機動戦士ガンダムー漆黒の流星ー (たれちゃん)
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第1話

U.C0081

 

転生 

 

ライトノベルやネット小説では定番となった設定であり、前世の記憶を持ちながら転生した主人公が、神や天使から最強の能力を与えられてファンタジーな世界で活躍するというものだ。

 元々オタク気質があったオレ自身も勿論好きな設定ではあったが、それはあくまで作品の要素としてだけであり、科学文明の恩恵を享受し、輪廻転生などといった魂の円環や神などを信じないように量産された日本の現代っ子の我が身からしたら、前世だの転生だのといったものは、現実世界では存在するはずの無い荒唐無稽の話であった。

 

 そんなオレだったが、ここに来てそんな荒唐無稽な話…。つまり、前世だの転生だのといったものを信じる気になってきた。

……いや、正確には信じざるを得なくなったと言うべきか。

 

「パパ、この子が例の…?」

 

目つきが鋭く、幼いながらも既にほぼ完成された見た目をした金髪の少年が、壮年の男性に話しかける。

少年が近づいてきていたことに気がつかなかったのか、男性は一瞬驚いたような表情を見せたが、思考を切り替えるように「コホン」と一度咳払いをすると、自身が連れ歩いていた汚らしい『子供』を少年の目の前に差し出した。

 

「ああ、ちょうど良かった。

フラナガン機関でも特に有能な検体を地球圏から回収してきた。

あまりの幼さ故に実戦は経験していないが、シミュレーターではあのシャア・アズナブルをも超えるポイントをたたき出したらしい。

必ず、我が家の駒として役立つはずだ。

トト、お前にコイツは預ける、存分に使ってやれ。」

 

「はい!わかりました!

…僕はグレミー・トトだ。

お前、よろしくな。」

 

 それまで俯いていた子供が、少年の言葉に反応してゆっくりと顔を上げていく。

 「……はい、よろしくお願いします。」

 

金髪の少年…グレミー・トトと、前世の記憶を持つ転生者、オレとの初の出会いであった。

 

 

 

 この世に生を受けはしたが、まだ小学生にもなりきらないくらいの年頃に拉致され、以来ずっと苛烈な人体実験を受け続けてきた。

 怪しげなクスリを飲まされ、体に電気を流され、頭に無数のコードを取り付けられ…。

幾多の実験を経験し、自身の自我さえも無くしてしまいそうになったある日、オレは突然、令和の世に生きる日本人であった時の記憶を思い出すことになる。

 当時こそ少なからず混乱したが、実験のあまりの過酷さに精神がおかしくなっていたのか、それとも1日1日を生きていくのに精一杯で前世を考える余裕も気力もなかったからか、突如として頭に流れ込んできた前世の記憶という情報の大波を受けても、運良く(運悪く?)発狂することはなかった。

 

 発狂はしなかったものの、精神も肉体も限界を迎えかけていた頃、研究員達が、「戦争に負けた」だの「裁かれる前に逃げなければ」だのと騒ぎだしたのを機に、突如として研究所は閉鎖。

 研究者達も研究所から逃げ出し始めたことから、俺を始めとする多数の実験体は、ようやく自由になれるのかと安堵しかけていたのだが、ほどなくしてカーキー色の軍服を着た武装した兵隊達が研究所に押しかけてきて強制的にオレたちを連行して宇宙艦に乗せ、あれよあれよと気付いたら星の大海原に繰り出していた。

 

 しかし、人生2度目の拉致を経験し、宇宙艦に連行されたことがきっかけで、自身がどんな世界に転生してしまったのかを否が応でも分からせられることになる。

 俺たちが乗せられた宇宙艦や、その艦に搭載された巨大なロボット達を見せられ、乗員達の会話に度々出てくる『モビルスーツ』や『連邦』、『ジオン』という単語を聞き、シミュレーターで巨大なロボット同士での戦闘をさせられ、推察するに…、と言ってももうほぼ確定なのだが、

 

機動戦士ガンダム

 

 日本の青年なら、おそらく一度くらいは聞いたことがあるであろう大人気ロボットアニメの世界に、どうやらオレは転生してしまったらしい。

しかも数あるガンダムシリーズの中でも、全ての原点である初代のガンダムの世界に。

正直、前世ではガンダムSEED世代だった自身としては、初代ガンダムについて知っていることはあまりない。

 

・連邦軍とジオン軍が戦争をし、連邦が勝ったこと

・連邦軍が大正義

・アムロ?とシャー?という主要キャラがいて、ライバル関係にある

 

せいぜいこのくらいしか分からないのだ。

 

……いや、もう一つだけ分かることがあった。

 オレが乗せられていた宇宙艦が、大正義連邦軍に負ける悪者、ジオン軍の艦だということだ。

 しかも、研究所が閉鎖された時の研究員や宇宙艦に乗艦する兵隊達の話を盗み聞きした限り、連邦軍との戦争に負けた後のである。

 つまり、オレは負け組の残党軍の艦に拉致されてしまったわけだ。

 その衝撃の事実に、一度は叛乱でもおこして宇宙艦を占領して逃げてやろうとも思ったが、そもそも艦の運用方法なんて知らないし、完全武装している職業軍人達を相手に度重なる人体実験で疲弊している自分達が白兵戦で勝てるわけがない。

 しかたなく早々に諦めてからは、兵士達の言うがままに働き、強制的に参加させられていたモビルスーツのシミュレーターでの戦闘などにも慣れ始めた頃。

 オレたちは遂に、残党軍の地球圏外基地、【アクシズ】という小惑星に到着した。

 

 アクシズは火星と木星の間の小惑星帯、通称アステロイドベルトにある巨大な小惑星の中の一つであるが、小惑星とは言いながらも中央部の側面に設置された4基の巨大な核パルス・エンジンによって単独での移動能力を有している。

 更には、地球圏から逃れてきたジオン軍の残党を吸収したことで急速に勢力を拡大。

 数千人~数万人の規模の人間を収容することのできる居住区や、小規模ながらもモビルスーツ工廠をも併せ持ち、その実情は移動要塞という枠組みを越えて、一つの小さな国家と言っても差し支えないほどに膨らもうとしていた。

 

 そのような小惑星に到着したオレ達であったが、元々実験体として非人道的な実験の数々を受けていた人間達がそう簡単に普通の生活に戻れるはずもなく、それぞれアクシズ内の新設された研究施設へと再度隔離・研究されたりだとか、ある程度成熟している者などは兵員不足を補うために軍に編入されたりと、相変わらず自身の自由を大幅に制限される生活を多くの者が強いられることになった。

 そんな中、従者か私兵の代わりとしての活躍を期待されたとはいえ、ジオンの名家だとかいうトト家に引き取られ、嫡男のグレミーに身柄を移されて最低限の文化的な生活を約束されたオレは、ある意味幸運だったといえよう。

 

 そんなこんなでトト家に引き取られて数時間。

 オレは何故か、目の前のグレミー少年から彼の両親の自慢話を受けていた。

 

 最初こそコチラを警戒し、値踏みするような視線を向けていたグレミー少年であったが、オレが沈黙に耐えかねて、「素敵なお父様ですね(大嘘)」と世辞をいった途端目を輝かせ、パパのどこが凄い! だとか、ママのどこそこが優しい! だとか、聞いてもないのにペラペラと話し始めたのだ。

 ちなみに特に母方の自慢話が多く、彼がマザコンを発症してしまっているのを想像するのは難しくなかった。

 ただ、彼の趣向やマザコンを発症していることを出会って早期に知れたことは僥倖である。

 グレミー少年は、元々話すことが好きな性格でもあったのか自身の欲望の赴くままに話を続け、オレはそれに合わせて適当に相槌……と、たまに彼の両親を肯定してやるような言葉を吐く。

 仮にもオレは前世ではサラリーマンとして営業をしていただけはあり、興味もない話をさも興味津々になっている風を装って聞くのはかなり得意であったので、そのオレの様子に気をよくした彼は更に熱弁をふるい、最終的に

 

「お前話がわかるな!

いいやつだ!」

 

と言われた時には思わず、『グレミー少年チョロいじゃん。コイツもう落ちたな…w』と内心ガッツポーズをとってしまった。

 ただ、子供の心というのは移りやすいもの。

 時間だけはたっぷりあるので、ここからじっくり彼を懐柔し、トト家が簡単には手放せないような立場をオレは確立しようと思考を巡らせるのであった。

 



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第2話

 突然だが、オレがトト家に引き取られて1ヶ月が経った。

 展開早すぎだとか、雑だとかいう異論は認めない!

 

 この1ヶ月暮らしてみて分かったが、オレはトト家の私兵兼グレミーのボディーガードとする為に買われたらしい。

 それで、フラナガン機関からアクシズに連れてこられた実験体の中でもモビルスーツ(以下MS)での戦闘能力が高かったオレを将来的に利用するために引き取ったということだ。

 現に、なにかとトト家の者達がオレにシミュレータを使ったMS戦闘訓練を施したり、生身での白兵戦闘を教育してくる。

 MSのシミュレータでの訓練はアクシズまで連行されている間の宇宙艦でも何度もやらされていたことであったし、現実ではなくグラフィックでの操縦とはいえ巨大な人型兵器を自由自在にできたのでそこまで苦ではなかったが、問題は白兵戦闘の訓練だ。

 それまで研究所で軟禁同然の状態で実験を受け続けていた俺に生身の戦闘能力があるはずもなく、ましてやほとんど動いてもいなかったので、体力など人並み以下にしかない。

 トト家お抱えの、退役軍人だとかいう熊みたいなおっさんから毎日軍隊仕込みのCQCでボコボコにされ、床につくころには息も絶え絶えといった状況だった。

 特に最近では1日の約半分はその時間に費やされており、正直、軍に編入された実験体の知り合い達と待遇があまり変わらないんじゃないかと思って、悔しく思っていたことは秘密である。

 

 こんな状況ではあったが、自身の親からもオレのことは駒として扱えと言われたはずにも関わらず、意味を理解できていなかったのか、それとも年が近い同居人ができて嬉しかっただけなのか、オレの所有権をとりあえず握った当のグレミー少年は未だそんなことはつゆ知らず。

 のんきにオレに話しかけてきては、相変わらず両親の自慢をしたり、ゲームなどの協力プレイに興じ、時にはオレにゲームで負けて癇癪をおこし、大泣きに泣くのである。

 その良くも悪くも純真無垢で幼い彼の姿にオレも毒気を抜かれ、幼い弟をあやすように慰めるのだが、そのたびに自分は何をしているのだろう、キッズの世話役じゃないんだぞ。と心の中で自問自答する、というのがある意味最近のルーティンとなりつつあった。

 

 ちなみに、この世界での年齢はグレミー少年がオレの4個ほど上だったらしく、何かと彼は兄貴面をしたがり、自身を『お兄ちゃん』と呼ばせることで自身が年齢的にも序列的にも上であるということを周囲に見せようと躍起になっていた。

 しかし、自称兄がゲームに負けて大泣き泣いてから弟に慰められるところを見ていたトト家の使用人からするとその様子はさぞ滑稽に写っていたらしく、何度か隠れて笑いをこらえている姿を発見して、オレはなんとも言えない気分になるのであった。

 

 便宜上、オレには名前も与えられた。

 ムサシ・ミヤモト。これがこの世界で俺に与えられた名前だ。

 日系人のような顔をしていたので、この時代でも割と有名だった江戸時代初期の剣豪、宮本武蔵から取って適当に名ずけられたらしい。

 正直名前負けしているような気が少ししてはいたが、いつまでも名前なしで「お前」とか、「おい」とか呼ばれるのは少々苦痛だったので、とりあえずは喜ばしいことだったと言えよう。

 

 

 数日後、オレは久方ぶりにもらったオフの日にグレミー少年(めんどくさいので以下グレミー)に連れられて、ジオン軍のアクシズ駐留部隊の艦艇やMSの見学に来ていた。

 やはり名家であるトト家の力なのか、それともジオン軍がその辺に寛容だからなのか、忙しい時期で無ければ比較的基地内の見学申請は通りやすく、娯楽の少ないアクシズではこの兵器見学が彼の最近の楽しみとなっているのだ。

 グレミー自身もこのような重厚でカッコいいロボット兵器群を見ているとやはり男の子の血が騒ぐのか、終始笑顔で見て回り、イメージを膨らませて喜んでいるし、オレ自身も後学のために実際の兵器に触れみたかったこともあり、今回は彼の誘いを快諾して付いていった。

 というのは実は少し建前。

 オレも前世からカッコいいものには目が無かったから、基地内を見学して回ることができてなかなか楽しい。

 今もMSを見て少しにやついてしまっているかもしれない。

 

「人のこと言えないな。」

 

 独り言のようにつぶやいてから、ふとグレミーが歩いて行った方向を向くと、グレミーは金髪グラサンに赤い軍服という怪しげなファッションの若い軍人に何かしら話しかけられて、泣きそうになっていた。

 このアクシズの駐留軍の比較的統率のとれた軍人が子供に危害を加えるようには思えなかったが、トト家からグレミーの警護もするように言われていたオレは、慌ててグレミーと軍人の間に立ち、いつでもグレミーを庇うことのできる立ち位置に移る。

 

 「あの、兄が…、いや、主人が何かご無礼をはたらきましたでしょうか?

ご機嫌を損ねてしまったのなら申し訳ありませんでした!

さ、グレミー様行きましょう。」

 

 危険性は感じなかったものの、こんな怪しげな風貌の軍人と関わってもいいことはない。

 そう思ったため、謝罪だけしてグレミーを連れて足早にその場を立ち去ろうとしたそのとき。

 

「まちたまえ。」

 

 良く透き通った、しかしながら、どこか有無を言わせないような圧力を感じさせる声量で呼び止められる。

 流石にそれを無視して立ち去るほどの胆力を持ち合わせなかったオレ達は、歩みを止めて軍人の方を向き直った。

 

「いや、驚かせてすまない。

私はシャア・アズナブルという。見ての通り軍人だ。

普段この基地で子供を見かけることはなかったので、ついそのグレミー君に話を聞こうと話しかけてしまったのだ。」

 

 軍人の思いの外丁寧な口調にオレとグレミーは驚いて顔を見合わせ、少し警戒を解いた後に少しばかりの会話に応じることにした。

 シャアと名乗った軍人が「私から誘ったのにもかかわらず、立ち話も申し訳ない。ついてきたまえ」と言ったので、彼について基地内の食堂へと移動し、奢ってもらったドリンクを飲みながら自分達がその場にいた経緯や、モビルスーツに憧れがあることを話す。

 

「そうか、トト家の嫡男とその従者君と…。

了解した。時間を取らせてすまなかった。

ただ、この基地には危険なものも多い。

次から、君たちが来るときはなるべく引率者をつけるよう上に話してみよう。」

 

「いえ、シャアさん。こちらこそありがとうございました。

お気遣い感謝致します。

それでは…。」

 

席を辞して食堂の外に出たところで、手がブルブルと震え始める。

グレミーが、大丈夫か?と心配してオレの背中をさするがオレの震えは一向に止まらない。

 

 あの軍人はヤバい

 

 しばらく話すにつれて本能的に危険を感じただけではない。

 シャアはオレ達と話している間、一度も笑っていなかった。

 もちろん、表情こそ微笑を浮かべていたのだが、サングラス越しに見える目は全く笑っていない。

 あれは心に深い闇を抱えた人間の目、誰も人を信じたことのない人間の目をしていた。

 そして極めつけにはあの肌を刺すような鋭い眼光と強力なプレッシャーだ。全てを見透かされたような気がしてくる。

 結局その場から上手く動けなくなったオレは、グレミーに支えられて基地を後にするのであった。

 

 

 

シャア・アズナブル。

ジオン公国の軍人として連邦軍との数々の戦闘に参加し、これまでに華々しい戦果を挙げてきたジオンの英雄である。

 その彼は、先ほど初めて会った少年達のことを思い出しながら、一人思案に沈んでいた。

 

激戦の地、ア・バオア・クーからアクシズへと逃れてくる間、彼が常に感じ続けていた違和感。

その正体が、先ほどの少年の内の一人だとわかったからだ。

『彼がそうだったのか…。アムロ・レイでもない、ララア・スンとも別のニュータイプの気配を感じていたが、まさか子供だったとはな。

一年戦争の休戦直前にフラナガン機関の実験体がアクシズに連れていかれたという話は聞いていたが、おそらくその内の一人が彼だったのか

どちらにせよ、強力な力だ。将来的に私の同志になるようならそれもよかろう。

しかし、もし私の壁となるようなら…』

 

 ジオンの英雄シャアは、怪しくサングラス内の目を光らせて思考を止め、軍から自身に与えられた自室へと戻っていくのであった。

 



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第3話

文章力なくて申し訳ないです。


 

 シャア・アズナブル。

 あれは絶対に只者ではない。

 

 彼の強大なプレッシャーにあてられてしまったのか体調を崩してしまったオレは、ジオン軍の駐留基地からトト家の屋敷に戻るやいなや、しばらくの間病床に伏せることとなった。

 最近小さいながらもグレミーの部屋の隣に自室を与えられたので、そこに置かれた粗末なベットに横になっていったのだが、一度寝てしまうとしばらくしてからモヤがかかったように謎の光景が浮かび、激しい戦闘音のようなものも頭に浮かんでくるようになった。

 何度かそのような夢?を見るたびにモヤがかかっていたものは次第に鮮明になり、最後には額にビンディを付けたインド系の女性と天然パーマの少年、そして件のシャア・アズナブルが互いのMSで戦い、最終的に少年のMSの一撃からシャアをかばった女性が死亡してしまうというというイメージが浮かんでくるようになってしまった。

 しかも寝るたびにその光景が浮かび、頭を離れない。

 

 シャアの記憶が俺に流れ込んできた?それともオレが彼の記憶を読み取ってしまった?

 そんなESP能力者みたいなことをオレが出来るわけもないし、ましてやそんなのSF上にしかない設定だ。

 しかし、バカバカしいとは思いながらもどこか不安感をぬぐえなかったオレは、数日賭けて回復した後、シャア・アズナブルのデータを閲覧するためにトト家の保有する広大な資料室へと足を運んでみた。

 福利厚生の一環なのか、トト家の系譜に連なる者でなくても申請さえすれば使用人階級でも入ることが可能である。

 そこでオレは、1年戦争と呼ばれた大規模な戦争でのシャア自身の華々しい活躍と、衝撃の事実を知ることとなる。

 

 辺境のテキサスコロニーで生を受け成長、進学先をサイド3にあるジオンの士官学校に決める。

 士官学校では主席を狙えるほどの好成績をたたき出すが、ガルマ・ザビら同期の士官学校一同を扇動し、士官学校長のドズル・ザビを拘束した上で、連邦軍宿舎を奇襲して制圧した「暁の蜂起事件」を引き起こしたことで、ただの優秀な一士官候補生から一躍ジオンの英雄に。

 事件の責任を取らされる形で一時は軍籍を剥奪されるが、後にテストパイロットとして軍に復帰。

 コロニーを落下させることで地球連邦軍の本部、『ジャブロー』を破壊を目論むジオン軍と、それを阻止しようとする連邦軍の間で発生した大規模な会戦『ルウム戦役』において、乗機のザクⅡC型を駆って戦闘に参加。

 

 連邦軍の主力艦艇5隻と、多数の宇宙戦闘機を撃破した戦果で一気に少佐に昇進。

 乗機が赤いパーソナルカラーで塗られていたことと、通常のザクの3倍近いスピードで機動しているように見えたことから、『赤い彗星』という渾名で上級士官から末端に至るまでの多くの連邦軍兵士から恐れられるようになる。 

 ルウムでの功績から、ドズル・ザビより旗艦型に改装されたムサイ型巡洋艦『ファルメル』を与えられ特務についていたが、連邦軍のゲリラ活動を鎮圧した後、サイド7において連邦軍の一大反攻計画の一端、『V作戦』を察知。

 その過程で連邦軍の新型MS『ガンダム』と交戦したことで、1年戦争の最後まで続く、ガンダムとの因縁が始まる。

 ガンダムを搭載した連邦軍の新型強襲揚陸艦、『ホワイトベース』を当時のジオン軍の支配領域である北米大陸に追い落とすことに成功し、自身も北米大陸に降下し、士官学校時代の同期、ガルマ・ザビと共同して引き続きホワイトベースやガンダムと交戦するが、その過程でガルマ・ザビが死亡。

 ガルマ・ザビを溺愛していたドズル・ザビの不興を買ったことで左遷されるが、キシリア・ザビの突撃機動軍に編入されたことで再び現場復帰を果たす。

 

 自身にキシリア・ザビより与えられたマッドアングラー隊を掌握し、ホワイトベース隊を追尾したことで連邦軍の本部ジャブローへの侵入口を発見。

 シャアの情報に基づいてジオン軍の攻勢がジャブローへとかけられるが失敗。

 これを境に次第にジオン軍は追い詰められていくことになる。

 オデッサでのジオン軍敗退を機に、シャアを含めた多くのジオン兵は宇宙へと離脱。

 

 ジオン軍の宇宙要塞『ソロモン』が連邦軍の攻勢によって陥落した後、腹心の部下(一説によると愛人だったとされる)であるララァ・スンとともに数度にわたって連邦軍宇宙艦隊を急襲するが、ホワイトベース隊及びガンダムと再び交戦し、急激に戦闘力を増しつつあったガンダムの前に敗退。腹心のララァ・スンを弔うこととなる...。

 

 「これだ!!!」

 

 ここまでシャアのデータを見ていたオレは確信した。

 オレの脳裏に何度も浮かんだあのイメージ。

 ビンディを付けた女性というのがこのララァ・スン、そして天然パーマの少年が初代ガンダムの主人公であると仮定すれば、自ずと話が読めてくる。

 先日出会ったシャア・アズナブルという軍人は、ガンダムを操る主人公の敵役であり、ライバルキャラクター。

 まさかそんな重要人物であったなんて思いもしなかったが、そう考えるとあの強大なプレッシャーにもうなずける。

 正直そんなおっかない人物と関わり合いになりたくはなかったので、しばらくジオン駐留軍の基地に見学に行くことは控えようと心に決めるのであった。

 グレミーに誘われたとしてももう絶対に行かない。

 オレの決意は鋼のごとく硬いのだ。

 

 ついでだと思ってシャアのデータを最後まで読んでみたのだが、その後の展開は特に特別なことも無く、ア・バオア・クーでの連邦軍とジオン軍の最終決戦でガンダムを相打ちに持ち込んだのちに、敗残兵達をともなって戦域を離脱。

 月とサイド3の間に存在するというカラマ・ポイントで多数のジオン残党軍と合流して、地球圏での潜伏よりも最終的にはアクシズへと向かうことを決意、そして今に至るということだった。

 最後の最後で主人公機を相打ちとはいえ撃墜するとは、流石はガンダムをほとんど知らない人間にも名前を知られている大人気キャラクターと言えよう。

 

 なぜ、夢の中にシャア本人の記憶と思われるものが出てきてしまったのかは全くの謎であったものの、機動戦士ガンダムという世界自体、オレがよく見ていたガンダムSEEDを含めたどの作品でも何かしらの不思議な現象が起きるということを前世の記憶からなんとなく思い出したので、今回は最強ライバルキャラのシャアの特殊能力を受けてしまったのだと思うことにした。

 

 ともあれ、ジオン軍の駐留基地に見学に行くことも控えるし、ジオン軍と関わりさえしなければ彼と再び会ってしまうことは無いだろう。

 アクシズも広いので、道端で偶然会ってしまうということもなかなかないだろうし。

 病床から復活した今でもたまにあの例のイメージが頭をよぎることがあるが、そちらに関しても気にしさえしなければ何も問題はない。

 オレは今まで通り、トト家の私兵兼グレミーのボディーガードとしての使命を全うするのみだ。

 ノーモア・シャアアズナブル、ノーモア・ジオン軍。

 

 そう思いながら資料室を出たところ、鬼のような形相をした筋肉モリモリマッチョマンの変態(白兵戦闘の教官)に見つかってしまい、数日戦闘訓練を休んでしまった分までみっちりとCQCを叩き込まれるのであった。

 わざとサボっていたわけではないのに、理不尽だ!

