Fate/KIYOSI〜光に導かれた魔術師の宴〜 (荒瀬 伊織)
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属性:光

属性は絶対に隠しておくこと。寝る前に絶対、死んだ母さんの言葉を思い出す。

 

母さんは一流魔術師として信じられないぐらい倫理を弁えた人だった。特に花に関する魔術では右に出るものはおらず、普通の才人程度では凡人扱いされる魔術教会にも一目置かれているような凄い人間だ。

 

父さんも凄い人だった。魔術回路を持たない一般人の家系から突然変異で生まれた父さんは、今では錬金術のプロフェッショナル。魔術師の家系ではないおかげか倫理観もしっかりした人だ。母さん一家の一族から婿養子として向かい入れられ、そのまま流れるように結婚しそして僕が生まれた。

 

そして俺は、2人の隠し子だった。

 

「魔術教会は危険だ、お前を見つけたら地の果てまで追いかけてくるだろう」

 

「でも安心しなさい。私はもう無理だけど……お父さんが守ってくれます。そのためには離れ離れになるけれど……清志、無力な両親を許して下さいね」

 

「……感謝します、お父様、お母様……」

 

母さんは僕が7歳の時に病死。父さんは僕の存在を悟らせないように単身で魔術教会に乗り込んで、子供がいない妻を失った哀れな男のふりをしている、もう中学2年生になるっていうのに、一度も会いに来てくれない。当然だろう。なんてったって僕の属性は……

 

「属性光……今までに類を見ないとても珍しい力です、きっと神様に愛されたのでしょう、誇っていいのですよ」

 

そう、僕の属性は「光」。火、水、地、風、空、そして虚と無。これまで発見されてきた属性は以上だ。つまり僕は人類で初めての光の属性を持つ人間ということ。そんなもの魔術協会に見つかったら1発で封印指定送りだ。えっと封印指定っていうのは……珍しい力とか凄い力が失われないように、監視するという名目のホルマリン漬けのような感じ。絶対に嫌だ、少なくとも僕は嫌だ。

 

だから父さんは必死になって守ってくれている。東京を離れて田舎に移り、小さな町【森羅町】の外れにこじんまりとした家を建ててくれた。ここで僕は普通の子供として中学校に通いながら、この歳で早くも隠居生活をしているというわけだ。

 

「清志ちゃん! お野菜ここに置いておくわね!」

 

「あ、伊藤さん家のおばちゃん。いつもありがとうございます」

 

「いいのよ、こんなところに一人で住んでる子供に世話焼くのは当然よ!」

 

このような感じで僕は町の皆さんにお世話になっている。言っておくけど僕だって一人で生活はしてるんだよ。父さんから来る仕送り金も計画的に使ってるし、掃除洗濯料理も得意だ。魔術だって上手だよ。僕の魔術回路は40本、しかもこれはあくまで自由に動かせるメインの本数だ。手足それぞれにサブとして回路が30本づつある、メインも合わせて160本だ。平均が20本前後だった言えばどれだけ凄いのかわかってもらえると思う。

 

「あ、おねしょ治った?最近おねしょした後の布団干したないから、みんな噂してるのよ」

 

「し、失礼な!もう中学2年生ですよ、そんなに沢山してません!」

 

「そうね。せいぜい1ヶ月に2回ぐらいよね〜!」

 

「もう……恥ずかしい……」

 

……まあ色々言いたいことはあるけれど、一人魔術の修行をしつつ、村の人たちと交流を積み重ねていく。ありきたりだけど幸せだった。この村の愉快な秘密を知るまでは。

 




鈴木清志 14歳 中学2年生
起源:中庸
属性:光
魔術回路:160本
量:A++
質:A+
状態:異常(前例なし)

世にも珍しい光の属性を持つ人。魔術の才能は間違いなく親譲り。基本一人でなんでもしてるけど、おねしょだけはどうしても治らない今でも月に2回はおねしょした後の布団を干している姿が見られる。


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光の魔術

僕も一応魔術師……いや魔術使いかもしれないがとにかく魔術が使えるのである。でもそこには普通の魔術使いにはない苦難の連続だった。

 

