ガールズ&ファイター 聖グロリアーナのエース (ゲオルギーJr)
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大ざっぱな世界観設定

とりあえずの世界観の説明です。



空戦道

 戦闘機による空中戦で勝敗を決めるスポーツ。

 戦車道と並び、乙女の嗜みとして第一次世界大戦後から始まった。

 現在の日本の高校で採用されているレギュレーションは、

 終戦(1945年8月15日)までに初飛行を終えた単座あるいは複座の航空機が使用できる。

 中学高校で6年間のカリキュラムが組まれており、中学の三年間で練習機による訓練を受け、

 高校の三年間で戦闘機に乗り戦う。

 成績は撃墜した敵機の数で決まり、多くの撃墜数を出せば進学や就職で有利になるとされる。

 なお、撃墜の判定は機内に搭載されたガンカメラで判断する

 優秀な成績を残した生徒は卒業後、航空会社や航空自衛隊に即戦力として採用されやすい。

 ただ一部の生徒は大学に入って空戦道を続ける者も存在し、

 そういった者は大学選抜チームに所属している。

 

特殊カーボン

 戦車道でも使われている世にも不思議なカーボン。

 空戦道で使用する航空機にも使われており、例え高度一万メートルから地面に激突しても、

 パイロットは死なないようにできている。

 ただし、カーボンが張ってあるのは操縦席の周りだけであり、

 それ以外の部分の防御力は元の航空機のままである。

 

パイロット

 空戦道の選手。適正検査は戦車道よりも厳しく、一定程度の体力と学力を要する。

 通常の勉強の他、訓練や実戦など一般の生徒よりも忙しい立場である反面、

 広い個室が用意されるなど待遇が良い。

 

エースパイロット

 その学校のパイロット達の中で最も優秀な成績をもつ者のこと。

 並のパイロットを遥かに凌駕する実力を持ち、

 エース一人で戦況がひっくり返ることも珍しくない。

 一方で実力の代償なのか、癖のある性格をしていることも多い。

 

背番号

 パイロットに割り振られた番号。

 ジャケットの背中や搭乗する航空機に書かれている。

 パイロットを識別する際に形式上呼ばれる事がある。(聖グロの33番、など)

 

TACネーム

 パイロットに与えられたニックネームのようなもの。

 同じ学校の生徒同士や仲の良い間柄では番号や本名ではなくこちらを使う。

 命名規則は学校ごとに異なっている。

 (聖グロはイギリスの貴族の名前、知波単は日本の神々の名前など)

 

捕虜

 撃墜されたパイロットが他の学園艦に救助された場合、一時的に捕虜として捕まえられる。

 元の学園艦に戻るまでは、牢屋の中で生活することになる。

 また、撃墜された捕虜は撃墜したパイロットが好きなようにして良い、

 という暗黙のルールが存在する。(暴力は禁止)

 

生徒会長

 その学校の生徒を代表する立場にある人物。

 絶大な権力を持ち、生徒たちを意のままに操ることもできるほどである

 基本的に毎年選挙で選ばれるが、プラウダ高校など選挙が存在しない学校もある。

 

管制塔

 学園艦周辺の空を管理している場所。

 24時間体制で監視しており、航空機の誘導などを行う。

 空域に他の学校の戦闘機が侵入した時にスクランブル発進の命令を出すのもここである。

 

アラート任務

 スクランブル発進に備える任務。

 常に命令を受けて5分以内に発艦できる体制にしなければならない。

 一度に待機する人数は二人から四人まで学校ごとに違いがある。

 

風紀委員

 学校の風紀を守る生徒達。

 学園艦では警察のような立場にいる。



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vsアンツィオ編(第一章)
聖グロのエース


時系列としては、TVアニメシリーズ第一話が始まる少し前くらいです


春、太平洋の穏やかな海をとてつもなく巨大な艦艇が航行している。

それは日本の学園艦の一つ、聖グロリアーナ女学院だった。

 

その上空を一機の戦闘機が悠々と飛行していた。

シャープな機体に楕円翼のついたその戦闘機こそ、

かの有名なイギリスの戦闘機、スピットファイアだ。

機体には聖グロのシンボルである紅茶のエムブレムと数字の33が描かれていた。

 

しばしの飛行の後、その機体は高度を下げ、車輪を展開した。

安定した姿勢で誰が見ても完璧とも言えるような状態で滑走路へ戻ってきた。

エンジンとプロペラの回転が止まったかと思うと一人の少女がコックピットから降りてきた。

 

その少女はベージュ色の髪を持ち、とても美しい顔をしていた。

着用したジャケットの背中には大きく33の数字と「SUTHERLAND」の文字が書かれている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

降り立った少女の元に黄色のヘルメットを被り、レンチを持った人物が走り寄り、こう話しかけた。

 

「おう。どうだい、スピットファイアの調子は?」

 

ヘルメットを被っていたのは戦闘機の整備を担当する班の班長だった。

少女と同じ年齢の女性だったが、薄汚れた作業服のせいかオッサンのような印象を受ける。

少女は落ち着いた口調でこう返した。

 

「問題ないわ。いつも整備してくれてありがとう、きよみん」

 

その言葉に整備班の班長は自慢げに答えた。

 

「なんつったってエースパイロット様の機体だからな!こっちも気合いが入るってもんよ」

 

二人がお互いに信頼できる仲なのが、会話から伝わった。

そんな会話に水を差すかのごとく、べつの女子が二人に割り込んで話しかけてきた。

 

「サザーランド?会長がさっきあなたを呼んでいましたわよ。用が済んだらすぐに生徒会室に来いって」

 

その言葉に少女はため息をつきながら答えた。

 

「はぁ……。わかった。今すぐ行くわ」

 

ヘルメットを被った班長は煽るように笑った。

 

「ガハハハ!エースってのも大変そうだねぇ!」

 

そんな笑いをよそに少女は会長の待つ生徒会室へ急いだ。

 

 

*

 

 

学園艦に大きくそびえ立つ艦橋。

その最上階にあるのが生徒会メンバー達が活動している生徒会室だ。

数万人の生徒を抱える学校の中心なだけあって、部屋にはいつも慌ただしい雰囲気が漂っている。

 

その生徒会室の奥に位置するが生徒会長の席がある会長室だ。

会長室には生徒会長とその関係者以外は許可が無ければ一般の生徒は立ち入り禁止のルールがあり、そのおかげで生徒会室に比べると落ち着いている……はずだった。

 

<挿入歌;{Aces high} Iron maiden>*1

 

Run, live to fly, fly to live, do or die.

(走れ、生きるために飛び、飛ぶために生きろ。やるか、やられるかだ)

Won't you? run, live to fly. Fly to live.

(いいか?生きるために飛び、飛ぶために生きるんだ)

Aces high!

(大空のエースよ!)

 

<挿入歌終わり>

 

骨董品とも言えるような古びたレコードプレイヤーから流れるそのロックミュージックはかなりの大音量でドアに挟まれた隣の生徒会室に音漏れするほどだった。

しかし、生徒会のメンバーは動じる事がない。それが日常茶飯事だからだ。

会長のロック好きは生徒会の中で常識のように扱われていた。

 

 

そんな騒がしい会長室に呼ばれた少女は扉の向こうからでもハッキリと分かるように強くノックをした。

会長は気が付いたのか流れている音楽を止め、短くこう言った。

 

「入れ」

 

その指示通りに少女は入室し、生徒会長と面して言った。

 

「会長、隣の部屋まで思い切り音漏れしてましたよ」

 

少女の言葉に会長は言い返した。

 

「別にいいだろう。私はこの学園の生徒会長だ。この程度の事は許される」

 

ブラウン色の髪に女性用のスーツを着たその女性こそ、聖グロリアーナ女学院の全生徒の頂点に君臨する生徒会長であった。

 

「この英山幸子(ひでやまさちこ)の前には学園中の全ての生徒が無力だ。お前もその一人であることを忘れるな?何なら今ここで―――」

 

幸子の言葉を少女は遮った。

 

「はいはい、分かりましたから早く要件を教えてください」

 

思わぬ横槍に不満そうな顔を見せるも、幸子はこう言った。

 

「そうだな。その前に、お前の学年や所属、名前などを言ってもらおうか。私は既に知っているが、それがこの部屋のルールだからな」

 

その命令が出されると少女は自己紹介を始めた。

 

「はい。私は聖グロリアーナ三年生。航空科所属、空戦道パイロットの東雲エリス。

背番号は33番。TACネームはサザーランドです」

 

その自己紹介に満足した幸子は言った。

 

「よろしい。では始めようか」

 

そう言うと椅子から立ち上がり、演説を始めた。

 

「我々が所属するこの聖グロリアーナは、昔は誰もが認める日本一の高校であった。学問はもちろんのこと、サッカー、テニス、戦車、空戦などあらゆるスポーツで最強を誇っていた。だが今は残念ながら黒森峰をはじめとする他の学校に押され、以前のような栄光は失われてしまった……。我々はこのままで良いのだろうか?否!断じてそうではない!以前のような輝きを取り戻さなければ、この学園に未来は無いのだ!」

 

あまりに力強いこの演説は聞いている者の心臓にまで響きそうな程であった。

 

「そのためにはサザーランド、お前に色々と手伝ってもらうことにしよう」

 

幸子の言葉にサザーランドはひっそりと答えた。

 

「……私に拒否権は?」

 

その問いはすぐにかき消された。

 

「お前に拒否権はない!私とこの学園のために働いてもらう!There is no alternative ! (他に選択肢は無い!)*2

 

権力の横暴とも言えるような振る舞いにサザーランドは呆れた表情を見せた。

 

「じゃあ、私は何をすれば?」

 

渋々出たセリフに幸子はあっさり答えた。

 

「いや、現時点で特にお前に与える任務は無い。いつも通りの仕事をしてくれ」

 

じゃあ私は何で会長室に呼ばれたの?感情を必死に抑えてサザーランドは言った。

 

「分かりました。スクランブル待機に行ってきます」

 

そう言って退室しようとするサザーランドを幸子は引き止めた。

 

「お前は今からアラート任務だな?だったら一応言っておく。今この艦の近くを別の学園艦が航行している。もしかしたら戦闘機を飛ばしてくるかもしれん。念のため注意しておけ」

 

会長からの助言も聞き耳半分でサザーランドは待機所へと向かった。

 

 

*1
日本語で<撃墜王の孤独>。1940年のイギリス空軍とドイツ空軍による戦い、バトルオブブリテンを題材とした歌。

*2
イギリスの元首相、マーガレット・サッチャー氏の口癖




聖グロに接近しつつある学園艦・・・
何だかパスタの香りがしてきました。


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紅茶か、カプチーノか

大海原を行く聖グロリアーナの学園艦。

そこから100キロメートル程離れた場所を別の学園艦が航行していた。

その学校の名はアンツィオ高校。イタリアの空気が漂う高校だ。

いたるところにシンボルであるピッツァが描かれた旗が飾られている。

 

そのアンツィオにあるカフェテリアのテラス席で一人の生徒が木製のイスに座り、くつろいでいた。

その近くにはもう一人別の生徒が立っている。

イスに座った生徒は空を眺めて呟いた。

 

「今日は実にいい天気だねぇ。カフェで休憩するにはうってつけの日だ」

 

中性的な顔立ちをしたその女性は少し低めの声で話している。

 

「シラクサちゃん? カプチーノを注いでもらえるかな?」

 

そういって小さなコーヒーカップを差し出されたもう一人の女子は

 

「分かりました、ジェノバ様」

 

と答え、濃厚なカプチーノをカップに注いだ。

 

出来立てのカプチーノをズズズッと飲んだ女性は、地平線の向こう側に薄っすらと浮かぶ艦影を見つけた。

本来、100キロメートルも離れた艦艇など見えるはずも無いのだが、

学園艦はあまりにも巨大であったため、影が見えたのだ。

 

「あれはどこの学園艦かなぁ? わかるかい、シラクサちゃん?」

 

何気ない質問に、立っている方の女子が答えた。

 

「恐らく、聖グロかと思います。ジェノバ様」

 

その学校の名を聞くと座った女性はカップの残りを一気に飲み干した後、こう言った。

 

「あのメシマズ校ねぇ……。面白い」

 

にやついた顔になった女性は椅子から立ち上がり、カフェを去っていく。

その背中には969の数字と<GENOVA>の文字が書かれていた。

アンツィオのエース、ジェノバが動き出したのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

*

 

 

会長の元を去ったサザーランドは、パイロットの待機所にいた。

ここはスクランブル発進に備えるパイロットのための場所であり、滑走路のすぐ近くに設置されていた。

中には仮眠室やトイレ、テレビや小さなキッチンもあり、最低限の生活空間が確保されている。

ただ、スクランブルに備えるアラート任務はパイロット達にとって嫌な仕事であった。

何せ、発進命令が出たらどんなときも直ちに戦闘機に乗り込み、敵を迎撃しなければならないからだ。

いつ他の高校の戦闘機がやって来るか分からない……

そんな緊張感の元、パイロットはこの待機所で過ごすことになる。

 

聖グロリアーナでは一度の待機任務で二人のパイロットをスタンバイさせている。

サザーランドが着いたとき、既にもう一人は準備を済ませていた。

名簿を確認すると二人の番号とTACネームが記載されていた。

 

 <33 sutherland>

 <85 mayo>

 

サザーランドはそれを見ると困惑した。

もう一人のパイロットは今日初めて会う人物だが、読み方が分からない。

 

「何て読むのかしら、これ? マヨ?」

 

そこへ、一人の少女がやってきた。

青色のショートヘアで可愛らしい見た目をしていた。

 

「あっ、あの! 今日一緒に待機しますっ! 一年生のメイヨーですっ! 先輩っ! 今日はよろしくお願いしますっ!」

 

緊張しているのか空回りするほど力のこもった声で自己紹介をしたのが、

一年生のパイロット、メイヨーだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ああ、これメイヨーって読むのね。私は三年生のサザーランド、よろしくね。

もしかして緊張してる?」

 

優しい問いかけにメイヨーは弱々しく答えた。

 

「はぃ……。その、今日が初めてのアラート任務で……」

 

緊張で震えているメイヨーをサザーランドはそっと励ました。

 

「大丈夫よ、私がついてるから」

 

 

*

 

 

管制塔。

そこは学園艦周辺の空を管理する、航空管制官の生徒達が日々、働いている場所だ。

交代制で24時間、上空をレーダーによって確認し、指示を送る。

いわば空の見張り番のような存在であった。

 

そのレーダーサイトに怪しい反応が出ていた。

複数の機体が学園艦に向かってきている。

 

「あれ? こんな時間に飛行機が通過する予定なんて、ありましたっけ?」

「いや、私は何も聞いてないけど?」

 

管制塔が、にわかに緊張感に包まれてきた。

 

「無線で交信してみましょうか?」

「うん、そうした方がいい気がする」

 

管制官は周波数を合わせ、交信を試みる。

 

「こちらは、聖グロリアーナ女学院の管制塔です。そちらの所属をお聞かせください」

 

しかし、向こうからの応答は無かった。

 

「あー、これはアレですね。スクランブルですね」

「出しますか、発進命令」

 

そう言うと管制官はサイレンを鳴らすボタンを押した。

滑走路全体に甲高い警報音が響き渡る。

スクランブル発進の時間だ。

 

 

*

 

 

「機体は何に乗ってるの?」

「は、ハリケーンです……」

「今までの撃墜数は?」

「まだ、一機も……」

 

待機所でスタンバイしていたサザーランドはメイヨーに色々な質問をしていた。

とりあえず会話して、緊張感をほぐしてあげようという、彼女なりの気遣いであった。

そこへ、サイレンの音が響いてきた。

 

「来たわ、発進命令よ。滑走路に急いで!」

 

サザーランドは素早く頭を切り替え、発進準備へ向かった。

 

「うぅ……。初めての待機任務で発進までするなんて……」

 

弱々しいメイヨーも、それに続いた。

 

*

 

滑走路へ着くと二人の機体が既に用意されていた。

サザーランドはスピットファイアmk.Vb

メイヨーはハリケーンmk.llが使用機体だ。

 

「待ってたよ、お二人さん! さ、早く乗りな!」

 

そう言って、ヘルメットを被ったあの整備班班長が出迎えた。

 

サザーランドはすぐさまスピットファイアに乗り込むとエンジンを始動した。

排気筒からボォッと小さく炎が上がり、さらに出力を上げるとマーリンエンジンの唸り声が響いた。

発艦(学園艦からの発進なので離陸ではない)位置に向かいつつ、手慣れた操作でペダルや翼などの各部位のチェックを済ませた。

この間わずか30秒である。

今まで何回もこなした動作だけあって、全く迷いの無い動きだった。

 

 

一方メイヨーは散々であった。

 

「えーっと、エンジンの始動する場所は……どこだっけ!?」

 

初めてのスクランブルだったせいか、混乱して発進方法をど忘れしてしまった。

 

「大丈夫かい一年生のお嬢ちゃん? ハリケーンの始動はまず、このレバーをな……」

 

班長が優しくアドバイスをすると、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

「あっ! 思い出しました! ありがとうございます!」

 

 

ハリケーンが動き始める頃、既にサザーランドのスピットファイアは発艦を始めていた。

 

「こちら33番から管制塔へ。発艦許可を求む」

 

管制塔はすぐに反応した。

 

「了解。サザーランド、発艦を許可します。いってらっしゃい!」

 

交信を終えると、スロットルを一気に上げ、素早く滑走路を走り発艦した。

高度を上げつつ、車輪を機内に格納する。

周囲を見渡すが、敵機の姿はまだ見えなかった。

 

「管制塔へ。敵の所在を教えてくれる?」

 

サザーランドが尋ねた。

 

「北西方向、距離40キロメートル、高度500メートル付近に所属不明機が複数、レーダーで捉えています」

 

管制官と交信していると、ようやくメイヨーのハリケーンが追いついてきた。

機体には数字の85が書かれている。

 

「お待たせしました、先輩! 援護位置に付きます!」

 

そう言うと、スピットファイアの斜め後方に機体を寄せた。

 

「私についてきなさい」

 

サザーランドは管制官の言う通りに北西方向へ飛び、メイヨーが続いた。

迫りくる敵に、二人で立ち向かうのだ。

 

 



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戦闘開始

イタリアとかソ連のマイナーな戦闘機って検索しても、ウィキペディアとウォーサンダーのページくらいしか情報が出てこないんですよね(悲しみ)


聖グロリアーナに向かっている二機の戦闘機。

何やら無線で会話をしているようだ。

 

「あー、マジでダルい。何で、あんなナルシストの言う事聞かなきゃならんの?」

「しゃーないよ。アイツ一応うちらのエースなんだし」

 

アンツィオのパイロット二人はまだ、自分たちへ向かっている脅威に気が付いていない。

 

*

 

スクランブル発進をしたサザーランドとメイヨーは、

管制塔からの情報を頼りに敵機の位置を探っていた。

発艦からおよそ5分。

 

「ん……?あれが侵入したヤツかしら?」

 

サザーランドが遠方にそれらしい機影二つを見つけた。

 

「レーダーの状況とピッタリ一致してますね」

 

メイヨーも同じ機影を発見した。

 

「もう少し接近してみましょう」

「はい、先輩」

 

二人は敵に気がつかれないよう、上空からひっそりとコンタクトを試みる。

すると敵機の翼に描かれたピザのエムブレムが見えた。

アンツィオ高校の戦闘機だ。

 

「あれはイタリアの戦闘機、mc.202ですね」

 

突然メイヨーがそんな言葉を発した。

 

「よくそんなことが分かるわね」

 

サザーランドは少し驚いた。

 

「はいッ!私、戦闘機に関する知識に自信があるんです!」

 

メイヨーはとても嬉しそうに答えた。

彼女は、元々戦闘機が好きでこの空戦道のパイロットに志願した。

そのため、戦闘機について色々なことを知っていた。

 

「さて、管制塔に連絡しましょうか」

 

サザーランドは無線で報告を行う。

 

「管制塔へ、こちら33番。アンツィオの機体を目視したわ」

 

得られた情報を管制官へ伝える。

 

「こちら管制塔、了解。攻撃を許可します。直ちに撃墜してください」

 

撃墜命令が下った。

いよいよ戦闘開始だ。

 

まずは、状況の確認。

2対2と数の上では互角だが、サザーランド達には高度で有利があった。

敵を見下ろせる位置にいて、しかも向こう側には気付かれていない。

絶好のポジションだ。

 

「メイヨー、いい?二手に分かれて攻撃するわ。

私が前に出ている方を狙うから、あなたは後ろのヤツに向かいなさい」

 

リーダーである一番機として、メイヨーに指示を出す。

 

「了解しました、先輩。やってみます」

 

サザーランドの指示を飲み込むと、二機は降下体制に入った。

敵機に照準を定め、機銃の発射ボタンを押す。

スピットファイアとハリケーンの7.7mm弾が火を噴いた。

 

「あん?なんか変な音しない?」

「ちょっ、ヤバイ来てる来てる!」

 

アンツィオのパイロット二人が気が付いたが、遅すぎた。

前に出ていた方の機体はあっという間に黒煙に包まれ、撃墜された。

しかし、後方の機体は辛うじて生き延びた。

 

「ごめんなさい、先輩!撃ち漏らしました!」

「了解。私が仕留めるわ」

 

サザーランドのスピットファイアは高度を上げ、再び攻撃に移る。

逃げ延びたもう一機に、無慈悲な弾丸が注がれた。撃墜だ。

完璧とも思えるフォローに、メイヨーは心底驚いた。

 

(先輩、すごい……。これがエースパイロットなんだ)

 

 

「大丈夫?被弾してない?」

 

サザーランドの言葉にメイヨーがはっ、と気づいた。

 

「問題ありません、先輩!」

 

二人の間に安堵感が流れる。

が、これで終わりではなかった。

 

「こちら管制塔。同方位に新たなレーダー反応を確認、警戒してください!」

 

管制官の無線で再び緊張が走る。

 

「了解。私たちで迎撃しましょう。メイヨー、準備はいい?」

「はいっ、先輩!」

 

二機はもう一度編隊を組みなおすと、新たな敵の元へ飛んでいった。

 

 

*

 

 

「こちらシラクサ。ボローニャ、ヴェネチア、応答せよ」

 

その無線に返答は無かった。

 

「ジェノバ様、別働隊の二人との連絡が途絶えました」

「おやおや?これは全滅しちゃったパターンかな?」

 

アンツィオのエースパイロット、ジェノバは僚機を二機連れて飛行していた。

 

「これは、僕が直々に相手をしなきゃね」

「ジェノバ様。このシラクサがサポートいたします」

 

僚機の一人、シラクサはアンツィオの二年生でジェノバの愛人とも言える人物だった。

 

「ついてきな、お嬢ちゃんたち。ライミー*1共に一泡吹かせるよ」

 

ジェノバは聖グロリアーナに向けて飛んでいく。

二人のエースが大空で出会おうとしていた。

 

 

*

 

 

編隊を組み飛行するスピットファイアとハリケーン。

サザーランドとメイヨーは次なる敵を探していた。

 

「前方に三機の機影が見えてきたわ」

「メイヨーです。こちらでも確認しました」

 

新手の出現。

するとメイヨーはこう言った。

 

「……一機だけ違う機体がいます」

 

サザーランドも気が付いた。

 

「確かに、他とは違う戦闘機がいるわね」

 

さらに接近したとき、メイヨーが叫んだ。

 

「あれはG.55チェンタウロ!イタリアでも最強クラスの機体です!」

 

胴体に969の数字と撃墜マークがびっしり並んだそのチェンタウロこそ、

アンツィオのエース、ジェノバが乗る機体だった。

 

「ジェノバ様、相手は二機です」

「来たね。精々僕を楽しませてくれよ?」

 

「強敵の予感がするわね。いくわよ、メイヨー!」

「了解です、先輩!」

 

聖グロとアンツィオの編隊は、それぞれほぼ同じタイミングで散開し、戦闘に入った。

*1
イギリス人を意味する蔑称



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イタリアン・バトル

アンツィオ編第四話
この辺りが折り返し地点です


太平洋の空で、レシプロ戦闘機に乗った女子高生達が戦っている。

互いに編隊を解き、合計で五機の戦闘機が乱戦状態になる。

そんなことは、この世界では日常茶飯事であった。

 

*

 

スピットファイアが空を裂く。

数の上では不利だが、サザーランドにとっては何の問題もなかった。

彼女はこれまで、似たような状況をいくつも凌いできた猛者だからだ。

 

「二対一ね……」

 

散開したアンツィオの編隊三機のうち、二機がサザーランドに向かってきた。

機体はどちらも同じ、mc.202だ。

その片方を操縦しているのが、シラクサだった。

 

「ジェノバ様が手を下すまでもありません!」

 

数で勝っているシラクサは得意気だ。

その相手がエースパイロットであることも知らずに……。

 

「挟み撃ちにしますよ!」

 

僚機に指示を出し、スピットファイアを取り囲むように飛ぶ。

二方向から一気に仕留める作戦だ。

 

だが、サザーランドも黙ってはいない。

右に急旋回をし、片方の敵機へ接近する。

 

「そこよ」

 

背面飛行に移り、降下しながら機銃の弾幕を張る。

あっという間に、二機の片割れを落としてみせた。

 

「なんですか、あの動きは!?」

 

シラクサは驚愕した。

自分の作戦が、わずか数十秒で崩されてしまったのだ。

 

「……いえ、問題ありません。私が仕留めれば同じことです!」

 

作戦は変更せざるを得なかったが、まだシラクサには自信があった。

アンツィオのエースの右腕である、という自信だ。

だがそれも、すぐに崩壊することになる。

 

「行きますよ!」

 

敵に照準を合わせ、機銃を撃つ。

だが次の瞬間、スピットファイアが視界から消える。

 

「甘いわね」

 

大きく円を描くようにバレルロールをすると、

敵機の尾翼を刈るようにサザーランドは弾を撃った。

 

「しまった!」

 

シラクサは急いで回避機動をとるが、手遅れだった。

7.7mm弾が尾翼付近に命中し、昇降舵(エレベーター)が効かなくなったのだ。

こうなると、戦闘を継続するのは難しい。

 

「ジェノバ様……申し訳ございません……」

 

シラクサはなんとか機体を制御し、撤退を試みた。

 

「もう十分でしょう」

 

サザーランドはそれを深追いしなかった。

まだ倒すべき相手がいるからだ。

 

*

 

同じ空では、もう一つの戦いがあった。

アンツィオのエース、ジェノバが操るG.55チェンタウロに、

メイヨーのハリケーンが挑んでいた。

いや、それは戦いとは呼べないかもしれない。

 

「おかしい……。相手は後ろを取ってるのに撃ってこない……」

 

メイヨーは果敢に敵に向かうも、技量の差が大きすぎて相手にならなかった。

素早い戦闘機動(マニューバ)で、あっさりと背後を取られてしまったのだ。

これで勝負は決したように見えたが、ジェノバはどういうわけか攻撃してこない。

 

「美しく戦い、そして勝つ。それが僕のポリシーなのさ」

 

華麗なる勝利、それがアンツィオのエースの流儀だった。

このまま撃墜しては、あまりにもあっけなさ過ぎる。

ジェノバは、言ってしまえば<見せ場>を作りたかったのだ。

そんな意図を知らずに、メイヨーは必死の抵抗を続ける。

 

「落ち着くんだ、私。相手に後ろを取られたときの対処は学んだはず……!」

 

自己暗示のようなものを唱えると、メイヨーはスロットルレバーを絞った。

エンジン出力を下げ、機体の速度を低下させる。

これにより、敵機をわざと追い越させ、形勢逆転を狙う。

これはオーバーシュートと言って、空戦では基本的なテクニックだ。

 

「やった!背後を取れた!」

 

このとき、メイヨーは一縷の希望が見えていた。

この有利な状態を維持できれば、

強敵チェンタウロを返り討ちにできるかもしれない。

だが、それは甘い考えだった。

 

「慎重に狙って……、えっ?」

 

メイヨーが相手を照準器に捉えた、その時だった。

 

「Addio!」(アッディオ)*1

 

突然、G.55が急減速したかと思うと、縦に90度回転。

ハリケーンの背後を再び取り返した瞬間、ジェノバは機銃のボタンに手をかけた。

 

「いやああぁっ!」

 

メイヨーの機体を弾丸が貫いた。

12.7mm機銃と20mm機関砲の強力な弾幕だ。

ハリケーンでは到底耐えられない。

 

「メイヨー、応答して!何があったの!」

 

悲痛な叫びは無線越しで、サザーランドに聞こえていた。

 

「先輩っ、ごめんなさい……。被弾しました……」

 

メイヨーのハリケーンは悲惨な状態だった。

胴体は弾丸によって、無数の穴が空いている。

大きな黒煙が機体を包み、飛ぶので精一杯といった状況だ。

いや、むしろ飛んでいるのが奇跡とも思えるような感じだった。

 

「無理しないで。今すぐ撤退しなさい」

 

サザーランドが撤退命令を出す。

 

「分かりました、先輩。どうかご武運を……!」

 

メイヨーはボロボロの機体を何とか操縦し、学園艦の滑走路へ戻っていった。

敵は追いかけてこなかった。

 

「うーん、素晴らしい勝利だねぇ。相手に背後を取らせてからの、一気に逆転!

我ながら美しい動きだったなぁ」

 

ジェノバは自分自身に酔いしれていた。

美しく勝つ、という流儀を成し遂げて見せたからだ。

 

「さてと、お次はあのスピットファイアだね」

 

余韻に浸っていたのもつかの間、ジェノバは次なる目標を定める。

 

「……メイヨー、あなたの仇は私が取るわ!」

 

サザーランドも同様に、敵に視線を向ける。

一対一、エース同士、邪魔する者はいない。

 

「美しく勝ってみせよう!」

「サザーランド、交戦開始(エンゲージ)!」

 

大空の決闘が今、始まった。

*1
イタリア語で「じゃあな!」的な意味。




次回はいよいよエース対決です。
今後もエース対決が、章における最大の見せ場になる予定です。


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エース対エース

今回から使用している『』の括弧は敵と味方の両方に通じている無線です


エースパイロット──――

空戦道において最強クラスの実力を持つ彼女たちは、

生徒会長とは別の意味で、その学校を代表する存在だ。

故にエース同士の対決というのは、両校の威信をかけた戦いでもあった。

 

*

 

聖グロリアーナの管制塔は、慌ただしい雰囲気になっていた。

敵の増援や、メイヨーの撃墜などで味方が劣勢であると判断した管制官は、

追加の戦闘機を送るべきか迷っていた。

そこで、現在交戦中のサザーランドに直接無線を送ってみた。

 

「こちら管制塔。もし増援が必要ならば言って下さい。

要請を頂ければ、10分程で当空域に味方が到着します」

 

しかし、返答は次の通りだった。

 

「必要ないわ。今の戦力で対処します」

 

サザーランドにとって、管制官の提案は何の意味もないものだった。

戦闘機同士の空戦、しかも一対一のドッグファイトは状況にもよるが、

基本的に一、二分、長くても五分あれば決着がつく勝負だ。

それなのに、増援が来るまで10分もかかるようでは、その前に戦いが終わってしまう。

だから、増援を断らざるを得なかった。

 

また、サザーランドには予感があった。

今、敵対している相手がエースであるという予感だ。

もしそうであれば、一般のパイロットが増えたところで返り討ちに会うだろう。

事実、それは的中していた。

相手はアンツィオといえど、エースだった。

そして、エースに対抗できるのもまたエースだけであった。

 

 

『あー、君。聞こえるかい?』

 

突然、サザーランドの無線に割り込みが入った。

ジェノバが周波数フリー、つまり誰でも聞きとれる無線を使って話しかけてきたのだ。

 

『もしかして、私?オープン無線で何の用かしら?』

 

サザーランドも、同じ周波数で返答した。

 

『そうそう、スピットファイアの君のことさ。

シラクサちゃんを落とすなんて、中々の腕前じゃないか』

 

ジェノバは、無線で喋り続ける。

 

『でも、あまり調子に乗らない方がいいよ。

今、君が相手しているのはエースパイロットだからね』

 

わざわざ向こう側から自分はエースです、と伝えられた。

 

『そう。で、それがどうかしたの?』

 

サザーランドが応答を続ける。

 

『物分かりの悪い子だね。つまり君がエースでもない限り、

僕に勝つのは絶対に不可能ってことさ!』

 

そのセリフと共に、ジェノバはG.55を旋回させ、接近してきた。

それに応じて、サザーランドもスピットファイアで旋回する。

相対する二機は、お互いの背後を取りつつ、相手を振り切るために旋回を繰り返した。

戦闘機同士が交差を続ける、いわゆるシザーズ機動である。

 

『無駄な抵抗を……。自分が勝てないと分かってるのかい?』

『悪いけど誰が相手であれ、自分から負けを認めるつもりは無いわ』

 

両機は旋回を続けるが、お互い相手を照準に捉えられない。

だが六回目に交差したとき、サザーランドの撃った7.7mm弾がジェノバの機体に命中した。

しかしこれはカス当たりであり、このままシザーズが繰り返されると思われた。

 

『僕の美しい機体に傷を……!?』

 

だがジェノバにとっては一大事だった。

彼女の理想とする勝利は、傷一つ無い美しい状態での勝利だった。

それが崩された、となるともう冷静さを保てない。

 

『この傷の代償は、君の敗北で払ってもらうよ!』

 

そう言うとジェノバは旋回を中断し、急上昇を始めた。

その直後エルロンロール、回転を伴いながら降下し、攻撃を仕掛けてきた。

サザーランドもそれに合わせて機体を降下し、回避していく。

 

『はははは!この僕から逃げられると思うのかい!』

 

少し前にメイヨーを仕留めた弾幕が、スピットファイアに向けられる。

だがそれを、サザーランドは巧みにかわしていく。

 

『生意気な奴だね!でもここまでだよ!』

 

降下を続け、海面スレスレまで高度を落としたスピットファイアに止めを刺そうとする。

しかし攻撃が当たらない。

 

『あまり僕を怒らせないで欲しいな!』

 

再び旋回を始めようとしたサザーランドに堪忍袋の緒が切れたジェノバは猛スピードで接近し、

確実な一撃を入れようとした、その瞬間だった。

 

「ここよ」

 

サザーランドは操縦レバーをグッと引いた直後、スロットルレバーを一気に絞った。

そしてその場で小さく宙返りをすると、

下を通過したジェノバの機体にありったけの弾丸を打ち込んだ。

 

「なにィッ!?」

 

7.7mm機銃と20mm機関砲が作り出すシャワーを、G.55チェンタウロは浴びた。

機体はあっという間に炎に包まれる。

 

『どういうことだ……!?僕はエースだぞ!?アンツィオで最強のパイロットだぞ!?』

 

怒りの混じった叫びを上げたジェノバにサザーランドはこう伝えた。

 

『悪いわね。私もエースなのよ』

 

その事実を知ったジェノバは最後の言葉を残した。

 

『Mamma Mia!』(マンマミーア)*1

 

直後、機体は海に墜落した。

聖グロとアンツィオのエース対決、それを制したのはサザーランド。

聖グロ側の勝利だ。

 

 

「管制塔へ。全ての敵航空機を撃墜したわ。もう増援は来ないわよね?」

 

管制官に現在のレーダーサイトの状況を尋ねる。

 

「こちら管制塔。当空域に他のレーダー反応は無し。全機撃墜です」

 

状況を報告する無線の後ろで、他の管制官達の会話が聞こえた。

 

「えぇ!?ホントに全部一人で撃墜したの!?」

「すごいパイロットがいるもんですね」

「さすが、我らのエース!」

「これでアンツィオの連中も懲りたかしら?」

 

あらゆる状況でも、一人で戦況をひっくり返す力を持つ存在。

エースパイロットとは、そういった人物を指す言葉でもあるのだろう。

*1
イタリア語で「何てこったい!」的な意味。



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vsアンツィオ編エピローグ

アンツィオ編最終回です



「はぁっ、はぁっ……。上手く着艦できるかな?」

 

聖グロリアーナ学園艦の滑走路に向けて、高度を下げる戦闘機。

ボロボロになったそのハリケーンを操縦しているのは、一年生のメイヨーだ。

ジェノバとの戦いに敗れ、撤退している途中だった。

 

「タイヤ、壊れてないよね?」

 

着艦のために車輪を展開しようとしたが早速、問題が発生した。

片方の車輪が損傷して、展開できなくなっていた。

 

「うぅ……。仕方ないか……」

 

なので止む無く、車輪を使わない胴体着陸を試みた。

滑走路に降りたとたん、ドスンと大きな音が立つ。

 

「あ、これやっちゃったかも……」

 

物理的な衝撃が、メイヨーに掛かる。

派手に砂ぼこりを巻き上げながら、ハリケーンは何とか着艦した。

 

「おうおうおう、派手にやってくれたな?お嬢さん」

 

もはや原型をとどめていない状態で着艦した機体に、整備班の班長が駆け付けた。

 

「おい一年生のお嬢さん、大丈夫かい?」

 

操縦席のドアを開け、パイロットの安否を確かめる。

 

「いたたた……。何とか無事です……」

 

メイヨーはボロボロになりながら、班長の手を借りて機体を降りた。

 

「よくこんな風になるまで戦ったもんだ。

カーボンが無かったらとっくに死んでるんじゃねえか?」

「はい、特殊カーボン様様ですね……」

 

戦車道にも使われる特殊なカーボンは、実に不思議な物質であった。

何があっても人名を守るこの物質が無ければ、戦車道も空戦道も存在しなかっただろう。

 

「そういや、サザーランドの奴はどうなった?」

 

班長が質問した。

 

「先輩は今も戦い続けています。無事だといいんですが……」

 

メイヨーが心配そうに答える。

 

「大丈夫さ。あいつぁエースだからな。早々やられることはねえよ」

 

そう言って班長は、メイヨーの肩をポンと叩いた。

 

「そうか……、そうですよね。先輩はエースですもんね」

 

班長の言葉にメイヨーは勇気づけられたようだ。

 

「いまさらだが、自己紹介を忘れてたね。

 あたしゃ三年の工藤清美(くどうきよみ)

 この学校で戦闘機とかの整備やってる班の班長さ。

 きよみんって呼んでもええよ」

 

薄汚れた作業服を着ている彼女、工藤清美はこう見えて一流の整備士だ。

優れたメカニックで戦闘機はもちろん、自動車や戦車まで整備できる。

唯一の欠点は、雰囲気がオッサン臭い点だけだった。

 

「工藤さんですか!いつも整備ありがとうございます!

 私は一年生のパイロット、TACネーム<メイヨー>です!

 これからもよろしくお願いします!」

「おうおう。こちらこそよろしくな」

 

 

二人が自己紹介をしていると、一機の戦闘機が滑走路に降りてきた。

 

「ん?ありゃスピットファイアじゃねぇか?」

「もしかして……先輩!?」

 

それは間違いなく、サザーランドのスピットファイアだった。

エース対決に勝利し、学園艦に戻ってきたのだ。

二人が機体に駆け寄っていく。

 

「無事だったか。あたしの言った通りだったねぇ」

「先輩、勝ったんですね!」

 

コックピットから降りたサザーランドが答える。

 

「ええ、何とかね……。二度とあんな奴とは戦いたくないわ」

 

どうやらジェノバに対する印象は最悪だったようだ。

 

「先輩、私サザーランド先輩にお願いしたいことがあるんです」

 

急にメイヨーがお願い事を言ってきた。

 

「何かしら?聞かせて頂戴」

 

「はい。私、先輩みたいなエースパイロットに憧れていて……。

 いつか私もエースになりたいなって思ってるんです。

 そこで、どうすればエースになれるか考えたんです」

 

「そう。それで?」

 

「そしたら、思いついたんです。

 先輩の戦いを間近に見て勉強すれば、エースの座に近づけるかもって。

 だから……」

 

サザーランドが問いただす。

 

「……だから?」

 

するとメイヨーが大声で言った。

 

「私を、先輩のウイングマンにさせてくださいっ!」

 

ウイングマンとは僚機、言ってしまえば相棒のようなものである。

 

「そうね……」

 

この提案はサザーランドにとっても、悪くないものだった。

空戦では一機で単独行動するよりも、二機で行動した方が安全だ。

エースにとっても、それは例外ではない。

 

「わかったわ。私と組みましょう、メイヨー」

 

サザーランドはメイヨーのお願い事を聞き入れた。

 

「本当ですか!?やったー!」

 

願いが叶ったメイヨーはとても嬉しそうだ。

 

「ただし、私についていけば他のエースとの戦いに巻き込まれるかもしれない。

 あなたに、その覚悟はできてるの?」

 

サザーランドが釘を差す。

 

「……承知してます、先輩!」

 

メイヨーは決意を抱いて答えた。

 

「いいでしょう。じゃあ、色々手続きをしないとね」

「はい、先輩っ!」

 

今、聖グロリアーナに新たなコンビが誕生した。

それは三年のエースと、一年のルーキーという変わった組み合わせだった。

 

「おうおう。こりゃ面白そうなタッグができたねぇ」

 

それを見つめていた班長、清美は二人に大きな可能性を感じていた。

エースとルーキーが生み出す、大きな力の可能性だ。

 

 

*

 

 

聖グロリアーナの捕虜収容所―――。

そこは学園艦の底の方に存在していた。

薄暗く、不気味な雰囲気を出すこの場所は、学校の闇を集めたような所だ。

ここには撃墜された敵パイロットの他、他校から潜入し検挙されたスパイや、

問題行動を多く起こした生徒などが収容されていた。

 

「あーあ、まさかこの僕が撃墜されるなんてねぇ……」

 

その収容所にある牢屋の一室にアンツィオのエース、ジェノバがいた。

 

「アンツィオの女子全員が悲しんでるかもなぁ……」

 

訳の分からないうわ言を呟いていると、看守が一人やってきた。

 

「おい969番、食事だ」

 

そう言うと看守は、フィッシュアンドチップスの皿を出した。

 

「……またソレかい?いい加減飽きたよ、その料理」

 

「うるさい。捕虜の分際で食事にケチをつけるな」

 

持ち場を離れた看守が戻っていく。

 

「はぁ……。イタリア料理が恋しいよ……」

 

冷めた魚のフライを食べながらジェノバは一人、牢屋の中を過ごした。

 

 

*

 

 

とある学園艦の一室に二人の生徒がいた。

 

「ふーん、あんたが噂の新人ルーキー?」

 

金髪で赤目だったその生徒は、ギャルのような出で立ちだった。

 

「何ですかセンパイ、新人ルーキーって?」

 

もう一人の生徒は比較的小柄で、少しダウナーな雰囲気を醸し出していた。

 

「あー、ミスった。毎日がエブリデイみたいになっちゃった」

「もう少し頭使って下さいよ、センパイ」

 

この二人について分かっていたのは、

背中にそれぞれ80と352の番号が書かれていることだけだった。




というわけで第一章、完!


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キャラ設定・機体解説集その1

設定集その1です。
今回は聖グロとアンツィオの二校。
なお第五章に関する内容は、ネタバレ防止のため透明文字にしてあります。読みたい場合は反転してください


聖グロリアーナ女学院

 神奈川県に母港を持つ学校。

 モチーフはイギリス。

 高貴な上流階級の生徒ばかりのお嬢様学校だと思われがちだが、普通の生徒も多い学校。

 華やかで優雅なイメージとは裏腹に、料理が不味い学校という不名誉な印象も持たれる。

 日本では最古参クラスに歴史のある学園艦であり、今の船体は7代目にあたる。

 一時期は学問、スポーツなどあらゆる分野で国内最高クラスだったが、

 現在は他の学校の台頭もあり、上位校の一角といったポジションに落ち着いている。

 紅茶消費量はダントツ一位だが、最近はコーヒー派も増えつつある。

 空戦道においては、主にイギリス空軍の戦闘機を使用している。

 スピットファイアを中心に強力な機体を揃え、強豪校の一角を占める。

 パイロットのTACネームは、英国貴族の名前から来ている。

 

パイロット

 

サザーランド(SUTHERLAND)

 背番号:33

 本名:東雲エリス

 学年:三年

 身長:164cm

 好きな食べ物:ローストビーフ丼

本作の主人公にして、聖グロのエースパイロット。

どちらかというと物静かで、騒がしいのは好まない。

一人でいるのが好きなせいか、友達は少ない。

戦闘中を含め常に冷静で、取り乱すのは稀。

容姿はベージュのロングの髪を持ち、端麗。

TACネームの由来は英国貴族のサザーランド公爵から。

背番号は同公爵の創設年1833年の下二桁から。

サザーと三三(さざん)で被っているのは、ただの偶然である。

現在は両親が離婚し、父親との二人暮らし。幼少期、母親がいた頃の苗字は東雲ではなく島田。フルネームも{島田エリス}だった。

 

使用機体:スピットファイアmk.Vb(最初から~大洗編まで)

     スピットファイアmk.IX(サンダース編から~黒森峰編途中まで)

     スピットファイアmk.24(黒森峰編途中から~最後まで)

スーパーマリン社が開発した戦闘機。

1940年のバトルオブブリテンで活躍し、勝利に貢献したことから救国の戦闘機の異名を持つ。

改良を重ねた様々なタイプが開発され、開戦から終戦までイギリス空軍の主力となった。

聖グロでも主力戦闘機として運用されており、象徴的な存在となっている。

性能面では上昇力、旋回性能、最高速度の全てが高いバランスでまとまっている。

一方で航続距離の短さが弱点となっている。

mk.Vは初期型に改良を施した型で各種性能が上がった他、

マイナスGによるエンジントラブルも解決されている。

mk.IXはエンジンを更に強化したタイプ。

前型では厳しかったFw-190にも対抗できるようになった。

mk.24はエンジンをグリフォンエンジンに換装した最終生産型。翼端が削られてプロペラが五枚に増えた。レシプロ機でも最強クラスの性能だが、癖のある操縦性で当時の軍内での評価は賛否両論であったようだ。

 

メイヨー(MAYO)

 背番号:85

 学年:一年

 身長:153cm

 好きな食べ物:スコーン

主人公の相棒であり、ヒロイン的なキャラクター。

戦闘機に乗り始めたばかりの一年生。

実力も経験も、まだまだ一流には程遠いが、やる気は一人前にある。

戦闘機に対する知識が豊富で、相手に応じて様々なアドバイスをする。

礼儀正しいが少し弱気な面もあり、ガツガツ来る相手は苦手。

容姿は青色のショートヘアーで可愛らしい印象。

TACネームの由来はアイルランド貴族のメイヨー伯爵から。

背番号は同伯爵の創設年1785年の下二桁から。

 

使用機体:ハリケーンmk.II(最初から~大洗編まで)

     タイフーンmk.Ib(サンダース編から~黒森峰編途中まで)

     テンペストmk.V(黒森峰編途中から~最後まで)

ホーカー社が開発した戦闘機。

スピットファイアに比べて性能面では劣るものの、

量産性に優れたおかげで、大戦初期に広く運用された。

バトルオブブリテンでは、主に爆撃機の迎撃で戦果を上げている。

派生型では40mm機関砲二門を搭載した対戦車攻撃機型が有名。

聖グロでは主に実力の低い一年生に使用されている。

タイフーンはハリケーンの後継を目指して開発された機体。

だがエンジン等に問題があり、戦闘機としては微妙な性能となった。

その代わり、爆弾やロケット弾を装備した戦闘爆撃機として活躍した。

テンペストは制空戦闘機として微妙だったタイフーンを改良した機体。これまでとは比べ物にならないほど素早い飛行が可能になり、とりわけ低高度ではレシプロ機でも最高クラスの速度を発揮できるようになった。

 

ウェリントン(WELLINGTON)

 背番号:14

 学年:三年

 身長:161cm

 好きな食べ物:フィッシュアンドチップス

第四章プラウダ編から登場したキャラクター。

聖グロでサザーランドの次に撃墜数の多いパイロット。要するに二番手である。

サザーランドからエースの座を奪うべく、日々頑張っている。

一年生の頃から競い合っていたライバルのような関係だが友情とは無縁のようだ。

わざとらしいお嬢様言葉を話す。

プラウダ編ではスピットファイアmk.IXに搭乗しているが、これは整備などの都合上仕方なく使用しただけであり、本来の彼女のメイン機体とは別である。

髪は金髪のドリルヘアー、毎朝ヘアセットに苦労してるらしい。

TACネームの由来はイギリス貴族のウェリントン公爵から。

背番号は同公爵の創設年1814年の下二桁から。

黒森峰のエース、レッドバロンとの戦いではメイン機であるモスキートを使用。ステルス性のある機体にチャフを併用しレーダーから隠れ、不意打ちを仕掛ける戦法で挑む。僚機のハルトマンを撃墜するまで追い詰めたが返り討ちに終わった。

 

使用機体:モスキートNF mk.XIII(レッドバロン戦のみ)

デ・ハビランド社が開発した航空機。戦時中に金属類が不足するのではという予測などから当時としては珍しい木製で製造された。だが、実験段階で予想を上回る高性能ぶりを発揮し、すぐさまイギリス空軍の主力機として名をはせた。<最も汎用性の高いレシプロ機>の異名の通り戦闘機や爆撃機の他、偵察機、練習機、戦闘爆撃機、夜間戦闘機と様々な派生型が誕生している。また、独特な形状と材質により若干のステルス性も持っており、レーダーに映りにくい本機はドイツ軍にとって悩みの種であり続けた。

 

生徒たち

 

英山幸子(ひでやまさちこ)

 学年:三年

 身長:164cm

聖グロリアーナ女学院の生徒会長。

正義感が強く、<鉄の女>の異名を持つ。

聖グロに、昔のような栄光を取り戻すことを第一に考えており、

そのためには、あらゆる手段を厭わない。

洋楽、特にUKロックが好きで会長室に音楽を流すことが多い。

なお、「さっちゃん」のニックネームで呼ぶと怒るので注意。

 

工藤清美(くどうきよみ)

 学年:三年

 身長:157cm

戦闘機などの整備を担う、整備班の班長。

いつも薄汚れた作業服を着ており、風貌は工場勤務のオッサンそっくり。

作業時にはヘルメットを被ることも多い。

メカニックは一流で戦闘機以外にも、自動車や戦車などの整備もできる。

フランクな性格で、気さくに話しかけてくる。

他の整備員やパイロットからは、「きよみん」の愛称で呼ばれている。

 

*

 

 

アンツィオ高校

 栃木県に本部を、静岡県に母港を持つ学校。

 モチーフはイタリア。

 料理が美味しいことで有名で、中学生からの人気も高い。

 ただ偏差値が低いせいか、ちょっとおバカな生徒も多い。

 サッカーでは、ワッフル高校と並び最強クラス。

 空戦道ではイタリアの戦闘機を運用している。

 実力的には中堅といったところ。

 パイロットのTACネームは、イタリアのコムーネ(自治体)から来ている。

 

パイロット

 

ジェノバ(GENOVA)

 背番号;969

 学年:三年

 身長:167cm

 好きな食べ物:ラビオリ

アンツィオ高校のエースパイロット。

ナルシストでキザな性格であり、王子様気取りで振る舞う。

好みの女の子を見つけると、すぐに口説こうとする。

中性的な顔立ちからファンは多いが、

性格のせいでアンチも多い。

美しい勝利をモットーにしているが、そのせいで墓穴を掘ることもしばしば。

TACネームはイタリアの街、ジェノヴァから。

背番号は同街の識別番号D969から。

 

使用機体:G55 チェンタウロ

フィアット社開発の戦闘機。

旧型のG.50を改良した機体で、1943年辺りから運用が始まった。

イタリア空軍のレシプロ戦闘機の中で最強クラスの性能を持つ。

だが本領を発揮する前に本国が降伏してしまったので、あまり活躍はできなかった。

ドイツでは、エンジンを強化したタイプのG.56が開発されるも不採用に終わった。

 

 

シラクサ(SIRACUSA)

 背番号;754

 学年:二年

ジェノバの相方。

実力はそこそこだが、容姿がタイプだった影響でジェノバに気に入られている。

シラクサ本人もエースの傍に居られて満足のようだ。

TACネームはイタリアの街、シラクサから。

背番号は同街の識別番号I754から。

 

使用機体:MC.202 フォルゴーレ

マッキ社が開発した戦闘機。

1000機以上生産され、イタリア空軍の主力となる。

性能面では、大戦初期の連合機と互角といった程度。

 

ボローニャ

ヴェネチア

 サザーランド達に最初にやられた二人。

 某RPGにおけるスライム的な存在である。



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番外編 アンツィオのエースと隊長が出会ったら?

こちらはストーリーと全く関係のない話です。
内容はタイトルまんまです。


アンツィオ高校、学園艦―――。

 

「うーん、僕は今日も美しいねぇ」

 

エースパイロットのジェノバは、鏡を見ながら髪型を整えていた。

 

「左様でございます、ジェノバ様!」

 

その隣に僚機を担当するシラクサが立っている。

ヘアアクセサリー一式を揃え、ジェノバの手伝いをしているようだ。

 

「ふふふ、この学園艦の女子全員が僕に釘付けという訳さ!」

 

「行きましょう、ジェノバ様!」

 

ジェノバはヘアセットを終え、部屋を出る。

もちろん、シラクサも一緒だ。

 

「さて、今日は艦内のどこへ行こうかな?」

 

この日、二人は休日だった。

そのため、暇つぶしに学園艦を散歩することにしたのだ。

 

「ジェノバ様、コロッセオなんて如何でしょう?」

 

「コロッセオかあ。いい選択肢だね、シラクサちゃん!」

 

コロッセオとは、艦の中心に位置する建物だ。

闘技場のようなこの場所は、アンツィオでも人気のスポットだった。

 

「じゃあコロッセオに決定!行こうか、シラクサちゃん?」

 

「はい!ジェノバ様!」

 

そう言って二人は、学園艦の中心へと向かった。

 

 

 

*

 

 

「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」

 

「……何だ、この集会は……!?」

 

コロッセオに着いた二人。

そこには生徒たちが集まって、熱狂的なムードに包まれていた。

どうやら何かの集会のようだ。

 

「分かりません。しかし、騒がしいですね」

 

「この集会の主催者は誰だ?アンツィオの静寂を乱す者は……?」

 

集まった生徒たちの輪、その中心に誰かが立っている。

 

「よーし、お前たち!今日も元気そうだなぁ!」

 

その生徒は緑色のドリルヘアーで、手には教鞭を持っていた。

どうやらこの生徒が<ドゥーチェ>と呼ばれているらしい。

 

「くっ!この僕よりも注目されているだと……!?」

 

ジェノバが嫉妬していると、どこから別の生徒がやってきた。

 

「お、あんたも戦車道希望者っすか?ウチはいつでも歓迎っすよ!」

 

黒い髪で少しボーイッシュな雰囲気の生徒だ。

言動から察するに戦車道の選手だろう。

 

「これは戦車道の集会かい?随分と騒がしいね」

 

「そりゃ、ノリと勢いがウチのモットーっすからね!」

 

アンツィオ高校の戦車道は一昨年ぐらいまでは人数が足らず、チームの結成もままならない状態だった。

それがここ最近では、多くの生徒が戦車道履修生となっていた。

 

「おかしいな。僕の認識では、ここの戦車道は死に体だったような……」

 

「それは!我がドゥーチェ・アンチョビのおかげっすよ!おーい姐さ~ん!」

 

生徒が呼びかけると、ドゥーチェと呼ばれる人物がやってきた。

 

「やあやあ初めまして!君は新しい履修生かな?だったら歓迎するぞ!何せウチの戦車は―――」

 

「待った。僕は空戦道のパイロットだ。しかもただのパイロットじゃあ無い。エースパイロットだ!分かるか?エースパイロットだぞ!」

 

ジェノバがパイロットだと知ると、ドゥーチェ・アンチョビは肩を落とした。

 

「なーんだ、パイロットの人じゃないか。ペパロニ、この人じゃ戦車道やれないぞ」

 

「えーマジっすか。それは残念っすね……」

 

落ち込む二人を見ていたジェノバ。

すると急にアンチョビの元へ寄ってきた。

 

「ふーむ、君。悪くないね……。僕のファンクラブに入らないかい?」

 

「な、何を言い出すんだ急に!」

 

「ジェノバ様から直々にスカウトだなんて!これは中々ない名誉ですよ!」

 

「ドゥーチェ、この人もしかしてナルシストって奴じゃないっすか?」

 

偶然起きた、空戦道エースと戦車道隊長の出会い―――。

それは思わぬ方向へ向かい始めた。

 

「いいか?我々にはなぁ、最終兵器のP40があるんだぞ!」

 

「うん?なんで戦車道なのにP40なんか持ってるんだい?」

 

P40という言葉に両者の勘違いが生まれてくる。

 

「文句あるか!P40はれっきとしたイタリアの戦車だぞ!」

 

「何を言ってるんだい?P40はアメリカの戦闘機だろう?」

 

「あー、これは面倒ごとになってきたっすよ……」

 

「ジェノバ様と対等に話せるなんて……、妬ましい!」

 

段々収拾がつかなそうになってきたとき、別の生徒が現れた。

 

「ドゥーチェ、何をしてるんですか?」

 

金髪のロングヘアーの少女、何とも場違いな雰囲気の生徒だ。

だがパンツァージャケットを着ているので戦車道の選手であることは間違いなかった。

 

「このパイロットの人がなぁ、P40は戦闘機だ、って言ってくるんだ!」

 

「おかしいのは君だよ。P40が戦車だなんて言うのは初めて聞いたぞ!」

 

「なぁカルパッチョ、何とかできないっすか?」

 

そのカルパッチョという生徒はジェノバとアンチョビの勘違いに気が付いたようだ。

 

「あー……。多分パイロットさんが言ってるP40は戦車のP40じゃなくて、アメリカの戦闘機、カーチスP-40ウォーホークのことではないでしょうか?」

 

「そういうことか。それをもっと早くいってくれよ!」

 

「そもそも戦車のP40なんて僕は今まで存在すら知らなかったぞ!」

 

聡明なカルパッチョの助太刀によって、エースと隊長はようやく理解しあえたようだ。

 

「いや、でもパイロットの人と話すのも新鮮でいいな!」

 

「こちらこそ、中々珍しい経験をさせてもらったよ」

 

二人が握手を交わす。

 

「私はアンツィオ戦車道の隊長、アンチョビだ」

 

「僕はアンツィオのエースパイロット、ジェノバさ」

 

気が付けば周りには戦車道の選手と空戦道のパイロットが集まっていた。

 

「また会う機会があればいいな!」

 

「そうだね。その時は、一緒に戦ってあげてもいいよ?」

 

 

戦車道と空戦道―――。

二つの道が、これから交わるのかどうか。

それが分からなくとも、同じ学校の生徒として親近感が湧いたのは確かだろう。

いずれチームを組んで、戦車と戦闘機のタッグが見られる日も近いかもしれない―――。

 

 




もし本編を書き終えたら、各校の戦車道と空戦道がタッグを組んで戦う話を書きたいと思ってます。
まあ、大分先になりそうですが……。


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vs大洗編(第二章)
学園艦の日常


第二章スタートです。



とある学園艦の会長室―――。

そこで四人の生徒が重苦しい空気の中、会話をしていた。

 

「今なんとおっしゃいました?廃校って……」

 

質問を投げかけた生徒は、空戦道用のジャケットを着ていた。

どうやら戦闘機パイロットのようだ。

 

「まー、確定したわけじゃないどねー」

 

その生徒の対面で、大きな椅子に座っている人物。

小柄で赤みのかかったツインテールの少女は、この学校の生徒会長だった。

 

「もうダメだぁ!我が校はおしまいだぁ!」

 

会長の横にいた生徒が突然、泣き叫びだす。

片眼鏡をかけたこの人物は、利口そうな見た目とはギャップが感じられる印象だった。

 

「ほらほら泣かないの、桃ちゃん」

 

泣いている生徒を慰める、もう一人の女性。

この三人が、学園を纏める生徒会メンバーであった。

 

「会長、何か私に出来ることはありませんか?

 この学校のエースパイロットとして……」

 

そのパイロットはエースだったようだ。

背中には634の数字と<MUSASHI>の文字が書かれていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「んー、残念ながら君に頼めることは無さそうだよ。

 その仕事は、この子に任せるつもりだからねぇ」

 

そう言って会長は、ある生徒の写真を見ていた。

 

「会長、その生徒は……?」

 

片眼鏡の生徒が質問する。

 

「転校生だよ。つい最近、黒森峰から来たんだってさー」

 

写真の生徒は、ボブヘアーでパッとしない印象だった。

 

「その転校生に何の用が……?」

「この子、戦車道やってたんだってさ。もしかしたらいけるかなーって」

 

会長は再びパイロットの方に視線を向ける。

 

「だからさ、いつも通り過ごしてていいよ。ムサシちゃん」

 

「……分かりました、会長。失礼します」

 

そう言ってエースパイロット、ムサシは部屋を後にした。

その後ろ姿は、どこか悲しみと悔しさを感じられた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「ほら、後ろから敵が来てるわよ」

「えっ!?わー本当だ!」

 

聖グロリアーナの、ある一室にサザーランドとメイヨーはいた。

二人が今やっているのはフライトシミュレーターによる訓練だった。

 

「あー、落とされちゃいました……」

 

これはメイヨーに対する訓練で、サザーランドはその指導に当たっていた。

自分のウイングマンになってもらう以上、最低限の実力は付けて欲しい。

そう考えた彼女は、空戦におけるノウハウをメイヨーに教育していた。

 

「はい、そこまで。今のは何がダメだったか分かる?」

「うーん、何でしょうか?立ち回りは悪くなかったと思うんですが……」

 

シミュレーターでの動きをリプレイする。

 

「ほらここ。あなた背後を確認せずに、敵に突っ込んだでしょ?」

「あー、言われてみれば……」

 

「いい?空戦では、背後とか上方は死角になりやすいの。

 当然、相手はそこを狙ってくるわ」

「なるほど……、死角が出ないように周りに気を配れ、ってことですね?」

 

人は戦闘機に乗っていると、前方ばかりに目が行きやすい。

それが命取りになることを、サザーランドは熟知していた。

 

「そういうこと。次回からは、そこを意識してね」

「勉強になりました、先輩!」

 

 

キンコーンカンコーン

正午を知らせるチャイムが鳴り響く。

 

「あら、もうお昼ね。一緒にランチタイムにしましょうか?」

「そうですね、先輩。お腹も空きましたし」

 

 

*

 

 

 

聖グロリアーナの生徒食堂―――。

お昼時には昼食を食べる生徒たちでいつも賑わうこの場所は、

食事と楽しい会話が出来る憩いの場でもあった。

 

「うーん、色々ありますね。どれにしようかな……」

 

食券の券売機の前で、メイヨーは悩んでいた。

 

「私は、これ一択ね」

 

サザーランドは迷うこと無く、ボタンを押した。

 

「ローストビーフ丼ですか?先輩」

「私の大好物よ。世界で一番好きかもしれない。

 メイヨーも早く決めなさいよ」

 

急かされる形で、メイヨーもボタンを押した。

 

「うーん、無難にサンドイッチとかにしますか」

「決めた?じゃあテーブルを確保しましょう」

 

正午における食堂の席取りは早い者勝ちだ。

モタモタすると、テーブルが埋まってしまう。

 

「ふぅ、なんとか確保できましたね」

「そうね、あと五分遅かったら座れなかったわ」

 

ギリギリで席を確保した二人は、受付に向かった。

 

「はいはい、サンドイッチとビーフ丼ね」

「お願いしまーす」

 

席に座る二人。

周りはすっかり、他の生徒でいっぱいだ。

 

「相変わらず、お昼時は混むわね……」

「そうですね、券売機に行列できてましたもん」

 

水を飲みながら料理を待つ二人。

そこに見覚えのある人物がやってきた。

 

「おうおう、お二人さんもランチかい?」

 

整備班の班長、清美だ。

 

「丁度いいや、一緒に食おう!」

「隣空いてますから、座っていいですよ」

「私たちが確保した席なんだけどね……」

 

奥に詰めるように三人が座る。

丁度そのタイミングで、料理がやってきた。

 

「はい、ミックスサンドとミートパイ。

 それとローストビーフ丼大盛りね」

 

出された丼ぶりは、ボウル並の大きさだった。

 

「すごい量ですね、先輩……」

「相変わらずだねぇ、お前さん」

「私のスタンダードよ」

 

軽く引き気味の二人をよそに、サザーランドは黙々と食べ始めた。

 

「先輩が食いしん坊だなんて意外でした……」

「エースは食う量もエース、ってことさね」

 

そんなこんなで三人は昼食の時間を食堂で過ごした。

結局、食べ終わるのが一番早かったのはサザーランドだった。

 

 

 

 

*

 

 

 

聖グロリアーナの会長室―――。

 

「どういうことだ?これは……」

 

生徒会長の英山幸子が目を通していたのは、ここ数日の周辺空域を通った航空機のデータだった。

そこには、無断で空域に侵入した他校の戦闘機も含まれていた。

 

「妙に侵入回数が多い学校があるな……」

「はい、あまりにも異常な回数かと」

 

サザーランドがアンツィオのエース、ジェノバを落として以降、アンツィオからの領空侵犯は露骨に減っていた。

その代わりに、ある学校からの戦闘機が回数を増やしていた。

 

「大洗女子学園……、何故この学校が……?」

「分かりません。何か企んでいる可能性もありますが……」

 

大洗女子学園―――。

茨城県大洗港を母港をするこの学園艦は、どちらかと言えばマイナーな学校だった。

戦闘機の保有数も、そこまで多くないはずだ。

そんな学校が何故、頻繫に空域に侵入してくるのか―――?

 

 

「目的は分からんが、いい加減灸をすえるべきだな」

「いかがいたしますか、会長?」

 

何度も侵入され、スクランブル発進を繰り返されては堪ったものではない。

幸子は、何としても大洗女子を止めたかった。

 

「アイツを、サザーランドを呼んでくれないか?」

「エースパイロットを……、ですか?」

 

生徒会長は再び、エースを呼び寄せた。

聖グロと大洗との戦いが近づきつつあった―――。




というわけで今回登場したのは、カメさんチームの三人でした。
今後も本家からのキャラクターはちょくちょく登場する予定ですが、ストーリーに大きく絡むことは無いです。


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会長命令

「えっ!?生徒会長の所に会いに行くんですか!?」

「……そんなに驚くことじゃないでしょう」

 

昼食を取り終えたサザーランドとメイヨーは、会長からの呼び出しを受けていた。

いや、正確にはサザーランドだけだったのだが……、

 

「せっかくだから、あなたも来なさいよ」

「生徒会長って、全生徒を代表するあの人ですよね?

 私如きが会いに行っていいのでしょうか?」

 

メイヨーにとって生徒会長とは天の上に立つような偉い人物として認識されていた。

実際、生徒数が数万人を超える学園艦で、

生徒会長と直接関わり合いがある生徒は、ほんの一握りだった。

 

「別にいいのよ。女王様じゃあるまいし」

「えっ、どうしよう。どんな服装で行ったいいんですか?」

 

「今のままでいいと思うわよ?」

「本当ですか?失礼じゃないですか?」

 

実際に生徒会長と対面することに、メイヨーは異様なまでに緊張していた。

 

「大丈夫よ。行きましょう」

「うー……、胃がキリキリしてきました」

 

こうして二人は会長室へと向かった。

 

 

 

*

 

 

 

「……先輩、やっぱり引き返していいですか?」

「何でよ、せっかく目の前まで来たのに」

 

会長室の扉の前で、二人は立ち止まっていた。

メイヨーが中々会長に会う決心がつかないからだ。

 

すると、おもむろに扉が開き、会長の幸子が出てきた。

 

「おいお前たち、こんなとこr―――

「うわーーーー!!?」

 

突然の登場にメイヨーは大声を上げてしまった。

そして身を隠すようにサザーランドの背中に逃げ込んだ。

 

 

「……誰だ、ソイツは?」

「あぁ、すみません会長、うちのメイヨーが……」

「ひいぃー……」

 

 

*

 

 

 

「……なるほど、それで驚いたのか」

「はい……。申し訳ございませんでした……」

 

一悶着ありながらも入室した二人。

結局、メイヨーも一緒に会長と話すことになった。

 

「お前は、まだ一年生だったな?まぁ気持ちは分からんでもない」

「正直、今も緊張してます……」

「大丈夫よ、そんなに怖い人じゃないから」

 

メイヨーの誤解も解けたところで、会長の話が始まった。

 

「さて、始めようか」

「今回は何でしょう、会長?」

 

幸子は先程自分が見ていた、周辺空域のデータを出した。

 

「これは、ここ数日に我が校の空域に侵入した戦闘機の所属を表したデータだ。

 さて二人とも、ここから何か分かることがないか?」

「えーっと、何ですか?」

「一つ、突出して回数の多い学校がありますね」

 

サザーランドは、そのデータの異常性に気が付いた。

 

「ああ、そうだ。その学校の名は大洗女子学園。それが今回のキーワードだ」

「大洗女子学園?初めて聞きました……」

「茨城を本拠地にする学園艦ですね」

 

キーワードが分かったところで、話は続く。

 

「そこで今回の任務だ。内容は単純明快。大洗を黙らせてこい」

「黙らせる、ですか?」

「要するに大洗の航空戦力を削いでこい、ってことですね」

 

「その通りだ。大洗の空域に侵入し、迎撃機を撃墜してくるんだ。

 エースを釣り上げれば、なお良いだろう」

「大洗のエース、ですか……」

 

エースの撃墜、それが最大の目標だった。

アンツィオの侵入回数はエースのジェノバを落とした後、激減した。

幸子は大洗にも同じことをすれば、空域に侵入する回数を減らせると考えたのだ。

 

「エースに対抗できるのは、エースだけ。だからお前を呼び寄せたのだ」

「なるほど、先輩を使って相手のエースを……」

「相変わらずえげつない事考えますね、会長?」

 

これまでサザーランドは、敵を迎撃する防御側についていた。

それが今回攻撃側、つまり空域に侵入する側につく事になったのだ。

彼女にとって、あまり心地の良いものではなかった。

 

「一応聞きますけど、拒否権は?」

「There is no alternative. (それ以外の選択肢は無い)」

「ひぃ、これが噂の権力濫用ですか……」

 

生徒会長の権力は絶大だ。

一般の生徒では到底逆らえない。

それはエースパイロットでも同じだった。

 

「さあ滑走路に行け!これは会長命令だ!」

「はぁ……。行きましょう、メイヨー」

「了解です、先輩……」

 

二人は会長からの命令のもと、渋々滑走路へ向かった。

 

 

 

*

 

 

 

「来たね、お二人さん。会長から話は聞いてるよ。色々大変だねぇ」

 

滑走路に来た二人を迎えたのは、整備班班長の清美だった。

 

「まったくよ。まあ今に始まった話じゃないけれど」

「先輩……、心中お察しします」

「そう気を落とすなって。逆に考えれば会長に信頼されている証じゃないかえ?」

 

生徒会長の横暴っぷりは、一般の生徒たちにも知られているようだった。

 

「そういや、今回飛んでいく先は……」

「大洗女子学園って学校です」

「きよみんは大洗について何か知ってるのかしら?」

 

清美は大洗の名を聞くと、懐かしい思い出があると言い出した。

 

「いや、ちょいと前にねぇ、あそこの自動車部って所と車で競争したことがあってさ。

 いわゆるカーチェイスってやつかねぇ」

「カーチェイス?何をしたんですか?」

「その話、面白そうね?詳しく聞かせて頂戴」

 

「ほら私ってさ、戦闘機以外にも車とかの整備もできるわけよ。

 で、趣味でレーシングカーもどきみたいなの作っちゃってさぁ」

「まさかそれで競争したんですか?」

「何それ。そんな面白い話初めて聞いたわよ」

 

どうやら自前の改造車で、大洗の自動車部と競争した話のようだ。

 

「あんまり言いふらすと風紀委員から怒られそうだから、話したくなかったんだわさ」

「あー、そういうの風紀委員取り締まってますもんね」

「この話は三人だけの内緒にしましょう」

 

風紀委員とは学園艦の治安維持を担当する委員のことだ。

艦内では警察のような役目を担う。

自校の生徒がカーチェイスをした話がバレたら面倒ごとになるだろう。

 

 

「さ、そろそろ出発の時間かねぇ」

「そうね。機体の準備をお願いできる?きよみん」

「そういえば、私のボロボロになったハリケーンどうなりましたか?」

 

メイヨーの乗機であるハリケーンは前回の戦いで酷く損傷していた。

 

「問題ないさね。とっくに修理は済ませたさ」

「本当ですか!?あの状態の機体を……」

「流石のメカニックね」

 

格納庫に行くと、確かにメイヨーのハリケーンは完璧に修理されていた。

燃料も満タン、いつでも飛べる状態だ。

 

 

「よし、行きましょうか、メイヨー」

「はい、先輩!」

 

二人はそれぞれスピットファイアとハリケーンを始動し、滑走路へ入る。

 

「こちら33番及び85番、管制塔からの発艦許可求む」

「こちら管制塔。発艦を許可します」

 

高度を上げ、二機は聖グロの学園艦を後にした。

 

「大丈夫かねぇ、あの二人……」

 

それを見送った清美は何か心配そうな様子だった。

 

「大洗の<サムライ>とやらに目をつけられなければいいけどねぇ」

 

彼女はそう呟くと、機体整備の作業に戻った。

 




大洗はどんな戦闘機を使ってくるのやら……。


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侵入者になった日

大洗編第三話です。
あの有名な戦闘機が登場しますよ。


「あー……私たちの学園艦が遠のいていきます……」

「当たり前でしょう。別の学園艦に向かってるんだから」

 

聖グロリアーナから発艦した二人―――。

サザーランドとメイヨーは会長の命令の元、大洗女子学園へ飛んでいた。

 

「いや、分かってますよ。でも不安だなぁ……」

「あなた、他の学校の空域に侵入するのは初めてよね?」

 

「そうですね。どうやって戦えばいいんでしょうか、先輩?」

「とにかく、相手に撃墜されないように意識しなさい。

 落とされて他の学校に捕まると面倒なことになるから」

 

撃墜され、自分たちとは違う学校に救助されると捕虜になる。

メイヨーはこの事実を頭の中では理解しつつも、実際にどうなるのかは未体験だった。

 

「不吉な質問かもしれないですけど、落とされた場合って相手の捕虜になりますよね?

