするくらいなら今回のようにするのが一番である。

 

「楓がそうやってアプローチを掛けて来た……つまり、今すぐじゃないけど、俺はどこかでそれに答えなきゃいけない」

 

──曖昧な回答をするのはダメだ。少し遅くなってでも、ちゃんとしたものを出す。自分にできるのはそれだけだと隼人は定義する。

であれば、自分が今楓に対してどう思っているかを考えてみると、以外にも、いいものばっかりが上がってくる。

今まで残念要素と思っていた梨璃への執着も、よくよく考えればあれは一種の愛嬌みたいなものだろうと考えられるようになっており、こうなるといよいよ自分が彼女の気持ちに応えたいと思えるか否かだけになっていた。

 

「(じゃあ、それをどうするか……しっかり決めて行こうじゃないか)」

 

どんなに遅くとも、ガーデンを去るまでに決める。それを決意した隼人はもう迷わなかった。

こうなれば、自分がこの時どう対応すればいいのか──それを考えてみる方向にシフトする。

 

「(感情への疎さ……は、最低限楓に対してだけは治そう。後々楓のアプローチに応えられなくなる……)」

 

今まで分からなくていいやと思っていた隼人だが、始めてこの自身にある難所と向き合う心持ちが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(そう……アレはお姉さまでは無い)」

 

翌日の放課後──。昨日と同じくラウンジに移動中の夢結は、昨日偶然ラウンジで姿を見た時、その後自室にいてまた見た時のことを踏まえて出し切れなかった答えを出す。

何故二回目が必要だったのかと言えば、一回目の会話した時間が短すぎたのだ。その為、自分が錯覚しただけだと思っていた。

だが自分のいるところに二回も突然に現れ、話しかけてきたということは、何かが自分にみせている幻であると結論付けられる。

その後も、百由からダインスレイフのことに関する説明を受けている最中に一度出てきたが、恐らく彼女は見えていなかった可能性が高い。だが、可能性だけで確証は無い。

 

「(なら、どうして私の前に……?)」

 

そうなると疑問はここになる。自分の精神が疲弊しているのか、はたまた疲労が取り切れていなくてこうなっているのか。

前者は美鈴のことを今でも引きずっている証拠になるので分からないわけではないが、後者は流石にないと言える。

或いは、別の何かが自分に揺さぶりを掛けている可能性も高い──が、それが何かまでは全く分からない。

 

「参ったわね……これでは解決のしようもないわ」

 

現状打つ手がないことに気づいてしまった夢結は頭を抱えるが、仕方ないことは仕方がない。であれば、自分にできることを欠かさずやっていくが現状は正解だ。

そして、昨日言われた「自分たちのようにはしない」を実践するのであれば、まずは梨璃と結梨が今回の試験でどんな結果を出すかをしっかり見て、然るべき対応を取るところから始めることにする。

 

「お姉さまっ!」

 

「……梨璃?」

 

そして移動中、授業を終えた梨璃が自分を見つけて声を掛けて来た。

移動するならどうせだし一緒に行きたいと言う、何とも可愛げのある素直な感情表現には心が和む。穏やかになった気分になる。

それならば一緒に行こう──。そう言えば梨璃が喜ぶ。そして、今度こそ移動を始めようとした時、再び美鈴(幻影)の姿を見た。

 

「(……また!?一体何故……いえ、そもそも梨璃には見えているの?)」

 

もし、自分にしか見えていないなら、何かが自分に揺さぶりを掛けに来ているのだが、それの原因は分からない。また何かを調べる必要があるだろう。

梨璃が懐へ入り込むのが上手いことを語り、原因は元より上手いのか、或いは相手にそうさせるのかと疑問を提示する。

 

「カリスマ持ちなら後者かな?」

 

「(周りには私たち以外いない……せめて、誰かいれば良かったのだけれど……)」

 

極力話を聞かないようにしながら考えるも、非常に判断材料が少ない問題点が出てきた。

余り時間を掛け過ぎればこちらに余裕が無くなる。ならば、余裕がある今のうちに判断材料を増やすしかないのだろう。

 

「……お姉さま?」

 

「ねぇ、梨璃……」

 

──あなたの後ろに、美鈴お姉さまは見えてるかしら?何を言ってるんだと言われそうだが、聞いてみた──否、聞かずにはいられなかった。

聞いた瞬間にその幻影は姿を消した。自分を揺さぶって満足だったのか、自分以外に知られるのを良しとしなかったのか。原因は不明だが、今この場で悩まされることは無くなる。

 

「いえ、いませんね……もうどこか言っちゃったのかな?お姉さま、美鈴様って以外に恥ずかしがり屋だったんですか?」

 

「えっ?いえ、そう言う人では無かったわ」

 

自分の言ったことを別段おかしいと思った様子もなく、彼女の人物像を聞いて来た梨璃に対し、一瞬目を丸くするも、それにはしっかりと答える。

唐突に普通の会話になりそうな空気だが、それはそれでいい。少しでも気を紛らわせるならそれでいい。自分が誰かに話して見た結果が安らぎの時間なら、ありがたく受け取ろうと思えた。

 

「それはそうと、試験の準備は大丈夫かしら?」

 

「はいっ!それはもう、バッチリです!」

 

元気いっぱいに答える梨璃の回答に楽しみにしている旨を返しながら、ラウンジにつくまで他愛ない話を続けていく。

そして見事、梨璃は今日の試験で合格してみせ、夢結を感心させるのであった。

 

「(さて……何から教えるべきかしら?)」

 

残念ながら結梨は不合格だったので、もう一回試験を受けてもらうことになるが、梨璃はこれから実戦方式で教えて行くことになる。

この辺りは戦術に知恵のある人、或いは何かを想定した訓練を知っている人に頼るのがいいだろう。

 

「(あの幻が、私に何をさせたいのか。何を見せたいのかなんてきっと分からない……けれど、例え何をしようともみんなを守る)」

 

──もちろん、生きて戻ることを前提で。この決意に自己犠牲が薄まっていたのを、夢結が気付くのは後々になるのだった。




Q1.楓に恋心を気づかせた(抱かせた)理由は?

A1.隼人との流れ的に、そろそろいいかなと。どうしようどうしよう悩んでたけど、思いっきりやってしまう舵取りに。

Q2.じゃあ何で隼人は気になる程度?

A2.今後まだ展開を切り替えしやすいようにな措置もあるが、そもそも隼人が人の……特に、異性の情に対して鈍い点が治り切っていなかった。


当初30話くらいで終わる予定でしたが、付け足しとかやってたら5話分くらい超えそうになりました……w

以下、解説入ります。


・如月隼人
楓のことは気になるレベル。ここから恋心になるのは、今後の関わり方次第。
問題の参考資料の提供者。参考元と訓練で復讐心等による暴走を抑えた実績もある為、問題なく採用された。
楓の件もあり、相手の情への疎さに対する改善を視野に入れた。


・一柳梨璃
無事にこの話で試験合格。これのおかげで、焦る気持ちは収まった。
今度こそ大事なものを守れるか?それはまだ分からない。


・白井夢結
結梨が生存しているおかげで、心境が原作よりマシ。
とは言え、現在辛うじて小康状態である為、油断はできない。


・楓・J・ヌーベル
遂に(隼人に対しての)恋心を自覚。こっちは無事に実るか……?
今までが梨璃に傾いていたのもあり、流石に動揺。それでも気持ちの分析と整理はできた。
隼人の参考元を編集した試験の問題作成者。結梨の分はまた今度作る。


・一柳結梨
以前のヒュージ戦での反省から、試験を受けることにした。
結果はまだ実らず。これから勉強していくことになる。



最後に、元々この小説はアニメ本編のみをやって終わりにするつもりでしたがやって欲しい声が多いなら、ラスバレ編の第一章と一部イベントシナリオをやってもいいかなと考えています。

その為、よろしければアンケートの協力をお願いします。アニメ本編完結部分まで時間を取って、その時やって欲しい票が多ければプロット組みからやろうと思います。


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第30話 出現

「へぇ?この額でトイレとキッチンは勿論、風呂まで付いてくるのか……」

 

「あら、自分の考えでも出しておくつもりでして?」

 

「その時になってからでいいとは思うんだけど、一応ね」

 

その日の夜──。自室で隼人はいずれ過ごすかも知れない、新居にできそうな場所を探していた。

どこかへの逃げ道も当然用意する必要はあるが、比較的住みやすく、知人とも近い場所を基準に選んでいる。

結梨は立ち位置上どうやっても由美たちに託すしかないが、隼人はまだ選べる。その為にも、リリィらしい動きをするつもりではいる。

 

「いいんですの?日の出町の近くで……」

 

「慣れてる場所の方が過ごしやすいと思ってね……まあ、思い切って変えるのもアリなんだけど」

 

そうして、未来に目を向ける隼人の表情は明るい。心なしか、目も輝いているように見える。

自分が恋したのもあるかもしれないが、それでも初めて会った時とは雲泥の差だった。

 

「もし、よろしければなのですが……こちらはどうでしょう?」

 

「随分遠い場所だな……いや、待てよ?俺が見つけた場所より広いし、条件も中々いい……」

 

自分が探している区域から市や県どころか、国すら離れているが、それでも住居としては自分が求める限り最高レベルのものである。

そして、これを見て隼人は楓に何か狙いがあることも察していた。

 

「その、わたくしの家元の近くでして……。こちらで過ごして見ませんこと?」

 

「いいのか?俺……言っちゃ悪いけど、ほぼ世捨て人も同然なんだぞ?」

 

「……ダメでしたら、わざわざ誘いませんわっ」

 

自分の立ち位置のせいで非常に危険な選択肢であることを理解していた隼人が聞いてみると、楓は本気だった。

どことなく頬が朱色になっているように見える横顔からは、「断ってもいいが、せめて望みある結果で終わりたい」意思を感じさせる。

だが、今後の出撃報酬次第では全然余裕を持って過ごせる可能性はある為、その選択を全否定する理由もない。自分の決心さえできればここで過ごしてもいい。

その為、隼人は前向きに考える旨を返した後、彼女の右手の甲にそっと左手を乗せる。

 

「は、隼人さん……?」

 

「ありがとう。俺の為に考えてくれて……」

 

笑みと共に告げれば、楓が驚きと共に顔を真っ赤にした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……正体不明の飛行物体が接近中?」

 

「ああ。何でも百合ヶ丘の近くに落ちるって予測らしいから、全員が避難することになったゾ」

 

翌日──。緊急事態を前に、隼人ら百合ヶ丘のリリィは近くの避難所に移動することになった。

当然、隼人も彼女らと共に行動することになり、いざという時のCHARM、連絡用のイヤホン等、最低限だけ持って移動する。

 

「(由美さんたちの場所……は、無理だな。スペースが足りなすぎる)」

 

当然、この選択肢はできない。隼人が百合ヶ丘を脱退する前提なら自分だけはできるが、その選択は余りにも不義理だ。

故に、隼人からアプローチできる方法は無い。せいぜい、無事の避難を祈るくらいである。

実際、彼女らもその飛行物体が地球を一周しながら落ちてくるのもあって、万が一の避難の用意を始めていた。この為、どの道そこへ避難してもまた避難の始まりで意味がない。

 

「(あの時、一葉もこんな想いをしてたのかな……?)」

 

せっかく戦うための術を学んだり、力を得たものの、それを活かせることは無く、ただ皆と共に逃げるだけ──。この歯がゆさを、あの惨劇で一葉は経験したのだろう。

そして、自分がこう思うのなら、自分以外の誰かも感じているはず。となれば、それを口にすることは無く、隼人は己をセーブする。

こうして割り切ると、今度は携帯食料等の問題が出てくる。レーションの一つや二つは持ってこれたら良かったと今になって思う。

一度死にかけている身としては、空腹は非常に危険な状態だと認識している。確かに、ものを食う分には味のいいものを──。と思うが、背に腹は代えられない。

 

「あ、あれ……?」

 

「梨璃さん、どうかしまして?」

 

「お姉さまがいない……」

 

「……ホントだ。どこにもいない」

 

楓が聞いて、鶴紗が気づいて一柳隊全員が気付く。

ここで考えられることとしては、真っ先に一人で逃げるような人間ではない。となれば、何かに備えて待っているのか?そんな予測が出てくる。

 

「けど、待ってるって……何に?」

 

「まさかですが……例の飛行物体にですか?」

 

「ええっ!?ま、まさか……戦ったりするんですかぁ!?」

 

「そもそもじゃが、待ってたところで無事に戦えるのかの……?」

 

大丈夫な確率は低い。何しろ、落下による影響にやられる危険が高いからだ。

仮にそうだとしたら、急いで呼び戻さねばならないが、とうとう例の飛行物体が地面に落ちる寸前になっていた。

 

「あの距離なら、ガーデンには……」

 

──落ちないな。と、言おうとしたところで落下の衝撃が伝わる。

何やら三つほど物体が地面深くに刺さったらしいが、それ以降特に動く様子は無い。

代わりに、何かがあったのか、薄黒い結界らしきものが自分たちを含め空を覆った。

 

「私、戻って様子を見てきますね」

 

それを聞いて、楓と結梨が随伴を宣言。早速二人でマギを使った跳躍による移動を試みるが──。

 

「「っ……!?」」

 

「結梨ちゃんっ!」

 

「楓!」

 

二人が体制を崩したので、梨璃と隼人で咄嗟にフォローを入れる。

聞いて見たところ、マギが入らないと言う旨を返されたので、隼人も確かめてみる。

 

「……ダメだ、俺も入らない。この空が影響してるのか……?他の人たちは?」

 

「……!私もダメだ」

 

鶴紗が確認してくれた後、他の人も──少なくとも、一柳隊は全員CHARMが動かないことを確認した。この為、隼人は原因の分析を始める。

流石に工廠科の整備不良は有り得ない。そして、意図的にCHARMを動かなくするような外道もいないのを記憶している為、残りはこの空が原因となる。

 

「私、先に行ってますねっ!」

 

ともあれ、梨璃のみしか動けない現状、何か理由があるし、梨璃が動ける以上、夢結を探しに行けるのは彼女しかいない。

こうなれば送り出すしかなく、ガーデンへ飛び去るのを見送った後、改めて理由を考えてみる。

 

「これがCHARMの起動を邪魔してるのは間違いないな……」

 

「ええ。ですが、梨璃さんだけ動けた理由は何故ですの?」

 

全く分からないことだらけだが、こうなると梨璃を信じるしかない。

であれば、自分にできることをできないなりにやるしかないのだが──早速一つ見つけた。

 

「結梨、気持ちは分かるけどストップだ」

 

「隼人……」

 

それは、今もなお何度もマギを使った跳躍を試みる結梨を窘めることだった。

動きたくても動けなくて、それが悔しいのは皆同じ──それを伝える。

 

「だから、今はその時を待つんだ。焦ったって何にもならないからさ」

 

「……うん」

 

そうやって窘めることにより、隼人もまた己を抑えるのであった。

何故抑える必要があったのか──。それは、日の出町時のように誰かを助けられないことへの焦りで、これを自らがやるべきことと、結梨を救えた時と今の違いで相殺を図る。

 

「(行くなよ……?間違えても行くんじゃないぞ……今行ったところで無駄死にするだけなんだ。結梨の時だって、可能性があったから走れたんだ……見つからない今はダメだ)」

 

そうして焦る気持ちをどうにかして抑えようとしていたところに、誰かが自分を抱き留めてきた感触が伝わる。

誰かと考えたが、自分に体を寄せて来たものの柔らかさと匂いで()()()()()()()()

 

「今は待つのでしょう?でしたら、待ちませんと……」

 

「ありがとう、助かるよ。楓……」

 

彼女が自分の胸元に出してきた左手を、空いている左手でそっと触れる。

こうして隼人は己を落ち着かせ、自らを律することができた。

 

「(梨璃、無理だけはするなよ……)」

 

──誰かが死ぬより、全員で逃げた方が全然いいんだからな。飛び立った梨璃の無事を祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

避難によって人気の感じない百合ヶ丘にて、一人の少女がCHARMを手に持って残っていた。

誰かと思えばそれは夢結であり、無自覚に発動してしまいそうなルナティックトランサーの狂気に対し、必死の抵抗をしていた。

 

「(あれからずっと……美鈴様の幻を見てから嫌な予感がしていたけれど、アレのことね?)」

 

寮の自室から見える、赤い体を持つ巨大なヒュージを見て、夢結は確信した。

どんな能力を持っていて、どれだけの強さをしているかは知らない──。だが、アレだけは何としても打たねばならない。しかし、CHARMが反応する様子は無いし、一人で行ったところでどうしようもないが、今にも飛び出しそう。そんな雁字搦めな状況下に置かれていた。

しかしながら、どれだけ必死に抑えようとしても、もう持ちそうにない。自分を誘う何かに釣られ、そのまま一歩を踏み出してしまいそうになる。

 

「お姉さまっ!」

 

「……!」

 

それに待ったを掛けたのが、空いている窓から入って来た梨璃である。

だが、それと同時に夢結は気づいた。自分のCHARMは碌に動いてくれないのに、何故か梨璃のCHARMは正常に動作していることに──。

 

「どう、して……?」

 

「お姉さま……?」

 

「どうして、あなたのCHARMは正常に動いているの……?」

 

「まさか、お姉さまも……?」

 

この状況を見れば、梨璃にだけ動ける理由があるのは明白だった。だが、それが何かは分からない。

しかしながら、夢結は一個だけ考えられることがある。美鈴(幻影)の姿を見て、立て続けに梨璃が来る──。となれば、本当に一つだけ推測できる。

 

「まさか、あなたもカリスマ……?」

 

「私が……カリスマ?」

 

カリスマと言うレアスキルは所有者が希少故に、情報が少ないが、邪悪なマギの力から身を守り、近くのヒュージ側のマギエナジーを反転させて己のものとし、入りきらないものは周囲のリリィに帯びさせるものだと言われている。

大雑把に言ってしまえば、敵を弱体化させ、己と味方を強化するものだと言える。

しかしながら、相手の記憶を操作したり等物騒な能力も有しているような記録もあり、自らのシュッツエンゲルであった美鈴がこれを所有していたことから、夢結は梨璃も自分を操るのではないかと警戒してしまった。実際、美鈴が自らのダインスレイフを手に取ってヒュージへ向かった後、その記憶が無い為に考えてしまったのだ。

だが、そう警戒してしまった自分にも嫌悪感が湧いてくる。どうやったって梨璃がそんなことをするような人柄をしていないからだ。

 

「美鈴様と梨璃……カリスマ……っ……!そういうこと……!」

 

「お姉さま……!?どこへ行くんですかっ!?お姉さまっ!」

 

それと同時に、何かに気づいた夢結は身を翻して部屋を後にする。

完全に予想外な行動に出遅れてしまった梨璃は慌てて追いかけようとするも、部屋を出た時点で姿を見失ってしまった。

 

「どこに行ったの……?」

 

あの様子の夢結は何としても見つけねばならない──。そんな確信を抱いた梨璃は、捜索の為に走った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 30 話 }

 

出 現

advent

 

 

襲来せし脅威

──×──

be misled and induced by madness

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(あった……ダインスレイフ)」

 

夢結がその後どこに行ったのかと言えば、百由のラボで、そこに置かれているダインスレイフに用があった。

登録者は現在美鈴のものになっていたが、元は自分のものであったこと。隼人が結梨に譲った時と違い、正式に登録解除をしていないことの二点がある。

この二点が重なり、このCHARMを自分が使える可能性。カリスマ所有者の美鈴が使っているのなら、このCHARMが正常に動く可能性を残しており、一縷の望みに掛けてそれに手を触れる。

 

「まだ、私を覚えていたのね……」

 

その結果、夢結に反応し、正常に動いてくれることが判明する。理由の是非はこの際後回しだし、分からなくてもそれは仕方ないと割り切る。

ただ、ヒュージと戦うための力が残されている。それだけでも十分であり、自らの目的は果たされた。

──ならば、やることはただ一つだ。狂気に呑まれながらも、明確に分かっている一つのことを為す。

 

「あのヒュージを……私が討つ……!」

 

狂気に抗うのはもう限界だ。あのヒュージを討つまで、もう止まらないだろう。

一度抵抗の意思が薄れた後は早く、夢結は他のものには一切目をくれずに走り出す。

 

「っ!?お姉さまっ!」

 

すれ違った梨璃の声も届かず、そのまま走っていく。

不味いと思った梨璃も急いで追いかけるも、夢結の方が圧倒的に早く、自分が到着する頃には戦闘が始まってしまうだろう。

 

「急がなきゃ……!お姉さま、結梨ちゃん、みんな……待って下さいっ!」

 

──今、私が助けますっ!大切な人たちが死にゆくことないように、梨璃は足を速める。

急ぐ梨璃がガーデンを再び出た頃、夢結は現れたヒュージを捉え、斬りかかるべく飛び込もうとしていた。




ちょっと短いですが、11話はこれで終わりになります。

以下、解説入ります。


・如月隼人
卒業後の新居探しは、施設から旅立つ可能性を考慮して。
楓と約束して間もないのと、今現在直接的な解決手段も無いので、飛び出すことができない。その為、結梨を落ち着かせることに。
何度も体を密着させた影響で、楓の接触に大分鋭敏になった。本人は特別悪いと思ってない。


・一柳梨璃
原作と違い、飛び出した夢結を追う形に。
本来はガーデンへ戻る際に、ノインヴェルト用の特殊弾を楓に渡していたが、今回は……?


・白井夢結
原作と違い、梨璃よりも先に飛び出して戦闘直前。
梨璃にマギが入っていないことを指摘されるより前に気づけたのは、本来より心境がマシだったから。それでも雀の涙程度だが……。


・楓・J・ヌーベル
あわよくば、卒業後も隼人と顔を合わせるくらいはしたいと考えている。新居の紹介はそれが理由。
本来なら、梨璃に体を支えられた時に特殊弾を渡されているが、今回は隼人に支えられている。なら、特殊弾は持っていない……?


・一柳結梨
梨璃や彼女と一緒に過ごすガーデンの皆を守りたい。何度もマギを入れようと躍起になっていたのはそれが理由。
今回、梨璃に支えられたのはこっち。なら、特殊弾を持っているのは……?


次回から、アニメ本編の最終話分が始まります。


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第31話 決戦

フリーダムお前、特格後サブ始動でそんなバ火力出るのかw(クロブ)
特格後サブ派生→前>後覚醒技格闘派生で333ダメージって……(F覚醒)

それはさておきとして、遂にアニメ最終話分が始まります。


飛び込もうと決意してから、ルナティックトランサーの狂気に身を支配された夢結の行動は速かった。

 

「……はぁっ!」

 

常人ではまず捉えられない速度でヒュージに接近し、CHARMを振り下ろす。

その一撃は確かに命中こそすれど、本体には傷一つ付いた様子が無い。ルナティックトランサーの狂気に呑まれ、パワーが一時的に増大している夢結の一撃であってもだ。

今の一撃が行動開始の合図となったのか、ヒュージは自身の周囲に漂わせていた九つのユニットのうち、四つを夢結に向かって順番に飛ばす。意図的に残しているのは、まだ余裕があるからだろうか。

流石に食らうつもりは無く、必要最低限の動きで夢結は攻撃を回避する──が、この回避が本当にギリギリを攻めた回避である為、これを何度も続けるのは危険である。

 

「……邪魔!」

 

追撃をして来た五つ目のユニットは、CHARMを横薙ぎに振って雑に打ち払い、もう一度攻撃を試みる。

流石に二度目もただで通してくれることは無く、ヒュージも本体自衛用に三つだけ残し、残りのユニットで手数が減らないように迎撃行動を取る。

なるべく前進を選択している夢結は前に進みながらの回避と打ち払いを行うものの、途中でゆく道を塞がれて後退し、また前進──を繰り返すと言う立ち往生に近しい状況に置かれた。

 

「戦闘……?」

 

ヒュージがユニットを使った迎撃は地面に勢い良くぶつかっているものもあり、その音が隼人らのところにも届いていた。

梨璃と夢結、どちらが戦闘を始めたかは分からない。だが、それの影響で何か起きたかもしれない。そう考えた隼人はCHARMをシューティングモードに変形させようとしてみたが──。

 

「流石に都合よくは行かないか……」

 

──結果はダメで、この後の動向を伺うしかなかった。

先程は焦ってしまった隼人だが、楓のフォローもあって、今度はそのようなことは起きなかった。

 

「もう始まってる……急がなきゃ……!」

 

ヒュージの姿を捉え、戦闘音が聞こえた梨璃も急いでそちらへ足を運ぶ。

急いで向かえば、余りにも攻撃的過ぎる戦いをするあまり、いつ被弾してもおかしくないと思える状態の夢結がいた。

その攻撃的な姿勢が功を奏したのか、夢結が六つのユニットの迎撃を突破し、一撃を本体にぶつけようとしたところで、自衛用に残していた一つのユニットが横槍を入れようとしていた。

 

「お姉さまぁーっ!」

 

それに対しては辛うじて間に合った梨璃が、CHARMをぶつけることで阻止する。

これ以外にも、残った二つのユニットが梨璃を討つべく襲い掛かって来るも、彼女はそれを避けてやり過ごす。

突然の増援で警戒したらしく、ヒュージは九つのユニット全てを自身の周囲に集結させ、いつでも動けるような準備をした。

 

「……!」

 

「っ!?」

 

──次は何が来る?そう考えていた梨璃は、その思考を突然真横から襲って来た殺気で止めることとなる。

真横にいるのは誰かと言えば夢結であり、ルナティックトランサーの狂気が梨璃を敵と認識させてしまったようだ。

どうやって止めるかを考える間もなく、夢結がこちらにCHARMを振って襲い掛かって来たので、止めることを余儀なくされてしまう。

 

「(お姉さまを正気に戻すなら、私のCHARMをお姉さまのCHARMにぶつければ……!)」

 

手段は理解しているので、後はタイミングだ。タイミングを合わせてマギを込めてぶつけ、それで夢結を正気に戻す。勿論、自らの想いも乗せて──。皆を守る為、梨璃は己の為すべきことを見出す。

幸いにも、ヒュージは共倒れしてくれたら楽と思っているのか、行動を見せない。それなら好都合、こちらは自分のやることをやればいい。

夢結の攻撃をどうにかやり過ごし、大きく振りかぶったのが見えた。

 

「(……!ここしかないっ!)」

 

その一回きりのチャンスを逃さなかったのは、非常にいい目をしていたこと以外にも、夢結との訓練で動きを見ることができていたのが大きい。

彼女がCHARMを振り下ろすよりも前に、こちらもCHARMにマギを込め、準備が直前で間に合う。

 

「お姉さまっ!」

 

夢結がCHARMを振り下ろすと同時、梨璃も当初の予定通りにCHARMを振り下ろしてぶつける。

CHARM同士ぶつけあった影響か、その激突した位置の中心から蒼白い光が広がり、空を覆っていた結界が薄れていく。

 

「(薄れた?だったら……!)」

 

自分が原因として仮定していた要素が消えた隼人は、早速行動に出る。やることは、CHARMの変形だ。

ブレードフォームの状態から全く動く様子の見せなかったCHARMは正常に動き、シューティングモードへと変形する。

 

「よし……動いた!」

 

「こちらも問題無しですわ」

 

「私もっ!」

 

「流石に整備不良は無かったの。ひやひやもんじゃったわい」

 

次々とCHARMの動く様子が散見され、これならば戦えることが判明する。

そして、どんなヒュージなのかを見るべく、隼人がマギを使った跳躍で姿を見てみる。

 

「……赤いヒュージ!?デカいな……!」

 

サイズからして、結梨が単騎で撃破したヒュージよりも巨大だろう。となれば、普通に戦うのは無理でノインヴェルト戦術一択になる。

ただ、それ以上に赤い体を持ったヒュージと言うのは、ヴァイパーの怨念でも籠っているのではないかと一瞬邪推してしまう色でもあった。

 

「隼人、どうだったんだ?」

 

「無茶苦茶デカいです。結梨が単独撃破した奴よりも」

 

これを伝えれば、ノインヴェルト戦術は間違いなく必要なのが一柳隊に伝わる。

 

「それは、いいけど……特殊弾、あるの?」

 

後はやるだけとはいかず、雨嘉の指摘通り、現在その特殊弾が手元にないのが問題だ。

原則としてレギオンリーダーが控えておくものであり、何事もなければ梨璃が持っている為、実行しようにも実行できない──。

 

「……!」

 

「結梨ちゃん、どうかしたんですか?」

 

「ちょっと待って……えっと……」

 

──かと思ったが、結梨が何かを思い出したかのように制服のポケットを探る。そして無事取り出せたそれは──。

 

「……!ノインヴェルト戦術用の特殊弾……結梨さん、持って来ていたんですか?」

 

「えぇーっ!私たち、一回も教えてないですよねっ!」

 

──何と、ノインヴェルト戦術の特殊弾であり、目にした神琳と二水が驚愕する。

 

「もしかしてだけど、梨璃が結梨に渡してた?」

 

「夢結を探しに行く時にか?あの時にもう気づいてたって言うのか……」

 

そうだとすれば、落ちてきたのがヒュージだと気付くのが相当早いと言える。また、その際に自分の行動故に、特殊弾を託す判断もだ。

もし、今梨璃が特殊弾を持ちっぱなしであれば、ここから何かできたかは怪しいが、今回はそうはなっていない。結梨に託された特殊弾のおかげで、自分たちはやれることがある。

 

「まあ、何がともあれ……わたくしたちのやることは決まりましたわね?」

 

「よし、じゃあやるか。ノインヴェルト戦術」

 

「ノインヴェルト……?」

 

「ああ、結梨はまだ知らないんじゃったな……。細かい理論とかは今度にして、簡単にやり方を説明するぞ?」

 

その場で簡潔に説明し、頷いてもらったところで今回結梨にはやることの少ない始動役を任せることになった。

 

「では、各自散開っ!始めますわ!」

 

「隼人、パスやり方は任せたぞ」

 

結梨からのパスを受け取る為、隼人と彼女がその場に残り、ほかの全員は移動を始める。

ある程度移動するのが見えたところで、隼人がCHARMを構え、いつでもいいと合図を見せた。

 

「えっと、いいんだよね?」

 

「ああ。遠慮せずに来い」

 

結梨の打ち出した特殊弾を問題なく受け止め、出来上がったマギスフィアをパスすることを告げ、一言宣言してから味方のいる方へパスを飛ばす。

 

「頼んだぞ、みんな!」

 

一柳隊は現在、メンバーが11人と言う通常のレギオンよりも大人数レギオンであり、メンバーが二人戦闘行動中でも通常のノインヴェルト戦術を実行できる。

──が、あのヒュージを確実に倒す為には11人分を込めてしまった方がいいだろうと言う考えもあり、今回は全員でパスを繋いだ後、梨璃たちに回す手筈に決めている。

なお、隼人たちは預かり知らぬことだが、CHARMが使えるようになった時、梨璃の一撃で夢結を正気に戻すことは成功しており、今は何の問題もなく連携をしていた。

 

「……何だ?アレ?」

 

「隼人、どうしたの?」

 

「あのヒュージ、ノインヴェルトの()()()()()()()()()()んだ……!」

 

梨璃と夢結に届いてフィニッシュ──とはならず、ヒュージは九つのユニットの内一つを使って横取りし、残りのユニットへ順番に回してパスを繋げていく。

横取りされたまま一撃は撃たせまいと、先回りが間に合った梨璃はCHARMでマギスフィアの奪還を試みる。

しかし、既にリリィ九人と超大型ヒュージが込めるに込めたマギの量は極めて膨大であり、梨璃のCHARMは先端が耐えられずに変色を始めていた。

CHARM一振りでは到底抑え込めない量になってしまったマギが原因で、このままでは抑えるどころかマギスフィアを一身に浴びて梨璃がお陀仏してしまうのが分かった夢結は、咄嗟に割り込んでマギスフィアを上空に弾き飛ばす。

これにより、マギスフィアの奪還に成功したものの、梨璃CHARMは先端から少し先が折れてしまった。

 

「……?隼人、みんなが……」

 

「もう一回パスを繋ぐってことか……?一柳隊のみんなは……?」

 

他のリリィたちが、全員でパスを繋ぐ為にと次々とび出していく中、一柳隊のメンバーは隼人らに伝えるべく一度戻ってきた。

彼女らもパスを繋げていくが、長い時間マギスフィアを保持しておくことはできず、短時間でパスをし、その直後にCHARMが破損する状態になっていた。

 

「二人とも、もう一度行きますよ」

 

「隼人さん、わたくしと来てくださいっ!二度目のパスを一柳隊全員に送りますわ」

 

「結梨は私たちと一緒に、梨璃たちに届けるぞ」

 

他のリリィたちがパスを繋げる中、役割分担を決めた一柳隊は再び飛翔する。

なお、パスはどんどん繋がっていくものの、その分マギスフィアが有しているマギの量は規格外の域に達しており、最早弾き飛ばすも同然のパスをするだけでもCHARMの耐久が追いつかず破損する姿を見せていた。

この後工廠科のリリィたちが地獄を見るかもしれないが、自分たちが死ぬよりは何倍もマシである為、ここでCHARMが破損することすら厭わない。全てのリリィがパスを終え、再びこちらに戻ってくる。

 

「合わせますわっ!思いっきりやって下さいな!」

 

「助かる!じゃあ、行くぞ!」

 

二人揃ってCHARMを重ねた状態で飛来して来たマギスフィアを一柳隊の方へパスする。ここで二人のCHARMも限界が来て、破損した。

 

「よし、お前ら準備はいいな?」

 

──せーのっ!と言う梅の合図と共に、送られてきたマギスフィアを全員で同時にパスし、梨璃と夢結の二人の所へ送る。

残りのメンバーもCHARMが破損し、もうこの後は梨璃たちがしっかり受け取ってくれることを祈るしかない状態になった。

二人の所へ飛来するマギスフィアを、ヒュージがユニットの一つを使って再び横取りしようとしたが、受け止めることはかなわず、一瞬でユニットを突き破る形で破壊してそのままマギスフィアは進んでいく。

 

「わたくしたち全員のマギスフィアを込めたんですもの。そう易々と奪い取れませんわよ?」

 

更にこれが幸いしたのか、マギスフィアが減速し、夢結のCHARMが問題なく受け止める。

そして、梨璃と二人して迷うことなく突っ込んでいき、本体に直撃を狙う。

この時ヒュージが残りのユニット全てを使って防御を試みるが、そんなものは存在しないと言わんばかりにものの一秒もかからず突破され、本体に攻撃が到達する。

本体に届いた攻撃もまた、そのまま突き抜けて行き、少しした後大きな爆発を起こしてヒュージは消滅した。

 

「(何を思って赤い体をしていたのかは知らない。ヴァイパーが絡んだのかも知らない。だけど、これだけはハッキリと言える……)」

 

──例え何をやって来ようとも、俺たちは抗い、人を守り、生きていく……ただそれだけだ。晴れる空を見ながら、自分の意思は変わらないのを隼人は認識した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 31 話 }

 

決 戦

final showdown

 

 

自分たちの全てをぶつけて

──×──

WThus the resting-place was protected.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

ヒュージとの戦闘が終わり、脅威も去ったことでガーデンに戻ることができたのでガーデン内を確認してみると、まさか温泉の沸いている場所が発見された。

 

「(これ、露天にするのか?それとも、壁とか直して通常にするのか?)」

 

みんなが温泉に驚き、喜ぶ最中、隼人は一人この場所についての思考を始める。

いずれにせよ、いつかは自分も入ってみたいところではあるが、恐らくそれは叶わないだろうなと思いながら、無意識にため息が出た。

 

「俺は一人去ろうか……」

 

「なら、上がった時に一声いるか?」

 

助け船の一声にはお願いする旨を返し、隼人はそのまま一人で寮の部屋に戻ることにした。

そうして一人部屋に戻った後、隼人は施設に連絡を入れて、無事等の確認を始める。

 

『……隼人君?連絡をしてきたと言うことは、そっちのガーデンは無事でいいのね?』

 

「はい。壁とか一部は壊れちゃったんですけど、人的被害はゼロです」

 

──なら安心ね。隼人からの報告で由美は安堵する。この後、話を聞いてみると施設は特に損害は無く、帰る場所は残っているようだ。

それから、玲とアリスとも一言ずつ話すことになり、由美は連絡を変わる。

 

『由美さんから話は聞いたよ。あんな反応するヒュージ相手に怪我無くてよかったよ』

 

「ありがとうございます。ただ、すみません……ブリューナクは修復に相当時間かかっちゃうみたいです」

 

隼人のCHARMであるブリューナクは、以前のヴァイパー相手に想定外の10人ノインヴェルト戦術と、今回の戦闘が重なり、他のCHARM以上に酷い壊れ方をしていた。

正直に言ってしまうと、新規に取り寄せた方が早いとまで言われており、現在は楓のところに契約したCHARM待ちになっている。

それを伝えると、玲は『隼人自身が無事であることが大事』であることと、『また必要になったらいくらでも取り寄せる』と伝えてくれ、その有難さと頼もしさに感謝する。

 

『今日も無事にやって来れたわね。それはそうと、腕の方は大丈夫かしら?』

 

「今度またそっちに戻るけど、今は問題ないよ」

 

『それは安心だわ。なら、また今度無事な姿を見せて頂戴』

 

そうして皆と一言話終えた後、今度右腕の確認と、近況報告に戻ることを告げてから連絡を終えた。

──さて、豆の整理でもするか。そう考えて行動に移そうとしたところで、ドアノックの音が聞こえ、そちらに向かう。

 

「お待たせしましたわ。日が暮れてしまうので、お早めにどうぞ」

 

「助かるよ」

 

伝えに来てくれた楓に礼を言い、そのまま入浴の準備を始める。

 

「そう言えば、俺のCHARMって大体一ヶ月後だっけ?」

 

「ええ。ですので、それまでは余程のことがない限り出撃不能になりますわ……」

 

誰かを救う為に戦う力を得た隼人が、暫くの間再び何も出来なくなる──。きっと辛い事だろうと楓は思った。

だが、それを前にしても隼人は特に燻ったりも焦ったりもする様子は無い。それならそれで、その時を待つだけである。

 

「随分と落ち着きましたわね?」

 

「お前を泣かせるくらいなら、ちゃんと待ってから動く……。緊急事態だったらしょうがないけど、できる限りそうしたいと思えるんだ」

 

「……!」

 

正直自分でも大分驚いている。自らの信念と、自他問わず救える範囲の命にあれだけ従事していた自分が、大切にしたいと思える知人の意向を誰が言うまでもなく汲み取っているのだから。

だが、それは悪い変化ではないのだろう。嬉しそうな顔をした楓を見て、隼人はそう思った。

 

「(まあ多分、個人への比重が大きくなったってことだよな……)」

 

移動中、泣かせたく無い相手に個人を上げた理由を隼人は冷静に分析した。




アニメ最終話の敵とは言えども、ああやられたらアッサリ撃破されるのもやむなしですねw

以下、解説入ります。


・全員でやったノインヴェルト戦術
アニメ本編だと最後に梨璃と夢結へパスするのは楓一人、ブルーレイ版だと一柳隊全員でやってた。
本小説は隼人と楓→その他一柳隊のメンバーと言う形で順番にパス。
この方針には「いくら何でも9人は入りきれないよなアレ……」と言う懸念と、「この感じなら隼人と楓は分けても良くないか?」と言う思いつきの二つが大きい。


・如月隼人
流石に全員の温泉に混ざりはしなかった。
現在、楓に対する意識の比重が増加中。ここから進展はあるか?
CHARMの破損具合は百合ヶ丘のリリィで一位の酷さ。対ヴァイパーでやった想定外の10人ノインヴェルト戦術が影響を及ぼした。


・楓・J・ヌーベル
隼人に番が回ってきたことを伝えてくれた。
実はこれ、誰かの計らいだったりしたり……。


コミケの準備があるので、次回の投稿は遅れます。


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第32話 約束

コミケ終わったので、投稿再開です。


時は少し遡り、皆が温泉を満喫している時になる。

それぞれくつろいだり何なりで普段では起こらない、学年ごとになんて言うのも、時間制限等も無し。そんな状況で思い思いにしている。

夢結と梨璃は結梨を引き込んで三人して寄り添いあいながら入っているし、リリィ同士で談笑しているところもあれば、一人でリラックスした姿勢で湯船に浸かっている人もいた。

 

「(……参りましたわね。せめて、梨璃さんと二人きりで過ごせたらと思っていたら、もう既に夢結様たちが確保してますわ)」

 

その中で、楓は現状を見て楽しみながらもどこかもどかしさを感じていた。

元より隼人が皆と共に入るのを断念していたので、彼と共にこの時間を過ごすことはできない。

では、梨璃とはどうかと思えば、夢結と結梨の二人と共に過ごしており、到底入り込める状況では無くなっていた。

 

「そう言えばだけどさ」

 

「……梅様?何かあったの?」

 

楓が葛藤している間に、梅が一つ案を思いつく。

その思いついた案は、楓が今している葛藤を打ち切るには十分すぎるものだった。

 

「隼人を呼ぶの、楓に行かせればいいよな?」

 

『異議なし』

 

「……わたくしが?」

 

自分たちが温泉を満喫した後のこと、誰か一人が呼びに行かねばならないが、それは誰がいいかを思いついたのである。

彼女のことを良く知る一柳隊は当然賛成を返し、思考の海から引き戻された楓は思わず聞き返した。

 

「だってお前、結構アイツと過ごしてるだろ」

 

「彼も拒否してませんし……」

 

「大丈夫、だと思う」

 

実際、隼人は楓の来室を拒否したことは一度たりとも無いし、本人には伝えていないがそれを楽しみにしているところがある。

何なら、彼の歓迎拒否抜きにしても、理由を付けて部屋に行きたいと言う欲が楓にはあり、行かせてくれるならそれはそれでありがたい話だ。

 

「そ、それは……そうなのですが……」

 

ただ、それはそうとして特別誰かに告げてそこへ向かっているはずでは無いのに、何故こうも当てられているのか──これが分からなかった。

 

「そうですね……梨璃さんの所へ行くならいつも通りで終わってたんですが……」

 

「時折隼人の部屋がある方から来る──或いは、これからそっちの方へ向かうお主と通り過ぎることがあれば……のう?」

 

早い話、行動が思ったより分かりやすかったのだ。実際、楓も隠すとかそう言うことを全く考えていなかったので、いずれはこうやって気づかれていたはずだ。

こうまで言われてしまえば逃げ場は無く、楓が隼人を迎えに行くのが決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(この時間に一人でのんびり……)」

 

──なんていうか、凄い贅沢だな……。夕方の時間に、隼人は一人温泉でくつろいでいた。

身体を洗った後は特に何かをするわけでもなく、外の景色を見ながら、ただただ湯に浸かっている。

しかしながら、こののんびりしている時間でも隼人には十分に満喫できる要素があった。

 

「(半年以上ぶりだ……一人で風呂に……ゆっくりと入れる……!)」

 

性別の問題もあり、隼人は今まで浴場は利用できず、ずっとシャワーでやり過ごして来ていたのだが、今日だけは別である。

我慢していた分を解放されたが為に、隼人はこれだけでも非常に満足できているのだ。

 

「しかしまあ、本当に穏やかな場所に来たんだな……俺も」

 

復讐者となった当時からは想像も付かない程景色等に恵まれ、穏やかに過ごせる場所にたどり着いた。それだけはハッキリと言える。

もしかしたら、ここが自らが求めた世界の一つなのかもしれない──。良い景色を見ながらのんびり過ごす。その時間によって隼人はそう考えた。

 

「(もしかしたらだけど……ブリューナクは多分、ヴァイパーを討った後も無理やり付き合ってくれたんだろうな)」

 

人を守る為に使用されてはいるものの、本願は復讐の道具であったので、その辺を自分のマギから読み取っていた可能性はある。

ただ、復讐が終わった後すぐダメにはならず、結梨を助ける時も堪え、今日の戦いで最後のパスまで踏ん張ってくれたのは感謝しかない。

 

「まあ、今日はゆっくり休むとするか……」

 

やることは特にないし、今すぐ何かができるわけでも無い。更には珍しく一日中時間を浪費しようかと言う考えも出ているので、今日はそれに従うことにした。これもあんな大型のヒュージを討ったからだろう。

