僕は逆走してアスカを救う! ~シト逆転~ リバース・オブ・エヴァンゲリオン The 3rd (朝陽晴空)
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最終話 アスカとのキスは死の味がした(2022/08/24 12:43改稿)

 僕は碇シンジ。

 エヴァ初号機パイロット。

 さっきまで初号機に乗って白いエヴァ達と戦っていた。

 

 ミサトさんから聞いた話だと、白いエヴァ達は、ネルフのみんなを殺した悪い奴らの仲間らしい。

 でも奴らの正体なんてどうでもいい。

 奴らはアスカの乗る弐号機を、持っていた槍で串刺しにした、憎むべき『敵』だ。

 

 だけど量産機が羽を伸ばして空に浮かび上がると、初号機も羽を広げて翔び上がった。

 その後、目の前が真っ白になった。

 

 

 

 気が付いたら頭上に星空。

 足元には白い砂の砂漠が広がる。

 周りには地平線しかない。

 静かな世界に立っていたんだ……。

 

「えっ、あそこに倒れて居るのは……アスカ?」

 

 辺りを見回すと、白い砂漠の中に落ちている、【赤い物】を見つけた。

 あの赤いプラグスーツと金色の髪アスカに間違いない。

 

 

 

 アスカを見つけた僕は白い砂を撒き散らしながら、アスカの元へと走る。

 だんだんと近づくにつれて、アスカの赤い部分が多い事に気が付いた。

 倒れていたアスカは……全身から血を流していたんだ……。

 それはきっと、弐号機が槍で滅多刺しにされたせいだ。

 

「シンジ……」

 

 アスカがそう話すと、口の端から血の筋が垂れる。

 出血をなんとか止めようと考えたけど、何もできない。

 

 自分の着ているプラグスーツを破ろうとしたけど、僕の力で破れるものじゃない。

 アスカはそんな僕の手を止めるように押えた。

 

「今度は助けに来てくれたんだ……」

「うん、ミサトさんと約束したんだ、アスカを助けに行くって」

「アンタ、らしいわね……」

 

 

 

 アスカは口からさらに血を吐き出した。

 口の周りがさらに赤く染まる。

 

「アスカ、それ以上喋っちゃダメだ!」

「ありがとう……、シ、ン、ジ」

 

 最後の力を振り絞ったアスカは僕に向かって微笑むと、ぐったりと体の力を抜いて目を閉じた。

 

「アスカ、目を開けてよ、アスカっ!」

 

 身体を強く揺さぶって呼びかけても、アスカは全く反応を示さなかった。

 抱き締める身体に残る温もりが、アスカが生きていた事を感じさせた。

 

 

 

「僕がグズグズしていないで、もっと早くアスカを助けに行けば……うぉぉっ!」

 

 腕の中でアスカの身体はどんどん冷たく硬くなっていく。

 そんな僕の前に、青白い幽霊のように二人の人影が浮かび上がった。

 

 いつもの服を着た父さん。

 もう片方は綾波……? いや、違う。

 【00】と書かれた白いプラグスーツを着ているけど、大人の女性だ。

 

 

 

「父さん……生きていたの?」

 

 二人とも身体は幽霊のように透き通っている。

 でも僕は間抜けな質問をしてしまった。

 

「シンジ、お前は新たな世界を創造する力【アディショナル・インパクト】を手に入れた」

 

 質問に答える代わりに、父さんはスッと腕を僕に向かって突き出した。

 すると目の前にオレンジ色に光る野球のボールほどの球体が出現した。

 

「これはサードインパクトによってL.C.L.と化したヒトの結晶。この力を使えば、新しい世界の創造主になれるわ。そうすれば、大地も建物も、シンジの思いのままよ」

 

 父さんの隣に立つ女の人の優しい声。

 きっとこの人は母さんなのだと思った。

 こんな状況じゃなかったら、再会を喜びたいところだけど……。

 

「新しい世界なんて要らないよ! 僕はアスカが……この腕の中に居るアスカが好きなんだ! 自分でアスカを創るなんて……嫌だよ!」

 

 ほとんど体温を失いかけているアスカをさらに強く抱いて、僕は叫んだ。

 しばらくの間、沈黙が流れる。

 幽霊のように透き通った父さんと母さんは、無表情のままだった。

 

 

 

「ならシンジの望むようにその力を使いなさい」

 

 抑揚のない声で母さんはそう言った。

 怒っているのか、喜んでいるのか、悲しんでいるのか。

 感情は全く感じ取れなかった。

 

 

 

 目の前に浮かぶL.C.L.の球は様々な方向にオレンジ色の光を放ち始めた。

 頭上に広がっていた星空は青空になって、まるで夜が明けたかのようだった。

 もし、自分の願い通りに時間を巻き戻す事が出来るのならば。

 この胸に抱いたアスカとも離れ離れになってしまう。

 

「アスカ、今度は絶対に助けるから」

 

 僕は抱きかかえていたアスカに顔を近づけて思い切りキスをした。

 二度目のアスカとのキスは、冷たい鉄を舐めたような死の味がした。




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第二十六話 まごころが、僕に(2022/08/24 20:10改稿)

 目を閉じてキスしていたアスカの唇の感触がなくなった。

 異変に気が付いて目を開くと、僕は初号機に乗って青空の下に立っていた。

 

 周りを見回すと、同じように立っている弐号機の姿が見えた。

 良かった、アスカは無事なんだ!

 目から思わず涙があふれて流れ出した。

 

 

 

 でも、甲高い鳥の様な鳴き声を聞いて空を見上げると、翼を広げて飛び回る9体の白いエヴァ量産機の姿が見えた。

 アスカの乗る弐号機を槍で滅多刺しにした憎むべき奴ら。

 奴らから弐号機を守らないと、時間を巻き戻した意味がなくなる。

 

「アスカ!」

 

 渾身の力を込めて僕は弐号機の方へとダッシュした。

 一秒でも早く側へとたどり着きたい。

 

『シンジ!』

 

 弐号機に乗ったアスカも、僕の初号機に気が付いた。

 血色の良い元気な笑顔がモニター通信に映し出された。

 お互いに駆け寄り、僕たちは無事に合流することが出来た。

 

 

 

「さあ、一緒にあいつらをやっつけてやろう!」

「ええ、もちろんよ! でもその前に……」

 

 アスカの言おうとしていることが分からなくて頭をひねっていると、弐号機が初号機の頭を押えて、顔を近づけて来た。

 

「えっ、こんな時にキス!?」

「さっきのキスは、血の味がして最悪だったわ。だから口直しよ!」

 

 あの白い砂浜の世界で僕がしたキスのことを、アスカは知っていたのか!?

 もう死んでいたはずなのにどうして!?

 

 

 

 僕が驚いている間に、初号機と弐号機でしたエヴァ越しのキスは、ゴツゴツとした感触で、L.C.L.の味がした。

 すると、弐号機が赤い光を放ち始めた。

 初号機も同じように紫色の光を放ち始めたようだった。

 

 

 

 次の瞬間、弐号機と初号機が合体して、機体が赤紫色の新しい形のエヴァとなった。

 そしてエントリープラグも1つになった。

 

「おえっ、エヴァ同士のキスなんて、するもんじゃないわ」

「僕もそう思うよ」

 

 頭の中に直接響くアスカの言葉に、僕は声を出さずに答えた。

 何かが変だ、僕の心の中にアスカが居る気がする。

 通信用のモニターを鏡代わりにして自分の姿を見た僕は驚いた。

 エントリープラグのシートに座っている『僕』は長い黒髪、アスカの様な青い目をしていた。

 

 

 

「えええーーーっ!? どうなっているのよ!?」

 

 アスカの絶叫が頭の中に響き渡ると、防げるわけが無いのに僕は両手で耳を押えた。

 どうやら身体の支配権は僕にあるようだ。

 

「とりあえず、落ち着いてよアスカ」

「これが落ち着いて居られるかって言うの! アタシは自分の意思で指一本動かせないのよ!」

 

 

 

 いくらもう1度聞きたかったアスカの元気な声だとは言え、至近距離で怒鳴られているみたいで頭がガンガンする。

 

「きっとエヴァから降りれば、元の身体に戻れるはずだよ」

「仕方ないわね、さっさとあいつらをやっつけちゃいなさい!」

 

 身体が融合してしまったことに最初は戸惑ったけど、今は嬉しかった。

 だって一番近い距離で僕の大好きなアスカを守れるんだから。

 

 

 

「シンジってば、な、何を恥ずかしいことを言ってくれちゃってんのよ!」

 

 そうか、今の僕の声はアスカにだだ漏れなんだ。

 じゃあアスカが今言っていることも、本心……。

 

「アタシの心をのぞいてニヤついてる場合!? あいつらを倒さなきゃ、アタシ達の未来は無いのよ!」

 

 

 

 アスカの言う通りだ、僕は気合いを入れ直して、9体のエヴァ量産機が降りて来るのを待ち受けた。

 今気が付いたけど、この新しく誕生した赤紫色のエヴァと、僕は上手くシンクロ出来るんだろうか?

 でも、アスカの応援があれば僕の勇気は100パーセント増しだ。

 

 

 

「シンジってば、聞いているアタシが恥ずかしくなる事をポンポンと。いい? アタシがA.T.フィールドが武器にも使える事を教えてあげるから」

 

 アスカの記憶が僕の頭に直接流れ込んで来る。

 これはやり直す前の世界で弐号機が戦略自衛隊と戦った時のアスカ視点の記憶。

 良かった、アスカも弐号機の中に居るお母さんに会えたんだね。

 

 

 

「A.T.フィールドで槍を作れるなんて、アスカは天才だね!」

 

 防御にしか使えないと思っていたA.T.フィールドを武器にも使えると知って感動した。

 素手で量産機と戦わなければいけないと思っていたから、大助かりだ。

 

 でももしかして、A.T.フィールドで槍を作る以外の攻撃方法も出来るんじゃないのかな?

 試しに腕を十字に組んで、飛んでいる量産機に向かってA.T.フィールドを放出するイメージを描いた。

 

 

 すると新エヴァから赤いA.T.フィールドの十字光線のようなものが飛び出した。

 取り囲むように飛行高度を下げていた量産機のうちの一機の翼に命中して、その量産機は黒い煙を上げて地面に墜ちた。

 

「やるじゃない、シンジ! まるで奴らが蚊のようだわ!」

 

 

 

 アスカに褒められて調子に乗った僕は、次々と数体のエヴァ量産機を撃ち落して行った。

 すると他の量産機はゆっくりと下降するのを止めて、直ぐに地面へと降り立って、両端に刃先のある剣のようなものを構えた。

 量産機の奴らが弐号機を貫いていたのは、量産機の持っていた槍のようなものだと思っていたけど……?

 

 

 

「油断しないでシンジ、ヤツらはあの剣みたいなものを、赤い槍の形に変えて投げ付けてきたんだから! あの赤い槍は弐号機のA.T.フィールドで防げなかったわ……」

 

 そのアスカの言葉の端々に悔しさが感じられる。

 何本の赤い槍が弐号機を串刺しにする姿を、初号機に乗って出撃した僕は目撃していた。

 

 

 

 それでアスカは全身から血を流すほどの傷を負ってしまったんだ。

 エヴァ量産機たちは僕の乗るエヴァが油断できない存在だと考えたのか、直ぐに持っていた剣を赤い槍へと姿を変えた。

 

 

 

 この槍の前に、弐号機は成す術も無くやられたわけだけど……。

 驚いた事に、A.T.フィールドに阻まれて赤い槍の方が折れ曲がった。

 それほどこのエヴァのA.T.フィールドは強力だったんだ。

 

「やったわ! ざまあないわね、アンタ達!」

 

 折れ曲がった槍が地面へと落ちると、アスカの大歓声が僕の頭の中でキンキンと響き渡る。

 頼むから、大声を出さないで欲しいな。

 

 

 

「じゃあ……頑張って、シンジ……」

 

 アスカが甘く囁くように応援の言葉を放つと、僕の心の中は幸せな気分でいっぱいになった。

 

「アスカ、それ、ものすごく気持ち良いよ……もっと……」

「調子に乗るんじゃない!」

 

 大きな声でアスカに叱られてしまった。

 

 

 

 まだエヴァ量産機を倒したわけじゃない。

 すると僕の目の前でエヴァ量産機が恐るべき行動にでた。

 9体のエヴァ量産機が合体して、金色に輝くエヴァになったんだ。

 胸の部分にはハート形に並んだ9個の赤いコアが輝いている。

 

「フン、合体したところで、アタシ達に適うわけ無いわ。シンジ、やっちゃいなさい!」

 

 アスカに言われた通りに金色エヴァのコアの1つをA.T.フィールドの槍で突き刺した。

 金色エヴァは痛みに苦しむように悶えている。

 

「アインス!」

 

 すかさず2個目のコアも槍で貫いた。

 

「ツヴァイ!」

 

 そして勢いを殺さずに3個目のコアも粉砕。

 

「ドライ! この調子よ、シンジ!」

 

 

 はしゃいでいるアスカだけど、4つ目のコアを攻撃しようとしたところで、金色エヴァの1つ目のコアが回復を始めていることに気が付いた。

 もしかして、9つのコアを同時に粉砕しないと、この金エヴァは倒せないのか?

 

 

 

 目の前に居る金色エヴァがウナギのような顔の口をニヤリと歪ませて笑った気がした。

 1度に9個のコアを攻撃するなんて、金エヴァの全身を焼き尽くすほどのA.T.フィールドを撃ち出さないとダメだ!

 

「シンジ、諦めるんじゃない! アタシの事、愛してくれているんでしょう?」

 

 

 

 アスカの言葉を聞いて、僕の頭の中に考えが浮かんだ。

 僕は両手を合わせて、A.T.フィールドのエネルギーを溜めた。

 金色エヴァを焼き尽くすほど破壊力を秘めたエネルギー弾は出せない。

 だけど、これならばきっとあいつを倒せる。

 

「僕もアスカを愛してる!」

「#$&@*!?」

 

 僕はそう叫んで、エヴァの手のひらから、ハートの形をしたエネルギー波を撃ち出した。

 アスカから聞きとれない言葉が漏れた。

 きっと今のアスカの顔を見ることができるのなら真っ赤になっているだろう。

 

 

 

 そのエネルギー波は同時にハート形に並んだ金エヴァの9個のコアを撃ち抜いた。

 9個のコアを撃ち抜かれた金色エヴァは爆発し、復活する様子も無かった。

 

 

 

「やった、アスカの敵を討ったよ!」

「……アタシ、死んで無いんだけど」

「そうだったね」

「アハハ……!」

 

 

 

 

 僕とアスカはお互いに声を上げて笑った。

 でも二人の幸せを噛み締める時間は時間は長くは続かなかった。

 戦略自衛隊の部隊が押し寄せて、第三新東京市を取り囲んだんだ。




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第二十五話 輝く無敵のA.T.フィールド

 第三新東京市を取り囲む戦略自衛隊の軍隊を見て、僕は体中から汗が噴き出すのを感じた。

 あの時ネルフ本部の中に侵入してきた戦略自衛隊の兵士達。

 戦う力を持たない普通の職員の人も撃ち殺して、子供の僕にも銃を向けた。

 

 

 

 無気力になっていた僕は、甘んじて死を受け入れようとしていた。

 でもそんな僕を、ミサトさんは自分の命の危険を顧みずに助けてくれたんだ。

 

 

 

《自分勝手に死ぬ事なんて、あたしは許さない。あなたには、まだできることがあるはずよ》

 

 ミサトさんはそう言って、僕の手を強引に引っ張って立たせた。

 そして戦略自衛隊の兵士から僕を守りながら初号機ケージへと向かった。

 

 

 

 何人もの戦略自衛隊の兵士たちをミサトさんが銃で撃ち殺したり、手投げ弾で爆殺するのを見た。

 降りかかる火の粉は払わなければならない。

 そうミサトさんは言っていたけど、僕は人が人を殺すのを初めて間近で見てショックを受けた。

 

 

 

「アタシの場合、ドイツは他の国と地続きで国境を接している。だから国同士の紛争解決に弐号機が駆り出された事もあったわ」

 

 アスカの話によると、バレンタイン休戦条約で世界大戦は終わったけど、紛争はゼロになったわけではないようだった。

 セカンドインパクトによる気候変動で、食料や資源を巡って、各地で小競り合いがあった。

 

 

 

 僕はアスカのように人の乗って居る戦略自衛隊の戦艦や戦車と戦う事は出来ないと思った。

 

「シンジも追い詰められて、生きたいと思うようになったら死に物狂いで抵抗するわよ」

 

 ミサトさんと二人で初号機ケージに向かう途中で、発令所のマヤさんから連絡があった。

 それで弐号機に乗ったアスカが、地上で包囲している戦略自衛隊の部隊と戦い始めたって知ったんだ。

 

 

 

「アタシもね、使徒に負けてからはシンジと同じで無気力になっていたのよ」

 

 ベッドで抜け殻のようになっていたアスカ。

 僕もそんなアスカにすがり付いて泣いていた。

 そのことがバレてしまったと焦ったけど、アスカは黙っていた。

 もしかして許してくれたのかもしれない。

 

 

 

「戦自が攻めて来て弐号機に乗せられた時、不思議なことが起きたの。幻かもしれないけど、アタシは弐号機の中で昔のママに再会したわ」

 

 僕は初号機の中で母さんと再会したことはない。

 だけど、エヴァ量産機みたいな顔をした不気味な者に抱き付かれたことはある。

 怖がって叫んでしまったけど、あれが母さんだったのかもしれない。

 

「ママに抱かれた気持ちになったアタシは元気を取り戻すことができたの。エヴァは人形じゃない、魂が宿っているってファーストが前に話していた通りだったわ」

「綾波が……?」

 

 きっとアスカにその話をしたのは使徒に自爆攻撃を仕掛けた綾波。

 リツコさんが二人目のレイと呼んでいた僕たちと長く一緒に居た綾波だろう。

 

 

 

「今アタシ達が乗って居る新しいエヴァにも、きっとシンジとアタシのママの魂が宿っていて、見守っていてくれているのよ」

「うん、きっとそうだね……」

 

 僕はあの世界で出会った、幻影のような母さんの姿を思い出した。

 父さんが隣に立っていたってことは、きっと母さんに会いたいっていう父さんの願いは叶ったんだろうな。

 でも時間を巻き戻したのだからまた二人を引き離してしまった。

 

 

 

「仕方がなかったじゃない。シンジの愛したこのアタシを助けるにはそれしか方法が無かったんでしょ?」

「うん、僕が愛しているのは、今のアスカだ」

「ま、また探せば良いじゃない、シンジのパパとママが再会できる方法をさ」

「そ、そうだね」

 

 差し迫った緊急事態なのに、僕たちは二人してのろけてしまった。

 

 

 

「そ、それでシンジの方はそれからどうだったのよ?」

 

 ミサトさんと初号機のケージに通じるエレベータの前に着いた後か……。

 しまった、思い出してはいけない気がする。

 

《大人のキスよ……帰ったら続きをしましょう》

「どうしてミサトとキスしたのよ! この浮気者!」

 

 さっきまでのラブラブな雰囲気は吹き飛んでしまった。

 アスカとフュージョンしているこの状態で無かったら、ボコボコにされているに違いない。

 

 

 

「ミサトさんは、僕とアスカがまたキスをしても失敗しないように教えてくれたんだよ!」

「そんなにいうならミサトから伝授された大人のキスをアタシにもしてくれたら勘弁してあげるわ」

 

 僕が必死に謝ると、アスカは矛を引っ込めた。

 まさかアスカと大人のキスをする約束をしてしまうなんて。

 

 

 

 今の第三新東京市には、トウジやケンスケ、委員長、一般の人がたくさん居る。

 そんな状況でネルフ本部に武力侵攻しようとするなんて、悪魔の所業だ。

 

「どうして、戦略自衛隊の人たちはネルフを攻めようとするんだろう?」

「きっと、ネルフがエヴァを使って世界を滅ぼそうとするとか、プロパガンダに操られているのよ」

 

 プロパ・ガンダ?

