テイク・クラウン ブレイク・ザ・スローン (黎明のカタリスト/榊原黎意)
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第一話『転生』

 ◽︎ムンドゥス暦1423年6月20日:王都貧民窟:ドウェイン

 

 

 テイクラというゲームがある。

 

 正式名称は『テイク・クラウン ブレイク・ザ・スローン』。

 スマートフォン向けアプリの所謂ソシャゲ、ソーシャルネットワークゲームの一つで、この時代数多あるソシャゲの中でも僕自身かなりやり込んでいたと思う。

 

 様々な手法が凝らされて多様化してきている今どきのソシャゲには珍しい正統派なRPGで、システムには某社の大作のようなターン制コマンドバトルが採用されている。

 

 主人公は世界の王を目指す者『王選候補者』となって、先々で増えていく臣下たちと共に『アストルム』の地を征き王を目指す。というのが本当に大まかなストーリーだ。

 

 数多の神絵師と名だたる声優、某有名音楽家らを起用した稀に見る豪華制作陣。

 まるで大作アドベンチャーゲームのようなストーリー、豊富なシナリオ分岐。

 曰く、五部構成で最終的な結末はそこまでのプレイヤーの選択肢によって決まるとか。第二部終了時点でプレイヤーによって結末が違っており、先日配信された第四部では国の興亡すら違っていたらしい。どんだけだよ。

 

 ゲームシステムとしては使いやすさやロールの相性、スキルなどの差はそれなりにあるものの、全てのキャラクターがレア度1から始まり最大のレア度5まで昇格できるノーレアリティな仕様。人権と呼ばれるような一強的キャラクターは基本的に存在せず、強いて言えば初期配布キャラの一人、というか主人公がサービス開始から常に人権キャラである。

 

 本ゲームの良点を挙げる上では、必ずと言って良いほど上記の制作陣や凄まじいまでのシナリオ文字数、レアリティ格差の撤廃が挙がる。

 確かに昨今のソシャゲでは有り得ないような良心的仕様の数々だが、それでもこのやり方こそが正しいのだとこのゲームは売り上げで証明してみせた。

 

 だが、このゲームが人気になった理由はそれだけではない。

 

 それは偏に、このゲームの世界観とシナリオの厚みだ。

 テイクラの世界は基本的にポストアポカリプス後に再建された高度文明と、上流階級の腐敗、特に理由の無い亜人差別が横行する地獄のような様相だ。

 ファンタジーを下地にしていながらも、どこか近未来的かつ退廃的でディストピアな世界を舞台に繰り広げられるダークでシリアスなストーリーと、この救いの無い世界で各々の目的のために王に成らんと戦うキャラクター達の魅力。キャラクターひとりの生き様だけでも軽く小説が書けてしまいそうな程に、というか実際にキャラクターに焦点を当てたスピンオフ小説が数多く出版されていた。

 そういった厚みが、たくさんのプレイヤー達の涙腺と性癖に刺さった。

 

 それは僕もまた例外ではなく。

 このゲームについて語ろうと思えば、それこそ丸一日かけても足りるはずはない。

 今じゃプレミアも付いている設定資料集や特典CD、スピンオフ小説、漫画も全部買い揃えた。この世界における魔法、ルーンの文字も全部覚えたし、それくらい熱があった。

 

 

 結論。テイクラは僕にとって最高のゲームだった。

 

 

 ……さて、どうして僕がテイクラのことを過去形で最高のゲームだと評したのか。

 何故、いきなりテイクラについて語り出したのか。

 

 その答えは僕が踏み締めるこの大地に在った。

 

 盤上世界アストルムの七国が一つ『王国』、その首都『王都』。

 ガラス張りの摩天楼が犇めく中、遠目からでも見える立派な城『キャッスル・オルド』が世界に威容を知らしめる。そんな古今織り交じるような大都会を守る防衛壁、の外にあるスラム街。

 明らかに不衛生そうな環境。棲む人々は生気の無い顔で蹲り、ひと握りの人間だけがここから抜け出そうと必死に今日を足掻く貧民窟。

 目覚めた時、ぽつんと一人。ここに相応しい貧相な身なりで放り出され、知らないけれど確かに辿った軌跡の記憶を携えて。

 

 

 

 ―――僕は今、テイクラの世界に居た。

 

 




 Tips.

『テイク・クラウン ブレイク・ザ・スローン/Take Crown(テイク・クラウン) Break the Throne(ブレイク・ザ・スローン)
世界は王を求める。石と石、剣と剣、魔法と魔法、銃と銃。武器を手に取り、人は王座を目指す。
ここに命は価値を無くし、その在り方と軌跡のみが歴史となって刻まれ往く。
我は冠を戴く者、我は玉座を破壊する者、我は理想に殉じる者。
今、聖戦が幕を開ける。

というあらすじのソシャゲ。リリース四年目でDL数700万、ストアでの評価は4.7/5とそこそこの高評価。爆発的な人気こそ無いが売上は毎年1.5倍で黒字。某社の某名作RPGのようなターン制RPG。


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第二話『自分について』

 ◽︎6月20日:王都貧民窟:ドウェイン

 

 

 さて、テイクラの世界に居る、とは言うが、僕が現状をそう判断したのは何も遠くに見える見覚えのある城の姿だけが理由ではない。

 

