恋のカケ❌チガイ (生き残れ戦線)
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プロローグ1 セキト

それは一年前の事だ。

 

その少女に俺は一目ぼれをした。

一目見て誰かに惚れる何てそれまでの俺は信じていなかった。テレビの中だけの物語だとそう思っていた。だけど俺は不良に絡まれているその子を見た時に雷に打たれる様な衝撃を受けた。

正しく俺の中の価値観が動く程の激震と言っていいだろう。

 

考えるよりも勝手に体は動いていた。

不良共の手を掴み何とか俺の力で退かせる事が出来た。

 

いや....ここで嘘は吐けない。正直に言おう。俺もまた不良だった。

その町では指折りの不良だ。殴り掛かって来る奴らの拳をそらし逆に顔面にパンチを叩き込んてやった。もうナンパ出来ないだろうなアレでは。

 

ちなみに俺の外見的特徴ですが両親から頂いた黒髪はまっ金髪に染め上げ、目尻の辺りには黒い稲妻のタトゥーをいれていました。今思えばお恥ずかしい限りです。思春期真っ盛りのクソガキだったのです。

 

俺は....いえ僕はその日から変わる事を誓いました。

なぜなら助けた彼女は一言でいえば清楚でした。

儚げな一輪の花とでも言いましょうか。とても美しい女性でした。

 

この時、おこがましい事なのですが僕は彼女の恋人になりたいと思いました。

ですが同時に僕と彼女は相容れない存在なのだと痛感していた。

だってそれでは先程の不良達と同じではありませんか。

 

軽率に告白すればやはり同じ不良かと失望されるのは目に見えていました。

だからその時、僕は必死に心の動機を押し殺しながら彼女の元を離れました。

彼女の制服を記憶に刻み込みながら。

当然ですが彼女が安全な帰路に着くまではその様子を遠巻きに眺めていました。

無事に駅の中に入った所で監視を止めました。

未練が残りましたが仕方ありません。

 

そしてその後、僕は彼女の制服をヒントに学校を調査しました。

愚かしい事ですが僕は自分の意思を止められなかったのです。

もう一度彼女に会いたい。その一心でした。

幸い彼女が在籍する学校の特定は直ぐにすみました。

なぜなら彼女の制服はその町一番の学力と品位を誇るとされる篠芽柊(しのめひいらぎ)中等学校の物だったからです。エスカレート制。彼女の身に着けていた青い腕章から同じ三年生である事が分かり。

上手くいけば一年後には同じ学校を通う生徒になれます。

 

そう僕は無謀にも篠芽柊高等学校の入学を決めたのです。

 

あの子に相応しい男になるために。

特待生枠を狙い猛勉強を行いました。

授業を妨害する馬鹿達に一喝すると先生の授業を大人しく受ける真面目なクラスに変わりました。こうやって努力を重ね環境を整えていきながら僕は先生方の叡智を吸収していたったのです。

みるみるうちに僕の学力は上がっていきました。

正直限界はとうに超えていました。ですがそれを上回る原動力が僕を前につき動かした。

人の限界を超えさせるモノ、それこそが愛だったのです。

 

不良時代、力以外の答えを見つけられなかった僕はようやく答えを見つけたのです。

 

そして一年後、そこには別人の僕が立っていました。

染め上げていた金髪は黒髪に、もう剃りこんでしまっていた刺青は仕方なく髪を伸ばす事で隠しました。常時人を睨み上げる険のあった目は日頃から笑顔を作る事で消す努力をしました。

もうそこにいるのは不良だった頃の僕ではありません。

篠芽柊高等学校の一員更木赤兎(ざらきせきと)だ。

 

入学して早々、僕は彼女を見つけた。

彼女はひときわ目立っていた。一年前と変わらず彼女は清楚だ。

恐らくそれは既に高校でも周知されているのか、彼女の周りには一線を引いたような空間があった。それを生徒達は遠巻きに見ていたのです。

 

僕は彼女を発見した瞬間、その無人の空間に飛び込みました。

そして告白しました。付き合って下さいと。

 

彼女の答えは簡潔でした。

 

「お断りします私好きな人がいるから」

 

琵琶のような澄んだ声音でただそれだけ言うと彼女は僕の前から去りました。

去ったというか教室に向かうために通り過ぎただけですが。

こうして僕の一年間の努力は報われる事無く幕引きとなったのでした。

 

勿論彼女の事は恨みません。きっと僕なんかよりも素晴らしい男性がいるのだと、その人がきっと彼女を幸せにしてくれるだろう.....と僕は信じています。だから悲しくなんてありません。だらだらと目から流れ落ちるのはきっと彼女を祝福してのもの。

だから......くそっ。

 

「ううわあああああああああん!!」

 

衆目の中、人目をはばからずに泣き崩れる男がそこにいた。僕だった。

 

さようなら僕の初めての恋。

しばらくして泣き止んだ僕は教室に向かった。

 

 

 



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プロローグ2 シノハナ

それは一年前の話です。

 

学校からの帰り道、私は複数の男性に囲まれていました。

先生方からも治安が良くないため一人で出歩くなと注意されていた場所でした。

自分の迂闊さを呪いましたが、もう遅い。

彼らは私を人気のない場所に連れ込もうとしたのです。

嫌悪感と怒りが湧き上がりましたが私にはどうする事もできませんでした。

こういう時の為に嗜んでいたはずの合気道も意味がありません。

立ちすくみ恐怖する私は言われるままに彼らに連れられていき、この時助けを呼びましたが誰も私を助けてはくれませんでした。

 

ようやく私は気づきました。

この世の中の現実に。

いかに私が学校の中で鳥かごの中の鳥の様に甘やかされて生きていたのかが分かりました。

この世界は正しさだけではなく悪意と不穏に満ちている。

彼らが何をするのかは知識で知っています。

それゆえに絶望するしかない私の前に彼は現れました。

 

一目見たら忘れないあの鮮烈な金髪、黒い刺青、鬼の様な鋭い目つき。

 

彼が不良達の手首を掴むとバキリと音が鳴りました。男は悲鳴を上げています。そこに強烈な拳打が叩き込まれ男の悲鳴はぷつりと途絶えました。反撃してきた他の男達も同様に数発の打撃で地面に倒れ伏す形となったのです。その後、彼は不良達を脅しつけ私に一切手を出すなと忠告をしました。それが私を守るためだと分かりました。

 

それが終わり不良達が退散した後、彼はゆっくりとこちらを振り返りました。

その鋭い目が私を射抜きます。驚く事ですが年は私と変わるようには思えません。

ですがその眼は私が会って来た誰よりも力に満ちていました。

彼はジッと私を見て何も言いません。

 

その間の時間はゆっくりと流れたように思います。実際はほんの一瞬だったのでしょうが私には永遠にも感じられました。なぜか動悸がおさまりません。

もう危険は去ったというのに。ドキドキと心臓が高鳴って仕方がないのです。

この不思議な現象の正体が分からない。分かったのは後になってからでした。

 

彼は何も言わず私も何も言えなかった。

そして結局、彼は何も言わず立ち去って行った。

私はそこでようやく待って下さいと声を発する事が出来た。

だが彼は止まらず。去っていく背中に向けて何度もお礼を言った。

ほんの一瞬の出来事、しかしそれは永遠に忘れる事の出来ない記憶になった。

 

その後の帰り道は驚くほど安全だった。

まるで彼が見守ってくれているような気がした。

 

そしてその後、私は自身を戒めました。

もう二度と同じ過ちを起さないよう。

自分の体と心を強くしようと誓ったのです。

日々を鍛錬に励み心中を統一せんとしたのです。

全てはあの日、強さを教えてくれたあの背中を追いかけんが為に。

幸い私には才能があったらしくメキメキと頭角を現していきました。

今では屈強な男性にも負けません。

 

実はその後、あの街に何度も通い彼を探しましたが見つける事は出来ませんでした。

直接お礼を言いたかった。そして強くなった自分を見てほしかった。

それから.....もし叶うのであれば私の本心を告白したかった。

 

今ならわかります。この想いが何なのか。

もうどうする事も出来ないほどに私は彼に恋をしてしまったのだ。

一目惚れだった。

彼と一緒に居たい、共にその道を歩きたい。

彼の事をもっと知りたい。だから私は彼の痕跡を辿る為に街に何度も通い。

その都度言い寄って来た不埒な男達を叩きのめしていった。

それを何月繰り返しただろうか気が付けば私の周りには大勢の不良が存在していた。私を狙って袋叩きに来た者達.....ではなく、私を頭と認め慕ってくれる子分さん達だ。

 

最初こそ驚いたが私としても利がある事に気付いた。

蛇の道は蛇に聞くのが効率がいい。

不良達なら彼の事を知っているかもしれない。

やはり彼はその界隈ではかなり有名な人物らしい。

まことしやかな噂が流れていた。

ヤクザの事務所に出入りしている場面を見た事があるだとか、とある悪名高い事件の裏側に彼が一枚嚙んでいるという根も葉もない噂だ。

信じるに値しない。

だがある時期を境にして彼の姿を目撃する者は居なくなった。

 

一時期死亡説も流れた程だ。

だが私は信じなかった。あの人が簡単に死ぬはずがない。

きっとどこかで生きている。

 

会いたいと願う気持ちは募るばかりだ。

そんな焦る思いとは裏腹に、あの日から一年が経過し私は高校生になった。

裏の世界で名を上げ始めている私ですが表では比較的真面目な生徒として活動しています。

当たり障りなく過ごしていこうと考えた矢先の事です。

転機は入学式の桜の木の前で起きました。

 

「ずっと前から好きでした付き合って下さい!」

 

私と同じ年齢の黒髪の少年が私に向かって頭を下げ告白してきたのです。

彼の事は知らないが同じ制服、同じ腕章。少なくともこれから共に過ごす学友であることが分かる。ずっと前からということは中等科の同級生だろうか。

それにしては記憶にないが。

 

