追放系お嬢様 (インスタント脳味噌汁大好き)
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プロローグ

世の中には破滅的願望を持つ人間がいる。

 

だから、尊厳破壊を望む人間がいてもおかしくはないだろう。

 

自身の持つ地位、財産、力、権力…果ては家族や友人、恋人を失って絶望感を味わいたい。体力気力魔力筋力視力聴力その他諸々を吸い取られてミイラのような死体になりたい。ついでにそのまま丸呑みされたい。

 

そんなあまりにもアレな性癖を持つTS転生お嬢様がこの世界にはいた。公爵家の一人娘であり、大切に育てられていたが、残念なことに最初から彼女は歪んでいた。

 

「追放ですわ!追放ですわ!」

 

鳴き声のように追放を連呼するブロンドヘアの少女。追放すること自体に意味なんてあまりない。強いて言えば追放された人が恨みを持ち、復讐しに来ることを待ち望む。

 

彼女は巷で言うところの追放系小説が大好きだった。追放された冒険者が、急遽謎な才能に目覚めたり、元々隠し持っていた能力で追放した人物を追い詰め、時には拷問や死すら生ぬるい生き地獄を追放した人物に味合わせる。

 

そんな話を幾つも読み、彼女の元の人格は、拷問や死すら生ぬるい生き地獄を味わう美男美女たちに興奮した。その上でそんな体験をしてみたいと切に願う、傍迷惑な存在だった。

 

 

 

 

 

「今日は騎士団から追放ですわ!最下位の人間は追放ですわ!」

 

ある日、いつものように杖を振り回す公爵の一人娘……リディア=ナロローザはいつものように追放を宣言した。自前の騎士団を保有するリディアは、400人の騎士達を使ってトーナメント戦を行う。ただ一つ、普通のトーナメントと違うのは負けた方が次の試合に進むことだけだ。

 

突拍子もなく始まったが、リディアが私兵を持ってから週一ペースで行われていることなので特に不満の声はない。粛々と組み合わせが決まり、トーナメント形式での大会が始まる。

 

試合は刃を潰した剣を使用し、一撃を入れられた方が負けというもの。そんな試合が数百回と行われ、最弱の2人がリディアの眼前にて試合を行う。双方、ここまで負け続けたとは思えないほど俊敏な動きで剣を打ち合い、火花を散らす。

 

ここまでに何回も試合を行っては負け、疲労が蓄積しているにも関わらず、試合の動きは緩慢にはなっていない。それどころか非常に鋭い剣筋が幾つも見られ、トーナメント表だけを見たら勝ち上がった2人の試合だと思えることだろう。しかし現実には、互いに負け進んだ者同士の試合だ。

 

1対1の試合は、必ず敗者を作り出す。片方の若い男の持つ剣は弾かれ、遥か後方へと飛ばされた。ここまでの連戦で握力が緩んだ隙を突かれた形となり、追撃を躱すも反撃の手がなく途方に暮れる。

 

剣を失った青年は、相手から突き付けられる剣先を見て降参をする。その瞬間、リディアは喜々として立ち上がり負けた方へと近寄った。

 

「わたくしの方針はもうご存じですわね?

アクバルさんでしたか?貴方を騎士団から追放いたしますわ。剣は返してくださいまし」

 

その言葉に、アクバルと言われた青年は膝を突く。また1人、リディアの騎士団から人が去ることとなった。

 

トボトボと歩いて行くアクバルを見て、また復讐してくれる候補者が増えたと内心歓喜を隠しきれないリディア。彼女の騎士団はまた399人に減り、追放される1人を見て、残りの399人はこうはなるまいと一層の鍛錬を決意した。

 

 

 

 

 

 

「アクバルって3ヵ月前の武闘大会でお嬢に拾われたんだっけ?結局持たなかったなぁ。最近は、元騎士団からの追放者が少なくて何よりだ」

「もう元々の騎士団員は半分程度しか残ってねーよ。

しかしまあ……次に補填される奴も剣の化け物なんだろうなあ……」

 

荷物をまとめ、黒服達に領外へと連れ出されるアクバルを見てリディア騎士団の設立当初から在籍を続ける2人が喋る。もうすでに見慣れた光景であり、この光景を薄情だという声も中には存在するが、2人はそうは思っていなかった。

 

「年に最大で50人以上入れ変わる……まあでも当たり前だよな。強い奴が騎士団に入るってことは、弱い奴は抜けるってことだ」

「お嬢が来るまでは、言ってしまえばうちの軍は弱かったからなぁ。

しかしこれでお館様も一安心じゃないか?」

 

リディアが騎士団を設立した時、そこに最初から在籍していたのは元々領主の軍に所属していた人達だったが、残念なことに精鋭と言えるまでの兵達ではなかった。しかし武闘大会を開き、そこで成績優秀だった人物を加えることで軍を強くすると共に、弱い人間を追放することで軍を弱くすることを防いだ。

 

最弱の一人は、除籍される。その恐怖心が平均よりも弱い人達の自己研磨を導き、徐々に人が入れ替わっていく。自分は大丈夫だと豪語していた平均以上だった同僚が、やがては最弱候補となり、最弱となって追放される。あまりにも早い軍の新陳代謝は、否応なく軍のレベルを底上げした。

 

リディアが5歳の頃から始めたこの追放トーナメントは、既に5年が経過し、累計250人以上の追放がなされている。最近では、武闘大会で勝ち上がって騎士団入りした人達も追放されるようになっていた。

 

中には追放された後で、再度剣を磨き直し騎士団に入り直した人物もいる。リディアはそういう人を見て、いつ復讐してくれるのかとワクワクしていた。



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第1話 使用人を追放ですわ

ある日目が覚めると女の子になっていた。それも金髪で幼いながらも既に美人が確約されているような顔立ちであり、将来的には金髪ツインドリルが似合いそうなお嬢様に。

 

そしてそんな未来の容姿端麗な姿を予想し、頭に思い浮かべた自分は、直後にその姿を1000通り以上の犯し方で犯し尽くす。まだ5歳の容姿だけど、なんか既に巨乳になる未来しか見えなかったし、美人に育つだろう。その頭の中の美人をゴブリン、オーク、触手、芋虫、巨大蟻、植物、機械、エイリアン、エッフェル塔、潜水艦……ありとあらゆる生物や物で、ありとあらゆる犯され方で犯される姿を幻視する。洗脳や催眠も本人の意識が奥にあるならOK。

 

四肢欠損や眼孔姦、脳姦も似合いそうだ。男性だった前世は被虐願望をあまり満たせなかったけど、今世は女性。しかも倫理観は中世。気軽に強姦に出会えそうで胸が踊る。顔とか片手で押さえつけられて、乱暴にされたい。暴れられたら面倒だからと、拘束具を付けられた上で犯されたい。

 

さて、現状を確認するとどうやらこの身体の本来の持ち主が持っている記憶は覗けるらしい。早速記憶を辿ると、この子は公爵家の一人娘だが、両親は既に他界していることを把握する。現在統治を行っているのは隠居していた祖父のようで、父に家督を譲った後、のんびりしていたけどその父が死んだから自分が成長するまでの間、領地を経営する流れなのかな?

 

つまりは将来的に広大な領土を受け継ぐ人生の勝ち組というわけで、その勝ち組からの転落人生を歩める絶好のチャンスでもある。良いよね、お嬢様がひたすら転落していく姿というのは。

 

前世では、追放系のなろう小説が好きだった。追放した側の人物が、情け容赦なく追い詰められ、ダンジョンの最下層でモンスターにバリバリ食べられたり犯罪者になって拷問をされたり、その描写にたまらなく興奮もした。

 

次に好きだったのは悪役令嬢系かな。最終的には酷い目に遭う、ということをつらつらと書き連ねている小説が多く、中にはわりと残酷な運命も多いので個人的にはとても羨ましいと思う。これにループ系を組み合わせたような小説が個人的にはベストだと思うんだけど、残念なことにそんな奇特な小説は少ない。

 

……ここで自分は、その両方を満たせる可能性に気付く。ということは、積極的に陰キャを虐めたり弱い人を追放すればいずれ復讐されてざまぁ展開を受けられるのでは?可愛がっていたペットの奴隷に蔑んだ目で見られ、人外の生物に犯され、財産や地位を全て喪失する。何ならファンタジー的なあれこれでゴブリンにされて親しき者に討伐されたり、氷漬けにされて永遠に苦しみを味わうとかそういう展開はめっちゃ美味しい。

 

あ、やばい。こんなことを考えるだけでお股が濡れちゃうとかこの身体が敏感過ぎるし完璧過ぎる。というわけで意識が浮上し、現状把握が終わった数日後には、気に入らない使用人を全員領外追放。ちゃんと一人称も「わたくし」にして、ですわ口調を守ろう。追放ですわ!追放ですわ!お前ら全員追放ですわ!

 

 

 

 

 

齢5歳にして、急にちゃんとした言葉を使い始めたリディアは、使用人の3割を館の中央に集める。ここに集まった者の大半はリディアが適当に選んだ人達……ではなく、手頃に追放出来る人達であり、コミュニケーション能力が不足している者達だ。

 

3割と言っても、使用人の数は100人に近いため、人数としては30人と多い。そしてその者達をリディアは追放すると宣言する。

 

「何故我々が追い出されなければならないのですか!我儘もいい加減にして下さい!」

 

当然、声を荒らげる存在がいた。その言葉に賛同するような声がちらほらと上がるが、リディアはニコニコ笑いながら答えた。

 

「貴方達が怪しいからですわ。それ以外に理由なんて必要ありませんわ」

 

その言葉に、若干身体をビクつかせる者が数名いたのをリディアの後方にいる執事長は見逃さなかった。リディアの指示により、全身真っ黒の服装にし、真っ黒な帽子を深く被って顔を見せないようにしている若き紳士は、この場に集められた大半が他領からのスパイだと勘付く。

 

……追放される側の人達の周囲を取り囲むようにして出てきたのは、全員が黒服を身に纏い、大きな黒い帽子を深々と被っている使用人達だ。これがリディアの使用人達にとって、今日からの正装となるという情報を受け取れた人物。そしてその情報を、受け入れた人物だ。

 

逆に取り囲まれている、普通の給仕服を着ている使用人達は情報を受け取れなかったか、リディアの言葉を戯言だと受け取り指示に従わなかった人物。彼らはこの後、荷物を纏める暇も与えられず、領地の外へ放り出された。

 

一度指示され、追放した側の人間は、次にこうなるのは自分達かもしれないという不安に駆られる。そしてそれが、そのまま忠誠心にもなる。

 

これ以降、リディアが追放することは多々あったが、いずれも必ず条件があった。弱い者、情報収集能力が欠ける者、清潔感のない者……。リディアは自身が可哀想な目に遭うことが目的で追放を始めたが、だからと言って何も理由がないのに追放されるのは追放される人が可哀想だと思う程度の人の心があった。

 

それゆえにリディアの追放は一定の正当性があり、リディアの周囲の人間もまた、追放を好むようになっていく。やがてそれは、強固な組織を作り出した。



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第2話 敵国の軍は追放ですわ

平和とは戦争と戦争の間の準備期間である。

 

とはいうものの、実際唐突に隣国が攻めてきたらどう対応して良いか分からないですわね。準備期間とは言うけど常に準備するわけにはいかないし……いや、よく考えてみたらこれは戦争相手国に捕らえられて犯されるチャンスでは?

 

ということで、攻め込まれたうちの寄子の伯爵さんが助けを求めた瞬間に騎士団を引き連れて出陣。相手の兵数は合計で4000人なのに対して、こちらは騎兵400人。これは本格的に凌辱チャンスですわ。なんか後ろから農民の兵が2000人ぐらいついてきている気がしますが、気のせいですわ。足並みなんて揃えずに突撃ですわ。

 

まだ10歳とはいえ、既に胸の膨らみが成長し始め、美しい金髪も長くなってツインドリルが出来たので、わたくしが丸裸になって手を出さない不能は少ないはず。相手の軍の指揮官に指示され、娼婦の真似事とかをさせられるシチュは憧れますわね。あとは拘束具を付けられて、下っ端の兵士達に延々と輪姦されるとかも良いですわ。

 

……可能なら1年ぐらい日夜ぶっ通しで犯され続けたいですわね?というか捕らえられたらそれが可能ですわね?4000人もいるのですから、1年ぐらい一瞬の休みもなく犯してくれますよね?

 

あ、いけない。具体的なシチュを想像したら軽く濡れちゃった。また後で下着を替えなきゃ。

 

 

 

 

 

その報告が届いたのは突然だった。

 

隣国、アーセルス王国が帝国との国境を越境し、ナロローザ公爵領に攻め入ったこと。その兵数は4000人と大軍であり、しかも正規軍であるため練度が高いこと。帝都からの援軍が来るまで耐えることは難しく、ナロローザ公爵領の総兵力はリディアの騎士団を含めても2500人程度であり、その大半が徴募兵であるからまともに戦えない。

 

リディアの祖父、グライヴスは即座に寄子を集めて軍議を開くが、暗い面持ちの人間が多い。しかしその軍議は、リディアの一言で制された。

 

「わたくしが騎士団を率いてアーセルス王国軍を蹴散らして来ますわ。野蛮な王国民は全員追放ですわ」

 

もちろんその言葉に無茶だという言葉が飛ぶが、グライヴスはただ分かったとだけ言い、リディアの好きにさせる。既にグライヴスにとって、息子が遺した大事な一人娘は魑魅魍魎的な何かにしか感じられておらず、ここでリディアが死ねば後継者はリディアの父親の弟、リディアにとっての叔父に移行することもあり、強く止めなかった。

 

結果的にはここでリディアを止めておけば、戦場で青天井の活躍を見せるリディア騎士団が活躍する時期はもう少し遅れていただろう。グライヴスの出陣の命を受けたリディアは、早速400人の騎士団を集めて出陣する。

 

全員が才能を持ちながらも努力を止めない、一騎当千の古兵が400人、騎馬に乗って出陣する。あまりの早さに、他の軍は全くついて行けず、後方に置き去りとなる。

 

その道中、リディアは騎乗中に自身の身体を抱きしめて俯き震えた。その姿を見て側にいる騎士団の中でも階位の高い指揮官達は、普段天真爛漫な様子を見せるリディアでも、負ける気配が濃厚な戦場に行くのは怖いのかと思う。それと同時に、自身を庇うように抱きしめるリディアの姿は、庇護欲や保護欲といったもの兵達に抱かせた。

 

この守るべき主人が敵軍に捕らえられるのだけは避けなければならない。捕らえられてしまえば、どのような目に遭わされるか分からない。美少女という言葉が相応しく、10歳にも関わらず時々大人の色気を醸し出す少女。捕縛された時、悲惨な目に遭うのは目に見えている。

 

「全員突撃ですわ!わたくしも前に出ますわ!」

 

敵軍に捕らえられるために、リディアは先頭に近い位置で旗を持つ。しかもリディア自身が突出しようとするため、まるで捕らえて下さいと言わんばかりの陣形だったが、自然と魚鱗の陣になり敵陣の奥深くまで切り込んでいく。

 

アーセルス王国軍3000人からなる横陣はあっさりと突破され、慌てる精鋭揃いの本陣は先頭を行こうとするリディアを直接狙いに行く。が、足止めすら出来ずに騎馬に蹂躙される。大きい馬の大きな○○○に犯されたいと思ったリディアが、○○○の大きな馬だけを種牡馬にするために○○○の大きな馬だけを集めた成果が、早くも出ている。

 

「あいつは大将首だ!早く首を落とせえええ!」

「魔法隊はあの女だけを撃ち続けろ!」

「こちらの攻撃が一切効いてないだと……?」

 

本陣を指揮するアーセルス王国軍の副将は手勢を率いて横撃を開始するが、一歩も踏み込めずに押され続ける。やがてアーセルス王国軍の総大将であり、高名な将軍が討ち取られると、アーセルス王国軍は瓦解を始めて撤退することとなる。

 

散り散りになって去って行くアーセルス王国軍を、強く睨み続けるリディア。その光景は、この戦争に参加した騎士達全員の脳裏に焼き付いた。

 

これ以降、リディアの名声は崖から転げ落ちるように上がって行くこととなる。



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第3話 奴隷はすぐに追放ですわ

毎週のように弱い人を追放して追い出し続けていたらいつの間にか精強な騎士団が出来ましたわ!

 

……って喜んでいる場合じゃありませんわ。せっかく敵軍に捕らえられて拷問や火炙りや凌辱されるチャンスでしたのに。思わず撤退する敵軍を睨みつけてしまいましたけど、それぐらいは許して下さいな。

 

最近はもう率直に「犯して」と言っているのにも関わらず、お菓子を手に乗せて来る始末。「お菓子、手」ではありませんわ「犯して」ですわどう聞けばそうなるんですの。あの黒服共はわたくしのことを何も分かっていませんわ。これ以上具体的にプレイの内容を喋って犯して貰っても、それは強姦ではなく和姦ですわね。

 

これはもう、学園に行って弱い者虐めをするしかありませんわね。学園で虐められた生徒が学園から追放されて、虐めの主犯格に復讐する物語は最早鉄板ものと言っても良いですわ。死の淵に追いやられてから覚醒するタイプの主人公もたくさんいらっしゃるので、その中で鬼畜系主人公がいれば万歳ですわね。

 

「クレシア。今年の王都魔法学園に入学する生徒全員のデータを集めて下さいな」

「はい、リディアお嬢様」

 

とりあえず田舎から来た無名の人や、記憶喪失している人がいないかチェックですわ。黒服達を纏めているクレシアは、こういう情報収集が得意ですから助かりますわ。その情報収集能力がご主人様に対してだけ節穴になることを除けば非常に優秀ですわ。

 

 

 

 

 

リディアがアーセルス王国軍を追い払って数日。ナロローザ公爵領の内外でリディアの戦争での活躍が噂され、リディアの知名度が一時的に帝国内トップクラスとなった頃。

 

リディアに付き従う執事長クレシアは主人から命令を受ける。その内容は今年からリディアが通う学園の新入生、全460人のデータを調べること。あまりに膨大な量の仕事をポンと渡されたにも関わらず、クレシアはすぐに部下に命令を下し、クレシア自身も些細なことすら見逃さないよう調査を開始する。

 

時には学園に潜入したり、直接金で情報を買い取る様はもはやただの諜報員であり、リディアがより望みそうな有力な貴族の息子、娘の情報は細部まで漁った。なおその数日の間にリディアは以前に購入した奴隷を虐めていた。

 

「む、むりです……私にそんなこと出来ません……」

「あなたの意思などどうでも良いから命令通りに動きなさいですわ。ほら、早く!」

 

ちょっとした山の崖上にいるお嬢様と奴隷の少女。2人は言い争った挙句、奴隷の少女がお嬢様を付き飛ばした。崖を転がり落ちるようにして落下し、途中にある木の枝や岩肌に何度も激突したリディアは、最終的には50メートルほどの滑落をする。

 

後頭部から若干血を流しながらも、笑顔で立ち上がるリディアは、崖上にいる奴隷の少女……メイに声をかける。

 

「ほらこの程度では死にませんわ。死にかけたら回復薬を使いますので気にせず落下しなさい。

これは命令ですわよ?」

「ぴぃ」

 

そしてメイも勇気を出して崖上から飛び降り……途中の木や岩肌と激突する度に骨は砕け、肌は削れ、あっという間に激痛で意識を失う。崖下まで落ちた時には四肢の骨が砕け、身体の至る所から血が出ていた。

 

「……死んでないからヨシ!

さっさと回復薬を飲ませますわ」

 

今まで奴隷を買ってちょっと鞭で打っては追放(解放)という慈善事業を繰り返していたリディアは、何故か復讐に来ない元奴隷達のことを考え、虐めの量が足りないのと、奴隷が弱かったことを理由に据えた。

 

そのため、死なない程度に痛めつけて、ついでに強くすれば早期に復讐してくれるのではないかと考え、メイを崖から飛び降りさせた。すぐに回復薬を飲まされてなければ、メイの心臓は数十秒で鼓動を止め、死んでいただろう。

 

リディアと同い年のメイは、回復薬を強引に飲まされた後、黒服達の適切な処置を受けて一命を取り留めた。そしてしばらくして目を覚ましたメイに対して、リディアは笑顔のまま告げる。

 

「あと100回ぐらいは飛び降りて貰いますわ。そのうち軽傷になりますわ」

 

その言葉に、メイの目からは生気が失われた。それと同時に、メイは自身の罪の重さを自覚した。

 

この世界の奴隷は、犯罪奴隷と債務奴隷の2種類がいる。リディアが好んで買っているのは犯罪奴隷であり、メイもまた大きな犯罪に手を染めていた過去があった。

 

リディアが奴隷を買い漁っては、解放している話はナロローザ公爵領内で有名な話だ。罪の大きさによって鞭打ちの回数を変え、鞭打ちが終われば解放される。そのような噂話が流れる程度には、有名だ。鞭打ちも皮膚が剥がれ肉が抉られるような鞭打ちではなく、リディアがプレイ用に開発したバラ鞭である。

 

痛いのは痛いが、耐えられないほどのものではない。運良く解放された犯罪奴隷の中には再度犯罪に手を染める者もいるが、治安悪化を目論むリディアにとっては好都合だった。むしろ、リディアの予想以上に再犯率が低いのは頭を悩ませる要員になっていた。

 

……そんなリディアからの命令である崖からの飛び降りを、メイは繰り返す。次第に落下になれ、自然と受け身も取れるようになったメイは、5回目の飛び降りで気絶しなくなった。

 



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第4話 追放は一日にして成らず、ですわ

奴隷の少女を虐めて遊んでいたら、クレシアが報告書を持って来ましたわね。どうやら本当に全入学生の情報を調べ上げたらしく、特に貴族の連中はよく調べ上げられているようですわ。正直に言って、有力どころの貴族の息子娘のデータはあまり……。

 

あら、この子は有力貴族の息子なのに魔法を使えないのですね。これは復讐者の香りがしますわ。こいつは虐めまくって学園から追放しましょう。あと貧乏貴族の七男とか、田舎者の世間知らずもいますわ。こいつら3人が虐めの標的で良いですわね。

 

逆に仲良くする相手は、性格が悪いと有名な大貴族の跡取り息子で良いですわね。あとは実力が高そうでプライドの高そうな子と優先的に付き合いましょう。復讐されそうな子と一緒にいれば、巻き添えを食らう可能性も上がりますわ。

 

「メイ、あなたも学園に連れて行きますわよ。

少なくとも学園を卒業するまではわたくしの奴隷ですから、身の回りのお世話をお願いしますわ」

「はい!リディア様!」

 

奴隷商から僅か100クレジットで買い取れた犬耳尻尾付き犯罪奴隷のメイは、物覚えが良く武芸魔法の才能にも長けているので復讐者にはうってつけですわ。崖下へ100回突き落とした後からは、喜々として命令に従いますし、なんか動きが機敏になりましたわね。もしやわたくしと同じく被虐願望をお持ちで?それは困りますわ。

 

「リディア様、今月のカジノの経常利益は60億クレジットですか、如何様になさいますか?」

「あら、今月は多いですわね。ではまたカジノエリアの増設をするのと……。

余りで新しい大きなお城を建てて下さいな。この前に建てたバクジット城は……バリジット伯爵へ与えましょう」

「……その新しい城は、どの程度の規模でしょうか?」

「もちろん、バクジット城を超える大きさですわ。お金は幾らでも使って良いですわ」

 

浮浪者を増やすため、治安悪化させるために建てたカジノは、今や領内でもっとも大きな商業施設エリアへと発展しているのが草ですわね。毎月60億円の資産が入って来るとか、毎月別荘を建てても文句を言われないレベルですわ。

 

ついでに余ったお城は私腹を肥やす馬鹿貴族にポンとあげますわ。これで逆恨みした他の伯爵の寄子達との仲がギスギスし始めたら個人的には嬉しいですわね。

 

 

 

 

 

リディアへの報告を済ませ、新たな指示を受けたクレシアは思案する。リディアが考案したカジノは莫大な利益をもたらしており、近隣の王や地方の貴族達が挙ってお金を落としていく。この世界の通貨の単位はクレジットであり、その名から察せられる通り過去に広大な帝国を建国した転生者が作った通貨だ。

 

日本円の1円の価値とこの世界の1クレジットはほぼ同じ価値換算であり、1クレジットの石貨から10倍の価値になるごとに小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨と上がって行く。

 

金貨1枚で100万クレジットとなるが、その金貨の山が毎晩のように動くのがカジノであり、その中の数%が中抜きされ、利益となる。胴元の取り分が少ない分、入場制限がない分、人は多く領内で一番発展している地域と言っても過言ではない。

 

それと同時に治安悪化も起きてはいるが、領内警備を務めるリディアの使用人達……通称黒服隊が厳しく巡回をして治安を守っていた。

 

これは追放を沢山したいがために、使用人を追い出した後、リディアが集めた人員でもある。そして成績が悪い者や勤務態度が悪い者から順番に追放され続けた結果、非常に厳格な組織が出来上がっていた。

 

「リディア様は何と指示を?」

「前の戦争で館が焼け落ちたバリジット伯爵に対し、バクジット城を与え、新たな城を作ると」

「あの巨大な城塞を!?それにまた城を建設するのですか!?

……いえ。アーセルス王国軍が攻めてきた以上、軍備増強に異論はありません。しかし人手が……」

「リディアお嬢様は金に糸目を付けるなと仰っていた。……また領外から人を集めることになるな」

 

思案するクレシアに駆け寄ったのはクレシアの同僚であり、ハウスキーパーのジョシュア。こちらもまた黒いメイド服に身を包んでいるが、クレシアの顔を隠すような大きい帽子とは対照的に、黒いベレー帽のような帽子が紫髪の上にちょこんと乗っている。

 

そして複数のネックレスを首や腕に身を纏う様は最早使用人の域を逸脱した贅沢であり、露出の少ない黒服の上からでも分かる豊満な胸の上には、巨大な赤い球状の宝石が乗っている。

 

リディアの使用人の男女比率はちょうど半々であり、男性の使用人を纏めるのが執事で、女性の使用人を纏めるのがメイド長になる。執事長のクレシアは執事を取り纏める役割であり、ハウスキーパーのジョシュアはメイド長を取り纏める役割。これらの組織図は、リディアが大規模な使用人の追放を行った後、リディア自身が再編して出来たものである。

 

クレシアはリディアに気に入られて数多の財宝を受け取るジョシュアに対し、良い感情は持っていなかった。リディアが外観だけで意図的に贔屓するだけあって、ジョシュアはかなりの美女である。そしてクレシアから仕事の話を聞いたジョシュアは、すぐに配下へ指示を出す。

 

例え明らかな贔屓をされていても、女性なのに女性すら魅了する美貌があっても、追放への恐怖心は拭えない。絶対的な独裁者は、時に腐敗を未然に防止する。リディアから広大な城を受け取ったバリジット伯爵は、より一層の忠誠をリディアに誓い、娘2人をリディアの使用人として差し出した。

 

 



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第5話 浮浪者は追放ですわ

リディアの朝は遅い。

 

夜遅くまで奴隷で抵抗が出来ないメイを性的に虐めたリディアは、ハウスキーパーであるジョシュアに起こされて目を覚ます。寝ぼけまなこを擦りながらリディアはベッドから立ち上がると、そのままジョシュアの胸の谷間に頭を突っ込んだ。ぶっ飛んだ被虐思考を持ち合わせているとはいえ、それとは別にリディアは一般男性的な趣味嗜好も持ち合わせている。

 

「リディア様、おはようございます」

「おふぁよー、ですわ」

 

危うくアイデンティティ(ですわ)を忘れかけたリディアだが、しっかりと付け足して目を覚ます。数人のメイドに取り囲まれ、身支度をした後はリディアのためだけに用意された朝食を摘まむ。軽く数十人分の朝食がテーブルの上にはあるが、リディアの朝食が終わるまで使用人達が朝食を食べることはない。

 

そして一部の料理は、本当にリディアしか食べないのでリディアのためだけに用意された朝食と言っても良い。

 

「あ゛ー、この麻痺毒ヤバイですわ。全身がピリピリしますわ。このレベルは久々なので褒めて差し上げますわ」

「……ありがとうございます」

 

テーブルの上には一皿だけ、紫色のスープがあり、それをリディアは一気に飲む。まごうことなき毒のスープであり、リディアの身体は湯気が出るほど熱せられ、手足を痙攣させる。何故こんなことをするのかと使用人に聞かれることも多いが、その全てでリディアは「趣味」と回答している。

 

なおこの場合、リディアの言う趣味とは痛みを感じることで性的嗜好を満たすことであり、毒の耐性を身に付ける訓練ではない。しかしながら、使用人視点では毒への耐性を命懸けで上げているとしか思えなかった。

 

「リディア様、今日は新しい使用人が入ったのですが、連れて来てもよろしいですか?」

「昨日言っていたバリジット伯爵の娘ですわね?

連れてきて下さいな」

 

朝食を終え、紅茶を飲むリディアの前に案内されたのはバリジット伯爵の娘であり、リディアと同じく魔法学園に入学するマキアとマキナの2人。双子であり、赤髪で姉のマキアと青髪で妹のマキナは、髪色以外瓜二つだった。

 

「姉のマキアです。これからよろしくお願いいたします」

「……妹のマキナです」

「その髪色、生まれつきですの?」

「いえ、2人とも同じ髪色でしたが、私が赤髪に変えました」

 

しっかりした言葉で話すマキアとは対照的に、マキナは姉の陰に隠れるように移動し、身を隠す。人見知り気味なマキナだが、誰だって毒入りスープに毒入り紅茶を嗜むヤバイお嬢様と関わり合いたくはないだろう。

 

マキアが火属性魔法を、マキナが水属性魔法を使えることを聞くと、リディアは2人をお風呂係に任命する。広大な敷地を持つリディアの城には幾つもの広い浴場があるため、人手は常に不足気味だ。

 

そしてリディアは業務に取り掛かる。と言っても領内政治は一部を除き祖父が代行しており、自身の仕事はクレシアやジョシュアに丸投げしている状況。となれば、リディアがやることは1つ。

 

「さて、今日も追放していきますわよ」

 

追放系お嬢様のやることと言えば、もちろん追放である。

 

領内の浮浪者の追い出しはもちろんのこと、トラブルが多い人物や現行の法では捕まえられない悪人などを自由気ままに追放する。そのため、広い領土のナロローザ公爵領の中でも、リディアの城を中心とした地域は極めて治安が良く、現代日本並みに規律が整っている。

 

ある程度領内を見て回ったら、今度は凌辱されようとカジノエリアの路地裏等に率先して突っ込んでいくが、裏でコソコソとやり取りをしている者達はリディアの姿を見るなり血相を変えて逃げ出し、誰もリディアに襲い掛からない。

 

「昔は襲い掛かって来る方もいたのに、今ではすっかりいなくなりましたわね」

「全てリディアお嬢様の統治のお蔭でしょう。民は安心して生活できております」

「……クレシアも、襲いたかったら襲ってくれても良いのですよ?」

 

ちらりとリディアは後ろを付いて来るクレシアを見るが、クレシアは滅相もないと首を振る。リディアからのパワハラセクハラにはもう慣れており、受け流すことの出来るクレシアは非常に出来た人間だった。

 

一日中街中を探索し、有り余る金で散財し、たまにいる浮浪者を見つければ追放する。言い方を変えれば、領主自らが領内をパトロールし、経済を回し、不審な人物を領外へ追い出す。

 

「今日はあまり追放出来る人がいませんでしたわね……」

 

今日はあまり追放できなかったと残念がるリディアだが、もうすぐで学園に行けることを思い出し、いずれ訪れるだろう破滅のシチュを想い顔を綻ばせる。

 

それを見て主人以外からの情報収集能力が高いクレシアは、リディアが領内が安定していることに対し安堵していると感じる。

 

リディアにとって非常に残念なことに、リディアは領民にとってとても良い領主であった。



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第6話 怠慢王子は追放ですわ

リディアが11歳になった年の3月末、4月から魔法学園に通うため、リディアは帝都に家を買う。この世界の暦は全て現代日本と合わせられており、6歳から10歳までの児童は全員無料で小学校に通うことが出来る。……残念なことに多くの農村部では子供が労働力であるため、小学校に通っている生徒は少ないが。

 

そして11歳から15歳までの帝国民全員は、試験に合格すれば中学校に通える。魔法学園は中学校に相当するので試験があるが、前世の知識を持つリディアにとっては簡単過ぎる試験のため、主席で合格していた。在籍期間は3年間であるため、リディアは14歳までこの魔法学園に在籍することになる。

 

入学まで暇を持て余したリディアは、帝都に買った家の中で奴隷のメイと、使用人のマキア、マキナの3人とくんずほぐれつをしていた。

 

「メイ、その剣筋ですと皮膚の皮一枚も剥がせませんわよ」

「……それはリディア様の皮膚がおかしいだけです。あと血は流れてます」

「ふんぬぬぬ」「……ぜーはー」

「マキアとマキナは体力がありませんわね。ほら、もっと強く腕を逆方向に持って行きなさい」

 

メイの剣は、リディアの首筋に当たるが僅かに血が流れるだけで刃が止まる。マキアとマキナはそれぞれリディアの右腕と左腕に抱き着き、腕を逆側に折ろうとするが逆に持ち上げられる。

 

リディアが帝都に買った家は、この4人が住むにはあまりにも広い家であり、運動できるスペースも十分にある。同じ学園に既に3人の手駒がいる状況のため、虐めは容易く出来るだろうなとリディアは内心ほくそ笑んでいた。

 

「そう言えば噂で聞いたのですが……リディア様が破壊した魔法試験の的、他にも破壊出来た人は2人いたようです」

「へえ……それは面白い噂話ですわね。破壊した人の名前は分かりますの?」

「1人はサウスパークから来たユースケという名前の黒髪黒目長身男子らしいです。……サウスパークから来るって珍しいですね」

「ああ、資料にありましたわね。筆記試験では最下位との話でしたが、魔法試験で満点だったというわけですか」

 

この4人の中で一番ヒエラルキーの低いメイはよく買い出しに行くため、そこで道行く人々の噂話を収集している。犬の獣人であり、耳が良いメイは遠くの話し声まで良く聞こえる。

 

またほかの3人も、やることがないからと言って決して引き籠っているわけではない。特にリディアは金が黙っていても入ってくる状態のため、ひたすら近くの店で豪遊を続けた結果、あっという間に高級店が並ぶ通りのお得意様となっていた。

 

良くも悪くも、お金は人を引き付ける。だから襲撃者だって、引き寄せてしまう。

 

唐突に、玄関が破壊される音を聞いたリディアを除く3人は戦闘態勢に入る。一方でリディアは玄関から襲撃してくるとは律儀な人達だなあと呑気なことを考えていた。

 

「おい、我が訪ねてきたのに居留守とは大した度胸だな」

「……どちら様で?」

「貴様の先輩となる3年のリンデン=ハインだ。

御託はどうでも良い。金を出せ」

 

やって来たのはリディアも資料で確認したことのある、ハイン王国の長男にして学園内の大きな派閥のトップであるリンデンだった。帝国内部には幾つかの王国があり、その中の1つであるハイン王国は規模、人口共にトップクラス。

 

そんなハイン王国の後継者は散財癖が酷く、実家からの仕送りが絞られているため、散財するために派閥メンバーや金を持っている貴族相手に献金の強要を繰り返している。当然学園も問題視しているが、王国の後継者に対し強く指導出来る者が少なく、実質野放しにされていた。

 

「お断りですわ」

「……何?」

「あなたのような猿に与える餌なんてないのでお引き取り下さいと言っていますのよ?見た所粗チンですし」

 

そしてそんな我儘な王子に対して、現代日本でレスバを嗜んでいたリディアは軽く挑発すると、一瞬でリンデンはリディアとの距離を詰め顔面をグーで殴る。身体強化魔法を使用し、躊躇なく女子の顔面を殴るとは、この世界の王子様はいささか気が短いようだ。

