画家の出会い (肴那)
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始まり
思い立ったが吉日
自己満足のため、合わないと思いましたらブラウザバックをお願いします。
彼女らを初めて見たのは2日前だ。
三徹した後気絶したように眠り、起きたのは午後2時頃。「またやってしまった」と自分の短所に苦笑しながらカーテンを開ける。外はまだ昼のようで近くの幼稚園からは子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
欠伸をしながら身体を伸ばし、気分転換のためにテレビをつける。これもまた徹夜明けのルーチンの一つだ。
だが、これだけはいつもと違った。画面には馬の耳と尾が生えた少女のヒーローインタビューらしきものがデカデカと写っていたのだ。しかしその画面とは裏腹に、彼女のしゃべりはボソボソとしていて引っ込み思案なところがあるように見える。
一度寝ることにした。
ふて寝というやつだ。きっとこれは夢とか幻覚とかそういう類いだ。そう考えるしかない。身体を再度伸ばして寝室へ向かう。短すぎる一日は終わった。
「おはよう。」
寝室から出てすぐのリビングにいるヒョウモントカゲモドキ(トカゲモドキの通り実はヤモリである。)の”ヤーさん”に挨拶する。マンションに一人暮らしの自分にとって、周りの迷惑にならない爬虫類はぴったりだ。そもそも僕は哺乳類が苦手だ。相手が何を考えているかが明確でないと気持ち悪くなるのだ。そう考えると赤子の世話も無理だろう。そんな生産性のないことを考えながら餌を与えるとすぐに着替えリビングへ向かう。
一昨日描き終わったモノクロの絵画の前を通りリモコンを手に取ると、夢であってくれと願いながらテレビをつける。
そこには昨日の少女の勇姿が流されていた。何か大きな大会でもあったのだろうか。徒競走のようなものが行われている。しかし不思議だ。1位と2位の差がmではなくバ身なるもので表されている。コースもそうだ、芝の上を走っている。
なんというか、競馬に似ているのだ。瓜二つというレべルで似ている。人か馬か、そのぐらいしか違わない。しかし、馬と違い二本足で走っているのでこちらの方が走る音が大きい気がする。
疑問を振り払うべくスマートフォンを起動する。ホーム画面から違う。背景は馬だったが、今はテレビでも言っていたウマ娘が走る姿になっているのだ。
その後もインターネットでいろいろ調べた。まるで2日前〜昨日にかけて世界が変わってしまったように感じた。それは頭を抱えるほどで、馬という生き物はいないし、”馬”の字もない。馬がいないなら競馬もない。
どうやら自分の認識している”馬”の代わりに”ウマ娘”がいるようだ。
これは自分の目で確かめるしかない。思い立ったが吉日、スケッチ用のセット、財布、スマートフォンを持ち、少しだるい体を高揚した心で引っ張ってドアを開けた。
ありがとうございました。今日はここまでです。これからもよろしくお願いします。誤字脱字があればご報告お願いします。また質問や感想もよろしくお願いします。
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緑の魔女
外に出てみたはいいもののどこに行けばいいのかがわからないので、このあたりを散策することに尽きる。
ということでバックを肩にかけて出発する。スマートフォンを持っても僕は妙な個人の主張が強いので無意識に「周りのようになりたくない」と思い、歩きスマホは避けるようにしている。中学生くさいと思ってしまうものの、それは自分の性格なので受け止めるしかないとも思う。