こういう事は何度もあった。

中学生の頃から告白を受ける経験が何度もあったのでもう慣れている。

最近では子分さん達からも似たような告白を受ける事があるのだ。

彼らには鉄拳で断ってやればいいだけだが、目の前の彼にそれをするわけにはいかないだろう。

彼の外見は中肉中背、身長は175cm程度、黒髪で目元を隠すように伸ばしている。あまり似合ってはいない。

 

私の好みとは真逆である。

つまり彼女の好みの男性の特徴というのは一人の男で固定されていた。金髪を逆立たせた目尻の刺青が良く似合う男である。

恋は盲目というがこの時の事を彼女(ひいらぎ)篠花(しのはな)は後々まで後悔する事になる。

 

「お断りします私好きな人がいるから」

 

まさか目の前の人物こそがその想い人である事に気付かず。

それだけ言うと篠花は少年の横を通り過ぎて行った、

後に残るは呆然と立ち尽くす少年とそれを遠巻きに見て笑っている者達。

私は足早に教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第一章スクールカースト編
第一話


入学式という学生時代最大の花道を人生最低の気分で歩いた赤兎は教室の前に着いた。

 

扉の前で項垂れる。

.....何をしているんだろうな。

何で俺は告白が成功すると思っちまったんだ。

あれじゃ成功するわけがないだろうに。

舞い上がっちまったんだ。彼女の姿を見て。

自分でもよく分からないが運命を感じていた。

 

こんなはずじゃなかった。

俺は自分の運命を信じちまった。

その結果がこれだ。

取り返しがつかない事をしてしまった。

穴があったら入りたいよ。

 

だけど俺の学校生活は始まったばかりだ。

こんな所で躓いていられないんだ。

諦めたくない。

 

さっきは醜態を晒したが少しでも赤兎は気を取り直そうとしていた。

まだ心はヘビィだが、そうは言ってられない。

今ここから新しい学校生活が始まるのだ。

もうすごく悲惨な目に逢っているが改めて赤兎は教室のドアを開けた。

シンと静まり返る教室。

 

途端に視線が刺さる刺さる。

気のせいだろうか誰も彼もが好奇に満ちた視線で見ている気がするのは。

いや気のせいではない。

「あの子じゃない?」とか「あいつが篠花さんに告白した.....」だとかのひそひそ話が聞こえてくる。

 

きっと先程の事が既に知れ渡っているのだろう。

いったいどんな情報が飛び交っていたのだろうか。

嫌な予感しかしない。

興味はあるがとりあえず自分の席を探した。

幸いと言うべきか一番後ろの窓際の席だ。

 

着席した途端にいきなり前の席の男子生徒が振り返って来た。

目には何故か尊敬の輝きがあった。

 

「おいお前だろさっきの告白騒ぎの特待生って」

「.....そうだけど?」

「凄いなお前!もうお前の話で持ちきりだぞやったな!」

 

何がやったななのか知らないが、やはり情報は既に知れ渡っているようだ。

この短時間でよくもまあと感心する。

 

「お前どこから来たの?出身は?」

「出身は尾張市だよ隣町から来た」

「へえ意外と近いな何でこの高校に来たんだ、しかも特待生枠で」

「待ってくれ質問ばかりで僕は君の名前すら知らないんだ」

「おっとそうだな俺の名前は荒戸竜門」

「僕は更木赤兎だよろしく、この学校に来た理由は.....」

 

矢継ぎ早に質問してくる生徒は竜門と言った。

スポーツをやっているのか短髪の体育会系だ。目鼻立ちが整っている。モテるだろうな、素直にそう思う容姿をしている。そんな竜門はニヤニヤと笑みを浮かべて言った。

 

「いやみなまで言うな分かってるって姫に告白するために来たんだろう?」

「姫....?誰の事を言ってんだ」

「おいおいこの学校で姫と言ったら柊篠花に決まってるだろ。そんなの中等科からの決まりだぞ。......おっとそうかお前は特待生だったな。それなら知らないのも無理はない」

 

そう言うと竜門は学校全体を指差すように言った。

 

「何を隠そう柊篠花はこの篠芽柊学園の理事長の孫娘なんだよ、だから小等科からの馴染はみんな彼女の事を姫と呼んでいるわけだ、どうだ恐れ入ったか」

「そうなのか知らなかった」

「......本当に素性を知らずに告白したのかよ」

 

不思議な生き物を見る様な目で竜門は俺を見る。

確かに素性も知らず告白するなんて変な話だ。

だけど仕方ない。

 

「一目惚れだったんだ」

 

竜門がポカンとする。

その言葉にクラス全体がうごめいた。

女子はキャーっと歓喜の声を上げ男子は恋敵を見る様な目で見てくる。反応は綺麗に分かれた。竜門も面食らった顔をしている。そして苦笑すると不穏な事を俺に向かって言った。

 

「そうか、まあこれから大変だと思うけど頑張れよ」

 

それはどういう意味だ、と問いかけようとするより先に担任が教室に入って来て、最初のホームルームが始まった。

 

 

 

 

 

一時限目が終わり担任が教室を出たと共に、今度は大勢の生徒が赤兎の周りに集まって来た。

 

皆一様にして面白い玩具を見つけたような目をしている。

明らかに嫌な予感が的中した。

次から次へと質問攻めにあった。

量と質はさっきの比ではない。

あまりの数に目を回した程だ。

ようやく理解した。先程の竜門の言葉の意味を。

こうなる事を予見していたのだ。

 

解放されたのは二時限目のチャイムが鳴ってからだった。

赤兎は机に突っ伏した。

 

はあーーーーやってられませんわ。

こちとら傷心中やぞ。それなのにずけずけと入り込んできやがって。

そっとしてくれ。

質問中どこかに消えていた竜門が前の席に戻って来た。

疲弊した様子の俺を見て苦笑。

 

「その様子だとかなり聞かれたみたいだな」

「もうみんな俺の好物から何まで知ってるよ、住所まで特定されるかと思ったわ」

「仕方ないさ、ここにいるのは昔馴染みばかりだからな新顔は珍しいんだよ、パンツの色まで聞かれなかっただけ良かったんじゃないか?」

 

うげ、そんな事を聞く奴がいるのかよ。

知ってどうすんだそんな情報。

身内ノリで悪いなと竜門は言った。

直ぐに慣れるさと輝く笑顔で。

.....こいつじゃないよな?

言っておくが俺にそんな趣味はないぞ。

 

赤兎はこの学校に早く慣れるべきか一抹の不安を感じた。

 

しかし不安とは裏腹に評判通り学校自体のレベルは高かった。

教室は綺麗だし授業内容も分かりやすい。

あれから無遠慮に聞いて来る生徒もいなかった。

これなら直ぐに溶け込めるかもしれない。

 

.....そう思っていた時期が僕にもありました。

 

 

「——お前今日から俺達の友達兼パシリな」

「よろしくねー赤兎くーん」

 

気づいたらガラの悪い生徒に囲まれていて。

なぜかパシリにされていました。

一体何が起きたのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話

今日の授業は昼で終わりだった。

 

解散の流れが終わり今は生徒達が思い思いの時間を過ごしている。

帰りの準備を整えた生徒が走って教室を退出している。

帰宅部かなと思いながら赤兎も教科書を通学鞄に入れていく。

 

俺は今後の身の振り方を考えていた。

この学校に来た最大の目的である篠花さんとお近づきになるという当初の目標は一番最初で躓いた。俺が我を忘れて告白をしたせいで。

もう絶望的かもしれないが俺は諦めたわけじゃない。

機会があれば何度だってやるつもりだ。

 

だがまずはこの学校に慣れるのが先だと思う。

それが告白の成功を上げる、唯一の可能性だ。。

まあつもり何が言いたいかというと友達作りである。

学校生活において最も大事だと言っていいだろう。

 

言ってみれば学校生活というのは集団生活を養うための場だ。

コミュニケーションを学び対話をし気の合う人間とグループを作る。

そうやって人間は昔から和をもって貴しとしたのだ。

その最もな理由は敵を作らないためだ。

同時に外敵を排除する為でもある。

 

長々とご高説を垂れているが結局何が言いたいかというと現在僕はひとりぼっちだという事だ。あれええ?一限目の質問の時はあんなに寄って来たのに、今では僕の周りは閑散としている。

どこを見ても生徒達はグループを作って、その中で談笑している。

不思議な事にもうグループが出来上がっているのである。

どうして?

 

理由は簡単だ。

竜門も言っていたじゃないか。

ここに居るのは昔からの馴染ばかりだと。

エスカレーター式ゆえの弊害。

もう友達グループが出来上がってる問題。

そして俺は特待生という名の異分子。

しかも早々に問題行動を起こした問題児だ。

最初の友達作りの難易度としてはかなり高い。

 

どうするべきか、このままでは三年間ぼっち生活を余儀なくされるぞ。

流石にそれは避けるべきだ。

ちなみに竜門は部活動があるらしく、既に教室を出ていた。

やはり体育会系のバスケ部だった。あの体格なら良い動きをするんだろうな。

できれば学食でも誘おうと思っていたんだが。

部活なら仕方ない。

 

他にどこか俺が入れそうな良いグループはないかと教室内を観察していると。

ガラリと音を立てて三人の生徒達が入って来た。

誰だろう知らない顔だ。

 

その時、教室内の視線が一斉に赤兎に向いた気がした。

いや誰も顔を向けて俺を見たわけじゃない。

ただ何となく緊張が走った気がしただけだ。

意識が俺の方に向いた。それを感じ取った。

 

俺だけ分かっていないが、みんなはあの生徒達が俺に用があって来たと考えているのだろう。

何だろうと考えながら入って来た生徒達を観察して見る。

この学校、結構規則緩いんだな。

そう思うぐらいには服装を崩している。

所謂ノリにのっちゃってる系男子だな。

顔も良いし女子からも人気がありそうだ。

きっと学校内でも上位グループだぞ。

 

そんな事を観察して思っていると、三人組は口を開いた。

 

「ここに特待生枠で入って来た奴いるー?」

 

このクラスに特待生は一人しかいない。

つまり俺だ。

みんなの視線が今度こそ俺に向いた。

それを見て三人組も俺に視線が向いた。

不躾に俺の事をジロジロ見ると心なしか余裕の笑みを浮かべる。

なんだ?