まずお師匠様がいない事。うちの家には魔術刻印はない。だから魔術の基礎は母さんに習っていたけど、その後2人とも僕のそばを離れてしまった。魔術を教えてくれる人がいない、母さんと父さんに習ったなけなしの知識と家に残してくれた魔導書が僕の源と言っていいだろう。

 

次に属性が光であること。さっきも言った通りこの世界に光の属性を持つ魔術師は現状僕一人だけだ。後継は現れるのかもしれないし、僕だけかもしれない。そもそもその後継ですらもうん百年後ぐらいに産まれるかもしれない。希少性があって羨ましいと思うかもしれない、実際僕もそれは誇りである。しかし、修行をするにあたってはとんでもなく厄介だ。

 

前例がないからどんな魔術を使えるのかもわからない、そもそもそれにあった魔術基盤はないのかもしれない。修行の仕方も手探りだ、虚数の属性の魔導書はめちゃくちゃ数が少ないように、いいや僕の場合一冊もないのだから。これによって殆どの魔導書は意味をなさない、図書館で光に関する本をいくつか読ませてもらったが、どれも科学的なことしか聞いていない。僕が求めているのは光の神秘についてなのに。

 

しかしこんなところで諦めるわけにはいかない。数多の光に関する本の海を彷徨い、魔導書からこれは光の魔術に役立ちそうだなと言った情報を集めに集める。そして僕は他の魔術に関する常識は一旦捨て、自分だけの光の属性に関する解釈を固めた。

 

まず光とは、宇宙にまつわる超自然現象。酸素や人間の視覚、全てが混ざり合わさった奇跡によって起こる物。時に僕らを照らし、惑わし、太古の時代から存在する信仰の対象、おそらく最も神秘という言葉に近い属性だと思う。そんな光属性で出来そうな魔術をちゃんとノートにまとめてある。

 

1.シンプルに辺りを照らす

これは至ってシンプル。光属性の基本だと思ってる。

 

2.熱を生み出し火属性に近い魔術が使える

元々火属性には熱、そして光を司ると書いている。逆もまた然りで、頑張れば火属性の魔術が使える。そうなってくると、光属性と火属性は密接な関係があると言えるだろう。

 

3.蜃気楼、幻をつくりだせる

元々幻というのは光から出来ている。元々触れることもできない、そこにあるだけで意味をなす光。そもそもそう言った光の特性は科学的にもそして神秘の面においても幻とは相性がいいだろう。

 

4.透明に見える物を作る、視覚を奪う

目で見える景色というのは、所詮太陽から与えられる光の反射が繰り返し起きた結果そう見える物でしかない。それを上手に操れば、そこにあるけど光の反射によって透明に見える、つまり透明な物を作れる。それにそれを他人に使うとその人の視覚を一時的に奪える。

 

5.呪いや闇の魔術に特攻を持つ

大昔より光というのは闇から守ってくれるもの、正義の象徴として崇められてきた。そう言った伝承を基盤にすれば、呪いや闇の魔術に真っ向から立ち向かって勝つこともできる。

 

6.魔術を反射、吸収ができる

光には特性として反射と吸収がある。魔術がぶつかり合う現象があるのは、魔術に対して魔術が有効であるから。そしてその特性を持つ光は他の魔術に対する防御力が他の属性の比ではない、呪詛返しのごとく返すことはもちろん自身の魔力に変換することもできる。

 

7.粒子そのものに干渉できる

粒子というのは光に敏感だ。逃げるか近づくか個体差はあれど皆あるだけで触れない、そこにあるだけで価値がある光に関する反応を見せる。あの超高速の粒子タキオンですらも光に近づいたら減速してしまうほどには。その特性を使えばこの世界の物質の源である粒子に干渉、上手くいけば操ることなんかもできる……かもしれない。

 

……まあ、これが属性:光の魔術で出来ることかな。もう魔導書と言っても差し支えない光の魔術について研究して書いた30冊以上のノートの中からめちゃくちゃ掻い摘んで説明したよ。

 

こんなんわかんない、結局何が言いたいの?って言われても仕方がないぐらい論理が飛躍してしまったね。つまりはこういうこと、光属性ってのは火属性の完全上位互換だ。火の魔術の真似事ができてさらにそこから論理が飛躍した魔術に適性を持ちバンバン使える……今のところ僕がたどり着いた答えはこれだ。