川沿いを歩いているとウマ娘らしき少女らが皆同じジャージを着て走っている。生で初めて見たが、さほど驚かなかった。だが、興味は駆り立てられる。それは小学生がスーパーマーケットでなんでも手に取ってしまうような探究心、海賊が宝の地図を持って旅に出る居ても立っても居られない気持ち。久しぶりに大きなワクワクが自身を支配する。
これはチャンスだ。そう思い、彼女らの後を追う。彼女らが何処にいるのかが分かれば今日は十分だ。ウマ娘をスケッチするのは次のレースまで我慢することにした。
時々地図を見ながら尾行をしていると大きな建物に着いた。校門らしき塀には「日本トレーニングセンター学園」という札が付けられている。ここがウマ娘をレースに出すために鍛えている場所らしい。建物からは女性の声が多数聞こえる。流石はウマ娘養成所だ。スマートフォンによるとここは”中央”らしい。中央があるということは地方もあるのだろうか。
などと考えていると日本トレーニングセンター学園の校門近くに立っている全身緑のファッションをしている女性がこちらに向かってくる。
「トレセン学園に何か御用でしょうか?」
しまった、少し眺めてようとしたが不審だったか。どうにか誤魔化せないか…。
「い、いやぁ、ただ近くを通ったのでね。トレセン学園、知ってるのですが、実物を眺めていたら圧倒されてしまいましてね。」
実は何も知らない何て言えるわけがない、と冷や汗をかきながら思わず目を逸らしてしまう。
「目、逸らしましたね。もしかして何か隠し事でのあるんですか?」
う、勘が鋭い。不審がられる前に退避しよう。レースの場所も見ておきたいし。
「そんな、隠し事なんてないですよ。ただの散歩ですので、失礼しました。」
早歩きでそそくさと退散しようとするが…彼女に襟を掴まれる。
「ちょっと待って下さいね。知ってると思うのですが、マスコミがよく訪問してくるんですよ。だから不審な者がいれば逃すなって言われてるんですよ。」
「つまるところ得体の知れない奴は拘束しておけってことですか?」
彼女はニコニコした笑顔のまま襟を引っ張る力を強める。グェ、という声が出てしまう。その声に反応するように緑の魔女はくすくすと上品に笑う。これは肯定ととるべきだろう。
「わかりました。抵抗しないから襟引っ張らないで、苦しいから。」
「分かればいいんですよ、でも逃げる可能性があるので両手、縛らせて下さいね。と、そのバッグも没収させて頂きますね。」
「はいはい、了解です。」と渋々スケッチ用のバッグを渡す。彼女が両手を縛ると強引に縄を引っ張る、この人案外力強いんだよな。しかし彼女のペースになってしまうのは何故だろうか、そう考えながら校舎らしき建物の中に入っていく自分たちの姿を想像すると現行犯と自分を捕まえた女性警察官にしか見えないのだった。
二話も見て頂きありがとうございます。コメディ路線で行きたいです。
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秋川やよい/駿川たづな
校内に連行された後、理事長室と書かれた場所に入れられる。理事長でも呼ぶのだろうか、緑の魔女に所持品は全て取られてしまったし。どうするか、トレセン学園の校舎を見る限り『ウマ娘のレースを扱う業界』は大きそうだ。そうすると、スパイか何かだと問題になってしまう可能性がある。そんなことになると僕の居場所はウマ娘、またその関係者からの評判は良くないものとなるだろう。
「こちらでございます。」
「感謝‼︎ たづな君、ご苦労‼︎」
なにやら騒がしい声が聞こえてくる。さて、ここをまとめるのはどんな奴だ、と考えるが、その姿を見た瞬間に驚きでその考えは吹っ飛んでしまった。
その姿はまさに子供だった。自分の身長は180cm近くあるが、その自分より頭二つ分ほど小さいのだ。つまり、彼女の外見は小学生ほどにしか見えない。しかし、子供に見えるだけで成人しているかもしれないのでそのことは自分の心だけに留めておく。
「理事長、この方です。」
