Fate/Silver Order -選ばれし48人目のマスターは銀髪侍- (天パ男)
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プロローグ

 初めましての方は、初めまして。お久しぶりの方は、お久しぶりでございます。
 ストーリーを再構成させし、ハーメルンでの投稿を再開することにしました。
 もしよろしければ、読んでいただけると幸いです。
 よろしくお願い致します。



ーーあん? なんだこれ……

 

徐々にではあるがゆっくりと確実に覚醒していく意識の中で彼が最初に抱いたのは疑問だった。

 

ーーあれ、空が真っ黒だ……

 

鈍重な瞼を上げ開かれた目に映る物全ては、真っ黒に染め上げられる。

彼にはこれが何なのか。いったい何が起こっているのか。理解することができなかった。

手足を動かそうにも、まるで重厚な鎖に縛られたかのように体は固められ、身動き一つ取ることができない。

 

ーーあれ? 真っ黒なのは俺じゃねーのか?

 

そこで彼は気づく。染まっていくのは空でも世界でもない。黒に侵食され包まれようとしているのは自分だということに。

だがそれに抵抗する気は彼にはなかった。何故かその黒はとても心地よく逃れようとすればするほどに快楽は強みを増していった。

 

『もう…… じんる…… おわ』

 

 何もない筈の空間で、誰かの声が聞こえてきた気がした。

 だが声は途切れてしまい、何を言っているのかわからない。

 

ーー誰、だ? いや、まて。そういや俺こそ、誰なんだっけ……

 

『あなた…… すくって…… みん……』

 

 -ーなにを、言って…… いや、待てよ。そうだ、俺は…… 

 

 彼を包んでいた黒はゆっくりと剥がれ落ちていき、覚醒した筈の意識が再び閉じようとしていった。

  それと共に最後の声が聞こえる。

『最後のマスター、坂田銀時』

 

 彼の名前を告げて──

 

 

ーーー

 

 

巨大な窓に映るのは強烈に降り注ぐ吹雪。

一度外に足を踏み入れれば白銀の世界が支配するこの地にのまれ一瞬でその命を枯らすことになるだろう。

無論、そうはならないよう室内はしっかりと暖房が行き届いている。

しかし電気節約のためか部屋と部屋を繋ぐ廊下は温度設定が低く設定されている。そのため好き好んで廊下に入り浸り、あまつさえ眠りこける者などいないはずなのだ。この銀色の髪をした男を除いて。

 

「フォウ。フォウフォウ」

「んー…… うるせー…… まだねみーんだよ。寝かせろバカヤロー」

 

何処か気の抜けた獣らしき鳴き声が、眠っていた男、坂田銀時の意識を呼び起こした。

しかし何故か痛む頭と巨大な睡魔に負けた銀時は獣の声に冷たく返答し再び眠りに入ってしまった。

冷たく固い地面。普段の着物姿ではこの寒さに耐えられず自然と身も縮こまるが眠気にはやはり勝てない。

 

「フォーウ…… フォウフォウ、フォフォウ!!!」

「ぐほぅ!?」

 

突然、腹に重い衝撃が伝わった。本気で目が飛び出るかと思った程の衝撃に銀時はたまらず飛び上がる。

 

「何しやがんだ、コラァ!! …… あん?」

「フォウ!!」

 

 体を起こし、まず目の前にいた白い獣を見て、銀時は固まる。

 犬なのか狐なのかよくわからない四足歩行の小動物。モコモコの毛が柔らかそうで、思わず撫でたくなるような見た目をしていた。

 はっきり言って謎過ぎる生物だった。いや、まあ地球の外に出れば、このような生き物はいくらでもいるので珍しいわけではないのだが。

 

「なんなんだ一体…… いや、つーか、ここどこ?」

 

 周囲を見渡すと銀時はここが全く見知らぬ場所であることに気がつく。

 白を基調とした長い廊下。直ぐ側の巨大な窓から見える景色は吹雪に覆われている。

 こんな場所は見に覚えがない。そもそも自分はここで眠ってしまう前に何をしていたのだろうか。

 

「…… 駄目だ、全く思い出せねぇ。なんか頭いてーし。くそっ! 新八や神楽は何処だ?」

 

 これは明らかな異常事態だ。銀時は家族同然とも言える二人の姿を思い浮かべる。

 あの二人もここにいるのだろうか。まさか、危険なことに巻き込まれているのでは…… 

 

「あの、質問よろしいでしょうか?」

 

 二人の身を案じる中、背後から声がかかった。

 振り替えるとそこには真面目そうな印象を持った少女がいた。

 少女の桃色の髪はショートカットに切り揃えられているが前髪は右目を隠す程に長くかけられ、黒縁の眼鏡ごと隠してしまっている。しかしその分、左目から見える菫色に輝く瞳と真っ白で傷一つない小綺麗な肌を印象強く見せていた。

 これだけでこの少女が、かなりの美少女だということが銀時にも見てとれた。それも彼が普段相対しているような我の強い美女たちとは対極に位置する正統派の美少女だということに。

 そんな見知らぬ美少女がいきなり質問をしたいと言う。

 銀時は多少警戒しつつも、素直に答える。

 

「あ、ああ。まあこっちが色々聞きてーぐらいなんだが…… 俺になんの用なんだ?」

「ありがとうございます。質問といっても単純なことなのですが…… 貴方は一体誰なのでしょうか。もしかして48番目のマスターなのでは?」

「は、マスター? いや違うけど。俺は坂田銀時ってんだ。その、マスターとかじゃなくて、万事屋をやってる」

 

 マスターとはなんだろうか。バーとか飲み屋の店主のことか? だとしたそれは違う。坂田銀時の職業は万事屋。どんな依頼もこなす何でも屋だ。

 正直に銀時が答えると、目の前の少女は少し困ったような顔になる。

 そしてしばらく考えるよう素振りを見せると、申し訳なさそうな表情で口を開いた。

 

「あの、申し訳ないのですが、坂田銀時さん…… 貴方はつまり部外者、いえ侵入者である可能性があります」

「はー…… へ?」

 

 少女が告げられたとんでもない事実に、銀時は呆けた顔で声を漏らした。

 

「本来ならば、即事拘束すべき状況なのでしょうが…… 私には勝手な判断をすることは許されていないので、まずは所長に報告を……」

「ま、待て待て! え、なに侵入者!? ここが何処かもわかんねーのにか!」

 

 こっちは知らない内にここに来ていただけ、もっと言えば被害者であるのに、拘束されるなどたまったものではないと銀時は抗議しようとする。

 しかし少女は、狼狽える銀時の何処かもわからないという言葉のみを汲み取り、冷静に答えた。

 

「ここが何処か、ですか。では答えます。ここは人類の未来をより長くより強く存在させるための観測所──

 人理継続保障機関カルデアです」

 



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カルデア

『人理継続保障機関・カルデア』

魔術だけでは見えない世界、科学だけでは計れない世界を観測し、人類の決定的な絶滅を防ぐために成立された特務機関。

ここはそのカルデアであり、現在とある理由により世界各国から選抜された48人のマスター適正者と呼ばれる者たちが集まっている。

 いや、正確には48番目のマスターはまだ選ばれてすらおらず、数合わせの一般枠候補を探している最中ではあるが。

 

 

 

「── とまあ、大雑把ではあるがカルデアについて現在君に話せることはこれだけだ。さて、他に質問はあるかね。坂田銀時君」

「質問、ねぇ。まあ聞きてーことは山程あるんだが、その前に……」

 

 見えない壁越し(・・・・・・・)に話をする、モスグリーンのタキシードとシルクハットを着用した、長いモミアゲが特徴的な男性、レフ・ライノールへと銀時はギラリと睨みをきかし、

 

「ここから俺を出せえェェェ!! 俺は無実だぁぁ!! こんな所に二週間も入れやがって。俺は動物園のゴリラじゃねーんだぞォォ!!」

「お、落ち着きたまえ! あまり騒ぐと……」

 

 ビリリリリリ!!!

 

「アバババ!!!?」

「電気ショックが走って…… 遅かったか」

 

 全身は黒焦げ、天パもチリチリアフロへ変わってしまった哀れな銀時を見て、レフは帽子を目元まで深く被った。

 ゲホッと口から黒い煙を出し、大の字に倒れた銀時は己の不幸を呪った。

  

 

 銀時は現在、見えない壁に囲まれた不可思議な牢屋に閉じ込められた挙げ句、木刀を奪われ、二週間もの間、尋問や身体検査を受けさせられていた。

 少女に拘束しなければいけないと告げられた数分後、直ぐ様駆けつけて来たここの職員と思われる者たちに捕縛され、ここに入れられたわけである。

 正直、腰に提げた木刀で反撃すべきかと思いはしたのだが、それは悪手だろうと止めた。

 ただでさえここが何処かわからないのだ。一時のテンションに身を任せ、職員を薙ぎ倒したとしても、行く先もわからずに路頭に迷う可能性があった。それに銀時への悪印象が強まり、いよいよ、弁解の余地がなくなってしまう。

 ならばいっそのこと、ここは素直に従ってやろうと思ったのだ。

 結果、銀時は魔術によって出来た結界型の見えない牢屋に閉じ込められることになった。

 しかし正直に全てのことを話す銀時に対し、どういうわけか職員たちは怪訝な顔をし始め、より危険人物として扱うようになっていた。

 

「たくっ。こんなことなら無理矢理にでも逃げた方がよかったか…… 例えば、ここの所長でも人質にとって」

「どこの誰を人質に取るですって、侵入者?」

 

 銀時がボソッと物騒なことを言うと同時、部屋に一人の女性が入ってきた。

 少し癖っ毛のある銀髪ロングヘアーをした女性は金色の瞳で銀時をジロリと睨む。どうやら彼のボヤキは聞かれていたようだ。

 

「おー、誰かと思えば部長じゃないすか。いやだなー、人質なんて冗談すよ、冗談」

「誰が部長よ! 私の役職は所長! ここのカルデアの全ての管理と責任を任された所長であり…… あ、ヤバい。自分で言ってて胃が痛くなってきたわ」

「だ、大丈夫かい。オルガ」

 

 ここの責任者を語る女性の名はオルガマリー・アニムスフィア。

 この二週間の間で既に何度も顔を合わせている人物の一人だ。

 

「大丈夫よ、ありがとうレフ。それよりも、この男から何か新しい情報は得られたのかしら?」

「いや、それについてだが、まだなにも。彼の正体は未だ掴めずだ」

「おーい、なにコソコソ話してんの? よくないよー、目の前に本人いんのにさ。言うぞ、先生に陰口叩かれましたってチクるぞ! まあ先生っつっても沖田くん擬きのモヤシしかいねーけどよ!」

 

 茶々を入れる銀時にもう慣れっこなのか、二人は完全にスルーし、話を続ける。

 

「そう…… 全く! こんな忙しい時期に、とんだイレギュラーだわ!」

「気持ちはわかるが、オルガ。そう、イライラしていては余計胃に負担が来る。坂田銀時君に関しては私やロマニに任して、君は自分の業務に集中した方がいい」

「そういう訳には…… いや、わかったわ。貴方の言う通りよね。いつもありがとうレフ。しばらくは貴方に任せるわ」 

 

 オルガマリーは一瞬躊躇ったが、レフの厚意に素直に甘えることにした。

 そんなオルガマリーを見て銀時は懲りずに茶々を入れる。

 

「なんだ、コラ。俺には冷てーくせに、そこのタワシ野郎には随分優しいじゃねーか。アレか、そういう感じのアレなのか? 卒業と同時に伝説の樹の下で落ち合うような関係か、赤井ほむらさんよ」

「誰がときメモ2の生徒会長だァァ!! 所長だっつってんでしょーが、この腐れ天然パーマ!」

「オ、オルガ……」

「はっ!? お、オホン…… 私の役職は所長よ。ちゃんと覚えておくように。そ、それじゃあ、後は任せたわ、レフ!」

 

 普段とは違うオルガマリーのツッコミぶりにたじろぐレフ。

 オルガマリーはレフの反応に気づくと、咳払いをし、慌てて部屋を出ていった。

 

「君が来てからまだ二週間だが…… いやはや、ある意味凄い能力だよ。オルガがあそこまで自分をさらけ出すとはね」

 

 どうにも銀時という男は周囲の人間に大幅な影響を与えてしまうようだ。

 まさかあのオルガマリーがあんなツッコミをするとはとレフは驚きを通り越して感心してしまう。

 

「能力って、俺はただ普通に話をしてるだけなんですがね、キョン君」

「キョン君って誰? 私の名前はレフだよ、銀時君。ふふ、全く君は人を飽きさせないよ。さて、話を続けようか」

「話って、こっちはテメーの頭の先からケツの穴の中まで全部正直に話したつもりだぜ」

「まあそう言わず、内容を纏めるつもりで話そうじゃないか。君に聞きたいことは、君の出身地、職業や経歴。そして…… 君の住んでいた国の歴史だ」

 

 銀時の語る内容を大雑把に纏めるとこうだ。

 出身地は日本の主要都市である江戸。職業は何でも屋を営む万事屋。

 真剣は持ってはおらず木刀ではあるが、一応、侍でもある。

 そしてレフが最も聞きたかった歴史について。彼のいた国、いや地球では天人と呼称される異星人たちが来訪した。そして様々な思惑が飛び交い、攘夷戦争が勃発してしまう。

 戦いは長引くも終結し、それなりに平和な時代が続いたのである。

 銀時は、もう既に何度もこの話をレフやオルガマリー、その他、職員にも話をしている。

 しかしこの話をしても、

 

「何度聞いても到底信じられないことだな。はっきり言ってあり得ない」

「ちっ。その反応こそ、何度目だよ。もうこっちは飽々だっつーの」

 

 銀時は心底嫌そうに顔を歪め、その場で胡座をかいて座った。 

 

「飽々している所、申し訳ないが、こちらも同じ説明をさせてもらうとしよう。まず、天人と呼ばれる異星人が地球に来訪した歴史などは存在していない。君の説明から、いた時代を江戸時代末期と仮定させてもらうとしても、来訪したのはアメリカの海軍士官、マシューペリーだ」

「…… ペリーなんてやつ、俺は知らねーぞ」

「その答えも何度目だろうね」

 

 レフは何が面白いのか、フフっと笑う。

 それに対し、バカにしてんのかと銀時は益々不機嫌そうに顔をしかめた。

 

「君と我々の知る世界の共通点は大きく分けて二つ。それは地球と日本国家の存在だ。しかし大きく違うのは天人の存在。我々の人類史においては、異星との接触は叶えられず、人類のみの力で科学を発展させていった。カルデアという魔術と科学を融合させた組織を作り上げる程にね」

「んなこと言われても俺は嘘なんて言ってねぇ。アンタらにとっちゃあ嘘なのかもしれねーが、俺にとってはそいつが現実だ」

 

 銀時は至って真面目だ。ふざけているつもりもレフたちを陥れるつもりも毛頭ない。

 だが決してあり得ない。いやあり得てはならない事象を突きつけられてはレフたちも認めるわけにはいかない。

 

「銀時君…… では君の話を全て本当だったと仮定させてもらうとしよう。しかしそれでは我々は君が第二魔法、及びそれに準ずる魔法を使用した者だと認めなくてはいけなくなる」

「第二魔法…… ? え、なにそれ。FF? ごめん、俺ドラクエばっかやってたから」

「第二魔法、もしくはそれに準ずる力を使用したことを認めれば、君は封印指定を受けるだろう。私が言うのも何だが、ここでの君の扱いは人道的なものだ。だが、封印指定を受ければそうもいかない」

 

 一瞬、レフの細目が開き、鋭く光ったかのように見えた。

 

「君は体をバラバラにされホルマリン漬けにされるだろう。最早人間扱いなどされることもない。そんな結末は私としても控えたいものだ」

「…… なんだかよくわかんねーが、俺のことを心配してくれてんの? おいおい、俺はそっちの趣味はねーぜ、シャーロットカタクリ」

「いや、誰だい。そのNo.2っぽい名前は…… まあ、安心してくれたまえ。私にもそっちの気はない。ただ本当に心配しているだけさ。君は悪い人間ではないからね。おっと、もうこんな時間か」

 

 レフは壁にかけられた時計を確認する。

 様子を見るに、どうやら今日の尋問はこれで終わりのようだ。

 

「今日はこの辺りで終わりにするとしよう。私はもう行くが…… 銀時君」

「あん?」

「さっきの話の意味をよく考えておいてくれたまえ。我々に何を話すべきなのかを、ね」

 

 それだけ言い残し、レフは部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 レフが部屋を出ていった後、銀時は特にやることもなく、牢屋の片隅におかれた簡易ベットの上でゴロゴロと横になっていた。

 

 今日の尋問や健康チェックを終え、レフが部屋を出ていった後、銀時は特にやることもなく、牢屋の片隅におかれた簡易ベッドの上でゴロゴロと横になっていた。

 そんな時、一人の少女が部屋に入ってきた。

 

「すみません、お時間よろしいでしょうか?」

「おー、お前か。別にいいぞ。見ての通り、暇だからな」

 

 銀時は体を起こし、少女の姿を確認すると、ひらひらと手をふる。

 

「ありがとうございます! では失礼します」

 

 少女はペコリと小さく頭を下げると、近くに置いてあったパイプ椅子を寄せて、そこに座った。

 

「レフ教授からの尋問を受けたばかりでお疲れかとは思いますが……」

「あー、いいって。気にすんな。別に話すだけで疲れはしねーんだし。まあ話聞かせてやる代わりにジャンプの差し入れとかはしてほしいけどな。ここまじでなんもねーし」

「ジャ、ジャンプですか…… わかりました! では後日、必ず用意し、お持ちします。なので、今日もよろしくお願いします。先輩(・・)!」

「マシュ…… お前、本当に真面目なのな」

 

 いつの間にか銀時は少女のことをマシュと呼び、彼女も銀時を何故かはわからないが愛称で『先輩』と呼ぶようになっていた。

 実は、この二人がこうして話をするのは、初めてではない。マシュは数日前から、この部屋へ足を運ぶようになったのだ。

 彼女は他の職員達程、銀時に警戒心を抱かず、あっさりと『マシュ・キリエライト』と自身のフルネームまで教えてしまっていた。

 こうして足を運ぶようになった理由は実に単純なもので、銀時への好奇心によるものだった。

 

「んじゃあ、まあ、話すか…… て、何処まで話したっけ?」

「はい。前回は先輩の所で働いている志村新八さんがエロメスさんという天人の方と共に、ホテルのような外装をした自宅前まで行く所で終わっていました! それにしてもホテルのような見た目とは…… エロメスさんは裕福な家庭の生まれなのでしょうか?」

「うん、ごめん。お前にその話はしない方がいいわ。つーか、前回の俺、そんな所で切り上げちゃったっけ?」

 

 あまりにも純粋すぎる少女の思考回路に銀時は冷や汗をかいて話を止める。

 正直、今まで関わってきた女連中と180度毛色が違うので、接するのが難しいところである。

 

「そ、そうですか。残念ですが、わかりました」

「ああ悪りいな…… んじゃあ代わりに長谷川さんの絡繰ペットがヤクザの犬とドッキングした話をだな」

 

 いや、結局そっちの話じゃねーかァァァ!!! と何処ぞのメガネのツッコミが入るような邪魔もなく、二人の会話は楽しげに続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデアで銀時に対し、行われているのは、何も尋問だけではない。

 身体に異常がないか、何か怪しい点がないか、そもそも人間なのかを調べるため、健康チェック及び、身体検査が行われていた。

 軽い健康チェックは毎日行われている。そして銀時の相手をしてくれる医者も同じ人間であった。

 

「やあ、調子はどうだい? 銀時君」

 

 ポニーテールが特徴的な優男。彼の名前は、ロマニ・アーキマン。カルデア医療部門のトップを務めている。

 ちなみに皆からはドクターロマンと呼ばれている。

 

「よお、先生。そっちも相変わらずモヤシみてーな見た目してんな、ドクターオクトパス」

「僕は親愛なる隣人の敵じゃないよ! ドクターロマンだから!」

「あー、はいはい。ロマン、ロマン」

 

 見えない壁の牢屋越しにロマンはツッコミを入れる。

 しかし適当に流す銀時にロマンはこれ以上言っても仕方がないと諦めて、健康チェックを再開した。

 正直、このやり取りも慣れっこである。

 

「その調子だと、特に何もないと思うけど…… 体調に変化などは?」

「ないね。いっそのこと病気にでもかかってキレーな姉ちゃんに看病されたいもんだよ」

「君の担当医は僕だからそれは無理だね。体調変化なし、と。今のところは糖尿病寸前という所を除けば、かなりの健康体だな」

「え? ちょっと待って。俺の糖尿病寸前設定ってここでも生きてんの? おい、ふざけんなよ! ここ来てから、甘いもんなんてデザートのプリンしか食ってねーんだぞォォ!! 完全な設定損じゃねーか、コノヤロー!」

 

 いや、プリン食べてんじゃんと、軽く流す感じでツッコミをしつつ、ロマニは銀時の様子をメモしていく。

 後で纏め上げ、報告書をオルガマリーに提出するためだ。

 

「…… さて、話は変わるんだけど。銀時君」

「あん? んだよ。いっとくけど、俺は蜘蛛のマスクの下が誰なのかは知らねーぞ」

「いや隣人関係じゃなくて、彼女、マシュのことだ」

「マシュ? あいつがどうしたってんだよ」

 

 キョトンとした顔で聞く銀時に、ロマニは困ったように指先で頬をかきながら答える。

 

「ここ最近、マシュは君の所に話をしに行っているんだろう? 実を言うとそれがうちの所長は、その、なんというか気に入らないらしいんだ」

「はあ?」

「あまり深く説明は出来ないんだけどね。所長はマシュのことが苦手なんだよ」

 

 ロマニ曰く、マシュに対してオルガマリーは強い苦手意識を持っており、悩みの種の一つでもあるらしい。

 できる限りはひっそりとカルデアで過ごしてほしいとさえ思っている程だ。

 しかしそこに、銀時という劇薬がカルデアに侵入してきた。今まで自分というものを見せてこなかったマシュが好奇心を抱き、銀時へ積極的に関わっている。

 オルガマリーにとって不都合な影響がマシュに及ぼされるのではないかと、恐怖を持ち始めているのだ。

 

「なんだそりゃあ? マシュの何がこえーってんだよ」

「まあ、色々あるんだよ。色々と」

「…… まあいいや。んで、俺にどうしろってんだ? もうあいつと話すなってことか?」

「いや、寧ろ逆だね。所長には悪いけど、今後も君にはマシュと仲良くやってほしい」

 

 ロマニの頼みは意外なものだった。

 所長のストレスの原因である筈の二人の接触を今後も推奨しようというのだ。 

 

「おいおい、いいのかよ? それってつまり、所長さんを裏切る行為なんじゃねーの?」

「僕は所長の健康を管理してはいるが、それと同時にマシュの専属医でもある。所長は今回の件を悪影響だと捉えてはいるが、僕はその逆で、いい影響を与えてくれるだろうと、いや既に影響していると僕は思う」

 

 マシュは銀時が来るまでは、積極的に誰かと関わろうとはせず、一人でいることが多かったそうだ。

 それが自ら銀時に接触をし、楽しそうに話をしている。

 これはマシュにとっては善き成長だと、ロマニは思ったのだ。

 

「所長には、僕が上手いこと言っておく── というか、意識が逸れるように誘導しておくよ。だから君も、悪いけど、マシュの名前や関連しそうな言葉は所長の前では避けてほしい」

「ま、いいけどよ。別に俺としてはどっちでもいいし」

「そう言ってくれるとこちらとしてもありがたいよ…… これからも仲良くしてあげてほしい」

「そりゃあ仲良くはいいけどよ。はやくここから出せよな」

 

 割りとガチで言う銀時に対し、それは所長次第だからなーと、何処かイラっとする笑顔で答えるロマニであった。

 

 

 

 

 

 

 ロマニとのちょっとした密約がなされた次の日以降、レフやマシュだけでなく、何故か。  

 カルデアの職員、マスター候補たちの何人かが、銀時の元へと出向くようになっていた。

 

 

 ある日は、騒がしいオカマが。

 

 

「あら、やっだァァァ!!! マシュがお熱になってる侵入者がいるらしいっていうから、どんな人間かと思えば…… 中々イケてるじゃないのよォォ!!!」

「いや、あのすいません。ちょっと耳が痛いんでボリューム下げてもらえませんかね?」

「でもあれね。その死んだ魚の様な目がなければ、きっともっとイケメンに…… なーんて冗談よ! 貴方は寧ろ、その目がチャーミングポイントよ! そこが素敵! ああ、やばいわ。私、惚れちゃいそう…… ああ、でもダメよ! 私にはもう心に決めた人が!」

「俺の話を聞けえェェェェ!!」

 

 

 

 

 

 ある日は、眼帯が特徴的な美女が。

 

 

「貴方が噂の侵入者ね…… 一つ聞きたいことがあるわ」

「んだよ?」

「一体どんな汚い手を使ってマシュを懐柔したの! あの娘が貴方みたいな見るからに怪しい人間に関わるなんてあり得ないわ! は!? まさか…… 貴方、あんなことや、そんなことをマシュに!」

「なんの話をしてんだ! 大体俺は閉じ込められてんだから、何もできるわけねーだろ!」

「さあ、聞かせなさい! ボイスレコーダーも用意したから! できるだけ細かく! 特にマシュの反応を──」

「おーーい!! ここの連中は話を聞かない奴らばっかりかあァァァ!!」

 

 

 

 

 ある日は小太りのメガネをかけた職員が。

 

 

「実際のところ、半信半疑ではあるんだが。異世界から来たってことを信じるとして、あんたにズバリ聞きたい。異世界には、その、可愛い系の男の方はいるのかな?」

「…… いるよ。歌舞伎町辺りにいっぱい。特に白ふんで有名な──」

 

  

 

 

 ある日は白い小動物が。

 

「フォウ! フォウフォウ!! フォーウ!」

「いや、何言ってるかわかんねーし…… ん、なに? この紙読めってか?」

「フォウ!」

「なになに…… 『メルブラ参戦よろ』できるかァァ!! お前は一生スマホ端末に引きこもってろ!!」

 

 

 

 

 

 そしてある日は、銀時と同じく銀色の髪をした若々しい青年が。

 

「あんたは、なんでここに来た? 何が目的なんだ」

「だーからさ、目的なんてねーよ。俺はいつの間にかここにいただけ」

「…… 本当なのか。異世界から来たって話は」

「よくわかんねーけど、そうらしいぜ。皆、信じてねーけど」

「そうか…… なんだか、マシュの真似事をするみたいだが、今日だけでいい。僕に聞かせてくれないか。あんたの世界での話──」

 

 

 

 

 

 あのマシュが興味を持った人間だからか、はたまた自称異世界から来た人間だからか。

 暇だとボヤイていた筈の彼の元には何故だが、訪問する者たちが徐々に増え、銀時が退屈することはなくなってきていた。

 しかし、

 

 

「あんの、腐れ天然パーマ~あァァァ!! ぜっっったいに許さないわ! 私の許可もなく、マシュどころか多数の職員やらマスターと密会するなんて!」

   

 ついにそのことがオルガマリーの耳に入ってしまった。自分の知らぬ所で勝手なことをしまくる連中に怒り心頭な彼女は、ずんずんと足音を鳴らし額に青筋を浮かべて、銀時のいる部屋へと向かって歩く。

 その様子を見た職員たちは、さっと道を開けた。

 誰に止められることもなく、部屋の前に辿り着くと、オルガマリーは、まずは深呼吸をし、

 

「クォラァ、この侵入者があァァァ!! 今日こそ、勝手は許さな── って、なによこれえェェェェ!!?」

 

 扉を開けて勢いよく入ったはいいのだが、目の前のあり得ない光景にオルガマリーはシャウトした。

 そこには、

 

「行きますよ先輩! 最後の切り札です!」

「うぉぉ!? 俺のマリオが……」

「僕のカービィ、巻き込まれたんですけど!?」

「油断したな! セフィロス使いの力見せてやる!」

 

 マシュ、そして数名のカルデア職員たちが、銀時と共に通信でスマブラをする姿があった。

 

「あ、あなた達、いったい何をしているのよ!!」

「っ!? や、やべぇ! 先公だ! 隠れろ」

「おい、火を消せ!」

「誰が先公だ!? なんで修学旅行みたいな雰囲気になってんのよ! お前らさっさと出てけ、そして仕事しろおォォォ!!」

 

 何故か、急に先生が来て慌てる修学旅行生の真似事をする職員たちを怒鳴り、部屋から追い出す。

 職員たちは、ヒーッと悲鳴を上げながら牢屋を走って行った。

 

「あ、あの所長! これはですね……」

「マシュ!」

 

 場に残ったマシュが、怒るオルガマリーを宥めようとするも、言葉は遮られる。

 

「今後、この侵入者との接触を禁止にします! 決して近づかず話などしないように。これはあなたに対する、所長としての命令よ」

「で、ですが…… いえ、わかりました。もう、ここには来ません」

 

 一度は反論しようとするも、顔を俯かせてオルガマリーの命令に応じる。

 

「所長さんよぉ。そいつはぁ、いくらなんでも横暴──」

「部外者は黙ってなさい! いいかしら? 侵入者。私たちは人類の未来の為にこのカルデアにいるの。あなたのような人間と馬鹿みたいに遊んでる暇なんてないの! ほら、行くわよ。マシュ」

「はい。所長……」

 

 マシュは決して銀時へと目を合わせないよう、俯いたまま、オルガマリーに連れられ部屋を出ていった。

 そしてこれ以降、レフやロマニ以外に銀時の元へ訪れた者はいなかった。 

 

 ある一人の男が現れるまでは──

 

 




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手を握って

 


 オルガマリーの怒りが頂点に達してから数日。

 ここ最近までの喧しさが嘘だったかのように、部屋は静かになり、銀時は暇そうにベッドの上を寝そべっていた。

 既に読み終えたモノでもいい。せめてジャンプでもあれば‥‥ と銀時が思っていた時だった。

 

「やあやあ、侵入者さん。暇そうにしてるねぇ! これ、俺からの挨拶代わりの差し入れだ。受け取ってくれよ!」

 

 突然部屋に軽薄そうな男が嘘臭い笑顔を浮かべて入ってきたのだ。カタギとは思えないギャングのような服装にリーゼントヘアー。それに微妙に尖った耳とメガネが特徴的な男だった。

 明らかに胡散臭い男は、漫画雑誌を銀時へと向ける。勿論、牢屋越しだが。

 

「受け取れって言いますけどね。ここ、透明な変な牢屋なんで。あんたが絡操操作して、こっちに漫画入れてくれねーと読めないんですけど」

 

 この透明な牢屋は、部屋の壁に嵌められた電子板を操作すれば物のみを出し入れすることはできる。

 そうやって銀時に食事が出し入れされてきたのだ。

 

「お! そーいやそうだったな。いや悪い悪い」

 

 男は平謝りをしつつ電子板を操作し、雑誌を銀時へと渡した。

 ちなみにその雑誌はジャンプ── ではなく少年チャンピオンだった。

 

「いや、チャンピオンじゃねーか。これ! 俺、ジャンプ派なんすけど!」

「え。んだよ、オタク、ジャンプ派かぁ。そりゃあ趣味が合わねーな。だって俺、チャンピオン派だし。ま、これを機にチャンピオン派閥に変わったらどうだい?」

「だれが変わるか! 俺の魂はジャンプと共にあるんだよ! ハンターハンターの最終回を見るまでは絶対移らねーぞ!」

 

 銀時は割りとまじで怒るが、男はアハハと小馬鹿にしたかのように笑っている。

 しかし、しばらく笑っていたかと思うと、男は急に笑みを止め、静かなトーンでボソリと呟いた。

 

「ハハ‥‥ ま、はじめから趣味が合うなんざ思ってはいなかったけどな」

「あ?」

 

 さっきまでの嘘臭くも陽気な感じは何処にいったか。男は突き刺すような目を銀時へと向けていた。

 が、しばらく睨み合っていたかと思うと、またニヤリと笑ってみせる。

 

「いやぁー、だってそうだろ! あの他人どころか自分にも興味を持たないようなマシュが熱を入れる程の男なんだぜ?」

「んだそりゃあ。俺と趣味が合わない話で、なんでマシュが出てくる」

「まあ、よく聞いてくれよ相棒」

「何が相棒だ。お前、自分で趣味が合うとは思わないとか言ったばかりだろーが」

 

 こいつとは気が合わない。嫌な空気や匂いを纏わせる男に銀時は警戒する。

 だがそんな銀時に構わず、男は続ける。

 

「はっきり言えば、このカルデアにいる職員なんてのは基本、俺を含めて人の道から外れたような奴ばかりさ。まあ、多少はマシな奴もいるとは思うが、魔術のことも知らない一般人から見れば、何処かしらは異常なもんだ。マシュだって、例外じゃない。だが、そんな異常集団の集まりの中ですらマシュはずっと一人だった。一般は勿論、異常な連中とすら関わることができない」

「随分な物言いすんじゃねーか。異常集団とか、このカルデアってのは鬼殺隊だったってことかぁ?」

 

 銀時は警戒しつつも、軽口であしらうように返す。

 

「悪いな! 俺は鬼滅見てないから、その例え、よくわかんねーんだわ。まあ、そこは置いておいて、こんな異常者の中に、また別の異常が現れた。それがあんただよ。相棒」

「誰が異常だ。東京卍リベンジャーズみてーな頭しやがって」

「自称異世界人。それが異常でないなら何て言うんだ? あえて言うなら奇人‥‥ いや、面白可笑しい道化師ってところか! マシュは、どうしてだろうな? あんたにだけは心を開いて見せた。あんたの楽しそうな処にでも引かれたんだろうかねぇ?」

 

 男は楽しげに、ニヤニヤと笑いながら話をしている。

 しかし瞳の奥底からは、何か、どす黒いモノを銀時は感じ取った。

 

「相棒。俺の好きなモノはおもしろいやつだ。だが‥‥ たのしそうなやつは嫌いでねぇ。つまりはそういうこと! 俺とあんたじゃ気も合わないし、趣味だって合うはずもない!」

 

 男は変わらず軽い口調で、断言する。

 

「成る程ね‥‥‥ ま、その点に関しちゃ同意だな。初対面の癖に馴れ馴れしいし、すげー失礼だし。絶対、お前とは合わねーわ。つーか、わかってるなら、何しに来たわけ、お前?」

「はは。いやなに、顔位は見たかっただけさ。安心しろよ。俺はもうここに来るつもりはない」

 

 それだけ言うと男は背を向け、扉へと── 

 

「と、そうだ。もう一つ」

 

 男は足を止め、顔だけ銀時へと向ける。

 

「マシュのことは心配すんなよな! 俺がちゃーんと面倒見といてやる」

「‥‥‥‥ テメェ、そりゃあ」

「じゃあな! もう会うこともないだろうさ」

 

 銀時の言葉を無視し、男は今度こそ部屋を出ていった。

 一人取り残され、銀時は妙な苛立ちを覚える。チッと舌打ちをすると、気を紛らわす為に少年チャンピオンを開き、ページをペラペラとめくる。

 

「チャンピオンって何連載してたっけな‥‥ あれ、鼻くそついてるんだけど、これ。あれ、なんか一ページずつ、必ず鼻くそついてるんだすけど、これ。え、ちょ、これ、あいつの鼻くそだろ、これ。手に鼻くそついちゃったんですけど、これえェェェェ!!」

 

 思わぬトラップにシャウトする銀時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 銀時は今日も一人で──

 

「モグモグ‥‥‥‥ いやー、やっぱりプリンはプッチンプリンにかぎるよね」

 

 一人ではなかった。牢屋越しに銀時の目の前で、ロマニがプリンを食している。

 何故、彼がここにいるのか。

 それは、いつもの健康チェックも終わり、部屋を出ていくのかと思ったら「今、所長、機嫌悪いんだよ。緊急避難も兼ねて、しばらくここに居させてくれない?」と言ってプリンを取り出し、食べ始めたからだった。

 

「おー、そうだよなー。わかるわかる。皿の上にポンッと落とした時が最高で‥‥ じゃねーんだよォォォォ!! なに、見せつけるようにプリン食ってんだテメェ!! こちとら糖分制限でプリンどころかマーブルチョコの欠片も食べられてねーんだぞ!」

「うぉ!? ま、まあまあ落ち着いて。そんなプッチンせずに。プッチンプリンだけに」

「よーし。テメェ、こっちにこい。その脳みそ、プッチンしてやっから」

 

 ロマンはプッチンされてはたまらんと、プリンを慌てて飲み込んだ時だった。

 ピピィと電子音がロマンが付けている腕輪から聞こえてきたのだ。指を当てると腕輪からレフの声が聞こえてくる。

 

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?』

 

 腕輪の形をした通信機といった所か。天人が来てからはこれくらい当たり前の技術になっていたので銀時は特に驚きはしなかった。

 

『Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下、慣れていない者に若干の変調が見られる』

 

「わかったよ、レフ。ちょっと麻酔をかけに行こうか」

『ああ、急いでくれ。いま医務室だろ? そこからなら二分で到着できる筈だ』

「ここ医務室じゃねーぞ。俺のいる部屋だぞ」

「しいぃぃ!! あ、レフ?  何でもないよ、直ぐに行くさ。それじゃあまた」

 

 ロマンは慌てて通信をきってしまった。すると気味の悪い苦笑いを銀時に向ける。

 

「あはは。この事については内緒にしておいてほしいなーっと。…… 部屋でサボっていたなんて知れたらクビにされる可能性もあるんで」

「別にいいけどよお、高くつくぞ」

「金とるの!? まあ…… いいや。にしてもここからじゃどうあっても五分はかかるぞ…… ま、少しくらいの遅刻は許されるよね」

「お前、とことん甘いな自分に。つーか、さっきレイシフトがどうとか言ってたが‥‥‥‥」

 

 レイシフトという単語は以前、職員の口から聞いたことがあった。確かここに集められたマスター候補たちはその適正者であったはずだ。

 結局、レイシフトが何なのかを銀時はまだ理解していなかったが。

 

「ん? ああ。実は今日はファーストミッションの日なんだ。所長から一応口止めされてるから詳しくは話せないんだけど‥‥」

「‥‥ まあ、別にそこまで興味はねーけどよ。そのミッションには、やっぱあのマシュも参加すんのか?」

「え、あ、うん。彼女も適正者だからね。当然、ミッションには参加するよ。もしかして、彼女のことが心配なのかい?」

 

 昨日の男のこともある。実を言うとマシュのことが気がかりだった銀時はロマンに彼女のことを聞いた。

 しかし心配なのかと、言われると、つい否定したくなるのが銀時である。

 

「はっ、誰が心配するかよ。こっちの身の方がどうなるかわかんねー状況なのに、他人のことなんか考えられっか。ただ何となくどーなのかなーって思っただけ。あ、あとマシュってちゃんとご飯食べてる? あと眠れてる?」

「いや、滅茶苦茶心配してるじゃん!? 大丈夫だよ! ちゃんと食べて寝てるよ! ‥‥‥‥ ありがとう。マシュのことを心配してくれて」

「だから別に‥‥ いや、まあいいや。めんどくせ」

 

 ボリボリと頭をかく銀時を見て、ロマンはアハハと笑う。

 

「ハハ‥‥ ってやば! いい加減行かないと、本当に遅刻しちゃう!」   

 

 ロマンが慌てて行こうとした、その時。突然、室内の電気がフッと消えてしまった。

 

「なんだ? 明かりが消えるなんて、何かーー」

 

  ドゴオオオオオンンンンン!!

 

 部屋を、いやこのカルデアが揺れる程の巨大な轟音が鳴り響いた。

 この異常な状況に歴戦を潜り抜けてきた銀時はこれが単なる停電はないことに気づく。

 

「おい、なにが起きたんだ! 今の音は‥‥」

「わ、わからない! このカルデアで停電なんて起きるはずがないんだが……」

 

『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました』

 

 銀時の疑問に答えるかのように機械的なアナウンスがカルデア内に流れ始めた。 

 

『中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください』

 

 明らかに不穏な内容。

 ロマンは愕然とするも、ここにいる場合ではないと今度こそ、扉へと向かう。

 

「ごめん、銀時くん。君はここにいてくれ! 僕は管制室に向かう!」

「あ、バカまて‥‥ たくっ」

 

 銀時が止めるもロマンはそのまま行ってしまった。

 

「ここにいろって、出たくても出られねーっつーの‥‥ ん? いや待てよ」

 

 そういえばと銀時は気づく。部屋の電気が消えたのだ。

 ならば、この不可思議な見えない牢屋も──

 

「やっぱりな‥‥ 電気ショックは起きねえ」

 

 銀時は制限されていた範囲から楽々と抜け出すことができた。

 どうやらあの見えない牢屋は電力で動いていたらしい。

 これで自由の身にはなったが‥‥ 

 

「‥‥ ちっ」

 

 銀時の脳裏にマシュの顔がよぎった。 

 このまま放っておいても寝覚めが悪い。銀時はロマニを追うかと部屋を出る。

 しかし部屋を出ると左右に道はわかれている。一体どっちに行くべきか。

 銀時が悩んでいると、獣の鳴き声が聞こえてきた。

 

「フォーウ!!」

「あ、お前!」

 

 鳴き声の正体は、あの白い獣だった。名前は以前マシュから聞いている。

 確か名前は、

 

「モンジャラ!!」

「フォウダッチューノ フォーウ!!!」

「ゲフオォラボ!?」

 

 フォウの飛び蹴りをもろにくらい、銀時はよろめく。

 

「ぐ、くほ‥‥ フォウ、お前、無事だったか。ん? そいつは」

「フォウ!」

 

 フォウが口に咥えて持ってきてくれたのか。フォウの足元には銀時の木刀があった。

 銀時は洞爺湖と彫られた愛刀を拾い上げる。するとフォウが尻尾をふる。

 

「ん? なんだ、こっちに来いってか」

「フォウフォウ!」

 

 マシュ、もしくはこの事態の原因の元にでも案内してくれるのだろうか。

 フォウは銀時の言葉を肯定するかのように頷き、駆け出した。

 

「あ、ちょ、待て!」

 

 駆けるフォウについていく。

 しばらくすると大きな扉の前についた。

 扉の電力は予備電力のおかげか、自動で開いた。

 フォウはそのまま中に入っていき、銀時も続く。

 そこには、

 

「……!」

 

 業火の世界が銀時の前に広がっていた。途絶えた筈の光は紅き炎の灯火が代わりに明るく照らす。そこから見える景色には生命の動く気配さえ感じられない。かつて人工物だった物は全て瓦礫と化し炎と共に全てを埋め尽くしていた。

 

「おいおい、こいつは」

 

 巨大な地球儀のような物など気になる物体はあったが、最早気にしている暇もない。

 火の中をも駆け出すフォウを銀時は追っていく。

 

「くそっ! まさかとは思うが、マシュ‥‥」

 

 

『動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常 が あります。職員は 手動で 切り替えてください』

 

 アナウンスの声も途切れ途切れになっていた。この警告の通り電力が不足しているのだろう。このままではこの警告音すら聞こえなくなる。

 

「どこだマシュ!! いるのか! いるなら返事しろ!!」

 

 銀時は火や落ちてくる物体を避けて、走りながら叫ぶが答えは返ってこない。

 その代わり、アナウンスは流れ続ける。

 

 

『システム レイシフト最終段階に移行します。座標 西暦2004年 1月30日 日本 冬木。ラプラスによる転移保護 成立。特異点への因子追加枠 確保』

 

 何やら気になる単語が次々と耳に入ってきたが今の銀時にはそんな事を考えている暇などなかった。 

 火を掻い潜った先には筒上の形を成した謎の機械があった。見ると中に気を失っているだけなのか死んでいるのかはわからないが人間が入っていた。

 中から出して助けようとも思ったが、これだけの人数を助けだすには時間が足りない。第一にこの機械が何なのか。どうやって開くのかなど銀時は知らない。それに寧ろこの中にいた方が安全ということもある。結局手を出すことはなく他に人間がいないか、マシュはいるのか。銀時は再び探し始めた。

 

「マシュ! どこだ! どこに……!」

「フォーン…… フォーン……」

「フォウ? まさか‥‥ !」

 

 声のした方向に行くとそこにはフォウが瓦礫の前で悲しそうに鳴いているのが見えた。

 そしてフォウが見つめる先には、

 

「マシュ!」

「………… あ、せん…… ぱい」

 

 倒れ血を流すマシュがいた。彼女の体の上には巨大な瓦礫が乗っている。

 これでは意識が残っていようともこの炎から逃れる事はできない。

 

「まだ命はあんな! 今その石どかしてやる! だから眠るんじゃねーぞ!」 

「………… いい、です…… 助かりません、から。それより…… 逃げ、て」

 

 か細い声でマシュは逃げろと言う。

 彼女の体からは既に死んでいてもおかしくない程の血が流れ出ていた。

 

「…… バカヤロー。まだ生きてんだろうが。だったらよお……」

「……… せん、ぱい…… !」

「諦めてんじゃ、ねええぞぉォォォォ!!」

 

 銀時は叫び瓦礫に手をかけ持ち上げようとする。しかし人間一人の力では到底どかすことはできず、それどころか触れる手からは肉が焼ける音と臭いがしてくる。いっそのこと木刀で叩き斬ろうとも考えたがそれでは衝撃により重症を負っているマシュに更なる負担がかかってしまうかもしれない。

 

「やめて、ください……」

「むごおォォォォ!!」

 

 銀時は諦めない。例え肉が焼けようと炎に囲まれようとも彼は逃げなかった。

 

『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます』 

 

「これ、は……!」

 

アナウンスを聞きマシュが視線を向ける先には、ここに入る際に最初に見た巨大な地球儀があった。 

 しかし最初とは違い、地球儀全体を燃えたぎる赤い光が包み込んでいた。

 

『近未来百年までの地球において人類の痕跡は 発見 できません』

 

「そん、な……」

 

 更に絶望へと無慈悲に叩きつけられる。マシュはカルデアスの無慈悲な声に完全に打ちのめされた。 

 

『人類の生存は 確認 できません。人類の未来は 保証 できません』

 

 銀時は何も言わなかった。ただ瓦礫をどかそうと力を振り絞っていた。

 しかし炎による膨れ上がる温度が徐々に銀時の体力を奪っていく。焼けていく手からも力が抜けてきた。

 

「せんぱい…… やめて、ください。私は…… いえ、世界はもう……」

 

 全てを諦めマシュは目を閉じた。

 しかしこの男は、

 

「うるせええェェェェェ!!! 何が人類は発見できませんだ! んなこと知るかぁ! 観測だが占いだか何だかわかんねえがどうでもいいんだよ、そんなこと。んなもん使わなくたってよお人間はテメーの力でいくらでも未来を作れるだろ。未来を変えるなんざ明日の飯を決めるくらい簡単な事じゃねえか! だからオメーもよぉ…… テメーの未来、決め付けてんじゃねえよ!」

 

 はっきり言って銀時には、今何が起きているのかさっぱりだ。だがアナウンスの内容もなんとなく不吉なことはわかる。

 少なくとも、この世界の人類に未来は残されていないということが。

 それでも、そんなことはこの男にとっては関係ない。

 

「せんぱい………!」

 

 いつの間にかマシュの目には涙が浮かんでいた。何をどうしようとも例えこの瓦礫をどかそうともマシュは助からない。

 それを彼女は自覚しているし銀時も理解しているはずだ。

 なのに何故諦めない。なのに何故自分は生きたいと思ってしまっているのだろうか。

 マシュは今までにない感情が溢れでてくることにより死への恐怖ではなく疑問の方が頭の中に浮かんでいた。

 

『中央隔壁 封鎖します。館内洗浄開始まで あと 180秒です』

 

 これ以上、炎を外に出さない為、そして鎮火するためにシステムが自動的に隔壁を閉める。

 銀時たちは完全に閉じ込められ外の世界から断絶された。

 

「閉まっちゃい、ましたね…… すいません、先輩。わたしのせいで……」

「…… 謝る必要はねえよ。それに、あんな扉、コイツでぶった斬って無理矢理開けりゃあいい」

 

 銀時はちらりと腰に提げている木刀に目を向けた。

 普段なら何時もの冗談だと思っていただろう。だが今は、この男なら本当にやってしまう。光を取り戻してくれる。マシュにはそう思えた。

 

「先輩……」

「なんだ……」

「以前、先輩は‥‥ 私にどうして先輩と呼ぶのか、聞きましたよね」

「なんで今‥‥ いや、そういや、そうだったな。あん時は結局、お前も答えられなかったが」

 

 何故、侵入者であり部外者である銀時を先輩と呼ぶのか。

 当然ながら疑問に思い聞いたことはある。しかし彼女自身、それがどうしてなのか、上手く答えられずにいた。

 だが、今の彼女なら、答えることができる。

 

「先輩は、先輩だから。私の知らないことを知っていて‥‥ 私の知らない‥‥ 景色を見ていて」

「‥‥‥‥」

「不思議で、変わっていて、個性的で──」

「それ、要は俺が変人ってことじゃねーか」

 

 銀時は苦笑いを浮かべる。そしてあの男の言葉を思い出す。

 

『自称異世界人。それが異常でないなら何て言うんだ? あえて言うなら変人奇人‥‥ いや、面白可笑しい道化師ってところか!』 

 

 あの男の銀時に対する評価は正しかったようだ。己もまた、変人であり異常な存在。

 きっとマシュはこのカルデアの者とは別種の異常である己に興味を持ったのだ。銀時はそう思った。だが、

 

「そして、誰よりも、普通の人間です‥‥ 先輩は」

「‥‥ お前」

「先輩からの話でしか‥ 聞いてはいないけど、それでも‥‥ わかります。江戸で生きる先輩は、普通に笑って怒って‥‥‥‥ 先輩はこれまで出会ってきた人の中で一番‥‥ 人間らしいのです」

 

 マシュから返ってきた答えは違った。

 彼女にとって、銀時は異常な存在でも、変人奇人でも、ましてや道化師でもない。ただの普通の人間。

 銀時は思ってもなかった理由に、なんじゃそりゃと小さく笑う。

 

「先、ぱい。わた、し、このカルデアから、外に出たことがないんです‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 マシュの声が段々と小さくなっていく。

 

「ここは…… ちっとも…… 空が、見えない……」

 

 それはマシュの本音だった。

 彼女は見たかった。青空を、太陽が照らす外の世界を。

 白に覆われた世界でも炎に包まれた世界でもない。ただ青く広がる世界を彼女は望んでいたのだ。

 

「先輩は…… 全てを、運命を斬ってでも…… 私に見せてくれますか……」

「ああ。約束だ…… だからお前も…… 生きろ、マシュ」

「…… やっぱり先輩は ‥… 人間、らしいですね……  先輩、手を…… 握ってくれますか」

「ああ……」

 

 銀時は今まで瓦礫から離さなかった手を遂に離しマシュへと差しのべた。

 マシュは震えながら銀時の手を握る。

 とても暖かった。とても優しかった。マシュはずっと銀時の手を握っていたかった。

 瓦礫がさらに降り注ぐ。

 大きく揺れる中、それでも二人は手を握り続けた。

 

『レイシフト 定員に 達していません。該当マスターを検索中…… 発見しました』

 

 アナウンスが流れる。だが二人は気にも止めなかった。

 

「先輩……」

 

『適応番号48 坂田銀時(・・・・)を マスターとして 再設定 します。アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します』

 

「先輩は…… ずっと側に…… いてくれますか?」 

 

 

『レイシフト開始まで あと3』

 

 

「決まってんだろ」

 

 

 

『2』

 

 

「お前を一人になんかさせねえよ」

 

 銀時の言葉にマシュは微笑む。

 

「先輩…… ありがとう、ございます……」

 

 

『1。全行程 完了。ファーストオーダー 実証を 開始 します』

 

 

 この瞬間、銀時とマシュの意識はこの世界から途絶えた。

 




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運命の日

  

 体が重い。頭が痛い。吐き気がする。

 二日酔いのような症状が体を襲う。

 いったい何が起きた。ここはどこだ。俺は誰だーー

 

「キュウ…… キュウ…… フォウ…… フー、フォーウ……」

「ん…… なん……」

 

 何処か聞き覚えのある鳴き声が優しく囁いた。

 そして彼は思い出す。

 そうだ俺は、

 

「フォーウ!」

「ごふぅ!?」

 

 突然腹部に走る痛み。

 半覚醒状態にあった意識は完全に目を覚まし上体を反射的に起こさせた。

 起きて最初に目にしたのは白くふわふわとした生物、フォウだった。

 

「いちち…… くそ、なんかこんな事、前にもあったような…… デジャブってやつか?」

 

 強制的に目覚めさせられた男、銀時はフォウをギロリと睨む。フォウはビクッと体を震わすも今回は逃げなかった。

 

「たく…… 同じネタばっかやってっと飽きられんだろー…… が…… は?」

 

 ぼやきながら立ち上がると銀時はあることに気づく。

 周囲の異常な変容に。

 

「ここ、何処だ……」

 

 そこは交差点だった。多くの車と人が行き来する都市には必ず存在する道路。

 がここには肝心の人間が銀時を除き一人もいなかった。猫や鳥といった動物も見かけられない。あまりにも異常な状況。だが異常なのはこれだけではなかった。

 

「どうなってやがる…… 大地震でも起きやがったか……」

 

 見渡す限りの廃墟。建てられたビルは全て半壊し中には傾き今にも崩れようとする物もある。道は瓦礫で埋め尽くされアスファルトには巨大な亀裂が入っている。

 遥か遠方は赤く光り、漂う黒煙は空を覆い尽くしている。

 先程まで自分は確かにあのカルデアに、崩壊した管制室の中にいた筈だ。

 だというのに、いつの間にか別の場所に来てしまっている。まるで銀時が最初に廊下で目を覚ました時と同じ様な感覚だ。

 

「ここは江戸‥‥ じゃねーか」

 

 ビル群といった都市の象徴。ここからこの廃墟と化したこの街が地球最大都市の江戸であることを考察し、一瞬帰ってきたのかと思うも、違うと否定する。

 確かに街並みは江戸の中心部に似てはいるが、瓦礫やビルの残骸に微かに残った文字を見る限り江戸の建造物でないことがわかる。

 恐らくここはマシュたちのいる世界の都市の一つなのだろう。

 

 

「マジでどうなってやがんだ…… つーかその前に、そうだ! あいつは…… マシュは何処だ!」

 

 彼女は既に瀕死の重症を負っていた。いったいどうしているのか。運が良ければ彼女もまた、銀時やフォウと同じくここに移動しあの炎と瓦礫から逃れることができたかもしれない。しかしそうだとしてもあの重症だ。放っておいたら今度こそ死んでしまうだろう。

 

「兎に角、探すしか……」

「フォウ! フーフォウ!」

 

 銀時がマシュを探そうと動いた時だった。

 フォウが白い毛を逆立て警戒するかのように鳴きだしたのだ。

フォウの睨む先。目を向けるとそこにはいた。剣、槍、弓矢を其々武器を構えた者たちが。

 

「あん? なんだありゃ」

 

 それは人ではなかった。だが動物というわけでもない。

 本来ついている筈の肉がなく骨が剥き出しになっている。いや、というよりも骨その物が立ち動いていたのだ。

 数十体の骸骨は銀時を見るとカタカタと笑うように顔を揺らし武器を振りかざし向かってくる。

 

「うぉ!? んだコイツら、敵か!」

 

 寸での所で骸骨の剣をかわし、銀時は木刀を抜き取った。

 正体など解りはしないが、間違いない。コイツらは敵だ。それを認識した銀時は木刀を構え骸骨に向き直る。

 

「おいこら、ブルック擬き共。来るってなら銀さん容赦しねーかんな。おい、フォウ! お前は隠れてろ」

 

 フォウは銀時に言われた通り、俊敏な動きで瓦礫の陰に身を隠した。

 剣の次は槍を持った骸骨が銀時に突進してくる。

 それを木刀で軽くいなし骸骨がバランスを崩した所にすかさず蹴りを入れ吹きとばした。

 勢いよく瓦礫に衝突し骸骨の体がバラバラになる。

 すると怒ったのか剣を持った骸骨がさらに激しくカタカタと顔を揺らし銀時へと飛びかかってきた。

 銀時は焦ることなく頭上から降りかかる剣を木刀で受け止める。

 

「おらぁ!」

 

 足を骸骨の腹部目掛け蹴り上げる。衝撃により仰け反る骸骨にすかさず銀時は木刀で横に斬り裂いた。 

 体を真っ二つに斬られた骸骨は地面に倒れると光を放ち消滅してしまった。

 

「やられて消えるとかドラクエっかっつーの。こりゃあ、いよいよ只の生き物じゃなくなってきたな」

 

 次々に襲いかかる骸骨の群れ。だが、銀時は難なく木刀でいなし、返り討ちにしていく。こいつらが何なのか。正体は不明だが、木刀で物理的に倒せるのならば問題はない。

 骸骨の残りも僅か二体。このまま一気に一──

 

「フォーーウ!!!」

「ッ!」

 

 ドガンッッ!! 

 

 フォウの何かを訴えるかのような鳴き声。そして感じた悪寒に銀時は一気に後方へと下がる。

 すると銀時が元々いた場所に、銀時よりも一回り大きな影が飛び込み、地面に拳をつき立てたのだ。

 アスファルトに亀裂が大きく走る。近くにいた骸骨も衝撃で吹き飛んだ。もしその場にいたままならば、銀時の体は粉々にされていたかもしれない。

 

「見ツケタゾ。漂流者、イヤ異物ヨ!!」

 

 それは巨躯の怪物。髑髏の仮面をつけ、筋肉質な体からは黒い影のような煙を吹き出している。

 銀時は歴戦の経験からあの怪物が、これまでの骸骨共とは別格であることを感じ取った。

 

「おい、フォウ!」

「フォ!」

「お前絶対出てくんなよ。少なくともコイツを何とかするまではな」

 

 本気を出さなければ殺られる。銀時は木刀を構え直し、怪物へと向き直る。

 

「異物、ダガタダノ人間デハ相手二ナラヌゾ」

「あっそ。だったら見逃してもらえませんかね、っとっ!!」

「ッ!?」

 

 先に動き出しのは銀時だった。それも怪物から見れば、小細工なしの特攻。

 それが逆に怪物にとっては思いのよらない行動だったのか。

 面食らい、明らかに動きが鈍った。

 

「ラァ!!」

 

 ズバッッ!!

 木刀とはいえ強烈な一太刀が怪物へと入った。この一撃は確実に致命傷を取ったはず。しかし

 

「‥‥‥‥ ?」

 

 妙な違和感。銀時は即座に怪物から離れ様子を見る。

 不意をつけたとはいえ、あまりにもあっさりとしすぎだ。 これで終わるとは到底思えない。

 

「オオ‥‥ 今ノ攻撃ハ中々ダッタ。死ヌカ、ソウデナクトモ重症ヲ負ッテイタダロウ。マア、コノ私ガサーヴァントデナカッタラノ話ダガナ」

 

 怪物にダメージが入った様子は全くなかった。それどころか余裕そうにしている。

 

「おいおい。もしかして物理攻撃効かないタイプ?」

「神秘ノナイ攻撃ハ全テ無意味。マサカソノ程度ノ知識モナカッタトハ。ドウリデ無意味ナ特攻ヲ仕掛ケテキタ筈ダ。オカゲデ不意ヲツカレタ」

 

 何を言っているのか今一わからないが。それでもわかることは一つ。

 

「最早オ前ハ反撃モ出来ナイ。死ネ」

 

 銀時の攻撃は通らず、一方的な殺戮が始まるということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭の傷口から血が流れ、頬を伝っていき、ピチャッと音を立てて床に零れ落ちていく。

 適当にその辺から拝借した布切れで、傷口を抑えた。そして出来るだけ体を楽にし、荒くなる呼吸を落ち着かせる。

 

「ハアハア‥‥ くそっ‥‥」

「フォーン‥‥」

 

 暗がりの中、座り込んでいたのは銀時だった。銀時を心配するように、共についてきたフォウが顔を覗き込む。

 銀時は心配すんなと、フォウの頭をポンと撫でた。

 

「とりあえず、ここで隠れてるしかねぇ。あの野郎、まじで斬っても斬ってもきかねーし。スーパーマリオのチーターかっつーの」

 

 戦うことは勿論、潔く敵から背を向け、戦線を離脱することにも慣れている。幕府軍や天人の軍隊から何度も逃げた経験がここで生きたというべきか。 

 怪物の攻撃をかわしつつ、銀時は命からがら逃げ出すことに成功した。

 街中をかけていき路地や建物を利用した結果、いつの間にか銀時は大きな武家屋敷の庭に入っていた。

 このまま武家屋敷の中に行くかと思ったが、途中で土蔵が目に入った銀時は、あえてそちらの方に隠れることにした。

 この逃げ道のない狭い土蔵に態々隠れるとは、あの怪物も思わないかもしれない。完全な博打だが、かけるしかない。ギャンブルに関しては、ほぼ負け続きの糞雑魚だが。

 

 ザッ ザッ

 

「‥‥‥ッ!?」

「フォ‥‥」

 

 土蔵の外から足音が聞こえる。それも途轍もなく嫌な気配。

 間違いない。あの怪物だ。

 銀時は頼むから、行くなら武家屋敷の方に行けとギャンブルの女神様に願う。

 しかしその願いは女神に届くことなく。

 

「ソコダ──」

 

 ドカンッッ!!

 

 土蔵の扉が破壊される。銀時は即座に対応し、フォウを庇いつつ体を伏せた。

 運良く、壊された扉の破片等は当たらなかったが、絶望的状況には変わりない。

 死を纏う怪物はゆっくりと歩を進める。

 

「ハアハア‥‥ 本当にしつこい奴だな、おい。ストーカーか、テメェ‥‥ !!」

「異物ヨ、今度コソ(・・・・)死ネ」

 

 怪物の拳が銀時へと振りかかった、その時

 

「ハアアアアアアア!!」

「ッ!!」

 

 怪物の背後から聞きなれた、しかしらしくない雄叫びが聞こえた。

 銀時が目を丸くし、怪物が思わずギョッとして振り返ったと同時。

 

 ドゴッッ!!

 

 人間大サイズの十字の形をした円盤が、怪物の横顔を勢いよく抉った。

 怪物は衝撃に耐えられず、横へと吹っ飛んだ。すると今度こそ攻撃が効いたのか、怪物はあの骸骨たちのように光と共に消滅してしまった。

 

「お前──」

 

 月の光が怪物を倒した者の姿を明確にする。それは見慣れた少女。あの時、銀時の手を握った少女、マシュだった。

 右目を隠すように伸びた前髪。透き通るような白い肌と対照的に輝く金色の瞳と、その特徴は変わらない。

 しかし違う点があった。

 何故か、メガネをかけてはおらず。その全身は白衣ではなく、黒を貴重とした強固な鎧に包まれていた。

 知ってる筈の少女の見慣れぬ出で立ちに銀時は声が出なくなる。

 マシュは、銀時を見下ろす形で、しかし優しい眼差しを向けて、こう問いかけた。

 

 

「先輩── あなたが、私のマスターですか」

 

 

 決して交わることのなかった筈の運命が。

 二人の再会により、始まろうとしていた。

 

 

 




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集結

 今回は所謂説明回になっております。



 

 

「先輩── あなたが、私のマスターですか」

 

 マシュの問いかけに、銀時は

 

「‥‥ へ、マスター? あ、ポケモン的な? 新作出たし」

「先輩、いえ、マスター。どうやら私はサーヴァントになったようです」

「あ、俺のボケ、無視? つーかサーヴァント?」

 

 サラッと流された上、更に知らない単語を追加された。

 

「あ、すみません。先輩はあまり魔術については詳しくはありませんでしたよね」

「ああ、まあな‥‥‥‥ 似たような力を使う連中は知ってるけどよ」

 

 陰陽師結野クリステルや巫女である阿音&百音。それに幽霊 もといスタンド使いであるお岩。

 銀時は科学とは対照的な力を持った存在に、意外と多くの知り合いを持っている。

 ただ、魔術師なる存在とは出会ったことはなかったが‥‥‥‥

 

「であれば説明をしたい所、なのですが、後にしましょう。他にも合流すべき人がいます」

「他にもここに来てる奴がいんのか?」

「はい。それも危険な状態である可能性が高いです。なので急ぎましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ…… 何なの、何なのコイツら!? なんだって私ばっかりこんな目に逢わなくちゃいけないの!?」

 

 オルガマリーは叫び今にも泣きそうな勢いで骸骨の群れから逃げ回っていた。

 爆発に巻き込まれ目を覚ましたかと思えば火に包まれた街に一人。さらに追い討ちをかけるように骸骨、スケルトンが襲いかかってくる。

 いったい何故。どうして。自分ばかりがこんな酷い目に逢わなければいけない。何故あんなにも頑張っているのに報われない。どうして助けてくれない。

 

「もうイヤ、来て、助けてよレフ! いつだって貴方だけが助けてくれたじゃない! どうして…… どうしてなのよ! どうして…… 何で誰もいないのよ……」

 

 オルガマリーにはいつだってレフが側にいてくれた。彼がいつも助けてくれた。だが、ここに彼はいない。

 ここには自分一人だけ。カルデアにいる時から、いや昔から何も変わらない。自分は最後まで一人なのか。

 

「いやーー」

 

 自身の過去を思い返し悔いしかない人生に彼女は気づく。だが、だからといって彼女に新たなチャンスはもう来やしない。それを告げるようにスケルトンの剣はオルガマリーへと降りかかる。

 その時だった。

 

「おらあァァァァァァ!!」

 

 スケルトンの体が横に吹き飛んだ。

 吹き飛ばされたスケルトンは周囲の骸骨へとぶつかり何体か一気に消滅してしまった。

 

「あ……」

「よう無事か。所長さん」

 

銀色の髪をした着物姿の男。カルデアに侵入してきた自称、異世界人。

「貴方‥‥‥‥ ! な、なんで侵入者の貴方がここにいるのよ!」

「助けてやったんだ、細けーこと言うなよ。それに今はコイツらやんのが先だろ」

 

 木刀の剣先を骸骨たちに向け銀時は不敵に笑う。

 オルガマリーはそんな銀時の言葉を信じられなかった。

 

「あ、貴方、あの数を相手に一人でやる気!? そんな木刀一本で何とかなるわけないでしょ!」

「別に問題ねーよ。さっきも倒したし。それに戦えんのは俺だけじゃねえ」

「なにを──」

 

 ニヤリと笑う銀時にオルガマリーが訝しげに眉を寄せているとそれは現れた。

 オルガマリーの頭上を飛び越えスケルトンたちの前に立ち塞がった一人の見慣れた少女。

 

「マシュ……!?」

 

 マシュは巨大な盾を武器に向かってくる骸骨たちを次々に蹴散らしていった。

 それはオルガマリーの知る彼女の姿ではなかった。

 勇猛に戦うその姿は戦士そのもの。

 

「はああああ!!」

 

 骸骨たちは反撃をすることもなくマシュ一人にあっという間に消滅させられてしまった。

 マシュは最後のスケルトンを倒し一息つくとオルガマリーに向き直った。

 しかしオルガマリーは突然の事態に目を白黒とさせている。

 

「………………。…………… どういう事?」

「所長。信じがたい事だとは思いますが、私はデミ・サーヴァントになってしまったようです」

「あ…… わ、わかってるわよ、そんなこと! サーヴァントとの融合、デミ・サーヴァント。見れば直ぐにわかるわ!」 

「いや、今の今まで忘れてた感じだったぽいけど」

「うるさいわね! そういう貴方はデミ・サーヴァントが何なのか知っているのかしら!」

「はっ。そのくらい知ってるっつーの。あれだろ、あれ。育てると美味しいよねデミ・サーヴァント」

「全然違うわ!」

「所長のツッコむ姿は大変興味深いものですが…… 所長、今はこの現状について状況を整理する事が大事かと」

 

 ツッコミを入れるオルガマリーが珍しいと思いつつも一向に話が進まなそうなのでマシュが割って入った。

 

「そ、それもそうね…… じゃあ訊くけど、何故今になってサーヴァントとの融合が成功したのかしら?」

「カルデアには特異点Fの調査解決の為、事前にサーヴァントが用意されていたのは勿論所長もご存知かと思います」

 

『サーヴァント』に続いて『特異点F』と聞き慣れぬ単語が続く状況に銀時は首を傾げているが、マシュは構わず話を続ける。

 

「爆発に巻き込まれ死の縁にいた私の目の前に彼の英霊は現れたのです。彼は私に契約を持ち掛けました。英霊としての能力と宝具を譲り渡す代わりに特異点の原因を排除してほしいと。それを承諾した結果、私はサーヴァントと融合しデミ・サーヴァントとなったのです」

「そういうことね…… それじゃあもう一つ訊きたいのだけれど、もしかしてマシュのマスターって‥‥‥」

  

 オルガマリーは訝しげな目で銀時を見る。

 

「はい。先輩、坂田銀時が私のマスターです。その証拠として先輩の手の甲には令呪が刻まれている筈」

「嘘でしょ‥‥‥‥」

「は? お前ら、なんの話して‥‥‥‥ うげぇ!? なにこれ、なんか知らない内に変な刺青彫られてるんですけど!?」

 

 驚き慌てふためく銀時の手には、確かに赤い謎の紋章が刻まれていた。

 その様子を見てオルガマリーは頭を抱える。

 

「なんてことなの‥‥‥‥ よりにもよって侵入者のこの男がマスター。いや、そもそも適正者だったなんて」

「なあ、なんか勝手にガッカリされて腹立ったんだけどよ。結局なんなんだ。マスターだ、サーヴァントだって」

「‥‥‥‥ そうですね。今後のこともありますし、まずは説明をしましょう。マスターの知らないカルデアの目的も含めて」 

「それもそうね。いいわ。不本意だけど、所長として私が教えてあげるわ」

 

 

 

 

  

 カルデアとは人類の未来を観測し保証すること。それは以前、銀時も聞いていた話ではあった。 

 だが、この話には続きがある。侵入者である銀時には隠していた目的が。

 カルデアは未来を観測し続けた。しかし2016年を境に未来の観測ができなくなったのだ。それが意味することはすなわち、人類の絶滅。

 カルデアはその原因を探った。その結果、一つの異変を見つけたのだ。

 2004年、日本の地方都市である冬木。現在銀時たちがいるこの街の名だ。

 この冬木に原因があるとしり、調査解明のため、レイシフト実行を計画。人間を霊子化し過去に送り込む実験のことだ。マシュも含め、カルデアに呼ばれた適正者たちはこの実験のために集められたのだ。

 本来ならば、この場にはマスター適正者、48名(結局集まりきらず47名だが)がいなければならない。しかし突然官制室が爆発した結果、銀時たち三人と一匹がレイシフトされてしまったというわけだ。

 

 そしてサーヴァントについて。サーヴァントとは歴史に名を刻んだ英雄達の総称である。

 英雄達を使い魔、サーヴァントとして召喚し使役する、魔術世界の中でも最上位とされる奇跡の力。召喚された英雄、この場合は英霊と呼ばれる彼等は規格外の力を有する。神秘の付属されていない攻撃では決して傷をつけることができない等、魔術世界においては最強の兵器ともされている。

 更にサーヴァントには七つのクラスが存在する。

 セイバー ランサー アーチャー ライダー バーサーカー キャスター アサシン

 英霊たちの逸話と能力により当てはまるクラスは変化するようになっているのだ。

 

「と、まあ。色々かいつまんではいるけれど、カルデアの目的やサーヴァントに関して、理解できたかしら? 侵入者」

「‥‥‥‥ まあ、大体はな。かなり頭痛のする話だが、俺の世界にもスタンドはいたし、そこまで驚きはしねーよ。信長とかいたし。ブリーフだけど」

 

 ブリーフ‥‥ ?と困惑するオルガマリーを他所に、銀時は話を続ける。

 

「そーいやよ。サーヴァントについてはわかったが、マシュのそのパワーアップはなんなんだ? さっきはデミ・サーヴァントとか言ってたが、マシュは別に英霊じゃねーだろ」

「それは──」

 

 ピピピピピ!!

