ここはいつもの浮遊城…ではなく少し違う世界のお話。
「今日も平和だなー」
ヘラヘラした顔で浮遊城の見回りをするのはガーディアンと呼ばれる男騎士である。
見回り後はこれといった予定はないはずなので、温泉にでものんびり浸かろうかと考えていたところに事件は起こる。
「新入り君、ここにいたのかい!?」
息を切らしてやって来たのは同じカンタベリー王国のガーディアンであり、先輩のボブだ。
「ボブ先輩、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも大変なんだ!とにかく来てくれ!」
ボブのただならぬ雰囲気に何か大きな問題が起きたのだと察する男騎士。
「はっはい!」
走るボブに着いて行き、到着したのは旅館だった。
「ここは…旅館ですよね?」
「そうだよ!早く入って!」
ボブに言われるままの勢いで扉を開ける。
「いい加減にしてよ!」
「こっちの台詞ですわ!」
「なにをー‼︎」
マリアンとカリナとナリ、この3人が言い争いをしていた。
「ボブ先輩、3人に一体何があったんですか?」
「それは…」
ボブは語り始める。
-数十分前-
ロレインがアップルパイが作ってくれたので、みんなで分ける事になった。
カットをし、全員に配り終えたところで問題が起こる。
カリナはティーセットを、ナリは急須と湯呑みを、マリアンはマグカップとコーヒーミルを持ってきた。
「お菓子には紅茶が1番ですわ」
「何言ってんのー!甘味には緑茶でしょ!」
「センス無いわね2人とも、コーヒーに決まってるじゃない」
「「「…」」」
そこからは女性が3人集まれば姦しいともいうが、それ以上の言い争いが始まった。
そして見かねたボブが男騎士を連れてきて今に至る。
「そんな…飲み物の事で?」
事の次第を聞いて呆れる男騎士。
「あら、たかが飲み物と侮っちゃ駄目よ」
声をした方に振り向く男騎士とボブ
「リンダ!」
「リンダ先輩!」
「私たちが生まれるかなり昔の話だと、食べ物の好みで戦争が起きた事例もあるわ」
「食べ物の好みで?それはどういう事ですか?」
男騎士はリンダに質問をする。
「その国の名産品はキノコとタケノコで国民もそれを好んで食べていた、でもある日どちらが名産品としてより優れているかで言い争いが始まり、遂に武力を持って決着をつけて最後は国ごと滅んだとか…って話をしている場合じゃないわね、早く止めないと」
旅館内は一触即発の雰囲気を出している。
「そうでした、3人ともストップストップ!」
3人の間に割って入る男騎士。
「邪魔をしないでくださいまし?」
「ちょっと、どいてよ!」
「そうよ!この分からず屋共に教えてやらないと!」
3人とも男騎士に対してがなり立てる。
「落ち着いてって…」
「貴方様には関係な…いえ、良い事を思い付きましたわ」
カリナが何か閃いたらしい。
「どの飲み物が優れているか、騎士様に飲んでもらい決めてもらいましょう」
「へっ?」
突然の話に呆気に取られる。
「上等よ!」
「ふふん、なら私の勝ちだね!」
2人ともやる気満々だ。
「という訳で、審査をお願いしますわね?」
ポンッとカリナに肩を叩かれる、止めに入ったので巻き込まれる事は承知していたが、これは予想外だ。
「ボブ先輩!リンダ先輩!」
先輩方に助けを求めようとするが、2人は話を振るなと言わんばかりにほぼ同時に顔を逸らした、どうやら助けは得られ無さそうだ。
「さぁさぁ、どうぞお座りになって」
そのまま椅子に座らせる男騎士、目の前にはカットされたアップルパイと湯呑みとティーカップとマグカップが置かれる不思議な光景が広がっていた。
「と…とりあえずコーヒーからで」
男騎士は普段から飲み慣れているコーヒーを飲む。
そして口直しにアップルパイを一口。
次に緑茶、アップルパイ。紅茶、アップルパイと順番に飲み比べる。
(うん…分からない!)
分からないながらも必死に頭を働かせる。
(落ち着け自分…そもそもよく飲んでるコーヒーだって眠気覚ましに飲んでるだけで特段好きという訳じゃない、かといって紅茶も緑茶もあまり飲まないから違いが分からない、だけど…)
チラリと3人を見る男騎士。笑顔ではあるが目が笑っていない。
何だか泣き出したくなってきた、だが泣いたところで事態は解決しないだろう。
(何か良い手はないか…ないのか?)
「さて、そろそろ決めてもらいましょうか」
痺れを切らしたのかカリナが話し始める。
「1番美味しいのは紅茶ですわよね?」
「緑茶だよね?」
「コーヒーに決まってるでしょ?」
「1番…1番は」
「どの飲み物にも合う、ロレインが作ったアップルパイが1番かなーなんて…」
「「「あ゛!?」」
マリアンはともかく、ナリやカリナから出てはいけない凄みのある声が響く。
「な…なんてね、冗談、冗談!」
慌てて取り繕うも、3人とも視線は冷ややかだ。
「優柔不断どころか他に目移りなんて、騎士として…いえ、殿方として落第ですわね」
「へー、人間の中でも君はとびきりおかしい奴だったんだね」
「顔どころか思考までヘラヘラしているとか、ふざけてんの?」
じわりじわりと寄ってくる3人。
「ちょっちょっと、何で近づいてくるの?」
逃げようとするが右腕をボブに、左腕をリンダに掴まれる。
「2人とも!離してください!」
必死にもがく男騎士。
「新入り、さっきのは無いわー」
「ごめん、リンダが押さえろって言うから…」
いよいよ3人が目の前までやって来た。
「ちょ…ちょっと、やめっ来ないで…」
-浮遊城 中庭-
「むっ?」
「あら、ガラムどうしたの?」
「何か今、悲鳴のようなものが聞こえたような…」
「気のせいでしょ?それよりこのラム酒美味しいんだから飲んでみてよ!」
レイチェルは瓶に入ったラム酒をジョッキに入れ、ガラムに渡す。
「レイチェル、君はもう少し自制したまえ、この間のようなのは懲り懲りだぞ」
「分かってるわよ!」
「本当かね…」
ラム酒を一口飲むガラム
「ふむ…確かに美味い」
「でしょー!そもそもラム酒ってのは海にいると必要な栄養が取れなくなるから、保存も効いて美味しく飲めるようにしたお酒なんだから」
「ほう…そうなのか」
「たかがお酒かもしれないけど、どんな物にも意味ってのはちゃんとあるの、それなのに発泡麦茶が1番とかワインが良いとかおこがましいと思わない?どんなお酒でもこうして仲間と飲んでいるのが1番美味しいんだから」
「確かにそれについては同感だ、飲み物で争うなどとは馬鹿馬鹿しい事この上ない」
その馬鹿馬鹿しい争いが、すぐ近くで起きている事を2人は知る由もなかった。
-おまけ-
「あら…緑茶もいけますわね」
「コーヒーもミルクと砂糖混ぜると美味しいね!」
「ふーん、スッキリとしてて紅茶も悪くないじゃない」
かくして男騎士という共通の敵を持つ事で三つ巴の争いは収まった。
小さな火種が浮遊城全体に飛び火するという事態は避けられたのだ。
だがこの平和のもとに1人の若きガーディアンの尊い犠牲があった事を忘れてはいけない…
ワールドクリア(ドンッ!!!)
「いや生きてるからね!」
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