 

ぶっちゃけこれ以上の研究は一人では難しい、同じ属性がいないとせいぜいノート30冊が精一杯なんだ。ここからは少なくとも近しい火属性の魔術師の友達がいないと……それにしてもあれだね、こんなに静かなお客さんは初めてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「煌天式起動・包囲(シージュ)!」

 

「うわ!?なんだよこれ!」

 

 

 

窓から入ってきた謎のお客人を拘束した。




光属性に対する説明と設定の再確認として。

新キャラ相手にいきなり拘束魔術使うような主人公です、まあ玄関から入ってこなかった彼にもある種の責任があるので……

煌天式とは清志くんが開発した光属性というか自分に一番ピッタリな魔術基盤です。本来そんなオリジナルで作ったぽっと出の基盤が使えることはありませんか、粒子に干渉できる彼が、広義では粒子であるマナに干渉できないはずありません。つまりはルールの穴見つけて無理くり作りました、抑止力くんもこれには大激怒不可避(地球規模ではなく個人がやってる小さな事、簡単に言えばマンモス校にいる目立った悪さしない不良がやってる小さい悪戯程度だから許されてはいる)。

煌天式起動・〇〇(やってほしいことを詠唱する)と言った感じで、詠唱します。基本なんでも煌天式があれば出来てしまう万能基盤ですが、単一の命令しか出せないのでそこはまだ研究の必要があるとは清志くんの弁。


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真田堂力という男

俺、真田堂力は小学5年の時、交通事故にあった。俺が乗っていたバスと、対向車の大型トラックが追突した大きな事故だった。運転手は共に即死、生存者はたまたま一番後ろの後部座席に乗っていた俺一人だった。

 

それでも俺だって危なかった。なんてったって心臓にガラス片が突き刺さって生死を彷徨ったからな。結果的にたまたま俺の前の席に座っていた女の人の心臓を移植して事なきを得たから。その女の人はもう助かる見込みもなく、意思表示カートに移植をしてもいいと書いていたらしい、家族もいないようで何も思い悩むことはないよと医者に言われたのを思い出した。

 

しかしここからが苦難の幕開けだった。その後何事もなく退院したはずなのに、その日から俺は同じなことが出来るようになった。あの心臓にガラス片が突き刺さった時のことを考えていると、身体から線状の光が浮かび上がってくるようになっていた。しかもそれだけでも大変なのに、まだまだ受難は続く。

 

「真田くん、プリントまた無くしちゃったの?」

 

「堂力! 貴方身体から煙が!?……あら、気の所為かしら。ごめんなさい、お母さんったら勘違いしちゃったわ」

 

こんな超常現象が起こってしまうようになってしまう。課題のプリントは無くしたんじゃない、やってる途中にふとあのことを考えるとまた線状の光が身体から出て、そんでプリントが燃えてしまったんだ。身体から煙が出るのはもう慣れっこなところがある。他にも体温がやけに高くて検温で毎回のように引っかかったり、この前は光が浮かび上がった状態で水に手を触れると一瞬で沸き上がったこともあった。

 

……そこで俺は考えた、何か超能力とか、スーパーヒーローの力が手に入ったのではないかと。光ってる状態で何かやったら火にまつわる力が出せるんだ

 

そこから修行は幕を開けた。まず自分の限界を見るのが大切、せいぜいできることといえば暴発して物を自然発火させる程度のこの力をどう役に立たせるか、それは大きな課題だった。実際中学生の3年間は力の制御に使ってしまった。しかしその成果は十分過ぎるぐらいあった、見よ俺の努力の全てを!