 

「ああ君が噂の特待生くんか」

 

ドカリと竜門の席に座る。まるでこちらを威圧するように。

ほか二人が俺を囲むように立つ。

ここで腕章が二年生のものである事に気づいた。

おいおい、いきなり上級生からこんなことされたら普通の奴だったら委縮しちまうぞ。

それが狙いか?

 

「噂は聞いてるよ、面白い奴が入って来たってさぁ。あの篠花さんに告白したんだって?勇気あるなあ君......ほんとに面白いよ」

 

席に座った恐らくリーダー格の男はにこやかだ。

だがその眼だけは笑っていない。

やはりそうだこいつらは何か俺に対して気に食わないんだ。

これは因縁を吹っ掛けられに来たってことか。

 

彼らが来た理由を赤兎はある程度推察できた。

間違いなく篠花さん関連だろう。

こいつらは俺が篠花さんに告白したのが気に食わないんだ。

だからって俺に会いに来る理由は分からんが。

 

「俺はショウ、よろしくね赤兎くん」

 

俺の名前を知っている、やはり最初から俺が狙いか。

 

「あのさ俺達と友達になってくんない?」

「ん友達?」

「そうそう面白いじゃん君、仲良くしてほしいなーって思ってさ。だから君に会いに来てみたんだよ」

 

......友達か。

悪くないな。俺としても友達が欲しかったところだし。

こいつらが何を考えているかは別として受けてみるのも案外悪くないんじゃないかね。

どーせぼっちになるよりかは誰かといた方が良い。

それに敵意があるからといってまだ敵になったわけじゃない。

不良時代もこれぐらい日常茶飯事だった。

 

「いいですよ」

「よし!じゃあさ、これから学食に行こうよ!友達になった記念に」

「学食!僕も行ってみたかったんですよ!」

 

嘘じゃない。学食は入学した時からの楽しみの一つだった。

いったいどんな物が食べられるのかとワクワクしていたのだ。

だから彼らが誘ってくれたのは好都合だし意外と嬉しかった。

 

三人組と赤兎は教室を出る。

その際、クラスメイト達が神妙な顔で見ている事に気付いた。

案外、心配してくれているのかもしれない。

俺なら大丈夫だと言いたかったが何も言わず三人組の後についていった。

 

そうして五分後、連れてこられたのはレストランと疑わんばかりに豪華な食堂.....ではなく。その裏の食堂裏だった。ここからでも良い匂いが漂ってくる。

腹減ったなあ。

この時間帯、食堂内はきっと盛況だろう。

こんな場所に来る者は誰一人としていない。俺達を除けばだが。

何となく彼らの魂胆が見えて来た。

だがセキトは一応分からないふりをした。

 

「食堂に行かないんですか?」

「.....馬鹿だな、ここでいいんだよ」

 

三人組の態度が変わった。

表面上あくまで友好的だったものが明確に敵意に変わった瞬間だ。

どうやらもう隠す気はないらしい。

 

「集団生活において大事な事が何だか知ってるかい?」

「.....その集団の社会性を学ぶこと」

「そうだ、そしてルールを知る事、空気を読む事、そのルールに逆らわない事だ」

 

もう分かるよねとでも言いたげに首を傾げる。

俺も頷いた。

なるほど何が言いたいのか全然分からねえ。

 

「君はもうルールを破ってしまったんだよ。知らないでは済まされない事だ、ことこの学校の中においてはね」

「だからボコろうって訳ですか俺を」

「うん目障りなんだよお前みたいな異分子は、何も知らないくせして勝手にウロチョロされるのは困るのさ。だから俺達はお前が変な事をしでかさないよう釘を刺しに来た」

 

セキトは心の中で笑った。

.....何だ大差ないじゃねえか。

不良時代に通っていた中学と何も変わらねえんだな。

上が下を虐げる構図は。

 

「学校の規則を破った心当たりはないんですが」

「いーや?お前は明確にルールを破った。それは柊篠花に近づいた事だ。」

「たったそれだけの事で?」

「少なくともお前如きが近づく資格はない」

 

ここは監獄かよ。

そう思わずにはいられなかった。何だかよく分からないがとても窮屈だ。

こいつら本気で言ってんのか。

もしそうだとしたら異常だな。もっと他に何か理由がありそうだが。

 

「.....まあそりゃ彼女が近づくなと言ったなら、そうしますがね。先輩方に言われてはい分かりましたと頷けるほど利口だったら俺は最初から彼女に告白なんてしていませんよ」

「.....そうか、それじゃあ教育してやらないとな!」

 

そう言うと反抗的な態度が気に障ったのかシュンの手が動いた。

高々とかかげたかと思うと張り手がセキトの顔面目掛けて振り下ろされる。

セキトはしっかりとその軌道を見据え。

そして——バチンと音が鳴った。

張り手の衝撃でセキトの顔が横を向いている。

 

「.......」

 

躱そうと思えば躱せた。あの程度の攻撃なら目を瞑っても避けられる。だがセキトはそれをあえて受けることにした。

避ければ抵抗されたと見なして相手を激昂させるだけだからだ。

ここは甘んじて受けいれて耐える。

だがもう一度やられたらセキトの堪忍袋の緒が切れない保証はない。

 

耐えているのはあくまで自分の為だからだ。

反撃すれば半殺しにしてしまう。そうなれば俺はもう学校にはいられない。

だから耐えろ俺の理性。

ジッと耐えるセキトを見て恐怖に怯えて動けないのだとシュンは確信した。

 

「赤兎くーんこれで少しは分かったかな自分の立場を」

「シュン君やりすぎじゃねwこいつビビッて動けてないじゃんw」

「情けない奴だな男なら一発やり返せよな泣き虫男が」

「ぼくはずっと前から好きだったんです付き合ってくだちゃい!」

「ぎゃはははは!」

 

好き勝手セキトをこけにしまくる三人組。

もし不良時代のセキトを知る者が見ていたら顔を真っ青にしてあいつら死んだわと十字を切った事だろう。それほどの蛮行であることを彼らは知らない。

だがセキトは耐えた。

我慢だ、我慢しろ俺。ここで手を出せば奴らの思う壺だ。

何も出来ないセキトに対してシュンは気を良くしたのか。

とうとうその言葉を言い放つ。

 

「じゃあ——お前今日から俺達の友達兼パシリな」

「よろしくねセキトくーん」

 

もう完全にセキトの事を格下と認定して決めつけている。

最初からコレが目的だったのだろう。

立場の弱いセキトを自分達の玩具に出来ると判断して、初めからこうするつもりだったのだ。

取って付けたような友達というのもきっと言い逃れの為のモノでしかないのだろう。

虐める気だ。

 

「分かったならはいと鳴けよおい!」

「......分かりました言う通りにします」

 

こうしてセキトはシュンたちのパシリになった。

セキトの学校生活初日はスクールカースト最下位から始まったのである。

 

 



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第三話

パシリ認定されて一週間が経った。

 

その間、セキトはそれはもうパシらされた。

セキトもそれに一切抵抗せず従った。

むしろ従順に振る舞った結果、逆にもう気に入られた程だ。

煙草を買って来いと言われたら普通に買って来たし、カツアゲして来いと言われたら町の不良から金を巻き上げて来た。

言われた事は何でもやった。

 

そうセキトは不良時代のスキルを遺憾なく発揮して。

奴らの願いを聞き届けたのだ。

シュン達としては無理難題を吹っ掛けたと思ったのだろう。

 

だがそのくらいセキトにとって朝飯前である。

なんせ潜って来た修羅場が違う。

こちとら本物の不良やぞ。

セキトにとってそれは子供のお使いでしかなかった。

だがそんなセキトをして難しいと言わせたパシリが一つだけあった。

 

それは——パン買い競争である。

高校でよく目にする日常の一つだと言っていいだろう。

 

時刻は正午、お昼の鐘が鳴った直後である。

教室を飛び出し一目散にある場所に向かう。

それは一階奥の購買部だ。

目的はそこで並ぶパン。パンと言ってもこの学校に卸される購買部のパンはプロのレストランのシェフが焼き上げる本格的なものだ。一度食べれば病みつきになるだろうソレが驚くほど安く手に入るのだ。

それなのにパンの数は有限。

つまりここは戦場になる。

飢えた獣たちが一斉に購買部を目指して走るのだ。

手に入れるにはとてつもない倍率を勝ち上がる必要がある。

 

一週間の間に学校の作りは完璧に把握した。

迷うことなく階段を降りて廊下の突き当りを右に曲がる。

微塵も速度を落とすことなく走り続けると購買部が見えてくる。

よしまだ誰もいない。勝った(買った)!

