ネグレクトされた少年がトレセン学園で幸せになる話 (山吹色の大妖精)
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一夜の脱走と春の出会い
「このクソ餓鬼!」
「ッ“!」
──父親と呼ばれる者に殴られる。感覚は曖昧になって痛みが感じない。
──母親と呼ばれる者は此処には居ない、何処にいるかもわからない。
──自分が何者かがわからない。
「フンっ、このタダ飯喰らいが」
「・・・・・・ッ」
──自分は何故生きているのだろう。
男の暴力が来なくなったので男の部屋から自分の部屋へ逃げ出す。自分の部屋は人形が一つだけしかない。人形を抱きしめながら考える。ご飯を貰うだけで殴られる日々にうんざりしていた。どうしようか・・・・・・ふと思いついた。
──そうだ、ここから逃げよう。
やることは決まった。しかし何も無いと生きていけないので必要なものは持っていこう。
「・・・・・・」
「グゥ・・・・・・ガアァ・・・・・・」
いつもなら寝ている時間に男の部屋に忍び込み生きるために必要なものをタンスからありったけに取り出す。そして部屋から静かに出る。逃亡用のバックパックに詰め込んで人形を抱きしめて家から飛び出した。
──遠くへ、もっと遠い所へ・・・!
暗い街並みで走るのはなんだか気持ちが良い。暫く走っていると公園がある、少しここで休もう。そう思って近くのベンチで横になる。目の前が真っ暗になった・・・・・・
「あのクソ餓鬼ィ・・・俺の金を盗みやがったなあぁ!?」
「・・・・・・ッ」
とてつも無い寒気で起きた。時計を見ると針は10を指している。
──行こう・・・
「うわーん!」
「?」
声が聞こえた方を見ると芦毛の女の子が泣いていた。足には怪我をしている・・・・・・
──美味しいものを食べれば治るかな・・・?
「・・・・・・」
「うっ、うぅ・・・ふぇ?」
バックパックから食べ物のチョコレートを差し出す。
「いいの・・・?」
彼女の問いに頷いて答える。自分は声が出ない。出せないので身振りで伝える。
「ありがとう・・・・・・美味しい!」
「お嬢様!」
「「!」」
向こうから怖い人が来ている・・・!バックパックを急いで背負って逃げる。
「あっ!待って・・・・・・」
──ッ、ごめん・・・・・・
彼女の助けを無視して逃げる。嫌な予感もするので全速力で逃げた。暫く走って後ろを向くと誰もいないので落ち着く。ふと周りを見ると驚いた。門があって、その向こうには広くて大きな建物がある。
──大きい・・・!
「あら、君、どうしたのかしら?」
「!」
後ろから声が聞こえて振り返ると緑色の服に帽子を被った女の人がいた。
──い、いつの間に・・・!?
「ッ・・・君、顔大丈夫?」
「・・・・・・?」
──顔・・・?これのことかな?
前に男に熱湯を掛けられて残った傷があるが、ずっと前のことなので今は気にしていない。そう考えていた時だった。
「見つけたぞクソ餓鬼ィ!」
「ッ!」
「・・・・・・そういうことでしたか」
あの男がやって来た。手にはナイフを持っている。急いで逃げようとするけれど女の人に腕を掴まれてしまう。
「おい女ァ!その餓鬼よこせ!」
「断ります」
男はナイフを突き出して怒鳴り散らかすが、女の人は鋭い声で言い返す。
「チッ・・・じゃあ死ねェ!」
「フッ!」
「グァ!?」
「!?」
男は女の人にナイフを振るが、女の人は物凄い速さで男を蹴った。速すぎて見えなかった。
「・・・もしもし、たづなです。今から警察を呼んでください。はい・・・はい、お願いします」
──今の内に!
「はい、逃げるなんて駄目ですよ」
「!?」
静かに逃げようとするけれど女の人にまた掴まれてしまう。そして暴れていると今度は優しく抱きしめられた。
「少しだけ待ってくださいね?大丈夫ですから」
「・・・・・・」
──暖かい・・・
そこからは白黒の車が来てその中から怖い人が出てきて男を連れてどっかへ行った。自分も連れて行かれると思ったけどそうはならなかった。けど自分は女の人に何処かへ連れて行かれて今は凄く広い所にいる。
──いい匂いがする・・・
「お待たせしました♪」
「!」
目の前のテーブルに夢でしか見なかった美味しそうなものが置かれる。確かカレーと言われている食べ物だった気がする。
「・・・・・・」
「食べていいですよ?」
「!」
いいのかと目で訴えると了承されたのでスプーンを手にかき込む。
「ッ〜〜〜!!」
──美味しい・・・・・・!
暫く自分はカレーに夢中になって食べた。
「あらあら、お金しかないと思っていたら懐かしいものが・・・」
私こと駿川たづなは業務の途中で保護した少年のバックの中身を見るとあの男のものと見られる大金の他に一つのぱかプチが入っていました。そういえば名前を聞いていなかった。カレーを食べ終えている少年に声を掛ける。
「ねえ、君、名前は?」
「・・・・・・」
少年は首を振って何かを否定している。
「(恐らくは名前すら無いのでしょう・・・そうだ!)」
「ねえ、君」
「?」
名前が無いのなら付けてしまおう。そう思って、この子に幸せが実ると願って彼に言った。
「君の名前はミノル。私の子供の『駿川ミノル』」
「!」
女の人に名前を聞かれて無いとジェスチャーで伝えると名前をくれた。
──ミノル・・・それが自分の名前・・・嬉しい・・・
こうして自分の・・・俺のこと駿川ミノルの物語ははじまったのだ
駿川ミノル
ネグレクトや虐待を受けた少年。今パートでは8歳。顔の左半分に熱湯の火傷の痕がある。好きなものはカレー
次パートでは8年後の16歳から始まります。
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今の生活
ミノルは当時、心因性失声症でした。今パートからは普通に喋れます。
