とあるタイムパトロール隊員の特殊任務 (本城淳)
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プロローグ
タイムパトロール隊員 日野怜雄


前々からこういう話を漠然と考えていました。
お付き合いいただけたら幸いです。


23世紀 旧東京東練馬区

 

23世紀もしばらく経って久しい時代、かつては東練馬区と呼ばれた地区の住宅地、集合高層マンション下層階にある日野家。そこの一室の奥では元タイムパトロール隊員、日野怜雄が自室の椅子に座って何するわけでもなく、森林浴を楽しんでいた。

かつてはタイムパトロール隊員として第一線で活躍していた玲雄も、定年退職して数十年。

長年鍛えてきた肉体を維持し続ける事は叶わず、徐々に衰えてしまい、今では道具なしでは自力で立つのも厳しい。

妻に先立たれ、子供達ももう定年後はどうするとかという年齢に差し掛かって来ている。

自分など、もういつお迎えが来てもおかしくないだろう。

こうして自室で森林浴を楽しんでいるのがお似合いだと玲雄は思っていた。

何故自室で森林浴なのか?

それは「ひみつ道具」の「室内旅行機」を使って部屋に森林のホログラムを作り出しているからだ。

室内旅行機とはいろいろなロケーションの仮想現実を立体映像と環境音で作り出すことで、部屋に居ながらにして旅行気分を味わえるというひみつ道具。

これは玲雄が若い頃から既にあったものだが、最近では改良され、タイムテレビの技術も取り入れられている。

それによって時差も関係なく、現代の地球では全く無くなってしまった「人手が全く入っていない完全なる自然の環境」の情景も映し出すことが出来るようになり、その謳い文句である「部屋に居ながらにして旅行気分が味わえる」という説得力も、より完全となった。

 

(ワシの若い頃でも「野比のび太の時代に比べれば便利な時代に生まれたものだ」と思っていたのに、更に便利な時代になったものじゃな………)

 

今、腰掛けている椅子だってそうだ。

今は「椅子」として使っているが、車椅子のように反重力で浮いて移動することはもちろん、変形して小型のベッドとして使うことも出来る。

老齢でめっきり足腰が弱くなってしまった今の玲雄には欠かせない便利な生活用品だ。

この万能椅子は、今の玲雄のように「自力で歩行が難しくなった」と医師から診断された者のみが使用を許されている道具だ。

便利な道具に頼りきりになりがちな現代、若年層の体力低下が問題視されたからだろう。

今から約200年前、チャモチャ星と呼ばれる惑星で実際に直面した問題の1つであった。

 

(最近、昔をよく思い出すのぅ…ワシももうそろそろか)

 

自嘲する玲雄。

サヤカ、タケル、スネト、ヒデキ………若かった頃、共に一番辛かった時期を駆け抜けた戦友達も一人、また一人と先立ってしまい、今では玲雄だけになってしまった。

風の噂では野比家で何度もオーバーホールを繰り返し、大切に使われていたネコ型量産型お世話ロボット、「ドラえもん」も老朽化によってとうとう完全に動かなくなってしまったとか…。

 

「レオおじいちゃぁん!」

 

もの思いに耽っていた玲雄のもとに、曾孫の「日野ハルカズ」が勢いよく入室して来て玲雄に抱き付いて来た。

 

「おお、ハルカズや……どうしたんじゃ?」

「また御伽噺を聞かせてよ!」

 

キラキラとした目で玲雄を見る

ハレカズ……漢字で表記すれば「晴和」と書く曾孫の年齢は今年で4歳。

4歳と言えば色々な事に興味を持つ年頃で、何を見聞きしても真新しいと感じる年頃だろう。

 

「良いとも良いとも。今日は何を聞きたい?」

 

柔和な笑みで曾孫を見て快諾する玲雄。

怜雄の返答を聞いたハルカズはしばらく考えてから………

 

「ん~………『未来の国からはるばると!』」

「ハルカズや、それは一番最初のお話じゃないかのう?」

「また聞きたいの!ねぇ、良いでしょう?」

 

ねだる曾孫。

もちろん、目に入れても痛くないほど曾孫を可愛がっている玲雄が断るはずもない。

 

「ええ、ええ。昔々、今から200年ほど昔の東練馬に、『野比のび太』という、それはそれは心優しい少年が住んでおった……」

 

ポツリポツリと話し始める玲雄………。

今、怜雄が話している物語はただのおとぎ話ではない。

まだ怜雄が若い頃の………駆け出しの新人だった頃、実際に怜雄が見聞きしてきたお世話ロボットの『ドラえもん』と、『野比のび太』、そして彼らの親友達がおりなした不思議な物語……。

決して歴史の表舞台では語られる事はない、本当にあった物語………。

日野怜雄は、その不思議な物語を語りながら、在りし日の自分を思い出していた………。

 

(そう、すべての始まりは………)

 

 

 

 

22世紀

野比家

 

「はぁ………今年もお年玉が50円かぁ………」

「仕方が無いよ………セワシくん………」

 

お年玉袋をひっくり返して出てきた金額を見て、野比セワシは深く………それはそれは深くため息をついた。そんなセワシを、彼のお世話ロボットであるドラえもんが肩を叩いて慰める。

野比セワシの家計は非常に苦しい。

セワシの高祖父にあたる野比のび太。

彼が事業を立ち上げ、彼が社屋内で花火遊びをした火の不始末で発生した火事を皮切りに事業悪化による倒産。そこで発生した莫大な借金は、22世紀のセワシの父親の代になっても返済しきれていない。家は『街一番の貧乏一家』と言われてバカにされている始末。

一般家庭におけるお年玉の平均相場が5000円前後なのに対し、セワシの両親から渡された金額は平均の1%。子供にとって、正月に配られる特別なお小遣いであるお年玉ですら、この有様では普段のセワシのお小遣いがどうなっているか………など、考えなくても悲惨な状況だと想像するのは難しい話ではない。

実際、行政からの生活保護等で最低限の生活は送れているものの、セワシの家庭はのび太の代からセワシの父までの3代に渡って極貧生活を強いられている状況だ。

野比のび太の人生は散々たるものだ。

高校卒業後、大学受験にも就職にも失敗して起業。

剛田ジャイ子と結婚して6人の子宝に恵まれるも、起業から5年後、前述の火災が原因で業績の悪化により2年後に倒産。

それからは地獄の借金生活。

6人の子供のうち、セワシの曽祖父にあたる長男の野比ノビスケ以外は嫁や婿養子に出て相続を放棄。

借金は野比ノビスケの直系子孫が代々返済をしている状況にある。

ちなみにその莫大な借金は義兄の剛田武を始めとした古くからの親友達が肩代わりしてくれたようで、特に当時現骨川グループの社長だった骨川スネ夫は、好意からほぼ無利子で肩代わりをしてくれたそうだ。

その肩代わりをしてくれた借金を、ノビスケを始めとした子孫達は細々と返済している訳なのだが………

世代が変われば状況も変わる。

最近になって骨川グループも社長が交代して厳しくなったようで……

尤も、のび太の代からセワシの父親の代までの4世代、良くもそこまでの好条件で骨川家は待ってくれたとも取れる訳なのだが、子供のセワシにはそんなことがわかるはずもない。

特に同級生に骨川グループの社長次男がいるわけなのだが、ソレがセワシには凄く嫌味な男で、散々苛められている。

そんな状況も相まってセワシが愚痴をこぼすのも無理は無いだろう。

 

「はぁ……何で僕の家ってこんなに貧乏なんだろう。僕はのび太おじいちゃんの事を恨むよ………というか、ママもそうだけど、借金苦に苦しむ家によくお嫁に来てくれたよね?僕が野比家にお嫁に来る立場だったら、絶対にプロポーズを断るけどなぁ」

「セワシ君、それを言っちゃあお終いだ………良いかいセワシ君。君のママも、君のおばあちゃんも、借金地獄があるとわかっていた上で、それでもこのセワシ君の家にお嫁さんになってくれたんだ。それだけの魅力がパパやおじいちゃんやご先祖様にはあったんだ。君もいつまでもボヤいていないで、パパ達を見習って立派な大人になるべきなんだ」※1

(うわぁ、始まっちゃったよ。ドラえもんのお説教………始まると長いんだよなぁ………)

 

一度説教スイッチが入ってしまうと、ドラえもんは長い。

 

「大体、のび太おじいちゃんが借金を作った過去は変わらないんだ。君が生まれる前の過去の事を考えるよりもまずは君自身が………」

「ドラえもん!今、なんて言った?」

 

突然のセワシの大声に説教を遮られ、口を3の字に変えてキョトンとするドラえもん。

少し前の自身の発言を思い返すべく、目線を上に上げ、その特徴的な丸い手を口に当てるドラえもん。

 

「ええっと………『君が生まれる前の過去の事を考えるよりも』………」

「その前だよ、その前!」

「その前?『のび太おじいちゃんが借金を作った過去は変わらない』……だったかなぁ?」

「そう!それだよ、それ!」

「???」

 

大はしゃぎするセワシに困惑するドラえもん。

 

「のび太おじいちゃんが会社を倒産させなければ良いんだよ!いや、いっそ大学にも合格して貰って普通の人生を送ってもらえば良いんだ!」

 

セワシは「ご先祖様を調べる」という学校の課題でタイムテレビで撮影したアルバムを指差す。

セワシが指差した写真は何度目かの大学不合格で落ち込むのび太に、父親である野比のび助がビールを注いで慰めている写真だった。

 

「そんな無茶な………どうやってのび太おじいちゃんの過去を変えるって言うのさ………」

 

あまりにも荒唐無稽な現実味のない話にドラえもんが呆れながらセワシに尋ねる。

 

「簡単だよ。ドラえもんが僕の面倒を見てくれたように、君が20世紀に行ってのび太おじいちゃんの面倒を見てくれれば良いんだよ」

「そんな無茶な提案が通るわけないじゃないか………そもそも、僕だって元々は優秀なロボットだったワケじゃ無いし………のび太おじいちゃんの未来を変えるなんて事が出来るわけないよ」

 

そもそもドラえもんだって元々はネジが外れて欠陥品のレッテルを貼られている。製造されてからすぐに入学するロボット養成学校では出来が悪すぎて問題児が集まる特別クラスに編入されてしまった程だ。※2

そんな自分が野比家の黒歴史とも言える野比のび太の未来を変えるなどと言う、大奇跡を起こせるとはとてもでは無いが思えない。

 

「それに、時間移動管理局がこんな歴史を変えるような申請を許可するとは思えないよ」

 

タイムマシンで過去に行き、歴史の改編を行う事は時間旅行を管理する法律、『航時法』によって禁止とされている。

厳密にはまったく禁止という訳ではないが、『歴史的な重要事項に関わる過去改編をする事を厳禁とする』となっている。

例えば中国大陸と陸続きになっていた日本列島を祖先が移住しないようにして日本人の誕生を阻止したり等がこれにあたる。

これを破った場合はタイムパトロールによって逮捕され、厳罰に処される事になる。

セワシの提案のような、過去を改編する行為を行う場合に関しては、事前に時間移動管理局という公的機関に届け出を出し、審査を受けて許可を貰う必要がある訳なのだが、基本的に下りることはまずない。

些細な過去改編がどんな歴史に影響を与えるのか分かったものでは無いのだから。

特に、何世代もの返済が必要になる程の高額借金の発生を未然に防ぐなどという超個人的行為など、以ての外だとドラえもんは思っていた。

 

「大体、そんな過去を変えてしまったらどうするんだい?タイムパラドックスが起きて、もしかしたら君が生まれなくなるかも知れないじゃないか!」

「大丈夫だよ。だって、テレビに出ていた出木杉博士の説明があったじゃないか。スタートとゴールが同じなら………ええっと」

 

セワシが言っているのは天才時間物理学学者の出木杉ヒデキ博士だ。

セワシが在住している東練馬出身の天才で、海外・星間交流留学を経て大学を飛び級。特に発明されて間もないタイムマシンから新ジャンルの時間物理学に興味を持ち、専攻。今では時間物理学の第一人者として世界に名を轟かせている。

セワシは街の有名人、出木杉ヒデキの研究発表の受け売り知識をドラえもんに話す。

 

「うーん………そんなに上手くいくのかなぁ………」

「とにかく、時間管理局に届け出を出してみようよ。出してみてからじゃないとわからないじゃないか。やるだけやってみようよ。許可が下りればラッキー程度に思ってさ!」

「まぁ………絶対に無理だとは思うけど、出してみるだけなら…」

 

後にドラえもんは思う。セワシのこの発想の柔軟さとねだり上手は確かに先祖の野比のび太の血を引いていると………

 

「ただし、ダメだったらキッパリ諦めること。良いね?」

 

ドラえもんはどこかで高を括っていた。どうせ通るわけが無い………と。

 

続く




※1
「それを言っちゃあおしまいだ!」
ドラえもん………特に旧のぶドラ時代のドラえもんの名言。
大山のぶ代さんの「爆発寸前の怒りを溜め込んでいます」というドラえもんの表現は、一種の名人芸とも言えるでしょう。

旧劇場版ドラえもん、『2112ドラえもん誕生』より引用。
旧設定の原作設定でのドラえもんの生い立ちは、マツシバ製造ラインで規格検査により弾かれた欠陥品のガラクタとしてデパートのジャンク売り場に売り出されていたところをセワシが間違えて注文し、野比家へ。
ドラえもんが欠陥品扱いされた理由は基準値を超えるほど人間臭い個体として判定された為。
この設定から考察するに、『2112ドラえもん誕生』の冒頭の事故でドラえもんの頭から取れたネジは、人間臭さ(自我)を抑制するためのリミッターであったのかも?

後半は旧版ドラえもんの前日譚みたいになり、主人公はでてきませんでしたが、次回はタイムパトロール側のお話になります。それでは次回もよろしくお願い致します。


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不可解な現象と幼馴染み

第2話です。


22世紀

タイムパトロール機動第3課

 

東京都新宿区東京都都庁

タイムパトロール日本支部

機動第3課オフィス

 

タイムパトロール機動第3課。この部署はタイムパトロールの機動隊と言えば聞こえは良いが、主な任務は時間旅行先で帰還不可能な事態に陥ったり、行方不明者の捜索をしたり等、時間に関係する軽度のトラブルに対処や巡回パトロールをする部署である。

警察組織における地域課などの仕事を担当するのが第3課の仕事である。

ニュースに出てくるような歴史の改編に関わる重度の時間犯罪者逮捕で活躍している花形部署は、機動第1課の管轄だ。

日野怜雄は、花形部署とはかけ離れた第3課に配属された若手隊員だ。

中肉中背の丸顔。不細工ではないが、かといって美形でもない。特徴らしい特徴は無く、学生時代の成績はあまり良くなく、その反面運動神経は良い方で、その体格に似合わないバカ力だったりする。

研修学校時代での体力テストの成績も悪くなく、花形部署の第1課からも打診が来るほどだったのだが、玲雄は敢えて第3課へと配属希望を出した変わり者だ。

その変わり者の玲雄は現在、始末書と格闘していた。

理由は今日のパトロール中、タイムマリンの操縦を誤り、不時着事故を起こした為だ。※1

事故そのものは単独事故で、大事にはならなかったし、エンジンにダメージを与えてしまったこともタイム風呂敷で即刻処理して事なきを得ている。

しかし、事故を起こした事は事実。だから玲雄は始末書を書いているのである。

 

「うーん……うーん………」

 

前述の通り、学生時代の勉強がお世辞にも良くなく、3流大学をギリギリで卒業した玲雄は、始末書を書くのに苦戦していた。

そんな怜雄の肩を誰かの腕が回ってくる。

「チッ!このクソ忙しい時に………」と内心毒付きながらも、玲雄はその相手の顔を見る。

熊みたいな体格に、筋肉太りで一見肥満に見える大男。

玲雄もよく知る顔だった。

 

「よぉ、レオ。始末書ご苦労さん」

「何だジャンボか……」

 

第1課に配属された剛田タケル。

玲雄とは幼稚園時代からの幼馴染みであり、同期だ。

ジャンボとはタケルが幼い頃から友人達に呼ばれていたあだ名であり、大人になった現在でも親しい友人達からはそう呼ばれている。

 

「おいおい。ジャンボは止せよ。弟も近所のガキどもからそう呼ばれているんだぜ?大体、お前やスネトのせいで機1でもからかい半分で呼ばれてるんだからよぉ。今年入った後輩からも『ジャンボ先輩』とか呼ばれてたまらないったらないぜ」

「僕にとって、ジャンボはジャンボだよ。良いじゃないか。慣れ親しんだあだ名で呼ばれ続けるんならば、君だって本望だろ?次のリサイタルはいつなんだい?」

「頼むから人の黒歴史をエグルのはやめてくれ………」

 

タケルは高祖父の武と同様、歌を歌うのが趣味であり、一緒にカラオケに行こうものなら地獄を見る。

一度マイクを持ったら最後、本人の気が済むまで何があっても手放さない。

それで歌が上手ければまだ救いようがあるのだが、先祖代々の血筋故か、その歌声は殺人音波そのもの。

タケルが配属されて間もなく開かれた歓迎会以降、機1慰安旅行は『どこでもドア』で現地集合現地解散。忘年会などの飲み会でもカラオケが無い会場を選定されるのが暗黙の了解となっている。

もっとも、その歓迎会で歯に衣着せぬ上司からハッキリと音痴を指摘され、自覚して以降はなるべく歌を控えるようにしているのだが。

ちなみに最初に歌うのは、剛田家伝統の『俺はジャンボ様だ』だ。

 

「またスネトやサヤカちゃんを誘ってカラオケでも付き合ってあげるよ。たまには人前で歌いたいだろ?」

 

玲雄がそう言うと、タケルの目は潤み………

 

「おおっ!流石は俺の心の友!」

 

と言って暑苦しく抱き着いて来る。感激するとやってくる彼の悪い癖だ。

 

「アタタタ!やめろって!今は勤務中だぞ!」

「えへへへ………悪い悪い」

 

玲雄が指摘すると、タケルは後頭部を掻きながら下を出して謝り、離れる。いわゆるテヘペロというヤツだが、美少女ならばともかく大男のそれは少々気持ち悪い。

玲雄は内心『うえっ!』と思いながら、コホンと咳払いをして姿勢を直す。

 

「それで?ジャンボは何の用でウチに来たんだ?雑談目的なら仕事上がりの後にしてくれよ。見ての通り、忙しいんだからさ」

 

幼馴染みの親交を深めるのは構わないのだが、今は就業中だ。ましてや今は苦手なデスクワークをしている最中で、タケルの暇潰しに付き合っている場合ではない。

 

「いや、機3の先輩から聞いたんだけどよ、その始末書はわざわざ自主的にやっているみたいじゃないか?タイム風呂敷を使ってタイムマシンや事故現場は元に戻したんだろ?先輩だってわざわざそんな物を書かなくても良いって言ってたらしいじゃねぇか」

 

そう。始末書は命令されて書いているものではなく、自主的に作成しているものだ。

 

「そんな子供じみた誤魔化しをしても、ドライブレコーダーを調べられたらすぐにバレるよ。そうなったらそっちの方が処分が重くなるじゃないか。それに、『人の心に誠実であれ、人の心に真面目であれ、人の心に優しくなれ』と言う日野家の家訓は知っているだろう?バレなければ良いなんて、不誠実な真似は出来ないよ」

「お前のそれは、単にクソ真面目ってだけだろう?そう言うところはいつまでも変わらねぇなぁ」

「ほっといてくれよ。わざわざそんな事を言うために来たのか?」

「いやいや、これでも俺は心配しているんだぜ?心の友が落ち込んでいるんじゃねぇかってよ。タイムマリンの操縦で事故るなんてお前らしくないだろ?」

 

確かに玲雄がタイムマリンの操縦を誤るのは珍しい事だ。

自動車の運転だって、免許を取って以来、無事故無違反を誇っていたのに………

 

「それは………」

「あら?レオさんにタケルさん。何の話をしているの?」

「サヤカちゃん………」

 

タケルと玲雄の会話に入って来たのは出木杉サヤカ。

機3のオペレーターを務める部署のマドンナ………いや、日本タイムパトロール隊のマドンナと言っても過言ではない美少女で、彼女に憧れている隊員は少なくない。

人手不足に悩まされるタイムパトロール本部としては、広報部に配属して広告棟になってもらいたいと考えていたのだが、本人は現場勤務を希望し、この機3に配属されて来た。

本部がサヤカを広報部に推すのも無理はない。

何故なら彼女は時間物理学者の第一人者、出木杉ヒデキとは同い年の従兄弟同士の関係。時間関係を扱う有名人の身内に持つ彼女がタイムパトロールにいる………と言うのは良い宣伝となるだろう。

しかし、彼女は『出木杉ヒデキの従兄妹』という肩書きを利用される事を非常に嫌う。

ただし、勘違いしないで欲しいのは、別にサヤカは出木杉ヒデキという個人を嫌っている訳ではない。それどころかヒデキは留学するまでは玲雄やサヤカ達と共に幼少期を過ごしており、むしろ仲が良く、そして尊敬もしている。

嫌いなのは前述通り、ヒデキの従兄妹の肩書きを利用される事と、それを企む人物。そして、彼と自分を比較する人が嫌いなのだ。

確かに高祖父、天才・出木杉英才以来、あらゆる分野でエリートを排出してきた名門出身というだけあって、ありとあらゆる方面で才能がある。一般のレベルと比べれば優秀だ。

しかし、優秀すぎるヒデキや代々の出木杉家が排出してきた天才達と比較してしまうと、見劣りしてしまう。

『優秀には変わらないけど、エリート一族の出木杉出身にしては普通』

それがサヤカに付いた周囲の評価だ。

それによってサヤカはコンプレックスを持ってしまっている。

もちろん、その周囲には親族は含まれない。人格者揃いの親族達はヒデキとサヤカを差別などしないし、平等に愛情を注いでくれたので、親戚付き合いに不満はない。

不満なのは勝手にサヤカに過度な期待をし、勝手に失望してくる人物達に対してだ。

そんな彼女は出木杉の名前が付いてまわるエリートコースに進むことはなく、タイムパトロールの一般隊員として入隊した。

そう………彼女の出身大学からしてみれば、キャリア組として入隊できる物を、敢えて一般のパトロールとして………だ。

玲雄にとって分からないのは、広報部は嫌だったとしても、サヤカの頭脳と運動神経ならば配属希望などどこでも通るだろうに、何故か機3を希望したことだ。

以前、怜雄が理由を尋ねると、「私を出木杉の娘じゃなくて、出木杉サヤカとしてきちんと見てくれる人の側で働きたかったからよ。玲雄さんの鈍感」という回答が返ってきた。

 

「それがよ、サヤカちゃん。聞いてくれよ。レオの奴がタイムマリンで事故ったらしくてさ」

「ええっ!?レオさんがタイムマリンで事故!?大丈夫だったの!?」

 

玲雄が事故をしたと聞き、本気で心配そうに身を乗り出してくるサヤカ。

 

「それが、操縦中にいきなりみんなの姿が消えてさ………焦っていたら、時空間の外に出ちゃって………その時空間の外に出て不時着しちゃったんだ。不思議だったのが、外の世界は荒れた20世紀でさ………見た光景が信じられなくて、しばらく呆然としていたら、次の瞬間には世界にノイズが走って元に戻っていたんだ……あんな光景は初めて見たよ」

 

ノイズが走って元に戻った後に、タイムマリンからは消えたはずの同僚達も同様に戻っており、玲雄に事故った事を心配してきた。

同僚達は、その現象を覚えておらず、「君は疲れているんだ。今日のパトロールは良いから、本部へ戻って帰りなさい」と主任に言われてしまった。

 

「だったらもう寮に帰って休めよ…でも、そっか………俺だけじゃなかったんだな?」

「タケルさんも?実は私も………」

 

話を聞くと、タケルもサヤカも空間にノイズが走った次の瞬間、荒廃して人が一人もいない世界が目の前に広がっていたという。

玲雄と同様に、しばらくしたら再びノイズが走り、元の世界に戻っていたらしいが。

あまりにバカらしい事に二人は周囲に黙っていたようだが、不気味な出来事だったので、気心知れた玲雄に相談しに来たとの事。

 

「みんなもか…何だったんだろう?」

「私やタケルさんだけならともかく、時空パトロール中のレオさんまでそうなっていたなんて、本当に不気味だわ」

「うーん。俺達だけならともかく、サヤカちゃんまでわからないのだったら、本当にわからねぇよな?ヒデキにでも聞いてみるか?」

「おいおい。ヒデキは忙しいんだから、こんな事で手を煩わせるワケにはいかないだろ」

 

ヒデキはとても忙しい。

時間移動の歴史が浅すぎて、ヒデキが研究しているテーマがあまりにも多い。自分達の下らない事に多忙な彼の手を止めるのは、人類の大きな損失に繋がる。

 

「いや、案外ヒデキも興味津々なのかもしれないよ」

 

と、機3の事務室に入って来た人物が3人に言葉をかける。

 

「スネトか?捜査課のお前がここに来るのは珍しいじゃないか」

 

幼馴染み5人組の最後の一人、骨川スネトだ。

 

「おいおい。捜査課はドルマンスタインの事で大忙しなんじゃないのか?こんな所にくる暇なんてあるのかよ?」

「こんな所で悪かったわね」

 

まるで自分の部署のように機3をディスるタケルに思わずつっこむサヤカ。

だが、捜査課が忙しいのは確かで、気軽に会える玲雄、タケル、サヤカの三人と比べると、スネトはアチコチの時代を飛び回っている状態で仲々顔を合わすことが難しい。

 

「僕も君達と同じ状況になってね。課長に言われて休暇を言い渡されたんだ」

「君もか………」

「まぁ、僕は君達と違ってエリートだからね。ほんの些細な事でも経歴に傷がついてしまうんだ」

「「「エリートじゃなくて悪かったな(わね)!!!」」」

 

スネトが時折鼻に付く余計な一言を言うのは幼い頃のクセだ。

成長につれ、その部分は鳴りを潜めてきたのだが、幼馴染み相手の場合は気軽さ、一種のじゃれ合いで出てくる悪癖だ。

 

「まぁまぁ、聞いてくれよ。今回の不可解な現象が起きたことで僕はヒデキに相談したんだ。彼は専門の時間物理学以外でも、色々な分野でも知識が豊富だからね。もしかしたら何か知っているかも知れない………と思ったんだ」

「どうせヒデキのお墨付きが出れば、自分の経歴に傷が少なくて済むとか思ったからだろ?お前が考えそうな事だ」

 

タケルが茶化すと、スネトはムッとして腕を組んでソッポを向く。

当たらずとも遠からず。

キャリア組の世界はどこの組織の上層部にもあるように、足の引っ張り合いが激しい。

少しの隙が致命的になったりするのだ。

 

「ヒデキさんは優しいから、こんな事で怒ったりはしないだろうけど、あまり邪魔をしてはダメよ?」

 

サヤカがスネトを嗜めると、今までおどけ気味だったスネトの表情が急に真面目になる。

 

「ヒデキが言ってたよ。『よく相談してくれた。君が知る限り、その現象を体験した人を集めて、僕の研究室まで連れてきて欲しい』だってさ。それが気心知れた君達で良かったよ」

「ヒデキがそんな事を?」

「心当たりがあるのかしら?さすがはヒデキさんだわ………」

「まじかよ………」

 

スネトの言葉に三者三様の反応を示す。

 

「今日はもう休暇を言い渡されたんだろ?だったら話は早い。早速、僕と一緒にヒデキのもとに行くとしよう」

 

そう言ってスネトは本部から三人を促そうとするが………

 

「ちょっと待って」

「どうした?」

 

玲雄が待ったをかける。

 

「書類がまだ終わってない」

 

始末書を指差して玲雄が席に座り直す。

 

「………」

 

玲雄に任せても終わらないので、結局始末書は書類が得意なサヤカが適当に体裁を整えて終わらせ、主任の机に提出した。

 

続く




剛田タケル
漢字で表記すると剛田尊。剛田武の直系玄孫の長男。
幼い頃にはジャンボと呼ばれ、幼少からの親しい友人からは今でもジャンボと呼ばれている。
実家は東京都を中心にチェーン展開されている『スーパーゴウダ』を代々経営しており、将来的には家業を継ぐと思われていたのだが、家業を嫌がり、実家を飛び出してタイムパトロールに入隊した変わり者。
容姿は先祖の武にそっくりで、幼少期は性格もジャイアンそのもの。
現在の性格は「大長編のジャイアン」
体を動かすのは大好きで、運動万能。
反面、学業の成績は悪く、玲雄と同程度。
趣味は野球、カラオケ。
しかしカラオケを趣味としながらも、その歌声は機動隊1課の課長曰く、『殺人音波兵器』

出木杉サヤカ
漢字で表記すると出木杉清香。
出木杉英才と源静香の玄孫(やしゃまご)
容姿は若き日の静香にそっくりで、玲雄達にとっては憧れの的。
玲雄、タケル、スネト、従兄のヒデキとは幼馴染み。
エリート家系、出木杉家の出身なだけあって、彼女の学力偏差値は高いのだが、優秀すぎる出木杉ヒデキの従兄という事にプレッシャーを感じており、大学卒業後はエリート街道に進まず、タイムパトロールに入隊。
『ヒデキの従兄妹』という目で見られ、過度な期待を寄せられることを何よりも嫌っている。
ヒデキの事はコンプレックスの対象ではあるものの、あくまでも嫌いなのは『過度な期待を寄せられる事と人』であって、ヒデキ本人とは別段不仲という訳でも無く、それどころか誰よりも尊敬している。

骨川スネト
名前の通り、骨川スネ夫の子孫。
実家が代々経営している骨川グループの御曹司だったが、父親とソリが合わずに大学進学を機に家を出て後、キャリア組としてタイムパトロールに入隊した変わり者。
エリートとして経験を積むために現在は捜査課で勤務。
小柄な体格にキツネ顔、特徴的な髪型は先祖のスネ夫譲り。

※1
タイムマリン
タイムパトロールが所持しているタイムマシン兼戦闘艇。
映画版、大長編によく登場するあれ。

ノイズとは何か?
出木杉ヒデキは何に気が付いているのか?
世界に何が起きているのか?
それでは次回もよろしくお願いします。


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出木杉ヒデキと衝撃の事実

出木杉ヒデキに呼ばれた骨川スネトとその幼馴染み達。
共通点は謎のノイズ。
世界に何がおきているのか!?