 聞いたことのない人の名前だけど、そいつが黒幕なんだ。

 

 

 

「じゃあ、そのプロパガンダを倒せば良いんだね!」

「バカッ、偽情報って意味よ!」

 

 大きな声でアスカに怒られて、僕は両手で耳を塞いだ。

 意味がないとわかっていながらもついやってしまう仕草。

 

 エヴァは使徒を倒すために造られたものだと僕が真実を訴えかけても、戦略自衛隊の部隊が引き揚げてくれるとは思えない。

 このまま戦争が始まって、死んだ人が出れば、お互いに恨みが残ってしまう。

 何とか誤解を解いて、皆の心を一つにする方法は無いんだろうか。

 今の僕とアスカみたいに愛し合う事が出来れば……。

 

 

 

「アンタねぇ、アタシをドキッとさせるようなことを言わないでよ、バカシンジ!」

「ごめん。でもこのままだと、悲劇が起きちゃうよ。どうしよう、アスカ?」

 

 いくらエヴァが強いとはいっても、戦略自衛隊の人たちも一人も殺したくは無かった。

 もちろん、第三新東京市が戦場になって被害が出るなんて耐えがたい事だ。

 

「シンジは優しすぎるのよ。アタシなら、妙な動きを見せたらエヴァのA.T.フィールドを飛ばして基地を破壊してやる! って宣言するわね」

「それって、核ミサイルを撃つぞ! って脅しているようなものじゃないか」

 

 

 

 アスカらしい考えだとは思ったけど、その案には賛成できなかった。

 それは一時しのぎの手段にしか過ぎないし、エヴァがもっと危険な兵器だと恐れられたら、さらに状況が悪くなる。

 A.T.フィールドを攻撃手段として使えるとアスカに教えてもらった僕の頭に、ある考えが浮かんだ。

 

 

 

「そうだ、A.T.フィールドを防御に使えないかな?」

「そんなの今までアタシ達がやってたじゃない」

 

 どうやら僕の考えが直ぐにアスカに伝わらないこともあるようだ。

 

 

 

「第三新東京市全体をA.T.フィールドで覆うんだよ!」

「アンタバカァ!?」

 

 

 

 僕の提案に、アスカは度肝を抜かれたようだった。

 

「第三新東京市って、かなりの広さがあるわよ」

「この合体した新しいエヴァンゲリオンなら、きっとできるはずだよ」

 

 多分アスカにもかなりの負担をかけてしまうことだろう。

 ワガママだといわれても、僕はその方法でみんなを守りたい。

 だから心の底からアスカに協力をお願いした。

 

 

 

「アンタには借りがあるからね、やってあげるわよ!」

 

 アスカの賛同を得られたから、エヴァを第三新東京市の中心、ネルフ本部の直上へと走らせた。

 到着すると背中に出現した羽根を広げて、天高く飛び上がり、A.T.フィールドをドーム状に発生させて第三新東京市を覆った。

 

「何でエヴァが飛べるようになっているのよ!?」

「どうしてかはわからないけど、背中から光る翼が生えてきたんだ」

 

 その後エヴァを巨大なATフィールドのドームの頂点に軟着陸させた。

 

 

 

「ふう、さすがに疲れた気がする」

「休めばまた元気になるわよ」

 

 休憩を取るように座り込みながら、第三新東京市を包囲する戦略自衛隊の部隊の様子を眺めた。

 突然現れたオレンジ色に光輝くA.T.フィールドの壁に、大混乱を起こしているようだった。

 

 

 

「戦略自衛隊の人達が、A.T.フィールドに通常兵器は効かないって解かってくれればいいんだけど」

「それは期待できないわね。多分、実際のA.T.フィールドを見るのは初めてだと思うわ」

 

 とりあえず第三新東京市を守ることができた安心感。

 落ち着いたところで、あの白いウナギのような顔をしたエヴァたちの正体が気になった。

 何処の誰が作ったのだろう。

 戦略自衛隊がエヴァを作れるとは思えないし、日本だけで9体ものエヴァを作れるとは思えない。

 

 

 

「シンジも気が付いた? 外国のネルフ支部が造ったエヴァが日本のネルフ本部に攻めてきたのよ」

「どうして? 同じネルフなのに」

 

 さっきと同じようにアスカの考えがダイレクトに伝わってはこなかった。

 

 

 

「碇司令が人類補完計画を企んでいるのはシンジも知ってるでしょ? それを阻止しようとしているヤツらがいるのよ。戦略自衛隊を統括している日本政府にプロパガンダを流しているのもソイツらかもしれないわ」

 

 確かにアスカの言う通りだ。

 前の世界では敵のエヴァの強さに圧されて精一杯だった。

 黒幕がネルフ支部に居るかもしれないなんて考えもしなかった。

 

 

 

「じれったいわね。山でも壊してA.T.フィールドの破壊力を見せつけてやるのが手っ取り早いわよ」

「山に人が居ないとは限らないじゃないか! それに山の動物や植物を傷つけたくないよ」

「まったく底なしの甘ちゃんなんだから」

 

 そうぼやくアスカの声はどことなく嬉しそうだった。

 

 

 

 凄まじい轟音と共に、戦略自衛隊の一斉砲撃が始まった。

 戦車や戦艦の砲塔から雨のように弾が発射され、戦闘機やミサイルが飛び交う。

 でも全部A.T.フィールドに防がれ、第三新東京市は無傷だ。

 しばらくすると、戦略自衛隊の砲撃は止み、辺りは静まり返った。

 

 

 

「諦めてくれたのかな?」

「それならにらみ合いを続けずに後退するはずよ。……そっか! アイツらはエヴァの内部電源が切れるのを待っているのよ!」

 

 前の世界での弐号機だったならば、その戦法は通じたかもしれない。

 だけど僕達の乗るエヴァのエネルギーは、2人の愛と同じように無限大だ。

 

 

 

「だ~か~ら! アタシの顔を真っ赤にさせるようなことを考えるなっての!」

「真っ赤になったアスカの顔を見れなくて残念だよ」

 

 軽口を叩く余裕もあった。

 A.T.フィールドが無かったら、第三新東京市では多くの命が奪われて破壊されていた。

 ネルフの方からもA.T.フィールドがあって反撃できないから、双方に被害はない。 

 

 

 

 大丈夫、まだお互いの誤解を解いてやり直す余地は残されている。

 

「でもこのままじゃ、日本政府とネルフ本部のにらみ合いが延々と続くだけよ。長引けば、このエヴァもどうなるか分からないし、ネルフや第三新東京市の人達の食料がもたなくなってくるわ」

「それでも僕は、エヴァで脅すなんてできないよ」

 

 

 

 アスカの主張はもっともだけど、このまま我慢比べをするしかないと思った。

 ネルフ本部が白旗をあげて降伏するか。

 日本政府がプロパガンダだと気が付いて、戦略自衛隊に攻撃中止命令を出すか。

 無血で決着を付けるにはその二択だとは思うけど……。

 

 

 

 でも父さんが人類補完計画を企んでいたとしても、ネルフ本部が降伏するのはマズいと思う。

 

「心配はいらないよ。日本政府へのプロパガンダはすぐに消えるはずさ。僕がゼーレのキール議長を暗殺したからね」

「カヲル君!?」

 

 声のした方を見ると、第三新東京市を覆うA.T.フィールドのドームの内側。

 第三新東京市の高層ビルの屋上に制服を着たカヲル君が立っていた。

 

 

 

「おや、どうして僕の名前まで知っているのかな? 僕は君とは会ってはいないはずだけど」

「それは……」

 

 カヲル君はまだ敵か味方かどうかも分からない。

 自分が世界を逆走してきた存在だと明かすのはマズいと思った。

 

「僕は碇シンジ君という少年に会うために生まれてきたんだ」

「気持ち悪っ! 誰よアイツ!?」

 

 

 

 カヲル君の事を知らないアスカの驚きの声が頭に響いた。

 僕の外見はアスカが混じっている。

 逆走していないカヲル君ならば、僕が碇シンジだとは断定できないだろう。

 

「君は興味深い存在だね。僕はシンジ君を探さなくてはいけない。これで失礼するよ」

 

 

 

 ビルから飛び降りてカヲル君は姿を消した。

 その直後から僕はアスカへの説明に追われることになった。

 

「結局アイツはストーカーって訳ね。元の姿に戻った時、寝取られないように要注意だわ……」

「えっ!? そこまではないと思うけど……」

「ベッドで寝ていたアタシ相手にナニしていたアンタはガチホモじゃないってのは分かるけどさ……」

 

 ああ、やっぱり伝わってしまっていたんだ。

 病室で寝ているアスカを相手にシてしまったことを。

 

 

 

「最低だよね、僕って」

 

 アスカに嫌われたと落ち込んだ僕に、アスカが囁くように声を掛けた。

 

「そりゃあ、シンジも健全な男なんだし、体を持て余したりするのは分かるわよ。だから今は無理でも、これからずっと先もアタシがシンジの事が好きだったら……考えてあげない事もないわ」

 

 きっとアスカは今までにないほど顔を真っ赤にしていると思う。

 期待に胸を膨らませ過ぎた僕は、体の他の部分もムクムクとしてしまった。

 

 

 

「アソコを立たせるな!今のアタシ達は14歳なんだから、キスまでが限界よ!」

「う、うん、分かったよ」

「右手くらいは許してあげるけど、アタシで抜きなさい! 他の女で妄想したりしたら許さないからね!」

 

 

 

 さっきから戦場の真ん中で、何とも緊張感の無い話をしているのだろうと、今更ながらに気が付いた。

 戦略自衛隊の部隊は依然と動きを止めている。

 蟻1匹通さないほどATフィールドで第三新東京市を隔離しているから、歩兵の人達も何も出来ないはずだ。

 

「それで、いつまでこうしていれば良いわけ?」

「カヲル君はすぐだって言っていたけど……」

 

 

 

 欠伸が出そうになった頃、第三新東京市を包囲している戦略自衛隊の部隊の動きが慌ただしくなった。

 戦闘機が編隊を組んで離脱し、戦車部隊も隊列を組んで道路を後退した。

 

「やった、これで戦争は回避出来たんだ!」

「油断は禁物よ。フェイントかもしれないわ」

 

 僕は素直に手を打って喜んだけど、アスカは警戒を解いていない。

 

 

 

「大型破壊兵器を使うから、部隊を退避させたのかもしれないわ。シンジも覚えているでしょ? N2兵器」

 

 N2兵器の威力はA.T.フィールドで防ぐ事は出来る。

 でもそれはフィールドで覆われた第三新東京市の内側だけの話だ。

 フィールドの外周は街1つ分ほど破壊されてしまうだろう。

 だからN2兵器が使われたら、別にA.T.フィールドを使って抑え込むしかないと思った。

 

 

 

「N2兵器の使用は、その破壊力よりも深刻な事態を引き起こすわ」

「うん、そうだね……」

 

 N2爆弾を落とすという事は、他の国に核爆弾を落とすようなものだ。

 戦車の砲撃とは意味が違ってくる。

 

 

 

 今度はネルフの方が、N2兵器を使用した戦略自衛隊を絶対に許さなくなるだろう。

 だけど、心配したN2爆弾を搭載した爆撃機がやってくることはなかった。

 その代わりにやって来たのは、白旗を掲げた日本政府の高級車の車列だった。

 

 

 

 白旗はエヴァに乗っている僕へのメッセージだとも感じた。

 エヴァを動かしたりしたら、車列は逃げ出してしまうと思った僕は、じっと耐えた。

 車列から高そうなスーツを着た人達がぞろぞろと降りてくると、車のライトを不規則に点滅させた。

 

「あれは、モールス信号ね。近寄りたくないから、あれで合図を送っているのよ」

 

 

 

 アスカの言う通り、ネルフ本部の方からも光の点滅が送られて来た。

 モールス信号の応酬はしばらくの間続いた。

 刺激してはいけないと、石像のようにエヴァの動きを止めていたら疲れてしまった。

 

「アスカはお互いに何を話しているかわかるの?」

「話の内容までは分からないわね。アタシもSOSくらいしか習ってないし」

 

 停戦協議がまとまったのか。

 降りて来ていた人達は乗ってきた車へと乗り込む。

 そして車列は帰っていった。

 

 

 

「その赤紫色のエバーに乗っているのは誰?」

 

 A.T.フィールドを解除すると、ミサトさんの声がモニター越しに聞こえた。

 エヴァの合体の影響か。

 音声が乱れ、モニターは映らないようだ。

 僕は死んでしまったミサトさんの声がまた聞けて涙ぐんだ。

 

 

 

 この合体した姿を見られなかったのはとりあえず幸運だったかもしれない。

 

「僕は初号機パイロット、碇シンジです!」

 

 嬉しさのあまり僕は答えてしまっていた。

 逆走前の世界から来た僕は、この世界ではイレギュラーな存在になっているはずだ。

 

 

 

「あなたが碇シンジ君? 弐号機で戦っていたアスカはどうなったの?」

「アタシはここにいるわよ!」

 

 アスカの声が頭に響くけど、ミサトさん達には聞こえないようだった。

 今のアスカは僕の中だけの存在だ。

 

「……さらっと、とんでもないこと言わないでくれる?」

「ごめん、ちょっとはしゃぎ過ぎたね」

 

 

 

 早く合体を解いてアスカを自由の身にしてあげないと。 

 アスカの意思では体を指一本動かせないのだから。

 でも、その前にネルフの安全を確認しておかなければならない。

 

 

 

「あの……攻めて来た軍隊の人達はどうしたんですか?」

「彼らの方から停戦を持ち掛けて来たわ。だけど、ネルフが使徒の襲来に備えて作られた組織だと、完全には納得はしてくれないみたい。現実問題として、使徒は現れていないしね」

 

 僕の質問にミサトさんはそう答えてくれた。

 

 

 

 停戦という事は、A.T.フィールドを解除したままじゃダメなのかな?

 

「そんな事は無いわ。戦略自衛隊の部隊は遠くに離れているし、アタシとシンジがずっと近くに居ていざって時に合体すればいいのよ!」

「そんなに上手く行くかな……」

 

 だけどずっとこのままアスカと融合しているわけにもいかない。

 特に精神体のような存在になっているアスカにこれ以上我慢をさせたくない。

 

 

 

 初号機と弐号機の合体の解除はすんなりと上手くいった。

 

「また合体したい時は、アスカとキ、キス、すればいいんだよね」

「そ、そうね、今度はエヴァに乗る前にしたいものだわ」

 

 都合よくエヴァが合体してくれるか怪しいものだけど。

 あのゴツゴツとしたキスの感触はできることなら味わいたくない。

 

 

 

「あ、あの、大人のキスのことだけど……」

「分かってるわよ! ミサトたちと話す方が先よ!」

 

 口直しのキスをすることもゆるされず、初号機と弐号機でネルフ本部に向かう。

 

「見つけたよ、シンジ君」

 

 ビルの谷間に踊る影に僕は気が付いたけど、悪寒を感じて無視して進んだ……。




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第二十四話 復活! 愛の使者

※2022/09/14追記
 マクラーレンF1GTRはレース用の車なので1人乗り、
 マクラーレンF1が乗用車で3人乗りだとpixivでコメントを頂きました。
 作中ではマクラーレンF1が正しい表現です。
 コメントありがとうございます。


 エヴァのフュージョンが解除されると、当然僕の姿も元に戻った。

 初号機に乗ってケージに戻った僕は、エントリープラグに入った状態でチェックを受けた。

 

「DNAパターンも一致、サードチルドレン、碇シンジ君に間違いありません」

 

 マヤさんが報告すると、発令所に居るネルフのみんなもホッとしているようだった。

 あれだけ強いA.T.フィールドを発生させたのだから、使徒と疑われても不思議じゃない。

 

 

 

「プラグスーツの補助も無しで、良くここまで……」

 

 リツコさんは初号機とのシンクロ率が高かったことに困惑しているようだった。

 逆走前の世界では、学生服を着て落ち込んでいるところをミサトさんに助けられたんだっけ。

 でもミサトさんは僕と会ったことがないみたいだけど……。

 

 

 

「シンジ、久しぶりだな。だが、何故お前が初号機に乗っている?」

 

 初号機ケージでエヴァから降りた僕。

 前の世界で僕が呼ばれた時のように、僕を見下ろす父さんと対面した。

 逆走してきたことを正直に話すべきか。

 答えが出せないまま、父さんとは顔をそらさずににらみあった。

 

 

 

「……だんまりか。……まあ良い、せいぜい役に立ってもらうぞ」

 

 前は父さんに褒めてもらうことで心がいっぱいだった。

 でも今は父さんの僕に対する気持ちが分かっているから、冷静にしていられた。

 動揺を隠しているのは父さんの方かもしれない。

 

 

 

「待ってください! シンジ君をこのまま初号機に乗せ続けるつもりですか!? アスカでさえ、エヴァに乗るのに何ヶ月もかかったんですよ!」

 

 意外にも父さんに食らい付いて反論したのはミサトさんだった。

 どうしてだろう、僕をエヴァに乗るように説得したのは彼女だったのに。

 

 

 

「……しかし葛城一尉、君も見ただろう。彼は高いシンクロ率で弐号機と融合し、強力なA.T.フィールドを展開し、量産機を倒した」

 

 父さんの代わりに冬月副司令がミサトさんに答えた。

 ネルフにいたみんなも、僕が初号機でこの世界に降り立った時から見ていたんだ。

 利用できるものは利用する、父さんの考えは分かったけど……。

 他の人たちは僕をどう思っているんだろう。

 

 

 

「碇シンジ君、あなたは半年前に預けられていた家からこつぜんと姿を消したのよ」

「もしかして家出したのかと思われたけど、諜報部が総力をあげても消息をつかめなかったの」

 

 リツコさんとミサトさんの話を聞いて、この世界の状況が分かった。

 最初からネルフ本部に居たのは綾波じゃなくてアスカとなっているのか。

 

「ケージに収められていた初号機も同時期に消えた。あなたが何かをしたの?」

 

 厳しい表情のリツコさんに追及された僕は、何も答えられなかった。

 父さんの時のように、黙って嵐が通り過ぎるのを待ち続けた。

 でもリツコさんはそれを許してはくれないようだ。

 

 

 

 さっきはアスカが側にいてくれていたけど、ちょっと離れただけで、こんなに心細い気持ちになるなんて!

 いきなり現れた初号機と合体した弐号機も相当怪しまれているはず。

 アスカはずっとネルフ本部に居たことになっているけど、追及を上手くかわせているのかな?

 

 

 

「僕を蚊帳の外にして面白そうな話をしているなんて、ひどくないかな?」

 

 初号機ケージへと乱入してきたカヲル君に、リツコさんたちの注意がひきつけられる。

 とりあえず質問攻撃が収まり、ホッと息を吐きだした。

 

「ファーストチルドレンのあなたは、零号機ケージで待機のはずよ」

 

 腕組みをしたミサトさんが厳しい目つきでカヲル君をなじる。

 まさかファーストチルドレンが違っているなんて、綾波はどうしたんだろう?

 

 

 

「ああ、本物のシンジ君に会えるなんて、僕は嬉しくて仕方がないよ」

 

 立ちふさがるミサトさんとリツコさんの間をすり抜けて、カヲル君は僕の手を握った。

 そしてさらに僕に顔を近づけてささやく。

 

「僕たちの邪魔をする老人は、出発前に排除したから安心して」

 

 カヲル君は僕の唇を奪うために、僕の顎をつかむと、その唇を突き出してきた!

 

 

 

 しかしそのキスは高速で飛来した赤い物体によって阻止された。

 

「アンタ、シンジに何をしようとしてたのよ!」

 

 アスカのキックを喰らったカヲル君は何メートルも吹き飛んだ。

 壁に頭をぶつけて痛がる彼と、腰に手を当てて仁王立ちする彼女。

 瞬間的とはいえ使徒のA.T.フィールドを突き破ったアスカの底力は恐ろしい。

 

 

 

「痛いなあ、僕を殺す気かい?」

「チッ、やりそこなったか」

 

 舌打ちをするところを見ると、本気で息の根を止めようとしていたみたいだ。

 カヲル君が使徒だと知っているのならなおさらだ。

 

 

 

「あー、もうなんかあり得ないことを目にしすぎてどーでもよくなったわ」

 

 生身の人間なら首の骨が折れ曲がってもおかしくない衝撃だった。

 でもカヲル君は血を流すほどのケガもしていない。

 ミサトさんは大きなため息を吐いて投げやりになってしまった。

 

 

 

「アタシも疲れたわ。シンジ、ミサト、帰りましょ」

「おや、どうしてシンジ君が一緒に住むことになっているんだい?」

 

 僕もアスカも顔から血の気が引いた。

 まだミサトさんから同居の話など一言も出ていない。

 焦りすぎて墓穴を掘った。

 

 

 

「バカシンジをアンタの魔の手から守るためよ。ねえミサト?」

 

 ミサトさんの目は「あんたも十分に危ないわよ」と言っていた。

 視界の隅でリツコさんがミサトさんにジェスチャーでサインを送っているのを捉えた。

 どうやら同居させることで僕の秘密を暴こうとする考えのようだ。

 前の世界ではリツコさんが同居を止めたのに、こんなところまで逆転現象が起こるとは。

 

 

 

「僕の謎については気にならないのかい?」

「あんたまで引き取っていたら、あたしの身体がもたないわよ」

「それは残念。シンジ君、いつでも僕の部屋へ遊びにくるといいよ。君なら大歓迎さ」

 

 カヲル君は株のデイトレードで稼いでタワマンの上層階に住んでいる。

 防音室完備でグランドピアノも持っているようだ。

 ……綾波とは雲泥の差じゃないか。

 

 

 

 リツコさんの思惑もあって、またアスカとミサトさんとの三人で同居生活が始まる。

 

「でも困ったわね、あたしのフェラーリはツーシーターだから、シンジ君を乗せて帰れないわ」

「シンジの膝の上に、アタシが座れば良いじゃん!」

「さすがにそれは危ないわよ。仕方ないわね、フェラーリを下取りに出して、マクラーレンF1GTRを買うことにするわ」

 

 

 

 国内メーカーが販売していた青いルノーじゃなくて、赤い高級外車に乗ってる!?

 車のローンで悲鳴を上げていたはずなのに、いったいどうなってるの!?

