もしもテニプリに女子テニス部があったなら〜交流編〜 (ハネ太郎)
しおりを挟む

王子様のバレンタインデー・前編

 対決編を書き終わってないのにこっち書いてごめんなさい。現実のバレンタインデーの前に、どうしてもこの話を書いて置きたかったのです。


 ここは青春学園中等部。

 

「ねえ、手塚くん。今度のバレンタインデーの事で相談なんだけど・・・」

 

 バレンタインデーを間近に控えた1月下旬。三年生の教室で、男子テニス部の部長・手塚国光に話しかけるは、女子テニス部の部長・水島吉乃(よしの)

 

「あ、いや、気遣いは無用だ・・・」

 

 彼女の突然の申し出を、思わず反射的に断わってしまう手塚。

 

 齢15という歳に似合わぬ威厳を備え、実際に生徒会長という地位にもいる彼に、こんなふうに気楽に話しかける女子は、現時点では水島吉乃以外に存在しない。そして彼女には、それを許されるに足る実力と実績があった。

 

 前年に行われた男子テニス部と女子テニス部の交流試合において、彼女率いる女子部員たちは、男子と互角の戦いを演じてみせた。その選手としての実力もさることながら、長らく廃部だった女子テニス部を復興すべく、自ら部員を集め、素人同然だったメンバーに選手兼監督兼コーチとして指導を施し、ついには全国制覇まで成し遂げる。その八面六臂で大車輪な超人チート女子ぶりには、さしもの手塚も相応の敬意をもって接しなければならないのであった。

 

 

 

「そういう訳にはいかないわ。考えても見なさい、あなたこのままだと、最低でも81個のチョコが飛び交うことになるのよ・・・?」

「・・・どういうことだ!?」

 吉乃の衝撃発言に、手塚も思わず身を乗り出す。

「私たち女子テニス部のレギュラー部員は9人。あなたたちも同じく9人。これだけの人数に、皆が等しく義理チョコを送ったら・・・どうなると思う? 簡単な掛け算よ」

 先の試合以降、両テニス部は固い友情で結ばれ、合同練習などの積極的な交流を続けている。普通なら義理チョコのひとつも送るところではあるが・・・。

「九九・・・八十八!」

「八十一でしょ・・・なんでそこでボケるのよ。それに加えて補欠やサポート部員の分まで加算したら、それはもう・・・送る方も貰う方も地獄だわ」

 いわゆるレギュラー以外の部員を、男子は補欠、女子はサポート部員と称している。

「わ、わかった。それで、相談というのは・・・?」

「この悲劇を回避するための秘策が用意してあるの。ぜひとも協力してほしいのね・・・」

 

 

 

 そして時は流れ、バレンタインデーの直前の日曜日。水島吉乃の邸宅に、男女テニス部員たちが集結した。

 

「義理チョコ友チョコ、みんなこれで一気に済ませちゃいましょう! チョコレート・パーティーの、はじまりはじまり〜!」

 

 パーティー用の大広間に、吉乃の声が響き渡る。長テーブルに並べられたのは、チョコケーキ、チョコクッキー、フォンデュ、ホットチョコレート・・・。およそ考えられる限りのチョコのフルコース。資金は吉乃が出し、メニューのアイデア、材料集め、セッティングなどなど、全て男女の共同作業だ。

 

 総勢18名+αの少年少女が、チョコの山に群がる。要は各自が友人たちにチョコを送りあう分を、このパーティーでまとめて片付けてしまおう、という寸法なのだ。

 

 

 

「アメリカ育ちの越前リョーマくん、日本のバレンタインデーはいかがかな?」

「・・・チョコレートこわいッス・・・」

 帰国子女の越前リョーマに話しかけるは、天才・不二周助。アメリカにもバレンタインデーはあるが、こんなにチョコレートに特化していない。リョーマも甘いものは苦手ではないが、流石に辟易していた。

「そういう先輩は、これだけチョコレート責めにあって平気なんすか?」

「僕はむしろ、チョコレートより熱いお茶がこわいね〜」

 

 他の部員たちの反応は・・・。嬉々として食べまくる者も何人かいるが、大半はチョコの山を前に尻込みし、見ただけでお腹いっぱいだと目を回す。それでも食べることは食べるのだが。

「・・・いいアイデアだと思ってたんだけどね・・・」

「着眼点は悪くなかった。しかしな、物には限度と言うものがある・・・」

 メンバーの微妙な反応にショックを隠せない吉乃、それに冷静にツッコミを入れる手塚。

 

 

 

「・・・せっかく水島部長(おねーさん)がそうやって気を遣ってくれたのに、結局、チョコ責めッスか」

 バレンタインデー当日の学校。越前リョーマの両手と頭の上には、紙袋だったりラッピングされた箱だったり、大量のチョコが存在していた。

「モテる男はつらいよね、お互いw」

 傍らの不二先輩もまるっきり同じ状態だった。恐らく他の青学メンバーも似たようなものだろう。

 

「やっぱり、こんなことだと思った」

 様子を見に来た吉乃。

「何とかしてくださいッスよ、朝から知らない女子が次々とチョコレートくれるんスよ」

 リョーマの懇願に対して吉乃の答えは?

「対策は立ててあるわ。ほら、うちの部室にお持ち帰り用の箱を用意してあるから。そのまま持って帰るの大変でしょう? もらった物入れておいたら、うちのスタッフがあとで梱包して届けるから」

「・・・結局、食べなきゃいけないんスね・・・」

「なにもいっぺんに全部食べなくてもいいのよ? 例えば練習のあとのエネルギー補給に一粒とか、そんな感じで少しずつ消化してけばいいの」

 

 件の箱は、男子テニス部のレギュラー、すなわち青学メンバーの人数分用意された。それぞれに名前入り。郵便ポストのごとくスリットが設けられていて、贈り物はそこから入れるのだが、そこに入り切らない大きな包みは箱の上に置かれた籠の中に入れる。

「これ下手すると、誰がどれだけもらったか一目瞭然な、残酷なシステムになってたよね・・・」

 包みを丁寧に箱に納めつつ、不二はつぶやく。

 

 

 

 そうこうしている間に、リョーマの前にまた知らない女子が、お菓子の包みを持って現れた。どうやら三年生のようだが・・・?

「越前リョーマくん・・・だよね? よかったら、これ、あげるね」

「え? あ、どうもありが・・・」

 お礼を言い終わらないうちに、件の女子はダッシュで去っていく。

 

「いや〜、流石はリョーマさま。おモテになりますなぁ〜♡」

 背後から声がした。友人の小坂田朋香だ。自分の王子様、激推メンのリョーマが大人気なのを実感してホクホク顔だ。

「まあね。でも、誰に何貰ったかなんてわかんねーけどな。今みたいに、知らないやつがヒットアンドアウェイで渡してくるから、顔を認識するヒマもない」

 

「もしよろしければ、私の愛も、お仲間に加えてください♡」

 朋香もまたチョコを差し出す。彼にはパートナーがすでにいるので本命チョコとは言えないが、愛は最大限に込めてある。

「あ、サンキュ」

 リョーマは快く受け取った。

 

「ついでと言っちゃ、なんだけど・・・俺のも君のコレクションに加えてくれ♡」

「あ、てみー先輩・・・」

 不意に姿を見せたのは、女子テニス部の実力者、てみーこと谷中待見。右目と右足とバレリーナの道を失う過去を持ちながら、テニス部のエースとして活躍しているボーイッシュ少女。眼帯代わりに巻くバンダナは、今日はピンクのハート柄のバレンタインデー仕様だ。

 どうも交流試合前から、リョーマの隠れファンだったらしく、グループ交際が始まってからはこうしてたびたび彼に絡んでくる。

「ほほう、先輩は手作りクッキーですか♡」

「上手くできたと思うけど、どうかな?」

 同じ男を推しメンにする朋香とも仲がよく、こうして乙女トークに花が咲く。

 

 義理チョコは人気の証。リョーマも悪い気はしなかった。しかし、彼にはそれより何より欲しい物があった・・・。

「俺に本命チョコをくれるはずの、アイツはどこ行ったんだ!?」

 リョーマは、朝から姿を見せない恋人の竜崎桜乃を思いやっていた。

「抜かりはありません。リョーマさま、あちらの曲がり角に差し掛かりますと、桜乃が不意に現れて『これ・・・受け取ってください!』とやる予定てすので」

「シチュエーションも込みなのね・・・まあいいけど」

 

 

 

 そして問題の曲がり角。

「・・・誰もいないぞ」

「あるぇ〜?」

「なにやってんだ、あのドジっ子は・・・お、おい、あれ!」

 リョーマが発見したのは、倒れている人影! それはまさしく・・・!

 

「さ、桜乃〜!」

 

              つづく




 恋人たちの素敵イベント、バレンタインデーにいったいなにが!? 桜乃の運命やいかに! 次回「王子様のバレンタインデー・後編」お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王子様のバレンタインデー・後編

 作品説明でも書きましたが、主人公とヒロインはラブラブです。対決編の数々の試練を乗り越え、二人は恋人同士になりました。他のオリジナルカップルも同様です。・・・早く書いてあげなければ(22年2月現在


 バレンタインデーの当日、学校で恋人の竜崎桜乃からチョコレートを貰うつもりだった越前リョーマは、友人の小坂田朋香と共に待ち合わせ場所に向かい、そこで倒れている彼女を発見した!