 



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第4話

 皆さんおはこんばんにちは。

 

 唐突ですが現在、オレはトト家の使用人一同と一緒に土遊びに興じています。

 スコップでザクザクと土を掘り、バサバサと隣にある空き地にいらない土をぶち込んでいく簡単な作業で、土でお山を作ったりもしています。

 

 全員土や埃によって土まみれ埃まみれで、さながら気分はフロンティア=スピリットに燃える西部開拓時代のアメリカ人のよう...。

 開拓精神があふれんばかりの自分の姿に少し酔ってしまったのか、なんだか楽しいです。

 

 

 という冗談はさておき、俺達トト家の使用人一同はトト家の保有する大きな庭の一部を絶賛開墾して農作地へと変えている途中である。

 唐突になぜこんな農作業をしているかというと、ぶっちゃけてしまうとアクシズでかなり深刻な食糧不足が発生しているからだ。

 

 それもそのはず。

 資源採掘用の鉱床兼MSの製造工廠も持つ巨大な基地とはいっても、元々ジオン軍のただの地球圏外拠点の一つでしかないという側面しか持っていなかったところに、敗戦によって地球圏を脱出したジオン軍の将兵やその家族が数万人も突如大挙して押し寄せたのである。

 急に増えた人員の生活物資を用意出来なかったアクシズでは、上流階級や軍の高級幹部はともかくとして、下層階級では食料などの奪い合いまでもが発生する始末であった。

 アクシズの統括責任者であるマハラジャ・カーン総督が、農業プラントに対して食糧を始めとする生活物資の増産を指示したらしいが、その成果がすぐに出るはずもなく、こうしてオレ達トト家使用人一同はトト家から庭の一部を貸して頂き、自分達の食料を確保する為にも農作業に励んでいるのである。

 資源採掘用の小惑星だっただけあり、こんな鉱物を大量に含んだ土壌でちゃんとした作物を育てることができるのかは甚だ疑問ではあるが。

 上流階級の使用人という、ある程度恵まれた人間であるオレたちでさえこうなのだから、下層市民たちの苦労は想像するに難くない。

 

 こんな状況の為、流石にここ数日は戦闘訓練もお休み...かと思いきや、普通に戦闘訓練をしっかりやらされてからの農作業なので肉体的にも精神的にもかなり疲労が溜まってくる。

 全ての業務が終わって自室に戻るころには精も根も尽き果てて、ベットで死んだように眠るということが最近のオレの1日であった。

 

 ちなみに、食糧不足でにっちもさっちもいかないアクシズの現状をジオン軍のお偉いさん方は分かっていないのか、やれ戦争継続だとか、やれ武力での独立獲得だとか、頭がおかしいとしか思えないようなラジオ放送を1日に数回流してくる。

 確かに景気のいいことを言って国民の戦意を維持することは必要かもしれないが、今じゃなくてもいいだろう。

 勘弁してくれという感じだ。

 

 そうして今日も今日とて訓練後の開墾&農作業にいそしんでいたわけだが、急に正門の方向が騒がしくなったかと思うと、一台のエレカが停車しようとしているところを発見した。

 トト家に訪問客かとも思って使用人一同で出迎えに向かう。

 近づいてよく見てみるとジオン軍で広く普及しているタイプのエレカであり、普段軍人の出入りがあまりないトト家では珍しいなと思っていたのだが、そのエレカから降りてきた人物を見てオレは驚愕のあまり卒倒しそうになった。

 

 「久しいな、ムサシ君。」

 

 そう言って出てきたのは、あのシャア・アズナブルであったのだ。

 なんとか我慢して驚愕した表情を押し込め、ペコリと彼に頭を下げる。

 この人何しに来たんだとか、シャアみたいな有名人がなんでちょっと会っただけのオレのことなんて覚えられているんだとか思ったが、ガンダム屈指の有名キャラのこの人とはあまり関わらないと決めていたので、ここは逃げるのが先決だ。

 オレは回れ右をすると、さっさと農作業に戻ろうとしたのだが、そこでシャアがボソリと一言。

 

 「まあいい。これからは会う機会も増えるだろう。」

 

 戦慄した。

 訳がわからなすぎて、正直ちょっと泣いてしまった。

 もしかすると、トト家に用事でもあって、しばらくここに通うつもりなのだろうか?

 

 シャアが言った言葉の意味を考えてドキドキしながら農作業を引き続き行っていると、しばらくしてからトト家の本邸から俺に対して出頭命令が出たことを他の使用人の一人から教えられる。

 特に問題を起こした覚えはないし、基本的にはグレミーの管理下にあるオレに対して本邸から呼び出しがかかることなど今までほぼなかった為に首をひねったが、呼び出されたものはしょうがない。

 ささっと持っていた農具を片付けてシャワーを浴び、最低限の身なりを整えてからオレは本邸へと歩いていくのであった。

 

 

 広大な庭を歩いていくこと数分。

 オレはトト家の本邸に到着した。

 名家にふさわしい荘厳なつくりをしながらも、ところどころに建築してからそう長い時間が経っていないことを感じさせる巨大な邸宅。

 その最上階にトト家当主、つまるところのグレミーの父親であり、オレを私兵として軍から買った張本人の執務室はあった。

 

 「ムサシ・ミヤモト、入ります。」

 

 数度のノックの後入室する旨を伝えると、それを許可するように小さく執務室のドアが開かれた。

 だがおかしい。そこにいるはずのない人物が見えるのだ。

 執務室の中から先ほど見たばかりの赤い人物が見える。

 オレはおかしくなってしまったのだろうか、幻覚か何かを見てしまっているようだ。

 

 何度か目をこすってみるが赤い人は消えず、オレは諦めて今見ているのが現実であることをようやく認める気になった。

 内心ため息をつくが、呼び出されていつまでも黙っている訳にもいかない。

 シャアが室内にいたことで、一気にこの呼び出しが胡散臭いものとなったので気乗りはしなかったが、意を決して口を動かし、言葉を紡いでいく。

  

 「ご当主様、自分をご指名でお呼びであると聞きました。

何か御用でございましょうか?」

 

 そうオレが訪ねると、当主は厳かに首を縦に振ってから呼び出した理由を説明し始めたのだが、あまりの内容にオレの脳が当主の話していることの理解を拒否しているのか、全く頭に入ってこない。

 オレが話を理解できていないことに気づいたのか、シャアが途中で当主の話を止めた。

 

 「ご当主、どうやら彼は混乱しているようですので、私が説明致しましょう。」

 

 そう言うと彼はオレの方を向き、目を合わせて語りかけてきた。

 流石にそうまでされると、こちらも必死に聞かざるを得ない。

 オレは先ほどよりも集中力を上げて、シャアの話を一言一句も聞き逃さぬよう頑張って聞くのであった。

 

 そこでシャアが話したことを要約すると

 

 ・オレは、ニュータイプというある種のエスパー的な能力を持った人間であり、シャアも似たような能力を持っている。

 ・オレが1年戦争時に入れられていた施設が、まさにそのニュータイプの研究機関であり、そこでの研究を通じて、オレのニュータイプとしての能力は芽を出しかけている。

 ・しかし、このままの生活を続けるとこれ以上の能力向上はあまり見込めない。

 ・ニュータイプは別のニュータイプと共鳴して能力を引き出せる場合があるので、オレは同じニュータイプ能力を持つシャアについていくべきである。

 

 意訳:私の同志となれ、ムサシ君

 

 「は?え?ドユコトデスカ?」

 

 シャアの話を最後まで聞いてしばらく嚙み砕いた後、なんとか理解に努めたのだが、内容も内容だった為に、つい素で返してしまった。

 ちょっと待ってくれ、展開が急すぎるし、訳がわからなすぎて(本日2度目)顔が引きつってきてしまう。

 あ、少し涙が出てきた。

 

 流石にお断りを入れようとしたのだが、当主が一言。

 

 「お前の役目を考えろ。

 能力をシャア大佐に引き出してもらい、グレミーの為の立派な護衛となるのだ!」

 

 これによって、オレが口に出しかけたお断りの言葉は完全に封じられることとなる。

 この状況でトト家の当主に逆らってもいいことはないので、オレは口をパクパクさせるだけで動くことも出来ず、魂が抜けたようにその場に立ち尽くすしかなかった。

 

 その後は当主の執務室を追い出され、シャアに手を引かれるまま彼の運転してきたエレカに押し込まれたのだが、気分はまさにドナドナされていく子牛のよう。

 

 頭の中をあの特徴的な音楽が流れていく。

 

 ル~ル~ルルル♪

 出涸らしムサシが運ばれてくよ~♪

 きっとこのまま売られていくよ(すでにトト家当主からシャアに売られてしまった模様)~♪

  

 「すまない。

 そこまで言われると流石に私も堪えるので、その歌はやめてはくれまいか?」

 

 おっとしまった。

 つい歌が口に出てしまっていたらしいねテヘペロ。

 




ドナドナの歌はそのままだと使いづらかったので、このすばのアクア様のverを参考にしました。


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第5話

 エレカを運転するあのシャアの隣でドナドナを歌うというオレのある意味の抵抗もむなしく、エレカはアクシズ内の道路を順調に進んでいった。

 気づけば、もう一生来ないと誓ったはずのジオン軍駐留基地に到着。

 エレカに乗ったまま門をくぐり、近くの駐車スペースに停車させると、近づいてきた従卒にシャア共々シャアの執務室へと案内される。

 今までグレミーと見学に来たときはMSや艦艇を整備・収容している場所ばかりまわっていたので、こちらの軍人たちの居住区がある区画に来るのは初めてだ。

 暑苦しい軍人たちでごった返しているのかと思いきや、思ったよりも静かで内心驚いてしまっていた。

 

「こんなに軍の兵舎が静かなのが不思議かい?」

 

 オレが辺りをキョロキョロと見回していることに気づいたのか、シャアが話しかけてくる。

 自分が浮かべていた疑問と同じことをぴたりと当てられて心を読まれたようで少々不快な気もしたが、よく考えれば田舎者丸出しでそこかしこを見ているオレを見れば、ある程度の推理力さえあればオレの単純な思考などわかってしまうだろう。

 オレはシャアを見ながらコクリと小さくうなずくと、シャアは軍規に抵触するので詳しくは教えることはできないがと前置きしながらも、オレの反応を見ながら少し話してくれた。

 

「現在、このアクシズで食糧不足が起こっているのは君も知っての通りだろうが、我々軍人もその煽りを受けているのだ。

 更には強硬派が...、いや、これ以上はいかんな。

 忘れてくれると嬉しい。」

 

 どうも、このアクシズでの物資不足はジオン軍の間でも問題になっているらしい。

 さらりとアクシズ内も一枚岩ではないというようなことを匂わせたシャアだったが、その後は彼から会話を始めることもなく、ただ淡々と歩いていくだけであった。

 

 数分して兵舎の区画を抜けると、兵舎よりも造りが綺麗でしっかりとした建物群が見えてきた。

 

「こちらが高級士官専用の区画になります。

 ここまで来ると、大佐の執務室も近いですよ。」

 

 区画に入ると同時に、自分はここまでしか入れませんので。と従卒が一言。

 従卒はビシッと敬礼をすると、オレとシャアが見えないくらいになるまでずっとその状態のまま見送っていてくれているようだった。

 

 その後はシャアに付いて建物の一つに入っていく。

 いくつかの通路を抜けると、シャアが一つの部屋の前でおもむろに立ち止まった。

 

「入ってくれ。

 ここが私の執務室だ。」

 

 入室を促されて入ってみたのだが、執務室は赤い軍服などを着てド派手な色が好きそうなシャアにしては、意外にも地味な雰囲気をしているように感じた。

 だが少し見続けているとただ地味なのではなく、調度品の一つ一つに高級感があり、部屋全体が洗練された雰囲気を醸し出していることが分かる。

 

「緊張しているようだな。

 安心したまえ。君に何かをしようなどとは思っていない。

 1週間に一、二度でいいから私に随行し、ニュータイプが何たるかを考えてほしいだけなのだ。

 もちろん夜はトト家に送るし、軍の仕事に積極的に関わらせようとも思っていない。」

 

 そう言うとシャアは執務室の椅子へと腰かけ、書類仕事に取り掛かる。

 20代という若さで大佐という高級士官としての階級を持っているだけあり、彼に圧し掛かる責任も重大であることは容易に想像がつくし、彼が捌かなければいけない決裁書類の類は膨大だ。

 

 「そこのソファに座って少し待っていてくれ。

  すぐに終わらせる。」

 

 そう言うと、シャアは書類の山に目を通し始める。

 ミスを起こさないようにしっかりと、なおかつスピードも落とさずに彼は書類を捌いていく。

 その様は20代にして大佐の階級を得た人物にふさわしいもので、彼の才能の片鱗と本来の性格が少し見えてくるようだった。

 結構マメ...いや、完璧主義と言った方正しいのだろうか。

 一度は彼の強大なプレッシャーに当てられておかしな夢まで見るようになり、二度と関わりたくないと思っていたが、このように真面目に仕事をしているあたり、少なくとも外面の部分では割と悪い人ではないのかもしれない。

 今日はオレにプレッシャーをぶつけてくることもないし。

 相変わらず目には闇を持っていて、心の底で何を考えているのか分からなくはあったので、プライベートで親交を深めるのは勘弁願いたいが。

 

 しばらくシャアの様子を観察していたのだが、シャアは手を動かすのを止めずに黙々と書類と格闘し続けている。

 オレもずっと何もせずに彼を待っているのに疲れてきて、室内にあった本などを手に取っていたのだが、意外にも政治学や経済学、用兵論、果ては組織戦略に至るまで、実に様々なジャンルの書籍があることが分かった。

 トト家の資料室でデータを閲覧した限りの情報だと、自身のMSを駆って数々の戦役に参加して多くの連邦軍兵士に恐怖を与えた結果として、一年戦争においてジオンの英雄とまで呼ばれるようになったシャアには現場の人間というイメージが強かったのだが、この書籍のジャンルを見る限り、どうやら一概にそうとは言えないのかもしれない。

 

「私も責任を持つ身だ。

 いつまでもパイロットばかりををしているわけにはいかんのさ。」

 

 いきなり後ろから声がして咄嗟に振り向くと、書類を片付けたらしいシャアがオレの背後に立っていた。

 彼の接近にも気が付かないとは、どうやらオレはよほど集中していたらしい。

 勝手に読んですみませんでしたと謝罪をしながら、本を元あった場所へと戻した。

 

「いや、いい。

 こちらこそ長く待たせてしまってすまなかった。

 ところでトト家の当主から聞いたのだが、今のところシミュレーションでしか操縦の経験が無いとはいえ、君はMSでの戦闘がかなり得意だと聞いたのだが、それで間違いはないか?」

 

 簡単に許してもらえたことに安堵しつつも、シャアからの急な質問の意図が読めずに一瞬だけ逡巡したが、正直に話すことにした。

 

 

「はい。

 アクシズにくる以前からも多少の訓練はさせられてきましたし、現在トト家に買って頂いてからは毎日のようにシミュレーターで訓練しています。

 ただ、シャア大佐もご存じの通り、実機で操縦を経験したことはありません。」

 

 そうオレが言うとシャアは、ふむ。と一言口に出して自身の顎に手を添えると、何やら考えるそぶりをする。

 ただ、その動作はどこか芝居がかっていて、すでに何を言うかは決めているのにも関わらず、オレの反応をうかがう為にわざとしているようにも見えた。

 

 

「良ければ気分転換に私とこれからMSの戦闘訓練をしていかないか?

 自分で言うのもなんだが、私もMSの操縦はかなり上手い方だと自負している。

 どうだろう、ニュータイプ同士で模擬戦をすれば、お互いに得るものも多いと思うのだが?」

 

「ゑ?」

 

 シャアから本日数度目となる衝撃の言葉をかけられ、思考が止まる。

 え?シミュレーターで少しいい成績だしただけのクソガキが、一年戦争の英雄のシャア大佐と模擬戦?

 なんの御冗談ですか?そんなの良いわけないだろう!

 

「自分ごときと模擬戦をしたところで、一年戦争の英雄とまで言われているシャア大佐には何も益が無いと思います。

 自分が一方的に制圧されて終わりかと。」

 

「そんなことは無い。

 君のシミュレーターの成績は私も見せてもらったが、なかなかのものだった。」

 

 普通で考えればオレが言ったような結果になることは間違いないのに食い下がってくるなんて。

 ああ、この人なにがなんでもオレと模擬戦をしてみたいんだなとオレは思った。

 「いつまでもパイロットばかりをやっておくわけにはいかない(キリッ)」というようなことを言いつつ、この人根っからのパイロットじゃん...と半ば呆れながらも、MSの実機を操縦できるという誘惑に負けたオレは、シャアと一緒にMS格納庫の方へと向かうのであった。




キャラ設定ガバガバですみません。


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幕間:グレミー少年①

短編です。


 僕はグレミー・トトという。

 U.C.0071に生まれた、現在ピチピチの10歳だ。

 僕はジオンの名家のトト家の生まれで、物心がついてからは常にパパとママから「トト家の人間なら全てで一番になり、この家系に恥じない人間になれ」という教えを受けてきた。

 

 その教えに従うように、僕は家が雇った家庭教師達の指導に従って毎日のように勉強や体力づくりを続けてきた。

 そのおかげもあってか、常に学校の成績は学年で一番。

 正直、クラスメイト達と成績を競い合ったとしても、ほぼ確実に僕が首位になってしまう。

 最初は僕に成績の順位比べや、体力比べを挑んできていたクラスメイト達も、次第に僕に勝負を挑んでくることは無くなり、自分達の身の程をわきまえたようだった。

  

 そして僕は、常にトップを走るようになった。

 僕に追随出来る者さえおらず、もはや独走状態。

 僕は、自分自身が至高の人間であり、自分こそトト家を継ぐに値する人間だと思っていた。

 しかし、僕がこのように素晴らしい成果を出すたびに、昔から仲良くしていたクラスメイト達はどこかよそよそしくなり、離れていってしまう。

 僕はパパやママの言うように頑張っているだけなのに、なんで?

 僕だってみんなとゲームをしたりして遊びたいのに。

   

 そうした経験をしてしまった僕は、クラスメイト達よりも良い成績を取ることでしか、自分自身の価値を見いだせなくなってきていた。

 

 そうしたある日、僕がトト家の送迎車に揺られていつものように学校から帰っていると、自身が暮らすアクシズの宇宙港に多くの軍艦が入港してきているのを見かけた。

 今まで見たこともないような多くの軍艦。

 大艦隊と言っても過言ではないような様子を見て、久しぶりに僕も心が躍るようだった。

 

 艦隊が入港してからしばらく見学していると、憔悴しきっているような軍人達の列が軍艦から出てきて、それぞれに与えられていると思われる人員輸送用の車両へと分かれていく。

 どの軍人たちもどこかしらに傷を負って、疲れ果てているようだった。

 どうしてそんなことになっているのかが分からず、軍人達をどうにかして助けたい一心で列に駆け寄ろうとしたが、僕に付いてきていたトト家の使用人から止められてしまう。

 しかたがなくしばらくその列を見続けていたのだが、軍人達の後に出てきた人間を見て、更に衝撃を受けることとなった。

 ボロボロになった貫頭衣を身にまとい、手には手錠をされ、体には無数の傷跡がある。

 よく見ると死んだような目つきをもしていて、あまりの悲惨さにおよそ生きている人間だとは最初は思えなかった。

 しかも、年のころは僕と同じかその前後くらい。

 まさかそんな子供たちまでそんな状態になってまで連れてこられているとは思わず、事情は分からずとも僕は絶句することとなった。

 

 そんな様子を見て、僕の心に最初に灯った感情は怒り。

 なんで僕と同じような子供たちまで、あんなに生をあきらめたような目をしているのか?

 そうさせてしまった奴がいるなら、絶対に許せない!

 僕は、その子供たちをどうにか助けたい一心で、トト家の本邸へと急いで帰るのであった。

 

 帰るとすぐにパパの執務室まで一直線に歩いていき、そのドアを開け放つ。

 普段大人しい僕がそんなことをすると思っていなかったのか、扉を開けた先にいたパパは少し驚いたような顔をしていたが、そんなことは関係ない。

 僕は、先ほど見た痛いたしげな子供達の窮状を訴え、何とか助けてもらえないかと迫る。

 しかし、パパの返した答えは自分の思いの外、非情なものであった。

 

 その子供たちを引き取ったとして誰が養うのか。

 トト家が名家といえど、そんなに多くの人間を養うほどの財力は無い。

 その子供達は、すでにアクシズ内の研究所や軍に送られる手筈となっているはず、今更トト家として手出しをすることは難しい。

 

 非情ではあるが、正論だ。

 このくらいは子供の僕でも分かる。

 だが、どの人間も信じられないように、そして幼いながらも生きることを諦めているような目をした彼らを目の当たりにしてしまっていた僕は、どこかその姿を学校で仲間もおらずに孤立した自身と重ねてしまい、完全に見捨てるということは出来なかった。

 

 パパと何時間も話し合った。

 僕が子供たちを救う為の提案をしては、パパから現実的な目線から不可能であるという事実を突きつけられる。 

 しかし、いつもは自己主張がほぼない僕だったが、何故か今回は諦めることが出来なかった。

 パパとそんなやりとりを何回繰り返しただろうか?

 僕が、子供達を助けようとするあまり、すでに支離滅裂なことまで言い始めていたその時。

 

 パパが、はぁ。とため息をつくと。

 

「分かった、グレミーは優しい子なんだな。 

 今までわがままも何も言わずに頑張ってきたお前へのご褒美でプレゼントしよう。

 一人だけ。そう、一人だけあの子供達の中からトト家に貰ってくる。

 ただし、飛び切り優秀な子がいた時のみだし、もし優秀だったとしても、トト家の役に立たないと分かれば容赦なく切り捨てる。

 それでもいいかい?」

 

 条件は厳しいものの、パパとしてはこれが最大限の譲歩である。

 そう感じ取った僕は、パパのその言葉にゆっくりと頷くのであった。

 



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幕間:グレミー少年②

 パパに僕の生まれて初めてのわがままを聞いてもらってから少し経った頃。

 パパは家に一人の子供を連れて帰ってきた。

 

 家に帰ってきたパパに手を引かれて室内に入ってきたのは、黒い髪の毛に黄色人種特有の色づいた肌を持ち、極めつけは凹凸の少なめな、のっぺりとした顔面。

 よくも悪くもモブ顔の東洋人というイメージがしっくりくるような子供だった。   

 

 しかし、モブっぽいのはそのイメージだけで、実際の能力は数多くの子供達の中からパパのお眼鏡にかなっただけあり、非常に高いんだろう。

 自分が望んで連れてきて貰った子ではあるけれど、どのくらいの有能さを発揮してくるのかが未知数で、好奇心よりも警戒心の方が少し勝ってしまった。

 まさか幼い頃から英才教育を受けてきた僕よりも能力が高いというは無いだろうとは思うのだけど、どこか本能が慢心するな。警戒しろと言っているんだ。

 しょうがないだろう?

 

 パパからその子の身柄を預けられてから、とりあえず僕の部屋に連れてきてはみた。

 けれど、何を話していいのかわからない。

 そもそもこの子はちゃんと言葉は話せるのかな?

 さっき挨拶くらいは出来ていたみたいだけど。

 

 この子の顔をチラ見

 次に体をチラ見

 最後に足をチラ見(なんかもじもじしてる)

 

 あ、かなり痩せてるなこの子。

 体も僕よりかなり小さい。

 東洋系の人間は僕たちみたいな欧米系に比べて体が小さいとはよく聞くけど、それを加味しても小さいな。

 あまりご飯とかも食べれてなかったのかな?

 そう思いながらチラチラとみていたら、急にその子が立ち上がってからペコリとお辞儀をしてきた。

 

「初めましてグレミー様!

グレミー様のお父様に拾って頂き、本日からこのお屋敷でお世話になることになりました!

 不束者ではございますが、何卒よろしくお願い致します!

 ところでグレミー様のお父様って、カッコよくて威厳があって、素敵なお父様ですね!」

 

 うわ、びっくりした!

 こんなにスラスラ話せるの!?

 というか最後なんて言ったの?素敵なお父様?

 

「当たり前だ。

 僕のパパは世界一素晴らしいパパなんだからな!」

 

 尊敬するパパを褒められ、つい誇らしくなってしまう。

 鼻の穴が広がり、フンスと鼻息が荒くなってしまっているのが自分でも分かって少し恥ずかしい。

 

「分かります!分かります!」

 

 目の前の小さい子はそう言うと、僕の手を両手で握ってきた。

 温かい彼の体温が伝わり、気持ちよくもどこかこそばゆい。

 それを感じた僕は、何故か自分の心までホカホカと温まってくるような気がして、気付いたら次々とパパやママの凄いところを話し始めてしまっていた。

 話し始めてしまうともう止まらない。

 それに彼は話の聞き上手でもあって、話している僕も実に気持ちがいい。

 いつもであれば一人でゲームをしている時間を無くしてまで、彼とのおしゃべりに興じるのであった。

 

  

 

 数日後、早くもその子をいいやつ認定した僕は、どこに行くにも彼を伴って出かけるようになった。

 その過程で分かったのが、想像以上の彼の能力だ。

 僕が分からない宿題の問題もスラスラ解いたり(←前世の記憶があるので、小学校レベルの問題などお茶の子さいさいなだけです)

 僕のクリア出来なかったゲームの難しいマップも簡単にクリアしてしまったり(←実験によって動体視力が強化されているだけです)

 分野によっては、僕よりも秀でている場合があるんだ。

 

 そんなところに少し嫉妬心のような感情が沸き上がらなくもなかったけど、僕の方が体は大きいし力は強いし体力はあるしで、外で遊ぶときは必ず僕が先頭。彼が後ろをはぁはぁ言いながらついてくるのを見ていると、次第にそんなことも気にならなくなってきた。

 

 そうこうして僕がガキ大将みたいなノリでしばらく遊びまわっていると、なんだか弟が出来たような気分になってきた。

 もちろん本当の弟なんかいたことは無いから、それが本当に正しい感情なのかは分からなかったけど、少なくとも弟分くらいには思ってもいいのかな?