 

「そこの紙、燃えろ!」 

 

こんな感じで声に出したらちゃんと操れるようになった。もうこれは名乗っていいんじゃなかろうか、超能力者だって。実際それ以外にも物を浮かせたり水も出したりしたけどなんかこう、火を使っているよりしっくりこない。まだまだ練習の必要性があるということだ。

 

いつもみたく街外れの森で修行しようと思っていた、しかし今日はその、魔が刺した。更に先に行ったところにある小さな町森羅町、いつも頑張ってるし、今日ぐらいぶらぶら散歩にでも行こうと1日に4回しか走らない森羅町行きのバスに乗ってしまった。

 

子供の頃数回しか行ったことない町、いいやもう村の次元だろう。ぶらぶらとほっつき歩いていると、突然俺の回路が光りだす、おいおい別にあの時のことなんて一つも思い出してないってのに。……あの家に近づいた瞬間にそうなった、ただそれだけの理由で、何かに吸い寄せられるように俺はその家に窓から入ってしまった。こんな身体の状態で玄関から入る度胸は俺にはなかった。

 

「鍵、開きやがれ!」

 

窓の鍵もこれで簡単に開く。家宅侵入者もいいとこだが、この光の原因がわかったらそれでもう帰るから許してほしい。そう思いながら一つの部屋にまでたどり着いた、書斎だろうか、古い本特有の匂いがする。図書館にもないような古い本があるのだろう。

 

そしてそこにポツンと一人、少年がいた。身長は俺よりずっと小さくて、筋肉もなさそうなヒョロヒョロのそいつは、ノートを黙々とみている。

 

……なんというか、凄い気になるというか、お近づきになりたい。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「煌天式発動・包囲(シージュ)!」

 

「うわ、なんだよこれ!」

 

気がついたら透明な紐というか、縄のような物に拘束されている。少年の左手は白く淡い光を発して、ただ俺のことを見ていた。……綺麗だ。その光じゃなくて、その少年が綺麗だ。

 

「君はだあれ? 回路が大変なことになっているね……

 

 

 

 

 

 

僕が助けてあげるよ」




真田堂力 17歳 高校2年生 184㎝(清志くんは151㎝)
起源:奇跡
属性:火
魔術回路:30本
量:B
質:B+
状態:異常

ひょんなことから魔術師としての才能が開花した不運な青年。それが生死を彷徨った際に得たのか、それとも移植された女性の心臓に原因があるのか、真相は闇の中。回路は有象無象と言ってもいい魔術師や魔術使いと比べたら多い方だがほぼ初心者が無理矢理使う魔術なので、はっきり言って宝の持ち腐れ。潜在的にバイセクシャル。


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利害の一致

「……魔術師」

 

「うんそう。まあ僕は違うけど。僕はあくまで魔術使い」

 

真田堂力と名乗るこの人が無害であることはすぐにわかった。まず僕の拘束魔術に対して一切の抵抗を見せなかったこと、そして無防備にも回路を起動させていたこと。まあ堂力さんの場合は回路のオンオフも満足に出来ない状態だったから、らしいけど。

 

堂力さんは魔術の魔の字も知らない、それなのに超能力の類だと思って魔術を使っていたというとんでもない人だった。ある意味僕より何か別の才能が突出しているような、それに聞くところによると属性は火で間違いない。……僕からしたら願ったり叶ったりだ。

 

「あの、魔術師と魔術使いって何が違うんだ?」

 

「えっとね、根源に到達するために魔術を使うのが魔術師で、魔術を使うだけで満足しているのが魔術使い、かな」

 

「……根源ってなんだ?」

 

うんこれに関しては僕の説明が悪かった。根源ってのはなんというか、究極の知恵みたいなの。この世界、歴史、人理定礎で紡がれてきた神秘の集合体。

 

魔術師ってのはみんな根源に到達するのが目的で、そのためには文字どうり手段も選ばない人たちばかりだ。極端な話、世界最高峰の山サガルマータに登って頂上で全裸になり、そのまま5時間阿波踊りを踊り続けた後にガリガリ君を5本平らげたら根元に到達出来るよって言えばみんなする。

 

魔術使いというのは言ってしまえば魔術師たちから呼ばれる蔑称のようなもの。魔術を使うのが僕たちにとってのゴールだから根元には興味がない、さっき言った根元に到達出来る方法を言っても、そんなの凍死しちゃうからやらないと理性的な返しをされるだろう。

 

「つまりその……魔術は根元に到達するための道具ってことだな」

 

「魔術師たちにとってはね。魔術を勉強するよりも効率的な到達方があるならみんな魔術を捨ててしまうと思う」

 

「で、お前は魔術使いってことはその、根元には興味ないのか」

 

「うん。僕は光の魔術を極めたいんだ。母さんと父さんがくれたすごい力だから」

 