 

「パーッとシンジの歓迎会をしましょうよ!」

「そうね……あたし特製のスペシャルカレーでもふるまおうかしら」

 

 

 

 その言葉を聞いた僕とアスカは血の気が引いた。

 でも食べたくないとは絶対にいえない。

 ミサトさんはコンビニじゃなくて、外国の食品も扱っている大きなスーパーマーケットで食材を吟味している。

 

 

 

「アスカ、もしかしたら期待できるかもしれない」

「アタシも悲観的にならないで済むと思ったわ」

 

 もしかしたらトウジのカレーよりも美味しいかもしれない。

 逆走世界も悪くないかな。

 

 

 

「あれアスカ、何をボケッとしているの? カレーに入れるジャガイモの皮を剥いて?」

「アタシが料理を手伝う!?」

「そっ、掃除に洗濯もしてくれるから、助かっちゃうわ」

 

 何と逆走世界のアスカは良い子ちゃん設定らしい。

 今のアスカにとっては拷問だ。

 前にジャガイモの皮を剥いた時は、指をばんそうこうだらけにしていた。

 

 

 

「シンジィ……」

「あの、僕も手伝います!」

「シンジ君は台所に立たなくても良い! 男の子でしょ!」

 

 あのミサトさんがそんなことを口にするなんて……割烹着姿も上品さが漂ってる!

 

 

 

 潤んだ目で助けを求めるアスカに、何もしてあげられなかった。

 ミサトさんは合体したエヴァで強力なA.T.フィールドを発生させて疲れたから、アスカは調子が悪いと思ってしまっている。

 明日からアスカは家事の猛特訓だ。

 

 

 

 カレーはとても美味しかった。

 

「ニャーン」

 

 リビングの引き戸を器用に開けて、黒い猫がダイニングへと入ってきた。

 

「もう一人の家族を紹介するわね。名前はホームズ。とっても頭の良い子でね、あたしたちの言ってることがわかるみたいなの」

 

 名前が〇ジでなくてよかった、黒猫以外の種類でなくてよかったと僕は安心した。

 猫を飼っていたのはリツコさんだから、きっとペンペンはリツコさんと暮らしているよね。

 

 

 

 ミサトさんとアスカは一緒にお風呂に入るみたい。

 キャッキャッと楽しそうな声がダイニングを飛び越えてリビングに居る僕の耳にまで届いてくる。

 家出少年にされてしまった僕は荷物がなかった。

 だからミサトさんに洋服や家具、チェロを買ってもらった。

 明日になれば配送してくれるらしい。

 

 

 

 今夜はリビングのソファベッドで寝ることになったんだけど、夜中が待ち遠しかった。

 ミサトさんの監視の目がなくなれば、僕はアスカとキ、キスができるんだ。

 まだミサトさんは僕に心を許したわけじゃない。

 陽気にふるまっているからそう見えるだけなんだ。

 

 

 

「ミサトさん、寝たみたいだよ」

「リビングはマズいわ、アタシの部屋に行きましょう」

 

 監視カメラや盗聴器がないか入念に確認したけど、用心してミサトさんの部屋から離れた。

 でも僕たちは見落としていた。

 ベランダを通じてミサトさんの部屋とアスカの部屋が繋がっていることを。

 

 

 

「シンジ、しっかりと歯は磨いたわよね」

「うん」

 

 ミサトさんのカレーは美味しかった。

 でもキスの味が分かりきっているというのは面白くない。

 

 

 

「さあ、大人のキスをアタシに教えて!」

 

 僕は一気にアスカに近づいてディープキスをした。

 予想通り僕たち二人の感情が高まると、体が輝き始めた。

 融合する前に少しでも甘美なこのキスを味わいたくて必死だった。

 

 

 

 融合して一人になった時、僕は自分の口の周りをなめまわしていた。

 

「碇シンジ君……で良いのよね?」

 

 ベランダから部屋に入ってきたのは、寝たはずのミサトさんだった。




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第二十三話 笑顔

 見られてはいけない姿を目撃されてしまった。

 いつかミサトさんにも本当のことを話して味方になってもらうつもりだったけど……。

 

「私の質問に答えなさい。あなたは碇シンジ君で間違い無いのね?」

「はい、そうとも言えないことも無い……です」

「歯切れの悪い答えね。アスカが消えたのと、何か関係があるの?」

 

 

 

 多分、ミサトさんは僕たちの能力に見当がついている。

 だけど、どうしてそんな力を持っているのか、不気味で仕方ないんだろう。 

 世界を逆走してきたといっても、信じてもらえるかどうか……。

 

「アスカは僕の心の中にいます。でも身体を動かしたり、声を出したりすることはできないみたいです」

「ふーん、ということはその姿の時は、基本的にシンジ君と話していると思って良いわけね」

「はい、でもアスカにミサトさんの声は聞こえています」

 

 

 

 腕組みをしているミサトさんの厳しい表情から、心の奥まで読み取ることはできない。

 合体した僕たちの姿を、頭のてっぺんからつま先までなめまわすように見ていた。

 

「とりあえず、アスカとも話したいから合体を解いてくれる?」

「……はい」

 

 

 

 僕たちが意識を集中させると、アスカの身体は光の塊となって僕の身体から離脱する。

 そして元の姿に戻った僕の隣で彼女は人間の姿へと実体化した。

 怪現象を目の当たりにしたミサトさんは、眉をひそめながら大きなため息を吐き出す。

 

「……まったくもって、とんでもないわね」

「僕たちも合体するのはこれで二度目です」

 

 分離したアスカは、自分の身体の感触をベタベタと触れて確かめている。

 

 

 

「あなたは、今まで私と暮らしてきたアスカとは別人って訳ね」

「お、お願い! 迷惑はかけないから、ここに居させて!」

 

 慌てた様子の彼女がミサトさんの手を取ってお願いをしていた。

 そこまで必死になって同居を続けたいだなんて。

 

 

  

 前の世界では僕もミサトさんも、アスカを傷付けるような仕打ちをしてしまった。

 僕のシンクロ率が彼女を追い越して、それを褒めてしまったミサトさん。

 無神経にその言葉を聞いて喜んだ僕。

 

 

 

 お風呂場で叫んでいた彼女のSOSを、僕もミサトさんも知っていた。

 だけどあの時の僕たちはアスカを慰める方を思い付かなくて。

 夕食の雰囲気も暗くて最悪だった。

 

 

 

 そうしている間に彼女は委員長の家に泊まるようになってしまった。

 だけど今のアスカは、僕とミサトさんとやり直したいと思ってくれているようで、嬉しかった。

 

 

 

「そう言ったからには、自堕落な生活を送っていたら叩き出すから、覚悟しておきなさい」

「うぐっ」

 

 どうやらミサトさんにいっぱい食わされたみたいだ。

 後悔先に立たず、アスカは自分が下手に出すぎたと歯ぎしりするけど手遅れだった。

 

 

 

「……今まであたしが一緒に暮らしていたアスカは、もういないのね。お別れくらい、言ってあげたかっわ」

 

 ポツリとつぶやいたミサトさんの悲しそうな顔で、僕たちはミサトさんと元のアスカの信頼関係が深かったことを思い知らされた。

 そうか、ミサトさんは家族だと思っていたアスカがどうなったか気になっているのか。

 僕だって、アスカが別人になってしまうのが嫌で、創造より逆走を選んだ。

 

 

 

「ご、ごめん、アタシたちの勝手なワガママのせいで、辛い思いをさせて」

「アスカ、顔を上げなさい。あなたが笑顔にならないと、あの子もきっと喜ばないわ。……あなたには、あの子の分まで幸せになって欲しい」

 

 穏やかな出会いだったら、ゆっくりと絆を深めていけたと思う。

 

 

 

 気心の知れない相手との同居は、疲れる。

 僕たちは、一方的にミサトさんのことを知っていると勘違いしていた。

 創造を拒否したといっても、ここはバタフライエフェクトによって生まれた世界。

 唯一無二の存在はアスカだけなんだ。

 

 

 

「とりあえず、あなた達が害をなす存在じゃないって分かったところで、今夜は安心して眠れるわ」

「ご迷惑をおかけしてすみません」

 

 大欠伸をしたミサトさんに、僕たちはそろって頭を下げた。

 

「詳しいことは今度ゆっくり聞かせて。……まずあなた達に言っておくことが一つだけあるわ」

「はい」

 

 ミサトさんが真剣な表情になったので、僕たちは正座して言葉を待った。

 

「避妊だけは、しっかりするのよ♪」

 

 

 

 僕たちは盛大にズッコケた。

 しんみりとしてしまった、空気を吹き飛ばすためのジョークなんだろうけど。

 とりあえずその日は、僕たちは自分の部屋に戻って寝ることにした。

 

 

 

 このままアスカと一緒に寝たら、臨界点を突破していたかもしれない。

 ミサトさんは保護者としての責務を果たしてくれた。

 使徒との戦いが終わるまで、我慢しなきゃ。

 

「……キスでは妊娠しないから大丈夫よね」

「そうだね」

 

 別れ際に二人でそんな話をした。

 

 

 

 次の日の朝食の後、改めてミサトさんと顔を合わせてリビングで話をすることに。

 

「堅苦しいことは無し……とは言ったけど。あんた達、リラックスし過ぎじゃない?」

「だって、前の世界ではシンジに甘えることなんて出来なかったから」

 

 アスカはそう言うと、僕の膝枕から頭を上げた。

 

 

 

「まあいいわ。あなた達はこれから起こることを全て知っている……とは言ったけど、その考えは捨てなさい。思い込みで油断をするのは良くないわ」

「はい、わかりました」

「あたしのこの家だって、ゴミ屋敷だったって話じゃない。ごめんね、前の世界のあたしが迷惑を掛けて」

 

 

 

 あの時の僕は、ミサトさんに押し切られる形で同居した。

 だけど、今の僕が直面していたら逃げ出していたかもしれない。

 掃除を手伝ってくれていたアスカにも感謝だ。

 

 

 

「アタシ達は強くてニューゲームをしているわけじゃないってことね」

「使徒の強さも2週目のハードモードになっているかもしれないわよ」

 

 この世界のミサトさんは、かなりのヘビーゲーマーかな?

 そう理解した僕たちが仲良くなるための方法。

 

 

 

「シンジ君、アスカ。あの丘の上に拠点を建設するわよ」

「了解!」

「アスカ、敵を無理に倒そうとしないで。生き残ることが最優先よ」

 

 それはネット対戦ゲームでチームを組む事だった。

 エヴァの操縦では主導権を握っているけど、ゲームでは二人についていくので精一杯。

 

 

 

「それで、ミサトさんは僕たちのことをどこまでみんなに話すんですか?」

「そうねー、スーパーエヴァンゲリオンのことは説明するけど、世界を逆行したことは秘密にしておいた方がいいわね」

 

 私服に着替えた僕たちは、ミサトさんの運転する三人乗りのスポーツカーでネルフ本部へと向かう。

 さっそくシンクロ率を測るハーモニクステストが行われるのだ。

 

 

 

「スーパーエヴァンゲリオンって何よ?」

「初号機と弐号機が合体したエヴァの名前」

「だっさ」

「アスカがそう言うならラブラブエヴァンゲリオンでも良いのよ?」

「それはイヤ!」

 

 僕もスーパーエヴァンゲリオンは安直な名前だと思ったけど、ラブラブエヴァンゲリオンは直球過ぎる!

 だから口を挟まなかった。

 

 

 

 ネルフ本部に到着すると、車から降りる前にミサトさんは僕たちにそっと耳打ちする。

 

「碇司令の計画を知っていることは、勘づかれないようにね。まだ彼はあなた達を道具としてしか見ていないけど、余計な警戒心を持たせるわけにはいかないの」

 

 

 

 父さんは僕のことを、使徒を倒すための武器としてしか見ていない。

 母さんと再会するための道具。

 僕は逆行前の世界でそれを思い知らされた。

 

 

 

 あの赤い世界では父さんの幽霊は母さんと一緒に現れたから、再会は出来たんだと思う。

 創造の力は彼からの贈り物だ。

 だから言葉は交わせなかったけど、最後は父さんと仲直りした。

 でもこの世界の父さんと仲良くなるのは甘くはないぞ、とミサトさんに釘を刺されたのかな。

 

 

 

 

 

 

「待っていたよ、愛しのシンジ君」

「うげっ、コイツが居たか」

 

 ネルフ本部の実験棟。

 ナンバー00が刻まれた、綾波と同じ色のプラグスーツを着たカヲル君を見て、アスカは顔をしかめた。

 彼は彼女の存在など眼中に無いかのように、僕の手を握る。

 

 

 

「このガチホモ! 手を離しなさいよ!」

「同性愛者とは失礼だね、僕は美しいものに目がないだけさ」

 

 割り込んだアスカが僕たちの手を引き離すと、カヲル君は僕に向かって視線を投げ掛けながらそう答えた。

 彼はふーっと大きなため息を吐き出した後、

 

「少しはシンジ君の清楚な感じを見習った方が良いよ」

 

 と言う。

 

 

 

「なんですって!? シンジの方が女らしいって?」

 

 ガニ股になって怒るアスカの姿はちょっとはしたない。

 

「シンジ君は……そう、髪を長くすれば深窓の令嬢にも劣らないほど可憐さ」

「アンタ、もしかしてシンジを頭の中で女体化して妄想しているの!? 気持ち悪っ」

 

 カヲル君がそんなことを思っていたなんて、僕もちょっと身構えてしまう。

 この世界の彼だからだろうか。

 

 

 

「そうねー、シンジ君の女装も結構イケそうじゃない」

「ミサトさん!?」

 

 こういう彼女のノリは前の世界と変わらないみたい。

 女の子の制服を着せられて、学校に通わされることにならなければ良いけど……。

 まさかね、そんなことないよね。

 

 

 

「貴方達、いつまでじゃれ合っているつもりかしら?」

 

 ついにしびれを切らしたリツコさんが、腕組みをして指先を動かしながら僕たちに声を掛ける。

 困った顔のマヤさんや日向さん、青葉さん達を見て、僕は心の中で謝った。

 

 

 

 ハーモニクステストの準備が整った時、ネルフ本部全体に警報音が鳴り響いた。

 発令所は途端に騒がしくなる。

 

「パターン青を検出! 使徒です!」

「マジかよ……」

 

 

 

 発令所に居る日向さんと青葉さんの声が聞こえてくる。

 初めて出現した使徒に、みんなパニックになっているようだった。

 もちろんテストは中止となり、僕たち三人はエヴァに乗り込んだ。

 

 

 

 初号機のモニターに使徒の姿が映し出される。

 推測が正しければ浸食タイプで、綾波が自爆して倒したはずだ。

 せっかく世界を逆走してアスカを助け出したのだから、そんな真似をさせるわけにはいかない。

 

 

 

 アスカやミサトさんに接近戦闘は危険だと警告したいけど、そんなことをすれば父さんに怪しまれる。

 そうなると、僕の取る行動は一つしかない。

 頭の中で作戦を立てる。

 

 

 

「発進!」

 

 ミサトさんの号令で、僕たちは同時に地上へと射出された。

 よかった、誰かを先行させて様子を見る、なんてことになったら作戦を実行できない。

 

 

 

 拘束具が外れると、僕は全力でダッシュして弐号機に駆け寄り、身構えるスキを与えずにキスした。

 たちまち初号機と弐号機は合体してスーパーエヴァンゲリオンとなったわけだけど……。

 大胆な行動に、僕以外のみんなはぼう然としている。

 

 

 

「いきなり何するのよ!」

 

 相思相愛の恋人同士だとしても、強引にキスをされれば怒るのは当たり前。

 だけど、僕は綾波みたいに目の前でアスカを失いたくはないんだ。

 

 

 

「アンタが言いたいことは分かったわ、とりあえず許す」

 

 考えただけで脳内イメージまで伝わるのは便利だな、と思った。

 言葉で説明するには時間がかかる。

 

 

 

「このエヴァのA.T.フィールドなら、使徒に貫かれないかもしれない」

「でもどうやってアイツを倒すのよ?」

 

 それについては、僕も悩んでいた。

 一つだけ、自分達の身が安全な状態で使徒を倒す方法があるけど……。

 

 

 

「その意見に賛成」

「でも、友達を犠牲にするわけにはいかないよ」

「構うもんですか! アイツはヘンタイ使徒なんでしょ?」

「確かにカヲル君は人に変態しているけど、使徒と決まったわけじゃ……」

 

 

 

「……さっきから何を考え込んでいるんだい、シンジ君?」

 

 モニター通信でカヲル君に呼び掛けられて、長い時間アスカとの脳内会議をしていたことに気が付いた。

 もしアスカが身体を自由に動かせたら、このエヴァで零号機をつかんで、使徒めがけて放り投げていたかも。

 

 

 

 光の輪となっている使徒はグルグルと回転するだけで、攻撃はしてこない。

 でもきっといつかはエヴァを狙って飛び掛かってくるだろう。

 

 

 

「うーん、いったいどうすれば……あっ!」

 

 第三新東京市を覆い尽くすほどのA.T.フィールドを張れたんだ。

 使徒を焼き尽くすパワーを持った爆弾みたいなものも作れるかもしれない。

 

 

 

 でも僕がその考えを実行に移すより前に、使徒は飛び掛かってきた!

 

「危ない、シンジ君!」

「カヲル君!?」

 

 油断していた僕をかばったのは、零号機。

 

 

 

 もう少し早く、A.T.フィールドを武器に使うことを思い付いていれば……。

 ごめん、君のことは忘れないよ。

 そんなことを考えていると、通信モニターに映ったのは涼し気なカヲル君の笑顔だった。

 

「心配いらないさ、シンジ君」

 

 

 

「大変です! 浸食されていた零号機のA.T.フィールドが反転、使徒を吸収していきます!」

「何ですって!?」

 

 発令所からマヤさんとミサトさんの困惑する声が聞こえる。

 

「使徒を……食べている……」

 

 ミサトさんのつぶやきどおりだと僕にも見える。

 

 

 

 紐状になった使徒は零号機から逃げようと暴れるけど、どんどんとその身体が短くなっていった。

 

「これで僕も君と同じだね」

 

 モニターに映るカヲル君の髪が長く伸びていく。

 まるで女の子に変化するかのように。

 

 

 

「ボクが女の子になったら、好きになってくれる?」

 

 さらに声質まで高くなる。

 髪の長くなった綾波みたいだと思った。

 

 

 

「ごめん、僕にはアスカがいるから」

「それは残念」

 

 そうつぶやくと、姿はカヲル君に戻った。

 どうやら使徒を完全に抑え込むことができているみたいだ。

 

「でもシンジ君が求めてくれるのなら、いつでも女の子になるからね」

「うわ~っ、鳥肌が立ってきたわ!」

 

 

 

 頭の中に響くアスカの声に触発されるように、僕も悪寒を感じた。

 カヲル君がとりあえず男のままでいてくれて、一安心。

 使徒の消滅を確認した、発令所のみんなも同じ気持ちかと思ったけど、混乱は収まらなかった。

 

 

 

 合体する僕たちに加えて、さらにカヲル君も使徒を体内に吸収。

 カヲル君の正体が使徒だと知らないリツコさんやミサトさんたちは騒ぎ立てている。

 でも父さんは使えるものは道具として用いる、という姿勢を崩さなかった。

 そのお陰で僕たちは深く詮索されずに帰宅。

 

 

 

 家に帰った僕は、ミサトさんにカヲル君が使徒だったことを話した。

 彼女はあっさりとその話を受け入れたところをみると、もしかしたらと推測はしていたらしい。

 

 

 

「こんばんは、デザートにバームクーヘンはどうかしら?」

 

 夕食を食べ終わった頃。

 手土産のお菓子を持って、僕たちの家を訪問してきたのはリツコさんだった。

 

 

 

「あら~、リツコ、いらっしゃい……」

 

 ミサトさんは引きつった笑顔でリツコさんを出迎えた。

 たぶん僕たちの秘密を探りにきたのだろう。

 

 

 

 彼女が手ぶらだったら、そのまま帰ってもらうことができたかもしれない。

 仕方なくミサトさんは彼女を家へと招き入れ、ダイニングに案内する。

 紅茶を淹れて、僕はテーブルへと着いた。

 

 

 

 リツコさんは父さんに近い人間だ。

 だから、全てを明かしてしまうのは不安がある。

 これから話すことには気を付けないと。

 

「見て見てシンジ、バームクーヘンのメガネ~!」

「アスカ、食べ物で遊ばないの」

 

 こんな時だと言うのに、アスカはのんきなんだから。

 でも彼女はいつもにもまして可愛く見える。

 そうだ、僕が守りたいのは、彼女のこの明るい笑顔なんだ……!




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第二十二話 せめて、使徒らしく

 夕食の後、突然手土産を持ってやってきたリツコさん。

 追い返すわけにもいかない僕たちは、ダイニングキッチンで対面することになった。

 バームクーヘンを両手にはしゃぐアスカを見て、リツコさんはふーっとため息を吐き出す。

 

 

 

「アスカ、無邪気な中学生を装うとしたって、そうはいかないわ。貴方、以前のアスカとは別人でしょう」

「ええっ!?」

 

 驚いたアスカはバームクーヘンを落としてしまった。

 とっさに気が付いてダイビングキャッチ。

 床に落ちる前の回収に成功。

 

 

 

「科学には、『微表情』と言う顔の小さな動きで、感情の変化を読み取る技術があるの。アスカの笑顔には口元に若干の緊張が見られた。私に悟られないように作った笑顔の証拠ね」

「なんで分かったの!?」

 

 口元を隠すように手で押さえるアスカ。

 でももう気が付いた時には遅い。

 しっかりと人格の入れ替わりを認めてしまった。

 

 

 

「やっぱりね。『微表情』なんてまだ発展途上の空論。あのファーストの少年が使徒を吸収しても、たいして驚いていないように見えたから、カマをかけたのよ」

 

 そっか、カヲル君が使徒だと知っていた僕は、ワザと大げさに驚かないといけなかったんだ。

 

 

 

「シンジ、アンタが演技しても、返って逆効果。気にしないの」

 

 アスカなりに励ましてくれたの……かな?