「理解‼︎まずは自己紹介をしよう。我はこのトレセン学園の理事長の秋川やよいである。そしてこっちが…」
「理事長秘書の駿川たづなです。」
これは自分も挨拶しなければ、と軽く一礼してから自己紹介をする。
「僕は天瀬玲凪です。そちらが預かっていた名刺入れに名刺が入っていたと…。」
というとやよい理事長はたづなさんに命令をし、荷物の中から自分の名刺入れを出させる。僕の名刺を見ると一度頷いて、
「了解‼︎君は不審な者ではなさそうだ。」
「い、いいんですか⁉︎何か事情がありそうですが…。」
やよいさんは名刺を見て、もう一度うなずく。
「確認‼︎ 君は画家、らしいな。もうすぐジュニア級メイクデビューがある。たづな君は不満らしい。そこで、彼の人間性を見るためにメイクデビューで彼の絵画を見せてもらおうじゃないか。」
「理事長がそこまでいうのでしたら、それでも良いのですが…。…わかりました。そうしましょう。」
二人ともそれで納得したようだ。しかし、メイクデビューとは何だ?トレセン学園と関係があるからレースの一種だろうか。
この後たづなさんと連絡を取れるようにし、持ち物を返してもらい、帰宅させてもらった。
家に帰ってすぐに”メイクデビュー”について知らなかったので、ウマ娘のレースについてパソコンで調べることにした。
ウマ娘が最初に走って沢山の人に自分を認知してもらうのがメイクデビュー、誰もが目標とできる様々なレースを行うのがURAらしい。僕は友人が競馬のファンなので少しは競馬に詳しいところがある。URAの詳細を見ると芝、ダート、マイルなど競馬と同じ部分があることがわかった。これでまたウマ娘のことについて詳しくなっただろう。
そして、これから競バ場でウマ娘が走る姿を想像しながら宅配サービスで夕食を取るのだった。
topic:主人公は画家と言っているがイラストレーターの面の方が大きい。
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ステッキのように
Cygamesさんには悪いですが。
今回はちょっと長めです。まだウマ娘との絡みはないです。
連絡先をお互い交換したたづなさんに2日に1回はトレセン学園に顔を出せと言われたので翌日、午後4時ごろにトレセン学園に向かうことにした。
とはいえ、ウマ娘たちはトレーニングをしているので話しかけるのは気が引けるし、行くところもない。こんなだだっ広い場所散策していたら迷子になってしましそうだ。
そうやって腕を組みながら彼女らの練習を見ていると横から話しかけられた。
「あんた、見ない顔だな。新トレーナーか?」
「いいえ、ただの画家ですよ。」
話しかけられた方向を見ると棒付きの飴玉を舐めている男性がいた。インターネットで見たトレーナーのバッジが襟の辺りについているのでこの男性はトレーナーなのだろう。
「ちょっと不審者と間違えられましてね。無実を証明する為にしないといけないことがあるんですが、それまで時間が余っていまして…。さらに2日に1回ここに来いと言われてきてみれば、案の定することがないんですよ。」
「画家っていうなら絵を描きゃいいんじゃないか?」
それは自分のプライドが許さないので、僕は首を横に振り否定する。
「せっかくの機会です。最初に描くウマ娘はレースを走る瞬間でなくては。」
「ああ、メイクデビューね。…最初に描くってどういうことだよ。ウマ娘は周りにいるし、描く機会なんていくらでもあるだろう。」
どうやら彼は結構勘が鋭いらしい。なんとか発言を言及されないような手はないだろうか。ここで三つの案が浮かぶ。
・嘘をつく(最近ってことですよ。)
→納得しづらい
・正直に話す
(実は一昨日までウマ娘のことを
全く知らなかったんですよ。)
→信じるわけがない
・話を方向転換する。
(そ、そういえばトレーナーって具体的に
どんなことをするんですか?)