そう。僕には根源なんかよりもお父さんやお母さんみたいな人になる方がよっぽど凄いと思うし、この稀有な力を開花させるのも親孝行の一つだと考えている。それにくらべたらいつ手に入るかわからない根源なんて2の次だ。

 

「……俺も、魔術の方がいいかな」

 

そうぽつりと言った。確かに堂力さんは根元より前に、その特異な魔術に対する才能を伸ばした方がいい気がする。本来なら僕みたいにルールの穴見つけないと確立することはない基盤を1から作って、それで魔術を行使する。これだけでもすごいのになんと魔術を使う度に新しい基盤を作って、要は使い捨て戦法をしているというとんでもない力、混沌魔術を図らずしもやってのけているわけ。幼少期から英才教育を受けているエリート魔術師一族にも真似出来ない凄技だ。

 

「な、なあさ……お前が良ければ、また会いにきてもいいか?」

 

なんとまあ、棚からぼた餅、至れり尽くせり、火の属性を持つ魔術師の友達を探していた僕としては断る理由がなかった。

 

「勿論だよ。ここならいくらでも魔術の練習をしてもいいからね、でもあんまり研究成果とか新しく掴んだ式とかは僕相手でも教えない方がいいよ。魔術の質が下がってしまうからね」

 

「わかったぜ、ありがとう! あと、式ってなんのことだ?」

 

……こうして僕は、魔術式も知らないけどなんかすごい才能を持っている凄腕の魔術使いと友達になった。また会いにきてもいい、そう言ったいいものの、それからほぼ毎日会いに来てくれるなんてその時は考えてもみなかった。




混沌魔術とはまあ一番現代的と言うか、いいとこ取りの魔術。でも基盤を1から作らないといけないから万能感なんてほとんどない、むしろめちゃくちゃめんどくさい。一方堂力くんは「紙、燃えろ」とか「鍵、開け」とか言うだけで、魔術式なんてすっ飛ばして基盤が成立するある意味光の属性より抜きん出た才能を持っています。

あと回路にはそれぞれ起動するときに思い描くヴィジョンのようなのがありまして、魔術師ごとにそれは違います。堂力くんで言えばあの時の事故で心臓にガラス片が突き刺さったことを思い出す、清志くんは死期が迫った母親の手が冷たくなるのを感じながら握っていた時のことを思い出す、とかです。


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紙飛行機を辿って

数週間後の話

 

「おい、紙飛行機が窓から飛んできたぞ

 

「近くの小学生が飛ばしちゃったんでしょ、返してあげて」

 

「いや結構飛んでて、持ち主遠くにいるんじゃねえかな」

 

「そっか、相当折るのが上手なんだろうね」

 

「多分な。なんか変な印? みたいなの付いてるし……」

 

「……見せて」

 

堂力くんが毎日家に来るようになってしばらく経った。年上の男の人と話したことがなくて不安だったのは最初だけ、彼のコミュ力の高さのおかげか、いつの間にか平気で喋れるようになっていた。よく一緒な遠出をしようというアウトドア派な言動にインドア派の僕が振り回されることは決して珍しいことではなかったけど、それありきでも2人の時間は快適だった。……光と火の魔術についても色々わかってきたしね。

 

そんな状況にこの紙飛行機だ。人間無機物問わず窓から客人が来るのが最近この家での流行りみたいだ。堂力くんが心配そうにしながらも渡してくれた白い紙飛行機を元の四角い紙に戻す、その印は丸くそして赤い、一見花のような紋章だった。紙からは甘い匂いがするだけで裏には何も書いていない。

 

「赤いな……」

 

「これは簡易的な魔法陣だね」

 

「へぇ、なんか魔術師って感じだな」

 

「多分魔術師がつけたものだろう」

 

おいおいそれは大丈夫かと堂力くんは今にも破ろうと手を伸ばした、僕は咄嗟にその手を握って阻止する。飛行魔術のような初心者魔術の簡易的な印とはいえつけた魔術師がいるのだ、破こうものならそれに気がつくはずだし、最悪ここがバレるかもしれない。

 

それにもう一つ気になるのが、この紙に隠された「文字」についてだ。

 

「破く前にちょっと確かめたいことがあるんだ。堂力くん、今指先に火をつけることはできる?」

 