あれから八年経った。父と呼ばれた男は前に犯罪に手を染めていて逮捕された。本来息子と呼ばれる俺は孤児院に入れられる筈だったが、たづな母さんに引き取られることになった。この八年間でやったことと言えば勉強や母さんの手伝いなどをした。今ではトレーナー見習いや用務員をしている。
「ミノルさんおはよう!」
「おはようございます」
グラウンドの整備をしていると朝練をしているウマ娘に挨拶をされている。最初は顔の火傷痕や雰囲気が悪く不気味がられるだけだったが、笑顔の練習をしたり、差し入れをあげることで次第に受け入れて貰えた。
「おう!ミノルじゃ無いか!」
「沖野師匠、おはようございます」
後ろから声をかけられたので振り返ると、俺の師匠の沖野トレーナーがいた。自分には師匠が二人いて、もう一人は向こうでウマ娘の朝練を見ている東条師匠だ。ちなみに師匠呼びは嫌がられている。
「ミノルさん、おはようございます」
「あ、マックイーンさん!おはようございます!」
沖野師匠の後ろからマックイーンさんが現れた。マックイーンさんはウマ娘の名門メジロ家のご令嬢だ。いつも目が合ったら手を振ってくれる愛想の良いヒトだ。
「マックイーンさん、これをどうぞ」
そう言って俺が取り出したのは差し入れのコトコト人参スープの入った水筒だ。俺の自慢の得意料理で独自に編み出したものであり、食堂の方々にもレシピを秘匿している。
「あ、ありがとうございます・・・」
「あー!ずるいよマックイーン!ミノルー!ボクにもちょうだーい!」
「はいはい」
差し入れをマックイーンさんに渡すとまた後ろからトウカイテイオーがやってきた。マックイーンさんとテイオーは沖野師匠の担当しているチームスピカに所属している。テイオーの要求に俺はもう一つの水筒を取り出して渡す。
「わーい!ありがとう、ミノル!」
「はいはい」
「・・・ねぇ、なんかボクに対しての対応雑じゃない?」
「そんなことないぞ?それじゃあ俺はこれで」
「おう!またな!」
「あ!待てぇ!」
テイオーの言葉を否定してここから去る。用務員兼トレーナー見習いは多忙なのだ。次の仕事に着手するため俺は移動した。
「ミノルさん・・・」
愛しい彼の背中を見て八年前を思い出す、転んで怪我した所に絆創膏ではなくチョコレートをくれた顔半分に火傷痕が残っている彼。久しぶりに会った時、彼は憶えてないだろうが、その特徴のある顔を見てすぐに思い出した。よく話しかけたり、目が合ったら手を振っているが効果は今ひとつだ。
「俺たちも行くか」
「わかりました」
「よーし!頑張るぞぉー!」
いつか彼にいい所を見せるためにも今日も練習に集中する。
「失礼します。資料を持ってきました」
「歓迎ッ!入ってきたまえ」
理事長室に資料を持って入室する。理事長室にはたづな母さんとやよいさんが仕事をしている。俺はやよいさんに他のトレーナーさん達から預かっている資料を渡す。
「感謝ッ!いつも助かっているぞ!ミノル!」
「いえ、俺がやりたくてやってることですから、そこまでお礼を言わなくていいんですよ?」
「そこは素直に受け止めるところですよ、ミノル」
「はい、わかりました。母さん」
母さんの指摘を聞いて反省する。母さんは俺が間違った時や良くない所にはちゃんと言う。
「そういえばミノル、メジロマックイーンさんとはどうですか?」
「マックイーンさんと?」
「グラウンドの整備中にお話していたでしょ?」
「・・・・・・」
何で知ってるの?
「グラウンドは理事長室から見えますよ」
「サラッと俺の考えていることを当てないでください」
母さんは良く俺の考えていることを良く当てる。母さん曰く、顔に出ているとか。
「・・・まあ、良くしてくれてますよ。目が合ったら手を振ってくれますし」
「あらあら・・・」
「・・・何で笑ってるんですか?」
「ふふふ、我が息子の将来は安泰だなって思ってましたよ」
「何ですかそれ・・・」
何のことかよくわからないよ・・・
「それでは失礼しました」
「うむ!またな!」
俺はやよいさんに挨拶をして理事長室から出る。よーし、他にもやることは沢山あるからな、どんどん行こう。
「道のりは長いですねぇ・・・」
「うむ・・・それとたづなよ」
「はい、何でしょうか?」
「実はな・・・そろそろ彼にもウマ娘の担当をしてもらおうと思っていてな」
「・・・そうですか」
ミノルが出た後、たづなは息子の将来を想像しているが、自分の発言に考慮する。ウマ娘のトレーナーは昔から人手不足。彼には良きトレーナーになってもらうべく、敏腕のトレーナーに時間を作ってもらって教育している。定期的にやっているテストをやらせた結果、十分な腕であることも確認した。しかし、たづなは息子がトレーナーになることには少々渋っていた。理由はウマ娘の性質にあるがここでは省く。
「いいですよ」
「ッ!本当か!」
「『可愛い子には旅をさせよ』ですよ。このことは私から言います」
「感謝ッ!それでは資料の準備をしよう!」
たづなから許可を得たので彼がトレーナー試験を受けれるように手配を始める。彼は間違いなく逸材である。ここで腐らせるわけにはいけないと思いながら仕事を再開した。
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トレーナー試験
「トレーナー試験・・・ですか、けど母さんは・・・」
「ええ、だけど今の貴方なら、きっと大丈夫な筈」
今日は久しぶりに母さんに一緒にご飯を食べようと誘われて、お気に入りのカレー店で食べていると、母さんからトレーナー試験を受けないかと言われた。急にどうしてだろう・・・。母さんは俺がトレーナーになるのを嫌がっていた。理由を聞いても教えて貰えず、どうしようと思っていたが、これは渡に船だ。それに・・・
「母さん」
「何?」
「俺はウマ娘が好きだ」
「・・・」
「母さんに助けて貰った後に彼女達の走る姿を見て俺も彼女達のようになりたいと願った・・・まぁ、俺はウマ娘じゃないから無理だけど」
「・・・」
「そしてトレーナーの存在を知った。輝く彼女達を支える立派な大人、それこそ俺のなりたいものだと確信した」
「・・・貴方はトレーナーになりたいのね?」