 この世界には、徒人(ヒューマン)と呼ばれる普通の人間の他に所謂亜人種がいるのだ。

 精人種(エルフ)火人種(ドヴェルグ)犬人種(ガルム)猫人種(ルーヴェ)牛人種(アウドムラ)馬人種(グルファ)鹿人種(スュルニル)猪人種(スリズルグ)狐人種(レヴ)熊人種(ベルセル)鬼人種(ティタン)鳥人種(ヴェズル)蛇人種(ニズヘグ)の十三種が俗に亜人と呼ばれる種族であり、基本的には人型だが耳や尻尾、角などそれぞれの種族的特徴を持っている。

 要はファンタジー耳長長命種族の精人種とファンタジー手先器用種族の火人種はそのままで、それ以外の亜人種はファンタジーにおける獣人種である。

 

 その亜人種だが、この世界では徒人から迫害を受け続けてきた歴史がある。

 今世の僕の故国ということになる王国もまた亜人種迫害を行ってきた国のひとつで、今でこそ政治などによる大々的な迫害は無くなったが、それでも亜人種に対する差別意識は依然として国民の中に根強く残る。

 そしてこの貧民窟には、そうやって先祖の代から迫害されてきた亜人種達が押し込められているのだ。

 

「ドウェイン!」

「ドウェインさん!」

「ドウェインの兄貴!」

 

 でもって僕の目の前には、僕の事を慕う亜人種の子供達。そんな彼らからのドウェインコール。テイクラファンの僕は、「あれ? もしかしてここはテイクラ世界?」とすぐさま思い至った。

 

 何を隠そう、僕が転生したこのドウェインというキャラクター、原作であるテイクラにもキャラクターの回想という形で登場する。故人として。

 そう、故人としてだ。

 

 

 なんと僕は本編開始時点で死んでいるのである。

 

 

 ドウェインというキャラクターについて説明する前に、まずはこの物語の主人公について軽く話しておかなければならない。

 この物語の主人公、プレイヤーは『帝国』出身の徒人であり、“赤兜の鬼神”と呼ばれ周辺諸国に恐れられた元軍人、そして選定の証キングデバイスに適合した王選候補者(フィリウス・レギス)の一人である。

 このキングデバイスと王選候補者という言葉がこの物語の中核なのだが取り敢えず今は置いておく。

 

 紆余曲折あって軍法会議に掛けられた主人公は、同僚の手引きで命からがら脱走に成功し、放浪の末に『共和国』辺境で亜人種の少女と出会う。

 この亜人の少女もまた王選候補者(フィリア・レギス)であり、彼は彼女の臣下となって、王となり玉座を目指す王権選争へと参加することとなるのである。

 

 大雑把にはこんな感じで、王選候補者であると同時に元帝国軍人、それも赤兜の鬼神なる二つ名まで持つ主人公と周りとの因縁などなどが引き起こす展開も言うまでなく魅力的だった。

 

 シナリオは佳境に入る手前の第四部まで配信されており、これから盛り上がるであろうはずの物語を最後まで見れなかったことが純粋に悔やまれる。

 

 

 では、そんな主人公組とドウェインがどう関係してくるのか。

 

 そもドウェインは熱く心優しい徒人の青年で、スラム出身でありながらも独学で知恵を付けていった。そんな彼は当然ながら亜人種への迫害を快く思っておらず、その心の内ではいつかこの状況をどうにかせねばと大志を抱いている。

 そんな折、スラムの子供達が教育を受けられていない現状を憂いていた彼は、スラムの子供たち向けに青空教室を開くことに決めた。

 その活動は瞬く間に有名となり、王都の中でも噂が流れようになる。

 ある日、その噂を聞き付けた王国貴族が彼にとある話を持ち掛けるのだ。

 

 『帝国を相手に革命を起こさないか?』と。

 

 この時代、帝国で迫害を受けた者達はほとんどが王国の貧民窟にまで流れ着いて来ていた。それが原因でスラムの治安は悪化の一途を辿っている。

 彼は貴族の話に難色を示すが、子供たちの未来を憂う親達に背を押される形で武装蜂起。

 帝国を相手に無謀にも戦いを始めた。

 

 実はこの貴族は今の王国と亜人種を良く思わない貴族派閥の筆頭であり、一連の話は面倒な存在であるドウェインを消し、貧民窟の亜人種を間引く為の悪辣な策略であったのだ。

 

 まんまと唆されたドウェインと亜人達は物の見事に帝国によって殲滅され、ドウェインもその戦いで無惨に死亡する。

 感の良い方は薄々気が付いているかもしれないが、その戦争でドウェインを討ったのが赤兜の鬼神こと主人公その人なのである。

 

 このドウェインの教え子の一人である少女が、後々王選候補者となって立ち上がり、物語の中で師の仇である主人公と対峙する。その際に回想で語られる存在が、ドウェインこと今の僕だ。

 専用スチルどころかイラストすらも存在せず、ただ回想で語られるだけの存在ではあるが、そこそこ重要な立ち位置にもいる複雑なキャラクターなのである。

 

 

 いや、なんで???

 なんで僕はそんなキャラに転生、憑依しているの?

 

「……ドウェイン?」

「ん、ああ、ごめん。ちょっとぼうっとしてただけだよ」

 

 子供達を眺めるフリして思考放棄していたら、理知的な雰囲気を感じさせる少女の声。

 き、聞いたことのあるCVだ……!