 

 現場は、外の通り道と交差している、一階の渡り廊下。慌てて朋香と二人で保健室に運ぶ。

 

 

 

「う・・・う〜ん、ここは?」

 程なく、桜乃は目を覚ました。顔や手には絆創膏が貼られている。

「保健室だよ。何があったんだ? えらくホコリまみれだったけど・・・」

 事情を尋ねんとするリョーマ。桜乃の体中、外由来の砂ぼこりと、大勢に踏まれたと思しき靴跡、傷跡だらけだったのだ。

「待ち合わせ場所に向かっていたら、突然『大河原く〜ん!』『キャ~、ヨシツネさま〜♡』という女子たちの歓声が聞こえてきて、その後走ってきた集団に・・・」

「巻き込まれてボロ雑巾にされたってわけか・・・」

「その大河原ってのは、多分サッカー部のエースの大河原義経先輩ですな。常に女子の親衛隊を引き連れているイケメンモテモテボーイで、校内のみならず校外にもファンクラブが設立されてるとの噂ですよ。・・・つまり、彼にチョコを渡さんとする女子たちの暴走(スタンピード)に巻き込まれたってわけですな」

 朋香が冷静に分析する。

「どこの部でも、そういうのがいるってわけね。しかし桜乃、よく生きてたよな・・・。薄々気づいてたけど、お前、運は悪いかも知れんが悪運が強いんだな」

 リョーマは呆れつつも、見た目以上に頑丈なこのパートナーに感心する。

 

「・・・はっ、そうだ! わ、私の・・・チョコケーキ・・・」

「・・・これのことか」

「いやあー!」

 桜乃の傍に落ちていた、綺麗にラッピングされた(であろう)箱(とかろうじてわかる物)。それは今日、この時のために、彼女が一週間がかりで用意した、手作りチョコケーキだった。女子たちに踏みまくられて見るも無惨なその物体を、取り出す少年、悲鳴を上げる少女。

 

 

 

「これを、俺の、ために・・・?」

 グシャグシャな箱を見つめつつ、リョーマはつぶやく。

「うん・・・。でも、これじゃ、もう、食べれないね・・・」

 ベッドに横たわったまま、虚ろな目で彼氏の手にある物体を見つめる桜乃。

 リョーマはラッピングを無造作に引っ剥がし、中身を確認する。やっぱり箱同様にグシャグシャなケーキ、辛うじて元は丸い形状(ボール?)だったことがうかがえる。表面には何か文字・・・メッセージが書かれていたようだが、もはやそれも判読不能だ。

 

 ・・・と、ここで、リョーマは思わぬ行動に出た! なんとそれを手づかみで食べ始めたのだ!

 

「い、いいよ、リョーマくん! そんなの食べなくても!」

 慌てて止めんとする桜乃だったが、

「いや食べる! せっかく作ってくれたのを、無駄にするわけにはいかないだろ」

「お腹壊しちゃうよ・・・」

「そんなヤワじゃねーよ」

 少年は少女の心のこもった贈り物を、一心不乱に食べ続ける。

「・・・美味いじゃないか」

「え?」

「ほら、お前らも食べろ」

 リョーマはチョコケーキの破片を、桜乃と朋香にも食べさせる。

「・・・どうだ、美味いだろ?」

「うん・・・おいしい」

「おいしいよね・・・ううっ」

 

 

 

 リョーマはチョコケーキを完食した。

「・・・ごちそう様でした。期待してなかったけど、けっこうやるじゃん。・・・なに泣いてるんだよ」

 桜乃は、ベッドの上でさめざめと泣いていた。

「・・・だって・・・せっかくのバレンタインなのに、ずっと前から準備してきたのに、こんなことになっちゃって・・・ごめんなさい、リョーマくん。・・・それから朋香も、手伝ってもらったのに・・・」

 恋人たちにとっての大イベントでこの失態。悔し涙を流さずにはいられなかった。

「桜乃、泣かないで! リョーマさまは食べてくれたんだから、いいじゃない! あたしの事はいいのよ! 楽しかったから!」

 慌てて慰めにかかる朋香。

「・・・納得いかねーんなら! また作ってこいよ、何度でも!」

「え!?」

 不意にリョーマが大声をあげる。驚き、固まる二人。

 

「てめーが納得するまで、何度でも、何十回でもだ」

 ベッドの彼女に顔を近づける。

「・・・お前があきらめない限り・・・その気持ちが、本物である限り・・・!」

 真っ直ぐ向き合い、目を合わせ、叱咤激励したのち、

「俺は、とことん付き合わせてもらうからな」

 優しく微笑む少年。

 

「・・・わかった・・・! また、作ってくるから・・・! その時は、また、食べてね・・・!」

「リョーマさまぁ・・・あんたぁ、ほんとに、男の中の男ですわぁ・・・!」

 自分たちが愛した『王子様』の中に『漢』を見た桜乃と朋香。二人はしばらく涙が止まらなかった。

 

 

 

 ところ変わって、ここは三年生の教室。

「クニッチュ〜♡ 私の愛を受け取って〜♡」

 変なテンションで手塚に迫る吉乃。

「な、なんだお前、バレンタインはこないだのパーティーで済ませたんじゃなかったのか?」

 戸惑う彼。当然だろう。それでなくても、こんなふうに真正面から自分にアプローチをかける女子というのを、手塚はこの年まで見たことがなかったのだ。ついでに、親しい人にあだ名で呼ばれるというのも初体験だ。

「あれはあくまで義理チョコ。本命はちゃ〜んと、別に用意してあるのよ♡」

「・・・すまん、ありがとう。・・・お返しは、期待するなよ」

「うん♡」

 彼女に感謝の意を伝える手塚。目をそらし、心なしか頬が少し赤い?

 

「不二先輩・・・これ、よかったら、どうぞ・・・」

「ありがとう」

 不二周助に本目チョコを渡すは、女子テニス部の二年生、宮坂瑠璃奈。別名「心眼テニスのるりひー」。交流試合で彼と対戦、途中まで互角の勝負をするも、体調トラブルで倒れる。その際に彼に介抱してもらって以来、懐いている。不二も、この不思議系地獄耳パートナーを気に入っているようだ。

 

「乾先輩! 独自の調合で作った、薬膳チョコです! ぜひ食べてください!」

「ふふふ、それは楽しみだ」

 乾貞治に怪しげな代物を食べさせんとするのは、彼に弟子入りを希望していた小笠原美姫。対戦を期に念願叶い、よく二人でスポーツのための薬膳料理を研究している。彼女がチョコに忍ばせるは、惚れ薬かはたまた精力剤か?

 

「おう、マムシ! チョコ貰えたか? アタシのもやるよ、受け取れい!」

「お、おう、すまねえ、ヤマネコ!」

 こちらは二年生の教室。マムシこと海堂薫とヤマネコこと山根和味。彼らもまた、交流試合で対決した仲だ。サバサバ系ボーイッシュ少女の元陸上部員のヤマネコちゃんは、とある事情から海堂を敵視していたのだが、今ではさっぱりした友情を結んでいる。

 

 

 

 ふたたびリョーマと女子二人。保健室から女子テニス部の部室に移動した三人は、持ち帰り用の箱に納められた、リョーマがもらったチョコを物色していた。

「欲しいのがあったら、分けてやるよ。っていうか、少しでも減らしてくれ・・・」

「了解でーす」

「や〜ん、幸せ太りしちゃいそう〜♡」

 全校女子たちからの彼への貢ぎ物は、ひと抱えもある段ボール箱に満杯であった。サクトモは興味津々で調べる。

 

 どこの誰が入れたのか、記名はない。しかし、ある程度送り主の性格は分かろうというもの。既製品をそのまま入れただけの人、袋や包装紙など、ラッピングを一応施した人。大袋商品の中身を取り出し、数種類を別の入れ物にまとめて独自アソートを作った人。拙いながらも溶かして型で成形など手作りした人。変化球でせんべいやキャンディーを入れた人、エトセトラ。

 

「ムッ・・・こ、これは!」

 朋香が不意に反応する。それは上品な装飾が施された、手のひらサイズの小箱だった。いわゆるひとくちサイズ(これまた凝った成形がなされている)で一個一個味が違うのが、キレイに並べられたアソートチョコだ。

「えー、値段のことを言うのは野暮なんですが・・・。例えば、こちらのチョコは250円します」

 朋香は別の小箱を手に取り解説。

「そしてこちらは500円します」

「違いがよくわかんねぇ・・・」

 この時期は、バレンタインデーと翌月のホワイトデーのために、普段は見ることのない高級ブランドのチョコレートが一般の店頭に並ぶのだ。そんなもの、リョーマにとっては未知の領域、異次元の世界だった。

 