航時局。

タイムマシン発明以来、時間旅行に関する法律『航時法』を制定、その管理・施行を主な任務にしている公的機関だ。

タイムパトロールも、航時法をもとに運用されている。ある意味でタイムパトロールは航時局の下部組織とも言える組織であろう。

その航時局もいくつか施設を創り、民間に研究委託をしている。

その1つが『時間物理学研究室』であり、出木杉ヒデキはそこで研究室の1つを任されている。

20代前半の年齢で、それだけの待遇をされているあたり、彼がどれだけ期待されているかがわかるだろう。

 

「いつ来ても、この広さにはビックリさせられるわ」

 

身分証明、ボディチェックが終わり、一歩施設に踏み入れた出木杉サヤカの第一声がこれだった。

富士山頂上まで建築物が所狭しと並ぶ22世紀。※1

壁掛け秘密基地など、狭い土地を空間圧縮する事によって有効活用している現代。

外部から見れば21世紀初頭の交番程度の広さしかないように見えるが、一歩中に踏み入れれば、まるで夢の国のようなだだっ広い。

それもそのはずで、交番程度の広さの建物は守衛所であり、研究所そのものは日本にはない。

世界のどこからでも守衛所の『定点どこでもドア』から施設に入れる仕組みになっている。※2

外部の人間が研究施設に入るには、各地の守衛所のどこでもドアから入るのが一般的だ。

玲雄達がどこでもドアから出て研究所の敷地に入ると、車が横付けされ、研究員が降りてきた。

 

「やぁ、君達。待っていたよ」

 

爽やかな笑顔でスネト達を迎え、手を差し出すヒデキ。

代表してスネトがヒデキと握手を交わす。

スネトが終わると、タケル、サヤカ、玲雄も順番に握手。

 

「ヒデキ!久し振りだな!元気だったか?」

 

タケルが尋ねると、ヒデキは苦笑いを浮かべながら

 

「相変わらず忙しいね。僕も木手博士もてんてこ舞いさ。何も考えずに君達と公園を駆け回っていた頃が懐かしいよ」

「ヒデキさん、また少しやせた?」

「アハハハ。気を付けてはいるんだけどね」

 

サヤカがヒデキの様子を心配するのを見て、玲雄がヒデキの顔色を窺うと、確かに以前に会った時よりも少し痩せていて、顔色も悪かった。

 

「君も少しは休まなくちゃダメだよ?」

「研究が面白くて仕方ないのさ」

 

研究が面白く、熱中のあまりに何日も徹夜をしていた………なんて言うのはよくある話だったりする。

 

「それで、今日はどうして僕達を?普段なら、研究所まで呼ぶなんて事はしないじゃないか?」

 

ヒデキは時間物理学の第一人者で、研究所の中ではそれなりの地位にいる存在だが、決して公私混同はしない。

親しい友人である玲雄や親戚のサヤカが相手でも、職場に人を呼ぶなんて事は余程の事がなければやらない。

 

「とても大事な話なんだ。今日、発生したノイズの事でね…詳しいことは僕の研究室で話すよ。案内するから乗ってくれないか?」

 

ヒデキが乗車をすすめると、自動車の扉が開き、玲雄達は車に乗り込む。

車はフワリ………と浮かぶと、そのまま前進を始める。

そのハンドルを握るのは持ち主のヒデキ。自動運転が今は主流なのだが、マニュアルもできるようになっており、モータースポーツも興味があるヒデキは普段の移動でも好んでマニュアルで運転している。

 

「いやぁ、良い気分転換だよ。軽いドライブ気分だ」

「本当に何でも趣味にしてしまうな。君は」

 

鼻歌混じりに運転するヒデキ。

助手席に座っている玲雄は笑う。

珍しい場所を移動している関係から、周囲をキョロキョロ見渡す玲雄。

 

「記念に写真や動画に撮りたいくらいだよ」

「この辺りまではまだ大丈夫だから、自由に撮って良いよ。でも、撮影禁止区域もあるから注意をしてね」

「撮影禁止区域?」

「ここは各国公営の研究機関だからね。一般に公開できない事も色々あるんだ。君達なら心配いらないとは思うけど、今の段階では一般に公表できない事も色々とあるから」

「そっか………みんなと一緒にいるから、つい気を抜いちゃうけど、ここはそういう場所だったね………」

 

玲雄がそう言うと、ヒデキは柔らかな笑顔を彼に向けて………

 

「僕を出木杉ヒデキ個人として自然体で接してくれる………僕は君達のそういう所が………サヤカちゃんが羨ましいな」

「ん?ヒデキ?」

「何でもないよ。君達とはいつまでも仲良くしたいって思っただけだよ。レオ君」

 

ヒデキの言葉を聞いて、キョトンとする玲雄。

 

「当たり前じゃないか。何を言ってるんだよ」

 

出木杉ヒデキ博士ではなく、あくまでも出木杉ヒデキ個人として接してくれる貴重な存在。それは、親族以外では数少ない存在であり、彼にとっては何物にも代えられない宝物だった。

 

 

時間物理学研究室の応接間。

 

「君達に見てもらいたいのはこれだ」

 

ヒデキが自分の執務室から取ってきた端末から呼び出したデータは………

 

「航時局に提出された時間旅行申請?」

 

それは航時局に申請されていた何でもない時間旅行の申請書だった。

それも…

 

「何だこの時間旅行申請者。『野比セワシ』って言ったら、弟の同級生じゃないか。まだ小学生の申請書がどうしたんだよ?」

 

タケルがそう言うと……

 

「ジャンボ。内容をよく見なよ。『借金苦に苦しむ先祖代々の生活を改善する為、その原因になる野比のび太の未来を変えるサポート』だってさ。バカバカしい。これは立派な過去改変だよ。棄却して当然の内容さ」

 

スネトがバカバカしいと断じている通り、こういう内容の時間旅行は航時法で禁止されていた。

 

「セワシくんの環境は可愛そうだとは思うけれど………でも、こういうのをいちいち許可していたら、キリがないわ。そのうち歴史の重要な事柄が変わっちゃうわよ………」

 

タケルとスネトの弟の幼馴染みという事もあり、ヒデキも含めて野比家の事情はよく知っていた。

特にスネトは野比家の莫大な借金を代々肩代わりしており、その返済の目処はまったく立っていない。

セワシが現状を嘆いてこの申請を出した気持ちはわからなくもないが、この過去改変は安易に許可を出せる案件ではない。

心優しいサヤカや玲雄としても、野比家に同情はしても、申請内容を肯定する気にはなれなかった。

サヤカが言うように、野比家のような状況に陥っでいるのは野比家だけではない。いちいち取り合っていたならば、歴史がメチャクチャになってしまう可能性が高い。

そして、一度例外を出してしまえば、「じゃあ我が家も」という家が後を絶たなくなり、キリがなくなってしまう。

野比家の現状は可愛そうだが、この申請を許可するわけにはいかないのだ。

 

「うん。この申請を担当した航時局の職員もそう思って不許可の判定をしようとしたんだ。ところが………その最終決裁をしようとした瞬間に起きたのが、あの現象なんだ………」

「あの現象………って………」

「『ドラえもん』君を過去の改変に向かわせなければ、世界が滅ぶ何かが起こるって事さ。これは『木手博士』の見解だけどね」

 

木手博士とは出木杉家と同様に、木手栄一という秘密道具の原型を発明した人物を始祖にして発明一家として名を馳せている一族の子孫だ。※3

木手家の子孫、木手エイジはヒデキと昔なじみであり、ヒデキは歴史改編の事例を色々と聞いていた。

木手栄一はタイムマシンの原型、航時機を発明したのだが、過去改変による歴史の修正力をもってしてもどうにもならないことは多々あるらしく………

 

「『ドラえもん』を過去に送らなければ、世界が滅ぶ何かが起きてしまう………という事?」

「残念ながら………ね。そして、さっきの現象を知覚できたのは、僕と君達だけなんだ」

 

確かにノイズの一件に関して、それを覚えているのはヒデキと玲雄達、それに航時局の担当者だけだった。

 

「何で俺達だけ?」

「それは………何で?」

 

ヒデキは目を閉じて黙って首を振る。わからない………という事なのだろう。

 

「それで………僕達を集めた理由はなんだい?」

 

スネトはヒデキに尋ねる。野比セワシの申請が世界の存亡に関わる何かに関係しているのがわかった。それとノイズの知覚。それが何の関わりがあるのか………。

 

「それにおかしい。ドラえもんが過去に介入したのなら、何故今をもってして野比家は貧乏なんだ?」

「それもわからない………『ドラえもん』を送った結果を持ったとしても、野比家の運命は変わらなかっただけなのか………」

 

ヒデキは俯かせていた顔を上げ、玲雄達の目をしっかり見る。

 

「君達を呼んだのは、それを調べに行って欲しいんだ」

 

ヒデキが彼らに伝えた案はこうだ。

セワシの申請は棄却せず、野比家の要望通りにドラえもんを野比のび太のもとへ送り込ませる。

玲雄達は20世紀に送り込まれたドラえもんの行動を逐一監視し、原因を突き詰める。

ドラえもんのひみつ道具使用及び時間移動に関しては、重大な歴史改編に関係しない限りは極力黙認する。

玲雄達はドラえもん達の行動の安全を図ると共に、事件よって発生する歴史の改変のフォローに尽力する。

 

これ等の決定が航時局やタイムパトロールによって秘密裏になされたことをヒデキから伝えられる。

 

「安心して欲しい。事情を知っている僕も、極力アドバイザーとして協力することを約束するよ。ノイズを知覚できた人達の中で、信用できるのは君達だけなんだ!」

 

歴史の改編を黙認する。

それは航時法の下に時間移動を管理するタイムパトロールにとっては黙っていることが出来ない内容だった。

沈黙が支配する応接間。それを破ったのは玲雄だった。

 

「………やろう」

「レオ?」

 

真面目さに定評がある玲雄から出た言葉に驚くタケル達。

 

「だってそうだろ?確かに航時法は大切だよ。でも、航時法だってそれを扱う人間が滅んだんじゃ、意味がないじゃないか。そんな一大事を放っておくことなんか出来ないよ!」

 

大義名分としてはそうだが、玲雄は自覚こそしていないがお人好しだ。

玲雄もセワシの事は知っている。

野比家は不幸だが、その人物達が軒並みお人好しなのも知っている。

セワシや野比家の事が可愛そうだから、野比のび太の起こす出来事を何とかしてあげたい気持ちがあったのは確かだった。

 

「そうだもんな。人類の存亡が関わっていたんじゃ、放っておけないもんな!よく言った!レオ!」

「そういう理由をつけちゃって………レオさんったら素直じゃないんだから」

「知らないよ僕は………まぁ、野比家の借金が骨川家の家計に影響があるのは間違いないからね。仕方ないから手伝うよ?僕も」

 

渋々ながらもヒデキの提案に乗る四人。

 

「わかったよ………レオ君以外は、ちょっと席を外して欲しいんだ。レオ君、君にはまだ話がある。ちょっと残ってくれないか?」

「???」

 

玲雄を残してタケル達に退室を求めるヒデキ。

ヒデキはタケル達が出ていったのを確認した後に、玲雄に向き直る。

 

「ヒデキ。何で僕だけを残したんだい?」

「これから話すことが、特に君に影響があると考えてるからさ。いいかい?レオ君。僕、サヤカちゃん、タケル君、スネト君には共通点があるんだ」

「共通点?」

 

ヒデキは頷く。

 

「僕達の先祖と、野比のび太君は、実は幼馴染みだったという共通点がね。野比のび太君の妻、剛田ジャイ子さんの兄は剛田武君と言ってタケル君のご先祖様だし、骨川スネト君のご先祖様は骨川スネ夫君。そして僕とサヤカちゃんのご先祖様は出木杉英才様と源静香さんなんだ………」

「あれ?じゃあ僕は?僕の日野家は………」

 

ヒデキはまた、首を大きく振る。

 

「関係あるんだよ、レオ君。君は………」

 

言いづらそうにするヒデキは、誰かの写真を取り出す。

 

「この人は………僕の子供の頃に似ている………?」

 

写真の人物は、玲雄の子供時代によく似ていた。

 

(これは誰なんだ?服のセンスからして、問題の20世紀の時代のモノだ………でも、日野家がその時代に東練馬にいたなんて聞いたことがない!)

「いずれわかる事だからね。写真の人物の名前は………野比のび太君だ………」

「これが………野比のび太?」

 

言われてみれば、野比セワシを見て、誰かに似ていると思ったことは何度かあった。

誰かどころではない。まさに自分に似ていたから既視感を覚えていたんだ。

 

「君は………野比のび太君の剛田ジャイ子さんの間に生まれ、日野家に婿入した野比のび太の子供の曾孫なんだ………」

 

ヒデキの言葉に目眩を覚える玲雄。

 

「僕は………セワシ君とジャンボの遠い親戚だったんだ………じゃ、じゃあ………」

 

もし、野比のび太の過去を改変したとすれば………。最悪の場合は………。

 

「残酷な事を言うかもしれないけど………野比のび太君の未来を変えてしまった場合は………レオ君。最悪、君はこの世界から消えてしまうことになるかも知れない………それでも君はドラえもん君を過去に送り、彼を見守る任務を受けられるのかい?」

 

玲雄にとって、究極の二択を迫られる事になった………

 

続く




出木杉ヒデキ
1話、2話でも名前が出てきた出木杉英才と源静香の子孫。
出木杉サヤカとは同年の従兄弟関係。
英才以来、天才を排出してきた出木杉家の中でも特に天才。
ただの天才というだけで無く、文武両道かつ人間的にもその名の通り「できすぎ」ている人間。
幼少期は幼馴染みとして玲雄達と仲が良かったが、天才の宿命故か留学、飛び級等で引き離された生活を送る。
広い交流を持っているが、「出木杉ヒデキ」個人の友人としては玲雄達は特別らしく、偉くなった現在でも玲雄達とは親しい友人関係を保っている。

日野玲雄
本作の主人公にして野比のび太と剛田ジャイ子(本名不明)の枝分かれした家系の子孫。
のび太の6人の子供の内の誰かの曾孫となる。
容姿はのび太で剛田の血筋も引いているから運動神経は良いという設定。
射撃が得意なのも先祖の才能を引いているからか?
機動3課を希望したのは、悪人逮捕には興味が無く、交番にいるお巡りさん的な地域に密着した立ち位置にいたかったため。
家訓からか、のび太の子孫にしては少し真面目な性格をしているが、お人好しな性格は野比家の血か剛田の血なのか……。
日野家に婿入した曽祖父が野比家の遺産相続を放棄した為、野比家の借金とは無縁の中流家庭で幼少期を送っていた。
原作通りの静香と結婚する未来へ進んだ場合、彼の未来はどうなるのか?(ついでに、まだ発覚していないが出木杉家の二人の未来もどうなるのか!?)

※1
富士山頂上までビルが並ぶ
ドラえもんではなく、藤子不二雄作品の1つである『みきおとミキオ』の世界における未来世界の描写。
長年宇宙で勤務していたミキオの叔父が、富士山の頂上までビルが並んでいた光景に残念がっていた。
ミキオの世界はドラえもんの世界以前の話だと思われるので、21世紀だと思われるが………
現実の21世紀では果たして『みきおとミキオ』の世界のようになるのか………?
恐らく、本城が21世紀後半の世界を見ることはない事が残念だが、非常に興味深い話である。

※2
定点どこでもドア
元ネタは『ファミコン用ソフト ドラえもん』、通称『白ドラ』より。
宇宙開拓史をモチーフにした白ドラの開拓編でのどこでもドアは、ドラクエの『旅の扉』のように、一定の場所だけを繋ぐ『定点どこでもドア』が存在。
他にも『どこでもドア』がある地点にランダムで飛ばされる『ランダムどこでもドア』も存在していた。
もしかしたら開拓編で登場していたマンホールは、『ドラえもん のび太の竜の騎士』に登場していた『どこでもホール』なのではないかと疑っている私がいます。
トカイトカイ星とコーヤコーヤ星をマンホールが繋いでいるって………どこでもホールならば考えられなくもない?

※3
木手栄一
キテレツ大百科の主人公。
もっとも、ドラえもんとの世界とは繋がりは公式には無いので、航時機とタイムマシンの繋がりはオリジナル設定で。
ドラえもんと繋がっているのは「パーマン」「21えもん」の2作品は確実なのだが………
また、キテレツの発明品はキテレツ本人ではなく、キテレツの先祖、ケテレツ斎が発明した物を再現したものである。
また、キテレツが過去改変を行った事実は………あったかなぁ。

玲雄がのび太の子孫の可能性、どなたか気が付いた方はいらっしゃいますか?
日野玲雄を逆から読むと「オレノビ」と読めます。
この名前は「ドラえもんズ」にあったのび太の変装したときの名前、「旅のレオ」から取りました。

まぁ、普通に考えれば「大魔境」、「海底鬼岩城」、「鉄人兵団」、「竜の騎士」、「雲の王国」、「銀河超特急」、「南海大冒険」、「不思議風使い」、「太陽王伝説」などなど、放置していれば地球滅亡に繋がる事件。ドラえもんが過去に行っていなければ、どうやって解決していたんだろう?って事件が多すぎますよね?
短期的には何も起こらなくても、「宇宙開拓史」「宇宙小戦争」「竜の騎士」「ブリキの迷宮」「アニマル惑星」「宇宙漂流記」「夢幻三剣士」「ロボット王国」「つばさの勇者達」「ワンニャン時空伝」は主に外交関連で未来に影響を及ぼしそうですし…。

それでは次回もよろしくお願いします。


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友情

ヒデキの口から告げられたまさかの事実。
「日野玲雄」は枝分かれした野比のび太の子孫だった!
もしのび太の未来………借金を負わなかった未来へと進めば、玲雄はタイムパラドックスによって消えてしまう可能性がある!
その事実を突きつけられた玲雄は、果たしてどう決断するのか?


「僕が………もしかしたら消えるかも知れない?」

 

力が抜けていく玲雄。

 

「うん。君のご先祖様……日野ノビハルさんは、野比家と縁を切って日野家の婿養子に入ったんだ。多分だけど、野比家の遺産相続を放棄して、日野家の籍に入ったんだと思う。もし、野比家の借金問題が解決したならば、ノビハルさんは日野家に籍を入れることはなかったと思う。借金問題が無くなれば、間違いなく一番影響を受けるのは、日野家を始めとした野比家の分家なんだ」

「………何で、僕にこの事を?」

「君は僕の大切な幼馴染みだ………。いくら世界の為とはいえ、君の犠牲をしたいとは思わない。君に自分が消えるかも知れない任務を君に強要なんて出来ないよ………」

「………」

 

このまま未来へ変える行動を監視を続けるということは、玲雄は自分が消える手助けをすることになる。

ヒデキは玲雄との友情と世界の未来の板挟みになり、苦しんでいた。

 

「………確かに僕が消えるかも知れない手助けをするのは怖いさ………君も知っての通り、本来の僕は臆病者だからね」

 

幼い頃の玲雄は、高祖父ののび太と同様に臆病な性格だった。

今でこそ親友な関係であるが、タケルやスネトからは良く臆病なところでからかわれ、いじめられ、その度にサヤカやヒデキに庇ってもらっていた。

気が弱くて力持ち………それが幼少期の日野玲雄だった。

今の性格になったのは、家族に鍛えられ、そして勇気を出してジャンボ………タケルに立ち向かい、そしてお互いを認めあって親友となった。

 

「だったら………」

「人に真面目であれ………何で世界のブレが僕に見えたのかはわからないけれど、僕が世界の破滅が見えたことには、多分意味があると思うんだ………だから僕はこの任務を受けるよ」

 

玲雄は力無くソファから立ち上がる。

 

「ヒデキ。教えてくれてありがとう。黙って何も言わずにいた事も出来たのに………君のそういう真面目で誠実なところ、大好きだよ。もし、消えずに僕が残れたら………その時は………」

 

そう言って玲雄はフラフラと部屋のドアから出ていった。

ヒデキはその後ろ姿を見送りながら、下唇を噛み締める。

 

「僕だって………最善を尽くすよ。レオ君」

 

 

 

帰り道

 

「レオさん。ヒデキさんとのお話が終わった後から元気がないようだけれど、何かあったの?」

「え………あ、ああ………何でもないよ。サヤカちゃんの気のせいさ」

「………………」

「ジャンボまでどうしたのさ。ムスッとしちゃってさ。これから世界を救う任務があるんだから、明るくいこうよ!ほら、こんな時こそジャンボの歌の出番でしょ?ほらほら、僕がアプリで作った『俺はジャンボ様だ』のイントロもあるからさ?ね?」

 

ヒデキとの会話の後、玲雄は普段通りに振る舞っていたはずなのだが、やはり付き合いの長いサヤカ達の目を誤魔化すのは難しいらしく、サヤカはしきりに玲雄を心配し、タケルは何かを察したようにムスッとしており、スネトは場の雰囲気を和ませようと立ち回っているものの、モノの見事に空回っている。

 

「僕は大丈夫だよ。ほら、タイムマリンの事故の事もあってさ、ちょっと疲れちゃっただけだって………」

「そう………」

 

サヤカは玲雄の返答を聞き、それ以上は聞いてこなかった。その代わり、そのまま俯いてしまう。

 

(参ったなぁ………玲雄自身と世界。天秤にかけるまでもない。タイムパトロールに所属しているならば、これ以上ない名誉じゃないか!)

 

頭ではわかっている。わかっているのだが、やはり消えるのは怖い。死ぬのではない。最初から存在しないことになるかもしれない。

それが………一番怖い。

何よりも………

 

(そこまでして、野比のび太に義理を立てる意味を見いだせないのが、一番覚悟を決められないんだよなぁ)

 

そこが一番引っかかっていたことだ。

イマイチ覚悟が決められず、そんな玲雄の消沈した雰囲気に呼応するかのように、その場の雰囲気はドンヨリしていた。

 

 

 

雰囲気が最悪のまま、4人はタイムパトロールの独身寮へ到着する。

 

「じゃあ、また明日………」

 

航時局とタイムパトロールの指示では、数日後には「特別対策本部」という臨時の部署に4人は所属を移すことになる。翌日からはその為の準備と現在の任務を他の隊員に引き継ぎをする事になる。

明日にはこの雰囲気が解消されると願い、玲雄は自分の部屋へ向かう。

 

「おいレオ」

 

部屋のドアに手を掛けた時、タケルから声をかけられる。

 

「何?ジャンボ」

「何じゃねぇだろ?すっとぼけるなよ」

 

タケルは昼間のように肩を組んでくる。

 

「お前が何かを悩んでいるっていうのは、俺だけじゃなく、スネトもサヤカちゃんも気が付いていたぜ。特にサヤカちゃんなんて本気で心配してたんだぜ?わかるだろ?」

 

帰り道でのタケルは明らかに怒っていたが、それでもしばらく考え、優しめに声をかけてきた。幼い頃のタケルならば、胸倉を掴んできて怒りのままにがなり立てて来ただろう。

しかし、成長したタケルは少し時間を置き、怒りを飲み込んでからアクションをするようになった。

 

「俺はバカだから、お前の悩みの力になれるかわからねぇ」

「確かにジャンボは頭が良いとは言えないよな」

「うるせぇ。学校の成績はお前も俺と似たようなものだろう?何なら、俺の方が成績が良かっただろうが。特に小学校の頃、0点の数ではちょっとした伝説になってたくらいじゃねぇか」

「う………それを言われたら………」

 

脳筋と言われているタケルだが、実は小学生時代は玲雄よりも成績が良かったりする。

 

「バカで脳筋の俺達なんかが下手に考えたって、何か良い案なんて思いつきゃしないんだ。だったら、スネトやサヤカにでも相談してみろよ。バカな俺達よりもずっと良い事を考えてくれるって、下手な考え、数撃ちゃ当たるだろ?」

「それを言うなら『下手の考え休むに似たり』だろ?」

 

先ほどよりもいささか気が楽になったような気がしてタケルにツッコミを入れる。

 

「分かったよ。ジャンボの言う通りだ」

 

誰かに相談してどうにかなる問題ではない。

けれど、自分一人だけで悩んでいても気持ちが落ち込むだけだと思うことも確かだった。

 

「気持ちが落ち着いたら、ジャンボに相談するかもしれない。ありがとう………心の友」

 

玲雄から初めて心の友と言われ、一瞬だけキョトンとするタケルだったが、すぐに照れたように鼻の下を人差し指でこすると、肩に回していた腕をほどいて玲雄の背中をバチンと叩く。

 

「いっつ!」

 

タケルのバカ力で叩かれ、思わず悲鳴を上げる玲雄。

 

「おう!いつでも良いぜ!心の友よ!俺じゃ役に立たないかもしれないけどな!」

「………まずはそのバカ力を加減する事を相談させて貰うよ。イタタタ………じゃあ、おやすみ」

 

ヒリヒリ痛む背中を涙目で擦りながら、タケルと別れる。

 

 

 

タイムパトロール隊の一般隊員の独身寮は、個室で六畳間の居間とキッチン、トイレに脱衣所兼洗濯室とユニットバスのビジネスホテルのような間取りだった。

一般的なアパートに比べたら少し粗末であるが、トイレ浴室共用で部屋も相部屋といった高校大学クラスの学生寮に比べれば贅沢なものだろう。※1

玲雄は1日の汗を風呂で落とし、洗濯機に服を放り込んでからしばらく寛いだ後、空腹を覚えて冷蔵庫の前でウンウンと悩んでいた。

 

「何を食べるかなぁ………備え付けの調理器は旧式だから、作れる物なんて大した物が無いしなぁ………」

 

独身寮に備え付けられている全自動調理機。

22世紀の一般家庭は材料を投入すれば、後は自動で調理をしてくれる調理機が普及していた。※2

最近交流が出来たアニマル星から輸入されている光と水で何でも出来る環境に優しい調理機なども富裕層で出回っている。※3

何を食べるか悩んでいると………

 

『来客です。網膜、声紋識別完了。出木杉サヤカ様です』

 

と、インターホン(?)が来客を告げる。

 

「サヤカちゃんから?どうぞ、入れてあげて」

『オートロックを解除します』

 

カチャリと音がなり、ドアが開く。

ドアの前にはナプキンに包まれた箱を持ったサヤカが立っていた。

 

「やぁサヤカちゃん。こんな暗い時間にどうしたの?」

「えっと………元気が無いようだったから、夕飯でも差し入れしようかなって………」

「良いの?助かるよ。冷蔵庫の中、碌な物が無くってさ……」

「ダメよ?全自動のばかり食べてちゃ。たまには自炊しないと」

「って事は手作り!?やったぁ!たまには落ち込んでみるのも悪くないね!」

「こら!調子に乗らないの!じゃあ、談話室で食べましょう?」

「うん。ちょっと待ってて。私服に着替えてくるから」

 

いくら気心知れたサヤカが相手とはいえ、年頃の娘が独身男性の一人部屋にホイホイと入るわけがない。

それが出来たのは小学生時代までだ。

玲雄は着せ替えモニターですぐに部屋着から、外出着も兼ねた普段着に着替えると、サヤカを伴って男女共用の談話室へと足を運ぶ。

廊下がガラス張りで、外から丸見えなこの部屋は、健全な男女交流をするにはピッタリな場所だった。

 

「はい、どうぞ」

 

サヤカがナプキンを広げると、包の外からは想像も付かないほどの量………ご飯にスープ、主菜に副菜2種類、デザートのフルーツまで盛りだくさんだ。※4

 

「うわぁ、すごく美味しそう。さすがはサヤカちゃん。料理も凄く上手だよね。いただきます」

 

玲雄は丁寧に両手を合わせ、料理に一礼。

 

「うん!久し振りに食べたけど、サヤカちゃんの料理って本当に美味しい!今日のは特に美味しいね」

 

才媛、出木杉サヤカは料理でもピカイチだった。

もっとも、内勤のサヤカは毎日お昼は自前のお弁当で、レオも時々オカズのお裾分けを貰っているので知っているのだが。

手放しに褒める玲雄にサヤカは少し顔を赤らめて

 

「もう、褒めすぎよ。それに、スネトさんにもお礼を言っておいてね。このお肉とか野菜はスネトさんがレオさんの為に奮発してくれたんだから」

「スネトが!?」

 

このサヤカの料理に使われている材料は少し食べただけでもわかる程、値段が張る高級品だ。それを提供したのがスネトだったという事に玲雄は驚いた。

 

「そうよ。スネトさんだって、あなたの様子がおかしかったことに気が付いていたわ。気付かないはずが無いでしょ?私達、そんなに浅い関係じゃないもの」

「あいつ………僕の為に無理なんかして見栄を張っちゃって…」

 

親がグループの社長であるスネトは金持ち………というのはスネトの事を良く思っていない人間の心無い妬みだ。

スネトはタケル同様に大学生の頃から無一文で実家を飛び出し、奨学金とアルバイトで食いつないできた苦学生だ。

金持ちのお坊ちゃまだったスネトにとっては過酷な大学生時代。

そしてキャリア組のエリートとはいえ、今はまだ若手の公務員。

贅沢ができる給料が貰えている訳でもなく、更には奨学金の返済にも苦労している。

それなのに、スネトは玲雄を励ます為に無理をして高級品の材料を取り寄せ、励ましてくれた。

玲雄はタケル、スネト、サヤカの心意気に心を打たれ、良い大人だというのに思わず嬉し涙が出てきた。

 

「美味しい。美味しいなぁ………凄く美味しいよ。こんなに美味しいご飯を食べたのは初めてだ」

 

食材が美味しいだけじゃない。

作ってくれた腕が良いだけじゃない。

この料理が本当に美味しく感じる一番の理由は………親友達の温かい心が詰まっているからだ。

だから、こんなにもこの料理は美味しい。

 

「レ、レオさん!?ヒデキさんとのお話は、そんなに辛いものだったのね………もう。こんなに涙を流しちゃって、いつまで経っても本当のレオさんは泣き虫なのね」

 

サヤカはハンカチを取り出して玲雄の涙を拭う。困ったように眉をハの字にしながらも、その表情に柔らかな笑みが浮かんでいた。

 

(あなたは人の喜びを自分のように喜んで、人の悲しみを自分のように悲しめる人。出世よりも人を助けることが第1の機動3課を希望するような優しい人……。そんなあなただから、タケルさんもスネトさんもヒデキさんも、そして私もアナタが放っておけないの。だから、時々は本当の泣き虫のあなたの姿を見せても良いの。少なくとも私達の前では………それを忘れないで、レオさん。だから………)

 

サヤカは優しく、されど少し困った顔で泣きながらも嬉しそうに食べるレオの食事が終わるまで、静かに見守っていた。

 

続く




※1
タイムパトロール独身寮
寮と名をうってはいるが、どちらかと言えば社宅に近い。
家賃格安、家具、家電は備え付け、風呂・食事・清掃は自分持ち。
備え付け品の私物交換については原則として禁止。
男子寮と女子寮はフロアで別れているものの、行き来については特に禁止されていない。

※2
全自動調理機
「ドラミちゃん アララ少年山賊団」のセワシの家庭より。
ドラミちゃんはご飯を作ると言ってやっていたのは立体コンソールの操作のみ。
後は全自動で食事が作られていた。
この様子から、22世紀の家庭では一般的な光景なのだろう。
便利なキッチンである反面、家庭料理が失われている侘しい光景でもあると言える。
なお、独身寮に備え付けられている調理機は旧式で、ある程度の栄養バランスや盛り付けの自由が効く改変後の野比家の物とは異なり、決められたメニューしか作ることが出来ない。

※3
アニマル星の調理機
「ドラえもん のび太のアニマル惑星」の食料工場にあった調理機。材料は光と水という、食糧難とは無縁の画期的なアイテム。
ドラえもんと21えもんが同一世界ならば、この頃は既に星と星が行き来する宇宙大航海時代だと思われ、アニマル星やトカイトカイ星、ピリカ星等とも交流があると思われる。

※4
ナプキン型ランチボックス
ナプキンの上で配膳したものを形状記憶、圧縮してお弁当箱サイズに包むひみつ道具。
お弁当気分を味わえると言うことで、新婚夫婦や遠足等で人気。ただし、使用用途が限定的な上、グルメテーブルかけの料理に勝てる腕前があることが前提な為、売れ筋はあまり良くない。
こういうのが他にもあったならば、是非とも情報を。

うん。「のび太の結婚前夜」の静香ちゃんパパの名言が飛び出しましたね。
レオ………羨ましいヤツ。

それでは次回もよろしくお願いします。


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日野玲雄と野比のび太

タイムパトロール

隊員寮…談話室

 

「ふぅ………美味しかった。ありがとう、サヤカちゃん。君が言う通り、スネトにもお礼を言っておかないと」

「ふふふ。スネトさんの事だから、『僕が普段食べている物を少し恵んであげただけさ。改まってお礼を言われる事じゃ無い』って言いそうね」

 

サヤカはクスクスと笑いながら答える。

 

「ハハハハ。確かにスネトなら言いそうだ。サヤカちゃん、スネトのモノマネ、上手いね」

「もう。そんな事を言ったらスネトさんに悪いわよ」

 

そう言いながらも、益々笑う男女。

 

「ところでレオさん。何をそんなに悩んでいたの?良ければ話をしてくれないかしら?」

「………………」

 

口を噤む玲雄。

野比のび太の未来を変えてしまったら、もしかしたら自分の存在は無かった事になるかもしれない。

それを言ってしまえば、この優しい女性の事だ。玲雄をこの任務から遠ざけようとするだろう。

 

(でも、世界の未来はサヤカちゃんの未来だから………この子の未来を潰してまで、僕が生き残るのはイヤだ………それに、もしかしたら借金が残らなくたって、僕が消えるとは限らないじゃないか!例えば僕のひいお祖父ちゃんだって、借金が原因で日野家に婿養子になるんじゃなくてさ)

 

22世紀の現在ならば、それほど『家』に拘らなくなっているが、当時の日本はそれなりに『家系』というのは重要視されていた。

特に地方では妻の実家を継ぐために、男性が婿養子に入る話は少なくない。

特殊な例を挙げれば祖父母の家名を継ぐために、敢えて祖母の養子に入って家を継ぐ例だってある。

 

「ねぇ、サヤカちゃん………」

「何?」

「………」

(やっぱり言えないよね。サヤカちゃん、結構勘が鋭いし…なら、直接では無くても……)

 

一拍おいて、玲雄は切り出す。

 

「今回の野比のび太の任務だけどさ。いくら世界の為だとは言っても、過去を変える………っていう大それたことをやっちゃって良いのかな………って思ってさ」

 

自分の存在の事もそうだが、玲雄の中では玄孫の代に至るまで巨額の借金を生み出した『野比のび太』の印象は、かなり悪いものになっており、その血を引いているという事も少なからずショックを受けていた。

 

「レオさんにしては珍しいわね。いつもならば始末書覚悟で航時法の救助対象外の人も助けたいとか言い出す人なのに」

 

確かに玲雄は時間旅行者の行動に巻き込まれて被害にあった人間以外の過去の人物達をも助けようとする場合がある。

「チェックカード」で定められた死と判定されている場合は歯噛みするほどだ。※1

そんな玲雄が過去の人物を助けることに躊躇いを持っていることに疑問を持つ。TP隊員としてはそれで正しいのだが、玲雄に関して言えば『らしくない』と考えてしまうサヤカ。

 

「でもそうね………レオさんの場合、資料として見る野比のび太さんを判断するよりも、タイムテレビで人柄を見てみたら良いんじゃないかしら?」

 

本来は最低限しか救助対象の情報を集めようとは思わない。

しかし、今回の場合は長丁場になる可能性が高い上、玲雄に限って言えばその方が良いように思えた。

 

「タイムテレビで野比のび太君を見てみる………か」

 

言われてみれば玲雄はのび太の人柄を知らない。

小学生の頃にあった夏休みの宿題で、先祖を調べるレポートをやった際も、日野家の先祖を調べたが、野比家を調べた事はなかった。

それも当然で、野比家と遠縁だったなんてつい先ほど知ったばかりなのだから。

普通、先祖といえば家の直径を調べる。せいぜい興味があるのが母方の家くらいで、祖母以上の家系に興味を持つことは稀だろう。

余程の大物が先祖にいるのならば話は別だが。

 

「分かったよ。僕達が直接コンタクトをとるかはわからないけれど、野比のび太君とは長い付き合いになるみたいだからね。サヤカちゃんが言ったように、タイムテレビで見てみる事にするよ」

(多額の借金を作って子孫を苦しめた人………そんな先入観を持っているからいけないんだ。先入観で野比のび太君を評価してしまったら、任務だって上手くいくものもいかなくなるかも知れない。サヤカちゃんの言うとおりだな)

 

「お役に立てたかしら?」

 

サヤカがにこやかに玲雄に微笑みかける。

 

「もちろん!サヤカちゃんには昔から助けられてばかりだよ。本当にありがとう。今度、何かお礼するよ」

「当たり前よ。大切なお友達じゃない。お礼なんて良いわ」

「ダメダメ。『人の心に対して誠実であれ』!日野家の家訓は僕にとって大切なんだ」

 

ドヤ顔で言う玲雄に、サヤカは少しため息をつく。

 

「変に真面目なところが無ければなぁ………」

 

ポツリと漏らすサヤカ。

 

「ん?何か言った?」

「何でもなーい。出発前に焼き芋をごちそうしてくれれば良いわよ」

「相変わらずそれ、好きだね………」

「それを知っているのはあなた達だけだから大丈夫です!」

 

出木杉サヤカの大好物は焼き芋である。

 

 

玲雄の部屋

 

「えっと………確かこの辺に………」

 

玲雄はタイムテレビを探す為に押し入れのなかをゴソゴソと漁る。

仕事柄、タイムテレビを良く使うのだが、だからこそタイムテレビを使う場合は職場の物を使う為、私物では全くと良いほど使わなくなっていた。

 

「ああ、あったあった。うわぁ………だいぶ旧式だなぁ。長いことメンテナンスもしていなかったし、まともに映るかなぁ」

 

目的の物を見つけたは良いものの、プライベートで使わなくなってから久しい。

先祖ののび太と同様、精密機器の扱いが苦手な玲雄はメンテナンスも苦手で、物持ちはあまり良くない。血筋故か土地柄か、壊れた物を窓からポイ捨てする事も昔はよくやり、その都度母親から怒られたものである。※2

苦労の末、何とか不調ながらもタイムテレビを起動させた玲雄。

不調故か、場面場面でノイズが走り、シーンが飛んでしまっている。

しかし、そのまばらなシーンを見ていても、のび太の日常は目を覆いたくなるようなモノばかりだ。

テストではしょっちゅう0点を取るのび太。小学生の頃は0点記録の断トツで、その記録は破られる事は無い伝説を築いた玲雄ですら可愛く見えるレベル。

 