「うん。俺はトレーナーになって、立派な大人になる」
自分の想いを母さんに伝えた。そして母さんは目を閉じて深く考えている。
「わかりました。頑張りなさい」
「ッ!、ありがとう!母さん!」
母さんの激励に思わず大きな声で返事をしてしまい、周りの人達に注目されてしまった・・・恥ずかしい・・・
あの後、お会計してそれぞれの家に帰った後、愛しい息子の言葉思い返す。彼の想いの強さを受け止めてあの子はすっかり立派になったなと思う。しかしあの子は知らない。レースで走っている彼女たちの姿を敢えて言うなら仮の姿、ウマ娘は独占欲が強くトレーナーに依存しやすい、もし彼が凄腕のトレーナーになって担当を持ったのなら、きっと大変なことになるだろう。更に言うなら彼に恋をしている生徒は沢山いる。そして何よりも・・・
「あの子に恋人ができる未来が気に入らない自分がいる・・・」
・・・考えても仕方ない。今はもう遅い。寝よう。どうかあの子に幸せが実りますように・・・
そしてミノルがトレーナー試験を受けた後日、世界で最年少のトレーナーが誕生した。そのニュースは一部のメディアに取り上げられた。
今日は入学式の後日、新入生のウマ娘による選抜レースである。レースが一通り終わり、注目されているウマ娘は今は沢山のトレーナーに囲まれてスカウトを受けている。
「完全に出遅れた・・・まぁ、スカウトできても俺はまだ子供だからなぁ・・・」
「ミノル」
「あ、母さん」
「少し話があるけどいい?」
自分の歳で落ち込んでいると後ろに母さんがいた。どうやら話があるらしくついていくと、自分とその担当が使う予定のトレーナー室に着いた。
「実を言うとね、ミノルに担当して欲しい子が二人いるの」
「え・・・二人?」
「いきなりかもしれないけど、ミノルも知っている子だから安心していいよ」
「いや、どう言うことなの!?」
「入ってみればわかるわ」
俺の知ってる人らしいけど誰だろう・・・いや心当たりに丁度二人いる。まさか・・・
「・・・失礼します」
「「ミノル君!」」
「どわぁ!?」
聞き覚えのある声と同時に押し倒される。去年、一人でゲームセンターに行くと、クレーンゲームの前に涙目になっている二人組のウマ娘がいた。どうしたのだろうと話を聞いたら、マックイーンさんとテイオーのぱかプチが取れずへこんでいたらしい。そう聞いた俺はクレーンゲームにお金を入れて二つのぱかプチを取って二人にあげた。そのまま色々話して仲良くなって以来会っていなかったが、やっぱり二人も来ていたか
「久しぶり、キタちゃん、ダイヤちゃん」
「うん!」
キタサンブラックとサトノダイヤモンドがいる。二人に会えたのは嬉しいけど・・・
「二人が俺の担当に?」
「そうだよミノル君・・・あっ、自分に出来るのかって思ってるでしょ?」
「何でわかるんだよ・・・」
さっきダイヤちゃんに当てられたように、俺に二人が務まるのか心配だ。そう思っていると母さんが俺の肩に触れる。
「大丈夫よミノル、そもそも貴方はトレーナー試験では主席合格なのよ?」
「・・・まぁ、そうだけど」
「それじゃあ、キタサンブラックさん、サトノダイヤモンドさん、息子をよろしくお願いしますね?」
「「はい!」」
「そこは逆じゃないか!?」
「「「あははは!」」」
「もおぉ!」
俺が任される筈なのに何で任す側になってるんだ!?俺がツッコむと三人が笑い出した。何だこれ・・・
やっと会えた。優しくて大好きな彼、彼にはウマ娘にしか感じない惹きつける力がある。トレセン学園に忍ばせたサトノ家の人間からの報告では、彼に恋をしている人は本当に沢山いるらしい。その中には私の憧れのマックイーンさんもいる。
「(・・・負けたくない。キタちゃんにもマックイーンさんにも)」
一応、キタちゃんと同盟を組んで、ミノル君と一緒に入れるようにお父様に根回ししてくれたから、良いスタートラインが取れたと思う。だから・・・
「「これからもよろしくね!ミノル君!」」
今思いついた中で今後書いていきたい話
・たづなさん逆光源氏計画完遂ルート
・メジロマックイーンの専属トレーナーifルート
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トレーニング考案中・・・/新人トレーナー歓迎会
それとサブタイあんまり良いの思いつかない・・・
母さんは他の仕事に行ったので、早速二人のトレーニングメニューを編み出すべく、会った当時に聞いた脚質や適性距離などを思い出す。
「(確か二人とも適性距離は芝で中距離や長距離、キタちゃんは逃げと先行でダイヤちゃんは差しと追い込みか・・・)」
「どう?ミノル君」
「取り敢えず、二人に会えた日に考えてあった二人用のメニューを少し改変しようかな?」
「え!?ミノル君もうそんなことしてたの!?」
「師匠達からの課題でな、それぞれの脚質に合うトレーニングを考案しなさいって言われてな」
当時を振り返ってアレはかなりの難問だったと思う。師匠達にプレゼンして色々な質問をされまくったものだ・・・
「今からお前らのトレーニングを考えるから二人とも何もすることは無いけど・・・今日はどうするんだ?」
「ん〜・・・折角久しぶりに会えたから一緒にいたいな」
「私もです」
「・・・そうか」
・・・バカか俺は!何二人に意識しているんだ!集中だ!集中!俺は気持ちを一瞬で切り替えて彼女達のトレーニングを考える。
「・・・・・・」
「「・・・・・・」」
「・・・・・・」
気になる。非っ常に気になる!二人の視線が俺に突き刺さって何か恥ずかしい・・・!一瞬だけ二人に視線を向けると
「「・・・・・・ッ!」」
「!?(恥ッず!?見たことの無い表情で見られている!?しかも目があったからめっちゃ気まずい!?) ・・・・・・すまん、集中出来ないから自分の寮でやる!二人は自由にしてていいぞ!」
「「あっ・・・」」
俺は仕事用のラップトップを直して脱兎のように部屋から逃げた。クソ・・・明日顔合わせるの気まずい・・・!