これだ。少々強引だがこの”ウマ娘知らないよ疑惑”を誤魔化すことができるだろう。
「そ、そういえばトレーナーって具体的にどんな仕事してるんですか?」
「お、おい今はこっちが質問してるだろうが。…まあいいよ。ウマ娘のトレーニングとそいつらのアフターケアが中心だな。休日一緒に過ごすこともあるし。」
「楽しそうですね。」
「ああ、やり甲斐があるんだよ。担当ウマ娘が勝てば嬉しいし、あいつらと一緒に過ごしていれば楽しいんだ。ひと段落するごとに”この仕事やっててよかったな”って、そう思うんだ。」
「面白そうですね。スポーツのコーチって。文化系の僕にはあまりわからないです。」
「でも画家ってんなら”描いてて楽しい”とか”自分の絵を褒められると嬉しい”とかあるんじゃないの。」
僕は否定する。
「そんなんあってないような物です。はっきり言うと苦ですね。何かを生み出すって結構難しいんですよ。絵画で食っていけるのはほんの一握りだけ。僕だってその中に入れない。僕は画家って言ってますがほぼイラストレーターになってますよ。画家だって自称です。」
画家を名乗るのはただのプライドでしかなかった。確かに人には絵が上手いと言われるが、稼げなきゃ意味がない。
すると彼は棒付き飴を口から出し、親指と人差し指でステッキのように振る。
「じゃあ、お前もやってみるか。」
「えっ、」
「トレーナーの仕事だよ。お手伝い程度なら大丈夫だ。お前、暇なんだろう。仕事の楽しさを教えてやる。」
ふっと思わず笑ってしまう。なんて自由な人なんだ。まるでブラック企業のようではないか。それじゃあ彼の担当ウマ娘もこんな人たちなのだろうか。
「もちろん、やりますよ。僕は天瀬玲凪です。あなたは?」
と自己紹介しながら握手を求めるようにして手を前に出す。
「俺は沖野晃司だ。よろしく、天瀬。」
「よろしくお願いします。沖野トレーナー。」
軽い自己紹介をすると、二人で固い握手をした。それは万力のようだった。
感想等々待ってます。
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新生活
飲食店
というわけで明後日から手伝いを始めることとした。午前10時ごろにトレセン学園に着くと校門前で沖野さんが待っていてくれた。どうやら彼はサークルを作っているらしく、そのサークルに設けられている個室に案内してくれるそうだ。
そこに着くと自分のイメージとはかけ離れたものだった。自分は一つの大きな建物の中の一部屋だと思っていたが、どうやら建設現場の仮の部屋のようなアレなのだ。
中に入ると、ど真ん中に白い長方形のテーブルがあり、サイドには合計6つの背もたれが無いタイプの椅子が置かれている。さながら部室のようだ。
「それで、僕は何をすればいいんですか。」
「ええと、とりあえずメンバー全員の名前を覚えてもらおうかな。」
そう言うと、沖野さんはタブレットを取り出し、僕に見せてくる。
「ほい、こいつらが今いる奴らだ。」
それを覗くと7名の情報が書かれていた。どうやらこのチームにはゴールドシップ、ウオッカ、ダイワスカーレット、サイレンススズカ、スペシャルウィーク、トウカイテイオー、メジロマックイーンがいるらしい。
「ああ、もうちょっとでもう一人来るんだ。」
“そうですか”と自慢げな言葉を一蹴りし、近くにある椅子に座らせてもらう。成る程、ウマ娘によって得意な距離があるらしい。長距離、中距離、マイル、短距離の四つだ。
さらに言うと走り方もいくつかある。逃げ、先行、差し、追込だそうだ。とは言ってもあまり詳しくない自分にはよくわからないので、他のことも含めて沖野さんに聞くことにした。
結果としてはこのチームのことについて聞くことができた。とは言っても彼は放任主義な様で聞けたのは性格ぐらいで詳しいことは聞けずじまいだった。
「さて、そろそろ昼飯の時間だ。よし、ラーメンでも食べに行くか。」
僕は頷くとルームから出た沖野さんについていくために立ち上がった。
どうやらトレセン学園には沢山のウマ娘がいるのでそれに伴って周りには商店街だったりデパートだったりが多いのだと言う。そういえば3日前にトレセン学園に来る途中、飲食店の件数がやたら多い気がしていたのだ。なので同じものを取り扱う店は去らざるをえないのではと考えていたがそれは杞憂なのだろう。