 突然、マシュのつけていた腕輪から電子音が響いた。

 マシュがボタンを押すと、聞き慣れた男の声が。

 

『やっと繋がった! レイシフトの形跡があったからダメ元で通信をかけていたんだが、本当に良かったよ。マシュ‥‥‥‥ に銀時君!? え、なんでいるの。そ、それに所長まで!? あの爆発で生きていたのか、どんだけ!?』

 

「それ、どういう意味よ! それにロマニ! 何故、貴方が通信をかけてくるの! 他のスタッフ、レフは、どうしたの!」

『所長…… 言いづらいのですが、レフ教授はあの爆発の中心部に…… 生存は絶望的かと……』

「は? え、そん、な……」

 

 レフの死。オルガマリーは信じられないと思いながらも否定できない現実に体を震わせた。

 

『現在生き残ったカルデアの正規スタッフはボクを入れて二十人に満たない。ボクが作戦指揮を任されているのはボクより上の階級の生存者がいないためです』

 

 ロマニの説明は絶望に陥っていたオルガマリーをさらに追い詰めるものだった。

 オルガマリーは顔を青白くさせ、通信越しにロマニへ詰め寄る。

 

「ちょっと待ちなさい! 二十人にも満たないって…… それじゃあマスター適正者たちはどうなったのよ!」

 

『全員…… 危篤状態です。医療器具も足りませんので全員を助け出すのは……』

 

「ふざけないで! すぐに凍結保存に移行しなさい。蘇生方法はあとまわし、死なせないのが最優先よ!」

 

『……! 至急手配します!』

 

 ロマニは慌てて生き残っている数少ないスタッフたちに所長の命令を伝えた。

 これで一先ず命をとりとめる事ができたと安堵する。

 

「所長、よろしいのですか。許可のない凍結保存は犯罪行為に当たりますが」

「構わないわ…… 生きてさえいれば後でいくらでも弁明できるもの。それに、47人の命を私一人で背負いきれるわけないじゃない……!」

 

 オルガマリーの声は微かに震えていた。どれだけ威厳を保とうとしていても彼女はまだ人の上にたてるほどの器をもちあわせてはいない。

 それは彼女自身が誰よりも理解している。しかしそれでもだ。

 

「こんな所で立ち止まっている場合じゃない。凍結保存が済み次第、ロマニも交えて、今後の作戦を立てるわよ!」

 

 オルガマリーは自身を奮い立たせるように、現場指揮を続ける。

 



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戦闘開始

 無事、マスター適正者たちに凍結保存を施すことに成功。

 オルガマリーたちは、今後どうすべきかを話し合っていた。

 

『現在カルデアはその機能の八割を失っています。残されたスタッフではできる事にかぎりがあります。なので外務との通信が回復次第、補給を要請してカルデア全体の立て直しを優先すべきかと……』

 

「結構よ。その方針でいくわ…… はあ。ロマニ・アーキマン。納得はいかないけど、わたしが戻るまでカルデアを任せます」

 

『了解。それにしても…… サーヴァントと人間の融合、デミ・サーヴァントがここにきて成功するとは』

 

「そうね。まあ色々と思うところはあるけれど、後回しよ。まずはこの現状を打破する事が先決。これまた不本意ではあるけれど、侵入者── いいえ、坂田銀時。そしてマシュ・キリエライトを探索員として特異点Fの調査を開始することにします」

 

 オルガマリーはビシッと銀時とマシュの二人へと指を向けて、宣言する。

 しかし銀時は、いやいやと待ったをかける。

 

「所長さんよ。俺は部外者なんだぜ。なにも知らねーで、巻き込まれてよ。しかも自分で言うのもなんだが、俺はカルデアに勝手に入った侵入者だ。そいつを信用できるってのか?」

「なに言ってるのよ。信用できるわけないじゃない!」

「ああそうやっぱり、ってはあ!? それで調査しろってか!?」

 

 銀時は冗談じゃないと、オルガマリーの命令を拒否する。

 当然だ。命を懸ける場で互いの信頼は重要なものだ。だからこそ、信用していないと断言する者に背中を預ける気にはなれない。

 

「仕方がないでしょ! 貴方以外にはマスター適正者が残っていないのだから!」

「ふざけんな! 人のことを疑ってくるような奴の命令なんざ、聞けるか!」

  

 オルガマリーの意見は一応、正論ではある。だがその言い方はあまりにも横暴なものだ。

 その上、偉そうな口調が、特に銀時の反発を買ってしまう。

 しかしオルガマリーの性格上、彼女も下手に出るわけにはいかない。上に立つ者、名門の娘、そして所長としての威厳を保つ為、彼女は常に厳しく傲慢な態度を取ってきた。

 だかこその、この物言いなのである。

 銀時からしてみれば最も相性の悪いタイプであり、オルガマリーもそれは同様だった。

 結果二人は相容れず互いに睨み合うこととなってしまった。

 ロマニが文字通りあわわと慌てふためていると意を決してマシュが口を開いた。

 

「所長、先輩。お二人の気持ちは私にもよくわかります。所長の意見も、先輩の意見も、双方共に正しいです。ですが、だからといってお互いに対立し合っていてるようでは事態は悪くなる一方です。ですから、所長、ここは先輩を、マスターを信じてはくれないでしょうか? そしてマスターもどうか所長の頼みを聞いてはくれないでしょうか? 勿論、そのお礼はなんでもします。この私が、先輩のサーヴァントとして」

 

 それはマシュの精一杯の勇気により語られた本音だった。

 オルガマリーはその事に驚き目を丸くする。オルガマリーの知る限りでは少なくとも所長である自分に対してこのように意見する事などなかったからだ。

『坂田銀時』この男がマシュになんらかの悪影響を及ぼすのではないかと危惧してはいた。だが、まさか本当にこれ程までの影響をマシュに与えたというのだろうか。

 

「ハア‥‥‥‥ たくっ。しゃあーねー。わかったよ。確かにこのままじゃ、どうにもならねえしな。だがよぉ、マシュ」

「‥‥‥! は、はい! なんでしょう、マスター!」

「俺はやっぱこいつに命令されて動くのは気に食わねえ。なんかこいつからはマヨネーズニコチン野郎と同じうざさを感じる」

「ちょっと、どういう意味よ! というかニコチン野郎って誰!?」

 

 銀時の返答にマシュは、そうですかと悲しげに俯いた。

 しかしその直後、マシュが予想していなかった言葉が告げられる。

 

「だからお前の考えを聞かせろ」

「え?」

「俺はこの所長さんの『命令』をきくのは嫌だが、マシュ。お前の『頼み』だったらきいてやる。俺は万事屋だ。頼まれたら何でもやる何でも屋。客の頼みは断れねえ」

 

 マシュは数秒瞬きを繰り返し、返答することなく固まってしまった。

 所長の事は気にくわない。上から命令されるのは嫌だ。だからマシュから頼めば協力する。要はそういう事だった。

 あまりにも子供っぽくて意地っ張り。究極の負けず嫌い。 

 銀時という人間を改めて知ったマシュはついぞ我慢できず吹き出してしまった。

 

「ふ、ふふ…… そうですが、さすがは先輩ですね。わかりました。では先輩に頼みます。私と一緒に世界を救ってください」

「りょーかい。その依頼、しかとこの万事屋が引き受けた」

 

 異世界における万事屋の初仕事。

 それは世界を救うこと。

 万事屋史上最大の依頼内容であることは間違いない。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、デミサーヴァントってのは英雄と人間が合体したようなもんなのか?」 

「はい。大雑把に言えばそうなります。ただ、私自身がどんな英霊と融合したのかはわかりません‥‥‥‥」

「まあ、わからなくても何とかなんだろ。さっきも髑髏仮面の野郎、ぶっ飛ばしてたし。充分つえーじゃねーか」

「そ、そんな。あれは不意をつけたからこその勝利ですから」

 

 燃え盛るビル郡を抜け火の少ない道のり、河川敷前を歩きながらマシュと銀時は楽しげに会話を続けている。

 時折出てくる難しい単語に関しては、正直今一わからないので、取り合えずほーんと適当に相づちをうつ。時折、銀時の相づちを真似てか足元を歩くフォウはふぉーうと気の抜けた鳴き声を上げた。

 散々な扱いを受けているわりには銀時には、なついているようだ。

 そんな二人と一匹の後ろをオルガマリーは見るからに不機嫌な様子で歩いていた。

 それも仕方がない。所長という立場に置かれた自分に、この男はことごとく反発してくる。それをプライドの高いオルガマリーが許せる筈がなかった。

 とはいえこの男を相手に口喧嘩では到底勝てそうにない。オルガマリーは前を歩く銀時を睨むだけで不満を漏らすことはなかった。

 

 ピピピピ!!

 

 雑談を続けていたマシュの腕輪から電子音が鳴った。恐らくロマニの通信だろう。

 マシュが通信に出ると慌てた様子のロマニの声が。

 

『全員、今すぐその場を離れて!』

「敵影反応……! これはサーヴァントです! 先輩、所長、ドクターロマンの言う通りここは逃げましょう」

「ああ、もう!」

「ちょっ! いきなりか!」

 

 マシュに先導され銀時たちはその場から一目散に駆け出す。やがて橋下の近くまでたどり着いた。今のところ、周囲を見ても敵らしき者などいないようだが。

 

「骸骨やら髑髏仮面やら。いったい何がどうなってんだよ、この街! 七つの星を持つ男とか出ねーよな!?」

「その何がどうなってんのかわからないから調べてるんじゃない! 走ってばかりで疲れるから大声上げないでくれないかしら!」

「いーや、お前の方が声大きいからね!」

「貴方の方が大きいわよ! 下手したら敵に聞こえかねないわよ!」

「その声も大きいっつーの!」

 

『ーーエエ。二人トモ声ガ大キスギテ位置ガバレバレ』

 

 走りながら喚き散らすオルガマリーと銀時。

 この二人の喧嘩は思わぬ者の登場によって止められることとなった。

 

「先輩、所長! 下がって!」

 

 足を止め、マシュが盾を構える。その先には突如として降り立った一人の女がいた。

 

「これはサーヴァ、ント……?」

 

 この街に来て初めてサーヴァントと対峙したオルガマリーは、敵の異常な状態を見て戸惑う。

 何故なら目の前の女は到底英霊と呼ぶには不出来な姿をしていたからだ。

 全身を覆い隠すように纏わりつくどす黒い影の様な固まり。それは女が動く度にうねうねと動き決して体から離れることはない。

 影に纏われ姿の全容を知るとはできないが、背の高い細身の女であることがわかる。細身の腕には女の背丈よりも巨大で長い槍が握られていた。

 

「間違いなくサーヴァントです。私が倒したサーヴァントと同じく正気ではなさそうですが」

 

 戦闘体勢に入るマシュに女は動くことなく立ちふさがっている。

 

「異物、異物‥‥‥‥ フフフ。ナンテ瑞々シイ」

 

 男を惑わすような美しい声は新しい獲物を見つけ嬉しそうに語る。

 

「べっぴん面なんだがなぁ。明らかにヤバい雰囲気醸し出してやがる。おしいもんだぜ」

「軽口たたいてる場合じゃないわよ…… 見る限りマスターがいないわ。この世界は完全に狂ってしまったということね」

 

 本来、サーヴァントはマスターから魔力を供給してもらわねば現界し続けることができない。

 しかし目の前のサーヴァントはマスターなしで自由に動いていた。

 

「異物二不出来ナサーヴァント。タップリトカワイガッテアゲマショウ」

「……」

 

 マシュの手は微かに震えている。無理もない。髑髏のサーヴァントを倒した時はあくまでも不意をついた故の勝利。

 だが今回は相手に、姿を認識された上での戦い。ある意味、初の本格的なサーヴァント戦と言える。

 

「コノ私ガクラッテアゲル!!」

 

 来る! そう思った時には既に女はマシュの眼前へと迫っていた。

 纏う影の隙間から見える口角がニヤリと歪む。

 殺意と込められた巨大な槍が突き刺さる直前、反射的に盾で受け止めた。

 

 ガキン!

 

 耳障りな音がマシュの鼓膜をつつく。衝撃と不快な音がマシュの顔を苦痛に歪めた。

 それでも尚、女の攻撃は止まらない。

 一撃、二撃と受け止めはするものの防戦一方の状態が続く。 

 

「反撃ハサラナイノデスカ? イヤ、デキナイト言ッタ方ガ正シイデショウカ。アナタハ本能デ理解シテイル。私ニハ決シテ勝テナイトイウコトヲ!!」

 

 ガキンッッ!!

 

「しまっ‥‥‥‥ !!」

 

 ついに盾が弾かれ、無防備になったマシュの腹部へと女の蹴りが入った。

 マシュはそのまま勢いよく後ろへと飛ばされ、地面へと転がっていく。

 

「がはっ! くっ‥‥‥‥」

「弱イ。弱スギマス。トテモ同ジサーヴァントトハ思エナイ。マルデカヨワイ人間ノヨウ」

 

 最早、マシュのことなど格下だと女はゆっくりと歩を進め、余裕な素振りを見せた。

 しかしそこに思いもよらぬ乱入者が現れる。

 

「おらあァァァァァァ!!」

「ッ!?」

 

 本来ならば前線に出る筈のない、マスターである銀時が木刀を構え、女へと迫っていったのだ。

 しかし木刀からは神秘の欠片もかんじられない。   

 サーヴァントからしてみれば、棒切れで向かってくるようなもので、馬鹿にしているとしか思えない。

 

「人間ガ‥‥‥‥ フザケルナァァ!!」

「ぐっ!!」

 

 女の槍が銀時の木刀を受け止める。

 それどころか力で押し負け銀時は後ろへとよろめく。

 完全に無防備となった銀時へと槍先が振り下ろされそうになった、その時

 

「やああああああ!!!」

「ガッ!!?」

 

 ズガンッ!!!

 

 銀時へと標的を変え、マシュから視線を反らした一瞬の隙。

 それをマシュは見逃さず、全身の力を込めて盾を鈍器のように振り下ろし、女の体を貫いた。

 

「カ、ハ‥‥‥‥」

 

 女は血反吐を吐くと光と共に消滅してしまった。

 敵が消え、戦いが終わったことを確認すると、二人の体から一気に力が抜けて、座り込む。

 

「はあ、はあ‥‥‥‥ サーヴァント反応消失。か、勝てました」

「ああ。どーやらそうみたいだな。いや、にしても俺の攻撃が全く効かねえってのはマジでやっかいだったな。こんな敵ばっかかと思うと気が滅入るぜ」

「そ、そうですね‥‥‥‥ せ、先輩」

「ん?」

 

 勝利した筈のマシュは申し訳なさそうな顔を銀時に向けた。  

 

「わたしが不甲斐ないばかりに、先輩にあんな危険な真似をさせてしまって‥‥‥‥ わ、私は先輩のサーヴァントなのに、本当に──」

「あー、やめろやめろ」

「え?」

 

 マシュは銀時に謝ろうとするが、それを察した銀時は手を左右にふって止める。 

 

「髑髏マスクの野郎も槍女も、さっきも言ったが俺の攻撃は効かねえんだぜ? お前がいなきゃどうにもならなかったんだよ、マシュ」

「先輩‥‥‥‥ ! ありがとう‥‥ ございます!」

「別に礼言うようなことじゃねーよ。お前本当に真面目な‥‥‥‥ ま、いいか。それより所長とフォウの奴は橋の上で隠れてっから、迎えに『きゃああああああ!!!』!?」

 

 突然の悲鳴。その声は聞き慣れた所長の声だった。

 驚き橋の上を見ると、そこには、

 

「マサカ、ランサーヲ倒ストハナ。異物ト不出来ナサーヴァントガ」

 

 髑髏のマスクをつけた女のサーヴァントと、捕らえられたオルガマリーとフォウがいた。

 戦いはまだ終わったわけではない。

 



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蒼き魔術師

 橋の上に立ち銀時たちを見下ろすのは、髑髏マスクのサーヴァント。

 最初に倒した髑髏マスクのサーヴァントとは違い、胸がありポニーテールの青い髪から女性であることがわかる。

 オルガマリーは髑髏マスクのサーヴァントに捕まっていた。

 フォウはどうせ何も出来ないと思われているのか、オルガマリーの肩にしがみついたままで、特に何もされるわけでもなく放っとかれている。

 

「所長!」

「おま!? なに捕まってんだ! つーか、また髑髏野郎かよ! まさか複数いんのか!?」

 

 銀時の疑問に、髑髏マスクのサーヴァントは答える。

 

「オマエタチガ倒シタノハ、ワガ分体。我々ハ郡ニシテ個ナノダ。見ルガイイ」

 

 橋と銀時たちの間。もう一人、髑髏マスクをサーヴァントが現れる。

 橋の上にいる髑髏マスクとは違い、長身痩躯の男性の姿をしていた。

 

「クク。私ハ基底ノザイード‥‥‥‥」

「おいおい。一人で何人分だよ、こいつら」

「コレゾ我ガ宝具。サテ‥‥ 本題二入ロウカ」

「ひっ」

 

 髑髏マスクのサーヴァントは捕らえたオルガマリーをチラリと見る。 

 オルガマリーは涙を浮かべ、体を小刻みに震わしていた。 

 

「コノ女ト、コノ‥‥‥‥ リス‥‥‥‥ ? イヤ、ナンデモイイ。コノケモノヲ助ケタケレバ、ギンパツノオトコヨ。キサマノイノチヲサシダセ」

「っ!?」

 

 敵の要求を横で聞いていたオルガマリーは、ただでさけ血の気の引いた顔をより青く染め上げた。

 銀時が自身の命を身代わりにしてまで、オルガマリーを助けてくれるなど到底思えない。

 ついさっきまでだって言い合っていたばかりなのだ。最早自分が助かる道はない。

 

「い、いや『わかった』え?」

 

 思いもよらぬ銀時の返答。オルガマリーは、何を言っているんだと目を丸くした。 

 マシュも血相を変えて叫ぶ。 

 

「マ、マスター! 何を言っているんですか!! 止めてください!」

「わりぃ、マシュ。今は黙っててくれや」

 

 止めようとするマシュに対し、銀時は顔も向けずに言う。

 

「あ、あなた何を言って──」

「だが、その前に教えてくれよ。なんで俺の命を狙う? 最初に出くわした髑髏マスクも俺を執拗に狙って来やがったが」

「決マッテイル。オ前ハ異物。ソレニクワエテ、コノマチデエ唯一ノマスタートナッタ。オマエハ邪魔ナノダ」

 

 動揺するオルガマリーは無視され、話は勝手に進められていく。

 こいつらが何を目的にしているのかは知らないが、とにかくマスターである銀時は障害になりかねないらしい。

   

「はあ‥‥‥‥ こっちは巻き込まれただけだっつーの。まあいい。わかった。ただ、俺は切腹とか絶対無理だからよ、介錯はお前か、そこの男の方のお前のどっちかやってくれや」

「‥‥‥‥ イイダロウ。デハ、マズハボクトウヲステロ」

「へいへい。お前ら相手だったら、木刀があってもなくても同じだと思うけどね」

 

 銀時はサーヴァントの言いなりになり、木刀を投げ捨てた。

 その動きを見てオルガマリーは益々わけがわからないと、恐怖すら忘れていた。

 銀時に対して己が良い対応をしてこなかったことは、オルガマリーが一番自覚している。

 

「なによ、なんで。なんで、なんで!」

「ム? オイ、女。黙ッテ‥‥‥‥」

「ふざけんじゃないわよ! 部外者の癖に! 私に、あれだけのこと言われたのに!」

 

 オルガマリーは叫んだ。意味がわからない。あり得ないと銀時の行為を否定する。

 せっかく助かるかもしれない可能性を投げ捨てまで、オルガマリーは自身の思いを叫び続ける。

 

「私は、私は‥‥‥‥ 貴方のことを信じられないって言ったのよ! 侵入者だからってずっと閉じ込めたし! それに腐れ天然パーマーモジャンボニート侍とか影で言ってたし!」

「腐れ天‥‥‥‥ !? テメェ、んなこと言ってたのか!」

「なのに! なんでよ! なんでなのよ! どうして嫌われ者の私のためにそんなこと出来るのよ! なんの関係もない貴方が!」

 

 オルガマリーとて死にたくない。そもそも本当のところは、とんでもなく臆病だし、こんな戦地に出向く覚悟だって持ち合わせていない。 

 だがそれでも、それ以上に、プライドが高く、それでいて自分というものに自信を持てなかった彼女は認められなかったし、信じられなかった。なんの関係もなかった筈の銀時が嘘をついてまで、自身を犠牲にしようとしていることを。

 他者から疎まれ続けた筈の彼女を、赤の他人が救おうとしている事実を。

 

「死にたくない! 死ぬのは怖い‥‥‥‥ ! でも、でも! 私の為に、関係のない貴方の命まで、犠牲にはしたくないわよ!」    

「‥‥‥‥ うっせーな」 

「は?」

「そんな偉そうなこと言える立場か、お前は。つーか、なんだ? 死にたくないのに俺の命取られるのは嫌だとか、どんだけわがままお嬢様だ。流行りの悪役令嬢か、テメーは」

「せ、先輩?」

 

 思わぬ銀時の返答にオルガマリーは呆けた顔になる。マシュも、思わず先輩呼びに戻ってしまう程に、動揺していた。

 

「だが、まあ。おかげでお前のことがよーくわかった。最初は傲慢ちきの高飛車女だと思ってたが。いや、まあ実際その通りだけどよ」

「な、なんですって!?」

「だが、悪い女じゃねえ。良い女だよ、お前は。少なくとも、他人の、それも嫌ってる俺の命を思ってくれる程にはな」

「え‥‥‥‥」

「いい女ってのはな、幸せにならなきゃいけねーもんだ。って長谷川さんが言ってた」

「‥‥‥‥ 誰よ、そいつ!」

 

 無茶苦茶だ。オルガマリーは、なぜ、そこまでしてと益々意味がわからなくなる。

 恐らく銀時に何を言っても止まらないだろう。だがそのおかけで、意味嫌っていた男の命を犠牲にし、己は助かるのだ。

 オルガマリー自身がそれを許さないと思っていても。

 

「クク‥‥‥‥ 自身ノ命ヲ犠牲ニスルトハ見事。敬意ヲ持ッテ、キサマノ命ヲイタダコウ。ソシテ死ヌ前ニ聞クガイイ!! 我ガ異名(自称)ヲ!」

 

 最早抵抗する気のない銀時の様子を見て、男の髑髏マスクが高らかに叫ぶ。

 

「我ガ名ハザイード!! 暗殺オ『アンザス』ウッテギャアアアアア!!?」

 

 ザイードが異名を名乗り切る前に、突然彼の体が発火した。

 火に全身を包まれ、断末魔と共にザイードが消滅する。

 

「バガザイード!! イヤ、ナンダ! ダレダ。ドコニイル!!」

 

 銀時たちは勿論、分体が死に、髑髏マスクの女も驚き左右を見渡し始める。

 オルガマリーも、また驚き呆然としている。すると彼女の脳内に直接、誰かの声が聞こえてきた。

   

「なにが‥‥‥ 『おい、嬢ちゃん』え」

 

 聞き慣れない男の声。これは恐らく魔術によるものだろう。

 

『聞こえてるなら、直ぐにその場から離れろ。あー、あとそれと気に入ったぜ、あんたらのこと』

「っ!? ああああ!!」

 

 髑髏マスクの女は動揺し、隙が出来ている。チャンスはもう今しかない。

 オルガマリーは勇気をだし、髑髏マスクの女の手を振り払い、その場から逃げ出した。

 

「ナ、キサマ!?」

 

 勿論、このまま逃がすような髑髏マスクの女ではない。即座に捕まえてやろうと動き出す。

 しかし、

 

 ズオ!!

 

「ガハッ!?」

 

 突如、髑髏マスクの女の足元から巨大な藁人形の頭が飛び出してきたのだ。

 髑髏マスクの女は藁に体を取り込まれ、身動き一つ取れなくなってした

 

「我が魔術は炎の檻。茨の如き緑の巨人。因果応報。人事の厄を清める杜──」

 

 何処からか。魔術の詠唱が聞こえてくる。

 それと同時に藁人形は全身を露にする。それはあまりにも巨大で、魔術を知らぬ銀時にも、これがどれだけ大規模な力なのかを理解することができた。

 

「おいおい、コイツは‥‥‥‥ !」

 

 

「焼き尽くせ。木々の巨人

 

         

      "灼き尽くす炎の檻"( ウィッカーマン)!!」

 

 

 藁人形如、髑髏マスクの女が燃えていく。やがて藁人形は完全に燃え付き、女も光と共に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いを終えた銀時たちの前に一人の男が現れた。

  藍色の長髪と深紅の瞳、美青年というよりは荒々しく野生感のある男らしい顔立ち。

筋骨隆々な肉体には少々不釣り合いと思われる、魔術師然としたローブ姿。

 男は銀時たちを見るとニヤリと笑う。

 

「さて自己紹介といこうか。オレのクラスはキャスター。そんで真名はクー・フーリン。他のと違って話の通じるサーヴァントだ。よろしく頼むぜ、何処ぞの時代の漂流者さんよ」 

『ク、クーフーリン!? 本物の大英雄じゃないのか!』

「ええ‥‥‥‥ ! それにさっきの連中と違って、確かに話は通じそうではあるけれど‥‥‥‥」

 

 通信越しに、椅子に座って話を聞いていたロマニは驚き、思わず立ち上がった。

 オルガマリーも真名を聞き、驚きつつも警戒した様子でいる。

 

「おいおい。せっかく助けてやったってのに、そんな警戒すんなよ。銀髪の兄ちゃんにくっつく程(・・・・・)、俺が怖いかね?」

「当然でしょ! 下手したら私も炎に巻き込まれてたのよ!」

 

 オルガマリーはクーフーリンの宝具を思い出して怒鳴った。銀時の右腕に自身の腕を絡めてくっつく姿で。

 

「いや、なんでだよ」

「あた!? なにするのよ、銀髪!」

「オメーも銀髪だろーが。なんでくっついてるんだって聞いてんの」

 

 銀時は、何故か己にひっつくオルガマリーの頭頂部に空手チョップをくらわせた。

 オルガマリーは、未だに銀時に腕を絡めたまま、不服そうに睨んでいる。

 

「あ、当たり前じゃない! さっきも言ったけど私は死ぬのが怖いの! だから、あ、あなたに守ってもらわなきゃ!」

「だったらマシュにへばりつきゃいいだろ」

「え‥‥‥‥ い、いやダメよ! マシュは戦闘要因なんだから、私がくっついてちゃ戦えないでしょ。そ、それに‥‥‥‥ 認めてくれたじゃないのよ‥‥‥‥ 私のこと

「は? なんて」

 

 オルガマリーの声が段々と小さくなっていく。

 

「いや、だから。その私をいい女だと‥‥‥‥ ゴニョゴニョ

「え、なに? ポケモン?」

「そりゃゴニョニョだろーがあァァ!! なんで最後のゴニョゴニョだけ聞こえるのよ! この朴念仁!」

 

 オルガマリーは今まで人から一度も認められたことがなかった。

 これまで所長としてカルデアを維持する者として振舞い上にたつ者としての責任を背負いつづけていたものの、彼女の努力は認められず、それどころか職員の多くからは疎まれ嫌悪されてきた。

 だからこそ、絶体絶命の状況下という事も相まって銀時の言葉はオルガマリーの心に大きく響いたのだ。

 生まれて初めて、自身のことを認めてくれた存在。それも端から見れば口説き文句のような台詞を言われたのだ。

 銀時に対する印象が180°変わっても仕方がない。

 とはいえ銀時はオルガマリーの気持ちのことなど、これっぽっちも気づいていないので、気の効いた言葉などかけられる筈がない。

 結果二人はクーフーリンそっちのけで、あーだこーだと言い争いを始めた。

 すると突然、ガンッ!! と大きな音が後ろから響き、二人は口を閉じて振り返った。

 そこには拳を握りしめて、ニコニコと笑うマシュがいた。

 

「おや? 何処かでガレキでも崩れたのでしょうか? 所長もマスターも。クーフーリンさんが困っていますよ。話を続けましょう」

「あ、はい」

「なんか、すいません」

 

 謎の威圧感に圧倒されたオルガマリーと銀時は、マシュの言葉に素直に従った。

 ちなみにオルガマリーは、マシュから目を逸らしつつ、銀時から離れた。

 

「関係が良好そうで羨ましい限りだよ。で、早速だが本題に入らせてもらう。あんたら、俺と手を組まねえか?」

「‥‥‥‥ 手を組む、ね。まあこっちとしちゃあ、棚からぼた餅だが、なんでそんな提案してくる? お前さんにメリットはあんのか?」

 

 先程の戦いから、クーフーリンの実力は中々のものであることがわかる。

 それに対し、こちらはお世辞にも戦力として数えるには強いとは言えないのに、態々向こうから接触してくるとはどういうことだろうか。

 

「そりゃあ簡単な話。あんたらがさっきの奴等に比べれば百倍マシだからだ。それと‥‥‥‥」

 

 クーフーリンはチラリとオルガマリーを見る。

 

「嬢ちゃんにはもう言ったが、あんたらを気に入っちまってね。となりゃあ手を組むのも道理だろ?」

「‥‥‥‥ 要は俺ら以外に、この街にはまともな人間がいないってことか」

「理解が早えーじゃねーか。ま、そういうことだ。この街には、もうあんたら以外に人間はいねえ。街を炎が包むと共に全て消えてしまった」   

『っ! まさか‥‥‥‥』

 

 銀時の推測をクーフーリンは肯定する。

 通信を聞いていたロマニは、そんなバカなと顔を青ざめた。

 

「あんたらの事情は大体分かるが‥‥‥‥ この時代の正しい歴史ってのが、何なのかはわからねえ。だがそれでもわかることは一つ。俺たちの聖杯戦争は完全に狂ってしまったということだ」

「聖杯戦争‥‥‥‥ ! そうだわ。確かに、この時代の冬木では聖杯戦争が行われていた」

「聖杯戦争?」

 

 銀時がなんだそれ? と首を傾げていると、ロマニが聖杯戦争についてざっくりとではあるが、説明をしてくれた。

 

『聖杯戦争とはある種の儀式のことなんだ。戦争といっても国と国とよる大規模な戦いではなく、選ばれた七人の魔術師とそれぞれに召喚されたサーヴァントよる表には決して知られる事はない秘匿された戦い。この戦いに勝ち残った魔術師は聖杯を得る事ができるんだよ』

「聖杯?」

『聖杯とはあらゆる魔術の根底にあるとされる魔法の釜。聖杯は万能の願望機と呼ばれ持ち主のあらゆる願いを叶えてくれるとされているんだ』

「無茶苦茶うさんくせー話だな。んな眉唾もんに命を賭けるくれーならドラゴンボール探した方がマシだぜ。つーかこの街がこんな有り様なのは、その聖杯戦争が原因なんじゃねーのか?」

 

 銀時の疑念を聞き、オルガマリーも同意し、頷く。

 

「そうかもね…… でも、少なくとも歴史がこうして改編される前はそんな事はなかった筈よ。サーヴァントも魔術師も、存在は全て秘匿され歴史の表舞台に立つ事はなかったわ。それがどうしてこうなってしまったのか、原因は不明だけれど」

 

 オルガマリーは視線をキャスターへと移し、こうなった原因はなんなんのか。眼だけで問いかける。

 

「さて、なんでこうなったのかは俺にもわかりゃしねぇ。ただわかることは一つ。聖杯戦争は再開された。ほぼ無理矢理だが、ある一人の騎士によってな」

『それも、サーヴァントですか』

「ああ。サーヴァント、セイバー。奴さん、水を得た魚みてぇに暴れだしてよぉ…… セイバーの手でアーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー、アサシンが倒された。そして倒されたサーヴァントはさっきのランサーやアサシンよろしく真っ黒な影に覆われサーヴァントとしての自我を失った」

「そんな‥‥‥‥」

 

 誇り高き英霊たちが自我を失い、街を彷徨い続けている事実を知り、マシュは胸を痛める 。

 本物ではないといえ、同じくサーヴァントになったマシュだからこそ、感じる痛みだった。

 

「まあ、そう気を落とすなよ盾の嬢ちゃん。連中も俺も所詮は影法師。元々、魔力や聖杯がなけりゃあ消えてなくなるような存在だ。それに、あんたらが倒してくれたおかげで連中もすっきり成仏しただろうよ」

「そうだといいのですが‥‥‥‥ そういえば、他の自我を失ったサーヴァントの方々は何処にいるのでしょうか? 少なくともあと、三人はいると思うのですが」

「黒いライダーはあんたらと会う前に仕留めた。バーサーカーに関しては放っておいても問題はねぇだろ。力はあるが理性がねえ分、こっちから手を出さなきゃ襲ってはこねえ。アーチャーも残っているが、セイバーにひっついていやがる。セイバーを狙えば、必然的に相手をすることになるだろうな」

『セイバー‥‥‥‥ 聖杯戦争を再開した原因か。もしかして、そのセイバー、そしてアーチャーを倒せば──』

 

 ロマニの推測を聞き、クーフーリンは頷く。

 

「ああ。聖杯戦争は終わる」

「成る程ね…… 恐らくこの時代のこの時間において大きな出来事である聖杯戦争を終わらせる事ができれば、この特異点Fの異常もおさまる可能性が高いわね。でも居場所はわかってるの?」

「ああ…… この土地の心臓──」

 

 キャスターの視線は都市から離れた山へと向けられる。

 

「大聖杯の眠る地に奴はいる」

 

 この特異点の最大の壁、セイバー。立ちはだかるであろう最大の敵。

 それぞれの思いを胸に銀時たちは原因解明の為、大聖杯に向かうこととなる。




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激突

 


 クーフーリンからの手を組まないかという提案。

 聖杯戦争を終わらせたいクーフーリンと聖杯を手に入れ、元の時代に戻りたい銀時たちの利害は一致している。それ故に、クーフーリンの提案に乗ることを決めた。

 一先ずは、一息つこうと体を休める為、彼らはその場にあった瓦礫の上に腰をついていた。

 

「はあ‥‥‥‥」

 

 そんな中、マシュは暗い表情でため息をついていた。

 その様子を見ていたオルガマリーは銀時に耳打ちをする。

 

「ちょっと、銀時。なんだかマシュの様子が変だわ。あなた、マスターなんだから、何か言ってあげなさいよ」

「いや、それはいいけどよ。なんでいつの間にか名前呼び?」

「べ、別にいいでしょ! いいから早く行きなさいよ!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように銀時を急かす。

 銀時は、へいへいと気だるそうにしながらもマシュの前に立った。

 

「あー、マシュ」

「せ、先輩?」

「どーした、辛気くせえ顔して。うんこか」

「お前の辞書にはデリカシーという言葉がないのかぁぁ!」

「へぶしッ!?」

 

 オルガマリーの渾身の力を込めた拳が、銀時の顔面へクレーターが出来るほどにめり込んだ。

 それを見ていたクーフーリンは、あれは銀髪の兄ちゃんが悪いと呟いた。

 

「…… その、お手洗いについては特に問題はありません。はい」

「マシュ!? 真面目に答えなくていいわよ!」

「ですが…… どうしても気になる事があります。私は、その…… サーヴァントとしての力、宝具が使えません。このままではこれから起こる戦いのお役にたてないのではないかと……」

「あん? だったらその辺の武器屋にでも行けばいいだろ」

 

 殴られた顔面を擦りながら、銀時が言う。

 

「それは防具よ、このドラクエ脳! 防具じゃなくて宝具。宝具というのはサーヴァントの扱う武器のことよ。サーヴァントにとっての切り札であると同時にその者の真名を明かしてしまう諸刃の剣ね」

 

 オルガマリーはツッコミつつも丁寧に説明をする。

 宝具とはサーヴァントが生前に有していた武器や技、そして逸話として伝えられた伝説などが具現化されたモノのことだ。

 宝具は発動する場合、必ず宝具の真名を声に出さなければいけないため、結果的にサーヴァントの真名を敵に知られてしまう場合がある。

 故に宝具はここぞという時にのみ発動されるのが基本とされている。

 しかしマシュの場合は、その、ここぞという時にも宝具を発動させることができないのだ。

 

「宝具が使えない。これでは私はただの欠陥サーヴァントです」

 

 マシュは項垂れ落ち込み自虐的になってしまう。

 

「なーにバカ言ってんだよ、お前は。宝具だか何だか知らねーが、んなもん使えねーくれーで人間の値札が決められてたまるかよ。んなこと言ったらそこの所長も欠陥だらけの不良品だよ」

「そうよ、貴女だけのせいじゃないわ…… てっ、ナチュラルに私を不良品にしないでよ!」

「先輩…… ありがとうございます。ですが、やはり宝具が使えないというのは心許ないです」

 

セイバーはたった一人で五人のサーヴァントを倒すほどの猛者だ。確かに、これから起こるであろう戦いに宝具無しで挑むのはあまりにも無謀と言える。

 

「使えないってのちょっと違うな、嬢ちゃん」

 

 口を開いたのはクーフーリンだった。

 思わぬ言葉にマシュは目を丸くして聞く。

 

「それはどういう……?」

「使えないんじゃねぇ。使わないだけだ。サーヴァントになった時点で嬢ちゃんは宝具を使える筈だ。なのに宝具が発動しないのは、魔力が詰まっちまっているからだろう。ま、つまりは宝具を放つ弾け具合がたんねえってことよ」

「そうなんですか!? ということはもっと私がやる気を出せば宝具を発動できるのですね」

 

 マシュの声は一気に弾んだモノへと変わった。

 未だ使えないままだが宝具が発動する手立てが見つかっただけでも儲け物と言えよう。

 

「いいか、宝具ってのは本能だ。本能が呼び起こされる様な事が起これば自ずと目覚める筈だ。だから今は気にすんなってこと。さ、休憩はこの辺で終わりにして、そろそろ行くぞ! と、そうだ。その前に一つ。銀髪の兄ちゃん」 

「ん? なんだよ」

「ま、ちょっと、な」

 

 訝しげな目で見る銀時に、クーフーリンはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてしばらく。

 歩く銀時たち一行はついに、大聖杯の眠る地下へと続く洞窟前にたどり着いた。

 

「着いたぜ。この洞窟の最奥にセイバーと、聖杯がある」

「言われなくてもわかるわ‥‥‥‥ ここから漏れる魔力濃度は異常よ。なんか気持ちわる‥‥‥‥ うぷ」

 

 クーフーリンは洞窟の奥を指差す。オルガマリーは内部から感じ取られる魔力量に吐き気を催していた。

 

「フォッ! グゥウウ‥‥‥‥ !!」

 

 感じ取られる魔力の気配は内部からだけではない。銀時たちの背後から嫌な気配を感じ取ったフォウはふりかえり、毛を逆立て唸った。

 

「おう、お前かアーチャー。相変わらずセイバーを守ってんのかよ、この信奉者」

「信奉者になったつもりはないんだがね。つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」

 

 銀時たちの前に現れたのは、顔に赤い刺青のような物を浮かび上がらせる白髪の男、アーチャーだった。今までの自我を失ったサーヴァントたちとは何処か雰囲気が違うようだった。

 男はクーフーリンの皮肉を適当にあしらう。

 

「要は門番じゃねーか。なにからセイバーを守ってんのか知らねーが、ここらで決着をつけようか」

「ふん。悪いがそこまで暇じゃないんでね。それに私の相手は── 君じゃない」

 

 光と共に何もなかっはずの空間から、アーチャーの手の中に弓と剣が出現する。そして剣は形を変え矢となり射てられた。

 その矢先はクーフーリンではない。盾の隙から見えるマシュの眼前へと迫っていたのだ。

 それに気づいた銀時がヤベェ! と叫び慌ててマシュをどかし

 

「先輩!?」

 

 マスター銀時の行動にマシュが目を見開く。アーチャーの放つ矢を受ければ人間である銀時は人溜まりもない。

 マシュは最悪の結末を想像したが、それは杞憂に終わる。

 

「エイワズ !」

 

 キャスターが魔術を唱えた。

 キャスターの詠唱の効果か。矢は炎に包まれマシュに到達することなく燃え尽きた。

 

「寂しいことは言いっこなしだぜ、アーチャー。それとも俺の相手は自信がねえか?」

「キャスター…… 何度も言わせないでほしいのだがね。君に用はない。そこを退け」

「退いてどうする? 盾の嬢ちゃんを殺すか? お前さんがそうまでして熱心に狙うってことは、嬢ちゃんはセイバーにとってよっぽど都合の悪い敵。つまり俺たちにとっちゃ、切り札ってことでいいんだよな」

「……!」

 

 キャスターの言葉にアーチャーは眉を寄せる。

 マシュもまさか自分の事を切り札と評価するキャスターに驚いた顔を見せた。

 

「クーフーリンさん。それはどういう……」 

「行けばわかるさ。セイバーを守るアーチャーが必死になってあんたを狙ってんだ。てことは嬢ちゃん、もしくは嬢ちゃんの持つ盾に何かあると思うのは当然だろ」

「…… ですが私は宝具がーー」

「嬢ちゃん。確かに嬢ちゃんは未だに宝具は使えねえままだ。だがこの国には火事場のバカ力っつー言葉がある。ようは嬢ちゃんの覚悟にかかってるってことだ」

「覚悟……」

「なあに、嬢ちゃんならやれるだろう。何せあんたのマスターはその銀髪の兄ちゃんなんだぜ」

 

 マシュは隣に立つ銀時へと視線を向ける。

 守られるべきであるあずのマスターでありながら身をていしデミとはいえサーヴァントであるマシュを守ったこの男を。

 

「はっ、とんだ過大評価だよ。俺はあんたの思ってる程大層な人間じゃねーさ。だが……まあ、マシュ。お前の背中を守る位のことはくらいならできる。だからお前も、肩の力抜いとけ」

「はい…… 先輩!」

 

 緊張により強ばっていたマシュの顔は笑顔に変わる。

 クーフーリンはそんな二人を見てふっと笑った。

 

「覚悟は決まったな! 銀髪の兄ちゃん、嬢ちゃん、ここは俺に任せて行け。洞窟の中に奴が、セイバーがいる!」

 

 クーフーリンがアーチャーへと飛び出し一気に間合いを詰めた。

 一瞬、攻撃が封じられたアーチャーの隙をつき銀時たちは洞窟の中へと走って行く。

 

「おのれ!」

「そう怒るなよアーチャー。それとも俺が相手じゃ不安か?」

 

 一触即発。魔術師の英霊と弓兵の英霊。今、二人の英雄ぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 道中襲いかかるスケルトンの群れを蹴散らしながら洞窟内を駆け回った銀時たち一行はついに大聖杯の地に辿り着いた。

 彼らの目に入った物。銀時はただただ驚愕し、魔術をよく知るオルガマリーはその強大さを理解し普段の威厳も忘れ口をポッカリと空ける。

 

「これが大聖杯…… 超抜級の魔術炉心じゃない……」

 

 彼らの目前に広がるのは洞窟内とは思えぬ広い空間内に聳え、塔のようには巨大な岩の絶壁。暗闇の洞窟を淡く漂う紫の光が照らしている。

 その様はまるでこの空間だけこの世から隔離された異空間。そう感じざる得ないほどに大聖杯は異質だった。

 

「なんで極東の島国にこんなものがあるのよ……」

『資料によると、制作はアインツベルンという錬金術の大家だそうです。彼等はある目的を果たす為に他の一族と共にこの大聖杯を作りあげたそうですがーー』

「ほう。面白いサーヴァントがいるな」

 

 オルガマリーの疑問に通信越しにロマニが答えようとしたが、それは一人の少女の声によって遮られた。

 声のした方向へと一斉に顔を向ける。声の主は聳え立つ絶壁の上に立ち、金色でありながらも奥底に闇を思わせる怪しげな瞳で銀時たちを値踏みするかのように見据えていた。

 人形めいた真っ白な肌が漆黒に染め上げられた鎧を一層目立たせる。その風貌は美しくも恐ろしい。この世の邪気全てを纏ったかの様な少女にオルガマリーは息をのみ、マシュは肩を震わせる。

 

「なんて魔力放出…… ! あれがセイバー……」

 

 マシュは震えた声で少女のクラス名を言う。これから自分達はあれ程の敵を相手に戦わねばならないのか。 

 覚悟を決めようとも恐れは変えられない。盾を握る手から嫌な汗が流れた。

 

「一人で五人も倒した奴だって聞いてたからよ。どんなゴリラみてーな奴がいるかと思ったんだが‥‥‥‥ まさかこんなベッピンとはね」

「こんな時によく軽口叩けるわね……」

 

 敵を目前に相も変わらずな銀時にオルガマリーは呆れる。

 しかしマシュはそんな銀時を見て何故だか、すっと肩の荷が一気に降りたような気がした。

 もしかしたらこの軽口も彼なりのマシュへの気遣いなのかもしれない。

 

「まあ、槍使いのねーちゃんと違ってまだまだガキみてーだけどな。体の一部分もそこの岩みたいに絶壁だし──」

「まじでこんな時に何処の話してんのよォォ!!」

 

 オルガマリーのツッコミの一撃により銀時はヘブシ! と小さな悲鳴と共に吹っ飛んだ。

 自分を気遣うからこその発言…… なのだとマシュは思うことにした。

 

「盾…… か。名も知れぬ娘に異物のマスター。些か力不足でははあるが、その能力は未知数…… 成る程。ここまで辿り着くことができたのにも納得がいく。いいだろう構えるがよい。私に今の貴殿の力量を見せてみろ」

 

 セイバーが漆黒の剣を構える。

 銀時が木刀を構えマシュが握る手に力を込める。 

 この時代特異点Fでの最終決戦始まろうとしていた。

 




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宝具

 セイバーの剣技がマシュに向かい容赦なく振るわれる。マシュは懸命に盾を使いガードをするが、それが精一杯。

 反撃の余地もなく防戦一方の状態に陥っていた。

 

「くっ……」

「どうした? 攻めに来ないのか」

 

 一撃一撃があまりにも重い。小柄な体からは想像出来ない程の強力な攻撃が襲いかかる。

 盾を越えマシュの体に当たれば確実に体が吹き飛ぶ。

 最悪な結末が頭に浮かぶ。しかしそれでもマシュは怯まない。恐怖を感じることはあれど諦めはしない。

 何故なら自分にはマスターが、あの男がいるから──

 

「おらあァァ!!」

「……!」

 

 マシュへと攻撃を集中させていたセイバーが木刀を構えた介入者の手によってついにその場から離脱する。

 介入者の正体はマシュの仮のマスター、坂田銀時だった。

 古風な着物に洞爺湖と彫られた木刀。謎多き人間の登場にセイバーは動きを止める。

 

「異物、か。いったいなんのつもりだ?」

「決まってんだろ? こいつは戦いなんだからよ。俺が参加しても構いやしねーだろ」

「ふん。勇猛果敢な戦士というにはあまりにもふざけている。しかし‥‥‥‥ だからといって脆弱な魂を持ち合わせているわけでもない。妙な男だ」

「そんな変人に見える? 俺は、ただの侍だよ。ジャンプ愛好会のな」

 

 銀時はニヤリと笑う。

 

「ジャンプ…… ?  なんだそれは。益々意味がわからん。だが侍…… か。成る程、極東の島国の戦士、侍。それが貴様の正体か。騎士道を誇る我らとはまだ別の思想の元に戦う戦士だったとはな。どうりで貴様という存在を理解できぬはず」

 

 セイバーもまた不敵に笑うと剣先を向ける。

 

「だが同じく剣を取り自らの誇りにかけて戦う者には変わりあるまい。なれば例え貴様が人間であろうとも、我が聖剣、約束された勝利の剣(エクスカリバー)の力を惜しむことなくぶつけてやろう」

「んなっ!? エクスカリバー!!?」

 

 セイバーの言葉に、岩影に隠れてた戦いを見守っていたオルガマリーは目を見開き、震えた声で叫んだ。

 エクスカリバーが何なのか。それを知っているのかマシュも同じく動揺した様子を見せる。

 何のことやらさっぱりわからない銀時は一人、え、なに? 俺だけ知らない感じ? と別の意味で動揺していた。

 そんな銀時の疑問に答えるべく、最早ていのいい解説役になってしまったロマニが通信を開く。

 

『なんかボクの扱いが悪い気がする! いやそれよりも、エクスカリバー…… これはまずいぞ! その聖剣の持ち主ということは彼は、あいや、彼女はあのアーサー王だということだ!』

 

 『アーサー王』それは世界中の誰もが知る物語「アーサー王伝説」に登場する円卓の騎士の一人であり、ブリテンの伝説的君主。

エクスカリバーは知名度と逸話として伝えられる能力から察するに驚異的な力であることが容易に想像がつく 。

 

「銀時、マシュ! 一旦退きなさい! あなたたちだけじゃ、そいつには勝てない!」

「所長…… 今更それは無理かと。第一彼女の前では……」

 

 マシュの盾を握る手が震えと緊張によりより一層強くなる。

 

「逃げることさえ許されない──」

「そういうことだ」

 

 刹那。 

 会話によって一瞬生まれた隙。セイバーはすかさずマシュへと跳び出し剣を突きつける。

 

「あぐっ‥‥‥‥!」

 

 盾で防ぐも衝撃までは消しきれない。

 体は強制的に後方へと後退させられ銀時の足元へと転がって行った。

 

「マシュ!!」

「すみません‥‥‥‥ 先輩」

  

 銀時はセイバーを警戒しつつ、マシュの安否を確認した。

 幸いそこまでのダメージはない。しかし衝撃と恐怖からかマシュの手は震えていた。

 

「ふん。マスターはまだしも、サーヴァントの貴様はつまらんな」

「っ!!」

 

 セイバーは冷たい目を向け、剣を構える。

 すると剣から黒い光が溢れ始めた。

 

「これで終わりにしよう」

「魔力反応増大‥‥‥‥ !! マスター! 私の後ろに」

 

 マシュは震える体を無理矢理お越し、銀時を背に盾を構える。

 セイバーから感じ取られる膨大な魔力量。

 彼女は終わりにすると言った。それはつまり、

 

「宝具が‥‥‥‥ !! 聖剣が来ます!!」

 

 恐らくこの世で、最も有名な聖剣。

 アーサー王をアーサー王たらしめる最大の武具にして最強の力。

 

「光を呑め────

  約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!!!

 

 セイバーの振りかざした聖剣から黒い魔力の光が砲弾の如くマシュへと放たれる。  

 黒い光は巨大な剣の形を模し、地面を抉り空気を裂くように突き抜けた。

 

「マシュ!」

 

 銀時の叫びに答える余裕は既にマシュにはなかった。

 エクスカリバーの攻撃を全てマシュ一人の力で抑え込こんでいたからだ。

 聖剣の攻撃を受けて尚、盾は欠けることがない。しかし盾を扱うマシュ自身は今にも地に伏してしまいそうなほどに体力を削られていた。

 伝う汗が視界を狭める。盾を握る手から力が抜けていく。

 足は震え、呼吸もままらなくなってきた。

 だがそれでも攻撃が止むことはない。

 光は弱まることもなくマシュの盾に食らいついてくる。恐らくこの光はマシュたちを呑み込むまで消えることはないのだろう。

 反撃の余地もなく、最早、攻撃を抑え込む力もない。

 だが、それでも

 

「あああああああ!!」

 

 彼女は諦めない。

 消えようとする意識を半場無理矢理にでも震いたたせる。

 ここで自分が折れればどうなる。

 所長がフォウが。そして先輩と慕う坂田銀時の為にマシュは己の身を捨てでもセイバーに立ち向かう。

 しかしその決意もセイバーは無情に切り捨てる。

 敵の魔力の光は力を弱める処かさらに出力が上げられた。

 

「ぐっ…… う……」

  

 諦める気など毛頭ない。だがそれでも体はどうしてもその気持ちに追いつかないのだ。

 ついに片膝つき視界が黒に染まりかけた、その時ーー

 

 

「よく……やったぜ、マシュ」

 

 彼女の肩を優しく叩き真っ直ぐな目を向ける一人の男がいた。

 

「先輩…… !」

 

 本来ならば守られる立場であるべき筈の銀時は今、マシュの横に立っていた。

 

「マシュ、お前、ジャンプの三大原則って知ってるか?」

「え……?」

「友情努力勝利の三大原則。ロボに魚に一つ目猫にワニ、それにゴリラも知ってるような原則だ。どんな強敵が前に出てこよーが、どんだけ心がぶっ壊れちまいそうになろーが、最後にはテメーの仲間が支えてくれる。それがどんなに無謀でバカみてーなことでもな」

「先輩…… それは」 

「だから信じろ、マシュ。お前の隣にいる、どうしようもねえ仲間(バカ)をよぉ」

 

 その時、銀時の右手が一瞬赤く光ったように見えた。

 その光景を影から見ていたオルガマリーは息を呑む。

 

「あれは、まさか令呪を‥‥‥‥ !」

 

 令呪。それはサーヴァントに対する絶体命令権。または単純な魔力の増強としても使える。銀時にはまだ詳しい説明はしていない。

 恐らくはこの土壇場で無意識に発動したか。

 

「…… はい…… ! 先輩── マスター!」

 

 再び握る手が、疲労しきっていた体全てに力が沸き上がった。

 銀時の激励と令呪による単純な魔力のブースト。

 その二つが合わさりマシュの闘志を奮い立たせる。

 この攻撃を抑え込めるのか。勝てるか負けるか。

 そんな事はわからない。だが、この男の言葉なら信じられる。

 

「「おおおおおおおおォォォ!!」」

 

 二人の雄叫びが洞窟内に響き渡る。

 その叫びにセイバーは顔を歪め、オルガマリーは僅かな希望に思いを託した。

 それに応えるようにマシュと銀時、二人の前に盾を中心に青い光が現れ、形をなしていった。

 光は巨大な壁となり聖剣の光をセイバーの元へと弾き返えす。

 

 

「宝具展開!」

 

「これが俺たちの── 

      カメハメ波だァァァァ!!

 

「絶対、違えェェェェェェ!!!」

「バカな! あの盾は──」

 

 マシュが、銀時が叫ぶ。そしてオルガマリーのツッコミが響き渡ったと同時、黒い光はそのまま主人であるセイバーの体を呑み込み爆発した。

 

 

 

 

「今のがマシュの宝具なの?」

 

 マシュの引きおこした力にオルガマリーは驚愕していた。

 衝撃で巻き上がる土煙。その中に小ぶりな人影が映る。

 セイバーだ。

 彼女はあの攻撃をまともにくらいながらも未だ生きていた。

 しかし体の至るところに傷をおい、顔は苦痛に歪んでいる。

 

「やり、ました……」

 

 ついにやった。喜びの声を無意識に漏らすがついに体力はつきマシュは地に倒れ伏した。

 ここまでよくやったと言うべきだろう。

 元々戦闘経験のないマシュがボロボロになってまでセイバーの攻撃を止めたのだ。

 だがそんなマシュに対しセイバーは感嘆の声もなく機械的に歩を進め倒れるマシュを見下ろすように立つ。

 

「ハァ、ハァ‥‥‥‥ まさかこちらの魔力が先に尽きるとは。全く、奴め(・・)‥‥‥‥」

「まずい! マシュ…… 立って!」

  

 

 最早意識がないのか、オルガマリーの声にマシュは答えることはなかった。

 

「だがこれで終わりだ。今度こそ」

 

 ただ死にかけの虫を駆除するようにセイバーが剣をマシュへと振り下ろそうとした、その時だった。

 

「待て…… 奴は何処だ?」

  

 セイバーは気づいたのだ。

 さっきまでマシュと共にエクスカリバーの攻撃を止めマスターの姿がないことに。

 突然の事に動揺し、セイバーの動きが止まった。

 

「…… 信じています…… 先輩!」

 

 か細くも力強い声が聞こえた。

 声の主はマシュだった。倒れ意識などもう既に消え去ったと思っていた少女から確かに聞こえたのだ。

 未だ諦めていない決意の込められた声が。

 

「まさ── か」

「よう」   

 

 セイバーの視界の端に木刀を握る男の姿が映った。

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。大聖杯へと向かう前。銀時たちが休憩を終えて出発しようとしているとクーフーリンが銀時を呼び止めたのだ。

 

「──その前に一つ。銀髪の兄ちゃん」

「ん? なんだよ」

「ま、ちょっと、な。兄ちゃんの木刀を俺に見せてくれよ」

 

 銀時は何だと思いつつも、特に断る理由もなかったので木刀を渡す。

 するとクーフーリンは木刀をまじまじと見て、

 

「こいつは中々だな。ちとカレー臭いのが気になるが。お前さん、こんなもの何処で手にいれた?」

「通は‥‥‥‥ あ、いや修学旅行で洞爺湖の仙人から貰った。なんかお前は選ばれしナンチャラだとかで」

「一番重要な部分がわかんないんですけど。ていうか修学旅行って」

 

 オルガマリーは呆れてツッコム。

 

「ま、出自に関してはこの際いいけどよ。問題なのはこの木刀には神秘がないってことだ。神秘がなきゃ名刀だろうとサーヴァント相手には戦えねぇ。だから俺が一つ、手を加えてやるよ」

「は? おいおい、なんか変なことする気じゃねーだろうな」

「むしろ良いことだっつーの。俺のルーンをあんたの木刀に仕込む。これがありゃあサーヴァントにもダメージが通るだろう」

 

 クーフーリンはそこまで言うと、ただしと続ける。

 

「それは一回限りだ。あんたの木刀がセイバーの肉体に一回でも触れればルーンの魔力が爆発する。相手の状況にもよるが、かなりのダメージにはなるだろうさ。ま、使い時は考えるんだな」

 

 

 ルーン魔術を仕込んだ木刀を銀時へと投げ渡し、クーフーリンはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は戻り──

 

 

「まさかサーヴァントではなく人間の一手で致命傷を負うとは‥‥‥ 私も力が緩んでいたらしい。いや、それもまた言い訳か。敗因は守る者の力の強さを甘く見た私の愚かさ、か」

 

 セイバーの黒い鎧の腹部は砕け、病的なまでに美しい白い肌が露となっていた。ただし眼を瞑りたくなるほどに真っ赤な血を流して。

 

「いやいや、オメーさんもたった一人でよくやったよ。俺らを相手にな」 

 

 セイバーに止めをさした張本人である銀時がマシュに肩を貸しながら言った。

 セイバーは銀時の言葉にふっと笑う。

 

「人間の身でありながらサーヴァントを打ち負かした貴様に言われてもな。といっても、実を言うとそこまでの驚きはない。寧ろ何故か以前にも似たような── いや、それはただの夢、あるいは気のせいか」

 

 面白い物を見せてもらったとセイバーは密かに笑みを浮かべた。

 さっきまで敵同士であったにも関わらずまるで友人の様に話す二人。

 そんな中でマシュは銀時の腕に寄り添いながら何度も瞬きをしながら見ていた。

 これがコミュニケーション能力という物かと驚くも会話に入れないマシュ。

 何となく居心地が悪いなと思い始めた時、おかしな介入者が現れた。

 

「待たせたな!」

「きゃああああ!!」

  

 意気揚々とした男の声がしたと思ったらオルガマリーの悲鳴が響いた。

 何事かとセイバーを含む三人がオルガマリーの方を見るとそこには、頭にアンテナのような角を二本生やし、地デジカと書かれた黄色いレオタードを着たキャスターがいた。

 

「いや、お前なにしてんのおォォォ!?」

「色々とあってな…… だが、アーチャーは倒した! 次はおめーさんだ、セイバー!」

「戦いならば、とうに終えたぞ。キャスター」

「まじかよ、おい!」 

「きもい! なんだよくわからないけれど、キモいわ! なんなのよこれは!」

 

 鳥肌が浮かび引きまくるオルガマリーを他所にキャスターは叫ぶ。

 

「いいかテメーら。近未来百年先までの地球においてアナログ放送の痕跡は発見できねえ。俺の直感がそう言っている」

「いや、それどこのバカデアス! つーかとっくにアナログなんてねーから。もう既に消滅したから。さっさとお前も消滅してくんない!」

 

 なんか変な電波をキャッチしたキャスターに銀時はツッコミを入れた。

 

「生憎だっな銀髪の兄ちゃん。この程度でくたばれるんなら俺は英雄になんぞなっちゃいねぇ…… ってあれぇ!? なんか消滅しかけてる!? なんか体から光出てる!」

 

 キャスターの言う通り。彼の体からは淡い光が出ていた。それと同時に彼の体は薄く消えていく。

 そしてそれは彼女、セイバーも同様だった。

 

「つまりはそういうことだ、キャスター。結局、どう運命が変わろうと、同じ結末を迎える」

「あ? どう意味だそりゃあ。テメェ、何を知っていやがる?」

 

 消え行く中でセイバーはまるで何かを悟ったかのように語る。

 

 「いずれ貴方も知る、アイルランドの光の御子よ。『グランドオーダー』聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりという事をな」

「冠位指定グランドオーダー…… セイバー! どうして貴女がその呼称を知っているの!」

 

 血相を変えてオルガマリーが問いかける。だが、それにセイバーが答える前に彼女は、完全に消滅してしまった。

 セイバーの消えた後には水晶体が残されていた。

 

「結局なにもかも分からずじまいかよ。まあ仕方がねえ。嬢ちゃん、兄ちゃん! あとの事は任せたぜ」

「キャスターさん!」

「偽デジカ!」

 

 キャスターもまた笑みを浮かべるとその場からついに消えてしまった。

 あとに残された三人と一匹はしばらくポツンと立ってたが、通信が入る。

 

『よくやってくれた。マシュ、銀時くん。君たちの姿がきちんと確認できないのが残念だよ』 

「まじか。じゃあ所長があんなことやこんなことをしてる姿も見えねーのか」

「何アホな事言っているのよ!」

 

 オルガマリーのチョップが銀時の後頭部にクリーンヒットした。

 それを見てマシュが笑い、通信の向こうでロマニがえええと慌てふためく。

 フォウも元気よく鳴いていた。

 セイバーに勝利し、誰一人欠けることなく生き残った。

 そう。全ては終わったのだ。

 誰もが羨むハッピーエンド──

 

 

 

 

 

 

 

 パチパチ

 

 そう確信していた銀時たちの耳に、ゆっくりと両手を叩く音が聞こえてきた。

 しかしこの音は勝利を讃える賛美の拍手だとは思えなかった。何処か人を小馬鹿にしているような皮肉の込められた嫌みな拍手。

 少なくとも一人、銀時はそう感じていた。

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」

 

 声の主。

 それは絶壁の上に立ち紫の淡い光をバックに立っていた。マシュやオルガマリーには見なれた存在。

 オルガマリーにとって最も信頼できる男。

 

「レ…… フ?」

 

 オルガマリーが嬉しそうに彼の名前を呟いた。

 



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終わりと始まり

 

 

「天にまします我らの父よ」

 

 黒装束に身を包む少女は手向けの言葉を投げ掛ける。

 目の前には父の名が刻まれた墓が一つ。この墓の下で父は静かに眠っていることだろう。

 だから大声を上げて泣くわけにはいかない。何故と怒声を上げることもない。

 少女、オルガマリーは目を閉じ、静かに涙を流した。

 だがこの静かな涙すら、許されるのはこの一度きりなのだと彼女は自覚していた。

 人類の未来を守る為、使命に生きた父の跡を継ぐのは、紛れもない、彼女なのだから──

 

 

 

「いい加減にして!! こんな報告書で納得すると思っているの!?」

 

 机を勢いよく叩きオルガマリーは報告書を持ってきた部下に勢いよく怒鳴りつける。

 

「いい? 私たちには人類の未来が懸かっているの!! 半端な気持ちで仕事しないで!!」

 

 父の死からしばらく。跡を継いだ彼女は魔術の名門、アニムスフィア家の当主にしてカルデアの所長となった。

 だからこそ彼女は誰にも弱みを見せようとはせず、舐められまいと威圧的な態度を取っていた。

 しかし、だからこそ

 

 ──あの所長は、駄目だよ

 

 ──所詮は親の七光りだろう?

