【短編】幼馴染ヒロインの防衛ライン (きりぼー)
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幼馴染ヒロイン塩をまく
物語中盤に唐突に挟まれる水着回。
今作でもすでにメインヒロインルートが確定しているが、それはいつものことなのでめげずに今日も微笑んで幼馴染ヒロインを演じている。
明日の水着回が楽しみで、高校生なのに鼻歌を歌いながらテルテル坊主を作って窓枠に吊り下げる。
小柄なスレンダーなのでフリルのついた白いワンピースタイプの水着が定番だ。間違ってもビキニなんて着ない。
まったくメインヒロインには勝たせてもらえないけど、こういう息抜き回はいつも以上にテンションを上げて明るく終わらせたいと思っていた。
※※※
当日。天気はどんよりとした曇りだった。
朝一のメールでプロデューサーから水着回中止のお知らせが来た。
買ったばかりの水着と大きな浮き輪とシュノーケルが無駄になった。ため息がでる。
文句の一言も言いたくて、窓を開ける。主人公は隣に住んでいて、窓を隔ててお互いの部屋が隣接しているのは古き良き様式美の一つだ。
主人公の部屋の窓も手を伸ばして開けた。
絶句。
「ちょっと、どういうことよ・・・」と文句を言おうしていたが気勢を削がれた。
主人公の部屋にメインヒロインが来ていて、一緒に談笑しながら仲良く作業をしていた。
部屋一面に鉄道模型のジオラマ。
「おう、おはよー」
「おはようじゃないわよ。なんでこいつがいるのよ?」
「こいつ呼ばわりかよ・・・。ジオラマの制作が滞っているから手伝ってもらってるんだが」
「あっ、おはよー」
こいつ呼ばわりしても、明るい笑顔。主人公の前では本音を見せない完璧なあざとさ。
あらすじ。
今回の作品テーマはジオラマだ。鉄道模型で全国大会を目指している。
子供の頃から鉄道模型が好きなオタク主人公をとりまくハーレム型作品。
駅の屋根の工法について、主人公とメインヒロインで意見が合わずクラブ活動は崩壊寸前。
それを修復する過程で家庭問題まで踏み込み。前回で解決した。
まぁ、よくある話だ。そして今回の水着回をはさんで一段落。
後半は、全国大会出品に何かキーパーツが壊れて、慌てて代用するようなドタバタになるのだろう。
だいたいいつもそんな感じだ。上手くまとめて、賞をもらって、主人公とメインヒロインがくっついて終わる。
幼馴染ヒロインの役割はそれを見守るだけだ。内心はどうあれ、今回も負けがすでに確定している。
「水着回は延期するのかしら?」
幼馴染は文句を言いながら、窓枠から主人公の部屋に移る。
心配そうに主人公が手を伸ばしてエスコートしてくれるあたり、ほんと紳士で優しい。
なんなら窓を行ったり来たりしているだけで、幸せかもしれない。メインヒロインさえいなければ平和なのに。
正直、ジオラマには興味ない。だいたいなんでこんなチマチマしたことをやりたがるのか理解に苦しむ。
「それなんだがな・・・」主人公がメインヒロインの方をみる。
困った時はメインヒロインがなんとかする。零細作品なので個人の自由度が大きい。
「えっと、お泊り会に変更しようと思って」
「はぁ?」
「ジオラマ制作に夢中になっていると、台風に気が付かなくて帰れなくなるからお泊り」
「ほー?誰が?」
「わたしが」
「どこに?」
「この部屋に」
「ばっかじゃないの!?」
幼馴染の指摘にメインヒロインの鉄仮面が少し崩れている。
が、すぐに修復していつものあざとい微笑みを作り直す。
「お前ら、仲良くな?」
「ふん」
「わたしは別に喧嘩しているつもりなんてないんだけどなぁ」
メインヒロインは余裕である。その態度が余計に腹立たしい。
「一応、二人は親友設定なんだからさ」
「知らないわよ、そんなこと。物語の時はちゃんと仲良くやってるんだから問題ないでしょ」