そうやって色々考えていると沖野さんは足を止める。彼は”これから向かうラーメン屋もそのひとつだ”といって暖簾をくぐる。
「おっちゃん、いつもの!」
「じゃあ僕もそれをお願いします。」
沖野さんと同じメニューを頼めば確実だろうと考えていると驚いた様子でこちらを向く。「なんですか?」と問うと彼は焦った口振りで両手をガシッと肩に乗せて言う。
「おい、ここのラーメンは結構な量あるぞ、食いきれるか?!」
厨房に視線を移すと店主らしき男性も首を縦に振る。どうやらこれは本気らしい。しかし、ここまで来ては引き返すのは気が引ける。
「いえ、大丈夫です。そういえば”いつもの”ってどんなのですか?」
ここまできたらどんなもんが来ても食べきってやる、と覚悟を決めて腹を括る。さて彼はどんなものを食べようとしてい…
「チャーシューもやし追加の野菜マシマシ豚骨ラーメン」
「あ、味噌でお願いします。」
…豚骨だけは無理なんです。そう手を挙げて言った。
シンデレラグレイを買いました。少しずつウマ娘知識が増えている…気がする。
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ちなみにこのチームはスピカって言うらしい。
「お前、見た目の割に結構食べれるのな。」
沖野さんの作ったチームの部屋に戻ってきた時にそう言われた。確かに自分は一般人より多い量を食べられる。しかしそれは中学生の頃が大食いだったのでその影響であって今では食べれる量は減ってしまっている。
「結構って…、僕にどんなイメージを持ってるんですか?」
「少食で草食系でストイック。合理的な方法で物事を進めるタイプって感じかな。」
「僕、中学生の頃は吹奏楽部だったので結構食べますよ。その他の草食系とか合理的とかはわからないけど。」
そんな感じで世間話をしていると少女たちの話し声と複数の足音が聞こえ、その中のひとつはドアの前で止まる。
「トレーナーさん、今日のトレーニングは何ですか?」
とゲンキハツラツな声が室内に広がる。天瀬はそちらを向くと黒色だが一部だけ白でボブぐらいの長さの髪をし、紫を基調としたセーラー服を着た“何処にでもいそうだがいない”そんなウマ娘がいた。
目を合わせると知らない人が来たからなのかびっくりしている。そのせいか、口からはぎりぎり聞き取れるぐらいの訛りが出ている。どうやらこの子は地方出身らしい。
「…ああ、こいつは昨日言った助っ人だよ。天瀬玲凪だ。天瀬こいつがスペシャルウィークだ。」
沖野さんがそういうとお互い一礼する。
「よろしく、僕は天瀬玲凪、1週間とちょっとだからあまり気にしなくてもいいよ。」
「ええと、スペシャルウィークです。よろしくお願いします。」
なんて礼儀の正しい子なのだろう。しかし、この子は何故このチームにいるのだろう。ここにいるおちゃらけたトレーナーよりも挨拶とかそういうものを尊重するようなトレーナーの下にいた方がいいのではないだろうか。
「おい、今失礼なことを考え無かったか?後そんな自己紹介されるとこっちが困るからやめてくれ、気まずい。」
「ハァ↑、自分が無礼だという自覚あるんじゃないですか。ちょっとはその性格を治してみたらどうですか。」
少し喧嘩腰で返答をするとスペシャルウィークさんは”喧嘩はダメですよ〜。”と言ったのでその可愛さに免じて許してやる。
はて、他の子は来ないのだろうか。このサイレンススズカさんとか他とは走り方が全然違うので少々気になるところだ。
「…何を見てるんですか?」
そんな質問をされたので、タブレットを見せる。するとスペシャルウィークは今ここの学園には滞在しておらず、外国にいるのだという旨の話を聞かせてくれる。
その後スペシャルウィークは他のチームメンバーについて話してくれた。はちみーとやらが好きな子と甘いものが好きな子がライバルであること、負けず嫌いなツインテールがいること、カッコいいが好きなボーイッシュな子がいること、他人のレースの時に焼きそばを売るぶっ飛んだ奴がいること。
