糞狸転生〜過去に戻って本気出す〜 (ライム酒)
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転生初日

 

 転生した場所は見覚えのない寝室だった。

 部屋にはベッドの上に横たわる俺と床に転がる裸の少女。

 よく見れば自身も裸であった。

 どうやら情事の最中に転生したようだ。

 

 てっきり過去の自分に転生するものだと考えていたが、どうも魂の在り方がすっかり変わっていたらしい。

 今回使用したのは、魂の似たものに問答無用で憑依転生する極悪な魂の転移魔法だ。

 身体などの物質を伴う過去転移は、ナナホシの件を考えるとあまり現実的ではなかった。

 そこで思いついたのが、この魂だけの転移魔法だ。

 

 魂を転移する不可逆の魔法なため、暗中模索で必死に研究をした。

 遂に準備が整い、最初で最後となる大博打をしたのだが、問題なく体を動かせるところをみると賭けには勝ったようだ。

 

 自然と顔がにやけて、涙が落ちた。

 「ひっ」と小さな悲鳴が聞こえたが、どうしても止められなかった。

 

 どうしようもないのでベッドに顔を擦り付けていると、部屋の外が慌ただしくなる。

 敵襲か、と身構えたがどうやらこの身体では魔法はほとんど使えそうにない。

 撃てて中級魔術が数発、魔力量は比べるまでもなかった。

 

 外の様子よりこちらを警戒する少女を無理やり引き寄せ、布団をかぶせる。

 彼女の様子を見ると、あまり自身と友好的な関係ではなさそうだ。

 さんざん人を殺して殺された俺と似た魂の持ち主なのだから、元のこいつは普通に悪人なのだろう。

 

 罪悪感なんて持つ資格すらないが、無駄に言い訳のような何かをしていると扉の奥から声がかけられる。

 

「ダ、ダリウス様!お忙しいところ大変失礼します。副執事のアンダートです。急ぎお伝えしたいことがありますので、ご支度をお願いできないでしょうか!」

 

 敵ではないらしい。

 声は若いがこの男はすでに副執事を務めているようだ。

 それから副執事が言った自身の名前、ダリウス。

 聞き覚えのある名前だ。

 

 気持ちが少し落ち着いたので、部屋を見渡すと華美な調度品がこれでもかと並んでいた。

 この様相、これは貴族の邸宅だ

 そしてダリウスという名を一つ思い出した。

 

 ダリウス・シルバ・ガニウス。

 アスラ王国の上級大臣の名だ。

 

 中途半端な調査ではサウロスの処刑を主導し、ヒトガミの使徒となってアリエル、ルーク、そしてシルフィを処刑した男だ。

 どこまで正しい情報かはわからないが、当時それができたのはまず間違いないだろう。

 

 そして今、俺はその男になっている。

 

 いつのまにか下を向き、手を強く握っていると、横から小さく声にならない吐息のような言葉をかけられる。

 裸の少女が震えながらガウンコートを手にし、こちらに突き出していた。

 

 これを着て早く出て行けということだろう。

 俺は乾いた笑いをこぼしながらそれを羽織り、扉に向かった。

 少女はビクリと震えて部屋の端に逃げ、タオルケットで体を隠していた。

 随分と嫌われている。

 かなしい。

 

 

 

 言葉遣いなどを怪しまれないように、なるべく喋らないで数人の使用人から報告を促す。

 内容はフィットア領の方角で強い光が発したというもので、爆発音と爆風がここ王都まで届いたということだった。

 

 おそらく、いや間違いなく転移事件のことだろう。

 転移先の日付は数年単位の雑な指定しかできなかったが、かなり上手くいったようだ。

 できれば転移事件前に行きたかったがそれは贅沢な悩みだ。

 過去転移魔法はかなり周りのモノに影響を受けるので、何か近くに転移事件にゆかりの物があったのかもしれない。

 

 今後の指示としては、フィットア領の調査と極秘裏に紛争地帯の調査を命じた。

 方角的に紛争地帯で起こったものと誤魔化せるので、あまり怪しまれることはない。

 迅速に行動しろと追加で忠告すると、「アレは使ってよろしいのでしょうか?」と言葉を濁して何かの許可を求められた。

 

 アレ、とは何か。

 濁しているということは口にするのは憚れるモノ。

 

 許可するのをどうするか考え込むふりをして、アレが何なのかを必死で考察する。

 文脈的に移動速度を向上させるモノだ。

 貴族用の速い馬車か?

 それなら素直に訊けばいい。

 それをしないということは違法なモノ。

 つまり、転移魔法陣か?

 

「許可する。使用の際は人目にくれぐれも注意せよ」

 

 できる限り尊大風に、曖昧に許可をだす。

 予想は合っていたらしく、副執事は「はっ!」と直ちに承知して、急ぎ部屋から出ていった。

 

 

 特に怪しまれずに事をやり過ごしたことに安堵した。

 ルームメイドに水を一杯頼み、ゆっくりと飲んでから元の部屋に向かった。

 寝室に戻ると、裸の少女が膝と頭を地面につけて俺を出迎えている。

 一瞬戸惑い後退りをしてから気を取り戻す。

 すっかり目下一番の問題を忘れていた。

 

 

 いつまでもそうしていてもしょうがないので、少女へ目についた部屋にある服を着せる。

 何も言われないので着替える少女をガン見していたが、仕草を見るとこの少女の佇まいはどこか気品があるように感じた。

 服を着れば少女は少し血の気の戻った顔になる。

 やはり尊厳というのはどのような立場でも生きていく上で大事なのだろう。

 少女を椅子に座らせ、怪しまれるのを承知で名前を訊ねると、少女はグッと手を握り体を強ばらせながら答えてくれた。

 

 少女の名は「トリスティーナ・パープルホース」。

 よく見れば見覚えのあるようなないような顔立ちだが、その名前には心当たりがない。

 話を聞けば、パープルホース家の元令嬢で、現在は俺の性がつく奴隷になっていると言う。

 まあそうだろうなと、これまでの予想とそう変わらない答えだった。

 

 ああ、こいつはかなり厄介な存在だ。

 この先のことを考えれば、最適な選択はこいつを殺すことだろう。

 こいつも、このまま生きていてもしょうがないはずだ。

 しかたがない。

 

 そこまで考えて、「ハァ」と大きくため息を吐いた。

 殺すのはダメだ。

 短慮の行動は敵をつくるだけでいいことは何もない。

 これまでがそうだっただろうに、すっかりその考えに染まっている。

 

 少女には後日好きな服を用意させると適当に伝えて、とっとと退出させた。

 

 誰もいなくなった部屋で、俺は情報を集める。

 

 机の引き出しから、ベットの下から、果てはカーペットの下から、何から何までこの部屋にある情報を捜索した。

 

 寝室にあった使えそうな物は、十数通の手紙と数十枚の走り書きのメモのようなゴミだった。

 日記のような物があればと思ったが、ダリウスはこまめに書くタイプではないようだ。

 