「普段から仲良くしておけよ・・・」
「だいたい、あんたもなんで簡単に女の子を部屋にあげているのよ?」
「ジオラマが間に合わないんだからしょうがないだろ?」
「なにそれ・・・」
部屋には鉄道模型の小さな部品が散らばっている。全部手作りだ。
一応、美術系の得意な幼馴染ヒロインは全体のデザインを描いた。
地方にあるノスタルジックな鉄道の駅だ。
お気に入りは自販機が瓶のジュースになっているところ。ディティールにはこだわりたい。
「ほら、お前も文句ばっかいってないで手伝えよ」
「しょうがないわね・・・」
文句を言いながらも手伝う。塗装が担当。田舎のミニチュア看板の制作で、錆びた感じを出すのに苦労していた。
「で、他のヒロインはどうしたのよ?」
基本的に黒髪ロングと赤髪の後輩とノーテンキな紫髪がいるはずだ。
「水着回じゃないならお休みするってさ」
「無責任この上ないわね」
だいたいそれぞれに特殊な才能が与えられている。今回なら電飾担当と車両マニアと時刻表マニア。それがどうジオラマに反映されるのかはわからない。
なんだかんだ文句を言いながらも三人で模型を作りに没頭する。制作に没頭するのは三人の性分らしい。
夜にはピザの出前を頼んで食べる。いよいよ夜が更けてくる。外は天気予報通りの雷雨だ。
「このままじゃ、帰れないなぁ・・・」
メインヒロインのあざとい演技に、「泊まってく?」と誘う主人公。
二人の顔が赤くなってモジモジしている。はいはい、両想い両想い。
見ていてサブイボがでる幼馴染ヒロイン。なんだこの寸劇?と毎回思う。
が、今回は水着回をつぶされた恨みがある。おいそれとお泊り会など認めたくない。
「ああ、それなら心配ないわよ」
ケータイを操作して、誰かと話をしている。
「どうした?」主人公が気になって聞く。
「よし。あんた帰れるわよ」
「はい?」メインヒロインがきょとんとする。
「せっかくお泊りセットも用意してきているとこ悪いけど、うちのお抱え運転手が送ってくれるって。良かったわね」
「いや、別に頼んでないんだけど」
「良かったわね」
幼馴染ヒロインが押し切る。庶民の時もあるが、たいていはお金持ち設定なので問題ない。お抱え運転手や執事がいる。なんなら先祖代々の護衛とかもいるのが幼馴染ヒロインのクオリティーだ。たいていは正妻戦争には役立たないが。
「だいたい、高校生が異性の家に泊まっていいわけないでしょ?」
「・・・」メインヒロインは反論できない。
しばらくして、幼馴染ヒロインのケータイが鳴る。
「来たわよ」
幼馴染ヒロインがメインヒロインの荷物を手に持って下に降りる。
「・・・」
「まっ、向うが正論だな」
メインヒロインが鋭い目で主人公を睨んだが、ここは横目にそらして華麗にスルー。
女同士のいざこざに首を突っ込むほど野暮じゃない。命がいくつあっても足らない。
※※※
到着したのは黒塗りの高級車。運転手は初老の男性で穏やかな印象だ。
幼馴染ヒロインは車の後部座席に荷物を放り込んで、メインヒロインを強引に押し込む。
ドアを閉めて、車が出発するのを見送った。
「ふぅ・・・やれやれ、隙あらば侵入してくるわね」
「そんな風にいってやるなよ。あっちだって必死なんだからさ」
「だいたいあんたが隙だらけなのが悪いんでしょうよ」
「ハーレム型なんてそんなもんだろ・・・」
「ほんと、誰にでもデレデレしちゃってさ」
玄関に戻って、幼馴染ヒロインは塩を盛大に道に撒いた。
主人公はそれを見て大きなため息を1つついた。
幼馴染ヒロインは満足そうに手をパンパンとはたいている。
それから部屋に戻る。
二人で明け方まで、黙々とジオラマの制作を続けた。
(了)
これぐらい気が強ければ負けないんだろうけどな
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