「え? まあ出来るけど……えっと回路起動して、火よ、指先につけ!」

 

最近魔術の制御がようやく出来てきたんだな。回路捌きも見事だ。左の指先についているその火の上に、燃えないよう紙を炙る。やっぱり予想通り。みるみるうちに文字が浮かび上がってきた。

 

「うわなんだこりゃ、あぶり出しか?」

 

「原理はそれで合ってるけど、魔力で出来た火に反応するようまじないがかけられてる。魔法陣といいどうやらこれを送りつけてきた人は随分と花が好きみたいだね……花か……」

 

 

 

ここら辺で一番強い魔術師の家にこの紙飛行機が届くよう魔術をかけたわ

この山の何処かに居る私を探し勝負なさい、貴方を倒したら私は幸せになれるんだから!

 

 

 

「僕は随分と嫌われてしまったみたいだね」

 

「いや清志は何もしてないだろ」

 

恐らく魔女であるだろう彼女、堂力くんと違って魔術協会と繋がりがあるかもしれない。合うか合わないか……あれ? 下にもう一つ書いてある。

 

 

 

この紙には私が3ヶ月かけて作った超強力な魔術がかけられているの。3日以内に私の元に返さないと、その家の家主の恥ずかしい秘密を森羅町や周りの市町村にバラすようにってね。

もし逃げたら……覚悟しておくことね

 

 

 

「……堂力くん、僕行ってくる」

 

「え!?」

 

当然だ。秘密がバレるなんてもってのほか、しかもただの秘密じゃなくて恥ずかしい秘密だ。魔術関係のことではない多分恐らく絶対に、

 

 

 

僕のおねしょ癖がばら撒かれる。

 

なんでこんな変な魔術を3ヶ月もかけて作ったんだこの魔女は、究極的に暇なのか、それともそんなに強い魔術師が嫌いなのか。何はともあれそんな長時間かけてかけられた呪い3日以内に解くなんて不可能だ、僕の潤沢な回路をフル稼働させたとしても1週間はかかる。

 

「お、俺もついて行くよ」

 

「……秘密知ったも嫌わない?」

 

「勿論だぜ!」

 

なんでだろう、堂力くんは信じることができる気がした。それでも相手は堂力くんとは違ってお手本のような魔法陣と魔術を駆使する生まれながらの魔女だ。何かあったら僕が守ろう。

 

「で、どうすんだ、3日かけて森の中から探すってか?」

 

「まさか。魔術を使うよ」

 

少しずつ落ち着いてきた。光は吸収と反射の作用を持つ。3ヶ月かけて作った呪いは手が出せないにしろ、もう一つ、飛行魔術の簡易的な魔法陣なら反射も容易のはずだ。

 

「煌天式起動・呪詛返し(カウンター)!」

 

僕は運がいい、まずは反射と光属性の繋がりを既に見抜けていたこと、そして魔女がこの魔法陣に役目を終えたら帰ると言った仕掛けを作っていなかったこと。魔女のところからこの家に来たのだとすれば、この魔術をカウンターつまり反射すると、僕の家から魔女の場所まで飛んでいってくれるはず! 

 

僕の予想な無事に当たってくれたようで、紙は再び飛行機の形になって窓から飛んでいった。

 

「よし追うよ、いざという時のために身体強化の魔術準備しといて!」

 

「わかった! 回路起動しとく!」

 

それはやめて、町の人にバレてしまうから。それはそれとして、魔女にある種の恐れを抱きながらもそれを振り払うように僕は走り続けた。




堂力くんは清志くんのおねしょ癖をまだ知りません。しても清志くんが意地でも隠してます。

あとこの数週間で堂力くんの魔術の腕はめちゃくちゃ上達してます、まあ近くに先生いるし当然っちゃ当然ですけど。


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伊藤家の誇り

「魔術刻印は妹に授与します……貴方には悪いけど、素質が違い過ぎるのよ」

 

「い、いいえそんな……僕にとっては自慢の妹ですから」

 

一年ほど前、お兄様とお母様の話を聞いてしまった。私達伊藤家は魔術師の家だ。しかし倫理の欠落した他の根源厨の集まりじゃない、あくまで人間のふりをして人と共に歩むことを決めた一族だ。そんな誇り高き伊藤家に産まれたのが私とお兄様、5歳違いの兄妹だ。