 

「そう? 疲れてたら、言ってね」

「うん。ありがとう、レア」

 

 薄らと赤みがかった黒髪の少女、レア。その頭には猫人種(ルーヴェ)の物と分かる猫耳がピクリと動く。

 彼女こそが件のドウェインの教え子の一人、ドウェインの仇を討とうと主人公に敵愾心を燃やす少女だ。

 そして僕の推しキャラクターの一人でもある。ドウェインなんて本編に影も形も無いキャラクターを覚えていたのもその為だ。

 

 うわ可愛い。

 いざ画面という垣根を越えて間近で見ると、そのキャラクターの整った容姿がこれでもかと分かる。流石神絵師と名高い某氏……。

 

 

 

 ……しかし、これで完全にここがテイクラ世界だと確定してしまった。

 考えるのは、この世界に転生してしまったこと、待ち受けているであろう苦難。

 

 正直僕の中では転生したくない世界一位二位を争う世界だ。

 しかも死亡する予定のキャラクターへの憑依。まだフラグは立っていないはずだが、それでも死から逃れようと藻掻くのは容易なことじゃないとネット小説や漫画、アニメでも散々言われている。

 

 実感なんてあるわけないのだが、このまま何もしなければ死ぬという予感はある。この世界はモブ厳世界でもあるから、何もしなければ何もしなかった者として容易く手折られる。だから、何もしないという選択肢こそ有り得ない。

 

 それに、それは僕自身願い下げだ。

 

 確かに転生したくなかった世界だ。

 だけど、この世界に来れたということは僕にとって意味のある事だ。

 せっかく好きな世界に転生したのだ。僕はこの世界で何かをしたい。この世界で生きたい。そんな風に思ったって良いだろう。

 

 本編の開始までは後、七年ある。

 何かをしよう。何かを成し遂げてやろう。僕に王選候補者となれるような器は無いだろうけど、それでもできることはなんでもあるはずだ。

 

 

 僕は一人、アストルムの片隅で決意した。

 

 ドウェインには申し訳ないけど、彼として脚本通りになんて死んでやるものか。

 僕は僕としてこの世界で生きてやる。

 そして原作キャラクターたちをこの目で拝むのだ。後、主人公さんは僕のことを殺さないで……!

 

 

 

 この決意が大きな一石であったということを、僕は理解すらしていなかった。

 




 Tips.

『徒人/Human(ヒューマン)
人間。亜人種でない者。亜人種以上に広く分布する。特に秀でた力を持たない。

『亜人種/Heterohuman(ヘテロヒューマン)
世界各地で見られる徒人でない者たち。長い歴史の中で常に迫害を受け続けてきた者たち。精人種(エルフ)火人種(ドヴェルグ)犬人種(ガルム)猫人種(ルーヴェ)牛人種(アウドムラ)馬人種(グルファ)鹿人種(スュルニル)猪人種(スリズルグ)狐人種(レヴ)熊人種(ベルセル)鬼人種(ティタン)鳥人種(ヴェズル)蛇人種(ニズヘグ)の十三種が存在する。
現在でも国によっては迫害が続いており、特に帝国では亜人種であるというだけで奴隷身分に落とされる。ほとんどが亜人種で構成される北方公国は言わずもがな、共和国、皇国では既に迫害は無く、その他の三国でも政治などによる表向きの迫害はほとんどない。

『レア/Leah(レア)
猫人種の少女。強属性闇レイダー。ゲーム内評価はC。


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第三話『青空教室』

 ◽︎7月4日:王都貧民窟:ドウェイン

 

 

 カッカッと割れた黒板に安物のチョークの走る音が響く。

 後ろからはそこそこ集中してくれている少年少女達の視線。

 ふと振り返ると無表情で手を挙げている少女、レアの姿。なんとなく微笑ましくなって、レア君なんて呼んでチョークで指してみる。

 

「ドウェイン、キングデバイスって何?」

「レア君、ドウェインではなく先生と呼びなさい」

「兄貴は先生っぽくなくね?」

 

 ぐさり。純粋な言葉が刺さる。

 まあ確かに先生っぽくないのは認めるけれども。だって先生じゃないし。

 

 僕は今、青空の下、貧民窟の空き地で子供達を相手に教鞭を振るっていた。

 特に発端というものは無い。強いて言えば、子供達はともかくとして、徒人である僕に対する貧民窟の亜人達の姿勢はそれほど好意的なものではなく、そうすぐに評判になるはずもないだろうという考え。そして、どちらにしろやるなら早い段階からこうやって子供達に教えておいてあげるべきだろうという単なるお節介だ。……本を読む以外にすることが無くて暇だったとも言う。

 

「キングデバイスとは、王選候補者を選び出す為の装置だ。これ一つが武器であり、王となる為の資格になる」

「武器ということは、それを使って戦うの?」

「戦ったり戦わなかったりだね。やっぱり話し合いでどうにかなるならそれに越したことはないんだよ」

 

 キングデバイス。盤上世界アストルムを支配していた今は亡き古い神々が遺した遺産のひとつ。世界の王を決めるための選定の剣。

 これ自体が武器であり、所有者に唯一無二の力を与える。という設定だ。

 

 しかし、こんなことを彼らに言っても半分も伝わらないのは確か。

 ただ、有難かったのは、彼らがそこそこの識字率を保っていたことだ。どうやら、ドウェインが時折彼らに文字を教えていたらしい。我ながらデキる男だ……。

 

 ああ、そうだ。もうひとつ分かったことがある。

 どうやら僕はドウェインに憑依したのではなく、ドウェインとして転生していたらしい。それが何らかの拍子に前世の記憶を思い出したというのが正しいのだろう。

 そう判断した理由はいくつかあるのだが、最もな理由はこの世界での記憶を辿ってみるとかなり僕っぽい趣味をしていたからである。というか完全に僕だった。

 これには一安心である。

 もしも僕がドウェインという存在を上書きしてしまったのだとしたら、今更ながらにとても申し訳なくなってしまう。だが仮にそうではなく、ドウェインという人物の立場に僕として生まれたのだとしたら、まだ幾分か心象的にマシだった。