 

 ──これじゃあカルデアも、もう終わりかもな

 

 誰も彼女にはついて行こうとはしなかった。誰も彼女を認めようとはしなかった。

 誰も彼女を

 

「褒めてくれないの──」

 

 トイレに籠り、昼間食べた物を便器の中へと吐き出す。

 咳をし、震える体をなんとか落ち着かせるとオルガマリーは、本音を漏らした。

 本当は自身に、所長としての資格も器もないことなどりかいしていたし、自覚していた。

 人類の未来を背負うなど、私には出来ないと。

 

 

 「オルガ」

 

 重たい表情でトイレを出るオルガマリーに声がかかる。

 彼女に対して、唯一愛称で呼ぶレフだった。

 

「ロマニから薬を預かっている。辛いようならこれを飲むといい」

 

 レフはオルガマリーの体を気遣い、態々薬を用意してくれていた。

 

「‥‥‥‥ あなたが所長をすればいいのに。あなたは部下の信頼も篤いし、人のまとめ方もうまいじゃない。私なんかよりもよっぽど最適だわ」

 

 オルガマリーはレフにお礼を言うどころか、半場諦めたように嫌みを言う。

 そんな彼女に、レフは涼しい顔で答えた。

 

「‥‥‥‥ らしくないな」

「らしくない‥‥‥‥ !? あなたに私の何がわかるって言うのよ!!」

「わかるとも。いつも君の隣で君のことを見てきたのだから。君は父上の跡を継ぎ、頑張ってきたじゃないか」

「っ!‥‥‥‥ 」

 

 それは初めて向けられた優しい言葉だった。

 

「大丈夫だ、オルガ。私もついてる。君を支えるよ」

 

 レフはそれ以降も、言葉通りオルガマリーを支えてくれた。

 いつだって彼はオルガマリーの味方をしてくれた。

 

 

 ──だから私は、ここまで来れた。

 

 

 

 

 

「レフ‥‥‥‥ ! レフ、レフなのよね! よかった、生きてたのね! あなたがいなくなって、私‥‥‥‥ !」

 

 モスグリーンのタキシードにシルクハット。赤みのかかった長髪と常時細目で微笑む姿が特徴的な男。

 間違いない。大聖杯の光をバックに絶壁の上で悠然と佇む彼はカルデアに所属する者の一人、レフ・ライノールだ。

 あの爆発に巻き込まれ彼もまた、死んだかと思われていた。だが生きていた。

 理由はわからないが、今はどうでもいい。

 沸き上がる喜びの感情にオルガマリーは笑みを浮かべ声を上げる。

 これまでの疲労など全て忘れ彼女はレフの元へと駆け出そうとしていた。

 

「ちょっと待て。所長」

「── え?」

 

 だが、彼女の体はピタリと止まった。

 声をかけた方へと振り向くとそこには、駆け出そうとするオルガマリーの右手を掴み、普段の死んだ魚の様な目からは想像のつかない真剣な表情で見据える銀時がいた。

 正直、レフとの奇跡的な再会を無粋にも邪魔されたオルガマリーの心情は決して穏やかなモノではなかった。だがこの戦いの中で、銀時にもかなりの信頼を抱き始めていたオルガマリーは強く否定できず、動揺してしまう。

 

「ど、どうしたのよ銀時。あなたも彼をしっているでしょ? レフよ。レフが生きてたのよ」

「‥‥‥‥」

 

 銀時は答えない。その変わり、銀時の鋭い眼光はオルガマリーではなくレフへと向けられた。

 その瞳はオルガマリーを止めた時とは、また違う。敵を見定めいつでも狩ることの出来るよう臨戦態勢を整える獣のごとき目だった。  

 その様子にマシュも流石にただ事ではないと理解し、オルガマリーを宥めるべく声をかけようとする。しかしそれを通信越しにロマニの慌てふためく声が遮った。

 

『レフ──!? そんなバカな! 彼も爆発に巻き込まれたはず…… 本当にそこに彼もいるのか!?』

 

 ロマニの声を聞き僅かにレフの眉がつり上がるのを銀時は見逃さなかった。

 

「うん? その声はロマニ君かな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね」

 

 それは淡々と、穏やかで静かな話し方だった。

 しかし言葉の節々に覚える妙な違和感と何処か冷たい声色からオルガマリーを除く銀時たちがレフの異質さに気づき始めていた。

 そしてそれは、勘違いや思い過ごしてはないことを銀時たちは即座に理解することとなる。

 

「まったくーー どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで吐き気が止まらないな。人間とはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」

 

 つい数秒前までのレフとは違う。いや、正確に言えばさっきまで隠しきれていなかった彼の邪悪な一面が、今になって溢れだしたと言うべきか。

 以前までの穏やかな笑みは消え去り、レフの表情はギラギラと悪魔にでも取り憑かれたかのような恐ろしい風貌に変わっていた。

 背筋に言い様のない悪寒を感とったマシュはひきつった声を上げる。

 

「マスター、所長! 下がって…… 下がってください! あの人は危険です…… あれはわたしたちの知っているレフ教授ではありません!」

「ああ、だろうな…… わっかりやすい程に黒幕感出してやがらぁ」

 

 銀時の眼光はより鋭いモノへと変わり、彼の右手は腰に下げた木刀を握っている。

 しかしこんな状況下にいても尚、オルガマリーはレフの異変に気づくことなく感嘆の声を上げていた。

 

「ああ! 良かった……  レフ。レフ…… ! 。あなたがいなくなったらわたし、この先どうすればいいのかわからなかった!」

 

 レフの姿を捉えただけで今までの気苦労や不安、蓄積された疲労など全てが零れ落ちていくような気がした。

 オルガマリーにとってレフとはそれだけの存在であり大切な人だった。

 だからこそ盲目にならざるを得ない。喜びが全てを勝り、これまでレフと銀時らの間で為されていた会話など耳には入っていなかったのだ。

 今度こそ彼の元に行こうと再び駆け出そうとする。

 

「…… 君もだよ、オルガ。爆弾は君の足下に設置したのに、まさか生きているなんて」

「…………… え?」

 

 彼女の足がピタリと止まった

 今回は銀時に止められたのではない。直接、オルガマリーに向かって突きつけたレフの言葉がついに彼女の体を止めのだ。

 

「……レ、レフ? あの、それ、どういう、意味?」

 

 オルガマリーはの声は震えていた。それでも信じられない。否、信じたくないと言葉の意味を問う。

 が、その問いにレフは答えず冷たく言いはなった。

 

「いや、生きている、とは違うな。君はもう死んでいる。肉体はとっくにね」

「な…………」

 

 レフの言葉にオルガマリーは声も出なくなる。

 マシュも、また目を見開き驚愕の表情を見せる。銀時は変わらずレフに鋭い眼光を向けてはいたが、ほんの少しその目に揺らぎが生じていた。

 

「トリスメギストスはご丁寧にも、残留思念になった君をこの土地に転移させてしまったんだ。レイシフト適正のない君は肉体があったままでは転移できないからね」

 

 あまりにも残酷で無慈悲な真実が淡々とレフの口から伝えられていく。

 

 

「わかるかな。君はーーってグフォ!?」

 

 その瞬間、誰もが口をぽっかりと開き唖然とした。

 話を強制的に終了させた銀時を除いて。

 

「き、貴様! いきなり石を投げつけるとは何事か!」

 

 レフは石が直撃し目から流れる血を抑え、怒りの声をぶつける。

 しかし銀時は悪びれもせずに鼻くそをほじくる。

 

「いや、だってすきだらけだったから」

「なんだ、その短絡的な理由は! 大体あのタイミングで石投げるか、普通! 今、ものっすごい、大事な事を言おうとしていたんだぞ! 死んだ肉体ではーみたいな事を言おうとしていんたぞーー ごふぉ!? って、だから石投げ、な!? グフォ!? いや、だから、止めて!」

「止めてじゃねーだろ。大体よぉ、うんざりなんだよ。実はこの人、黒幕でしたーみたいな展開よぉ。しかも堺○人ばりに笑みを浮かべた細目の男が黒幕とか、どんだけありきたりなんだよ。これじゃあコ○ン君もOP終了後には事件解決だよ。余った時間でラ○ねーちゃんとデートだよ」

「いや、そんな事言われても困るのだが! それにこの話重要だから! 絶対聞いてほしい、ゴホォ!?」

 

 今度は人の顔ほどの大きさもある石、といより岩がレフの顔面に直撃した。

 しかし犯人は銀時ではなく、後ろに控えていたマシュだった。

 

「マ、マシュ! 君はそういうキャラじゃないだろ!」

「いえ。レフ教授の言葉など微塵も興味がなかったので。つい投げてしまいました」

「完全に汚染されているうゥゥゥ!?」

 

 悪純粋だったマシュの、悪い意味での大きな変化に流石のレフも動揺を隠しきれなかった。

 

「おいおい、なに生意気に銀魂特有のゥゥゥ!! とか使っちゃってんの? いくら同じ杉○でも許されると思うなよ。つーか使われると紛らわしいんだよ、マジで!」

「ヘブっ!?」

 

 怒りの籠った本気の投球が炸裂した。

 このまま容赦なく銀時たちの石つぶて攻撃が続くかと思われたが、それは直ぐに終わった。

 

「いい加減にしてよ!」

 

 声の主はやはりという、オルガマリーだった。

 彼女はプルプルと体を震わし上ずった声を張り上げた。

 その声には死んでいるという無情な真実を告げられた事に対する恐怖と自分そっちのけで変な方向に話が進んでいく事に対する怒りが込められていた。

 その声を聞くと銀時は石を投げる手を下げた。マシュもどうすればいいのか分からず黙ってしまう。

 

「死んだって…… なによ…… なんなのよそれ! どうすればいいのよ! 訳がわからないわよ! ねえ! …………レフ、あなたが、あなたが何とかしてくれるのよね? だっていつも助けてくれたじゃない!」

 

 髪をかきむしりどうしようもない怒りと悲しみをぶちまける。

 それでも彼女は心の何処かでレフを信じていた。

 いつも何かあれば助け心の支えになっていてくれたレフが自分を裏切るはずかないと。必ず何とかしてれると。

 だからこそ彼女は最後の希望にすがった。

 しかし、そんな彼女を見て流れる血を抑えるレフの口元は不気味に歪んだ。

 

「いや、君の運命は既に定めれている。消滅だ。カルデアに戻った時点で君のその意識は消滅する。所詮君はただの思念体なのだからね」

 

 オルガマリーの希望はあっさりと崩れ落ちた。

 ガクッと両膝をつき、絶望の顔を向ける。

 

「だが、それではあまりにも哀れだろう。だから特別に君にはカルデアが今、どうなっているのか見せてあげよう」

 

 セイバーが消え残されていた水晶体が引き寄せられるようにレフの元へと飛んでいく。

 水晶体は空中で制止し、その姿を変貌させた。

 

「な…… カルデアス?」

 

 空中に円状の空間ができる。その中には管制室を浮かぶカルデアスがあった。

 しかしカルデアスは彼女の知る通常の状態とは違い、炎に覆われ真っ赤に染まっていた。

 

「な、なによあれ。カルデアスが真っ赤になってる…… ? 嘘よ! こんなの! ただの虚構でしょ!」

「本物だよ。君のために時空を繋げてあげたんだ。聖杯があればこんな事もできるからね。さあ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがお前たちの愚行の末路だ。もはやこの結末は変えられない。もう既に気づいているのではないかね、ロマニ?」

『それは…… どういう意味ですか…… 2016年が見えないことに関係あると?』

 

 これまで沈黙を保っていたロマニが通信越しに声を出した。

 

「そのままの意味だよ。人類はこの時点で滅んでいる。お前たちは未来が観測できないことにたいし未来が消滅したなどとほざいていたが、そんなのは希望的観測だ。未来は消滅したのではない。焼却されたのだ。既に結末は確定した。貴様たちの時代はもう存在しない」

『……! それはまさか…… 外部との連絡がとれないのは、通信の故障ではなく……』

「ああ、君の推測通りだ。カルデアスの磁場でカルデアは守られているだろうが、外はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう。だがそれも虚しい抵抗だ。カルデア内の時間が2015年を過ぎれば、そこもこの宇宙から消滅する」

「嘘よ! 嘘よ! そんなのあり得ない!」

 

 オルガマリーが必死に叫ぶがレフが発言を撤回することはなかった。

 ただ変わらず、獰猛な悪魔のような笑みを浮かべていた。 

 しかし銀時が石を構えるとトラウマになりかけているのかレフはビクッと体を震わせあとさずった。

 

「てめぇ…… こんな真似していったい何がしたい? 人類滅ぼして何が目的だ。テメーも人間なんじゃねーのかよ」

「ふ、ふん。生憎だが、私と君たちとでは生物として根本的に違う。全く、別の生き物なのだよ。改めて自己紹介をしようじゃないか。私はレフ・ライノール・フラウロス。人類を処理するために遣わされた2015年担当者だ」

 

 芝居がかった動きでレフは白熱したように声をあらげ始める。

 

「わかるかね? 異世界から来たマスター適性者よ、そして人類の残当共よ。お前たちは進化の行き止まりで衰退するのでも異種族との交戦の末に滅びるのではない。自らの無意味さに! 自らの無能さ故に! 我が王の寵愛を失ったが故に! 何の価値もない紙くずのように、跡形もなく燃え尽きるのさ!」

「……」

 

 あまりにも無情で突拍子もない真実に銀時たちは黙ってしまった。

 数秒沈黙が流れるとレフはつまらなそうに口を開く。

 

「さて私はここを去ることにしよう。いずれこの特異点も崩壊するだろうしね。だが、その前に、オルガ。私からささやかなプレゼントを贈ろう」

「な、なによこれ!? 体が引っ張られるーー!?」

 

 レフがすっと手をかざした直後。オルガマリーの体が宙に浮き始めたのだ。

 

「どうせ死ぬんだ。ならば最後に君の望みを叶えてあげよう。君の宝物、カルデアスに触れるといい。苦痛というなの永遠の幸せを味わえるだろうからな」

「いや、そんな、いや! いやよ、そんなの!」

「カルデアスは言ってしまえば、ブラックホール、いや太陽か。どちらにせよ人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

 

 足が地につかない。体が引っ張られる。

 

「い、いや」

 

 

 ── なんで、どうして。やっと。私はやっと

 

 

『だが、悪い女じゃねえ。良い女だよ、お前は。少なくとも、他人の、それも嫌ってる俺の命を思ってくれる程にはな』

  

 認めて貰えたというのに。

 

「誰か助けて── 誰か」

 

 こんな時に彼の顔が浮かぶ。それは父でもロマニでもなければ、勿論レフでもない。

 侵入者と敵視していた、この時代に来て信頼するようになった彼の顔。坂田銀時の顔が。

 

「助けて、銀時!」

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。その依頼、この万事屋が引き受けた、ってな」

 

 銀髪の侍。異世界から来た、マスター坂田銀時は、オルガマリーの足を寸での所で掴んでいた。

 

「だからよ。涙は生きて帰ってからにしな、所長」

「‥‥‥‥ ! 銀時!」

「むおおおおおお!!」

 

 彼女を物凄い力で引っ張ろうとする何かに銀時はまけじと足を踏ん張った。

 そんな銀時に続く者が一人。

 

「所長! あと、もう少しです! だから、諦めないでください!」

「マシュ…… 貴方……」

「所長…… 所長はレフ教授がいなければ、どうすればいいのかわからないと言っていましたが、それは違うと思います。だって所長がここまで指揮してくれたから私たちはここにいます。私たちは生きています! 私たちには所長が必要なんです」

『ああ! その通りだ! だから所長、必ず帰ってきてください! 紅茶とケーキぐらいならご馳走しますから!』

    

 ロマニも通信越しに叫んでいた。

 ロマニの言葉に銀時はニヤリと笑う。

 

「つーわけだ。ロマンの野郎がケーキとパフェと虹の実を食わしてくれるっつーのに帰らねーわけにはいかねーだろ?」

『いや、ご馳走する物、増えてるうゥゥゥゥゥゥ!!』

 

 ロマニのツッコミシャウトが炸裂する中、一部始終を見ていたレフはくだらんと一笑した。

 

「どう足掻いたところでオルガ、君は死ぬ。カルデアに戻った所で体は消えるのだからね、と。さすがにこの特異点も限界か」

 

 パラパラと天井が崩れ始めるのがわかった。巨大な地揺れが銀時たちの足場を悪くする。

 

「ちょっ、やば! これ下手したら俺らも引っ張られる!」

「ええ!? ちょっと! さっきまで格好いいこと言ってたのに、それはないわよね! なんか万事屋が引き受けた(キリ!!)とかやってたわよね!」

「ちょっむり! これ無理! ほらだって、もう俺生まれたての小鹿みたいになってるもん!」

 

 さっきまでのシリアスはどこいったと言わんばかりに騒ぎだす二人に構わずレフは告げる。

 

「では、さらばだ諸君。私には次の仕事がある。君たちの末路を楽しむのはここまでにしておこう。このまま時空の歪みに呑み込まれるがいい。全員仲良くな。良かったじゃないか、オルガ。君は最後の時にようやく一人ではなく、皆と死ねるんだ」

「レフ…… ! 貴方は…… !」

 

 オルガマリーの怒りの声に耳を傾けることもなくレフは聖杯ごとその場から消え去った。

 その瞬間、繋がれていた時空が消え去り、結果、オルガマリーを引っ張る何かも消えた。

 

「ぼっ!」

 

 引っ張る力が消えたためオルガマリーは重力に逆らい銀時の体へと落ちた。

 衝撃でオルガマリーを抱えた状態で仰向けになり、銀時は声にならならい悲鳴を上げた。

 

「地下空洞が崩れます…… ! いえ、それ以前に空間が安定しません! ドクター! 至急レイシフトを実行してください!」

『わかってる! もう実行しているとも! でもゴメン、そっちの崩壊が早いかもだ!』

「それでもやんねーよりかはましってこった! おい、マシュ、フォウ! 絶対離れんなよ!」

 

 いつの間にか起き上がっていた銀時がオルガマリーを支えながら言った。

 

「はい、先輩! …… しかし、所長は…… !」

 

 マシュは苦い顔になる。

 それもそのはず、このままではレイシフトに成功したとしてもオルガマリーはカルデアに戻った時点で消滅してしまうのだ。

 そんなマシュの心情を察したオルガマリーはいつになく優しい声で言った。

 

「もういいわ。マシュ、もういいのよ。私はもう死んだ。その事実は変わらないわ。だから……」

「なに、らしくねーこと言ってんだ。んなこと言うたまかよ、オメーは」

「なによ。だってどうしようもないじゃない」

「んなことねーだろ。思念体だがなんだか知らねーが、ようは実態のねえスタンドじゃねーか。だったら考えもある。だからよ、所長。お前の本当の思いを言えよ。お前はどうしたい? ここで死ぬのか、それとも生きてーのか」

 

 何故。そんな事をきく? そんな事を言える? 自分は死んでいる。レフの言葉が確かならばオルガマリーはカルデアに戻った所で魂が消え去るのだ。

 なのにこの男の目は決して諦めていなかった。

 彼の目を見たオルガマリーは押し殺していた涙を流す。

 

「私は…… いき、たい。ええ! 生きたい! 生きたいわよ! だから…… 助けて、銀時」

 

 オルガマリーにとって、これが初めて面を向かって素直に人に助けをこう瞬間だった。

 銀時はオルガマリーの助けの声にニヤリと笑った。

 

「たくっ。本当強情だよな、オメーは。こん位しねーと、本音も言えねとわよ」

 

 銀時の右手をマシュが優しく握り、左手をオルガマリーがこっ恥ずかしそうに握った。頭にはチョコンとフォウが乗っかり全員が銀時の元に揃う。

 そして彼等は光と共に崩壊していく特異点Fから完全に消え去った。

 



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グランドオーダー

  ── あれ? なんだ…… これ…… 空が真っ黒だ。

 

  徐々に覚醒しだしていく意識の中で捉えた世界。

そこは墨汁で塗りたくったかのように全てが黒に染め上げられた世界だった。

 ── あれ? なんかこんな事、前にもあったような…… あれ? なんか…… 臭い?

 

  鼻孔を擽る妙な臭いに彼は気づいた。

  何処か獣臭いような動物園やサバンナを思わせるような臭いに顔をしかめる。

 ── あれ? なんか柔け…… つーかモフモフしてる……

 

  臭いとは裏腹に、そのあまりにも心地よい感触に彼の意識は再び眠りにつく……

 

 ── て、こらあァァァ!! 起きなさい!! くっさいのよ!

 

 

「んが!?」

 聞こえてきた── というよりも頭の中に直接響いてきた、何処か聞きなれた小うるさい声に銀時の意識は完全に覚醒した。

 驚いた事もあり、目は、かっと見開かれる。

 しかし、視界に映ったのは夢の中と同じ真っ黒な世界だった。

 

「フォーウ、ンキュ、キュウぅ」

 

  獣の臭いが鼻孔を擽りふわふわの毛の感触が頬に伝わってきた。それから聞こえる小動物の鳴き声と顔面にのしかかる重み。

  今、銀時の顔の上には小動物、フォウが乗っていた。銀時の顔に真っ黒なケツ穴を向けた状態で。

  それに気づいた瞬間、黄色いガスが放射された。

 

「いや、何してんだ、この毛もじゃあァァァ!!」

「フォーウゥゥゥ!!?」

 

 フォウの尻尾を掴み銀時は怒りと共に渾身の力を持ってフォウを投げ飛ばした。

  目が覚めたら目の前がまさかのブラックホールだったのだ。

動物愛護団体に目をつけられかねない暴挙とはいえ致し方ないだろう。寧ろ同情すら感じられる。

  べちゃっと音をたてて壁に衝突したフォウを横目に銀時は自分がどこにいるのかを確認する。

  簡易的なベッドに申し訳ない程度に置かれた観葉植物と小さなテーブルにミニ冷蔵庫。ポールハンガーには銀時の着物がかけられていた

  シャワールームと個室トイレがつけられた小さな一室。

 恐らくはカルデアの施設内だろう。

 どうやら銀時は今の今まで部屋のベッドの上で寝かされていたらしい。

 椅子代わりにベッドの上で座り銀時は眉間を抑える。

 

「いつの間にか帰ってきてたのか…… あー、つーか頭いてぇ。たく、うるせーな(・ ・ ・ ・ ・)。にしてもこの胸焼け…… うぷっ、二日酔いみてーな感覚はレイソフトしたからか」

「それを言うならばレイシフトだろう? そんなスイーツ感のある名前ではないさ」

 

  独り言で終わるかと思っていた銀時のボケに丁寧なツッコミが入れられた。

部屋の扉が開かれ女性が入ってきたのだ。

「やあ、初めまして。そしておはよう人類最後のマスターにして異世界の侍、坂田銀時くん。私の名はダ・ヴィンチ。カルデアの協力者であり召喚英霊第三号さ。気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえよ」

 

 なんと言うべきか。その女性、ダ・ヴィンチちゃんは所謂絶世の美女だった。

  艶やかな黒髪に青い水晶の様な双眼。豊満な体つきは男の目線を自然と引き寄せてしまう。

  絶世の美女という以外に表す言葉がないほどに美しいーー 右手に握られたバカデカイ杖に肩に乗った金色の変な鳥に目を瞑ればだが。

 銀時は頭痛とは別の理由で頭を抱えたくなった。

 こいつは絶対、変人だ。と長年の経験から察したからだ

 そんな銀時の心情を知ってか知らずかダ・ヴィンチは試すように言葉を投げ掛ける。

 

「さて。君はこんな所で私と話をしていて良いのかな? いや確かに、私程の美女と話す機会なんてそうそうないけど、君には会いに行くべき人がいるだろう。さあ、カルデアの管制室に行きたまえ」

「……」

 

 銀時は何も答えることなくボリボリと頭をかいた。時おり響く頭痛から顔をしかめる様子も見せる。

 動かない銀時にダ・ヴィンチは面白い物を見て興奮する変態科学者の様な目を向ける。

 

「おやおや、もしかして会いに行くべき人に関して身に覚えがないのかい? いい年してると思っていたが意外と主人公らしい鈍感なタイプなようだね。いや、それとも君はその頭痛の原因(・ ・ ・ ・ ・)にご執心なのかな?」

「んだよ。もうわかってんかのよ」

 

 ダ・ヴィンチの確信めいた台詞に銀時はようやく言葉を返した。

 ダ・ヴィンチの言葉のおかげか。原因であるモノが大人しくなった結果銀時の頭痛がスッと引いた。

 頭痛から解放され会話をする余裕が出来たのだ。

 

「いや、気づいているのは天才である私だけさ。どうせならば君の口から言った方がいいだろうと黙っているがね」

「はっ、そうかよ」

 

  銀時はベットから立ち上がるとポールハンガーから着物をとる。

そのままダ・ヴィンチに何も言うこともなく背を向け扉を開けた。

 

「おや? 何処に行くんだい」

 

 銀時は背を向けたまま答える。

 

「決まってんだろ、会いに行ってやんだよ。暇だしな」

 

 ぶっきらぼうにそれだけ言うと銀時は部屋を出ていった。

 そんな彼を見てダ・ヴィンチは嬉しそうに微笑み銀時を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管制室に足を踏みいれるといの一番に銀時に駆け寄った少女がいた。

 あの冬木の地で戦った時と同じ鎧に身を包んだ見慣れた少女、マシュだった。

 

「おはようございます先輩。無事でなによりです」

 

  マシュは顔を少し赤らめ照れくさそうに挨拶をする。

  銀時は、頭をボリボリとかきながら、おうと一言だけ返した。

「にしてもヒデー有り様だな。無事なのはあの地球儀擬きだけかよ」

 

 銀時は宙に飾られるカルデアスを見てぼやく。

 管制室は火こそ既に鎮火されていたが、瓦礫や破損した壁と床はそのままの状態だった。

 

「はい。復旧には少しばかり時間がかかるでしょう。レフ教授…… いえレフ・ライノールはあらゆるモノを奪っていきました。彼の事を最も信頼し頼りにしていた所長でさえも……」

 

  マシュは悔しそうに唇をかみ、悲しげな目で管制室を見ていた。

  元々マシュとオルガマリーは決して仲が良いとは言えなかった。とある理由からオルガマリーはマシュに対しある種の恐怖感を抱いていたからだ。それ故に互いに関わりは薄く、単なる上司と部下の関係が長らく続いていた。

  と言っても、マシュからしてみればオルガマリーの勝手な妄想に過ぎなかったのだが。

  それでもマシュにとっては、やはり彼女も大事な者の一人であり共に特異点Fを戦い抜いた戦友だ。

  決して蔑ろにしていい存在ではなかった。

  そんな彼女を見て銀時は何処か決まりが悪そうな顔をする。

 

「あ、あのな。そのことなんだけどよ ……」

「コホン。二人とも思うところはあるだろう。僕もやるせない気持ちでいっぱいいっぱいだ。だけど今はこっちに注目してくれないかな」

 

 銀時の台詞はいつの間にかいたロマニによって遮られた

 ロマニは銀時に労いの言葉をかける。

 

「まずは生還おめでとう銀時くん。そしてミッション達成、お疲れさま。異世界の人間、本来ならばこの世界とは無関係の君に全てを押し付けてしまったことに関しては本当に申し訳がないと思っている。だけど君はそんな事には構わずあらゆる事態を乗り越えてくれた。その事に心からの尊敬と感謝を送るよ、君のおかげでマシュとカルデアは救われた」

「んな褒めれる様な大層なことはしてねーよ。俺ぁただ目の前に邪魔な奴がいたからぶっ飛ばしただけだ」

 

 ロマニの労いを寧ろ鬱陶しいと言わんばかりの適当な反応を見せる銀時にマシュはクスリと笑った。

 

「先輩らしいですね。ですが、先輩のおかげで私たちが助けられたのは事実です」

「マシュの言う通りだ。…… 所長のことは残念だったけれど、弔う余裕がない。悼むことしか今の僕たちにはできないんだ……」

 

  残してたケーキが腐っちゃうよ、とロマニは悲しみを誤魔化すように笑った。

  マシュは何も言えずに俯き、銀時はより一層決まりが悪そうな顔をした。

  気まずい沈黙が流れるが、ロマニはコホンと咳払いをし、話を再開した。

 

「僕らに出来ること。それは所長の意思を引き継ぎ人類を救うことだ。人類最後の砦となったこのカルデアを生きる僕たちに出来る唯一の事であり所長への手向けになると僕は信じている。…… あまりにも身勝手なことだとわかっている。だけど、どうか、これからも共に戦ってほしい」

 

 ロマニは深く頭をさげた。

 

「…… んなかしこまるこたぁねーよ。こっちは、もうとっくにマシュから依頼を受けてんだ。今更誰にどうこう言われよーが辞めるつもりはねぇ」

「…… ! ありがとう。君には感謝してもしきれないよ。じゃあ早速だけど、これを見てほしい」

 

  シバのモニターに地図が映される。それは銀時の知る地球の世界地図と酷似していた。

 しかしその地図は何処か歪んでいて、一目で異常だということがよくわかった。

 ロマニ曰く、この地図はシバでスキャンした地球だとのこと。

 特異点Fを攻略したものの、未来の消却を阻止することはできなかった。それはつまり他に原因があるということだ。

 それが七つの特異点。人類のターニングポイントと呼ばれる内の七つだ。人類の発展を決定付けた進化の土台であり運命の時代。銀時の世界で言えば、やはり天人の襲来だろう。

 彼の世界もまた、天人襲来というターニングポイントによって発展がなされたのだ

 しかし、それは逆に言えば、その運命という選択肢が変えられた時、人類の未来は大きく変えられ下手をすれば人類そのものが消滅する結果になってしまうのだ。

 

「僕らはそれを阻止しなければならない。この七つの特異点にレイシフトし、正しい歴史に戻し、人理を修復する。それが世界を救う唯一の手段だからだ。だからこそ、もう一度頼もう。銀時くん。君には全てを背負って戦ってもらわなければならない。人類の未来は君にかかっているのだから」

 

  随分と大きな話になったもんだ、と銀時はかつて、自身が戦った戦場を思い出していた。

 大切な者を、たった一人の命を取り戻す為に戦っていた自分がまさか全人類の命を背負うことになろうとは。

 だが、怖じけずくつもりも引くつもりもない

 依頼を承った以上は万事を守る者として戦わなければならない。

 

 ── それに約束しちまったからな。

 

 必ず、守ってみせる。銀時はある恩師と交わした約束を思いだし口を開く。

 

「やってやるよ。今更一人、二人、何十億人と背中に背負おうが変わらねぇさ」

「──ありがとう。その言葉でボクたちの運命は決定した。これよりカルデアは前所長オルガマリー・アニムスフィアが予定した通り、人理継続の尊命を全うする。目的は人類史の保護、および奪還。探索対象は各年代と、原因と思われる聖遺物・聖杯。これより我々は戦うことになる。数多の英雄、伝説が集う歴史を相手にだ。彼女が、オルガマリー・アニムスフィアが残してくれたこのカルデアと共に──」

「はい。私たちは決して諦めません。人類の、ひいては所長のためにも!」

「………… んー……」

 

  二人が胸暑く語る中、銀時だけは、何とも言えない表情でいた。

  しかししばらくすると突然顔をしかめる。

 

「うぉっ!? うっせーな! わーってるよ! ちゃんと言うから黙ってろ! 頭キンキンすんだよ!」

 

 絶賛シリアス真っ最中にいきなり一人で騒ぎだした銀時にロマニとマシュは目を丸くする。

 そんな二人を見て銀時は頬をポリポリとかく。

 

「あー、あのなー。その、お前らに言わなきゃいけないことあんだけどよ…… そのな、所長はな……」

 

 銀時はゴクリと唾をのみ混む。

 

「今、いんだよね。取り合えず、ゆ…… スタンドの状態で」

「スタ、ンド…… ?」

「あっ、先輩。それは……」

 

 ロマニは言葉の意味がわからないとポカンと口を空ける。

 マシュはそう言えばレイシフトする直前に銀時がそんな事を言っていたと思いだした。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれないか! いるというのはどういうことだい? その、あれかい? あの、所長はいつでも君の側にいるとか心の中で生きてるよ的な、感じのあれ?」

「いや、そんなじゃなくてマジな意味で…… あーめんどくせ。見せた方がはえーだろ。おい出てこいよ…… あ? なんかはずい? 今更なに言ってんだよ、はやく行けや」

 

  一人で会話をするという奇行に走ったかと思ったら、銀時の顔が突如として別のモノへと変貌した。

  髪はぶわっと上がり、顔全体が白塗りメイクにかわる。

  目元は黒と赤で濃く塗られ唇には口紅がべったりと塗られた。

 そして額に所の字が浮かび上がった。

 その突然の銀時の変容にロマニはこの世の終わりを見たかのように顔を青ざめ、マシュは何も言えずにキョトンとしている。

 

「あわわ。い、いったい何が……」

『ロマニ! こんな事くらいのことで一々動揺するんじゃありません! そんな始末でよくもまあ私の引き継ぎを行うなんて言えたわねぇ! このカルデアの指揮をとるのは私。引き継ぎなんて百万年早いどころか貴方なんかには一生させないわよ!』

 

 声色は変わらない。だが銀時とは思えない女性の様な口調が銀時の口から出ていた。

 というか、このしゃべり方には身に覚えがあった。

 

「こ、この超面倒くさい感じ…… 間違いない。所長…… 貴女はオルガマリー所長ですね!」

『誰が面倒くさいだあァァァァァ!!』

「ステレオっ!?」

 

 銀時? に殴られたロマニは小さな悲鳴を上げて吹き飛んだ

  マシュが興奮ぎみに銀時? 駆け寄る。

 

「所長……本当に、本当に所長なんですね!」

『ええ。マシュ…… 心配かけてごめんなさい。本当はもっと早く貴女の前に出るべきだったんだけど、話そうにも私は完全に死んだ扱いされて…… いや、正確には死んでいるのだけれど。とにかく出づらくなっちゃって』

 

 容姿は銀時だが、中にいるのは間違いなオルガマリーらしい。

 彼女が素直に謝罪をしたことからやっぱり別人ではないかと一瞬疑ってしまいそうになったが、彼女もまた変わったということだろう。

 彼を、銀時を通して。

 

「いたた……銀時くん、それに所長 ? いったいこれはどういうことですか? スタンドとはいったい?」

 

頬を抑え復活したロマニが最もな疑問をぶつける。

 

『スタンドっていうのは要は幽霊のことよ。私の場合は精神エネルギーの塊みたいなモノだから勝手が違うけど』「幽霊言うな! スタンドだ!」『いや、幽霊よ』「だーからぁ!全然違うわ!」

 

 一応銀時の中で会話を成しているのだろうが、はたからみれば一人で話している変人にしか見えない。

 この異常な光景にロマニは嬉しさよりも驚きにより唖然とするしかなった。

 

「まっ、とにかくだな。所長は今もこうして俺ん中にいる。所長が言うには俺の体から外に出たら、直ぐってわけじゃねーが、何分か放ったらかしにされたら消えちまうらしい。だからさっさと何でもいいから所長が入れそうな入れ物を貸してくれってよ」

『そういうことよ。私は英霊でも何でもないし、当然といえば当然だけれど。とにかく、何時までも銀時の中にはいるのは嫌だから、成るべく早く用意しなさい』

 

 色々無茶苦茶な展開にロマニは直ぐには、はいとは言えず、当然ながら質問攻めを銀時は受けることとなった。

 レイシフトしカルデアに戻る間

  転送中の空間で霊体化したオルガマリーを銀時は自身の体へと吸い込んだのである。

  銀時は以前、仙望郷と呼ばれる宿において幽霊、ではなくスタンドを吸い寄せ憑依させる能力を手に入れたことがあった。銀時はその能力を使い消滅する筈だったオルガマリーの魂の受け皿となったのだ。

  あまりにも無茶苦茶でご都合主義というにはお粗末にも程がある展開を実現させた銀時にロマニは貧血を起こしそうになった。

 しかしマシュはプッと我慢できずに吹き出してしまう。

 この無茶苦茶さが正に銀時だと思ったのだろう。

 

『ですが…… たとえ魂のみでも私は間違いなく、オルガマリー・アニムスフィアよ。このカルデアを司り全人類の命を背負う者の一人。だからこそ、私がここに宣言します』

 

 その言葉は、在り方は、以前の所長からは考えられない姿と言葉だった。しかし別人ではない。彼女は紛れもなく本物のオルガマリー・アニムスフィア。

 ただし決意と確固たる意思を持った者として。

 

『ファーストオーダーは終了し、新たな作戦名をここに。カルデア最後にして原初の使命。人理守護指定・G.O。通称グランドオーダー。魔術世界における最高位の使命を以て、私たちが未来を取り戻すのよ!』

 

 今ここに。

  未来を守るべく戦う、マスター、坂田銀時と新たな仲間たちとの絆の物語が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────────────

 

 

『3年Z(ずぃー)組 銀八先生 出張版』

 

 

 

 キーン コーン カーン コーン と鐘が鳴る。

 

 銀八「はい。教科書閉じてー。今日はお前らに転校生を紹介しまーす」

 

 マシュ「マシュ・キリエライトと申します! よろしくお願いします!」

  

 銀八「ええー。残念ながら、稼ぎに稼いだゴリラ君が引き籠りになってしまったので、その代わりとしてキノコさん家のマシュさんに来てもらいました」

 

 グルグル眼鏡の留学生、神楽ちゃんが手を上げる。

 

 神楽「先生! ゴリラどころか、私たちってもう卒業したんじゃなかったアルか? なんで未だにここでスクールDAYS?」

 

 銀八「そんなクリスマスの風物詩みたいな名前出すのは止めろー。ホームアローンだってリブート出してただろ。つまりそーいうことだ」

 

 今度は土方くんが手を上げる。

 

 土方「先生! 俺はやっぱり1が志向だと思います! あの時の思い出は永遠に俺の中での宝物です」

 

 銀八「お前は一生、ホームにアローンで引きこもってろ」

 

 次に手を上げたのは長谷川くんだ。

 

 長谷川「先生! 完全に話がズレています! リブートと、この小説はなんら関係ありません!」

 

 銀八「だーかーら。これはタバコじゃなくてレロレロキャンディーだっつってんだろ。ほら、これ」

 

 長谷川「先生! 話をすり替えようとしないでください!」

 

 銀八「まあ、そんなことより。マシュ、席につけー。お前の席は‥‥‥‥ あそこが空いてるな」

 

 指示に従いマシュは空いている席へと向かう。

 しかし隣に座る男子生徒を見るとピタリと止まり、銀八を見る。

 

 マシュ「申し訳ありません、先生。眼鏡キャラが被っているので、今度はこの方を転校させてはいただけないでしょうか?」

 

 マシュの無情な言葉を受け、男子生徒、新八君が一言。

 

 新八「家に帰って、ゴーストバスターズ見よ」

 




 今回のイベント、新八を連想してしまった。
 
 感想などお待ちしております。
 


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必殺技がない主人公も良いもんだ

 投稿遅くなり申し訳ありません!
 
 


 

 白塗りの世界に異形のものたちが群れを成している。

 体には皮や肉がなく、それでもなお動き続ける怪物。骸骨型のエネミー、通称スケルトン。

 その数は十ほど。スケルトン達は剣に棍棒、槍を構え、カタカタと不快な音を鳴らしている。

 そんなスケルトンを前に一人の少女、マシュ・キリエライトはデミ・サーヴァントの姿で立ちふさがっていた。

 

「すぅー……」

 

 マシュは深呼吸をし、心を落ち着かせる。

 盾を握る手により力を込め、スケルトン達を見据えた。

 

「マシュ・キリエライト、いきます!」

 

 マシュの声を号令にしたかのようにスケルトンたちが一斉にマシュに斬りかかる。

 マシュは焦ることなく冷静に身体中に流れる魔力を握る盾に集める。

 

「宝具展開、解放します!」

 

 そしてマシュの宝具が放たれー

 

 スカっ

 

「ーーっ!?」

 

 ることはなかった。宝具の代わりに出てきたのはスカと書かれた紙1枚。

 唖然とするマシュにスケルトンたちの剣は容赦なく降り下された。

 

『仮想敵エネミー解除。模擬戦闘を終了します』

 

 機械的なアナウンスが流れたと同時、スケルトンたちはスッとその場から消滅した。

 宝具を発動出来なかったショックと戦いの恐怖から解放されたことにから、マシュは力が抜けたようにぺたりとその場に座りこむ。

 

「マシュ、そろそろ訓練は終わりにしよう。いくらなんでも頑張りすぎだよ」

 

 白塗りの扉が開かれドクターロマニ、通称ロマンが入ってきた。

 彼はマシュの身を案じ言葉をかける。

 

「お気遣い感謝します、ドクター。…… ですが、私は未だ宝具を発動出来ていません。あの戦いを最後に……」

 

 マシュは己の未熟さに腹がたち、下唇をかむ。

 彼女の宝具。真名は未だにわからずじまいだったが、セイバーとの戦いでついに宝具を解放させた。

 しかし、それを最後にマシュは宝具を発動させることができないでいた。

 これからの戦いに備え訓練ルームで体を鍛えていた時に発覚したことだ。

 記録から擬似的に生み出される仮想敵を相手に何度も何度も試してみたのだが、どういうわけか発動できない。

 キャスターは宝具発動には覚悟が必要だと言っていた。

 だからこそマシュは覚悟を決め、世界の、そして自分を信頼してくれた銀時のために戦うと誓った。

 その覚悟は決して揺るがない。の、はずだ。なのに、何故? とマシュは思うしかなかった。

 

「キミの気持ちはわかる。だけど、マシュ。休息は必要だ。確かに努力することは大切だよ? だけれど過度に努力をしすぎると逆に体を壊すことになる。だからこそ人は休んでリラックスすることも大切なんだ」

「成る程…… ドクターの言う通りだと思います。ですが、このままでは…… 私は先輩の役にたつことができない……」

 

 ドクターの励ましを理解しつつもマシュは引き下がる気にはなれなかった。

 うつむきかけた顔を上げ、今一度訓練の再開を頼もうとした矢先。

 

「あのバカの役にたつ、なんて考える必要はないわよ。あのバカは、今の貴女を信頼しているのだから」

「え? しょ、所長? ど、どこにいるのですか?」 

「ここよ、ここ」

 

 聞き慣れた声。それがオルガマリーの声だと気づいたマシュは左右を見る。

 しかし何処にもオルガマリーはおらず、それでも声だけが聞こえてくる。 

 

「あーもう。下を見なさい、下」

「し、下?」 

 

 マシュは顔を下へと向ける。

 目線の先。そこには手のひらサイズまでに小さくされ、可愛らしくデフォルメされたオルガマリーが立っていた。

 

「………… え」

「全く! 周囲をちゃんと見なさいよね。そんなんじゃ、特異点で生き残れないわよ」

「いや…………」

 

 マシュは体を小刻みにプルプルと震わせ、

 

 

 「小さッッ!!!!?」

 

 らしからぬツッコミを入れた。

 

 

  

 

「ダ・ヴィンチちゃんの素敵な工房にようこそ! 今日は何が、お望みかな?」

 

 時は遡り数時間前。

 マシュの訓練中、銀時は体にオルガマリーの思念体を取り込んだままダ・ヴィンチの工房に赴いていた。

 ガラクタにしか見えない物体がそこかしこに散らばる工房にオルガマリーは銀時の頭の中で溜め息をはく。

 

「すいません。透けるめがねって売ってます?」

『お前は駄菓子屋感覚でエログッズ頼んでじゃねえぇぇ!! そうじゃなくて! ダ・ヴィンチ! 貴女に頼んでおいた私の体はどうなったのかしら!』

「あー、からだね…… そんなことより! 今ならこの透けるめがねが本来一万円の所、なんと九千九百九九円でーす!」

『あるんかい、透けるめがね! って何あからさまに誤魔化してるのよ! 値段も一円しか下がってないし! さっさと体出せや、このジャパネットバカダ!』

「冗談だよ、冗談。今出すから、ちょっとばかし待ちたまえ」 

 

 そう言うとダ・ヴィンチは工房の奥の方に行きガラクタの山を物色し始める。

 

「えーと、何処にやったかな…… あ、ポン酢ふんだ」

『ポン酢ってなに!? なんでそんな物が落ちてるのよ!?』

「お、あったあった。さあ、見たまえ! 英雄の中においても、もっとも優れた万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが完成させた至高の逸品を!」

 

 ダ・ヴィンチは腕を振りかぶり豪快にそれを出した。

 白い髪。キリリとした瞳。柔らかそうな頬っぺた。体よりも少し大きめな顔。

 所謂デフォルメ化されたものの、それは間違いなくオルガマリー・アニムスフィアを似せた姿。

 彼女の体は天才レオナルド・ダ・ヴィンチの手によって見事に再現されていた。

 

 10センチメートル程の手のひらサイズで。

 

『いや、ちっせえぇぇぇ!!』

 

 オルガマリーが叫ぶ。

 脳内に直接オルガマリーの声が響く銀時は嫌そうに顔を歪めた。

 しかし肉体には構わず精神体であるオルガマリーは銀時を通して激しくツッコミをする。

 

『なんなのよ、この某メーカーが作りましたみたいなスケールの体は! これもうフィギュアっつーか、ね○ど○い○じゃないのよ!?』

「いやさぁ、予算とか時間とか、あと素材とか。ぶっちゃけ足りなくてねぇ。塗装が少しハゲてしまっているのは愛嬌ということで頼むよ」

『フィギュアの完成度の話じゃねーよ! 私の体、小さすぎんだろっつってんのよ!』

「ギャーギャーうるせーなー。所長よぉ、別にいーじゃんこれで。もうこれでいーじゃん。実際そんなかわんねーし。それにお前も嬉しいだろ。フィギュア化されて」

「いや、変わるわよ! あんた面倒くさくなってるだけだし! こんなフィギュア化嬉しくねーし!』

 

 端から見ると一人でボケとツッコミをしている様にしか見えない銀時とオルガマリーを見てダヴィンチはヤレヤレと首を左右にふる。

 

 

「不評というのならば仕方がない。天才とは何時の世も理解されないものさ。しかし本当に良いのかい? 今から作り直すとなると一ヶ月はかかるよ」

『嘘でしょ!? これから特異点攻略始まるのに! 冗談じゃないわよ!』

「文句言われてもねぇ。まあ、作り直すというのなら、一ヶ月は我慢してもらうってことで。それが嫌なら妥協してもらうしかない」

『誰か、嘘って言いなさいよおォォォォ!!』

 

 残念ながら、オルガマリーの願いに答える者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なるほど。それで所長は、そんな可愛いらし………… あ、いえ。小さい姿になってしまったのですね」

 

 小さなオルガマリーの前で正座し、敬語で話をするという世にも奇妙な光景にロマニは苦笑いをする。

 ダ・ヴィンチお手製の依代、オルガマリー人形を一時的な肉体にすることにより、この世に留まることが出来るようになったのだ。

 

「そういうことよ。残念なことにね。まあ、ちゃんとした肉体ができるまでの辛抱よ」

  

 オルガマリーは小さな両手を腰に当て、仁王立ちをして見せる。 

 

「そういえば、先輩はどうしたのですか? 見かけませんが……」

 

 オルガマリーを放っといて、何処に行ってしまったのだろうか。

 そう思っていると、シミュレーションルームの扉が開き、台車に大量の本を乗せて銀時が入ってきた。

 

「よお、マシュ。なんか必殺技の特訓してるらしーな。つーわけで、お前にいい本を持ってきてやったぞ」

「いやジャンプじゃないのよ、それ!?」

 

 本の正体はカルデアに保存されていた週刊少年ジャンプだった。

 

「それは、Aチームのとある方の愛読書ですね。いつも一人で読んでいました」

「ジャンプなんて持ってきて、どうするんだい?」

 

 ロマニの疑問は当然だろう。ジャンプはあくまでも娯楽用品。マシュの宝具の役にたつとは思えない。 

「宝具だかが使えねーのは、単純に思い入れがねーからだ。必殺技ってのは名前があるもんだろーよ。カメハメハとかな。だからマシュ。こいつを参考に必殺技の名前を決めろ」

「名前……! なるほど。流石は先輩です!」

「必殺技も持ってない主人公のくせによく考えたわね」

「うるせーな! 俺だってな、必殺技くらいもってたんだよ! 無双しまくってたんだよおぉぉぉ!!」

「いつまでもゲームのこと引っ張ってんじゃないわよ。しかもあれ、貴方の必殺技じゃなくて、人様の必殺技じゃないのよ」

 

 そんな二人の掛け合いなど、耳にも入らずマシュは一人集中しジャンプを読み始める。

 様々な主人公たちの熱いバトル、恋愛、ギャグと色々な内容があるがマシュはそれを全て見ていく。

 例えバトル物以外でも何かヒントがあるはずだ。  

 巻末コメントまで読み終えたマシュは一息つくとジャンプを閉じ、立ち上がる。

 

「先輩、ジャンプというのは本当に人生の教科書のようですね。正しく英雄と呼ぶべき方々の姿が拝見できました」

「へっ。どうやら問題は解決したらしーな」

「そのようね。マシュ、今ならきっとできるわ! さあ貴女の力をみせて」

「はい! マシュ・キリエライト、行きます!」

 

 盾を構え、敵はいないが、宝具を発動しようと力を込め、

 

「はあああああ!! 火竜のーー」

「それ、ちっがあぁぁぁぁぁぁう!!!」

 

 マシュの宝具は銀時によって止められた。  

 何故、突然止められたのかわからないマシュはキョトンとする。

 

「ど、どうしたんです!? もしかしてフルカウンターの方がよかったのでしょうか?」

「それもちげーだろ! なんで? お前ジャンプ読んでたんじゃ……」

 

 床に置かれた雑誌。それを確認すると、銀時は驚く。

 いつの間にかジャンプがすりかわっていたのだ。

 マガジンに。

 

「おい、こいつはいったい……」

 

 銀時が疑問に思っていると、妙なものが視界に入った。

 恐る恐ると部屋を出ていこうとするロマニの姿が。

 

「おいこら、ロマニ。てめー何処に行こうってんだ?」

「いやちょっとドラゴンボールを探しにラフテルへ」 

「作品混じってんだろーが! テメーだな差し替えのは!」

 

 胸ぐらを捕まれ、足を宙に浮かせるロマニ。

 

「ご、ごめんなさい! 実は僕、マガジン派で…… つい出来心だったんです!」

「こんな所に敵のスパイがいたなんてな。おい、マシュ! あれだ、試験管的な物をもってこい!」

「先輩、試験管はありませんが、ここにジャンプの付録のポスターを丸めたものが」

「え、ちょ。ポスターなんてどうするの!? あ、あのそれはダメだから! それは入れてはいけないやつだから! お尻には入らないから! ちょっ、やめ── あああああ!!!」

 

 ロマニの悲鳴がカルデア中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「マシュ……」

 

 泡を吹いて倒れたロマニを尻目にオルガマリーはマシュに声をかける。

 マシュの表情は以前暗いままだ。

 

「すいません、所長。やはり私にサーヴァントとして戦うなど荷が重いのでしょうか」

「…… しっかりしなさい! マシュ・キリエライト!」

 

 オルガマリーの突然の叱咤。

 思わずマシュはビクリと肩を上げた。

 

「貴女の役目はなに? 人理を守ること? サーヴァントととしての務めを守ること? どれも違うわ。あのバカを守ることよ!」

  

 マシュはハッとする。

 そうだ。確かにこの世界の未来を守りたい。それは当然だ。だがそれ以上に守りたいのだ。自分を救ってくれた、あのだらけたマスターを。

 

「申し訳ありませんでした。シールダー、マシュ・キリエライト、今度こそ、やってみせませす!」

「へっ、ようやく覚悟を決めたみてーだな」

「マシュ…… 君なら、できる…… クフっ」

 

 銀時と死にかけのロマニにマシュは静かに頷く。

 そして再び、盾を構え、

 

 

「宝具展開ーー」

 

 

 

 今ならば、きっとできる。

 

 自然と名前が浮かんでくる。

 

 そう、この宝具の名は、

 

 

 

「───疑似展開/銀色の礎(ロード・カルデアス)!」

 

 銀色に輝く、巨大な盾の光。冬木にいた時よりも、その宝具は強く輝いていた。

 

「これが、私の宝具…… !」

 

 マシュは喜びの笑みを浮かべる。そして未来を思い浮かべる。

 

 人理を守り、平和な世で、鼻くそほじくっただらしのない男の顔を、隣で見続ける未来を。

 

 

 

 ──そう。俺たちの人理修復は始まったばかりだ。

 

 

 

 

「あれ? もしかして最終回?」

 

 




 ちゃっかりですが、マシュの宝具名が少し変わっています。
 


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第一特異点 邪竜百年戦争オルレアン
レイシフト


 ────告げる。

 

 

 

 巨大な聖堂に声が響きわたっていく。

 

 冷たく、悪意の込められたその声は、淡々と言葉を並べていく。

 

 

 

 

 

 ──汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

 

 

 声に反応し聖堂の真ん中に刻まれた魔方陣がまばゆく光り始めていく。

 

 

 

 ──誓いを此処に。我は常世総ての悪を敷しく者。されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし 汝 狂乱の檻に囚われし者 我はその鎖を手繰る者 三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ!

 

 天秤の守り手よ───!

 

 

 

 魔方陣の光がより強くなり、周囲に風を巻き起こす。

 

 そして次第に吹き荒れた風は消えていき、光も消失した。

 

 先程まで騒がしかった聖堂内に一瞬の静寂が流れ、光と風が消えた代わりに、五人の人間が現れた。

 

 あたかも初めからそこにいたかのように、突如として出現した五人の人間は、片膝をつき言葉を並べていた者に対し、頭を垂れていた。

 

 

 

「よく来ました。我が同胞であるサーヴァントたち」

 

 

 

 五人の出現の成功に笑みを浮かべたその者はまるで主のように振る舞う。

 

 いや、実際にその者は主だった。

 

 聖杯戦争で執り行われる英雄を召喚する儀式。そして聖杯戦争においてその者はマスターと呼ぶべき存在だった。

 

 しかし異常なことに、マスターにつきサーヴァントは一人というルールを無視し、五人ものサーヴァントの召喚にその者は成功していた。

 

 さらに言えば、サーヴァントは五人だけではなかった。

 

 カツカツと二つの足音を聖堂に響かせ、奥から現れたのは、禍々しい表紙の本を片手に持ったギョロ目の気味の悪い男と聖堂の司教と思われる老人だった。

 

 六人目のサーヴァント。それはこのギョロ目の男だ。

 

 彼はサーヴァント召喚の成功に自らの主以上に喜び満面の笑みを浮かべていた。

 

 それとは対照的に老人は目の前の光景に、特にサーヴァントたちの主に怯え、体を小刻みに震わせていた。

 

 当然だ。彼は普通の人間で目の前の異常な光景に何の知識も理解もなかった。 

 

 そしてそれ以上に理解できないことが老人にはあった。

 

 

 

「バ、バカな! これは夢だ!! そんな筈はない! お前は、お前は──」

 

 

 震える指先が向けられたのはサーヴァントたちの主。

 

 老人の視界に映るその姿は、決して有り得てはならないもの。

 

 主は一人の少女だった。

 

 血のように紅く綺麗な唇、病的なまでに真っ白な肌、金に輝く瞳。

 

 正しく美少女と呼ぶべき少女の姿が老人には恐ろしくてたまらなかった。

 

 

「ああ、ピエール! ピエール・コーション司教! お会いしとうございました!」

 

 

 瞳は変わらず冷たく冷徹なものだったが、彼女の声はまるで欲しかった玩具を買ってもらった子供かのように酷く弾んでいた。

 

 

「違う違う! そんな筈はない!」

 

 

 首をふり、あり得ないと叫び続ける。

 これは現実ではないと訴える。

 けれども何も変わらない。目の前の幻は消えないし、夢から覚めることはない。

 当然だろう。紛れもない、これは現実なのだから。

 けれども現実から目をそらすために、少しでもこれが嘘であることを認めるためにピエールは声を張り上げる。

 

「お前は死んだ! 三日前に、殺したはずだ!」

 

 ピエールの目前にいる少女は、既に死んだ筈の人間。

 しかしその者は二本の足で立ち、ピエールを嘲笑っている。

 

「いけません、いけませんわ司教。現実を見つめなさって。確かにここに私は存在している。その証拠に、ほらーー」

「へあっ」 

 

 司教の口から呆けた声が漏れる。

 左足に熱い感覚がした。それは直ぐに激痛に代わりに、尻を床につける。

 震えながら顔を左足に向けると、真っ黒な槍が抉るように刺さっていた。

 

 

「ぎゃあああああ!!」

「私の槍は貴方の左足を貫いてしまいました。痛いでしょ? これが現実でなくてなんと言うのです。これがもし夢であるならば頬をつねるだけで目が覚めるはずですわ」

「あ、あ、ああ…… た、たすけて、助けてください。何でもします。お願いします。助けてください」

「ああ、何てことでしょう。悲しみで泣いてしまいそう。司教、あなたともあろう方がそのように命乞いをしてはいけませんわ。それもこんな醜い()()を相手に。今このときこそ、敬愛すべき神に祈るべきでしょう」

 

 

 最早、壊れた玩具とかしたピエールは助けてとひたすらに繰り返した。

 

 少女は相変わらず歪んだ笑みを浮かべ静かにピエールに近づき、優しく頬に手を触れた。

 

 

「ねえ、思い出して司教。貴方は私をどのようにして殺しましたか?」

 

 

 その言葉を引き金に、司教の体が突如として燃え始めた。

 ボウボウと燃え盛る炎は静かに笑う少女の怒りを激しく表しているようだった。

 

 

「私が聖なる炎で焼かれたのならば、お前は地獄の炎でその身を焦がすがいい」

 

 炎に焼き付くされていく中、司教は掠れた声を出していく。

 

「ま、まじょ、まじょめ……」

 

 燃えていく司教を背に少女は召喚に成功したサーヴァントたちを引き連れ聖堂を出ていく。

 

 司教はもはやその場に少女がいなくなったことにも気づかず、恨みの言葉を寂しく言い続け、そして少女の名前を口しにた。

 

 

 

「ジャンヌ…… ダルク…… !!」

 

 

 

 1431年 5月30日 享年19歳。

 

 若くして死んでしまったフランスで知らぬ者はいない英雄。

 

 ジャンヌ・ダルク

 

 しかし、この日は既に三日がたっていた。

 

 だからこそ司教は死ぬときまで信じられなかった。

 

 だがこれは現実で、その恐怖は今正に聖堂の外へと侵食を開始した。

 

 フランス、百年戦争の只中。とはいえ戦争の休止期間であるこの時代は仮初めの平和を演じていた。

 

 その平和を嘲笑う影がフランスの空を包んでいく。

 

 多数の竜。巨大な邪竜。甦った魔女。

 

 ジャンヌダルクは笑い続けた。

 

 

 

 

 

 ──抵抗するものは燃やせ

 

 

 

 ──命を乞う者も燃やせ

 

 

 

 ──老人子供も燃やせ

 

 

 

 ──全てを燃やし、焼きつくせ

 

 

 

 ──神などいない、この地に起こすのだ、真の百年戦争を。

 

 

 

 

 

 邪竜百年戦争を───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      一章 第一特異点

 

    邪竜百年戦争 オルレアン

        救国の聖処女

 

 

  

 

 

 

 カルデア 中央管制室

 

 そこに集められたのは銀時をはじめとする、人類の未来を背負った者たち。

 その他、カルデアスタッフたちも集まり、それぞれの役割を果たしていた。

 それは食堂スタッフである彼女も同様で。

 

「はいよ。お弁当作ったから持っておいき。特異点だとカボチャの煮付けとか黒豆とかないだろうからさ」

「いやいや、おばちゃんさ。特異点にそんなもん持っていけねーから、多分」

 

 タラコ唇にメガネ、モジャッとした頭をしたおばちゃん。彼女はカルデア食堂の料理長を勤めるスタッフである。

 ちなみに皆の母ちゃんを自称している。

 何故か既視感バリバリのおばちゃんに銀時は一時期首を傾げていた。しかし特に何も問題はないので、まあいいやと今は気にしなくなった。 

 

「そんなこと言わずにさぁ。ほら、あんたの好きなニンジンシリシリとか、ニンジンの煮物とか、ニンジンスティックとかも入れといたからさ」

「いや、ニンジンばっかじゃねーか!! そんな好きでもねーし! 言っとくけど俺たちが行く場所はウマネストじゃねーから!」

「そーいう怒りっぽい所もなおるからさ。ほらさっさと持っておいき」

「いや、だからいらねーって! しつけーな! ニンジンにそんな効力ねーし!」

「怒鳴るんじゃないよぉ!! あんたはもーう! 人の揚げ足ばっかり取って!!」

 

 二人の言い合いは段々とエスカレートしていった。

 これではキリがないと、遠巻きに様子を見ていたオルガマリーは止めに入ることにする。

 ちなみに現在彼女は、フィギュア並のサイズしかない。その為、マシュの頭の上に乗り、移動してもらっていた。

 

「ちょっといい加減落ち着きなさいよ。おばちゃんも、気持ちはありがたいのだけれど、特異点に余計な物は持ってはいけないわ。今回は気持ちだけ受け取るから」

「そうなのかい? それじゃあ仕方がないねぇ……」

 

 オルガマリーはあくまでも優しくおばちゃんを諭した。

 

「あ、そうだ。ついでなんだけさぁ、あんたにもプレゼントがあるんだよ。これババシャツ」

「え? わ、わたしに!? それは、まあ嬉しいんだけど……… そんな小さなババシャツを何処で手に入れたの?」

 

 おばちゃんが出したのは、オルガマリーが着れる程に小さいババシャツだった。

 

「あー、これ作ったんだよ」

「え!? こんな小っちゃいのよく作ったわね」

「よく出来てるだろ。あんたの部屋にあった服を改造して作ったんだよ。ほら、あんた、そんなちっちゃくなっちゃっただろ? だからもういらないと思って、服をバラバラにしてさ」

「オイコラババア!!!!」

 

 強烈な真実にオルガマリーは、思わずキャラを崩壊させた。

 しかしおばちゃんは特に気にした様子もなく、続ける。

 

「そんな怒鳴らなくても大丈夫よ。余った生地は、ほら。こうしてハンカチに── バグション!!!」

 

 おばちゃんは懐からハンカチを出すと、突然大きなクシャミをした。

 そのまま鼻から飛び出た鼻水をハンカチで抑え、

 

「ふんっ!! チーーーーーン!!」

「ババア!! オイコラババア!!」

「えーと。そろそろよろしいでしょうか? 所長」 

 

 所長のキャラ崩壊がエスカレートしていく。

 このままでは、いい加減話が進まないので今度はロマニが間に入った。

 銀時とマシュ、そしてマシュの頭の上に座るオルガマリーへロマニは何時もとは違い、真剣な顔つきを向ける。

 あとおばちゃんは邪魔なので、出ていってもらった。

 

「銀時くん、それにマシュたちも。充分休息はとれただろうか? メンテナンスは終わり僕たちスタっフの準備は整った。ついにレイシフトを開始したいと思うわけだけど…… 銀時君、君は大丈夫かい?」

「ああ、問題ねーよ。どーせこのまま何もしなくても人類は滅ぶし、俺は帰れねーし、やるしかねーだろ」

 

 銀時の返答にロマニはアハハと苦笑いをする。 

 

「最初のレイシフトは最も揺らぎの少ない時代、1431年のフランスよね。一応戦争は休止状態なわけだけど、まあ、間違いなく、特異点Fのような問題が起きてるわね……」 

「まあ、そうだね。だからこそ銀時くんたちが行かねばならないわけだが、まあ安心したまえよ、君たちの存在証明は勿論のこと、サポートはしっかりと行っていくさ」

 

 ダヴィンチが自信満々に言うが、銀時は胡散臭そうに言う。

 

「なーんか信用なんねーだよな。結局、所長もこんなピクミンみてーな体のまんまだし」  

「まあまあ、銀時くん。彼はあのレオナルドダヴィンチ。天才の英雄だ。性格はあれだが、実力は確かだ」  

「どうだかねぇ…… ん? 彼?」

 

 ロマニの言葉の違和感に銀時は気づく。

 今、ロマニはなんと言ったか。確かに彼と言った。いやそんな筈はない。だって目前のダヴィンチは確かに女なのだから。

 

「あれ、もしかして知らなかったかい? 彼、ダヴィンチは本当は男なんだ。彼は生前、モナリザという絵を描いたのだけど、そのモナリザが好きすぎて、自分の姿をモナリザにしてしまったんだ」

 

 意味がわからない。

 一瞬、銀時の脳裏にマドマーゼル西郷と呼ばれるオカマの姿が過ったが、ダヴィンチはそんなのとは次元が違った。

 とりあえずツッコムのも疲れるし、スルーすることにした。

 ロマニが話を進めていき、今回の目的をおさらいする。

 

 第一に、特異点の調査と修正。

 

 第二に聖杯の調査。

 

 これらを終え人理修復を成し遂げていく。

 銀時、マシュ。この二人でフランスに行き、最初の特異点攻略を行うのだ。

 

「私の代わりに説明ご苦労よ、ロマニ。そういう分けでさっさと準備してきなさい」

 

 オルガマリーはマシュの頭から飛び降り、綺麗に床へと着地した。

 

「あれ? 所長は来ねーの?」

「私は所長であり指揮官なんだから残るに決まってるでしょ。それに私にはレイシフト適正はないし……… って、私のことはいいから早く行きなさい!」

 

 話を終え、銀時は一度別室に移動し、早速着替えをさせられる。

 

「ちょっ、これすげーパッツパツなんだけど、サイコガンとか出てきそーなんですけど、これ」

「お似合いですよ、先輩。ですが残念です。レイシフトを終えると自動的に服装はいつもの和服に戻るようになっていますので」

「あ、そうなん? じゃ、着替える意味あんのかよ」

「それはレイシフトに耐える為のスーツです。冬木では緊急事態の為、生身でのレイシフトを余儀なくされましたが……」

 

 マシュの解説を解説を聞きつつ、管制室へと戻る。

 そして銀時はコフィンと呼ばれるレイシフトするための機械に入った。

 

 

 ──アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始します

 

 機械のアナウンスが聞こえてくる。ロマンたちも何やら難しい言葉を並べている。声から忙しなさが伝わってきて、銀時も流石に大丈夫かと不安になる。

 

 ── まさか、変な世界に飛ばされねーよな…… そんで新しいクロスオーバー小説が始まるとか……

 

 銀時の不安を他所にレイシフトは、英雄の物語は始まる。

 

 

 

 ──全工程 完了

 

 

 

 本来ならば、交わることのなかった侍と英雄たちの物語が。

 

 

 

 

 ──グランドオーダー 実証を 開始します。

 

 

 



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ジャンヌ・ダルク

 まっさらな青い空、フワフワと浮かぶ白い雲。

 正しく晴天。反対から読むと天晴であっぱれって読むんだぜ。知ってた? という位に晴々とした空。

 最初、マシュはカルデアの外とはまるで違う空に感動していたが、それは直ぐに疑問へと変わる。

 その疑問は銀時も同様だった。

 

「あれは…… いったい……?」

 

 二人の見つめる先。

 空に浮かぶ雲の向こうに見えるのは巨大な光の輪。

 まるで空に大きな空洞をあけているようだった。

 

『ロマニ、あれは何!? 直ぐに解析しなさい!』

 

 通信越しフランスの空を見ていたオルガマリーはロマニに急ぎ指示をする。

 ロマニも言われずとも、何らかの魔術式ではないかと、既に解析を始めていたが、結果は変わらず。

 何もわからない。それだけだった。

 

『いったいこれは…… 人類の滅亡に関係している何かなのか……?』

「何だかよくわかんねーが、このまま空見上げててもしょーがねーだろ。取り敢えず、これからどうすりゃいい?」

 

 暫く呆けたまま固まってしまったマシュに銀時が声をかける。

 すると通信越しにオルガマリーが慌てて指示をする。

 

『そ、そうね。まずは拠点作りのために、この土地の霊脈を探し「フォーーウ!!」て、え?』

 

 オルガマリーの言葉を遮ったのは、小動物フォウだった。 

 突然現れ、銀時の頭にちょこんと乗っかったのだ 。

 

「おま、ついて来てたのかよ!」

「驚きました、コフィンに紛れていたのでしょうか?」

「たくっ…… あん? あの煙は」

 

 勝手についてきたフォウに呆れ、遠くをふと見る。ここから離れた先。建物が多く見えた。恐らくは町か村だろう。

 しかし何故か、建物からは黒い煙が大量に上がっていた。

 

「まさか戦か? おいロマニ、この時代じゃ戦争は休戦って話じゃなかったのか?」

『のはずだ…… 確かあそこはドン・レミ村。この時代に火事の記録なんてない。間違いなくイレギュラーだね』

「先輩……!」

「たくっ…… ちったぁゆっくりできねーもんかね」

 

 初のレイシフト。彼らに休まる暇はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドン・レミ村。ジャンヌ・ダルクの生誕地である村。

 美しい町並みは見るかげなく。建物は瓦礫と化している。

 煙は上がり、至るところに火がまわっている。

 

「はあはあ! くそっ」

 

 兵士の一人が槍を構え、迫る骸骨の化け物、スケルトンに突き立てる。

 一体一体はそこまで強いわけでもない。一般兵である自分でも倒せる。だが、

 

「倒しても倒してもきりがない!」

 

 疲れも感じさせず迫り来るスケルトンの大軍。

 それに比べこちらの兵は限りがあり、体力にも限界がある。 

 既に何人もの兵士が倒れ、僅かながらも敵の侵入を許してしまった。

 町は阿鼻叫喚となり、次々に火の手が上がる。

 横を見れば仲間がスケルトンの剣にやられ血を吹き倒れていた。

 それをみて兵士は悟る。ああ、自分も死ぬのだと。

 最早戦うことを放棄し、槍を掴む手をおろし顔を伏せる。

 目を閉じ、出来れば痛みなく死にたいなと思い始めた。

 

「…… ?」

 

 しかし痛みを感じない所が、意識すら途絶えない。

 どういうことかと目を開けるとそこにはいた。

 

「大丈夫ですか! ここは私たちが請け負います! 負傷者は下がってください!」

 

 華奢な体ににつかわない鎧姿。更には身の丈程もある大きな盾を構えた少女は自身を守るように立っていた。

 少女はその華奢な体からは想像できない程の力量で盾を使い、スケルトンをなぎはらっていく、

 

「な、なんだ?」

 

 まるで自分達を守るように戦う少女を見て兵士は目を丸くする。

 

「いや、守ってくれているのか!?」

 

 いったいこの者はなんなのか、まさか…… 聖処女に変わる、

 

「救世主…… ぷげらぁ!?」

「あっ」

 

 名もなき兵士は突然飛んできたスケルトンの体に叩きつけられ意識を失う。

 スケルトンを投げ飛ばした犯人、銀髪の男は気まずそうに頬をかいた。

 

「なんか、すんません」

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァントとマスターの介入。たったそれだけのことで戦況は大きく変わりスケルトンは瞬く間に倒された。

 住民や兵士は見慣れぬ姿をする銀時たちに戸惑い、遠巻きに眺める者も多かった。

 どうしたものかと思っていると先ほどスケルトンを叩きつけられた名もない兵士が来て感謝の言葉を述べた。

 

「すまないな。助けてもらったというのに…… みんな疑心暗鬼になっているんだ。なにせあの聖処女が今じゃ最悪の敵になってしまったからな」 

「聖処女が敵? モブさん、それはどういうことでしょうか?」

「え、モブさんって俺のこと? まあいいけど…… あんたら知らないのか? 聖処女、ジャンヌ・ダルクは復活したんだ。竜の魔女となり国王シャルル七世は殺された。既にオルレアンは占拠され各地はほぼ、壊滅状態だ……!」

 

 マシュのモブ呼びに面食らう兵士だったが、ここは素直に質問に答えた。

 ジャンヌ・ダルクの復活。これは紛れもないイレギュラーだ。

 一般人ならばどのようして復活したのかはわからないが、正体は間違いなくサーヴァントだろう。

 

「国が壊滅状態になった原因。それは奴の使役する恐ろしい怪物にある。」

「怪物ってさっきのブルック擬きか?」

「いや、恐ろしいのはあんな骸骨じゃない。正直いって今回のは単なる挨拶代わりさ。本当に恐ろしい物、それは……」

飛竜(ワイバーン)だあァァァ!! 飛竜が来たぞおォォ!!」

 

 突然上がる悲鳴と警告。

 さっき戦い撃退したばかりだというのに、再び敵が来たのか。

 しかも相手は幻想種される竜。恐らく、これこそがスケルトンよりも恐ろしい怪物の正体だろう。

 

『ワ、ワイバーンですって!? なんでこの時代のフランスにそんなのがいるのよ!』

『恐らくはサーヴァントのようにワイバーンも何者かの手によって召還されたのではないかと!』

 

 頭を抱えて叫ぶオルガマリーにロマニが自身の考察を説明した。

 そう誰もが驚いている中で銀時は直ぐに駆け出していた。

 

「先輩!」

「けっ! 俺が戦やってたころも大体こんな感じだったよ、たく本当戦ってのは嫌になるぜ!」

 

 天人や幕府軍を相手に毎日死線を潜り抜けてきた銀時だからこそ出来た動き。

 だが、そんな銀時にオルガマリーが待ったをかける。

 

『待ちなさい、銀時! 勝手な戦闘は許しません。必要な情報ならば手に入れた。ただちにそこから離脱し、安全な所まで避難しなさい』

「…… っ!? 所長、なにを」

 

 要は住民を見捨てて、自分達だけ逃げろという命令にマシュは戸惑う。

 しかしオルガマリーは冷静に説明する。

 

『特異点で起きたことは修復さえすれば全てがなかったことになるわ。だからその時代の人間が死んだとしても問題はないの。でもあなたたち二人は違う。この時代で死ねば、その時点で人類の未来が終わる。目的は果たした以上、無駄な戦いは避けるべきよ』

「ですが……」

 

 非情な判断ではあるがオルガマリーの言うことは間違っていない。

 だからこそマシュは何も言えずに黙ってしまう。

 しかしこの男は、

 

「悪りぃな所長」

『っ!? 銀時、あなた──』

 

 オルガマリーが銀時の考えを察し止めようするが、それよりも早く動く。

 

「あっぶねっ!! と、セーフ」

 

 今にもワイバーンに喰われそうになっていた少女を抱き上げ、間一髪の所で救いだしたのだ。

 

「そりゃあ俺は自分の身が一番大事なもんで。こっちは最初から逃げる気満々だったんだが、命令されるのは嫌いでね。だから残らせてもらうわ」

『なっ!? ………… あーっ、もういいわ。勝手になさい』

『所長! 良いんですか?』

「いいわよ。どうせコイツはナニ言っても聞きやしない。そういう男。全く…… 今回は特別に命令違反は見逃すわ! その代わり、死なないように! それと助けるならきっちり助けてやりなさい!」

 

 ロマニは苦笑いをオルガマリーへと向ける。

 オルガマリーはため息をはくも、その表情は何処か清々しいモノに変わっていた。

 

「だから命令されるのは気分良くないって言ってんのによー。まあ、いいか。おい、マシュ!」

「はい!」

「背中の方、任せたぜ」

「は、はい! 必ず死守します、マスター!」

 

 銀時は助けた少女を一人の兵士に預け、マシュと背中合わせになる。

 ワイバーンの何匹かは危険だと判断したのか、標的を二人に集中させ向かってくる。

 

 ガキンッ!!

 

「うぉ!? おんもォ!」 

 

 銀時はワイバーンの突撃を木刀で受け流し、なんとか交わす。

 しかしワイバーンの重い攻撃に、流石に顔をしかめた。

 

『ちょっと! ワイバーン相手に、ただの木刀でやりあうとか、何考えているのよ!』

 

 あくまでもマシュの指揮をするだけと思っていたオルガマリーも、これには驚き声を上げた。

 

『いや、一応銀時君の木刀は魔術礼装としての改造を施してはいる。だから、多少は戦える筈だよ』

『だとしても、マスターは普通、全線に立たないわよ!』

 

 ダ・ヴィンチが銀時の木刀について説明するが、オルガマリーはあり得ないとツッコミを入れた。

 

「先輩! やあああああ!!」

「グオォォ!!」 

  

 マシュの盾の一撃がワイバーンの頬に強い衝撃を加えた。  

 たまらず地面に転がるが、ワイバーンは絶命したわけではない。  

 うなり声を上げ、痛みからじたばたと暴れている。

 

「サーヴァントの一撃を受けて、尚、生きてるなんて…… これが竜種!」

  

 サーヴァントではないが、決して油断できぬ相手。それが何十といる。

 銀時たちは戦うことを決めたが、とてもではないが手が足りなかった。

 こうしている間にも多数のワイバーンたちは四方八方に村中を飛び交っていく。

 一匹のワイバーンが炎を口から吹くだけで何十人もの人の魂が消えていく。

 瓦解した建物が逃げる人々を押し潰す。ワイバーンの鋭い歯が尻尾が人体を切り裂く。

 弓やクロスボウなど意味もなし。硬い鱗は身を守り、人を狩りとる武器となり次々に地獄を作り出す。 

 悲鳴に混ざってどこからか声が聞こえる気がする。竜の魔女の笑い声。

 彼女のどす黒い感情が怒りが、ワイバーンの炎を通して村中を包み込む。

 終わる終わる。みんな死ぬ。発狂した兵士の首が飛ぶ。勇敢に立ち向かう兵士の体が両断される。逃げ隠れた民が建物ごと燃やされる。

 

「くっ、あああああ!!」

「グガァ!!」

 

 盾の攻撃を二度受けて、やっと一匹のワイバーンを絶命させることに成功する。

 しかし攻撃はまだ止まらない。次々とワイバーンが銀時とマシュに向かってくる。

 

「やあぁぁ!」

「マシュ!!」

 

 マシュはワイバーンを一匹、殴り飛ばす。しかしその隙をついたワイバーンが後ろからマシュへと口を開き迫ってきた。

 銀時は迷わずマシュを守ろうとするが、

 

 ズバンッッ!!