 彼女の作り笑顔も見抜けないなんて、僕もまだまだだな。

 心からの笑顔がたくさん見れるように頑張らないと。

 

 

 

「リツコ、アンタが碇司令に何を吹き込んでも、証拠がない以上、彼は取り合わないわ。DNAパターンはアスカなんだから」

「強がるのはよしなさい。彼に疑念を余計な抱かれるだけでも動きにくくなるわよ」

 

 ミサトさんのハッタリにもリツコさんは動じない。

 彼女ってこんなに怖い人だっけ?

 僕の視点からから見れば、性格が変わったのは僕とアスカじゃなくて、みんなの方の気がする。

 

 

 

「お願いリツコ、碇司令には報告しないで」

 

 ついにミサトさんは拝み倒すようなポーズをとった。

 僕たちも彼女に合わせて頭を下げる。

 

 

 

「勘違いしないで、私は命令で来たわけじゃないわ」

「えっ? でもリツコは彼のこと……」

「私がいつまでもあの男に付き従っていると思って? 人類補完計画なんて、私にとってはどうでもいいことよ」

 

 さらっと人類補完計画のことを言うとは驚いた!

 彼女が父さんの命令でやってきたのなら、僕たちに手の内を明かさないはずだ。

 

 

 

「碇司令を倒す好機が訪れた時、力を貸して欲しいと思ってここに来たの。止めたいんでしょ? 彼の暴挙を」

「それはそうだけど……碇司令がいなくなったら、ネルフはめちゃくちゃになっちゃうんじゃない?」

「もうネルフはガタガタよ。後ろ盾だったゼーレのキール議長が暗殺されてから、内乱が起きているらしいわ」

「加持からの情報?」

「そうよ」

 

 リツコさんとミサトさんの話を聞いて、ドイツ支部からきたカヲル君が「邪魔な人間は排除した」と話していたことを思い出した。

 

 

 

「碇司令がゼーレの次のリーダーになろうとしたけど、上手くいかなかったみたいね。キール議長が彼に対する反発を抑えていたのよ」

「なるほど、碇司令の足元が危うくなっているってワケか」

「今まで私を力で押さえ付けてきた彼だけど、立場が逆転する時が来たわ……ふふふ……」

 

 

 

 とりあえず彼女は父さんの手先ではなさそうだ、と僕たちは警戒を緩める。

 一安心したところで、紅茶がすっかり冷めてしまっていると気が付いた。

 

「紅茶、淹れ直しますね」

「ありがとう、手際が良いのね」

 

 

 

 彼女は僕たちがいた世界のミサトさんが、ズボラだったことまで見通しているんじゃないかな?

 それに二人ともコーヒー党だった気がする。

 いまさらだけど、この家にはインスタントコーヒーが置いていない。

 高級な紅茶の葉ばかりだ。

 

 

 

 やっと僕たちはバームクーヘンと紅茶を楽しめた。

 アスカによると、ドイツを思い出すような本格的な味らしい。

 手土産からもリツコさんの本気だとわかる。

 

「渚カヲル、彼のデータだけど、パターン不明にしておいたわ。もしパターン青が検出されても、使徒を吸収した影響と説明して切り抜けるつもりよ」

 

 

 

「何でよ? さっさとアイツを殲滅した方が、アタシ達も安心して眠れるじゃない」

「利用できるものは何でも使いなさい。貴方達の力を温存するためにもね」

 

 そのリツコさんの言葉を聞いて、前の世界の父さんがくれた『創造の力』には限りがあるかもしれないという考えが浮かんだ。

 もしかして、第三新東京市全体を覆うようなA.T.フィールドはもう作れないんじゃないかな。

 

 

 

「あの、父さんはどうなるんですか?」

「別に命まで取ろうという話じゃないわ。私にひざまずかせて、駒として利用するだけ。女は炎。火遊びで手を出すと、痛い目に遭うの」

「その通りね! うんうん!」

 

 アスカはリツコさんの言葉に激しく同意。

 彼女に浮気を疑われるような行動は慎まないと。

 

 

 

 しばらく話を続けた後、僕たちの協力を得られたリツコさんは満足した顔で帰った。

 まさかこの世界にきてから二日目に、父さんを倒すなどという話を聞かされるとは。

 精神的に疲れ果てた僕たちは眠りに就いた。

 

 

 

 数日後、僕の制服が出来上がり、第壱中学校への転入が決まる。

 アスカと一緒に登校したら、冷やかされるだろうな、と思っていたけど、そんなことはなかった。

 余計なオマケが付いてきたから、彼女は不機嫌だ。

 

「やあシンジ君、一緒に同じ学校に通えるなんて嬉しいよ」

「アンタねえ! 引っ付き過ぎなの、もっと離れて歩きなさい!」

「惣流さんの方こそ」

 

 

 

 事情を知らない人から見れば、僕とカヲル君がアスカを取り合う三角関係に見えるかもしれない。

 でも実際は、アスカとカヲル君が僕を巡って争っている……。

 そういえば転入初日、トウジに殴られたんだっけ。

 この前の使徒との戦いの時、周りを気にしている余裕がなかったけど、サクラちゃん、大丈夫かな。

 

 

 

「ありがとさん、お前はワシらの命の恩人や!」

 

 僕がエヴァのパイロットだと分かると、トウジとケンスケは僕に向かって深く頭を下げた。

 トウジはクラスの委員長として、学校の案内もしてくれている。

 妹のサクラちゃんの話はできなかったけど、彼は学校も休んでいないし、無事なんだろう。

 

 

 

「お、おはよ、ヒカリ」

「おはよう、アスカ」

 

 緊張していたのはアスカも同じだ。

 洞木さんが名前で答えてくれると、彼女はパッと明るい笑顔になる。

 こっちの世界でも友達になれるといいね。

 

 

 

 転入してすぐにカヲル君は女子生徒の間でモテモテで、早くも人気投票で一位を取ったみたいだ。

 でも僕が三位だなんて、何かの間違いだよね。

 エヴァのパイロットだからかな?

 

 

 

「碇と話しているとさ、知り合ったばかりのはずなのに、以前からの友達だった気がするんだよな」

「ワシもや、不思議やな」

「デジャブってやつだよ、きっと」

 

 ケンスケとトウジと三人で一緒にいることが多くなった。

 また楽しい学校生活が始まったんだけど、少し寂しさを感じる。

 綾波がいないからだと思う。

 

 

 

 リツコさんは綾波はまだ眠っているとだけ、話してくれた。

 父さんは綾波が自我を持ってしまうことを恐れて、封印してしまっているそうだ。

 そんな身勝手な理由で……かわいそうだと思うけど、今の僕たちには何もしてあげられない。

 

 

 

 でも父さんを倒した後、彼女の封印を解いてくれるとリツコさんは約束してくれた。

 もう少しの辛抱だから待っててね、綾波。

 彼女と話しても浮気じゃないって、アスカが分かってくれるといいけど。

 

 

 

 衛星軌道上に使徒が現れたという知らせを受け、僕たちはネルフへと急行。

 アスカの心を壊した、憎むべき敵だ。

 あいつの光線はA.T.フィールドがどんなに強力でも防げない。

 

 

 

 使徒の姿を発令所のモニターで確認した時。

 僕の手をギュッと握るアスカ。

 不安におびえる彼女を慰めるために、僕は抱き締めてキスをしてしまった。

 

「バカっ! エヴァに乗る前に合体してどうするのよ!」

 

 ミサトさんに怒られた僕は合体を解こうとしたけど、アスカが拒否して離れてくれない。

 

 

 

 そして僕の頭の中に流れ込んでくるアスカの過去の記憶。

 母さんが自殺しているところなんか見てしまったら、僕だってトラウマになってしまう。

 だから繊細な彼女の心を守るために、出撃を拒否した。

 

 

 

 その結果、零号機が単独で使徒を迎撃することに。

 

「碇司令、ここはロンギヌスの槍を使うべきかと存じます」

「……ファーストチルドレン、セントラルドグマに降りて槍を使え」

 

 リツコさんの進言もあって、父さんが直ぐに決断してくれたのはいいけど、僕は焦った。

 カヲル君がセントラルドグマに行ってしまえば、サードインパクトが起きてしまうからだ。

 

 

 

「今度こそ、幸せにしてみせるよ。シンジ君」

 

 彼はなにやら意味ありげな笑みを浮かべたけど、僕には理解できなかった。

 でも槍を取りに行けるのは零号機しかいない。

 僕たちはカヲル君の心に全てを託す。

 

 

 

 世界の運命は彼に委ねられた。

 発令所で待つ間、僕たちの心臓は激しく鼓動する。

 前の世界のカヲル君のままだったら、きっとサードインパクトを起こしている。

 

 

 

 今度は僕が不安におびえる番だった。

 初号機で彼を握り締めた手のひらの記憶が蘇る。

 

「アタシも、友達を殺すなんて、そんな思い、したくないわよ……」

 

 強くイメージした記憶はアスカにも伝わってしまったようだ。

 僕たちはお互いに大丈夫だと励まし合った。

 合体しているから、心が通じ合っているのだと分かる。

 

 

 

 でも、僕たちは人類補完計画を拒否する。

 身体が一つにならなくても、分かり合えると人間の可能性を信じて。

 国語の先生が言っていた、『人』と言う漢字は支え合う象形文字から生まれたんだって。

 『人』は人の間で生きているから『人間』なんだ。

 

 

 

 恐れていたサードインパクトは起きなかった。

 零号機が帰ってきたのを見て、僕は倒れそうになるくらい身体の力が抜けた。

 空高く投げられた槍は宇宙空間にいる使徒のコアを貫き、作戦は終了。

 

 

 

 使徒が殲滅されると、アスカも安心して合体を解いてくれた。

 

「ありがとう、渚君!」

「そんなに感謝してくれるなら、キスしてくれないかな?」

 

 僕がお礼を言おうとして近づくと、彼は唇を突き出して迫ってくる。

 後ずさりしても、追い詰められて壁ドン。

 

 

 

「調子に乗るな!」

 

 アスカの回し蹴りで、カヲル君は吹っ飛んだ。

 どうしてだろう、彼のA.T.フィールドで彼女の攻撃は防げるはずなのに。

 それほど僕に迫るのに夢中になって油断していたとか?

 

 

 

 

 

 

 使徒を倒してひと段落した後、僕たちはミサトさんより一足先に家に帰った。

 アスカはずっと不機嫌そうな顔で窓から星空を眺めている。

 

 

 

「何を怒っているの?」

「渚のことよ」

「カヲル君がどうしたの?」

「アイツ……アタシ達を使徒の攻撃からかばったり、アタシ達の代わりに使徒を倒したりしてさ。アイツは使徒なのよ? 使徒ならば、もっと人類の敵らしくふてぶてしい悪役でいなさいよ! そうでないと、シンジが……殲滅させるとき辛く……なるじゃない」

 

 

 

 そこまで言うとアスカは言葉を詰まらせて、目に涙を浮かべる。

 僕のことを心配してくれる彼女がとても愛おしくなった。

 

「ありがとう、でも大丈夫。決心はついているから」

「そんな強がりを言っても、アタシにはお見通しよ!」

 

 

 

 さらに反抗と嗚咽を強める彼女に、素直な気持ちを伝えなければいけないと考えた。

 力一杯真剣な表情でアスカを見つめる。 

 

「カヲル君との別れの時がやってくるのは覚悟している。僕は彼との一期一会を大切にしたい。だからわざと距離を取ることもしないよ」

「……分かった。アンタも成長したものね」

 

 

 

 僕の決意表明を聞いて、アスカは泣くのを止めた。

 彼女の頬に伝った涙をキスで拭う。

 今日二度目のキスは、しょっぱい涙の味。

 

 

 

「シンジ君ってば、また合体したの? お熱いわね~」

 

 悪いタイミングでミサトさんが帰ってきて、僕たちはさっと身体を離すのだった。




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第二十一話 ネルフ、崩壊

 間を置かずに連続して攻めてきた使徒だけど、次が現れるまで一ヵ月のインターバルがあった。

 僕たちはのんびりと過ごせたかというと、そうじゃない。

 ネルフでは大きな政変が起こったんだ。

 

 

 

 人類補完計画に必要なロンギヌスの槍。

 独断で宇宙空間へと飛ばした件で、父さんは完全にゼーレからの信頼を失ったみたい。

 更迭された父さんの代わりに総司令となったのは……冬月副司令だった。

 

 

 

 父さんは名前ばかりの名誉司令という閑職に回された。

 降格された彼はそれでも復権を狙っているみたい。

 でももっと驚いたのは、その後だ。

 

 

 

 冬月さんが総司令になると、ネルフにいたほとんどの人が、ゼーレにNOを突き付けたんだ。

 ネルフの目的だった人類補完計画に、反旗を翻したみんなは『ヴィレ』と言う組織を作った。

 彼もゼーレが推し進める計画には、賛成していなかったみたい。

 

 

 

「えっ、あたしがヴィレのリーダーに!?」

 

 てっきり冬月さんがそのまま新組織のトップに立つと思っていたミサトさんは目を丸くしていた。

 家に帰った彼女に話を聞かされた僕達も驚いた。

 

 

 

「これが新しい組織、ヴィレのロゴマークなの?」

「そう、冬月さんが心のこもった組織になるように、って願掛けして書いたみたいよ」

 

 ロゴマークには見方によっては『心』という漢字に見える達筆の象形文字が使われている。

 

 

 

「それでミサトはヴィレのリーダーを引き受けたの?」

「あたしは老練な副司令になってほしいと思っているんだけどね、新しい時代は若い人間が切り拓くものだって彼は言うのよ」

 

 ミサトさんはそう言って、ワインをくいっと飲み干す。

 憂鬱そうな彼女の表情を見るなんて、久しぶりだ。

 前の世界で加持さんの死の一報を聞いたミサトさんは、ひどく落ち込んでいた。

 

 

 

「意外ね」

「やっぱりあたしに総司令なんて似合わない?」

「ううん、へたり込んでいるミサトが」

「へっ?」

 

 アスカがそう言うと、彼女は裏返った声を漏らした。

 まだ知り合って日の浅い僕たちだけど、腹を割って話せるようになったかな。

 

 

 

「だって、ミサトはどんな時も自信満々じゃないの」

「リツコやあなた達があたしを支えてくれているからよ」

「それがリーダーとして大切だと思うけど」

 

 僕も声には出さなかったけど、アスカの意見に賛成して大きくうなずいた。

 父さんに大きく欠けていた部分をミサトさんは持っている。

 作戦部長の器に収まる人じゃないと僕も思っていた。

 

 

 

「じゃああたしがとんでもない作戦を立ててもOK?」

「リツコさんに止めてもらいます。暴走するとしゃれにならないですから」

「あたしは怪獣か!」

 

 突っ込みを入れた僕。

 そういって僕の背中に飛びかかるミサトさん。

 ギュッと胸が押し付けられる。

 

 

 

「あーっ! 何をどさくさに紛れてシンジに抱きついているのよ!」

 

 アスカがやきもちを焼いて声を上げるけど、背中のミサトさんの感触は気持ち良くて。

 耳を微かに揺らす吐息も心地よかった。

 

 

 

「シンジもアソコを大きくしちゃって……! えいっ!」

 

 さらにアスカに正面から抱きつかれてしまった。

 至近距離で見る彼女の顔は綺麗だ。

 熱烈なキスをした僕たちは、また合体。

 

 

 

「ミサトのヤツ、シンジにこんなに胸を押し付けて……早く引き離しなさい!」

 

 アスカの怒鳴り声が僕の頭に響く。

 彼女の意思では体を動かせない。

 僕はミサトさんの体を押しのけずに、抱きつかれたままでいた。

 

 

 

「……でも、こんなのも悪くは無いかな……」

 

 ポツリと出たアスカのつぶやきに、はっと気が付いた。

 僕たちは両親から抱き締められた経験がほとんどない。

 今のミサトさんの温もりを、彼女も感じているんだ……。 

 これからはキスするだけじゃなくて、手を握ったり、抱き締めたりしてあげよう。

 

 

 

「日本に来て、アンタと同居することになった日の夜、アタシと背中合わせでずっといてくれてありがとね」

「僕が寝たふりをしていたことに気づいてたの?」

「何となくね。あの時シンジが逃げなかったから、加持さんのことでミサトに反発しながらも、同居を続けられたんだと思う」

 

 二人で長めの脳内会話をしていると、ミサトさんはゆっくりと体を離した。

 そして僕の頭をわしゃわしゃと撫でて、

 

「励ましてくれてありがとう。ヴィレのリーダー、引き受ける事にするわ」

 

と吹っ切れたような笑顔で言った。

 

 

 

 

 

 

 ミサトさんはヴィレの総司令となると、リツコさんを副司令として、旧態依然としたネルフへと戦いを挑んだ。

 ネルフ本部でも内部分裂が起こり、父さんたちは負けて、施設はヴィレに接収された。

 前まではゼーレが資金力でネルフを支配していたけど、今度はクレイディトと言う民間団体が、みんなからお金を集めてヴィレを支える。

 クレイディトは予算の透明性を確保するため、クラウドファンディングで資金を募っていた。

 

 

 

 ヴィレはネルフと違って、使徒を倒す意思を持った組織として、ネルフとは反対にクリーンなイメージを持たれているようだ。

 ミサトさんを旗印とした冬月さんの作戦は大当たり。

 負けた父さんたち旧ネルフのメンバーは、しばらくの間、人類補完計画を企てた罪により収監されることになった。

 

 

 

「あの、父さんは大丈夫でしょうか?」

「まだ人類補完計画が遂行できる可能性が残っているうちに、自殺するような人ではないわ。彼の前にユイさんと会えるかもしれないとエサをちらつかせれば、駒として使えるわよ……ふふふ」

 

 笑みを浮かべるリツコさんに、僕とアスカは恐ろしいものを感じた。

 父さんは彼女のお母さんにも酷いことをしたんだから、自業自得かな。

 しばらく牢屋で頭を冷やすといいよ。 

 

 

 

「これからは、あたしの帰りが遅くなる日が続くかもしれないけど、二人きりだからってやり過ぎはダメよ~ダメダメ♪」

 

 おどけてミサトさんは話したけど、気を引き締めないといけないな。

 今まで夜は家に彼女がいることが重しになっていた。

 

 

 

 キスをして合体しても、ツッコミ役は不在。

 回数を重ねるうちに、僕たちはディープキスでなければ、合体までには至らないことに気が付いた。

 同じベッドで寝てしまえば、きっと一線を越えてしまう。

 止めてくれるミサトさんはもういない。

 

 

 

 そこでリツコさんが提案したのが、綾波との同居だ。

 彼女が同じ家にいると意識するだけでも、僕たちは踏み止まることができる。

 アスカも最初はとても渋い顔をしていたけど、最終的には賛成した。

 

「本当にいいの?」

「気に入らないけど、ときどきシンジへの気持ちを抑えきれなくなる。部屋に行って襲いかかろう、なんて考えたこともあったわ」

 

 

 

 前の世界では、部屋に入るなと扉にプレートまでかけていたアスカだけど……。

 ある日の夜、廊下に漏れ出てくる、アスカのあえぎ声を聞いてしまっていた。

 

「シンジ……、シンジ……」

 

 

 

 その時アスカの部屋に踏み込んでしまったら、大変なことになっていただろう。

 僕も自分の部屋に戻り、右手でなんとか興奮を鎮めた。

 少なくともエヴァのパイロットでいる間は妄想の彼女で我慢しないと……。

 

 

 

 朝起きて、顔を合わせたときは、恥ずかしくてアスカの顔を見れなかった。

 でも彼女も何も言ってこなかったのは、同じ思いだったからかな。

 まさか僕に聞かれていたとは、気が付いていないと思うけど……。 

 

 

 

 

 

 

 父さんは綾波を目覚めさせるのに大反対したけど、知ったこっちゃない。

 総司令になったミサトさんの承認を得て、綾波は零号機の予備パイロットとなった。

 カヲル君がいる限り、彼女が零号機に乗ることはないだろう。

 

 

 

 目覚めたばかりの綾波は、前に出会った頃のように無表情でいることが多い。

 これから彼女に人間らしいことを教える綾波育成計画。

 僕たち二人は教育係。

 

 

 

「綾波、お肉ばかり食べているのは良くないよ」

「野菜もバランスよくとりなさい」

 

 前の世界では肉や魚が食べられず、小食だった綾波も、そのうち大食いタレント顔負けになっていく。

 身体もふくよかに育っているかもしれないと観察していたら、アスカに弁慶の泣き所を思い切り蹴られた。

 

 

 

「胸をもむのはやめて! 股をまさぐるな!」

 

 綾波はアスカと同じ部屋で寝ることになったんだけど、好奇心旺盛な彼女はアスカの身体にも興味津々。

 向かいの部屋から聞こえてくるアスカの悲鳴。

 僕も眠れない夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 さらに、驚くべき出会いがあった。

 綾波が加わっても、相変わらずアスカと僕の取り合いをしていたカヲル君。

 そんな彼が曲がり角で女の子と激突。

 ぶつかった女の子の名前は霧島マナ。

 

 

 

 彼女はアスカに負けないくらい元気な子。

 綾波と一緒に転入生となった彼女は、周囲の女の子のやきもちを気にかけずに、カヲル君に大接近。

 彼を質問攻めにしていた。

 

 

 

「あの女、露骨に渚のヤツに近づいて、エヴァのことを聞き出そうとしているなんて怪しいわ。きっと戦略自衛隊のスパイかなにかよ」

 

 アスカの推測は当たっているかもしれない。

 ネルフ本部に侵攻した戦略自衛隊とヴィレの関係は、表向き良好。

 使徒が実際に現れたから、日本政府も間違いを認めて、使徒殲滅に協力するといっているらしいけど……。

 

 

 

「僕はシンジ君が好きなのに、困ったな」

「それは友達としてって意味でしょ? 私、もっとあなたのこと知りたい」

 

 カヲル君は本気(ガチ)で僕を愛していると話している。

 だけど周りのみんなは、冗談として受け止めていた。

 

 

 

 ネルフがヴィレに変わっても、僕たちの日常生活には大した影響はない。

 ミサトさんが総司令になって家に帰る時間が減ってしまったのは残念だけど、家ではいつもの彼女のペース。

 僕とアスカと綾波の三角関係を冷やかしているけど、綾波にはまだ恋というものが理解できていないみたいだ。

 

 

 

「そう言えば、学校で文化祭があるんだって?」

「はい、前の世界では使徒が攻めて来て中止になっちゃいましたけど」

 

 夕食の席で、ミサトさんにそう答える僕。

 僕とトウジとケンスケと委員長で、バンドまで組んで練習したんだけどね。

 その成果を披露する機会が無くて残念だったかな。

 

 

 

「今度バンドを組むときはアタシをボーカルにしなさい!」

「えっ、アスカが歌うの?」

「なによ、文句でもあるワケ?」

「いや、歌っているところを聞いたことなかったからさ」

 

 まだトウジ達からバンドを組もうと誘われたわけじゃない。

 こちらから話を切り出したら不自然に思われるかな?