 捕虜ってどういう風に扱われるんですか?」

「そんなこと聞いて何になるの?今は目の前の戦いに集中しなさい」

 

思いがけないサザーランドの冷たい答えに、メイヨーは怯んでしまった。

 

「いや……、その……、すみません、先輩……」

 

 

そうこうしているうちに、遥か遠くの海に何かの影が見てきた。

 

「見えてきたわ。あれが大洗の学園艦ね」

「あれが大洗女子学園……」

 

大洗女子学園の大きさは聖グロリアーナの半分程度しかない。

それが見えてきた、ということはかなり接近しつつある状況だ。

 

『ザ……ちら大洗……ザザ……すか?』

 

「何か無線が入ってきました、先輩!」

「大洗の管制塔ね。無視していいわよ」

 

 

大洗の管制塔から無線が入る。

つまり、大洗女子学園の空域に完全に入った、ということだ。

 

 

『こちら大洗女子学園管制塔です。そちらの所属を教えてもらえますか?』

 

「うー……何か今、自分が悪いことをしてる気がします……」

「少なくとも良いことではないわね。他校の空域に勝手に入ってるんだから」

 

管制官からの無線を無視する二人。

折しもそれは、以前自分たちが撃ち落としたアンツィオのパイロットと同じ行動だった。

 

 

 

 

*

 

 

 

大洗女子学園、パイロット待機所―――。

スクランブル発進を控えた生徒たちが、何かを囲うように座っている。

 

「リーチっす!」

 

パイロットたちが遊んでいるのは麻雀だった。

大洗では、待機中の暇つぶしに麻雀を打つのが恒例行事となっていた。

 

ジリリリリリ

 

「あー、タイミング悪いっすね。続きは後っすか」

 

侵入を知らせるサイレンが鳴り響く。

仕方なく、今の対局を中断するように思えたが―――。

 

「いや、その必要はない」

「え?」

 

一人のパイロットが、自分の牌を倒し始めた。

 

「ロン。四暗刻単騎(スッタン)32000点、お前のトビで終了だ」

「……マジっすか。エースは麻雀でも強いんすか?」

 

役満を決めたのは大洗のエース、ムサシだった。

彼女は空戦道のみならず、麻雀でも高い実力を持っていた。

 

「まあな。さぁ行こうか」

 

対局を終わらせ、緊急発進に向かうパイロットたち―――。

 

 

「大洗の空は、私が守る」

 

 

そこにはエースパイロットの姿もあった。

サザーランドは再び、エース対決に臨むことになる。

 

 

 

*

 

 

 

「メイヨー、警戒しなさい。そろそろ迎撃機が来る頃合いよ」

「いよいよですね。訓練の成果を出してみせます!」

 

大洗の空域に侵入から5分―――。

いつ迎撃機が来てもおかしくない状況だった。

 

 

「前方に複数の機影を発見しました!」

「来たわね。戦闘開始(エンゲージ)!」

 

敵を目視し、戦闘に入る。

メイヨーは敵戦闘機の詳細確認を試みる。

 

 

「零戦……!先輩、あれは零戦ですよ!」

「大洗、そんな戦闘機を持っていたのね」

 

零式艦上戦闘機、通称零戦―――。

日本人にとって最も有名であろう戦闘機。

それが、大洗の主力戦闘機だった。

 

「本物の零戦を見ることが出来るなんて……」

「喜んでる場合じゃないわよ、メイヨー。戦闘の準備をしなさい」

 

先輩の指示通り、メイヨーも戦闘態勢に入る。

相手は三機。発艦したばかりで、高度は低い。

状況はこちら側が有利だ。

 

「上から仕掛けるわよ」

「はい、先輩!」

 

上空から降下し、敵に奇襲をかける。

 

 

「来たか……、散開!」

 

だが相手も、それを察知し回避機動を取る。

 

「かわされました!」

「格闘戦ね、上等よ!」

 

聖グロと大洗、それぞれの編隊は同高度で分散し始める。

二対三のドッグファイトの始まりだ。

 

 

「待ってください、先輩。零戦と旋回勝負をするのは……」

「何か言った、メイヨー!?」

 

メイヨーはアドバイスを試みる。

しかし混戦の最中サザーランドに、はっきり伝えることが出来なかった。

 

 

「相手は聖グロっすか」

「このスピットファイア、中々のやり手と見た」

 

大洗側も格闘戦に応じる。

零戦使いなだけあって、ドッグファイトは得意分野だ。

 

 

「零戦が何よ、私には及ばないわ!」

「先輩……、零戦に格闘戦を挑むのは……」

 

一方のサザーランドも乗り気だ。

しかし対照的にメイヨーは消極的だった。

彼女は零戦とドッグファイトするのは危険だと考えていた。

 

 

「スピットファイアの実力、見せてあげる!」

 

しかし、その心配は届かなかった。

サザーランドはすっかり、自分と機体の性能を信じ切っていた。

 

 

「やばいっすよ、このスピット!」

「落ち着け、アラシ。ペースを取り乱すな」

 

そんな心配をよそに、サザーランドは零戦相手に善戦していた。

 

 

「悪いっすね、ムサシさん。ここで離脱するっす」

「三番機、こちらも被弾、離脱します!」

 

次々と大洗の戦闘機を撃墜し、残りは一機となった。

 

 

「さあ、あともう少しよ!」

「すごい……、先輩。私の心配は無用でしたか」

 

メイヨーは敵と距離を置きつつ、飛んでいた。

撃墜されないことを優先するためだ。

 

 

「そうか……、後は私だけか……」

 

残り一機となった、大洗女子学園。

最後に残った零戦には、634の数字が書かれていた。

 

 

「楽しいな……空戦というものは……」

 

大洗のエース、ムサシ。

彼女は心の底から空戦道を愛していた。

 

 

「残りわずかのパイロット人生、悔いの残さない勝負にしよう」

 

だからこそ、今の自分たちの状況が受け入れられなかった。

 

 

「これも会長のためよ!」

「尋常に勝負!」

 

向き合う二人のエース。

聖グロと大洗の対決の行方は、誰にも予測出来なかった―――。

 

 




次回は、いよいよ二回目のエース対決です。
スピットファイアと零戦、軍配が上がるのはどちらでしょうか?


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大洗のサムライ

大洗女子学園の上空で空戦が繰り広げられている。

 

「ねー見てよー麻子ー、上で戦闘機が戦ってるよ!」

「なんだ……私はまだ眠いんだ……、沙織……」

 

それを目撃していた二人の生徒がいた。

どういうわけか眠そうな少女がおんぶされている状態だった。

 

「もー、早くおきてよー!」

「んー、あと三時間……」Zzz……

 

「三時間も寝たら学校終わっちゃうよー!」

 

大洗上空での戦いは続く―――。

 

 

 

*

 

 

 

 

「なんてことは無いわ。相手が零戦でもね」

「……先輩、やっぱり危ないかと……」

 

聖グロと大洗のエース対決。

勢いに乗るサザーランドは、その調子で最後の一機を落とそうとした。

後輩の言葉には耳を傾けなかった。

 

「そう易々と落とせると思うなよ」

 

大洗側のラストバッターと化したパイロット。

それがエースであることを、彼女は気がついていない。

 

 

「さすがの旋回性能ね。でも結果は変わらないわ」

 

スピットファイアは優れた旋回性能を持つ機体だ。

だが、それ以上の性能を持つ機体も存在する。

 

 

「私に巴戦を挑むとは……、面白い!」

 

それが零戦だ。

太平洋戦争の序盤、圧倒的な機動力で連合機を凌駕していた戦闘機。

欧米ではゼロ・ファイターと呼ばれていた。

 

 

「この……ちょこまかと!」

 

絶好調だったサザーランドに次第に陰りが見えてくる。

彼女は零戦の旋回性に翻弄されつつあった。

 

 

「スピットファイアも悪くない、だが零戦には及ばない」

 

大洗のエース、ムサシは零戦のことを知り尽くしていた。

何せ三年間も、この機体に乗り込んでいるからだ。

 

 

「先輩!零戦の旋回性能は……」

「黙ってて、メイヨー!私は今集中してるの!」

 

追い詰められていくサザーランド。

そこには普段の冷静さが消え、焦りが出始めていた。

 

 

『聞こえるか?スピットファイアのパイロットよ』

 

突如、オープン無線が入ってくる。

それはムサシからのメッセージだった。

 

 

『お前は何故生きて、何故空を飛ぶ?』

『いきなり何よ、挑発のつもりかしら?』

 

唐突な質問。

サザーランドに対して何かを伝えたいようだ。

 

 

『その問いに答えられなければ、私に勝つことはできんぞ!』

『訳の分からないことを……、さっさと落とせば済む話ね!』

 

*

 

 

ドッグファイトを続けるエース二人。

 

「何て戦い……、私の入り込む余地がありませんね」

 

それを少し遠くで眺めているメイヨー。

下手に水を差してはいけないと、彼女は考えていた。

 

「先輩……、大丈夫かな……」

 

追い詰められていくサザーランドを、メイヨーはただ見つめることしかできなかった。

 

 

*

 

 

『もらったわよ!』

 

 

激しい格闘戦の末、ついにサザーランドが背後を取る。

 

 

『さあ、耐えられるかしら!?』

 

照準を敵機に合わせる。

零戦の装甲は脆い。

7.7mmでも致命傷を負わせられるだろう。

 

 

『それはどうかな?』

 

しかしムサシも黙っていない。

回避機動を取り、スピットファイアの射線から外れる。

 

 

『私がここまでイライラするの、いつ以来かしら!?』

 

段々と感情的になっていくサザーランド。

彼女はそれを自覚しつつも、怒りをコントロールすることができない。

 

 

『怒りに駆られた状態で、私を倒すことはできない……』

『うるさい!そろそろ決着つけるわよ!』

 

このときのサザーランドの焦りには別の理由があった。

学園艦から飛び立ち、その後の戦闘が長引いていく中、スピットファイアの残燃料が少なくなってきた。

このままでは帰りの燃料が持たない。

 

 

『私には時間が無いの!』

 

スピットファイアの弱点、航続距離の短さ。

それが徐々に露わになりつつあった。

 

 

『ほう?なら燃料切れまで付き合ってもらおうか?』

 

それを知ってか知らずか、ムサシは戦いを長引かせる立ち回りをしていた。

ぐるぐると旋回を繰り返し、時間を稼いでいく。

 

 

『さあ、これでおしまいよ!』

 

堪忍袋の緒が切れたサザーランドが、再び零戦の背後を取った。

そのときだった―――。

 

 

『秘儀・木の葉落とし!』

 

突如、零戦が失速し、スピットファイアに追い越される。

 

 

『え……、どこにいったの!?』

 

一瞬、サザーランドが敵機を完全に見失う。

 

 

『さらばだ』

 

気が付くと、ムサシが背後を取り返していた。

 

 

『しまっ―――

 

サザーランドが回避しようとするが、もう遅い。

そこはすでに零戦の20mm砲の射程内だった。

 

「先輩!」

 

戦いを見守っていたメイヨー。

次の瞬間、炎に包まれるスピットファイアを見た。

 

 

「どうして……、私が……」

 

 

それは間違いなくサザーランドの機体だった。

見る見るうちに高度が下がっていく。

 

 

「せんぱーーーいッ!!」

 

 

海面で木端微塵になるスピットファイア。

それは聖グロリアーナのエースの敗北を表していた。

 

 

「うそ……、先輩が、負けた……?」

 

動揺する余り、周りが見えなくなってしまったメイヨー。

すぐそばに二匹目の獲物を狙う存在に気がつかなかった。

 

 

『そこのハリケーン、お前もだ』

 

サザーランドを落とした零戦がメイヨーを狙う。

 

 

「え……?あ……」

 

現実が飲み込めないまま、メイヨーは先輩と同じ末路を辿った。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「全機撃墜だな……」

 

エース対決に勝利した、大洗女子学園。

 

 

「管制塔、二人のパイロットを落とした。救助を出してやれ」

 

ムサシは戦果を報告し、元の学園艦に戻っていった。

 

 

この日、サザーランドとメイヨーは洗礼を受けた。

大洗の<サムライ>によって―――。

 

 

 



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暗い檻の中で


捕虜のシチュエーションは、あんなことやこんなことをやりがちですが、このシリーズにはそういった要素は無いのでご了承ください。



「聖グロの33番、ここがあんたの部屋。さっさと入りな」

「…………」

 

大洗のエース、ムサシとの対決に敗れたサザーランド。

彼女は墜落した後救助され、捕虜になっていた。

 

 

「……最低の気分だわ……」

 

大洗の捕虜収容所―――。

独房のようなこの個室にはベッド、簡易トイレ、それと小さな机ぐらいしか無い。

母校から連絡が来るまで、ここで過ごすしかないのだ。

 

 

「何を考えていたのかしら、私……」

 

今になって思えば会長の命令を受けていた辺りから、何かが狂い始めた。

空戦が始まると次第に感情の制御が効かなくなり、

後輩からのアドバイスも耳に入らなくなっていた。

 

 

「後悔しても遅いわね、もう寝ましょう……」

 

寝返りをするたびにギシギシいうようなボロいベッドに、サザーランドは仰向けになった。

 

「メイヨー……、大丈夫かしら……?」

 

今の一番の心配は、後輩のメイヨーの安否だった。

ハリケーンが墜落するのは見たので、大洗に捕まっているのは予測できた。

 

 

ガチャッ

突然、部屋の鍵が鳴る。

そして扉が開くと、一人のパイロットが入ってきた。

 

 

「誰かしら、あなた?」

「よう、どうだ?気分は」

 

入室したのは、大洗のエースパイロット、ムサシだった。

ついさっき、サザーランドを撃墜した相手だ。

口に爪楊枝を咥えていて、腰には木刀が刺さっていた。

 

 

「落とされて捕虜になって、いい気分だと思う?」

「ああ、それはそうだな。悪かった」

 

数時間前まで戦闘機で戦った相手と対面で会う。

なんとも気まずい空気が流れてくる。

 

 

「それで?私に何の用?」

「そうだな、お前は知ってるよな?捕虜に対する決まりを……」

 

捕虜に対する暗黙のルール―――。

それは撃墜された捕虜は自分を撃墜したパイロットの言うことを何でも一つ聞く、というものだ。

 

 

「知ってるわよ。何をすればいいの?下着姿になったら満足する?」

「いやいや、私にそんな趣味はない。

 代わりにお前に聞きたいことがあるんだ」

 

ムサシからの願いは質問に答えろ、という案外あっさりしたものだった。

 

 

「お前……、もし自分の学校が消えたらどうする?」

「……ごめん、言ってる意味が理解できないのだけど?」

 

「そのまんまの意味さ。明日学校が消えるって言われたらお前は何をする?」

「非現実的すぎる質問には答えられないわ」

 

サザーランドの返答に、ムサシは呆れた表情をする。

 

 

「非現実的か……、そりゃあそうだよな……」

「当たり前よ、生徒が数万人もいる学園艦が急に無くなる訳ないじゃない」

 

浮かぶ街とも言えるような学園艦が突然消えるわけがない。

サザーランドの意見は至極真っ当なものだった。

 

 

「それが現実になりつつあるのさ。この大洗がな……」

「どういう意味かしら?」

 

悲しげなムサシの顔に真剣みを感じたサザーランドは話を聞くことにした。

 

 

「廃校が決まったんだ。この大洗女子学園……」

「廃校?冗談でしょ?この規模の学校が?」

 

唐突にでた廃校の言葉に動揺をし始める。

 

「会長が言ってたのさ、ウチは廃校になるってな……」

 

 

日本の学園艦の管轄は文部科学省にある。

その文科省ではここ数年、財政上の理由から予算削減に走っていた。

そこで、あまり実績のない大洗が廃止が決まった、という内容だった。

 

 

「ここ最近大洗(ウチ)の戦闘機が他校の空域に侵入するのは、これが原因だ」

「なるほど、どうせ廃校になるからってヤケになってたのね……」

 

廃校を知らされたパイロット達が、最後にひと暴れしたくて侵入を繰り返している。

それが、一連の騒動の真実だった。

 

 

「でも、転校してからも空戦道を続ければいいだけじゃない」

「そういうわけにもいかないんだ、特に私に限ってな……」

 

ムサシは自分が空戦道を始めた理由について語り始めた。

 

 

「私は生まれも育ちも大洗の人間だ。

 小さい頃、大洗の空を飛ぶ零戦の姿を見て、私はパイロットになることを決意したんだ。

 そしてパイロットになってからは、この大洗の空を守ることが、私の飛ぶ理由だった」

 

大洗の空を守る。

それがムサシが飛び続ける理由だった。

 

 

「だが今、それは失われた。大洗女子学園は廃校する。

 私は何のために生きて、何のために飛ぶのか?

 もう私には、空戦道を続ける意味がないんだ……」

 

 

大洗のために生きて飛び続けた以上、それが無くなるのならパイロットを辞める。

それが彼女の導いた答えだった。

 

 

「間違ってるわ、そんなの!生まれてからずっと空を目指して生きてきたのなら、これからも飛び続けるべきよ!」

 

珍しくサザーランドが怒りの声を上げる。

しかし、ムサシは反論した。

 

 

「ならお前は何のために生きて、何のために飛ぶ?それを教えてもらおうか」

「それは……」

 

ムサシの問いに答えが詰まる。

 

 

「ふっ。その様子じゃあ何も考えていないみたいだな。まあ無理もないか……」

 

何のために生きて、何のために空を飛ぶのか?

今のサザーランドに、その答えが出せないのは事実だった。

 

 

「でも……、だとしても希望を捨てるべきではないと思うわ。

 もし何かしらの実績を上げれば、廃校は回避できるんでしょう?」

 

「できると思うか?こんなマイナーな学校が……。

 天才的な転校生が現れたりしない限り、不可能だろうな」

 

長年大洗に居たからこそ、この学校の限界も知っていた。

 

 

「でも、お前の言うことも確かだな。もう少し希望を持ってみるか」

「そうよ。可能性がある限り、諦めてはいけないと思うわ」

 

最初の気まずさが嘘のように、二人には友情が芽生えていた。

それは両方が人生を空に捧げてきたエースだからこそ、分かり合えるものがあったのだろう。

 

 

「ありがとう。私の話を聞いてくれて。これを渡しておこう」

 

ムサシはポケットから二つの鍵を取り出した。

 

 

「この鍵は?」

「ここの部屋と、お前の相方が捕まってる部屋の鍵だ。好きに使え」

 

相方、つまりメイヨーが捕らえられている部屋の鍵だ。

 

 

「本当に渡して大丈夫?」

「いいんだ。それともう一つ。明日の朝ここと聖グロを結ぶ連絡船が出航する。

 会長から、お前と相方に対する連絡船の乗船許可が降りた。

 それに乗って帰るといい。以上だ」

 

そう言ってムサシは収容所を後にした。

 

 

 

「大洗のエース、ね……」

 

サザーランドは同じエースパイロットとして、ムサシの生き様に思うことがあったようだ。

 

「そうよ。メイヨーの所に行かなくちゃ」

 

同じく捕虜となっている後輩の元へ、彼女は急ぎ足で向かった。

 

 

 

 

 

 





早いもので、次で第二章最終回です。



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vs大洗編エピローグ

大洗編最終話です。




「おい、サザーランドはまだ帰っていないのか!?」

 

聖グロリアーナの会長室―――。

生徒会長の幸子は色めきだっていた。

 

 

「恐れ入りますが会長、これは撃墜されたかと……」

「アイツはエースパイロットだろう!?そう簡単には落とされないはずだ!」

 

二人が発艦してから既に数時間が経過し、日も沈み始めた頃合いだった。

順調にいっていれば、とっくに学園艦に帰還しているはずだ。

 

 

「仮に相手がエースだった場合は、敗北の可能性もあり得ますが……」

「くそっ!とにかく、大洗(向こう)の会長に問い合わせるか……」

 

会長秘書の推測は当たっていた。

二人は撃墜され、大洗の捕虜になっていたのだ。

 

 

 

 

*

 

 

 

大洗女子学園、捕虜収容所―――。

 

 

「この部屋ね……」

 

ムサシから鍵を受け取ったサザーランドは、メイヨーが捕らえられている部屋に着いた。

 

 

ゴンゴンゴン

「メイヨー、ここにいるのね?」

「その声は……、先輩ッ!?」

 

「待ってなさい、今開けるから」

 

鍵を使い、部屋の扉を開ける。

 

 

「メイヨー、大じょ―――

「せんぱあああいっ!」

 

サザーランドが入室した途端、メイヨーが抱きついてきた。

 

 

「うっ、うっ……、ぜんばい、よがっだぁよぉ……」

「よしよし、心配かけてごめんね」

 

泣きながらハグをするメイヨーを、サザーランドは慰めた。

 

 

「あなたが無事で、何よりだわ」

「うっ、ごめんなさい……、ごめんなさい……」

 

ひたすらに謝るメイヨー。

 

 

「どうしてあなたが謝るのよ?」

「だっでぇ……、私が弱いせいで、先輩の足を引っ張っでぇ……」

 

メイヨーは今回の敗北の責任が自分にあると思っているようだ。

 

 

「あなたに罪は無いわ。悪いのは私よ」

「え”っ……、どうじででずが……?」

 

だがサザーランドがそれに異を唱える。

 

 

「私は冷静さを失っていたわ。

 そのせいで、あなたのアドバイスを聞こうとしなかった。

 もし、あなたの言葉に従っていれば、こんなことにはならなかったでしょう。

 僚機の助言を無視して、挙句の果てには撃墜される……。

 パイロット失格ね……、私……」

 

落ち込むサザーランドを今度はメイヨーが励ました。

 

 

「そんなことないですよ。

 先輩は立派なエースパイロットです。

 だってそうじゃなきゃ、アドバイスどうこう言う前に落とされてますから」

 

健気な後輩の姿にサザーランドは涙を流した。

 

 

「うっ……、ありがとう、メイヨぉっ……」

「こらこら、後輩の前で泣いてどうするんですか?」

 

 

この戦いで二人は敗北した。

だが、その敗北によって二人の絆は深まった。

空戦道とは、勝利だけが全てではない。

敗北からどう立ち上がり、何を学ぶのか―――?

それを理解した者だけが、真に強いパイロットになれるのだ。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

翌朝―――。

 

 

「ふぅ、やっぱり艦上が一番安心するわね」

「そうですね、空気が美味しく感じますもん」

 

艦内深くにある収容所を抜けて、二人は学園艦の上層部に来ていた。

これから連絡船に乗り、母校の聖グロリアーナに戻るためだ。

 

「さあ、船着き場まで行きましょう」

「そうですね先輩、あまり時間もありませんし」

 

 

連絡船へ向かう二人―――。

 

 

「…………」

 

途中、サザーランドは、ある生徒とすれ違った。

 

 

「ん?どうしましたか、先輩?」

 

「……いや、何でもないわ。行きましょう」

 

 

その生徒は、つい最近別の高校から転校した生徒だった。

 

 

「クラスのみんなと、仲良くなれるかな……?」

 

 

後にこの転校生が、大洗女子学園に奇跡をもたらすのだが、

それはまた、別のお話し……。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

KURWA(クルヴァ)!!」*1

 

 

炎上し、墜落する戦闘機―――。

それはボンプル高校のエースパイロットの機体だった。

 

 

「ポーランド制圧完了~!なんちゃって」

「ああ、1939年でしたっけ?」

 

それを撃墜した二人のパイロット―――。

一機は全体が真っ赤なシャア専用の機体に80の数字が書かれ、

もう一機は機首に黒いチューリップ模様が描かれ、352の数字が確認できた。

 

 

「何はともあれ、これで一歩前進って感じ~?」

 

真っ赤な機体に乗ったパイロットが喋った。

 

「そうですね、センパイ。計画は順調です。センパイが間抜けなことしなければ、ですけど」

 

もう一機のパイロットがそれに答える。

どうやら二人は先輩と後輩という関係のようだ。

 

 

「いいじゃん?次どこ行っちゃう~?」

 

典型的なギャルのような口調で、先輩の方が話しかける。

 

「うーん、アンツィオ辺りがいいんじゃないですかね?あそこ弱そうですし」

 

後輩の方が、さらっとアンツィオの悪口を言う。

 

 

「よっし!じゃあ次はアンツィオ確定~!いこっか、ハルトマン?」

 

「ま、精々相手がポンコツじゃなければいいですけどね。いい加減退屈ですよ」

 

二機はどこかへ飛び去っていく。

 

 

「ウチの<エース狩り>は止まらないって感じ?」

 

「センパイ次第ですかね?つまらなかったら、私は抜けますよ」

 

 

二人の機体の翼には黒十字が描かれていた―――。

 

 

*1
ポーランド語で「ちくしょう!」的な意味




お疲れ様でした。第二章完結です。
ちなみに次の章では新しいエースが二人登場する予定です。



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withサンダース編(第三章)
新機体、新天地



第三章スタートです。
主人公サイドに、新しい戦闘機が登場します。



聖グロリアーナ学園艦、会長室──―。

 

 

「サザーランド、只今帰還しました」

「メイヨー、右に同じです!」

 

大洗の捕虜となった二人はその後解放され、

連絡船に乗って、母校に無事(無事?)帰還したのだった。

 

 

「うむ、よろしい。よくぞ帰ってきた」

 

生徒会長の幸子も、二人の無事を確認する。

元はと言えば彼女の命令が悲劇の始まりだったが、本人は気に留めてない様子だ。

 

 

「遅れました、会長。相手が強敵だったもので……」

「もう捕虜は勘弁です……」

 

「そうか、それはご苦労だったな。どうだ?久しぶりの母校は?」

 

解放されてから初めて戻る母校、聖グロリアーナ──―。

二人とも肩の荷が降りた気分だった。

 

 

「やっぱり安心しますね」

「早く自分のベッドで寝たいです……。収容所のベッドはボロボロでしたから……」

 

「そうかそうか。そんな二人に良いニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」

 

二人に対する二つのニュース。ひとまずは、良い方を聞くことにした。

 

「じゃあ、良いほうで」

 

「良い方のニュースはお前たちの機体についてだ。

 スピットファイアとハリケーンは両方とも失っただろう?」

 

二人の機体は先の戦いで大洗のエース、ムサシによって撃墜され、跡形もなく海の藻屑と化した。

 

 

「そこでだ、お前たちに新しい機体を用意してやった。

 詳しい話は、整備班の班長に聞け。既に手配してある」

 

「新機体ですか……。ありがとうございます」

「どんな機体か楽しみですね、先輩!」

 

新しい機体、パイロットにとっては嬉しい知らせだ。

 

 

「さて次は、悪い方の話をしようか」

 

幸子の雰囲気が豹変する。

 

「……何でしょうか、会長?」

「ちょっと怖いです……」

 

「なに、ちょっとしたお使いに行ってもらうだけの話だ。

 この手紙を、ある人物に渡して欲しい」

 

幸子はサザーランドに手紙を一通渡した。

 

 

「これは一体……」

 

「とても重要な手紙だ。絶対に中を見るなよ?

 

ドスの効いた声で幸子は二人を脅した。

 

 

「ひいぃー!絶対見ません!見ませんからぁ!」

「……で、これを誰に渡せば?」

 

怯えるメイヨーをよそに、話を続ける。

 

 

「サンダースの生徒会長だ。二人にはサンダース付属高校に行ってもらう。

 そこでその手紙を、向こうの会長に渡してくれ」

 

「サンダース付属高校と言うと……?」

「あの無駄にデカいとこですね」

 

 

サンダース大学付属高校──―。

長崎県を本拠地としている、日本でも最大クラスの学園艦だ。

幸子の依頼は、そこの生徒会長に手紙を渡して欲しいという内容だった。

 

 

「サンダースの生徒会長さんは、どんな人なんですか?」

 

「そうだな……、これを見てくれるか?」

 

すると幸子は、棚から一枚の写真を取り出した。

 

 

「この写真は……?」

 

「これは今年の2月頃に撮影した、三校合同の会長会談の記念写真だ」

 

写真には三人の人物が写っていた。

全員椅子に腰掛けていて、何とも偉そうな雰囲気だ。

一番左に幸子が座っており、

真ん中に小柄で腰に布をかけた女性、

右には異常に太い眉毛をした女性が座っていた。

 

 

「左から順に聖グロリアーナ、サンダース、プラウダの生徒会長だ。

 それで、この真ん中にいる人物に手紙を渡してもらいたい」

 

「この写真、何というか……」

「分かります、先輩。歴史の教科書で似たような写真ありますよね」*1

 

とりあえずサンダースの会長について分かったところで、幸子は話を切り上げた。

 

 

「さあ、サンダース付属高校に行け!これは会長命令だ!」

 

「分かりましたよ……、会長」

「せっかく、母校に帰ってきたばかりなのに……」

 

大洗から戻ってきたかと思えば、即サンダース行きにされる。

幸子の人使いの粗さに二人は、またしても権力濫用の片鱗を見た。

 

 

 

*

 

 

 

「お~、無事だったかお二人さん!心配したよ!」

 

サンダース付属へ出発するために滑走路へ赴いた二人は、班長の清美と再会した。

 

 

「色々大変でしたよ、もう……」

「ただいま、きよみん。まあ、すぐまた出発しちゃうのだけどね」

 

「いやあ、本当に良かった。やっぱりエースがいないと寂しいからねえ!」

 

再会を祝したところで、次の話題に移る。

 

 

「ところで、きよみん。私たちの機体についてだけど……」

 

「おう。分かっているよ。こっちに来な!」

 

格納庫の奥へ進んでいく。

そこには会長が手配した、二人の新しい戦闘機が用意されていた。

 

 

「まずはエースパイロット様のサザーランド!

 以前使ってたmk.Vbの強化型だ。

 その名もスピットファイアmk.IXさ!」

 

スピットファイアmk.IX──―。

大戦中期の1942年頃から配備された、mk.Vの強化型。

プロペラの枚数が3枚から4枚に増え、各種性能も向上している。

これからの活躍も期待できるだろう。

 

 

「なるほど。これがあれば、もっと戦いやすくなるわね」

「羨ましいです、先輩!」

 

 

「メイヨーのお嬢さん、あんたの機体もあるよ。

 この頑丈な戦闘機こそ、タイフーンmk.Ibさ」

 

タイフーンmk.Ib──―。

分厚い翼を持ち、20mm機関砲を四門搭載した戦闘機。

操縦性に若干難があるものの、堅牢で落とされにくい機体だ。

経験の浅いメイヨーにとって、うってつけの新型機だろう。

 

 

「おー、これがホーカー・タイフーンですか!

 これからは、これが私の搭乗機になるんですね!」

 

「スピットファイアもタイフーンも、既に整備と補給は済ませてある。

 いつでも飛べる状態だよ!」

 

二人は早速、新鋭機に乗り込み、エンジンを始動させる。

 

 

「悪くないわ、この感触。マーリンエンジンも強化されているわね」

 

「これがセイバーエンジンの音ですか。何だか興奮してきました!」

 

新型機の乗り心地は良好。

そのまま滑走路へ移り、発艦態勢に入る。

 

 

「管制塔へ。こちら33番サザーランド。発艦許可をお願いできる?」

「こちら85番メイヨー!私の方もお願いします!」

 

「こちら管制塔。二機に発艦の許可を出します」

 

管制官からのゴーサインを受け、二人は発艦していく。

新たな機体を携えて、サザーランドとメイヨーは新天地へと飛んでいった。

目的地は、サンダース大学付属高校だ。

 

*1
1945年のヤルタ会談の写真のこと





こうやってストーリーが進むにつれ、主人公とかの機体が強化されていくのが好きなんですよね。
わかる人いますか?


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旧友との再会

今回から登場するキャラは偶に英語を喋りますが、作者の英語力が低いせいで、少し怪しい部分もあるのでご了承ください。


「さあ、見えてきたわ。あれがサンダース大学付属高校よ」

 

聖グロリアーナ学園艦を発ってから約1時間後──―。

二人は、サンダース付属の学園艦へ接近しつつあった。

 

 

「なんて大きい……!聖グロ(うち)の倍ぐらいの大きさでしょうか?」

「そうね。相変わらず無駄にデカい学校だわ」

 

まだ距離は数十キロ先なのに、サンダースの学園艦は目の前にあるかのように見えた。

大きすぎて距離感覚が狂いそうなほどだ。

 

 

「相変わらずって、先輩。前に来たことあるんですか?」

「何回かあるわよ。ウチの学校とは色々縁があるから」

 

聖グロリアーナとサンダース付属の二校は、昔から仲の良い学校同士だった。

そのため、生徒間の交流も盛んに行われていた。

 

 

「へえー。じゃあ校内の造りとかも把握しているんですか?」

「それは無理よ。だって広すぎて訳が分からないもの」

 

二人が会話していると、管制官からの無線が入ってきた。

 

 

『こちらサンダース付属高校管制塔。そちらの所属を教えてください』

 

『こちらは、聖グロリアーナ所属の戦闘機です。貴校への着艦を希望したいのですが……』

 

『聖グロリアーナですね?お話は伺っております。着艦の誘導をしますので、現在の高度を教えてください』

 

サザーランドは高度計を確認すると、管制塔へ伝えた。

 

『現在の高度は1500mです』

 

すると管制官は思いがけないことを言ってきた。

 

『申し訳ございません。単位はメートルではなく、フィートでお願いいたします』

 

「出たわね。サンダースの悪い文化」

 

 

フィートとは、ヤードポンド法で高度を表す単位のこと。

ヤードポンド法を採用しているアメリカ以外では、あまり馴染みのない単位だ。

だがアメリカ文化を尊重しているサンダースでは、公然と使用されていた。

 

 

「メイヨー、1500mをフィートに換算できる?」

 

サザーランドは計算が面倒なのでメイヨーに押し付けた。

 

「ええ!?フィートですか?えーっと、確か1メートルが3.2フィートぐらいだから……。

 1500mだと、約5000ftくらいでしょうか?」

 

メイヨーがはじき出した答えを管制官に伝える。

 

『高度は約5000ftです』

 

『了解いたしました。では着艦許可を出しますので、

 時速150マイルで、滑走路へ進入してください』

 

 

マイルとはヤードポンド法で速さを表す単位だ。

今度はキロメートルに直さなければならない。

 

「メイヨー、時速150マイルをキロメートルに換算してくれる?」

 

またしても計算の必要に迫られたメイヨーが、珍しく怒った。

 

「先輩。どうしてヤードポンド法は、この世に存在するんですか?」

「頼むわよ。気持ちは分かるけど、郷に入っては郷に従うしかないの」

 

先輩の言葉で、渋々計算をする。

 

「はあ……。大体、時速250kmくらいかと……」

「250kmね。ありがとう」

 

文化の違いに翻弄されつつも、二人はサンダース付属へと着艦した。

 

『こちら管制塔。着艦を確認しました。Welcome to Saunders(サンダースへようこそ)!』

 

 

 

*

 

 

 

「ふう。やっと到着ね」

「ざっと一時間弱のフライトでしたね」

 

滑走路へ降りた二人は、コックピットを抜けて近くの建物に向かった。

 

 

「さて、一時入校の手続きをしないとね。あなたはここで待っててくれる?」

「分かりました、先輩」

 

入校手続きのため、サザーランドは受付へ行く。

その間、メイヨーは一人で待機することになった。

 

「うわあ……。ホントに広いなあ……」

 

初めて来るサンダース学園艦の大きさに、少しそわそわしていた。

その時だった。

 

YOOOO(ヨー) HONEYYYY(ハニー)!」

 

突然、大声で誰かに話しかけられた。

 

「えっ!?私ですか!?」

 

「yes. you honey」(そうだよカワイイ子ちゃん)

 

その人物は黒人の女子生徒で、空戦道のパイロットのようだった。

身長は170cm位だろうか。かなりの大柄だ。

 

「あっ、えーっと……。何の用でしょうか……?」

 

「怖がることは無いよ、honey. 君がprettyだから、声を掛けたのさ」

 

怪しい英語交じりで話す生徒に、メイヨーは困惑した。

 

「えっと、それはナンパでしょうか?だったら私は……」

 

「そう言わずにさぁ……、Youはどこのパイロットだい?

 見たところ、ここの生徒じゃなさそうだけど……」

 

まさかの女性からのナンパに混乱しているメイヨー。

するとそこへ、手続きを終えたサザーランドが戻ってきた。

 

「あっ、先輩!助けてください、何か急に話しかけられて……」

 

「Hmm. これは中々のnice girlだね」

 

「……こんなところで何してんのよ、ミニットマン」

 

ミニットマン、それがこのパイロットのTACネームだった。

 

「えっ!?先輩の知り合いですか?」

 

「Ohhh! Sutherland! Are you fine?」(よう、サザーランド。元気にしてたか?)

 

「ミニットマン、うちのメイヨーに何の用かしら?」

 

 

サザーランドとニミットマン、二人は古くからの友人だった。

お互い、パイロットとして何度か一緒に戦ったこともある。

 

 

「Oh. Is she your honey?」(おっと、彼女は君の恋人かい?)

 

「違うわ。メイヨーは私のウイングマンよ。

 友人とはいえ、下手に手を出したらタダじゃ済まさないわよ?」

 

サザーランドの脅しで、ようやくミニットマンはメイヨーから離れた。

 

「Ah sorry(ごめんよ). ついつい可愛かったもんで……」

 

「変わらないわね、あんた。そういえば、お互いエースになってから会うのは初めてかしら?」

「えっ!?この人エースパイロットなんですかぁ!?」

 

 

サンダース付属高校のエース、ミニットマン──―。

確かに背中には30の数字と<MINUTEMAN>の文字があった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「Yes! I am Ace of Saunders!」(そう、私こそサンダース付属のエースさ!)

 

「ええ……。こんな人がエースだなんて……」

「まあ性格はアレだけど、実力は確かよ」

 

友人との再会を果たしたサザーランド。

トラブルはあったが、本題に移る。

 

 

「ああそうだわ、ミニットマン。今日はここの生徒会長に会いにきたのだけど……」

 

「Oh! それはプレジデントのことかい?」

 

「プレジデント???」

 

サンダースでは生徒会長のことを、敬意を込めてプレジデントと呼んでいた。

Presidentには会長の他に、大統領を指す言葉でもある。

 

「じゃあそのプレジデントとやらに合わせて頂戴」

 

I see(分かった)! 案内するよ!」

 

「先輩、この人ホントに大丈夫なんですか?」

 

胡散臭い英語に疑問を抱きつつも、三人はサンダースの会長室へ向かった。

 

 




なぜ世界がメートル法を採用する中で、アメリカはヤードポンド法に拘り続けるんでしょうかね?
調べたらアメリカ以外だと、ミャンマーくらいしか使ってませんでしたよ。
まあそのミャンマーも、最近はメートル法への移行を検討しているみたいですが。


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プレジデント・オブ・サンダース

新しい生徒会長が登場します。



サンダース付属学園艦、会長室──―。

 

 

「いけ、ロッキー!ドラゴなんかやっつけちゃえ!」*1

 

その奥の席で、ポップコーンを頬張りながら映画を見ている人物がいる。

そう、彼女こそサンダース付属の生徒会長、もといプレジデントだ。

 

 

コンコンコン

「President. Are you ok now?」(会長、今いいですか?)

 

そこへノックをする生徒。

ミニットマン達が到着したのだ。

彼女は仕方なく、今見ていた映画を中断する。

 

「あーオーケーオーケー、入っていいよー」

 

許可が降りたので、三人は扉を開けた。

 

「Hello president. It's me!」(こんにちは会長、私ですよ!)

 

「ここがサンダースの会長室ね……」

「すごく豪華ですね、先輩」

 

入室すると、煌びやかな照明と立派なソファーが出迎えた。

その奥には大きな会長専用のデスクが置かれている。

聖グロの会長室と比べても、かなり豪勢な造りだった。*2

 

 

「おーミニットマン。よく来たね。そちらのお二方は?」

 

「ああ、こちらは聖グロリアーナのPilotです。プレジデントに用があると……」

 

奥に座っている女性は、以前幸子が見せた写真の人物とピッタリ一致していた。

 

「初めまして。私は聖グロリアーナのエースパイロット、サザーランドです」

「同じくメイヨーです!」

 

「聖グロのお客さんかー。まあとりあえず、そこに座りなよー」

 

緩い口調でプレジデントに誘導され、二人がソファーに座る。

驚くほど柔らかい感触で、ふんわりとした座り心地だった。

 

 

「とりあえず自己紹介ねー。私、サンダース付属の生徒会長、寺野久米子(てらのくめこ)、よろしくねー。

 みんなからは、プレジデントって呼ばれるよー」

 

サンダース付属生徒会長、寺野久米子──―。

生まれつきの障害の影響で、車椅子に乗っている女性。

お金と映画をこよなく愛するこの人物が、サンダース付属の全生徒のトップに立つ存在だった。

 

 

「お二人はパイロットなんだって?この私になんの用かなー?」

 

「ああ、かいちょ……じゃなくてプレジデント。

 今日は手紙を渡しに来ました。聖グロ(私たちの)の会長からです」

 

サザーランドは幸子から受け取った手紙を渡した。

 

「おおー、サンキュー。さっちゃんからねー」

 

「さっちゃん???」

「……もしかして私たちの会長のことですか?」

 

久米子は聖グロの会長、幸子のことを親しみを込めてさっちゃんと呼んでいた。

 

「そうだよー。まあ私以外が使うと怒るから、注意してねー」

 

聖グロとサンダース付属の生徒会長は、互いに親しい関係のようだ。

少なくとも、久米子の側にとっては──―。

 

 

「ふむふむ……。あーこの件についてかー。ありがとう、確かに受け取ったよー」

 

久米子は手紙を読むと、デスクの引き出しに入れた。

 

「さあて、せっかくここに来たんだから、少しお話しでもしようかー」

 

「お話し、ですか?」

「いいですよ。今は時間ありますし」

 

手紙を渡した時点で、幸子からの依頼は達成された。

時間を持て余した二人は、久米子の話を聞くことにした。

 

 

「いやー、ビジネスの話なんだけどさー、戦闘機の話。

 君たちの学校、ウチの戦闘機買ってかない?今なら特別価格で売ってあげるよー?」

 

「それは何の戦闘機でしょうか、プレジデント?」

 

いきなりのセールストーク。

久米子は優れたマネジメントを持っていて、サンダースの資金調達を支えていた。

 

「F2Aバッファローって言うんだけどさー、ウチ今余らせてんだよねー。

 それの在庫処分をしたくてさー。売り先を探しているんだー。中古だけど、状態は良いよー?」

 

「メイヨー、F2Aバッファローって?」

「アメリカの戦闘機です。性能はイマイチだった気がしますが……」

 

F2Aバッファローは、大戦初期に運用されたアメリカ海軍の戦闘機だ。

性能が低く、本国ではより性能の高いF4Fワイルドキャットに取って代わられた機体だった。

その代わり、ある国では重用されたのだが……。

 

 

「結構です、プレジデント。こちらには十分、他の機体がありますので」

 

結局、サザーランドは久米子のビジネストークを断った。

 

「ああそうかい?じゃあ戦車はどうかな。ウチのシャーマンは──―」

 

「いやもういいですから。というかお金の話は会長同士でお願いします」

 

とめどなく続きそうな営業トークを、サザーランドは切り上げた。

 

「それは残念。折角のビジネスチャンスだったのになー」

 

「プレジデントは立派なBusinessmanだからね」

 

「まあ、サンダースの会長がどういう人物なのか、これで分かりました」

「この学校がお金持ちな理由が分かった気がします……」

 

お話しも済んだところで、三人は会長室を後にした。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「そういえば、どうして会長はわざわざ手紙にしたんでしょうか、先輩?

 メールとか電話でも良いような気がしますが……」

 

会長室から帰る途中、メイヨーが疑問を投げかけた。

 

「知らないわよ。盗聴対策とか?」

 

By the way(ところでさあ)、君たちはこれからどうするんだい?」

 

ミニットマンが二人に質問する。

すでに当初の目的は達成し、母校に帰っても良いタイミングだ。

しかし、折角サンダースに来たのだ。

サザーランドは、久しぶりの友人と遊びたい気分だった。

 

「特に予定は無いわ、ミニットマン。少し遊んでいこうかしら?」

 

「Sounds good bro」(いいね、友よ)

 

「わあ、私も遊びたいです、先輩!」

 

三人は意気投合し、サンダースで暇を潰すことにした。

 

「どこに行きますか?テーマパーク?ゲームセンター?」

 

「何言ってるのよ、メイヨー?私たちと言えば、あそこしか無いでしょう?」

 

「Let's go!」(行こう!)

 

メイヨーが引っ張られる形で、三人は学園艦の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

*1
映画<ロッキー4>の終盤のシーン。主人公でアメリカ人のロッキーが、ソ連のボクサー、ドラゴと戦っている場面。

*2
アメリカの大統領執務室をイメージすると分かりやすいかも。




アメリカの大統領って、あらゆる面で国のトップなので、日本の首相なんかより全然格が違うんですよね。
退任後も一生専属のボディーガードが付くんだとか。


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エビエーターの遺産

タイトルのエビエーターとは海軍所属の空母艦載機のパイロットの呼称です。


サンダース学園艦内を進む三人──―。

 

「Here」(ここさ)

 

「着いたわね」

「ここは……?」

 

辿り着いたのは博物館のような場所だった。

そこには何か、戦闘機のような物がいくつか置かれている。

 

 

「これはF-8クルセイダーですか?あれっ、F-4ファントムもありますよ!」

「ここは確か、アメリカ海軍が使ってた航空機が保管されてるのよね?」

 

「Yes!」(その通り!)

 

ここは現在は退役した、アメリカ海軍の戦闘機が見物できる場所だ。

F9FパンサーやA-6イントルーダーなどもある。

 

「すごい……。こんな夢のような場所があるんですか!?」

「ほら、来てよかったでしょ?」

 

様々な戦闘機のラインナップを前に、メイヨーは興奮気味だ。

 

「そうそう、じつは最近新しいのが入ったんだ。come on!」

 

ミニットマンはそう言って、更に奥へと向かう。

 

 

「ちょっとミニットマン、これって……」

 

「This is new one」(一番新しいヤツさ)

 

「これはもしかして……F-14トムキャットですか!?」

 

一番奥のスペースに鎮座する航空機──―。

それは、かの有名な可変翼戦闘機、F-14トムキャットだった。

映画<トップガン>で主役になった機体でもある。

 

 

「まさかトムキャットを生で見られるなんて……」

「失礼だけど、これどうやって入手したの?」

 

「今のプレジデントが趣味で買ったのさ」

 

現会長の久米子は、生粋の映画マニアだった。

その趣味が高じて、このトムキャットを購入したのだという。

 

「確か、50億はしたと思うよ」

 

「ご……、ごじゅうおく!?」

「つくづくスケールが違うわね、この学校」

 

サンダース付属は、日本でもトップクラスに裕福な学校と言われている。

事実、ここにある戦闘機コレクションが、その証明だろう。

 

 

By the way(ところでさ)、戦車の博物館もあるんだ。M1エイブラムスとかが……」

 

「いや、もう十分よ。ここの財力は把握したから」

「戦闘機や戦車を趣味で買えるなんて……、住んでる世界が違いすぎますよ」

 

億単位の金が、会長の趣味で使える学校。

それがサンダース付属高校だった。

 

 

 

ピリリリリ

 

突如、誰かの携帯電話が鳴る。

 

「Oh It's mine」(私のスマホだ)

 

「こんなときに?」

 

ミニットマンが電話に出る。

 

 

「Hm……. ok understood」(ふむ……、よし分かった)

 

誰かと話して通話を終える。

 

「どうしたんですか?」

 

「どうやら、スクランブル発進したウチの戦闘機が苦戦しているらしい」

 

「あら?それは大変ね」

 

迎撃に上がった戦闘機が手こずっている。

つまり、この学園艦の上空に他校の航空機が侵入している、ということだ。

 

 

「I must help them」(助けに行かないと)

 

「ねえ、ミニットマン。提案があるんだけど……」

 

サザーランドが、ミニットマンの耳に囁く。

 

 

「Really ?」(ホントに?)

 

「ええ、本当よ」

「何を話したんですか、先輩?」

 

「私たちも援護に向かうのよ。ダブルエース体制でね」

「ホントですか!?」

 

サザーランドの提案は、聖グロの二人も戦闘に加わるというものだった。

本来であれば、他校のパイロットが助太刀する必要はないのだが……。

 

「久しぶりに、ミニットマンと一緒に戦いたいのよ」

 

「Thanks bro!」(ありがとう、友よ!)

 

「エース二人の援軍ですか……。すごいですね……」

 

久方ぶりの友との共闘。

それがサザーランドが戦いに行きたい理由だった。

 

「Let's go together」(一緒に行こう)

 

「たぎってきたわ。血が沸くってやつかしら」

「何か戦闘狂みたいになってきましたね、先輩」

 

結局、全員で援護に向かうことになった。

戦闘機を発艦するために、三人は滑走路へと急いだ。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「We are back!」(戻ってきたぞ!)

 

再び、滑走路へと来た三人。

他校の侵入を受け、周りは慌ただしくなっていた。

 

 

「さて、機体に乗りましょうか」

 

「Off course」(もちろんさ)

 

「そういえば、ミニットマンさんはどんな戦闘機を使ってるんですか?」

 

「Good question」(いい質問だね)

 

ミニットマンは自分の搭乗機へと向かう。

そこには、翼が折り畳まれた戦闘機があった。

 

「これって……」

 

「First time?」(見るのは初めて?)

 

「安心したわ。まだF4Uコルセアに乗り続けてるのね」

 

 

F4Uコルセア──―。

逆ガル翼が目を引くアメリカ海軍の戦闘機。

元々空母で運用されている艦載機なので、折り畳み翼を採用していた。

空母の格納庫は狭く、スペースが限られているためだ。

 

 

「This is my favorite」(私のお気に入りさ)

 

コルセアのエンジンを稼働させ、畳まれた翼を展開する。

 

 

「私たちも乗りましょう」

「はい、先輩」

 

ミニットマンが搭乗したので、聖グロの二人も自分たちの機体に向かう。

たが、問題が発生した。

 

 

「あー待ってよ。そこのお二人さん」

 

サンダースの整備員に呼び止められる。

 

「何かしら?」

 

「その機体、まだ補給をしてないんだ。このままだと燃料切れを起こすよ」

 

「あー、それはマズいですね」

 

スピットファイアとタイフーンは、聖グロ学園艦からはるばるサンダースに来ていた。

なので燃料を補給しないと、飛びたてない状態だった。

 

「そう、じゃあ給油をお願いできる?」

 

「いやそれが……、イギリスの機体って扱ったことなくてね……」

 

整備員曰く、自分たちは普段アメリカの戦闘機を扱っているので、それ以外は専門外だと言う。

なのでどのくらいの燃料が必要か、教えて欲しいとのことだった。

 

 

「分かったわ。じゃあ600(リットル)でお願い」

「私も同じ量で!」

 

「600(パイント)だね?任せてくれ」*1

 

 

二人の言葉通りに、整備員は給油を済ませた。

 

「さあ行きましょう、メイヨー」

「了解しました、先輩」

 

補給を終えた機体に、二人は搭乗した。

そして滑走路へ向かい、発艦態勢に入る。

ミニットマンのコルセアも同じ位置についた。

 

『こちらサンダース付属高校管制塔。全機、発艦を許可します』

 

管制官の許可で、三機は発艦を始める。

 

「ミニットマン、準備はいい?」

 

「Let's do this!」(やってやるさ!)

 

「これほど頼もしい味方はいませんね、先輩!」

 

 

高度を上げ、周囲を確認する。

既に空戦は始まっている。

サザーランドとミニットマン、禁忌のダブルエースが戦場へ舞い降りた。

 

 

*1
パイントとはヤードポンド法で液量を表す単位。1パイントはおよそ0.5リットルである。つまり……




今回登場したF4Uコルセアは僕が一番好きな戦闘機だったりします。
あの逆ガル翼がそそるんですよね。


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知波単之撃墜王

本章第二のエース登場です。
何か変な喋り方になってます。


とある学園艦にて──―。

 

 

「うーむ。わっち、汝に問う。<はんばあがあ>とは何ぞや?」

 

身長が150cmも無さそうな少女が、こんな質問をしてきた。

驚くことに、空戦道のジャケットを着ている。

つまり、パイロットということだ。

こんな体格でまともに操縦席に乗れるのか、疑問視してしまう程である。

 

 

「カグツチ殿、どこでそんな言葉をお聞きになり申した?」

 

隣にいた、もう一人のパイロットがそれに答える。

こっちは普通そうなパイロットだ。

ただし、口調を除けば。

 

 

「あゐや、たまたまそんな言葉を何処かで耳にしてのう。中々頭から離れないのじゃ」

 

体格に似つかわしくない、おばあさんのような喋り方をする少女。

 

「このアラハバキ、僅かながら知っておりますぞ。

 <はんばあがあ>とは西洋の食べ物でござゐ候。

 何でも、小麦を使った生地、確か<ばんず>と言われた代物也。

 そこに肉や野菜を挟んで食す、と」

 

自らをアラハバキと名乗る生徒。おそらく、自身のTACネームだろう。

 

「おぉ~、流石はアラハバキ殿。して、何処でそれを食せるのじゃ?」

 

「いや、カグツチ殿。それは此処では難儀ぞ。この高校、和を重んじる校風也。

 故に西洋的な代物は徹底的に排除されてござい。

 汝の欲する<はんばあがあ>も、これまた然り」

 

どうやら二人はハンバーガーについて話しているようだ。

だがどういう訳か、この学園艦では入手できないらしい。

 

「む~、為らばゐっそ艦内でなくとも良ゐ。他所ではどうじゃ?」

 

「噂によれば、さんだあす付属という地にて目撃されて候。そこゑゆけばよろし」

 

唐突に出てきたサンダース付属の名前。

それを聞くと少女は躍起になった。

 

「好し!これからそのさんだあすとやらに参る!隼共を出せゐ!」

 

「承知致した、カグツチ殿!」

 

 

カグツチ──―。

それは知波単学園のエースパイロットの名だった。

背中には数字の771とKAGUTUCHIの文字があった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

第三のエースが、戦場へ参ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「ヘルプ!ヘルプミー!」

 

サンダース学園艦上空──―。

ここで数十分前から勃発した空戦は、サンダース側が劣勢になっていた。

 

「知波単の実力、思い知れ!」

 

その相手は知波単学園だった。

千葉県を本拠地とする、古い日本の伝統を厳守した学校だ。

そこの戦闘機が、サンダースの空域に侵入していた。

 

 

「オーノー!」

 

「このグラマンめ!妙にしぶとい!」

 

サンダースのF6Fヘルキャットを知波単の一式戦闘機、隼が追いかける。

ヘルキャットの方は既に弾丸で穴だらけだ。

それでも黒煙を上げながら、粘り強く飛び続ける。

 

「ジーザス!」

 

「いざ、とどめだ!」

 

隼が敵に最後の一撃を加えようとした。

そのときだった。

 

 

「Stop it you!」(そこまでだ、あんた!)

 

突如、上から別の機体が襲来する。

 

「何者!?」

 

そして機銃が降り注ぎ、隼は撃墜された。

 

 

「Oscar kill!」(オスカーをキル!)

 

助けに来たのはサンダースのエース、ミニットマンだ。

サングラスをかけて、ノリノリでF4Uコルセアを操縦している。

もちろん、サザーランドとメイヨーも一緒だ。

 

 

「何ですか?オスカーって」

 

「ウチじゃ隼のことをオスカーって呼んでるのさ」

 

「これもサンダース独特の言い回しね」

 

オスカーとは、一式戦闘機隼に対してアメリカ軍が付けたコードネームだ。

サンダース付属のパイロットはそれを使用していた。

 

「そのオスカー、まだまだたくさんいますよ」

 

メイヨーの言う通り、上空には知波単の隼が10機程度飛行していた。

サンダース側は殆ど損傷した機体ばかり。

かなり押されている状況だった。

 

「さて、ミニットマン。どっちが多く落とせるか勝負しましょうか?」

 

「Are you challenging me?」(私に挑むつもりかい?)

 

しかしエース二人にとっては、むしろ格好の稼ぎ時だった。

互いの撃墜数をかけて勝負するほどの余裕っぷりだ。

 

「くそっ!何だこいつら!?」

「我々が押しているはずだぞ!」

 

「HAHA 12.7mm go brrr!」(12.7ミリが火を吹くぜ!)

「やるわね。私も負けられないわ」

 

スピットファイアとコルセアが、縦横無尽に空を舞う。

知波単の戦闘機は見る見るうちに数を減らしていった。

 

「3 kills!」(三機目撃墜!)

「私も三機目よ!」

 

「うわあ、これは敵に同情するレベルですね……」

 

無双しているエース二人を、メイヨーは遠目で眺めていた。

自分の入る余地がないからだ。

 

「Highway to the Danger zone!」(危険地帯へ一直線だ!)*1

「懐かしいわね、その歌」

 

映画の歌を歌いながら、ミニットマンとサザーランドは敵機を落としていく。

これまでの劣勢が、たった二機でひっくり返されてしまった。

知波単側にとっては、歯がゆい思いだろう。

 

「奴らはエースか!?こちらにもエースが欲しいが……」

「我らがカグツチはいずこに?」

 

すっかり混乱状態になった隼のパイロットたち。

彼女たちが待ち望んでいるのは、自分たちのエースパイロットだった。

エースが来れば、もう一度戦況を優位にできるかもしれない。

 

 

「こちらサンダース付属高校管制塔。敵航空戦力の大半を消滅確認!」

 

「Hey サザーランド、こっちは5キルしたぞ」

「あいにくね、私も同じ数だわ」

 

「これがダブルエースの強さですか……」

 

たった一人でも戦況を覆すエースパイロットが二人揃ったらどうなるのか?

その答えが、今目の前にある光景だった。

気が付けば知波単の戦闘機が周囲から消え去ってしまった。

 

 

 

「おや?ちょっとお待ち下さい……」

 

「どうしましたか?」

 

突然、管制官の言葉が濁る。

それは何か状況が変化している合図だった。

 

「New one?」(新手かな?)

「だとしたら歓迎ね。まだ全然戦い足りないから」

 

新たな敵の出現の予感を、エース達は感じ取った。

あれだけ落としたのに、まだまだやる気満々の様子だ。

 

「警告!当空域へ新たに接近する複数のレーダー反応を確認!」

 

予感は的中した。

エース達の前に、新たな戦闘機が現れようとしている。

 

「ミニットマン、第二ラウンドの準備はいい?」

「Well yes!」(臨むところさ!)

 

気合い十分、いつでも応戦可能だ。

 

 

 

「あの機体は……!?」

 

メイヨーは近づきつつある敵機の種類を特定しようとする。

その機影から、彼女は答えを出した。

 

「あれは四式戦闘機、疾風です!」

 

「Frank has come!」(フランクのお出ましか!)

「私たちに相応しい相手かしら?」

 

四式戦闘機、疾風(米軍コードネーム:フランク)──―。

大戦後半に大日本帝国陸軍航空隊の主力を努めた戦闘機。

アメリカの高性能機、P-51マスタングなどと渡り合った機体だ。

知波単学園の主力であることは間違いないだろう。

 

 

「ぬおぉ~、<はんばあがあ>が食べたゐのじゃー!」

 

四式戦闘機の編隊を指揮する人物。

それこそが知波単学園のエース、カグツチだった。

 

「カグツチ殿、敵が来ましたぞ」

 

僚機の一人にアラハバキもいる。

合計で五機の疾風が、サンダースに迫っていた。

 

 

『Come on!』(来いよ!)

『相手してあげるわ!』

 

『わっちは止まらんぞゐ!』

 

 

激突する三人のエース。

加熱する空戦の行方は誰にも分からない──―。

 

 

*1
映画トップガンの主題歌、デンジャーゾーンの歌詞。




大洗の設定集ですが、この章が終わったらサンダースと知波単とまとめて出します。


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三エース航空戦

いつもよりボリューミーな内容になってます。


「Sutherland follow me!」(サザーランド、援護を頼む!)

「分かってるわ、ミニットマン!」

 

「わっちに挑むつもりかのう?」

 

 

サンダース付属学園艦の上空で出くわした三人のエース──―。

聖グロリアーナのサザーランド、

サンダース付属のミニットマン、

そして知波単学園のカグツチ。

これだけのエースが一同に揃う戦いは、そうそうないだろう。

それをメイヨーは薄々感じていた。

 

「あれ?もしかして私、すごい戦いに巻き込まれてません?」

 

「何よメイヨー、今更気が付いたの?」

「It's showtime!」(ショータイムさ!)

 

言うなれば三帝会戦ならぬ、三エース空戦だろうか。*1

そんな戦いを生で見られるメイヨーは、ある意味幸せだろう。

最も、本人にとってはいい迷惑かもしれないが……。

 

 

「ふっふっふ。わっちは知波単のエースぞ?容易く落とせるとは思うまいて?」

「カグツチ殿、油断は禁物ぞ。どうやら相手も撃墜王(エース)の気配……」

 

「承知しておる、アラハバキ殿。中々楽しめそうじゃ」

 

 

お互い相手のことは知らずとも、これがエース同士の戦いであることを察していた。

それは言葉では言い表せない、エース特有の勘というやつだろう。

 

 

「とにかく、まずは状況を……」

 

そんな異質な空においても、サザーランドは冷静だ。

高度を上げ、周囲を見渡す。

 

「なるほどね。相手は疾風が五機、おそらく一人はエースかしら」

 

現在の戦況はというと、数の上では若干知波単学園が有利か。

サンダース側にはエース二人とメイヨー以外は、損傷した機体が1機いるだけだ。

ただし、エースの数ではサンダース側に分がある。

パイロット同士の連携が試される場面だ。

 

 

「Sutherland let's do it!」(やってやろうぜ、サザーランド!)

「あの戦法でいきましょう」

 

サザーランドはスピットファイアを降下させると、コルセアの横に並んだ。

そして加速し、敵の射線に()()()身をさらしたのだ。

 

「むっ、何を企んでいる?」

 

自分の目の前に意味ありげに現れたスピットファイアに知波単のパイロットは戸惑いつつも、機銃のボタンを押し込んだ。

 

『当ててみなさい』

 

放たれた四式戦闘機の弾丸を、巧みなバレルロールでひるがえすサザーランド。

 

「ぬぅ、生意気な!」

 

それを知波単のパイロットは躍起になって追いかける。

しかし、彼女は気がつかなかった。

既に自分が、敵の術中にハマっていることを──―。

 

 

「Stay still」(じっとしてな)

 

スピットファイアの背中を必死に追いかける疾風。

実はそのさらに背後に、ミニットマンのコルセアが控えていた。

 

「Fire!」(発射!)

 

敵機に照準を合わせ、12.7mm機銃を撃つ。

 

「む?この音は……!?」

 

知波単のパイロットが発砲音に気が付いたとき、それは遅かった。

目の前のスピットファイアを追いかけるのに夢中で、後ろの敵に意識が向かなかったのだ。

そのまま被弾し、撃墜されてしまった。

 

「Frank kill!」(フランクをキル!)

「ナイスよ、ミニットマン!」

 

 

二人のとった戦法は<サッチウィーブ>というものだ。

二機のうち、一機が前に出て囮役を引き受ける。

敵を引き付ける間に、もう一機がとどめを刺すのだ。

相手としては、前後両方に意識を向けなければならないので厄介だろう。

事実、大戦中にこの戦法を採用したアメリカの戦闘機たちは、

それまで劣勢だった零戦との戦いで有利を取ることができた。

 

 

「すごい……。あんな完璧な連携がとれるなんて!」

 

「さあ、まだまだこれからよ!」

「Who is next one?」(お次は誰かな?)

 

だがこのサッチウィーブは、二機の連携が抜群でなければ成功しない。

最も、サザーランドとミニットマンにとっては朝飯前のようだ。

 

 

「むう、敵ながら良い連携也……」

 

ダブルエースの魔の手はアラハバキにも迫っていた。

戦法は分かっているはずなのに、どうしても対処ができない。

単純に二機の圧力が同時にかかるだけでも辛いのだ。

それが両方エースパイロットならば尚更だろう。

 

 

「落ちなさい!」

「Goodbye!」(じゃあな!)

 

「無念……。カグツチ殿、御武運を……」

 

二機に完全に挟まれたとき、アラハバキは自身の敗北を悟った。

そして勝利をカグツチに託して墜落した。

 

「Yeah we did it!」(よし、やった!)

「残りは誰かしら?」

 

「あと二機です、先輩!」

 

累計三機を撃墜し、知波単側の残りは二機となった。

 

 

*

 

 

「なるほどのう、おおよそ分かったぞよ」

 

そのうちの一機にエースのカグツチもいた。

彼女は敵の戦法を見るために、高度を上げて様子見をしていた。

 

「あの二機はわっちが頂く。汝はもう一機ゑ参れ」

 

僚機をメイヨーのタイフーンへ向かわせる。

そしてカグツチも降下し、エース二人へ挑んだ。

 

 

*

 

 

「来た……!先輩じゃなくて私の方に!」

 

メイヨーは上空から迫る疾風に気が付いた。

それに対応するために、機体を旋回させる。

 

「笑止!その程度でこの大東亜決戦機に挑むとは!」

 

だがタイフーンの弱点が露呈した。

機動力が低く、まともに回避ができないのだ。

ましてや相手は俊敏な四式戦闘機。

とてもかわし切れない。

 

「ぐうっ!?」

 

敵の弾丸を受けるメイヨーの機体。

だが今度はタイフーンの良さが光った。

頑丈な構造故に、攻撃を耐えきったのだ。

もしハリケーンのままだったら、即座に撃ち落されていただろう。

 

「耐えられた!?」

 

その頑丈さが知波単パイロットの誤算を生んだ。

敵はすっかり、今の攻撃で撃墜したと思い込んだのだろう。

離脱するのを忘れ、勢い余ってタイフーンの射線に入ってしまった。

 

「たあっ!!」

 

その瞬間をメイヨーは見逃さなかった。

照準が重なった直後、機関砲を打ち込んだのだ。

 

「これは参ったーっ!」

 

注がれる20mm砲四門の大火力。

あっという間に敵機は木っ端微塵になった。

 

「えっ……、これって撃墜……?」

 

自分の目の前で落ちていく機体を、メイヨーはその目で見た。

初めての撃墜を、彼女は成し遂げた。

記念すべき一機目撃墜の戦果だ。

 

「先輩!私やりましたよ!一機撃墜しました!」

 

自身初の偉業達成を先輩に報告する。

 

「ちょっと待ってて、メイヨー。こっちは忙しいから」

 

だがサザーランドには別の問題があった。

知波単のエース、カグツチとの決戦だ。

それに勝たなければ、メイヨーの頑張りも水の泡に終わるだろう。

 

 

 

*

 

 

 

「That's mighty enemy!」(こいつは強敵だな!)

「骨が折れそうだわ」

 

『ほれほれ、どうしたのじゃ?』

 

サンダース上空の戦いも佳境を迎えようとしていた。

相対する三人のエースによる空戦が始まったのだ。

 

「Damn it!」(くそっ!)

「サッチウィーブが通用しない!?」

 

『汝らの戦法はお見通しじゃ!』

 

サザーランドとミニットマンは、先程同様にサッチウィーブを仕掛ける。

だがカグツチはそれに乗ろうとしない。

既にネタがバレてしまったからだ。

 

『わっちがそう簡単に騙されると思ったら大間違いじゃ!』

 

サッチウィーブは最初に囮役が前に出るところからスタートする。

ならば対策は至ってシンプル。

囮に付き合わなければいいのだ。

 

「仕方ないわミニットマン、戦法を変えましょう」

「OK」(分かった)

 

このままでは勝てないと判断した二人は作戦を変更した。

編隊を解いて分散し始める。

 

『む~?今度は何じゃ?』

 

新たな戦法を警戒しつつ、カグツチも応戦する。

 

『Come on come on!』(かかってこい!)

 

『また挑発かのう?』

 

ミニットマンのコルセアが前に出る。

だが今度はサザーランドのスピットファイアが見当たらない。

明らかにサッチウィーブとは違う動きだ。

 

『好機じゃ!』

 

これをチャンスと捕らえたカグツチはコルセアを追いかける。

それに合わせてミニットマンの機体は上昇を始める。

 

『I'm in danger……!』(まずいな……)

 

どんどん高度を上げていくF4Uコルセア。

次第にエネルギーを失い、速度が遅くなっていく。

 

『もう虫の息じゃな!』

 

追いかける四式戦闘機は、まだ余裕がありそうだ。

減速するコルセアを射程に捉える。

 

『終わりじゃ!』

 

上昇が頂点に達し、コルセアの動きが止まりかかった。

次の瞬間──―。

 

 

『そこまでよ!』

 

雲間から颯爽とサザーランドのスピットファイアが姿を表す。

そしてカグツチの機体に全弾を叩き込んだ。

 

『なんじゃと!?』

 

あっという間に炎上する四式戦闘機。

見る見るうちに高度を失っていく。

 

『わっちのはんばあがあああっ!』

 

無念の叫びを上げながら、カグツチは機体と運命を共にした。

 

 

 

*

 

 

 

「こちらサンダース付属高校管制塔。上空の全ての敵機反応を消滅確認。Thanks(ありがとう)!」

 

「Yeeeees!」(よおおおおし!)

「流石に疲れたわ……」

 

「お疲れ様です、先輩方!」

 

カグツチを撃墜し、勝利を収めた三人。

思い返せば圧倒的不利な状況からの逆転だった。

 

Hey bro.(よう 友よ)作戦に気が付いてくれたかい?」

「当たり前よ。あなたと私の仲でしょう?」

 

「先ほどの動きって……」

 

カグツチを仕留めた戦法は、サッチウィーブと異なる動きだった。

まず片方の一機が敵を引き寄せながら上昇していく。

その上昇を限界近くまで続ける。

当然、相手も追いかけた場合は徐々に速度が落ちていく。

これは位置エネルギー保存の法則に基づけば必然的にそうなる。

 

「そこに、私のスピットファイアが合わせたワケ」

「Good job!」(よくやった!)

 

敵機が減速したタイミングに合わせ、もう一機が攻撃をする。

最初にサザーランドの機体が見えなかったのは、こっそり高度を稼いでいたからだ。

 

「でも、それって大分難しいですよね?」

 

メイヨーの言う通り、この戦法はサッチウィーブ以上に難しい。

サッチウィーブは比較的、平面の連携が取れていれば可能な戦法だ。

しかし今回の場合は、僚機の高度やエネルギー状況なども考慮しなければならない。

 

「まあ、私たち二人以外には不可能な動きかもしれないわ」

「You are my best friend!」(お前は最高の友達だ!)

 

あまりに高度な連携である故に、この戦法に名前を付けることは難しい。

それを成し遂げたサザーランドとミニットマンには脱帽しかないだろう。

 

 

 

 

「さて、サンダース学園艦に戻りましょうか。メイヨーの初撃墜のお祝いもしないとね」

 

「あっ先輩!覚えていてくれたんですか!」

 

「Congratulations!」(おめでとう!)

 

戦いを終え、着艦をしようとする三人。

 

 

「……ん?エンジンが……」

 

「どうしましたか?先輩……、あれ?」

 

突然、スピットファイアとタイフーンのエンジンが止まる。

 

「What's up?」(どうした?)

 

「エンジンが効かない!?」

「私もです、先輩!」

 

慌てふためくサザーランドとメイヨー。

落ち着いて、計器の数値を測ってみる。

 

「先輩、FUEL(残燃料)の値が……」

「燃料切れ!?おかしいわね、確かに給油したはずなのに……」

 

残りの燃料を示すFUELのメーターが0を指している。

つまり二人の機体が燃料切れを起こしているのだ。

いくらスピットファイアやタイフーンの航続距離は長くないとはいえ、

こんな短時間で燃料が空になるはずがなかった。

 

「Why do your engine stop?」(何でお前たちのエンジンが止まってるんだ?)

 

「うーん、整備員さんのミスでしょうか?伝えた燃料の数値は正しいはずですが……」

 

「数値?……、あっ。

 

何かを察したサザーランドに悪寒が走る。

 

「ねえミニットマン。ここの整備員が使ってる単位は?」

 

You know.(ご存知の通り) ヤードポンドだけど?」

 

「ヤードポンド?……あー、そういうことですか……」

 

 

メイヨーも気が付いたようだ。

給油の際に二人が整備員に伝えた数値はメートル法だった。

しかしこのサンダース付属ではヤードポンド法を普段使いしている。

つまり同じ数値でも単位が違うのでズレが生じるのだ。

それが燃料切れを起こした原因だった。

 

 

「そういう大事なことは最初に言ってくださいよ!!」

 

「おのれヤードポンドおおおおぉっ!!」

 

「HAHAHA! This is funny!」(ハハハ!これは傑作だな!)

 

 

結局、二人はエンジンもプロペラも停止した状態での着艦を余儀なくされた。

幸い高度はあったのでグライダーのように滑空して降りたのだった。

その後の彼女たちがヤードポンド廃絶を訴えたのは言うまでもないだろう──―。

 

 

 

*1
1805年のアウステルリッツ三帝会戦が元ネタ。この戦いで三人の皇帝が参戦したことから名付けられた。




今回のヤードポンド法が原因による燃料切れの流れはエアカナダ143便の航空事故、通称ギムリーグライダーが元になっています。
気になる人は検索してみてください。ニコニコ動画に当時のドキュメンタリー番組の動画もあるので併せてどうぞ。(もう助からないぞってタイトルのやつです。)


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withサンダース編エピローグ

第三章ラストです。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

 

「Three please」(三人です)

 

「三名様ですね、空いてる席にどうぞ」

 

 

ちょっとしたアクシデントに見舞われながらも学園艦に帰還した三人。

本来ならば聖グロの二人は、今日中に元の学校に帰る予定だった。

ただ、もう日も暮れてしまったので今晩はサンダースに一泊することになった。

今はミニットマンの誘いでディナーの店に来ているところだ。

 

「このお店は何ですか?ハンバーガーショップ?」

 

「I think best one」(私が思うにこの学校で最高の店さ)

 

「私も好きよ、ここ」

 

ここはミニットマン一押しのハンバーガー店のようだ。

以前サザーランドも行ったことがあるらしい。

ひとまずテーブルに座り、メニューを見てみる。

 

「わあ、美味しそうですね!」

 

「私チキンバーガーセットのLサイズにするわ。お腹空いたし」

 

Really(ホントに)?ここは盛りが良いよ?」

 

ここはタッチパネル形式のメニューから選んで注文するシステムのようだ。

各自思い思いのセットをオーダーする。

注文が済んだところでソフトドリンクで乾杯することになった。

 

「「「乾杯!」」」

 

ゴクゴクゴク……

「I feel good!」(最高に気持ちいいね!)

 

「結構な激戦でしたもんね。お疲れ様です!」

 

「メイヨー、あなたも頑張ったじゃない」

 

今日の戦いを振り返るところでメイヨーの話題になった。

新人パイロットの記念すべき初撃墜を成し遂げた日だ。

 

「いえ、先輩方に比べれば全然……」

 

「何言ってるのよ、初めての敵機撃墜でしょう?もっと素直に喜んでいいのよ」

 

「You did it!」(よくやった!)

 

形はどうあれ、初めての撃墜の戦果はパイロットにとって思い出となるだろう。

これからもっとスコアを稼いでいけばエースの座につくのも夢ではない。

 

「でも未だに実感が湧かないんですよね。本当に私がやったのかなって」

 

「ガンカメラに写っている映像が全てよ。あなたは確かに四式戦闘機を落としているわ」

 

「Excellent!」(素晴らしい!)

 

最初にメイヨーがサザーランドと組んだ日は発艦にすら手間取る始末だった。

それから短期間で初撃墜の戦果を上げたのは、かなりの急成長と言えるかもしれない。

本人は自覚していないが、知らず知らずのうちに強くなっているのだ。

 

「じゃあ喜んでみますね。や、やったー!……こんな感じですか?」

 

「何かぎこちないわね。まあ、あなたらしいけど」

 

 

メイヨーのお祝いも済んだところで注文したセットが届いてきた。

 

「お待たせしました。チキンバーガーのLと、フィッシュフライサンドのMです」

 

「チキンバーガーは私ね。フィッシュの方は?」

 

「It's mine!」(私のさ!)

 

「結構ボリュームありますね……」

 

出てきたのはかなりの大きさのバーガーだった。

サイドのポテトもカゴ一杯に盛られている。

 

「メイヨーは何を頼んだの?」

 

「私はチーズバーガーのセットです。ミニットマンさんが、ここは盛りが良いって言ってたのでSサイズにしておきました。多分正解ですね」

 

メイヨーがSサイズを注文したと言うと、エース二人は形相を変えた。

 

「えっ?あなたSサイズ頼んじゃったの?」

 

「? はいそうですけど……」

 

「Oh my god……」(なんてこった……)

 

ここは盛りが良いというので一番小さいSサイズにした。

それが彼女の考えだったのだろう。

しかし、このサンダース付属に限って言えば、それは間違いだった。

 

「ここで一番小さいサイズはキッズサイズって言うの」

 

「えっ?でもメニューにはSサイズがありましたよ?」

 

「It's SUPER SIZE!!」(それはスーパーサイズのSさ!)

 

「お待たせしました。チーズバーガーセットのスーパーサイズでーす!」

 

テーブルに置かれたのは、顔よりも大きいバーガーとおびただしい量のポテトだった。

これからパーティーでも開くのかというレベルだ。

その光景に三人は絶望した。

 

「…………。あの、これは……」

 

「Too much……」(多すぎる……)

 

「……またしても三人が力を合わせないといけないようね……」

 

結局、全員総出で食べていき、何とか完食できた。

その後、体重計を見たときの顔は想像するまでもないだろう──―。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

翌朝──―。

ホテルで寝泊まりしたサザーランドとメイヨーは聖グロに帰ることにした。

ミニットマンも二人を見送るために同行。

滑走路へ行き、給油された機体に乗り込む。

もちろん今度はメートル法の単位で整備員に伝えた。

 

「じゃあ、私たち帰るわね。機会があれば、また会いましょう」

「ありがとうございました!」

 

「Bye bye!」(バイバイ!)

 

エンジンを起動し、プロペラを回転させる。

いざ出発というタイミングで、ミニットマンから止まれの合図が出た。

 

「Wait!」(待って!)