 まずは手紙に目をつける。

 一番多い送り主はグラーヴェル・ザフィン・アスラ。

 確かアリエルの腹違いの兄、つまりアスラ王国の第一王子だった男だ。

 ダリウスは第一王子派と記憶しているので、まず間違いないだろう。

 

 内容はほとんどが日頃の愚痴のような物ばかりで、あまり使えそうにない。

 たまに知ったような名前が出てくるだけ救いだろう。

 ジェームズ、サウロス、ピレモン。

 グレイラット家の貴族だ。

 内容としては、ジェームズが頼りない、サウロスがうるさい、ピレモンを引き入れたい、といったところだ。

 あまり記憶にないが、ボレアス家は第一王子派で、ボレアス家の次期当主で王都に住むジェームズと現当主のサウロスが主に話のタネだった。

 ピレモンは確かパウロの兄か弟で、現在はアリエル派についており、なんとか引き抜けないかと画策してるようだ。

 ダリウス側からの返事が無いのでなんとも言えないが、文脈的に共同ではなく一人で行っているのだろう。

 

 次に多いのは件のジェームズ。

 ボレアス家の次期当主でフィリップの兄、ジェームズ・ボレアス・グレイラットだ。

 ほとんどが適当な時候の挨拶だが、PS.に獣人奴隷の催促がついている。

 仲介料として書かれている金額もかなりの物だ。

 使える情報はそれぐらいか。

 

 他は知らない貴族からの時候の手紙がほとんどだ。

 内容的には娘の紹介が主目的のようだ。

 

 そういえばダリウスには嫁はいないのだろうか?

 もう子供がいてもおかしくない、むしろいないとおかしい年齢のはずだ。

 それについても早めに調べておいた方がいいだろう。

 

 次は走り書きのメモ。

 書かれている文字は適当だがまとまっており、読むのにそれほど苦にならない。

 ダリウスは字が綺麗だったようだ。

 似合わないな。

 

 読み進めていくと、かなり有用な物が多くあった。

 王都に潜む情報屋、盗賊団、奴隷商。

 ダリウス個人の工作員。

 国内、国外のつながりのある冒険者や盗賊団など。

 

 情報量としては十分な成果だ。

 早く活用してまずは転移事件の被害を抑えたい。

 そしてアイツの邪魔をしたい。

 

 おそらくすぐに転移事件について会議が開かれるだろう。

 それまでに貴族の礼儀作法を思い出す必要がある。

 サウロスやヒィリップに教えてもらったことだ。

 はるか昔でほとんど覚えていないが、やろうと思えば自然と身体が動いた。

 魔法は使えないが礼儀作法は身体が覚えている。

 トントンと思うことにしよう。

 最悪魔法はなんとかなる。

 所作については細かく考えず、流れに任せた方がいいだろう。

 

 鏡の前で自身の動きを確認していると、扉がノックされる。

 

「誰だ」

 

「ダリウス様、執事のゼファートでございます。これより国王陛下から招集がかけられます。準備は整っておりますので、ご支度のほどよろしくお願いいたします」

 

 

 先ほど来た副執事とは声の違う、随分としっかりとした男の声色だ。

 執事と言う肩書きに相当の年齢を重ねていそうだ。

 

「わかった」

 

 短く答えて、急いで荒らした物を片付ける。

 おかしなところがないか再度確認して部屋を出た。

 

 部屋の外ではぴっしりと厳格そうな男が立っている。

 こいつがこの屋敷の執事か。

 一瞥すると執事はすぐさま頭を下げて、「こちらになります」と案内を始めた。

 

 それに黙ってついていく。

 廊下を進みながら、じっとその後ろ姿を観察する。

 背筋を伸ばして歩くその姿からは一般人にしてはという注意書きの下、あまり隙を感じない。

 年齢は六十歳を超えているように見える。

 その歳でこれだけ動けるのは、さすがはダリウスに仕える人間ということか。

 

 たどり着いた場所はダリウスの執務室。

 使用人のスタイリストに服を着せてもらいながら、執事からこれまでに分かった情報を聞く。

 と言っても現状わかっているのは、

・フィットア領の方向で強烈な魔法光が発した。

・直後に爆音と爆風が届いた。

・騒ぎに乗じて王都で犯罪が発生している。

ぐらいな物だ。

 あと噂程度の確度だが、アリエルの守護術師、デリック・レッドバッドがなんらかの事故により重傷で、アリエルは今回の謁見には不参加といったものもある。

 シルフィは大丈夫だろうか。

 心配だ。

 

 そして、アレを使用しての先遣隊の報告によると、フィットア領は完全に消滅しているとのことだ。

 ただし、これは現在調査中とのことで、話に出さない方がいいと進言された。

 やはりアレとは転移魔法陣のようだ。

 

 転移事件の被害がフィットア領なのはとっくに知っていたが、さすがにノーリアクションは怪しまれるため、「はあ?消滅だと?」と適当に返した。

 

 ついで、場所がフィットア領と分かったため、紛争地帯の調査をまだ続けるか尋ねてきたが、「今回の事件には心当たりがある」と訳知り顔で答え、調査の継続とさらに迅速な行動を命じた。

 しばらくしたら各地にフィットア領から転移してきた人の報告が上がるだろう。

 ダリウスが転移魔法陣について知っているのなら、それと今回の事件を結びつけよう。

 

 魔大陸やベガリットなどに転移した人間はここからでは助けようがないが、せめて近くの紛争地帯は多く助けたいと思う。

 特にフィリップはなんとかしたい。

 フィリップにはとても世話になったし、今後サウロスを生かすためには絶対に必要な存在だ。

 

 そんなことを考えつつ、髪を整えられ、髭を整え、服を着せてもらう。

 着替えが終わったら最後に軽く香水を振りかけられた。

 

 支度が整うと執事は失礼しますと宣言してからこちらを一瞥し、こくりと頷いた。

 そして「これより謁見の間に向かいます」と言ってから俺を部屋の外に先導した。

 

 これからの行動でどれだけの人が救えるかが決まる。

 初動は何よりも大事だ。

 一つの決戦を挑む気持ちで謁見の間に向かった。

 

 謁見の間は大きな部屋に長テーブルが中央にずんと置かれている部屋だった。

 椅子の数は十数脚ほど。

 

 部屋から一番奥のお誕生日席は空白。

 あそこは国王の席だろう。

 その向こう隣は偉そうな中年男が座り、一つ空けて隣にフィリップに似た男が座っている。

 その反対側にはナヨナヨした青年が座り、その隣に連続して男が二人座っている。

 その後ろや周りに数人が帯刀して立っていた。

 

 さて、自分はどこに座ればいいのか。

 執事は部屋に入る前に俺の後ろに控えており、もう案内してくれる人はいない。

 少しその場で立っていると、奥に座る偉そうな中年男が手を挙げる。

 

「ダリウス大臣、遅かったじゃないか。早くここに座るといい」

 