 

……なお実態は、リンデンはパンチを寸止めをしようとしたが、自ら当たりに行ったリディアの行動が予想外過ぎて止められなかっただけである。

 

格好つけていたリディアは、躱すどころか当たりに行き、笑顔のまま顔面で受け、後方に飛ばされる。わざと受け身を取らずに後頭部から地面にぶつかり、2バウンドして後方の壁に当たるが笑顔のままだ。

 

久々に良いパンチを受けたリディアは、それでも大した痛みがなかったため落胆して立ち上がりリンデンに告げる。

 

「……え、この程度ですの?」

 

その言葉に、リンデンと後ろの取り巻き達は少し動揺する。そして戦闘になったことで、護衛の役割もあるメイがリンデンに対して刃を降ろす。リディアは「ちょ」と止めようとしたが、メイの剣はリンデンのすぐ傍にいた剣士の剣を破壊し、深々と身体の正面を切り裂いた。

 

学園の剣術でトップクラスの成績を修めており、学園最強の剣士が奴隷の剣士に一撃で沈められ、撤退していく様をリディアは眺めることしか出来なかった。



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第7話 追放予定者を選定ですわ

ハイン王国の王子の襲撃があった以降は特に大きな出来事もなく、リディアは待ち望んでいた入学式の日が訪れたため、メイとマキアとマキナの3人と一緒に固まって学園の門を潜る。校舎まで行こうとすると、近くにいる先輩達からは最敬礼で迎えられるリディア。既にリンデンとリディアの一騎討ちは有名になっており、リンデンが手も足も出ず、撤退したとなれば力関係に機敏な貴族の息子娘達はリディア側に靡く。

 

一方で、そういう噂話を聞いても特に行動を起こさない者や、そもそもそういう噂話に興味がない者はリディアに対しへり下るようなことをしない。

 

更に言えば、田舎から出て来た常識知らずなどは貴族に対して敬語を使うこともしない。

 

「あんたが首席なんだって?あの的を」

「無礼」

 

唐突に喋りかけて来た黒髪黒目中肉中背の男に対し、こちらもまた唐突に無礼と言って押し退けるリディア。元々虐めるとターゲティングを行っていた人物であり、クレシアが事前に集めていた、礼儀知らずという情報は実際に正しかった。リディアは記憶を掘り返し、押し退けた人物がユースケという名前ということを思い出す。

 

リディアが片手で押すと、それだけで後ろに転倒しかけるユースケ。それを見てリディアは、ユースケがあまり体幹を鍛えてないと判断する。もちろんそれだけではなく、リディアはユースケの筋肉がそれほどないことも把握した。

 

ここで殴り合いの喧嘩になることや、一方的にフルボッコされることを望んでいたリディアだったが、リディアが押し退けたユースケを、リディアのすぐ後ろにいるメイが鋭い眼光で睨み、それによってユースケはひるんでしまう。その光景を見て、リディアはため息をついた。

 

「はあ。メイに気圧される程度でわたくしによく声をかけようだなんて思いましたわね?目障りなのでさっさと失せなさいな」

 

ここで反骨精神が旺盛であればもう少し抵抗しただろうが、ユースケは引き、リディアから離れる。メイからの視線が、明らかに人殺しの殺意を含むものだったからだ。

 

そんなこんなでリディアは校舎の中にある職員室へと行き、今日の入学式で新入生代表として挨拶するための挨拶文を渡される。

 

「今年度の首席は、ナロローザ家の子だったか。

リディアの教室は1-A。そして私が1-Aの担任のシリル=オクテュリだ。これから3年間、学園での生活が充実するように頑張るんだな」

「もちろんですわ。

……シリル先生は、5年前に魔族領上陸作戦を指揮したオクテュリ将軍で間違いありませんか?」

「そっちは叔父だから違う。私も指揮官として最前線に居たが、偉くはなかったぞ。それよりも私個人としてはこの前のアーセルス王国からの…………」

 

学園の教師は元軍人が多く、リディアの担任となった教師であるシリルは5年前に決行された、魔族領への侵攻作戦で従軍していた指揮官であり、リディアの目から見ても戦争経験が豊富そうだった。そしてシリルはリディアがアーセルス王国軍の侵攻を撃退したことについて触れ、褒め称えると同時に敵陣への特攻という蛮行へ釘を刺すが、リディアは聞く耳を持たなかった。

 

シリルから捕虜への拷問話について、リディアは目を輝かせながら聞いた後、一旦教室へと移動すると、既に複数の学生が教室の中で談笑していたが、リディアが入るなり雰囲気が一変して重苦しくなる。良くも悪くも、リディアは目立つ存在だった。

 

「あれがサームタイン伯爵の息子、魔力0のエイブラハムですわね?」

「そうですね。恐らく剣術はかなり高い技量だと思います。ただ魔力が……」

「完全な0ってわけじゃなさそうだけど、かなり低そう?」

「……お姉ちゃんの10分の1以下」

 

しかしリディア達が席について、朗らかな雰囲気で談笑を始めると、次第に周囲の面々も喋るようになり元の雰囲気に戻る。一部、いやかなりの割合でその談笑の標的になっているのは、多くの人間が魔力をほとんど感じ取れなかったエイブラハムだ。

 

サームタイン伯爵は領内に大規模な鉱山を持っていることもあり、帝国内部でも比較的裕福な領主だが、その長男が魔力を持たないことは貴族内で噂となっていた。それがエイブラハムであり、一般的な魔力容量を持つメイが100、リディアが1000とすると、エイブラハムの魔力容量は0.5程度だ。

 

比較的魔力量が少ないマキアやマキナですら、馬鹿に出来るレベルである。……リディアが指定しなくても、指示しなくても、人は弱者を自然と嘲笑うようになる。

 

人々のコミュニケーションの大半は、誰かへの賛辞、肯定、称賛と誰かへの妬み、否定、拒絶で占められる。そして妬み、拒絶、否定に関する恰好の的が現れると、虐めは自然と発生する。

 

魔法学園において、魔力を持たない者はあまりにも少なかった。



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第8話 空気の読めない奴は追放ですわ

何故か登校初日からクラスのボスがいるという状況。あれ転生前は人付き合いが薄かったからわからなかったのですが、どうやらある程度のコミュニティに所属している方はわたくしとその取り巻きがヤベー奴という情報を仕入れることが出来るようですわね?

 

そのためか、自然と周囲から人が遠ざかる……嫌われているというよりは、単純に恐れられていますわね。まあこれから学園で虐めを行うことを考えると好都合ですわ。

 

この魔法学園の特徴として、貴族や王族が多くいるため、自然と学内には派閥というものが出来、抗争だとか権力争いをするそうですわよ。恐ろしくてたまりませんわ。一応教師には元軍人の厳しい方が多くて、教師の中にも貴族は多いですが、王国の第一後継者の王子相手とかだと野放しですわね。

 

だからあのリンデンとかいう馬鹿は殴り込みに来たんでしょうが……あれが野放しにされているとかこの学園の規律はどうなっているのでしょう?……あっ、生徒会メンバーのほとんどがリンデン派閥ですわ。あれで最大派閥……。

 

……まずは入学式が行われるので、主席であるわたくしは当然壇上に上がり挨拶を行いますわよ。そして長々とした、学園の用意した文章を読んでいると会場内に煙が充満してきましたけど……何故皆様はお気づきになられないのでしょうかね?

 

不思議に思っていると、唐突に立っていた新入生を含む全校生徒全員がバタンと倒れますけど……これこの後にエッチなことされるやつではありませんの?エッチなことされるやつですわよね?エッチなことされたいですわ。

 

耐えているのは、一部の人だけですわね。あ、ユースケとかいう無礼者も耐えてますわ。生意気ですわ。

 

さて、檀上の上に立っているわたくしは非常に目立つのですがどうしましょう?一先ず、眠るフリをしておきましょうか?

 

頭からズドンと床に倒れ込んで、檀上から下々の全校生徒を見渡す格好になると、数人苦しみながらも立っている人間がいますわね。ですがその残りの数人もどんどん倒れて……田舎者で臆病者なユースケと、貴族なのに魔力のないエイブラハムはそれでも立っている側ですか。まああの2人はなんかありそうだったので納得ではありますわね。

 

ウキウキで何が起こるか待っていたら、上空から裂け目が出来て、筋肉隆々な悪魔っぽい男が出てきましたわ。何故この手の悪魔って、裸でボクサーパンツ一丁なのでしょう?紫色の肌とはいえ、良い身体をしている上にボクサーパンツがやけにもっこりとしているのでちょーっと視線が釘付けになってしまいますわ。

 

思わず目を開いてしまいましたが、悪魔は私には目もくれず、立っている人に相対している感じですわね。ちょっとここからでは聞こえませんが、何やら面白い話をしている様子。

 

……うーん、微かに聞き取れる会話ではどうやら立っている人間を魔族領に連れ帰ろうとしているのかしら?それは私も連れ帰って貰って、あのビッグな○○○で犯して貰いたいですわ。人間離れした○○○を持つ悪魔達に輪姦されたいですわ。

 

そうこうしているうちに、エイブラハムが何やら手に剣を纏って悪魔へと攻撃しますし、ユースケは小さいながらもえげつなさそうな威力を持っている魔法で攻撃しますわ。

 

その上、何かもう一つの裂け目からオレンジ色のマフラーをした青髪の活発そうな女の子も登場しましたわ。あの額の紋章は、文献とかでよく見る勇者のマークですわね。そこから始まる魔法でのドンパチ。是非ともあの中央に混ざりたいですわ。

 

どうせなら、凄い火力と噂の勇者の攻撃を受けたい……と言っても、単純に悪魔側で参戦すると、この時点で私は破滅してしまいますわね。せっかく破壊されるための基盤作りに魔法学園まで来たのに、初日で終わらせてしまうのも少々勿体ないですわ。

 

それに自壊するのも良いのですが、やはり抗えない圧倒的な力により壊される方が断然魅力的ですわ。自身の力ではどうしようもない力に圧倒され、無様に壊されたいですわ。そしてその抗う時に、自分は自分の手を抜くということをしたくないですわ。

 

ですが、あの魔法の撃ち合いには参加したい……。……そうですわね。洗脳されていることにしましょう。

 

高いレベルで攻撃魔法を連続ぶっぱしている悪魔の方に、強い念波を送りますわ。

 

『今から貴方に洗脳されてあげますわ。味方として加担してあげますわ』

(は?)

 

その後、頑張って虚ろな目になって悪魔の前に跳んで行って、ユースケ、エイブラハム、女勇者の前に立ちますわ。この3人、本気になるとそこそこ戦えるようなので攻撃を受けてみたいですわね。

 

『早く話を合わせなさい。出力を上げて脳を殺しますわよ?』

(なっ……ひぃ!?)

「ククク……目的を果たすまでは、同士討ちでもして貰おうか」

「操っているのか!?卑怯者め!」

 

強い念波で悪魔の脳へ過剰な負荷をかけると、話を合わせてくれる悪魔は優しいですわね。どうやらこの学園に来た目的があるようなので、そっちに専念して貰った方がこちらとしてもボロが出なさそうで良いですわ。

 

女勇者は近くで見ると可愛いですわね。早速魔法で火の玉を作って攻撃すると、最小限の動きで躱して剣の側面部分で平打ちしてきますが、手加減されている攻撃は痛くとも何ともないですわね。……これはちょっと、本気になって貰わないといけないですわ。

 



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第9話 悪魔は追放ですわ

帝都魔法学園での入学式にその事件は起きた。魔族の中でも高位の悪魔が、新入生代表の挨拶中に襲撃して来たのだ。初撃の強力な睡眠魔法でほぼ全ての生徒が眠りについてしまうが、その中で立っていたのは新入生のエイブラハムとユースケの2人。あとついでに寝たフリをしているリディアを含めた3人が起きていた人物だ。

 

そして次元の裂け目から出て来るのは、身長2メートルはあろうかという紫肌の大男。2本の角を持ち、2対の黒い翼を持つ悪魔は、浮いたままエイブラハムとユースケの2人の前へ移動し、見下ろす。

 

あまりにも強大な威圧感に、圧倒されるエイブラハムとユースケの2人は、それでもなお戦闘態勢を取る。悪魔は2人に対して「魔王の配下とならないか?」と勧誘を行った後、断られるのを聞いてとても残念そうな顔をし、炎の魔法を2人に対して撃ち出す。エイブラハムとユースケは直感的に自身の死を覚るが、その炎の魔法をかき消すように1人の女性が割って入る。

 

額の紋章は、勇者の証。悪魔を追いかけてやってきた女勇者は、エイブラハムとユースケに対して「私の名前はエルシー。勇者、やってます」とだけ自己紹介し、即座に悪魔へと斬撃を飛ばすが当たらない。この勇者、大体の技で火力は高いが肝心の命中精度が悪い。

 

しかし高位の悪魔でも当たれば即死級、という技が多く、エイブラハムとユースケからの攻撃も含めると厄介だと悪魔が思った時、檀上の上で寝たフリをしていたリディアから念波が届く。

 

『今から貴方に洗脳されてあげますわ。味方として加担してあげますわ。だから話を合わせなさい』

(は?何を言っているんだ……?)

『早く話を合わせなさい。出力を上げて脳を殺しますわよ?』

(なっ……ひぃ!?痛い痛い痛い!止めてくれ、話を合わせる!)

 

それと同時に、リディアはエルシーの前に立ち、いつも持っている杖を剣のように構える。悪魔はガンガンと鳴り響くリディアからの念波に屈し、つい話を合わせてしまう。

 

「ククク……目的を果たすまでは、同士討ちでもして貰おうか。それではまた会おう」

「逃がすか!っく、操っているのか!?卑怯者め!」

 

リディアから逃げるように立ち去る悪魔を追いかけようとするエルシーだったが、殴りかかってきたリディアの杖を剣で受け止めたために、悪魔には逃げられてしまう。そしてエルシーを含む3人とリディアは相対し、リディアは次々と火の玉を撃ち出す。

 

それはさきほどの悪魔ほどの速度ではなかったため、簡単に避けたエルシーは剣の側面をリディアの顔に叩きつけ、気絶させようとするがリディアは倒れない。直後、リディアが振るった杖の宝玉部分がエルシーの後頭部に当たり、エルシーは気絶してしまう。

 

『……さっきの悪魔、出て来ないと怒りますわよ。

この勇者、紙装甲過ぎませんこと!?』

(……頭のおかしいお嬢様。この勇者の火力と回避は歴代随一で我々悪魔が最も辛酸を舐めた勇者ですぞ)

『そっちが素でして?

……ところで目的って何ですの?』

(言うと思ってるのか馬鹿娘って痛い痛い痛い!

この学園の地下にある宝玉の回収だぁ!あとついでに見込みのありそうなやつをうちに勧誘すること!これで全部吐いたぞ!)

『悪魔にしては素直ですね。身の程をわきまえている存在は人であれ動物であれ好きですわよ。じゃあとっととその宝玉の回収とやらを済ませて帰りなさい。さもないとこの世から追放しますわよ?』

(ええ……何なんだ……何なんだこの理不尽な存在は……!)

 

「お、おい、動きが止まったぞ」

「洗脳が解けかかっているのか!?

なぁ、聞こえるか?聞こえたら返事を」

「無礼ですわ!」

「ガハッ」

「ユースケ!?」

 

あまりの勇者の弱さに、敵方である悪魔から勇者の情報を引き出すリディア。主目的であった勇者の攻撃は受けられそうにもなかったため、八つ当たり気味である。悪魔はリディアの傍若無人っぷりに辟易しつつも、ノルマ達成のためその場を離れて宝玉の回収へと向かう。

 

その後、リディアがユースケを蹴り飛ばしたところで悪魔の存在感が消え去ったため、リディアは洗脳が解けたような演技をして後ろへバタりと倒れる。

 

もちろん、後頭部を強く地面に叩きつけても気絶なんてしないため、リディアは完全に寝たフリをしているわけだが、演技で後ろへ躊躇なく倒れ込むことが出来る人物がいるなど想像すら出来なかったエイブラハムはリディアが気絶したものだと思い込み、1人だけ起きているという状況に頭を抱える。

 

結局、エイブラハムは最初に勇者を起こし、現状を説明した。勇者は悪魔が誰も殺さず退いたことに疑問を持つも、悪魔側にも事情があるのだろうと推測して深くは考えなかった。



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第10話 入学式再開ですわ

「勇者である私の意識を失わせることが出来る悪魔……相当、高位の悪魔でした」

 

悪魔が去ってしばらくすると、寝ていた生徒達が起きたので檀上にエルシーとかいう女勇者が上がって事情の説明をしましたわ。どうやらあの悪魔は高位の悪魔でとても強いらしいのですが……そのような存在でも脳は鍛えていらっしゃらないとかマジですの?というか相手も抵抗して同じように念波を飛ばしてきましたが、大したことありませんでしたわよ?

 

あとエイブラハムがきちんと事情を説明しなかったためにあの悪魔が勇者の意識を失わせたことになっていますわね。面白いので放置しておきますが、エイブラハムがやたらとこっちをチラチラと見て来るのははっきり言ってウザいですわ。

 

『エイブラハム。貴方1人でどうやって悪魔を追い払ったのかさっさと喋りなさいな』

『リディア!?念波を使えるのか……魔力が勿体無いので後で口頭で話す』

『ええ……これほとんど魔力使いませんわよ』

『自魔力小』

『簡略化しないで下さいまし』

 

この世界にある念波という魔法は、魔力で相手へメッセージを伝達することが出来る便利な魔法ですわ。才能さえあれば、必要以上の魔力を相手脳内に直接叩き込むことも出来ますわ。前にネズミやイノシシで実験した時、あっさりと脳味噌が爆発四散して息絶えたのを見て私はいつか食らいたいと思っていたのですが……。それをしてくる相手は少なそうですわね?

 

あと何となくですが、エイブラハムが私のことを前世日本人の転生者だと気付いている感じがしますわ。ユースケはもう何か名前からして転生者か転移者だったのですが、エイブラハムもですか。これは操られたムーブが演技だったとバレたら悲惨な目に遭えそうですわね。それはそれで、想像すると身体がゾクゾクしてきましたけど。

 

……まあ、済んでしまったことは仕方ないですわ。本当の洗脳魔法もどうやらあるみたいですし、親しき者に剣を向けられ滅多刺しにされるシチュエーションを味わえる可能性があるというだけで嬉しくて震えて来ましたわよ。

 

というか本当に洗脳魔法があるなら洗脳されて親しき者を殺すシチュでも親しき者に殺されるシチュでもどちらでも逝けますわね……ふぅ。

 

なんかエルシーが「洗脳魔法を使うということは、襲撃者は魔王本人かその血縁者です」というポンコツ推理を披露していたので素直に驚く演技をしてあげましょう。そして帝都を覆う結界が無くなったそうなので、しばらくの間は魔族が入りたい放題好き放題してくる可能性があるようですわ。

 

……帝都を覆うように存在していた結界の、動力源である宝玉が無くなっていたとのことなので、どうやらあの悪魔はちゃんと目的を果たしたようですわね。この結界自体に悪魔の侵入を防ぐ機能はありませんが、侵入してきた悪魔を捕捉して即座に勇者や高レベルの冒険者達へ侵入者の存在と位置を伝えるそうですわ。

 

だから悪魔が登場した直後に、勇者も登場したわけですわね。位置捕捉のための結界がしばらく機能しないということは、下手したら帝都陥落の危機でもあるのですが……そうなったら魔族に捕らえられるので万々歳ですわね?

 

「もうしわけありません、リディア様。悪魔の襲撃に気付けず眠ってしまうなんて……」

「私も眠ってしまったので構いませんわよ。私ですら眠ってしまったのですから、メイが耐えられなかったのは仕方ありませんわ」

 

メイが凄く申し訳なさそうにしているのを見て、ちょっとばかりここからバレる可能性を考えたのですが杞憂に終わりそうですわね。メイの物理的な耐性は鍛えましたが、魔法への耐性はまだまだですからね。

 

結界の復旧までには3日ほどかかるとのことなので、それまで帝都に常駐する軍は学園内に入り込み警戒を続けるとのことですわ。この学園内に、結界の起動装置があるから仕方ありませんわね。だから悪魔は入学式という学園中の教師が集まるイベントを利用したわけですか。

 

「えー、次は在校生代表挨拶。リンデン=ハイン殿、前へ」

 

悪魔の襲撃というそこそこ大きな事件があったのにも関わらず、入学式は続行されるのは融通が利かない日本のようですわね。今度は例の馬鹿王子が、壇上で挨拶していますわ。リンデンは確か悪魔の襲撃時に1回目の睡眠魔法では耐えていましたが、2回目の睡眠魔法で眠っているので大したことありませんわ。……あの馬鹿王子が在校生代表なところが、この学園の闇ですわね。

 

その後はトラブルらしいトラブルはなく、入学式を終えたので結界が修復されるまでは自宅or寮で待機という指示が出されますが、教師陣が警戒に駆り出されているので仕方ありませんわ。

 

……どうせなら制御装置の方をぶっ壊せば良いのに、宝玉だけ持って行ったのはわたくしの指示のせいである可能性がありますわね。まあこの様子なら2回目の襲撃もありそうですし、非常に楽しみですわ。



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第11話 自己紹介ですわ

「わたくしの名前はリディア=ナロローザ。主に火属性魔法と風属性魔法を使うことが出来ますわ」

 

入学式が終わってからわずか1時間後。早くも魔族が侵入したとか何とかで教師陣も駆り出されて防衛に当たっているので、自宅待機を命じられた魔法学園の生徒の一部は、学園内の食堂に集まって自己紹介タイムですわ。

 

なおこの中に人付き合いが苦手そうなエイブラハムはいませんわ。ユースケならいますけど、何故かわたくしがユースケの方を見る度にサッと横を向いて視線を逸らす様は見ていて滑稽ですわ。

 

今ここにいるのは、学園の寮に入ったお金の無い方々か帝都の中心部にある学園近くの家を買った、もしくは借りたお金持ちしかいませんわね。学園の寮は月額5000クレジットと凄く安いのですが、流石に2人一部屋は狭いですしお断りですわ。

 

だから、貴族の連中は大体寮に入りませんわね。エイブラハムはどうやら寮のようですけど。……なんで寮住まいなのにこの会合に出て来ないのですか?これだから陰キャはいつの間にか孤立しているのですわよ。

 

あとユースケは、魔法学園からは離れた土地に一軒家を買っているのでお金は持ってますわね。どこから出てきたお金かは謎ですが、わりとぼったくられているので金銭感覚がガバガバなことは覚えておきましょうか。

 

新入生達が自己紹介を終えると、今度は上級生も自己紹介していきますわね。その中で気になったのは、馬鹿王子がわたくしの屋敷へ襲撃しに来た時、リンデンの後ろでずっとあわあわしていた少女ですわ。名前はマリアというそうで、苗字がないので平民出身ですが、この世界にマリアという名の女性は沢山いるので後ろに父親の名前をくっつけてマリア=ジェイミと名乗ってますわね。

 

1つ上なのに、庇護欲を駆り立てるほど背が小さく、胸も小さな茶髪ショートヘア美少女のマリアですが、孤児院出身だそうで今はお世話になった孤児院の経営もしているそうですわ。12歳が孤児院の経営をしてるって、よく考えると凄い世界ですわね。まあわたくしは一応5歳の時から領地経営している立場ですが。

 

……どうやら昨年、孤児院を経営していた人物が死に、孤児院の取り壊しが決まった時、マリアはリンデンにお願いしてお金を出して貰ったようで、今は寄付金のお蔭で何とか経営出来ているようですわ。あとこの入学料授業料が高い魔法学園に孤児院出身で入学出来ている時点で、特例奨学金が出ている成績優秀な人物ですわ。

 

「将来は孤児院の経営を安定させて、不幸な子供達を救いたいんです!」

 

そんな善良そうに見えるマリアは「余裕があれば寄付をお願いします」と頭を下げていますが非常に胡散臭いですわね。男性陣は「協力してやろうぜ」的な雰囲気になっていますが、あれかなり猫被ってますわよ。

 

そしてマリアが将来の夢を語ったために始まる将来の夢談義。私の夢はもう決まっているのですが、今ここでドン引きされても困るので猫を被りますわ。

 

「立派な(最悪な)君主(暴君)になって、民に喜ばれる(悲しまれる)統治をし、(処刑されて)史に名前を刻みたいですわ」

 

途中で本音が出そうになるのをグッと堪えるのは、中々に辛いですわね。あとメイとかマキア、マキナの取り巻き達がキラキラした目で見つめて来るので、ちょっと罪悪感が湧いて来て気持ち良いですわ。破滅の未来を想像する度に胸がキュンキュンして来ますわよ。

 

私の次に、メイが最強の剣士になる夢を語っていたところで、食堂全体が強く揺れますわ。私の前に置いてあった紅茶とお菓子が零れそうになりますが、マキアが紅茶を、マキナがお菓子をしっかりとキャッチ。……短い時間でしたが、震度5弱ぐらいの揺れはあったような感じはしますわね。

 

新入生も在校生もほぼ全員、さっきの揺れに騒然となり、恐怖しているようでしたが、ユースケとマリアはあまり怖がっていないので転生者、転移者判定機として地震は優秀ですわね。いや前世日本人だったとしてもさっきの揺れはかなり大きかったので怖がっても良いはずなのですが……。

 

食堂全体がザワザワと落ち着きのない雰囲気になりましたが、すぐに元軍人現教師のシリル先生が食堂にやって来て「さっきの揺れは勇者の攻撃だ!全員食堂から出ないように!」と叫びましたわ。あの揺れを引き起こせる勇者パワーは凄いですわね。なぜその揺れを引き起こせるような力で私を殴らなかったのか、これが分かりませんわ。

 

地震を引き起こすような火力なら、歴代随一の火力も嘘じゃなさそうですわね。後頭部を杖で殴っただけで気絶する紙装甲なのは許せませんが。……勇者が洗脳されたら、全力で私を殴ってくれそうですわね。本物の洗脳魔法で、勇者が操られることを祈りましょうか。



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第12話 帝都混乱ですわ

帝都魔法学園の結界制御装置周辺では、勇者とその仲間達が魔族の侵入を防いでいた。数はそこまで多くない上に、学園の教師陣も強いため、まずエルシーのところまで辿り着ける悪魔が少ない。

 

「……さっきの頭のおかしいお嬢様は居ないみたいだな」

「っ、入学式の時の悪魔!」

 

しかし強い悪魔は学園の教師陣側が戦闘を避けるため、ほぼ確実にエルシーの出番となる。そして入学式の時に襲撃を行った悪魔と、エルシーが対峙する。悪魔は一気に上空へ上がり、高速で火の球を連続して撃ち出すが、勇者には当たらない。

 

一方でエルシーの攻撃も、上空にいる悪魔には攻撃が届かなかったり当たらなかったりと一進一退の状態になるが、今回はエルシー側に頼もしい仲間がいる。上空を飛んでいた悪魔は唐突に吹いた強風によって地面に叩きつけられ、直後に地面から生えた蔦で拘束される。

 

その上から、飛び上がったエルシーが全力で剣を振り下ろした結果が、リディア達の経験した地震だ。高位の悪魔すら、一撃で塵すら残らず粉砕する攻撃は、寸前で悪魔の転移が間に合い空振りに終わる。

 

「また逃げた……洗脳に転移に、重力操作もあるって固有魔法を何個使えるの……?」

「これまでの悪魔とはかなり違いましたね。

……襲撃はこれで最後でしょうか?」

「索敵範囲に悪魔はいないから、今ので最後だと思います」

 

勇者の傍らにいるのは、風属性魔法使いと植物魔法使いの2人。この世界の魔法は基本的に火属性、水属性、風属性、地属性、光属性、闇属性、無属性の7属性に分かれるが、固有魔法という例外が存在し、洗脳魔法や植物魔法、転移魔法はいずれも固有魔法で使い手が少ない。

 

魔法学園を首席で卒業した風属性魔法使いが索敵魔法を使用し、学園内に悪魔が残っていないことを確かめる。学園への襲撃が一旦途切れたところで、学園の教師陣や帝国軍が被害の確認を急ぎ、結界の修復を再開した。

 

結界の修復に時間がかかるのは動力源となる宝玉のサイズや魔力の質がバラバラであるため、再起動には装置の修正が必要になるためだ。

 

具体的に説明すると、現状は機械がそのまま残っているが電池は抜き取られており、今ある電池の種類が違うためすぐには動かない、という状態だ。単四電池で動いていたものを単三電池でも動くようにする修正が必要となり、その期間が3日である。

 

そもそも同じ宝玉というものが滅多にないため、宝玉で動く装置は基本宝玉を抜かれると簡単には再起動しない。特定の魔力を生み出し続ける宝玉は大きければ1個でも凄まじい値が付く代物であり、中型サイズの宝玉が埋め込まれたリディアの杖でも、宝玉だけで十数億クレジットの価値がある。

 

エルシー達は、新たに運び込まれた宝玉と、それを装置に組み込む職員達の姿を眺めながら警戒を続けるが、にわかに学園外が騒がしくなる。火災が発生したからだ。それは学園内からでも立ち上る煙が見えるほどであり、エルシーは駆けだそうとして、しかし宝玉の護衛のためにその場へ留まる。

 

この火災はもちろん、放火されて発生したものであり、比較的広い範囲に燃え広がったのを見て今回の襲撃の主犯格である高位の悪魔はほくそ笑む。そしてこの悪魔にとって幸運なことに、放火した範囲の中にリディアの邸宅は含まれていなかった。

 

魔法学園への襲撃と、謎の地鳴り、帝都での大規模火災。現場は混乱を始め、食堂内は騒然となる。

 

「帝都にいる悪魔達の気配はほぼ全て消えましたわ。一部皇城にまで入り込んでいましたので、皇帝の命が目的だったかもしれませんわ」

「……リディア様、家の方は無事でしょうか?」

「火の手は家まで迫ってないので大丈夫ですわね。そろそろ落ち着いたみたいですし、今日はこの辺にして帰りますわよ」

 

唯一冷静だったのは、帝都中の気配を常に探っていたリディアだけだった。紅茶を飲み干したリディアは、悪魔の大半が去ったことを確認し、傍にいるメイ達を連れて帰路に就くが、道中でメイ達を先に帰らせて火の海の方へ歩み出す。

 

轟々と家々が燃える中、「息苦しくてあっついですわね」と言いながら歩き回るリディアは傍から見ればただの化け物だった。服を魔法で作った水で濡らしながら歩み続けるリディアは、やがて目的のある場所に辿り着く。

 

「げっ」

「さっきぶりですわね。……その服は何で燃えてませんの?」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる。

……何の用だ?」

 

その場には放火を行った悪魔が、傷を癒している最中だった。勇者からの攻撃前にギリギリで時空の歪みを完成させ、避難した悪魔だったが、勇者の攻撃の余波でボロボロになっており、傷だらけの状態だった。

 

そんな状態でリディアに遭遇した悪魔は、即座に全てを諦めて用を聞く。そんな悪魔を見て、色々と聞けそうだと思ったリディアはニコリと笑顔になった。



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第13話 フルスイングで追放ですわ

なんか悪魔達が侵攻して来て帝都を火の海にしていきましたわ。せっかくなのでその火の海に飛び込んでみましたが、少し暑い程度ですわね……。これは前々から、衣装バーベキューをしていたからかもしれませんわ。高い衣装を作らせて持って来させては無意味に燃やしていくという、復讐されそうな悪役令嬢っぽいムーブを頑張っていたのですが……。

 

あとこの服が燃えたら裸で徘徊することになりそうなので水で濡らしておきましたが、この悪魔がいるならすっぽんぽんの方が良かったですわ。というか何でこの悪魔はパンツ+コートとかいう謎なファッションをしているのでしょう?悪魔界のトレンドでして?

 

「殺すならさっさと殺せ」

「いやですわよ。色々と聞いてみたいのに……。

さっきの戦いを覗いていましたが、あれ空を飛んでいるのは重力操作ですわよね?

その背中の羽で飛んでいるわけではなさそうですし」

「……あっているが、それが何か?」

「……これは私の想像ですが、固有魔法を獲得する能力でも持ち合わせていますの?」

 

この前に襲撃して来た悪魔は色んな固有魔法を使用してきていたので、もしかしたら固有魔法を獲得する手段を持ち合わせているのかと思い聞いてみたら、実際に固有魔法が増える特性持ちでしたわ。どうやら死んだ人から24時間限定で1つだけ固有魔法を継承出来る能力を持っているようで、主人公みたいな性能してますわねコイツ。無理やり奪う能力ではないみたいですがチートですわ。

 

ついでに海を渡った魔王領、向こうの領地についても聞いてみましたが、大体こちら側と根幹は一緒ですわね。複数の国を纏める皇帝(魔王)がいて、その下に4人の王がいるみたいですからこいつらが四天王というわけですわね。

 

その下は日本で言う○○地方を纏める公爵、○○県レベルを纏める伯爵、1つの都市を治める男爵といるようなのでこちら側と同システムなのは確定ですわ。これきっと過去では1つの国でしたわね。古代核戦争説が現実味を帯びて来たのは気分的に少し嫌ですわ。

 

今回の襲撃の目標は皇帝の娘を攫うことだったそうで、その目的は既に達成されたようですわ。流石にそれは初耳なので驚きましたが……これ、明日の朝には大騒動になっていますわね。

 

今代の皇帝には息子と娘が2人ずついますが、長女の方が攫われたらしいですわ。……こいつ、本当に観念しているのか情報をボロボロ出しますわね。ちょっと哀れになってきましたわ。

 

将来的に私を超える可能性のある人物……悪魔ですし、見逃して復讐させることにしましょう。とりあえず帝都からは追放ですわ。見たところかなり頑丈なようですし、一発ぶちかましても大丈夫ですわね。

 

「とりあえず帝都からは追い出しますわ。追放ですわ」

「いや追放も何も俺はガッ!?」

 

風属性の強化魔法を杖に纏わせて、悪魔の腹部を宝玉で強打しますわ。そのままフルスイングで帝都の外へとかっ飛ばしましたが、まだ生きているみたいなので素晴らしい耐久力ですわね。これで理不尽な暴力も与えられたので、きっと復讐しに来てくれますわ。きっと今頃「あの女、今に見てろよ……絶対に復讐してやる」と呟いているに違いありませんわ。

 

さて。確認すべきことは確認したので後は消火活動のお手伝いをして家に帰るだけですわね。火はかなり広範囲に燃え広がっていて、水属性魔法を使える人が一斉に消火活動を始めていますわ。私は風魔法を使って、風向きを変えるだけで良いですわね。これだけで燃え広がり辛くなりますわ。

 

……それにしても、帝都に火を放って、皇帝の娘を攫って何をしたいんでしょうか?火災は帝都に水属性魔法使いが沢山いる以上、すぐに鎮火されていきますし、人質としては次期皇帝の長男の方が圧倒的に価値は高いですし。……はっ。まさか、皇帝の娘を魔王の性奴隷にするつもりですの……!?何という羨ましい状況……!

 

どうせなら私の方を攫って欲しかったですわ。一応私、公爵ですわよ。見た目すげえ美人ですわよ。おっぱいも大きくなってきましたし、もう孕めますわよ。領地の経済力は帝国内トップクラスの貴族ですから、利用価値もたくさんありますわよ。だから攫って下さいな……!