そんな会話をしてもらっているうちに戸が開き他のメンバーが入ってくる。するとこちらに気付いたのか少し不安そうな顔で仲間の中で話し始めてしまう。いきなり知らない奴が自分のテリトリーにいるので動揺しているのだろう。
「ええと、皆さん。こちらは昨日トレーナーさんからお話しされた助っ人の方です。ええと、天瀬さんこちらが…」
「ボクはトウカイテイオー。もちろんテレビで見たことあるよね。」
しまった、と思ったが自分はメディアにあまり目を通さないのでわからないとだけ返しておいた。
「私はメジロマックイーンですわ。よろしくお願い致します。」
この子は口調からかなりいい育ちそうだと感じる。しかし、スペシャルウィークさんから聞いたような子では無さそうだが…。
「俺はウオッカだ。よろしく‼︎」
そういうとウオッカは笑顔でサムズアップをする。容姿から察するにこちらは隣の子と比べカッコいい系な子のようだ。バイクが好きという事なのでいつか見せてやるのもいいだろう。
「私が最後ですね。ダイワスカーレットです。天瀬さん、よろしくお願い致します。」
一礼。さながら優等生の様な振る舞いの彼女からはここで一昨日に会った二人目のトレーナーと重なる。はて、彼女の名前は何だっけな。宝生院?花京院?なんか違うな。ここでその疑問を気にしていては意味がないので僕も改めて挨拶をする。
「僕から向かって左からトウカイテイオーさん、メジロマックイーンさ
ん、ウオッカさん、ダイワスカーレットさんですね。僕は天瀬玲凪です。
短い期間ですが、よろしくお願いします。」
ワクワクする。この個性的な面子を見ているとなんだかこれからが楽しみでしょうがない。このぐらいのワクワクさがあればワクワクさんを超えるワクワクさんⅡになれる気がする。なんなら竹ひごと洗濯バサミでデザートイーグルを作れる。
「おい、天瀬。関係ない事考えんじゃねえよ。さっさとトレーニング始めるぞ。ひとまず解散。」
本当に放任主義なんですね。それでは僕がやることは無さそうですね。
ちなみにこのチームはスピカって言うらしい。
あれ、アニメとアプリが混じってる気がする…。まあ、設定ってことにしよう。そうしよう。
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ここに居るのもあと数日
彼女らと会ってから一週間が経った。ある程度仲良くなり、所属しているチーム以外のウマ娘とも話せる様になった。とは言っても他のチームとの合同練習の中で生まれたもの+αなのでほんの数名なのである。
しかし僕と言う人間は人の名前を覚えることが苦手だ。実際この学園の中の知り合いでフルネームを覚えているのは理事長、理事長秘書、スピカのメンバーとトレーナーだ。だが、これは僕のせいではない。皆が名前を単略化した所謂ニックネームで呼び合っているからだ。
しかも彼女らは僕にフルネームで呼ばせようとしないのだ。スペだのテイオーだのだのエルだの…。お陰でエルという覆面を付けた少女のフルネームを思い出すことができない。何処かに鳥の名前が入っていた気がするがどうもピンとくる答えが出てこないのだ。悩んでいてもどうにもならないので、この問題は後に回し、一度身体を伸ばす。
「天瀬さん、ここで何をしてるんですか?もうトレーニングの時間ですよ。」
名前を呼ばれたので振り返るとそこには駿川たづなさんがいた。ここで呑気に背伸びをしているのを見てほっとけないのだ。なんて清純な人なのだろうか。
「ああ、駿川さん。今日は休みなんですよ。ここに居るのもあと数日なので少しはここを満喫しようと思いましてね」
駿川たづなさんとの会話もこのところ、わだかまりが無くなったと感じる。小話を続けているうちにお互いの警戒心も薄れていった。出会えば話し相手となり、一度外食にも行った。もはや友人と言っても過言ではない
だろう。
「とは言っても、案内はハルウララさんにしてもらっていましたよね。何するんですか」
「そう、それが問題なんですよ。トレーニングの時に案内されなかった場所も大体回ってしまいましたし…。何かお手伝い出来ることはありませんか」
「それならば、私の仕事を手伝ってもらいましょう」