ミノル君が部屋から出た瞬間、何故か体の力が抜けた。ソファにぐったりしながら隣の幼馴染に話しかける。
「・・・行っちゃったね、ダイヤちゃん」
「そうだね、キタちゃん」
「・・・その、か、カッコよかったね」
「・・・そうだね」
私達のトレーニングを真剣に考える顔を見て思わずドキドキしてしまった。そして私達の視線に気づいて目が合った時の彼の恥ずかしそうな顔がとても可愛いかった。
「・・・ダイヤちゃん」
「何?キタちゃん」
「明日・・・ミノル君に顔合わせるの気まずいね・・・」
「・・・そうだね」
「・・・ふう」
家に帰って顔を洗って頭を冷やしてもう一度切り替える。リビングに戻ってトレーニングの考案を始める。
「・・・ん?沖野師匠からだ」
暫く経つと携帯端末が鳴り画面を見ると師匠から連絡がきた。
「内容は・・・今日の新人トレーナーの歓迎会か・・・」
端的に言えば上記の通りだ。他のトレーナーとの友好を作ったり意見を交換したりとこちらにとっては悪いことは無いので、拒否する理由は無い。
「えーっと・・・『わかりました。どこで待ってればいいですか?』」
そう入力して送信する。すると部屋のピンポンが鳴った。急いで外に出るとそこには沖野師匠がいた。
「えー、それでは!新人トレーナーの歓迎会を始めます!乾杯!」
『乾杯!』
「どうだ?人生で初めての飲み会の音頭は?」
「めっちゃ恥ずかしいです」
あの後俺は沖野師匠に連れられて飲み会現場まで来た。そして音頭をやらされた。ちなみに飲み会とは言っても俺は未成年なのでオレンジジュースである。そして今は沖野師匠から師匠以外の人達の話して来いと言われて戸惑っている。ふと肩をトントンと叩かれる。
「すみません。駿川ミノル君ですか?」
「あー、はい。そうですけど・・・貴女は?」
振り返ってみるとそこには髪の毛に青みがかかった女の人がいた。
「私は桐生院葵といいます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「少しだけでもいいので、一緒に話しませんか?」
「いいですよ。俺でよければ」
「ありがとうございます!」
そうしてトレーナー談義に発展した。彼女の担当のハッピーミークについてや、このトレーニングはどうかやそのトレーニングはどうかとか色々楽しかった。話しているうちに何故か体がぽかぽかする・・・
「へー、流石は最年少のトレーナー君ですね!」
「・・・褒めても何も出ませんよ?」
「ふふふ・・・」
「・・・何で笑うんでしゅかー?」
「あ、あれ?み、ミノル君?」
「うーん・・・」
「よ、酔っちゃってる!?す、すみません!ミノル君がお酒を飲んだみたいです!」
「酔ってないじょー!」
アレー、目の前がボヤけてきたぞー?ううん・・・眠い・・・
「あっ・・・ミノル君」
「おやすみ・・・」
終わりが雑ですみません・・・
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臨時のサブトレーナー
「うっ、うぅ・・・あたまいたい・・・」
「やっと起きましたか、ミノル」
「母さん?」
あれ?ここは・・・母さんの家?・・・あぁそうか、俺、間違えてお酒飲んだのか・・・
「ねえ母さん、今何時?」
「今はもう十時過ぎですよ」
「へ・・・?」
心臓が止まった感覚がして急いで時計を見る。時計の針は十時二十分になっている・・・やば!?
「トレーニングメニュー考えてねえ!?」
「そこは大丈夫ですよ。沖野トレーナーが代わりに彼女達にトレーニングを行わせています」
「え?そうなの・・・?」
安心したような出来ないような微妙な気分になる。取り敢えず謝りに行かないと・・・
「ごめん母さん、行ってきます」
「あぁ待って・・・先に酔い止めと水を飲んでから行きなさい」
「ありがとう・・・」
母さんから酔い止めと水を貰いって飲んだので、服を着替えて急いでグラウンドに向かう。・・・居た!
「沖野師匠!」
「おお!ミノル!昨日はすまんな!あの時は俺がきっちりついて来ればよかったぜ」
「ミノル君!大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫なんだけど・・・」
俺はキタちゃん達にトレーニングメニューを用意出来て無いことについて話す。そしたら二人とも
「「沖野トレーナーが悪いから気に病まなくていいよ」」
「ちょっ!?そこまで言うか!?」
「・・・またやったんですね?」
沖野師匠の悪い癖が二人にも起きたのは察せた。沖野師匠はウマ娘のトモ・・・脚を触ると具合がわかるという謎技術がある。しかしその度、ウマ娘に蹴られているが、最初は凄いなと思ったが母さんに絶対にするなと言われたので気を付けている。
「沖野師匠、明日までにはトレーニングメニューを作るから今日は臨時のサブトレーナーとして居ていいですか?」
「おう!全然良いぞ!マックイーンがやる気を一層出すしな!」
「マックイーンさんが?」
何で?と思っていたのが顔に出ていたからかキタちゃんとダイヤちゃんがジト目で見てくる。だから何で!?
「取り敢えず行くぞ、ミノル」
「はい、師匠」
「疲れましたわ・・・」
「お疲れ様です。マックイーンさん」
「あっ!?み、ミノルさん!?」
「今日は臨時でサブトレーナーをすることになりました」
走り込みで疲れていると後ろからミノルさんがきた。ミノルさんは昨日、新人トレーナーの歓迎会で間違ってお酒を飲んで酔ってしまい、担当の二人のトレーニングメニューを作れなかったらしく、誘った沖野トレーナーが責任として今日限りでトレーニングを見ることになった。ミノルさんそのことを気にしたのだろう。優しい彼のことだ、これくらいするだろう。
「はい、マックイーンさん、にんじんスープの代わりとしては何だけど」
「あ、ありがとうございます・・・!」
「トレーニング、頑張ってください」
「は、はい・・・」
顔が熱い・・・けど、やる気が増した気がする。今日は一日中スピカのサブトレーナーだ。彼に良いところを見せるために頑張らないと・・・!
「・・・よし、今日のトレーニングは終了だ!」
『はーい!』
「お疲れ様、キタちゃん、ダイヤちゃん。はいこれ」
「ありがとう!ミノル君!」
今日のトレーニングが終わり、各々が帰りの準備をしているところ、俺は二人に一つ相談をしようとしていた。
「・・・ねえ、二人とも、」
「何?」「何ですか?」
「今日中にメニューを完成させるのは難しいから、明日はお出かけしながら考えようかなと思っていて・・・どうかな?」
正直言ってトレーニングメニューが明日まで間に合わないので、明日考えると同時に、土曜日なので久しぶりに三人で遊ぼうと考えていた。
「うん!私は良いよ!」
「私もです」
「ありがとう。二人とも」
「少し、待ってくれませんか?」
「ん?マックイーンさん?」
そう話しているとマックイーンさんが話しかけてきた。どうしたんだろう
「私も一緒に混ぜてくれませんか?」
「ま、マックイーンさんもですか?」
ダイヤちゃんが驚く。憧れの先輩とお出かけするのは良いかもしれない。けどダイヤちゃんだけいい思いしてもなぁ・・・
「いいですけど、テイオーも誘いませんか?」
「テイオーも・・・ですか?」
「憧れの先輩とお出かけできるのはいい思い出になるかもしれませんので」
「そ、そうですか・・・」
「なになにー?ボクがどうしたの?」
「あっ、テイオー、実はな」
自分の名前が聞こえたのか、テイオーが話に入って来たので、明日お出かけしないかと誘うと
「ふーん・・・今回ボクはいいよ!四人で楽しんできてね!」
そう言うテイオーに三人はどこかホッとしたような表情を浮かべる。どうして?
「やっぱ鈍いねぇ、ミノルってば」
「だから何で?」
顔に出ていたのかテイオーに言われてしまった。テイオーでもわかるくらいに顔に出てるの?悔しい。
「私は今からトレーナーさんに明日休むと話して来ます」
「うん、明日はいつものデパートで集合にしよう」
「そうだね!楽しみだなぁ・・・」
こうして明日は四人でお出かけすることになった。
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四人でお出かけッ!