 

「ギガァァァァァ!!」

「なっ!?」

 

 ワイバーンの体は一撃で四散してしまった。

 しかしマシュを救ったのは銀時ではなかった。突如として二人の前に現れたローブを着て顔を隠した謎の人物。

 その者は、二人を一瞥するとワイバーンへと向かって駆け出す。

 

「先輩。あの人は」

「誰だか知らねーが…… 少なくとも敵じゃなさそうだな。トカゲ共もあのフードが出てきて戸惑ってやがる。一気にいくぞ」

「はい!」

 

 たった一人の増援ではあるが、流れは完全にこちらに来ている。 

 二人はこのチャンスを逃さず、謎の人物へと続いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 何とか半数を撃退したことにより、残ったワイバーンも分が悪いと撤退。

 村人たちを無事に避難させることに成功した銀時たちは、謎の人物に誘導され、森の中へと移動していた。

 助けてくれたとはいえこの人物は信用できるのか。特にオルガマリーは不安に感じていたが、情報は欲しいので黙って通信映像を見ている。

 

「ここまで来れば安全です。すみません。正体も明かさずに、付いて来てもらって。故合ってあの場では顔を晒せなかったのです。ですがここなら大丈夫でしょう。あらためて自己紹介を」

 

 ついにその顔が現わとなる。正体は女性だった。金髪に凛々しい顔立ちはとても美しく、マシュも思わず息を呑む。

 

「私はサーヴァント"裁定者(ルーラー)"。ジャンヌ(・・・・)ダルク(・・・)です」

「なっ!?」

 

 謎の人物の正体。

 それは敵と知られていた筈のジャンヌ・ダルクその人だった。

 



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戦場

 かなり間があき、申し訳ありません!


 この特異点における敵、ジャンヌ・ダルク。

 彼女との会合に当然、マシュは身構えるが、

 

「お待ちください。構えるのは当然ですが、話を聞いてもらえないでしょうか」

 

 ジャンヌ・ダルクは武器を構える様子もなく、冷静に話し合いを持ちかけてきた。

 信用していいのかと銀時たちは思うも、助けてくれたのは事実なのでここは彼女の提案に乗ることにした。

 通信越しに様子を見ていたオルガマリーたちも、それに同意する。

 

「ありがとうございます。では、何故私の悪名が国中に流れているのか。そのことについて話をします。確定ではありませんが、全ての原因はもう一人の私の存在にあるのです」

「もう一人の…… ?」 

「恐らくは、ですが。私が現界したのは、ワイバーンに村が襲撃を受ける数時間前でしたから。なので物理的にもフランスを襲う竜の魔女たりえませんし、そんな記憶もありません」

 

 英霊はあくまで、英雄の一側面のコピーにすぎない。 

 それ故、同じ時代に同一の英霊が召喚される可能性は充分にあるのだ。

 だからこそ、彼女の発言には信憑性があった。

 

「成る程ね…… ようはピッコロさんってことか、あんた」

「ピ、ピッコロですか? よくはわかりませんが、そんなところです」 

『絶対違うと思うわ……』

 

 銀時のアホみたいな解釈を聞き、通信越しにオルガマリーは呆れている。

 マシュも苦笑いを浮かべていた。

 

「なんというか…… 変わった、あいえ、不思議なお方なのですね、あなたは」

「ええ…… んなこたぁねーと思うけど」

「はい! 先輩はかなり面白いと思います」

「あれ、マシュ? まさかの賛同?」

 

 思わぬマシュの同意に銀時は動揺する。

 

「先輩は面白いです。誰よりも人間らしく、誰よりも優しい人です。こんな状況でも誰かを笑わせる。そんな面白い方だと思っています」

「そうなのですね。啓示はありませんが、どうやら私は良いマスターに巡り会えたようです」

「やべぇ、ベタ褒めだよ。これ夢じゃないよね? ここまで直球で褒められるなんて、初だよ。もし夢なら俺の髪もサラッサラに!」

『心配しなくても夢じゃないわよ。この絶対にストレートにならない呪いをかけられた天パ侍』

 

 ここま直球に肯定されることなど滅多にない。

 銀時はニヤニヤと笑みを浮かべるが、それを聞いていたオルガマリーが通信越しに冷ややかな顔で言った。

 

「本当だ、夢じゃねーわ。泣いていい?」 

 

 髪をいじり、半泣きになる銀時にジャンヌは差し出した。

 

「私の知りうる情報はこの位しかありません。それでも、もし信じていだけるのならば、今度は私に聞かせてくれませんか? あなたたちのことを」

「…… ま、確かにわかんねーことが増えただけだが、少なくともあんたが嘘ついてねーことはわかる」

 

 銀時はジャンヌの手を握り、彼女の顔を真っ直ぐに見る。

 

「俺は坂田銀時。小難しい説明は苦手なんで、詳しくはマシュに聞いてくれや。ただし、聞いたからにはしっかりコキ使うつもりなんでよろしく」

「は、はい! ありがとうございます」

 

 コキ使う。それはつまりジャンヌのことを信用してくれているということ。

 夜はまだまだ続く。一行は冬木での戦いやカルデアでの日常の話など、華を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テントをはり、銀時とマシュ、それにフォウも中で横になる。

 睡眠の必要のないジャンヌはテントの外で座り、一人で焚き火を見つめていた。

 

「もう一人の私…… いったいこの時代になにが起きて……」

「なんだ、まだ起きてんのか」

「っ! マスター!」

 

 声の方を振り替えると欠伸をし、体を伸ばす銀時がいた。 

 契約したわけではないが、異世界の人間でありながら人理を救おうとする姿に敬意をはらい、銀時のことをマスターと呼ぶようになっていた。

 ボリボリと頭をかき、相変わらず気だるそうな顔をしている。

 

「すみません。起こしてしまったようで」

「いや、俺も小便したくなっただけだから問題ねーよ。それよりもどうした。何があったか知らねーが、あんま落ち込んでっと、せっかくのべっぴん顔も映えなくなるぞ」

「…… わからないのです」

「あん?」

「もう一人の私がいたとして、何故このようなことをするのか。私には祖国への恨みも憎しみもない。なのにもう一人の私はこの国を滅ぼそうとしている。この違いはなんなのか…… もしかしたら私こそが偽物なのではないかと思ってしまっているのです」

 

 

 記憶は確かにある。ジャンヌとして生きてきたあの日の記憶。

 野原を駆け回り母に愛された記憶から死ぬ最後の時まで。

 全てを覚えている。しかしこの記憶が本物なのか、ジャンヌは自信がなくなっていた。

 

「偽物かもねぇ…… 別にそれでもいいんじゃねーの」

「え?」

 

 銀時の返答は予想もしていなかったことだった。ジャンヌは目を丸くし、銀時を見る。

 

「仮に竜の魔女が本物でお前が偽物だとしても、お前はお前だろ。お前はテメーの信じる魂に従い俺たちを救った。俺たちと一緒に戦うと決めた。本物かどーかは俺には知らねーが、一つだけわかることはある。お前は悪い奴じゃねえ」

「マスター…… ! ありがとうございます。貴方のおかげでふんぎりがつきました」

「そりゃどーも」

 

 ジャンヌは優しげな微笑みを浮かべる。

 銀時からしてみれば、この笑顔は出会って初めて見る笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 森を抜け、ジャンヌを先頭に一向は駆けていた。

 夜は明け目を覚ました彼らは朝飯を食べる暇もなく、慌ただしく動いている。

 それは何故か。ロマニとオルガマリーの焦った声が目覚まし代わりに銀時たちを起こしたからだ。

 通信の内容は、街、ラ・シャリテに多数の魔力の反応があるということ。

 ワイバーンが襲撃したのかもしれないと、一向はラ・シャリテへと向かっていたのだ。 

 

「おい、あれ街だよな! 燃えてっぞ!」

「はい! あそこがラ・シャリテです。やはり敵サーヴァント!」

 

 肩にフォウを乗せて走る銀時が煙を上げている街に気づいた。

 焔の臭いがここまで漂い鼻を擽ってくる。

 

「急ぎましょう!」

 

 ジャンヌの声が微かに震えている。

 あの街にはドンレミ村の避難民の避難先だったはずだ。 

 ドンレミ村はジャンヌの生まれた場所。そこからの避難民ならば、いるかもしれない。

 ジャンヌの大事な人が。

 

「これは……」

 

 ラ・シャリテ。そこには生きた人間はいなかった。 

 人の焦げた死体。四肢や頭をもがれて横たわる死体。焼け落ちた建物。屍を貪るワイバーン。

 正にこの世に具現した地獄。

 ジャンヌは唇を噛みしめ、死者を冒涜するワイバーンを旗の穂先で貫き倒す。 

 せめて誰か一人でも生きていないか。ワイバーンたちを蹴散らし周囲を確認する。 

 その時だった。

 

『あなたたち! 今すぐその場から離れなさい! サーヴァント反応よ! それも数は…… 四騎!』

 

 オルガマリーが血相を変えて叫ぶが、最早どうしようもない。

 銀時たちが気づいた時にはもう、

 

 

 ドッッ!!

 

 

 地面に小さなクレーター作り砂埃を撒き散らす。

 数は四つ。銀時たちを囲うように災厄は突如として現れた。

 

「なんて、こと、まさか、まさかこんなことが起こるなんて。ねえ。お願い。誰か私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの。やばいの。本気でおかしくなりそうなの」

「っ!」

 

 ジャンヌは信じられないと目を丸くし、目前の黒い鎧の女を見る。

 対称的に女は顔を笑顔で歪めてジャンヌを見る。

 

「だってそれくらいしないと、あんまりにも滑稽で笑い死んでしまいそう! ほら見てジル! あの哀れな小娘を! なに、あれ羽虫? ネズミ? ミミズ? ねえ、ジルーー って、ああそっか。ジルは連れてきていなかったわ」

「話は…… 本当だったのですね。本当にいたのですね、貴女は!」

「何を当たり前のことを。これ以上、私を笑わせないでほしいものね」

「一度だけ問います。貴女は何故、この国を滅ぼそうとするのですか?」

 

 目の前の、もう一人の自分へとジャンヌは旗の穂先を向けて問いかける。

 もう一人のジャンヌは呆れたように口を開いた。

 

「全く、同じジャンヌ・ダルクならば理解していると思ったのですが…… そんなものは明白です。単にフランスを滅ぼすためです。私を裏切り、唾をはいた者たちに、この国に復讐を果たすために」

「馬鹿なことを…… !」

「馬鹿なのは貴女です。人類種が存続するかぎり、この憎悪は収まらない。このフランスを沈黙する死者の国に作り替える」

「それが、貴女の答えなのですね…… ならば私はそれを止める……! 例え主の啓示がなくとも、私の信じる私の魂に従い!」

「そう。やはり愚かですね…… 貴女という女は。いいでしょう、無様に立ち向かうというならば、殺すまで。バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン。まずは、その田舎娘を始末なさい」   

 

 取り囲んでいた内の二騎が前に出た。

 一人は、黒い貴族服を着た白髪の男。一人は、茨を纏わせた様なドレスを着込み、不気味な仮面をつけた女。

 

「──よろしい。では、私は血を戴こう」

「いけませんわ王様。私は、彼女の肉と血、そして腸を戴きたいのだもの」

「強欲だな。では魂は? 魂はどちらが戴く?」

「魂なんて何の益にもなりません。名誉や誇りで、この美貌が保てると思っていて?」

「よろしい。では、魂は私が戴くとしよう」

 

 何やら物騒な会話を二人はどこか楽しそうに語り合う。

 お互いに同意を得たのか。二人はジャンヌへとゆっくりと歩を進めていく。

 はっきり言って戦力差は絶望的。

 銀時もマシュも構えるが、希望の見えない状況に冷や汗を流す。

 カルデア管制室では、慌て狼狽するロマニを無視し、オルガマリーとダヴィンチは考えを巡らしている。

 だが、この状況を覆す方法などあるはずがない。

 それこそ、彼らに味方する増援でもない限り──

 

 

フランス(ヴィヴ・ラ)万歳(フラーーーンス)!!」

「なんだ!? ガラスの馬車だぁ!?」

 

 高らかな声とと共に、空からガラスの馬車が駆けてくる。

 

「これは…… !」

「さあお願いしますわ、偶像(アイドル)さん!」

「任せて! 待たせたわね、豚共ぉ!! ボエ〜!!」

 

 馬車からこの世全ての悪意が込められたかのような、濁った歌声が響いた。  

 

「ぎゃあああ!! なんだ、この歌はぁ!? もしかしてあの有名なガキ大将の英雄が召喚されたのかぁ!?」

 

 銀時が耳を抑えて叫んだ。マシュも顔を青ざめ、口を抑えていた。

 敵の一人、バーサーク・アサシンと呼ばれた女に至っては両頬を両手で挟み、あの有名な絵画を思わせる顔で叫ぶ。

 

「いやぁぁぁ!! 思い浮かぶは黒歴史よぉぉ!!」

「落ち着きなさい! バーサーク・アサシン! これはただの歌ではない!? 歌声によって発せられる魔術的強制力か…… !!」

「吐いている場合ではありませんよ。逃げます。乗ってくださいませ」

「ゲロロロロ!! なんだかわかんねーが、行くぞ、マシュ」

「うぷぅ、はい、先輩。行きましょう、ジャンヌさん」

「そ、そうですね、うぷ」

 

 馬にまたがっていた着物姿の少女に言われ、銀時たちは馬車へと乗り込む。

 中には歌を気持ち良さそうに歌い続ける角の生えた小柄な少女と赤い衣装を着こんだ女性。それに黒服に身を包んだ端正な顔立ちの男がいた。

 

「あら見て、アマデウス。この銀髪の方、口から虹を出しているわ! とっても綺麗」

「流れるように真名を明かすね…… まあいいけどさ。その虹は決して綺麗なものじゃないし、かなり臭いぜ」

 

 馬車は彼らを乗せて、動き出す。

 馬に跨がっていた着物の少女は敵が攻撃しないかと身構えるが、それどころではないらしい。

 

「おろろろろ!!」

「ルーラー! アサシンがもらいゲロロロロ!!」

「そういう貴方も吐くんじゃないわよ、バーサーク・セイバー! うわ、酸っぱクサっ!?」

「マリア! 敵は絶賛貰い吐き中だ。今の内に馬車を!」

「ええ! さあ行きましょう!」

 

 

 悪臭立ち込める戦場の空を輝く馬車は颯爽と駆けて行った。

 



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英雄達

 謎の人物が一気に四人。人智を越えた力を使い黒いジャンヌダルクたちから逃げる一手を作り出したことから、彼らもまたサーヴァントであることはわかる。 

 彼らサーヴァントに助けられた銀時たちは馬車に乗り、遠く離れた森の中に身を潜めていた。

 

「うぷ、ちくしょぉ…… まさか生でジャイアンリサイタル聞かされるはめになるなんてな」

「先輩、これ水です。飲んでください」 

『通信越しにも酷い歌…… いや個性的な歌だったけど、銀時君のバイタルは然程問題ない。落ち着いて休めば大丈夫だろう』

『うぷっ…… ロマニ、あなたもちょっと休みなさい。私は吐き気には慣れてるから大丈夫よ」

 

 青ざめた顔になりながらもロマニは銀時の健康状態を確認する。吐くのを堪えてしっかり仕事をこなす彼に今回ばかりはオルガマリーは同情しつつ、彼女は所長としての責務を果たす。

 

『こほん。サーヴァントの方々。まずはお礼を言います。私たちを助けてくれてありがとう。それでいきなり質問になるのだけれど、貴方たちは何者? マスターはいないようだし…… こっち側のジャンヌもそうだったけど魔力供給もなしでどうやって現界しているのかしら』

 

 サーヴァントはマスターから魔力を供給してもらうことによって仮初めの肉体を保ちこの世界に現界することができる。

 しかしジャンヌも彼ら四人もマスターはおらず、それぞれ独自にこの世界に現界している。それは一体どういうわけか。

 

「それは単純なことだよ。僕たちは聖杯に呼ばれてこの世界に召喚されたんだ」   

 

 黒服の男、アマデウスと呼ばれた彼が答えた。

 その答えにオルガマリーは目を丸くする。

 

『聖杯に直接!? ちょっと、ロマニ! そんなこと本当にあるのかしら?』

『か、可能性は捨てきれませんね。今はこの異常事態ですし、そういったイレギュラーは起こる、かもしれません。たぶん』

 

 ロマニの返答は煮えきらないものだが無理もない。なにせ前例のないことなのだから。

 

「難しいお話は終わったかしら? だったら皆自己紹介をしましょう! ええ、それがきっといいわ!」

 

 姫のような雰囲気を感じさせる女が手を合わせ、にこやかに言った。

 

「自己紹介っていうけどさ。君、さっき僕の名前を流れるように明かしちゃっただろ。まあいいんだけどさ。僕の名前はアマデウス。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。クラスはキャスターさ」

 

 アマデウスがフルネームとクラスを明かすと、それに続いて三人のサーヴァントも名を名乗った。

 

「次は私ね。エリザベート・バートリー。クラスはアイド…… ランサーよ」

「清姫と申します。クラスはバーサーカーです」

「わたしはマリー・アントワネット。クラスはライダーよ」

 

 明かされた真名はどれも有名なもの。オルガマリーも流石に面食らう。

 

『こりゃまた有名な名前が出てきたわね…… それにエリザベードに清姫って…… ちょっとロマニ、この二人は大丈夫なんでしょうね』

『だ、大丈夫です。多分、きっと、信じてる!』

『全然、説得力ないじゃないのよ!』

「全て聞こえているのですが』

 

 何やらオルガマリーとロマニが騒いでいると、清姫がにこやかに笑みを浮かべながらも、笑ってない瞳で睨みつけてきた。

 その様子を見て、銀時がマシュにこっそりと聞いてみる。

 

「え、なに? あの二人組そんなヤバい奴なわけ? まあ確かに一人は女版ジャアインみたいな感じだけど」

「深く話をすると長くはなりますが…… 簡潔に言うとエリザベートさんはディオ・ブランドーで清姫さんは伊黒さんです」

「無駄無駄── って違うぅぅ!! 全然違うわよ! そう、(アタシ)は言ってしまえばアイドル!」

 

 意外とノリがいいのかエリザベートは拳で空を切り、ツッコミを入れた。

 

「嘘はいけませんよ」

「嘘じゃないわよ! ちょっ、火を吹こうとしないでよ!」

「信用しない信用しない。そもそもエリザベード・バートリーは大嫌いですので」

「アンタ、まじで伊黒さんなんじゃないの!? というか嫌いの対象が私限定じゃないのよ!」

『なんか…… 大丈夫そうね』

 

 わーきゃーと騒ぎ始めた二人を見てオルガマリーは呆れながらも安堵する。

 オルガマリーの緊張が消えたのを察したのか、今度はアマデウスが銀時たちに問いかけた。

 

「とまあこちらはそんな感じだよ。次はそちらの事情と状況を聞かせてくれないかい?」

『それもそうね。ただし、聞いた以上は協力してもらうわよ。こっちはただでさえ戦力に乏しいのだから』

 

 比較的常識のある二人は互いの持つ情報を共有しあっていく。

 

 

 

 

 

 

「なるほど…… 事情はわかったよ。異常事態はフランスだけじゃなかったということか」

「ますます負けていられないわね! でしょ、アマデウス」

「そうは言うが現実的ではないね。さっきも言ったがカルデアの戦力は乏しく、僕たちも決して強いサーヴァントではない」

 

 マリーがやる気十分と息巻くがアマデウスは冷静に返した。

 竜の魔女は多数の戦闘向きであろうサーヴァントを従え、多量のワイバーンまで従えている。

 確かにこのままでは勝つことは難しい。各々がどうすべきかと考えていると真っ先に手をあげたのはジャンヌだった。

 

「やはり戦力を増やす必要があるでしょう」

「なるほど…… マリーさんたちが聖杯に喚ばれた以上、他にもサーヴァントがいるかもしれません」

「仲間集めはジャンプ漫画の基本だ。俺も賛成だが…… フランスつっても広いんだろ? 仲間になりそうなサーヴァントがどこにいるかもわかんねーし、ジャンヌ大魔王も狙ってんじゃねーのか?」

「だ、大魔王? え、ええ。そうですね。だからこそ、あまりモタモタしてはいられません。彼女に倒される前にサーヴァントを見つけなければ」

 

 銀時が勝手につけた竜の魔女のあだ名に、ジャンヌは面食らうも彼の懸念に頷く。

 フランスで起きている惨劇を止めるために、彼らは急いで仲間を集める必要がある。

 とはいえ、休息は必要だ。いざとなった時に体力がなくては話しにならない。

 今日のところはここをキャンプ地とし、食事をとろうと準備を進めることにした。

 

 

 

 

 

 テントがはられ、カルデアから持ち込んだ材料や川魚を使い料理が作られていく。

 キャンプの準備が終わるとマシュはテントで休んでいた銀時へと声をかけた。

 

 

「先輩、食事ができたので食べませんか? なんとあの清姫さんが料理を作ってくださったのです」

「ええー、清姫ってあの蛇女のことだろ。料理って蛇の蒲焼きとかじゃねーだろうな」

 

 テントから出た銀時はぶつくさと文句を言う。

 

「あら、申し訳ありません。蛇なのでヌルッと手が滑ってしまいました」

 

 バッシャン!! 

 

 清姫の持っていたシチューが銀時の顔面にぶち巻かれた。あまりの熱さに銀時はその場で悲鳴を上げて倒れた。

 

「ギャアアア!!」

『今のは銀時が悪い』

「さあご飯にしましょう。マシュさん、配膳の手伝いをよろしくお願いします」

「は、はい。清姫さん」   

 

 通信越しにオルガマリーから冷ややかなツッコミを受ける銀時を尻目に二人はアマデウスたちの元へと行く。

 騒がしくも楽しい夜が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 清姫特製の豪華絢爛な食事を囲み、銀時たちは休息をとっていた。

 

「モグモグ…… このシチュー、とても美味しいですよ、清姫さん! クリーミーで味のバランスも整っていてパンにとてもよく合います」

「お褒めいただき恐縮です、マシュさん。いつか出会う理想の旦那様(ますたぁ)の為に家事力の向上を心がけていたので。料理に関してはかなりの自信があります」

「家事力向上の前に少しは優しさも向上させろコノヤロー。見ろ、お前のシチューのせいで俺の頭が濁った白髪になっちまったじゃねーか」

 

 まんざらでもないと自信満々の顔で言う清姫に銀時が文句を垂れる。

 

「貴方の頭が白いのは元々じゃないですが…… そんなひねくれたことばかり言っていると、毛髪だけでなく脳みそまで捻れていきますよ」

「んだコラ! 言っとくけどな俺の頭はアニメではクルンクルンだけど実写だと程よい感じにカーブしてんだよ! お洒落頭なんだよ!」

「落ち着いてください、先輩! 実写の方はイケメン俳優の方なので総合的に見て天パがお洒落に見えているだけです!」

「それ俺がイケメンじゃないってことじゃねーか!」

「はいはい。そこまで。じゃれ合いは後にして今は敵についての情報を共有しようじゃないか」

 

 微妙に一触即発な雰囲気になりかけたので話題を変えようとアマデウスが話を切り出した。

 しかしマリーがまったをかける。

 

「もうアマデウスったら。今は楽しい食事中よ」

「そう言うなよマリア。僕は音楽家だから戦闘についてはからっきしだが、戦いにおいて情報が武器となることは知っているよ。だならこそ情報の共有は必要なはずだ。それにそんな長い話になるわけでもないしね」

『こちらとしても、ハフハフ、ありがたい、ハフハフ、わ。敵にハフハフ、ついて何かハフハフ、知っていることがあるの?』

 

 管制室にて。料理長であるおばちゃんの特性カレーライスを食べていたオルガマリーはアマデウスの提案に同意した。

 ちなみにロマニやダヴィンチ、その他スタッフたちも食べている。   

 

「いや、なにカレー食ってんの!? 話してるとき位、皿置けや!」

 

 珍しく銀時がまともにツッコミを入れた。

 

『うっさいわね。あんたは私たちが座って指示出してるだけだと思ってるだろうけど、想像以上に体力と精神を使うのよ。こっちだって食事とらなきゃ、やってられないわ』

『そーそー。所長の言うと通り。あ、おばちゃーん! デザートのイチゴパフェお願い』

 

 カレーを食べ終えたロマニがデザートを所望する。

 

「イチゴパフェだとおォォ!! おばちゃーん! 俺の分も残しておいてくれ!」

『あんた糖尿病寸前だからダメだよ! 代わりにカボチャの煮物作っておくから食べな!』

 

 おばちゃんの返答に、ちくしょおォォォォ!! と膝をつく銀時。

 そんな彼のことは放っておいて話は続けられた。

 

「それで敵についてのことなんだが、少なくとも敵サーヴァント二騎についての情報は知っている。まず一騎、敵セイバーについて。敵セイバーの真名はシュヴァリエ・デオン。僕らと同時代の英霊であり生前のマリアとも面識ありだ」

 

 

 『シュヴァリエ・デオン』

 

 フランス王家に忠誠を誓う白百合の騎士。十八~十九世紀の人物。ルイ十五世が設立した情報機関「スクレ・ドゥ・ロワ」のスパイであり軍所属の竜騎兵連隊長を担っていたとされる人物である。

 

「そしてもう一騎。敵のアサシンに関してたが── これはエリザベードに話をしてもらった方がいいだろう」

「そう、ね。敵のアサシンの真名はカーミラ…… いえ、エリザベード・バートリーよ」

「は? お前何言ってんの。もしかしてジャンヌと同じピッコロさん?」

「違うわよ! カーミラは言ってしまえば、私の未来の姿。同一人物なのよ」

 

 ナメック星人扱いをしてくる銀時にエリザベードは怒鳴る。

 英雄の魂が記録されているとされる英霊の座には時間の概念が存在しない。故に同じ時代に同じ英雄が別側面の形で召喚されることもある。

 

『なんと言うか…… 頭が痛くなる話ね。敵の真名を知ることは大きなアドバンテージであるわけだけど、今の話を聞くと、結局相手にもこちらの真名がバレてるわけだし。状況はあまり変わらないわね』 

「それにしても不思議ですね…… 因縁のある方が多い」

「聖杯がそういった者をカウンターとして喚んだのかもしれません」

 

 マシュの疑問にジャンヌが答えた。

 

「僕らの知っている情報はこんなもだ。さて考えるのはここまでにして、いい加減、食事を再開しよう」

 

 情報共有は大事だが、あまり長話になれば、せっかくのシチューが冷めてしまう。 

 食器を手に取り、食事を始めようとしたその時──

 

『皆! すぐ近くまでサーヴァントが迫っている! それも三騎だ!』

 

 ロマニからの突然の凶報。楽しい食事は再び中止され、彼らは戦いを余儀なくされる。

 



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壊れた聖女

 森を抜けた先。そこに彼女たちは立っていた。

 三騎のサーヴァント。内二騎は既に目にし、アマデウスたちからも真名を聞かされていた。

 仮面を着けたアサシンのサーヴァント、カーミラと中性的な顔立ちのセイバーのサーヴァント、デオン。

 そして今回初めて目にしたのは、十字架のような杖を手にした女のサーヴァント。

 

「──何者ですか、貴女は」 

 

 ジャンヌは敵サーヴァントに問いた。

 女はそれに、少し困ったように答えて見せる。

 

「何者……? そうね。私は、何者なのかしら。聖女たらんと己を戒めていたというのに。壊れた聖女の使いっぱしりなんて。これもサーヴァントの宿命とはいえ、無理矢理狂化されるのはやっぱり癪だわ」

『狂化…… そうか、彼ら、魔女のサーヴァントは皆、理性が一部崩壊している状態にあるんだ』

 

 管制室から見ていたダヴィンチが敵サーヴァントの状態に気づき解説する。

 英雄の性格によっては、いくらサーヴァントと言えど反発するものや、従っても本来の力を発揮でない者もいる。

 それを無理矢理解決するための方法が狂化付与ということだ。

 

「ライダー。あまり余計なことは言うものじゃない。敵に情報を与えるということは弱点を晒すことに等しいものだよ」

 

 どうやら女のクラスはライダーらしい。

 セイバーがライダーに注意するが、ライダーは素知らぬ顔で答える。

 

「あら? あなたも心中は良いものではないでしょうに、随分と真面目ね、セイバー。サーヴァントである以上、聖女の命令には従うけど、愚痴くらいはいいじゃない」

「…… 君は狂化されている割には、あまり性格に影響を感じられないな」

「それは私が聖女だからよ。…… といってもこれまで殺意の衝動を抑えきれずに、罪のない民を殺し続けてきたのだけれど」

「……っ!」

 

 あくまでも表面上ではあるが、気にしていないかのようにあっさりとライダーは言う。

 聖女を自称する彼女が理性を奪われ、人々を殺してきた事実にジャンヌは歯噛みする。

 

「そんな顔しないでよね、壊れていない── もう一人の聖女。だって私にどれだけ同情しようとも、私はあなたの敵。なら思いきり挑まなくてはならないでしょ。貴方はこの国を救おうとしているのだから」

「君は…… また、敵に激を入れるような発言を」

「まあ、仕方がないと諦めなさいな、セイバー。これはライダーの根本ともいえる性質。変えようとも変えられないものよ。今頃、城で仕置きをされているアーチャーのようにね」

  

 呆れたように言うセイバーに、アサシンが邪悪に微笑む。

 いくら精神が狂おうとも、魂に刻まれた性質は消せない。

 だからこそ、彼女たちは苦しみ続けている。善性のサーヴァントであればある程に自らの行いを悔やみ、魂の奥底で泣き叫ぶのだ。

 

「そういうことよ。だから私は止まらないし、止められない。あなたたちに敵対し、殺すわ。究極の竜に騎乗する、災厄の聖女として──」

「ガアァァァァァァーー!!!」

 

 ライダーたちの背後に亀のような巨大な怪物が現れる。

 翼はないが、ワイバーンと同様の竜種。しかしワイバーンよりも強大な力を待つ上位種だ。

 

 

「んだ、このガメラ擬きは!? 竜宮城の時にヅラが乗ってたやつか!」

「マスター、指示を!」

 

 記憶に残っていた怪物の名を叫び、戸惑う銀時。

 それに対し、マシュは冷や汗を流しながらも冷静に指示を仰いだ。

 

「さあ、私を倒しなさい。私を倒せないのならば、もとより竜の魔女になんて勝てはしないのだから!! 我が真名はマルタ。さあ、行くわよ、タラスク!」

「ガアァァァァァーー!!」

 

 明かされた真名はマルタ。

 かつて祈りのみで竜を屈服させたという本物の聖女。

 マルタの声に合わせ、タラスクは大きく動いた。

 

「うおっ!? あっぶね!」

 

 タラスクの前足が地面に勢い良くめり込む。

 銀時たちはギリギリで左右に散らばるように避けた。

 

「敵はタラスクだけじゃないわよ!」

「くっ!」

 

 マルタの持つ杖から光弾が放たれる。

 それをマシュの盾で抑える。

 

「あら、思っていたよりもやる気充分ね。あの聖女様は」

「そういう君もやる気を出さないとダメだろう。彼らを殺せ。そうルーラーに命令されているのだからね」

 

 いきなりは動かず、戦況を見ていたアサシンとセイバー。

 この場での数は相手の方が上だが、実際の戦力差はこちらの方が上と言っていいだろう。

 敵側に位置するサーヴァントの何人かは見知った顔が多いが、どれも戦闘向きとは言い難い。

 

「さて、私は腹の立つ顔がいるから、それを潰したいと思うのだけれど、いいかしら? ついでにそれの隣にある蛇の相手もするから。その代わり、あなたにはある意味相性が良くない相手と戦わせることになるけれど」

「構わない。相手が誰であろうと、私は命令に従うだけさ。サーヴァントだからね」

 

 そして二人は動き出した。

 アサシンはエリザベートと清姫に。

 セイバーはマリーとアマデウスに。

 

「マスター…… ! エリザベートさんたちが!」

「他人の心配してる暇はあるのかしら!」

「うっ!?」

 

 仲間を気遣う余裕すら与えられない。

 マルタの光弾をマシュは盾で受ける。

 

「マシュ、あいつらのことは心配すんな! 特に大蛇丸とジャイアンなら自分で何とかすんだろ! それよりも俺たちはこのガメラ擬きと十字架女に集中するぞ!」

「はい、マスター!」

 

 銀時が木刀を構え、マルタへと駆け出す。ジャンヌもマシュも、それに続いていく。

 

「まずはお前からだ、十字架女! 竜だが、ガメラだが知らねーが、こういうのは飼い主をぶっ飛ばせば消えるもんだろーがよ!!」

「ガルアァァァ!!」

「ギャオス!?」

 

 タラスクはあくまでもマルタの宝具だ。

 つまりマルタさえ倒せばタラスクも消滅する。

 それは合っているのだが、それを許すはずもなく、マルタへと辿り着く前に、銀時は軽くタラスクの前足であしらわれてしまった。

 銀時は悲鳴をあげながら森の方へと突っ込んでいった。

 

『このバカ! いくら礼装に改造したとはいえ、木刀でサーヴァント相手に挑もうとするんじゃないわよ! ロマニ、何かタラスクの弱点とかないの?』

『任せてください、所長! 今、資料を確認し、タラスクの弱点を探っているところです!』

 

 そう得意気に言うロマニの手元には何やら映像が映っているタブレットがあった。

 タブレットから音が流れる。

 

『タガが外れてようが腐ってようが、それを守るのが私らの仕事です』

『いや、ガメラじゃん! あんた、今ガメラ見てるじゃん! 映画鑑賞してんじゃないわよ!』

 

 ガメラを見て涙をするロマニに突っ込むオルガマリー。

 管制室ではバカみたいにボケてはいるが、フランス側のマシュたちは構っていられない。

 

「はっ!」

「ガアアアア!!?」

 

 バキンッ!! とジャンヌの振り上げる旗がタラスクの顎に当たり、巨大な体が空を舞う。

 そのままタラスクは仰向けに倒れた。

 

「この程度ではやられはしないでしょう…… やはりタラスクを使役するマルタをたたくのが一番なのですが」

「そうはいかねーってな。野郎、亀の癖に、中々すばしっこいときやがる。あれじゃあ十字架女に近づく前にこっちが殺されるぞ」

 

 いつの間にか森から戻ってきた銀時はタラスクを忌々しそうに睨む。

 

「…… マスター。ここは提案なのですが、私と契約を交わせないでしょうか? 契約をすれば私に魔力が通り、本来の力を発揮できるはずです」

『はあ!? 駄目に決まってるでしょ! 銀時は既にマシュと契約しているのよ。二騎以上との同時契約なんて前例がないし、どんな負担がかかるかわからないわ!』

 

 ジャンヌが出した提案に銀時が答えるよりも早く、オルガマリーが待ったをかけた。

 しかし銀時は、

 

「いいぜ。ああー、ただ契約の仕方だとかはよくわかんねーから、ロマニ。レクチャー頼むわ。あ、あと判子とか必要だったら、持ってないから、サインでもいい?」

『サーヴァントとの契約に判子なんて使わないわよ! ていうか本気でする気!? あなた、どうなるかわからないのよ!』

「文句は俺が生きて帰れたらにしてくれや。このままじゃ全滅するだけだぞ」

『くっ…… あーもう、わかったわよ! ロマニ! 銀時に契約の詠唱を教えてやって!』

『は、はい! 銀時くん、僕に続いて同じことを言うんだ!』

 

 一か八かの賭け。下手をすれば自滅しかねない無謀な行為だが、成功すれば間違いなくマルタにとっての驚異だ。

 それをみすみす許すはずもなくマルタはタラスクをけしかける。

 

「させると思う? タラスク! 敵のマスターを狙いなさない」

「ガアアアア!!」

「そうはさせないさ!」

 

突然流れる心地の良い音色。しかしその音を聞いたタラスクの動きが大きく鈍った。

 

「これは…… アマデウス! マリーは!? 敵のセイバー、デオンと戦っていた筈では」

 

 あちらも余程の激戦なのだろう。アマデウスは体中に傷を負い、服もボロボロになっていた。

 

「セイバーのことならマリーに任せてある! いやなに、最低だとは思われるだろうけど、ぶっちゃけ彼女の方がキャスターの僕より強いからね! それにジャンヌ、君はマスターと契約するんだろ? 足止めは僕とマシュに任せろ」

 

 アマデウスが手をふるい音楽を奏でる。

 

「そう何度もさせないわよ!」

「おおっと!!?」

「させないのはこちらです!」

 

 敵の妨害を見逃す道理はない。

 マルタは光弾ではなく、今度は直接杖を振りかざし、アマデウスへと迫る。

 しかしそれはマシュの盾によってふさがれた。

 

『汝の身は我が下に我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従いこの意 この理に従うならば──』

「あーと…… な、ナンシーのワッカにナンシーのケンが突き刺さり……」

『全然違うんだけど!? なんか最低な英語の教科書の音読みたいになってるんだけど!?』

 

 ロマニに続いて銀時も詠唱するが、全く違う内容にオルガマリーが頭を抱えてツッコンだ。

 しかしそんな滅茶苦茶な詠唱だっとしても

 

「我に従え── あー、もう面倒くせぇ! 銀紙で作ったような船かもしれねーが、泥船よりもましだろ? 乗ってけ、ジャンヌ!」

 

 ジャンヌに確かに魔力が流れていく。これこそ銀時との契約がなされた証拠。

 僅かではあるが今までよりも力が漲ってくるのをジャンヌは感じた。

 逆に銀時は顔を少しひきつらせ額に汗をたらす。

 

 

「おもったよりキチイな…… ま、あいつをさっさと倒せばいいんだろ。頼むぜジャンヌさんよ」

「はい、行きましょう。マスター!」

 

 この戦いを終わらせる。

 その為に二人は再び動き出す。

 それを見たマルタは鬱陶しそうに舌をうつ。

 

「ちっ…… あーもう、厄介ね!」

「くっ!」

 

 ガッ! 

 今まで盾で防いでいたマシュが力で押し負け、後ろへと飛び、仰向けに倒れた。

 そしてその隙を逃さない。マルタは乱暴に杖をふるいアマデウスへ光弾を飛ばす。

 

「がっ!? くっ、やっぱ、キャスターが前線に出るのはキッツ…… 全く僕を召喚した聖杯め。呼ぶならサリエリにしろ」

 

 まだ恨み言を吐く余裕はあるようだが、流石に膝をついてしまう。

 ようやくアマデウスの音色から解放されたタラスクは雄叫びを上げる。

 

「ガアアアアーーーー!!!!」

「ええ、タラスク。そうね、一気に決めましょう。契約された以上、何をされるかわからないわ」

『魔力反応が増大している! まずいぞ、銀時くん。恐らくこれは宝具だ』

 

 ロマニがマルタに変化が起きたことを察知し、伝える。

 しかし気づいた所でどうにもならない。

 マルタは高らかに叫び、宝具を発動する。

 

「私と共に在りし、タラスク── 愛知らぬ哀しき竜」

 

 タラスクの身体が白く変化する。

 場の空気が一気に変わり、威圧感が支配する。

 

「さあタラスク。太陽に等しく滾る熱を操り今ここに。滅びに抗わんとする気高き者に試練の一撃を与えましょうーー」

 

 タラスクの身体が大きく飛び上がる。

 見上げるとタラスクはまるで太陽のように輝いていた。

 

「なあ、ジャンヌ…… あんたもやっぱ持ってんの? うちのマシュとかあそこの亀使いの女みてーな必殺技」

「必殺…… というべきかはわかりませんが。あります。必ずこの状況を打破できる力が…… !」

『銀時、貴方はまさか!』

「はっ。もう止めたりしねーよな、所長」

 

 マルタは叫ぶ。宝具の名を。

 

「星のように、愛知らぬ哀しき竜(タラスク)よ!!」

 

 タラスクは大きく回転し、流星のように銀時たちへと向かっていく。

 

 

「じゃ、頼むわ」

 

 銀時は苦笑いを浮かべながらもジャンヌを信じ、その場から動かない。

 銀時は通常のマスターとは違う。カルデアで作られる魔力が銀時の体を通してサーヴァントへと魔力が伝わっていく。

 故に魔術師でない銀時でもマスターになれるのだが、それでも身体には大きく負担がかかる。

 二騎目の契約に続いて、宝具発動など、本来ならもっての他だ。

 なにが起きるかわからない。もしかしたら死ぬことだってあり得るかもしれない。

 それでも、銀時は全てを賭けた。

 サーヴァント、ジャンヌ・ダルクを信じ、己の悪運を信じて。

 

 

「貴方に敬意と感謝を…… 主の御業をここに──」

 

 ジャンヌは旗を掲げる。

 

「我が旗よ。我が同胞を守りたまえ──」

 

我が神はここにありて( リュミノジデエテルネッル)── !!」

 

 ジャンヌを中心に光が溢れ、

 

「この光は…… !?」

 

 タラスクとマルタを、全てを包み込んだ。

 



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二人の聖女

 

 死体の転がる瓦礫の真ん中。

 聖女だった女はひたすらに血を啜り心臓を貪る。

 サーヴァントが世界に現界し続けるには魔力を得なければいけない。

 そしてその魔力がなければ魔力を生み出すモノを喰らうしかない。

 だから彼女は、マルタは魂を喰らった。 

 狂気に侵され自死すら許されずマルタは殺戮を繰り返した。

 

「グルル……」

 

 タラスクが心配そうにマルタを見下ろす。 

 マルタは最後の血を飲み干し、タラスクが安心できるように言葉をかけた。

 

「大丈夫よ、タラスク。貴方とこの杖に狂気がいくのだけは抑えてみせる。それに…… 私だって悪あがき位はするわ」

 

 少しでも希望があるのなら。

 マルタは出会った英雄の顔を思い浮かべ、僅かな希望にすがった。

 すがるほかなかった。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、ジャンヌ・ダルク…… 聖女様を血で汚しちゃったわね……」

 

 マルタの心臓には、ジャンヌの持つ旗の穂先が突き刺さっていた。

 口から出た赤い血がジャンヌの白い肌を染め上げる。

 

『霊刻を貫いた…! 銀時君達の勝ちだ……』

 

 画面越しにロマニは銀時たちの勝利を確信する。オルガマリーもヨッシャーと、ダヴィンチの頭の上に乗りながら、ガッツボーズをしていた。

 しかしジャンヌは素直に喜べなかった。

 彼女は、マルタは好きで悪となっていたわけではなかったからだ。

 マルタの謝罪にジャンヌは口をつぐむ。

 

「ああー、もう……… 本当、お互いに苦労するわね…… 貴女に伝えたいことがある。消える前に」

「……?」

「あいつに、気づかれる前に──── 頼んだわよ」

「っ! 聖女マルタ…… 貴女は……」 

「そんな顔をするものじゃないって言ったでしょ? これでよかったのよ…… これで…… ああ、全く。聖女に虐殺させるんじゃ…… ないってぇの……」

 

 マルタの体は、旗についた血を残して跡形もなく綺麗にこの世界から消失した。

 

 

 

 

 

 

「ライダー ……… っ! やられたのか」

「はぁっ…… はぁっ! どうやら向こうは決着がついたようね!」

 

 マリーを相手に、優勢を保っていたデオンだったが、仲間が倒された事実を知り、僅かに動揺する。

 

「これはこちらにとって悪い流れだな。それに──── 了解した、ルーラー…… アサシン、撤退だ!」

「そう。残念だけど、わかったわ」

 

 セイバーは、恐らく竜の魔女であるジャンヌから撤退命令が下ったのか、アサシンを呼ぶ。

 

「あっこら! 逃げるなあァァ!! せめて私の歌を聞いていきなさいよ!」

「それ、わたくしたちにもダメージが入るので止めてくれません?」

 

 そのまま逃げ出す二人を見て、エリザベートか吠えた。

 清姫は、戦闘での疲れもあるが、エリザベートの歌に対し、心底嫌そうに顔を歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 フランス、オルレアン。そびえ立つ城は奇怪な海魔に侵食され空にはワイバーンの群れが飛び交っている。

 最早、人の気配はあらず巨大な城内には数名のサーヴァントのみ。

 ほぼ空っぽとなった城の玉座にふんぞり返り座るのは竜の魔女と名乗るジャンヌ・ダルク。

 目前で跪く己のサーヴァントであるセイバーとアサシンに彼女は不機嫌な様子を一切隠さずにいる。

 

「ライダーは倒され完全に消滅…… 態々3騎も仕向けたというのに、敗北し、無様に逃げ帰るとは。情けない結果ね」

「ライダーを倒されたのは事実たが、呼び戻したのは君だろう。私たちは命令に従い、戻ってきたまでだ」

「戦闘に特化したサーヴァントでありながら、あのような連中に一騎失った時点で、それは敗北と同義でしょう。全く、精神を壊し使い物にならなくなったアーチャーといい…… 私は役にたたないサーヴァントを召喚した覚えはないのだけれど?」

 

 竜の魔女は心底呆れたようにため息を吐いた。

 すると今まで頭を垂れていたセイバーは顔を上げ、反論する。

 

「そう言う君こそ、ラ・シャリテではもう一人のジャンヌ・ダルクを取り逃がしただろう。まあ、あの歌は…… うぷっ、流石に想定外だっただろうけど」

「あら。マスターである私に対して随分な物言いね、セイバー。召喚され殺戮を繰り返していた頃に比べれば饒舌になったものね」

 

 竜の魔女は反論してきたことに対し嫌悪感は示さず、それどころか面白ろ可笑しそうに顔を歪めた。

 セイバーは竜の魔女が何を思ってそのような笑みを浮かべているのか察し、目を逸らした。

 だが竜の魔女は構わず話を続ける。

 

「あの王妃気取りの── いや、実際に王妃だったもの。この私と同じくフランスに裏切られた哀れな女。確か、その哀れな女はセイバーと繋がりのある英雄だったのよね?」

「……」

 

 セイバーは何も答えずに再び顔を伏せた。

 何か言い返すことぐらいのことをしてくるかと期待していた竜の魔女は反応のないセイバーにつまらないとため息を漏らした。

 その様子を見ていた玉座の傍らで佇むギョロ目の男は竜の魔女の機嫌が悪くなっていくことを察し口を開いた。

 

「おお、ジャンヌよ。もう一人のジャンヌを取り逃がした上、ライダーを失い、大変機嫌を悪くしておいでの様子。しかしどうか機嫌を直されよ。既にフランスの大半は制圧し、抵抗戦力も残りわずか。アーチャーに関しても我が使い魔で矯正を行っております。直ぐに言うことを聞くようになるでしょう」

 

 城の独房。竜の魔女が召喚したアーチャー、真名アタランテをそこに入れ、大量の海魔で体中を埋め尽くしていた。

 アタランテにも狂化がかけられ純情とは言えずとも同じく殺戮を繰り返してはいたのだが、子供を殺させられたことに怒りを感じ、反旗を翻そうとしたのだ。

 現在は、実力はあるので捨てるのは惜しいとギョロ目の男の手により矯正が施されている。

 

「ええそうね。失った戦力は召喚で補充すればいい。なにより現状でも戦力は充分。殺ろうと思えばいつでも彼女(わたし)を殺せる」

「はい。なので何も心配は──」

「けどそれだけでは私の心は満たされないのよ。ジル」

「と、申されますと……」

 

 竜の魔女も納得してくれたとギョロ目の男は一瞬微笑みそうになったが、その考えが間違いであったことに気づく。

 己の敬愛するジャンヌ・ダルクに不満などあってはならない。直ぐにでも解決案を講じなければジャンヌに問いかけた。

 

「どれだけ力があろうとも、勝利が確定していようとも私にとっては許しがたいことなのよ。あのような男が存在していることが」

「あのような…… それは最後のマスターのことですか?。ジャンヌよ」

「ええそうよ。というか、それしかいないじゃない。いいかしら、ジル? 私が欲しいのは圧倒的な勝利。徹底的な殺戮を持って絶望を生み出し、フランス中を血と涙で濡らすの。全ての人間が絶望に顔を歪めて死に行く末を見てようやく満たされる。なのに…… 彼女(わたし)の後ろにいたあの銀髪!」

 

 段々と竜の魔女の声が強くなっていく。

 ギョロ目の男やサーヴァントたちの肌がピリピリと強く刺激されていく。

 

「本来人間のマスターなど子鼠のようにぶるぶると震えてしかるべきでしょう。なのにアレは、アレの瞳が揺らぐことはなかった。アレの顔が変わることはなかった。ねえ、何故なのかしら。ジル?

「イレギュラー故、でしょう。人類最後のマスターは、英雄達と同様に歴戦を潜り抜けた異界の戦士だったということですし」

「確か侍でしたっけ? 所詮は人間だと、対面の時点では歯牙にもかけませんでしたが、それは間違いだったということね」

「いえ、まさか! ジャンヌに間違いなど!」

 

 ギョロ目の男が狂信的に叫ぶ。 

 竜の魔女はそれに対し、すこし鬱陶しそうにしながらも話を続ける。

 

「別に構いません。人類最後のマスターに関してはどうでもいいと思い、油断していたのは事実ですから。それよりもライダーに変わる戦力を補充することが先決です。私は召喚の儀を行うので貴方達は引き続き各地に戻って虐殺を行いなさい。あぁ、あとそれと、例の男にもサーヴァントを一体差し向けなさい」

「例の男に、ですが? しかし奴はあくまでも傍観者に徹し、寧ろ異界のマスターについて、助言をしてくれた身ではありますが……」

「今のところは無害ではありますが、不穏な存在には変わりありません。始末できるのならば始末しなさい」

「承知しました。全てはジャンヌの御心のままにの」

 

 主である彼女の命令ならば拒否する理由など何処にもない。

 これ以上、ジルは何も言うことはなく、頭をさげた。

 それに竜の魔女の気分が良かろうと悪かろうと、虐殺は続いていく。

 今さら虐殺対象者が一人増えた所で何も変わらないのだ。

 こうして命令を受けたサーヴァント達は己の意思に関わらず殺戮を再開する。

 

 バーサーク・セイバー シュバリエ・デオン

 

 バーサーク・ランサー ヴラド三世

 

 バーサーク・キャスター ジル・ド・レェ  

 

 バーサークアサシン カーミラ 又の名をエリザベード・バートリー。

 

 彼らの歩いた先には骸しか残らないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデア、臨時キャンプ地。

 ライダーを倒し、食事も途中だった彼らはキャンプ地へと戻って体を休めていた。

 焚き火を囲いながら、体に異常がないかをロマニが管制室から調べている。

 

「マスター、お体の方は……」

「ああ、問題ねーよ。体の節々は痛むし、目眩はするし、鼻水は出てくるけど」

『問題大有りじゃないのよ!?』

 

 心配するジャンヌに銀時は冗談交じりに答えた。

 本気にしたオルガマリーは通信越しに騒いでいるが、無視した。

 

「申し訳ありません、マスター。ライダーを倒すためだったとはいえ、多大な負荷ををかけてしまい……」

「だから別にいいって。ああしてなきゃ、俺達は皆死んでた。むしろお前のおかげで勝てたんだよ。あと、もう半分は俺のおかげだけど」

「さりげなく自分のことアピールしてきたわよ、コイツ……」

 

 全く格好がつかない銀時にエリザベートは呆れる。

 

「まあ、そういうことだよ、ジャンヌ。さて、反省会はここまでにして、今後どうするかを話し合おうじゃないか」

「それもそうですね。では皆さん、まずは私が得た情報をお話します」

「情報…… ? ジャンヌさん、いつの間に」

 

 アマデウスの提案にジャンヌが同意し、情報を共有する。

 それはあの戦いの中、彼女が残した竜の魔女への最後の抵抗。

 

「はい。ライダー、マルタが教えてくれました。リヨンという街にサーヴァントがいるという情報を。それも私たちの側についてくれるであろう伝説的な英雄です」

『それは吉報だ! してそのサーヴァントの真名は』

 

 戦力が開いている状況下、特異点で得られるかもしれない新たな仲間の情報にロマニは血相を変えて問いかけた。

 ジャンヌの口から告げられる、サーヴァントの名前。それは、

 

「勇者ジークフリート。伝説において邪竜ファヴニールを倒した最優の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)です」

 

 



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竜殺し

 ジークフリートを探す道中。街に立ち寄り得た情報から、ジークフリートがいるかもしれないリヨンの街は既に滅んでしまったということが判明した。

 しかしその街には守り神がいたらしい。

 大剣を持ち、怪物達から民を守っていたが複数の人間に襲われ敗北し、行方不明になったとの事だ。

 この守り神とは、恐らくはジークフリートの事なのだろう。

 これではリヨンに行っても意味がないのでは? という意見もあったが、“ジークフリートが何処に消えてしまったかどうか”の痕跡がリヨンに残されているかもしれない。

 それにまだリヨンの街に隠れ潜んでいる可能性もある。

 前向きに考えるようにし、進む一行はついにリヨンの街にたどり着いた。

 話に聞いていた通りリヨンは既にボロボロ。建物は崩れ、民は生ける屍と化していた。

 屍は無意味に徘徊するのみだったが銀時たち生者を見つけると血や内蔵を垂れ流しながら襲いかかってきた。

 

「マスター、下がっていてください!」

 

 マシュが盾を構える。

 他のサーヴァントも同様に生きた屍、グールをあっさりと倒していく。  

 最後の一体が倒され地面に伏せた。

 

「どうか…… この者達に安らぎを」

 

 ジャンヌはせめてもと祈る。

 はっきり言って何時敵勢力に襲われるのか分からない以上、祈りを捧げる時間すら惜しい。

 しかし、この場にいる誰もがその事に文句を言う者はいなかった。

 何時もは騒がしい一行だが、今は誰もが静かに黙っている。

 しかしその静寂も直ぐに終わることとなる。

 

『みんな、直ぐにその場から離れるんだ!! 極大の生命反応が猛烈な速度でやってくるぞ!! サーヴァントの反応もある!』

「そんなものありえるんですか!?」

『信じ難いけどロマニの言う通りよ! ここは戦略的撤退が正しい…… けど!』

「ああ。わーってるよ」

 

 オルガマリーは苦渋の命令を降さなければならないことに歯噛みし、言葉を飲み込んだ。

 だが銀時は、オルガマリーが何を言いたいかを察する。

 

「なんだかよくわからねーが、ヤバいのが来るのはわかる。だったら竜殺しだかを諦めるわけにはいかねえ。このまま行くぞ」

『…… そうね! ロマニ! サーヴァントの反応は!』

『今調べています! 出ました、向こうの城の中からサーヴァントの反応があります!』

 

 それは古びた城だった。

 銀時たちはロマニの通信を聞くと、脇目もふらず城へと向かい、蹴り飛ばす勢いで城のドアを破った。

 ロマニの誘導に従い、隠し扉を見つけ銀時たちは、力任せに破壊し、急いで部屋へと入っていく。

 

「いました! 竜殺し、ジークフリートです!」

 

 灰色長髪の端整な顔立ちに青色の傷。凛々しい雰囲気漂わせる男の顔が、そこにはあった。

 ただし仏壇に置かれた写真の中にだが。

 

『いや、死んでるじゃねえかあァァァァ!!』

「あの…… ここに棺があるのですが…… これはまさか」

 

 マシュが青ざめた顔で棺を見る。

 この仏壇と白黒の写真から想像するにジークフリートは既に死んでしまったということだろう、と。

 

『いやいや! だとしてもツッコミ所ありすぎるわよ! なんで仏壇!? なんでこの時代に写真!?』

「見てくれ。こんな所に書き置きが。遺言状かもしれない」

 

 アマデウスが床に落ちていた紙を見つけ、拾い上げる。

 銀時はそれを受けとると読み上げた。

 

「なになに? 『すまない。五年前に返すの忘れてた龍が如くを、アストルフォ君に返しておいてほしい。すまない』」

『借りパクしてたソフトのことしか書いてねェェェ!!? ていうかアストルフォ君って誰よ!』

「これがジャパニーズ仏壇なのですね、先輩。あ、写真の横になにか置かれています。」

「そりゃあ供え物ってやつだな。つーかこれイチゴ牛乳じゃねーか」

『なんでイチゴ牛乳。なんでよりにもよって供え物のチョイスがそれなのよ! 誰が供えたのよ!』

「喉乾いてたから丁度良かったわ。ぶー! なんじゃこりゃあ! 腐ってるじゃねーか!」

 

 勢いよく銀時の口からイチゴ牛乳が噴射される。

 ピンク色の飛沫は全て棺へとかけられた。

 

『いや死者にたいして冒涜が過ぎるわあァァァァ!!』

 

 

 ドゴオオオオオンン!!

 

 

 オルガマリーのツッコミとほぼ同時。

 突然屋根が吹き飛び、銀時たちの頭上に青空が広がった。

 

「い!?」

 

 覗きこむ巨大な顔があった。黒い鱗にギラギラとした眼。鋭い歯は光を反射し輝いている。

 それは黒色の竜だった。

 竜の頭には誰かが乗っていた。その姿には見覚えがあった。

 

「貴女は── 竜の魔女!」

「反吐が出るくらい感動的な再開ね。田舎娘」

 

 ジャンヌと竜の魔女である黒いジャンヌの目が合う。

 互いに睨みあい少しばかりの静寂が生まれた。

 

「竜殺しジークフリートを探してこの街に来たのでしょうけど、残念だったわね。けれども、その男は戦いに敗れ既に死んでしまったわ。ねえどんな気持ちなのです? 僅かな希望にすがるため必死の思いで来たというのに全てが無駄だった現実を知って」

「私の気持ちは、決心は変わりません。貴女を倒す」

「そう…… 本当に愚かで哀れな女。お前を殺すのなどわけないけど、その前に絶望に歪む顔を見るのも悪くないからあることを教えてあげる。特にお前。銀髪のマスター、お前の顔も私は必ず歪ませてあげるわ」

「え、なに逆ナンすか? わりーな、ねーちゃん。俺は積極的な女はタイプじゃないんでねぇ。今回ばかりは出直してくんねーか?」

 

 竜の魔女の視線が銀時へと移る。

 銀時は彼女の殺意を感じながらも、いつもの調子を崩さずに答えた。

 

「お生憎様。私は拒まれば拒まれるほどに無理にでも近づき串刺しにしてあげたくなるの。だから貴方を前に出直すなんてできるはずもないわ」

「はっ。俺も嫌な時にモテ期が来ちまったもんだぜ」

「先輩は積極的な女が嫌い、と……」

 

 銀時が冷や汗を流しながらも口では軽く返している横でマシュは密かにメモをとっていた。

 

「さあ悪い情報よ。貴方たちが口を開けて見上げるこの竜の真名はファヴニール! ジークフリートでなければ決して殺すことのできない竜!」

「ファヴニール…… ! これは確かに真名を聞いても絶望しか生まれないってやつだな」

 

 アマデウスが困ったようにやれやれと首をふった。

 ここにいる全戦力をぶつけても決して勝てる相手ではない。

 

「要は怖いジークフリートが死んでようやく顔を出したってことか? ファヴニールなんて大層な名前してる割には随分なビビり屋じゃねーか」

「グルルル…… !」

「なんとでも言いなさい。どう足掻こうが喚こうが貴方たちが死ぬことに変わりはありません」

 

 いよいよおしまいか。

 守りに特化したジャンヌやマシュが宝具を展開しよう構える。清姫、マリーにアマデウスたちもどうやってこの場から逃げるか。せめて自分一人を犠牲にしてもと頭を巡らせる。  

 その時だった。

 

「話の途中だがすまない」

「なに…… まさか、何故貴様が!」

 

 棺の蓋が開く。最初に手が見えた。その次に上半身が起こされ、そして立ち上がり全身が露となる。 

 灰色長髪の端整な顔立ちに青い傷。傷は顔から下へ体へと続いていく。

 その者は胸元と背中が大きく開いた鎧に身を包み、大剣を背に立っていた。

 その雰囲気は正に英雄のモノ。 

 優しげでありながらも鋭い眼光は真っ直ぐにファヴニールを見据えていた。

 

「ジークフリートだ。すまない」

「竜殺しジークフリート…… 本物、本物です、先輩! ジークフリートさんは生きていました!」

「まあ私は嘘と気づいていましたけどね。そういう性質なので」

『ええ!? じゃあ早く言いなさいよ!』

 

 清姫があまりにもあっさりと言ってきたのでオルガマリーはこんな状況でもツッコミを入れた。

 

「すまない。俺が死んだと敵に思わせて油断させようという計画だったのだ。紛らわしくてすまない」

「ガアアアア!!」

「くっ…… ファヴニール! 空に上がりなさい! 撤退よ」

 

 ファヴニールが吼える。

 鋭い眼光はジークフリートを突き刺すように見据えてはいるが、巨大な体には僅かな震えが。

 そのことにいち早く気づいた竜の魔女はその場から離脱するようにファヴニールに命令を下す。 

 

「久しいな、ファヴニール…… 二度、甦るというならば二度喰らわせるまでだ」

 

 大剣に魔力が渦巻く。竜を殺す必殺の剣技が放たれようとする。

 空気が、大地が震えている。 

 これぞ竜殺しジークフリートの宝具

 

幻想大剣(バル)──天魔失墜(ムンク)!」

 

「ガアアアア!!」

 

 渦巻く魔力は光を纏い一点へと、空へと向かっていく。

 飛び立ち竜の魔女を乗せて逃げる邪竜はなんとか急所への直撃を避けたが、魔力の渦は僅かに竜の肉を削りとった。

 邪竜の鳴き声が響き渡る。それでも空を飛ぶことを止めず邪竜は彼方へと消えていった。

 

「……はあ、はあ、はあ。すまないが、これで限界だ。戻ってこない内に逃げてくれ」

「ジークフリート! 貴方、その傷は…… !」

 

 ジャンヌが気づき膝をつくジークフリートに駆け寄る。

 よく見るとジークフリートは既にボロボロだった。身体中に傷を負い、鎧には血がべったりと付着している。

 

「その傷…… 敵のサーヴァントにやられたものですね」

 

 マシュもジークフリートの状態を確認する。

 かなり酷いもので、これはもう戦える状態ではない。

 

「ああ。すまない…… 連中、あまりにも強力な敵でだいぶダメージを負ってしまった」

 

 そう言うジークフリートの脳裏には強力な敵の姿が映った。

 

『ジークフリート〜。オ前ハ死ヌノダ〜』

 

 黒いシルクハットに下半身ブリーフのタキシード姿のおっさんが拳銃をジークフリートにつきつけていた。おっさんの後ろには部下とおぼしき足を露出した全身タイツにちょんまげの男たちが複数人構えていた。

 

『奴等って誰よこれえェェェェェェ!! こんな気色の悪いサーヴァント見たことないけどぉ!?』

「TS◯TA◯Aの店長だ。キングギドラのDVD返すの忘れてたから、しばかれた」

『お前、他の奴からも借りパクしてたんかいィィィィ!! てか何よ、この店長の無駄な存在感は! 竜の魔女とは別件で傷負ってるじゃないのよ!』

「マスター! 向こうから大量のグールがこちらに向かって来ています!」

 

 ただで逃げるつもりなどないということか。

 竜の魔女は置き土産をしっかりと残していた。

 

「まじいな。さっさと逃げるぞ」

 

 目的は果たした。無駄に戦い、体力を消耗する必要はない。

 銀時たちは急いでその場から離脱した。

 



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人の恋路を邪魔するやつは蛇に燃やされてしまえ

 
 


 リヨンでついにジークフリートを仲間にした銀時一向。

 しかし素直に喜べる状況でもなかった。

 何故なら、

 

「まずいわね…… 私の力だけじゃジークフリートの傷は完全に癒せない」

「手を煩わせてしまい、本当にすまない…… だいぶ楽にはなった。が…… やはりまだ本来の力を出すことが出来ない」

 

 ジークフリートの手当てを行っていたマリーはお手上げと治療を止める。

 どうやらジークフリートが負った傷はただの傷ではなく呪いによるものとのことらしい。

 これを完全に治すには聖人二人の力が必要だ。ジャンヌは聖人であるため一人目はクリアだが、

 

『もう一人の聖人が必要になってくるわね…… マルタはもう消滅してしまったし、いったいどうすれば』

 

 オルガマリーがどうするかと頭を悩ませているとロマニが問題はないと説明を始めた。

 

『これは恐らくですが…… 敵側に聖人が召喚されている以上、聖杯がカウンターとして味方となる聖人を召喚していてもおかしくはないはず』

「成る程。ですがこの広いフランスの中からどうやって探しだしましょう。ジークフリートさんは手がかりがあったからこそ見つけ出せたわけですが、もう一人の聖人に関してはそうもいきません。何もヒントのない状態で探すとなると…… 時間がかかります」

 

 マシュの懸念は当然だ。時間がかかればかかるほど竜の魔女の魔の手はフランス中に広がっていく。

 それどころかもう一人の聖人を先に見つけ出され消されることもあり得る。

 

「手分けして探すのはどうでしょう。現在フランスはその半分を竜の魔女に征服されています。敵の領域を除外し、その上で手分けして探せば効率よく見つけ出せるかもしれません」

「ま、それしかねーか」

 

 ジャンヌの提案に銀時たちは頷く。

 本当は今直ぐにでもと言いたい所だが、既に日も沈みかけているため、彼らはここて休息を取ることにした。

 今回は敵に邪魔されることもなく、ジークフリートも加え、食事を楽しむことができた。

 やがて夜は深くなり、銀時は休息のためにテントの中で睡眠をとり始める。

 その間、睡眠の必要がないサーヴァントたちは見回りを行っている。

 マシュは純粋なサーヴァントではないので、睡眠が必要なのだが、中々眠ることが出来ず、テントの前に座って星空を眺めていた。

 そこにマリアが来てマシュの隣に座る。

 

「お隣、よろしいかしら」

「あ、はい。構いません、マリーさん」

「ふふ。そんなに畏まらなくても大丈夫よ。マシュはどうしたの? 星を眺めていたのかしら?」

「はい。この時代に来るまで星、いえ自然に触れたことはなかったので。こんな時に不謹慎とはわかっているのですが…… つい、綺麗で見惚れてしまって……」

 

 恥ずかしさと申し訳なさにマシュは顔を伏せてしまう。

 

「あら。不謹慎なんてことはないわ。自然を綺麗と思うのは当然のことだもの。誰だって恋をすれば見惚れてしまうものよ」

「こ、恋ですか? この場合は自然が相手なので恋愛的感情はないと思うのですが……」

「あらそんなことないわ。どんな物でも美しいと思えば人は心を奪われてしまうものよ。それを恋と言うのではないかしら? それとも他に意中の方でもいるの!?」

「え、そ、それは……」

 

 目をキラキラと輝かせてマリーは顔を寄せてきた。

 こういったことに慣れていないマシュは目を泳がせてマリーから顔を背けてしまう。

 

「いいわね、恋バナ! まるで女子会みたい。そうだわ。女子会をしましょう。女の子皆を呼んで!」

「え!? あ、あの私は……」

「それじゃあ呼んでくるわね!」

「マリーさん!? 話を聞いてほしいのですが!」

 

 

 

 

 

 

 

「…… それでこんな時に女子会ですか?」

「そんな怖い顔をしないで、清姫。ほらせっかく皆揃ったのだし」

 

 テントの前にはマシュやマリーの他、清姫にジャンヌ、エリザベードもいる。

 

「能天気すぎる…… と言いたいところですが恋バナとなれば話は別です! 私、恋には深い造詣がありますから」 

 

 意外にも乗り気だったのか清姫は声を弾ませた。

 しかしマシュは冷ややかである。

 

「あの、申し訳ないのですが、女子会といったことは初めてで、どう話せばよいのか、わからないのですが」

「ノン! 大丈夫よ。女子会は楽しく話すだけだから。それじゃあまずは、エリーから話してくださらない? 生前の恋の話とか」

「そ、そうね。生前…… は結婚してたけど、今のアタシはその前の姿だから、あまり実感が沸かないし。あ、でも一度だけあったような気がする…… ここじゃない何処かで……」

 

 最初に話をふられたエリザベートは照れ臭そうに頬を赤く染め上げながら話した。

 それに触発されたか、清姫は積極的に手を上げる。

 

「では私もお話ししましょう! 生前、正に燃えるような恋をしました──」

 

 

 

 昔々、安珍という旅の僧侶がございました。

 

「あー疲れた。大分歩いたしよぉー。もう足もガクガクの小鹿ちゃんだよ。疲労は貯まっていくのに巾着(財布)の中身は空になっていく一方だし。あーあー、こんなことだったら馬でも買えば良かった…… ああ、金がないんだった」

 

 死んだ魚のよう目をした安珍は、一人でボヤキます。

 

「疲れたし、宿で休みてーが…… 金ねーしなー。どーっすっか…… あっ」

「あっ」

 

 ボヤいていた安珍は下着を頭に被った変態のオッサンと出会います。

 その時、向こうから下着泥棒よぉぉ!! という女性の声が聞こえてきました。

 

「……」

「……」

 

 その後、なんやかんやあって、安珍と変態のオッサンは仲良くなりました。

 変態のオッサンの正体は、村の事務を統轄する庄屋でした。

 安珍は庄屋さんのご厚意により、無料で家に一晩泊めてもらうことになりました。

 

「何日でも泊めてあげるからまじで黙っててくれよ。まじで頼むよ。本当まじで」

「おいおい。俺とお前の仲じゃねーか。心配しなくても俺の口はマーライオンの如く固いよ」

「全然安心できねーよ! 口、開きっぱなしじゃねーか! つーか時代背景考えてボケろや!」

 

 色々いざこざもあるにはありましたが、悪いことばかりではありません。

 この家の一人娘、清姫と彼は互いに惹かれ合うこととなったのです。

 

「ああ安珍様。私は貴方様に心を奪われてしまいした。どうか私の側に居続けてくださいませ」

「おいおい。お前、アレだよ。俺めっちゃ束縛するからね。異性と会うのも許さないからね。1日三回メールしてもらって、週に二回は部屋を掃除してもらうよ。水星の魔女も真っ青の青い彗星になるよ」

「構いません。私はあたなと生涯を共に致します。邪魔をする者がいれば平手で潰します」

「へ、へー……」

 

 正直、安珍は気が乗りませんでした。

 清姫は安珍からしてみれば、子供と変わりません。それに安珍は積極的な女性はタイプでなかったので、ますます気が乗りませんでした。

 なので適当に嫌われそうな言葉を言ったり態度を取ったのですが、それでも清姫は彼を愛しました。

 そんな二人はしばらくの間、わかれることとなります。

 安珍は旅の僧侶。それ故、いつかは出ていかなければならないからです。

 安珍は必ず再開すると約束し、旅に出ていきました。

 

「安珍様…… ああ早く会いたい」

「たくっ。やっとあの甘党出ていったよ。塩巻いとこ」

 

 後ろで塩を巻く父のこと等気にも止めず、清姫は安珍のことを思い続けました。

 しかし一向に安珍は帰ってきませんでした。

 いったい何故と清姫は悲しみました。しかしどれだけ涙を流そうと名を叫ぼうと安珍は来ませんでした。

 それもその筈。安珍は家に戻るつもりなどなかったのです。

 清姫との約束を破り、彼は旅を続けました。

 当然、初めから安珍に恋心などなかったからです。彼は清姫を恋に恋するような子供としか思っていませんでした。

 自身への愛など年月と共に忘れていくだろうと。

 惹かれ合うなど清姫の思い込み。

 しかし憎悪と悲しみに包まれた清姫はそのことに気づきませんでした。

 

「許さない許さない許さない許さない許さない──── プツン」

 

 清姫の中で、何かがキレました。

 

「安珍様あァァァァァ!! 今、行きますわよおォォォォ!!」

 

 清姫は裸足のまま、家を飛び出し、安珍を追いかけました。

 走り続けていくと安珍の姿が見えました。

 

「あーあー。あそこで止めておけば…… 博打の女神はいつになったら俺に微笑み…… ん?」

「安珍様あァァァァァァ!!」

「…… なんかヤバそうな感じが……」  

 

 流石に清姫が危険だと察した安珍は急いで逃げました。  

 

「ぬおおおお!! このままじゃ殺られる!! 逃げれば一つ? 知るかあァァァ!! こちとら命は一つなんだよおォォ!!」  

 

 しかし清姫も追います。すると清姫の体は段々と変化していきました。

 大きな口、長い舌。真っ白な体色に硬い鱗。

 そう。彼女は大蛇に、竜種となったのです。

 決死の思いで安珍は逃げました。たどり着いた御寺。そこで鐘を安珍は鐘を見つけました。

 

「はあはあ。いったい何が起きてやがんだ。ん? そうだここに隠れれば……」

 

 安珍は鐘を下ろし、体操座りで入りました。 

 それをバッチリ見ていた清姫は火を吹き、鐘を炎で包んだのです。

 

「安珍様あァァァァァァァァァ!! あい! して! まーす!」

 

 こうして安珍は業火に焼かれて死んでしまったのでのす

 

 

 

「と、いう話です」

「「「…………」」」

 

 これじゃない!!