労働は避けたいが退屈であるよりマシだろうと思い、適当な返事をして駿川さんについていくことにする。
作業といっても書類整理であってたづなさんの確認したものに印を押すだけだった。それでも紙は山積みだったので終わる頃には日が沈み、生徒の門限の少し前になってしまった。
「ありがとうございます、お陰様でいつもより早い時間帯に終わることができました。お礼とは言っては何ですが、少し飲んでいきませんか?」
彼女のクイっとグラスを傾けるジェスチャーに肯定すると理事長に一言伝えるといつもより遠い居酒屋に向かう。
「たづなさんはよく過酷な労働に耐えられますよね。これもやっぱりウマ娘への愛って奴ですか」
「いえ、このぐらいの愛は誰だって持ってますよ。逆に貴方に愛が無いんですよ」
酒を飲んでいると畏まる様な仲でも包みの無い会話ができる。
「そう言えば貴方と会った時、妙なこと言ってませんでした?」
そうだったか?自分でも覚えていない。無意識だったのだろうか。自分は隠し事をする主義ではないので別に何でもいいのだが。試しに何と言っていたか訊くと、
「ああ、それは流石に覚えてていませんが…でも違和感があったんです。まるで”ウマ娘の存在をついさっき知った”みたいなそんな感じでした」
「っぐ、」
「え、本当に知らなかったんですか‼︎…まあ、今言及するのはやめておきましょう。ですが、貴方にはこれからウマ娘の良さについてしっかり知ってもらいます」
たづなさんのウマ娘レクチャーは夜遅くまで続き、結果として終電に間に合わない様な時間になってしまった。
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1着が決まった瞬間に輝く
やっとこさ”メイクデビュー”当日。筆と絵の具、そしてキャンバスを持って向かったのはターフだ。今日は快晴、芝が細波のように揺れる最高の絵描き日和だ。準備をしていると沖野さんが勝手にパレットに絵の具を出し始める。
「…何やってるんですか、勝手に出されても困りますよ。」
そう言っても沖野さんはパレットに出すのをやめない。
「今のお前に必要な色はこれで十分だ。」
パレットに出されたのは深海のような藍色と太陽の光のような白に近い黄色、吹雪のような白だけだった。これらは自尊心と自惚心だけ膨れ上がった傲慢な僕が特注したものでその一本しか存在しない。出した以上それは使わなければ勿体無いものだ。
「はぁ、画家をなんだと思ってるんですか。…わかりました、それも使いますよ。」
「何もわかってないな。よし、お前がそれを書き終えるまでこいつらは預かっておこう。じゃあな。」
ちょっと、引き止める前に彼は行ってしまった。何がわかってないだ。あの人に何がわかるっていうんだ。でも取られてしまったものはしょうがない。どれだけ僕を馬鹿にしているかわからないけれど受けて立とうじゃないか。そうだ、沖野さんをギャフンと言わせたらまたあそこで食べさせてもらおう。
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ファンファーレが鳴る。事前に見せて貰ったスピカのメンバーの中に(仮)として紹介されたキタサンブラックのことを思い出す。よし、その子でも描いてやろう。
一斉に走り出して一番最初に前に出たのはやはりキタサンブラック、ぐんぐんと後ろのウマ娘たちを抜かしていく。後に続いてまばらに続いていくウマ娘の中にはまだ半分も走っていないのに走り方が崩れてきているものもいる。
描くのに困り果てているともう最終コーナー。未だにキタサンブラックは先頭にいる。”つまらない” 天才的な彼女の独壇場で競争相手らも諦めかけている子がほとんど。こんな王道なスポーツ漫画の展開の一つじゃ面白くも何もない。
「これじゃあ描く気にもならな──」
一閃。一瞬、2番目のやつの顔が見えた。笑っている、こんなに差が開いているのに。何故にそこまで燃えられる。何故にここで笑っていられる。
ああ、これだ。これが見たかったんだ。努力で抗ってどんな時でも天才への敵意を忘れずなんとか食らいつこうとする、その姿勢は1着が決まった瞬間に輝く。