 

火は2時間ほどで大体鎮火しましたが、これ被害総額は大きそうですわね。悪魔の位置情報が瞬時に手に入る結界が喪失したせいですが、これ最初の襲撃で悪魔を取り逃がした原因である私のところに損害賠償請求が届くのではなくて?この規模の損害だと下手したら借金漬けになって……借金漬けになって、そのまま借金奴隷コースで鬼畜ご主人様に買われるルートも良いですわね。

 

「マキア、今回の帝都の被害総額は幾らぐらいになると思われますの?」

「ええっと、帝都の一区画が全焼なので…………20億クレジットから30億クレジット程度ですかね?」

「……クレシアに言って、30億クレジットを帝都に寄付しておいてくださいな」

「えっ!?……はい!」

 

しかし残念なことに、半月で稼げそうな額しか損害がなかったのでマキアに言って補填させておきますわ。……借金漬けになるのは、ちょっと難しそうですわね?



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第14話 暗躍歓迎ですわ

悪魔の襲撃により帝都が火の海となった日から2日後。特に追加の襲撃もなく、無事に結界制御装置は稼働し、第一皇女が攫われたこと以外は特に問題もなく、徐々に一般人は元の生活に戻っていった。

 

またリディアが今回の襲撃に関して、責任は全て私にありますと言い、多額の寄付を行ったことで帝都内での知名度は飛躍的に向上した。今回の火災で帝都が1区画分、丸々全焼したが、その地域の家々を全て建て直して、家財を揃えてもなおお釣りが出る金額である。

 

入学式以降、自宅待機の指示を無視して外出し、ひたすら無駄遣いしても貯蓄が減らない絶望感に浸っていたリディアは、学園生活が再開されることを心待ちにする。それまでの期間は、気になる学園の先輩達について調べていた。

 

「あの馬鹿王子は気に入らない人物を見つけると退学するまで追い込んでいたのですか……」

 

まず1人目は、入学前に襲撃を受けたリンデン=ハインであり、残念そうに、怒りも込めているような声色で呟いているリディアだが、内心とても気に入っていた。これまでに何人もの従わなかった学生を、退学にまで追い込んでいるリンデン。追放系お嬢様として、目指すべき目標であるからだ。

 

リンデンはハイン王国の第一後継者であり、今持っている権力自体はさほど強くない。しかし親がリディア達の住むロウレット帝国の宰相であり、広大な直轄地を持つ王だ。またリンデン自身もハイン王国内の公爵であり、ハイン王国自体が非常に食糧生産量の多い豊かな国のため、咎められる存在は少ない。

 

もちろん、リディアはリンデンを咎めることが出来る方の存在だ。領地は圧倒的な経済力を誇り、軍は精強。たとえ戦争にまで発展したとしても勝てる。しかしリディアは、リンデンと共に追放する側に立つことを考える。こちらの方が、より多くの人間を追放出来ると考えたからだ。

 

そしてリディアは、そのリンデンに付き纏っていた女性、マリアについてをよく調べていた。ハイン王国の田舎にある一教区を牛耳る孤児院。その主に12歳の若さでなっているのだから異常性の塊のような存在だ。そして確証こそないが、日本からの転生者の可能性がある以上、リディアを嵌めることが出来る存在である可能性も高い。

 

要するに、リディアを破滅の未来へ導くことが出来るかもしれない存在なのだ。そのような存在を、リディアは当然歓迎する。

 

「リンデンは1000万クレジットをマリアに融資したみたいですわね。随分と金遣いの荒い王子様ですわ」

「それだけではないです。リンデン派閥から細々と貰っているのを合計すると……1億クレジット!?」

「……あり得ない。じゃあ何で、孤児院の子供達も働いてるの?」

 

リディアはマキアとマキナにもクレシアの集めた資料を漁らせ、情報を集める。すると浮かび上がるのが、マリアが大量のお金を貯め込んでいる疑いであり、その額は最低でも3000万クレジット以上となった。

 

「思っていた以上にヤバい奴ですわ。関所の通行記録から、マリアの住むタヌタ教区にマーガレット商会が入った記録がありますわよ」

「マーガレット商会?って、どこの商会?」

「……お姉ちゃん、武器の商会で1番大きなところの名前ぐらい憶えて。大衆向けだと1番規模が大きい」

「冒険者や探検家が良い武器を買うとしたら、まずここ。という商会ですわね。これは浮いたお金で、剣とか鎧とか買ってそうですわ」

 

さらに細かく調べると、マリアの元へ武器防具専門の隊商が入っていた形跡があり、それがリンデンから融資を受けた直後の時期だと判明する。確証こそないものの、リディアはこれを黒だと断定した。

 

そして黒だと断定したからこそ、テンションも上がり、内心ウキウキにリディアはなってしまう。将来的に、マリアはこの国で革命を起こしてくれるのではないかと期待もし始めた。革命が起きれば、革命軍が勝利すれば、革命前に統治をしていた者達の末路は悲惨だ。その未来を心待ちにしているリディアにとって、マリアはとても素晴らしい存在に思えた。

 

「マリアへは、1億クレジットほど渡しますわ。マキアとマキナはこの1億クレジットがどう動くか確認して来なさいですわ」

「い、1億クレジット……。

……わかりました。きっちりと追いかけていきます」

「……最近、お金使いが凄いけど、経済を回すってやつなのかな?」

「マキナは良いことを言いますわね。お金を使い続けないと、お金がどんどん貯まって腐ってしまう状態になってますの」

 

さっそくリディアは、マリアの孤児院に1億クレジットの寄付をすることにして、どんなことに使われているかマキア、マキナの姉妹へ調べるよう伝達する。その指示を受け取った2人は神妙な顔をした後、覚悟を決めたような表情で了承した。



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第15話 追放前の虐め開始ですわ

学園が再開したので登校をしますが、今日最初にやることはマリアの経営する孤児院に1億クレジットの寄付をすることですわ。ついでに手足のように使えと、マキアとマキナを送り込みますわ。本当に革命家か確認はしておきたいですし、本当に革命家なら湯水のようにお金を注ぎ込んで武器防具の提供もしますわよ。

 

ついでにこの双子を裏切らせて欲しいのですが、マキアとマキナは私の封臣の娘なので、基本的に裏切らないことが残念ですわね。裏切ったら家族に迷惑がかかるとなると、普通の人なら裏切りませんし。お金に釣られた仲間や友人に裏切られる時の心情を想像する時は、とても胸がキュンキュンするので出来れば裏切って欲しいところです。

 

そして始まる学園生活ですが、最初の授業は教師の自己紹介だったり、今後のスケジュールについての説明だったりと退屈ですわね。

 

「実戦魔法演習担当のマリリーナ=サイトウよ。

今日は初めての授業だから、各々の実力の確認をしていくわね。

まずは入試で首席だったリディアさん、前に来て下さい」

 

明らかに転生者の子孫っぽい人が教師をやっているのもこの世界の面白いところですわね。この世界でもサイトウが珍しい苗字じゃない辺り、過去のサイトウさんはハーレムでも築いたのでしょうかね。言われた通りに前に出ると、専用のフェンスで囲まれたフィールドの上に組み立てられた櫓に登らされますわ。これスカートが短かったら下からおパンツが見えてしまいますわね。短くすれば良かったですわ。

 

マリリーナ先生が対戦相手を指名するように言って来たので、エイブラハムを選択しますわ。これは虐めが出来そうなので、エイブラハムの復讐対象になれるよう頑張りますわよ。

 

マリリーナ先生の合図で互いに渡された宝玉へ魔力を込めると、下のフィールドに私そっくりの幻影が誕生しますわ。同時に向かい側にもエイブラハムの幻影が誕生して、飛び跳ねたり走り回ったりしてますわね。……この宝形は、恐らく触った本人のステータスを読み取るための宝玉ですわね。

 

冒険者ギルドにも、似たような宝玉があることは知ってますわ。量産されていますし、これ自体は特段珍しいものでもないですわね。冒険者になればこの類の宝玉でステータスの測定が行われ、それを元にランク付けされるという異世界定番のアイテムですが、この宝玉も恐らく似たような機能で能力を読み取ってますわ。

 

そしてこの学園の何処かにある、読み取った能力値をアウトプットする宝玉の力で幻影として表示していますわね。動作を頭で思い浮かべれば私の幻影も飛んだり走り回ったりするので、ゲームのアバターを操作している気分になりますわ。

 

……これ、ひょっとしなくても元日本人が作ってますわね。異世界のアイテムの使い方が上手すぎますわ。実戦に近いかと問われれば、3人称視点なので微妙なのですが、ゲーム感覚で幻影を操作できるのは面白いですわ。

 

「面白いですわねこれ……えい!」

「ッ、ラフシュエート!」

 

幻影の方はちゃんと本人の能力を模しているようなので、馬鹿でかい火球をエイブラハムに投げつけることも出来ますわ。エイブラハムは唐突な攻撃にびっくりするものの、ちゃんと腕を剣に変形させて防いでますわね。……あの剣を生み出す力も、相当謎な力ですわね。魔剣と合体でもしたのか、後で聞いておきたいですわね。

 

そしてそれをちゃんと読み取るこの宝玉の存在が少し怖いですわ。下手したら私の思考を読み取られてしまうかもしれませんわね。それはそれで破滅の未来が訪れそうなので良いのですけど。

 

マリリーナ先生から「まだ演習開始の合図出してないわよ」と注意が入って、戦闘開始の合図と同時にエイブラハムは接近して来ますが、剣を使う剣士に接近戦を挑む馬鹿ではないですわよ。風属性魔法を使って、地面をスライドするように移動しながら、エイブラハムに向かって火の球を撃ち続けますわ。

 

私の幻影が、脇腹に圧縮された空気の球をぶつけられながらスライドするように移動しているのを見ているとちょっと羨ましいですわね。エイブラハムとの距離が近くなったら追加で空気の球を背中やお腹に当てて更に加速しますわ。この移動方法、主観視点だと難しいのですが上から見ていると使い易いですわね。

 

エイブラハムが私の幻影の移動方法にドン引きして、接近せずに剣を振るう度に発生する斬撃を飛ばす攻撃に切り替えますが、ずっとスライドしているので当たりませんわね。あと当たったところで大したダメージにはならなさそうですわ。

 

「実戦魔法演習で魔法を使わないとか舐めてますのあなた?

大人しく軍の士官学校にでも行って剣を学びなさいな。サームタイン家の恥さらし」

「……降参する。これ以上打てる手はない」

「あら、左腕の剣への変形もせずに引くのですか?面白い冗談を言うのですね落第者」

 

ひたすら煽っても、変形させるのは右腕だけで悪魔との戦いのように左腕は変形させないエイブラハムは、出し惜しみをするつまらない男ですわね。しかも片方が降参したら終了の条件ですので、非常にあっけなく終わってしまいましたわ。これはもっと嘲笑ったりして怒りを買った方が良かったですわね。

 

 



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第16話 孤児院見学ですわ

学園生活が始まり一週間。リディアはまず最初に目を付けていたエイブラハムへの虐めを開始し、エイブラハムは思っていた以上に苦しい立ち位置だと自覚し始めた頃。リディアにポンと1億クレジットを渡されたマリアは、マキアとマキナの2人の監視を受け入れた。

 

普通ならこの手の監視役を、嫌がるのが普通だろう。しかしマリアは積極的に話しかけ、あわよくば取り込もうとすら考える。

 

「週末にはいつも孤児院の方へ帰っています。ほら、もうすぐ迎えが来ますよ」

 

この世界の暦は日本に合わせられており、土曜日と日曜日には休む人間が多い。魔法学園も土曜日と日曜日が休みであり、その2日間でマリアは毎回帰省をしていた。帝都からおよそ120キロほど離れた、ド田舎のタヌタ教区まで。

 

マリアが上空を指差すと、空からワイバーンが2匹降りて来る。人間の指示を素直に聞く成体であれば1匹で1000万クレジットは下らないワイバーンが、番いでやって来た。

 

「マリア様、お2人がリディア公爵の使いですか?」

「ええ。シモンズはマキアさんの方を乗せて下さい」

 

雄のワイバーンの方には人間が乗っており、マキアとマキナの方を確認すると「騎乗したままで申し訳ございません」と言い、降りてからシモンズと名乗る。

 

マキアはそれを見て、イケメンで良い人そうだと思った。

マキナはそれを見て、孤児院の元経営者の子供の名前がシモンズだということを思い出した。

 

マリアはマキナを乗せ、シモンズはマキアを乗せると、ワイバーンは空高く飛ぶ。この世界においてワイバーンは特段珍しい生物ではないが、それでも乗り物として活用しているのは一部のお金持ちだけだ。

 

ワイバーンは簡単に人を襲うため、幼体の頃から根気よく教導して、成体になってようやく指示通りに動く。そして何よりワイバーンの速度が速いため、操縦者には向かい風を打ち消す風属性魔法を継続して使うだけの魔力が必要となる。

 

「すっごーい!街並みがあんなに小さくなってる!」

「しっかり掴まっていて下さいね。もう少し速度を上げますよ」

「マキアさんは楽しそうですわね。

マキナさんは高いところ苦手ですか?」

「……別に、苦手じゃないけど」

 

ワイバーンに乗った4人は、僅か1時間で帝都からタヌタ教区まで辿り着いた。

 

マキアは1時間で着いたことで、ワイバーンはとても速い乗り物だと思った。

マキナは1時間で着いたことで、ワイバーンの平均最高速度が80キロ程度だったことを思い出し、マリアは凄まじく優れた個体のワイバーンを飼っていると認識した。

 

「マリアが只今戻りましたよー。今日はお客様も来ていますから失礼のないようにー!」

 

そしてマキアとマキナの2人は孤児院の門から飛び出して来た子供の数の多さに驚愕する。この世界の普通の孤児院の子供の数は10人から、多くて20人ほど。一桁の孤児院も珍しくないが、国や領主からお金が出るほどの孤児院だと50人規模も珍しくはない。

 

しかしマリアの孤児院は、バッと飛び出して来た数だけで100人を超えていた。もはやマリアは子供の山に埋もれているようであり、その子供達が全員、痩せ細っていることもマキアとマキナの2人は認識する。マキアが子供の数を確認すると現時点で506人との返答がシモンズからあり、2人は更に驚愕した。

 

その後、マリアはマキアとマキナの2人について、お金を出してくれたリディア公爵の使いであることを伝えると子供達は揃ってお礼を言う。マキアとマキナにとっては自分でお金を出したわけではないためむずがゆい気持ちになった。

 

「では、近くのお店にお金を渡してきますのでマキアさんとマキナさんはついて来ます?」

「はい」

「……もちろん」

 

マリアは孤児院に到着し一段落するとシモンズが持って来た大きな鞄を背負い、近くの商店街まで移動する。当然マキアとマキナの2人も一緒に移動し、マリアが肉屋や八百屋へお金を払っていくのを確認していく。

 

「ちょっと最近はツケが大きくなってきていたので、纏めて返せて良かったです。これもすべてリディア様のお蔭なので、孤児院一同とても感謝していることを伝えて下さい」

「……八百屋への900万クレジットって、何ヶ月分なの?」

「これまでの1ヵ月分とこれからの2ヵ月分、合計3ヵ月分ですよ」

 

マキナは八百屋へ払った900万が何ヵ月分か確認し、マリアは3ヵ月分だという返答をする。

 

マキアはそれを聞いて、1ヵ月300万、1日10万クレジットと計算し、キャベツのような野菜が一玉500クレジットであることを確認する。これは帝都内と比較しても平常な価格であり、これを毎日200玉と考えても、500人以上いるのであれば簡単に消費してしまうことだろうと考えた。

 

マキナはそれを聞いて、あり得ない額だと考えた。月に300万クレジットという額は、あまりにも高額だったからだ。孤児院の子供達が帝都で売られているような野菜を食べていること自体がおかしく、何かしらの裏もあると考えた。



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第17話 悪女には支援しますわ

商店街をマリア、マキア、マキナの3人で見て回る最中、2人がかりでリヤカーのような台車を押している子供達の姿があった。服がボロボロであることと、孤児院の方向へ向かっていることから孤児院の子供達であることは容易に想像がつく。マリアはその子供達を偉いですよと褒め、子供達はそれを喜ぶ。

 

マキアは台車の方を見て、美味しそうな野菜がいっぱいだと思った。

マキナは台車の方を見て、綺麗な野菜は表面にしかなく、奥の方には黒ずんだ穴空きの野菜が多いことを確認した。

 

「……違うところでお昼ご飯買って来る。昼過ぎには孤児院に戻るから、それまでお姉ちゃんはマリア先輩と一緒にいて」

「分かったけど、一緒に買いに行かないの?」

「あまりここのパンは食べたくない」

 

3人は昼ご飯を買いにマリアが勧めたパン屋へと入るが、マキナは陳列されているパンが不揃いであることと、マリアがオススメしていることから孤児院の子供達が働かされて作られたパンだろうと予測を付け、1人で別の店へと行く。そして途中、1回立ち寄っていた肉屋で話を聞いた。

 

「……平日は、孤児院の子供が手伝いに来るの?」

「ん?ああ、マリア様のご学友か。孤児院の子達は毎日来てくれるし店番や陳列を頼んでいるよ。お金を貰った分は働いてくれるしな」

「1日いくら?」

「1日で3000クレジットだ。2人で来るから1日6000クレジットだな。

……なんだよその目。帝都だと11歳から大人扱いだが、ハイン王国は15歳未満の子供だと最低日給である6000クレジットの半額で良いんだよ。悪いことはしてねーよ」

 

マキナは肉屋の店主に話を聞き、孤児院の子供達が色んな店で手伝いをしていることを把握し、驚いた。驚いたのはその子供達が立派に給金を貰っていることについてであり、500人フルで働いているわけではないだろうが、相当な額を孤児院全体としては稼いでいることも把握する。

 

そしてマリアの毎月の支払いにはこの手伝いの給金も含まれていることを察した。マキナは店主にお礼を言い、唐揚げを大量に購入する。孤児院の子供達の分ではなく、マキナ自身の分である。

 

 

 

マキナがマキアと合流すると、マキアとマリアは今晩の宿について話し合っていた。マキアは孤児院に泊まることを希望するが、マリアは必死に高級宿の方を勧めてくる。これは何かあると感じたマキナは孤児院で泊まるつもりはないが、一緒に食事をしたいと告げ、建物の中へズカズカ入り込む。

 

マキナが建物の中に入ってしまったので、マキアも当然建物内に入る。500人以上の子供が過ごすため、長屋のような建物がいくつか孤児院の敷地内にはあるが、マキナが入り込んだのは一番奥の建物だ。すると出迎えに来た子供達よりかは痩せ細ってない、むしろ普通の体格の子供達が中には沢山居た。

 

マキアはそれを見て、痩せ細ってない子供達もいるのだと思った。

マキナはそれを見て、痩せ細らされた子供達がいるのだと思った。

 

「痩せている子達は、最近孤児院に来た子達なの?」

「……いえ、違います。入口付近にいる子供達は仕事をしません。逆に、この館にいる子供達は仕事を行う子供達です。清掃、洗濯、衣服の補修や料理、開墾。

この孤児院は大きいですから、役割分担をしているのですよ。そして仕事をする子供達には、お腹一杯になるまでの食事を与えています。逆に仕事をしない子供は、生きるために必要な分だけです」

 

マキアは純粋に質問を投げかけ、マリアは言い訳もせずに返答をする。仕事をする子供としない子供。それを聞いたマキアはただ納得しただけだったが、マキナは違う。

 

10歳にも満たない子供でも、洗濯や料理を出来る子供はいる。一方で、出来ない子供やしたくない子供もいる。そう言った子供達の最後の役割が、痩せ細って同情を引くことなのだと気付いた時、マキナは少々吐き気を催した。

 

「どうされましたか?」

「ちょっと唐揚げを食べ過ぎたから気持ち悪くなっただけ。大丈夫」

『……子供達を働かせて、幾ら徴収してるの?』

『徴収?そんなことはしませんよ。彼らは全員、自分のためにお金を使います』

『……そう。自発的に武器や防具を買わせてるんだ』

『軍に入りたいと思う子供達は多いですからね。訓練のためにも、自分で剣を買うのでしょう。

……今日見たこと、全部ありのままをリディアさんに伝えて下さいね』

 

マリアに対して、怒りの感情を込めつつ念波を送るマキナに対し、平然と受け答えをするマリアは孤児院の現状をリディアへ正確に伝えるようお願いもして、ニコリと微笑む。

 

2日間孤児院を見て回った結果、マキアは不自然な点は幾つかあるが、それらには理由があり、マリアが堂々と受け答えをしていたため、大規模であること以外に不審な点は特に思い浮かばなかった。

 

一方のマキナは、貴族達からの寄付や国からの補助金の内、7割は最終的にマリアの手に渡っていると頭の中で算出した。ワイバーンの番いを孤児院の子供達がお金を出し合って買ったことも聞き出し、それらすべてを包み隠さずリディアに伝える。

 

2人の報告を聞いたリディアは、高笑いした後に継続的な支援をすることをマリアに告げた。

 



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第18話 王位はお金で買うものですわ

マキアとマキナの2人に対して、別々に孤児院をどう思ったかと聞くと、この世界のごく普通の一般貴族的思考のマキアは孤児院が大きなこと、子供達でも仕事をしていること等を淡々と報告して来ますが、マキナはちゃんと1つ1つ、どういう裏があるかまで把握していますわね。

 

貴族出身だと、虫食いがあったり歪な形の野菜の値段が綺麗で虫食いのない野菜の半分以下とか知りませんわよね。ワイバーンは卵であればそこまで値が張りませんし、何なら命懸けで拾えばタダですし。

 

マキアはマキアで自身の頭が平凡であることを理解して、平凡な者の意見として期待されていることを理解しているので、マキアはマキアでちゃんと仕事をしていますわ。要するに頭がそこまで回らない人物だと、マリアの孤児院は規模が大きいというだけで不審な点はあまりなく見逃されるということですわね。

 

ああいう孤児院の査察官は大抵貴族出身でしょうし、事前の通達もありますからある程度は繕えるのでしょう。何ならお金を握らせて見逃して貰っているのかもしれませんわ。今回は中途半端に取り繕ったために、歪な部分が強調されているようにも思えましたが、見せつける意味合いもあったかもしれないのがマリアの凄いところですわね。

 

恐らくは、私が同志だと思ったのでしょう。どう聞いても傭兵育成機関にしか聞こえませんでしたし、マキナが聞き出したマリアの思想は、所々赤かったですわ。子供達の一部はマリアのことをマリア様と様付けではなく、聖女様と言っているようですから、洗脳もバッチリですわね。こんな素晴らしい存在、絶対支援しますわよ。

 

表では孤児院にお金を寄付し続ける善人のように見えますが、実際は革命を起こそうとしている共産主義者に資金を与え続ける……とても素晴らしい黒幕ムーブですわ。これは悲惨な最後が待っているに違いありませんわね。思わず笑みが零れそうですわ。

 

学園生活も順調にエイブラハムへ嫌味を言っていたら、いつの間にか別グループも虐めの標的にし始めたので絶好調ですわね。来週には道具を隠されたり、ゴミを投げられたりと実害も出て来るでしょう。まあ実戦的な魔法がほとんど使えない魔力量ですので仕方ありませんわね。

 

あと学園生活ついでに、せっかく帝都に来たのですから皇族にお金を落とし続けて王として認めて貰いますわ。お金で官位を買うという如何にもなムーブをしますわ。この帝国は領内に幾つかの王国がありますが、まあ現代のヨーロッパで例えるならEUみたいな広大な領土を持っている帝国なのですからその中に国が幾つあってもおかしくはないですわね。

 

その中で私の治めるナロローザ公爵領は、現存する王国の範囲には入っていないため、皇帝が「ナロローザ公爵領周辺の領土を纏めて○○国と名付け、その統治をリディアに任せる」と言えば王国が生まれて私は公爵から王へ昇進しますわ。

 

これ自体に皇帝へメリットはないかのように見えますが、公爵伯爵なんて数百人いる帝国の統治、少しでも楽できるなら楽したいものですわ。だから献金なんてしなくても、優秀だと皇帝に認められれば王として王国の統治を認められ、周辺の皇帝の封臣を譲られますわ。

 

「というわけでナロローザ公爵領周辺の公爵や伯爵達を束ねる王になりましたわ。これからはナロローザ王ですわよ」

「……おめでとうございますリディアお嬢様ァ!」

 

マキアとマキナが孤児院へ偵察に行ってる間に、私も領地に帰って王になったことをクレシアに報告するとクレシアが面食らった表情になっていたのが面白かったですわね。ついでに仕事を全て丸投げされることを覚ったクレシアはやはり賢いですわ。

 

周囲の公爵や伯爵は皇帝の封臣から私の封臣に切り替わるので当然反発する領主も出てきますわ。そういった領主の鎮圧等々もクレシアの仕事となるので頼みましたわよ。王国内の税の徴収やら領内の法の整備等も出来るので、思いっきり暴君になりますわよ。ラストは革命軍の手による処刑が一番ですわ。

 

早速クレシアに命じて税率を上げて、民から余分に米や小麦を徴収しますわ。この農作物は売っても二束三文にしかならないので、毟り取った農作物は地下に作った倉へ埋めておきますわ。死蔵万歳ですわよ。

 

あとついでに新しく封臣になった封臣達にも納める税の額を上げるよう告げたので、反乱が楽しみですわね。すぐに軍を興せる領主は少ないでしょうが、その内徒党を組んで襲ってくれますわ。そうなれば私は処刑されるのでしょうね。……ふぅ。

 

ここでナロローザ家が潰えるのもよし、潰えずにこのまま歴代最悪の暴君を目指し続けるのもよし。暴君という存在は、酷ければ酷いほど末路は悲惨なものと相場は決まっていますわ。なので当分の目標としては、歴代最悪の暴君となることですわよ。



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第19話 悪名を高めますわ

私が王となってからしばらくした後、案の定領内で反乱が起きたので討伐に向かいますわ。まあ今までの公爵や伯爵達の皇帝への税は収入の15%だったのに、いきなり倍の30%まで上げれば反発する人は反発しますわね。

 

農民から毟り取る税を5割から6割に上げましたが、それでも公爵や伯爵達は今までより収入が少なくなりますわ。別にこういう反乱自体珍しいことではありませんし、公爵の封臣の伯爵が反乱を起こして公爵に成り代わる、なんてこの世界ではよく聞く話ですわ。

 

私の領有していたナロローザ公爵領の、周囲3つの公爵領を纏めてナロローザ王国領と呼称するようになったのですが、そのうちの1つで反乱ですわね。残りの2つのハロザー公爵とアリー公爵は特に増税に対して文句を言わず、反乱にも加わらなかったので日和見気味ですわ。どうせなら、3つの公爵領で纏めて反乱が起きて欲しかったですわね。

 

というか反乱を起こしたコンスタイン公爵がナロローザ公爵領に攻撃するにはどちらかの公爵領を通過しないといけないので、そうなればこちら側での参戦になりますわね。

 

……県が伯爵領だとすれば、地方が公爵領になりますわ。日本の規模で言うならナロローザ公爵領が九州地方、こちら側についたハロザー公爵領が四国地方、アリー公爵領が中国地方。反乱が起きているのはコンスタイン公爵領の位置的に近畿地方と、ついでに愛知県や岐阜県を治める伯爵達も反乱していますわ。

 

これらをまとめるナロローザ王国領は、西日本ぐらいの規模ということになりますが、王国としてはこれでも規模は小さい方ですわね。この規模の王国が2桁はあるのがこの帝国の強みですわ。

 

反乱が起きたと聞いて、即座に領内へ戻ってみたら既にこちら側の軍800人が2000人を超える敵連合軍を追い返した後とか意味不明な状況でしたわ。簡単に倍以上の兵数差を跳ねのけるとかあり得ませんわよ。ハロザー公爵もアリー公爵もこちら側の軍として常備軍を300人ずつ援軍として寄越して来ましたし、拍子抜けですわね。

 

「リディア様。今回は領内の警備を務めるハウスガード100人と、アリー公爵軍300人が騎士団と共に戦ったため、こちら側の兵数は800人でした。アリー公爵領の防御陣地にコンスタイン公爵軍から攻撃する形での開戦でしたので、被害は少なかったです」

「……領内の警備を任せているハウスガードの方々も元騎士団や騎士団志望の人が多いですからね。で、当然今度はこちらから攻め入りますわよね?」

「はい。現在のナロローザ公爵軍はアリー公爵の槍兵300人、ハロザー公爵の騎兵300人、リディア様の騎士団400人にハウスガード100人の計1100人の軍となります」

 

領内の館でお留守番をしていたジョシュアに状況を聞くと、クレシアが軍を率いて対処したことを確認しますわ。勝手に反乱軍を鎮圧しないでくださいまし。ついでに今から反乱軍を主導しているコンスタイン公爵領に侵攻するようですので、最早私への凌辱チャンスは皆無に等しいですわ。

 

……農民から徴兵した人が多いコンスタイン公爵の軍は一度敗走し、死者や脱走兵が多く、既に軍規模は1500人を下回っていますからもうどうにでも出来ますわね。農民兵にはたまに強い人もいますが、基本的に同数どころか半数の常備軍にも勝てませんわ。

 

クレシアに任せっ放しでこれ以上私の評判や評価が上がっても困りますし、ここは私が軍の指揮をしないといけませんわね。とりあえず作戦なんて考えずに突撃しますわ。これが一番愚策だと思いますわよ。

 

「全軍突撃ですわー!被害なんて気にせずに蹂躙ですわー!ほら、いきますわよ!」

 

馬でかっ飛ばして前線に合流し、ナロローザ家の旗を振り回して敵兵をぶん殴ろうとしますが、殴ろうとする相手から騎士団員の剣で吹き飛ばされるのはどうにかなりませんの?あ、敵軍から降伏の使者みたいなのが来ましたわね。どうして私が戦場に着いて1時間で使者が来るのですか……?私を捕らえてどうこうみたいな知略を働かせる方は居りませんの……?

 

さて。必死に頭を下げるコンスタイン家の使者ですが、こういう場で積極的に私の評判を落として私を暴君だと世に知らしめたいですわね。そしてこういう時は、聖君っぽい人間の動きを予測して、それの真逆の行動を取れば良いと思いますわ。

 

『顔を上げなさい。抵抗は止めて、武器を捨てて、降伏しなさい。誰一人として罪に問いませんわ。これからは同じ王国民として共に生きていきましょうですわ!』

 

ちょっと聖君っぽい人の台詞を考えて、その真逆の台詞を言うことにしますわ。

 

「顔は下げたままでいなさい。降伏は止めて、武器を持って、抵抗しなさい。誰一人として許す気はありませんわ。王国領内からあなた方全員追放ですわ!」

 

これでよし!面会後、すぐに砦へと戻っていく使者ですが、ずっと震えていたのできっと怒りに燃えて必死の抵抗をして来ますわ。今回は負けてもいずれ復讐の機会を……!と内心燃え上がっているに違いありませんわ。

 

そして僅か30分後、砦からコンスタイン家の人間が次々に脱走する姿を確認しますわ。あまりにもあっけない幕切れですし、コンスタイン公爵軍に至っては勝手に瓦解を始めたので実質無血開城になりましたわ。……コンスタイン家からの使者との面会時の暴言が、世に広まって悪名が上がると良いですわね、



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第20話 戦争推奨ですわ

リディアはコンスタイン公爵の反乱を鎮圧し、コンスタイン家の人間を追放した後、騎士団の面々を集める。いつもの騎士団からの追放のためのトーナメント戦ではなく、爵位を配るためのトーナメント戦を開催するためだ。

 

公爵領を丸々直轄地としても問題は起きないが、封臣が多ければ多いほど派閥が出来やすく、反乱も起きやすいという認識から、リディアは公爵領を伯爵領に区分けして分配する。前話の日本で例えるならば、大阪だけ確保して残りの京都、兵庫、奈良、滋賀、和歌山、三重を騎士団の面々に授与した。

 

コンスタイン公爵領は公爵領の中でも発展度が高く、都市も多い。最終的にリディアの騎士団の腕利き6人は伯爵位がリディアから授与され、貴族の仲間入りを果たした。この騎士団員は全員が来週には追放される可能性を秘めているため、騎士団長のような騎士団を纏める人物はいない。そのために、純粋な武力による選出が可能だった。

 

武力が高くても、統治能力が高いとは限らない。そのことを認識した上で、領地を分配したリディアだったが、単純に領内が荒れて欲しかっただけである。しかしながら反乱を起こし、増税により治安が悪化し荒れているような領地には武力のある領主が適任であり、元から能力が高かった彼らはすぐに支配体制を確立した。

 

一連の流れで、リディアの王としての威厳は高まり、領内の封臣達の畏怖と敬重の念を一層深めた。一番評価が大きかったのはコンスタイン家との使者との面会の時の言葉であり、普通であれば『全領土、全財産の没収』という条件を突き付けられると砦に籠り徹底的な抗戦を選択する存在も多い。

 

しかしリディアはコンスタイン家自身に領外への脱出を選択させ、コンスタイン家の強固な砦を無血開城させた。農民兵が中心とはいえ、常備軍も少なくはなく、攻城戦に移行すればリディアの軍にも被害は出ていた。それを未然に防いだことは、リディアの評価を上げる要因にしかならない。

 

また、このタイミングでリディアは封臣達に戦争の自由を言い渡した。リディアの領内であれば、封臣同士での戦争を認めるというものであり、リディアはこれを領内を荒廃させるための最善の一手だと考えていた。

 

ナロローザ王国の属するロウレット帝国は、基本的に封臣同士の戦争を認めていない。これは外国との戦争でも同じで、皇帝の封臣が戦争を興すには必ず皇帝からの許可を貰わないといけない。

 

しかし封臣の封臣にまでそのルールが適用されるわけではない。そもそも封臣の封臣から直接皇帝に許可を貰う、という行動も出来ない。皇帝視点で封臣同士の戦争が起きてなければ良いだけであり、封臣の領内で封臣同士の戦争が起きても基本は見逃される。

 

そのため、野心のある皇帝の封臣の封臣という存在は、皇帝の封臣に対して戦争の自由を要求することが稀にある。特に王国規模だと好戦的で野心的な伯爵、公爵達が徒党を組んで王に戦争の自由を要求し、時には反乱を起こして認めさせる。

 

そして領内は戦争が活発となり、封臣達を纏め上げる封臣が誕生し、やがて王に成り代わる。そうなれば元々王だった存在の末路は悲惨なもので、処刑されたり、下手すれば一生牢屋で飼い殺しに遭うこともある。リディアが望むバッドエンドの1つだ。

 

なお、戦争の自由をリディアが告げた時点で既に封臣達は全員がリディアに臣従することを心から誓っており、封臣達は下手なことをすればリディアが己の手を下さずとも他の封臣にすり潰されると畏怖した。

 

「さて……私は学園に戻りますが、クレシアにはもう一つお仕事をお願いしますわ」

「何なりとお申し付けください」

「アーセルス王国にいるという魔剣を作る鍛冶屋を連れてきて欲しいですわ。本人を連れて来れなかった場合は、魔剣そのものを何本か買って来て欲しいですわ」

 

また、リディアは帰郷ついでにクレシアに魔剣とその製造元の捜索をするよう命じる。腕を剣に変化させて戦うエイブラハムが捜している人物であり、また性能は恐ろしく良いが、持ち主に不幸を呼ぶという魔剣を、リディアが欲しがらないはずはなかった。

 

「1本5億クレジットまでなら出しますわよ。持つだけで強くなれると噂になるほどの性能であれば、その程度は惜しくありませんわ」

「しかし魔剣には破滅を呼ぶとの噂も……いえ、かしこまりました。必ず入手いたしましょう。その魔剣の打ち手はアーセルス王国に保護されているため、連れて来るのは難しいでしょうが、可能な限りの交渉をいたします」

 

リディアが伝え聞くだけでも、魔剣の持ち主の大半は自殺したり、精神的におかしくなったり、不幸な事故に遭ったりとリディアからすれば垂涎の代物だ。また不幸な事故の中には親しき者に刺されるケースが多く、リディアが渇望しないわけがなかった。



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第21話 魔剣捜索ですわ

学園生活が始まって1ヵ月ほどの時が経過しましたが、エイブラハムの顔が日に日に暗くなっていくこと以外に事件や出来事は起きませんでしたわ。それと、もう1人の標的だったユースケがマリアの手玉にされているのでどうしようか迷いますわよ。あの田舎者、マリアに良い様に使われ始めているので悪女に嵌る男の悲しい姿をまざまざと見せつけられていますわ。

 

……一番最初に探し物の依頼の手伝いを安請け合いしてしまったせいで、ユースケはこれからずっとタダ働きさせられそうですわね。わざわざ私が手を下さなくても、勝手に暴走して退学になりそうですわ。あのマリアという女は、思わせぶりな態度で男を何人も手玉に取っていることから、男の生態を完全に理解した上で使い潰していますわね。よくあれで悪評が流れないものですわ。

 

「あの魔剣、魔法を斬れるの反則ですわよ……。

そういえばメイは、魔剣について知っていることはありますの?」

「魔剣ですか……」

 

今日の午前の実戦魔法演習の授業で2回目となるエイブラハムとの試合がありましたが、こちらが全方位から襲い掛かるよう火の球の動きを調整したのに全部叩き落してくるとか私の騎士団に入れるレベルですわね。

 

一応それとなくエイブラハムの情報収集はしていますが、どうやら腕を剣に変形させているのは本当に魔剣と融合したからだそうで、あの右手の剣には僅かな魔力を増幅させる機能もあるようですわ。道理で斬撃を飛ばせたり、魔法の攻撃を剣で掻き消せるわけですわね。

 

「そう言えば、私の施設にあったのは魔剣だったと思うのですが……」

「……ありましたっけ?そんなもの?」

 

午前の授業が終わって、メイと一緒に食堂の日替わりランチを食べた後、茶をしばいている最中。魔剣を探していることをメイに聞くと、メイの居た施設にあったとのことなので必死に記憶を掘り返しますわ。

 

メイは犯罪奴隷ですが、何の犯罪奴隷かと言えば元暗殺者で、私の護衛を殺した罪で奴隷になっていますわ。というか暗殺対象は私でしたわ。残念ながら、うちの護衛を全部突破出来ずにお縄となりましたが、幼少の身で1人殺している時点で腕利きですし、重犯罪人ですわ。

 

ロウレット帝国の宿敵アーセルス王国の暗部機関で育てられたため、戦闘技術は全般的に高いですし、動きは軽快なので耐久力が上がった今だと暗殺成功しそうですわね。

 

メイを捕らえた時、暗部機関の存在を知り、暗殺者を大量に送り込まれたい一心でアーセルス王国の暗部機関にちょっかいをかけ続けていたらいつの間にかその機関が崩壊しましたわ。暗部機関そのものではなく、その中の一組織をぶっ壊しただけですが、その時の戦利品に魔剣なんてありましたっけ?