 と清姫以外の女子は頭を抱え、心を一つに叫んだ。

 

「いや、なによ、この恐ろしい話! これの何処がコイバナよ! もっとポップでキュートなのにしなさいよ! ていうか安珍、なんか凄い既視感あったのだけれど!? 誰かに似てない!?」

「失礼な!! 逃げ惑う安珍様はキュートでしたわ!! それに安珍様は唯一無二! 誰かに似てる等あり得ません!」

 

 喧嘩を始めた清姫とエリザベートは放っておくことにしてマリーが話を続ける

   

「じゃあ次はジャンヌね。生前になにか恋したことはある?」

「そう、ですね。当時の私は、髪が短かったので、男っぽい扱いを受けていました。なので恋はありませんでした。でもとても楽しかった…… 友人と山や畑を駆け回り、平和な日々が続いてた。本当に素敵な日々」

「そうね。とっても素敵だわ…… でも恋をしないのは勿体ないわ! 貴女もせっかくサーヴァントとしてこの世に現界したんだから恋をしなきゃ!」

「あはは…… まあ機会があれば。そう言うマリーはなにかありますか?」

「ええ、勿論! 私は七歳の頃、プロポーズをしてくれた男の子に恋をしました」

 

 マリーは少し恥ずかしく照れ臭そうに、でも嬉しそうに語る。

 

「シェーンブルンでの演奏会で私たちは出会った。床に滑って転んだ彼に私は手を差し出したの。そしたら『ありがとう素敵な人。もし貴女のように美しい人に結婚の約束がないのなら、僕が最初でよろしいですか?』と言ってくれたの。物凄くときめいたわ!」

「凄い話です! これが女子会…… なんだか心臓がドキドキします」

「い、言いたいことはわかるのですが、マシュ。心臓ではなく、胸と言った方が…… あ、というか、マシュは何かないのですか?」

「私、ですか? そ、それは、その……」

 

 ジャンヌの問いに、自然とマシュの目がテントへと向けられた。

 それに気づいたエリザベートは清姫との喧嘩を止め、ニヤニヤと笑い出す。

 

 

「なになに!? もしかしてマシュの意中の相手って!」

「ち、違います! いえ、間違いではないのかも…… ああいえ違います! 私は恋がなんなのかよくはわかりません。確かに本を見て学びはしました。本を見て学ぶことはあっても体験したことはありませんでした。だからそれが実際にどういったものなのか。体にどんな変化をもたらすのか…… 何もわからないんです」

 

 マシュは顔を俯かせる。

 

「先輩のことは尊敬しています。先輩の側にいたらとても癒されます。先輩と一緒にいたい。そう思います。でもそれが恋なのかはわからない」

「そう、ね。マシュ、それもきっと── いえ。私が何か言う必要はないわね。いつかわかるはずだもの」

「え?」

 

 マリーがこの気持ちに対して答えをくれるのではないかと期待していたためマシュは驚く。

 

「貴女たちはいつも側にいる。このフランスでの旅が終わってもそれは変わらない。だからきっとわかる時が来るわ」

「そうでしょうか……」

「ええ、きっとそうよ!」

 

 本当にわかる時などくるのだろうか。そもそも自分に恋をする資格などあるのか。

 マシュは更なる疑問を持つことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんか凄い騒がしくて眠れないんですけど」

 

 テントの中で銀時は横になりながらも眠れずにいた。

 ゴロゴロと転がりながら映像越しにダヴィンチの話を聞いている。

 

『まあそう言うなよ。せっかくの女子会。マシュにはいい経験だ』

「いい経験ね。俺には悪影響にしか思えねーよ」

『悪影響だって悪いことじゃないさ。第一君と言う悪性の塊みたいなのと一緒なんだ。今さらだろう?』

「はっ。それもそうだな」

『それはそうと、君、ちょっとばかし無茶しすぎだな。サーヴァント相手に戦おうとするわ、土壇場で契約を結ぶわ。慣れさえすれば多数の契約も可能になるとはいえ、あんな無謀な賭けに出るのはいただけない』

 

 ダヴィンチは柄にもなく、説教交じりに言う。

 だが銀時は特に気にした様子もなく、

 

「そういう性分でね。体がボロボロになるなんてしょっちゅうだ。俺はドSだが、どうやらMっ気の素質もあるらしい。生まれてから今日までこんなんばっかだよ」

『成る程ね。体を痛め付けることには慣れていると…… でもそれはいけないよ』

 

 ほんの少し。ほんの少しではあるがダヴィンチの声色が厳しくなった。

 

『君は一人じゃない。私やロマニに所長。マシュがいる。それにカルデアのスタッフたちが。自分自身を傷つけるということは仲間の心をも傷つけるということだ。本当は言われなくとも、わかっているんじゃないのかい?』

「…… さあな。ただ一つ言えることは、俺は何も失いたくねえのさ、もう二度。だからこそ俺は一人になろうとした、だが……」

 

 思い浮かぶのは江戸の仲間たち。新八、神楽。たくさんのバカたちの顔。

 

「いつの間にか俺の周りには色んな奴がいた。どいつもこいつも可愛げのねえ、憎たらしいバカども。だが俺も悪食でねぇ。そういう連中といるのが癖になって、離れようにも離れられなくなっちまってた」

 

 時には反発しあうこともあった。それでも最後には必ず彼らがいたのだ。

 銀時の周りにはたくさんの人がいた。

 

「だから諦めた。俺はまた大事なもんを失わない為に体はってやるってな。ああけど安心しろよ、ダヴィンチ。俺が大事なのは俺とジャンプと糖分。その次に江戸の連中とお前らだ。間違ってもテメーの命引きかえに世界救うようなバカは、しねーよ。いざとなったら人理のことなんざ放っといてマシュ抱えてトンズラだ」

『人類の未来を放っておいてトンズラ!? いいね! それはとんだ笑い話、いやロマンスってやつかな? 女子会しているマリーアントワネットたちに聞かせたら話が盛り上がりそうだ』

 

 ダヴィンチは思いもよらない銀時の発言に笑う。

 

「んなもん、茶化されて終わりだろーが。こういう話は男だけですますもんなんだよ』

『えー。この私の美貌を見て男扱いは酷いんじゃないかい?』

「美貌もなにも男だろーが。お前は…… ふぁー、流石に眠くなってきたな」

『おっとそれはよかった。少しでも睡眠をとって体を休めるといい』

 

 何気ない二人の会話は終わり、銀時は静かに目を閉じたのだった。

 




 fgoの本編更新が楽しみすぎて、かなりヤバイです。
 そういえば皆様はニトクリスオルタガチャを回したでしょうか?


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さよならは言わない

 

 後日。

 

「くじ引きだぁ?」

 

 銀時はまるで小学生のような提案をしたきたマリーの言葉を思わず復唱した。

 

「ええ、そうよ! こういう時はくじで決めるのがいいわ! こんなこともあろうかと作っておいたのよ。ほら」

 

 そう言ってマリーは両手に人数分の割り箸を握って皆の前に出して見せた。

 くじ引きのような適当な決め方でいいのかと誰もが思ったが、マリーの笑顔を見ていると言い出づらく黙ってくじを引くことにした。

 

「それで結果がこれか」

 

 まず銀時、マシュ、清姫、アマデウスのチーム。

 次にジャンヌ、エリザベート、マリーアントワネット、ジークフリートのチームである。 

 この結果にアマデウスは不安そうにしている。

 

「正直言って、いま君と離れるのは不安だ。いや君が不安に感じさせない時なんてなかったわけだけどさ。だがくじは運命によるもの。これに逆らうのは余計に悪運を呼びそうだし、ここは君を信じるとするよ。ああ、それとマリア…… いや、何でもない。道中気を付けるように」

「なあんだ! わたし、てっきりまたプロポーズされるのかと思ってドキドキしたわ!」

「──まて! なぜ、その話をいまするんだ、君は!」

 

 マリーの不意打ちにアマデウスはギョッと顔をひきつらせた。

 

「プロポーズ? あ、マリーさん。それはもしかして女子会の時に聞いたシェーンブルンでの出来事のことです?」

「マシュ、何故それを!? いや、君が話したのかマリア! 全く君がそんな風にいいふらすから後世にまで僕のプロポーズが伝わってしまうんだぞ……」

 

 アマデウスの反応から見て、昨夜のマリーの話の中に出てきた男の子の正体はアマデウスだったのだろう。

 それを知ったエリザベートと清姫はキャ~と黄色い声を上げる。

 

「茶化すなよ、ドラサーヴァント。全く、あんな告白を何故広めるのかねぇ……。大体、君は僕の告白を断ったろ?」」

「だって嬉しいんだもの。あんなにときめいたのは生まれて初めてのことだったわ。それに仕方がないわ。婚約相手は自分で決められなかったし。それにその後の私の人生を考えれば、あれでよかったとわかるはず。そう。断ってよかったのよ」

 

 そう言うマリーの顔はとても寂しげに見えた。

 

「だから貴女は音楽家として多くの人に愛されることになった。だから私は愚かな王妃として命を終えた」

「それで良かったと?」

「私は人々を愛さずに国そのものを愛した。フランスに恋をしていた。そんな思い上がりがあの結末を生んだのよ」

「何だそれは。馬鹿じゃないのか、君」

 

 アマデウスは心底呆れたような言った。

 この発言には黄色い声を上げていたエリザベートも、眉間に皺を寄せ怒鳴る。

 

「何よ、その言い方! ヒドくない!?」

「いいわ、エリザベート。…… アマデウス、馬鹿なの? わたし」

「ああ。とんでもない勘違いだ。フランスという国に恋をしていた、だぁ? そんなわけないだろう。フランスにじゃない。フランスが君に恋をしていたんだ。」

「…… ありがとう、アマデウス。元気が出たわ、あれ、でもおかしくない? じゃあ私に恋した人が私を殺したってこと?」

 

 マリーはあれ? と首をかしげる。

 その様子にアマデウスは笑った。

 

「ああ。人間はそういう生き物だからね。愛情は憎しみに切り替わる。君は愛されたからこそ、人々に憎まれたんだよ」

「愛されたからこそ、憎まれた……」

 

 愛があるからこそ、感情は憎しみに変わる。

 本当にそんなことがあるのだろうか。何故愛した者を憎しみ殺そうとするのか。

 マシュにとっては考えたこともないことであり信じられないことだった。

 

「ふふ。人間ってむつかしいものね。でもありがとう、モーツァルト。──それじゃあね、アマデウス。帰ったらあなたのピアノを聞かせてね」

「ああ、勿論だとも」

 

 こうして彼らは別れ、聖人を探すこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランス オルレアン。

 竜の魔女の支配領域である城内を一人の男が歩いていた。

 床に血をたらし、フラついた足取りで必死に前へ進む。

 彼もまた、竜の魔女の配下であり、二人目のアサシン。

 名をオペラ座の怪人、ファントム・オブ・ジ・オペラ。

 

「おお…… 我が、我が唄を……」

 

 彼も命令に従い虐殺を繰り返し、人々に恐れられてきた。

 しかしそんな彼の身体は今にも朽ち果てようとし、恐怖など微塵も感じられなくなっていた。

 足がよろめき、ついに膝をつく。

 このまま、苦しみながら消えるのかと思いかけた時だった。

 

「可哀想に。例の片目の男(・・・・)にやられたんだね」

  

 優しげな声がした。

 ボヤけた視界に青年の姿が映った。

 青年はファントムの頬を撫でる。

 

「これでは唄うのも苦痛だろう。楽になるといい。ファントム・オブ・ジ・オペラ」

 

 その言葉と共にほんの一瞬。

 たった数秒の間にファントムの肉体は地に倒れた。首のみを青年の手の中に残して。

 

「うん。僕の手は衰えていない。それどころか…… ふふ。これならきっと彼女も喜んでくれるはずだ」

 

 青年はかつての想い人の顔を思い浮かべ、微笑む。

 

「待っていてくれ…… 必ず君の首を、もう一度切り落とそう──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 14歳の時に国王ルイ16世との政略結婚の末、王妃となりベルサイユでの華やかな生活をおくるも陰謀渦巻く中を孤独に戦い続けることとなる。

 だがそれでも彼女は悲観せず絶望せず、政略結婚ではあったが夫と仲睦まじく過ごし、民にもよく尽くしてきた。

 しかし彼女の功績など熱狂に浮かされた民衆には届かず。

 拡大する憎悪。王政への不満。革命を掲げる民衆の手によりマリーを処刑台へと導いた。

 家族も死に、全てを奪われた彼女の首に向けた民が向けたものは、希望と快哉であったという──

 

 

 

 

 

「──というのがマリアの生涯だ」

 

 アマデウスの口からマリーアントワネットの生涯が語られた。

 ジャンヌたちと別れてから数日。

 目的地であるティエールの街に近づきつつあった。

 

「悲劇ですわね。その場に私がいたら民衆を焼いて助けてさしあげたのに」

「友情には感謝するが色々台無しだ」

 

 物騒なことを呟く清姫を見て、これは本気だとアマデウスは苦笑いを浮かべた。

 

『史実通りの生涯ね。どれだけ民衆に尽くしても最後はその民衆に全てを終わりにされる。…… そんなことがあって、どうしてこのフランスの為に戦えるってのよ』

 

 管制室から話を聞いていたオルガマリーがボソリと言った。その言葉に少しだけ刺が感じられた。

 その刺はマリーではなく民衆に向けられたもの。

 オルガマリーもまた人類の為、カルデア存続の為にと尽くしてきたのに周囲から認められることはなかった。

 だからこそ苛立ち、つい声に出してしまった。

 

「負けず嫌いってやつかねぇ。俺の世界でもそんな奴ばっかだったよ」

「はは。負けず嫌いか。成る程、そういった解釈もあるのだろう。でも彼女は…… どうなのだろうね。僕には、わからないな」

 

 銀時の言葉にアマデウスは軽く笑う。

 でもどこかその表情は儚く寂しそうで。少なくともマシュにはそう見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「もーう、つーかーれーたー!」

 

 一方、ジャンヌのチーム。

 しばらく歩き通しだったエリザベートは不満を爆発させ騒いでいた。

 マリーは宥めようとするが、小さい子供のようにエリザベートは地団駄を踏む。

 

「サーヴァントに疲れるとかないでしょう? もう少し頑張りましょう」

「だーってぇ!!! 景色も変わらないし、何にもないし、つまんないのよ!」

「すまない。せめて俺が何か面白い話でも出来れば良かったのだが…… くっ!」

「いや、誰もジークフリートに、そんなこと求めてないから大丈夫よ」

 

 真面目すぎる男、ジークフリートにマリーは珍しくツッコム。

 

「やはり酒場の親父が勧めてくれた、『これで君もモテ男!? レッツナンパ講習会!』に参加すれば良かった! 俺に金があれば」  

「ジークフリート。多分、それ参加しなくて良かったと思うわ」

 

 ボケるジークフリート。

 しかしそれが面白い訳でもなく、エリザベートは益々駄々をこねる。

 

「あーもう、つまんないつまんない、つまんなーい!!」

「もう。エリーったら。どうしましょうジャンヌ── ?」

 

 マリーはジャンヌに声をかけたが反応がない。

 再度名前を呼ぶと、慌てて返事をする。

 

「あ、すみません! 考え事をしていて……」

「考え事って竜の魔女のこと?」

「はい。本当に…… 何一つ身に覚えがないのです。彼女の言葉も…… 彼女の憎悪も…… 私には何一つとして…」

 

 ジャンヌの言葉を聞き、マリーはしばらくするとクスっと笑った。

「──うん、やっぱりジャンヌは綺麗よね。すごく、すごく、すごく──美しいわ」 

「か、からかわないでください」

 

 こっちは真面目な話をしているのに何を言うんだとジャンヌは戸惑い顔を赤らめる。

 

「いいえ、真実よ。だってもし、わたしがジャンヌの立場だったら竜の魔女の話を受け入れているもの」

「………… マリー……?」

 

 当然と。当たり前のようにマリーは話す。

 純粋で花のようにきらびやかなマリーが竜の魔女であることを受け入れる? ジャンヌからしてみれば信じられないことだった。

 

「わたしはわたしを処刑した民を憎んでいません。それは9割の確証を持って言えます。けれど、もしかするとほんの少しかもしれないけど…… わたしの子供、シャルルを殺した人達を少しだけ憎んでいる」

「……!」

「だからもし、わたしの姿で竜の魔女が現れて、フランスを滅ぼすと言われれば、そう納得できる気がします。…… でも貴女は違う。そうでしょ、ジャンヌ? 貴女は人間を、フランスを心から愛している」

「ええ、大好きです」 

 

 即答だった。自身のその思いに疑う余地もなく、それは当たり前のことで。

 だからこそ迷いなどなくジャンヌは答えることができた。

 

「好きだから恨めるはずもなかった…… あれ? でもそうなると……」

 

 改めて口にした自身の思い。それをきっかけにジャンヌは違和感に気づいた。

 これはどういうことかと、考えていると先を歩いていたエリザベートとジークフリートからの催促の声が上がった。

 

「ちょっとー! 二人とも早くしなさいよ。街よ、街! やっと見えたわ!」

「恐らく、あの街はモンリュソンだろう」

「あ、今行きます!」

 

 ジャンヌ達は目的地であるモンリュソンの街へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌ達がモンリュソンについてから数時間後。

 別の街へと向かっていた銀時たちへジャンヌからの通信が入った。

 それは探していた聖人を見つけたという吉報だった。

 

「先輩、ジャンヌさんからの連絡です。聖人が見つかったそうです! これでジークフリートさんの傷が直せるそうです」

「とりあえず首の皮一枚繋がったわけか。んでその聖人ってのはどんな奴なんだ?」

 

 これから仲間になるであろう聖人について知っておく必要はある。

 銀時はマシュに頼み通信に映像をつけてもらった。

 

『初めまして異世界のマスター。ライダー、真名をゲオルギウスといいます』

 

 映像に映っていたのは鎧を身に纏った長髪の騎士だった。

 しかしその鎧には至る所に傷があった。

 

「おいおい。そのケガ、どうしちまったんだ?」

『まさか既に敵サーヴァントの襲撃を!?』

 

 既に敵の攻撃を受けていたのかとオルガマリーが血相を変えて叫ぶ。

 

『はい、実はそうでして…… くっ、私としたことが……』

 

 苦痛に顔を歪めるゲオルギウスの脳裏に強敵の姿が思い浮かぶ。

 

『ゲオルギウス~。家賃返セヨコノヤロ~』

 

 黒いシルクハットに下半身ブリーフのおっさんがバズーカーをゲオルギウスへとつきつけていた。

 おっさんの後ろにはやはり戦闘員っぽい男たちが構えていた。

 

『だから誰なのよ、コレェェ!! 店長よね! これジークフリートの時のTSU◯AYAの店長よね!』

『モンリュソンでの居候先の大家です。家賃滞納していたらしばかれました。くっ! 私の鎧がもうちょい軽ければ…… もっと早く走れたのに!』

『鎧関係ねーわよ! つーかお前、逃げようとしてただろ! こいつのどこが聖人!? ジークフリートといい、なんでどいつもこいつも別件で傷負ってんのよ!』

「落ち着きなよ、所長。ツッコミたい気持ちもわかるが…… 静かに。嫌な音がする」

 

 アマデウスが人差し指を口に当て身を屈めるように促す。

 できるだけ魔力反応も抑え、慌てて銀時たちは近くの茂みに身を隠した。

 一体何がと、アマデウスと共に空を見上げると、ワイバーンを引き連れたファヴニールが滑空する姿が視界に入った。

 ファヴニールはこちらには気づかず、そのまま何処かへと消えていった。

 

「行ったか…… また、どこぞの街でも焼いた帰りだろう」

 

 やり過ごし、ほっとしたのも束の間。ロマンからの通信が入った。

 

『ちょっと待った! こちらで進行ルートを割り出したんだが…… 邪竜が向かっている先はモンリュソン……! ジャンヌ達のいる街だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンリュソンにファヴニール向かっている。

 その知らせを受けたジャンヌ達は住民達に避難の知らせを行おうと動きだしていた。

 

「皆さん! この街にドラゴンの群れが向かってきています! 避難の準備をしてください!」

 

 竜の魔女と同じ顔であるジャンヌはフードで顔を深く隠し、住民達に呼び掛けている。

 しかし余所者であり素性の知れないジャンヌの言葉に住民の多くが怪訝な顔で戸惑うばかりで中々逃げようとする者はいなかった。

 

「やはり私の呼びかけでは…… エリザベート! そちらの方はどうですか」

 

 ジャンヌは同じく避難を呼び掛けていたエリザベートへと顔を向けた。

 そこにはモンリュソンの子供たちを集めマイクを持って話をするエリザベートの姿があった。

 

「夜にねぇ、街を歩いていたのよ〜。そしたら、不気味な気配を感じて後ろを見てみたわ。そこには長い黒い髪の女がヒタヒタと足音をたててついてくる女がいたのよ~。よく見るとその女の体は水でぐっしょり濡れてて〜」

「あのエリザベート、何してるんです?」

「おかしいなー、おかしいなーっ、なんだろうなー」

「聞いてますか?」

「すると、女はしばらく黙ったかと思うと…… それはお前だあァァァ!! と! これがモンリュソンに伝わる幽霊伝説よ。この街にいたら呪われるわよおォォォ!!」

 

 

「「「ギャアアアアアアアア!!! 避難しろおォォォ!!」」」

 

 エリザベートの話のオチを聞いて子供たちはホラー漫画ばりの形相で街中へと散っていった。

 

「いや、どんな避難のさせかたしているですか、貴女はあァァァ!!」

「ふちぃ!?」

 

 ジャンヌの旗を使ったツッコミにエリザベートが顔面から吹っ飛ぶ。

 

「いたい!  今の顔取れた! 絶対とれたわよ!」

「私はドラゴンの襲撃から住民達が避難できるように呼び掛けてほしいと言ったんです! なのに何怪談トークショーしてるんですか!」

「今時の子供は恐怖とかに対して疎いのよ。だったらドラゴンよりもまだ身近に感じる幽霊とかの話の方が通じやすいし、怖さも身に染みるわ」

「今時って、ここ1431年のフランスですよ!? というか恐怖植え付けてどーするんですか!」

「恐怖植え付けた方が逃げるわよ! 実際に子供も慌てて行っちゃったじゃない!」

 

 まあ確かにエリザベートの言う通り、少なくとも子供は避難しなければと駆けていった。

 意外と悪くない方法なのかもしれない。

 

「急げえェェ!! 家の中に入れェェ! 外に出たら呪われるぞ!」

「余計街に引きこもってるじゃないですかあァァァ!!」

 

 避難させるどころか街の子供達は次々に家の中へと入り、厳重に鍵を閉めてとじ込もってしまった。

 これは流石に失敗したとエリザベートは気まずそうに目を背ける。

 

「エリザベート。今はふざけている場合ではない。急いで街の人々を避難させなければ」

「ジ、ジークフリート…… ん?」

 

 エリザベートを窘めるジークフリート。

 そのジークフリートの懐からマイクが転げ落ちるのをジャンヌは見逃さなかった。

 

「あの、貴方もやろうとしてましたよね! 完全にトークショーする気でしたよね!」 

「すまない。エリザベートの時のことを汚名返上をしたくて……」

「貴方、また引きずっていたのですか!? 大丈夫ですって! 誰も貴方にトーク力を期待していませんって!」

 

 ジャンヌがツッコミ続けていると、ゲオルギウスとマリーが慌てた様子で駆けてきた。

 

「まずいわ、ジャンヌ!」

「騒ぎを聞き付けたフランス軍の兵士がこっちに来ます。どうやらモンリュソンの街に来ていたようで……」

「フランス軍が…… !?」

 

 フランス軍となると流石にまずい。フードで顔を隠したジャンヌは間違いなく怪しまれるだろうし、下手をすれば顔を見られかねない。

 そうなれば不要な戦闘が起こる可能性もある。

 

「おい、そこのお前たち!」

 

 急いでこの場を離れなければとジャンヌは動こうとするが、遅かった。

 フランス軍の兵士が二人、こちらに向かって来た。

 

「こ、これはフランス軍の皆様。一体我らにどのようなご用事でしょうか?」

 

 さりげなくジャンヌを背後にやり、ゲオルギウスが受け答えた。

 

「ドラゴンの群れが街に向かっていると住民に呼び掛ける怪しい連中がいると聞いて来てな。お前たちのことじゃないのか?」

「別に怪しくなんてないわよ! 私たちはこの街のブタ共を助けるために避難しろって言ってるだけだし」

 

 兵士の物言いにエリザベートはムッとし反論する。

 

「どっからどう見ても怪しいわァァ! 住民相手に怪談話してるような角の生えた奴にごつい鎧を着た奴! 怪しくなかったら逆に怖いわ!」

 

 兵士の意見は最もだった。流石にエリザベートも確かにと絶句する。

 するともう一人の兵士が続けて言った。

 

「竜の魔女の配下にはドラゴンの他に人の姿をした化け物がいるという。奇抜な格好をしている者もいたという話も聞くし…… それがお前らなんじゃないのか」

「それは違います。我々は竜の魔女の仲間ではありません」

「…… さて、どうかな? 我々をはめようとしているのではないか? それに貴様の後ろにいる女。フードで顔を隠しているようだが、怪しいな。ちょっと顔を見せてみろ」

「そ、それは……」

 

 まずい。ここはこの場から逃げるしかないかとジャンヌが思った時だった。

 

「待て、お前たち」

「ジル・ド・レェ元帥!」

 

 現れたのは白銀の鎧を纏った騎士だった。ジル・ド・レェと呼ばれた男は軍の元帥らしく、兵士たちは緊張した様子を見せる。

 

「話は聞いていた。今はその者達の言葉を信じることにしよう。直ちに市長に避難の要請をし、住民達に呼び掛けを」  

「し、しかし!」

「お前達が疑うのも無理はない。だがドン・レミ村にいた兵士からの情報にあったフランス軍とは別の民を守る戦士の姿とフードの方の特徴が一致している。その、手に持っている旗でドラゴンと戦っていたらしい」

 

 エリザベートにツッコミを入れた際に思わず出していた旗を、しまい忘れたことに気づき慌てて背中の方に隠した。既に遅いが。

 

「な、なんと…… これは失礼しました。直ぐに避難の要請を行います!」 

 

 兵士二人は急いでその場を離れる。

 これで無事に避難できるとジャンヌ達がほっとしていると残っていたジル・ド・レェがゲオルギウスの後ろに隠れるジャンヌへと声をかける。

 

「失礼とは重々承知しております。もしよろしければ…… お顔を見せてはいただけないだろうか。貴方は私の知っている方ではないのですか?」

「申し訳ありません。それはできないのです……」

「そう、ですか。わかりました。謝ることはありません。貴女にも考えがあってのことなのでしょう。…… ただ一つだけ聞いてほしいことがあります」 

「なんでしょう?」

「竜の魔女を兵も民もジャンヌダルクによる復讐だと言っています。確かに竜の魔女の姿はジャンヌダルクそのもの。だがそれでも私は信じている。いや知っている」

 

 ジャンヌは何も言わない。

 それでも彼は続ける。

 

「……」

「聖女ジャンヌは我らの味方であることを。それでは、私も行きます」

 

 ジル・ド・レェもそのままその場から離れて行った。

 

「よろしかったのですか。きっと彼は……」

「いいんです。ここで私が顔を明かせば彼に迷惑がかかってしまいますから…… それよりも私たちも動きましょう。避難をするにしても時間を稼ぐ必要がある。そして時間を稼ぐには私たちは戦わなければいけない」

「ああ。ジャンヌの言う通りだ。だがすまない事に今の俺では邪竜には勝てない。ゲオルギウスを見つけることはできたが呪いを解くには時間がかかるし、今やっていては間に合わない。時間を稼げても我々は全滅するだろう。」

 

 ジークフリートが申し訳ないと顔をうつむかせる。

 ここで彼らは選択する必要がある。残って戦い全滅するか、避難民が逃げきれることを信じて撤退するか。

 

「だったら──」    

 

 誰もが黙ってしまう中で、一人だけ手を上げて言う者が。

 

「誰かが一人だけ、残って時間を稼げばいい。そしてその役目は私が適役よ」

「な──!? なにを、貴女はなにを言っているのですが、マリー!」

 

 発言したのはマリーだった。

 信じられないとジャンヌは詰め寄るが、マリーは当然とばかりに答える。

 

「全滅してしまうよりかは絶対にいいはずよ。ジャンヌもゲオルギウスも呪いを解くには必要。ジークフリートも敵を倒すには必要だし。エリザベートだっていなくなったら清姫が悲しむし、だったら私が残ればいいのよ」  

「はあ!? 何言ってんのよ! その理屈で言ったら、マリーだって死んだら皆悲しむわよ! 残るんだったら私が残るわよ!」

 

 エリザベートが怒鳴るがそれでもマリーは首を横にふる。

 

「安心して、エリザベート。私、死ぬつもりなんてないわ。勿論、生き残って戻ってみせるから。それに私の宝具ってこういう時間稼ぎとか守るのには適してるし」 

「だとしても!」

 

 認められるわけがない。ジャンヌが叫ほうとするとマリーは人差し指をジャンヌの唇に当てた。

 

「ジャンヌ。私ね、嬉しかったのよ。貴女と友達になれて。貴女と出会えて。だから、そんな顔しないで。こらえて私を見送って。それが女友達の心意気でしょう?」

 

 マリーはジャンヌを優しく抱き締める。

 

「…………っ。待っています。必ず、待っていますから」

「ええ。すぐ追いつくわ」

「アタシも待ってるから。友達でしょう。アタシだって」

 

 エリザベートも、もう残るなとは言わなかった。

 友達だから。友達だからこそ彼女の意思を汲んだ。 

 マリーはニッコリと笑って、

 

「もちろんよ、エリザベート。あなた達と旅が出来て本当によかった」

 

 

 マリーは背を一人、向かっていく。

 大切なものを守るために。

 

 



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ヴィヴ・ラ・フランス

 モンリュソンの街を背後に一人の少女、マリー・アントワネットが立つ。

 周りに味方はいない。だが街には邪竜を筆頭にした多数のワイバーンが向かってきている。

 

「わかってはいたけど、凄い数ね。それに…… まさか貴方まで召喚されているなんて」

 

 マリーは目の前に立つ男を見て冷や汗を流す。

 

「会いたかったよ。白雪の如き白いうなじの君──」

「私は出来れば別な形で再会したかったわ。サンソン」

 

 黒の外套を纏った白髪の青年、サンソンと呼ばれた男はマリーのよく知る人物だった。 

 処刑人として多くの罪人の首を斬ってきた男。それが彼だった。

 

「たとえ君が望まぬ形と言えども僕にとっては素晴らしい再会だよ。民を守るために命をとして残る君を、あの死を経験しても尚、信念の変わらぬ君を再び処刑することが出来るのだから」

「ごめんなさい、サンソン。貴方が素晴らしい処刑人なのは私もよく知っているわ。だけれど、私は死ぬつもりはない。だってジャンヌとお友だちとそう約束したのだから」

「そうか。やはり強いな、君は。だけど残念だ、君が僕に処刑される未来は変わらない。それが運命だからだ。君の首を斬り落とす資格を持つのは僕だけなのだから──」

 

 ザンッッ!!

 

「うっ…… !」

 

 瞬時の一降り。サンソンの手に握られた大剣が横にふるわれ、マリーは咄嗟に後ろへと下がる。しかし完全にはかわしきれず、サンソンの剣が彼女の腹の肉を僅かではあるが奪い取って行った。

 苦痛に顔を歪ませるもマリーは更に後ろにさがりサンソンとの距離を離す。

 ライダークラスは馬や乗り物を呼び出し、その機動力をもって相手を圧倒する。

 一度距離をとれば勝つ目処はあるとマリーは思ったが、サンソンの動きはマリーの予想速度を越えていた。

 

「出来れば抵抗しないでほしいな! 痛さや苦しみを与えるのは本意じゃないんだ!」

 

「はやい!」

 

 サンソンはマリーが宝具を展開するよりも早く動き剣をふるう。

 何とか紙一重でよけ、追撃もガラスの盾を具現し防御するが、防戦一方で反撃する余地も逃げる暇もなかった。

 

「サーヴァントになれば身体能力は生前よりも上がる…… それにしたって考えられないスピードね、サンソンっ!」

 

「当然だよ。ここに喚ばれ、何人も殺した! 君の首を斬るために殺して殺して殺して! 生きていた頃よりも何倍も強くなったんだ!」

 

 更に考えてみればマリーは契約を交わしていない野良サーヴァント。それに対してサンソンは竜の魔女からのバックアップを全面的に受けた契約をしたサーヴァント。

 当然、一対一で勝てるわけがない。

 正に絶望的な状況。しかしそんな中でマリーの表情は絶望に歪むことなく、

 

「哀しいわね…… シャルル=アンリ=サンソン──」

 

 一人の処刑人を同情するように悲しく見つめていた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩…… ! マリーさんが!」

 

 乗っていた馬を止めて、銀時達もジャンヌからの通信を受けていた。

 マリーが一人残って戦っていることを知らされた。

 急いでモンリュソンの街に行き、加勢しなければとマシュが言おうとするが、マシュの考えを察したアマデウスがそれを否定した。

 

「マリアらしい決断だね。まあ、距離を考えれば到底間に合うとは思えないし、戻ることはない」

 

 マシュから知らせの内容を聞くとアマデウスが特に顔色を変えず軽く言う。

 そのあっけらかんとした言い草に清姫は目をギラリと光らせると、持っていた扇子をアマデウスの首へと向けた。

 

「危ないことするなぁ、ドラ娘。僕、味方だぜ?」

 

 扇子には小さく炎が灯っている。アマデウスの言葉次第で炎が強く燃え上がりそうだ。

 

「…… マリーのこと、好きではないのですか?」

 

「不躾な質問だ…… 彼女に対する情熱はもうないよ。僕もマリアも所詮は過去の存在。彼女を愛した日もあったが、他の女性を愛した時も僕には確かにあったんだ」

「……」

「清姫さん!」

 

 マシュが慌てて身を乗り出すが銀時がそれを静かに制する。

  

「先輩?」

 

 何故止めるのか。マシュの疑問に銀時は黙って見てなと目で伝える。

 

「彼女は少しだけこの戦いに感謝していんだ。自分が願いを叶える為ではなく人々の命を守るために喚ばれたことを。だからこそ、今度こそ間違えず大切な人々と大切な国を守るために正しいことを正しく行うのだと…… マリアは誓ったんだ」

「だから仕方がないと?」

「ああ。仕方がないさ。マリアはああ見えて頑固な者でね。僕が止めたって聞きやしない。だったら、認めるしかないだろ? 彼女の意思を、覚悟を。その背中を押してやらなきゃさ。第一…… 今更戻ったって間に合わない」

「ええ。そうですわね…… それは私もわかってはいます。それでも……」

 

 それ以上は口にしなかった。清姫は首を横にふり扇子を閉じる。

 例え恋の感情がなかったとしてもアマデウスにとってマリーは特別な存在だ。恋でなくとも愛はあるはずだ。ならば例え無駄だったとしても諦めずにひた走ろうとする。それが有るべき形ではないだろうか。

 清姫はそう思わずにはいられなかった。

 

「おい、音楽家に蛇女。難しい話は終わったのか?」

「ああ。すまないね。なんだか重たい空気になってしまった」

「別に構いやしねえよ。それよりかだ。アマデウス。一応俺ってマスターなんだな?」

「ん? まあ契約はしてないけど、そうだね」

「ってことは俺の指示は絶対だよな」

「…… まあ、大体は、そうだね」

 

 何故か念押しするように銀時は続けた。

 

「だったら指示させてもらうぜ。さっさとジャンヌたちの所に行くぞ」

「は? 君、聞いてたかい? どう考えても間に合わない」

「だろうな。けどなぁ、俺ってやつは負けず嫌いな人間なんでね。生憎はいそうですかっとさっさと諦める気にはなれねぇ。それに竜の魔女の野郎の思い通りに事が進むのも気に食わねぇし」

「…… はっ、ははは! 君もマリアと同じく負けず嫌いか。そうかそうか。まあマスターの命令なら仕方ない。うん。わかったよ、急いで街に行こう」

 

 しばらくポカーンと口を開けていたアマデウスは大きく笑った。

 

「つーわけだ。マシュ、お前先にアマデウスと先頭を走ってくれ。俺は後ろからついて行くから。街の方向わかんねーし」

「は、はい! 行きましょう、アマデウスさん」

 

 マシュとアマデウスが先頭をきって走って行く。

 その様子を見て清姫はポツリと呟く。

 

「なぜ、嘘をつくのでしょうね」

「あん?」

「アマデウスは嘘をつきました。本当はマリーの元へと行きたい気持ちを誤魔化して戻る必要はないと。間に合わないのは確かにそうですが、それでも己の思いに従い、真っ先に向かうべきと私は思います」 

「ま、お前の言いたいこともわかるけどよぉ…… 男ってのは面倒くせぇ生き物なんだわ。無駄に格好つけて、テメェに嘘ついて、テメェ一人で抱え込もうとするのが男ってもんなのさ」

 

 それは銀時自身にも言えること。

 彼はそれを自覚しているし、だからこそアマデウスの不器用さも理解する。

 

「随分と生きづらいものですね……」

「そうかもしれねえな。でも、お前なら嘘を直ぐに見破れるんだろ? だったらよぉ、燃やすまではいかなくても、野郎のケツひっぱたくことくらいはしてやってくんねーか? テメェが、理想のマスターとやらに会ったとき。そいつが同じように格好つけた時はよ」

「……ええ、善処させていただきます。ただ嘘は嫌いなので、少しは燃やすと思いますが……」

 

 二人は馬を走らせ、アマデウスへと続く。

 その時、清姫が銀時に向ける目は、ほんの僅かではあるが熱いのモノへと変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ、何故殺せないんだ! あんなに、あんなに多くの人間を殺したというのに!」

 

 実力は間違いなくサンソンの方が上の筈。なのに未だに殺すことのできないマリーに彼は苛立ちよりも疑問を持った。

 

「決まっているじゃない。だからよ。だから貴方は私を殺せない」

「何を言って…… ?」

「あなたは素晴らしい処刑人だった。罪人を決して蔑まず、彼らが苦しまぬようギロチンだって開発した。でも…… 今のあなたは違う」

「…… っ!」

「このフランスで多くの人を殺し、殺人者となった。処刑人と殺人者は違うでしょう? サンソン。だから私を殺せないのは当然なの。だって本当に──」

 

 マリーのその声は本当に哀しそうで。その瞳は同情するようにサンソンを見つめている。

 

「ああ、やめてくれ。それ以上は言わないでくれ」

 

 マリーの思いを察したサンソンは首をふり、顔を伏せ懇願する。

 それでもマリーは言った。

 

処刑人(あなた)の刃は錆び付いてしまったのだもの」

「違う!!!」

 

 マリーの容赦のない言葉はサンソンの魂を揺らすには充分なもの

だった。

 頭をかきむしり、大剣を意味もなくふり始めた。 

流れ出る涙と共に大量の魔力が放出され、サンソンの背後に形となって現れる。

 

「宝具展開『死は明日への希望なり(ラ モール エスポワール)』」

 

 それは巨大な処刑器具『ギロチン』

 人を一切苦しませずに考案された最も人道的な処刑器具。

 ギロチンから無数の黒い腕が飛び出し、マリーへと一直線に向かってきた。

 ガラスの馬を具現し、紙一重で避ける。腕は地面に激突するが特にダメージを負った様子もなく執拗にマリーを追いかけていく。

 恐らく、あの腕に掴まれギロチンへと引きずり込まれるのだろう。

 そして引きずり込まれた者は勿論──   

 

「…… っ!!」

 

 引きずり込まれた己の最後を想像したマリーは僅に体を震わせた。

 

「怖いわね。二度目だって言うのに…… でもあの時とは違う。私はまだ必要とされている。私には仲間が、友達がいる」

 

 己がここで戦うことによって救われる者たちがいる。

 フランスの民が。この時代で再開した者が。出会った者たちが。 

 輝きはまだここにあるのだ。

 

「さんざめく花のように。陽のように。『宝具百合の王冠に栄光あれ(ギロチンブレイカー)』!!!」

 

 マリーが股がるガラスの馬は輝く光の粒子を撒き、空中を駆け抜けていく。

 その輝く光は襲いかかる黒い腕を粉々に打ち砕き、

 

「っ!?」

 

 サンソンの右半身を大きく削り取った。

    

「僕は…… もっと巧く首をはねて、もっともっと最高の瞬間を与えられたなら、君に許してもらえると…… 思ったんだ」

「もう。本当に哀れで、でも可愛い人ね。私はあなたを恨んでいない」

 

 その言葉には嘘偽りなどない。かつて己の首をはねた男にマリーは心から思いを告げた。

 

「はじめからあなたは、私に許される必要なんてなかったのに」

「……っ! ああっ…… マリー、僕、は!」

「令呪を持って命ずる。アサシンよ。我が城へ戻れ」

 

 サンソンの言葉は最後まで聞くことはでぎず、彼の体は一瞬でその場から消えた。

 その代わりにと現れたのは全ての元凶。

 

「随分と遅い到着でしたのね。竜の魔女さん。それにしても令呪によるサーヴァントへの絶対命令行使権はそんな風に使えるのね。瞬間移動なんて驚きだわ」

「こんなもの基本です。あなた方の所の子鼠も一応令呪は持っているでしょうに。そんなことも聞かされていないの?」

「多分だけど…… マスターは令呪の使い方どころか、どんなものかもよくわかっていないと思うわ」

「………… はあ? 何ですかそれ、呆れた。それで人類最後のマスターとは笑わせてくれれるわ」 

「ええ。笑わせてくれるわ。誰も笑顔にさせることができない貴女(マスター)とは違う。誰もがついていきたくなるようなマスターよ」

 

 マリーの思いがけない強気な返しに竜の魔女は一瞬、キョトンとした顔で固まる。

 しばらくすると鼻で笑い、邪悪な眼をマリーに向けた。

 

「はっ。王宮でのほほんと暮らしていた小娘が言ってくれるではありませんか。いいでしょう。だったら徹底的に潰してあげます。皮を剥ぎ取り、肉を焼き、笑顔などない絶望の最中で奴を殺してあげる。勿論、無様に逃げた彼女(・・)もね」

「あら、あのマスターはそう簡単には殺せないわ。それに逃げたなんて聞き捨てならない。ジャンヌは、私の友達は希望を持って行ったのよ」

「馬鹿馬鹿しい。仲間を信じ、守り、そして民を守ると? よくそんなことが言える。他ならぬその民に殺された貴女が!! 断頭台に掛けられ嘲笑と共に首をはねられた貴女が!!!」

「ええ……」

 

 マリーは目を閉じ額から流れる汗を拭い取る。

 荒い呼吸と共に心を落ち着かせ、ようやく真実に気づいた。

 ああ、やっぱりそうなんだ、と。

 

「ジャンヌ・ダルクはそんなこと言わないわ」

「は────」

「確かに私は処刑された。でもだからと言って殺し返す理由にはなりません。私は民に乞われて王妃になった。民なくして王妃にはなれない。だからあれは当然の帰結だった」

 

 竜の魔女にとって語られる全ての言葉は到底信じられないことが、マリーには当たり前のことだった。

 

「彼らが望まないなら望まなくても退場する。それが国に仕える人間の運命。私の処刑は次の笑顔に繋がったと信じている。そう…… いつだってフランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)! 星は輝きを与えてそれでよしとすればいい」

  

 

「なにを、お前はなにを言って」

「そして確信できたわ。竜の魔女。本当の貴女は一体何者なの?」

「黙れぇっ!!」

 

 その言葉が竜の魔女の逆鱗に触れる。

 いち早く魔女の怒りを察し、ファヴニールが竜の魔女の背後へと降り立り流れる魔力と共に咆哮を上げた。

 

「第2宝具展開!! 愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)── !!」

 

 マリーの背後に現れたのは巨大なガラスの宮殿。

 歴代フランス王家の権勢を示す優美を誇る宮殿は全ての攻撃を封じる絶対防御壁。

 その結界の力が街全てを覆っていく。

 

「馬鹿な! 魔力供給もなしで宝具の連続使用。それにここまで巨大な力を使えばどうかるか、わかった上で…… !! そこまでして貴様はぁっ!!」

「さよならジャンヌ。さよなら皆。ええ会えてよかった。みんな大好きよーーー!!!」

 

 ファヴニールから、ワイバーンからブレスの雨が降り注ぐ。

 ブレスがマリーに当たることはない。そうなる前に彼女の霊核は破損し、ガラスのように散っていく。

 最後まで決して崩れぬ笑顔と共に──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラスの城は完全に砕かれた。街は崩壊し、残された命は魔女とその配下の竜のみ

 だが瓦礫の下に流れた血はなく。零れ落ちた涙すらない。

 

『全ての住民の避難…… 無事に完了できたのね。所長として言わせてもらうわ。──お疲れ様』

  

 そして失われた命もなく。

 遠くの先で自分達の街が滅び、立つ煙を見つめるも街の人々は不思議と絶望に染まってはいない。

 生きている限り、希望はある。この事態を救った英雄たちを住民の一人が見つめる。

 管制室からオルガマリーが所長として、英雄たちを労っていた。

 

「お礼なら、マリーに、(アタシ)たちの友達に言って」 

『ええ、そうね』

 

 エリザベードが疲れたと地面に尻をつく。 

 すると清姫がその隣に黙って座った。何も言わなかった。ただ今は隣にいてあげた。 

 ジャンヌもまたなんとアマデウスに、なんと声をかければいいのかわからず黙ってしまっていた。

 しばらく一人佇んでいたアマデウスは、一輪の花を摘みとる。

 

「覚悟はしていたよ」

「え……」

「いやね。ここに来る前のことなんだけど、どうせ間に合わないとか言ってさ。まあそのせいで清姫に燃やされかけたけど」

 

 口調は軽かった。でも表情は見せようとはせず、顔を背けていた。

 

「マスターに助け船を出されてなんとかなったよ。いやー参った参った。ほら僕はドライだからさ。仕方がないと思えるけど清姫は夢見がちだから諦めがつかなかったみたいで」

「……」

「うん。だからさ、仕方がないんだよ。マリアは己の覚悟に従ったんだ。それを止める権利は僕にはない。…… まあ残念なことが一つだけ。ピアノ、聴かせられなかったな」 

「アマデウス……」

「マリア。君が7才。僕が6歳。あの頃からずっとすれ違ってばかりだ──」

 

 風が吹いた。アマデウスが投げた花がふわりと浮かび、飛んでいった。



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決戦前夜

 

 オレルアン郊外。 

 

 マリーがいなくなってから数日が過ぎた。

 その間、ジークフリートの呪いは完全に解除された。その後、ゲオルギウスは避難民を安全な場所まで護衛するため一旦別れることとなる。

 銀時たちは敵の本拠地となったオルレアンまで近づき、万全の態勢を整える為に体を休ませていた。

 それぞれが。それぞれの想いを胸に抱いて──

 

「おいおい…… ハンガーハンガーが週刊連載を終了させる、だと………… いったいジャンプはどうなるってんだ」

「子イヌ。話いいかしら」

「…… え? 子イヌって俺…… なにその呼び方? そういうプレイか? 俺Sなんだけど」

 

 焚き火を前にし、ジャンプを読んでいた銀時。

 突然子イヌ呼ばわりされたことに驚き、思わずジャンプを閉じる。

 

「マシュにアマデウスは? 水汲みにでもいったのかしら? ま、いいわ。元々子イヌだけに話そうと思ってたし」

「おい、人の話を聞けよ」

 

 ジャンヌは明日の決戦に備え、心を落ち着かせる為に一人でいる。

 ジークフリートは周囲に敵がいないか自主敵に見回り。

 清姫は少し離れた向こうで、夕食に使った食器類の片付けをしている。(マシュも手伝おうとしたら一人でやると断られた)

 アマデウスとマシュは知らない間に何処かへと行っていた。

 

「明日の決戦。多分── いや間違いなくいるでしょうけど、私の相手は私にさせてほしいの。私一人で」

「お前……… 何言ってんの? ドラゴンボールの読みすぎか?」

「カーミラのことよ! 前に言ったでしょ! あいつと私は同一人物。ていうか私の未来の姿なのよ」 

「わーってるよ。冗談だってーの…… 本気か?」

「ええ……」

 

 少しボケたが、直ぐに真面目な顔で銀時は聞く。

 エリザベートはそれに対し、静かに頷いた。

 

「そうかよ。だったら止めはしねー」

「意外ね。もっと反対するもんだと思ってた」

「じゃあお前、俺が止めろって言ったら止めるか」

「無理」

「だろーな」

 

 銀時は、はっと小さく笑った。

 エリザベートもつられてクスッと笑う。

 

「………… でも本当にいいわけ?」

「あ?」

「何度も言うけど、アイツと私は同じ存在。しかもジャンヌと竜の魔女とはパターンが違う。私は過去の私からして、悪性のサーヴァントであり反英雄。つまり英雄に倒される存在。悪って奴よ。あんたもアイツ、カーミラの残虐性は目にしてるからわかるでしょ? 二人きりなんかにしたら、裏切るかも、とか思わないわけ?」

 

 エリザベート・バートリー。または、カーミラ。

 ハンガリーの名門貴族の子女であった彼女は生涯で600人以上の少女を拷問の末殺害したという。

 その事実は吸血鬼伝説の一つとして昇華され、殺人者である彼女を英霊の座へと至らせた。

 

「………… んなこと言われても、よく知らねーし」

「え?」

「俺はお前のことなんてよく知らねぇし、わからねぇ。とんでもないことをやらかした英雄だとか話は聞いちゃいるが、それだけだ。少なくとも俺ははこのフランスでのお前の姿しか知らないんだよ、エリザベート(・・・・・・)カーミラ(・・・・)がどれだけヤバい奴だろうが、同じ人間だと言われようが、ピンとこねぇしな。だからお前の言う裏切る危険性だかも思い浮かばないし、止める気にもならねぇ」

「そ。やっぱアンタは…… (アタシ)(アイツ)を一緒にしないのね」

「だーから、よく知らねーって言ってんだろ。お前のこと」

 

 エリザベートは、アイドルを目指している。

 英雄となり、恐らく何処かの世界で召喚された影響か、その時の記憶はないが、生前よりも残忍な一面は抑えられていた。

 それこそがカーミラとの大きな違いだった。

 だが、それでも歴史は消えない。

 今を生きる人類にとって、エリザベートもカーミラも同じく、残忍な反英雄。

 忌むべき悪でしかない。  

 だからこそ、対面時はロマニもオルガマリーも警戒をした。

 それについ最近まで、カーミラの残忍性を見て、改めて危険なのではないかと思われていたことにもエリザベートは気づいていた。

 エリザベートも少女だ。その反応に多少はムッとする。でも、仕方がないと理解する。

 だが、銀時は違う。エリザベートと、狂化されているとはいえ、虐殺を繰り返すカーミラを同義にはしない。

 エリザベートの犯した罪を。カーミラの結末を。

 恐らく聞かされているだろうが、それでも変わらず、いつもの仏頂面で銀時はエリザベートに接してきた。

 だからこそ彼女は、

 

「アンタを子イヌって呼ぶのよ……」

「んだよ。ちゃんと聞いてんじゃねーか。人の話」

「あったり前よ。ファンの声には耳を傾けるのがアイドルよ」

「いつ俺がファンになった。新八じゃねーんだぞ。ま、いいや。カーミラと戦うのは止めねぇ。たがよぉ、その代わり── 負けんじゃねーぞ」

「とーぜんよ!!」

 

 銀時の言葉にエリザベートはニカっと笑う。

 その笑顔は江戸一番のアイドルに、ひけを取らない程に輝いていて。

 

 

 

 

 

 

 

 エリザベートと銀時の会話を陰で聞く者が一人。

 

「全く…… 嘘ばかりついて」

 

 知らないし、わからない。

 そんなのは嘘だ。銀時はエリザベートのことをよく理解している。

 人として残酷で、わがままで、やかましくて。

 だが、間違いなく、誰かを想いやることができる偶像(アイドル)

 それを銀時はわかっている。わかっている上で彼女を止めず、背中を押した。

 

「ああ、燃やしてしまいたい。でも、いいでしょう。だって男とは格好つける者なんでよね? ケツをひっぱたくのは、流石に下品なので、まわりくどくサポートはしますが」

 

 銀時なりに不安だってあるだろう。できれば一緒に戦いたいのだろう。

 でもあの男は格好つけたがりで、嘘つきのロクデナシだ。

 全く、理想の旦那様(ますたぁ)には程遠い。本来ならば、燃やすべきだ。でも

 

「何せ。私、良妻ですし」

 

 良妻(自称)清姫はニッコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 川のほとり。

 そこでマシュはアマデウスと二人で話をしていた。

 

「すみません。決戦前に、こんな話を……」

「いいさ。小さな話にしろ、大きな話にしろ、話せばスッキリするものだ。決戦前だからこそやり残したことはやりきった方がいい」

 

 マシュは一人悩んでいた。

 それにアマデウスは目ざとく気づき、ならばと相談に乗ることにした。

 

「私には皆さんの気持ちがわからない…… マリーさんが亡くなって、確かに私も悲しく思いました。でもあの時はどうしようもなかった。その中で皆さんは正しい選択をした。だからこそわからない」

 

 アマデウスは黙って話を聞き続ける。

 

「皆さんが大きく後悔していることが。正しいのに悔やむなんて変です…… だけど皆さんは後悔を否定せずに受け入れていました」

 

 ジャンヌもエリザベートも、清姫もマリーを失ったことに対し、悔やんでいるのはわかる。

 助けたいと。共に生きたかったと、後悔していることも。

 だが、ならば何故、それでもその後悔を受け入れ、胸に抱いたまま、前に進み続けることができるのだろうか。

 マシュには理解できなかった。

 それがマシュには理解できなかった。

 

「きっと先輩も…… 私はそんな風には教わりませんでした。なのにわたしは……」

「悔やんでいる、と?」

  

 マシュの言いたいことをアマデウスは察し先に言う。

 

「っ!! どうして?」

「……… なんとなく君のことがわかってきたよ、マシュ。君はたぶん、自由を得たばかりの人間なんだね」

「…… っ! そうかもしれません。外のことを私は知らずに生きてきたので……」

 

 マシュは自身の育ってきた、あの場所のことを思い浮かべる。

 マシュにとっては当たり前の小さき世界のことを。

 

「だから戸惑っているんだろう。教わってきた価値から外れた感情を抱き、形成されていく自分の在り方に迷っている」

「…… そうかもしれません。でも私にはソレは要らないはずなんです。だって私にはそんな資格は…… 私は戦うために──」

「マシュ。例え君がそうだったとしても」

 

 アマデウスはあえてマシュの言葉を遮り、

 

「何かを好きなる義務はある。自由はないかもしれない。でも義務はあるんだ。」

「権利や資格ではなく? 義務…… ?」

「責任とも言えるかな? 何を好きになり、何を嫌いになり、何を尊いと思い、何を邪悪と思うか。それは君が決めることだ。他人の言いなりでも周りに合わせることでもない」

 

 人間とは多種多様。

 それぞれの価値観。それぞれの想いを、それぞれの魂を信じ、世界を越えていく。

 それはマシュも同じ。

 

「だからね、マシュ。君は選んでいかなきゃならないのさ。恐れても不安になってもいい。自分の意思で。そうして君は自分の証を残すんだ」

「わたしの証………」

「……… さて、もう相談もいいかな? そろそろみんなの所に戻ろう。でないとあることないこと噂されるかもしれないからね」

「ええ!? う、噂とは!」

「はっはっは。マシュ、君、結構人間らしいと思うよ、僕は」

 

 

 

 

 

 それぞれの想いを胸に抱き、彼らは今───

 

 

「よーし、行くぞテメーら。死にたくなきゃあ、ぶさらげた金玉引き締めていけ」

(アタシ)たちはないんだけど、そんなの」

「じゃ、棒の方で。なんかお前ら長い得物、使って戦ってんじゃん。似たようもんだろ、棒もチ○コも」

「一緒にすんじゃないわよ! 大体清姫とマシュは棒使ってないし!!」

『あんたたち! こんだけの大戦力を前にして、呑気か!? 状況をよく見なさいよ! 状況を!』

 

 銀時を筆頭にマシュ、ジャンヌ、エリザベート、清姫、アマデウス、ジークフリート。

 この特異点を修復する為、別の時代、別の世界から集まった英雄たち。

 

 いつもの調子の銀時にツッコミエリザベート。そしてそれを見て更にツッコミ入れるオルガマリーと、一見楽しげな空気だと勘違いしそうにはなるが、現実は非情だ。

 彼らが立つのは、敵の本拠地であるフランス・オルレアン。

 オルレアンはかつてのような都市の面影はなく、今は焼けた大地が広がっている。

 その大地の上を飛び交っているのは、オルレアン中で虐殺を繰り返してきたワイバーンの群れ。

 まるで黒い波のように蠢く様子から、途方もない数のワイバーンが存在することが嫌でもわかった。

 

「流石に多すぎるんじゃないかい? それでいてファヴニールだとか敵のサーヴァントだとかもいるんだろ?」

 

 これにはアマデウスもつい弱音が漏れた。

 

「弱音を言ってはいられません。私たちの手で必ず終わらせます。行きましょう、マスター…… 銀時!」

 

 ジャンヌはもう一人の己と戦う覚悟を決め、声を上げる。

 

「ああ。ワイバーンだかシェンロンだか、ブルーアイズホワイトドラゴンだが、ブルーアイズアルティメットドラゴンだが、なんだか知らねーけどよ」

「あんた、ブルーアイズ言いたかっただけでしょ。無駄に長いし」

 

 エリザベートの軽いツッコミは無視し、

 

「こっちもいい加減、トカゲ共の臭ぇ息にはうんざりしてた所でね。ケリの付け所って奴さ、竜の魔女」

 

 銀時は、遥か先に聳え立つ城を睨み不敵に笑ってみせた。

 そして、この戦いを終わらせるために、彼らは足を踏み出す。

 

 



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 二部七章良かった……
 出てくるキャラクター、全てが良かった…


フランス・オレルアン

 

 かつての王はおらず、城の玉座に座るのはもう一人のジャンヌ・ダルクである竜の魔女。

 そして竜の魔女の前に立ち並ぶのは人間の兵士ではなく、英雄でありながら理性を奪われ虐殺を繰り返してきたサーヴァントたち。

 竜の魔女の元に集まったのは7騎のサーヴァント。

 バーサーク・セイバー シュヴァリエ・デオン

 バーサーク・ランサー ヴラド三世

 バーサーク・アーチャー アタランテ

 バーサーク・アサシン カーミラ

 二人目のバーサーク・アサシン シャルル=アンリ・サンソン

 

 そして純粋な狂戦士、バーサーカーに唯一狂化を受けていないキャスター、ジル・ド・レェ。

 彼らは主人の命令を静かに待つ。

 

「………… こうして見ると、ずいぶんと様変わりした者がいますね」

 

 7騎の内、3騎。

 デオンとアタランテ、そしてサンソンのことだった。

 彼らからは英雄としての威光は最早感じられない。

 目は虚ろで口も開かず、ただ黙ってそこに立っている。

 

「これだから、英雄というものは度しがたく使い勝手が悪い。まあ、いいです。寧ろ下手な感情がない方が、殺戮兵器として都合がいい。ジル」

「おお、ジャンヌよ! 何なりとご命令を!! ジャンヌが望むというのならば我々は全てを尽くしましょうぞ」

 

 ジルは待っていましたと言わんばかりに、大袈裟に振る舞う。

 

「私が望むもの。そんなものは決まっています。フランスを血で染め上げること。そしてそれを邪魔する者どもを消すこと。ジル、既に来ているのでしょう?」

「はい。ジャンヌの言う通り、奴等は攻めて来ています」

「そう。奴は、片目の男はどうしたの? ファントムが返り討ちにあってから姿が見えないけれど」

「それが何処を探しても見つからず…… 恐らくですが、既にこの時代には、いないのではないかと」

「ならばいいです。殺せなかったのは腹正しいですが、いないモノは仕方がありません。それよりも望み通り、命令を下します。あらゆる者に殺戮を!! あらゆる者に絶望を!!」

 

 竜の魔女の命令に従い、サーヴァントたちはワイバーンと共に戦場へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらあァァァ!!!」

 

 銀時の礼装に改造された洞爺湖の木刀が、ワイバーンの顔面に抉るように叩き込まれる。

 ワイバーンはたまらず悲鳴を上げて地に伏した。

 

「はっ! テメェらトカゲ共との戦い方にはもう慣れたんだよ! ペラペラに潰すかカットして、遊戯王擬きのカードにしてやらぁ!」

「いや、やっぱ普通マスターってのは前線に出るもんじゃないと思うけどね! まあ、敵が多すぎるこの状況じゃありがたいもんだけど」

 

 ワイバーン相手に引けをとらない銀時を見て、アマデウスは半分呆れ、半分感心したように言った。

 

「とはいえ、無理はしないでください、マスター!」

 

 無茶ばかりをする銀時に、マシュはワイバーンを殴りとばしながら注意した。

 多量のワイバーンから四方八方囲まれている状況。はっきり言って余裕は全くないが、戦場で無駄話をしてしまうのは銀時の影響故か。 

 エリザベートの槍が。ジークフリートの剣が。ジャンヌの旗が。

 襲い掛かるワイバーンを次々と返り討ちにしていく。

 圧倒的な物量差に精神はすり減りそうになるが、サーヴァントは疲れをしらない。

 このままいけば少なくとも負けることはないはず。しかし──

 

『皆、気をつけろ! サーヴァント反応だ!! 高速で飛来する!!』

 

 

 ドッッ!!!

 

「………お前!!?」

「このサーヴァントは!!?」

 

 アマデウスに見慣れた、いや変質したかつての知り合いの拳が。

 ジャンヌには初めて相対した騎士のサーヴァントの手刀が。

 二人はロマニの警告のおかげもあるが、見事に攻撃を受け止めた。

 しかし勢いは抑えられず、そのまま銀時たちから離れた場所へと飛び、分断されてしまった。

 

「ちっ! 追うぞ、マシュ!」

「はい!」

『待て! まだ1騎、そこにいるぞ!』

 

 上空を飛ぶワイバーン。そこから一人のサーヴァントがゆっくりと降り立つ。  

 それは、まるで茨のような漆黒のドレスを纏い、仮面をつけた淑女。

 女は残忍な笑みを浮かべ銀時たちを見る。

 

「全く、他の連中はやり方が雑で嫌になるわね。もう少し、スマートに出来ないものかしら」

「アンタ………… !!」

 

 エリザベートはその女を誰よりもよく知っている。

 吸血鬼に成り果て、残酷な結末を終えた未来、カーミラ。

 エリザベートの槍を握る手が、より強くなる。

 

「子イヌ。約束、覚えてるわよね」

「ああ。ここは任せた」

 

 銀時は特に言葉をかけない。何故なら既にエリザベートは覚悟を決めているからだ。己の魂に従い己がすべきと思っていることをやろうとしている。

 ならばこれ以上何も言う必要はない。

 銀時は背を向け、走り出す。マシュはエリザベートを一人で戦わせる判断をした銀時に一瞬驚くが、マスターの決めたこと。

 直ぐに気を引きしめ、一度だけエリザベートに会釈すると銀時の背を追いかける。

 ジークフリートと清姫も何も言わず、銀時へとついて行った。

 一人残ったエリザベートは真っ直ぐにカーミラと対峙する。

 

「置いてけぼりとは悲しいわね」

「アタシが望んだことよ。それよりも他の連中みたいに不意打ちでもしてくるモノだと思ったけど。アンタにしては律儀ね」

「あなたのこと…… いいえ、私のことだもの。分断など狙わずとも、私との一騎討ちを望むことは読めるわ」

「一緒にされるとか侵害ね…… この未来(オバサン)

「………… 減らず口も大概にした方がいいわよ、この過去(小娘)

 

 ガキンッッ!!

 

 二人の武器が交差する。

 ワイバーンは寧ろ戦いの邪魔になると介入する気はない。誰にも邪魔されることなく、二人であり、一人でもある英雄の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

  

 

 カーミラはエリザベートに任せ、銀時たちは取り敢えずアマデウスの所へと向かいつつワイバーンを蹴散らしていく。

 ジャンヌはまだ心配いらないが、アマデウスは正直言って強くはない。

 それどころか後方支援に適したサーヴァントである為、一人にさせておくのは無謀が過ぎる。

 故にまずはアマデウスの元を目指していたのだが、

 

「止まれ! そーいや、まだいたよな。竜の魔女の使いっぱしり。三人も揃って、なんだ? コロッケパンでも買いにパシラされたのか」

「酷い物言いだ。しかしまあ、的を得ている」

「え。なに、まじでコロッケパン買いにいかされた感じ? なんかゴメン……」

「マスター、たぶん違います」

 

 待ち構えていた三騎のサーヴァントに銀時たちは足を止めた。

 銀時の軽口に敵の一人である、バーサーク・ランサー、ヴラド三世は怒ることなく冷静に返した。

 

「気をつけろマスター。皆、一線級のサーヴァントだ」

「お前…… 知ってんのか?」

 

 ジークフリートは警告をしつつ、銀時を守るように前に立つ。

 それはつまり、竜殺しと言われる程のジークフリートが警戒する程の危険な敵ということ。

 

「以前リヨンで戦った。そして記憶はないが、恐らくは他の場所でも。しかし…… セイバーにアーチャー。あの二人は随分と変わってしまっている。一体何が」

 

 セイバー、シュヴァリエ・デオンにアーチャー、アタランテ。

 虚ろな瞳で立っている二人にジークフリートは眉を寄せた。

 そんな彼の疑問に答えたのはヴラドだった。

 

「訝しむことはない、竜殺し。真っ当な英霊であれば己の行いに耐えきれず歪みもする。アーチャーは子供を殺した結果、発狂し、キャスターの拷問によって霊器を変貌させられた。セイバーに至っては、いくら虐殺しようとも変わらなかったが、敬愛していた王妃が消滅した途端にこの様だ」

「……」

 

 デオンはフランス王家に仕えた忠実なる竜騎士だ。

 マリーが消滅したことにより、今まで瀬戸際まで保ってきた精神がついに壊れたか。

 世界や時代、あり方が違えど、何処か似ている騎士と侍。

 それ故に脳裏に過る。

 主君を失い、イカれたデオンの末路が、かつての記憶と、誰かの姿と重なった。

 銀時の木刀を握る手が自然と強くなる。

 

「その割には…… 貴方は平気そうだが、ランサー」

「いいや。余も堕ち果てた。正に悪魔(ドラクル)よ」

「そうか。では俺が終わらせよう。いいか、マスター」

「ああ。さっさと済ますぞ。俺もあんな面はうんざりなんでね」

 

 銀時の木刀の矛先は、ある一点へと向けられて──

 

 

 

 狂気に塗れて剣を振るう。愛する祖国を剣で穢す。

 狂う。狂う。狂う。

 最早真っ当ではいられない。いられる筈がない。

 表面上はどれだけ平静を装うとも、己の魂までは欺けない。

 それを誤魔化すようにルーラーの命令に忠実に従う。そしてまた剣を血で染め上げ、己の舌で啜り取る。

 救いはない。救われる資格もない、と彼/彼女は思っていた。

 だが

 

フランス(ヴィヴ・ラ)万歳(フラーーーンス)!!』

 

 あの方が現れた。

 あの方こそが救いであり光だった。あの方ならばきっと私を止めてくれるはずだ。殺してくれるはずだ。

 それだけが、此度の現界で抱いた唯一の願い。

 だが、そんな歪な願いすらも、今や叶わない。

 

「あああああああああああああ!!!!!!」

 

 あの方の消滅にプツリと何かが切れた。

 光が消えていく。僅かに見えていたか細い光すら消失し、目前に闇が広がっていく。

 魂すらも真っ黒に染まる。

 もう彼/彼女には、英霊デオンには何も残っていなかった。

 

 

 

 

 ズバンッッ!!!