 

「なんで王さまなんて選ぶのー?」

「この王選、王権選争はアストルムという星の王を決める為の戦いなんだ。王国だけじゃない、北方公国や帝国、格陽すらも支配する全体の王を立てる為の戦いなんだよ」

「?」

「つまり、この王さまが立つとしばらく世界は平和になるってことだね」

「おー! 王さますげー!」

 

 まあ、そう単純な話でもないのだが、あまり込み入って複雑な話をする必要も今は無いだろう。

 

 テイクラというゲームのシナリオは、主に王選候補者達の戦い、王権選争を描く。

 キングデバイスは他の王選候補者を殺す、又は配下に加えることでその力を増す。そして王選候補者殺害数千人、もしくは配下となった王選候補者の数が百人を越えることで王として認められる。のだが、ここら辺も子供達にはまだ早い。

 前世日本で培った一般的な倫理観を頼りに、ぼかしながらも授業を続ける。

 

「ドウェイン、冒険者ギルドについて教えて」

「王国や共和国、北方公国、格陽に在る冒険者をまとめる組織だね。冒険者って言うけど、中身は何でも屋が近いかな。確かに身分は貰えるけど、ちょっと柄が悪い人ばっかりだよ」

 

 子供達はよく学んでくれる。まともな教育なんて受けられなかった環境だ。彼ら彼女らは学ぶことに貪欲だった。

 特にレアはそれが顕著で、授業中の質問も随一。まさにスポンジが水を吸う如く次々に知識を得ていく。

 

「冒険者になるにはどうすれば良いの?」

「……うーん。確かに個人でもなれるけど、今の冒険者の形態は基本的に企業とか会社に所属しているものなんだよね。相当腕っ節が強い人じゃないと個人ではやっていけないと思うよ」

 

 この世界における冒険者はほとんど名ばかりのものであり、実状は冒険をする者の為の機関というよりも、個人の傭兵や何でも屋、PMCじみた企業や会社のそういった部門に依頼を斡旋するための機関でしかない。今の時代、個人の力もそこそこに重要ではあるが、企業などに所属することの優位性は圧倒的だ。単独で冒険者としてやっていくのは、それこそ将来のレア程の実力でもない限りは難しいだろう。

 

 そう言うと彼女は何故かしゅんとしてしまった。

 しかし、彼女に限って冒険者になりたいなんて思わないだろう、僕はそう判断して授業を再開する。

 

「そうなの……」

「うん。それに、もしもこの中で誰か冒険者になりたいって言うなら、まずはこの教室で勉強して、就職できるようにならないとね」

「「はーい!」」

 

 元気の良い返事に僕も嬉しくなる。

 もしかすると、僕は本来のドウェインに似ているからこそ、こうして転生したのかもしれないな、なんて思いながら黒板にチョークを走らせるのであった。

 

 

 

 ◽︎7月4日:王都貧民窟:レア

 

 

 私たち、貧民窟の亜人には人権なんてない。

 この国は種族平等を掲げているけれど、本当は私達のことなんてどうでも良いのだ。

 徒人にとって、たかが猫人種の子供一人の命など。

 

「レア、これは読める?」

「アン、スール?」

 

 だけど、ドウェインは違った。

 徒人なのに、ドウェインだけは私達のことを違う生き物としてなんて見ていなかった。同じ人間として見てくれた。

 私達、貧民窟の子供たちにとって、人間として見てもらえるということがどれだけ嬉しいことなのか。ドウェインは分かっていない。

 でも、だからこそ本当に心から人として見てもらえているのだと、そう思えた。

 

「今教えたのは念話のルーン。何かあったら、僕のことを思い浮かべながら、この指輪を嵌めている指で教えた文字を描くんだ。そうしたら、一方的にだけど僕に言葉が届くから」

「……分かった」

「まず居場所を伝えてくれ。すぐに駆けつける」

 

 そう言ってしゃがみ込んだドウェインが渡してきたのは、宝石が嵌め込まれた黒い指輪。

 多分、高い物だ。貧民窟の人間は余程のことが無ければ買えないだろう。

 こんなものを貰って良いのか。そう聞こうとした時には既にドウェインは話は終わったとばかりに立ち上がっていた。

 

「気をつけて帰るんだよー」

「……」

 

 夕暮れの道、ドウェインに振り向いて小さく手を振って私は家に帰る道へと歩き出す。

 

「……ふふ」

 

 自然と頬が緩んでしまうのが分かった。

 

 ドウェインにそんなつもりは無いと分かっているけど、男の人が女の人に指輪を渡すことの意味くらい子供の私でもわかる。

 そして、それが私にとって少なくとも嫌な感覚じゃないことは確かだった。

 ドウェインは人差し指に付けろと言っていたけど、これならすぐに付け替えられるだろう。

 

 私はそっと()()()()()に指輪を嵌めた。

 知らないけれど、暖かくて安心するものが内側から溢れる。

 ドウェインがくれた本には、こういう時、この気持ちは幸せというものだと書いてあった。たとえ、ませた子供の妄想のようなものでしかなくても。

 私は今、幸せなのだろう。

 

 

 ……でも、思うのだ。

 私は貰ってばかり。ドウェインは何もして欲しいとは言わないけれど、私はそれが後ろめたかった。

 私ばかりが幸せをもらっている。

 

 そんな施されるだけの関係じゃなくて、私はもっとドウェインを助けたい。ドウェインの力になりたい。そう思ってしまう。

 ドウェインの為に。

 何か、力が欲しい。

 