 

「何かしら、ミニットマン?」

 

するとこんな質問をしてきた。

 

 

Tell me(教えてくれ). ()()()()()()()について何か知ってるか?」

 

 

「……いや、特に知らないわ」

 

何か意味ありげな質問だが、サザーランドが知らないと言うと引き下がった。

 

 

「そうか、いや何でもない。See you again(また会おう)!」

 

「さあ、行きましょう」

「はい!」

 

二人は別れを告げると発艦し、サンダース付属高校を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

とある学園艦にて──―。

 

 

「センパイ、誰に電話してるんです?」

 

「ん~?いや、ちょっとダチとさー」

 

そこには例の二人がいた。

この前ボンプル高校のエースを落としたパイロット達だ。

 

「センパイに友人なんているんですか?そんなひねくれた性格で?」

 

「ちょっとハルトマン~。いくら可愛い後輩だからって、それはないわー」

 

相変わらずのギャル口調で先輩の方が話していると電話が繋がった。

 

「ちーっす。ウチだよウチ、元気~?」

 

通話先は誰だろうか。

それなりに仲の良い関係のようだ。

 

「最近どんな?……え?あんま言えない?シベリア送りになる?マジで?」

 

ある程度通話するとこんな事を口にした。

 

 

「ところであんたさぁ、()()()()()()()について何か知らない?」

 

 

しばらくの沈黙の後、答えが返ってきた。

 

「え~、知らない?じゃいいや。またね~」

 

そう言って彼女は電話を切った。

 

 

 

 




というわけでサンダース編は終わりです。
前章と比べると明るい雰囲気だったと思います。
本編は残すところあと二章。
まだ見ぬエースたちが待っていますよ。


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キャラ設定・機体解説集その2

設定集その2です。
今回は大洗、サンダース、知波単の三校。



大洗女子学園

 茨城県大洗町を母港とする学校。

 本家ガルパンにおける主役校でもある。

 それなりの歴史を持つ学校だが、近年はあまり芳しい実績を上げていない。

 そのせいか文科省の経費削減のターゲットとなり、廃校を言い渡される。

 後に黒森峰からのとある転校生の手によって戦車道全国大会で優勝。

 それ以降も紆余曲折ありながら、廃校の撤回に成功している。

 空戦道においては大日本帝国海軍機を保有している。

 小規模ながら、零戦を運用している高校として知られる。

 パイロットのTACネームは帝国海軍の艦艇から取られている。

 

パイロット

 

ムサシ(MUSASHI)

 背番号:634

 学年:三年

 身長:161cm

 好きな食べ物:鉄火巻き

大洗のエースパイロット。

いつも爪楊枝を口にくわえており、木刀を携行している。

自他共に認める格闘戦の名手で、一対一のドッグファイトを得意とする。

その様から坂井三郎氏の著書<大空のサムライ>をもじって

<大洗のサムライ>の名で呼ばれている。

生徒会長の杏から廃校の旨を伝えられ、一時情緒不安定となる。

その後サザーランドとの会話もあってメンタルを回復させたようだ。

ちなみに趣味の麻雀においても無類の強さを誇る。

TACネームの由来は大和型戦艦二番艦の武蔵から。

伝説の侍、宮本武蔵とのダブルミーニングでもある。

背番号はそのまんまムサシの語呂合わせから。

 

使用機体:零式艦上戦闘機五二型

三菱重工業が開発した戦闘機。

大日本帝国を象徴する機体であり、現在の日本において最も有名であろう戦闘機。

大戦初期に登場し、当時の連合機を圧倒して太平洋の空を支配する。

ただ、後継機の開発に手間取ったのもあり、徐々に新型機に逆転されてしまう。

最終的に終戦まで使用され、神風特攻隊でも運用された。

性能面では最高クラスの旋回性能と航続距離を誇る。

一方で防弾性は皆無で、最高速度も遅いというピーキーな仕上がりになっている。

五二型は初期型に改良を施したタイプで、各種性能が向上している。

 

 

アラシ

ムサシから役満直撃でトばされた人。

TACネームの由来は駆逐艦の嵐から。

 

 

生徒たち

 

角谷杏(かどたにあんず)

 学年:三年

 身長:142cm

言わずと知れた大洗の会長。

小柄だが豪快な手腕で確実に自分の有利に事を進める。

度々一般生徒に対する権力の使用を指摘されるが、他の会長に比べればまだマシな方である。

 

河嶋桃

小山柚子

大洗生徒会メンバーたち。

杏のサポート役を務める。

泣いている桃を柚子が慰めることが多い。

 

*

 

 

サンダース大学付属高校

 長崎県に母港を持つ学校。

 モチーフはアメリカ合衆国。

 日本最大規模の学園艦で、圧倒的な資金力を誇る。

 自由をモットーにしており、アメリカ本土との運航も行う。

 米軍とコネがあるのか、昔の兵器を博物館のように保管している。

 盛んなのは映画業、野球、バスケットボールなど。

 食べ物のサイズが規格外に大きいことでも有名。

 一方で最近はベジタリアンの生徒も増加傾向にあるらしい。

 空戦道ではアメリカ海軍航空隊の戦闘機を保有する。

 全体的に頑丈で落とされにくい機体が目立つ。

 ちなみに航空機保有数では国内ダントツ一位。

 第二位のプラウダ高校の倍以上の戦力を持つ。

 パイロットのTACネームはアメリカのミサイルやロケットの名前が由来。

 

パイロット

 

ミニットマン(MINUTEMAN)

 背番号:30

 学年:三年

 身長:172cm

 好きな食べ物:ステーキ

サンダース付属のエースパイロット。

サザーランドとは古くからの友人である。

アメリカ人と日本人のハーフで黒人。

幼少期をアメリカで過ごしたことから英語を流暢に喋る。

ただ、日本語と混ぜて喋るのでエセ外国人に勘違いされがちである。

空戦では格闘戦も一撃離脱もこなす万能選手。

パイロット数日本一の学校のエースだけあって、実力はお墨付き。

趣味はダンスで音楽に合わせ、キレキレの踊りを披露する。

TACネームの由来はアメリカの弾道ミサイル、ミニットマンから。

背番号は同兵器の製造番号、LGM-30から。

 

使用機体:F4U-1d コルセア

チャンス・ヴォート社が開発した戦闘機。

巨大なプロペラを使用するための逆ガル翼が特徴的。

強力なエンジンのおかげで最高速度はレシプロ機でも屈指の高さ。

また、爆弾やロケット弾も豊富に搭載でき戦闘爆撃機としても優秀。

旋回性能はドイツ機よりは良いといった程度。

1dは艦載機として運用するために改良された型。

初期は低速時の安定性に欠けたことから主に海兵隊で使用された。

それを空母でも運用できるようにしたのがこの型である。

汎用性の高さからジェット時代の朝鮮戦争でも現役であった。

 

 

生徒たち

 

寺野久米子(てらのくめこ)

 学年:三年

 身長:144cm

サンダース付属の生徒会長。

生まれつきの障害の影響で車椅子に乗っている。

生徒たちからは敬意を込めてプレジデントと呼ばれている。

映画をこよなく愛する人間であり、暇な時はいつも映画鑑賞をしている。

基本的に名作映画を中心に見るが、たまにB級映画に手を出す時もある。

お金の扱いに長けており、ビジネス的な交渉術を得意とする。

常に自分とサンダースの利益を中心に考えており、それ以外は二の次としている。

 

 

*

 

 

知波単学園

 千葉県に母港を持つ学校。

 モチーフは大日本帝国。

 古き日本の伝統を重視している校風。

 ただ重視しすぎたあまり、他国の文化がほとんど排除されてしまっている。

 そのせいで一部の生徒は外来語を理解できない始末。

 質素倹約がモットーで戦時中のような貧しい食事が出回っている。

 ただ、お金はあるようで戦車や戦闘機の保有数はそれなりである。

 学問では古文、競技では将棋で国内最強クラス。

 空戦道では大日本帝国陸軍航空隊の戦闘機を保有。

 隼を筆頭に格闘戦が得意な機体が多い。

 大洗とは同じ日本機の運用校だが決して仲が良いわけではない。

 パイロットのTACネームは日本の神々の名前から取られている。

 

パイロット

 

カグツチ(KAGUTSUCHI)

 背番号:771

 学年:三年

 身長:141cm

 好きな食べ物:金平糖

知波単のエースパイロット。

低身長でおばあちゃん言葉を喋る、いわゆるのじゃロリ。

外見のみならず、中身も年齢より幼いようだ。

他の生徒の例に漏れず、外来語に疎い。

先んずれば人を制すを座右の銘とし、思い立つとすぐに行動に移すタイプ。

空戦では意外と冷静な立ち回りをするが、一度火が付くと止まれない性格。

TACネームの由来は日本神話の火の神、カグツチから。

背番号は同神を祀る火男火売神社の創祀年771年から。

 

使用機体:四式戦闘機一型甲 疾風

中島飛行機が開発した戦闘機。

一式戦闘機隼の後継として大戦後半の帝国陸軍主力機となる。

その性能は高いバランスでまとまっており、大東亜決戦機の称号を得た。

登場時の日本の劣勢にもかかわらず、3000機以上生産され陸軍を支えた。

一型甲は量産された対戦闘機を重視したタイプ。

12.7mm機銃と20mm機関砲をそれぞれ二門ずつ搭載している。

 

 

アラハバキ

カグツチの僚機を務めるパイロット。

知波単の生徒の中では比較的外来語に詳しく、カグツチからは情報源として重宝されている。

TACネームの由来は日本の神、アラハバキから。

 



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vsプラウダ編(第四章)
継続・プラウダ会議


第四章スタートです。



「ここで、会場の中立高校に中継が繋がりました。そちらの様子はどうでしょうか?」

 

「はい、ここ中立高校では今日午前中からプラウダ高校、

 及び継続高校の会長同士の交渉が行われています」

 

長野県の中立高校からのテレビ中継──―。

ここで行われている会談に、日本のあらゆる学校の目が注がれていた。

プラウダ高校と継続高校、その二校の首脳会談である。

 

「すでに会談が始まってから五時間が経過しますが、今のところ動きはありません」

 

「分かりました。また情報が入り次第、現場からお伝えします」

 

中断されるテレビ中継。

いったい中では何が起きているのだろうか?

 

 

 

*

 

 

 

「ちょっと!早くそっちの隊長を出しなさいよ!じゃないとしゅくせーするわよ!」

 

中立高校の会議室で会談は進んでいた。

何やら一人の生徒が騒いでいる。

 

「このカチューシャ様を待たせるなんて、いい度胸じゃない!」

 

カチューシャ、と名乗るその生徒。

小学生並の体格をした少女は、とても高校生とは思えない風貌だった。

 

「落ち着いてくださいカチューシャ。ここは会議の場ですよ」

 

そのカチューシャの隣に座る女性。

冷静で大人びた雰囲気のその女性は別の意味で高校生らしくなかった。

凄まじいギャップを感じるこの二人だが、プラウダ高校の側にいる。

それもかなりの重役の扱いだ。

 

「いや、同志カチューシャの言う通りだ。いつまで我々を待たせる気かね?」

 

長い会議机の端に座る生徒。

察するに彼女がプラウダ高校の生徒会長だろう。

途轍もなく太い眉毛が目を引く人物だ。

 

「申し訳ありません。現在所在不明でして……」

 

その反対側。

継続側の端に座っているのが継続高校の生徒会長だろうか。

精神的に、かなり疲弊している様子だ。

 

 

「どういうことかね?君は継続高校の生徒会長だろう?

 なぜ自校の生徒一人の居場所すら掴めないのかね?」

 

問い詰めるプラウダ高校の会長。

 

「そう言われましても……。くまなく捜索した結果ですので……」

 

問い詰められる継続高校の会長。

どうやら継続高校の生徒を巡っての話のようだ。

 

「我々が必要としているのは君のところの戦車道隊長だ。

 その本人が不在ならば、この会議は意味を成さない」

 

「はい……。承知しております……」

 

継続高校の戦車道隊長。

それがこの会議のキーマンだった。

だが肝心のキーマンが不在で話が進まない状況だった。

 

「もう良い。時間切れだ。交渉決裂だろう。我々は失礼する」

「私たちも行くわよ、ノンナ!」

「はい、カチューシャ」

 

いつまで経っても進まない会議に痺れを切らしたプラウダ高校の三人。

ついにイスから立ち上がり、会議室を去ってしまった。

 

「…………」

 

部屋に残ったのは継続高校の会長ただ一人。

絶望的な表情を浮かべる彼女は何を思っているのだろうか──―?

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「ふあぁ~。最近は平和ですね、先輩」

 

聖グロリアーナ学園艦でくつろいでいる二人。

サザーランドとメイヨーは、平和な日常を過ごしていた。

 

「そうね。少し退屈に感じるくらいだわ」

 

サンダース付属から帰還した後、通常のパイロット任務に戻った二人は平凡な毎日を送っていた。

たまにスクランブル発進をするくらいで、後は座学とシミュレーション訓練といった程度。

少し前までのドタバタ騒ぎが嘘のような生活だ。

 

「よくよく考えたら、これが普通のパイロット生活なのよね」

 

「そうですよね。ちょっと前までが異常だっただけですよね」

 

サザーランドの言う通り、これが通常のパイロットのライフスタイルだ。

色々な学園艦を飛び回る生活は、はっきり言って異常な日々だった。

 

「やっぱり会長の命令が無いのが大きいかしら?」

 

「言われてみれば、最近は呼び出しも来ませんね……」

 

これまで散々二人を振り回してきた生徒会長の幸子。

だがここ数日は不気味なまでに動向が見られなかった。

もちろん無茶な命令が出されるよりはマシだが、あまりにも静かすぎて逆に気になる程だ。

 

「でも良かったじゃないですか。やっと落ち着ける環境になって」

 

「う~ん、どうも嫌な予感がするのよね……」

 

サザーランドの脳裏に浮かぶ予感。

それは遅かれ早かれ、現実になりつつあった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

聖グロリアーナ学園艦、会長室──―。

生徒会長の幸子はテレビを凝視していた。

それは中立高校の会談の中継映像だった。

 

「そろそろ時間だが……」

 

腕時計を見ながら視聴する幸子。

ちょうどその時だった。

 

『あっ、只今プラウダ高校の一団が会場から出てきました!』

 

会議室から退室し、外に出たプラウダ高校の生徒たちは多くの報道陣に囲まれていた。

そこにはプラウダの生徒会長の姿もあった。

 

「さあ、何を話す?」

 

インタビューを受ける様子を注視する幸子。

彼女はプラウダ高校の会長の言動に注目していた。

 

『今回の交渉は決裂に終わった。次回の会談の日時は未定だ』

 

そう言って中立高校を後にするプラウダ高校の一団。

それを見た幸子が、ため息をつく。

 

「やはり、こうなったか……」

 

テレビを消し、紅茶を口にする。

 

「プラウダの会長の野望は阻止せねばならんな」

 

すると幸子は秘書を呼びつけて、こう言った。

 

「作戦会議を開く。サザーランド共を連れてこい。それとアイツもだ」

 

またしても会長直々の招集命令だ。

サザーランドの悪い予感は的中した。

そう遠くないうちに、再びどこかに出撃することになるだろう。

それは今までよりも遥かに大規模な戦いとなることを、まだ誰も予想していなかった。

少なくとも、幸子を除いて──―。

 

 




章タイトルはプラウダ編ですが、継続高校も重要な立ち位置になっていきます。


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一位と二位の確執

聖グロ陣営に新しいパイロットが登場します。


「あぁ……」

 

中立高校での会談を終え、母校に帰った継続高校の生徒会長。

強いストレス状態で、ヨロヨロとした足取りである。

 

「私はこれからどうすれば……」

 

絶望の表情で会長室の席に座る会長。

ちょうどそこへ一本の電話がかかってきた。

 

「こんなときに……?」

 

弱弱しい手取りで受話器を取る。

そこから流れてきた声は、つい先程聞いた声と同じだった。

 

「プラウダの会長ですか?……え?最後通牒……?」

 

この一本の電話が日本空戦道史上最大クラスの戦い。

その幕開けを予兆させる電話だった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「先輩、予想的中ですね」

 

聖グロリアーナの学園艦──―。

予感通り会長に呼び出しを受けた二人は、会長室に向かっていた。

 

「何でこうも、悪い予感ばかり的中するのかしら」

 

サザーランドの予感、それは生徒会長幸子の性格を知ったうえでのものだった。

以前あれほど大洗へ行けだの、サンダースへ行けだの言っていた人間が、急に静かになる。

そんなことはあり得ない、何か企んでいるはずだ。

事実、その予測が当たっているからこそ、今こうして呼び出されているのだから。

 

 

「着きましたね」

 

会長室の扉の前に到着した二人。

 

「ん……?誰かしら?」

 

そこには会長ではない、別の人物がいた。

空戦道で戦闘機に搭乗する際に着るジャケットをしている。

どうやらサザーランド達と同じ聖グロのパイロットのようだが……。

 

「あら、サザーランド。貴方もいらしてたんですの?」

 

典型的なお嬢様言葉を話す生徒。

 

「……こんなところで出会うとはね」

 

「その言葉、そっくり貴方にお返ししますわ」

 

二人の間を妙に険悪なムードが流れる。

それを感じたメイヨーは必死のフォローを試みる。

 

「えーっと……。初めまして。私、一年生でメイヨーっていいます」

 

「メイヨー?ああ、噂は聞いてますわ。サザーランドに可愛がられているんですの?」

 

鋭い視線をその生徒から向けられるメイヨー。

たまらず先輩に助け舟を求める。

 

「先輩、この人って……?」

 

「ウェリントンよ。一応この学校で二番目に強いパイロットね」

 

()()は余計ですわ!」

 

 

ウェリントン──―。

この聖グロリアーナにてサザーランドに次ぐ実力の持ち主だ。

ジャケットの背面には14の数字と<WELLINGTON>の文字が確認できる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「今は二番手でも、いずれエースの座を奪ってみせますわ!」

 

「あらそう。精々頑張ってね」

 

サザーランドとウェリントンの間に漂う嫌悪感。

それはエースの称号を巡る対立が原因だった。

エースパイロットとはその学校で最も多くの撃墜数を挙げている人物のことを指す。

つまり、戦果に応じてエースの座が変わることもあるのだ。

故にエースと二番手のパイロットの間にはピリピリした空気が流れやすい。

 

「まあまあ、先輩方は同じ学校のパイロットですし、ここは仲良く……」

 

「それが出来たら苦労しませんわ!」

 

「ええ、まったくね」

 

何とも言えないギスギス感がありながらも、三人は会長室に入った。

 

 

*

 

 

 

「来たか。ウェリントンもいるな」

 

生徒会長の幸子はいつも通りの椅子に座っていた。

 

「わたくしが呼ばれるのは珍しいですわね」

 

基本的に生徒会長から呼び出しを受けるのはエースであることが多い。

エース以外のパイロットが名指しで指名されるのは異例の事だった。

 

「そうだな。今回は大事になる気配がするんでな」

 

「そんなに凄い出来事が?」

 

「ああ。これを見てくれ」

 

すると幸子がとある新聞の記事を出した。

 

「こいつはさっき出版されたばかりの今日の夕刊だ」

 

その記事の見出しに大きな活字が躍っている。

ご丁寧に速報の前置き付きだ。

 

「速報、継続とプラウダ間の交渉決裂……?」

 

「そうだ。その二校が今回の問題だ。三年生の二人は周知だろう?」

 

「北の火種ですか……」

 

「ついに爆発するんですの?」

 

継続高校とプラウダ高校は昔から中の悪い学校同士で有名だった。

両校とも北日本を中心に活動しているため、北の火種とも呼ばれていた。

 

「すみません、私は継続高校もプラウダ高校も知らないんですけど……」

 

「おやまあ、サザーランドは後輩への教育がなってませんわね?」

 

「大きなお世話よ」

 

継続高校は石川県に、プラウダ高校は青森県に母港を置く学園艦だ。

それぞれフィンランド人とロシア人が開校に携わっている。

プラウダの方は日本屈指の巨大校だが、継続の方は小規模な学校だった。

 

「へえ。でも何でその二校は仲が悪いんですか?」

 

「仲が悪いというより、プラウダ側が一方的にケチを付けてる印象だわ」

 

「その通りだサザーランド。プラウダにとって継続は都合の悪い存在なのだ」

 

航行する海域が比較的近い両校は昔から衝突が絶えなかったらしい。

戦闘機による空戦もしょっちゅう発生しているようだ。

 

「でも、平常運転じゃないですか?この程度なら……」

 

「いや、今回に限ってはそうはならない予感がするのだ」

 

対立する二校の会談が失敗に終わる程度なら、そこまで珍しいことでもない。

だが幸子は今回ばかりは違うと言う。

 

「と、言いますと?」

 

「現在、プラウダ側には継続を攻める明確な理由が二つ存在している。言わば大義名分だ」

 

「大義名分?物騒な話ですわね」

 

プラウダが継続に対して、何か行動を起こす理由が二つあるという。

 

「一つ、今年プラウダ高校は開校百周年の節目だ。それに合わせて何かしでかす可能性は否定できない。長年対立する学校を潰しにかかっても、おかしくはないだろう」

 

「なるほど、節目の年ですか……」

 

開校百周年の節目。それが一つ目の理由だった。

 

「だが肝心なのが二つ目だ。私はこれが一番危険だと考えている」

 

すると幸子は戦車の模型を手に取った。

 

「戦車というと、戦車道ですか?」

 

「そうだ。この戦車こそ、今最も注目されている要因だ」

 

二校の対立に戦車が関わる理由、そこがポイントだった。

 

「少し前の出来事だが、プラウダ高校の戦車一両が、ある日突然消失したらしい」

 

「戦車が無くなったと?」

 

「ああ。しかもそれは、継続高校と合同で戦車道の練習試合をした後に消えたようだ」

 

合同試合の直後にきえた戦車。

犯人の予想は難しくないだろう。

 

「ということは、継続側が戦車を盗んだとでも?」

 

「その確率は極めて高いだろう。事実、プラウダから鹵獲したと思われる戦車を使用している場面がいくつか目撃された、との情報も入っている」

 

どうやら継続高校の戦車道のメンバーが戦車を盗んだのは、ほぼ確実のようだ。

 

「今回、中立高校で開催された会談も、この戦車を巡る話し合いだったらしい」

 

「それが決裂した、という事ですわね」

 

「つまり、継続側は盗んだ戦車を返すつもりはないと?」

 

「そこまでは分からん。会談の具体的な内容までは報じられていないからな」

 

部外者には、戦車を巡ってどのような交渉が行われたかは明らかにされていない。

 

「でも、たかが戦車一両ですよね?プラウダはたくさん戦車を持ってるんじゃないですか?」

 

メイヨーの推測は正しかった。

プラウダ高校の戦車保有数は国内トップクラスだ。

一両失ったところで、戦力に大幅な支障をきたすことはないだろう。

 

「だからこその大義名分だ。実際の影響はどうあれ、プラウダ側は戦車の返却を求めている。もし継続側が、それに応じられないならば、実力行使という線も考えられるだろう」

 

幸子が危惧しているのは、プラウダが戦車奪還を名目に継続高校に脅しをかけるのではないか、という点だった。いや、脅しだけで済めばまだマシかもしれない。戦闘機の大群を差し向ける可能性もあるだろう。

そうなれば継続高校は為すすべもない。両校の戦力差は圧倒的だ。

 

「最悪の事態、つまりプラウダ側が継続高校を無理やり屈服させ、支配下に入れるとなれば、我が校にとっても只事ではない。奴らの勢力が増すことだけは避けたい」

 

聖グロの発展を第一に考える幸子にとって、他校の力が強くなるのは受け入れ難いことだった。

ましてやプラウダほどの一大勢力なら尚更だ。

 

入一露音(いりいちつゆね)の野望は絶対に阻止せねばならんのだ!」

 

「いりいち?誰のことですか?」

 

「プラウダの現生徒会長ね。以前写真で見たでしょう?」

 

入一露音(いりいちつゆね)、異常なまでに太い眉毛が目を引く人物だ。

プラウダの生徒会長として、今回の会談にも参加している。

 

「ああ、この前の写真で一番右に座ってた人ですね」*1

 

「実をいうと、あの時点で既に私は、奴の腹底に眠る野望を感じていたのだ」

 

幸子曰く、今年初めの三校会談の段階で露音のことを危険人物としてマークしていたという。

サンダース付属の久米子がどう思っていたかは不明のようだが。

 

「事情は把握しましたわ。でもどうするんですの?プラウダ側が何かアクションを起こさない限り、わたくしたちも迂闊に行動できないと思いますわ」

 

「ふむ。そこが問題なのだが……」

 

話が停滞しかけた、そのとき。

会長室の扉が勢い良く開かれた。

 

 

「会長、大変です!プラウダ側が継続高校に最後通牒を言い渡したとの事です!」

 

「ついに来たか……!」

 

「最後通牒?何ですかそれ?」

 

「つまりこれ以上譲歩できないってことよ」

 

プラウダ高校の生徒会長、露音が突き付けた最後通牒──―。

恐らく戦車の返却を求める最後のメッセージということだろう。

これに従わなければ実力行使もやむを得ないという脅しも兼ねていると思われる。

 

「ええ!?それって大分マズい状況なのでは?」

 

「マズい所じゃありませんわ!衝突一歩手前ですわよ!」

 

「吞気なこと言ってる場合じゃあなさそうね」

 

慌ただしくなる場の雰囲気を幸子が鎮める。

 

「安心しろ!手は既に打ってある。この前サザーランドに託した手紙がそれだ」

 

「あのサンダース付属の会長に渡した手紙ですか?」

 

数週間ほど前、サザーランド達は幸子からの手紙を持ってサンダース付属へ赴いた。

そのとき、向こうの会長の久米子に渡した手紙が布石だという。

 

「あの手紙には、もしプラウダ高校が継続高校に対して宣戦布告をしてきた場合、聖グロとサンダースが継続側に付いてプラウダと戦うという極秘の条約を書いたのだ」

 

「あの手紙はそんな内容だったんですね」

 

「絶対に情報漏洩したくない観点から、手紙というアナログな手段を取らせてもらった。電話やメールではどこから盗み聞きされるか分からんからな」

 

言ってしまえば、これは密約だ。

聖グロとサンダースが裏取引をしていることがバレたら問題になる。

それを防ぐために、書面によるやり取りに抑えたのだった。

 

「それじゃあ、もしプラウダが動いてもサンダースと一緒に戦えるってことですね?」

 

「ああそうだ。二校の力を合わせれば、プラウダといえど恐るるに足らずという訳だ」

 

いくらプラウダ高校が強大な戦力を保持しているとはいえ、聖グロとサンダースにタッグを組まれては勝ち目が無いだろう。幸子の采配が光る場面だった。

 

「時は満ちた。これから継続高校に我々の戦闘機を派遣する。そこでサンダース付属とも合流できる予定だ。サザーランド、またしても共闘の機会ができたな」

 

「またミニットマンさんに会えますね、先輩!」

 

「ええそうね。あいつが一緒なら百人力だわ」

 

再び友との共闘が出来そうなことに、サザーランドは喜んでいた。

 

「さあ準備を始めろ。今回は相当数の戦力を送る予定だ。ウェリントン、お前も行け」

 

「会長の命令とあれば、何処へでも馳せ参じますわ!」

 

ウキウキで出発準備を始めようとするウェリントン。

しかし幸子からこんなことを言い渡される。

 

「ああ、ウェリントン。まだ()()()()は揃っていない。今回はスピットファイアで我慢しろ」

 

「あら、残念ですわね。わたくし、あの戦闘機が好きでしたのに……」

 

思わせぶりな感じだが、ウェリントンは部屋を後にした。

 

「私たちも行きましょう、先輩!」

 

「これは大仕事になりそうね!」

 

サザーランドとメイヨーも準備のため、退室しようとする。

が、またしても幸子に止められた。

 

「待った。二人は継続高校の生徒会長に面会してくれないか?」

 

「継続の会長、ですか?」

 

「そうだ。名前は確か、小峰芬(おみねかおり)と言ったか。そいつに会って話をして欲しい」

 

継続高校の生徒会長、小峰芬(おみねかおり)──―。

今回の会談で継続側の代表として参加した人物だ。

テレビ中継では、かなり精神的に追い詰められている様子だったが……。

 

「了解しました。一連の件もお伝えしておきます」

 

「頼むぞ。明日の早朝に出発だ」

 

 

ようやく退室できたサザーランドとメイヨー。

こうして二人も、継続高校への出撃準備を始めた。

この時点では、幸子含めて誰もが楽観的な姿勢だった。

何せ、国内最大規模の航空戦力を持つサンダース付属が味方なのだ。

それならいくら継続高校が弱くても問題はない。

だがこの考えはいずれ、覆えることになるのであった──―。

 

 

*1
サンダース編第一話を参照。




ウェリントンのメイン機体は後の章で明らかにします。


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北方への直行便

「同志諸君、よくぞ集まってくれた。今年は我らがプラウダ高校の開校百周年の節目だ」

 

プラウダ高校で開催された全校集会。

じつに数万人の生徒たちの前で演説しているのが、生徒会長の入一露音(いりいちつゆね)だ。

マイクの音感は、会場中全体に聴こえるように調節してある。

 

「知っての通り、プラウダは今や日本屈指の学校だ。だがそれは一日で達成したものではない。これまで我が校に尽くしてくれた、多くの同志たち。それが無くては成し得なかった偉業である」

 

威厳ある演説に、校内全体が静まり返る。

そして露音はスピーチの最後を、こう締めた。

 

「この偉大なる学校を引継ぐのが、今の君たちだ。今後も更なる努力を重ねれば、我々が日本一となる日も遠くないだろう。プラウダ高校よ、永遠なれ!」

 

その言葉で、生徒たちから拍手喝采が沸き起こる。

演説の原稿をしまうと、露音は盛り上がる会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「おはようございます、先輩!」

 

朝五時の聖グロリアーナ学園艦──―。

まだ夜も明けきらないうちに、サザーランドとメイヨーは起床していた。

 

「ふわぁ……。朝から元気そうね……。私はまだ眠いわ……」

 

「シャキッとしてください。今日は継続高校に行く日ですよ!」

 

まだ寝ぼけまなこのサザーランドを、メイヨーが引っ張っていく。

 

「朝食は済ませましたか、先輩?」

 

「ん~……。まだねぇ……」

 

食堂に行き、モーニングセットを注文する。

朝早いだけあって、まだ他の生徒の姿はまばらだ。

 

「ほら、ジャムトーストですよ。早く食べてください」

 

「むぐむぐむぐ……」

 

メイヨーはトーストにイチゴジャムを塗りたくると、サザーランドの口に無理やり押し込んだ。

 

「イングリッシュブレックファーストを淹れましたよ。飲んでください」

 

「……あちちちち!熱い!まだ熱いわよこれ!」

 

出来立ての熱い紅茶も、強制的に流し込んでいく。

火傷の危険を感じると、ようやくサザーランドが完全に目を覚ます。

 

「お目覚めですか、先輩?」

 

「ええ、おかげさまでね……」

 

手っ取り早く朝食を済ませると、二人は出発準備を始めた。

 

 

 

 

「メイヨー、防寒対策はしっかりしなさい。向こうは寒いわよ」

 

今回向かう先は、かなり北側にある学園艦だ。

とはいえ、もう春も過ぎ夏に差し掛かる時季だ。

そこまで防寒する必要はないように思えるが……。

 

「え?もう初夏ですよ?そんな厚着にしなくても……」

 

「ダメよ。これを着ていきなさい」

 

そう言うとサザーランドは、無理やりマフラーを首に巻かせる。

この季節としては、少々暑苦しい格好だ。

 

「う~、暑いですよ先輩……」

 

「大丈夫よ。すぐに丁度良くなるわ」

 

真冬の登山客のように着せ替える二人。

一見過剰にも思える服装だが、後にこれが正しいことが証明される。

 

「さあ、行きましょう」

 

「汗が……」

 

こうして二人は滑走路へと向かった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「スピットの整備は済んだかい?ハリケーン担当の班も早くしな!」

 

会長の派遣命令を受け、滑走路周辺は慌ただしくなっていた。

なぜなら普段の数倍の数の戦闘機を、一度に送り出さなければならないからだ。

整備班の指揮は班長の清美が執っている。

 

「うわあ。何かすごいことになってますよ、先輩」

 

「こういう非日常感は嫌いじゃないわ」

 

現場に到着した二人は、その光景に驚いた。

何機ものイギリス機が、所狭しと並んでいる。

整備と補給が済んだ機体は、次々と滑走路へ送られていく。

 

「ふう。一段落ついたかい?」

 

「おはよう、きよみん。朝から大変そうね」

 

作業が終わりそうなタイミングを見計らって、サザーランドが話しかける。

 

「お~、お二人さん!よく来たね!寝坊してんのかと思ったよ!」

 

「私が先輩を叩き起こしたんですよ」

 

「熱々の紅茶をご馳走になったわ……」

 

オイルで汚れた手袋を外して、清美は二人を迎えた。

 

「いやはや、今回は一大事だねぇ。こんなに大量の戦闘機を見送るのは初めてだよ」

 

「私も、三年間のパイロット生活では二回目くらいだわ」

 

「こんな経験、二度と味わえないかもしれませんね」

 

今回、継続側に送る戦闘機は実に二十機程度。

聖グロの航空戦力の約三分の一に当たる数だ。

エースを送るという意味では、それ以上かもしれない。

 

「でも大丈夫かねぇ?相手はあのプラウダ高校だろう?これだけじゃ足りない気が……」

 

「問題ないわ。今回はサンダース付属も一緒よ」

 

「サンダースが味方なら、負ける要素はありません!」

 

幸子が派遣する戦闘機の機数は、サンダースとの協力が前提の数だ。

各校のおよその戦力から割り出した数字だと思われる。

それでもかなり思い切った数だろう。

いくら自校の利益のためとはいえ、他校にこれほどの支援を出すのは異例だった。

 

「そうかい?なら安心だねぇ」

 

「ほぼ勝ち戦よ。たいしたことにはならないと思うわ」

 

「プラウダ側も怖気づいちゃうんじゃないですか?」

 

 

そうこうしているうちに、発艦の時間がやって来た。

パイロット達がそれぞれの機体に搭乗を開始する。

 

「そろそろ時間ね……」

 

「おう、気張っていきな!」

 

「行ってきます!」

 

サザーランドのスピットファイアmk.IX、

メイヨーのタイフーンmk.Ibは両方とも整備済みだ。

エンジンを始動し、プロペラを回転させる。

 

「どんどん飛んでいくわね」

 

滑走路へ入ると次々に発艦していく戦闘機の姿が見えた。

 

「私たちも続きましょう、先輩!」

 

二人の機体も発艦位置につく。

管制塔に許可を要請すると……。

 

「こちらサz──―

「あーはいはい。発艦許可出すんでどうぞー」

 

相次ぐ許可要請でウンザリしたのか、管制官は雑な受け答えで済ませた。

 

「管制官の人たちも大変ですね」

 

「こんなに雑な対応されたの初めてだわ」

 

ともかく、許可は下りたので発艦を開始した。

どうやら二人が最後のようだ。

前方にはたくさんの聖グロ所属の戦闘機が見える。

 

「これは……、壮観ですね」

 

それぞれ編隊を組んで一つの大部隊が結成された。

まさに聖グロの主力が結集した大編隊だ。

 

「何だか本物の空軍に入ったような気分だわ」

 

「映画のワンシーンみたいですね!」

 

この大編隊の指揮を執るのは、エースのサザーランドだ。

それ以外に適任者はいないだろう。

 

「全機、これより我々は継続高校に向かいます。つきましては私の指示に従うように」

 

指揮官として、全体に無線を送るサザーランド。

するとウェリントンのスピットファイアが隣に飛んできた。

 

「ふん!エースだからって、リーダーみたいな振る舞いしてるんですの?」

 

「みたいな、じゃなくて私が正真正銘の編隊長よ」

 

「貴方如きに、私は命令を受けたくはありませんですの!」

 

またしてもエースと第二位が言い争いを始める。

見かねた管制官か釘をさした。

 

「こちら管制塔。編隊の全機体は、隊長機の33番に従うように」

 

「……了解ですわ」

 

明らかに不満そうな声で応答したウェリントンは、元の位置に戻った。

 

「ウェリントンさん、いつもあんな感じなんですか?」

 

「そうよ。相手するだけ無駄ね」

 

「ちょっと二人とも!?聞こえてますわよ!」

 

サザーランドとウェリントンの関係は昔から変わらなかった。

やはりエースの座というのは、色々な意味で魅力的なのだ。

それゆえお互い、ライバルのように戦績を競い合う間柄だった。

同じ学校のパイロットだから仲良くしましょう、といった単純な言葉では片付けられない。

 

 

「あ!そういえば継続高校ってどんな場所なんですか?」

 

再び喧嘩になる前に、メイヨーが話題を変える。

 

「うーん、分からないのよね。私行ったことないから」

 

「どうせ貧乏でちっぽけな学校ですわ。聖グロとは雲泥の差ですわね」

 

継続高校は謎の多い学校だった。

そもそも小規模な学園艦なので、行き来する人が少ない。

加えて、学問やスポーツで著名な成果を上げている訳でもない。

そういう点では、大洗女子学園に近しいかもしれない。

しかし継続高校に関しては、空戦道に関する情報すら曖昧だ。

どんな戦闘機を使っているのか、何機保有しているのかもベールに包まれている。

 

「じゃあ、謎多き学校ってことですね」

 

「まあ、戦力としては期待しない方が良いわね」

 

「我々の足元にも及ばないんですわ!」

 

聖グロの飛行編隊は北へと向かっていく。

少しずつ、しかし確実に下がっていく気温を肌身に感じながら、継続高校の学園艦を目指してフライトを続けていった──―。

 

 

 



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凍える初夏の陽気

サンダース大学付属高校、学園艦の会長室。

会長もとい、プレジデントの久米子はニュース速報でプラウダの動きを知った。

 

「はえ~。まさか本当にやる気なんだね露音ちゃん」

 

パソコンのニュースサイトをスクロールしながら情報を漁る。

そこに別の生徒会メンバーがやって来た。

 

「プレジデント。こうなると例の手紙の件は……」

 

「あ~。さっちゃんの手紙ね。どうしよっかな?」

 

サザーランドから手渡された幸子の手紙には、もしプラウダが有事を起こしたら、聖グロと共にサンダース付属も継続側に支援を送る旨が記述されていた。

これに関して久米子はサンダース側として未だ正式な返事を出していない。

 

「さっちゃんには悪いけどさぁ、ちょっと気が変わったんだよね。いわゆる乙女心ってやつ?」

 

「はあ。と申しますと?」

 

ここへ来て方向転換する久米子の心。

それはサンダース側が支援の内容を変更することを意味していた。

だがこの時点では、まだ誰にも知るすべは無かった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

「う~、何か急に寒くなってきましたね」

 

継続高校を目指してフライトを続ける聖グロの飛行編隊。

発艦からおよそ一時間。

周囲の温度が急激に低下し始める。

目的地は北方で、初夏でもまだ冷える地域だった。

気象学的に言えば、亜寒帯気候というやつだ。

 

「ね、私の言った通りでしょう?防寒対策はしなさいって」

 

「そうですね先輩。今の服装で丁度いいくらいです」

 

サザーランドの厚着指定は、この気温低下を意識したものだ。

過剰とも思える防寒対策だったが、結果的には大正解だった。

 

 

 

「……くしゅん!」

 

無線越しに誰かがくしゃみをするのが聞こえた。

恐らくウェリントンだろう。

 

「おやおや?防寒を怠った間抜けなパイロットがいるようね?」

 

サザーランドがこっそりからかう。

 

「い、今のは単なる花粉症ですわ!決して寒くなった訳ではありませんの!」

 

「え?もう花粉の季節は終わってるわよ?やっぱり寒いんじゃない?」

 

「ヒノキの花粉シーズンはまだ終わってないですわ!」

 

「あー、また始まりましたよ……」

 

放っておくとすぐ喧嘩を始めるエースと二番手。

お互いもう高校三年になるというのに、まるで小学生レベルの口喧嘩だ。

 

 

 

「ほら先輩方。そろそろ目的地が見えてきましたよ」

 

メイヨーの言う通り、編隊は継続高校学園艦に接近していた。

遠方に奇妙な形の艦影が見える。

 

「あれが継続高校ですの?何だか変な形ですわね」

 

学園艦は本来、航空機の発着をするために空母のような形状をしているのが基本だ。

だが継続高校に関しては、まるで巡洋艦のような船体をしていた。

 

『こちら継続高校管制塔。そちらの所属をお聞かせ願いますか?』

 

『こちら聖グロリアーナ飛行隊。貴校への着艦を希望します』

 

空域に侵入したところで、管制官の無線が聞こえた。

編隊長としてサザーランドが受け答えする。

 

『……もしかして援軍の方達でしょうか!?』

 

管制官が嬉しそうに質問をしてきた。

 

『ええそうよ。あなた達を支援しに来たわ』

 

『ありがとうございます!どうぞ着艦してください!』

 

あっさりと降りる着艦許可。

よほど待ちわびていたのだろう。

 

「何か私たちが正義の味方みたいになってきましたね、先輩」

 

「こうも歓迎されると、悪い気はしないわね」

 

「こんな弱小校如きに、偉大なる聖グロリアーナが助けてあげに来たんですわ!この程度の待遇は当然でしてよ!」

 

編隊は先頭から順に高度を下げ、着艦を始めていく。

誤って追突事故を起こさないように、サザーランドが降りる順序を指定した。

 

「残るは私だけね……」

 

全ての機体を送り終えると、エースが最後に着艦した。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

『管制塔より。継続高校へようこそ!』

 

無事滑走路へ降り立った聖グロリアーナの飛行隊。

辺りは着艦した機体で渋滞を起こしている。

これは継続高校の滑走路周辺のスペースが狭いせいだ。

元々の艦のサイズが小さいので致し方無かった。

 

「ふう。ようやく現地到着ね」

 

パイロット達が機体から降りていく。

サザーランドの編隊長としての仕事も一休みだ。

 

「……はっくしょん!」

 

コックピットから降りたウェリントンがまたしてもくしゃみをする。

明らかに周りに比べて薄着の格好だった。

 

「大丈夫ですか、ウェリントンさん?寒いなら……」

 

「だからこれは花粉症ですわ!」

 

「はあ……。しょうがないわね」

 

見かねたサザーランドが何かをウェリントンに投げ渡した。

それはコートのような衣服だった。

 

「……何のつもりですの?」

 

「予備の防寒着よ。一応持ってきてたの」

 

「貴方に優しくされる思いはありませんわよ」

 

「駄々こねてないで早く着なさい。風邪ひいて戦力が減ったら困るから」

 

ウェリントンは渋々、コートを羽織る。

 

「……あったかいですわ」

 

「そう。なら良かった」

 

そう言うとサザーランドは足早にその場を去った。

 

 

「優しいですね、先輩。もしかしてこうなることを予測して……?」

 

「勘違いしないで。あれは単なる偶然よ」

 

「本当ですか先輩?目が泳いでますよ?やっぱりツンデr──―

「下らないこと言ってないで、生徒会長のところに行くわよ」

 

図星なのか、サザーランドが更に歩行速度を上げた。

 

「あっ先輩、待ってくださいよー!」

 

それを追うように、メイヨーも小走りした。

 

 

 

*

 

 

 

継続高校の生徒会長に会うべく、艦橋を目指すサザーランドとメイヨー。

歩いていくうちに二人は、学園艦の様子がおかしいことに気が付いた。

 

「妙にシャッターが閉まってる店が多いわね……」

 

「言われてみればそうですね。まだ昼なのに」

 

もう日が昇りきっているというのに、閉店している店が多い。

しかもそれは飲食店、雑貨屋、美容室など多岐に渡っていた。

 

「あれ、あそこは長い行列ができてますよ」

 

「あれは……、スーパー?」

 

更に歩くと人々が並ぶスーパーマーケットが見えた。

最後尾には入店30分待ちの看板が掲げられている。

 

「人気のお店なんですね」

 

「うーん?あそこチェーン店だったと思うけれど……?」

 

サザーランドの記憶通り、そこは一般的な商店だった。

少なくとも、こんな平日午前中の時間帯に行列ができる店ではないはずだ。

 

 

「そういえば先輩、喉渇きません?自販機とかないですかね」

 

「あ、あそこにあるわね。……あら?」

 

飲み物を買うために自動販売機の前に行く。

しかしどのボタンも売り切れのランプが点灯していた。

 

「しょうがないわね。コンビニを探しましょう」

 

「ちょうど向こうにありますよ!」

 

今度はコンビニへ入店する。

しかしそこでは異様な光景が広がっていた。

 

「……どういう状況ですかこれ!?」

 

「棚が全部すっからかんだわ……」

 

見ると商品がほとんど陳列されていない。

店内は閑散としていた。

 

「あーごめんなさいお客様。今色々切らしてまして……」

 

啞然とする二人に、アルバイトの生徒がやってきた。

どうやらあらゆる物品が入荷してこない状態らしい。

 

「色々っていうか、全部品切れ状態よね?」

 

「一応ミネラルウォーターくらいなら残ってますよ」

 

仕方なくペットボトルの水を二本購入し、退店する。

 

「この学校では何が起こっているんですか、先輩?」

 

「異常事態だわ。ともかく会長のところに急ぎましょう」

 

 

水分補給をしつつ、二人は会長室に向かっていった。

その道中でも、行列のできる商店や何も売ってないコンビニが存在していた。

それはつまり、学校全体が深刻な物不足であることを示している。

一体なぜ、継続高校がこんな状況になってしまったのか?

それは生徒会長の小峰芬が知っていた──―。

 

 




継続高校会長の小峰芬の芬という漢字は見慣れないかもしれませんが、これはフィンランドを意味する漢字です。(フランスを仏と表すのと同じ)
常用漢字ではないので本来なら人名としては使えませんが、あまり気にしないでください。


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スオミネイトの願い

スオミネイトとは、フィンランドの国を擬人化したものを意味します。


「降伏する……?このままでは……」

 

継続高校の会長室で悩む一人の女性。

生徒会長の小峰芬(おみねかおり)は学園の運命を左右する決断に迫られていた。

それはつまり、プラウダからの脅しに屈するか否かの決断だ。

 

「しかし我が校にプラウダと対抗できる戦力は……」

 

ただ、継続高校単独では確実に勝てない戦いである。

相手は国内でもトップクラスの規模を誇る学校だ。

もちろん、その事実を芬は理解していた。

ここで重要なのは、他校から支援を得られるかどうかだ。

有力な学校から援軍が来れば、継続側にも勝ち目はある。

 

「そんな学校、いるわけがない……」

 

ただし、継続の味方につくということは即ち、プラウダを敵に回すということだ。

そんな度胸がある高校が、果たして存在するのかどうか?

いたとして、継続高校に支援を出してくれるのか?

それが今の彼女の最大の悩みだった。

 

「会長、失礼します」

 

悩みすぎて胃薬のオーバードーズを起こしそうな芬に救いの手が伸びたのはその時だった。

突然、他の生徒会メンバーが入室してくる。

 

「ごめんなさい、今は他のことを考えられなくて……」

 

「いえ、そのことではなく……」

 

その生徒が芬に用件を伝える。

 

「ええ!?聖グロリアーナの方達が!?」

 

「はい。代表者が今、この部屋の前まで来ています」

 

聖グロの人、つまり援軍のパイロット達が到着したという情報だった。

代表者とはエースのサザーランドを指しているのだろう。

芬が夢にまで思わなかったヒーローの登場といったところか。

 

「すぐに入室させて!後はお茶の用意を!」

 

「申し訳ありません会長。茶葉は切らしています」

 

「ならお湯でもいいから!」

 

芬の指示で、直ちに会議が開かれることになった。

聖グロと継続による、対プラウダ作戦会議だ。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「初めまして。今回、聖グロリアーナを代表して来ました。サザーランドです」

 

「継続高校へようこそ。私が生徒会長の小峰芬です。どうぞお座りください」

 

聖グロ側の生徒たちが入室し、緊急会議が始まった。

部屋に右側には会長の芬と生徒会メンバーたちが、

反対側にはサザーランドとメイヨーが座る。

参加者の手元には湯吞みが置かれた。中はお茶ではなく、ただの白湯だった。

 

「あのう、先輩。私が参加していいんですか?」

 

「問題ないわ。けど騒がないようにね」

 

こういう堅苦しい会議に慣れないメイヨーは、どこかそわそわしていた。

そんな彼女でも、自分が今とても重要な場にいるのは察していた。

 

 

「さて、本来なら貴方達を歓迎したい所ですが、あいにくとそういう状況ではないんです」

 

「分かっています。まずは今の継続高校が置かれている立場について教えてください」

 

前置きの雑談をする暇もなく、本題へと入る。

それほど切羽詰まった状況なのだろう。

 

「そうですね……。では最初に継続とプラウダの歴史的関係から……」

 

「その説明は必要ないです。既にプラウダとの緊張状態に至るまでの経緯は把握しています」

 

淡々と話すサザーランドに、芬は表情を和らげる。

 

「それなら話は早いです。では先日の中立高校での会談についてお話しします」

 

「分かりました。メモをしたいので何か書くものをくれませんか?」

 

すると生徒会メンバーの一人が紙とペンを渡してくれた。

サザーランドが話を聞く態勢に入る。

 

「では始めますね。事の発端は今年二月。この日、我らが継続高校とプラウダ高校による、合同の戦車道の練習試合がありました。その直後、プラウダ側から自校の戦車が一両、行方不明になっているとの情報が伝えられたんです」

 

「はい」

 

黙々とメモを取っていくサザーランド。

芬の話は続く。

 

「当然、真っ先に我が校の戦車道履修の生徒が疑われました。そこで私は戦車道の隊長に直接問い合わせようとしたんです。戦車道の管轄は当の隊長の仕事ですから」

 

「隊長ですね……。それから?」

 

「ここで問題が発生したんです。隊長の名前はミカというんですが、彼女の居場所がつかめないんです」

 

「ミカ、居場所……。つかめない?どういうことですか?」

 

おもむろにペンを止めるサザーランド。

かなり複雑な事情のようだ。

 

「どうやらミカという生徒はかなりの自由人のようでして……。いつも何処かに放浪しているみたいなんです。そのせいでいくら捜索隊を派遣しても発見できず……」

 

「随分と変わった人間みたいですね。ミカさんという人は」

 

再びペンを走らせるサザーランド。

どうやらミカという人物がキーマンらしい。

 

「事情が変わり始めたのは今年四月からです。それまでは戦車の返却を求めるメッセージはプラウダの戦車道関係者だけから来てたのですが、そこから向こうの生徒会長が直接問い合わせるようになったんです。早く我々の戦車を返せ、と」

 

「プラウダの会長……。入一露音ですか」

 

「そうです。それまでは、あくまで戦車道だけの問題だったのですが、徐々に会長同士の話し合いが増え、ついには学校全体での対立にまで発展してしまったんです」

 

「なるほど。先日の会談も、その一環というわけですね」

 

「その通りです。実はそれまでにも何度か電話会議も含めた話し合いがあったのですが、やはりミカが不在では話が全く進まず……。結局、現在に至るまで彼女の所在は不明です」

 

「で、交渉決裂と」

 

ようやく会談の決裂までの経緯が把握できた。

議題は次に移る。

 

「問題はここからです。中立高校での会談後、一本の電話がかかってきたんです。プラウダ高校からの電話でした。その内容は、期日までに戦車の返却ができない場合、相応の処置を取る、といったものでした」

 

「相応の処置……。それはつまり……」

 

「隠しても仕方ないでしょう。実力行使です」

 

実力行使という言葉に、周りの生徒が反応を見せる。

それをお構いなしに、芬は話し続ける。

 

「具体的にどういった行動に出るかは不明ですが、ほぼ確実に戦闘機を送ってくると思います。それもかなりの数になると予想されてます」

 

「でしょうね。もしやるのなら、確実に息の根を止めてくる」

 

「といっても、考え方によってはとっくに実力行使は始まっているのかもしれません」

 

「どういうことですか?」

 

芬曰く、プラウダは既に動き始めているという。

 

「ここに来るまでの間、艦内の様子はご覧になられましたか?」

 

「はい。何か異常事態が発生しているように見えましたが……」

 

ここで言う異常事態とは、行列のできるスーパーや昼間から閉店しているシャッター街のことだ。品薄状態のコンビニも含まれる。

 

「あれは我が校に向かう船や飛行機を、プラウダ側が圧力を掛けて殆ど止めているのが原因です」

 

「船や飛行機?」

 

「詳しく言えば、物資を送る輸送船及び輸送機のことです。それらが現在ストップしている状態です」

 

 

この問題を理解するには、学園艦という場所の性質を把握する必要がある。

学園艦とは、言ってしまえば海に浮かぶ巨大な町だ。

町ということは、必然的に多くの人間の生活の場でもある。

学校の生徒以外にも、多くの関係者が住んでいるのだ。

そこで必要となる、食料や生活必需品の調達は、基本的に外部からの運搬に頼ることになる。

しかし学園艦は海上にあるので陸路による輸送は出来ない。

海から船で運ぶか、空輸に任せるしかないのだ。

それらの供給が止まってしまうと、学園艦は急速に物不足に陥る。

何せそれ以外に物を運ぶ手段が存在しないからだ。

一応、母港停泊中に運び込まれる物資もあるが、いずれは尽きてしまう。

これが短期間であれば、まだ対処可能だろう。

しかし長期に渡るとなると、食糧不足などが浮き彫りになってくる。

最悪、飢餓に近い状態になってしまうかもしれない。

 

「スーパーに並ぶ人々は、今のうちに少しでも多くの食料を確保するために朝から並んでいるんです」

 

「買い占めってやつですか。かなり危険な状況ですね」

 

「一応、食料や生活必需品に関しては現在配給制にしているので、直ちに問題になるとは考えにくいです。しかし、いずれ備蓄も尽きてしまうでしょう」

 

もし艦内の食料が底をついたらどうなるのか?

言わずもがなだろう。

継続高校は学園艦としての活動が完全に不可能になる。

 

「もう訪問客に出すお茶の茶葉もありません」

 

 

 

 

「……おおよその事情は分かりました」

 

「生徒会長の私から、学校全体を代表してのお願いです。助けてください」

 

芬は深々と頭をさげた。生徒会メンバーも同じくお辞儀をする。

それは他意のない、純粋で切実な願いなのだろう。

自分たちの学校なのに、自分たちだけでは守りきれない。

それを完全に割り切って、外に助けを求める。

継続高校の生徒会長、小峰芬はそれができる人物だった。

 

「引き受けましょう。元々そのつもりで来たのですから」

 

サザーランドが許諾の言葉を口にすると、芬は肩をなで下ろした。

 

「ああ……。ありがとうございます」

 

聖グロ側が援軍を出した理由は、継続高校を助けたいというより、どちらかというとプラウダ高校の勢力拡大を阻止したいという意味合いが強いのだが、今は言わない方が良いだろう。

 

「まあ、今回援軍を送ったのは私たち聖グロリアーナ以外に、サンダース付属高校もいるので問題ないと思います」

 

「サンダースもですか!?」

 

予想外の支援勢力に、芬は舌を巻いた。

国内最大の学校が味方ならば、これほど心強いものはない。

 

「はい。もうすぐ合流する手はずですが……。まあ今日中に来るでしょう」

 

「こんな小さな学校にそれほどの手厚い支援を……。本当にありがとうございます」

 

「そうでした。一つ質問があるんですが……」

 

サザーランドが再びペンとメモを手にした。

まだ聞きたいことがあるようだ。

 

「プラウダ側の言う、戦車返却のタイムリミットはいつですか?」

 

「明日の正午、十二時です」

 

「もしその時間が過ぎたら?」

 

「今のところ、はっきりしません。一応、いつ戦闘機が空域に侵入しても対応できるようにしておきますが……。実際に何をしてくるかは不透明です」

 

果たしてプラウダは何を仕掛けてくるのだろうか?

期日を設けている以上、準備は進んでいると思われるが……。

 

「我々としても、一番望ましいのは衝突の回避です。時間ギリギリまで、交渉の余地がないか検討します。戦車道の隊長を探す努力も続けます」

 

「パイロットの出番がないのが理想的、ですか……」

 

プラウダとは昔から対立しているとはいえ、本心としては戦いたくないのが芬の本音だった。

なんだかんだで同じ日本の高校なのだ。

仲良くできるのならそうしたいだろう。

 

「ともかく、今日はここで泊まってください。大した料理も振る舞えませんが……」

 

「いいですよ。最低限の寝床さえあれば十分です」

 

「分かりました。こちらで手配します。それともう一つ……」

 

芬が一枚の写真を出す。

 

「我が校のエースパイロットと是非会っておいてください。この写真の生徒です。わずかでも戦力の足しになれば幸いです」

 

写真の生徒は何だか頼りなさそうな印象の生徒だった。

 

「了解しました」

 

 

 

会議はひとまず終わり、芬や生徒会メンバーは退室していく。

 

「ふうー。やっと終わりましたかあ……」

 

メイヨーは終始緊張していて何も喋れなかった。

 

「ほら行くわよ。継続のエースに会ってみましょう」

 

「どんな人なんでしょうかね?」

 

聖グロ側の二人も、継続のエースと出会うべく、部屋を後にした。

 

 




プラウダと継続の対立は、二次大戦中の冬戦争が元になっているようです。


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寒空のエースたち

「このパイロットを探しているんですが……」

 

継続高校のエースパイロットに会うため、艦内を探索するサザーランドとメイヨー。

とりあえず道行く人に聞き込みをしていた。

 

「ああ、うちのエースかい?」

 

「知ってるんですか?」

 

聞き込みを始めてから五分足らずで、情報を持つ人に出会えた。

校内ではそれなりの有名人なのだろう。

 

「モルテンって子さ。一流のパイロットだよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

エースの名はモルテンというらしい。

彼女のTACネームだろう。

 

「ちょっと人見知りなんだよ。だから人前に出るのが苦手っていうか……」

 

「人見知りの生徒なんですね」

 

これは少し珍しいパターンかもしれない。

基本的にエースパイロットは自己主張が強かったり、目立ちたがり屋だったりすることが多い。

人見知りや引っ込み思案のエースはどちらかというと少数派だ。

 

「今どこにいるか分かりますか?」

 

「多分図書館で静かに本でも読んでるんじゃないかな?間違ってたらごめんよ」

 

どうやらモルテンは図書館にいることが多いようだ。

有益な情報だろう。

 

「情報提供ありがとうございました」

 

「はいよー」

 

「行きましょう、先輩。図書館に!」

 

手がかりを掴んだ二人は早速、図書館へ向かってみることにした。

 

 

 

*

 

 

 

「ここですね」

 

校内の図書館へ到着した二人。

 

「入ってみましょう」

 

図書館の内装は古びていたが、歴史を感じさせる趣だった。

ここで写真を参考にモルテンを探すことにする。

 

「どこにいるのかしら?」

 

「……あの人なんか似てませんか?先輩」

 

メイヨーがそれらしき人物を発見した。

遠目からだが、写真の特徴と一致しているように見える。

紫色でボサボサヘアーの持ち主だ。

 

 

「…………」

 

その生徒は一人静かに読書をしていた。

読んでいるのは小説のようだ。

試しにサザーランドが声をかけてみることにした。

 

「すみません。ちょっt──―

「!!」

 

声をかけた途端、その生徒は驚いた表情で固まってしまった。

人に話しかけられるのが苦手なようだ。

 

「あ、ごめんなさい。読書中に……。今、人を探しているんです」

 

「…………」

 

緊張で目をパチパチさせるその生徒に、写真を見せてみる。

 

「この人物です。モルテンという名前らしいんですが、もしかしてあなたではないでしょうか?」

 

「…………」

 

生徒はコクリと頷いた。

やはり彼女こそ継続のエースパイロット、モルテンだった。

ジャケットの背中を見ると、背番号の1と<MOLTEN>の名が確認できた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「お会いできて嬉しいです。私は聖グロリアーナのエースパイロット、サザーランドです。訳あって、あなたを探してました」

 

「……!」

 

モルテンはサザーランドがエースだと言うと、目を丸くした。

何か思うところがあるようだ。

 

「ここで話すのもアレなので、一旦外に出ましょうか」

 

「…………」

 

静粛な図書館で会話するのが気まずくなった彼女たちは、ひとまず場所を変えることにした。

 

 

 

*

 

 

 

 

図書館を出た三人は、近くのベンチに座った。

ここなら気兼ねなく話ができるはずだが……。

 

「…………」

 

相変わらずモルテンは一言も喋らない。

本当に無口のようだ。

それともコミュニケーション障害だろうか?

 

「ずっと黙り込んでますね、先輩」

 

「う~ん。これは面倒くさそうね……」

 

「…………」

 

このままでは埒が明かないので、サザーランドが会話を試みる。

 

「とりあえずお互いタメ口でいいわよね?私、サザーランド。あなたは?」

 

「……モル……テン……」

 

ようやくモルテンが口を開ける。

どうやら全く喋れないわけではないらしい。

 

「生徒会長の芬さんから、あなたに会って欲しいってお願いされたの」

 

「……会……長?」

 

「そう。だからあなたについて色々教えて欲しいの」

 

「……うん」

 

モルテンは必死に言葉を振り絞って自己紹介を始めた。

 

「私……モルテン。継続……二年生。エース……一応」

 

「え?あなた二年生なの!?じゃあ年下ってこと!?」

 

サザーランドが珍しく驚きの表情を見せる。

無理もないだろう。二年生がエースパイロットになるなど、滅多にないことだからだ。

 

「そんなに驚く必要あります?先輩」

 

「驚くわよ!だって二年生でエースになるパイロットなんて、早々いないわよ!」

 

 

基本的にエースパイロットの称号は、三年生が得るものである。

なぜならパイロットとしての成績、つまり撃墜数はそれまでの累計で計算されるからだ。

当然、最も在籍期間の長い三年生が多くなりやすくなる。

これは実戦経験などを積んで、練度が上がっていくのも一因だ。

 

「でも、成績は相対評価だから、有り得ない話ではないのでは?」

 

「一応ね。でも中々いないわよ。二年生エースなんて」

 

継続高校の三年生が不甲斐なかった可能性もあるが、どちらにせよ珍しいことには変わりない。

モルテンのパイロットとしての実力は本物のようだ。

 

 

「じゃあ、空戦でも期待できますね」

 

「そうね。プラウダとの戦いで頼りになりそうだわ」

 

「プラ……ウダ……」

 

突然、モルテンの表情がこわばった。

彼女はプラウダに対して怒りのようなものを感じているようだ。

 

「モルテン、あなた知ってるのね?近々プラウダが動きそうってこと」

 

「うん……」

 

「今、私以外にも聖グロのパイロットがたくさんこの学校に来ているの。起きるかもしれないプラウダとの戦いのために。継続高校を助けるためにね」

 

「……ありがとう……」

 

サザーランド達が味方だと知ると、モルテンの緊張がとけた。

すると今度は悲しそうな顔をみせた。

 

「会長、悪くない……。悪いの全部、プラウダ……。会長責めるの、違う……」

 

「え?どうしたのよ急に?」

 

モルテンが唐突に芬の擁護を始めた。

どうやら理由があるらしい。

 

「ここ、悪口言う人いる、会長に……。なんで解決できない、って……。でもそれ、会長のせいじゃない……」

 

モルテンが言うには、最近起きている継続高校の物不足が会長である芬の責任だと非難する人がいるらしい。

だけどそれは違う。会長は悪くない。全部プラウダのせいだ、というのが彼女の主張だった。

 

「ええそうね。共にプラウダと戦いましょう」

 

「サンダース付属高校の皆さんも一緒です!」

 

「……うん」

 

戦車を盗んだりと、継続側に全く罪がないわけではないが、今は迎合した方が都合が良いだろう。

とりあえず、継続のエースとの連携は取れそうだ。

 

 

「さて、これでオッケーね。明日に備えられそうだわ」

 

「何も起きないのが一番ですが……」

 

用件を済ませ、その場を立ち去ろうとする二人。

 

 

「待って……」

 

するとモルテンが不意に呼び止めた。

 

「ん?何かしら?」

 

「黒森峰……エース……知らない?」

 

何故か黒森峰のエースについて聞かれるサザーランド。

ミニットマンからのも合わせ、これで二回目だ。

 

「だから知らないわよ」

 

「……そう……。じゃあいい……」

 

結局何もなく終わるモルテンとの会話。

一体黒森峰のエースについて、何を知りたかったのだろうか?

 

「それよりも、今私が気になるのはプラウダのエースだわ」

 

サザーランドの興味は、プラウダ高校のエースパイロットについてだった。

 

「どんな人なんでしょうかね、先輩」

 

「さあね。でもソイツさえ対処できれば、勝利できると思うわ」

 

プラウダのエースとは何者なのか?

空戦道でもそれなりの規模を誇る学校のエースなので、かなりの強者である予感はしていた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

北の寒い海を航行する、プラウダ高校学園艦──―。

その艦橋に位置する会長室。

生徒会長の入一露音はジャム入りのロシアンティーを飲みながら、生徒会役員との会議に臨んでいた。

 

「計画の進み具合はどうかね?」

 

「偉大なる同志会長。問題ありません。今のところ順調です」

 

「よろしい。では予定通り、明日実行できそうかね?」

 

「はい。ただ一つ、気掛かりなことが……」

 

露音の前に座っていた生徒が、何かの書類を取り出した。

それは極秘情報の通信を記録したものだった。

 

「継続高校に潜伏する、我が校の諜報員が、継続以外の学校の生徒を頻繫に見かけるようになったとのことです」

 

「ほう。一体どこの学校かね?」

 

「神奈川の聖グロリアーナ女学院です。どうやらそこのパイロットが頻繫に活動をしているようです」

 

「なるほど。あの鉄の女、よく嗅ぎ付けるものだ……」

 

露音がティーカップを飲み干すと、生徒に指示を出した。

 

「今から10分以内に、225番のパイロットをここに連れてこい」

 

「225番というと、あの……?」

 

「そうだ。我が校のエースだ。もし時間内に連れてこなければ、君はシベリア送りだ」

 

「はいっ!直ちにィッ!」

 

そう言うと、前に座っていた生徒は大急ぎで部屋を出た。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

プラウダ高校の艦橋近くに置かれた一台の戦車。

そのT-34中戦車の上に、一人の生徒がヤンキー座りをしていた。

黒いジャージに、ニット帽を被った女性である。

 

「ふんふふふーん♪」

 

イヤホンで音楽を聴いていると、生徒会メンバーが駆けつけてきた。

 

「同志コサック。偉大なる同志会長がお呼びです」

 

仕方なく楽曲をとめ、耳からイヤホンを外す。

 

「あの独さ──―。いや会長が俺を呼んでんのか?」

 

「そうです。10分以内に来なければシベリア送りとのことです」

 

生徒は渋々、T-34の車体から飛び降りた。

 

「ああ、Blyat(ブリャット)……」*1

 

彼女がまさしく、プラウダのエースパイロット、コサックだ。

背中には225の数字と<COSSACK>の文字が見える。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「本当は戦いたくないんだぜ……」

 

コサックは髪をかきむしりながら、会長室に走っていった。

 

 

*1
ロシア語で「くそっ」的な意味のスラング




今回初登場のエース二人を分かりやすくいうと
モルテン:典型的コミュ障キャラ
コサック:ゴプニク(ロシア辺りのヤンキー)
みたいなイメージです。


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ガールズ&ファイター

最終回みたいなタイトルですが、まだ続くので安心してください。


「先輩、おはようごz──へっくしょん!