お出かけ当日、俺は集合場所で三人にまじまじと見られている。何故かって?
「み、ミノルさん、その格好は・・・?」
「か、かわいいよ!ミノル君!」
「・・・・・・」
「殺してくれ・・・」
俺は今、女の子の格好になっています。発端は昨日の晩、母さんにお出かけの服について相談しようと思ったら、これを着せられたのである。鏡を見ると知らない自分を見ているようで背筋がゾワゾワした。マックイーンさんは俺の格好に驚いていて、キタちゃんは戸惑いながら間違ったフォローをしている。ダイヤちゃんは何故か無言だ。ちょっ、何で近づいてくるの!?目が怖い!?
「ミノルちゃん」
「え、ダイヤちゃん?俺は男だよ?ミノルちゃんとかじゃないよ?」
「ミノルちゃんはミノルちゃんだよ?俺って言っちゃダメですよ?」
「ちょっと?ダイヤちゃん?」
ダイヤちゃんが少しかかり気味になってしまった。ダイヤちゃんに肩をがっしりと掴まれてしまった。
「ミノルちゃん、あっちの服屋さんに行きましょう?きっとミノルちゃんに似合うお洋服がありますよ?」
「ダイヤちゃん落ち着いて!」
「え?・・・アッ!?」
ダイヤちゃんに連れてかれそうになったが、キタちゃんがダイヤちゃんを揺さぶったお陰で正気に戻ってくれた。
「ご、ごめんなさい!ミノル君!」
「ま、まぁ着せ替え人形にならなかっただけでよかったからいいよ」
ダイヤちゃんはちゃんと謝ったのですぐに許してあげた。そしてちょっと気まずい流れを変えるために話題を変える。
「それじゃあ、先ずはマグカップとか買いに行かない?」
「マグカップ?私はいいよ!」
俺の提案にキタちゃんがいの一番に賛成して他の二人も頷いてくれた。そしてやって来た雑貨店で物色してみたが本当に凄い。色んなカラーに模様など、バリエーション様々でとても夢中になれた。
「マックイーンさん、これどうかな」
「それは・・・時計のレリーフですか?」
そうだ。何故かこのマグカップが気になってしまってついつい手を出してしまった。試しにマックイーンさんに聞いてみると意外な顔しながら少し微笑みながら
「いいと思いますよ」
「ありがとう。俺はこれを買うよ」
「それじゃあ私も同じのを買いますわ」
「ねえねえミノル君!これどう?」
この後に二人のマグカップを選んで全員分のマグカップを買った後は遅めの昼食兼おやつでカフェに行くことになった。俺は頼んだのはスパゲッティであるが、他の三人は大盛りにんじんハンバーグを頼んでいた。最初は普通に食べていたが、問題が起こった。
「うーん・・・!おいひい!」
「ミノル君、はい、あーん・・・」
「グフッ!?」
「だ、ダイヤさん!?」
そう、ダイヤちゃんがハンバーグが刺さったフォークを片手に「あーん」をさせて来たのだ。これにはマックイーンさんも驚きである。
「・・・えっと、ダイヤちゃん?」
「あーん」
「あ、あーん・・・んぐぅ」
ダイヤちゃんの物言わぬ圧力に負けた俺はダイヤちゃんのハンバーグを一口食べた。それを見ていた二人は
「「ミノル君(さん)、あーん」」
「〜ッ!?〜〜〜ッ!?」
一口とは言え案外大きかったので口がいっぱいになったにも関わらず、キタちゃんもマックイーンさんにも大きめのハンバーグであーんをさせられてしまったので、スパゲッティを含めてお腹がぱんぱんになってしまった。そうしてる内にも二人のメニューを考えたりした。そして他にもいろいろあって夕方になった。これ以上は外にはいられないので今は帰路についている。
「あー!楽しかった!」
「それは良かった」
キタちゃんの楽しかったという声に良かったと返す。今日のお出かけで親睦が深まったと同時に予想より良いトレーニングメニューが出来たことに安堵している。
「今日は楽しかったですわ。また誘ってくれると嬉しいです」
「そうか、それなら今度はアイツらも混ぜて行かないか?」
「アイツら・・・?」
「おい!隠れているのはわかってるんだぞ!」
マックイーンさんにそう言ってとある場所に指を指す。三人も釣られてそこを見る。誰も居ないと思っているだろうが、実は最初の集合の時、羞恥心で気づかなかったが、ずっと俺たちを追跡しているウマ娘たちがいたのだ。しかも彼女にとっても見慣れた顔である。
「・・・誰もいませんよ?」
「テイオー!はちみーいるかー!?」
「わーい!はちみー・・・あっ」
「て、テイオーさん!?どうして!?」
「ゴルシもいるだろ?早く出てこいよ」
「ご、ゴールドシップさんも!?」
テイオーが現れたことにキタちゃんは驚いている。ゴールドシップは未だ無言で居ない様にしているが・・・まだ甘いな。
「ゴルシ!明日、母さんにお前が隠蔽しているやらかしをバラしとくからな!」
「やめろー!たづなさんにだけは・・・ハッ!?」
「・・・ゴールドシップさん?」
「へへへ・・・じゃあな!」
「逃がしませんわ!」
「何!?ぐ、ぐわああああああ!?」
マックイーンさんの覇気に当てられたゴルシはすぐに逃走したが、マックイーンさんにあっという間に捕まってプロレス技を掛けられてしまった。
「えーっと、ミノル君、私たち・・・」
「あぁ、この二人に尾行させられていた」
「そ、そうだったんですか・・・」
自分達が尾行されていたという事実に何とも言え無さそうな様子になるダイヤちゃん。それは兎も角
「もう暗いし、こんなことしている暇は無いから、そろそろ帰ろ?」
「そ、そうですね!」
「ま、マックイーンさんとゴールドシップさんは?」
「二人は俺がなんとかするよ。二人は先に帰ってて」
「え?ボクは?」
キタちゃんとダイヤちゃんを先に帰るように促すとテイオーが割って入って来た。
「お前は俺と一緒にマックイーンさんとゴルシをなんとかする。発端はゴルシを誘ったお前だろうから、ちゃんと後処理しないとな」
「ぐぬぬ・・・」
テイオーは図星で何も言え無さそうなので、そのままテイオーの腕を掴んでマックイーンさんの方向へ引っ張る。
「おーい、マックイーンさん」
「ピャアアア!?み、ミノルさん!?」
「ゴルシはテイオーが運ぶから、マックイーンさんはキタちゃん達と一緒に帰ってください」
「・・・わかりましたわ」
「ま、マックイーン!?」
後ろにテイオーがいるからわからないが、恐らく助けを求める目をしていたのだろう。しかし、マックイーンさんは断ってキタちゃん達の方へ歩いて行った。
「それじゃあな、テイオー。明日のトレーニングには遅れるなよ」
「ちょっ、やっぱりミノルはボクに対して扱い雑だよねぇ!?」
後のことをテイオーに丸投げして俺は自分の家に帰った。
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練習開始ッ!