「0点のギネス記録があったなら、間違いなく歴代最強だと言われていた僕でも裸足で逃げ出すレベルだな………これは」

 

五十歩百歩と言うツッコミを入れる人間はこの場にはいない。

 

「遅刻記録、立たされ記録、居眠り記録、宿題を忘れる記録……僕も大概だったけど、ここまでは流石に………」

 

目くそ鼻くそを笑うと言うツッコミを………以下略。

ちなみに玲雄は寝付きも良いが、寝起きも良いので遅刻は意外になかったりする。

 

「臆病でケンカも弱いし、運動神経も酷い………周囲からは何をやらせてもダメな奴とまで言われているし………」

 

玲雄は剛田の血筋故か、気は弱いながらも腕っ節は良いし、運動は苦手どころかむしろ得意だ。

この人物の血が自分にも流れていると思うと情けなくなってしまう。しかし………

 

「数字で表せる所だけで言うならば、本当に彼を評価できる場面なんてどこにもない………だけど………人間的には………」

 

普段はのび太をバカにし、むしろ苛めているとさえ言えるタケルとスネトの先祖、剛田武と骨川スネ夫も、のび太が本当にピンチだった時や他の誰かに苛められた時などは積極的に助けているし、どこか深い所では認めている節がある。

 

「基本的に意気地なしな彼でも、本当に大事な部分では信じられない勇気を持っている。面倒くさがりではあるけれど、困った人には手を差し伸べる事が出来る………それが野比のび太君なんだ………それに最初に気が付いたのは………剛田ジャイ子というわけか………」

 

のび太の良さを最初に気が付いたのは自身のもう一人の先祖、剛田ジャイ子だった。

ある日から、剛田ジャイ子はのび太を付け回し始める。その理由はジャイ子がギャグ漫画を書く為のネタとして付け回していた。

のび太の生活は、第三者として観察しているのならば、ギャグそのものであり、ネタの宝庫だろう。

ジャイ子の尾行に気が付き、最初こそ迷惑がっていたのび太であった。武によって理由を聞き、無理矢理協力させられていた事も迷惑がっていた事に拍車をかけていたこともあるだろう。

しかし、ジャイ子が真剣に漫画家を目指している事を知ったのび太は、いつしか真剣にジャイ子に協力していくことになった。

真剣な相手には我が事のように共に真剣になる野比のび太。

自身が大好きな漫画の事とだったのも、のび太が親身にジャイ子に協力する理由だった。

のび太はジャイ子の漫画の為ならば、どんな協力でも惜しまなかった。本気になった時ののび太の集中力は、玲雄でも舌を巻くほどに凄まじいものだった。

未来のタケルの家業の元になっているジャイ子の実家、剛田商店の手伝いなどもジャイ子の代わりに店番に立ったり、飼い犬のムクの散歩を手伝ったりなどだ。自分の母親が頼んで来るお使いや庭の草むしりなどは逃げ回っているのにも関わらず。

特に真剣になっている友人に対するのび太の場合は特に……。

そんなのび太と行動を共にする内に、ジャイ子はのび太の良さに気が付いていき、徐々に好意を抱くようになる。

次にのび太を認めたのはジャイ子の兄、剛田武だった。

元々、目に入れても痛くないくらいにジャイ子の事を可愛がっている武。

そんなジャイ子に対して偏見を持たずに親身に協力を惜しまないのび太の事を武は認め、本当にのび太の事を「心の友」として接し始める事になる。

のび太を認めた頃には武も成長し、「ジャイアン」と呼ばれて恐れられる暴君のようだった姿もなりを潜めていた事もあるのだろう。

いつしかのび太と剛田兄妹の仲は深まっていく。

中学に上がる頃にはのび太の方も、源静香に対する気持ちは完全に諦め、ただの幼馴染みとして気持ちを落ち着かせた事もあったし、その頃にはのび太の方もジャイ子に対して魅力を感じていたのだろう。※3

ジャイ子は大学受験に何度も失敗するなど、どんなにのび太が挫折しても、見捨てることは無かった。

既にのび太の本当の魅力に気が付いていたのかも知れない。

ジャイ子がのび太と結婚するとなった時、ジャイ子の両親は渋面を示したのだが、剛田兄妹は………特に武は両親を説得した。

 

「あいつの事だから確かに苦労する人生だろうよ!けどなぁ、あいつはこんな俺やジャイ子相手でも、心から心配して、あいつなりに色々と力を貸してくれるような奴だ!色々とダメな奴だけど、一番大切なモノをあいつは持っている!あいつだからこそ俺はジャイ子を任せられるんだ!のび太を認めてやってくれよ!父ちゃん!母ちゃん!」

 

当人のジャイ子以上に熱く両親を説得する武。

それに対して根負けした武の母は、深くため息を吐き。

 

「はぁ………分かっていたよ、あの子がどれだけいい子だって事はね。のび太君を小さな頃から見ていたからねぇ。けど、あの子と一緒になるのは大変な事だよ?下手をしたら、想像を絶するくらいにねぇ。悪い子じゃないけど、結婚すると心配だったんだけど………負けたわよ。武、ジャイ子。あんた達は私と同じで、こうと決めたら頑固だねぇ」

 

ついに根負けして結婚を認めるジャイ子の母。

そうして結婚が決まったのび太とジャイ子。

そののび太とジャイ子の結婚が決まった時、ジャイ子の結婚を祝う女子会でジャイ子と静香は………。

 

「静香さん………あなたも実はのび太さんの事を………」

 

ジャイ子が源静香に対してこんな質問をする。

のび太に好意をもっていたジャイ子が、一番の危機感をもっていたのは静香の存在だった。

いくら気持ちに整理を付けたとはいえ、のび太がどれだけ静香の事を好きだったのかを知っていたジャイ子。

そして、静香も小さな頃からのび太を知っており、今でものび太と友人関係である。

静香はのび太の良いところも悪いところも知り尽くしている。ジャイ子にとって、一番のライバルと言ってもいい存在だった。

そんな危機感を抱くジャイ子に対し、静香は………。

 

「ジャイ子ちゃんがいなければ、確かに私がのび太さんと結婚していたかも知れないわね………のび太さんの良いところは、私もよく知っているから………でもね、それはどこか『私がいなければ心配で見てられない』という同情の気持ちが強かったから…だと思うわ。ジャイ子ちゃんのように、心からのび太さんを愛しての事じゃないと思うの。そんなの、私にとっても、のび太さんにとっても、いい事じゃないと思うわ………」※4

 

と語っていた。

タイムテレビで盗み見している玲雄としては

 

(サヤカちゃんと同じ顔で、このセリフは来るものがあるなぁ)

 

と、勝手にヘコんでいた。

閑話休題

 

その後、周囲に祝福されて結婚したのび太とジャイ子。

6人の子供に恵まれ、会社経営も苦しいながらも上手く行っていた。

のび太は経営者としても才能があるとは言えるものではなかったが、その人柄により良い従業員に恵まれていたのが幸いし、またプロの漫画家として活躍していたジャイ子によってささやかながらも幸せな結婚生活だったと言える。

しかし、剛田家が心配したとおり、その幸せはアッサリと崩れ去る。

のび太が立ち上げた会社の倒産………それにより発生した莫大な借金。

毎日借金取りが押し寄せ、完全にドン底に陥るのび太一家。

ある日………

 

「ジャイ子ちゃん!僕と離婚してくれ!」

 

突然、別れを切り出すのび太。

 

「何だとのび太!テメェ、ジャイ子を捨てる気か!そんな事、俺は許さねぇぞ!」

 

すっかりやつれ切ったのび太の胸倉を掴み、怒鳴り散らかす武。

 

「だって、僕なんかと一緒にいたらジャイ子ちゃんが不幸になるじゃないか!僕と縁を切れば、不幸になるのは僕だけで済むんだよ!もうこれ以上、ジャイ子ちゃんやジャイアンを巻き込みたくないんだ!」

 

のび太は号泣して武やジャイ子に懇願する。

のび太は自分の事業失敗のせいで、ジャイ子や親友の武が巻き込まれ、不幸になるのが耐えられなかった。それによる離婚の決意だった。

そんなのび太の頬を衝撃と痛みが襲う。

しかし………それは武の拳による衝撃では無かった。

普段は内気で大人しい、ジャイ子の平手打ちによるものだった。

 

「バカにしないで!のび太さん………アナタと結婚することでこんな事が起きることなんて………苦労する事なんて始めから覚悟していた事だったわ!」

 

ジャイ子は号泣していた。

 

「どうして、一緒に頑張って行こうって言ってくれないのよ!私がアナタを見捨てると思われていたなんて心外だわ!お兄ちゃんだってそうでしょ!?」

「当たり前だぜ!のび太!バカだバカだとは思っていたけど、ここまでバカだとは思わなかったぜ!お前は義弟(おとうと)以前に、俺の心の友じゃねぇか!何で俺を頼らねぇ!俺だけじゃねぇ!スネ夫だって、出木杉だって、静香ちゃんだって、お前を見捨てるような奴らじゃねぇ!」

「でも!ジャイアンだって店を大きくして、スーパーが軌道に乗ったばかりじゃないか!そんな大事な時期に、君を巻き込むなんて事ができるわけないよ!君だけじゃない!グループを継ぐために下積みが大変なスネ夫や火星での研究で忙しい出木杉君、その出木杉君の奥さんとして支えている静香ちゃんだって巻き込むなんて……君達の邪魔をするなんて出来る訳がないじゃないか!僕の事なんてさっさと見捨てて君達だけでも幸せになってよ!」

 

自分が大変な中でものび太は周囲の幸せを最優先に考えた。

のび太の頭の中では両親とも縁を切り、一人で苦しむ道を選択した。

ここで自分の事しか考えて無ければいっそ武もジャイ子ものび太を見捨てていただろう。

しかし、そうではないからこその野比のび太であり、これまでののび太があったと言える。

 

「うるせぇ!」

 

武はそんなのび太を見て顔を真っ赤にし、今度こそその拳をのび太の顔にぶつける。

 

「やいのび太!お前がどんなに一人になろうとしても、俺は…俺達は絶対に見捨てないからな!草の根を掻き分けてでも、俺はお前を探し出してやる!みんなだってそうだ!」

 

武は殴られ、倒れたのび太に手を差し出す。

 

「言えよのび太。助けてくれってよ………」

 

のび太は最初、驚いた顔を浮かべた後に、涙でグシャグシャになった酷い顔をボロボロな袖で拭った後、腫れた頬をさすりながら

武の手を取る。

 

「ジャイアンにはかなわないなぁ………いつも強引なんだから………でも、嬉しいよ………君はいつまで経っても、僕のガキ大将だ………助けて。ジャイアン………」

「おう!任されよ!」

 

のび太からのSOSを受け、武は奔走する。

のび太を助けた事によってスーパー剛田はその事業拡大を一世代遅らせる結果になってしまったが、それでも武は気にしなかった。

更に武はスネ夫、出木杉夫妻を始めとし、ヤスオやハルオ等の友人達を頼った。

特に力になってくれたのはスネ夫だろう。

スネ夫は武から連絡を受けた直後、すぐにのび太のもとに駆け付けた。そして、武と同様に顔を真っ赤にして怒った。

 

「カッコつけて一人で苦労を背負い込もうとするなんて、のび太のクセに生意気だぞ!何で僕に相談しなかったんだ!」

 

武と親友になったのならば、スネ夫とも竹馬の友。

人間関係の殆どが腹の探り合いありきのスネ夫にとってしてみれば、それとは無縁の幼馴染みである武とのび太は数少ない気のおける親友だった。

 

「君の借金くらいなら、僕の家の財産なら容易い事さ。もう安心してくれよ」

 

快くのび太の借金を肩代わりしようとするスネ夫。しかし、それを快諾しなかったのは他ならぬのび太自身だ。

いくら金持ちの骨川家だとしても、のび太が作った借金は安くはない。

普通の家庭ならば何世代もかかってやっと返済できる金額だった。

それを完全に肩代わりしてもらうのは、のび太にとって心苦しいものだった。

 

「だったら、少しずつ返してくれよ。な?」

 

借金取りから開放されるだけでも野比家は楽になるだろう。

完済なんてスネ夫は元から期待してはいなかった。最悪、世代交代した時に子供達が遺産放棄しても構わない。

「金を貸すときはやるつもりで貸せ」

スネ夫はそんなつもりでのび太の借金を肩代わりしたつもりでいた。

 

その後ののび太の生活は生活保護を受けている状態に等しく、赤貧を絵に書いたような最低限の生活をしていた。

身の丈に合った細々とした生活をのび太は生涯、甘んじて受けた。

苦労を重ね、休む間もなく働く生涯。

そんなのび太の命は、それほど長いものでは無かった。

数十年後、生涯を終えたのび太の葬式が終わった後、野比家とすっかり老けた剛田武、骨川スネ夫が揃う。

遺産相続の話だ。

 

「………僕は、父さんの借金を相続するよ………相続放棄してスネ夫さん達に肩代わりして終わりだなんて、そんな不義理な事ができるわけ無いじゃないか」

 

そう言ったのはのび太の長男、野比ノビスケだった。

ノビスケはのび太の息子とは思えないほど強気でケンカ早く、幼少期は伯父の武を彷彿させる程、ワンパクな少年だった。

しかし、根底にある心意気はのび太のそれを確かに継いでいた。

 

「バカな!のび太はそんな事を望んでいない!僕が良いって言っているんだから、ノビスケ!遺産を放棄するんだ!のび太の遺産でマトモな物と言えば、そのボロボロな机くらいじゃないか!」

「そうだよ。その机が大事なんだ!ノビハル達にもやらないぞ!この机は!」※5

 

誰もがノビスケの決断に反対した。債権を持っているスネ夫ですらも。

 

「兄ちゃん!だったら僕も父さんの借金を継ぐよ!兄ちゃんだけに負担はかけさせる訳にはいかないよ!」

 

既に日野家に婿入していた玲雄の曽祖父、ノビハルが言うが、ノビスケは首を横に振る。

ノビスケの妻が特殊なだけであり、ノビスケの弟妹達の配偶者達は野比家と縁を切ることを望んでいる。

 

「君達は僕と縁を切るんだ。スネ夫さんへの恩は、僕が引き継ぐ。そして野比家の事を忘れて幸せになれ」

 

幼少期から変わらない強い意志を持つ瞳で弟妹達を睨みつけるノビスケ。その心意気は剛田の血か………。※6

 

「人の悲しみを知り、人の喜びを自分の事のように感じる人になれ。それだけが父さんがお前達に残した一番大事な遺産だ」

「兄ちゃん………」

 

ノビハル達ノビスケの弟達は涙する。

そして、日野ノビハルはのび太から受け継いだその精神を家訓にする事になる。

『人に対して真面目になれ、人に対して誠実になれ………』

日野家の家訓は、のび太の精神が形を変えたものだった。

 

「そういう………事だったのか………」

 

確かにのび太は数値や結果から見れば最底辺で、成し得た事は子孫に多大な借金という負の遺産を遺した野比家の黒歴史と言えるだろう。

しかし………

 

「野比のび太の一番の遺産は………その精神性か。いや、ジャンボやスネトにも、その精神は受け継がれているのかも知れないな………もしかしたならば、出木杉家も………」

 

タイムテレビを見終えた玲雄。

当初、心のどこかにあったのび太に対する嫌悪感は完全にとは言えないまでも、払拭されていた。

 

「サヤカちゃん。君のアドバイスは、想像以上に役に立ったよ。ヤキイモ1つじゃ、足りないかもね。こんな大事な遺産を貰ったんじゃ、僕も覚悟が決められたよ………」

 

窓の外に目をやると、既に空は朝焼けに染まっていた。

ほとんど徹夜でタイムテレビを見ており、少し目がショボショボする。

しかし、玲雄の気分にもう迷いはなかった。

玲雄は電話に手を伸ばし、登録してある番号にコールする。

 

「朝早くにごめん。ヒデキ、覚悟が決まったよ。僕は………過去に行く。ドラえもんとのび太おじいちゃんを応援するよ」

 

 

 

 

 

数日後、野比家のもとに航時局から異例の通知が届く。

 

「やったぁ!頼んでみるものだなぁ!」

 

大喜びするセワシ。

 

「よくあんな申請が通ったなぁ………セワシくんも無責任な。苦労するのは僕なのに………」

 

続く




※1
チェックカード
藤子不二雄作品の『TP(タイムパトロール)ぼん』に登場したアイテム。
「安全カード」と呼ばれることもある。対象物にかざすと、歴史に影響を与える存在であれば光って知らせる。光の強さは対象の歴史に対する重要度で変化する。T・P隊員が本来の救助対象以外の人物を救助するとき、あるいは生体コントローラーなどで相手を利用するときは、このカードで相手が歴史上の影響がない存在かを確認しなければならない。カードに反応した相手には極力干渉してはならないとされている。

※2
東練馬区名物、窓からポイ捨て
ドラえもんの舞台である東京都東練馬区の住民は、とにかく窓から(特にのび太の部屋の窓から)物をよく捨てる。
特にのび太の母、玉子は畳に置きっぱなしの物を怒りに任せて窓から道路に投げ捨てることは多いし、のび太自身も良くポイ捨てをする。
野比家の面々だけかと思いきや、スネ夫にジャイアン、果ては静香に至るまでまるで窓こそがゴミ箱だと言わん限りにポイ捨てをしている。
とりわけ酷いのはドラえもん。
特にデリケートに扱わなければならないひみつ道具を「こんな物は捨ててしまおう」と、ゴミ箱ではなく一直線に窓へと向かっている描写がコミックでは多々あったりする。
土地柄なのだろうか?

※3
静香を諦めるのび太
原作や「スタンド・バイ・ミー・ドラえもん」である通り、のび太は何度か静香を諦めようとする場面が何度かあった。
ジャイ子と結婚した未来のび太の人生でもそんな事は何度かあった事だと考察。
ジャイ子との未来は、そうした行動に果てに、のび太は自分で納得して静香から身を引いた形となったのかも知れない。

※4
当初の静香とのび太の結婚事情
これも原作及びスタンド・バイ・ミー・ドラえもんのエピソードから。
大人になった静香がスキー旅行に行った際、雪山で遭難する様をタイムテレビで見ていたのび太とドラえもん。その静香を助けて良いところを見せるためにタイム風呂敷で大人になり、救助に向かった子供のび太だったのだが、結局失敗の連続で逆に静香から「心配だからのび太さんと結婚するわ」と逆プロポーズされる結果に。
これについては静香も元々のび太の良い所は良く知っており、のび太に惹かれていた上で、照れ隠しもあってこういう逆プロポーズにしたという見方もあり、本城としてもその見方については肯定的である。
しかし、その同情心による結果(静香の母性をくすぐった上での結果)に子供のび太は不満があり、ドラえもんは「これがイヤならばもっと立派な大人になるようにするんだね」とのび太を諭す。
それにより更に成長したのび太の結果がスタンド・バイ・ミー、「さよならドラえもん」でジャイアンに立ち向かうのび太や大長編(映画版)でののび太が出来上がったのではないだろうか?
では、本作の「ドラえもんが現れなかった世界線での静香」の場合は?
「のび太の事は好意的ではあるものの、同情心の方が勝っており、気持ちではジャイ子の方が勝っていると気が付いていて身を引いた」「のび太が気持ちに整理を付けていたから、友人としてしか意識していなかった(ジャイアンやスネ夫と同列扱い)」。これらの合せ技一本というところでしょうか?
ドラえもんが現れず、ジャイ子と結ばれた結果の未来の場合、どういう経緯があったのかと考えた場合、こういうエピソードがあったのでは無いかと思いました。
漫画の第1話ではのび太はジャイ子の事を嫌っていましたし(初期のジャイ子がバッドエンドの象徴として嫌な子という表現がありましたし)、ジャイ子はジャイ子でのび太を選ぶ理由もあるだろうと考えました(いくらバッドエンドの象徴として描かれていようと、当然ジャイ子側だって選ぶ権利はありますから)。
ちなみに、本作のジャイ子は静香と結婚が確定したストーリーの後、ジャイ子が長年出番が無く(現実時間で10年以上も出番が無かった)、初期設定がなかった事にされて改変された「クリスティーネ剛田」バージョンのジャイ子として登場しています。

※5
のび太の勉強机
ドラえもんが来た世界線では、タイムマシンの出入り口として登場しているのび太の勉強机。これはのび太の父、野比のび助の時代からセワシの時代まで、代々受け継がれいる。

※6
野比ノビスケ
静香と結婚しても産まれるワンパク少年。
ジャイ子ルートでは剛田の血でワンパクだが、原作のノビスケがワンパクなのは静香の血統らしい。
静香が男だったならば、間違いなくジャイアンに匹敵するワンパク小僧だったのが伺えるエピソードが確かに存在している。
それはのび太と静香が体を入れ替えたエピソードで、非力で貧弱なのび太の体を使って裏山の頂上にある一本杉を登りきった場面で静香のヤンチャぶりが伺える。

今回はここまでです。大分強引かつ駆け足ではありますが、プロローグ編の大筋は大体終わりとも言えます。
次回はドラえもんが過去に………行ければ良いなぁ。

さて、玲雄の結末は………
1、セワシくんエンド(大阪理論)
2、リルルエンド(タイムパラドックスで消えるエンド)

どちらがよろしいでしょうか?


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『STAND BY MEドラえもん』編
過去の国への準備


この話から『STAND BY MEドラえもん編』です
本格的に大長編へと向かう前に、『未来の国からはるばると』〜『のび太の結婚前夜』〜『帰ってきたドラえもん』のSTAND BY MEドラえもんを先にやっておくべきかな………と。
のび太の恐竜はしずかちゃんルート確定以降のお話だと思いますので。

ストーリーは原作通り。のび太の幸せと自身の存在の間に悩む玲雄を表現出来ればと思います。


日本タイムパトロール本部

機動第3課課長室

 

『辞令

以下の隊員は、航時局職員、出木杉ヒデキの指揮下に入り、本書の記す臨時任務に従事する事を命ずる。

 

捜査課 骨川スネト

機動1課 剛田タケル

機動3課 出木杉サヤカ

機動3課 日野玲雄

 

任務内容

野比ドラえもんの20世紀渡航支援

野比ドラえもんによる野比のび太の生活及び教育支援活動の安全確保及び同任務の監視・記録

 

対象への接触の必要がある場合については必要最小限であるものとし、その身分を隠すこととする。

万が一にも知られた場合については、フォゲッターの使用を確実に実施せよ。※1

尚、本任務における装備、ひみつ道具の使用に関する制限は特に設けないものとし、任務の優先順位は最優先に指定するものとする。

なお、任務内容については関係職員を除き、秘匿するものと厳命する。

タイムパトロール本部長 ○○○○』

 

「出木杉サヤカ隊員、日野玲雄隊員、両名に対し、以上の任務を○月○日付を持って発令する」

 

課長の命令下達に対し、サヤカと玲雄は姿勢を正して敬礼。

 

「機動3課、出木杉サヤカ」

「同じく、日野玲雄」

「以上2名の者は、○月○日をもって、航時局特別任務に出向します!」

 

公式の任命である為、サヤカが代表して課長に対して任務を拝命、申告をする。

玲雄が喋ったのは精々名前だけだ。

同期であり、ノンキャリのサヤカと玲雄の間に序列の差はないが、TPに登録されているIDナンバーの順番がサヤカの方が先である為、どうしてもサヤカが同期代表となってしまう。

 

(決して訓練学校の学科の成績でIDが決まったわけでは無いと思いたい………多分。絶対)

 

学科試験でIDを決められたのだとしたのならば、玲雄は断トツでビリである自信があった。

 

(でも、凛々しいサヤカちゃんが見られたから良いや)

 

先祖ののび太が旧姓・源静香に対して懸想していたように、日野玲雄も出木杉サヤカに対して激しい感情を持っている。※2

 

「しかし、君達新人にこんな特殊な任務を言い渡される事になるとはねぇ。特に………いや、何でもないよ」

「何か?課長」

「んっんー!」

(どうせ頭が悪いだの何だのってことだろ?くっそー)

 

実際に数年後に行われる予定の昇進試験の学科模試では断トツで最下位なのだから仕方がない。

玲雄の体力バカぶりは相当のモノだ。

 

「レオさん。課長がお話中よ。少し静か(・・)にしたら?」

 

サヤカは不機嫌そうに『静か』を強調して玲雄を嗜める。

 

「日野君。サヤカ君に何かしたのかね?」ヒソヒソ

「何で僕だと決めつけるんですか?」ヒソヒソ

「サヤカ君の機嫌の良し悪しの7割は君絡みだというのは、我が課の中でも常識だからねぇ。大体君が悪いに決まっている」ヒソヒソ

「ちょっ!決めつけないで下さいよ!外れてませんけど………」ヒソヒソ

 

サヤカの不機嫌な理由はモチロン玲雄が原因だ。

当初は昨日のタイムテレビを見た事について話をしていた。そして玲雄はサヤカの先祖と思われる、彼女に良く似ていた源静香について話す。

野比のび太には美女の幼馴染みがおり、子供の頃から凄い美少女だった………と。

すると、これまでは普通だったサヤカの機嫌が急降下。

玲雄としては遠回しにサヤカの事を褒めたつもりだったのだが、玲雄が他の女性を手放しに褒めた事が気に障ったようだ。

それ以降、彼女の機嫌が直る様子はない。

 

「君はねぇ……馬鹿なのかい?いくら彼女のご先祖様だとはいえ、他の女性を褒めるなんて………はぁ。まったく、早くくっつけば良いのになぁ」

「課長?何かおっしゃいましたか?」

 

美人の怒りほど怖い物はない。

 

「いやいや。何でもないよ。コホン………今日は出向命令を下達するだけで出てきてもらっただけだから、二人は有給に入ってくれたまえ。出向準備だけは怠らないように」

 

先程の厳かな雰囲気はどこへやら。

サヤカの怒りにタジタジになった課長は体裁を整えると、玲雄達に退室を促す。

 

「はい。失礼しました」

「し、失礼しました」

 

玲雄とサヤカは課長に敬礼した後に、私物を纏めてタイムパトロール本部を後にする。

しばらくは20世紀へ出張になる為、機3に出勤することはない。

サヤカが先導する形でスタスタと歩き、玲雄はその後をバツが悪そうに付いていく。

間もなく寮に到着する………というタイミングでサヤカが足を止める。

 

「?」

「私服に着替えたら、エントランスに集合ね?」

「え?」

「約束でしょ?焼き芋をご馳走してくれるって。今回の有給休暇を逃したら、次はいつお休みが一緒になるか、わからないでしょう?それとも、何か予定でもあるの?」

「も、もちろん空いてるよ!行く、行くってば!好きなだけご馳走するから」

 

具体的にいつとは約束していなかったが、玲雄も休暇で暇だし、サヤカから誘われれば彼女に好意を抱いている彼に断わるという選択肢は存在しない。

 

「言っておくけど、今日はいっぱい食べるからね!」

 

人差し指を玲雄の顔の前まで突き付け、身を乗り出すサヤカ。

 

「わ、わかってるよ」

「レオさんはわかってません!もぅ。今日はとことん付き合ってもらうんだから!」

「あ、アハハハハ………」

 

サヤカとデートが出来、彼女の機嫌が直るのであるならば、サヤカのレトロスイーツ巡りによる酸剤など、安いものだと考える玲雄なのであった。

 

 

 

数日後

 

出向に使用するタイムマシン………タイムマリンに丸めた壁掛けルームを持参して搭乗する玲雄。

今回使用するタイムマリンは戦闘巡視艇機能がメインの通常艦とは異なり、戦闘能力を護身程度にまで抑えている代わりに巡航能力、エネルギー消費を抑えている長期の張り込みで使われている仕様の船だ。

その船に『天才ヘルメット』と『技術手袋』を装着したスネトがタイムマリンを改造していた。

 

「やぁスネト。何をしているんだい?」

「レオか。荷物の搬入かい?」

「うん。と言っても、生活用品をこれに入れただけだけど」

 

壁掛けルームをスネトに見せる玲雄。

壁掛けルームとは壁掛け犬小屋や壁掛け秘密基地を代表する壁掛けシリーズの1つだ。

物にもよるのだが、タイムパトロールから支給されている壁掛けルームは2LDKのアパートくらいの部屋を作り出す。長期出張を前提とした隊員に対して総務課が貸し出してくれるもので、下手をすれば寮の部屋よりも快適だったりする。

タイムマリンに搭乗している時はキャビンの壁に貼り付ければ良し。20世紀に滞在中は適当に借用しているアパートやマンション内で使うのも良し。

 

「それで、君はタイムマリンを改造なんかして大丈夫なの?」

「ステルス機能を強化だよ。今回は秘匿性重視だからね。本部と掛け合って改造許可をもらったんだ」

 

スネトは喋りながら色々な装置や秘密道具をタイムマリンに装着していく。

 

「そういえば、昔から君はこういうのが得意だったね」

 

スネトは昔から手先が器用で、市販のオモチャはもちろんのこと、その改造はもちろん、自分のオモチャを手作りするのも得意だった。

捜査課の仕事をしている時よりも生き生きとしているかもしれない。

 

「まぁね。昔から、こういうのは好きだったからさ」

 

技術手袋をインパクトレンチに変えてナットを締めていくスネト。

 

「君、捜査課よりも総務課で技術官をやっている方が合っているんじゃないの?個人用のタイムボードも色々と改造しているみたいだし」

「僕から言わせれば、君達がこういうのに向いてなさすぎなんだよ。本来ならタイムマリンを使う側が必要な装備を搭載するものなんだけどね?この分だと、出向中の道具の手配や整備は僕がやることになりそうだよね」

「確かに僕やジャンボにこういうメカニック的な事は苦手だけど………後は………ヒデキくらいかなぁ」

「レオ………君ねぇ、確かにヒデキもこういうのは得意だけどさぁ。ヒデキにメカニックをやらせる気?それにヒデキが現場に出るとは思えないんだけど」

 

スネトにジト目で睨まれ、たじろぐ玲雄。

 

「もう良いからさ、手伝いが必要ならば改めて頼むから、帰った帰った。どうせレオの整備や改造なんて当てにしてないし、壊されても困るんだからさ」

「分かったよ………もう」

 

用事が終わった玲雄は、駐機場の出口へ足を向けて………

 

「ねぇスネト」

「なんだよ。忙しいんだから手短に頼むよ」

「これからよろしくね。それと、この間の食材、ありがとう」

 

玲雄がお礼を言うと、スネトは珍しく手元を狂わせる。こういう工作作業でスネトが失敗するのは珍しい。

 

「な、なんてこと無いね。あれは普段食べている物を少しお裾分けしただけさ!改まってお礼を言われる程じゃないよ」

「無理しちゃってさ。キャリア組と言ったって、今はまだそれほどお給料をたくさん貰ってるわけじゃないじゃない。僕はそのスネトの気持ちが嬉しいんだよ」

 

ガリッ!