 はっはっはと、隣に空いている椅子を差し笑いかけてきた。

 なるほど。

 あいつがグラーヴェルだな。

 ということはその隣はやはりジェームズだろう。

 向かいに座るのは第二王子で、あとはグレイラットの当主か何かか。

 

「これはこれは、私が最後ですかな。お待たせしたようで申し訳ありません」

 

 口調なんて知らないので適当にそれっぽく謝罪する。

 後ろに控える執事も慇懃に頭を下げた。

 あまり申し訳なさそうに見えないところをみると、おそらくあえて遅くしたのだろう。

 

 席に着くと、隣のジェームズから小さく声をかけられる。

 

「ダ、ダリウス大臣。フィットア領がどうなったか何か知っていますか?」

 

 どうやら自身の基盤であるフィットア領について心配らしい。

 もちろん全て知っている。

 草すら生えていない更地だ。

 

「さて、何か大きな爆発があったことしか。これから調査していきましょう」

 

 今こいつにそれを伝えてもしょうがないのではぐらかすが。

 

 少ししてから、落ち着きのない男が一人、従者を連れて入ってきた。

 どことなくパウロに似ている気がする。

 あいつがピレモンか。

 

「これはこれは、ピレモン殿。我が妹、アリエルとは一緒ではないのかな?」

 

 なんとも嫌味な男だな、グラーヴェル。

 術師が負傷して来れないともう知っているだろうに。

 ピレモンはその問いに苦笑いで曖昧に答えて、入り口近くの椅子に座った。

 

 しかし、アリエルは来れそうにないのか。

 一目シルフィに会いたかったが、また次の機会だ。

 

 それからしばらくして、最後の人物が部屋に入ってくる。

 あれが国王だろう。

 見た目は寡黙な老人。

 整えられた髪と髭、それから身につけた衣服によって威厳を感じるが、あまりカリスマ性は感じないな。

 日々何かに悩まされて疲れているのだろう。

 

 ゆっくりと国王は席に着いた。

 これで全員が揃ったようだ。

 

「諸君、忙しい中よく集まってくれた。本来はここでより深く感謝の意を伝えたいのだが、事は一大事である。皆も知っているだろうが、先ほど起きた事件についてだが……」

 

 国王が挨拶を早々に切って議題を進める。

 まあ、内容についてはだいたい想像がつく。

 転移事件に関して、どこまで情報を得ているか、何をしたらいいかを決めたいのだろう。

 

 そのまま話は進み、いくつかの議論がまとめられた。

 今朝起きた魔法光はおそらくフィットア領に落ちた。

 その後王都まで届いた爆風と爆音から、フィットア領は甚大な被害を被った。

 ある情報によると、フィットア領から流れる川の水が消えた。

 ここから目視の確認ではフィットア領周辺が何もなくなっている。

 

 ジェームズは議論が進むにつれて、蒼白になっていった。

 全てあっているので、どうしようもないが。

 

 そして俺も一つ情報を出す。

 

「噂によると、突然人が現れる珍事も起きているそうですよ。なんでもフィットア領にさっきまでいたとも」

 

 そんな噂はないが。

 しかしこの中で一人、机の端に座る男がピクリと反応した。

 どうやらシルフィはちゃんと来ているらしい。

 ひとまず安心だ。

 

「……ふむ、それは本当かね? ダリウス」

 

「まあ、あくまで噂でございます。しかし、フィットア領の住人がどうなったかはすぐに調べる必要があるかと」

 

「うーん、確かにそうだね」

 

国王の言葉に対して、ナヨナヨとした青年が答える。

彼は確か第二王子だったはずだ。

 

「しかし、今は事件の処理が最優先でしょう」

 

「そ、その通りです。住民より早くフィットア領の統治をせねば」

 

 第二王子の言葉にジェームズが同意する。

 しかし言いたいことはわかるが、言っていることはめちゃくちゃだな。

 フィットア領にいた家族の心配は全くないらしい。

 ジェームズにとって、家族より他の貴族にフィットア領を攻めとられる方が心配なのだろう。

 実に貴族らしい。

 

「私としては、すぐにでも調査隊を派遣し、フィットア領の現状を確認をしたいと考えている」

 

 ジェームズの泣き言にグラーヴェルが意見を述べる。

 

「そうだな。調査隊の派遣は必要だろう。すぐに班を決めて向かわせよう」

 

 それに国王も同意したことで、調査隊の派遣が決定した。

 この提案はグラーヴェルのジェームズへの貸しだろう。

 調査隊の派遣は最初から決まっていたことだ。

 国王とグラーヴェルの話し合いが先にあったのかもしれない。

 はからずもその流れを作ってしまったようだ。

 

「ダリウスよ。そなたにこの先遣隊を任せたいのだが、どうだね?」

 

「もちろん。かしこまりました」 

 

 思ってもない提案に対して、食い気味に答えてしまった。

 

「ダリウスに任せれば安心だな。期待しているぞ」

 

 グラーヴェルは調子のいいことを言い、はっはっはと笑っていた。

 こうして俺は、思ってもない成果を手にして議題を終えることとなる。

 最後に国王から後で時間を用意しておくようにと、個人的な誘いもあった。

 

 部屋を出た後、ピレモンが話しかけてくる。

 

「ダリウス大臣。先ほどの噂、どこから聞いたのですか」

 

「噂。さて、今回の議題はほとんどが噂話だったので、一体どの話のことかな?」

 

 作り話なのでどこかで聞いたとかではない。

 答えようがない質問なため、とりあえずとぼけてみる。

 

「うっ。い、いえ、なんでもありません」

 

「そうですか」

 

「ええ、それでは私はこれで失礼します。ミルボッツ領の安全も確認しないといけませんので」

 

 それだけ言うと、ピレモンは逃げるように立ち去っていった。

 パウロに似た顔でそんな弱腰の会話をされると調子が狂う。

 俺がいうのもなんだがあまり貴族に向いてないのではなかろうか。

 

 話しかけてくる者がいなくなると、執事が自然と近くによる。

 

「先遣隊はいかがいたしましょう。こちらで人選を選ばせていただいてもよろしいですか?」

 

 歩き出しながら今後の相談らしい。

 仕事ができる男だ。

 

「ああ、任せる。適度に優秀な者を頼む」

 

「承知しました」

 

 俺が適当に返事をすると、執事が頭を下げて後ろに下がった。

 

 その後、自分の執務室に戻って少し待つ。

 しばらくすると、ノックがされて執事が戻ってきた。

 先遣隊の人選が決定したとの報告だ。

 

「ご苦労。仕事が早くて関心だな」

 

 労いの言葉をかけてから、本当の本題に移る。

 

「派遣した調査員からの一次報告が届きました。こちらになります」

 

 受け取った資料を一読する。

 書かれている内容は散々なものだ。

 

「フィットア領は全て消滅か。跡形もなしとは恐れ入るな」

 

 純粋な感想を述べる。

 改めて転移事件の事実を羅列されると、とんでもない事件すぎて実感が湧かない。

 

「住民らは見つかったか?」

 

「いまだ報告はありません。近隣都市の捜索も行なっております」

 

「国内ならまず死ぬことはないだろうな。国外に行った者をどれだけ見つけられるかが問題だ」

 

「やはり、転移魔法によるものなのでしょうか?」

 

「ああ、おそらくな」

 

 そういえばまだ伝えていなかった。

 よくこの短時間で推理できたな。

 

「先遣隊にはどのようにいたしましょう。何も知らせずに調査に向かわせますか?」

 

「時間の無駄だろう。信用のできる者に現状だけでも伝えておけ。復興支援に必要な物を調べさせろ」

 

「そのように。それと、紛争地帯についてなのですが、先ほど調査員から現地に潜入したとの報告があがりました」

 

「ようやくか。もうわかっていると思うが、速度重視で事にあたれ」

 

「承知しております。一人でも多くの命を救い、フィットア領をダリウス様の影響下におきたいと存じます」

 

 は?