 

狙いは先着一名だけが買えるガーリックセサミピザロングパン(通称GSLパン税込み500円)だ。

 

「おばちゃんこれ頂戴!」

「おばちゃんこれ頂戴!」

 

声が綺麗に重なった。ほぼ同時に指をさす俺と誰か。

 

「ん?」

「え?」

 

見れば息を荒げた少女が横に立っていた。

軽く汗ばんで頬がしっとりと上気している。

腕章の色は青、同じ一年生だ。

まさかこの短時間で二階から降りて来たのか。

だとしたら何という健脚なんだ。

 

「あ、ど、どうぞ」

「え、いいんですか」

「うん君の方が一瞬速かったから」

「ありがとうございます」

 

良い人だな。さっさと買って持っていこう。

おばちゃんに金を渡してさあ帰ろう。

 

「......あの、何ですか」

「何でもないです」

 

ぜったい嘘だ。

すっごい見てくる。俺が買ったパンを穴があくほど見つめている。

物欲しげそうにしている。

全然諦めきれてないんですけどこの人。

......仕方ない。

 

「これどうぞ」

「え?」

「差し上げます」

「えええ!?いいの!」

 

あれを振り切るのは無理だ。

セキトは袋を手渡した。

どうせ俺が食べる物じゃないし。

あんなに食べたそうにしているならパンも本望だろう。

 

「ありがとう!じゃあさ半分こしよっ」

「分かりました」

 

俺達は近くの長椅子に移動した。

パンをざっくりと半分に割る。

半分になっても名前に負けぬ大きさだ。

見ず知らずの少女とシェアをする。少女はパクパクと食べ始めた。

 

「美味しいーーー!やっぱりここの購買部は最高だね!こんなに美味しいパンが毎日食べられるんだから!」

「毎日?もしかして毎日一番に買ってるんですか?」

「うん!この一週間ずっと私が一位だったんだよ!でも今日初めて君に負けちゃった」

 

何だか残念そうだ。記録樹立ならずといった感じだろうか。

 

「君名前は?」

「赤兎です。更木赤兎」

「私は東条真子、よろしくね我がライバルよ」

「あれいつの間にかライバル認定されてる」

「うむ俊足のファルコンと呼ばれた私に勝ったのだから当然なのだよ」

「あ、しかも異名持ちだった」

 

どうやらネームドキャラのようだ。

経験値がいっぱい入りそうだ。

そう言うと二人で笑う。

何だか久しぶりに会話をした気がする。

ライバルか懐かしいな。

不良時代の頃を思い出す。あの時も喧嘩のライバルがいたっけ。

あいつら元気にしてるかな。今の僕を見たらどう思うだろうか。

いや、あいつらだったら笑い転げそうだな。

 

「さて、そろそろ行きますかね」

「おやもう行ってしまうのかい更木セキト君」

「セキトで良いですよ。ええ、これを待ってる人達がいるんで」

パンの入った袋を指差して見せると、真子は首を傾げた。

「それは君の分じゃないの?」

「実はパシリなんですよ僕」

「......あっけらかんと言うね。しかしパシリってどういう事だい、失礼かもしれないが友人関係を見直した方がいいんじゃないかい」

「確かに」

 

思わず笑ってしまった。

あいつらを友人と呼ぶならそうなのだろう。

だけどまあ、俺もただパシリをしているわけではない。

この一週間、情報を集めていたがそろそろ良いだろう。

決着をつける算段は出来ているのだ。

 

そう思っていたら真子が素敵な提案をしてくれた。

 

「もし困っているなら私が正義の味方を呼んでやろう」

 

正義の味方?何だろう何だか分からないが。

会ったばかりの僕を心配するなんていい人だな。

 

「ありがとう、だけどこれは僕の問題だから」

 

パシリになる事を受け入れたのは俺の方。

拒否する事だってできたんだ。セキトは自分で解決する事を選んだ。

だが真子は納得していなかった。——普通友達をパシらせる?競争力の激しい購買部のパン買い競争に友達をパシリに使うなんて信じられないと憤慨していた。

この子よく見たら気弱そうだし強要されているのかも。

だとしたら私が助けてあげないと。

かといって真子の腕では力不足だ。

それに更木赤兎どこかで聞いた事があるような.....。

 

どこだっけ?真子が思い出す前にセキトはそれじゃまたと言って駆けて行ってしまった。

綺麗なフォームだ。どうすれば早く動けるかという事を知っている者の動きだ。

制止する前にセキトの背中は消えてしまった。

セキトは気にするなと言ったがそれはできない。

 

「パンを分けてもらったお礼だったら私の問題でもあるよね?」

 

亡くなっていた祖母が言っていた。

良い事をされたら相手にも良い事をしてあげなさいと。

真子はそう自分に言い聞かせると自分の教室に向かって走った。

 

 

 

 



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第四話

コツコツとセキトは音を立てて階段を上がって行く。

三階を超えて行き着く先は最上階。

その扉をゆっくりと開ける。ひらけた視界には屋上が広がる。

 

.....なるほど、こいつは良いな。

そこからの眺めは中々のものだった。

ここでご飯を食べれば最高だろう。

だがそこは三人の生徒が占領してしまっていた。

 

左からシュン、コウキ、ナオヤだ。

不良のような見た目の彼らが屋上でだべっている。

ここが彼らの特等席なのだろう。

誰にも注意されないのを良いことに好き勝手やっている。

向こうもセキトに気付いたようだ。

 

「おせーぞセキト!何してやがった!」

「.....すみませんシュンさん、これどうぞ」

 

怒声を上げてくるシュンに謝りつつ買ってきた袋を手渡す。

受け取った物の確かな重みに思わず笑みを浮かべるシュン。

へえやるじゃなねえかと本当に用意できたのかよ、という二つの感情が混ざった顔だ。

 

「こいつが俺でも買えた試しがない購買部の限定商品か」

「まじ!?買ってきたのかあの幻のパンを!」

「本当に存在したのか」

 

三人とも色めき立った反応を見せる。

パン一つでこの喜びようお前らどんだけこのパンが食べたかったんだよ。

それだけ入手困難ということだろう。

 

ゆっくりと中を覗き込んで.....三人は絶叫した。

 

「って何じゃこりゃあああああ!?」

「半分しか入ってないぞ!」

「詐欺だろこれ」

 

案の定、三人は怒りの矛先をセキトに向けた。

まるでプレゼントを台無しにされた子供のように。

 

「おい!どうなってんだこれは!」

予期された反応にセキトは何やら深刻そうな顔でこう言った。

「あー....それはですね最初からそのサイズだったとか?」

「そんなわけねえだろ先着一名の限定品だぞ!あの幻のパンだぞ!?」

 

まあ確かに特別な限定品でハーフサイズはおかしいか。

ちっ騙されなかったか。

シュンの反応を伺う。

さてどうでるかな。

 

「.....っち仕方ねえな」

 

意外にもシュンは怒りを抑え一口食べる。

 

「....っうまい」

 

気に入ったのか黙々と食べ始める。

これが一週間前なら殴られていただろう。

だが今日にいたるまで従順に動いたことが評価され子分程度には思われているようだ。

ここまで信用されるのに時間を要する必要があった。

そしてこの反応をセキトは待っていたのだ。

シュンが警戒を緩めるその瞬間を。

セキトは何気ない態度で聞き出した。

 

「そういえば先輩」

「あ?何だよ」

「柊篠花について聞きたい事があるんですが」

「.....お前まだ諦めてないのか」

 

セキトは首を横に振る。できるだけ悲嘆に暮れたような声音で。

 

「いいえ先輩の言う通り俺と彼女では住む世界が違いました。言われて気が付きました最初から僕と彼女には縁がなかったんだって」

「.....まあ、お前も案外役に立つ奴だって分かったし直ぐに別の女と付き合えるだろ、そう落ち込むなよな」

 

セキトは目をぱちくりさせた。もしかしてフォローされたのか?今さらデレられても遅いんだが。

 

「ありがとうございます。率直に聞きますが先輩は柊さんの事が好きなんですか?」

「あ?.......ああ、いや別にそういう訳じゃねえ」

「そうなんですか?僕はてっきり彼女が好きだからこういう事をしているんだと思っていたんですが」

 

こういう事というのは人をパシリにしてこき使う事だ。

嫉妬心から告白した奴の妨害をしているんだと思っていた。

だがシュンの答えはNOだった。

 

「違う俺達は柊篠花に対して好意を持っている訳じゃねえ。俺達はただ頼まれただけだ」

「頼まれた?いったい誰に....?」

「それは.....」

「おい!それ以上は言うなって!」

 

コウキが慌てた様子で止める。

惜しいなあと少しだったんだが口止めが入った。

だがこれで分かった。

やはりこの三人の背後には別の黒幕が居る。

最初からおかしいとは思っていたんだ。

たかが告白騒ぎでここまでやるのは異常だと。

何か他に理由があるのではと疑っていた。

 

「もうこいつは俺達の駒だ問題ないだろ」

「だけどあの人に関する事を言うのはやばいって」

「....そうだなその通りだ。あぶねえ」

 

自分が迂闊な事を言いかけた事に気付いたようだ。

冷や汗をかいている。

こいつらがびびるぐらいやばい奴なのか。

無理やりにでも聞き出した方がいいかもしれない。

 

「とにかくだ。お前は俺達の言う事を素直に聞いていればいいんだ」

 

....そろそろ頃合いだな。ここで仕掛けよう。

 

「断る」

「.....あ、今なんて言った?」

「断るって言ったんだよ、これ以上、お前達から有益な情報は得られないからな」

 

セキトは冷たく言い放つ。

それまで卑屈な態度だったのが嘘のように堂々とした態度だ。

その豹変に呆気に取られていたシュン達は、それまでの態度が演技だったのだと分かり、憤怒の表情でセキトを睨みつけた。

 

「てめえ.....っ。教育が足りなかったか?空気を読めっつったよな」

「空気を読んださ、ここに来るのを待っていたんだ。俺とあんた達しかいない。誰も見てないこの場所にな」

ここなら気兼ねなく好きにやれる。

そう言ってのけるセキトにシュンが許せるはずもなく。

「パシリ野郎のくせになめた口聞いてんじゃねえぞ!」

 

真っ先にシュンが動いた。教育だと言って拳を振り上げる。

その動作は早く。並みの人間なら躱せない。

それをセキトは顔をそらすだけで躱した。

 

「なに!?」

 

一瞬何が起きたか分からなかった。

直前まで顔があったはずなのに。

何で俺の拳は空を切ってんだ。虚をつかれハッとする。

まずい反撃が来る。身構えたシュンだったが幾ら待ってもあいつからの反撃は来なかった。

奴はただこちらを見て。

 

「何してんだ?ダンスの練習か」

「っ.....!」

 

怒りで顔を赤くする。

馬鹿にしやがって、ふざけるなよ。

激昂して何度も拳を振りかざすが何度やっても攻撃が当たらない。

かすりもしなかった。どうなってやがる。

 

「おいお前ら何してやがる!全員でボコるぞ!」

「わ、分かったよシュン君!」

 

コウキとナオヤが動き出す。

セキトを囲むように両脇に立ち掛け声と共に攻撃を開始する。

いつもならそれで決着が着いた。

何もできない相手を一方的に虐めて来たのだ。

それなのに、どうして俺達の攻撃が一発もかすらないんだ!