再び手元を狂わせるスネト。

 

「う、うるさい!見ろ!お前が変なことを言うから手元が狂っちゃったじゃないか!ここにあるのが技術手袋じゃなくて、本物のスパナだったら、お前に投げ付けているんだからな!邪魔だから帰れ!」

 

顔を真っ赤にして怒るスネト。

赤くなっているのは怒りからなのか、照れからなのか………

素直じゃないなぁと思いながら、玲雄は今度こそ本当に駐機場から立ち去った。

 

 

タイムパトロール独身寮

 

「おぅれぇはぁジャンボォー!ガァキ大将ォォォ!」

 

玲雄が用事を終わらせて部屋に戻ると、タケルのだみ声が響いて来ていた。

ちなみにタケルと玲雄の部屋はそこそこ離れており、今はお互いの部屋のドアはしまっているのだが………

 

(相変わらずの凄い音波だなぁ………防音の壁を何部屋も貫通するってどんだけだよ………)

 

貫通するどころか、こころなしか壁などに新しいヒビ割れが出来ている気がする。

ジャンボリサイタルが開催されれば大抵、意識を失う人間が何人か現れる。子供の頃から慣れている同級生達でもだ。

ちなみに近隣のカラオケ施設では当然、タケルは出禁になっている。

 

(機1の歓迎会がどれだけ阿鼻叫喚の地獄絵図だったのか、想像できるなぁ………)

 

機動1課の宴会の有様を一気に変えてしまった歓迎会。

屈強な隊員が集まる機1の隊員達でも、タケルの歌声に耐えられた者は少なかっただろう。

実際、玲雄の想像は間違っておらず、初めてタケルの歌声の洗礼を受けた機動1課の隊員たちは、わずか1曲で2/3程がKO。

救急車が何台も駆け付け、警察まで現れる始末だった。

 

「こんな歌、ジャンボ本人以外に耐えられる奴はいないだろうなぁ………」

 

余談ではあるが、タケル本人もメディアから流れてきた自分の歌声には耐えられなかったのは後々判明し、逆に17世紀のカリブ海ではタケルの歌に感動する奇特な存在が現れる事に驚く事になるのは、また別の話である。※3

そんな殺人音波を共同生活の場で歌おうものならば………

 

「ゴラァ!うるせぇぞジャンボォ!眠れねぇだろう!何部屋も離れている俺の部屋までテメェの殺人音波が流れてくるってどういう声をしてるんだぁ!」

 

案の定、非番で寮にいた機1の先輩がタケルの部屋に怒鳴り込んで来る。

血気盛んな人間が揃う機1のベテランは、遠慮というモノを知らない。

しばらく怒号が響いた後に、玲雄の部屋のチャイムが鳴り、タケルの来客が知らされる。

開けてみると、顔を腫れ上がらせたタケルが立っていた。

 

「このご時世に随分と派手にやられたね………」

 

令和の時代でも暴力やハラスメントがデリケートに扱われる現代、当然ながら22世紀でもそう言うのは厳しい。

それどころか更にうるさくなっている。

 

「寮長も先輩を止めるどころか、一緒になって叱ってくる始末でよぉ………今度騒ぎを起こしたら寮から追い出すって言われちまったぜ………」

 

気持ち良く歌っていたところを邪魔されたどころか、最後通牒まで突きつけられたタケルの機嫌は悪い。

本人に悪気はなく、普通に歌っていただけのつもりなので、余計に不貞腐れてしまっている。

どちらの気持ちも解るだけに、玲雄としてはなんともコメントし辛い状況だ。

 

「まぁ、あがってよ。と言っても、ほとんどタイムマリンに移しちゃったから、大した物は無いけど。あ、歌は無しでね?コーヒー、クッキー」

 

自分まで巻き込まれてはたまらないので、一言タケルに釘を刺した後に玲雄が自動調理機に声をかけると、ホットコーヒーとポテトチップスがテーブルに出てくる。

夜ならばビールと言ったところだが、休暇とは言え昼間から飲酒をする発想は真面目な玲雄にはない。

 

「分かってるよ。まだ安月給なのに寮を追い出されたら生活が苦しくなるぜ………イテテテ!染みるぅ!」

「タイムマリンに運んじゃったから、『お医者さんカバン』はここには無いよ」

 

子供がゴッコ遊びをする為にあるひみつ道具なのだが、あれはあれでバカには出来ない。

あれ1つあれば、応急処置には困らないので、一家に一台は『お医者さんカバン』と言うのがこの時代の常識だ。

なにせかつては不治の病だった結核すらも治してしまうのだから。

 

「俺もだ………なんだよ。お前のを借りようとしたのによ。『取り寄せバッグ』くらい残しておくべきだったぜ…」※4

「お役に立てなくて残念」

「まぁ良いや。後でタイムマリンに行くか。いっそ、もうタイムマリンに住んじまおうかな?」

「任務中ならともかく、寮代わりにするのはダメじゃないかな?」

「たまに先輩達が仮眠室を宴会場代わりにしてるぜ?」

 

後で総務にチクっちゃおうかな?と考える玲雄。

機1は長期に渡って別の時代に任務に従事することも多いので、仮眠室に壁掛けハウスを設置して自分の部屋を持つことが許可されている。ベテランの中には、下手をすれば寮やアパートよりも充実している者がいるくらいだ。

だからといって、神聖な職場を宴会場にするなど、真面目な玲雄からすれば考えつきすらしなかった。

 

「ダメだよ、ジャンボ………スネトが改造中だし、一応キャリアなんだから、そう言うのは………」

「時々アイツがキャリアってのを忘れちまうぜ」

 

タケルがズゾゾゾとコーヒーを啜る。

 

「ところで、悩みは吹っ飛んだみてぇだな。レオ」

「うん。みんなのおかげさ。ありがとう、ジャンボ」

 

本当はまだ不安や恐怖があるが、ある程度は吹っ切れたのも事実で、玲雄は幼馴染み達に感謝をする。

 

「良いって事よ。俺達は心の友だろ?」

「都合のいい時以外にその言葉を使うのは珍しいね」

「うるせぇ。まぁよ、減らず口が出てくるんなら、心配いらねぇな?」

 

その後は他愛のない雑談を交わすタケルと玲雄。

 

「ヒデキがどうするかは分からないけど、久々に5人で集まるよな。仕事とはいえ、実は楽しみなんだぜ?」

「そうだね。君の仕事ぶり、期待しているよ」

「おう!任されよ!」

 

こうして見てみると、先祖の武によく似てると玲雄は思った。

ドラえもんが20世紀に旅立つまであと少し。

それは同時に玲雄達の特殊任務が始まるまでの時間を意味していた。

 

続く




タイムパトロールの階級制度がわからないので、玲雄達の階級表示が微妙になってしまいました。
警察における階級で表示するならば、スネトの場合はキャリアである為、警部補待遇。
その他は新人であるため巡査待遇と言ったところであろうか?
隊員IDナンバーの序列については単純に登録順であり、入隊試験や養成学校の結果で決定はされていない。

出木杉サヤカ、追加情報
容姿は先祖の源静香に良く似ている。
髪の色は少しだけ脱色しており、やや茶髪。
普段の勤務時は肩甲骨まで伸びている髪を後ろに縛り、動きやすくしているが、プライベートではストレートに下ろしている。
趣味は入浴が更に高じて温泉巡り。
バイオリンが弾くのが趣味だが、血筋なのか彼女が奏でるバイオリンによる超音波の威力はタケルの歌と同等かそれ以上。
好物は表向きはケーキ、お寿司となっているが、本当の好物は甘栗と焼き芋。先祖の静香がイメージダウンを気にしてという理由で秘密にしていたものに対し、サヤカの場合はレトロ趣味を隠したい事が理由。
玲雄、タケル、スネト、ヒデキといった親しい間柄の人間に対してはレトロ趣味を隠しておらず、趣味全開で付き合っている。


※1
フォゲッター
『TPボン』に登場した記憶消去の為のひみつ道具。
主に過去の人物に対してタイムパトロール隊員の存在を秘匿する為に使用されている。
ドラえもんではのび太達に対してフォゲッターを使用している様子は見られないのだが………

※2
玲雄とサヤカの関係
言うまでもなく、のび太と静香の関係そのものであり、サヤカも満更ではない様子なのだが、お互い最後の一歩が踏み出せない中学生の恋愛状態である。
ジャンボもスネトもヒデキも応援しているのだが、中々くっつかない為、気を揉んでいる。気が付かないのは当人達のみ。

※3
ジャイアンは自分の歌に耐えられず、逆にジャイアンの歌に耐えるどころか感動する存在
実はジャイアン自身、テレビから流れてきた自分の歌声を聞いて「何だこの下手くそな歌は!」と罵り、耳を押さえていたエピソードがある。(サブタイトルは忘れました)
また、大長編「のび太の南海大冒険」では、誰もが(改造生物ですらKOされる程の)もがき苦しむ殺人音波に対し、ベティという少女が心から感動し、もっと聞きたいとせがむ奇跡の存在が現れた。
不思議に思うのが、あんな殺人音波のリサイタル会場となる空き地周辺の住民達は、何故あのリサイタルを放置しているのだろうか?
普通ならば警察は大げさにしても(やっぱ警察案件?)、区役所や学校などに通報していてもおかしくないと思うのだが………
最低でもジャイアンの天敵である「かあちゃん」に苦情を入れていても良いと思う。

※4
とりよせバッグ
マイナーなひみつ道具だったものだが、『ファミコン版ドラえもん』、通称『白ドラ』で一躍メジャーにした離れた所にある道具を手元に持ってくるひみつ道具。

次回こそ『未来の国からはるばると』を!
次回もよろしくお願いします!


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過去の国まではるばると

いよいよ過去へと旅立ちます!


タイムパトロール本部

タイムマリン駐機場

 

スネトによって改造されたタイムマリンの前で玲雄、サヤカ、タケルの3人が待機していた。

今日はいよいよドラえもんが野比のび太の元へと旅立ちを許可された日。

それは同時に玲雄達タイムパトロール特殊任務班が行動を起こす日でもあった。

そして直通のどこでもドアが現れ、スネトの先導でヒデキが姿を見せる。その隣には木手博士が立っていた。

 

「やぁやぁ待たせてごめん。準備に手間取ってね」

 

ヒデキは少し困った顔をして木手博士を見る。

 

「今回、ドラえもん君には大量の実験ひみつ道具を格安で渡しているみたいなんだ。モニターとしてね………」

「僕とペプ………んんっ!ハルトマン博士の旧友が作ったひみつ道具の実験機をドラえもん君に渡しているんだ。ヒデキ君には実験結果を記録して、報告をあげてもらいたい。実用、販売して良いものかどうかを確かめて欲しいんだ」

 

ハルトマン博士とは木手博士と同様、ひみつ道具の開発者の一人として名を馳せていた人物である。どこでもドアが代表的な道具だろう。

 

「はぁ………ハッキリと言ったらどうですか?ペプラー博士作だって………地球破壊爆弾って何ですか?お世話ロボットに必要ない代物じゃないですか。ペプラー博士がどこに潜伏しているかは追求しませんが、世界を滅亡させる道具だけは作らないように釘を刺してくださいよ?」

「ヒデキ君は心配しすぎだね。ペプラー君はドジというだけで、悪い人物じゃないし、天才であることは間違いないじゃないか。学会だっていつかはわかってくれるさ」

 

ヒデキが言った人物、ペプラー博士とは亡きハルトマン博士のライバルだった人物で、とある過失が理由で学会を追放された人物である。※1

木手博士はこう言っているが、いつか本当に世界存亡レベルの大事件を起こしかねないのではないかとヒデキは心配していた。

そのヒデキの予感は遠くない未来で的中する事になるのだが、それは別の話だ。

閑話休題。

 

「それに、モニターになることで赤貧の野比家に安物の中古品とはいえ、タイムマシンが渡ったんだから、良いじゃないか」

「まぁ、120万円は今の野比家には高級品でしょうが………」※2

 

ため息をつくヒデキ。

学者の付き合いも大変みたいだ。

 

「ペプラー博士って………確か………」

「スネト君。聞かなかったことにして。公式にはなってない事情が色々あるんだよ………」

「まぁ、タイムパトロールには無関係だから良いけど………」

 

難しい表情で話し合うヒデキとスネト。

サヤカも何かを察して渋い表情している。反して全く話についていけていないのが玲雄とタケルだった。

 

「なぁレオ。スネト達は何の話をしているかわかるか?」

「さぁ………ペプラー博士ってどこかで聞いたことがあるような気がするけど………」

「はぁ………レオさんもタケルさんも、ニュースくらいはキチンとチェックした方が良いわよ?特にタケルさんは」

「「あ、アハハハハ」」

 

サヤカに注意され、誤魔化し笑いをする脳筋二人。

 

「さぁ、そろそろ待機場所に向かおう。それでは木手博士。見送りありがとうございます」

「構わないよ。私とヒデキ君の仲ではないか」

 

木手博士に見送られ、タイムマリンに乗り込む5人。

コクピットに到着すると、操縦席には玲雄が座る。タイムマリンの操縦ライセンスは玲雄とタケルだけが持っている為である。

なお、ライセンスの関係で二人だけがタイムマリンを扱うことが出来るのだが、マシンの操縦技術そのものはスネトとヒデキの方がセンスが良く、更に言えばサヤカも運動神経抜群なので、通常のモータースポーツは得意だったりする。

ここで今回の役割について簡単に説明しよう。

 

日野玲雄

タイムマリン操縦士、野比のび太の監視及びフォロー、その他突発事態の対処要員

 

出木杉サヤカ

オペレーター、生活班及びヒデキの補佐(ノンキャリアの中では一番生活力が高いため)

 

剛田タケト(ジャンボ)

玲雄と同様に現場担当。

 

骨川スネト

出木杉ヒデキの補佐、メカニック担当

 

出木杉ヒデキ

全般指揮、分析担当

 

となっている。

実際に現場で動くのは玲雄とタケルがメインとなるのだが、臨機応変の対応が必要になるのは間違いない。

タイムマリンは早速時空間へと入る。

時空間には野比家に寄贈されたタイムマシンが駐機されており、玲雄達のタイムマリンは少し距離を置いてステルス機能をオンにする。

すると、これまでタイムマリンがあるとスピード違反を気にして減速していた一般のタイムマシンが、それ以降は一切気にすることなくビュンビュンと素通りしていく。

 

「へへっどんなもんだい?僕が強化したステルス機能。同じタイムマリンも気が付いてないみたいだよ」

 

予定通りの機能性能に、改造を施したスネトが興奮する。

 

「流石スネトだぜ!同じタイムマリンでも気が付いていないんだから大したものだよな!」

「ふふん。まぁ、僕の改造技術なら当然だよね」

「へっ!何が『僕の改造技術なら〜』だ。全部天才ヘルメットと技術グローブのおかげじゃないか」

「あー!ジャンボ、それ言っちゃう!?もぅ、せっかくいい気分だったのにさ!」

「まぁまぁ。スネト君が気が付いたんだから、このステルスモードが実現できたんだよ。そこは評価しないと」

「そうよタケルさん。こういう細かいところに気が付くのがスネトさんの良いところよ」

「僕らなんか気が付かなかったものね」

 

タケルがからかい、スネトがヘソを曲げ、ヒデキとサヤカと玲雄がフォローする。そんな光景を見て………

 

「プッ!あはははは!」

 

5人は顔を見合わせて爆笑した。

子供の頃に戻ったような、そんな感覚に………。

 

「何だか懐かしいなぁ。このやり取りって」

「そうだな。ガキの頃は、いつもこんな感じだったな」

「メンバーがこの5人で本当に良かったよ」

「あたしもそう思うわ」

「いつまでも、こうしていたいね。立場とかを忘れてさ」

 

5人は温かい雰囲気に浸る。しかし、これは幼馴染の同窓会ではない。世界の命運がかかっているかも知れない、重要な任務なのだ。

 

「それで、例の野比セワシくんとドラえもんは?」

「まだ渡航許可時間前だから、セワシくんの部屋にいるみたいだよ?ちょっと待ってて。スパイ衛星で確かめてみよう」

 

スネトがタイムマリンのデッキに出て、スパイ衛星を射出する。

スパイ衛星やその上位互換のスパイボールは今回の任務では肝となるアイテムだ。※3

モニターに映し出された映像を見ていると、セワシとドラえもんはタイムテレビで野比のび太の日常を観察しているようだった。

のび太の散々な日常を見ていたドラえもんは、過去に行くのをすごく嫌がっている。

既にのび太の予備知識があった玲雄には、ドラえもんの気持ちがすごく良くわかった。最初は自分もそう思ったからだ。

彼のお世話は一筋縄ではいかないだろう。

 

「あれが今回のもう一人の監視対象、野比のび太君か」

「うーん………弟から聞いてはいたけど、あれは酷い………目を覆いたくなるよ。ドラえもんが嫌がるのもわかる気がする」

 

タケルとスネトがドラえもんに対して同情的な視線を送っていると、サヤカは逆に………

 

「そうかしら?私の場合は何だか母性本能がくすぐられるわ。何だか放っておけないって言うか、そんな気分がするのよね。みんなはそんな感じがしない?」

 

と、意外な反応を見せ、そしてこの場の4人にそう声をかける。

 

「言われて見ると………何となくどこかで見たような………」

 

のび太の容姿は玲雄の子供の頃と良く似ていた。

タケル、スネト、サヤカがのび太に既視感を持ってもおかしい話ではない。

今は自身とのび太の血縁を黙っておきたい玲雄がどうしたものかと悩んでいると………

 

「セワシ君の先祖だからでしょ?似ていて当然じゃないか。君達はジャンボ君やスネト君の弟を通じてセワシ君と何度も会っているんだから」

 

と、事情を知っているヒデキが上手く3人の思考を誘導する。

ヒデキが言うように、何度かタケルやスネトの弟の友人としてセワシやドラえもんと会っている。

 

「そっかそっか。セワシの先祖なんだから似ていて当然だよな」

 

タケルが誤魔化され、スネトとサヤカも納得した表情だった。

いや、サヤカは少し、「そうかしら?何か違うようなきがするんだけど……」と違和感を感じているようだが。

 

(ありがとう、ヒデキ)

 

と、ヒデキだけにしか見えない角度で玲雄がサムズアップする。

 

(良いって事さ)

 

ヒデキも目線だけで玲雄に返し、モニターのセワシ達の様子を観察する。

 

『やっぱ止めようよ。行っても無駄だよ』

 

だらし無い場面、運動音痴、勉強も苦手な場面を見て心底行きたくなさそうなドラえもん。

 

『ほっとけないだろ?誰かが面倒を見ないと』

『ムリムリムリムリ!ムリだよー!』

 

誰もがしんどい思いをするであろう、その『面倒を見る誰かになりたくない』だろう。

(でもな、ドラえもん。それだけじゃないんだ………良いところなんてまるでなさそうな野比のび太………ちょっと関わっただけじゃわからない、彼の本当の良いところを見れば………君もきっと野比のび太君の事を………)

 

『とにかく!ひいひいおじいちゃんと話してみよう!』

(そうだ。まずはコンタクトを取ってみないことには話にならない!)

『さもないと、鼻のスイッチを………』

 

指差してドラえもんに脅しをかけるセワシ。

 

「うわっ!猫型ロボットの鼻のスイッチって………」

「矯正プログラムスイッチだな………」

「それで脅すって………さすがは少しだけだけど、ジャンボの遠い親戚って事はあるよね」

「どういう意味だよスネト!」

「子供の頃を思い返してみろ!セワシの方が可愛いくらいだ!」

(それ、僕もなんだよなぁ………)

 

セワシの性格は、又従兄弟の玲雄と比べると、どちらかと言えば剛田の血の方が強いかもしれない。

思い返してみれば、のびのびした性格の方が多い野比家の中で、セワシだけがその名の通り、少しせっかちな性格をしているように感じる。

身体的な素質は玲雄の方が剛田の血を引いているようだが。

 

『わかったよ………仕方ないなぁ………じゃあ………』

 

ドラえもんはタイムマシンのスイッチを操り、レバーを前に倒す。

 

『行くよ〜』

 

ドラえもんのタイムマシンか発進。

 

「よし、出発したぞ!玲雄!チンタラしてるからってうっかり追突するんじゃないぞ!」

「そんなヘマはしないよ。タイムマリン!発進!」

 

玲雄達を乗せたタイムマリンが、ドラえもん達の追跡をゆっくりと始める。

これからいくつもの事件を解決していく英雄達と、それを観測する者達の長い長い日々が………幕を開けた。

 

続く




※1
ハルトマン博士とペプラー博士
わさドラ映画、「ひみつ道具博物館」のキャラクター。
なお、モニター設定はオリジナル。地球破壊爆弾、無敵砲台、刷り込みタマゴ等、どう考えても世に出してはヤバい機械を普通に売っているワケが無いだろうと………と考えた設定。

※2
ドラえもんのタイムマシン
120万円の魔法のじゅうたん型タイムマシン。
この値段はカタクラ設定と呼ばれる設定を引用。
なお、ドラミちゃんのチューリップ型はドラえもんのタイムマシンの2倍の速度で居住性あり。カタクラ設定では5倍の600万円だったが、最近では10倍設定に変更された。

※3
スパイボール?
正式名称は忘れた。
『のび太の恐竜』に登場した白いボール型の監視カメラ。FFに登場したアーリマンに似てなくもないスパイ衛星の上位互換アイテム。
ドルマンスタインの組織が持っている同型の黒い物もある。
もしかして………


それでは今回はここまでです。次回は玲雄達の20世紀の生活を見ていこうと思います。


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20世紀の生活

東京都東練馬区

野比家からほど近いアパート

 

ドラえもんが野比のび太のお世話ロボットとなってから数日。

ヒデキの判断で直接接触を避けている玲雄達タイムパトロール達は、『つづれ荘』というアパートで部屋を借り、そこで生活をしていた。※1

アパートで生活………といっても、中に『壁掛けシリーズ』を何枚も貼り付けており、各々が圧縮空間の中で寝泊まりしているのだが。※2

ちなみにタイムマリンは『壁掛け秘密基地』の内部に停めてあり、時間移動や物資の補給、ひみつ道具の調達などはそこで行われている。

 

「よく部屋を借りれたよね?てっきりどこかの地下や多奈川辺りでタイムマリンを沈めて、その中で生活するものだと思っていたよ」

 

玲雄がそう言うと、スネトが肩を竦め、呆れ顔で返す。

 

「おいおい、バカを言うなよ。そんなことをしたら見つかった時に大変だろ?それぞれの時代にはね、僕達タイムパトロール隊員とかの時間旅行者や勤務員をサポートする航時局の勤務員があちこちにいるのさ。僕達捜査課の人間なんて、単独で張り込みとか時間犯罪者の追跡とかをするだろ?そういう時に拠点となる借家とかを事前に押さえたりしてくれるんだ。僕も何度かお世話になった事があるよ」

 

スネトが半ば自慢気に言うと、それを補足するようにヒデキな続ける。

 

「航時局は民間にも手助けをしているのさ。例えば時間旅行者が時代の雰囲気をそのままに残して、未来の生活基準で環境を整えたホテルがあるだろう?石器時代のホテルとか。あれの管理とかをやっていたりするのさ」

「今回はそれの長期滞在版ってところだね。感謝してよ?そういうの、機動隊は中々気が付かないからねぇ」

「またそういう余計な一言を入れるんだから……そういうのが無ければ、素直に感謝されるだろうに。勿体ないなぁ」

 

余計な自慢を入れるスネトに、ヒデキが渋面を作る。

こういう事に関する調整は、スネトが気が付いて率先して手続きしていた。

この準備期間、スネトはタイムマリンの改造やら補給の手続き、宿舎の調整などに奔走。ドラえもん達の行動を監視するにあたり、快適な生活を送れているのはスネトが休みを潰して頑張ってくれたお陰である。

これはスネトが言うとおり、要請やパトロールで出動し、終われば本部に直帰する機動隊では中々気が付かない。

必要ならば捜査や張り込みの為に現場の時代に長期滞在する捜査課のスネトだからこそ、宿泊や食料、補給の重要性に気が付いて担当する部署と調整をしていた。

そこは純粋にみんなから尊敬されているのだが、余計な一言を入れてしまうのは子供の頃からの悪癖だった。

先祖のスネ夫がそういうタイプなので、家柄なのかも知れない。

そういう所でスネトはひどく損をしているらしい。

 

(捜査課の課長から聞く限りだと、養成学校や勤務成績は悪く無いらしいんだけど…まぁ、これはスネト君の子供の頃からの個性だよね)

 

昔よりはマシになったとは言え、自己顕示欲が強すぎるのが欠点だなと思うヒデキであった。

 

「本当、スネトがいて助かるよね」

「ふふん。まぁ、こういうのは僕の得意分野だからさ。色々と任せてよ。ジャンボ風に言うなら『任されよ!』ってところだね」

 

胸をトンっと叩いて得意顔を見せるスネト。自己顕示欲が高いのは欠点であるが、そんなところもスネトの個性だと思えばカワイイところだ。

 

「それよりも………ジャンボ!この経費は何なのさ!」

 

スネトは懐から領収書を取り出し、タケルに見せる。

様々な雑貨を購入した記録が残されていた。その殆どが生活雑貨であるのだが………

 

「何って言われても………必要だろ?鍋とかトイレットペーパーとかお玉とか………」

「必要ないでしょ!殆どの物は補給物資で届くことになってるんだし、調理器具とかは自動調理機があるんだから!」

「ほら、サヤカちゃんが趣味でお菓子を作るときとか………」

「サヤカちゃんをダシにしてもダメ!趣味で経費が下りるわけ無いでしょ!大体、何で全部『剛田商店』ばかりなのか聞きたいんだけど?」

 

剛田商店とはタケルの実家が営んでいる量販店の前身となった店だ。

主に雑貨を取り扱う店だったのだが、タケルの曽祖父である『ヤサシ』が食品なども扱うようになり、練馬区を中心にチェーン展開へと事業を拡大したのが現在のタケルの家業である。

つまり、タケルは家業の未来の為に経費を使おうとしたのである。

 

「やっぱりダメ?」

「これを認めたら、僕まで私的横領に手を貸すことになるからダメだね。会計監査で引っ掛かりでもしたら、君だけじゃなくて僕のクビだって危なくなるんだから。これは経費じゃ落とせない!次の君の給料から天引きさせてもらうからね!」

「ちぇっ!スネトのクセにケチクセェの!」

「なんなら機1や総務の経理係に報告を上げても良いんだよ?」

「うっ!ヒデキからも言ってくれよ!多目に見てくれって!今回の責任者だろ!?」

 

タケルはヒデキに泣き付くが、ヒデキも首を横に振る。

 

「残念だけど、僕はあくまでも作戦の責任者であって、タイムパトロールとしては部外者だからね。そういうのは口出しできないよ」

「ここの指揮官はヒデキだけど、実務権は僕にあることを忘れないでね」

 

スネトが言うように、今回の特殊任務の指揮官はヒデキであるが、ヒデキはあくまでも外部協力者であって、経理や補給、人事の割り振りなどのタイムパトロールとしての実務運用に関しては全てキャリア組のスネトが責任者となっている。

 

「それに、僕も横領には反対だから」

 

内々で済ませようとしているだけ、スネトは温情をかけている方なのであり、タケトがやろうとしていた行為は立派に『公金私的横領』に該当するものであった。

古くからの友人でも、公金を私的に使うのは見過ごせない。

 

「レオ〜〜………は無理か。サヤカちゃーん!」

「悪いけど、私もスネトさんに賛成よ」

「ちぇっ!分かったよ………良いじゃねぇか、少しくらい」

 

サヤカにダメ出しされ、ようやく諦めるタケル。

ちなみに玲雄に弁護を頼むのを最初から除外した理由は2つ。

いくらお人好しとは言え、玲雄の性格からして不正を許すとはとても思えないことが1つ。

そして何より、玲雄がヒデキとスネトを言いくるめる程、弁達者なワケがあるはずもない事が最大の理由だ。

 

「僕にヒデキとスネト相手に口で勝てるわけ無いでしょ?それに犯罪行為を許すつもりなんてサラサラないし。あ、スネト。これ、復元光線のバッテリー交換の報告ね」

 

今度は玲雄がスネトに経費の申請を出す。

 

「またぁ?復元光線を何に使ったのさ」

「神成さんちのガラス修理に。あんな狭い空き地で、何でこうも野球をやるかなぁ………それも何度も何度も神成さんのガラスを割っているにも関わらずさぁ。懲りないよね」

「受理しとくよ。まったく………僕達の先祖は本当に懲りないよね」

 

玲雄はフォゲッターを上手く使いながら、修理業者等を装い、のび太達のフォローを上手くこなしていた。

中でも空き地周辺の被害をフォローするのに大変だったりする。

ドラえもんが付いていながらこの体たらく。本来ならばタイムパトロールの仕事では無いのだが、大人達がフォローしなければ子孫として色々と申し訳が立たない。

特に神成宅のガラス修理の確率はかなり高いと言える。

もっとも………

 

「レオさん、実は神成さんのお宅に被害がいくように仕向けてるでしょ?」

 

サヤカが指摘する。

 

「バレたか」

 

サヤカが言うように、玲雄はその気になれば被害が出ないようにする事も出来たのだが、敢えてそうはしていない。

 

「それは何で?」

「神成さんは出来た人さ。例えガラスを割ったとしても、素直に反省して謝れば、少し説教はされても許してくれるとても良い人なんだよ。でも、謝りもしないで逃げる子供達には厳しいんだ。だから、わざとあの人の家に向けて打球とかをコントロールしているんだ。怒ってくれるなら、あの人が良いって。なんて言うのかなぁ………真剣に教え導いてくれる人っていう感じの………」※3

 

玲雄は神成さんを思い浮かべながら、その人物像を拙い言葉で伝える。

玲雄の言葉にすぐ理解を示したのは、やはりというかヒデキだった。

 

「『昭和』って時代までは、地域で子供を育てるという風習が日本にあったみたいで、この時代あたりまではどこの地域でも『神成さん』みたいな近所の説教おじさんはいたみたいだよ。『平成』って時代辺りになると、そういうのも時代の流れで廃れていったみたいだけど」

「ああ、歴史の授業で言っていたかもしれないなぁ。昔は他人の子供に対しても自分の子供みたいに接していた時代があったって。レオもよく気が付いたよな?」

「それはほら。機3は時代の迷い人とかを扱うことが多いからさ。自然と『人』を見ちゃうんだよね。そういうジャンボだって、凶悪犯が現れた時は都合良く警察官に化けたり、上手く誘導してのび太君達を助けているじゃないか」

「ああ、それが機1の得意分野だからな。本当は機2が一番の得意分野だけどよ」

 

組織犯罪程ではないが、単独や軽度の時間犯罪を取り扱うのが機動2課であるので、組織だった犯罪を複数で対処する機動1課のタケルは、泥棒や単独の強盗犯に対しては専門外なのだが、弱ければ機動1課は務まらない。

必要ならば単独で凶悪犯に立ち向かう事も多い。

信じられない事に、のび太の住む地域は案外空き巣や強盗、誘拐犯等の凶悪犯が巷をたむろしている。

そういうのに何故か鉢合わせするのがのび太やドラえもんで、その度にタケルは上手く警察官を装ったり、凶悪犯を交番(当時は派出所)などへと誘導したりなどで活躍していた。

 

「私のオペレーションを忘れてもらっては困るわ」

 

それらを上手くサポートしているのがサヤカのオペレーター能力である。

現場に出ることは少ないが、タケルや玲雄を上手く誘導したり、必要な道具を現地に転送したり等、スネトとは別の意味で縁の下の力持ち役を担っている。

そして、情報収集や大まかな判断を下しているのがヒデキ。

5人は上手く助け合いながら、ドラえもんを陰ながらにサポートをしていた。

かゆいところに手が届く役割を担っていると言っても良い。

これは、本来任務とは違うわけだが、どうしても放っておけないのだ。

後々に行く先々でドラえもん達がする………もしくは首を突っ込む大冒険で発揮する、お人好し体質が彼らにもしっかり遺伝してしまっているのだろう。

 

(時々、「余計な事をするな!」ってタイムパトロール本部から苦情が来るんだけど………どうも放っておけないんたよね)

 

ヒデキも時々、お節介が過ぎると思ってしまう。思ってしまうのだが、野比のび太を取り巻く環境は、思わず手を貸したくなってしまう何かがあった。

彼らの先祖が驚くほど自分達にそっくりだった事も理由の1つ。

ヒデキが扱う物理学の分野では、『共時性』というモノがついて回ることが多い。

全く違う境遇なのにも関わらず、どこか似たような存在が集まってしまう。

血縁とはいえ、ここまで自分達とのび太達が似てしまっているのも一種の共時性なのだろう。

だが………

 

(それだけだったならば、ここまでギリギリを追求する線まで任務から逸脱する事はない………レオ君が言っていた、人を惹き付ける何かがのび太君達にはあるんだよね)

 

始めの方こそ………特に『暗記パン』や『コンピューターペンシル』の様に道具を使ってカンニングしたりするチート行為を平然とやって喜んでいたのび太達。

コンピューターペンシルの事件の時は、ついついドラえもんが『僕が君の所に来たのは間違いだったかも知れない』とこぼしてしまったように、いくら理由があるとはいえ、セワシの申請を許可してしまったことを後悔したヒデキ達。

カンニング行為を嫌う玲雄等は歯噛みをしていた程だ。コンピューターペンシルの本来の使い方は手書きの会計書類など、重要書類で間違いが生じないように使用するのが正しい使い方であって、間違ってもカンニングを助長する為の物ではないのだから。

少しずつ………それこそ本当に少しずつではあるが、人間的にのび太達は成長していっていた。

それは未来のひみつ道具を使いこなせず、結局自業自得で手痛いしっぺ返しを受けることによって教訓として受け止めているからだろう。

そもそも野比のび太、骨川スネ夫、剛田武ら主だった問題児3人にしてみても、イタズラ等でトラブルを引き起こしはするものの、根本的に悪事には向いていない性格。

決定的な所で良心が働き、最後の一線を超えることはない。

そして時には小人族のドンジャラ村を安全な地域に移住させたり、モアやドードー鳥等の絶滅危惧種動物を保護するなど、ひみつ道具を活用して善行に勤しんだりしている。

絶滅危惧種保護に関しては思い切り歴史を改編している事項であるので、タイムパトロール的には複雑な気分なのだが………。

中には苗木に意思を持たせて育成し、植物星へ留学させるなど、22世紀の人間をも舌を巻く偉業を成し遂げたりしている。※4

 

「あんな事が出来たら良いな、あの夢この夢いっぱいあるけれど、みんなみんな叶えてくれる………あの不思議なポッケで叶えてくれるから………例えば『空を自由に飛びたいな』と思えばタケコプターが叶えてくれる。そんなドラえもんが大好きで、少し調子に乗ってしまうけれど………だけど、気が付いて最後には学んで行く。良い所を伸ばして………あの時は本気で見限るところだったけれど………」

「何言ってるんだ?レオのクセに詩的な表現は似合わないよ。ジャンボやジャイアンの歌に匹敵するくらい、下手くそにも程がある」

「もう!分かってるよ。僕にセンスが無いくらい!」

 

プリプリと怒る玲雄。

 

(なるほどね。レオ君の剛田家音痴の血筋はセンスの無い詩で出るのか………レオ君の言う、あの時って言うのは………『刷り込みタマゴ』の時かな?あの時ほど、レオ君がのび太君に失望した事は無かったもんね………自分の事がどうとかは無関係で………)

 

ヒデキはその時のレオを思い出す。

同時に………

 

(気が付いていないと思ってるのかい?レオ君………君の体が、中心から少しずつ薄くなっているって事を隠してる事に………このままじゃ、君は………)

 

野比のび太が源静香と結婚を目指している。

それが進行すればするほど、玲雄の存在は………。

 

続く




※1
つづれ荘
21えもんの舞台である流行らないレトロなホテル、『つづれ屋』から。
一応、21えもんの先祖もドラえもんに登場しており、つづれ屋も古い旅館として登場している。
アパートの名前が思い浮かばなかった為、この名前にした。

※2
壁掛け○○
大魔境、宇宙小戦争、わんにゃん時空伝など数作品で活躍した建造物。
特に宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)に登場した壁掛け秘密基地は、全編にわたって活躍していた。

※3
神成さん
狙ったかのように毎度毎度、ジャイアン達からガラスを割られる被害者。
のび太達からは恐怖の対象として見られている神成さんだが、素直に謝れば『偉い!よく素直に謝った!』と褒めてくれる人格者。あれだけ毎度、被害を受けていながら、そういった神対応が出来るものである。
なお、当たり前のようにドラえもんの準レギュラーキャラのように扱われているが、実は純粋なドラえもんキャラではなく、『おばけのQ太郎』から登場しているゲストキャラクターだったりする。

※4
キー坊
後に『緑の巨人伝』として再構築され、映画化されたエピソード。ドンジャラ村、モアとドードー鳥、キー坊のエピソードは後々の『雲の王国』で重要なファクターとなる為、外せないエピソードである。
いっその事、『緑の巨人伝編』をやろうかとも考えたが、わさドラ映画である事と、色々と矛盾が生じてしまいそうなので没にした。
え?わさドラのSTAND BY ME編をやっておきながら今更?
はい。「未来の国からはるばると」〜「帰ってきたドラえもん」のエピソードを組み込むのに楽であった為、自分でも矛盾しているとは思っていながらも進めてしまっています。
今更ながらすみません。
代わりにファミコン版ドラえもんの代表作である『白ドラ編』や『ギガゾンビの逆襲編』でもやろうかしら?

STAND BY MEドラえもん本編は徐々に進んでいきます。
それでは次回もよろしくお願いします。


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のび太を止めろ!刷り込みたまごの巻

徐々に変わっていく未来。
それは、のび太とジャイ子が結婚することで野比家の血が交じるはずだった日野家の未来も変化するという事に………
このまま玲雄は、鉄人兵団のリルルのように存在が無かった事になってしまうのか!?
それとも、セワシのように最終的に野比家と剛田、日野家の血が交じるのか!?
どうなる!?「STAND BY ME ドラえもん編!」


のび太の学校

登校時間

 

おはよう!