 いや、どういうことだ?

 はあ?

 

「あ、ああ。期待しているぞ」

 

「はっ!」

 

 執事は一礼をして退出した。

 執事がいなくなり一人になると、大きく息をつく。

 

「なるほど。いや、そうか」

 

 誰にも聞こえないように小さく呟く。

 どうやら思ってもない勘違いをされているようだ。

 だが、訂正する必要もあるまい。

 そうなったらなったでありだ。

 そのままにしておこう。

 

 渡された報告書をもう一度読み直していると、国王との約束の時間に近づく。

 俺は立ち上がり、使用人の誰かに案内をさせて国王のいる部屋に向かうことにした。

 

 国王の部屋に着き、門番に挨拶をしてしばらくすると入室の許可が出る。

 中に入ると国王は先の会議からさらに疲れた様子だ。

 独自の調査でフィットア領の状態を知ったのかもしれない。

 

「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 

 俺はとりあえず芝居がかった口調であいさつをする。

 国王との会話の仕方なんて知らないんだ。

 国王は何も言わず、俺を見つめる。

 さすがにまずかったか。

 

「まぁ座れ」

 

 俺は勧められるがまま椅子に座り、国王と向かい合う。

 

「単刀直入に聞く。フィットア領についてどこまで知っている」

 

「その様子ですと、陛下とあまり変わらないでしょう」

 

「そうか。何があったかわかるか?」

 

 ある程度正直に答えてもいいだろう。

 国王にはきちんとした対応を取ってもらいたい。

 

「おそらくは。何かの影響により大規模な転移魔法が作動したのだと考えられます」

 

「転移魔法、か。作為的なものではないのだな」

 

「そのようなことができる魔術師がいるのなら是非会ってみたいと、いえ。天災と考えるのが妥当かと」

 

 思わず素で答えそうになった。

 異世界からの転移魔法。

 そのような手段があるのなら是非覚えたい。

 アイツをここに召喚してやりたいものだ。

 

「まあ、そうだろうな」

 

 国王はそう静かに頷くと、少しの間考え込んだ。

 しばらくすると、ふと顔を上げる。

 

「しかし、ダリウスよ。話は変わるが随分と話しやすくなったな。こんな時ではあるが何かいいことでもあったのか?」

 

「い、いえ。あったといえばありましたが、どちらかといえば目標ができたと言いましょうか」

 

 急になんてことを聞いてくるんだ。

 思わず言わなくてもいいことを答えてしまった。

 

「そうか。ああ、それがアスラ王国の発展につながるなら良いことだな」

 

 独り言のように愚痴るように国王は呟く。

 なんだこいつ、もしかして死ぬのか?

 普通に屑のような感想を抱いてしまった。

 

 その後は見た目そのまま老人と精神年齢かなりの老人二人の雑談に花が咲き、意外と話し込んでしまった。

 

 最後に国王は「これからも頼むぞ」と言ってきた。

 やはり死期が近いのか?

 わからない。

 国王にはシルフィの安全が確保されるまでは生きてもらわないと困る。

 余計な心配をさせないで欲しい。

 

 とことん性根が腐っているのに気づいて、再度傷ついた。

 

 こうしてようやく、慌ただしい転生初日が終わった。

 



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後編

 

 目覚めの場所は白い部屋。

 なんてことはなく知らない天井だ。

 

 あれから特に怪しまれることなく数日が経つ。

 それまでに起きたことといえば、非常事態態勢の発令、フィットア領調査隊の派遣、各地でフィットア領住民の目撃例、水不足と水害、交通障害等だ。

 

 予定ではそろそろ派遣した調査隊がフィットア領に到着するころだろう。

 早く捜索隊を立ち上げたいので、現状の報告を正式にあげて欲しい。

 

 王都では、何が起きたのか、どこかからの攻撃なのか、第二波はくるのかと毎日が混乱状態である。

 政務は一向に進まず苛立ちがつのる。

 

 時間を無駄にするわけにはいかないので、現状できることをやった。

 

 まずは自衛の手段。

 はっきり言ってこの身体は貧弱だ。

 動きはとろいし、体力はないし、魔法はほとんど適性がない。

 

 魔法が使えないのは、アニメ風に言ったら魔力回路が開いていない感覚。

 現実風に言ったら久しぶりに喋ろうとすると声が出ない感覚だ。

 

 魂の過去転移、もとい過去転生魔法は成功したら過去の俺に、失敗したらそのまま消滅すると考えていたため、他人に転生した際の計画は考えていなかった。

 しかし、俺は魔法が自前で使えなくても発動できる方法を知っている。

 魔法陣だ。

 魔法陣は理論上、固有魔術を除くほぼ全ての魔法を再現できる。

 過去転生とかいう、頭の中では決して計算しきれない複雑な魔法を発動するため、何十年にもわたって魔法陣について研究してきた。

 その知識は全てここにある。

 

 さっそく魔法陣で十八番の重力魔法を作製しようと思ったのだが材料が集まらなかった。

 市場でドラゴンの素材を買うのは馬鹿高いのだ。

 自身がどれだけイージーモードだったのかがようやく理解できた。

 

 しょうがないのでウォータシールドとアースウォールの魔法陣だけ作製しといた。

 これを売って素材を集めてもいいが、これが出回った世界を考えるとルナティックモードに突入するため自制した。

 魔法陣が出回っていない理由はここにあるのだと思う。

 

 次に独自の調査隊。

 フィットア領の調査はすでに終了している。

 報告ではフィットア領は全て消失しており、最大深度5mほどのクレーターもできているとのことだ。

 そのため水害がひどく、このままではフィットア領に大きな湖ができるだろうと綴られている。

 

 復興のためには土系統の魔術師が必要になる。

 魔法三国に依頼でも出しておくか。

 聖級魔術を好きなだけ使っていいとでも言えば何人かは釣れそうだ。

 ある程度整地するまで立ち入り禁止にした方がいいかもしれないな。

 