 

「あの、柄を握ると感情が無くなる剣です。私達は毎日の日課で柄の部分を握らされていたので、感情を制御されていました」

「……剣はあったような気がしますわね。詳しくは見てませんが、確か鞘と一緒に布でぐるぐる巻きにされていた剣は見かけたような気が……確か、オークションで売り飛ばしたはずですわ」

 

メイに詳しい話を聞くと、感情そのものが消え失せる剣だそうで、触ると丸一日何の感情も持たなくなるとか。痛いとか疲れたとかそういう気持ちも一切湧き上がらないそうなのでヤベー代物ですわね。ついでに痛みを感じないとか焦り、緊張感も湧かないとか如何にも暗殺者仕様の剣ですわ。

 

「魔剣にも種類がありますが、一番怖がられているのはアーセルス王国にいる鍛冶師が打った魔剣です」

「魔剣は何らかの特性を有していて、メリットとデメリットがあるのは把握していますわ。……というかメリットとデメリットがあるから魔剣と呼ばれていますわね」

 

メイの居た孤児院(暗殺者育成施設)を乗っ取った時に目ぼしいものは全部頂いて、その中にも魔剣はあったっぽいのですが売り払っていますわね。この手の物は金を持ってる貴族の好事家が買っているはずですから、回収は難しそうですわ。

 

個人的には、その魔剣のブラックスミスと言われてる男の存在が気になりますわね。アーセルス王国で滅茶苦茶厚遇されているみたいですし、魔剣を量産出来る存在なんてどこも喉から手が出る存在でしょうから連れて来るのは難しそうですわ。

 

「その魔剣の打ち手の名前とかは分かりますの?」

「ガルロンという名前だったと思います。二つ名は魔剣のブラックスミスで、アーセルス王国ではこちらの名前で呼ぶのが普通でした。……現在生きている、世界で唯一の魔剣の作り手です」

 

私はエイブラハムの動向を探っていたのと同様に、エイブラハムは魔剣の作り手のことや魔剣そのもののことを聞いて回っていましたわ。しかしその魔剣の作り手の名前の情報すら集められなかったようですが……メイに聞いてないのはちょっと予想外でしたわね。

 

まあ実戦魔法演習の場で剣の勝負をしてコテンパンに負けた相手ですし、虐めの主犯格の付き人に聞くのは勇気が要りますわね。クレシアも名前すら知らなかったところを見るにかなり厳重に秘匿されてますし、よっぽどな存在ですわ。



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第22話 絶望ですわ

魔剣の捜索を続けながらも、学園の授業は真面目に受けてテストでは優秀な成績を収めますわ。まあ一般教養は前世知識で問題ないですし、魔法の座学でも優秀なお嬢様ですからね私。この世界の魔法は魔法陣を介して発動しますが、その構築は個人によって最適解が違うので理論的には非常に難しいものになっていますわ。

 

プログラミングに近い感じもしますわね。魔力で魔法陣を描いて、その中の記号を組み合わせて魔法を使いますわ。簡単に例を出すと『「自分」「の」「魔力」「を」「火」「に」「変換」「して」「あの」「方向」「に」「射出」「する」』みたいな感じでどういう事象を起こすのか決めて魔法を行使するので面倒ですわ。

 

あと魔力の変換に関しては、本人の魔力の質によって得手不得手もあるのでどうしようもないところも多いですわ。私は火と風の変換率が高いですが、別に水も変換可能ですわね。

 

どうやら魔力を構成する魔素を生み出す臓器が人間の体内にあるようなので、それを使って魔法陣を作るのですが、別に変換する魔力は体外にある魔力でも可能なので魔力量が皆無なエイブラハムも極めれば火や水を自由自在に出せる人間になりますわ。極めれば、ですけど。

 

……自分の体内にある魔力はどの位置にあって、どの程度の出力で出すのかを自分で調整出来ますけど、体外だとそうはいきませんからね。体外にある魔力を指定する際の工程が多すぎて実戦レベルでは使えないですわ。なんかエイブラハムの右手の魔剣は体外の魔力を吸っているような気がしますが、そうなると魔法を使ってないのが不思議ですわね。

 

結局前期は出席日数の不足もあり首席とはなりませんでしたが、2位でしたわ。代わりにずっと学園でマリアの動向を監視していたマキナが首席ですわね。マキア?狙ったようにど真ん中平均点しか取ってないので当然順位もど真ん中ですわ。

 

あとメイは魔法関連の成績がそんなに良くないですが、ギリギリ一桁順位ですわね。446人もいる新入生の中で一桁なら相当優秀な範囲には入りますわ。……入学時には460人いたので、僅か半年で14人も辞めていますが、これが普通のようなので私が追放しなくても学園が勝手に追放したり学生側が勝手に退学していますわ。許せませんわ。

 

「で、これが魔剣ですの?」

「はい。この魔剣は柄を握るとどうしようもなく自死したくなるようで、3人の犯罪奴隷で試したところ、2人は止める間もなく剣を腹部に突き刺し死亡。1人は止めましたが、その際に剣を奪った騎士団員がその犯罪奴隷を突き刺した後、自死しました」

 

前期と後期の間に一月の長期休暇があるので、一度領内に戻ってクレシアが確保したという魔剣を布越しに持ちますわ。どうやら魔剣の性質として、直接触らないとデメリットは出ないようですわね。

 

お値段1000万クレジットとのことで、魔剣の中ではかなり安いですわね。まあ今までの持ち主が全員自死したり廃人になっているなら納得の金額ですが。魔剣にも種類が沢山あるようなので、この魔剣は中でも特別安い理由がある魔剣、というわけですわね。

 

さっそくクレシアの制止を振り切り魔剣の柄を握ると、唐突に世界が灰色に染まりましたわ。というか灰色の雨が降ってますわ。あはは、急に生きる気力がなくなるのは面白いですわね。生きる希望がなくなって、絶望感だけが心を満たしていきますわ。この世界で、生きていく価値なんて私にはありませんわ。私が今後この世界を生きて、何を為しえるというのですか。暴君となり、民に反逆を起こされ、混乱の最中に忠臣の凶刃で死ぬ。そんな幻想まで見せられましたが、それは最高ですわね?

 

剣を握ってふらついた私は、唐突なご褒美にグッと心を保ちますわ。そして鞘から魔剣を抜き、私の胸を突き刺そうとする右腕を制し、何とか地面に叩きつけますが、その地面が豆腐のように斬れるのヤバすぎますわ。これ鞘も大事ですわね。

 

グッと力を込めて何とか魔剣を鞘に戻して放り投げると、世界は色を取り戻し、鉛のように重かった身体が嘘みたいに軽くなりますわ。

 

「……この魔剣、ヤバすぎますわ。製作者は何を思ってこの魔剣を作りましたの……?」

「魔剣の名前は『デプハスション』です。製作者は魔剣のブラックスミス、ガルロンです」

「そういえば、エイブラハムも腕を魔剣に変形する時は剣の名前を呼んでましたわね。元々剣に、名前があるのですか」

 

試しにメイにも握らせてみようかとも思いましたが、それで自死されると今まで育てた甲斐がないので回避しますわ。まあ間違いなくメイの施設にあったやつとは別物でしょうし、魔剣を作れる鍛冶師がいるということは、魔剣が大量に世に出回っている可能性もあるということに他なりませんわ。

 

……流石に1日1本のペースで出来るというわけではないと思いますけど、この類の魔剣を量産されて国内で流通すると混乱も起きますわね。とりあえずこの魔剣は慣れたら使えそうですし、休暇中は毎日プチ絶望を味わいますわ。簡単に絶望感に浸れて後遺症もないとか、私にとっては合法ドラッグみたいなものですわよ。



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第23話 豊作ですわ

休暇中に農作物の収穫が始まりますが、異世界の広大な大地に見渡す限り稲が実っているのは壮観ですわね。まごうことなき豊作ですわ。ここ数年、毎年のように収穫量が上がっているので、領地経営は順調と言えますわね。

 

中でも今年は気候が良く、収穫期に晴天も続いたのでとてつもない量の米が税として納められますわ。異世界なのに米ですわ。まあ過去の転生者には感謝しかありませんわね。米は農作物としてとても優秀ですわ。

 

帝国内全体で豊作というわけではなかったので、これで農作物の値段が崩れたりもしないですわ。封臣達は全員真面目に税を納めに来ますし、領内で異変がないとかつまらないですわね。どうして誰も不正をしないのですか?これでは追放が出来ないではありませんの。

 

数年前までは何人もの封臣達が不正をして、改ざんや賄賂のオンパレードだったので追放が出来ていましたわ。全員私財を没収して領外へ追放したので、そろそろ復讐に来ても良い頃合いだと思うのですが……今のところは追い出された元領主のその後の動向を聞きませんわね?

 

そうこうしている内に、ロウレット帝国が軍を興してアーセルス王国への侵攻を開始しましたわ。これは前回私の領地にアーセルス王国軍が攻撃してきたことに対する報復ですわね。このアーセルス王国、国力だけで見たらそこまで大きな国ではなく、ロウレット帝国の2割もない国土しかないのですが……。

 

まあ潰れないでしょうね。アーセルス王国を挟んで対面にあるオーシェイ連邦はアーセルス王国が潰れると困るので援軍を送りますし、アーセルス王国の国境には強固な要塞がずらりと並んでいますわ。しかも近年は魔剣持ちのSランク冒険者が量産されているようですし、私が反撃した時も大将こそ討ち取れたもののその後の撤退戦が上手くて主力をあまり削れませんでしたわ。

 

「で、当然ですが参戦要請が来ますわね。……学園の方、後期はしばらくお休みですわ」

 

ロウレット帝国が今回動かした軍勢は、およそ2万人。常備軍が1万人に、諸侯の軍が合わせて1万といったところですわね。反乱鎮圧や諸侯の兄弟争いに介入している軍、戦時中に帝都に置かれる予備戦力等を除けば、大体今動かせる軍を全て持ってきているようですわ。地味に魔王に攫われた皇女救出作戦に勇者や高ランク冒険者達が駆り出されたせいで、そこら辺の戦力が軒並み居ないのは痛いですわね。

 

……アーセルス王国からナロローザ公爵領への侵攻したことに対する報復戦争のため、参戦しない理由はありませんわね。せっかく魔剣を手に入れたので、魔剣を集めようとしているエイブラハムに見せびらかして自慢でもしてやりたかったのですが、後回しですわ。

 

うちの面子の大半が報復してやろうぜ派ですし、400人の騎士団と私が王になってから新設した金色の鎧を身に纏う重装歩兵400人を引き連れて参陣しますわ。金色の鎧は如何にも成り上がりっぽい貴族の軍の装備ですし、凌辱されそうなお嬢様力に磨きがかかっていると思いますわ。

 

まあ流石に鎧を全て金で作ることは出来なかったので金メッキですが、それでも目立つので滅茶苦茶注目されますわよ。ついでに伯爵に封じた6人の元騎士達もそれぞれ選抜した100人の手勢を率いていますし、アリー公爵の槍兵300人とハロザー公爵の騎兵300人も合流しているのでナロローザ王国軍は2000人ということになりますわね。

 

前回アーセルス王国軍が常備軍だけで4000人の軍で侵攻してきたことを考えると、その半分規模のナロローザ王国で2000人というのはまあ妥当ですわね。一応重装歩兵も中身は私が選抜したアソコが大きくて屈強そうな男達なのでそこそこ戦えますわ。彼らに関してはいつ裏切ってくれてもうぇるかむですわよ。

 

捕らえられるため、凌辱されるために先鋒を希望したらあっさり通ったので配置は2万2000人の軍の一番前方ですわ。普通、万単位の大軍の先鋒とか兵は士気が下がりやすいのですが、何故か爆上がりしてるのでちゃんと負けてくれるか不安ですわ。負けたら領主を見放して全軍撤退するのですよ?

 

アーセルス王国領に入ってすぐの地点で、アーセルス王国軍の正規軍4000人と冒険者からなる部隊が4000人、オーシェイ連邦軍1万5000人が待ち構えていましたわ。数の上では2万3000人対2万2000人と、ほぼ互角ですし軍の質でもそこまで変わらないでしょうから大事な緒戦ですわね。

 

さきほど将軍にも「私の軍が敵先鋒を打ち砕き、必ず勝利してきますわ」と言って来たので、私の軍が打ち砕かれるよう工夫して敗北して捕虜になって拷問されるよう頑張りますわ。敵の先鋒は、アーセルス王国軍4000人と冒険者4000人からなる8000人ですわね。

 

一応こちらの先鋒はナロローザ王国軍2000人とロウレット帝国軍5000人からなる7000人ですが、相手の指揮官の方には私達が合図するまで突っ込むなと言ってありますので2000人対8000人が実現しますわ。この捕縛され凌辱されるチャンス。何としてでもものにしますわよ。



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第24話 金ぴかですわ

ロウレット帝国軍による侵攻を、アーセルス王国は一早く察知し、オーシェイ連邦への援軍を要請した。小国でありながらアーセルス王国が独立しているのは諜報網が広く、また日本でいう忍者を大量に育成していることが大きい。今回は一早く察知した結果、ロウレット帝国軍が侵攻を開始する前にオーシェイ連邦からの援軍を集めることが出来た。

 

今回のロウレット帝国の侵攻は小規模であり、参加する軍勢にも手練れは少ない。魔族領への侵攻をしたり、帝国内で内乱が発生している地域があるからだ。それでも2万という数は大軍であり、アーセルス王国、オーシェイ連邦にとっては脅威となる数だ。

 

アーセルス王国軍が野戦を選択したため、両軍は互いに向き合うこととなる。戦場は広い草原であり、両軍ともに広く展開することが出来た。

 

そして開戦の口火は、前に出たリディアの軍が切る。金色で塗られた鎧を身に纏う重装歩兵達を中心に、リディアは騎士団以外の1600人を突撃させる。迎え撃つのはアーセルス王国軍8000人。当然だがリディアは何も考えていないわけではない。騎馬隊以外を先に突撃させ、後から騎馬隊で突撃すれば前に味方が居る分、騎馬隊にとって重要な足が殺される。爆発的な突破力を誇るリディア騎士団の長所を削ることが出来る。

 

自らの捕縛のため、自軍の長所を削り、負けに行く。その浅はかな考えは、数十分後に覆される。

 

「重装歩兵団奮戦中!敵を押し込んでいます!しかし漏れ出た敵兵がわが軍の包囲をしつつ、こちらにも向かって来ております!」

 

アリー公爵軍からの伝令が届き、リディア自身の作戦の失敗に気付く。そもそも1600人対8000人の形で戦い始めれば、1600人側の軍が戦線の全てをカバーできるわけがない。当然、相手に出来ない軍がこちらに向かって来る。

 

そのため、アーセルス王国軍はリディアの本陣に迫る軍と突撃をした1600人を包囲する軍とに分かれる。自然と、騎馬隊が味方に注意するような戦場ではなくなっていく。

 

「……重装歩兵団の元まで突撃しますわ!騎士団全員で突撃ですわよ!」

 

やがてリディアは思考を諦め、突撃した。「敗色濃厚であれば私を見捨てて撤退しなさい」と聞かされ、士気が極めて高い状態になったリディアの騎士団は迫る1000人規模の部隊を2つ突破し、あっという間に金色の鎧を身に纏う重装歩兵団の場所まで移動する。リディアがそこで見た光景は、見事なまでの集団戦術で個の武力に頼っている冒険者部隊を跳ねのける自軍の姿だった。

 

中には魔剣のような剣を持って高笑いしながら突撃するアーセルス王国軍の冒険者もいるが、互いに互いを金色の盾でカバーをしながら、金メッキの集団は冒険者達の攻撃を跳ねのける。重装歩兵団は全員、リディアが選出した○○○の大きい筋肉質な大男達であり、なおかつリディア騎士団の突撃を耐えるという訓練を毎日行っている。

 

リディアはこの光景を見て不思議に思った。慢心して足を掬われるために、特に重装歩兵団に対して鍛錬の指示は出していない。また騎士団のように、最下位の人間を追放するようなこともしていない。

 

しかし鎧を高額にするため、鎧は全て団員の身体に合わせたオーダーメイドで作製するように依頼をした。金メッキが剥がれないようにするため、専門の鍛冶師を雇い入れ逐一メンテナンスをするよう指示を出した。

 

また給金も良く、隣の騎士団では毎日のように団員同士の試合をしている環境となれば自己鍛錬を始める者も多く、今回は入れ替わりが少ないために団長という纏め役がいる。同数でもあるため、騎士団と重装歩兵団が自然と交流し始めるのに時間はかからなかった。

 

そもそも金メッキの鎧や装備を身に付ける時点で敵から狙われる、敵からの最大目標になるということであり、現に今回も冒険者部隊からは真っ先に狙われた。それに耐えられるようにするため、頻繁にリディアの騎士団と模擬戦を行った結果、徐々に集団戦術が身に付いて行った。

 

今回はまだその集団戦術が未熟なために付け入る隙は多く、犠牲者多数で前線が突破されそうにもなっていた。しかしそのタイミングでリディアの騎士団が到着したため、彼らは救われている。

 

リディアの騎士団が入って来たためにアーセルス王国軍は完全にリディアの軍を包囲し、殲滅しようと動くがリディアの軍が強いために上手く行かない。徐々に不利な形勢に傾いていると感じたアーセルス王国軍の将軍は、自らがリディアの騎士団員数人を切り伏せてリディアと対峙する。

 

元Sランク冒険者であり、将軍の地位で軍に迎え入れられた彼は冒険者部隊の指揮も行っていた。騎士団員を吹き飛ばせる存在を目視したリディアは自らを捕らえられる存在だと感じ、喜々として持っている旗を掲げて突撃する。

 

直後、その掲げられた旗が合図だと判断したロウレット帝国の先鋒隊5000人が突撃を開始。それを雰囲気で感じ取ったリディアは、時間がないと焦り始めた。



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第25話 大きな旗ですわ

戦場でようやく強そうな人を見つけたのですが、偉そうな将が戦場のど真ん中にまで入って来るということは元冒険者ですわね。アーセルス王国軍は将軍が死んで次の将軍候補が微妙な時、冒険者ギルドのトップに位置するSランク冒険者から将軍を迎え入れるという話を聞いているので驚きはしないですわ。

 

そもそも前の将軍は私がさっくりと殺していますし、弱いとまたすぐに死にますから、ちゃんと強い冒険者を選出したのでしょう。冒険者達のまとめ役をさせるのは、元冒険者の方が良いですし。

 

私の騎士団5人と斬り結んで、3人はガードした剣の上からそのまま吹き飛ばし、2人はガードした剣ごとぶった切っているところを見ると魔剣の力でSランク冒険者になったのではなく、魔剣なしでSランク冒険者になった化け物が魔剣を持っていますわね。

 

一方の私は、魔剣『デプハスション』を持ってきていますが進軍中に何回かにぎにぎした結果、戦闘では使えなさそうなことが分かってますわ。この魔剣、絶望をさせるのではなく希望を際限なく吸い取ってエネルギーに変換するとかいうヤベー事やってますわよ。

 

そしてその希望エネルギーで所有者が絶望するような幻想まで見せて来るのですから所有者を餌としか認識していないですわね。所有者に希望で満ち溢れるような幻想を見せて再度希望に満ち溢れさせた方が良いと思うのですが、この魔剣はさっさと次の所有者にこの剣を握らせたいのでしょう。間違いなく所有者を殺しに来ている魔剣ですわ。ちなみに一度だけメイに持たせてみたら、目からハイライトが消え抵抗出来ずに自殺しようとしていたので非常に不味い剣ですわね。

 

あとにぎにぎして絶望の幻想を見せられている最中に何回かイッた結果、魔剣から極太ビームが勝手に発射することも確認出来てますわ。ピンク色の淡い光の奔流が、大きな岩を包み込んで跡形もなく消し去ったのはヤベーですわ。

 

これを知らずに使って味方を巻き込んでしまうのは別に良いのですが、知ってて使うのは控えたいですわね。喪失する悲しみは、故意だとあまり満たされませんの。

 

まあ魔剣がなくても、物理戦闘ならこの大きな旗がありますわ。この旗は太いので私の両手で抱えると右手と左手の親指同士、小指同士が届きませんわね。将来的に犯されるなら、このぐらいの極太の奴が良いですわ。間違いなくお腹が裂けますわよ。

 

雑魚から飛んでくる魔法には魔法で相殺しつつ、偉そうな将と向き合いますわ。ナロローザ家の家紋が入ったこの大きな旗がズタズタにされ、四肢を切り落とされて持ち帰られる姿を思い浮かべると歓喜で身体が震えますわよ。そのまま宿敵国の貴族の慰み者として一生を終えたいですわね。

 

ちょっといけない妄想をしてボーっとしていたら旗を上段に構えるというか、掲げていましたわ。その瞬間に、後方に控えているロウレット帝国軍5000人が突撃を開始したように思えるのでちょっと不味いですわね。現状互角かこちらが少し優勢レベルの戦況でその戦力が投入されるのは戦局が固まってしまいますわ。なんとしてでも短時間で決着を付けて貰って、連れ去って貰わないと。

 

「貴殿がリディア=ナロローザか?10億クレジットの懸賞金がかかっているとは思えないな」

「うるさいですわ。一騎討ち特有の語り合いとかしませんのでさっさと決着を付けますわよ」

「私の名はユルゲン。殲滅卿のユルゲンだ」

「興味ないですわ!」

 

上段に構えていた旗を力任せに振り降ろすも、向こうは魔剣でガードして普通に耐えている辺り強いですわね。私がぶぅんと旗で一振りするだけで、普通の兵士だと数人から十数人はぶっ飛びますのに、単純に力でも負けている可能性がありますわ。

 

直後に火球で追撃をしますが、敵将は薄く魔力のシールドみたいなものを全身に張っているので通じませんわね。地味にユルゲンってビッグネームですわ。5年前のロウレット帝国主導の魔族領上陸作戦の時に、魔族をひたすら狩りまくったことで有名になっていますわ。

 

得意なのは近距離戦で、力任せに相手を叩き潰すスタイルは私に似ていますわね。旗の柄部分から中央部分に持ち替えて、リーチを短くして相手の得意な近距離戦で勝負を挑みましょうか。

 

馬から飛び降り、ユルゲンの馬をぶっ叩いてユルゲンを下馬させますわ。自然と敵兵もこちらの兵も私とユルゲンから距離を取ったので思う存分戦えそうですわね。そのままガンガン旗と魔剣で打ち合いますが、こちらの旗だけがどんどん削れて行くのでいずれ折れそうですわ。

 

……しかしここでロウレット帝国軍が突入してきて、完全に戦況がこちら側で固まってしまいますわね。私達を囲む兵が全てこちら側の兵になった頃、ユルゲンは撤退を決めたのかこちらに背を向けて逃げ始めますわ。一騎討ちの途中で逃げるのはずるいですわよ。ちゃんと私を気絶させて連れ帰って下さいまし。

 

最後に、旗を真ん中からボキっと折って二回投擲すると折った断面が刺さったのか結構な出血が伺えるので今日はこれぐらいで勘弁してやりますわ。次は途中で逃げないで下さいましと叫んで、今日はこのあとたくさんアーセルス王国軍を捕縛しますわ。

 

縄をいっぱい使った緊縛プレイは縛る側もちょっと楽しかったですが、それ以上に縛られたアーセルス王国軍の兵がひたすら羨ましかったですわ。出来れば私も、裸一貫で強く縄に縛られたいものですわね。



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第26話 魔剣回収ですわ

敵の先鋒隊を完全にうち砕いたところで、敵本陣のオーシェイ連邦軍が私達を避けるように、こちらの本陣へ向かって進軍を開始しましたがもう遅いですわね。しかもその途中でロウレット帝国の封臣の1人であるレイナール公爵の軍1500人の横撃が完璧に決まり、足が止まったところでこちらの本陣が敵本陣を捉えましたわ。

 

先鋒隊同士の戦いで時間がかかっていれば、今日は先鋒隊同士の戦いだけで終わっていたかもしれませんが、決着が早かったのでロウレット帝国もアーセルス王国も今日戦いを終わらせるつもりですわね。当然先鋒隊でほとんど戦闘に参加しなかったロウレット帝国軍5000人も参加しますし、早々にケリが付きそうですわ。

 

私も参加しますが、足の速い騎士団だけで良いですわね。負傷者や死亡者を除いても、まだ384人もいますわ。

 

普段から高い給金を払っていますから、戦場では使い潰す勢いで戦いますわよ。それと先ほどの戦いで家宝の旗がなくなってしまったので、いつも持ち歩いている杖を構えますわ。

 

この世界、殺し合いだと複雑な魔法陣を介して発動する魔法を撃ち合うより、素直でシンプルに強く、感覚で扱える身体強化魔法や身体硬化魔法を魔力のある限り使い続ける方が楽ですわ。魔法での戦闘が弱いわけではありませんし、牽制にはなりますが、決定打にはなりにくいですわね。

 

「ここに残る兵は敵冒険者部隊の装備の回収をしなさいですわ。残兵の指揮は全てネイキッドに任せますわよ」

「了解。ご命令、承った」

 

アリー公爵の軍やハロザー公爵の軍は普通にボロッボロですし、重装歩兵団や元騎士団達の伯爵軍も被害は大きいですわ。なのでもう1戦させても無駄死にしかしないでしょうから、騎士団以外の兵はここで死体剥ぎのお時間ですわ。重装歩兵団の団長のネイキッドに指示を出して残るよう命令し、騎士団の陣形を整えますわよ。

 

……冒険者達が持っていた魔剣は、確かに凄い性能のものも多いのですが、常識の範疇を超えませんわね。1本だけ握ると非常に楽しい気持ちになってくる剣がありましたが、それ以外は特に精神へ影響がありませんわ。

 

「全軍突撃ですわ!すべて蹴散らしますわよ!」

 

オーシェイ連邦は精鋭達をアーセルス王国の援軍として送り込んでいるのか、1人1人が頑強な抵抗をしてきますが、こちらの騎士団の方が力量は上なのであまり足を止められずに敵陣の中を斬り込めますわね。あ、これ撤退しますわ。流石に将の位置までは間に合いませんわね。

 

まあ援軍で来ておいて、一戦も交えずに撤退するのは体裁が悪いから一旦は前進したのでしょう。ロウレット帝国軍との交戦を始めてすぐにオーシェイ連邦軍は撤退を開始していきますが、行先はアーセルス王国の要塞線ですわね。

 

敵の殿部隊をきっちりと潰した後は、日が暮れて来たので一旦引き返して野営の準備に入りますわ。地味に魔剣が23本も手に入ったのは嬉しいですわよ。まあその大半がただ切れ味の良い剣ですが、褒賞とかでは使えそうですわね。

 

しかし1本だけ、魔剣『デプハスション』と同様に精神汚染の効果を持つ魔剣があったので、これは本命ですわ。まだ名前は分かりませんが、持ってて楽しくなってくるのは凄いですわよ。あ、これも喜怒哀楽の内、喜怒哀を吸われているような気がしますわ……?

 

そして両方の魔剣を握った瞬間、感情が壊れたような感覚に襲われ思わず嘔吐してしまいましたわ。私に嘔吐させるとはこの魔剣達優秀ですわよ。食道が胃液で焼かれるこの感覚は懐かしいですわね。懐かしいと同時に、素晴らしいですわね。

 

2つの魔剣を持って戦うのは、正常な精神だと難しそうですわ。となると、エイブラハムが2本の魔剣を持っているのに使わない理由も分かった気がしますわね。……いえ、この状態で魔族とは戦っていたはずなので、やっぱり分かりませんわ。そもそも出してないだけで持っているような状態ですわよねあれ?

 

魔剣についての謎が深まったところで、今日は寝ようかと思った時にロウレット帝国の本陣から火の手が上がりますわ。……この国、火計に弱すぎませんこと?即座に消火活動を始めたようですが、夜襲もあり混乱してますわね。下手に動けば同士討ちの可能性もあるので面倒ですわ。というか諸侯の軍の集まり所帯なので同士討ちが起こっている箇所もありますわ。

 

「フルグレス将軍討ち死に!ロウレット帝国軍は降伏を始めたようです」

「……はあ?」

 

しばらくするとフルグレス将軍を始めとするロウレット帝国軍の中核を担う幕僚たちが全員斬り伏せられたと連絡が入りましたが信じられませんわね。副将のアンドレが全軍に対して降伏するよう伝達しますけど、そのような指示には従いませんわよ。

 

「リディア様、よろしいのですか?」

「まだ私達の軍は負けていませんわ。降伏なんてせずにさっさと撤退しますわよ。両隣のレイナール公爵とヘルソン王にも声をかけなさい」

「退路にはアーセルス王国の封臣達の軍とオーシェイ連邦軍の伏兵が集まっているようですが……」

「蹴散らしますわ」

 

近くで野営していたハロザー公爵を叩き起こしてとっとと撤退の準備を始めますわ。恐らくですが、夜襲の正体はアーセルス王国とオーシェイ連邦の手練れ達数人ですわ。突出した個の武力は単独で使用した方が効果は高いですから、相手は元から緒戦で負けて、油断したところを襲撃する計画だったかもしれませんわね。遠目にはワイバーンが見えますし、こちらの手練れがいなかったのは痛いですわ。

 



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第27話 撤退ですわ

ロウレット帝国軍に手練れが少ないことは認識していましたが、夜襲で壊滅するレベルとは思ってなかったので撤退戦を開始しますわ。偽報の可能性は、飛んできたワイバーン兵が幾つかのこちらの気配を消しているので少ないですわね。降伏して連行される誘惑には抗いたくなかったのですが、私だけ降伏して兵達は逃がすという行為は出来ませんので仕方ありませんわ。

 

ロウレット帝国軍本陣はもう駄目そうなので、とりあえず近場にいた貴族の軍を束ねて撤退を開始しますわ。何故か全員私の言うことを聞いて下さるので、撤退戦の際に問題は起きませんわ。

 

「リディア様であればこの状況からでも勝てるのではありませんか?」

「この場は勝てますわよ?ですが結局はアーセルス王国軍とオーシェイ連邦軍の大半が撤退して籠る要塞を突破しなければいけませんわ。そしてそれを、ロウレット帝国軍本隊があの無様な有様で出来るわけありませんわ」

 

若い男性であるレイナール公爵がここからの巻き返しを提案してきますが、これ以上グダグダした戦争に巻き込まれても益は少ないですし、勝ててしまいそうなのが問題なので撤退しますわ。……このレイナール公爵、公爵領を2つ保有していてどちらの公爵領も発展しているのでそこらの王より評判は高いですわよ。

 

私が野営している場所をピンポイントで狙って、私だけ捕縛されるとかそういう流れだったら最高でしたのにと怒りながら撤退してると追撃の軍が出てきましたわ。しかし殿を務める騎士団が一兵たりとも侵入させないので、緊迫感に欠ける撤退戦ですわね。

 

ロウレット帝国軍も全体が撤退する流れとなりましたが、被害の兵数自体は相手の方が多いので特に問題ないですわ。こちらの同士討ちがあったのは確かですが、相手にも同士討ちが発生するグダグダっぷりでしたし。

 

個人的には魔剣という大きな収穫があったので参陣した意味はありましたし、この戦争に勝っても私の領地ではなくロウレット帝国の領地が増えるだけでしたので義理を果たしたらそれで十分ですわよ。

 

そして何より、軍同士の戦いだとこちらの騎士団の力が強すぎてどう扱っても勝てるのですから敗戦の将になるのが難しいですわ。負けないのに戦に参加する意味なんてないので次回から騎士団はお留守番させておきますわよ!

 

「うぷ……」

「リディアお嬢様!お止め下さい!」

 

撤退の最中、ずっと魔剣を両手で握っていると感情が身体の中を駆け巡るような、まるで生きたまま身体の内部を巨大な芋虫が這いずり貪るような感覚を味わえるので何度か吐けましたが、そのうち慣れて来るのはどうしようもありませんわね。何ならその感覚のまま前方から出てきた敵兵を魔剣で輪切りにする作業をしてましたし、慣れれば案外戦えますわ。

 

『死ぬから!普通は2つの魔剣を持ったら心壊れて死んじゃうから止めて!』

 

領地に着く前には、新しく手に入れた方の魔剣が喋りかけて来る幻聴まで聞こえたのでこの精神汚染の苦しみは素晴らしいですわね。物が喋りかけてくる幻覚が見えるほど憔悴しきったのは久しぶりですわ。

 

しかし一晩経っても喋りかけてきて五月蠅いので新しく手に入れた魔剣は地下の倉庫にでも放り込んで、もう片方のだんまりな魔剣だけ帯剣しますわ。こちらはジェネリック絶望を気軽に味わえるので正直言ってお気に入りですの。

 

「あら、今日は休日でしたの?マキアもマキナも元気でしたか?」

「私達は元気、というか普通だったけど……」

「……マリアの勢いが止まらないから、帰って来るって聞いて報告しに来た」

 

領地に戻るとマキアとマキナの2人が神妙な面持ちで帰省していたので、学園の様子を確認しつつ、マリアについての報告を受けますわ。私からの献金を有効活用し、孤児を中心に浮浪者までかき集めているマリアは、新しい宗教であるリンリン教を創始したようですわね。

 

貧困からの脱却をスローガンに、平和と平等を説いているようですわ。思想のありとあらゆる部分が赤いのですが、そもそも宗教名もレー〇ンとスター〇ン辺りから拝借しているでしょうし、いよいよ本格的に動き出していますわね。

 

共産主義は宗教みたいなものだとよく言われますが、実際に宗教にする辺り、理解している人間の行動は末恐ろしいものがありますわね。そのうちリンリン教の教徒達は平和と平等のために日夜戦いを続けることになるでしょうし、革命はそれまでの統治者の断罪がセットなので非常に楽しみですわ。

 

あとアーセルス王国への侵攻中に、魔族領へ第一皇女の奪還に向かっていた勇者含むロウレット帝国の手練れ達は無事に皇女を連れ戻せたようなので一先ず国内は落ち着きましたわね。

 

誘拐した後、牢屋で苗床とかにもせずに監禁とか魔族は何がしたかったのかイマイチ分かりませんわ。人質を盾にした交渉もしに来ていないですし。……色々とチートな存在である勇者が間違えるとは思いませんが、偽物の皇女を掴まされてはいないですわよね?