 

セキトは兎のように地面を軽快に飛びはねる。

一瞬たりともその場には居ない。

常に動き続けながら三人を翻弄していく。

 

「はぁはぁ、まじかよこいつ......!」

 

コウキは化け物でも見る様な目でセキトを見る。

動き方が普通じゃなねえ。

しかもこいつあんだけ動いて息を全く切らしていない。

こっちはもう限界だった。

 

「どうしたんですか先輩方もっと楽しんで下さいよ」

 

もう奴の纏う雰囲気すら変わって見える。

あれがあのパシリ野郎かよ。

シュン達は自分達が誤解していた事を初めて理解した。

 

「お前....俺達を騙しやがったな!」

「俺はあんた達の本心が知りたかっただけだ。柊篠花に危害を加える気なら俺が許さない」

「何でそこまで柊に拘る!」

「?そんなの当り前だろ、俺はあの人を愛している、好きな人を守りたいだけだ」

 

だからお前たちは知っている事を全て話せ。

セキトがゆっくりと近づく。

その度にシュン達は一歩づつ後ずさりする。

まるで不可視の力に押されるように。

セキトの気迫に威圧されていた。

 

やがてフェンスに差し掛かる。

もう逃げ場はない、やられちまう!

セキトが中腰になり拳に力を込めているのが分かる。

走り出そうとした、その時——

 

「そこまでよ!拳を引きなさい!」

 

制止の声が響き渡る。

屋上の扉が開いて誰かが現れたのだ。

いったい誰だ。そう思いセキトは振り返り驚愕する。

 

なぜならそこに立っていたのは柊篠花その人だったからである。

 

 

 

 

 



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第五話

現れた彼女を言葉で表すのは不可能だが、あえて言うなら清楚という言葉以外にないだろう。

すらっとした黒い長髪に整った顔立ち、人一倍大きな目がこちらを見ている。紛れもなく俺の想い人、柊篠花がそこに立っていた。

 

(どうしてここに柊さんが!?)

 

驚天動地とはこの事だ。誰も来るはずのない屋上に人が来た。

それだけらなまだいい。何とかして口止めして見せる。

だが柊篠花本人なら話は違う。

 

...マズイマズイマズイ!

一番見られたくない人に見られてしまった。

ドッと冷や汗が噴き出す。

 

こんな所を視られたら俺が元不良だってバレちまう。

そんな事になったらもう友達になるどころではない。きっと一生敬遠されちまう。

最悪だ。どうすればいい考えろ。

このさいプライドはかなぐり捨てろ。

 

必死に考えあぐねるセキトは動く事すらままならない。

シュンとコウキとナオヤの三人も同様に動けないでいた。一瞬の静寂。

膠着する状況の中で唯一自由なシノハナはシュン達とセキトを交互に見て。

 

「.....虐めの現場があると聞いて来たのですが、加害者はどちらでしょうか?」

 

普通に考えれば三対一でシュン達が加害者だと一目で分かる。

だが篠花の目にはどちらかといえば三人の方が追い詰められている様にも見えるのだ。

事実その通りなのだから、想定していた状況と違っていて戸惑いを隠せていない。

まだ状況を正しく理解していない事に気付いたシュンは心の中で悪い笑みを浮かべる。

柊篠花は学校における権威の象徴だ。

上手く使えば絶大な力を振りかざす事が出来る。

 

.....この状況を逆に利用してやるぞ。あいつを加害者に仕立ててやる。

あいつとは無論セキトの事だ。

シュンは謀略でこの場を脱出する事を考えた。

セキトを罠にかけシノハナの手で奴をこの学校から追放させる。

まずはこの男の危険性を説く。襲われています逃げてくださいこの男は危険です!っといった具合に焦り顔で叫べば世間知らずのお嬢様だ直ぐに信じ込んでしまうだろう。

完璧なプランだ。その第一声を叫ぼうとしたところで、セキトが音よりも早く動いた。

しなしなと膝が崩れ落ちたかと思うとなめくじの如く地面に這いつくばり。

 

「ぎゃあああああ!助けててええええ!この人たちに虐められてますううう!」

 

それはもう情けない姿だった。

セキトは恥も外聞もなく叫ぶと泣き始めたのだ。さっきまで俺達を追い詰めていた気迫は嘘のように消えていた。傍から見れば立派ないじめられっ子である。

その奇行っぷりにシュンはただ唖然とした。

こ、こいつ。恥がないのか......!

 

何よりも不良である事をバレたくないセキトからすればプライドを捨てるぐらいどうって事はなかった。というか衆目がある中で泣いた経験が役に立った瞬間である。

シノハナは一瞬驚いたようだが、直ぐに同情の視線をセキトに落とした。

セキトの情けない姿は特に気にしていないようだ。

むしろ自分の不甲斐なさを責めていた。

 

「.....私としたことが一瞬でも加害者を間違えてしまうなんて」

 

ごめんなさいと首を振り反省を自身に促すと鋭い視線をシュン達に向けた。

びくりと肩を跳ねさせる。

驚く事に先程のセキトかそれ以上の気迫を感じた。

 

「どうやら加害者は貴方がたのようですね」

「っ.....ま、待ってくれ。虐め?何を言ってるんだ?これは単なる遊びですよ、こいつは俺達の友達ですから」

都合の良い設定はこういう時の為のものだ。

責任を取りたくない担任ならこれで問題なく言い逃れで来た。しかし、

「嘘はつかないで下さい、貴方がたの罪が重くなるだけです」

 

柊篠花には通用しない。

彼女はもう知っていた。強者が弱者をどう食い物にするか。

裏の街を歩いてきた彼女にはそれがよく分かる。

だがシュン達は往生際が悪かった。

 

「証拠は?証拠はあるんですか俺達が虐めをしていたって証拠が!」

 

証拠がなければ只の言いがかりだ。

そしてそれはないはずだ。偶然やって来ただけの正義の味方気どりが、俺達を裁くための証拠なんて持っているはずがない。

そうさ現実には都合の良いヒーローなんていやしないのさ。

もし本当にそんなのがいるなら、何で俺達は......。

一年前の日の事を思い出し拳を震わせる。

 

「とにかく俺達が虐めをしたなんていう証拠がない以上は.....」

「——『馬鹿だなここで良いのさ』『目障りなんだよお前は....』『そうか、だったら教育してやらねえとなあ!』」

「なっ!?」

 

突然響き渡る自分の声にシュンが驚く。

見ればセキトの手にペンの様な物が握られていた。

 

「それは!」

「.....録ってないとでも思いましたか?今どきの高校生の必需品でしょ」

 

録音機ボイスレコーダー。今のご時世、中学生でも親が持たせる。

虐めに対する剣であり盾だ。

最近ではペン形の様な小型の物まである。

最もセキトのこれは対虐め用などではなく、中学時代に特待生を目指し必死に勉強していた頃に愛用していた物だ。先生方の授業内容を録り溜めてある。

そこに新たにシュン達が行ってきた虐めの証拠が加わった訳だ。

この一週間、録り続けた罵詈雑言の数々はバッチリ収められている。

言い逃れできない程度に。

 

「虐めは立派な犯罪です、これは私からお父様に報告します、残念ですが仕方ありません」

「そんな待ってくれ一方的すぎるだろ!」

「虐めを受けていた彼もそう思っていたはずですよ?」

「.....はっ、そうだそうだー」

 

シノハナに見惚れていたセキトが遅れて合いの手を入れた。

特にどうも思っていなかったのは見え見えである。

その態度が癪に障った。ぎりっと歯が鳴る。

後ろでコウキとナオヤがまずいんじゃねえかと不安そうに顔を見合わせる。

 

「.....なんだよこれ糞が!」

 

詰みである。最悪退学処分は免れない。

何でこんな奴を助けるんだよ。

何で俺達がこんな目に逢わなければならない。 

何で俺を助けてくれなかったんだよ。

 

シュンの目には憎悪が宿っていた。

視線の先にあるのは柊篠花だ。

権力を笠に着るこの女さえ居なければいい。

 

「追って通達します後日理事長室に来てください」

「.....行くぞお前ら」

 

何も言わずシュン達は屋上を後にした。

その眼に残る憎悪を残して。

無論セキトはそれに気づいていたがシノハナの手前、手が出せなかった。

これが尾を引くことにならなければいいが。

果たして......。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話

【朗報】祝パシリから抜け出す。

 

それ自体は良い事ながらセキトの顔に喜びの字はなかった。

それどころか何とも難しい顔で唸っていた。

うーむあれで万事解決したとは思えん。

何かしら事を起すとセキトは考えていた。

だとすれば俺が次に打つべき手は.....。

 

「あの大丈夫ですか?」

 

と考えていると頭上から声がかかった。

ふと顔を上げると天使が手を差し伸べてくれた。後光が差してそう見えた。シノハナさんはそう言って微笑むのだ。——可愛すぎないか?

もう告白したかった。そういやしたんだったなフラれたけど。死にたい。

そんな内心はおくびにも出さずに。

 

「ありがとうございます助けてくれて」

 

お礼を言うと立ち上がった。しっかりと手をかしてもらう。

初めて手が触れた。

心拍が上昇する。血流が良くなってきた。

やばいくらくらしてきた。

 

「ふらふらしてますが怪我をされているのではないですか?」

「え?怪我?はは問題ありませんよ自分は大丈夫であります」

 

もう全然大丈夫じゃなかった。

完全にアガッてる。仕方ないじゃないか好きな人を前にして平静でいられるはずがない。

だからこそ俺は死にたくなる事実に遅れて気付いた。

 

あれ?俺よく考えたらすごく情けない姿を見られてないか?