 でも二人は消極的だったころの僕を知らないわけだし……。

 

 

 

 次の日学校に行くと、バンドの話は意外なところからでてきた。

 洞木さんが歌う曲の伴奏を、アスカに頼んだんだ。

 アスカは綾波と霧島さんにも声を掛けて、四人組のガールズバンド『KASH』を結成。

 

 

 

「あれ? アスカがボーカルじゃないの?」

「ヒカリがね、鈴原に自分の歌声を聞いてほしいんだってさ。そこまで言われちゃ、アタシがワガママを通すわけにはいかないじゃない」

 

 アスカはワガママを通す気の強いだけの女の子じゃない。

 友達に思いやりを見せる優しい一面もある。

 そのギャップに萌えているのかも。

 

 

 

「なによ、その生暖かい目は」

 

 彼女はワザと怒った表情を作るけど、それは照れ隠しだ。

 明確に指摘するとパンチやキックが飛んでくるから言わないけど。

 

 

 

 楽器の弾き方が分からないアスカ達に指導してくれたのは、青葉さんだった。

 彼女たちの中でも、特に綾波の集中力は凄かった。

 家にいる時は、ご飯とお風呂の時間以外、片時もギターを離さなかった。

 

 

 

 本番前の練習でも、難しい演奏でもよどみなく指が滑らかに動いている。

 教えた青葉さんが腰を抜かすほどの腕前まで彼女は上達した。

 アスカと霧島さんも綾波に負けないくらい頑張っていたけど。

 

 

 

 使徒の襲撃もなく、無事におこなわれた文化祭。

 『KASH』の構成は。 

 洞木さんがボーカル。

 綾波がリードギター。

 アスカがベーシスト。

 霧島さんがドラム。

 

 

 

 体育館でのライブは大盛況だった。

 アスカが綾波にリードギターのパートを譲ったのは、彼女の実力を素直に認めたからだ。

 エヴァに乗って戦う時も、エースパイロットにこだわり過ぎなければいいけど……。

 弐号機が無茶をしそうになったら、キ、キスをして止めればいいよね!

 

 

 

 ライブの歌に乗せてトウジに思いを伝えた洞木さんは、それから恋人同士として付き合うことになったみたいだ。

 内気だった彼女は彼になかなか自分の思いを伝えられなかった。

 前の世界では、トウジにきつく当たっていた委員長を見ていたから少し違和感があるけど、二人が幸せになったからいいかな。

 ケンスケも心から二人の交際を祝福していた。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、聞いた? 夜の校舎に長い髪の女の幽霊が出るって話」 

「そ、そんな話をして脅かすなや!」

 

 文化祭もつつがなく終わったある日、朝のホームルームの前にアスカがしたうわさ話。

 トウジは関わり合いになりたくないと怖がって教室を出て行ってしまった。

 追いかける洞木さんとケンスケ。

 

 

 

「鈴原がホラーが苦手なのは意外ね」

「それで、その幽霊がどうかしたの?」

「見た生徒の話だと、髪を長くした渚に似ていたらしいのよ」

「……気になるね」

「そうでしょ?」

 

 

 

 僕はカヲル君のことを知っているようで、知らない。

 夜の学校で何かを企んでいるのか突き止めないと。

 今夜は綾波も巻き込んで三人で夜の学校を探検することになった……。




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第二十話 使徒のかたち、心のかたち

 僕たちがカヲル君のことを疑っていると勘付かれたら、彼は警戒して夜の学校に姿を現さないかもしれない。

 一度家に戻って、懐中電灯などを準備することにした。

 念のために、ミサトさんにも連絡を入れる。

 

 

 

「最近、学校で微弱なパターン青が検出されているから、彼がなにかをしていることは確かよ」

 

 彼女もカヲル君の動向を探っていたようだ。彼の経歴はドイツ支部で加持さんに調べさせているらしい。

 誰もいない学校で何をしているんだろう?

 

 

 

「どうせろくでもないことに決まってるわ」

 

 端からアスカは彼を疑っている。

 僕をかばったのも、計算だったのではないかと考え始めているみたいだ。

 

 

 

 探すまでもなくカヲル君は直ぐに見つかった。

 彼は一階の渡り廊下から、じっと屋上の方を見つめている。

 屋上に何かあるのかな?

 

 

 

 校舎の中、廊下の角から彼の様子をうかがっている僕たちは、屋上を直接見ることができない。

 

「私が屋上を調べてくる」

「綾波、一人じゃ危ないよ」

 

 

 

 止まる間もなく、彼女は暗い校舎の階段を昇って姿を消してしまった。

 そういえば、ネルフ本部が停電した時も、物怖じしないでスタスタと歩いていたことを思い出す。

 この分なら心配はなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

「あなた、何をしているの?」

 

 綾波が屋上にいる誰かに声を掛けたようだ。

 

「いや、来ないで!」

 

 そう答える女の子の声が聞こえると直ぐに、その声の主と思われる女の子が屋上から落ちる音が聞こえた。

 カヲル君の調査なんてもう関係ない、僕たちは外に飛び出して駆け付ける。

 

 

 

「心配いらないよ。彼女は僕が受け止めたから。気を失っただけさ」

 

 彼女のブレザーのポケットから生徒手帳が転がり出た。

 名前を確認すると、『山岸マユミ』さんだった。

 

 

 

 僕たちと違うブレザーを着ているのは、転校してきたばかりだろうか。

 

「どうやら山岸さんは、飛び降り自殺をしようとしていたようだね」

「自殺ですって!?」

 

 

 

 アスカにとって、お母さんが自殺したことはとても辛い思い出となっている。

震えだした彼女を安心させるように、肩をそっと抱いた。

 今回はカヲル君のお陰で未遂に終わったけど、屋上への扉に鍵を掛けないなんて、どんな管理体制なんだ!?

 

「私、何か悪いことをしたの?」

 

 降りてきた綾波がキョトンとした顔で声を掛けてくると、

 

「綾波のせいじゃないよ」

 

 と答えた。

 

 

 

「このまま彼女が目を覚ませば、また自殺を図るかもしれない。そこで僕に考えがある」

 

 カヲル君は髪を伸ばし、女性に近い形に姿を変える。

 

「僕の身体の中に吸収した彼女が、僕の身体から出たがっていてね。今まで器を探していたんだけど、本部にあるクローン体を拝借するわけにはいかない。綾波さんが二人になってしまうからね。でも今夜、ちょうどいい体が見つかったよ」

 

 

 

「もしかしてその子の体の中に使徒を入り込ませるワケ!?」

 

 使徒を山岸さんの体に憑依させるなんて、僕もアスカも大反対だった。

 融合攻撃を仕掛けてきた使徒の危険性は十分わかっている。

 彼女をトウジのようにさせるわけにはいかない。

 

 

 

「父親として、娘の願いをかなえてあげたいんだよ」

「はぁ!? アンタ、なに言ってんの?」

「……いや、今の言葉は忘れてほしい。長く融合している間に、僕の中にいる使徒アルミサエル、彼女も僕の中で過ごすうちに、人と共生できるだけの心を持ったんだ。ここは僕を信じて任せてくれないか。山岸さんの命を救うためにも」

 

 

 

 僕たちが合体して本気を出せば、カヲル君の企みを阻止することも可能。

 だけど僕は、彼女を助けるという彼の言葉を無視できなかった。

 

「このまま山岸さんが目を覚ませば、また自分の命を絶とうとするだろう。だけど使徒である彼女が融合すれば、ストップを掛けられる。山岸さんの魂が完全に消滅するわけじゃない。体を支配された方は、見る・聞く・考えること以外できなくなるのさ、君たちが合体しているときの惣流さんみたいにね」

 

 

 

 今の僕たちは、山岸さんのことをほとんど知らない。

 どうして彼女が自殺しようとしたのか、その理由も分からない。

 目を覚ました彼女を説得する自信も持てなかった。

 

 

 

「山岸さんは、きっと人間にに絶望して死を選択したんじゃないのかな」

「それっていじめを受けたってこと?」

 

 僕の質問にカヲル君は頷いた。

 それならば学校の先生に言っていじめを止めさせるように言わないと。

 

 

 

「きっとクラスの担任も、いじめを見過ごしているんだわ。そこまでいかないと、彼女が絶望したりしないもの」

「だから使徒である彼女を通じて、そのいじめを跳ね除けるのさ。彼女の心の強さを見せれば、ハイエナのような連中は、弱い者いじめを止めるはずだよ」

 

 僕たちが山岸さんを取り囲んで守るという手段もあるけど、それは僕たちと山岸さんが友達になってからだ。

 

 

 

 今の山岸さんは追い詰められていて、その方法は使えない。

 

「彼女の心を落ち着かせた後で、僕たちが生きることの素晴らしさを伝えれば、きっと彼女の考えも変わるはずさ」

 

 カヲル君の主張にも一理あると考えた僕たちは、話し合いの末、彼の提案を飲んだ。

 

 

 

 彼の体から金色に光る塊が現れ、気を失っている山岸さんの中へと入りこむ。

 その光景を見て、気になることがあった僕はアスカにひそひそ声で尋ねる。

 

「ねえアスカ、僕たちの体にもこの世界にいた僕たちの魂が眠っているのかな」

「アタシたちは逆走してきたんだから、それは無いわ。どんなことがあっても、アタシはシンジだけが知っている……シンジだけのアスカよ」

 

 

 

 その言葉に胸が熱くなった僕は彼女を抱き締めてキスを……しようとしたところで、カヲル君の突っ込みが入る。

 

「そんなことをしている場合かい? 彼女が目を覚ますから、見てくれないかな?」

 

 僕たちは顔を赤くして体をパッと話すと、山岸さんの覚醒を見守った。

 

 

 

 目を開けた彼女の表情は、出会った頃の綾波のように無表情だった。

 とりあえず他の人から疑われても困るので、僕たちは山岸さんとして彼女に接することにする。

 ミサトさんに連絡して報告すると、監視は付けるけど、殲滅はしないと言ってくれた。

 父さんが総司令だったら、役に立たない使徒なんて生かしてはおかないだろう。

 

 

 

「綾波君だけでなく、使徒である彼女にも気を使ってくれると助かるよ。山岸さんは彼女というレンズを通じて、僕たちを見ているはずだから」

 

 都合の良いことに、山岸さんは両親を亡くして一人暮らしだった。

 彼女を引き取った叔父さんも、ネルフの仕事が忙しくて、ほとんど顔を合わせていなかったみたいだ。

 

 

 

 一晩中家にいなかったのに、捜索願も出されず。

 だから山岸さんには相談相手もいなくて、追い詰められてしまったんだろうけれど。

 

 

 

「山岸さんの性格が変わったら、他人と入れ替わったって誰かが気が付くんじゃないかな?」

「そんなに気にかけてくれている人がいたら、彼女だって自殺なんてしようとしたりしないわよ」

 

 残念だけど、アスカの言う通りか。

 誰も自分に関心を持ってくれないのは悲しいことだ。

 

 

 

 僕たちは彼女に第壱中学校の生徒に擬態して生きて行くための知識を教えた。

 都合良く学校にいたこともあって、それほど時間は掛からずに終わる。

 

 

 

「それにしても、あんなニョロニョロとした使徒が人の形になっちゃうなんてね」

「合体するときの君たちと同じさ。A.T.フィールドを保っていれば、人も使徒もどんな形になっても自我は失われない」

 

 大きなため息をついてつぶやくアスカに、涼しげな笑みを浮かべて答えるカヲル君。

 

 

 

 幽霊騒動にも決着がついたところで一安心。

 そうなると気になるのは次にやってくる使徒のことだ。

 前の世界では、バラバラに戦って負けてしまった。

 今度は僕たちが力を合わせれば勝てると思う。

 

 

 

 問題は、あの使徒が第三新東京市の街をめちゃくちゃに壊したことだ。

 そのせいで、トウジやケンスケ達も引っ越していってしまった。

 第三新東京市を覆うA.T.フィールドをずっと張り続けるのは、さすがに無理。

 

 

 

「あの……カヲル君。次の使徒がいつ、どこからやってくるかなんて、分からないかな?」

「どうしてそんなことを聞くんだい?」

 

 

 

 自分たちが逆走してきた存在で、これから起こることを知っているとカヲル君に明かせば、もっと協力が得られるかもしれない。

 でも彼がまだ完全に味方だと決まったわけでも無い。

 迷った末に僕が出した結論は……。




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第十九話 彼女達の戦い

「カヲル君、僕とアスカは全てが終わった世界からやって来たんだ」

 

 不信感がないと言えばウソになるけど、僕は前の世界の彼とは違う何かを感じて、正体を明かした。

 アスカが厳しい目で僕をにらみつけている。

 相談も無しに重大な秘密を話したのだから、怒るのも当然かな。

 

 

 

 カヲル君は僕の話を否定しなかった。

 いつもの涼しげな表情を崩さない。

 彼が何を考えているのか分からずに困惑していると、

 

「君の話は信じるよ。僕も別の世界の記憶を持っているからね」

「えっ!?」

 

 とカヲル君は言った。

 今度は僕が驚かされる側だった。

 

 

 

 カヲル君の話によると、別の世界の僕も、アスカが死んでしまう事に納得がいかずに、時間を巻き戻していたらしい。

 でも僕たち二人の記憶が残って逆走するケースは初めてみたいだ。

 

「繰り返された世界を見てきて分ったけど、前の世界と全く同じだというのはあり得ない。少しずつ違った部分があるものさ」

「……じゃあ、使徒を先回りして倒すなんて、無理なんだね」

「気を落とすことはないよ、シンジ君。街が壊されても、友達が出ていくとは限らないじゃないか。葛城総司令を信じよう」

 

 

 

 彼はミサトさんの企みを知っているようで含み笑いをする。

 カヲル君と話し込んでいるうちに、夜もすっかり更けてしまった。

 あまり帰りが遅くなると、ミサトさんに心配をかけてしまう。

 僕たちは解散して自分の家へと戻ることにした。

 

 

 

「あーあ、眠くなっちゃったから、今夜のことは許してあげる。今度大事なことを話すときは、アタシに相談するのよ。良いわね?」

「うん」

 

 アスカは大きなあくびをしながら綾波と一緒に自分の部屋へと入っていった。

 彼女の寝室にいる綾波が、僕たちのストッパーになっている。

 でも綾波の目の届かないところでは、キスとかハグとかしている僕達。

 トイレなんかでしてしまわないか心配だと、ミサトさんは監視カメラを付けたようだ。

 お風呂は彼女達二人が一緒に入ることになっている。

 徹底して僕たちを二人きりにしないというミサトさんの作戦だ。

 

 

 

 

 

 

 そしていよいよ使徒襲来の日を迎えた。

 使徒の放ったビームは、第三新東京市の地面を大きくえぐり、ジオフロントに通じる大きな穴を開けた。

 皮肉にも幸運だったのは、前の世界よりも使徒の攻撃の威力が大きかったせいで、一発でビームが収まったことだった。

 前の時みたいに、何発も地面を揺るがすビームを乱射されていたら、住んでいる人達の不安は増しただろう。

 

 

 

「使徒、ジオフロント内に侵入しました!」

「みんな、無様な姿を公衆の面前にさらす事は出来ないわ。良いわね?」

 

 僕たち三人はヴィレ本部から直接ジオフロントに出撃する。

 

 

 

 かつてネルフ本部だった建物は、ヴィレになってから様変わりした。

 壁に描かれたさまざまな企業の広告。

 初号機や弐号機、零号機の装甲板にもスポンサーの名前がペイントされ、使徒との戦いは世界中に実況放送。

 ヴィレは特務機関から株式会社となっていた。

 資金集めのために始めた、ミサトさんのアイディアだ。

 

「みなさん、戦場に向かうエバーの雄姿をご覧ください!」

 

 マイクを持って明るいノリで実況する彼女。

 使徒の一撃で命が奪われる危機的状況なのに、それを感じさせない。

 それどころか、シェルターで怯えるはずの市民達もサポーターとして歓声を上げていた。

 

 

 

 第三新東京市でパニックを起こして逃げ出そうとする人はほとんどいない。

 恐怖の伝染よりも、実況中継への応援の熱狂が勝っていた。

 シェルターには市民に交じって、観客を盛り上げるネルフのサクラ部隊も混じっていた。

 トウジの妹である彼女も、小さなサクラ部隊の一員だ。

 

 

 

 でもミサトさんの実況は作戦命令と交錯するから、僕たちとしてはやり難い。

 しかもスーパーエヴァンゲリオンには前もって広告を載せられないので、原則として合体は禁止。

 視聴率を取るために、余裕で勝てる使徒相手でも、ピンチになったふりをして山場を作れとまで言われた。

 使徒との戦いはエンターテインメントのショーじゃないのに。

 

 

 

 特に今回の使徒に関しては攻撃を受けるわけにはいかない。

 広告がペイントされた腕を切り落とされたりでもしたら、スポンサー企業のイメージダウンになってしまう。

 この初回放送にはヴィレ株式会社の命運が、いや、人類の運命が掛かっている。

 

 

 

 だからといって離れたままじゃ、使徒のビーム攻撃で街に穴を開けられてしまう。

 

「迷っている暇はないわよ! アタシが弾幕で援護射撃するから、アンタが突撃しなさい!」

「うん、分かった」

 

 アスカはそう言うと、周りの兵装ビルから色々な武器を取り出す。

 遠距離武器の見本市ともいえる光景に、視聴者たちの期待も高まった。

 

「それそれそれそれ!」

「おっと、弐号機によるパレットガンの攻撃! お次はバズーカ砲、ポジトロンライフル!」

「おまけっ!」

「最後にソニックグレイブを投げ付けたっ! しかしっ、使徒には傷一つ付いていない!」

 

 使徒の注意を引き付けるための陽動だから、効いていなくても何も問題はない。

 その間に僕は使徒との距離を詰めた。

 アスカが攻撃をうまく避けられるといいけど。

 

 

 

「僕にも活躍の機会を与えてくれないかな?」 

「零号機による背後からのスナイパーライフルによる狙撃! と同時に正面から初号機が体当たりを仕掛ける!」

 

 使徒が弐号機に攻撃を仕掛ける前にカヲル君が先手を打つ。

 盛り上がるミサトさんの実況。

 三人の連携が上手くいって、僕は使徒と組み合うことができた。

 

 

 

 至近距離に持ち込めばこっちのものだ。

 初号機で使徒を押し倒し、馬乗りになって使徒のコアを殴り続ける。

 使徒は距離が近すぎて、ビーム攻撃をするためにエネルギーを溜める時間を作れない。

 ムチのように伸びる腕も、中距離だから効果的に使える武器だ。

 

 

 

「初号機の北斗百裂拳が使徒のコアを打ち砕いた! 使徒の殲滅を確認! 我々の勝利です!」

 

 北斗百裂拳じゃなくて、ただの連続パンチなんだけどな……その方が盛り上がるなら、それで良いか。

 それにしてもミサトさんの漫画のセンスって古いな。

 

 

 

「さあ、エバー三機が勝利のグータッチを交わします!」

 

 ええっ!? そんなこと聞いてないけど!