 そうだ。それこそ、キングデバイスのような凄い力が―――。

 

 

 

『―――力を手に入れたいか?』

 

 

 

 誰かの声が聞こえた。

 すぐさま、ドウェインに教えられた文字を描こうとして、指輪が薬指に嵌っていることを思い出す。これでは明確に文字を描けない。

 早く指輪を嵌めなおさないと。

 早く、早く。

 

『そう急くな。質問に答えよ』

「っ」

『力が欲しいか?』

 

 質問に答える必要が無い。早くドウェインに知らせなければ。

 そう思うのに、その声は不思議と私の耳に響いて、私の心を離さない。

 気が付けば、私は口を開いていた。

 

「……欲しい」

『そうかそうか』

 

 声は嬉しげに弾んだ。

 何が嬉しいのか、私には分からないけれど。この不思議な声は、私の答えを喜んだ。

 その感情の理由が気になって、問いかけようとするのだが。

 

 

『―――なら、くれてやろう』

「……え?」

 

 

 不思議な声の予想外な言葉に、私は何も言えなくなって。

 

 そして私の意識はそこで途絶えた。

 




 Tips.

『王選候補/Candidates for the King(キャンディデイツ・フォー・ザ・キング)
フィリウス・レギス、又はフィリア・レギス。
先史文明の遺したオーパーツ、キングデバイスへと適合した人間の総称。
適合せずとも、王選候補者を非王選候補者が下すことでキングデバイスの所有権並びに適性を得る下克上のシステムも存在する。
他の王選候補者を殺す、又は配下に加えることでキングデバイスはその力を増し、王選候補者殺害数千人、もしくは配下となった王選候補者の数が百人を越えることで王として認められる。その状態の候補者が複数人存在した場合は一人になるまで終わらない。
王はイニティウムと呼ばれる場所に在るアストルムの玉座に座ることを許され、それは即ち星の王、全能の者となることを許される証でもある。

『キングデバイス/King's evidences(キングス・エヴィデンス)
先史文明の遺したオーパーツ。王選候補の証。
その姿形は多岐に渡り、剣や銃の形をしたものから車両や義肢の形をしたものまで様々、
一つ一つがワンオフの能力を持ち、王への道のりを助ける。
これは選定の剣にして最優の従者、そして鍵である。


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第四話『カルぺ・ディエム刻碑専門店』

 ◽︎7月5日:王都貧民窟:ドウェイン

 

 

 早朝。僕が根城としているボロ屋。

 そこに、僕とレアはいた。

 

 あ、もちろん朝チュンみたいなシチュエーションじゃないよ?

 朝早くにレアが訪ねてきたので、今しがた話を聞いていたところである。

 

「それで、気が付いたら、これを持っていたの」

「なるほど……」

 

 不安そうなレアが差し出してきたのは赤い刃の短剣。鍔には王冠の紋章。

 それが意味するのは、この短剣がキングデバイスの一つであるということ。そしてキングデバイスに選ばれたということは、つまりそういうことである。

 

 

 レアが王選候補者になった。

 

 

 早くない? いや、早すぎる。

 レアが王選候補者となるのは少なくとも本来のドウェインが死んでからのことで、今から数年後のはずだ。絶対に何かがおかしい。

 聞いたところによると、昨日の帰り道でいきなり変な声に呼び止められたレアは、軽い問答の末に少しの間意識を失い、目覚めた時には手元にこれがあったのだと言う。

 

 ……実は、その変な声の正体には目星がついている。

 『マーリン』だ。

 古い神々が遺した王選のシステムを円滑に進めるために存在する機能のひとつで、王となる資質を持っていながらも環境のせいで己がキングデバイスの元に辿り着けないであろう人間の前に声として現われ、キングデバイスを与えるないし押し付ける存在である。

 

 一応、レアは本来の物語においてもマーリンからキングデバイスを受け取る。その時は僕ことドウェインの死に怒り、主人公赤兜の鬼神への復讐心と、異種族だからと争いばかりな世界を平定するために立ち上がる志を認められてのことだった。

 

 しかし、参った。

 もう既に僕がいる弊害が出始めている。

 何をきっかけに、レアは王選候補者となったのだろうか。

 

 王選候補者に選ばれる資質は大きく分けて二つ。

 何を犠牲にしてでも自身の手で王冠を戴くという意思、または死んででも誰かを王にしたいという熱烈な支持がキングデバイスに選ばれる資質であるとされる。

 

 考えても分からない。まさか、何があっても良いようにとレアに刻碑装置を渡した矢先にこんなことになるとは。

 

「ごめん、なさい……私」

「いや、レアは悪くないよ。気にし過ぎないで、ね?」

「でも……」

「ほら、僕が怒る理由が無いだろう? だから気にしないこと」

 

 取り敢えず、レアという少女はこういう時に引き摺る性格だということはゲームで知っている。慎重に言葉を選んで慰める。

 責めるつもりなんて毛頭無いし、こればかりは予測できていなかった僕が悪かった。

 

 それに、これはレアが受け取るべき権利だ。

 

「その短剣は、誰にも見つからないようにしておいて」

「……分かった」

「うん、良い子だ」

 

 時計を見遣ればもうすぐ授業の時間だ。今から家に帰らせるのもアレなので、少し待つように伝えて荷物の準備を始める。

 

