東方紅武伝 (ほく)
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第1話

私は妖怪として、この世に生を受けた。

一人の妹と共に。

 

軟弱な妖怪であった私と妹は、常に周りの妖怪の顔色を伺いながら生活をしてきた。

人間の獲物を強い妖怪に献上し、自分達はそのお零れを貰って暮らしていく生活。

獲物が手に入ったのなら、そのまま食べてしまえば良いと思った人もいるだろう。

 

しかし、言い方は悪いが、強い妖怪に媚びを売ると生活はかなり楽になる。

その強い妖怪の家来だと言う事で、他の妖怪に手を出される事は少なくなるからだ。

実際にその効果はあり、貧弱な妖怪であった私と妹は、何十年も暮らし続ける事ができていた。

 

だが、私はこのような生活を望んではいなかった。

全ては私達の弱さゆえ。

私と妹は弱いから、こんな生活をしなくてはいけなかったのだ。

 

私はこの現状を打破すべく、強くなるための方法を考え続けた。

人間共の里に紛れながら、強くなるための方法を探し続けていた。

今の生活を変えるために。

 

だが、ムカつく事に妹はこの現状を良しとしていたのだ。

 

妖怪としてのプライドはないのか。

このままの生活で幸せだと言えるのか。

 

私は怒ったが、それに対しての妹の返事はこれだ。

 

「別にいいんじゃないんですか?」

 

三日間は口を聞いてやらなかった。

あの娘は本当に私の妹なのだろうか。

 

そして、私が強くなるための方法を探し続けて数ヶ月。

私は遂に見つけてしまった。

 

弱者が強者を屠る術を。

 

それを見つけたのは、山道で人間を襲おうとした時の事だった。

私は弱い妖怪ではあるが、人間程度であれば簡単に倒す事ができる。

故にその日も、普段通りに私は人間を食料にしてやろうとした。

 

 

その人間は、老齢の男性であった。

体は細く、服もみすぼらしい。

外見だけ見れば、山道を歩けるとは思えないヨボヨボの爺さんだった。

 

おかしいと思うべきだったのだ。

こんなヨボヨボの爺が、なぜ山道を歩いているのか。

なぜ、一人の護衛も付けずに歩いていたのか。

 

だが、私はそんな事を一切気にせず、その爺に襲いかかった。

爺は一切驚いた様子を見せなかった。

人間程度の反射神経ではついていけなかったのだろう。

私はそう判断した。

 

だが、私が爺の体に触れた瞬間──私の体は、()()()()()()()

そして、宙に浮いた体を地面に叩きつけられた。

 

理解できなかった。

ダメージはそこまでない。

ないが、なぜこの程度の爺が私の攻撃を防げる?

妖力も魔力も一切使わずに、どうやって私をひっくり返した?

なぜ、このような細く小さい男が?

なぜだ?

 

私は得体の知れぬ恐怖を感じた。

そして、その場から逃げた。

無様に、逃げ去った。

 

戦い続けることはできた。

だが、あれに勝てるビジョンが出てこない。

何をやっても通じる気がしない。

 

人間に恐怖を感じたのは、初めての経験であった。

そして、私は妹と暮らしていた家に逃げ帰った。

 

私が相当怯えた表情をしていたのか、妹が心配そうに声をかけてきたが私はそれを無視し、自室に引き篭った。

数日後、私は妹を無理やり連れ出し、今まで仕えてきた強い妖怪の元を去った。

 

そして、人間の女として私と妹は()()()()の道場に入門した。

私を簡単にあしらった爺が使った技が、中国拳法であると私は断定した。

 

妖力も魔力も使わないで、あれ程の摩訶不思議な技を使えるのは、この国では中国拳法しかない。

そして、中国拳法はあのような非力な者でも使う事ができる。

 

私が望んでいた強くなるための方法と、中国拳法は合致していたのだ。

あまり賢くない私だが、この時は天啓を得たと思っていた。

 

最初は、無理やり連れ出されて嫌そうにしていた妹だったが、武術の適正があったのか、ちゃんと楽しそうに修行をするようになった。

 

人間と妖怪とでは体力が違うため、私たち姉妹は人間の何倍も修行をする事ができていた。

道場の中ではひ弱な女として振る舞い、外では得た技術を存分に使い人間を食べ続ける生活。

 

日に日に上達を感じていく自分の力に、酔いしれる事もあった。

 

そして、私と妹は二年という短い期間で道場の拳法を全て習得した。

人間が何十年もかけてようやく手にする事ができるものを、私たちは経ったの二年で得てしまったのだ。

遂に我々は強さを得る事ができたのだ。

 

道場を去り、強さを手に入れた私たちがする事はただ一つ。

強い者と戦うこと。

 