「そして問題のこのチョコ」

 最初に彼女が反応したその品物は、

「なんと1000円します!」

「たっか! 金箔でも入ってんのか!?」

 これにはさしもの王子様も口をあんぐり。

「・・・え〜と、検索したら、火輪プリンセスホテルと兜塚シェフの共同開発だって・・・」

 桜乃がスマホ片手に解説する。

「ブランド力こえー・・・(汗)」

 世の中には自分の知らない世界と、そこで通用する価値観がある。少年はひとつ大人になった。

 

「この分だと、1500円とか2000円クラスの品物もありそうですねぇ・・・」

「よ、よせ! もういい、やめろ!?」

 さらなる探索を続けんとする朋香を、血相変えて止めるリョーマ。見ず知らずの人間からそんな高価な物を貰っては、流石の彼も正気ではいられないのだ。

 ・・・後にサクトモが調べたところ、最高価格は2500円だったそうな。当然、送り主は不明・・・。

 

「んじゃ、ま、1000円の重みを噛み締めながらいただきますか」

 件の高級チョコを三人で食べることにした。箱を開けたら案の定、異なる味とデザインの一粒チョコが6個。とりあえず適当にひとつずつ。

 

「「「いただきまーす」」」

 

 パクッ

 

 ・・・・・・

 

「う〜ん、口の中でとろける〜♡」

「この上品な甘さ♡」

 流石は高級品とサクトモが浸ってるその横で、当のリョーマはというと、

「・・・やっぱよくわかんねーや」

「「だよねー」」

 

 

 

「えー、別な意味で気合いが入ってるのが、これ」

 気を取り直し、リョーマが机の上に置いた物は、

「うわでかっ! 人の頭ぐらいあるよこれ!」

 ハート型の巨大チョコレートだった。

「何気に手作りだよね、これ。板チョコ何枚使ったんだろ・・・」

 湯せんで溶かして型で成形する、お馴染みの手法だと思われる。はめ込まれたままの型はアルミホイル製。形は少々いびつだが、それもまた味。

 

「越前〜! 俺たちにもチョコ分けてくれ〜!」

 と、ここで突然部屋に飛び込んできたのは、堀尾・カチロー・カツオの一年生トリオだ!

「なんだお前ら、チョコ貰えなかったのか」

「情けないわね・・・」

「恥を忍んで頼む! お恵みを〜!」

「好きなだけ持ってけ・・・」

「恩に着るぜ〜!」

 

 と、ここでリョーマは突然立ち上がり、件のハートチョコを手に取り・・・

「ついでに、これもシェアするか」

 

 バカン!!

 

 なんといきなりチョコを叩き割ってしまった!

「ちょ、リョーマさま! ハートをそんな無造作に、あ〜あ〜!」

「あん?」

 事の重大さが理解できてないリョーマ。慌てふためく朋香だが後の祭り。先程まで『巨大ハートチョコ』だった物体は、『ハートの破片チョコの山』と化してしまった。

「まさにハートブレイク・・・」

 

 

 

「あはは・・・。誰だか知らないけど、ゴメンね・・・。リョーマくんは、こういう子だったのよ・・・」

 自分たちだけが知る、王子様の実態。桜乃は、顔も名前も知らぬ送り主に思いを馳せ、空を仰いで精いっぱいの謝罪をしたのち、ハートの欠片を一口。それはほんのり甘く、どこかほろ苦いビターテイストだった。

              つづく




 ある冬の日、リョーマと桜乃は喧嘩した。お互い口も聞きたくないほど心が離れてしまった。戸惑う仲間たち。そこに、桜乃に近づく男の影! 次回「破局の危機・・・!? 前編」お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破局の危機・・・!? その1「走れ、ベルベル」

 基本的コンセプトは「作者が読みたい話は、作者自身で書くしかない」です。なので、かなりやりたい放題です。
 今回の話も、「別に女テニいらねーじゃん」と思われる方が大半でしょう。まあ、「いなくてもいいけど、いてくれたら盛り上がる」ということで。



 ある冬の日のこと。越前リョーマと竜崎桜乃がケンカした。

 

 

 

 二人の間には今、冬将軍にも負けぬブリザードが吹き荒れている。怒りを通り越して無表情、顔も合わせようとしない。

 

 そんな二人の異常事態に、男子テニス部と女子テニス部の仲間たちも戦々恐々だ。

 

「な、なあ? 冷静になって、もう一度話し合おう?」と桃城が声をかけても、

「・・・ふん!」

リョーマは取り付く島もない。

 

「アタシがいくら聞いても、何も答えてくれないんだよ・・・」

 桜乃の祖母、竜崎スミレもただただ困惑。

「ね、ねえ桜乃!? せめてリョーマさまとの間に何があったのか教えて・・・」

 親友・小坂田朋香の問いかけにも、

「・・・朋香! 私と友達でいたかったら、しばらく彼の名前は出さないで・・・!」

 この有り様だ。

「度し難いね。ここは一旦引いて、作戦を立て直そう」

「桜乃〜!(泣)」

 てみー先輩ともども、退散するしかなかった。

 

 

 

 仲間たちの苦悩をよそに、桜乃は町外れの公園でたたずんでいた。

「・・・あんなやつ! 好きにならなきゃ良かった・・・!」

 彼との出会いからこれまでの自分の人生、全てを否定し始めた。そうとう重症だ。

 

 ・・・と、その時。

「お嬢さん。キレイな顔が、台無しですよ。さあ笑って笑って!」

「誰ですか、あなた? ナンパはお断りですよ」

 彼女に声を掛ける、ひとりの男性の姿。

 

 

 

「頼む・・・水島吉乃! 俺たちだけでは手に負えない・・・」

「わかっているわ。なんとか彼らの心を開いてみせる。長期戦になると思うけど・・・!」

 手塚が珍しく弱音を吐き、吉乃に助けを求める。この手の色恋沙汰については、彼を始め、男子テニス部連中ではお手上げなのだ。身近に相談できる女子の集団がいる、それだけでも心強かった。

 

 

 

 破局の危機が始まって三日目。女子テニス部のレギュラー部員がひとり、ベルベルこと鈴村鈴美は、街で見覚えのある顔を目撃した・・・竜崎桜乃だ!

 そしてその傍らには、遊び慣れしたファッションに身を包んだ、そこそこイケメンな見慣れぬ男性の姿。賢明なる読者諸氏ならお解りであろう、先日桜乃をナンパした男だ! 普段ならこんなナンパに引っかかるような桜乃ではない。しかし、恋人と喧嘩して傷心の彼女を慰めるだけの話術を、彼は持ち合わせていた。

 

 

 

 ベルベルは走った。背丈はリョーマより1センチ高いだけだが横幅は1.5倍、スリーサイズ全てが90オーバーという重量級美少女である彼女は、その外見に反してかなりの俊敏。ではなぜ、彼女は走る? それは、あのナンパ男に見覚えがあったからだ!

 

 走って走って、たどり着くのはリョーマのところ。市内のスポーツセンターにいた。

「・・・ベルベル先輩。なんか用すか?」

 普段に輪をかけて無愛想な彼。まるで青学に来たばかりの頃の、恋も友情も知らなかった彼に戻ったかのよう。

「・・・桜乃ちゃんを見たわ。別の交際相手・・・玉川久助という男と一緒にいたわ」

 息も絶え絶え、報告するベルベル。体中の肉という肉が震えている。

「あっそ、そりゃ良かったね。もう違う彼氏できたんなら、俺も心置きなく別れられるというもんだ」

 事もなげに言ってのけるリョーマ。

「・・・今すぐあの子の所へ行って! 彼女を救うべきは、あなたしかいないの!」

「いやもう、俺アイツとはかんけーねーし」

 

 バシィっ!

 

 業を煮やしたベルベルの平手打ちが、リョーマを直撃した! その勢いで床に倒れ込む!

「う・・・! な、な!?」

 事態が飲み込めず、混乱するばかりのリョーマ。

「あなたは何もわかってない! あの男は危険なのよ!」

 ベルベルの目から光るものが、一粒、二粒。

「・・・どういうことスか?」

 

 

 

 玉川久助は高校生にして稀代のナンパ師。彼に口説かれた女性は、数分でその虜となってしまう。しかしその一方で彼は、稀代のDV男でもあった。少しでも彼の意に沿わぬ言動をした女性は、その暴力の餌食となる。判明しているだけで、被害者は30人以上。

 

 ベルベルの説明を聞いたリョーマの、顔色が変わった!

「・・・あいつは、どこにいる?」

「桜乃のスマホをGPSで・・・出たわ。誤差はあるかも知れないけど、笹野台公園あたり。・・・行くのね。私達もすぐ後を追うわ、まずは急いで!」

 

 

 

 そしてここは笹野台公園。小高い丘の地形を利用した設計で、昼間の頂上からは街が、川が、一望できる。隠れたデートスポット。

 しかしどれだけデートに適した場所でも、いつまでも滞在しているわけにはいかない。午後五時を回って、あたりはすっかり暗くなってしまった。

 

「あの・・・そろそろ帰らないと、明日も学校だし。早く帰らないと、お母さんに叱られちゃう・・・」

「なんでそういうこと言うんだよ! ずっと俺と一緒にいるって言ったろ!」

「痛い痛い、やめて!」

 桜乃の三つ編みを乱暴に引っ張り回し、怒鳴りつける久助。いよいよDV男の本性を現した。

「あなたがそんな、酷い人なんて知らなかったから!」

「お前が悪いんだろうが! 俺の言う事を聞かないから!」

 久助は桜乃の頭にゲンコツを一発見舞い、さらに彼女のスマホを奪い取り、突き飛ばす!