 教科書やチョーク入れなどを鞄に詰めながら、考えるのは僕が存在することで生じている違和についてだ。

 本来、レアがこの時期にキングデバイスを手に入れているのは明らかにおかしい。何らかの心境の変化があったであろうことは明白だが、それを聞くのは憚られた。

 確かに、聞けばレアは答えてくれるかもしれない。

 しかし、こういう時には向こうから何かを言ってくるでもしない限りは詮索をするべきでは無いのだ。デフォで複雑な事情が入り組むこの世界ではなおさらに。

 

「準備終わったよ。行こうか」

「うん」

 

 とにかく、今は青空教室を続けて様子を見るべきだろう。

 所謂バタフライエフェクトが確実に起こるとすれば、もう少し先になるはずだ。今回のレアの件で、既に致命的な差異が生じてしまっている気がしないでもないが……それこそ気にし過ぎるべきではないのかもしれない。

 というか、僕自身そこまで頭を回せるほど賢くもない。暗記は得意だが考察はあまり得意ではなかった人間なのだ、仕方が無いだろう。

 

 僕は嫌な予感ともなんとも言えない曖昧な感覚を煩わしく思いながら、いつもの空き地への道を急いだ。

 

 

 

 その日の午後。僕は足早に王都の大通りを歩いていた。

 八〇平方キロメートルにも及ぶ面積の王都を護る防壁『グレートウォール1』の大門を潜ってすぐの所にある大通り『ペンデュラム・ストリート』は、前世で言えばイギリスはロンドンの街並みのような景観をしている。キャッスル・オルドを中心に栄えるビル街へと続くこの大通りとその周囲は、言わば城下町のようなものだ。

 

 目的地は『カルぺ・ディエム刻碑専門店』。

 刻碑というのは、簡単に言えばこの世界における魔法そのものである神碑(ルーン)を行使することを指す。神碑人とも呼ばれる精人種(エルフ)以外がルーンを行使する場合、基本的に刻碑装置と呼ばれる指輪型の装置を用いる必要があり、このカルぺ・ディエム刻碑専門店はその刻碑装置やルーンに関する教本などを販売している店の一つだ。

 ちなみに、昨日レアに渡した刻碑装置もここで全財産を使って買ったものである。

 

 大通りから逸れた路地裏に入り、ひっそりと佇むアンティーク調な雰囲気のある店へ。

 転生を自覚する以前から何度か足を運んでいる為、勝手知ったるというほどではないがそれなりに馴染んだ扉を、いつもとは違う心持ちで開ける。

 

「お邪魔します」

「……昨日ぶりだな、少年」

 

 そう言って僕を出迎えたのは、白髪に火人種(ドヴェルグ)らしい褐色の肌の妙齢の女性。

 全身から某神絵師の気配を感じる佇まいのこの人はヴィレームさん。もちろんテイクラに登場するキャラクターの一人だ。

 メインストーリー第一部十二章秩序失墜では、全身鎧に身を包んだ臣下の王選候補者達を引き連れて暗躍したりと何かと黒い人だが、それでもこの人が理想に殉じる優しくて芯のある人であると僕はプレイヤーとして知っている。

 

「それで、今日は何用か?」

「……」

 

 鋭い琥珀の目に、ああ、僕じゃ敵わないなと思い知らされる。彼女には何もかもお見通しなんだろう。

 元はと言えば平和しか知らない現代日本人の僕と、理想の為に走り続ける彼女とでは一生懸けても埋められないような差がある。

 それが分かるから。

 

「……ヴィレームさん」

「凡そ、言いたいことは分かるが、聞いてやろう」

 

 今日一日考えて、やっぱり僕の存在による差異を無視できないと思った僕はこれから少しでも力を蓄えようと思った。

 

 これは賭けだ。

 それも、こちらが賭けるものはそこそこに大きく、得られるものは実のところ将来の保険程度でしかない。

 でも、この世界でドウェインとして生きていくと決意した。ドウェインとしての死の定めを超えて、テイクラファンとして推しに会いに行くと決めた。

 だから、僕は先ず自分に負けるわけにはいかないんだ。

 

 

「僕を、弟子にしてください……!」

 

 

 我ながら綺麗な土下座。少しヴィレームさんが驚いたのが気配で分かった。

 

 彼女は世にも珍しい銃の扱えない火人種だ。

 この世界で銃を扱うためには、火人種であること、というより彼らのある種統一化された指紋が必要になる。火人種以外は彼らの作った銃のセーフティロックを解除できないのだ。世の中にも拳銃くらいなら出回っているが、それらはとてつもなく高価で、性能も彼らの作った本物と比べれば劣悪なものでしかない。そして銃の製造方法は火人種にしか理解できない。

 しかし彼女は生まれつき指紋を持たず、それを理由に火人種の特有言語を教わることができなかった。それどころか、同じ火人種で見た目もほとんど変わらないのに、指紋が無いというそれだけの理由で彼女の一家はバーストロア山脈にある火人種の都市を追放された。

 

「悪いが、弟子を取るつもりは無い」

 

 だが、彼女には他の火人種では絶対に辿り着けないとある力があった。

 それは偽りのキングデバイスを創り出せるほどの高度な技術力と発想力、その禁忌じみた才能、それを世界から許可されている事実。

 

 彼女はこの世界における特別の一人だ。

 

「……弟子にしてくれるまで、ここを退きません」

「……はぁ。馬鹿だなお前は」

 

 そして、その力は()()()()()

 彼女の教えを受けた者は、彼女の下位互換となれる。才能次第では彼女に並び立つことも。

 これがこの賭けのリターンだ。

 

 それを彼女自身も理解している。

 僕が彼女のその力を知っているとは気が付いていないはずだが、余程のことがなければ弟子を取るなんてことは無いだろう。

 最悪の場合、僕がその事実を知っているということを知られて、明日には僕はスラムに屍を晒していることだろう。これが賭けのリスクだ。

 