 ミサトさんのアドリブに巻き込まれた僕たちはあわてて集まり、拳を重ねる。

 

「エバーがいる限り人類が使徒に負けることはありません! 第三新東京市のみなさん、これからも応援をよろしくお願いいたします!」

 

 ミサトさんが締めくくると、史上初となる巨大人型兵器の実況中継は終わった。

 

 

 

 彼女の作戦が功を奏したのか、第三新東京市から出ていく人たちはほとんどいなかった。

 むしろ地元で応援しようと転入してくる人たちが多数。

 トウジとケンスケも転校することがなくなって、僕も一安心。

 

 

 

 

 

 

 すると僕は、他の事が気になり始めた。

 ネルフが崩壊してからずっと牢屋に入れられている、父さんのことだ。

 リツコさんは彼の命を狙う刺客から守るためだって話していたけど……。

 

 

 

「碇元司令に会いたい? 止めておきなさい、彼の闇に飲まれるわよ」

 

 父さんに面会したいと話すと、リツコさんは厳しい顔でそう言った。

 今の彼は、母さんに会いたいという気持ちが高ぶって、見るもの全てを憎んでいるらしい。

 

 

 

「砂漠を歩いている人間に、たやすく水を与えてはいけないの。のどが枯れて、干からびる直前までじらさないとね……ふふふ」

 

 彼女が浮かべる黒い笑顔に、ゾッとした。

 父さんの心が徹底的に追い詰められたところで、人類補完計画の再開を匂わせる。

 そうすることでリツコさんは父さんを操り人形とするつもりだ。

 まさに飴と鞭とはこのことだ。

 リツコさん、怖いです。

 

 

 

「碇元司令は、まだあなたのお母さんに会いたいという信念を曲げていない。そのために自分の息子だって利用する。だから碇司令は甘い言葉で、あなたを惑わすかもしれないわ」

 

 ミサトさんも僕が父さんと会うのを反対した。

 僕が彼に優しい言葉を掛けられたら、脱走の手助けをしてしまうのではないかと思われているようだ。

 ヴィレのみんなの話によると、牢屋は24時間監視体制。

 父さんは食事と排泄の時以外はじっと動かずに虚空を見つめているそうだった。

 

 

 

 彼に三度の食事を直接渡すのは、諜報部の人達じゃなくて、マヤさん達。

 僕は彼女達にも父さんの話を聞きに行った。

 

「私たちが話しかけても、彼は何も答えてくれないの」

「皮肉の一つでも零してくれれば、会話の糸口がひらけそうなものだけどね」

「俺が一方的に壁に話しかけているような感じだったぜ」

 

 

 

 マヤさん達の話を聞いて、直ぐに父さんと面会することは諦めた。

 残念だけど、リツコさんが彼の心を折ってくれるのを待つしかない。

 アスカに無用な心配をかけてはいけないと、僕は急いで家に帰った。 

 

 

 

 

 

 

 肩を落として帰宅した僕を、アスカは慰めてくれる。

 

「その様子だと、元司令との面会はできなかったみたいね」

「うん。父さんは母さんに会うこと以外、何も考えていないみたいだ」

「そう簡単に改心するとは思えないわ。アンタのせいじゃない」

 

 父さんの母さんへの執着ともいえる愛の深さを思い知った僕は、アスカに尋ねてみたくなった。

 

「アスカは、僕がどっかに行っちゃったらどうする?」

「地獄の果てまで追いかける! シンジもそうでしょ?」

「……うん」

 

 僕とアスカの顔が自然と近づく。

 お互いの唇が軟着陸しようとした時、それを遮ったのは綾波の一言だった。

 

 

 

「碇君、お腹が空いた」

「夕食当番、僕だったかな」

 

 アスカは疲れている時くらいやらなくていいと言ってくれたけど、何か作業をしている方が気が紛れていい。

 父さんの重苦しい話を打ち切りたかった僕は、話題を学校のことへと切り替える。

 

「学校はどうだった?」

「シンジが居なくて退屈だった」

「それはどうも」

 

 対面式キッチンではないこの家では、料理をしている間はアスカの顔が見れない。

 逆に僕の落ち込んだ表情を直視されなくて気が楽な面もあるけど。

 

 

 

「ちょっと面白いことはあったわよ」

「なに?」

 

 学校で綾波とカヲル君が話していると、山岸さんが割り込んできたらしい。

 綾波はどうして彼女が邪魔するのか分かっていないようだ。

 彼のファンクラブの女の子達も巻き込んで、騒ぎになったみたいだ。

 

「使徒も嫉妬したりするのかしらね」

「さあ、それは分からないけど」

 

 ややこしい話だけど、今の山岸さんには、カヲル君と融合していた使徒の魂が宿っている。

 追い詰められた山岸さんが、自分で命を絶たないようにするためだった。

 彼は、綾波と一緒に僕の娘も育てて欲しいと言っていた。

 

 

 

 そのカヲル君の言葉をそのままとらえると、彼が使徒のお父さんということになるけど、僕たちには意味が分からなかった。

 彼の話によると、ゼーレの企みによって第一使徒から第十六使徒に落とされてしまったけど、「逆走」したこの世界では本来の第一使徒の地位に戻れたんだとか。

 僕の逆走は使徒達にも大きな影響を与えたみたいだ。

 

 

 

 今日の料理当番は綾波だったから、彼女にはお味噌汁だけを作ってもらうことにした。

 

「おみそ汁、美味しくできたね」

「ありがとう、碇君」

 

 僕の指導を、メモまで取って熱心に受け入れてくれる綾波の料理の腕前は、グングンと上がっていた。

 そんな綾波に対抗心を燃やして、アスカも料理をしてくれるようになった。

 

「むうぅぅ、アタシの『ドイツ風野菜スープ』を食べた時は、そんなこと言わなかったのに!」

「アスカはニンジンやジャガイモをもうちょっと上手く切れるようになったら、味が均等に染み渡るようになるよ」

 

 

 

 顔を膨れさせたアスカに、綾波がドキッとするようなフォローを入れる。

 

「その必要はないと思う。惣流さんの料理には、碇君への愛情がこもっているから、碇君はどんな料理を食べても美味しいと思う」

「ぶっ!」

 

 顔を真っ赤にしたアスカがご飯粒を噴き出す。

 

「だって愛情は最大の調味料だって、碇君が話していたもの」

「そ、それはそうだけどさ……」

 

 アスカの唇には、ご飯粒が付いたままになっている。

 直ぐに彼女が自分の舌でなめて取らないのは「キスして」のサインでは?

 確かに綾波の言う通り、ただのご飯粒でも僕には美味しそうだ。

 

 

 

 

 

 

 僕たちが甘い夕食をとっていると、ミサトさんから連絡が入った。

 エヴァ参号機と肆号機の起動実験を、松代でやることに決まった報告。

 

「初号機と弐号機だけで十分じゃない」

 

 弐号機から乗り換えたくないアスカは強い不満を示した。

 僕だって新しいエヴァとシンクロできるか少し不安だ。

 

『デトロイトの企業の広告が載ったエバーで戦えって、アメリカ政府から圧力がかかったのよ』  

 

 彼女の話によると参号機の機体にはデトロイトの工場の名前がビッシリと描かれているらしい。

 肆号機は『世界の警察アメリカ』をアピールするスマートなデザインになっている。

 

『四号機はシールドもあって、かなりカッコいいみたいよ。……という訳でどちらが参号機と肆号機に乗るか話し合っておいてね、オーバー!』

 

 ミサトさんは僕達に反論するヒマを与えてはくれずに、通信を閉じた。

 

 

 

 僕はミサトさんに参号機の危険性を知らせたはずだ。

 だけどカヲル君と同じく、前の世界と同じことが再現されるとは限らないと思っているのかな?

 

「参号機にはアタシが乗るわ!」

「どうして!?」

 

 アスカに僕は目を剥いて反論する。

 彼女が使徒に侵食されるなんて、出来の悪い映画だ。

 そんなシナリオを書く脚本家なんか、頭を叩いてやる。

 僕の気持ちはアスカも分かっているはずなのに。

 

 

 

「シンジに守ってもらってばかりなんだから、借りを返さないと気が済まないのよ。大丈夫、アタシは使徒なんかに負けないんだから。それに今度は、助けてくれるんでしょ?」

 

 参号機に乗らないようにアスカを説得するのは難しそうだった。

 僕は彼女の戦いを見届けるしかないんだ……。




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第十八話 魂の選択を

 ヴィレの総司令になったミサトさんが打ち出した、エヴァの戦いを実況放送するという方針。

 その宣伝効果に目を付けたアメリカ政府の圧力により、アスカは参号機、僕は肆号機、カヲル君は仮設伍号機に乗り替えて戦うことになってしまった。

 

 

 

 前の世界では使徒に乗っ取られた危険な参号機のパイロットに、アスカが立候補。

 

「この間、アタシを抱きしめて守っていた借りは返すわ。いざとなったら、シンジが助けてくれるんでしょう?」

 

 そう彼女に言われたら、止めることはできなかった。

 

 

 

 松代で三体のエヴァの起動実験ショーが開催される。

 多くの観客が押しかけていて、参号機が使徒のせいで暴走したらどうなるか不安だった。

 前の世界ではミサトさんとリツコさんたちが爆発に巻き込まれて怪我をしたと聞いていた。

 

 

 

「爆発に関しては最大限の対策をするわ。むしろ、戦隊物に爆発シーンはお約束ね」

 

 ミサトさんはおどけた様子で言っていたけど、その目は真剣そのものだった。

 しっかりと安全に配慮してくれるんだろうなと、この場は彼女を信用する。

 

 

 

 初号機と弐号機にしか乗ったことのない僕たちに、参号機や肆号機が動かせるのか不安はあった。

 参号機が起動しなければ、使徒は覚醒しない。

 そうすればアスカも危険な目に合わずに済む。

 しかしそんな甘い考えは通じずに、参号機は起動してしまった。

 間髪置かずに肆号機と伍号機も起動する。

 

 

 

「大変です! 伍号機に高エネルギー反応!」

「あんですって!? どうして伍号機に使徒が居るのよ!」

「参号機の音声カットして!」

 

 マヤさんの報告に、アスカが驚きの声を上げる。

 ミサトさんの英断により、彼女の声は市庁舎に居る視聴者たちに聞こえなかったようだ。

 

 

 

「ありがとう、カヲル君」

 

 僕は事前にカヲル君に頼んで、使徒を伍号機に呼び寄せてくれないかと頼んでいた。

 アスカの決意を踏みにじったのは悪いと思っているけど、僕は彼女が汚されるのがどうしても我慢できなかった。

 

「なるほど、シンジ君は惣流さんを他の男に寝取られるのが嫌なんだね」

「別に使徒が女性でも両性でも嫌だよ」

 

 

 

 カヲル君はいつの間にそんな人間の感情の機微を学んだのかという疑問に対しては、僕たちのファンが描いた『同人誌』という『薄い本』で知識を得たのだと言う。

 

「本は良いねえ、何でも教えてくれる」

 

 

 

 僕の提案は彼にとっても渡りに船だったようだ。

 カヲル君は使徒バルディエルの力を借りて、やりたいことがあった。

 伍号機に高エネルギー反応があった次の瞬間、僕たちの視界が真っ白に染まった……。

 

 

 

 気が付いたら頭上に星空。

 足元には白い砂の砂漠が広がる。

 周りには地平線しかない。

 静かな世界に立っていたんだ……。

 

 

 

「なによ! アタシたち、あの世界に戻っちゃったワケ!?」

 

 前と違うのは、元気な声を張り上げているアスカが隣に立っていることだった。

 喚きたてているアスカの手を優しく握る。

 

「僕はこうしてアスカと一緒に居られるだけで幸せだよ」

「そうよね……」

 

 

 

「残念だけど、そこまでにしてもらえるかな」

 

 僕たちの唇の接触は、カヲル君によって止められた。

 キスを邪魔されたアスカは、とても不機嫌な顔で彼をにらみつける。

 

「合体されるとややこしいことになるからね」

「アンタの仕業なの?」

「ここはバルディエルの力を借りて作ったマイナス宇宙空間。君達に理解しやすく言えば、心の中の世界だね。だから形は一定じゃない」

 

 

 

 カヲル君が手を振りかざすと、周りの風景が電車の中へと変化した。

 前の世界で使徒に飲み込まれた時も、こんな感じでもう一人の僕と話した気がする。

 

「君達は逆走したと思い込んでいるこの世界。実はシンジ君の逆走したいという願いによって創られたものなんだ」

「えっ!?」

「時間を巻き戻すなんて、神様だって不可能なことさ」

 

 

 

 彼のいうとおりならば、目の前にいるアスカも、僕によって生み出された存在となる。

 彼女を救うために逆走を選んだのに、残酷な事実を突きつけられた。

 

「失望しなくていいんだよ」

 

 

 

「僕たちが目の前に居る!?」

 

 優しくカヲル君がささやくと、向かい合わせの電車の座席に、寝息を立てている僕とアスカそっくりの人影が現れた。

 広告がプリントされているプラグスーツ姿の僕たちと違い、彼らは第壱中学校の制服を着ていた。

 

 

 

「こっちはこの世界が創造された時に生まれた君達の魂。二人の魂が二組ある理由、シンジ君なら分かるよね?」

「やっぱりアスカは、僕の世界のアスカなんだ!」

「ちょっと、喜び過ぎよ!」

 

 

 

 この世界で唯一無二の、僕が創ったものではない存在。

 例えるなら、夢の中にある現実。

 とても愛おしく思えて、離さないと力強く抱き締めてしまった。

 

 

 

「おっと、合体は困るよ。これから魂の選択をしなくてはいけないからね」

「魂の選択?」

 

 オウム返しにカヲル君に答える。

 なにか嫌な予感がした。

 

 

 

「今まで君達の身体には二つの魂が入っていた。逆行前の世界からやってきた君達の魂と、この世界が創造された時に誕生した魂さ」

「アンタ、アタシ達に身体を返せっての!?」

「この世界を創ったのはシンジ君さ、彼の判断に任せるよ」

 

 

 

 自分の身体が精神体だと分かっていても、全身から汗が噴き出すような思いだ。

 この世界の僕たちを犠牲にして生き延びる。

 彼は僕にその手を汚せというのか。

 

 

 

「僕にはできないよ! 何の関係もない魂を消すだなんて!」

「アンタバカァ!? アタシ達が消えたら、この二人が使徒と戦うことになるのよ!」

 

 アスカは冷たい人間だ、と思った僕だけど、彼女の目に涙が溜まっているのを見て、即座に考えを改めた。

 ここで彼らの魂を消しても、アスカに言われたからと逃げ道を作れる。

 彼女の僕への思いやりに溢れた言葉なんだ。

 

 

 

「やれやれ、それならシンジ君の創造の力を使って彼らを異世界転生させるというのはどうかな?」

 

 ため息を付いたカヲル君は、この二人の魂を別の世界に移す提案をした。

 それをすると、僕の持っている創造の力が大きく減ることになるらしいけど……。

 

 

 

「アスカ、それで良いかな?」

「これでアンタへの借りは返したからね」

 

 腕組みをして不機嫌そうな表情を作ろうとしても、精神世界では思ったことが顔に出やすくなる。

 ツンツンしても、バレバレだよアスカ。

 

「ニヤニヤするな!」

 

 僕の心の中も彼女に読み取られてしまった。

 

 

 

「さあシンジ君。彼らの魂を導いてあげるんだ」

 

 カヲル君に言われるまま、寝ている二人に手をかざす。

 すると二人の身体は銀色の精神体となって、電車の窓から星空の彼方へと消えて行った。

 

 

 

 星空の中を走る電車なんて、銀河鉄道みたいだ。

 

「それで、二人をどこの世界に飛ばしてあげたのよ?」

「えっ?」

「何も考えてなかったの!? あきれた。本当にバカシンジね」

「ゴメン……」

「アタシに謝ったって仕方ないじゃない。あの二人のバイタリティに賭けるしかないわ」

 

 あの二人の運命は、まさに神のみぞ知ることになってしまった。

 いまさら僕にはどうしてあげることも出来ない。

 

 

 

「さてと、目的を果たしたところで元の世界に戻るわけだけど、頃合いを見て伍号機エントリープラグを引き抜いてくれないかな」

「また新しい使徒を吸収するつもり?」

「頼むよ」

 

 カヲル君には大きな恩がある。

 アスカの流儀にも従って、現実世界に戻った僕たちは救出ショーを演じた。

 

 

 

「なんと! 伍号機は使徒に乗っ取られてしまった模様です! 二人は協力してパイロットを救出することができるのでしょうか!?」

 

 ミサトさんの実況中継で、観客達の雰囲気も盛り上がる。

 伍号機は人型兵器とは思えないトリッキーな動きをして僕たちを翻弄する。

 浸食タイプの使徒相手に、正直いって盾は邪魔で仕方がない。

 だけど『ニューヨーク市警』と書かれたものを直ぐに投げ捨てるわけにもいかず、しばらく持ったまま対処した。

 

 

 

 カヲル君に逆に乗っ取られた使徒は、僕たちが紙一重で避けられる攻撃を仕掛けてくる。

 盾を構えた僕の乗る肆号機は、伍号機の正面で注意の引付役。

 アスカの乗る参号機は背後に回り、エントリープラグを引き抜く救出役。

 

「参号機が、パイロットの救出に成功しました!」

 

 実況アナウンサーのミサトさんがそう言うと、見守っていた観客のみんなから拍手が巻き起こる。

 コアを引き抜かれ、抜け殻になった伍号機が崩れ落ちた。

 

 

 

「使徒の殲滅を確認! 使徒のコアはエントリープラグにあったようです! 果たして伍号機パイロットの少年は無事なのでしょうか!?」

 

 エヴァから降りた僕は伍号機のエントリープラグのハッチを開ける。

 シートでは涼しい笑顔をしたカヲル君が座っていた。

 

「どうやら彼は傷一つなく無事のようです! 今回もシンジ君とアスカはよくやってくれました!」

 

 みんなから拍手と歓声を浴びて、気恥ずかしくなった。

 アスカは当然といった顔で立っている。

 

 

 

 戦いは終わって、観客のみんなは帰っていった。

 

「お疲れ様。渚君の協力もあって、最高のショーになったわよ」

 

 どうやらミサトさんは途中から伍号機を操っているのはカヲル君だと気づいていたようだった。

 

「また使徒を吸収したようだけど、あなたはどうするつもりなのかしら?」

「使徒の魂を移す器がないからね。しばらくは同居してもらうよ」

 

 カヲル君はミサトさんの質問にそう答えた。

 すると彼女は意味深な笑みを浮かべる。

 あれはろくでもないことを思い付いた時の顔だ。

 

 

 

「牢屋にちょうどいいのがいるじゃない」

「ちょっと待って、父さんに使徒の魂を移すの!?」

 

 山岸さんのように、彼の魂を強引に押さえつける案に反対する。

 リツコさんもその意見に難色を示した。

 

「碇司令の場合、使徒の精神支配を跳ねのけてしまうリスクがあるわ」

「つまり彼の心はまだ折れていないってことか……」

「観念してマダオになってしまえばいいのにね」

 

 そう言ってリツコさんは暗闇の笑顔を浮かべた。

 どす黒い感情が彼女の中で渦巻いているのが分かる。

 父さんの釈放の日はまだまだ先のようだ。

 

 

 

 山岸さんの体も、今は使徒の魂が宿っているけど、いずれは本人に返すつもりだとカヲル君は話した。

 そうするとカヲル君は一つの体に三人の魂を持つ事になるけど大丈夫かな?