「痛い・・・、桜乃、大ピンチです・・・、こんな人の口車に乗ったばっかりに・・・」

 殴られた頭を押さえ、今にも泣きそうだ。

「親への抗議だったら、俺がしてやるよ!」

 そういうと彼女のスマホを操作しようとする。ロックがかかっている可能性を考慮できないほど、怒りに支配されてるようだ。

 

 次の瞬間、久助の怒りの火に油を注ぐ事態が!

「おい。なんだこりゃあ! なんでお前のスマホに、違う男の待ち受け画面が出てんだこらぁ!」

 スマホを彼女に投げつける久助。知り合って間もないとか関係なく、自分以外の男が彼女にいる、その事実が許せないのだ。そしてその待ち受け画面の男こそ、他ならぬ・・・!

「・・・越前リョーマ! 私の・・・恋人!」

 桜乃は、久助に決然と言い放つ!

「誰だそいつは!」

 

「無愛想で、生意気で、年柄年中テニスのことばかり、強い人に勝つことが頭から離れない、女心も解さない朴念仁で・・・気の利いた口説き文句のひとつも言えないけど! 強くて! 優しくて! あなたなんかより、百万倍はすてきな男の子なのよ!」

 

「てめえこのアマ、俺のこと馬鹿にしたな!」

 いよいよ逆上した久助、座り込んだままの桜乃に蹴りを見舞い、さらに彼女の胸倉を掴み上げ、

「二度とそんな口を聞けないようにしてやる!」

「ひっ・・・!」

 桜乃は無意識に、心の中で叫んだ!

(助けて・・・! リョーマくん、助けて!)

 

 

 

 絶体絶命のその時!

 

 スパァン! ギュオアアァ! ドゴォン!

 

「ぐああああああああ!?」

 

 桜乃から見て左手の方向から突然飛んできた何かが、久助を直撃! 暴力男はその勢いで少女から手を離し、カーレース中にクラッシュした車めいて吹っ飛び二転! 三転! 顔から地面に叩きつけられた!

 

 桜乃は、一連の出来事の直前に聞こえた、その音に覚えがあった。そう、仲間たちと散々聞いてきた、それは・・・テニスのスマッシュの音! そしてそれを裏付けるかのように、足元に転がるボール。

 

 

 

「人のこと散々言ってくれちゃって、まあ・・・いいけど」

「あ・・・あ・・・!」

 声のした方、左側から悠然と歩いてくる、小さいけれど誰よりも超然なるオーラを放つ影。そう、それは、何より少女が待ち望んだ、存在!

「・・・リョーマくん・・・!」

 天に祈りが通じたか、越前リョーマの登場だ!

 

「大丈夫か!? わりいな、たどり着くのに手間くった・・・」

 そう言うと彼は、自分のマフラーを彼女に巻いてあげる。

「ちょっとこれ、持っててくれ」

 呆然としたままの桜乃に、続けて自分のラケットを預けるリョーマ。そこで桜乃は、ハッと気付く。ラケットは彼の何より大事な物。少なくとも、口もききたくないほど嫌いな相手に預けるものではない、と。つまり・・・。

 

 

 

「い、痛え・・・ふざけた真似しやがって、コラあ! 誰だてめえ!?」

 あれだけの衝撃を受けながら、玉川久助は即座に立ち上がる。彼の怒りの矛先は、突然の乱入者にチェンジされた。目の前の相手がスマホの顔写真の主とは気付いていないらしい。

「アンタに名乗る名前なんてありゃしないね。ま、あえて言うなら・・・」

 相手の怒りなど意に介さず、少年は平然と言い放つ。そしてトレードマークの帽子のつばをクイッと上げ・・・。

 

「テニスの王子様とでも、呼んで貰いましょうか」

 

             つづく




 桜乃のピンチに間に合ったリョーマ。しかし相手は暴力男、いつもの試合とは勝手が違うぞ、大丈夫か!? 次回「破局の危機・・・!? その2「男の価値は」」お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破局の危機・・・? その2「男の価値は」

 今回リョーマに変な戦い方させてます。ぶっちゃけ取っ組み合いさせても余裕で勝てると思いますが、その一方でこの主人公、「相手を殴る蹴る」といった絵面が想像しにくい奴でもあります。別の話でも「格闘技は性に合わない」って言ってましたね。ごく自然に出てきたセリフです。


 どんな理由だか知らないが、桜乃はリョーマと仲違いした。「あの素晴らしい愛をもう一度!」と気を揉む仲間たちの心配をよそに、破局寸前まで行ってしまった。

 その心の闇に付け込む悪魔がいた。高校生ながら稀代のナンパ師にして被害者数30人以上のドメスティックバイオレンス男、玉川久助。

 奴がジェントルマンの仮面を脱ぎ捨て、彼女に暴力の洗礼を浴びせたその時・・・救いの神が登場だ! それは・・・お互いに口もききたくないほど嫌っていたはずの・・・越前リョーマ!

 

「誰だてめえ!?」

「アンタに名乗る名前なんてありゃしないよ。ま、敢えて言うなら・・・『テニスの王子様』とでも呼んで貰いましょうか」

 怒りに燃える悪魔に対し、王子様は、いつもの不敵な笑みで答えた。

 

 

 

「なにが王子様だ、スカシてんじゃねー! このクソチビがぁー!」

 この慇懃無礼で傍若無人な乱入者に対し、怒りにまかせて獣のごとく襲いかかる玉川久助。先程の打球の直撃で数メートルふっ飛ばされたはずなのに、何事もなかったかのように猛ダッシュ! 凶悪なるその拳を、叩き込まんとしたその時! リョーマは慌てず騒がず、涼しい顔で回避!

 

「もっとよく狙えよ、このヘナチョコ」

「う、うるせー!」

 

 暴力男がどれだけいきり立って攻撃しても、ことごとく紙一重でかわされる。少年の表情に、恐怖や焦りの色は一切見えない。あるのはふたつ、眼前のDQNに対する冷ややかな軽蔑の視線と、奴の攻撃を見切るための真剣な眼差し。

 

 その光景を固唾を呑んで見守る桜乃。大事なラケットを彼女に預けた今のリョーマは丸腰。どうやってこの状況を乗り切るつもりなのか、まるで見当がつかない。不安の色を隠せないでいた。

 

「て、てめえ、逃げるな、こら!」

「いや、逃げなきゃ痛いしw」

 

 久助の攻撃から軽やかに逃げ回るリョーマ。彼には格闘技や武術の心得はない。今日のような殴り合いを伴う喧嘩の経験も、恐らくないだろう。彼にあるのは、幼少期からずっとやってきたテニスで培われた運動神経と動体視力。そして数多くのライバルたちとの命がけの試合で培われた、死地にあっても物怖じしない勝負度胸。それらはこの喧嘩の場においても遺憾なく発揮された。

 

 この公園はいくつかある広場と広場の間を雑木林と遊歩道で繋いでいる。その遊歩道を全力で追いかけっこしているうちに、別の広場に出た。中央にそびえ立つ巨木が彼の行く手を阻む。思わず立ち止まるリョーマの後ろから・・・!

 

「しまった!」

「バカめ、もらった! 死ねぇ!」

 

 久助はここぞとばかりに右の拳を振りあげ、憎しみのこもった一撃をリョーマに叩き込む!

 

 ドゴォン!

 

「ぐああおあぁ、ああ〜!?」

 

 次の瞬間、悲鳴をあげて倒れ、右手を押さえてのたうち回るは玉川久助の方だった。インパクトのその刹那、リョーマはプロボクサーを思わせる精密な動きで、ギリギリのラインで拳を回避。久助は巨木のほうを殴ってしまったのだ。

 

「あ〜あ、だからちゃんと狙えって言ったのに。硬いもの殴ると手ってホントに腫れるんだな。マンガみたいだw」

 倒れ叫ぶ眼前の愚か者を見下ろし、王子様は冷ややかな嘲りの言葉を投げかけた。

 

 

 

「こ・・・殺してやる〜!!」

 痛みと屈辱にますます怒りと憎しみをブーストさせ、久助は立ち上がりリョーマに襲いかかる。

 

 一目散に逃げるリョーマ、追いかける久助。雑木林を切り拓くように設けられた石畳の道を、走る、走る、ひたすら走る。

 

 そうこうしているうちに、また別の広場に出た。中央にそびえるは、岩石とコンクリートで構成された変なオブジェ。またも行く手を阻まれるリョーマ。彼の背後から、久助の左ストレートが飛んできた!

 

 ごすっ! ぐぎぃっ!