 でも、僕はあまり期待してはいなかったし、緊張してもいなかった。この賭けは成立するはずがないと、最初から知っていた。

 そもそも僕と彼女はそこそこの付き合いではあるが、当然ながら弟子入りするような間柄じゃない。

 なんなら本来のドウェインは彼女と関わりがあったかさえ怪しい。僕がドウェインとして転生したことで、どういうわけか彼女と関わりができたのだ。その程度の浅い縁で、しかも唐突な弟子入り志願。認めてもらえるはずもないと分かりきっていた。

 

 なにより彼女の弟子となるのは、ドウェインではない。未来で彼女を救う一人の少女なのだから。

 

「顔を上げろ」

 

 冷たい琥珀の目が僕を射抜く。

 その視線に身が縮こまる。

 やはりダメだったか、そんな諦観が心中に渦巻いて。

 

「分かった。お前には弟子とは名ばかりの体の良い下請けになってもらおう」

「え?」

 

 僕はその言葉が理解出来ず、ただ固まるしかなかった。

 




 Tips.

『ルーン/Magic(マジック)
魔法、魔術、秘術、呪術、マジック、マギア。
神々の遺産が一つ、魔導装置『文字の泉』。そのパスワードである神碑文字と体内の魔力を用いて、文字の泉から力を引き出して世界に現象を引き起こす術。基本的に人類は指に填める刻碑装置を用いなければルーンを扱うことはできない。しかし精人種は神碑人とも言われ、体内だけでなく空間の魔力を用いることができ、また神碑文字をただ指で空間になぞるだけでルーンを行使できる。

『ヴィレーム/Vilém(ヴィレーム)
火人種の女性。幻属性闇ルーニスト。ゲーム内評価はB。


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第五話『正しい道』

 ◽︎7月5日:カルぺ・ディエム刻碑専門店:ドウェイン

 

 

「え」

「弟子にしてやると言ったのだ。何を惚けている」

 

 僕は困惑の渦中に居た。予想外の答えについ思考が停止してしまう。

 まさか本当に弟子にしてもらえるとは思ってもみなかったのだ。むしろ、これで断られることで原作知識という甘えに踏ん切りを付けるつもりでさえいた。

 だと言うのに、ヴィレームさんは驚くほどあっさりと承諾した。

 

 唖然とする僕を訝しげな目で見ながらも、彼女はふっと柔らかく微笑む。

 

「さあ、我が弟子よ。お前に早速仕事をやろう」

「あ、はい!」

「ふふ、良い返事だ」

 

 何が何だか分からないが、それでもこの展開を逃してはならないということだけは分かっていた。

 付いてこい。たった一言そう告げると、彼女は踵を返して店の奥へと入っていってしまう。

 慌ててそれを追いかければ、なんとも不思議なことに外から見えていたモダンな風景が一変、殺風景な空間へと早変わり。

 僕にはそれが一歩を踏み出してしまったことの暗示に思えてならなかった。

 

「ひとつ言っておく」

「っ」

 

 無言で先を往く彼女の後ろを追っていると、彼女は打って変わって冷たい声音を零した。

 

「お前には才能が無い。私に師事したからと言って、私のようになれるとは思わないことだ」

 

 その言葉に、落胆しなかったとは言わない。

 オブラートに包まれた彼女の言葉が何を意味しているか、分からないなら彼女に師事なんてしない。

 僕は彼女の力を継承できないということだ。

 ああ、弟子入り早々当初の目論みが挫折した事実に軽く目眩がする。

 

「なに、そう落ち込むな。お前にもできることくらいはある」

「そう、ですか……」

 

 励まされるが、あまり効果は無い。

 

 僕はこの世界でドウェインとして生き残ること、原作キャラクターに会うことを目的にしている。

 だが、折角転生したのだからと、なろう異世界転生的な展開なんかにも少なからず憧れを抱いていた。少しもこの成り行きに期待しなかったとは言えない。

 

 けれども、頭の片隅では薄々気が付いていたことだ。

 僕に所謂俺TUEEEEのような展開は荷が重い。転生特典だって影も形も無い。

 原作知識だけが僕の武器なのだ。

 

 僕は主人公、赤兜の鬼神じゃない。僕はドウェイン、いやその立場に転生した力のない元日本人でしかない。

 僕が主人公じゃないことくらい、初めから分かっていたことだろ。

 

 お陰で吹っ切れた。

 

「そうさ。それに、お前の馬鹿さと従順さには見所がある。この世界で生きていく術を学ぶと思って、私の教えに耳を傾ければ良い」

「……分かりました」

 

 それだけでも、十分だ。

 強みが原作知識以外に何も無い現状を考えたら、転生者であるということを除けば所詮はスラム育ちの孤児でしかない僕の、その知らない世界で生きる術を得られるというだけで大きく意義がある。

 

 また暫く無言で歩くと、僕達の前には大きな鉄の扉が現れた。

 

「入っても驚くなよ」

「え? わ、分かりました」

「まあ、驚くのも無理はないだろうが」

 

 がしゃんと音を立ててロックが解除され、大きな扉は軋む音を上げながら開いていく。

 そしてその先に拡がっている光景に、僕は言葉を失った。

 

 

「―――歓迎しよう。カルぺ・ディエムへようこそ」

 

 

 地下に広がる明らかに不釣り合いな大空間。

 その先には騎士甲冑に身を包んだ数十人の人間達と、見紛うはずもない鉄の棺桶、戦車(・・)の群れ。誰も彫刻の如く微動だにしない。

 騎士甲冑の彼らのことは知っている。ヴィレームさんの臣下の王選候補者達だ。

 