何なら読書の一個や二個でもするのはアリだと考えていたら、部屋のドアの方へ楓が来ているのが見えた。

 

「……待たせちゃった?」

 

「いえ、来たばかりですので」

 

彼女の方からわざわざ来てくれるのは非常にありがたいことであり、隼人も思わず笑みがこぼれる。

一言の会話をした後部屋に招き入れ、最近増えて来た二人で過ごす時間を堪能することにした。

 

「ただこうやって過ごすのも、悪くないんだな……」

 

「今回のように、たまにで過ごすにはいいものでしてよ?」

 

こう言う時間はリラックスに繋がる為、間を開けて入れる分には全然いい。と言うか、隼人は復讐者になってから走り過ぎである為、こう言う時は迷わず入れた方がいいとすら楓は思っている。

そして、その時間を通してあわよくば自分の気持ちが伝わればなお良しであり、楓は隼人の真横に移動し、軽めで優し気な抱擁をする。

 

「これに抵抗が無くなってる……いや、違う。これを()()()()()()()俺がいるな……」

 

「ふふっ。以前より大分いい反応をしますわね……」

 

ほぼ無反応だったあの頃の姿は無い。今の隼人は表情の動きはそこまで大きくないが、少しだけ表情が緩くなっており、しっかり反応があることを示している。

 

「ところで、わたくしがこうする理由……気づいてまして?」

 

「……いや、その辺はからっきしだ。でも、お前が俺を罠にかけようだとか、そんな考えをしてないのだけは分かる」

 

少し時間がかかりそうな気もするが、今はこれでいい。自らが彼を嫌っていないのが分かるだけでも十分だ。

だから後は、少しずつ自分の気持ちに気づいてもらう。或いは、彼が自分に対してこの手の情を抱いてもらう。そこまで進んで行けるようにする。

 

「(彼が答えを出すか、わたくしの気持ちに気づいてもらえるその時まで……)」

 

──こうしていられる時間……一緒に過ごして行きましょう。楓の中にある、ささやかな願いであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

あの大型のヒュージを撃破してから早くも二日後──。梨璃と夢結の二人でヒュージネスト……簡単に言えばヒュージたちの拠点・巣と言えるものを破壊しに行ってから一日目経った日になる。

今回のヒュージネストは海中にある為、撃破後は制服に備えられた機能の一つである、救護待機用のコクーンに身を包まれ、そこで回収を待つことになるようだ。

また、肝心の撃破方法自体は、夢結が使用していたダインスレイフに、美鈴由来の異常(バグ)があるらしく、これを百由が調整してヒュージネストとそれを営巣しているヒュージに自壊を促すようにしているので、それを使って撃破するとのことだ。

ただしこれ、ぶっつけ本番にも程があるもので、正直に言えば賭けに近いのだが、今現在そのダインスレイフを残して全てのCHARMが破損してしまい、戦闘できる人がいない状態である以上、やるしかなかった。

 

「(昨日はちょっとああだったけど、今日は大丈夫そうだな……)」

 

そんなこともあり、結梨は昨日の段階で無理して付いていこうとしたが、他ならぬ梨璃と夢結がNGを出してそれは止められている。

この時は帰って来たら甘えさせてもらえばいいと説得して事を進めたものの、一日中落ち込んでいた。梨璃と一緒にいられず寂しかったのだろう。

ちなみに、CHARMの修復が完了次第捜索開始となるのだが、隼人の分を省き、一柳隊のCHARMが全員分修復完了になるのは今日の夜になるので、捜索は明日からになることが決まっている。

そして今日の朝、結梨の様子は平常時と変わらないくらいには調子を取り戻しており、梨璃たちが帰ってくるまで持ちそうに見えた。

 

「(時間か。そろそろ行こう)」

 

一方で隼人は今日、一葉とその両親に顔を見せる約束を前もってしており、その為の外出をする。

なお、ガーデン側からは万が一戦闘になった場合は避難誘導等の協力に留め、戦闘区域からは速やかな離脱をするように言われている。CHARMが使えない現状、そうするしかない。

実際、CHARMが無ければ戦うなんてできないので、そうするしかないことは頭に入れておき、待ち合わせ場所である慰霊碑前まで向かうことにした。

 

「やっとだ。お前と一緒にこの場所に来れたよ……」

 

「長かったよね……いつの間にか三年以上経ってたから」

 

まず最初にやるのは慰霊碑での墓参りだった。以前に再会してからずっと決めていたことであり、それを最初に済ませることを選んだのだ。

その後は一葉の両親が待っている彼女の家に向かい、今後のことを話すことになっている。昼も出してもらうことになっており、その計らいは有難く頂戴する。

 

「お父さん、お母さん。隼人を連れて来たよ」

 

「どうも。その……お久しぶりです」

 

連絡の取れない状況とは言え、三年以上もの間顔を見せなかったので、それはもう心配されていたし、自身が生きていたことは喜ばれた。

隼人が三年間でかなりの高身長になっていたのはいい意味で驚かれるのに対し、一葉の両親が老けて見えたのは自分の行方不明のせいで起きたストレスだと思い、隼人は申し訳なく思う。

とは言え、無事に見つかればそれは良しとなり、一葉の両親もそれ以上気にしないことにした。これ以外にも、隼人が訳あって特殊なリリィとして戦っていることを話せば、引き留められることは無く、一葉共々無事に帰ってきて欲しいことは告げられた。

これに関しては引き留められないと言う方が正解とも言える。何しろ、隼人の信念が一葉と同様に非常にハッキリとしていたのだから。

また、これ以外にも隼人は一葉の両親から、当人らが預かっていた隼人の両親の銀行の通帳と暗証番号を教えられる。

どうやら死に間際に隼人の母が、同じ避難先にいた一葉の両親に伝えたらしく、通帳も無事に見つかって今に至る。受け取る傍ら、隼人は家を買う等のことが起こった時の足しに使うことを決め、それまでは大事に取っておくことにする。

 

「(あの人たちも、()()()()そう……あの場所に留まるのを悪いとは言わないけど、旅立つのは早い方がいい)」

 

隼人を相澤家の養子にする話が出たが、これは特に反対しない。一応、今自分が共に過ごしている人達に話をするくらいは告げておき、一旦保留にはしてもらうが。

──俺、誕生日的には一葉の弟になるのか……。自らが11月生まれであるのもあって、隼人はそんなことを思い起こす。

その後は一葉と日の出町を少し歩いて回りながら、他愛ない話をし、慰霊碑前まで戻っていく。

 

「(隼人……三年間で結構変わったんだね)」

 

良くも悪くも、自らの意思が強すぎた隼人が今はガーデンの中に上手く馴染む努力をしていたり、自らが納得いかないところでも、抑えるものは抑えていたり、その辺りは成長なのだろうと思った。

ただ、それでも押し通すべきと感じたところで止まらないのは相変わらずであり、そこで少し安心している自分もいたりする。

 

「隼人は、これからも戦うんだよね?リリィの一人として……」

 

「ヴァイパーを討ってはい終わりって言うのは、違うと思うから……」

 

協力してくれた一柳隊のメンバーもまた、隼人にとって守りたい大切な人たちであり、その人たちと共に、その人らの為に戦うことに迷いは無い。

手伝ってくれた恩に義理を通さないなら、明日の自分が今日の自分を殴り倒す自身がある隼人は、引く理由も無かったのだ。

 

「なら、隼人。一つだけお願い……何があってもいい。ただ、必ず帰ってきて……」

 

──今度こそ本当に離れ離れなんて……そんなの嫌だから。生き残ったのが自分だけかも知れないと考えながら生きていた日々を思い出し、一葉の目尻には涙が浮かんでいた。

不安に駆られたのか、思いっきり抱きついて来た一葉の行動に一瞬硬直するも、優しく抱き返しながら隼人は肯定を返した。

勿論、隼人も死ぬつもりなどさらさら無い。迷うことなく頷いて肯定を示すと同時に、一葉にもこんな顔をさせたくないと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 32 話 }

 

約 束

promise

 

 

生きるため、進むために

──×──

I swear, I'll make a fresh start.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

『そう言うこともあって、俺はそれを受け入れようと思ってます』

 

「あら、いいじゃない……良かったわね。帰る場所が見つかって」

 

その日の夜──隼人は由美たちに今日あったことの顛末を話していた。

これにより、隼人がいざという時の自衛手段ともなるCHARMの用意が出来次第、こちらに残っている家具の手配を始めることに決まり、それまでに仮の住所を用意することも決まった。荷物を業者に運んでもらう時、違和感を無くすためである。

また、そこに運び込むのは隼人の家具だけであり、一度使ったら完全に破棄することを前提としたものを想定している。

 

「そっちにCHARMが届いたら教えて頂戴。こちらでも手配を始めるわ」

 

『分かりました。伝えておきます』

 

連絡を切り、由美は「これでいい」と、一言こぼした。これで、彼女らがいつか絶対にそうしたいと考えていたことが達成される。

 

「隼人から?」

 

「ええ。彼、ここから完全に旅立つ時が近いわ」

 

何をやるかと言えば、それはこの施設ではなく、別の場所で暮らしていけるようにすることだった。

自分たちは望んでここにいる者、或いは他の場所にいるよりもここにいる方が真っ当に暮らしていけるのどちらかであり、隼人はそれに該当しない。

故に、彼は本来ここにいるべきではなく、ヴァイパーも討って協力するしかない理由も無い今、余計なものを生み出す前に立ち去ることができる。

 

「自分から残ろうとする人なんて、私みたいな物好きだけで十分ですからね……隼人君が旅立てるようで安心しました」

 

実際、前者の理由で残るのなんて、玲のようにやりたいこととこの施設に必要としていた人が偶然一致していました──と言うことが起こらない限り無いのが望ましい。そんなこともあって、隼人には表の生活に戻る意義を見出すことを望んでいた。

そして、それは見事に叶い、今回のように連絡を入れて来たのは何よりも喜ばしいことだった。

ただそれでも、最低限右腕のメンテナンスが必要ならそれをする約束と、自分たちが居場所を変えた場合は連絡することは伝えるつもりである。

ともかく、この後は隼人の連絡待ちであり、それが来次第、直ちに手配を始めることになった。

 

「(隼人、あなたはそのままあなたの道を行きなさい)」

 

──私たちのようなはぐれ者は、忘れてしまって構わないから……。今はガーデンに戻っている隼人に向け、アリスは心の中で投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「?どうした?」

 

「誰かは存じませんが……他の女と何かありましたわね?」

 

「……マジで?」

 

そして連絡を取った直後──部屋にやってきた楓が早々に告げた一言に、隼人は思わず驚いた反応をする。女のカンと言うやつだろうか?

実際、一葉と一緒にいたし、絶対に帰ってくるという約束もしてはいるが、まさかこうして楓に問いただされるとは予想外だった──。

 

「(いやでも、梨璃と夢結様が仲良くしてたりとかした時、割かし嫉妬じみたことはしてたような……)」

 

──が、冷静に思い返すと、意中の相手とは一緒にいたい欲は確かにあるみたいだし、それの一環なら納得できる。

しかしながら、そうなるともう一つ疑問が出てきて、隼人はそこで衝撃を受けた。

 

「(ちょっと待て……俺にこうなるってことは、楓の意識してる人って()()()()()()!?)」

 

もしかしたらそうなんじゃないかと言う考え自体は確かにあった。そして、今回の嫉妬で確信に至る。

同時にこれが合っているのなら、隼人は楓の気持ちに対して誠実な回答を出そうと決心した。

 

「それで?何がありましたの?」

 

「わ、分かったよ……!答えるから、取り敢えず落ち着いてくれ。な?」

 

自分の中で分析をしていたら楓に迫られたので、大人しく答えておくことにする。一度この思考は隅に置いておく。

何があったかと言えば、一葉と顔を合わせて墓参りと、家に招かれて彼女の親から養子にならないかという誘い、最後にリリィとして戦い続けるなら帰ってきて欲しいと言う願いを受け取ったことを話した。

この時に抱きつかれていて、何なら自分も反射で抱き返したことと、養子になる誘いは受け入れ、由美とも話してCHARMが用意出来たら準備開始をすることを決めたことも忘れずに話す。

 

「そうでしたのね……」

 

「こうやって元に戻るのが、あの人たちへの恩返しなんじゃないかって今は思うんだ」

 

こうなれば後は旅立つだけであり、隼人も真っ当な生活に戻れる見込みが強まる。

ヴァイパーによって右腕を斬られて以来、ほぼ諦めていたことが、いよいよ実現に差し掛かっていたのだ。

 

「……楓?」

 

「すみません。ただ、自分のことのように嬉しくなってしまって……」

 

思わず抱きついて来た楓の姿を見て、自分のことを気にかけてくれているんだと隼人は理解する。

こんな風に自分を気にかけ、無茶に付き合ってもらい、ダメな所はダメな所でちゃんと怒り、いいことはいいことでそれは相手を称えたり褒めたり──。本当にいい人だとも思った。

 

「……わたくしには、返してくれませんの?」

 

「?ああ、それもそうだったか」

 

それと一緒に、時々嫉妬じみたとか、寂しげなとか、そんな反応をしたりするのも可愛らしいと思う自分がいることに、隼人は気づいた。

こんな()に想われた自分は恵まれているなと思いながら、優しく抱き返す。

 

「ごめんな。まだこう言う、感情に基づいたのは苦手みたいだ……。すぐには対応できなかった」

 

「なら、仕方ありませんわね……。でしたら一つだけ」

 

「いいよ。何がいい?」

 

「いつか……あなたが()()()()()()()()()()()()()()構いません。そうしたいと思ったら、次は迷わないでくださいな……ね?」

 

──こう言う場所でも、無理強いしないんだな……。随分優しいお願いだなと思うと同時、その方が自分もいいと思った。

もし、自分が出した答えが彼女の望まないものだった際にその願いを叶える訳にはいかないので、きっとこれがいい。

 

「そうするよ。だから……待っててくれるか?俺が答えを出すときまで……」

 

「分かりました。ただ、わたくしたちがガーデンを去る前までには……お願いしてもよくて?」

 

楓の付け足しのお願いも承諾し、隼人は己がどうするかを考えることにした。

この後少しの間、何もせず抱き合っている時間を続けているのだった。




アンケート結果、もうコレ確定でいいかもしれませんね……一応、最後まで集計期間は設けますがw

以下、解説入ります。


・如月隼人
施設以外に帰る場所を確保。真っ当な生活に戻る準備はできた。
あの施設へは右腕のチェック以外で戻ることはもうなくなるはず。強いて言えば、アリスたちに顔を見せたいくらいか。
楓の気持ちに気づいたご様子。後は己がどうするか。

追記
ちなみに、隼人の誕生日は11月11日。


・楓・J・ヌーベル
温泉で一人悩ましくしていた。何しろ、隼人は一人入れないから。
珍しく隼人に直接的な嫉妬を見せた。それでもお願いはちょっと控えめ。理性が保たれている。
いつか彼女が望む、心からのお返しは貰えるのか?それはまだ分からない。


・吉村・Thi・梅
楓を隼人の所へ送り込むきっかけを作った差出人。
ちなみに、恋心とかその辺はまだ気づいていない。もしかしたら?と考えているくらい。


・相澤一葉
久しぶりの登場。両親を安心させることができて一安心。
だが、隼人が戦場に居続けることには不安を感じており、それが今回の衝動的な行動の抱きつきに繋がり、結果知らない所で楓が嫉妬を見せた。


・施設にいた三人
隼人が旅立ち先を見つけて満足。元より、隼人がここへ残るべき人間ではないと考えていた。
近いうちに、隼人がリリィとしての戦いを終える時に備え、右腕の状態を安定させることに特化したナノマシンの開発予定。


次回がアニメ本編の最後になると思います。


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最終話 終幕

ちょっと短いですが、アニメ本編最終話です。


隼人が一葉の家の養子になる誘いを受けてから早一週間と一日──つまり、あの大型のヒュージと戦ってから十日がたち、梨璃と夢結がヒュージネスト破壊を実行してから九日経った日になる。

この日、百合ヶ丘に──中でも一柳隊にとっての大きな朗報が入ることになる。それだけ待ち望んだものである。

 

「本当ですかっ!?梨璃さんと夢結様が見つかったって……!」

 

「梨璃たちに会えるのっ!?」

 

「ええ。座標もバッチリ補足しているわ」

 

それは、隼人以外のCHARMの修復が終わり、そこからずっと捜索していた梨璃と夢結、両者の行方である。

見つかったなら早速現地に向かうことになるのだが、空腹に飢えてるかも知れないので予め用意していた食事と、万が一に備えて隼人の所有している膝辺りまで届く上着二着を持っていくことが決まった。

これらの運搬は隼人がバイクに乗って行うことになり、CHARMが届いておらず、戦闘力の無い彼を護送する為、後部座席に楓が座ることになる。

一応、ヒュージネストを破壊した今、ヒュージは暫く出てこないのだが、別の所から流れ込んで来たヒュージへの対抗を考えてである。

 

「(毎度思うけど、やっぱ凄いな……楓の。いや、これだけで決めるのはダメなんだけどさ?)」

 

「(いい反応……やはり、押し付けるならこうですわ♪まあ、他のところも加味して決めて欲しいのですが)」

 

風に揺られながら、ほぼ同じようなことを考えていたのは完全に偶然である。

そうして現場に到着した後、隼人は後部座席に入れてある上着を楓に託し、暫くその場で待機することになる。

 

「これ?」

 

「ええ。それに軽く触れれば解放されますわ」

 

そして、浜辺にある黒い球体を見つけた。これがコクーンであり、この中に夢結と梨璃がいるのだ。

楓の説明に従い、結梨はCHARMでそれを軽く小突くと、風船が割れたような音と共にコクーンは破裂し、下着姿の状態の梨璃と夢結がそこにいた。

 

『……!』

 

「やっと……!やっと迎えに来れました……!」

 

二水を筆頭に皆、それぞれのように喜ぶ。一週間以上いないというのは、やはり長かったのである。

それと同時に、二人揃って下着姿だったので、二水がよく発行するリリィ新聞に無事とは違う意味で取り上げられそうだと言う声もあったが、皆でまた会えたのだから、それは些細なことだろう。

 

「お……!お二人して何て恰好でイチャコラしてらっしゃいましたの……!?」

 

また、ずっとその格好で一緒にしていたとなれば、流石に楓も気が動転する。

自分も梨璃とそうしてみたかったと言う願望はあるが、それはそれ。一度己を落ち着かせて、隼人から預かっていた上着を一着ずつ渡し、彼を呼びに戻る。

 

「梨璃っ!お帰りっ!」

 

「うん。ただいま、結梨ちゃん」

 

歓迎の声と一緒に、涙目で結梨が抱きついて来たのは寂しさから来るものだと理解し、梨璃は優しく抱き返す。

 

「まあ流石に男性ものか。サイズが合わないな」

 

「ええ。想像より背丈高いわね。彼」

 

それなりに背の高い方である夢結だが、彼の背が更に高いのもあり、袖の中に手が隠れてしまっている。

 

「お待たせしました。これをどうぞ」

 

──流石に一週間以上何も食ってないんじゃ、腹も減るでしょう?そう問われた二人が少しだけ考え込むと、腹の虫が盛大に音を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 最  話 }

 

終 幕

close

 

 

騒動が今終わる

──×──

And to a moment of peace.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

梨璃と夢結が帰って来た朗報は瞬く間にガーデン内に広がり、その日の内に祝うパーティーまで開催されたのは夢にも思わなかった。

 

「(それにしても凄い元気だな……)」

 

その会場の隅に避難した隼人は一人、大きなあくびと共に内心感心する。捜索していたと言うのに、複数人で集まって元気にしていた。

隼人も今の状態でなかったら混ざっていたのだろうが、それでも程々に切り上げ、最後は今みたいになっているだろう。

元より輪の中心にいたがるタイプではなく、本来はこういった隅っこで特定の人と話したりしているのを好むタイプである為、ようやく気が楽になったとも言える。

 

「こちらにいましたのね」

 

「もうあっちはいいのか?」

 

「皆さん揃って、それぞれの方に行きましたわ」

 

楓の指さす方を見れば、大体は一柳隊の中でよく見る二人組か三人組、或いは別のところに混ざる形でまた分かれていた。まとまって話す時間は終わったのだろう。

つまるところ、楓は自分と二人の時間を過ごしたくてこちらに来たのだろう。であれば、いいところまでは持たせて見せると決める。

 

「俺さ……百合ヶ丘(この場所)に来れて良かったよ。ヴァイパーを討った後に、こんなにも充足した時間が送れてる」

 

「それは何よりですわ。梨璃さんを始め、ここにはあなたがいい方だと思える相手が多かったのでしょうね」

 

「確かに、そうかも知れないね」

 

彼女の言う通り、根のいい人たちが百合ヶ丘には多く、隼人自身も非常に過ごしやすかった。

例えそうでなくとも、ヴァイパー討伐への義理もあって残っていたとは思うが、その場合は距離を置いていただろう。そうならなかったのは、彼女らのおかげでもある。

 

「正直言うとさ、ヴァイパーを討っても討たなくても、俺はほぼ世捨て人になるとは思ってたんだ……でも、今はこうしてガーデンで過ごしてるし、何ならまともな帰る場所ももらえた……」

 

──まともな生活は送れないと思ってたけど、俺は贅沢者だな……。呆れたような、しかしながら嬉しそうな表情を見せながら、隼人は自らの現状を評価する。

ただ、完全に欲しい回答は引き出し切れておらず、それを引き出すべく楓は彼の右腕に自らの膨らみを押し付ける。

 

「その贅沢の中に、わたくしとの時間は入ってまして?」

 

「もちろん。っていうか、入らない方がおかしいくらいだ」

 

「……!ふふっ。そう言うところは迷わず言いますのね?」

 

だが、はぐらかされて分からないよりも、この方が全然いい。楓はそう思える。

恐らく、隼人は自分の考え方、感じたことに正直なのだろう。今までの会話や言動を振り返って楓はそう分析した。

そして、その正直さ故に、人間関係で苦労した影響で「人付き合いは苦手」と言っていたのだと考えられる。感情への配慮が下手だったのも、自らに正直すぎるからだろう。

これと同時に、香織やもう一人の幼馴染みとはこの正直さが上手く作用していたのだと考えられる。更には、その上手く作用した例に自分も含まれたのだと。

 

「多分、この先も色々苦労を掛けるとは思うけど……」

 

「そこはご心配無く。ダメなものはしっかりと止めますので」

 

──その代わり、進むべき時は背中を押しますわ。本当にありがたい味方を得られたと感じた隼人は、素直に礼を言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

パーティーが終わった後、隼人は自室で一人己の状況を振り返っていた。

 

「(楓は俺のことを想っている……なら、俺はどうだ?)」

 

それは楓に対する自分の想いである。向こうの想いがこちらに伝わった以上、尚更真剣に向き合う必要がある。

当然、適当に済ませるつもりなどさらさら無く、しっかりと考え抜いて答えを出すつもりである。

 

「(俺が気になっているきっかけは、一葉のことが絡んだ時だ……)」

 

こっちの問題点をハッキリと指摘してくれたのも確かにあるが、何よりもあの時見せた慈愛に満ちた表情と瞳だ。あの優しさが、自らを惹きつけている。

更には自分の為に泣いてくれたり、自分に気を惹こうと非常に分かりやすいアピールが来たり、自分の中での意識が日を追うごとに強くなっているのは確かだ。

 

「好きか嫌いかで言えば、間違いなく好きだって言える……」

 

恐らく、自分が異性に求めるとすればダメな所はダメとハッキリと言えると同時、いい所はいいと言える人。そして、自分のことを想ってくれるのが分かりやすい人だ。

そう言う意味では楓は合致しているし、それを抜きにしてもいい人だとハッキリと言える。

 

「何か一つ……決定的なきっかけさえあれば、確定できるかも知れないな」

 

この辺りは慎重になっているかも知れないが、それだけ大事に考えている証拠でもある。

故に、その何かを渇望しており、それが自らの答えを出す足掛かりになる確信をしていた。

 

「(そのきっかっけ、俺に見つけ出せるか?いや、違うな……)」

 

──俺自身で、何がきっかけかを見出すんだ。復讐者を終えてから早数十日、少年は己の答えを見つける戦いに赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

それから更に三週間が過ぎた日──。遂に時がやって来た。

 

「お待たせしました。こちらをどうぞ」

 

「こいつが、新しいCHARMか……」

 

「ええ。名を『ヘリテージス』と言いますわ」

 

「ヘリテージス……確か、『受け継いだもの』を意味する言葉だっけ?」

 

──合ってるじゃん。新しく届いた白いCHARMを見て、隼人はそう口にした。

継承者と訳すのが良さそうな名を冠したことに対して、楓が自分のことをしっかりと見て決めたんだろうと推測する。

他にも、『運命』の意味を冠しているが、そこも命名の際は織り込み済みだったりする。

 

「じゃあ、早速だけど……」

 

「始めましょう。CHARM(新たな剣)の登録を」

 

自らの中では三回目となるCHARMの登録を始める。

暫くすると、登録の完了したCHARMが白い長剣を模した状態に形を変えた。

 

「俺に合わせて作られてるからかな?前より時間がかからなそうだ……」

 

「あなたが慣れているから、と言うのもありそうですわね」

 

この後は馴染ませていくだけであり、今日はこれに徹していくことになる。

こうなれば明日から訓練に参加できるようになり、実戦になるまでの間に慣らしていくだろう。

 

「これで、俺はまた戦場へ行けるし、行くことになる……」

 

「行くな、とは言いませんわ。リリィは誰しも、自らが行くと決めて赴いている人たちですもの」

 

自分も、隼人も、他の人たちもそれは皆同じなのだ。誰かだけを特別ダメと言って引き留めることはできない。

であれば、戦場絡みで何かを頼む場合は別のことになる。離れ離れが嫌なら、別の頼みをするのが正解だ。

 

「ですが、帰って来てくださいね?わたくしも、みなさんも待っていますから……」

 

「必ず帰るよ。みんなの……何よりもお前のところに」

 

楓が隼人の胸元に左手を当てながら願って来たのを、隼人は左手で触れながら承諾する。

この約束を胸に、隼人は以後の戦場へ飛び込んで行くことになる。

 

「(気づいているかも知れませんが……あなたに生きてほしいと思う人は、想像よりも多くてよ?)」

 

「(これだけ想われるって、俺は幸せものなのかもしれないな……)」

 

小さな幸せの中で、隼人は己が恵まれていることを改めて感じ取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理不尽な出来事による不幸から復讐者となった少年は、時間をかけて──しかしながら着実に、心に平穏を取り戻して行っていた。




Q.ヘリテージスの名前はどっか参考にした?

A.『GOD EATER2』より、『ギルバート・マクレイン』が使用する神機のブレードパーツの名称から。全く同じ名称。参考元が槍だが、こっちは普通に剣型CHARM。

これにてアニメ本編は終了です。

以下、解説入ります。


・専用CHARM ヘリテージス
グランギニョルで注文開発された隼人用の個人宛CHARM。
意味は『受け継ぎしもの』、『運命』。さしずめ、「力と信念を『受け継ぎ』、自分のものに昇華させ、『運命』に抗う」と言ったところで、楓が『己から見る隼人』を意識して命名した。
CHARMの特性自体は本人が愛用していたブリューナクに似ているが、隼人の戦闘データ等を参考に、主に反応速度を強化している。
シューティングモードはバスターキャノンのみにされており、これもブリューナクを意識しているところがある。



・如月隼人
現在、楓への好感度はおよそ80%程。後20%がまだ分からない。
着実に己の心境に平穏を取り戻して来ている。これを守るなら、全員で戦い抜き、生き残ることが大事。


・楓・J・ヌーベル
ヘリテージスの命名者。帰ってきて欲しい願いを元に命名しようかと考えたが、それでは隼人の足かせになりかねないので、この形に。
代わりに、帰ってきて欲しいことは直接的伝え、それは受諾された。


・一柳結梨
レギオン皆がそうだが、誰よりも梨璃に会いたがっていた。今回抱きついたのはそれが理由。


最後に、アンケートの方ありがとうございました。
圧倒的に読みたいと言う方が多かったので、ラスバレ編をやろうと思います。
やるのは29話時に考えていた通り、メインストーリー1章と、一部イベントシナリオです。

その際、メインストーリーをやる前に、隼人が絡んだ状態でイベントシナリオの内どれか一個をやろうかと考えています。
ラスバレ編の投稿開始はプロット整理も兼ねて少しの間休憩期間を設け、その後から始めようと思っていますので、その間にみたいイベントシナリオのアンケートを行ないます。以下の中から回答していただけると幸いです。

今回のアンケートで選ばれなかったもの、または今回のアンケートにないけどできそうなものは、メインストーリー1章が終わった後にやっていく予定です。


それでは、ここまでのご愛読ありがとうございました。
ラスバレ編に付き合ってくれる方は、またその時によろしくお願いいたします。


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朋友のブルーストライク -もう一人の復讐者-
第1話 疑問


お久しぶりです。
活動報告でも書きましたが、デスクトップPCを変えたので、ようやく投稿を再開します。

アンケートで最も表の多かった『朋友のブルーストライク』編をやっていきますが、アニメ本編とは違う章になるので、今回から章分けしていきます。
ちょっとした変更点があるので、その辺ご留意お願いします。

以下、変更点です。

・時期が夏ではなく、アニメ最終話から少しした後。
・上記の変更に伴い結梨がこの話に混ざる。


「ねぇ、隼人……」

 

「?どうした?」

 

梨璃と夢結が戻ってきてから凡そ一ヶ月が経とうとしている日の夜──。楓に以来され、レポート用紙十枚分に書き込んだヘリテージスでの実戦所感を提出し、明日の予定も決まった以上、そろそろ部屋に戻って晩を取ろうとしていた隼人は行く道の途中で雨嘉を顔を合わせた。

今日は隼人がヘリテージス(専用武器)を用いた状態での初の哨戒任務をこなした日だが、急遽決まった明日の遠征の前日でもある。

当の雨嘉は何かを気にしている様子らしく、話せる人を探していたようだ。食事を取りながら聞くことくらいなら何ら苦もないので、隼人は雨嘉に同席を促しながら、それに乗ることにした。

 

「気にしていることがあるって言ってたけど、何が気になるの?」

 

「実は、神琳のことで……」

 

聞く限りだと、今回の遠征の話に対してすぐに乗ったこと、哨戒任務前に行った百由の実験後に何か気にしていた等、神琳が普段からすると()()()()()と見れる行動や様子が多かったようだ。

──何か、あったのかな……?この疑問に対して隼人は間違いなくあっただろうなと答える。

 

「前にさ……ヴァイパーを撃破した後、祝勝会やったのは覚えてる?」

 

「覚えてるよ。隼人が、あんなに楽しそうにしてたから……」

 

梨璃の誕生日の時も、楽しんでいないわけではなかった。祝勝会の時がヴァイパーを討った後で別格だったのだ。

とは言えいきなりその話題を出されても理由を推し量れるわけではないので、雨嘉は隼人にその話を出した理由を聞いてみる。

 

「実はさ、準備をしていた時に神琳から聞かれたんだよ。『復讐が終わった今の心境とかはどうだ?』って……」

 

「復讐……?え……?ちょっと待って。それじゃあ、神琳があんなに気にしているのって……」

 

隼人が出した言葉(ワード)は無視できるものではなかった。それではまるで神琳も復讐者だと言いたげだったからだ。

雨嘉も察して確認を取れば、隼人は首を縦に振り、肯定を返す。

 

「まだ確定したってわけじゃないけど……神琳が即答をしたのは復讐したいヒュージがいるかもしれないからか、或いは……」

 

──そのヒュージが実際にいるからなんじゃないか?自分が復讐者だったこと、ヒュージに大切なものを奪われて憎悪を抱くものなどどこにいてもおかしくないと言う考えから、隼人はこの結論を出した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

疑 問

qoubt

 

 

そうなるまでの経緯

──×──

stil don't know why it's off.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

時は今日の朝まで遡る──隼人はこの早朝、訓練場の一つでCHARMを素振りをしていた。

楓からこのヘリテージスをもらって以来、隼人は復讐者ではなく、リリィとしての自分を基盤とした戦いを組み込もうと暇があればこのように一人ででも鍛錬する時間を増やしている。

戦い方自体が特に変わるわけではないが、気持ちを新たにした姿勢は歓迎され、隼人の意識が入学当日と比べ大きく変わっていたのが再確認された。

 

「……ふぅ」

 

十分に体を動かし、問題ないと確認した隼人は自らの気持ちを落ち着かせ、この訓練を終了する。

あと数回の出撃任務次第だが、ほぼ完成とみていいだろう。そう評価を下し、クールダウンを開始する。

 

「お疲れ様ですわ。隼人さん」

 

──こちらをどうぞ。の言葉と同時に渡されたスポーツドリンクを、礼の言葉と一緒に受け取って口に含む。

隼人が訓練にのめり込むようになったのを見て、楓もそれに合わせるかのように、訓練が終わった時に合流できるようにしていた。

無理にやらなくてもいいのにと思ったりもしたが、楓はやりたくてやっていると主張しているので、それ以上言うことはしなかった。

 

「(俺としては嬉しいし、別にいいか)」

 

相手の気持ちは分かっているし、そう言うのが伝えられると言うのはやはり嬉しい。

故に隼人は、素直にそう言うのを受け取ることを選んだ。そうすれば相手も安心したり喜んだりで一石二鳥な面もある。

 

「今日の哨戒任務が終わったら、一つやって欲しい事があるのですが……よろしくて?」

 

「やって欲しい事って言うと……どんな?」

 

「ヘリテージスで哨戒任務を行った時の所感……まあ、自分が使ってどう思ったかを書きまとめて、それを出してほしいと思っていますの」

 

「なるほど……」

 

実際、作ったはいいものの、実戦で本人の思うように戦えない性能では話にならないので、その場合は緊急整備が始まる可能性もある。

故に、それが問題ないかどうか、使用した隼人本人に確かめて貰い、結果を教えてほしいというのが楓の要望になる。

 

「よし、分かった。じゃあレポート用紙複数枚に書きまとめるよ」

 

「ありがとうございます。でしたら、終わり次第渡して頂けますこと?早めであればあるほど、対応も早くできますわ」

 

対応も早くできる──すなわち自分の生存が掛かっている以上、隼人は手を抜くことはない。

自他問わぬ命の執着の強さはまだ残っているが、今は手を貸してくれる人と協力してことに当たると言う判断を下しており、大分柔軟になっている。

 

「そうか……もう時間だったな」

 

「ええ。そろそろ行きましょうか」

 

話している間に時間になったので一柳隊で哨戒任務に向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ隼人、アレ……やる?」

 

「やる?って言われてもな……数次第としか言えないかな。ただ、心の準備だけはしておいて」

 

「うん。分かった」

 

そうして哨戒任務での移動中、結梨に問われた隼人は未確定を返答した。

ここで言うアレと言うのは、結梨のレアスキルが判明したので、それを考慮した連携戦術である。

結梨は検査の結果、縮地とフェイズトランセンデンスの二つを使えるデュアルスキラーだったようで、この内縮地に目を付けたのが事の発端になる。

汎用性と機動力に富んだ縮地を使えるのが隼人と梅、そして結梨の三人で一チームとして行動する三人一組(スリーマンセル)による高機動連携である。

 

「基本パターンは分かってる思うけど、バッチリサポートしてやるから、思いっきりやっていいゾ」

 

基本的な陣形としては元々接近戦が得意な隼人と目の前に集中したほうが強いタイプかつ、フェイズトランセンデンスで最悪の場合強行突破が見込みやすい結梨が二人で前を張り、梅が一歩後ろを追随しながらフォローするという形になる。

少しでも早く対処を始めた方がいい場合等に、この三人が機動力で先行する為のものであり、三人で行動できるならばということで万が一の時の戦術として採用されるに至った。

その場合、縮地を使えない残りのメンバーは後を追う形になるのだが、その残ったメンバーも八人と十分な人数が確保できており、三人が先行した時を前提に、残った八人はフォローがしやすいように密集よりの陣形で戦う訓練もしている。

──と、このように準備自体はしているのだが、実際に使うかどうかはまだ分からないのが現状である。

 

「梅様、実行する時はお二人のこと、よろしくお願いしますわ」

 

「おう……ってそうか。隼人は危ない組か」

 

「まあ、結梨を助けた時のことを考えれば当然だね」

 

それを聞いた隼人は「緊急時以外もうやらないって」と返すが、一柳隊のメンバーには「緊急時はやるんだ……」という感想を抱かれた。

とは言え、これでも相当落ち着いた方であるのは事実で、楓がぷんすか怒ったりする様子はない。

 

「(まあ、これでもいいのかもしれないわね……)」

 

任務としては少し気が抜けているかもしれないが、ずっと気を張り詰めているのもそれは苦なので、夢結からとやかく言うことはなかった。

この一柳隊で行う空気は少し緩めになるのだろう。話す内容が脱線していないし、まあ問題はない。

 

「(そう言えば神琳、さっきは何で気にしたのかな……?)」

 

その一方で、今朝行っていた実験の終わり際に神琳が気にしていた理由が雨嘉は気になっていた。

隼人が鍛錬をやっているのと同じ時間に雨嘉は百由に頼まれ、CHARMに取り付けるオプションの稼働実験に付き合っていた。

何でも射撃能力に秀でたリリィが欲しかったのが理由で、彼女が抜擢されたのである。神琳は本来呼ばれてはいなかったが、モノが気になって同席した。

そこから哨戒任務に参加しているのだが、移動する前に何かを気にしていたのだけが今は分かっている──と言う状況である。

 

「……?雨嘉さん。わたくしの顔に何かついていたりしますか?」

 

「えっ……?ううん、ちょっと気になって……」

 

「あっ……!ヒュージが正面から出てきましたっ!」

 

目線を送っていたら気づいた神琳が雨嘉に問うも、答える前に数体のヒュージが出てきてしまい、話は中断されてしまう。

何度か出てきたので、その度に戦闘が始まり、それらを撃破していくことになる。

 

「鍛錬で振り回してたからそこら辺程度わかってたけど、余裕が増えてる速さだな……」

 

一度ヒュージの出現が無くなり、落ち着いたところで隼人は自分宛てに作られたCHARMの性能を改めて実感する。

普段通りに接近戦を仕掛けたり、自らの近くを結梨と一緒に近接戦闘でこなした直後、早撃ちで一体撃破したりとやってみたのだが、体感できる程にタイムラグが減っているのだ。

それはもし、ブリューナクでは間に合わない場面に遭遇しても、ヘリテージスならば間に合う可能性があるのだ。これは非常に大きい。何故なら、隼人のみならず、共に行動する味方の生存率向上に繋がるからだ。

 

「(これで終わったか……やっぱり、大人数は楽でいいな。全てを背負わなくていい)」

 

そして戦闘も終わり、隼人は改めて集団行動の強さを実感する。ヴァイパーを討たなかった場合、こんな思考は出てこなかっただろう。

元々一体多での市街戦が多かった身である隼人は、尚更実感できるものであり、ある程度目の前に意識を優先できるようになるのが大きい。

 

「(みんなも特に目立った負傷無し。上出来だな。もうそろそろ道のりも終わるし、これで……)」

 

──お勤め完了だな。と結論付けようとしたが、緊急事態が起きる。

それは二水が最終確認を行う為に鷹の目を発動しようとした直前の出来事で、神琳の背後からヒュージが一体迫ってきていたのが見えたからだ。

 

「(マズい……!けど、今から行けば間に合う!)」

 

とは言え、間に合わない距離ではない。故に隼人は助けにいこうという思考が出てきた。

ヘリテージスに持ち替えた恩恵もあり、以前ならば最初から受け止める前提で行くことになっていたが、今回からはそのまま倒すことも可能だろうと考えられる。

 

「……!」

 

──なら行くだろう!と、行動に移すよりも早く神琳が気づいて動きだし、攻撃する直前のヒュージにCHARMで体当たりして割り込み、そのままブレードフォームで切り裂いて事を収束させた。実際、場所も雨嘉と最も近かったし、自分たちが気づいていない可能性や状況を見て硬直する可能性まで考えると、もう行くしかなかっただろう。

幸いにもヒュージは強くなかったようで、傷口から体液を垂れ流しながら崩れ落ちるようにその生命活動を終える。

 

「神琳……大丈夫?」

 

「はい。何ともありません」

 

これにより一先ずの自体は収束し、その後は何事もなくガーデンに帰還して哨戒任務は終了となった。

 

「(最後の一体倒す時……ちょっとだけ荒れてたように見えたのは何でだ?)」

 

──まあ、非常事態だったからだな。と、隼人は疑問に対して結論を出して一先ずその思考を隅に追いやった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「今、百由様が整備しておるから、完了次第消耗率と整備性の評価をこっちに送ってくれるようじゃ」

 

「助かるよ。よし……要点としてはこんなもんか」

 

CHARMを預けて一柳隊に宛がわれている部屋に戻った後、隼人は取り敢えず何を書くかの要点まとめだけ済ませた。

楓からは電子書籍が可能ならそれでもいいとガーデンへ戻ってから告げられたが、生憎隼人はキータイピングなんぞ碌にやったことがないので、今回は手書きで行くことに決める。

とは言え、実際に書くのはここで必要な連絡事項等があるなら、それらを聞いてからになるのだが。

 

「今回の様子だと、戦う分には問題なさそうですわね?」

 

「ああ。やっぱり、反応速度の強化は大きかったな……おかげで少し余裕ができてた」

 

元々それを狙いで作られたCHARMである為、肝心なそこをしっかりと体感で来てもらえるのは安心できる要素だった。

やはり、新型CHARMの恩恵は確かにあり、今後も隼人の助けになる可能性は高いだろう。

 

「……」

 

「結梨ちゃん、どうしたの?」

 

「戦ってた時の隼人、いつもより優しい感じがしたの」

 

「……優しい?」

 

結梨の言いたいことは、梨璃もなんとなくではあるが分かる気がした。実際、隼人は他者を意識した行動が明らかに増えていたのだ。それを『優しい』というのなら、間違いではないだろう。

 

「そう言えば隼人さん、いつもと比べて周りに気を配った戦い方をしていましたね……そんなに反応速度の影響があるんですか?」

 

「あると言えばあるけど、心構えの方が大きいのかな……俺はもう復讐者じゃないし」

 

「……?ああっ、そう言うことですね!」

 

早い話が『復讐者(単独行動)』ではなく、『リリィ(集団行動)』が基本になるため、そのあたりを改めたのだ。近接戦闘時の回避行動手段や、CHARMの振るい方などは変わらないものの、味方への意識は増えている。

そんなこともあり、隼人は今回のような行動が多くなっていたのだ。今までのことを考えれば、良い変化と捉えられるだろう。

それから少し梨璃と夢結が呼ばれて席を外したで話が落ち着いたのと、整備した時の結果を百由から教えてもらえたので、隼人は早速十枚分にびっしりと書き込んでそれを楓に提出する。

 

「これで大丈夫だろ。何か不備とかあったら教えてくれ」

 

「確認させていただきますわ。……とは言え、一枚目の段階でこれだけしっかり書けているなら、大丈夫そうにも思えますが……」

 

もう既に由美たちから教わったのだろう。文法等が非常にらしい書き方になっていた。

実際、隼人はその辺の練習は由美と玲の書き込んだ資料を読ませてもらったりした時に見て学んでおり、それをそのままやっている。

 

「なるほど……それでこんなに」

 

「いい勉強させてもらったよ。本当に、色々と」

 

あっちの方面は枯れていたものの、あれはアリスの価値観のずれが原因なので、最早事故だろう。

楓がチェックをするべく集中し始めたので、隼人は少しの何もせずに暇を楽しもうかと思った──。

 

「必要だったのは分かるけど……あそこまでやらなくても、よかったんじゃ……」

 

「いいえ。あの場はあれが最善でした」

 

「(さっきのやつか……)」

 

さっきまで用紙を書き上げるのに集中していたので全く気付かなかったが、先ほどまでお茶を楽しんでいたはずの神琳と雨嘉が今日の哨戒任務に関しての話し合いをしていた。

確かに最後の一体に関しては引き付けだけ出来れば、後は誰かが撃破に向かう──というか、既に気づいていた隼人は自分が行けばいいかだろと思っていたが、これに関しては結果論にしか過ぎない。