 

「あぎゃああ!? おああぁ! あおおお・・・」

 

 先程と同じように、リョーマは久助の攻撃を寸前で回避。走ってきた勢いそのままに、拳どころか体全体で突っ込んできた久助は、左パンチで思いっきりオブジェを殴ってしまった。そんなことをすれば当然・・・。

 

「うわ〜、いますげぇ嫌な音した、それ絶対折れたよね、骨?」

「ぐえぇ、え、う、うるせぇ・・・!」

「なにアンタ、女は殴れても男はロクに殴れないの? もっとも、その拳じゃもう、誰も殴れないよね」

 

 またしてもうずくまり、苦しみ悶える久助。先の右拳の比ではない、左拳は激しく骨折し、赤黒く腫れ上がっている。さらに勢い余ってつんのめり、オブジェに頭から激突したため、当然顔面血だらけである。

 

 

 

「・・・ごああああ!」

「げっ、まだやるの!?」

 気合い一発、再度立ち上がりリョーマに襲いかかる久助。またしても追いかけっこだ。

「無駄に根性あるねアンタ! なんかスポーツやんなよ、そのほうが絶対モテるから!」

 これ程の傷を負いながらなおも諦めない敵に対し、必死で逃げながら叫ぶリョーマ。テニスをやろうと言わないのがポイントである。

 と、ここで不意に遊歩道から雑木林に飛び込むリョーマ。それを追って久助も飛び込み・・・道と林の境界線を表すロープに足を取られ、木の幹と思いきりキスをした!

 

「・・・・!」

 もはや言葉も出ない。鼻は潰れ、歯も折れて顔面はさらに血だらけ。そこそこイケメンだった顔はもはや見る影もない。

 

「はあ、はあ、が、学習能力ねえな、アンタ・・・?」

 まさか三回も同じ手が通じるとは思わなかった。さしものリョーマも呆れて彼を見下ろすのみ。あと流石に疲れてきた。

「よ、よくも、やりやがった、な・・・!」

「いや、俺なんもやってねーし。ただパンチよけて逃げ回っただけだし。なあ桜乃?」

「う、うん・・・」

 仰向けに倒れ、なおも吠え続ける暴力男をあしらい、いつの間にか傍らに立っている彼女に話しかける。口もききたくないほどケンカしてたことなど、もはやお互い忘却の彼方である。ちなみに桜乃が二人を追いかけて来たのではなく、二人が追いかけっこしているうちに公園をぐるっと一周して戻ってきたのだ。

 

 

 

 実際、これまでのやり取りを読んでいた読者諸氏ならご存知だろう。リョーマは一切、手も足も出していない。桜乃を傷つけた玉川久助を一発ぐらい殴ってやりたい気持ちはもちろんあるし、自慢のスーパーショットを何発も叩き込めばもっと楽に奴を倒せただろう。しかし、それでは「喧嘩」になってしまう。他校性と喧嘩沙汰になったとあれば、理由はどうあれ世間の印象は良くない。警察やマスコミが押しかけて来たりして、テニス部の仲間たちにも迷惑がかかってしまうかも知れない。自分から手を出していない今ならまだ、「暴漢に襲われ、逃げ回るうちに相手が自滅した」と弁解することもできるのだ。

 

 

 

「今更だけど、コイツ、どこが良かったの?」

 玉川久助のナンパに引っかかった桜乃に、素朴な疑問をぶつけるリョーマ。

「あ・・・この人の話を聞いてると、頭がボーッとして夢見心地になって、フラフラと付いて行きたくなるの・・・」

「ベルベル先輩から聞いた通りだ。つまりはナンパスキルだけチートなやつを備えていたわけだ・・・」

 こんな危険な奴にそんなものを与えたのは、気まぐれな神か悪魔か。もっともそんなことにはリョーマはまるで関心がなかったのだが。

 

 

 

「がああああ!」

「えっ、まだやるの!?」

 

 その目にもうほとんど理性は無く、ただ怒りと憎しみのみ。執念深い久助はまたまた立ち上がり、もう誰も殴れないはずの両手を伸ばしてリョーマを捕らえんとする。ほとんどゾンビだ。

 

 もう何回目になるのか、追いかけっこはもう飽きたと思いつつ逃げ回るリョーマ。今度は先程とは反対方向に走ると、最初に三人が対面した広場が見えてきた。中央に鎮座するものは噴水、気がついたリョーマはそれに向かって全力疾走。久助も負けじとスピードをあげる。

 

「・・・頭を冷やせ!」

 叫びつつリョーマは、走ってきた勢いで大ジャンプ。なんと、噴水を飛び越えて反対側へ見事な着地! しかし久助にそんなことはできるはずもなく、見事に頭から水に飛び込む。

 

「ごば! あばあば、ふびゃがば!」

 改めて断って置くが、季節は冬である。リョーマの狙い通りに寒中水泳する羽目になった久助、溺れてもがき続ける。着込んでいたセーターやコートも冷たい水を吸い、枷となって彼を責めさいなむ。

 

「・・・うわ〜、これ流石に死ぬかな? 死ぬよね?」

「さ、さあ・・・?」

 自分でやっておきながら、他人事のように醜態を見つめるリョーマ、傍らの桜乃と会話。ジャンバーを脱ぐ。走りでほてった体に北風が心地よい。

 

「・・・おがあ! ごは、ごは!」

 やっと噴水から脱出した久助、もう這いつくばるのみ。北風がさらに彼を責め苛む。顔や両手の傷は冷水でますます痛みを増し、もはや感覚も無いだろう。

 

 

 

「ちょっといい? 聞きたいことあるんだけど」

 それどころじゃないだろうと誰かに突っ込まれるのを承知で、KYな質問をするリョーマ。しゃがみ込んで奴の顔を覗き込む。

「一度に5人の女と付き合うとか、どんな気分なわけ? ひとりでいいじゃん。俺そういう感覚わからないんで、ちょっと教えてくんない?」

「5人!?」

 傍らの桜乃が驚愕する。これ程のナンパ師で女たらしとは想像もつかなかった。

 

「お、お、お、俺はなぁ、史上最高の色男なんだ〜。世界中の女はみんな、俺のモンなんだ〜!」

 歯の根の合わない、ヘロヘロな声で律儀に返答する久助。寒中水泳で少しばかり頭が冷えたようだ。

 

「・・・あ〜、すんません、やっぱ分かんねーや」

 困惑の色を浮かべ、リョーマは再び立ち上がる。

「でもまあ、色男うんぬんを語るなら・・・ひとことだけ言わせて貰いますと」

 自称・色男を見下ろしつつ、次の瞬間、リョーマはドヤ顔で言い放った。

 

 

 

「この界隈で、俺よりいい男はいねーから!」

※あくまで個人の見解です、反論は受け付けます。

 

 

 

「あはは・・・そうだよね、本当に・・・」

 桜乃はその言葉をしみじみと噛み締めた。

(ここに朋花がいたら大騒ぎだろうな、キャ〜! そのとおりでございます〜! って)

 自分を心配してくれたのに冷たい対応をした、親友に思いを馳せる。

(私、馬鹿だな。こんないい男と別れようとしてたなんて。好きになったこと、後悔するなんて・・・)

 後悔に目頭が、思わず熱くなる。

 

 

 

「・・・桜乃!」

「は、はい?」

 不意にリョーマに声をかけられ、上ずった返事の桜乃。

「お互い、言いたいことはたくさんあるよな」

「う、うん・・・」

「でも、まずは帰ろうな。すっかり遅くなっちまった」

「・・・うん♡」

 二人、手を繋ぎ、おでこ同士をくっつける。そしてごく自然に抱きしめあい、謝罪替わりのキス。もう恋人たちにわだかまりはなかった。

 

 

 

 リョーマの右手と桜乃の左手。手に手を取り合い、公園から帰路につかんとする二人。

 

 しばらく歩いたその時、背後から影が。二人は気づかない。不意に、その影が襲いかかった! 気づいたリョーマ、右にいた桜乃を突き飛ばした!

 

「きゃー!!」

 

                つづく




 見事桜乃のピンチを救い、和解したリョーマの身に何が起きたか。次回「破局の危機・・・!? その3 雪降って地固まる」お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破局の危機・・・!? その3「雪降って地固まる」

 リアルが忙しくてなかなか執筆できませんでしたスイマセン。


 夕暮れの公園。帰路につくリョーマと桜乃の背後から、何者かが襲いかかる! 思わず彼女を突き飛ばしたリョーマの右手に異変が・・・!

 

「あ? う、うあ・・・!」

「キャー! り、リョーマくん、そ、それ・・・あ、あ・・・!」

 尻もちをつき、青ざめる桜乃、震える指を差す。なんと・・・リョーマの右手の甲が大きく切り裂かれていた! おびただしい血が流れ、公園の土を赤く染める! 激痛に顔を歪めるリョーマのすぐ近くに犯人の姿。

 

「あははひゃはは! しね、しねぇ〜! あはははあ・・・」

 

 驚くなかれ、先程倒したと思われた玉川久助だ! 顔も拳も潰れ、冷水に溺れて瀕死だったはずなのに、ま〜だ立ち上がって二人に復讐せんと襲いかかったのだ!