 住民の救助は蛇の道は蛇ということで人攫いのギルドに依頼した。

 順調といえば順調なのだが痛い出費だ。

 後で潰して回収してしまおうか。

 

 紛争地帯については難航している。

 そもそも定期連絡が取れないため、どれだけ進捗があるかもわからない状態だ。

 ここにはいない神に祈るしかないだろう。

 

 次にシルフィの安否について。

 会話はできていないが一目見ることはできた。

 見慣れた白い髪をなびかせてキリリと歩く。

 ときたまドジをしていた。

 かわいいなあ。

 

 無事アリエルと友好関係を築けたようである。

 ルークはヒトガミの使徒になる可能性があるため、今のうちに暗殺指令を出しておいた。

 その際アリエルとフィッツは傷つけないようにとも指示している。

 

 ヒトガミは当然俺のことに気づいているはずだ。

 いまだ夢に現れないのは俺に何を言っても無駄だからだろう。

 

 アイツが夢に現れるのは結構パターンが決まっている。

 操る時とネタバラシの時だけだ。

 夢に現れることがヒトガミの使徒になる条件なら、おそらく使徒の数には上限がある。

 その数が数人なのか数百人なのかは知らないが、俺の見立てでは十人もいない。

 

 その少ない数に、転移事件という多くの命を弄ぶ絶好の機会で、操ることができない俺に会うことはまずないだろう。

 しかしルークは違う。

 アイツはいつ使徒になってもおかしくない要素を持っている。

 ヤレる時にヤルべきだ。

 

 最後にトリスティーナについて。

 彼女には俺の正体がバレた。

 

 正確には俺がダリウスに憑依した悪魔だと思われている。

 どこかで聞いたことのある話だ。

 

 経緯を簡単に説明すると、過去転生をする直前に本物のダリウスが苦しみだしたそうだ。

 「やめろ、来るな、うわあああ」って感じに。

 その直後に外で爆音が響き、彼女はベッドから転げ落ちた。

 顔を上げたらダリウスが笑って泣いていた。

 不気味だな。

 その後はダリウスにしては心遣いのある行動から、悪魔が成り代わったと確信を持ったそうだ。

 

 最初に怪しまれることはなかったと言ったが、アレは嘘だ。

 嘘ほどではないが正確には疑われていた。

 そして確信された。

 こいつは本当に厄介な種だった。

 

 それをカミングアウトした後、彼女は俺に助けを求めてくる。

 もう奴隷は嫌だ、屋敷にいる人からの目線に耐えられない、助けて欲しいと。

 彼女的には悪魔との契約だろう。

 

 俺の正体を誰にも明かさないとの条件で受け入れた。

 もし逃げるようなら殺すしかないので縛れるなら好都合だ。

 

 時期をみて奴隷から解放してやる。

 それまではダリウスの仕草を教えてもらう。

 あと屋敷に住む人と貴族の名前を教えろ。

 

 なんとも都合のいい契約を結んだ。

 

 そのおかげもあって、ほかのやつらに怪しまれることはなかった。

 

 開幕躓きはあったが思いのほか順調すぎる。

 アレから何をやってもうまくいかなかったのだ。

 やはり神の存命が俺の運気の源なのだろう。

 

 そうして今日もここにはいない神に「嗚呼、神よ」と日頃の感謝を告げて眠る。

 もちろんトリスティーナには怯えられた。

 

 

「ダリウス様。本日は国王陛下主催の会食がございます。アリエル殿下と新任の守護術師フィッツ殿も参加されるようです。歓談のお席をセッティングいたしましょうか?」

 

 今日は朝から執事のモーニングコールだ。

 トリスティーナ、改めトリスは執事が入ってくるなり、逃げるように部屋から出ていった。

 

 ついにフィッツ先輩のお披露目だ。

 歓談の席。

 是非用意してもらいたいが、シルフィに汚物を見るような目を向けられるのは耐えられそうにない。

 ぽっくり死んでしまいそうだ。

 

 機会があったら立ち話でもするとだけ伝えた。

 ヘタレである。

 

 パーティはグラーヴェルと一緒に入場してくれと打診があった。

 グラーヴェルからの誘いだ。

 断る理由もないので了承と返しておいた。

 

 久しぶりの立食パーティー。

 エリスの誕生日以来だろうか。

 

 ふと、この世界にいる俺とエリスを思う。

 今は魔大陸のどの辺りか。

 アイツの指示に従いルイジェルドと旅をしていることだろう。

 

 楽しかった。

 あの冒険の日々がずっと続けばいいと思う。

 フィットア領に戻らず、そのまま。

 

 ルイジェルドさんとエリス、二人で紛争地帯を探索して。

 ラノア魔法大学から推薦されて。

 先輩に会って。

 ザノバやクリフとバカやって。

 パウロから連絡がきて。

 ベカリット大陸で一緒にゼニスを助けて。

 師匠にエリスを紹介して。

 勢いで3人と両親の前で結婚する。

 

 都合が良すぎるだろうか。

 多くの人に怒られたり殴られたりするだろうか。

 

 クリフやノルンからはしばらく口を聞いてもらえないかもしれない。

 ゼニスも俺をポカポカと叩いてくるかもしれない。

 パウロは笑って俺の子だと言ってくれるかもしれない。

 

 シルフィ、エリス、そしてロキシー。

 

 みんな一緒に暮らせたなら。

 そんな未来があったなら。

 

 気がつくと涙を流していた。

 執事は少し引いていた。

 しかし俺と目が合うとすぐに姿勢を正した。

 

 優秀なやつだ。

 

 咳払いをして話を戻す。

 何を話していたか。

 

「元ノトス家の嫡男、S級冒険者のパウロと名乗る男が国南部の冒険者ギルドで馬を借りたという報告がありました」

 

 今度は咳き込んだ。

 なんだその情報は。

 

「た、確かパウロはフィットア領に住んでいたな」

 

「さすがは、よくご存知で。彼がフィットア領に着き次第、住民捜索の指揮をとってもらおうかと思っているのですが、よろしいでしょうか」

 

「ああ、『黒狼の牙』のリーダーをやっていた男だ。上手いこと回してくれるだろう」

 

「承知しました。では彼が早く到達するように手配いたします。次の報告は……」

 

 ダリウスはすごいな。

 国の情報が全て入ってくるんじゃないかと思えてくる。

 この執事がとりわけ優秀なのかもしれないが。

 

 その後の情報は落ち着いて対応をした。

 人攫いから報酬の吊り上げが来ている。

 どうせ後で潰すから交渉を引き伸ばしながら加算しろ。

 魔法三国から色良い返事がもらえそう。

 依頼料は住宅費と歓待費で粉飾しろ。

 紛争地帯の国が支援を要請している。

 物資と一緒にダリウスの私兵を極秘に送り込め。

 

 清々しい。

 これだけ言っても怪しまれない。

 元々こういうやつなのだろう。

 

 魂は瓜二つだ。

 もしかしたらダリウスは過去にいじめを受けて引きこもりになったのかもしれない。

 それで性格が捻くれたのか。

 俺のように。

 