 

「心配ないさシンジ君。『三人寄れば文殊の知恵』というじゃないか」

「それは違う気がするよ」

 

 今までの僕も、合体したときは眠っていた彼らの魂も含めて四つが同じ体に同居していたんだっけ。

 完全に混ざり合うことなく、元に戻ることも出来ていた。

 魂って自由に移動できるものなのかな。

 

 

 

 長くなった撮影後の反省会もこれで解散。

 次回の脚本作りに忙しいミサトさんより先に、僕たちは電車に乗って帰ることになった。

 すると最寄り駅ではトウジとケンスケと洞木さんが待っていた。

 

「シンジ、今回も大活躍だったやないか」

「エヴァのパイロットってばカッコ良いよな、憧れの存在だよ」

「そんな、僕は大したことはしてないよ」

「謙遜しなくていいのよ、碇君」

 

 

 

 実際に頑張っていたのはカヲル君なんだから、本当のことを言ったまでだけど……。

 でも救出劇は茶番だったと告白するわけにもいかない。

 

「あーあ、俺もエヴァに乗ってみたいな」

「……私も」

「綾波まで、何を言い出すんだよ。とっても危険なんだよ!」

 

 電車の中に他の乗客がいるにも関わらず、僕は二人に諦めてもらうように説得した。

 その場では納得したように見えた綾波とケンスケとだったけど、二人とも強い気持ちでエヴァに乗りたいと思っていたなんて、その時の僕には分からなかったんだ。




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第十七話 四人目と不適格者

 今夜はいつも多忙なミサトさんも早めに帰宅。

 家族揃って楽しい夕食、のはずだったのに……。

 

「えっ、綾波をフォースチルドレンに?」

「そう、零号機に乗ってもらうわ。渚君は肆号機に」

 

 彼女から話を切り出された僕は驚くと同時に腹が立った。

 綾波に危険にさらしたくないために逆行までしてきたのに、それをふいにされたからだ。

 

「シンジ君、怒らないで。これはレイが強く希望してのことなのよ」

「綾波が……?」

「守ってもらっているだけで、何もできないっていうのも辛いってことよ! ねえ、レイ?」

「うん」

 

 アスカに声を掛けられた綾波は、こくりとうなずいた。

 僕と合体している間、彼女はそんな気持ちを抱いていたのか。

 

「謝るくらいなら、たまにはアタシに主導権を譲りなさい」

「う、うん、考えておくよ」

 

 今まで彼女が動いていたら引き起こされていたであろうトラブルを思い浮かべて、あいまいな返事をする。

 戦略自衛隊相手にA.T.フィールドをぶつけて脅迫しようと提案してきたこともあった。

 

「もしかして、参号機にも誰か乗せるんですか?」

「いいえ、適格者が居ないし、それはないわ」

 

 昔のネルフだったら、強引に適格者を増やそうとしたかもしれない。

 それならトウジがエヴァのパイロットになることはないと僕達は安心した。

 でも次の日学校に登校すると、思いもよらない事態になったんだ。

 

 

 

 

 

 

「ミサトさん、俺を参号機のパイロットにしてください!」

 

 ミサトさんの運転する車で学校まで送ってもらった僕達。

 (ちなみに綾波も一緒に乗るようになったために、彼女は四人乗りの車に買い替えた) 

 駐車場で待っていたケンスケはなりふり構わず、土下座してミサトさんに頼み込んでいた。

 周囲のクラスメイト達も、彼の行動を応援している。

 

「あたしもパイロットになって、渚君を守りたいです!」

 

 正座したケンスケの隣に割り込んできたのは、霧島さんだった。

 思わぬ事態にどよめきの声が上がる。

 さらに山岸さんが息を切らせて走ってきた。

 

「私をエヴァに乗せて下さい」

「ええーっ!?」

 

 大人しそうな彼女までもがそう言うと、駐車場は混乱の極致となった。

 三人に懇願されたミサトさんは額に手を当ててため息を吐き出した。

 確かに三人ともエヴァを起動させることはできるかもしれない。

 でも僕たちと同じように戦えるかどうかはわからない。

 

 

 

 ケンスケと霧島さんは平凡な中学生だ。

 僕も人の事は言えないけどね……。

 カヲル君は上手く使徒の力を抑え込んでいるけど、山岸さんに憑依している彼女が同じことができるかどうか分からない。

 エヴァの暴走を引き起こしてしまう可能性だってある。

 でも三人ともエヴァに乗りたいという気持ちは本物だ。

 だからこそミサトさんは生半可な返事ができないと思ったみたい。

 

「あなたたちの気持ちは分かりますが、エヴァには適格者しか乗る事は出来ません」

 

 

 

「どういうことですか、ミサトさん!」

「シンジ君達には生まれ持ったエヴァに乗るための資質がある、それは努力ではどうにもならないということです」

「くそっ! 何でだよ!」

 

 ミサトさんが冷酷に言い放つと、ケンスケはコンクリートの地面を殴って悔しがった。

 霧島さんも山岸さんも歯を食いしばって、拳を握り締めている。

 学校の生徒達の面前で断言したのは、きっと他にもエヴァに乗りたいと思っていた人の心を折るためだ。

 僕たちエヴァのパイロットは14歳の中学生。 

 もしかして自分もエヴァに乗れるかもしれないと希望を持つ人が出てくるのは仕方のないことだ。

 ミサトさんはそんな希望の芽をバッサリと切り捨てたんだ。

 そしてきっと僕たちを嫉妬から守るためでもある。

 絶対にエヴァに乗れないと分かれば、僕たちにライバル心を抱くこともない。

 その日からケンスケも、熱狂的にエヴァに乗りたいと口にしなくなった。

 

 

 

「第壱中学校の生徒達は、みんな適格者候補なんでしょ? 使えるものは何でも利用するんじゃなかったの?」

「頭数ばかり増やしても仕方ないわ、船頭多くして船山に上るよ」

 

 アスカの言葉に、リツコさんはそう答えた。

 新しくパイロットを育成するのには資金が掛かるというヴィレの財政事情もあったようだ。

 ミサトさんが身も蓋もない言い方をすると、ケンスケと山岸さんはアイドルとしての商品価値を見い出せないらしい。

 裏を返せば、僕やアスカ、綾波やカヲル君はアイドル並みのルックスと華を持っていることになるけど……複雑な気分だ。

 

 

 

 それなら霧島さんは?

 乗り物の操縦経験があるようだし、ミサトさんも彼女の風貌には問題はないと考えていた。

 でも加持さんに彼女の素性を探らせたところ、霧島さんは戦略自衛隊、日本政府、日本重化学工業共同体の三重スパイだった。

 ヴィレの最新技術を盗む密命を帯びた人間を重要な施設内に入れるわけにはいかない。

 彼女がカヲル君に近づいたのも、それが目的だったみたいだけど、アスカの見立てによれば霧島さんは今では本気でカヲル君のことが好きになっちゃったみたいだ。

 

 

 

 フォースチルドレンに選ばれた綾波は、僕たちと同じハーモニクステストや訓練を受けるようになって喜んでいた。

 ミサトさんはエヴァに乗るだけで何もしなくていいとは言っていたけど、綾波はやる気満々だ。

 広報活動のために、定期的に行われるエヴァの撮影会でも、綾波はエヴァのパイロットとして周知されるようになっていた。

 零号機に乗った綾波の初めての実戦が楽しみだと声も上がっているけど、僕とアスカは複雑な心境だ。

 

「綾波が無茶をしないように気を付けないとね」

「そうね、アタシ達の妹だから」

 

 同じ家で暮らしている間に、僕とアスカには綾波を妹のように思う気持ちが芽生えてきた。

 それは同時に、ストッパーとしての役割が少し薄れたことを意味する。

 合体するほどのディープキスはしないけど、回数も増えてきていた。

 

 

 

 世間では四人目のエヴァパイロットが誕生したと盛り上がっているけど、僕たちの気持ちは沈んでいた。

 守るべきものが一つ増えてしまったのだから。

 カヲル君が零号機を守ってくれるとは言ってくれたけれど……。

 次に現れる使徒のことを考えると、僕達は不安でたまらなかった。

 

「大丈夫、いざという時のためにダミープラグの開発に着手したわ」

 

 そう言って三人の女性と一緒に発令所にやってきたのはリツコさんだった。

 ダミープラグが完成すれば、僕たちが乗っていなくてもエヴァは戦い続けてくれる。

 

 

 

 前の世界ではトウジの命を奪うことになった忌まわしきダミープラグ。

 でもこの世界では綾波やみんなの命を守る頼もしい存在になって欲しい。

 ダミープラグの開発を行うのはマンツーマン。

 零号機のダミープラグはリツコさんがしてくれるのなら安心だった。

 

 

 

 僕はリツコさんが連れてきた三人の女性のうちの一人、カエデさんとペアを組むことになった。

 ダミープラグ開発のため、僕とカエデさんはたくさん話をする必要に迫られた。

 僕の隣の席に座るアスカの刺すような視線が痛い。

 家に帰ったら、いつもよりたくさんキスをしないといけないな、と僕は思うのだった……。




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第十六話 生きる希望、しかし

 次に使徒が突然出現するポイントは、僕達には分かっていた。

 第三新東京市の一角のその場所周辺は、大規模工事予定地として立ち入り禁止エリアに設定された。

 どんな施設を作るかは公表されていない。

 だって何も作るつもりはないからだ。

 

 

 

 しかしみんなの想像は膨らんで、大型戦艦を造るための工場だとか、球団をサプライズで招待するためのドーム球場だとウワサする人たちもいた。

 広報部長と総司令を兼ねているミサトさんには取材が殺到している。

 

「そんなワケで、ネルフから外に出ると記者に捕まってしまうから、家には帰れそうにないのよ」

 

 この騒動が収まるまで、僕とアスカと綾波の三人だけの夜は続くことになりそうだった。

 本当に綾波が同居してくれて居て助かった。

 僕とアスカ二人きりだったら、キスよりも進んだ段階にいっていたと想像できる。

 

 

 

 ミサトさんが頭を悩ませていたのは、次の使徒との戦いをショーとしてどうやって演出するか、だった。

 僕とアスカが使徒の中に飛び込んで内側から使徒を倒す、ではエンタメ性に欠けると葛城監督は判断したのだ。

 命を懸けて使徒と戦っているのに、負けたらショーなんて言っている場合ではないと思うけど。

 

 

 

 それに使徒の内側からマイナス宇宙空間を破壊して、使徒のA.T.フィールドを崩壊させるには僕たちの力を大量に消費すると、リツコさんも反対だった。

 カヲル君が提案したのは、S2機関を持った初号機と肆号機、そして使徒アルミサエルに憑依された山岸さんの乗る参号機が使徒の内部へと飛び込む。

 その後S2機関を共鳴させて使徒のマイナス宇宙を破壊すると言うものだった。

 

 

 

 彼の提案は受け入れられ、有事に備えて参号機の展示は一時中断された。

 山岸さんは今回だけのスポット参戦となるため、正体を隠して作戦に参加する。

 極力バレないようにするため、ロシア人の『マリィ・ビンセンス』と偽名を使うことになった。

 万全の態勢を取って待ち受けていると、予想した場所に使徒が出現した。

 

「シンジ君達から聞いてはいたけど、地味な配色の使徒ね。インス〇映えしないわ」

「ミサトさん、テレビ番組の視聴率よりも人類の命運を気にして下さいよ」

 

 すっかりTV局ディレクターに染まってしまった彼女にツッコミを入れる。

 早くも視聴者からは使徒に『オ〇オ』とあだ名をつけられているようだった。

 

 

 

「まず、初号機が先行して使徒に攻撃を仕掛けます。その他のエヴァはいつでも援護に駆け付けられるように待機」

「了解」

 

 空中に浮かぶ使徒の影に攻撃を仕掛ければ、そのエヴァの足元に使徒の本体が移動するはずだ。

 僕は立ち入り禁止区域に入ったことを確認すると、使徒の影に向かってパレットガンを発射した。

 予想通り、使徒の影は僕の頭上へと移動し、使徒の本体は足元から初号機を飲み込み始めた。

 

「うわあ、何だよコレ!」

「シンジ!」

 

 もちろんこれは驚いたフリだ。

 僕はウソを付くのは上手じゃない。

 ぼろが出る前に、残るエヴァ全機、初号機の救出へと向かう迫真の演技。

 

「ダメよ! あなた達まで使徒に飲み込まれるわ!」

 

 ミサトさんも役者として頑張っている。

 にやけた顔など決して見せてはいけないんだ。

 

 

 

 僕は助けを求めるように両手を地上へと向かって伸ばす。

 その手をつかんだのは参号機と肆号機。

 

「あなた達、手を離しなさい!」

「葛城司令、僕たちはもう手遅れのようです」

 

 参号機と肆号機は肩の半分まで使徒に飲み込まれてしまっていた。

 

「シンジィーーッ!」

 

 僕が最後に聞いた通信は、大きなアスカの叫び声。

 茶番劇だと分かっていても、胸が痛む。

 

 

 

 

 

 

「さてと、今頃は地上で惣流さんが涙声でシンジ君の名前を叫んでいるだろうね。綾波君も加わっているかもしれない」

 

 ミサトさんの演出だとはいえ、アスカと綾波にそんな芝居をさせるなんて気分の良いものじゃない。

 彼女のシナリオでは、アスカの呼び掛けに答えた僕が愛のミラクルパワーで使徒を倒すといったものだった。

 

 

 

「じゃあそろそろマイナス宇宙を生成しようか。シンジ君、アルミサエル、バルディエル、君達の力を借りるよ」

 

 肆号機のコアに共鳴する形で、初号機と参号機のコアも光り出した。

 その共鳴に反応したのが、使徒レリエルのコアだった。

 五つのコアの力は、マイナス宇宙への入口をこじ開ける。

 僕の視界が真っ白に染まって行った……。

 

 

 

 真っ白な光が収まった後、僕は通い慣れた第壱中学校の教室にいることに気が付いた。

 でも、僕がいるのは自分のクラスである2-Aじゃない。

 目の前には教科書に落書きをされて泣いている山岸さんの姿。

『根暗』などの心無い言葉がたくさん書き殴られている。

 

 

 

 

 そうか、僕たちが今居るのは、山岸さんの心のマイナス宇宙空間なんだ。

 山岸さんは自分の席で、泣きながら落書きされた教科書のページを消しゴムで消している。

 明日の授業で文字が読めないと困るからだ。

 でも、すっかり日が暮れて暗くなると、彼女の手が止まった。

 操り人形の糸が切れたかのように、全身の力が抜ける。

 ゴシゴシと擦っていた消しゴムも手から投げ出された。

 

 

 

 ゾンビのような足取りで2-Cの教室から廊下に出た山岸さんは、一直線に屋上へと向かった。

 校舎の屋上に登るための階段の鍵は、夜は施錠されているはずなのに、何者かによって鍵が壊されてしまっていた。

 これでは山岸さんが簡単に屋上へと侵入できてしまう。

 

 

 

 屋上へと出た山岸さんはためらうことなく柵をよじ登って身を向こう側に投げた。

 でも彼女の身体をカヲル君はA.T.フィールドで受け止めた……。

 それはあの日実際にあった出来事なのは、僕もアスカも綾波も目撃している。 

 

「君は死んではいけない。生と死は等価値ではないのだから」

 

 カヲル君のその言葉と共に、また場面が切り替わった。

 

 

 

 今度は前にも見たことのある、宇宙空間を走る電車の中の光景だった。

 車両の中に居るのは、僕と女性化したカヲル君、山岸さん。

 あれ? カヲル君と使徒が合体しているってことは……?

 

「お願いです。私は彼女が側にいないと生きていけないんです。戻してください」

 

 山岸さんはカヲル君の制服の裾を引っ張ってお願いしていた。

 やっぱり使徒は山岸さんの身体から出ていったみたいだ。

 

「大丈夫、もう君はいじめられることはなくなったはずだよ。それは分かっているんじゃないかな?」

 

 2-Cに転校した山岸さんは、クラスに馴染めず。

 女子グループから陰湿ないじめを受けていた。

 群れることなく孤立した草食動物が、肉食動物の標的にされるように。

 

 

 

 しかし使徒に憑依された山岸さんは、自分の意思で身体を動かして、命を絶つことは出来なくなった。

 それから平然と振舞う山岸さんの行動を見て、いじめていた女子グループは彼女への評価を変えた。

 少し脅せば学校へと来なくなると思っていたようだった。

 

 

 

 それが学校に来てカヲル君の居る僕たちの教室に足繁く通うようになっている。

 まるで人格が入れ替わったように彼女たちは感じたようだ。

 実際にそうなんだけども、想像すらできないだろう。

 

 

 

 山岸さんに興味を無くした彼女達は、もう彼女の教科書を汚すこともしなくなった。

 もう付きっ切りで守ってあげる必要はない。

 カヲル君はこのマイナス宇宙空間を山岸さんが独り立ちする良いステージだと考えたようだ。

 

「お願いです、彼女を返してください……私には側で励まし続けてくれていた彼女がまだ必要なんです」

「これからは僕たちが山岸さんの側にいてあげるよ。ねえ、シンジ君?」

「うん、僕たちで良ければ。きっとアスカや、綾波も、委員長も霧島さんも友達になってくれるよ」

 

 もちろん、山岸さんがいきなり僕たちの友達の輪に入るのは難しいとは思っている。

 だけど、手を差し伸べてあげるのは大切なことだ。

 カヲル君の手を取って、山岸さんは立ち上がった。

 

 

 

「さあ、使徒レリエルの心も捉えた。そろそろ、このマイナス宇宙も閉じる時間だよ」

 

 カヲル君は僕たちと話ながら、同時に使徒ともコンタクトを取っていたなんて、驚くばかりだった。

 彼が居れば、使徒を全て楽勝に倒せてしまうんじゃないかな。

 

「シンジ君、僕達使徒はS2機関を持っているけど、一度に出せる力には限界があるんだ。君の創造の力のように、減っていくだけの力じゃないけどね」

 

 僕の心の中を見透かしたかのように、カヲル君はそう言った。

 

 

 

 エヴァの中でS2機関が搭載されているのは。

 僕の乗っている初号機。

 山岸さんの参号機。

 カヲル君の肆号機。

 零号機と弐号機には無いから、綾波とアスカには作戦から外れてもらった。

 

 

 

 そして使徒アルミサエルと使徒バルディエルは形を変えてカヲル君と融合している。

 合計五個のS2機関で、使徒レリエルのマイナス宇宙を強引に抑え込む。

 

「シンジ君、準備は出来ているかい? ショーの方も盛り上げないといけないからね」

「うん」

 

 初号機が使徒の影から脱出すると同時に、A.T.フィールドを展開し、弐号機の小指に巻き付ける演出プランがミサトさんから言い渡されている。

 彼女は『赤い糸大作戦』と名付けていた。

 

 

 

「シンジィーーッ!」

「アスカァーーッ!」

 

 しっかりとA.T.フィールドが初号機と弐号機の小指を繋ぎとめたのを見て、発令所のミサトさんはマイクを手に取る。

 

「弐号機の必死の呼び掛けが、初号機に届きました! 愛の力で奇跡が起きたのです!」

 

 彼女が煽るようにまくしたてると、視聴者達からも大反響。

 後に『奇跡の戦士エヴァンゲリオン』というキャラクターソングまで出るほどだった。

 

「さあ、感動の再会……おおっと、初号機と弐号機は感激のあまり合体してしまったようです!」

 

 お芝居だとは分かっていたけど、気持ちが高ぶってしまった僕はエヴァ越しにアスカとキスをしてしまった。

 視聴者を沸かせるオチが付いたところで放送は終了となった。

 

 

 

 

 

 

「みんな、お疲れ様。今回はアスカとレイに主演女優賞ね。高視聴率間違いなしだわ」

 

 ミサトさんは大いに満足した様子で僕達に声を掛けた。

 綾波の頬には涙の跡が残っている。

 アスカも同じぐらい泣いてくれたのかな。

 今は合体してしまっているから確かめようがないけど。

 

「確認の必要なんかないわよ!」

 

 アスカの声が直接僕の頭の中に響く。

 彼女がよっぽど恥ずかしい思いをしたのが僕の心の中にも伝わってくる。

 

 

 

「大丈夫、編集して円盤で発売するために映像はバッチリ録画してあるから」

「こらっ、何を楽しみにしているのよ、シンジ!」

 

 ミサトさんの言葉を聞いてにやけてしまった気持ちがアスカに筒抜けのようだった。

 

「僕のためにアスカが泣いてくれるなんて、嬉しいからさ」

「だからアレは番組を盛り上げるための演出。ちょっと感情が入っちゃっただけ! アンタこそ、いきなりキスするなんて、台本に無かったわよ」

「ゴメン、僕も気持ちが入っちゃったみたいだ」

 

 そう言って僕達二人は声をあげて笑った。

 

 

 

「二人とも、盛り上がっているところ悪いんだけど」

 

 傍から見ると、僕が一人で笑っているように見えてしまう。

 リツコさんに声を掛けられた僕は表情を引き締める。

 

「その……碇元司令があなたに話をしたいそうよ」

「父さんが?」

 

 言いづらそうに彼女が話を切り出すと、僕は驚いた。

 

「今まで逃げていた司令が急に話をしたいだなんて、どんな風の吹き回しかしらね」

 

 僕の中に居るアスカも、不気味さを覚えているようだった。

 リツコさんも同じ思いのようで、

 

「無理して話す必要はないと思うけど……どうする?」

 

 と僕に聞いてきた。

 

 

 

 逆行前の世界では、最後には母さんに逢えたからなのか、僕に心を開いて創造の力をくれた父さん。

 でも人類補完計画が止まってしまっている今の状況で、彼は僕のことをどう思っているのだろう?