 

「メイヨー、おはよう。朝はますます冷えるわね」

 

継続高校で寒い朝を迎えた二人。

亜寒帯気候の地域に属するこの場所は、6月でも最低気温が氷点下になることがしばしばある。

油断していると、体が冷えて風邪をひいてしまう。

 

「ほら。あったかいスープよ。これを飲みなさい」

 

メイヨーが朝食の野菜スープを飲む。

野菜スープとはいっても、もやしが少し入っただけの貧相な塩スープだ。

とはいえ継続高校の食糧備蓄を考えれば致し方無いことだった。

 

「ふ~。これは温まりますねぇ」

 

「このライ麦パンも食べておきなさい。ちょっと酸っぱいけどね」

 

サザーランドが配給された硬いライ麦パンを切り分けて食べる。

これは黒パンとも言われていて、普通の小麦が育たない北欧などで主食として好まれるパンだ。

ただ、酸味が強いので普通のパンに慣れた人には食べにくいかもしれない。

しかし、他に食料がない今は多少無理をしてでも食べるしかない。

腹が減っては戦ができぬ、だ。

 

「もぐもぐ……。確かに酸っぱいですね。まあ仕方ありませんか」

 

「我慢しなさい。聖グロに帰ったら好きなもの食べていいから」

 

簡易的な朝食を済ませた二人は、機体に搭乗するために空戦道用のジャケットへ着替える。

今日は何が起きるか分からない日だ。

要請があれば、いつでも戦闘機に乗れるように備えなければならない。

 

「さて、あとはプラウダの動き次第ね……」

 

「あ、そういえば先輩。サンダース付属の人たちは?」

 

「あら?まだ来てないのかしら?」

 

聖グロ側が継続高校に援軍を送ってから丸一日経つというのに、サンダースのパイロットや機体は未だ到着していなかった。

まだ時間に余裕はあったが、そろそろ来ても良いタイミングのはずだ。

 

「まあ、間に合うでしょう。まだ朝だし」

 

心配してところでどうしようもないので、二人はそのまま待機することにした。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

「ミカさんは?見つかったの!?」

 

「いえ、会長。足取りすら不明です……」

 

一方の会長室では最後の足搔きともいえる状態になっていた。

今回の戦車窃盗事件において99.9%真犯人であろう、戦車道隊長のミカを連れ出すためにあらゆる手段を尽くしていたが、徒労に終わった。

プラウダ側が提示した、タイムリミットまであと3時間も残されていない。

発見は絶望的だろう。

 

「なら、プラウダとの交渉余地は!?」

 

「昨日の夜からプラウダ高校と電話が繋がりません。恐らく向こうは交渉するつもりが無いと思われます」

 

電話が繋がらないということは、もう話し合う意思すら消えたのだろう。

こうなると継続側に出来ることは何もない。

ただ時間が過ぎるのを眺めるだけだ。

 

「ああ……。やはり戦う以外に道は無いのね……」

 

「心配しすぎるのも体に悪いですよ、会長。テレビでも見てリラックスしましょう」

 

「……そうしましょう」

 

会長室のテレビを付け、気を紛らわす芬。

放送されていたのは平和な動物番組だった。

 

「犬や猫は幸せそうでいいわねぇ……」

 

無邪気にじゃれ合う動物たちに癒される芬の心。

だがそれは長く続かなかった。

 

 

『突然ですがここで臨時ニュースです。サンダース付属の生徒会長が記者会見を開くとの情報が入ってきました』

 

「え?サンダースの会長が?」

 

突然番組が打ち切られ、ニュースに切り替わる。

映像はサンダース付属の記者会見場を映すライブ中継になった。

 

『えー、あーマイクチェック……。はいオッケーね。じゃあ臨時会見を始めまーす』

 

サンダースの生徒会長もとい、プレジデントの久米子はテレビ中継されているとは思えないほど軽い口調で会見を開いた。

芬がテレビの向こうにいる人物の言動に意識を向ける。

 

『今日はね、とある学校が最近起こしてる問題について話したいんだ。プラウダ高校っていうんだけどね』

 

「プラウダ……!?」

 

会長室の緊張が一気に高まる。

それはまさに今、彼女たちが直面している問題だからだ。

 

『ここ最近、プラウダ高校が継続高校に対して不当な圧力を掛けてる疑惑があるんだ。で、それに対して我々サンダース付属が懸念してる、ってことを伝えたいんだよね』

 

「…………」

 

芬が固唾を飲んで会見を見守る。

 

『ただ、我々としては両校の平和的解決を望んでいる。だから今回の件に関しては戦闘機とかの援軍は送らないことにした。あくまで話し合いで解決して欲しいんだ』

 

「……え?」

 

『とはいえ、流石に継続高校に対して何も支援しない、ってのも非道じゃない?だから食糧援助とかの人道支援はこっちでやらせてもらうよ、ってことを伝えたかったんだ。プラウダには悪いけどね』

 

「……え?え?」

 

いきなりの情報の多さに混乱する芬。

喜ぶべきなのか、焦るべきなのか……。

 

『はい、今日は以上!いきなりの会見でソーリー!ま、私は総理じゃなくてプレジデントだけどねー。アハハ!』

 

そのままライブ中継は途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「サンダースの人たち、まだ来ませんねぇ。トラブルでも起きたんでしょうか」

 

「ん?私の携帯から?」

 

同じころ、サザーランドの携帯に着信が来た。

相手は聖グロの生徒会長の幸子からだった。

 

「はい、サザーランドです」

 

「おい、今の会見を見たか!?」

 

開始早々怒号に近い声を浴びせる幸子。

サザーランドたちは久米子の記者会見を見ていなかった。

 

「会見?何のことを──―」

 

「サンダース付属会長のだ!見てなかったのか!?」

 

「え?サンダースの会長がどうしたんですか?」

 

「一大事だぞ!我が校の存亡に関わる危機だ!」

 

電話越しで、やけに焦りを見せる幸子。

理由は当然、サンダースが戦力派遣を見送った件だ。

これで彼女の計算が全て狂ってしまった。

 

「久米子の奴が、今回のサンダースの援軍をキャンセルするだの言い始めたんだ!」

 

「……は?それじゃあ……」

 

そのとき、サザーランドとメイヨーの元に、継続高校の生徒会メンバーが息を切らしながら走ってきた。

 

「はぁはぁ……。直ちに会長室に来てください。会長が呼んでいます!」

 

「え?ああ、はい。分かりました……」

 

「何があったんですか、先輩!?」

 

相次ぐ急な流れに状況の理解が追いつかないまま、二人は芬のところへ走っていった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「…………」

 

「芬さん……?」

 

会長室に入ったサザーランドの目に飛び込んだのは、青ざめた顔をした芬の姿だった。

以前、中立高校での会談の際に映った中継映像のときよりも、さらに悪化した状態だ。

 

「芬さん、私です、サザーランドです」

 

「ああ、サザーランドさん……。私はどうすれば……」

 

完全に精神的に参っている様子の芬をサザーランドが支えた。

そのおかげで少しだけ顔色が改善した。

 

「何が起きたのか、教えてください」

 

「取り乱して申し訳ありません。直ちに説明します」

 

若干手が震えながらも、芬が席に座った。

そして会見の内容を淡々と説明し始めた。

 

「つい先程、サンダースの生徒会長が記者会見を開きました。内容は以下の通りです。今回のプラウダ高校の一連の行為に対して懸念を示すこと。ただし、継続とプラウダには平和的解決を望んでいること。それに伴い、戦闘機の派遣を見送ること、代わりに我が校に対し、食糧援助などの人道支援をすること。以上です」

 

「……え?待って下さい。サンダース側の戦闘機が何て?」

 

「ですから、サンダース付属は今回、戦闘機などの援軍を一切出すつもりはないということです」

 

「となると、プラウダ高校と戦えるのは……」

 

その瞬間、サザーランドは衝撃の事実に気が付いた。

サンダース付属が援軍を送れない、となると継続高校の味方は聖グロしかいないということになる。

しかも戦力の一部、約二十機の航空戦力のみで、だ。

 

 

 

その事実に気が付いたのと同じタイミングで、会長室の電話が鳴った。

 

「こんなときに?……もしや!?」

 

芬に悪い予感が脳裏に走る。

今、このタイミングで継続高校の会長室に電話をかけてくる相手。

その相手はごく限られるだろう。

身震いしながら受話器を取った。

 

 

「はい。継続高校、会長の芬ですが……?」

 

「こんにちは、芬君。どうかね、気分は?」

 

電話越しに聞こえた声は、少し前に会談で話し合った人物の声と完全に一致していた。

そう、プラウダ高校の生徒会長、露音その本人だ。

 

「露音さん?一体何の用件で──―」

 

「とぼけるな。見つかったのか?我が校のKV-1は?」

 

「いえ、まだです……。戦車道の隊長に聞かないと分からないかと……」

 

「ではその隊長の方は?」

 

「……見つかっておりません」

 

露音がわざとらしいため息をつく。

 

「はあ……。では仕方あるまい。あと一時間足らずで期限の正午だ。我が校が取る行動を伝えておこう」

 

そう言うと通話は一方的に切られてしまった。

それと同時に、一通の紙がファックスで送られてきた。

 

「これは一体……?」

 

 

恐る恐る電話機から紙を取る芬。

それを見た次の瞬間、彼女は気が滅入って倒れ込んだ。

 

「会長!?しっかりしてください!」

 

駆けつける生徒会メンバーをよそに、聖グロの二人はプラウダから送られた紙を読んだ。

 

「……これって……!」

 

「……こんなことが……」

 

その衝撃的な内容に二人は言葉を失ってしまった。

紙に書かれた文章は次の通りだ。

 

 

「非常に残念なことだが、今回我々が提示した期日までに、盗まれた戦車の返還は認められなかった。こうなると、以前から警告したように、相応の処置を取らざるを得ない。その具体的な内容は次の通りだ。今から我がプラウダ高校所属の航空機が貴校に対して攻撃を行う。それは貴校の学園艦において特定の場所を指定するわけではない。無差別的に航空攻撃を行う。もし実行されれば、艦内の設備や人員に甚大な被害を与えるであろう。しかし、我々も鬼ではない。もし今から提示する条件を直ちに受諾するのであれば、攻撃は中断しよう。その条件はただ一つ。継続高校の生徒会が持つ全ての権限をプラウダ高校の生徒会に譲渡してもらいたい。この簡単な要求を飲み込むだけで、君たちの艦は安全になるのだ。良い返事を期待している。以上」

 

 

この文章は要するに宣戦布告だ。

もし用件を飲み込むつもりが無いなら、艦に対して攻撃を行うという、完全な脅しである。

 

「生徒会の権限を譲渡……?」

 

しかし逃げ道も残されている。

継続側の生徒会の権利を丸ごとプラウダに差し出せば許してあげよう、という文だ。

一見良心的な譲歩と思うかもしれないが、これには重大な意味があった。

 

「なるほどね。完全に継続高校を支配下に入れよう、って寸法だわ」

 

学園艦における生徒会には、その学校の生徒や住民及び校内の施設やモノを管理する権限がある。

その権利を渡せ、ということはお前の学校は全てこちらの思うがままに操ってやるぞ、というメッセージと同義だ。

それを一見マシな言葉に聞こえるように改変しているだけである。

 

 

 

「また電話?」

 

すると今度はサザーランドの携帯が鳴った。

相手は再び幸子だった。

 

「おい、状況はどうなっている!?」

 

サザーランドがプラウダからのメッセージを伝える。

 

「……そうか……。まさかこんな事になるとはな……。もっと戦力を多くすべきだったか?しかし時すでに遅しか……」

 

幸子が希望を失ったような暗い声を吐いた。

普段の力強さは完全に消え失せている。

 

「サザーランド、お前は戦うつもりか?戦力差は圧倒的だぞ」

 

「プラウダはどのくらいの航空機を所持してるんですか?」

 

「あくまで諜報員からの情報だが、およそ100機だ。その内どの程度使用してくるかまでは分からんが」

 

プラウダ側の航空戦力は最大で約100機。

対するこちらは継続高校が10機、聖グロが20機の合計30機だ。

 

「キルレシオ*1が1対3でも勝てない計算ね……」

 

一人当たり三機撃墜してもなお敗北するという現実──―。

むろん、相手にもエースがいることを忘れてはならない。

 

 

 

 

 

「……降伏しましょう。今なら間に合います」

 

倒れ込んでいた芬がヨロヨロと立ち上がった。

 

「もう限界です。勝ち目の無い戦いに参加する必要はありません。プラウダ側の条件を受け入れましょう」

 

投降を決めた彼女がプラウダに電話をかけるべく、受話器を取る。

 

 

「いいえ。私たちは戦います」

 

その手を止めたのはサザーランドだった。

これほど絶望的な状況にもかかわらず、降伏せず戦うと言うのだ。

 

「……何故ですか?私たちに勝ち目はありません。下手に抵抗すれば、人々に被害が及ぶ可能性だってあるんです。それならいっそ、潔く負けを認めた方が……」

 

「芬さん。あなたは継続高校の生徒会長です。ならばこの学校とそこに住む生徒や住民を守る義務がある。そうですよね?」

 

「その通りです。だから私は降伏を……」

 

「それは間違っています。今降伏すれば、もう継続高校は永遠にプラウダの支配から逃れられないでしょう。それは果たして学校を守っていることになるんですか?」

 

「それは……」

 

「あなたも薄々理解しているのでしょう?ここで戦わなければ一生後悔するって。ならば立ち向かいましょう。その結果がどうあれ、ね」

 

サザーランドが闘志に溢れた目で、芬を見つめる。

 

「どうして私たちのために、勝ち目の無い戦いに挑むのですか?あなたにとっては、この学校を守る義務は無いはずです。それなのに、なぜ……」

 

芬はサザーランドがどうしてやる気満々なのが理解できなかった。

極端に言えば、継続高校が消滅したところでサザーランドにとっては何の影響もないはずだ。

それを踏まえれば今すぐここから逃げだしても不思議ではない。

それでも彼女は戦う意思を崩さなかった。

 

 

「私たちは戦闘機(ファイター)パイロットであり、同時に戦う者(ファイター)なのです。目の前に戦いが迫っているのなら、どんなに絶望的であっても立ち向かいます。それが私の戦う理由です」

 

サザーランドの確固たる決意を見た芬はついに降伏を取り止めた。

 

「分かりました。あなたがそこまで言うのなら止めはしません。私たちを……。継続高校を救ってください……!」

 

「お任せを。必ず勝利してみせます」

 

二人は固い握手を交わす。

お互い覚悟は決まったようだ。

 

「さあ行きましょう、メイヨー」

 

「はい、先輩!」

 

プラウダとの戦いに臨むため、聖グロのパイロット二人が退室していく。

そんな彼女の背中を見た芬は呟いた。

 

 

「戦う少女たちと戦闘機(ガールズ&ファイター)──―ですか」

 

 

そして戦闘への準備を急いだ。

 

*1
撃墜比率のこと。味方一機につきどれくらいの敵機を落としたかを数値化したもの。



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空中包囲戦

プラウダ高校の学園艦に正午を知らせるベルが鳴った。

 

「時間だが……」

 

生徒会長の露音は電話機の前に待機していた。

理由はただ一つ、芬からの電話、つまり継続高校が降伏するのを待っていたからだ。

しかし、タイムリミットの12時を過ぎても電話が掛かってこない。

 

「芬くん、君がここまで愚かだとは……」

 

露音はすっかり、継続側が萎縮して降参すると思い込んでいたようだ。

頼みの綱だったサンダース付属の後ろ盾が消え、戦意喪失しているはず……。

だがその読みは甘かった。向こうは徹底抗戦の構えだった。

 

「我々に勝利できるとでも思っているのかね?」

 

ならば徹底的に叩き潰す。

それがプラウダ高校のスタイルだ。

 

「戦闘機を出したまえ。あの作戦で行くのだ!」

 

露音は会長権限で艦内全ての戦闘機に発艦命令を出す。

その数、実に100機。

圧倒的な物量で押し潰すだけの作戦のように思えるが、これには更なる仕掛けが潜んでいた──―。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

継続高校ではプラウダとの決戦に備え、聖グロと継続両校のパイロット達が集結していた。

 

 

「さて、ああは言ったものの、どうやって戦おうかしら」

 

「ええっ!?もしかして先輩、何も考えてなかったんですか!?」

 

そのパイロット達の指揮を執ることになったサザーランドだが、特に上手い作戦が思いついている訳ではなかった。

 

「ちょっとサザーランド?元々降伏せず戦おうと言ったのは貴方ですわね?これで敗北したら貴方の責任ですわよ!」

 

「分かってるわよ。でも戦う気持ちは皆一緒でしょう?」

 

「そうだそうだ!」「プラウダなんて怖くないぞー!」

 

サザーランドの問いかけに周りのパイロット達が鼓舞した。

今彼女たちはまさに背水の陣である。

逃げられないと覚悟しているからこそ、その士気も高い。

 

「……絶対負けない」

 

とりわけ戦意に満ちているのは継続高校のエース、モルテンだ。

彼女にとっては、己の母校の命運をかけた戦いである。

 

「モルテン、あなたの力が必要だわ。協力してくれる?」

 

「……うん。一緒にプラウダを倒そう……」

 

やはり戦局の鍵を握るのはエースパイロット達だろう。

エース同士の連携が、勝利には絶対不可欠だ。

 

「そういえば、モルテンさんはどんな機体に乗っているんですか?」

 

「……ついてきて」

 

 

モルテンが格納庫の奥へと向かう。

そこにあったのは世にも奇妙な形をした戦闘機だった。

 

「何ですのこの機体?プロペラが前に付いていませんわ……」

 

「双胴の胴体だけど、単発エンジン?ますます謎ね……」

 

その機体はプロペラが何故か後ろに付いている推進式で、しかも双胴の部分があった。

コックピットの位置は高めで、武装は機首に集中配備されている。

でかでかと数字の1が書かれているので、これがモルテンの搭乗機なのだろう。

周りにいた人達から色物を見るような視線が機体に注がれる中、メイヨーだけがその正体に気が付いた。

 

「これはもしかしてスウェーデンの戦闘機、J21じゃないですか!?」

 

「……物知りだね」

 

J21はスウェーデンのサーブ社が開発した機体だ。

まるで震電とp-38ライトニングが合体した珍兵器のようなフォルムだが、れっきとした量産機である。

 

「まさか日本で運用している学校があるとは思いませんでしたよ」

 

「こんな奇天烈な戦闘機、役に立ちますの?」

 

「見た目だけじゃ強さは測れないわよ、ウェリントン」

 

性能は未知数だが、実戦でお手並み拝見といくしかないだろう。

 

 

 

 

 

滑走路周辺にけたたましいサイレンが鳴り始めた。

いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「来たわねプラウダ!」

 

「……行く」

 

「舞い上がってきましたわよ!」

 

「絶対に勝ちましょう!」

 

待機していた戦闘機達が次々と発艦していく。

先頭を務めるのは、リーダーのサザーランドだ。

継続側の10機と、聖グロ側の20機の計30機を束ねる大仕事である。

 

「継続高校の戦闘機、まるで統一感が無いわね……」

 

継続側の編隊は各国の機体がごちゃ混ぜになっていた。

しかも殆ど全てが大戦初期に使われたP-36ホークといった旧式の戦闘機ばかりである。

中には複葉機であるCR.42の姿すらあった。

贅沢を言える状況ではないが、お世辞にも頼りになる戦力とは言い難い。

これには継続高校が貧乏で、他校から中古の機体を安く買うしか戦力を整えられないという事情があった。

 

 

「管制塔へ。現在の状況を教えてください」

 

気を取り直してレーダーサイトに無線を送るサザーランド。

発進命令が出たのならば、近くにプラウダの戦闘機がいるはずだ。

 

「こちら管制塔。南東から複数の反応あり。そちらに向かってください」

 

「了解」

 

継続高校からの管制官の指示で編隊を南東に行かせる。

いざ戦闘開始、というタイミングで新たな無線が入ってきた。

 

「注意!南西からも複数の機体が接近している模様です!」

 

「二方向から来たわね。ならばこちらも二手に別れましょう」

 

サザーランドが指示を送り、一部戦力を南西に振り分ける。

しかし、更なる無線が管制官から送られた。

 

「注意!北東からも新たな反応が──―。え?北西からも!?」

 

「どういうことですの!?」

 

相次ぐレーダー反応に混乱する管制塔。

緊迫した戦況はパイロット達にも伝わっていた。

 

「もしかしてこれは……」

 

「全方位からの攻撃!?」

 

「……これは厄介……」

 

これがプラウダ側の作戦だった。

元々数の上で圧倒的有利を保っていたが、さらに分散することで継続及び聖グロ側が対処しきれないレベルでの飽和攻撃を一斉に仕掛け、包囲網を形成する寸法だ。

こうなっては編隊を崩し、個々で対応するしかない。

 

「プラウダの方達、乱戦に持ち込むつもりですの!?」

 

「全機に告ぐ、散開して手当たり次第に敵を落としなさい!」

 

身も蓋もない命令だが、こうするしかないだろう。

編隊はバラバラに散っていき、それぞれの方角に向かっていく。

 

「……数が多い……」

 

実際に相対すると、その戦力差を痛感させられた。

相手はこちらの倍以上の機数を保持しているのだ。

下手に突っ込めば袋叩きにされかねない。

 

「一人三機以上の撃墜がノルマよ!それが達成できなければ私たちは負けるわ!」

 

「三機ですわね?やってやりますわよ!」

 

「……やる……!」

 

「三機ですか。私もやってみます、先輩!」

 

それでも戦うしかない。

それが戦闘機(ファイター)パイロットの宿命だ。

日本空戦道史上最大クラスの戦い──―。

その勝敗は彼女たちの手に委ねられているのだ!

 




スウェーデンは国力の割に兵器開発が優秀ですよね。
戦闘機ではドラケンやグリペンとかが私のお気に入りです。
かの有名なボフォース40㎜対空砲もスウェーデン製ですね。


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継続の守護神

継続高校周辺の空が、どこぞのB7Rみたいになってます。


「皆さん直ちに安全な場所へ避難してください!」

 

継続高校では生徒や住民達の避難が進んでいた。

これは生徒会長の芬からの指示であり、万が一プラウダの戦闘機が空襲してきた場合に、被害を最小限にするための行動だった。

 

「おい会長さん。この学校はどうなっちまうんだい!?」

 

避難中にパニック状態になった住民の一人が芬に問いかけた。

 

「分かりません。今は上で戦っている彼女たちに命運を託すしかないんです」

 

上空では、いくつもの戦闘機が縦横無尽に飛び回っていた。

あまりにも目まぐるしい戦いで、艦上からは何か起きているのか理解が追いつかないくらいだ。

 

「さあ、あなたも早く避難を」

 

「お、おう。よく分からんが頑張ってな!」

 

パイロットではない人間にとっては、ただ空を見上げて祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「……モルテン、敵機撃墜……」

 

「わたくしも一機仕留めましたわ!」

 

いよいよ始まった継続高校上空でのプラウダとの戦い。

全勢力合わせて120機以上の戦闘機が飛び交う、史上稀に見る大空戦だ。

 

「何て数の戦闘機なの!?」

 

「もうどれが敵か味方か分かりませーん!」

 

このレベルの戦いは、いくらサザーランドといえども初めてだった。

どこを向いても視界には大量の戦闘機が入ってくる。

適当に撃てばどれかには当たるような状況だ。

 

「落ち着いてメイヨー。ちゃんと味方を識別しなさい」

 

「そんなこと言われても、どうすればいいんですかぁ!?」

 

こういう乱戦では、味方同士のフレンドリーファイアが発生しがちである。

しかし、ただでさえ不利な状況だ。同士討ちだけは絶対に避けなければならない。

ここで問題になるのは、どうやって敵と味方を見分けるかだ。

現代の戦闘機であれば、識別装置を見れば済む話だろう。

しかし、彼女たちが操るのはレシプロ戦闘機だ。

そんな高度なアビオニクスは残念ながら備わっていない。

となると、自分の目で判断するしかないのだ。

 

「そうだわ。管制塔、現在の状況は?」

 

サザーランドが藁にも縋る思いで、管制官に助けを求める。

 

「申し訳ありません。現在こちらはパンク状態です。処理が追いつきません!」

 

しかし、レーダーサイトは完全に機能を喪失していた。

周辺の空域に存在する戦闘機の数があまりにも多く、コンピューターの処理能力の限界を超えてしまったのだ。

こうなると管制官は正しい情報を伝えられなくなる。

 

「くうっ。各自で判断しろってことね……」

 

「うーん、せめてレーダーを搭載した航空機がいれば楽になるんですが……」

 

結局、見つけたら手当たり次第に敵機を落としていくしか方法はないのだ。

大変な労力だが、それを続ける以外に勝利の道は開かれない。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「ちっ、何で俺が出なきゃならねえんだよ……」

 

同じころプラウダの学園艦では、エースパイロットのコサックが発進準備をしていた。

見たところ、あまり乗り気ではないようだ。

 

「俺は継続に恨みなんて無いんだがな……」

 

実のところ、継続とプラウダの対立は学校レベルの話だけであり、生徒個人が全員憎み合っている訳ではなかった。

コサックも例外ではなく、あくまで会長の露音からの一方的な命令で戦わされているだけだ。

 

「結局、あの独裁者には逆らえねえか」

 

渋々準備を済ませ、搭乗機のエンジンを始動させる。

 

「ま、ひと暴れしてくっか。この37㎜砲で蹴散らしてやるぜ」

 

そして滑走路を駆け抜けて発艦していった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「こちらサザーランド、敵機4機目を撃墜!」

 

「こちらウェリントン、わたくしは3機ですわ!一先ずはノルマ達成ですわね?」

 

継続高校上空での戦いは未だ続いていた。

押し寄せる大量のプラウダの戦闘機を相手に、継続・聖グロ連合側は何とか凌いでいる。

今のところ、学園艦本体に到達したプラウダ機は存在していない。

元の戦力差を考えれば、驚異的な粘りだろう。

 

 

「……モルテン、7機目撃墜……」

 

「すごいですねモルテンさん!」

 

だが一番注目するべきは継続のエース、モルテンの活躍だろう。

獅子奮迅の勢いで、敵をせん滅していく。

 

「ちくしょう。こいつ、変な形の機体に乗ってるくせに強いぞ!?」

 

「そいつは例の守護神だ、油断するな!」

 

その活躍はプラウダ側からも恐れられていた。

実はこの戦いが起きる前にも、プラウダが継続に小規模の飛行隊を送り込んだことが何度かあった。

だがそのことごとくはモルテン一人によって退けられていた。

そしていつしか、プラウダのパイロット達から<継続の守護神>との異名で呼ばれるようになったのだ。

 

「あれで二年生なの?味方ながら恐ろしいわね……」

 

同じエースとは言え、学年が下のパイロットに戦果で追い越されるとは、サザーランドにとっても想定外だったようだ。

 

「……9機目……」

 

「ひえーっ。私なんてまだ1機しか落としてないのに……」

 

 

ともあれ、エースの活躍もあって戦況は有利になりつつあるように思えた。

だが……。

 

「おかしいわね。敵が一向に減らないわよ?」

 

「言われてみれば、確かに……」

 

相変わらず空の大半を埋め尽くすのは、プラウダの機体ばかりだ。

これだけ撃墜すれば少しは数が減っていくはずだが、敵味方の比率は最初と同じに見える。

 

「シーファイア*1が被弾した!悪いが、これ以上は戦えない!」

「こっちもやられちゃった。もう少し稼ぎたかったんだけどね……」

 

その理由は敵のみならず、味方が撃墜される数も多いからだ。

いくらこちら側の士気が高いとは言え、数的不利は中々覆せない。

 

 

「こうなったらノルマ上乗せよ!一人5機以上に引き上げるわ!」

 

「5機ですか!?ちょっと厳しいですね……」

 

「とんだブラック企業ですわね。まあ致し方ありませんわ!」

 

当たり前の話だが、撃墜されるパイロットが増えるたび、残された味方の負担は一層大きくなる。

だからこうして無理やりでも、ノルマを上げるしかないのだ。

 

 

「……11機目……」

 

そんな中、黙々と戦い続けるモルテン。

既にノルマの倍以上の戦果を挙げているが、まだまだ彼女は止まらない。

というより止めるつもりが無いのだ。

今の彼女は視界に入った全ての敵機を落とさなければ気が済まない、ある種の戦闘マシーンだ。

 

「やばい!守護神がこっちに来た!」

 

高速でプラウダ高校のLa-5に接近するモルテン。

相手にとっては恐ろしい光景だろう。

 

「避けられない!ヘッドオンか!?」

 

回避機動が間に合わないと判断したプラウダのパイロットは、真正面から撃ちあう体勢に入った。

お互いの機首が前を向き合って攻撃し合う、ヘッドオンの状態だ。

 

「……落ちて……!」

 

そのまま敵に突っ込んでいくモルテン。

彼女にとっては、これが一番得意なシチュエーションだった。

 

「ぎゃあああっ!?」

 

瞬く間に木っ端微塵になるLa-5。

一方のモルテンのJ21は、ほぼ無傷だ。

 

「……これで12機……」

 

これはJ21が機首に武装を集中配備された構造の機体だからこそ、成しえる戦法だ。

 

「真正面から突撃なんて、すごい戦い方ですね!」

 

「荒々しい戦法ね。私は好きじゃないわ」

 

「え?どうしてですか、先輩?」

 

「リスクが大きすぎるからよ。私なら絶対に取らない戦法だわ」

 

サザーランドの言う通り、ヘッドオンはハイリスクな戦法だ。

例え敵を落とせたとしても、同時にこちらも被弾して相打ちになることが多い。

そういう意味では、エースである彼女にとっては回避する方がベターなのだろう。

何せ正面からの真っ向勝負など、互いの練度など関係なく決着がついてしまうからだ。

 

「ハッキリ言って馬鹿がやる戦法ね。真似しちゃダメよ、メイヨー」

 

「馬鹿って……。そんなに悪く言わなくてもいいじゃないですか?」

 

どうやらサザーランドは心底ヘッドオン戦法が嫌いらしい。

ここまで明確に彼女が罵倒するのは珍しいだろう。

 

「……13機目……」

 

ともあれ、モルテンにとってはヘッドオンがお気に入りの戦法のようだ。

事実、今の撃墜数がそれを物語っている。

 

 

「ああもう!ウジ虫みたいに湧いてきますわね!」

 

ウェリントンは一向に減らないプラウダの機数にイライラしていた。

それは彼女に限った話ではないだろう。

物量の面では、まだまだプラウダ側に有利がある。

 

「でもエースっぽい機体がいないですね」

 

「そうね。そこが不安材料だわ」

 

幸か不幸か、まだ敵のエースらしき姿は見えなかった。

これほどの大戦力ならば、エースも出撃しているはずだが……。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「ふう。何とか持ち直してきましたね」

 

継続高校の管制塔では、パンク状態のレーダーを修復する作業が進んでいた。

戦闘が長引いて両陣営の機数が減少したのもあり、レーダーも元の正常な状態に戻りつつあった。

これならば戦闘中の味方に、周辺の状況を伝えられるだろう。

 

「……この反応は!?」

 

早速レーダーを確認した管制官だが、北西から不穏な機影が出ているのを目撃した。

もしかするとプラウダ側の増援かもしれない。

だとしたら一刻も早く味方パイロットに警告する必要がある。

 

「こちら管制塔。只今復旧しました。聞こえますか?」

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「ん?管制塔から?」

 

必死に防衛を続けるサザーランドの元に管制官の無線が来た。

 

「聞いてください。現在、北西方面から謎のレーダー反応があるんです」

 

「北西から?それってもしかして……」

 

「はい。おそらくプラウダからの増援かと思われます」

 

その通信は他のパイロット達も受信していた。

 

「まだ新手が来るんですの?もうウンザリですわ!」

 

「どれくらいの数ですか?もうこっちは大分キツイんですけど……」

 

メイヨーの要請を受け、管制官が増援の数を確認する。

 

「3機、ですかね。そこまで多くないでしょう」

 

「たったの3機?なら大丈夫そうね……」

 

思いのほか少ない数字にホッとするサザーランド。

 

「……アイツかも……」

 

しかしモルテンは別の気配を感じていた。

 

「アイツって?」

 

「……プラウダのエース……」

 

その3機の中に敵エースパイロットが存在するという予感だ。

第六感とも言うべきか、怪しいところだが。

 

「あなた、プラウダのエースについて知ってるの?」

 

「……うん。225番の機体……」

 

どうやらモルテンは敵エースと出会ったことがあるらしい。

それを聞いたサザーランドは彼女の勘を信じることにした。

 

「分かったわ。ならどちらかが新手の対応をしましょう」

 

もし本当に相手がエースパイロットならば、こちらもエースで対抗したいところだ。

しかし、敵は全方位から攻めてきている。

だから敵エースに全戦力を集中させる訳にはいかない。

幸い、こちらにはエースが二人いるので役割分担ができる。

エースと戦う役と、引き続き他の敵機を始末する役に分かれるのだ。

 

「……私、アイツと戦う……!」

 

「了解。雑魚はこっちに任せなさい」

 

モルテンの熱い闘志を感じたサザーランドは、増援の対処を彼女に任せた。

 

「大丈夫ですか先輩?モルテンさんを行かせて……」

 

「心配無用よ。いざとなったら私も助けに向かうわ」

 

味方エースを一人欠いた状況になったが、現状の戦力で戦闘を続ける。

プラウダのエースを仕留めれば、一気に勝利に近づくはずだ。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり、コサック……!」

 

北西に飛んでいったモルテンは増援の編隊を確認した。

やはりプラウダの戦闘機であり、その中の一機は見覚えのある機体だった。

 

「お?ありゃモルテンか?」

 

それこそプラウダのエースパイロット、コサックの搭乗機だった。

胴体に書かれた225の番号がそれを証明している。

 

『ようモルテン。俺とやるってのか?』

 

『……コサック、また会ったね……!』

 

モルテンとコサックは以前に手合わせしたことがあるようだ。

要するに因縁の仲である。

 

『いいぜ!ここらで白黒つけてやる。来いよ!』

 

『……絶対倒す……!』

 

激突する二校のエース。

この大空戦の結果を左右する対決だ。

今、北の寒い空で熱い戦いが始まった──―。

 

*1
海軍で運用された艦載機用のスピットファイア



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想像を絶する戦い

今回のサブタイトルの元ネタは、イギリスが1945年に立案した対ソ連計画<想像を絶する作戦>です。


プラウダ高校の会長室にて──―。

 

「遅い!継続は何時降伏するのだ?」

 

生徒会長の露音は苛立ちをあらわにしていた。

継続高校に戦闘機の大群を送り込んでしばらく経つ。

だが一向に敵が降参したという情報が入ってこない。

彼女の計算では、継続は直ぐに陥落するハズだった。

 

「芬君。無駄な抵抗を止めて、さっさと諦めれば良いものを……」

 

時計を見ながら机に指をトントンさせる露音。

このとき彼女には一種の焦りも生まれていた。

今回の作戦はプラウダのほぼ全航空戦力を使った総力戦だ。

それが失敗して多数の戦闘機を失ったとなると、自校の生徒達から批判の矛先を向けられる可能性が出てくる。

一応プラウダ高校の会長選びは通常の選挙ではなく、現会長が跡継ぎを指名する形式なので、仮に生徒からの支持を失っても無理やり今の座に居座り続けることもできる。

 

「我が経歴が汚される事だけは避けたいのだ……」

 

しかしそれでもプライドだけはどうしようもない。

露音は記念すべき開校100年目の生徒会長として功績を残したい、という欲望があった。

そんなイライラ状態の彼女に朗報が舞い込んだ。

 

「ご安心ください、偉大なる同志会長。只今コサックが現地に向かっています。エースの力を持ってすれば、我々は必ずや勝利できるでしょう」

 

「コサックが?よろしい。アイツがいるなら安心だな」

 

コサックの名を聞いて安堵する露音。

それだけエースに全幅の信頼を置いているのだろう。

彼女は熱いボルシチを飲むと、デスクワークに戻った。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

「サザーランド敵機撃墜!もう何機目かは数えてないわ!」

 

継続高校上空での空戦は終盤戦の様相を呈していた。

両陣営ともに多数の損失を出し、最初は合計100機以上いた戦闘機も半分以上が墜落、もしくは撤退した。

それでも50機程度は生き残っているのだから、まだまだ長引きそうだ。

 

「ミグにヤコブレフにラボーチキンと、よくネタが尽きませんね」

 

「今日だけで、一生分のソ連機を見た気がしますわ」

 

継続及び聖グロ連合側の状況は相変わらず厳しい。

聖グロ側は20機中、9機を損失。

継続側に至っては、エースのモルテン以外全滅という有り様だった。

 

「残り12機……。これ以上の損失は避けたいけど……」

 

「キツイのは敵も同じはず。ここが踏ん張りどころですわね!」

 

ウェリントンの推測は正しかった。

戦いが長引いて苦しいのは、プラウダとて同じことだろう。

 

「全てはエース対決の行方次第、ってとこかしら」

 

「モルテンさんが勝利するのを祈りましょう」

 

願うのは、モルテンがプラウダのエースを討ち取ってくれることだ。

彼女の実力ならば勝算も高い。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

「……追い詰める……!」

 

「フッ。中々楽しませてくれんじゃねえか、モルテン!」

 

その注目のカードは熾烈な争いになっていた。

継続側のモルテン単騎に対し、プラウダ側は増援の3機で迎え撃つ。

3対1の不利な対決だが、モルテンにとっては慣れたものである。

 

「……捉えた……」

 

僚機の2機を手早く始末し、コサックとの一騎打ちに持ち込んだ。

 

「それでこそ、俺に相応しい相手だぜ!」

 

最初は消極的だったコサックも、エース対決を前に戦意が高まる。

やはり彼女も生粋の戦闘機(ファイター)パイロットのようだ。

 

「……撃つ……!」

 

最初に仕掛けたのはモルテンだ。

自慢の正面火力での撃墜を試みる。

 

「当たるかよ!」

 

だがコサックも簡単には譲らない。

とっさのエルロンロールで回避していく。

 

「……よけられた……?だったら……」

 

その回避機動を見たモルテンが動き方を変えた。

いったん距離を置いてから旋回し、敵機と正面を向き合う姿勢に入る。

そう、お得意のヘッドオン戦法だ。

 

「上等だ!受けて立つぜ!」

 

コサックの方も今度は回避せず突っ込む。

まさかのエース同士のヘッドオン勝負が始まった。

 

「……覚悟して……!」

 

モルテンがヘッドオンを好む理由はJ21の武装にある。

12.7mm機銃が二門に20mm機関砲一門という、他を圧倒する正面火力で敵を粉砕するのだ。

この一斉掃射を食らえばひとたまりもない。

 

「面白くなってきたぜ。だが勝つのは俺だ!」

 

その事実を、コサックは把握しているのか否かは分からない。

だが正々堂々とヘッドオンに応じるなら、J21を超える火力が必要になる。

 

「……!」

「ウオオオオ!」

 

二機は急速に距離を縮め、同時に持ちうる全ての火力を出し切った。

お互いが交差した瞬間、大きな爆発が発生する。

 

 

「ヒューッ!間一髪だったぜ!」

 

爆発を起こしたのはモルテンのJ21だった。

彼女の十八番だったヘッドオン戦法で敗北を喫したのだ。

 

「……くっ……!」

 

激しく燃え盛る機体の中で、モルテンが急いで座席下のレバーを引っ張った。

するとキャノピーが吹き飛んで、操縦席が打ち上げられる。

それはレシプロ戦闘機では珍しい、初期の射出座席だった。

海面に激突する前に緊急脱出(ベイルアウト)したのだ。

 

「まずは一人っと……」

 

パラシュートで離脱するモルテン。

それを見送ったコサックは次のターゲットを探し始めた。

残るもう一人のエース、サザーランドだ。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「さあ、大分片付いてきたわよ!」

 

一方の聖グロ側は善戦していた。

確実に敵機を減らしていき、五分五分の状況になっていく。

ここまで来れば、勝利も夢ではない。

 

「モルテンの方は大丈夫かしら?」

 

今のサザーランドの心配はエース対決の結果だった。

今の戦況で敵エースを落とせば、間違いなく優勢に立てるだろう。

 

「モルテン聞こえる?そっちはどう?」

 

無線でモルテンとの連絡を取ろうとする。

しかし返答が来ない。

いくら彼女が無口とは言え、応答されれば何か答えてくれるハズだ。

 

「……これはまさか?」

 

サザーランドが悪い予感を考える。

まさかモルテンはエース対決に敗北したのだろうか?

その予感を裏付けるように、別の無線が入ってきた。

 

『おい聖グロのエースさんよ、どうせいるんだろ?早く俺とやろうぜ!』

 

それは聞き慣れない男口調の声だった。

間違いなくモルテンの声ではない。

 

『誰かしら、あなた?味方じゃなさそうね』

 

サザーランドが無線の送り主に返答する。

 

『お、お前が聖グロのエースか?』

 

『そうよ。一応聞くけど、モルテンはどうしたの?』

 

『アイツは俺が落としたぜ。プラウダのエース、コサック様がな』

 

すると上空を一機の戦闘機が飛んでいった。

コサックの搭乗機だろうか。

それを見たメイヨーがすぐさま機体を特定した。

 

「先輩、あれはYak-9です!」

 

Yak-9はソ連空軍で運用された戦闘機だ。

プラウダでも主力機である可能性が高い。

 

「何だコイツ……。きゃあああ!」

 

聖グロのパイロット一人が撃墜された。

恐らくコサックの仕業だろう。

 

「頑丈なタイフーンが粉々に!?何よあの機体!」

 

やられたのはタイフーンだったが、ものの見事に粉砕されている。

高い防弾性を誇る機体だが、ここまで破壊されるのは滅多にない。

その破壊力を見たメイヨーが正体に気が付いた。

 

「これはもしや、37mmモーターカノンを積んだYak-9Tですか!?」

 

「37mmって、もはや戦車の主砲レベルじゃない!」

 

Yak-9には様々なバリエーションがあるが、コサックの機体は37mm砲搭載のT型だった。

本来は爆撃機や地上目標に対して使うものだが……。

 

「今日も俺は絶好調だぜ!」

 

コサックは何食わぬ顔で戦闘機相手に使用していた。

それもかなりの命中精度だ。

次々と聖グロの戦闘機を打ち落としていく。

 

『いいでしょう。私は聖グロリアーナのエース、サザーランドよ!いざ尋常に勝負!』

 

放っておけば大変なことになると察したサザーランドが、コサックとの対決に乗り出した。

事実、この場でコサックに対抗できるのは彼女しかいないだろう。

 

『へっ。そうこなくっちゃな!』

 

「ウェリントン、雑魚の始末は任せたわ!」

 

「いいですわ。稼ぎますわよ!」

 

 

 

 

サザーランドのスピットファイアと、コサックのYak-9Tが高度を上げた。

本日二度目のエース対決だが、次は無いだろう。

ここで全てが決まる。

 

『この37mm砲を食らいやがれ!』

 

まずはコサックの番だ。

お気に入りのモーターカノン、NS-37で攻撃する。

 

『くっ!こんな超火力、絶対に当たる訳には……!』

 

サザーランドはスピットファイアを急旋回させ、スレスレで回避する。

まともに被弾すれば即、致命傷になるだろう。

モルテンのJ21がヘッドオン対決で撃ち負けたのが、その証明だ。

 

『いい腕じゃねえか!黒森峰のアイツを思い出すぜ!』

 

『今度は、こっちのターンよ!』

 

サザーランドが機体をバレルロールさせ、形勢を逆転させる。

ここで一気に決着をつけたいところだ。

 

『当てれるもんなら当ててみな!』

 

『機体が小さくて、狙いにくいわ!』

 

コサックのYak-9Tは比較的小型の機体だ。

素早い機動をされると、照準に捉えるのは難しい。

 

『チィ!そろそろマズいか!?』

 

『動かないで!今、楽にしてあげるわ!』

 

それでも意地で敵機を射線に捕捉するサザーランド。

 

「とどめ!」

 

搭載する全ての武装のスイッチを押し込んだ。

 

「……あれ!?」

 

しかし機関銃は反応しない。

まさか故障したのだろうか?

 

いや、反応はしているのだ。

だがチチチ……と空回りした音しか出てこない。

 

「弾切れ!?こんなときに……!」

 

彼女のスピットファイアは弾切れを起こしていた。

無理もない。一連の大空戦が始まってから、既に何機もの敵機を打ち落としてきた。

全ての弾丸を撃ち尽くすのも、時間の問題だっただろう。

だがそのタイミングが悪すぎた。

敵エースを撃墜できるという、千載一遇のチャンスを失ったのだ。

 

『へっ!どうやら運が悪かったみてえだな?サザーランドさんよぉ!』

 

相手が弾切れを起こしたとみるや、コサックは宙返りして再び背後を取った。

 

『これは……、厳しいわね』

 

またしても37mmの脅威に晒されるサザーランド。

今度は逃げ切れないかもしれない。

 

『もうテメーに勝ち目はねえぜ!』

 

いや、仮に逃げ切れたとしても、サザーランドに打つ手は無い。

何せ相手に撃つ弾がなくなったのだ。

もう戦闘機としての役目は果たせないだろう。

 

「ここまで粘ったのに……、負けるっていうの?」

 

操縦席で行き場のない憤りを感じるサザーランド。

この対決の敗北は即ち、継続高校の敗北を意味する。

そうなれば今までの努力や犠牲も水の泡だ。

 

「私には何も出来ないっていうの!?」

 

サザーランドは悔し涙を浮かべた。

エースパイロットなのに、敵と戦えない。

芬に約束した勝利も達成できない。

その無力感に苛まれていた。

 

『これで終わりだぜ。あばよ!』

 

「…………」

 

いよいよ海面高度まで追い詰められたサザーランド。

エネルギーも使い果たし、これ以上の回避機動は無理だろう。

彼女が自身の敗北を悟った、その時だった。

 

 

「たりゃあああっ!!」

 

 

突如として上空に別の機体が現れたと思うと、コサックのYak-9T目掛けて弾丸を注いだ。

 

『何だお前!?どっから来て……!?』

 

コサックは誰に撃墜されたかも理解できないまま、炎上する機体の中で叫んだ。

 

CYKABLYAT(スーカブリャット)!』*1

 

そのまま猛烈な勢いで海面に衝突した。

 

 

 

「……え?助かったの、私……?」

 

サザーランドも何が起きたのか分からなかった。

少なくとも、自分以外の誰かがコサックを撃墜したことは理解できたが……。

 

「大丈夫でしたか?先輩!」

 

すると隣にメイヨーのタイフーンが並んできた。

 

「もしかして、あなたがやったの?メイヨー」

 

「はい!一か八かの賭けでしたが、上手くいって良かったです!」

 

どうやらメイヨーのお手柄らしい。

それを知ったサザーランドが思わず笑みを浮かべた。

 

「まさか、あなたに助けられる日が来るなんてね……」

 

「いつも先輩に頼り切りでしたからね。これぐらいはウイングマンとして当然です!」

 

最初は頼りなかった後輩も、いつの間にか僚機として立派に成長したのだ。

サザーランドはその感動を、心の中で嚙みしめていた。

 

 

 

 

「あら?プラウダの連中が撤退していきますわよ?」

 

コサックが撃墜されると、他のプラウダのパイロット達が続々と撤退を始めた。

まるで主を失った集団のように、だ。

 

「エースがやられて、数的有利も失った。もう勝ち目は無いと判断したのね」

 

敵は完全に戦意を喪失した。

だから引き下がっていったのだろう。

 

「こちら管制塔。当空域から全ての敵航空機の離脱を確認しました!」

 

管制官から全機離脱の報を受けると、パイロット達は肩をなで下ろした。

ようやく長い戦いが終わったのだ。

 

「聖グロリアーナの皆さん、本当にありがとうございました。着艦許可を出します。一緒に祝杯を挙げましょう!」

 

「くうーっ。ようやく終わったんですのね!」

 

「苦しい戦いだったわ。でも達成感もひとしおね」

 

「本当に疲れました……。一生の思い出になりそうです」

 

聖グロの戦闘機が着艦のために高度を降ろしたとき、艦上から声援が聞こえた。

 

「ありがとよーっ!」「お前たちは英雄だーっ!」

 

それは継続高校の生徒や住民からの感謝の気持ちだった。

自分たちの脅威だったプラウダの軍勢を押しのけた英雄として、彼女たちは迎えられた。

 

「何か、ここまで感謝されると、今までパイロットを続けて良かったって思うわ」

 

「同感ですわ。空戦道は誇り高き武道ですわね」

 

「モルテンさんや、継続高校のパイロットの人たちにも感謝しないと」

 

聖グロのパイロット達は勝利の余韻に浸りながら、継続の学園艦に帰還した。

こうして、日本空戦道史上最大クラスの戦いは幕を閉じた。

 

*1
ロシア語で凄まじい怒りを表現したスラング




長かったプラウダ編も、いよいよ終わりが近づいてきました。


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勝利を祝って

プラウダ高校との激しい大空戦を終えた、その夜──―

継続高校では、勝利を祝してパーティーが開かれた。

学校総出での、大規模な祝賀会だ。

 

「今日はスモーガスボード*1さ!腹一杯食べなよ!」

 

「うわあ!とっても豪華ですね!」

 

広いテーブルには、美味しそうな料理を乗せた皿がこれでもかと並べられていた。

その内容はエビやサーモンなどの魚介類や、じゃがいもに羊肉などをふんだんに使った北欧料理が中心だ。

ちょっと前まで貧相な食事しか出来なかった学校とは、とても思えないラインナップだった。

 

「パイロットの皆さん、本日は大変お疲れ様でした!私はもう、何と感謝したら良いのか……」

 

パーティー会場の奥で、マイクを握っていた生徒会長の芬が泣き崩れてしまった。

もちろんそれは嬉し涙である。

 

「お礼、と言ってはなんですが、本校のなけなしの食材を使った料理でおもてなし致します。どうぞ楽しんでください!では祝杯をあげましょう!」

 

芬がグラスを持つと、会場にいた全員もそれに続いた。

 

「それでは我が校の勝利を祝って……乾杯!

 

「乾杯!」

 

会場全体に軽快なグラスの音が響く。

 

「さあ!もうプラウダに船や飛行機を止められることは無い!日々の食事に困ることもなくなったのさ!」

 

継続高校のシェフ達が、次々と新しい料理を出してくる。

プラウダからの輸送妨害が止まり、物不足にあえぐことも、もうない。

そこで今までの備蓄した食糧を、一斉に解放したのだろう。

 

「これ、すっごく美味しいです!」

 

「本当かい?まだたくさんあるから、好きなだけ食べなよ!」

 

宴会の主役は、何と言っても空戦道のパイロット達だった。

プラウダ高校と直接対峙した存在だからだろう。

 

「ほれ聖グロの人たち!どんどん持ってくるよ!」

 

「むしゃむしゃ……。これは美味ですわね!」

 

だが、とりわけ手厚くもてなされたのは、聖グロリアーナのパイロットだ。

彼女たちは校外から駆けつけて、継続を勝利に導いた救世主として扱われた。

 

「うーん……」

 

「どうしたんですか、先輩?一緒に食べましょうよ」

 

だがそんなお祝いムードの中で、サザーランドは渋い顔をしていた。

 

「私、苦手なのよね。こういう賑やかなお祭り騒ぎみたいなのって」

 

「むしゃ、もったいないですわね。モグ、せっかく美味しい料理がモグモグ、たくさんありますのにムシャムシャ……」

 

「ウェリントンさん、食べながら喋ってますよ……」

 

編隊のリーダーとして全体の指揮を執ったサザーランドは、最も勝利に貢献した人物といっても過言ではないだろう。

しかし肝心の本人が消極的では、何とも締まらない。

 

「ちょっと失礼するわ。ここにいると落ち着かないもの」

 

「あっ。先輩、どこに行くんですか?待ってくださいよ!」

 

サザーランドは足早にパーティー会場から立ち去ってしまった。

それをメイヨーも渋々追いかける。

 

「モグモグ、じゃあわたくしが二人の分も食べてしまいますわね。むしゃむしゃ……」

 

残されたウェリントンは伝統的な北欧料理を一人で楽しんだ。

 

「このサーモンも脂が乗っててイケますわね。モグモグ……」

「これはフィンランドの飴?サルミアッキって言うんですの?……まっず!クソ不味いですわ!」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

会場を去ったサザーランドと、それを追いかけたメイヨー。

 

「先輩、やっぱり戻りましょうよ。一応私たちが主賓みたいな感じですし」

 

「うーん、何処にいるのかしら?」

 

「誰か探しているんですか?」

 

「モルテンよ。会場にいなかったでしょ?」

 

サザーランドはモルテンを探していた。

継続のエースとしてパーティーの主役とも言える存在だが、会場に姿は無かった。

 

「…………」

 

「あ、あんなところにいたわ」

 

そんな彼女は、外のスペースで一人佇んでいた。

やはり人見知りで、ああいう集まりが苦手で抜け出してきたのだろう。

そういった点では、サザーランドも同類だ。

 

「こんばんわ、モルテン。やっぱり人が集まる所は好きじゃないみたいね」

 

「……サザーランド……」

 

「気持ちは分かるわよ。私も似たような苦手意識はあるもの」

 

エースパイロットが二人とも途中退席するという奇妙な現象が起きたが、ある意味ではそれらしいと言えるかもしれない。

あまり他人とつるまず、一人で静かに過ごすことが彼女達の本望なのだろう。

 

「……今日はありがとう……」

 

「ん?さっきの空戦のことかしら?」

 

「……聖グロがいなかったら、多分負けてた……」

 

「それはこっちも同じよ。継続の踏ん張りが無ければ、確実に押し負けてたわ」

 

今にして思えば、継続と聖グロの連携は奇跡的と言えるものだった。

どちらか片方でも欠けていれば、この勝利は掴めなかっただろう。

それだけプラウダとの戦いは、とても厳しい戦いであった。

 

「最終的に、モルテンさんは何機撃墜したんですか?」

 

「……16機……」

 

「ホント、あなたが敵じゃなくて良かったと思うわ」

 

一日で16機撃墜の戦果は、ハッキリ言って人間離れしていると言わざるを得ない。

元の実力もさることながら、母校の危機という戦意高揚も合わさって前代未聞のスコアを稼いだのだった。

 

 

 

 

「そうだわ、モルテン。一つ聞きたいことがあるんだけど……」

 

「……なに?」

 

サザーランドが話題を変えて質問する。

 

「昨日、どうして黒森峰のエースについて聞いてきたの?」

 

ここ最近、彼女は黒森峰のエースという言葉を度々耳にしていた。

それは一体何故だろうか?

 

「……ちょっと前の話……。妙な戦闘機が二機、この学校に来た……」

 

モルテンが過去の出来事を話し出す。

 

「……黒い十字の校章……。真っ赤な機体だった……」

 

「黒森峰の戦闘機と戦ったってこと?」

 

「……うん。私、落とされちゃった……」

 

「ええ!?モルテンさんが負けたんですか!?」

 

「だとすれば、ソイツは間違いなくエースだわ」

 

今回、獅子奮迅の活躍を見せたモルテン。

それをたったの二機が撃墜したのなら、エースである可能性が高い。

 

「……後で聞いた。黒森峰のエース、他の学校にも行ってるみたい……」

 

どうやらそのパイロット二人の目撃証言は、他校からも挙がっているらしい。

 

「……もしかしたら、サザーランドも知ってるかなって……。だから昨日、質問した……」

 

「そういうことね。やっと理解できたわ」

 

「あの、先輩。一つ考えたんですけど……」

 

メイヨーが何かを思いついた。

 

「確かサンダース付属のミニットマンさんも、黒森峰について聞いてきましたよね?」

 

「そう。それなのよ」

 

「てことは、そのエースは他のパイロットにも知ってる人がいるんじゃないですか?」

 

「なるほど、確かにその確率は高いわね」

 

黒森峰のエースらしき機体が複数の場所で目撃されているのなら、他にもアテはあるはずだ。

 

「でも、この学校には有力な情報は無さそうですよね」

 

「そうね。同じ継続のパイロットから聞いても仕方ないし」

 

するとモルテンが密かに呟いた。

 

「……プラウダ……。コサックなら知ってるかも……」

 

「コサック?そうね、その手があったわ!」

 

プラウダのエース、コサックは継続高校上空で撃墜された。

ならば今は捕虜として捕まっている可能性が高い。

それに、エースパイロットならば何か情報を持っているかもしれない。

 

「ねえモルテン。この学校の捕虜収容所はどこにあるのかしら?」

 

「……艦内の奥……。私も行く……。コサックと話がしたい……」

 

「モルテンさんが話をしたいなんて、珍しいですね」

 

結局、モルテンの案内で捕虜収容所に向かうことになった。

コサックは黒森峰のエースについて、何か知っているのだろうか?

真偽を確かめるべく、彼女達は学園艦の奥底に進んでいった──―。

 

*1
スウェーデンやフィンランドのバイキング形式の食事




今回の話を書くにあたって、北欧料理について調べたんです。
そしたら海外では、フィンランド料理がイギリス料理と同レベルに不味いと評価されているのを知りました・・・。
まあ、あの辺はサルミアッキとかシュールストレミングとかのヤバイ食べ物があるんで分からないでもないですが・・・。
でも北欧産のサーモンは美味しいですよね。今は諸事情で輸入が止まってますけど。


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赤い友情

「何だと!?継続高校への攻撃が失敗した!?」

 

プラウダの生徒会長、露音は敗北の報告に激怒した。

 

「はい。エースのコサックも撃墜され、捕虜になったかと思われます」

 

「ぐぬうぅー、あの役立たずどもが!あんな小さな学校一つに負けたというのか!」

 

露音は腹いせに会長室のデスクに蹴りを入れた。

机の上にあった本が、床に何冊か散らばった。

 

「これでは私のキャリアが台無しではないか!くそっ!」

 

「お言葉ですが、ここは事実を受け入れるべきかと……」

 

「お前、私に指図をする気か!?生意気な口を聞くならシベリア送りにするぞ!」

 

(駄目だ、露音会長は既に正気を失っている……)

 

会長秘書は怒り狂う露音の姿を見て、この人物が会長の座から引きずり降ろされる日が、そう遠くないことを予感した。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

「……着いた……」

 

「やっぱり、収容所は何処も薄暗い雰囲気なのね」

 

モルテンの案内で、継続高校の捕虜収容所に到達した三人。

早速、看守にコサックの居場所を聞いてみることにした。

 

「すみません、ここにプラウダ高校の225番のパイロットって居ますか?」

 

「225番?それなら一番奥の部屋に捕まってるよ。ほら」

 

看守から対応する部屋の鍵を受け取ったサザーランド。

収容所の奥に向かって歩きはじめる。

 

「プラウダに帰りたくねえべー」「シベリア送りは勘弁してけろー!」

 

あちらこちらから聞こえるのは、撃墜されたプラウダ高校のパイロット達の声だった。

どうやら彼女達は捕虜から解放されても、ろくな目に合わなそうだ。

 

「何かプラウダの人たちが可哀想です……」

 

「気にせず先に進むわよ」

 

同情する暇もなく、どんどん奥へ進んでいく。

そして目的の部屋の前に到着した。

 

「よし。この部屋ね」

 

「……ここにコサックが……」

 

鍵穴に先程の鍵を入れる。

するとガチャ、という音と共に扉が開いた。

 

 

「……あ?誰だよ」

 

中にいたコサックは、ベッドの上でヤンキー座りをしていた。

 

「なんでそんな座り方してるの?」

 

「別に、俺の自由だろ」

 

鋭い目付きで睨んでくるコサック。

いや、彼女の場合ガンを飛ばすと言った方が正しいか。

 

「私はサザーランドよ。あなたに聞きたいことがあるの」

 

「何だお前か。ん?隣のヤツは?」

 

「……私、モルテン……」

 

「モルテンもいんのか。エース揃い踏みだなオイ」

 

薄暗い部屋の仲、顔を合わせる三校のエース。

これほどの数が揃うのも珍しいことだろう。

 

 

「で、何について聞きたいんだ?わざわざ俺に質問する必要あんのか?」

 

「あなた、黒森峰のエースについて知ってることはない?」

 

サザーランドがそう言うと、コサックの表情が変わった。

 

「……知ってるぜ」

 

「本当に?」

 

「ああ、本当さ。だってソイツは俺の友達だからな」

 

「友達!?ちょっと詳しく教えてくれない?」

 

するとコサックがポケットから携帯を取り出した。

 

「奇遇だな。確かアイツも、お前の事を探してたぜ。聖グロのエースさんよ」

 

「私のことを?」

 

「ああ。今電話してやるよ。この時間だと、向こうも暇だろうしな」

 

電話をかけ始めるコサック。

相手は恐らく、黒森峰のエースパイロットだろう。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「センパイ、スマホ鳴ってますよ」

 

「マジ?今出るわ!」

 

黒森峰の学園艦──―。

鳴り響く着信音に、あの金髪赤目のギャル生徒が駆けつける。

そう、あの赤い戦闘機に乗っていたパイロットだ。

何故か今は素っ裸の状態である。

 

「もしもーし。アンタ誰ー?」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

「よう。俺だ、コサックだ」

 

「あ、コサックじゃーん。何かあったー?」

 

「いや、ちょっとした成り行きでよ、以前お前が探してた奴がすぐ近くにいるんだ」

 

「え?ウチって誰か探してたっけ?」

 

「ほら、聖グロのエース。この前言ってたじゃねえか」

 

「あー!そう言えば。え?今近くにいるの?それってどういう状況?」

 

「それはあんまり言えねえが、とにかく目の前にいんだよ。どうだ、テレビ電話に切り替えるか?」

 

「あ、それタンマ。今ウチ、お風呂上りで全裸だから」

 

「お前こそ、どういう状況だよ……。とにかく変わるぜ」

 

そのまま電話をサザーランドに渡した。

 

 

 

「もしもし?」

 

「お?アンタが聖グロのエース?」

 

「そうよ。そう言うあなたも黒森峰のエースでしょ?」

 

「ご名答~!ウチが黒森峰のエースでえ~す!」

 

やけに軽い口調の挨拶に、内心イラッとするサザーランド。

こういうギャルっぽい性格の人は、彼女が一番嫌いなタイプの人間だ。

 

「あなた、最近色んな学校で目撃されてるみたいだけど、何してるの?」

 

「あ~、それ聞いちゃう?ま、いいや。アンタにも関係ある話だし……へっくしょん!

 

電話越しにくしゃみをする声が聞こえた。

するともう一つの女性の声が入ってきた。

 

「センパイ、その格好だと風邪ひきますよ。私の知ったことじゃないですけど」

 

「ごめーんハルトマン。マジたすかるー」

 

(センパイ……?てことは、もう一人は後輩かしら?)

 

僅かな情報の断片で、二人の間柄を察したサザーランド。

もしそうなら、サザーランドとメイヨーの関係に近いかもしれない。

 

「え~っと、何の話だっけ?そうだ、ウチが言いたいのは、アンタを倒すってことだわ」

 

「は?私を?それはどういう理由で?」

 

「それ説明すんのダルいからパスで。んじゃ!」

 

無理やり通話を切ろうとする相手。

 

「ちょっと待って!あなた、名前は何なの?私はサザーランドっていうけど」

 

「ふーん、サザーランドねー。多分覚えとくわ~。そいじゃ!」

 

「だから切らないで!名前を教えなさい!」

 

「え~、しつこ~い。コサックから聞いといて~」

 

「あなたねぇ……。あ、切れちゃった」

 

結局、名前を聞くことなく通話は終わってしまった。

 

 

 

「どうだったよ?面白い奴だろ?」

 

「不愉快だったわ。名前も聞きそびれたし」

 

「……黒森峰のエース、何て名前……?」

 

この場で黒森峰のエースの名を知っているのは、コサックしかいないだろう。

 

「あいつのTACネームはレッドバロンさ」

 

「レッドバロン……。そういう名前なのね、アイツは」

 

「……初めて知った……」

 

黒森峰のエース、レッドバロン──―。

彼女は何故、他の学校に頻繫に姿を現しているのか?

また、サザーランドを倒すと意気込んでいる理由は何なのか?

それをコサックに尋ねようとするが……。

 

「知らねえよ。俺もアイツが何を目指して行動してんだが理解できねえ。ただ一つ言えるのは、レッドバロンは強いパイロットとの戦いを欲してるってだけだ」

 

「強いパイロット?それはエースってこと?」

 

「多分な。全国のエースに戦いを挑んで勝利する……。全ての学校のエースを撃墜するまで、アイツは止まんねえだろうぜ」

 

「……意味が分からない……」

 

レッドバロンの目指す先は、一体どこだろうか?

それが分からなくても、サザーランドには確信があった。

 

「理由は分からないけど、遅かれ早かれレッドバロンとは戦うことになりそうだわ」

 

「言っておくが奴は強いぜ。俺は何度か模擬戦をやったが、全部負けた。少なくとも、俺はアイツの実力を認めてる。悔しいがな」

 

「……私も、レッドバロンには勝てなかった……」

 

コサックもモルテンも、筋金入りのエースだ。

その二人すら圧倒する、レッドバロンの実力──―。

サザーランドにとって、最大最強の敵となるかもしれない。

 

「先輩は、黒森峰のエースとの戦いを望んでいるんですか?」

 

「いいえ。ただ、降りかかる火の粉は打ち払うまでよ」

 

本人が望むにしろ、望まないにしろ、エースである以上は戦わなければならない。

それが、戦闘機(ファイター)パイロットの(サガ)だ。

レッドバロンとの対決も、一種の運命(さだめ)だろう。

 

 




次回でプラウダ編は終わりです。
黒森峰については、次の第五章で掘り下げます。


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vsプラウダ編エピローグ

プラウダ高校との戦いと、その勝利を祝った宴会が終わった翌日──―。

サザーランド率いる聖グロリアーナ女学院の飛行隊が撤退した継続高校には、サンダース付属の救援物資を積んだ輸送機が飛来してきた。

 

「こちらサンダース付属高校所属のC-5ギャラクシー。貴校へ救援物資を届けにきた」

 

途轍もなく巨大な輸送機、C-5ギャラクシーを操縦しているのは、短髪でボーイッシュな生徒だった。

 

「あんた達みたいな弱小校を、サンダースが助けに来てやったのよ!感謝しなさい!」

 

その隣にいた、そばかすが目立つ生徒が無線に割り込んできた。

 

「ちょっとアリサ?また反省会を受けたいの?」

 

「ヒイッ。マム、それだけは勘弁してください……」

 

その生徒を、リーダー各らしき金髪の生徒が戒めた。

 

「こちら管制塔。サンダース付属高校の皆様、大変感謝します。どうぞ着艦してください」

 

管制官からの着艦許可を受け、滑走路に降りるC-5ギャラクシー。

まるでクルーズ船のようなスケールだ。

そのあまりの大きさに、周囲は騒然とした。

 

「でっか!」「戦車も積めるんじゃない?」

 

その民衆の中には、エースパイロットのモルテンもいた。

彼女もまた、サンダースからの救援物資を心待ちにしていた。

 

「……開いた……」

 

胴体の先端部分がパカッと開いたと思うと、貨物室から大量の物資が段ボール箱に入って積み降ろされた。

届けられた物資に、継続高校の生徒達が群がる。

 

「すごーい!色々入ってるー!」「これを待ってたの!」

 

箱の中には食料や医薬品、その他生活必需品がみっちりと詰め込んであった。

しかも、その箱が山積みに輸送されてきたのだ。

 

「何これー?チョコレート?」「美味しそうな蜂蜜だー!」

 

お菓子や嗜好品など様々な食料が入っている。

しばらく贅沢が出来なかった継続高校の生徒や住民にとって、これほどありがたい事もないだろう。

 

「……甘いもの、久しぶりに食べた……」

 

モルテンが、運搬されたバタークッキーにかじりついた。

これからは輸送船の運航なども、順次再開される予定だ。

継続高校の物不足も、これで解消されていくだろう。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

長野県、中立高校──―。

以前プラウダと継続による会談が開催された地で、再び両者の代表が集まっての話し合いが行われた。

内容は、両校の関係改善のための和平交渉だ。

 

「継続高校生徒会長の小峰芬です。よろしくお願いいたします」

 

芬が継続側の代表者としてテーブルに着く。

ただ、芬以外のメンバーは一新されていた。

 

「プラウダ高校の副会長です。諸事情により、露音会長の代理を務めさせて頂きます」

 

プラウダ側に座ったのは、まさかの代理人だった。

会長秘書曰く、露音は体調不良で会談の参加を見送ったらしい。

推測するに、今回の一大作戦が失敗して気が滅入ったのだろう。

 

加えて、今回は新たな学校が交渉の席に着いた。

 

「はーい。サンダース付属のプレジデント、久米子でーす」

 

それはサンダース付属高校だ。

今日の会談において、二校の仲介役に名乗りを上げたのだった。

 

「じゃあ早速だけど、ウチが提案する和平案を見せるねー」

 

久米子が一枚の文書を取り出す。

内容としては今後しばらくの間、継続とプラウダの両校はお互いに戦闘機を管轄空域に侵入させないこと。

また、お互いの学園艦に出入りする船や飛行機を妨害しないこと等が講和条件となった。

それに追加して、両校の生徒同士の交流を再開させる旨も記述されている。

 

「継続高校の代表者として、この案に賛成します」

 

これらの条件は継続側にとっては、有利になるだろう。

問題はプラウダ側の賛否だが……。

 

「プラウダ高校としても、異論はありません」

 

あっさりと承諾した。

恐らくプラウダ側も疲弊して、これ以上の対立は避けたいのだろう。

結果的に、両校とも意見が一致して和平交渉はスムーズに進んだ。

 

「オッケー。これで決まりだね」

 

文書に継続、プラウダ、そして仲介役のサンダース付属の代表者達がサインした。

交渉成立である。

 

 

 

「では、我々はこれで……」

 

会談が終わり、プラウダ側のメンバーは退室した。

それに続けて芬の継続側も退出しようとするが……。

 

「あー待ってよ。実は君たちに話があるんだよね」

 

久米子がそれをストップした。

何やら話したいことがあるらしい。

 

「何でしょうか?」

 

「戦闘機の話さ。君たち、例の空戦でほぼ全部の機体を失ったでしょ?」

 

継続高校所属の戦闘機は、プラウダとの戦いで壊滅的被害を受けた。

このままでは空戦道を続けられなくなるだろう。

 

「そこでさぁ、ウチの戦闘機を格安で売ってあげるって話よ。どう?悪くないでしょ?」

 

「戦闘機、ですか……。詳しく教えてください」

 

芬としても空戦道の立て直しは急務だったので、サンダース側の提案を聞き入れることにした。

 

「F2Aバッファローって戦闘機さ。今なら特別価格でセールするよ」

 

「バッファローですか?うーん……」

 

これは以前サザーランドが訪問した時のビジネストークと同じ内容だ。

ただ、今回は事情が少し違う。

F2Aバッファローは聖グロから見れば低性能の旧式機だが、継続高校にとっては安価で使いやすい機体である。

それを特別価格で買えるなら、まさに買い時というものだ。

 

「いいでしょう。では5機を購入します」

 

「5機だけ?あのね、戦闘機は消耗品だよ?どうせなら10機ぐらい景気よく買おうよ」

 

「あっはい……。じゃあ10機でお願いします」

 

「よし、交渉成立!キミ、いい買い物をしたよー!」

 

ここで久米子お得意の営業トークが炸裂し、商談は成立した。

サンダース側は、要らなくなった機体を処分することができた。

しかも継続側に恩を売ることもできた。

まさに一石二鳥である。

こうして中立高校での会議も幕を下ろした。

サンダース付属の一人勝ちと言っても良い終わり方であったが、プレジデントの久米子は果たして最初からこうなる事を予測して、自校の戦闘機を派遣しなかったのだろうか?

それは彼女だけが知ることだろう──―。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、何て強さだ。私が格闘戦で負けるとは……」

 

そう言い残して墜落したのは、大洗のエースパイロット、ムサシの操る零戦だった。

それを撃墜したのは……。

 

「ふふーん♪これで大洗も攻略完了って感じ?」

 

「中々楽しめましたよ。無名の割には、ですけど」

 

あの黒森峰のエース、レッドバロンと僚機のハルトマンだった。

それぞれレッドバロンは赤く塗装されたFw-190d-9。

ハルトマンは機首に黒いチューリップが描かれたBf-109G-6に搭乗していた。

これは以前の機体を改装したものらしい。

 

「ドーラ*1、いい感じじゃん?A型より使いやすいかも」

 

「私のG型メッサーも、F型より好調ですかね」

 

レッドバロンが何やらメモを取り出し、大洗の校章に斜線をマークした。

見れば、あらゆる学校の校章に斜線が付けられている。

恐らく、今まで落としたエースパイロットの所属校を記録しているのだろう。

 

「もう大分攻略したかなー?後は聖グロとサンダースくらい?」

 

「ああ、聖グロのエースの件は残念でしたね。まさか不在とは」

 

「それな。ま、ストレス発散には良かったけど」

 

「ともあれ、センパイの計画が完了するのも時間の問題ですね」

 

そのまま二機は黒森峰の学園艦への帰路についた。

 

 

「サザーランドねぇ……。ウチを満たしてくれるといいけど」

 

 

湧きたつレッドバロンの欲望。

彼女は一体、何を目指しているのだろうか?

 

*1
D形のFw-190の愛称




というわけで第四章は終わりです。
残るはラストの第五章。


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キャラ設定・機体解説集その3

継続高校とプラウダ高校についての設定集です。



継続高校

 石川県に母港を置く学校。

 モチーフはフィンランド。

 文科省が管轄する日本の学園艦の中で、小規模クラスに位置する。

 ただ、規模の割には戦車道などでそこそこの成績を残している。

 万年金欠気味の学校であり、資金繰りには毎年苦労しているようだ。

 プラウダ高校とは昔から因縁の関係。

 そのせいか今までにも度々衝突しており、北の火薬庫と呼ばれている。

 今回発生した大空戦も、その延長線上と言えるだろう。

 空戦道では貧乏が祟って、旧式で低性能の戦闘機ばかり目立つ。

 これは主に他校の中古の機体を安く買い取るしか、頭数を揃えられないから。

 基本的に中学生でしか使われていない複葉機を運用している時点でお察しである。

 そのせいで機体の国籍はバラバラで統一感が感じられない。整備士泣かせだ。

 パイロットのTACネームは北欧の童話などから引用されている。

 

パイロット達

 

モルテン(MOLTEN)

 背番号:1

 学年:二年

 身長:157cm

 好きな食べ物:オストカーカ(スウェーデンのチーズケーキ)

継続高校のエースパイロット。

そのほとんどを三年生が占めるエースの座を、何と二年生で手にした人物。

それでいて他の三年生エースに劣らない実力を誇る。

かつて、迫りくるプラウダの戦闘機隊を一人で退けたことから継続の守護神という異名を持つ。

一方で私生活では人見知りで、コミュニケーションを取ることが苦手。

いつも単独で行動することが多く、周囲からは孤高のエースと言われることもあるが、単純に他人との交流を避けているだけの所謂ぼっちである。

髪型がよくボサボサになっているのも、外からの視線を気にしないから。

しかし空戦となると性格は一変し、どんどん敵機に突っ込み正面からのヘッドオン対決を持ち掛けるという、荒々しい戦法を取る。

TACネームの由来はスウェーデンの絵本、ニルスの不思議な旅に登場する白鳥モルテンから。

背番号はひとりぼっちだから一番。可哀想とか言わないの

 

使用機体:J21A-3

サーブ社が開発した戦闘機。

双胴・推進式の機体であり、プロペラが前ではなく後ろに付いているという奇妙なフォルム。

さらにレシプロ機では珍しい射出座席を備えていたりとユーモラスな機体である。

しかし独特な形状のおかげで武装を機首に集中配備できるようになっており、おかげで高火力かつヘッドオンに強い戦闘機となった。

スウェーデンでは、大戦中の1944年頃に配備されるも実戦に出ることなく退役した。

 

生徒たち

 

小峰芬(おみねかおり)

 学年:三年

 身長:158cm

継続高校の生徒会長。

少し弱腰になりがちなのが難点だが、それ以外は真面目で善良な人物である。

プラウダからの事実上の宣戦布告に屈服しそうになるが、サザーランドの説得で戦うことを決意。

結果的には勝利し、学校を救った生徒会長として支持率もアップした。

 

ミカ

 学年:三年

継続戦車道の隊長。

プラウダから戦車を盗んだ、ある意味全ての元凶。

しかし根っからの放浪者であり、未だに正確な所在地が掴めていない。

 

 

*

 

 

 

プラウダ高校

 青森県に母港を置く学校。

 モチーフは旧ソビエト連邦。

 日本の学園艦の中で五本指に入る程の工業高校。

 一年の殆どを北方の寒冷な海域で航行している。

 昔から独裁制を敷いていて、不用意な発言をするとシベリア送り*1にされるとか。

 戦車道の人気が高く、校内のあらゆる場所で戦車の動く姿が見られる。

 おかげで戦車道全国大会では上位の常連校でもある。

 空戦道ではサンダース付属に次いで二番目の規模の大きさを誇る。

 主に旧ソ連空軍で運用された戦闘機を保有している。

 パイロットのTACネームはソ連航空機のNATOコードネームから引用されている。

 

パイロット達

 

コサック(COSSACK)

 背番号:225

 学年:三年

 身長:192cm(書き間違いじゃありません)

 好きな食べ物:ヒマワリの種

プラウダ高校のエースパイロット。

男勝りの性格で、なよなよした人間を嫌う。

いつもヤンキー座りをしているのは威嚇の意味もあるが、本音としては自分の高身長がコンプレックスで、あまり目立たないようにしたいから。

巨体に鋭い目付きも相まって、凄まじい威圧感を醸し出している。

でも本人は小さいぬいぐるみや人形が好きなようだ。

黒森峰のエース、レッドバロンとは昔から親しい間柄である。

空戦では大口径の機関砲による一撃必殺を狙ってくる。

TACネームと背番号の由来は世界最大の輸送機アントノフAn-225と、そのNATOコードネームであるコサックから。

 

使用機体:Yak-9T

ヤコブレフ社が開発した戦闘機。

Yak-1などの後継機として独ソ戦中盤から運用された。

それまではBf-109などのドイツ機に圧倒されていたソ連空軍だが、この機体の登場によってようやく互角に戦えるようになった。

様々な派生型があるが、T型は機首に37mmモーターカノンを搭載したタイプ。

37mmは威力が高いが反動が激しく、主に爆撃機や戦車などに対して使われた。

ただ、コサックは平然と戦闘機相手にバンバン命中させてくるのだから恐ろしい。

 

生徒たち

 

入一露音(いりいちつゆね)

 学年:三年

 身長:160cm

プラウダ高校の生徒会長。

異常なまでに太い眉毛がチャームポイント。

恐怖政治の主因であり、自らの邪魔をする者は容赦なく排除しようとする。

開校100周年の会長として、長年の宿敵だった継続高校の支配を試みるが、モルテンやサザーランドなどのパイロット達による活躍で阻止された。

 

カチューシャ

 学年:三年

プラウダ戦車道の隊長。

低身長であることから別名ちびっ子隊長と呼ばれることも。

ミカの戦車窃盗事件を会長に訴えた人物だが、露音はこれを継続高校を攻撃する大義名分に使えると判断したようだ。

*1
陽の当らない教室での補習




ちなみにF2Aバッファローはフィンランドで重宝された戦闘機です。
サンダース付属から買い取った話も、それが元ネタです。


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vs黒森峰編(第五章)
壊された誇り


いよいよラスト、第五章開始です。
敵対するはドイツ機を要する黒森峰。
これまで以上に戦闘シーンが多くなりそうです。


「こちら聖グロリアーナ飛行編隊、隊長のサザーランド。着艦許可をお願いできる?」

 

プラウダ高校との大空戦を終え、継続高校から帰路についた聖グロの飛行隊。

勝利こそしたが戦いで喪失した機体も多く、編隊の規模は出発時と比べて大幅に縮小している。

再びのフライトの末、母校の学園艦の艦影が見えてきた。

サザーランドが編隊長として、管制官に着艦許可を求める。

 

「こちら聖グロリアーナ管制塔。着艦を許可します」

 

許可が出たので、着艦のために高度を下げる戦闘機たち。

ふと滑走路の様子を見たメイヨーが、何か違和感を感じた。

 

「気のせいでしょうか?妙に機体の数が減っているような……」

 

サザーランドも、その感覚に気が付いた。

 

「確かに、数が少ない気がするわね」

 

滑走路周辺には、基本的に複数の機体が常に配備されている。

専門用語で言うと、<エプロン>と呼ばれる場所だ。

それは単純に格納庫だけでは収納スペースが足りないため、やむを得ず外に置くしかないためである。

しかし今日の聖グロ学園艦の滑走路は、やけにスッキリしている。

いくら継続高校に大編隊を送り込んだとは言え、不自然なまでに機数が少ないのだ。

 

「多分まとめて整備中なだけですわ。これくらいは珍しくありませんの」

 

確かにウェリントンの言う通り、幾つかの機体で同時に整備を行っている可能性が考えられる。

だとすれば、単なる杞憂に終わるだろう。

 

「そうね。とりあえず着艦しましょう。事情はその後聞けば良いし」

 

上空から観察していてもしょうがないので、一先ずは全ての機体を着艦させることにした。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「ふう。久方ぶりの母校帰還ね」

 

編隊の中で一番最後に着艦したサザーランド。

操縦席の風防を開けて、機体から降り立つ。

 

「やっぱり、明らかに静かすぎるわ……」

 

滑走路周辺を見回しても、やはり機体の数が少なすぎる。

一応、台風などで悪天候が予想される場合などはあらかじめ格納庫に退避させる場合もある。

ただ、今日の天気は晴れていて風も穏やかだ。

となると、やはり整備中なのだろうか?

 

「先輩、エプロンには普段どのくらいの機体が置かれているんですか?」

 

「この学校だと、大体30機くらいは外に保管されているはずよ」

 

聖グロリアーナの航空戦力は、合計でおよそ60機程度。

つまり半分は外に駐機され、残り半分が格納庫で保管するというのが普通だった。

 

「でも、今は見たところ5機ぐらいしか置いてなさそうですけど……」

 

「う~ん。整備中だとしても、一度に10機以上同時に整備することなんてあり得るかしら?」

 

ますます深まる謎。

 

「こういう時は、きよみんに聞くのが一番ね」

 

「整備班の班長さんですか。確かにあの人なら知ってそうですね」

 

基本的に空戦道における戦闘機の管理は、整備班の班長が最高責任者として行っている。

聖グロリアーナなら工藤清美に聞くのが手っ取り早いだろう。

普段通りなら、格納庫で機体整備や機械イジリに没頭しているはずだ。

早速、二人は格納庫へと歩いていった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「何よこれ……?」

 

格納庫の扉を開け、中の様子を見たサザーランドは絶句した。

 

「これはどういう状況ですか?先輩……」

 

メイヨーも同じく異常事態が起きていることに気が付いた。

何故なら目の前には絶望的な光景が広がっているからだ。

 

「あのハリケーン、胴体が穴だらけだわ……」

 

「あっちの機体も損傷してますよ……」

 

目に入るのは被弾したのか、酷くボロボロになった機体ばかり。

中には損傷が激しすぎて、何の戦闘機だったか特定できなくなるほどの状態の物もあった。

そんな傷だらけの機体達を、整備員たちは疲れ切った表情で必死に修理している。

まるで葬式のような重苦しく悲しい雰囲気が、格納庫全体を包み込んでいた。

 

「終わった。聖グロリアーナ空戦道はもう終わりだよ……」

 

そんなつぶやきすら聞こえる中、二人は急いで清美の姿を探した。

 

「きよみん!」

 

サザーランドが壁に横たわる清美を発見する。

 

「清美さん、しっかりしてください!」

 

「おう……、お二人さんか。よく帰ってきたねぇ……」

 

相変わらず薄汚れた格好をしているが、いつもの威勢のよさが感じられない。

 

「聞いてよきよみん。私たちプラウダ高校に勝ったのよ!しかもサンダース付属の支援なしで!」

 

「そうなんです!まぐれだけど、私も相手のエースを落としたんですよ!」

 

「そうかい……。そいつは良かったねぇ……」

 

勝利の吉報を聞いても、清美の表情は振るわない。

普段の彼女ならば、ゲラゲラ笑って勝利を歓迎しそうなのに……。

 

「ねぇきよみん。私たちがいない間に、一体何が起きたの?」

 

「教えてくださいよ、清美さん!」

 

「ああ、そうだねぇ……。あれは悪夢を見てるようだったねぇ……」

 

清美の口から出る()()の言葉。

とんでもない出来事が起きたのは間違いないようだ。

聖グロリアーナにおきた悲劇を、彼女が語り始める。

 

 

「つい昨日のことだった、お昼時くらいかねぇ。突然スクランブル発進を命令するサイレンが鳴った。それで待機してた戦闘機二機を発艦させたんだよ……」

 

「管轄空域に侵入したヤツがいるのね?」

 

学籍不明機の侵入を受けてのスクランブル発進。

学園艦の日常的な光景だろう。

異変が起きたのは、その後だった。

 

「そしたら3分も経たないうちに増援の要請が出たのさ。多分、迎撃に向かった二機が瞬殺されたんじゃないかねぇ……」

 

「3分!?随分早いですね」

 

「そうさ。私もこんなに短時間で援軍要請を貰ったのは初めてだったよ……」

 

迎撃機を発艦から3分足らずで撃墜される事など、滅多にない話である。

しかし清美の仕草を見る限り、嘘ではないらしい。

 

「それで追加の戦闘機を送ったけど、またすぐに撃ち落されたのさ。それで矢継ぎ早にパイロットを呼んでは動ける機体から発艦させた。それでも侵入機は撃退出来なかったよ。全部返り討ちさね」

 

「全部って、少な目に見積もっても10機以上よね!?それが全滅って……」

 

「冗談みたいだけど、本当だよ」

 

聖グロリアーナの戦闘機隊は、国内だけで比較しても高水準の機体とパイロットが揃っている。

それが一瞬で壊滅状態になるなど、まず考えられない事だった。

 

「それで気になって上空を見たわけさ。一体どんなヤツらだ?ってね。そしたらさ、敵は二機しかいなかったわけよ。しかも両方とも無傷だったかねぇ」

 

「たったの二機に、この学校の戦闘機隊が殲滅させられたってこと?」

 

「先輩、もしかして相手はエースだったんじゃないですか?」

 

メイヨーが、そう予測するのも必然だろう。

サザーランドが不在とはいえ、精鋭ぞろいの聖グロ飛行隊を二人で返り討ちにするなど、敵がエースパイロットだった可能性が極めて高い。

 

「確証は無いけど、多分そうさね。私は目を凝らして翼の校章を見た。そこには黒い十字のマークがうっすらと描かれていたよ」

 

「黒い十字のマーク?それって……」

 

日本に存在する学園艦の校章で、黒い十字の学校など一つしかない。

そう、熊本県の黒森峰女学院だ。

そして黒森峰のエースと言えば……。

 

「レッド……バロン……!」

 

サザーランドの手が怒りで小刻みに震える。

まさか自分が留守にしている間に、母校聖グロリアーナに来襲しているとは思わなかったからだ。

もしやレッドバロンは、わざとエース不在のタイミングを狙ったのだろうか?