徐々に顔が青ざめる。

 

いくら不良だとバレるのが嫌だとはいえ無我夢中でとんでもない事をしてしまった。

 

終わった。もう完全に脈なしだ。

あんな情けない姿を見られた。

一手目で躓いたとはいえ挽回する機会は必ずあると思っていたがもう無理だ。

 

「赤くなったり青くなったり完全に異常です!本当に体調に御変わりありませんか!?」

 

セキトの急激な変化にシノハナは慌てだす。こんな症状は見た事がない。

幸福と絶望を一挙に味わっているのだ。もはや死に体と言っていいだろう。

セキトは力なく微笑み。屋上のフェンスに手をかけた。

身を投げ出そうとするセキトを慌てて止めるシノハナ。

 

「何をしてるんですか貴方!?」

「死なせてください!もう俺には生きている意味がないんですっ」

「!?虐められたからって死んではいけません!」

 

虐めの被害に遭った事で自殺しようとしていると勘違いしたらしい。

どちらでもいい事だ。頭身自殺しようと恋に破れて散ろうと死ぬのは変わらない。

フェンスに足をかけようとしたところでふわっと体が浮いた。

 

気づいたら屋上に倒れていた。

今のは合気道か?投げ飛ばされたのだ。

地面に落とされるまで気づかなかった、かなりの実力だ。

そのショックで正気に戻った。

 

「.....すみませんもうしません」

 

怒られた。すごく怒られた。正座させられた。

もうこんなに怒られたのはいつぶりだろうかと思うぐらい怒られた。

......ああ、母親に叱られて以来だ。

思い出し嬉しい様な少しだけ切ない気持ちになる。

落ち込んだ様子のセキトを心配そうにシノハナが見ている。

 

「本当に怪我はしてないんですね?」

「はいもう大丈夫です。ありがとうございます助けてくれて」

「礼には及びません弱い者を守るのが私の役目ですから」

 

そう言って彼女は笑う。

一年前に比べて雰囲気が変わった気がする。

何というか芯が強くなった。

それが何かは分からないが一つだけ言える事がある。

あの頃よりもずっと彼女は魅力的になった。

 

いやまだ分からない事があった。

 

「柊さんはどうしてここに?」

 

あの三人組の不良のせいでかは知らないがこの屋上には誰も寄り付かない。そういう場所だった。だから俺は安心してあいつらの相手が出来ると思っていたのだ。

 

「友人が駆けつけてくれたのです、彼女が教えてくれました」

「彼女.....もしかしてさっきの」

 

購買部で見かけた少女を思い浮かべる。

状況的に見て彼女しかいない。あの子が助けを呼んでくるヒーローというのがまさか柊さんの事だったとは思わなかった。確かに彼女なら学園の大抵の問題は解決できるのかもしれない。

だとしても彼女一人をよこしたのは不可解だが。

最悪襲われていたかもしれないんだぞ不用心だ。っといかん脱線した。

俺はあらためて膝を着いて礼を言った。

 

「本当にありがとうございました、このご恩は一生忘れません未来永劫語り継ぎます。どうか従者としてお仕えさせて下さい」

「いえ、流石にそこまでしなくともいいですよ?」

「どうかご奉公させてください、でないと俺は一生後悔し続けます」

「......分かりましたですが主従の間柄ではなくてよき学園の友人として対等な関係を築きましょう」

「はい!」

 

かくして俺は柊篠花と友達になった。

正直もうだめかと思った。もう彼女には近づけず友達の間柄にさえなれないと諦めかけていた。だが神は俺を見捨ててはいなかった。奇跡は存在したのだ。

ありがとう神様仏様おれは新しい人生を生きるよ。

生き抜こう、この残酷な世界を。

だって彼女と友達になれたんだから。

 

内心でファンファーレが響いていたセキトだったが次の一言で絶望する事になる。

 

「それでは自己紹介を。初めまして私の名は柊篠花と言います」

 

.....初めまして?

その言葉の意味に全身が総毛立つ。

まさか、まさか、まさか!

 

「あの....僕達って初めまして、でしたっけ?」

「?.......はい」

 

あっさりと首を縦に振るのを見てセキトはがっくりと肩を落とした。

 

【悲報】柊さんに一世一代の告白を忘れられる。

 

....よしやっぱり死のう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第七話

「おいどうした大丈夫か?」

 

昼休みが終わり戻って来たセキトは机に突っ伏していた。

見るからに覇気がない。死にそうなくらい弱っている。

クラスメイトの視線が痛いがどうでも良かった。見かねた竜門が声をかけてきた。セキトは顔を上げる。死にかけの虫の様な様相にクラスメイト達から「やっぱりいじめられてるんじゃ」「先生に言った方が」なんて会話が聞こえてくるが全部無視する。

というか今のセキトには聞こえていない。

 

「.....柊さんと友達になれた」

「へえそれは良かったじゃないか!.......何でそんな元気がないんだ?」

 

ぽつりと呟かれた言葉に竜門は驚いた。

あの柊篠花と友達になるなんて凄い事だ。

だったら何でこんなにもセキトは覇気がないんだ?と疑問に思っているとセキトは悩ましいとばかりに言う。

 

「一週間前の騒動知ってるよな?」

 

一週間前、それは告白騒動の事だろう。もはや伝説と云ってもいいぐらい尾ひれが付いているらしいが。他人の自分でも記憶に新しい忘れるはずがない。

 

「ああ普通忘れるわけない」

「.....でも柊さん忘れてた、俺の顔も覚えられてなかった」

「え、それは......」

 

何も言えなかった。まさか誰よりも覚えておいてしかった人に覚えられていないなんて。可哀そうすぎる。自分だったら泣くかもしれない。

 

「これって完全に脈なしって事だよな?」

「そんなことないんじゃないかなあ?」

 

竜門の台詞が空々しく響いた。

根拠のない否定は慰めにもならない。

するとセキトががばりと上半身を起こしたと思ったら竜門に詰め寄る。

 

「柊さんの好きな人って誰なんだよ!知ってたら教えてくれ!」

「お、落ち着けっ」

 

肩をがくがくと揺らされ舌を噛みそうになる。

ハッと正気に戻ったセキトが謝る。

 

「悪いどうかしてた」

「ほんとだよ.....しかし柊篠花の想い人ねえ」

 

実はいま学園でホットな話題がそれだ。

あの告白騒動によって彼女は言った。好きな人がいると。

本人の口から語られた言葉に学園中の生徒達は驚愕した。

男を寄せ付けなかった彼女には実は密かに思う人物がいる。

それはいったい誰なのか学園内か外の奴なのかでも論争になっていた。

もしかしたらそれは自分かもと夢想する者もいた。

 

柊篠花の想い人とはいったい誰なのか?

みんなが知りたがっている。

 

「分からないんだよなそれが。噂レベルなら同じ教室の奴、クラブの人間、教師や関係者とか候補者は何人か出てるらしいんだがな」

 

どれも精度の低い噂程度の域を出ない。

本命は未だ現れていなかった。

 

「もし何か分かったら教えてくれ噂でも何でも」

「分かった聞いといてやるよ」

 

しかし凄い奴。ここまで打ちのめされてめげないとはね。

普通なら諦めそうなもんだけどね.....俺みたいに。

 

「どうして笑ってるんだ?」

「お前みたいにはなれねえと思ってな」

 

だからこそ竜門は思う。こいつの事は最後まで応援してやろう。

例えその最後がどんなに悲劇的なものになろうとも友人として助けてやる。

その為に少し酷な事を話そうと思う。

 

「俺みたいにならねえよう今のお前の立ち位置を教えてやる」

 

ずばりスクールカースト最下位だ。

そう竜門に言われたセキトは首を傾げる。

分からないのも無理はない。

 

この学園にはカースト制度がある。

 

無論それは表立って存在しない。裏のルールだ。

大まかに上から三年、二年、一年の層があり更にグループ、個人で細分化されていく。その情報はとあるサイトを通じて評価されていくのだ。

その評価でいけば赤兎はEランク。最低評価だ。

虐められても仕方ないと言われるレベルだ。

クラスの奴らもそれを知っているから二年の先輩たちが来た時も直ぐに意味を察していたし、自分の評価が下がるのを恐れて助けられなかった。

この学園はカースト制度によって支配されている。

 

「どうやったら評価を上げられるんだ?」

「色々あるテストの成績や実績、学園で行われる行事で活躍したりすると生徒達がSNSに上げる。それを基に評価が上がる。町のボランティアで上がった奴もいたな」

「つまり評価するのは生徒自身か」

「そういう事だ、だからこそ評価は強い影響力をもつ」

 

赤兎の評価を下げたのも学園の生徒達だ。

それだけ気に食わないと思った人間が多かったのだろう。

なんせカースト最上位の天上人に告った外様の下人だ。

評価は奴隷以下だろう。

 

「天上人とか奴隷とか本当に学園かここ?」

「そりぁ閉ざされた閉鎖的な空間だからな。戦国時代と変わりはしないさ」

 

徳川家の江戸時代より昔かよ。

赤兎が呆れた目で教室を見る。さっと視線をそらすクラスメイト達。俺達の話す話題に興味津々なのが伺える。そのくせ関りをもとうとしない。難儀だなと思った。

 

「俺はその戦国大名様に目を付けられた哀れな足軽か」

「まあそんなところだ」

 

赤兎は屋上の事を話した。

二年生の裏に誰かがいる事。そいつが黒幕である事を。

竜門は驚いたが成程と納得した。ありうる話だ。

 

「それで俺に二年を差し向けた奴は誰だか分かるか?」

「そこまでは分からん。だが恐らくは三年だと思う」

「質問を変える。柊篠花に好意や執着心を抱いている奴は?」

「.....そういえば半年前にも告白した上級生がいたな」

「誰だそいつは」

「成宮って先輩だ成績優秀で評価はAランク......でも退学してるんだよその人」

「退学?理由は?」

 

竜門は悪いなと首を振った。

 

「分からないんだよ忽然とその人は学園から消えた」

 

確かあれも告白から一週間後くらいの事だったろうか。

.....そういえばその時もあの二年生たちが先輩と一緒にいたような

そうだ。当時は一緒に行動しているのをよく見かけた。

食堂で自分は見ていた事がある。

まさか彼らが?