 知りたいという気持ちが恐怖心に勝った。 

 

「分かりました、父さんと話してみます」

 

 僕はリツコさんに、そう答えていた。




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第十五話 碇ゲンドウの本心と雄弁に語る証拠

 

 元ネルフ司令の父さんの身柄はヴィレによって保護されている。

 その実情は監禁だ。

 だから僕と彼の面会はヴィレの取調室でやることになった。

 面会にはミサトさんが立ち会ってくれるけど、まだ僕の心には大きな不安があった。

 

 

 

 リツコさんも話していた。

 父さんの心の闇に飲み込まれるなと。

 

「シンジ、碇司令と話すのがそんなに怖いの?」

「アスカはお見通しか」

「上の空で作った料理なんて、ちっとも美味しくないわ。ねぇ、レイ?」

 

 彼女の問い掛けに、綾波はこくんとうなずいた。

 面会の前日からこんなにガチガチに緊張していては、ろくに話ができないだろう。

 見かねたアスカが大きなため息を漏らす。

 

「ねえ、側に付いていてあげようか」

「アスカが居てくれれば心強いけど……」

 

 僕はそこで言葉を濁した。

 父さんの話に腹を立てた彼女が手を挙げるかもしれない不安が湧き上がる。

 

 

 

「そんなに気になるなら、合体してから行く?」

「よろしくお願いするよ」

 

 こんな自分勝手な願い事も、アスカは聞いてくれるようになった。

 お礼に今度、フカヒレラーメン大盛りを御馳走しよう。

 明日への不安が和らいだ僕は、彼女のことを思いながら眠りに就いた。

 

 

 次の日、アスカと合体した僕はミサトさんと一緒にヴィレへと向かう。

 彼女がキスをして頭の中で叩き起こしてくれなかったら、僕は寝坊してしまうところだった。

 それほど心の底から僕は父さんを恐れているのかもしれない。

 

「久しぶりだね、父さん」

 

 僕とアスカが合体した姿は、彼も目にしているはずだ。

 父さんは押し黙ったまま、僕をにらみつけている。

 目は口程に物を言う。

 弱気な態度を見せるわけにはいかないのは分かっているけど、先に目を反らしたのは僕の方だった。

 

 

 

「お前の手で人類補完計画を遂行してユイに引き合わせれば、愛してやる」

 

 父さんの口から突然出てきた言葉に、僕は顔面を殴られたような衝撃を受けた。

 すぐ傍で立会人をしているミサトさんには、予測が付いていた様子だ。

 

「そうとでも言うと思ったか? だが生憎だな、私はお前を愛しいと一片も思っていない」

「そんな……」

 

 取り付く島もない父さんの態度に、僕は崩れ落ちそうになった。

 机に手を置いて必死に身体を支える。

 僕をわざわざ呼び出した意図を測りかねたミサトさんが眉をひそめて彼をにらみつけた。

 

「運命の神の手によって、私の全てであったユイは奪われた。お前も融合しているセカンドを失えば、私と同じ気持ちになるだろう」

「人類補完計画をしろっていうの?」

「ああ、お前自身が望むようになる。だが勘違いするな。お前は人類補完計画を遂行するための道具に過ぎん」

「道具だって!?」

「道具は自分勝手に考えることは許されない。私のシナリオ通りに遂行しろ。分かったな。そして、それをユイも望んでいる」

 

 

 

 母さんも人類補完計画をしろって言っている!?

 僕の顔から血の気が引いて行くのを感じる。

 

「碇元司令、これ以上あなたの発言を許すわけにはいきません」

「構わん」

 

 父さんはミサトさんにそう答えたきり、黙ってヴィレの隊員に連行されて行った。

 僕の頭の中では彼の言葉がグルグルと渦巻いている。

 

「僕は……道具……僕は……道具」

「シンジ、気をしっかり持って! アタシは居なくなったりしないんだから! 人類補完計画なんてする必要はないわ! 碇司令の口から出まかせよ!」

 

 

 

 

 

 

 僕はミサトさんに身体を支えられ、アスカが心の中で励ましてくれたおかげで心を落ち着かせた。

 

「シンジ君、もう立ちあがれる?」

「はい、なんとか」

 

 彼女を心配させまいと、僕はミサトさんに笑顔を作って答えた。

 アスカには自分が強がっていることは筒抜けだけど。

 

「あなたのお母さんが人類補完計画を望んでいたって話だけど、彼女なりの事情があると思うの。だからリツコにも手伝ってもらって、ユイさんの記録を調べてみるわ」

「ありがとうございます!」

 

 ミサトさんは総司令の仕事もあるのに、こうして僕のために色々としてくれる。

 いくら感謝しても足りないくらいだ。

 

 

 

「じゃあ今日はこれから、気晴らしにアスカとデートをしなさい。遊園地を貸し切りにしてあるから」

「えっ!?」

 

 僕とアスカはシンクロして驚いた。

 ミサトさんがタブレットで見せてくれたのは、日本最大級の遊園地、多摩ランド。

 セカンドインパクトでの水位上昇で、水辺にあった遊園地は閉園してしまったけど、この遊園地は奥まったところにあったから残ったんだ。

 

「多摩ランドでデートだなんて、たまらんど! なんちゃって。アスカも喜んでいるでしょ」

「余計なこと言わなければ素直に感謝したのに」

 

 アスカのつぶやきは僕の頭の中で響くだけ。

 とりあえずごまかし笑いを浮かべてミサトさんにお礼を言った。

 使徒との戦いが終わって、日常を取り戻せたのなら。

 二人で遊園地でデートをしようという気持ちは一致している。

 

 

 

「さてと、私は司令室に行くから、送迎はヒマ人に任せるわ」

「ミサトさん、仕事で忙しいのに僕に付き添ってくれて本当にありがとうございます」

「事務仕事は日向君、他の組織との外交は冬月先生に任せてあるから大丈夫よ。デートのアイディアを出してくれたのも、冬月先生なのよ」

 

 副司令がリツコさんに代わった後、「冬月さん」と呼ぶのは忍びないので、ヴィレのみんなは先生と言っている。

 僕は冬月先生へのお礼の言付けをミサトさんに頼んで、アスカとの合体を解いてからロッカールームに立ち寄った。

 ミサトさんはデートの服も用意してくれた。

 

「これは、ミサトの趣味なんだからね! アタシは仕方なく着ているのよ!」

 

 女子ロッカールームから出てきたアスカは、リボンがあしらわれた可愛い服を着ていた。

 

「とっても似合っているよ」

「ありがと」

 

 

 

 僕たちが手をつないで待ち合わせの場所へ行くと、待っていたのは加持さんだった。

 

「ヒマ人って、加持さんだったんですか」

「まあ、そういうことさ」

 

 加持さんはヴィレ諜報部の中心的存在だとミサトさんが話してくれた。

 ミサトさんのために三重スパイを止めて、元ネルフの諜報部を束ねてくれたんだとか。

 

「アタシ達くらいのVIPともなれば、加持さんが警護について当然よね」

「えっ、僕達ってそんなに偉いんですか?」

「エヴァのパイロットといえば、第三新東京市、いや、世界のヒーローだよ」

 

 指摘されるまで、僕は自分の立場を理解していなかったみたいだ。

 学校で普通にして居られるのも、加持さん達が守ってくれていたからなのか。

 

「遊園地の周辺警護は俺達ヴィレ諜報部に任せて、君達二人はデートを思い切り楽しめ!」

「はい!」

 

 僕たちは声をそろえて元気いっぱいに返事をする。

 ここまでお膳立てしてもらってるのに、下を向いて落ち込んでいたら、みんなの気遣いを無駄にしてしまう。

 

 

 

 

 

 遊園地は通常営業。

 いつもなら何時間も行列待ちをするアトラクションも乗り放題。

 まずアスカが飛び付いたのは絶叫マシンの類だった。

 

「まさか一日で全部を制覇出来るなんて、夢みたい!」

「少しは手加減してよ」

 

 目を輝かせるアスカに、僕はそう声を掛ける。

 エヴァのパイロットとして長い時間を過ごしている間に、僕もこれらの乗り物に対して耐性が付いたようだ。

 たくさん乗っても乗り物酔いしない。

 

 

 

 広い遊園地をふたりで巡っていると、気づけばもう日が傾いていた。

 長く伸びる影を見ながら、僕たちはどちらからともなく観覧車へと向かった。

 観覧車に乗ると小さな箱の中を夕日がより強く照らす。

 

「……こうして人気のない遊園地にいると、あの赤い海の世界を思い出すわね」

 

 少し眩しそうに、目を細めるアスカ。

 その瞳はわずかに憂いを帯びているような気がした。

 

「……そうだね。あのとき、僕の中でアスカの身体はどんどん冷たくなって……」

 

 流れ出る血液は生温かいのに、彼女の身体からは温もりが消えていく。

 まるで命がそのままこぼれていってしまうようだった。

 当時の記憶に顔を曇らせているとアスカは僕の手を取り、彼女自身の胸へと押し当てた。

 

「でも今、アタシの心臓は脈打ってる。シンジが助けてくれた命よ」

 

 手のひらからは彼女の体温と胸の鼓動が伝わってくる。

 彼女の目にはもう憂いはない。

 夕日に照らされながらまっすぐと力強く、僕を見つめている。

 今、こうやってアスカは生きている。

 それがただただ嬉しかった。

 彼女が生きている実感、そして彼女の思いで胸が溢れそうになる。

 視界がにじむと、熱を持った涙が何度も頬を伝った。

 

 

 

 

「こらっ、どさくさに紛れて胸を揉むんじゃない!」

 

 長く感動を味わううちに、好奇心も頭を出してきて、ついアスカの胸を握ってしまった。

 彼女に頭を叩かれ、僕の手は胸から引き離される。

 雰囲気を変えようと、僕は強引に話題を振った。

 

「でもどうしてこんな早い時間に観覧車に乗ろうって言い出したの?」

 

 ミサトさんは夜まで遊園地に居ていいと話していた。

 ライトアップされた夜景を観覧車から眺めると綺麗だと勧めてくれたのに。

 

「今日はアンタのお母さんの命日でしょ。だからアンタのお母さんにアタシを紹介してよ、彼女として」

「母さんのお墓参り?」

 

 僕はすっかりと忘れていた。

 カレンダーにメモまでしてあったのに。

 今日は父さんとだけでなく、母さんとも話をしよう。

 そう決意した僕は、加持さんに頼んで母さんのお墓参りをさせてもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

「母さんが人類補完計画を提唱した人だって聞いたけど、どうしてなの? 教えてよ!」

 

 墓石に向かって尋ねても、答えは帰ってこない。

 それは分かりきっていたけど、聞かずにはいられなかった。

 どうして世界の人類を一つにするようなことをしなければいけないのか。

 

「シンジ君。リッちゃんから連絡があってな」

 

 お墓参りに行く車中で、車を運転していた加持さんは、僕に驚愕の事実を告げた。

 人類補完計画の発案者は父さんじゃなくて、母さんだった。

 父さんが言っていたことは、でっちあげではなかった証拠が見つかってしまった。

 

「……アスカ、僕は父さんと母さんにとって、人類補完計画の道具でしかないのかな」

 

 僕の思考が一歩、また一歩と深淵へ近づいていく。

 また深い闇へと落ちていくのか……と、どこか他人事のように考えていると手に温もりを感じた。

 その温もりが手から体全体へと広がって、包み込んでくれる。

 気づくとアスカが優しく手を握り、しっかりと抱き締めてくれていた。

 

「シンジ、誰が何と言おうとアンタはアタシの命の恩人で、信頼できる仲間で、唯一無二の恋人よ!」

「……アスカ……」

 

 ああ、そうだ。

 何度、僕が暗い沼の底に落ちたとしても必ずアスカが手を取って、明るい陽の元に引き上げてくれる。

 これまでもそうだった。

 きっとこれからもそうなんだろう。

 ありがとう。

 僕にとってもアスカは最高の恋人だよ。

 壊れそうな僕の心を必死で守るように、華奢な体で抱きしめてくれるアスカ。

 より愛おしく感じられるその背中に手を回す。

 家に帰る車の中では、無機質なエンジンの音が響いていた。

 流れていく景色の中でわずかな車体の揺れを感じながら、僕とアスカはお互いの存在が消えてしまわないよう、つなぎとめるようにずっとふたりで抱き合っていた……。




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第十四話 ヴィレ、トップアイドルの座

 アスカと夢のようなデートが終わってからしばらくして、日常を取り戻した僕達。

 ミサトさんは夕食の席で、得意気にポスターを披露した。

 ポスターは初号機、弐号機、零号機が背景。

 プラグスーツ姿の僕とアスカ、カヲル君、綾波が描かれている。

 

「原画はサ・ダモト画伯にお願いしたわ。カッコよく描けているでしょう?」

「ちょっと僕は美化されすぎてませんか?」

「そんなことないわ、真面目になったシンジ君の表情って、結構イケてるわよ」

 

 素早い動きでアスカが、ミサトさんからポスターを奪う。

 さっそく自分の部屋に飾るようだ。

 

 

 

「そう言えば、アタシのフィギュアまで売られているみたいじゃない。プラグスーツの所々が破けている、いかがわしい感じの物が」

「アレはシンジ君とアスカの話を聞いて、あたしの脳内イメージが膨らんだゆえの産物というか……」

 

 ミサトさんは露骨に目を反らして、詰問するアスカから逃れようとしている。

 意外にも助け舟を出したのは綾波だった。

 

「エヴァの維持には国家予算並みのお金がかかるの。葛城司令は頑張っているのよ」

「そうだったんですか!?」

 

 僕も心の中で、使徒との戦いをエンターテイメントのショーとした、ミサトさんのことを少し軽蔑していた。

 だけど今の話を聞いて、その評価を改めるべきだと僕は考えた。

 彼女はたくさんの資金を集めるための戦いもしているんだ。

 

 

 

 それでも僕とカヲル君のボーイズラブの薄い本がヴィレ株式会社から出版されて居たり、アスカや綾波のフィギュアが発売されているのは複雑な心境だ。

 さらに『新世紀エヴァンゲリオン』というアニメや漫画もメディアミックス展開される。

 ア・ンノという著名な監督が作って、興行収入は百億円を超えると予想されているようだ。

 

「それでさらなるテコ入れのために行われるのがエヴァパイロットの人気投票よ」

「どういうことですか?」

「使徒と戦う姿がウケてあなた達にも固定のファンが付いたわ。この機会を逃さず、世界のヲタク共から資金を巻き上げ……ゴホンゴホン、提供してもらうのよ」

 

 ミサトさんは人差し指を立ててウインクしながら、自信たっぷりに言い放った。

 アスカは呆れかえった顔で盛大なため息をつく。

 

「推し活を促進して、さらにお金を投下させようってえげつない作戦ね」

 

 

 

「人気投票だからって特別に意識する必要はないわ。アスカとシンジ君はいつも通りイチャついていれば良いし、レイも無理に笑顔を作ることもない」

「ちょっと、アタシ達をバカップルみたいに言わないでよ」

「実際のところ、そうなんでしょう?」

 

 ミサトさんにやり込められたアスカはそれっきり黙り込んでしまった。

 明日からの学校が心配だ。

 カヲル君には同じクラスの女子の親衛隊が居るし、アスカを推している男子も多い。

 僕とアスカは公認のカップルになっているけど、どんなことが起きるか分からない。

 

 

 

 

 

 

 投票期間は一ヵ月。

 一日一人一票が投票できる仕組み。

 加持さん達に付き添われての通学中も注目を浴びる。

 教室でも休み時間はひっきりなしに僕の席にみんなが集まってくる。

 困ったのは、女子生徒が僕を応援する度に、アスカからの嫉妬のこもった視線が飛んでくることだ。

 僕が鼻の下を1mmでも伸ばしたら、1m先からアスカのパンチが飛んでくるだろう。

 これからしばらく息苦しい生活が続くのかと思うと、ウンザリして来る。

 

「碇君、お弁当にタコさんウインナーを作っているんだ」

「凄え」

 

 昼食の時間にまで注目を浴びることになり、僕がアスカと綾波の分までお弁当を作っていることがバレてしまった。

 これはアスカにとってはイメージダウンにもなるかもしれない出来事。

 彼女は大急ぎで洞木さんに料理を習うことになったんだ。

 

 

 

「ほら、アンタの分のお弁当。このアタシが作ったんだから、感謝して食べなさい!」

「あ、ありがとう……」

 

 学校の教室という公衆の面前で僕にお弁当を渡すのは、アスカの得点稼ぎなんだろう。

 こっそりと渡してくれれば周りのみんなに気付かれなかったのに、恥ずかしいよ。

 でもアスカの指に巻かれていたばんそうこうから健気な気持ちが伝わってきた。

 野菜の形は整っていたけど、一回り小さい。

 たぶん洞木さんが切り直してあげたのかな?

 だけど人気投票のおかげで、アスカの手作りお弁当が食べられることになるとは嬉しい驚きだ。

 

 

 

 いつも教室で本を読んでいた綾波の行動にも変化が表れる。

 彼女はアイドルには笑顔が必要だとミサトさんの教えを受けて、休み時間には女子トイレの鏡に向かって笑顔の練習をするようになったみたいだ。

 綾波は真剣に人気投票を盛り上げて、エヴァの資金獲得の手助けとなるべき努力をしている。

 男子達は女子トイレに近づくこともできずに涙を飲んでいるみたいだけど、そのいじらしい姿に、女性票も伸びそうな気配だ。

 

 

 

「僕も人気投票に向けて何か一芸でも身に付けるべきなのかな……」

「君はそのままの自然体でいいよ。余計なことをしない方が良い。お笑い芸なんかしたら、それこそドン引きして逆効果だよ」

 

 僕の考えを読んでいたかのようにカヲル君は忠告してくれる。

 

「それよりも君は何か楽器が演奏できるかい? よかったら僕と一緒にセッションしないか?」

 

 僕はカヲル君の提案を受けた。

 彼がピアノ、僕がチェロのデュオユニットを結成。

 音楽室で定期的にコンサートを開いてポイント獲得を狙う。

 

 

 

 そして投票日の十五日はバレンタインデー。

 世界中でチョコレートが飛ぶように売れて、日本へと送られてくる。

 ヴィレ株式会社はチョコレート業界に大きな力を持つように事前に工作。

 チョコが売れる度にロイヤリティ収入が得られる仕組みを作っていた。

 ちゃっかりしているなミサトさん。

 もしかしたら冬月先生の策略かもしれない。

 

 

 

 中間選挙の象徴ともいえるバレンタインチョコ。

 最近は同性でもチョコレートを贈るのに抵抗が無い人が増えているから、アスカや綾波が有利かと思ったけど、僕のところにもトラックに積みきれないほどのチョコレートが配送された。

 なぜか男性からのチョコレートも多いことに僕が不思議に思っていると、ケンスケが理由を教えてくれた。

 なんとネットに僕の写真を加工して、髪の長い女性にしたものが出回っていた!

『性転換 碇シンジ』で検索するとファンアートまで出てきて、僕は得体の知れない寒気を感じた。

 でもヴィレの人気投票を盛り上げるためだ、僕が我慢するしかない。

 

 

 

 そうして僕にとっては地獄のような後半戦が過ぎて行った。

 加持さん達は過激なファンが僕達に危害を加えないか、影で守ってくれていたようだった。

 人気投票が終われば、とりあえず過熱しすぎたファンの心理は収まる。

 ア・ンノ監督も『新世紀エヴァンゲリオン』の続編は作らないと言っていたし、前のような平穏な生活に戻れるように祈りたい。

 

 

 

 人気投票の結果発表は新東京ドームサッカー場で行われることになった。

 他にも施設があるのに、どうしてサッカー場でするのか理由が分からなかった。

 観客席には数万人のサポーターが詰めかけていた。

 入場料もエヴァのメンテナンス代に充てられる。

 今日だけでざっと数千万円だ。

 

 

 

「さあ皆様、お待たせしました! 一か月に及ぶ人気投票の結果発表です!」

 

 サッカー場のピッチに設けられたステージの真ん中で、MCのミサトさんが声を張り上げる。

 得票数の状況は公式には一切公開されていない。

 SNSなどで憶測が飛び交うだけだ。

 下馬評ではアスカが優勝だとされているが、結果はどうなるのか……。

 ミサトさんと同じステージに立っている僕達四人は、落ち着いて発表の時を待った。

 照明が消されて暗くなり、ドラムロールの音が鳴り響き、緊張感が高まる。

 

 

 

「得票数一位は! 『ラブラブアスカシンジ』でした!」

「ええーっ!?」

 

 観客席から落雷のようなどよめきの声が上がる。

 僕達も驚いてミサトさんの方に振り向いた。

 

「静粛に! 理由を説明します! 今回の人気投票では『アスカ×シンジ』と書かれた用紙が一番多かったのです。本来ならば無効票となるものですが、特例として有効票と致しました!」

 

 すると僕とアスカの二人にスポットライトが当てられる。

 こうなっては手をつながないわけにはいかなくなった。

 

「さあ、勝者のカップルに祝福を!」

 

 最初はミサトさんの提案に戸惑っていた観客席からもパラパラと拍手が上がり、そのうち地鳴りを思わせるような大きなスタンディングオベーションになった。

 

 

 

「それでは、『LAS』優勝記念イベントして、シンジ君とアスカには合体してもらって、人間大砲の弾となってゴールインしてもらいましょう!」

 

 ミサトさんはこのためにサッカー場を選んだのか。

 サッカーゴールにはマットが敷かれて、人間大砲用の大砲がゲートから現れる。

 そして観客席から湧き上がる「合体!」のコール。

 

「アスカ、どうしよう?」

「ここまで来たら後には退けないでしょ!」

 

 アスカの方から僕に向かってディープキス。

 数万人が見つめる中で僕たちは合体した。

 服は僕が着ていたものが継承されて、アスカも服ごと僕に吸収される。

 

「合体したシンジ君には人間大砲の中へと入ってもらいましょう!」

 

 

 

 僕はお笑い芸人タレントじゃないんだから、人間大砲なんてやったことがない。

 ミサトさんはA.T.フィールドがあるから軟着陸できるだろうと軽く言ってくれるけど。

 こんなくだらないことに貴重な僕の力を消費させないでくれるかな。

 僕が中に入った後、火薬に点火されて人間大砲が発動する。

 轟音と共に僕の身体は宙を飛び、サッカーゴールへと飛び込んだ。

 

「シンジ君とアスカがめでたくゴールインしたところで、今回のイベントは終了させて頂きます」

 

 

 

 こうしてヴィレの社運を賭けた人気投票イベントは終わった。

 傾きかけていたヴィレの財務諸表も一気に改善されたようだ。

 アスカの言う通りバカ騒ぎはこれっきりにして欲しい。

 でもこの時僕たちは、次に現れる使徒が目に見えない強敵だなんてすっかり忘れていたんだ……。




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