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第28話 手抜きは追放ですわ

魔法学園にほとんど行ってないのにも関わらず、2年生となりましたがエイブラハムは地味に生き残ってますわ。しかし2年生となり、ダンジョンでの実習が始まったため、手抜きが許されない環境となったことで随分と責められるようになりましたわね。まあその責めている人間は私ではなくてユースケですが。

 

ユースケもエイブラハムの本気を知っていますし、ユースケとエイブラハムはダンジョンへ潜るための組み分けで一緒になったのですが、案の定パーティーメンバーが命の危機になったにも関わらず片腕しか腕を魔剣に変形させなかったようですわ。

 

……まあユースケも出し惜しみしてそうですけどね。とにもかくにも、追放すべき行動を取った以上は追放しますわ。エイブラハムが「リディアに何の権限があるんだ」とか言ってますが私はロウレット帝国の中で最大規模の経済圏を誇るナロローザ王国領の王様ですわよ。最近レイナール公爵が皇帝の封臣から私の封臣になったので国土も立派な王国級ですわよ。

 

で、追放されるのが嫌なら腕が変形する仕組みや魔剣について知ってることを話せと言うと断られたので尻を蹴って学園から追放しましたわ。もう少し冷静な男かと思いましたが、残念なことにとことん自身以外を信用しない男でしたわね。

 

まあ転生者がゴロゴロいる中で自分だけ手札を見せるのが嫌という気持ちは分かりますが、それでもパーティーメンバーが死の淵にいて全力を尽くさない理由を話せないなら追放するしかありませんわ。

 

個人的にエイブラハムは後で復讐して来そうな存在なので大満足の追放ですわね。あとでざまあを受ける覚悟は出来てますわよ。というかざまあ展開して来なさいですわ。

 

「リディア様、エイブラハムが在籍中に部屋で言っていた独り言をまとめた紙です」

「……非常に嫌な予感がするのですが、剣に向かって話しかけていました?」

「え、はい。腕を剣に変化させて語り掛けていました。変化の魔法の解析は出来なかったです……」

 

どうやらメイは私が戦争に行っている間、男性寮の天井裏に潜んで色んな情報を仕入れて来ているようですが、エイブラハムの独り言まできっちりメモをとっているのは流石元暗殺者ですわね。忍者ですか貴方。

 

何なら自慰回数すら記録を取られているのでこの学園で精力の強い者ランキングまで作れてしまいますわ。この学園の男子はご愁傷様ですわね。元男として、そこの情報を女子達に握られているのは嫌だと思いますわ。

 

『リア、魔剣って全部で何本あるんだ?』

『16本……結構多いな』

『あ、リアを除いて16本ってことか。ホルダーだしな』

『他の魔剣の固有能力は分かるか?』

 

エイブラハムの独り言によって、泣いたり笑ったりしか出来なくなるような感情に作用する魔剣がこの世に16本あることが分かりましたわ。というか魔剣が全部喋る可能性も出てきましたわね。エイブラハムの持ってる魔剣の内、1本の名前がリアということでしょうがもう片方の名前は出て来なかったのは気になりますわね。

 

……いえ、確かラフシュエートと叫んで魔剣を出していたこともあるので、それがもう片方の魔剣の名前ですわね。もしかしたら、3本以上持っている可能性も十分にありますわ。

 

あとエイブラハムが「ホルダー」という単語を出したので推測ですが魔剣を収納できる魔剣のようなものを持ってますわね。というかリアがそうなのでしょう。他の独り言からも推察をすると自然と行き着く結論ですわ。だからまあ、魔剣を集めているのでしょう。魔剣ごとに便利な必殺技とかありそうですし、全部集めたら本人が凡でも相当強くなりそうですわ。

 

そしてエイブラハムの剣の技量はかなりのものでしたから、もしも魔剣を全て集めると下手しなくても1人で軍を相手に出来る程度にはヤバイ存在になりそうですわ。私が2本持っている時点で成立しない話ではありますが。

 

16本あると分かったのは良いことなので、クレシアには引き続き捜索と買収を命じますわよ。可能であればメイが感情を喪失するために握らされていたという魔剣を買い戻したいですが、その魔剣がリアっぽいですわね……。エイブラハムの実家のサームタイン家は鉱山を保有していてお金があるので、買った可能性は十分にありますわ。

 

まあ無事にエイブラハムは学園から追放となったので、今はそれでよしですわ。次はユースケに標的を移そうかと思うのですが、彼はマリアの愛の奴隷なので革命軍の戦力を落とさないためにもノータッチで良いですわね。マリアへの献金は続けますわ。孤児院の規模も1000人を突破したそうですし、彼女の計画は順調ですわね。

 

というか信奉者が随分と増えたようなので聖女としての人気が止まりませんわ。来年にマリアは卒業するので、本格的な反乱はそこからでしょうね。ハイン王国は農地が広いため農作物の生産が非常に多く、豊かな国なのですが、実際のところは人口の大半を占める小作人という名の奴隷が必死に働いて日銭を稼ぐような生活を続けているので不満は溜まってますわよ。

 

ちょっとマリアが扇動するだけで簡単に蜂起するでしょうし、民間の不満と反乱への意欲を高めるために「リンリン教新聞」なるものを発行し始めたので時間の問題ですわ。……宗教の創始と新聞社の設立を行う聖女って文字面からしてヤバイですわね。これでマリアの地位は、恐らく揺るがないものとなりましたわ。



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第29話 蝗害ですわ

2年生になってから実習の一環として4人パーティーを組むようになりましたが、まあ私のパーティーはメイ、マキア、マキナといつもの面子ですわね。

 

この世界のダンジョンは1つしかないというか、魔族領と繋がる大洞窟と言える地下空間がダンジョンと呼ばれていますわ。地下4層まであることが確認されていますが、4層にはこの世のものとは思えない魔物が沢山いるようなので楽しみですわよ。

 

ウキウキでダンジョン最下層にいるドラゴンの○○○のことについて考えていたら、ロウレット帝国軍の数少ないワイバーン兵がチラシのようなものを配布していましたわ。新聞の号外みたいなものだと思って内容を見ると、オーシェイ連邦が黒バッタと赤バッタにより壊滅的打撃を受けたと記載されていますわね。

 

……どこからどう見ても蝗害ですわね。この世界では蝗害が十数年に一度起きるようですが、基本的には元の世界と同じくバッタ類が大量発生して農作物を食い尽くしますわ。

 

恐らく黒バッタという名前と赤バッタという名前は過去の日本人が名付けたのでしょうが、黒バッタの方は地球で見かけるバッタよりも大きく体長約20センチと手のひらサイズの大きさですわね。こちらは農作物の他に、本や衣類等の何でも食べるバッタですが、動物や人は食べませんわ。基本的には、ですけども。

 

そして赤バッタの方ですが、大きさは黒バッタと一緒ですが黒バッタよりも性質が悪くて雑食ですわ。肉を食べるので家畜はもちろん、人への被害も出るのが特徴ですわね。生きたまま食べられるとか何それ素敵ですわ。気持ち悪い蟲に頭からガリガリ食べられるとか絶頂ものですわよ。

 

オーシェイ連邦からアーセルス王国へバッタ群は移動しているようなので、このまま行けばアーセルス王国と国境を接している私の領地にまで来ますわね。当然緊急事態なので一時領内へ戻りますわ。空を覆いつくすレベルの大きなバッタの大軍、是非見てみたいですしね。

 

「リディア様、どう対処なさいますか?」

「クレシアはコロシアムの内側と地下へ領民の避難を。あと要塞の方にも入るだけ入れなさい。すべての避難場所の入口付近には、騎士団の配置もしなさいですわ」

 

久しぶりに外で思いっきり自慰行為を出来そうなチャンスなので、目撃者になりそうな領民は全員コロシアムの中へ押し込みますわ。コロシアムは避難所として機能するように、建物は頑丈な作りですし、入り口や扉を騎士団で固めれば内側への侵入はないですわよ。

 

『ねえ!せっかく主と認めた人に数日間倉庫に押し込められた僕の気持ちが分かる!?』

「うるさいですわ。あと何か能力があるならさっさと話してくださいな」

『……自律行動が出来る。だから僕は柄を握らなくて大丈夫なんだ』

 

ついでに持つと楽しくなってくる剣は、自律行動をすることが出来るようで、勝手に浮いてヒュンヒュン自動で飛んでいきますわ。あの切れ味でファンネルのように扱えるのは強い武器ですわね。ちょっと黒バッタの方には用がないので、黒バッタだけを斬るよう魔剣に指示を出しておきますわ。

 

「あの黒い集団がそうですわね?」

「あのリディア様、服を……」

「メイしかいないのですから大丈夫ですわ。全員避難済みですわよ」

 

そして迎えた当日。単騎で蝗害を抑えに行ってきますわと避難場所の要塞から飛び出すとメイが追いかけて来ましたが他の追手はいないので無問題ですわね。どうせ服は食べられてしまうのでパンイチで特攻ですわ。蟲に全身を貪られるという奇特な体験を出来るチャンス、少々浮かれて変な行動をしている自覚はありますが逃しませんわよ。

 

「ひっ!?あんなに多いんですか!?」

「これは……あの黒壁、すべて黒バッタですわね」

 

バッタの大軍が迫り、一匹一匹が見えるようになった途端、背後から両手で私の胸を抑えていたメイが震えあがって泣き始めましたが女子にはキツイ光景ですから仕方ないですわね。視界に映る全ては黒バッタですので、ここは外れの地域ですわ。

 

赤バッタの発生原因はよくわかっていませんけど、一説には飢えた黒バッタの一部が肉を食べ始め赤くなると言われてますのでこの規模だと一定数はいると思いますわ。そうでなくても赤バッタの存在自体はオーシェイ連邦で既に確認されているので、討伐対象とはいえここまで辿り着いているはずですわ。

 

とりあえずこの集団は黒バッタしかいないので殲滅しておきますが、この規模のバッタ群があと数十はあることを索敵魔法で把握済みなので非常に楽しみですわよ。

 

火の球を風属性魔法で膨張させて、バッタ群の中央で破裂させると一発で結構な数の黒バッタが爆散しますわね。あとは自律を始めた魔剣が勝手に処理してくれますので、次へ向かいますわ。



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第30話 飢饉ですわ

黒バッタと赤バッタの大軍がロウレット帝国に迫るという知らせを聞いた帝国民は全員が恐怖に怯え、多くの人は何か行動をしなくてはいけないと考えながらも、何も行動が出来なかった。ロウレット帝国が前回蝗害に遭遇したのは20年前のことであり、その時も直接的な被害とその後の飢饉で大量の死傷者が出た。その後の数年間は、餓死者が出た。

 

遥か昔から何人もの転生者がやって来ては知恵や知識を授けているのにも関わらず、文明が進んでいない原因の1つであり、定期的な蝗害は文明の進捗をリセットする。それどころか、文明の退化すら招く。大量のバッタ群は食糧を食らい、人を食らい、果てには大事な書物や設計図、衣服や木々まで食べてしまう。人類の蓄積を、無に帰してしまう。

 

特に人すら食べる赤バッタは厄介な存在であり、赤バッタの比率が高い年には多くの犠牲者が発生する。体長約20センチはネズミと同程度であり、その大きさを持った大量のバッタに対処することはとても難しい。子供であれば、僅か数十分で全身骨まで食べられてしまう上に、狙われやすいのはその体格の小さな子供達だ。

 

1匹ずつであれば簡単に対処は可能だが、万を超えるバッタが自身へ大量に迫る光景というものは見る者を恐怖で釘付けにする。そしてその中に赤バッタがいれば、全身を貪られる。ロウレット帝国の領主達の中には、必死で冒険者をかき集めたり、神に祈ったり、慌ただしく動いたりする人もいた。

 

しかしリディアはこれを待っていたかのように的確な指示を出し、地下の空間に領民を避難させた。リディアは犯罪者や奴隷に対して強制労働を行わせるために大量の貯蔵庫を地下へ作っており、リディアを崇拝しているリディアの封臣達は右に倣えで同じ政策を続けている。

 

元々徴税で貯め込まれていた収穫物と、僅かな時間で運び込まれた食糧の数々。それは地下へ避難した民が一年間を余裕で過ごせる量であり、避難民達は避難している間、特に不自由をしなかった。

 

そして肝心のリディアは、赤バッタの群れを見つけるなり喜々としてその中へ飛び込んだ。先走った黒バッタの一群を見て恐怖のあまりメイは逃げ帰ったため、蝗害の群れの最前線に立っているのは領主であるリディアただ一人だ。

 

赤バッタ達は、裸のリディアを見て我先にと飛び付き、噛み付く。黒バッタよりも鋭利な歯を持っている赤バッタ達は、自慢の歯を突き刺そうとして、しかし歯が刺さらないことに疑問を抱く。

 

リディアの艶やかな肌は、大きなバッタの大きな口の中に含まれムニュッとひしゃげるが、それ以上の変化はなく赤バッタ達は噛み切れない。血が出ることも、皮膚に何かしらの異常が出ることすらなかった。ただひたすらに、赤バッタ達は噛み切れるはずの人の肌に噛み付き、リディアの肌を上下させる。

 

やがて赤バッタ達は、リディアを食べられない石のようなものだと判断し、リディアの身体から飛び立つ。大量の赤バッタに襲われ、全身悲鳴を上げるような痛みに襲われることを期待していたリディアは、その光景に非常に落胆し、魔剣に対し赤バッタの殲滅を命じた。

 

1人で狩れるバッタは群れの総数からすると少ないが、それでも大規模な火属性魔法を何度も使い、大量のバッタをリディアは燃やしていく。好奇心からリディアの様子を見に来た領民や、扉の防衛のために元々表に出ていた騎士団の面々の一部は、そのリディアの姿を遠目から見ており、裸一貫で蝗害に立ち向かう姿に神々しさすら感じていた。

 

「おい、聞いたか!バッタ達が去ったらリディア様は倉に貯めた食糧を全部売るってよ!」

「しかも食糧を買えない人間にはちゃんと食糧を渡す仕事を作るそうだ。どうやら飢えることはなさそうだぞ」

「この街は入り口をリディア様が守って下さっているから大丈夫だ!家財を全部食べられることもない!」

「蝗害が起きて村民達が飢えることがないとは……リディア様には感謝してもし尽くせぬ……」

 

暴君を目指しているリディアは、蝗害が終わった後に有り余る食糧の無償提供を行わなかった。そこまですると聖人並みの評価を受けることぐらいはリディアも理解していた。しかし例年並みの価格で売り出してはおり、しかも食糧を渡す公共事業も始める。そのため、極めて高い評価をリディアは受けることとなった。

 

周辺の領土は蝗害のせいで食糧が軒並み高騰したり、果てには食糧自体が無くなったからだ。黒バッタは焼けば食べることが出来るが、栄養価は低く、見た目も悪い。蝗害が起こるとほぼ確実に飢饉となり、食糧を求めて暴動が起き、戦争が起きる。

 

特に食糧をため込んでいる領主と、その領民との間の戦争は悲惨だ。しかしながら、リディアを王とするナロローザ王国領ではそのようなことは一切起きなかった。



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第31話 暴動ですわ

数個のバッタの群れを潰していたら、お目当ての赤バッタが交ざった群れがとうとうやってきましたわ。既にメイはあまりの恐怖に撤退済みなため、この場には1人しかいません。ということは思う存分戯れることが出来ますわね。

 

「ああ、気持ち悪い蟲が全身をおおっていまふがっ」

 

しかし残念なことにバッタの歯が私の皮膚を通らなかったため、赤バッタに無視されるという羞恥プレイをさせられましたわ。もっとバリバリ頭から人間を食べるのかと思ったら、お口はそこまで大きくなかったので期待外れでしたわよ。口を開けたら中に突っ込んで来る赤バッタもいて、中々に珍妙な体験でしたが。

 

赤バッタを食べると、若干血のような味がして美味しくなかったですわ。食感もエビに近い食感を期待していましたが、妙に硬くて不味いですわよ。脚が暴れる感触がダイレクトに口内を刺激しますので、そこは少し楽しめましたけど、結局美味しくなかったですわ(2回目)

 

あまりにも期待外れでしたので、焼き払いましたが私は悪くありませんわ。気に入らないものは燃やす。まさしく暴君の有り様ですわ。広範囲に広がるバッタを、炎の渦で包み込んで行くので、バッタ達は狂ったように飛び跳ねますわ。その結果、より広範囲に火が広がるので楽ですわね。

 

結果的には、バッタ群はある程度私の領地を迂回したようですわね。後続の仲間に「ここヤバイ」みたいな連絡をバッタ達は出来るようで、若干の知性も感じられますわ。ただある程度は殲滅しましたので、最終的な被害は軽減出来たはずですわ。

 

まあ帝国の広範囲を襲ったので、飢饉は免れませんが。飲み水が枯れるようなことにはなってないため、即餓死にはならないでしょう。飢えた民衆による暴動は時間の問題ですわね。

 

「王国領の周囲に沢山のお城を作りますわよ。今なら食糧を渡すだけで奴隷のように働いてくれますわ。外見に拘った大きなお城を、10個ぐらい建てて欲しいですわね」

 

ナロローザ公爵領の周囲には頑丈な砦やお城を沢山作りましたが、領土が広がったのでその外側にもお城を建てていきますわよ。財産を失った人が多いですので、食糧を賃金代わりに渡すと全員馬車馬のように働きますわ。

 

日に日に大きくなっていくお城の枠組みというのは、時間がかかると理解していてもワクワクしますわね。ああ、巨大建造物がこのままの大きさで擬人化して私の純潔を散らしてくれると嬉しいのですが……。

 

あと無駄に領地にお城を作っていたので、自然と領内のお城を建てる技術も上がっていますわ。本当、何でこんなにお城を建てたのかと私自身が思うぐらいには領内にお城が溢れてますし。この世界の最大の無駄遣いがお城を建てる、だったのでお城を建て続けましたが、端から見たら糞迷惑な領主ですわね。これは謀反を起こされるべき領主ですわ。

 

「クレシア、先の戦争と蝗害で活躍して表彰していた騎士団の人にナロローザ公爵領にあるお城を配りなさいな」

「かしこまりました」

 

お城の管理が面倒なので、新しく増える分、古いお城の管理は騎士団の人間に丸投げしますわ。高給取りですし、使用人も雇えるでしょうからお城を与えても問題はありませんわね。ついでに男爵領も幾つか見繕って渡しておきますわ。渡したら渡した分だけ管理が楽になりますし。

 

そうこうしているうちに隣のヘルソン王国の幾つかの村々で暴動が起き、都市部でも貴族に不満を持った人間達が活動を始めましたわ。ヘルソン王国の更にとなりがマリアの活動するハイン王国ですので、民主主義的な考えと共産主義的な考えが波及していますわね。

 

帝国が崩れる前に、諸王国が内部から壊れそうですわね。やはり新聞の力は侮れませんわ。簡単に隣国すら政治的思想を刺激できるのですから、今のハイン王国の内情は相当面白いことになっているはずですわ。

 

そして案の定ヘルソン王が援軍を要請して来たので却下しておきますわ。アーセルス王国への侵攻作戦で、仲良く撤退戦で肩を並べた間柄ではありますが助ける義理まで持ち合わせていませんの。そもそも私は暴君を目指しているので、見返りもないのに助けるわけないですわ。

 

ついでに言うと、ヘルソン王が万が一にも打倒されるようなことがあればその後暴動を起こした民達はこちら側に流れ込んで来る可能性が高いですわ。その暴動を起こした民達を鎮圧することで「難民を許容しない」と著しく私の評価を下げることが可能ですわ。最近、私への評価が高すぎると思っていたので、下げる機会は積極的に活かしますわよ。



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第32話 魔剣の導きですわ

徐々にロウレット帝国内部が慌ただしくなってきましたが、私はのんびりと領地で過ごしますわよ。魔法学園の再開は、かなり先になりそうですわね。人口が集中している帝都のど真ん中は、食糧が無くなれば一気に暴動の危険が高まりますわ。そんな中、通常通りの授業なんて出来ないので仕方ありませんわね。

 

バッタ達との戦闘以降、常に私の周囲を鞘付きで飛び回るようになった魔剣ですが、勝手に私の魔力を使って飛んでいるので非常に迷惑な存在ですわ。ついでに自己紹介されましたが、シュパースという名前の魔剣だそうで、ちょっと魔剣命名の法則が分かって来たような気もしますわ。

 

そしてそのシュパースの先端から光が出て、一定の方角を指し示すようになったので魔剣の魔法陣を解析しますわ。どういった機構で飛んでいるのかについては、魔法陣の中の文字が何重にも重なり合うような形で配置されていたので解析不能でしたが、謎の光については後付けでしたから私でも解析出来そうですわよ。

 

『やめて!僕の中をこれ以上見ないで!』

「うるさいですわ。所有物なら大人しく所有者に全てを見せなさいな。

……時限式の光る魔法ですか。それならば珍しくはありませんわね」

 

魔法学園で学んでいた知識を活用した結果、どうやら3年毎にこの剣は光るらしいという事が分かりましたわ。デプハスションの方は光りませんが、そもそも喋らないのでこの魔剣の言う主がいる状況でのみ光るということでしょう。

 

時限式の魔法は構成上大体3年がリミットですが、この魔法陣はそれを繰り返し出来るように組んであるので3年毎に特定のパターンで光る、ということでしょう。ぼんやりと光り続けるとか灯りとして便利な魔剣ですわね。置物としては優秀ですわ。

 

解析した結果、光り続ける期間は約1か月でしたわ。その間、特定の座標のみを指し示す魔剣ですが、要するにそこへ行けということですわね。魔力を余計に消費される分厄介ですし、気になるので行きますわよ。

 

……ちょっと座標の方も解析すると、光が指し示す先はアーセルス王国の王都なのですが、今バッタ群が通り過ぎたせいで飢饉が発生しているアーセルス王国の王都の方へ行けと……?というか距離によっては一月で辿り着けない気もしますわね。製作者はもう少し所有者のことを考えてデザインしなさいですわ。

 

仕方ないので留守をクレシアやマキナに任せて、メイと一緒にアーセルス王国まで2人旅ですわ。道中、やたらと夜盗の類に襲われましたが強姦される前にメイがスパッと一刀両断していくので期待していた展開にはなりませんわね。

 

黒バッタ群が通ったと思われる場所は、森がなくなっているから破壊力が凄いですわ。前に侵攻作戦で通った時に草原だった場所は、今は枯れ果てた大地が続くだけとかやべーですわ。

 

と言っても、全部が全部なくなっているわけではないので山が禿山にはなっていませんわ。ある程度の生態系は維持できる程度に食い尽くしていますわねあのバッタ達。

 

あと軍が守ったと思われる地域は被害が少なめですわ。バッタ達も、無駄死にするのは嫌ということですわね。アーセルス王国の王都も軍が守っていたのか、着る服にも困っているという人は少なかったですわ。しかしそれはそれとしてやっぱり食料不足気味で、飢えた人が多いですわよ。

 

「でもお金があれば食糧を買える状態ということは、アーセルス王国の食糧事情はロウレット帝国よりマシですわね」

「前までの5倍以上の価格ですが、帝都より状況は酷くなさそうです」

 

しばらく王都内を光の指し示す方向へ歩き続けると、入り組んだ路地を抜けた先にある、貴族が住んでいそうな大きい屋敷に到着しますが、門番2人がうちの騎士団に入れそうなレベルで強い上に魔剣を持ってますわ。どうやらここが、魔剣のブラックスミスと呼ばれるガルロンの屋敷みたいですわね。

 

「おい、名ありの魔剣持ちのお客様だぞ」

「あ、ああ。……失礼、そちらの魔剣の主はどちら様でしょうか?」

「私ですわ。……特に連絡も入れてないのですが、入ってもよろしいのですか?」

「ええ、もちろん。どうぞ中へ」

 

小声で門番に名ありの魔剣の持ち主と言われたので、名前がある魔剣を持ってる奴はやべーということですわね。屋敷の中の一室に案内されると、そこには5人の男女がいましたが、全員魔剣を持っている上、強そうですわね。

 

ついでにエイブラハムもいましたが、必死に他人のフリをしているので様子見しておきましょうか。そして奥から大柄な中年男性が出てきましたが、髭が毛むくじゃらで腕が太いですわね。なんかもう外見からして『鍛冶屋』と言っている感じですわ。

 

私以外の人は頭を下げ始めたということは、この人が魔剣の作り手ですわね。あの鬱になる剣とか、どうしてそのようなものをこの世に解き放ったのかとか疑問は尽きませんが、私も一応挨拶をしておきましょう。



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第33話 女神殺害計画ですわ

魔剣が光り始め、魔剣の言う通り光が指し示す場所にリディアが向かうと、そこは魔剣の作り手であるガルロンの屋敷であった。魔剣を持つ者はリディアを除き5人おり、その中にはエイブラハムの姿もある。

 

この集まりはリディアが解析した通り、3年前にも行われており、過去の集まりにも参加していた人物は魔剣が光っている期間、ガルロンの屋敷に滞在していた。ほぼ全員が冒険者であり、自由な時間が多い人間だ。

 

そしてリディアは、ガルロンからある話を聞く。それはこの世界の、根幹に纏わる話だった。

 

「この世界には転生者が多い、と君は感じたことがないか」

「知りませんわ。SAN値が減りそうな話は勘弁して欲しいですわ」

「君も隠すつもりはないようだな。

……この場にいる者は、全員が転生者だ。しかも全員が何かしらの方法で魔剣を手に入れることが出来た、恵まれた転生者だ」

「……まあお金が無ければ買えませんし、この年まで平穏無事に生活出来ていること自体、恵まれているといえますわね。あとメイは転生者ではありませんわ」

「何!?そういうことはもっと早くに言え。ちょっと別室の方へ移動して貰う」

 

ガルロンはメイが転生者ではないことを把握すると、すぐに別の部屋に移動させる。改めてガルロンはごほんと咳を鳴らすが、既に威厳は若干減っていた。

 

「既に君自身が調べていて把握しているかもしれないが、まあ年長者として話させてもらおう。この世界は………………」

 

ガルロンは1時間ほど、リディアに面と向かって語り続けた。この世界には女神がいること。その女神がこの世界を壊すために、または自身のストレス解消のために、何人もの日本人転生者をこの世界に送り込んでいたこと。

 

「……何故そこまで知っているのかしら?」

「情報の出所は言わないでおく。ただの与太話として聞き流してくれても良いな」

 

女神はやがてこの世界にとっての悪神となり、過去にダンジョンの奥深くで召喚され、そこで封印されたこと。しかし殺すまでには至らず、その地で人類を滅ぼすための魔物を大量に産み続けていること。

 

また女神は封印されながらも力を蓄えており、いずれ復活しようとしていることまで聞かされた、あまりにも現実離れした話だが、リディアはすんなりと納得させられてしまいそうになり、ガルロンの話術を内心で褒める。前世では詐欺師でもやっていたのではないかとリディアは思った。

 

情報の出所自体を疑ったリディアは直接ガルロンにそのことを聞くが、ガルロンは話を信じられなくて協力しないならそれでも良いと告げた。

 

「女神は封印されたが、残念なことに転生者を生み出す機構は止まらないようでな……。悪魔憑きの子供の話はよく聞くだろう?」

「夜泣きをしない、我儘を言わない、聞き分けの良い子供は魔族の生まれ変わりで悪魔憑きだから殺せというやつですわね。まあ私は5歳の頃に意識を取り戻した感じですが」

「俺は親に捨てられた。まあ殺されなかっただけマシだったな」

 

そして話は、悪魔憑きの子供の話に移る。ロウレット帝国やアーセルス王国の田舎の村々では、日々転生した者が未来に希望を持って生まれ、数日で殺される。このようなことが往々にして起こっていることを、リディアも把握していた。

 

もちろん、その悪魔憑きの子供の正体が転生者だということも。

 

「それらの被害を食い止めるために、術者である女神を完全に殺す計画を立てているわけだ」

「女神を殺し切ったとして、世界が崩壊するとかそういうことはありませんの?」

「……そこは俺も不安なんだが、情報の出所によると世界を作る神と管理している神は別物らしい。だから問題ないとのことだ」

 

やがてガルロンは、計画に参加するか否かの是非をリディアに問う。リディアは少し考えた後、参加する代わりにリディア側の幾つかの質問に答えるよう要求した。

 

「答えられる範囲内なら答えるが、何に対する質問だ?」

「ではまずこの魔剣について。意思を持って喋る理由を教えてくださいまし。

あなたが元々AIの研究者とかだとしても、ここまで自立しているのは違和感しかありませんわ」

「ある程度は、答えを予測しているよな?

……元人間だからだ。一から人格を作るなど、ただの鍛冶屋に出来るわけがないだろう」

 

リディアからの幾つかの質問には、魔剣に関わるものもあった。魔剣が人格を持ち、喋っている現象について、リディアは幾つかの想定をしていた。元人間という説はその中の1つにあったが、それでもリディアはガルロンが冒涜的な行為をしていたことに少しばかり驚く。

 

使い物にならなくなり売られた元悪魔憑きの子供の魂を核として魔剣が作られていることを聞かされたリディアは、ガルロンがそこらの創作もののマッドサイエンティスト達よりヤバイと認識した。

 

少しリディアは考え込んだ後、ガルロンの手を取り、女神殺害計画に加担する意思表明をする。この僅かな時間で、リディアはある考えに至ったからだ。



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第34話 一石二鳥ですわ

ガルロンに聞いてはいけないような内容の話を次々と聞かされましたが、もしガルロンの話が本当ならこの世界は中々に愉快な状況に至ってますわね。この世界を管理していた女神は封印され、それをこの転生者集団は殺し切ろうとしている。もしかしたら元の世界に戻れる可能性すらあるのですから、賭けたくなる気持ちは分かりますわね。

 

……この世界を作った神様と、管理する神様が違うこと。管理する神様が管理される側の人間によって封印されたこと。この辺を考えると恐らくですが、上位世界というものがあるのでしょうね。パラレルワールドが幾つもあって、それらを全て観測できる世界。ちょっとその世界を覗いてみたい気持ちはありますが、最低でも人間を辞めて神にならないと難しそうですわね。

 

次元の話は色々な説もありますし、どれが正解とも言えない哲学的な話なので考えたくないことなのですが……。この世界、私達が実感して生きている3次元の上の4次元は横軸、縦軸、高さ軸に加えて時間軸が加えられることで有名ですわ。その4次元の次の5次元では色々な世界がある、いわゆるパラレルワールド。世界軸が出てきたはずですから、この管理する神様はその5次元を観測できる6次元ぐらいの存在なのでしょうね。

 

明らかな上位存在ですが、3次元の私達に封印されたのですから、大したこともなさそうですわ。この世界の法則も通用するということですしね。創った神と管理する神と、分かれて存在していることは少し気になりますわ。

 

それにしても女神は封印されて卵みたいな繭に閉じ込められた挙句、魔物を延々と産む機械になってるとか何それ羨ましいですわ。間違いなくエッチなことされてる系女神ですわよ。何なら産んだ魔物に種付けされてそうですし、非常に羨ましいシチュに聞いた時思わず「代わって欲しいですわ!」と叫びたくなりましたわ。

 

……この転生者集団が、これ以上同類を増やしたくないために女神の殺害を企てていること。これはとても活用出来そうなコミュニティなので、一旦は手を組みますわよ。しかし同時に私は、ある計画を立てましたわ。

 

名付けて女神追放計画。この世界の魔法は基本、術者の生存が前提条件としてありますわ。そしてこの世界の基本法則は、この世界を作った神様が設計していて、その神様は恐らく別の世界へ行っているのにも関わらず基本法則が乱れていないのですから、神様が違う世界に行っても神様が作った設定というのは継続するということですわね。

 

封印されても転生者を呼び込む機構が止まらないのですから、世界から追放したところで止まらないでしょう。何よりこれで、女神からの報復を受けることも出来そうですわ。この転生者集団は転生者を呼び込む機構を止められなくなるでしょうから敵対するでしょうし、これから先生まれて来る全転生者にとっても私は恨むべき存在となることが出来ますわ。

 

考えれば考えるだけ、ただ殺害するよりも追放する方がお得なので追放ですわ。そもそも殺してしまったらせっかくの復讐を受けられないですわよ。だからと言って、ただ敵対するのでは芸がないので直前で裏切るのが効果的でしょう。報復ばっちこいスタイルで突き進みますわ。

 

とりあえずここの集団とは、これから転生者を見かけたら報告し合う協定だけ結びますわ。まあ私が知っている転生者の情報は恐らくエイブラハムが全員報告しているでしょうし、こちらだけ一方的に得をしますわね。

 

最後に名有りの魔剣を何本作ったかだけ確認すると、20本との回答だったので情報はあまり増えなかったですわ。魔剣に元転生者の魂を使っている辺り、ガルロンは相当な狂人ではあるのですが、転生者を見分ける一番簡単な方法を考えたら私も転生者を使う考えに至ったのでどっちもどっちですわね……。

 

「恐らくこれから先、ロウレット帝国内は悲惨なことになるだろう。もし良ければ戦力を貸し出すこともやぶさかではないぞ」

「結構ですわ。エイブラハムなんかがSランク冒険者になれるならSランク冒険者には何も期待しないですわよ」

「……そうか。

しかしせっかく会えた同郷の縁、使うのは躊躇うなよ」

 

ガルロンは良い感じの人を演じているのが肌で感じ取れたので信用はしないでおきますわよ。そもそもあの常人は即自殺したくなるほどの鬱になる魔剣の製作者ですし……あの魔剣にも元転生者の魂が入っているとは思いますが、どういう境遇だったのかは気になりますわね。もしかしたらその記憶は私の自慰に使えるかもしれませんわ。他人の不幸は蜜の味ですわよ。

 

……それにしても、エイブラハムがこの短期間でSランク冒険者になったということは相当ランクが甘いのか、名有りの魔剣持ちというものがアーセルス王国内でやべー奴の証拠であるのかのどちらかですわね。魔剣が主と認めるのは基本的に転生者らしいですし、転生者であるならこの世界は色々と底上げが可能ですし……。魔剣持ちがステータスとなるのは分かりますが、街中を歩くと勝手に広い道が出来るのは恐れられ過ぎていますわね。



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第35話 時限爆弾ですわ

アーセルス王国はロウレット帝国よりも遥かに規模が小さいのですが、それでも人は多いですし豊かそうな国ですわね。今は飢饉の真っ最中とはいえ、きちんと備えもしていたようですし、流石はオーシェイ連邦とロウレット帝国という2つの強大な国に挟まれながらも独立を保っている国ですわね。

 

個人の戦闘能力を大きく上げるガルロンがいるというだけでも、大きい気がしますわね。Sランク冒険者の量産が可能な腕利き鍛冶屋がいるのはズルいレベルですわよ。中身はただのマッドサイエンティストですが。あの感情に作用する魔剣は、聞いたところによると元々は「主人公」を作りたかったとのことですわ。

 

よく物語とかで滅茶苦茶強いだけのキャラを絆パワーや怒りパワーや謎パワーで主人公が倒すという展開はありふれていますが、要するにガルロンは感情が一つに統一されている状態が人間の真の力を最も引き出せると考えているようで、怒りに支配されたり、復讐心に支配されたり、戦闘行動そのものが好きになる魔剣を作っているようですわ。やっぱただのやべー奴ですわね。

 

エイブラハムの隣にいた女の子なんかもう魔剣の柄を握ってないのに泣き続けていましたし、中々に個性豊かな連中ですわよ。あの女の子はメイによると、メイより強い存在だと感じたようですし転生者集団もやべー奴らですわ。

 

せっかくなのでアーセルス王国で色々と商談もしようと思いましたが、蝗害の時と同じようにワイバーン兵がチラシのような紙を撒いているのでまた事件ですわね。今度はアーセルス王国軍のワイバーン兵達が情報を配っていますが、明らかにワイバーン兵の練度はアーセルス王国の方が上ですわ……。

 

配られた紙を拾い読むと、ロウレット帝国の皇帝と第一皇子と第二皇子が殺害されたようで、犯人は第一皇女ですわね。皇城で殺人事件が起こるなんて物騒な世の中ですわ。……はい?