 両手をリョーマに潰され(実際は彼がリョーマを殴ろうとして自滅したのだが)おまけに冷水でしこたま感覚が麻痺、ナイフも何も持てないはずなのに、彼はいかなる兇器を用いたのか? それは、コートの袖口から飛び出しているカラクリだ。元々は雑貨屋で普通に売られているジョークグッズで、手首に取り付けて服の袖で隠しておき、スイッチひとつで柔らかい樹脂製ナイフがスプリングで飛び出す仕組み。しかし久助は、そのナイフを本物と交換して、いざというときの護身用として装備していたのだ。もっとも、こんな形での使用は本人もメーカーも想定外だったろう。

 

 

 

「うぐ・・・あ・・・!」

「はあ〜、はあ〜、あひゃひゃ・・・!」

 

 理性があるのかないのか、狂気の笑い声とともに久助はリョーマに復讐の刃を向ける。一方で当のリョーマは、未知の恐怖に震え、立ちすくんでしまった。彼もテニスアスリートとして、怪我は日常茶飯事だ。例えば目の近くを負傷し、派手に流血したことなどもある。しかしそれらは、あくまで「試合」、ルールに則ったスポーツの中での出来事だ。いつもの彼なら涼しい顔で乗り切るだろう。今彼が経験しているのはルール無用の「喧嘩」、さらに言うなら自分の命を脅かさんとすることが明白な「殺意」だ。

 

 試合の対戦相手がよく口にする「ぶっ殺すぞ」などの発言と、眼前の玉川久助の殺意は全く別物だ。その本物の殺意に対する恐怖が枷となり、頭も体もフリーズしてしまったリョーマと、目の前で彼が殺されるかも知れないという恐怖に怯える桜乃。

 

 

 

 右手から伸びた赤く染まった兇器を構え、いよいよ獲物にとどめを刺さんとにじり寄る久助。リョーマは逃げない、いや逃げられない。懸命に足を動かし、ようやく一歩二歩と後ずさる。目に見えて絶体絶命、王子様もここで一巻の終わりかと思われた・・・。

 

 

 

 と、その時!

 

「うわあああああ!」

 

 雄叫びと共に、何かが久助に向かってタックルを敢行した! 完全に不意を突かれた久助、派手に倒れて頭を強打!

 

「に、逃げて・・・リョーマくん、逃げて!」

 

 なんとタックルの主は桜乃だった! 自分よりはるかに大きい久助に必死の形相で覆い被さり、奴の両手を押さえつける。

 普段の彼女がこんなことをすれば、タックルしても即座に跳ね飛ばされるか、それ以前に途中で転んで終わりというオチだったろう。しかし奇跡は起こった。元はと言えばこのような事態を招いた原因は自分。それで愛する彼が危機に立たされてしまった。その責任感と罪悪感、それ以前に彼を救いたいという純粋な思いが彼女に力を与えた。一方で久助も、復讐心で立ち上がったとはいえリョーマのせいで体力は限界まで削られていた。その好条件が重なったがゆえの会心の一撃だった。

 

 

 

「ふざけんな、このアマぁ!」

 ドカッ!

「ふぐっ!?」

「さ、桜乃ー!」

 

 仰向けに倒れた状態で久助は、自分の上にいる桜乃の腹を思いっきり蹴り上げた! ふっ飛ばされた桜乃は、地面に転がりそのまま動かなくなった。それを目の当たりにしたリョーマは反射的に彼女の名を叫ぶ。

 

「舐めたマネしやがって、お前から先に片付けてやる!」

 頭を打った衝撃でようやく人の言葉を思い出した久助、気を失った桜乃に迫りくる。先ほどとは逆に彼女に覆い被さり、ナイフを突き立てんとする!

 

「ふざけんな、この野郎!」

 ドカッ!

「ぐえっ!?」

 

 久助の顔に横から衝撃が。桜乃の決死の行動で己を取り戻し、ようやく動けるようになったリョーマがダッシュで接近、奴の横っ面に無造作な蹴りを浴びせたのだ。見事に決まり、無様に転がる久助。

 

 

 

「お前、俺を刺したいんだろうがぁ・・・! 来いよオラあ・・・!」

 痛みと怒りで気性が荒くなりつつも、ギリギリのラインで理性を保ち、久助を挑発するリョーマ。桜乃から離れ、奴の関心を自分の方へ惹きつける。

 先ほど彼女に預けていたラケットを探すリョーマ。さっき突き飛ばしたときに飛んでいったのを・・・見つけた。利き手である左を負傷しなかったのはせめてもの幸い。ラケットを拾ったリョーマは、続けてテニスボールを探す。これまた離れた場所にあった。

 

「・・・痛っ! うう・・・! くっ・・・!」

 

 ボールに反射的に右手を伸ばすと、鋭い痛みが! いわゆる手首の動脈は免れたものの、傷は思ってたより深い。少し動かしただけでも痛く、額に脂汗。とても物を拾える状態ではなかった。しかたなく彼は、サッカー選手がやるようにボールを器用に蹴り上げ、水平にしたラケットに乗せた! そのままポンポンとボールを弾ませる。

 

 

 

「おい・・・なんだそりゃあ! 何のまねだ!」

 そのさまを見ていた久助には、リョーマがただ遊んでいるようにしか見えず、いぶかしげに非難の声を浴びせた。

「見て分かんねーかよ。テニスだよ・・・こいつが俺の武器だ。ケリつけようぜ・・・!」

 返答するなりリョーマは、ついてこいと言わんばかりにダッシュ。やがて広場の一角で立ち止まり、ラケット上のボールの動きを加速させた。

 

「・・・来い!」

 リョーマは振り向き、ボールを空高く跳ね上げた!

「行くぞオラあ!」

 その声を受けて久助は、ナイフをかざして突進! 待ち受けるリョーマは落ちてきたボールを打つ構え。彼が打つのが先か、久助のナイフが到達するのが先か!

 

 

 

「やっぱ、やーめたっと」

 

 リョーマは不意に構えを解き、体をかわす。かわされた突進のその先にあったのは・・・下り階段だ!

「え!? あ、おわああああ!!」

 小高い丘の上に建てられた公園に上がるには必須の階段を、勢い良く転げ落ちる久助。ピンボールよろしくあらゆる所に体をぶつけ・・・最下層まで到達して、やっと止まった。

 

「世界と戦うスーパーショット、アンタにゃもったいないよ」

 奴が動かなくなったのを見届け、階段の上からリョーマは呟いた。

 

 

 

「・・・うあ! はあ、はあ、はあ・・・」

 戦いはおわった。そして少年は、その場にへたり込んでしまった。先ほどスーパーショットを撃たなかったのは『もったいないから』だけではなかった。右手の傷は深く、彼は大量に出血していた。痛みと疲労、そして死の恐怖。もう体力気力は限界に達していたのだ。

 

「・・・リョーマくん・・・リョーマくん・・・!」

 

 意識が朦朧とする中、彼の名を呼ぶ声。見たら、少女・・・竜崎桜乃が、先ほど蹴られた腹を押さえながらヨロヨロと近づいてきた。

 

「・・・リョーマくん、ごめんね、いま、手当てしてあげるからね・・・」

 倒れ込むように彼のもとへたどり着いた少女は、彼の右手をハンカチで包まんとする。その顔には、殴られたり物をぶつけられたりの傷が痛々しい。そんな彼女を見ていたら、不意に少年の目頭に、熱いものが込み上げてきた。

 

「桜乃・・・バカヤロー、お前、自分だって傷だらけじやないか、なのに・・・いつも、お前は、自分より、他人のこと、ばかり・・・!」

 

 声が震える。言葉が出ない。少年は、必死に絞り出した。

「・・・桜乃! ごめんな・・・俺が、悪かったよう・・・」

 リョーマの目から、大粒の涙。泣くところを見たことがない、想像もできないと、仲間たちは口を揃えて評する、この男がである。謝罪の言葉と共に、眼前の少女にしがみつき、今日このときばかりは、みっともなく泣くのだった。

「ごめんなさい・・・私のせいで、ごめんなさい・・・!」

 少女もまた、涙とともに精いっぱいの謝罪。

 

 

 

 すっかり日の落ちた公園。深い傷を負い、お互いに抱きしめ合いながら声を上げて泣く二人を、降り始めた雪が、やさしく包み込もうとしていた。

 

 

 

 その後、駆けつけたベルベル他のメンバーたちによって110番と119番が通報され、三人は無事、救急車で運ばれたのだった。

 

              つづく




 一連の騒動から数日後。リョーマと桜乃は仲間たちになにを語るか? 次回「破局の危機・・・!? その4 嵐のあとさき」お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破局の危機・・・!? その4「嵐のあとさき」

−朝の情報番組「おはようパラダイス」より−

 

 ニュースです。昨夜6時過ぎ、都内の公園で、私立中学の女子生徒が男子高校生に殴る蹴る、物をぶつけられる等の暴行を加えられる傷害事件が発生しました。女子生徒は頭部や腹に打撲やすり傷などの軽傷ということです。

 さらに容疑者の高校生はこの後、女子生徒を心配して迎えに来た、同じ中学の男子生徒にも刃物で切りつけ、こちらは右手を数針縫う大怪我を負わせました。なおも執拗に男子生徒を追いかけ回した容疑者は、公園入口の階段から足を滑らせ数十メートル下の最下段まで転落。現在も意識不明の重体ということです。

 

 

 

 数日後。青春学園男子テニス部の部室にて。

 