しかも神琳はレアスキルの都合上、マギを多量に消費する都合上防御結界が弱くなりがちなので、それによる負傷する危険度も高いので、尚更危険性の高い一手ではあった。

今までは誰も負傷なかったしいいやで済ませていた隼人だったが、もしかしたら今後それらを考える必要があるのかもしれないと思い始めた。

そこから神琳が自分が万が一いなくなってしまった場合の想定をした話を切り出し、それを嫌がった雨嘉が不安にいなくならないかと問いかけたりが起きたが、ともあれお互いの反省や納得で話は終わった。

 

「そう言えば神琳、お兄さんがいたんだね。私、知らなかった……」

 

「──っ」

 

一瞬詰まらせてしまった神琳は気を取り直して答えるが、時々何かを考えこんでしまっているのか、普段の彼女と比べて珍しく会話がすぐに途切れてしまう面が見られた。

嫌な内容だったのだろうか?と、隼人も疑問に思った矢先、隼人は不意に、祝勝会の時に神琳に問われたことを思い出す。

 

「(……何で、今なんだ?)」

 

その理由は分からない。何かあるのかも分からない。ただ、神琳を少しの間気に掛けた方がいいのかもしれない──と、隼人は結論付ける。

 

「よかった。みんなまだここにいたのね」

 

そして、夢結と梨璃の二人が戻ってきて、呼ばれていた内容を教えてもらうことになる。

早い話が遠征で、百合ヶ丘への救援要請があったので、出発は明日、目的地は九州であった。

九州は既にヒュージネストが掃討されている為、比較的平和になってきている為、今回の遠征は非常に珍しい事例となる。

東シナ海から大量にヒュージが来てしまった為、今回はこうして救援要請が届いた形になる。

 

「……」

 

「……?」

 

「あ、あの……みんな、ニュース、見ているわよね……?」

 

結構な人数が無反応や疑問符的な反応を示していたので、今度は夢結が困惑することになる。

──鍛錬からの哨戒任務だったから、普通に見てなかった……。事情が重なって見逃した身である隼人は少し申し訳なく思った。

 

「新佐世保港のことですよね。現地のリリィと防衛軍の方で対応できたと聞きましたが……」

 

神琳が知った時の情報より後で、どうやら規模が大きくなって続いてしまっているらしい。

そして、九州にいるリリィは他の中国地方奪還に向かっている者が多く人手が足りなくなってしまったのだ。

 

「(神琳……何か気になっているのか?)」

 

今日の哨戒任務もある為、まだ承諾はしていないらしく、一度こちらで承諾の成否の確認を取る話が出たのだが、神琳が何かを気にしている様子が見えた。

少しすると神琳が承諾の旨を示し、助けを求められているなら断る理由はないと言う理由も答える。

無理強いできないことも付け足していたが、結局は全員が満場一致行く意思を示し、明日は遠征にいくことが決まる。

 

「それじゃあ明日、一柳隊は九州に出発ですっ!」

 

最後に、決定代わりとも言える梨璃の宣言の下、この話はまとまった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

こうして、明日の遠征の話も終わり、今に至る。この時雨嘉は妙に不安を覚えたので、こうして誰かに話したかったようだ。

ただし、この予想を建てられたからと言って、確定しているわけではない。聞こうとしても、隼人のように堂々と話しているわけではない以上、隠しても意味がない状況にならない限り隠し通されてしまうだろう。

そして、もしこの予想が当たりなのだとすれば、いざその復讐対象のヒュージと遭遇した時、神琳がどう動くか分からない事が考えられた。

過剰に指揮を執って無理くりヒュージを討とうとするのか、それとも単独特攻をするのか。或いは別か──。全てはその時にならねば判断できないのが良くないことだ。隼人の場合は訓練だと単独特攻であったが──。。

 

「俺も意識はしておくよ。分担になった場合、俺は自分の場所が終わり次第神琳の方に飛ばしてもらうように頼むから」

 

「ありがとう、隼人……」

 

縮地が使える隼人ならその機動力で合流も苦ではない。一緒の担当になった人には申し訳ないがそうさせてもらう。自分が手伝って貰った身である以上、その恩は返すつもりだ。

一柳隊のメンバーには負荷がかかってしまうかもしれないが、迷ってはいられない。

 

「でも……隼人にとってのヴァイパーを見つけたら、神琳は止まらない、か……」

 

「無理に止めるのは叶わないから、そうなっちゃったら、死なせないように援護するしかないだろうね……」

 

苦しいことを言っているかもしれないが、本当にそうしかないのだから仕方ない。無理やり止めて戦線を離れる事ができるのは、恐らく隼人だけだ。

 

「(ともかく当日だ。気を付けておかないと……)」

 

隼人は明日、己がやるべきことを決めた。




話数分で1話ずつやるなら、上手いこと尺のバランスをとる必要がありそうですね。


長話はさておき、解説行きます。


・縮地持ち三人での高機動戦術
レアスキル事情を確認した隼人が、「縮地三人いるならいけるんじゃないか?」と発想して楓に打診したのが始まり。三人体制であること、梅と言うちゃんと抑えられる人がいることから承認を受けた。
今回はまだ実行なし。


・如月隼人
今回がヘリテージスを使った初実戦。戦績は良好。
報告的なものを書くのは施設での生活によって学んで身につけた。
神琳に関しては訳アリだと踏んで留意している。


・王雨嘉
神琳の様子が心配で、話せそうだった隼人に声を掛けた。
気持ちだけでも少し安心できた。


・郭神琳
最後のヒュージに対して引き付けどころか、速攻撃破を選んだ。
今回は何かと訳アリな様子。


次の部分が1話分で埋まるかどうか……ダメそうなら二話分に分割します。


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第2話 遠征

何とか1話分をまとめられた……w


翌日の朝──。一柳隊のメンバーはガンシップに乗って早速新佐世保港に向かって出発することになる。

 

「(由美さんに聞いてもそんな情報は無かったし、後は現地で事を知るしかないか……)」

 

昨日の時点で確認を取った結果、隼人が出した結論はこれだった。昨日に続いて明らかに様子がおかしい以上、何か原因があるはずだ。

担当の場所がどうなるかは実際に行ってみてからだが、彼女が暴走しないことを祈るばかりだった。

 

「(……あっ、そうだ)」

 

思い立ったが吉日、隼人は楓に声を掛けることに決めた。

 

「どうかしましたの?」

 

「ああ。ちょっとな……」

 

あまり周囲に不安を煽っては行けないと考えてたので、この二人の間で神琳に関することを連携しておいた。実際、そういうところに敏感な結梨が不安を感じている為、あまり長続きさせるわけにも行かない。

これは放置できない問題だと感じ、楓は一つの提案を出す。

 

「でしたら、こうしましょう。分担が必要な時は神琳さんと組ませますので、そのまま彼女をマークしてもらいますわ」

 

「分かった。なら、そうするよ」

 

恐らく数人ずつで分散して活動する可能性が高いので、楓はそのように答える。

色々無茶を言っているかもしれないと思っていた隼人だが、案を通してもらえるだけでも助かった。

 

「けど、いいのか?こんな独断みたいなこと……」

 

「本当はあまりいいとは言えませんわ。実際、あなたの言っている通りですし……けれど、今回は仲間を配慮した上での打診ですから」

 

それに──と、楓は付け加えの前置きを作る。

 

「そうやって話してくれる分、あの時よりは全然いいんですのよ?」

 

「……うるせ。もういいだろ?アレは」

 

どこかイタズラっぽさのある笑みをみせる楓に対し、隼人も少し困った様子の笑みを返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

遠 征

tour

 

 

予兆が現れる

──×──

The reason I was worried was because I knew it.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

新佐世保港に到着して全員がガンシップを降りて現地に足を付けるや、トビウオを思わせる見た目をした多数のヒュージに歓迎された──。

 

「……?攻撃してこない?」

 

──のだが、いきなり大ピンチと言うことはなく、攻撃してくる様子が全くなく、ただただ真っ直ぐ、ゆっくりと進んでくるだけだった。

この新佐世保港に現れたヒュージは攻撃性がなく、出てきた被害も倒しきれなかったヒュージが建物等に激突しているくらいのものである。

とは言え、ヒュージであるのは事実で、これを放置する理由は無かった。その為、複数人にメンバーを分け、分担してヒュージの殲滅に向かうこととなる。

 

「(神琳……早まったことをしなきゃいいけど)」

 

気になりはするものの、今は信じるしかない。

 

「ヴァイパーを見たから驚きはしないけど、全く攻撃する気のないヒュージって結構変だな……」

 

「確かに。後、数が多くて面倒だね」

 

班分けに関してだが、神琳の様子の把握も兼ねて、隼人は神琳、雨嘉、鶴紗の三人と共に班を組ませてもらった。

そして、この会話はそれぞれ隼人と鶴紗の二人がそれぞれ出した所感であり、全く持って同感である。その影響か、二人共大体同じ感想を抱いており、それを後で話したら間違いなく二人そろって同感するだろう。

余裕ができたので一瞬だけ神琳の様子を見るが、表面的には平静に見えるも、どうも気が立っているとそのオッドアイの瞳が訴えているように見えた。

 

「(何があったんだ……?)」

 

その理由を探る時間はないので、今はヒュージの撃破へ集中する。

 

「(弾、結構使うなこれ……)」

 

弾数消費が増えてきており、もしかしたら最悪は近くに来るヒュージを薙ぎ払い続ける、ホームランダービー的なものを開催しなくてはならないかもしれない。

だが、一度ヒュージの襲来が止んだ後、一つ予想外の事態に見舞われる。

 

「……!あれは……一般人ですか!?」

 

「えっ!?直ぐに助けないと……!」

 

「隼人、行ける?」

 

「勿論!援護頼むよ!」

 

この中で最も機動力が高く、縮地で水上でも十分動けるのは隼人だけだった。その為、隼人が三人の援護射撃をもらいながらその少女のところに突貫していく。

補助として三人もついていくが、縮地が使える分、隼人の方が速い。その為、三人には退路を確保する手伝いをして貰う形になった。

たどり着くや否、直ぐに拾い上げ、片腕ではあるが抱きかかえる。ただ、水中にいる状況でヒュージに襲われそうになった影響か、パニックを起こして暴れていたので、何度もしっかりと支えなおす。

そして、さっきまでいた場所に戻ろうとするが、いつの間にか囲まれていたことから、今回のヒュージが音探知タイプであることが分かる。非常に弱いヒュージだが、それでも面倒なことには変わらない。

しかし、楓、二水、ミリアムの三人で組んだ班が援護に来てくれたので、そのまま離脱させてもらうことになった。

 

「あ、あれ……?どうして……?」

 

「よし、落ち着いたな……大丈夫?」

 

少しずつ落ち着いてくれたようで、少女はこちらの問いかけに返事した後、ヒュージがいない方向へ逃げていった。

それから間もなくして、ヒュージの迎撃は終わりを迎えたが、今回は最後まで最小サイズである、同一個体のヒュージしか現れなかった。

 

「終わった……?」

 

その為か、結梨も少し拍子抜けしたような声を出す。実際、非常に弱い同一個体のヒュージを何体も倒していたのだから、こうもなるだろう。

また、今回のヒュージのことを鑑みてか、神琳が救援要請に対して疑問視をする声を出し、これを見て隼人と雨嘉は勿論、話を聞かせて貰った楓も彼女に何かあったことを察した。

このヒュージの出現に裏があるのかもしれないが、今は今日の朝から不安を煽られてしまっている結梨の為に話を切り上げさせようとしたところ、もう帰っても大丈夫と言う連絡が来る。

 

「四人とも海水浴びてしまって大変でしたね……」

 

「ちょっと、海水浴するにしては時期がずれすぎてた……」

 

実際、秋の終わりが近づき始めており、水温はかなり低い。故に後で風邪を引かないか少し心配だ。

 

「早いところ着替えてしまいたいですね」

 

「そうだね。ザラザラした感じが……」

 

「まあ、塩あるしそれは仕方な……あっ」

 

『……あっ』

 

「……?」

 

海水に浸かってしまった三人がどういう状態かと言えば、それは制服のシャツから下着が薄っすら見えてしまう状態になっているわけで──。実際に見た隼人は面食らった。

それに気づいて、結梨を省いた九人も察した。本来なら女子しかいないからあまり問題にはならないのだが、今回は隼人(例外)がいる。

 

「い、いや。その……ごめん」

 

少しずつ顔を赤くしながら視線を逸らして謝る隼人と、少しだけ赤面しながら胸元を隠す三人。それはそうだ。今まで全く気づかず会話していたのだから、気まずくもなる。

 

『(あっ、反応した……)』

 

とは言え、反応が年頃相応のものになってはいるので、少し安心もしたが。

それはさておき、隼人が毎度大変な想いをしてしまうので、少し控えよう──そう皆が心の中で決心したものの、それはそうとして隼人に身の思いをぶちまけたい者が一人いた。

 

「……隼人さん。少々、よろしくて?」

 

「えっ!?な、何の用で……?」

 

目が笑っていない楓を見て、隼人は素っ頓狂な声を上げながらそちらに顔を向ける。

──何でそうなってるの?と思ったが、少し話を聞けば理由はすぐに納得できた。

 

「……どうしてですの?どうして、わたくしの時はああでしたの?」

 

「お、おい?いや、それに関しては確かに申し訳……って、いやいやいやいや!最近の俺はそうでもないだろ!?」

 

「違いますのっ!最初!一番肝心な最初でしてよっ!?そういうのが戻っているのは既に確認済みでしてよ!?」

 

今だからこそ納得できる話だが、これを当時のように情が戻っていないままだったら完全に空気の読めない奴になっていた可能性もあり、後々で隼人は震え上がったことを示しておく。

とは言え、こんな会話を流石に無言で見ているかと言えば、そう言うこともなく。

 

「最初……?結梨と会った時かの?」

 

ミリアムを始め、事情を知らない人はこうなるのだが、残念なことにもっと前である。結梨に至っては終始頭の上に疑問符がつき続けている状態でもあるが。

 

「おや、何やらお困りのようだね?」

 

このままでは収集が付かない事態になりそうだったところに男性の声が聞こえ、その会話はようやく中断を迎えることができた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

その男性は救援要請を出した艦の艦長だったらしく、ずぶぬれになってまで民間人の少女を助けに向かった四人に対して着替えを貸してくれる話を持ち掛けてくれた。

服自体は軍服で、男性である隼人は一般のものを用意してもらえたが、女性の軍人が多くない都合上、他の三人は式典用のものを借りることになった。

これはこの艦長が自分たちの姿勢を気に入ってくれたところが大きく、その人が出す感謝の形がこうなったのである。

 

「先程はすみません。彼女、どうも昨日から気が立ってるみたいで……」

 

「いや、構わんよ。不甲斐ないのはこちらも事実だからね……」

 

その際に神琳が色々とこの人を責め立ててしまったので、一足先に着替え終わった隼人はその詫びを入れることにした。

とは言え、今回の襲撃は確かに自分たちでどうにか迎撃できたのは事実である為、艦長の所感は変わらない。

その為、何か事情があることは理解できただけよしとなり、神琳の件は一度終わりとなった。

 

「しかし、君も大変だな……今現在、男子のリリィは君一人だけなのだろう?」

 

「ええ。色々気を配る所は多いですね……でも、俺が選んだ道なので、そこは大丈夫です」

 

戦うことを選んだ理由のヒュージを討ったので、本当ならそこを去ってしまうこともできた。だが、隼人はそれを選ばなかった。

共に戦ってきた彼女ら──仲間を放ってそのまま去るのを良しとしなかった。それだけのことだが、それは矜持(ポリシー)とも呼べるものである。

 

「我々も、君たちのような者が増えるのをどうにかしたいのだが、ああいうタイプくらいでないと効きが悪いものでね……」

 

「そのお気持ちだけでも嬉しいです。やっぱり、そう言うのを見過ごすの、難しいものですから……」

 

戦場に出るもの同士、その想いは同じだった。きっと、他の場所で戦う者達も同じだろうと思いたい。

隼人も最初こそ復讐──対象を殺してやりたい思いからCHARMを手にとって戦ったが、今は純粋に仲間と手を合わせて少しでも多くの人を守るために戦っている。

そんなこともあって、最初は感情のコントロールで苦労したのも少しだけ吐露していた。

 

「だが、コントロールできただけでも立派なものだよ。その憎悪による自滅を止められて、だからこそ仇敵を討てたのだから」

 

中学に上がる直前と言うこともあり、それに関して相当厳しかったはずだ。その術を教えた者の教え方が上手かったのだと考えられた。

それに関しては事実で、隼人はそのおかげで憎悪を開放しながら冷静に戦うと言う、人が聞いたら「何言ってんのコイツ」と言われかねないことをやってのけられたのである。

 

「(確かに、隼人君は怒りを見せながらもずっと冷静だった……)」

 

着替え終わっていた三人も、途中からその話が聞こえていたので少し落ち着くまで待っていたのだが、神琳はヴァイパーに対する隼人の状態に気づく。感情こそ激しているものの、判断や行動は終始自らを保ち続けていた。

それはつまり、隼人が精神面を安定させていた証拠でもあり、周囲の被害等にも配慮できていたのはそれが原因だろう。

この事実を理解すると同時に、一つの不安要素が彼女に生まれた。

 

「(もし、わたくしの危惧通りになって、そのヒュージと出会った時……わたくしは冷静でいられるかしら?)」

 

そう考えた瞬間、神琳は自分の内にある何かが急に脆く崩れやすいものに感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

着替えが終わった後、観光を勧めてくれた艦長の言葉を聞いて観光に行っていた。

 

「(どうでしたか?)」

 

「(間違いなく何かあった……ってことは。今回のヒュージの件で気が立ってるし、何か知ってるかも)」

 

その間に、自然を満喫している様を装って、隼人は楓と状況の連携をする。

 

「(もしかしたら、直接聞き出す必要がありそうだ。その時は俺がやろうとは思うけど……)」

 

「(ええ。ですが、無理だけはなさらないように……ことが来るまで待った方がいいかもしれませんから……)」

 

時間で解決できるならそれが理想ではあるが、そう簡単にいくかは分からない。

それ故に、こうして身構えておくくらいしかできない。今はこれが精一杯だった。

簡潔な打ち合わせが終わった直後に梨璃の端末へ救援要請の連絡が届き、急いで戻ることになった。

今回のヒュージは前回のそれと比べて強いヒュージが多く、攻撃もそれなりにしてきていた。遅れてたら被害は大きくなっていただろう。

 

「(何だっけ……?前に、何かで調べたことあるような気がするな……)」

 

以前に調べたことがあったが、それはこの戦闘中には思い出せなかった。

仕方ないので思考を隅に置き、隼人は二体のヒュージに対して縮地を使って近づき、すれ違いざまに横薙ぎをするようにCHARMを振るい、纏めて倒して見せる。気になる事項はあるが、今は後回しだ。

一柳隊のメンバーの活躍もあって数は一気に減っていき、最後の一体は雨嘉の狙撃で撃破され、今回の襲撃も無事にやり過ごせた。

その後、少しだけ話を教えて貰った雨嘉が事情を聞くと、神琳が似たものを見たことがあるとのことで、それを皆に伝えたいと言いだしてくれた。

艦長にもダメもとで話の場として艦を借りたいと言ったところ、快く受け入れてくれた。

今回結構色々言ってしまったのでダメかもしれないと思っていたが、気に入る姿勢を持っていたことが大きかったのだろう。

 

「実は今回の襲撃、わたくしの故郷である台北(タイペイ)でも起こったことがあるんです……」

 

今回もその時と同じように、最初は弱いヒュージだけだったのだが、今回のように順番に強いヒュージが襲い掛かってきていたそうだ。

そして、台北は少しずつ押されていき、次々と被害が増えてしまっていったのである。

 

「その時の結果、その台北は今でも陥落状態が続いてしまっているわ」

 

ヒュージの侵攻によって、ガーデンが指定された範囲の守備を維持できなくなってしまった状態、或いはその地域のエリアディフェンスの機能が止まってしまった状態のことを陥落状態と言われる。

これ以外にも大型のケイブが根付いてしまった場合も挙げられるが、どの道人がいられない場所になってしまったことには変わりない。

話を戻すと、この台北でも起きたヒュージの襲来は、神琳が知っている通りであれば最悪のヒュージがやって来るとのことだった。

更に聞くと、どうも神琳には兄が三人いたらしく、その三人は当時台北での防衛活動をする人たちでもあったようだ。

 

「手紙で文通を送り合っていたのですが、途中からヒュージの話が増えてきていて──」

 

──そのヒュージが出現してからは、返ってこなくなりました……。その話を聞いて、隼人は一つ確認することができた。

ほぼ確信の段階まで来ているが、一応念の為である。

 

「その最悪のヒュージってやつ……神琳にとっては、俺から見たヴァイパーと()()か?」

 

「……ええ。その通りです」

 

「分かった。ただ、そいつが来るまでは抑えるんだ。理由は、分かるな?」

 

回答がわかるや隼人の行動は早い。感情に関して自由にしたのは自分もそうだったからで、理性に関してはぶっつけ本番すぎるので何も言えない。

 

「ヒュージである以上、撃破を狙うのはそうですが、最低の場合でも、撃退に持っていきたいですわね……」

 

楓の出した方針は指揮を執る者の観点から出たものだ。撃退はまた同じような事態を招くかもしれないが、少なくとも当面はなんとかできる最低限だった。

 

「なら、元復讐者として俺からもいいか?」

 

「……隼人?」

 

別の観点から提案するために挙手する隼人だが、その様子を結梨が不思議に思った。何故なら、本来薄弱くなっていたはずの悲しみの匂いが、少し変わって僅かに強くなったからだ。

 

「そのヒュージを見つけた場合だけど……倒せる手段があるなら、何としても今回の遭遇でそいつを討とう」

 

隼人が出した提案は、この一回の遭遇での決着であった。




この調子なら5話分で終わらせられそうな感じがする

以下、解説です。


・如月隼人
異性に対する意識が蘇っているので、今回は普通に反応。
元復讐者故に看破が速い。まさか異性に対する反応で今更楓に詰められるとは思わなかった。
一回で決着を提案した理由は、遠征先にいる為、また来るのが難しいことから。


・郭神琳
ようやく気が立っていた理由を話せた。
隼人の安定性の高さを見て、自分に不安を覚える。
本人的には何としても対象を討ちたい。


・楓・J・ヌーベル
隼人の反応が戻ったは良いが、最初の頃からその反応をして欲しかったのは事実。
最悪のヒュージの規模が分からないので、様子見に近い決断。


・一柳結梨
隼人の変化も敏感に感じ取った。ただし、神琳と違ってそれでも結構弱い変化の為、不安に感じたりはしていない。
異性の情とかに関しては完全に疑問符状態。


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第3話 遭遇

残業ラッシュが増えてしまったところどうにか間に合いました。


遭遇次第撃破を狙う方針ができたのはいいが、情報が足りないのでそこから少しヒュージの情報を聞いてみる。

そこで分かったこととしては形状は龍を彷彿とさせるヒュージで、特殊な個体だと断定できる。強力なレーザー攻撃を持つ。目覚めると暴れだして手をつけられなくなるので、目覚めるよりも前に決着を付けてしまいたい。重要なワードと言えばこの三つだろう。

 

「蛇の次は……龍……」

 

話を聞いて思ったこととして、雨嘉は少なくとも小型ではなさそうだと思った。大型のヒュージで、通常の攻撃をするだけでは厳しそうだ。

更に、ヴァイパーの時は硬いだけで攻撃はそうでも無かったが、今度は大型故に硬いしパワーもあると想定できた。場合によってはノインヴェルト戦術も必要かもしれない。

 

「そのヒュージですが、東シナ海にいます」

 

また、そのヒュージの所在が神琳から断定系の言葉で告げられた。これには現地人である艦長が大いに驚いたが、事前に情報を仕入れたとの回答が帰ってきて納得した。

どうやらそれが昨日のニュースにあった詳細らしく、全く攻撃することなく滞在している大型のヒュージで間違いないようだ。神琳の証言を元にするなら、出てくるだけ出てきて休眠状態なのだろう。

神琳の故郷である台北の時はこれが暴れだすまで気づけない、ないし放置されてしまったことが原因なのか、最終的に陥落状態に陥ってしまっている。

故にここがそうならない為にも、急いで討つ必要がある──。そう訴える神琳の目はどことなく焦りも見えていた。

 

「わたくしの故郷のようになってしまってはもう遅い……ですが、今から行動を起こせばまだ間に合います……!」

 

──新佐瀬保(この場所)を、そうするわけにはいきません。焦りの理由は、再び繰り返されるかもしれないことへの恐怖であった。

実際、繰り返されるのはよろしくない。阻止できるのならばそれが一番である。

故に、一柳隊のメンバーは当然、艦長も可能な範囲で協力を約束してくれた。この艦は通常兵器である以上、流石にそのヒュージとの戦闘をすることはできないので、他のヒュージの撃破や、足止め等が主になるだろう。

そのヒュージを撃破することが決定したので、移動を始めることになるのだが、その際に隼人は少しだけ神琳に話しておこうと思った。

 

「なるほど……だから、隼人君はヴァイパーを前にしても冷静でいられたと」

 

「俺も訓練で身につけたから、今からは間に合わないかもしれないけど……」

 

「いえ。土壇場でもやってみる価値はあるはずです。何もしないよりはいいですから」

 

それと戦うこと前提だったとは言え、隼人は戦場に出るよりも前に感情を出しても冷静さを保つ訓練を受けていたので、問題なかったのだ。

憎悪の対象だし、ぶっつけ本番でやらなきゃいけないので、正直厳しいのはそうだが、教えてもらえるだけでも少しは変わるはずだ。

 

「少し安心しました。確かに、ヴァイパーに囚われて周りを考慮できない事態を避ける訓練はしたと聞いていましたが、そういうこともしていたんですね?」

 

「向こうの人たちを手伝うのもあったけど、そうしないと俺も死ぬかもしれないからさ……」

 

実際、やらなければそのまま死んでいただろう。それはアリスの想いを無駄にすることにも繋がる。

慣れなければきっと誰もが同じ。しかしながら、人間慣れれば案外大丈夫なのだと、改めてそう思わされた。

 

「わたくしもやってみます。ただ……もし、あなたが近くにいるのなら……」

 

「ちゃんと止める。だから、お前も頑張れ」

 

──お願いしますね。隼人の返事に満足した神琳は最後にそれだけ返した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(さて……大体こんなところか)」

 

その後、隼人は今回やるべきことや、この艦の装備を簡単に教えて貰って情報の整理をしていた。元復讐者故に、そこら辺の協力が人一倍積極的だった。

 

「偵察用ボートか……これ、神琳が一人ですっ飛ばなきゃいいけど」

 

「その通りですわ。一人で無茶な突撃するアホンダラなんて、隼人さんだけで十分でしてよ?」

 

纏めたデータで一人悩んでいたら、楓が同意の旨を出して来た。どうやらこちらの様子を見に来てくれていたらしい。

本当にそれをやられてしまったら、緊急離脱させる為に隼人は同乗するつもりでいるが、出来ればもう一人は欲しいと思う。とは言え、そもそもそうなる前に引き留められるのがいいのだが──。

 

「その様子だと、難しそうですわね……」

 

「ああ。俺も訓練し始めの段階で止まれなかったし、いきなり実戦なら多分無理だ」

 

隼人も訓練し始めの頃に復讐心のコントロールができず、本来の目的等を見失って暴走した。であれば、いきなり実戦の神琳はもっと制御が難しいだろう。

さっき一声を掛けはしたものの、それがどれだけの効果を与えたかは分からない。

こうなっては仕方がない──そう感じた楓は、隼人の左手の上に自らの左手を重ねる。

 

「何としても止めろ……とは言いません。ただ、誰も失わないようにして下さいな。あなたも含めて」

 

「楓……分かった」

 

──また手間をかけさせるな。そう思いながらも、隼人は素直に好意に甘えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

その後、艦に振動が走ったのと、艦長からヒュージの襲来が伝えられたので、一柳隊は大急ぎで迎撃に出る。

前回の襲来に続いて更に強いヒュージが現れており、いよいよ神琳の故郷で起きたことが再現されるかもしれないと言う危惧が大きくなって来た。

 

「神琳、まだ続くってみていいんだな?」

 

これに関しては肯定が返された。目覚めてからは遅いと言われている以上、手を打ったほうがいいかもしれない。

ただ、問題として移動する手段が限られすぎていることがある。海上移動手段を使って渡るほかないのだ。

 

「なるほど……。分かった。何かあったら連絡を頼む」

 

連絡を終えた艦長曰く、何か大型のヒュージらしき反応が動き出したとのことで、更には天候が一気に雨に変わった。

もう既に件のヒュージは動き出してしまっているだろう。だが、肝心な対応手段が明確にできてはいない。

しかし、このまま何かしないでいるなら、そのまま飲み込まれてしまう可能性が高い。どの道動くしかない以上、急ぎで方法を練り出す必要がある。

 

「この艦には、偵察用のボートが備わっていますよね?」

 

「ああ。確かにそれはあるが……まさか、それで向こうへ渡ろうと言うのか!?」

 

神琳の問いに返答した艦長は途中で理由を察し、驚愕する。あまりにも無謀がすぎると。

 

「ま、待って神琳……!いくら何でも無茶だよ……!」

 

雨嘉もあまりにもらしくない彼女の行動を見て、たまらず静止の声を投げる。普段なら明確に手段を見出してから動き出すはずなのだが、行動が先に来てしまっている。

更にこの状況、普段はあまり自発的に行動するのを得意としない雨嘉が、神琳の目の前に立ちふさがるようにしてやっているのだから、この異常さがよくわかる。

 

「……」

 

先程から、神琳は一つの物事に関して激しく思考を回していた。内容は当然、件のヒュージのことだ。

今すぐ行きたいし、もしかしたら自分一人でだろうと討てるかもしれないので行けと言う思考と、隼人の制止、雨嘉やレギオンメンバーの心配もあって止まれと言う思考が殴り合いをしているのだが、少しずつ前者が勝ち始めており、止まれなくなるだろうと予想できた。

 

「(どうしましょうか……)」

 

──いいじゃないか。彼だって途中までずっと一人だったのだから。

──何を言っているのか?向こうは冷静だったし、撃破は可能ならで動いていたから良かったのだ。それに対して、自分は撃破前提。条件が全く違う。

──かと言って止まる理由になるのか?現に、隼人は感情むき出しで戦い続けられていたじゃないか。

──否、それはコントロールする術を手にしたからこそ。今一人で行っても恐らく討てない。手は借りたほうがいいだろう。実際この現象を何とかする協力は約束してもらえている。

──それでも、巻き込む気にはなれない。これは自分自身の戦いで、協力してもらうことが必須とは限らない。

──心配させるかもしれないが、早く討って戻ってきてしまえばそれでいいはず。それに……。

 

 

 

 

 

──やはり、自分は彼奴をみすみす逃したくはない。神琳の中で、行くことが選択肢の答えとなった。

 

「どいてください。雨嘉さん……」

 

「……!?」

 

後々振り返れば、自分でも底冷えするような声を神琳は出していた。

その場にいる全員が信じられないような目を向けて絶句し、この様子だとそのまま行けると判断した神琳はすぐに戻るとだけ告げてボートを出そうとするが──。

 

「悪いけど、お前一人で行かせるつもりはないよ」

 

「……なら、どうするんですか?」

 

すんでのところで隼人が阻止する。今すぐ行きたいと思う神琳は、苛立ちを含んで問いかける。こうなる可能性も想定できていたのか、隼人は慌てる様子を見せない。

 

「俺も乗る。突っ込んだ俺たちで討てないなら、その場ですぐに撤退するぞ。場合によってはボートも放棄する」

 

選択としては、神琳が戻ってこれない事態を避ける為の保険のようなものだった。止めたいけど止められない。ならば、行った先で無理なら無理にでも連れ戻す。そんな算段だ。

一応、このボートは四人まで乗れるらしく、様子のおかしい神琳を放っておけなかった雨嘉と、途中から二人の様子に気を配っていた鶴紗の二人も同乗を決める。

 

「隼人、行っちゃうの……?」

 

「本当はあんまりよくないんだけどな……けど、誰かが行かなきゃあいつが戻ってこれなくなるから……」

 

誰かが行かねば、神琳は引き際なんて考えずに戦ってしまいそうな様子だったので、もう仕方がないのだ。

ただ、大型である以上は力を合わせなければならない。それは結梨も分かっていることで、しかしながらボート自体に乗れるのは四人。とてもじゃないが討つ為の戦力としては不足しているとみていいだろう。

 

「艦長さんっ!ボートっていくつあるの!?」

 

「残念だが、その一つしか備わっていない。四人が先行するなら、残りのリリィはこの艦で送るしかない」

 

何とも巡り合わせの悪い話だった。仕方ないので、結梨は後で皆と合流することになる。確かに隼人としても結梨が手伝ってくれるのなら、離脱させやすくて助かるのだが、それは万が一自分たちに何かあった場合、水上で高速に動けるのは梅一人で、彼女が物凄い負担を背負うことになってしまう。

その為討てるならそれでいいが、基本は本隊とも言える自分たちの合流まで無理はしない方向で決定となった。

 

「隼人さん。最悪、あなたが最後に縮地で離脱と言う手段を取れば逃げられる可能性は高いですが……」

 

「無理はしないよ。それは最後の手段、でしょ?」

 

分かっているのならばよく、楓は今度こそ引き留めるのをやめる。

それからすぐにボートを出し、四人は現地へ先行していくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「隼人、大丈夫?」

 

「……俺か?」

 

偵察用ボートで移動している最中、隼人は雨嘉に心配された。昨日の相談といい、今日の神琳に気を使った行動や件のヒュージを討つ方針の発言といい、他者に気を遣うのはいいとして、自分を疎かにしていないだろうかと考えたのだ。

 

「そうだね。さっきも、色々艦内の確認とかまでやってたし……そもそも休めてるの?」

 

「まあ、休むには休めてるよ」

 

こうは言うが、実際普段より明らかに休息時間は少なくなっている。我ながら気を回すはいいが回しすぎたは間違い無いだろう。

一応、こういう時に備えた長時間行動の訓練自体はやっているし、実際にやったこと自体はあるが、その時は緊急事態故にそうなっただけで、普段はさっさと戻るのが常だった。

だからこそ、早めの離脱を視野に入れて行動することを方針として固めている。

 

「……見つけました。アレがそうです……!」

 

「あいつが……って、波が荒れすぎてるな」

 

龍のような見た目をしたヒュージを見て、神琳がヴァイパーを見つけた自分と同じような反応を示すが、それ以上に荒波が厳しくこれ以上ボートで進むことはできず、隼人は咄嗟にボートを停止させる。

これ以上は船が転覆するから進めないと言えば、神琳は空中から飛び出してしまう。

 

「なっ……!?流石にぶっつけ本番じゃ無理か……!」

 

それを見て感情のコントロールができなかったことを悟り、隼人は急いで連れ戻さないと行けないと判断を下す。

 

「雨嘉、鶴紗!手伝ってくれ!あのバカを連れ戻す!」

 

「分かった!」

 

「神琳を、お願い……!」

 

仕方ないので、隼人は海上に躍り出て、縮地で大急ぎで追いかけ、雨嘉と鶴紗はその場で射撃して取り巻きのヒュージを撃墜し始める。

中央のヒュージは神琳が容赦なく倒していくので、誤射の危険がある為そちらには撃てない。

 

「お前は……お前だけはぁぁーーっ!」

 

隼人が追いかける先、憎悪に満ちた声を上げる神琳の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

遭 遇

encounter

 

 

許されざる仇敵

──×──

The other avenger is furious.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「逸るな神琳、戻れ!」

 

「お兄さまたち、見ていて下さい……!神琳はコイツを討ちますっ!」

 

ブレードフォームで一撃斬りつけて見せるものの、ダメージは見受けられない。硬い場所に当たったのか、それ以外の理由か。ともあれ、有効打にはならなかった。

ともかく声を届けたいが、あの状態では聞く耳持たずだろう。更に、もう一つ悪いニュースが届く。

 

「神琳避けてっ!ヒュージが、神琳を狙ってる……!」

 

「っ!?」

 

よく見たら、ヒュージの体の青い部分が赤くなっており、その体の一部を使って神琳を叩き落そうとしている。

そして、神琳は空中にいるので回避が非常に難しい。しかも防御結界が弱いので、非常に危険である。

 

「やるしかない……!」

 

故に、隼人は思いっきり一飛びして神琳に体当たりする。

 

「……!隼人く……!?」

 

「ぐ……!うおぉっ!?」

 

どうにかして押しのけるが、もう速度は残っていないので、CHARMで無理矢理防御する。

幸いにも直撃は避けはしたものの、勢いは殺せず、隼人は吹き飛ばされてしまう。これはヒュージの攻撃によって生まれた風圧を貰った神琳も同じだった。

二人共それぞれ飛ばされて、海面に落ちていく。

 

「(ヤバイ、海面だ……!)」

 

落ちる先に気づいた隼人は咄嗟に息を吸い込んで鼻を摘んで海面に落ちる準備を急場で作る。

海面に落ちてから落ち着くや否、すぐに泳いで上に上がっていく。

 

「ぶはっ……!神琳は……みんなは大丈夫か?」

 

「隼人!?何ともないんだね?」

 

「背中痛いくらいで、まだ平気だよ」

 

鶴紗の伸ばした手を支えに使わせてもらい、隼人は水面の上に上がる。そこまで行けばマギで足場を作って移動もできるようになる。

後は雨嘉と神琳が見つかれば、そのまま離脱となるが、問題はヒュージの方だった──。

 

「アイツ……動きが止まってる?」

 

「さっきのは攻撃してきたから迎撃しただけか……?」

 

──が、攻撃してくる様子はなく、もしかしたら何か習性みたいなのがあるかもしれない。それなら行幸だ。

一方で、雨嘉は必死に海中で神琳を探していた。彼女の望んだことを全くやっていないし、もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

だが、そんなのは些細なことにすぎない。大切な人に嫌われてでも生きてもらいたい──それが彼女の選択だった。例え自己満足と言われようとも、決して曲げるつもりはない。

 

「(嫌われてもいい……!どこにいるの……?)」

 

暫く探して彼女を見つけ、急いで海面から顔を出す。急いで二人を引き上げたところで他の皆と艦長が乗る艦が来たので、それに乗せてもらって一時撤退することになった。




思ったより結梨ちゃん喋らせれてないな……(汗)

以下、解説入ります。


・如月隼人
最近の自分にしては割かしオーバーワーク気味。幸いにも疲労耐性はあるのでまだ平気。
大急ぎで神琳をカバー。自分に来たダメージも少なめ。


・郭神琳
感情のコントロールは残念ながら失敗。流石にぶっつけ本番は厳しかった。
隼人の咄嗟にやってくれたフォローで攻撃を直には受けてないが……?


・王雨嘉、安藤鶴紗
隼人を無茶していないかと気にしていた。お互いに助けるべき相手を助けた。
また、隼人が先行してそのままフォローしてくれたので、雨嘉が無茶なフォローをする必要がなくなった。


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第4話 ■■

一応、サブタイぼかしましたが……

このイベントシナリオやるならさ……やるしかないじゃない?