『1着はキタサンブラック、2着はデュオペルテ‼︎』
雌雄を決して、結果に喜びながらも何処か苦い表情をする灰色の彼女を確認して僕は筆を動かし始めた。
──────────────────────────
「おい、あんな大差で勝ったんだ、なんでキタサンブラックを描かな勝ったんだ。」
そう言って完成した青と白のキャンバスを腕を組んで見つめる。
そこには2人のウマ娘の後ろ姿があり、下の方には白で薄めに薄めた紺色の髪の彼女が大きく写り、上の方には彼女に追いかけられるようにキタサンブラックが光を目指して走っている、そんな絵だ。
「あれを描いて何になるんでしょう。決まりきったこと、どこかの誰かが写真にでも収めてると思いますよ。僕はね、注目されていない光を書きたかったんです。」
そうか、と沖野さんは何処かしっくり来ないような返事をして去っていく。すると、筆やパレットを仕舞っていると後ろから話しかけられる。
「描けたんですね。」
そうですね。
そう言って僕はたづなさんにキャンバスを渡しこの学園を去ることとした、永遠に此処に来ないことを誓って。
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どうせ変わらない1日
目を覚ます。どうやら帰ってきてからも作品制作に没頭していたらしく、意識が戻っている頃には木製で三つ足の椅子に座っていた。目の前には鮮明な彼女らの走っている姿が映っている。うめき声を上げながら身体を伸ばし、テレビをつけてみる。
時刻は午前11時30分、画面の向こう側では馬が走っている。
「じゃあ、あれは何だったんだ。あ、あれは現実だったのか?」
目の前の鮮やかなキャンバスを見ると彼女の姿が残っていた。もう一度元気で何かに向かって走っていて、心の火を絶やさない彼女たちに会いたいと思ったがどうすることもできない。どうやって行ったのかどうやって戻ってきたのか。あそこについて何もわからない。
シンクに移動して冷蔵庫に入っている水を口にして、テーブルに置いてあるスマートフォンを手に取る。2件のメッセージが届いているようなので開いてみるとそれは僕と一週間の関係だったがそれ以上に頭に残るあの人からのものであった。
コップが滑り落ちる。「彼女が残っている」その真実が分かればいい。これはチャンスだ、根拠はないが急いで何かしないとウマ娘のように消えてしまうのではないかと焦ってしまう。だから僕は駿川たづなに一枚の写真とメッセージを送った。
────────────────────────
あれから彼の姿を見なくなった。彼のことを話しても首を傾げるだけで誰も覚えていないようなのである。
「理事長!何やってるんですか⁈」
理事長室での雑務で気を紛らわせようと扉を開くとそこでは彼の絵画を外していたのだ。
「撤去‼︎これが飾られてからたづな君の気分がよろしくないと思ったのでな。……どうしてそんな悲しい顔をするんだ。そ、そうだ。今日は休め!そんな気分で仕事をされては困る!」
自分でもわからないが気づいた頃には自宅であの絵画を抱きながら眠ってしまっていた。どうにか天瀬玲凪の痕跡は無いかと携帯を漁る。彼と酔った勢いで撮った写真も写っているのは私だけで自意識過剰な女になってしまっている。
「あった。」見つけたのは彼の連絡先、急いで青と黄色のキャンバスの写真を撮ってメッセージと一緒に彼に飛ばす。
『今までありがとうございました。あなたに勿忘草と紫苑の花束を』
私は怖くて仕方がなかった。
─────────────────────
「『私を忘れないで』『君を忘れない』か。」
僕が送ったのは彼女ら全員が集合した絵と『ゼラニウムのお返し』という一言。
こんなことがあっても僕は生きている。彼女─駿川たづな─のことはわからないが彼女も今を踏み締めているのだ。
〈どうせ変わらない1日〉そんな毎日は僕たちは生きている。悩んで、見つけて、歌って、踊って、怒って、泣いて、笑って。くだらない毎日にどうしようもない感情を刻み込む。
出掛けよう。決意の花を買いに。
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