 

お兄様は凄い人だ。私に魔術を教えてくれて、家事も得意で、運動は苦手だったけどピアノは上手だった。家族がよく言っていた。伊藤樹、私達の自慢の長男。これで魔術回路が沢山あったらどれだけ良かっただろうと。

 

私こと伊藤合歓(ねむ)は、はっきり言って魔術の才能に溢れていた。まるで本来はお兄様の分だったはずの回路を吸い取ったようだと思ってしまう。特に花を使った魔術は大の得意だ……これだって最初はお兄様の方が上手だったんだから。

 

「我が伊藤家に伝わる魔術刻印は、慈悲の集合体。先代達が何百何千何万と人を救ってきた証であり、誇りです。そしてそれを継ぐ事ができるのは貴方達のどちらかでございます」

 

それを聞いた時私は間違いなくお兄様が跡を継ぐのだと思っていた。お兄様は家訓である、「神秘を魔術師のためにあれど己がためにあるものではない」というのを弁えた行動で、使用人にも優しいと評判だ。それだというのに刻印を受け継ぐのは私らしい。勿論反対したし、お兄様にも相談した。

 

「お兄様はそれでいいの!?」

 

「うん。合歓は自慢の妹だからね、刻印を受け継ぐのは君がふさわしいよ」

 

「……刻印を受け継ぐから自慢なの?」

 

「そうじゃなくて……少なくともお兄ちゃんは、ここら辺で一番強い魔術師は合歓だと思うなって、それだけでも自慢だよ」

 

こんな感じでまともに掛け合ってはくれなかった。でも私はお兄様の自慢の妹だもの、気がついたのよ。なんでも独り占めは良くない。私がここらで一番強い魔術師になって、お兄様が伊藤家の魔術刻印を受け継げば、最強の兄妹になるって。だからこそ私は3ヶ月もかけて大魔術をかけた紙を、ここら辺で一番強い魔術師宛てに送った。そいつを倒せば私は最強、そして正真正銘の自慢の妹になったらきっとお兄様も納得してくれるはず、いうことを聞いてくれるはず。

 

だからこそ、私はこれから来るだろう魔術師を倒さなきゃいけないの。とはいえ流石にこの山は広い、私の魔術研究用のアトリエに来るまでは相当時間がかかるはず。少なくとも2日はかかるだろう。今のうちに沢山張っておいた罠を強化しとかないと。

 

「見つけた!」

 

「え? わ!」

 

頭に突然白い紙が降ってきた。なによこれ、せっかく戦いに向けておめかしして髪も結ったのが水の泡だわ。ってこれ私が魔術をかけたあの紙じゃないの。ま、まさか自他ともに認める最強の魔術師はやっぱり私だった……?

 

しかし私のそんな淡い期待は最も簡単に破壊された。

 

「見つけましたよ、貴方が魔女ですね! その、これで秘密の暴露は無しですよ!」

 

「嘘!? ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

今2つの事で混乱している。先ずは最強の魔術師が思いの外小さかった事、多分同い年ぐらいじゃないのかしら。そしてもう一つは、なぜこんなにも早くこのアトリエを見つけられたの? 確かに魔力を辿る呪詛返しなんかが使えたらそれは容易なはず……しかしこの私の魔術を弾き返すなんて、どんな無尽蔵の魔術回路を持っているの? いいやそれだけじゃない、もっと別の特別な力があっても不思議じゃない。

 

しかし今の私に焦る時間はなかった。すぐさま愛用の杖を持ち、そして罠を発動させる。

 

「油断したわね、勝負はすでに始まっているのよ! 甘い罠(ウツボカズラ)!」

 

よしやった、前もって魔術の申請を済ませていてよかった。この強酸性の粘液でもう手も足も出ないはず……

 

「……誰も油断なんてしてません。煌天式起動・吸収(アブソーブ)




伊藤合歓 13歳 中学1年生 150㎝
起源:花
属性:水、土
魔術回路:48本
量:A
質:B
状態:正常、極めてシンプル

伊藤家の魔術師。根源を目指さない魔術師の家系では、回路の大幅な増加が望まない、減ることも少なくない。そんな中生まれた秘蔵っ子。極度のブラコンであり、兄の才能を信じて疑わない。あとおっちょこちょいで爪が甘い。