小学生達の元気いっぱいの挨拶が校庭のあちこちからひびいている。

その光景を玲雄とタケルは『いしころ帽子』を被り、タケコプターで浮いて空から眺めていた。

ドラえもんが22世紀からやってきて数日が経ち、のび太達の生活にスッカリ馴染んでいた。

それは同時に、玲雄達が20世紀の世界に馴れて来たということでもあった。

 

「今日はアイツ、寝坊しなかったな」

「毎日こうなら良いんだけどね。まったく、毎日毎日時間にルーズで困るよ。追跡する身にもなって欲しい」

「それに慣れきってる俺達も大概だよな」

「時々、『どこでもドア』で登校するのは勘弁願いたいよ。目標をロストするから」

 

のび太の後方数メートルの上空。そこが直接のび太を監視する二人のポジションだ。

石ころ帽子を被っている為、最初の頃はお互いがどこにいるのか分からなくなる事も多かったが、慣れと言うものは恐ろしいもので、定位が決まれば放っておいても互いの位置が分かってしまう。

玲雄達の密かな苦労を知らないで当ののび太はご機嫌で登校していた。

ドラえもんのお陰で良いことが続いているお陰で調子が良いようで、ルンルン気分で静香に声をかけていた。

 

「しーずっかちゃん!おっはよう!」

 

のび太に話しかけられると、静香は柔らかい笑顔を向けて応える。

 

「おはよう、のび太さん。最近調子がいいわね。ドラちゃんのおかげかしら?」

「そうなんだよね!何だかなーんでも出来ちゃう気がするよ!」

 

はしゃぐのび太。ランドセルの蓋が開いているのはご愛嬌だと思うべきなのか?と悩む玲雄。

静香はそれに気付いて「ウフフフ」と笑うが、バカにした笑いというよりは、慈愛に満ちた感じの笑いだ。

 

(源静香さんの反応を見る限りでは、ご愛嬌と見るべきなんだろうなぁ………それにしても、見れば見るほど源静香さんはサヤカちゃんの小さな頃に似ているなぁ………)

『レオさん?目線が静香さんに釘付けになってるけど?』

(うーん………サヤカちゃん、源静香さんの事が嫌いなのかなぁ。サヤカちゃんのご先祖様なのに………)

 

鈍感野郎である。

閑話休題。

登校中に静香と会い、合流して会話する。そんなのび太の幸せの時間は、すぐに終わりを迎える。

 

「しずかくーん!ちょっと良いかなー!」

「はーい!」

 

ヒデキに似た声が廊下に響くと、静香は元気よく走っていった。

そして、その先にいるのは………

 

(出木杉英才君………ヒデキやサヤカちゃんの先祖で、後々の静香さんの結婚相手。天才出木杉一族の始祖と言われている人物か。源静香さんかサヤカちゃんにそっくりならば、出木杉英才君はヒデキにそっくりだな………)

 

仲良く話し始めた英才と静香を見て、お似合いだなぁ………と思う玲雄。そして、いつの間にか彼らとヒデキ達を重ねて見てしまう。

ズキリ………と痛む胸。

 

(当然だよね。彼らはいずれ結婚するんだ………お似合いで当たり前なんだから!ヒデキとサヤカちゃんだってそうだ………日本の法律では、従兄弟同士は結婚できるんだ………)

 

勝手に納得して勝手に落ち込む玲雄。

 

「そうだった!うちのクラスにはあいつがいたんだ!成績優秀!スポーツ万能!そして、とっても良い人!出木杉が!」

 

のび太のライバル………というのもおこがましい程、完璧超人を絵に書いたような存在、伝説の出木杉英才。

そんな完璧超人が相手なら、誰もが尻込みしてしまう。

事実、のび太も尻込みし、ドラえもんに出木杉の事を話す。

 

「つまり………未来の道具をいくら使ったとしても、クラスメイトの出来杉君には敵わない………と。ふーん………」

 

普段はのび太が座っている勉強机の事務用椅子に座り、足をブラブラさせて不機嫌そうにしているドラえもんが、畳の上で項垂れているのび太を睨んでいたが、突然顔を真っ赤にして立ち上がり、机の上に飛び乗る。

 

「バカにするな!22世紀から来たネコ型ロボットだぞ!出来ないことはない!」

(いや、そこまで豪語できるほど、ひみつ道具は万能じゃない!感情に任せて無責任な事を言うな!)

 

玲雄の焦りなど姿が見えていないドラえもんが知るはずもなく、ドラえもんは机から飛び降りる。

 

「待ってろ!しずかちゃんの気持ちが間違いなくのび太君の方に向かう道具を今、出してやる」

 

ドラえもんは少し取り出すのが苦労するような大きな道具を取り出す。

 

「刷り込みたまご!」

(『刷り込みたまご』?なんだあの道具は………見たことがないぞ?それに、とてもイヤな感じがする………)

 

ドラえもんが取り出したひみつ道具を玲雄は知らない。前後の会話の流れや道具の名前からして、碌な物では無い予感がしてならない。

 

「ジャンボ………あんな道具、君は知ってる?」

「いや………俺もそんなにひみつ道具を知ってるわけじゃねぇけど、あんなのを見るのは初めてだぜ」

「サヤカちゃん!あのひみつ道具を知っているのか、ヒデキに聞いて!」

『わかったわ!って………キャッ!』

 

 

セーフハウス

壁掛け秘密基地内

指揮所

 

玲雄がサヤカを通じてヒデキに問いかけると同時に、スネトがサヤカを押し退けてマイクに向けて怒鳴りだす。

 

「スネトさん!何を………」

「あのひみつ道具は実験ひみつ道具だ!あんな物、絶対にこんな事には使わせないぞ!のび太とドラえもんを止めるんだ!レオ!ジャンボ!」

『待って!どういうひみつ道具なんだ!』

「それは………そのひみつ道具は………」

 

スネトが説明を始める。その内容は、正に今、ドラえもんがのび太に対して説明している内容そのものだった。

その卵型の機械の中に入り、15分後に出ると、最初に見た人を好きで好きでまたらなくなる。鳥類の刷り込み現象と同じ………。

のび太は今一つ理解していないようたが、成人しているタイムパトロールの5人はその恐ろしさが理解できた。

 

『おいおい!それは流石に洒落にならないぜ!』

 

更に悪いことに、その効果を聞いたのび太は………

 

『じゃあ、そこに僕がいたら?』

『のび太君の事が好きで好きでたまらなくなる』

『なんだよぉ!初めからそう言ってくれれば良いのに!』

 

のび太は「へぇ、こんな道具があったんだぁ」と道具に抱きつき頬擦りまでする。

 

『しずかちゃんよ。これで君は僕のものだ………』

 

たまごに抱き付いたのび太は、それを抱えてどこかへ向かう。

 

『ま、まさか………あいつ!』

「静香おばあちゃんにあれをつかうつもり!?」

 

『フフフ………自慢じゃないけど、この『刷り込みたまご』の強制力はすごいんだ。どんな人でも逆らえないんだよ。まぁ、僕ならこんな卑怯な道具は使わないけどね。フフフフ』

 

『『「「「ならそんな危険なひみつ道具を出すな!」」」』』

 

聞こえないことはわかっていても、ツッコミを入れずにはいられない5人。

自分が持っている道具の説明に得意げになって酔いしれているドラえもんは、どこかに行こうとしているのび太に気がついていない。

 

「止めるんだ!レオ君!タケル君!航時局からは、極力彼らの行動に干渉しないように言われているけど、こんな事は到底認められることじゃない!」

 

のび太と静香が結ばれることにより、影響が出るのは玲雄だけではない。ヒデキやサヤカにも影響が出てしまう可能性もある。それでも、のび太が努力によって未来を変えたのならば、どんな結果になっても受け入れるつもりでいたヒデキであったが、ひみつ道具によって強制的に人の好意を捻じ曲げてしまうのは看過できなかった。

 

『もちろんだ!』

『行くぞレオ!』

 

町中

 

「しずかちゃんはどこかなぁ?」

 

のび太はたまごを背負って静香を探していた。

まずは静香が機械に入ってもらわなければ始まらないからだ。

 

「よいしょ………と」

 

疲れたのか、下り坂の手前でたまごを一旦下ろすのび太。

 

「今だ!」

 

レオはその隙を突いてたまごを蹴る。たまごはその丸みでゴロゴロと下り坂を転がっていく。

 

「あっ!待ってよ!」

 

慌ててのび太はたまごを追うが、のび太の足では追い付かない。

その勢いのまま、坂を下り切ったたまごがコンクリートの塀にでも激突すれば、機械が壊れる可能性もあるだろう。

そう装って完全に壊してしまうのも有りだ。

しかし………

 

「あっ!武おじいちゃんがひかれちまう!」

 

転がっている先に、偶然武が通りかかる。

 

「ジャイアン!止めて!」

 

のび太に声をかけられた武は反応して振り向き、咄嗟に巨大なたまごにパンチを見舞う。

しかし、不運な事にそれは起動ボタンで、たまごが開いて武を飲み込み、蓋が閉まってしまった。

そしてそのまま武を収めたままたまごは転がり、電柱に激突。

やっとたまごは停止した。

 

「ジャイアン!大丈夫?」

 

武を心配してたまごを叩いて確かめるが………

 

「あ、ジャイアンがこの中に入ったって事は………」

 

のび太の脳裏に目をハートマークにした武に迫られる光景が浮かぶ。

 

「うわぁぁぁ!」

 

のび太は慌ててその場から逃げ出した。

 

「さすがはジャンボの先祖だ………普通なら避けるか逃げるかするだろうに、まさか殴り返そうとするとは………」

「いやっ!それよりもどうするんだよ!」

「このまま壊すわけにもいかなくなったよなぁ………」

「当たり前だ!万が一、武おじいちゃんの身に何かあったら、俺が生まれなくなっちまうだろ!」

「それは僕としても困る………ううむ………」

 

こんな時に咄嗟に使えるひみつ道具は残念ながら持ち合わせていない二人は困り果てる。

そこに………

 

「いいぞ!ゴーゴースネ夫号!」

 

スネ夫が通りかかり、操縦していた赤いラジコンカーが刷り込みたまごに衝突する。

 

「あ?何だこれ?」

 

そのタイミングでたまごが開き、武はスネ夫をバッチリ見る。

何も知らないスネ夫は「ジャイアン、こんなところで何してるの?」と気軽に声をかける。

武はピヨッと声をあげてフラフラとたまごから出る。その際、足元のラジコンカーを踏み潰してしまった。

 

「あーっ!高かったんだぞ!それっ!」

 

泣き喚くスネ夫にお構いなく、武はピヨピヨ言いながらスネ夫に近づく。

 

「カワイイな、お前」

「え?僕?そんな事はわかってるよ!それよりどうするんだよ!買ったばかりなのに直らないよ!」

 

ラジコンに駆け寄り、武に講義するスネ夫。

そのスネ夫の背後から、武は抱きつく。

 

「スネ夫!もう、お前を離さないぞ!良いだろ?」

 

あまりのおぞましさに、スネ夫本人はもちろんのこと、彼らの子孫であるタケルとスネトも悲鳴をあげる。

 

「「『ギャアァァァ!』」」

「助けてぇ!ママァァァ!」

 

ラジコンの事などすっかり忘れて一目散に逃げ出すスネ夫。

 

「何で逃げるんだよぉぉぉ!」

 

武を振り切り必死に逃げ出すスネ夫を透明マントを羽織って見ていたのび太と彼に追いついたドラえもん。

その上では石ころ帽子を被り、タケコプターで浮いていた玲雄とタケルも全員が啞然としていた。

 

「「すごい効き目だ………」」

 

思わずのび太と玲雄が声をハモらせたが、誰も気にしていなかった。まさか性別を超えてまで効果があるとは………。

 

「ねぇ、のび太くん。この道具を使うの、やっぱり止めない?」

「え?何でだよぉ?」

「さっきの見たろ?よくないってば」

 

そう言ってドラえもんはのび太の透明マントを解除する。

すると、のび太は駄々をこね始めた。

 

「僕だって持てたいんだよぉ!」

「ウ~ン………」

 

押しに弱いドラえもん。

 

「アイツ………まだ。ここで止めるのがお世話ロボットの役目だろう………こうなったらトコトンまで………」

 

玲雄はアレを見てもなお、やめようとしないのび太を懲らしめてやろうと動き出そうとするが………

 

「待てよレオ!そんな事よりアレをどうするんだよ!このままじゃ武おじいちゃんとスネトの先祖が大変な事になっちまうぞ!」

『そうだぞ!スネ夫おじいちゃんがジャンボの先祖をどうにか出来るとは思えないし!』

「あー………えっと………うん。まぁ、後でどうにかなるよ。心配しなくても、いざとなったらスネ夫君をスネ子ちゃんにするか、または武美ちゃんにするとか?君達も親戚同士になれて良かった………?」

「『ふざけるなぁ!早く何とかしろぉ!』」

 

続く




本日4月7日、藤子不二雄A先生の訃報が流れ、悲しい気持ちで一杯です。
A先生のご冥福をお祈りします。

それでは次回もよろしくお願いいたします。


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終わればやっぱり自業自得

刷り込みたまご編、終結です


セーフハウス

 

「あー………何やってるんだよ、あの二人は………」

「気持ちは分からなくないわ。スネトさんもふさぎ込んじゃったし………」

 

呆れてしまっているヒデキの視線の先には、スネトが膝を抱えてブツブツとうわ言を呟いていた。

 

「ほら、スネト君もしっかりして。レオ君もタケル君も混乱して結局のび太君を見失っちゃってるし、君にまで塞ぎ込まれちゃ困るんだけど」

「大丈夫よ。いざとなったら私達がちゃんと考えるから!」

 

サヤカが叫ぶと、混乱して玲雄に喚いていたタケルが反応する。

 

『本当だよな!?武おじいちゃんがスネ夫と子孫を繁栄させるなんて事はないよな!?こんな形でスネトと親戚になるなんてゴメンだからな!』

(それを言ったら、君とレオ君も親戚なんだけど………ややこしくなるから今は黙ってよう)

「落ち着いて!方法はいくらでもあるんだから!とにかく早くのび太くんを追って!」

『や、ヤバいぞレオ!ドラえもんとのび太を見失った!』

『わかってるよ!た、『たずね人ステッキ』はあったっけ!何かないか何かないか!』

 

慌てるとポンコツになるのはむしろドラえもんだろうと額に手を当てて呆れるヒデキ。

 

「スパイ衛星でこっちはキチンとドラえもん君達を見張っているから大丈夫だよ。彼らは自宅に戻ったから、早く追って!」

『了解!』

 

タケコプターを付け替え、慌てて野比家へと文字通り飛んで戻って行った。

 

「いざとなると、この人達って頼りにならないわよね………」

「僕とサヤカ君が付いて来ていて正解だったね………取り敢えず………」

 

ヒデキは木手博士への報告レポートを起動させる。

実験ひみつ道具報告レポート①

刷り込みたまご

強制力が強すぎる。危険度大。量産、実用化は見送るべき。

強いて挙げる改善点及び実用性。

恋愛に影響を与える部分は撤廃するべき。

強制力を弱め、親子関係で使用する程度等での使用ならば実用性も見込める可能性があり。

 

(こんなところかな?まぁ、それだったのならば他にも良いひみつ道具があるわけだし、やっぱりこれは量産は見送るべきひみつ道具だね。それよりも、この手のひみつ道具が他に無いか、しっかりチェックしないと危ないなぁ………)

 

他にも刷り込みたまごのようなひみつ道具が存在し、度々トラブルが発生するのだが、それはまた、別の話だ。※1

 

 

すすきヶ原図書館

 

玲雄とタケルが混乱し、のび太達を見失っていた頃、静香は英才は仲良く家路を歩いていた。

二人は街の図書館で勉強しており、夕方になったので英才は静香を家に送り届けようとしていたところだった。

 

「じゃあ、またね」

 

家の前で英才と別れ、玄関に向かう静香。しかし、途中にポッカリと開いていた穴に気付かずに、落下してしまう。

 

「あああっ!」

 

スッポリと穴にはまった静香は、四次元空間を通り、そのままのび太の部屋の天井から落下する。

静香はそのまま穴の下に仕掛けられていた『刷り込みたまご』にホールインワン。たまごのフタが閉まり、起動を開始する。

 

「やった!ドラえもん、あれ何?何の穴?」

「ストレートホール。しずかちゃんの家の玄関前と繋がっているんだ」

「ハハッ!すごいね!これで15分待てば良いんだね?楽しみだなぁ。あ、ドラえもんはどっかに行っててね?しずかちゃんが出てきたとき、最初に君を見たら大変だから」

「はいはい」

 

そう言ってドラえもんは頭にタケコプターを付けて部屋からでて行った。

のび太はその間、デレデレした顔でその時を待つ。

その時、玄関からスネ夫の悲痛な叫びが響いてくる。

 

「おーい!のび太ぁぁ!」

「何だよこんな大事な時に………」

 

のび太はしぶしぶと部屋をでて行った。

のび太が部屋を出た後に、玲雄とタケルは通り抜けフープを使って部屋に侵入する。

 

「いつの間にこんな物を仕掛けてたんだ?」

『君達がバタバタやっている間にだよ。それにしても、これも一般に流通させるには危険な道具だね。どこでもドアと通り抜けフープを掛け合わせた道具だけど、こういう使い方は怪我人を出してしまうね。逆を言えばタイムパトロールや警察組織が犯人を逮捕する時に罠として使うのは良いかも知れない』

 

ヒデキはストレートホールの実用について、分析を始める。

確かにヒデキが言うように『ストレートホール』はドラえもんのような使い方は倫理的にアウトだが、警察やタイムパトロールなどで犯人逮捕のトラップとしてはかなり有効なひみつ道具だろう。

 

「ヒデキ。分析は後にして。どうしよう!」

『そうだった。………ん?』

 

ヒデキが何かに気が付いたようだ。

 

「どうした?ヒデキ」

『いや、静香おばあちゃんと一緒にいた英才おじいちゃんが何か迷っているようなんだ』

 

スパイ衛星で先祖の英才を追っていたヒデキは、出木杉英才か帰路の途中で立ち止まり、静香の家の方を気にしているようだ。

それを玲雄に伝えると………

 

「それだ!」

 

玲雄はタケコプターでストレートホールの天井を通り抜ける。ドラえもん達の仕掛けを逆に利用し、英才までの距離をショートカットしたのだ。

ストレートホールは源家の玄関前に設置されていたので、玲雄はそのまま上空に出る。

上空まで出ると、それほど離れていなかった英才はすぐに見つかった。静香の家から英才の家までの道筋を追えばいるだろうと当たりを付けていたのもあるだろう。

 

「うーん………伝え忘れていたことがあるけど、どうしよう。明日にでも伝えれば良いんだろうけど………」

 

英才は何か静香に言い忘れた事があったようだが、静香にすぐに伝えるか、翌日の学校で伝えるかを迷っているようだ。

 

「すぐに伝えるんだ」

 

玲雄はハサミ型の何かを取り出した。

『思い切りはさみ』

迷っている人間に対して使うと、迷いが消えて即座に思い切った行動ができるようになるひみつ道具だ。

 

「うん!やっぱりすぐに伝えよう。万が一にも忘れてしまったら困るからね!」

 

英才は踵を返して源家に駆け出した。

 

『レオくん………まさか………』

「ヒデキの思った通りだよ。このまま出木杉英才君が静香さんの家に向かえば、ストレートホールに引っかかるだろ。そうすれば刷り込みが終わった静香さんは………」

 

刷り込みたまごは野比のび太だけを好きにさせる道具ではない。

作動してから15分後、表に出た後に初めて見た人間を好きにさせる道具だ。

 

『ちょっとレオさん!』

「良いじゃないか。出木杉英才君と源静香さんは元々結ばれる運命なんだ」

『だからって、こんなやり方は僕は認めないぞ!それが例え本来の歴史通りになるとしても!まさか……君はそうすることで自分が消える運命を………』

『………え?』

 

サヤカとヒデキが抗議してくる。

ヒデキとサヤカだってのび太が刷り込みたまごで静香を強制的にさせるやり方は反対だった。いくら子供だとはいえ、そんなやり方を選択した野比のび太に対して嫌悪感が覚えた事も確かだ。

だからって、のび太に制裁を加える為にひみつ道具で英才と静香を歴史通りにくっつけるのはやり過ぎだと思った。

特にヒデキは玲雄がのび太の子孫であることを知っていた。

 

(レオ………もしかして君はこうする事で消えることを避けようとしてるのか?でも君は言っていたじゃないか………のび太君が努力の果てに静香おばあちゃんと結ばれるのならば、どんな結果だって受け入れるって!なのに………それで英才おじいちゃんと静香おばあちゃんをくっつける様な真似をするなんて!それだったら野比のび太君と変わらないじゃないか!それだけはやっちゃ駄目だ!レオ!)

 

『やめるんだレオ!例え英才おじいちゃんと静香おばあちゃんが結ばれるのが歴史通りだったとしても、こんなやり方は僕は認めない!子孫の僕が言うんだ!止めろ、レオ!』

 

叫ぶヒデキ。しかし、玲雄は動かなかった。

 

「サヤカちゃん、ヒデキ。君達の先祖、出木杉英才は出木杉家の伝説なんだよね。頭脳明晰、運動神経抜群、そして性格に至るまで、完璧な人間だったって………」

『え?ええ………英才おじいちゃんは、出木杉家の中でも、完璧の中でも完璧と言われているわ………だからこそ、私達出木杉の人間は、あらゆる面で………特に人格の面で英才おじいちゃんを見習うように言われているけど………』

「だったら、信じよう。出木杉英才君を………君達の先祖を。僕は出木杉英才君だから、野比のび太君の暴走を止めてくれると思ってるんだ」

 

話しながら、玲雄は英才を追う。

玲雄の思惑通り、英才はストレートホールに落下。

 

「この部屋は静香君の家の地下室か?でもここは2階。どういうことなんだ?時空が混乱している………」

 

のび太の部屋に落下した英才は、自らの身に起きたことを不思議に思いながら、混乱せずに分析を始めた。

更にストレートホールの上を見上げる。

 

「これは………2つの空間がつながっているのか?」

 

この独り言1つで出木杉英才という少年が、ただの天才ではないことが伺える。

玲雄達未来人やドラえもんとそれなりにひみつ道具に触れてきたのび太達ならば、空間を繋げる系統の出来事に慣れている。

原理がわかっていなくても、そういうものだと納得してしまうだりう。

しかし、初めて空間を繋げるひみつ道具に触れながら、混乱せずに興味を持ち、分析を始める10歳程度の小学生が多くいるだろうか?

 

「さすがはヒデキの先祖………僕だったら大混乱だよ」

『そうかなぁ………?普通だと思うけど………』

『そんなの、英才おじいちゃんやヒデキさんだけよ………それよりもレオさん!たまごが!』

 

そんなことをしている内に、刷り込みたまごが開き、大量の蒸気とともに静香が出現。バッチリと目を合わせてしまう英才と静香。

そしてラブラブ光線を送りながら英才に抱き付く静香。

そこにスネ夫に呼ばれていたのび太が戻ってくる。

 

「野比くん、どうなってるんだい?これ」

「あああああ!」

 

絶望的な表情を浮かべるのび太。同時にタケコプターで戻ってきたドラえもん。

英才は多少困惑はしているものの、嫌がっている感じではない。

 

「どうしてくれるんだよ!これ!」

「だから止めておけって言ったのに………」

 

涙目でドラえもんに泣き付くのび太。その最中でも静香は英才に抱きついていた。

だが………

 

「お願い!何とか元に戻して!」

「え?」✕複数

 

その場にいたのび太、ドラえもん、静香、玲雄、ヒデキ、サヤカが声をあげた。

ドラえもんはポケットから透明のヘルメットを取り出した。

 

「これを被れば元に戻るけど」

 

この言葉を聞いてこんどは静香が絶望的な表情を浮かべていた。

 

「だめなの?出木杉さん、あたしに好かれたら、迷惑?」

「そうじゃないさ。僕だって静香君の事は大好きだよ。でも、こんな機械に頼って君の心を動かすのは嫌なんだ」

「出木杉さん!」

 

この言葉で静香はなお顔を赤らめ、のび太は対象的に顔を真っ青にしていた。

青を通り過ぎて、既に白い。完全に石像となっていた。

 

「そうだ。思いしれ、のび太。これが君がやろうとしていた事だ。そして、現実なんだ。出木杉英才と君の人としての大きさの違いだよ」

 

解除ヘルメットにより、元に戻った静香。

男として完全に格の違いを見せつけられたのび太。

 

「ますます出木杉さんの事が好きになったわ」

 

そう言って野比家から去っていく静香と英才。

それを惨めに見送りながら、のび太は呟く。

 

「やっぱり出木杉にはかないっこないよ………。それに比べて僕は………」

「ドジで、のろまで、勉強が嫌いで」

「うるさいよ………」

 

次々とのび太の駄目なところを挙げへつらい、のび太の心にトドメを刺しまくるドラえもん。

 

「君は道具を使っても駄目だってわかったでしょ?君自身が何とかしないと」

「何かねぇ………ウ~ン。銀河!」

 

のび太は机から紐を取り出し、瞬時にオリジナルあやとりを作り出した。これにはドラえもんも玲雄もビックリした。

玲雄の時代にはあやとりが廃れていたこともあるが、例えあったとしても玲雄にこんな特技があるとは思えない。

 

「って、これだけじゃなぁ………」

(人間、何かしら特技があるものだなぁ。何かの役に立つとは思えないけど………)

 

玲雄はこう思うが、まさかあやとりが惑星を救う決定打になることがあることを後に驚くことになる。※2

閑話休題

 

「どうせ何をやっても僕は駄目なんだ………」

「どうせ、なんて諦めていたら、いつまでたっても君はこのままだよ?それでもいいの?」

「………………」

 

(もうこれ以上、今日は何もしないだろう………ハァ、しんどい1日だった………)

 

そう言って、玲雄はつづれ荘へと戻る。

戻ると、ヒデキとサヤカが待ち構えていた。

ちなみにタケルとスネトは精神的な疲れから、既に寝込んでいるらしい。

 

「ねぇ、レオ。君はこの結果が予想できていたのかい?」

 

ヒデキが開口一番に聞いてくる。

 

「結果が予想できていた………っていうよりかは、信じていたって気持ちが強いかな」

「信じていたって………君はそれほど英才おじいちゃんを知っている訳じゃ無いだろ?」

 

ヒデキに笑いかける玲雄。確かに玲雄は英才を良く知っている訳ではない。

しかし………。

 

「知っているさ。『出木杉』の事はね。だから、信じたんだ」

 

玲雄はヒデキを通じて『出木杉』の事を知っていた。その誠実な人間性も。それに玲雄は賭けた。その誠実さに。

 

(人に対して誠実であれ………日野の理念を示したのは、出木杉の方だったぞ?野比のび太………この家訓を日野家に残した、正しい歴史の君は、ドラえもんが来たことで無くなってしまったのかい?これ以上、(子孫)を失望させないでくれ………)

 

ドラえもんが来たことで、何が世界崩壊のストッパーになるのかは分からない。

10歳の子供が未来の力を手にすれば、調子に乗るのは仕方が無いのは玲雄も理解していた。しかし、のび太は玲雄の許容できる線を踏み越えてしまった。

今ののび太は、玲雄を感動させた彼とはほど遠い存在だった。

ドラえもんはコンピューターペンシルの一件でこう言っていた。

 

『僕がいない方が、君にとっては良かったのかも知れない』

 

………と。

 

(超えてはいけない一線は、最後の最後で超えない男だと思っていたのにな………)

 

野比のび太に対する日野玲雄の評価は、落ちるところまで落ちていた。

 

続く




※1
友達の輪、キューピットの矢
友達の輪は神成さんの姪っ子が登場した時に登場したひみつ道具。輪が書かれたシートの中に入った者同士を友人関係にする。神成さんの姪っ子と仲良くなろうとしたのび太だったが、偶然静香と姪っ子さんが輪に入ってしまい、結局どちらとも仲良くなれなかった自業自得の結果に終わる。浮気は良くないですね。
キューピットの矢は『南海大冒険』で登場。矢が刺さった者は、放った対象に対してラブラブ状態に。刷り込みたまごほど強制力はなく、簡単なショックで正気に戻る。作中では海賊が面白半分で矢を放ち、ドラえもんに突き刺さった。
こんな物を持ち歩いていたドラえもんもドラえもんだが、試し撃ちで矢を人に向けて放つ海賊も海賊である。

※2
のび太の宇宙英雄記
中盤まで、まったく役に立たなかったのび太の特性だったあやとり。
しかし、最終決戦において勇気で覚醒したのび太がパワーアップしたあやとり能力でラスボスであるイカーロスを倒した。
しかし、何故宇宙英雄記では射撃ではなくあやとり?と思ったのは本城だけではないだろう。

それでは次回もよろしくお願いいたします。


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サヤカの説得

つづれ荘

玲雄の私室

 

ピロロン♪ピロロン♪

夜中、日野玲雄は自室で射撃の訓練をしていた。

昔から射的が得意だった玲雄は、機嫌が悪いと射撃ゲームを起動させ、憂さ晴らしをする。

 

「荒れてるわね、レオさん」

「サヤカちゃん……」

「相変わらず大した銃の腕よね。機1も機2も惜しがっていたわよね。その才能を遊ばせているなんてって………」

「知ってるでしょ?僕の欠点」

 

玲雄のタイムパトロール養成学校時代、体力・射撃での成績は優れており、特に射撃に関しては養成学校の歴代記録の中でも群を抜いてトップの成績を誇っていた。

玲雄の成績を見て、犯罪者と対立する事が多い機動1課と機動2課は特に玲雄をスカウトしていたのだが、玲雄が希望したのは機動隊と名を打つのもおこがましい機動3課。

元々、警察で言えば地域課のような勤務を希望していた事もあるのだが、最大の理由は玲雄の欠点が1課や2課でやっていくのには致命的であったからだ。

 

「そうね。あなたは的が相手なら必中だけど、何故か人が相手だと必ず外す。射撃だけじゃないわ。運動神経は良いし、意外と力はあるのに、ケンカでも武道でも、本気になるとあなたは勝てない。機1や機2には確実に向いてないわよね。まぁ、それだからこそレオさんだけど」

「わかっているなら言わないでよ。子供の頃からケンカに勝ったことがないし、格闘でも連戦連敗。射的では無敗でも、人に向けて射ったら何故か外れる。そんな僕が機1とかに配属?役立たずですぐに追い出されるよ。頭も悪いし、欠点持ちの僕が唯一役に立つのは機3か補給担当の輸送課くらいだよ」

 

玲雄はどんなに本気を出しても対人で勝つことは出来なかった。

せっかくの射撃の腕も、これでは宝の持ち腐れである。

サヤカ曰く、『だからこそ玲雄はそれで良い』らしいのだが、タイムパトロールとしてそれで良いのだろうか?と考えてしまう。

ちなみに推理力が重要な警察でいうところの「刑事課」に相当するスネトが所属する「捜査課」からはお声がかからなかった。理由は察するべきだろう。

 

「でも、そんなレオさんが射的ゲームをしているなんて、よっぽど怒っているのね?のび太さんに対して」

「………わかるだろ?僕がああいうのが嫌いだっていうのがさ」

 

解除ヘルメットがあったとはいえ、人の心を無理矢理操る洗脳系ひみつ道具を使い、意中の相手を自分に振り向かせる………そんなやり方は、玲雄がもっとも嫌う行動だった。

人に対して優しくあれ、真面目であれ、誠実であれ………

幼い頃から両親に教え込まれ、そのルーツも知った日野家の家訓。

今回ののび太の行動は、玲雄が重んじるその三箇条を徹底的に踏み躙られる行為であった。

 

「それでも珍しいわね?レオさんがここまで相手に失望するなんて。普段なら、そういう人に対しては悲しそうにはするけど、怒るなんて事はないでしょ?あなたの場合」

 

そう。玲雄は悲しみこそすれ、怒ることは滅多にない。

何故今回、のび太に対して玲雄は怒っているのか。

 

(日野家家訓の礎を作った野比のび太………それが、あんな物を使うなんて………)

 

失望。それが今の玲雄が抱いている一番当てはまる感情だった。

 

「確かに、今日ののび太さんの行動は最低だったわ。男性のあなたやヒデキさんでもあんなに怒ったのですもの。女性の私からしてみれば、なおさらよ。でもね………?」

「?」

「そんなものじゃないかしら?子供の時なんて。あそこまで出来た英才おじいちゃんが、大人びていすぎると思うの」

「そうかなぁ………」

「そうよ。レオさんの場合、ご両親が厳しかったから、そういうのは考え付かないかも知れないけど、普通ならばそうよ。10歳の子供ならば、誰だってどんな手段を使ってでも振り向かせたいって思うもの。レオさんはそういうの、無かったの?」

 

まったくなかったとは言い難い。ましてや玲雄は子供の頃からサヤカの事が好きだった。

のび太が静香の事を狂しく好きだったように。

ただ、どんな手段を用いようかと思えば、玲雄は家庭環境から考え付きもしなかった。

人に対して真面目であれ………日野家の家訓は世代を重ねるにつれ、その気質がエスカレートしていっていたのだ。

頭が悪くても良い、力が弱くても良い、だけれど人を裏切る事だけは厳しい。それが日野家という家だった。

 

「………今回ののび太君のような卑怯な行動ほどでは無いにしても、確かにそういうのはあったかも知れないね………」

「そうでしょう?人間、誰もがそういう汚い心があるものだわ。それにね………もし、のび太さんの思惑が上手くいったとしても、あの子は自分の間違いに気付くと思うの」

 

玲雄はサヤカの言葉に驚き、思わず使っていた電子銃を落としてしまう。

 

「コンピューターペンシルの時なんかもそうでしょ?確かにのび太さんはすぐに調子に乗って、物事を楽な方へと流されてしまうところがあるけれど、悪い人じゃない………最後には気が付いて、人としての道を踏み外さないのが彼だと思うわ」

 

ちょうど、ドラえもんがのび太を見捨てかけた事件であるコンピューターペンシルの一件を思い出していた玲雄。

ドラえもんから汚物を見るような目を向けられた事で良心というものを取り戻したのび太は、最終的には直前でコンピューターペンシルを投げ捨て、敢えて普通にテストを受けた。