 

「メイ、ここに書かれているのは本当のことですの?」

「……ここまで突拍子な話だと信じられないです。ですが、これが偽情報だとしてもアーセルス王国に利益はないので……本当かもしれないです」

 

あまりの出来事に脳が一瞬理解を拒みましたが、要するにロウレット帝国の直系男子はこれで息絶えましたわね?第一皇女は誘拐された後、魔族達に何か仕掛けられてないか徹底的に調べられたはずですが、まあ魔法の練度で魔族に勝てるわけもありませんわね。誘拐された後、奪還されて、約半年後。

 

油断し切ったタイミングでしょうし、家族で夕食を食べる時に第一皇女は唐突に皇帝を殺害したようで、護衛や家臣達も騒然としたでしょうね。その後の第一皇子と第二皇子は第一皇女を止めようとして殺害されるとか、この2人は揃ってまあまあの無能ですわね。……いえ、無能でしたわね。

 

しかも皇城内では権力争いも当然ありますから、情報が錯綜して第一皇子派閥と第二皇子派閥が盛大に同士討ちした結果、僅か一夜にしてロウレット帝国の中枢は完全に麻痺しましたわよ。

 

魔族に洗脳されていた第一皇女はすぐに地下牢へと収監されたようですが、皇族はどんな問題児でも処刑だけはされない法があるので一生飼い殺し確定ですわ。当然第一皇女が継ぐという選択肢はないため、この状態のロウレット帝国を継ぐのは第二皇女か亡くなった皇帝の姉の2択という地獄ですわ。

 

どちらが皇帝になっても皇帝への求心力というものは低下するでしょうし、皇帝の姉の方は子供がいないので詰んでますわ。実質、第二皇女しか選択肢がない状態ですが、第二皇女は洗脳されていた第一皇女と接していた期間が一番長いですし……ロウレット帝国の崩壊が、一気に現実味を帯びてきましたわね。

 

これで飢饉が発生していなかったらまだ何とかなったかもしれませんが、帝国内に存在する私を含む王達は、上納金を払うことで帝国を構成する一部となっていましたから、今回それを払わない王が多数出れば一気にロウレット帝国は分裂を開始しますわ。

 

というか早速ハイン王国が離反を開始して、現在暴動真っ最中のヘルソン王もそれに続きそうなので崩壊待ったなしですわね。この2王国が抜けてもまだかなりの勢力図を誇るロウレット帝国ですが、この後も私が率いるナロローザ王国や、ナロローザ王国から見てハイン王国を挟んで反対側に位置するレオン王国が離反するでしょうからもう無理ですわね。

 

上納金自体は決して安くない額ですし、皇帝が弱くなって鎮圧されないなら独立する王が生まれるのは当然のことですわよ。元々アーセルス王国もロウレット帝国を構成する一王国でしたが、独立した過去がありますからね。

 

とにかくこれで、戦乱の世が訪れるのは確定ですわね。……国境の守りでも固めるよう指示を出そうかと思いましたが、そう言えば大規模な城塞を建築中なので特にやるべきこともありませんわね。せっかくアーセルス王国の王都まで来ましたし、この国の上層部へ適度に喧嘩だけ売って帰りますわよ。



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第36話 外交ですわ

ロウレット帝国で第一皇女が皇帝、第一皇子、第二皇子の揃う場で行った凶行は後に「黒いナイフの事件」と呼ばれるようになり、ロウレット帝国の終焉が始まった。その時にアーセルス王国の王都にいたリディアは、ついでとばかりにアーセルス王国の王城へと侵入する。

 

そしてアーセルス王国の王の寝室にまで忍び込み、明日の昼にお話しましょうという内容のメモ用紙をアーセルス王の顔の上に置いてリディアは立ち去る。普通は外交官を通じて相手国の外交官等に書簡を渡すものだが、それでは王の手元にまで届くのは時間がかかる。だから時短のためにと直接メモ用紙を渡したが、当然こんなことをすれば王城は大パニックである。

 

何せ、リディアが暗殺者であればアーセルス王の命はなかったのだ。そもそも懸賞金すら懸けていた隣国の王。それが直接自身の寝室内に現れたなど、アーセルス王からしてみれば恐怖で叫びたくなるような出来事だ。というか実際に恐怖で叫んだ。

 

しかも王の寝室付近の護衛や見張りは全員が昏睡させられており、アーセルス王は心底肝を冷やす。侵入時、障害になりそうな人は全てメイが睡眠薬と物理で眠らせており、王城内は死屍累累の有り様であった。その上、メモ用紙が本当なら昼には隣国ナロローザ王国の王であるリディアが来る。

 

案の定、今日のアーセルス王の予定は全てキャンセルされ、王城内は来客のために慌ただしく動くこととなる。そのような迷惑をかけているとは思ってもいないリディアは、アーセルス王国の王都を探索するため街中を彷徨っていた。

 

「……武器屋や防具屋の質があり得ないぐらいに良いですわね。価格崩壊は起こってませんが、かなり安いですわよ」

「名有りの魔剣でなくとも、切れ味や耐久性は抜群に良さそうですし、異能のある剣が異様に多いです」

 

メイと武器屋を訪れた時には置いてある剣の質に驚き、リディアはこの武器屋に置いてある剣を全てまとめ買いしようとしたが、持ち帰る手間を考えて自重をする。昼食はしっかりと露店で割高の焼きそばを買い、マヨネーズをかけて食べた。この時点で、アーセルス王が用意した豪華な昼食は無駄になった。

 

「これ、ここで食糧を買ってヘルソン王国で売っても大儲け出来そうですわね」

「……リディア様がナロローザ王国からの食糧の持ち出しを禁じているので、ヘルソン王国へ届けるなら相当な遠回りが必要になりますが……」

「あっ」

 

アーセルス王国はナロローザ王国と接しており、ナロローザ王国はヘルソン王国と国境を接している。横一列に並んでいるこの3国でナロローザ王国では飢饉が発生しておらず、アーセルス王国でもその日に食べる物すら困るという深刻な事態にはなっていないが、ヘルソン王国は極めて深刻な食糧難の最中だ。

 

しかしリディアがナロローザ王国からの食糧の持ち出しを禁止したため、ヘルソン王国はアーセルス王国方面からの食糧調達が難しい。

 

「さて、そろそろ王城へ行きますわよ」

「あの……正面から入って大丈夫でしょうか……?」

「いざとなったら魔剣で飛んで逃げますわよ」

『2人分持ち上げるの結構大変なんだけど!?』

 

今日の日付の昼とリディアはメモ用紙に書いたが、正確な時間までは書いていない。そのためアーセルス王国の重鎮達は結構な時間、リディアが来ないことによる待ち惚けを食らったが、リディアが城に到着したという知らせを聞いて一気に緊張が走る。

 

渦中のリディアは、門番の兵士4人に四方を固められた状態で謁見の間に誘導された。他国の王がこの謁見の間に訪れること自体は珍しいことではないが、今回はアーセルス王国側の人が特別多く、通路の両脇にアーセルス王国の重鎮達とその護衛、Sランク冒険者や軍の手練れが複数名おり、中にはリディアと一騎討ちをしたユルゲンの姿もあった。

 

リディアとメイはアーセルス王の前まで連れて行かれ、メイはその場で片膝を立てて頭を低くするが、リディアはその場で堂々と立ったまま、頭を上げている。

 

「……何用で来た?」

 

アーセルス王は威厳を保つため手短に、しかし震えを隠すように声を絞り出した。下手にリディアの機嫌を損ねれば、ここにいる全員が殺されるかもしれない。手練れはある程度この場にいるが、リディアの腰には剣先が光り続けている魔剣がある。それだけで、この場にいる大半はリディアが精神的におかしい人間だと把握している。

 

「宣戦布告に来ましたわ」

 

リディアは喧嘩を売り、領土に攻め込まれることが目的だったため、宣戦布告を行うと宣言し、早目に降伏するよう促した。その言葉を聞いたアーセルス王は内心非常に怯えていたが、どちらにせよナロローザ王国と全面戦争になるぐらいならとリディアへの捕縛命令を周囲の人間に出す。

 

「ではこの場は一旦立ち去りますわ。

皆様ご機嫌よう」

 

そのアーセルス王の言葉を確認したリディアは、メイを抱えて魔剣を掲げる。直後、リディアは飛び上がり王城の天井を突き破ってアーセルス王国の王都を脱出した。リディアを捕らえようと接近していた一部の冒険者達は、照明や屋根の一部分が落下し下敷きとなり、大怪我をする者も居た。その光景を見て、アーセルス王国の重鎮達は頭を抱えた。



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第37話 帝都崩壊ですわ

アーセルス王に喧嘩も売ったので、もうアーセルス王国でやるべきことはありませんわね。アーセルス王から捕縛命令が出ましたが、恐らくこの場で戦っても捕まることはないでしょう。ですがあまりに数が多いですし、軍隊を動かしている気配もあるので相手をするのは非常に面倒そうですわ。

 

なので魔剣を握り、空を飛びますが、2人の人間を飛ばそうと思うとガンガン魔力が減っていくので長時間の飛行は難しいですわね。基本的にこの剣は握っていると楽しくなってくるので、簡単に無理をしてしまうという点では注意しなければいけないのでしょうね。私は注意しませんが。

 

それにしても極太消滅砲を放つ魔剣や空飛ぶ魔剣、魔剣と人体を合体させることにより魔剣を何本でも使えるようにする魔剣等、魔剣1本1本の性能はぶっ壊れてますわね。精神が虚弱ですと泣いたり笑ったりしか出来なくなる上に、下手すれば鬱になって自殺しますけど、それでも億の値段で取引されるはずですわ。外れ気味のデプハスションでも1000万円で買えたのは幸運でしたわね。

 

空を飛んで領地の方へ帰ると、既にロウレット帝国の皇帝が殺害されたことは領民にまで知れ渡っていますが、アーセルス王国の王都に居ても伝わってきていたのですからもう情報を秘匿することなんて不可能ですわね。せめて第一皇子か第二皇子のどちらかが生きていれば何とかなったかもしれませんが、両方死んでいる以上ロウレット帝国の崩壊は必定ですわ。

 

帝国内ではまずハイン王国が独立を宣言しますが、相次いで公爵達も独立を開始しますわね。王よりも公爵の方が納める税率は高いですし、全て懐に入れたくなる気持ちはわかりますが後ろ盾のいない公爵は周辺の王国の餌ですわね。どこも飢えていることを考えると、末路は悲惨ですわ。羨ましいですわ。

 

……私も乱世で滅びるために早々の独立を宣言しますが、何故かロウレット帝国内での軍事力評価はナロローザ王国がトップでしたので、早々にナロローザ王国へ攻め入る国はないでしょう。ですがまあ、待ち望んでいた乱世の到来ですわね。治安は悪化し、戦争は増え、滅びる勢力が沢山出る。叶うならば、その中の滅びる勢力の1つになりたいですわ。

 

あと遠くの皇帝より近くの王の封臣となることを選ぶ伯爵も多いですし、独立出来るだけの力量がないところは鞍替えを選択していくのでしょう。ナロローザ王国にもそのような話が大量に舞い込んで来ますが、当然ながら全て却下ですわ。

 

「それであの……本当にすべての臣従提案を破棄して宣戦布告してもよろしかったのでしょうか……?」

「どうせ他の国に、軍事行動出来るだけの力があるわけないですわ。兵糧がないのに侵攻作戦なんて出来ませんわよ」

「では何故宣戦布告を……?降伏させて支配地にするのであれば、そのまま臣従提案を受け入れても」

「嫌ですわ。私は他国民を自国民にする順番を選びますの。ついでに国民自体も選びますの」

 

お城に戻ると既にクレシアは外交官としてあちこちに移動しているようですので、留守居役にはジョシュアが居ましたわ。何か疑問を投げかけられたので適当に答えますが、臣従しようとしている領主は大抵自身の権利保護もセットにしてくるので全部却下は当然ですわよ。

 

というか食料援助が主目的なのは分かっているので下手に拡張すれば自領の食糧が足りなくなりますわ。こちらから侵攻して、順番に支配地にしていくので待っていなさいとは伝えていますが、それでも言いがかりをつけてくるので貧困に喘ぐ為政者というのは口煩い存在ですわね。

 

「難民が押し寄せて来るでしょうが、全員追い返しますわよ。たとえ親族でも他国民を匿うような国民がいれば、追放しますわ」

 

元々は同じ帝国に住んでいる帝国民のため、当たり前の事ですがヘルソン王国に両親が住んでいたり、逆に息子がハイン王国に住んでいるようなことは珍しいことではありませんわ。それを呼び戻すための期間は一応設けますが、その期間が終了すれば一切受け入れませんわよ。

 

いよいよ私は暴君として処刑されるため、本格的に動き始めますわ。サブプランとして組み立てた女神追放計画の方はまだあの転生者集団がダンジョンの最下層に行くには戦力不足と判断しているので、そっちはそっちで戦力が集まるまで放置ですわね。

 

とりあえず飢える他国民に向けて「パンが無ければケーキを食べれば良いですの」と煽っておきますわ。某有名な王妃が言ってない有名な台詞ですが、煽り文句としてこれほど優秀なものはありませんの。

 

自国は現状安定していますし、城塞建設ラッシュ中ですので経済も好循環を続けていますわ。自国さえよければそれで良い。このスタイルを突き進んで他国からの恨みを買い、破滅の未来を目指しますわよ。



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第38話 真実ですわ

リディアが領地に戻り、全方位敵外交を繰り広げている最中。ガルロンの屋敷にはリディアの他にもう1人、新たにガルロンの屋敷を訪れた転生者の姿があった。

 

「初めまして。ハイン王国孤児院特区長のマリアです」

「今回は色物2人だけか。

初めまして。鍛冶師のガルロンだ。ハイン王国での活動はここまで聞こえて来てるぞ」

「色物2人、ということはもう1人はリディアさんですかね」

「……最近は察しの良いガキが多いな。まあガキって年齢じゃないんだろうが」

 

 

1000人を超える孤児達と、万を超える生活困窮者を取り纏め、指揮を執るマリアだ。彼女もまた、名有りの魔剣、というよりは短剣に導かれるがままガルロンの屋敷を訪問した。

 

ガルロンはリディアが訪ねて来た時と同じように、女神の存在をマリアへ告げる。するとマリアはリディアと同じようにガルロンへ質問攻めをするが、その中にはリディアと違う質問があった。

 

「女神を殺害する意図は、これ以上不幸な転生者を増やさない他に、もう一つありますよね?」

「どうしてそう思った?ああいや、良い。リディアにもその質問には答えたから答えてやろう。

……女神を殺すことが出来れば、元の世界に帰ることが出来るかもしれない。僅かな望みだがな」

「それは嘘。少なくともこの世界で成功しているガルロンさんは元の世界に帰るつもりなんてないでしょうし、それは他の冒険者達も同じですよね?」

「ほー、すぐに見破るか。流石はこの世界で共産主義思想を広めることが出来た悪女だ」

 

そしてマリアの質問に答えたガルロンは、すぐに嘘を見破られ、マリアを流石だと褒める。その後2人は視線を合わせ、答え合わせをした。

 

「この世界で転生者は基本的に上手くいかない。思い通りにならない。それはその女神の仕業?」

「ビンゴだ。転生者を増やすだけ増やすなら、ここまで不幸な連中は生まれない。成功者ももっと多いはずだ。そもそも転生者を増やすだけなら女神にとって復讐にも何にもならない。だから俺達転生者には、生まれた時からあらかじめ女神の『思い通りにならない呪い』みたいなものがかかっている」

「そのことに気付いて逆手に取ろうにも、結局は成功を思い描くから難しい。……それが殺害する理由?」

「まあ、盛大な足枷だからな。呪いとは言うが、魔法の一種だろう。恐らく術者を殺せば、その呪いは消えるはずだ」

 

この世界の転生者には全員、思い通りに行かない呪いのような足枷が存在する。転生者を呼び込むだけ呼び込んで、成功されては女神にとって堪ったものではない。

 

だから強く願うほど、願望があるほど、その願いは叶わないようになる呪いが転生者には存在する。この世界を少しでも生き延びた転生者であれば、自然と気付くレベルだ。それほどまでに、元転生者の運命は捻じ曲げられている。

 

「……もちろんリディアさんも、この呪いは受けてますよね」

「受けているはずだが、どうやら本人に神性があればある程度は跳ねのけられることが分かって来てな……。あとは、強い意思がある場合もか。

だからこそマリアも、宗教の創始をしたんだろう?」

「人に頼られる人、崇められているような人ほど強くなりやすいことは私でも分かりましたからね。となると、リディアさんは自力でその呪いを跳ねのけていると」

「ああ。だからこそリディアは女神を殺害出来るキーマンになり得る存在だ。もちろん、表に出ずに知名度を上げている俺やリンリン教の教祖様であるマリアもだけどな」

「鍛冶師と冒険者にとっては、ガルロンさんは神のような存在ですよね」

 

そしてガルロンは、他人から頼られたり、崇められているような存在ほど、女神の呪いに対抗できる神性を獲得できることまで知っていた。その上でガルロンは、リディアがその神性を獲得しに行っているから女神の呪いに抵抗出来ているのだと考察していた。

 

もちろん、リディアはそのようなことを知る由もない。むしろ他人からの呪いや悪意を受けやすいように、それらを増強して自身にかかるよう調整をしている。その結果、リディアは常に思い通りに行っていない。彼女は乱暴にされ呆気なく純潔を散らされることをお望みだが、未だに処女なのが何よりも雄弁にそれを物語っている。

 

マリアもリディアと同様に、情報交換をすることに同意し、女神殺害計画に加担することを表明する。思い通りにいかない呪いの話を聞き、思い当たる節もあったマリアにとって、悲願の達成のためには女神を排除しなければならない。

 

この場にいる転生者集団は全員、女神の殺害を強く望む集団だ。転生者にとって思い通りに行かない世界。女神殺害計画。そのような自身達の望む計画が上手くいくのか、不安を抱えながらも、転生者集団は戦力を集め続ける。



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第39話 世界の敵ですわ

独立を宣言した後、周囲の国々に宣戦布告を行いますが、何処の国も戦争どころじゃなくて攻めて来ないのは暇ですわね。私が転生前に好きだったゲームとかだと、周囲の敵全てに宣戦布告をすると、どんなに頑張ってもどうしようもない圧倒的な物量差に押し切られて、負けることが出来ていましたわ。それまでに頑張って積み上げたものが、崩れていく光景はとても素晴らしいものだったのですが……。

 

強固な要塞や軍隊を用意して、可能な限り各個撃破していって、それでもなお抗えない絶望的な戦いこそ私の望む戦いですが、宣戦布告をして1か月も攻めて来ないとなると期待できそうにもありませんわね。せっかく敵兵に燃やされる用の豪華なお城を沢山用意したのに、これでは消費出来ませんの。

 

中々現実が思い通りに行かないことにもちょっと興奮を感じて来ましたし、今日もデプハスションを握って軽く鬱気分になりますわよ。最近は幻影が肌で感じられるようになってきたので、そろそろこの魔剣も喋って良いころだと思うのですが、一向に喋ってくれませんわね。

 

ああ、ですがこの魔剣はやっぱり良いですわ。今日は私が建てたばかりのお城を燃やす幻影を見せてくれますし、最近は希望する絶望も見せてくれるので重宝してますわよ。

 

「ああ、お城が燃える姿はとても良いですわね……」

「リディア様、封臣の方から戦争相手国への対応に関する質問が相次いでおります。……リディア様?」

「もっともっとお城を燃やしてくださいまし」

 

今日はクレシアと一緒に、完成したばかりの最前線のお城にまで来ましたが、そのお城が燃やされる幻影を熱量有りで見せられているので素晴らしい魔剣だと思いますわ。なんかクレシアから質問が飛んできたような気がしますが、気のせいですわよね?

 

もっとお城を燃やすようリクエストすると、磔にされて城と一緒に私まで燃やされる幻影を見せて来ますが素晴らしい臨場感ですわね。幻影に関する魔法は、結局は術者次第な部分もあるのですが、この魔剣に封じられた方は間違いなく火炙りを経験してますわ。羨ましいですわ。

 

「……ふぅ。

クレシア、相手の降伏は認めないで下さいまし。相手の地の支配層が全員追い出されるまで攻撃を続けなさい」

「かしこまりました」

 

恐らくクレシアからの質問は相手が降伏しようとしていることについてですので、降伏は認めないように告げておきますわ。……ここまで周辺国に喧嘩を売っても、大軍で押し寄せて来ない辺り、相手国は自身の国だけ私が攻めて来たとか思っていそうですわね。まさか異世界人の情報収集能力が想定より低いとは思いませんでしたわ。

 

ゲームとかだとリアルタイムで周辺国の情報を知れるのに対して、現実となるとタイムラグがあることぐらい理解していますが……ナロローザ王国が、周辺国にとっては交通の要衝だったことも影響してそうですわね。

 

というわけで、ナロローザ王国が周辺国すべてに宣戦布告している情報を他国に流しますわ。何で皇室での悲劇は一瞬で大陸中に広まったのに、ナロローザ王国が全周辺国へ宣戦布告していることは広まりませんの。それどころか封臣達が勝手に攻め込んで相手の城を落としているのはどうにかなりませんの。

 

……何もしなくても領地が広がっていくのは、不思議な感覚ですわね。拡張しまくった封臣達に反抗してもらうため、占領地を取り上げたら素直に差し出しますし、既に元領主や元支配層は追放済みとか何も面白くありませんわ。

 

こうなると税率を上げていくことしか民の反発を得られないのですが、なんか領民達が私への崇拝をし始めているので、税率99%にしても喜んで差し出して来そうなのが辛いですわ。

 

っと、ちょっとデプハスションが震えていますわ。そろそろエネルギーが貯まりますわね。標的は……あの燃えている城で良いですわね。

 

「クレシア、あの城の中にこちらの軍はいませんわよね?」

「燃えてはいますが、まだ城門は突破出来ていないはずです。ヘルソン王国の唯一にして強固な城塞なのでもう少し時間はかかるかと」

「魔剣の魔法を撃ち込むので下がらせなさいな」

「かしこまりました」

 

こちらの兵が敵方の城に突入していないことをクレシアが念波を利用した遠距離通信用の魔導具で確認したので、デプハスションを起動させて極太ピンク光線をぶっ放しますわ。これ私から吸い取るエネルギーを、定期的に処理しないといけないの面倒ですわね。

 

敵城とかそういう標的がいる場合はこういう対応が出来ますが、城内とかだと外に出て空に向かって放つしかありませんしね。それにしても、凄い威力ですわね。城塞の上半分が消し飛びましたわよ。

 

魔剣も成長をするのか、最近はエネルギーが貯まるまでの時間が長くなってきましたが、その分威力が向上しているので効率は上がってますわ。あの胡散臭い鍛冶屋が主人公を作るために作った魔剣シリーズですし、そういう成長ギミックは入れますわよね。



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第40話 魔族領ですわ

全方位敵外交をしていたら、いつの間にか全方位侵略作戦に変わっていて、村長クラス以上の支配者層は全て追放していっているのにも関わらず、今だに破綻が起きていないことに最近は憤りを感じて来ましたわ。

 

というかついでに敵国の地では弱者を追い出し強者を自国民にしていくことで良い感じに食糧事情が解決していくの草生えますわよ。勝手に解決しないでくださいまし。支配領域では男の人口を目安半分にすることで、良い感じに恨みを買えますし、男は最悪超少数になっても人類の繁殖に問題はないのが問題ですわ。

 

女王である私が役に立たない男は追い出せという光景は、いずれわからされるメスガキみたいなキャラになってますわね。今のところ私をわからせてくれる男性はいませんが、その内現れることを期待しますわ。

 

このまま行くと私が望む破綻が起きないような気がして来たので、サブプランの女神追放計画の方を進めますわよ。とりあえず、魔族との交流を始めますわ。海を隔てて対岸にある魔族領を支配しているのは魔族と呼ばれる肌が紫色だったり青色だったりする上に角や羽が生えている人間擬きなのですが、あれはたぶん全員元人間ですわね。

 

まだ私が魔法学園に入学したころにあった高位の悪魔は、かなり人間味がありましたし、恐らく身体を弄りまわしたのでしょう。帝国が崩壊しましたし、そろそろ魔族達が仕掛けて来る頃合いだと思っているのですが、中々来ませんのでこちらから接触しますわよ。

 

「というわけでシュパースを使って魔族領まで飛びますわ」

「え」

『ええぇ……』

「……ヘルソン王からの降伏願いについてはどうされます?」

「降伏は却下ですわ。無能な王は追放ですわ」

 

魔剣を使って魔族領まで行くというと、驚くのは私の膝上に座って可愛がられていたメイと空中を漂っている魔剣のシュパース。護衛兼ペットのメイは当然連れて行くとして、留守居はもちろん私の椅子になっているジョシュアですわ。そろそろこのお城を乗っ取ってくれても良いのですが、一向に謀反を起こさないのはつまらないですわね。

 

というかジョシュアも私の役に立とうと追放された領主に代わって代官を務める人材の教育を始めていますし、ここのメイド達の優劣は家事能力じゃなくて統治能力で評価されるとか何かがおかしいですわ。封臣達が占領した占領地は、騎士団出身の人とジョシュアとクレシアに与えているのですが、今のところメイドと執事出身の領主は半分程度いますわね。

 

……いえ、きっとジョシュアもクレシアも仕事を押し付け旅行に勤しむ無能な領主への反乱を起こすため、子飼へ領地を与えているに違いありませんわ。そうなってくれないと私の破滅の未来がどんどん遠くなっていくので本当に頼みましたわよ。

 

というわけでクレシアやジョシュアの反乱にも期待をしつつ、魔剣を掲げて魔族領まで飛びますわ。ワイバーンとかに乗って空を飛ぼうと思ったら飛べるのですが、こちらの方が疲れるので私にあっていますわね。地味に片手で魔剣を掲げながら、メイを抱きかかえるのは力がいりますわよ。

 

個人的には今回の魔族領旅行で、ダンジョンの魔族領側の入り口を見つけたいですわね。ダンジョンはこちらの大陸に何か所か入り口がありますが、魔族領とも繋がっていて過去は交易までしていたらしいですわ。現在はダンジョンに住む魔物が強くなったのと、こちらの大陸に住む人の魔族への嫌悪感が強くなったせいでほとんど通じていないですが。

 

まあ魔物が強くなったのは女神産の魔物が下層に溢れて、元々下層に住んでいたような魔物が上に追い出されている影響ですわね。ダンジョンの魔物の生態については魔法学園で学びましたが、彼らはダンジョン内に生える魔力の帯びた鉱石を食べるらしいですわ。魔鉱石と呼ばれるようで、種類は沢山あるようですが基本的には下層に生えている魔鉱石の方が魔力は多いようですわよ。

 

『海峡越えるだけの魔力量あるのは凄いよ……』

「魔力量は一般魔法使いの10倍以上ありますからね。

っと、見えてきましたわね。思っていたより寂れていますわ。これは……」

 

大陸と魔族領の間の海を渡り、到着した魔族領は少し進むと寂れた豪華なお城が出てきますが、これ壊れた状態でこの空間そのものが保存されていますわね。あまり中には入りたくないお城ですのでスルーしていると、その城の奥側には新しいお城があって魔族の気配が複数しますわ。というか普通に街並みもありますわ。

 

「魔族があんなにいるところに降りるのですか!?」

「集団リンチされるかもしれませんわね」

 

文化的な生活をしている紫肌や青肌や赤肌の人型を見てると、ちょっと違和感が凄いですわね。せっかくなので魔族達から取り囲まれてフルボッコ展開を期待し中央の通りに降り立ちますが、特に不信感は抱かれていませんわね。どうやら普通の肌色をした人間も街中にはいるようで、それも珍しい存在ではないということでしょう。思っていたよりも、普通の生活を営んでいますわね。



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第41話 図書館ですわ

魔族の街をビビりながら歩くメイと一緒に探索しますが、魔力量は私レベルの人が多いですし、戦闘が出来そうな人は多いですわ。しかし、非戦闘民も多そうですわね。ロウレット帝国は完全に敵対していましたが、オーシェイ連邦より更に西の国には魔族と友好的な国もあるとのことですし、魔族と区別するのではなく普通に一つの強国として見た方が良いですわね。

 

何故か避けられながら街中を歩いていると、図書館のような建物に着いたので中に入りますわ。魔法学園にも書物は多かったのですが、古い歴史書のような書物は基本的にないのでそういう書物がここにあるのはありがたいですわ。……きっと古い歴史書がなかったのは、蝗害や大火災が多かったせいですわね。

 

逆にこの図書館は書物に害がないよう、職員の人が魔法で書物を保護していますし、状態の良い歴史書が多いですわ。魔法技術では完全にこちらの方が上ですわね。伊達に魔族と呼ばれていませんし、魔力の豊富な人が多いのは素直に羨ましいですわ。

 

「ダンジョンの魔族領側の入り口、捜すまでもなく普通に地図に載っていますわね」

「魔族領は南北に細長いと聞いていましたが、その北側ですか……」

「観光しつつ、北に向かいますわよ。

っと、メイは勇者と魔王について書かれた書物を探してくださいまし。私は女神について書かれた書物を探しますわ」

 

蝗害の被害は魔族領にはなかったのか、食糧事情も悪くはなさそうですわね。というか1人1人が強そうなので蝗害の方が避けるレベルですわね。

 

しばらく書物を漁っていると、近年は魔族領側の入り口から強い魔物が大量に出て来ており、近隣の村にまで被害が出ていることがわかりますわ。おそらくですが、女神の産んだ魔物でしょうね。その女神は遥か昔に、魔族の英雄ジュディットが封印したようですわ。

 

……この本の内容は、魔族を殲滅するために女神が降臨し暴れ回り、昔はロウレット帝国やアーセルス王国、オーシェイ連邦も呑みこむほどの強大な帝国だった魔族達が、現在の魔族領となるまで支配領域を大きく削られたそうですわ。その時に女神を封印したのがジュディットという魔族ですので、魔族にとっては救国の英雄というわけですわね。

 

肝心の封印の内容については詳しく書かれていませんが、どの本にもジュディットが女神を封印したと記載していますし、中には『氷漬けにした』『溶岩溜まりに埋めた』『魔力タンクにした』みたいな色んな記述があるので詳しくは分からないですが、殺してはいないですわね。

 

どうやらそれなりに古い出来事らしく、曖昧な書き方も多いので詳細は分かりませんが、1つ言えるのは言葉が通じて文字も同じな以上、過去に魔族達がこちら側の大陸も大半を支配していたことは事実でしょう。貴族の階級も同じ形式のようですし……恐らくガルロンは、1回はこの魔族領に来ていますわね。

 

ついでにメイが持って来た勇者と魔王について書かれた本を読みますが、こちらはありふれたおとぎ話が多いですわ。ただ視点が魔族寄りですわね。かつて世界の人口を半分にまで減らした最悪の魔王が居て、その魔王を勇者が討ち滅ぼし、その勇者を次代の魔王が倒す。その後、この世界はこれを繰り返しているようですわ。

 

自ら魔王を名乗る辺りは感性の違いですわね……。実際、魔族は魔法の扱いが上手いと自他共に認めるから魔族なわけですし、その魔族達を束ねる王が実力制である以上、魔王を名乗るのは正しい流れですけど。

 

あとどうやらこの勇者は、封印された元女神が作ったシステムで呼ばれているらしいですわね。10年に一度、大量の魔力を必要とする召喚の儀式を経て勇者は召喚されるようで、勇者がいる時に勇者召喚は出来ないようですわね。何で魔族の方が元帝国貴族の私よりここら辺の情報持っているのかが分からないですわ。

 

魔王に対抗するために呼ばれるのですから、魔王が強ければ強いほど勇者も強くなるそうですが、今代の紙装甲火力速度特化型勇者を見るに今代の魔王もそこまで強くはなさそうですわね。

 

この勇者召喚システムについてもう少し調べようとしたところで、図書館に豪華な鎧を着こんだ魔族達の部隊が乗り込んで来て、私を指差すなり「いたぞ!」と叫んでいますわ。……手に持っているのは手配書のようなもので、何故か精巧な私の似顔絵までありますわね。

 

「頭のおかしいお嬢様、魔王城まで同行願う」

「……もしかして、魔族領で私は有名人ですの?」

「ロウレット帝国への帝都侵攻作戦で次期魔王候補を一方的に弄んだと聞いている。……ご同行いただけますでしょうか?」

 

私が魔族領に降り立った時、妙に視線が痛かった上に避けられているような感覚だったのはこの手配書のせいですわね。随分と桁数の多い金額までありますし、あの帝都で出会った魔族が次期魔王候補とか聞いていませんわよ。

 



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第42話 負けたいですわ

魔族領の図書館で書物を漁っていたリディアとメイだったが、その途中で魔族の精鋭部隊に囲まれ、魔王城へと連行される。1人1人がリディアと同程度の魔力を保有しており、全員が歴戦の戦士を思わせるような佇まいをしていたため、メイは内心の恐怖を隠しきれなかったが、リディアは魔王に会えると内心ワクワクしていた。

 

やがてリディアの作った城の中でも一番大きな城を余裕で超える大きさの魔王城に到着し、リディアとメイは武器も取り上げられずに中へと案内される。そこでリディアが対面したのは、とてつもなく身体が大きい魔族だった。

 

「ナロローザ王国の王と、ここで対面することになるとは思わなかった。クラウス王国の王、ギルベルト=クラウスだ」

「……ナロローザ王国の王、リディア=ナロローザですわ」

 

リディアは魔族がナロローザ王国誕生の情報まで掴んでいることに違和感を覚えながらも、自己紹介をする。そしてリディアは、ギルベルトに対して質問を幾つか投げかけた。ダンジョンの魔族領側の入り口からどのような魔物があふれ出て来ているのか、人間が魔族へどのように変貌するのか、封印されている女神の殺害は可能か。

 

途中まで上機嫌にリディアの質問に答えていたギルベルトは、リディアが女神関連の質問をした途端に不機嫌となる。元々、魔族の英雄が殺し切れなかった存在だ。魔族の英雄が、命を懸けて封印した女神。

 

それを殺すとなると、一旦封印を解かなければならない知識がギルベルトにはあった。転生者に関わる質問もしていたので、リディアが転生者と呼ばれる存在であることもギルベルトは把握していた。ギルベルト自身は転生者ではないが、転生者の子孫であり、転生者が時に理不尽的な強さを身に付けることも知っていた。

 

しかし、ギルベルトから見てリディアはそこまで強く感じられなかった。実際、素の実力を出し切る殺し合いになるのであれば、リディアはギルベルトに負ける。魔王という存在は、魔族でもっとも強い存在であり、今のリディアには勝てない相手だった。

 

そもそも、リディアには魔族領でも懸賞金が懸けられていた。次期魔王候補がトラウマになった存在を、魔族が消さない理由もない。

 

ギルベルトは、茶番を終わらせゆっくりと立ち上がる。玉座から立ち上がって、近づいて来る度にリディアは、ギルベルトが大きくなっていくように見えた。

 

「……巨大化ですか」

「ご名答。中々面白そうな人間だが、消さない理由がないのでな。消えて貰おう」

 

リディアの命が危ないと感じ、剣を構えリディアの前に立つメイだが、邪魔だとギルベルトが手で払いのけると、避けることも受け止めることも出来ずにメイは弾き飛ばされ、地面を転がる。やがて柱に背中を打ち付けられ「カハッ」と息を漏らした後、メイはぐったりと動かなくなった。

 

「死ね」

 

ギルベルトは大きく振りかぶり、拳をリディアに打ち込む。巨大な握り拳は、直径だけで5メートルほどはあり、容易にリディアを地面へ叩きつけた。

 

リディアの立っていた場所は陥没し、地響きが起こる。巨大な城が揺れ、周囲の魔王の側近達も恐怖で震えあがる。あまりの速度にリディアは回避することも出来ず、地面の中へ埋まった。ミシミシと、身体中が悲鳴を上げていることをリディアは感じる。

 

残念ながら、普通であれば逆立ちしても勝てない力量差がそこにはあった。

 

(……。

 

あああああ!痛いですわ!滅茶苦茶痛いですわ!身体中の骨が折れてそうですわ!このまま圧死しますわ!回復も間に合いませんわ!