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お兄様

結果は……あまりにも残酷な敗北だった。なにあの反則級の魔力量は、あのわけわかんない魔術式。私の何もかもが通用しない……はっきり言って絶望。意識があるうちに祈っておいた。どうかこれが悪い夢でありますように、私が最強の魔術師でありますように。

 

……

 

…………

 

………………

 

鈴木清志side

 

しまった、やりすぎた。自分の秘密の守るためだと躍起になってしまった。吸収の力が暴発し、魔女の魔力も一緒にぶんどってしまった。もちろん桁外れの魔力を持つ僕がそんな事をしたら、普通の魔術師は倒れてしまう。彼女も例外ではなかった。……回路が焼き切れていないから、普通の魔術師の基準でいえばかなりの素質持ちなんだろう。

 

「大丈夫か! ど、どうすればいいんだ? 病院?」

 

「うーん……普通の医者に見てもらってもね。とりあえずウチの家に連れて帰ろう。流石にこんな森の空き地に1人野晒しじゃ可哀想だ」

 

魔力回路の損傷が激しい。魔術方面の医者がいればいいが、時計塔でもあるまいし、そんな人がポンポンいるようなら苦労しない。かと言って、僕のせいとはいえこんなことで死ぬなんて彼女があまりにも可哀想だ。マッサージでも針治療でもいいから、兎に角効果がありそうな治療法を探し出しては試してみよう。

 

 

 

 

「……その心配はいらないよ」

 

森の茂みから声がした。落ち着いていて、僕よりずっと年上。歩いてきた彼は驚くほど線の細い、こんな人が生身でよくこんな森の奥を歩けたなと思うほどか弱い美青年だった。しかし不思議と、あり得ないほど活発そうだった彼女の面影を感じてしまう。

 

「ごめんね合歓……兄のせいでこんな酷い目に遭ってしまうなんて」

 

「あの、ひょっとして……」

 

「初めまして。伊藤合歓の兄、伊藤樹です。この度は我らが一族がご迷惑をおかけしました。どうですか、これから我が屋敷にて少しお話でも」

 

「いや、その……まさか弔い合戦?」

 

「そんなことはないと思いな。ついていこう、堂力くん」

 

兄。そうか兄か。魔術というのは基本的に一子相伝。普通の魔術師(魔術協会と繋がりを持ち根元を目指している)の家系であれば後継争いの種を生まないように後から生まれた次男次女は養子に出されたり、魔術を教えてもらえないことが多い。しかし見たところ兄妹ともに魔術を使えるようだ。こんな山奥身体強化の魔術でも使わないと歩くことすらできないだろうから、妹ほどではないがある程度の魔術は使えるっぽいもんね。少し特別な事情を持つ家系なのかもしれない。

 

それに大切なご息女をこんな目に合わせてしまった僕にもある種の責任がある。堂力くんに罪はないし、ここは先に帰ってもらった方がいいのかな。

 

「いや、清志が行くなら俺も行く! 危ない目にあったらお互い様だ!」

 

……そうか。いやむしろこのまま1人にしてしまう方が危なかったな。

 

「ありがとうございます。では、妹は私が連れて行きますから。よっこらしょっと。はい、ついてきて下さい」

 

大切そうに妹をおんぶする樹さんについて行くことにした。この村つて思ったよりも魔術師が多いんだな……




お久しぶりです。

伊藤樹 18歳 高校3年生 175㎝
起源:平和
属性:虚数
魔術回路:12本
量:D
質:A
状態:以上、常時未覚醒状態(原因は不明)

伊藤家の長男、家訓の通りの弁えた行動で使用人からも人気の幸薄系美青年。儚げな雰囲気の通り身体が弱く、遠距離通学が無理ということで通信制の高校に通っている。回路も少ない上に属性も特殊、更に何故か回路が常時フルパワーを出しきれないという異常も合わさって、魔術師として鍛え上げるのが困難な状態。簡易的な強化魔術と虚数属性らしい不確定を最低限操る力を持つのみで、後は本当にからっきし。


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