結局は投げ捨てたコンピューターペンシルは武が作った偽物で、使おうと使うまいと結果は変わらなかったのだろうが、自分で自らの過ちに気がついたことに意義があったのだとサヤカは言いたいのだろう。

因みに、武は不正が父親に見抜かれ、今(22世紀)の時代ならば問題になるような酷い折檻を受けることになり、それを見ていたタケルは情けなさで涙していたのだが、それはそれで効果があり、武は『百点なんて懲り懲りだ』と言ってコンピューターペンシルをドラえもんに投げ返す。折檻よりも、父親の失望の涙が相当堪えたのだろう。

 

「だから、例えのび太さんは静香おばあちゃんを自分に夢中にさせたとしても、満足するのは一時的で、最後には自分で過ちに気が付いていたと思うわ。コンピューターペンシルの時のように」

 

確かにそうかもなと思う玲雄。

刷り込みたまごの件が顕著すぎるだけで、のび太は最終的には悪人になりきれずに終わっている。そうはならないにしても、ドラえもんの道具を扱いきれずに自業自得で終わってしまう。そして、ドラえもんによって毎度釘を刺されるのだ。

道具によって楽をしようとしても、結局は最終的に必要なのは便利な道具ではなく、日頃の行いなのだと。

 

「だから、のび太さんを見捨てないで見守りましょう?きっと、のび太さんは少しずつ、変わってくれると思うわ」

 

サヤカは玲雄の手を握り、まっすぐにその目を見つめる。

 

(かなわないなぁ………子孫の僕よりも、のび太君の事を信じているなんて………サヤカちゃんに言われてしまえば、僕はのび太君を見捨てることなんて出来ないじゃないか………)

 

玲雄は一度目を閉じて深呼吸をし、への字だった口を普段の柔らかいものへと変える。

 

「分かったよ………サヤカちゃん。もう少し、信じてみるよ。野比のび太君を………」

 

握られていない方の手をサヤカの手の上からそっと重ね、意思を示すように少しだけ力を込める。

 

「それでこそレオさんよ。というよりも、さっきまでのレオさんの方が、あなたらしく無かったのよ。普段のあなたなら、もっと広い心でのび太さんを見ているはずだわ」

「そうかな………買い被り過ぎだと思うけど………」

 

玲雄だって人間だ。

決して聖人でも無ければ、サヤカやヒデキのように出来た人間ではない。

今回だってサヤカに指摘されたように、少し短気すぎたと自己嫌悪に陥るような醜い感情に陥る事だって度々ある。

 

「ふふ………良いの。私は少なくとも、レオさんはそういう人だって信じているんだから。ね?」

 

サヤカは良い微笑みを玲雄に向け、その手を離す。

大好きなサヤカの笑顔に一瞬だけ見惚れるも、彼女の手の温もりが離れたことで、玲雄は名残惜しさから思わず「あ………」と声を漏らしてしまう。

 

「ありがとう、サヤカちゃん。少し、心が軽くなったよ」

「良かったわ、いつものレオさんに戻って。じゃあ、明日も早いんだから、ゆっくり休んでね?おやすみ、レオさん」

 

サヤカはヒラヒラと手を振り、玲雄の部屋から出ていった。

 

「………おやすみ、サヤカちゃん………」

 

彼女を見送り、使っていた器具を片付けてからシャワーを浴び、歯磨きなどの就寝準備を終えてベッドに横になる玲雄。

普段なら、生来の寝付きの良さですぐに意識が暗闇に落ちる玲雄なのだが、中々寝付けない。

玲雄は窓から差す月明かり(窓も月明かりも本物ではない。立体的な映像)薄暗い群青の闇の中で、手を眺める。

その手には、先程のサヤカの手の温もりが少しだけ残っているようで………。

 

(今更だけど、すごくドキドキする。普段はガードが固くて、相手が僕達であっても密室で男の子と二人きりになるなんて事をする人じゃないのに………)

 

出木杉サヤカはガードが固い。幼少期ならともかく、大人となった今では、玲雄達が相手でも決して密室で二人きりになる事は決してない。

サヤカ程の美女を周りが放って置くことはなく、嫌でも身を守る必要が学生時代からあったのだから。

 

(それだけ心配してくれたんだな。ヤッパリサヤカちゃんは優しいや………)

 

サヤカの優しさを改めて認識し、心を温める玲雄。

しばらく眠れそうに無いなぁ………等と考えていたのも束の間で、その僅か数分後には温かい余韻に包まれながら、ゆっくりと深い眠りへと誘われるのであった。

 

 

サヤカの部屋

 

玲雄が心地良い眠りへと落ちて行くのとは対象的に、出木杉サヤカの心はざわついていた。

原因は今日の夕方での一件だ。

玲雄が思い切りハサミで出木杉英才を焚き付けた際、従兄弟の出木杉ヒデキが珍しく慌て、そして思わず漏らした失言。

 

(消えるって何?絶対にヒデキさんとレオさんは何かを隠しているわ。私達に知られたくない何かを………)

 

女性特有の勘の鋭さとでも言うのだろうか。

ほんの僅かな失言をサヤカは聞き逃さなかった。そして聞き流さなかった。

気づいてこそなお、サヤカはヒデキを問い正さなかった。

根は正直で真面目なヒデキ。それでもヒデキは子供の頃から腹黒い科学者達と渡り合って来た人間だ。

サヤカが問い詰めたとしても、ヒデキは失言したという事実を認めた上で、それでも上手くノラリクラリとかわすだろう。

それがわかっているからこそ、サヤカはヒデキから何も聞かなかった。

ならばとサヤカは玲雄の行動を観察し、思い返す。

野比のび太に対しては何故か他の人よりも厳しい。確かに今日ののび太の行動は、玲雄の信条からすれば許せない行動ではあっただろう。

しかし、普段の玲雄ならば、ここまで辛口な評価はしない。

精神が成熟していない子供のやった事なのだと割り切っていたことだろう。

 

(なのに、レオさんはのび太さんに対して凄く怒っていたわ。まるで大人に対して評価するように……普段のレオさんからは考えられない………いったいどうしてしまったの?)

 

何かあったとするならば………

 

(研究所でヒデキさんに会った時?ヒデキさんはレオさんに何を伝えたのかしら………?とてもイヤな予感がしてならないわ……)

 

その晩、出木杉サヤカは中々寝付くことが出来ず、翌日の朝は寝不足で迎えることになる。

 

 

 

翌朝………

 

骨川スネトは昨晩の当直を担っており、監視室で野比のび太の行動を監視していた。

といっても、警備会社がそうであるように、当直といっても仮眠時間はある。野比のび太が就寝している時間(昼寝は除く)は仮眠時間に充てられており、のび太が起床すればアラームが鳴って知らせてくれるようになっている。

就寝中ののび太の身に何かあれば、『虫の知らせアラーム』が作動するように仕掛けるのも忘れない。

普段ののび太は幼い事もある上に趣味が「昼寝」という事もあってか寝付きが良い。当直はのび太の就寝を確認してから入浴を済ませ、読書等で少しの余暇を過ごしてから自分の生活リズムで思い思いの時間で仮眠にはいるのだが、昨日のショックがあったからからだろうか。のび太もまた、中々寝付くことが出来なかった。

モニターしていた当直のスネトは、のび太が熟睡しないと仮眠が取れない。スネトもスネ夫と武のショッキングな場面を見せられる原因を作ったのび太の事を少しだけ怒っており、「こいつ、今日に限って眠らないなぁ………早く眠れよ」とイライラしており、そして日付けが変わってしばらくしてからやっと仮眠に付く事が出来た。

やっと眠れたと思って入浴を済ませ、コンクフードを夜食にして仮眠に入ったのが午前1時半。のび太の起床を知らせるアラームが鳴り響いたのが朝日が昇った少し後、午前5時を少し過ぎた頃の事だった。

 

「な、何だ何だ!?何か非常事態か!?」

 

中途半端な仮眠は下手な徹夜よりもたちが悪い時がある。

上手く頭が回らないスネトは慌てて靴を履き、モニターに貼り付く。

 

「はぁ………?」

 

スネトはモニター越しに見る野比のび太の光景を見て、しばらく硬直した。時間にして約1分と行ったところか。

 

「ハハハ………夢だよね?これ………」

 

呆然としていると、居眠り防止の為に設置してある『夢たしかめ機・改(居眠り感知センサー搭載)』が作動。

戦車のようなキャタピラにマジックハンドのような手が生えている、存在意義も含めてふざけた見た目のひみつ道具がカラカラと音を立ててスネトの近くまで接近し、そのキツネ顔をムンズと掴みあげた。※1

 

「いっったぁぁぁ!」

 

あまりの激痛に大声を上げ、涙目になるスネト。

 

「もう!僕の美貌が台無しになったらどうするんだ!」

 

慌てて『夢たしかめ機・改』のスイッチを切り、掴み上げて床に叩きつけるスネト。ナルシストぶりは先祖のスネ夫と大差ないようだ。

夢たしかめ機・改を叩きつけたところで夢では無い事に気付き、スパイ衛星の映像を見る。

 

「こ………こ………これは大変だぁ!」

 

混乱したスネトは、各部屋のスピーカーに連絡を飛ばすマイクの一斉放送のスイッチをオンにし、叫ぶ。

 

「起床!起床!各員、緊急事態発生!緊急事態発生!」

 

スネトの叫びが、つづれ荘に響き渡った。

 

続く




※1
夢たしかめ機・改(居眠り感知センサー搭載)
本文に書いてあるとおり、存在意義そのものも含めてふざけているとしか言えないひみつ道具、『夢たしかめ機』にスネトが居眠り防止機能を搭載して改造したオリジナルひみつ道具。
元の存在意義が問われる『夢たしかめ機』ではあるが、『南海大冒険』ではラスボスに相当する改造生物、『リヴァイアサン』を倒すという偉業をやってのけた。
世の中、何が役に立つか分からないものである。

果たしてのび太の身に何が起きているのか!?
『STAND BY MEドラえもん』を観た方にはバレバレでしょうが………

それでは次回もよろしくお願い致します。


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変わり始める野比のび太

お気に入り50人、感謝です!

「しずちゃんさようなら」の回です。※1


「起床!起床!各員、緊急事態発生!緊急事態発生!」

 

スピーカーから流れるスネトの叫び声が部屋に響き渡り、玲雄は驚きでベッドから転げ落ちる。

 

「わっ!何だ何だ!?」

 

直前まで良い夢を見ていたような気がするのだが、その余韻に浸る間もない。

 

「繰り返す!起床!起床!各員、緊急事態発生!緊急事態発生!」

「緊急事態!?これはただ事じゃないぞ!?」

 

玲雄は慌てて着替え、各種装備を装着する。

これがのび太ならば、慌てて眼鏡を探し出すのだが、幸い玲雄の視力は良好だ。

最低限の支度を済ませ、部屋のドアを開ける。

 

「おうレオ!お先に!」

「ジャンボ!流石は機1!早いね!」

「まぁな!緊急出動なんて機1じゃ当たり前だからな!お前も機3にしては早いじゃないか!」

 

扉を開けた先には既にタケルが壁掛け秘密基地のシャッターを開け、階段を駆け下りようとしていた。

機動1課は緊急出動が多い。夜中や非番時の急な呼び出しは日常茶飯事だ。緊急呼び出しでまごついているようでは仕事にならない。むしろタケルに少し遅れている程度で駆け出している玲雄が早い方だと言える。

 

「非番呼び出しは少ないけど、機3だってそれなりに出動は多いからね!」

 

玲雄が言うとおり、基本的に出勤中の隊員だけで事が足りるのだが、帰還不能や現地でのトラブルなどで出動がかかることは少なくない。緊急出動の報せを受ければ体が反応してしまうのはタケルも玲雄も同じだった。

部屋に鍵をかけ、タケルから遅れて数秒後。無駄に長い階段とタイムマリンが丸々と収納されている広い駐機場を走り抜け、当直室に駆け込む。

 

「スネト!何があったの!?」

 

玲雄が当直室に入ると、スネトもタケルもモニターを見てポカーンと固まっていた。

 

「??」

 

返事が無いので玲雄も監視モニターを見てみると、そこに映っていたのはのび太が早朝なのにも関わらず、机に向かって算数の勉強をしている姿だった。

 

『660かな?合ってた!120÷6は………うーん………』

 

よほど大変な物が映っているのかと思ってみれば、何てことはない。ただの勉強風景。

強盗に襲われているワケでもなく、重い病気に罹ったワケでもない。

最悪は(のび太にとっては)昨日の絶望的な出来事から世の中に絶望して自ら………なんてことを想定していた玲雄にとっては何とも肩透かしを食らった感じだ。

 

「………これのどこが緊急事態?」

 

玲雄はジト目でスネトを見る。

 

「バカ!あののび太が朝早くから自発的に勉強を始めたんだぞ!?あののび太がだ!これが緊急事態じゃなくて何だというんだ!」

「昨日の結果が余りにショック過ぎて頭がおかしくなっちまったのか!?」

「それとも何か人格が崩壊する悪いウイルスにでも罹ったのか!?」

「………君達、いくらなんでも失礼過ぎると思うよ?頭がどうにかしたとしても、人格に影響が出るウイルスだったとしても、プラスに物事が運ぶんならいい事じゃないか」

「「それだ!」」

 

タケルとスネトが玲雄の言葉に納得しかけたところで………

 

「レオ。君も大概失礼だという事に気がつこうよ」

 

緊急事態という状況に慣れていないヒデキがタケルと玲雄に大分遅れて当直室に入る。少しだけ眠そうな表情を覗かせるヒデキ。それでも少しも乱れていない身だしなみをしているのはさすがはパーフェクト超人のヒデキであろう。

 

「君達。のび太君の意識が良い方向に変わったって発想は無いのかな?」

 

ヒデキがそう言うと、のび太の部屋では押し入れのふすまが開き、中からドラえもんが起きてくる。ドラえもんも朝から机にかじり付いているのび太の様子に驚くが、のび太は

 

『あ、ドラえもん。起こしちゃった?とりあえず次のテストで0点を取らないように頑張ろうと思う』

 

と、やる気に満ちた顔をしていた。

 

「ほらね。少しは彼を信用してあげようよ」

 

ヒデキは三人を困ったように見て嗜める。

 

「い、いやぁ。あまりにも驚きすぎて………」

「それでエマージェンシーコール?やり過ぎだよ、スネト。一番あり得る可能性じゃないか」

「そうだ。大袈裟だぞ?スネト」

 

ゴチンとスネトの頭に拳骨を落とすタケル。

 

「あいた!何だよもぅ………当直がジャンボやレオだったらきっと同じ事をしているだろう?さっきの反応だとさ」

 

スネトの反論に玲雄もタケルも「えへへへ」と誤魔化し笑いを浮かべる。

 

「3人とも結局同じだよ………まぁ、何事も無くて良かったってところかな?………身内に不安が残ったけれど………」

 

呆れ半分、安心半分といった様子でヒデキはコーヒーをカップに注ぐ。寝直すには中途半端な時間なので、カフェインで無理矢理目を覚まそうと考えているのだろう。自分の分を用意するついでに、さりげ無く5人分を用意するあたり、気配りにも隙がない。

 

「あれ?そういえばサヤカ君は?」

 

それぞれにコーヒーを渡した後に、サヤカが到着していない事に気が付くヒデキ。

 

「あれ?珍しいなぁ………サヤカちゃんが遅れるなんて………」

 

ヒデキに言われて初めて気が付いた様子で玲雄が呟く。

 

「いい大人になったってつうのに相変わらず女の子の事がわかってないなぁ。女性はね、時間がかかるものなんだよ」

 

人差し指を立てて左右に振り、チッチッチッと玲雄を馬鹿にするスネト。

そこで扉が開き、サヤカが飛び込んでくる。

 

「遅れてごめんなさい!状況を教えてもらえないかしら!?」

「ああ、サヤカちゃん。大丈夫だよ。のび太君が自主的に勉強をしていたことに混乱してスネトが色々と早とちりしただけだから、そんなに焦ることはなかったよ」

「そう………それなら良かったけど、緊急招集に遅れるてヒデキさんよりも遅く到着するなんてタイムパトロール隊員としては失態ね………今後、気をつけるわ」

 

深々と頭を下げるサヤカ。

 

「良いんだよサヤカちゃん。それよりもどうしたの?遅刻なんてサヤカちゃんらしく無いけど………」

「………夕べは中々寝付けなくて………でも、そんなのは言い訳だから、私が悪いの………」

 

よく見るとサヤカの顔色は悪かった。どこが調子を崩しているのは確かだろう。

 

「サヤカちゃん。どこか具合が悪いの?」

「………ううん。大丈夫よ………本当にただの寝不足なだけだから………誰の事を考えていたと思ってるのよ………

 

サヤカが寝不足気味だったのは、玲雄を心配するあまりのことだが、サヤカは怖くて直接聞けず………。

 

「それよりもスネトさん?ヒデキさんが言うように、流石にのび太さんに失礼よ」

「アハハ………ごめんごめん。僕も寝不足だったからさ………」

「徹夜で張り込むことが多い捜査課なのに?」

「完全徹夜よりも、中途半端な方が却ってキツイんだよ……」

 

上手くはぐらかされ、玲雄はスネトに詰め寄ったサヤカにこれ以上聞くことが出来なかった。

(それにしても、のび太おじいちゃんが………自発的に勉強か…3日坊主で終わらなければ良いけど………)

昨日はのび太に対して失望してしまった玲雄は、どうせ長続きはしないだろうと辛口にのび太を見る。

しかし、玲雄自身は気付いていないが、その表情はドラえもんと同様に優しげなものだった。

 

 

のび太のやる気はこの日、ひたすら算数の勉強を続けていた。

 

(どうせなんて言って逃げている限り、僕の未来はセワシ君が言っていた通りになっちゃう。いや、未来は変わりやすいっていうから、もしかしたらもっと酷い未来になっちゃうかもしれない。あがかなきゃ何も変わらないんだ。しずかちゃんとの結婚は、ドラえもんがくれた夢だ………。それは今の僕じゃ、普通の努力じゃほど遠い夢だ………。そのことを昨日の事で思い知らされた。でも、諦めたらそれは夢ですらなくなっちゃう。未来を変えるんだ!未来を掴むんだ!何としても!)

 

のび太はこれまでにないほど、必死に勉强した。

ここまで必死になったのは人生で初めてだと自分でも思っていた。

帰りの通学路にまで帰りながら教科書を開き、ひたすら暗算を続けていた。

のび太達の遊び場である空き地の前を通りかかった時には、武とスネ夫に見つかり茶化されていたが、のび太は二人に目もくれずに勉強を続けた。

家に帰った後もドラえもんに問題を出してもらい、それを暗算で答えるという勉強を繰り返す。

机にかじりつくだけでなく、食事中でも教科書を見ながら勉強。

流石に箸で教科書のページをめくった時は、母親である野比玉子に叱られていたが。

更には………

 

『じゃあ暗記パンを使えば良いよ』

『良い。自分の力でやらないと意味がないんだ』

 

これを見た時は、玲雄もタケルも驚きを隠せなかった。

 

「こ、これは………見せかけだけのやる気じゃない。ジャンボ、どう思う?」

「あ、ああ………コンピューターペンシルの時とは大違いだぜ」

「もしかしたら、本当にのび太君はいい意味で変わったのかも知れないな………」

「お?何だよレオ。その嬉しそうな顔はよぉ。この前はお前にしては珍しく相手を心底嫌いって顔をしていたくせによぉ」

「嬉しそうな顔をしているかなぁ………うん、そうかもね。弟が頑張っているのを見てるっていう感じかもね」

「弟?」

(しまった………)

 

別に自分がのび太の子孫であるという事を秘密にしなければならない義務はない。

しかし、のび太とドラえもんが関わったことにより、玲雄の体に影響が出始めている。このままのび太が変わっていけば、更に玲雄の異変が進行しているだろう。

玲雄が消えることになるかも知れないとタケル達が知れば、のび太の未来を変えることに反対するかも知れない。

(一度は見捨てかけたけど、僕だってのび太君やセワシ君が幸せになるかも知れないんだ………僕だけの都合で彼らや彼らの家族を不幸にするわけにはいかない………そんなの、僕はイヤだ…)

 

「ほら、セワシ君はジャンボの弟の友達だろう?セワシ君に似ている彼を見ていると、何だか弟のように思えちゃってさ」

「あ、ああ。そういうことか。俺も武おじいちゃんが弟みたいに思えちまってたから、気持ちはわかるぜ」

「だろ?」

「あ、ああ………」

 

ホッとした表情を浮かべる玲雄。タケルはその表情に違和感を覚える。具体的に何かと言われれば、説明はできないのだが…。

 

「まぁ、この調子なら大丈夫そうだね。さて、僕達も戻ろうよ。今日はヒデキがご飯を手作りしてくれるってさ」

 

多趣味なヒデキは料理も趣味らしく、時折息抜きで料理も振る舞ってくれる。それもとんでもなく旨い。

 

「サヤカちゃんじゃなくて残念だったな」

「茶化すなよ………僕はジャンボが料理担当じゃ無ければ何だって良いよ。子供の頃に食べさせられかけたジャンボシチューなんて出された日には、全員が食中毒で『お医者さんカバン』のお世話になりそうで怖いよ」

「人の心の古傷を抉るんじゃねぇよ………」

 

玲雄とタケルは大笑いしながらつづれ荘に戻った。

その日の夕食は、ヒデキが彼と仲間が良い、木手博士の先祖の生まれ故郷で見つけた良質な野菜を取り扱う『八百八』で買ってきた野菜をふんだんに使った野菜尽くしだった。※2

とても美味しく、皆がパーティー感覚で楽しんだ食事だったのだが………

 

「お?星野スミレが主演のドラマだ!僕、この時代の女優の中では一番好きだなぁ!美人だし、演技が上手いし!」

 

の玲雄の一言で空気が凍り付く。

 

「ヒデキさん…確かモニター品に、『自動ぶん殴りガス』ってあったわよね……それを貸してくれないかしら?」

「い、いや、あれは………」

「か・し・て!」

 

その晩、玲雄はひたすらタイムマリンに頭をぶつけるハメになる。※3

 

「レオさん?星野スミレって過去の人よ?わかってる?レオさん。ねえレオさん、聞いてる?レオさん。レオさん」

「痛い!痛い!何を怒ってるの!?サヤカちゃんやめて!」

 

その光景を見たヒデキ、タケル、スネトは

(レオももう少し女心が分かればなぁ………女優相手に嫉妬するサヤカちゃんもサヤカちゃんだけど………)

 

男性陣がドン引きする中………

 

(何故かしら?星野スミレさんだけは、負けちゃいけない気がするのよね………)

 

と、サヤカは自分でも根拠のない焦りにつきうごかされていた。

そのサヤカの勘は当たり、玲雄達は星野スミレと深く関わっていくことになる。

 

続く




※1
しずちゃん
一般的に「しずかちゃん」と本妙で呼ばれている源静香だが、実はこれはアニメ版の話であり、原作コミックス版では一貫してあだ名である「しずちゃん」と呼ばれている。

※2
八百八
キテレツ大百科に登場するジャイアンポジション、熊田薫の実家が経営する八百屋。
八百八の設定はアニメオリジナルで、いつの間にかアニメでは熊田一家がキテレツにおける「のび太ポジション」に落ち着いてしまった。「らっしゃい!」

※3
自動ぶん殴りガス
使ったらヤバいひみつ道具の1つ。
『JBG』と書かれた容器に入ったガスを何か吹きかけ、その付属品のマイクで対象の名前を呼び続けると、対象は勝手にガスを吹きかけられた物質にぶつかっていくひみつ道具。

それでは次回もよろしくお願い致します!


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つくづく自分がいやになった!

しずちゃんさようなら編第2話です


のび太が一心不乱で算数の勉強を始めてしばらくが経ち、テスト当日。

 

「のび太君、あれだけ頑張ったんだから、テストの結果はきっと大丈夫だよ!」

「うん!行ってくるよ!」

 

ドラえもんのエールを受け、自信満々で登校するのび太。

 

「ま、あれだけ頑張れば0点はないだろうな。赤点って事もないだろうよ」

「うん。報われて欲しいよね」

 

意気揚々と家を出ていくのび太をいつもの位置で見守るレオとタケル。

低空飛行しながらヒソヒソ話をするのももう慣れたものだ。

そして、校舎に入っていくのび太を見送り、玲雄達は学校の裏山に移動する。

(上手くいけば良いな………頑張ってね。のび太おじいちゃん)

石ころ帽子で姿を消しているとはいえ、さすがに活発な小学生が集まる校舎内には侵入できない。

予想外の動きをする子供達の行動予測をする事など不可能な事なので、万が一ぶつかりでもしたら騒ぎになってしまう。

なので、玲雄とタケルが待機場所にしているのはのび太の小学生から程近い裏山だった。

学校の裏山はのび太にとって、町で一番大切な場所だった。

本人曰く、どんなに嫌なことがあっても、裏山にいれば元気が貰える場所らしい。

本気で裏山が大好きなのび太は、時折自発的に裏山を清掃したりなどをして恩返しをしている。

 

「この山、もう俺達の時代には無くなっていたよな………」

「僕達の時代どころか、のび太君の子供達が小学生になる頃には影も形も無かったみたいだよ。ヒデキが教えてくれたよ」※1

「残念な事だな………こんないい場所が………」

「非番の時にゆっくりと散歩したけど、野ウサギがいたり、木苺がなっていたり、本当にいい場所だよ。のび太君がこの山を憩いの場にしているのもわかる気がするよ。本当に惜しいよね」

「もしここがガキの頃にあったなら、俺はあの一本杉に挑戦していたかもな」

 

裏山の未来を知っている二人はしんみりとする。

ちなみに玲雄達はのび太が登校している平日に交代で非番を設定しており、各人は思い思いに20世紀の東練馬を楽しんでいた。

 

『レオさんもタケルさんも、休憩をしないでとは言わないけど、気を抜きすぎないようにしてね?何があるかわからないんだから』

「いけね。さすがに授業中は暇だから、ついつい………」

 

サヤカの説教でのび太から目を離していたことに気が付く。少し気を抜いていたのかも知れない。

時々、自分達が何の為にこの時代にやって来たのか分からなくなる時がある。

玲雄達がこの時代にやって来てから結構な日数が経過したのだが、平和そのもので、世界が崩壊するような何かが起こるような何かが起こるとはとても思えない。

数年ほど前までは信じられない程の犯罪者がいたようで、特に窃盗関連では秘密結社が存在していたようなのだが、正体不明のヒーロー達の活躍によって犯罪者は激減したらしい。※2

ともあれ、今の段階ではドラえもんが過去にやって来ることで何かが起こるとは思えず、更に言えば何かが起きたとしてものび太達で何が出来るとはとても思えない。

のび太とその周囲は個性(特にのび太、武、スネ夫、静香、英才)が強いのは確かなのだが、あくまでも普通の小学生だ。※3

 

『それよりも、そろそろテストが始まるみたいだよ。今回のテスト結果には興味津々だったじゃないか』

 

ヒデキから声がかかり、玲雄はスパイ衛星の映像に目を向ける。

いつもテストの時は、どんよりとした雰囲気を醸し出しているのび太だが、今回は勉強をしてきた関係か、自信に溢れている。

 

『勝手に良い点を取ったら許さないからな』

『アハハハハ!今から謝っておくよ。ごめんねー』

 

と、余裕な態度を取るのび太。

(ちょっと鼻に付くけど、それだけの事はやってきたと思う。頑張ってね。のび太おじいちゃん)

しかし、いざテストが配られると………。

 

『ん?そんな………何で!?』

 

先程までの自信満々な野比のび太の姿は………もうどこにも無かった。

 

数時間後。

採点されたテストが返却される。

テストの結果は………

 

『野比くん、0点』

 

先生の目前で、のび太は肩を落としていた。

のび太が勉強していた教科は算数。しかし、今回行われたテストは漢字の読み書きテスト。

完全に勉強する照準を間違えたのび太は見事に撃沈していた。

 

「あちゃあ………」

「野比のび太らしいミスと言えばそこまでだけど………今回ばかりは流石に同情するぜ…」

 

次のテスト内容を確認し忘れたのび太のミスと言われればそこまでだが、心機一転し、努力をしようとした門出の結果がこれでは確かに報われない。

自己責任の果てとはいえ、のび太に対して辛口な玲雄も、流石に今回ばかりは同情を禁じ得なかった。

 

『これで何度目だ?』

『すみません………』

『はぁ………こんな成績じゃ、小学校も卒業できないぞ。先生は君の将来が本当に心配だ』

 

クドクドと説教を始める先生。

それに対して未来組は顔を顰める。

 

「おいおい。気持ちはわかるけど、いくらなんでもこんな公開処刑をする必要はねぇだろうよ………」

「少し先の未来では問題になる行為だね。これが職場とかならばパワーハラスメントも良いところだよ」

 

他の生徒がいる前で勝手に生徒の点数を晒し、そしてクドクドと説教を始める。

この行動は玲雄達の時代ではもちろんの事、のび太と玲雄達の時代の中間である『令和』と呼ばれる時代でも問題となる行為であった。

説教するにしても、別の時間、別の場所………例えば生徒指導室等にのび太を呼び出してやるべき行動である。

時代が時代ならば出るところに出られてもおかしくない。

 

『「昭和」と呼ばれる時代ではこれが当たり前だったらしいよ。残念な事にね』※4

 

後々の時代には問題視され、公開処刑のような説教に関しては規制されていくようになる。しかし、その反面では逆に軽い指導でもやたらと問題視されてしまう、いわゆる『ハラスメントハラスメント』な問題も発生してしまう。バランス取りというものは難しいものである。

閑話休題

放課後、のび太は一人、トボトボと歩いていた。

 

『こんな成績じゃ、小学生も卒業できないぞ。先生は君の将来が心配だ』

 

玲雄達が心配していた通り、のび太の危機感を刺激する為の一言であった先生の言葉は、深くのび太の心に突き刺さっていた。

 

「のび太くーん!」

 

そんなのび太に声をかけてくる人物がいた。タケコプターで飛んできたドラえもんだ。

(おっと………)

うっかり空中でぶつかってしまわないようにドラえもんを避ける玲雄とタケル。

普段は家で待機しているドラえもんだが、この日はせっかちに下校中ののび太を迎えに来ていた。この数日間ののび太の頑張りを一番見ていたドラえもんは、今日の結果が待ち遠しくて居ても立っても居られなかった。

頑張れば出来るという事を知り、自信を持ったのび太を早く見たくて仕方が無かったのだろう。自身もロボット養成学校では落ちこぼれで苦労した経験があるため、のび太の事は他人事ではないのも理由なのかもしれない。※5

結果を知らないドラえもんは、今日という日はのび太にとっても彼にとっても記念日となる………そう信じて楽しみで仕方が無かった。

つくづく人間臭いロボットである。

一方でのび太と言えば完全に俯き、ドラえもんの声が聞こえている筈なのに、聞こえていないかのように無視してトボトボと歩く。

テストの結果、先生の言葉によって落ち込んでいることもある。

しかし、のび太にとって一番堪えているのは散々協力して貰い、そしていい結果を信じて疑わないドラえもんの期待に応えられなかったことに対し、申し訳ない気持ちで一杯なのだろう。

 

「ウフフ、テストはどうだった?」

 

再びドラえもんが声をかけると………

 

「どうでもいいよ………」

 

今度は無視せず、力なく答えるのび太。

 

「またまたぁ。あれだけ勉強していたんだから、結構良い点数だったんでしょ?」

「………言いたくない」

 

後ろ手でまとわりつくドラえもんを振り払うのび太。

ドラえもんはのび太の態度をお芝居か何かだと思ったのだろう。

その信頼がよりのび太の心に重くのしかかる。

 

「もう照れちゃってぇ」

 

ドラえもん達と接触を持つことが禁じられてしまっていることがキツい。

すべてを知っている玲雄達からしてみたら、もうやめてあげてくれと言ってやりたかった。ドラえもんの純粋な期待がより一層のび太を追い詰めている。

ドラえもんを置いて更に歩くのび太。

 

「よーし」

 

ドラえもんは四次元ポケットに手を突っ込み、昭和の後期でも使われていないガマ口デザインの薄い赤色のハンドバッグを取り出す。

 

「取り寄せバッグ!」

 

取り寄せバッグ。

離れた場所にある任意のアイテムを名前の通りに取り寄せるひみつ道具だ。

誰もが大事な捜し物がある時に『○○』があればなぁ………と思うひみつ道具のベストスリーにランクインするであろう便利道具だ。※6

 

「時々思うんだけど、ひみつ道具の開発デザイン部ってレトロ趣味があるのかしら?」

『レオさん。今はそんな事を気にしている場合じゃないでしょう?』※7

 

ドラえもんは取り寄せバッグに手を突っ込み、のび太のランドセルから0点のテストを取り出す。

 

「ありゃ?漢字テスト?勉強したのって、算数だよね?」

 

紅く丸々と付けられた0の字。

凍り付くドラえもん。

知らなかったとはいえ、自分が残酷な事をしていた事に気が付くドラえもんだが………

 

『まぁ、普通はテストの教科が違っていたなんて気が付かないわよね。ドラちゃんは悪くはないわ』

「まぁ、僕達も気が付かなかったからね。気が付いたところで僕達には手出し出来ないけど」

 

ドラえもんに全てを知られたのび太がそのまま更にガックリと項垂れ、そして大号泣。

 

「うわぁぁぁん!もう嫌だぁぁ!つくづく自分か嫌になったぁぁぁぁ!」

「のび太くん………」

「もう放っておいて!」

 

刷り込みたまごの一件では自分自身の浅ましさ、出木杉との人間的な差を見せ付けられた。

今回の一件ではテストの教科を間違えてしまった迂闊さ、応援してもらった上で期待をしてくれたドラえもんを裏切ってしまった事実、そしてトドメになったのが先生の言葉………。

それらのすべてが積み重なり、のび太のメンタルは完全に潰されてしまっていた。

さすがのドラえもんも、この状態ののび太にかける言葉がみつからなかった。

 