それが分からなくても、彼女は自分の仲間とも言えるパイロット達を一方的にいたぶった事を許せなかった。

 

「そいつはレッドバロンって言うのかい?だとすれば相応しいTACネームだね。ヤツの機体は全身真っ赤に染められていたよ」

 

「赤い戦闘機……!モルテンさんの証言と一致します!」

 

赤い戦闘機乗り。そのキーワードで今回の事件と繋がった。

聖グロを壊滅させたのは黒森峰のエース、レッドバロンだ。

 

「そういえば、別のもう一機の方も中々の腕だったね。二機の連携は抜群だったよ。敵を褒めるのは嫌だけどさ……」

 

「もう一機……。レッドバロンの僚機かしら?」

 

これまでの情報で、レッドバロン本人の事はおよそ把握できていた。

しかし、僚機と思われる別の一機の情報は未だ不足している。

 

「とにかく、聖グロ航空隊は死んだよ。アタシらの誇りと共に、さ……」

 

当時の聖グロ側の戦闘機の機数は、継続高校に送った分を除けば約40機。

そして現在、稼働できる機数は10機以下。

となると実に30機以上を、レッドバロン率いる黒森峰の戦闘機に撃墜された計算になる。

これでは聖グロ航空隊が死んだ、と言っても過言ではない。

完全な立て直しには、相当のお金と時間が掛かるだろう。

 

 

「……いいえ。まだ死んでなどいないわ。私が生きているもの」

 

「その通りです!私も先輩もまだ戦えますよ!あ、あとウェリントンさんも!」

 

希望は残されている。

プラウダとの激戦を生き残った強者達が、聖グロに帰ってきたのだ。

彼女達ならば、黒森峰に報復できるかもしれない。

 

「……そうさね。こんな所で落ち込んでいられないよ。まだ整備班には仕事が残っている」

 

清美が作業用のヘルメットを被り、レンチを握る。

表情も幾分か和らいできた。

サザーランド達の帰還で、少しは元気を取り戻したようだ。

 

「お二人さん。会長室に行きな。多分、幸子会長が黒森峰への反撃作戦を企んでいるだろうから、それに協力すると良い。レッドバロンの首を取ってさ、敵討ちをしてくれないかい?」

 

「そうね。レッドバロンは許さない。絶対に対価を払わせてやるわ」

 

「仲間のパイロットさん達の無念を晴らしたいです!」

 

これでレッドバロンと戦う理由が出来た。

同じ学校の生徒を弄ばれて黙っているほど、彼女達は冷めていない。

黒森峰に灸を据えねば気が済まない、というものだ。

 

「メイヨー、会長室に行きましょう。レッドバロンは私達が倒すって会長に伝えなきゃ」

 

「そうですね、先輩。私もレッドバロンさんは見過ごせません!」

 

サザーランドとメイヨーが会長室に向かった。

今まで二人が会長室に行く時は、全て会長から命令された時だけだった。

自発的に向かうのは、これが初めてだろう。

それほど彼女達は、レッドバロンへの復讐心に満ちていた。

 

「うっしゃ。アタシ達も気合入れないとね!幸い、新型機の方は無事だったし!」

 

清美はグッと肩を伸ばして、損傷した機体の修理作業を再開した。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、黒森峰学園艦──―。

 

「ん~。どっちから先に潰しちゃおっかな~♪」

 

エースパイロットのレッドバロンが、カフェオレを飲みながらスマホをいじっていた。

空戦道用のフライトジャケットを着て、今すぐにでも戦闘機に乗れる状態だ。

背番号80番、<REDBARON>の文字が背中に書かれている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「センパイ、提案ですけどサンダース付属の方から狩りません?」

 

そう言うのはレッドバロンの後輩にして、僚機役を務めるハルトマンだった。

身長はメイヨーと同じくらいだろうか。

どこか腹黒いオーラを感じる生徒だ。

背番号は352番、<HARTMANN>の英字が背中に確認できる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「え~、どうして?」

 

「だって、聖グロはこの前散々いじめてあげたじゃないですか。今から行っても面白くないと思いますよ?」

 

「あ~それな。じゃあサンダースにしよっか~。その間に聖グロも持ち直すっしょ」

 

聖グロを壊滅させた二人の次なるターゲットはサンダース付属だった。

もう一度、同じことをするつもりだろうか?

 

「でもセンパイ、もう雑魚の相手は飽きましたよ。今度はちゃんとエースと戦ってくださいよ?元々それがセンパイの計画ですよね?」

 

「分かってるって~ハルトマン。()()()()()はウチの大本命だし~。この前は聖グロのエースが出張中だったから、ほんの憂さ晴らししただけだって~」

 

彼女達が動く理由は、基本的に楽しいかどうかで決まっているようだ。

ただレッドバロンの計画とされる、エース狩りについては未だその目的が不明だ。

わざわざ各校のエース達に喧嘩を売って、何をしたいのだろうか?

 

「んじゃ、メリケン野郎んとこに行きますか~」

 

「期待してますよ。サンダース付属の戦闘機隊は強いって聞きますし」

 

サンダース付属に向かうため、部屋を後にする二人。

そんな彼女達を遠目で見送っていた一人の生徒がいた。

彼女もまた、フライトジャケットに身を包んだパイロットだった。

 

「愚かな奴め。例え計画が成就しようとも、その先には闇が広がるだけだ……」

 

真っ黒なブラックコーヒーをすする、その生徒。

レッドバロンと関係がありそうな人物だが、正体は不明だ。

少なくとも、今のところは──―。

 

 




よくファンタジーとかで主人公の村や故郷を焼き払う悪役がいますよね?
レッドバロンがそんな感じです。


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エースを狩る者

聖グロリアーナ女学院の会長室──―。

 

「おのれ黒森峰!よりにもよってエース不在の隙を狙ってくるとは!許さん!」

 

生徒会長の幸子は頭に血が上っていた。

まあ、彼女の場合は何かと怒りやすい性格もあるのだが……。

 

「落ち着いてください、会長。ストレスは体に毒ですよ」

 

「我が校の飛行隊を荒らされて、冷静でいられると思うか!?」

 

秘書の宥めにも動じない幸子。

まさに怒り心頭である。

そこへ扉をノックする音が聞こえた。

 

「会長?私です、サザーランドです」

 

「む?もしや継続高校から帰還してきたのか?」

 

 

ドアを開けて入室するサザーランドとメイヨー。

ビシっと敬礼しながら、帰還の報告をおこなう。

 

「ただいま戻りました、会長」

 

「メイヨー、同じくです!」

 

「おお、よくぞ戻ってきた!」

 

帰還した二人の姿を見て、すっかり機嫌を良くした幸子。

暗いムードだった聖グロリアーナに、エースが舞い戻ったのだ。

 

「話は聞いている。先のプラウダ戦、大変ご苦労だった。よくぞサンダース付属の支援を受けずに勝利したものだ」

 

「ええ、そうですね。本当に苦しい戦いでした」

 

「継続高校のパイロットさん達の協力もあっての勝利でした!」

 

プラウダに対する勝利は、確かに朗報ではあったが、悪いニュースもある。

 

「しかし、味方の損害も大きかったです。援軍に出した20機の内、半数以上が墜落あるいは損傷しました。搭乗機を損失したパイロットにつきましては、人員輸送機で後日に帰還してくる予定です」

 

「そうか。やはり代償もそれなりか……」

 

全航空戦力の3分の1に当たる飛行隊が、半壊状態まで追い込まれた。

聖グロにとっては、これだけでも大損害だろう。

だが今はそれ以上の問題があった。

 

「参ったな。ただでさえ今は、我が校の戦闘機事情は苦しいというのに……」

 

「ああ会長。その件ですが、詳しく教えてもらえますか?黒森峰の仕業であるのは先程聞きましたが」

 

戦勝報告もつかの間、議題は現在の状況についての話になった。

 

「うむ。黒森峰の赤い戦闘機乗りについてだろう?実を言うと、以前から私の元にそれらしき情報は入っていたのだ」

 

「え?てことは、事前に来ることは分かっていたんですか?」

 

「そうだな……。いずれ来るかも、という程度は予測していた。ただ、このタイミングで来るとは想像もしていなかったのだ」

 

幸子は、以前からレッドバロンの動きをマークしていたらしい。

ただ、それが聖グロまで来るタイミングまでは掴めなかったようだ。

 

「既に他の学校の会長やパイロットの証言から、奴の狙いが何なのか分かってきた。どうやら各校のエースパイロットを執拗に追い回しているらしい」

 

「やっぱり、エースを落とすのがレッドバロンの目的なのでしょうか?」

 

「奴はレッドバロンと言うのか?ふむ、黒森峰のエースだけあって、ドイツの英雄の名を冠しているのか」

 

レッドバロンとは、第一次世界大戦におけるドイツ帝国の伝説的パイロット、マンフレート・リヒトフォーフェンの異名でもある。

黒森峰のパイロットは、ドイツの撃墜王と由縁のあるTACネームを付けられているので、実に相応しい名前だろう。

 

「これまで集めた情報から察するに、奴が倒していないエースは、あとわずかしかいないと推測している」

 

「ということは、それ以外のエースは全員落としたってことですか……」

 

「もしや大洗のエースまでやられちゃったんですか?先輩に勝ったパイロットにも?」

 

レッドバロンが制したエースの中には、かつてサザーランドを返り討ちにした大洗のエース、ムサシも含まれていた。

あの格闘戦の名人すら、エース狩りの魔の手からは逃れられなかったようだ。

 

「現在、レッドバロンが未だ制覇していないのは、ここ聖グロと、サンダース付属、それとプラウダの三校だと思われる」

 

「プラウダもですか?でもあそこのエースって……」

 

「確か、コサックさんはレッドバロンさんの友人でしたよね」

 

まだプラウダには姿を現していないのは、恐らくエースのコサックと親しい間柄だからだろう。

さすがに友人を手にかける程、レッドバロンも無情ではないらしい。

 

「そうか。となると、実質あと二校だけだな」

 

「ここ聖グロと、サンダース付属ですか……」

 

「ミニットマンさんが、レッドバロンさんと戦うことになるのでしょうか?」

 

もしレッドバロンの最終的な目標が、全エースパイロットの撃破ならば、サンダース付属のエースであるミニットマンとの対決は避けられないだろう。

 

「ミニットマン、アイツの実力は確かよ。でもレッドバロンとの戦いとなると、勝敗の予想はつかないわね」

 

サザーランドは友人としてだけではなく、一人のパイロットとしてミニットマンの強さを信頼していた。

だが相手は数多のエースを屠った怪物だ。

彼女としても、一概に勝利を確信できる訳ではなかった。

 

「いずれにせよ、再び聖グロリアーナにも来る可能性は高いだろう」

 

「でしょうね。間違いなく、レッドバロンは私の首を狙っている」

 

ある意味、レッドバロンは肩透かしを喰らっている。

元々サザーランドとの対決を望んでいたのだろうが、丁度その時は継続高校に行っていて留守だった。

結局、他のパイロットを一方的に撃ち落して気を紛らわせたのだろう。

ならばもう一度、今度はキチンとサザーランドと決着をつけに聖グロにやって来るだろう。

来るべきその日に備えて、何か作戦を練らなければならない。

 

「いい加減、我々も受け身のままではいられない。向こうがその気ならば、こっちから黒森峰に奇襲をかける手を考えてある」

 

「本当ですか?」

 

どうやら幸子には、黒森峰に対する反攻作戦を用意しつつあるらしい。

もしそこでレッドバロンを倒せれば、彼女の野望を止められるだろう。

 

「ああ、本当だ。まだ完成はしていないがな。近いうちに、黒森峰に攻勢をかける予定だ」

 

「分かりました。その時は、私も参加させて下さい」

 

サザーランドにとっては、仲間の敵を討つチャンスだ。

もちろん他の聖グロのパイロットにとっても、それは同じことだろう。

 

「前向きに検討しておこう。今日は以上だ」

 

「ありがとうございました。では失礼します」

 

お辞儀をしてから、会長室を後にする二人。

次に呼ばれるときは、黒森峰に出撃する直前のときだろう。

サザーランドとメイヨーは、その時を待ち遠しく思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

サンダース付属高校、学園艦──―。

 

「Take me on your mighty wings tonight~♪」(今宵、大いなる翼で導いてくれ♪)*1

 

エースパイロットのミニットマンは、アラート任務についていた。

趣味のポーカーゲームに興じながら、適当に暇を潰していたが……。

 

そこにスクランブル発進を命ずるサイレンが鳴り響いた。

 

「Oh. Incoming!」(おっと、来やがったか!)

 

急いでカードを片付いて、発艦準備を手早く済ませる。

彼女の愛機であるF4Uコルセアの翼が展開され、巨大なプロペラが回転し始める。

そのまま滑走路を駆け抜けて、迎撃態勢に入った。

 

「Follow me!」(ついてこい!)

 

サンダース付属の編隊は、合計4機の戦闘機から成る。

編隊長はもちろん、エースのミニットマンだ。

 

「Where is enemy?」(敵は何処かな?)

 

辺りを注意深く見回し、敵機の姿を探す。

しばらくすると、二機の戦闘機が向こう側から飛んでくるのが見えた。

 

「Ah. that's you?」(ああ、お前か?)

 

それは真っ赤な塗装を施した機体が率いていた。

そう。黒森峰のエース、レッドバロンの操るFw-190d-9だ。

 

「ウェーイ!ウチのお出まし~!」

 

もう一機は後輩のハルトマンが搭乗するBf-109g-6。

フォッケウルフに比べると細身の機体である。

 

「センパイ、相手はコルセアですよ。これは楽しめそうですね」

 

黒森峰のエースの情報は、ミニットマンも気になっていた。

だからこそ、サザーランドにも情報の提供を求めていたのだ。

しかし、こうして目の前に現れた以上、撃墜して勝利するしかないだろう。

 

『You picked the wrong school fool!』(ケンカを売る相手を間違えたな、間抜け!)

 

『ウチのためにも、アンタには落ちてもらおっかな!』

 

激突するサンダースと黒森峰のエース。

果たしてミニットマンは、レッドバロンの進撃を止められるだろうか?

今後のサザーランドの動きにも関わる対決が、今始まった──―。

 

 

*1
映画<トップガン>の挿入歌、Mighty wingsの歌詞




今更ですが後輩キャラ二人の見分け方は、
漢字で「先輩」と言う方が聖グロのメイヨー。
カタカナで「センパイ」と言う方が黒森峰のハルトマンです。
口調は両者とも似ていますが、メイヨーは真面目な喋り方で、ハルトマンは毒舌で意地が悪そうな喋り方です。


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黒森峰vsサンダース

レッドバロンとミニットマンの対決ですが、二人共サザーランドと比べて騒がしいです。


「Let's begin!」(始めようか!)

 

()()()()()のお時間で~す!」

 

相対する二校の戦闘機隊。

片方は、ミニットマン率いる四機のF4U-1dコルセア。

もう片方は、レッドバロンとハルトマンの二機編隊(エレメント)だ。

互いに、ほぼ同高度での接敵で戦闘が始まった。

 

「ハルトマン~、ちゃんと援護してよ~?」

 

「いいですよ。精々、流れ弾には当たらないで欲しいですね」

 

手始めにペアを散開させて、戦闘態勢に入るのは黒森峰の二人。

 

「Right left go!」(右と左だ、行け!)

 

対するサンダース付属側は、二機ずつに分かれて対応する。

二対一で有利な状況だが、ミニットマンは気を抜かず攻めていく。

 

「Criss-cross!」(交差しろ!)

 

分散した二つの編隊に更なる指示を出す。

それは一機が前に、もう一機が後ろに飛行しながら絶えず双方のポジションを交換していく、サッチウィーブ戦法だ。

これは以前、ミニットマンがサザーランドとコンビを組んだ時に使ったのと同じ戦法である。

サンダース付属のパイロットにとって十八番とも言える戦い方だろう。

 

「Time for turkey shooting!」(七面鳥撃ちの時間だ!)*1

 

定石通り、囮役が前に出て攻撃役が後ろでカバーできる位置につく。

それぞれの編隊が、黒森峰側の二機を前後で挟み撃ちにする。

 

「ふ~ん。そういう感じで来るんだ?」

 

「センパイ、さっさと片付けますよ」

 

敵に囲まれるような格好になった二人だが、この程度では動じない。

これまで数々のエースと戦った経験と実力は伊達ではないのだ。

囮役と攻撃の位置関係を確信しつつ、前にいる敵機を攻撃する。

 

「くらえアメ公!」

 

フォッケウルフの13mm機銃と20mm機関砲が、コルセアに降り注ぐ。

 

「オーマイガー!」

 

四門の総砲火を食らい、囮役の一機がたちまち炎に包まれる。

だがここまでは、サンダース側も想定内だ。

サッチウィーブの真髄は、片方が落とされても容易にカバーできる点にある。

 

「Fire!」(発射!)

 

その後方、攻撃役を担っていたミニットマンが報復を試みる。

12.7mm機銃6門が火を吹くが……。

 

「あっぶな!」

 

レッドバロンはすぐさま機体を急降下させ、機銃の雨から逃れる。

彼女は元々、囮役を落としたら即座に離脱するつもりでいたので、F4Uコルセアの攻撃を間一髪で回避できたのだ。

 

「Are you kidding me?」(冗談だろ?)

 

ミニットマンがお得意のサッチウィーブを失敗したのは、これが初めてだった。

知波単のエース、カグツチの場合はサッチウィーブにそもそも付き合わない方針だったため、不発に終わった。

だが今回は完全に挟んだ状態から囮役が落とされた上で、攻撃役のカバーも凌がれた。

彼女にとっては前代未聞の現象だったのだ。

 

「こちらヘルファイア。メッサーシュミットを仕留め損ねた!」

 

ハルトマンの機体を追っていた別の編隊の攻撃も、失敗に終わる。

こちらも囮役は犠牲になった。

 

「ひゅー。ちょっと危なかったかな~?」

 

「サッチの機織りってやつですね。知っていれば何とかなります」

 

早くも二機を損失し、サンダース側は数の有利を失った。

 

「……OK. You're good」(……なるほどね。やるじゃないか)

 

この結果から得られる情報は一つ。

黒森峰の二人には、並大抵の戦法では通用しないということだ。

ミニットマンとしても、それは元から察していた。

ただ、これほどまで見事に対処されると逆に感動すら覚える。

 

「I'll do my best!」(本気を出そうか!)

 

まだミニットマンの心に残っていた僅かな油断が、完全に消えた。

相手は本物の強者だ。

気を抜いては一瞬で撃墜されるだろう。

ならばエースパイロットとして全力を尽くすのが礼儀というものだ。

 

「Hellfire. Let's do this!」(やってやろうぜヘルファイア!)

 

自分の機体と、生き残りのパイロットで再び体制を整える。

今度は二対二の平等な勝負だ。

 

「また来ますよ、センパイ。ちょっとは骨のある敵ですね」

 

「第二ラウンド開始、って感じ~?」

 

レッドバロン達も正面から迎え撃つ。

ただひたすらに熱い戦いを求める彼女たちとしても、この対決は望むところだ。

 

「You're strong. but I'm better!」(お前は強い。だが私の方がもっと強い!)

 

「この重圧感……。エース対決でしか味わえないかなぁ!」

 

ミニットマンのF4Uコルセアが、下方から仕掛ける。

レッドバロンのFw-190を突き上げる形だ。

 

「当てられるかな~?」

 

下から来る猛烈な弾幕を、レッドバロンは機体を回転しながら回避していく。

フォッケウルフのロール性能は優秀だ。

こういった状況では役に立つことだろう。

 

「Fall down!」(落ちろ!)

 

ミニットマンも必死に攻撃するが、素早いエルロンロールを続けるFw-190には中々ヒットしない。

そうこうしているうちに運動エネルギーが減少して、上昇速度が低下していく。

 

「Ahh this is bad」(これはマズいか?)

 

仕方なく攻撃を中断し、機体を水平に戻そうとするミニットマン。

 

「チャーンス!」

 

するとレッドバロンが突然、機体を上下反転させ降下に入る。

これは釣り上げという空戦機動と一致している。

そう、これこそが彼女の作戦だったのだ。

ミニットマンは自分の意思で下方からの攻撃を仕掛けたのだろうが、それが逆に利用されてしまう形となってしまった。

 

「Damn……」(くそっ……)

 

「今度はウチのターン!」

 

敵を追う身だったミニットマンが一転、追われる身となる。

今まで上昇した距離が、そのまま降下する距離だ。

二機は急激に高度を落としながら戦っている。

レッドバロンが放つ機銃と機関砲の嵐から、何とか逃げ切ろうと模索する。

 

「Calm down……」(落ち着け……)

 

ミニットマンはスロットルレバーを絞り、F4Uコルセアの速度を下げようとする。

あえて減速することで敵機を追い越させる、つまりオーバーシュートさせ形勢逆転を狙う戦法だ。

降下しながら追われる場合は、とても有効な作戦だが……。

 

「バレバレだっての!」

 

レッドバロンも同様に、スロットルレバーを絞ってエンジン出力を低下させているため、そう簡単には逆転できない。

となると、ミニットマンは何かしらの方法で更なる減速を行わなければならない。

 

「I have an idea!」(いい手を思いついた!)

 

とっさにひらめいたミニットマン。

F4Uコルセアの車輪を展開し始める。

本来なら車輪は着陸及び着艦の時しか使用しないのだが、何故このタイミングで展開したのだろうか?

 

「へえ~。そういうことできんだ」

 

するとF4Uコルセアの速度が更に低下し、レッドバロンのFw-190との距離が縮まってくる。

そう、車輪が新たな空気抵抗を生み出し、エンジンを切るだけでは出来ない程の減速に成功したのだ。

これはF4Uコルセアという機体が、元々空母で運用するために足回りを頑丈にしてあるからこそ可能な戦法だった。

並の戦闘機の車輪では、空戦時の高速機動状態で展開しようものなら空気力に耐えきれず展開できないか、できてもシュポーンと吹っ飛んでいくだけで終わるだろう。

 

「でもそれ、ウチのドーラでもいけんだよねー」

 

するとレッドバロンも真似して車輪を展開した。

彼女の言う通り、実はFw-190も足回りが頑丈な設計の機体なのだ。

元々ドイツの技師たちが、地面の状態が悪い不整地での離着陸性能を重視したからこその造りだった。

結果的には両者共に車輪を出しながら戦うという、傍から見ればシュールな光景となった。

 

「What's the hell!?」(何が起きてるんだ!?)

 

だがミニットマンにとっては笑い事ではない。

自分の渾身の作戦が空回りし、ピンチからの脱却に失敗した。

レッドバロンの攻撃は未だ続いている。

このまま降下しても、いずれ海面に激突するだけだろう。

どこかのタイミングで機体の引き起こしをしなければならない。

 

「そろそろキツイんじゃな~い?」

 

だがそれは容易ではない。

迫りくるレッドバロンの弾幕をかわしつつ、もう一度水平状態に戻すのは至難の業だ。

しかも──―。

 

「センパイ、こっちは片付けましたよ。今から援護に向かいます」

 

悪いことに、ハルトマンがもう一機のF4Uコルセアを撃墜したことでサンダース側の戦力は、ミニットマンの単騎だけになってしまった。

こうなるとエースである彼女でも非常に厳しい。

 

「Jesus christ……」(頼むよ神様……)

 

今は限界近くまで失速している状態なのだ。

もし速度の乗ったハルトマンのBf-109に狙われようものなら、振り切るのは不可能だろう。

ミニットマンの脳裏に()()の二文字が浮かぶ。Loseの四文字の方が正しいかも

 

「そろそろ仕上げよっか、ハルトマン!」

 

「え?私が貰ってもいいんですか?」

 

いよいよトドメを刺そうとする黒森峰の二人。

Fw-190とBf-109が連携して追い詰めていく。

そのコンビネーションは抜群だった。

 

「No……」(やめろ……)

 

ミニットマンは上から来る赤い戦闘機と、背後から接近する僚機を見て絶望した。

次の瞬間、最後のコルセアは二機の猛攻を受け、あっという間に炎上しながら墜落していった。

またしても一人、エース狩りの犠牲者が増えたのだ。

 

 

 

 

 

「はいおしまーい。サンダースも攻略しちゃったー」

 

「目標達成ですね、センパイ。追手が来る前に退散しましょう」

 

そのまま二機は急いでサンダース付属の上空から撤退した。

 

 

*1
太平洋戦争のマリアナ沖海戦において、米海軍の艦載機が日本の戦闘機を一方的に多数撃墜した現象を揶揄した言葉。まるで七面鳥を撃ち殺すかのように簡単に落とせたことから名付けられた。



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飛べないエースは

「ねえパパ。どうして名前を変えなきゃいけないの?」

 

「それはね、パパがママと別れてしまったからだよ。これからは東雲って苗字になるんだ。パパが結婚する前の苗字でさ……」

 

 

 

 

「……ハッ!」

 

ベッドの上で目を覚ましたサザーランド。

どうやら夢を見ていたようだ。

 

「かなり昔の事ね。どうして今更こんな夢を見るのかしら?」

 

ゆっくりとベッドから起き上がる彼女。

寝ぼけまなこでスマートフォンを確認する。

 

「……ん。通知が一件?」

 

見れば誰かからのメールが一件、受信されていた。

送り主は生徒会からだった。

 

「これは……、時が来たってやつかしら」

 

その内容は今日の午前中、生徒会長から重要な話をするので会長室に来るように、というメールだった。

それが意味するのは一つ、黒森峰への反撃を実行するタイミングが到来したということだろう。

レッドバロンに復讐する時間だ。

 

「待ちわびていたわ。アイツに煮え湯を飲まされるのも、これで終わりね」

 

サザーランドは手早く身支度を整え、会長への謁見に備える。

簡単な朝食と歯磨きをした後、自室を後にした。

 

 

 

*

 

 

 

「あっ、先輩!おはようございます!」

 

「メイヨー、おはよう。あのメール見た?」

 

会長室に向かう途中、メイヨーと合流した。

サザーランドの僚機を務めるパイロットとして、彼女も同様に呼び出されたのだろう。

 

「見ましたよ。いよいよですね!」

 

「黒森峰への代償、たっぷり支払わせてもらいましょう」

 

高ぶる戦意を何とか抑えながら、艦橋内のエレベーターに乗り込み、最上階へのボタンを押した。

生徒会室を足早に奥へ進んでいく二人。

 

 

「諸君、朝からご苦労。歓迎するぞ」

 

そこで生徒会長の幸子が出迎える。

周りには他にも何人かの聖グロ所属のパイロット達の姿があった。

その中には……、

 

「おはようございましサザーランド。それに後輩さん」

 

「やっぱり、あなたも参加するみたいね」

 

サザーランドに次ぐナンバー2であるパイロット、ウェリントンも到着していた。

ここまで勢揃いとなると、学園総出での決戦となるだろう。

 

「よし、全員集まったな?では始めようか。ドアを閉めてくれ」

 

会長室の扉が閉まり、室内には幸子以外は今回の作戦に参加するパイロットのみが残された。

部外者の入室は一切禁止、極秘の会議である。

 

以下しばらく幸子の独壇場

 

 

「さて諸君。薄々察している者もいるだろうが、今回お前達を招集したのは、これから大規模な航空作戦の説明をするためだ」

 

幸子はペンを手に取り、カレンダーの日付に丸をつける。

 

「この日、我々は最大の屈辱を受けた。とある学校の戦闘機の来襲で、数多くの機体が犠牲となる惨事となった。その元凶こそ、熊本県の黒森峰女学院だ!

 

怒りのこもった声で話し続ける幸子。

この状態の彼女に口出しする者はいない。

鬼気迫る迫力で、誰も横槍を入れる気が起きないのだ。

これは生徒会長として強烈なスキルだろう。

 

「そして今回の作戦こそ、その黒森峰への反攻作戦である。内容を簡潔に言えば、我々の航空隊を送りこんで奴らの迎撃機を返り討ちにする。要するに意趣返しだ」

 

この作戦は、いわば向こうが行った行為をそのまま真似するようなものだ。

そうすることで、聖グロ側として溜飲を下げたいのだろう。

 

「黒森峰……。あの学校は、我が校が没落した原因の一つだ。かつての栄光を取り戻すためにも、奴らには相応の罰を与えねばならない」

 

彼女の言う通り、黒森峰は聖グロ一強時代を終わらせた存在だった。

学問や武道を問わず、あらゆる分野で聖グロに挑戦し、王者の座を奪いとった。

もちろんそれは公正な勝負の結果だったが、幸子としては己の学校が落ちぶれた理由として個人的に恨んでいた。

それを抜きにしても、聖グロと黒森峰はお互いをライバル視する関係にあった。

 

 

「すまない。話が逸れたな。作戦の狙いについて話を戻そう。今回の最重要ターゲットは黒森峰のエース、レッドバロンだ。コイツは先日我が校に来襲した編隊のリーダーであった可能性が高い。俗に言う悪の親玉だ。そしてコイツをどうやって仕留めるかが、一番の課題となるだろう」

 

やはり登場したレッドバロンの名前。

彼女をどう攻略するのか?幸子は必死にそれを考え続け、ついにとっておきの秘策を閃いたようだ。

 

「これより打倒レッドバロンを目標とする部隊を結成する。隊長はウェリントンにやってもらおう」

 

「直々に任命して頂き光栄ですわ、会長」

 

一番機を担当するのはウェリントン。

その人選に異を唱えようとしたサザーランドだが、ここは一旦我慢した。

まだ幸子の話は続いているからだ。

 

「それ以外のメンバーも発表しよう。リッチモンド、グロスター、エイルザ、チャムリー、サフォーク、ギャロウェイ、そしてモートンだ。今指名したパイロット数名をもって、黒森峰に攻勢をかける」

 

「……あれ?」

 

部隊の人員が公表されるが、そこにサザーランドやメイヨーの名は無かった。

一体どういうことだろうか?

 

「ではこれより具体的な作戦の詳細について──―

「待ってください、会長。私の名前が呼ばれていませんが……」

 

サザーランドが口を挟むと、幸子は露骨に不機嫌な顔をした。

 

「お前たち二人は参加させない。代わりにアラート任務に就いてもらう」

 

「え?スクランブルに備えろってことですか?でもそれって……」

 

「いいか?エースであるお前は、我々の最後の切り札だ。故にお前が落とされては困る。だから今回は戦力温存という形をとらせてもらった」

 

「会長、自分が何を言っているのか理解していますか?今回の狙いは敵エースの討伐でしょう?だとすれば何故、私を出撃させないのですか?」

 

半ギレ状態で質問するサザーランド。

彼女が怒るのは当然だった。

空戦道において、エースに対抗できるのはエースだけだ。

それは今までの戦いで幸子も承知しているはずだろう。

だと言うのに、今回はサザーランドを温存してレッドバロンを倒そうというのだ。

いくら聖グロが追い詰められているとはいえ、この選択は悪手と言わざるを得ない。

 

「先輩の意見に賛成します!今は出し惜しみをしてはいけないと思います!」

 

メイヨーも、サザーランドの意見に同調する。

これまで会長に怯えてばかりの彼女でさえ、幸子の愚策には黙っていられなかった。

 

「頼む。理解してくれ。この作戦はエース抜きでも成立する。必ずや、レッドバロンを撃墜できるはずだ。だからお前達は参加させない方針でいく」

 

「どんな戦法を取るのか知りませんが、レッドバロンに奇策は通用しないでしょう。数多のエースを打ち負かした実力を侮ってはいけません」

 

 

二人が口論していると、会長室の電話が鳴りはじめた。

 

「おっと失礼。……私だ。……ふむ、そうか……」

 

 

 

 

 

通話を終えると、幸子は受話器を置いた。

 

「誰からですか?」

 

「サンダースの久米子からだ。どうやら向こうのエースが、何者かに撃墜されたらしい。十中八九、レッドバロンの仕業だろうがな」

 

サンダース付属のエース、つまりミニットマンが撃墜されたとの情報が、プレジデントの久米子から伝えられたようだ。

つまりレッドバロンがサンダースに勝利したということだ。

となると、残るエースは聖グロのサザーランドただ一人になる。

()()()()()の魔の手が、もう目前まで迫りつつあった。

 

「会長。いい加減お分かりでしょう。ミニットマンすら敵わない相手に、姑息な戦法を仕掛ける場合ではないんです。エースである私を出撃させなければ、サンダースの二の舞を踏むだけです」

 

「そうですよ!今サザーランド先輩を戦わせずして、どこで戦わせるんですか?」

 

ますます反抗的になっていく二人に、幸子は堪忍袋の緒が切れた。

そしてこんな指示を下した。

 

 

「風紀委員、この二人を部屋から連れ出せ」

 

会長が指示を出すと、即座に風紀委員数名が入室し、サザーランドとメイヨーを強引に取り押さえた。

 

「ちょっ、会長!私の話を聞いて……!」

 

「離してください!何も悪いことはしてないですよ!」

 

「黙れ。私に逆らったのが悪い。とにかく、今後しばらくはスクランブル以外での発艦及び出撃は禁ずる。以上」

 

抵抗虚しく、二人はそのまま無理やり会長室から退室させられた。

周りで止める者はいなかった。

下手に意見しては、自分も同じ目にあうことを察していたからだ。

 

 

 

「さて、邪魔者は消えたな。話を再開しようか」

 

「……了解ですわ」

 

この仕打ちには流石のウェリントンも同情した。

とはいえ、到底それを口に出せる雰囲気ではなかった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

二人が風紀委員から解放されたのは、艦橋の外だった。

 

「ああっ、もうイライラする!」

 

サザーランドはかつてないほどまでに、幸子への怒りを募らせていた。

元々会長の権力濫用っぷりには不快感を示していた彼女だったが、先ほどの件でそれは決定的となった。

いくら生徒会長の権限が強いとは言え、ここまでの暴挙をされると許すことは出来なかった。

だが彼女がイライラする原因は、それだけではない。

今回の作戦に参加できなかったことで、レッドバロンとの対決が遠のいてしまったのだ。

そのダブルパンチで、彼女の怒りは最高潮に達していた。

 

「先輩、とりあえず冷静に──―

「あのクソ女!今度スピットファイアで機銃掃射してやろうかしら!?」

 

普段はどちらかというと落ち着いた印象のサザーランドだが、今回ばかりはミニットマン顔負けのハイテンション気分だった。悪い意味で、だが。

 

「20ミリ機関砲じゃ足りないわ!トールボーイ*1で艦橋ごと吹き飛ばさいと気が済まないわよこんなの!」

 

(ダメだこの先輩、早く何とかしないと……)

 

英語のSPITFIRE(スピットファイア)には()()()()()()()()()と言った軽蔑の意味も含まれるが、今の彼女がまさしくそうだろう。おまけにスピットファイア乗りのパイロットなのだから傑作だ。

 

「そこのナレーター!やかましいわよ!」

 

あっ、ごめんなさい……。

 

「この怒り、ローストビーフ丼特盛を二杯……。いや三杯食べないと収まらないわ!今すぐ食堂に向かいましょう!」

 

「ああ先輩、待ってください!私も行きますから!」

 

そのまま彼女は猛スピードで食堂にダッシュしていった。

ローストビーフ丼を四杯も完食したところで、ようやく怒りは収まったのだった。

 

*1
イギリスが大戦中に開発した巨大爆弾。頑丈な建築物を破壊するために5トンもの重量を誇っている。



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ただのエースだ

「お姉ちゃん大っ嫌い!もう私、空戦道なんて辞めてやるわ!」

 

「あっそ!じゃあ戦車道でも何でも好きにしたら!」

 

 

 

 

「……んがっ!」

 

ソファーの上で目を覚ましたレッドバロン。

ここは黒森峰の学園艦だ。

 

「何でウチ、こんな昔の夢を?」

 

目を擦りながら起き上がる彼女。

そこには後輩のハルトマンがいた。

 

「ああ、センパイ。おはようございます。何かうなされてましたけど、いい夢でも見ました?」

 

「別にー。ちょっと中学時代の嫌な事を思い出しただけー。」

 

淹れたてのコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり混ぜたカフェオレを、レッドバロンは飲んだ。

どうやら彼女は、かなりの甘党のようだ。

 

「はー、うま。やっぱこれしか勝たんわ。」

 

そこに別のパイロットが、二人のいる部屋に入ってきた。

そしてレッドバロンの前に散らかる、シュガースティックの袋とコーヒーフレッシュの容器を見て笑いだした。

 

「何だお前。高三にもなって未だにブラックコーヒーすら飲めないのか?」

 

その人物は、少し前にサンダース付属へ飛び立つ二人を見送った正体不明の生徒だった。

彼女はコーヒーに砂糖やミルクを入れず、ストレートで飲むのが好みのようだ。

 

「うっさい。人が飲むものにケチつけないでくれる?」

 

あからさまに不機嫌になるレッドバロン。

 

「カフェオレはフランス式の飲み方だぞ?さてはお前、マジノかBC自由のスパイか?」

 

「だーかーらー、私がどうやってコーヒーを飲もうが、アンタには関係ないっしょ?」

 

加熱しそうになる二人の喧嘩を、ハルトマンが仲裁に入った。

 

「まあまあ。ガーランドさん、お疲れ様です。センパイは寝起きで頭が回ってないんですよ。このへんで勘弁してもらえませんかね?」

 

「ちょっ、ハルトマン。地味に今ウチの悪口言った?」

 

ハルトマンがレッドバロンを小馬鹿にしたような発言をすると、ひとまず口論は落ち着いた。

 

「ふっ、よく分かってるじゃないか。コイツは常に頭が回ってないのさ。」

 

「ガーランド~!アンタ、所詮ナンバー2のくせに生意気じゃね?」

 

黒森峰のナンバー2パイロット、ガーランド―――。

比較的真面目で騎士道精神を重んじる彼女は、ある意味レッドバロンより黒森峰の生徒らしい人物かもしれない。(というよりレッドバロンが黒森峰の真面目な校風に似合わな過ぎる)

背番号は104。三年生パイロットだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ナンバー2だと?そのポジションはいずれお前のモノになるだろう。私がもうすぐエースの座を奪うからな。」

 

「アハッ、マジうける!ウチに勝てると思ってんの~?」

 

聖グロではサザーランドとウェリントンの仲が悪かったが、どうやら黒森峰でもエースとナンバー2の関係は冷え込んでいるようだ。

最も、それは空戦道では古今東西どの学校でも同じなのだが……。

 

「ガーランドさん。わざわざセンパイのところに来たってことは、何か用事があるんですか?それとも単なる冷やかしとか?」

 

「悪いが冷やかしに来るほど私は暇ではない。今日は会長からの伝令を伝えにきた。」

 

会長、という言葉を聞くとレッドバロンの表情が固くなった。

彼女には、会長から呼び出される心当たりがあったからだ。

 

「げぇっ。もしかして、あの件についてとか?」

 

「知らんな。とにかく、会長室に行ってこい。あのお方、かなりご立腹のようだったぞ。」

 

黒森峰の生徒会長がどういった人物なのかは不明だが、やはり生徒達から特別な扱いを受けているのは間違いないようだ。

エースパイロットであるレッドバロンを、直々に招集できる程度の権力は持っているらしい。

 

「ありゃりゃ。これは会長の鉄槌が炸裂しそうですね。」

 

「ハルトマン、お前も名指しで呼び出しされているぞ。」

 

「行くしかないか~。流石にあの家系の人間には、この学校だと逆らえないし~。」

 

レッドバロンとハルトマンは、渋々部屋を出て艦橋にある会長室に向かった。

そんな二人を眺めながら、ガーランドはブラックコーヒーを堪能した。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

黒森峰女学院、会長室―――。

モダンな印象のこの一室には、聖グロと同様に限られた者だけが立ち入ることのできる空間だった。

そこに置かれた立派なデスク、生徒会長専用の椅子に一人の女性が座っていた。

 

「遅いですね……。」

 

黒いおかっぱに赤い髪留めを付けたその女性は、腕時計をしきりに確認しながら目的の人物が来るのを待っていた。

すると会長室のドアが開かれ、その問題児は姿を現した。

 

「ちーっす。お疲れーっす。」

 

言うまでもなく、それはレッドバロン本人であった。

同学年とはいえ、仮にも目上の人への挨拶とは思えないほど軽い口調で入室してきた。

 

「レッドバロンさん?私は10時ピッタリに、ここへ来るように命令しました。現在時刻は10時6分。この遅れは何ですか?説明しなさい。」

 

開始早々、質問攻めを仕掛ける生徒会長。

 

「え~。別に5分くらい誤差ですよ誤差。」

 

「5分じゃありません。6分です。それにその気の抜けた態度。生徒会長と話をするには不適切です。もっと礼儀正しく振る舞いなさい。あなたのような気の緩んだ生徒が一人いるだけで、学校全体に悪影響を及ぼすのですよ?とりわけここ黒森峰女学院は風紀を重んじる校風です。そのためには、他校の生徒よりも一層厳しく、規律を守らなければなりません。それを理解した上で―――

 

「あー、もう結構です。ピリピリし過ぎだって~、西()()()()?」

 

レッドバロンが反省の意らしきものを見せると、生徒会長の言葉責めは収まった。

 

「まあ良いでしょう。この西住普美(にしずみふみ)、あいにくと不埒な輩は見逃さない主義です。今後も不適切な行為を繰り返す生徒には、徹底的な指導を行います。」

 

西住普美(にしずみふみ)―――。

それが黒森峰女学院の生徒会長の名だ。

元風紀委員である彼女には、絶対的な正義があった。

それは学校の風紀を乱す者には、容赦なく対処しなければならないという考えだった。

まさに黒森峰のトップに立つに相応しい人物だろう。

 

「さて、レッドバロンさん。あなたには一つ、ペナルティを与えなければなりません。」

 

「え?ペナルティ?何かウチ、悪いことしました?」

 

話が本題に移った。どうやら普美はレッドバロンに対して処罰を用意しているらしい。

 

「とぼけないように。あなたがここ最近、無許可で出撃して他校の空域に侵入を繰り返している件です。」

 

「うっ、それは……。」

 

本来、パイロットがスクランブルや訓練以外の目的で学園艦から発艦するには、生徒会長の許可が必要だ。

しかし、ことレッドバロンに関しては無許可での発艦を繰り返していた。

その目的は言うまでもなく()()()()()のためだったが、普美に対しては秘密にしていたのだ。

 

「一応あなたはエースパイロットですから、多少の違反には目を瞑りましょう。しかし、ここ最近の行動は例外です。いくら特別待遇でも、限度というものがありますからね。」

 

「……うっす。」

 

普段はウザい威勢のいいレッドバロンでさえ、会長から睨まれれば従うしかなかった。

数万人の生徒の頂点に立つ人物には、絶大な権力がつきものだ。

 

「今回のペナルティについては、一ヶ月間スクランブルを除いた発艦及び出撃の禁止です。これは謹慎処分の一環です。よって今後のあなたの行動次第では、更なる期間延長もあり得るという点を、よく頭に入れておくように。以上です。」

 

「うへえ、それはキツイっすわ~。反省しま~す。」

 

相変わらず本気で謝っているか微妙な態度だが、レッドバロンはこの謹慎処分を仕方なく受け入れた。

 

「言っておきますが、この処分は一年生のハルトマンさんも受けてもらいます。さっきから部屋の外で隠れているつもりでしょうが、私にはバレていますからね!」

 

室外にも聞こえるような大声で、ハルトマンにも厳重注意を言い渡した。

 

「ひえー、やっぱり生徒会長って恐ろしいですねぇ。」

 

「それなー。じゃあウチらはこの辺で失礼しまーす。」

 

普美による言いつけが終わると、レッドバロンとハルトマンは逃げるように生徒会室から立ち去ったのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「あー!マジ最悪!あと一歩で、ウチの目的が達成されたのにー!」

 

レッドバロンは元の部屋に戻ると、勢い良くソファーに飛び込んで座った。

相変わらずガーランドはブラックコーヒーを嗜んでいる。

 

「残念だったな。お前のエース狩りとやらも、ここで足止めだ。」

 

「ふざけんなマジ!残りは聖グロのエースだけなのに~。」

 

レッドバロンが苛立つ理由は単純明快だ。自らの目的である全学校のエース撃墜は、サンダース付属のミニットマンを倒した今、サザーランドただ一人だけだった。しかしそれが普美からの謹慎処分によって、対決の機会が失われてしまったのだ。

 

「まあいいじゃないですかセンパイ。一応まだ向こう側からやって来る可能性もありますし。そうすればスクランブル発進なので合法ですよ。」

 

このとき黒森峰側は知るよしも無いだろうが、サザーランドも理由は違えど同じくスクランブル以外での出撃禁止令を受けていたので、二人のエース対決が実現する可能性は皆無になったのだ。お互いが戦いを望んでいるというのに、それが双方の生徒会長から咎められるというのは、何とも皮肉な結果である。

 

「哀れだな。最後のエースを目前にして、計画が頓挫するとは。」

 

「そのしたり顔、マジでムカつくからやめてくんない?」

 

他人の不幸は蜜の味とも言うが、今のガーランドがまさしくそうだろう。

 

「聖グロのエースか……。魅力的な響きだ。どうやらスピットファイアを華麗に操るパイロットらしいな」

 

「あれ?アンタ、サザーランドのこと知ってんの?ズッ友のコサックを撃墜したヤツ。」

 

サザーランドとガーランドは学園艦も違う上に面識もないはずだが、なぜかガーランドは知っている素振りを見せた。とはいえ、ここ最近サザーランドは色々な場所へ出向いているため、他校のパイロット達からも多少噂になる程度には知名度があったようだ。まあ、エース狩りをしているレッドバロンには遠く及ばないのだが。

 

「良いことを思いついた。お前より一足先に、聖グロのエースを制覇してやろう。私個人としても、ヤツの実力が如何ほどか気になっていたのでな。」

 

ガーランドがそんな発言をすると、レッドバロンは焦りを見せ始めた。

 

「ちょっとアンタ、サザーランドはウチの獲物だっての。それに言っておくけどアイツはエースだから、所詮ナンバー2のアンタが敵う相手じゃねーし。」

 

「ふっ、分かりやすいな。私が先に倒してしまいそうだから、そう言って脅そうとしているのか?あいにくだが、その程度で怖気づく私ではない。敵エースに対する戦法くらいは用意してある。悪いが、サザーランドの首を最初に獲るのは私だ。お前は精々、指を咥えながら悔しがるがいい。」

 

一体ガーランドがどういった戦法を用意しているのかは分からないが、サザーランドに対する勝機はあると見込んでいるらしい。仮にレッドバロンより先に勝利できれば、()()()()()の面目は丸つぶれだろう。もしかすると彼女はそれも狙っているかもしれない。

 

「あっそ!ウチはどうなってもしーらない!アンタの好きにすれば?」

 

「そうだな。私の好きにさせてもらう。ではさらばだ。」

 

そう言ってガーランドは部屋を後にした。

 

「あ~!やっぱアイツまじでムカつく!今度フリッツX*1でもぶちこんでやろっかなー!」

 

「やっぱりセンパイとガーランドさんは仲悪いですよね」

 

「ハルトマン~。ぶっちゃけガーランドの奴、勝てると思う?ゼッタイ返り討ちにされて終わる気がするんだけど~」

 

「知りませんよ。向こうの、サザーランドさん次第としか言えませんから。」

 

これは運命だろうか。黒森峰のナンバー2であるガーランドがサザーランドに挑もうとしているこの時、聖グロのナンバー2であるウェリントンもまた、レッドバロンに挑戦しようと模索していた。

ともあれ、聖グロと黒森峰の一度目の対決はお互いのエースと二番手が激突するという、奇妙な形式で行われることになる―――。

 

*1
ドイツが戦時中に開発した誘導爆弾




気付いている人もいるかもしれませんが、生徒会長の名前にはそれぞれのモチーフとなった国の漢字が使われています。
聖グロ→「英」山幸子(イギリス)
サンダース付属→寺野久「米」子(アメリカ)
継続→小峰「芬」(フィンランド)
プラウダ→入一「露」音(ロシア)
黒森峰→西住「普」美(プロイセン、ドイツ)


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二番手からの挑戦(前編)

今回はサザーランドvsガーランドのランド対決です。
空の戦いなのにランド(陸)対決とはこれ如何に。


黒森峰女学園、学園艦の滑走路にて──―。

 

「よし、出席確認だ。キッテル、バルクホルン、クルピンスキー、リュッツオウ、シュタインホフ、ノヴォトニー……」

 

黒森峰ナンバー2パイロットであるガーランドは、自身が隊長を務める飛行隊のメンバーを集めていた。

今は名簿表で各隊員のTACネームを呼びながら、全員が揃っているかどうか確認しているところだ。

 

「ん?一人足りないな。9番の奴はどうした?」

 

「あー、あの人は牛乳飲んで昼寝してましたよ。スツーカ乗りたいって寝言しながら」

 

「むう。まあ良い。では今ここに集まったメンバーで、飛行隊を結成しようか」

 

なにやら欠員が一人いるようだが、ガーランドは構わず話を進めた。

 

「行き先は聖グロリアーナ女学院。最大のターゲットは敵エースパイロットだ。情報によれば、かなりの手練れと見受けられる。気を引き締めてかかれ。なに、作戦はいつも通りだ。私の指示に従ってくれれば問題ない。では各員、それぞれの搭乗機に乗り、発艦準備を始めろ」

 

「「「Jawohl(ヤヴォール)!」」」*1

 

戦闘機に乗り込み、次々と発艦していく黒森峰の飛行隊。

ガーランドは対エース用の秘策を用意していた。翼下に追加兵装のような物体が取り付けられている。

 

「各機、進路を南へとれ!」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

聖グロリアーナ学園艦、パイロット待機所──―。

 

「先輩、ウェリントンさんの飛行隊が発艦していきますよ」

 

アラート任務でスクランブル発進に備えていたサザーランドとメイヨーは、滑走路から飛び立っていく戦闘機たちを見送った。

なにやら複数、見慣れない機体もあったが、それが何の戦闘機なのかは判別できなかった。

 

「私は無理だと思うわよ。あれでレッドバロンを落とすなんて」

 

サザーランドは不機嫌そうな様子で、発艦するウェリントンたちの機体を見つめていた。あのレッドバロン撃墜を掲げた戦闘機隊。それもエース不在での部隊だ。よっぽど上手い作戦でなければ、結成しようなどとは思わないだろう。

ただ、サザーランド達は会議の途中で締め出されてしまったので、それがどういった作戦なのかは知らされていなかったようだ。

 

「それにしても、今日は天気が悪いですね。こんな空模様じゃあ、空戦をしたい気分にはなりませんよ」

 

「そうね。雲が垂れ込めて視界もイマイチだし」

 

聖グロと黒森峰の一大決戦となるこの日は、あいにくの曇り空だった。これでは双方のパイロット達の士気も半減するというものだ。

 

{今日は全国的に雲に覆われ、午後からは大荒れの天気となるでしょう。暴風や高波に注意が必要です}

 

テレビの天気予報のキャスターが、雨雲レーダーを指しながら今後の天候不順を解説している。

戦闘機乗りに限らず、旅客機パイロットなども含めて空で活動する人間達にとって、悪天候での飛行はなるべく避けたいものだ。突発的な風や雷が発生する空では、予測不可能なトラブルも発生しやすい。

 

「まあ今日の私たちはアラート任務ですから、誰も空域に侵入しなければ出撃せずに済みますね」

 

「その通りだわ。まあ、こんな空模様のときにわざわざ戦闘機をすっ飛ばしてくる輩もいないでしょうけど……」

 

サザーランドがそう言いながら紅茶を飲んでいると、メイヨーがもじもじしながら、こんなことを聞いてきた。

 

「先輩、私は先輩のウイングマンとして、ちゃんと活躍できているんでしょうか?」

 

「どうしたの、突然?あなたは私の僚機として、十分な役目を果たしているじゃない」

 

「本当ですか?私、先輩の足を引っ張ってないですか?」

 

「そんなことないわよ。あなた以外に、私のウイングマンは務まらないし、第一他のパイロットに任せるつもりも無いわ。だから自信を持ちなさい」

 

サザーランドはそう言いながら、メイヨーの頭を撫でた。

 

「はうう……。なでなでされるのは慣れてないです……」

 

「うふふ。そう言われると、もっと撫でたくなっちゃうわね」

 

思えば、二人がタッグを組んでから結構な月日が経った。

最初のうちは上手く連携が取れなかったり、少しぎくしゃくした関係になったりもしたが、今では立派に互いを支え合う良きコンビとなった。それはこれまでの数々の熾烈な戦いを経て、ようやく築き上げたものだろう。

今の二人ならば、並大抵の相手には負けないはずだ。それは彼女達も心の中で理解している。

 

 

 

 

しばらく待機していると、室内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。

出撃要請が出たのである。

 

「これは驚いたわね。まさかこんな悪天候の日に来る物好きが実在するなんて」

 

「急ぎましょう、先輩!」

 

二人はダッシュで機体に駆けつけ、すぐさまエンジンを始動させる。

この一連の動作、メイヨーは最初の頃は手間取ってサザーランドから遅れて発艦することが常だった。

だが現在はすっかり手慣れた様子で始動させて、二人とも同じタイミングでの発艦ができるようになっていた。これぞ成長の証である。

 

「管制官さん、発艦許可をお願いします!」

 

「こちら管制塔、発艦を許可します。不明機は南方から接近しています。直ちに迎撃してください」

 

管制官からの指示を受け、スピットファイアとタイフーンは高度を上げつつ、南方方面を目指した。

すると突然、二人の無線に何者かの通信が割り込んできた。

 

『……せよ。こちらは……峰女学園。貴機に……』

 

そのオープン周波数らしき無線は音質が悪く、ノイズばかりで聞き取りにくい通信だった。

一番機のサザーランドが周波数帯を調整しつつ、謎の無線の送り主に対してコンタクトを模索する。

 

『こちら聖グロリアーナ所属の戦闘機よ。現在、あなたの機体は我が校の管轄空域内に侵入しているわ。撃ち落されたくなければ、今すぐ引き返すことね』

 

学籍不明機に警告を送ると、さらに不可解なメッセージが返ってきた。

 

『こちら黒森峰女学園の戦闘機隊。貴機は聖グロリアーナ女学院のエースパイロットか?』

 

どうやら侵入機は黒森峰の戦闘機らしい。だが黒森峰には現在ウェリントンの飛行隊が向かっているはずだ。もしやすれ違いが起きたのだろうか。

いずれにせよ、この真意不明の無線に答えなければならない。

 

『その通りよ。私は聖グロのエース、サザーランド。そういうあなたは何者かしら?まさかレッドバロンじゃないわよね?』

 

黒森峰の通信主に質問し返すと、その正体が判明した。

 

『我が名はガーランド。黒森峰の暫定ナンバー2だ。今日は貴君に戦いを挑みに来た』

 

この通信、侵入機が送る無線としては意味不明である。わざわざ自分たちの所属を明かして、さらに勝負を持ち掛けにくるというのは、これまで多くの迎撃任務をこなしたサザーランドにとっても初めてのパターンだった。

 

『何よそれ、騎士道精神とでも言うつもり?どちらにせよ、引き返さないのならば痛い目にあってもらうわ!』

 

上空には予報通り分厚い雲に覆われていて、敵機の機影は見えなかったが、段々と複数のプロペラが回転する音が聞こえてきた。目視できないので管制塔から、レーダーサイトの情報を要請する。

 

「こちら管制塔。敵の反応は……合計7機です!」

 

「7機……。ずいぶんと羽振りがいいわね」

 

聖グロ側の二機に対して、相手は7機。

かなりの劣勢だが、プラウダ戦を乗り越えた二人にとっては、そこまで驚くに値しない戦力差だった。

 

「レッドバロンが不在なら問題ないわ。いくわよメイヨー!」

 

「はい、先輩!」

 

 

 

雲間から見える僅かな機影とプロペラの音を頼りに、黒森峰の編隊の位置を確認する。

 

「先輩、目の前に一機、それらしき機影が見えます!」

 

メイヨーは同高度で飛行する敵の姿を発見した。早速、二機はそれを追いかけてみる。

 

「あの戦闘機は……、ドイツのFw-190でしょうか」

 

「フォッケウルフね。黒森峰の主力戦闘機だわ」

 

現状、黒森峰が運用しているとされる戦闘機は大きく分けて二種類。

Bf-109系と、Fw-190系の二つだ。

メッサーシュミットは比較的ほっそりとした胴体なのに対して、フォッケウルフはずんぐりとした構造の機体だ。今、目の前に見える機影は後者の方が近いだろう。ガーランドの飛行隊はFw-190を使用しているようだ。

 

「私が先に行くわ。メイヨーは後ろをついてきて」

 

「了解しました」

 

サザーランドは慎重に周りを確認しながら、前方の機体に接近する。

敵機が20mm機関砲の射程圏内に入ったと思われた次の瞬間、メイヨーが無線で叫びのような声で警告した。

 

「先輩、上です!」

 

後輩からのとっさのひとことで、サザーランドはスピットファイアを大きく旋回させて回避機動を取った。この程度の不意打ちならば、彼女は簡単に予測できる。

 

「甘いわね。お見通しよ」

 

素早く機体を立て直し、先程上方から奇襲を仕掛けた敵機に反撃を試みる。が、またしても上から別のプロペラ音が聞こえてきた。

 

「くぅっ。しつこいわね!」

 

再び大きな回避機動を取らざるを得なくなったサザーランド。

 

『ふっ。捕まえたぞ、サザーランド。既にお前は我々の罠に嵌っているのだ』

 

ガーランドは編隊に指示を出し、聖グロ側の機体に向かわせていく。この対エース用の秘策を、サザーランドはようやく理解した。

 

「……なるほど。そういう戦法ね」

 

「何か気づいたんですか先輩?」

 

目の前の一機を攻撃しようとすると、上から別の一機が現れて邪魔をしてくる。それを回避して反撃しようとしても、更なる敵機が上から襲い掛かる。その間に最初の一機は上昇を終わらせて、次なる奇襲のチャンスを伺う。この無限ループを持ってエースを疲弊させ、あわよくば撃墜する。それがガーランドの戦法のタネだ。

 

『あなた、ガーランドだっけ?こんな巧妙な作戦の実行を、しかも編隊レベルで実現させるなんて中々やるじゃない』

 

『これはこれは、お褒め頂き感謝しよう。しかし、今日の私は本気でお前を倒しにきたのだ。手は緩めないぞ』

 

この戦法は一見すると単純に思えるかもしれないが、各機が突撃するタイミングなどを完璧に合わせられなければ成立しない作戦だ。そのため、編隊を指揮する隊長の技量が高いレベルで要求される。だがガーランドは、その要件を満たしているようだ。

 

「だったらこっちにも考えがあるわ。メイヨー、私の指示をよく聞いててね」

 

「了解です!」

 

サザーランドが行動を促し、メイヨーが所定の位置につく。

今、目の前にいるフォッケウルフを追いかけて、後続の一機を釣り出す。

 

「メイヨー、そいつは任せたわよ!」

 

その一機を、今度は後ろにいたメイヨーのタイフーンが捉える。

するとさらにもう一機、黒森峰側の編隊から援護が来る。

 

『甘い。その程度で私の秘策を破れるとでも──―

 

これでは先程の繰り返しかと思われたが、実は違っていた。

先頭の敵機を追いかけていたサザーランドのスピットファイアが瞬く間に一機撃墜し、さらに直後大きくバレルロールさせて、メイヨーの背後を狙っていたFw-190の後ろを取ったのだ。

さらにこの間、メイヨーがタイフーンの20mm機関砲で敵機を撃墜していた。

この瞬きする暇もない僅かな時間で、ガーランド自慢の飛行隊の調子が狂ってしまった。

 

「何っ!?急いで体制を立て直せ!」

 

編隊長としてガーランドが指示を送るも間に合わない。一機が反撃しようとする間に、前に出ていた戦闘機が落とされてしまってフォローが追いつかないのだ。これでは連携が取れない。黒森峰側は作戦の変更を余儀なくされた。

 

「なんてヤツ!我々の巣を打ち破るなんて!?」

 

「慌てるなノヴォトニー!冷静に隊長の、私の指示を聞け!」

 

総崩れの黒森峰側に対して、聖グロ側の二人は余裕しゃくしゃくだ。

 

「いいコンビネーションだったわね」

 

「バシッと決まりましたね、先輩!」

 

この調子でいけば、難なくガーランドの飛行隊に勝利できるだろう。

だがこの程度で折れるほど、黒森峰ナンバー2の意地は弱くなかった。

 

『流石はエースパイロット、いい腕だ。だが私にも奥の手はある!』

 

 

 

 

これまで高高度で指揮に専念していたガーランドの機体が降下し、二人に攻撃を仕掛ける。

 

「あの長い胴体、改良型のD型フォッケウルフです!」

 

「長っ鼻のドーラね。隊長だけあって、優秀な型を使ってるわ」

 

ガーランドのFw-190d-9、折しもレッドバロンと同形の戦闘機が襲い掛かる。だがこの機体には他とは違う仕掛けがあった。

 

「発射!」

 

ガーランドがそう言いながらレバーの赤いボタンを押すと、翼下から何かが射出された。

 

「!? すぐに回避しなさい!」

 

「うわっ!」

 

それは白い軌跡を描きながら空気を裂くように、素早くスピットファイアとタイフーンの間を通過した。明らかに機銃や機関砲とは異なる物体だ。

 

「まさか今のは、空対空ロケット弾!?」

 

「あのフォッケウルフ、そんな兵器を搭載してるんですかぁ!?」

 

これこそがガーランドの第二の作戦、ロケット弾による奇襲だった。通所の場合、レシプロ戦闘機が空中戦においてロケット弾を使用するのは対爆撃機などのタイミングに限られる。それは戦闘機相手ならば、より小回りのきく機銃や機関砲の方が扱いやすいからだ。

 

『このR4Mロケット弾はタイフーンすら貫く!覚悟しろ!』

 

しかしガーランドはその圧倒的な威力に着目して、今回の対聖グロ戦に投入した。確かにロケット弾を命中させれば、装甲の厚いメイヨーのタイフーンも一撃で仕留められるだろう。

 

「往生際が悪いわね!今更そんなロケット弾くらいで、戦況を覆せるとでも思っているのかしら?」

 

サザーランドが素早く機体を反転、インメルマンターンさせ敵機を追いかける。

だがガーランドも負けじと縦旋回させながら、スピットファイアの背後を取ろうとする。

 

『黒森峰ナンバー2として、お前を落としてみせる!』

 

『やれるものならやってみなさい!』

 

激しい機動戦の最中、ほんの一瞬、ガーランドの機体の照準器にサザーランドのスピットファイアが映った。

 

ORKAN(オルカン)!』*2

 

すかさず、ガーランドはロケット弾の射出ボタンを押し込む。

 

「しまっ──―

 

ロケット弾は高速で、サザーランドの元へと飛んでくる。当たれば即死モノの攻撃を回避すべく旋回しようとするも、ギリギリで間に合いそうにない。

 

「先輩、危ない!」

 

そこに突如としてメイヨーのタイフーンが、かばうように射線に入ってきた。

ロケット弾はタイフーンの分厚い翼をいとも簡単にへし折り、機体は海に真っ逆さまに突っ込んでいく。

 

「メイヨー?応答してメイヨー!」

 

断末魔を上げる暇もなく、メイヨーはロケット弾の餌食になって撃墜された。

 

 

 

 

「ぬう。そろそろ燃料が厳しくなってきた。敵エースを逃すのは惜しいが、ここは撤退する頃合いか」

 

ガーランドはメイヨーを仕留めると急速に離脱して、聖グロ学園艦上空からの撤退を始めた。

 

『待ちなさい!私のメイヨーを落として、やすやすと帰れると思うわけ!?』

 

撤退する黒森峰の編隊を、サザーランドは必死に追いかける。

スピットファイアのスロットルレバーを全開にし、出力を最大にする。

大切なパートナーを撃ち落とされた彼女は、ガーランドに対して復讐の怒りに駆られていた。

そこに聖グロの管制官から無線が入ってきた。

 

「管制塔から33番へ。敵機は周辺空域から離脱しました。追撃の必要はありません。直ちに帰投してください」

 

その帰還命令に対して、サザーランドは反論する。

 

「お断りするわ!このままじゃ私の気が収まらないもの!」

 

今のままフルスロットルで敵に向かえば、第二ラウンドに持ち込めるだろう。ましてやメイヨーの仇を討たなければ、サザーランドも溜飲が下がらない。

しかし管制官の返答は無情なものだった。

 

「許可できません。生徒会長より戦力温存のため、あなたに対して追撃許可を出さないように言われています。繰り返します。直ちに帰投してください」

 

「くうぅぅっ!分かったわよ!ここは下がれってことね!」

 

基本的に空の世界において、航空管制官からの命令は絶対だ。空を管理する立場にある人間達の指示には、どんな凄腕パイロットであっても従わなければならないのが、古今東西で共通のルールだ。事実それによって、航空機同士の秩序は保たれているのだ。それは空戦道とて例外ではない。

しかも今回は生徒会長である幸子からの命令も含まれていた。こうなればエースたるサザーランドとしても、大人しく従うしかない。

 

「ごめんなさい、メイヨー……」

 

サザーランドは着艦の途中、大荒れの海を見てそう呟いた。

彼女の願いは後輩が無事救出されること、ただそれだけだった。

 

*1
ドイツ語で「了解」の意味

*2
R4Mロケット弾の愛称、ドイツ語で嵐の意味



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二番手からの挑戦(後編)

後編はレッドバロンとウェリントンの金髪ウザい系の対決です。
ようやくウェリントンのメイン機体が登場します。



サザーランドとガーランドによる空中戦が始まる、その少し前のこと―――

 

「ついに来るべき日がやってきましたわ!このウェリントン、全身全霊で今回の任務にあたらせてもらいますわよ!」

 

聖グロリアーナの学園艦では、ナンバー2パイロットであるウェリントンが発艦準備を着々と進めていた。

目的はもちろん、黒森峰のエース、レッドバロンの撃墜である。

今回は生徒会長の幸子からの直々の命令でもあり、ウェリントン及び他の聖グロパイロット達の士気も高かった。

また、それに加えて彼女には嬉しい知らせもあった。

 

「おうよ、ウェリントンのお嬢さん!コイツの整備は済んでるよ!()()()()も搭載した。早く乗りな!」

 

「感謝致しますわ、整備班長さん。この新鋭機を持ってすれば、レッドバロンとやらも一捻りですわね!」

 

以前のプラウダ戦の際、ウェリントンが搭乗していたのはスピットファイアだったが、それは彼女の欲する機体ではなかった。調達などの問題から、その時は妥協せざるを得なかったが今日は違う。彼女が最も乗りたい戦闘機が、ようやく手配できたのだ。これでレッドバロンとの決戦にも、全力で臨めるだろう。

 

「さあ出陣ですわ!皆さん、ついてきて下さいまし!」

 

次々と滑走路から飛び立つ聖グロの戦闘機たち。これらの指揮を執るのはウェリントンだ。隊長として各隊員に指示を送る。

 

「全機、進路を修正。北方から攻めますわよ!」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

同じ頃、黒森峰の学園艦―――。

 

「ガーランドさんの飛行隊、行っちゃいましたね」

 

エースであるレッドバロンと、その相棒のハルトマンはアラート任務についていた。本来であれば彼女達は今すぐにでも聖グロに向かって、サザーランドと一戦交えたい気持ちだったが、生徒会長の普美から下された謹慎処分により、それは許可されなかった。なのでその代わり、しばらくはスクランブル待機に徹するしか、パイロットとして活動できなかったのだった。

 

「はーおもんな。いっそサザーランドの奴がこっちに来てくんないかなー」

 

「うーん、その線は微妙ですかね。今日は天気が悪いですし、向こうも戦闘機を飛ばす気分にはなれないでしょう」

 

この日は発達した低気圧の影響で、全国的にぐずついた天気になっていた。黒森峰の学園艦周辺の海域も例外ではなく、灰色の雲に覆われてどんよりとした雰囲気になっていた。

 

「ちぇっ。ガーランドなんて雷に打たれて墜落しちゃえばいいのに」

 

「あはは。相変わらず捻れた性格してますね、センパイ」

 

レッドバロンの本心としては、二番手のガーランド如きに、自分の最後の獲物であるサザーランドを獲られたくなかった。エース狩りの終止符は自分自身で打ちたいというのが、彼女の願いだった。

 

 

 

「ところでセンパイ。さっきから私に何してるんですか?」

 

「え?ハルトマンは可愛いなーって。だから髪をイジってるだけ」

 

この二人、今は滑走路の横にあるパイロット待機所でスタンバイしているのだが、ソファーに座っているハルトマンの髪の毛を、レッドバロンが無性に触っているというシュールな状況だった。

 

「あんまりわしゃわしゃされると髪型が崩れるんで止めてもらえません?」

 

「えー、いいじゃん。何か新しい妹ができたみたいでさー」

 

ハルトマンがやんわりと拒絶しても、レッドバロンは変わらず髪を弄り続ける。

 

「妹って。確かセンパイにはれっきとした妹がいるって、この前言ってませんでした?」

 

「あー、一応いるよ。一歳年下の妹。もうしばらくは会ってないけど」

 

「どうしてですか?学校が違うとか?」

 

「いや、同じ黒森峰。でも中学時代に喧嘩別れしてから、ちょっと気まずくてさー。だから会ってないってワケ。まあ、アイツは機甲科だし。航空科のウチとは別のところに行ってるから、大して支障ないけどねー」

 

そう言うとレッドバロンは髪の毛いじりを止め、今度はハルトマンの頬に触ってきた。

 

「ねえハルトマンー。ウチの妹になってよー、寂しいからさー」

 

「嫌ですよ。センパイみたいな人間の妹になったら、歪んだ性格になりそうですし」

 

「あれれー?先輩の命令に逆らうのかなー?そんな悪い後輩には、こうしてやるっ!」

 

ハルトマンの頬をもみくちゃにするレッドバロン。

 

「くぁwせdrftgyふじこ(解読不能)」

 

「アッハハ!やっぱハルトマン可愛いー!」

 

 

 

 

 

そんな平穏なひと時を過ごしていると、室内に大音量のサイレンが鳴りはじめた。二人が予想だにしなかったスクランブル発進命令である。

 

「マジで?本当にサザーランドが来た感じ!?」

 

「絶対違うと思いますよ、センパイ。あと髪型崩れたの直してください」

 

すぐさま各自の搭乗機に飛び乗り、エンジンを始動しプロペラが回り始める。小雨が降っていてイマイチな天候だが、構わず発艦を始める。

 

「ちーっす、こちら80番のレッドバロン。管制官の凸待ちでーす」

 

「凸待ちって……。ライブ配信じゃあるまいし」

 

「こちら黒森峰女学園管制塔。所属不明機は北から接近中の模様。交戦を許可します」

 

管制官の誘導に従って二人は機体を北方向へ向かわせる。使用機体はミニットマンと戦った際と同じFw-190d-9とBf-109g-6だ。

 

 

 

 

「あー、前方に何か見えるわ。3機くらいって感じ?」

 

早速、レッドバロンが分厚い雲の合間から薄っすらと映る複数の機影を目視した。

 

「管制塔より。レーダー反応は合計で3機、こちらで捉えています」

 

「3機ですか。まあ大したことありませんね」

 

レーダーサイトからの情報にも頼りつつ、前方の編隊に接近していく黒森峰の二機。

するとそこへ部外者からの無線が聞こえてきた。

 

『そこの二機、聞こえまして?』

 

突然のオープン周波数による無線に困惑するも、レッドバロンが返信を出す。

 

『ウチらに何か用?ていうかウチの学校の空域に侵入してんだから、アンタ撃墜されるよ?』

 

『わたくし達は誇り高き聖グロリアーナ女学院の戦闘機隊ですわ!その真っ赤なフォッケウルフ、貴方がこの前散々聖グロを荒らしまわったレッドバロンですわね?』

 

その通信主がお嬢様言葉で聖グロ所属と名乗ると、レッドバロンは嬉しそうに興奮して答えた。

 

『マジ?聖グロから来たってことは、サザーランドもいるワケ?』

 

『残念ながらサザーランドは不在でしてよ。わたくしは聖グロの暫定ナンバー2パイロット、ウェリントンですわ!黒森峰の赤い男爵(レッドバロン)、いざ成敗してみせますわよ!』

 

聖グロ側の編隊にサザーランドがいないことが分かると、レッドバロンは一転して不機嫌な態度になった。

 

『は?誰アンタ?ウチはエースのサザーランド以外、アウト・オブ・眼中なんですけど?ウザいからさっさと消えてくんない?』

 

『それはわたくし達の戦術を破ってからの話ですわ。貴方に、このウェリントンの飛行隊が突破できまして?』

 

エースと相対しているのにこの強気っぷり。ウェリントンには余程の自信があるようだ。

しかし聖グロ側の編隊は一見すると3機程度しかいない。たったこれだけの戦力で、あのレッドバロンに挑むつもりなのだろうか?

 

『ちょっとアンタさぁ、ウチら相手にたったの3機で挑むって舐めてんの?しかもエースもいないって、勝つ気を感じられないんですけど?』

 

『失礼ですわね。わたくしは如何なるときも真剣勝負を心掛けていますわ。もちろん、それは今日も同じですわよ』

 

 

 

 

双方の編隊が互いを目視できるくらいまで接近する。一体聖グロ側はどんな戦闘機を用意したのか、目を凝らして観察するが……。

 

「肩透かしですね。あれはただのハリケーンですよ、センパイ」

 

あろうことか、それは旧式で低性能のハリケーンだった。これでは機体性能の面でも、黒森峰の二機には敵わないだろう。ウェリントンは一体何を考えて、こんな旧式機を集めたのだろうか。

 

「馬鹿にされすぎてムカっときた。こんな雑魚パパッと片付けちゃお、ハルトマン!」

 

レッドバロンの指示で二機は分散し、各個撃破を開始する。聖グロ側のハリケーンは逃げ回るしかない。

 

「ダッサ!自分から喧嘩売った癖に、しっぽ巻いて逃げるとか!」

 

「無駄な抵抗ですね。低速なハリケーンじゃあ、私たちは振り切れませんよ」

 

二人の言う通り、ハリケーン如きではメッサーシュミットやフォッケウルフから逃げ切るのは難しい。追いかけっこが長引くにつれて、機体性能の差が顕著になっていく。

 

「んじゃ!」

 

「終わりです」

 

二人は素早く敵機を追い詰めて、ほぼ同時に二機のハリケーンを撃墜してみせた。これで残るは一機だけである。

 

「あと一機。どうするー、ハルトマン?」

 

「他愛もなさすぎです。退屈ですよ」

 

最後の生き残りのハリケーンは必死に逃げ回っているが、追い付かれるのは時間の問題だろう。これで聖グロ側の勝ち筋は消えたかに思えたが……。

 

「じゃあウチが貰っちゃお!ハルトマンは適当に後ろ飛んでて」

 

「はいはい」

 

トドメを刺すべく、レッドバロンが最後の一機に狙いを定める。これで決着がつくと思われた、その瞬間―――。

 

 

 

 

「おや?上空から変な音が……

 

後方を飛行していたハルトマンの機体の頭上から、突如として銃弾が降りそそぎ、瞬く間に撃墜されてしまったのだ。

 

「ちょっ、ハルトマン!今の何!?」

 

レッドバロンもすぐさま異常事態に気がつき、攻撃を中断する。

これはおかしい。残る敵機は目の前のハリケーン一機だけのはずなのに、一体どこから奇襲を受けたのだろうか?