 たまにこの可愛い弟分とゲーム対戦とかをした時に負けてムカつくけど、そこは兄貴分の広い心で許してやろうと思う。

 

 

 僕と弟分のムサシがだいぶ打ち解けてきた頃。

 あ、最近ついに弟分に名前が付いたんだ。

 なんか、日本の昔のケンゴウ?のなまえから取ったんだって。

 よくわからないけど、なんだかカッコよさげな名前だったからとりあえずヨシヨシして褒めておいた。

 

 話を戻そう。そう、打ち解けてきた頃。

 僕とムサシはジオン軍の基地に遊びにいったんだ。

 見たこともないようなカッコいいMSばかりで、ついつい僕のテンションも爆上げ。

 トコトコと走り回って、今まで行ったことのないエリアに入ってしまった時、金髪グラサンに赤くカスタムされた軍服という奇抜なファッションをしている軍人さんに呼び止められてしまう。

 しかもその軍人さんは妙に圧力が凄いし、声もどこか有無を言わせないような迫力があって怖いしで、僕はちょっと泣きそうになってしまっていたんだ。

 

 その時ばかりは怒られるとか思って僕が一歩も動けなくなっていたところを、颯爽と僕とその軍人さんの間に入り、僕をかばってくれた小さい影があった。

 軍人さんに怒られる思った恐怖で瞑っていた目を少し開くと、そこには弟分のムサシがいた。

 ムサシと軍人さんが何かを話して、僕たちは食堂に連れていかれることになる。

 

 その軍人さんは結局怒ったりはしなかったんだけど、その軍人さんと話した後のムサシは凄く体調が悪そうだった。

 僕よりも小さいのに、弟分なのに、兄貴分の僕を助けてくれたんだ。 

 ありがとう。そしてごめんなムサシ。

 

 その一件があってから、僕はムサシを今まで以上に可愛がることにした。

 ヨシヨシする頻度も倍にしたし、遊びに行ったときは必ずアメちゃんを買ってあげるようにしたんだ。

 ムサシはなぜか微妙な顔をすることもあったけど、基本的には嬉しそうで、その時の笑顔がまた兄貴心をくすぐられた。

 なんだかほんとに弟が出来たみたいで可愛かった。

 

 そんな時だ。

 ムサシがあの金髪グラサンの怪しげな軍人に攫われたという話を使用人から聞いたのは。

 それなことがあったことを知った僕は、急いで屋敷を出てタクシーを拾い、そのムサシを攫った軍人のエレカを追跡させた。

 

 追跡するエレカが軍の施設に入っていったので、渋るタクシーの運転手にお金を握らせて施設の門を強行突破しようとするけど、強固な検問に阻まれてしまう。

 

 そこを通してくれ!

 弟が、僕の弟が攫われたんだ!

 僕が助けないといけないんだ!

 

 ここで助けることが出来ないと何故か一生ムサシに会えなくなるような気がして必死に叫ぶけど、検問の兵隊は頑として入れてくれない。

 ムサシに会えないと思うと、短いながらも濃厚に過ごした彼との思い出が過ぎり、急に胸がキュウと締め付けられる。

 こんなちっぽけな僕ではどうにもならないんだ。

 そう思うと、頬をつうと涙が流れてくる。

 悔しさや寂しさや、本当に色々な感情が渦巻いて自分でもよく分からなくなってきてしまう。

 

 何時間泣いただろうか。

 最後にふと、この検問をぶち壊してもいいから中に押し入ってやろうかと考え始めたその時。

 

「そんなところで何をしているんですか?

さあ、一緒に帰りましょう。」

 

 後ろから聞こえてきたのは、待ち望んだ人間の声。

 僕の弟分の声だ。

 

「ム``サ``シ``ぃ~!!!!!」

 

 どうして戻ってこれた?

 なんで?

 だが、そんなことはもうどうでもいい。

 弟が帰ってきてくれた、今はそれだけで十分だった僕は、ムサシの手を取るともう二度と離さないという風に力強く握りしめ、家への道を急ぐのだった。

 



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第6話

 シャアについてMS格納庫まで来はしたが、流石にMSの実機の操縦を一度もしたことがない人間がいきなり模擬戦をすることは不味いということになり、まずはシャアの昔からの部下だというベテランパイロットのリカルド中尉に軽く訓練をしてもらうことになった。

 本当はジオンの英雄とまで言われるシャアに模擬戦だけでなく訓練もして貰いたかったのだが、彼の部下達曰く彼の操縦は全く参考にならないそうなので、リカルド中尉がオレの訓練、もといお守りを請け負うことになったのだ。

 ちなみにリカルド中尉は、鼻の下にちょびヒゲを生やした気の良いおっさんというような雰囲気を漂わせた人物である。

 リカルド中尉はニカッと一度笑うと、「気負うなよ~」といいながらオレの頭をポンと叩き、彼自身の機体の方へと歩いて行った。

 

 オレもノーマルスーツを着込むと、訓練用に急遽貸し出された機体へと歩いて行く。

 オレに貸し出されたのは、1年戦争時のジオン軍の傑作機、ザクⅡF型。

 1年戦争中において、ジオン軍で最も生産されたMSの一つであり、その安定性と汎用性はピカ一だ。

 武装はお馴染みのザクマシンガンとヒートホークにクラッカー。

 マニュアル通りに核融合炉に火を入れて各種システムや兵装を確認したが、特に問題は見られない。

 

「ムサシ・ミヤモト、ザクⅡシステムオールグリーン。

 いつでも出れます。」

 

 管制室へと通信が繋がっているモニターに向かってそう言うと、管制官とシャアが深く頷くのが見えた。

 

『ムサシさん、それでは電磁カタパルトにザクを乗せて下さい。』

 

 管制官の言う通りにザクをカタパルトに乗せると、管制官へと合図を送る。

 

『カタパルトへの接続を確認、発進を許可します。』

 

 管制官の許可を受け、オレはカタパルトに発進データを送る。

 次の瞬間、オレの乗るザクⅡは凄まじい速度で宇宙空間へと放り出された。

 

 半端ではないGだ。

 目はまともに開けることも出来ず、体全体がシートに縫い付けられるような気分さえしてくる。

 オレは胃の中身を吐き出しそうになるのをなんとかこらえて、シミュレーターでもやった通りにAMBACシステムを使用してザクの姿勢制御を試みると、なんとか機体を安定させることが出来た。

 

 オレが無事に発進したことを確認したリカルド中尉は乗機をオレのMSの近くまで寄せると、肩のショルダーシールド部分をマニピュレーターで掴んで通信を送ってくる。

 所謂、お肌の触れあい回線というやつだ。

 

『よし、いいぞ。

 カタパルト発進は問題ないようだな。

 次はそのままゆっくりとペダルを押し込んでスラスターを噴かしてみるんだ。』

 

「はい、分かりました。」

 

 オレはザクのスラスターに異常が無いことをモニターで確認した後に、リカルド中尉に言われた通りにフットペダルを軽く押し込んでみた。

 そうすると機体が加速を始めるとともに、Gによって体全体をシートに押しつけられるような感覚を再び感じた。

 シミュレーターでは味わうことの出来ないこの感覚。

 先程の発進時はGが強すぎて考える余裕も無かったが、こうしてリアルなGを感じたことで自身が本物のMSを操縦しているんだという実感が湧いてくる。

 

『基本的な動きにも問題は見られない。

次は指定のポイント数箇所を、俺の補助無しで回ってみてくれ。

 最後には射撃訓練も設定してある。

ザクマシンガンには実弾をセットしているから、射撃時には十分気を付けてくれ。』

 

 リカルド中尉から次なる指示が飛び、オレはデータリンクに反映された宙域マップデータを頼りに指定のポイントへと機体を滑らせていく。

 いくつかデブリなどの障害物があったが、シミュレーターでやった時の操作を思い出しながら危なげなく回避し、終了ポイントへと向かうことが出来た。

 

 終了ポイント付近で最後の試練、実弾での射撃を行う。

 標的は、事前に準備されていた老朽化したガガウル級MS運用駆逐艦。

 MSが開発されたばかりのごく初期に通常駆逐艦から改修されて誕生した、これまた最初期のMS運用艦である。

 MSを運用できるだけの広さを持った艦というだけあって、的はかなり大きい。

 シミュレーターでの戦闘訓練でも射撃はかなり得意だったので、弾を外すことは無いだろうが...。

 勿論、訓練の的用に準備されてものなので人は乗っておらず、コンピュータに登録されてた一定の回避パターンと攻撃パターンしかしてこないようになっているので、無力化することは難しくは無いだろう。

 しかし、ザクバズーカならともかく、更に威力の低いザクマシンガンで轟沈させることは出来るのだろうか?

 

 だが態々こんなものを的に用意したということは、オレがこの艦を轟沈させることが出来るかどうかで、オレのパイロットとしての力量や、敵の弱点を見極める力を測ろうとしているのかもしれない。

 いいだろう、そんなに見たいというのなら、いっちょ本気でぶつかってやろうではないか。

 

 まずは自身へと向かってくる攻撃を回避しながらガガウル級の数少ない対空火器を射線上に捉えると、マシンガンで次々にそれを破壊していく。

 ガガウル級が無力化されたことを確認してから悠々と艦橋を狙撃すると、指揮所を失ったガガウル級内部は大混乱(実際は人が乗ってないので混乱などは起きないが)。

 

 ガガウル級が艦橋を破壊されて操艦が上手く出来なくなったところで、オレはザクのフットペダルを力強く踏みこんで最大まで加速させると、腰部にマウントしていたヒートホークを抜き去り、すれ違いざまにガガウル級のエンジン部へ向けて振り下ろす。

 その攻撃によってガガウル級は腹部に大きな穴を空けるが、それではまだ撃沈に至らない。

 オレは体勢を立て直すと、続いてガガウル級に空けた穴の中に向けてザクが持っていたクラッカー全てを投げつけるとともに、そのクラッカーが穴に入っていった瞬間を狙ってマシンガンでクラッカーを爆破する。

 

 それを数度繰り返したことで、ようやくクラッカーの爆発がエンジン部の核融合炉に達したのか、ガガウル級は船体をくの字に折り曲げて大爆発した。

 周囲に飛び散る数多くの残骸。

 オレの方に向かってきたものもショルダーシールドで防ぐと、後に宙域に残ったのは原型をとどめないほどまで崩壊したガガウル級の船体だった。

 状況が終了したと思ったオレは、次の指示を受けるためにザクをリカルド中尉のMSの方向へと向かわせる。

 

 初となるMSの実機の操縦。

 最初こそ慣れないGなどに少し戸惑いはしたが、一度それに適応してしまうとそこまで気にならない。

 自身が巨大なMSを操縦しているというのも楽しいし、オレは案外MSの操縦に関しては性に合ってるのかもな。

 

『上達のスピードがすごいな。

とてもMSの操縦が初めて、しかも子供とは思えないですよ大佐。』

 

『ああ、私の思った通りだ。

機付長、私のゲルググを準備してくれ。

私もすぐに出る。』

 

 リカルド中尉から与えられた課題を一通りこなしてから、次の指示が出されるまでザクを自分の好きなように動かしていたのだが、ちょうど中尉とシャアの通信をセンサーが拾ったようだった。

 どうやらそろそろシャアもMSを駆ってこの宙域にお出ましらしい。

 これから本番の模擬戦が始まるかと思うと、以前のシャアの強大なプレッシャーを思い出して緊張と恐怖が心を支配し始め、手が少し震えてくる。

 

 だが、先程のガガウル級を轟沈させたことを思いだして、オレだってある程度やれるんだと自身に言い聞かせることでその震えを強制的に止めることが出来た。

 オレはこれから勝ちに行くんだ。

 逆にこの前のお返しに、今度はシャアに一矢報いてやろうではないか。

 そう思うと不思議と心は軽くなり、機体を次のシャアとの模擬戦場所へと指定された宙域へ向けた時には、震えは武者震いへと置き換わり、心には強い火が灯っていた。

 



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第7話

後半部分をかなり修正致しました。
昨日修正前のものを読んで下さった方、大変申し訳ありませんでした。


 リカルド中尉から、換えの模擬弾が装填されたザクマシンガンのマガジンや、訓練用に加工されたヒートホーク、スモークタイプに換装された非殺傷型のクラッカーを受け取る。 

 

「すみません中尉、もう一つこの装備を準備して頂きたいのですが....。」

 

「ん?こんなものなんの為に...、近くに抜錨してるムサイ級まで取りに行かないと...。

いや、分かった。準備しよう。」

 

 オレは、ザクのデータベースに登録されていたジオン軍の装備品の中から、とある一つの装備を選択すると、その装備の情報を端末に反映させてリカルド中尉に送る。

 正直、こんなものが現在物資不足のアクシズのMS格納庫に準備されているような気はしなかったが、どうやら地球圏から戻ってきた近くの艦船まで行けばあるらしい。 

 一瞬迷う素振りを見せた中尉だったものの、なんとか準備してくれるようだ。

 なんやかんやで面倒見良さそうだなこの人。

 

 しばらくしてその武装もリカルド中尉から受け取ると、オレは再度機体と武装の最終チェックをし、機体が万全な状態であることを改めて確認する。

 先程の戦闘を経ても特に損傷も見られず、機体の調子は悪くない。

 寧ろ、先程のガガウル級との戦闘によってザクの各部は程よく暖まってきており、核融合炉も調子が出てきたのか、アクシズから発進させる前に起動させたばかりの時よりも幾分か動きやすくなっているようにも感じた。

 

 ランドセルに残る推進剤の量には未だ余裕があったので、少しでもザクを機動させてシャア戦へのイメージを膨らませようかとも思ったが、今更少しやったところでどうにもならないだろうし、あのシャアと戦うとなるとどれくらい推進剤を消費してしまうのか皆目見当もつかない。

 

 シャアが本当にするとは思えなかったが、模擬戦中に推進剤が切れて動けなくなったところを狙われてボコボコにされては目も当てられないので、念の為ここは温存させておくことを選び、オレはザクを近くのデブリに固定してシャアを待つことにした。

 待っている間に自前で持ち込んだラジオに電源を入れて放送を流していると、景気のいい音楽が流れ始める。

 

『哀 ふるえる哀 それは別れ唄~♪

拾う骨も燃え尽きて、濡れる肌も土にかえる♪』

 

 模擬戦ということでミノフスキー粒子もそこまで高濃度には散布されていないようで、少し音質がかすれてはいるがアクシズで放送されているラジオ番組の電波を受信出来ているようだった。

 ラジオから流れている音楽をBGMにして心を落ち着かせていると、急に背筋にぞわりと寒気が走る。

 

 急いでラジオを消してザクのセンサーの感度を最大限まで上げると、アクシズのMS発信口から凄まじいスピードで何かが飛び出していくのが見える。

 その何かが通った後の跡には赤い残像が残り、彼が、あの赤い彗星シャア・アズナブルが出撃したことに気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 

「赤い彗星....、実際に機動を見てみると、この渾名を付けた人の気持ちが分かるな。」

 

 シャアの乗る赤いゲルググは高速で俺のザクの近くまで来ると、デブリに張り付くオレを見下ろすような位置に陣取り、通信を送ってくる。

 

『待たせた、ムサシ君。

それでは見せてもらおうか、君のニュータイプとしての力を!この私に!』

 

 そう言い終わるや否や、一瞬でオレのザクへと模擬戦用ライフルの照準を合わせると、躊躇なく攻撃してきた。

 

 「うわっ!」

 

 オレは慌てて操作スティックを押し込むと、既のところで攻撃を回避することが出来た。

 こちらもどうにかして反撃しなければと思い、牽制用にマシンガンの模擬弾を撃って弾幕を張るが、シャアはそれを意に介することもなく、迫りくる弾をごく最小限の動きで回避して接近してくる。

 

 ザクのコックピット内にはゲルググの接近を知らせるアラートが鳴り響き、一気に間合いを詰められたオレは近接戦闘を余儀なくされる。

 ヒートホークを抜いて迎撃するが、シャアのゲルググの猛攻の全てを受け切ることは出来ず、ショルダーシールドに破壊判定が出たことがモニターに表示された。

 

 そもそも実戦経験皆無で初心者同然のオレがザクに乗ってるのに、ジオンの赤い彗星様が高性能機のゲルググって普通におかしくないか?

 

『私のゲルググは今回の為に最大性能が通常時の60%前後になるようにリミッターを付けている。

 現状では、君のザクと性能に大きな差がある訳では無いはずだ。』

 

 有能なシャアだからこそ出来る芸当なんだろうが、相変わらず人の思考を読んだようにこっちの考えを予測して話してくるの辞めて貰えませんかねぇ。

 心の中で悪態を付きながらも、そんなことを言っても状況が変わるわけでは無いので、回避と撹乱に集中する。

 

 正面からやり合っても勝ち目が無いことは明白なので様々な戦法を試した結果、オレはスモークタイプに換装したクラッカーを投げてはシャアの目を撹乱し、デブリの影から狙撃するスタイルを早々に確立することに成功した。

 オレの射撃はゲルググ本体にはまるで当たる気配は無かったが、それでも盾には数発当たっている!

 

 流石のシャアも、オレのこの戦法攻めあぐねているような.....、いや無いな。

 MSの装甲越しに、彼からどこか喜びのような感情を感じる。

 どうやら彼はオレの戦法を見切りながらも、ニュータイプとの戦いが楽しくてすぐに勝負を終わらせるつもりが無く、それで付き合ってくれているだけの様だ。

 

 要するに、ある意味舐めプされてる。

 しかも質の悪いバトルジャンキーに。

 

 その事実に少しショックを受けるが、相手が油断している今が逆に好機なのではないだろうか?

 そう気付いたオレは、頭をフル回転させて戦術を練っていく。

 

「よし!」

 

 ある程度自身の思考を纏めると、オレはザクを最大加速させて急速に現在の戦闘宙域を離脱する。

 元々指定されていた宙域から逃げるというオレの予想外の行動にシャアのゲルググも一瞬戸惑った様な動きを見せたが、すぐに牽制射をしつつオレのザクを追いかけてきた。 

 

 『逃げるだけではすぐに追いついてしまうぞ!』 

 

 オレがザクのモノアイを一瞬後方へと向けると、シャアがデブリを足場にしてゲルググに加速を掛け、みるみる内にオレとの距離を縮めてくるのが見えた。

 これが噂に聞くシャアの八艘飛びか。

 急速に接近してくるシャアに少し焦るが、これも作戦の内だと自分に言い聞かせてひたすらにザクを前へと進める。

 それでも彼我の速度差は如何ともしがたい。

 シャアのスーパーエースとしての力量をビリビリと感じながらも、少しでもシャアを足止めをしようとザクの各部からSマインを射出する。

 ザクの各部に収納されていたSマイン全てを一気に出したことで、流石のニュータイプのシャアもSマインから放出された大量の極小の小型ペイント弾を完全に避けきることは出来なかったようで若干の被弾がシャアのゲルググにも見られた。

 しかし、シャアの戦術機動にはなんら影響を与えることが出来ず、彼の機体はそれまでと変わらない速度でオレを追跡し続け、Sマインの効果がほぼ見られなかったことにオレは内心舌打ちする。

 

 ただ、そのSマインはあくまで足止めの為に出しただけであり、目的地までオレが先についてしまえば何も問題ない。

 

 「見えた!」

 

 シャアから逃げ回って数分。

 オレの目に、あるものが飛び込んでくる。

 ガガウル級MS運用巡洋艦。

 オレが先程の訓練で撃沈した船だ。

 

 なんとかシャアに追いつかれる前にそこへと着くと、オレはガガウル級の残骸の影へとザクを滑らせる。

 まだギリギリ間に合うだろうか?

 そう思いながら狙撃しやすい位置にザクを固定すると、ザクマシンガンのドラムマガジンを交換した。

 

 

『ガガウルを盾にするつもりか...?

だが、そこに隠れた時点で君の負けだ!

君は優れたニュータイプではあったが、やはり実戦経験の差が勝敗を決めてしまったようだな!』

 

 シャアはここで勝負を決めにくるつもりらしい。

 ミノフスキー粒子の薄さ故にシャアのゲルググの動きはザクのセンサーでもハッキリと分かる。

 後はオレが上手くすれば!

 瞬間的に息を止めることによって手ぶれを少なくすると、シャアの機体がオレの射撃範囲に入った瞬間。

 

 ドドドドドドドド!

 

 と、オレは現在のマシンガンに装填されているマガジンを空にする勢いで射撃し続けた。

 

『そんなものを避けるなど造作も無い!

いやこれは...、も、モニターが...死ぬ!

何が起こった!』

 

 辺りに激しい光の奔流が流れ込むとともに、シャアの焦ったような声が通信機越しに聞こえてくる。

 条件はクリアされた。

 ここからが反撃の時だ!

 

 オレがシャアに一矢報いた瞬間だった。



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第8話

 前回オレがザクマシンガンから放った弾。

 お察しの通り、ただの弾では無い。

 

 『信号弾』

 

 通常であれば、ミノフスキー粒子の濃度が濃くて通信が出来ない場合に部隊間の連絡を取る為に使われるものである。

 生身の人間に対しては兎も角として、重厚な装甲を有するMSに当てたところで直接的なダメージを与えることは出来ない。

 そう、直接的には。

 

 実はこの信号弾だが、破裂した際に強力な光と音が出るように設計されているのだ。

 この点に着目したオレは、その光と音を利用してシャアのゲルググのモノアイカメラのシステムやモニターを焼いて一時的な麻痺を生じさせ、その間隙を突いて攻撃しようという作戦に出たわけである。

 特に高性能機のゲルググはザクと比べても光や音には非常に敏感であり、一度受けてしまうとしばらく行動不能に陥ることは容易に想像がついた。

 

 大量の信号弾をばらまいた瞬間、辺りは昼間のように明るくなる。

 7色の綺麗な光が瞬くと、オレのザクのモニターにノイズが走り始めた。

 真正面に撃ちまくったお陰で案の定オレのザクのモニターまで麻痺してしまったが、コックピットハッチを開放して視界を確保すると、すぐさまマシンガンの弾を通常のペイント弾に変え、再びドラムマガジンが空になる勢いで、停止したままのシャアのゲルググを撃つ。

 シャアが対応してしまうか、ゲルググのモニターが復活する前にケリを付けてしまうしかない!

 

『ええい!

やるなムサシ君!』

 

 それでもオレの射撃は数発当たったのみで撃破には至らず、すぐにシャアはオレの攻撃を察知して回避行動を取る。

 オレのザクと同じようにゲルググのモニターも麻痺していて、ろくに攻撃された位置なども把握出来ないはずなのに、なんで回避出来るんだよ!

 オレはシャアのチート具合に舌を巻くが、グズグズしてもいられない。

 ザクのスラスターを噴かして追撃に移った。

 

 ようやく一方的に狩られる側から狩る側になれたはずのオレだったが、ここで少々問題が発生する。

 これまでに弾薬を消費しすぎて、そろそろ尽きてしまいそうなのだ。

 

 オレは最後のマガジンに交換すると、ゲルググに照準を合わせる。

 モニターやセンサーがイカれている為に、目視で照準をしなければいけないわけだが、これがまた難しい。

 しかもシャアも絶えずゲルググを機動させていているのでなかなか狙いが定まらない。

 ようやく撃ち始めようとした時、シャアもゲルググのコックピットハッチを開放したところが見えた。

 距離も遠く、更にはヘルメット越しでシャアの表情をうかがい知ることは出来ない。

 

 しかし、シャアがハッチを開放した瞬間、オレのザクの位置を正確に察知されてしまったと確信する。

 じわりと悪い汗が流れ、シャアに見られているような感覚がしたのだ。

 

 バレてしまったものの、今更どうすることも出来ない。

 オレはマシンガンを連射しつつザクを最大加速までもっていき、腰部にマウントされていたヒートホークを抜き去る。

 ザクの加速力も上乗せした渾身の薙ぎ払いをするが、オレの動きに対応するようにナギナタを起動させたゲルググに簡単に防がれてしまい、更には返す刀でオレのザクを切りつけてきた

 ゲルググ流れるような反撃の動作に対応出来なかったオレは防御し損ない、脚部を切られてしまう。

 

 ナギナタも訓練用のものだった為に実際に機体が破損した訳ではなかったが、機体の状態をしらせるスライドに『脚部損傷:機動率15%低下』との文字が出ると、ザクの機動性が極端に落ちるのを感じた。

 ガクンとスピードが落ちたところを、加速してきたゲルググにコックピット周辺を蹴りつけられる。

 

「うわ!!!」

 

 コックピットが激しく揺さぶられ、ところどころ体をぶつけてしまった部分が痛い。

 なんとか開放したままのハッチからザクの外に放り出されるという最悪の事態は回避したものの、すでにザクもオレの体もボロボロだ。

 

 もうこうなってしまっては勝ち目は無いか...。

 一瞬、もう降参してしまった方が楽になるのではないかという考えが頭をよぎる。

 

 だがそこで思い出したのは、シャアに勝ってやろうと奮起した時の記憶と、オレの為に入手の難しい信号弾まで用意してくれたリカルド中尉のちょびひげ顔。

 こんな時に好きな女の子の顔でも思い浮かんだのならまだ格好がつくが、よりにもよってリカルド中尉が浮かぶなんてな。

 まあオレの為に頑張ってくれたのは確かだけど。

 頭に浮かんだ予想外の人物に一瞬苦笑を漏らして吹っ切れたオレは、ボロボロのザクでもなんとかシャアに食らいついてやろうと再びゲルググに向かっていくのであった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「知らない天井だ・・・・・」

 

 気付いたら、酷く真っ白に塗装されて天井が見えてきた。

 オレは痛む頭を押さえながら、体を起す。

 あれ、オレって今までなにしてたんだっけ...。

 

 そう思いながらぼんやりとしたままの頭で考えるが、上手く思い出せない。

 近くを見回すと、綺麗なピンクの髪をツインテールに結えた可愛らしい少女が、目を見開きながらオレを見ているのに気がついた。

 歳のころは...、10代中盤にさしかかるか否かと言ったところか。

 

「あの。」

 

 いまいち自身の置かれている状況が読めなかったオレは、その少女に話しかけてみる。

 しかしその少女はオレの言葉に何か返すことはなく、ピョン!と飛び上がると一目散に部屋を出て廊下を駆けていった。

 

「シャア大佐!