昨日のお出かけから翌日、時間は16時、この時間は放課後のトレセン学園の生徒達が自身のトレーナーのもとでトレーニングをする時間である。そして俺は今、初のトレーニングの一環としてキタちゃんとダイヤちゃんに併走をしてもらいながら、両手にタイマーを持ち、二人のタイムを測っている。
「はっはっはっ・・・ふぅ、ミノル君、タイムは?」
「うん、とってもいい感じ。はい、スポドリ」
「わぁ、ありがとう!」
感謝を述べながらスポドリを飲む二人を見て考える。まだ修正するべきポイントはあるものの、東条師匠や沖野師匠のもとで閲覧したリギルとスピカの序盤の育成のデータと比較しても、中々の好タイムを出している二人には凄いとしか言えない。
「・・・よしっ!それじゃあもう一周走ってくるね!」
「私も!ミノル君、ドリンクありがとうね」
「どういたしまして、それと何か違和感を感じたらすぐに言えよ」
「わかってる!」
そう言いながら見る限り無理しない範囲で走る二人を良く見て、フォームに問題がないかを確認しながらメモをとる。やがて一周を終えた二人が休憩をしている間にあることを伝えようと声をかける。
「二人とも、聞いて」
「何ですか?」
「新米トレーナーである俺は特別に二人を担当しているけど・・・一応チームを設立する事になった」
経験を積んであるトレーナーには複数の担当を持ってチームを設立することが出来る。俺の場合は特別ではあるが、二人を担当するトレーナーとして結果的にチームを設立する事になったことを二人に伝えた。
「そうなんだ!それじゃあチーム名を決めないと」
「チーム名はもう決めてある」
「早いね、それでなんて名前なの?」
ダイヤちゃんに聞かれた俺は悩みに悩んだチームを話す。
「チーム“アルゴノーツ”」
「あるごのーつ?」
「ギリシャ神話に出てくるアルゴー号っていう船の乗組員である英雄達の総称でね。今はまだ二人だけど、後の時代の伝説に残るような活躍を残していこうっていう決意表明がチームアルゴノーツなんだけど・・・どうかな?」
俺のアルゴノーツに秘めた決意を二人に伝えると二人は真剣な顔になってこう言った。
「良いと思うよ。ミノル君、それに・・・」
「それに?」
「私は、サトノ家のウマ娘として、サトノ家のG Iウマ娘になって歴史に残る活躍をして行きたいと思っていたの。キタちゃんは?」
「私?私はね、テイオーさんに勝ちたい。そして私の走りで見る人みんなに勇気を持たせたいって思っているんだ」
「・・・二人なら出来るよ」
「いや、私たち三人なら出来るよ!」
笑顔でそう言うキタちゃんに釣られて笑う俺とダイヤちゃん、するとキタちゃんは自分の手を出してこちらを見る。その意図を汲み取った俺達は続けてキタちゃんの手に自分達の手を重ねる。
「よしっ!チームアルゴノーツ!出航だあ!」
「「「おぉー!!」」」
夕焼けに照らされながら、俺たちチームアルゴノーツは本格的な練習をする事になったのだ。
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英雄姉妹は流されて
「キタちゃん、ちょっとお話があるの」
「ダイヤちゃん・・・?どうしたの?そんな浮かない顔をして」
「実はね・・・」
チームアルゴノーツの始動から一週間後、本格的な練習に入るはずが、チームメイトのダイヤちゃんがとある問題に直面する事になった。それは──
「私・・・キタちゃんと走れないことになっちゃった」
「ええっ、ダイヤちゃん、一緒に走れないってどういうこと!?」
「・・・やっぱり、本格化を迎えてないんだな?」
「・・・うん」
「み、ミノル君、本格化って・・・?」
「キタちゃん、落ち着いて聞いてくれ」
俺はキタちゃんにそう前置きをしながら話す。本格化、それはウマ娘の競争能力が大きく伸びる謂わば成長期のようなものである。俺はその前兆をここ最近のタイムを見て感じてとっていたのだ。
「な、なんとかならないの!?」
「こればっかりはダイヤちゃんのメイクデビューを遅らせるしかないけど、そうすればキタちゃんと同期としてレースを走れないことになる」
「そ、そんな・・・」
「キタちゃん、そんなに落ち込まないで。これは私が決めたことなの」
落ち込むキタちゃんをダイヤちゃんが宥める様に言う。
「大切な友情、でもそれより大事にしなければいけないこともある。キタちゃんがみんなを笑顔にしたいように」
「ダイヤちゃん・・・」
「私は、大切なものを大切にする私のままで、キタちゃんのお友達でいたい。それに・・・私だったら、キタちゃんの大切なものを私のために捨てたりして欲しくない。だから──」
「──わかって・・・くれるかな?」
「ダイヤちゃん・・・うんっ、うん、わかるよ!」
ダイヤちゃんの言葉に少し考え込んだが、次のキタちゃんの声にはちょっとずつだが元気を取り戻していた。
「そんなダイヤちゃんだから、あたしは友だちになりたいって思ったんだもんっ──」
「──だから・・・我慢しなきゃね。少しくらい寂しくなっても。もうレースで追いかけてきてくれなくても・・・」
「キタちゃん、それは違うよ」
「え、どうして?だって同じレースは走れないんだよね?」
「うん。でも、もう少し大きな目で見て。お空の上から、神さまが見ているような目で」
俺は寂しそうに言うキタちゃんの言葉を否定する。それをキタちゃんは不思議そうに質問してきた。その答えをダイヤちゃんが代わりに言う。
「キタちゃんは、私より少し前の時間を行く。私はその後の時間を、キタちゃんが歩いた通りに歩いていく。これって追いかけていくことにならないかな?ずっと上から見れば」
「あ・・・そうだね!さすがダイヤちゃん!じゃあ、あの頃みたいに・・・」
キタちゃんの言うあの頃というのは、恐らく、俺が二人と出会う前の話なのだろう。それを二人は今思い出している。
「だからキタちゃん、これからもお願いね。トレーニングメニューも別になるし、少し離れ離れになるけど・・・──」
「──私、キタちゃんの背中を見失ったりしないから。応援しながら、追いかけるね」
「ダイヤちゃん・・・うん、わかった。わかったよ!あたしたちがはぐれたままなんて、一度もなかったもんね!──」
「──約束する!姉貴分として、ミノル君と一緒に頑張るって!」
「話は決まったな。ダイヤちゃんのメニューは本格化が来るまで基礎トレーニングに移す。そしてキタちゃん、メイクデビューまで後2ヶ月だから、それまでに仕上げていくぞ」
「うん!よーし、頑張るぞー!」