 

「.....赤兎、気を付けろよお前」

 

考えすぎかもしれないが、もしかすると危ない目に逢う可能性だってある。竜門の感じてる危機感が赤兎にも伝わったのか神妙な顔つきで頷く。

 

「分かった今後は目立つ行動は控える」

 

そう言った放課後の事である。

 

「やっほー!一緒に帰ろう更木赤兎くん!!」

 

そう言って教室に現れた東条真子が椅子に座るセキトの元まで来たのは。

既に幾つもの賞を総なめにしている陸上部若手のホープ。推定ランクB、将来的にAは確実だとされている才媛の登場に教室が色めき立つ。

ちょっとした学園の有名人がなぜ赤兎に用が。

その赤兎はなぜか少し怒った顔で。

 

「一応礼は言っとくけどよ......なんで彼女を一人で行かせた?」

「ごめんね、でも大丈夫だったでしょ?」

 

あっけらかんと言う彼女にセキトは彼女の実力なら確かにあの三人を相手にしても問題ないだろうと考えた。彼女の力を買っての事か。

 

「信頼してるんだな」

「してるよ勿論じゃなきゃ僕も行ってたさ」

「.....分かった、だったらこれ以上は言わねえよ」

「へへへ良かった君に嫌われたかと思ったよ、僕は君の事が大好きだからね」

 

その発言にクラスメイト達がポカンとする。

おいおれの聞き間違いか?いや俺もそう聞こえた様なといった男達の声がちらほら。一部の人間からは鬼のような形相で睨まれている。

 

「おいおい下手なこと言うなよな勘違いされるだろ」

「そうだね勘違いされるといけないから今の発言の意味を言っておくとライクではなくloveだよlove♡」

 

訂正させようとしたら更なる燃料を投下しやがった。

教室の評価は分かれた。

何故か自分の事のように嬉しそうな女子と今にも喉元に嚙みついてきそうな目の男子で。

おいおい唯一同情してくれてたクラスメイトからの評価も地に落ちそうなんだが。

Eより下ってあるんだろうか。

 

「冗談はそこまでにしろ今日あったばかりだろ」

「そうかな?愛に時間なんて関係ないと思うけど、ねえ一緒に帰ろうよー」

「勝手に一人で帰りなさい、俺とあんたは友人でもないだろ」

「えーでも.....」

 

——彼女も一緒だよ?

その言葉の意味を理解するのに時間を要した。

その間に教室の扉が開く。

そこから現れたのは柊篠花だった。容姿端麗、成績首位、誰もが認めるランクAの登場に時が止まる。誰も目を離せない。セキトもだ、彼女が目の前まで来るのをポカンと口を開けて見ているしかなかった。真子がクスリと笑った気がしたが気にもならない。

 

「いきなり来てごめんなさい、もしよければですが友人として一緒に帰りませんか?」

「喜んで!!!」

 

タイムラグはなかった。反射神経で答えていた。

その横で竜門が頭を抱える。

目立つなって言ったのに。

もうどうなってもしらないぞ。

一波乱は確実に来る。分かってるのかこいつは。

危惧するがセキトにはもうどうでも良かった。

ただただ彼の顔が晴れやかだったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話

奇跡というものがあるなら俺はそれをいま体感している。

なぜなら俺はいま想い人である柊篠花と一緒に下校しているからだ。

 

彼女がなぜ俺を誘ってくれたのか。

理由は分からない。だがそんなものはどうでもいい。

これこそが俺の思い描いていた学園生活だ。俺の幸せだ。

 

セキトは傍らを歩く篠花の後姿を見て実感する。

手を伸ばせば触れられる距離に居る。そんな彼女に赤兎はどうすればいいのか分からなかった。

ただじっと彼女を目で追いかける。

それが幻でない事を確かめる様に。

 

「どうかしましたか?」

「っ!いや!その.....」

 

無遠慮に見ていたのがばれてしまった。

振り返った篠花が問いかけてくる。

赤兎はしどろもどろになりながら咄嗟に目についた物を指差す。

 

「随分と大きな荷物だなと思って.....」

 

最初に見た時から気にはなっていた。彼女が持つにしては場違いな程に大きなバックを。いったい何が入っているんだろうかと内心首を傾げていた。

持ちましょうかと提案したがすげなく断られてしまった。

 

「これには私の大事な私物が入っているのです」

 

篠花さんの私物か。何が入ってるんだろうな、コスメ用品とか香水かな。彼女からはいい匂いがする。と気持ちの悪い想像をする赤兎。

きっと可愛い物があふれているんだろうな。

 

「.....鼻の下伸びてますよ赤兎君」

「っ!」

 

耳元でぼそりと呟かれた言葉に慌てて顔をごしごしと拭く。

危ないところだった。気持ちの悪い顔がバレるところだ。

 

「バレバレっすけどねー」

「ほっとけ!こういう顔なの!悪いか!」

 

東条真子。この女は油断ならない。

何を考えているのか飄々として分からん。

何でこいつは俺を気に掛ける?

 

「俺なんかの顔を見てても面白くもないだろ?」

「えー?そんなことないですよ面白いです」

 

迫られて顔をそらす。

それはそれでちょっと失礼だな。

妙に付きまとうし好意的な様子を隠そうともしない。

やった事といえばパンをおごったぐらいだ。それでこんなに好意を抱かれているならチョロすぎるだろこいつ。

 

「もっと慎みをもて篠花さんみたいに」

「む、そんな失礼な事を言う人はこうだよ」

 

前触れなくいきなり俺の前髪をかき上げようとしてきた。

 

「ってひゃあー!?」

 

慌てて手を払いのける。

なにしやがんだこいつ!?

あと少しで刺青がバレるところだ。思わず変な悲鳴まで出た。

 

「ぷふふ!ひゃあだって!」

 

それが面白かったのか腹を抱えて真子は笑う。何だか凄く楽しそうだ。

赤兎の心臓がバクバクと鳴る。

笑い事じゃねえよ。俺が不良だってバレちまうだろうが。

やはりこの女は要警戒だ。危険すぎる。

篠花さんに見られてないだろうな。

 

見ると篠花さんは俺達の様子に微笑んでいた。

 

「仲良しですね二人は。.....良かった更木君も元気になったようで」

 

いやいや俺が仲良くしたいのは貴女です。

すこぶる元気なのはこいつだけです。誤解しないでください。

赤兎はこんな元気娘よりも篠花と話したかった。

だから無理に話のタネを作ろうとして火傷した。

 

「でもまさか、あの柊さんと一緒に下校できるなんて思ってもみませんでした。恐れ多いというか至極光栄です」

篠花の顔色が変わった。少しだけ厳しい顔つきになる。

「恐れ多いだなんて私を誰かと間違えていませんか?....私は只の普通の女子高生ですよ。そう、どこにでもいる普通の.....だから私をちゃんと見て下さい」

 

赤兎はそれを聞いて自分が思い違いをしていたことに気付く。

 

そうか。

これが本心からの物言いなんだろう。

柊篠花は普通を望んでいる。

普通ではないからこそ自分にないものに惹かれるのかもしれない。

彼女が普通の女子高生を望んでいるのなら、俺は彼女に特別を求めない。

普通の友達を演じよう。

 

「——だったら僕が普通の高校生がやる事を教えてあげるよ」

「え?」

 

俺達は街に繰り出した。

そこでは特別なことは何もない普通の事をした。

プディックやファンシーショップ、女子や男子高校生がいくような店を見て回った。小腹が空いたら商店街に寄って買い食いしたりもした。

二人にとってはそれが新鮮だったのか、楽しんでいるようだ。

今は食い入るようにブサイクな犬のぬいぐるみを見つめている。

可愛いかそれ?

 

「これは....可愛すぎます!」

「中々のブサかわだねー」

 

男には分からない境地で女子二人は盛り上がる。

こうして見るとどこにでもいる普通の女子高生だ。

....いや違うな。

学園での立ち振る舞いこそが偽りなのかもしれない。

窮屈な学園生活を送るためのまやかし。

本来の姿はきっとこっちの方なんだ。

 

(俺は彼女のこういう顔が見たかったんだ)

 

でもそれは普通の僕じゃないとできない。

もう一つの顔である不良の俺じゃあ、こんな顔を引き出す事は出来なかっただろうな。

無意識にセキトは前髪に隠したタトゥーを抑える。不良の証であるそれを。

これだけは見せられない絶対に。

 

誰からも恐れられたあの姿だけは。

絶対に隠し通さなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十分に遊んだ帰り道、僕は篠花さんに引き留められた。

 

「ありがとうございます、まさかこんなにも楽しい日になるなんて思いもしませんでした」

「そう言われると僕も案内した甲斐がありました」

 

セキトも笑う。

楽しんだのは俺も同じだ。

礼を言われる事なんて何もやってない。

実際町中を案内しただけだしな。

 

「もし良ければ今後も、このように三人で遊びませんか。更木さんは随分とこの街に詳しいようなので」

「こんな普通の体験でよければぜひ!」

 

篠花の提案を快く承諾する。

どうやら篠花は本当に感謝しているようだ。まさかこんなに喜ばれるとは思わなかった。嬉しい誤算だ。今度はどこに行こう。

向こうに行くのも悪くないかもしれないな。

少し治安が悪いが良い所だ。

俺がいれば問題ないだろうし。

 

と次の街巡りを早くも考えていた時だ、視界の端から一台の車が現れた。赤兎の目がそれを追う。

不審な黒塗りのバンは篠花の後方付近で停車した。距離にして五歩分、随分と近い。

ドアが開いた瞬間、セキトは地面を蹴っていた。

 

「篠花さんごめん!」

「きゃあ!?」

 