「・・・え〜、この度は、俺たちのケンカのせいで」

「両テニス部の皆様方に、多大なご心配ご迷惑をおかけしまして」

「「申し訳ありませんでした!!」」

 

 謝罪会見に臨む、リョーマと桜乃の姿があった。会見と言ってもマスメディアが立ち会うわけではない。いるのはテニス部の仲間たちだけだ。深々と頭を下げる二人に、何故かカメラのフラッシュが焚かれていた。

 

 あの日の夜、リョーマは輸血やら緊急手術やら、桜乃も大事を取って、ふたり仲良く一晩入院した。今もリョーマの右手には包帯が、桜乃の顔には絆創膏が痛々しい。

 退院後も警察の事情聴取やらなにやら、かなりバタバタしていた。結局警察では、喧嘩沙汰ではなくあくまで二人が一方的に襲われた傷害事件として扱われた。・・・リョーマ側もボールぶつけたり顔を蹴飛ばしたり、押し倒して頭強打させたりしたようだが、それらは読者諸氏の頭の中だけに留めておいてもらおう。

 

 

 

「まあ、何回かケンカを経験しないとバディもカップルも本物にはなれないとは言うけどね・・・今度からは周りへの影響を考えてからやりな!」

 

 桜乃の祖母でもある男子テニス部顧問、竜崎スミレ先生から叱責が飛ぶ。恐縮しながら聞く二人。さらに両テニス部の部長、特に男子の手塚国光からはさぞや厳しい沙汰があるものと覚悟していたが・・・。

 

「本来なら、交際禁止を言い渡すべき事案であることは明白。しかしだな・・・お前たちも反省していることだろうし、今回のみ! 口頭の戒告処分ということでとどめといてやる」

「・・・寛大なご処置、痛み入ります・・・」

 またも深々と頭を下げる二人。桜乃はともかくリョーマがこんなに頭を下げることは実にレアである。

 

「どうしたの? 今日は、やけに優しいじゃない。貴方にしては珍しいわ」

 女子テニス部部長の水島吉乃が、皆の思いを代弁する。

「別にいいだろう・・・。俺だって、鬼じゃない。あの二人は充分苦しみ、痛い思いをした。今更ここで追い打ちをかけることもない、それだけだ」

 吉乃の方を振り向きもせず応える手塚。心なしか、少し照れているよう?

 

 

 

「あいつを・・・玉川久助を倒してくれて、ありがとう。被害者一同を代表して、お礼を言わせてもらうわ、越前くん」

 ベルベルこと鈴本鈴美が近づき、リョーマに感謝の意を述べた。あの夜、誰よりも早く事件現場に駆けつけ、警察に通報、病院まで付き添い、知らせを受けてすっ飛んできた越前竜崎両家族に事情を説明したりと、大活躍であった。

「まあ、別に、なんてことないッスよ。・・・こちらこそ、色々お世話になりました」

 重傷を負ったことなどの苦難を感じさせないリョーマの返答。

「被害者一同を代表って・・・あっ!?」

 言いかけた桜乃は、何かに気づいた。

「・・・それ以上追及しないで」

 

「まさかこんなふうに怪我までさせてしまうなんて。私が甘かったわ・・・」

 リョーマの右手の包帯に目をやるベルベル。

「いや、油断してたのは俺も同じっす。・・・あのとき桜乃が俺を庇ってくれなかったら、今頃どうなっていたか・・・」

「本当に、無我夢中で・・・とにかく彼を逃がさなきゃって思ってたの・・・」

 重傷のショックで動けないリョーマに、刃物を構えて迫りくる久助。その時桜乃は勇気を振り絞り、奴に飛びかかって取り押さえんとしたのだ。結果的には失敗におわったが、彼女の勇気ある行動は逆転の機を作った。

「見直したぜ、相棒。サンキューな」

 そう言うとリョーマは、彼女の顔の傷に労いのキスをした。

「・・・うん♡・・・貴方が・・・死ななくて本当に良かった」

 桜乃もまた、彼の右手に包帯の上から敬愛のキス。あの夜、病院のベッドで、彼女は一晩中泣いていた。翌朝、目覚めた彼に、また縋り付いて泣いた。

 

 

 

「身を捨てて女子を救い、悪を誅した英雄には、それ相応の酬いがなければならないわ」

 そう言うとベルベルは、しばし考え込み・・・。

「もし良かったら、私のこと、好きにしてくれても、いいのよ?」

 

 ベルベルはおおきなからだでのしかかった!

 リョーマはうごけなくなった!

 

 体重とスリーサイズが全てオーバー90、一部で「縄文のビーナス」とあだ名される(※誇張あり)ベルベルの豊満なボディをその身で受け止めたリョーマ、

「ぐえ・・・! そんな、センパイ、お気遣いはいいっす! てか怪我人なんだからもうちょっと手加減して・・・!」

情けなくうめき声をあげた。

「せ、先輩! それはいくらなんでも駄目です! お礼なら他の手段にしてください!」

 すかさず桜乃は、反対側からリョーマに縋りついて抗議の意思を示した。

 

 

 

「ところで・・・結局、二人のケンカの原因はなんだったの?」

 男子テニス部の一員、菊丸英二が根本的な疑問を問うも・・・。

「・・・それ以上追及するなら、例え先輩でも相応の血を流してもらいますよ・・・」

「うぎっ!?」

 殺気が存分にこもったリョーマの返答が返ってきた。

 

「察しろ、英二!」

「どうせ(カルピン)も食わないような、くっだらねぇ理由っすよ・・・」

「・・・・・・!!」

 背後から大石と海堂のツッコミが走る。菊丸はリョーマの殺気でヘビに睨まれたカエルのごとし。ただ脂汗を流して固まるしかなかった。

 

              つづく




 青学に謎の少女がやってきた。彼女は立海大の真田を探していると言うけど・・・? 次回「嵐の女は火の国の女」お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嵐の女は火の国の女

 旧アニメ版視聴当時のメモ(雑誌投稿用)の一枚に「真田弦一郎・・・あれだけ古風なキャラなんだから、親が決めた許嫁のひとりやふたりいてもおかしくない」と書かれていた。なに考えてたんだ自分。許嫁はひとりで十分だろ。(そっちかい)


 ある日のこと。青春学園中等部の敷地内、校門から入って程ないところに、ひとりの少女が姿を見せた。何やら緊張したようで、それでいて期待に胸を膨らませたような表情で学校を見上げる。誰かを待っているのだろうか。

 

 時は下校時。校舎からぞろぞろと生徒たちが出てくる。しかし少女のことは誰も気に留めない。少女は、生徒たちと年の頃はそれほど変わらないように見える。少なくともどこかの制服ではなさそうな服装。バックパックや旅行カバンとは別に、何やら長いものが収められていそうな袋を携える。短く切り揃えられた黒髪と和風なデザインの髪飾りが風に揺れる。

 

 

 

 と、その時。またふたりの人影が出てきた。越前リョーマと竜崎桜乃だ! 今日は男子も女子も部活動が休みなので、一緒に帰るところなのだ。

 

「もし、つかぬことをお尋ねしますが・・・」

 謎の少女が不意に、リョーマたちに話しかける。

「なんすか?」

「そのラケット・・・あなた、テニス部の人ですか?」

「はい、一応・・・」

 次の瞬間、謎の少女の口から衝撃の発言が!

 

「テニス部の真田弦一郎という方を探しているのですが・・・今日は来ていないのでしょうか? 何かご存知ありませんか?」

「・・・・・・! そのヒト、知ってます。でも、うちにはいないっすよ・・・!」

 面食らったリョーマ、顔を引きつらせながら答える。真田はかつて彼と激闘を繰り広げたライバルだ。

「ええと、ここ、弦一郎さんの学校ではないのでしょうか?」

「立海大付属中学は神奈川! ここは東京の青春学園っすよ・・・」

 困惑の表情で訪ねる少女、呆れの色を浮かべつつ決然と答えるリョーマ。

 

 

 

「そんな・・・わざわざ九州から訪ねてきたのに、違うところに来てしまったなんて・・・!」

 落胆した少女はその場で崩れ落ちる。

「アンタ、あの人のなんなのさ? ま、オレには関係ないけどね・・・」

 傍で見ているリョーマ&桜乃、リアクションに困っている。やがて立ち去ろうとするふたりに・・・。

 

「・・・お待ちなさい! あなた、どこかで見た顔ですわね・・・!?」

「ええ、まあ、自分で言うのもなんですが、これでもけっこうな有名人なもんで」

 不意に少女は立ち上がり、リョーマを呼び止める。

 

 怪訝な顔をした少女、リョーマの顔をじ〜っと見つめ・・・。

 

 

 

「思い出しました! 越前リョーマ・・・弦一郎さんの仇!」

 叫ぶなり少女は、袋から複数の棒状の何かを取り出し、慣れた手つきで繋げたそれは・・・薙刀! 本物ではなく木製なので木刀ならぬ木薙刀だ。

「覚悟!」

「なっ!?」

 薙刀を構えて、少女はリョーマに襲いかかる! リョーマは驚きつつも咄嗟にラケットを抜いて応戦する。

 彼女の薙刀捌きには無駄がなかった。間断なく繰り出される斬撃、もしくは打突、その一振りごとに風が唸る。空振りすることを「空を切る」と言うが、彼女の薙刀で文字通り空気が切り裂かれていた。その達人の技はいつぞやの玉川久助とは大違い、リョーマは回避するのが精一杯である。

 

「リョ、リョーマくん、どうしよう!?」

 先ほどからの展開に置いてきぼりな桜乃はオロオロするばかり。

「・・・助けを呼べるなら呼んでくれ!」

 薙刀をラケットで受け止めたリョーマが必死に叫ぶ。

 

「もしもし部長、リョーマくんがピンチです! 至急応援を!」

 桜乃がスマホで呼んだ相手は?