 

『えーと、ウォレントンだっけ?アンタ今何した?』

 

『ウェリントンですわ!言っておきますけど、既に貴方はわたくし達の罠に嵌っておりましてよ!』

 

レッドバロンは周囲を見回すも、分厚い雲で視界が悪化しているのもあってか、前方のハリケーン以外に敵の姿は見当たらない。そこで管制官からレーダーの情報を聞いてみる。

 

「あのさー、今この空域にいる敵機っていくつ?」

 

要請を受けて、管制官は急いでレーダーを確認した。しかしそこにもハリケーン以外の機影が見当たらない。

 

「残りの敵は一機です。増援は確認できません」

 

「んなことある?じゃあハルトマンは誰に撃墜されたワケ?」

 

ここで考えられるのは、レーダーが捕捉できなかった機体から攻撃されたという可能性だ。

一般的に、航空用レーダーが上空の航空機に反応できない理由は複数考えられるが、大抵の場合はこの三つだ。

レーダーが故障しているか、

レーダーの範囲外を飛んでいたか、

もしくはレーダーに映らない特殊な機体だったか、である。

 

「ちょっと管制官さぁ、レーダーの点検とか最近やってんの?」

 

「毎日していますよ。今朝も異常なし、でした」

 

レッドバロンは真っ先にレーダーの故障を疑ったが、管制官曰く毎日欠かさず点検しているので、それは有り得ないとのこと。

 

「じゃあ範囲外を飛んでたとか?」

 

彼女が次に疑ったのは、レーダーの範囲外を飛んでいたという可能性だ。極端に低かったり、または高い高度で飛行した場合は捕捉できない可能性があるが……。

 

「一応お伝えしますが、我が校のレーダーは高度300メートルから、2万メートルまでの範囲で飛んでいる航空機には確実に対応していますよ」

 

「さっきの攻撃は上から来たから、300メートル以下は絶対有り得ないっしょ?」

 

現在レッドバロンがいる高度は大体2500メートル前後。少なくとも300メートル以下の低高度からの攻撃は届かない計算だ。しかし同時に、2万メートル以上の超高高度からの攻撃というのも有り得ない。そもそも空戦道で使用できる機体で、高度2万メートルまで飛んでいける機体は存在しないのだが……。

 

「じゃあ、相手はステルス機ってこと?マジで?」

 

こうなると残る可能性は一つしかない。聖グロ側はレーダーに映らないステルス戦闘機を使用したのだろうか。

 

「戦中機でステルスなんて冗談っしょ?確か一番早いのでも冷戦後期のF-117とかだし」

 

彼女の予測通り、レーダーに映らないステルス機というのは冷戦時代まで実現しなかったはずだ。ましてや空戦道レギュレーションである1945年には夢のまた夢である。

ただ、それは完全なステルス機の場合であって、部分的にレーダーに映りにくい戦闘機というのは既に存在していた。

 

「おっほほ!わたくしの戦闘機は時代を先取りしておりますのよ!」

 

レッドバロンはじっと感覚を研ぎ澄まして、周囲の状況を探る。

 

「プロペラの音……。上から複数ってトコ?」

 

上空の分厚い雲の中から姿は見えないものの、何機かの戦闘機のプロペラ音が聞こえてきた。少なくともレシプロ機であることは確かである。

 

「イギリスで、レシプロ機で、ステルス……。あ、ウチ分かっちゃったかも!」

 

数少ない判断材料から、レッドバロンはウェリントンの搭乗機を特定した。彼女は昔、似たような戦闘機の話を聞いたことがあったからである。

 

『もしかしてさぁ、アンタ達が乗ってるのってモスキート?』

 

『ご名答ですわ!チャラチャラした性格の割には、それなりに博識みたいですわね?』

 

予測的中。ウェリントンが使用しているのは、イギリスが開発した戦闘機モスキートである。この機体は金属製が多数派だった当時にしては珍しい木製で製造されていた上に、機体表面がツルツルで滑らかだったので当時のドイツ軍レーダーからも映りにくい航空機だったのである。

それに加えて、ウェリントンは更なる仕掛けを用意していた。

 

「このキラキラの金属片。巷ではチャフと言われておりますけれど、現代のレーダーにも効果覿面でしたわね!」

 

あらかじめモスキートの爆弾倉に大量のチャフを仕込んでおき、黒森峰上空に到達するタイミングで一斉にバラまいて、学園艦のレーダーを妨害していたのだ。先述の通り、元々モスキートはレーダーに映りにくい機体だったが、このチャフと併用することで、完全にレーダーから姿を消したのである。

 

『ふーん。それでこっそり隠れてから、タイミングを見計らって上から不意打ち喰らわしたってコト?なんか最初は典型的なお嬢様かと思ったけど、アンタ意外と姑息な真似すんのね』

 

『勝者こそが正義!それがわたくしのポリシーですわ。そのためなら手段は問いませんことよ!』

 

これで聖グロ側の作戦は露呈されたが、黒森峰側としてはそれでも厳しい状況だ。

僚機のハルトマンが撃墜され、ただでさえ数では不利な上に、相手はレーダーから姿を消していて位置が特定しずらい。おまけに天候不順で視界も悪いとなると、いくら数多のエースを屠ったレッドバロンといえども苦しい。

 

「ウチがここまで追い詰められんのは久しぶりかも。でもさ、サザーランドの奴に勝ってエース狩りを終わらせるまで、アンタみたいな格下相手に負けられないっつーの!」

 

 

 

 

レッドバロンは雲の中に突っ込んでいき、モスキートの姿を探す。

この勝負、一見するとお互いに雲で視界が遮られて戦いずらい状況に見えるが、実はそうではない。

 

『ほーっほっほ!雲中をあてもなくさまよう貴方の姿、わたくしにはハッキリと見えておりますわよ!』

 

どういうわけか、ウェリントンだけが一方的にレッドバロンの位置を捉えて、奇襲を仕掛けることができた。何故だろうか。

 

『このモスキートが夜間戦闘機としても優秀なこと、貴方はご存知でして?』

 

そう。モスキートは夜の暗闇の中でも活動できる戦闘機として、機内にレーダーを搭載可能な機体だったのだ。今は夜ではなく昼だが、雲で視界が悪いという点では夜の空と似たような状況である。そんな中で一方的にレーダーで居場所を特定できるというのは、凄まじいアドバンテージだ。言ってしまえば、レッドバロン側だけが目隠しされたようなものである。

 

「……ダメ。目に頼ってちゃ一方的にやられるだけだわコレ」

 

レッドバロンはどこから来るかも分からない攻撃に翻弄されていた。彼女はモスキートが出すプロペラの音だけを頼りに、何とか寸前のところで回避していたが、それも限界があった。

 

「管制塔より。増援の準備を進めていますが……」

 

彼女が苦戦していると見るやいなや、黒森峰側は新たな迎撃機の投入を打診する。

しかし―――。

 

「余計なお世話だし!エースのウチが、エース以外に負けるわけないっしょ!」

 

レッドバロンは確固たる意志で、その提案を蹴った。それは彼女のエースとしてのプライドが、他人からの援助というものを拒んだからだろう。

とはいえ、レッドバロンすら手こずる相手に普通のパイロットが増援に来ても足手まといになる可能性が高かった、というのもあるが。

 

「うん、いったん落ち着こ。モスキートの機動は大体読めてきた。あとはどう反撃するかだけ……」

 

呼吸を整え、冷静に状況把握に努めるレッドバロン。しばらくの空戦で、おおよそだが聖グロのモスキート隊の数や動きの癖は理解できていた。

彼女は自分が持つ天性の才能と、今までの実戦経験を振り絞って、打開策を考える。

 

「この雲、高度が上がるにつれて段々薄くなってくる……。じゃあ雲が無くなるまで上昇すればいいんじゃね?」

 

現在、上空の雨雲は高度6000メートル付近までを覆っていた。レッドバロンは試しに、雲が晴れる高高度まで上昇してみることにした。

 

 

 

 

「うわっ、まぶしー!でもこれで雲は抜けたし、何とかなるかなー」

 

雨雲の中を上昇し続けた機体を、強い太陽光が出迎えた。表面の水滴が照らされて、虹色に光り輝いている。これなら視界を確保できるだろう。

 

「さーて、蚊トンボ野郎(モスキート)はどこかなー?」

 

レッドバロンは聴覚を研ぎ澄まし、雲中のモスキートの所在を探る。一般人が聞いてもさっぱり分からない雑音だが、彼女にとっては貴重な敵機発見の足掛かりだ。

 

「うっし!この辺に潜んでる感じだし、思い切って突っ込んじゃえ!」

 

空気中に響くエンジンとプロペラの音から、モスキートが飛行していると思われる場所へ、一直線に降下するレッドバロン。再び突入した雨雲の中に、その目標は存在した。

 

「しまった!こちらモートン、敵に発見されました!」

 

一機目のモスキートが、レッドバロンの照準に捉えられる。モートンは何とか振り切ろうとするが……。

 

「バーカ!双発機が単発機に機動力で勝てるかっての!」

 

鈍重な双発エンジンのモスキートでは、身軽な単発エンジンであるFw-190から逃げ切ることができない。

そのまま機関砲の直撃を受けて、一機目のモスキートは撃墜された。

 

『やりますわね!けれど、まだまだ我らがモスキート飛行隊は健在でしてよ!』

 

初の損失を被ったウェリントンが反撃に出る。敵機の背後から忍び寄り、不意打ちを試みるが……。

 

『ふふーんだ!ついてこれるならついてきな!』

 

レッドバロンは急降下態勢に入り、それを回避する。

 

『いい度胸ですわ!ならば、とことん追い詰めて差し上げますわよ!』

 

それを追いかけるように、ウェリントンも急降下を開始する。このまま有利な位置で決着をつけようとした彼女だったが―――。

 

「4000、3900、3800……。このままだと雲を抜けますよ、ウェリントンさん」

 

ウェリントンの隣の座席*1に座っていた航法手が、徐々に下がる高度へ警鐘を鳴らす。雲のない低高度まで降下すると、自慢のステルス作戦が破綻してしまうからだ。

 

「そうでしたわね。敵に姿を晒す愚行は犯しませんわ。降下を中止しましょう」

 

航法手からの助言を聞き入れ、ウェリントンは急降下を中断する。

が、それがレッドバロンの狙いだった。

 

 

 

 

「ダイブアンドズーム、いっきま~す!」

 

それまで降下していたFw-190が、一転して急上昇を開始したのだ。しかもそれは真っ直ぐに、モスキートへと向かっていく。

 

「マジですの!?回避しますわよ!」

 

ウェリントンは慌ててラダーペダルを踏み込むが、やはり双発機であることが祟って、フォッケウルフからの追撃に対応しきれない。

というよりも、この急降下して敵を引き寄せてからの反転上昇というダイブアンドズーム戦法は、Fw-190にとっては十八番のようなものだった。優れた急降下耐性とエネルギー保持力によって、並の戦闘機よりも縦方向の機動力は高い。ましてや双発機相手なら楽勝だろう。

 

「このぉっ!やっぱりスピットファイアに比べると舵が鈍いですわ!」

 

モスキートに限らず、双発のレシプロ機は単発レシプロ機に比べて機動力で劣りがちだ。ゆえに空戦道では双発機はマイナーである。

 

『ちゃおー!ウォレントンちゃん。今度はこっちの番ってね!』

 

『だからウォレントンじゃなくてウェリントンですわ!』

 

『あーそうだっけ?もうどっちでもいいや。だってアンタはここで散る運命だからさ!』

 

この無線の応酬が、二人の最後のやり取りとなった。

直後、Fw-190の13mm機銃と20mm機関砲の嵐を受け、ウェリントンのモスキートは炎に包まれた。

 

「何故ですの!?わたくしの作戦は完璧だったはず……!」

「もうこの機体は駄目です、ウェリントンさん!制御が効きません!」

 

ウェリントンと航法手は必死に機体を立て直そうとするが、無駄だった。炎上するモスキートは錐揉み回転をしながら真っ逆さまに降下していき、そのまま海面へと激突したのだった。

 

 

 

「ウェリントン隊長、指示を……」

 

残された最後のモスキートは、何度もウェリントンからの指示を仰ぐが返事が来ない。当然だろう。彼女はたった今、撃墜されたのだから。

 

「おや?レーダーが回復してきました!」

 

さらに聖グロ側には悪いことに、最初にバラ撒いたチャフの効果が、時間の経過と共に薄れていき、黒森峰の管制塔からモスキートをレーダーで捕捉できるほどに復旧してきたのだ。

これではステルスが意味を成さない。

 

「管制塔より80番へ。敵機の位置を確認しました。北東方向です!」

 

「やーりい!これで逃げも隠れも出来なくなったって感じ?」

 

レーダーから感知された最後のモスキートの末路は言うまでもない。あっという間にレッドバロンに追い付かれ、ウェリントンと同じ結末を迎えた。

 

 

 

 

 

「お見事です、全機撃墜を確認しました。帰還してください」

 

「くぅーっ、マジで疲れた!帰ってシャワーでも浴びよーっと!」

 

聖グロからの刺客を全て退けたレッドバロンは、勝利の余韻を味わいながら、学園艦へと帰投した。その途中、彼女は荒れる海を見ながら、こう呟いた。

 

「ごめんね、ハルトマン……」

 

海へと落下した後輩の無事を祈る先輩の姿が、そこにはあった。

 

*1
モスキートは操縦手と航法手の二人乗り。場合によっては、航法手がレーダー手や爆撃手を兼任することもある




基本的にナンバー2のパイロットは、自分たちが単純な技量ではエースに及ばないことを自覚しているので、様々な搦め手を使用してきます。
ただ、結局ガーランドもウェリントンも善戦こそしまししたが、エースを撃墜するまでには至りませんでした。


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エースの孤独

ザーザーという雨音―――。

発達した積乱雲は聖グロリアーナ女学院に猛烈な雨をもたらしていた。

 

「……」

 

そんな中、サザーランドは窓の外をボーっと眺めていた。

テーブルに肘をつけながら、虚ろな表情をしている。

別に視線の先に何かあるわけでもなく、ただひたすらに外の様子を見ているのだ。

 

「……あ」

 

外が一瞬だけ光り、直後ドーンという雷鳴が響く。朝から降り続いているこの雨は、午後になっても鎮まるどころか、より一層激しさを増していた。

 

「メイヨー……」

 

今の彼女の頭の中は、後輩のメイヨーが無事に救出されたかどうか、それだけを考えていた。

というより、それ以外の事が考えられない状態なのだ。彼女は読書をして気を紛らわそうとしたりもしたが、まったく手が付かない有様だった。

 

 

 

「おや?サザーランドじゃないか。どうしたんだい、ボーっとして?」

 

そんな魂の抜けたような彼女に話しかけたのは、整備班の班長、清美だった。普段は作業のために格納庫に籠りっぱなしのハズだが……。

 

「……きよみん。どうしてここに?」

 

「いやね。単純に整備する機体がなくて暇だっただけさ。今の格納庫はガラガラで寂しいね。」

 

先日のプラウダ戦、レッドバロン率いる黒森峰の襲来、そして数時間前に発生したエースと二番手による衝突。戦いに次ぐ戦いで、聖グロが保有する戦闘機はほとんどが損失したか、酷く損傷したような状況だった。こうなると整備員たちは仕事が無くて、お手上げ状態なのだと言う。

 

「まあ、サボれるから楽っちゃ楽なんだけどさ。やっぱり機体と人員でてんやわんやしていた頃が懐かしく思うよ」

 

「そう……」

 

清美が話を振っても、サザーランドは相変わらず死んだような目をして、外を眺めている。

 

「わかるよ。メイヨーのお嬢さんだろう?」

 

「よく分かったわね。何も喋ってないのに……」

 

「そりゃああんた、アタシと三年間の付き合いだからねぇ。テレパシーってやつさ」

 

清美はグッドサインをして、得意げに顔に指した。確かに二人は高校一年生からの長い付き合いだ。空を飛ぶ者と、それを陰で支える者。両者の関係は、一言では言い表せないほど密接である。お互いが何を言わずとも、感情を理解できるほどにだ。

 

「残念だけど、まだ救出されてないよ。まあこんな大荒れの天気じゃ、捜索も難航するだろうしねぇ」

 

「……メイヨー、大丈夫かしら?」

 

ひたむきに後輩の心配をするサザーランドを見て、清美はこんな事を言い出した。

 

「あんた、変わったねぇ。昔は無愛想で他人に興味がない感じだったのに……」

 

その言葉に思わずドキッとするサザーランド。確かに彼女は元々、他人と絡むことを嫌って一人で過ごすことが多い人間だった。それが今や、一人では不安で落ち着かないようになっていたのである。

 

「言われてみればその通りだわ。私は孤独を好む性格だったはず……」

 

「そうだろう?やっぱり三年生になってから。いや、正確にはメイヨーちゃんと組むようになってから、あんたが醸し出す雰囲気というかオーラみたいなのが段々変化してるよ。前は何となく近寄りがたい感じだったけど、今は単なる優しいお姉さんって感じだねぇ」

 

図星だろうか、サザーランドは更に動揺する。

 

「本当に?メイヨーと組んでから、私そんなに変わった?」

 

「変わったよ。理由は知らないけど、一時期みたいな誰と組んでもぎくしゃくしてた頃とは明らかに変わった。あの頃はあんたも随分と荒れてたねぇ」

 

メイヨーとタッグを結成する前にも、サザーランドは何人かのパイロットと一緒に任務を遂行したことはあった。ただ結局、そういう人物とはその場限りの付き合いで終わり、正式なウイングマンは存在していなかったのである。

ゆえに彼女は孤独を好む性格も含めて、聖グロのパイロット達の中では浮いていた。仲の悪い人こそいないが(ウェリントンは除く)、特別仲の良い人もいないといった感じであった。

数少ない友人であるミニットマンに関しても、学校が違うので交流する機会はさほど多くなかった。

 

「こんな私が、どうしてメイヨーにだけ優しくできるのかしら?」

 

「さあねえ。ああいう妹みたいな後輩が、実はあんたも欲しかったんじゃないかい?これはアタシの勝手な予想だけどさ」

 

妹。その言葉はサザーランドにとって聞きなれないものだった。

 

「私は一人っ子よ。兄弟も姉妹もいない。妹が欲しいなんて、考えたことも無かったわ」

 

「そうかい?でも知らず知らずのうちに、妹じゃなくてもどこかでそういう自分に従順な年下っていう存在は求めてたんじゃないのかい?そうじゃないと、あんなにベッタリくっつくことは有り得ないだろう?」

 

清美からの鋭い指摘に、サザーランドは赤面しながら答えた。

 

「そんな、私がメイヨーのことを好きだなんて……」

 

「おや?アタシはメイヨーが好きかどうかなんて聞いてないのにねぇ?言っておくけど、サザーランドとメイヨーのカップルはウチらの間じゃ有名になってきてるよ。ベテランエースの先輩と、新米パイロットの後輩っていう組み合わせ。お似合いだと思うねぇ」

 

サザーランドは恥ずかしくなったのか、顔面を手で覆い隠してしまった。

 

「ほらほらそういう表情!二年生の頃には絶対やんなかったよ。こりゃもう明白に恋してる感じかい?青春だねぇ、ハッハッハッハッハ!」

 

「からかわないでよ、きよみん。こんな感情、人生で初めてだから」

 

このとき初めて、サザーランドは自分がメイヨーに寄せている好意に気が付いた。いや、自覚したという方が正しいか。これまで他者に心を閉ざしていた人間が、初めて恋を自覚した瞬間。ましてや同姓の年下となれば、動揺するのも無理はないだろう。

 

 

 

 

「はあ……。こんな情けない姿、メイヨーには見せられないわね」

 

ようやく恥ずかしさが収まったのか、サザーランドは顔を隠すのを止めた。

 

「いや、恋愛はいいもんだよ。誰にだって、人を好きになる瞬間ってのはあるさ。仮にそれが同性愛でもね。」

 

サザーランドは深呼吸をして、冷静さを取り戻す。

 

「ふう。やっと本調子に戻ったわ。ちょっと落ち込んでたけど、今の話でそれも吹き飛んじゃった」

 

「そりゃ良かった。お前さん意外とメンタル弱者だから、こうやってケアしないとずっと引きずるからねぇ」

 

そう。サザーランドはこう見えて精神的には弱く、しかも一人で抱え込みやすいタイプだ。なのでこうして、清美がカウンセリングのようなことをする時も多い。彼女は戦闘機などのメカニック面だけでなく、メンタルの面でも、エースを支えているのだ。

 

「ありがとう。色々お世話になるわね」

 

 

 

「ところで、お前さんに一つ、有益かもしれない情報があるんだけど……」

 

突然、清美が話題を変える。

 

「ん?何かしら?」

 

「捕虜の話さ。ついさっき、周辺海域で遭難していた黒森峰のパイロットが何人か、ウチの捜索隊に見つかって救助された。」

 

先ほどのガーランドとの戦いで、聖グロ側は数機のFw-190を撃墜していた。そうなると、撃墜されたパイロット達は捕虜になる。清美はその捕虜たちの中に、少し妙な人物がいると言う。

 

「でさ、一人だけ所属が違うってパイロットがいるらしいんだよ。自分はガーランドの部隊の所属ではありませんって言ってるんだ。変だろう?」

 

確かにこれは奇妙である。サザーランド達が落としたのは、ガーランド率いる飛行隊の機体だけのはずだ。なのに何故、それ以外の所属の黒森峰パイロットが捕まっているのだろうか?

サザーランドは少し考え込んだ後、ある可能性に気が付いた。

 

「……ねえ、それってもしかして、レッドバロンの僚機じゃない?」

 

「え?どうしてそう言えるんだい?」

 

「だって先に出発したウェリントンの飛行隊が、レッドバロンと戦ったはずでしょう?結果は知らないけれど、まだ帰還してないってことは、恐らく負けたんでしょうね。それで、レッドバロンの僚機が撃墜されて、そのまま聖グロまで流れ着いたのなら、辻褄が合うわ。だって今日は海が荒れてて、捜索が難航しているんでしょう?」

 

この推測が正しいかどうかはともかく、あり得る話ではある。実際、近海で撃墜されたメイヨーが未だ救助されいないのだから、かなり遠くまで海流に流されてしまっているかもしれない。それなら黒森峰周辺で撃墜されたパイロットが、聖グロ学園艦付近の海域まで流された可能性は十分ある。

 

「ふーむ。大分無理がある推測な気がするけど、それらしい反論もできないねぇ」

 

「私、そのパイロットに会いに行くわ。もし本当にレッドバロンの僚機なら、聞きたいことが沢山あるもの」

 

今のサザーランドにとって、レッドバロンに関する情報は貴重だ。もし僚機ならば、パートナーとして色々知っているかもしれない。仮にそうでなくとも、同じ黒森峰のパイロットならば、何かしらの情報を聞き出せるだろう。

どちらにしてもサザーランドは現在、特にやることもなく暇だったので、その捕虜と対面して話を聞きたい気分だった。

 

「レッドバロン……。奴の真の目的を暴くチャンスだわ」

 

大雨のなか、サザーランドは足早に艦内の捕虜収容所を目指した。

 

 

 

 




ここから先、しばらくはパイロット達の内面や生い立ちなどを掘り下げる話が続きそうです。
なんやかんやで、もうかなり終盤まで来てますからね。


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天才がゆえに

「このプリンス・オブ・ウェールズ、かなり上等な茶葉だな」

 

聖グロリアーナ女学院の会長室で、紅茶を飲みながら座る女性―――。

生徒会長の幸子は珍しく、静かなひと時を過ごしていた。

 

「会長、ウェリントンの件ですが―――

 

そこへ生徒会メンバーが、報告のために入室してくる。

しかし……。

 

「もう結構。今は、その話を聞く気分ではないのでね」

 

幸子はウェリントンに関する報告を突っぱねて、レコードをセットして音楽を流し始めた。

こうなると会長に対する文言は物理的に封じられてしまう。大音量のロックミュージックで、声がかき消されるからだ。

 

♪ Bandits at 8 o'clock move in behind us ♪

(8時の方向より敵機、頭上からだ)

♪ Ten ME-109's out of the sun ♪

(10機のメッサーシュミットが太陽を背に奇襲を仕掛ける)

♪ Ascending and turning our Spitfires to face them ♪

(スピットファイアを旋回させ、狙いを定めろ)

♪ Heading straight for them I press down my guns! ♪

(そして真っすぐ、機銃を撃ち込んでやれ!)*1

 

「ちっ、黒森峰……。西住か。どうもあの家系の人間とは相性が悪いな」

 

土砂降りの外景を眺めながら、彼女はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「まったく、びしょ濡れになったわ。早く止まないかしら、この雨」

 

艦上から下って、艦内を歩いていくサザーランド。傘をさしていたのにもかかわらず、全身ずぶ濡れ状態である。そもそも雨風が強すぎて、傘などあっても無くても同じような結果になっていたであろうが。

バッグからタオルを取出して、濡れた髪を拭く。独特なあの雨の匂いが、彼女の鼻を通る。

 

「服は……どうしようもないわね。帰ったらシャワーでも浴びましょう」

 

聖グロリアーナ女学院指定の、あの青い制服もびしょびしょだ。ちなみに今の時期は夏季仕様の半袖スタイルである。日本の夏特有の、身にまとわりつくようなジメジメとした湿気は、誰だって嫌なものだ。

ちなみに太平洋戦争中にも、東南アジアに配備されたスピットファイアが湿気のせいで、本来の性能を出しきれなかった事があったらしい。一応聖グロで運用されている戦闘機は湿気対策の除湿フィルターを搭載しているため、日本でも問題なく使用できる。

 

「肌がベタベタする、モスキートにキノコが生えてきそうな湿気だわ」*2

 

そんな愚痴を吐きつつも、捕虜収容所を目指して歩いていく。

艦内奥深くに進むにつれて、薄暗い雰囲気になっていく。基本的に聖グロ含むあらゆる学園艦は、下層に近づくにつれて治安が悪くなっていく。それは風紀委員などの目が届かなくなるからだ。それを知ってか、下層付近はチンピラみたいな生徒のたまり場になりやすい。それゆえ、一般の生徒が立ち入ることは滅多にないのだ。

 

「私も下層まで来るのは久しぶりだわ。ネッシーとかいるのかしら?」

 

人出が少ないことで、学園艦の下層付近には様々な都市伝説が生まれることも多い。ちなみに聖グロの場合は、ネス湖の怪物ネッシーがいるだとか、アーサー王の聖剣エクスカリバーが刺さっているなどの、根も葉もない噂が生徒の間で囁かれている。

 

「あ、船舶科の人がいるわ」

 

唯一、艦内下層を正式に行き来しているのが、艦のコントロールなどを担当する船舶科の生徒たちだ。24時間交代制で働く彼女たちのおかげで、学園艦は機能しているのだが……。

 

「あれ、もしかしてお酒じゃないわよね……?」

 

じっと観察してみると、酒瓶のようなものを片手にしている船舶科の生徒がいる。もし本物なら未成年飲酒の犯罪だが、やはり監視の目が届きにくいことを良い事に、問題行動を起こしやすいのだ。

 

「うぃ~、ウチらぁ栄光のロイヤルネイビーの末裔だ~い!パイロットはぁん、ビスマルク沈めたいからソードフィッシュ貸して~な。げっぷ」

 

酔っ払いのごとく呂律が回っていない。内容も意味不明だ。

ただ流石に、この生徒の場合はノンアルコールだったため、サザーランドは見逃すことにした。(それでもグレーゾーンだけど)

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

薄気味悪い艦内を通り抜けた先、サザーランドは捕虜収容所に辿り着いた。

早速、受付で捕まった黒森峰のパイロットについて調べてみる。

するとその中に、何か引っかかるTACネームを見つけた。

 

「キッテル、リュッツオウ、ハルトマン……。ん?ハルトマン?」

 

このハルトマンという名前、彼女はどこかで聞いたことがあった。

 

「……思い出したわ。あの電話のときよ」

 

そう。コサックの携帯電話を使って初めてレッドバロンと話したときに、かすかに聞こえた名前。恐らくはレッドバロンの後輩と思しき人物だ。今まさに、サザーランドが探し求めていた人間である。

 

「この352番のパイロットと面会を希望したいのですが……」

 

「どうぞ。入って右から4番目の部屋です」

 

受付で対応する鍵を受け取り、中に入る。

早く帰りたいだの悲痛な叫びを上げる部屋をスルーして、4番目の部屋の前に立つ。彼女なりの礼儀として、ノックして様子を見る。

 

「私に用ですか?入って良いですよ」

 

了承を得たので、鍵穴に鍵を差し込んで解錠する。ガチャリ、と音を立てながら鋼鉄製の扉が開いた。

 

「……はじめまして。私が黒森峰の一年生パイロット、ハルトマンです。あなたは?」

 

短くまとまった髪に、少し影を感じる瞳。一年生にしては大人びた雰囲気な印象を持つハルトマンだが、体格は年相応で、メイヨーと同じくらいだった。

 

「私は聖グロリアーナのエース、サザーランドよ。ハルトマン、あなたに聞きたいことがあって、ここに来たの」

 

サザーランドがTACネームを名乗ると、ハルトマンは目を丸くした。

 

「これは驚きました。まさかサザーランドさん本人と出くわすとは」

 

素っ気ないリアクションを取る彼女に対し、サザーランドは手早く質問を繰り出す。

 

「単刀直入に聞くわ。あなたがレッドバロンのウイングマンね?」

 

「ええ、その通りです。黒森峰のエース、レッドバロンセンパイの僚機をやらせてもらっています」

 

ビンゴだ。サザーランドの予測通り、レッドバロンの相棒ハルトマンは聖グロの捕虜になっていた。これで彼女から、色々な情報を引き出せるだろう。

 

 

 

 

「さて、あなたは捕虜になったから、私からの要求に答えなければならない。それは理解しているわね?」

 

「え?そうなんですか?私、捕虜になったのは初めてなので、あんまり分からないんですが……」

 

本来であれば、ハルトマンに対して何かを要求する権利は、彼女を撃墜したパイロット(多分ウェリントン)にあるのだが、今は本人不在だ。こういう場合は、サザーランド等の同校の第三者が、同様の権利を行使できる仕組みになっている。

 

「教えて。どうしてレッドバロンは、各校のエースを狙っているの?」

 

「それは簡単です。センパイは自分が最強のパイロットであることを、誰もが納得できる形で認めさせたいからですよ」

 

レッドバロンのエース狩りの真意は、自身の強さを証明するためだった。ここまでは、サザーランドも予測の範囲内だ。肝心なのはここからである。

 

「レッドバロンは自分が最強であることを証明したい。そこまでは分かったわ。私が知りたいのは、その理由よ。最強の証明をしたところで、一体何をしたいわけ?」

 

「さあ?そこまでは存じ上げていないですね」

 

結局、後輩のハルトマンすらも、レッドバロンが何のために最強を目指しているかは分からないようだ。サザーランドは少し落胆した。

 

「ただ一つ言えるのは、センパイは空戦道において天才であるってことです。零戦相手にフォッケウルフで格闘戦を挑んで、しかも勝利するんですからね」

 

「天才……。もう少し詳しく教えてくれないかしら?レッドバロンの家系について知っていることはある?」

 

サザーランドは家系という別方面から、レッドバロンの生い立ちについて迫ってみる。

 

 

 

 

「それなら知ってますよ。確か父親が航空自衛隊所属で、母親が空戦道の元プロ選手っていう、エリート一族なんです。まさに空の世界で活躍するのが運命づけられたような人ですよね」

 

「なるほど。確かに天才の血を引いているわね」

 

ここでサザーランドは、レッドバロンの真意に気がつき始める。このエリート一家の娘であることが、レッドバロンにプレッシャーを与えたのではないだろうか。

 

「もしかしてレッドバロンは、自分が親の七光りとか言われないために、最強のパイロットを目指しているんじゃないの?」

 

「まあ、多少は関係あるでしょうね。実際、センパイの母親なんかは完璧主義者で、ある種のスパルタ教育をしていたらしいですよ。戦うのであれば王者であれ。最強であれ。そんな言葉を、幼少期から頻繫に聞かされたとか」

 

この母親からの教育が、今のレッドバロンの内面に関わっているのは間違いなさそうだ。とはいえ、やはり本人から直接問いたださない限り、真実は分からないだろう。

 

「天才がゆえの苦悩……。私、少しだけ理解できますよ」

 

ハルトマンは、レッドバロンの悩みを理解しているらしい。彼女は中学時代の思い出を語りだした。

 

「中等部の頃から、私は同級生の中で突出した成績だったんです。そうなるとつまらないんですよね。周りのレベルに合わせるのが苦痛で仕方なかったんです。それは高等部に進級してからも同じでした。基本的に一年生パイロットって、年上の二年三年と組まされるんですけど、その人たちですら、私より弱いんですよ。それで妬まれたのか、パイロット達の中で孤立しちゃったんです」

 

その強さが故に、周りから距離を置かれてしまったハルトマン。

しかし、ある人物との出会いが、人生を変えたと言う。

 

「そのとき出会ったのが、エースだったレッドバロンセンパイでした。まあセンパイの場合は、その性格も一因でしょうけれど、私と同様に組む相手がいない状況でした。そこで余り者同士でコンビを結成しようって事にしたんです」

 

「天才と天才……。出会うべくして、あなた達は出会ったのね」

 

このレッドバロンとハルトマンの二人組が、日本の空戦道に旋風を巻き起こすことになろうとは、誰も予想していなかった。

 

「センパイと一緒に戦ってると、とっても楽しいんです。やっぱりエースだけあって、格が違うと言いますか。最初から意気投合できる感じで、すぐに正式なウイングマンになりましたね」

 

運命のいたずらだろうか、この黒森峰の二人組が結成されたのとほぼ同じタイミングで、聖グロのサザーランドとメイヨーのタッグも結成したのである。

三年生のエースと、一年生の新米パイロット。まるで鏡合わせのようだ。

 

「そこでセンパイから提案を受けたんです。ウチは全ての学校のエースを倒して、誰もが認める最強のパイロットになりたい。その計画に、アンタも協力してくれない?って。私はそれに賛同して、それで()()()()()はスタートしたんです」

 

「ある日突然、学園艦の上空に現れてはエースを落として去っていく……。あなたも、あの()()()()()に加担していたのね」

 

いくらエースといえども、天才パイロット二人が、完璧なコンビネーションで襲ってきては勝ち目が無かったようだ。最初は弱小校から狙っていたようだが、徐々に強豪校のエースすらも撃墜されるようになってくる。

 

「そしてこの前、サンダース付属のエースを倒したんです。これで残りのエースは一人だけになりました」

 

「それが、この私ってことね……」

 

幾多のエースを狩りつくしたレッドバロンが最後に求める相手。それが聖グロリアーナのエース、サザーランドだった。

 

「あなたを倒せば、()()()()()は完遂します。センパイは強い敵と戦うことを望んでいます」

 

「ひたすらに、強さを求める……。私には理解が及ばないわね」

 

サザーランドがそう言うと、ハルトマンは口元を緩ませ、ニヤニヤし始めた。

 

「それはどうですかね?私は感じていますよ。あなたからは、センパイと同じ匂いがする。互いが限界を出し合う、死闘を欲する気持ちが……!」

 

その鋭い指摘に、サザーランドはドキッとさせられる。自分では拒んでいながらも、本能的にはレッドバロンと同じく、強い相手と戦い、そして勝つことを望んでいる。

この事実を、彼女は受け入れることが出来なかった。

 

「ふ、ふざけないで!私はレッドバロンとは違うわ!今までの戦いも、あくまで会長からの命令があったからで……」

 

「まあ良いでしょう。ともあれ、センパイを倒しうるのは、同じ天才だけです。サザーランドさん、あなたの家系はどうですか?」

 

お返しとばかりに、今度はハルトマンがサザーランドの家系について質問してきた。

 

 

 

 

「……私は今は父親との二人暮らしよ。でもお父さんは出張が多くて、あまり出会うことがないの」

 

「あれ?母親はどうしたんですか?まさかお亡くなりに……?」

 

「いいえ、幼少期に両親が離婚したから分からないわ。少なくとも死別ではないのは確かよ。今も生きているかどうかは不明だけどね」

 

サザーランドの母親は、幼い頃に離婚して去ってしまったので、現在の消息は不明だ。これまで何度か、母の所在を探ろうと試みたこともあったが、全て失敗している。情報が少なすぎるからだ。

 

「でもね、一つだけ覚えていることがあるわ。私は両親が離婚する前は、母と同じ苗字を使っていたの」

 

「……あの、失礼ですけど、現在のお名前は?」

 

「東雲エリスよ。自己紹介を忘れていたわね」

 

この東雲の姓は、父親からの苗字だ。では一体、離婚前の苗字、すなわち母親の苗字とは何だったのか?サザーランドは遠い昔の記憶を頼りに、それを思い出す。

 

 

「そう、私の昔の苗字は島田。島田エリス、それが離婚前の本名だったわ」

 

 

「島田……。じゃあ母親のフルネームも覚えているんですか?」

 

「いいえ。そこまでは思い出せないわ。何せ私が2歳くらいのときに離婚しちゃって、お父さんもあまり、母親について教えてくれないのよ。君が知る必要はないって」

 

結局、苗字が島田であること以外に、サザーランドの母親に関する情報は皆無だ。これでは探しようがないだろう。島田なんて苗字、日本ではありきたりな苗字だ。

 

 

 

 

 

 

「ん。雨音が静かになってきましたね。もう止んだんでしょうか」

 

時間が経ち、雨風は穏やかになってきた。

サザーランドとハルトマンの面談も、かなりの長丁場となった。

 

「不思議だわ。メイヨーにすら、私の生い立ちについて話したことは無かったのに……」

 

「メイヨー?誰ですか?」

 

「私のウイングマンよ。一年生なの」

 

「へえー。じゃあ私と似たようなポジションですね。エースの相棒で一年生っていう」

 

二人が会話をしていると、誰かが扉をノックしてきた。

 

「おい、いつまで話し込んでいる?面談時間はとっくにオーバーしたぞ」

 

看守だろうか。サザーランドに退室するように促してきた。捕虜を管理する立場として、看守たちは規律を厳しくするよう言われている。サザーランドも、それは承知していた。

 

「もう時間だわ。ここでお別れよ」

 

「次に会うときは、お互い戦闘機に乗ってるかもしれませんね」

 

 

 

 

 

サザーランドは看守に誘導され、収容所を後にする。

彼女の頭には、ハルトマンのある一言が残り続けていた。

 

<あなたからは、レッドバロンと同じ匂いがする>

 

この言葉の意味を、彼女は後に思い知ることになる。

 

 

*1
イギリスのロックバンド、アイアンメイデンのAces high。第一章第一話でも紹介した

*2
モスキートは木製の機体だったため、高温多湿のインド・アジア地域ではキノコの苗床と化してしまった。つくづくイギリス機にとって、湿気は天敵である



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勝利への欲求

今回はレッドバロンについて掘り下げます。


黒森峰のエースパイロット、レッドバロン―――。

航空自衛官の父と、プロ空戦道選手の母の間に生まれた彼女は、言うなればサラブレッドだった。

幼少期の頃から空の世界に生きる人間と接してきた彼女の人生は、当然のことながら同じ空の世界へと引き寄せられる運命であった。

小学生の頃から早くもグライダーに興味を持ち、親と一緒にパラグライダーで遊ぶうちに、自然と空での動き方を学ぶ。

中学生となり、黒森峰へ入学。もちろん航空科で空戦道を選択。普通であれば、中等部の内はシミュレーター飛行での訓練から始まり、複葉機での練習はその後となるが、彼女は中一の冬になると早々に複葉機を乗りこなすようになる。早く単葉機での実戦に移ることを望んだ彼女だったが、規定によって不可能だった。

しかし彼女は諦めず、中三の時にドイツの複葉戦闘機ハインケルHe51で、高校生の操る単葉のBf-109Eに挑戦。あまりの時代差と性能差に、誰もが中学時代の彼女の敗北を予想するが、巧みなマニューバによって逆転勝利。この対決以降、彼女の校内での知名度は飛躍的に向上する。

また、レッドバロンのTACネームも、この時授かった。彼女は生粋の目立ちたがり屋で、自身の搭乗機を真っ赤に染めたがる癖があった。当初は親からも反対されたが、圧倒的な実力で黙らせてみせた。赤い戦闘機乗りの伝説は、ここから始まったのだった。

 

高等部に入っても、彼女の怒涛の勢いは止まらなかった。一年生の頃から同学年で最優秀成績を残して進級。二年生の冬に三年生パイロットが卒業すると、即座にエースの称号を手に入れる。パイロットとして順風満帆な日々を送っているかに見えたが、次第にある思いが湧いてくる。

 

<確かに自分は最強の存在になった。でもそれは黒森峰の中だけの話。全国のエースに勝たない限り、真の最強には成り得ない>

 

母親からスパルタ教育を受けて育った彼女は、ある種の完璧主義者でもあった。自分が最強であることを、黒森峰だけでなく、全国の、全ての空戦道パイロット達に認めさせたい。そんな野望が、彼女の心に渦巻いていた。

 

だが一つ問題があった。空戦道には戦車道を始めとした他のスポーツ及び武道と異なり、全国大会のようなものが存在しないのだ。これでは自分の強さを証明できない。そこで彼女は閃いた。

 

<各地の学園艦に喧嘩を売って、向かってきたエースを返り討ちにしてやる>

 

全国のエースに自分から会いに行くという、発想の逆転である。

 

<全てのエースを撃墜する、()()()()()を始めよう>

 

自分以外の全学校のエースを倒せば、文句なしの最強パイロットとして君臨できる。こうして()()()()()計画を始動しようとした彼女だったが、ここでも問題に直面する。

 

まず第一に、自分から積極的に他校の空域に侵入する行為は、あまり褒められたものではない。基本的にパイロットが訓練かスクランブル発進以外で出撃する際は、生徒会長の許可が必要だが、これでは許可が降りそうにない。ましてや黒森峰の現会長は、風紀委員上がりで規律に厳しいことで有名な、あの西住普美だった。会長としても、黒森峰の評判が下がるような真似は、許すことができない。そこでレッドバロンは、エースパイロットの特権を利用することにした。

 

「エースであるウチを飛行禁止にしたら、黒森峰の航空戦力はガタ落ちするよ?」

 

これは巧妙な手口だった。理論上は生徒会長はパイロットの行動を制限できる権利があるとはいえ、エースが戦えなくなると困るという一面もあった。もしレッドバロンがエースでなければ、普美としても躊躇なく罰則を与えていただろうが、エースとしての特権が、それをためらわせた。

 

もう一つの問題は、自身の僚機、パートナーに関してだった。

彼女は元々、自分より弱いパイロットを相棒にするつもりはないという、孤高の態度を取っていた。しかし幾らエースとはいえ、単独行動は危険性が大きいことも理解していた。だが今更誰かとタッグを組もうとしても、過去のなりふりを見てきたパイロット達からは嫌われていたため、結成には至らないように思えた。

 

だが一人だけ、黒森峰にレッドバロンと組むに相応しい相手がいた。それは一年生の天才ルーキー、ハルトマンだった。中学時代から同学年の中で突出した成績を残していたこと。その強さがゆえに、周りから孤立していたこと。あらゆる面で、レッドバロンと重なる人物だった。

 

<この子なら、ウチの気持ちを理解してくれるかも……>

 

そんな思いを抱いた彼女は、早速ハルトマンに会いにいく。最初こそ互いにプライドの大きい人間だったため、ギスギスした雰囲気だったが、戦う内に徐々に意気投合し、正式なタッグとして結成する。

 

<さあ、ウチを止められるなら止めてみなって!>

 

これで全ての問題が解決した彼女は、ようやく()()()()()を本格的な実行に移す。片っ端から全国の学園艦の空に姿を表しては、エースを倒して去っていく―――。その真っ赤な機体と相まって、黒森峰のエースの名はパイロット達を震え上がらせた。

 

「黒森峰のエースはヤバい奴らしい」「赤い戦闘機を見たら警戒しろ」

 

そんな噂が、瞬く間に全国に広がっていった。事実、レッドバロンは怒涛の勢いで、各校のエースを撃破しつつあった。

ナルシストだが実力は確かな、アンツィオ高校のジェノバ、

サザーランドを下した格闘戦の名手、大洗女子学園のムサシ、

聖グロとサンダースのダブルエースコンビも手こずった、知波単学園のカグツチ、

二年生エースにして守護神の異名を持つ、継続高校のモルテン、

そして空戦道で日本一の規模を誇るサンダース付属高校のミニットマン……。

並み居る猛者たちを返り討ちにし、エース狩りは順調に進行していた―――。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

黒森峰女学園の学園艦―――。

巨大な温泉施設のある大浴場の休憩室に、レッドバロンはいた。

 

「……」

 

ソファーで横になり、天井をボーっと見つめている。風呂上りなのか、金色の髪からはシャンプーの爽やかな香りが漂っている。

 

「あー……」

 

彼女は今、無心になっていた。聖グロから送り込まれた刺客、ウェリントン及びその飛行隊を撃破するも、僚機のハルトマンを喪失。学園艦のそばの海域だったので直ぐに救出されるはずだったが、悪天候だったため行方不明。

 

「ハルトマン……」

 

普段はエースであることを盾になりふり構わぬ態度を取っていたレッドバロン。そんな彼女が、ここまで落ち込んだ気分になるのは珍しかった。

そんな状態の人間が一人だけいた部屋の扉が、勢い良く開いた。

 

 

 

「ふう、ようやくシャワーを……ん?」

 

入室してきた人物は、黒森峰ナンバー2パイロットのガーランドだった。

 

「あれ?アンタ、よく帰ってこれたね?」

 

これはレッドバロンにとって予想外の来訪者だった。彼女の予測では、ガーランドはすっかりサザーランドに返り討ちにされて、聖グロの捕虜になるはずだった。

 

「まあな。今回は辛うじて生き延びた」

 

「まさか……、サザーランドを?」

 

レッドバロンは自分の最後の獲物であるサザーランドを横取りされたのではないかと危惧した。ただ、それは杞憂であった。

 

「いや、エースは仕留め損ねた。残念ながらな」

 

「……だよね~!やっぱアンタ如きじゃ敵う相手じゃないっての!」

 

からかう姿勢を見せながらも、レッドバロンは内心で肩をなで下ろした。まだサザーランドは破られていない。やはりエースを倒すべきはエースだけだ。そんな感情が、彼女の本音だった。

 

「相変わらず癪に障る奴だ。言っておくがエースの相方を倒すところまでは追い詰めたぞ。あいにく燃料が厳しくなったので引き返した。なに、次に会ったとき倒せば済む話だ」

 

このガーランドの台詞は、レッドバロンにとって不満だった。所詮は二番手なのだから余計なことをせずに引っ込んで欲しい。彼女のガーランドに対する考えは、エースと二番手という関係になってから不変のものだった。

 

 

 

「ところで、ハルトマンはどうした?」

 

ガーランドが不思議そうに質問する。なぜならレッドバロンはハルトマンと四六時中一緒であることが多かったからだ。

 

「別に?アンタが知る必要ないっしょ?」

 

「……さては撃墜されたな?」

 

レッドバロンはとぼけたフリを見せたが、一瞬でガーランドに看破されてしまった。

 

「ハハハ。それで一人寂しく、ここで寝転んでいたのか?」

 

「うっさい、余計なお世話だし」

 

ガーランドはシャワーを浴びるために服を脱ぎながら続ける。

 

「まあ今日の天気じゃ、そうそう救出されるのは難しいかもな。海は大荒れだったぞ」

 

このときハルトマンは聖グロリアーナ女学院によって救助されていたが、もちろん今の二人は知るよしも無い。

 

「ふーん……」

 

不貞腐れるレッドバロンを見かねて、ガーランドはこう伝えた。

 

「そうだ。お前に一つ、面白い事を教えてやろう。さっき聖グロのパイロットが何人か、ウチの捕虜になったのだが、その中に一人、場違いな一年生がいた。これは私の勘だが、そいつはもしかすると、サザーランドの僚機だった奴かもしれん。どうせ暇なら、会って話をしたらどうだ?」

 

それを聞いてレッドバロンは飛び起きた。サザーランドがレッドバロンの情報を求めていたのと同じように、レッドバロンもまた、サザーランドの情報を求めていたからだ。

 

「マジで?じゃあいこっかな?」

 

「好きにしろ。私は一年生パイロットをいたぶる趣味は無いからな」

 

ガーランドは下着を脱ぎ終えて、タオルを片手に浴場に進んでいく。そのとき、意味深な忠告を言った。

 

「強さへの願望とは無限に続くものだ。レッドバロン、お前が仮に全てのエースを倒せたとしても、その欲求は収まらないだろう。いや、むしろ増えていくかもしれん。肥大していく欲望に溺れ、苦しむ姿がありありと目に浮かぶ。このまま()()()()()を続ける覚悟、お前にはあるかな?」

 

「……ッ!?」

 

レッドバロンの心臓がドクッと鳴る。強さを求めすぎるがあまり、その欲求に苦しむ……。そんな状態は、彼女が今まさになりつつある状況だったからだ。

 

「ア、アンタには関係ないっしょ!何はともあれ、サザーランドはこのウチが絶対にぶっ潰す!だから邪魔しないでよ!」

 

そう吐き捨てると、レッドバロンは逃げるように退室していった。

 

 

 

 

*

 

 

 

黒森峰女学園の艦内にある捕虜収容所へと歩いていく道中、レッドバロンは奇妙な感情に苛まれていた。

 

「ウチは今まで数々のエースに勝ってきた……。今更、聖グロのエースなんて怖くないっての!」

 

そう自己暗示をかけるのは、彼女がサザーランドに対して抱く感情に違和感を覚えているからだ。

全ての学校のエースを倒して、エース狩りを完遂したい。そのためにサザーランドに勝ちたい。本来であれば、そういう気持ちを抱くはずだった。しかし―――

 

(何だろう、この気持ち―――)

 

どうも今のレッドバロンの感情は、本人にすら理解が及ばないほど複雑らしい。それは彼女の心の奥底にある、一種の破滅願望が原因だった。

 

(もしサザーランドを倒しちゃったら、ウチを満たしてくれる人は―――)

 

彼女は今まで、ありとあらゆる勝負を勝ち抜いてきた。エースの座を巡る校内競争に打ち勝ち、エース狩りで数多のエース対決にも勝利してきた。あとはサザーランドを倒すだけ。そうすれば、自分の望んだものが全て手に入る。なのに何故か、サザーランドに勝利したいという気持ちが湧いてこない。いや、むしろ―――。

 

レッドバロンは首を横に振る。

 

「バッカ!何考えてんのウチ!?サザーランドの奴は絶対にウチの手で倒す!ぶっ殺ーす!それ以外ありえないっしょ!」

 

自分の心に嘘をつきながら、彼女は歩き続けた。

 

 




レッドバロンは敵役ですが、全国のエースを倒して最強を目指すっていうのは、むしろ少年漫画の主人公みたいな考えです。
でもこの物語の真の主人公はサザーランドです。ハイ。


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後輩として

5月4日は、5月(MAY)4(よん)でメイヨーの日!
ということで(?)今回はメイヨー視点です


「……酸っぱいですね」

 

暗い個室の中で食事を取っているメイヨー。

ここは黒森峰女学園艦内にある捕虜収容所、その一室だ。

彼女が食べているのは、ドイツ料理を代表するザワークラウト。キャベツを発酵させた漬物で、独特の酸味がある。ちなみにドイツ人を侮辱する言葉として、クラウト(キャベツ野郎)があるが、それはこの漬物料理が由来だ。

 

「はあ、まさか黒森峰に捕まってしまうなんて……」

 

食事を取り終えて、ベッドに横になるメイヨー。

聖グロリアーナ学園艦の上空でガーランドによって撃墜された彼女は、荒海に流されているところを偶然、黒森峰の救助隊に発見された。もちろん救助されないよりはマシだが、それでも一応、聖グロと対立関係にある学校なので捕虜となってしまった。彼女が捕虜になるのは、これで二回目。前回は大洗女子学園だった。

 

「……先輩がいなくて心細いですねー……」

 

しかし前回と違う点は、サザーランドがいないということだ。彼女は強烈な孤独感に襲われることになる。

アンツィオ高校との戦いを経て、サザーランドの正式なウイングマンとなった日から、彼女はずっと、先輩と行動を共にしてきた。しかし、今ここにはいない。

 

「私って、先輩がいないと何もできないのかなぁ……」

 

枕を抱きしめて必死に不安を抑えるメイヨー。ふと、今までの戦いを思い返す。

最初は文字通り、サザーランドに頼りっぱなしだった。敵機撃墜も中々達成できないし、むしろ被弾や被撃墜の方が圧倒的に多かった。

けれども訓練と実戦経験を積んでいくうちに、だんだん空戦技術が上がってきて、知波単との戦いで初戦果を成し遂げた。その後のプラウダ戦では、不意打ちのような形とはいえ、敵エースを撃墜し、同時にサザーランドを救うこともできた。

この数ヶ月間で、パイロットとしての腕前は劇的に向上した。しかし、彼女には消えない悩みがあった。

 

「私なんかが、エースである先輩の僚機でいいんでしょうか?」

 

メイヨーがずーっと抱えている、この悩み。

元々サザーランドの僚機をやりたいと頼み込んだのは彼女自身だ。エースパイロットに憧れて、いつか自分もなりたいと思っていた。だったら直接、エースの僚機をやってみて、エースの戦いを間近で見て勉強したい。そう考えて、彼女はダメもとでお願いをしてみた。

するとサザーランドはあっさり許可して、理想だったエースの間近で戦えるようになった。初めはウキウキだった彼女だったが、それはすぐに打ち壊された。

 

そう。大洗のエース、ムサシから与えられた敗北である。それまでの彼女は、もし自分に何かあっても先輩が助けてくれるだろうという、かなり楽観的な気持ちがあった。だがムサシとのエース対決による敗北で、それは甘い考えであることを身に染みて理解した。自分が天下無敵だと思っていたサザーランドでも、負けるときは負けるのだ。

 

その日から、彼女の姿勢は変わった。先輩に頼りっぱなしではダメだ。自分も、先輩の役に立たなくちゃいけない。そう決意した彼女だったが、それが返って別のプレッシャーを生む。

先輩のサポートをしなくては。エースの隣に立つに相応しいパイロットにならなければ。

そんな焦燥感が、次第に彼女を蝕んでいく。着実に技量は上がっているのに、なぜか満足できない。もっともっと強くならないと、先輩の足を引っ張るだけだ。それを信念に、彼女は訓練を重ねていく。

 

だがいくら練習しても、サザーランドに頼りっきりな印象が拭えない。普通に考えたら、一年生と三年生で対等な実力になるのは不可能だ。ましてや比較対象がエースなのだから、追いつけないのは当然である。

しかし彼女は、先輩の足手まといになりたくない。だったら対等とまでは行かなくても、相応の実力をつけなければいけない。そんな考えに固執していたせいか、いつまでたっても自信がついてこない。どんなに活躍して褒められても、素直に受け取れない。ただただ自己肯定感だけが下がっていく……。そんな悪循環に彼女は陥っていた。

 

「やっぱり、私じゃ力不足なんです……。先輩の役に立ちたいなんて、とんだ思い上がりでした……」

 

ガーランドとの対決で、それは決定的となった。自分は先輩のフォローが出来ず、あろうことか撃墜されてしまった。やはりエースの傍に立つのは早すぎた。未熟な一年生が担当していいポジションではなかった。今回の敗北によって、彼女の考えは、そう固まってしまう。実際には、僚機としての役目を果たしていると言うのに……。

 

「聖グロに帰ったら、もう先輩のウイングマンは辞退しますって言おうかな……」

 

そう呟いて、メイヨーは眠りについた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

ドンドンドンと、金属製の扉を叩く音でメイヨーは目を覚ました。

 

「ちょっとちょっと~?まさか死んでる感じ~?」

 

扉越しでにじみ出るギャルっぽい声に、メイヨーは返事をする。

 

「生きてますよ。どちら様ですか?」

 

身元を明かすこともなく、扉は開けられ誰かが入室してきた。

 

「ちーっす」

 

それは黒森峰のエース、レッドバロンだった。彼女はメイヨーの顔を見た途端、怪しい手つきで近づいてきた。

 

「へえー。サザーランドの奴、結構カワイイ子選ぶじゃん?」

 

そう言ったかと思うと、メイヨーの体や髪の毛に触り始める。

 

「ちょっ、何ですか急に!ベタベタ触らないで下さい!」

 

「えー、いいじゃん別に。アンタ捕虜なんだし、ウチの好きにさせてよ」

 

抵抗するメイヨーだが、レッドバロンは構わずあちこち触っていく。

 

「お、これは中々の……」

 

欲望にまみれたその手が、メイヨーの胸に行こうとすると―――。

 

「そ、そこはダメー!!」

 

「痛ッ!?」

 

メイヨー渾身の平手打ちが、レッドバロンの頬に直撃する。

 

「いったたた……」

 

ぶたれた場所を手でさするレッドバロン。彼女の頬には、痛々しいビンタの赤い痕ができた。

 

「わ、私の胸を触っていいのは先輩だけです!いや、本当は誰も触っちゃダメですけど、ん?や、やっぱり先輩でも胸に触れるのはダメで、でも一回くらいなら許しもいいかなって、えーと、何言ってんだろう私!?」

 

メイヨーは赤面しながら慌てふためいている。

 

「……うん。ウチが悪かった。とりあえず一旦落ち着こ?」

 

 

「ん?今の声はメイヨーさん?……気のせいですわね」

 

 

*

 

 

 

「……え?あなたが、あのレッドバロンさんですか?」

 

冷静さを取り戻したメイヨーが、ようやく状況を把握した。

 

「そ。ウチが黒森峰のエース。で、念のため聞くけど、アンタがサザーランドの僚機やってる子だよね?えーと、TACネームは?」

 

「メイヨーです。サザーランド先輩のウイングマンをやらせてもらってます。……今のところは」

 

思わせぶりな口調なのは、メイヨーがそのポジションを続ける気力が薄れてきているせいだ。

 

「ビンゴ!ガーランド(あいつ)の勘とやらも、意外と当たるじゃーん?」

 

 

 

「レッドバロンさん、あなたに一つ、聞きたいことがあります」

 

神妙な面持ちで、メイヨーが尋ねる。

 

「どうしてあなたは、他校のエースをつけ回しているんですか?」

 

「ウチこそが最強のパイロットであることを、世に知らしめるためだけど?」

 

「何でそんなことをする必要があるんですか?」

 

メイヨーの素朴な疑問に、レッドバロンは顔をしかめてこう答えた。

 

「……アンタみたいな凡人に分かる訳ないっしょ。天才であるがゆえの苦悩、常に完璧さを求められる家系に生まれてしまったがゆえの宿命……」

 

この言葉の意味を、メイヨーは理解できなかったが、一つだけ言いたいことがあった。

 

「サザーランド先輩は、絶対あなたには負けません!」

 

これは全く根拠のない言い草だった。それでもメイヨーは、もし二校のエースが激突すれば、絶対にサザーランドが勝つということを信じてやまなかった。

 

「ふーん。言ってくれんじゃん?何はともあれ、ウチはサザーランドの奴をぶっ倒して、最強の座に立つつもりだけどね」

 

 

そのタイミングで、レッドバロンの携帯にメールが受信される。

 

「お、何々……。ハルトマンが聖グロに捕まってる?マジかー」

 

送り主はガーランドで、近日中に聖グロと黒森峰双方で捕虜交換を行う、とのことだった。

 

「ハルトマン?」

 

「あー、ウチの可愛い後半。そうねー、アンタにちょっと似てる感じ。一年生でさ、でも才能はめちゃめちゃあるんだよねー」

 

メイヨーとハルトマン、両者は一致する部分が多い。空戦道の強豪校で三年生エースの僚機を担当している。身長も同じくらいで、先輩を尊敬している。

一方で決定的に違う部分もある。ハルトマンは才能に恵まれた、いわゆる天才パイロットだが、メイヨーは特にそんなものはない、平凡なパイロットだ。

 

(後輩……。レッドバロンさんにもいるんだ)

 

「今日はアンタからサザーランドについて聞くつもりだったけど、やっぱいいや。直接本人からダイレクトに聞けばいいし」

 

レッドバロンは、捕虜交換の場にサザーランドが現れることを予感していた。だったら自分も参加して、直接話をする方向に切り替えたのだった。

 

「やっぱり場所は長野の中立高校かー。んじゃ、バイバイー」

 

結局、大した会話もなくレッドバロンは立ち去ってしまった。

 

 

 

「……何だろう。早く先輩と再会したい気持ちはある。けれど……」

 

メイヨーは迷っていた。サザーランドの僚機を辞任したいという率直な気持ちを伝えるべきか、このまま黙っているべきか……。

 

いずれにせよ、サザーランド、メイヨー、レッドバロン、そしてハルトマンの四名は、すぐに直接対面することになる。

その場所は、以前にプラウダと継続による会議が開催されたのと同じ、長野県の中立高校だ。

 




現在の黒森峰にはウェリントンも捕まっています。
ただ、今後もう彼女の目立った活躍はないです(無慈悲)。


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再び、中立高校にて

長野県、中立高校―――。

険しい日本アルプス山脈の中にポツンと存在するこの学校の本部は、校名の通り絶対的中立を宣言した学校である。

そのため、対立関係にある学園艦同士が会議や交渉を行う際には、この中立高校が会場となることが多い。実際、先の継続高校とプラウダ高校の会談が開催されたのも、ここである。

学校自体の規模はさほど大きくないものの、日本の高校の中では重要な意味を持つ場所なのだ。

 

 

 

そして今日、この学校で聖グロリアーナ女学院と黒森峰女学園による捕虜交換が行われることとなった。

基本的に捕虜交換が行われる際は、最初に両校の生徒会による交渉会議から始まる。ただ、今回は事前に生徒会長同士、英山幸子と西住普美による電話会談で話し合いは済んでいるため、今日は人員の引き渡しのみである。

 

「よくこんな山奥に学校を建てようと思ったわね……」

 

聖グロリアーナ所属の輸送機ヘイスティングス*1から降りたサザーランド。会場には聖グロ及び黒森峰の生徒たちが集まって慌ただしくなっていた。

 

「おや?あなたも聖グロの生徒会の方ですか?」

 

「いいえ、違います。私は空戦道のパイロットです」

 

黒森峰の生徒会メンバーから、こんな質問をされたサザーランド。

なぜなら捕虜交換の場に赴く生徒は、捕虜を除けば普通は生徒会の人間しか参加しないからである。

ただ、今日の彼女はいち早くメイヨーと再会したいという思いから、自分から頼み込んで出席した。それほどまでに心配していたのだろう。

 

「おっと失礼、パイロットの方でしたか。そういえば、黒森峰(我々の側)からも一人、パイロットが出席したいって来てるんですよね」

 

「黒森峰のパイロット?」

 

サザーランドの脳裏に予感が走る。わざわざ捕虜交換の場に参加するパイロットはそうそういない。だが今回、自分と同じように後輩が捕虜となっている人物が一人存在する。それは―――。

 

 

 

 

「ウェーイ!おっ、アンタもしかしてサザーランド?」

 

その声は、かつてサザーランドが電話越しに聞いた声と一致していた。一度聞いたら耳から離れない、ウザったいギャルの声。

 

「そう。あなたが、あのレッドバロンなのね」

 

黒森峰のエース、レッドバロンの登場だ。彼女もまた、ハルトマンといち早く再会したいという思いと、サザーランドと対面したい企みで出席したようだ。

 

「ちーっす!こんなところで会えるなんて、やっぱウチら運命の宿敵って感じ?」

 

「おあいにくさま、あなたみたいなギャルっぽい人間、私が一番嫌いなタイプよ」

 

相対する聖グロと黒森峰のエース。同程度の身長である両者の間には、言葉では言い表せない謎の緊迫感が流れている。それがさながらオーラのように見えるのか、周りには近寄りがたい雰囲気が形成されていく。ゴゴゴゴゴ

 

「こわー。何あの二人……」「危険な気がする。近寄らないでおこう……」

 

若干引き気味の周りを気にすることなく、二人は会話を続ける。

 

「あなたの後輩のハルトマンから、既に話は聞いてるわ。全てのエースパイロットを撃破し、自分が最強であることを証明したい……だったかしら?」

 

「そーそー。んで、そのためにアンタには犠牲になってもらいたいワケ。けど……」

 

「けど?」

 

「……なんかもう、メンドくなってきたんだよね~」

 

「は?めんどいってあなた、それはどういう―――」

 

レッドバロンの予想外のコメントに、サザーランドは困惑した。一体、何が面倒くさくなってきたのだろうか?

 

「あのね、正確に言うと、ウチが最強になりたいって言う意味は、誰しもがウチより強いパイロットはいないってことを認めさせたいってコト。つまりさぁ、もしアンタが今ここで、[あなたは私より強いです。だから勘弁してください]って土下座すれば、見逃してあげてもいいよって寸法。ってか、そっちの方が手っ取り早くて楽なんだわ」

 

「……あなた、それ本気で言ってるの?」

 

サザーランドの怒りのボルテージが上がっていく。誰だって土下座をしろと言われて心地よくなることは無いだろう。ましてや、自分から敗北を認めるという、エースとしての尊厳を踏みにじるような行為を要求されては、彼女が怒るのも当然のことだ。

 

「え?土下座してくれないの?ウチながら良心的な提案だと思ったんだけどねー」

 

「ふざけないで!言っておくけど、私は誰が相手であれ、戦う前から降参するような真似は絶対にしないわ!」

 

こう見えて、サザーランドはプライドが高い人間だ。あくまでジェノバみたいに表に出さないだけであって、エースとしての誇りは一丁前に持っている。

 

「でもさぁ、理論的に考えて、ウチよりアンタの方が強いなんてこと有り得なくね?」

 

「どういう意味よ?」

 

「だってさぁ、ウチはあらゆるエースを落としてきて、しかも聖グロのナンバー2のウォレントン*2も返り討ちにしてやった。それに対してアンタはどうよ?エースどころか、ウチより格下のガーランドの奴すら取り逃がす始末じゃん。これじゃあ、どっちが強いかなんて明白じゃね?」

 

この理論は一理あるものだ。単純に鑑みて、レッドバロンは以前にサザーランドを打ち負かした大洗のエース、ムサシすらも撃墜している。加えてお互いのナンバー2との戦いの結果も踏まえれば、レッドバロンの戦績の方が優れているのは明らかだ。だがサザーランドは、それでも屈する様子を見せない。

 

「そんなこと、やってみなければ分からないわ!」

 

不屈の闘志を見せるサザーランドに、レッドバロンは微笑みを見せた。

彼女は、もとよりサザーランドが自分から土下座をするような人間ではないことを察していた。それをあえて提言することで、向こうのやる気を確認したのである。

 

「アッハハ!そうこなくっちゃ面白くない!いいよ。この際だし、白黒ハッキリつけちゃおっか!」

 

「上等よ!天才がなんだか知らないけど、パイロットとして挑まれた以上、本気で相手してあげるわ!」

 

戦う意思を完全に固めた二人。

 

 

 

だが、二人の直接対決を阻む大きな障害が存在していた。

 

「……でも、会長からスクランブル以外での出撃を禁じられてんだよね、ウチ」

 

「あら?奇遇だわ。私も同じ命令を受けているのよ」

 

そう。生徒会長から下された出撃禁止令である。サザーランドは戦力温存のため。レッドバロンは謹慎処分のためと、理由はそれぞれ異なるが、お互いに行動を制限されている状態なので、今のままでは聖グロと黒森峰のエースが対決することは不可能だ。

 

「マジで?アンタも何かやらかした感じ?」

 

「あなたと一緒にしないで。というか、あなたが聖グロの飛行隊を滅茶苦茶に荒らしたせいで、私がその分のフォローをしなきゃいけない状況なのよ?」

 

「あー、それはゴメン。でもさー、アンタが留守にしてたのも一因だよ?」

 

「はい?まさかここにきて被害者ヅラするつもり?悪いのはあなたでしょ!」

 

水と油のように仲が悪い二人。だが会長からの命令のせいで、お互いにもどかしい思いをしている点では、二人は一致していた。

 

「もうさ、良くね?会長命令ガン無視で」

 

「うーん……」

 

エースという最強の存在を縛り付ける生徒会長に、二人の不満は溜まっていた。

とりわけサザーランドの場合、これまでの戦いの殆どは、幸子からの命令が起因したものだった。よくよく考えれば、なぜサンダース付属高校まで行って、知波単学園と戦ったのだろうか?なぜ継続高校という赤の他人を守るために、プラウダ高校との壮大な争いに参加したのだろうか?全ては、幸子の聖グロを再び偉大にしたいという野望が元凶である。

一方のレッドバロンの側も、生真面目な性格の普美は、目の上のたんこぶであった。もし会長から謹慎処分を受けなければ、とっくにサザーランドとの対決は実現していただろう。

 

だがそれでも、生徒会長に逆らうのは容易ではない。何せ、全ての生徒を自在に操れるほどの莫大な権力を有しているのだ。その気になれば、生徒一人など強制退学することも可能だ。それはエースといえど同じである。だからこそ、サザーランドもレッドバロンも、会長には頭を下げ続けるしかなかった。反抗しても、ろくな結果にならないのは目に見えているからだ。

 

「ほら、赤信号は皆で渡れば怖くないってやつ。会長命令なんてクソ喰らえ!って感じでさ」

 

「あなた本気?生徒会長に逆らった人間が、どういった末路を辿るか知らないのかしら?」

 

「いや、分かるよ?けど、お互い決着をつけたい気持ちは一緒じゃん?」

 

「まあ、それはそうだけど……」

 

部外者如きに、自分たちの戦いに水を差して欲しくない。エース同士、好きにやらせてくれ。そんな本音を隠していることを、二人は理解していた。

 

「ま、いいや。アンタはどうであれ、ウチは会長命令なんか踏み倒すつもりだし。エースなんだから好きに生きて、好きに空を飛ばせろっての」

 

レッドバロンはそう言って、サザーランドと別れようとする。

 

 

 

そこに、たった今捕虜交換のを終えて解放されたメイヨーとハルトマンが駆けつけてきた。

 

「先輩!」

 

「センパイ、お待たせしました」

 

久しぶりの再会を果たした三年生の二人が、一年生の二人を出迎える。

 

「ごめんね、メイヨー。心配かけさせて」

 

「わーハルトマン~!大丈夫だった?聖グロでマズイ料理食わされなかった?」

 

後輩の二人が、安堵した表情になる。やはり先輩と離れ離れになるのは嫌だったようだ。

 

「はあー、やっぱり先輩と一緒にいると安心しますねぇ」

 

「うーん、思ったよりはマシでしたよ。でもウナギのゼリ寄せだけは二度と食べたくないですね」

 

中立高校へ来た最大の目的を達成したエース二人。

そのまま帰ろうとしたレッドバロンを、サザーランドが引き留めた。

 

「待って。一つ聞きたいことがあるの」

 

「お?何?ウチのスリーサイズ?えーっと、バストが91で……」

 

「違うわよ。お互いの本名を知りたいの。TACネームじゃない、本当の名前よ」

 

基本的にTACネームで呼び合うことが多い空戦道で、本名を聞くことは稀だ。サザーランドは、それだけレッドバロンの素性が気になっていた。レッドバロンとしても、お互いの本名を明かすことは満更でもないようだ。

 

「私の名前は東雲エリス。あなたは?」

 

レッドバロンは口角を上げて、自らの本名を口にした。

 

 

「ウチはね、モニカ。逸見(いつみ)モニカっていうの」

 

 

「逸見モニカ……。覚えておくわよ、その名前」

 

「ウチも忘れないよ、東雲エリス。必ず、アンタを倒すから」

 

そう言って二人は、学園艦への帰路につく。

 

 

 

別れ際、ハルトマンがメイヨーにこう言い残した。

 

「メイヨーさん、でしたか。同じ一年生。だけど、私と貴方では実力が違いすぎる。貴方のような凡人に、生まれ持っての天才である私は倒せない」

 

その言葉に、メイヨーはこう反論した。

 

「そんなこと、やってみなくちゃ分かりませんよ!」

 

偶然だろうか、このやり取りはサザーランドとレッドバロンのそれと同じ流れだった。

 

「ふふっ。まあいいでしょう。そのうち自ずと理解できますよ。天才と凡才の差ってやつをね」

 

「……」

 

捕虜交換を終えた生徒たちが、お互いの輸送機に乗り込んでいく。

聖グロと黒森峰のパイロット四人は確執を残して、中立高校を後にした。

 

*1
イギリスのハンドレページ社が開発したレシプロ大型輸送機。1940年代から50年代にかけて、イギリス空軍の主力輸送機として運用された。

*2
正しくはウェリントン。ちなみにウェリントンの由来はニュージーランドの首都なのに対し、ウォレントンは南アフリカの田舎町なので落差がすごい




中立高校ってスイスがモチーフなので、複数の学園艦が絡む話では便利な学校なんです。
実際、スイスのジュネーブとかってリアルな国々でも会議の場として選ばれやすいですし。<ジュネーブ条約>とか幾つあるんだよって感じです。


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二人の絆

捕虜から解放され、無事に聖グロリアーナ女学院に帰艦したメイヨー。

 

「うーん、やっぱり言える気がしないよー……」

 

だが、肝心要である行動を取れずにいた。それは先輩のサザーランドに対するメッセージを伝えることである。

 

<自分はウイングマンとしての自信を失ってしまった。だから辞退させて欲しい>

 

たったこれだけの言葉を伝えるだけなのに、メイヨーは苦しんでいた。

いや、彼女にとっては、この言葉をサザーランドに言うという行為は、言ってしまえばこれまで二人で築き上げてきたもの全てを否定するに等しいものだ。やはり簡単にはできない。

 

「やっぱり秘密にしておいた方が……」

 

かと言って、何も言わずひた隠しを続けるのも、それはそれで息苦しい。問題への先送りに過ぎない。メイヨーは悩んだあげく、一つの解決策を思いついた。

 

「そうだ。先輩以外の人に相談してみようかな」

 

直接本人と向き合う勇気がないなら、誰か他の人に頼ってみる。それならば、比較的ハードルは低くなるだろう。

では、サザーランド以外の人物で、メイヨーのお悩み相談に付き合えるのは誰だろうか?二人を繋ぐ第三者となれば、答えは明確だ。

 

「清美さん……。やっぱりあの人しかいないよね!」

 

善は急げということで、早速メイヨーは単身で格納庫に行くことにした。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

整備班の班長、清美は少し変わった作業をしていた。

普段は主に戦闘機の整備を担当している彼女だが、今回は違う。

 

「ふーむ。戦車の改造ってのも新鮮だねぇ」

 

今、彼女が取り掛かっているのは、戦車道で使われている、イギリスのクルセイダー巡航戦車だ。

メカニックに長けている彼女は、戦闘機以外にも戦車だろうと自動車だろうと、そっけなく整備できる。

しかし、なぜ今この戦車を改造しようとしているのだろうか?理由は少し前に遡る。

 

{このクルセイダーを、もっと速く走れるようにして欲しいんですわ!}

 

聖グロの戦車道でクルセイダー戦車を操る、とある赤髪の一年生選手から、こういった依頼をされたからである。

ちょうど戦闘機整備の仕事が減っていた清美は、暇つぶしも兼ねて、この依頼を請け負ったのだ。

 

「それにしてもあの赤髪のお嬢ちゃん、ウェリントンちゃんみたいな喋り方してたねぇ。もしかして姉妹だったりして?んなわけないか、ハッハッハ!」

 

ふと思い出し笑いをしてしまう清美。それほど、わざとらしいお嬢様言葉が印象的だったようだ。

 

 

そこへ、メイヨーが申し訳なさそうに訪ねてきた。

 

「あのー……、今いいですか?話したいことがあるんですけど」

 

「おっ。メイヨーちゃん、無事に帰ってこれたかい! 良かった、心配してたよ?」

 

戦車のエンジン改造作業に没頭しながら、清美はメイヨーの話を聞いている。

 

「サザーランド先輩について、悩んでいることがあるんです……」

 

思い切って自身の葛藤を告白したメイヨー。そんな彼女の顔を見て、清美は事の深刻さを悟ったのだろう。ただちに作業を切り上げて、面と向かい合って聞くことにした。

 

「なんだい、随分と辛気臭い顔をしてるじゃないか。大丈夫さ。言ってごらん?」

 

「ありがとうございます。実はですね―――

 

メイヨーは、今抱え込んでいる悩み事を全て吐き出した。

どんなにパイロットとしての腕が上がっても、一向に自信がつかないこと。

今までサザーランドと共に戦う中で、感じたギャップのこと。

そして今後、僚機を続けるか否か。辞めるとして、直接本人に言える勇気が湧かないこと。

途中で涙を流しながらも、メイヨーは心中の思いを清美に伝えた。

 

 

 

「……そうかい。そんなに色々と思い悩んでいたとは、アタシも初めて知ったよ」

 

「やっぱり、私と先輩じゃあ不釣り合いですよね。エースの隣に私みたいな下手な人間がいても、足を引っ張るだけかなって……。それなら、いっそウイングマンを辞めちゃおうって結論に達したんです」

 

まるで何もかも諦めたような表情をするメイヨーに、清美はこう進言した。

 

「実はさ、ついこの前にサザーランドの奴とメイヨーちゃんについて相談されたんだよ」

 

「え?先輩が私についての話を?」

 

「そうさ。まあこの話は、本人から誰にも言ってほしくないって頼まれてるんだけど、面倒くさいから全部言っちゃおうかねぇ」

 

清美は、以前サザーランドから聞いたメイヨーに対する恋愛感情を暴露した。これはサザーランドから先輩としての威厳を失いたくないので誰にも言わないよう口止めされていたのだが、清美は構わず言いふらしてしまったのである。

 

「せ、先輩が私のことを好きって……。それ本当ですか!?」

 

思わず赤面したメイヨー。まさか先輩から好意を寄せられるとは、夢にも思わなかったのだろう。

 

「本当さね。あいつも動揺してたよ。私が後輩に恋愛感情を抱くわけないじゃない!ってさ」

 

 

 

 

 

すると清美は、あらぬ方向に向かって大声を出した。

 

「な、サザーランド!隠れてないでこっち来なよ!」

 

するとサザーランドがおもむろに二人の前に姿を表した。

 

「言ってくれたわね、きよみん。それは秘密にしてって約束したのに……」

 

実はサザーランドは、メイヨーを探して格納庫まで足を運んでいたのだ。だが清美と何か話しているのを見て、裏でコッソリと様子を伺っていた。だがそんな素振りも、清美にはお見通しだったのだ。

 

「わーっ、先輩!?いつからそこに!?」

 

「そうね。あなたが泣きながら話してるときぐらいかしら?」

 

メイヨーが泣きながら話したタイミングとなると、実に不運である。何せその内容は、メイヨーがサザーランドに隠しておきたかったものだったからだ。

 

「えーっと、それじゃあウイングマンを辞めたいって部分も?」

 

「……全部聞いてたわ」

 

一転して顔面蒼白になるメイヨー。

 

「うぅ……」

 

するとサザーランドは、落ち込んだメイヨーの肩を持って、こう言った。

 

「聞いて、メイヨー。あなたが誰の僚機になるかは、あなたの自由なの。だから私と別れて他のパイロットと組んでもいいし、何なら誰とも組まずに一人でいるのもいい。最終的な決定権は、あなた自身が握っているのよ。それは理解できる?」

 

「は、はい……」

 

怯えているのだろうか、メイヨーの体は小刻みに震えている。だがサザーランドは、真剣な表情を崩さない。

 

「でもね、一つだけ伝えたいことがあるの。私は、メイヨーのことを必要としているのよ。かつて他人と接することを嫌って、この聖グロで孤立していた私を救ってくれた存在。それがあなたなの。あなたがひたむきに私のことを慕ってくれて本当に嬉しかった。それまでエースパイロットなんて称号に価値を見出せなかったけど、メイヨーと出会って初めて、エースになって良かったなって感じたの」

 

「私が、先輩を救った?」

 

「そうよ。実感は湧かないかもしれないけど、少なくとも私は、メイヨーと組んで正解だと考えているわ。確かに最初のうちは、私が一方的に支えてあげる感じで不釣り合いな関係だったけど、今は対等な関係まで進展したと思うの」

 

「対等な関係……」

 

「二機がペアを組んで、お互いにサポートをし合う、それが一番機と二番機のあるべき姿。それって、私とメイヨーのタッグが達成しているでしょう? あなたはどんな時でも、私を支えてくれた。それは単なる空戦のときに限らないわ。私が落ち込んだとき、あなたは励ましてくれた。私が窮地に立たされたとき、あなたは駆けつけてくれた。これってとても立派なことよ?並のパイロットじゃ成し得ないことだわ。ましてや、あなたは一年生の新米。こんな逸材、他には絶対いないって私信じてるの。だから……、だからね……」

 

サザーランドの頬に涙が流れたと思うと、メイヨーに抱きついてこう叫んだ。

 

「ずっと隣にいて欲しいの! メイヨーおぉっ!!」

 

愛の叫びとも言うべきか。サザーランドの声は広い格納庫全体に響き渡る。

 

「せ、先輩……」

 

メイヨーは泣きつくサザーランドに抱きしめられて、感情がこみ上げる。

 

「私も、先輩のウイングマンであり続けたいです!」

 

そう叫んで、メイヨーも泣きながら抱き返した。

 

「良かった……、良かったねぇ。ようやく二人が結ばれて、アタシは嬉しいよ……」

 

号泣しながら抱擁し合う二人を見た清美も、感極まって涙を流してしまった。。彼女は元々サザーランドが孤独だった時代から面倒を見てきた人間だ。そんなかつては半ば心を閉ざしたサザーランドが、ようやく愛する人を見つけ、それが成就した。清美としても、これ以上に喜ばしい事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「……それじゃあメイヨー、あなたは私の僚機を担当するパイロットを続けてくれるのね?」

 

「もちろんです、先輩!」

 

時間が経って、ようやく落ち着きを取り戻した二人。もう、彼女たちの決意が揺らぐことはない。

サザーランドは、先輩としてメイヨーを先導することを、

メイヨーは、後輩としてサザーランドを支え続けることを、共に固く誓ったのだ。

 

「先輩、一つ聞きたいことがあります」

 

「ん?何かしら?」

 

「私は先輩のウイングマンとして、どのように立ち振る舞えば良いのでしょうか?」

 

「そうね……。別に着飾る必要は無いわ。ありのままの自分でいいのよ、メイヨー」

 

今までメイヨーは、エースの傍らに立つパイロットとしてどのような存在であるべきか悩んでいた。

だが別に、サザーランドは何も特別なことは求めていなかったのだ。むしろメイヨーには、気難しくならずに純粋なままでいて欲しいというのが、彼女の願いだった。それが今、ようやく二人とも真の意味で理解できたのだった。

 

「わかりました、先輩!」

 

「ふふっ。そういう健気で活発な感じのメイヨーが、私は一番好きなの」

 

紆余曲折あったが、お互いの溝は埋まり、二人の絆は絶対的なものとなった。

 

 

 

 

 

「さてと、それじゃあ黒森峰との対決に備えないとね」

 

そう。今のサザーランド達には、倒さねばならない強敵との戦いが待ち受けていた。黒森峰のエース、レッドバロンとの対決である。

 

「そうですね、先輩。……あ、でも私のタイフーンはもう……」

 

「あー……、そう言えば撃墜されて損失しちゃったのよね。あなたのタイフーン」

 

以前のガーランドとの対決で、メイヨーの搭乗機であるタイフーンは、ロケット弾の餌食になってしまった。となると、新しい機体が必要である。

 

「心配ないさね。予備のタイフーンは少数だけど、まだ残ってるから」

 

清美はそう言って胸を叩いた。しかし―――。

 

「駄目ね。タイフーン程度じゃ、これから迎える激戦には耐えられないわ」

 

サザーランドは、それを良しとは思わなかった。

 

「レッドバロン、ヤツはこれまでとは比べ物にならない強敵よ。そんな相手に生半可な性能の機体で挑んでも、返り討ちにされるだけだわ。それは私のスピットファイアMk.IXも同様ね」

 

サザーランドが求めるもの……。それは、今より更に高性能な戦闘機だった。より優秀な性能の機体でなければ、レッドバロンには立ち向かえないと判断したのだろう。事実、それは正しかった。敵が使用してくるであろうFw-190やBf-109は、かなり洗練された後期のタイプだからだ。

だが問題がある。今の聖グロリアーナ女学院に、そんな高性能の戦闘機があるのだろうか?