船に戻された後、隼人は艦長や皆に謝罪と礼を述べた。自分一人では結局止めることができなかったからだ。

 

「隼人、聞いてもいい?」

 

今回大分心配をさせてしまっていた結梨に問われ、隼人は先を促す。そう言えば、結梨には話したことないかも知れないと思い出していた。

気になったのは隼人の『元復讐者』と言う名乗りで、この理由を結梨は知らない。故に、ずっと気にしていた。隼人の悲しみの匂いはこれなんじゃないかとも思って。

 

「やっぱり……気になる?」

 

「うん。なんかずっと、隼人が無理してるみたいだから……」

 

「えっと……俺、そんなにしてた?」

 

結梨は頷くし、周りを見れば誰も彼女の言い分を否定しない。これは相当なのだろう。

こりゃ反省だなと割り切った後、隼人はヴァイパーと言う特殊なヒュージと、それに幼馴染みの少女と右腕を奪われた自分。そこから半年のリハビリと訓練に、三年近くの戦いの末に討ち終えたことを話した。

それが隼人の悲しみの匂いとその終わりであり、今回ぶり返してしまったのは神琳と言うもう一人の復讐者を想っての結果だった。

また、この戦いの終わりは自分一人では迎えることができず、最終的にはこの一柳隊の協力を経て終わらせることができたのも大きい。

 

「俺は多くの人に手伝ってもらって終わらせることができた。勿論、その中には神琳もいる……だから、今度は俺が手伝う。暴走を抑えられるようにしようって思ったらこうなっちゃったんだ……」

 

「そうだったんだ……」

 

──じゃあ、ちゃんと休まないとだね?気を張りすぎていた理由が分かったので、結梨が出した返しはこれだ。

手伝うのなら万全の状態であるべきなのは確かで、梨璃や楓からも「考えるのはこっちでやるから、今はしっかりと休んで」と言われ、そうさせてもらうことにした。

 

「なら、一室貸すとしよう。そこでゆっくりと休むといいだろう」

 

「ありがとうございます。使わせてもらいます」

 

艦長の気遣いは素直に受け取り、隼人はそこで体を休めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、やっちまった」

 

今より二年半程前──。隼人が復讐者となっておよそ一年が経過した時のことだ。

その日の夜、隼人は今日の出撃のことに関して自省する。理由は今回共に戦ったリリィに対する態度になる。

というのも、現場で当時のヘルヴォルと協同し、その後物凄い恨み節をぶつけてしまったのが問題である。

 

「まあ、あなたの気持ちが分からないわけではないわ。被害者だもの」

 

「そうなんだけどさ……」

 

聞いた話によって得た怒りが先行した結果であり、よくよく確認しなかったことが不味かった。ただ、それでも当時日の出町にいた人たちの一部は、隼人のようにエレンスゲ女学院──その代表のヘルヴォルにいい印象を持っていない。

向こうもそうなること承知の上だったのか、こちらに反論してくることは無かったが、それでも言い過ぎではあった。

ただ、こうして話を聞いてくれるアリスは、自分が隼人と同じ立場なら止まらないかも知れないと告げた。あまり感情が表に出ない彼女でも、そこまで条件が揃えば止まれなくなる。

とは言え、同情だけでは隼人の求める解決にはならないので、一つ回答を出す。

 

「私はこう考えるわ。現場で戦うリリィは関係ない、皆必死で戦っている、とね……」

 

「……そっか。なら、俺は……」

 

その言葉を元に、隼人は恨む対象を当時のヘルヴォルメンバー。または惨劇の引き金を引いた張本人のみに絞り込むことを決めた。

そうすることで新しい感情のコントロールを成功させ、以後、今回のようなことを繰り返しはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

 

「……神琳がどこか行った?」

 

「一人になりたいって言って、行っちゃったみたい……」

 

隼人が休息を終えて戻って来るや否、そんな話を聞かされて一瞬焦ることになる。戦いに行ったとなればシャレにならない。

だが、流石に戦いに行ったとは考えづらく、どこかで頭を冷やしているんだろうと考えた。

 

「言い過ぎちゃった……かな?」

 

「いや、それは大丈夫だと思う」

 

どうも神琳と雨嘉が言い合いになったらしく、少し反省していた雨嘉だが、鶴紗は彼女を悪いとは思っていない。

ちょっと経緯を聞いてみれば、「確かにそうだな」と隼人も鶴紗の言い分に納得した。もし目の前で言われていたらひっぱたいていたかもと思える程に。

 

「大丈夫そうでして?先程、簡易チェックも済ませましたが……」

 

「問題ないよ。コイツ、ビックリするくらい元気だ」

 

先程ヒュージの打撃をまともに受けてしまった隼人のヘリテージスだが、しっかりとマギを込め切れていたことと、そんなに長い時間拮抗せずに飛ばされたおかげか、ダメージはほとんどなく、戦闘の継続に支障はない。この簡易チェックは、ミリアムも協力してくれている。

これに関してミリアムは「CHARMの剛性と隼人の技量、それからヒュージのパワーが全部嚙み合った結果じゃの」と述べていた。ヒュージのパワーはともかく、隼人側のどちらかが欠けていたら大変なことになっていただろう。

隼人のCHARMに関して問題ないのはいい。昨日の段階で試験運転で一回だけなら使用できる高威力補助パーツの取り寄せをミリアムが大急ぎでやってくれるので、それもいい。後は神琳が一人でどこにいるかだ。

 

「神琳どこにいるんだろう……?」

 

二水からは静かな場所に──。と言うヒントをもらえたが、今は遠征で来ているので、その辺はあまりあてにできないかもしれない。

しかしながら、遠征で来ていると言う事は行き先も限られるので、そこにいるかいないかくらいの確認に行くだけなら十分にできる見込みはある。

 

「……私、ちょっと……行ってくる!」

 

「お、おい?見つかるか分かんないじゃ……?」

 

「もしかしたら、雨嘉は当たりがついたんじゃないか?」

 

鶴紗が制止の声をかけたが、もう既に雨嘉は全力疾走し始めてしまったので、間に合わなかった。

ただ、梅は雨嘉の行動を見てそう予想したし、梨璃は理由はさておきとして雨嘉なら見つけてくれると言うどこか確信めいたことを述べる。

何で毎回そう言えるんだろう?とは思うが、実際にその通りになっているのを何度も見た以上、もう言及する気はない。

 

「そう言えば、昨日試験運転した補助パーツってどんなの?」

 

「隼人君はまだ共有していなかったわね……では、簡単に説明します」

 

ざっくりと言えば雨嘉や百由が使っているCHARMに外付けで装着させる超高威力射撃用のパーツであるらしく、威力は折り紙つきらしい。

そして、これの運用をすると言う発送に至ったのは、近距離まで寄るとすぐに攻撃されてしまったのが見えていたことと、これによってヒュージと一定距離以内で使うノインヴェルト戦術のパス回しが安定しないことが予見されたからだった。

これらが理由で遠距離から十分な高火力攻撃ができるものを用意したいと言う結論にいたり、その手段のパーツが一回だけなら射撃できる──。要するに、一回しかないが実現できる方法であることから緊急的に採用されることになった。

現状それしかなかった故に賛成も早く、ミリアムは急ぎでそのパーツの取り寄せを始めてくれたのである。

ここからは、現在ある情報や装備を元にあのヒュージを討つ為の作戦会議を始めることになっていく。

 

「うまくいけば……神琳、元気になるかな?」

 

「うん。神琳さんも元に戻るよ。だから、頑張ろう結梨ちゃん」

 

「(ヴァイパー(あのクソ蛇)の時と同じだ……逃がしはしない)」

 

結梨を安心させようとする梨璃を尻目に、隼人はかのヒュージを討つ決意を強めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(やっぱりそう……神琳は、最初からそれを目的でリリィになってない)」

 

当たりを付けて神琳を探している最中、雨嘉は彼女のリリィになった理由に結論が出ていた。この答えに至った理由は隼人がいたことが影響している。

隼人は最初からヴァイパーを討つことを目的としている為、彼の方はもうそれは当然なのだが、彼女の場合は東シナ海の情報を得てそのように振舞っているのが見えた。

 

「(やっぱり、ちゃんと伝えよう……)」

 

どうしてああも厳しいことを言ったり、無茶なことをしようとしたりするのか。普段から彼女を見てきていたから分かる。だからこそ言えないことも──。

正直に言えば、雨嘉はかなりの怒りを抱いていた。昨日のお茶の時からさっきまでで段階的に溜まって来ていたとも言える。

神琳は例え自分を犠牲にしてでもあのヒュージを討とうとしているが、そのことには思うところがある──と言うよりも、思うところしかない。

故に伝えるのだ。彼女が堂々と自分に身の思いを伝えるのと同じように──。

 

「(結局、一人で先走りしてしまったわ……)」

 

雨嘉が当たりを付けて向かう先、一回目の襲来を防いだ後に一柳隊メンバーで赴いた観光場所で一人己を顧みていた。

艦長や雨嘉にああいうわ、隼人の忠告も全く活かせないわで、自らの自制心が予想より低いと感じでいたのが原因で、落ち込んでもいる。

だがそれでも、何としてでも彼奴を討ちたいのは確かで、最悪は自分一人だけでもそうするつもりでもいた。

これは一族の無念と考えているのが起因しており、故に神琳の思考を狭めてしまっている要因にも繋がっている。故に、可能性が低くとも、やろうと思わずにはいられない。

 

「神琳……ここにいたんだ」

 

「……雨嘉さん」

 

そして、不出来な妹で申し訳ないと、天にいる兄たちに心の中で詫びていたところに雨嘉がやって来た。

少しくらい気持ちが変わるかと思ったが、それが変わることは無かったようで、神琳は自らが持っているあのヒュージへの情と考えを伝える。

 

「これは、わたくしの一族の問題……全て、この時の為に」

 

「ううん。それは……違うよ」

 

だが、雨嘉はそれを否定する。静かに──しかしながら、ハッキリと。同室で過ごしていて、今の彼女と同じく復讐者だった少年と言う比較しやすい相手もいた。故に結論も出しやすかった。

彼女は──無理に自分を押しとどめようとしているのだ。復讐者と言う枠の中に。

 

「……何を言ってるんですか?」

 

「だって、そうでしょ……?最初からヴァイパーを討つ気だった隼人はともかくとして……神琳はちゃんと、違う理由があったんでしょ?リリィになる時に……」

 

「っ……」

 

「無理してウソばっかり……ちゃんと話して」

 

もしかしたら、一番言われたくないところを言われてしまったかもしれない──。それくらい、神琳は誤魔化しようのない言葉の詰まらせ方をしてしまった。

とは言え、自分がリリィになった理由が違うとしても、やはり自分があのヒュージに対してどうするつもりかは変わらない。

 

「例えそうだとしても、わたくしは……刺し違えてでもあのヒュージを倒すつもりです。それを、雨嘉さんは止めるのですか?」

 

「ヒュージを倒すのは、止めないよ。でも、刺し違えてもだけは……()()()止める……!それに、台北の時と違う。神琳一人じゃなくて、一柳隊みんなでの戦いでしょ?」

 

それだけは許容できないのが雨嘉の考えで、それなら自分を止めるられるか?と神琳が問いかければ、自らに飛びつき、しがみついてでも咎める気概を見せた。

これは、友だからこそ間違っていることを止めると言う意思の現れでもあり、それが見事に神琳を止める結果となった。

あまり争いや自己主張を好まない雨嘉がここまでするのに面くらい、何故かと理由を問いかけてみると、こんな回答が返ってきた。

 

「あのヒュージを倒したって、その時隣に神琳がいないんじゃそんなのちっとも嬉しくなんかないっ!」

 

──そんなの……()()()()()だよ!もしかしたら始めてかも知れない、雨嘉からの真っ向からの否定だった。

神琳は彼女にとって、自分が本当に大切な存在で、自分もまた彼女が大切なのだと再認識する。

自分がとんでもないことをしでかそうとするから、少しでも遠ざけて悲しみを減らそうとした神琳と、様子がおかしいから気にかけ、本気で止めようとする雨嘉。方向性が違うだけで、どちらも相手が大切だからこそできる行動である。

 

「……ありがとう」

 

その相手の気持ちが分かったからこそ、やっと素直に礼も述べられたし、目尻から涙も浮かんできた。さっき隼人が自分を庇った時は驚愕と仇敵への怒りで染まっていたのが冗談に思えてくる程に、今はスッキリした気分でいる。

素直になったこともあって、兄からもらった最後のメッセージを正しく伝えることもできた。

──いつか朋友(ほうゆう)と呼べる仲間に出会えることを祈っている。これが、最後に送られて来ていたメッセージで、あのヒュージのことなど全く書かれていなかったのだ。

そして、朋友とは生まれは違えど、死する時は同じでありたいと心から思える存在のことを指すようで、血縁よりも大事だとも伝えられていたようである。

 

「雨嘉さん……あなたはわたくしにとっての、朋友──だったのですね」

 

「……!」

 

大切だと思う気持ちを神琳も伝えたと同義で、お互いにそう思える存在であることが通じ合った。お互いが認めたことでこの日、二人は朋友となる。

この直後に雨嘉が始めて出会った時にちゃんと言えなかった悔しさから、改めての自己紹介をしたので神琳も自己紹介を改めて返し、少なくとも昨日から続いた二人の衝突は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

その終わりをよしとしたのか、あれだけ大降りとなっていた雨が、一時的かどうかは分からないが、この時は止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

朋 友

friend

 

 

本当の友との出会い

──×──

Thus the door to a fresh start opened




本当にいいかどうかは結構迷いました。
でも、このイベントシナリオでやっぱここだけは外しちゃ行けない思ったんです。

以下、解説入ります。


・如月隼人
結構自己管理が疎かになっていた。
実は過去にヘルヴォルメンバー(一葉たちじゃない時代)に相当キツイ当たり方をしてしまっていた。
それはそうと、神琳の復讐はちゃんと終わらせるつもり。


・郭神琳、王雨嘉
本当の意味でやっと出会えた(ガンダム00感)
本イベントシナリオの要の二人である以上、アレだけは外せなかった。
雨嘉は隼人の存在がヒントになって、神琳の無理してる状態の気付きが僅かに早くなった。
また、神琳は隼人のアドバイスもあったのにで結構ショックを受けてた。


・一柳結梨
隼人が無理する理由が分かって納得。後々ヴァイパーのことはちょっと聞いてみるつもり(相手が許すなら)。
悲しみの匂いが無い人(要するに梨璃みたいな)人が増えて欲しいから、今回の遠征も頑張る。


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第5話 決戦

このイベントシナリオもここで一旦終わりです


{ 第  話 }

 

決 戦

final showdown

 

 

もう一つの復讐の結末

──×──

All I have to do is go.

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

それから程なくして、雨嘉は神琳と一緒に戻ってきた。

 

「みなさん、申し訳ありません……ご心配をおかけしました」

 

間違いなくやっただろうということから、神琳は最初に詫びを入れる。

しかしながら、一柳隊メンバーや艦長は特に気にした様子はなく、むしろ戻ってきてくれたことに一安心だった。

 

「神琳さん、お帰りなさいっ!」

 

「雨嘉もお疲れ。大変だったな」

 

梨璃の本当に心から喜んでいる笑みと、隼人の労いの言葉で二人が揃って安心する。神琳の行動は特に否定されもしなかった。

 

「昨日から既に気を回している人がいる通り、何も一人で戦う必要はありませんもの。わたくしたちにも、手伝わせてくださいな?一人で戦おうとするアホンダラなんて、この中には()()いないでしょうし」

 

「(楓……その節は本当にごめん)」

 

ちょっと含みのある言い方に思い当たる節しかない隼人は、ただただ心の中で詫びる。実際、今回もやりかけたので反省しかない。

ただ、これをいつまでも繰り返すつもりは無いので、意識をしてすぐに切り替える。後は、あのヒュージをどうするかである。

神琳も、先程までは最悪自分一人で刺し違えてでもと考えていたが、それをするつもりはもう無い。

 

「ただ、それを考えてしまうくらい時間が無いのは事実です……艦長さんも、申し訳無いのですが力を貸してください」

 

これに関しては艦長も即答で協力を約束してくれたので、もう気にする必要は無い。

そして、肝心なヒュージを討つ方法であるが、やはり討つ為にはノインヴェルト戦術が必要であることは確実であり、これを決める必要がある。

ただし、これには一つ大きな問題があり、こちらの有効距離よりも遠くからあのヒュージは自らの尾からレーザー攻撃が可能であり、この艦で寄るにもいい的なのでアウトだ。

故に、先ずはこれを止めなければ始まらない。幸い、この問題点は百由やミリアムの方で雨嘉に協力を頼んだ専用パーツを使うことで解決は可能になる──。

 

「そっか……!あれを使えば、何とかなるかも」

 

「ですが、そのパーツはどのようにして用意するんですか?今から持って来てもらうのはとても……」

 

──が、神琳の指摘通り、あれは作ったばかりのモノ。とても間に合うとは思えなかった。

しかし、そこは抜かりなく、既に対策は打ってあった。

 

「やっほー♪ぐろっぴに呼ばれて大急ぎで来たわ」

 

「すまんの百由様。わざわざ来てもらって」

 

「「……百由様!?」」

 

二人はその時いなかったので知らなかったのだが、百由が組立用のパーツと共に来ていたのだ。

実は元々、パーツのみの取り寄せを予定していたのだが、「自分も行った方が速い」とのことで、彼女はこちらに出向いてきてくれたのである。

なお、そのパーツ自体、昨日の実験で破損していたらしいのだが、その後改善等をしてもう一度組み立てれば使えると言う状態にまで漕ぎつけていた。技術屋の面目躍如──と言ったところだろうか。

 

「そう言うわけで……手段に関しては問題ないわ。後は実行するだけよ」

 

こんなこともあって、実行手段に困ると言う問題は無くなった。夢結の言った通り、後は本当にやるだけなのだ。

とは言え、何も盤石と言うわけでは無く、急造故の無視できない問題点も存在する。

 

「ただこれ、一回撃ったら壊れちゃうのと、あのヒュージのレーザー攻撃と射程は同等だから、撃ったらそのまま撃ち返されちゃうのもあって、チャンスは一回きりね……」

 

──どうしても、そこまでは改善できなかったの。撃てるだけまだマシだがまさか多重の意味でチャンスが一回しかないとは思わなかった。であるならば、役割はすぐに決めることはできた。

幸いにも、艦で狙撃距離までの移動なら十分可能な為、これも大きな助けとなる。

 

「でしたら、狙撃は雨嘉さん。そのサポートを神琳さん。取り巻きのヒュージが出てくるので、その防衛を鶴紗さん。その他は防衛ですが、隼人さんと梅様、結梨さんの三人は状況次第で鶴紗さんの手伝い──言ってしまえば、遊撃をお願いしますわ」

 

「分かった。じゃあ、その時は梅が臨時指揮を執ろう。お前らもいいな?」

 

「うんっ!」

 

「はい」

 

事態が事態なので、必要ならば遂にそれを使う時が来た。その時は梅が基本は指揮を執ることになる。

ヒュージ自体の戦闘力を考えれば

これら全てに承諾が得られたことで、決戦に向けて動き出すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

そして、楓が万が一に三人を遊撃に回した采配だが──結果として正解だったと言える。

 

「あれ……?ヒュージが……?」

 

防衛に回っていた梨璃たちを尻目に、進路を転換。何割かが艦の方へ向かい出したのだ。

確かにヒュージ自体は強くないし、実際あれだけの数も鶴紗が全て倒し切っているのだが、急なヒュージの進路転換分だけは不味い。

裏を返せば、その分こちらに来るヒュージは減り、戦力が余り、機動力の高いメンバーはそちらに回すことができる。

 

「でしたら……梅様、お願いしますわ!」

 

「任せろ。二人共、陣形は基本パターンで行くゾ!」

 

「了解!結梨、あいつら助けるぞ」

 

「うんっ!」

 

やると決まれば話は早く、素早く陣形を組んで前進を始める。

結梨と隼人がヒュージを可能な限り薙ぎ倒しながら進んでいき、取りこぼしは梅が撃ち落としながら進んでいく。

 

「……?そうか!こっちに来てたのか!」

 

戦闘の音が近づいて来ていたのに気づき、鶴紗はあの戦術が必要になったことに気づいた。

実際、一方向から増えていたヒュージの流れはそこで打ち止めになっており、ヒュージの来るペースは先程と同じ状態に戻っている。

 

「助かるよ。三人共……!」

 

そこまでやってくれれば、二人を守るのはこっち一人で事足りる──。鶴紗ブレードフォームにしているCHARMを構えなおして再び艦の上を走り回る。

いくらヒュージたちが弱くても、対処できる数を超えるとどうにもならなくなってしまう。だが、数さえ越えなければどうとでもなるのだ。

 

「(一回で当てればいい……でも、外したら終わり……)」

 

皆が奮闘している中、雨嘉は圧と戦うことになっていた。無理もないことだ。何しろチャンスは一回だけで、ここを守れるか否かの瀬戸際なのだ。

その緊張で震えている雨嘉の肩に神琳が優しく手を乗せ、引き金に手をかけている方にも手を添えてくれた。

 

「大丈夫ですよ、雨嘉さん。あなたならできるわ……」

 

「神琳……」

 

忘れてならないのは、今の雨嘉は一人ではない。今回、神琳の支えを持って撃つのだ。

なら、変に恐れる事は無い。大丈夫だ──。圧が和らぐのを感じた雨嘉は落ち着いて狙いを定める。

 

「……!神琳、行けるよ……!」

 

「では、行きますよ。雨嘉さん……!」

 

その言葉に迷う事なく、二人で引き金を引く。それと同時にヒュージの尾からこちらに対するレーザー攻撃が行われた。

二つの光線がぶつかり合いあい、暫し拮抗する──とはならず、すぐにヒュージのレーザー攻撃が押し返され、その尾まで届き、彼奴の尾は砕け散った。

 

「当たった……届いた……良かったぁ……」

 

「お見事です。言ったでしょう?雨嘉さんならできるって……」

 

「あはは、そうだね……でも、神琳が支えてくれたの嬉しかった……」

 

「終わったか。そっちの仲も元通り……っていうか、なんか更に良くなってない?」

 

尾が破壊されたことで打ち止めになったのか、こちらにヒュージが来なくなったので鶴紗が戻ってくれば早々に仲睦まじくしていた。

そして、この問いに対して二人は揃って言葉を返した。

 

「「だって、朋友ですから」」

 

「……そっか」

 

二人して満足そうな笑みを見せるのを見て、鶴紗も納得した旨を笑みで返すのだった。

 

「隼人、お前はアレが使えた場合ヴァイパーを撃ってたか?」

 

「いや、使えても撃たないと思います。周囲を巻き込む趣味は無いです」

 

梅の問いに対して、隼人は即刻否定を返す。あの威力があれば確かにヴァイパーとて一撃で倒せる可能性は極めて高いが、その場合周囲に被害が及んでしまう可能性が高い。故に、隼人はその選択を捨てた。周囲の人間が退避済みであるならば話は別だが。

それに、もう終わったことである為、隼人はそれ以上考えるつもりは無い。故に、この話はここで終わり、ノインヴェルト戦術を使う為にそれぞれ合流を始める。

当然、今回のフィニッシュショットを行うのは神琳で、彼女の手でその復讐に終止符を打つことになる。

 

「これで……終わりです!」

 

迷う事なくヒュージの本体ど真ん中に射撃を放ち、寸分の狂いもなく直撃したそれをヒュージが耐えられるわけも無く、あっけなく爆散することになった。

 

「空が晴れて来た……」

 

あのヒュージが出てきた時は大雨になると言っていたので、その存在がいなくなったから元に戻ったのだろう。

しかも、そのヒュージが自らの気まぐれで去った等ではなく、撃破によってなので、これは間違い無い。神琳の仇敵はもう現れないのだ。

 

「さようなら、お兄さまたち……」

 

──これから神琳は、前を向いて生きて行きます。自らが過去を引きずる元凶に引導を渡せた神琳は、自らが敬愛する者たちに静かに別れを告げる。

唐突に機会が現れた彼女の復讐は、まるで台風が過ぎ去るかのように短く終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

その後、艦長に礼を述べたり、神琳が自分と一柳隊メンバーは友人かどうかの再確認等があったが、それも恙なく終わり、ガンシップに乗って帰ることになった。

ちなみに、乗る直前に雨嘉が神琳に朋友は自分だけか聞いたのだが、それは彼女らのみ知る話なので、隼人たちは何も知らない。

 

「(ああやって、三年間追い続けられた俺は恵まれてた方なんだろうな……)」

 

ガンシップに乗ってる最中、隼人は己の当時を振り返っていた。

途中までは僅かな協力だけだったが、自らが追いたい敵に殆どを割くことができた自分と、最初から協力は多くあるものの、今日でいきなり許せぬ相手と遭遇した神琳。同じ復讐者でも、状態はだいぶ違う。

とは言え、こんなことにならないのが一番なのはお互い同じであり、そんなことを比べるのも変な話だろうと隼人は思い、この考えを隅に追いやった。

少し周囲を見やれば、皆今回の遠征で疲れていたのだろう。それぞれの姿勢でぐっすりと眠っていた。それを見た隼人は後で食材を確認して、全員分の飯を作ろうかと考えた。

 

「……あら?まだ起きてましたの?」

 

「楓か……ちょっと、今回と俺の時のことを振り返ってた」

 

「やっぱり、気になりますのね……」

 

それもそうだろう。隼人も元々は復讐者なのだから、気にしないはずがない。

先程見た限りなら、神琳ももう何ともない状況になっていると言え、もう気にしないでいいだろうという結論が出ている。

 

「二日間お疲れ様でしたわね……でしたら」

 

「……?」

 

何をするかと思えば、楓は隼人の頭をそのまま自らの膝の上に持って来た。

 

「……今のうちに、ゆっくり休んでくださいな」

 

「お、おう……」

 

自分もされるがままに姿勢を直していた隼人だが、いきなりのことで暫し硬直してしまった。

早い話、何をされたのかと言えば膝枕であり、この辺の知識やら何やらが頭からすっぽ抜けてしまっている隼人だからこそ、理解するまで数舜の時間を要したのだ。

 

「あっ、えっと……その……嫌でしたら、そう言って頂ければ……」

 

「ん?ああいや、そう言う事は無いんだ……」

 

ちょっと寂しそうにする楓の声音を聞いたので咄嗟に弁明する中、何かそのまま眠れそうな気がしたので、お言葉に甘えてそのまま眠りに入ることに決めた。

隼人が眠りに沈んだ後、楓がその頭を撫でていたり、百合ヶ丘に到着した後、その光景を見てみんながビックリしたり見られた楓が顔を真っ赤にしたりするが、隼人がそれを気にすることは無かった。

 

「(何はともあれ、これで一件落着だな……)」

 

そして、いつも以上に仲良くしている神琳と雨嘉を見て、隼人は今回の件が全て終わったことを確信するのだった。




イベントシナリオの尺回し、回ごとのバラツキ激しいからもう少し調整出来ればな……と個人的には思いましたが、やってしまったものはしょうがない。
次またイベントシナリオやるときに調整頑張ります。

長話はさておき、以下、本章最後の解説です。


・縮地持ち三人での高機動戦術
描写的にちょびっとだけど初お披露目。消耗具合の激しさによっては陣形が変わる。
今回は特に問題ない状態だったので、基本パターンのまま敢行。


・如月隼人
神琳の復讐も終わってひと段落。
復讐者やってた時代に膝枕の文化が抜け落ちてしまっていたが、それを取り戻す。
今後もこうやって、何かを取り戻していくだろう。そして、次は何を取り戻す?


・郭神琳
復讐完了。これで彼女も前を向いて進んでいける。
後日、隼人に対して個人として改めてお礼の挨拶に行く予定を決めている。


・王雨嘉
今回の特殊ヒュージ戦の要。ヴァイパーの時もあって、やたらと復讐者補助の戦績が高い。
神琳の荒れた様子も終わったし、前より仲良くできたしで、とても嬉しく思っている。


・真島百由
久しぶりの登場。今後もこんな感じで何かあったら出てくる感じになる。


・楓・J・ヌーベル
自分の気持ちに気付いている隼人にだからこそ、あの膝枕ができた。
それはそうとして、今後は今回のネタでちょくちょく弄られていく可能性が出てきている──というか、高い。


最後に、ちょっとしたお知らせですが、次回以降はラスバレ本編の1章をやっていくことになります。
そこが終われば、一旦この小説としては完結扱いで、隼人と誰かで一緒に過ごす日常やら、イベントシナリオを少しだけやって終わりって感じになると思います。

この小説も終わりが見えてきた形になりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。


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Last Bullet -終わらぬ戦い-
第1話 開戦


今回からラスバレ編です

追記
章分け忘れていたので、やっておきました。


新佐瀬保港への遠征から早くも一週間が経った日──百合ヶ丘は動けるメンバーたちで大規模なヒュージの迎撃作戦を行っていた。

甲州方面から群れが南下して来たらしく、これらを迎撃するのが今回の作戦で、一柳隊は二人、ないし三人でチームを組み、それぞれの場所を分担して戦うことになっていた。担当としては東側の区域で、北側にいるリリィたちの迎撃を通り抜けて来たヒュージたちを倒す手はずになっている。

隼人は今回結梨とチームを組んでおり、北側を担当するリリィたちが強いのでこちらに来るヒュージの数も少なく、ブレードフォームを主軸に戦っていた。

 

「……?隼人、思ったんだけど……」

 

「何となく分かるよ。数でしょ?」

 

「うん。明らかに増えてる……」

 

ヒュージの進路が変わったのか、こちらに向かってくるヒュージが徐々に増え始めていた。

数が増えてくるといつまでもブレードフォームで戦い続けるわけにもいかないので、シューティングモードでの迎撃を増やしていくが、それでもヒュージの数が減っているようには感じられなかった。何なら、少しずつ囲まれ出しているようにも見える。

こうなれば間違い無い。本来ならば最前線は北側だったのだが、ヒュージの群れの進路転換もあり、この東側が最前線となってしまったのだ。

 

「こうなったらしょうがない……!結梨、お互いを助ける戦いをするぞ!」

 

「うんっ!」

 

囲まれるよりも前に背中合わせにして陣取り、二人ならではの迎撃戦を始めることになる。

そして、再び始まるヒュージとの本格的な戦闘の始まりを告げる鐘の音代わりと言わんばかりに、弾丸を放つ音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

開 戦

outbreak of war

 

 

新たな戦いの始まり

──×──

I won't back down, even if it's tough

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

そこからというものの、二人は背中合わせのまま右に回りながら、基本的にシューティングモードでヒュージを倒し、相方の迎撃が間に合わなかったヒュージはブレードフォームで倒してすぐにシューティングモードへ戻ると言う、守備重視の戦いに切り替えた。

本来は接近戦が得意かつ、CHARMのシューティングモードもバスターキャノンしか使えず、どうしても手数が劣りがちな隼人と、CHARMはともかく、本人の気質的にはやはり隼人同様接近戦をしたい結梨の二人としては少々苦しい展開ではあるが、やるしかない。

 

「結梨、まだ弾は大丈夫か?」

 

「まだ持つけど、このままだとなくなっちゃう……!」

 

「くっ……このままじゃジリ貧か……!」

 

そうやって迎撃していくのはいいが、弾丸は無限にあるわけじゃない。そろそろ残弾とスタミナの都合で限界が近づいて来ていた。

双方、相方の迎撃が間に合わなかったヒュージを見るや、ブレードフォームに切り替えると同時に縮地でそのヒュージに近づいて一撃で撃破。そこからすぐに縮地で戻り、シューティングモードに迎撃へ戻る。

長時間の迎撃を繰り返していると使いすぎたスタミナの影響で動きが鈍り出してしまう。そうなった時はいよいよ不味いだろう。中型のヒュージも紛れているのにこの数だ、袋叩きになることだけは避けたい。

命を賭すべき戦いは己で決める──。そんな言葉何ぞ、隼人は微塵も頷くつもりが無い。当然だ。こっちは助けてもらった命で生きているんだ。何故それを投げ捨てるような真似をしなきゃならない?

だが、百合ヶ丘のリリィとして戦う意思も強まっている今の隼人は、あっさりと逃げる選択肢を選ぶ気にもなれない。お互いに助け合うことを約束した相手は奮闘しているのだ。故に、この結論を下す。

 

「結梨、ここからは西側のヒュージに攻撃を集中させるぞ!倒すだけ倒しながら、退路を確保するんだ!」

 

「分かったっ!もう残弾気にしないからねっ!」

 

方針を決定するや否、結梨は西側の方へ惜しむことなく弾を放っていくように変える。これは隼人も同様だった。

東側であるこちらにヒュージが増えているなら、相対的に西側のヒュージは減っている。安直かも知れないが、可能性は最も高い見込みだった。

しかし、どうしても問題点は出てくる。先程から消耗が激しくなっていた弾数とスタミナだ。隼人は前者があっという間に空になってしまい、結梨は後者をだいぶ消耗してしまい、僅かとは言え、動きが鈍りだしていた。

 

「(結梨がもうヤバイ……!縮地も全力稼働するしかない……!)」

 

「(ま、まだ撃てる……せめて、サポートくらい……!)」

 

両者、互いにやると決めたことが嚙み合っており、即座に動いても問題にはならなかった。

こうなったら以上、旋回行動しながらの射撃は結梨のみが行い、隼人はブレードフォームに切り替えてから全力機動戦闘を開始。縦横無尽とも言える駆け回り方をして、結梨に近く、射線外にいるヒュージを最優先に、そして自らが囲まれないように気を付けてヒュージを薙ぎ倒していく。

しかし、数が少しだけ減っているのを感じるものの、突破口は開けずじまいだった。

 

「!弾が……!?隼人っ!」

 

「このまま撤退は無理か……なら、あとちょっとだ。こいつら倒して……」

 

──ここを守り切るぞ。と言う風には繋がらず、隼人にとっては右。結梨にとっては左から、CHARMで弾丸を放っただろう音が聞こえ、次にヒュージが連続で切り倒されていく音が聞こえてきた。方角としては北側か。

自分たちの音ではないので、ガーデンからリリィが救援に来てくれたのか?と隼人らは考えたが、半分正解で、半分不正解と言ったところだった。

確かに、リリィが救援に来たのは正しい。しかし、そのリリィは百合ヶ丘のリリィではない。

一人はセーラー服型の赤い制服を着た、銀色の髪を綺麗に伸ばした少女。もう一人は、エレンスゲ女学院の制服を着たリリィ──隼人の幼馴染みである一葉だった。

 

「……一葉?」

 

「今度こそ、間に合わせられたね……」

 

日の出町の惨劇の時とは違い、今度こそ危険な状態になっている知人を助けることができた。それだけでも一葉は安心できた。

この先ずっと起きることなど無いだろうと思った、ヒュージを相手に同じ戦場に立っている事態ではあるが、今は気にしない。ともかく、お互い生きて戻るだけである。

 

「あなたも、大丈夫ね?」

 

「うん。何とか、大丈夫……」

 

赤い制服の少女に対して、結梨はどうにか返事を返す。

少女から見ても、結梨はよく戦っていたと思う。アレだけ数を、かの蛇を追う者たる隼人と共に捌ききっていたのだから。

そして、ヒュージは残り僅かで、隼人と結梨は既に弾切れの満身創痍に近い状態だった。故に、これ以上時間をかけさせる訳にはいかない。

 

「即席だけれど、この四人で陣形を組みます。消耗の少ない私たちが前へ、残りのヒュージを薙ぎ倒します……いいわね?」

 

「「「はい(うん)っ!」」」

 

決まれば早く、赤い制服の少女と一葉が先陣を切ってヒュージを迅速に撃破していき、取りこぼしだけを隼人と結梨が縮地による一撃離脱戦法で仕留めていく。

そうしていけばあっという間にヒュージの数は減っていき、遂に最後の一体となる。

 

「これで……!」

 

「終わりよっ!」

 

そのヒュージを、一葉と赤い制服の少女は二人で左右から飛び込み、CHARMでそれぞれ横斜めに一閃し、X字を彷彿とさせるようにヒュージを切り裂く。

二人からの波状攻撃を受けたヒュージはあっけなく爆散し、この戦闘も終わりを告げた。

 

「戦闘終了……一先ずお疲れ様ね。そっちの二人は大丈夫かしら?」

 

「俺はまだ平気です。結梨は……って、おっと」

 

赤い制服の少女の問いに隼人が答えている最中、結梨はまるで力尽きたように前のめりに倒れていくのが見えたので、隼人は慌ててそれを支えてやる。

 

「隼人……わたしたち、出来たよね?お互い、助けるって……」

 

「ああ。よく出来たよ……一葉たちが間に合って、俺たちが怪我無く終われたのが何よりもの証拠だよ」

 

「えへへ……よかったぁ……」

 

その言葉に満足した結梨はそのまま睡眠に入るかのように意識を失った。

一先ず自分たちの担当の場所は全てどうにかできた。これ以上の戦闘はできない以上、残りは他に任せて撤退しかできない。

 

「一葉、それと……そっちのリリィの人も。まだ戦闘中のリリィがいるはずなんだ……俺たちはもう大丈夫だから、そっちに言ってもらえますか?」

 

「隼人は、大丈夫なの……?」

 

真っ先に質問したのは一葉で、万が一戦闘に陥ってしまったことを危惧している。確かに隼人の言う通り他の人たちの救援に行くべきなのだが、今度こそ彼を失おうものなら、精神ダメージは計り知れないものになるだろう。

だが、こう言える理由はしっかりと隼人にある。

 

「それなら大丈夫だよ。俺のレアスキルは縮地──そのまますぐに逃げるさ」

 

「隼人……」

 

隼人のレアスキルは機動力特化である為、逃げるだけならこの状態でもできる。故に、全く問題にならない。

 

「なら、大丈夫ね。気持ちは分かるけれど、私たちも行きましょう」

 

「……分かりました。隼人、気を付けてね」

 

「ああ。分かった」

 

二人が他の場所へ向かっていくのを見てから、隼人は結梨を負ぶって素早くガーデンへの撤退を始める。

幸いにもガーデンに行くまでの間にヒュージとの遭遇は無く、他のリリィたちも撤退を始めている辺り、救援が来てくれたおかげで終わりが見えていたのだろう。

そして、校門前までたどり着くと、誰かを探しているだろう。楓の姿が見え、素早くそちらに駆け寄っていく。

 

「楓、何かあったのか?」

 

「……!隼人さん、何ともありませんのね?」

 

「ああ。結梨も疲れて気を失っただけだよ」

 

どうも探しているのは自分だったらしく、見つけるや否、安心と喜びを表す笑みを見せてくれた。後は、梨璃も戻ってくれば完璧だろう。

とは言え、結梨をいつまでもこのままにするわけにはいかないので、そろそろ行くべきだろう。

 

「引き留めてしまってすみません。結梨さんのこと、お願いしますわ」

 

「ありがとう。じゃあまた後で」

 

楓に催促された隼人は、そのまま医務室の方へ足を運んでいく。

彼女を預けて校門前まで戻る頃には、夢結に負ぶってもらう状態で気を失った梨璃と、一葉と赤い制服の少女が戻って来るのが見えた。

これと同時に、今回の大規模な迎撃作戦も終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

「ふふっ。すっかり元気ですわね」

 

翌日の朝──体力もすっかり回復し、どこかで覚えた鼻歌混じりに上機嫌な結梨と、それを見て笑みをこぼす楓、その後ろをついていく一葉と赤い制服の少女の四人が歩いていた。

向かう場所は隼人の部屋であり、前を進む二人は、残り二人と偶然顔を合わせ、道案内を引き受けた形になる。

何故彼女らがここにいるかと言われれば、昨日の迎撃作戦によって起きた被害確認の影響でガーデンへすぐに戻れなかったこと、協力してくれた礼によるせめてものの恩返しによるものだった。

ちなみに、協力した人たちへの挨拶回りをしていたのが移動している理由だが、残りは梨璃と夢結、そして隼人の三人である。

 

「私の方から頼んだとは言え……朝から大丈夫でしょうか?」

 

「そこはご安心を。今頃着替えが完了してるか、遅くても寝癖を直すところまでは終わっているはずですから」

 

──待つとしても、ものの十分くらいですわ。男の着替えと言うものは早い。隼人が身だしなみを整える時間が短く済むのを男の楽な点として話していたのと、実際彼がその着替えに掛ける時間を教えて貰っているので、自信満々に答える。

本当に大丈夫なのかと思ったりもしたが、その辺に関する正確な情報を知るのは楓だけなので、信じるしかない。

そのまま進んでいくと、隼人の部屋の前までたどり着いたので、早速楓はドアノックをする。

 

「隼人さん。今、よろしくて?」

 

『大丈夫。すぐに行くよ』

 

その言葉を聞いて少しだけ後ろに下がってドアを開けるスペースを確保すれば、直後に着替えを終えた隼人が顔を出した。

腰より少し先まで届いてる白のジャケットと黒のインナーシャツ、同色のスラックスと言ういつものスタイルだが、きっとリリィとしての活動が終わるまでは外出等をしない限りこうなのだろう。

 

「ごきげんよう。結梨は……もう大丈夫そうだな?」

 

「うんっ!元気!」

 

笑顔でVサインを作る彼女を見て一安心する。昨日のこともあり、すごい満足気にしているのが伺える。

 

「一葉と、そっちの人も。昨日はありがとうございました」

 

「どういたしまして。間に合って良かったわ」

 

「そう言う律儀なところは変わらないね。でも、本当に無事でよかった……」

 

気に入らなければガッツリ首を突っ込んでしまうのもそうだが、礼を言うべき相手等には遅れようと素直に礼を告げるのは変わっていなかった。

この後、なぜこっちに来たかの理由を聞いた隼人もそれならと同行を決める。どうせ朝食もまだだから、付き添いした後で向かうことにしたのだ。

他の四人もまだであった為、それならば全員でそうすることにした。

ちなみに、残りの二人は部屋にいないと聞いていたので、それならば一柳隊に宛がわれている部屋だろうと予想を付けて移動する。

 

「あっ……梨璃と夢結がたまにやることをやってる……」

 

「あ、朝っぱらからイチャコラと……ですが、梨璃さんも落ち込んでましたし、アレが最善ですわね」

 

ノックしても反応がないからと音を鳴らさないようにドアを少しだけ開けて覗いてみれば、女子同士の領域に入ってしまっていたようであり、行きたいのに行けないモヤモヤを抱く結梨と、一瞬だけ羨ましそうにしてから冷静さを取り戻す楓に別れた。

 

「えっ、えっと……え?」

 

「ああいうのって、結構多いのかしら?」

 

百合ヶ丘(このガーデン)だと割かし見かけますよ。あの二人は結構深めな感じですね……」

 

完全に混乱している一葉と、純粋に気になる赤い制服の少女の反応を耳で聞いて察しながら、隼人は暫く無理そうだなと感じ、そっとドアを閉じた。長居しすぎても暫く何も起こらないだろうことを直感したのだ。

 

「「「「あっ……」」」」

 

「しょうがない。腹も減ってるし、飯食ったらまた来ましょう」

 

そうなれば切り替えが早い隼人はそれを後回しにする。五人一緒に座れる場所も限られているし、さっさと移動した方がいい。

手早く席を確保し、注文も済ませてそれぞれの食事を取り、休んだら行こうかと言う話しが出てきたので、暫しの休憩となる。

 

「そう言えば、あなたとの自己紹介がまだだったわね。私は(こん)叶星(かなほ)神庭女子藝術高校(かんばじょしげいじゅつこうこう)の二年で、レギオン『グラン・エプレ』のリーダーを勤めています。レギオン同盟でこれからあなたたち一柳隊と一緒に戦うことが増えるでしょうから、これからよろしくね」

 

「分かりました。神庭女子ってことは、都内だから知っているかもしれませんが……元・蛇を追う者の如月隼人です。今は一柳隊の一員やってます。こちらこそよろしくお願いします。叶星様」

 

「ええ。どうせなら、私も隼人君と呼ばせてもらうわね」

 

叶星の一言を、隼人はアイコンタクトで了承を返す。どうせこの場にいる全員が名前呼びなのだから、それでいいだろう。

隼人自身が結構角が取れているように見えたので、思いの外自然に提案できた。

 

ちなみに、神庭女子はリリィの自主性を重んじる異端のガーデンとして知られている。

出撃選択制と言うものを採用しており、これは自分たちが命を賭すべきと思ったら出撃すればいいし、そうじゃないならしなくていいことを暗に意味している。

こんなに自主的で大丈夫かと思うかもしれないが、所属リリィのスペックが高めで安定しているのが大きく、これが理由で校則は緩く、リリィとしても最低限の訓練を受ければ良いとすらされている。

ただし、トップレギオン以外のレギオン結成は認められていないらしく、他のリリィはそのサポートをしたり即席の臨時レギオンを作ったりして戦っているようだ。それでも隼人が特に心配しないのは、実際にそのリリィたちが強く、自主的に来たこともあって、大体のところで戦果を上げたり、人を助けたりしているのを知っているからだ。

 

また、叶星が出した『レギオン同盟』の話は一柳隊、ヘルヴォル、グラン・エプレの三レギオンで同盟を組んで、共闘することなのだそうだ。

基本的には同じ作戦に参加したり、ガーデンの間を超えて連携を組んだりすることも可能らしく、これからは違う戦いが求められるかもなと隼人は考えた。

 

「てことは……一葉もか。改めてよろしくな」

 

「うん、よろしく」

 

共闘することになったのは仕方ないが、一葉自身は隼人は出来れば安全な所にいてほしかったのは正直なところである。ただ、隼人がそれを受け入れないのは分かりきっていた。彼の律儀な性分が、ヴァイパーを討つのを手伝ってくれた恩を返すべく戦いに赴かせるのだから。

勿論、隼人も一葉が自分のことを心配しているのを分かっていないわけじゃない。ただ、ここではいそうですかと受け入れてしまえば、自分はこの先ずっと後悔しながら生きていくのが分かっているから、その要求を飲み込めない。

それをお互いに話し、少し沈黙が走ったところでそれを結梨の一言が突破に導く。

 

「ねぇ隼人。昨日のわたしたちみたいにやれば、大丈夫?」

 

「なるほど……そうだな。確かに、こうなったらそれが一番か」

 

「昨日の……?何をしましたの?」

 

この先共闘するなら、お互いがお互いを助けるように戦えばいいのだ。昨日の隼人と結梨のように。

気になった楓はその理由を聞いて納得した。今の隼人と一葉の妥協点はそれしかない。そして、それには一葉も納得した。

 

「そうでしたら、わたくしとも……改めてよろしくて?」

 

「ああ。それはもちろん」

 

「隼人、それわたしもっ!」

 

「ふふっ。どうせなら、ここにいる五人全員でそうしましょう?」

 

結局、その宣誓は五人ですることになった。予想外に相手が増えてしまったものの、まあいいかと隼人は思った。そうだとしてもやることは変わらない。

話している内に十分な休憩が取れたので、このまま一柳隊の部屋に移動する。そうすると、あれから落ち着いた梨璃と夢結がいたので、当初の目的である挨拶を済ませる。

 

「……幼馴染みだったの?」

 

「なるほど……どうりで、あなたたちの間に遠慮を感じられなかったのね」

 

「(この人が……でしたのね。納得できましたわ)」

 

その時に、隼人が一葉と幼馴染みであることもカミングアウトされる。まさかこう言う形で共闘することになるとは、夢にも思わなかっただろう。

 

「「「「……!?」」」」

 

「……?」

 

「……一葉?」

 

いきなり一葉が隼人の右手を取って来たので、隼人と結梨は少々の困惑、その他四人が驚きを示す。

 

「隼人、死なせないから……」

 

「それは俺もだよ。一葉……」

 

それに対し、隼人は空いた左手を一葉の右手の上に添えてやる。

 

「(ま、まさか……ここに来てライバル出現でして!?)」

 

──なんてことですの~っ!?この光景を見て、楓は内心で大慌てした。




とりあえずチュートリアル分の場所までです。

以下、解説入ります。


・如月隼人
原作では居ないはずの者その1。結梨と一緒に行動。
四人と互いを助ける約束をしたが、これがどう転ぶかは不明。
楓の気持ちには既に気付いているが、一葉の方はさっぱり分からない。
叶星は『しっかり者っぽい感じがある、至って普通の先輩』として見ている為、一番気楽に接していた。


・一柳結梨
原作では居ないはずの者その2。隼人と一緒に行動。
自分を助けてくれた人を助けられたので一満足。今度は違う誰かを怪我無く助けることが目標。
梨璃が好きなのは変わらないので、梨璃と夢結のイチャイチャを見て、自分も行きたくなっている気がある。その内自分から飛び込むかも。


・楓・J・ヌーベル
隼人と梨璃が無事で安心した。
気持ち自体隼人の方が強いものの、梨璃へも消えているわけでは無く、まだ残っている。
一葉の大胆な行動でビックリしたが、今のところその危惧通りなのかは不明。


・相澤一葉
隼人への情が少々湿ったものになっている。
その情が大胆な行動を呼び、楓に驚愕を与えるきっかけになった。
なお、梨璃と夢結のイチャイチャは混乱しながらももうちょっと見ていたかったりしている。