ずっと一緒だった二人に訪れた別れ道、それでも、この別離が、二人を強くすると信じよう。そして俺も二人の夢を叶えるために、二人を支えていくと心につよく誓った。
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【幕間】幻のパカぷちとアグネスデジタル
キタちゃんとダイヤちゃんのトレーニングが夕方に終わり、二人が帰った後に書類を整理すべく自身のトレーナー室へ向かおうとすると、草むらが揺れてドスンという音が聞こえた。
「うん?・・・誰かいるのか?」
もし誰かが倒れていたら大変だ。そう思いながら草むらに近づく、するとそこにはアグネスデジタルが口から血を流しながら倒れていた。
「あぁ・・・またか」
彼女はウマ娘の尊さとやらで血を出して倒れている所をよく発見されているらしく、そのヤバさはあの破天荒なゴールドシップでさえやべーやつと評されるほどにヤバい。
「このままにしても自然と回復しそうだが、そういうわけには行かないな」
俺は独り言をこぼしながらアグネスデジタルを背負って彼女が休める場所に移動した。この時間帯では保健室は閉まっているのでトレーナー室に向かった。途中後ろから『ウェヒヒ・・・』と聞こえたが無視することにした。そんな中ようやくトレーナー室に到着したら彼女をソファに寝かせて自分は書類作業
に入った。それから30分位経った時にアグネスデジタルは起きた。
「むぅ・・・アレ?ここは・・・」
「俺のトレーナー室だ。草むらに倒れていたお前をここまで運んだ」
「駿川ミノルさん!?そしてトレーナー室・・・そ、それはありがとうございます。私はもう大丈夫なので、これd・・・ウェエ!?」
「うぉっ!?ど、どうしかしたか?」
「そ、そのぱかプチは・・・まさかッ!?」
アグネスデジタルは起きるや否やここから出ようとすると、突然奇声を発しながら俺の方に凝視した。突然の事態に混乱していると、アグネスデジタルは俺の・・・いや、机の上に置いてあるぱかプチを手で指し向けてそう言った。
「これ?このぱかプチがどうしたの?」
「それは作成されてから発売されるまでにとある事情で販売中止されて数が少数しかない幻のぱかプチではありませんかぁあああ!?」
「お、おう・・・」
凄い早口でなんか言っているけど、最後の幻のぱかプチって言ってたから、これって凄いものだったのかな?
「そ、それを何処で・・・?」
「あぁ・・・それね、恐らく俺の父親が適当に買ってくれたものなんだけど・・・」
「トレーナーさんの・・・ですか?」
「まあ、うん。殴られてばかりで、顔は忘れてしまったけど」
「え・・・?」
そう言いながら顔の火傷痕に触れる。父親に付けられた消えない傷、それを見たアグネスデジタルは気まずそうにしていた。
「ごめん。気持ち悪い話をしたね」
「い、いえ!これは聞いてしまった私の落ち度です!」
「話を戻すけど・・・実際は物心ついた時から手元にあっただけだね」
「そ、そうですか・・・」
未だ気まずそうにしているアグネスデジタルを見て雰囲気を変えようと、ふと思ったことを言ってみた。
「このぱかプチの写真撮る?」
「ウェッ!?い、イイんですか!?」
「それくらいなら別に構わないよ」
俺がそう言うと、アグネスデジタルは恐る恐るスマホを取り出し、パシャリと鳴らす。
「えっと・・・念のため全角度で撮ってもよろしいでしょうか?」
「うん?それくらいなら構わない」
「あ、ありがとうございますぅ!」
アグネスデジタルはそう言って幻のぱかプチとやらを前言通りに360°あらゆる角度から写真を撮った。
「きょ、今日は本当にありがとうございます!」
「どういたしまして。それと倒れる場所は考えてくださいよ?」
「は、はい。それでは失礼しました」
そう言ってアグネスデジタルはトレーナー室から出て行った。それを見送った俺は席に戻り、机にあるアグネスデジタルが言っていた幻のパカプチを見る。
「幻のぱかプチ・・・実際はどんな名前なんだ?お前は」
「トキノミノルですよ。ミノル」
そう言ってトレーナー室に入ってきたのは母さんだった。
「トキノミノル?」
「そうですよ。貴方の名前の元で、私は貴方に幸せの時間が実るように願って名付けたんですよ」
「へぇ・・・そうだったんだ」
母さんに付けてくれた名前の意味を教えて貰った俺はもう一度トキノミノルのぱかプチを見つめた。
「もう遅いですし、今日は一緒に食べましょう」
「いいんですか!?俺、カレーを食べたいです!」
「ふふっ、いいですよ」
そう言ってくれた母と一緒に、俺は外食でカレーを食べた。
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メイクデビュー
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=266963&uid=327945
「・・・やっとだ」
「やっとだね」
あれからあっという間に二ヶ月が経ち、今日はキタちゃんのデビュー戦である。今は控室にてキタちゃんの様子を見ているが、気負った様子も無く、寧ろ絶好調である。
「ミノル君、私勝ってくるよ。だから・・・観ていてね」
「当然だよ。今はもうお前は俺の愛バだからね」
「・・・えへへ、よし!行ってくるね!」
「あぁ!行ってこい!」
そうしてパドックに行くキタちゃんを見送り、ダイヤちゃんのもとへ行く。
「ミノル君、どうだった?」
「調子は絶好調、絶対勝てる」
距離は中距離の2000mで良馬場である。その上でのキタちゃんの状態だ、負けるはずが無い。そう思っていると、パドックにキタちゃんが現れた。
「おぉ・・・」
「あの黒髪の娘、かなり仕上がっているな」
観客からいい感じの評価を貰い、他のウマ娘のお披露目が進んで、各々がゲートへ入っていく。
『さあゲートが開きました!!各ウマ娘、スタートを切りました。ハナを取ったのは一番人気キタサンブラック。凄い勢いで前へ進んでいます!』
ゲートが開いた瞬間、誰よりも早くスタートダッシュを決めたのはキタちゃんだ。作戦が逃げのキタちゃんにとっては絶好のスタートである。
『キタサンブラック独走!後方のウマ娘との距離をグングンと突き離す!真っ先に第一コーナーから第二コーナーに入っていきます!』
キタちゃんの強みは頑丈な身体だ。俺はそれを活かすために、他のウマ娘よりもハードなトレーニングを課した。そのお陰で他のウマ娘よりも仕上がった状態でいる。