 

 

「マスター…… !」

「今の…… 空っぽのお前の剣じゃ俺には届かねぇ。少なくともそれがアイツ(・・・)とお前との違いで、この戦いの敗因だ」

 

 血が吹き出す。

 だが、それはこの場で、最も弱い筈である銀時のモノではなく、敵、デオンの体から流れ出たモノだった。

 礼装として改造された洞爺湖の木刀の矛先から血が滴り、デオンの体は背中から後ろへと倒れていく。

 

「ああ……」

 

 ルーラーからの命令に従い、セイバーは単純にマスターである銀時へと斬りかかった。

 だが、あまりにもあっさりと斬り捨てられた。

 本来ならばあり得ない。サーヴァント、それも最優のセイバーであるデオンが人間に負ける等。

 だが負けた。それは紛れもない事実だ。

 

「王妃よ……」

 

 何も見えない、感じない闇の中。

 一筋の光が見えた。それは王妃の様な輝かしい光とは違うけど。

 濁った銀色でお世辞にも綺麗とは言い難いけれど。

 

「私の過ちに決着を……… 感謝、致します………」

 

 真っ直ぐな魂は似ていて──

 

 

『敵セイバー、シュヴァリエ・デオン。消滅よ』

 

 戦いの様子を見ていたオルガマリーが所長として、静かに戦況の様子を声に出した。

 一介の、それも非魔術師である銀時が狂化されたセイバーを倒したことに驚きはあるし、マスターである彼が危険をおかしたことに怒りもある。

 だが、今言うべきことではない。

 彼は、きっと一人の侍としてやるべきことをしたからだ。

 ならば己も所長としてすべきことをする。

 

『銀時!! 今、ロマニが、巨大な魔力反応を確認したわ! 来るわよ。2騎同時による宝具が!!』

「セイバー…… 汝は使命を全うし、見事望みを叶えた。此度の聖杯戦争で余は王としていることができなかったが…… せめてこの宝具を褒美として、手向けの花として送ろう」

「ああ…… ああああ!!!!」

 

 二人に無尽蔵も言える程に多量の魔力が流れていく。

 そして、

 

「血に塗れた我が人生をここに捧げようぞ。血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!!!」

 

闇天の弓(タウロポロス)!!!」

 

 

 ヴラドからの体内から射出された杭と、狂っていても精密なアタランテの弓矢が銀時たちへと襲い掛かった。

 

「マスター、いいだろうか」

「ああ。何かしら因縁あんだろ? だったらテメーでケリつけとけ。でねーと後で夢見が悪くて目が冴える」

 

 たが彼らは冷静に言葉を交わした。

 短い言葉だけで、自身を信じてくれる銀時に、ジークフリートは少しだけ微笑むと剣を構えた。

 

「ランサー。アーチャー。あなた方もまた英雄だった。この一撃を持って終わらせる。邪悪なる竜は失墜し 世界は今 落陽に至る」

 

 銀時からジークフリートへ。

 魔力が流れていく。その代償に銀時は体に異常な負担を感じ、嫌な汗を流した。

 

「同時契約なんてクソキッツいことしてやったんだ。勝たなきゃマジで許さねーからな、コノヤロー」

 

 この特異点における3騎目の契約。実はこの決戦前夜に済ませていた。

 当然、オルガマリーは大反対したが、いつもの銀時の口の悪さに翻弄され結局契約を交わすこととなったのだ。

 この契約を持ちかけたのはジークフリート本人だった。この戦いに勝つには充分な魔力供給が必要だ。

 とはいえ相当に体に負担をかける契約を銀時は二つ返事で承諾してくれたのだ。

 ならばその思いに答えねばならない。

 

「撃ち落とす!!幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

 

 巨大なピーム砲とも呼ぶべきジークフリートの斬撃がアタランテの矢とヴラドの杭を大きく飲み込んでいく。 

 そしてやがては二人をも。

 

「ああああ!! あああ…… わた、しは……」

「………」

  

 その一撃にアタランテとヴラドは何を思ったか。

 それは誰にもわからず、この世界から完全に消滅した。

 




 感想やご質問などお待ちしております。


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二人の記憶 一つの結末

 

 銀時たちがヴラドたちを倒した頃。

 カーミラの放つエネルギーの塊、通称拷問弾をエリザベートは槍でいなし、かわしていく。

 

「はあはあ…… ! あーもう! 鬱陶しいわね!」

「鬱陶しいのは、小娘、アナタよ! いい加減、お死になさい!」

「誰が死ぬもんですか! アンタより絶対、長生きするもんね! 天寿を全うして子供たちに囲まれて死んでいくもんねぇぇ!!」

「はあ!? だったら私の方が長生きするわ! 天寿どころか輪廻転生して、再び現世に舞い戻るわよ! 子供たちの前に出てきて感動の再開を果たしてやるわよぉぉ!!」

「だったら私は──!!」

 

 エリザベートとカーミラの戦闘、というかトークバトルは段々と白熱していく。

 しかし会話の内容は、お前ら同一人物だし、意味なくね? といったモノなのだが、残念ながらツッコミを入れる者はいない。

 

「飛び道具だけが私の戦いかたじゃないわよ!」

「くっ!! こんの!!」

「かはっ!」

 

 カーミラの鋭い爪がエリザベートの眼前へと迫った。

 しかし、すんでの所で槍で受け止め、お返しに蹴りを一発、カーミラの腹部に入れた。

 

「ゲホッ! やってくれるわね」

「言っておくけど……」

「?」

「勝つのは(アタシ)よ。(アンタ)じゃない。だって、アンタは一人で、私には子イヌたちがいる。私は一人じゃない」

 

 エリザベートには彼女を信じてくれる仲間がいる。

 仲間がいるからこそ立ち上がれる。仲間がいるからこそ、槍をふるえる。

 

「アンタに負ける道理はない」

「言ってくれるわ。でも…… 私は一人じゃない? ふふっ!! 何を馬鹿なことを」

 

 カーミラは嘲笑う。

 こんな戦場で子供じみたことをいうエリザベートを見て心底可笑しいと腹を抑える。

 

「そんなものはこの特異点だけでの話。小娘。アナタがどれだけ改心しようが歴史は、私の結末は変えられない!! この戦いが終わり英霊の座に戻れば、この記憶も無に返すのよ。そうすればまた私たちは一人!!」

「…… そうね。アンタの言う通りよ」

「っ!」

 

 何か反論でもするのかと思えばあっさりと肯定したエリザベートにカーミラは笑みを止めた。

 エリザベートは静かに続ける。

 

「歴史は変わらないし、記憶だってなくなる。でも…… ここに私がいたという事実は、今を自堕落だけど、生きてる小イヌに残るのよ!」

「アナタは…… !!」

「それにマシュだっている。私には友達がいる! アンタとの決定的な違いはそこなのよ! 私には、このフランスでの思い出がたくさんある! 悲しみも! 怒りも! 喜びも!! 城の牢獄で記憶が止まったアンタとは違うのよ!!」

 

 エリザベートの言葉はカーミラにとって到底許せるモノではない。

 怒りが魔力と共に込み上げれていく。

 

「そう。忘れられない思い出があるのよ──」

 

 

 

 ──友達でしょう。アタシだって

 ──もちろんよ、エリザベート。あなた達と旅が出来て本当によかった。

 友達と最後の別れをした。

 

 

 ──いや、なによ、この恐ろしい話! これの何処がコイバナよ!

 ──失礼な!! 逃げ惑う安珍様はキュートでしたわ!! 

 悪友とくだらない喧嘩をした。

 

 

 ──アナタガー、スキダカラー

 ──ごめんなさい

 シルクハットとブリーフのオッサンに告白された。

 

 

 ── その代わり…… 負けんじゃねーぞ

 ── とーぜんよ!!

 マスター、子イヌと約束を交わした。

 

「いや、なんか一部、変な思い出混ざってなかった!? 一部記憶改竄されてなかった!? 多分、読者も知らない事実混ざってたわよ!?」

「だから私は負けない!!」

「聞きなさいよ、人の話! 全く…… 茶番はここまでよ!!」

 

 ついツッコンでしまったが、カーミラの怒りが収まったわけではない。

 

「小娘! アナタにこそ、相応しい最後を与えてあげる!! 全ては幻想の内、けれど少女はこの箱へ── !!」

 

 カーミラの頭上に女性の形をした像が具現した。

 それは究極にして実在しなかった幻想の拷問器具。

 

幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)!!」

 

 前面が左右に開き、像の中身を露にする。

 開けた扉には、長い釘が内部に向かって突き出しており、仮にあの中に人間が入れば人溜まりもない。

 絶叫と共に血を流し絶命するだろう。正に究極の拷問器具。

 それはエリザベートへと真っ直ぐに向かい、

 

「っ!!」

 

 彼女の体を像の中へと閉じ込めた。

 

「ふっ、ふふふふ!!! 勝った。これで私の勝ち──」

 

 ビギッ!!

 像にヒビが入っていく。

 そして声が聞こえてくる。

 カーミラにとって最も忌むべき声が。歌声が響いていく。

 

「Laーーーーーーー!!!」

 

「あ、あああああ!!! まさか、こんなフザケタことを──」

 

 バキンッッ!!

 

 像は四散し、中から翼を生やした少女、エリザベートが飛び出した。

 彼女は唄う。窓もない城に閉じ込めれ、死ぬまで何故と恨み言を吐き出したカーミラとは違う。

 彼女は思いを全て歌にして届けるのだ。

 それこそがアイドル、エリザベート・バートリー。

 

「今日は特別ショーよ!! サーヴァント界最大のヒットナンバーを、聞かせてあげる── !!」

 

 エリザベートの背後に巨大な城が現れた。それはカーミラもよく知るモノ。

 生涯に渡り彼女が君臨し最期を遂げた、チェイテ城。

 エリザベートはその城をバックに心から唄う。

 

鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)!!」

 

 チェイテ城はまるで巨大なアンプのように、エリザベートの唄をより強く周囲に響き渡せる。

 大地にヒビをおこし、戦いの様子を見ながら飛んでいた上空のワイバーンたちを地に落とした。

 正しく音による衝撃、スーパーソニック。

 これにはたまらずカーミラは耳を抑え、体を震わせる。

 

「ぐああああ!!? こんな、こんなふざけた宝具が…… !!」

「La~♪ これで、終わりよ!!」

「っ!!?」

 

 ドスッ!!

 

 歌が終わると同時、エリザベートの槍がカーミラの心臓を貫いた。

 感じる痛みと霊核が破壊されたことを感じたカーミラは抵抗することもかく、地に仰向けに倒れる。

 

「かはっ…… ああ、ふざけた。本当にふざけた結末ね……」

「私の歌を聞いておいて、とんだ感想ね」

「いやあなたの歌は冗談抜きでひどいわ」

「はあ!?」

 

 あと数秒すれば自身は完全に消滅する。 

 カーミラはそれを自覚し、ならば言うだけ言ってやると続ける。

 

「ええ、認めるわ…… この特異点に限っては、あなたと私は違う。あなたには仲間がいて…… 私はずっと一人…… 精々私の繋がりなんて、マスター気取りの狂った聖女が関の山よ。でも、そんな違いはほんの微々たるモノ。結局、私たちは同じ歴史の同じ英霊でしかない。なのに、何故私を殺し、何のために戦うのかしら…… ?」

「…………」

「今さら罪滅ぼしをしたところで私たちが許される道理など何処にもない。あなたが言った、今を生きるあなたのマスターにあなたの記憶が残ったとしても…… 世界は私たちを許さない」

 

 彼女は罪なき女性たちを己の為だけに無慈悲に殺してきた。

 それは悪逆そのものであり、償いをするにしても、犠牲は大きくあまりにも遅すぎた。

 だがそれはエリザベートも

 

「わかってる。だから私は許されるつもりも罪を消すつもりもない。だって今ならわかるから。何が悪いのか。何が罪なのか。だからこそ、私は自分(アンタ)ふしまつ(ぎゃくさつ)を放っておくことなんてできない」

 

 それはあまりにも幼稚で未熟な少女の、出鱈目な物言い。

 

「私のせいで、友達が苦しい思いをしているのなら、武器をふるう。過去の罪も全部背負った上でアンタを倒す。そして叫び続けてやるわよ」

 

 だがそれはあまりにも、鬱陶しいくらいに眩しくて

 

未来(アンタ)に言うの。何度でも!!」

 

 過去(しょうじょ)の姿が、かつての最後の瞬間、煉瓦の隙間に見えたあの光と重なる。

 

エリザベート(アタシ)・バートリーはカーミラ(アンタ)みたいにはなりたくないって!!」

 

 

 ── ああ、これだから、この小娘(わたし)

 

 カーミラは何かを言いかけたかと思うと口を閉じ、微笑む。

 そして、光と共にこの世界から完全に消滅した。

 

「かっ、たわね……… でも、相当魔力使ったわ」

 

 エリザベートはその場にへたり込む。

 一気に脱力し、深く息を吐き出した。

 

「取り敢えず、少しだけ休んで、子イヌたちと合流を──『ギャオオオオンン』っ!?」

 

 聞こえてきた咆哮にエリザベートは血相を変えて立ち上がった。

 見ると多数のワイバーンがこちらに向かって飛んでくる。 

 カーミラを倒し、魔力を消耗した所を狙ったか。

 息つく暇もない状況にこれがエリザベートは舌打ちをする。

 

「くっ…… 少しは休ませないよね!!」

 

 エリザベートは銀時と正式に契約を結んでいない。

 故に宝具を一度使用した状態での連続戦闘は消滅の危険すらある。

 それを覚悟し、エリザベートは槍を構えた、その時。

 

「はっ!!」

「グギャアアアア!!?」

 

 巻き起こった炎によるワイバーンたちが焼き尽くされていった。

 ワイバーンは地に倒れ、炎にまみれてジタバタと暴れる。

 火種となった正体。それにエリザベートは覚えがあった。

 

「アンタ…… !? どうしてここに。子イヌたちはどうしたのよ!」

「まずはお礼を言うべきでは? 全くこのドラ娘は…… 私がいなかったらどうなっていたことか」

 

 エリザベートの窮地を救ったのは、この特異点で出来た悪友、清姫だった。

 清姫は呆れた顔で、エリザベートの疑問に答える。

 

「マスターにはきちんと別行動をするとの了承をとっています」

 

 

 時は少し遡る──

 

 銀時たちはワイバーンを蹴散らしつつ、前進していた。

 そんな最中、清姫が手を上げる。

 

「すみません、皆さま方。私、少々この場を離れてもよろしいでしょうか?」 

「は? おいおい、お前まさか。こんな時にウン──」

「シャッッ!!!」

 

 ボッ!!

 

「ギャアアアアアア!!!!」

「マスターァァァァ!!」

 

 とんでもなく失礼な発言をしかけた銀時に、清姫は炎で返した。

 銀時は火だるまとなり、ワイバーンの元へと駆け抜けて行った。

 ワイバーンたちは、その光景にギョッとし、逃げようとするが、時既に遅く。

 

「ギャオオオオ!!?」

「あちあちあち!! 水、水ゥゥゥ!!」

 

 銀時に巻き込まれ、ワイバーンたちも燃えていったのだった。

 

 

 

 

 

「ね?」

「ね? じゃないわよおォォォ!! 子イヌ、真っ赤に燃えちゃってるじゃないのよ!!」

 

 清姫の回想を聞いたエリザベートは激しくシャウトした。 

 しかし清姫は涼しい顔で続けた。

 

「大丈夫です。フレアドライブみたいなモノなので」

「全然大丈夫じゃないし! 普通に3分の1ダメージ受けてるし!! 下手したら瀕死だし!」

 

 エリザベートはツッコミを入れるが、清姫は何処吹く風といった様子。

 悪気は全くないらしい。

 

「アンタ…… 本当に助けに来てくれたわけ? 正直…… まあ、ほんの少しだけ! う、嬉しいけど。でも今のこの状況じゃ」

「わかっています。優先すべきはマスターであるあの方の命。そして竜の魔女の討伐。でも、私に命令をしたのはマスターです」

「へ? 子イヌが…… ?」

 

 先程の回想の流れからして、銀時が命令を下した事実などないはず。

 一体どういうことだとエリザベートが首をかしげる。

 

「ケツ…… お尻を引っ張ったけと、あの方は言いました。男は格好つける生き物だとも。確かにあの方はエリザベートとカーミラの一騎討ちを了承しました。でも、あなたの死は望んでいない」

「…… っ!」

「勿論、あなたの勝利を信じてはいる。でも不安はあるものでしょう。あの方も人間ですし。だったらケツ…… は下品なのでサポートすべきでしょう? それもひっそりと。だってあの方がそうしろと言ったのですから。理想の旦那様(ますたぁ)に出会った時は、と」

「アンタ……… ん? りそう、の…… え? ちょっと、まさか」

 

 エリザベートは何かを察し、体を震わせた。

 それに対し、清姫はニッコリと微笑んだ。

 




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レクイエムを君に

 体が崩れていく。心が消えていく。

 そんな中で歪んだ声が聞こえてくる。

 

「ずいぶんとひどくやられましたな…… 左半身の多くが消失。狂化も解けてしまっている。あの小娘との戦闘が原因でしょうが…… まあ良いです。使い捨ての兵器に格下げとしましょう」

 

 歪んだ声は小さく笑う。

 

「安心なされよ、シャルル=アンリ・サンソン。不肖、このジル・ド・レ。貴方を最後まで我が聖女の為に使い潰してみせましょう」

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオ…… マ ア リィ…… マ リィ…… !!」

「おいおい未練がましいな…… 今は戦闘中だってのに。ま、人のことを言えた立場じゃないけど、さ!」

 

 ズバンッッ!!

 

 アマデウスの奏でた音がサンソンの肉体に衝撃を与えた。

 サンソンはたまらずたたらを踏む。

 

「痛いだろ? 音楽魔術も極めればそれなりだ。だからここは諦めて──」

「ア マ デェ ウ スゥウウウウ!!」

 

 

 ズン!!

 

「うぉっ!? どうなってるんだい、その腕は!?」

 

 サンソンの片腕が、大剣にかわり、アマデウスを襲った。

 すんでの所でかわし、剣は地面に直撃した。

 

「完全に精神が壊れたか…… !」

 

 アマデウスは指揮をふるい、音楽を奏でつづける。

 しかりサンソンはそれをものともしない。

 全てかわし、はじき、アマデウスへと迫っていく。

 

「くっ!」

 

 ガキンッ!!

 

「っ!!」

 

 攻めているように見えて実際は防戦一方。

 ならばとアマデウスは楽譜の付箋を具現し、サンソンへの拘束具として使った。

 

「僕はキャスターだぞ。なんてこんな白兵戦をしなきゃいけないんだ!! いや、まあ調子にのって煽ったのは僕なんだけど!! とにかく分が悪すぎるし、ここは退散──」

 

 ズバッ!!

 アマデウスの体から血が吹き出した。

 一瞬飛びかけた意識を保ち、アマデウスは見る。

 魔術の拘束ごと自身を斬ったサンソンの姿を。

 

「がっ……… !!! まずい…… 動け…… な……」

 

 サンソンの剣が、今度こそアマデウスの命を刈り取ろうと振るわれる。

 

 ──ああ、サーヴァントになってまで…… ろくでもない人生だ

 

 アマデウスは死に際に心中でボヤき、そして自業自得かと諦める。

 だって己は多くの人間を狂わせた。音楽の為に全てを犠牲にした。

 たった一人の初恋の死に際にも立ち会えなかった。

 再開しても、尚、彼女を守れなず、最期を見届けることもできなかった。

 これも罪の清算か。

 

「まあ、でも……… 悔いは残るかな…… マシュに先輩サーヴァントらしいところを見せたかったんだけど」

 

 脳裏にマシュの姿がよぎった。

 偉そうに相談事を引き受け、自身の言葉を生真面目に聞く彼女の姿が。

 

「教師役…… サリエリのようにはいかないなぁ……」

 

 目を閉じ、死を覚悟する。

 しかし

 

「………… ?」

 

 痛みも衝撃もない。

 何故と再び、目を開く。するとそこには

 

「ご無事ですか……… ? マシュ・キリエライト、応援に参りました………… !!」

「マシュ…… !? 君、どうして…… !!」

「貴方が……… 教えてくれたからです!」

「………… !」

「私は選びました。私が正しいと思ったことを── !!」

 

 

 時は少し遡り──

 清姫が別行動を取り始めた頃。

 オルガマリーは銀時たちに現在の戦況について話をしていた。

 

『エリザベートを含め、3騎はそれぞれ交戦中。ジャンヌとエリザベートに関しては心配いらないでしょうね。ただアマデウスは……』

 

 はっきり言って強いとは言えない。寧ろこの特異点においては最弱のサーヴァントだ。

 それは銀時たちもわかっている。だからこそ助けに行こうとしていたのだが。

 

『申し訳ないけど…… 助けに向かう余裕はないわ。竜の魔女が戦力補充としてサーヴァントを召喚しないとは限らないからよ』

「ああ。わーってるよ。モタモタしている余裕はねぇ」

 

 優先すべきは竜の魔女の討伐。

 それもまた、銀時は理解している。だからこそ、この非常とも言える判断を下すオルガマリーを銀時は責めない。

 しかし同意する彼の表情は何処か辛そうに見えて──

 

「マスター…… 少し…… いいでしょうか?」

「……… なんだ?」

 

 話に入ってきたのはマシュだった。

 緊張しているのか、マシュは体を小刻みに震わせ、たとだとしく言葉を続ける。

 

「あの…… その…… お願いが…… あります…… わた…… し…… 私が!」

 

 銀時は真っ直ぐか目でマシュを見つめる。

 マシュは自身の思いを吐き出す。

 

「救援に行っても! よろしい…… でしょうか…… ?」

「……」

「私はアマデウスさんが心配です……… それに…… 先輩に…… そんな顔をしてほしくないです……」

 

 銀時は目を逸らし、ボリボリと頭をかく。

 そして何処か気まずそうに、

 

「まいったもんだな、こりゃ…… 蛇女…… 清姫といい、俺ァ、どうやら、この世界でも、女に恵まれてるらしい。礼を言うぜ、マシュ。アマデウスのこと、よろしく頼むわ」

「………っ! は、はい! 行ってきます!!」

 

 マシュは走った。

 自分の選択を。自分の正しいと思った道を信じて。

 そして今──

 

 

 

 ドゴッッ!!

 

「グ、オオオォォ!!」

 

 マシュの盾に殴られ、サンソンはたまらずたたらを踏んだ。

 

「休んでいて下さい!! ここからは私が…… !!」

 

 マシュは盾をふるう。

 サンソンは最早反撃も逃亡の余地もなく、次々と攻撃を受けていった。

 

「…………っ!!」

「うわ、強っ! ………… いや、僕が弱すぎるだけか。あいつ、もう霊器、ボロボロだもんな……」

 

 最早サンソンの肉体は崩壊寸前。

 そんなの状態の彼にすら敗北しかけるとは、どれだけ自分は弱いんだと自嘲する。

 

「はぁ。そうか、そうだよな。そもそも戦闘事態が僕に不向きなんだ。僕のやるべきことは。やれることは最初から決まってたんだ…… ストップだ、マシュ。やっぱり、僕に任せてくれ」

「ですが、その状態では……」

 

 アマデウスはマシュの攻撃に待ったをかけた。

 マシュは手を止めるも、それは無謀ではないかと戸惑う。

 

「大丈夫。戦うつもりなんてないよ。ただ、終わりたい奴を終わらせてやるだけさ」

 

 アマデウスは武器はなくピアノを具現する。

 そしてサンソンに背を向け、ゆっくりと座った。

 

「アマデウスさん、何を…… ?」

「マシュ。僕はね、ろくでもない人生を送ってきた。だけど後悔はない。自分で選び続けてきた結果だからね」

 

 全て自分で選んできた道。

 自分がそうしたいと思ったから、ろくでもないと自覚するも後悔だけはしない。

 

「だから僕は、誇りを持って聴衆(きみたち)に送るのさ。僕が選んできた、この音楽を──」

 

 音が流れる。

 天才と呼ばれた音楽家の英雄の演奏。

 この曲にマシュは聞き覚えがあった。これは、

 

鎮魂歌(レクエイム)……」

 

 アマデウスが手掛けた代表作。

 それは魔力が込められていない、本当にただの音楽。

 だが、何故か魂に、彼らの霊器へと直接響いていく。

 

「……………」

 

 心地いい。壊れきったサンソンの精神が曲によって戻っていく。

 そして脳裏をよぎっていく。かつての記憶。

 革命の嵐の中で多くの人々を処刑した。無実の者もいた。王も、王妃もいた。

 だからこそ処刑人は祈り願ったのだ。

 鎮魂を。安寧を。その魂に安らぎを。

 でも足りるはずがない。そんなことで彼らの嘆きが報われるはずがない。

 だから僕は贖罪に、このフランスで彼女を──

 

 ああ。でもそれは大きな過ちだった。

 

「気づいていたんだ…… あの方に破れた時点で自分が歪み、また罪を重ねていたことなんて…… そこで終われればよかったものを、今の今までこんな様で…… それを君のレクエイムが解放してくれるなんてね……」

 

 曲はいつの間にか終わっていた。

 サンソンは己の思いを全て吐き出す。

 

「なんて皮肉だろう。君のレクエイムなんて大嫌いだったのに。だってそうだろう? 処刑人にとって死は尊いもの。君はそれを音楽という娯楽に落とした。だから本当に癪なのだけれど──」

 

 それは許されざること。

 アマデウスにたいし、怒りはある。

 けれども、

 

「終わらせてくれてありがとう……」

 

 アマデウスの音楽に、感謝を込めて。

 サンソンは笑みと共にこの世界から消滅した。

 

「…… バカな奴だよ、本当に。ありがとうなんて冗談じゃない…… でも、まあ…… いい聴きっぷりだったよ。嫌いとか言ってたけれど、実は好きだったんだろうぜ。僕のレクエイム」

「……… はい」

 

 アマデウスは呆れたように、でも何処か嬉しそうに言った。

 

「それにしても助かったよ。マシュは命の恩人だ」

「い、いえ。そんな…… それよりもアマデウスさん。動けますか? 良ければ私が抱えますが……」

「いや、いいよ。僕は少し休んでから合流しようと思うから。君は先に彼らの元へ戻ってやってくれ」

 

 マシュは少し心配に思ったが、ここは戦いの中心地から少し離れている。

 追撃の様子もなさそうだ。

 

「…… わかりました。では先に戻ります。アマデウスさん、貴方が無事でよかった」

 

 そう言い、マシュは何かを振り切ったような輝く笑顔をアマデウスへと向けた。

 そして銀時の元へと戻るべく走っていくマシュの背中を見て、アマデウスはクスリと笑う。

 

「こちらこそ。君は本当に魅力的な子だったよ」

 

 このフランスにマリアが召喚されていなければ、マシュにプロポーズしていたかもしれない。

 などとアマデウスは、ふと思ってしまう。

 

「多くのものを知り、多くのものを見て、多くのことを選ぶ。そうやって君の人生は充実していく…… その中で君は世界に自分がいた証を残し、証は巡り世界を成長させていくんだ」

 

 だからこそ自分の未来を恐れることなく、選び続けるべきだ。

 それこそがきっと──

 

「人間になるってことなんだからさ」

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 一方、ジャンヌは──

 

「はっ……… !!」

「Aaaaaaaaa!!」

 

 謎の騎士のサーヴァント、恐らくはバーサーカークラスとの激戦を繰り広げていた。

 バーサーカーの一撃は重く早い。ジャンヌも負けじと旗でいなすが、バーサーカーの猛攻に防戦一方の状況が続いていた。

 とはいえジャンヌも押されているばかりではない。

 相手の剣の癖を見抜き、一瞬の隙をつく

 

「そこです!」

 

 バーサーカーの攻撃の中に僅かに見えた隙間。

 そこを狙い、旗をふるうが──

 

 ギィン!!

 

「Arthurrrrrr…… !!」

「っ!」

 

 待っていたと言わんばかりにバーサーカーは、その剣でジャンヌの旗を弾き飛ばした。

 ジャンヌには隙に見えた動きも全て、バーサーカーがあえて見せた餌だったのだ。

 狂化されていながら、罠を仕掛ける程の知性。それだけこの英霊が騎士として凄腕の者であることがわかる。

 ジャンヌは己の失態に歯噛みするも時既に遅し。

 武器を失い無防備となった所に、バーサーカーの剣が振り下ろされた。

 

 



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思いをぶつけて

 ジャンヌにバーサーカーの剣が振り下ろされようとする。正にその時。

 

 ドコッッ!!

 

「Aaaaaaaaa!!」

 

 剣が振り下ろされることはなく、バーサーカーの体は宙へと舞い、やがて地面に激突した。

 この結果を作り出したのは、

 

「ゲオルギウス!!」

「お待たせしました。ゲオルギウス、遅ればせながら再び参上いたしました」

 

 彼はライダークラスとして愛馬ベイヤードに股がり、登場ついでにバーサーカーをはねたのだった。

 バーサーカーは不意打ちに流石のダメージを喰らったか。小さく呻いて仰向けになっている。

 

「ゲオルギウス、よくぞお戻りに…… !」

「ええ。ですが、ここに来たのは私だけではありませんよ。あれをご覧ください」

「っ!」

 

 ジャンヌは遠くに見える光景に目を見開く。 

 それは多量のワイバーンに向かって進軍していくフランス軍の姿だったのだ。

 

「この国に残った総ての兵力がここに…… ! 総力戦です。そして…… これだけの戦力を集めることができたのも彼の協力があってこそ」

「あれは…… そう。やはり貴方が……」

 

 ジャンヌは遠目から気づく。

 共に戦い、己を最も信じて、信じ続けてくれた騎士を。

 

「ジル……」

 

 目頭が熱くなるのを感じた。しかしそれと同時に胸が強く引き締められる。

 

「敵はイングランドの時とは訳が違う…… ただでは済まないでしょう。でも貴方は、きっとそれを知っていて尚……」

  

 彼の覚悟は、例え話を聞かなくてもジャンヌにはわかる。

 だからこそこのような感傷は彼の覚悟に対する侮辱だ。

 

「ありがとうございます、ゲオルギウス。敵も再起しようとしています。卑怯ではありますが、ここは二人がかりで」

「ええ!」

「Aaaaaaa……… !」

  

 再び戦いが始まる── かと思いきや、バーサーカーは飛び上がり、上空のワイバーンの足に掴まった。

 そのままその場から逃げるように飛び去っていく。

 バーサーカーだけではない。他のワイバーンたちも次々に周囲を離れていく。

 

「これは何が…… っ!? この魔力は!」

「あ、あれはファヴニール!!」

 

 ゲオルギウスが顔を青ざめ悪竜の名を叫ぶ。

 ファヴニールは自らジャンヌたちへと向かい飛んできたのだ。

 

「まさか直接、私を…… !」

 

 ファヴニールは丁度、ジャンヌの真上で止まると、勢いよく下降していき、黒い腕を振り下ろす。

 

「まずい! 宝具展開──── !!」

 

 ドッッ!!!!

 

 ファヴニールの平手が大地に激突し、その衝撃は周囲全体へと響き渡っていく。

 そして、

 

「か、は……」

「ジャンヌ!」

 

 ギリギリの瀬戸際。防御には成功したものの、限界まで宝具を展開したジャンヌは地に倒れた。

 ゲオルギウスが慌ててジャンヌに駆け寄る。

 そしてそれを見ていたフランス軍の兵士たちも。

 

「い、今のは…… 聖女が我々を守ってくれたのか…… それも身を呈して」

「聖女ジャンヌ!」

 

 兵士たちはジャンヌへと駆け寄ろうと次々に前に出る。

 一人が飛び出し、それに釣られるように次々と。

 彼らにとって今のジャンヌ・ダルクはフランスを滅ぼそうとする畏怖の対象。

 一応、ジル元帥から竜の魔女と聖女は別人であると言われてはいるが、今だ半信半疑な所があった。

 しかしそのような疑いなど間違いだった。ジャンヌは自分達を守るためにその命を削ったのだ。

 我々はなんとおろかなのだろうかと中には涙を浮かべる兵士もいる。

 彼らは、少しでも彼女の力にならねばと前へでる。

 それが間違いとも知らずに。

 

「Arrrrrrrrrr…… !」

 

 再び地に降り立ったバーサーカーは、兵士たちを見て、何処か笑うような声を漏らしてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

「う……」

 

 時間にしておよそ5分。戦場であることを考えれば決して短いとは言えない時間。意識を消失させていたジャンヌは目を覚まし、痛む体を無視して起き上がった。

 

「ジル…… みんな、は………… え?」

 

 自分の身よりも、真っ先に他者の身を案ずる。

 そんな彼女だからこそ耐え難い光景がそこにはあった。

 

「ギャアアアアア!!!」

 

 バーサーカーの剣に体を裂かれ血を吹き出し絶命する兵士たち。

 近くには兵士を守るために戦ったのか、傷を負い、倒れるゲオルギウスの姿もあった。

 地には兵士の首が転がり、血の海で溢れかえる。

 

「どうして…… どうして私は友達を…… かつての仲間を救えず…… !! 竜の魔女…… どうして貴女はこんな!!」

 

 地獄の様な光景にジャンヌは歯噛みし、自身への怒りと竜の魔女への疑問を募らせた。

 一刻も早く、この地獄を終わらせなければと手に力を込めた時だった。

 

「もう。世話の焼ける豚共ね」

 

 突如、飛んできた槍がバーサーカーに直撃した。

 衝撃を抑えきれず、たまらずバーサーカーは後方へと吹き飛ぶ。

 

「あなた達…… ! エリザベート、アマデウス、清姫!」

「待たせたわね! てか痛! 清姫、あんた、ツメ切りなさいよ! 足に刺さってるのよ!」

「私じゃありません! アマデウスです! というかもうちょっとゆっくり飛んでください。酔ったじゃないですか、ウプ」

「わーっ! ちょっと、僕に向かって吐かないでくれよ!」

 

 絶望の状況で現れたのは味方のサーヴァントたち。それぞれの戦いも終わり空を飛んで駆けつけてきてくれたのだろう。

 とはいえ、味方陣営で飛べるのはエリザベートだけだ。

 その為、彼女の両足にはアマデウスと清姫がしがみついていた。

 

「よくご無事で!」

「いや、無事と言えるか怪しいもんだけどね…… 清姫の奴、酔ってグロッキー状態だし。まあ、そんなことよりも、ジャンヌ。少し耳をかしてくれ」

 

 

 アマデウスはタクトをふるい、音色を奏でる。

 すると音色を聴いたジャンヌは自身の痛みが和らいでいくのを感じた。

 

「これは…… !」

「治癒じゃないから気をつけて。痛みを緩和させてるだけだから。ゲオルギウス、君、意識はあるかい? 君にも音楽を」

「え、ええ。申し訳ありませんが、お願いいたします」

 

 アマデウスは倒れていたゲオルギウスにも声をかけ、タクトをふるった。

 

「アマデウス、ありがとうございます。皆も。これであのサーヴァントを倒しに行くことが──」

「何言ってんのよ」

 

 ジャンヌは立ち上がり戦線に戻ろうとするが、エリザベートがそれを遮る。

 

「選手交代よ。あいつの相手は私達がやるわ」

「で、ですが…… ! あの敵は私の仲間を!!」

 

 バーサーカーは自身の仲間達を無惨にも虐殺した。

 ならばその仇を責任は負うのは自身にある筈だと思いジャンヌは叫ぶがエリザベートは冷静に返す。

 

「血、昇りすぎじゃないの、あんた?」

「え……」

「ねぇジャンヌ。私は言ったわよ。もう一人の私に。私の言いたいことを全部」

 

 エリザベートはカーミラとの戦いで己の思いを全てぶちまけた。

 そして勝ったのだ。

 ジャンヌもエリザベートと同様、もう一人の自分に苦悩している。

 ならばやるべきことは決まっているはずだ。

 

「ジャンヌ。あんたは竜の魔女に言いたいことがあるんじゃないの? 何を言いに来たの?」

「…………」

 

 少しの間。

 ジャンヌは意を決したように答える。

 

「…… 任せました。エリザベート、アマデウス、清姫。それにゲオルギウスも」

「ええ。行ってきなさい」

  

 ジャンヌは直ぐにその場から離脱した。

 そしてもう一人の己へと向かっていく。

 その様子を見届けたエリザベートたちは倒すべき相手へと向き直る。

 見ると、バーサーカーは立ち上がり、こちらに向かって武器を構えていた。

 

「さてとやれるわね、二人とも」

「はいはい」

「ウプ…… すいません、誰か酔い止め持ってません?」

「ない。聖人のおじさまは平気?」

「すいません。誰か湿布持ってません? ファブニールに腰をやられたようで……」

 

 不安しかない返事。この状況下でボケてる場合かとも思うが、エリザベートは少しだけ笑う。

 銀時の影響悪すぎるだろと。

 

「さっさと、あの変な奴を倒して子イヌに文句を言わないとダメね。さ、いくわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジャンヌは無事だ! ギリギリで宝具を使ったらしい…… !』

「ああわーってる! こっちもおかげさまで、ビンビン感じてるよ。それよりもどうなってんだ、このトカゲ共! 急に元気になりすぎじゃねーか」

 

 銀時、ジークフリート、そして合流したマシュたち三人は竜の魔女へと向かって進んでい。

 しかしそれも続かず、足を止められていた。

 ワイバーンたちの攻撃が苛烈になり始め、囲まれていたのだ。

 

「ファヴニールの影響だ! 奴にあてられ攻撃性が上がっている!」

「ああ、くそっ! こっちは木刀一本で戦ってるんだぞ。ちったぁ手加減しろよ!」

 

 さすがの銀時もこれには嫌な汗をかく。

 木刀で凌ぐにも限界があるというものだ。

 このままではジークフリートやマシュはともかく、銀時の体力がもたない。  

 そう思った時だった。

 

「なんだ? トカゲ共が攻撃をやめたぞ」

 

 何故か。ワイバーンたちは少しではあるものの、銀時たちから距離を取った。

 まさかファブニールがまた攻撃をしかけてくるのかと身構えるが、その予想は外れた。

 

「リヨン以来ね。人類最後の、いや、異界のマスター」

「テメェは…… !!」

 

 現れたのはこの戦いの全ての元凶。

 燃えるような憎悪と復讐心で地獄を作り出した、もう一人のジャンヌ・ダルク、竜の魔女だった。

 

「まさか、本丸からやってきてくれるとはな。随分と気前がいいじゃねーか。一体どういうつもりだ?」

「前に言ったではないですか? お前の顔を必ず歪ませてやると。それにここでお前を殺せば、あの忌まわしい田舎娘も心が折れるでしょう。ああいうやからは、自分よりも他者を傷つけられることを嫌がるものですし」

「はっ。流石の陰湿ぶりじゃねーか。トカゲ共使って、チマチマ人間殺してただけのことはあらぁ」

「そのトカゲによってお前の仲間も死ぬのよ」

 

 竜の魔女はニヤリと笑った。

 それと同時にファヴニールが飛来し、地に降り立つ。

 

「ガアアアアアア!!!」

「ファヴニール。お前にはジークフリートと盾の娘を任せます。異界のマスターは私が」

「くっ、マスター!」

 

 ジークフリートとマシュが銀時を守るように前に立つ。

 竜の魔女は銀時と直接戦おうとしているようだが、態々乗る必要はない。

 しかし銀時は

 

「お前らさがってろ。あの陰湿女の相手をお前らがする必要はねえよ」

「マスター!? 無茶です! ワイバーンとサーヴァントでは違います。いくら先輩でも……」

「はっ。無謀で愚かで身の程知らずね。でも褒めてあげるわ。勿論皮肉混じりではあるけれど」

「え? 戦うのは俺じゃねーけど」

 

 笑う竜の魔女に銀時は鼻をほじりながら、あっけらかんに言った。

 

「は────」

「はああああああ!!」

 

 

 銀時の思わぬ言葉に呆気に取られる竜の魔女に重い衝撃が走った。

 

「貴様!?」

「竜の魔女! 貴女との決着は、私がつけます!」

 

 衝撃の正体は竜の魔女にとって忌まわしき、聖女、ジャンヌ・ダルクだった。

 衝撃は消えず、ワイバーンたちを蹴散らしつつ、ジャンヌは竜の魔女と共にその場から離脱した。

 




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決着の時

 今更ですが、銀八先生アニメ化決定です。
 嬉しくして、まじで泣きそうになりました。



 

 これまで数多くの犠牲を払った。

 一般市民。市民を守る兵士。そして召喚された英霊と狂わされた英霊。

 だが、それでも彼らの瞳に熱が消えることはなく──

 

「放てぇっ!!」

 

 ドンッ!! ドンッ!!

 

 絶え間なく砲弾がワイバーンの群れへと撃たれる。

 駄目押しとばかりに弓兵の矢が次々に射たれていく。

 これにはたまらずワイバーンたちも地に堕ち、絶命する個体も少なくはなかった。

 息があるモノも、チャンスと白兵してきた兵士たちの剣や槍に刺されていく。

 

「進め!! 恐れることはない!! 我らには聖女がついている!!」

 

 フランス側の大将と言えるジルを筆頭に兵士たちは恐怖など忘れ突き進んでいく。

 ジャンヌの身を呈した行動が誤解をとき、彼らの士気に大きく影響した結果だった。

 

 

『凄い!! ワイバーンの数がどんどん減っていく』

 

 敵陣営の魔力反応の消失から、こちら側が優勢にあることを知り、ロマニが興奮気味に言った。

 相変わらず小さいオルガマリーも両手をパタパタさせてモニターを見る。

 

『いける、いけるわよ! バーサーカーの方も相当な手練れでしょうに、四騎で上手く抑えているわ! これなら……』

 

 オルガマリーはエリザベートたちの勝利を確信し、拳を握りしめた。

 しかし現場の方は──

 

「いったあァァァ!!? アイドルの顔を殴る? 普通!」

 

 エリザベートは頬を抑え、叫ぶがバーサーカーは全く意に返さない。

 それどころか、両脇から剣と火を纏った扇子で攻撃してきたゲオルギウスと清姫を軽くあしらう。

 

「むう…… !!」

「今のを防ぎますか…… !」

「二人とも、さがって!! 喰らうがいいさ、僕の音楽魔術を!」

 

 アマデウスはサンソンを抑えた時と同じ、音符による拘束魔術を放った。

 しかし

 

「Arrrrrr…… !!」

 

 あっさりと破壊されてしまった。

 

「うそっ!? あ、いやでもそーか。手負いのサンソンにすら、きかなかったんだし、こいつにきくわけないか。そーかそーか」

「冷静に言ってる場合か!!」

 

 アマデウスはそりゃそーだと目を丸くして言った。

 エリザベートはバーサーカーに攻撃をしかけながら、ツッコム。

 

「いや、でもさ! 最弱の僕を入れてとはいえ、こっちは四人がかりだぞ!? それで倒せないとか、強すぎないか、こいつ!」

「相変わらず真名も分かりませんが、相当な騎士の英霊であることは間違いないでしょう。とにかく連携でおしていくしかありません」

 

 ゲオルギウスは冷静に言いながら、剣を構え直した。

 

「Aaaaaaaaa!!」

 

 四人がかりであろうと、構わず向かってくるバーサーカー。

 エリザベートたちは、それぞれ己の犠牲を覚悟しながらも戦う。

 

 

 

 

   

 

 バーサーカーとエリザベートたちの戦いを見守る男が一人。

 フランス軍を指揮している味方側のジル・ド・レだ。

 彼は兵士たちに指示をしながら、バーサーカーがこちらに標的を変えてこないか注視する。

 

「ゲオルギウス殿…… ! あの方たちですら苦戦するというのか」

 

 ゲオルギウスの強さはこの最終決戦の地に集まるまでに知ることができた。

 人間とは比べられぬ程の力。

 まさに超人とも呼べる彼に、同等の強さを持つであろう三人まで加わっているというのに、接戦になっている。

 その現実にジルは恐怖する。

 

「くっ…… 私は見ているだけなのか…… ! ジャンヌは、民に、兵士に疑われながらも我々を守ろうとした。なのに私は何もできないのか!」

 

 ジルの握る拳に力が入る。

 だが彼は魔術の素養もないただの人間だ。彼ではバーサーカーを相手になど、できるはずがない。

 それを彼自身が一番理解している。理解している故に己の弱さが許せなかった。

 

「私は弱い。知己より譲り受けた聖霊の加護を持つ宝剣ならば傷は与えられようが…… そもそも当てることすら── いや、待て」

 

 それは敵も理解しているだろう。ジルたち、人間は弱く脆いと。

 それ故に己や兵士たちを無視し、厄介であるエリザベートたちを先に始末しようと戦っているのだ。

 

「敵は私の存在など歯牙にもかけていない。ならば…… あるいは」

 

 無謀だとはわかっている。

 けれども

 

「ジャンヌは…… 彼女はたった一人で戦ってきたのだ!! ならば私はそれに報いる!!」

 

 ジル・ド・レはこのフランスを生きる英雄として剣を強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ジャンヌと竜の魔女──

 

「だいぶ、ファヴニールの元から離されましたね…… 全く、随分と無様に立ち回ってきたものです。心底呆れるというものね」

「無様かどうかわかりませんが、多くの人に助けられここまで来れました。ええ。とても恵まれていると感じます。ありがたいことに」

 

 竜の魔女はジャンヌを見下すように冷めた目を向ける。

 しかしジャンヌはそれに対し、心の底からそう思っていると笑顔を向けて言った。

 竜の魔女は呆れを通り越したか、皮肉すら返さず黙ってしまう。

 

「………」

「おかげで定まりました。今まで矛盾は感じていましたが…… ここに来てようやくです」

「何…… ?」

 

 いったい何のことだと竜の魔女は訝しげに眉を寄せた。

 

「ずっと迷っていました。貴女を倒し祖国を救う。それは決まっている。しかしどのような感情で貴女に向き合えばいいか? それがわからなかった」

「軟弱ですね。そんなことで──」

「でもわかりました。私は私で、貴女は貴女だ」

「── は? な、なにを訳のわからぬことを…… !! そもそも私こそが本物で貴様は──!!」

 

 竜の魔女の胸が大きくざわつく。

 かつて命を奪った敵ライダーの言葉が脳裏をよぎる。

 

 ────本当の貴女は一体何者なの?

 

 これ以上は語らせてはいけないと竜の魔女自身、訳もわからず叫ぶ。

 だがジャンヌは言葉を続ける。

 

「竜の魔女。貴女は…… 自分の家族を覚えていますか?」

「……………… え?」

「やはり、そうなのですね」

「…… 何、を…… 言って……」

 

 竜の魔女は意味がわからないと固まってしまう。

 最早いつもの皮肉すら言葉にする余裕もない。

 ジャンヌはそんな彼女を見て、悲しそうにほんの少しだけ目を伏せる。

 そして旗を強く握った。

 

「竜の魔女、私は貴女を倒します。だがそれは怒りからではない。ましてや憎しみでもない。私は哀れみを以て貴女を倒します!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリザベート!!」

「ええ! ボエ~!!」

「っ!?」

 

 アマデウスの奏でる音楽。それに加え、エリザベートの歌声。

 二人の音の力が合わさりバーサーカーの動きを止めた。

 

「今です!!」

 

 清姫の扇子から炎が放たれた。

 炎はバーサーカーを大きく包み込み、絶命とはいかずとも全身に大きな火傷を負わせた。

 

「Aaaaaaaaaaa!!!」

「ゲオルギウス!!」

「わかっています!!」

 

 バーサーカーは音と火による攻撃で動きを止めた。

 この最大のチャンスを逃すわけにはいかないとゲオルギウスは剣の矛先を向けて駆ける。

 しかし──

 

「Arrrrrrrrrr!」

 

 ザンッ!!

 

「かはっ……」

 

 ゲオルギウスの剣は弾かれ、腹部を斬られてしまった。

 動きを止めたのは演技だったのだ。清姫たちの攻撃は確かなダメージにはなっていた。

 だが動けなくなるほとではない。

 バーサーカーは鎧越しにニヤリと笑う。まずは一人と。

 

「うおォォォォォ!!」

「っ!?」

 

 ザシュッ!!

 

 バーサーカーが勝利を確信した次の瞬間。

 彼の首は宙を舞っていた。

 

「人間は無力…… しかし…… 人間を舐めるな!! 英霊!!」

 

 気にも止めなかった。

 当たり前だ。だって彼はただの人間。死後に英霊の一人に数えられようが、今は魔術師でもない普通の騎士なのだ。 

 バーサーカーの首は地に落ち、ゴロゴロと転がっていく。

 そして己を倒した男の顔を見た。

 ジル・ド・レ。ただの人間。だが、正に今を生きる英雄の一人。

 

「Ahrrrr…… Ohrrrrr……」

 

 体が消えていく中、彼の脳裏には何が過ったのか。

 それは誰にもわからない──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファヴニールは魔力反応の消滅を一つ確認した。

 恐らくはこちら側の主力がまた消えたのだろう。これで戦場に残る主戦力は己が仕える主と己自身のみとなる。

 ならば、いい加減に決着をつけなれけばいけない。

 ファヴニールは魔力を込める。

 そこに油断や慢心はない。確実に、徹底的に敵を。そして怨敵を消すために、竜は放つ。

 滅びの吐息を──

 

 ドッ!!!

 

 これで全て終わった。

 その予測が外れても対処する余力は十分にある、はずだった。

 

「────っ!!」

 

 油断はなかった。慢心もなかった。

 ただ想像ができたかったのだ。未知の驚愕に動きを止めた。

 己が対峙してきた者は皆、戦士だったから。

 

 最も大きな輝きを放ち、滅びの吐息を止めた者たち。

 それは英雄でもなければ、魔術師でもない。

 小さな、二つのか弱き存在。

 それは弱き者でありながら勇気を振り絞っただけの──

 

「ロード・カルデアス、限界出力…… !! 止めました!!」

「はあ、はあ…… ああ! よーくやってくれたよ、マシュ!!」

 

 人間だったのだ── 

 

 

 

 

『使用許可は出したわ!! 魔力放出の── いや! あんたに難しいこと言っても仕方がないわね! 銀時、思う存分…… ぶちまけなさい!!』

「ボーナス弾めよ、所長!!」

 

 銀時は手を掲げる。

 すると嫌でも目に入る。

 手の甲に刻まれた趣味の悪いタトゥー、もとい令呪が。

 

「こんな中二くせーセリフ、新八と神楽に聞かれたら笑われんだろーがあァァ!! たくっ! 今回は銀八先生アニメ化もかねた特別サービスだ、こら!!」

 

 令呪が赤く光出す。

 今まで意識したこともない。使ったことはある。たが、それは冬木でのアーサー王戦の一度切り。それも無意識だ。

 とはいえ、この決戦前に使い方と令呪とは何なのかを改めて聞かされている。

 これは簡単に言ってしまえば、無理難題をサーヴァントに実行させる絶対命令権。

 そう。どんな無理難題も。

 

「令呪を持って命ずる!!! 邪竜をぶちのめせ!!! セイバァァァァーッ!!!」

 

 ジークフリートがファヴニールの頭よりも高く跳んだ。

 邪竜とジークフリートの目が合う。

 

「マスター。貴方の怒りに我が信念、我が正義にて応えよう── 真エーテル、全開放」

 

 天が割れた。

 そしてジークフリートの剣に魔力が流こんでいく。

 

『なんて長大な剣気…… !! 成層圏に届く勢いじゃないか…… !!』

 

 管制室でモニター越しに見ていたダヴィンチは驚き、目を丸くする。

 周囲にいる所長を含むカルデアスタッフたちもにわかに騒ぎ始めた。

 

『ちょっと! ちょっと、ちょっとォォ!! なんか凄いことになってるわよ、奥さん!! サバミソちゃん、あんたつまみに、柿ピー持ってきて!』

『ムニエルだっつーの!! つーかねーよ、柿ピーなんて!』

『おばちゃん! もうどっか行っててくんない!? それよりもロマニ! これだけの出力…… 銀時は!?』

 

 オルガマリーの懸念にロマニは苦々しく答える。

 

『はい…… ジークフリートは勿論、彼を支える令呪の所有者は! 己に流れる魔力に、焼かれ続けることになります…… !!』

 

 ロマニの言う通り、銀時は全身に感じる焼けるような痛みに歯をギリギリと噛みしめた。

 

「先輩っ!!」

 

 マシュの心配する声に応える余裕もない。

 ただ痛みに耐え、意識を保つのが精一杯だ。

 

「……痛いなマスター…… !! だからこそ共に越えよう…… !! 眼前の敵を討ち倒す為に!!幻想大剣 最大出力!!!!」

「…… いや、もうなんでもいいから…… さっさとぶっ倒せえェェェェ!!! こっちは魔力どころか、全身の穴と言う穴から変な汁飛び出る寸前だ!! つーかもうちょっと出てるぞ、コノヤロー!!!」

 

「黄金の夢から覚め──」

 

「いや、だからそういうのいいから! 早くしてくんない!?」

 

「揺籃から解き放たれよ…… !!」

 

 その圧倒的な光景に、戦場に生き残った者たちはワイバーンを含め、誰もが固唾を呑んで見守った。

 この一撃で、勝者は決まると── !!

 

「オ……… !! オォオオオオォ!!」

 

 ファヴニールもただ黙ってはいない。

 ジークフリートの宝具諸とも葬ってやうとブレスを放つ。

 

「邪竜──── !!! 滅ぶべし!!! 幻想大剣(バル)天魔失墜(ムンク)!!!」

 

「ガァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 ファヴニールが光に呑まれていく。その巨体を焦がし、魂を消失させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な…… !! ファヴニールが…… 倒された? 人間が…… !? 人間が…… !? どうして、人間がここまで…… ガハッ!!」

「終わりです、竜の魔女。貴女もたった今、敗れた」

 

 ファヴニールを倒されたことによる動揺。

 その隙をジャンヌは見逃さなかった。

 ジャンヌの旗が竜の魔女を体を貫いたのだ。

 

「ガハッ!! くっ…… 違う!! 私は、ガフッ!! まだ── !! っ!? ジル…… ? えぇ…… そうね……」

「なっ!?」

「ガアアア!!」

 

 突如。複数の海魔が現れ、ジャンヌへと飛びかかった。

 即座に竜の魔女から離れ海魔の攻撃をかわし、逆に返り討ちにする。 

 ワイバーンに比べれば弱く、随分とあっさりとしたもの。

 しかし

 

「撤退しましたか……」

 

 海魔を相手にしている隙に竜の魔女は戦線から離脱していた。  

 だがそれよりも気になることが一つ。

 

「ジル…… ジルと言いましたか…… やはり貴方が……」

 

 ジャンヌは己の予想が当たったことを。当たってしまったことを悲しみ、目を伏せた。

 




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ある男の願い

 ついに邪竜ファヴニールは倒れた。

 敵サーヴァントもキャスターを除き全滅し、竜の魔女も重症負った。彼女の消滅は時間の問題だろう。

 残されたワイバーンも統制を失い弱体化。

 フランス軍の兵士たちは今が好機とワイバーンを各個撃破していった。

 最早、人類側の勝利は確実と言える──── 

 

 

 

「マシュー!!」

「エリザベートさん! アマデウスさんに清姫さん、ゲオルギウスさんも!」

 

 限界まで魔力と体力を使った、マシュとジークフリートは一時、体を休めていた。

 そこにバーサーカーを倒した四人も駆けつけてきた。

 

「ジークフリート、よくぞあのファヴニールを倒してくれました」

「そうそう! もうビックリよ。まあ、私は勝つって最初からわかってたけど!」

「いや、俺の力ではない。マスターの力と信念のおかげで邪竜を討つことができた」

 

 ゲオルギウスとエリザベートからの称賛にジークフリートは首を振った。

 銀時は肉体が滅ぶ覚悟を持って令呪を発動した。あれ程の気概を持ったマスター等、恐らくそうはいないだろう。

 

「あれ? そういえば、その子イヌはどこに行ったのよ?」

「あ、それは………」

 

 エリザベートの問いにマシュは気まずそうに目をそらした。

 

「? いったいどうしたのよ?」

「あ、いや、その……… 先輩は、あそこに……」

 

 マシュは右方向へと指を向けた。

 するとそこには

 

「ムオオオオオオオオ!!」

 

 簡易式トイレがあった。

 中からは何故か、銀時の唸り声が聞こえる。

 

「ごめん。マシュ……… なんか変な箱しかないんだけど。子イヌはどこ?」

「いえ、ですから……… あの箱、というかトイレの中にいます」

「あー………… そっか。だからさっきから子イヌの声が聞こえてくるんだ。ふーん」

 

 少しの間、

 エリザベートは深く息を吸い、  

 

「いや、なんでよおォォォォ!! なんでこの時代に簡易トイレ!? なんでよりにもよってトイレ中!? これが前回まで死線を潜り抜けてきた主人公の姿!?」

「それなんですが………… どうやら令呪により肉体を酷使しすぎたのが原因のようでして。簡単に言いますとお腹を下したそうです」

「そんな腐ったモノ食べた時みたいな後遺症なの、令呪って!?」

『これでもマシな方なんだけどね…… 本来だったら死んでてもおかしくないし。これまで散々無茶してきたおかげで身体の慣れが追いついたのだろう』

 

 エリザベートの咆哮に対し、マシュに代わってロマニが説明をした。

 

 

「いやだからって……… 格好つかなすぎるでしょ」

「まあまあ。マスターも疲れてるんだ。ゆっくり休ませる── もといトイレをさせてあげようじゃないか。それよりも、あと一人、ジャンヌが来ていないが、彼女は無事なのかい?」

「私なら無事です。竜の魔女も城へと撤退しました。最早消滅寸前ではあるでしょうが…………」

 

 アマデウスの心配に答えたのは本人、ジャンヌ・ダルクだった。

 多少の傷は見られたが特に重症を負った様子もない彼女に、マシュは安堵して名前を呼ぶ。

 

「ジャンヌさん! 無事で良かったです」

「ありがとうマシュ。でも、まずは説明をさせてください。至急話さなければならないことがあります」

「…………? 説明?」

  

 戦いはほぼ決着がついたとも言える。

 それなに、まだ何か懸念が残っているのか。

 

「竜の魔女の正体についてです。彼女はやはり(ジャンヌ・ダルク)ではなかった……」

「「っ!」」

 

 その場にいる全員が驚愕する。

 ジャンヌは話を続けた。

 

「彼女は私の家族を覚えていなかった。彼女が私の闇の側面ならば覚えていなくてはならなかったのに。幸せな記憶があるからこそ人は憎しみを抱く。なのに…… 彼女には憎しみ以外、何もなかった。英霊とはいえ、それが不自然なのです」

「では彼女は一体………」

 

 何者なのか。

 この場の誰もが抱く疑問。

 ジャンヌは悲しそうな目で答える。

 

「それは────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは聖杯を巡る戦い。

 聖杯はどんな望みも叶える願望器。

 そして聖杯を欲する者には願いがあった。

 その願いは復讐か。救済か。

 

「お疲れでしょう、ジャンヌ………… 少し休みなさい。フランスへの復讐も全て、私が引き受けます。目が覚めた時には全て終わっていることでしょう」

 

 それぞれがそれぞれの願いを持って戦ってきた。

 ならばこの男にも願いがあって当然だろう。

 竜の魔女を優しく抱きかかえ、城の玉座にゆっくりと座らせる。

 悪意にまみれ、他者を軽んじてきた筈の竜の魔女は、男のことだけは信じ、初めて笑顔を見せる。

 

「そう………… そうよね…… ジル。貴方が戦ってくれるなら、私、安心して…………」

 

 安堵した竜の魔女はそのまま言葉を終える前に消滅する。

 その場に彼女の血と、聖杯を残して────

 

「そう。ゆっくりと休まれよ。私の聖女、ジャンヌ・ダルク。必ずこのフランスを滅ぼし、もう一度、聖杯で貴女を…………」

 

 キャスター、ジル・ド・レェは、優しげな顔で聖杯を手に取った。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

『じゃあつまり………… この戦いの黒幕は竜の魔女ではなく、サーヴァントのジル・ド・レェだったということかしら?』

「ええ。まだ仮説の段階ではありますが…………」

 

 管制室から話を聞いていたオルガマリーの問いにジャンヌは頷いた。

 

「しかしあのジル・ド・レェ殿が…………」

 

 ゲオルギウスは信じない訳ではないが、あまりにも残酷な話だと目を伏せた。

 彼はこの特異点でジルと関わることが多かった。それ故に彼の清廉たる騎士の姿を間近で知ることができたのだ。

 そんな彼が死後、悪しき英霊となり、このような事態を引き起こすとは………

 

「………… もしよろしければ聞いていただけませんか? 私とジルの歴史について────」

 

 

 

 

 『ジル・ド・レェ』

 15世紀のフランスで生まれ、童話『青髭』のモデルにもなったとされる人物。

 貴族でもあり軍人でもあった彼はジャンヌ・ダルクと出会ったことで、その運命を流転させていく。

 深い信仰心を持っていた彼はジャンヌ・ダルクを聖女として崇め、共にオルレアンを奪還。

 「救国の英雄」として讃えられるこてになる。

 彼にとってジャンヌは本物の聖女であり、神の実在を確信させる救いでもあった─── はずだった。

 

 聖女は魔女として炎に妬かれた。

 男は神を見失い絶望した。

 結果、黒魔術に傾倒し、悪逆に手を染めていくことになる。

 領地に住む幼い少年拉致し、凌辱し、虐殺した。年数にして八年。犠牲者の数は数百人にも上るとされた。

 だがこれだけの罪を犯しても、やはり神は男を裁かない。

 そして男は神などいないと怒る。神がいるのならば己は裁かれるはずだと、より罪を重ねていく。

 

 

 

 だが、男は処刑された。

 しかしそれは幼子たちの嘆きに答える為のモノではなかった。

 男の財産と領地を没収するためだけの口実に過ぎなかった。

 神などではない。浅ましき人間の欲望にジル・ド・レは裁かれたのだ。

 

 

 

 

 ── そして今に至る。

 

「私は私の結末に後悔はありません。彼の末路を変えるべきだとも思わない。ただ、それでも彼が私と出会って運命が歪んでしまったこと。犠牲になった子らのことを哀れに思わずにはいられない。だからこそ………… 私が、彼に責を問う資格があるのか…… 疑問に思わずにもいられない。きっと全ての元凶は私自身であり、私に責任があるのだから」

「…………」

 

 ジャンヌの話を聞き、誰もが黙ってしまう。

 マシュやカルデアにいるオルガマリーたちは知識として知っている。

 しかし、実際にその時代を生きた英雄本人から話を聞くと、重く辛いモノであることが伝わってくる。

 

「……… すみません。突然このような話を──」

「責任、か」

「っ!」

 

 声のした先へ視線を向ける。

 そこには簡易トイレがあった。

 

「子イヌ、あんた話聞いてて……」

「んなもん気にする立場か、オメーはよ」

「え……」 

「野郎がどんだけ罪を重ねようが、それはお前の責任にはならねぇ。野郎には野郎の道が。お前にはお前の道がそれぞれあった。違う道を歩いている奴のことまで気にしてたら、それこそ交通事故でテメーもまとめて自滅だろーが」

 

 トイレ越しではあるものの、銀時の言葉にジャンヌは黙って耳を傾ける。

 

「だから責任だとか、そんなもん、はじめからねーんだよ。だが、責任がなくても、お前にはあるだろ。野郎をぶっ飛ばす権利がよ」

「私が、ジルを?」

「お前と野郎はダチなんだろ? テメーが間違った道を進んだ時はダチがテメーを止める。ダチが間違った時はテメーがぶん殴ってでも止めてやる。テメーが野郎の道が間違ってるって思うなら、存分に拳をぶつけてやればいい。それが野郎のダチである、お前の権利だ」

「………」

「んで、それで口も聞いてくれなくなった時は酒でも用意すりゃいい。ダチって奴はよ、基本殴り合って、酒酌み交わして、いざこざあろうが、最後には一緒にいるもんだ」

「友達、ですか………… そうですね」

 

 今までジルとジャンヌの関係を友達と言う者など誰もいなかった。

 それはきっとジル自身も。

 彼はジャンヌとの関係性を友達とは表現しなかっただろう。

 でもジャンヌは、

 

「私は、彼のことを大切な仲間、友人の一人だと思っています。そうですね、マスター、貴方の言う通りだ。友人であるならば、やはり止めなければならない。責任がなかったとしても私にはその権利がある」

 

 ジャンヌは今一度覚悟を決める。

 ならば、彼らも続く。

 

「ジャンヌさん………… ! 私たちも当然ですが、協力します!」

「マシュ、ありがとうございます」

「あったり前よ! 私たちも友達なんだから! でしょ、清姫」

「ええ、そうですわね」

 

 マシュが、エリザベートが、清姫が。

 

「ふっ。いいものだな。友人というものは」

「ええ、全くです」

「本当本当。おかげで、悪い空気がいい音色になったよ」

 

 

 ジークフリートやゲオルギウス、アマデウスも続いていく。

 

「皆さん、行きましょう。ジルを止めに」

 

 一行は進んでいく。ジル・ド・レを止めるために。

 

 

「………… ん? あれ? ちょっ、皆? あれ?」

 

 銀時はトイレの中からジャンヌたちへと声をかける。

 しかし返答はない。

 まだ尻が丸出しなので扉を開けるわけにもいかず、汗をダラダラと流す。

 

「え? あれ、これ……… おいてかれた、これ? おいおい、そんなわけないじゃん? だって、俺結構、良いこと言ったよ。中々主人公らしい長セリフ言ったよ? なのにおいてくわけねーじゃん。なあマシュ?」

 

 が、返答はなかった。

 

「いや、ちょっ! まじ! ちょっ、まって! 今、今! ケツふくから! あれ? 紙ないし!? 嘘だろ! なんでいつも俺の時、紙ねーんだよ!? 本編もだけど、最近、作者が書いてるJKと仕事してる世界の俺も紙なかったんだけど!? まじっ、ふざっけんなよ! もうこんな世界、神なんていねーよ! 神がいたら紙があるはずだろ!」

 

 銀時は一人トイレの中で暴れ始める。

 そこにフランス軍の兵士たちが通りがかった。

 

「え、なにこれ? なんか中から、めっちゃ背信的な声が聞こえてくるんですけど……」

 

 結局、その後、兵士から紙を貰い、ギリギリでジャンヌたちに追いついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そびえ立つ居城。

 至るところにヒビが入り今は人気が全く感じられない。

 

「ついたな…… ここに野郎はいんのか」 

『超高密度の魔力反応が確認できる。やはり聖杯はそこにあるね』

 

 銀時は周囲に罠などないか見回し、ロマニも魔力反応を確認する。

 

「では、やはり…… 私の仮説は正しかったと──」

「ええ、その通りです。ジャンヌ・ダルク」

「っ!?」

 

 居城から現れ、ジャンヌの言葉を肯定したのはジル・ド・レェだった。

 

「流石は聖女。どうやら私のことについては既に気づいてたようで。ええ、そうですとも。この戦いを引き起こしたのは竜の魔女であるジャンヌではなく、この私。聖杯に呼ばれたサーヴァントである私こそが、フランスを滅ぼす者なのです」

『サーヴァントから聖杯の反応現出!!』

『各種バラメーターをチェックしなさい! 何が起こるか、わからないわよ…… !』

 

 ジルから聖杯の反応がし、カルデア内に大きく緊張が走った。

 それは現場の銀時たちと同じ。武器を構え、臨戦態勢に入る。

 

「聖杯に呼ばれたと言ったな? つまり俺たちと同じだということか?」

「左様。私は我が聖女に喚ばれた狂いし英霊ではなく、この国に、聖杯に最初に喚ばれたサーヴァントなのです。そしてそれ故に聖杯を見つけ所有した」

 

 ジークフリートに疑問にジルは、そうだと答えた。

 

「その聖杯を使い、貴方はもう一人の私を作った。貴方好みのジャンヌ・ダルク(竜の魔女)を」

「おお、ジャンヌ。その言い草はあんまりではありませんか。貴女の復活はもちろん願いました。当然でしょう? ですが……」

 

 ジルは体を小刻みに揺らす。   

 そして頭をかきむしり、叫ぶ。

 

「それは叶わなかった!! 万能の願望器でありながら、それだけは叶えられないと!! だから造り上げたのです! 私が信じる、私が焦がれた聖女を!!」

「竜の魔女は最後までそのことを知らなかったのですね…… それがせめてもの救いでしょう。でもジル、私は蘇ったとしても貴方の思う、竜の魔女になど決してならなかった。だって私は祖国を憎めない。この国には貴方たちが── 大切な友達がいたのですから!

「お優しい…… あまりにもお優しいお言葉だ。この私ですら貴女は友と言う。心に深く染み入ります」

 

 ジルはジャンヌの言葉に微笑む。

 ジャンヌもわかってくれたのか、と顔を綻ばせるが、

 

「だが…… その優しさ故に一つ忘れている。たとえ貴女が祖国を憎まずとも…… 私はこの国を憎んだのだ…… !! 全てを裏切ったこの国を滅ぼそうと誓ったのだ!」

「ジル……… !」

「貴女は赦すだろう。しかし私は赦さない! 神とて、王とて、国家とて…… !!」

 

 ザバッッ!!

 

「っ!? これは…… !」

 

 突如、ジルの立っていた地が大きく割れ、海水と共に蛸のような足が何本も出現した。

 ジルはそれに呑まれ姿を消す。しかし声だけは聞こえてくる。

 

「滅ぼしてみせる…… 殺してみせる…… !! それが聖杯に託した我が願望…… !!」

 

 足だけではない。やがて地を割りながら巨大な体躯を現していく。

 それは異形の怪物。蛸のような姿をし、体の至るところから目玉が飛び出ている。嫌悪感を抱かせるような不気味な姿に銀時たちは後ずさる。

 

「我が道を阻むな…… ジャンヌ・ダルクゥゥゥゥッ!!」

 

 巨大な怪物からジルの怒声が響く。

 ジルはあの怪物の体内にいるのだろう。恐らくは怪物を制御し、操るためか。

 

「………… ジル。貴方の怒りは最もだ。貴方が恨むのも、国を滅ぼそうとするのも悲しいくらいに道理だ。けれど── 私は貴方を止めます。私は貴方の友人だから。だから…… 貴方の道は私が阻む。 ジル・ド・レェ!!」

「ならば貴女は敵だ!! 決着をつけよう。救国の聖女、ジャンヌ・ダルク!!」

「望むところ…… !! 皆さん、共に戦ってくれますか?」

 

 ジャンヌの側に銀時は立つ。

 そして木刀の剣先を怪物へと向けた。

 

「ここまで付き合ったんだ。今更だろーがよ。それに蛸の相手はすんのは二度目でね。ああ言うのはグロテスクな割には食べると上手い。全部、終わったら、アレをつまみに一杯やろうや」

「嘘でしょ、あれ食べるの?」

「大丈夫ですよ。その時は、私が調理しますので。どんな素材も美味しくしてあげます」

「わ、私も手伝います!」

 

 エリザベートはドン引きしているが、清姫やマシュは意外と乗り気なようだ。

 三人も横に並ぶ。

 

「やれやれ最後の最後にとんでもない化け物が出たもんだ。まあ、最後の公演だ。思う存分やらせてもらうよ」

「私も。まだ宝具すら見せていませんからね。いい加減活躍させてもらいますよ」

「蛸の相手をするのは初めてたが、俺も全力を出そう」

 

 アマデウス、ゲオルギウス、ジークフリートの三人も横に並ぶ。

 

「ありがとう……… 皆さん!!」

 

 第一特異点。正真正銘、最後の戦いが今、始まる!!