 

「ねえ、きよみん。あるんでしょう?Mk.IXスピットやタイフーンを凌駕する、最高の戦闘機……」

 

そう質問された清美は、少し考え込んだ後、答えを出した。

 

「……あるよ。でも、ソイツは会長からの許可が降りない限り使用できない。いくぶん貴重な機体だからねぇ……」

 

「会長……。やっぱり、その名前が出てくるのね」

 

いつだって、サザーランドを苦しめたり振り回してきた生徒会長、英山幸子の存在。再び、その名を聞いたサザーランドは、ある決心をした。

 

「私、今から会長室に行くわ。そこで蹴りをつけるの。もう、会長に操られるのはゴメンだって……」

 

生徒会長に逆らうという、学園艦で最も危険な行為を実行すると宣言したサザーランド。

 

「先輩、私も行きます。会長と直接、話をしたいです」

 

「メイヨー……。ありがとう」

 

メイヨーも同じ思いだった。今こそ、幸子の鎖から解き放たれるべき時だ。

 

「そうかい。あんた達、会長に直談判するんだね? 大した度胸だ。でも応援してるよ。アタシも個人的に、会長の権力は理不尽だと思ってるからね!」

 

「その通りよ、きよみん。レッドバロンより先に、私たちには戦わないといけない相手がいるの。さあ、行くわよメイヨー。会長室に!」

 

「はい、先輩!」

 

ついに生徒会長、英山幸子への因縁を晴らすときが来た。これに勝利するまでは、レッドバロンとの対決には臨めないというものだ。

こうしてサザーランドとメイヨーは確固たる意思を持って、艦橋の最上階にある会長室へと向かった。

 

 




クルセイダー戦車の改造を依頼した赤髪の一年生。まあ、あの人しかいないですよね。


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飛ぶ理由、生きる理由

生徒会長―――。

それは学園艦において、全校生徒の頂点に立つ存在である。その権限は恐ろしく強く、気に入らない生徒を理由なく停学あるいは退学させることも可能な程である。ゆえに、学園艦で生徒会長に逆らおうとする場合は、相当な覚悟が必要となる。例え自分の首が吹き飛んでも構わないという程の、強い覚悟と度胸がなければ、到底できない行為である。

だが今、この聖グロリアーナ女学院にて、その無謀な行為を実行しようとしている者がいた―――。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「この科の予算は少し多すぎるな。来年度は削減し、代わりに戦車道と空戦道に回せ」

 

会長室で、生徒会メンバーに一方的に指示を送っているのは、言わずもがな会長の英山幸子である。どうやら来年度の学園艦の予算分配について議論しているらしい。

 

「いえしかし会長、既に切り詰めた状態での予算を更に減らせというのは、少々無理があるのでは……

「黙れ!私の命令だ!つべこべ言わずに、さっさと会計係に回してこい!」

 

自分の意見に対する反論を、強引にねじ伏せる幸子。こうなると生徒会メンバーとしても泣き寝入りするしかない。

 

「ひいっ。で、では失礼しますっ!」

 

威圧感に気圧され、逃げるように退室してしまった。

 

「無駄なことを。生徒会長の権力の強さを知っていれば、素直に従えば済むだろう」

 

グッと紅茶を飲む幸子。

基本的に学園艦の規模が大きいほど、生徒会長の権力も比例して増大する。とりわけ聖グロは日本でも屈指の規模を誇る巨大校なので、その権限は果てしなく膨大だ。

 

「この学校が再び栄光を取り戻す日まで、生徒会長の戦いは終わらんのだ」

 

窓から学園全体を見渡す幸子。

彼女の厄介なところは、あくまで自分は()()()()()()()()()行動しているという点だ。その目的を達成するためならば、多少の権力濫用は許されるというのが、彼女の根本的な考えだった。そこに罪悪感など全くない、ある意味で一番タチの悪い思想である。(完全に自分の出世しか考えていなかったプラウダの露音に比べれば少しマシかもしれないが、やっていることは似たようなものである)

 

 

 

 

そんな暴君が居座る部屋の扉を叩く音がした。

 

「……誰だ」

 

重厚な木製の扉が開き、現れたのは……。

 

「失礼します、会長」

 

「サザーランドとその後輩か。何の用だ?」

 

そう。サザーランドとメイヨーの二人だった。なぜ、自分たちから会長室まで来たのか? その理由はただ一つ。

 

「会長、お願いがあります。私たちに課された出撃禁止令を、今すぐ解いて下さい」

 

それを聞いた幸子は専用の豪華なイスに座り込み、二人を睨み付ける。

 

「詳しく聞かせて貰おうか?」

 

幸子からの鋭い眼光に怯えることなく、サザーランドは冷静に話を進める。

 

「私たちは、黒森峰のエースと戦わなければならないのです」

 

サザーランドは、中立高校でレッドバロンと交わした約束を話した。

レッドバロンが各校のエースを狙う理由や、最後に残ったのが聖グロのエースの自分であること。何より当事者同士が決着をつけたいという旨を、幸子に伝えた。

 

「……お前、自分が言ってることの意味を理解しているのか?」

 

堂々と足を組み、机の上に乗せる幸子。

これは彼女にとって受け入れ難い要求だった。言うなれば、会長から出された命令を取り下げろというのである。

 

「サザーランド。お前は自分が、生徒会長の私に逆らえる立場の人間だと思っているのか? 以前言ったはずだ。お前は私とこの学校のために働いてもらう、と。*1まさか忘れた訳でもあるまい?」

 

幸子にとって、会長である自分に反抗するというのは、何よりも許されざる行為だった。自分が学校のために動いていると自覚している彼女は、自らに歯向かうのは聖グロの敵だと解釈しているのだ。あまりに傲慢な考えだが、今までの彼女は絶大な権力をバックに、それを押し通してきた。

これが聖グロリアーナ女学院の生徒会長、英山幸子の生き様だった。

 

「お言葉ですが会長。私たちパイロットは、あなたの操り人形ではないのです」

 

勇敢にも、堂々とそれを否定するサザーランド。

その一言が、幸子の怒りに火をつけた。

 

「貴様ァ! たかがエースパイロットの分際で、生徒会長である私に逆らうと言うのか!?」

 

だが負けじと、サザーランドも対抗する。

 

「どういう理由で生きて、どういう理由で空を飛ぶのか? それを決めるのは自分自身です。決して生徒会長が独断で決めるべきものではありません」

 

先程も説明したが、生徒会長に歯向かえば何をされるか分かったものではない。退学で済めばマシなレベルであり、時によっては謎の失踪を起こして行方不明になることもある。

しかし、それだけの危険を背負ってでも、サザーランドには通したい正義があった。すなわち、空戦道とはパイロットが自由に飛ぶべきであり、会長が指図するものではないという主張だった。これは()()()()()()()()()と真っ向から対立する思考である。

 

「ならば問おう。お前は何のために生きて、何のために空を飛ぶというのだ? それだけ大口を叩くのなら、さぞ立派な理由があるんだろうな!」

 

何のために生き、何のために空を飛ぶのか? この問いはかつて大洗のエース、ムサシから投げかけられた問いであった。当時はまだ、サザーランドは答えを出すことは出来なかった。

しかし今は違う。数々の苦難と闘いを乗り越え、ついに彼女は自分なりの結論を導いたのだ。

サザーランドは深呼吸して、その結論を答えた。

 

 

生きるために飛び(Fly to live)飛ぶために生きる(Live to fly)。これが私の空戦道です」

 

 

それを聞いた幸子は、勢いよく机を叩いて激怒した。

 

「何だそのふざけた理論は!? それがお前の辿り着いた境地とかいうやつか? 言っておくが、私にはお前を強制退学させる手段も持っているぞ。これ以上口答えするようなら、相応の罰を受けてもらおうか!」

 

強烈にまくしたてられてもなお、サザーランドは動じることはない。

 

「ふざけてなどいません。これが私の答えです。会長、私はたとえあなたが何をしようと、己の哲学を曲げるつもりは一切ありません」

 

「な、何だと……。私の言うことが聞けないのか?」

 

自らの脅迫にも近い警告をされても態度を変えないサザーランドを見て、幸子は動揺した。

今まで彼女は、生徒会長としての圧倒的権力を振りかざして周りの生徒を、ひいては聖グロの全校生徒を従えてきた。もし逆らおうとする輩がいても、退学させるなどの脅し文句を使えば、すぐに黙らせることができた。

だが今、目の前にいる一人の生徒は違う。その生徒はどんなに揺さぶりをかけても、どんなに脅しをかけても引いてこない。むしろ己の正義を貫き通そうとしてくる。こんな特異な生徒は、幸子が生徒会長に就任して以降、初めての人物だった。これまでの権力濫用ですっかり()()()()、自信をつけた彼女にとって、それは不気味かつ恐怖の存在として認識されていたのだ。

 

「退学させるとおっしゃるのなら、どうぞ実行してください。私は中高と六年間、この学校に捧げてきましたが、もし自分の哲学が認められないと言うのであれば、もう在学する意味もありません」

 

「ぐっ……」

 

強制退学させるものならやってみろ、という強烈なメッセージを示され、幸子は完全に怯んでしまった。

これはある種の矛盾の結果でもあった。確かに理論上は、生徒会長である幸子は一介の生徒でしかないサザーランドを強制退学させることは可能である。しかし、実際には今のサザーランドを辞めさせてしまえば、幸子はおろか聖グロリアーナ女学院にとっても致命的となってしまう。なぜならエースパイロットを無理やり退学させれば、空戦道の戦力的にも痛手だし、何より会長に対する批判の声も避けられないだろう。

これは幸子の弱点を見事についた、サザーランドの戦略でもあった。

 

 

 

 

「……そうだ! さっきから横に突っ立っている一年生のお前! メイヨーだったか? お前はどうなんだ? サザーランドに同調するつもりか?」

 

サザーランドに脅しが通用しないと見るや、幸子は次にメイヨーに矛先を向けた。以前から、メイヨーは幸子に対して弱気な態度を取っていた。ならば今回も同様の結果を期待できると踏んだのだろう。

 

「はい。私も先輩と同じ意見です。生徒会長がどんなに偉くても、パイロットを必要以上に縛り付けるのはダメだと思います」

 

「ほう?一年生のくせにずいぶんと御立派な回答だ。だがお前の今後の学校における命運も、握っているのわ私だ。下手に逆らえばどうなるか……」

 

幸子は鋭い眼光で、メイヨーを睨みつける。並の人間なら恐怖を感じるほどの強面だが……。

 

「会長の英山さん。私は決心したんです。自分はいかなる状況でも、先輩の傍にいてサポートするって。だからもう、あなたの脅しには屈しません!」

 

「馬鹿な!?」

 

驚くことに、メイヨーも動じることなく反抗してきた。つい数ヶ月前、彼女は幸子と会うことすら怯えていた生徒だった。それが今や、幸子と口論できるほどにまで成長したのである。これは幸子にとって完全に予想外だった。サザーランドは無理でも、メイヨーには脅しが通用すると考えていたからだ。

 

「おのれ……!だがいいのかメイヨー? お前が退学すれば、一生聖グロには戻ってこれないぞ!」

 

「……承知の上です!」

 

そこに、サザーランドが割って入ってくる。

 

「失礼ですが会長。メイヨーを強制退学させると言うのなら、私も退学します」

 

「な!? どういうつもりだサザーランド!?」

 

「私も同じように決心したのです。自分はいかなる状況でも、メイヨーの傍にいて先導する存在となることを。だから私は、卒業するまでメイヨーと苦楽と命運を共にする覚悟です」

 

「ちぃっ! どいつもこいつもっ……!」

 

二人の結束を前にとうとう万策尽きた幸子。

 

「私は生徒会長! この聖グロで頂点に立つ人間! 誰も私に歯向かえる奴など……!」

 

怒りに震え、自己暗示をし始める幸子を、サザーランドは問いただした。

 

「もうお分かりでしょう会長……いや、()()()()。あなたは今まで、あまりにも会長として横暴な振る舞いをし過ぎた。でも、それは今日で終わりです。少なくとも、もうあなたに私とメイヨーを操る権利はありません」

 

「………………」

 

頭に血が上り赤くなっていた幸子の顔から、徐々に熱が冷めていく。

 

 

 

 

「……そうだな。認めようサザーランド。私の負けだ。もう今後、お前たちにとやかく言うのは止める」

 

「ありがとうございます、会長」

 

ついに、ついにサザーランドは、あの強権的な生徒会長、英山幸子に打ち勝った。これまで散々振り回され続けてきただけに、彼女は肩の荷が降りた感覚だった。

 

「メイヨー。お前も短い間に、見違えるほど逞しくなったな」

 

「えへへ……。先輩のおかげですよ!」

 

心なしか、幸子からも緊張感が消えているようだった。あまりにも強大な権力は、彼女にとっても重荷だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「さて、お前たちの要求は出撃禁止令の即時解除だったな?」

 

「はい。それともう一つ……」

 

サザーランドは幸子に、新しい戦闘機の使用許可も求めた。

 

「なるほど。確かに今の機体では、黒森峰と戦うにはやや性能不足か」

 

「きよm…整備班の班長は、より良い機体があるって言ってましたけど、実際のところどうなんですか?」

 

幸子は難しそうに目をつぶった後、それに答えた。

 

「……ある。一機ずつだけだがな。試験用に以前、二種類の新型戦闘機を極秘で購入しておいた」

 

「本当ですか!?」

 

「じゃあ、それに乗れば……!」

 

歓喜する二人に対し、幸子はこう釘を刺した。

 

 

「ただし、条件が一つ。……絶対に勝て。いいな?

 

 

幸子から脅しではない、真剣な眼差しを向けられたサザーランドは、しっかりとうなずき言った。

 

「負けるつもりなら、こんな無茶な要求通しませんよ」

 

「フッ。その負けず嫌いの精神が、お前の強さの源泉という訳か、サザーランド」

 

これでもう、幸子に頼み込むことは済んだ。

これまでの従属関係から解放され、サザーランドとメイヨーは真の意味で、自由に空を飛べるようになったのだ。

 

「さあ、もう私から言うことは何もない。これからの<道>は、お前たち自身で決めることだ!」

 

「了解しました、会長。では私たちは失礼します」

 

「行きましょう先輩! 新しい機体が待ってますから!」

 

二人は新型機を受領するため、再び格納庫へと戻っていく。

その足取りはとても軽快であった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

格納庫に戻ってきた二人を出迎えたのは、やはり清美だった。

 

「お疲れさん。さっき生徒会から伝言が来たよ。極秘戦闘機の使用を許可する、ってさ。まったく大したもんだね。本当に生徒会長サマを説き伏せるなんて!」

 

「正直なところ、恐怖なんて感じなかったわ。私の率直な考えを述べただけで」

 

「私も、先輩と一緒なら怖くなかったです!」

 

清美は頭に被った黄色のヘルメットを外して、二人を奥へと案内した。

 

「お二人さんには敵わないねぇ。さ、ついてきなよ。新しい戦闘機を紹介するからさ」

 

三人が進んだ先には、ピカピカに磨き上げられた真新しい二機の戦闘機があった。

この二機こそ、聖グロリアーナ女学院の最終兵器だ。

 

 

「まずは一機目! こいつはサザーランド向けだろうね。スピットファイアMk.24さ!」

 

「これって、最終生産型のスピットファイアじゃない! こんな強い機体が、聖グロにはあったのね!」

 

スピットファイアMk.24―――。

これまでのマーリンエンジンを更に上回る馬力を持つグリフォンエンジンを搭載した、最後にして最強のスピットファイアだ。

非公式ながら、スーパースピットファイアの異名で呼ばれることもある。

 

「わあ! グリフォンスピットですね! 先輩!」

 

「こいつは中々のじゃじゃ馬でね、並のパイロットじゃ扱いきれない曲者だけど、サザーランドなら存分に使いこなせるハズさ!」

 

グリフォンエンジンを搭載したタイプのスピットファイアは、強力だがトルクの回転方向と当て舵が反転するなど操縦面では難易度が上がっている。ゆえにイギリス空軍での評判は決して良いものばかりではなかった。いわば玄人向けの機体だろう。

 

「ありがとう、きよみん。これこそ私が望んでいた機体だわ」

 

 

「さあ、お次は後輩さんの機体だよ。コイツはテンペストMk.V! タイフーンを更に改良化した、イギリス屈指の名機さね!」

 

「テンペスト……! これが私の搭乗機になるんですね!」

 

テンペストMk.V―――。

大戦後半に実戦投入された機体で、イギリス機では最速クラスの速度性能を持つ戦闘機だ。タイフーンの強みである火力はそのままに、欠点だった格闘性能は大幅に改善されている。

 

「そうさ。このテンペストなら、先輩方のスピットファイアにも追いつけると思うよ」

 

「先輩に、追いつける……」

 

今までメイヨーが乗ってきたハリケーンやタイフーンといった機体は、お世辞にも優秀な戦闘機とは言えなかった。どちらもスピットファイアに比べると低速で、空戦でも追いつくだけでやっとだった。

だがこのテンペストは別格だ。洗練されたフォルムにより、スピットファイアに劣らないどころか、低高度ではむしろ追い越してしまう程のスピードを得た。ようやくメイヨーは、サザーランドに追いつく一流の機体を手にしたのだ。

 

「これでもう、編隊飛行のときも遠慮なくフルスロットルを出せるわね、メイヨー」

 

実はこれまで二人が並んで飛行するときは、サザーランドは搭乗機のエンジン出力を控えめにしていた。なぜならスピットファイアが全速力を出すと、メイヨーは置いてけぼりになってしまうからだ。

 

「もう大丈夫です、先輩。このテンペストだったら、いつでも先輩の隣に駆けつけられますから!」

 

 

 

 

これで全ての準備は整った。最後の機体を手に入れて、二人の連帯感もコンディションも過去最高に達した。あとは黒森峰のエース、レッドバロンの到来を待つだけだ。

 

「さあ来なさい、レッドバロン。聖グロで最高の機体とパイロットを持って、あなたを倒してみせるわ」

 

遥か遠くの地平線を眺めながら、サザーランドはそうつぶやいた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

同じころ、黒森峰女学園の学園艦にて―――。

 

「ふっふーん♪ これこそウチが求めてた機体って感じ~?」

 

レッドバロンは、自分の新しい搭乗機を前に自撮りをしていた。相変わらず真っ赤に塗装してある。

 

「同感ですセンパイ。この戦闘機があれば負ける気がしませんよ」

 

一方のハルトマンも、同じように新型機を受領していた。

 

「待ってなよ、サザーランド。黒森峰で最強の機体とパイロットを持って、アンタを沈めてあげっから」

 

遥か遠くの地平線を眺めながら、レッドバロンはそうつぶやいた。

 

 

*1
第一章第一話にて




本音を言えば、黒森峰側の事情なども書きたかったのですが、そうなると話が長引く上に、どっちが主人公だか分からなくなってきそうなので自重しました。


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最終決戦(前編)

いよいよ黒森峰とのエース対決!
……の前に、まだ決着がついてないパイロットとの再戦です。


黒森峰女学園の滑走路に、甲高い笑い声が響く。

 

「ふっ、フッハッハッハ! ついに手に入れたぞ! この第二次世界大戦で最強の戦闘機を! 会長に頭を下げたかいがあったということか!」

 

それはナンバー2パイロットであるガーランドの笑い声だった。そして彼女の前には、真新しい機体が複数置かれていた。

 

「これさえあれば、エースだろうと関係ない! サザーランドもレッドバロンも、私の前にひれ伏すのだ! ハッハッハ! さあ出撃するぞお前たち!」

 

そう言ったガーランドは戦闘機に乗り込んで、自らが率いる飛行隊と共に発艦していった。

 

 

 

 

そんな様子を遠くから傍観していた、二人の人物がいた。

 

「センパイ、本当にいいんです? ガーランドさんを出撃させちゃって」

 

「んー。別にいいっしょ。もしガーランドにすら負けるようなら、実質ウチには勝てないって証明されたもんだし」

 

レッドバロンとハルトマンは、飛び立つガーランドの戦闘機隊を見送っていた。

 

「それに、いくらあの戦闘機が強いからって、使い手が下手クソなら宝の持ち腐れって感じだし。ウチは無理だと思うけど」

 

「うーん。まあそうですよね。せいぜい、あの二人には期待を裏切らないで欲しいものです」

 

 

「うっし! じゃあウチらも出撃しよっか、ハルトマン!」

 

「はいはい」

 

二人は新調した機体に乗り込み、ガーランドより遅れて発艦していく。

目的地は聖グロリアーナ女学院。

目標はエースパイロット、サザーランドの撃墜だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

聖グロリアーナ女学院の学園艦―――。

 

「…………」

 

「…………」

 

パイロット待機所にて、サザーランドとメイヨーは神妙な面持ちで待っていた。来るべき決戦、レッドバロンとの対決に。

 

「あー、やっぱりダメね。緊張しすぎるのも、かえってパフォーマンスが落ちるわ」

 

張りつめた空気に我慢できなくなったサザーランドが、そう言って姿勢を崩した。

 

「あはは。私もです、先輩。少しくらい心の余裕があった方が、一番やりやすいですよね」

 

メイヨーはティーカップに紅茶を注いで、サザーランドに渡した。

 

「ん。ありがとう。毎度ながら助かるわ」

 

「まだ熱いので気をつけてくださいね」

 

淹れたての紅茶を飲み、一息ついたサザーランド。

 

「ふう。完璧なテイストよ、メイヨー。いつもと何か変えたのかしら?」

 

「はい。先輩が一番好きそうな茶葉と温度で抽出してみました。気に入ってもらえたら嬉しいです」

 

ニッコリと笑うメイヨーの顔を見たサザーランドは、少し悲しげに呟いた。

 

「この幸せな時間が永遠に続けばいいのにね……」

 

「えっ? 何か言いましたか、先輩?」

 

 

 

するとその時、天井のスピーカーからけたたましいサイレンが流れ、艦内に緊張感が走った。

 

「先輩! スクランブル要請です!」

 

「来たわね……!」

 

二人は飲み残したカップをそのままに、急いで格納庫に走った。

 

「さあ乗りな、お二人さん! いつでも発進できるように整備しておいたからさ!」

 

整備班の班長、工藤清美が準備万端の戦闘機を用意して、二人を出迎えた。

 

「ありがとう、きよみん!」

 

「整備班の方達には足を向けて寝られませんね!」

 

サザーランドは新たな搭乗機、スピットファイアMk.24のエンジンを始動させる。排気筒から炎が吹き出し、4枚から5枚に増えたプロペラが回転を始める。

 

「グリフォンエンジンのパワーを感じるわ。もっと速く飛べそうね!」

 

メイヨーの方も同様に、新たな搭乗機のテンペストMk.Vを素早く始動させた。その手際よさは、数ヶ月前とは雲泥の差だった。

 

「成長したねぇ、メイヨーのお嬢さん! 最初はあんなに手間取っていたのにねぇ!」

 

清美は思わず感心し、メイヨーの成長を喜んだ。

 

「ありがとうございます、清美さん! 行ってきます!」

 

二機は同じタイミングで滑走路に入り、発艦の所定位置についた。

 

「こちら33番および85番。発艦許可を求めます」

 

サザーランドが一番機として、管制官に無線を送る。

 

「こちら管制塔。発艦を許可します」

 

許可が降りると、二機は滑走路を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

発艦すると車輪を収納し、学園艦上空を周回しながら高度を上げる。

 

「わあ、綺麗な夕焼けですよ、先輩!」

 

時刻は夕方。地平線に沈みつつある太陽が、空と海をオレンジ色に照らしていた。

そんな絶景も意に介さず、サザーランドは管制官からの指示を待っている。

 

「33番から管制塔へ。侵入機の位置は把握している?」

 

要請を受けた管制官が、レーダーサイトを確認しながら情報を伝える。

 

「はい。学籍不明機を複数、南西から接近しているのをレーダーで捉えています」

 

その情報を頼りに、二人は南西方向へと機体を操縦させる。

 

「再び管制塔へ。敵機の数、高度および速度は計算できる?」

 

サザーランドの要請で、管制官は手早く分析していく。

 

「はい。高度は約4000メートル。機数は今のところ、五機ほど確認しています」

 

「五機? おかしいわね……」

 

どうやら発見された機影は全部で五機。その数に、サザーランドは違和感を覚えた。もしレッドバロンが来るならば、後輩のハルトマンを連れての二機編隊で来るはずだ。実際今までの事例でも、レッドバロンが侵入する際は、必ず二機で行動しているのが目撃されている。

 

「もしかして黒森峰以外の学校なんでしょうか?」

 

「うーん。まだ分からないわね」

 

すると突然、二人の無線に何者かの声が割り込んできた。

 

『……こえるか?……ースよ』

 

その無線は電波が弱いのか、小さくて聞き取りにくいものだった。

しかし、その声は二人にとって聞き覚えのある声でもあった。

 

「この声は……」

 

「黒森峰の……ガーランド!」

 

そう、以前にも交戦した黒森峰のナンバー2にして、メイヨーをロケット弾で撃墜した、あのガーランドの声である。どうやら懲りずに、再びサザーランドに挑んでくるようだ。

 

『こちらは聖グロのエース、サザーランドよ! 言っておくけれど、あなたでは私は倒せないわ! エースに勝てるのはエースだけって分かってるでしょう?』

 

サザーランドはオープン無線で、ガーランドに降伏と撤退を促した。

 

『ふっ、それはどうかなスピットファイア乗りのエースよ! 私は前回のような失態は犯さない。なぜなら今日は、最強の戦闘機に搭乗しているのだからな!』

 

 

 

 

そのとき、聖グロ学園艦で必死に敵の分析を進める管制官が衝撃的な事実に気が付き、叫んだ。

 

「敵機の速度、時速700……、いや800km以上!? 速すぎ!?」

 

一方サザーランド達も、迫りくる敵の異常性を感じ取っていた。

 

「おかしいわ、プロペラの音がしない」

 

普通なら、敵機が接近してくるときには、プロペラの回転に伴う独特な音が聞こえてくるはずだ。

しかし、既に敵との距離が縮まっているのにもかかわらず、そんな音は聞こえない。むしろ空には、まったく別の音が響いていた。

 

「先輩、この音って……!?」

 

それはレシプロ機とは明らかに異なる、キイーと耳鳴りするような高い音域だった。どちらかといえば空港でよく耳にする、旅客機のエンジン音に似ているのだ。

 

「これは……ジェット機の音!?」

 

敵機の正体を悟ったサザーランドに、もう一度ガーランドから無線が送られる。

 

『聖グロリアーナのエース、サザーランドよ! この時代を先取りした戦闘機の前に散るがいい!』

 

するとようやく、空の向こう側からポツポツと機影らしきものが見えるようになった。

 

「あの機体は……」

 

夕陽に写る機体正面のシルエットから、敵機の種類を割り出そうと試みるメイヨー。

翼の下に取り付けられたジェットエンジンの形状から導いた答えは―――。

 

「先輩! あれはドイツのジェット戦闘機、Me-262シュバルベで……

「!? メイヨー、避けて!!」

 

とっさのひとことで素早く回避機動を取る聖グロの二機。

次の瞬間、五機のMe-262が弾丸を撃ちながら、猛スピードで突進してきた。

 

「ふん。さすがに出会い頭で勝利、というほど簡単にはいかんな」

 

空気の切り裂かれる音が、敵機の異常なスピードを感じさせる。

幸い、サザーランドの瞬時の判断で何とか凌ぐことができた。もしわずかでも反応が遅れていれば、今ので勝負はついていただろう。

 

「あ、危なかった~。あんな攻撃まともに喰らえば即死でしたよ~」

 

「ジェット機……。随分と御大層なものを持ってきたわね」

 

空戦道とは、基本的にレシプロ機を使用する競技である。なぜならレギュレーションで1945年までに初飛行を終えた機体しか参加できないからだ。当時はまだジェット機の開発が進んでおらず、まだまだ戦闘機の主体はレシプロエンジンを搭載したものだった。

だがそれでも、当時からジェット戦闘機というものは少数ながら実用化され、一部は実戦配備もされていた。

その一つこそ、今ガーランド率いる黒森峰の飛行隊が操るドイツの戦闘機、Me-262だ。ドイツ語で隼を意味するシュバルベのあだ名で呼ばれるこの後退翼の機体は、世界で初めて実用化されたジェット機でもあった。最初期のジェット機であるにも関わらず、最高速度は時速800km以上と、既にあらゆるレシプロ機を凌駕するスピードを誇っている。速さがものを言う空戦では、これだけでも驚異的な性能だが、Me-262の恐ろしい点はまだある。

 

 

 

『いくぞ! 今度こそ仕留めてやる!』

 

ガーランドは他の味方機に指示を送り、サザーランドのスピットファイア目掛けて突っ込ませていく。

 

「先輩! Me-262は強力な武装を搭載しています! 絶対に当たらないでください!」

 

そう。Me-262の長所は非常に高い火力にある。30mm機関砲が四門という圧倒的な武装の上、全て機首に集中配備されているため、正面からの攻撃を喰らえば問答無用で即撃墜である。これは本来、この機体が頑丈な大型爆撃機を迎撃するために開発されたのが理由だが、おかげでスピードもパワーも当時のレシプロ機とは一線を画す性能に仕上がっている。

 

「分かったわ、メイヨー!」

 

次々と突撃するMe-262を、急旋回で回避していくサザーランド。旋回性能ならばレシプロ機の方が有利だ。

だがここでも問題が発生する。

 

「くっ! 速すぎて追いつけないわ!」

 

回避してから反撃に転じようとしても、あっという間に距離を離されて20mm砲の射程圏内に入らないのだ。これでは一方的な戦いになってしまう。

 

『そうだ、このスピード! まるで天使が後押ししているかのような速さ!*1 これこそ、私が求めていたものだ!』

 

シュバルベの圧倒的なスピードに酔いしれるガーランド。とりわけ元レシプロ機使いにとっては尚更速く感じるのだろう。

 

 

 

 

『さあもう一度仕掛けようか。いつまで耐えられるかな? サザーランドよ!』

 

部隊を反転させ、反復攻撃に入る黒森峰のジェット機たち。

 

「弱点……、何かアイツに弱点はないのかしら?」

 

敵機の素早さに翻弄されつつあるサザーランド。

するとMe-262を観察していたメイヨーが、あることに気が付いた。

 

「気のせいでしょうか? 最初より敵の速度が低下しているような……」

 

この推測が果たして当たっているかはさておき、ガーランドの戦闘機隊が再び攻撃を仕掛ける。

 

「全機、30mm機関砲の威力を思い知らせてやれ!」

 

黒森峰側は各々の機体をスピットファイア目掛け突撃させ、30mm砲の弾幕を浴びせる。

 

「読めているわ!」

 

その猛攻を巧みな空中機動でひるがえしていくサザーランド。

これはMe-262の火力の代償と言うべきか。30mm機関砲は確かに絶大な威力を秘めているが、有効射程が短いせいで敵機にかなり接近し肉薄しないと命中させられない。加えて旋回性能が低く直線的な機動になりやすいため、動きが読まれやすいのだ。

さらにここで、ガーランドにとって悪い出来事が発生する。

 

「うおっ、やべえ!」

 

「どうしたクルピンスキー!?」

 

黒森峰の編隊のうちの一機が速度調節を誤ったのか、うっかり攻撃後に危うく味方機と空中衝突を起こしそうになったのだ。そこで慌ててそのパイロットがMe-262のエンジン出力を絞り、急減速をせざるを得なくなる。無論その隙を、サザーランドが見逃すはずもなかった。

 

「お返しよ!」

 

急減速した結果、編隊から孤立した一機のMe-262に、サザーランドの操るスピットファイアから20mm機関砲の雨が降り注いだ。

 

Nein(ナイン)! Nein(ナイン)!」*2

 

銃弾はジェット燃料に引火し、派手な爆炎を引き起こした。そして両翼が吹き飛びながら、その一機はどんどん高度が落ち姿を消した。

 

「流石です先輩!」

 

ようやく黒森峰のジェット機を撃墜したサザーランド。状況は未だ聖グロ側にとって不利ではあるが、ここで彼女は一つの懐疑心を抱く。

 

(もしや黒森峰のパイロットはジェット機の操縦に慣れていないのでは?)

 

 

 

 

 

「クルピンスキーがやられた!」「やばいな、こっちの作戦が……」

 

黒森峰側は味方機を損失した結果、軽いパニック状態になる。

 

「全機、慌てることはない。数も性能もこちらが上だ」

 

その混乱を何とか鎮めようとするガーランド。

 

「作戦変更だ。いきなりエースを狙うのは少し無茶だった。なのでターゲットを別の一機に切り替えるとしよう」

 

別の一機とは、言わずもがなメイヨーのことだろう。ガーランドはまずメイヨーを排除してから、残るサザーランドをじっくり攻略する作戦に出る。これは以前の戦いで、メイヨーならエースではないので容易く仕留められると学んだ上での判断だろう。

 

「そいつはまだ一年生のひよっこだ。軽く始末してやれ!」

 

「っ! 今度は私を狙ってきましたか……!」

 

黒森峰側の四機は進路を変えて、今度はメイヨーのテンペスト目掛けて全速力で突っ込んできた。だがその戦法は、サザーランドのときと少し違う。

 

「もう一度、あの恐怖を味合わせてやる!」

 

するとMe-262の翼下から白い煙を吐きながら高速で飛来する物体が射出された。

 

「ロケット弾……!」

 

そう。前回メイヨーのタイフーンを粉々に粉砕した、空対空ロケット弾R4Mである。

 

「メイヨー! ダメ、間に合わないわ!」

 

その光景に危機感を覚えたサザーランドが急いで援護しようとするも、Me-262には追いつけそうにない。またしてもメイヨーはロケット弾の餌食にされてしまうのか、そう思った―――。

 

「私はもう、先輩に頼ってばかりのパイロットじゃない!」

 

次の瞬間、メイヨーはテンペストを急激に横転させて、ロケット弾の嵐を回避した。

同時に、自機を追い越したMe-262が通りそうな位置を予測して、そこに20mm機関砲の弾幕を形成した。

 

「噓だろう!? コイツはエースでもないド素人だったハズなのに……!」

 

その偏差射撃は見事に的中し、一機のMe-262は被弾し、撃墜された。

 

「やるじゃない、メイヨー!」

 

「これであと三機ですよ、先輩!」

 

メイヨーのファインプレーを称えるサザーランド。今のような高度な偏差射撃は、エースパイロットでも中々難しい芸当だ。それを一年生でありながら実戦で成功させたことは、メイヨーにとって何よりの成長の証であった。

 

 

 

 

 

「ノヴォトニーも落とされた!?」「ガーランド隊長、指示を……」

 

かたや黒森峰側は総崩れである。もともと五機による集団戦法で圧勝するつもりだったのだろうが、逆に無傷で二機を撃墜されるという悲惨な結果になってしまった。

 

「何故だ……。このシュバルベは第二次世界大戦で最強の戦闘機のはず……。レシプロ機なんぞ取るに足らないはずだ。なのに何だ、このざまは?」

 

錯乱するガーランドに対して、黒森峰の他のパイロットが恐る恐るこう指摘した

 

「ガーランド隊長。いくらスペックが高いとは言え、不慣れなジェット機をぶっつけ本番で使用したのは間違いだったのでは?」

「そもそも敵のエースに挑むこと自体が無謀だったような―――

「黙れ! お前は大人しく私の指示に従っていればいいんだ!」

 

怒り狂ってもはや部下の言葉すら耳に入らなくなってしまったガーランド。

 

「何がエースだ! エースでなければエースに勝てないなんて誰が決めた!? どんなパイロットであれ、エースに挑戦する権利はあるはずだ! 私はここで聖グロのエースを倒して名誉を得る! そうすればレッドバロンの奴も出し抜けるだろう! これは空の支配者たるエースパイロットに対する、私からの挑戦状だ!」

 

ガーランドは二番手のパイロットとして、これまで自校を含めて散々エースパイロット達に苦汁を飲まされてきた。自分とエースでは何か決定的な違いがあることは本人も薄々察していたが、それでもエースパイロットに対する競争心が途絶えることは無かった。それは今回、彼女が黒森峰の極秘戦闘機であるMe-262の使用許可を死に物狂いで手にしたのが証明している。

 

『いくぞサザーランド。刺し違えてでもお前を落としてみせる!』

 

気合いを入れて、再び全速力による攻撃を慣行するガーランド。

 

「先輩、また来ます!」

 

「望むところよ! かかって来なさい!」

 

夕陽が照らす空で繰り広げられる聖グロリアーナと黒森峰の死闘は、まだまだ続きそうだ。

 

*1
「天使が後押し~」というセリフは、ガーランドのTACネームの元ネタであるアドルフ・ガーランドが実際にMe-262に搭乗したときに残した評価と同じである

*2
ドイツ語で「嫌だ!」




かなり長引きそうなので、一旦ここで分割させてもらいます。
サブタイトルの通り、これが今作における最後の戦闘シーンになります。
いろいろ説明したいこともあるんですが、それは最終回のあとがきまでお待ちください。


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最終決戦(中編)

聖グロリアーナ女学院の滑走路で、空を眺める一人の生徒がいた。

 

「…………」

 

その人物は、エースに次ぐ二番手のパイロットであるウェリントンだった。彼女は黒森峰上空での空戦で撃墜されたあと、捕虜交換を経て再び聖グロに帰校する。搭乗機だったモスキートは海へと落ち、手持ち無沙汰の状態だった。

 

「どうしたんだいウェリントンのお嬢さん? ボーっとして?」

 

そこに声をかけたのは、つい先ほどサザーランド達を見送った清美だった。

 

「別に。夕焼けが綺麗だから見上げていただけですわ」

 

どこか思わせぶりな表情をみせるウェリントンに、清美は鋭い指摘をする。

 

「ほーう? さてはサザーランドのことを心配してるんだね?」

 

するとウェリントンは顔を赤らめて反論した。

 

「そ、そんなことありませんわ! サザーランドはわたくしのライバルですわよ! 断じて心配なんて致しませんの!」

 

「あー、そうかい。やっぱり気にしてるんだねぇ」

 

「でーすーかーらー! わたくしは何もあの人に特別な感情を抱いてはいませんわ! むしろ超えるべき壁、往年の宿敵ですわよ!」

 

「うんうん。君のエースに対する好意はよーく伝わったよ」

 

ウェリントン本人は必死に隠しているつもりだろうが、誰が見ても彼女がツンデレであることは明白である。なんだかんだ言っても、同じ学校の仲間としてサザーランドの勝利を願っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「全機、R4Mオルカンを発射せよ!」

 

 

「またロケット弾が来るわ、回避するわよ!」

 

「了解です、先輩!」

 

聖グロのエース、サザーランドと黒森峰の二番手、ガーランドによる対決は続く。

黒森峰のジェット機、Me-262シュバルベから放たれる大量の空対空ロケット弾を、サザーランドとメイヨーの機体は凌いでいく。

 

「おのれ、ちょこまかと……!」

 

繰り返し怒涛の攻撃を仕掛けるもそれを見事に回避していく聖グロの二機を見て、黒森峰側のパイロット達は徐々に冷静さを失いつつあった。

 

「30mmでもロケット弾でもいい。当てさえすれば一撃のはず……」

 

ガーランド含め黒森峰のパイロットが信頼しているのは、Me-262の圧倒的な火力だ。元々B-17を始めとする堅固な連合軍爆撃機を撃墜するために搭載されたその武装は、直撃させれば単発戦闘機くらいなら一発で撃ち落とせる。その考え方自体は正しいだろう。

だが問題は、それをどうやって命中させるかだ。どんな強力な攻撃であれ、相手に当たらなければ意味はない。

 

「時間がない。何がなんでも、あの二機を落とせ!」

 

当てさえすれば勝利という誘惑が調子を狂わせたのだろうか。黒森峰の機体の動きに変化が出てきた。

 

「先輩、相手の機動が……」

 

「まさか格闘戦を挑むつもり?」

 

三機のMe-262はこれまで高速で一撃離脱を繰り返す戦法を取っていた。だがそれが一変し、今度は機体を旋回させてのドッグファイトに切り替えてきたのだ。

 

「これでどうだ!」

 

一撃離脱で無理なら格闘戦で状況を打破する作戦だろうか。

しかしそれが墓穴を掘ることとなった。

 

「減速した! 今がチャンスよ!」

 

敵機が失速した隙をついて、スピットファイアの20mm機関砲を叩き込む。

 

Nein(ナイン)!」

 

弾丸はMe-262のジェットエンジン二基に損傷を与え、機能停止に追い込んだ。これでは飛び続けるのは不可能だろう。

 

「どうした? 応答しろ!」

「すまないガーランド。エンジンがやられた。これ以上は戦えそうにない。離脱させてもらう」

 

これで黒森峰側の損失は3機目。数の有利を失うという手痛いものだが、まだ終わりではない。

 

 

 

 

「ちっくしょー、どうしてスピードが落ちていくんだ?」

 

メイヨーのテンペストとの格闘戦に挑む、もう一機のMe-262パイロットは、機体の制御が思うようにいかず苦戦していた。

 

「やっぱり減速が激しい……。もしやこれがMe-262シュバルベの弱点?」

 

それを相手取るメイヨーにも、Me-262の機動力が鈍っていることに気が付いた。

激しい旋回を行うと機体速度が著しく減少し、立て直すのが難しいという欠点は、実のところMe-262に限らず黎明期のジェット機全般に共通する特徴なのだ。それ故に、ジェット機に乗る場合は事前に訓練を積んでおき、その癖を把握するべきである。

 

だが今回、黒森峰側にそんな時間は無かった。ガーランドは何がなんでもエースを超えたいという欲望から、Me-262の圧倒的スペックに目を付けて実戦投入をした。パワーもスピードも桁違いに高いシュバルベを持ってすれば、エース相手と言えども楽勝だと考えたのだろう。

 

しかし付け焼き刃というのは必ずどこかで綻びが出るものだ。黒森峰パイロットは従来の機体から乗り換える際にMe-262の操縦訓練をしていなかった。そうなると必然的に、レシプロ機に乗っている頃と似たような動かし方になっていく。するとどうなるか? レシプロ機と同じ感覚で旋回をした場合、Me-262はあっという間に失速してしまう。こうなるとジェット機の長所だった速度優勢は失われ、むしろ不利な状況になっていく。

 

Me-262の特性上、一度速度を失ってしまうと復帰するのは難しい。後退翼は高速時には有利に働くが、低速時は機体の不安定さを招く。加えて搭載エンジンであるJumo004は加速力に乏しく、現代のジェットエンジンのような馬力もない。

これらの事実から導かれる結論は、Me-262は格闘戦には不向きであるということだ。レシプロ機とは根本的に違う立ち回りが要求される。速度を失う旋回戦を避け、一度攻撃を仕掛けたら即座に離脱する。この一撃離脱戦法をこなせるようになって初めて、Me-262シュバルベは真価を発揮するのである。

 

 

「落ちてください!」

 

「ダメだ! 失速して振り切れない!」

 

そうこうしている内に一機のMe-262は度重なる旋回で完全にエネルギーを失い、テンペストに捕捉される。無慈悲な20mm機関砲の弾幕を浴びて、そのシュバルベは翼を折られて撃墜された。

これで残る黒森峰側の戦力は一機のみ。

 

 

 

 

 

「バルクホルンもシュタインホフもやられた。後は私だけか……」

 

ガーランドの置かれた状況は厳しい。四人いた味方パイロットを全て失い、二対一まで追い詰められた。さらに……

 

「燃料も残りわずか、と来たか……」

 

彼女の機体の残燃料は底をつきつつあった。これはMe-262のもう一つの弱点で、とにかく燃費が悪いのだ。一般的なレシプロ機と比べて五倍近い燃料が必要な割に、飛べる時間はせいぜい一時間が限界。しかも今回はロケット弾を積んだりしたせいで余計に燃料消費量が増えていた。

 

「このままでは黒森峰に帰れなくなるかもしれんな」

 

残る僅かな燃料の量から、ガーランドは今すぐ撤退しないと母艦である黒森峰に帰還するだけの燃料が足りなくなることを予感した。味方が全滅したことも考慮すると、彼女が取るべき行動はただ一つ。潔く負けを認めて撤退することだ。

 

『もう諦めなさいガーランド。あなたに勝ち目はないわ!』

 

サザーランドから撤退を促す無線が送られる。

 

『分かっているはずです、ガーランドさん。あなたでは先輩は倒せません!』

 

ダメ押しと言わんばかりに、メイヨーからも同じ内容の無線が送られた。

 

『言ったはずだ聖グロリアーナのエースよ。刺し違えてでもお前を落とすと。たとえ燃料が尽きようとも、私は撤退するつもりは断じて無い!』

 

しかしガーランドは徹底抗戦の道を選んだ。もはや今の彼女にとって、黒森峰に帰還することは二の次だった。ここで相打ちの結果になったとしても、サザーランドを撃墜することだけが望みなのだ。

 

 

 

 

 

『落ちろっ、サザーランドォッ!!』

 

ガーランドはMe-262の持つありったけの火力、四門の30mm機関砲とR4M空対空ロケット弾による一斉射撃を仕掛ける。

 

『甘いわね!』

 

その殺人的とも言えるレベルの弾幕を急旋回で回避するサザーランド。

そしてお返しに20mm機関砲の弾丸を最後のMe-262に注ぎ込む。

 

「くそっ、避けられないか!?」

 

ガーランドは急降下し、反撃を凌ごうとしたが完全には避けられなかった。スピットファイアの弾丸が一基のエンジンに当たり、動力を停止させた。

 

『さあ、これで大分キツくなったんじゃないかしら?』

 

二基あるエンジンのうちの一基を機能停止にしたことで、Me-262の推力は弱体化した。これで更に減速し、追いつきやすくなるはず、なのだが―――。

 

「片肺を失ったか……。だが問題ない」

 

ガーランドのMe-262はそれでもしぶとく戦い続ける。

 

「エンジンの片方が止まってなお、私のスピットファイアより早い……。本当にオーバーテクノロジーな機体ね」

 

Me-262のような双発機は、片方のエンジンが停止しても別のエンジンが生きていれば飛行できるのがメリットだ。だが単純計算でも推力は半減してしまう。まともに飛び続けられる時間は、そう長くないだろう。

 

「先輩、双発機は片側のエンジンを停止させれば大幅に機動力が低下します。上昇力なんかもガタ落ちするハズですよ!」

 

「上昇力……。なるほどね」

 

メイヨーからの助言を受けて、サザーランドは作戦を閃いた。

 

 

 

 

『いくぞ!』

 

ガーランドは現状で出しうる最高速度での突撃を開始する。残燃料から察するにこれがラストチャンスだろう。

 

『来なさい!』

 

それに対してサザーランドは操縦レバーを思いっ切り引いての急上昇を始める。

 

『上に逃げるのか? ならば追いかけるまで!』

 

サザーランドの機体の動きに応じて、ガーランドのMe-262も上昇を開始した。だがエンジンの片方が停止したのが災いし、思うように上昇できない。

 

『今度はこっちよ。ついてこれる?』

 

そんな弱体化したガーランドの機体を嘲笑うかのように挑発しながら、サザーランドは逆に降下態勢に入る。

 

『次は下か? 舐めるな!』

 

再びスピットファイアを追うべく、ガーランドのMe-262が降下しようとした、その時だった。

 

「んっ!? 機体が進まない!? 何故だ!」

 

特に攻撃を受けていないのにも関わらず、ガーランドのMe-262はコントロールを失い、ふらふらと回転しながら落下し始めたのだ。

 

「これで終わりよ、黒森峰の二番手。あなたの負けでね」

 

この現象は、Me-262の推力が半減した状態で無理やり上昇した結果、速度が失速限界を越えるまで低下しきったことで起きたストールだった。つい先ほどのメイヨーの助言を参考に、サザーランドがとっさに思いついた戦法である。このように一切攻撃せずに敵機を撃墜することをマニューバキルと言う。

前にも説明したとおり、Me-262は一度失速すれば復帰することはほぼ不可能だ。ガーランドの機体もいずれ海面まで落下する運命だろう。

 

 

 

 

『聖グロリアーナのエースよ、教えてくれ。私は何を間違えたのだろうか? 最強の戦闘機を用いてもなお、お前に勝てなかったのは何故だ?』

 

見る見るうちに高度を失っていく機体の中で己の敗北を悟ったガーランドは、最後にサザーランドにこう質問した。

 

『そうね。強いて言えば()()よ。あなたは全てを間違えた。ジェット機の特性、あなた自身の驕り、私の強さ、メイヨーの成長、そして何よりも、強い戦闘機を使えば勝てるという、その甘えた考え。空戦道は決して機体の性能だけが勝敗を決するものではないのよ』

 

サザーランドからの冷たい返答を聞いたガーランドは、どういうわけか高笑いをし始めた。

 

『そうか。全てか……。フッ、フハハハ。ハハハハハハ……!』

 

そして海面に衝突する直前に、こんな無線をサザーランドに送った。

 

『お前の強さはレッドバロンと同等。いや、あるいは……

 

結局、その無線の途中でMe-262は海面に落下し、通信は途切れてしまった。ガーランドが伝えたかったメッセージは最後まで分からずじまいであった。

ともあれ、黒森峰のナンバー2たるガーランドとの対決は終わった。聖グロリアーナのエース、サザーランドの勝利によって。

 

 

 

 

 

「やりましたね、先輩!」

 

「ええ。あなたの助けも借りて、何とか退けることができたわ」

 

黒森峰のジェット戦闘機隊との激しい空戦に勝利し、ほっと息をつく二人。

だが安心するのは早かったようだ。ちょうどそのとき、管制官から新たな無線が送られた。

 

「警告! 同方位に新たな敵機のレーダー反応を確認。高度は約10000m。機数は……二機!」

 

そのメッセージで、二人の間に緊張が走る。

 

「二機!? 先輩、これってもしかして……」

 

同方位ということは、最初にガーランドの飛行隊が侵入してきた方角と同じ。つまり黒森峰女学園の学園艦がある方向である。そして黒森峰からやって来た二機の戦闘機となると、その正体は明らかだ。

 

「レッド…バロン…!」

 

その通り。黒森峰のエース、レッドバロンと、その僚機を務めるハルトマンの二人組だ。

サザーランドとメイヨーにとって因縁の相手である。

 

「……行きましょう。これは私たちにとっての一大決戦よ。アイツを、黒森峰のエースを止める、最後のチャンス。メイヨー、準備はいい?」

 

「はいっ!」

 

二人は崩れた編隊を再び組みなおすと、10000mの超高高度を目指して機体を上昇させていく。

その遥か高い空の先に、最後の相手が待ち受けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

聖グロリアーナ女学院の航空管制塔―――。

管制官の生徒たちは忙しそうに動いていた。

 

「急いで! 新しい敵機の速度を計算しないと!」「他にレーダー反応はある?」

 

航空管制の知識を持った彼女達が働くこの場所は、周辺空域の安全を守るうえで最も大切な場所である。それだけに警備は厳重で、部外者の入室は固く禁じられていた。

だがその部屋の扉を強く叩く音がした。

 

「おい、開けろ。今すぐ開けるんだ!」

 

突然の訪問者に、一人の管制官が対応する。

 

「誰ですか、こんな時に! ここは関係者以外立ち入り禁止で―――

 

その人物を追い払おうとしたとき、顔を見た管制官が驚いた。

 

「か、会長! 何故あなたがここに!?」

 

「説明は後回しだ。入らせてもらうぞ」

 

幸子は会長権限を行使し、管制塔内部に入っていく。

 

「サザーランドの奴はどうなった?」

 

彼女がわざわざ管制塔まで来た理由は、さっき発艦したサザーランドとメイヨーの状況を知るためだった。生徒会メンバーからスクランブル発進が行われたという報告を受けて、すぐに駆けつけたのだ。

 

「数分前、黒森峰からの編隊を迎撃し、全て撃墜しました。現在は新たな敵機へと向かっているようです」

 

それを聞いた幸子は苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 

「まずいな……。既に発艦から三十分が経過している。横槍が入ったせいで余計な戦いも起きた。こうなるとスピットファイアの燃料の消耗が多くなってくるぞ」

 

彼女が最も心配しているのは、サザーランドの搭乗機であるスピットファイアMk.24の航続距離の短さだ。

そもそもスピットファイアは派生型を含めてあまり航続距離は長くない戦闘機である。一応Mk.IXで一旦は改善されたものの、現在のグリフォンエンジン搭載タイプは初期型と同程度まで退化してしまっているのだ。機体性能とのトレードオフの関係とも言える。(テンペストはそこまで短くないので大丈夫)

 

「計算結果が出ました。仮にこのまま高度10000mまで上昇した場合、残燃料で戦える時間は五分前後かと思われます」

 

「五分か。まあそんなところだろうな。その短時間で黒森峰のエースを倒せるか、否か……」

 

増援を出したい気持ちは山々だが、今の聖グロリアーナ女学院に余剰戦力は残っていない。管制塔にいる全ての管制官、そして生徒会長の幸子すらも、ただサザーランドの勝利を祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

高度10000mへの上昇の途中、サザーランドの息が上がる。

 

「大丈夫ですか先輩?」

 

「ええ。大丈夫よ。でも流石に疲れたわ。ジェット機との戦いで体力使ったせいかしらね」

 

本人はあくまで大丈夫と言い張っているが、サザーランドは肉体的にも精神的にも消耗していた。無理もないだろう。Me-262との空戦では一部を除いて敵の攻撃は殆どスピットファイアに集中した。それも当たれば即終了の超火力の攻撃だ。一瞬たりとも、気を抜ける時間はなかっただろう。

 

「先輩、高度8000mに到達しました」

 

「はあっ……。空気が薄くなってきたわね」

 

高高度に差し掛かり次第に薄くなってくる酸素が、疲弊したサザーランドに追い打ちをかける。ここからは備え付けの酸素マスクが必要だ。

 

「ひゅーっ、ひゅーっ……」

 

「先輩、本当に大丈夫ですか? 無理をしなくても……」

 

「大丈夫、大丈夫よ……。レッドバロンなんかさっさと倒して、帰って暖かい紅茶でも飲みましょう……。ひゅーっ……」

 

無線越しでも分かるほどに苦しそうな呼吸を繰り返すサザーランド。

燃料だけではない。パイロットそのものの消耗も激しくなっていた。

 

 

 

 

「高度9400、9500、9600……」

 

高度計を頼りに、二機はひたすら上昇していく。

そしてついに、二人の目の前にその敵は現れた。

 

「……こちらサザーランド。前方に二つの機影を目視したわ」

 

「私もです、先輩」

 

10000mの空に浮かぶ二機の敵戦闘機。

一機は真っ赤な塗装が施された長い主翼を持った機体。

そしてもう一機は比較的小型で、機首に黒いチューリップ模様が描かれた機体。

 

「あれは黒森峰のBf-109と……、Ta-152です!」

 

メイヨーはすぐさま機種を特定してみせた。

そしてそのパイロットは―――。

 

 

『ちぃーっす! ようやく本当の意味で出会えたって感じ~? サザーランドォ!』

 

「騒がしいですよ、センパイ。テンション上がりすぎです」

 

レッドバロンとハルトマン。

数多のエースを撃破した()()()()()の犯人。

天才という共通事項で結ばれた二人。

そして何より、サザーランドとメイヨーにとっての宿敵。

 

 

『かかって来なさい、エースを狩る者よ。聖グロリアーナのエース、サザーランドがお相手するわ!』

『ハルトマンさん。全力でいかせてもらいますよ!』

 

『いっくよー? アンタに勝って、ウチは伝説になる!』

『さて、天才と凡才の違いを教えてあげましょうか、ね!』

 

沈みゆく太陽が照らすオレンジ色の空と、月と星々が彩る夜の青色の空がコントラストを作り出す。

役者も舞台も揃った。

聖グロリアーナ女学院と黒森峰女学園のエース対決。

空戦道の頂点を決める戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 




黒森峰のジェット戦闘機隊のパイロット達のTACネーム(ガーランド、ノヴォトニー、クルピンスキー、シュタインホフ、バルクホルン)は、全てドイツ空軍でMe-262を操縦していた軍人の名前が元ネタになっています。


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最終決戦(後編1)

高度10000メートル、雲よりも遥かに高く、成層圏に近い場所―――。

ここでの戦いのルールはただ一つ。

敵を撃ち落とせば勝利、撃ち落とされれば敗北。

そこに審判や観客が入り込む余地など無い。

空戦道とは、そういう競技なのだ。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「ひゅーっ、ひゅーっ……」

 

酸素マスクを装着しているサザーランドが、スピットファイアの操縦席に複数ある計器類の内のFUEL(燃料計)のメーターを確認する。その針はとっくに左端のE(empty(からっぽ))に傾きつつある。残燃料が残りわずかである証拠だ。

 

「5分ね……。それ以上はもたないわ」

 

彼女が導き出した5分という時間は、機体に残った燃料で飛べる時間であると同時に、サザーランド本人の体力と気力、そして集中力が保てる限界の残り時間でもあった。

 

「メイヨー、援護してくれる?」

 

「了解。メイヨー、援護位置につきます!」

 

指示を受けて、メイヨーは搭乗機であるテンペストをサザーランドの機体の斜め後ろにつかせる。理想的な二機編隊の配置だ。

 

「時間がないわ。ここは思い切って、レッドバロンを真っ先に倒す作戦でいきましょう」

 

「分かりました、先輩!」

 

本来であれば、取り巻きの僚機を一掃してから敵エースに専念したいところだが、一気に決着をつけたいサザーランドは速攻で本命を倒す作戦で仕掛ける。

 

「あの赤いTa-152さえ落とせれば、私たちの勝ち……。いくわよ!」

 

サザーランドはラダーペダルを踏み込んで、スピットファイアを一気にレッドバロンのTa-152目掛けて飛行させていく。それをメイヨーの乗るテンペストが追従した。

 

 

 

 

『ふーん。そういう風に来るんだ?』

 

聖グロ側の二機の動きを見たレッドバロンが、迎撃態勢に入る。

 

『レッドバロン。あなたには悪いけど、一気に決めさせてもらうわよ!』

 

サザーランドは機体を右旋回させて、Ta-152の背後に回り込もうとする。

 

「サポートしますよ、先輩!」

 

それと同時に、メイヨーは反対に左旋回を開始する。これによって二人でレッドバロンを挟み撃ちにしようという寸法だ。

 

「これで左右から同時に攻めれば……」

 

しかし、ここでメイヨーの機体下方から邪魔が入る。

 

『おっと、センパイには近づけさせませんよ。メイヨーさん、貴方の相手はこの私です』

 

横槍を入れたのは、Bf-109を操る黒森峰の一年生パイロット、ハルトマンだ。流石に味方の一番機を狙う機体は見過ごせないようだ。

 

「うわっ、避けなきゃ!」

 

メイヨーは咄嗟に旋回を中断し、ハルトマンの機体から降り注ぐ弾丸を回避する。

 

「ハルトマン~、そっちのテンペストは任せっからよろしく~」

 

「メイヨー? 仕方ないわね……。そっちのメッサーシュミットの対処は任せたわよ」

 

入れ乱れる聖グロと黒森峰の戦闘機、合わせて四機は、ここで二機ずつの対決に別れていく。

片方はエース対決、サザーランドvsレッドバロン。

もう片方は僚機の一年生対決、メイヨーvsハルトマンの構図だ。

 

 

 

*

 

 

『先輩のウイングマンとして、絶対に負けられません!』

 

『貴方のような凡人が、私のような天才に勝てるとでも?』

 

少し高度が下がった上空9000m付近。そこで二機の戦闘機による空戦が始まる。聖グロリアーナ女学院一年生のメイヨーが操るテンペストMk.Vと、黒森峰女学園一年生のハルトマンが操るBf-109k-4の対決。

 

「尾輪が収納されたK型メッサーシュミット……! 最強のBf-109が相手ですか!」

 

「うーん、テンペストですか。良い戦闘機に乗ってきましたね」

 

それぞれイギリスとドイツで最高クラスの性能を誇るレシプロ機に搭乗している。お互いにとって不足はないだろう。

 

「先輩の援護をするためにも、あまりモタモタしてられない……。早いところ撃墜しないと……」

 

現在のサザーランドの状態を知っているメイヨーにとって、この対決は長引かせるわけにはいかない。それぞれの技量を考慮した場合、この一年生対決の勝敗は、そのままエース対決の勝敗に直結しかねないだろう。

 

 

「いきます!」

 

先に仕掛けたのはメイヨー。タイフーンより劇的に改善された格闘性能を活かし、ドッグファイトに持ち込もうとする。

 

「その手には乗りませんよ」

 

しかしその動きをハルトマンは拒否。素早い降下と上昇で、テンペストの旋回を振り切っていく。

 

「なんて速さ! 同じ一年生とは思えないです……」

 

敵のBf-109の素早い機動に翻弄されるメイヨー。機体性能もあいまって、ハルトマンの動きは並の三年生パイロットよりも洗練されていた。天才の呼び名は伊達では無い。

 

「テンペストは素晴らしい機体ですが、所詮は低高度用の戦闘機。高高度ではこちらに分がありますよ」

 

加えてハルトマンにはメイヨーにも劣らない程の戦闘機に関する知識を持っていた。その知識を使って、レッドバロンに助言することも多いようだ。

 

「それにしても、ガーランドさんは結局、聖グロの機体に傷一つ付けることすら出来ませんでしたか。最新鋭のジェット機まで引っ張り出したというのに、無様なもんですね」

 

こっそりガーランドを見下す発言をしたあと、ハルトマンは機体をロールさせながら上昇し、メイヨーの頭上を取る。

 

「さて、今度は私の番ですよ」

 

 

 

「うぅっ。不利な位置を取られちゃった……」

 

頭上から降下攻撃で攻め立てるハルトマンのBf-109に対し、何とか横方向の旋回で凌いでいくメイヨー。だがこの動きはあまり良い動きではない。旋回のときに減速してしまうせいで、一撃離脱を繰り返す敵機に有効的な反撃ができないためだ。

 

『ふふっ。やっぱり貴方ではどう頑張っても凡人の域は超えられない。天才だけが生き残るこの空では、いずれ淘汰される運命……。違いますか?』

 

防戦一方な状態のメイヨーに、ハルトマンは無線でこう伝えた。

 

『でも、私は努力してここまで来たんです! これからも努力し続ければ、いずれ先輩みたいなエースパイロットにだって……』

 

『努力? 何を言うかと思えば、未だにそんな理想を抱いてるんですか? 凡人がいくら努力したところで、天才との差は埋まらない。そしてエースパイロットとは、天才だけがなり得る至高の存在。それを凡人が目指すなど思い上がりであることを、この私が教えてあげますよ!』

 

するとハルトマンは機体を斜めに滑らせるように上昇してから降下させ、メイヨーの乗るテンペストとの距離を縮める。これは目標の敵機が自機より遅い場合に、いったん上昇を挟んで高度を稼ぐことで相手を追い詰める、ハイ・ヨーヨーという空戦テクニックだ。

 

「っ!? 追いつかれる!?」

 

メイヨーは接近するBf-109から逃げようと模索するも、あらゆる手段でも不可能であることを察する。

旋回してもヨーヨーで追いつかれるし、かと言って急降下はメッサーシュミットを始めとするドイツ機の十八番だ。

 

『この状況、貴方では突破できない。これが天才と凡才の絶対的な差です。さあ、今すぐその翼をへし折って差し上げますよ!』

 

逃げ惑うメイヨーの機体を完全に射程圏内に捉えたハルトマンは、即座に二門の13mm機銃と30mmモーターカノンによる一斉掃射を開始する。

 

「くうぅっ!!」

 

Bf-109が形成する弾丸の嵐を、何とか回避しようと足掻くメイヨー。だがハルトマンの射撃は正確無比に、テンペストの翼と胴体にダメージを与えていく。

 

「はあっ、はあっ……」

 

だがメイヨーは意地を見せた。13mm機銃には被弾したものの、大口径の30mmモーターカノンによる砲弾は全て避けきった。おかげでテンペストは黒煙を上げつつも、辛うじて飛行可能な状態にとどまった。

 

『おや? 随分と粘り強いですね。 しかし既に満身創痍なご様子。墜落するのは時間の問題でしょう』

 

ボロボロになったメイヨーの機体を見たハルトマンは、既に戦闘能力を喪失させたと判断したのだろうか。トドメを刺すこともなく、離脱してレッドバロンの元へと向かおうとする。

 

 

 

 

被弾し、黒煙を上げるテンペストの機内で、メイヨーは必死に機体の立て直しを図る。

 

「……ダメ、方向舵(ラダー)が損壊しちゃってる。オイル漏れも起きてるし……」

 

だがテンペストの状態は極めて悪く、文字通り真っ直ぐ飛ぶだけで精一杯な状態だった。これでは空戦を行うのは厳しいだろう。

 

「……やっぱり、ハルトマンさんの言う通りなのかな? 私みたいな凡人じゃ、エースが飛び交う空で生き残れないって……」

 

損傷し、戦うことすら難しい機体。そして相手は同学年だが天賦の才を与えられたパイロット。普通に考えれば、今すぐ撤退するべき状況である。

 

「撤退……。でもここで私が撤退したら、先輩は……」

 

だが仮に撤退した場合、サザーランドはレッドバロンのみならずハルトマンとも同時に戦わざるを得ない状況となる。そうなればまず勝ち目は無いだろう。

とは言っても、半壊したテンペストでは満足に戦えないのは重々理解している。

メイヨーは究極の二択に迫られた。

自身の機体の状態を鑑みて、素直に撤退するか。

あるいは無茶であることを承知で、戦闘を継続させるか。

 

「……嫌だ。先輩を見捨てたくなんかない。私は最後まで先輩の傍に居続けたい。これが私のありのままの気持ち……!」

 

メイヨーは思い出した。サザーランドが求めているのは、ありのままの自分。だったら他人からどう言われたって構わない。自分が思うことをそのまま行動に移すことが、今の彼女にとっての正解なのだ。

 

 

 

 

 

覚悟を決めたメイヨーは、機体を何とか水平状態に戻してから、離脱するハルトマンの機体を追いかける。方向舵が故障したせいで機体制御が困難だが、それでも気合いで操作し続けた。

 

「さてと、聖グロのエースを始末して……ん?」

 

Bf-109に乗るハルトマンは、コックピットの上にあるバックミラーを見て目を疑った。

 

『ハルトマンさん! まだ決着はついていませんよ!』

 

そこにはさっき無力化したはずのテンペストが、黒煙を上げながらも向かってきているのだ。

 

『残念ですよ、メイヨーさん。私は情けをかけて見逃したのに、貴方はそれを断った。そんなに諦めが悪いのなら、今度こそ決定的な一撃を喰らわせてあげますよ!』

 

往生際の悪いメイヨーに堪忍袋の緒が切れたハルトマンは、素早くバレルロールをして背後を取ろうとする。

 

「お願い、動いてよ! 私のテンペスト!」

 

一方のメイヨーは操縦レバーを握り限界まで傾けるも、方向舵の故障で上手く機動できない。

 

『おやおや、そんな虫の息で私に挑むとは舐められたものですね! すぐに楽にして差し上げましょう!』

 

出力が落ち、よろよろとした飛行しかできないテンペストを見て勝利を確信したハルトマンは、トドメを刺すべく照準を合わせる。

 

『さあ、最後はせめて華々しく散らせてあげますよ!』

 

ハルトマンは一度目の攻撃で仕留め損ねたことを踏まえ、今度は30mmモーターカノンが確実に命中する位置まで接近する。

 

「勝った……! これで終わりです!」

 

遂に絶好の間合いに詰めたハルトマンが、全ての機銃とモーターカノンの発射ボタンを押し込んだ。

30mmの砲弾は尾翼に命中し、テンペストの胴体の半分を消し飛ばした。大きな着弾音が、確かな手ごたえを感じさせる。

 

 

 

が、その直後だった。

 

「てえりゃあああっ!」

 

尾翼全体が吹き飛ばされ撃墜されたはずのメイヨーが、操縦席で機関砲の発射ボタンを押し続けていた。

そして無造作に発砲される20mm機関砲の砲弾の内の一発が、()()ハルトマンのBf-109の翼に直撃したのだ。

 

「は!? 一体なにが起こって……!?」

 

メイヨーが決死の覚悟で放った一発によって片翼を折られたハルトマンのBf-109がコントロールを失い、錐揉み回転しながら落下していく。

 

『こんな偶然、私は認めませんよ!』

 

『ハルトマンさん、確かにあなたは天才的パイロットでした。でも今回は私がそれを上回った。ただそれだけのことです』

 

突然の出来事に理解が追いつかず怒り狂うハルトマンに、メイヨーは勝利を宣言した。

 

『有り得ない……! 例え偶然でも凡人が天才を上回るなど……!』

 

ハルトマンは最後まで己の敗北を認めることなく、落下したまま無線は途切れた。

 

 

 

 

「何とか勝てた。けど……」

 

ハルトマンを撃墜し、一年生対決に勝利したメイヨー。だが戦いは終わっていない。黒森峰のエース、レッドバロンを倒さない限り、勝利したとは言えないからだ。

まだサザーランドは戦い続けている。メイヨーは急いで、上にいる先輩の元に助太刀したいところだが……

 

「機体が上がらない……。そっか、尾翼が全部なくなったから……」

 

さっきハルトマンのBf-109によって機体制御の要である尾翼が消失したことで、メイヨーのテンペストは機首を上げて上昇することすら出来なくなってしまった。これでは一緒に戦うことができない。

となると、彼女はこのまま撤退という事になるのだが、それでは本人の気が済まない。

 

「何か、私に出来ることは……。そうだ」

 

メイヨーはあることを思いついたのか、おもむろにマイクを取り出し、無線を送り始めた。

 

「こちらメイヨー。先輩、聞こえますか?―――

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

お互いの後輩がしのぎを削っている間も、エース同士の死闘は続いていた。

 

『アハハッ! 結構楽しませてくれんじゃん!』

 

「ひゅーっ、ひゅーっ……」

 

戦闘開始から2分が経過。サザーランドもレッドバロンも色々な空戦機動を試すが、実力は拮抗。両者共に決め手に欠けていた。

一見互角に思える状況だが、時間が経てば経つほど、機体の燃料とパイロット本人の体力が削られているサザーランドは不利になっていく。

 

「ひゅーっ、ゴホッゴホッ!……ひゅーっ……」

 

サザーランドの呼吸が乱れ、咳き込むようになっていく。

窮地に立たされている彼女だが、その目は敵機の、レッドバロンのTa-152を視野に捉え続けている。

 

そんな中、メイヨーから無線が入ってきた。

 

「こちらメイヨー。先輩、聞こえますか?」

 

「ひゅーっ、ひゅーっ……」

 

その無線にサザーランドは気が付いているものの、呼吸だけで精一杯で、もはや返答すら出来ない有様だった。

 

「先輩、私はさっき、ハルトマンさんのBf-109を撃墜しました。でもその戦いで尾翼を喪失して、もう真っ直ぐ飛べない状態なんです」

 

「ひゅーっ……」

 

「だからせめて、最後に先輩へ伝えたいことがあるんです! 今、先輩が戦っているTa-152は高高度に特化した戦闘機です。このまま高度10000mで交戦しても、勝つのは厳しいと思います。なの…て、…度を落と…、もっと低い……、速度を……

 

メイヨーから送られる無線の音声が、徐々に弱くなっていく。おそらくテンペストの高度が下がって、サザーランドの機体まで電波が届かなくなったためだろう。

 

 

 

それと同じタイミングで、レッドバロンは墜落するハルトマンが発した無線によって、僚機を失ったことを知る。

 

「……マジか。メイヨーちゃん、意外と強い子なんだね」

 

相討ちとは言え天才と呼ばれた一年生のハルトマンが、同学年のパイロットに撃墜されたことに、さすがのレッドバロンも驚いたようだ。

 

 

 

 

聖グロ、黒森峰共に一機ずつを損失し、空に残るはエースが乗る二機の戦闘機のみとなった。

 

『ウチとアンタの一騎打ちかぁ、燃えるシチュエーションって感じじゃね?』

 

「ひゅーっ、ひゅーっ……。メイ…ヨー…」

 

お互い、助けも無ければ邪魔する者もいない。純粋な一騎打ちだ。

サザーランドに残された時間は、およそ3分。

それで全てが決まる。

 

 



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最終決戦(後編2)

<人間は追い詰められたときに本性を表す>と言われることがある。

今、聖グロリアーナのエース、サザーランドは極限まで追い詰められている。

それが顕著になっているのが、彼女の表情だ。その瞳孔は光を失い(レイプ目)、顔全体が汗だか涙だか分からない液体でびっしょり濡れている。艶のあったベージュ色の髪の毛もグシャグシャ。心臓は異常なほどの間隔で脈打ち、呼吸は著しく乱れ、まるで窒息するかのような勢いだ。

管制官や生徒会長の幸子はスピットファイアの燃料を気にしていたが、それよりもサザーランド本人が気絶するほうが早いかもしれない。

 

「ひゅーっひゅーっひゅーっひゅーっ」

 

息を吸うたびに、胸が苦しくなってくる。しかし一瞬でも息を止めたら気を失いそうなので止める訳にもいかない。

 

後ろから機関砲を撃つ音が聞こえる。

コックピットのすぐ横をTa-152の弾丸がかすめるたびに、恐怖で汗が吹き出てくる。

 

回避するために、機体を旋回させる。スピットファイアを大きく動かすたびに、強いGが体にのしかかる。

 

反撃のために、機関砲の発射ボタンを押す。20mm機関砲の反動が脳を揺らす。

 

 

今の彼女を突き動かしている原動力とは、一体何なのか。?