「分かったわ、すぐ行くから! というか・・・今あなたの後ろにいるの」

「早っ!?」

 背後の草むらからひょっこり顔を出す人影。

 

 女子テニス部の部長、水島吉乃がログインしました。

 

 

 

「私のリョーくんになにをするの!」

「誰がアンタのだ・・・! でも、助かります」

 自分を義弟扱いする吉乃に困惑しつつ礼を言うリョーマ。

 

 今度は吉乃がラケットを構えて、謎の少女と対峙する。少女は勇躍、吉乃に挑みかかる!

「・・・虎韜(ことう)!」

 掛け声とともに吉乃は、ラケットを垂直に構え特別なオーラを展開した。そして汗ひとつかかず息も乱さず、謎の少女の斬撃のことごとくを受け止める。

 

「なっ!?」

「むう、さすがお姉さま・・・!」

「へえ、やるじゃん」

 予想外の相手の力量に驚愕する薙刀少女、そして後ろから感嘆の声を漏らす桜乃とリョーマ。

 

犬韜(けんとう)!」

 相手がひるんだそのすきにボールを取り出し、吉乃は必殺技のひとつを繰り出した。野犬が獲物の喉笛に食らいつくがごとく、相手のラケットの手元に当たるように打ってミスを誘う技だ。そしてそれを応用すると・・・!

 

 バシュウウウ! ガキーン!

 

「きゃっ!?」

 

 ボールは見事、薙刀の刃とは反対側の石突き付近に命中。振り回す勢いをさらに加速させられる形になった謎の少女、ぐるりと回転してバランスを崩す。

 

豹韜(ひょうとう)!」

 

 さらに吉乃は、今度は長柄武器の刃の方に一撃! 獲物を追いかけ仕留める豹のごとき、高速で真っ直ぐなスマッシュが武器を吹き飛ばす!

 

 バシュウウ! ガキーン!

 

「きゃっ! ・・・きゅう☆」

 その勢いに持って行かれた少女も宙に舞い、地面に叩きつけられて昏倒した。

 

「・・・お姉さま、お見事です!」

「ふう、流石っすねおねーさん・・・」

 かつてリョーマを手玉に取り、手塚と激闘を繰り広げた彼女の底知れぬ実力を目の当たりにし、ふたりは改めて舌を巻いた。

「リョーくん、桜乃、怪我はない?」

「あ、大丈夫っす」

「助かりました・・・」

 ふたりを気遣う吉乃。あれだけの激闘のあとにもかかわらず、彼女は息の乱れひとつなかった。

 

 

 

 ここは女子テニス部の部室。気絶した少女を運びこんだリョーマたちは、彼女の回復を待って尋問した。と言ってもあくまで友好的に、だが。部員のマメちゃんこと豆田優奈が紅茶とミルフィーユを差し出す。

 

 少女の名は龍造寺時子。熊本県の名家出身で、真田弦一郎を訪ねてはるばるやってきたのだが、来るべき場所を間違えてしまったという。

「で、よーするに、オレが関東大会で真田さんを破った相手だというのを知ってて、仇討ちしようと襲いかかったと」

「はい。・・・申し訳ありません、つい、頭に血が上って・・・」

 バツが悪そうにリョーマに頭を下げる時子。

「いかにもおしとやかな大和撫子という外見なのに、わからんもんだなぁ」

 騒ぎを受けて駆けつけた大石がしみじみ語る。他の男子・女子テニス部のメンバーも、続々と集まる。

 

「ふむ・・・そうだ、彼女はそう言って・・・本当か!? なら、なるべく早く頼む・・・」

 部屋の外で電話をしていた手塚が入ってきた。

「その真田が、迎えに来てくれるそうだぞ」

「お手数おかけします・・・」

 

 

 

 知らせを受けてから十分もしないうちに・・・。

「時子! 勝手に家を抜け出した上に、騒ぎを起こすとはどういうことだ!」

 噂の人、真田弦一郎がやってきた!

「早っ!? 神奈川からすっ飛んできたのか!!」

「たまたま近くにいたんだよ・・・。それより時子!」

「申し訳ありません、弦一郎さん。出過ぎた真似をしました」

 真田に深々と頭を下げる時子。ふたりの力関係がよくわかる。

 

 ふたりのやり取りを、呆気にとられて見ている青学メンバー&青学女子ナイツ。代表して、女子副部長の佐伯百合子が口を開く。

「あの、お二人は、どういうご関係で・・・?」

 次の瞬間、真田の口から衝撃の告白が!

 

 

 

「許嫁だ。家同士が決めた、な・・・」

 

 

 

 どがしゃ〜ん!!

 

 目を逸らしつつカミングアウトした真田の前で、青学一同は派手に崩れ落ちた。

 

「い・・・い・・・い・・・許嫁〜!?」

「お前婚約していたのか〜!?」

 困惑、混乱が収まる気配なしの男子と、

 

「手塚さんと同じく、いかにも堅物で、女を寄せ付けないタイプの真田さんにね・・・?」

「でも、なんかお似合いのふたりかも♡」

 恋バナに盛り上がる女子。

 

 

 

「幼少期に婚約が決まって、直接会うのは年に数回。盆と正月ぐらいだ」

 真田が説明を始めた。

「最近は電話もメールもくれなくて、それで・・・どうしても・・・会いたい気持ちを抑えきれなくなりまして・・・」

 真っ直ぐな瞳で、真田を見つめる時子。

「・・・悪かった。全国大会だのなんだの忙しかったのでな。でも家出はやりすぎだろう、ご両親が心配してたぞ」

 時子を叱る真田。あくまで口調は厳しいが・・・。

 

 ふたりのやり取りを見ていた百合子が、

「・・・なんだかんだ言っても、婚約者さんにお優しいんですのね、真田さん♡」

と感心すると、

「別に、この程度、造作もないことだ・・・」

真田は照れ気味に答えた。

 

「わたし、弦一郎さんより、三歳年上なんですよ」

「まさかの姉さん女房!」

 またしても驚愕する一同。二人は年齢差を感じさせない、と言うよりむしろ・・・。

「どう見ても真田のほうが年上・・・」

「・・・なんか言ったか!?」

「いえいえ・・・」

 

 

 

「せっかく来たんだから、どうすか? ここでひと勝負。許嫁さんの前でいいとこ見せないと」

「そう言って、恥の上塗りさせようという魂胆が見え見えだぞ・・・」

 リョーマの提案をやんわり却下する真田。

「あるいは、ぜひ私とお手合わせ願いたいですわ!」

「ふむ・・・手塚を苦しめたその実力、確かに興味はあるな。だが生憎、今日は時間がないのだ。またの機会にさせてもらおう」

 水島吉乃の提案も却下された。

 

「・・・そういや、俺たちも行くところがあったんだった!」

「ああ、スイーツショップの限定商品! もう間に合わないね・・・」

 リョーマ&桜乃、学校帰りにデートする予定が、時子の襲撃でパァになった。

「本当にすまん! この借りはいつか必ず、何かの形で返す!」

「あ、いや、そんな、お気遣いなく・・・」

 時子の首根っこを捕まえ、一緒に何度も頭を下げる真田。これまで見たこともないライバルの姿に、こっちが恐縮してしまうリョーマであった。

 

 ちなみに真田の言う借りとやらは、後日時子の実家から熊本銘菓の菓子折り(男女テニス部のメンバー全員分)が届いたことで返された。

 

 

 

 テニス部一同、真田らを校門まで見送る。

「ともあれ、こいつは連れて行く。迷惑かけたな」

「・・・この程度、騒動のうちにも入らん」

「もっとゆっくりお話ししたかったわ。また遊びにいらしてね」

「いいけど、もういきなりキレて襲うのはカンベンすよ」

 

 

 

 青学を出たふたり、このまま真田の家まで直行&時子を実家に強制送還かと思いきや・・・。

「・・・このまま熊本まで帰るのもつまらんだろう。せっかく東京に来たんだ、見物したいところがあれば、付き合うぞ」

「・・・弦一郎さん! では・・・お言葉に甘えまして、まずは・・・浅草へ、お願いします・・・♡」

 

 まだ日は高く、風も穏やか。若き許嫁たちは寄り添いあいながら歩みを進める。

 

            つづく




 夏だ! 海だ! 男女合同強化合宿という名のバカンスだ! しかしあっさり始められるはずもなく・・・!? 次回「海の合宿シリーズその1 砂浜に若い命が・・・」お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。