 



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救国の聖女

 ジル・ド・レェによって召喚された海魔。

 それはファヴニールよりも巨大なモノ。ジル・ド・レェの怒りを体現したかのような異形の怪物。

 正に最後にふさわしい強敵。

 だが彼らが臆することはない。それぞれが全力を出し、立ち向かっていく。

 

「おおおお!!」

 

 ザンッ!!

 

 銀時の木刀をはじめ、ゲオルギウス、ジークフリートと彼らの剣が海魔の足を斬り裂いていく。

 しかし──

 

「無駄なのですよおォォォォ!!」

 

 斬られた所は何事もなかったかのように、たちまち再生していく。 

 

『くっ! これだけ巨大な怪物を召喚するなんて… これも、聖杯の力なの…… !?』

『間違いなく、そうかと。しかしいくら聖杯を持ってしても、あれだけ巨大な怪物を制御するとなると本来ならば時間が必要なはず。恐らくジル・ド・レの思う通りには動かせていないかもしれません』

『つまり、あの怪物は知性のない正真正銘の怪物ってことね。今ならキャスターからの恩恵も魔力のみ。奴を叩く最大のチャンスでもあるってことね…… 総員、銀時のバックアップを最優先!! これがこの特異点、最後の戦いよ!』

 

 戦っているのは銀時たちだけではない。

 カルデアから戦場の状況を分析し、適切な指示とバックアップをオルガマリーたちはこなしていった。

 

「皆さん構えて! 来ます!」

「わーってる! マシュ!」

「はい!!」

 

 大量な上に巨大な触手が銀時たち全員を押し潰そうと降りかかる。

 そこでマシュは銀時の指示に従い、宝具を発動する。

 

疑似展開/銀色の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 触手は宙で止まり、マシュが抑え続ける。

 これだけの質量を抑えるにも、相当の負担がかかる。

 だが、それでもマシュは倒れない。

 

「くうううううう!!」

「おのれぇ! これを抑えるというのか。だが、長くは続くまい!」

「いいや、充分よ! あとは任せなさい、マシュ!」

 

 エリザベートが動き、それにアマデウスも続いていく。

 

「召喚されたばかりの時は、カーミラを倒せればどうでもいいと思ってたけれど、今日は特別よ!! 友達(マリー)の為に歌ってあげる!! 併せなさいよ、アマデウス!!」

「ああ、無論だとも!! 余裕で併せるさ。天才だからね、僕は!!」

 

 

鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)!!」

 

死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)!!」

 

 具現化されるチェイテ城を背景にエリザベートは自由に歌い、アマデウスは音楽を奏でる。

 時代を越えて為された奇跡のライブが海魔を宙へと圧し返した。

 

「馬鹿な!! この巨大質量を浮かせただと!? だがそれがどうしたと言うのです!!」

 

 海魔は宙を浮き、どうすることも出来ず触手をバタつかせる。

 やがて、重力に従い、そのまま後方へと落下した。

 だが、それだけだ。

 大量の触手で押し潰すことには失敗したが、海魔は、ほぼ無傷だ。

 こんなものその場凌ぎに過ぎないとジルは笑った。

 

「はあ、はあ…………」

「ご苦労様でした、マシュ。次は私の出番ですね」

 

 肩で息をするマシュに清姫が労いの言葉をかけつつ前に出た。

 そして扇子を海魔へと向ける。

 

「この度の現界で、私は多くのものを得ることができました…… その中には理想の── いえ、それはいいでしょう」

 

 清姫は何か言いかけたが、首を横にふる。

 そしてチラリと銀時の方を見て、秘かに笑った。

 

「きっと幻滅なさるでしょうね…… ですが、これも友の為。見せましょう、私の宝具── これより逃げたる大嘘吐きを退治します…… !!」

 

 清姫の体がチリチリと燃え始める。

 やがて焔は全身を包み込み、人形から大蛇のような形へとへと変貌していった。  

 

転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)!!」

 

 炎の蛇は海魔へと食らいつき、巨大な体躯を締め付けていく。

 

「ギアアアアア!!」

 

 海魔は、焔に焼かれ悲鳴を上げ、動きを止めた。

 だがこちらの攻撃はまだ止まらない。今度はゲオルギウスがゆっくりと前に出る。

 

「信仰ゆえの瀆神。愛ゆえの憎悪。ジル・ド・レェ。キャスターである貴方とは面識はありませんが、私はこの時代の貴方と短くも同じ時を過ごしました。それゆえに貴方がこのように堕ちたことを私は悲しく思います。ですが、民を害することを赦すわけにはいかない。守護騎士の役目、今こそ果たしましょう」

 

 ゲオルギウスは動きを止めた海魔へと剣を向ける。

 すると剣は大きく光だし、

 

汝は竜なり(アヴィスス・ドラコーニス)!!」

 

 海魔の肉体に一瞬だけ竜を模したような光の刻印が走った。

 だが、それ以外に海魔にこれといった変化は見られない。少なくとも表面上は

 

「私にもジークフリート殿と同じく、竜殺しの逸話があるのです。そして竜殺しには得てして竜に関する宝具がある。私のソレは敵対者を一時的に竜と定めるモノ。そして彼の剣は竜なるモノを滅ぼす力を持つ!!」

 

 ゲオルギウスが下がり、今度はジークフリートが前に立つ。

 既に彼には銀時を通してカルデアから魔力が流れ込んで来ていた。

 全身に溢れる力を感じると共に剣が大きく光だす。

 

「善と悪は表裏一体。立ち位置で変わってくるモノだ。だから俺は彼を悪と断じて斬ることはない。ただ………… 今は、友の為に剣をふるおう。善でも悪でもない。俺の信じる正義に従って── !!」

 

幻想大剣(バル)天魔失墜(ムンク)!!」

 

 青き光が大地を抉り、海魔へと降りかかる。

 肉体は光に呑まれ、ボロボロと崩れていく。

 

「オオオオオオオオォォォォ!!!」

「聖杯を持ってしても再生が追いつかない………… !! この匹夫共めがあ!!」

 

 異形の肉塊はその大半が削られ、中にいたジルを剥き出しにする。

 直ぐにでも再生をしようとジルは動くが、このチャンスをジャンヌは見逃さない。

 

「ジル!!」

「おお、ジャンヌ!!」

 

 そのままジルへと駆け、その旗の穂先を──

 

「………………… なぜ、なぜ何もしない? その旗で私を穿つのではなかったのですか、ジャンヌ!」

 

 だがジャンヌは止まった。

 ジルの前に立ち、旗を下ろす。

 

「いいえ。私はもう、貴方を一人にはしない。今度こそ(・・・・)

「何を──── !?」

 

 ジャンヌは旗、ではく剣を構える。

 剣の名は聖カトリーヌの剣。ジャンヌは鞘ではなく、刀身を握る。

 

「主よ、この身を委ねます」

 

 辞世の句を告げたと同時。巨大な焔がジャンヌもろともジルと海魔を呑み込んだ。

 

「こいつは………… !!」

「っ!! こ、これは!? ドクター! いったいジャンヌさんになにが!」 

 

 予想外の事態に銀時は、一瞬、驚くも何かを察する。

 だが、全く事態を掴めないマシュは叫び、ロマニに問いかけた。

 

「これは……… 宝具だ!! 彼女は二つの宝具を有していたんだ。だがこれは………」

 

 ロマニが何かに気づき、黙ってしまう。

 

「ドクター! いったいどうし──」

「皆さん!!」

「っ! ジャ、ジャンヌさん?」

 

 焔の中からジャンヌの声が聞こえてくる。

 

「申し訳ありません! 本当はちゃんと話すべきでした。でも、これは私が決めたこと」

「なにを……」 

「この宝具は発動を終えた後、私自身の霊器を消滅させます。つまり、これでお別れということです」

「っ!?」

 

 

 『宝具 紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)

 

 ジャンヌが迎えた最期という概念を結晶としたモノ。

 己の生命と引き換えに生み出す焔が敵対するあらゆる者を燃やし尽くす。

 しかし、その概念故に発動後に彼女は必ず消滅することになるのだ。

 

「そんな…… ジャンヌさん。ジャンヌさ── 先輩!?」

 

 焔へと向かい駆け寄ろうとするマシュの肩を掴み止めたのは銀時だった。

 何故どうしてと狼狽えるマシュに銀時は何も答えない。

 ただ黙って燃え続ける焔を。ジャンヌを。決して彼女から目をそらそうとはしなかった。

 

「お、お、おおおおおおおお!!!! なんと、なんということを!! こんな理不尽があってたまるか……… !! 英雄の誇りたる宝具が、こんな忌むべき焔に仕立てあげられるなど!! それを、それを何故、貴女はあァァァ!!!」

 

 焔に焼かれ、消滅していく恐怖よりも、ジルは怒りに叫んだ。

 敬愛せしジャンヌを穢す神を。その宝具を使うジャンヌを。

 何故だとジルは叫び続ける。

 

「私はあの結末を知っていました」

「っ!?」

「あの日、主の嘆きを聞いた時から、私の結末はわかっていた。それでも目を逸らさぬと。人を殺め、異国の民を敵と定め、罪を犯しながらも、正しい道に繋がると信じて、あの結末まで進んでいったのです」

「そ、そんな…… ! そんなことが! あって、たまるか! あんな末路! 間違いだ! 貴女が報われない結末など!」

 

 いつの間にか、ジルのめからは涙が溢れていた。

 怒りと共に悲しみの感情が溢れてくる。

 ジャンヌは紛れもない聖女だ。誰かの為に身を捧げ、誰かの為に血を流す。

 何時だって彼女は自分以外の為に生きてきた。

 そんな彼女が何故、こんな酷い結末を受けなればいけないのか。理解できなかった。

 

「ジル。報われていないなど…… そんなことはありません。私の末路がなんであれ、私には救えた命がありました。そのおかげか、この道は続いた。この国は終わらなかった」

「ジャンヌ……」

「私の死後も、悲劇と犠牲を払いながらも、それでも遠く! 遠く! あの子達の時代まで…… !!」

 

 ジャンヌは笑う。

 ジルは涙を流しながらもジャンヌの言葉に静かに耳を傾ける。 

 最早、焔によって消えていく体のことなど二人は気にも止めなくなっていた。

 

「でも、心残りが一つ。ジル………… 私は、貴方を一人にさせてしまった」

「っ! それは、違う! 貴女がではない! 私が貴方を一人にしてしてしまったのだ! だって私は貴女の死に際にすら立ち会えなかったのですから!!」

「ふふ。考えることは同じですね。友が故、でしょうか? ジル、貴方は覚えていますか? あの戴冠式での光を」

「そんな、忘れるはずがない! あの光景を忘れぬものか!」

 

 何があろうと消えぬ二人の記憶。

 共に列席したランスの戴冠式。ジルにとってそれは決して穢されぬ誇り。

 そしてそれはジャンヌも同じで。

 

「それでいいのです、ジル。惨めな末路と言われようとも。罪が消えなくとも。私たちは共にあの光を覚えている。ありがとう、私の友達。ありがとう、我が友、ジル・ド・レェ。さあ、還りましょう。在るべき時代(クロニクル)へ」

「ジャンヌ…………」

 

 焔がより強さを増していく。

 そしてより大きく膨れ上がり、二人を呑み込んだまま消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 ジル・ド・レェ。そしてジャンヌの消滅をもって。

 

「先輩………… ジャンヌさんは、どうして……」

「野郎を倒した所で聖杯を化け蛸に残されたら、いよいよ手に終えなくなる…………」

 

 ジル・ド・レェを一人、仮に消滅させたとしても、最悪の場合、聖杯を怪魔に託される可能性があった。

 そうなれば無尽蔵に流れる魔力によって不死身の怪物が完成し、この特異点は完全に終わる。

 ジャンヌはそれを予測していたのだろう。

 しかし、理由はきっとそれだけではなく。

 

「あいつは野郎のダチだった。ダチだからこそ、あいつはテメーのすべきことを、できることをやったんだ。ただ、そんだけだ」

「先輩………… え? 先輩っ! あれは」

 

 それは目を疑う程に綺麗な輝き。

 空から落ちるのではなく、ゆっくりと横になって降りてくる。

 金色の髪。藍色の瞳。間違えない。間違える筈がない。

 彼女は本物の、

 

「ジャンヌさん!」

 

 マシュは駆け出す。それに他の仲間も続いていく。

 

「どうして私…… 宝具を使ったのに──」

 

 何故生きているのか。ジャンヌ本人すらも状況を呑み込めていない。

 そんな彼女に答える声が一つ。

 

「やっと…… 届きましたな」

 

 とても暖かい手がジャンヌの手を優しく握った。

 

「聖杯を使い貴女の霊器を宝具の使用前に戻しました…… ええ…… 私の負けのようです」

 

 そう言葉の通り、彼の姿は既に消えかけていた。

 これではフランスを滅ぼすなどもう出来ないだろう。

 いや、もうその必要はないだろう。

 

「ではジャンヌ。私は再び地獄へと。ああ、それでもやっと貴女を。あの、炎から───」

「ジル…… !! ありがとう……」 

 

 この特異点で、いや、闇に堕ちてから決して見せることのなかった笑顔を向けてジル・ド・レェはその霊器を消滅させた。

 その全てを彼等は見届けた。

 ジル・ド・レェの願い。竜の魔女の憎悪。

 坂田銀時とマシュ。二人を支えたサーヴァントたちの活躍によって、その全てにようやく終止符が打たれたのだった。



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さよならとこれからと

 残存していたワイバーンが消えていく。

 その光景を見ていたフランス軍の兵士たちは自分達の勝利を確信し、喜びの声を上げた。

 だが、そんか中でフランス軍元帥、ジル・ド・レェだけは何処か重い表情で消えていくワイバーンを見ていた。

 

「状況確認の為に一部隊を残し、撤退を進めよ。後の指揮は任せる」

「え!? お、お待ちください元帥!! いったいどこに……」

  

 突然の指令に狼狽える兵士。

 だがジルは、すまぬと一言だけ言うと馬に股がる。

 全てはあの人に謝る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 キャスター、ジル・ド・レェが消滅し、残された銀時たちもまた、勝利を確信していた。

 カルデアからも喜びの声が上がっている。

 

『聖杯の回収が完了した! これより時代の修復が始まるぞ!』

『…… 銀時、マシュ。あなた達、本当によくやってくれたわ。お疲れ様。帰還の準備をするけど、まだ時間はあるわ。最後に話せるだけ話しときなさい』

「はい。ありがとうございます、所長」

 

 オルガマリーの労いの言葉を受け、マシュはこの特異点で仲間となった彼らに顔を向ける。

 彼らと言葉を交わすのもこれで最後だ。

 

「ジャンヌさん、皆さ─── ってあああああ!? 皆さん、消えかかっていますが!?」

 

 マシュはサーヴァントたちの姿を見て絶叫した。

 それは冬木でのクーフーリンの時と同じく、霊器を破壊されていないにも関わらず体が消えかかろうとしていたのだ。

 

「そりゃそうよ。敵もいなくなったし、お役御免ってところね」

 

 彼女たちはあくまでも聖杯に呼ばれたサーヴァント。

 それ故に与えられた役目が終われば、彼女たちも自動で退去するということだ。

 エリザベートの説明に、クーフリーンの前例もあったし、悲しくはあるがマシュも納得する。

 

「あ、やばもう本当に直ぐに消えそう…… その前に子イヌ」

「んあ?」

「あんた、私のこと、絶対に忘れるんじゃないわよ」

「……… はっ。あんな歌聴かされて忘れられる訳ねーだろ。こっちは寧ろ忘れてーくらいだってのによ」

「それどういう意味よ! ……… たくっ。今度は音楽の国を貸しきったワンマンライブやってるんだから覚悟しなさいよね!!」

 

 200億の女になってやる! という謎の捨て台詞を残し、エリザベートは消えた。

 それを見ていた清姫は呆れたように言う。

 

「あのドラ娘ったり本当におバカ。聖杯戦争において同じ人間に出会うなんてほぼありえないのに…… 私もお別れです。ええ、二度と会うことはないでしょう」

 

 清姫はそう言うと銀時を見て、何処か悲しそうに目を伏せた。

 

「最後に醜い姿を見られてしまったのは残念でした。ですが──」

「あ? なんの話だ」

「え? あ、あの私の宝具のことなのですが……」

「お前、鬼滅読んだことねーの? あれに出てくる蛇鬼、まじで気持ちわりーんだぞ。それに比べりゃ、お前は海賊女帝だよ」

 

 銀時としては蛇の中では、という意味だったのだが、決して嘘をついている訳ではない。

 その為、世辞を言ったわけではないと嘘を見抜く力を持つ、清姫は顔を一気に赤く染めた。

 

「ああ、ああ………」

「え?」

「あ、あああああ…………」

「え、ちょ」

 

 清姫はワナワナと肩を小刻みに揺らす。そして天高く飛び上がり、銀時へと向かって──

 

「やはり、貴女こそ、理想の旦那様(ますたぁ)!! いざ、正式に契約(キッス)を!!」

「うおおおおおおおおお!!!?」

 

 清姫と銀時の唇が重なりあう── ことはなく、首から下だけを残し、清姫の顔面は完全に消滅していた。

 一応、残った体は銀時に抱きついてはいるが……

 

「あれぇ!? な、なぜ!? なぜ私だけこのような感じなのです!? ああ、旦那様──」

 

 そのまま清姫は消滅した。

 

「ハハハハ。まったく賑やかな聖杯戦争でしたな。では、マスター、私もこれで。いずれまた何処かで会いましょう」

「ああ。まあ、次どっかであったら、またよろしく頼むわ」

「ええ。こちらこそ」

 

 ゲオルギウスも別れを告げて消える。

 そしてジークフリートも

 

「マスター、そしてマシュ。君たちのおかけで俺は望む戦いができた。お礼と言ってはなんだがこれを受け取ってほしい」

「ん? おいおい、そんなんいいのに」

 

 ジークフリートが懐から取り出したモノを銀時はそう言いながらもニヤケながら受けとる。

 彼程の英霊ならば物凄いお宝の可能性が高いからだ。

 

「龍が如くだ。あ、それ2だから、プレステ2用意しておいてくれ」

「いや、これアストルフォ君のじゃねーか!! 名前書いてるし! 借りパクしたモノ渡すんじゃねーよ!!」

 

 銀時の最もなツッコミにジークフリートはフッと笑うと消えてしまった。

 それを見ていたアマデウスはやれやれと首をふった。

 

「全く格好がつかないな。ま、僕が人の事言える立場じゃないんだけどさ。マスター、君の指揮はかなり雑多な部分も多かったけれど退屈はしなかった。眠気が吹き飛ぶくらいにはね! そしてマシュ。君みたいな透明な音色を奏でる娘と出会えて良かった。それじゃあ………… まあ、また何処かで会おうじゃないか」

「ああ、今度はワンピースのOPでも聴かせてもらうぜ。後祭りでも作品とか無視してやってたし、いけるだろ? 音楽家」

「はい! アマデウスさん、いつか、また」

 

 アマデウスは笑い、そしてこの特異点から退去する。

 残されたのは銀時とマシュ、そしてジャンヌだ。

 

「皆、行ってしまいましたね…… では私も──」

「ジャンヌ!!」

「ジル!」

 

 馬を駆け、息をきらして現れたのはジル・ド・レェ。この時代を生きる英霊ではない彼だった。

 ジルは馬をおり、ジャンヌに駆け寄る。

 

「ようやく、しっかりと顔を見合わせて話すことができましたね……」

「ジル……」

「……… 赦してほしい、ジャンヌ・ダルク。我々は、フランスは、貴女を裏切った…… ! 救うことができなかった!!」

「………っ!」

 

 ──やっと貴女をあの炎から

 

 目の前のジルの姿と、キャスターのジルの姿が重なった。

 同一人物である以上、当然と言えば当然。

 だが、どれだけ闇に堕ちようと、どれたけ悪逆に染まろうと、彼には変わらないモノがあったのだとジャンヌは改めてそれを知ることができた。

 ジャンヌは思わずクスリと笑ってしまう。

 

「もう。まったく貴方という人は──。大丈夫ですよ、ジル。私はもう……… だから、最後は笑顔で」

「ジャンヌ………… !!」

 

 ジルの目から涙が溢れる。

 マシュもそれを見ていて何か胸に熱いものが込み上げてくるのが感じた。

 それが何なのか、マシュにはまだよくはわからなかった。

 

「あっ…… 先輩、どうやら私たちも」

 

 銀時とマシュの体が淡く光だす。

 彼らもまた、この特異点から退去しようとしているのだろう。

 

「お二人の方が先のようですね」

「ジャンヌさん」

「良いのか? 野郎とは」

「いいんです。話すべきはもう話しましたから。それに──」

「ジャ、ジャンヌさん!?」

 

 ジャンヌはマシュを優しく抱きしめた。

 マシュは思わぬ不意打ちに顔を赤らめる。

 

「この特異点での出来事は全てなかったことになる。失った筈の命が戻ることは喜ばしい。…… それでも、マスター、マシュ。これまで一緒に過ごしてきた時間。共に戦ってきた記憶。それが全てなかつたことになるのは、私には少し悲しい」

「ジャンヌさん……」

「しんみりはよくありませんね。笑って別れましょう。マシュ…… 貴女も、どうか前に進んでほしい。これから辛く長い道のりが続いたとしても、どうかこの記憶を失わず進み続けてほしい」

「……はい、ジャンヌさん!」

 

 ジャンヌはマシュから離れ、笑顔を向ける。

 その様子を見ていた銀時は茶化すように笑った。

 

「おいおい、聖女さんよ。俺には来てくんねーの? 優しく包容してやるよ?」

「貴方は素直に包容されるような人ではないでしょう? どちらかというとお尻を…… いえ、貴方風に言うとケツをひっぱたかれるどころか、ケツに棒をぶっ刺されて前に進むタイプ、ですよね?」

「聖女様が酷ぇ、物言いじゃねーか? 熱烈なギョロ目信者からクレームが来そうだ」

「何を言っているんです? ここでのことは、なかったことになる、ですよね?」

 

 ジャンヌは人差し指を唇に当て、声を出して笑った。

 それにつられてマシュも、銀時も笑う。

 

『……三人共、話中、不躾で申し訳ない。レイシフト開始だ。本当に、これでお別れだ』

 

 ロマニが通信越しに言うと同時、二人の体が浮かび上がった。

 これが本当に最後。

 だが、最後まで二人は笑顔を向ける。

 

「ジャンヌさん! いつか、また……!」

 

 マシュが手をふり、ジャンヌも笑顔でふりかえす。

 

「ええ…… また、いつか────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこはフランスの空ではなく、最早、見慣れた近未来的な天井。カルデアだった。

 銀時はコフィンから起き上がろうと腰を上げる。すると先に目を覚ましていたマシュが手を差しのべてきた

 

「先輩……」

「ああ、ありがとよ」

 

 銀時はマシュの手を掴み、コフィンから降りた。

 フランスでの戦いが本当に終わったんだ。

 それを実感した二人の元に騒がしい声が近づいてくる。

 

「銀時、マシュ! 貴方たち、本当によくやったわ!! キャラ崩壊とか知るか! 今日は祝杯よ、祝杯!」

「銀時くん、マシュくん! 二人ともお疲れ様!!」

 

 オルガマリーにロマニを初め、駆けつけたカルデアスタッフたちが労いの言葉を次々にかけていく。

 その中には笑顔を向ける者もいれば嬉し涙を流す者も。

 

「あんたたちはもーう! 本当によく、やってくれたわよ! 母ちゃん! 泣いちゃう! ふんっ! チーーーーーン!!!」

「オイコラババア!! そのハンカチも私の服改造したやつだろ!」

「はいはい。みんな、泣くのも笑うもボケるのも良いけど、その前に言うことがあるんじゃないかい?」

 

 ボケ、ツッコミ合戦が始まる勢いの中、ゆっくり歩いてきたダ・ヴィンチが言った。

 それを聞き、オルガマリーたちカルデアスタッフたちは全員顔を見合わせてニヤっと笑った。

 そして二人に顔を向けて、

 

「「二人とも、お帰りなさい!!」」

「「ただいま!!」」

 

 

 

 

 フランスでの激動。英雄たちの記録。 

 その全ては歴史の表舞台には残らず、殆どの人の記憶に残らない。

 それでも確かにここに残るものが一つ。

 彼らの魂は銀色の今を生きる英雄たちに残り続ける──

 

 

 

 

A.D.1431 第一特異点 邪竜百年戦争 

オルレアン 定礎復元

 

 

 

 



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ガチャってギャンブルと変わんねーよな

 坂田銀時の朝は遅い。

 それは江戸から変わって、カルデアでも同じこと。

 ここ最近は第一特異点修復の祝杯を口実に連日酒を呑み、二日酔い状態で目を覚ますことが日課となっていた。

 今日も同様で、マイルームのベットにこもり、イビキをかいている。

 一応、銀時は特異点修復の立役者でもあるため、まあ少しは羽目を外してもいいだろうというオルガマリーの意見もあり(というかまともに言うことを聞かないだろうし)彼の安眠の邪魔をするものはいなかった。

 今日までは──

 

「うーん……」

 

 モゾモゾ

 

「うーん…… おいおい、ちみぃ…… それは俺のお稲荷さん…… んあ?」

 

 妙な違和感に銀時の意識が強制的に覚醒された。

 目を開き、かけ布団をゆっくりと持ち上げ中を見る。

 すると、そこには、

 

「ま・す・た・ぁ」

 

 目をギラギラと光らせ、こちらを覗く深淵がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が旦那様と再開できたのは愛故だと断言できます。

 一度、いや正確には二度も、私たちの愛は無情な運命によって引き離されました。

 しかし、何度引き離されようとも二人の愛の糸を辿れば必ず巡り逢うことができるのです──

 

 

「え? なにこのモノローグ。30歳独身の僕への嫌味?」

「そんな訳ないでしょう! 先輩は本当に困っているのです!!」

「…… にしても。銀時もそうだったけど、気軽に侵入されすぎよ、カルデア。あー、やばい。仮の肉体なのに胃が痛い」

 

 ところ変わってロマニの医療室。

 突然の侵入者の登場に、銀時、マシュ、オルガマリー、ロマニと主だった四人が集まっていた。 

 そしてこの場に勿論、侵入者本人もいた。

 

「侵入とは人聞きが悪いですね。私はただ、旦那様との太く硬い運命の赤い糸を辿り、あるべき場所へと帰っただけのことです。なのでいい加減、おろしてはいただけないでしょうか? なんか、頭に血が昇って爆発しそうで……」

 

 簀巻きにされ、逆さで天井から吊るされた状態で。

 

「で? なんでこいつ、フランスで消えた蛇女がここにいるわけ?」

 

 侵入者の正体は第一特異点で共に戦い、退去した筈のはぐれサーヴァント、清姫だった。

 その疑問にロマニが答える。

 

「んー…… 第一特異点で彼女、契約しようと君に飛びついて抱きついていたじゃない? あれが契約扱いになって、それでどうにかしてカルデアにまでやってきたと。知らんけど」

「なんですか、その投げやりの説明は!?」

   

 ロマニの雑な解説にマシュは珍しく声を荒げた。

 

「へー、なるほどな。サーヴァントってそんな感じで契約できんだ。じゃあお前もいっちょ契約してみっか。すいませーん。ちょっと包容一つお願いします」

 

 そう言って銀時は、筋骨隆々の巨体に鬼のように真っ赤な髪をした、これまた鬼の様な形相の男を何処からともなく呼び出した。

 

「ヤアァアァアァァ」

「いや待ってエェェェ!! どっから出てきた地上最強の生物!? その人はダメだから!! その人に抱きしめられたら今度は僕がサーヴァントに祭り上げられちゃうから!! 霊体になっちゃうから!!」

「ロマニって…… あんなふうにサーヴァント実装するものだったのか…… ありがとう、運営さん」

「いやあァァァァ!!! その親父、抱きしめすぎちゃうからあァァァァ。誰か止めてえェェ!!」

 

 その日、ロマニの断末魔がカルデア中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで英霊召喚よ!」 

「いや、なにがというわけなんです?」

 

 銀時たちは、物も一切置かれていない真っ白な部屋へと移動していた。

 部屋の真ん中には魔方陣が描かれている。

 脈絡もなく宣言するオルガマリーに、さっきまでのやり取りをなかったことにされた清姫が静かにツッコム。

 

「召喚だぁ? こんな変な石でんなことできんのかよ」

「あれ? 旦那様まで無視? おかしいですわね? これが噂の国八分?」

 

 しかし清姫のツッコミは完全に無視され話は続く。

 銀時は手に持った虹色のトゲが生えたような石を訝しげに見た。

 

「当然よ。この石は聖晶石。魔力が込められた特殊な石よ。この石を3つ使うことにより、一回召喚が行えるわ。これで戦力を増やすの」

 

 オルガマリーは、合計9個の虹色の石を銀時に持たせる。

 三つで一回。つまり、計3回分の召喚が行えるというわけだ。

 

「成る程ね。つまりこいつでもっとマシな奴を召喚して蛇女は野生に返すってわけだ」

「旦那様!? そんなことをしなくてても私はとっくに旦那様の野生の如き○○○○○(ピーーーー)への中と回帰していますよ!!」 

 

「野生に返す必要はないわよ。だって、これがあるから」

 

 清姫の言動は軽く無視し、オルガマリーの指差す方へと銀時は目を向ける。

 そこには人が一人すっぽり入ってしまいそうな程に大きな臀部── の形を鉄の素材で表現した物体があった。

 

「………… あの。なんなんです。この作品が漫画だったら絶対に掲載出来ないような代物は」

「いい清姫。カルデアは知っての通り、世界から隔絶された施設。そのせいで資源不足が常なのよ。だから考えたの。不要な魔術礼装などをリサイクルし、魔力エネルギーへと変換する方法を。マシュ、お願い」

「はい、所長」

 

 オルガマリーは未だ体が小さいままなので、代わりにマシュに動いてもらう。

 マシュは臀部の前に立ち、ポケットに入れていた適当な小型の魔術礼装を真ん中に空いた穴へと突っ込んだ。

 

「え……」

 

 そして臀部の横についていた赤いレバーを引っ張る。

 するとガタガタと揺れ、しばらくすると止まった。

 そして、

 

 ウィーン……

 

 機械的な音と共がしたと思ったら、穴からプリッと緑色の四角い物体が出てきた。

 

「これが魔力エネルギーの塊、マナプリズムよ。そしてこの機械の名はマナプリズム変換マシン」

「いや、マナプリズムってか、ただの緑のウ○コじゃないですか、これえェェェ!!」

 

 清姫の咆哮にオルガマリーはうるさっと眉間にシワを寄せる。

 

「失礼なこと言うわね。これは立派なエネルギー源なのよ。マシュ、マナプリズムしまっといて」

 

 マシュはビニール袋を取り出し、それを手袋のように手にはめた。

 そしてマナプリズムを手に取る。

 

「マナプリズムの扱いが完全にウ○コのそれなんですが!? え、というかこのままだと私、あれに投入されるんです!?」

「うるせーな。もうウ○コでもなんでもいいけどよ。はやく済ませてくれよ。こっちは二日酔いの状態で無理矢理起こされてイラついてんの。今にもバーストしそうな勢いなの」

「年中アルコールで頭バーストしてる奴が何言ってるのよ。でも言う通りね。さっさと召喚の儀に入りましょう」

 

 少し脱線してしまったがようやく本題に入った。

 後ろで清姫が自分に降りかかるであろう運命にショックを受けてはいるが……

 流石にそれを見て哀れに思ったか。

 オルガマリーはため息を漏らしながらも優しく言葉を投げ掛ける。

 

「はあー…… 心配しなくても大丈夫よ、清姫。カルデア式の召喚システムはまだ不完全な所があるの。召喚事態失敗する可能性もあるし、その時は貴女にいてもらうわ」

「いや全然安心できませんって、それ!! 結局誰か召喚されたら私を臀部の中にシュート!! するじゃないですかあァァ!!」

「さ、さっさと召喚を始めるわよー」

 

 清姫を完全に無視し、オルガマリーは召喚の儀を始めるよう勧めた。

 早く終わらせたい銀時もとりあえず三つの石を魔方陣に投げ込む。

 すると石が光だした。光りは一本の輪になり、ぐるぐると回る。

 そして光は収束し、サークルの中央になにかが現れた。

 

「っ!? こ、こいつは!」

 

 ヌルッとした見た目。日本人には見慣れた定番品。そう。それはワカメだった。

 

「いや、なんでワカメだあぁぁぁ!!」

 

銀時のシャウトにマシュは冷静に答える。

 

「それは礼装ですね。サーヴァントに持たせることによって様々な能力が向上します。よく見てください。そのワカメの下に本があります。恐らくは偽臣の書という礼装です」

 

 本来の聖杯戦争ならばこのようなことはあり得ないのだが、カルデアのはあくまでも模倣システム。

 こういった不具合は起きてしまうのだ。

 

「こんなのはよくあることよ。いいから次召喚しなさい」

「くそっ、なんかパチンコで負けたような感覚で嫌になるぜ」

 

 そしてもう一度石を投げ込む。

 すると今度は光りが一本ではなく、三本の線になった。

 

「おお! これはサーヴァント、紛れもない英雄が来る演出よ!」

「ええ!? 本当ですか!! 本当にサーヴァントですか! こ、このままだと私、緑のウ○コに変換される!!」

 

 喜ぶオルガマリーに叫ぶ清姫。

 銀時とマシュは何が来るかとゴクリと唾を飲み込み、黙って見守った。

 光は収束し、魔方陣の中央にいたのは──

 

「私が来た!!」

 

 前髪の一部を角のように立てたオールバックの金髪と筋骨隆々のボディが特徴の大男だった。

 

「いや、ガチモンの英雄来ちゃったんですけどおォォォ!!」

 

 銀時はまさかの英雄の登場に叫ぶ。

 それに対し、大男はニヤリと笑う。

 

「人類史の危機…… か。けどもう大丈夫! 何故って? 私が来っ── ムムッ!!」

 

 ブシュー!! 決め台詞の最中、大男は顔をしかめた。

 すると突然体中から煙が吹き出す。

 煙の量はとんどん多くなり大男の姿を見えなくした。

 

「うわ! ちょっ、なによこれ!?」

「多分、ここに召喚される前に焼き肉でも食べてたんじゃないですかね?」

「それもう火災レベルの焼き肉だろ!!」

  

 銀時と違って、大男について全く情報を持たないオルガマリーとマシュは訳も分からずたじろぐ。

 逆に事情を知っている銀時は慌て始めた。

 

「おいおい! まじでここでなっちゃうの、あのモード! まずいよ!! 色々とバレちゃうよ!? これ原作銀魂とFateなのに、ヒ○アカ未読未視聴組に一話のネタバレしちゃうよ!!」

 

 そうこうしている内に煙が晴れ、大男の姿が顕となる。

 いや、もはや彼は大男ではなかった。いや、人間ですらなかった。

 

「我々には、名前があるのだ!!」

 

 人間のような二足歩行でありながら、全身は赤色の皮膚に覆われ、蛸のような顔をした化け物が立っていた。

 

「なんか英雄どころかとんでもねー化け物が誕生したあァァァァ!!? え、どういうこと!? 中の人なの? 中の人的なあれなの?」

「よくも……」

「え?」

「よくも よくも 花御を殺したな!!」

 

 化け物は体を震わせ怒りを顕にした。

 

「えええええ!? いや知らない! そんな奴知らねーし! 俺なんもやってねーし!」

「はなみってなんのことかしら?」

「所長、多分、彼は一人だけ花見に呼ばれなかった過去があるのでは? それで人間を恨んでいるのではないでしょうか?」

「あー、なんかヌメヌメしてそうだからかしら? しょーがないわね。おーい、蛸っぽい人。花見ならシミュレーションだけど出きるわよ。参加する?」

「いや、ヌメヌメしてんの、オメーらの頭!! つーかなんでお前らさっきからちょっと冷静なんだよ!!」

 

 珍しくボケにまわっているオルガマリーとマシュに銀時はツッコミを入れた。

 しかしそんなボケ合戦に化け物は益々怒りを込み上げる。

 

「許さない!! 領域──」

「ヤバイヤバイ!! なんか展開しようとしてる! 俺たちをビーチに引き込もうとしている!!」

「あれ? 花見よりもバカンス派だったのかしら?」

「花見はもういいっつーの!!」

「て、オロロロロロロロロロロ!!!!」

 

 何かをしようとした化け物だったが、急に嘔吐してしまった。

 

「吐いたあァァァァ!? 胎児か成体になっても出しちゃうの!?」

「うわっ! ちょ、マシュ、鬼太郎袋持ってきて」

「は、はい── あれ? ちょっと待ってください! この蛸さんが吐いたモノって、これ……」

「ふー………… 危うく死にかけたっビ」

 

 化け物の嘔吐物の中にはそれはいた。

 全身がピンク色でおちょぼ口の言葉を話す蛸が。

 

「蛸の中から蛸が出てきたあァァァァ!? どーういうことだこれ!? もしかしてマトリョーシカなの、これ!?」

 

 ピンク色の蛸は周りをキョロキョロと見渡す。

 すると胃の中を全て吐き出しゼーゼーと苦しそうに呻く化け物と目があった。

 

「ピっ!? き、君は…………」

「っ?」

「ま、まりなちゃん……」

「どこかあァァァ!? 目腐ってんのか! 上から下まで蛸の化け物だろーが!!」

 

 ピンク色の蛸は化け物のことを誰かと間違えたようで目をうるうると輝かせる。

 

「君は覚えてないだろうけど、僕は君に謝りたいんだっピ。まりなちゃーーーーん!!!」

 

 ピンク色の蛸は大きくジャンプし、触手を伸ばす。

 勘違いではあるものの再開に喜んだのだろう。

 ピンク色の蛸は化け物に抱きつこうとし、

 

 ゴンッ!!

 

「いて── あっ」

「ゴフッ!!」

  

 想定よりも距離が届かなかったか、ピンク色の蛸は頭から化け物の頭頂部へと落下し、見事に直撃する。

 すると化け物は血反吐を吐き、倒れた。

 

「タ○ピー鬼つええ! つーか、頭突き一発で死ぬってスペランカーか!!」

「いえ、どっちかって言うとコケピーね」

「お前は、なんでコケピー知ってて呪術○戦とかヒロ○カ知らねんーんだよ!!」

 

 謎に訂正してきたオルガマリーに銀時は切れ気味にツッコミを入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さっ。石はまだ1回分残ってる。こうなれば最後の望みにかけましょう」

「おいマジかよー。もう勘弁だぜ、これ以上は。こんなんだったらワカメの方がマシだぜ」

 

 オルガマリーはヤル気満々だが銀時は消極的だ。

 さっきのツッコミで疲れたのだろう。

 

「まあまあそう言わずに。ストーカーサーヴァント残しとくよりましでしょ。でないと………」

「ふふ……… ふふふふっ!! さあさあどうしますか? 今のところワカメと不気味なタコが二人?、召喚されただけでございますよ~。これはやはり私めをマスターのサーヴァントとして、いえ、正妻として迎えるべきなのでは!?」

「どんどん調子乗るわよ。このストーカー」

 

 清姫は顔を歪め声を上げて笑って見せる。

 ちなみにタコ二人は後ろでワカメを食べてる。

 それを見た銀時は流石にイラっとし、こいつ殴ってやろうかとも思ったがどうせサーヴァントには通じないので止めた。

 それよりもさっさと普通のサーヴァントを召喚し、清姫を黙らせた方がいいだろう。

 

「とはいえ…… もうちょいなんとかなんねーもんかね? ほら。昔都市伝説にあったじゃん。パチンコ玉を磁石で動かすとか。そんな感じのねーの?」

「あるわけないでしょ! 英霊召喚はギャンブルとはちが── 『ちょっと待ったあァァ!!』っ!?」

 

 オルガマリーが呆れて否定しようとすると部屋の扉が強く開かれ、待ったの声をかける者が現れた。

 

「ダ、ダヴィンチ!?」

「ふふ。この世紀の大天才である私の手にかかれば、召喚の確率操作など簡単さ」

 

 それはカルデアの正式サーヴァントの一人、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 自信満々に言ってのける彼、ではなく彼女に銀時は興奮気味に返す。

 

「まじかよ、ダヴィえもん!」

「まじだよ、銀時くん いいかい? 英霊召喚には様々な願掛け── もとい宗派が存在してる」

「そんな話初めて聞いたんですけど!?」

  

 オルガマリーは突然の新事実に驚くも、ダヴィンチは構わず話を進める

 

「かつて聖杯戦争に参加した触媒も用意できない貧ぼ…… 失礼、巨大な後ろ楯がなかった魔術師たちはそれぞれがこの宗派に入り、英霊を召喚していたんだ。その宗派は様々だ。そう例えば──

 

 深夜二時ピッタリに召喚教

 

 躍りながら詠唱教…

 

 飛びはねながら詠唱教…

 

 お参りしてから召喚教…

 

 4G回線の中で召喚教…

 

 カレーうどんを食べた時、一切染み付けなかったら召喚教…

 

 他のソシャゲやってて全然レアキャラ出なかったら、いや、まじでここで位出るよね!? ねえ!? でないとおかしいよね!? 教…… 等々」

 

「いや、最後のおかしくない!? 最早、ただの愚痴だし。というかなんなら途中から大分おかしいし!! 英霊召喚なのに4Gとか近代的すぎるでしょ!!」

 

 オルガマリーはツッコミを入れるが話は続く。

 

「そんな中でも私が知る限り、最も強力な宗派がある。それは……」

「そ、それは……」

 

 銀時はゴクリと唾を飲み込んだ。

 ダヴィンチはそれを見てフフンと笑うと、蛸の化け物の前に立つ。

 

「うん。君が丁度良い」

「え?」

 

 ワカメを食べていた化け物はダヴィンチにいきなり頭をつかまれた。

 そして── 

 

「蛸をケツの中にシューーート!!」

 

 化け物はそのまま穴の中へと吸い込まれた。 

 そしてレバーを引き、マシンはガタガタと揺れ始める。

 そして動きを止めると穴からプリっと何かが飛び出る。

 

「完成だ…… これぞ、ジュジュットモンスター 君に決めた教さ!!」

 

 ダヴィンチは出てきた物体を手にとって見せた。

 それは全体が、どす黒い不気味な球体だった。

 銀時はそれを見てプルプルと体を震わす。

 

「いや、これ………… かん ぜん に !! 吐瀉物を処理した雑巾の味がするヤツじゃねーかあァァ!! なにモ○スターボールですみたいな顔で持ってんの!?」

「失礼なことを言うねー。いいかい? これを聖唱石の代わりに入れる。すると確実に超級のサーヴァントが召喚されるんだ。さあ、ウダウダ言わずにさっさと投げたまえ」

 

 憤慨する銀時だったが、どうせ駄目で元々なのだ。  

 こうなったらさっさと終わらせてやると魔方陣へと向き直る。

 しかしそこには魔方陣ではなく──

 

 鎖に繋がれた黄金の巨大な竜の顔があった。

 

「なんか別ゲーになってるうゥゥゥ!!?」

「さあ! あの竜の片眼に玉を引っ張りショット!! するんだ!!」

  

 ダヴィンチの言う通り、竜は片眼だけなく空洞だった。

 

「だあああ!! もういい! どうにでもなれ!!」

 

 銀時は半場ヤケクソ気味に玉を投げる。

 すると見事、竜の片眼に入り、顔が一回転する。

 そして──

 

 パンパンパンパパーーン!!

 

「これから人理はどうなるか…… か。 何も変わらん。呪い呪われ死ぬだけよ」

 

 召喚されたのは、古めかしいイタコの姿── ではなくアイドル法被を羽織り魔方陣の上に座る老婆だった。

 

「結局呪術○戦んんんんん!! 呪われてんの、人理じゃなくて俺ら!!」

「老婆のサーヴァント…… 見た感じ、クラスはキャスターってところかしら? 貴女真名と能力は?」

 

 銀時はともかく目の前の老婆に知識のないオルガマリーは冷静に分析する。

 

「儂の名はオ○ミ婆じゃ…… 娘よ、儂のことを知りたいのか?」

 

 

 

 

 人理に聞いた! オ○ミ婆のプロフィール

 

 Q オ○婆のサーヴァントとしての魅力は?

    降霊術で死んだ人間の肉体情報を降ろせる所♥️

 

 Q  オ○ミ婆のチャームポイントは?

    歯

 

 Q オ○婆の特技は

    暗殺

 

 Q オ○ミ婆を動物に例えるなら?

    動物じゃないけど制服の似合う若い娘かなーやっぱりww 

 

 Q  オ○ミ婆の好きな寿司ネタは?

    釣ったばかりの生魚を捌いたモノ

 

 Q オ○ミ婆が無人島に持っていくなら?

    推しの体の一部

 

 

 

「アイドルのプロフィールリレーみたいな紹介止めろ!! つーか暇なの、人理!?」

「ちょっ、ちょっと待って! 貴女、降霊術を使えるの?」

 

 銀時はツッコミを入れるが、それよりもオルガマリーはプロフィールなあった降霊術に目をつける。

 その反応にオ○ミ婆はニヤリと笑ってみせた。

 

「実際に見せてやろう。これぞ儂の宝具! □□□□□□□□□─」  

 

 そう言うと老婆は何やら呪文のような言葉をぶつぶつと唱え始めた。

 何を言っているのかはよく聞き取れないが、詠唱は終わったようだ。

 老婆は目をくわっと見開き、懐から真っ白な髪が三本程入れられたカプセルを取り出す。

 それをそのまま口に含み始めたのだ。

 

「え? ちょっと、なにを── !」

「ふふ、成功じゃ── ムムっ!? な、なんじゃ!? これは!?」

 

 オ○ミ婆は最初ほくそ笑んでいたが、急に苦しみだす。

 すると彼女の肉体は徐々に変わり始め、

 

「降ろしたのは肉体情報のみのはず! こ、これは……」

 

 オ○ミ婆 降霊術の能力解説──

 

 降霊対象の体の一部を経口摂取することで身体に憑依させる『魂憑依人間』

 

「急にワン○ースの能力解説みたいなの始まった!?」

 

 発動には詠唱などの時間がかかる為、その間本人は無防備になるという縛りが存在する。 

 尚、降霊の際には、「肉体の情報」と「魂の情報」は別に扱われており、暴走など不測の事態を防ぐため、基本的には肉体の情報しか降ろさない、なのだが──

 

 今回は降ろした魂に問題があったか。オ○ミ婆の魂は降ろした魂の情報に勝てず、抵抗しようとするもついに消滅。

 結果彼女の肉体は、

 

「今日からここがスイートマイホームじゃい!!」

 

 本来ならば変わらない筈の服装までも含めて完全に変化してしまった。

 彼女の古い和服は消え、代わりに頭にオレンジの帽子。顔には瓶底眼鏡。体はジャージとフンドシ姿へと変わり。足も脛毛だらけの白髪の男性になっていた。

 

「ババアがジジイになっただけだったあァァァ!? つーかなんか見たことある気がするんだけど、こいつ!」

  

 何故か知り合いにそっくりな男の登場に銀時は狼狽してしまう。

 

「あー、まあ人間って年取ると、女なのか男なのかわからなくなし…… 特に変化はないわね」

「いや、あるだろ! おい、ダヴィンチ、どうい

うことだよ! 結局大外れだろーが!」

 

 銀時は怒りの矛先をダヴィンチへと向けた。

 しかしダヴィンチは特に焦った様子を見せない。

 それどころか不適に笑い白髪の男性へと近づく。

 

「銀時くん。君はわかっていないようだね。彼は間違いなく超級のサーヴァントだ。だってメガネ取ったら、ほら」

 

 そう言って、ダヴィンチは白髪の男性のメガネを取る。

 するとキリッとした鋭い眼孔が顕となった。

 

「武蔵じゃん」

「どーでもいいんだよ!! だから、なんだ? そいつが宮本武蔵だとでも言い張る気かテメー!!」

「もー、君は文句が多い。しょうがない。ここは引き直しといこう。なんとカルデア式召喚システムでは、好きなサーヴァントが出るまで引き直しができるのさ! これを通称リセマラと言う」

「まじ!? そんなファ○パレみたいな神運営なのか、カルデア!」 

 

 まさかの引き直し可能という事実に銀時は驚く。

 ダヴィンチは早速、引き直しをしようと武蔵っぽい人の前に立った。

 そして魔力測定器でもある彼女の武器「星を表す杖」を構え、

 

「えい」

 

 バキンンンン!!

 

 武蔵っぽい人の頭へと勢いよく振り下ろした。

 

「いや、それジジイの人生リセマラしてるだけえェェェ!!」

 

 このまま武蔵っぽい人は潰された、かに思えたが──

 

「なるほどな……… これが人理を守る組織カルデアの現状とは笑わせる」

 

 どうやら息はあったようで、ダヴィンチの杖を手で押しのけ、武蔵っぽい人はニヤリと笑い立ち上がったのだ。

 その鋭い眼孔は相変わらずだが、声色は召喚時の年老いたモノとは違う歴戦の猛者を思わせるモノに変わっていた。

 

「ジジイ!? 頭打たれたせいか、別人みたいになってっけど!?」

「召喚し、弱き者、使えぬ者と判断すれば即座に切り捨てる。ああ。人類という大多数の人間を救うためならば、我ら少数の弱者を犠牲とする行為は理に叶っているだろうさ」

「滅茶苦茶流暢に喋ってるよ! なにこれ!?」

「だがそれで人類を救った後、お前たちの後ろに残るモノはなんだ? 名声か? 栄誉か? 誇りか? いいや、違う。そこにあるのは積みかされた怨念渦巻く屍たちの山だけよ」

   

 武蔵っぽい人は続ける。

 

「お前たちはこれまでいったい何人の英雄を犠牲にした? マナプリに変換し、QPへ換金し、時には他の強者たちの強化へと利用した」

「んなことしてないけど!? いったい何の話をしてんの、お前!?」

「…… 確かに、その通りね。私たちは人類を救うために彼らの魂を軽んじていたのかもしれないわ」

「所長……」

 

 武蔵っぽい人の話を聞き、オルガマリーとマシュは顔を俯かせた。

 しかし銀時は冷ややかである。

 

「ええええ!? お前ら、今ので効いてんの!?」

「私たちは間違っていたのかしら」

「…… さてな。さっきも言ったがこの行為事態は理に叶っている。中にはそれを良しとする英霊もいるだろうしな。だが、だからといってこれを肯定する訳にもいかん」

「だったらどうすれば……」

 

 オルガマリーは武蔵っぽい人の答えを待つ。

 

「前に進むのだ。今でに犠牲にしてきた者たちの思いを、怨念すらも全て背負って進み続けるのだ。己の犯した罪をこれからも犯し続けるであろう罪を忘れずに、人類を救うのだ。それがお前たちにできるせめてもの贖罪だ」

「進み続ける…… !!」

「そうだ!! 我等は進み続ける!! 人類の平和を! 人類の理を! 人類の愛を! 取り戻すために!」

「武蔵っぽい人!! 私、私は貴女についていくわ!!」

 

 オルガマリーの目には涙が溢れていた。

 マシュも泣いていた。ダヴィンチもうんうんと頷いている。

 銀時は白眼を剥いていた。

 武蔵っぽい人はふっと笑う。

 

「ならば行くぞ!! 人理を取り戻すために! さあ、みな、俺についてこい!! あの夕日に向かって走り続けるのだ!!」

 

 そして彼は先頭をきって走り出す。

 その両足は力強く、前へ前へと向かって走り続け、

 

 ズボッ!!

 

 マナプリズム変換マシンである鉄の臀部の穴へと頭から入って行った。

 

「すいませーーーーん!! そこ、夕日じゃなくてブラックホール!!」

 

 そのまま変換マシンはガタガタと揺れ始め、プリっと穴から変換したエネルギーの塊、マナプリズム── ではなく黄色のレアプリズムを出した。

 

「あいつ星4以上のサーヴァントだったんかいィィィ」

 

 

 

 

 

 

「…… あれ? 結局、私はどうなるんです?」

 

 その日、幸か不幸か。 

 清姫の存命は決定され、銀時と契約することになるのだった。

 

 現状の銀時の契約サーヴァント

 

 マシュ・キリエライト

 清姫

 




 
 武蔵っぽい人はあくまでもこの世界における宮本武蔵の名前を語るのに最も相応しいと人物と人理が判断しただけの人です。
 なので宮本武蔵本人でもなければ銀時の世界の武蔵っぽい人でもありません。  
 
 ただのそっくりなオッサンです。


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第二特異点 永続狂気帝国 セプテム
ローマ


  

 

 

 熱狂が── いや、熱狂(ローマ)がこの土地全体に伝わっていく。

 それはある者にとって切望していたモノであり、またある者にとっては恐怖の対象でしかなかった。

 

 

 

「万歳!!」「我等がローマ!!」「真なる皇帝の帰還である!! 万歳! 万歳!!」「正当なりし連合ローマ帝国に栄光を!! 我等の命を捧げよ!! ローマと共にあれ!!」

 

 

 とある街中心に建つ巨大な城。

 城の周りには大勢の兵士たちが集まり、皆異様とも言える程に昂っているのが見てとれた。

 その熱狂を城の中から見下ろす者が三人。

 

「随分な心酔ぶりだ。この時代の皇帝は人間の民共からの人望が熱いものであったはずだがな…… まあ、単純な話。お前はそれを越える程に奴等から神格化されているということか。ふん。実に単純でくだらんな。所詮貴様など、私が不要と見定めれば捨てられ、替えのきく傀儡でしかないというのに」

「…………」

 

 兵士たちの古めかしい鎧とは対称的に随分と現代的な衣装である緑のタキシードに身を包んだ男は滑稽だと馬鹿にするように笑う。

 その笑みには侮蔑の意味も込められていた。

 それを理解していた彼の言う神格化された人物は、あえて何も返さない。

 いや、何を言っても意味がないとわかっているからだ。隣の男は何処までも兵士や己を見下し、ゴミのようにしか思っていない。

 そんな男に己の意見など言うだけ無駄だろう。

 しかし、この場にいるもう一人の男は違った。

 

「だが単純だからこそ扱いやすい。これだけ使える神輿を招けたのもお前さんの運が良かったって所だろう。文句を言う暇があれば少しは自分の豪運に感謝した方がいいと思うぜ」

「ふん…… ただ見ているだけの傍観者が、口出しするモノではないな。貴様を今すぐにでも処分することができないことが口惜しい位だ」

 

 丁度光の届かぬ所に男は立っていた。

 その言葉は神格化された人物を庇ったモノなのか、真意はわからないが、タキシードの男を否定するような言葉であることには変わりない。

 影がかかり姿はよく見えないが、声だけでもタキシードの男を苛立せるのには充分だった。

 

「そういった意味では俺も運が良いな。あんたのもっとデカイ神輿の気紛れで俺は今もこうしてキセルをふかしていられる」

「全くだ。恐れ多くもこればかりは理解できないがね。だが、我が王の寵愛を受けられたこと、貴様は感謝するがいい」

「ククク。ああ、心遣いに痛み入るよ。だがあんたも覚えておくといい」

「なに?」

「掲げた神輿を間違えれば、必ずお前さんは押し潰されるだろうよ。少なくとも隣の皇帝さんは無粋な真似をしないだろうがな…… ま、気に入らないからと、神輿は軽々しく変えるモノじゃないってことだ。ここでの祭りも長くなるだろう。精々大事にしてやんな」

 

 男からしてみれば、ちょっとした気紛れな助言のつもりのようだ。

 だが基本見下す対象である彼の言葉など、タキシードの男にとっては余計苛立ちを募らせるものでしかなかった。

 

「余計なお世話というモノだな。こいつらの有用な使い道。それは使い捨てとしての駒だ。だが、まあ…… 使い用がある以上は手元に残しておくさ。少なくともこいつは貴様の言うこの地における神輿としては適切だ。現状はすげ替えることはない」

「そうかい。だったら暫くはこの連合も安泰だ」

 

 そう言うと、男は城の奥へと向かって歩いて行く。

 

「何処に行く?」

「何、フランスの時と同じさ。俺はここではただの傍観者。ぶらりぶらりと観光でもさせてもらうするさ。ああ、心配はいらねェ。少なくとも今は…… 壊しはしねーさ」

 

 それだけ言い残し、男は去っていった。

 男の背中を見届けたタキシードの男はチッと舌打ちをする。

 

「不気味な男だ。まあいい。おい」

「………… ウム」

 

 神輿と担がれし、兵士たちの真なる皇帝でもある男が前に立つ。

 するとそれだけで兵士たちの熱は更に大きく上がっていく。

 高ぶる熱狂に大地が揺れるように感じられた。

 タキシードの男は鬱陶しそうに眉をしかめた。

 皇帝は両手を掲げる。そして彼等に告げる。

 

「── (ローマ)である!!」

 

 一言。

 たったそれだけの一言に全てが込められていた。兵士たちの喝采が大陸全土に響き渡っていく。

 この熱狂がこの世界を戦乱の地へと変えていく──

 

 

 

 

       二章 第二特異点

 

     永続狂気帝国 セプテム

         薔薇の皇帝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── カルデア 管制室

 

 

 この場には所長、オルガマリーを筆頭にマスター、坂田銀時。そのサーヴァントであるマシュ・キリエライトと清姫。

 そしてサポートであるロマニとダヴィンチ、カルデアスタッフ数名が集まっていた。

 集まった理由は当然のことながら特異点修復である。

 二つ目の特異点、行き先は一世紀のヨーロッパ。

 つまりは古代のローマ帝国であり、地中海を制した言われる当時の大帝国だ。

 その名を聞いたダヴィンチは興味を抱き羨ましそうに私も行きたいと目を輝かせている。 

 

「駄目に決まってるでしょ、ダヴィンチ。あなたには解析作業があるんだから。サーヴァントはマシュに清姫もいるんだし」

 

 興奮気味のダヴィンチをオルガマリーは静かに諌めた。 

 

「むー、残念。誰でもいいから一人くらい、ローマ皇帝と話してみたかったんだけどなぁ」

「今度ね、今度。もしかしたら今後、銀時がサーヴァントとして召喚することもあるだろうし。今はサポートに集中しなさい。とはいえ……」

 

 肩を落とすダヴィンチだったがあっさり引き下がった様子にオルガマリーはホッとする。

 ダヴィンチの強みは、やはり歴史に名高い知性だろう。

 現場に出て危険な目にあうよりも管制室から安全に状況を見定めてもらった方が効率がいい。

 とはいえダヴィンチの好奇心にも一定の理解を示すオルガマリーは今後もチャンスはあると宥めつつ、横目で銀時を睨む。

 

「ダヴィンチの積極性はしっかりと見習ってほしいものね、銀時」

「うぷ…… ちょっ、トイレに行ってもいい?」

 

 世界を救う最後のマスター、坂田銀時。

 そんな彼は今、顔を青ざめ、左手を壁につき右手で口を抑えて俯いていた。

 

「あなたが人類最後のマスターでなれけば今すぐトイレに流していたところよ。昨日もバカみたいに酒盛りして」

「バカやろー、オメー。男にはな、必要なんだよ。嫌なことを全部忘れて酒に溺れたくなる時が── オボロロロ!!」

「本当だ、溺れてる。酒じゃなくて、自分の嘔吐物にだけど」

 

 銀時はついに我慢できず胃の内容物を吐き出してしまう。

 一応、危険を察知したマシュが袋を出す直前に銀時の口元へと向け、嘔吐物を受け止めたのて、最悪は免れた。

 

「…… 先輩には忘れたいことがあるのですか。もしかして先輩の記憶にない夢を見てしまったりとか…… 」

「オボロロロロ!! うー…… んあ? ゆ、夢? なんで?」

「い、いえ…… なんでもありません。あ、これ捨ててきますね」

「あ、そ、そう…… うう…… だ、誰か飲み物くんない?」

 

 何か気になる様子のマシュだったが、気持ち悪さが勝ってしまい、気に止める余裕はなかった。

 吐いてある程度スッキリはしたが、まだ不快感が残っている銀時にスッとコップが差し出される。

 

「お、麦茶。わりーな。えーと…… 清姫」

「いえ妻いえ…… マス妻ターの、健康妻をお守り妻するのは妻の役目妻ですから妻」

「いや、妻妻うるさ!? なにこれ、妻のサブリミナル!?」

 

 銀時の妻(自称)であることを強調する清姫にオルガマリーはツッコむ。

 当の銀時はツッコミを入れる余裕もなく麦茶を飲んでいるが。

 

「所長、そろそろ……」

「わ、わかってるわよロマニ。えー、コホン。では、繰り返しになるけれど、行き先が決まったわ。目的の時代は一世紀のローマ。聖杯の正確な場所は未だ不明。前回と同様、あなたたちには特異点の調査、修正及び、聖杯の獲得を行ってもらうわ」

 

 話が脱線しかけてたが、ロマニのおかげで軌道修正することができた。

 オルガマリーは所長として今作戦の概要を説明を行った。

 改めて説明を聞き、銀時以外の面々は気を引き締め動き出す。

 

「さ、銀時。あんたも行くのよ」

「ぷはー、あー、わーったよ。わかったから急かすな」

「新婚旅行はローマ…… 悪くありませんね。ふふ、そこで必ず……」

「清姫、あんたのこと、監視してるから。変なことしたらマジで処すから」

「処す!?」

 

 銀時に良からぬことをしようと企てる清姫をオルガマリーは冷たい目を向けながら脅した。

 

「全く…… サーヴァントとしての自覚を持ちなさいよね…… ん?」

「フォーウ、フォー……」

 

 呆れていると忍び足で歩く四足歩行の生物、フォウの姿が視界に入った。

 

「フォー…… フォ」

「………… ちょっと」

 

 オルガマリーとフォウの目が合う。

 さるとフォウがたちまち体中に汗を流し始め、そして──

 

「フォウフォウ!!」

 

 脱兎の如く駆け出した。

 

「いや、待ちなさいよ、この謎生物!! あなた、まーた、マシュに隠れてレイシフトしようとしたわね!! 私なんか、レイシフトしたくても出来ないってのに!!」

 

 オルガマリーも小さい体でフォウを追いかけ始める。

 

「フォウフォウ!! 訳 うるせー!! ただでさえ出番すくねーんだ! レイシフト位させろ!!」

「なんて切実な理由!? いや、フォウの言葉、理解できた私もヤバいけど、そんな理由でレイシフトさせられるか!! どーせレイシフトしたってあなた空気なんだから意味ないわよ! フランスでなんか後半いなかったも同然じゃない」

 

 オルガマリーの何気ない言葉がフォウの逆鱗に降れたか。

 フォウは逃げるのを止めてオルガマリーの方へと振り返り、んだとコノヤローと言わんばかりに吠える。

 

「フォウフォウ!!」

「うわっ!? ちょ、いきなり止まんないでよ!! あ、足すべ──」

 

 ズルッ!! 