ムサシ君、目が覚めたみたいですよ!」

 

 廊下にでた少女が何やら叫ぶと、ドタドタと数人の人間が近づいてくる音が聞こえてきた。

 何事かと思って身構えるが、部屋に入ってきた人物達を見て警戒を解く。

 一人目はシャアで、二人目がリカルド中尉、三人目は白衣着ているし医者か?

 そして最後に先程の少女が入ってきて、オレの寝ているベットを取り囲む。

 

「ムサシ君、すまなかった。

私としたことが、つい熱くなりすぎてしまったようだ。」

 

 シャアはそう言うと、丁寧に頭を下げてくる。

 ん、あのシャアが謝るだと!?

 

 あまりの状況に逆に頭が冴え、オレは気を失う前の記憶を少しずつ思い出してきた。

 そうか、ボロボロのザクで無謀にもシャアに最後の戦いを挑んでボコボコに返り討ちにされてしまったのか...。

 

 だが、最後まであがこうとしたオレにも責任はあるからな。

 シャアの謝罪を素直に受け止めて、「大丈夫ですよ。」と言っておく。

 

 そうすると、少女が「まったく!子供にケガさせちゃダメですよ大佐!」と言って頬を膨らませプンプンと怒り始めた。

 シャアは少し気まずそうな顔をすると、その少女にもすまないと謝っている。

 シャアに頭を下げさせるとか凄まじい子だな。

 

 しばらくプンプンしたままの少女だったが、何か途中で用事を思い出したのか、あっ!言いながら立ち上がると、お大事に!といってオレの頭を撫でて足早に再び部屋を出て行った。

 

 疑問に思ったオレは、その少女の足音が遠ざかったのを見計らって、残ったシャアとリカルド中尉に彼女の素性を聞いてみる。

 

「彼女はハマーン・カーンだよ。

このアクシズの総督、マハラジャ・カーンの娘で、彼女自身もニュータイプ能力を持っている可能性がある。

 後学の為にと私と君の模擬戦を見せていて、その関係でこの病室にいたんだ。」

 

「ちなみにお前を看病してたのも彼女だぜ!

あんな可愛い子に看病して貰えて、く~幸せ者だなあ!」

 

 シャアから説明を受けて納得した(リカルド中尉の方の話はどうでも良かったが)。

 マハラジャ総督に娘がいるという話は聞いていたが、彼女がそうだったのか。

 どこか優しいそうな感じがする子だったな...。

 またもし会う機会があるのであれば、是非とも仲良くしてもらいたいものだ。

 

 その後は医者から軽く検査を受けて問題が無いことを確認すると、寝せられていた部屋を出て帰路につくこととなった。

 シャアはエレカで送ると言ってくれたのだが、今回の模擬戦の反省をゆったりとしたかったオレは、その誘いを丁重に断って歩いて帰ることにする。

 しかし、ジオン軍基地を出たところで何故か泣きじゃくっていたグレミーを発見すると彼から突撃され、オレは結局反省点をまとめることも出来ずにグレミーに先導されてトト家へと戻るのであった。



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第9話

 シャアと模擬戦をしてみて分かったが、オレはまだまだ力不足だということを実感した。

 どうすればシャアとの差を埋めることが出来るのか?

 どうすればシャアに勝つことが出来るのか?

 トト家での日々の業務に励みながらも、最近は自分が強くなることばかり考えている。

 どうやらオレは、自分で思っていたよりも熱しやすい人間であったようだ。

 

 あの先日の模擬戦の後も、週に数度はシャアがトト家までオレを迎えに来て軍の駐留基地まで連れて行かれるようになった。

 まあ元々そのようにシャアとトト家の当主の間で話が付いていたらしいし、俺自身その状況はシャアに弱点が無いか観察するのにうってつけだったので、意外にも順応は早かった。

 最近では、シャアに付いてちょこちょこと日々の業務を見学した後に最後に模擬戦をするというのがルーティンになりつつある。

 以前はあんなにシャアとの関わりを避けていたのに、最近では嬉々として彼について行ってしまうとは...。

 我ながら笑ってしまうな。

 それとも彼のカリスマ性の成せる技なのだろうか?

 

 ただ、最近ちょっと困ったことが起きてしまっている。

 初めてシャアと模擬戦を行った日以来、度々オレがMSの実機に乗って模擬戦を行っていることを知ったグレミーが、自分も連れて行けと、弟のお前だけMSに乗れるなんてズルいとだだをこね始めたのだ。

 

「いや、そもそもグレミー様を守る為に自分はトト家に雇われたんですから、強くなる為にこういった実戦形式の訓練するのは当然の義務なんですよ。(正論)

 仕方ないでしょう。」

 

「は?でも兄より弟の方が先とかあり得ないだろ?

というか二人だけしかいない時はお兄ちゃんと呼べ!」

 

 一度なんとか諭そうと正論をぶつけてみたのだが、頭をグーパンで殴られかけて敢えなく撤退することとなってしまった。

 意外と暴力的なんだな、あのマザコングレミー少年。

 

 そんなこんなな出来事がありながらも、なんとか平穏に暮らしていたある日。

 シャアがまたオレを誘いにトト家へとやってきた。

 最近ではシャアのエレカはトト家ではもう見慣れたものになってきていて、態々使用人一同で出迎えに行くことも無い。

 シャアのエレカが来ると、オレだけ仕事を早引けして彼を迎えに行くのだ。

 しかし今日に限っては...。

 

「グレっ、お兄ちゃん。

 なんでそこにいるんですか?」

 

「僕もMSに乗りたいからだ。」

 

「それでここに来たと?

 かといって、そもそもシャア大佐がMSに乗せてくれるとは限らないでしょう...。」

 

 なんと、シャアのエレカの隣にはグレミーがいたのだ。

 グレミーの行動力というか無謀さというかに呆れてため息をつくと、諦めてシャアがエレカから降りてくるのを待つことにする。

 シャアなら口八丁でグレミーを丸め込んで、断ってくれるはずだ。

 

 そう思いながら若干期待を孕んだ目でエレカを見ていると、ドアが開いて颯爽とシャアが登場してくる。

 カツカツと軍靴を鳴らしてオレとグレミーのところへ来ると、オレを一瞥してニヤリと笑ってからグレミーの方を向き直った。

 あれ、なんか嫌な予感が。

 

「グレミー君。

 お父上から話は聞いている。

 今日はよろしく頼む。」

 

 そう言ったかと思うと、シャアとグレミーが固く握手を交わしたではないか!

 オレはまさかの展開に口をあんぐりと開けるしかなかった。

 

「フッ...、さあ乗りたまえ。」

 

 シャアに促されてエレカにグレミーと二人で乗りはしたが、釈然としない。

 後部座席に乗っているグレミーが急速に移り変わる外の景色に気を取られているのを確認して、隣で運転ハンドルを握るシャアに問いかける。

 

「大佐、なんでグレミー様が...。

 最初から話が付いていたみたいですけど?」

 

「ああ、トト家からな。

 私も乗り気ではなかったのだが、大人の世界は複雑なのさ。」

 

 乗り気ではなかった?

 本当に言ってるのかこの人?

 

「そう言う割には、さっきオレが驚いた顔した時に嬉しそうでしたけどね。」

 

「そうかい?」

 

「そうですよ。」

 

 この人、もしかしてこの前の模擬戦でオレに信号弾の光でゲルググのモニター壊されたことをまだ根に持ってるのか?

 

 結局模擬戦が終わってもゲルググのモニターは治らずに原因を調査したところ、信号弾の強力な光を当てられたせいで光を感知する回線が飛んで修復を余儀なくされたらしい。

 

 意外と子供っぽいところがあるんだな。

 それだけゲルググに思い入れがあるということかもしれないが。

 そう思いながらシャアから視線を外すと、いつものジオン軍基地が見えてきた。

 アクシズという小惑星自体がそこまで大きくはないので、トト家とジオン軍の基地は意外にもそこまで遠くはない。

 エレカならものの十分程度で着いてしまう距離だ。

 

 いつものようにシャアはエレカを停めると、全員でMS格納庫の方へと向かう。

 今日はグレミーがいるからか、シャアは仕事を後に回して先に模擬戦などをするつもりらしい。

  

 MS格納庫に到着すると、リカルド中尉にその同僚のアンディ中尉、更にはこの前オレがシャアにボコボコにされた時に看病してくれたというハマーンさんまでいた。

 

「よう坊主!」

 

 リカルド中尉以外にも、二回目以降の模擬戦のたびに会うようになって少し親しくなったアンディ中尉も手を上げて歓迎してくれている。

 そして一回目の模擬戦以降会えてなかったハマーンさんも、ニコニコしながらこちらに近づいてきた。

 

「シャア大佐!ムサシ君も!

 それと...?」

 

「ああ、彼はグレミー・トト君だ。

 今日は彼も君と一緒に模擬戦を見学する。」

 

「よ、よ、よよよよよろしくおねがいしますううう!!!」

 

 シャアから紹介されたグレミーだったが、過去一にテンパってオロオロしていた。

 確かにグレミーって女性免疫なさそうだし、緊張してても当然か。

 普段お兄ちゃん風を吹かせて格好をつけてるグレミーが、こんなにテンパってるのを見るとなんだか面白いな。

 

 「よろしく、グレミー君。

 私はハマーン・カーン。

 気軽に名前で呼んでくれていいわよ?」

 

 そう言うと、ハマーンさんがグレミーに手を差し出す。

 グレミーは、「は、ハマーンさん...。」と、どこか呆けたようにつぶやくと、一瞬何故か躊躇した後に彼女の手を取る。

 

 ボンッ!!!

 

 その瞬間、グレミーの顔はみるみる赤みを増していき、最終的に爆発でも起こったような音が出た気がした。

 いや、実際に音が出たわけでは無いのだが、確かに感じたんだ。

 数秒グレミーはハマーンさんと握手をすると、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。

 

「危ない!」

 

 オレは倒れ込むグレミーをなんとか支えると、床にゆっくりと下ろす。

 グレミーは気絶をしているようだが、なんとも幸せそうな顔をしていた。

 

 突然倒れ込んだグレミーに驚いて大人達が集まってきた。

 ハマーンさんも、口に手を当てて非常に驚いたご様子。

 気絶をしたグレミーの顔を見ていると、ハマーンさんの美しさに当てられて気を失ったんだと気付くのにそう時間は掛からなかった。

 

 主人が情けない理由で気を失った事実を隠すために、オレは、「ちょっと体調が悪かったみたいですね~。」なんて言いながら近くの医務室までグレミーを連れて行って寝かせる。

 それでも勘の良い人間なら気付いているだろうが。

 ほんと何しに来たんだグレミー少年よ。

 

 しばらくグレミーを看病してから気を取り直して一人でMS格納庫まで戻ると、さっきは無かった白いリック・ドム?のような機体が鎮座していた。

 いや、ドムにしてはやけにランドセルが異様な形をしているし、なんだこの機体?

 オレがその謎の機体を見回していると、シャアとハマーンさんが近づいてくるのが目に入った。

 

「この機体はシュネー・ヴァイス。

 リック・ドムをベースにして改修した、ニュータイプ専用機だ。

 エルメス等に搭載されていた1年戦争時のサイコミュシステムに手を加えてなんとかこのサイズまで落とし込んだ。

 それでもまだ大きすぎるくらいだが...。

 主兵装はエルメスと同じくビットを使う。

 ところでグレミー君は大丈夫そうか?」

 

「はい、グレミー様はなんとか。

 へー、これがニュータイプ専用機ですか。

 それでこんなにランドセルが大きいんですね。

 ちなみにパイロットは誰が?僕と同じフラナガン機関とやらの出身者ですか?」

 

 シュネー・ヴァイスっていうのかこの機体。

 シャアの説明を聞きながら、ふと疑問に思ったことを口にする。

 トト家の資料室のデータベースで見たデータによると1年戦争時のジオンニュータイプ部隊はほぼ壊滅しているというし、そうすると自ずとパイロットの出身は絞られてくるが、オレがフラナガン機関にいた頃の仲間で、実際にニュータイプ専用機なんかを動かせるレベルの奴いたっけか?

 

「ふむ、君はやはり中々に鋭いな。

 そうだ。この機体のテストパイロットはハマーンが務めることになっている。」

 

「へー、ハマーンさんが...。

 え!ハマーンさん!?」

 

 驚きのあまり、次はオレが倒れ込みそうになるのであった。

 




 正直なこと申しますと、自分にとってのシャア像って、何故か逆シャアの時のイメージが凄く強いんです。
 その関係で、もしかすると「ここはCDAのシャアじゃなくない?」と読者の皆様が思われるような表現があるかもしれません。
 申し訳ありません。
 


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第10話

「ハマーンさんがこのMSのパイロットなんですか!?」

 

「ええ、そうよ。

 あまり思い出したい記憶じゃ無いけど...、実は私もあの機関にいたことがあって、このMSにも適性があるんですって。

 ムサシ君みたいな小さい子だって頑張っているのに、私だけ逃げるなんて出来ないもの。」

 

 驚きのあまりに倒れそうになるのをなんとかこらえると、シャアの隣にいたハマーンさんに聞いてみたが、どうやら本当にそうらしい。

 彼女もニュータイプ能力を持っている可能性があるということは以前シャアから聞いていたけれど、まさかもうMSのテストパイロットに選抜されるなんて...。

 しかも、フラナガン機関とかいう研究施設での実験は決して生やさしいものでは無かったし、あそこの実験を経験したのなら自ら進んでニュータイプだとかMSだとかに関わりたいとは思わないはずだが。

 何の後ろ盾も無く、無理矢理このアクシズに連れてこられたオレ達みたいなのはともかく、彼女はアクシズの統括責任者の娘だろ?

 

 シャアという超えるべき目標が出来たお陰で、今はMSの操縦にやる気を出してはいるが、オレが頑張っているのも元はやまれぬ止まれぬ事情からであって...。

 そう思いながらハマーンさんを見ていたのだが、どこか彼女の様子がおかしい。

 ちょっと待て。

 よく見ると彼女が、軽く頬を赤らめながらシャアをチラチラと見ているではないか。

 

 あー、そういうことか。

 

 ハマーンさんがニュータイプなどに再び関わろうとした切っ掛けになんとなく気付きはしたが、ここでオレが指摘するのは野暮というものだろう。

 今気付いてしまったことは心の中にしまいつつ、オレは模擬戦の為に気持ちを切り替えることにした。

 

「ところでここにそのシュネー・ヴァイスを持ってきたってことは、もしかしてハマーンさんも?」

 

「そう!

 最初は見学だけのつもりだったのだけど、機体の調整が追いついたから私もって...。

 ですよね、大佐?」

 

「ああ、今日はハマーンにも参加して貰うことになる。

 よろしく頼む。」

 

 ハマーンさんとも模擬戦をすることが出来るとはな。

 彼女のシュネー・ヴァイスはニュータイプ専用に設計されていて、ビットを使用したオールレンジ攻撃も可能な機体らしいし、今回の模擬戦はいつも以上に得るものも大きいだろう。

 

 それぞれ自身のMSに搭乗するためにシャアやハマーンさんと別れたオレは、早速ノーマルスーツに身を包むと、いつも借りているザクの収容されているブロックに向かう。

 しかし、そこにあるはずのザクは影も形も無く、オレは呆気にとられてしまった。

 MSが無いのにどう模擬戦を戦えと?

 

「日系っぽい顔で6歳前後くらいの男の子っと...、あ!いた!

 貴方がムサシ君?」

 

 名前を呼びかけられて後ろを振り向くと、ジオン軍の士官の軍服に身を包みながらも、どこか優しげな雰囲気を漂わせた女性が立っていた。

 その女性の肩の階級章を見ると、中尉の階級章が煌びやかに輝いている。

 

「はい、そうですが。

 何かご用でしょうか?」

 

「ちょうど良かった!

 私はナタリー・ビアンキ!

 貴方を新しいMSのところまで案内してくれってシャア大佐に言われて来たのよ。

 こっちにあるらしいから付いてきて!

 あ、ちなみに普通に呼び方はナタリーでいいわよ。」

 

 パチリとウインクをすると、そのナタリーさんはスタスタと歩いて行った。

 ふむ、どうやら新しい機体を貸してくれるようだ。

 それでいつものザクがなかったのか。

 ザクに愛着が湧きつつあったので少し寂しくはあったが、性能のいい新しい機体を貸してくれるというのなら断る理由は無い。

 オレは大人しく彼女についていくことにした。

 

「本当に小さい男の子だったのね。

 シャア大佐からはエース級のパイロットって聞いてたから、本当かしら?と思ってたけど。」

 

「まぁ色々とありまして...。

 エース級かは分かりませんがシャア大佐にも鍛えて頂いていますし、ボチボチは得意ですかね。」

 

 ナタリーさんは意外と話好きなのか、どちらか言うと不愛想気味のオレにも気さくに話しかけてくれる。

 移動中に二人で様々なことを話したのだが、ナタリーさんはあのハマーンさんともとても仲がいいらしい。

 シャアのことも尊敬してると、少しはにかみながら語ってくれた。

 ハマーンさんだけでなくナタリーさんもか。

 二人の美女に慕われているとかどこのハーレム野郎だよシャア・アズナブル。

 

 話上手のナタリーさんのお蔭で話が思いの外弾んでしまい、危うく目的を忘れるところだったが、オレ達は無事にMSブロックまで着くことが出来た。

 ブロック内を進んでいくと、やがてMSが多数並んでいる開けたところに出た。

 

「はい、この機体が貴方の新しい機体よ!」

 

 ナタリーさんに言われてそこにあったMSを見てみると、あれ?

 これって色が変わっただけのザクじゃないのか?

 

「ナタリーさん、これってただのザクじゃ...。」

 

 同じザクになるのなら、態々新しい機体を用意しなくてもよかったではないか。

 せっかく前のザクに馴染んできたところだったのに。

 そう思ったオレはナタリーさんに抗議をしようとしたのだが、

 

「いやーね!

 これはアクト・ザクっていって、今までムサシ君の乗っていたF型とは全くの別物よ。

 駆動部に施されたマグネットコーティングで機動性は大幅に上がっているし、ビーム兵器も使えるの。」

 

 と言われてしまった。

 どうやらかなり強化されたザクだったらしい。

 ザクの違いが分からない素人ですみませんナタリーさん。

 

 気を取り直してアクト・ザクのコックピットまで登り、システムを起動させてみると、機体の各種情報がモニターに表示されて機体のスペックや武装を確認することが出来た。

 うお!操作方法は基本的に通常のザクとは変わらないけど、エネルギーゲインが段違いだ!

 流石、ビーム兵器が使えるというだけあるな。

 

 シートに座ってベルトを締めてコックピットハッチも閉じると、モニターにMSのカメラが捉えている外の映像が表示される。

 ナタリーさんがその場から離れたのを確認して軽く機体を動かしてみるが特に問題は感じられず、むしろ以前のザクよりも動作の一つ一つが滑らかになっているのを感じた。

 新しくなったザクに満足して電磁カタパルトへと機体の足を乗せると、発進体制に移って管制官の指示を待つ。

 

『ムサシ君、機体の調子はどう?』

 

 コックピットにナタリーさんの声が響くとモニターの一部が変わり、そこに彼女の顔が表示された。

 

「万全ですね。

 前の機体をマシンスペックは大幅に凌駕していますし、期待が持てそうです。

 それよりも何故ナタリーさんが?」

 

『今回は私が管制するわ。

 こういうのも得意なのよ。

 それで、発進は大丈夫そう?』

 

「はい。カタパルトとの接続も大丈夫ですし、いつでも出れますよ。」

 

『了解!

 それじゃ、気を付けてね。』

 

 ナタリーさんの許可を受けて、いつも通りカタパルトからMSを発進させる。

 機体を安定させてからアクト・ザクを加速させると、今までのF型のザクとは比べ物にならない程のスピードを計器が計測し、Gもかなりかかっていることを感じた。

 だが、最早MSのGにもある程度は慣れたものであり、以前のように胃の中身が出そうになるということは無い。

 オレは機体を一気にトップスピードまで加速させ、ハマーンさんのシュネー・ヴァイスやシャアの待っている宙域へと急ぐ。

 

 しばらく機体を走らせていると、アクト・ザクの優秀なセンサーが前方に友軍マーカーのついた機体を二機感知した。

 恐らくこの二機があの二人のMSだろうが...。

 いや、一機は反応が普通のMSよりもかなり大きい。

 どういうことだ?

 

 更に進んでいくと、少しずつ件の二機が見えてきた。

 真っ白に塗装された方はハマーンさんのシュネー・ヴァイスでいいだろう。

 しかしその横に鎮座していたのは、シュネー・ヴァイスの数倍はあるであろう巨体に多数のメガ粒子砲を備えるという、他を圧する火力と圧力を持つ真っ赤な謎の機体であった。

 

「は?なんッ!」

 

 思わず口から漏れてしまった言葉を遮るように、コックピット内部にビー!ビー!とロックオンされたことを知らせる警報が鳴り響く。

 ヤラれる! 

 そう思う前に、すでに操作スティックを握る手は動いていた。

 アクト・ザクのAMBACを駆使して初撃を回避すると、とんぼ返りの要領で巨大な赤い機体の上を取って逆に模擬弾の装填されたブルパップガンで撃ち返す。

 しかし、赤い機体もその巨体に似合わぬ俊敏さを見せて、オレの攻撃は回避されてしまった。

 

 ちッ!と舌打ちが出てしまうが、元よりすぐに勝負がつくとは思っていない。

 正面からの撃ち合いでは火力的に不利だと考えたオレは、機動を取りながらも近くのデブリに一度身を隠した。

 

『あの攻撃を躱すか。

 以前よりもMSの動きが洗練されてきたな、ムサシ君。』

 

 それを見計らったように、赤い巨大な機体から通信が送られてくる。

 やはりあれのパイロットはシャアか。

 

『今回の模擬戦は、新造された私のゼロ・ジ・アールとハマーンのシュネー・ヴァイスの性能評価を下す為のものでもある。

 ゆえに君は連戦になってしまうが、本物の戦場ではこのような展開になることも十分あり得るからな。

 いつも以上に実戦形式の戦闘になるので、気を引き締めて欲しい。』

 

 シャアとハマーンさんの二人と戦えるとはなんて、逆にこちらがお礼を言いたいくらいだ。

 スーパーエースとして知られるシャアと、新進気鋭のニュータイプのハマーンさん。

 相手にとって不足はない、この際多くを学ばせてもらおう!

 

『大佐とムサシ君の模擬戦中は、私はここで見学しています。

 大変だろうけど頑張ってね、ムサシ君。』

 

 オレを気遣うハマーンさんの優しさが染みる...。

 

 一通りの通信を終えると、オレのアクト・ザクとシャアのゼロ・ジ・アールは再び宙(そら)へと身を躍らせていった。




 


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第11話

「あ″~!」

 

 模擬戦が終わった後にシャワーは浴びたのだが、体に籠った熱はそう簡単に抜けてくれない。

 火照った顔に冷えたおしぼりを当てると、あまりの気持ちよさについ変な声が出てしまった。

 

「ふふ、ムサシ君なんだかおじさんみたいよ?」

 

「あ、すみません...。」

 

 ハマーンさんから指摘されて謝ってしまうが、よく考えれば前世も含めればもう立派なおじさんだしなぁ。

 こうしてみると、ここに来ている人間の中でオレが一番精神年齢年上なのでは?