それは対戦相手のレッドバロンに向いているのは間違いないが、その感情とはなんだろうか?

以前の彼女は、レッドバロンに憎しみを抱いていた。それは同じ学校の仲間とも言えるパイロット達を蹂躙したことが要因だ。

だが今は不思議と、その怒りは消えていた。

 

 

「ひゅーっ、ひゅーっ。…………はっ、あはははははっ!

 

突如、サザーランドが笑い出した。

 

「あはっ、あはっ、あはははははっ!」

 

サザーランド本人にすら、なぜ自分が笑っているのか理解できなかった。

だがこれこそ、彼女の本性なのだ。

この戦いが、レッドバロンとの一騎打ちが楽しくて楽しくてたまらない。

瀬戸際まで追い詰められての、スリル満点の状況が大好き。

そして敵機に照準を合わせるとき、脳内にドーパミンが溢れ出てくる。

 

「ハーッハーッ、あははっ、あはっ」

 

ここで彼女はある言葉を思い出した。それは以前に、捕虜となったハルトマンから聞いた言葉だ。

 

<貴方からは、レッドバロンと同じ匂いがする>

 

強敵、すなわちエースとのギリギリでの戦いに快楽を覚えるサザーランド。

それはある意味、レッドバロンと一致していた。

レッドバロンがエース狩りと称して全国のエース達と戦っていたのは、自身が最強であることを証明するためだと、彼女は前に語っていた。

だがそれすらも一つの建前に過ぎなかった。本当はレッドバロンも、エースとのギリギリでの戦いで気持ちを満たすために動いていた。

その本心を、ようやくサザーランドは理解できたのだ。

 

「あははっ、何て心地良いのかしら! こんなに楽しい空戦、生まれて初めてよ!」

 

 

 

*

 

 

 

 

サザーランドの乗るスピットファイアを追い回す一機の戦闘機。

真っ赤なTa-152を操っているレッドバロンも、次第に自分の心の奥底に眠っていたものに気が付き始めた。

 

「ハーッ、ハーッ……。ここまでウチの攻撃に耐えたヤツは初めてかも?」

 

数分間に及ぶ熾烈なドッグファイトによって、レッドバロン側もかなり疲弊してきた。

これまで彼女がエース狩りで経験したエースとの対決は、僚機のハルトマンの援護もあって長くとも1~2分で勝利してきた。

だが今、目の前にいる聖グロリアーナのエースは3分以上戦っても疲れを感じさせず、むしろ速度が増しているようにさえ見えた。

そんな状況の中でレッドバロンは、ある期待を抱くようになってきた。

 

(コイツなら、ウチを倒してくれるかもしない)

 

この破滅願望とも言える期待は、彼女の性格と相反するものだ。彼女は過去に発言したように、全てのエースを倒して誰もが認める最強のパイロットになるのが目的のはずだ。

 

だがエース狩りを進めていくうちに、彼女には別の気持ちが湧いてきた。最初の頃は、他校のエースと戦い、勝利することに快感を覚えていた。しかし徐々に、その快感が薄れていく。言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()のだ。どの学校のエースも、戦っていて手応えを感じない。いつも一方的な勝利ばかりで、スリルを感じない。

 

そして彼女自身が気が付かない内に、ある不安を感じるようになる。

もう自分と対等に戦える相手はいないのだろうか?

自分をギリギリまで追い詰めてくれるような、強いパイロットはいないのだろうか?

 

いや。一人だけ、彼女の願望を満たしてくれるパイロットがいた。

 

「そっか……。サザーランド、アンタこそが、ウチが求めていた強敵だったんだ!」

 

そう。彼女が真に求めていたものは、最強のパイロットという名誉ではなく、敵エースとの激しい戦い。それもどっちが勝つか負けるか分からない、瀬戸際での果たし合い。そしてそこで得られる緊張感と、ギリギリの勝負に勝ったときの達成感そのものだったのだ。

 

「久しぶりって感じ。こんなにハラハラドキドキさせてくれる相手。もう高校生ではいないかもって思ってたけど、まさか聖グロのエースがそうだったなんて!」

 

日本の空を飛び回り、エース達を打ち負かした末に、最後に辿り着いた聖グロリアーナのエース、サザーランドとの一騎討ち。もしこれに勝利できれば、彼女はこれまでの人生で最高の快感を味わうことができるだろう。

 

「もう最強の座とかどうでもいい! 今はひたすら、アンタとの勝負を楽しみたい!」

 

 

 

*

 

 

 

それは一般人にはとても理解できない世界だろう。

雲よりも遥かに高い空で、サザーランドとレッドバロンは笑っている。二人とも疲れきっているはずなのに、その顔は幸せそのものだ。

 

『ハーッ、ハーッ。サザーランドォ! 早くウチを落としてみなよ! さもなくばアンタを撃ち落とす!』

 

『ひゅーっ、ひゅーっ。上等よレッドバロン! あと2分足らずで決着をつけてあげるわ!』

 

二人の一騎討ちが始まってから3分。お互いに無線でそうやり取りをした。

サザーランドの言う2分という時間は、彼女の機体と体力が耐えうるタイムリミットでもあった。

 

「くぬううぅっ! ここが正念場よ、私!」

 

今にも限界を迎えそうな脳と体に気合いを入れ、サザーランドは攻撃を仕掛けていく。

 

 

スピットファイアを横転させ、バレルロールによる形勢逆転を狙う。

だがレッドバロンもこの動きに反応し、同じくバレルロールを行い有利な態勢を保つ。

ならばと今度はサザーランドはそれに縦方向の旋回も加えるが、レッドバロンのTa-152も旋回を始めたので上手く背後を取れない。

この二機の機動はローリング・シザースと呼ばれる空戦機動だ。以前にサザーランドがアンツィオ高校のエースであるジェノバと戦った際にシザーズ機動が発生したが、今回はバレルロールが合わさったことで、より高度なローリング・シザースに発展した。

 

 

「アンツィオの時と同じようにはいかない。シザーズでは駄目ね……」

 

 

これではらちが明かないと判断したサザーランドは、次に急上昇を始める。それからスロットルレバーを絞り、意図的に失速状態を作り出すことで敵機の後ろに回り込む戦法。

これはまさしく、かつて大洗女子学園のエースのムサシがサザーランドに使用した木の葉落としである。

 

『何それ? 大洗のサムライの真似っこ?』

 

だがレッドバロンも同じタイミングで減速したせいで、スピットファイアが降下しきっても後ろを取られたままになってしまった。

 

「くっ、私が手を焼いたマニューバも通用しないなんて……!」

 

木の葉落としを終えた直後は、機体の速度が低下してしまう。

このままでは不利なので、サザーランドはスピットファイアを更に降下させてスピードを補うことにした。

 

 

 

 

『逃がすかっての!』

 

急降下していくスピットファイアを、レッドバロンは追いかけていく。

 

「コサック! アンタのテクニック使わせてもらうから!」

 

するとレッドバロンは片目をつむって照準を合わせることに集中する。Ta-152の機首武装である、30mmモーターカノンを命中させるためだ。

このモーターカノンによる一撃必殺を狙う戦法は、プラウダ高校のエースであるコサックが得意としていたものだ。

 

「あの動き……。プラウダのエースと同じね。なら動きは読めるわ」

 

Ta-152の機首から発射される30mmの弾丸。当たればひとたまりもないが、サザーランドはスレスレで回避していく。コサックとの対決で、モーターカノンの癖は掴んでいるからだ。

 

「ちっ。30mm弾が当たらないなんて……!」

 

結局、レッドバロンは30mm弾を一発も当てることなく弾切れになってしまった。

だがTa-152には20mm機関砲が残っているので問題はない。

 

 

 

 

更に1分が経過。

二機はシザーズや急降下での撃ち合いをした結果、交戦高度は6000m付近まで低下した。メイヨーが最後に残したアドバイスを参考に、サザーランドはこの高度での空戦に持ち込んだのだ。

ここならばスピットファイアMk.24はTa-152より速く動ける。

 

「残り1分……。何としてでも、ここでレッドバロンを落とすわ!」

 

速度有利を得たことで、今度はサザーランド側が攻めることができた。旋回戦によって、スピットファイアは敵のTa-152を照準に捉えつつあった。

が、ここで彼女はある課題に直面した。

 

「20mm砲の弾が少ない……。さっきの戦いで消費しちゃったからかしら」

 

操縦席の計器類に表示された残り弾数がわずかまで減少していたのだ。これはガーランド率いるMe-262シュバルベとの空戦で弾を使用したのが原因だが、それによりTa-152に撃ち込める分の弾薬は限られていた。

 

蘇る弾切れのトラウマ。以前プラウダ高校との大規模な空戦で、サザーランドは敵エースのコサックとの対決中に弾切れを起こし、あわや敗北というところまで追い詰められた。幸いそのときはメイヨーが助けてくれたので勝利できたが、今は僚機も不在。弾切れになれば即敗北だ。

 

「落ち着いて。確実に当たる時を狙って……」

 

サザーランドは旋回しつつ、必殺のタイミングを計る。

だがレッドバロンはなかなか決定的な隙を晒してはくれない。スピットファイアの照準に入りそうになると、あっという間に急旋回で逃げられてしまう。

 

 

 

ここでサザーランドは察した。レッドバロンの自分のパイロットとしての力量は完全に互角だと。ゆえに小手先の空戦機動(マニューバ)ではお互いに決着をつけられないと彼女は予測した。

 

「げほっげほっ! ……そろそろタイムリミットが近いみたいね……」

 

遠のきつつある意識によって、サザーランドは自分の体も機体も限界を迎えつつあることを感じていた。

 

「あと30秒……」

 

サザーランドは考える。30秒というわずかな時間で、黒森峰のエースを倒す手段を。

それもあらゆる空戦機動(マニューバ)が通用しないという前提で。

 

 

 

 

 

「……あるじゃない。あの戦法が!」

 

土壇場で、サザーランドは一つの戦法を思い出した。

それはかつて、彼女自身がバカだといって嫌悪していた戦法だった。

 

「バカでも何でもなってやるわ! レッドバロンに勝つためならば!」

 

サザーランドは急旋回をして、スピットファイアをレッドバロンのTa-152に向かわせる。

その機動は回避のためではなく、まして背後を取るためでもない。

 

真正面からの技術もへったくれもない、ヘッドオン対決に持ち込むためだ。

これは継続高校のエースで、かつてプラウダ高校を相手に共闘したモルテンが好んでいた戦法だった。

 

「お願いモルテン! 私に力を貸して!」

 

 

 

真正面から急速に接近していくスピットファイアに、レッドバロンも意図を理解した。

 

「ヘッドオン!? マジで!?」

 

普通の場合、相討ちになりやすいヘッドオンは回避するのが定石だ。

 

「いいじゃん! 受けて立つし!」

 

だがレッドバロンは何が何でもサザーランドとの決着をつけることを望んでいたため、このヘッドオン対決に乗ることにした。

 

 

 

 

 

『レッドバロンンンンンンンン!!!』

 

『サザーランドオオオオオオッ!!!』

 

二機は高速に距離を縮め、同時にありったけの弾丸を撃ち込んだ。

お互いの20mm機関砲から放たれる弾丸が、スピットファイアとTa-152の胴体と翼を貫いていく。

 

どちらの攻撃が炸裂したのだろうか。二機が交差した瞬間、大きな音と衝撃と共に大爆発が起き、辺りは煙に包まれた──―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖グロリアーナ女学院学園艦の管制塔。

そこで働く管制官たちと、駆けつけた生徒会長の幸子はレーダーからエース対決の行く末を見守っていた。

 

「二機が交差します!」

 

高度6000m付近、二機がレーダー上で重なったように見えた直後、全てのレーダー反応が消失した。

 

「あれ!? レーダー反応が……」「これは一体……?」

 

混乱する管制官たちに対し、幸子はひと言つぶやいた。

 

「相討ち……か」

 

その言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員が肩を落とした。

サザーランドはレッドバロンと真正面から対決したが、引き分けに終わったのだろうか?

 

 

 

 

 

と、皆が落胆しかけた、そのときだった。

 

「おや?この機影は……?」

 

完全に消失したと思われた二機のレーダー反応のうち、一機の反応が復活したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じく、聖グロリアーナ女学院の滑走路。

ウェリントンは双眼鏡から空の様子を凝視していた。隣には整備班の班長の清美もいる。

 

「無理だと思うよ、ウェリントンのお嬢さん。いくら双眼鏡を持っても雲の上の様子は……」

 

「しっ! 今わたくしは集中してるんですわ!」

 

清美からツッコミを入れられてもなお、ウェリントンは空を睨み続ける。

 

 

 

 

 

「あら!? あの機影は……!?」

 

「えっ!? 何か見えたのかい!?」

 

ウェリントンは空から落下してくる二機の機影を発見し、叫び声を上げた。

一機は炎上しながら錐揉み回転し、墜落していく戦闘機。

そしてもう一機は、黒煙を上げながらも必死に飛び続ける戦闘機。

 

「勝敗が決したんですわ! 勝ったのは……」

 

「あの戦闘機は……」

 

二人は目を凝らして、飛行している方の戦闘機。すなわち勝った方の機体が何なのかを突き止めた。

 

 

 

 

 

「スピットファイアですわ! サザーランドのスピットファイアですわよアレ!」

 

「ホントかい!? サザーランドの奴、勝ったのかい!?」

 

雲の中から雄姿を現したのは、機体に33と書かれたスピットファイアMk.24。つまり、サザーランドの搭乗機だ。

それを見たウェリントンと清美は大はしゃぎして、ハイタッチした。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「この機影……。サザーランドのスピットファイアです!」

 

自校のエースが勝利したことが分かった瞬間、管制塔の室内は大歓声に包まれた。

 

「すごい! 本当に勝ったんだ!」「あのエース、やりやがったな!」「よっしゃー!黒森峰を倒したぞー!」「こんなドラマチックな瞬間に立ち会えるなんて……!」「これはすごい。今までの管制官生活で一番嬉しい日で決定ですね」

 

管制官たちが歓喜の声を上げるさなか、幸子は腕を組んで頷いた。

 

「……よくやった、サザーランド。お前こそ、我が聖グロリアーナ女学院のエースに相応しい人物だな」

 

 

そこにサザーランドから無線が入る。

 

「管制塔へ。着艦許可を」

 

それを聞いた管制官は、元気いっぱいに返答した。

 

「こちら管制塔。着艦を許可します。おかえりなさい!」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

ボロボロになったスピットファイアが、聖グロの滑走路に降り立つ。

エンジンは切れ、車輪も展開できない有様なので、やむなく胴体着艦を選んだ。以前サンダース付属高校にて(ヤードポンド法のせいで)胴体着艦を経験していたので、なんとか成功した。

 

「すげえ! サザーランドの機体だ!」「わーい! エースが帰ってきたー!」

 

着艦したスピットファイアの周辺に、どんどん人が集まってきた。

それは整備員をはじめ、他の空戦道パイロット、管制塔の管制官たち、カメラを構えた報道陣、挙句の果てには何も事情は知らないけど集まった野次馬根性の生徒たちもチラホラいた。

それらの群衆は機体を取り囲むように集結していた。

 

「はあっ、はあっ……」

 

スピットファイアのキャノピーが開いた。

サザーランドは自力で立ち上がると、右手で拳を振り上げガッツポーズした。

すると周りの群衆が歓声を上げて、報道陣のカメラが一斉にフラッシュをたいた。

 

「すごいよ。あんた英雄だよ!」「あの怪物じみた技量の黒森峰エースを倒すなんて!」

 

次々と称賛を浴びるなか、サザーランドは、ある人物の姿を探した。

 

「メイヨー……。メイヨーはどこ?」

 

 

 

 

 

そのメイヨーはというと、群衆の外側でそわそわしていた。彼女はサザーランドに最後の無線を伝えた後、尾翼を喪失したテンペストで何とか学園艦に帰還していた。

 

「はあぁっ……。やっぱり先輩はすごいなぁ……」

 

すると集まった生徒たちから、メイヨーを探す声が聞こえた。

 

「メイヨーって誰だ?」「サザーランドの後輩らしいよ」

 

そして円陣の外側にいたメイヨーの背中を、清美が叩いた。

 

「いってきなよ、メイヨーちゃん。先輩が待ってるからさ」

 

「えっ、清美さん!? ちょっ、押さないでください!」

 

清美にそそのかされて、メイヨーは群衆の中に押し込まれていく。流されるがまま、彼女は円の内側、サザーランドの待つところまで押し出された。

 

 

 

「メイヨーっ!!」

 

「せ、先輩!?」

 

二人が目を合わせると、周りが見ている中にも関わらず、サザーランドはメイヨーを抱きついた。

 

「メイヨーぉっ、ありがとうぅ。あなたのおかげでここまで帰ってこれたわぁっ……」

 

サザーランドは涙ながらにメイヨーを抱きしめる。

 

「は、恥ずかしいです。先輩……」

 

メイヨーは周りの視線を気にしているが、サザーランドとハグをした。

 

 

 

しばし抱き合ったあと、サザーランドはメイヨーの顔を見ながらこう言った。

 

「メ、メイヨー……。その……いい……?」

 

珍しくサザーランドがぎこちないセリフを言うと、メイヨーは困惑した。

 

「え? いいって……何をですか?」

 

するとサザーランドは黙って目を閉じて、口をすぼめた。

それを見た周りの生徒たちがざわつき始める。

 

「あー、これは……」「キスシーンって、映画みたいだなオイ」

 

ここでようやくメイヨーはサザーランドの意図を知り、顔をいっそう赤らめた。

 

「キ、キスですか!? 先輩と……?」

 

最初はためらう様子だったが、メイヨーも目を閉じて口をすぼめる。

 

「…………」

「…………」

 

お互いの顔を近づけさせる。

そしてそのまま唇を接触させ、二人はキスをした。

 

そのロマンティックな情景に、周りは静まり返る。

そしてキスを終えると、サザーランドはメイヨーにこう告白した。

 

「メイヨー。私は、あなたのことが大好き。あなたは?」

 

この告白に、メイヨーは恥ずかしそうにしながらも答えた。

 

「私も、先輩のことが……す、す、大好きですっ!」

 

そう言ってもう一度、二人がハグをすると、周りから拍手喝采が起きた。

 

「これはこれは、見事なプロポーズでした」「恋愛小説みたいに甘酸っぱい二人だなー」

 

円陣の外側にいたウェリントン、清美、そして幸子も、二人に拍手を送った。

 

「妬ましいほど、美しい関係ですわね」

 

「いやー、こりゃ一生モノの思い出だねぇ」

 

「会長ではなく一人の生徒として、あの二人を祝福しよう」

 

 

 

 

こうして、黒森峰のエース、レッドバロンとの対決は幕を閉じた。

サザーランドとメイヨー、そして聖グロリアーナ女学院の勝利だ。

 

 



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キャラ設定・機体解説集その4

最後の紹介は黒森峰。
最終回との調整のため、このタイミングで投稿させてもらいます。


 

黒森峰女学園

 熊本県に母港を持つ学校。

 モチーフはドイツ。

 規律が厳しい学校で、真面目で勤勉な生徒が多い。

 船体は大きいが、ドイツ式高速道路アウトバーンのおかげでアクセスは良好。

 コーヒー好きが多いせいか、艦内全体にコーヒー豆の匂いが薄っすら漂っている。

 昔からスポーツ強豪校で、とりわけ戦車道では国内最強クラス。

 空戦道ではドイツ空軍機を使用し、パイロット達の練度も高め。

 TACネームはドイツの撃墜王から引用されている。

 

パイロット

 

レッドバロン(RED BARON)

 背番号:80

 本名:逸見(いつみ)モニカ

 学年:三年

 身長:164cm

 好きな食べ物:オムライス

黒森峰のエースパイロットにして本作のラスボス。

金髪ポニーテールで赤目のギャル。スタイルも抜群。

だがその振る舞いはとにかくチャラくてウザい。原宿とか渋谷にいそうなタイプ。

搭乗機を真っ赤に塗装しているので見分けやすい。

父が航空自衛官、母が空戦道の元プロという恵まれた血筋の生まれである。おかげで幼い頃から空の世界には慣れていたようだ。

自らが最強のパイロットであることを証明するため、各校のエースを倒していくエース狩り計画を考案し、実行する。だが最後に残った聖グロリアーナ女学院のエース、サザーランドに敗北したことであと一歩のところで頓挫した。

ちなみに同じ学校で戦車道を履修している妹が一人いる。

TACネームの由来は第一次世界大戦のドイツの撃墜王、マンフレート・リヒトホーフェンの異名であるレッドバロンから。

背番号は同氏の撃墜数80機から。

 

使用機体:Fw-190A-5(最初から~サンダース編辺りまで)

     Fw-190D-9(プラウダ編から~黒森峰編途中まで)

     Ta-152H-1(黒森峰編途中から~最後まで)

フォッケウルフ社が開発した戦闘機。

数々の名機を生み出した航空技師クルト・タンク氏の代表作でもある。

過酷な前線の環境に耐えるべく設計された機体で、防弾性やロール性能に秀でている。

その頑丈さを活かし、爆弾やロケット弾による地上攻撃でも多くの戦果を挙げている。

最初のA型は1941年に運用が開始され、緒戦のドーバー海峡(イギリス-フランス間の海峡)における航空戦でスピットファイアMk.Vを圧倒し、イギリス空軍に強いインパクトを与えた。

D型はエンジンを空冷式から液冷式に変更し、高高度性能を向上させたタイプ。機首が長く伸びた外観から”長っ鼻のドーラ”の愛称で呼ばれていた。

Ta-152はそのD型を更に洗練させた機体で、長い主翼が特徴的。上空10000mの超高高度帯において最大の性能を発揮する。ちなみに型番が変わっているのは設計者のクルト・タンク氏に敬意を払ったためである。

 

 

ハルトマン(HARTMANN)

 背番号:352

 学年:一年

 身長:153cm

 好きな食べ物:ザワークラウト

レッドバロンの後輩で、僚機を務める一年生。

中等部時代から周りの同級生パイロットを遥かに凌駕する実力を発揮し、天才と呼ばれるようになる。だが次第にあまりの強さから周りから孤立するようになる。そこをレッドバロンに拾われて、”エース狩り”に面白そうだからという理由で協力することにした。

少し意地悪な性格で、丁寧な口調から毒舌を吐くこともしばしば。

同学年でエースの相棒的ポジションを担当するなど、聖グロリアーナのメイヨーとは何かと共通点が多い。それだけに本人も対抗意識を燃やしているようだ。

容姿は暗い色のショートヘアーに、怪しげな瞳を持つ。

TACネームの由来は第二次世界大戦で最高の撃墜数を誇る、ドイツのエーリッヒ・ハルトマンから。

背番号は同氏の公認撃墜数である352機から。

 

使用機体:Bf-109F-1(最初から~サンダース編辺りまで)

     Bf-109G-6(プラウダ編から~黒森峰編途中まで)

     Bf-109K-4(黒森峰編途中から~最後まで)

メッサーシュミット社が開発した戦闘機。

1937年のスペイン内戦時代から使用されたドイツ空軍の主力機。

その生産数は三万機以上で、これは軍用機としては歴代第二位の多さである。*1

優れた上昇力を活かした一撃離脱戦法を得意とする。

航続距離が短いのが弱点で、1940年のバトルオブブリテンにおけるドイツ敗北の一因にもなった。

F型は大戦初期のE型に改良を施したタイプで、大戦中期に活躍した。

G型は同機の派生型の中で最も多く生産されたタイプで、エンジンが強化されている。

K型は最終生産型で、最後を締めくくるに相応しい高性能機だが、あまり量産はされなかった。

なお、ハルトマンの乗るBf-109は機首に黒いチューリップ模様が描かれている

 

 

ガーランド(GALLAND)

 背番号:104

 学年:三年

 身長:168cm

 好きな食べ物:ブラートヴルスト・シュネッケン*2

黒森峰でレッドバロンに次ぐナンバー2のパイロット。

自らが二番手止まりであることに苛立ちを覚えており、とりわけエースパイロットに対してコンプレックスを抱く。

指揮能力に長けており、集団戦法を得意とする。

また、空戦においてはロケット弾を好んで使用する。

一戦目ではFw-190d-9に乗っていたが、これはメイン機体ではない。

いつも軍帽を深く被っているので、どういった表情をしているかが分かりづらい。

TACネームの由来はドイツ空軍の撃墜王、アドルフ・ガーランドから。

背番号は同氏の公認撃墜数である104機から。

 

使用機体:Me-262A-1a

メッサーシュミット社が開発した、世界で初めて実用化されたジェット戦闘機。

30mm機関砲が四門の超火力に加えて、時速900kmに迫る最高速度と、戦時中の機体の中ではダントツの性能を誇る。

実戦ではこれに空対空ロケット弾も搭載され、連合軍の爆撃機編隊に対して多大な戦果を挙げた。

一方で燃費が悪い、エンジン寿命が70時間程度と極めて短い、急なスロットル操作をするとエンジンが故障するなど、初期のジェットエンジン故の弱点も多かった。

それでも後退翼の導入など当時としては革新的だったこの機体は、戦後にアメリカやソ連の研究者たちの手に渡り、後の戦闘機開発に大きな影響を与えている。

 

 

その他の生徒たち

 

西住普美(にしずみふみ)

 学年:三年

 身長:160cm

黒森峰女学園の生徒会長。

風紀委員出身の会長だけあって、規律には人一倍うるさい。

容姿は黒髪のおかっぱで、赤い髪留めを付けている。

なお、戦車道の名家である西住家においては、分家の血筋を引いている。

本家の長女である黒森峰の現戦車道隊長は、彼女の従姉妹にあたる。

*1
ちなみに一位はソ連の襲撃機イリューシンIL-2、三位はイギリスの戦闘機スピットファイア

*2
洒落た名前をしているが要するに渦巻き状に焼いたソーセージ、いわゆるソーセージマルメターノのこと




スピットファイアしかり、Bf-109しかり、ヨーロッパ製の戦闘機というものは全般的に航続距離が短いです。
現代のユーロファイター・タイフーンやグリペンなんかも同じで、これは欧州の地理的要因が絡んでいるみたいです。
日本の場合は広い海の上を飛ばなければならないため、航続距離も長めにする必要があります。これは戦時中の零戦のみならず、現代の自衛隊で運用される航空機も該当します。


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vs黒森峰編エピローグ(最終話)

サザーランドとレッドバロンの対決から一週間―――。

黒森峰のエースが倒されたという情報は、既に全国各地の学園艦に知れ渡っていた。

かつてサザーランドが出会い、ときに戦火を交えたパイロット達やその関係者は、今どう過ごしているのか? 

それを順に追っていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

聖グロリアーナ女学院の生徒会長、英山幸子はアイスティーを飲みながらとある雑誌を読んでいた。

その雑誌の空戦道を特集したページには、聖グロのエースであるサザーランドの活躍が大々的に記事になっていた。

 

「…………」

 

彼女はそんな記事に複雑な心境を抱いていた。自分の学校の生徒が活躍したことは喜ばしい事だが、幸子にとっては素直に受け取れない面もあった。

 

「皮肉なものだ。私の意向に逆らった生徒が、結局は一番聖グロの地位向上に貢献したとはな……」

 

元々生徒会長としての幸子の最大の目的は、母校聖グロリアーナ女学院の栄光を取り戻すことだった。彼女はそれを第一に、あらゆる権力を行使して生徒たちを操ってきた。ときにはそれが、なりふり構わぬ態度に繋がったことは言うまでもないだろう。

だがサザーランドは、そんな強権的な彼女に真正面から立ち向かい、自らの正義を押し通した。

さらには黒森峰のエースまで打倒し、聖グロリアーナの名を全国に知らしめてみせたのだ。

学校のために忠義を尽くしたと思い込んでいた彼女にとって、これ以上に皮肉なことはないだろう。

 

「飛ぶために生き、生きるために飛ぶ……。奴はそれを貫いたというわけか」

 

かつては馬鹿にしていたサザーランドの流儀も、今となっては立派な生き方として幸子も認めざるを得ない。

 

「……どうやら私は間違っていたようだ。学園艦の発展とは、一人一人の生徒が輝いて初めて達成しうるものだった。だがそれを私は圧倒的な権力で押さえつけ、阻害してしまった。生徒会長とは本来、生徒を操るのではなく、代表として牽引していくのが役目だ。サザーランドはその事実を、私に気づかせてくれたのか」

 

幸子は自らの過ちを戒め、改心した。

彼女はこれからも生徒会長であり続けるが、かつてのような強権的な会長ではなく、聖グロリアーナ女学院の生徒たちを引っ張ってゆくリーダーとして生まれ変ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

同じく聖グロリアーナの学園艦の格納庫にて。

整備班の班長を担当する工藤清美は、一週間前の激戦で損傷した機体の修理作業を進めていた。

 

「ふー、ようやく一段落つきそうだねぇ」

 

ボロボロだったスピットファイアMk.24もテンペストMk.Vも、今では新品のような綺麗な状態まで修復されていた。メカニックに長けている彼女だからこそ可能なスゴ技だ。

 

「いやー、それにしてもスピットファイアの壊れっぷりには驚いたよ。燃料も弾薬もすっからかん。機体は銃弾で穴だらけで、Gメーターは12Gを振り切ったとこで故障して動かなくなってたっけ。こんなオンボロ機体ほんとに直せんのかって思ったけど、案外何とかなるもんだねぇ」

 

ヘルメットを外してタオルで汗を拭く清美。

油にまみれながらも整備を行う彼女がいたからこそ、サザーランドやメイヨー、そして聖グロのパイロット達は存分に戦えたのだ。

 

「キツくないのかって聞かれたら、否定はできないさ。でもこれが私の得意分野だし、何より空戦道のパイロットさん方が気持ち良く飛べるなら、こっちとしても嬉しいからねぇ。空を優雅に舞う戦闘機の姿は、いつ見ても壮観なもんさね」

 

そう言うと彼女は再びヘルメットを被り、作業に戻っていく。

 

「うっし! あのお二人さんが戻ってくる前に仕上げるとするかね!」

 

金属が打ち付けられる高い音が、格納庫の中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

聖グロのナンバー2パイロット、ウェリントンはフライトシミュレーターによる訓練に励んでいた。

 

「ウフフ、我ながら上達してきましたわね。これならサザーランドを超えてエースになる日も、そう遠くはありませんわ!」

 

黒森峰との戦いが終わって以降も、彼女にとってサザーランドが超えるべき壁であるのは変わらない。

そんなウェリントンだが、エースに対する態度が少しずつ変化してきていた。

 

「正直、一年生の頃からサザーランドは気に食わない人でしたわ。パイロットとしての腕は確かですけれど、愛想は悪いし他人ともあまり付き合おうとはしない。……でも、あの一年生。メイヨーさんに出会ってからは段々人間らしくなってきましたわね。感情も豊かになって、挙句の果てにはキスまでしてしまうなんて、昔からは想像できませんでしたわ」

 

ウェリントンから見たサザーランドという人物は、孤高を気取るキザな女性、というイメージだった。

だがメイヨーと組んでからはそんなイメージも消え去り、親しみやすい人間になったと言う。

 

「……けれど、エースの座に関しては話が別ですわ。いずれ必ず追い越して、わたくしが聖グロリアーナのエースとして君臨して見せわすわよ!」

 

ウェリントンはヘッドセットを被り、シミュレーター訓練を続行する。

彼女がサザーランドを超え、二番手から脱却する日は果たして来るのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって、アンツィオ高校の学園艦―――。

エースパイロットのジェノバは、以前と同じようにカフェテラスでくつろいでいた。

 

「へえ、そうかい。黒森峰のエースを聖グロのエースが返り討ちにしたって?」

 

「そのようです、ジェノバ様」

 

ジェノバは自らに忠誠を誓うパイロット、シラクサから一週間前に起きた激戦の結果を知らされた。

 

「ふーん? ま、僕は興味ないね、そんなニュース。だって誰が誰に勝とうったって、僕が世界で一番美しいパイロットであるという事実は揺るがないからね」

 

「おっしゃる通りです、ジェノバ様!」

 

サザーランドにもレッドバロンにも無惨に敗北した人間とは思えないほど堂々たるコメント。

この揺るぎなさは、ある意味でジェノバの才能とも言えるかもしれない。

 

「そうだ、シラクサちゃん。カプチーノを一杯頼むよ。今日はココアパウダー入りの気分かな」

 

「かしこまりました、ジェノバ様」

 

バカは死ななきゃ治らない三つ子の魂百までと言うが、ジェノバのナルシストな性格は永遠に変わることはなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

静岡県、富士演習場―――。

そこで開催された、第63回戦車道全国大会の観客席に大洗のエース、ムサシの姿があった。

 

<黒森峰フラッグ車、走行不能。よって、大洗女子学園の勝利!>

 

堂々と会場にアナウンスされたその放送は、絶対に有り得ないはずだった大洗女子学園の廃校回避が達成された瞬間だった。

そんな奇跡を目の当たりにしたムサシは、沸き立つ観客たちの中で冷静に、しかし確かな歓喜を含んでつぶやいた。

 

「……何てことだ。まさか本当に優勝してしまうとは」

 

大洗女子学園の廃校とは、かつてムサシ自身も避けられないと覚悟していたものだった。実際、大洗が廃校したら自分もパイロットを止める魂胆であった。

だがそんな予想を裏切り、大洗女子学園は転校生の力を借りつつ戦車道を復活させ、さらには全国大会で優勝したことで、その危機を退けたのだ。

ここでムサシは、ふと前に誰かから言われた言葉を思い出した。

 

「わずかでも可能性がある限り諦めてはいけない、か……。サザーランド、お前の言う通りだったな」

 

聖グロリアーナのエースであるサザーランドと、大洗戦車道を優勝に導いた転校生。その二人がいたからこそ、ムサシはパイロットを辞めずに済んだのだ。彼女はそんな二人に心の中で感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

サンダース大学付属高校の学園艦―――。

その艦内でやけにハイテンションな生徒が一人いた。

 

Yeeessss(よっしゃー)! 信じてたさ、my best friend(我が最高の友よ)!」

 

それはサンダースのエース、ミニットマンの叫び声だった。彼女はサザーランドがレッドバロンを倒し、自分の仇を討ってくれたことに狂喜乱舞していたのだ。

 

Amazing(アメイジング)だよね! サザーランドはまるで映画のヒーロー。そう、マーヴェリック*1みたいな英雄さ!」

 

喜びのあまり、一人でダンスを踊るミニットマン。

 

「最高にHappy(ハッピー)だよ! やっぱアイツこそが、世界で一番イカしたパイロットさ!」

 

ノリノリでダンスミュージックを流しながら、彼女は踊り続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

同じく、サンダース付属の学園艦。

生徒会長……、もといプレジデントの寺野久米子は、会長専用の豪華なイスに座って仕事をしていた。

 

「いやー、最近は戦闘機ビジネスが好調だねー」

 

今、日本の空戦道界隈では全国的に戦闘機の需要が高まっていた。というのもレッドバロンが各校の空を荒らしまわったり、継続とプラウダ間で大規模な空戦が勃発したりした影響で、どの学校も多数の航空戦力を消耗したからだ。

一応サンダース付属も多少なりとも損害を被ったが、それ以上にサンダースが抱え込んでいた中古の機体の需要が高まっていたことで、それらの販売で多くの利益を出していた。

 

「F4Fワイルドキャットもそろそろ売り切れそうだし、まだまだ稼げそうな気配がするよー」

 

久米子は満面の笑みで電卓で計算しながら、今後のビジネスチャンスを模索していた。

 

「それもこれもサザーランドちゃんのおかげだよー。私のビジネスのためにも、あの子には引き続き頑張ってもらいたいなー」

 

彼女のお金への執着心は、そうそう消えることはなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

知波単学園の学園艦―――。

そこでとある二人の生徒が、何やら怪しい行為をしていた。

 

「うむ。定刻通りじゃな、アラハバキ殿。して、例の物は?」

 

「心配御無用ですぞ、カグツチ殿。そなたの注文通り、此処に……」

 

それはエースのカグツチと、彼女を補佐するアラハバキの二人だった。

アラハバキは懐から何か箱のような物を取り出すと、それをカグツチの前で開けてみせた。

 

「おお~。此れじゃ! これぞわっちが欲してゐた物じゃ! 良ゐ働きじゃったな、アラハバキ殿」

 

その箱の中身は、特に変哲もないハンバーガーだった。普通に考えればこんな食べ物、どこでも買えるだろうと思うかもしれないが、この知波単学園では訳が違う。

 

「ゐやはや、中々の難儀でしたぞ。風紀委員の者共の目を掻ゐ潜るのは」

 

そう。この学園艦は古き日本の文化を尊重するあまり、外国(特に欧米)の異文化が徹底的に排除された学校なのだ。なので仮に外部からそういった西洋の文化や食べ物を持ち込もうとすると、校内を取り締まる風紀委員たちに捕まってしまうおそれがある。たかがハンバーガーといえど、知波単で食べるには命懸けである。

 

「もぐもぐ……。う~む、この()()()()()()()()()()()()()()(素直にパティって言えよ)が絶妙に良き風味を醸し出しておる」

 

だがそれでも、カグツチにはどうしてもハンバーガーを食べたい理由があった。

彼女は以前サンダース付属学園艦の上空に侵入し、そこでサザーランドとミニットマンのダブルエースと対決した。惜しくもカグツチは敗れてしまったものの、そこで捕虜となった際に食べたハンバーガーの味が忘れられずにいた。なのでこうしてアラハバキに依頼して、ハンバーガーなどの西洋料理を()()していたのである。

 

「カグツチ殿、どうやら外の学園艦には多くの未知なる食物がありまするぞ」

 

「本当かゑ? なれば、其れら全てを食べ尽くして行こうぞ!」

 

世間知らずの箱入り娘だったカグツチも、徐々に外界へと馴染んでいくのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

継続高校の学園艦の艦橋に位置する会長室。

生徒会長の小峰芬は、生徒会メンバーからサザーランドの勝利の報を聞いた。

 

「サザーランドさんが? そうですか、それは良かった……。あのお方には感謝してもし切れません」

 

かつて継続高校が開校以来の存亡の危機に陥ったとき、助太刀に来たサザーランドと聖グロのパイロット達は、彼女にとってまさしく英雄だった。

 

「あのとき、サザーランドさんがいなかったら、我が校はとっくにプラウダ高校の支配下に置かれていたでしょう。もし降伏していたら……。思い返すだけでゾッとします」

 

あのプラウダとの大規模な空戦が終わってから、継続高校では比較的平穏な日々が続いている。

ただ、それでも会長たる芬は執務に追われ、忙しい毎日を送っているという。

 

「生徒会長ってとにかく仕事が多いんです。でも私は弱音を吐くつもりはありません。だってあのとき、サザーランドさんや他のパイロット達は、もっと辛い思いをしていたハズですから。それに比べれば、今の私の仕事なんて大したことありませんよ」

 

彼女の元、継続高校は少しずつ、だが確実に発展への歩みを進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

同じく継続高校の片隅で、エースであるモルテンは一人佇んでいた。

 

「…………」

 

彼女はひと言も喋ることなく、ただひたすら海と空を眺めていた。

 

「……静か……」

 

静寂に包まれる空―――。

つい数ヶ月前、ここで数百機もの戦闘機が入り乱れる大空戦が起きた。だが今は、まるでそれが忘れ去られたかのように穏やかな光景が広がっている。

 

「……サザーランド……」

 

そんな空を見て、モルテンはふと戦友のことを思い出す。彼女は自分の学園艦の危機を救うために協力してくれたサザーランドに、いつか恩返しをしたいと考えていた。

 

「……また会えますように……」

 

継続の守護神は、いつかサザーランドと再会できることを信じて空に祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、プラウダ高校の学園艦―――。

同校のエース、コサックは相変わらずのヤンキー座りで戦車の上に陣取っていた。

 

「レッドバロンの奴、とうとう負けちまったか……」

 

彼女は他のパイロット達から、一週間前の対決の結果を聞いた。コサックにとってレッドバロンは、昔からつるんでいた付き合いの長い友人でもある。そんな友人の敗北を知った彼女の反応は、少し意外なものだった。

 

「まあでも、俺は良かったと思うぜ。レッドバロン(あいつ)は強さを追い求めるあまり、狂って暴走し始めてた。正直心配してたぜ、いつかもっとヤバい行為に走るんじゃねえかってな。けど、杞憂で済んで良かったな」

 

古くからの友人であるコサックにさえ、エース狩りに没頭するレッドバロンからは狂気を感じていたようだ。

 

「そうか、またあいつと会って遊びたいぜ。エース狩りとやらが終わったんなら暇を持て余してんだろ、どうせ」

 

サザーランドとミニットマンに友情があったのと同じように、レッドバロンとコサックの間にも友情はある。

エース同士にしか分かり合えない世界が、そこにはあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

そのプラウダ高校の生徒会長だった入一露音は、ここ最近姿を消した。

あの継続と聖グロに敗北した日から、彼女はずっと体調不良で休みがちだったのだが、先週辺りからとうとう音信不通になってしまったのだ。

生徒たちの間では、暗殺されただの他校に亡命したなどの噂が広がっているが、真相は不明である。

 

だがいずれにせよ、もう彼女が生徒会長の席に座ることは二度とない。

先日の露音による独断で勃発した大空戦を受けて、なんと日本の学園艦を管理する文部科学省が自ら腰を上げる異例の事態となったのである。

文科省はプラウダ高校の腐敗した生徒会を問題視し、制度に直接介入して、これまでの現会長が後継者を指名する仕組みから、他校と同じように公正な選挙を行うように改正したのだ。

 

近日、プラウダ高校で開校百年目にして初めての生徒会選挙が開催される。

そこで生徒たちに選ばれた人物が、プラウダの新しい生徒会長に就任する見通しだ。

 

言論統制が敷かれ、息苦しい雰囲気だったプラウダ高校も、次第に過ごしやすくなっていくのだろうか。第一回生徒会選挙の行方に世間の注目が集まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰女学園、学園艦―――。

序列二位のパイロット、ガーランドはコーヒータイムを取っていた。

 

「……ふう。苦いな……」

 

彼女はサザーランドに敗北した日から、ずっと悩んでいることがあった。

 

「聖グロリアーナのエース、アイツの何が、私を惹きつけたのだろうか?」

 

ガーランドは、ずっとサザーランドに興味を持ち、結果的に二度も対決することとなった。

だが奇妙な事に、彼女は一度もサザーランド本人と直接会ったことはない。

なのに何故、サザーランドという人物は彼女の頭に残り続けるのだろうか?

しばし考えた末、彼女は自分なりの答えを導いた。

 

「……そうか。スピットファイアだ。私はあの華麗に舞うスピットファイアに魅せられたのか」

 

スピットファイア―――。

その戦闘機と、それを美しく操るパイロットに、彼女はいつの間にか夢中になっていた。

 

「この私が冷静さを失い、虜になってしまう……。それほどスピットファイアという機体は甘美なものだ」

 

そう言うと彼女は、珍しくコーヒーにミルクとシロップを混ぜて一飲みしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

同じく、黒森峰女学園にて。

一年生パイロットで、レッドバロンの僚機を担当していたハルトマンは、ずっとモヤモヤした気分だった。

 

「はあ……。未だに納得できませんよ。どうして私が、同世代のあんな平凡なパイロットに敗れたんでしょうか?」

 

同世代の平凡パイロットとは、言わずもがなメイヨーのことだ。彼女は天才である自分より遥かに格下のはずのメイヨーに撃墜されたという事実を受け入れられずにいた。

 

「天才と凡人との絶対的な差……。あの人はそれを努力だけで埋めたとか? ……いや、まさか……」

 

生まれ持った才能が全ての能力を決めると考える彼女にとって、メイヨーに負けたということは不条理以外の何ものでもなかった。

 

「まあいいでしょう。まだお互い一年生ですし、今後もメイヨーさんと対決する機会は必ず訪れるハズ。そこで私が勝てば良いだけ。簡単な話です」

 

メイヨーとハルトマン。それぞれ聖グロと黒森峰の次世代を担うホープの二人。彼女達もまた、先輩たちと同じように熾烈な争いを繰り広げるライバル関係になっていくだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰女学園の生徒会長、西住普美。

彼女は会長室にて、生徒会メンバーと話をしていた。

 

「会長、もう許してあげても良いのでは?」

 

「いいえ。まだレッドバロン……いや、逸見モニカさんを許す訳にはいきません。彼女の悪行は度が過ぎていましたから」

 

二人が協議しているのは、聖グロリアーナ女学院で捕虜となったレッドバロンの扱いについてだった。

 

「ですが会長。もう一週間も経ちましたし、解放してあげて良い気もするのですが……」

 

「あのエースが犯した愚行は、我が黒森峰女学園の評判を確実に下げました。その罪は一週間ではとうてい償うことはできません。よって彼女には、もう少し聖グロの檻の中で反省してもらうことにします」

 

レッドバロンの暴走は、会長である普美が空戦道パイロットを十分制御できなかった結果でもあった。

なので彼女は、ここでレッドバロンを徹底的に罰することによって、会長の権威を知らしめたい思惑があったのだ。

エースを縛り付け過ぎた幸子と、エースを自由に泳がせすぎた普美。生徒会長の権力のさじ加減は、想像以上に難しいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普美からの指示で、未だ聖グロリアーナ女学院の捕虜収容所にいるレッドバロン。

 

「あ~、早く黒森峰に帰りたいんですけど~」

 

サザーランドに撃墜され、この収容所に入れられてはや一週間。さすがに彼女も、暗い牢の中で過ごすことにウンザリしていた。

 

「ハァ~……。こりゃ西住んとこの会長、相当ご立腹って感じかな~」

 

普通、パイロットが他校の捕虜となった場合は、所属していた学校側が交渉して元の学園艦に帰る仕組みになっている。その期間は長くても3~4日間であることが多い。一週間経っても解放されない今の彼女は、かなり珍しいケースと言える。

 

「ウチは十分に反省したって~。サザーランドに敗けて、もう同じような真似は二度とやらないって心に誓ったから~、マジで」

 

あの対決でサザーランドに撃ち落とされた後、彼女から湧き出た感情は、悔しさよりも嬉しさの方が大きかった。コサックが語っていた通り、増長していく強さへの欲求は満たされなくなり、どれだけ他校のエースを倒しても快感が得られないという悪循環に陥っていた。

そんな強敵との闘いに飢えていた彼女にとって、サザーランドは理想の対戦相手だった。お互いに死力を尽くしあえる関係、レッドバロンが久しく味わえなかったスリルを味合わせるパイロットだった。

そんな相手に全力を発揮できたのならば、負けても悔いはない。むしろスッキリした、というのが彼女の本音であった。

 

「あの空戦、マジで楽しかったな~。ウチと対等に渡り合える高校生パイロットがいるとは思わなかったし~」

 

ここでふと、彼女は疑問を抱く。

 

「……そういやあいつの本名、東雲エリスだっけ? 東雲……、ん~、聞いたことないな~。サザーランドの家系ってどうなってんだろ?」

 

どちらも空の世界で生きる両親の間に生まれたレッドバロンは、まさしく天才だった。だが、そんな自分と同い年ながら対等の実力を持つサザーランドはどういった親の元で生まれ、育ったのだろうか?

彼女はサザーランドも何かしら空戦道と縁のある家系に生まれたのでは、と推測するも、それを検証する術は無かった。

 

「な~んか裏がありそうな気すっけど、ウチの考えすぎかな? ハルトマンから聞いたら母親が離婚する前には"島田"って苗字だったらしいけど、それもピンと来ないし……。マジで気になる~、サザーランドの血筋」

 

彼女は捕虜用の古びたベッドに横たわりながら、黒森峰に帰れる日を待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――。

 

 

「先輩、おはようございます!」

 

「ん。おはよう、メイヨー」

 

聖グロリアーナ女学院にて、サザーランドとメイヨーは身支度を整えていた。

 

「このフライトジャケットを着るのも一週間ぶりね」

 

「あー、先輩はそうなりますか。もう体調の方は大丈夫なんですか?」

 

この一週間、サザーランドは戦闘機に乗れずにいた。

その理由は、医者から戦闘機に乗らないよう指示を受けたからだ。彼女はレッドバロンとの激戦に勝利したものの、肉体的に負荷をかけすぎてしまった。なのでしばらくは激しい運動(空戦道含む)を避け、ゆっくり休養を取って体を休めるよう命令されたのだ。医者からは、”今の健康状態で空戦などで体に負担を与え続けると、最悪の場合後遺症が残るかもしれない”と警告されたようだ。

これまで生徒会長にすら歯向かったサザーランドも、さすがに医者の言葉には逆らえない。彼女は命令通り休息を取り、空戦道に関しても座学だけで済ませた。

 

「ええ。もうお医者さんからもオッケー貰ったから、気兼ねなくスピットファイアに乗れるわ」

 

「良かった~。でも先輩、あまり無茶しないでくださいね」

 

今日から正式にパイロットとして復帰したサザーランド。これからは通常通りの空戦道プログラムに戻る予定だ。幸子も改心したので、二度と会長から呼び出されることはない……、はずだ。

 

 

 

ところで今、二人には悩み事があった。

 

「そういえば先輩、この前のキスと告白についてなんですが……」

 

「あー、アレは……。なんていうか勢いだったっていうか、あのときは疲れて理性が吹き飛んでたのよ」

 

一週間前、サザーランドは聖グロに着艦した後、多くの生徒が集まるど真ん中で、メイヨーにキスと告白をした。これは彼女の偽りの無い好意を、メイヨーに伝えたものだった。

が、問題なのはそのキスシーンが報道陣に激写されてしまい、瞬く間に聖グロ全体に知れ渡ってしまったという点だ。

おかげで二人は校内で良くも悪くも有名人になり、いささか出歩きづらくなってしまった。

 

「ごめんなさい、メイヨー。あんな群衆の視線が集まる中で恥ずかしい事をしてしまったのは謝るわ。けど信じて、私のあなたに対する愛は本物よ」

 

「いや、もちろん私も嬉しかったですよ! でもやっぱりこう……、時と場所をわきまえて欲しかったって言うか……。まあもう手遅れですけど……」

 

サザーランド本人も認める通り、あのときの彼女は疲弊しきって頭が回らない状態だった。メイヨーとしても嬉しさと恥ずかしさで何も考えられない有様だったので、甘んじて先輩からの愛を受け止めるしかなかったのだ。

あのキスは二人にとって一生の思い出だが、同時に一生の黒歴史にもなってしまった。

 

「何だったら、今ここでやり直しましょうか? この前のキス」

 

「ええっ!? いや……。ま、まあ先輩がしたいのなら私は構いませんけど……」

 

メイヨーがまんざらでもない素振りを見せると、サザーランドは顔を近づけて接吻の態勢に入る。

 

「い、いくわよ……?」

 

それに応じて、メイヨーも目を閉じて受け入れる態勢を作った。

 

「ど、どうぞ……」

 

 

 

……がその時、それを妨害するかのように緊急発進を告げるサイレンが鳴り響いた。

 

「あら? スクランブル発進の要請だわ。急ぐわよ、メイヨー!」

 

サザーランドは目の色を変えて自身の搭乗機へと走っていった。

 

「ちょっ、このタイミングで!? 待ってくださいよ~先輩!」

 

すっかりその気だったメイヨーも困惑しながら、格納庫へと急いだ。

 

 

 

 

 

「よっ、新婚夫婦のお二人さん!」

 

格納庫では二人の機体の整備を担当する清美が待っていた。

 

「からかわないでよ、きよみん」

 

「あー悪い悪い、つい口が先走っちゃったよ。ほら、スピットファイアとテンペスト。さっき修理を終えたばっかりさね!」

 

「あのボロボロだった機体が! やっぱり凄いですね、清美さん!」

 

二人は各自の機体に乗り込み、エンジンを始動させる。

 

「メーターよし、ラダーよし、補助翼よし……」

 

「燃料もよし! 確認オッケーです!」

 

手際よく各種手動点検を済まし、滑走路へと入る。

 

「こちら33番サザーランド、及び85番メイヨー。発艦許可を要請します」

 

「こちら管制塔、発艦を許可。幸運を祈ります!」

 

管制官より許可を受け、二機は滑走路を走り抜けて空へと飛び立つ。

 

 

「さてと、敵機は何者かしらね?」

 

サザーランドが無線で質問すると、メイヨーはこう答えた。

 

「誰が相手でも大丈夫ですよ、先輩。だって私がついてますから!」

 

「そうね。あなたと一緒なら、どんな相手だろうと負ける気がしないわ」

 

しばらく飛行していると、侵入機の機影が見えてきた。

 

「こちらサザーランド、敵機を目視したわ」

 

「こちらメイヨー、私も視認しました!」

 

二機は旋回し、戦闘態勢に入る。

サザーランドはスピットファイアの上昇力を活かし、敵編隊の頭上を取る。

メイヨーはテンペストの低空での速度性能を活かし、下方から仕掛けていく。

 

『運が悪かったわね。あなた達の相手は、聖グロリアーナのエースであるこの私よ!』

 

「先輩、援護します!」

 

航空機による空中戦で勝敗を決める空戦道―――。

聖グロリアーナのエースとその後輩は、もう立ち止まることはない。

たとえこの先どんな困難が待ち受けようとも、今まで二人が培ってきた技能、経験、そして絆があれば必ず乗り越えていけるだろう。

 

「サザーランド、交戦開始(エンゲージ)!」

「メイヨー、交戦開始(エンゲージ)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガールズ&ファイター

聖グロリアーナのエース

 

―――THE END―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖グロリアーナ女学院、学園艦にて

 

ある金髪の生徒が、もう一人の生徒に対してこんな質問をした。

 

「こんな格言を知ってる? ”理性を有する動物は、すべて退屈するものだ”」

 

「ロシアの詩人、アレクサンドル・プーシキンの言葉ですね」

 

金髪の生徒は紅茶を飲むと、空を見上げてこう言った。

 

「退屈を無くすためには、画期的な舞台が必要。そしてその画期的な舞台には、同じように画期的な人物が必要なの」

 

「は、はぁ……」

 

「その人物には……。そうね、あの方達をご招待しましょうか」

 

聖グロリアーナ女学院の戦車道隊長、ダージリン。

彼女の視線の先には、二機の戦闘機が飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

To Be Continued……?

*1
映画【トップガン】で登場する主人公。続編でも大活躍でした(ステマ)




というわけで完結です!
ここまで読んでくださった方、本当に感謝しています!
この小説は自分にとって人生初の長編小説でしたが、無事に完結できホッとしています。
正直、書き直したい部分は山ほどあるのですが、とりあえず現段階では完成ということで終わりにしようと思います。今作での反省を生かし、次回作ではもっとクオリティの高い小説を目指していきたいです。

さて、ここからは作者による本作の振り返りを書いていきます。
非常に長くなるので、興味がない方はスルーしてもらって結構です。




*



Q.どうしてガルパン二次創作で戦闘機モノを書いたの?
A.理由はいくつかあるのですが、一番は”戦車と戦闘機が入り乱れたカオスな戦いを書きたい”でした。それで最初はガルパンと他の戦闘機系作品のクロスオーバーにしようかと思ったんですが……。残念ながら既存の作品の中にマッチするものが無かったんです。具体的な作品名は伏せますが、時代が合わなかったり、登場する機体のバリエーションが少なすぎたりでピンと来る作品がありませんでした。
てなわけで自分が求めていた、”各国の第二次世界大戦で使用された航空機がまんべんなく登場し、かつキャラもいて魔法とかのファンタジー要素もない、ミリタリー要素の強い作品”、言い換えれば”戦闘機版のガルパン”が無い! って事態に陥ったんです。
じゃあ自分で書こうぜ! という心意気で、今作の執筆を始めた次第です。

Q.どうして聖グロリアーナ女学院をメインに据えたの?
A.これもまた複数の理由があるのですが、一つは本作の主人公を決めるにあたって、主役機は本家ガルパンのIV号戦車みたいに物語が進むにつれて強化させたいと考えました。
となると、なるべく派生型の豊富な戦闘機が望ましいのですが、IV号戦車みたいな”開戦から終戦まで改良を重ねて運用され続けた機体”となると、おのずと選択肢は限られてきます。
具体的には、日本の零戦と一式戦闘機隼、ドイツのBf-109とFw-190、そしてイギリスのスピットファイア辺りでしょうか。
そこから更に検討した結果、日本機を主役にするのはありきたりで面白くない、ドイツ機を主役にするのも同じガルパンの戦闘機系二次創作で先駆者がいる、などの理由から結果的にはイギリス機のスピットファイア、ひいてはイギリスがモチーフの聖グロをメインにしようと決めました。

Q.エースという設定を作ったのは何故?
A.一言でいうと、物語を書く上で都合が良かったからです。
基本的に空中戦って一対一が最も書きやすくて面白いんです。複数対複数になると、状況がごっちゃになって分かりづらくなってくるので、なるべく一騎討ちを重点的に書きたい。そこで違和感なく一対一の状況を作るために、各校にはエースという並のパイロットでは太刀打ちできない強敵がいるという設定にしました。

Q.どうして戦車道みたいに空戦道も試合形式にしなかったの?
A.そっちの方がガルパンの”学園艦”というユニークな設定を活かしやすいと思ったからです。
もちろん最初は、普通に空戦道にも全国大会があって、主人公はそこで優勝を目指すといったストーリーも考えました。だけどそれじゃ普通過ぎて面白くない。
そこで思い出したのがガルパン特有の学園艦という設定です。学園艦は多くの場合、航空母艦のような形状をしているので、滑走路とかの設定も馴染みやすい。更に学園艦同士の戦いは、さながら太平洋戦争の空母同士の戦いみたいなシチュエーションになって面白そう、となり、結果的にはスポーツとミリタリーが混じった奇妙な形式になりました。
ちなみに学園艦以外にも、ガルパンの世界観に助けられた部分も多いです。
とくに特殊カーボンという搭乗員を絶対に死なせない万能設定のおかげで、戦闘機はバンバン落ちるけど敵も味方も死亡キャラが出ない。戦闘シーンに緊張感は出るけど、かといってシリアスすぎる展開にもならないという奇跡的なバランスに落ち着きました。

Q.これでストーリーは完結?
A.空戦道を書いた物語はここで完結ですが、これから続編を執筆する予定です。以前第一章番外編のあとがきでも触れましたが、各校の戦車道と空戦道がタッグを組んで試合をするストーリーです。そこで今作で回収できなかった伏線なんかも補足しようと思います。
なお、続編は別作品として投稿します。理由としてはタグ管理の観点のほか、原作キャラの描写をやり直したいから、などです。



◇ストーリーを振り返る
ここからは今作の大雑把なあらすじを追いつつ、各章の展開の理由などを解説します。

・第一章 vsアンツィオ編
最初の章。この章の役割は、空戦道がある世界を説明すること。そして聖グロのエース、サザーランドがいかに強いパイロットであるかを見せることでした。
そこでまず、冒頭に聖グロ学園艦上空にスピットファイアが飛行するシーン、次に降りてから整備班などの他の生徒たちと会話してから、生徒会長に呼び出されるという流れを書きました。
その次にメインヒロイン(メイヨー)を出し、直後に戦闘シーンに入るのですが、ここで登場するのがアンツィオ高校のエース、ジェノバです。彼女はメイヨーを手玉に取るようにあっさり撃墜して、その恐ろしさを知らしめました。
そんなジェノバを主人公であるサザーランドが撃墜することで、聖グロのエースの強さを表した……。といのが第一章の流れです。

・第二章 vs大洗編
実を言うと、プロットを練る段階で、主人公のサザーランドにはどこかで敗北を味わってもらいたいという願望がありました。(エース対決に緊張感を持たせるためです)その役割を担ったのが、この第二章です。
ここで敵対した零戦を操る大洗のエース、ムサシに敗れることになるのですが、なぜこの相手に負けさせたかと言うと、それには二つの理由があります。
一つ目はあとがきでも触れましたが、本家ガルパンの西住みほとダージリンとの対比です。大洗戦車道の隊長で主人公でもある西住みほは、アニメ第四話で聖グロ戦車道隊長のダージリンに敗れました。本作のサザーランドとムサシも同じ関係ですが、学校は逆転しています。
二つ目は、史実におけるスピットファイアと零戦の関係です。ヨーロッパでの戦争において、スピットファイアは旋回性能の劣るドイツ機に格闘戦で優位に立ちました。ですがその後、大日本帝国との戦争によりアジア方面で零戦と相対したとき、スピットファイアはドイツ機を相手にするときと同じ感覚で零戦にドッグファイトを挑んだ結果、見事にコテンパンにされました。同じ連合国で一足先に零戦と交戦経験のあったアメリカのパイロット達からはこぞって「ゼロに格闘戦挑むのは止めろ、自殺行為だ」と警告されていたのですが、慢心していたイギリスのパイロット達はそれを聞き入れようとしませんでした。
サザーランドもジェノバとの対決による勝利で調子に乗った結果、僚機であるメイヨーのアドバイスを聞き入れずに零戦使いのムサシと交戦し、返り討ちにされました。

・第三章 withサンダース編
この章はストーリー全体のど真ん中で、まだ展開的に余裕があるとのことで一番ネタに走った章です。
サンダース付属高校はアメリカがモチーフなので、ヤードポンド法を皮肉ったり、食べ物のサイズが無駄に大きいことなどを題材にしました。
どうせなら劇場版に出た8校全てを登場させたかったので、知波単学園もこの章で出しました。

・第四章 vsプラウダ編
個人的に一番書き直したい部分が多い章です。
もとから複数の学園艦の思惑が絡む壮大なストーリーにしたかったのですが、いささかスケールを大きくしすぎて書ききれなかった感があります。
おそらく最も分かりづらかったであろう、”なぜ聖グロとサンダースの連携が上手く取れなかったのか?”について、今更ながら説明しようと思います。
最大の理由としては、聖グロとサンダースの間でプラウダ高校に対する考え方にギャップがあった、という点があります。聖グロの幸子は継続高校に魔の手を伸ばすプラウダ高校を脅威と捉えましたが、一方のサンダース付属の久米子にそのような危機感はありませんでした。
久米子にとって最も重要だったのは、自校の中古戦闘機F2Aバッファローの売却先でした。そこであえて継続高校の機体を消耗させることで、相手が買わざるを得ない状況を作りたかったのです。(下手にサンダース側が増援の機体を送ると、自校が被害を被るばかりか継続側の損失が少なくなってしまう)
かといって、流石に継続側に全く手を差し伸べないのも悪いので、人道支援くらいはやってあげるよ、というのがサンダース付属とプレジデント久米子の行動でした。
ちなみにこの章で起きたプラウダと聖グロの対立は、19世紀辺りの大英帝国とロシア帝国の覇権争いをモチーフにしています。自陣の外側に領地を伸ばしたいロシア(プラウダ)と、それを阻止したいイギリス(聖グロ)といった感じです。

・第五章 vs黒森峰編
前章は複雑でしたが、最後を締め括るこの章は比較的綺麗にまとまったと思います。目的もシンプルに、聖グロと黒森峰の空戦道による対決でした。
主人公をイギリスモチーフの聖グロに決めた段階で、ラストはドイツモチーフの黒森峰との戦いにしようと決めました。史実でもイギリス空軍の最大のライバルはドイツ空軍だったからです。
黒森峰をラスボスにするにあたり、キャラクターは聖グロとの対比を意識しました。レッドバロンとハルトマンの二人組は、サザーランドとメイヨーの二人組とあらゆる点で一致しています。(エースと一年生、搭乗機がストーリーの進行に合わせて強化されるなど)
それ以外にも二番手同士のウェリントンとガーランド、生徒会長の幸子と普美、どれも対比を意識したキャラになっています。
終盤まで名前こそ出ませんでしたが、黒森峰の二人組は各章のエピローグにチラッと登場させて、主人公サイドとの関係を匂わせました。



◇キャラクターを振り返る
登場したオリキャラ達の裏話なんかを語ります

・サザーランド(東雲エリス)
聖グロのエースにして主人公。
今でこそ随分と感情豊かなキャラになりましたが、最初は割とクールな性格にするつもりでした。
本名の苗字である東雲には特に深い意味はなく、単純にガルパンの主人公が”西”住みほだから、じゃあこっちは東が付く苗字にしようってなっただけです。
TACネームは英国貴族からカッコイイ名前を選びました。(他の候補としてギャロウェイ、アーガイルなどがありました)
なお、彼女の母親などの謎については続編で書こうと思っています。

・メイヨー
ヒロイン、後輩、僚機、成長系主人公、解説役と様々な役割を果たしたキャラです。
サザーランドとメイヨーの関係をエースコンバット風に例えると、サイファーとピクシー(あるいはPJ)、もしくはタリズマンとシャムロックといったところでしょうか。
今作ではサザーランドの後ろを追い続けるキャラでしたが、続編では少し違った任務をこなしてもらいます。

・ウェリントン
典型的なお嬢様キャラ。初登場時は何とも嫌らしい性格でしたが、終盤にはツンデレになりました。
なお、彼女がレッドバロン戦で見せた、通常の戦闘機を囮にさせステルス機で奇襲を狙う戦法は、エースコンバットZEROのウィザード隊が元ネタになっています。

・英山幸子
聖グロの生徒会長にして、ある意味サザーランドにとって一番の難敵だった人物。良くも悪くも彼女の指示でサザーランドが動き、物語は進んでいきました。
幸子がやった数々の暴挙は許し難いですが、逆に言えば彼女がいたからこそ今作のストーリーが出来たので一概には悪人とは言えません。
さっちゃんの愛称で察した人もいるでしょうが、モチーフはイギリスの首相マーガレット・サッチャーです。
ちなみに彼女の洋楽趣味は、全てイギリスのロックバンド、アイアンメイデンが作曲した"Aces high"の歌詞を引用するためでした。この曲は1940年のバトルオブブリテンと、そこで活躍した戦闘機スピットファイアについての歌で、その歌詞が今作のストーリーにも関わっています。

・工藤清美
おそらく最も万能なキャラ。もともと戦闘機の物語を作るうえで、整備を行う人間は必須になるのですが、今作では面倒なので、班長ということで全てこの清美に役割を集約しました。
その結果、どんな状態の機体も完璧に修理し、さらにはパイロット達のメンタルヘルスまで行うというハイスペックなキャラクターになりました。
清美という名前は単純に”整備”の読み方をいじっただけです。


・ジェノバ
アンツィオのエース。最初に戦うエースにして噛ませキャラ。
ナルシストな性格はイタリア人のステレオタイプでもあります。
アンツィオのイメージも相まって、序盤に主人公に倒される存在としてピッタリなキャラクターに仕上がりました。

・シラクサ
ジェノバの取り巻き。特にコメントすることもないです。


・ムサシ
大洗女子学園のエースにして零戦のパイロットという、字面だけなら主人公っぽいキャラクターです。
物語ではサザーランドとメイヨーに敗北を教え、試練を与える存在でした。
出番は少なかったですが、ストーリーに与えた影響は大きかったと感じます。


・ミニットマン
このキャラのコンセプトはズバリ、面白黒人でした。映画に出てきてやけにハイテンションな話し方で、独特のムードを創り出す存在です。
サンダース付属特有のアメリカネタや映画ネタと合わせ、ユーモラスなキャラとなりました。

・寺野久米子
たぶん一番賢いキャラクターです。
彼女は継続高校とプラウダ高校の対立でも、上手く立ち回って一人勝ちしました。
車椅子に乗っているのは、彼女の元ネタが戦時中のアメリカ大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトだからです。(ルーズベルトは足腰が弱く、メディアの前などを除いて執務中は車椅子に乗っていました)


・カグツチ
実は知波単エースについては執筆直前までキャラが定まっていませんでした。ただ、あまり出番がないのは確定していたので、どうせなら変なキャラ付けにしようとした結果、のじゃロリで旧仮名遣いで喋るヘンテコなパイロットが爆誕しました。

・アラハバキ
知波単パイロットのTACネームが日本の神々の名前から引用されているのは設定集でも述べましたが、その中でなぜカグツチ神とアラハバキ神という奇妙なチョイスになったかというと、自分が女神転生の影響を受けただけです。


・モルテン
継続のぼっちエース。第四章ではサザーランドに次ぐ第二の主人公ポジションだった気がします。
継続高校はフィンランドがモチーフなのですが、そのフィンランドには国産の戦闘機が皆無(一応ピョレミルスキなどの例外あり)で、機体選びに困っていました。
そこでスウェーデン戦闘機J21に乗らせることになりました。同じ北欧の国なので違和感なくできたと思います。

・小峰芬
継続の会長ですが、想定以上に出番の多くなったキャラでした。
あまり良いイメージがない生徒会長キャラの中では、一番まともな人物かと思われます。
苗字はス”オミネ”イトから抽出しました。


・コサック
プラウダのガラの悪いヤンキー的エース。
いわゆるロシアの”ゴプニク”が元ネタです。日本ではマイナーですが、海外ではHARDBASSという音楽ジャンルと共にネタ人気があります。

・入一露音
最大の問題児。彼女の私利私欲は継続高校のみならず、プラウダのパイロット達にも迷惑でした。
独裁体制を敷いてプラウダを支配していた彼女ですが、最後は文部科学省の役人が鉄槌を下しました。その役人とはもちろん、あの大洗を廃校にしようと目論んだあのメガネの人です。
太眉毛の彼女の元ネタは、ソ連書記長を努めたレオニード・イリイチ・ブレジネフです。


・レッドバロン(逸見モニカ)
ラスボスです。
彼女の本名モニカは、東ドイツ軍歌の”モニカ”が元ネタです。この歌は、戦後に分割された東ドイツの兵士が、ドイツ軍歌の”エリカ”を歌おうとした際、支配者のソ連がファシズム的だと文句をつけてきたので代わりに作曲された、という誕生経緯です。
ちなみにTACネームの元ネタであるマンフレート・リヒトホーフェンには弟がいて、その弟も撃墜王だったようです。

・ハルトマン
レッドバロンの後輩。
Bf-109の機種に黒いチューリップという塗装は、TACネームの元ネタであるエーリッヒ・ハルトマンに似せた設定です。
リヒトホーフェンは第一次、エーリッヒ・ハルトマンは第二次世界大戦でそれぞれ世界最高の撃墜数を出した組み合わせだったりします。

・ガーランド
今作で唯一サザーランドと二度戦ったキャラです。
TACネームの元ネタのアドルフ・ガーランドは、イギリス空軍のスピットファイアに惚れ込んだ結果、ドイツ空軍の上司に”我々に必要な戦闘機とは何か?”と質問された際に、”それはスピットファイアだ”と答えたエピソードがあります。
ジェット機Me-262の飛行隊指揮官を務めた点も、元ネタをリスペクトした要素です。

・西住普美
西住姉妹の従姉妹という凄い設定の彼女ですが、いかんせん今作では出番が控えめでした。
西住家を題材にした小説ならともかく、今作や続編はそれとは無関係のキャラが主役なのでイマイチ影が薄いです。
ちなみに生徒会長の名前には全てモチーフとなった国の漢字が使われているのですが、ドイツモチーフの黒森峰の会長が「独」ではなく、あえて古いほうのプロイセンの「普」なのは、単純に独という漢字が入った名前が思い浮かばなかったからです。
それ以外にも生徒会長は各校の首脳を皮肉ったネタが多いですが、流石にナチスのネタはアレなので、普美は割と正統派の委員長キャラにしてあります。



◇参考サイト
今作の執筆にあたり、お世話になったサイトをいくつか紹介します。(全てリンクフリーです)

☆航空軍事用語辞典

http://mmsdf.sakura.ne.jp/public/glossary/pukiwiki.php

航空関連の専門用語を解説したサイト。

☆World of Warplanes Wiki 空戦機動

https://wikiwiki.jp/wowp/%E7%A9%BA%E6%88%A6%E6%A9%9F%E5%8B%95

戦闘機の各種マニューバについて分かりやすく解説しているページ。

☆スピットファイア完全目録(自称) 夕撃旅団様より

http://majo44.sakura.ne.jp/planes/spit/top.html

今作の主役機スピットファイアについて非常に詳しい情報があるサイト。
スピットファイアの誕生経緯のほか、各種派生型の特徴なども掲載されている。



◇使用楽曲
今作で歌詞を使用した楽曲を紹介します。

☆<Aces high> Iron maiden
以前も書きましたが、スピットファイアをテーマにしたロックミュージックです。今作を読破された全ての読者様に聞いてもらいたい名曲です。歌詞に注目してもらうと、より楽しめると思います。

☆<Danger zone> Kenny Loggins
☆<Mighty wings> CHEAP TRICK 
サンダース付属のミニットマンが歌っていた曲です。
映画<トップガン>の挿入歌です。




◇最後に
改めまして、ここまで読んでくださった方には感謝申し上げます。
作者の趣味全開な小説となってしまいましたが、それでも多くの感想を頂き、励みになりました。
続編はいつ頃になるか不明ですが、地道に執筆して参ります。

長かったあとがきも以上です。
最後に評価や感想を残してもらえると嬉しいです。
では、さようなら!


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