 そこには、先ほど銀時が嘔吐した時に受け止めきれなかったか、少量の嘔吐物があった。

 気づくのが遅れたオルガマリーは思いきり足を滑らせた。

 そして体は宙に浮かび──

 

「フォ── ぐ、ゴクン! フォウ……」

 

 フォウの口内へと見事に吸い込まれ、喉奥へと落ちていったのだった。

 

「………」

 

 そしてフォウは顔を青ざめ周囲に見られていないか確認しながら、その場をゆっくりと離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうこうしている内にレイシフトの準備が進められていき、銀時はコフィンの中へと入る。

 

 

 ──アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始します

  レイシフト開始まであと3、2、1……

 

「銀時くん、マシュ、清姫…… 頼んだよ」

 

 ロマ二は彼らの無事とミッション達成を祈る。

 それは他のカルデアスタッフたちも同じく、固唾を飲んで銀時たちを見守る。

 

 

 ──全工程 完了

 

 

 

 今、二度目の特異点修復の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 ──グランドオーダー 実証を 開始します。

 

 

 

 



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赤き皇帝

 第二特異点、行き先はローマ帝国。

 最初のレイシフト先は情報の得やすい首都ローマであることを事前に銀時たちは知らされていた── 筈なのだが

 

「思いっきり丘ですね。見渡す限り」

 

 清姫は上に広がる青空と大地に広がる草花を見てボソリと呟く。

 それを聞いていたロマニは通信越しに、えー!? と驚いて見せた。

 

『あれれ~、おかしいぞ~』

「どこぞの頭脳は大人な名探偵風に言っても駄目ですよ。もし嘘をついたというのならば……」

 

 ボケて誤魔化すロマニに清姫はニッコリと笑った。

 

『じょ、冗談だってば! こっちでも転送座標がズレってしまったのは予想外だったし、原因はわからないんだ。一応時代はあってるし、首都からもそこまで離れていないから問題はないと思うけど…… 銀時くん。何か周囲に変わったことはないかい?』

 

 ロマニは一応マスターである銀時に状況確認をするように促す。

 銀時は気だるげに空を見上げ、

 

「変わったことと言えばだが…… まあやっぱ、あの変な青空だな」

 

 銀時の見る先の空。そこにはフランスで見たモノと同じ巨大な光の輪があった。

 

『光の輪か。相変わらず原因は不明だ。それに関してはこちらでも引き続き調査を進めていくよ。ですよね所長…… あれ? 所長?』

 

 ロマニはオルガマリーにも同意件を求めようとしたのだが返事がない。

 気づくとオルガマリーの姿はなかった。

 今は小さな体になってしまったので、見失のも仕方がないかもしれないが、いったい何処に行ってしまったのか……

 

『おかしいな? ダヴィンチ、知らない?』

『さあ? トイレにでも行ったんじゃないかい』

『所長ってトイレに行くのか…… ドラえもんなみに謎なんだけど』

「フゥー、ンキュ!」

 

 不可解すぎるオルガマリーの体に話が脱線しかけると、聞き覚えのある獣の鳴き声がマシュの盾から聞こえてきた。

 

「フォウさん!?」

「この小動物、まーたついてきやがったのか」

 

 危険地帯である特異点に態々ついてきたフォウを見て、銀時は呆れる。

 

「フォウさんも狭い基地より広い世界がいいのかもしれませんね。それには私も同意件です」

「はあ。まあ別にいいけどよ…… それより、なんかそいつ腹でかくね?」

「フォ…… ムギュ、キュー」

 

 銀時の指摘通り、フォウの腹部は妙に膨らんでいた。

 フォウは脂汗を流し、さっと目をそらす。

 

「あん? おい、お前…… なんか変なモノ拾い食いしたんじゃ──」

 

 その時だった。

 丘の向こうから、大勢の怒号が聞こえてきたのだ。

 中には鉄と鉄がぶつかりあうような音や、悲鳴の様な声まで混じっていた。

 

「こいつは……… !」

「先輩! これはおそらく多人数戦闘の音かと思われます」 

 

 銀時たちは警戒体勢をとる。

 

『戦闘だって? おかしいな、この時代に首都ローマ付近で戦闘があったなんて話はないぞ』

「要は異常が起きたってことだろーが。んで、所長はいねーみたいだが、どうする?」

 

 銀時はこの状況での判断を所長の代わりに事実上のNo.2となっているロマニに仰ぐ。

 ロマニは勝手に良いのかと一瞬考えるが、状況は一刻を争う。

 直ぐに覚悟を決めた。

 

『よし! 歴史に異常が発生したと仮定し、状況確認の為にマスター坂田銀時、及びサーヴァント、マシュ、清姫には現場へと急行してもらおう! ただし、無茶はしないように。命大事にだ!』

「りょーかい。じゃあ作戦ガンガン行こうぜ、で」

『話聞いていた!?』

 

 ロマニのツッコミはありつつも銀時たちは戦場へと向かって駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣と剣がぶつかり合う。

 兵士の悲鳴が、喝采が、怒号が響き渡っていく。

 奏でられる戦場の歪な音楽に、それでも臆することなく。それどころか己を奮い立たせる要因として、この場の将として、彼女は剣をふるっていた。

 

「はあ!」

「ぐあ!?」

 

 剣の一太刀は一撃で屈強な男の兵士を斬り倒した。

 そのまま一息つく暇もなく、また次の敵を打ち倒し、さらに己の兵士へと指示を出す。

 

「決して広がろうとはせず、必ず固まって動くのだ!! 敵の挑発には乗るでない! あくまでも余の補助をしつつ、的確に敵を討つのだ。確かに我々は数で劣っている。だが臆するな! 敵は所詮はローマの誇りを捨てた烏合の衆。真なるローマである余らにかなう道理はない!!」

 

「おお!!」

「恐れるな!! 皇帝、ネロ陛下に続け!!」 

「我らこそローマである!!」

 

 『ネロ』

 そう呼ばれたの的確に指示を出しつつ敵兵を屠ってきた少女だった。

 この戦場においてはあまりにも場違いな美少女であるネロだったが、彼女の言葉に味方の兵士たちは鼓舞され、士気を大きく上げていく。

 とはいえ数ではネロの率いる兵士たちよりも、敵の兵士たちの方が多いのは事実。

 なんとか戦線を保ってはいるが、正直言ってじり貧に近かった。

 

「むう! 数だけは一丁前に揃えおって、連合め!! やはりブーディカだけでも首都に残しておくべきだったか…… !」

 

 士気の上がっている味方の兵士には勿論聞こえないようにだが、やはり愚痴は漏れてしまう。

 とはいえ、引くわけにはいかない。

 ここを守らなければ首都ローマが敵軍に蹂躙されてしまう。 

 皇帝としてそれだけは決して許すわけにはいかない。

 

「来るのならば来るがよい! 全て斬り伏せ── む?」

「ぐああああ!?」

「な、なんだ!?」

 

 突如、敵軍の後方から悲鳴が聞こえ始めた。

 しかし味方の兵士たちは己の近くにいる為、これはあり得ないことだ。

 まさかブーディカたちが戻ってきた…… とネロが援軍の可能性を考えたが、違った。

 それは、

 

「おらァ!」

「はっ!」

「やあああ!!」

 

 敵兵の悲鳴の原因。

 それは彼らにあった。

 一人は木製の剣で鉄の鎧を着こんだ兵士を打ち沈める男。

 一人は火のついた扇子で兵士を圧倒する少女。

 一人は巨大な盾を華奢な体で振り回す少女。

 彼らの強さは圧倒的で、兵士たちは反撃する余裕も与えられなかった。 

 それどころか、彼らは兵士たち相手に手加減しているようにも見える。

 実際、武器や武装の破壊。精々、気絶させる程度の威力で彼らは兵士たちに攻撃を加えていたのだ。

 敵に対し、情けをかける余裕がある程の強者。

 彼らは初めて見る人間だったが、この強さには覚えがあった。

 

「この力は、ブーディカや荊軻と同じ…… !」

 

 一騎当千とも呼ぶべき、圧倒的な力。

 ネロは思いもよらない援軍に一瞬呆けてしまうが、直ぐに気をはり直す。

 

「あれが敵か味方か…… まだ判断はできぬが、構わぬ! 今が勝機である!! 畳み掛けよ!」

「「おおおお!!」」

 

 ネロは己の兵士の闘志を奮い立たせ、剣をふるう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場にたどり着いた銀時たちの判断は早かった。

 この状況の異常を解決し、情報を得る手っ取り早い方法はどちらかの軍につき、恩を売ること。

 ならばどちらにつくか。

 見たところ、片方は大規模の部隊。片方は少数ではあるが、一人で何人もの兵士を斬り倒す少女が率いる部隊。

 この場合つくのならば正統性があり、この時代において正常であるだろう部隊なのだが……

 

「あの女性の部隊は、恐らくですが首都ローマを守るように戦っていると思われます。そうなると片方の大規模部隊は」

「ローマに攻め入ろうとするどっかの国か、テロリストってわけだ。となると話は早え。あの赤い女につくぞ。それと、おい、ロマニ。あいつらは全員人間なんだろ? 見たところサーヴァントの感じはしねぇ」

『うん。銀時くんの言う通りだ。あの女性を含め、サーヴァントの反応はない。全員間違いなく人間だね』

 

 ローマを守る者ならば少女たちは正しきこの時代の軍である可能性が高い。

 ならば少女の率いる軍につくのがいいだろう。

 ついでに銀時はロマニに人間かどうかの確認をし、マシュへと視線を向ける。

 

「おい、マシュ。相手はサーヴァントじゃねぇ。生きた人間だ。無理はすんな」

 

 銀時は攘夷戦争を生き抜いた侍だ。

 命のやり取りは嫌という程、繰り返し、慣れきってしまった。

 だがマシュは違う。

 彼女は人類を救う為に、カルデアに勤め、サーヴァントとしての常人ならない力を得てはいるが、彼女の性格を知る銀時からしてみれば普通の少女に他ならない。

 いや、寧ろ優しすぎると言ってもいい。

 何せ、侵入者であった自身を卑下することも警戒することもなく、毎日のように顔を合わせてくれていたのだから。

 

「…… ! ご心配、ありがとうございます、先輩── いえ、マスター」

 

 銀時の気遣いを察したマシュは微笑み静かに答える。

 デミサーヴァトである自身は最早、いや、生まれた時(・・・・・)から普通の人間ではない。

 なのに銀時はあくまでもマシュを人間として扱ってくれる。

 それがマシュには不思議と心地よかった。

 

「ですが、私は大丈夫です。無論、手加減はします」

「なんだが、妙に良い雰囲気なのが気になりますが…… ええ、私も無粋な真似は致しません。旦那様の背中は私は守りすので」

「はっ、そうかい。そんならいい。行くぞ、お前ら!」

 

 ここからはあっという間だった。

 銀時を筆頭にまるて戦車のように彼らは敵軍を蹴散らしていく。 

 ただでさえ力で圧倒されているのに、突然の事態に敵兵士たちは対応が遅れてしまいなすすべなく無力化されていった。

 しかし数だけは多いので、敵軍の指揮官クラスらしき兵士は直ぐに体勢を立て直し、自軍を鼓舞する。

 

「落ち着け!! 敵の援軍が来ようとも、数では我らが圧倒的だ。物量で押し返すのだ。心配せずとも我らにあの御方の御加護がある!! 我らこそが真のローマ。ローマの祝福があるのだ!!」

「うおおお!!」

 

 銀時たちの力を目の当たりにしても、彼らの士気は完全に下がらない。

 

「おいおい、随分と血気盛んな連中じゃねーか」

  

 命など惜しくはない。

 そう言わんばかりに兵士たちは迫ってくる。

 この熱量は銀時が攘夷戦争時代に共に戦ってきた侍に通じる所がある。

 特に、かつて共に戦った高杉の率いる鬼兵隊を思い出した。

 それはつまり、敵兵士を率いる将は彼等の心を突き動かす程にカリスマに溢れた人物であるということ。

 

「ちっ。こいつは厄介かもな……… おい、フォウ! テメーはマシュの後ろに隠れてろ!」

「キュ! フォーウ!」

 

 勝手についてきたフォウに銀時は半分呆れつつも放っとくわけにもいかないので隠れるよう指示を出す。

 フォウは言われた通り、隠れようするが、そこで何故か足を止めた。

 

「? おい、なにして」

「フ、フォ……」

「今だ!! 連合ローマ帝国に祝福あれ!!」

 

 体を小刻みに震わせ、顔を青ざめた。

 そうこうしている内に敵兵士たちは人質、いや獣質にでも使えるんじゃないかと、間違いなく、この戦場で一番の弱者であるフォウへと向かっていった、その時──

 

「フォ、ゲロロロ!!!」

 

 フォウの口から何か異物が勢いよく発射された。

 異物は兵士の一人へと向かい、思わず手で受け止める。

 

「うお!? な、なんだ」

 

 兵士は受け止めた異物を確認しようと目を向けた。

 するとそこには

 

()うわよ、こら」

 

 祝福、ではく呪詛を向けてきそうな目で睨む、胃液まみれの小さな人形があった。

 

「「「ぎゃあああ!!? チャ○キーだあァァ」」」

「ぐへぇ!?」

 

 人形、いや今の今までフォウの胃に入っていたオルガマリーを兵士たちは投げ捨て、叫び声を一斉に上げた。

 そして恐怖は瞬く間に敵軍全体へと伝染していく。

 

「て、撤退だァァ!!!」

 

 敵兵士の一人が撤退と言い、戦線を離脱する。

 するとそれに続いて、次々に他の兵士も撤退していき、敵軍は完全に瓦解した。

 残されたオルガマリーは胃液まみれにながら悪態をつく。

 

「あーもうっ。なんで私がこんな目に。ていうか誰がチャ○キーよ。そこはミー○ンにしなさいよね。今度会ったら、目の前で踊ってやるわよ、あいつら」

「しょ、所長。どうしてフォウさんの中に……」

 

 突然の事態にドン引きするマシュ。

 しかしフォウを見たオルガマリーは、それに答える前に怒りを顕にする。

  

「あっ、フォウ! あなた、よくもやってくれたわね…… !」

「フォウ!?」

「逃げようとしても無駄よ! こうなったらベーコンにしてくれるわ!」

「フォーーウ!!!」

  

 小さな獣と小さな人形擬きが、追いかけ合うという謎すぎる光景。

 そこに通信越しにロマニの驚く声が聞こえてくる。

 

『え、所長、そこにいるんですか!? まさかフォウに食べられる形でレイシフトを成功させたのか!?』

 

 ロマニの通信をフォウを追いかけながらも耳にしたオルガマリーは足を止めて気づく。

 

「は── そういえば、確かに私、レイシフトしてるわ!! 適正0だったのに…… やっ、やったわァァ!! 飲み込まれた時はどうしたものかと思ったけど、本当にやったわ!!」

『あー、喜んでいる所、悪いんだけどね、所長。別にフォウに食べられたことは関係ないと思うよ』

「えっ」

 

 両手を上げ、大袈裟に喜ぶオルガマリーへ気まずそうに待ったをかけたのはダヴィンチだった。

 

『私もすっかり忘れてたんだが、今の君の肉体は事実上の魔術礼装だ。生きていた頃の肉体は全くもって無関係だし、そもそも人間じゃなくなっていふからレイシフト事態は可能だったんだよ。フォウの腹の中にいなくても』

「……」

「所長?」

 

 ダヴィンチの説明を聞き、固まるオルガマリー。

 マシュはどうしたのかと呼び掛ける。

 するとオルガマリーは体をプルプルと震わせ、

 

「じゃあ、完全に食われ損じゃないのよ!! やっぱベーコン確定よ、この獣!」

「フォーーーーウ!!?」

 

 再び始まった小さな争い。

 それを見て清姫はため息をつく。

 

「はあー。なんなんですか、これは? 先程までシリアスな雰囲気でしたのに」

「別にいいんじゃねーの。ずっとシリアスばっかだと空気おもてーし。この作品には合わねーよ」

「そうですわよね!! 旦那様」

「………… 清姫さん。ブレませんね」

 

 なんだがいつもの日常の如く、騒がしくなってきた現場。

 そこに見知らぬ者の声が、かかった。

 

「そこの者たち、何者か知らぬが…… 余の軍に助力してくれたことに対し、皇帝、ネロ・クラウディスとして余自ら褒めてつかわすぞ! 敵軍を意図も容易く蹴散らす程の圧倒的な力、天晴れである!」

「なんだこいつ。随分と上から目線だな。つーか、皇帝?」

『ちょっ、ちょっと待った!! 皇帝ネロだって!?』

 

 ネロの尊大な態度に銀時は眉をしかめる一方、話を聞いていたロマニは驚きの声を上げた。

 だがそれも無理もない。

 

『ネロ・クラウディスはこの時代の皇帝。サーヴァントとして召喚されてもおかしくない人物だぞ!! そ、それがまさか……』

 

 

 

  『ネロ・クラウディス』

 

 ローマ帝国の第五代皇帝にして悪名高き暴君として有名な人物。

 しかし暴君と呼ばれたの死後であり、寧ろ当時は市民からの指示は熱く、名君として慕われていた事実もあった。

 それは彼、いや、彼女の身内よりも他者、つまりは民を愛する性格が故であった。

  …… そう。彼ではなく彼女だったのである。史実では男性として扱われている筈なのだが。

 

『ネロ・クラウディスが女性だったとは…… ! こ、これは歴史がひっくり返る新事実だぞ!!』

「………… ふーん。ネロ・クラウディスって女だったんだ。まー、俺、ネロとか知らねーけど」

「ネロ・クラウディスが女性、ね。そりゃあ驚きではあるけど、なんか、もうね、アーサー王だって女だったし。ダヴィンチなんか体をモナリザに改造してるし、今更感があるわ」

 

 ロマニは興奮気味に言うが、意外と現場は冷やかな反応を見せた。

 特に銀時とオルガマリーは、ふーんといった感じである。

 

『ええ!? もしかして僕がおかしいのか……』

「むう。なんだが余、大分失礼な反応をされているような…… まあ、よい! それよりも先程から気になっていることが二つ程あるのだが、そこの珍妙な喋る人形と姿の見えぬ声は魔術によるものか?」

 

 ネロは不服そうにするものの、直ぐに切り替えてみせた。

 人形扱いされたオルガマリーはムッとしているが、ロマニは紳士に答える。

 

『魔術をおわかりとは流石です。おかけで話が早い。我々はカルデアという組織の人間で──』

「まあよい。そこの三名、いや四名と一匹に一体?」

『あ、遮られた』

「改めて褒めてつかわそう!! 特に盾の娘!」

「わ、私ですか?」

 

 いきなり声をかけられたことにマシュはギョッとする。

 

「一見華奢な体をした少女が身の丈ほどの獲物を振り回す、その姿…… 実に好みだ!! なんとも言えぬ倒錯の美があったな! うむ! そなたには余と轡を並べて戦うことを許そう。至上の栄光に浴すがよい!」」

「あ? なーにが許すだ、ガキンチョが。皇帝だが何だか知らねーが助けてもらっておいて強制的に一緒に戦えだぁ? こちとらテメーらみたいな連中に付き合ってやれる程暇じゃねーの」

 

 皇帝故に尊大な態度を続けるネロに銀時は苛立ちを隠そうとせず、はっきりと言ってしまう。

 

「む? 余と共に戦場を駆けるなど一平民であれば至上の喜びである筈だが」

「んなもん願い下げだっつーの。たくっ、おいマシュ行くぞ。こんな奴から情報得るよりさっさとローマに行って、そこら辺のおっさんから話聞いた方がましだ」

「そうであるか…… 報奨もたっぷり与える筈だったのが、残念だ…… 」

「ネロ皇帝陛下。私めの命は貴女と共にあります。どうかこの落ちぶれてしまった浪人である私をお導きください」

 

 ネロの言葉に一転。

 銀時は片膝をつき、頭を垂れた。

 その姿にオルガマリーたちは唖然としてしまう。

 

「ぎ、銀時…… 貴方、プライドはないの?」

「うるせえェェェ!! こちとらオメーらみたいな金持ちとは違ってな、一日を生きるだけで精一杯なんだよ! さあ、皇帝陛下! 共に行きましょう! 我が手足、どうか皇帝陛下の思うがままにお使いください!」

「う、うむ。では早速首都ローマに戻るぞ! 報奨はそこで与えよう」

 

 こうして銀時たちはこの時代の皇帝ネロ・クラウディスからの信頼を得ることに成功し、首都ローマへと向かうことになるのだった。

 



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連合ローマ帝国

 

 かぽーん。

 

 そんな音が聞こえてきそうな気がしたが、気のせいである。

 豪華絢爛に作られた巨大なローマ式大衆浴場。

 ここにはローマの多くの民たちが賑やかに笑みを溢し風呂に浸かっていた。

 そして同じく体を流し、湯船に浸かるのはここでは見慣れぬ余所者、坂田銀時だった。

 

「ふい~。体が暖まるってもんだぜ~。いやー、流石、皇帝陛下、気前がいいぜ」

 

 銀時は一人呟きながら、ネロの言葉を思い出す。

 

 ── うむ! 銀時と言ったな。約束通り、貴殿には報奨を与えよう!! この…… 『テルマエ入浴券 一生分』をな!!

 

 

「いやー、本当に気前がいいよ、皇帝は………」

 

 

 

 

 またかぽーんという音がしたような気がした。

 

 

 

 

「じゃ、ねーーーーだろおォォォォ!!!」

 

 ついに我慢が出来なくなったか。

 銀時は水しぶきならぬ、お湯しぶきを上げながら湯船から飛び出した。

 瞬間、周囲の客がギョッし、近づくのも危険そうなので銀時から少しづつ離れていった。

 

「なんだ一生分の入浴券って!? 俺をふやかすきか、あんの糞皇帝!! 小学生へのご褒美じゃねーんだぞ!!」

 

 そう怒鳴りながら銀時は体を流す。

 それは入念に綺麗に流す。

 体を洗い終えると一旦、浴場を出て、売られていた飲み物を購入。 

 それを一気に飲み干した。

 

「ぷはーー! あ、うま。ふざやけがってあの糞皇帝が!! ドラクエの王様じゃねーんだよ! こんなもん五十ゴールド位の価値しかないからね!」

 

 再び怒鳴りつつ、また場所を移し、テルマエに併設されたマッサージ店に行った。

 

「あんの糞皇帝!! 冬木にいたゴリラ女の2Pカラーみたいな存在の癖に、妙に原作での出番も多いしよ!! あ、そこお願いしまーす。ああ、そこそこ…… まじっ、許さねぇ!! 平民をなめやがって!!」

 

 更に愚痴りつつ、次はテルマエに併設された理髪店に行った。

 そこの美容師に髪を切ってもらう。

 

「あんのチビ皇帝!! 次あったらあのアホ毛引っこ抜いて、ただのオルタにしてやる!! あ、ストレートパーマーでお願いしまーす」

「お客さん…… あんたの毛は毛根から捻れきってるから無理だわ」

 

 そしてテルマエを出る。

 太陽の陽射しは眩しく風も気持ちが良い。

 ローマを行き交う人々の活気の声も心地よかった。

 色々とスッキリとしたなと背伸びをし、そのまま再び、浴場に入ろうと──

 

 

「いや、もういいわァァァァ!!」

 

 した所で後頭部をオルガマリーに思いっきり蹴られた。

 そのまま顔面から壁に激突するのだった。

 周りにはマシュに清姫もいた。彼女たちも入浴券を貰っていたので、テルマエに入っていたのだ。

 テルマエ効果で肌がツルツルになったマシュと清姫は満足気の様子である。

 ちなみにフォウにも動物用の風呂があったようで、毛並みもツヤツヤになっていた。

 

「フォー!」

「ふふ。よかったですね、フォウさん」

「混浴がないのは残念でしたけどね」

 

 二人と一匹は銀時とオルガマリーの掛け合いは何時ものこととあまり気にもとめていない様子の中、オルガマリーはツッコミを続ける。

 

「愚痴愚痴言ってるわりに満喫してるし! マッサージ受けて髪まで整えてるし! 最終的に自分から体、ふやかしに言ってるしィィ!!」 

「いたた。バッカ、オメー。これはあれだよ。折角貰ったからには使わなきゃ、勿体ねーだろ。この券、入浴以外にも色々タダで使えるんだぜ? おかけで俺の頭もこんなになっちゃって──」

 

 

 

 時は少し遡り、テルマエに併設されたローマ神殿。

 

『ここは神、ではなく髪をつかさどるローマの神殿。髪を変えたい者が来るところじゃ。天パーはストレートパーマーになりたいのじゃな?』

『はい』

『おお髪よ。天パーが新たな髪型になることをお許しください!』

 

 

 こうして銀時の頭はストレートになった。

 

「なに、ドラクエみたいなノリで髪型チェンジしようとしてるのよ!!? ていうか何もチェンジしてないわよ!? なんか他の文ではストレートになったとか言ってるけど相変わらず遊び人の精神並みに捻れきった毛根だからね、貴方!!」

 

 怒涛のツッコミを続け、疲労したオルガマリーは肩で息をする。  

 するとそこにネロが数人の兵士を引き連れてやってきた。

 

「おお、銀時たちよ。どうやらテルマエを存分に堪能できたようだな! うむ! 次は余専用の大浴場へと特別に招待しようではないか」

「あー、おほん。ネロ陛下。そのお誘いは大変ありがたいのですが、大浴場への入浴はまたの機会にお願いしたいと思います。実は陛下にお聞きしたいことがありますので、出来るけことならば場所を移し、会談の時間を設けてはいたたげないでしょうか?」

「う、うむ。そうであるか。よい、構わんぞ。では貴殿らを余の城へと招こう」

 

 ツッコミをしていたさっきまではうって変わり、落ち着いた様子で丁寧な話し方をするオルガマリー。

 元々、人形のような珍妙な姿をしていることもあって、そのギャップにネロは戸惑うが、オルガマリーの頼みを了承したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  城内 王室

 

 ネロに促されるまま、銀時たちは城内へと入った。 

 王室には皇帝が座るにふさわしい玉座があり、ネロはそこに腰を落ち着ける。

 

「うむ。では貴殿らの話を聞こう。そう強張るでないぞ。余は寛大ゆえ、不遜な発言だっとしても、大抵のことならば許そう」

「まじすか? じゃあ入浴券なんてケチらずに現金を──」

「本当に首斬られるわよ、貴方!! オホン! 失礼しました、皇帝陛下。まずは私たちが何者なのかを、改めて話させていただきます」

 

 オルガマリーはツッコミを入れつもも、冷静に続ける。

 

「私たちはカルデアという魔術を主体とした組織の人間であり、人類を救うために各時代を旅するもの、つまり未来から来た人間なのです」

「なんと!? 未来からとな」

「はい。詳しく話すと長くなるので詳細は省きますが、魔術の力で時間を移動していると思っていただければと思います。そして、私、オルガマリーや姿の見えない男、ロマニのことは魔術師と。銀時たちはその弟子とでも思ってください」

「人類を救うために未来からか…… 随分と大きく出たものだ。ローマこそが世界。ならば余を含むローマに住まう民たちを救うために貴殿らはやってきた。そう解釈してよいのだな?」

「はい、その認識で間違いありません」

 

 この時代のローマは、世界の中心にして世界そのものと言われている。 

 正しく世界に君臨した最大の帝国。  

 そんな国が脅かされる等、あるはずがないのだ。

 これは間違いなく聖杯の影響で事象に狂いが生じているのだろう。

 ならば、後世の歴史に多大な影響を与えた帝国の崩壊を防ぐことが、特異点の修正となるはずだ。

 だからネロの言葉は間違いない。

 オルガマリーはネロの問いに肯定の返事をし、特異点修正に必要なもう一つの要素について話す。

 

「そこでなのですが、ローマを守る上で絶対に手に入れなければならない物があります。それは聖杯と呼ばれる特別な力を持った魔術の品です。恐らくではありますが、現在のローマを蝕む原因はこの聖杯にあると思われます」

「なるほど、聖なる杯が、余のローマをか。原因たる聖杯さえ手中に納めれば、この事態は収集するということだな」

「その通りです。だからこそ私たちはその聖杯を求めています。世界を、ローマを守るために。未来から来たことや聖杯のことと、どれも信じがたい話だとは思いますが……」

 

 自分で話しおいて何だが、なんとも突拍子もなく眉唾な内容だろうか。

 下手をすれば戯言を話す無礼者とネロの機嫌を損ねかねないとオルガマリーは冷や汗を流した。

 しかしネロの反応はオルガマリーの予想とは違った。

 

「いや、信じよう。余は既に信じがたい光景を何度も目にしているからな。火を吹く少女に巨大な盾を振り回す少女。喋る人形に姿の見えぬ魔術師、珍妙な獣。そして棒斬れで戦うモジャモジャ頭」

「え? 今、モジャモジャ頭って言った? 今、俺のこと、モジャモジャ頭って言ったよね?」

 

 さりげなくディスられた銀時は怒りを露にするがネロは構わず、話を続ける。

 

「それに余はそなたらと会う前に、既に異常な事態に直面しておる。そう。栄光の大帝国たるローマの版図は、今や口惜しくもバラバラに引き裂かれたのだ」

 

 栄えあるローマがまさかこのような危急の時になるとは、ネロは夢にも思っていなかった。

 しかしその最悪の夢は現実となってしまった。

 

「かたや余が統治する正統なるローマ帝国。そして…… かたや何の先触れもなく突如として姿を見せた余ならぬ複数の『皇帝』どもが統べる連合、『連合ローマ帝国』!」

『複数の皇帝だって!?』

  

 ネロの話を聞いたロマニが驚きの声を上げた。

 

「うむ。奴らは…… いや、流石にこればかりは信じがたいが、過去に死したローマ皇帝であると名乗っているようなのだ。それに斥候から得られた数少ない報せによると── いや、何でもない。忘れよ。これだけは決してあり得ぬ」

『過去に死した…… 間違いない。サーヴァントだ。フランスの時と同じ』

 

 ネロは何か言いかけたが直ぐに止めた。

 ロマ二はフランスの時のように強力なサーヴァントが敵にまわった可能性に息をのむ。

 

「既に連合ローマ帝国によって帝国の半分は奪われた。余の軍は反撃をしようにも敵の首都さえわからず、数では劣り、防戦で手一杯なのだ。挙げ句の果てに先刻のように連合の遠征軍が首都に迫る始末。口惜しいが…… 思い知らされた。最早、余ひとりの力では事態を打破することはできまい。故に、故にだ!!」

 

 ネロは息を一度吸い込むと、意を決したように玉座から立ち上がり、声高らかに叫ぶ。

 

「貴公たちに命じる、いや、頼もう! 余の客将となるがよい! ならば聖杯とやらを入手する目的を、余とローマは後押ししよう!」

「…… たくっ。小難しいことをベラベラと」

「む………」

「ちょっ、銀と、き……」

 

 またなにか余計なことを言うのかとオルガマリーは身構える。

 しかし銀時の真っ直ぐな瞳を見てオルガマリーは黙った。

 

「ただの偉そうな小娘かとも思ったが…… 他人に頭を下げられる位の気構えはあるじゃねーか。いいぜ、その話、乗ってやるよ」

「よいのか…… !」

「ああ。俺は万事屋だ。頼まれれば何でもやってる。その代わり、聖杯のことは勿論、報奨はたんまり貰うぜ、ネロ」

「…… 勿論である! その暁には、銀時、そなた専用浴場の建設をしよう!」

 

 もう風呂はいい! という銀時のツッコミはありつつも、こうしてネロと銀時たちの一行の共闘は成立するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宴だ~!!!」

 

 ドンッ!!

 

 

 城内にて催された宴。そこには豪華な食事に上質な酒が用意され、余興として麦わら帽子を被った芸者が手足を伸ばす手品で場を盛り上げていた。

 集められたのはネロを筆頭にローマが誇る将軍や兵士たち。

 そして共に戦うことになった銀時たち一行である。

 

「いや、なにこれ」

 

 そんな光景を見て、オルガマリーは白眼を剥いて固まっている。

 そこにネロがやってくる。

 

「楽しんでおるか、オルガマリーよ! 戦時故に普段通りの規模は出来なかったが、贅を尽くした宴を催したつもりだ。今宵は存分に楽しむがよい」

 

 この宴は客将となった銀時たちを歓迎し、尚且つ、軍の士気を上げるための催しでもあった。

 オルガマリーは特異点修復のための戦いの最中にこんなことをしていいものかと悩んだが、銀時たちはそんなことは関係なしと酒を飲み飯を食らっていた。

 

「ぷはー!! いや~、流石は皇帝陛下ですわ。こんな旨い酒、中々呑めないよ~。レアだよ、レア」

「ふふ、そうですわね。ささ、旦那様。私がお酌を……」

「清姫さん、先ほどお酒に入れた粉はいったい何の薬ですか?」

 

 銀時は既に出来上がっているのか、顔を真っ赤にし、酒をガブガブと飲み続けている。

 オルガマリーはそれを見て、もういいやと半場諦め、食事をしようとテーブルに並べられたメニューを見た。

 

「えーと…… これはなんの料理かしら?」

「それはキノコ炒めなのです」

「へー。じゃあ、これは?」

「キノコのあんかけです」

「これは?」

「キノコのステーキです」

「これは……」

「キノコ○やまです」

 

 近くにいた料理人らしき女にオルガマリーはメニューを名を聞いた。

 しかしその内容はキノコばかりで──

 

「いや、もういいわァァァ!! え? なにこれ、ここはローマじゃなくてキノコ王国!? 端から端までキノコに侵食されてんじゃないのよォォ!!」

「当然です。キノコは素晴らしきローマの名物料理。さあ、ゴタゴタ言わずにお前さんもアタシの作ったキノコを食べるのです!」

「ちょっ、止めなさいよ! なんか貴方の作ったキノコとか毒ありそうだし、絶対嫌── って押し込もうとするな! ちょっ、まっ!」

 

 オルガマリーか命に危機に瀕している傍ら、銀時たちは自由気ままに楽しんでいる。

 

「旦那様、マシュさん。さっきローマ土産でキノコが売っていたので買ってきました。今度これでキノコの炊き込みご飯でも作りましょう」

「いいですね。私もお手伝いします」

「すいませーん、ドンペリ追加で! ドンペリーヌ!! おい、ネロ! お前もこっちに──」

 

 ここぞとばかりに酒を呑みまくる銀時は、この宴の主催者であるネロを呼ぼうとする。

 だが、当のネロは心ここにあらずといった様相で窓から溢れる月の光を眺めていた。

 

「…… ?」

「伯父上…… 余は」

「おい、ボーッとしてどうした、ネロ」

「む、ぎ、銀時。いや、何でもない。すまぬな、楽しい宴の時に、つい呆けてしまった」

 

 ネロは何か一人呟いてた様子だったが、首を横にふり、酒を手に取った。

 

「早速でそなたらにはすまぬが、明日はガリアへと遠征に行くことになる。故に今宵は共に酒を呑み、英気を養おうではないか」

「そうかい。なにも問題がねーのならいいんだが………… 俺たちはもうローマの将軍なんだろ? だったらテメー一人で抱えこんでねーで、何かあればぶちまけとけ」

「うむ………… すまぬな、銀時。だが、余は大丈夫だ」

 

 そしてネロは酒を呑み、適当な料理をとって口に運んだ。 

 銀時もこれ以上は余計なお世話かと特に深く聞きはしなかった。

 

 

 

 

 

 そして後日、銀時たちはローマ軍として初のガリア遠征に参加することとなる。

 



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月下の狂気

 現在、銀時たちはローマ軍の兵士たちと共に、連合との戦いに於ける最前線のひとつ、ガリアへと向かい森の中を進んでいた。

 ちなみにガリアは距離があるため、銀時たちは、ネロからは馬を借りて進んでいる。

 一軍を率いるのは皇帝ネロ。苦戦している配下を鼓舞する為、皇帝自ら最前線へと立つ、その姿は正に名君といえる。

 

 ── そんな名君も最後は一人で………… か 

 

 銀時たちとは違い、馬ではなく、フォウの背中に乗り一軍についていくオルガマリーはネロを見て、彼女の最後を憂う。

 後世の世では暴君と呼ばれようとも、彼女が民を愛していたのは事実だ。

 それは間近で見たからこそ、わかる。 

 だからこそ、ネロの最後を知るオルガマリーは、あの結末に納得ができなかったし、未来を知っていてもどうしようも出来ないことに腹がたった。

 

「わたしも人のことは言えないかもだけど……」

「あん? 所長、なんか言ったか?」

「なんでもないわよ。ま、貴方がいればその心配はいらない、のかしらね」

「っ?」

 

 銀時は、片眉を上げるが、まあ、いいかとネロの後ろをついていく。

 

『みんな、前方に生体反応あり。サーヴァントではないけど、敵のようだ』

 

 道中は当然ながら敵兵が次々に沸いて出てくる。

 ネロは己の斥候よりも早く、正確な情報を提示するロマニに感嘆しつつも、溢れでる敵に辟易していた。

 

「またか…… 全くゆっくりと語り合う暇すら与えぬとは不粋な反逆者共め。銀時よ、頼めるか」

「ああ。さっさとぶちのめして先に進むぞ」

 

 迫り来る敵兵。

 それを銀時たちは難なく退いていく。

 当然と言えば当然だ。銀時はともかく、マシュたちはサーヴァント。

 神秘の持たない一兵士では傷をつけることすら叶わず、瞬く間に敗れ、気絶させれていく。

 敵を倒しつつ、前へ前へと進み続けるネロの一軍は、やがて森を抜け、開けた場所へとたどり着いた。

 ガリアまであと少し、未だ敵軍の兵士はぞろぞろと出てくるが、これだけならば問題ないだろう。

 

 そう。これだけならば。

 

 

『っ!? ちょっと待った!! この反応は人間じゃない! これは──』

 

 

 

 「ネロォオオオオオオ!!」

 

 

 

 

 大地が震えた。 

 何処かおぞましい、ネロの名を叫ぶその声の主は突如として銀時たちの前に降り立つ。

 

『サーヴァントだ!!』

 

 ロマニは血相を変えて叫んだ。

 オルガマリーも冷や汗をかく。

 

「っ!? ネロ陛下、兵士を下がらせ、マシュと清姫を前に! ただの人間ではあの男には敵いません!」

「っ…………」

「陛下…… ?」

 

 オルガマリーの叫びにネロは答えない。

 それどころか顔を青ざめ、信じられないと男を見つめていた。

 

「伯父上……… あり得ぬと思っていた。確かに情報は既に得ていたのだ。ああ、しかし……」

「── 我が、愛しき、妹の子、よ」

 

 男は前に出で、拳を握る。

 そしてネロに向かい──

 

「させません!」

 

 マシュの盾が男の拳を防いだ。

 だが、それだけでは終わらない。マシュの背中から清姫が飛び出し、男を炎の纏った扇子で凪払う。

 

「はっ!」

「オオオオオオ!!」

 

 火に体を蝕まれ男は苦しそうに呻き、後方へと下がった。

 不意打ちは何とか防いだ。

 全員が武器を構え、男へと向き直る。

 

『伯父上…… 今、彼女はそう言ったのか。だとすればそのサーヴァントの真名はまさか!?』

「伯父上………… いや、カリギュラ!!」

 

 怒るネロは、偶然ではあったが、ロマニの考察に答えるように男の名を漏らした。

 

「ネロさんの伯父…… つまり、彼は古代ローマ帝国の第3代皇帝です、マスター!」

「そりゃまた厄介だな。よりにもよって身内が、三途の川から泳いで来たってところか」

 

 マシュの解説に銀時はこれはマズイとネロを横目で見た。  

 そんなネロはカリギュラを一心に見つめている。

 伯父を前にしたとはいえ、あろうことか戦場で呆けてしまったとネロは己の愚かさに歯噛みし、そして決してあり得ない存在に震える。

 

「まさか、またそのお顔を見ることになろうとは…… 伯父上、何故連合などに与するか!」

 

 ネロは怒りのままにカリギュラへ叫び、そして首をふる。

 

「いや、いいや! 如何な理由があろうともローマに牙を剥くなど! 確かに無念の死ではあったろうと今も思わずにおれぬ。しかし……」

「余の、振る舞い、は、運命、で、ある」

「伯父上!」

「捧げよ、その、命。捧げよ、その、体── 全 て を 捧 げよ !」

「なにを、言って…… !」

 

 明らかにカリギュラは普通ではない。

 少なくともネロの知るカリギュラはまだまともに話ができた筈だ。

 だが目の前のカリギュラは支離滅裂でネロの問いに答えすらしなかった。

 

「ネロさん! この方は恐らく狂戦士のクラス、バーサーカーです。精神が狂化がされているため、まともな会話はできません!」

「ええい! 余にもわかるように話せ!」

 

 マシュがバーサーカーについて説明するが、あまり魔術知識のないネロには理解不能だ。

 そこでオルガマリーはわかりやすく説明をする。

 

「要は清姫ってことです。陛下」 

「え?」

「うむ、わかった! それはまずいな、伯父上…… !」

「え? なぜです? え?」

 

 自身を例えとして出されたことに困惑する清姫だったが、構っている暇はない。

 戦闘は始まっているのだから。

 

 

「ネロォオオオオオオ!!!」

 

 カリギュラは拳をふるい向かってくるが、マシュは再び防御をしようと前に出る。

 しかし

 

「がっ!?」

「オオオオオオ!!」

 

 カリギュラの腕は盾ではなく、マシュの顔面へと伸び、鷲掴みにされた。

 そしてそのまま力の限り、地面へと叩きつけられる。

 

「がはっ!?」

 

 強い衝撃にマシュの脳が揺れた。

 全身に痛みが走り、体が動かなくなってしまう。

 

「オオオオオオ!! ネロォオオオオ!!!」

「おい、このロ○コン野郎!!」

「っ!?」

「いつまでも姪っ子に、おじさんって呼んでもらえると思うなよ!!」

 

 マシュへ追撃をしようしたカリギュラの体は、横から飛び出た銀時によって、横に大きくぶっ飛んだ。

 

「姪ってのはな、年とれば伯父のことをおっさんか、そもそも口すら効いてもらえなくなるもんだ、覚えとけ」

 

 倒れたマシュを守るように銀時は立った。

 手には魔術礼装として改造された洞爺湖の木刀が握られている。

 これならばサーヴァントにも攻撃は通る。

 だが、

 

「オオオオ!!」

「やっぱ効いちゃいねぇ。無敵になるスターでも拾いやがったか?」

「バカ、銀時! 相手はサーヴァントよ! 貴方は下がって清姫に任せなさい!」

「…… その通りである! 伯父上の相手は…… 皇帝である余が勤める!」

「そうそう…… ってはあ!? いや、だからダメですって、陛下──」

 

 オルガマリーの制止も聞かず、ネロは前に躍り出た。

 銀時の横を抜け、カリギュラへと迫っていく。

 

「おお、美しい。ネロ、お前、は、美しい。奪いたい、貪りたい、引き裂きたい」

「伯父上えェェェ!!」

「女神がごとき、お前の、美しさ、すべて、無茶苦茶、に、蹂躙、して、やりたいッッ!! 捧げよォォォ!!」

 

 ネロの剣がカリギュラへと振り下ろされようとした、その時、それは発動する。

 

『この反応は、まずいぞ!!』

 

  我が心を食らえ、月の光(フルクティクルス・ディアーナ)

 

 カリギュラの背後の巨大な月が現れた。

 その月の光は青く不気味に輝き、カリギュラにとって美しき愛しいネロを祝福するように照らして見せた。

 そしてネロもまた、その光に見惚れ、振り上げた剣を下ろしてしまう。

 

「ネロ陛下!」

「陛下!!」

 

 オルガマリーやローマ兵たちの叫びは届かない。

 今、ネロの視界には歪な光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 愛が見える。

 

 ネロに優しく微笑むカリギュラの姿が見える。

 

 ネロの手を取るカリギュラの姿が見える。

    

 ネロに語りかけるカリギュラの姿か見える。

 

 そしてネロの母であり、カリギュラの妹であるアグリッピナも同様に愛すカリギュラの姿が見えた。

 

 

「母上、伯父上……」

 

 

 その愛が崩れていく。

 暴虐のカリギュラが、目前で毒におかされ、刃に突き立てれ、命を落とし、崩れた。

 そして一人で嘲笑う母、アグリッピナの姿が残り、優しくネロに微笑んだ。

 

 ──ネロ。母の愛を受け取るのです。そしてなるのです。皇帝に。母の願いを叶えるのです

 

 そうしてアグリッピナはネロを包容する。

 決して逃げられないように。

 

 

 

 

 

「ああ、あァアァァッ!!」

 

 視界が黒く染まった。

 ネロは訳もわからず剣を振り回す。

 

「陛下! ロマニ、これは…… !」

『間違いなく、サーヴァントカリギュラの宝具によるモノかと! 恐らく直接攻撃ではなく精神に作用するタイプかと思われます!』

 

 ロマニの考察にオルガマリーは歯噛みする。

 よりにもよって守るべきネロに宝具を受けさせるなど、とんだ失態だ。

 ネロは頭を抱え、首を左右にふる。

 

「落ち着きなさい! 皇帝ネロ!」

 

 清姫がネロに駆け寄る。

 しかしそんな彼女の首は、ネロの両手で強く絞められた。

 

「がっ!?」

「耳、障り、だ!! 声が、この声は…… !! ああ、獣の、唸る、声が…… ッ!!」

 

 生者たるネロにはあり得ない程の力で、清姫は抑えこまれた。

 流石にこれで死ぬことはないが、まともに動くことができない。

  

「ならば、その、痛み、愛が、癒そう」

 

 そこにカリギュラが拳を振り上げふ。

 しかし変わらず、ネロは清姫を抑えたまま、そこから動かない。

 

「その、渇き、は、愛が、満たそう。余の、振る舞い、こそ、うんめ──」

「黙れェェ!!」

 

 ズバッ!!

 

 それは一瞬だった。

 ネロは清姫から手を離し、落ちていた剣を拾ってカリギュラの腹部を横に斬り裂いたのだ。

 カリギュラから血が流れる。 

 

「え? サーヴァントに攻撃を…… !?」

 

 オルガマリーは驚きの声を上げた。

 本来ならば神秘のない生者の攻撃はサーヴァントに通らない。

 戦うには銀時のように礼装を持つか、魔力を持った魔術師でなければならないはずだ。

 なのに、なぜと、オルガマリーは疑問に思うが、そんな暇はない。

 ネロは今にも実の伯父を手にかけようと動き出す。

 

「オオ…… ネロ…… 我が、愛しき」

「貴様の声は頭に響く!! 消えよおォォォォ!!」

 

 そして止めをさそうと剣を構え──

 

 

 

 ゴンッ!!

 

「へぐっ」

 

 カリギュラに剣先が届く前に、鈍い打撃音がした。

 気づくとネロは小さな悲鳴を漏らしながら地面に倒れていた。

 

「へ?」

 

 オルガマリーは素っ頓狂な声を漏らした。

 視線の先、そこにはネロの頭を小突いたであろう木刀を握りしめた銀時が立っていた。

 

「ふー」

「ぎ、銀時! 貴方、なにを!!」

「伯父だかなんだ知らねーが、ここはこいつの出る幕じゃねぇ。こいつの剣は身内(クソヤロウ)に向けるべきものじゃねぇ。だからら、テメーの相手は俺がしてやるよ。姪離れの出来ねぇ、変態ジジィ」

 

 銀時の獣を食い殺さんと言わんばかりの眼力がカリギュラを突き刺した。

 しかしカリギュラはそんなことでは怯まない。

 寧ろ己以外の人間が愛する姪を手にかけたことに怒り、殺意を滾らせた。

 

「オオオオ!! 貴様、は、余が、蹂躙する!!」

「生憎、俺のケツにはなぁ…… 結野アナっつー先約がいんだよ!!」

 

 カリギュラの拳を銀時はギリギリで横に避ける。

 風圧だけで服の一部は避けたが、気にする暇はない。

 相手は圧倒的な力を持つサーヴァント。ならば一撃で終わらせるつもりで攻撃しなければならない。

 

「おらあァァァ!!」 

 

 銀時の木刀がカリギュラの頭を叩き割るように振り下ろされた。

 しかし、

 

 ガキンッッ!!

 

 

 カリギュラは倒れない。

 足を踏むこみ、ギロリと銀時を睨んだ。

 

「ちっ……」

 

 やはり冬木やフランスの時のようにはいかないか。

 あの時はクーフーリンというルーン魔術にたけたサーヴァントによる洞爺湖への加護とマシュの奮闘があったからこその奇跡。

 フランスでのセイバー、デオンもまた、英霊としての自我と矜持を失い殺戮人形に成り下がったからこそ、勝てたと言える。

 しかし今回は違う。

 

「オオオオ!! 潰れよォォ!!」

「があァァ!!?」

 

 ネロの攻撃を受けたとはいえ、致命傷には至らず。

 また、カリギュラはデオンとは違い、逸話からして狂った反英雄とも言うべき暴君。

 そんな彼には銀時の剣は届かなかった。

 

 カリギュラの拳が銀時の腹にめり込んだ。

 咄嗟に後ろに飛び、衝撃を殺して地面に転がった。

 おかげで意識までは飛ばなかったが、体が痛み、直ぐに立ち上がれない。

 

「旦那様ァァ!!」

 

 ネロのからの思わぬ不意打ちでダメージを受けるも、この中で一番早く回復した清姫が叫び、銀時へ駆け寄ろうとする。

 しかしカリギュラの方が早い。

 

「オオオオ!!」

「ッ…… !」

「銀時! 命呪を使いなさい!」

 

 オルガマリーが咄嗟の判断で令呪使用を叫ぶが、もう間に合わない。

 というか、衝撃で声が出なかった。

 カリギュラの拳は銀時へと向かい、今度こそ止めをさそうと──

 

 

 

 

 

 

「宝具展開── !!」

 

『え? この反応は!!』

 

 

   約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)!!」

 

 

 突然の魔力反応にロマニがいち早く気づいた。

 そして気づいた頃には銀時の前に赤い髪の女性が降り立ち、声高らかに叫ぶ。

 すると周囲に、 無数の車輪が現れ、カリギュラの拳から守ってみせた。

 

「っ!?」

「ごめんね、遅くなった! スパルタクス!」

 

 女性はカリギュラの前に立ちはだかると、誰かの名を叫んだ。

 

「はははははは!! 圧政者よ!! 我が身は貴様の前に立ちふさがらん!!」

 

 すると今度は大きくジャンプしてきたのか、女性とカリギュラの間に割って、大男、スパルタクスが着地してきた。

 

「ははははは!! おお圧政者よ!! 傲慢に満ち溢れた悪しき魂が、ついに崩れ消え去る時が来た。己を蝕む圧政の欲望から解放されるこの一時を我が愛と共に噛み締めるがいい!」

「オオオオ!!」

 

 スパルタクスは手に握られた小剣を振り回し、カリギュラを翻弄する。

 しかしカリギュラも負けじと、スパルタクスの攻撃を避けつつ拳を入れた。

 

「おう!? むうぅぅ、良いぞ、圧政者よ!! それでこそ、我が解放の力を振るうに相応しき圧政!! だが、我が愛が貴様の圧政力に劣ることなど決してない。自由を求め躍進することこそ、人の有るべき力と知れ!」

 

 だが、スパルタクスも倒れない。

 寧ろ、更に高揚したかのようにスパルタクスは満面の笑みを浮かべて剣をふるい続けた。

 

 

  

 

「ちょっ、なんなのアレ!? あの大男もバーサーカーなの!? もはや何を言っているのか理解できないのだけれど」

「とはいえ、これはチャーンスでありますよ。なにせ、あの二人もまた、ローマの客将なのですから!」

「貴方、いたの!? ていうかマシュたち以外にもいたのね、味方のサーヴァント」

 

 スパルタクスの意味不明な言動にドン引きするオルガマリーに、何故かついてきていたキノコ料理人の女が自信満々に言った。 

 ここに来て味方の登場はありがたい。

 

「当然、私も戦います! よくも旦那様をやってくれましたね!」

 

 マスターを支える妻、もといサーヴァントでありながら、銀時に怪我を負わせてしまったことの自分への怒り。

 そしてカリギュラに対する憎しみから清姫は内に込められた炎を燃え上がらせる。

 

「しゃっ!!」

「オオ!?」

「はっ! しゃあっ!」

 

 スパルタクスとカリギュラの間に割って入り、清姫は炎の連続攻撃をぶつける。

 この怒涛の攻撃にはカリギュラもたまらず、たたらを踏み、スパルタクスは感嘆の声を上げた。

 

「おお! 素晴らしいぞ、小さき解放者よ! 君の熱き闘志ならば私と肩を並べ戦う資格があるだろう! さあ、共に愛を語りあおう!!」

「旦那様は私と愛を誓い合い、永久の刻を共にする運命。それを阻む者は何人たりとも許しません!!」

「余の、振る舞いは、絶対! 故に、捧げよォォォ!!」

 

 三人とも、バーサーカー。

 それ故に全く会話の噛み合ってない、地獄のような光景が広がっていた。

 しかしこの地獄は強制的に終わらせられる。

 

「はああああ!!」

 

 白馬二頭が引く、戦車(チャリオット)に乗るのは赤い髪の女性。

 彼女の雄叫びと共に馬は駆け、カリギュラを撥ね飛ばした。

 

「ぐおおおお!?」

「ここまでよ、バーサーカー、カリギュラ!」

 

 ゴロゴロと転がるカリギュラに女性は勝利を確信する。

 

「手負いのあんたに対して、こっちはサーヴァントが三騎。明らかにあたしたちの優勢よ!」

「ぐっ…… お、おお…… 我が、愛しき…… 妹の、子。なぜ、何故捧げぬ。我が、愛しき、ネロよ……」

 

 しかしカリギュラの体はその場から、幽霊のように瞬く間に消えてしまった。

 

「霊体化か…… 逃げられた。でも、まあ助かったから良しとしましょう」

 

 

 倒しきれなかったことに不満はあるが、生き残れただけでも儲けものだ。 

 

「さて……」

「ネロ陛下、お気を確かに!」

「マシュ、銀時! しっかりしなさい。息はあるわね!」

 

 倒れ気づいた者たちと、それを介抱する者たちを見て、女性は、まだまだ厳しい戦いが続くことを覚悟した。

 



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伯父の愛とかつての好敵手

 

 煌びやかな宮殿。

 鮮やかな花や植物、鳥たちに囲まれた美しき庭園。

 そこに二人はいた。

 片や小さくも美しき少女。片やガタイの良く、凛々しい顔立ちをした男性。

 少女は男の膝に乗り、楽しそうに言の葉を交わしている。

 

「ネロ、お前は美しい。お前は余の…… 全てといっても等しい」

 

 男は少女に愛を持って接する。

 少女も男の愛を受け、微笑む。

 

「ネロよ、お前は、お前こそが────」

 

 それ以上は語られなかった。

 何故なら、男の顔がドロリと泥のように崩れ落ちたからだ。

 周囲も全て壊れていく。草花は枯れ果て、鳥は死に絶え、建物はボロボロに崩れていく。

 そして、少女は、

 

「誰も、おらぬのか」

 

 一人になった。

 

 

 

 

「伯父上── っ!」

 

 ネロは目を開き、反射的に体を起こした。

 自身はベットに寝かせられていたらしい。

 

「お目覚めになられましたか、皇帝陛下!」

   

 側について介抱していたであろう兵士たちが喜びの声を上げた。

 恐らくは簡易的に作られたテントの中だろう。ということはここは遠征先に向かう途中の野営地か。 

 

「余は眠っていたのだな」

「はっ。敵軍の将と思われる、カ…… あ、いえ、その……」

「よい。伯父上のことであろう。恐らく、おかしな術でもかけられたか。そなたたちには迷惑をかけた。余を守り、介抱してくれたこと、真に大義である」

「なんと、勿体なきお言葉を! 我らは当然のことをしたまでのこと!」

 

 忠義溢れる兵士の言葉に、ネロはそうかと微笑み、ベットから起き上がる。

 

「いけません、陛下! お体に障ります!」

「よい。幸いか。体に怪我はない。いや、頭は少々痛むがな……」

 

 この痛みはネロが抱えている普段の頭痛ではなかった。

 床には起き上がった勢いで落ちたであろう氷嚢があった。

 氷嚢を見ると、銀時の姿が脳裏を横切る。

 

「あやつめ……… 皇帝たる余に手を上げるとは」

 

 あの時、精神は狂っていたが、何故だかそのことはよく覚えていた。

 客将とはいえ、躊躇いなく己の頭を殴った銀時のことを。

 

「しばし一人にせよ。余にはやるべきことがある」

 

 それだけ言い、ネロはテントを出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネロとは別の、客将である銀時たちへ特別に用意されたテント内。

 そこのテント内のベットに銀時は腰掛けていた。

 横には銀時たちを助けた赤い髪の女性が座り、怪我の治療をしてくれていた。  

 彼女の正体もまた、サーヴァントであり、聖杯が呼んだ人類を守る側の英霊のようだ。

 真名も隠す気がないらしく、ブーディカと名乗っていた。

 

「はい。これでおしまいか…… な!」

「あた!?」

 

 バシンと大きく音をたてる程に強く、銀時の背中の痛む部分にシップを張り付けた。

 この衝撃には流石に、顔をしかめてしまう。

 

「おいおい、もうちょい優しくできねーのかよ?」

「そんな大きな声出せる位に元気なら必要ないでしょ。それに、そうなった原因はキミにあるんだからね」

 

 少し怒ったように厳しい口調で言われ、銀時は目を逸らすが、ブーディカは構わず続ける。

 

「サーヴァントを相手にほぼ生身でツッコムとか常識がないにも程があるでしょ。それも魔術師でもないキミが」

「…………」

「黙ってるけど、もしかして、これ前にも誰かに言われたんじゃない? キミのことだし」

「あ? んなこた──」

『ああその通りだとも! 確かに言ったよ、私は。自分自身を傷つけるということは仲間の心をも傷つけるということだ、ってね! なのに、まーた性懲りもなくこんなことするなんてね。天才の私も驚きだ!』

 

 話を聞いていたらしい。

 通信越しにダヴィンチが、皮肉をたっぷり込めて怒気混じりに責め立てた。

 

「おまっ、盗み聞きしてんじゃねーよ、ダヴィンチ! 俺のプライベートどうなってんの!?」 

『君のプライベートなんてゴミ箱に捨てた。というか無茶なことばかりする君が文句を言える立場かい?』

 

 勝手な行動ばかりする銀時を放っておけば、どんな末路を辿るかわからない。

 銀時自身は一番大事なのは自分と嘯いてはいるが、実際は己を犠牲にしているとしか思えない戦いばかりをしている。

 そんな彼を野放しにする道理などカルデア側にはないということだろう。

 

「せめて俺のプライベート、リサイクルショップに出してくんない? いつか戻ってくる可能性にかけるから」

『無理。査定結果が残金100円のテレホンカードだったから』

「俺のプライベート、使いかけのテレホンカードくらいの価値しかないの!?」

『なんかボケで誤魔化そうとしてるけど、今回の件は所長も大変お怒りだ。今はマシュの看病をしているからここには来ていないけど』

 

 いつものボケ合戦の空気に持っていこうとするも、ダヴィンチには見抜かれていたようだ。

 俺には味方はいないのか、と銀時が嘆き出した時だった。

 

「もうよい、二人とも。それ以上は銀時を責めるな」

 

 テントに入り、銀時を庇ったのはネロだった。

 ネロの姿を見てブーディカは目を丸くする。

 

「あんた、もう起きて大丈夫なの?」

「問題ない。それよりもブーディカ、それに姿のない魔術師殿よ。銀時と二人だけで話をさせてはくれぬか?」

「あんた…… わかったわ。今はあんたが将なわけだし、従うわよ、一応」

『仕方がない。他ならぬ皇帝陛下の頼みだ。私も通信をきろう』

「すまぬ」

 

 ブーディカの方は何か言いたげだったが、ネロの頼みを素直に了承し、テントを出ていく。

 ネロはベットに座る銀時の前に立った。

 

「銀時、そなた、何故、余を鎮めた。何故、伯父上と戦った。余は皇帝である。それにカリギュラは余の伯父上だ。ならば余にはあの男を罰する責務がある。それを止める程の訳がそなたにはあったのか?」

 

 ネロは眉を寄せ、銀時の返答を待つ。

 

「あれ? 頭殴ったこと覚えてんの? つーか俺の味方してれた訳じゃねーのかよ」

「余は皇帝としてそなたと話をしにきただけだ。頭を殴ったことに関しては、不敬にも程があるがもうよい。それよりも余の問いに答えよ」

 

 ネロがしっかり覚えていたことに銀時は、ばつが悪そうにするも、ネロは問題ないと答えを急かした。

 

「別にたいした理由じゃねぇよ。ただ、気に入らなかったんだよ」

「気に入らない? 伯父上かが?」

「惜しいな。あの野郎もそうだが…… 気に入らねーのはお前もだ、ネロ」

「…… なんだと?」

 

 銀時からの思いも寄らぬ返答にネロは一瞬固まる。

 銀時は構わず続けた。

 

「ネロ。伯父だからってのもあるが、お前にとってあの野郎は特別な奴なんだろ。どんな野郎だったかは知らねーが、お前の様子を見りゃ、バカでもよくわかる」

「だから余が伯父上を斬るべきではないと? 言っておくが銀時よ、その優しさは不敬と言える。そなたの時代では知らぬが余の時代では例え身内であろうとも弊害となる者は等しく罰するのだ。それだけの覚悟と使命、責務を持って皇帝はローマの全てを統べる。だからこそ余は、ローマの皇帝としていられる。なのに、そなたはその余の覚悟を侮辱し、否定すると申すか」

 

 ネロは静かに、それでも確かに怒りを込めて言った。

 だが銀時は変わらず真っ直ぐにネロを見て、

 

「ああ、有り得ねえなって唾吐き捨てて否定してやるよ。生憎俺には血を分けた家族って奴はいないもんで、家族のことはよく知らねぇ。だが…… 人として守らなくちゃならねぇ、矜持があるのを俺は知っている」

 

 銀時の脳裏にある人の首が転がる光景が横切った。 

 血の繋がりのない人ではあったけど。それでも銀時にとって彼 は大切な──

 

「だからよ、お前が斬る訳にはいかねぇんだ。あんな思いをするを必要なんざ、何処にもねぇんだ」

「銀時、そなた──」

 

 ネロは何かを察したが言葉を飲み込んだ。

 ただ悲しそうに、いや、こんな感情を向けるのはそれこそ銀時に対する侮辱だとネロは首をふった。

 

「ならば銀時よ。そなたは余の伯父上を、カリギュラをそなたの手で葬ると言うのだな」

「だからそう言ってんだろ。まあ、俺じゃなくても清姫とかでもいいいんだが、やられっぱなしってもの癪ではあるな」

「そうか…… ならば、よい。不遜な所も多くあるが、皇帝たるもの兵の言葉に耳を傾け、信じて送り出すべきだろう。許す、銀時よ。そして皇帝として命じよう。余の代わりにそなたの手でカリギュラを打ち沈めよ!」  

 

 皇帝ネロによる直々の命令。

 それに対し、銀時は頭を垂れることも、頷くこともなく、ただ何時もと変わらない不適な笑みを浮かべて、

 

「ああ、野郎は俺がぶったぎる。その代わり、給料は上げてもらうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、彼はローマ皇帝直々に命令を受けたみたいだけど。キミたちはそれでいい訳?」

 

 銀時が話している間、テントの外でちゃっかり話を聞いていたブーディカ。

 そしてブーディカに問いかけられるのは、同じく話を聞いていたオルガマリーと清姫、そしてマシュだ。

 マシュの頭の上に乗っているオルガマリーは頬杖をつき、ムスッとしながらも答える。

 

「正直に言えば、文句しかないわ。私はまだ認めてないし。けど…… 私たち、今はローマの客将でネロ陛下の部下なわけだし? 命令には従うしかないわ。だから、ええ。今回は見逃すことにします。マシュもそれでいいからし?」

「はい。問題ありません。第一、先輩は私たちが止めてもそう簡単に止まるような人ではないので。だからこそ、寧ろ先輩を後押しし、不足の事態が起こらないよう、私たちが援護することが望ましいかと」

「流石、あいつの扱い方よくわかってるわね、ファーストサーヴァント。あなたは? 清姫」

「私と同じく。私は旦那様を支える『妻』ですので」

「そ。今回ばかりは、流石だと思うわ、あなたのこと」

 

 オルガマリーのさりげない言葉に、マシュは、いえそんなと顔を赤らめ、清姫は誇らしげに胸を張る。

 

 

 ── いい仲間を持ってるね、キミ。

 

 

 

 そんな二人のやり取りを見て、ブーディカは優しく微笑むのだった。

 

 

 

「でも、なんかムカつくし、取り敢えず一発殴りに行くわよ、マシュ」

「ええ!? 所長、流石にそれは…… あ、待ってください!」

「お待ちください、所長。旦那様は今、療養中── あ、でも今ならどさくさ紛れのチャンスなのでは…… !」

「あれ? お前らなに── え、ちょっまっ! 俺怪我人…… ああああああ!!」

「おお! 銀時が見事なオブジェクトに!! 彫刻家もビックリよな!」

 

 

 テントの中から聞こえてきた絶叫にブーディカは微笑む、ではなく、苦笑いをする。

 

「いや、うん。本当にいい仲間だわ。うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀時がオブジェに変えられてから数時間後、美しい夕焼けが浮かぶ中、用意されたテーブルに並べられた料理に舌鼓を打ち、互いについての素性や目的を語り合っていた。

 ちなみに料理の大半を作ったのは、宴の時にもいたキノコ料理人の女である。

 

「キノコ…… また、キノコ。ああ、なんか耳と尻尾が生えそう……」

 

 料理は大半がキノコであり、流石に辟易としていたオルガマリーはブツブツと呪詛のように文句を垂れ流した。

 それを聞いた料理人の女はムッとし、

 

「キノコは栄養、味、見た目、共に最高方の食材。それに対して文句をつけるとは何様ですか、テメーは」

「いやいや、キノコが美味しいのはわかるけど、流石に連日はきついわよ……」

「ふん。だったらお前さんは食べんでいいですよ。キノコ料理は全てあたしらで食べるんで。ねー」

 

 そう言って女は、隣に座っていた黄色の肌色と赤い髪を生やしたし、ギラついた亀へと話をふった。

 

「いや、それキノコ食べるというか、滅ぼす方のやつ!! そんな危険な亀、どっから連れてきたあァァ!!」

「さて、こうして食事に── キノコばっかりだけど、まあ、ようやく一息つけるわけだし、自己紹介でもしようか」

 

 謎の亀にオルガマリーがツッコミを入れているのを横目に、話を始めたのは、女性サーヴァントであるブーディカだった。

 

「マスターのキミにはもう、真名は言ったけど…… 他の子たちにはまだったよね? 私はブーディカ。よろしく。気軽にブーディカさんと呼んでもいいよ?」

『え、ブーディカ…… それって』

 

 通信越しにカルデアから話を聞いていたロマニが目を丸くし、冷や汗をかいた。

 それはオルガマリーやマシュも同じようだ。

 いったい何故か?

 ブーディカがエリザベートのような反英雄だから? 清姫のような問題ある史実を抱えているから?

 いや、それはどれも違う。

 彼女は英霊としては至極全うな者であり、その生き様も正しく英雄と呼ぶに値する存在だ。

 問題なのは寧ろ、ネロ──

 オルガマリーとマシュは、ブーディカではなく、ネロへと視線を向ける。

 

「む?」

 

 しかしネロは視線の意味を理解することはなく、キノコを頬張った顔で、首を傾げた。

 するとブーディカがマシュたちの抱えているだろう懸念に答える。

 

「ああー、あたしのこと知ってるか。まあ、そりゃそうか、色んな時代を旅してるんだもんね、キミたちは。うんうん。それについては、大丈夫。あたしは少なくとも(・・・・・)敵ではないから」

「………… なら、いいのだけれど……」

 

 ブーディカはあっけらかんと笑って見せた。

 こうも混じりけのない笑顔を見せられるとオルガマリーもこれ以上は何も言えない。

 マシュやカルデアのロマニたちも一抹の不安は抱えつつも、一旦は胸を撫で下ろした。

 

「ってことで、キミもいいかな? カルデアのマスター、銀時」

「んあ?」

 

 一応、ブーディカはマスターである銀時へと最後の確認をした。

 しかし当の本人は小豆をぶっかけたキノコを頬張り、話をろくに聞いてなかった。

 

「いや、何その未確認物体X!?」

「キノコ宇治銀時DXだ。お前も食うか?」

「あははー。遠慮しとくわ……」

「ごめんなさい、ブーディカ。そいつ、英雄の歴史とか全く知らないから、あんまり気にしなくていいわ」

「そ、そうなんだ……」

 

 謝りながら説明するオルガマリーに、ブーディカはマスターとして大丈夫かそれ、と思ってしまった。

 

「じゃ、じゃあ、あたしの次は──」

「ふははは!! 戦場に招かれし戦士たちよ! 喜ぶがいい。ここは無数の圧政者に満ちた戦いの園だ。あまねく強者、圧政者が集う、巨大な悪逆が迫っている。さあ共に戦おう、比類なき圧政に抗う者よ」

 

 突然、意味不明なことを言い出した大男にオルガマリーはポカーンと口を開けてしまう。

 しかし大男の隣に座るブーディカは、オルガマリーたちとは別の意味で驚いてみせた。

 

「え? え、うわぁ! 珍しいこともあるんだぁ! スパルタクスが誰かを見て喜ぶなんて滅多にない。あ、いや、ちょっと違うな。いきなり他人を襲わないなんて、滅多にないか」

「なによ、その危険人物!? 頭清姫なの!?」

「あれ、何故か私に飛び火です? 所長」

 

 清姫のツッコミは無視され話は続く。

 

「そう。バーサーカーだよ。まあ、カリギュラとの戦いで何となく察してたとは思うけど。意志疎通にかんしてはわからなかったらあたしに聞いて。あたしなら何となくわかるから」

「そ、そう。色々と気になる点はあるけれど、正直助かるわ。こっちは少しでも戦力が欲しい所だし」

『そうですね。それにしても、フランスとの時と同じく、時代の側に立ち、僕らの味方をしてくれるはぐれサーヴァント。既に二つの時代で確認されたからには、他の特異点でもそうなのかもしれません。そうなると大分希望が見えてきたかと思います』

 

 オルガマリーの言葉にロマニも同意しつつ、はぐれサーヴァントについて考察をする。

 ただでさえ戦力不足のカルデアにとって、はぐれサーヴァントの存在は貴重だ。

 今後の特異点攻略でも積極的に接触していきたい。

 

「オルガマリーよ!」

「は、はい?」

 

 突然、ネロが大声を上げて立ち上がった。

 これにはオルガマリーも困惑する。

 

「サーヴァントだの、特異点だの………… まーた、余の理解しえぬ会話をしおって! これでは余ばっかり除け者ではないかー!! 余も話に交えよ!」

「えぇ……」

 

 ネロは地面に仰向けに横たわり、まるで玩具をかってほしい子供のようにだだをこね始めた。

 確かにネロは未だ、人理修復やサーヴァントについて、完全に理解していないので、話にはついていけないのだが……

 

「はー、たくっ …… 仕方がねぇ。おい、ネロ! サーヴァントに特異点のこと。この物知り銀さんがしっかり説明してやるよ」

「おお、本当か! 流石は余の客将よな」

「え、ちょっと」

 

 ネロのわがままに重い腰を上げたのはまさかの銀時だった。

 それに対して逆に不安しかないオルガマリーは止めようとするが、話は進んでいく。

 

「いいか? まずだな、サーヴァントになるのには条件があってな。まずは歴史に名をはせるような英雄にならなくちゃいけねぇ」

「ほう」

「あれ? い、意外とちゃんと説明してるじゃない」

 

 予想よりも真面目に語り始めた銀時にオルガマリーは困惑しつつも感心する。

 しかし──

 

「英雄と呼ばれた連中は死後── 尸魂界(ソウルソサエティ)へと至ることになる」

「はい、ダウトォォォ!!」

 

 銀時のとんでも発言にすかさず、オルガマリーがツッコミを入れた。

 

「なによソウルソサエティって! ねーよ、そんなお洒落な世界!」

「あまり強い言葉で否定すんなよ。弱く見えるぞ」

「あなたの存在そのものを否定してあげましょうか?」

『ゴホンゴホン! こ、これは失礼しました。ネロ皇帝陛下! では、サーヴァントについては、銀時君に変わって僕から改めて説明しましょう』

 

 また性懲りもなくボケ合戦が始まりそうだったので、ロマニが慌てて割って入ろうとする。

 しかし、

 

『まず、その場にいる清姫にスパルタクス、そしてブーディカたちは──』

「あー!! そうだ! ねえ、ネロ! あんた、キノコばっかで飽きてきた頃でしょ? パパっと出来るモノでいいのならあたしが作ってあげるよ」

「おお、本当か! ブーディカの作る料理は実に美味である故、これは楽しみだ」

 

 ロマニの説明を何故かブーディカは遮ってしまった。

 当然オルガマリーたちは困惑するが、ネロは特に気にした様子もなく、ブーディカの提案に機嫌を良くする。

 

「ブ、ブーディカさん?」

「あー、ごめん、皆。あたしは料理してくるからさ。そういう訳で難しい話は後でしよ? いいね」

「わ、わかったわ」

「は、はい」

 

 ブーディカは終始笑顔であったか、妙な圧を感じたオルガマリーとマシュは頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、しばらく。

 日が落ち、疲労したネロは体を癒すため早々と就寝に入った。

 その間、銀時たちは──

 

「やあ、ごめんごめん。疲れてるだろうに呼び出しちゃって」

 

 客将の一人であるブーディカの個人テントへと招かれ、集まっていた。

 

「いや、それはいいんだけどよ。さっきのはどういうつもりだ? 折角ネロの奴に説明しようとしたのによ」

「あなたの説明はサーヴァントじゃなくて、死神の解説だったけどね……」

 

 オルガマリーを除けば、この場におけるリーダー格の銀時が当然の疑問をぶつけた。

 ブーディカは、きまりが悪そうに苦笑いを向ける。

 

「あー…… まあ、簡単に言うと、元々あたしはあいつの敵、だからかな?」

「敵? そりゃどういうこった?」

『銀時君。そのことについては僕から説明しよう』

 

 ロマニはブーディカについて、かいつまんで説明をする。

 

 『ブーディカ』

 

 古代ブリタニアの若き女王、ブーディカ。

 彼女は夫と二人の娘に恵まれ、その人生は幸せに満ちた

 しかしその幸せは崩れさることになる。

 それは夫の死と、ローマ帝国による陵辱と略奪。

 夫死後、ローマ帝国の代官たちによって行われた悪辣な所業。自身はおろか、娘二人も弄ばれ、愛した国の土地、民を奪われた。

 全てを蹂躙された彼女はローマ帝国へと復讐するために、戦いの女王、またの名を勝利の女王となって、三つのローマの都市を蹂躙してみせた。

 しかし、最後はワドリン街道の戦いによって敗北し、その生涯に幕を閉じたのだった。

 

 つまり、

 

 

『………… ブーディカ。僕から言っていいのかは、わからないが、君はネロ皇帝陛下の敵ということになる。だからこそ疑問だ。君は何故、ネロ陛下の軍の客将として戦っているんだい?』

「ま、そう思うよね。正直私だってそう思う。だって、今この時だってあたしはネロを、このローマを許す気にはなれない」

 

 ブーディカは拳を強く握りしめ、唇を微かに震わせた。  

 その様子から今の発言が本心であることがよくわかる。

 

「こんなこと言ったら警戒されるかもだけど、本当はさ。この時代に現界した時、復讐のチャンスだと思ったよ。でも、連合に食い荒らさらるローマを見てたら…… 体が勝手に動いてた。勿論、ネロの為じゃないよ。ここに生きる人々の為にね」

「ブーディカ……」

 

 オルガマリーは唇を噛み締める。

 本当ならば決して許すことのできない憎き国の為に戦うなど、どれだけ辛いことか。

 だが、彼女は戦っている。 

 ローマの軍の将軍とし仇であるネロと共に肩を並べている。

 復讐心よりも誰かを守ることを優先としたブーディカにオルガマリーは正しき英雄の姿を見た。

 それは銀時やデミ・サーヴァントであるマシュも同じで。

 

「あいつを許す気にはなれねぇ。だが…… それ以上に守りたいモノがあるってことか。はっ。随分と強え女じゃねーか。俺の国にいた女共も相当だったが、負けず劣らずだな」

「ブーディカさん。あなたは、正しく英霊であるのですね…… 私にはあなたが、悪政を制し、多くの人々を救う力の象徴であるように見えます」

「あはは。そんな風に言われるなんてね。悪い気はしないかな?」

 

 さっきまでの様子から変わり、ブーディカは朗らかに笑って見せた。

 

「まあ、だからさ、ネロには黙っていてほしい。あたしが死んでこの時代に現界したサーヴァントであることは」

「え? ネロ陛下はブーディカさんが死んでいることを知らないんですか?」

 

 思ってもいない事実にマシュは驚き目を丸くした。

 サーヴァントについて完全に理解できていないとはいえ、まさかそのことも知らなかったとは。

 

「うん。あいつ、あたしが『生きていた好敵手』だと思っているみたい。これは寧ろ都合がいいなってて思ってさ。変に気遣いでもさせて戦況に影響を与えたら不味いでしょ? ただでさえカリギュラのこともあるし……」

「そうかい…… お前がそれでいいのなら俺たちは構わねぇ。だろ、所長?」

「ええ、そうね」

 

 銀時はオルガマリーへと同意を求め、特に否定する理由もないので了承する。

 

「ありがと! お礼に今度、もっと手の込んだブリタニア料理をご馳走するよ。今日の簡単料理だけじゃ物足りなでしょ?」

「ほ、本当ですか! あ、いえ、今日の料理に不満があった訳では当然ないのですが…… 事実、ブーディカさんの料理はとても美味しく、ですが、やはり、他のブリタニア料理も気になる所であり──」

 

 段々としどろもどろになっていくマシュ。

 そんなマシュを見て、ブーディカは頬を赤らめて嬉しそうに飛び付く。

 

「あー、もう! 本当にめんこいな! こっちおいでほら! よしよししてあげるから」

「え、え」

 

 マシュが困惑する中、ブーディカはあっという間に彼女を抱きしめてしまう。

 マシュはブーディカの圧倒的ホールドによる動けなくなってしまく。

 

「わぷっ。ブ、ブーディカさん。そ、その胸が……」

「おー、よしよし。遠いところからよく来たねー」

「…………」」

 

 その光景を銀時はじっと見つめていた。

 

「銀時」

「旦那様」

「お前ら………… ちょっと席外してくんね? いや、俺も遠いところから、異世界からはるばるやってきて──」

 

 ゴキャッ。

 

 その時、銀時の体から鈍い音がした。

 

 



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