 関係ないか。

 

 そうして、執事の笑いあり涙ありのモーニングコールが終わった。

 

 これからパーティの準備。

 今日も大忙しだ。

 



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貴族のパーティ

 

 パーティ前にグラーヴェルのところへ向かう途中ジェームズがいた。

 

 ジェームズはフィットア領の情報が上がるたびに調子を崩している。

 今日も顔色は悪そうだがパーティを休むという選択肢はないようだ。

 実に貴族だ。

 さぞ綺麗な青い血が流れていることだろう。

 その顔色のように。

 

 「ジェームズ殿。あなたもグラーヴェル殿下のところに?」

 

「え、ええ。ということはダリウス大臣もですか。どうです?一緒に」

 

「もちろん。ご一緒させてもらいます」

 

 トリスの指導のもと、随分と自然にダリウスらしい会話ができるようになった。

 トリスの口調はまだ固いがだんだんと辺な緊張は解けている。

 

 そして、トリスについて俺は一つ思い出した。

 おそらく彼女は前回山賊に属していたトリスと同一人物だろう。

 口調は全く異なるがなんとなく雰囲気が似ている。

 ダリウスについてやたら詳しかったことも説明がつく。

 

 彼女とは敵対したくないので、それとなくアイツの対策をしておいた。

 悪魔は夢に現れる。

 親しみやすい風貌で甘い言葉をかけてくる。

 契約したら最後、身体を乗っ取られる。

 俺以外の悪魔と契約したら殺してやる。

 かなり怯えていたので大丈夫だろう。

 

 悪魔憑き設定は割とアリかもしれない。

 憑いていることには変わりないのだが。

 

「ダリウス大臣。ここだけの話、実際のフィットア領の被害はどれほどのものなのですか?」

 

 意味のない小話を続けていると、ついにジェームズは会話を切り出す。

 フィットア領の公式に発表されている情報は壊滅的な被害としか出されていない。

 現在は関係者以外立ち入りを禁止している。

 

 こいつはまだフィットア領の現状を知らないのか。

 もしかしたら王都に集中しすぎて外の影響力を持ってないのかもしれない。

 これ以上渋っても意味がないので教えてやる。

 

「想定しうる最悪の状況でしょう。何も残っておりませんよ」

 

「そ、それは。ロアの街も、ということですか」

 

「ええ。今となってはロアがどこにあったのかも瓦礫の中から探さないといけません」

 

「そんな。……」

 

 小さな声で「父さん」と呼んだ気がした。

 もしかしたら気のせいかもしれない。

 そうだったならいいなと思う。

 

 それきり彼と会話はなく、グラーヴェルの私室まで歩いた。

 

「ダリウス大臣、ジェームズ殿。まさか二人揃って来てくれるとは。いやあ、嬉しいことです」

 

 何が嬉しいのか。

 グラーヴェルは特にそれを言及することなく歓待の言葉を述べた。

 

「ジェームズ殿は今、ラプラス戦役以来の国の一大事。皆力を合わせてこの国難を乗り切りましょう」

 

 やけにテンションが高い。

 すでに集まっていたグラーヴェル派の貴族はその言葉に同調して乾杯の音頭をしている。

 こいつらもう飲んでるな。

 

「ダリウス大臣も、ジェームズ殿も。一杯だけでもどうかな?秘蔵のワインを取り出したのだが」

 

「ふむ。では、ありがたく」

「い、いただきます」

 

 礼儀を気にせず高いワインが飲める。

 うまいな。

 

「こ、これは」

 

「はっはっは。ジェームズ殿ならわかりますかな。おそらく、今回のパーティでも同じものが振る舞われると思いますが、それよりも良いものですよ。早くまたこの味をジェームズ殿から振る舞ってほしいものです」

 

 グラーヴェルもいろいろと考えているらしい。

 俺には味の違いはわからないがそういうことなのだろう。

 

 少し釘を刺されたか。

 壁に控える執事も少し苦い顔をしているかな。

 

 本当に一杯だけでその場は終わり、貴族たちは順番にパーティ会場に向かっている。

 不文律で入場する序列があるらしい。

 トリスにもそれは教えられている。

 大助かりだ。

 

 それとなく執事が俺に近づき、頭を下げる。

 番が来たらしい。

 ジェームズは少し前に部屋を出た。

 顔色は少し赤みがかったか。

 酔って血が回ったのかもしれない。

 

「ではグラーヴェル殿下、お先に失礼します。とても良い味でしたよ」

 

「ええ、気に入って貰えたなら私も振る舞った甲斐がありました。後でもう一二本送りましょう」

 

「いやはや。それは恐れ多いですな。しかし、ワインには目がないので、遠慮せずいただきましょう」

 

 はっはっはと上機嫌に笑って見送られた。

 一本取られた。

 いや、この場合一二本送られたか。

 執事は何も言わず深々と頭を下げた。

 

 案外面白い世界だ。

 

 国王主催のパーティではフィットア領産の食材が盛大に振る舞われた。

 どれもかれも美味しいものばかり。

 中には懐かしい味もあった。

 

 しかしゆっくりと食事を楽しむことはできない。

 話しかけてくる貴族がとても多い。

 綺麗な娘を引き連れて来るあたり、目的はすぐにわかる。

 親はニコニコ、娘は目の奥が引き攣っている。

 この状態で妻子無しなのだから、ダリウスは筋金入りの女不信だ。

 

 執事たちがやけに張り切っていたのもこれのせいらしい。

 ダリウスには後継がいないのだ。

 トリスが産めばどうにかこうにかする計画だったのだが、それもダメだった。

 

 執事目線ではダリウスがやけに張り切ってフィットア領に関わっていると感じ、それでフィットア領にいた令嬢に目をつけた。

 過去に誘拐しようとしたのも判断材料に加わったのだろう。

 そういえばあの事件もこいつの仕業だったな。

 

 過去に何があったのかはわからないが、おそらく女関係の何かがあったのだろう。

 

 せっかくの料理が不味くなってしまったところ、まさかの人物が近づいて来た。

 

「ごきげんよう、ダリウス様」

 

「これは。アリエル様、それに。……本日も大変美しく」

 

 思わず話しかけそうになる。

 必死に目線を合わせないようにして、アリエルと向き合う。

 

 傍にルークはいない。

 負傷したとの報告があった。

 残念ながら命に別状はない。

 

 何しに来た。

 ヒトガミの指示か?

 

「ありがとうございます。ダリウス様も聞き及んでいますよ。大変なご活躍なようで」

 

「いえ、至らぬ限りで恥ずかしい思いです」

 

「私にも何か手伝えることがあればと思ったのですが、何故お飾りの身で」

 

「そのようなことは。国民はアリエル様のお気持ちで十分に日々支えられております」

 

 とっとと帰ってくれ。

 そしてこの国からシルフィを連れて離れてほしい。

 

「はい。日々想うことしかできず、ですが今はそれすらできないのです。フィットア領の件、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 シルフィにそれを聞かせに来たのか?