・今叶星
高嶺がまだ出ていないので、今回はマジで普通の先輩──改めて、可愛い普通の先輩。
高嶺とのその辺が知られない限り特に評価が変わる様子は無い。
都内のガーデン所属である為、隼人のことはそこそこ知っている。当時と比べて丸いので、結構気を楽にできた。



バイオのRE4をやるので、次回の投稿は再来週になります。


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第2話 受諾

大規模なヒュージ迎撃作戦を終えて早くも一週間が経過した日のこと──。特型と分類される今まで見たことないヒュージが現れたことと、それによって百合ヶ丘周辺に無断遠征していたエレンスゲのリリィたちの救援が必要になったことで、一柳隊は出撃をしていた。

本来、ガーデンの管轄外には遠征の勧告等をすべきなのだが、エレンスゲは最早常習犯レベルでその辺を全くやらないので、生徒会の一人がご立腹になっていたのは記憶に新しい。

とは言え、起きてしまったものはしょうがないので、とにかく救助と特型ヒュージの確認をする必要がある。優先度が高いのはリリィの救助で、特型ヒュージは討伐までできなくてもいい。最低限はケイブへの離脱を確認できるまでだ。

 

「小型のヒュージの反応を多数確認しましたっ!エレンスゲのリリィが交戦中ですが、少しずつ囲まれ始めてるので、このままだと危ないですっ!」

 

「時間もありませんか……でしたら、三人を先行させましょう。わたくしたちは後から合流と言うことで」

 

「三人とも、多少の取りこぼしは構いませんわ。とにかく、交戦中のリリィとの合流と、その救助を優先でお願いしますわ」

 

「分かった。すぐに後ろからやられないようにだけしておくゾ」

 

短い打合せの後、縮地を持つ三人は即座に行動を始める。三人が早い為、ここからは残った八人もヒュージを倒しながら追随を始める。

 

「エレンスゲの人たちがいるってことは、どこかに待機所とかもあるのかな?」

 

「恐らくは。救助した後、向こうのリリィに確認を取る必要があるわ」

 

遠征をしているなら、責任者がどこかにいるはず。であれば、救助したリリィはそこに送ることになるだろう。

こうしてヒュージを撃滅しながら進んでいく八人だが、進む先の正面にいるヒュージは少ない。横道から正面へやってこようとするヒュージはそこそこいたが。

 

「梅様たち、あと少しで合流出来そうですっ!」

 

「あの三人速いな……」

 

流石に縮地三人での高速進撃は速度が違った。これなら間に合うだろうと、鷹の目でずっと見ながら行動していた二水は判断する。

 

「(そう言えば隼人のやつ、エレンスゲのことは大丈夫なのか?)」

 

一方で、ヒュージを倒しながら進む隼人たちは順調に進んでいき、もう間もなく出来上がりつつある包囲網へたどり着こうとしていた。

ここで一つ疑問なのが隼人がエレンスゲに対してどう思っているかで、彼の経緯を考えれば恨みを持っててもおかしくはない。

 

「(信じるしかないか……。面倒にならなきゃいいが)」

 

自分がいくら気を張ろうとも、隼人の選択と相手の反応や態度次第になってしまうので、なるようになれと梅は思考を投げ捨てる。

これに関しては隼人と当人らの問題であり、自分らが首を突っ込んだところで却ってややこしいことになってしまう可能性が高い。故に信じるしかない。

そして、この三人がたどり着いた直後、まるで円に視力検査用の空きを作るかの如く、その包囲網に穴が出来上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……百合ヶ丘から一柳隊がですか?」

 

『三人と少数だが、確かに百合ヶ丘方面から来た三人が先に交戦している我がガーデンのリリィと合流し、戦闘をしている。先行部隊の可能性が高い』

 

「先行部隊……?隼人たちが……?」

 

隼人ら三人がリリィたちと合流する前、一葉らヘルヴォルのメンバーは待機させられていた所に司令官から通信がやってきた。

エレンスゲと同じように、後続の序列上位にいるリリィたちがヒュージを討つべく使い捨てのように送り出されることは百合ヶ丘ではないはずだが、気が気でない。

 

『……本来ならば、特型ヒュージ補足まで待機させる予定だったが……予定変更だ。ヘルヴォルは移動を開始。リリィたちが合流した地点へ向かえ。レギオン同盟の一柳隊であれば、放置するわけにもいかん』

 

「……?了解。ヘルヴォルはこれより移動を開始します」

 

普段とは意図の違う指令が来て面食らうが、こちらとしてもありがたい命令なので、素直に頷いておいた。

ただし、ヒュージ討伐は他の者に任せて消耗を避けろと言う命令は、ヘルヴォルを起点にエレンスゲを変えていくつもりの一葉に取って聞く気のない命令なので、ヒュージを倒しながら向かうことにするが。

 

「じゃあ、そっちの彼に会うかもってこと……!?」

 

そのヒュージを倒しながら移動する際中、恋花は焦りと驚きが混じったような顔になる。想像よりも速いご対面に驚いている。

とは言え、レギオン同盟を組んだ以上、遅かれ早かれこうなるのだから、腹をくくるしかないだろう。

 

「あまり引きずっているようには見えなかったので、大丈夫だと思いますが……」

 

「向こうがどう思っているか、それも会って見て確かめるしかないわね」

 

茶髪をポニーテールにした少女──芹沢(せりざわ)千香瑠(ちかる)の言うことは最もで、隼人の答えはそこでしか聞けない。

確かに、一葉と話した時は大丈夫だったが、大元を作ってしまった自分はどうなるか分かったものじゃない。だからこそ恋花は不安で仕方ないのだ。

 

「……見えてきた。交戦中のリリィ、あれだね。もう合流してるみたい」

 

赤髪のショートヘアーの少女──初鹿野(はつかの)(よう)が指差す先には、隼人ら一柳隊のリリィ全員が先駆けてエレンスゲのリリィを守りながら戦闘を繰り広げていた。

 

「ヒュージ……やっつける!」

 

「あっ、(らん)!」

 

それを見た瞬間、銀色の髪を持つ小柄な少女──佐々木(ささき)藍はいの一番に飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「結梨、弾撃ち交代してくれ!ちょっと撃ち過ぎた」

 

「分かったっ!」

 

「梅様、結梨がある程度以上撃ったら、次は俺が行きます」

 

リリィ二人の窮地を救った後はそのまま隼人と結梨で前衛、梅が後ろから射撃で援護の形を取っていたが、弾数消費の影響で射撃担当を交代する。

基本的にこの三人での先行行動時は梅がメインガンナー、結梨がセカンド、隼人がそれでも足りない時の緊急対応を担当しており、三人の射撃能力と、CHARMの小回り等を考慮して決めている。この中では梅が最も遠距離戦の適正が高く、逆に隼人が最も低い。

故に、隼人はが可能な限り前線を維持する方向でこの順番が決められているが、火力が必要になった場合は隼人が射撃をするように切り替えも可能ではある。

 

「多分、もうちょっとですよね?」

 

「時間的にそろそろだな……あいつらと合流したら、一気に殲滅してこの二人を逃がすゾ」

 

リリィ二人の内、片方が脚を負傷して動けない為、暫しとどまって抑え込む方向になっていたのが、射撃手交代の理由だった。

そして、後続の八人ももう間もなく合流のはずなので、そこからは一気に攻め込むことになる。

 

「大変だけど、もうちょっとだけ待っててっ!」

 

結梨の一声に、リリィの二人も首を縦に二回振って頷く。こちらに不安をかけまいとしてくれた心意気に暖かさを感じたのだ。

それから程なくして、自分たちではないものの銃撃がヒュージを襲った。

 

「待たせたわね。三人とも」

 

「そっちのリリィの人たち、大丈夫ですかっ!?」

 

「梨璃っ!」

 

「これでひと段落だナ」

 

一柳隊の後続部隊が到着したようで、負傷したリリィたちは片方が脚を負傷しており、このまま移動するのは危険なことを伝える。

 

「でしたら、後続部隊八人を主軸に……」

 

──周囲のヒュージを一掃しましょう。と、神琳が提案するよりも早く、どこからともなくCHARMが戦場に放り込まれ、それがヒュージの一体を真っ二つに切り裂く。

 

「ぬおぉっ!?CHARMが飛んで来おった!?」

 

いくら何でも使い方が荒すぎる──と言う如何にも技術者らしい感想をミリアムは抱く。

とは言え、こちらを援護してくれたのは変わりない。そのリリィはどこか──と探したところ、一人の少女が猛ダッシュでそのCHARMを拾い上げ、近くのヒュージを数体、それの一振りで薙ぎ倒して見せる。

 

「一柳隊の皆さん、大丈夫ですか?」

 

「あっ、一葉さんっ!」

 

どうやらその少女はヘルヴォルのメンバーの一人だったらしく、一人で突貫して来たのは、ルナティックトランサーを使用している影響だろうと夢結が推測した。

後から聞いてみたらその通りらしく、彼女に敵陣を切り崩してもらい、そこを四人で支える戦いも結構やるようだ。

 

「一葉、こっちの子が脚をやられてる。逃がすにはそいつらを何とかしなきゃいけない」

 

「脚が……?一柳隊の皆さん、協力をお願いします。二つのレギオンの総力を持ってヒュージを殲滅、安全を確保します!」

 

決まるが早いか、即興で陣形を作り、ヒュージに対して殲滅行動を開始する。

この間、隼人ら先行部隊の三人は消耗を考慮して射撃で援護攻撃に徹していた。

いくら数がいようとも、エレンスゲのトップレギオンたるヘルヴォルの五人と、個性的ながらも優秀なリリィ揃いの一柳隊の十一人が集まれば最早敵と呼べるものではなく、あっという間に殲滅され、リリィ二人を逃がす為の安全が確保されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

──まさか、実際にこうなるなんてな……。ヒュージの掃討を済ませ、負傷したリリィを逃がした直後、隼人は目の前の現状に内心頭を抱えた。

 

「……」

 

「どれだけ謝ったって許されないかもしれない……恨みをぶつけられたってしょうがないとは思うの……」

 

理由としては、恋花が日の出町の惨劇の元凶だと告げて頭を下げて来たのだ。聞いてみれば、自らの独断行動によって戦場の混乱を招いてしまい、無用な犠牲が増えてしまったと言う。

この日の出町の惨劇によって、一葉の幼馴染みである自分は右腕を負傷するわ両親を失うわがあったことを聞いていたらしく、言わずにはいられなかったのだろう。本人の声音と瞳の潤み具合から、彼女の罪悪感が隼人には見て取れていた。

一応、隼人もそんな人が来た時の答え自体は決めている。なので、後はそれを告げる。

 

「本当にごめんなさい……あたしが、あんなバカなことしなかったら……」

 

「そこまでにしましょう。あなたが悔いてるのは十分に分かりましたから」

 

とは言え、この調子じゃこっちの答えも話せないので、先ずは聞いてもらえるようにストップを掛ける。

そうすれば彼女も一旦言葉を止め、隼人の方を注視する。

 

「例えあなたがそうしてしまっても、そうでなくても、起こったなら起こったことだし、起こったことで俺が殺したいと思うほど憎んだ奴は手伝ってもらったとは言え、この手で殺した。その時点で俺にとってのあの惨劇は……()()()()()()()()。だから、終わった以上は振り返りはすれど、気にしないで生きてくつもりです。何ならそれ、旧ヘルヴォルのヘマですし。だから、()()()()()()()()()()()()()。ただまあ、許すか許さないを言うなら……」

 

──俺はあなたのこと、許すつもりです。これが隼人の選択であり、恋花の詫びを受諾する宣言だった。

本当にそれが原因だとするなら、確かにこの人が幼馴染みである香織とその家族、自分の両親を死なせ、自らの右腕が斬られる遠因に繋がった許せない存在と言えるし、復讐者だった時代なら間違いなく許せなかっただろう。

だが、今の自分はそれらの過去に決着をつけ、未来へ目を向けて生きると決めたリリィだ。ならば、いつまでも過去を引きずっているのも変な話しだし、そうする気も残っていない。

何なら、元々は旧ヘルヴォルのレギオンリーダーの見積もりの甘さと、そこから来る緊急対応の酷さが原因で恋花に反発を招き──と言う形なので、そもそも彼女は元凶でもないのだ。であれば、そもそも怒りの理由がないし、向けるべき相手も違う。

 

「他の人はさておきとして、少なくとも俺に対してはもう気にしないでください。お互い上手くやっていきましょう」

 

「うん……っ」

 

ある意味では恋花が自分のせいだと抱えすぎていた早とちりとも見えるが、隼人が冷静に対応出来た結果一先ず一件落着ではあった。

少し恋花が落ち着くのを待った後、特型ヒュージの捜索を開始することになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

受 諾

acceptancs

 

 

罪を許す心

──×──

There is no feud there

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……?百合ヶ丘に来た時より酷かったんですの?あのアホンダラは……」

 

「ええ。口喧嘩とかもしょっちゅうで……昔から自分の意志はしっかりしていたと言えばいいのか、頑固だと言えばいいのか……」

 

移動している最中、楓は一葉に隼人の昔のことを聞いてみたら驚愕することになった。何となく昔もそうなんだろうと思っていたら、更にだったのである。

──そうなるとわたくし、彼が変わって行く様を間近で見れたってことですの?それはそれで嬉しいと楓は思った。

 

「あ、アイツ……その辺訓練内容に出てたんですか……」

 

「そうなんだよ……。普通にそんな状況になる?ってのが結構あってさ……」

 

逆に、隼人は恋花から一葉がどんな感じかを聞いてみれば、そちらはそちらで変な癖が治ってないのが判明する。

──一体、何を考えたんだ?詳しく聞きはしなかったものの、隼人は後々不安になったことを記しておく。

一応、隼人の方から恋花には遠慮はしないでいいように伝えてある為、こうして普通に会話ができている。近いうちに隼人に対する抱え事も完全に消えるだろう。

 

「あのふたり、だいじょうぶ?」

 

「うん。大丈夫そう」

 

「彼が冷静で助かったわ」

 

その様子を見て、ヘルヴォルの面々は一安心していた。状況もあるとは思うが、隼人が冷静に物事を見ている人物なのは非常に嬉しい話だった。

そうしてところどころ会話を交えて進んで行くと、件のヒュージ──特型ヒュージの姿を見ることができた。

 

「アレじゃの……」

 

発見さえできてしまえば、残りは討伐の為の追跡準備等は百由の方で進められるので、一柳隊としてはこの時点で最低限の目的は達成できた。

しかしながら、このまま特型ヒュージが居続けてしまえば、無用な被害が出てしまうかも知れないので、最悪撃退だけはしておきたい。

 

「まだ何もしてこない……?」

 

「でも、このまま放っておくこともできないし……うーん」

 

放っておくと何もしてこないで居続ける可能性もあるし、手を出せば反撃してくる可能性もある。

そして、居続けると何をしてくるか分からないので、やはり撃退するためには手を出すしかないのが現状だった。

 

「……!?私たちとあのヒュージの間からヒュージが出てきますっ!それと、あのヒュージが移動し始めましたっ!」

 

「逃げるのか?それとも……」

 

何であれ、このヒュージを突破して、追わねばならない。そう決まれば早く、先程と同じく連携を取ってヒュージを速やかに撃滅する。

消耗も回復しているので、先行行動の都合で先程は後ろに控えていた隼人と結梨も前衛に復帰しており、その影響か素早くヒュージを倒し、特型ヒュージを追い始めることができた。

しかし、攻撃等ができたのかと言えばそうはならなかった。

 

「……!ケイブが出てる……撤退する気ね」

 

何故ならこの特型ヒュージはケイブに入り込み、撤退することを選んだからだ。

二水の鷹の目でこの近くに他のヒュージは残っておらず、一葉も司令官への確認を取ってヒュージの反応が消失したことを確認したので、一先ずこの区域での対ヒュージ行動は終わりとなる。

それを聞いた隼人は一瞬息を吐いたあと、今回の特型ヒュージに対する一つの疑問を口にする。

 

「アイツ……ヴァイパーと同じで、何かの条件を満たしたら逃げるのか?」

 

「それは分かりませんが……意識する必要はありそうですわね」

 

十分な時間居座ったから撤退したのか、それとも自分が勝てない条件だったから逃げたのか──分からないが、今のところ留意する必要はある。

そして、それは今ここで考えても仕方のないことではあるし、ここに留まり続ける理由もない。であれば、今回はもう撤収してもいいだろう。

 

「よし。取り敢えず百由様にもデータは送ったし、後は解析待ちじゃな」

 

実際、特型ヒュージに関してはこうするくらいしかなく、この後は疲れを癒したり、次に備えて整備等を怠らないようにするくらいだ。

何か分かれば再び合流するとは思うが、一先ず今回は解散し、それぞれの場所へ戻ることになった。




一旦メインシナリオ1話の1が終わりました。

以下、解説入ります。


・如月隼人
本人に対する恨みも無いので、恋花の話を聞いて許した。
先行行動三人組で最も遠距離戦の適正が低く、多くの場面で前衛を張ることになる。


・ヘルヴォルの皆さん
一葉と恋花以外は今回初登場。先行行動三人組の影響で、揉め事とかなしで少しだけ早く移動が開始できた。
隼人がああ回答したので、今後の行動で変に抱える必要は無くなった。


・吉村・Thi・梅
描写にはないが、危惧したようにはならなかったので一安心。
先行行動三人組では最も遠距離戦の適正が高く、残り二人の戦術と性格の都合から後衛に回りやすい。


・飯島恋花
隼人に許してもらえてようやく肩の重みが一つ取れた。
それはそうとヘルヴォルでの活動は頑張るつもり。


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第3話 接近

特型ヒュージとの初遭遇から早くも約一週間──。十年ほど前から恒例行事と化した、百合ヶ丘主催で行うグリーンフェス時期がやって来ていた。

一柳隊はグラン・エプレのメンバーと共にその準備を手伝うことが決まっており、隼人らに取っては叶星以外のメンバーと始めて顔を合わせることになる。

 

「なるほど……以外と用意するものは多いんですね」

 

「本当だ……準備する人の人数が多いのって、そう言うことなんだね」

 

隼人や梨璃、二水と言った比較的初参加のメンバーが一柳隊には多い、それ故か、用意する内容等が記載されている資料を見ても今一その規模の大きさにピンと来ない者もいる。

一応、やれば分かるだろくらいに構えておけばいいなと割り切ってはいるので、不安に思うものも特にはいないが。

その後少ししてからグラン・エプレの五人も到着し、それぞれ簡単に挨拶を済ませる。

そして早速、それぞれのところで仕事が始まることになった。

 

「……使う土に違いとかあるのか。それでこんなにあると」

 

「複数のお花を並べるらしいから……大変だけど、頑張りましょう」

 

培養土、真砂土、赤玉土、腐葉土……それぞれ育てる花に向いている土が違うらしく、それの種類と数の合計を見て、隼人は一瞬だけ硬直する。

ちなみに、育てること自体は終わっているので、育ち切ったものを運んでいくことになっているのだが、それでも多いことには多い。こちらは単純に力仕事である為、隼人は自然とこちらを手伝うことになっていた。

 

「あっ……そう言えばなんですけど、そっちの人たちって俺を警戒してたりとかは……?」

 

「それなら心配ないわ。あなたが切れるナイフみたいな人じゃないこと、みんな分かってるから」

 

神庭女子は隼人への目線はしっかりしており、『ヴァイパーを追っている人物ではあったが、ヒュージから人を守る為に共闘する仲間』であると認識しており、そう言う人はいない。

それを聞いて一安心した隼人は、気を取り直して割り振られた仕事の遂行に移るのだった。

 

「へぇ……こりゃいいな」

 

「こうやって複数のお花たちが並ぶの、綺麗よね」

 

この辺の知識は素人目の隼人でも一発でいいものだと分かった。何というか、心が落ちついていく感じがする。

こう言うことをやってみるのもいいと思うが、やるためのスペースは無いので、今回のこれが完成された時の景色を楽しむことに決めた。

ちなみに、運ぶ花はまだまだ残っているので、一度戻って次に運ぶ花を取ってくることになる。

 

「(次はこれか……)」

 

担当の人もそれなりにいるのだが、後もう三、四往復くらい必要そうなので、早いうちにやってしまおうとも考える。

グラン・エプレのメンバーは交流も兼ねて百合ヶ丘のリリィたちと組んで準備しているようで、叶星もその一環で隼人と共に準備をしていたのだが、花を育てるガーデニングは叶星がよくやるようで、その辺の話のおかげで話題には困らなかった。

もし時間があれば一年生組とも話すことを進められた隼人がそれを承諾したところで丁度運ぶものも無くなり、一旦戻ることになる。

 

「お疲れ様。そっちの彼とは上手くやれた?」

 

高嶺(たかね)ちゃんもお疲れ様。大丈夫。上手くやれたわ」

 

丁度、夢結と一緒に作業をしていた金髪の髪を伸ばした神庭女子の生徒である少女──宮川(みやがわ)高嶺がこちらに来て叶星に声を掛けた。

実際、隼人も途中の会話での話題が向こう任せだった故に、ここは素直に頷いて肯定する。

 

「なるほど……それなら、私がいなくても叶星は大丈夫そうね?」

 

「た、高嶺ちゃん!?そんな大袈裟なこと言わなくたって……」

 

「(気のせいか?叶星様の目が揺れたような……?)」

 

顔を赤くして恥ずかしそうにしているが、瞳からは普段を感じているようにも見える。高嶺は普段通りなのか、いたずらっぽい笑みを浮かべている。

恐らくだが、この二人に取ってはいつも通り過ぎて気付いていないのかも知れない。この為隼人は、可能な限りでこの二人が戦場から共に生還できるようにしようと考えた。

 

「……隼人君?」

 

「ああ、すいません。ちょっと考え事してました」

 

「そうなの?何かあったら誰にでもいいから相談しなさい。あなた、抱えがちだから……」

 

実際、この前もやってしまったので、答えが纏まらなかった時点で誰かに話そうと隼人は心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「私、実は……で……!」

 

「分かりますっ!土岐(とき)も、実は……で……!」

 

「……なんか、凄い楽しそう」

 

その一方、別の場所で準備していた二水と、グラン・エプレのメンバーの一人で、青磁色(せいじいろ)の髪を持った少女、土岐紅巴(くれは)が共にリリィオタクだった故に、意気投合していた。

実際、二人揃って自分たちは魂の友(ソウル・フレンド)だと共に言ったりするものだから、この投合具合は相当なものである。

その光景を見て、結梨も純粋に凄いと思った。ちなみに、紅巴がシュッツエンゲルの絡みが好きだと言うので、二水はそれはもう嬉しそうに梨璃と夢結のことを話し、この結果一緒にいた梨璃が顔を真っ赤にした。

 

「(この前のヘルヴォルの時もそうでしたし、今回の叶星様とも問題なく話せてるようですし、大丈夫そうですわね)」

 

隼人と楽しそうに話している叶星が羨ましいと思わないでもないが、それでも楓の中では安心の方が勝った。

──どうせならこう、デートでもできないかしら?楓はどうにかして隼人を誘えないかと思考が回る。

作業も終わったのだから、そろそろ誘っても大丈夫だろうか?そんなことを考えるが、一旦後回しにする。その時誘えばいいのだから。

 

「いよーし、終わったーっ☆」

 

そこまで考えを纏めた直後、作業を終わらせた一人の少女が声を上げる。

僅かに桜色が混ざったような銀髪を持つ少女──丹羽(たんば)灯莉(あかり)の声であり、彼女はグリーンフェス用のポスターの絵を描いていたのだ。

その出来栄えの良さは近くにいて見せてもらった全員が感心する出来で、彼女の画力の高さが伺える。

──と、ここまでは完璧だったのだが、一つ気になった部分があるので、それを問うてみる。

 

「これ?定盛(さだもり)

 

「……ちょっとぉ!?」

 

それを聞いたピンク色の髪をツインテールにした少女──定盛姫歌(ひめか)は憤慨する。

無理もない。何を持って彼女にしたのかと言えば、最早その人の原型をとどめてない何かの丸い物体的なものだったからだ。

彼女もグラン・エプレのメンバーで、灯莉も同じくそうであるため一緒に行動していることが多いことになるが、もしかしたら相性が悪いのだろうか?と一瞬思ってしまったが、言うほど本気とは言えない状態での言い合いだったので、そこまで心配することはないだろう。

姫歌は自らのことを『アイドルリリィ』──アイドルのように持て囃されるリリィの総称を名乗っており、神琳に対しては尊敬と対抗心の二つを見せていたようだ。と言うのも、神琳は丁度そのアイドルリリィに該当するからであった。

アイドルリリィの分類としては、ガーデンの中で他のリリィに愛されるガーデン代表タイプとリリィオタクなどにもてはやされるアイドルタイプ。そして、ガーデンの学校案内の表紙を飾る前者二つの中間のタイプが大まかにあり、神琳はガーデンの学校案内の表紙を飾るタイプであるようだ。

これに関しては二水と紅巴も知っていることであり、近いうちまたその話で盛り上がることになるだろう。

 

「……梨璃さんも素養ありそうですわね。勿論、結梨さんも」

 

「ふぇっ!?私!?」

 

「……そうなの?」

 

自己評価の低い梨璃は驚き、その辺の知識が疎い結梨は少々困惑を返した。

逆に、隼人とは全く縁のない話だろうなと楓が思った直後、ヒュージ襲来の警報が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

そして急遽出撃することになった隼人たちだが、今回、叶星と高嶺は夢結と楓の二人と組み、グラン・エプレの一年生組は隼人、結梨、梨璃、二水の四人が一緒に組むことになった。

この二組は別方面へそれぞれ向かい、この二組が行かなかった場所も残りの一柳隊のメンバーで対処していくことになっている。

ちなみに、この七人は少しだけ規模の大きい場所を担当しており、逆に、叶星や夢結が組んだチームは規模が少ないが、近くに集まった複数の場所を担当するそうだ。

 

「なるほど……それなら、こうしましょう」

 

この四人の特性を教えて貰った姫歌は基本的な陣形を提案する。

天の秤目を使える灯莉は基本的にバックアップ。狙撃で一体一体遠くの敵を狙っていくのが中心。接近戦に秀でる隼人と前で戦う傾向の強い結梨で前衛を張り、近くに来るヒュージを倒していく。

二水は索敵しつつ可能な範囲で援護。周囲の確認が大事なので、無理はしすぎない。そして、残った三人で明確な役割を持っている四人のフォローに回る。

姫歌は戦術指揮も可能なリリィで、この中で即座に指揮を執ることができる人がいるのは大きかった。

 

「隼人、行くよ?」

 

「合わせるよ。行こう!」

 

決まるが早いか、隼人は結梨と共に前に出る。しかしながら突出はしない。あまり前に行き過ぎると後ろの五人がから十分なサポートも受けられないからだ。

二人はそれぞれの方向から来るヒュージを見て、早く対応できる位置にいる方がそちらへ向かい撃破。囲まれそうならすぐに少し距離を取り、そうでないならもう一体撃破してから少し距離を取って仕切り直しをしていく。

奥にいるヒュージは事前の打合せ通り、灯莉が一体ずつ狙撃で的確に倒していき、効果的な狙撃が見込めなくなれば素早く移動をする。

 

「後ヒュージが多い方ってどっち~?」

 

「左側がまだ残ってますので、そっちにお願いしますっ!」

 

移動の際、聞いた方が早いので二水に確認を取ってから移動する。こうすることで一々自分から探す必要はなく、すぐに次の狙撃を始められる。

基本的に鷹の目で索敵に徹することの多い二水だが、余裕さえあればこちらにヒュージの意識を集中させすぎない程度に皆の援護を目的とした攻撃もしている。

万が一危なくなれば、その時は足の速い二人か、近くにいる誰かがフォローが入るのでこの辺は非常に助かる。鷹の目を使いっぱなしで戦闘するのは距離感等が狂いやすく、非常に難しいのだ。

 

「梨璃っ、ちょっとだけお願い!」

 

「任せてっ!」

 

無理をしすぎれば自らの負担が大きくなり、却って味方の救助を要することになる。故に、そうなってしまうより前に助けを呼ぶ。それが、大規模迎撃作戦をした時に得た反省である。

そうすれば自分が呼んだ梨璃も助けてくれ、自分も無理なく立て直しができる。

 

「ちょっと頼めるか?」

 

「は、はいっ!」

 

隼人もその辺りは同じで、すぐ近くにいる紅巴が手伝ってくれる。

立て直しの際に早撃ちで一体撃破しているのも、弾をあまり使わない戦術故に、多少使ってもいいからである。

そして、手伝って貰ったことへの素直な感謝も忘れない。これから戦う仲間との一種の交流でもあった。

 

「二水ちゃん、残りは!?」

 

「後は真ん中の集団だけですっ!」

 

「なら、後は一気に終わらせるわよ!」

 

そこまでヒュージの数が減ればそれぞれのポジションで一々行儀よく戦う必要もない。全員で畳み掛けるだけだ。

ここに来ていたヒュージたちは統率できる存在もいなかったらしく、こちらの動きの変化には全くついてこれずに殲滅されていった。

 

「周囲に反応なし……ここはもう大丈夫ですね」

 

最後に鷹の目でチェックを入れ、戦闘が終わったことを認識する。

 

「みんなもう終わったのかな?」

 

「ここの規模は大きかったし、もう終わったんじゃないかな?」

 

気になって確認を取って見たところ、全て終わっていたらしく、グリーンフェスの最終確認さえ終われば開催できるらしい。

 

「ところで如月君、一つ気になったんだけど……」

 

「……?気になるって?」

 

「何というか、都内で活躍していた時と比べて大分戦い方も落ち着いてたように見えたのよ。そこに心辺りはある?」

 

──なるほど、そう言うことか。姫歌の問いで隼人はその意図を察した。それはそうだ。今の自分には殺したい程憎んでいる相手もいないし、何よりも──。

 

「他の誰よりも悲しませたくない相手ができた……多分、そこなんだと思う」

 

『……えっ?』

 

誰だろうと気になる結梨を省き、全員が予想外の回答に驚く。落ち着いた理由が無茶の反省でもなく、特定の相手だった。

 

「もしかして、その人……好きだったりするの?」

 

「うーん……そこはちゃんとした回答を出せないな……。ただ、気になる相手ではあるよ」

 

実質的な告白までされてしまっている以上、気にしないわけが無い。後は自分がどうするか。その回答を見つける必要がある。

 

「あ、あの気になるってことは……!」

 

「見れるんですかっ!?ガーデン内で正真正銘の恋愛が見れるんですかっ!?」

 

「おおっ!?どうした急に……!?」

 

リリィに関することを色々追いかけるリリィオタクの二人だが、そこは年頃の女子でもあるし、恋愛沙汰が気にならないわけでもない。

そうなれば食いついても来るし、隼人もいきなりで面食らうことになる。とは言え、楓のあの状態からすればそうなるのだろう。

 

「(……グリーンフェス、アイツ誘って回ってみるのもアリか)」

 

そうなれば、隼人は決断を下した。普段は向こうから来てくれるが、たまにはこちらから誘ってみるのも悪くないだろう。

 

「ところで隼人くん、その気になる相手って……誰?」

 

一柳隊のメンバーはあの一件があるので気になる相手に関して予想はできるのだが、一応聞いてみることにする。

 

「ああ、その相手は……」

 

そして、隼人の回答はその予想通りの相手であった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「おお……!本当に、この時が来るだなんて……!」

 

「ガーデンで過ごしている内に、見れるとは思いませんでした……」

 

そして戻った後、グリーンフェスは無事に開催され、隼人は先ほどの宣言通りに楓と一緒に回りたいので誘い、楓がそれはもう嬉しそうに承諾したため成立。こうして一緒にグリーンフェスを回っている光景が広がった。

先ほど一緒にいた六人は、それを陰から見ていた。こんな機会次はいつ訪れるかなんて分かりやしない。実際、周りから滅茶苦茶注目を集めている。

 

「おおー……見事に手を繋いでる。らっぎーやるなぁ~……」

 

「それ、彼へのあだ名?まあでも、楽しそうね」

 

ちなみにこのあだ名、この瞬間に思いついたものである。

本人がどう反応するかは分からないが、その時の反応次第続けるかが決まるだろう。

 

「梨璃と夢結の時と何か違う……?」

 

「あ、あはは……確かにそうだね」

 

確かに夢結ともそうやって仲睦まじくしていたので、そう見えるのもおかしくはない。

ちなみに隼人は楓と一緒に並べられた花を見て回る最中、叶星に教えてもらった知識を引き出してそれについて一つ一つ簡単に話していっている。

その途中、花にはそれぞれ花言葉があることと、自らの経緯もあってこれを思い出した。

 

「そう言えば、復讐とか、そう言う花言葉を持ったやつもあるんだったな……。確か赤いアザミの花だったはず」

 

それはアリスに教えてことだった。自らの憎悪をその花に例えたのである。勿論、今はそうではないし、それが終わった状態でこのグリーンフェスを迎えられたのは良かったことだと思う。

アザミの花と言えば白いアザミの花もあると聞いたが、それは何という意味だっただろうか?それは今一思い出せないでいた。

 

「同じアザミの花ですが、白いアザミは「ひとり立ち」、「自立心」を意味するそうですわ」

 

──自分の意識でここに残り、最後はあそこを旅立つことを決めたあなたにはピッタリではなくて?さりげなく出された回答に物凄い納得した。

それに対して素直に礼を述べ、今の自分を大切にしたいと改めて思った。

 

「ありがとう。また一個貰い物したよ」

 

「お返しなら別に構いませんわよ?今回、もう十分すぎる先払いは貰ってますもの……♪」

 

思いっきり左側に胸元を押しつけて来るのに驚いたし、胸の高鳴りを感じたりもしたが、楓が楽しんでくれているならそれでいいと隼人は思った。

彼女の伝えた想いに対して、隼人は肯定を返してもいいんじゃないかと思い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

接 近

approach

 

 

距離の縮まる瞬間

──×──

White thistle approaches the answer




メインシナリオ1話の2が終わりました

以下、解説入ります。

・如月隼人
楓への気持ちが大分強まった。
叶星と高嶺の間で不安定そうな何かを感じた。そう遠くない内に誰かに話しておくつもり。


・楓・J・ヌーベル
隼人にデートのお誘いを受けてウッキウキ。
今の現状に対して白いアザミと表現。その裏で隼人がいい返事をくれないかドキドキもしている。


・グラン・エプレの皆さん
叶星以外はこれが初登場。叶星と高嶺は何かあった模様。
戦場でになってしまったが、一年生組と隼人もまあ上手く行っていた。この先は今後次第。

ロックマンエグゼのコレクションで遊ぶので、また次回の投稿が再来週になります。


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第4話 練習

メインシナリオ1話の3をやっていきます。
次からやるメインシナリオ1話の4と5が終わると一旦ターニングポイントかな?


「なるほど……高嶺様にはそんな事情があったのか」

 

「向こうはそれでも戦うつもりでしたので、止めはしませんでしたが……」

 

グリーンフェスから数日後、隼人と楓はガーデン内を共に歩きながら、高嶺の事情を共有した。明確な回答が得られなかったので、楓に聞いてみた次第である。

どうも過去にヒュージから攻撃を受けた時の影響で、マギの受容量が非常に少なくなってしまっているようで、これをグラン・エプレ一年生組にはまだ話していないそうだ。

楓はいつかしっかり話してあげてほしいとだけ伝えてそれ以上は干渉しない方針を取り、その場では丸く収まっている。

隼人も自分が気になっていた叶星のあの目に関しての答えを得れたので、事情はさておき今はよしとする。

 

「まあ、本人が戦うって決めたんだしそこは無理にアレコレ言わなくていいと思う。後はこっちでさりげなく意識すればいいはずだ」

 

「……止めませんのね?」

 

正直意外だと思った。何しろあれだけ命への執着が大きい隼人が、そこに関して過干渉をしないような言い方をしたのだから──。

だが、理由自体はちゃんと存在している。

 

「だって、俺が実際に無茶やってるじゃん」

 

そう言われて、楓は大体察した。

確かにそうだ。彼もこうやって自ら危険な場所に赴いているのだから、そう言う事は割と言いづらくもあるし、言おうともしないのだろう。

戦果だなんだであれば、違っただろうが、人を助ける為等であればこう言う人であった。

 

「確かに、そうでしたわね」

 

実際、彼は結構無茶をしていた。それはきっと、アリスの行動と想いを尊重すると同時に、自分の意志にしたからなのだろう。

最近こそ、本当に行かなければ不味い時以外は無茶を控えるようになったが、それは他者の心配等も配慮するようになったからだ。それまではずっと無茶をやり続けていた。

生還できる範囲(マージン)を絶対に守っているからいいものの、何度も見るのは気が気ではない為、正直助かっている。

これによって自分が重い奴だと思われているかもしれないと言う不安も少しはあるが、隼人自身は自分に非があると言う認識である為、意外と問題は無い。

 

「……聞きそびれていましたが、どうして百由様のところに行こうとしてますの?」

 

「ああ……それは着いてから話すよ。()()の話だから」

 

そこで事情を察した楓はそれ以上の追及をしなかった。

 

「お疲れ様です。百由様」

 

「おっ、来たわね隼人君。楓さん、今回もちゃんとパーツの配送出来てるわよ。たった今パーツの交換作業中だから、お二人ともちょーっとだけ待っててね」

 

「少しだけ、タイミングが悪かったようですわね……」

 

「百由様、戻ったぞ……ってお主らも来ておったか」

 

部屋に訪れて見れば、相変わらずの様子を披露していたのと、ほぼ同時にミリアムが戻ってきた。

隼人自身が割と丁寧な扱いをするので、今日まででどうにか二回目の交換で済んでいる。本人向けに最適化されている所も多分にあるが、そもそも本人が環境の都合で消耗させすぎないように気を付けていたのもあるのだろう。

実際、隼人は最初こそ消耗率が激しかったものの、少しずつ改善されて今のように至っている。

 

「よし、今回も無事に終了よ。余程激しい戦闘をしないなら、今回と同じくらいのペースで構わないわよ」

 

──夢結とかも、これくらい丁寧に使ってくれればいいんだけどなぁ……。と言う百由の嘆きは聞かなかったことにしておく。

とは言え、隼人も状況次第では荒い扱いをしてしまう為、そこは気を付けたいところだ。

 

「そう言えば、話って何かしら?」

 

「一応事前通知なんですけど、俺の右腕の話は覚えてますよね?」

 

「勿論、覚えてるわよ。ということは、それの話ね?」

 

「ええ。アレの公開可能な人にヘルヴォルとグラン・エプレのメンバーが追加になったって言うのと、ヴァイパー討った後にナノマシン取り替えたからその更新版を一足先に渡そうと思いましてね……」

 

ちなみに、先行配布は百由と楓、ミリアムにのみ可能だったので、それを一足早く渡しておく。

ご丁寧に何の資料か分かりづらくする為に、カラーファイルに入れて渡していた。

 

「基本的な部分は変わらんの……まあ、わしらからすれば復習みたいなもんじゃしの。ところで、わしも見てよかった理由はなんじゃ?」

 

「単純に百由様と一緒に作業する以上、タイミング次第でバレるってのと、一度教えてるから別にいいやってのが理由だよ」

 

楓は隼人との距離が近いことと、実際にナノマシン交換の場面を見せていて隠蔽も何もない。百由は自らで答えに辿り着いたもので、百合ヶ丘の性質上信頼できると判断されてだった。

これ以外にも、今後の隼人の生活に自分たちが関わる必要性を極限まで下げるべく、ここから百由が独自にメンテナンスシステムを作っても、情報管理さえしっかりしていれば問題ないとすら思っているとも言っていたことを告げる。

 

「それは大きく出たわね……まあ、()()()()()にあるナノマシン技術を解析してコピーできるようになればどうとでもなるけれど」

 

資料と隼人の右腕にあるナノマシンの技術を知ることは条件だが、それさえあれば何とかなると言えてしまうこの人も大概だと隼人は思った。

 

「……なりますのね?」

 

「百由様なら、時間さえあればできてしまうじゃろうな……」

 

一人でメキメキやっていくだろうと考えていた矢先、ミリアムの肩を百由が軽く掴む。

 

「あら、何他人事のように言ってるのかしら?ぐろっぴも一緒に決まってるじゃない」

 

「サラッと死刑宣告をするんじゃないわっ!百由様の新規開発に付き合ったら地獄が始まるんじゃぞっ!?」

 

そこからちょっとだけ口論が起きたものの、今は隼人の右腕の話をしていた最中なので、すぐに冷静さを取り戻す。

 

「じゃあ改めて、これは貰っておくわね。私たちはコレに保管しておきましょう」

 

「了解じゃ。わしの分も預けておくぞ」

 

「わたくしも、こちらは丁重に管理いたしますわ」

 

約束してくれた三人に礼を述べ、お願いしますと隼人は返した。

これで用は済んだので、一先ずその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日──特型ヒュージはレギオン同盟で討つことが正式に決まり、百由の尽力によって特定の目途も立った。後は出現予測が出来次第討ちに行くこととなる。

特定できるまではまだ少し時間があるので、一柳隊とグラン・エプレで顔を合わせ、ノインヴェルト戦術に関することの講義を行うことになった。

意外にもこのレギオン同盟で九人体制が基本となるのは一柳隊──要するに一柳隊のみで、他の二レギオンは使う機会が中々訪れないことから、この機会に基礎知識の学習ないし、おさらいをし、その後練習してみようということになって今に至る。

その説明役は二水が任されており、ノインヴェルト戦術がどんなもので、どういう流れでやるのか、その辺りの説明をやってくれる。グラン・エプレのメンバーもこの辺知識はあれど、実際にやったことは無いので、改めてしっかり聞いている。

 

「ちなみに、五人でやる場合は『フンフヴェルト戦術』と呼ばれることもあるみたいですよ」

 

ノインがドイツ語で9を意味するのだが、フンフもまたドイツ語で5を意味する。単純に人数に比例した数字付けである。

──と、ここまで改めてノインヴェルト戦術の話を聞いたのはいいが、やはり当然の如く一つの問題点は出てくる。

 

「ノインヴェルト戦術は、共鳴率の都合上、10代の少女にしか使えないはず……」

 

──なら、隼人君は使えるの?一人だけ男である以上、事情を知らなければ当然疑問が出てくる。

これに関しては使える使えないだけなら答えることもできるが、どこまで話していいかは慎重にならざるを得ない。

隼人がヴァイパーを討つべくノインヴェルト戦術を求めていたのは、都内のリリィたちには周知の事実であり、そんな彼が使えないのであれば非常に悲しい話だ。故に、気になってしまう。

 

「(……?)」

 

「(大丈夫だよ。隼人くんを信じてあげて)」

 

そして、唯一一柳隊の中で事情を知らない結梨は梨璃の方を見るが、一先ずは彼女の言う通りにすることにした。

ちなみに隼人自身もどう答えるか自体は決めてあるが、即公開だけは流石にできないのが現状である。

 

「使える使えないだけなら使えますよ。ただまあ、理由に関してはちょっとだけ待ってて欲しいです。それは三レギオン全て揃っている時に話すので」

 

「答えられるならでいいけど……人体の方が理由かしら?」

 

「まあ、そんなところです」

 

高嶺の勘が非常に鋭いのか、それとも隼人の事情が分かりやすいのか。問われたので右手を開いたり閉じたりして回答する。気付く人は気付くだろう。右手、または右腕が理由だと。

実際、隼人も今すぐ技術を公開しろと言われたらそれは拒否するが、それ以外は別に答えてもいいラインだった。その為、特に隠すことはしない。寧ろ隠しすぎると疑問を持たれてしまう可能性がある。

 

「って、すいません。いきなりこんな空気にしちゃって……」

 

「い、いえ!私の方こそごめんなさい!そもそも聞かなければこうならなかったのだから……」

 

妙に空気が重くなってしまい、事情持ちの隼人と最初にノインヴェルト戦術の可否を聞いた叶星がそれぞれ謝る。

──今後もこう言うのは増えるかもな……。そう思いながら、隼人は今回の件を頭の中で素早く水に流した。

 

「では、説明等も程々に練習してみましょう。パス回しからフィニッシュショットまでを、決めてくださいな」

 

「梅がヒュージ役として妨害するから、盗られないように気を付けるんだゾ」

 

少し変則的な形でにはなるが、グラン・エプレのノインヴェルト戦術練習が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

練 習

practice

 

 