続く




※1
約30年後には無くなる学校の裏山
小学校の裏にある裏山。反対側には中学校があるようで、「宇宙開拓史」では近道になっているようである。また、のび太の担任も裏山の反対側に住所があるらしく、通勤路に使っている。
裏山からは学校の前を流れる「花見川」の源流があるようで、ジャイアンやスネ夫が釣りを楽しんでいる場面がある。
花見川の下流はドブ川になってしまっているが、源流では今でも魚が生息しているようである。
のび太は裏山で昼寝をするのが好きで、50年後の世界からやってきた老人のび太も体が覚えていたのか、のび太の昼寝定位で昼寝をしていた。
ポイ捨てがデフォルトなドラえもんワールドの住人達(あの出木杉君ですら「グッスリまくら」を窓から捨てたポイ捨て民)だが、のび太は裏山にだけはポイ捨てはしないらしい。
環境破壊がテーマだった「アニマル惑星」では特にピックアップされていた学校の裏山。
残念なことにのび太の息子、ノビスケの時代では山があった痕跡すら無くなっており、既にマンション街が作られていた。
憩いの場所を失ってしまったのび太の心情は図りしれない…。

※2
正体不明の子供ヒーローズ
パーマンの事である。
平和とはいえ、のび太の町は結構な犯罪者が多いらしく、熊虎鬼五郎を始めとした凶悪犯が度々現れてはのび太達の平和を脅かしていた。
パーマンと世界線が同じなのならば、その頃の名残で凶悪犯が多いのかも知れない。
のび太の時代ではチンパンジーのパーマン2号、ブービーはどうなっているのかが気になるところである。

※3
個性が強い………で済むレベル?
明らかにそれで済む範疇では済まされないレベルだろう。特にジャイアン。
映画版では無類の男気を見せるジャイアンであるが、新しいバットを買ったので、殴り心地を試させろと友人に平然と言ってのけたり、公害とも言えるレベルのリサイタルを開催したりと個性の一言で済まされる範疇ではないだろう。
ジャイアン程ではないにしても、レギュラー陣もツッコミを入れればキリがない程に凄まじく個性が強烈である。
これを「個性は強いが、普通の小学生」と言ってのける玲雄達は………やはり同じ穴のムジナだと言わざるを得ない。
静香も意外とパワー派だし………(「タイム節穴」を自室の窓から空き地までポイ捨てした。下手したらジャイアン以上に強肩の持ち主!?)。

※4
時代考証
ドラえもんが連載されていた時代は昭和。
「ワンニャン時空伝」でのラストでは21世紀という事になっているように、放送時期に合わせてのび太の時代はコロコロと変わるものの、のび太達の日常風景は昭和のそれであると言える。

※5
落ちこぼれドラえもん
『2112ドラえもん誕生』におけるドラえもんでの描写。他の同型ネコ型ロボットと比べて成績が悪く、個性が強いドラえもんは正にロボット養成学校ののび太だったといえる。

※6
取り寄せバッグ
ドラえもん作品………特に大長編を見ていて誰もが思うであろう。探しものをしている時に何故『取り寄せバッグを使わないんだ!』………と。
例を挙げれば大魔境でワニに襲われた時に置いてきた道具を、宇宙小戦争でピリカ星に到着したときにスモールライトを(そもそもビッグライトをなぜ使わない?)、アニマル惑星では星の船、ドラビアンナイトでは黄金宮殿にある各種アイテム等、挙げればきりがない。
もっとも、取り寄せバッグを使わなかったからこそ面白く、感動的なドラマが生まれたのだから必要な大人の事情とも言え、突っ込むのは野暮だと言うものだが。
ある意味では失せ物チートアイテムだから封印されたひみつ道具だろう。

※7
デザイン
現実的な話としては連載当時のセンスでしょう。未来のデザインを先読みして作画なんてできないわけですから。
設定的なところではひみつ道具開発のデザイン担当者はレトロ趣味なのでしょう。
レトロ趣味のデザインを無理に変えず、そのまま使用している現在のアニメ制作陣からは原作愛を感じます。



うーん………
STAND BY MEドラえもんのインタビューで製作者が言っていましたが、「STAND BY MEドラえもん」は既存の原作をつなぎ合わせただけと語っていましたが、それでもチョイスしたエピソードは秀逸だと私は思います。
それでは次回もよろしくお願い致します。


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のび太の本質

しずちゃんさようなら編第3話です。


自分自身に愛想を尽かしたのび太は、まっすぐに帰る気にはなれず、通学路を逸れて多奈川の河川敷にいた。

普段ならば裏山に癒やしを求めているのだろうが、余程ショックだったのか、この日は一級河川の多奈川の土手で膝小僧を抱えて落ち込んでいた。

そう。普段ならば寝転がっている所を膝小僧を抱えての体育座りなのだ。

典型的な「私、落ち込んでいます」の構図である。

意地悪な人間ならばあざといと感じるだろうが、のび太は本当に落ち込んでいた。

 

『君の将来が心配だ』

 

のび太の脳裏で繰り返される先生の言葉。

落ちに落ちているのび太の中では『本当にその通りだ………』と繰り返されていた。

同時に、ドラえもんが提示してくれた源静香との結婚の夢。

 

『ドラえもんが言うとおり、本当にしずかちゃんと結婚できたとしても、こんな僕なんかと結婚しちゃったら、こんなダメな僕の人生にしずかちゃんを巻き込んで本当に良いのだろうか………』

 

「こ、これは相当にマズいかも………」

 

のび太の心理を『さとりヘルメット』で見ていた玲雄。

『さとりヘルメット』は周囲の心の声を拾い、それを装着者に知らせるひみつ道具だ。

もちろんこんなプライバシーも何もあったものではない倫理無視の危険な道具は普段は使わない。※1

今回ののび太を見ていて、最悪の事態が想定された場合に限り、使用が許されたひみつ道具だ。

玲雄達が想像する最悪の事態………それは「のび太及びその周囲の死」だ。

今回の場合、下手をしたならばのび太は自ら命を………と考えなくもない。

他人にとっては下らないと思うかも知れない理由でも、絶望した人間は………心理的におかしくなった人間は自分の意志とは無関係に自らの命を簡単に断ってしまう。

 

『つくづく自分が嫌になった』

 

というワードを聞いたヒデキは、スネトが先日の寝ぼけて発令した『緊急事態』を今度は本当の意味で発令し、『さとりヘルメット』の使用を許可した次第だ。

世界崩壊の原因が何であるかがわからない現状で、のび太及びその周囲の命が脅かされれば本当に困る。

そうなってしまわないようにのび太達の護衛が任務に含まれているのだ。

 

『スネト。最悪の結論になってしまった場合はどうするべきと考える?』

『最悪は『わすれん棒』でのび太の記憶を消す………たけど』

『そんなの一時しのぎに過ぎないわ!根本から解決しないと』

『『思い切りハサミ』で………』

『悪い意味で思い切られたらどうするんだよ………』

 

本部ではああでもないこうでもないと議論される。

一時凌ぎの対処はいくらでも出てくるのだが、今回のケースではそれで済む話ではない。

物事を前向きにさせる道具も無くは無いが、それだって長い目で見ればいい手とは言えない。

幸いな事に、のび太の脳内では最悪のワードが出てきていない事だろう。

やがて陽が傾き、多奈川の光が反射してのび太の顔を照らし始めていた。

その光を浴びたのび太は、グルグルと回っていた思考をまとめ始める。少なくとも前向きな思考はこの段階では出てきていない。

ちなみにドラえもんはしばらくのび太を一人にさせてやろうと一足先に家に戻っている。

ドラえもんとしては気を利かせているつもりなのだろうが、タイムパトロール組からしてみれば、最悪の事態を想定して玲雄達のように姿を消してのび太を見守るべきだと思っていた。

もっとも、それはそう言う事件が日常的なタイムパトロールだからこそ、その考えに至るのであって、素人のドラえもんでは最悪の事態を想定しろと思うのは無理な注文だろう。

 

『うん………こんなどうしようもない僕の人生にしずかちゃんを巻き込みたくない………だったら………』

「よし、決めた!」

 

スクッと立ち上がるのび太。

グッと身構える玲雄とタケル。

 

「ジャンボ………いざとなったら………」

「わかってるぜ………今は手段を考えている場合じゃねぇ!自○的な事をやろうとしたら、とにかく止めるからな!」

 

(後ろ向きでも良い。自○すらまともに出来ない自分に更に情けなく思うかも知れない。それでも命さえあれば、バカな結論から離れてくれるだろう………)

 

頭脳派が何と言おうが、一時凌ぎであろうが、とにかく生きてさえくれれば良いと考える玲雄とタケル。

 

『………しずかちゃんと別れよう!』

 

のび太が考えた結論は、情けなくはあるが最悪のそれでは無かったことに安堵する現場組。

 

「………本部。こちら日野。非常事態解除を願う。どうぞ」

『日野隊員、剛田隊員。こちら本部。了解。スネト、非番に戻って良いよ』

『ふわぁ………もう夕方だけど、寝直すよ。おやすみ………』

 

緊張していたタイムパトロール達に安堵の空気が流れる。

ドット疲れたが………。

 

「ふぅ。ヒヤヒヤしたけど、杞憂に終わって良かったぜ………」

「ああ………本当にそう思うよ………でも………」

(この結論に達するのはまだまだ後に………ジャイ子おばあちゃんが漫画に目覚めてから数年後に達する結論だったはずだ………わずかながら未来が変わってるんだなぁ)

 

さとりヘルメットを脱ぎ、ステルス道具を透明マントから石ころ帽子に装備し直す。

さとりヘルメットは四次元ポシェットに仕舞いながら玲雄は自分が見たのび太の未来を思い出す。

何度も何度も自分の駄目さ加減を思い知り、ジャイ子との関係を深めていく中で、ゆっくり静香と距離を取る………それが玲雄が知っているのび太の軌跡だった。

こんなに早く、こんなに急にその結論に達するとは………。

 

「それにしても、その理由が自分がどうの………じゃなくて、静香さんが不幸になるから………かぁ。フフフ………ジャイアンが言っていたのび太像に近づいているじゃないか………人の悲しみを自分のように………かぁ」

 

人の幸せ、不幸せを自分の事の様に感情を重ね合わせる………後々の野比のび太の長所は、この時間軸ではこの時に生まれたのかも知れない。

やがてのび太は、バイオリンケースを抱えた静香と遭遇し、慌てて逃げ始めた。

 

「変な人………」

 

のび太の様子に小首を傾げる静香を気にかけながら、玲雄はのび太を追う。

 

「あ?タケシおじいちゃんがどうかしたのか?」

「な、なんでも………ないよ………」

「???そ、そうか………」

 

『レオさん………泣いているの?』

「え?」

 

気が付くと自分の頬に涙が流れていたことに気が付く。

 

『鼻をすする音が聞こえたし、こころなしか涙声のような気がするわ』

「………うん。だって………最悪の事態は避けられたけど、さ」

 

テストの結果からここまでの一連の流れ………それをずっと眺めていた玲雄は思う。

 

「悲しいじゃない…あまりにものび太君のこの決心はさ…」

『そうね…』

 

静香から逃げるのび太の姿を追いながら、のび太の心情を察した玲雄の目からは、涙がとめどなく流れていた。

 

 

(悲しいけど………静香おばあちゃんの為に別れる………か。なんだかのび太さんって、誰かさんに良く似てるわ)

 

サヤカはそこでハッとする。

 

「そうよ………のび太さんって、誰かに似ていると思ったんだわ………まさか………」

「………」

 

その洞察力は先祖の静香譲りか………。サヤカはここで、のび太と幼少期の玲雄が似ていることに気が付き始めた。

 

(眼鏡の有無で気が付き難いけど、サヤカ君ならいずれは気が付くとは思ったよ………でも、こんなに早い段階で気が付くなんてね………)

 

サヤカは玲雄の素性に気が付き始めた事を察したヒデキ。

 

(サヤカ君なら、のび太君の未来を変えつつ、レオを助ける手段を考え付いてくれるのかな………僕に英才おじいちゃん程の頭があれば………そばにいたいよ………君に出来ることが僕にあるなら…いつも君に、ずっと君に、笑っていて欲しいから…)

 

 

 

「あんまり下らないことを言っていると、怒りますよ!」

 

のび太は帰宅するなり、母・玉子に対して海外に引っ越すか留学したいと言い始めた。

『別れよう』と決心したならば徹底的に………と考えたのだが、玉子からしてみれば余りにも荒唐無稽の話だ。何故理由もなく引っ越したり、英語はおろか日本語すら怪しいのび太を海外に留学させなければならないのか理解できないのは当たり前だった。

後々に好奇心から『もしもボックス』で海外に移住する寸前まで話が進む時もあるのだが、その時にのび太は思う。「この時にもしもボックスを使う手段を思いつかなくて良かった………」と。

その時の静香は言葉も絶え絶えに泣いてしまい、余りにも残酷な仕打ちをしたとのび太は後悔する。

だが、今の心理状態で『もしもボックス』を使ってしまっていたのならば、どんなに残酷だったと心を痛めたところで、のび太はアメリカの移住を止めることはしなかっただろう。

それほどまでに、この時のび太の決心は本気だった。

 

「もう怒ってるじゃない………」

 

ブツクサ文句を言いながら、2階に上がる。

 

「こうなったら自分の力だけで何とかしなきゃ………」

 

そう言うとのび太は部屋を見回し、本棚に目が行くと、そちらの方に足を進める。

そんなのび太に

 

「のび太くん。君はよく頑張ったよ。失敗が何だって言うんだ。人にできて、君だけが出来ないなんて、あるもんか!」

 

ドラえもんなりにのび太を励ましているのだろうが、当ののび太はドラえもんを無視して本棚を物色し始め、何冊か目的の本を引っ張り出していた。

 

「人の話、聞いてるの?」

 

ムッとして声に怒気を孕ませかけるドラえもん。しかし、のび太の耳に彼の声は届いておらず、ぎゅうぎゅう詰めの部分を無理矢理引っ張り出そうとし、勢い余って尻もちをつく。

 

「もう良いんだ………しずかちゃんとの結婚、諦めるよ」

 

ここでのび太はドラえもんに心の内を話す。

静香との結婚を諦める事、どれだけ本気で静香の事が好きな事、のび太と結婚することで静香が一生苦労する事を………。

中でものび太の本気度を痛いほどに理解した言葉は………。

 

「僕は今まで自分の事だけを考えて来た………でも、本当にしずかちゃんの事が好きならば、僕がいない方が良いんだ………」

 

ポロポロと涙を流しながら、のび太は唐草模様の風呂敷に本を包む。

 

「しずかちゃんと離れるのは辛いよ………でも、しずかちゃんが不幸になるのはもっと辛いんだ………」

「のび太くん………」

 

ドラえもんはどれだけのび太が本気なのかを痛感した。そして、痛感した以上、のび太の名前を呟くだけで、これ以上何も言えなかった。

そして、初めてドラえもんは野比のび太という人間の本質がどんな物であるのか、わかったような気がした。

いつしか、ドラえもんがセワシ以上にのび太に対して友情を感じるのだが、そのキッカケがこの瞬間だったのかも知れない。※2

 

 

 

「おーいおいおいおい!レオ、俺はこういうのには………弱いんだァァァァ!」

「何でジャンボがここで号泣するのさ………ううう………でも、辛いよなぁ………のび太くん………ううう………」

 

野比家の屋根の上で大泣きする玲雄とタケル。

涙もろいのは、剛田の血筋も同じようだ。

 

続く………




※1
さとりヘルメット
本文で書いた通りです。
はっきり言って、こんなプライバシーの侵害甚だしいひみつ道具が一般流通されているとは思いたくない道具ですね。
タイムパトロールや警察組織が犯罪対策で使用している可能性がありますが。

※2
セワシを超えたのび太
『ブリキのラビリンス』の作中、回路がショートして壊れてしまったドラえもん。
壊れて異星の海底に捨てられたドラえもんの思考にあった一言。
「のび太くん。最後に一目、君を見てから僕は壊れたかった」
このドラえもんの言葉を聞いたとき、思わず涙を流してしまいました。
もう自分の人生が終わると思っていた今際の一言。
まぁ、何度も命がけの冒険を共にしてきた間柄なので、そうなってもおかしくは無いでしょうが。
大人の事情もあるでしょうし………。

ゴールデンウィークに差し掛かっている方もたくさんいらっしゃるでしょう。
コロナに気を付け、有意義な休暇をお過ごし下さい。
それでは次回もよろしくお願い致します!


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静香に嫌われる為に!

のび太が静香と絶交を決意してから数分後、のび太は本を風呂敷に包み、彼女の家の前にいた。

玄関のチャイムを鳴らし、待つこと数秒。出てきたのはパイプを咥えた彼女の父親だった。

来訪客がのび太だと確認した静香の父は、家の中に声をかける。

 

「しずかー。のび太くんだよー」

「今、お風呂なの〜」

 

家の中から静香の声が聞こえてくる。

静香は風呂好きだ。趣味の領域で風呂好きだ。急いでのび太が静香に用がある場合、『どこでもドア』の出口が入浴中の源家の浴室だったケースがままある。

「キャー!のび太さんのエッチ!」

の叫び声と共にお湯をかけられ、追い出されるのが様式美だというのが玲雄達の認識だ。

時には逆ギレして「こっちの都合も考えずにいつもいつもお風呂に入っていて!」等とのたまう事もあったが。

つい最近までは、最近のび太の風呂覗きはわざとでは無いのか?という議論が良く1日の解除ミーティングがあがっていたのだが、その話題をするとサヤカの機嫌が悪くなるのでやらなくなった。

『JBG』がまだ彼女の手元にあるのも議題にあがらなくなった理由であろう。

閑話休題

 

「いえ、良いんです。借りていた本を返しに来ただけなので」

 

のび太は静香の父に風呂敷を押し付け、彼が何かを言い出す前にまくし立てる。

 

「僕はしずかちゃんの幸せをずーっと願っていますから!」

「あ、ああ………」

「さよならって伝えておいて下さい!」

 

言いたいことを一気に言い、のび太は泣きながら走り去る。

本当はのび太も一目、静香を見ておきたかった。もしかしたらこれが静香と一対一で向き合える最後のチャンスかもしれなかったからだ。

しかし、もしここで静香と言葉を交わしてしまったら、せっかくの決心が脆く崩れ去ってしまう。のび太は断腸の思いでこの場を逃げ去ることにしたのだ。

 

「………のび太さん?」

 

のび太と父親との会話を湯船で聞いていた静香は、のび太の不可解な行動に嫌な予感を抱いていた。

 

 

 

つづれ荘、特別チーム本部

 

「休憩から戻りました」

 

休憩と言ってヒデキにオペレーターを交代して貰ったサヤカが本部に戻って来る。

 

「お帰り。どこに行っていたの?」

「女性の休憩時間に、どこへ行っていたのか聞くのは、デリカシーが無いわよ。いくらいとこ同士でもね」

「それは申し訳無かったね」

 

ヒデキはワイヤレスマイク付きヘッドホンをサヤカに渡す。

サヤカはヘッドホンを受け取ると、自分の事務机でもあるオペレーター席へと戻る。

 

「………モニターは見てなかったわよね?」

「静香おばあちゃんの方はね。入浴中なんだから、当然だろう?それよりも、書いておく書類があるんじゃないの?」

「………何のことかしら?」

「今ならば、事後承諾ということで僕が許可を出したことにしておくよ」

 

ヒデキの言葉で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるサヤカ。

玲雄達から勘が冴えていると言われるサヤカではあるが、このいとこには遠く及ばないと思ってしまう。

捜査課が苦労しているドルマンスタイの事件も、ヒデキがタイムパトロールの本属にいればあっという間に解決してしまうのではないだろうか。

 

「………はぁい。その代わり、聞きたいことがあるんだけど?」

「交換条件を出せる立場じゃないでしょ?本来ならば処分ものなんだから。『JBG』の事も含めてね」

「意地が悪いわね。ヒデキさんらしくないわ」

「君の聞きたい(・・・・)事について正直に話して良いものか、迷っているから先延ばしする口実に使ってるんだよ」

「本当にらしくないわね」

 

プイッ!とヒデキから視線を逸し、スパイ衛星の映像へと……業務に戻るサヤカ。

ピピッと業務日誌という名の監視記録を付けるのがサヤカの業務だ。スパイ衛星の監視記録、現場班との交信記録、会議議事録、エトセトラエトセトラとサヤカがこなす業務は多岐にわたるのだが、サヤカは若輩でありながら、なんて事が無いように涼しい顔でこなしてしまう。

出木杉の血筋としては普通と言われる彼女だが、常人の物差しで見れば何でもこなせてしまう才女なのだ。

 

「タイムパトロールの各部署が嘆いているよ。何で機動3課なんだってね………」

 

臨時出向とはいえ、今回の任務で彼らの上司という立場になっているヒデキ。当然、隊員の身上把握の為に研修学校時代からの評価記録は申し受けている。

サヤカの研修学校の評価は全科目が満点に近く、彼女が望めばどの部署にもフリーパス状態だった。

タイムパトロール本部の意向でスカウトを受けていたのは広報課だったが。

 

「私の勝手です」

(早くくっつけば良いのに………そうも言ってられなくなってきたけどね)

 

 

 

源家から逃げるように飛び出したのび太は、最初こそ走っていたものの、徐々にスピードを落とし、やがてトボトボとした歩みに変わっていた。

 

「これで良いんだ………これで………」

 

ぶつぶつと呟きながら、のび太は歩く。

 

「まるで自分に言い聞かせているようだな」

『実際そうなのよ。ほら、足取りが重いでしょ?本心では未練が残っていて仕方ないのよ』

「よく見ているなぁ、サヤカちゃんって………」

『あなた達が鈍すぎるだけなのよ』

 

少し離れた位置でのび太を追っていた玲雄とタケルはいつも以上に声を潜ませて会話をする。

ほぼ並走と言える位置にドラえもんが飛んでいるからだ。

 

「のび太さぁん!」

 

「ん?」

 

トボトボと歩くのび太を追う静香の声が届く。

嫌な予感を覚えた静香が大好きな入浴を早々に切り上げ、急いで着替を済ませて追ってきた。

 

「凄い早着替えだね………特別な訓練を受けたわけじゃ無いってのに………」

「タイムパトロールにスカウトしたいくらいだぜ………それに比べてのび太は………」

 

もう十分に肉声でも静香の声が届くというのに、のび太は相変わらずトボトボと歩いている。

 

『それだけ傷付いているのよ。同じ男の子なのに本当に鈍感ね』

「う………」

 

昔からサヤカには鈍感鈍感と言われているので、玲雄も自分の鈍感さ加減には多少の自覚はあるようで、何も言えない。

 

「のび太さん!待って!」

 

一方で静香はどんどんのび太との距離を詰める。

ここに来てやっと、のび太は自分が静香に呼ばれている事に気がついたようで、驚いている。

 

「もしかして、聞こえてはいたけど気のせいだと思っていたのか?」

「まぁ、静香さんは入浴していたわけだし、のび太くんは最初走っていたんだから、追い付くわけが無いと思うのが普通か。今回は静香さんが異例なんだろうな………何気に身体能力が高いよね、彼女は………流石はサヤカちゃんの御先祖様………完璧モンスターなのは彼女の………」

『レオさん』

 

サヤカの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には玲雄の体が何か

の力に引っ張られるように。

タケコプターで空を飛んでいた玲雄は、踏ん張ることも出来ずに飛ばされていく。

 

「ああぁぁぁぁ!」

 

ドップラー効果を残して飛んでいく玲雄。

 

「ん?何か近くで悲鳴が聴こえたような………まさかね」

「あっぶねーなぁ………危うくドラえもんに気がつかれる所だったぞ………何をしたんだ?サヤカちゃん」

 

実はサヤカはオペレーター用のマイクとは別に、『JBG』のマイクで玲雄を呼んだので、玲雄は『JBG』を吹きかけられた場所まで飛んでいったのだ。余計な例えを出さなければサヤカを怒らせずに済んだのに、その辺りは人一倍デリカシーが欠けているのび太の子孫らしい玲雄だった。

ドボン!

 

『ゴボゴボ………何でこんな所に………』

 

『JBG』が吹き付けられた場所は源家の浴槽。危うく玲雄は静香の入った残り湯で溺れてしまうところであった。

変○趣味の人間なのならば色々な意味でご褒美なのだろうが、生憎と玲雄には幼女趣味も被嗜虐趣味も無いので、ただただ痛くて呼吸困難になっただけだった。

閑話休題

 

一方で相棒がどこかに飛んでいってしまったタケルが見守るのび太の方では………

静香が追ってきている事に気が付き、一瞬だけ決心がぐらついたのび太だったが、それを何とか踏み止まり、静香を無視してズンズンと歩き出す。

逃げ出そうにも静香が本気でのび太を追えば、静香の方が体力が上なのですぐに追い付かれてしまう訳なのだが。

 

「どうしたの?のび太さん、何か怒ってる?」

 

無視を決め込んでいたのび太だったが、とうとう静香に追い付かれた。

 

「聞かないで!僕達はもう、会わないほうが良いんだ………」

 

ギュッと拳を握り込み、本心では真逆の言葉を紡ぎながら、より早足で歩き出す。

しかし、静香は引かない。

 

「ますます気になるわ」

 

そう言ってのび太の前に立ちはだかり、両手を広げてのび太を睨みつける静香。

 

「言うまで離れないから!」

 

静香の立場からしたら当然だろう。

理由もわからず幼馴染が離れていこうとしているのだから、意地でもワケを聞かなければ納得できるわけがない。

静香の性格からのび太が彼女を避けている理由について徹底的に追及してくるだろう。

 

「あーっ!どうしたら良いんだ!もっと嫌われなきゃ!そうだっ!」

 

何かを思い着いたのび太は目を閉じて一歩前へ戸静香に近付く。

 

「あー………酷い目に遭った…僕がカナヅチだったら溺れていたね…」

「おうレオ。戻ってきたのか?」

 

丁度戻ってきた玲雄がタケルに話しかける。

玲雄達がのび太を監視する位置は決まっているので、石ころ帽子で見えなくなっていても、どこにタケルが待機しているのかはわかっていた。

 

「うん。酷いんだよ?何故か『自動ぶん殴りガス』が源家の浴槽の壁に仕掛けられていてさ…タケコプターが1つ壊れちゃうし……あ………」

 

玲雄が戻ってきたタイミングで、のび太の手が動いていた。

のび太は勢いよくその手を動かし………源静香のスカートをブワサッ!と思いっきりめくったのだ。

当初は驚きの余りにフリーズしていた静香とタイムパトロールの面々。スカートめくりをされた………その事実を静香………と、サヤカが認識した時、その後の行動が反射的に出た。

 

『「キャー!」』

「のび太さんの………」『レオさんの………』

『「エッチ!キライ!」』

 

静香はのび太にバチンと平手打ちをし、涙を溜めて走り去り、玲雄は再びマイクで名前を呼ばれた為に源家へと逆戻りをする羽目になった。

 

「わっ!わわわっ!今のは不可抗力でしょ!うわぁぁぁぁ!何で僕だけ!助けてぇぇぇ!」

「………悲惨だな………レオ………」

 

悲鳴をあげて飛んでいく玲雄。

 

「さようなら………しずかちゃん」

 

再び源家の浴室の壁に頭をぶつけ、その浴槽にホールインワンとなっている子孫の事などつゆも知らないのび太本人は、泣いて走り去っていった静香をヒリヒリと痛む頬を擦りながら見送っていた。

のび太の考えはこうだ。

スカートめくりをしたのは当然、スケベ心の為ではない。

その証拠にスカートがめくれていたあいだ、のび太はギュッと目を瞑って中身を見ないようにしていた。それ以上のモノを直接見ているだろうという茶々は入れてはいけない。

一応は故意ではない普段の風呂のぞきとは違い、今回ののび太は意図的に静香のスカートをめくった。

これまでとは違い、意図的に………というのがポイントだ。

こうする事により、静香は確実にのび太の事を心底嫌い、いずれはのび太という友達がいた事も忘れるだろう………。のび太にとっては辛い選択であるが、確実に静香に嫌われる為の秘策だった。

 

「これはかなり本気だぞ………」

 

そんなのび太を空から見守っていたドラえもんは、のび太の本気さに気が付き、その表情を深刻にしていた。

 

「それにしても………今日はヤケに悲痛な叫びが聞こえているなぁ………」

「お前らのせいだろう………」

 

ドラえもんの呟きに、思わずツッコミを入れてしまうタケル。

 

「そうなんだ………僕達のせいか………あれ?」

 

ドラえもんはキョロキョロと周りを見渡す。当然、石ころ帽子で姿を消しているタケルの姿を見ることはなく………

 

「気のせいか………それよりものび太くんだ!」

 

と、のび太を追って飛んでいった。

 

「あぶねぇあぶねぇ………」

『気を付けてよタケル君。石ころ帽子だって音や匂いは消す事が出来ないんだから』

「悪い悪い………それよりもレオは大丈夫なのか?」

「………痴話喧嘩中だよ」

 

通信機からは玲雄とサヤカの言い合いが聞こえてくる。

 

「みたいだな………。早くくっつけば良いのに………」

『しっ!痴話喧嘩に夢中でこっちのホットラインは気付いていないけど、二人の事は見守ろうって三人で決めたじゃないか』

「しばらく復帰はして来ねぇな………のび太の監視は任されよ!」

「頼んだよ、タケルくん」

 

タケルはのび太とドラえもんを追いかけ、東練馬の空を駆けた。

 

 

つづれ荘・壁掛けひみつ基地

特別対策本部作戦司令室兼事務室

 

タケルとのホットラインを切り、ため息をつくヒデキ。

気分転換にコーヒーサーバーからコーヒーを淹れ直して一口すすり、言い合いをしている従妹に目を向ける。

 

『何で僕ばかり『JBG』の餌食にするのさ!二度目は僕のせいじゃないじゃないか!』

「どうだか。小学生の下着を見て鼻の下を伸ばしているレオさんが悪いんじゃない!レオさん、静香おばあちゃんの事が大好きだもんね!ふんっ!」

『いや、そりゃ静香さんはサヤカちゃんのご先祖様だけあって可愛いけどさ!いくらなんでも僕はそういう趣味はないからね!』

「お世辞を言われても嬉しくありません!大好きな静香おばあちゃんの残り湯を堪能していて下さい!レオさん!」

 

ゴチーン!

 

『うわぁ!』

 

「えっと、タケコプター3台損害、石ころ帽子3つ損害っと………復元光線を使うから請求はしないけど、ホントに始末書を命じようかな………サヤカ君も本当に嫉妬深いなぁ…早くこの二人、くっつけば良いのに………」

 

ちなみに玲雄が邪推するヒデキとサヤカの仲だが、二人は完全に兄妹感覚で思慕の念は一切持ち合わせていない。

というよりも、意外と嫉妬深いサヤカの本性を知っているヒデキからしてみれば、時々シャレにならない事をするサヤカに少し引き気味だったりする。

もっとも、時々シャレにならない事をするのは先祖譲りだと、後に知るヒデキであった。※1

 

スネトの部屋。

 

「ムニャムニャ………最近、何か僕だけ影が薄くない?ムニャムニャ」

 

部屋のベッドでスネトが寝言を言っていた。

作品が違えばとある擬音が鳴っていたであろう。※2

 

続く




※1
時々シャレにならない事をする静香
顕著なのは『リフトストック』の時だろう。
知らなかったとはいえ、何とかキツい傾斜を登ってきたのび太がリフトストックと間違えて静香の足にしがみついた時………。
なんと静香はのび太の顔面に思いっきり後ろ蹴りで蹴り上げる。
いくらセクハラをされたと勘違いしても顔面蹴りはやり過ぎですぜ、静香さん………。

※2
メ○タァ!
ええ。そっちの方も早く続きを書かなければとは思っています。
そちらをお待ちの読者様には非常に申し訳ありません。
言い訳をすれば、キレイな心で書く必要があるドラえもんワールドを続けていると、性悪なあちらの主人公を書くにはメンタルを性悪&サイコパスに傾けなくてはならないので………


今回は結構重めの話だったので、タイムパトロール組にはオチ&ギャグ要員に徹して貰いました。
大長編になるまで、基本チョイ役ですしね………(^_^;)
それでは次回もよろしくお願い致します。


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静香の心情

しずちゃんさようなら編、佳境にはいります。


すすきが原住宅街

 

「イテテテテ………サヤカちゃんも酷いよなぁ………今回ばかりは僕、何も悪いことしていないのに………」

 

復元光線でタケコプターと石ころ帽子を修復し、瞬間クリーニングドライヤーでずぶ濡れだった体を乾かした玲雄は、タケルに合流するべく空へと浮上する。

 

「おや?」

 

既にのび太は家へ戻っているというヒデキ(・・・)から連絡を受けているので、一直線で向かおうと考えていたのだが、途中で静香の姿を発見する。

 

「うーん………こっちも気になるけど、僕の本来任務はのび太君の監視と護衛だからなぁ………」

 

静香の事を放っておいて、のび家へと移動しようとする玲雄。

しかし………

 

『静香おばあちゃんの方を見てて、レオ』

「静香さんを?何故?」

『あんな事があったばかりだからね。静香おばあちゃんの傷付いた心も心配なんだ』

「スパイ衛星は静香さんもマークしているんだろう?」

 

スパイ衛星はのび太、ドラえもんだけではなく、それぞれの先祖全員………武、スネ夫、静香、ジャイ子全員にセットされていた。

直接玲雄達がのび太とドラえもんに張り付いているのは、ひみつ道具が身近にあることに他ならない。特にドラえもんは『地球破壊爆弾』やら『銀河破壊爆弾』、『熱線銃』、『ジャンボガン』、『マシンガン』など、お世話ロボットが持ち歩いて良い危険兵器をネズミを駆除する為に使用しようとした事もある為、瞬時に対応が必要がある。※1

今は静香は何のひみつ道具も持ち歩いてはいない為、静香に張り付く必要が無いと考えていただけに驚いた。

 

『良いから。このままではとても良くない事になる。なんとなくだけど、僕はそう思うんだ』

 

何となく………とヒデキは言っていたが、もちろん彼がそんな勘だけでそんな事を言うはずが無い。

本来任務である世界崩壊の阻止。その鍵となるのがドラえもんと5人の先祖達であると考えていた。

航時局がドラえもん達の要請を破棄しようとした時、ノイズが走った5人の子孫。大袈裟だが、その先祖達が大きな鍵であるとヒデキは確信を持っていた。

のび太は今、静香に嫌われようとしている。今の静香を放って5人の先祖の絆にヒビが入ってしまえば………

ジジッ!