「安心したまえ。彼らの時間は私の臣下となった時点で止まっているが、お前を臣下にするつもりはまだない」

「……まだ、ですか」

「ふふ、あまり気にするものではないぞ。さあ、もう少し先だ。付いてこい」

 

 ひえっ。

 妖しく笑った彼女に、冗談では済まされないような雰囲気を感じたが気の所為にして再三彼女の後を追う。

 

「さて、お前は今スラムの子供たち相手に教師の真似事をしているらしいが、週に三日は空いている時間を作ってもらう」

「三日、ですか」

「ああ」

 

 というかなんで僕が青空教室を開いていることを知っているんだ。話したことは無いはずだが。

 ヴィレームさんの末恐ろしさに身震いすると、彼女は遂にひとつの扉の前で立ち止まった。

 

「ここだ」

「?」

「この先にあるものは、いつか、お前のような馬鹿の為に作った物だ」

 

 そう言うと、彼女は映画で見るような網膜認証スキャンを行い扉を開く。

 今日何度目とも知れぬ驚愕。今日一番の衝撃に打たれ、僕は今度こそ言葉を失う。

 

 

「紹介しよう。これは私が作ったキングデバイスの成功作(・・・)、『黒騎の鎧』だ」

 

 

 扉の奥で鎮座していたのは、どこか機械的な風貌の黒い騎士。

 僕はこれに見覚えがあった。いや、テイクラプレイヤーなら見覚えが無い筈がない。

 

 これは物語の中盤でヴィレームさんが主人公に貸し与える人工キングデバイス。その完成品だ。

 ド派手な登場シーンCGと、三ステージ限りの正に最強性能にプレイヤー達は歓喜に叫び。

 そして真の力の解放の代償に主人公の寿命を削り、周囲とプレイヤー達を曇らせたいわく付きの逸品である。

 

「お前にはこの鎧を纏って冒険者になってもらう」

「これを、僕が?」

「ああそうだ。これは正真正銘のキングデバイスであり、等しく全ての人間に王となる資質を与える代物」

 

 そんなものを僕が預けられるなんて。

 ことの真相こそ定かではないが、代償を負った主人公は確かに瀕死になり、回復後も臓器の不全という後遺症を背負った。

 主人公ですら呑まれるほどの強さ、大き過ぎる代償。これを僕が扱えるとは到底思えない。

 

「どうした。力が欲しいのだろう?」

「……っ」

 

 ヴィレームさんが艶めかしく耳元で囁く。

 

 そうだ、僕は力が欲しい。生き残れるだけの力が欲しい。

 死にたくない。実感はまだないけど、その未来を知っているということこそが恐ろしいのだ。

 

 でも、本当に? これが僕の進むべき道なのか? この力を得る為に僕はヴィレームさんに師事したのだろうか?

 

 

 ……違うだろ。勘違いするな。

 

 

 僕が求めている強さは、求めて良い強さはこんなチートのような物じゃない。

 これこそ、僕なんかじゃない本当に強い人間が扱うべきものだ。

 さっき理解したばかりじゃないか。

 僕は主人公じゃない、この力は名実ともに主人公の為のモノだ。僕が生き残るためにこの力を掠め取って良いはずがない。

 それは主人公を崇敬しているとか、展開絶対主義とかそんな話じゃなくて。兎にも角にも、僕はこの形容し難い想いを伝えなければならなかった。

 

「……ごめんなさい。この鎧は、必要ありません。僕にこれは荷が重すぎる」

「っ、本当に?」

 

 どうしてそんな悲しそうな顔をされるのか、分からない。

 でも、この世界じゃ道を貫くことこそが正解だから。

 言葉を選びながら、僕は僕の想いを伝える。

 

「僕は、一足飛びで強くなりたいわけじゃない。身の丈に合った力とは言わないけれど、僕の強くなる道はこれじゃないです」

 

 僕はドウェインだ。本当なら死ぬ運命にある人間だ。

 もしかしたら僕は運命を変えることができずに死ぬかもしれない。

 それは嫌だけど、嫌なんだけども。

 

 僕はこのクソみたいに不条理が横行する世界を、僕を魅せた大好きな世界を生きると決めたんだ。

 

「……そう、か。お前は、そうなんだな」

「ごめんなさい。本当に勝手で申し訳ないって思うんですけど、弟子入りの話も無かったことにしてください」

 

 ああ、情けない。情けない。

 でも僕はこういう生き方しかできないんだろう。だから、先に進む為に僕はこの展開を切り捨てる。

 

「っ、それはダメだ!!」

 

 ヴィレームさんが声を荒らげる。

 僕はその理由が分からなくて、目を白黒とさせた。

 

「分かった。分かったから、この鎧は今は置いておこう。また明日来い! 絶対にだ! 私は破門なんてしないからな……!」

「ちょ、まっ」

「【ラド】!」

 

 いきなりのことに声を上げるも既に遅く。

 彼女が空間に文字を描くと同時に、僕の視界は真っ白な光に包まれた。




 Tips.

『黒騎の鎧/Powered suits(パワードスーツ・) of(オブ) Black knight(・ブラックナイト)
古き神の手に拠らない人工キングデバイス。人類、というよりかは一人の女の叡智と超克心の結晶。
本編ではとある強敵と対峙した際に主人公に託され、圧倒的な力で退けてみせた。
代償が重い。


2022/3/9/00:00に先行募集開始の予定です。


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