 親切心なのか。

 それともヒトガミの指示か。

 

「もちろん、お話しできるようなことがあれば」

 

「ありがとうございます。噂されている、フィットア領住民の方々が各地に転移してしまったのは本当なのでしょうか?」

 

「間違いないでしょう。現在、各地で報告があがっております」

 

「それは。転移先は国内だけというわけではないんですよね」

 

「調査中でございます。ですが、おそらく」

 

「そうですか。私もフィットア領には仲の良い友人がいたのですが、確認報告の名簿などはまだないのでしょうか」

 

「作製を急がしているところです。よろしければこちらでお調べしましょうか?」

 

「いえ、恥ずかしながら私個人のことですので。ダリウス様のお時間を取らせるほどのことではございません」

 

 親切心だろうか。

 シルフィのために行動している気がする。

 少しぐらいはいいか。

 

「お気になさらずともいいのですが。そうですね。少しお話ししますと、現在住民の捜索隊を組織中です」

 

「まあ。先日調査隊を派遣して、すでに捜索隊も準備しているのですね」

 

「はい。それで、その捜索隊のリーダーをフィットア領に住んでいたパウロという男に任せようと準備しています」

 

 長い耳がピクンと動く。

 

「アリエル様はご存知でしょうか。元グレイラット家の貴族でありながらS級冒険者までなったパウロという男を」

 

「ええ、もちろん知っております。元ノトス家の者ですよね。小さい頃遊んでもらった覚えがあります。パウロ様はもう保護されていたのですね」

 

「いえ。パウロと名乗る男が冒険者ギルドで馬を借りたという報告があがっただけです。ですが本人で間違い無いでしょう」

 

「そうでしたか。ですが、同じく被災されたS級冒険者が捜索隊のリーダーになるのであれば、とても心強いですね。とても貴重な情報をありがとうございます」

 

「こちらこそ。お役に立てたなら何よりです」

 

 喋りすぎたな。

 つい口が滑ってしまった。

 少し強引だが執事に視線を送る。

 

「アリエル様、大変申し訳ございません。ダリウス様、国王陛下がお話しになりたいそうです」

 

「まあ、お父様が。ダリウス様、本日は貴重なお話をありがとうございました」

 

「こちらこそ。お話しができて光栄です」

 

 そう言って二人は離れていく。

 従者はカチコチした動きだ。

 まだ慣れていないのだろう。

 

 執事に「酔いすぎた。水を持って来てくれ」と注文して少し一人になる。

 

 今の会話は良くないな。

 反省すべきだ。

 舞い上がってしまったことも原因だろう。

 

 やはり二人には早く魔法大学に留学してほしい。

 お互いのために。

 

「ダリウス。今日のパーティはいかがかな」

 

「大変素晴らしく思います。良いパーティだと」

 

 国王は少し疲れが取れた顔をしている。

 この世界で今までずっと戦って来た男だ。

 初日には感じなかったが今では少し労いの気持ちが湧く。

 

「フィットア領は赤龍山脈の麓で海から最も遠い領地の一つだ。そのため、川の水はとても綺麗で美味しく、それによって育つ作物もまた国一の美味しさだと思う」

 

 国王が感慨深そうにフィットア領について話す。

 

「私も若い頃はよく訪れた。その度に違う料理を振る舞われた。豊富な食材による豊富な料理。とても良いところだった」

 

 パーティ好きの領主なのだろう。

 きっと毎回豪勢に開かれたことだ。

 

「もうあの光景がないのだと思うととても残念に感じる」

 

 お互いにあの味のワインを飲む。

 とてもおいしい。

 

「ダリウスよ。此度の責任、不問にすることはできないだろう。しかし、知っての通りこれは天災だ。責任の取りようがない」

 

「そうですな。ジェームズ殿には何のお咎めもないでしょう。彼はまだ当主ではない」

 

「当主か」

 

「ええ、当主です」

 

 サウロスは生きている。

 いつかは知らないが、いつか王都に来る。

 不問にはできないだろう。

 

 その場ではできるかもしれないが、その場だけだ。

 サウロスの立場もジェームズの立場も悪くする。

 不問にはできないのだ。

 

「そうだな」

 

 国王はゆっくりと頷いてからワインを飲み切った。

 俺も倣って飲み切る。

 これで最後だ。

 

「話は変わるが、今のお前となら一緒にフィットア領に行きたかったな。サウロスとも前よりかは気が合うだろう」

 

 話が変わってないぞ、老人。

 まだ諦めてないな。

 

 パーティから少し離れた二人だけの小部屋にいることをいいことに、また老人同士の会話が盛り上がった。

 

 ある程度時間も過ぎたのでパーティ会場に戻る。

 国王はまだ話したそうにしていたが、次の予定がお互いにあるのだ。

 いつまでも長居はできない。

 

「ダリウス様、急ぎお話ししたいことが。フィットア領近くでアルフォンスと名乗る男が調査隊と接触がありました。ボレアス家の執事であると名乗ったそうです」

 

 早いな。

 とりあえずは本人確認か。

 

「本当か。ボレアス家には確認したか?」

 

「アルフォンスという者は確かに執事として登録されておりました。しかし、まだ本人とは確認が取れておりません」

 

「確認がとれ次第、復興の現地指揮をとらせろ。こちらで雇うより安くすむ」

 

「そのように。それと紛争地帯からの報告になります」

 

 来たか。

 

「数十人規模の保護に成功しました。中には剣王ギレーヌ、ロアの町長フィリップとその妻ヒルダと名乗る人物も確認されています」

 

「でかした!いや、そうか。直ちに王都へ向かわせろ」

 

 大戦果だ。

 思わず大きな声がでてしまう。

 なんとかサウロス襲来の前に連れて来てほしい。

 

「申し訳ありませんが、その際は街道を通っての護送になります。しばらく時間がかかるかと」

 

「そうか。……もちろん襲撃には気をつけろよ」

 

「万全の態勢を整えております。二度とあのような失態はいたしません」

 

 とても張り切っている。

 しかしギレーヌが一緒ならまず大丈夫だろう。

 

「では失礼します」

 

「ご苦労」

 

 パーティ会場に入る前に自然と執事は下がった。

 

 なんて順調なんだろうか。

 これも日々神に感謝しているおかげか。

 今日もより深く感謝を捧げなくては。

 

 ことが順調に進み、浮かれてしまった。

 つい忘れていた。

 順調にことが進み、調子に乗るとどうなるか。

 

 突如鋭い殺気が背中に刺さる。

 思わず懐に手を差し込み構える。

 

 構えてしまう。

 決してダリウスが取らないような俊敏な動きで。

 

 その殺気を発していたのは、この会場で帯刀を許されている老婆だった。

 

 アイエエエ!!

 



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後編

 

 水神!?水神ナンデ!?