今のうちにやっておく

──×──

sure it won't go to waste

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

梅はこう言うものの、流石に始動の弾から一発目で取ろうと考えてはいない。パス回しのタイミングで取り合いの強要を狙って割り込もうと思っている。

始動は今回姫歌が担当することになり、それを灯莉に向けて飛ばす。

特殊弾を受け取ってマギスフィアが出来上がったのをみて、梅はそこから仕掛けることにした。

 

「おおっと……!?」

 

「中々速いな……次はどうする?」

 

マギスフィアを持ったCHARMにCHARMを重ねればパスになる為、今回梅へ強制的にパスさせられれば、それを奪われてロスト扱いとなってしまう。その為、上手いこと梅を避けてパス回しをやっていく形になる。

実戦ではヒュージに対して射撃攻撃等をして牽制をすることも大事になってくるが、流石にリリィ相手にそれをやるわけにもいかないので、その辺を考慮して梅も有情さは残して妨害行動を行う。

とは言え、相手の練習になるよう手抜きはしないが──。

 

「よし……とっきー、コレお願いっ!」

 

「は、はい……!」

 

どうにかCHARM同士の衝突によるマギスフィア強奪を避け、パスを飛ばす。

飛ばされたパスを紅巴が受け取ったのはいいが、直後には梅が目の前にいて張り付いていた。

 

「……!?」

 

気付くや否、すぐに盗ろうとして来たので、CHARMと身体を後ろに引いてそれを避ける。

早いことパスを回そうと強奪を避けながら周りを見渡すが、問題点が出てくる。

 

「(灯莉ちゃんと姫歌ちゃんにはもうパスができない……叶星様は梅様の向こう……高嶺様は……?)」

 

パスをしようにもパスをする相手に物凄い難儀な状態となっていたので、周りを確認しながら避けるをするしかない状態だった。

 

「紅巴さん、こっちに回して!」

 

「……お願いしますっ!」

 

その声を聞き、咄嗟にその方向へパスを飛ばす。

避けた直後にパスを飛ばしたのもあってか、少々際どいパスコースになってしまったが、高嶺は見事にそれを受け取って見せた。

 

「簡単には取らせないわよ?」

 

「じゃあ、遠慮なくいくゾ?」

 

そこから二人による取り合いが始まる。梅の盗ろうとする行動に対し、高嶺は素直に引く、敢えて押す、身体を回しながら避ける等、択を絞らせないようにして避け続ける。

これらが先ほどとは違い、かなり高速で繰り広げられている。梅も高嶺相手は本気を出していいと判断したのだろう。

 

「(さて、そろそろね)」

 

「……!」

 

このまま取り合いが続くかと思いきや、梅が少し緩急を付けるべく、意図的にペースを下げた瞬間に高嶺が無言でマギスフィアを飛ばした。

目で追って見れば綺麗に叶星の方へとパスが回されており、これで五人分のマギスフィアが集まったので、叶星は空へ向けてフィニッシュショットを放つ。

本来はヒュージに向けて撃つのだが、今回は例外である。

 

『……』

 

その一連の流れに、一同は目を奪われた。それだけ完璧な連携だったと言える。

 

「いやー……一本取られたな」

 

実際、梅もそんなことをされるとは思ってはいなかったので、完全にしてやられた形になる。

それと同時、この二人が非常に息が合っているのは分かったがどうしてそこまでできたかは純粋に気になった。

 

「長い時間共に戦って来たから……と言うのもあるけれど、信じているからよ」

 

確かに、相手を理解していても信じられないならああはできないだろう。信頼と理解の両立は非常に難しいことだ。

彼女らの連携を注視してしまいがちだが、その連携をする為の繋ぎをやり切った紅巴の行動も見逃せない良い点の一つである。

 

「そ、そんな……!土岐はただ、声を聞いてが精一杯だったので……!」

 

当の本人は恥ずかしそうにしていたが、あれをやれるだけでも中々である。

ノインヴェルト戦術は味方との連携が何よりで、それぞれが自らにできることを精一杯やり、助けられる限りで助けるのが大事である以上、反応できた紅巴も、際どいコースを拾った高嶺もそうだが、全員での成果になる。

グラン・エプレのメンバーによるノインヴェルト戦術の練習は問題無しとなり、彼女らが気になるだろう隼人がノインヴェルト戦術を可能なのかの紹介をすることにした。

こちらもフンフヴェルトの形式で行えばいいと考え、隼人、楓、梨璃、夢結、結梨の五人で行うことにした。

 

「では隼人さん。締めはお願いしますわ!」

 

「任せろ!」

 

楓からのパスを受け取った隼人はそのまま上空へとフィニッシュショットを放ち、彼が問題なくノインヴェルト戦術ができることを証明した。

これが終わってから実際に口にはしなかったものの、普段よりも明らかに負担が軽いと隼人は考えた。ヴァイパーをフンフヴェルトでも討てたかは()()()()()()()()

 

「隼人君がノインヴェルト戦術をできるかどうか。これなら大丈夫かしら?」

 

この夢結の問いに対して、グラン・エプレの五人が納得してくれたことで、今回のノインヴェルト戦術の講義と練習は終わることになった。

その後少しの談笑による交流を重ねて、この日は解散となった。




前回のメインシナリオ1話の2を書いた感じとして、一々ヒュージ襲来を入れるのはゲーム的にヒュージと戦うシーンが必要だからであって、この小説でも無理に入れる必要はあるのか?と感じました。
そう言う訳で、ここのヒュージ戦はカットです。

以下、解説入ります


・隼人の右腕に関して
あの三人的にはもう、自分が関わるのを極限まで減らす方針。
そうなると誰かが製作に関わった方がいいので、信頼できる人間にそれを託すことを選んだ。


・フンフヴェルトの威力に関して
ノインヴェルトより威力は低いが、これでもギリギリヴァイパーは討てる。
ただし、マギスフィアが本体に深く到達するまではより時間が掛かってしまうのだけが難点。


・真島百由、ミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウス
その内どこかでナノマシン製作のデスマーチが始まる(百由はウキウキだが)。
今は特型ヒュージの追跡があるので、ちょっと後回し。


・今叶星、宮川高嶺
ゲーム本編でもそうだが、練習とは言え、無言でパス回しをぶっつけ本番でやったのは控えめに言って頭おかしい連携力。
これも高嶺の事情を配慮した努力の結果だと思うと、それはそれで凄まじい。



最後に、恐らく本小説最後のアンケートの協力お願いになると思います。
内容としてはメインシナリオ1話の5で特型ヒュージを討った後、隼人が何処へ向かうかです。


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第5話 確認

氷気錬成3と4スロを両立した護石が……出ません(涙)


ノインヴェルト戦術の練習から更に数日後。ついに特型ヒュージの反応の追跡に成功し、明日に出現する場所も掴めたので、レギオン同盟は百合ヶ丘に集合して今日一日は待機し、明日に現場へ向かって撃破を行うことになった。

その日の早朝──。隼人は由美から資料を受け取った後、久しぶりに慰霊碑へと足を運んでいた。

 

「次が大きな戦いになるかも知れないから、ちょっと来たよ」

 

こうして一人で来るのも同時に久しぶりであり、香織に近況を話すのも久しぶりだった。

一先ずこれが終わればまたしばらくゆっくりできるだろうとされており、特型ヒュージを巡る案件も終わりが近づいている。

 

「気になる相手もできたんだ。その時はまた教えに来るよ」

 

恐らくその時か、自らが楓に紹介された住居を選び、旅立つ直前がここへ立ち寄る最後の時になるだろう。

──そろそろ、思い出に留める程度の練習を始めるべきかもしれないな。そう思いながらまた来ると告げ、百合ヶ丘に戻ることを決めた。

 

「(特型ヒュージがどんな戦いをするかは知らないけど、落ち着いてやれば大丈夫だ)」

 

冷静さを保ち、己の役割をこなし、助けられる限りで助けて自分も怪我無く帰る。それだけだ。

強いて言えば、できる限り無茶を減らして楓を悲しませないと言う個人的な目的も追加しているが、これは己の心境が大きい。

そして隼人が戻って来てから少しすると、ヘルヴォルとグラン・エプレのメンバーもやってきて、ここから百合ヶ丘で特型ヒュージの内容と今回の作戦を確認。その後交流──と言った形を予定している。

 

「……」

 

「どうした?一葉」

 

だが、何か一葉が躊躇したような表情を見せたので、隼人は問いかける。

どうも親G.E.H.E.N.A.派に属するエレンスゲのリリィである自分たちが、百合ヶ丘に踏み入るのに迷いがあるらしい。前回は挨拶もあったので割り切ってガーデンに立ち寄ってはいたが、今回は違うそうだ。

 

「お前、そこまで気にする必要はないだろ……同じリリィだぜ?」

 

「それはそうだけど……」

 

「な、なんかごめんね……一葉、朝からずっとこんな感じで」

 

実際、新G.E.H.E.N.A.なら戦果最優先のリリィも当然いるし、彼女らの行動が他のガーデンから反感を買ってしまうこともあるのはそうだ。

とは言え、一葉自身がそう言う人間ないことは分かっているし、今回初対面だったらともかく、自分たちはそういうわけでもない。だったら別にいいのではないかと隼人は思っているが、一葉からするとそうならないらしい。

そして、恋花の話を聞く限りだとこれは他の手段を探すしか無さそうだと、隼人は早々に匙を投げることを決める。

 

「それなら、もう一個いい場所があるから、今回予定した諸々はそっちでやりましょうか」

 

いきなり使わせて貰って大丈夫なのかと思いもしたが、既に手配済みらしく、ならばと移動することは可能だが一柳隊はともかく、他の二レギオンは長時間移動を済ませたばかりなので、流石に休息してからと言う話になった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(やってしまった……)」

 

ガーデンから少し移動したところにある公共ベンチに座りながら、一葉は己を顧みていた。

いくら彼女らが受け入れても他は……と躊躇いがあるのは変わりないが、隼人の気にしすぎと言うのも最もで、これが今回の反省点と見ている。

実際、前日も乗り気じゃない自分をレギオンメンバーがそれぞれの言い方で気にしすぎだと言っていたが、正にその通りだと言える。

 

「(仕方ない。区切りの着いたタイミングでまた機会をもらおう)」

 

大丈夫そうな時にこっちからお願いする。または、向こうが誘ってきたら必ず乗る。どちらかを守ることを心に決め、ここでの反省は終わりにした。

大事なのは明日の特型ヒュージ戦で、隼人と共に戦場に立つことになるだろう。その場合ノインヴェルト戦術を担当するのか、それとも空きの二人として補助に回るのか。そこが気になるところではある。

前者は特に気にする必要はない。ノインヴェルト戦術を決めると言う重大な行動以外は特に無理もしないだろう。気がかりなのは後者の時だ。

一葉としてはあんな想いをした以上は何度もそうされるのは気が気じゃないが、隼人のCHARMで後方援護はすぐに戦えなくなり、結局は信じるしかないのかもしれない。

 

「ここにいたのか」

 

「隼人……」

 

──隣、いいか?と、隼人に問われたので了承し、彼は自分の左隣に座った。

その手には買って来ていた飲み物を持っており、それを開けて口に含む。

 

「隼人、お父さんとお母さんが聞いてきたんだけど……次、どこかで顔を見せられそうな時はある?」

 

「次か……まあ、これ終わってどうなるかだな。取り敢えず申請は出してみるよ」

 

今日のこともあったのでどうしようかと思っていたが、幸いにも一葉は聞いておきたいことがあったので、それを聞いておく。

幸いにも返事は良さそうなので、どうにかなるだろうという見込みができた。

 

「俺が直接干渉するのはほぼ無理だけど、エレンスゲの方は大丈夫か?後、変な無理もしてないよな?」

 

「昔が昔だったから、まだ色々と……無理は、してないと思う」

 

ちょっと曖昧になってしまったのは、ヘルヴォルのメンバーがちょこちょこ自分のハードワークぶりを案じる時があるからだ。隼人も察することくらいならできるのかもしれない。

実際、隼人は「本当に大丈夫かコイツ?」と言いたげな顔をしていたので、信じてもらえていないのが分かる。

 

「じゃあ、そういう隼人こそ無理はしてないの?この間だってああだし……」

 

「俺の場合、そもそもこの道を選んだ時点でだしな…まあ、してないとは言い切れないのは変わらないか」

 

このまま詰められるのは気恥ずかしいので、こっちから聞き返して見たら隼人は割かしあっさりとそれを認めた。不安に駆られてしまったのも、失う恐怖だろう。

そして、認めた理由は何となく分かる。

 

「そういう正直なところ、変わらないね?」

 

「あんまり嘘つけないんだよ。俺……」

 

「香織を助けようとした時もそうだもんね。自分の気持ちに、目を背けられなかったんでしょ?」

 

放っておけないから助けに行く、突っ込みに行く。関わらないのが楽だと分かっても、安全だと言われてもそれでは自分が納得できない。それが隼人だった。

ちなみに、最近控えているのは自分がそれをやると悲しませてしまう可能性が高いからで、緊急時以外はやらないようにしている。

 

「あっ、隼人くん。一葉さんも」

 

「一葉ちゃんも案内してもらっていたのかしら?」

 

「いえ、少しだけ昔のことを話してました」

 

今座っているベンチが三人用である為、隼人は立ってそこを譲る。自分が立たずに座っている場合、人が来た場合に目線がキツくなる可能性を見越してのことだ。

そこから少し話している間に、リリィになった経緯はさておきとして、特に守りたい大切な人は誰かと言う話が上がる。

 

「私は隼人です」

 

ここで一葉が真っ先に、明確に答える。幼馴染みで縁が深いことが大きいのは誰にも分かる。

だが、これだけではなく、もう一つ理由はある。

 

「あの惨劇の時……私は何も出来ずに大切なものを失うかも知れない恐怖を感じました。だから、もうそんなことが……それより先のことが起こらないようにしたいんです」

 

実際、一葉は一人取り残されてしまっていたも同然であり、香織はもう帰ってこない。だからこそ、そうならないようにしたいのだ。

一葉が明確に示したので、次は隣にいる梨璃の番になる。

 

「私は、()()()()()()()()()()()()です。二人出しちゃうのはずるいかも知れないんですけど、決めきれなくて……」

 

「大丈夫よ。それだけ大切なんでしょう?」

 

それだけ二人が大事だと言うのはよく伝わった。彼女に取って二人の存在は非常に大きい。あの二人の存在は梨璃に取って、何にも変えらえれないかけがえのないものなのだ。

 

「私は高嶺ちゃんよ。ずっと一緒にいるからこそ、二人で一緒に帰りたいの」

 

ずっとと言うのは幼少期からのことで、それだけ長い時間を共にする日常の象徴とも言う存在であった。

これを聞いている限り、相手側の高嶺も同じように考えているのだろうと考えられる。

 

「じゃあ、隼人くんは?」

 

「俺か……真っ先に上がってくるのは二人だな。一人は一葉。もう二度と会えないと思ってこうだったから、ちゃんとお互いに生き残って戦いから離れるよ」

 

一人目は至極納得だった。ようやく再会できたのだから、ちゃんと二人生き残って欲しい。

 

「じゃあ、もう一人は?」

 

「楓だよ」

 

「……!」

 

この時点で梨璃はもしかしたらと言うものを感じていた。

試しに理由を聞いてみれば、自分の中で最もお互いをしっかり見て向き合った状態で話し合うことができた点と、自分のことを本気で想ってくれていることが大きいようだ。

 

「だからなのかな……俺の中であいつの存在が凄く大きいし、守りたいんだ」

 

既に隼人の中で、楓は未来への象徴となっていた。

 

「もしかしてだけど、意識してるのってグリーンフェスよりも前から?」

 

「ああ……そうだな。それよりも前だよ」

 

「じゃあ、私たちが始めて協同した時とはどうかしら?」

 

「ええ。それよりも前です」

 

「えっ……えぇ!?隼人が?」

 

「……俺、そんなに興味のない人間に見える?」

 

そんな風にちょっと質疑応答をしていたが、そろそろ移動開始の予定時間になりそうだったので、ガーデンに戻り始める。

移動する最中、隼人と楓が結ばれたかどうかは後ででもいいから教えて欲しいと言うことになり、拒否しづらかった隼人は一先ず承諾するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

移動した後、食事の準備を担当する者とその他諸々を担当する者で分かれての作業が始まった。

隼人は当然の如く食事組に混ざっており、そちらのメンバーと協力して作業を進めていた。

 

「何というか、意外ね」

 

「そうね。隼人君がこっち側なのは予想外だったわ」

 

やはりというか、隼人はこちら側の人間に見えないのだろう。

だが、隼人は意外にもこの手のことはしょっちゅうやっており、面倒に思わなければ毎日一食は作っている程だ。

 

「こうやって飯を作る仕事を、後の未来でやりたいと思ったんです」

 

「なるほど……そういうことでしたか」

 

共に料理した経験のある神琳は、隼人がところどころでこだわりを見せる理由と言うものを理解することができた。

早い話がその道に向けて自分なりの模索をした結果であり、きっとこれからも続けていくことになるのだろう。

小学生時代に抱いた夢を思い出せたと言う話もあり、一緒に準備を進めている神琳、千香留、叶星はそれは良かったと安心する。

 

「あ、熱っ……!これ、どうやってるのよ……」

 

「それ、ラップ使ってやればマシになるぞ」

 

別のことを担当していたはずの姫歌が難儀している姿が見えたので、それと無く助け舟を出しておく。

何でいるのかはさておき、変に突っかかり過ぎるのは良くないと考えての選択だった。

一先ず助け舟を出した後、それぞれの得意料理の話が出て、全員がそれぞれメニューの共有を後でやることも約束した。

 

「(俺がどんなものを作りたいのか、何が作れるのか……まだまだ知りたいことは山ほどある)」

 

──一つ一つ、焦らずやっていこう。少しずつ夢への道を進む過程が、今は無性に楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

確 認

check

 

 

必要になこと

──×──

That's the consciousness of the mind

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

全員で集まって食事を取った後、明日の特型ヒュージに向けた会議が始まる。

 

「先ずは私が調べた情報の共有をするわ。これが特型ヒュージの情報よ」

 

百由が纏め上げた特型ヒュージのデータには、現状確認した限りの形状、能力、行動パターン等全てが見事に網羅されていた。これを元に考えた結果、やはりノインヴェルト戦術を決めることが最適解となる。

 

「これに関しては慣れているのもありますから、一柳隊の方で行います」

 

「それが最善ですね。こちらからもお願いします」

 

神琳の提案に返答した一葉もそうだが、他の全員も一柳隊に任せるのが最適だと考えているので、反論はでない。他のメンバーは陽動を行うことになる。

情報にないものが出てくればその時だが、それでもやることは変わらないだろう。

 

「パス回しを調整出来れば、最悪二人までなら遊撃に回せますわ。当然、手番が回ってきたら戻って来てもらうことになりますが……」

 

「それなら、俺が構えてようか?」

 

「どの道、行くなら縮地持ちの誰かだろうな……結梨も、梅たちと万が一の時に構えておくゾ」

 

「うん。分かった」

 

行動速度の問題点から、やるにしてもこの三人しかいない。

また、これ以外にも基本は二水の鷹の目で捉えるか、百由の端末に探知反応が出るかが起きた場合、最初に先行して陽動隊が動き、十分に引き付けた後でノインヴェルト戦術を決める形になる。

そして、この時の状況次第で二人までが遊撃担当で動き、そのままノインヴェルト戦術の遂行に戻り、それで撃破──というのが大まかな段取りだった。

 

「その、疑っている訳ではないのですが……隼人はノインヴェルト戦術を使えるんですか?」

 

『……』

 

一葉の質問を聞いた瞬間、隼人と百由は即座にアイコンタクトでお互いに承諾する。

 

「使えるには使えるよ」

 

「だったら、それに関してもここでちょっと説明しちゃいましょうか。ここにはいないけれど、それに関わり深い人にも許可は貰っているし……ただしコレ、口外無用らしいからそれを守ってくれることだけ約束をお願いするわ」

 

前回と前提条件は基本的に同じなので、百由は先回りしてそれの確認に入る。誰もいなければそのまま隼人にパスして少しの間進行を任せる算段だ。

 

「それは、何か技術的な理由かしら?」

 

「その通りです。なので、これを飲み込めない場合はこの先の話をすることはできません」

 

無用な公開をするつもりはない。故に、ここが分岐点となる。

幸いにも質問した高嶺は飲み込んだし、他のメンバーも変に話さなければいいと考えたので、それを飲み込んだ。

 

「話す前に、取り敢えず皆にコレ渡しますね」

 

確認が取れた後、隼人は予め準備していた資料をそれぞれ配布する。百由、ミリアム、楓の三人は事前に渡してあるので、持ってきたそれを確認する形になる。

 

「細かい説明は省きますけど……資料に乗ってる義手を俺は使っています。一柳隊の方にも回したのは、ヴァイパー討った後にナノマシン交換によるアップデートがあったからです」

 

「なるほど……ただ交換するだけでは無かった。ということね」

 

夢結は不具合をどうにかする為だけの交換だったのだと考えていたが、どうやらそうでも無かったようだ。

一応、一柳隊のメンバーは既に知っているから反応は比較的薄いもので済んでいるが、他のレギオンメンバーは暫し言葉を失っていた。

これと同時に、ヴァイパーへの復讐をする為の理由の一つが右腕だと言うことが、ここにいる全員に明らかとなった。

他にも、由美とアリスの名が出て来て、特に前者は知る人が全員驚愕した。あの有名な科学者が隼人を救助した人間の一人であることにも。

 

「隼人、ちょっといい?」

 

「どうした?」

 

これとは別のことが気になった結梨は隼人の近くに行き、その右手に触れてみる。

 

「触ってる感じ……あるの?」

 

「ちゃんとあるぞ。動かす感覚とか諸々……この腕が義手だってこと、時々忘れるくらいには違和感がないんだ」

 

本来感じられるものを感じられないのは悲しいことだと考えていた結梨だが、どうやらそう言うこともないらしいので一安心した。

これ以外にも、ヘルヴォルのメンバー──特に一葉は余り無理はし過ぎない方がいいのではないかと思いもしたが、彼は自分の意志で残留の道を選んでいる為、強く言うこともできないので隅にしまっておくことにした。自分たちがエレンスゲを何とかしたいと思うように、彼も傷ついてなお助けたい人たちがいるのだ。

 

「後、何か気になることはありますか?この場限りで受け付けます」

 

一通り公開すべき情報は伝えたので、後は何もなければこれで終わりである。

 

「これは質問とは違うのですが、我々ヘルヴォルは資料の読み込みが完了次第……この資料の破棄を行おうと思います」

 

「だ、大丈夫……なんですか?」

 

一葉の宣言に梨璃は驚いた。恐らくこの資料は二度と受け取ることはできないはずだからと言うのもあるが、そもそもの行動があまりにも大胆だ。

 

「まあ、しょうがないね。こっちはG.E.H.E.N.A.と仲いいガーデンなワケだし……」

 

「研究をしたいからって、隼人君を強引に引き込もうとする可能性が出ますから、そうせざるを得ません」

 

「それにコレをみて、抜けたはずの製作者が無理矢理連れ戻される可能性とかもある……」

 

だが、実際にあの研究狂いどもはやりかねないと言う意見は満場一致で、そうなるくらいならヘルヴォルのメンバーはこうするのが一番だ。

念入りに資料の内容を分からなくするべく、細断した上で焼却をすることが決まり、一先ず資料の対応は終わりになる。

その後は特に何か質問があったりはしなかったので、これで会議は終わりとなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

それから少しした後、今回集まった人たちと話をして交流を広げ、先ほどの義手の件で気がかりにしていた人たちは隼人が問題なさそうにしているのを見て一安心した。

時間はもうよるになり、明日の朝が特型ヒュージを倒す為の行動に入る為、入浴等も済ませたら寝た方がいい時間にはなっている。

しかしながら、浴場は二人までしか入れないのと、男女で分けられている訳でもないので、隼人は順番を譲って一番最後に入ることにしており、それまでは待機時間になっている。

 

「(やっぱり、そうだよな……)」

 

一人で静かに待っている間、隼人は自分に想いを伝えてくれた楓に対し、自分がどう思っているかを考えていた。

梨璃たちに話した時と同じだが、やはり自分もそれだけ大切に想っている。

これ以外にも思ったことだが、彼女には悲しい顔をせずに笑っていて欲しいとも思っている自分がどういることに気づいた。

更には気を抜ける場面では彼女のことを考えていることが多くなり、これはもう言い訳のしようがないだろう。

 

「(俺、楓のこと好きになったんだな……)」

 

それも人ではなく、異性として──。これを自覚した隼人は、後は自分が答えるだけだなと結論を付ける。

とは言え、一先ずは特型ヒュージを討つのが先なので、それは隅に置いておくことにした。

 

「お待たせしました。空きましたわよ」

 

「分かった。ありがとう」

 

思考がまとまった直後に楓から声を掛けられたので、準備していた用具を取ってそのまま浴場へ向かうことにした。

その時、無自覚ながら彼女へ送る目線が熱くなってしまったのにはついぞや気付かなかった。




次終わったら一旦一区切りになります。

以下、解説入ります


・如月隼人
遂に己の気持ちを自覚した。相手が既にお返事待ちなので、後はいつ行くかだけ。
右腕のことはあんまり気にしていない。


・一柳梨璃
守りたい人が一人増えている。
隼人と楓のことはどうなるか楽しみにしている。


・一柳結梨
一柳隊で唯一隼人の右腕を知らなかった。
気になったのは隼人の右腕の感触があるかどうかであり、本来の腕で実際に感じられる機能があると分かったからよしとしている。


・相澤一葉
明確に守りたい相手がいる。資料の破棄は隼人のことを考慮した面が大きい。
本当は安全な場所にいて欲しいのは変わらないが、相手も同じだろうから断念。


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第6話 激闘

序盤部分がこれで終わりです。


迎えた翌日──。特型ヒュージ戦に向けてそれぞれが最終点検を行っていた。

これが終われば一区切りで、暫しの間休息が貰えることになる。そうなれば一葉の両親に顔を合わせるのも、慰霊碑に足を運ぶこともできるだろう。

 

「(今日からの俺は……今までと明確に違う)」

 

別に実力が変わったとか、そう言う訳ではない。好きな相手を自覚したので、その人に関しては変わる。

特型ヒュージがどんな相手であれ、それぞれがベストを尽くせば必ず討てるし全員生還できると言う確信はあるが、万が一があればきっとまた深い悲しみを抱えるのも読めていた。

 

「(何としても守る。そして、俺も生きて帰る……それだけだ)」

 

とは言え、やることは変わらない──。正確に言えば、前よりしっかりとやるくらいだが。

まあ、それだけだなと思いながら点検を終え、後は時が来るまで待つだけだった。

 

「おっ……引っ掛かったわね。二水さん、そっちはどうかしら?」

 

「はいっ!こっちでも補足しました!特型ヒュージに間違いありませんっ!」

 

程なくして、時は来た。今回自分たちが追ってきたターゲットである。

彼奴を討ち、この戦いにひと段落を付ける。全員の考えは一致していた。

 

「では、先行隊は出撃!特型ヒュージの足止めを行います」

 

「一柳隊の皆さん、後でまた会いましょう」

 

ヘルヴォル、グラン・エプレのメンバーは一足先に特型ヒュージの元へ向かう。

途中までは二水も見逃しがないようについていくが、それが必要無くなれば戻ってくるので、その時に一柳隊は合流しに行くと言う段取りになっている。

 

「もうすぐで、特型ヒュージが視認できる距離まで入りますっ!」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「二水さん、一柳隊のみんなと一緒にノインヴェルト戦術はお願いね」

 

暫く歩いて行くと戦闘可能距離に近づいていたので、二水の同行はここまでで残りの十人で引き付ける行動が始まる。

 

「この奥だね……」

 

乗り上げれば見える場所があるので、そこで辺りを見回して見れば、確かに情報で見た通りの姿をしたヒュージがいた。つまりはあれが特型ヒュージだった。

逃がすつもりはなく、今回自分たちの役目は引き付けることである為、件のヒュージの前に躍り出る。

 

「いつでもいける……!」

 

「こっちも、準備いいわ」

 

それから即座にCHARMを手に取り身構える。こうすれば、流石の特型ヒュージもこちらに注視せざるを得ない。

 

「「では、行動開始!」」

 

一葉と叶星が宣言をしきった後、特型ヒュージの触手らしき刃が伸びて来るのと、散開しながら避けるのは同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

激 闘

fierce fight

 

 

一つの終着点

──×──

be finally tracked down

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、いくよ……!」

 

散開した後、真っ先に飛び出したのは藍で、特型ヒュージに肉薄するとCHARMを真っ直ぐ振り下ろす。

ガード等をされることなく一撃入ったが、そもそもとしてかなり硬いらしく大したダメージにはならなかった。

 

「藍ちゃん。私たちは引き付ければいいから、無理攻めはしないようにね」

 

「わかった」

 

普段はルナティックトランサーも兼用し、ガンガン突撃していくことが多い藍だが、今回はそれをやるわけにも行かないのでルナティックトランサーは発動していない。大したダメージにならなかった理由としてこれが考えられるが、かすり傷程度の傷しか見せなかったので、発動してもかすり傷より少し深い傷程度しか与えられなかっただろう。そんな相手に暴走状態で付き合う必要はない。

殆どヒュージを倒せたか否かの判断が多い藍だが、今回は作戦があるので千香留の声を聞いて素直に反撃を避けながら仲間の所へ退く。

そうすると射線に味方がいなくなったので、全員で一斉射撃の援護が入る。ダメージこそ与えられなかったものの、足止めはできたので今回はこれで良しとした。

 

「次、同時に行くわよっ!」

 

無理にダメージを与えると言うよりは注意すべきものを増やすと言うのを狙いに、叶星と高嶺、一葉と藍が前に出て接近戦を仕掛ける。

行き道の途中で残りの全員で援護射撃を再度行い、特型ヒュージの気を逸らさせ、四人を取りつかせる。

一回ではかすり傷程度だが、何度も攻撃すればそれなりのダメージになるはずなので、反撃はしっかりと避ける。または援護射撃で妨害するでやり過ごしていく。

 

「引き付けに参加した場合、その二人は後ろ側に回していいな?」

 

「ええ。それと、役割が多すぎるのでフィニッシュショットはやらせないように。参加しなかった人たちで行きましょう」

 

一方で、一柳隊も移動を始めており、最後の簡単な確認を済ませていた。

引き付けを手伝った人はフィニッシュショットまでやるのは負担が大きすぎる。その為、こうするのがいい。

他には、特型ヒュージが変化を見せたら注意を払うのも大切で、何かあればすぐに引き付け組の支援に回ることになるだろう。

 

「特に変化なし……常にこのままかしら?」

 

「まだダメージ与え足りないとか?」

 

暫し戦いを続けているが、特型ヒュージに大きな変化は見られない。それ故に少しずつ推測も増えてくる。

 

「逃げる様子も無し。余裕……っていうより、結構早く逃げてたヴァイパーがおかしかったんだろうね」

 

特型ヒュージは依然として戦闘体勢を解く様子はない。恋花はポツリとヴァイパーのことを引き合いに出したが、よくよく考えたらあれはこの人数を前にしたら真っ先に逃げるので、やはり異質だった。

実際、アレは特殊過ぎるので、比較や例に入れると色々と狂ってしまうので、考えない方がいいだろう。

 

「取り敢えず、このまま続けよう……」

 

「もう少し続けていれば、何か起きるかも知れないものね」

 

ともあれ、戦闘を続けてくれるならそのまま戦い続けて引き付け、一柳隊に託す──。自分たちがやるべきことはそれだけだった。

弾数の都合等もあるので、多めに弾数を使ったものが接近戦を行うように、反対に弾数を使っていない者が援護射撃を行うように交代する。

 

「……えぇいっ!」

 

何度かそれを繰り返していき、紅巴の斬撃が綺麗に他の皆が付けた傷の場所に入り、それが深くなり、広がる。

その直後に来る反撃を飛びのけて避け、援護射撃を貰いながら皆のところまで後退すると、特型ヒュージが姿を変え始める。一柳隊が戦場に辿り着いたのもその時だった。

姿が変わるだけではなく、妙な威圧感も得ており、心なしか自らの傷を広げられて怒りを抱いたかのようにも思えた。

 

「……怒ってる?」

 

「ぽいな。ちょっと行ってくる……結梨も来てくれ」

 

「でしたら、お二人は途中まで引き付けをお願いしますわ」

 

許可を得れば早く、結梨を引き連れて隼人は縮地で現場へ駆けつける。向かう先はその怒りを向けられた紅巴の下だ。

 

「ま、まさか……あの一撃で?」

 

「……!いけない、紅巴さんっ!」

 

特型ヒュージの怒りと威圧を感じてすくんでしまった紅巴を助けるべく、すぐさま駆け付けた高嶺は彼女を突き飛ばすものの、そこからヒュージの攻撃を避ける余裕はない。

攻撃は自分に当たる──。その確信と、来るだろう痛みに備えて目を強く瞑るが──。

 

「いいな、結梨!」

 

「いいよ、隼人っ!」

 

「「せー……の!」」

 

──それはやってこず、かわりに鉄と鉄がぶつかっただろう音が聞こえた。

何があったのかと思って目を開けて見れば、特型ヒュージの攻撃を、隼人と結梨が二人で弾き返して自分を助けたのである。

 

「大丈夫?」

 

「ええ。おかげさまでね」

 

結梨の問いに肯定を返したのを確認した後、隼人は紅巴の下に駆け寄る。

 

「立てるか?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

それは二重の意味であることは察せており、手を差し伸べて立つ手伝いをする傍ら、「無事で何より」と返した。

何がともあれ、無事であるならそれでいいので、後はさっさと特型ヒュージを倒して終わりにしたいところである。

 

「隼人ー、結梨ーっ!こっちから声かけるから、ちゃんと戻ってくるんだぞ~!」

 

梅の声に対してジェスチャーで隼人が返し、引き付け組に参加する。

とは言え、ノインヴェルト戦術のこともあるので、少し控えめに動くことになるが──。

 

「あと少しよ……一柳隊の皆がノインヴェルト戦術を決めるまで、継続して引き付けます!」

 

「攻撃を再開しますっ!ただし、特型ヒュージの攻撃には警戒を忘れずにお願いします!」

 

そこから、隼人と結梨も交えて特型ヒュージへの引き付け攻撃が再開された。

隼人と結梨は弾数が有り余っているので、援護射撃を垂れ流していくのが中心となる。

一撃一撃が先程より重いので回避が大事になるが、幸いにも攻撃のパターン自体は幸いそこまで変わることはない。

 

「準備できましたっ!ノインヴェルト戦術、始めますっ!」

 

「ふーみん、いつでもいいよ」

 

雨嘉が特殊弾を装填した二水をあだ名で呼びながら答えたので、彼女はそちらに特殊弾を放ち、雨嘉はそのまま神琳にパスをする。

既に包囲は完了しているので、後は特型ヒュージの動向に気を付けながらパスを回していく形になる。

 

「注意を逸らしましょう!ここは全員で攻め込みますっ!」

 

「了解よ!隼人君と結梨さんは援護射撃をしつつ合流の準備を!」

 

パターンさえ変わらなければ何とでもできる──。この判断がその選択をさせた。

隼人と結梨は二人で撃つだけ射撃を撃って、回避と合流に意識を集中させる。

 

「さっきのお返しよ……!」

 

「助けてくれた……二人の分まで……!」

 

「逃がしはしない……ここで朽ち果てろ!」

 

そろそろ射撃されるのも嫌なので陣形を崩してやろうかと思っていた特型ヒュージだが、見事に多人数が接近戦を仕掛けて来ていたので、迎撃に回らざるを得ない。

そして、数人で一斉に攻撃してくるとなれば一人の手数も向上するので、防げる攻撃が減ってしまい、傷を負う箇所が増えていく。

そんな間にも、神琳から鶴紗、ミリアム、梅とパスが回ってくる。

 

「お前らーっ!楓に回すから、その後どっちかが受け取れ!」

 

──じゃ、後は頼んだ!そう言って彼女は楓にパスを飛ばした。

 

「さて、選択権が委ねられましたが……。そうですわね。お願いしますわ、隼人さん!」

 

「分かった!結梨、あの二人によろしくな!」

 

「うんっ!夢結、梨璃、お願いっ!」

 

そこからは完全に引き付け切った状態なので、後は迅速に回していく。

最後のパスは夢結が受け取り、梨璃とお互いのCHARMを重ね合わせる。

 

「梨璃、行けるわね?」

 

「はい、お姉さま。ここで決めますっ!」

 

「みんな、もう大丈夫よ!後は私たちに任せて!」

 

夢結の声を聞き、引き付け組は特型ヒュージの攻撃を避けると同時に退避する。

それを確認した後、特型ヒュージが警戒を緩めている真正面から堂々と二人は突っ込んでいく。

 

「「やあぁぁぁああああっ!」」

 

そのまま体当たりの要領でぶつけられた、11人分も集められたマギスフィアを特型ヒュージは耐えることが出来ず、マギスフィアに触れてからものの数舜で体に大きな風穴を開ける。

まともに攻撃を受けた特型ヒュージはそれが致命傷となったようで、体から光が溢れた後に爆散した。

これは戦いが終わったことを証明しており、長かったようで短かった特型ヒュージの追跡もここで終わりとなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「はいこれ。ちゃんと特型ヒュージは撃破できているわよ」

 

「そう。なら大丈夫ね」

 

その後、百由からも撃破確認をもらえたので完了は間違いないことを確認できた。

全員でお疲れ様等労いの言葉を送り、そこから追加の連絡がやって来る。

 

「そうそう。実はこのレギオン同盟の各レギオンリーダーに、後日に新宿で行われる防衛構想会議に参加してほしいって言うお願いがあってね……」

 

「会議……ですか?だ、大丈夫かなぁ……?」

 

「……梨璃には、私もついて行った方が良さそうね」

 

梨璃は今年からリリィになったばかりなので、その辺りに慣れていない。その為、夢結の動向は必要だろうと考えられた。

その為、百由は反対するどころか寧ろお願いする形でそれが了承される。

 

「なら、その日で残っている人はエレンスゲ(うち)に来ない?ちょっとした観光って形でさ」

 

会議をする日、自分たちは手すきになるだろうと見越した恋花の提案に、高嶺も乗っかり、百合ヶ丘のメンバーがそれぞれどちらに行くかを選んで来るようにすることで話が決まった。

早い話が今回の特型ヒュージ会議にあたり、本来は他のメンバーが百合ヶ丘に足を運ぶはずだったが、今回はその逆をやろうと言うことである。

 

「うーん……どっちがいいだろう?」

 

「(あれ?何か忘れているような……)」

 

各々がそれぞれ興味を持った方を選んだり、仲良くなれた人と話すのを目的として選んだりしているが、隼人は気掛かりになった部分を考える。

思考の焦点は防衛会議のことであり、そこで隼人は百由に確認を取ることにした。

 

「百由様、俺も新宿に行く必要ってありますか?」

 

「おっと行けない……それを忘れていたわ」

 

問われた百由は、その回答を口にした。




一旦一区切りです。

以下、解説入ります。


・如月隼人、一柳結梨
ちょっとだけ引き付け協力。おかげで高嶺が傷を追わずに済んだ。
防衛会議の日はどちらへ……?