 

 気を取り直して、前の席に座る面々を見据える。

 左から、ハマーンさん、シャア、ナタリーさんの順番だ。

 

 結論から言うと、模擬戦はシャアとは引き分け、ハマーンさんには僅差で勝つことが出来た。

 しかし、結果を見るだけでは分からないこともあるので、実際に戦ってみたオレの感想を聞きたいというシャアやハマーンさんの強い要望から反省会(仮)を行うことになり、話し合いにちょうどいい駐留基地内部の食堂に来た訳だ。

 まぁ自分自身正直この結果は本当にマグレだと思ったので、改善点を洗い出す為にも反省会を行うのはオレとしても願ったり叶ったりではあった。

 

「それで、ゼロ・ジ・アールとシュネー・ヴァイスだが...。」

 

 シャアが少し痺れを切らしたようにオレに尋ねてくる。

 ハマーンさんやナタリーさんもこちらをじっと見て、オレの話す一言一句を聞き逃すまいとしている様子だ。

 

「はい、まずシャア大佐のゼロ・ジ・アールですが...。」

 

 確かに圧倒的な推力と火力、Iフィールドの鉄壁の防御力を備えた、正に動く要塞と言っても過言ではない程の機体だった。

 しかし、人型であるMSの特性を生かした超人的な機動で戦い続けてきたシャアの戦闘スタイルと、拠点防衛用に開発されたゼロ・ジ・アール自体の機体のコンセプトが完全にミスマッチしている。

 実際にシャアは巨大な機体を持て余したようで、いつものキレのある動きは鳴りを潜めていた。

 いや、それでもめちゃくちゃ速いことには変わりないんだが。

 そういった経緯があったのと、アクト・ザクの性能にも助けられて、オレはシャアと引き分けることが出来たのだ。

 

「なにより、ゼロ・ジ・アールに乗っているシャア大佐って全然楽しそうじゃありませんでしたし。

 最初の模擬戦でゲルググで出撃してきた時の方が余程生き生きしてましたよ。」

 

 っといかん、余計なことを言ってしまっただろうか?

 そう思いながらシャアを見てみるが、彼は顎に手を添えて考えに沈んでいる様だった。

 その様はいつぞやの演技掛かった仕草などでは決してなく、真剣に悩んでいるようで、どこか絵になるような美しさがあった。

 

「生き生きか...。

 私としたことが、大切なことを忘れていたのかもしれん。

 ありがとう。」

 

 最後には得心がいったよう大きく頷くと、シャアは手持ちの端末のキーを叩き始めた。

 恐らくゼロ・ジ・アールの大幅な改善案か何かを作成しているのだろう。

 

 シャアが仕事モードになったことを確認したオレは、次はシュネー・ヴァイスのことを話そうとハマーンさんのを方を向いてみた。

 しかし、そこにはハマーンさんというよりも一人の恋する乙女...。

 そう。言うなれば、はにゃーんさんと化した少女の顔があった。

 「ほぅ...」って悩まし気なため息なんてついちゃってるし。

 

 真剣なシャアのイケメン顔に見惚れたのか!?

 ナタリーさんどうしよう!

 ハマーンさんが骨抜きにされてますよ!

 

 助けを求めるようにナタリーさんの方をチラ見するが、そこには恋する乙女②の姿が...。

 ダメじゃんこの人達。

 

 目の前の甘ったるい雰囲気に呑まれてしまって胸やけを起こしかけたオレは、一目散に食堂のおばちゃんのところへ向かう。

 こうなったオレは誰にも止められない!止めさせない!

 

「おばちゃん!

 フルーツパフェのクリーム少な目フルーツマシマシで!

 会計はシャア大佐にツケでお願いします!!!」

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 胃腸によさそうなフルーツをマシマシにした特製パフェを黙々と食べ続けて数分。

 ようやくハマーンさんとナタリーさんが我に返ったことを確認したオレは、再び説明を始めることにした。

 

「正直なところ、ハマーンさんのニュータイプとしての能力は僕なんかよりも遥かに高いと思います。

 ただ、問題はやはり機体自体。

 あのシュネー・ヴァイスでは、ハマーンさんの能力を十分に引き出すことが出来ない...、それについてはハマーンさんご自身も感じたのでは?」

 

 オレが問いかけると、ハマーンさんはゆっくりと首を縦に振った。

 そう。シュネー・ヴァイスはシャアのゼロ・ジ・アールのように向き不向きを論じる以前の問題で、マシンスペックが圧倒的に足りなかったのだ。

 

「私もそれは感じた。

 ビットがハマーンの感覚についてこれていない。」

 

 一瞬キーを押す手を止めたシャアもオレの発言を補足するように話し、オレ達の周りを暗い空気が漂い始める。

 ハマーンさんは少しうつむいて、「シャア大佐の役に立てない...?」なんてボソッと小声で言ってるので聞いていて少し可哀そうになってきてしまうが、現実は非情である。

 万年資源不足のアクシズで新しい機体をすぐに用意できる訳でもなく、シュネー・ヴァイスをどうにかして使っていくしかないのだ。

 

「多分ですけど、ハマーンさんの能力はこれからもっと強くなっていくと思います。

 操縦技術も格段に向上していくでしょう。

 でも、それに合わせた新型のサイコミュ搭載機が無いと...。」

 

 皆で首をひねって打開策を考えるが、そもそもオレ達はサイコミュ研究の担当者でもなければ技術畑の人間でさえない。

 良い考えは浮かばず、時間は過ぎていくばかりだ。

 

 一度頭をリフレッシュさせようと、それぞれドリンクを買って飲み始める。

 オレは最近人気だとかいうタピオカミルクティーなるものを飲んでみたが、持続性のある甘さが口内を蹂躙して思わず顔をしかめてしまった。

 

「と言うか、確かサイコミュの研究自体まだ黎明期もいいとこなんですよね?

 エルメス系統の設計思考から離れて新しく構成を組んだりとかは出来ないんでしょうか?」

 

 しかめっ面になってしまったのをごまかそうと、それっぽいことを話してみるが、シャア達の反応はいま一つ。

 そりゃあたりまえだけどもさ。

 ため息を吐き、頭の後ろで腕を組むと、ふんふん♪と軽く歌を口ずさむ。

 最近アクシズで人気の「哀戦士」とか言う名前の歌だ。

 ふんふん♪と歌い続けて、曲も終盤に差し掛かった頃。

 いきなりオレの近くの席が、ガタリと勢い良く倒れる音が食堂に響き渡った。

 

 何事かと音の出どころを見ると、丸い眼鏡をかけた少女が考え込んだ様子で何やらブツブツと独り言を話してる。

 彼女のそばには倒れた椅子があり、今の音の原因は彼女で間違いないだろう。

 

「そうよ!

 エルメスが成功したからってその設計思考に捕らわれてるから...。

 あの子の言う通り、サイコミュの装置を一度設計しなおせばあるいは....?」

 

 え、こわい。なんだあの子。

 

 しばらくブツブツと言い続けていた少女だったが、急に顔をパアア!と輝かせるとコチラにペコリと一度だけお辞儀をし、食堂を大急ぎで出て行った。

 少女の行動に、訳も分からず呆気にとられるオレ達。

 

「彼女は確かエンツォ大佐のところの...。」

 

 シャアなんかは、さっきの少女の身元に心当たりがあると見えるが。

 いや、今は関係ない。

 あまり気にしないでおこう。

 

 その後もしばらく4人で話し続けたがいい案は浮かばず、解散する流れとなった。

 ハマーンさんが落ち込んでいるみたいなので、彼女はシャアに送ってもらおう。

 それで少しは元気が出ると良いのだが。

 オレは、未だ病室で寝続けているグレミーを叩き起こしてからタクシーでも拾って二人で帰ればいいか。

 

 そう考えて病室に向かおうと一歩踏み出したところで、大切なことを思い出した。

 ちょいちょいと手招きして、ハマーンを送ろうとエレカのエンジンを掛けにいったシャアを呼び止める。

 シャアが戻ってくると、彼の耳に口を近づけて二言。

 

「シャア大佐、このままだと貴方いつか刺されますよ。

 女性関係はしっかりしなきゃぁ。」

 

 オレが思い出した大切なこと。

 それはハーレム野郎であるシャアへの忠告だ。

 オレの経験上、今に痛い目にあうと思うんだ。

 痴情のもつれでシャアが殺されたりしたら、ほんと目も当てられんからな。

 

「あ、ああ...。

 ムサシ君、君は本当に子供か?」

 

 オレの言葉を聞いて怪訝そうな顔をするシャアをエレカに押し込んで見送ると、オレはグレミーを迎えに病室へと歩いて行くのであった。



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第12話

通算1万UAありがとうございます!



 ミネバ・ラオ・ザビがジオン公国の公王位継承を継承する。

 そのニュースに1年戦争以来陰鬱としていたアクシズ内はにわかに活気づき、久方ぶりのお祝い行事ということで街を行く人々の顔もいつもより明るい。

 まぁトト家の私兵であるオレの生活にはあまり関係は無いのだがね。

 オレは今日も元気に鍛錬と農作業、模擬戦の日々である。

 

 最近はシャアの口利きもあってアクト・ザクを割と自由に操縦出来るようになり、シャアとの模擬戦の時以外にも暇を見つけてはジオン軍の基地を訪れてMSを使わせてもらっている。

 その代わり操縦データの提出や、ニュータイプ用の謎の脳波計測器などを付けての操縦を義務づけられているのは少々面倒くさいが、やはりシミュレーターで訓練するよりも実機での訓練の方が操縦技術が上がりやすいようだ。

 

 最近では操縦技術もみるみると上がり、この前の模擬戦の結果を受けてゼロ・ジ・アールからゲルググに乗り換えたシャアには相変わらずボコボコにされているものの、シャアやハマーンさんがいない時に相手をしてくれるリカルド中尉やアンディ中尉にはそうそう負けないようになってきた。

 リカルド中尉なんかはオレに負けるのが相当悔しいと見えて、最近は日々厳しい自主練をこなしているらしい。

 毎回オレとの模擬戦のたびに、自主練で覚えたとかいう奇抜な戦法を試してくるので、オレとしても彼から学ぶことが多くてありがたい。

 

 さて今日だが、ミネバ・ラオ・ザビの公王位継承式典やその警備などに多くの軍人やアクシズの有力者が駆り出されており、シャアやハマーンさんはおろか、リカルド中尉やアンディ中尉さえもいない。

 誰かしら基地に残っているだろうと思ってここまで来たのだが、どうも考えが甘かった様だ。

 

 ここまで来て何もせず帰るのも悔しく思い、オレはいつも通りアクト・ザクのコックピットまで登って機体を起動させる。

 機体の調子を見ようと操作レバーまで手を伸ばすと、そこには何かの紙が張り付いていた。

 テープで止められていた紙を外し、書かれていた文章を読んでみる。

 

「えー何々?今日は誰も相手を出来ないから特別に...。

 へえ、シャアも太っ腹じゃん。」

 

 近くにマウントされていた武装をマニピュレーターで掴むと、カタパルトに乗ってアクシズを飛び出す。

 今回の武装はブルパップガンにザクマシンガン、お馴染みのヒートホークというラインナップだ。

 だがいつもと違うことが一点。

 今日の武装だが、実はいつもの模擬弾ではなく実弾が装填されているのだ。

 

 いつもの模擬戦では、危険な実弾などを使うことは勿論出来ない

 しかし今回は模擬戦の相手もいないし、公王位継承の警備の関係で外洋に出ている艦隊もあまりいないということで、アクシズに向けてさえ撃たなければある程度好きに撃って構わないというシャアのお墨付きを得た(先程の紙にそう書いてあった)オレは、アクト・ザクで宙域を縦横無尽に駆け回り、手ごろな隕石やデブリなどを的にして実弾訓練を行うことにした。

 

「まずはあれを狙うか!」

 

 加速に緩急をつけることで敵にロックオンされずらくなるという、以前シャアから教えてもらった動きを復習しながら機動していると、センサーの端にデブリのような影を捉えた。

 大きさは艦艇にそっくりだし、しかもそこそこの数がある。

 敵艦攻撃訓練にうってつけじゃないか!

 

 最近はMSとの模擬戦ばかりだったので、敵艦攻撃訓練を行うのは最初の模擬戦の時にガガウル級駆逐艦を撃沈して以来だ。

 MSとの戦闘訓練も有意義だが、やはり巨大な艦を撃沈する時の高揚感は忘れられない。

 歓びにニヤリと笑ってしまっているのが自分でも分かり、オレはすぐさまそのデブリのもとへと急行した。

 

 しかし、近づくにつれて最初の高揚感などは掻き消え、次第に言いようのない不安が心を支配してくるのを感じる。

 はっきりと何がとは確信を持って言うことは出来ないが、どこか気持ちが悪いような、本能が警鐘を鳴らしている感覚がするのだ。

 その感覚を無視する訳にもいかず、目標だったデブリをメインカメラの最大望遠で視認可能な距離までザクを移動させると、岩陰に身を隠しながら覗き込むことにした。

 機体を固定し、徐々にメインカメラの倍率を上げていく。

 

「あれは...、デブリなんかじゃない!

 パプア級に、ムサイの初期型か?

 こんなところにいるなんて聞いてないぞ!」

 

 オレの不安が的中してしまったのかもしれない。

 本来いるはずの無い宙域にジオン軍の艦艇が集結している。

 しかも何故かその多くは二戦級以下の旧式艦であり、廃艦と言ってもいいようなものばかりだった。

 

 何が起こっているのか状況を照会しようと通信システムを開いてアクシズの管制室との通信を試みるが、ミノフスキー粒子の影響か音声にノイズがかかって上手く聞き取れない。

 ここは大人しくアクシズに戻るべきだろうか?

 いやしかし...。

 

 考えた結果、集結しているジオン艦艇間の通信を一度聞いてから結論を出すことにしたオレは、アクト・ザクの通信システムをジオン軍の軍用回線の周波数へと合わせていく。

アクシズよりも近い位置に艦隊がいるお蔭で、アクシズと通信するよりは聞きやすそうだ。

 徐々に聞こえてくる音を拾い、紙にメモしていく。

 

「廃艦で...連邦を.......ジオン独立?

 何を言っているのかサッパリ分からん」

 

 聞き取れた単語を並べてみたが、今一つピンと来ない。

 こんな時に頭のキレるシャアでもいたら楽だったんだけどなぁ。

 

「ん?」

 

 いない人間ねだりしてもしょうがない、諦めてアクシズに戻ることにしよう。

 メインモニターに視線を移したオレだったが、一瞬、遠くで揺らめくかすかな光を捉えた。

 

「光...?

 いや、スラスターか!

 まさか、アクト・ザクで通信を拾っていたのがバレたのか!」

 

 それがスラスターの発する光だということをオレが認識するのと同時に、近づいてきていると思われるMSから通信が届く。

 

『貴様何者だ!

 所属と官姓名を明らかにせよ!』

 

 完全にバレてるし、相手怒ってる!

 頭の中には、捕まってから修正(物理)されてしまう自分の姿が一瞬浮かぶが、オレだってエースやベテランのパイロットと日々模擬戦をしているのだ。

 簡単に捕まえらえて堪るか。

 

「ここは三十六計逃げるが勝ちってね!」

 

 幸いなことに、相手のMSはただのザクⅡだ。

 機動性でオレのアクト・ザクに追いつけるはずがない。

 相手が威嚇で発砲してきた弾もなんなく躱し、オレはぐんぐんと距離を引き離して撒くことに成功した。

 ここならザクⅡの索敵範囲は確実に超えているし、大丈夫だろう。

 

 安心した瞬間、疲れがドッと押し寄せてきた。

 もう帰ろう...。

 

 万が一にもさっきのザクに見つからないように、スラスターはあまり使わずにデブリを蹴った時の反動を使って進んでいく。

 スピードは遅くなるが、この方が確実だ。

 この調子ならあと30分もすればアクシズに着くだろう。

 それに、ここまで近づけばアクシズとも連絡がつくはずだから、そうすればさっきの謎の廃艦隊のこともわかるかな。

 

 オレは通信システムを起動させると、アクシズへ通信を送る。

 

「えー、こちらムサシ・ミヤモトです。

 あと30分ほどで帰還しますので、受け入れ準備をお願いします。

 それと、先ほどポイントE060周辺で航行予定の提出されていないジオン艦艇を多数発見。

 確認されたし、以上。」

 

 伝えるべきことは伝えたし、後はジオン軍が上手くどうにかしてくれるはずだ。

 オレは管制室から了解という返信のメッセージを受け取って、通信を終了するボタンへと手を伸ばす。

 が、急にブオンという機械音とともにモニターに表示されたシャアの顔を見て終了しそこなってしまった。

 

「私だ。」

 

 自分で言わなくても見りゃ分かりますよ。なんて軽口を叩こうとしたが、いつになく真剣な表情をしたシャアの気迫を受けて、上手く言葉が出ない。

 画面越しにも彼のプレッシャーを軽く感じ、思わず初めてシャアと会った時を思い出してしまうかのようだった。

 

「君がその宙域に出ていてくれたことは僥倖だった。

 先ほど報告してくれた艦隊...、それの監視と、可能であれば調査をお願いしたい。

 これにはアクシズの、いや、スペースノイドの命運が掛かっているかもしれんのだ!

 私は今は動くことが出来ん、どうか代わりに頼む。」

 

「ゑ?」

 

 予想外のシャアの頼みに、オレはただただ口をポカンと開けるしかなかった。




本当はバレンタインまでにとあるキャラ達を出したかったです...。


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第13話

「結局押し切られてしまった...。」

 

 悲しいかな。

 ハッキリと断ることがなかなか出来ないという日本人の悲しい性のせいか、シャアの頼みを無碍にすることも出来ずに受けてしまったのだ。

 最近、シャアには驚かされたり上手く使われてばかりのような気がする。

 絶対に次は仕返ししてやろう。

 

 そう心に決めながら、廃艦隊を見た宙域へと戻っていく。

 シャアから聞いた話では、廃艦隊の集結にはジオン軍内部の強硬派が一枚噛んでいるらしい。

 こんな辺境で何を企んでいるのか知らないが、全く困ったことをしてくれるものだ。

 

 監視対象に見つからないように、核融合炉の稼働も最小限にして動く。

 岩塊やデブリのスキマをしばらくすり抜けていくと、機体を固定しやすく、かつ隠しやすそうな窪みを見つけた。

 そこに機体を入れると、監視用に、ということで追加で受け取った装備をアクト・ザクの頭部に装着する。

 

 "三眼カメラユニット"

 

 三つ目のスコープカメラによって長大な索敵や監視を可能としており、元々は強行偵察型のMSの装備として開発されたものをルーツに持つが、後の1年戦争後期にはエリート部隊のキマイラ隊にも配備されたとの逸話も残る優れ物である。

 この装備によって、オレのアクト・ザクは通常の数倍近い索敵能力を獲得することに成功した。

 

 早速スコープの倍率を上げていくと、監視を始める。

 今回は強硬派のザクⅡに追いかけられた時よりも更に遠くからの監視であるし、再び見つかってしまう可能性も低いだろう。

 オレはセンサーから入ってくる各種情報を取捨選択するとキーに打ち込んで、どのようにシャアに報告していこうかと熟考する。

 あれだけシャアも真剣だったのだ。

 オレとしても適当な情報を持って帰る訳にはいかない。

 

「廃艦隊の近くに僅かだがスラスター光が見えるな。

 もう少し画像を拡大してみるか。」

 

 高感度のカメラのお陰で、初めて艦隊を見つけた時には分からなかった情報が続々と入ってくる。

 どうやら廃艦隊の近くに、実働部隊が展開しているようだ。

 出来ればもう少し近づいてみたくもあったが、これ以上の接近は厳しいか。

 

 ピピピッ!

 

 新たな物体がアクト・ザクの索敵範囲に入ったことを知らせる音が鳴り、オレはそちらへとカメラを向ける。

 

「こちらもかなり遠いが、スラスター光か?

 廃艦隊に近づいて行っているが強硬派の補強部隊にしては数が...。

 いや、進行方向がアクシズ方面だと!」

 

 ジオン軍の部隊だとすれば、拠点のアクシズの反対側から来るのはおかしい。

 オレはコンソールを操作してカメラの倍率を最大まで上げると、新たに増えたスラスター光の主を突き止める為に全力を捧げる。

 廃艦隊の監視に回していたセンサーまで導入したことで、次第に廃艦隊に近づく者達の全貌が見えてきた。

 

「ジオン軍の艦艇と違う角張ったフォルムに、特徴的な灰色の船体...。

 くそ!シャア!ハマーンさん!気付いてくれよ!!!」

 

 あれはジオン軍じゃない、連邦軍だ!

 そして連邦軍がここに来てしまったということは、アクシズに危険が迫っているということだ。

 しかし、アクシズまで報告に戻っている暇は無い。

 オレはシャア達が気付いてくれることを願い、異常を知らせる特大の信号弾をぶち上げた。

 

 炸裂した信号弾が宙で綺麗な7色の光球を咲かせたのを見届けたオレは、アクト・ザクの腰部にマウントしていたブルパップガンとザクマシンガンを左右それぞれのマニピュレーターで持つと、機体に急加速をかける。

 信号弾を上げたことで、連邦艦隊にオレの存在を察知されたことは確実だ。

 シャア達が到着するまで、せいぜい暴れ回ってやろうじゃないか。

 

 敵の主砲から発射されたメガ粒子砲を数発避けると、奥の連邦艦から続々とMSが発進し、一目散にオレの方へ殺到しようとしているのが見えた。

 一瞬呼吸を止めて手の震えを小さくすると、敵MSの1機を精密にロックオンしてブルパップガンを発射する。

 何度も訓練では行った動きだ、そうそう外すことは無いだろう。

 オレの放った弾は正確に敵に向けて進んでいき、その機体を破壊...

 

「よし、スプラッシュワン!

 ...って、え!?」

 

 出来ませんでした()

 

 弾が着弾する直前で、敵のMSが変態的な機動を取って回避したのだ。

 あんな動き見たことがない、シャアでも出来るのか怪しいぞ。

 

 気を取り直して数度射撃を続けるが、毎回のように避けられてしまう。

 まさかオレの実力が低すぎるのか?

 それとも敵はエース揃いなのか?

 いや、その割には敵のMSは全くプレッシャーも放っていなければ、攻撃精度もそこまで正確な訳ではない。

 

 どこか違和感を感じたオレは、持っていた武器を片方ヒートホークに換え、砲火の中をかいくぐりながらも敵MSに接近する。

 盾を前面に押し出して防御の態勢を取った相手を盾ごと蹴飛ばし、バランスを崩してがら空きになった胴体にヒートホークを叩き込む。

 MSの装甲がヒートホークの直撃に少し抵抗した感覚を感じたが、なんなく一刀両断することに成功した。

 

「ようやく1機か...、ぐッ!」

 

 だが近接戦をする為に敵部隊に近づいてしまったことから敵からの攻撃は苛烈さを増し、数え切れない程のビーム光がこちらに集中してきている。

 破壊した敵を足場にして無理矢理方向転換をしてビームを回避すると、そのまま手持ちのヒートホークを次の敵の頭部に突き刺してメインカメラを破壊し、トドメとばかりに至近距離でザクマシンガンを連射。

 遠距離からの狙撃は驚異的な回避で躱してくるものの、流石に至近からのマシンガン連射は避けれず敵は火を噴いて爆散。

 

『ちくしょう!!!

 小隊長をよくも!』

 

 連射のきかないビームライフルではオレのアクト・ザクに当てることは出来ないと察したのか、牽制の頭部バルカンを撃ちながらビームサーベルで突きを繰り出してくる。

 

「うお!」

 

 致命傷となるサーベルは避けることに成功したが、バルカン弾が数発ザクの胸部に直撃。

 とっさにザクの腕をクロスさせて助かったが、被弾を知らせる揺れがコックピットを襲う。

 衝撃で操作レバーから離れかけた手を握り直して必死に操作し、相手とのすれ違いざまに裏拳を叩き込む。

 オレのザクの渾身の裏拳は上手く当たり、コックピットがきしみを上げてひしゃげるような音を出して敵は動かなくなった。

 

 なんとか数機は撃墜できたが、オレ一人で全てを相手をするには敵が多すぎる。

 後には巡洋艦クラスも控えているのに...。

 

 ヒートホークの代わりにマウントしていたブルパップガンを再度取り出そうとするが、思うように取ることが出来ない。

 いかん。被弾のダメージと殴りつけた衝撃でマニュピレーターの反応に若干のラグが出たか。

 

「シャア達はまだなのか!」

 

 オレの放った信号弾に気付いていればそろそろ来てもおかしくないのだが、何故まだ来ない!

 まさか連邦軍を迎撃するだけの戦力を集めることが出来ていないのか?