まずは、手始めにかつての私たちの主人であった妖怪と戦った。

三日間に及ぶ死闘の末、私はその妖怪を葬った。

これが、妖怪同士との対決で得た初めての勝利であった。

 

その後も、私は戦い続けた。

妖怪というカテゴリに拘らず、幽霊や仙人、そして神とも戦った。

戦い続ける度に、私の技術は高められ続けていた。

 

この武者修行に妹はあまり乗り気ではなかったため、私程の成長は見られなかった。

そして、また強い妖怪と戦い勝利した時、とうとう言われてしまった。

 

もうついていけない、と。

妹にそう言われたのだ。

 

いつもなら、妹の意見など無視して無理やり戦いへと連れて行ったが、私はそれをやらなかった。

これは優しさや愛情ではない。

 

ただの気まぐれであった。

たまには自由にさせてやろう。

私はそう考えこの旅から妹を外し、今まで暮らしていた家へと帰らせた。

 

どうせ、また私に会いたくなると。

どうせ、強くなりたくなる日がくると。

 

私はそう思っていたが、その日が訪れる事はなかった。

妹はよっぽど私の事が嫌いだったのか、どこかへと旅立ってしまったのだ。

 

私がそれを知ったのは、妹が家に置いていった手紙のおかげだ。

様子を見に家へと戻ってみた時に見つけたものだ。

 

『旅に出ます。もう戻りません』

 

手紙にはそう書いてあった。

その直後の記憶は覚えていない。

 

気がついたら、私は妹の捜索を始めていた。

強くなるための旅を辞め、私は妹を探し続けていた。

もちろん稽古は続けていたが、それよりも捜索を優先していた。

人間だろうが、妖怪だろうが、幽霊だろうが、とにかく聞き込みをした。

 

 

私の元を去る事など許しはしない。

 

 

ただそれだけの思いで、私は何百年も捜索を続ける事が今でもできている。

武術の修行よりも、よっぽどこっちのほうが過酷である。

おかげさまで、酷い睡眠不足だ。

毎日が眠い。

果たして、私がこれまで費やしてきた年月は報われるのだろうか。

 

本当に、お前はどこに行ったのだ。

 

 

美鈴”。

 

 

 

---

 

 

 

「はぁ……随分と寝てたような感覚ですね」

 

幻想郷の戦力の一角である紅魔館。

そこの門番の、紅美鈴は深い眠りから目覚めた。

 

彼女がこうやって門番の仕事をしながら寝る事は珍しくはないが、ここまで気持ちよく寝れたのは門番をして以来、初めての事であった。

それもこんな短時間で、心地よく寝れたのは人生でも稀である。

 

「こういう時は大抵、ろくでもない事が起きるんですがね……」

 

美鈴は昔の事を思い出していた。

 

気持ちよく寝ていたと思ったら、突如、姉に起こされてなぜか中国拳法の道場に一緒に入門させられた事を。

 

結果としてあの時拳法を習えたから今、門番の仕事をやれているのだが、姉には複雑な感情を抱いている。

美鈴の姉、”(ほん)(ふう)(りん)”はバトルジャンキー、戦闘狂であった。

 

常に強敵と戦わなくては、自分が強くなくては気が済まない。

そんな妖怪であった。

 

(ま、姉さんの事だから、失踪した私の事なんて忘れて戦いに明け暮れているんでしょうね)

 

美鈴はそう考え、再び深い眠りにつこうとした。

その時であった。

 

「!?」

 

美鈴は遥か前方からただ者ではない気配を感じた。

見えてはいない。

視界には入っていないが、気配は感じ取ることができる。

 

それは、ありとあらゆる感情が混ざっている気配であった。

苛烈?冷静?

 

美鈴にわかったのは、その者が感情を抑えられていないという事、そしてとてつもなく強いという事。

その二つだけであった。

 

そして、遂にその者が美鈴の視界に入った。

ゆっくりと、その巨凶は近づいていた。

 

「……まさか」

 

その者は、赤い髪を肩程度まで伸ばした女だった。

服装は白一色のカンフー着、カンフーシューズというかなりの軽装であり、中国拳法の達人を思わせる。

 

美鈴が知っている者で、このような髪と服装を持つ者はただ一人しかいない。

生まれた時から自分と共に過ごし、自分を中国拳法の道に誘った存在。

 

 

その者は、足取りを止めずに美鈴の目の前まで来た。

 

そして、彼女らが向かい合って数十秒、ようやく巨凶は口を開いた。

 

「久しぶりだな、美鈴」

 

「……姉さん」

 

(ほん)(ふう)(りん)(ほん)(めい)(りん)

数百年ぶりの、姉妹の再開であった。



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