『一方二番人気ヴィオラリズムと三番人気ブレイブリーコウが競り合っている。ここで第一コーナーから第二コーナーに入っていきます!そしてキタサンブラック!未だにグングンと飛ばしていきます!ゴールまでに持つと良いですが!?』
キタちゃんはトレーニングを始めた時点で既にスピードとパワーがメイクデビューを制するレベルの状態だったので、俺は彼女のスタミナを重点的に鍛えた。長距離までは流石に無理ではあるが、中距離なら2200Mまでなら余裕でペースを保てるのである。
『ここでヴィオラリズムとブレイブリーコウが上がっていきます!そして後ろのウマ娘たちも上がっていきます!』
キタちゃんの逃げに焦ったのか、全体が前へ進んでいる。そこに俺は不安を感じたが、それを掻き消すように大声で応援することにした。
『後方のウマ娘たちがキタサンブラックに迫っている!ここでキタサンブラック、第三コーナーから最終コーナーへ入っていきます!』
「キタちゃーん!頑張れえぇー!」
「キタちゃん!もう少し!」
『キタサンブラック独走!後ろとの距離は7馬身程か!直線に入ります!後ろはようやく最終コーナーに入ります!キタサンブラックの脚色は衰えない!ヴィオラリズムとブレイブリーコウも上がっていきますが、しかし間に合わない!キタサンブラックが今、一着でゴオォール!これは凄まじい!他のウマ娘を寄せ付ける事なく、見事逃げ切りました。二着はブレイブリーコウ、三着はヴィオラリズム!』
「〜〜〜ッ!!ヨッシャアッ!!」
「やったねミノル君!」
「ああ!」
見事な大勝利に俺とダイヤちゃんはハイタッチを交わした。そして二人でキタちゃんの控室に向かう。控室に入るとキタちゃんは俺に抱きついてきた。
「やったよ!ミノル君!私、私!」
「キタちゃんおめでとう!」
「凄かったよ。キタちゃん、その・・・嬉しかった。君が一着でゴールするところを見れて、すっごい嬉しかった」
「え、えへへ・・・」
「キタサンブラックさん、ウイニングライブの時間です」
「よしッ!私、ウイニングライブも頑張ってくるね!見ててね!ミノル君!ダイヤちゃん!」
ドアがノックされ、ウイニングライブの時間だと伝えられてキタちゃんは目をキラキラさせながらそう言って控室から出て行った。俺たちもライブ会場でキタちゃんのウイニングライブを最後まで見届けたのであった。
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祝勝会
「キタちゃん、メイクデビューおめでとう!」
「素晴らしい勝利でしたわ。キタサンブラックさん」
「中々に面白いレースだったぜ!キタサン!」
「あ、ありがとうございます!テイオーさん!マックイーンさん!ゴルシさん!」
メイクデビューから翌日、チームアルゴノーツはチームスピカのテイオーとマックイーンさんとゴールドシップと一緒にキタちゃん及びチームアルゴノーツ初勝利の祝勝会をしていた。メイクデビューに勝っただけで浮かれすぎではと思われるかもしれないが、そこはご愛嬌だ。
「よっしゃあ!ゴルシちゃんが獲ってきたマグロをご馳走してやるぜ!」
「ちょっとゴールドシップさん!?何処から持ってきたのですか!?」
「マックイーンさん、いちいちゴルシの行動に突っ込んでいたら拉致が開かないですよ。ゴルシなんですから」
「は、はあ・・・」
マックイーンさんはいつもゴルシに振り回されているのでゴルシに対してツッコミ癖が付いてしまっている。突っ込んでばかりでは余計に疲労するので時々窘めているが、最近ではマックイーンさんが一緒にお出かけする際にスポーツ観戦などで弾けているようでゴルシの陰に隠れた天然ボケ役である事が分かってきた。
「ゴルシさんが持ってきたマグロ美味しいです!」
「おう、そりゃ良かったぜ」
「よーし!食べ終わったら皆んなでゲームしようよ!ボク、色んなもの持ってきたよ!」
「いいね、とことん楽しもう」
こうして食事を済ませた俺たちはパーティゲームで盛り上がった。その中でジェンガやルドーは盛り上がった。因みに負け星はマックイーンさんが一番多くて、勝ち星がダイヤちゃんが多いと言う結果に終わった。祝勝会が終わった後は皆んなで片付けを済ませて解散しようとしていた時だった。
「ミノルさん、少しお話しがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「わかりました。場所は変えますか?」
「ここで大丈夫ですわ」
残りのメンバーを帰して俺はマックイーンさんとの二人きりで話し合うことになった。異性と二人きりは正直言って初めてだ。
「それで、話ってなんですか」
「実はチームスピカはチームアルゴノーツに夏合宿の合同練習を提案します」
「夏合宿・・・俺は一回も同行したことなかったけど、いいの?」
「トレーナーさんはミノルさんが担当を取ったら一緒に行くと計画していましたから。それと・・・」
「それと?」
「夏合宿にニ週間休みがあるので、ご一緒に海で遊びませんか?」
マックイーンさんは顔を赤らめながら言った。俺としてはマックイーンさんとは仲良くさせてくれるから断る理由は無かった。
「いいですよ」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」
「話を戻しますが、師匠はいつ頃に合宿に行くと話されていましたか?」
「はっ、そうですね。トレーナーさんからは一週間後と聞きました」
「二週間後ですね。承知しました」
「はい、楽しみにしてますね」
俺はメモにペンを走らせ記録して俺たちは解散した。マックイーンさんと海で遊ぶからには水着が必要になったので、水着を買いに行く必要があるだろう。そしてマックイーンさんの前で恥ずかしいものを選びたくない。
「そうだ。母さんにどんな水着がいいか一緒に出かけよう」
そうと決まれば、この時間は退勤だと思うので母さんの電話に掛ける。
「もしもしミノル。珍しいですね、貴方が電話を掛けてくるなんて」
「うん。それについてなんだけど・・・」
俺は母さんにスピカと夏の合同練習をする旨と遊ぶための水着を一緒に買いたいという話をした。
「あらあら、それなら任せてくださいね。それにしても久しぶりですね。ミノルとお出かけするのは」
「うん。楽しみにしてる」
俺は電話を切りトレーナー寮へ帰った。祝勝会でお腹も溜まっているので、体を洗い歯を磨いて寝ることにした。
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