 

 援軍がしばらく来ないと考えたオレは、アクト・ザクを敵の本隊がいると思われる方向に向けて加速する。

 途中の敵MSを相手にしていたらどう考えても弾薬が足りない。

 ここは本隊を潰すことで、敵の継戦能力を奪おう。

 

 機体を前進させながらも、再び三眼スコープを装着して敵の本隊の正確な位置を知るために索敵を続けるが、すぐには見つけることが出来ない。

 

 元々偵察用でも、狙撃用でも無いこのアクト・ザクは、専用の処理装置を積んでいないのだ。

 スコープを付けたことで機体が得ることの出来る情報量は飛躍的に上がるが、その情報をしっかりと処理できるかはオレの手にかかっている。

 

 眼を皿のようにして索敵を続けていると、MSよりも大きなスラスター光をカメラが感知した。

 倍率を上げて、ジオンの強硬派の艦なのか、それとも連邦軍の艦なのかを解析する。

 

「ビンゴ!ってか?」

 

 オレが見た先には、先程見失ってしまった連邦軍の艦隊が存在した。



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第14話

 連邦軍の艦隊を見つけはしたが、その周辺は直掩のMS部隊が取り囲んで防御隊形を取っている。

 無策に突っ込むと、こちらが撃墜されてしまうのは明らかだろう。

 

 オレはザクマシンガンをデブリに固定して指定の秒後にオートで作動するように設定すると、その場を離れて次のポイントに向かう。

 敵艦を攻撃する場所を分散させることによって、オレのいる場所を敵から分かりにくくするとともに、数機のジオン軍機が周辺まで進出してきていると誤認させる作戦だ。

 と言っても武装の数が少なすぎて、どこまで効果があるのかは疑問だが。

 

「まずは艦隊の足を止める!」

 

 オレはブルパップガンを敵艦に向けて構えると、照準を合わせていく。

 通常であれば狙撃などには全く向かない装備であるが、今回は三眼カメラユニットの性能によって、多少無理矢理ではあるが長距離からの攻撃を可能としている。

 敵艦の熱核ロケット・エンジンに狙いを定めると、一気に4発撃ち込んだ。

 同時にオートで設定していたザクマシンガンも射撃を開始したようで、更に数発が敵艦へと向かっていく。

 

 カメラ越しに見える敵艦から炎が吹き出すのを確認し、次の敵艦にターゲットを移す。

 回避行動を取ろうとする敵艦を逃さずに、続けて弾倉に残っていた弾丸を全て発射するが、その攻撃は熱核ロケット・エンジンを外してしまったようで、艦橋付近が爆散するのが見えた。

 

「チッ...、エンジンを外したか。」

 

 エンジンを止めなければ、艦の作戦行動を完全に止めることは出来ない。

 しかし艦の直掩のMS部隊がオレを包囲せんと既に向かってきており、これ以上艦隊を相手にしている訳にもいかず、オレは戦術機動を取りながらその場を離れるとブルパップガンを腰部にマウントし直す。

 

 代わりに取り出したヒートホークを握りしめて対MS戦に移るが、状況はあまり良くない。

 おとりのザクマシンガンの方に向かった敵は少数で、ほぼ全てがオレに向かって来たのだ。

 やはり子供だましのようなおとりでは無理があったか。

 

 突撃してきた敵MSのビーム射撃をザクに急減速をかけることで避けると、そのまま身を翻して近くのデブリに身を隠す。

 敵がオレの隠れたデブリを我武者羅に撃ってくるが、デブリが厚かったお陰でビームが貫通してくることはなく、僅かに震動が来るのみだ。

 敵も最初にオレが壊滅させた部隊の戦闘データが共有されているのか、格闘戦に秀でたオレのザクと正面から近接戦闘をするのは不利だと学んでいるらしい。

 何が何でも射撃戦でオレを撃墜しようという意志を感じる。

 

 だが、いくら弾幕を張っていてもリロードのタイミングはくるもの。

 敵の弾幕が薄くなった瞬間を見計らってデブリの陰から勢いよく飛び出し、小隊長機と思われる機体にタックルをかました。

 

「一か八か試してみるしか無いか!」

 

 急にオレにタックルされた敵機がバランスを崩したところを、ヒートホークでビーム兵器を持った方のマニュピレーターを切り飛ばし、敵の攻撃力を削ぐ。

 オレに接近戦に持ち込まれたことを悟った敵機も諦めずに逃げようとするが、すかさずスラスター噴出口を殴りつけて破壊し、移動も不可能な状態にした上で、頭部を掴んで動きを封じてコックピット部にヒートホークを押し当てる。

 

「連邦軍の兵士達、聞こえているか!

 貴様らの隊長の生殺与奪の権はオレが握った。

 隊長を助けたくば、直ちに武装を解除して核融合炉を止め、降伏せよ!」

 

 回線をオープンにすると、周囲でオレを囲んでいた連邦軍のMS達に通信を送る。

 人質を取るという、小物臭が漂うやり方ではあるが、この際四の五の言っていられない。

 射撃の腕から敵のMSパイロットがベテランで無いことは分かっていたので、戦力と心の拠り所である隊長格を失うことは避けようとするはずだ。

 それに隊長機とオレの機体が密着しているので、誤射を恐れておいそれと攻撃も出来ないだろう。

 後は、仲間を殺すこと覚悟で、仲間ごとオレを撃ち抜こうという奴がいなければ...。

 

 敵は隊長がオレに捕らえられたことでパニックに陥っているらしく、オロオロとするばかり。

 お肌の触れあい回線を通じて、隊長が「俺の機体ごと撃て!」とか男らしいことを言っているのが聞こえるが、それを実行に移そうとする者はいない。

 

「武装を解除して融合炉を止めろと言っている!!!

 オレは気が短い。早くしろ!」

 

 オレは怒鳴りながら、隊長機のコックピットの装甲にヒートホークの刃を薄く入れ始める。

 殺してしまうと人質の意味が無くなるので完全にコックピットを潰す気は無いが、ある程度この連邦の隊長にも恐怖を感じて貰った方が都合が良い。

 今頃ヒートホークの熱気でモニターがバグを起こし、コックピット内部もかなりの温度に上がっているだろう。

 隊長が苦しむ声が聞こえてくると、更に敵は落ち着きを無くしたようだ。

 もう一押しか...。

 

「もし貴官らが降伏したとしても、南極条約に基づく捕虜の扱いを約束しよう。

 このアラン・ローレンス少佐が保障する。」

 

 勿論真っ赤な嘘だ。

 アラン某なんて人間はジオン軍にいないはずだし、彼らの身柄がジオン軍に確保された後にどうなろうがオレの知ったこっちゃ無い。

 ただ、彼らが降伏しやすいように、高級士官であると騙って誘導しただけ。

 

『わ、分かった。

 貴官の言う通りにする。

 隊長を解放してくれ。』

 

 オレの与えたアメが効いたのか最初の1機が武装を解除すると、続々と他の敵も武装を解除して核融合炉を止め始める。

 

「よし、良いだろう。

 万が一の為に、貴官らのMSのスラスターは破壊するが悪く思うなよ。」

 

 敵機から通信で抗議の声が聞こえてくるが、融合炉を停止した機体がすぐに何を出来るはずも無く、無抵抗のままオレにスラスターを破壊されていく。

 全てのスラスターを破壊したオレは、拘束したままだった隊長機を放り投げると、再び速度を上げて敵艦隊の追跡に移った。

 

「あれか!」

 

 今度はそこまで距離を離されていなかったようで、すぐに敵艦隊を捕捉することが出来た。

 オレはブルパップガンの弾倉を交換して、射撃体勢に移る。

 思いの外弾薬を消費しすぎたようで少々弾数が心許なくはあったが、ここはオレがどうにかするしか無い。

 

 未だ少数残っていた艦隊直掩の敵MS部隊に狙いを定めると、モニターに表示されたロックオンサークルが縮まっていくのを待つ。

 完全な死角からの攻撃だ。一撃で仕留めてやる。

 

 そしてトリガーに指をかけて撃とうとした瞬間、オレが狙っていた敵機がいきなり爆散した。

 

「なんだ!」

 

 突然の出来事に驚くが、急いでカメラの倍率を上げて状況の把握に努める。

 敵艦隊のいる宙域を隈無く探していると、敵の間を縦横無尽に動く小さな物体を発見した。

 

「あれはビット!?

 ハマーンさんが来てくれたのか!」

 

 やっと反撃の戦力を集めることが出来たんだ!

 オレはハマーンさんという強力な来援の存在を確信し、援護すべく陣地転換を行う。

 

 その瞬間、ザクのセンサーが急速に近づいて来る遊軍機の反応を感知すると、その友軍機は一瞬でオレの機体を追い越し、戦場へと身を躍らせていく。

 モニターに映るのは、赤く染められた角付きのゲルググ。

 

 

「ムサシ君、良くここまで耐えてくれた!

 だが、問題が発生した。

 ハマーンが単独で戦艦を沈めようとしているのだ!

 どうにかして止めなければ!」

 

「わ、分かりました!」

 

 まさかハマーンさんが危険を冒してまで戦艦を沈めようとしているなんて。

 オレはスラスターを全開にすると、シャアを追いかけた。



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第15話

前回の14話の最後を少し変更致しました。


『私は戦艦を止める!

 君はハマーンを!』

 

「了解しました!」

 

 オレは、三眼カメラユニットで位置を捉えたハマーンさんのシュネーヴァイスに向けて機体を進める。

 ハマーンさんはまさに獅子奮迅の活躍をしていて、このまま押し切って戦艦を撃沈してしまいそうなほどのプレッシャーを感じたが、なるほど、機動をよく見ると怒りで勝負を急ぎすぎて周りが見えていないようだ。

 しかもシュネーヴァイスの主な武装たるビットも、半分以下まで数を減らしていている。

 

「ハマーンさん、シャア大佐もすぐこの宙域に到着します!

 ここは一度下がって体制を立て直し、連携して連邦艦隊に当たりましょう!」

 

 通信回線を開いて呼びかけるが、距離が遠いのと、ミノフスキー粒子が濃いのも合わさってなかなか届かない。

 どうにかして気付いてもらわないといけないが、ここで下手にオレが信号弾などを上げて、ハマーンさんの意識が信号弾にいった瞬間に戦艦に砲撃され、シュネーヴァイスが撃墜などされたら目も当てられないことになる。

 オレが思案していると、いきなりセンサーに巡洋艦クラスの艦影が写り始めた。

 システムが自動でデータを照合し、その艦はジオン軍のムサイ級という結果が表示される。

 

「なんであんなところにムサイが!?

 ザクのセンサーの誤作動...?

 いや、岩陰に隠れていたのか!」

 

 センサーが正しかったことを証明するように、連邦艦隊の近くの岩塊から一隻のムサイが飛び出して戦艦に突撃していく。

 果敢に主砲を発射しているが、攻撃力に劣るムサイが連邦の戦艦クラスと正面から砲撃戦をして勝てる確率は非常に低い。

 ムサイは瞬く間に被弾して各所から煙を噴き出し始め、最後は特攻でもするような動きをした後、大爆発を起して轟沈してしまった。

 しかし、戦艦側もムサイの爆発の衝撃に巻き込まれたように見える。

 戦闘行動が不能なほどダメージを受けていればいいのだが。

 

 ムサイの爆発で発生した閃光や煙が晴れてくると、徐々に全貌が露わになってきた。

 カメラで確認すると、一部の砲塔などに軽微な損傷は見られたものの、戦闘にはほとんど支障をきたしていないように見える。

 連邦艦隊がムサイに気を取られている間に、オレとシャアは戦闘区域までかなり接近することは出来たが、ハマーンさんが危険なままなことには変わりない。

 

「戦艦にはほぼダメージ無しか...。

 ん?シュネーヴァイスの動きが?」

 

 更に悪いことに、急にシュネーヴァイスの動きが極端に悪くなった。

 ムサイの爆発に巻き込まれたような様子は無かったが、衝撃でシステムダウンを起こしてしまったのだろうか?

 それともハマーンさんに何かあったのか。

 戦艦に対する機動性の優位を全く生かしきれていない、このままではすぐに撃墜されてしまう!

 

 シャアも異変を感じたのか通信でハマーンさんに呼びかけ続けているが、全く返答は帰ってきていない。

 この高濃度のミノフスキー粒子の中でも、通信が可能な距離まで来ているというのにだ。

 整備不良などで通信モジュールが破損し、音声が届いていないだけならいいが...。

 

「多少手荒だが、こうするしか!」

 

 既に戦艦はシュネーヴァイスに向けて砲塔を動かしており、事態は一刻を争う。

 シャアが敵艦に向けて攻撃を始めたのに少し遅れてオレも連邦艦隊の近くまで到着すると、シュネーヴァイスを自機で抱きしめ、戦闘区域からの離脱をはかった。

 オレの機体とハマーンさんの機体がぶつかって、ガコンと音を立てて大きく揺れる。

 離脱を急ぐためにスラスターの出力を限界まで上げたせいで、かなりのGが互いの機体にかかっているのを感じる。

 既にオレが合流するまでにシュネーヴァイスは完全に動きを止めていて、機体かハマーンさんの身に何かが起こった可能性を鑑みると強力なGをかけてしまうのはいささか不安だったが、戦艦の砲撃で撃墜されるよりはマシだ。

 

 現にオレがハマーンさんを保護した数秒後には、シュネーヴァイスのいたところを戦艦の主砲が放ったメガ粒子が通過しており、まさに間一髪だったことを理解する。

 一歩遅れていれば宇宙の塵になっていたという事実にオレの背中に冷たいものが流れるが、それと同時に砲撃を無事に回避できたことに安堵のため息も漏れた。

 

 だが、まだ完全に気を抜くにはいささか早いようだ。

 多少距離が離れた為にかなり避けやすくはなったが、未だ連邦艦隊の主砲の射程内であるし、オレの機体の推進剤の量もそろそろ心もとなくなってきた。

 仕方がない、近くの手ごろなデブリに身を隠すか。

 幸いにも、アクシズのあるこの宙域は、アステロイドベルトというだけあって小惑星やデブリだけはゴロゴロとそこらにある。

 敵の攻撃を防げる程度の手頃な大きさのものを見つけると、そこに降り立ってシュネーヴァイスをゆっくりと横たえた。

 その後、隠れたデブリに数発砲撃が直撃したが、予想通りオレ達に直接の被害は出ていない。

 

 あとは連邦艦隊はシャアがどうにかしてくれるだろうし、アクシズの地表付近で光っている戦闘の光が落ち着くのを見計らって、友軍と合流できれば問題はない。

 アクシズまで先行した敵の部隊があったのだろうが、この様子だとアクシズの守備隊に鎮圧されるのも時間の問題だ。

 

 しかしそれにしても、何があったのだろうか?

 ムサイ級が爆沈した後のシュネーヴァイスの動きはどう見てもおかしく、接触回線が繋がっている現在も、機体からハマーンさんの声は聞こえない。

 ハマーンさんの様子を確認しようと、シュネーヴァイスのコックピットに映像回線を繋げる。

 

「ハマーンさん大丈夫ですか?」

 

 映像が一瞬乱れて、モニターにハマーンさんの姿が映し出される。

 そこには、シートに体を横たえ、ピクリとも動かない彼女の姿があった。

 

「ハマーンさん!?

 どうしたんですかハマーンさん!」

  

 彼女に呼びかけにも全く返事は無い。

 急いでそばまで行って手当しなければいけないが、彼女はヘルメットを着けておらず、下手にコクピットを開放して近づこうとすると窒息してしまうだろう。

 このまま何も出来ない状況はふがいなく、噛み締めた唇からは血が流れ出た。

 

 少しでも状態を把握しようとモニター越しに見える彼女を目を凝らしてみると、僅かにだが胸が上下しているのが分かった。

 よかった、呼吸はしているようだ。

 シュネーヴァイスの生命維持装置にも問題は見られない。

 

『ハマーンはどうだ?』

 

 戦闘を続けていたはずのシャアから通信が届く。

 連邦艦隊は撃沈できたのだろうか。

 

「外傷も特には見られず、呼吸もしてるのですが、こちらの問いかけには全く反応を示しません。

 早急に手当した方がいいと思います。」

 

『そうか...。

 連邦艦隊は降伏し、状況は終了した。

 君はそのままハマーンを連れてアクシズに戻ってくれ。』

 

 戦闘は終わったのか。

 確かにアクシズ方面での戦闘光も見えなくなっている。

 オレはその場に横たえていたシュネーヴァイスを再び起こし、機首をアクシズへと向けるのだった。



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第16話

本当の戦争は悲惨ですよね。
早くウクライナにも平和が訪れて欲しいものです。


 連邦軍のアクシズ強襲作戦は、シャアを始めとするジオン軍の奮闘によって阻止された。

 連邦艦隊の大半は降伏し、人員は収容施設に入れられたらしい。

 結果だけ見るとジオンが勝ったようにも思えるが、ジオン側も被害は甚大であり、これから軍の立て直しに忙殺されることになるだろう。

 

 ハマーンさんはアクシズに戻ってからも意識を失ったままであり、すぐに居住区のモウサ内にあるサナトリウム病院に移送された。

 外傷はやはり無かったのだが、それでも意識を失っている為にしばらく入院することになるようだ。

 ハマーンさんを病院に連れて行ったナタリーさんの話では、ハマーンさんの症状は精神的な負荷がかかりすぎたことが原因らしい。

 ナタリーさんもこの件でかなりショックを受けているのか、憔悴した様子だった。

 ハマーンさんは優れたニュータイプだという話なので、もしかすると戦場で人の死をダイレクトに感じすぎてしまい、精神が防御作用を起こしたのかもしれない。

 ニュータイプってのも案外繊細すぎて、普通の人以上に大変なんだな。

 今はハマーンさんが元のように元気になることを祈っておこう。

 

 え、オレ?

 オレはニュータイプ能力が低いからなのか、それとも鈍感なだけなのか、ハマーンさんのようになることは無かった。

 これでも以前拉致監禁されていたフラナガン機関とやらの施設では、優秀な方だったはずなんだが。

 それでトト家に連れてこられたくらいだし。

 

 ちなみにシャアがオレの働きをトト家の当主に報告してくれていたようで、毎日の食事が少し豪勢になった。

 本格的に戦力になるとも思われたのか、ますます訓練はハードになったが...。

 特に白兵戦闘の教官がいらぬやる気をだしてしまい、CQCの訓練の難易度が鬼になったのは本当にやめてほしい。

 シャアも今回の事件の後始末で忙しいのかMSの模擬戦に誘ってくる頻度も減ってしまうし、最近はCQCばかりだ。

 

「ぐはっおええええ...。」

 

 教官から脳天から地面に落とされ、ひどい頭痛と吐き気が襲ってくる。

 毎日こんな調子で、身も心もボロボロになってきた。

 教官と訓練するたびに、少しずつ技術が上達していることを感じられるのが唯一の救いか。

 

「よし、今日はここまで!」

 

 訓練の終了を教官から告げられたので本当はすぐにでも自室に帰って休みたいのだが、うつぶせになったまま動けない。

 全身が打撲の痛みや筋肉痛で悲鳴をあげているのだ。

 もう少しこのままでいてもいいかな。

 目を閉じるとすぐにでも気絶しそうな気がしたので、なんとか目を見開いて意識を保とうと努力する。

 傍から見れば、目をガン開きしたまま芋虫のように転がっている不審者だが、動けないんだからしゃーないよね。

 

「どうしたのだ、ムサシ君?」

 

 しばらくそのまま休んでいると、頭の上から聞き覚えのあるイケボが聞こえてくる。

 うつぶせになっているのでオレに話しかけてきた人物の顔はうかがえないが、このイケボといい話し方といい、該当者は一人しかいないだろう。

 

「いや、ちょっと白兵戦闘訓練でボコボコにされて...。

 それにしても久しぶりですね、シャア大佐。

 もう事件の処理は終わったので?」

 

「そうか。

 全てが終わったわけではないが、ハマーンの意識が戻ったらしいからな。

 私はこれから様子を見に行こうと思っているのだが、君はどうする?」

 

 白兵戦闘と聞いて何故かシャアは少し苦々しいような声を出したが、すぐに元のいつもの調子に戻すと、ハマーンさんの覚醒の報を知らせてくる。

 白兵戦に何か嫌な思い出でもあるのだろうか?

 士官学校をトップの成績で卒業したシャアが、そうそう苦戦するようには思えないが。

 

 それはそうと、ハマーンさんの意識が戻ったのか、良かった!

 もちろんお見舞いに行きたい!

 体に力を込めて立ち上がろうとするが、まだ体に力が十分に入らずにバランスを崩してしまう。

 

「大丈夫か?」

 

 倒れこんで地面に激突しそうになったが、すんでのところでシャアに支えられて、新たに怪我することは避けられた。

 だが、シャアがオレの腰に手を回して支えるという構図が少女漫画のようで恥ずかしい。

 こんなことを素面で出来るシャアのイケメン力よ。

 

「あ、ありがとうございます。

 申し訳ないんですが、近くに体を支えることが出来るような枝か何かあれば持ってきて頂けませんでしょうか...。」

 

「いや、無理に動くとよくない。

 私がエレカまで連れて行こう。」

 

 オレはシャアにひょいと持ち上げられて運ばれる。

 今回の戦いで、連邦軍の残存部隊すべてを降伏させるという大戦果をあげたシャアに対する国民たちの評価はうなぎ上りになっている。

 英雄であり、ジオン反攻の象徴のようになったシャアに抱えらるボロボロのオレ。

 シャア大佐に何させてるんだとでも言いたげに見えるトト家の使用人たちの視線が突き刺さるが、背に腹は代えられん、このまま連れて行ってもらおう。

 

 エレカに着くと、後部座席に横たえさせられた。

 どこから持ってきたのかタオルケットをシャアは取り出すと、ふさりとそれをオレに掛けてくれる。

 あかん。ちょっとした気遣いが心に染みる。

 

「せっかく病院に行くんだ。

 ついでにその傷も治療してもらうといい。」

 

 シャアはそう言って運転席に座り、エレカのエンジンをかける。

 ガソリン車と違って静音に配慮された設計は、今の傷ついたわが身にはありがたい。

 エレカが発進するのを確認したのを最後に、オレの意識は闇に消えていった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

「ムサシ君、そろそろハマーンとの面会時間だ。」

 

 肩をトントンと叩かれる感覚がして、ぼやけていた意識が少しずつ覚醒してくる。

 どうやら少し眠ってしまっていたらしい。

 目を開けると、視界に飛び込んできたのは一面真っ白な天井。

 鼻にはツンとした消毒液の臭いが飛び込んできた。

 

「知らない天井だ...。」

 

 どこか既視感を感じる。

 前にもこんなことがあったような...。

 まだ上手く回っていない頭でぼーっと考えると、シャアと初めてMSで模擬戦をしてボコボコにされて、医務室に運ばれた時のことを思い出した。

 あー、あの時のことか。

 

 得心がいってスッキリしたので、痛む体を起こて自身の体を見回してみる。

 各所に包帯や絆創膏が巻かれていて、どうやら寝ている間に治療まで終わっていたようだ。

 ベット横の手すりに体重をかけて立ち上がり、軽く足踏みをしてみると、万全とまではいかないまでも、なんとか動けるまでには回復しているのを感じる。

 

「ハマーンは今は中庭にいるらしい。

 そこに向かおう。」

 

 シャアに先導されて、オレが寝ている間に合流したというナタリーさんも一緒にハマーンさんを探し始めると、すぐに車椅子に乗ったピンク髪の少女の姿が見えてきた。

 

「ナタリー!シャア大佐も!」

 

 まさに喜びに満ち溢れた少女の声が辺りに響く。

 この声はやっぱりハマーンさんだ、元気そうで良かった!

 って、あれ?ナタリーさんとシャアだけ?オレは?

 

「ハマーンさん!

 もう一人ここにいますよ~!」

 

 オレもいることをアピールしようと、痛む体を押してぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 それでハマーンさんもオレの存在に気が付いたのか、一瞬驚いたような表情を見せた後、頬を緩めて微笑んでくれた。

 そうか、二人の影に隠れてしまってハマーンさんから見えなかったのか。

 まだオレも、年齢十代にも届いていないドチビだってことを忘れてた。

 

「来てくれてありがとう!

 ムサシ君、最初気付かなくてごめんね。」

 

「大丈夫ですよ。」

 

 ハマーンさんの可愛らしい謝罪を受け、許さない者がいるだろうか?

 いや、いない。

 

 その後は、ハマーンさんの回復を祝って四人で談笑をした。

 シャアからリカルド中尉アンディ中尉達も生き残ったことを聞き、そして楽しそうに話す面々を見ていると、一時的かもしれないとはいえ、全員で平和を享受できていることへの喜びがこみあげてくる。

「あら、ムサシ君どうしたの?」

 

 安心すると、堰を切ったように涙があふれ出てきた。

 オレも案外、初めての戦場の恐ろしさに直面して、精神が摩耗していたのかもしれない。

 

「なんでもないです...。」

 

 急に涙が出てしまったことに自分でも驚くが、一度出始めてしまったものはなかなか止まらない。

 そのままさめざめと泣いていると、不意に体全体をふわりとした感覚が包み、心が温かくなってくる。

 顔を上げると、ナタリーさんの横顔が目に入り、彼女に抱きしめられているのだと実感する。

 

「大丈夫、大丈夫よ。」

 

 ハマーンさんもオレの手を握って慰めてくれ、シャアも頭をくしゃりと撫でてくれた。

 ようやく泣き止んだ時には泣き顔を見られたことで気恥ずかしく思ったが、三人のお蔭で完全に心が落ち着いた。

 

 その後は、ハマーンさんの見舞いだと言って、オクサーナ・ボギンスカヤと名乗る人物が来たりもしたが、特に何もなく終わった。

 あ、オクサーナ・ボギンスカヤさんから、シャアとの関係性を聞かれて恥ずかしがるナタリーさん、とても良かったです。



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第17話

 ハマーンさんは順調に回復し、先日無事退院したみたいだ。

 ただ、彼女が退院してからオレは、今までのように気軽に会えなくなってしまった。

 

 ハマーンさんは先日の連邦軍のアクシズ襲撃の時にアクシズを守った功績を認められて、ジオン公国の現公王、ミネバ・ラオ・ザビの世話役に就任することになってしまったのだ。

 シャアもそれに合わせて皇室警護官とかいう役職に任命されて現場に出る機会が減るそうで、これはあまり模擬戦を出来なくなりそうな予感...。

 そう悲観しても仕方がないか..。

 これからはリカルド中尉やアンディ中尉に相手してもらうか、一人で頑張るしかないな。

 

 話は変わって今日だが、先日の戦いに勝った記念とハマーンさんの世話役就任を祝う凱旋パレードを行うということで久しぶりにオフを貰い、居住区であるモウサのメインストリートまでグレミーと一緒に見に来た。

 パレードにはハマーンさんもシャアも参加するらしいから楽しみだな。

 二人とも元気にやってるだろうか。

 

 メインストリートに着くと、そこには既に多くの群衆が埋め尽くしており、なかなか良い場所を取ることが出来ない。

 最近はハマーンさんの人気が凄いから、やはり皆それが目当てなのだろう。

 ハマーンさんが連邦軍の襲撃時に、ジオン公国の独立を守るために「私一人でも戦う!」と、ごたついた司令部に檄を飛ばして取りまとめた映像がTVではしきりに流されていて、それで熱狂的なファンが多く付いたのだとか。

 アイドル性とカリスマ性を兼ね合わせた美少女だもんな。

 人気が出ない方がおかしいか。

 

 オレとグレミーはメインストリートで近くからパレードを見ることを諦め、少し離れたところにあった建物の屋上へと上って見ることにした。

 高いところからの眺めは思ったほど悪くはなく、パレードの様子もしっかりと確認できる。

 

「うぅ...。

 僕のハマーンさんが、どんどん手の届かないところ行ってしまう...。」

 

「いや、お兄ちゃん。

 そもそもハマーンさんはお兄ちゃんのものでも無いし、どんなに好意寄せてもノーチャンだと思うよ?