篠花を後ろに突き飛ばしたのと車中から出て来た黒ずくめの男ら二人が手を伸ばしたのは同じだった。

 

男達の手がターゲットを見失い、硬直する。目にはありありと驚きの感情が見て取れた。パニックになったのか何故かセキトの手を掴みひっぱると、そのままバンの中に引きずり込んだ。

ドアが閉まると同時に走り出す車。

 

それは一瞬の事だった。

 

後には篠花と真子だけが残る。

そうセキトは誘拐されてしまったのである。絶望的な状況。

この事態に篠花は驚きこう言った。

 

「失敗した.....まさか狙いは私だったの?」

 

この事態を予想していた様な物言いだ。

いや事実彼女達はこうなる事を考えて動いていた。

半年前にとある上級生が同様の手口で捕まった経緯があったからだ。

その黒幕を追っていた篠花と真子はセキトが次の対象になると踏んで行動を共にすることにしたのだ。だからこそ油断した。まさか狙いがセキトではなく私だったなんて。

 

「助けるはずが彼に助けられるなんて.....正義の味方失格ね」

「でもまだ彼を助けられる彼女達の力があれば」

「....そうね彼女達を呼びましょう、そして全力で彼を助ける。——真子行ける?あのバンを追って!準備を整え次第私達も行くから!」

「了解!」

 

そう言うと真子は盛大に制服を脱ぎだした。

下からスポーティな服が露わになる。

屈伸をして足を温めると真子は走り出す。最初はゆっくりと徐々にスピードを上げていく。驚くべき速さで篠花の視界から消えて行った。

彼女の脚なら必ずあの黒塗りのバンを捉えられる。

 

あとは彼女の力さえ乞えれば。

篠花は携帯を取り出すとどこかに電話をかける。

その大きなバックを抱えてゆっくりと暗闇に溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第九話

「おい起きろ!」

 

誰かの罵声で目を覚ます。

意識が一気に覚醒していく。

どうやら寝てしまっていたようだ。

少しずつ思い出す。

そういえば誘拐されたんだ。いきなりバンに連れ込まれたと思ったら薬をかがされたのかそこから先の記憶がない。迂闊。セキトあくびを一つしてキョロキョロと辺りを見渡す。

 

どうやら俺が居るのは工場跡地のようだ。

使われなくなって久しいのか古ぼけている。

中央には恐らく主犯と思われる男達がいた。

赤兎が眉をひそめる。

 

異様な光景だった。何故か男達は仲間をリンチにしているのだ。

三人の少年達がボコボコにされている。

というかシュン、ナオヤ、コウキだった。

シュンを除いて固い地面に倒れこんでしまっている。酷い状態だ。死にかねない。

 

俺の方はというと、よし拘束はされていないな。

捕まった時に無理に暴れなかったのも功を奏したのか、あるいは素人だと思って油断したか。好都合だ。とりあえず俺の安全は確保された。

 

「おいどうした!立たんか!!」

「もう許して.....!」

 

ボロボロと涙を流して許しを乞うている。

人をパシリにしていたあのシュンが何も出来ないでいた。

高校生といっても相手が大人じゃ仕方ないか。

 

(あの様子だとまじで殺されかねないな)

 

あまり見ていて楽しいものでもない。

仕方なく赤兎は口を開いた。

 

「お前ら人を誘拐しといてなに仲間割れしてんだよ」

「!」

 

男達がこちらを見る。数は五人くらいだ。全員が醸し出す気配がかたぎのそれではない。やはりこいつらは。

 

「おう起きたんか」

「このガキも哀れなやっちゃのうこの鼻垂れどもがしくじったせいで人生台無しじゃあ!」

 

坊主頭の男がそう言うとまたシュンに蹴りを入れる。

鋭い一撃が鳩尾にはいる。悶絶し顔が真っ青になる。

 

「どうしてくれんじゃあ?娘一人攫ってこれんようじゃあ、もうお前らに用はないぞ」

「......すんませんすんません、もう一度チャンス下さい次は必ず」

「うっさいわ!黙っとれ!」

 

軽々しく頭部を蹴られて地面を転がる。

気絶したのか起き上がる気配はない。

死んでいてもおかしくない攻撃にさしもの赤兎も少しだけ同情する。

成程、あいつらの立場が少しだけ分かった気がする。

 

俺を誘拐した実行犯はシュン達だな。後ろの奴らが指示役か。

あいつらの口ぶりからして本来の目的は篠花さんの誘拐だろう。

俺が助けたせいで彼らの計画は失敗した。

リンチにあっているのは失敗の責任を負ってのもの。

俺は巻き込まれただけか。

 

よかった。それなら篠花さんは無事だな。

屋上でシュンの話を聞いた時から、こうなる事を想定し動いていて良かった。まさか当日に来るとは思わなかったが決着をつけるのは早い方が良いだろう。俺としても望むところだ。

 

「それで、いい加減お前らの正体を教えてくんねーかな」

「....このガキいい度胸しとるな」

「俺達が何者かって?知ったら後悔するでーギャハハハハ!」

「——うっさいわハゲ」

 

坊主頭の笑い声がピタリとやむ。何を言われたかを理解して徐々に顔が怒りで赤らむ。茹でだこだ。

 

「なめた口きいてんじゃねえぞガキが殺すぞ!!」

「分かったって、そういう恫喝は俺には効かないから早く教えてくれ」

「こいつ.....マジで殺すっ」

 

かなりの迫力だ。だが赤兎は奴らのやり口を知っているのか大して動じていない。むしろ早く進めろとばかりに催促している。

呆れた奴だ。この状況を分からない訳ではないだろうに。

男達はああそうかと赤兎を憐みのこもった目で見る。

こいつはもうとっくに恐怖でどうにかなってしまったのだ。

そりゃそうだ誘拐なんて死ぬほど怖い思いをしたのだ。頭のネジが外れても仕方ない。

 

「——やめろ彼にはまだ利用価値がある」

 

見ると一番奥で偉そうにソファーに座っている男がいる。

年齢は赤兎達に近い。

ジャラジャラと趣味の悪い指輪をしている。随分と羽振りが良いというか親の七光り感が凄い。

 

「初めまして私の名は名土(なづち)聖夜だ。恐れる事はない君と同じ学園の生徒だ」

 

こいつが黒幕か?

シュンを脅し手なづけ俺に差しむけたのは。

名土?どっかで聞いた事がある。

喉に小骨が刺さった様な感じだ。上手く思い出せない。

もっと聞き出そう。

 

「その先輩が俺に何の用ですか。いや俺じゃなく柊篠花にか」

「へえ.....分かるんだ。君なかなか良いね。話が早い、そう我々の狙いは彼女だ、正しくは柊の人間が欲しかった戦争するための道具としてね。つまり僕らは——ヤクザだ」

「若!かたぎに俺達の事を教えるのはどうかと」

「いいじゃないか彼には協力してもらうんだ、こっちの事情を教えておくべきだろう」

 

男達もそれ以上は言えないのか、へいと頷いた。

そんな事よりも.....やはりヤクザか。薄々そうじゃないかと思っていた。

だが戦争だと?何をする気だこいつら。

 

「名土組なんて聞いた事がない」

「.....小さい事務所だからね、だがこれから巨大になる私の力でね!」

「......それで何で柊と戦争なんて話になるんだ?」

「それこそが私が飛躍する為に必要なものだからさ、まずは名土を傘下に敷く親を超えなければならないからね!この町一帯を支配するあの大川組を!!」

 

赤兎の目が点になる。思ってもみなかった事を聞いたという反応だ。

 

「.....大川組?」

「そうだ君も名前ぐらいは知っているだろう尾張市を二分する勢力の片割れ、それが大川組だ」

 

知ってるさ。大川組の事は誰よりも俺が。

つーか、え?名土ってあの名土か?

喉の奥に引っかかっていた小骨の正体が分かった。

赤兎は知っていた。こいつらを最初から。

 

「灯台下暗しっつーか.....だったら初めから.....親父は何で?」

「何をぶつぶつと言っているんだい?」

「.....分かった。よーく分かったよあんた達の事が」

「そうかい!それで協力というのが、あの女を連れ出してきてほしいんだよ」

「——やるわけねーだろ馬鹿か」

「な.....っ!?」

 

あんまりな返答に聖夜の顔が固まる。

そんな事を言ってきた馬鹿は今までいなかった。なめた口を聞いて来た奴らは全員。

 

「よし殺せ」

名土組の組員が顔を見合わせニヤリと笑みを浮かべる。

「いいんですかい」

「ああ、私は馬鹿は嫌いだ、こんな状況で断るなんて殺してくださいと言っているようなものだ。だったらお望みどおりにしてやろうじゃないか」

「そういう事だ残念じゃったの、もう少し若に従順なら命までは助かっただろうに」

「一つだけ言っておく俺に手を出したら大川組が黙っちゃいねえぞ」

 

その言葉に組員たちが黙りこみ、そして爆笑する。

 

「わははは!面白い事言うじゃねえか!!」

「そうだな、そうだな大川組が黙っちゃいないな!」

「変わった命乞いの仕方だな」

 

にじり寄って来る。

その眼には愉悦の感情を宿して。

今の俺はかたぎにしか見えないはずだ。それでも関係ないというならこいつらはくずだ。だったら俺も手加減する必要はないよな。

 

ゆっくりと赤兎が立ち上がり足に力を込める。

一気に地面を蹴ろうとした、その時——

 

「そこまでよ!弱気をくじく不届き者達!」

 

の勇ましい声が。あたりを見渡しその声の主を探す。

資材置き場の上に誰かがいた。

その姿を見て赤兎は首を傾げる。

その少女は動きやすい恰好をしていた。

それだけならいいが顔には何故か面をしていた。鷹の顔をしたヒーローの面だ。

 

「お天道様を騙せてもこの鷹の目は誤魔化せない!悪のあるところに正義あり!鳥人戦隊バードレンジャーここに参上!!」

 

......いや誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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