・楓・J・ヌーベル
パス相手が隼人になり、何かにつまづいてこけることも無かった。
隼人相手の場合、真面目とリラックスは切り替えるべきと考えていたのが大きい。


・宮川高嶺
隼人らの助けもあってヒュージからのダメージ無し。
その為、普通に引き付け参加を続行。


来週までアンケート集計期間を取るので、次回投稿は再来週を予定しています。

アンケートに関してまさかの結果が出たので、活動報告にて今後の方針を記載しました。
こちら


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第7話A 崩壊

こちらで宣言した通り、新宿行った形で一旦話を進めていきます。

一通り走り終わった後、ぼちぼち残りのパターンを書いていきます。


特型ヒュージを討ってから数日後──いよいよ新宿にて会議の日がやって来た。

 

「結局、俺も来ることになったんだよな……」

 

「あなたの立ち位置も立ち位置だから、そこは仕方のないところね」

 

百由の回答は、「どちらでも構わないが、可能なら行って欲しい」だった。と言うのも、男性リリィの隼人の立ち振る舞い等を見て安心したかったり、都内出身と言う情報は届いているので、その身である彼の意見を聞きたいと言う面が大きい。

そう言われたこともあり、行くと言う選択肢を取った。隼人も随分と他者へ配慮するようになったなと感じている。

 

「(楓はエレンスゲなんだよな……)」

 

ちなみに、隼人は特に誰かに何か言われず、新宿にいく必要が無ければ彼女と共にエレンスゲへ赴いてもいいかと考えていた。当然、そこが新G.E.H.E.N.A.のガーデンなので、恋花たちが配慮してくれるところの上から更に対策は積んでいくが。

また、特殊義手を使っているだけで人である隼人はまだしも、結梨は立ち位置の関係上エレンスゲに行くのは非常に危険なので、神庭女子へ行くことを選んだ──というか、そこに行くしかなかった。これはもう仕方ないだろう。

楓と一緒に行きたかった──という思いは大いにあるが、こうなったものは仕方ない。真面目に会議をこなして、何事も無く帰りたいところだ。

 

「(どこに誘って伝えようかな?あの公園……は厳しいな。俺の部屋……味気ない。じゃあやっぱりあの噴水か……)」

 

「(……隼人が何か楽しそう?)」

 

また、隼人の柔らかい笑みを見て、一葉はそう感じた。

幼少の頃に見た、どこか楽しめる場所へ行く時の行き道途中などで見せることはあったが、新宿に来たことが理由だろうか。

ただし、隼人はこの辺りにはある程度来たことがあるし、今回は会議なので楽しめるかと言えばそうではない。何か別の理由だろうと考えられた。

 

「ここが新宿かぁ……広いなぁ~」

 

その一方で、始めて来る新宿に梨璃は感激していた。どうやら、梨璃は地元が田舎と呼べる風景だった故に、新鮮に映っているようだ。

始めて来た時、自分たちもこんな風にしていたっけ?と考えながら、四人はそんな梨璃を見て思わず笑みを浮かべる。

 

「何か、気になる場所はありますか?」

 

「良かったら、私たちが案内するわよ?」

 

「本当ですかっ!?ありがとうございますっ!」

 

幸い、時間はあるので一葉と叶星がサラッと案内役を買って出ると、梨璃はそれはもういい笑顔で礼を述べ、そのまま彼女ら三人が前に並んで新宿を回り始める。

 

「あっ……梨璃」

 

「あ、アレは二人が早かったですね……」

 

その結果、夢結がちょっとだけ寂しそうにしていたが、タイミングが悪かったとしか言いようがない。

仕方ないので、二人も二人で後ろをついていく形で回っていくことになる。

 

「ところで、隼人君。一つ聞いてもいいかしら?」

 

「……何をですか?」

 

「楓さんのことをどう思っているのか」

 

「あー……やっぱり気になります?」

 

彼女も年頃の少女であり、気にならない訳ではなかった。何せ、以前の遠征帰りの時にあの膝枕の光景は一柳隊全員が見ているのだから。

そして、隼人も隼人で隠す必要も特にないよな──と思いながら、その答えを口にする。

 

「俺は好きですよ。あいつのこと……一人の異性として」

 

「あら……」

 

やはりそうなんだろうなとは思っていたが、改めて聞くと間違っていなかったんだなと思える。

 

「やはり、あの時からかしら?」

 

「いや、実は……特型ヒュージを討つ前日の夜。そこで、自分の気持ちに気付きました」

 

そのカミングアウトに、夢結はウソだろと言いたげな目を向けた。想像より遅かった。

彼女の反応を見た隼人も、やっぱり皆あの時には既にって思ってたのか──と感じることになる。

 

「一応、今日帰ったらあいつには伝えるつもりですよ。というか、宣言してきました」

 

「なら、結果は楽しみにしているわ」

 

実際、昨日の夜に気持ちは決まったかどうかを聞かれており、隼人は堂々と「もう決まった。明日帰ったら伝える」と返していた。

ちなみにそれを言われた楓は暫くの間頬が朱になり続けていた。多分、自分の思う未来が来た時を想像していたのだろう。

実際、彼女の望み通りの答えを返す決心はついているし、その時が楽しみではある。

 

「ありがとうございます。色々案内してくれて……」

 

「どういたしまして。とは言え、三人そろって少し買いすぎちゃったわね」

 

「まだ時間もありますし、どこかロッカーを探して預けましょう」

 

「あ、あなたたち、結構買ったわね……」

 

「た、確かに俺たちリリィは色々と使えるけど……」

 

出撃報酬があるとはいえ、かなりの量を買い込んでいた。それはもう、両手に紙手提げを複数持つくらいには。

流石にそれを持ちっぱなしで行動するのは難しいので、一旦それを置きに行くことになった。

 

「……なるほど。これはそう言うことか」

 

その後、休憩がてら新宿の風景を堪能できる場所へ移動し、隼人はそこで先ほど買った買い食いできるものを買ってそれを完食していた。今日はあまり時間が無かったので、抜いていた朝食の補填である。

この時の所感は頭の中に叩き込み、自分の中にある夢に向けた参考資料とする。

 

「(ここはエリアディフェンスが充実してるから、ヒュージが来るとしたら新宿の外から、だね……)」

 

新宿はエリアディフェンスが充実している為、人々もヒュージにそれほど怯えている様子は無い。

外に出る際は何かあった時の為にCHARMを持って行動するのは基本である為、今回も例に漏れず持って来てはいるが、使わないに越したことはないだろう。

何か起こる確率は低いとは言え、身構えておくことが無駄にはならないが、何も起こらないで欲しいと一葉は願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがしかし、その願いはドオォンッ!と言う、何かが爆発した音によって無情にも踏みにじられた。

 

「何が起きたの!?」

 

「爆発です!原因は分かりませんが……何かの事故かもしれません」

 

こうなれば非常対応をすることになり、一葉の指さす場所を確認する。

そして、爆発した位置は結構不味い場所である。

 

「あの位置は東京都庁……」

 

意図的か、事故かは分からないが、何事も起こらないのが当たり前であって然るべき場所でいきなり爆発が起きている。明らかな異常事態であることが分かる。

更に、一葉がガーデンに連絡を取って状況の確認を取ると、最悪な事態が起こったことが知らされる。

 

「エリアディフェンスが、崩壊した……?」

 

実際、立て続けに爆発が起きて、更にはケイブが見えてしまった。何もない場所からいきなりコレなのだから、色々と仕組まれているように感じられる。

特に、事情が事情でその辺に若干過敏になっている傾向がある隼人は尚更だった。

 

「(何が目的だ……?俺?それとも梨璃?)」

 

男性リリィのデータを何らかの手段で取りたいか、梨璃がラプラスの疑惑がある為それを確かめたいか。真っ先に出てくる狙いはこれだった。

しかしながら、隼人は可能ならばと言う形である為、恐らくこちらはついでで、本命は梨璃の可能性が高い。

とは言え、それを考えるのは後だ。今はエリアディフェンスが崩壊してしまった以上ヒュージの反応に気を配る必要がある。

 

「あっ……!ケイブが……!」

 

そして、かなり早くにケイブの出現が確認でき、それを見た新宿にいる一般人が蜘蛛の子を散らすかの如く一斉に逃げ始める。

 

「都心だとこんなもんだよな……仕方ない!」

 

「下に移動を!ヒュージを撃破します!」

 

百合ヶ丘付近はエリアディフェンスが充実していない為、ヒュージに襲われる機会も度々あり、住んでいる人たちも避難はそれなりに慣れているのだが、新宿はそうもいかない。

考えるのは後にして全員でCHARMを準備、下に降りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

崩 壊

Collapse

 

 

防衛機構の瓦解

──×──

begin one's worst multi-tune performance

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

突如としてヒュージが現れ、大慌てで逃げる市民たちを搔き分けながら、または避難を誘導をしてから、五人は現れたヒュージの撃退を始める。

 

「早いところ避難が終わってくれればいいけど……!」

 

格好の関係と都心近くを離れていた都合上誘導に参加すると却って混乱を招くだろうことを予想した隼人と、こちらに普段来ないから正確な避難位置の把握が間に合っていない梨璃と夢結──すなわち、百合ヶ丘の三人は早々にヒュージ迎撃に移っていた。

都心にある数多いエリアディフェンスが崩壊してしまったせいか、ヒュージが次々と湧き出てくるので、速やかに倒していく必要が出てきていた。

 

「隼人君、縮地の全力機動をお願い!梨璃は私と動きを合わせて!」

 

「了解、俺は奥へ行きます!」

 

「お姉さま、いつでもどうぞっ!」

 

夢結の指示を聞くが早いか、隼人は奥にいるヒュージへ突撃、機動近接戦闘で一撃離脱を徹底しながら確実に一体ずつ素早く撃破していく。

梨璃と夢結は動きを合わせ、同時に斬撃、片方が斬撃してもう片方が射撃、同時に射撃のコンビネーションを目まぐるしく入れ替えながら同時に二体ずつ撃破を狙い、素早く処理を行っていく。

二人のコンビネーションですぐに市民へ攻撃をできそうなヒュージが倒された後、隼人も近距離射撃で二体ほどヒュージを撃破して高速離脱。自分たちのところへ戻る。

 

「まだ、こんなにいる……」

 

「もしかしてですけど、新宿のエリアディフェンスは完全に……」

 

「ええ。その可能性が高いわ」

 

まだヒュージがぞろぞろといるので、隼人の危惧は間違いないだろう。

もう新宿のエリアディフェンスは機能をしていない。今後いくらでもヒュージが出てくることになってしまうことが予想できる。

こうなればとにかく少しでもヒュージを撃破し、人々を守るしかない。そう考えた直後、複数の弾丸が飛んできて、ヒュージの何体かが撃破される。

 

「遅くなりました!これより戦列に加わります!」

 

「近くの避難は終わったわ。まずは、この近くのヒュージを殲滅しましょう!」

 

一葉と叶星が戻ってきたので、ここからは五人での迎撃行動に移る。

三人での行動と五人での行動では流石に手数が違い、先程より倍以上の速度でヒュージを撃破していけている。

 

「周囲にヒュージは……いないわね」

 

「この近くのガーデンのリリィたちは、別の場所にいるんでしょうか……?」

 

都心は広いので、複数のガーデンが存在するし、それが団結して対応できるはずだと予想していた──。

 

「そうは思いたいけど、確かこの近くのガーデンってエリアディフェンスの影響で守る必要性が薄かったから、殆ど外征してるんじゃなかったっけ?」

 

「残念ですが、隼人の言う通りです。外征に出てしまっているので、すぐには戻ってこれないでしょう」

 

「私たちと、現地に残っているリリィでやるしかないわね……」

 

──が、エリアディフェンスが充実していた区域であり、比較的外征に出れる環境だったのが裏目に出ていた。残りはレギオン同盟のメンバーの合流や、自分たちのガーデンのリリィの合流を祈るしかないだろう。

とは言え、確実に来てくれるかは分からないので、今は自分たちにできることをするしかない。

 

「どれだけいるか分からない以上、無駄弾は避けましょう。いざという時に対応が苦しくなるわ」

 

「隼人くん、残りの弾は大丈夫?」

 

「全然撃ってないから、まだ大丈夫。けど、俺は暫く撃たない方がいいな」

 

隼人のCAHRMは本人の戦闘スタイルに合わせて接近戦で強く戦える調整がされている分、弾数が少なくなっている。この為、特に射撃に関しては気軽に撃つことができないのが弱点となっている。

故に、弾に関して慎重な行動を取ることになった際隼人はどうしても攻撃の手数が大幅に減ってしまうことになる。

仕方ないと割り切りながら周辺を探すが、この近くにはヒュージが見当たらない。他の場所にいる可能性が高いと推測された。

 

「連絡が入りました。一柳隊、ヘルヴォル、グラン・エプレのメンバーはそれぞれ周囲の対応を行いながら新宿に合流を目指しているそうです」

 

「であれば、まずは合流を目指した方がいいかしら?」

 

即席の五人で動き続けるよりは各レギオンメンバーと合流して動いた方がいいのは事実で、余裕がある今のうちにそれを済ませてしまいたいところではある。

ただ、闇雲に動くのは危険なので、そこは彼女らが新宿に到着するまでお預けになりそうではあるが。

 

「……?あれは、ヒュージ?」

 

「見たことない個体だな……新種か?」

 

暫く周辺のヒュージに対応──と思った矢先、梨璃と隼人が見たことのない形状をしたヒュージの姿を捉え、そのヒュージがゆっくりとこちらにやって来たのだった。




このルートは百由の話を聞いて、なら行こうかと選んだパターンになります。

以下、解説です。


・如月隼人
楓にどこでお返事するかお悩み中。
避難場所等は把握しているが、格好や立ち位置の変化から即座に戦闘へ。


・白井夢結
現状梨璃が大切だが、やはりその手の話は気にならないわけじゃない。
避難場所を詳しく把握できていないので、先行して戦闘へ。


このまま新宿ルートは継続して書いて行きます


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第8話A 合流

短くなりましたが続きです。
一旦分岐はここまでです。


現れた正体不明のヒュージがどのようなものか分からないが、倒さねばならないことに変わりない。

何をしてくるか分からないが、一撃で倒してしまえば問題ないとも言える。この為、出てくる思考はすぐに倒すか、罠を危惧して様子を見るか、または攻撃して反応を見るだった。

そして、この内最初に攻撃をして反応を見ることに決めたのは夢結だった。相手の脅威度と強さが分かるか、素早く決めて周囲の対応へ集中できればよしと考えたのだ。

 

「……対応しない?」

 

試しに飛び込んでCHARMを右から斜めに振り下ろしてみたのだが、目の前のヒュージは対応する素振りすら見せずに攻撃を受けた。

ダメージ自体は大きくないもののしっかり入っており、時間が経った結果現れた小型ヒュージの一体なのではないかと予想する。

今の一撃だと行けるようにも見えたが、まだ油断を許すかは分からないので、素早く距離を取るが、何もしてこなかった。

 

「変ね……何もしてこないわ」

 

通常のヒュージなら、最低限避ける素振りや防ぐ素振りやら見せるはずなのだが、本当に何もリアクションが無いのはこれが初めてとも言える。

例えばだが、あのヴァイパーでも出現直後の頃はわざと戦闘開始直後の一撃は貰い、そこから普通に戦うと言ったことをやっている。しかしながら、目の前の敵は何もしなかったのだ。

異例の事態で怪しさを感じたものだが、それならそれで早く倒せるならそれでいいと考える。

 

「……!こんな時に……!」

 

しかしながら、他のヒュージが来てしまったので、そちらの対応をせざるを得ない状況になった。

 

「夢結様、大丈夫ですか?」

 

「構わないわ!回りをお願い!」

 

相手が何も変わることがないのなら、そのまま戦っていればその内倒せる。こちらの消耗が増えてなお倒せなかったら、その時は引き継いでもらえばいい。

考えを纏めたところで戦闘を再開し、もう一度同じやり方でCHARMを振って見ると、今度はそれをヒュージが避けて見せた。

 

「……なら!」

 

幸いにも、大きく避けているわけではないので、すぐに左からの水平に振り回せばその斬撃がヒュージに当たる。

そうすればヒュージは反撃して来たので、それは受け流し、今度は右から斜めに振り上げて斬撃を見舞う。

これも命中し、ダメージは与えることができているが、夢結の中で違和感が生まれる。

 

「(このヒュージ、学習しているとでも言うの……?それにしても()()()()わ)」

 

最初の一撃もたまたま反応できなかったように思えないのだ。理由としては二回目のアプローチが大きく、あのヒュージはそれを完全に見切ったように回避していたからだ。

であれば、次は最低二回の近接攻撃は回避される可能性が高く、非常に厄介な相手である。

 

「やはり、一度やった攻撃はもうダメ……!」

 

ブレードモードによる二連撃を避けられたことにより、同じ攻撃は通じないことが分かった夢結は、次に来る反撃は飛びのいて避け、シューティングモードによる射撃で反撃の反撃を行う。

これは予想通り命中し、倒す時もこれをやらなければならないと言うところまで結論を導き出した。

更にこれだけでは終わらず、今度はこちらの防御の方でも影響が出てくる。

 

「くっ……!」

 

回避場所を予測した攻撃を飛ばされたことで、咄嗟にCHARMで受け止めることになった。

攻撃こそ防げているものの、これで反撃の機会を潰されてしまったので、仕切り直しとなる。

 

「えっ……?あのヒュージ……お姉さま、大丈夫ですかっ!?」

 

「梨璃……?終わっているなら……!」

 

そして、そのまま戦闘を続けていたところ、梨璃の声が聞こえたのでそちらへ一度退避する。

 

「あのヒュージ、こちらの攻撃や行動を学習しているわ。自分たちがやった攻撃はもう通じない……」

 

「まさかの特殊個体か……面倒ですね」

 

一人でやっても仕方ないので、ここからは五人で圧倒する方向を選ぶ。

 

「なるほど……これはもう学習済みか」

 

「でも、二人以上の攻撃はまだ学習できていない……!」

 

隼人が行った飛び込んでからのブレードモードによる一撃は避けられるが、回避先に一葉がシューティングモードによる射撃を撃つとそれは当たる。

これも二人で行った攻撃が初めてだからであり、隼人か一葉が一人で同じようなことをやろうとすれば対応されていたのは間違いない。

 

「(ん……?ちょっと待て)」

 

どんどん有効打が減っていくと言うのに気づいて、隼人は再度攻撃するべく進めようとしていた足を止める。

 

「……隼人君?何か気付いたの?」

 

「コレ……あんまり闇雲に攻撃していたら有効打を見つけても通せなくなるんじゃないですか?」

 

「……!さっきからダメージは与えてるけど、有効打にはなってない……」

 

これは面倒なことになってしまった──。気付いた時点で五人は止まって様子を見る。

そして、ここまで頑丈である以上はノインヴェルト戦術が有効になるのではないかと予想された。

 

「特殊弾は確かにあるけど……」

 

「今は五人分しかできませんね……それに」

 

「ええ。このメンバーではぶっつけにも程があるわね……」

 

連携も重視されるノインヴェルト戦術を即席のチームで行うのは不安が大きい。

しかしながら、このまま放置するのも頂けないところではあるので、大分悩ましい状況に追い込まれてしまった。

 

「逃げた……?」

 

どうするかと考えた直後、そのヒュージはいきなり木々の中に紛れながら移動を始めた。

まだ他にも救助すべき場所がある可能性も見込めたので、手分けして追いかけることに決める。

更に、丁度各レギオンメンバーが新宿に到着したようなので、それぞれのメンバーと合流を目指すことも兼ねて、追跡を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

それぞれのレギオンに合流を目指すため、一柳隊三人は固まって、それ以外の二人は単独で行動をしていた。所属レギオンの関係でこうなっている。

 

「あのヒュージはいないですね……」

 

「なら、一柳隊の皆がくるかどうかね」

 

暫くしてこないなら移動することに決めており、自分たちで可能な限り他の場所での対応を行うつもりでいる。

その為、あまり長居することは難しいのだが──。

 

「梨璃ーっ!」

 

「あっ、結梨ちゃんっ!」

 

──早速、結梨がこちらを見つけて駆け寄って来た。もしかしたら他の人もくるかもしれない。

 

「隼人さん。梨璃さんと夢結様も。ご無事でしたわね」

 

「ああ。他の皆も、合流できてよかったよ」

 

よく見てみれば、一柳隊の全員がいることが確認でき、合流はしっかりできていた。

そこからは事情を説明し、新種の特殊ヒュージとその他避難状況等に合わせた対応を目的に移動を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

合 流

joining

 

 

まだ続く戦い

──×──

face the situation together

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これは……どこかの大学?」

 

「見たところ被害はなさそうじゃな……避難が間に合ったのかの?」

 

移動をする途中、一柳隊は新宿にある大学の一つに辿り着いた。

校舎等が荒らされている様子は見られないので、確かにパッと見は何も問題ないように見える。

 

「ただ、中に逃げ遅れがいる可能性もあるわ……一度、見てみる必要があるわ」

 

この時の問題として、校舎内は非常に狭い為、慣れていない人が確認に混ざって戦闘をした場合却って余計な被害を出してしまいかねない。

その為、行くのは狭い場所での戦闘が可能で、尚且つ少人数で行くことに限定される。

 

「隼人は慣れてるか?」

 

「ええ。俺は問題なく行けます」

 

ヴァイパーが稀に施設内に入り込むこともあったので、その手の場所でも問題なく行ける。

よって、夢結と梅、そして隼人の三人でそちらに向かうことになった。

 

「校舎内が特にやられてる様子は無いな……」

 

中に入るや否、隼人はすぐさま壁沿いに移動を始める。校舎は構造の影響で角から不意の遭遇が多く、真ん中を堂々と歩くのは難しいからだ。

これに関しては三人そろって同じように行動しており、各部屋一つずつ、逃げ遅れや負傷者がいないか確認していく。

 

「運よくヒュージ入らなかったのか、それとも……どっちだ?運が良かったで終わって欲しいゾ」

 

「外でも戦闘が始まった……急ぎましょう」

 

どうやら外にケイブが出現したようで、戦闘音も聞こえ始めた。その為、万が一のことも考えて少し足を速めて行動を続行する。

 

「ぃ……ぃや……!助けて……」

 

「「「……!」」」

 

声が聞こえるや否、即座に物陰から状況確認。逃げ遅れた学生らしき女性が怯えていたので、何かがあると確信する。

それと同時に、隼人と梅の二人は縮地でそちらに移動。夢結も後からそれを追う。

 

「させるか!」

 

大急ぎで移動してみれば今にもヒュージがその女性を襲う直前であり、隼人は咄嗟にCHARMで受け止める。

その間に素早く梅がCHARMで突き刺してそのヒュージを撃破した。幸いにも今見つけたのは奴一体のみであり、一先ずは安全となる。

 

「すみません。大丈夫ですか?」

 

「え、ええ……」

 

そして、女性自身に怪我も見られない。どうやら間に合ったようだ。

なお、その女性の容姿が香織に似ていたことで隼人は一瞬驚いたが、特に声にも出していないので、それを気付かれることはなかった。

 

「後は最上階だけですよね?」

 

「そうだな。けど、この人も逃がしてやらないとな……」

 

「なら、あなたたちどちらかがその人を逃がして、残りの二人で確認を行いましょう」

 

縮地による離脱能力の関係上、夢結が行くことはできない。その結果、梅が女性を逃がし、隼人と夢結で素早く確認を済ませることにした。

 

「問題なさそうね。戻りましょう」

 

一通り確認を終えて、校舎外に出る。

丁度そのタイミングで、最後に残っていた大型のヒュージを雨嘉が一撃で急所を撃ち抜いて撃破し、この大学周辺での戦闘は終了となった。

まだ周囲の状況の確認や新種ヒュージの対応が残っている為、再び移動再開となった。




ラスバレ編のヒュージは数が多い代わりに一体一体が弱いので、どうしても描写が雑になってしまいがちです……(一部例外はあるけど)。アニメ本編は真逆だったのに。

以下、解説入ります。


・大学に取り残された女性
香織が成長したら丁度そんな感じになってただろう容姿の人。
隼人が守ることで、過去の繰り返し等が起こらなかった証明になる。


・新種ヒュージ
最初はクソ雑魚。一個ずつ学んで完全に通用しなくなるチートレベルの成長を見せるヒュージ。
ヴァイパーとは違う意味で単独撃破はもう無理。



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第9話 激戦

1話の10が想像より短くなってしまいました……

その為、1話の12部分も少し突っ込みます。11はグラン・エプレのメンバーのみの話で原作そのままになってしまう為、ここは完全スルーします。


「この反応……何か変ね」

 

「何かあったの?お義母さま」

 

時を同じくして、施設で新宿にある妙な反応に由美は気づく。

最初は新種ヒュージなのを確信した程度だったが、やたらと動きが良くなっていたのだ。

 

「アリス。最悪、新宿に行ってもらう必要が出てきたわ。まだ分からないけれど、準備だけはしておいてくれる?」

 

「了解。何か分かったら教えて」

 

事態を把握したアリスは部屋に戻って待機する。事が進めばすぐに出撃することになる。

もう一つ確認する事項があるので、今度は通信を入れる。

 

「玲、CHARMの調整はどうかしら?」

 

『バッチリです。いつでも持って行けますよ』

 

──頼もしいわね。もう問題なく出れる事が分かり、一安心する。ならば、後は事がどう動くか確認を怠らないだけだ。

 

「(何も起こらないといいけれど……この新宿でのヒュージの増え具合、あのバカたちの手によるものかしら?)」

 

本来、規模的には行かせる予定だったのだが、疑い先の問題でアリスには現状待機をお願いしている。

自分の状況が状況とは言え、これが毎回付きまとうのはやはり腹立たしい。

 

「(隼人君、結梨ちゃん……無事でいるといいけれど)」

 

そして動向を確認する最中、家族の無事を祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「外れた……?いや、違う。避けた……?」

 

時は進み、メンバー間で合流が完了し、新種ヒュージと戦闘していたヘルヴォルのメンバーは、そのヒュージにノインヴェルト戦術を敢行したが、外すどころか避けられると言う前代未聞の事態を目の当たりにする。

対象のヒュージが頑丈すぎてノインヴェルト戦術が耐えられてしまったという事例は過去にもあったのだが、今回のようなパターンはない。

故に驚いた顔を見せる事になったのだが、それはともかくとして切り替える。今起きている事態の問題を一葉は素早く分析する。

 

「(こうなってしまった以上、ノインヴェルト戦術を先程とは違う連携で当てなければならなくなった……)」

 

第一の問題はこれで、それをやらない限りこのヒュージは討てない。

故に考えられるのは、このメンバーで違う連携をしてノインヴェルト戦術を当てるのか、他のレギオンメンバーと協力してこの敵を対処することになる。

しかしながら、この二つの対抗策にもそれぞれ問題がある。前者は自分たちが既にノインヴェルト戦術を使ってしまったこと。後者は合流できる保証がないことだ。

ノインヴェルト戦術を使ってしまったことから自分たちのマギ残量が心もとないので、もう一度使うには時間が掛かってしまう。学習してくるヒュージのことも考えるとあまり持久戦はやりたくない。

そして、合流は他のレギオンがここにくる可能性が分からず、こちらもどこへ行けば他のレギオンと合流できるかの検討がつかず選ぶことができない。

 

「(これは困ったな。どうにかして打開したいけど……)」

 

対処手段は思いついたのに、それを満たす条件がどうにも厳しい。

そして、今できることをやるなら何とか耐えて勝つしかない。そう思っていたが、新種ヒュージが突然横殴りされたかのような衝撃を受けて体を傾けさせた。

 

「今のは……?」

 

「一葉さん、ヘルヴォルの皆さんも、大丈夫ですかっ!?」

 

「……一柳隊の皆さん!」

 

梨璃たちが来た方を見てみれば、雨嘉が狙撃を一発当てていたようで、ヒュージがダメージを受けた理由はここにあるようだ。

確かに、あの時最初の戦闘をした五人と、ヘルヴォルのメンバー間では狙撃をする人はいなかった。

 

「あのヒュージのことですが……」

 

合流できたならチャンスはあるので、一葉は今の状況を伝える。

それを把握した一柳隊の選択は、ノインヴェルト戦術を一柳隊が使って討つことだった。

 

「この時の牽制は一柳隊、ヘルヴォルの合同で行います」

 

「では、陣形を組み次第開始しますわよっ!」

 

話が決まると、梨璃から預かっていた特殊弾を装填した楓が宣言する。

素早く陣形を作った後、早速パス回しと牽制が始まる。

この時シビアなのが、牽制の方法を毎回変えなければならないところではあるが、それぞれの個性を活かした全力でやっていくでも意外と何とかなるのが救いである。

 

「恋花様、追撃お願いします!」

 

「いいよ、任せて!」

 

「こいつを受けてみろっ!」

 

例えば、隼人なら至近距離射撃というこれ以上ない隠し玉で対応させずに注意を引き付けることができ、そこから恋花の援護も確実に通せる。

その他多くのメンバーもそれぞれの方法で上手く牽制し、次々とパスを通していくことになる。

 

「梨璃、お願いっ!」

 

「任せて結梨ちゃんっ!一葉さんもっ!」

 

「はい!これで決めましょう!」

 

最後は結梨からのパスを貰った梨璃と、彼女のCHARMに自らのCHARMを重ねた一葉の二人で突撃する。

当然ヒュージは迎撃や回避の体制に入ろうとするのだが、ここには二レギオンによる一斉射撃の妨害が入り、それらを防ぐので手一杯になってしまった。

そうなれば、もうノインヴェルト戦術のフィニッシュショットには成す術がない。後はこのまま直撃を受けるだけになる。

 

「「いっけぇぇぇぇっ!」」

 

《──!?》

 

小さな断末魔らしき声を上げるヒュージだが、それを耳に入れる者はいなかった。

ゼロ距離でフィニッシュショットを受けたヒュージが耐えられるはずもなく、梨璃と一葉が離脱した直後、ヒュージは大打撃を受けて、()()()()()()

 

「終わった……?」

 

「動く様子もありませんね。終わりと見ていいでしょう?」

 

終わったならこれ以上とどまる理由はないので、グラン・エプレのメンバーとも合流できれば最高だと考えて、そちらに移動を始める。

しかし、ここで大きな見落としがあったなど、一同は知る由もなかった。

 

《──……──》

 

《──》

 

そのヒュージは完全に撃破されていたわけではなく、あくまで一時的な機能停止状態になっていただけということに。

そして、そのヒュージには自分と同一の見た目をした個体が存在し、そちらに信号を送って自らを捕食し取り込むことを依頼していたなど、誰が気づけただろうか。

ついぞや誰にも気付かれることないまま、ヒュージたちは目的を達成しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第  話 }

 

激 戦

fierce battle

 

 

終わりの見えない戦い

──×──

Is the pitfall a trigger for disaster

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これは……いよいよ不味いことになってきたわね。アリス、悪いけれど出撃の必要が出てしまったわ。新宿まで急行をお願い」

 

《了解。すぐに行くわ》

 

隼人らが移動を開始した直後、異変に気付いた由美がアリスに連絡を入れる。

恐らく隼人たちは気づくことができないのも想像に難くない。何せ、こちらで見た限りは撃破判定から活動判定に切り替わったのだから、明らかに異常なヒュージであることだけは断定できたのだ。

その上更に反応が強くなったのだから、ヒュージは更に何かを持っている可能性も十分に考えられる。

 

「整備はバッチリだから、問題なく扱えるよ」

 

「特定した新種ヒュージ以外にも多数のヒュージがいるわ。気を付けて」

 

「ええ。隼人たちと一緒に、生きて終わらせてくるわ」

 

二人に見送られたアリスはバイクに乗って新宿へ急行する。

 

「(身の回りに気を付ける必要はあるけれど、それを気にする余裕はないかもしれないわね……)」

 

面倒なことを考えてしまうが、それでもやることは変わらないと思っているアリスは思考を切り上げ、バイクを加速させた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

更に時は進んで、日が沈んだころ。一柳隊とヘルヴォルはヒュージの撃破と逃げ遅れの救助を続行しながら新宿内を動き回っていた。

 

「司令部からです。どうやらヒュージが合流して数が増えてしまっている場所があるみたいです」

 

「グラン・エプレのメンバーも、もしかしたらそっちにいるかもね……」

 

あれから、グラン・エプレのメンバーとは合流ができていない。その為、彼女らが戦っている場所がそこである可能性は十分に考えられた。

 

「(そう言えば、高嶺様はマギの受容量が減ってるんだよな……?)」

 

──このまま戦い続けて大丈夫なのか?一つの懸念点はそこで、もう戦線離脱した方がいいかも知れないのに継続して戦わざるを得ない状況になっている──なんて事になっているかもしれない。

そうなると彼女が力尽きた段階で戦線が瓦解し、そのまま押し込まれてしまう危険も出てくる。そうならないでくれるのが理想だが、無理も言えない。

 

「その増えてきた方に移動した方がいいかも知れませんね。強行突破も考慮して」

 

ルナティックトランサーを発動した藍や、ミリアムのフェイズトランセンデンスによる一撃によって、ヒュージを纏めてなぎ倒す手段は多数相手ではかなり有効な選択肢になる。

故に、そこに到着次第、突破口を開いて周囲のヒュージを撃破。そこにいる逃げ遅れや消耗したリリィがいれば救助もする形になるだろう。

そう決まれば早く、早速その現場へ移動を始めるのだった。

暫く移動していくと、聞き覚えのある声が聞えた。

 

「高嶺ちゃんっ!しっかりして……!高嶺ちゃん!?」

 

「叶星様?なんかヤバそうだな……」

 

「猶予はなさそうですわね……藍さん、ミリアムさんは突入を。隼人さんは周囲のヒュージ撃破を確認次第、高嶺様の救助を!」

 

明らかに取り乱した声を聞き、先程の強行突破突破手段を実行するに至った。

ルナティックトランサー状態の藍が空中から急降下と、大上段に構えたCHARMを全力で振り下ろすことを重ね掛けして、高嶺に近づいていたヒュージを一撃で全滅させる。

その後、少し離れていた場所にいるヒュージをフェイズトランセンデンスを使ったミリアムの射撃による掃射で纏めて倒す。

 

「高嶺様、しっかり!」

 

「ミリアム、大丈夫?」

 

「すまんの。結梨……ちょっと頼むわ」

 

フェイズトランセンデンスを使った後はマギの大量消費で倒れてしまう為、ミリアムも結梨に連れられて退避することになる。

その後、藍を戦闘に安全圏が確保できるまで進撃し、大丈夫になり次第即座に三レギオンで集結する。

 

「高嶺ちゃん、大丈夫……?」

 

「どうにかね……ただ、暫く……動けそうにないわ……」

 

「(受容量が低いと、こうなっちゃうのか……)」

 

脈等に問題は見られないが、力は入らないようで、暫く休ませなければならないのは明白だった。

また、他のメンバーもかなり消耗している様子が見えており、グラン・エプレのメンバーは少しの間回復に専念して貰い、戦闘は避けて貰った方がいいだろう。

 

「この近くに、待機が可能な場所があるみたいですが……」

 

──このヒュージを突破していくしかなさそうですね。行き先には多くのヒュージがいて、更にはノインヴェルト戦術で消耗してしまったマギの量から闇雲に戦うのは少し危険にも思える。

ではどうするべきか。そこに焦点が向くことになる。

 

「あ、あのっ!一ついいですか?」

 

悩んでいるところに二水の提案がやってきた。




このペースで行くともう少しで終わりになりそうです。

以下、解説入ります。


・グラン・エプレの皆さん
1話11辺りで結構ヤバイ状況になってて、12に来て高嶺がダウンは原作まま。


・新種ヒュージ
まさかの共食いで学習共有とかいうチート能力持ち。
完璧?な仮死状態になれるのも控えめに言って反則。


・如月隼人、一柳結梨
それぞれ縮地で味方の救援。
結梨は最後のパスを梨璃へ、隼人は恋花と牽制が原作から追加。


・施設の三人
状況が状況なので、アリスが緊急出撃。
どの辺りで、誰と合流する?


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第10話 覚醒

一旦メインシナリオ1章の13まで。

そろそろ終わりが見えて来ました。


二水が考案したのは、特定のメンバーの組み合わせによる迎撃行動を交代して行うと言うものだった。

連携できる少人数で素早く行動し、素早く撃破。更に待機しているメンバーは消耗を抑えて回復できるという、包囲網突破と申し訳程度の休息を両立できる算段だった。

この提案ができたのは、他のリリィを誰よりもしっかりと見ていた二水だからこそで、他の人では絶対に選ぶことのできなかった方法である。

故に、殆どのメンバー──特に、一柳隊で戦術指揮を執る楓と神琳はほぼ真っ先に賛成し、詳細を聞こうとしていたくらいだった。

 

「あら、雨嘉さん。いつの間にか遙様と……」

 

「お互い何か声を掛けているわけでもないのに、あそこまで連携できるだなんて……」

 

ここで皆からも以外に見えたのが雨嘉と遙の編成で、この二人は双方大人しめの性格をしており、自分から話すことも比較的少ない。

ただ、そんなところ等で波長が良かったのか、二人で連携も全く問題なくできている。

更に凄いところとして、この二人は基本的に戦いの中で殆どコミュニケーションを取っていない。それなのにも関わらず、お互いのフォローやサポートを上手く行っていた。

他のメンバーでこう言う連携ができるのは、神琳と雨嘉のように相互理解に優れたペアや、梨璃と夢結のようにシュッツエンゲル故に共に過ごす時間が長くて自然とできるようになるペア。そして、隼人、結梨、梅のように事前準備として綿密な打ち合わせができているチーム等に限られるのだが、今回の二人は特に前途三つに当てはまるような要素は少ない。

強いて言えば相互理解が秀でていると言えるが、この短期間でコミュニケーション無しでできるのは凄まじいとしか言いようがない。

 

「お二人とも、ありがとうございますっ!では、最後にお願いします!皆さんも追随して走り抜けましょうっ!」

 

「おう。じゃ、二人とも行くゾ」

 

「うんっ!」

 

「はい!」

 

後は正面に残るヒュージを突破するだけなので、縮地三人が前に出ると同時、皆で走り抜けていく。

流石に自分たちの近くの場所にいたヒュージしか撃破できていないので、まだ残っている場所も多いが、一先ずヒュージたちに追撃される等は起こらず待機場所に退避することはできたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

待機場所に戻るや否、早速高嶺は容態確認が行われ、命に別条無し。少しの間休めば問題なく動けると診断が下された。

 

「取り敢えずは何とかなりましたわね」

 

「ああ。間に合って良かった……」

 

レギオン同盟で欠けたメンバーがいないのは正直安堵した。

そう考えれば、隼人らの頑張りは何も無駄にはならなかったのだ。

新宿内でのヒュージの騒動にまだ終わりは見えないようで、もうしばらく活動を続けていくことになる。

その為、長時間活動していたリリィたちは、今のうちに少しの間休息を取るようになっており、レギオン同盟でも交代で休憩を取る体制を取った。

 

「肩、使うならいいよ」

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」

 

隼人と楓は肩を寄せ合って少しの間だけ休息を取ることにした。

 

「早く聞きたいですわ……あなたの答えを」

 

「そうだな。俺も伝えたいよ……」

 

その光景を一部のリリィたちが驚いたり、興味ありげに見ていたのは後々知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

『アリス、聞こえるわね?』

 

「聞こえるわ。どうしたの?」

 

時を同じくして、都心に入ったのでアリスはひたすらに新宿を目指して疾走を続けていた。

通信の内容はまだ聞いていないが、この時点で例のヒュージだろうとアリスは予想できている。

 

『あのヒュージたちの反応が更に集結巨大なものになり始めたわ。恐らく、()()()()と見ていいでしょう』

 

「残された時間は少ないわね……」

 

完成してしまえば、時間を掛けながらも何発も破壊活動をし、最終的には新宿はおろか、その近辺の市街まで壊滅させかねない。

そうなってしまう前に、何としてもそれを止める必要がある。

 

『ただ、恐らく一人で対処するのは不可能よ。隼人君や一柳隊を見つけ次第情報を連携、サポートをお願い』

 

「了解。一先ず現場に急ぐわ」

 

交信を終えたアリスはバイクを加速させ、新宿へ急ぐ。

 

「(妙な胸騒ぎが大きくなってる……)」

 

──いよいよ事が起こりそうね。走らせる中、警戒心も増やすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

そこからしばらくして、休息もある程度取ることができ、未知のヒュージらしき反応が出たと言うことなので、休息を終えたメンバーで確かめに行くことになった。

東京都庁の上の方にいるらしいので、そちらに出て確かめることになった。

 

「えっと、ミリアムさん……大丈夫ですか?」

 

「まあ、平気は平気じゃが……本当はもうちょいだけ休みたかったのう……」

 

この時間帯は交代で休んでいるはずのミリアムは、百由からせがまれてこちらに引っ張り出されてしまった。

本人にとっては気の毒なので、何事もなく終わればもう少し休ませてやろうと共にいる皆はそう考えた。

幸いにも、ヒュージが出てくる気配はなく、このまま歩き続けていれば安全に調査を進めていくことができる。

 

「ん?あれか……」

 

そして東京都庁の上階、その近くを漂っているヒュージの繭のようなものが見えた。

恐らくこれが新種ヒュージと思われていた存在だろう。

 

「繭……?と言うことは、いつか成体になる……?」

 

一つ問題があるとすればコレで、同時にチャンスにもなる。

何しろ繭と言うことは不完全な存在であることの証であり、今のであれば撃破できる可能性も高いのだ。

しかしながら、位置が遠すぎて通常手段での撃破は難しい為、ここはノインヴェルト戦術での撃破と周囲の警戒を両立させたいと言うことになる。

そうなると早く、レギオン同盟で休んでいたメンバーも呼びかけて集結してもらうことになった。

 

「高嶺様、大丈夫ですか?」

 

「ええ、もう大丈夫よ。心配かけたわね」

 

高嶺も状態が回復したので、現地に赴いている。

また、ノインヴェルト戦術に関しては一柳隊が引き受けることになり、残りのレギオンで周囲の警戒を行うことになった。

 

「一柳隊の皆さん、マギの残量は大丈夫ですか?」

 

「問題ないわ。このまま始めます」

 

時間が経過したおかげで消費していたマギも回復している。このままノインヴェルト戦術を使う分には残っている。

その為、ノインヴェルト戦術を実施することを決定し、早速パス回しを始め、フィニッシュショット担当の梨璃まで回ってくる。

 

「行きます……っ!」

 

梨璃がフィニッシュショットを放ってもヒュージが動く様子は無く、何も抵抗することなくその弾丸が吸い込まれる──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──かのように思えたが、届く直前で弾丸が弾けて散ってしまった。

 

「え……?何、あれ……」

 

「あれ、マギスフィア……だよね?」

 

「みたいですね。しかも何という大きさ……」

 

繭状のヒュージが展開する超巨大なマギスフィアに防がれてしまったのだ。

これだけでなく、更に自体は動いて行き、その繭の姿が変化を始めていく。

 

「あれが……ヒュージの正体?」

 

「な、なにこれ……?息苦しさが……」

 

実際に呼吸困難になっているわけではないが、梨璃以外にも妙な圧を感じている人は多い。

特殊弾も使ってしまった故に有効手段がなく、決めてに欠けてしまったのは非常に困った事態で、対処しようにも何もできない状況になってしまった。

こうなると、特殊弾を補充しに一旦戻るか、少しでも情報を得るべく戦闘や様子見をするかを選ぶことになるが、この時隼人は始めて一葉と叶星と共同した翌日に話したことを思い出していた。

 

──ねぇ隼人。昨日のわたしたちみたいにやれば、大丈夫?

 

──なるほど……そうだな。確かに、こうなったらそれが一番か

 

──そうでしたら、わたくしとも……改めてよろしくて?

 

──ああ。それはもちろん

 

──隼人、それわたしもっ!

 

──ふふっ。どうせなら、ここにいる五人全員でそうしましょう?

 

それは、その時いた五人で、この先共闘するなら、お互いがお互いを助けるように戦うことを誓いあったそれであり、今まで特に心配することがあまりなかったそれを、突然に思い出したのだ。

 

「(なんで、このタイミングなんだ?)」

 

理由自体は分からないが、何かのきっかけが起きていることだけは間違いないと思えて、隼人は身構える。

それと同時、成体となった巨大なヒュージの近くに光が集まり始まる。恐らくはマギの収束が始まっているのだろう。

 

「……総員退避!少しでも距離を取るのよ!」

 

不味い予感を感じた叶星が素早く指示を飛ばし、全員が迷うことなくそれに従う。

しかし、ヒュージのマギの溜め込んだ量が凄まじく、回避は無理だろうと見込まれ、千香瑠はヘリオスフィアを発動して少しでも被害を防ぐ方向を選んだ。

それから間もなくして、溜め込んだマギが発射されることになる。

 

「(……あの位置、叶星様が危ない!)」

 

「隼人さん……!?」

 

ふと後ろを見れば、叶星が非常に危ない位置にいることに気づいた。直撃を避けれないと言うわけではなく、吹き飛ばされた時が問題だった。

それを見てすぐに、隼人は咄嗟に彼女の近くまですっ飛んでいく。もう反射的な行動に近かった。

即決即断の行動で、一言伝えることすらなく飛び出した隼人を見て楓は驚くが、制止はもう間に合わない。

 

「なっ……隼人君、何を……きゃあっ!」

 

どうして戻ってきたかを聞くよりも早く衝撃がやってきてしまい、二人揃ってほぼ真横に飛ばされることになる。

 

「……!がぁっ……!?」

 

咄嗟にマギで身体能力補強をして衝撃を弱めることには成功したものの、背中から思いっきり建物にぶつかってしまい、そこで隼人体から力が抜け始める。

 

「(多分、さっきのアレはこう言うことだったんだ……だけどまあ)」

 

──間に合って良かったな……。叶星に最悪の事態が訪れそうになっていたのを防いだことに安心しながら、隼人は意識を投げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 10 話 }

 

覚 醒

Awakening

 

 

災厄の目覚め

──×──

It is calamity trigger




ここからは気絶から目覚め→ヒュージ倒しながら合流→会議してエヴォルヴ戦とこなしたらエンディングで一旦完結となります。
複数話使ってやりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

以下、解説入ります。

・如月隼人
緊急事態故に、久しぶりの独断行動。
体を張って叶星を助けるが、代わりに背中に打撃を受ける。
本来はいないはずの存在なので、目覚める場所はどこに?