 ハマーンさんが誰を好きかなんて一目瞭然じゃん。」

 

「ぐはっ...。」

 

 グレミーは100のダメージを受けた。

 グレミーは力尽きてしまった。

 

 ちょっと大人げなかったかな?

 うな垂れて動かなくなってしまったグレミーの肩をバシバシと叩いて元気づけようとすると、反撃の拳が飛んできた。

 今のオレはこれくらい躱すことも容易いが...。

 

 ゴチンと鈍い音がして頭が揺れる。

 わざと当たったは良いが、思ったよりも痛い。

 こりゃタンコブが出来ちゃうな。

 

 気を取り直してパレードの方に目を移すと、車列がかなり近くまで近づいてきていた。

 ストリートに集まる人々の熱気も最高潮になっている。

 あ、ハマーンさんとシャアだ。

 

 オープンカータイプの車両に乗る二人はどうやら話し込んでいるようで、こちらには全く気付いていないようだ。

 そりゃ距離も少し離れているし、オレ達屋上にいるし、そうそうこんなところにいるなんて分からないよなー。

 

 ちょっとハマーンさんはどこか不安そうな顔をしているのが心配だな。

 15歳そこそこで公王の世話役なんて大役を与えられたんだ、無理もない。

 

 しかし、今まで以上にハマーンさんは雲の上のような存在になってしまった。

 オレは彼女が不安を克服して、頑張ってくれることを祈る事しかできない。

 こんなことになる前に、もう少し仲良くなっておきたかったんだけどなぁ。

 

 遠い目でハマーンさんを見ていると、いきなり頭をガシリと捕まれた。

 グレミーがじゃれてきたのかと思ったが、よく考えると手の大きさがグレミーよりも大きいし、どこか殺気めいたものを感じる。

 

「なに?」

 

 振り向くと、ジオン軍の兵士数人がオレを取り囲んでいた。

 中には銃を構えている者もおり、今にも発砲しそうな雰囲気を出している。

 

「貴様がムサシ・ミヤモトか?」

 

 オレを囲んでいる中で一番階級が高そうな兵士が進み出てきて問いかけてくる。

 丸眼鏡に禿散らかした頭と、見るからに胡散臭い風貌をしているが、軍服はれっきとしたジオン軍の士官のものだ。

 顔にも怒気をにじませており、間違っても友好的な雰囲気では無い。

 

「え、はい。

 そうですけど...。」

 

「貴様にはMSの私的利用及び、連邦軍と結託して連邦艦隊をアクシズに誘引した反逆罪の疑いがかかっている。

 大人しくついてきて貰おうか!」

 

 そう士官が言い終わるや否や、オレは複数の兵士に地面に押さえつけられて手首に手錠をかけられる。

 いくらオレが鍛えているとは言っても、大の大人数人に勝てるわけがない。

 圧迫されている為に徐々に息がしずらくなり、酸欠で視界が少し暗くなってきた。

 

「おとうっ、いや、そいつは我がトト家のものだ!

 勝手は許さない!」

 

「グレミー・トト様ですね?

 この件は軍の決定です。

 これを覆すことは、いくら貴方でも出来ません。

 大人しく諦めて下さい。」

 

 グレミーが、オレを押さえつけている兵士達に掴みかかろうとするも、別の兵士に止められてしまう。

 それでもしばらく彼はもがいていたが、最後は兵士達が乗ってきたと思われる軍用のエレカに乗せられてどこかに連れて行かれていった。

 兵士たちも流石に名家トト家の嫡男であるグレミーに直接手を出すことはないと思うが...。

 でも、これで最後の望みも消えてしまった。

 もうオレ駄目なやつじゃん。

 

「ほら、歩け!」

 

 銃を背中に突きつけられて立たされたオレは、柵付きの護送車に乗せられて久方ぶりのドナドナ気分を束の間味わうのだった。

 うげっ、口の中から鉄の味がする。

 

 十数分の護送車でのドライブの後に連行された先は、ジオン軍の捕虜収容施設。

 ゲートを越えて独房エリアまで連れて行かれると、その中の独房の一つに押し込められた。

 入れられた室内にはベットはおろかトイレも無く、ただただ何もない無機質な灰色の空間が広がっている。

 照明も落としてあって部屋はほぼ真っ暗になっており、微かに物の輪郭を感じられるのみ。

 こんなとこに何時間もいたら狂ってしまいそうだ。

 やばいなこれ、人権ガン無視じゃないか。

 

 ドアをどんどんと叩いて出してくれと叫ぶが、外からの返答は無し。

 予想はしていたが。

 

 それでも数分続けたが、完全に無駄だと悟って止めてしまう。

 腰を丸めて一人座っていると、容赦なく寂しさと虚しさの感情が心を襲ってきた。

 いけない、このままでは...。

 誰か助けに来てくれ...。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 場所は変わって、凱旋パレードが終わった後のパレード行進参加者達の休憩室。

 それぞれがドリンクを片手に思い思いの形で寛いでいて、その中心には今回のパレードの主役であった二人の男女が向かい合って話していた。

 

「ふふふっ。

 う...今何かが...。」

 

 それまで楽しそうに笑っていたピンクの髪を結わえた少女の方が、いきなり顔を顰めて頭を抱える。

 金髪の男性が驚いたように駆け寄ると、少女を支えた。

 

「どうした、ハマーン!?

 何かを感じたのか?」

 

「ううん、立ち眩みをしたみたいです大佐。

 気を使わせてしまってすみません。」



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第18話

 エンツォ・ベルニーニ。

 大佐の階級を持ち、アクシズの兵力総括顧問を務める高級士官である。

 言わずとしれた独立戦争の即時再開を望むジオン軍強硬派の中心的な人物であり、強硬派の意見を通す為には手段を選ばないとして、即時の武力開戦を望まずにどちらかというと連邦との交渉での独立を目指す穏健派からは警戒されている。

 そしてそのエンツォは今、自身の子飼いの部下の一人からとある報告を受けていた。

 

「よくやったエンリケ!

 例のガキを確保したか!」

 

 エンツォは口元を曲げてニヤリと笑うと、報告をしてきた部下を労う。

 彼の目線の先には、頭を無残に禿散らかした丸眼鏡の士官が直立不動で立っていた。

 

「は!

 ガキは全く自由を与えない状態で収容しております。

 すぐに音を上げるかと。」

 

「ふむ、分かった...。

 ガキを精神的に追い込めば懐柔もしやすいだろうな。

 よし、数日後に私が直々にガキの様子を見に行く。

 その時は上手くやるのだぞ。」

 

「は!」

 

 会話を終えると、部下はエンツォの執務室を辞していった。

 室内に残ったのはエンツォ本人と、彼に近しい強硬派の幹部数人。

 

 

「大佐、よかったのですか?

 ガキはあのシャアが目をかけていると聞いています。

 万が一今回の件が露見した場合、シャアの反発は必至ですが。」

 

 幹部の一人がエンツォに質問を投げかけるが、エンツォ本人は大丈夫だとでもいうように鷹揚に頷いて話し始めた。

 

「シャアが目をかけるほどのパイロットだからこそ、早急にこちらに引き込む必要があるのだろう?

 それにシャアは皇室警護官になってしばらく自由に動けん。

 すぐにはバレんはずだ。

 もし仮に奴に知られたとしても、その時にはガキは既にこちら側、手出しは出来んさ。」

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 どうも、ムサシ・ミヤモトです。

 独房にぶち込まれて早二日くらい。

 真っ暗で日の流れを感じることが出来ないので正確には分かりませんが、空腹度的に大体それくらいだと思います。

 あれから変化と言えば、最低限の水と、用を足すようだと言ってバケツを与えられたのみ。

 いくら待っても助けは来ず、そろそろ限界がきてしまいそうです。

 

 とまあオレはこんな状況になってしまっていた。

 正直オレに後ろ盾だとか保護してくれる人物などいないことは分かっていたので期待はしていなかったが、やはり誰も来ないとなると心にくるものがあるな。

 ここ数時間はもっぱら膝を抱えたまま身動きもしていない。

 

 オレが無気力にぼんやりとしていると、いきなり独房の外から人の声が僅かにだが聞こえてきた。

 まさかシャアか誰かが助けに来てくれたのだろうか!?

 急いでドアに耳を付けて、その声の主を探ろうとする。

 

 なにかただ事ではないような雰囲気を感じる?

 声が近づいてくるにつれて、何を話しているのかが明らかになってきた。

 どうやら声の主は二人いるようで、お互いに言い合いをしているようだ。

 でも二人どちらの声もシャアの声質とは違うような...。

 

 声がドアの前まで来ると、オレは急いでそこを離れて元のように膝を抱えて独房の隅に座る。

 オレが腰を下ろしたのと同時に、ドアが荒々しく開かれた。

 開いたドアからは光が漏れ出て、数日ぶりにまともに光を感じた為にオレは反射的に目を閉じてしまい、そこに来た人物の顔をすぐに判別することは出来ない。

 

「お、俺は強硬派の為になると思ってしただけだ!

 大佐、あんた達の為に!」

 

 男の声が聞こえてくるが、全く状況が読めない。

 なにがどうなっているんだ?

 

「私がいつ貴様にそんなことを頼んだ!

 純真無垢な子供にこんな仕打ちをするなど...、絶対に代償を払わせてやるぞ!

 この愚か者が!覚悟しておけ!」

 

 何がそこで起こっているのか知ろうと耳を傾けると、更に別の男の声が聞こえてきた。

 二人目の男の声はかなり怒気をにじませており、かなり怒りながら話していることが分かる。

 オレは少しずつ光に慣れてきた目を開けてドアの方向を見てみると、いつぞやにオレをここまで連行した禿の士官を、中年くらいの年齢かと思われる士官が怒鳴りつけていた。

 

「ちくしょう!

 こんなところで捕まってたまるか!」

 

 禿の士官は身をひるがえすと、中年の士官を押しのけて逃げて行く。

 中年の士官は追いかけようとするが、体力が無いのか全然追いつかなかったようで、すぐにオレのいる独房まで戻ってきた。

 

「くっ、逃げ足の速い奴。

 ...ムサシ・ミヤモト君で合っているかな?」

 

 その言葉にコクリと頷くと 、中年士官は目に涙を浮かべながらオレを抱きしめてきた。

 この人がオレを助けてくれたということか?

 ありがたさと助かった安心感からか、オレの目からも涙があふれてきて、口からは嗚咽が漏れだす。

 もう少しで本当に心が折れるところだった...。

 なんか最近泣いてばっかりだ。

 

「すまない。すまない!私の責任だ。

 君のような子供をこんな目に...!」

 

 その中年の士官は何度もオレに謝ると、オレが泣き止むまでずっとオレを抱きしめてくれていた。

 だがオレは泣き止んで冷静になるにつれてどこか違和感を感じるようになる。

 

 抱きしめられた時の温かさが全く違うのだ。

 以前ハマーンさんのお見舞いに行ったときにオレは泣いてしまい、ナタリーさんに抱きしめられたことがあった。

 その時オレは彼女から、心からポカポカと温かくなるような感覚が流れ込んでくるのを確かに感じたのだ。

 ナタリーさんに抱きしめられて慰められるオレを心配して、ハマーンさんが手を握ってくれた時、シャアから頭を撫でられた時も同じだ。

 

 しかし今回、この士官からは全くそれを感じない。

 抱きしめられているので表面は温かいのだが、心は逆にひんやりと冷めてくるような...。

 この違いの原因が何なのかは分からなかったが、オレはどこか嫌な感覚を本能的に覚えるのだった。

 

 オレが泣き止むと中年士官はゆっくりと立ち上がり、オレの手を引いて独房を出てどこかへと移動を始める。

 さっきの謎の冷たさを感じて不安そうな雰囲気をオレが出したのを察したのか、中年士官が話しかけてきた。

  

「大丈夫。

 これから行くところは安全だ。 

 もし何かあっても、私が命に代えても守ってあげよう。

 そういえば自己紹介がまだだったな。

 私はエンツォ・ベルニーニという。

 ジオン軍の軍人で、階級は大佐だよ。」

 

 いや、オレが不安そうにしているのは、そういうことではないんだが...。

 しかし、このエンツォ・ベルニーニと名乗る軍人がオレを助けてくれたことは事実のようだし、大人しく付いていくしかないか。

 

 しばらく歩くとエンツォ大佐が、ここだ。と言って一つの部屋の前で立ち止まり、入室を促してくる。

 部屋に入ると、そこには数人のジオン軍の幹部が集まって椅子に座っていた。

 エンツォ大佐も空いている席に座ると、今回の経緯を悲痛な表情をして話し始める。

 

 曰く、先日の連邦軍のアクシズ襲撃事件でのオレの活躍を知った強硬派の一部が暴走して、罪をあることないことでっち上げてオレを拉致監禁したらしい。

 そうしてオレに無理やり言うことを聞かせるて強硬派の言いなりにするか、もし聞かなければ殺してしまおうとも考えていたようだ。

 エンツォ大佐の口から語られたことはオレにとって衝撃的すぎる出来事であり、背筋が凍った。

 

 エンツォ大佐はすべてを説明し終えると、他の幹部とともに頭を下げてきた。

 

「もう一度謝罪させてくれ。

 申し訳なかった。

 だが、我々強硬派が必ずしも奴らのような人間ばかりではないことは覚えていて欲しい。

 不幸な行き違いで常日頃より警戒されている私達だが、、ジオンの独立を目指す気持ちは他の派閥やアクシズで暮らす民達と全く変わらんのだ。」

 

 エンツォ大佐は、ため息を吐いて心底悩んでいるようなそぶりを見せる。

 人権を完全に無視した仕打ちを受けていたので、ハイそうですかと完全に許す気にはならなかったが、このエンツォ大佐たちが悪いわけでは無いし、高級士官数人に頭を下げられてNOと言えるはずもない。

 オレは小さく頷くしかなかった。

 

「先の連邦軍襲撃での君の活躍も知っている。

 それに対する十分な褒章と、今回の件での私達の謝罪の気持ちを是非受け取って欲しい。

 また後日、君の住居まで迎えを行かせるのでそれまで待っていてくれ。」

 

 エンツォ大佐はそう締めくくり、オレは彼に呼ばれた下士官によって丁重にトト家へと送られるのであった。



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第19話

「じんばいじだんだよ~!」

 

 解放されてトト家に戻ってきたオレは、門をくぐるなり大泣きに泣くグレミーが走り寄ってきた。

 オレの頭に涙と鼻水をひとしきり擦り付けると、身長の低いオレを上目遣いならぬ下目遣いでウルウルとした眼をしたまま見てくる。

 その顔を見ていると、オレが禿の士官に連行されて以来、彼なりにかなり心配してくれていたのが分かる。

 目元には深い隈が見て取れた。

 独房に入れられていたついさっきまでは、世界にオレを心配する人間などいないのではないかと思っていたが、こうしてグレミーだけでも心配してくれているのを知れて良かった。

 憔悴しきっていた心が少しずつ癒されてくるのを感じていると、後ろから車が急ブレーキをかける時特有の高い音が聞こえてくる。

 その音に驚いて少し頭を傾けると、見慣れたエレカがドリフトしながら近づいてくるのが視界に飛び込み、最後にはオレ達の目の前で止まった。

 

「グレミー君!

 ムサシ君が連行されたというのは本当か!?

 軍部からそんな命令は...、む?」

 

 そのエレカに乗っているのはシャアだった。

 着ているのはいつも綺麗に着こなしている軍服では無く私服の状態。

 しかもそれも少し着崩れていて、かなり急いでいたことが分かる。

 

「グレミー君からムサシ君が軍に捕まったと聞いてきたのだが...?」

 

 シャアはオレとグレミーを交互に見ながら、説明を求めてくる。

 グレミーは泣いたままで話せないので、ここはオレが説明するしかないだろう。

 

 オレはこれまでの経緯を淡々と説明した。

 ジオン軍の軍人に連行されたこと、独房に監禁されたこと、エンツォ大佐に助けられたこと。

 シャアはその話を聞いていく内に、段々と顔を曇らせ始める。

 

「そうか、酷いことをする...。

 確かに先日の君の活躍を知れば、無理にでも自身達の派閥に引き込もうとする輩がいることくらい気付けたはずなのに、私は何を!」

 

 オレの話を聞いたシャアはエレカのドアを激しく殴りつけ、珍しく感情をあらわにする。

 それと同時に一気にプレッシャーの奔流がオレ達まで流れ込み、久しぶりのシャアの強烈なプレッシャーに思わず背筋が凍ってしまった。

 グレミーなんかは、あわあわと言いながら腰を抜かしてしまっている。

 

 腰を抜かすグレミーをみてようやく自身がプレッシャーは放ったことが分かったのか、シャアはすまなそうな顔をして拳を収めた。

 

「今回君が連行されたことは、私の考えの浅はかさが招いた事態だ。

 こんなことで許されるとは思わないが...。」

 

 シャアは腰を曲げて誠心誠意の謝罪の姿勢を見せてくる。

 ここ数時間でジオン軍の高官何人にも謝罪されているな。

 

 シャアの予想外のプレッシャーは怖かったが、これで分かったことがある。

 彼は本気で今回の件に怒りを感じている。

 俺の為に怒ってくれているのか...。

 そう感じると、独房で助けが来ずに人間不信に陥りかけたオレだが、シャアをもう一度信じてみようと思うのであった。

 

「それにしてもエンツォ大佐か?妙だな...。

 前回の会議でも、奴の策略で私は部隊指揮から引き離された。

 警戒する必要があるか...。」

 

 シャアを信じることを決めて再び詳細を話すと、どこか考えるようなそぶりをしてぽつりとシャアが呟く。

 オレが首をかしげると、シャアはなんでもないという風に首を振った。

 

「いや、大丈夫だ。

 ハマーンも心配していた。

 今度時間があれば電話でもかけてやってくれ。

 長い時間すまなかったな。」

 

 そう言うと、シャアはエレカを発進させて戻って行く。

 シャアが見えなくなると、疲労と空腹感などが襲ってきた。

 ここ数日まともな扱いを受けていなかったのだ、当たり前か。

 今日はもう動けない気がする、休ませてもらおう。

 

 

 

 数日後、回復したオレが今日も今日とて怒涛のCQC訓練の後に庭で畑を耕していると、ジオン軍の軍人数人がトト家へと軍用のエレカで乗り付けてくるのが見えた。

 中には、先日エンツォ大佐と一緒にいた側近の幹部達の姿もあり、トト家の正門はにわかに物々しい雰囲気が漂う。

 

 強硬派の幹部や兵達がトト家の屋敷に入っていったのを見届けてしばらくすると、オレにトト家当主からお呼び出しがかかった。

 エンツォ大佐が言っていた、連邦軍撃退の十分な褒章と今回の連行での私達の謝罪の気持ち、というのが今回渡されるので呼ばれたのだろうか?

 

 オレがトト家の屋敷まで戻ると、そこには何故かいつもの赤い軍服に身を包んだシャアもいた。

 シャアはオレの真横に立つと、エスコートをしようと手を引いてくる。

 少し気恥ずかしくはあるが、毅然とした態度のシャアを見ていると少し緊張も解けてきた。

 屋敷の入り口で歩哨として立っていた下士官なども、英雄シャアの登場に恐縮しきったり目を輝かせたりで、次々と道を開けて敬礼しており、彼らの間を悠々と歩くシャアに連れられたオレは、さながら旧約聖書に載っている伝説の『海割り』をしたモーセの気分だ。

 

 そうして無事にトト家の中に入ると、案内役だと言って近づいてきた下士官の階級章を付けた兵隊に大広間まで案内される。

 トト家の大広間は、大規模なパーティーなどの特別なことがない限りあまり使われることが無い。

 しかも特別なことがあったとしても、入れるのはトト家の縁者や招待客、あとは料理人などの最低限のスタッフのみで、ましてやオレ達みたいな普通の使用人が入る機会なんてほとんど無いのだ。

 

 広間に入ると、奥にある舞台に設置された椅子にはトト家の当主が偉そうに座っていた。

 威圧感を放つ当主と目が合うと、シャアと会って解けたはずの緊張が再びぶり返してくる。

 その下にはエンツォ大佐の側近達が居並ぶが、側近達はシャアを見た瞬間顔を苦々しげにしかめた。

 

「ここで叙勲式をすると聞いた。

 今日の主役のムサシ・ミヤモト君とは親交がある。

 ジオン軍の高級士官として、そして友人として、私が列席するのに何の問題もあるまい?」

 

 シャアはそう言うと、エンツォ大佐の側近たちが並んでいた列の端に移った。

 その眼はサングラスで良くは見えないが、「頑張れ」と言って励ましてくれているような気がする。

 オレはシャアに黙礼すると、前を向き直った。

 

 このままシャアが梃でも動かないということを感じたのか、エンツォ大佐の側近たちは諦めたように一歩進み出てくると、その中の一人が賞状のようなものをもってオレのもとへとやってくる。

 

「ムサシ・ミヤモト、アクシズを救った功績を称え、貴殿に金一封とMS使用訓練自由の権利、そして名誉伍長の階級を与えるものである。

 これからもジオンの為、このアクシズの為、尽力してほしい。」

 

 金一封がもらえる喜びで賞状をそのまま受け取りそうになるが、オレの心に少し残っていた冷静な部分が最後の不穏な言葉を聞き逃さなかった。

 

「名誉伍長?なんでしょうかそれは?」

 

「文字通りだ。

 君には名誉職ではあるが、栄光あるジオン軍人としての階級が与えられるのだ。

 有事には是非、ジオンを守るために奮闘してほしい。」

 

 MSで自由に訓練できるのとお金がもらえるのは嬉しいが、別にオレは軍人になりたいわけではないのだが...。

 オレは急に軍人になってしまった事実に、微妙な顔をしてしまうのを禁じ得なかった。



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第20話

 何故か伍長というジオン軍の階級を貰ってしまった。

 シャアもオレに軍の階級が与えられるのは全くあずかり知らないことだったようで、オレを兵隊にすまいと反発したのだが、このアクシズのトップであるマハラジャ・カーンの決裁は既に降りていた為に、結局は決定に従うことになってしまった。

 前回の連邦軍のアクシズ襲撃時は、状況把握の為に動ける人間がオレしかいなかった為にある意味仕方がなくシャアはオレに調査を頼んだという経緯があったのだが、本音としてはオレくらいの子供を戦闘に参加する軍人にしてしまうのは反対だったようだ。

 

 勿論あくまで“名誉”伍長なので、職業軍人という訳ではない。

 扱いとしては予備役みたいなもので、基本的にはいつも通りのトト家での仕事に従事しているのだが、連邦軍が攻めてきたりと有事が起こった際に召集されて、敵と戦うのだ。

 

「はぁ...。」

 

 それでも、頻度は低いが平時においても軍の訓練に参加することを義務付けられており、日々トト家で行われている訓練だけでもいっぱいなオレにとっては面倒くさいことこの上ない。

 しかも軍の訓練は数時間で終わるような単純なものではなく、数日間駐屯地に拘束されて訓練漬けの生活を送ることになるので質が悪い。

 

「なんだ。

 元気がないじゃないか。」

 

 いつものグレミーの声が聞こえると、オレが座っている椅子の隣の椅子にポスリと音を立てて座る音がした。

 オレが連行された事件以降、前にも増してグレミーのオレに対する絡みが激しいな。

 休憩にオレが入るたびに様子を見に来ている気がする。

 

「だってまだ軍になんて入りたくなかったし。

 シャア大佐とかハマーンさんとかと模擬戦を好きにしてた方が楽しいし...。」

 

「ん-そうか?