 

 殺気は鋭く、周りの貴族は誰も反応していない。

 水神も剣を触れずにこちらを見ていただけだ。

 

 完全に炙り出された。

 ヒトガミの仕業か?

 

 とんでもなくまずい。

 勝てるわけがない。

 水神相手に動くのは禁忌。

 構えた動作はなぜか見逃されたが、間違いなく気づかれた。

 

 まさかこんなパーティ会場で堂々と仕掛けてくるとは思わないだろう。

 なぜこんな大物に気づかれたのか。

 

 意外と見ている者は見ているということか。

 もしくはヒトガミの仕業か。

 

 瞬き一つの時間が流れる。

 未だ俺は死んでいない。

 

 ふと殺気が消えて、水神は離れていった。

 しかし明らかに付いて来いと言っている。

 背中がそう語っている。

 

 すごく行きたくない。

 誰か話しかけてくれないだろうか。

 さっきまであんなにモテモテだったのに。

 

 断頭台に登る気持ちで付いていった。

 

「あんた、ダリウスじゃないね」

 

 周りには誰もいない。

 静かな庭園の影で尋問される。

 

 適当に誤魔化すのは悪手だろう。

 バッサリされかねない。

 元の身体であったならお互い動かなければそのまま耐えられたかもしれないが、この身体では普通に斬られる。

 

「なぜわかった」

 

「歩き方に隙がなさすぎる。それは武人の歩き方だよ。あの古狸がするような歩き方じゃないね」

 

 やはり立ち振る舞いか。

 しかしいつヒトガミが襲ってくるかわからないのだ。

 隙は見せられない。

 

 いや、水神がヒトガミの使徒か?

 それなら問答無用で斬ってきそうだが。

 

「そうか。しかしなぜそれを気にする。ダリウスが誰に変わっても水神には何も変わらないだろう」

 

「それを言う必要があるのかい。聞いてるのはこっちさね。ダリウスはどこにやったんだい」

 

 あ、やばい。

 これは何か個人的な関係があったか。

 ヒトガミ関係なく命の危機だ。

 

「ダリウスは、もういない。俺が身体を乗っ取ったからな」

 

 一瞬水神の剣がカタリと揺れる。

 終わりかと思ったがまだ大丈夫だった。

 

「……身体を乗っ取った?適当言ってんじゃないよ。マジックアイテムでも使ってなり変わったんだろう」

 

「この身体は間違いなくダリウスだ。しかし魂が違う。俺は転移魔法でダリウスの身体に乗り移った」

 

「魂の転移魔法?聞いたことがないね」

 

 初めの頃と比べて水神の声が少し落ち着いた気がする。

 話し合いはできそうだ。

 油断せずにいこう。

 

「龍族の秘術だ。俺はそれを参考にして未来から来た」

 

「ふざけているのかい。真面目に答えな」

 

「至って真面目だ。命の危機だからな。正直に答えている」

 

 水神は悩む顔をした。

 どちらとも判断がついていないのだろう。

 理性では否定し、直感では肯定している。

 そんな感じだ。

 

「そうかい。未来から来たって言うなら何か証拠を見せてみな」

 

 まあそうだろうな。

 水神がわかる証拠か。

 いや無理だろう。

 

 いや、できる。

 

「俺は一度水神と戦ったことがある」

 

「これまでにたくさんの奴と戦ってきたねえ」

 

「ヒトガミという名を知っているかと聞いた」

 

「……」

 

「水神は知っていると言った。俺はカッとなり攻撃して敗れて逃げた。再度聞く前に水神は死んでいた」

 

「ヒトガミという名を聞かれたのは一回だけさね。どこで知ったんだい」

 

「未来だ。俺はヒトガミについて調べるため、強くて長生きしている奴に聞いて回った。そのうちの何人かは知っていた。しかし知っているだけだった」

 

「そうだろうね。若い頃は鼻っ柱が強くて挑みたくなるのさ。それがあっけなく折れた後に聞かれた。ヒトガミを知っているか、とね」

 

「ヒトガミが誰かは知らないんだな」

 

「ああ、知らないね。一体どんなやつなんだい」

 

「邪神だ。俺を執念で未来から過去に戻らせるほどのな」

 

 水神は使徒ではない。

 使徒であるならすぐに殺してくるだろう。

 その力がある。

 

「そうかい。それでなぜダリウスなんかの身体に移ったんだい?元の身体とか強い身体に移ればいいものを」

 

「魂が似ていた。この魔法はラプラスの転生魔法を参考にしたものだ。おれは拒絶反応の少ない魂の似ている者に転生した。そいつがたまたまダリウスだっただけだ」

 

「元の魂よりダリウスの魂に似ているねえ。随分とイイ性格になったんだね」

 

「こんな魔法を使うやつだ。当たり前だろう」

 

 死の緊張から吹っ切れている。

 もうなんでも話せちゃいそうだ。

 水神もだんだんとにやけ始めている。

 こわい。

 

「あたしは知ってると思うがレイダ・リィアだ。あんたの名は」

 

「……ルード・ロヌマーだ」

 

「嘘だね」

 

「その名も本名じゃないだろう。お互い様だ」

 

 この名乗りが正解な気がした。

 レイダは乾いた笑いで返した。

 

「それで。元高妙な魔術師だった奴がそんな古狸の身体になって何をしよおってんだい。ヒトガミってやつに復讐でもするのかね?」

 

「最終的にはそうだな。一泡吹かせることができたら儲け物だ。だがその前に転移事件を収束させる。悲劇を最小限に抑えることがヒトガミへの唯一の対抗策だ」

 

「へぇ……。転移事件もヒトガミの仕業ってことかい?」

 

「それは違う。確証はないが偶然が重なった結果だと考えている」

 

 随分と熱心に聞いてくるな。

 ボロを探そうとしてるのか?

 

 水神はそのまま目をつぶって考え込む。

 不用心だな。

 全く隙がないが。

 

「引き止めて悪かったね。でも、面白い話が聞けたよ」

 

 どうやら無事解放されるらしい。

 助かった。

 

「俺も参考になった。これからは歩き方を気をつけよう」

 

「ああ、そのことなんだけどね」

 

「なんだ」

 なんだ。

 

「これからはあたしがあんたの護衛をしてやるよ」

 

「え」

 え。

 

「なんだい。いやなのかい?」

 

 そんな滅相もない。

「いやだこわい」

 

 あ。

 

 レイダは大笑いをしている。

 俺は冷や汗を流している。

 

「常に後ろにいるってわけじゃないから安心しな。少しは隙を見せた歩き方をしてもいいように見張ってやるってことさね」

 

「そうか。……水神の護衛なら安心だな。これからは堂々と隙を見せて歩こう」

 

 感謝の言葉をしっかりと述べる。

 その後はお互いに笑って別れた。

 

 世界一安全な護衛を手に入れた筈だが、世界一頑丈な檻に閉じ込められた気分だ。

 一体檻の外と中のどちらが安全なのか。

 

 一度深呼吸してから会場に戻った。

 



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