・一柳結梨
隼人と同じく本来はいないはずの人。
彼女が目覚める場所は大体予想通りかも。


・楓・J・ヌーベル
久しぶりに独断行動をやられてビックリした人。
一応、理由さえ聞けば許しはするが、多分怒るか泣くかはする。


・今叶星
原作では頭を強打して暫く目を覚まさないが、今回は頭強打を回避。
目覚めるタイミングは原作よりも早くなるのは確実。


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第11話 共闘

今週一週間コロナになってました……皆さんお気を付けて

今日で療養解除なので、四日もお預け食らったオバブで遊んで来ました。


「ん……んん……?」

 

結梨が目を覚ました時、視界には知らない天井があった。

 

「……どこ?」

 

「……結梨!目を覚ましたのね……」

 

「夢結……?」

 

すぐそばに夢結が座って待っており、ここが負傷したリリィたちの避難場所の一つであり、一柳隊のメンバー数人と恋花が一緒にいることを教えてくれた。なお、隼人はここにはいないらしい。

幸いにも、結梨は軽傷で済んでおり、すぐにでも動くことは可能な状態だった。

 

「梨璃は?」

 

「まだ目を覚まさないわ……けれど、大丈夫。生きているわ」

 

「なら、良かった……」

 

結梨は一度死にかけている為、それだけでも安心できた。完全では無いとは言えまた一緒にお喋りも。買い物も。やりたいことをできる時間があるんだと言ってくれているのに近いから。

ならば、静かに待とうと思った。梨璃を信じて。

 

「ところで結梨。隼人君が()()()()()をした理由……何か知っているかしら?」

 

「隼人が……?」

 

あんなことと言うのは叶星を助けに行ったことであり、それは幾ら千香留のヘリオスフィアがあったとは言え、明らかに無茶な行動のそれだったからだ。

結梨が理由を少し考えると、割とすぐに思い出せた。

 

「お互いを助ける……。初めて一葉と叶星と話した時……隼人もわたしも、楓と一緒に約束したから……」

 

「そう。そうだったのね……」

 

要するに隼人は、その日その時の宣誓を愚直に守ったのだ。叶星を助ける為に──。

その理由は一先ず説明が着いたのでよしとして、一つ注文だけ入れておこうと思った。

 

「なら、隼人君にあった時に伝えて頂戴。この戦闘に限り、そのような無茶は禁じますと」

 

「……隼人に?」

 

それを何度もやってはこちらの心臓が持たない故に、夢結はこの提案を出した。

結梨は最初こそ疑問に思ったものの、みんなを逃亡終了直後の時の梨璃みたいにさせたら悲しいので、そこは承諾した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「隼人さん……」

 

「楓……?」

 

楓に呼ばれて目を覚ました隼人は大きな木の下で目を覚ました。

辺りを見渡した景色はとても綺麗で、先程まで戦っていたのがウソみたいだった。

 

「疲れたでしょう?今はゆっくりお休みなさいな」

 

「休む、か……」

 

確かに、この空気ならそうしてもいいかも知れないが、妙な違和感がある──。その為、隼人はその気になれなかった。

ならば仕方ないと割り切った楓は、次のことを問いかける。

 

「なら、隼人さん。わたくしと何かしませんこと?見るからに退屈そうでしょうから……」

 

「何かか……そうだな」

 

思慮に浸っているうちに、隼人の視界は真っ白に染まって行った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……か、楓……お、俺は……っ……。……?」

 

背中に痛みを感じながら隼人は目を覚ます。

よく見てみれば真っ白な天井で、先程いた場所とは違うことが分かった。

 

「ここどこだ……?」

 

「隼人さん……!」

 

「うおわぁっ!?」

 

上体を起こして周りを見ようと思ったら近くで見ていただろう楓に思いっきり抱きつかれ、隼人の上体はベッドに逆戻りする。

ベッドの質が非常に良かったようで、幸いにも特に痛みに繋がるようなことはなかった。

 

「アホンダラ……!あんな無茶して……!本当に……っ……本当に……!」

 

「……ごめん。ああしないと、間に合わなかったんだ……」

 

──いい加減、こう言うのやめないとな……。楓に詫びながら隼人は本気でそれを考える。

彼女が泣き止むまで待ち、落ち着いたところで理由を素直に話した。

 

「いでっ」

 

「全くもうっ!このアホンダラに出す薬はありませんわね……とは言え、それを止めなかったのも事実ですし、これ一発で帳消しにしますわ」

 

「面目ない……」

 

デコピン一発でお許しを出すだけでも相当寛大である。

恐らく察してしまったのだろう、自分が危なければ隼人は同様に迷わなかったのだと。

 

「あっ、バカが起きたみたいだね……」

 

「もうこれで懲りただろ?」

 

既に先に起きていた鶴紗と梅が戻って来て、隼人を揶揄する。

見る限り、今自分たちがいる場所は比較的軽傷やほぼ無傷のリリィたちが多く、少し休めばすぐに動けそうな状態だった。

 

「……体の心配はないんですね?」

 

「楓にやってもらっただろ?」

 

「えっ、あ……ま、梅様っ!?」

 

確かにやってもらったので、まあいいやと隼人はそこで流すことにした。

 

「……!隼人、もう大丈夫なの!?」

 

「何とか……まあ、背中がちょっと痛むけど」

 

「湿布持ってきたけど……使う?」

 

「頼むよ」

 

隼人の筋肉量で暫し全員が驚いたり凝視したりはあったが、貼るだけなのですぐに終わり、その後はともかくレギオン同盟で合流を目指し、周囲を助けながら移動を始めることになった。

なお、ここにいるのは隼人、楓、鶴紗、梅が一柳隊のメンバー。ヘルヴォルは一葉、藍、千香留だった。グラン・エプレのメンバーは一人もいない。

避難場所から出るや否、思いもよらない事態が起こる。

 

「ここにいたのね、隼人」

 

「え、えっと……隼人の知り合いですか?」

 

「あ、アリス!?お前こっちに来てたのか!?」

 

バイクでここまでやってきたアリスと偶然遭遇することが起きた。

非常事態故にここからは加勢するとのことだったので、それはもう非常にありがたい話だった。

 

「大丈夫なの……?」

 

一葉もそうだが、そもそもヘルヴォルのメンバーはアリスのことを知らないので、そこは非常に判断が困る。

また、一柳隊のメンバーも顔合わせこそしたものの、実力の程は知らない。それを知っているのは隼人だけだ。

それ故に判断に困るのだが──。

 

「今度はヤツを殺す為じゃない……一人でも多くの人を助ける為に、俺に……いや、俺たちに力を貸してくれ」

 

「ええ。早いところ終わらせてしまいましょう」

 

──自らに戦う術を教えてくれた隼人は迷うことなく頼み込み、彼女はそれを承諾した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 11 話 }

 

共 闘

joint fighting

 

 

力を合わせて

──×──

run through with one's companions to join

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「隼人、連携パターンDで迅速に合流。その後は一葉さんの指示の下、ヒュージの撃破支援。なお、あなたが病み上がりな以上、私が主導でやるわ……いいわね?」

 

「了解だアリス。病み上がりだから、そっちに任せる」

 

方針を聞くや否、アリスは自らが使えるカードの中で最善手に近いものを選ぶ。

隼人とアリスで組んだ連携パターンは複数あり、この内パターンDはどちらかが突破口を開く為のメインになり、もう片方がサポートをする形になる。

場合によっては縮地を使った強引な突破も視野に入れており、今いるメンバーの消耗具合を考慮すれば、アリスはそれを選ぶだろう。

ちなみに、指揮が一葉に任せることになった理由として、楓はレギオン同盟等のしっかりとした体制での指揮を得意としており、今回のような突発的な状況は一葉の方が得意だったからである。

 

「お一つよろしくて?確かにわたくしたちは消耗しているので、引き受けてくれるのはありがたいのですが……本当に大丈夫なんですの?」

 

「大丈夫よ。いざとなれば、すぐにあなたたちのところへ後退するわ。その為の縮地よ」

 

──隼人さんの戦いの原型……この人ですのね。アリスの返答で楓は大体を察した。それと同時に、戦闘に関しては明確に師弟関係であることも伺えており、実力的に気にする必要もなくなった。

そう考えたらこれ以上追求するよりかは実際にやってもらった方が早いだろうと考え、そのまま先を促すことにした。

 

「では、タイミング合わせ……3、2、1……GO」

 

「走りながらでいいんで、皆もサポートお願いします!その方が早く辿り着ける」

 

アリスが縮地を発動してヒュージの群れの中心に飛び込むと同時に、隼人の促しで全員が走り出す。

 

「まあ……本当に隼人さんそっくりの戦いですわね」

 

「けど、ちょっと射撃が多いね……やり方の問題?後、その場早撃ちみたいなのはやってない。動きながら撃ってる」

 

サポートする先で見たのはよく似ているが微妙に違うアリスの戦闘スタイルだった。

最初が離れていたし、突破口を開く為の突撃なので高速で斬り込みから入るのはどちらも変わらないが、隼人は遠い敵をその場で早撃ちしてからすぐ高速戦闘を再開するのに対し、アリスの場合は絶えず高速戦闘を続けて近接と射撃を細かく切り替えながら比較的近くのヒュージの殲滅を優先としている。

砕いて言うなら、隼人が近接重視、アリスはバランス型とも言える差であった。

また、こちらの消耗を気遣ってか、アリスは密集している箇所を優先的に潰して回る選択をしており、密集箇所に射撃を連射して意識を向けさせ、近接攻撃で通り魔するかの如く数体撃破、残りを射撃で離脱しながら撃破を繰り返している。

これによって、自分たちは残りのこちらに来そう、或いは実際に来ているヒュージたちの撃破に努め、そのまま追走をしていく。

 

「あの、隼人君」

 

「どうしました?」

 

「その……背中の方、大丈夫かしら……?」

 

「大丈夫です。痛んでる分も自業自得ですし……そもそも、あそこで千香留様がヘリオスフィアを使ってくれたからこそ、俺は()()()()()済みました。寧ろ感謝したいくらいです」

 

千香留は自らの判断の遅さが原因だったと考えていたようだが、そもそもこれは隼人の危険を冒した行動が問題なのであり、寧ろ彼女の判断は十分に早い。

寧ろ、千香留の判断なしにやろうものなら、叶星の代わりに隼人が死ぬ──なんて可能性が十分に高かったので、隼人は感謝する側であり、怒られる側であるのだ。

 

「よし……道は開けたわ!」

 

「あっ、みんないる」

 

そして、突破口は完成され、進んだ先にヒュージ相手に奮闘しているリリィたちがいた。

まずは適正距離に入ってすぐに射撃を行い、加勢に来たことを知らせる。

 

「皆さん、大丈夫ですか!?」

 

状況と彼女らの安否を確認した後、一葉の指揮の下迎撃行動が始まる。

まずは立て直しの時間を作るべく、後続として来た自分たちで射撃を行う。

そして、残りのリリィたちを第一陣から第三陣までで編成し、そこから第一陣で追加の射撃を行い、ヒュージの足を止める。

 

「第一陣は後退を。次は第二陣で追撃、可能な限り撃破をお願いします」

 

あくまでも第一陣は足止めが中心で撃破は考えていない。第二陣は第一陣が止めてくれたヒュージの撃破を担う。

ここで撃破できなかったヒュージは前進してくるので、今度は第三陣が近接攻撃で迎撃をすることになる。

少し余裕ができたので、今度は第一陣と第三陣が同時に射撃で前進してこなかった残りのヒュージを射撃で掃討する。

これで終わり──かと思えば、少数ヒュージが現れたので、陣を関係なしに、後続の自分たちで掃討して殲滅完了となった。

 

「お疲れ様です。問題ありませんか?」

 

「はい。助かりました」

 

現地のリリィにも被害は無く、問題なく救援ができたことが判明する。

 

「流石だなアリスは……まだまだ俺よりも強い」

 

「鈍らないようには気を付けていたもの。そういうあなたも、よりいい動きになったわね」

 

どうやら百合ヶ丘に隼人が行って以来、彼女は訓練を再開したらしく、その影響で問題なく動けるようになっていた。

鈍りのないアリスの強さは、当時の隼人の吸収力を持っても届くことはなく、今でも届き切っていない。

ただそれでも、確実に追いついてきているし、あの時代では一時的にしか過ぎなかった共闘能力も大きく伸びていた。

 

「ところで……藍はどこに?終わったきり見当たらないのですが……」

 

「それなら、わたくしの方で寝てますわ」

 

「むにゃー……」

 

一瞬不安になった一葉だが、楓が支えてあげていた。

とは言え、このままだと姿勢がちょっと辛いので、一旦膝を貸してあげることにするが。

 

「ご、ごめんなさい……藍ちゃんが」

 

「これくらい構いませんわ」

 

「(アレ、今度もう一回やってもらいたいな……)」

 

膝の上で眠る藍の頭を撫でる楓を見て、隼人は思わず新佐瀬保から帰っている時のことを思い出した。

 

「そっか。お前にとってもアレはよかったんだナ?」

 

「まあ、あの時の隼人……色々走りすぎたからね」

 

「えっ?何で分かったんですか?」

 

「おお……やっぱりそうだったのか」

 

梅と鶴紗に問われた隼人が顔を少し赤くしたことで、それが当たりだと判明してしまった。

 

「あ……あの隼人が、楓さんに……?」

 

「なるほど……その辺は自分で進めていたのね?」

 

一葉は驚き、アリスは安堵する。とは言え、隼人はその辺自分で進んでいくのだろう。

なお、楓はと言うと……。

 

「ふふっ……あんな反応の隼人さん、初めて見れましたわ……♪」

 

相手の驚きとかどうのをさておき、隼人の反応を見て満足していた。

結果的に、あの時とほぼ正反対の反応となった。

 

「んー?……なにはなしてたの?」

 

「あら?お昼寝は十分でして?」

 

「うん。ありがと」

 

その直後当たりで藍が軽い眠りから覚めたので、藍が起きたら移動しようとしていたとはぐらかし、一先ず移動を再開することにした。

 

「(叶星様、あんまり考えすぎてないといいんだけど……)」

 

自分がやってしまったということもあり、叶星の状態を隼人は案じた。




後一個の避難場所はまた次回にて。

以下、解説入ります。



・隼人とアリスの実力差
近接戦闘とパワー……隼人>アリス
その他……アリス>隼人

ところどころ隼人が上だけど、基本アリスが上。

スパロボで言うなら、隼人は「格闘・防御」で勝ち、アリスが「射撃・技量・回避・命中」で勝つと言ったところ。

他にはなんか特殊技能一個教えろと言われたら、隼人は「底力(L8)」、アリスは「見切り(L3)」。


・如月隼人
楓らがいた軽傷組が集まってた避難場所で目を覚ます。
流石に背中に痛みは生じており、湿布を張ってもらった。
正直、楓に膝枕してもらった藍が羨ましかった。
また、結梨くらいの吸収力があればアリスは抜かせていた。


・楓・J・ヌーベル
隼人が無茶したので流石に泣きついた。断罪内容は大分甘々。
今回のケースのような指揮は一葉の方に分があるので、素直に譲った。結構柔軟。
弄られる対象が隼人だった為、今回の膝枕ネタは平気だった。


・アリス・クラウディウス
遂に合流。隼人らの戦線に加入。
レアスキルは縮地。偶然の一致か、義手による影響かが分かる日は……?
隼人を若干射撃に寄らせた戦い……ではなく、彼女の戦い方が元であり、隼人はそれを近接寄りにしている。


・一柳結梨
梨璃たちと同じ場所で目を覚ます。
隼人の行動の理由を知っているので、夢結に説明。
幸いにも彼女自身も軽傷。


・芹澤千香留
自らの判断に関して詫びるタイミングが少し早い。
体を痛めた隼人が許すどころか感謝してくれたので、早い段階で気を楽にできた。


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第12話 突入

「……」

 

隼人らがアリスと共闘を始めて少ししたころ、他の場所にある避難場所にて、叶星は落ち込んだ様子を見せていた。

理由は他ならぬ隼人のことで、最後の瞬間は今でも覚えている。

 

「(彼、私のことを……)」

 

そう。彼は庇ったのだ。自らの危険を冒してまで──。しかもその瞬間思いっきり背中を打ってしまっただろう声も聞こえていたので、尚更考えてしまう。

自分がもっと早く逃げ出せば、または自分がもっと速い速度で逃げることができれば或いは──と。しかしながら、一人建物に非常に近い状況だったので、どの道ああなってしまった可能性も否めない。

 

「隼人君のこと?」

 

「高嶺ちゃん……ええ。どうしても考えちゃうの……」

 

後で知ることになるのだが、ここは隼人や結梨がいたそれぞれの場所よりも重傷者や死傷者が多く、その苦しい光景が余計に自責の念を生み出していた。

高嶺自身はと言うと、内心では非常に安堵してしまっている。何せ、叶星が頭を打ったりでもしようものなら、自分が彼女よりも酷い様子で抱え込んだだろうから。もちろん、隼人も軽傷であってほしいのはそうだが、叶星がひどい状況になれば、隼人が軽傷でも安心はしなかったのは容易に想像できる。

それどころか、どうして助けてくれなかったのかとせめてしまいそうな自分を想像して少しゾッとする。彼も気づけなければそんなことは起こらないだろうが、彼の行動力を考えるとできる方が自然に思えてしまう時がある。

 

「(……私も考えすぎね)」

 

不味い悪循環を感じて、思考を放り投げる。これ以上は本当に危険だ。負のスパイラルが続いてしまう。

 

「あっ……お二人とも、大丈夫ですか?」

 

丁度いいタイミングで二水が来てくれたので、悪い空気も少しは紛らわせそうだ。給水用の水分を持ってきてくれていたので、尚更ありがたい。

なお、二水は一柳隊では唯一ここにいるメンバーであり、他のメンバーを探そうにも戦闘力が一柳隊で最下位の彼女が一人で無理するのは、マギの消耗具合からも非常に危険なので、無理しないで待機を選んでいる。

仮に行くとすれば、ここにいるいるグラン・エプレ全員と、同じくヘルヴォルで唯一いる遙も一緒に七人で行くだろう。

 

「ごめんなさいね。叶星、隼人君のことで考えこんじゃってて……」

 

「あはは……そうですよね。ああいうことを毎回やられると、こっちも気が気じゃなくなっちゃいますよね」

 

二水もかなり困っている様子で、これを機にやめさせられないかと考えているようだ。

というのも彼、結梨を助ける時にマギの使用効率を無視した水上での全力縮地機動に始まり、無茶した神琳を庇うべく割り込み、そして今回の叶星を庇う……等々、大分無茶という無茶をやっていたようで、その分の不満みたいなものが一柳隊では溜まっていたようだ。

比較的平気にしているのは結梨くらいで、彼女は寧ろ感謝の念が強すぎるようだ。

 

「まあ、大丈夫かどうかで言えば大丈夫だと思いますよ。後で怒るなら、みんなで一緒に怒っちゃいましょう」

 

「え、えーっと……二水さん?」

 

「それでいいの?らっぎー、泣きっ面に蜂にならない?」

 

「だ、大丈夫……なんでしょうか……?」

 

「……思うところはあるんだね」

 

どうやら二水がそんなことを言ったタイミングでみんな戻って来たらしく、それぞれ困惑していた。

とは言え、実際ヘリオスフィアも間に合っているので、そこまで酷いことにはなっていないことが予想できたので、あーだこーだ考えすぎるのは止めにした。

 

「(元気でいてくれるといいんだけど……)」

 

特に何事もなく、ケロっとしていて欲しいと思いながら、今は体を休めながら、あのヒュージをどうするか等の対応を待つことにした。

 

「あった。ここがあのヒュージに一番近い避難場所みたいだね」

 

「中に誰かいるかもしれませんし、入ってみましょう」

 

それから暫くして、隼人や楓がいるグループがその避難場所に合流した。

 

「!隼人君、大丈夫なの?」

 

「ええ。背中はちょっと痛みますけど……大丈夫です」

 

「良かったぁ……」

 

特になんともない隼人を見て、叶星は安堵する。本当に大したことは無さそうだった。

 

「……って、えぇっ!?アリスさんっ!?何でいるんですかっ!?」

 

「まあ、こうなるわよね……」

 

自分のことを見てビックリした二水の反応からして、他の人と合流すればまたそうなるのだろうことが予想できた。

 

「あっ!みんないる……って、アリス?」

 

「あら、結梨に一柳隊の皆さんも一緒だったのね」

 

「だ、誰……?あの子?」

 

やはりアリスの紹介は必要になるので、一室借りてそこで話すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「隼人の命の恩人……」

 

一室を借りた後、アリスのことを簡単に紹介させて貰った。

少し前から共闘してもらっていることと、実力の方は全く問題ないので、この戦線を切り抜けるに限り協力を続けてお願いすることにした。

そして、実際に自分たちのレギオン同盟には例の繭から孵ったヒュージ──エヴォルヴと命名されたヒュージを討つことを要請されており、これを皆で対処することになる。

これをやるに辺り、エヴォルヴを中心に集まったヒュージを何とかしなければならないことと、通常のノインヴェルト戦術ではどうにもならない程の防御力をどうにかしなければならない問題があった。

 

「一つ解決策……と言うよりは、正直望みと賭けに近い方法があるわ」

 

高嶺が言うには、梨璃のレアスキルがその活路であり、彼女のレアスキルはカリスマではなく、ラプラスなのではないかという推測が出ており、それを使ったこの場にいる全員のマギを集めたノインヴェルト戦術で攻撃すれば或いは──というものだった。

とは言え、やるにはそれしかない為、後は全員がやるかどうかと言ったところである。

 

「私のことなら心配いらないわ。その為に来たもの」

 

アリス自身は特に問題ないので、後は各メンバーがどう思うかである。

 

「やりましょう。このまま放っておいたら、怪我したりする人たち……もっと増えちゃいますから」

 

「そうだな。後……早い内に倒さないと、学習されて本当に討てなくなるかもしれないし」

 

梨璃の言うように被害者を減らすのは勿論のこと、隼人が危惧した通りになると本当に不味いので、一柳隊は参加を決める。

とは言え、他のメンバーが参加しないなら撤退するしかないので、その時は可能な限り人をこの新宿から逃がしてになるが。

また、百合ヶ丘に所属する一柳隊はリリィたちの自由意志が通りやすく、このように現場判断が下しやすいのもあってすぐに決められるのは強みだった。

 

「今回に限ってはあまり行かせたくはないわ……。情報が少ないし、討てる保証もないから」

 

神庭女子の教導官をやっている女性はリリィたちの身を案じるのが理由で、乗り気では無かった。しかしながら、神庭女子は出撃選択制を採用している為、最終的にはリリィたちに委ねられることになる。

 

「私たちも行きましょう。エヴォルヴを討つにしても、そうでなくても、人手は必要になるわ」

 

叶星の決定に全員が賛成したことで、グラン・エプレも参加してくれることになる。

こうなると、最後はこのレギオン同盟の中では最も自由が利きづらいヘルヴォルが参加するかどうかになった。

 

「こちらとしては撤退を選択したい。情報が不足している以上、収集しきるまでは待ってもらいたいところだ」

 

神庭女子とは違い、実力派レギオンのメンバーの損失を避けるのが理由だが、確かに不確定要素が多いのも事実であり、一理はある。

一葉としては強制的な言い方をしてこないのは不思議に思ったが、こちらとしては出撃をしたいところで、理由もしっかりしている。

 

「確かに、情報は一つでも多い方がいいですが、隼人の危惧した通りになる可能性も十分ある……。故に、討てる見込みがある今こそ、出撃すべきだと私は思います」

 

「……そうか。ならば、確実に仕留めろ。それが絶対条件だ」

 

そうして一葉が自らの意見を述べれば、特に反論や嫌味等は飛んで来ず、そのまま出撃は認められ、告げることも告げた教導官たちは退室する。

 

「エレンスゲの教導官。お義母さまの意図は全く理解できていないようね」

 

「みたいだな。俺らを見て遠慮したって、あっちの体制が変わらなきゃ意味ないのに……」

 

「す、すみません。面倒な思いをさせて……」

 

相手の意図を理解できていた隼人とアリスはあきれていたが、それはともかくとして全員でことに当たれるのは大きい。

一葉は思わず謝ったが、彼女が悪いわけじゃないので、二人は気にしないことを告げた。

それはさておきとして、少しでも早く行動した方がいいため、まずはエヴォルヴを討つための段取りを組むことから始める。

ノインヴェルト戦術で討つのは確定だが、一つの問題として周囲にいる大量のヒュージ。これらを討って安全を確保するのは必須事項だった。

そして、時間を掛けるわけにもいかないので、今回は鶴紗の持つファンタズムをルート選定の為に使い、それを神琳と紅巴のテスタメントで補強し、全員にそれぞれのルートを見せるようにし、それに従って突破する方針となる。

 

「それなら、私の負担を多くしてくれて構わないわ」

 

アリスはこの中で唯一大きな消耗をしていないので、その分皆の負担を和らげてあげることができる。

これに関しては願ったりなので、是非ともお願いすることにする。

ルート通りに進んで殲滅をし、その後エヴォルヴにノインヴェルト戦術を叩き込むが、これでダメなら今度こそ新宿は放棄して撤退することになる。つまるところ、これが最後のチャンスでもあった。

幸いにもエヴォルヴは場所を移動する気配を一切見せないが、いきなりケイブに退避される可能性もあるので、早い内に動くに越したことはない。

そうして話がまとまったので、早速現場に向かうことにするのだが、隼人は夢結を筆頭に待ったを掛けられる。

 

「隼人君、あなたは自分が他の人たちを心配させていることを自覚しなさい……!」

 

「言っておくけど本当ですよ?あんなこと何回もやられたら気が気じゃないですからねっ!?」

 

「今回はもうダメだって。わたしも気を付けるから、一緒に気を付けよ?」

 

「お願いですから、わたくしに答えを聞かせるようにしてくださいな。ね?」

 

「実際、百由様も義手とは別で、お主の無茶をボタン一つで止められるようなものを作ろうかと考えておったし、当分控えた方が身のためじゃぞ?」

 

「わ、悪かった!俺が悪かったから……!」

 

一通り詰められたことにより、隼人は降参のサインを出して肯定の宣言を示すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 第 12 話 }

 

突 入

rush into

 

 

終戦を目指して

──×──

And to the last battle

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

やることが決まったレギオン同盟は早速エヴォルヴのいる場所へ急ぐ。

進んでいく最中で、自分たちレギオン同盟を手伝うべく、現場にいたエレンスゲのリリィの一人が代表してそれを宣言する。

ちなみに、そのリリィが周囲にいたリリィを鼓舞した時の口上の一部がこれである。

 

「血反吐を吐いてでも、人々を守って見せる!」

 

「……血反吐?」

 

「あ、あの……これはその……」

 

「原因お前かよ!?しかしまあ、知らない内に随分と物騒な方針持つようになったな……俺のこと言えないんじゃないか?」

 

なんとこれ、一葉に感化されたことによるものらしく、隼人は驚きを隠せなかった。

とは言え、一葉に感化されていると言うことは、エレンスゲが変わるきっかけのようなものは掴めているも同然であり、これは未来ある光景の一つとも言えた。

そして団結して自らの持ち場に向かっていくリリィたちを見届けて、今度こそエヴォルヴのところに向かう。

 

「やっぱりいるわね。小型のヒュージ」

 

「時間も惜しいですし、始めましょう」

 

「よし。じゃあ二人とも頼んだ」

 

「はい……!」

 

行く途中で案の定大量の小型のヒュージがいたので、神琳と紅巴の二人のテスタメントで増幅した鶴紗のファンタズムを使って各々の担当するルートを共有する。

それが分かるや否、早速皆が飛び出してそれぞれのたんとうヒュージの殲滅を開始する。

 

「(縮地を使えば早いけど、これ以上の消耗は無理だな)」

 

ノインヴェルト戦術の事まで考えると無理なペース上げは自殺行為と化すので、隼人はそれをせずに通常機動でヒュージを倒していくことにした。

弾丸の残りも殆ど無いので、ほぼ全てのヒュージを近接戦闘で倒していくことになる。

正直に言えば、エヴォルヴを撃破できる保証はないし、失敗した場合に逃げれる保証も無い。

だが、撃破できれば確実に自分や香織のような目に遭う人を減らすことができる。ならばやってみたいと思う。

 

「とは言え、これは時間との勝負……できるだけ急ぐぞ!」

 

目の前にいるヒュージの一体を切り捨てながら、隼人はまた走る。

ヒュージを倒し、力なき人々を守る。それはヴァイパーを殺す為に戦っていた時代から変わることはない。

 

「(エヴォルヴのあの攻撃、アレがいつまた来るか分からないんだ……!)」

 

アレが今自分たちのところへ来れば間違いなく終わる。故に、時間との勝負になっている。

そして走りに走り続け、ヒュージを倒しに倒し続けていくと、途中で楓、アリスの二人と合流した。

 

「お二人がいると言うことは……!」

 

「道が重なったのね……なら」

 

「ここを一気に突破する!」

 

であればと、三人は一気に直進する。

突き進みながらヒュージを薙ぎ倒していき、そのままステンドグラスをシューティングモードを同時撃ちして割り、そのまま突入する。

 

「……!三人が……途中で合流した?」

 

「行き道が途中で重なったのね……」

 

「まだあれだけいるのか……!」

 

「ただ、道はこれで終わりみたいね。早いところ掃討してしまいましょう」

 

「皆さん、今そちらに行きますわっ!」

 

出た先にいたヒュージも三人で一気に薙ぎ払い、そのまま合流する。

そこから程なくして他のメンバーも次々と合流し、ここから本格的にノインヴェルト戦術を使って攻撃することになる。

 

「では、行きますっ!」

 

「(これ、やっぱりただのカリスマではないわよね……?)」

 

梨璃がカリスマを使った瞬間のマギを感じ取り、高嶺は自らの推測が合っていた可能性が高いことを察する。

そのマギの流れを感じたのか、エヴォルヴも目覚めただろう咆哮を上げる。

 

「っ……うぅ……」

 

それに気圧されて梨璃が怯んでしまう。集中し直すことになるが、同時に不安にも駆られていた。

 

「(まだ戦える……みんなを助ける……)」

 

必死に自分を鼓舞するが、これで失敗したらどうしよう。そもそもエヴォルヴを本当に倒せるのか?と言う不安は拭い切れない。

その不安をどうにか落ち着かせようとしていた時に、誰かが左手にそっと手を乗せた。

 

「……結梨ちゃん?」

 

「大丈夫。一人じゃないよ。みんながいるから……」

 

自分は一人で戦っているわけではない、ここにいるみんなと一緒にエヴォルヴを止めるのだ。それを思い出せた梨璃は不安を拭い去れた。

もう一度集中すると、少しずつ梨璃の髪と瞳の色に変化が現れ、結梨に近い紫色に変わった。

また、それと同時に梨璃を中心に、周囲にいるメンバーは力が湧いてくるのを感じた。

 

「何となくだけど分かる……これが、ラプラス……」

 

これによって、梨璃はラプラスを発動させることに成功したのだった。




後はこれで、エヴォルヴ戦やって終わりってところまで見えて来ました。

以下、解説入ります。


・如月隼人
流石に一柳隊の面々に怒られた。この戦場はもう無理できない。
ファンタズムでのルート選定を貰った後も、最低限のマギすら残らないから縮地は封印した。
一葉を尊敬したリリィの発言にビックリ。一葉が元なので二重の意味でビックリ。


・一柳梨璃
ラプラス覚醒。今回は結梨の言葉がアシストに。
この子がいないとエヴォルヴ戦は勝てない。倒れた瞬間に詰み一直線。


・今叶星
隼人が助けてくれたので頭を打たず、緊急治療も受けずに済んだ。
彼の安否を不安視していたが、無事なので一安心。
それと同時に、一柳隊の面々に怒られる隼人は気の毒とも、それはそうとも思った。


・宮川高嶺
相方の叶星が無事なので、メンタルダメージ無し。
自己分析が正確過ぎて、もしもの可能性にビビった。


・エレンスゲの教導官
原作だとかなり強行的な態度を見せたが、今回は由美の義娘であるアリスがいたので、それを隠した。要は由美への媚売り。
しかしながら、G.E.H.E.N.A.は本質がアウトなので、効果無し。


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最終話 終戦

一旦ここで一区切りです


「では、始めましょう。始動役は……」

 

「アリスさんに回してあげてくださいっ!」

 

「配慮に感謝するわ。特殊弾をこちらに!」

 

このメンバーで始動役を誰がやるのか──。そう言う問題があったが、梨璃は即断でアリスを指名した。

メンバー内で唯一ノインヴェルト戦術を想定から外した戦いしかしてこなかったこと、隼人を省いて全員と始めて連携して戦うアリスは始動役に回して残りのサポートに徹するのが一番と言う判断だった。

実際アリスもこれは非常にありがたく、梨璃に特殊弾を回して貰った後、アリスは結梨に声を掛けて始動を開始する。

 

「じゃあ……姫歌っ!」

 

「任せて!」

 

ノインヴェルト戦術に慣れている一柳隊は後に回した方がいいと感じた結梨は、別のガーデンのメンバーに回すことを選ぶ。

グラン・エプレのメンバーで順に回していき、高嶺から最後は叶星に回そうとしたところで、エヴォルヴが動きを見せる。

 

「不味いわ……チャージを始めてる!」

 

「どこへ撃つ気だ……?」

 

このまま撃たれると幾ら千香留のヘリオスフィアがあろうとも、せっかく集めたマギスフィアがロストして今度こそ勝機を失うことが予見できた。それだけは非常に不味い。

 

「一葉、手伝って!」

 

「分かりました!」

 

ここで動いたのは叶星と呼ばれた一葉の二人で、彼女らは今残っているマギの内、ノインヴェルト戦術に回せるギリギリだけ残すように意識しながら、残りはありったけのマギを込めてCHARMを下から振り上げるようにしてエヴォルヴへと振るう。

二人同時と多量のマギが重なり、その一撃でエヴォルヴの体が少し傾く。

 

「いいわ……これを繰り返して、発射までにエヴォルヴの角度を空中までずらすわよっ!」

 

「はい!全力で手伝わせて貰います!」

 

「ならそれ、私もやらせてもらうわ」

 

ノインヴェルト戦術の始動をやった身ではあるが、まだできることがある。アリスも混ざった三人で、何度もマギを多量に込めたCHARMを振るい、エヴォルヴの体を打ち上げていく。

 

「ヒュージも来た……ヘルヴォルの人、回すから受け取って!そのままパスが終わったら、私たちであれらを引き受けましょう!」

 

「分かった!ならこっちにパスを回して!」

 

このまま待っていても自分たちが苦しいだけと判断した高嶺と、呼びかけた恋花の間でパスが行われる。

パス回しの終わったグラン・エプレのメンバーはそのままヒュージの撃退を始め、ヘルヴォルもメンバー間で急いでパスを回す。

 

「「これで……!」」

 

「最後よ!」

 

その間に彼女らが空中へ角度をずらし切ったと同時にエヴォルヴの攻撃も発射されるが、どこにも着弾することなく、虚空へ消えていくことが確認された。

 

「よし……二人とも、そっちに回すよ!」

 

「では、叶星様……」

 

「ええ。隼人君、後は一柳隊にお願い!」

 

二人でほぼ同時にマギを込めて、隼人にパスを回す。隼人はこの中では最も中継役を担いやすかったので、今パスを回されたのだ。

 

「了解!よし、楓、そっちに回すぞ!」

 

「ええ……!って、何てマギの重さ……!二水さん、そちらに回しますわっ!」

 

「は、はいっ!いつでもどうぞ!」

 

あの時のヒュージと違い、かなり丁寧にパスを回している為、そのマギの重さを直に感じることになってしまっていおり、もう既に13人ものマギが込められているので、相当なものを手元のCHARM越しに感じている。

それでもどうにか踏ん張ってしっかりとパスを回し、そこからさらに繋いでいく。

 

「お、重い……!」

 

「雨嘉さん、こちらに!」

 

「うん……お願いっ!」

 

残りのマギを込めていない人は雨嘉を含めてあと四人になっていたが、長い戦闘での消耗と、非常に大きいマギが理由でもう維持しながらのパスが限界に近いところまで来ていた。

長時間の保持が危険と判断した神琳は、すぐに雨嘉がパスしやすいところまで移動してそれを受け取り、夢結の方へ回し、そのまま梨璃の方まで回される。

 

「う……うぅ……っ!?」

 

自分を含めて合計で22人。さらに長い戦闘による消耗。これらが重なって、最早一人でフィニッシュショットを撃つにしてもまともに動けないレベルになってしまっていた。

しかし、このままの状態でいるといつかエヴォルヴに撃たれてしまう為、どうにかしてフィニッシュショットを撃つ必要があるのだが、無理に動くとここまで来てロストする危険性も孕んでおり、この状況で繊細な動きを求められていると言うのも中々痛い。

必死にマギをロストしないように制御しながらどうするかと考えていた梨璃のところに、夢結がCHARMを重ねて負担を和らげてくれる。

 

「これなら大丈夫なはずよ」

 

「お姉さま……」

 

夢結が負担を軽くしてくれたお陰で、狙って撃つくらいは十分に動けるようになった。

自分を支えてくれた義姉(シュッツエンゲル)に感謝しつつ、迷うことなくエヴォルヴの中心に狙いを定める。

 

「これで……最後ですっ!」

 

放たれたフィニッシュショットは寸分の狂いもなく、エヴォルヴに向かっていき、異様なまでに強力だったマギスフィアを突き破って本体に届く。

22人分のマギが込められたマギスフィアの威力は尋常ではなく、あっさりと中心に届いて突き抜けていった。

当然、そんな損傷を負ったエヴォルヴも耐えられることは無かったようで、死に際の絶叫に近い声を上げながら爆散した。

 

「お、終わった……?」

 

辺りを見渡して見れば、残りのヒュージたちも蜘蛛の子を散らすように逃げて、ケイブに入り込んでいくのが見えた。どうやら戦意を喪失したらしい。

これは戦場と化した新宿各地で起こっていたことらしく、本当に戦いは終わりを迎えたらしい。

 

「隼人、右腕はどう?」

 

「今のところは何ともないよ。ただ、後でチェック頼んだ方がいいよな……」

 

今回も想定外の大人数でのノインヴェルト戦術を行ったので、それはやっておいた方がいい。

アリスも必要なら由美に連絡してくれるらしいので、帰りに少し寄り道させてもらおうと思った。

 

「そちらも無事で良かった……」

 

「はい。幸いにも、地下まで非難することができたので……」

 

どうやら戦線維持が困難になっているなったらしく、ヒュージを一通り倒した後は被害を受けない為に地下へと退避することを選択したようで、これによって大きな被害を受けないで済んだらしい。

既に市民の避難も終わっていた為、今回のように無理をしない選択は非常にいいもので、無駄な損害を増やさないで終わることができた。

 

「おっとっと……あはは。流石に、疲れちゃいました……」

 

「そろそろ帰りましょう。いい加減、休まないといけないから……」

 

それぞれの教導官に挨拶等を軽く済ませた後、それぞれのガーデンに帰還することになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

{ 最  話 }

 

終 戦

end of the war

 

 

長き戦いの終わり

──×──

a sure blessing that is all over

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

あの戦いから早くも二週間が経過した朝──。今日は約束したレギオン同盟が集まって百合ヶ丘で過ごす日であった。

簡単にガーデンの案内をすることと、浴場の貸し切りで堪能することになっているのだが、当然ながら隼人はその浴場に混ざることはできない。今この瞬間だけは非常に悲しかった。

それはそれで仕方ないので、隼人はその間暇を満喫することに決めている。

 

「(見事に何も無しだったな……正直それは助かるけど)」

 

帰る前に右腕のチェックをしたところ、異常は無かった。ナノマシンも完全に正常のそれである。

驚くほど問題ないことに全員で驚きはしたが、由美曰く、ラプラスが負担を和らげてくれた可能性が高いとのことだった。

しかしながら、ここ二週間の検査によると、梨璃のレアスキル判定はカリスマが出続けているようなので、過信は禁物だろう。

 

「それはそうと、どこで伝えるかな……?」

 

結局、あの戦いの日に伝える予定だった楓の想いへの返答は当日疲労困憊で全員がすぐに眠りにつく、そこから各々の身体検査やらあの戦いにおける現場調査だので、今日まで全くそれをする機会が無かった。

隼人からすれば今日が望ましいと考えているので、タイミングを考えていた。

できることなら二人きりになれるタイミングで──。と思っているが、急かされたらその時はその時だ。

 

「(あの頃に戻りたいかって言われたら、そう思わないんだよな……)」

 

香織が生きていて、自分の右腕が斬られない──。つまるところ、ヴァイパーに出会うよりも前への頃への執着はない。それよりも、楓と一緒に生きる未来への方が興味が向く。

恐らく複数の言葉を使えるようにする必要はあるものの、結局はそれさえどうにかすれば、何とでもできるだろう。

 

「ま、ともあれだ。今日は絶対忘れないようにしないと」

 

ミリアムは百由に連れられてこの前の現場へ調査に赴いており、「今日中に結果を教えてくれ……頼むぞ」とこちらに念押ししてきていた。少なくとも自分の気持ちは、一柳隊の全員にはバレているようだ。

それならそれで、こちらとしては遠慮しないでいいなと割り切った。

 

「いいところね。ここは確かに落ち着けるわ……」

 

「いい場所だろ?俺も結構……」

 

──気に入っているんだ。と、言葉が繋がることはなく、そちらの方に顔を向けて驚くことになる。

なぜならそこには、自分以外で百合ヶ丘の制服どころか、思いっきり私服でガーデンに居座る、自分がよく知る少女がいたのだから──。

 

「あ、アリス!?お、お前何でここにいるんだ!?」

 

「あら、忘れたの?私もあの時呼びたいって言ってて、結局許可は通ったのよ?」

 

「ああ。そう言えばそうだった……」

 

アリスも手伝ってくれたお礼に招けないかと百合ヶ丘で交渉したところ、無事にOKをもらうことができたのだ。

それも僅か一日で決まった出来事かつ、比較的多忙なのもあって、頭から抜け落ちてしまっていた。

 

「てかお前……温泉行かなくて良かったのか?」

 

「それなら大丈夫よ。上がって少ししたところだから」

 

──もうそろそろみんな来るわよ?発言からするに、一緒に入っていたらしい。その上で髪を乾かすのと手入れを綺麗に早く行ったようだ。

それにしても、腰まで伸ばしていると言うのによくもまあそこまでの速度と正確さを合わせて整えられるなと、隼人は内心で感心する。

 

「私からも聞くけれど、ここを出た後の行き先は決まっているの?」

 

「ある程度は絞ってる……と言うか、ほぼ固まってるな」

 

それを聞いてアリスは安堵する。隼人がこちらに戻って寂しい世捨て人生活を送らないで済みそうだったからだ。

未来は明るい──。それを聞けるだけで、自分たちは不安が無くなる。

 

「ああ、そうそう。気になるお相手はいるの?」

 

「あ、ああ……それどころか明確に好きって言える子が……」

 

──てかお前、そっちに興味あるのか……。隼人が呆然していたら、「失礼ね。私も年頃よ?」と返されてしまったので、それ以上は返せなかった。

 

「何かで盛り上がってまして?」

 

「おっ、戻って来たか……」

 

声を掛けて来たのは楓だが、その目が笑っていないということは幸いにもなかった。

この後、ガーデンでの景色を回ったり、食事を堪能したりと、前にできなかったことを思い切って楽しんでいく。

本来はもう少し先になっていたかも知れないし、できなかったかも知れなかったこの時間はかけがえのないものとなったことは違いない。

 

「そう言えばお前ら、一個聞きたいんだが……」

 

休憩として一柳隊に宛がわれた部屋に集まっていたところ、梅が隼人と楓の二人を見て話を振る。

 

「こないだ言ってた答えってやつは何だ?」

 

「えっ!?あ、えっと……その……」

 

「ああ……あれですか」

 

──そう言えば俺を引き留める為に言っちゃってたよな……。この前のことを思い出し、慌てる楓の隣で隼人は冷静だった。

それならばと、隼人はここで言ってしまうことを決めた。

 

「楓、ここで言っても大丈夫?」

 

「隼人さん!?え、えっと……ち、ちょっとだけっ!心の準備をさせてくれませんこと!?」

 

まあそれくらいはと隼人が承諾すると、楓は大きめの深呼吸をして自分をどうにか落ち着かせる。

そして、覚悟の決まった楓はその先を促す。

 

「あの返事に関してはOKを返す……と言うか、寧ろ俺の方からお願いしたい」

 

「!と言うことは……」

 

その先が分かったことで、楓は嬉しさと驚きが混ざった顔になる。

また、隼人は今度は改めて自分から言いたいので、その先をいうことにする。

 

「俺は、楓のことが好きだ。嫌じゃなければ、俺と付き合って欲しい……」

 

『あぁ……!』

 

右手を前に出し、頭を下げて目を閉じる──。その光景に皆が息を吞む。

実際に言われて嬉しかったので楓は少し硬直していたが、すぐに気を取り直してその右手を両手で包むように優しく握る。

自らの右手に来た温もりを感じ、隼人はそちらを見る。他の皆はまた息を吞む。

 

「そのお言葉……ずっとお待ちしていましたわ……」

 

「ごめんな。こんなに待たせちゃって……」

 

「全くですわ。ですが、あなたの気持ちを聞けただけで……それだけで今、わたくしは嬉しいですわ」

 

「そっか……そりゃよかった。改めて、これからよろしくな?」

 

「勿論。こちらこそ、よろしくお願いしますわっ♪」

 

二人で改めての挨拶と一緒に笑みを向け合うと同時に、周りの皆から歓声と拍手による祝福を受けた。

その後日、二水からのインタビューを受けて『百合ヶ丘に男女カップル誕生!』と言う見出しの新聞を作られることになるが、その時写真の二人はそれはもう幸せな様子を見せていたと言う。

 

「(こんなところにこれただけじゃなくて、こんなにいい相手と付き合えるようになるの、前じゃ信じられないくらいに夢な場所だけど……それが今の俺の現実なんだ)」

 

数年前から長い暫しの間復讐者として生きていた少年は、遂に幸せの欠片を手にするのだった。




と言う訳で一旦完結です。
後は書いていないルートの方を書いて、余裕あったらなんかボチボチ書いていくって感じになります。

以下、解説入ります。

・如月隼人、楓・J・ヌーベル
遂に気持ちを通わせる。これからの未来はきっと明るい。
暫し熱愛報道的なのに付き合うことになるが、まあいいやの精神。


・アリス・クラウディウス
ノインヴェルト戦術始動役を担当。百合ヶ丘にも来校。
隼人の答えが自らの望む普遍な世界への回帰で安堵した。


一旦の完結なので、最後にちょっとしたご挨拶を……
この小説を最後まで読んでいただきありがとうございました。
特に新しいネタはないので、新しいのを思いつかない限りは読み専でいようと思います。


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