 

もっと!もっと!もっと強くしてくださいまし!この全力で押し返しても微塵も動かない絶望感!圧倒的な実力差!素敵ですわ!

 

ここで私は死ぬのですね。この圧倒的な力に圧し潰されて負けるのは最高ですわ!ここで私が死ねば、きっと王国も崩壊しますわ!素晴らしいですわ!

 

さあ、もっと力を込めて私を滅茶苦茶にして下さいですわ!)

 

しかし残念なことに、この世界は普通ではない。

 

このまま負けたい。このまま圧倒的な力の差を体感しながら死にたい。その強い想いが、女神の想いにより反転する。歪な想いが、歪んだ女神の呪いにより、プラスに転じる。

 

……徐々に、リディアはギルベルトの拳を押し返し始めた。ギルベルト視点、急に力負けをし始めたのだからリディアがとても不気味な存在に思えた。一方のリディアは、せっかく絶頂に達しようかという頃合いで力が弱まってきたのを見て、ギルベルトが手加減し始めたと思い憤る。

 

拳を片手で持ち上げられるようになると、リディアは不機嫌な顔をしながらもう片方の手でギルベルトの拳を殴る。強い力で押し返されたギルベルトは、さらに拳に強い衝撃が走ったことで痛みに顔を歪め、バランスまで崩す。

 

片膝を突き、少し小さくなったギルベルトは、改めてリディアを見て、先ほどまで存在していた圧倒的な力量差がなくなっていることを理解した。



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第43話 会談ですわ

魔族達に連行されて魔王城に着いたら、明らかに歓迎している様子ではない魔王の側近達に囲まれて、ずっと私を見定めて来る魔王が玉座にいましたが、これ絶好のピンチではありませんの?この魔王城は頑丈な作りになっていて、魔力による保護もされているようなので、天井をぶち破っての脱出は不可能ですわね。

 

まず魔王から、何で図書館にいたのか聞かれたので普通に話をする気ですわね。この世界の歴史について学んでいる最中だと答えたら、我が何でも答えようみたいなことを魔王が言い始めましたわ。この魔王は、勉学も出来る魔王ですわね。とりあえず疑問を投げかけてみると、簡潔な答えが返って来るので便利な存在ですわよ。

 

分かったこととして、魔族は元々人間のようで、人間が身体を薬品に漬けたり身体改造手術を受けさせることで一定割合の人が魔族になるようですわ。魔族と魔族の間に産まれるのは魔族のようですが、まあ黒人と黒人の間に黒人が産まれるようなものですわね。お手軽に強くなれるようで、寿命まで延びるのですからやらない人の方が稀っぽいですわ。

 

何で翼や角が生えているのかを聞いてみたら、格好良いからだそうなので、種族全体が絶賛中二病真っ最中ですわね。かなり価値観が歪んでいるような気もしますが、身体への改造が多いほど強いという価値観なので自然とそうなったのでしょう。

 

ダンジョンの入り口からは女神産の化け物がうじゃうじゃ外に出て来ているようなので、私と戦ったこともある例の魔族もその前線で戦っているらしいですわ。あの帝都を襲ったほぼ全裸の悪魔が、王子で次期魔王候補とか流石に予想出来ませんわよ。

 

一応王子達の中では一番強いらしく、固有能力が強いようなので次代も安泰だったのにトラウマを植え付けられたとか言っているのでたぶん恨まれていますわね。まあ恨まれない要素がないですし、手配書まで作られているので、捕まってなお自由な身にされていることの方がおかしいですわよ。

 

どんどん質問を繰り返していると、女神関連で露骨に不機嫌になったので魔王は何か知ってそうですわね。そして余興は終わりだと言って近づいて来る魔王は、なんか歩く度に大きくなっているので巨大化の固有能力でも持っているのでしょう。

 

……巨大化って、シンプルに強いですわねえと思っていたらメイが吹き飛ばされましたわ。ですがあの程度で死ぬほど軟弱ではありませんので、放っておきましょう。そう意識した瞬間に巨大な拳が上から降って来て、地面に埋まりましたが素晴らしい痛みですわ。久しぶりに強烈な痛みが実感出来て嬉しいですわよ。

 

魔王がグッ、グッと地面に拳を押し付ける度、全身の骨が砕かれるこの感覚はたまらないですわね。私が、一番望んでいたと言っても過言ではないですわねこのシチュエーション。圧倒的な力量差に為す術もなく負け、死ぬ。素敵なことですわ。

 

ここで死ぬもよし、このサイズ差なら負けた後にオ〇ホ妖精みたいに犯されるもよし。ああ、この全力で押し返してもビクともしない力量差。たまりませんわね。急な痛みに胸もキュンキュンして来ましたわよ。

 

しかしあと一歩で絶頂出来るタイミングで、拳の威力が弱まり押し返せるようになってしまいましたわ。恐らくこれ以上続けたら死んでしまうかもしれないと思って魔王が手加減しましたわね。ふざけるなですわ。せめて一度ぐらいは痛みでイかせて下さいまし。

 

最終的には片手で押し退けられるぐらいに手加減されて、ちょっとムッとしたので思わず魔王の巨大な拳を殴りつけますが、それだけで魔王が片膝を突いたので案外防御力は無さそうですわね。

 

「ぐう……貴様はあの女神の寵愛を受けているのか!?わざわざ魔族領まで来て何をするつもりだ!?」

「女神の寵愛を受ける者が女神の殺害など企てませんわよ。私がここに来た目的は、女神を殺害するための情報収集ですわ。そしてそれが、今の私の目標ですわ」

 

私が女神の殺害を口に出すと、魔王は目を伏せて長く沈黙した後に「……そうか」とだけ呟きましたが魔王の側近達が全員剣や槍を向けているということは取り押さえられる流れですわよね?見た感じ男しかいませんし、中にはペ〇スの改造もしてそうな凄い悪魔もいるので輪姦チャンスですわよね?

 

「皆の者、武器を下げよ。これよりクラウス王国は、リディア王の女神殺害の支援を行う。」

 

……ここで無礼なことを言えば周囲からの反感を買って犯される流れになりそうですが、女神を追放した時に得られる天罰とかの方が凄そうですから我慢しておきますわ。とりあえず滞在費と仮の住まいまで貰えるようなのでありがたく受け取っておきましょう。

 

「ぅう……リディア様ぁ」

「ほら、メイはさっさと起きなさいですわ。あの程度なら、崖から落ちた時より軽傷ですわよ」

 

メイを叩き起こしますが、思っていたより傷は浅そうですわね。まあただの打撲なら崖落下の時に何万回と経験しているはずなので、すぐに治りますわ。この世界が、システマティックな世界で助かりましたわね。もしそうでなかったら、きっとメイも私も簡単に死んでいましたわ。



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第44話 ダンジョンですわ

魔王との会談という名の殴り合いが終わったので、魔族領のご馳走を振る舞われますが、白いご飯が凄まじく美味しいですわね。明らかに米の品種改良までやっているので過去の転生者グッジョブですわ。というかどこにでも米があるとか過去の転生者達がどれほど米を渇望していたかよく分かりますわね。

 

それと同時に、この世界には何百人何千人の転生者が来ているのか気になりますわね。ここまでの技術の発展は、1人の力では絶対に無理ですわ。少なくとも私は稲作について知識がありませんし。味噌や醤油を作る時に必要な菌がどういう菌かも知りませんわね。

 

食事の場で対面することになったのは過去の帝都襲撃の際、私にぶん殴られて帝都の外にはじき出された次期魔王候補の王子様ですわ。今日も今日とて半裸ですわね。鍛え上げられた筋肉が見えるのは良い事ですが、ボクサーパンツにマントが通常スタイルなのは流石に開放感があり過ぎますわよ。

 

今回この王子が呼び出されたのは、私をダンジョンに案内する役割だからですわね。私を見るなり身震いしているようでは戦力になるか怪しいですが、魔族の中でも期待のホープらしいですし最前線で戦っているようなので、一緒に最下層まで行きますわよ。

 

というか死んだ人から能力を回収出来る能力とか完全にチート染みた能力ですからね。元々の所有者が継承を認めていないと回収できないようですが、現魔王から巨大化を継承予定なら次期魔王候補筆頭ですわ。転移があれば最前線で戦っていても早々死なないでしょうし、戦友から更なる能力を継承出来る可能性もあるので将来的にはさいつよですわね。

 

「ところで今は幾つ能力を持ってますの?」

「……追加で得たのは再生と対爆だけだ」

 

能力について聞くと、良い感じにはぐらかされるので手の内は簡単に見せてくれませんわね。程よく仲良くなったら、ダンジョンに向けて出発しますわ。ダンジョン自体には魔法学園に在籍していた頃にちょろっと入ったことはありますが、基本的に上層には犬のような雑魚しかいないはずですわよ。

 

と思っていたのですが、ダンジョンの入り口から出て来ている魔物は見たことのない、この世のものとは思えない生物ですわね。人間の脚のような物体が数十本全周囲に生えている卵や、腐った人間の身体が集まって球状になっている魔物は見たことがありませんわね。

 

卵はすさまじい速度で駆け回っていますし、黒い人間の身体が幾十にも絡まっている魔物は表面の顔から毒ガスのような緑色の霧が撒かれていますわ。それに相対している魔族達も、奇天烈な恰好が多いですし、全裸も多いですわね。炎が飛び交う戦場ですから、燃える服は邪魔と言うことでしょう。文化の違いですわね。

 

「メイはあのような魔物を見たことあります?」

「……ないです。何ですかあの見ただけで背筋が凍るような生き物は」

「元々は、ダンジョンで死んだ人間の死体と言われているな。それを女神が取り込んで、対魔族のための殺戮兵器にしている、と言ったところか」

 

魔族の王子、メルトが魔物の解説をしてくれますが、元人間ですか。つまり女神は元人間の身体を取り込んであのような醜悪な魔物を量産しているということで……とても興奮してきましたわよ。私自身がそうなることも、美女美男がそうなっているのを眺めることも、私はどっちでもイケる口ですわ。

 

一先ず、毒ガスをまき散らしている魔物の方から取り掛かりましょうか。周囲の魔族達は黒く燃える焔の奔流や冷気漂う氷の弾丸を当て続けていますが、効き目が薄いところを見るに魔法での攻撃は通り辛いのでしょう。

 

「魔法での攻撃が効いていませんわね……」

「ああ、恐らく物理的な攻撃しか効かないのだろう。しかし周囲には毒ガスが撒かれているから迂闊に近づけん」

 

その上で緑色の毒ガスは吸えば一瞬で魔族が倒れるほどですから接近戦も難しいとなると遠距離での物理攻撃が一番効きそうですわね。魔族の方もアーチャーを集め始めたようですし、弓での攻撃や投石とかの攻撃が選択肢としてベストですわ。

 

「じゃあちょっと近づいて魔法を撃ち込んで来ますわね」

 

まあここまで分析しておいて、私はあの魔物に接近して至近距離で魔法を撃ち込みますが。メルトは私を止めようとして、見逃したので私の扱いを早くも理解して来ましたわね。

 

近づくと明らかに毒性のガスを吸い込むことになりますが、これヤバイですわね。全身が腐食されているような感覚というか、肌が腐るとかどういう現象が起きてますのこれ。全身が滅茶苦茶痛いですし辛いので素晴らしいですわね。

 

魔王戦ではイけなかったですが、今回は無事にイけたので下着が大変なことになってますわよ。とりあえず至近距離まで移動出来たので、襲い来る長い腕というか触手に捕まりながら開けっ放しの大きな口に風属性魔法で作った螺旋状の空気の塊をぶち込みますわ。

 

……直後、魔物は爆発四散して緑色の体液をばら撒きましたのでべっとりとそれが私にかかりますが、服が溶けていってますので相当凶悪な魔物ですわね。これがダンジョンの上層から出て来る弱い魔物とか、よく魔族は生きながらえていると思いますわ。



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第45話 女神産の魔物ですわ

もう片方の動き回る卵は魔族の王子であるメルトが空を飛んで、自身を弾丸にして中心部をぶち抜いていたので、魔族も魔族で割と脳筋ですわね。どうやらこのクラスの魔物がダンジョンの最下層で産まれては、魔族領に向かって進軍を開始しているとのことで現状かなり押されていますわね。

 

とりあえず一番ルートが分かっているという入り口からダンジョンの内部に入りますが、出て来る魔物は大体が人間の身体の一部をむき出しにしているのでメイのSAN値がガンガン削れていってますわよ。元暗殺者で、幼少期から感情を殺す訓練を受けているのに恐怖するのは相当ですわね。

 

そもそもの強さもおかしいですし、よくロウレット帝国側やアーセルス王国側の入り口から湧き出ませんわね。まあ産まれてはすぐ魔族領へ進軍しているとのことなので、未だに女神の標的は魔族ですわ。というか歴史書では魔族を殲滅するために現世に降臨していましたわ……。

 

とりあえず、魔族は女神の琴線に触れた転生者かその子孫みたいな認識で良いですわね。ダンジョンは上層、中層、下層、最下層の4層に分かれていますが、中層からはドラゴンが合体事故を起こしたような魔物まで出てきましたわ。頭が二つあるならまだ分かるのですが、尻尾の先に人間の脚が生えていたり、目から人間の腕が生えていたり、腕の部分に人間の目があるのはひたすらに不格好ですわ。

 

目から生えた腕の先にある手のひらの口から灼熱のブレスを吐くとか見た目詐欺も酷いですわよ。まあこのパーティーメンバー、ただの熱なら耐えますし、メイですらほとんどダメージはないですわ。

 

そして気持ち悪い箇所から剣で斬り落としていくメイは、扱いやすそうな魔剣を手に入れたら譲渡したいですわね。今のところ扱いやすい魔剣というのはないですけど。何で握っただけで、泣いたり怒ったり自信過剰になるのか、魔剣の仕組み部分は私でも全然わかりませんわ。

 

「……ここから下層だ。たまに現れる天使のような魔物は、攻撃が通らないから逃げろ」

「物理的な攻撃も、魔法的な攻撃も一切通らないということですわね?」

「ああ。その上で相手は当たったら存在ごと消える光線を撃って来る。……何人の戦友が消えたのか、俺は覚えてすらいない」

 

魔族の精鋭部隊でも最下層に到達することは極稀なようですが、女神が封印される前のダンジョンの記録が残っているので、マッピングは最下層まで出来ていますわね。どうやら地図によると、下層から最下層への入り口はちょうどアーセルス王国と魔族領の入り口の中間点ですわ。

 

アーセルス王国側の入り口から下層へ降りるルートと魔族領側の入り口から下層へ降りるルートは被さっていないので、今まで鉢合わせるようなことはあまりなかったと推測できますわ。半裸王子が毎回魔物の注意点とか言ってきますが、全属性の攻撃が通らないのは出会いたい相手ですわね。

 

その上で存在抹消ビームを撃って貰えるのかとワクワクして天使のような魔物を探し回りますが、残念ながら出会えず。最下層への入り口に到着したところで、アーセルス王国側の入り口から出るようにしますわ。このまま単騎で女神を世界から追放しに行きたいところですが、世界から追放する方法の目途はまだ立っていませんし、転生者軍団の目の前で殺さずに追放という選択肢を取りたいので後回しですわ。

 

ちなみにアーセルス王国側の入り口から魔族と一緒に出て大丈夫かとメイが不安になっていましたが、メルトは固有魔法の変身で人間になることが出来るようなので無問題ですわね。どちらかと言うとアーセルス王国で指名手配されている私の方が問題だと思いますが、ダンジョン内で会う冒険者はまさかこんなところにアーセルス王国最大の敵がいるなんて思ってもないですからスルーしてくれますわね。

 

「いえ、思いっきりその光る剣でバレていると思うのですが……」

「……まあ捕まえに来ないということは、ガルロン辺りが何らかの手を打ちましたわね。そろそろ光り終える頃なので、またガルロンの屋敷に行きますわよ」

「ガルロン……まさか、魔族攫いのガルロンか!?」

「あのマッドサイエンティストは、何をしでかしたの……ああ、大体察しが付きましたわ」

 

せっかくなのでガルロンの屋敷にまた立ち寄ろうとしたら、メルトがガルロンのことを知っている様子だったので聞いてみると魔族の子供を攫ったらしいですわ。恐らくですが、その魔族は魔剣の素体にされていますわね。

 

……ガルロンが女神の殺害計画に関して、戦力が足りないと言っていたのは、下層や最下層を突き進むための戦力でしょうね。アーセルス王国には沢山の冒険者が集まっていますが、最下層に行って帰って来た人はいないという噂ですし、Sランク冒険者は下層探索許可者みたいな風潮もあるので、そのSランク冒険者を増やすことで最下層を目指そうとしていますわね。

 

何だかんだ言ってエイブラハムとか魔剣持ちの戦闘技能は高いですし、魔剣の能力も凶悪なものは多いので人が増えれば女神に勝てる可能性もあると思いますわ。過去に一度、現世の人間に封印されているということは女神は人間に負けていますしね。

 



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第46話 女神の悪意ですわ

リディアは人間に変身したメルトと護衛のメイを引き連れ、魔族領側の入り口からダンジョンへ入り、アーセルス王国側の入り口からダンジョンを出た。アーセルス王国の上層部に喧嘩を売り、王城まで破壊したリディアが堂々と街中を歩けているのは、ガルロンがリディア個人に対して手を出さないよう指示したからである。

 

元々鍛冶屋として有名だったガルロンは魔剣を大量生産し始め、大量のSランク冒険者を生み出したことで地位が飛躍的に向上した。そのため、ダンジョンの入り口がある都市を完全に牛耳っていた。また冒険者が多いこの都市は半分独立した都市として機能しており、その頂点に立つのがガルロンだった。王都にも広い屋敷を持っているため、非常に重宝されている。

 

リディアがガルロンの屋敷を訪ねたため、ガルロンはリディアと再会し、リディアが女神を殺し得る存在だと再確認した。この世界は転生者の思い通りに行かない世界であり、2回目の会合にしてガルロンはようやくリディアの本質を掴んだ。リディアは領主として人気こそあるものの、神性の獲得にまでは至っていない。それでも女神の呪いに対して、抵抗出来ているように見える原因。

 

『リディアは死を目前にして、死にたいと強く思える人間』

 

残念ながらガルロンは、リディアの性癖まで見抜くことが出来なかったが、リディアがきちんと呪いを受けていることを確認した。それと同時に、封印された女神の呪いのギミックについて再度考察した。

 

この世界を管理していた女神が、転生者達を苦しめるために創った法則。それが転生者の本意の反転であり、これは結果の方が反転しやすい。

 

例えば努力して何かを達成する、をそのまま反転すると努力しないで何かの達成も出来ない、となる。意思の全てを反転させると、転生者を苦しめる法則にはなり得ない。そのため女神は本意の結果部分を反転しやすいようにしている。

 

これに気付いた者は、当然結果を反転した思考をする方法について思いつくが、反転した結果が望むべきことだと意識しただけで運命がねじ曲がってしまう。死を間際にして、心の底から死にたいと願えるような存在は、残念なことにリディアが誕生するまで皆無だった。

 

ガルロンは、この意識の操作を強制的に行わせるために魔剣シリーズを開発した。その中の切り札的存在となるのはエイブラハムの持つすべての魔剣を扱えるようになる『リア』と、この世の全てに絶望し、自身の死を望むようになる魔剣『デプハスション』だった。

 

持つだけで強烈な死を望む魔剣が、もしも転生者に渡ればそれが反転し、一向に死なない人間が誕生するのではないかという目論みだったが、当然ガルロン自身も転生者の呪いを受けているため、自身の望むような転生者の手には渡らず、途中で追跡も出来なくなった。

 

貴重なジョーカーであるため、当然捜索を行うが見つからない。リディアもガルロンに対してデプハスションを持っていると告げていなかったため、ガルロンは未だにデプハスションを探し続けている。

 

ガルロン視点でデプハスションが見つかるのは3年後、もはやガルロンがデプハスションを意識していない時のことだった。

 

「マリアの魔剣はどのような魔剣ですの?」

「簡単に言ってしまえば、毒を作る短剣だな。持ち手の嫉妬や悪意を吸収して、斬りつけた相手に精神を崩壊させる毒を送り込む」

「……ということは、綺麗なマリアが見れるということですわね?」

「残念ながら、あの短剣を握りながらもなお腹の中まで真っ黒だったぞ」

 

ガルロンとリディアは情報交換をしつつ、マリアについても触れる。旧ロウレット帝国領で急速に勢力を増しているリンリン教の教祖かつ聖女を名乗り、女神の呪いに対抗するための神性の獲得に乗り出した人物。

 

昨今ではマリアが孤児達を利用した売春事業を展開しているという情報までリディアは掴んでおり、そのことをリディアがガルロンに話すとガルロンも「やはりか」みたいな顔をする。

 

それだけマリアは、マリアの動きを理解出来る者にとって胡散臭い人間だった。孤児を利用した売春事業により、情報を広範囲から素早く集められるようになったマリアは、新聞事業の方にそれを反映し、支持基盤を更に強化していった。

 

「リディアは、この世界の法則に気付いているのか?」

「ええ、気付いてますわよ。何度も同じ痛みや毒を受け続けていると、それの耐性が出来る。前世でもその傾向はありますが、この世界ではそれが顕著ですわね」

 

リディアが成功している理由について気になったガルロンはリディアに対し、転生者が上手く行かない法則についてリディアの考えを聞き出そうとするが、リディアは転生者が思い通りにならない件を把握していない。そのため、この世界の大原則について触れる。

 

技能や耐性獲得が早い。これは世界を管理していた女神が作ったルールではなく、この世界を作った神が作ったルールだ。女神が作ったルールについてリディアが触れなかったことで、ようやくガルロンの中には「リディアが破滅的願望を抱いているのではないか」という疑惑が発生した。



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第47話 共闘ですわ

ガルロンと2回目の話し合いの結果、3年後にまた魔剣が光るので、その時に集まったメンバーでダンジョンへ突入し、女神を殺すスケジュールで動くことになりましたわ。

 

「ところでナロローザ王国に対して周辺諸国が共闘するという話が浮上しているが大丈夫か?」

「大丈夫ですわ。ガルロンも毛利家の3本の矢の話は知っているでしょう?」

「3本の矢?まあ知ってるが……いや今の話と関係ないだろ」

「関係ありますわよ。矢を1本ずつ折るのでは時間がかかってしまいますが、矢を3本ずつ一気に折れば3倍の速さで矢を折ることが出来ますわ。雑魚がいくら束になろうが無駄ですわよ」

 

アーセルス王国にも宣戦布告をしているので、周辺諸国から共闘のお誘いは来ているようですがガルロンが拒否しているので拒否されているみたいですわ。これガルロンはアーセルス王国内で相当な権力を持っていますわね。

 

ついでに暴君ムーブをしてガルロンの屋敷にあった矢を3本まとめて折ったらガルロンが震えていましたが後でお金は払ったので大丈夫ですわよ。元々屋敷に置いてある武器や防具は値札も一緒に置いてありますが、どれも良心的な値段ですので買い占めたいぐらいですわ。

 

アーセルス王国は国境線に要塞群を持っていますし、攻めて来て欲しい国なのでこちらからの侵攻はしなくても良いですわね。戦争状態ではありますが、普通に人の行き来が復活し始めたのは残念ですわ。

 

「……中々に強そうな人間が集まっていたな」

「まああそこにいたのは元々強かった転生者が魔剣を持って更に強くなったという人が多そうですし、ダンジョンでの戦力にはなりそうですわね」

「3年後か。こちらもそれまでに戦力を集めて下層へ向かう」

「……細かい日程の調整は私がしますので、上手く共闘出来ると良いですわね」

 

メルトとはガルロンの屋敷を出たあとで「3年後までにもっと強くなる」と言って飛び去りましたわ。ガルロンが魔族の敵っぽい言い方をしていましたが、あの屋敷で暴れても面倒なことにしかならないと察して大人しくしていたのでしょうね。それに、女神が共通の敵であることは変わらないので見逃した可能性が高いですわ。

 

「……結局、魔族とは仲良くするのですか?」

「いえ?情報だけ貰ったら後はポイしますわよ?」

『聞こえているぞ。俺らのことを使い捨てにするつもりか?』

『私に使われるだけ感謝しなさい』

『ぐ、すいません俺なんかを使って下さりありがとうございました……?』

 

メイとの会話で、魔族と最終的に仲良くするつもりはないと言うと飛び去ったはずのメルトから念波が届きましたわ。盗み聞きされるのは構わないのですが、どうせなら最後に試しましょうか。前と同じように、こちら側が念波の出力を上げてメルトの脳を攻撃すると、前より対策が出来ているのか思っていたよりダメージは無さそうですわ。

 

まあ、慣れれば打ち消すのは楽ですからね。初見殺しにはなりますが、魔物相手とかだと効果も薄いので、存在を知らない対人限定の攻撃ですわね。

 

完全にメルトの気配が消えたのを確認してから、私もメイを抱えて魔剣で飛びますが、アーセルス王国の王都上空を飛行中に突如としてアーセルス王国のワイバーン部隊が現れて追いかけてきたので鬼ごっこ楽しかったですわよ。最高速度も試せたので有意義な時間でしたわ。

 

「あ、魔力が切れましたわ。このまま落下するしかないですわね」

「リディア様!?」

 

しかし逃げ回ったために途中で魔力が切れたので、ちょうどナロローザ王国の国境付近に落下しますわね。上空600メートルぐらいの高さから紐なしバンジーというか、パラシュートなしスカイダイビングですわ。まあ2人とも落下には慣れているのでこの程度のトラブルなら大怪我もせずに済みますわよ。

 

「ここは……?」

「アーセルス王国から見て東、ナロローザ王国から見て南にあるロズワルド公爵領とナロローザ王国の国境付近ですわね。……あれ、私が指示を出して作らせた城ですわよね?」

「バクジット城を一回り大きくしたようなお城ですね」

 

わりとド田舎の辺境にも指示通りお城が建っているということは、腐敗とか中抜きがされていないということなので、非常に残念ですわ。いえ、まだあのお城が外観だけのはりぼての可能性もありますわね。まあ、緊急事態なのであのお城に泊まる流れになりますわ。泊まるついでにお城の中身を見て、駄目でしたら領主とお城建設の責任者を追放ですわよ。

 

とりあえず城に近づくと、門番らしき存在がいましたがこんな辺鄙な場所なのに屈強そうな男が3人もいますわね。……これは私がアポなしで突撃したら、主君の主君を名乗る不届き者として、捕らえられ凌辱されるチャンスですわね?



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第48話 善政ですわ

「止まれ!何者だ!」

「リディア=ナロローザですわ。今日はこの城で泊まりますわよ」

「何!?

……失礼いたしました。どうぞお通り下さい」

 

城門から普通に入ろうとして、リディアを名乗ると門番は平伏して丁寧な扱いを始めますが、もう少し疑うことをしなさいな。まあ金髪ツインドリルの巨乳美少女なんてここら辺では私しかいなさそうですけど。

 

城壁の中に入ると、それなりに広い田園と結構な数の小作人がいるので辺境の田舎のわりには人が多いですわね。しばらく城に向かって歩くとまた城壁と門が現れたので、恐らくここが本来の城門ですわ。

 

「たのもーですわ!」

 

その城門を飛び越えると、目の前にあるのはかなり大きなお城ですが、豪華さよりも機能性重視の城でつまらないですわね。何故か私がリディアだとバレている感じなので、ここの一番偉い人を呼んだら何処かで見たような顔の男が現れましたわ。

 

「お久しぶりです!リディア様!」

「あなたは……騎士団に在籍していたアクバルでしたか?

いつの間に城主になりましたの?」

「覚えていてくださいましたか!

私は騎士団を除名された後、黒服隊に入って警邏を務めていましたが、クレシア様に抜擢されて昨年ここの城主になりました」

「執事上がりの城主じゃないのは珍しいですわね。まあ良いですわ。今晩はここに泊まりますわよ」

 

確か、3年前ぐらいに騎士団に3ヵ月ぐらい居た男ですわね。あの頃の闘技大会はもう粗方強い人を取りつくしていたのでそこまでレベルも高くなかったのですが、それでも優勝していたので拾った男ですわ。ちょっと見ない間に青年から大人になっていますし、見た感じ嫁も2人いるので勝ち組人生歩んでいますわね。ついでに片方を孕ませてますわ。ちょっと羨ましいですわよ。

 

……私が快楽堕ちして寝取られる流れはうぇるかむですが、私が誰かから寝取ることはないので嫁達は心配しなくても良いですわよ。経営状況も見たので抜き打ちテストみたいな形になりましたが、善政を敷いているのが一番つまらないのでもっと不正しなさいですわ。不正して下さいですわ。不正をお願いしますわ……。

 

「検地の結果の詳細は?」

「こちらにあります」

「建設予定の堤防について費用対効果の計算と過去の災害の記録」

「こちらに」

「これ」

「ここに」

「治安に関しては……」

「黒服隊の警邏出身なのでバッチリです」

 

適当に監査の真似事をしますが、責める内容が皆無とか何でアクバルは一度剣の道を志したのか分かりませんわね。というか1年しか領主務めてないのに民からの信頼も厚いとか追放出来ませんわよ。

 

あと私の欲しい資料を予想して欲しいタイミングでサッと用意してくる辺り、有能ですわね。これが無能だと私が全部言葉に出してからようやく資料を探し始めて、結局見つからないとかもありますわ。そういった輩は全員追放ですわよ。

 

「……メイ、そちらの資料は?」

「少なくとも抜け漏れや計算ミスはないです。根拠もしっかりしていました」

 

城主として適当に判子を押しているだけの機械になってないかチェックもしましたが、非常に残念ながらアクバルは有能な内政屋のようですわね。地位としてはこのロズワルド公爵領の一男爵でしかないのですが、その内伯爵になりそうですわね。

 

というかこの能力なら伯爵にしないとうちの内政屋が足りないので後でクレシアに推薦しておきますわ。ナロローザ王国は急速な領地拡大を始めているので、県長クラスの伯爵は何人居ても困らないですわよ。

 

その後は城の一番豪華な客室に案内されますが、客室が並ぶ階層はホテルのような内装ですわね。唯一の減点箇所は食後のデザートに毒が出なかったことぐらいですわ。ここから南の地域は遊牧民や蛮族が住む未開のエリアなので、次に来る時までには珍しい毒物を用意して欲しいですわ。

 

「……あの力があるなら、そこらの盗賊には負けないと思います」

「一瞬ですが、メイの一太刀を受け止めましたからね。一瞬ですが」

 

一晩お世話になった後は、アクバルがメイに模擬戦を挑んで一瞬で負けるイベントもありましたが、特に何もなくナロローザ公爵領の邸宅に戻りますわよ。また何日も留守にしていたから、報告書が溜まりに溜まってますわ。

 

………少し戦闘報告を読みますが、何で連戦連勝してますの?うちの騎士団が何故か山を登ってますけど、時期的にまだ山頂には雪が残っていますわよね?

 

ヘルソン王国の王都を急襲して陥落とか、ペースが早すぎますわよ。統治出来る人材がいない内は敵国から人、物、金、物資の略奪だけに留めなさいと命令を出しますが、時すでに遅かったですわ。

 

どうやらヘルソン王は無事に追放され、代わりに私の封臣のレイナール公爵がヘルソン王国の大半を支配することになりましたわ。期待していたことの真逆のことが起きるのは、そろそろどうにかなりませんの?