 でも本物の制服着れるんだろ?コスプレとかじゃなくてさ。

 カッコいいじゃん。

 どっちにしろシャア大佐達と模擬戦出来る機会も減ったんだし、軍で訓練できるなら丁度いいよ。」

 

「そりゃそうだけど...。」

 

 グレミーは純粋だなぁ。

 まさに穢れを知らないと言うかなんというか。

 グレミーを見たついでに近くの時計も見ると、思ったよりも休憩をとってしまっていた。

 いかん、そろそろまた訓練に戻らなければ。

 オレは立ち上がると、その場を後にしようとする。

 

「あ、おい。

 どこいくんだよ?」

 

 グレミーはまだまだ話し足らないとでも言うように、オレの袖を掴んで離すまいとしてくるが、あいにく訓練に行かないといけないなんだ、すまんな。

 訓練に行くからと言ってグレミーの手を優しく払うと、彼の手の飴玉を握らせてあげる。

 この前オレを助けようとして頑張ってくれたお礼だぞ。

 

 それでもまだ少し寂しそうにしていたが、これ以上遅れる訳にはいかない。

 オレはグレミーに背を向けて歩き始めた。

 

「そういえば明日、パパがまたムサシと同じニュータイプ?を家に連れてくるらしいぞ。

 それでお前に教育を任せるってパパが言ってて、それで、んーと、僕がそいつをお前の部屋まで連れて行くから待っててな。」

 

 グレミーの言葉に、サムズアップして答える。

 ほう。このアクシズに来て一年近くになるが、ようやくオレにも後輩というものが出来るのか。

 先輩になるという事実にワクワクの気持ちも強いが、どんな人物が来るのか少し不安でもある。

 明日はしっかりと、新人の後輩を出迎えてやらねば。

 

 

 

 

 そして次の日。

 グレミーがオレの後輩となる人間を連れてくると言うので、オレは自室にある数少ない私物を押し入れに無理やり押し込めると、なんとか何人かが入ることが出来そうなスペースを確保した。

 先日軍から貸与された下士官用の制服も着てしっかりとキマっているし、今の完璧なオレに死角は無い。

 

「プルプルプルプルプル~♪

 ここ?ここなの!?

 なんだか胸がキュンキュンする!」

 

 まだ少し舌足らず感を残したままの、幼い声が階段の下から聞こえてくる。

 お、この声の主がオレの後輩ってやつか?

 しめしめ、オレよりも歳も下っぽいな。

 これからどのように可愛がって(教育して)やろうか。

 

「そうだぞ、プル。

 全員ちゃんとついて来いよ?

 お前達の教育係を紹介してやるから。」

 

 これはグレミーの声だ。

 全員、ということはオレの後輩になるのは一人じゃないということか?

 耳に神経を集中させると、なるほど、階段を昇ってくる音が多い。

 これは一人や二人では無さそうだな。

 ふむ、それはそれで鍛えがいがあるというものだ。

 

 オレは気を引き締めて身構えると、口をキッと結んで精一杯の真面目な顔をする。

 腕も腰の後ろで組んで休めの姿勢を取り、手には指示棒。

 こういうのは一度相手に舐められたらお終いなのだ。

 どんな奴らが来ても、決して動じないようにしなければ。

 そしてそいつらが来たら、開口一番言ってやるのだ。

『地獄の一丁目へようこそ!

 オレが貴様らの教育を担当するムサシ鬼伍長だぁ!

 これからビシバシと鍛えてやるからそのつもりでいろ!』

 とね。

 実際にビシバシはしないけどね?

 

 

 バタンとドアが開き、ぞろぞろと人が入ってくる気配がする。

 来たっ....!

 オレは窓側も向いていた体をクルリと回してドアの方を見ると、3〜4歳くらいと思われる少女達の姿が目に写った。

(えっ!?)

 オレの心臓がドクンドクンと一気に鼓動を速めていく。

 なんだこの子達は!!!

 目をクリクリとさせて天真爛漫そうな笑顔を見せる少女を筆頭に、ちょっとキツそうな顔をして機嫌が悪そうな少女、不安そうにオレの顔を伺っている少女etc...。

 こんなに可愛らしい生物が存在したのか...?

 

 この子達がオレの後輩...?

 舐められない様にと、さっきまで虚勢を張って作っていた外面のメッキがボロボロと壊れていくのを感じる。

 最早、地獄の一丁目がどうこうと言うよりも、一目散に駆け寄って少女達をわしゃわしゃと撫でくり回して愛でたい気分。

 それはそれで変態ぽくてヤバいが...。

 

 いや、ダメだ。

 どちらが先輩でどちらが後輩なのかはハッキリとさせなければ!

 欠片ほどにまだ残っていたプライドを奮い立たせると、少女達に少し歩み寄る。

 よし、言うぞ...言うぞ.....。

 

「オレが君達のお兄ちゃんです!」

 

 よし!言ってやったぞ!

 心は晴れ晴れとして、スッキリとした気持ちになってくる。

 もう何もこわくない、オレは無敵だ!

 

「「「「え???」」」」

 

 圧倒的達成感に酔いしれていると、グレミーや少女達が一斉に不思議そうに、または怪しいものでも見るような顔でオレを見てくる。

 若干1名、天真爛漫そうな少女はさっきよりも更に目をキラキラと輝かせているが。

 なんだ?反応がオレの予想と違うんだが。

 まさか通じてないのか?もう一度ゆっくり言ってみよう。

 

「オレが、君達の、お兄ちゃん、です。」

 

 んんんんん????

 ちょっと待て、今オレはなんて言ったんだ?

 自分の行った言葉を頭の中で反芻していると、違和感の正体に気付いてきた。

 お兄ちゃん?

 オレは何を言って...? 

 アホな事を言ってしまったことを自覚すると、少しずつ顔が熱くなってきた。

 

「わ〜いプルプルプル〜!

 みんな、あたし達のお兄ちゃんだって!

 よろしくお兄ちゃん!」

 

「こら待てお前達!」

 

 勝手に行動し始めた少女達をグレミーが制止しようとするが、もう彼女達は止まらない。

 恥ずかしさに打ち震えているオレを少女達がわらわらとオレを取り囲み、オレによじ登ったり、頬や髪の毛を引っ張ってみたりと好き放題だ。

 やめて!禿げちゃうからやめて!

 あ、一人ポカポカと殴ってくる子もいる...。

 

 少女達の数の暴力に屈してもみくちゃにされるオレ、このままどうなってしまうのだろうか。




魔性のロリ達の登場です。


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第21話

 後輩達の教育係を命じられてから、白兵戦の訓練などが減ることになった。

 最初こそ、やった!あの筋肉モリモリマッチョマンの変態(白兵戦教官)とCQCの訓練をしないで済む!

 教育係とは言っても、要はちびっ子の世話をすればいいんだろ?そんなの楽勝だよ!

 そう思っていたのだが、オレの考えが完全に甘かったのだとすぐに思い知らされることになる。

 

「なんとぉー!」

 

 とある日の早朝。

 突如として、トト家のMSシミュレーター室に叫び声がこだまする。

 その後、ガコンと一つのシミュレーターのハッチが開くと、子供が息も絶え絶えの状態で這い出てきた。

 その子供の名前はムサシ・ミヤモト、そう、オレのことだ。

 

「ハァ...ハァ...。

 ちょっと待って噓でしょ...。」

 

 全身は汗でびっしょりで、手足は長時間にわたる激しいシミュレーターの操縦で震えている。

 あの子たちがこんなに強いなんて聞いてないって...。

 オレが乱れた息を整えようと躍起になっていると、近くのシミュレーターのハッチも次々と開いて少女達が飛び出してきた。

 ボロボロ状態のオレとは正反対で、彼女達の額には汗一つ浮かんでいない。

 

 全員が外に出終わるとその数は実に12人にも及び、しかも全員が似た顔だちをしている。

 グレミーにこの前聞いたところによると、彼女達は全員姉妹らしい。

 これが前世なら12人姉妹(しかも同じ歳)など絶対にありえないと思うが、ここはあのガンダム世界。

 こんなこともあるのかと、少し胸はモヤモヤしているが渋々納得することにしている。

 

「お兄ちゃん強いんだね!

 あたし達が負けるなんて久しぶり。」

 

 少女の一人がオレの近くに歩み寄ってくる。

 この天真爛漫な感じは長女のプルか?

 顔は似ているが一人ひとりに特徴があって、姉妹の中の誰であるのかを見分けるのはそこまで難しくは無い。

 天真爛漫なのがプル、ちょっとキツめの顔立ちをしているのがプルツー、不安そうなのがプルスリー等々...。

 

「いや、でも君達全く疲れてないじゃん。

 全然本気じゃなかったでしょ。」

 

 オレが思わず突っ込むが、彼女はそんなことどうでもいいという風にオレの腕を取ると、どこかへと走り始めた。

 しかし疲労しきった足はプルの走りについていけず、オレはズルズルと引きずられていく。

 

「えっ、どこに行くんだ?」

 

 突然のプルの行動に驚いて問いかけるが、プルはルンルン♪プルプル♪と言って自分の世界に入ってしまっている様子。

 オレの声届いていないなこれ。

 助けを求めて他の姉妹達に目を向けると、何人かに諦めろとでも言う風に目を背けられた後、最後にクールな雰囲気で落ち着いた子と目が合った。

 この子は...,確かプルトゥエルブだ!

 助けてトゥエルブ!と心の中で念じながら、オレは精一杯の助けを求める目をする。

 

「はぁ...。プル姉さん、マスターが困っている。

 どこに行くのかちゃんと言ってあげて欲しい。」

 

 オレの祈りが通じたのか、トゥエルブは走り去ろうとするプルの肩を掴んで止めてくれた。

 ありがたい!

 トゥエルブにはお礼に後で3段重ねのアイスクリームをあげよう!

 

「お風呂!みんなも一緒に行こう!

 あはは~プルプルプル~♪」

 

 お風呂?なんだお風呂か。

 汗でべとべとだし、丁度オレも入りたいと思ってたんだよなぁ...って、

 

「ちがーう!そっちはオレが入れない女湯のある方向だろ!

 早く止まれ!間に合わなくなっても知らんぞーーっ!!」

 

 

 

 なんとかプルを引きはがしてほうぼうの体で逃げて男湯に入ることが出来たオレは、風呂を出た後にグレミーやプル達姉妹とショッピングに繰り出すことになった。

 実はプル達だが、服をろくに持っていないことが判明したのだ。

 グレミーの家に来たばかりのオレと全く同じ状況である。なんだか懐かしい。

 とまあそういう事情があったので、言い間違え(?)で教育係兼兄になってしまったオレと、プル達がムサシの妹なら、当然ムサシの兄的ポジションの自分からしてもプル達は妹だと言う謎理論(ある意味正論?)を振りかざしたグレミーとで新しい服を買ってあげようということになったのである。

 

 居住区のモウサにあるショッピングモールまでプル達を引率したオレとグレミーは子供服売り場に到着した後、プル達に各々気に入った服を持ってくるように伝え、二人で店の前のベンチで少々休むことにした。

 プルプルと言いながら店内のあちらこちらに移動して商品を物色していく彼女達を見ていると、なんだか平和とはこんなことなのだと漠然と感じてくる。

 

「平和だな...。」

 

「あぁ、でもいきなり12人も妹が出来るのは大変だな。

 特にプルは手がかかる。」

 

 オレが無意識に口に出した言葉に、律儀にグレミーが返してくる。

 

 確かにプル達の世話は大変だ。

 オレ達はお互いに顔を見合わせてフッと薄く笑うと、近くの自販機で買ったドリンクを飲みながらプル達が服を携えて戻ってくるのを待つことにした。

 

 ずぞぞぞぞ...、うーん。このコーヒーなかなかいける。

 オレが自販機の缶コーヒーの味に舌鼓を打っていると、プル姉妹の一人がトコトコとこちらに来るのが見えた。

 手には服が握られているので、早速お気に入りの物を見つけたのだろう。

 

「よ!プルツーはそれがいいのか?」

 

 ちょっとキツめの顔立ちをしている子...、プルツーの持ってきた服をグレミーと一緒に品定めするが、なんか...うーん。

 

「...地味と言うか何と言うか、機能性を重視しすぎじゃないか?

 せっかくプルツーは可愛い顔してるんだから、もっとそれに合った服にしようぜ。

 あの動物の絵が小さくプリントしてあるのとか、そこのフリフリのやつ、いいと思うぞ。」

 

 グレミーもオレと同意見だったようで、うんうんと頷いている。

 プルツーが持ってきたのは、まさかのピタピタのジャージみたいな服だった。

 これじゃ私服は私服でも運動服みたいじゃないか。

 

「ふん!

 あんなプリントは何のタクティカル・アドバンテージもないんだよ。

 この動きやすい服が一番さ。」

 

 オレがすすめた服を一蹴し、プルツーはさあジャージを買う金をだせと、ずいと右手を差し出してくる。

 しかし、オレはこんな服を買うのは認めない。

 アドバンテージがなんだ!プルツーには可愛い服が似合う!

 

「オレが抑えるから、お兄ちゃんは服を。」

 

 オレが短くグレミーに伝えると、彼は全てを理解したというように大きくサムズアップした。

 二人でジリジリとプルツーとの距離を詰めると、一気に飛び掛かる。

 

「な、なんだ!?

 私に何をしようと!」

 

 プルツーが抵抗するが、オレ達が止まることは無い。

 ええい!大人しくしろプルツー!

 力ずくでプルツーを下着姿にすると、瞬く間に可愛い服を着せていく。

 

 数秒後には、フリフリの服に身を包んだ激カワ美少女の完成だ。

 羞恥心やらなんやらで真っ赤な顔をしながらオレ達を睨むプルツーの視線が痛いが、オレ達は彼女をコーディネート出来た達成感に酔いしれ、ニマニマとした笑みがどうしても顔に浮かんでしまう。

 

「やっぱりすごく似合ってるじゃないか!」

 

「成功だね。写真撮って保存するよ。」

 

「プルプル~!

 わー可愛い!いいなぁ、お兄ちゃんたちに服を選んでもらって。」

 

 いつの間にか傍にいたプルも一緒になって褒めまくっていると、プルツーは顔を朱に染めたままトボトボとショッピングモールの外へと歩き始めた。

 

「ニヤニヤと気持ち悪いんだよアンタ達。

 私は先に帰ってるよ...。」

 

 ふむ、どうやらプルツーは褒められ慣れていないらしいな。

 良いことを知ったぞ。

 それと、まだ帰ってもらう訳にはいかない。

 

「あ、ちょっと待てよ。

 全員で記念写真撮るんだからさ。」

 

 帰ろうとするプルツーを引き留めて、その後プル姉妹が全員服を買ったのを確認すると、写真館へと移動する。

 最後に記念の集合写真を撮って、その日はトト家へ帰ることになった。

 写真が現像されたら、今度ロケットペンダントにでも入れて全員に配るとするか。




フリフリの服着たプル姉妹って絶対に可愛いと思うんですよね。


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プルトゥエルブとアイスクリーム

通算3万UAありがとうございます!
先日は日間ランキングに載ることもでき、感無量です。
これもすべて、読んでくださっている皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!


「この前はありがとうなトゥエルブ。

 はい!これ食べてくれよ。」

 

 つい先日、プル姉妹長女のプルの暴走(?)を止めてオレを助けてくれた末っ子のプルトゥエルブに、お礼の品として、3段重ねの特大アイスクリームを渡す。

 プルに見つからないように渡すのに苦労したので(見たら絶対に食べたがる為)少し溶けてしまってはいるが、喜んでくれると嬉しいな。

 

 彼女はオレの手に乗せられたアイスクリームを不思議な物を観察でもするように見回すと、オレの顔とそれを交互に見ながら、本当に受け取っていいのかと目で問いかけてくる。

 オレが頷くと、小さな両手で大切そうに受け取ってくれた。

 しかし、その後は口をパクパクと開くだけで、一向に食べようとはしない。

 どうしたのだろうか?まさか嫌いとか?

 不安に思っていると、トゥエルブはキュッと一度口を噤んだ後、意を決したように質問をしてきた。

 

「マスター、これはなに?」

 

「ん?知らないのか?

 これはアイスクリームと言って、甘くて冷たくてすごーく美味しいんだぞ。」

 

 どうやらアイスクリームを初めて見たらしい。

 それで食べ方が分からなかったのか。

 得心がいったオレは、アイスクリームに顔を近づけると、ペロリと一舐めしてみる。

 バニラの甘い香りが鼻孔を抜け、冷たいものを食べた時特有のキンとした痛みが軽く頭を襲うが不快感は無く、むしろもっと食べたくなるような感覚にとらわれる。

 だが我慢。

 これはトゥエルブの為に買ったものだからな。

 

「ほら、同じように舐めてみな。」

 

 オレが促すと、恐る恐るといった風にトゥエルブもアイスクリームを舐めた。

 ゴクリと飲み込んだ音がした瞬間、彼女は目をぎゅっと瞑って舌を出す。

 

「ちべたい...。」

 

 冷たいものを食べるのに舌が慣れていなかったのだろう。

 しばらく彼女は舌をベロリと出したまま、冷えた場所を外気に触れさせて温めようとしていたが、段々と冷たさよりも甘さが勝ってきたのか、顔にパッと花が咲いたような微笑みを見せてくれた。

 うっ...、いつもクールな雰囲気ばかりしているだけに、笑った時の破壊力が凄いな。

 思わずオレの手先はトゥエルブの頭に向かい、気付けばなでなでと優しく撫で始めていた。

 

 そしてすかさずもう片方の手で懐からカメラを取り出すと、アイスクリームを嬉しそうに舐めるトゥエルブをパシャリパシャリと撮影する。

 後でグレミーにも見せてやろう。

 この可愛い写真を見せれば、彼も大喜びするはずだ。

 

「マスター、くすぐったい。」

 

「あ、ごめん。」

 

 アイスクリームを舐めるトゥエルブが可愛すぎるあまり、どうも撫ですぎてしまったのかもしれない。

 オレはサッと手を離そうとするが、彼女は頭を傾けてオレの手が離れないようにしてくる。

 

「くすぐったいけど、嫌いじゃない。」

 

 どうやらこの小さなお姫様は、オレの撫で撫でがお気にいりになったようだ。

 オレは再び手をトゥエルブの頭に置くと、彼女がアイスクリームを食べ終わるまでそのまま撫で続けてやるのであった。



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第22話

お待たせしました。


 街中を警報が鳴り響き、人々が逃げ惑い、怒号が飛び交う。 

 敵の戦艦の強力な砲撃がアクシズの岩壁を叩くたびに内部に建設されている建物が揺れ、瓦礫が散乱する。

 その中をオレ達は必死に走っていた。

 

「こっちだ!

 全員このシェルターの中に入るんだ!」

 

「で、でもお兄ちゃんは!?」

 

「軍から緊急で召集がかかっているから基地に行く!

 お前たちは早くシェルターに!」

 

 捕虜にしていた連邦軍人達が脱走した。

 奴らはアクシズ内部のシステムを瞬く間にハッキングしてみせると、ジオン軍の命令を偽造して戦艦を奪取。

 最後には逃げ出したついでと言わんばかりに、アクシズに向けて砲撃を始めたのだ。

 

 プル姉妹の中でも特に勘が鋭いプルとプルツーが最初に危険を察知したことが功を奏して、早めに彼女達とグレミーをシェルターに入れて安全は確保出来た。

 しかし、このままではアクシズの重要区画等に被害が出るのも時間の問題だろう。

 そうなってしまったらここで暮らす数万の民は一巻の終わりだ。

 すぐにMS格納庫に向かい、迎撃に参加しなければ。

 オレは近くに乗り捨ててあった自転車にまたがると、ジオン軍の基地に向けて漕ぎ始めた。

 

 

 

 

 基地に着いて真っ先に自身の愛機、アクト・ザクのコクピットに入り、核融合炉に火を入れる。

 モニターが煌いて自動でシステムのチェックが始まるが、それを悠長に待っている暇は無い。

 

「はやく!早く動け!

 最悪、砲台代わり程度に動ければ良い!」

 

 オレは最重要項目以外は全て無視すると、すぐに機体を起動させた。

 警告音声が流れるが、知ったこっちゃ無い。

 

 連邦のハッカーにシステムを掌握された影響で閉じたままのMS発進口に爆導索を付けて爆破すると、出来た穴を無理矢理こじ開けて宇宙へと躍り出す。

 どこか狙撃に適した場所を見つけて、早く反撃しなければ。

 オレはカメラユニットの倍率を上げると、索敵に移る。

 

「敵艦は...あれか?

とすると敵艦の近くにあるスラスター光の集団が敵MSか。

いや、戦闘中にもかかわらず、戦闘機動を行っていないのが1機いる。なんだ?」

 

 更に倍率を上げて確認すると、敵MSが何かをマニピュレーターで掴んでいるのが見えた。

 

「人?

 戦艦に乗り遅れた兵をMSで回収したってことか。

 生身の人間を殺すのはあまり気分が良いものではないが...。

 恨むなよ。」

 

 オレは銃口をそのMSに向けると、狙撃体制に移る。

 今だ!

 照準が合ったことを確認して、引き金を引こうとしたその時。

 

『助けて、シャア大佐...。』

 

 体に軽い電撃が走るような感覚がするとともに、ハマーンさんの声が脳内を駆け巡る。

 

「ハマーンさんの声?

 いや、ハマーンさんは居室にいるはずだ。

 あんな所にいる訳がない。」

 

『助けて』

 

 論理的に考えて彼女が、ハマーンさんが連邦軍に捕らえられている可能性は無い。

 しかし、オレのニュータイプとしての勘のようなものが、敵MSの持っている人型の物体はハマーンさんであると告げている。

 本当にあれがハマーンさんだった場合、狙撃してしまったら...。

 背筋がゾワりと震え、冷や汗がノーマルスーツの中で滴る。

 

 万が一の可能性によって狙撃できないまま逡巡していると、ジオン軍の秘匿回線コードで通信が入っていることを知らせるランプが点滅した。

 この状況下で通信?誰だ?

 

「ハマーンが大変なの!

 私にせいでハマーンが、連邦に...!!!」

 

 オレが通信に応じようとボタンを押し、モニターに通信元の映像を表示したと同時だった。

 そこには酷く狼狽した状態のナタリーさんの姿があった。

 

 要領を得ないことを叫び続ける彼女をなんとか宥めて状況を聞くと、どうやら連邦軍人達の脱走時にシステムを乗っ取られた影響で、ハマーンさんしか即応して動ける人員がいなかったらしく、やむなくナタリーさんはハマーンさんに出撃を頼んだのだという。

 そこでハマーンさんが出撃したはいいが、彼女のシュネー・ヴァイスは万全の状態ではなかったようで奮闘むなしく破壊され、ハマーンさんは連邦への投降を余儀なくされてしまったということだった。

 唯一この状況を覆してくれそうなジオンの英雄ことシャアも、間が悪いことにまさかまさかの戦闘訓練中でアクシズにおらず、藁にもすがる思いでナタリーさんはオレの機体にコンタクトを取ってきたのだという。

 

 敵を狙撃しようとしたときにそこからハマーンさんの存在を感じたのは、やはり勘違いなどではなかった訳だ。

 正直に言おう。

 ほぼ詰みの状態だ。

 将棋で言うところの王手、チェスだとチェックメイト。

 この状況を覆すのは非常に難しい。

 しかし...。

 

 ここで諦めるのは絶対に出来ない!

 ハマーンさんには数え切れない恩があるのだ。

 何が何でも無事にアクシズに連れ帰らなくては。

 

「ナタリーさん、分かりました。

 自分がなんとかします。

 なので、ナタリーさんは連邦のハッカーからシステムを取り戻すのに全力を挙げて下さい。」

 

 オレの言葉を聞いてまだナタリーさんは何かを言おうとしていたが、オレは心配ないという言うように大きくサムズアップを決めて、通信を終了した。

 モニターが元に戻ったことを確認したオレは、すぐにスラスターを全開に噴かしてハマーンさんを人質に取ったMSの追跡を始めた。

 

 優秀なアクト・ザクはグングンと敵との距離を詰めていき、敵のMSの索敵範囲ギリギリの所まですぐに前進することが出来たが、未だにオレは悩んでいた。

 分かってはいたが、人質の命を握られているだけに、このミッションは非常に難しい。

 敵が故意にハマーンさんに危害を加えることのみならず、敵に戦闘機動を取らせてもダメ。

 戦闘機動を取らせた週間、ハマーンさんの体は急激なGの変化に耐えきれずに潰れてしまうだろう。

 その為、なるべく敵に刺激を与えずにハマーンさんを奪還しなければいけないのだ。

 

「くそっ!せめて友軍機が数機でも増援に...。

 それも腕の良い友軍が来てくれればまだ状況は変えられるんだが。

 そう都合良くは」

 

『お兄ちゃん呼んだ?

 プルプルプルプルプル~♪』

 

『『プルプルプル~!』』

 

 殺伐とした戦場に非常に心強い、そしてオレとグレミーの愛すべき妹たちの声が響く。



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