 

 

 



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第49話 皇帝ですわ

封臣が王国を名乗れるだけの領地を得て、王になった時、その主君の王に力がなければ王となった封臣は独立をしますわ。しかしレイナール公爵はレイナール王となった時、特に独立等は狙わなかったため、私は王の上の存在である皇帝にいつの間にかなっていましたわ。王国を複数保有したので、当然の流れですけど驚きましたわよ。

 

これからはナロローザ王国ではなく、ナロローザ帝国というわけですわね。まだロウレット帝国の3割程度の領土でしかないですけど、あっという間に領地が大きくなりましたわ。しかし皇帝になったということは、もう頂点に上り詰めたというわけですので、後は落ちるだけですわ。もう落ちる方向にしか伸びしろがありませんわよ。

 

「これからも、私の私による私のための政治を続けていきますわよ。

まずは占領地から無能を追放ですわ。というか職人以外要らないので追い出してくださいまし」

 

他国とはまだ戦争中ですが、とりあえずヘルソン王国との戦後処理は始めて行きますわ。もう相手が勝手に崩れ去った印象ですが、騎士団の人とか軍の人は表彰していきますわよ。クレシアが決めた功績表では、何故か私が戦功第一位になっていたので、これは軍からの嫉妬も貰えますわね。

 

あと戦後処理に関してですが、無能を追放して行けば、いつか必ずしっぺ返しがあると信じて旧ヘルソン王国領は解体をしていきますわ。レイナール王の軍勢が旧ヘルソン領の大部分を占領しましたが、そのほとんどが不毛な土地で肥沃な農地や人口の多い都市をこちらに譲っているのは出来た人間ですわね。

 

「リディアお嬢様、報告です。

ヘルソン王国領でリンリン教の教徒が暴れていたため、リンリン教の教徒数百名を追放をしたようです」

「……まあ平等を求める連中は、基本的に平均以下の存在なので良いですわ」

 

ジョシュアから報告を受けますが、旧ロウレット帝国領でのリンリン教の広がり方が良い感じですわね。これは革命待ったなしですわ。私ほど革命の最中ギロチンで首を切り落とされる姿が似合うお嬢様はいませんわよ。ちゃんと首がギロチンで落ちるよう、ガルロンにギロチンの作製を依頼しないといけませんわね。

 

しかしリンリン教が、うちの領内ではあまり広がりを見せないのは不穏ですわね。というか一部の領主が勝手に禁止して追放しているので、広がるはずもありませんわ。かといって許可を出して広がりを推進すると、上手く処刑台に上がれませんので難しいですわね。まあ、今まで通りマリアへ資金援助を続けるだけですわね。

 

「今の世にいる人間を30種に分けて各年齢毎にスキルマップを配布しますわ。すべての種類の年齢基準に満たない人間は、領地から追放する方針で固めますわよ」

「戦闘種、農民種、建築種、鍛冶種……同じ戦闘種の中でも幾つか系統が分かれていますし、すべての種の年齢基準に満たさない人間はそうはいないと思いますが」

「計算上、これでも年に1万人は追放出来るはずですわ。私が皇帝になった記念の、大追放ですわよ」

 

私が一番偉い人間なので、国民をどう扱っても現状誰も文句は言いませんわ。なので、無能な連中を沢山作って沢山追放しても誰も文句を言わないということですわね。そして明確な『追放基準作り』は、非常に楽しかったですわ。

 

文字の読み書きが要らないと言われている農民種でも『15歳までに自身の名前の読み書きが出来る』という基準を追加しているので、ここで結構な数、1万人程度が追放される予定ですわ。施行されるまでの間に、自身の名前だけでも書けるようにならないといけないというのは、領民にとって気に入らない領主になれそうですわよ。

 

一部を除き、5歳から各年齢毎に99.9%がクリアできる試験を作ったつもりですので、毎年追放出来ますわ。完全に私のための制度ですわね。そして追放された人達が集まって、私に復讐をする。素晴らしい流れですわ。

 

「ハイン王国はリンリン教が広まっているので、追放された人はそこを目指すと良いですわ。人類皆平等を目指しているので、きっと受け入れてくれますわよ」

「……リディアお嬢様は、人類皆平等が可能だと思いますか?」

「人の能力に差がある限り不可能ですわよ。当たり前の事を言わせないで下さいまし」

 

追放した人間はハイン王国を目指すよう言っておきますが、無能達が集う地域はどうなっていくのかある意味で見物ですわね。マリアも使えない人材は最終的に何もさせないようにしていましたが、そういう人材が増え続けた時にどういう対処をするか楽しみですわよ。

 

というか毒にも薬にもならない人材はまだ良いのですが、勝手な行動をして毒にしかならない人材は追放ですわ。復讐される期待や楽しみを除外しても、追放しかありませんわよ。



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第50話 徴税ですわ

リディアが皇帝となったことで、リディアの追放回数は大幅に増加した。特に自身の名前を書けない人間というのは、この世界では珍しい存在ではなく、公布されてから施行されるまでの半年間で自身の名前を書けるようにならなかった15歳以上の人間は漏れなく領外へ追い出された。その数は10392人。リディアの予想した1万人という数と、ほぼ合致していた。

 

また、その他の項目でもクリア出来ない項目があった人間は追放をされている。初回故の大追放だった。特にクリア出来なかった人間が多かったのは『運送種19歳:5㎏の荷物を持てる』『建築種13歳:サイズ4のレンガを持ち上げることが出来る』『無職種20歳:職を探そうとする意志を持つ』だった。

 

リディアの統治は、領民の大半にとって都合が良く、また一部の人間にとって恐ろしい政策だったため、反発や反乱は起きなかった。追放された人間や、追放された人間の家族の大半はリンリン教が蔓延るハイン王国へ移住するが、リディアが「使えない」と言って追い出した存在の末路は悲惨だった。

 

「リディアお嬢様。今年の米は昨年に引き続き豊作で急造した倉ですら満杯です」

「余ってる分は全部酒造に回しますわ。他の農作物は別に豊作と言えるほど収穫量は上がってませんし、それでいつも通りですわね」

 

クレシアからの報告を受けるリディアは、米の消費手段として酒を選択する。この世界でも酒の人気は高く、転生者達が力を入れた産業の1つでもあるため、リディアもその恩恵を受けていた。

 

ナロローザ王国領では米が豊作となり、ナロローザ帝国全域で飢える人は出なかったが、他国は悲惨だった。蝗害が起き飢饉となったため、種籾に手を出した人も多く、更なる困窮を引き起こした。

 

明治以前の日本においても凶作で飢饉があった年に種籾へ手を伸ばした事例は多く、現実問題として今日を凌げるかも分からない状況で来年のために種籾を残すのは難しい。今日を生き残れないのであれば、明日のために種籾を残す意味がない。

 

税率を六公四民で固定したリディアは、倉から溢れる勢いで集まる米を見て茫然とする。ここまでの税が集まった最大の要因は、クレシアの率いる黒服隊がきちんと徴税をしているからだった。

 

……一昔前の言葉だが、クロヨンやトーゴーサンという言葉がある。これは少し前の日本での、所得税の捕捉率を示している。サラリーマンである給与所得者は9割から10割、自営業なら5割から6割、農民や漁師なら3割から4割を捕捉している、という意味だ。要するに、農業や水産業に従事している人間から税金を正確に取ることは難しい、という意味の言葉になる。

 

というかわざとでなくても抜け漏れは発生する。コンプライアンスに厳しい大企業ですら申告漏れは当たり前に起こることで、国の税の捕捉率が100%になることはまずあり得ない。

 

昭和の日本でさえ、所得税の捕捉率は酷かったのだ。税の仕組みを考えること以上に、徴税を正確に行うことは国にとって重要になってくる。秀吉が太閤検地を行った理由でもあるが、この世界ではリディアが領主となった者への最初の仕事として検地を行わせている。

 

そして不正や細工をした者から追放していったリディアの姿を見ている黒服隊の古参面子から領主になっているため、検地の仕事は正確で早い。結果、徴税をしっかりと行う領主が急増した。もちろん100%の捕捉を行えているわけではないが、既に8割から9割程度の捕捉は行えてしまっているのがナロローザ帝国の現状だった。

 

「……元々私の領地だったナロローザ公爵領の収穫量は昨年の2%程度しか増えていませんが、新しく獲得した領地の米の収穫量が昨年比で250%や300%に増えているのは過去の領主が酷すぎますわ」

「お蔭様で、予想を遥かに上回る量の米が納税されています。

……酒蔵も足りていませんので、酒蔵への支援を行いますがよろしいですか?」

「構いませんわ。あと税関係で不正した人間は全員追放して下さいまし」

 

毎年恒例となる税関係で不正した人間の追放を、いつも通りの指示として受け取るクレシアだが、年々不正の数は減少しており、今年はついに0となりそうであることをクレシアは把握している。

 

追放したいがあまり、リディアは不正や中抜きには敏感になり、不正をした者から領外へ追放という重い罪を与えた結果、非常に不正や中抜きが起こり辛くなっているためだ。

 

納められた税の余剰分を、すべて酒へと変換していったリディアは酒の消化手段がなく、祭りや宴会を開催してもなお余り増え続ける酒を見て各地の封臣への配布を始める。暴君を目指すリディアだが、それでも勿体無い精神は捨て切れなかった。

 

結果、皇帝としてのリディアの人気は上がり続けた。



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第51話 軍拡ですわ

この世界では飲酒の年齢制限なんてないので、まだ14歳の私でもお酒を飲んで酔うことが出来ますわ。この世界では15歳が成人ライン、という地域が多いので、14歳はまだ子供ですが、身長は高くなりましたし外観は既に大人サイズですわよ。残念ながら、お酒を飲んで服を脱いでも誰も襲ってはくれませんけど。……私が男のままでしたら、私の裸を見て理性抑えるのは大変だったと思うのですが、誰も勃ちさえしないのは残念ですわね。

 

この世界では酒の製造が盛んなので、お米が大量に余ったのなら全部お酒にしてしまいますわ。この世界ではアルコール耐性すら獲得できるので深酒になっても酔い潰れることはありませんが、酔えるのは素晴らしいですわね。

 

酒浸りの生活を送れば、間違いなく評価は落ちて反乱も起きますわよ。そんなことを考えていたら、ハイン王国で領民が税を納めない反乱が起きましたわ。ハイン王国でもナロローザ帝国と同様に税を5割から6割に上げたのですが、領民が納得せずに反乱が起きたというわけですわね。私の時は一切反乱が起きなかったのにどうして……。

 

まあ隣国ではその日の暮らしにも困る状況らしいですし、このまま冬を迎えれば集団餓死待ったなしなので反乱が起きるのは分かるのですが、農民が商人の蔵を破壊して回るとか中々に面白い状況ですわね。案の定扇動しているのはマリアですし、腹黒すぎる自称聖女は自社の発行する新聞で次の標的を指定していますわ。

 

この状況で『ワーマル商会、米を買い占め値を吊り上げ!……か?』みたいな見出しの新聞を発行するとかもはや悪魔でしかないですわよ。ついでにリンリン教には教本が作られたため、強制的に識字率を上げていますわね。……何だかんだで、識字率は統治する上で大事ですからね。

 

ナロローザ帝国でも農民含めてほぼ全員が名前を書けるようになりましたし、この世界の言語は過去に統一された経緯と簡略化が為された経緯があるため習得は容易ですわ。そして自分の名前さえ書ければ、ある程度の文字は書けるようになりますからね。

 

「……今日も反乱は起きませんの?」

「ヘルソン王国領の解体は滞りなく終わりましたし、今日も大きなトラブルはありませんでしたよ」

「些細なトラブルはあったということですわね?全部報告しなさいですわ」

 

仕事は全部クレシアとジョシュアに丸投げしていますが、現場猫も真っ青な伝言ゲームが起こっていたので報告の仕方は指導しないといけないですわね。

 

専門家「この建設中の堤防は設計ヤバイから大雨降ったら耐えられない」

男爵「堤防の設計がヤバイらしい」

伯爵「堤防で不味い点が1点」

公爵「少々気になる点が1つ」

ジョシュア「大きなトラブルはありませんでしたよ」

 

結構規模の大きな堤防建設でトラブルが発生しているのですが、この建設費用は帝国のお財布、つまりは私のお財布から出ているので報告がなかったのは見事な伝言ゲームですわ。まあ私が実際に対応しないといけない案件でもないので結局伯爵辺りが修正対応するでしょうけど。

 

……でもこれ、この前に視察したアクバルの領地で建設中の堤防で問題が起きていますわね。私も建設前の資料に目を通した記憶があるので、全員が現場猫状態になっていましたわ。まあ私は大きなトラブルになって欲しいので「メイが目を通したからヨシ!」という対応にしましたけど。

 

あ、アクバルが伯爵になっているので恐らくですが実地対応しますわね。あとそこの堤防が壊れても被害額自体は大したことないのでマジで大きなトラブルではなかったですわね。……私は大きなトラブルが起きて欲しかっただけなのに、どうしてすぐに解決しますの……?

 

しかも今回の件で私への報告基準が厳格に定められ、緻密なルールを作っていくうちの使用人達怖すぎますわ。こいつら元はただの執事とメイドだったのに有能過ぎますわよ。確かに使用人も無能から順番に追放して行きましたし、その使用人達の長なのですから有能でないと務まらないのですが。

 

そして案の定、今年は軍も封臣も全員が不正をせず、抜け漏れすら発生していない状況になりましたわ。どうして不正をしないんですの……?私が追放出来ませんわよ……?

 

仕方がないので新しく軍人の募集をして、一旦採用して訓練期間を設けてから、成績下位を追放していきますわ。騎士団と重装歩兵団の枠は1000人まで増やしてますが、それとは別に兵を3000人ほど常備軍として保有しますわ。何故かお金を使っても使っても無限に湧き出てくるので、軍に好きなだけ無駄遣い出来ますわね。

 

この兵は状況に応じて弓兵や盾兵、槍兵や騎兵にするので色んな試験を課すことも出来ますわ。3000人の枠組みが出来たらあとは300人単位で一時雇用。訓練後、50人に選抜して3000人の中の成績下位50人と入れ替える方針で行きますわよ。

 

常備軍が5000人は帝国だと少ない方で、封臣達にとって皇帝の軍力が弱いと絶好の反乱チャンスですので、軍編成はしばらくの間、このままで良いですわね。



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第52話 3年後ですわ

ハイン王国で全土を巻き込んだ農民の反乱が起きてから月日が経過し、完全に戦国時代と化した隣国を眺めつつ、女神追放のための策を練っていましたが、先日ようやく魔法陣が完成しましたわ。

 

「俺のお蔭だけどな……」

「この魔法は、メルトがタイミングを合わせられるかにかかっていますわね。失敗したら恐らく女神に消し炭にされますわよ」

「……女神の攻撃方法は伝承によると、触手のような鞭で身体を貫いてくるそうだ」

「何それ素晴らしいですわ」

 

魔族の王子であるメルトは、ここ一年ほど私の邸宅に頻繁に出入りしていますが、女神追放のためには彼の協力が必要だったからですわね。具体的な女神追放の手段としては、メルトの固有魔法である転移を使って、転移先を別世界に設定し強制転移させますわ。

 

これで女神が転移やそれに準ずる魔法を使えないのであれば追放は完了しますが、この世界に戻って来る可能性も十分にあるので、女神が使える転移魔法についてはこの世界軸への転移を封じますわ。ここら辺は、魔族の魔法技術を滅茶苦茶転用していますわね。

 

何とか魔剣が光り出すタイミングに間に合わせたので、あとはひたすら追放の失敗を願い、追放出来たとしたら女神からの復讐を願い続けますわ。女神の怒りはどのようなものになるのか、想像しただけでワクワクしますわよ。

 

きっと女神と呼ばれる高位の存在ですから、いつかは自力で転移先の封印も解いてこの世界に戻って来るはずですわ。あのガルロン率いる転生者達は、女神の殺害という目標が不達成となるので恨んでくれそうですし、すべてが思惑通りになることを祈るだけですわね。

 

ガルロン側も魔剣持ちの冒険者が最終的には8人となったので、私を含めて9人、ガルロンとメルトとメイを足して12人での攻略となりますわね。……メルトは魔族の精鋭部隊を率いて来る手筈でしたが、どうやら女神産の魔物との戦闘で相次いで死んでいるようなので、魔族はわりと風前の灯火ですわ。

 

あの巨大化していた魔族の王様ですら最前線で矛を振るっているようなので、不味い状況なのは見て取れますわ。一方のナロローザ帝国は相変わらずアーセルス王国やハイン王国、旧ロウレット帝国軍と戦争中なのですが、一方的に略奪しては無能を追放して人口調整している謎の国になっていますわよ。

 

自国さえよければそれでいい。この考えで国際社会から孤立して制裁をされたいのですが、略奪で国の財政が潤いを増す一方、周辺諸国は飢饉や無能を押し付けられた経済的なダメージが大きく、ナロローザ帝国から世界が孤立しているような状態ですわね。

 

一応、餓死者が出るレベルの飢饉は脱した周辺諸国ですが、略奪のせいで豊かにはなっていませんわ。つまり周辺国が貧しいのは全て私のせい。そういう論調に持って行きたいのですが、既に世界の世論を操るリンリン教新聞の最大のスポンサーが私ですから歯向かって来ませんわ。つまらないですわね。

 

「地震、雷、火事、大雨、蝗害……どれでも良いので今年はどれか一つ発生して欲しいですわ」

「それらの災害は全て対策済みですから、対策にどれほどの効果があるのか確認したいのですか?」

「何らかの災害が起きた時、政治が悪いと言う人が現れるか見たいからですわね」

「そのようなことを言う人は現れないと思いますし、それならこの3年間、災害が起きなかったのはリディア様のお蔭だと思います」

 

この3年で、私の身長に並ぶぐらい大きくなったメイと災害待ちをしますが、そういえば思いつく限りの災害は何かしらの対策をしていましたわね。

 

個人的には災害が起きた時、首相や大統領が悪い的なノリで「災害が起きたのはリディアのせい」と民衆から言われたいのですが、今のところそういう輩は出て来ていませんし、むしろメイみたいに私のお蔭で災害が起きていないみたいなことすら言われているのは、非常に好ましい状況ではありませんわよ。

 

あとこの3年間、反乱は一切起きなかったのでマジで女神追放のための手段確保の研究と女神の持つ転移魔法の封印の研究に没頭していましたわね。相変わらずデプハスションは喋りませんが、拷問され続けた転生者の人格を保有しているのは確認出来ましたし、実りは多かったですわ。そしてこのデプハスションを、メイが持てるようになったのは大きな成長ですわ。

 

「メイ、全力で撃ちなさい」

「はい!」

 

私がエネルギーを溜めて、メイがピンク色の光線をぶっ放すことは可能となったので色々な戦術を取ることも出来ますわ。私が女神を押さえつけて「私ごと吹き飛ばしてくださいまし」ということも出来ますわよ。今もピンク色の極太光線が全身に降り注いでいますが、肌がピリピリして気持ち良いですわ。初回の時は全身大火傷だったことを考えると、もうちょっと重傷になって欲しいですけど。

 

……メイはピンク色の光線をぶっ放した後、膝を突いてガクッと体勢を崩し、慌ててデプハスションを放り投げたので、エネルギーが空の状態の時はまだデプハスションの鬱攻撃に耐えられなさそうですわね。ですが自傷を行わずに手放せるだけで大きな進歩ですわ。戦闘技能も向上していますし、これなら最前列で戦っても大丈夫ですわよ。



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第53話 最下層ですわ

女神追放の準備が終わり、魔剣が光り始めたので、ガルロンの屋敷を訪れたらガルロンが完全に中年のおっさん腹になっていましたが戦えますのあなた?……いえ、お腹が出ている以外は特に太ってなく、外見に変化はないので、お腹に何か隠し入れていますわね。私が一瞬騙されたということは、結構ガルロンの変装技術は上手いですわよ。

 

ガルロンの服が小さくて、服の下に膨れたお腹が直接見えるので自然と騙されましたが、軽く叩くと鉄以上の強度はありそうなので何を収納しているのかは気になりますわ。

 

「中に何が入っていますの?」

「単純な防具だから気にしなくても良い。こちらはこちらで女神を陥れる方法を確立したが、そちらが失敗してから動こう」

「……防具としての役割もありそうですが、中に絶対何かあるでしょうそれは」

 

役割分担としてはガルロン側の冒険者集団8人が道中の露払いをし、女神と相対したタイミングで私、メイ、メルトの3人が前に立つこととなりましたわ。ガルロンが動くのは私達が失敗した後と決まりましたが、こいつの性格的に後ろから刺してくる可能性は捨てきれませんので期待しておきましょう。

 

まあ私達の方法もガルロンの方法も一時的に女神を動けなくする必要はあるようなので、結局戦闘で女神を押さえつける必要がありますわね。

 

「私、この女神との戦いが終わりましたら大陸を統一する王となって孫達に囲まれながら幸せに余生を過ごしますの……」

「雑な死亡フラグ作りはやめろ」

 

死亡フラグも立てるため、ガルロンに私の最も望んでいない末路でも語りますが即座に見抜かれますわ。元男の感覚として、子供を作るのは複雑な感情を抱きますわ。ですが子供達が跡継ぎ争いをしたり子供同士で殺し合いをする未来を考えると、思わず身体が震えたのでちょっと子作りは真剣に考えますわよ。

 

特に仲の良かった兄弟姉妹が、権力を手にするために互いに暗殺し合う未来とか素晴らしいにも程がありますわよ。そう考えると子供を作るのもありですわね。出産の痛みは是非とも味わいたいですし。

 

準備が整ったらダンジョンへと突入しますが、この3年の間にエイブラハムはSランク冒険者として活動を続け、魔剣を合計で5本取り込んでいるみたいなので冒険者集団の中でも目立って強いですわね。ちなみにガルロンに、どうしてホルダー持ちに16本の魔剣をそのまま渡さなかったのか聞くと、16本も取り込んだら身体が壊れる恐れがあるからとの返答が。もはや人間を人体実験の素材としてしか見ていない畜生発言ですわね。

 

エイブラハムの揃えた感情は空虚、復讐、嫉妬、殺意、苦しみと負の方向に振り切れているので戦闘中は苦悶の表情ですわ。空虚の魔剣のお蔭で中和していてなお苦悶の表情なのでちょっとあれは味わってみたいですわね。超高速で動きながら、剣先が伸びる魔剣で串刺しにしていくのを見てるとかなり強くなっていますわ。

 

そして最下層へと足を踏み入れますが、女神産の魔物と遭遇する頻度が上がっても冒険者集団が強いので何もしなくて良いですわね。女神産の魔物の中には人間廃材アートが多いですが、外見で正気度を削って来るだけで冒険者集団にリンチされてますわよ。

 

「死ねええええええ!」

「……ぐすっ、ひっく」

「どうせ僕なんて……」

「また殺してしまった」

 

冒険者集団8人の内、前に立つのは殺意に溢れたエイブラハム、ずっと泣いている女性、劣等感に包まれている黒髪目隠れ少年、ずっと後悔しているおっさんの4人ですわ。感情が迷子になっている方が多いですが、それを見て愉悦に浸っているガルロンはやべーですわね。

 

後列の4人も遠距離攻撃でサポートしていますし、背後から襲って来る敵に関しては私が対応しているので何も問題は起きませんわね。ちょっと間隔を設けてメイと2人歩いているのですが、こうしていると突然食べられたり酸をぶっかけられても前方の冒険者集団には気づかれないので思う存分ダメージを堪能できますわよ。

 

「もしかしなくてもマゾか?」

「気付くの遅くありませんこと?」

「いや、あまりにも威風堂々としていてな……。単純に避けたりしない性格なのかと思ったぞ」

「いえ、避けたりはしない性格ですわよ?」

「……その消化液、俺が触れたらどうなる?」

「1秒以内に溶けてなくなると思いますわよ。金属すら溶けてますし」

『ちょっと!鞘が溶け始めているんだけど!』

 

ガルロンにマゾバレしましたが、特に言及してこないのはつまらないですわ。酸のせいで服が溶けているのですが、魔剣のシュパースとその鞘はあまり溶けていないところを見ると素材からして違いますわね。

 

そうこうしている内に、最奥に辿り着きましたが本当に巨大な繭が空中に浮いていますわね。あの中に女神が居て、魔物を生み続けているとか羨ましすぎですわ。既に繭の中の女神は意識があるようなので、繭を解除した瞬間に戦闘開始ですわね。全員が封印を解除した瞬間、最大火力を叩きこめるように準備した後、メルトが封印を解き始めますわ。



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第54話 女神ですわ

リディア達はダンジョンの最奥に辿り着き、そこに封印されていた女神の封印を解く。直後、中から天使のような絶世の美女が現れたが、その背中にあるのは純白の羽ではなく白銀の触手だった。

 

「コロス!」

 

ガルロンの魔剣により、思考をシンプルにされたエイブラハムが一早く反応し、魔剣に変化させていた右腕をとてつもない速度で伸ばし串刺しにしようとする。しかし女神を包むように現れた半透明なシールドにより防がれ、直後に女神からの触手がエイブラハムの腹部を貫通した。

 

また、それと同時に小部屋内にいた12人全員が女神の触手による攻撃を受けていた。冒険者集団は全員、腹部が貫通したり弾き飛ばされたりしたため、ダメージを受けなかったのは防具を仕込んでいたガルロンと、触手を躱したメイ。そして腹部が触手で貫通しながらも満面の笑みであるリディアの3人だけだった。

 

「メルト!?大丈夫ですの!?」

「ぐ、大丈夫だ」

 

メルトは触手の攻撃を防ぐものの、力負けして弾き飛ばされ、後方の壁にめり込んだが深刻なダメージではなかった。リディアが作戦の要であるメルトの無事を確認すると、女神の正面に立つ。なお、腹部には触手が突き刺さっており血が流れ出ている。

 

女神はリディアに対して、容赦のない攻撃を続けた。女神からすれば、リディア以外の有象無象は一瞬でケリが付くと判断したからだ。炎や氷、雷や鉄の球を生み出してはリディアにぶつけるが、リディアは全てを耐えてみせた。

 

そして女神は、リディアの記憶を断片的に覗く。そこに映っていたのは、他人から見れば完璧に成功した転生者の姿だった。

 

直後、地響きのような悲鳴を挙げた女神はリディアへの攻撃をより苛烈にしていく。女神は転生者集団が自身を殺しに来たことを把握し、転生者達への怒りを再燃させた。その苛烈な攻撃を受ける度にリディアの身体から血が流れ、あるいは骨を折られるが、それでもなおリディアは立っていた。

 

女神はここで、致命的なミスを犯す。転生者達が思い通りにならない呪い、それを集約してリディアに集めた。ダンジョンの最下層、自身を殺しに来た存在達。その中心メンバーがまさか本気で『負けたい』と願っているとは、初見の女神では見抜けなかった。

 

記憶は覗けても、その時の思考までは読み取れない。結果、リディアを『負けさせる』ために打った女神の一手が、この世界の人々の今後の運命を決めた。女神からの光線を全身に浴びながら女神に一歩ずつ近づくリディアは、拳に魔法陣をセットする。

 

メルトがリディアの動きに合わせ、女神が不穏な動きを見せたメルトに対しても光線を撃つが、メイの持つデプハスションがこれまた光線を放ち、女神の攻撃にすら打ち勝つ。ガルロンの1つ目の切り札は、残念ながら女神本体にダメージを与えることはなかったが、女神の攻撃を呑み込み、その上で女神が纏っていた半透明なシールドを溶かす。

 

その上、2つ目の切り札は女神の意表を突いた。まったくの攻撃動作をしていないにも関わらず、ガルロンの腹部から極限にまで細くした矢が飛ぶ。かつてリディアが素手でへし折った細い矢を、更に細くし、視認できないレベルまで研ぎ澄ませた奥の手。

 

その矢の先端が女神の目に触れ、かすり傷も負わなかった女神だが、強烈な精神汚染により一瞬だけ意識がリディアから逸れた。その隙を見逃さずリディアは魔法陣を拳で叩きつけ、強制転移を行わせる。それと同時に、女神がこの世界に帰って来られないように、この世界の座標を思い出せないようにする。

 

この世界から強制転移をさせられることを把握した女神は、転生者集団が「思い通りにならない呪い」を解呪したいのだとも認識する。それは実際に、女神がこの世界から追い出されただけで解呪されてしまうような状態だった。

 

だからこそ女神は、リディアだけでもこの「思い通りにならない呪い」が続くように呪いを重ね掛けした。残念なことに女神は転生者という存在を恨んでおり、なおかつこの場にいる転生者で、一番成功していたのはリディアだった。

 

最後の最後で特大の呪いを受けたリディアは意識を失う悦びに浸りつつ目を閉じるが、リディアにとって残念なことに女神の追放は失敗することなく、またリディアも死ぬことはなかった。

 

女神がいなくなったことを確認したガルロンは、気絶しているリディアや他の冒険者達、満身創痍なメイやメルトが無事であることを確認するとサイコロを5個取り出す。「1個でも1以外が出たら祝宴を開く」と言って放り投げたそのサイコロ達は、1が2つと4が2つ、5が1つという結果だった。



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第55話 勝利ですわ

女神に転移のための魔法陣をセットし、無事に追放出来たところで私は意識を失いましたが、どうやら生きているみたいですわね。女神の触手が腹部を貫通した後、全身に激痛が走る毒を流し込んでいたのでひたすらに幸福な時間でしたわね。

 

目を開けて起き上がると、ダンジョン最奥の小部屋はほぼ全員が倒れていますが、全員生きているみたいですわ。流れ弾で死んだ人がいないのは全員が優秀だった証ですわね。

 

「起きたか。あれだけの出血量で生きているのは最早化け物だな」

「……私達、女神に勝ちましたの?」

「大勝利だ。死んではないだろうが、二度と戻っては来ないだろう」

 

ガルロンは女神が二度と戻って来ないと言ってますが、女神が戻って来る可能性はありますわよね?記憶を消しただけですし……。

 

というか、私の身に纏わりついてる黒い靄みたいなものは何ですのこれ。ガルロンやメイに聞いても何も見えないようですけど、女神の怨念みたいなものがずっと漂ってますわよ。

 

「……リディア、一回本気で1以外を望みながらサイコロを振ってくれ」

「良いですけど、何かメリットはありますの?」

「1個でも1以外が出たら全身に激痛が走る魔剣を作ってやる」

「振りますわ」

 

ガルロンが5個のサイコロを渡してきて、1個でも1以外が出たら魔剣を作ると言ってますが、これ確率的に言えば1/7776以外は魔剣を貰えるということですの?何故そのようなことを言い出すのかは謎でしたが、5個のサイコロを振ると1が5個でましたわ。あり得ないですわ。

 

……そしてガルロンから説明を受けますが、この女神の呪いというものは転生者にかかっていたものとのことで、私に今かかっているものは今まで転生者にかかっていたものよりも凶悪だと言われますわ。思い通りにならない呪いというのは、かなり厄介ですわね。転生者達が挙って女神を殺そうとしたのも納得ではありますわ。殺せませんでしたけど。

 

ということは、私が女神の帰還と復讐を望む限り女神はこの世界に戻って来られないのでは……?

 

「それでは『女神はこれで死んで復讐も来ない』と正反対のことを望んでも、心の奥底の方の意図が反転しますわよね?」

「女神が生きて戻って復讐しに来ることを望んでいれば、無駄な努力だな。

……マジでそういう奴なのか」

「……く、ここでガルロンに性癖を見破られてそれを盾に取って脅されることを望んだらダメですのね」

「俺は解呪されているようだし正直に言おうか。感謝もするし謝礼もするが、これ以上関わりたくはない……」

 

しかし全部が全部反転するようではないようなので、いずれ対抗策が出来る可能性はありますわ。そもそも、全ての望みが反転するなら私も気づいてますわよ。転生者を苦しませるための思い通りにならない呪いは、恐らく長期的な望みほど反転しやすい性質を持ってますわね。

 

とりあえず身体が毒や女神の残滓に侵されていないことに落胆しつつ、他の人も起こしたり回復させたりして、ダンジョンから脱出しますわ。女神産の魔物がこれ以上増えないことは確定したので、今の内に一掃して帰ることになりましたけどもはや消化試合ですわね。

 

存在を消す天使にも出会いましたが、デプハスションの光線で相手の光線を呑み込めるので苦戦はありませんでしたわ。何だかんだ言って、魔剣の中で一番火力が高いですわね。ガルロンによると数十人単位で絶望させて自死に追い込まないと1発も光線を撃てないようですが。

 

ダンジョンを出た辺りで解散となり、とりあえず領地に戻りますが、珍しい客が来ているとのことなので対応するとリンリン教の教祖マリアが邸宅に来ていましたわ。久しぶりにマリアに会ったので、まずは女神を殺したことを伝えると、かなり喜んでいましたので呪いのことはマリアも知っていましたわね。

 

「ところで、女神の名前とか分かりますか?」

「メルトが確か、女神の名前はクヌートと言ってましたわ。女神だけあって美人でしたわよ。『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』みたいな鳴き声しか発しませんでしたけど」

「私が行っても足手纏いは避けられませんでしたが、一目見てみたかったですね。

……では、私の名前はマリア=クヌートに改名しますね。リンリン教もクヌート教に改名します」

「……名前すら奪うのですか。まあ止めませんけど」

 

ナロローザ帝国から無能を追放したら、隣国のハイン王国は人が増えますわ。そこでリンリン教……クヌート教信者は数を増やしているのですが、最近は援助の額がとても足らないと懇願してくるようになっているので上手く回ってないですわね。

 

いつか革命してくれるのを期待していましたが、それも恐らく起きませんわ。マリアは恐らく、ナロローザ帝国のサンドバッグになる道を選択するようですし、その覚悟も決まっているようですわ。……転生者の思い通りにならない世界。それでも私は、破滅の未来が訪れるよう頑張りますわよ。

 

 




次話最終話です。


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最終話ですわ

その後のリディアの活躍は、語るまでもなかった。僅か10年でアーセルス王国やオーシェイ連邦、魔族領まで併合し、強大な帝国を築き上げたリディアは、ハイン王国を含む幾つかの旧ロウレット帝国領には手を出さなかった。

 

その地域はクヌート教を国教とする、マリアがトップの共産主義国が樹立したからだ。マリアの最大の支援者はリディアであり、リディアは裏切りを心待ちにしていたが、リディアからの支援が途絶えた瞬間に息絶える国に裏切る力はなかった。

 

世界にナロローザ帝国とクヌート教国、2つの国家しかなくなったが、この2つの国は奇妙な共存繁栄をしていく。ナロローザ帝国から追放された人間が行き着く先、そこがクヌート教国となったが、狭い地域に人口が密集する地域となったため、常に貧困で苦しんでいる。

 

しかしクヌート教国の上層部は、ナロローザ帝国からの献金でそれなりに豊かな生活を営んでいた。無能を追放していくナロローザ帝国は大陸統一国家とはならなかったため、仮想敵国が常にいる状態であり、追い出し先があるということは腐敗や内乱を防いだ。

 

しばらくすると、リディアは子を儲けた。出産は全て順調だったため、想定外の苦しみ等はなかったが、それでも出産の痛みが癖になったリディアは封臣達の中で王となった者の近縁者を婿として迎え入れ、4男2女の子供を作る。

 

全員が父親違いの子供であり、将来的には間違いなく兄弟で争う状況になるだろうとリディアはほくそ笑んでいたが、リディアにとって残念なことに兄弟仲はとても良く、長男を中心に領土を分割されて与えられた後でも協力し合って領土を繁栄させた。

 

更に長い時が経過し、リディアの孫も産まれるが全員が健康そのもので、子や孫に先立たれる不孝すらリディアは味わうことが出来なかった。この頃になるとリディアの唯一の願いは極力苦しんで死にたいだけだったが、老人になっても病気や怪我には縁がなかった。むしろ亡くなる前年が一番強かった。

 

女神の呪いは結局解呪出来ずに、リディアは破滅しなかった。最も、破滅するのが第一希望なだけで絶対に破滅しないと嫌だというわけではないリディアは、不満足そうな顔をしながらも皇帝として、隠居した後は上皇として好き勝手生活をしていた。

 

96歳になり、急に身体が動かなくなってきたリディアは孫達に見守られながら亡くなった。既に皇帝の座は息子へ、そして孫へ移っており、実権のほとんどを手放したリディアは晩年、ひたすら帝国内を練り歩き、役立たずや犯罪者を見つけては追放していた。しかし復讐に来る者は誰一人としていなかった。

 

そして最後の最後まで反乱や内部分裂を望んでいたリディアの祈りは反転して届き、リディアの死後も300年間ナロローザ帝国は平和だった。この平和は300年後にナロローザ帝国が分裂するまで続き、その礎を築いたリディアの名は歴史書に聖君として書き記された。

 

リディアの望んでいた暴君扱いは、一瞬たりともされなかった。

 

300年後、分裂を始めたナロローザ帝国はその中の1つの王国であるレイナール王国が戦争を始めて荒廃が始まる。やがて戦乱の世になったのを纏め上げるのは、1人の農奴の少女だった。




これにて「追放系お嬢様」は完結です。これまでたくさんのお気に入り登録や評価、感想をありがとうございました。完結出来たのは読者の皆様のおかげです。

このあと番外編として小話などを投稿するかもしれませんが、前に完結後のあとがきで同じようなことを書いて結局書いていないので、今後この作品が更新されるかは不明です。

作者のファンの方がいるか分からないのですが「追放系お嬢様」は時系列的には小説家になろうの方で投稿をしている「ガチの中世って分割相続制なんですね……」の後の話で「災厄の魔王を宿した少女」の前の話です。続編で完結したのは初めてなので良い経験になりました。

今は少し疲れたので、ちょっとだけお休みして新作を書くか、「災厄の魔王を宿した少女」の更新を再開したいと思います。次回作のアンケート等をやっているのでよろしければTwitterのフォローお願いします。⇒https://twitter.com/instantnoumiso

改めて読者の皆様、ここまでの読了お疲れさまでした。最後に評価を付けて下さると非常に嬉しいです。また次回作や他の場で会えることを楽しみにしています。これまでありがとうございました。

↓次回作
https://kakuyomu.jp/works/16818093074303916494


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