 

「ぐぅ!」

 

ヒデキにしては荒唐無稽だと思っていた玲雄だが、一瞬だけ走った強烈なノイズ。まるで消えていくかのように、きらめき、薄くなりかけている自分の体。

 

「これは………」

『行って!レオ!君ほどではないけれど、僕達にも同じような状態になっている!きっと僕の予想は当たっているんだ!』

「くっ!わかったよ!君の言うとおりにするよ!」

 

崩壊を始めていたのは自分達とドラえもんのごく一部だけ。つまりは未来関係の物だけだ。世界崩壊に関係するのは今後に起こる何かだと言うことだろう。何故玲雄が特に酷かったのかはわからないが、ヒデキの指示に従う他はなさそうだ。

玲雄は方向変換をして静香の後を追った。※2

 

玲雄が見守る中、静香は彼女らしくなく荒い歩調で歩いていた。

 

「信じられない!のび太さんなんて知らない!」

『あんな事をする人だったなんて!刷り込みたまごだって、きっとあたしにイヤらしいことをする為だったんだわ!キライキライ!本当にキライ!』

(当然だけど、本当にこれは嫌っているなぁ………刷り込みたまごの件も含めて併せ技一本ってところかな………)

 

柔道が苦手なクセに、柔道用語を口にする玲雄。

状況が非常事態と判断したタイムパトロールは、『さとりヘルメット』の使用を再び許可が下りる。玲雄自身としては乙女の内心を許可なく盗み聞きするのは気が引けたが、世界の危機に四の五の言っている訳にはいかない。

 

(世界の危機だから、悪いけれど………)

 

玲雄は四次元ポシェットからひみつ道具を取りだす。

先端にバッテンが付いている棒。『まあまあ棒』だ。

玲雄は『まあまあ棒』のバッテンを静香の口に押し付ける。

 

「まあまあ」

 

『まあまあ棒』はバッテンを怒っている人物の口に押し当て、まあまあと唱えれば怒りを鎮める事が出来るひみつ道具である。

怒りが鎮まった静香。すると、変化はすぐに起きた。

 

『でも………のび太さんは堂々とスカートめくりをするようなガサツな人では無いはずだわ………しかも、あんな場面で脈絡もなく突然…』

(うん。のび太おじいちゃんの普段の言動が無ければ、静香さんがこうも簡単に思い返す事は無かったね。普段の言動って本当に大事なんだなぁ)

 

玲雄が思う通り、普段ののび太がガサツな物であれば、結局静香はのび太を嫌ったまま家に帰っていたことだろう。

 

『本を返しに来た時も様子がおかしかったし、追いかけて話しかけた時もあたしを無視して………普段ののび太さんでは考えられないことばかりだったわ………』

 

そこで静香はスカートめくりをした時ののび太の姿を思い出す。

ギュッと目を瞑り、辛そうに………。

 

(凄い洞察力だな………ハイスペックすぎるでしょ………静香さん………)

 

大人でもそこまで冷静に分析するのは難しい。それを子供が、しかもスカートめくりをされているという、とても冷静ではいられない状況での洞察力には舌を巻く玲雄だった。

 

 

小高い丘の道端。

一方でのび太は静香からビンタを受けた後、一人寂しく街を眺めていた。

 

「これで良いんだ………でも、辛いなぁ………」

(そりゃ、好きな女性からビンタをされたら理由はどうあれ、ショックだろうよ………)

 

相棒の玲雄がいないので、やる事なく崖の()からガックリと肩を落としているのび太の様子を眺めているタケル。普段は上空から見ているのだが、今ののび太では急に鬱になり、いつ突発的に崖からダイブしてもおかしくない。その時の為にタケルは崖下で万が一の時の為に待機している。

そんなのび太の側を、英才が通りかかる。

 

「あっ、野比君じゃないか。どうしたんだい?」

 

あからさまにドンヨリムードを醸し出しているのび太を見た英才は、心配して声をかける。

落ち込んでいる級友がいるならば、心配せずにいられない。それが出木杉英才という人間だ。付け加えればのび太から一方的にライバル視されているが、英才はのび太の事を嫌っておらず、むしろ個人的には好意的だったりする。※3

 

(さすがはヒデキやサヤカちゃんの先祖………人間ができてイルゼ)

 

英才に声をかけられたのび太はくるりと向きを変え、無理矢理笑顔を作りながら、両手で手を取り………

 

「出木杉くん!君は良いやつだ!しずかちゃんの事、頼んだぞ!」

 

と一気にまくし立て、英才が反応する前にその場を走り去って行った。

さすがの英才と言えども、あまりに唐突で、状況が理解出来なかった為、しばらくポカンと走り去って行くのび太の背中を見送ることしか出来なかった。

 

(そりゃ、あれだけじゃ普通は反応出来ねぇよな?悪いな、ヒデキのご先祖様………)

 

しかし、英才がここでのび太に出会ったのは、小さくとも大きかった。

 

 

住宅街………

 

色々と思い出し、のび太の事をますます心配する静香が考えながら歩いていると、のび太に会った英才と会う。

 

「あら、出木杉さん」

「あ、しずかくん。ちょっと良い?」

 

のび太が心配で仕方なかったが、話しかけられては無視することは出来ない。

英才の表情も、深刻そのものといった感じだ。

 

「さっき、野比君と会ったんだけれど、どうも様子が変なんだ………」

「やっぱり………」※4

 

話題がちょうどのび太の事だった事もあり、静香の中の不安がますます膨れ上がっていく。

 

『のび太さん、どうしてしまったの!?嫌な感じがどんどん膨れ上がっていくわ!』

「ありがとう。やっぱりあたし、のび太さんに会ったら今度はきちんとお話をするわ」

「うん。あんなに思い詰めた野比君を見るのは初めてだから心配なんだ。君なら野比君の力になれると思う。頼んだよ」

(英才さんがのび太おじいちゃんに会ったって事は、のび太おじいちゃんに張り付いていたジャンボが何かやったのかなぁ…)

 

タイミングが良かっただけに、タケルが何かしたのかと思った玲雄であるが、これは本当にただの偶然である。タケルはまさか英才が静香と鉢合わせるなんて思ってもいなかったのだから。

英才と別れると、再び静香は考え事をしながら道を進んでいく。

すると、公園の前を通りがかったとき、遊んでいた武とスネ夫が会話をしていた。

 

「のび太のヤツ、今回の0点はかなり堪えたみたいだな」

「そりゃそうでしょ。先生に小学校を卒業出来ないなんて言われたら、僕だったら死にたくなるね。ハハハハ!」

 

と呑気に残酷な事を言っていた。

もっとも、辛辣な事を言っている二人だったが、さとりヘルメットを装着している玲雄の耳には………

 

『まぁ、打たれ強いのび太の事だから、明日にはいつものようにケロッとしているだろ』

 

と、ある意味ではのび太に対する信頼のようなものがあったのだが、一時は玲雄達も非常事態態勢を敷くほどのび太の自殺を心配していただけあり、それを聞いていた玲雄にとってはシャレにならなかった。

テスト直前まで挑発とも取れる態度を取っていたのび太にイラ付いていたのも、二人がシャレにならない会話をしていた理由だったのだろう。

 

(イヤイヤイヤ………これはのび太おじいちゃんにも原因がある。相手は子供だし、ジャンボやスネトの先祖だ………怒ったらいけない。冷静にぃ、冷静に………)

 

不謹慎な発言にイラッとした玲雄だったが、二人に怒ったところで何の意味もないと自分に言い聞かせ、自分の口に『まあまあ棒』を押し当てて、モゴモゴと「まあまあ」と言う。

玲雄がひみつ道具で自らの怒りを飲み込んだ一方で、同じくこの会話を聞いてしまった静香は更に衝撃を受ける。

 

『のび太さんの今までの行動は………パパにも『さようならって伝えて下さい』って言っていたし………』

「まさか!」

『自殺!?』※4

(やっぱりそう思うよなぁ………でも、さっきの現象が起きたということは、まだその可能性も捨て切れないんだ………)

 

現段階でのび太が自殺を考えていないという事を知っている玲雄だから、そこまで慌ててはいなかったが、そんなことを知らない静香がそう結論つけてもおかしくはない。むしろそう考えるのが普通だろう。

 

『のび太さん!あなたは弱虫よ!意気地なしよ!先生に叱られたくらいで!』

 

のび太の自殺の可能性を感じ取った静香は居ても立っても居られなかった。

 

「のび太さん!」

 

大急ぎでのび太の自宅へと走る静香。静香の悪い予感は、この時最高潮に達していた。

 

『お風呂はよく覗かれるし、この間みたいな事をしてくるどうしようもない人だけど………でも、あたしはのび太さんの事が嫌いじゃないわ!どこか憎めない人だもの………早まらないで!のび太さん!』

 

 

 

のび太の自室では、のび太が机に突っ伏していた。その頬にはこれまで耐えていた涙がつーっと伝っている。

 

『もう、良いよね………しずかちゃんの前で涙を流さなくて、本当に良かった…しずかちゃんって本当に勘が良いから、もししずかちゃんの前で涙なんて見せていたら、気が付かれちゃっていたかも知れない…よくやった、のび太!』

 

これまで我慢していた涙がここにきて、決壊したダムのように一気に吹き出てきた。

その様子を星野スミレのポスターを背に、押し入れの中から見ていたドラえもん。

 

「うーん………」

『バカバカしいけど、いじらしくもある………』

(いや、いじらしくもある………じゃねぇよ!ノイズが起きたって事は、何かがこれから起きるんだよ!呑気に構えてるんじゃねぇ!)

 

ドラえもんの心の声を拾っていたタケルが内心でツッコミを入れていた。

ドラえもんは押し入れから飛び降り、のび太の前に好物のドラ焼きを差し出す。

 

「のび太くん。どら焼き食べる?ここのは特に美味しいんだ!」

 

空腹では気持ちもどんどん落ち込んでいく。健康な体は健康な心からと言うが、その逆も然り。取り敢えずは空腹を満たせば心も満たされると考えたのだろう。

何より気持ちが落ち込んでいる時に誰かに優しくされれば少しはマシになると言うものだ。例え上辺だけであっても。

しかし、それもタイミングというものがある。

 

「いらないよ!今はそんな気分じゃない!」

 

今が絶望のピークであるのび太には逆効果であったようで、のび太は顔をプイッと逸らす。

 

「一口食べてみなよ」

「ドラえもんじゃないんだから!」

 

のび太は差し出されたドラ焼きを押し退ける。ドラえもんの気遣いはのび太の神経を逆撫でするだけだった。

声を荒げるのび太だが、案外頑固者であるドラえもんも負けていない。

 

「とにかく食べてごらん!」

「しつこいな!いらないって言っているだろう!」

「僕がドラ焼きをあげるなんて、滅多にないんだぞ!」

(イヤイヤ………だから何だよ………お世話ロボットが対象の神経を逆撫でしてどうするっての!)

 

ある意味では怒らせる事で落ち込みモードからのび太を一時的に立ち直らせたという点では効果覿面だったのだろうが……そんな意図が無かった事はさとりヘルメットから丸わかりである。

つまり、本気でのび太とドラえもんはケンカを始めようとしていた。

 

(これはマズいぜ………)

 

タケルも玲雄と同じように『まあまあ棒』で二人の怒りを収めようとした時………

 

「のび太さーん!いるんでしょ!出てきて!」

 

野比家の外から静香の声が聞こえた。

という事は玲雄も近くにいるはずなのだが、どうやら玲雄は静香の方に張り付いているので、外にいるようだ。

 

「しずかちゃんだ!」

『なんで!?スカートめくりまでして、徹底的に嫌われたはずなのに!?』

 

のび太は侮っていた。静香の洞察力とお人好し加減を。

洞察力が高いからこそ普段ののび太と違う事を察した。

それに、完全にのび太の事を嫌っていたとしても、一度自殺の可能性が頭を過ぎれば、同じようにこの場に来ていた事だろう。※6

 

「わー!どうしよう!ドラえもん!早くしずかちゃんに嫌われなくちゃ!」

 

先程までケンカをしていた事を忘れ、のび太はドラえもんに助けを求める。のび太の頭の中には既にしすかに嫌われる事で一杯だった。

 

「まだそんな事を言って!君がしずかちゃんに嫌われたら、僕は困るんだよ!」

(俺も困る………いや、未来人全員が困る!)

「いいから何とかして!」

 

しずかに嫌われる事の一点で頭が支配されているのび太。

そして、それに折れたドラえもんがついにアクションをしてしまう。

夢や空が広がっているはずのポケットの中に入っている、のび太が望む悪魔のひみつ道具を取り出す為に………

 

続く




※1
地球破壊爆弾、熱線銃、ジャンボガン
コミック7巻、『ねずみと爆弾』に登場したひみつ道具。
熱線銃は鉄筋コンクリートのビルを一瞬で溶かす威力があり、ジャンボガンは戦車をも吹き飛ばす。
極めつけは地球破壊爆弾。
本当に地球を破壊できる威力があるのかどうかはファンの間で何度も議論され、公式もその辺りはボカしていたのだが、わさドラ版『ねずみ年だよドラえもん』において登場する『銀河破壊爆弾』なる地球破壊爆弾の完全上位互換のひみつ道具が登場。
公式サイトにおいて『銀河破壊爆弾』の説明では
銀河全てを破壊する程の威力を持つ爆弾
と説明された。いや、某百科事典サイトの説明の言葉を借りれば、されてしまった。
つまり、これによって地球破壊爆弾も「これ、マジで地球を破壊する威力があるんじゃね?」と某動画のチャンネルを信じるならば、ファンの間で物議を醸し出しているとかいないとか………
いずれの戦略兵器もドラえもんは『ネズミを駆除する』………ただその一点だけの為に使用しようとしたところであろう。
逆を言えば………その下位互換性の○○破壊爆弾を使えば魔王デマオンも鉄人兵団も牛魔王も瞬殺できたんじゃね?とも思えなくないが、それを言っちゃあおしまいだ!と、物語が一気につまらなくなるので、○○破壊爆弾については本作でも封印致します。
魔王デマオン「ホッ………」
いや、あなたはどの道巨大銀の矢がぶっ刺さりますからね?
牛魔王「え?俺も?」
あなたは原作ルートでは巨大如意棒がぶっ刺さりますが、違うルートではワンチャン救済ルートがあるかも?

※2
静香を怒らせ、絶交状態だと………
静香がファインプレーをする「宇宙開拓史」「大魔境」「海底鬼岩城」「鉄人兵団」「アニマル惑星」「夢幻三剣士」「銀河超特急」「宇宙漂流記」「ワンニャン時空伝」で確実に詰みます。
「宇宙開拓史」では静香がジャイアンとスネ夫を増援に呼んだことでガルタイト工業の猛攻を凌ぎ切るキッカケを作ることが出来ずに詰み。
「大魔境」では静香が「先取り約束機」で未来の自分達を召喚する事が思い浮かばずに詰み。
「海底鬼岩城」ではバギーちゃんとの絆が出来ず、ポセイドンに全滅させられて詰み。
「鉄人兵団」ではリルルを過去のメカトピアに連れて行くことが出来ずに詰み。
「アニマル惑星」ではウサギの耳でチッポの声を拾えず、救出することが出来ずに詰み。
「夢幻三剣士」では白銀の剣をビッグライトで巨大化できず、のび太が敗北して詰み。(夢幻三剣士の場合は詰んでも現実には影響なさそうであるが)
「銀河超特急」ではヤドリの弱点が真空ソープである事に気が付くことが出来ずに詰み。
「宇宙漂流記」ではフレイアを説得することが出来ずに詰み。
「ワンニャン時空伝」ではネコジャラとの最終決戦にてトラックを運転する者が登場せずに詰み。
他にも「宇宙小戦争」では(新では改変されてしまったが)静香が持っていたうさぎのぬいぐるみがパピを救出することが出来ず、物語が始まらずに詰み(ギルモアが地球侵略に乗り出していた可能性がある)。「ドラビアンナイト」は物語自体が始まらない(黄金宮殿の未来技術がアブジルに乗っ取られ、過去改変が起こる危険性がある)。
何より、STAND BY MEドラえもんでのび太が死んでいた可能性もあるので、この段階でのび太&玲雄が詰んでいた可能性があっただろう。
ドラえもんとのび太ばかりが活躍する映画版、大長編だが、静香のファインプレーで状況が一変した物語が意外に多い。
それは静香だけではなく、ジャイアンとスネ夫にも言える事だが。

※3
出木杉はのび太に好意的
意外な事に、出木杉はのび太に対して好意的である。ドラえもんの力がある事も理由の一つであることは確かなのだが、何か問題が起こればのび太に相談することも少なくない。また、のび太が何かに出来杉を誘えば、彼は嬉しそうに参加してくれる模様。
更に『のび太の結婚前夜』では剛田家の飲み会に参加し、更に未来では息子であるヒデヨを火星出張に出掛ける際には親ではなく、野比家に預けている。
いくら静香がいるからとはいえ、両親の所ではなく野比家に預けていることから、かなりのび太を信頼していることが伺える。
また、のび太の方も静香が関わらなければ出木杉とは仲良くできるようで、未来ではかなり仲良く交流しているようである。
映画や大長編で出番が無いのは、彼(やドラミ)がレギュラー化すると、ドラえもん達が試行錯誤しながら事件を解決する様は無くなり、アッサリと終わらせてしまうのでリストラされてしまうのだと『空想科学読本』で分析されている。
出木杉やドラミは優秀すぎる故に活躍の場面が削られてしまった可哀想なキャラである。
いや、ドラミちゃんはのぶドラ時代でも『魔界大冒険』や『パラレル西遊記』で見せ場があったり、スピンオフ映画が出来ていた事を考えると、出木杉の扱いは可哀想としか言いようがない。
一応は『大魔境』『魔界大冒険』『パラレル西遊記』『創生日記』で出番があったわけなのだが、ちょい役過ぎて………。

※4
出木杉と静香の会話
原作でもわさドラアニメでも映画でも、ここまで長々と話してはおらず、二人の会話は………
「どうも様子が変なんだ」
「やっぱり!」
で終わっている。このシーンの加筆は本作オリジナルである。

※5
「まさか………自殺!?」
原作ではハッキリと言い切っている静香だが、時代の変換からか「わさドラアニメ」や映画版では「まさか!」で終わっている。
全年齢対象という配慮から、自殺という直接的なワードを避けたのだろう。

※6
静香もまた、お人好し
顕著なのは『鉄人兵団』におけるリルルへの対応だろう。
のび太と同様に、敵であるリルルに対して最後までリルルの面倒を見ていた静香。
他にも「宇宙小戦争」では臆病風に吹かれたスネ夫を最後まで信じてピシアとの戦闘へ赴き、「宇宙漂流記」では敵のスパイだったフレイアを信じ、あまつさえ「海底鬼岩城」では絶対的な悪であったポセイドン相手でも説得を諦めなかった静香。
ヒロインは伊達じゃない!

静香達の心情が上手く表現できているのかドキドキ物です。
案外、長丁場になった『しずちゃんさようなら編』もついに次回完結!
………すれば良いなぁ。
それでは次回もよろしくお願い致します。


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虫スカンとニクメナイン

しずちゃんさようなら編最終回です


「うーん………どうしても嫌われたいなら………」

「早く早く!」

(おいっ!何を出すつもりだ?)

 

のび太に急かされ、渋々とドラえもんはポケットを漁る。

取り出したのは電球型の瓶だった。※1

 

「『虫スカン』!これを飲めば確実に嫌われる。だけどしずかちゃんだけじゃなく、誰も寄り付かなくなるよ?」

(虫スカン?何だこのひみつ道具は?)

 

タケルは虫スカンの知識がなかった。

もっとも、知っていたところで用法用量をきちんと守ればそれほど大事にはならないだろう。

そもそも、のび太は静香にだけ嫌われたいのであって、無差別に嫌われたいと思っている訳ではない。更に言えば対象の静香にだって、本心からいえば嫌われたい訳ではないのだから、タケルはのび太が『虫スカン』を使用するとは思わなかっただろう。

所詮は気持ちが落ちている時の、一時的な気の迷い………とタケルは楽観視していた。

この後『虫スカン』の用法用量を説明し、その上でデモンストレーションをしてから、それでものび太にこの薬を使うのかと尋ねるはずだったドラえもん。

ドラえもんも、タケルと同様にまさかそこまでの度胸は無いだろうと考えていた。

 

『ダメよ!タケルさん!それを使わせないで!』

『止めるんだタケルくん!忘れないで!ノイズが走ったって事は、確実に良くないことが起きるんだから!』

(やべぇ!そうだった!すっかりノイズの事を忘れていたぜ!)

 

タケルは慌ててのび太を止めようとした。

接触禁止など、今は構っていられない。いざとなれば『フォゲッター』や『わすれん棒』でタイムパトロールが監視している記憶を消す手段はいくらでもある。

いつもなら解説タイムに突入するので、十分にのび太から『虫スカン』を奪い取る時間がある………はずだった。

しかし、状況がそんなスキを与えてはくれなかった。

しずかの来訪を知ったのび太の母、玉子が階下からのび太に声をかける。

 

「のびちゃーん!しずかさんが来てるわよー!」

 

玉子の声で焦ったのび太は『虫スカン』のストローに口を付け、その中身を全て飲み干してしまう。

 

(遅かったか!)

 

ほんの僅かに届かなかった手。それが最悪の事態を引き起こしかけるなど、誰が想像できただろうか?

 

「おい!一口だけで良いのに!」

(何だって!?)

『まさか一気に飲み干すなんて………タケルくん!吐き出させるんだ!』

 

しかし、既に手遅れだった。

のび太から醸し出し始めた表現不能の何かが、のび太の部屋を支配する。

 

「ん?何ともないじゃないか?」

 

のび太自身は気が付いていないが、超即効性の『虫スカン』の効果はすぐに効果を現し、ドラえもんとタケルの双方に影響を及ぼし始めた。

タケルは空中で藻掻き苦しみ始め、ドラえもんはただでさえ青い顔を更に青くさせてしまっている。

 

『何だこの汚物は………原因がわかっているのに、激しい嫌悪感で僕の心がどうにかなっちゃいそうだ!』

(同感だぜ!四六時中一緒にいるドラえもんだってコレなんだ!気持ち悪い!胃がムカムカする!今すぐこの場から逃げ出してぇ!これは無理だ!)

 

ドラえもん以上にのび太に接近していたタケル。

のび太から醸し出されているフェロモンなのかオーラなのか良くわからないものに備える間もなく浴びてしまったタケルはたまったものではない。

タイムパトロールにありがちな生命を脅かすタイプのものであるのならば、最前線で慣れているタケルも我慢できていただろう。

しかし、今回の場合はそういった類の攻撃?とは全くタイプの違うものだ。

襲ってくるのは本能に訴えかけてくる嫌悪感。

タイムパトロールの機動1課の隊員と言えども、今まで経験したことのない未知の攻撃を受ければ恐慌状態に陥ってしまうのも無理は無かった。

 

「う、うぐぐぐ………」

『早く『ニクメナイン』を………でも、影響が強すぎて………』※2

 

万が一、のび太が『虫スカン』を飲んだとしても、ドラえもんはニクメナインというカウンター薬で打ち消すつもりだったのだ。

適正量ならば多少の嫌悪感を感じたとしても、対処不能になることはなかった。

嫌われる事の本当の恐ろしさを身をもって体感させ、「ほら見ろ。これに懲りたら今後はバカな事を考えるのは止めるんだ」と教訓を植え付けるつもりだった。

それがまさかの一瓶丸々飲み干すとは予想外過ぎた。

野比のび太が生まれもって持つ不運体質。それが今回もバッチリと仕事をしてしまった。

 

「どうしたの?ドラえもん」

「ダメだ………」

(俺もだ………)

『タケル君!ニクメナインをどこでも窓からすぐに送る!それでのび太君を!』

(簡単に言うんじゃねぇ!この気持ち悪さを体感してみろ!そんな甘っちょろい物じゃねぇぞ!)

 

一度口にしてしまうと、後は雪だるま式に耐え難い嫌悪感が二人をおそう。

何とか踏み止まろうとしているドラえもんとタケルたったが、その我慢も限界を迎えるのは時間の問題だった。

一口でも強烈な効能を発揮する薬を、のび太は一瓶丸々飲み干してしまったのだから………。

その影響は、のび太の部屋だけに留まらなかった。

一階の居間にいた野比玉子は、上の階から漂ってくる不快な何かに対して背筋を凍らせていた。

 

「2階から何かイヤなものが………」※3

 

悪寒の正体を知っているタケルやドラえもんだって気が狂いそうになるオーラ。正体を知らない玉子が受ければこうもなるだろう。

 

『タケルくん!『ニクメナイン』を………ウッ!ククク………」

 

屈強な肉体と精神を持っているタケルですら耐えられない『虫スカン』のオーラ。

それを窓越しからとはいえ、まともに浴びてしまったヒデキやサヤカが耐えられるものではない。

 

「ごめん!無理っ!」

 

ガラガラガチャン!

開くやいなや、速攻で閉められてしまったどこでも窓。

緊急事態で準備を怠ったのか、それとも『虫スカン』の威力を甘く見積もっていたのかはわからないが、ヒデキもサヤカも速攻でリタイアしてしまう。

 

(言わんこっちゃない!うう………俺も………限界………だ)

 

大して期待していなかったとはいえ、それでも希望の一筋には変わらなかったヒデキの作戦が瓦解したことにより、これまで何とか耐えられていたタケルの心もポッキリと折れてしまった。

 

「そばにいるだけでムカムカする!ごめん!」

(済まねぇ!のび太!レオ、後は頼むぜ!)

 

同時にドラえもんも限界を迎え、タケルと同時に部屋から逃亡してしまう。

 

「とても同じ家にはいられない!」

 

何度もいうが、屈強なタケルですら耐えられないモノを、事情を知らない玉子が耐えられるわけがない。

玉子は早々にギブアップをし、渦巻き走りで玄関を飛び出し、玄関で待っていた静香とすれ違い、ドラえもんと共に走り去ってしまった。

 

 

 

『後は頼むぜ!レオ!』

(無茶を言うな!)

 

タイムパトロール5人の中では一番屈強なタケルがギブアップした。その事実が丸投げされた玲雄にプレッシャーとなってのしかかる。

そして、更に事態が悪化した。

 

『飲みすぎて気持ち悪い………助けて………』

(嘘だろ!?いや、それも当然か!)

 

どんなに安全が確認されていようとも、それは適量を守って摂取していればの話しであり、過ぎれば薬も毒となる。

ましてやここまで超速攻で超強烈な効能を発揮する薬だ。

それを適量を遥かに超えた量を一気飲みしたのび太に副作用が起きないはずがない。

 

(とにかく助けないと!ヒデキが言っていた、僕のノイズが一番酷かった理由はこれだったんだ!このままではのび太おじいちゃんが死んじゃう!だから、ドラえもんがこの時代に来る理由も無くなって………世界が崩壊しちゃうんだ!)

 

ピースが揃えばアッサリと腑に落ちる。

自らの先祖が消えれば、日野玲雄という存在が消えてしまうのも道理だった。

口と鼻を押さえて野比家に突入しようとする玲雄だったが、のび太が発する不快オーラを浴びた時、想像以上の不快感が玲雄を襲う。自分の存在が根本から消えつつあると判っていても、根性論だけではどうにもならない時がある。

 

(ジャンボが耐えられないワケだ!くそっ!こんなのをイキナリ浴びたんじゃ、逃げ出したくもなる!)

 

一瞬前まではタケルを情けなく思っていた玲雄だったが、オーラを浴びた直後に理解した。

筋肉を固める前に攻撃を受ければ、どんなに鍛えていたとしてもアッサリと激痛で沈むように、無防備にこのオーラをまともに受けたタケルが音をあげてしまうのも納得がいってしまった。むしろ、無防備にオーラを浴びたのに、よく爆心地で数秒も耐えたものだと感心してしまう。

本音を言えばすぐにでも逃げ出したかった。

身構えていた玲雄ですらこの状況だ。無防備に立っていた静香が耐えられるわけがない。

 

「キャア!」

『なにこれ!他に例えが出せないとんでもない不愉快さが!』

(そうだろうね!身構えていた僕ですらこれだ!)

 

静香も玉子と同様、回れ右をして逃げ出そうとした。

それが正常な判断である。誰も静香を責めたりはしないだろう。

ところが………。

 

「飲みすぎて気持ち悪い………助けて………」

 

のび太が今度は口に出して救助を求める。

すると、静香は信じられない行動に出る。

逃げ出そうとしていた足が、のび太の声を聞いた途端に踏み止まったのだ。

 

『毒でも飲んだのね!のび太さん!でも………この中を進むのは………う、うぅ………』

 

ただ、踏み止まっただけ。

言葉にすれば簡単だが、プロであるタイムパトロールですら逃げ出してしまうこの状況で、しかも一度は折れた心を持ち直して素人が、それも小学四年生の子供が踏み止まる………それがどれだけ難しいか………。

 

(どれだけ………どれだけ人が良いんだよ!源静香!)

 

感動すら覚えてしまう光景だ。今は逃げ出すか、のび太を救出するかの狭間にゆれている静香。

 

(だけど……それで良い……君が頑張ってくれた!それだけでどれだけ僕に勇気をくれたことか!)

 

事情を知らないとはいえ、実の親ですら逃げ出したこの状況。そんな中で、彼女の中ではただの友達に過ぎないのび太を助けたいと小さな少女が勇気を見せてくれた。それが玲雄に大きく影響を与えてくれた。

 

(素人の少女がここまで頑張ってくれたんだ………大人の僕が………タイムパトロール隊員の僕が頑張らないでどうするんだ!ここで逃げ出したら………僕は野比のび太以下じゃないか!)

 

借金を残して死んだのび太だって、最期まで情けないままで終わったわけじゃない。未来のび太だって、玲雄に感動を与え、武やスネ夫といった終生の友が付いていてくれた。こんな静香の姿を見た上で、それでも心を折ってしまうようでは、失望していたのび太すらも見上げても見上げても見上げきれない所まで深く落ちていってしまう。

 

(源静香さん!一緒に行こう!のび太おじいちゃんを助けに!)

 

玲雄は四次元ポーチからひみつ道具を出す。

『思い切りハサミ』

前は間接的にのび太を絶望へと叩き落としたこのひみつ道具が、のび太を救いに行く道具になるとは誰が思っただろうか。

 

(君の………そして僕の迷いを………断ち切る!)

 

チョキン!

それは賭けだった。

静香の博愛が少しでも負けていれば、『逃げ出す』事に迷いが無くなってしまう。

だが、それでも構わないと玲雄は思っていた。

少なくとも玲雄自身は、何が何でものび太を助けるという意志が固まっていたのだから、例え逃げ出していたとしても静香を責める気はない。

 

(それでも僕は………君を信じる!)

 

どうやら玲雄は、今の思い切りハサミで静香を疑う迷いも断ち切ったようだった。

そして、玲雄の期待に静香は応えてくれた。

空間をも歪めてしまっているのではないかとすら思えるドンヨリした野比家へと踵を返し、一歩………また一歩と足を進める。

何事にも迷いなく目的に向かって突き進む思い切りハサミ。

それでも相手は同じひみつ道具だ。カウンター道具ではないので分が悪い。方や精神のみに影響を与えるひみつ道具なのに対し、虫スカンは心身両面でダメージを与えてくる。

 

(こんなモヤがなんだ!のび太おじいちゃんがいなければ、世界がどうにかなってしまう可能性があるんだ!)

『レオ!ヒデキ達が落としたニクメナインが部屋の真ん中にある!そいつを使え!』

「ナイスアドバイスだ、ジャンボ!」

『役立たずで悪いな………レオ』

「何言ってるんだ。ヒデキ達がいたからこそ、ニクメナインというカウンターアイテムを送ってくれたんだし、ジャンボがしばらく耐えていたからこそ、ニクメナインがそこにあるんじゃないか!みんながいたからこそ、のび太くんを救う手が打てるんだよ!」※4

 

のび太が毒を飲んだと思い込んだ静香は、のび太から醸し出される様々なイヤなモノを我慢しながら、這いつくばりながら2階の廊下にいるのび太の下へと一歩ずつ歩を進める。

 

「のび太さん!のび太さん!」

「もうダメ………死にそう………」

 

玲雄は静香をタケコプターで追い抜き、のび太を素通りして部屋の真ん中に落ちているニクメナインを拾う。拾ったニクメナインをのび太の口へと飲ませようとして、そこでヒデキから通信が入る。

 

『全部を飲ませないようにして!タダでさえ虫スカン一瓶を飲ませきってしまってるんだ!効果を中和させても、成分まで中和させるわけじゃない!せいぜい一口分だけを中和させて、静香おばあちゃんを楽にさせるんだ!』

「了解!」

 

玲雄はニクメナインを数滴、のび太の口に投入する。

相変わらず強力な不愉快オーラを発しているが、気持ち少しだけ和らいだような気がする。

静香の方も、僅かばかりであるが進む速度が上がり………

 

「し、しずかちゃん………」

「あたしに掴まって!」

 

ほんの僅かに中和されたお陰か、静香はのび太に肩を貸し、トイレまで連れて行く。

 

「吐いちゃえば楽になるわ!」

 

トイレでのび太は薬品を吐き出す。徐々に虫スカンの効果が和らいでいき、やがてさほど嫌悪感を感じなくなってくる。

影響が薄らいだタイミングを見計らい、玲雄はニクメナインを徐々に投入。やがて完全に2つの薬品の効果が中和された。

 

「ふぅ………任務完了。色々な意味で疲れたぁ………」

 

玲雄はタケコプターのスイッチを切り、野比家の階段に座り込む。

のび太と静香も落ち着きを取り戻し、廊下にへたり込んでいた。

 

「はぁ、助かったよ」

「ああ、ビックリした………毒を飲んだかと思ったわ………」

(ある意味では間違った表現じゃないな………)

 

一滴だけでも凄まじい効果を発揮する薬物だ。毒物といっても過言では無いだろう。逆の効果を持つニクメナインも飲みすぎれば同じ事になっていたことだろう。

吐かせるだけでは不十分かもしれないが、一先ずは最大の危機だけは去ったようだ。必要ならば後で処置を施せば良い。

虫スカンとニクメナインが持つ毒素の双方に効果を発揮する解毒剤をヒデキが解析して製作をしている事だろう。

 

「そんなに心配してくれたの!?僕の事を?」

 

のび太の言葉にヒートアップしたのは静香だった。

何も知らなかった静香にとって、今の発言は許せるものではなかった。

 

「当たり前でしょ!?お友達なんだから!大体、あなたは弱虫よ!意気地なしよ!先生に言われたくらいで!」

 

静香は涙を流しながら、のび太の胸を叩く。

安堵した所で緊張の糸が切れ、一気に感情が爆発したのだ。

 

「のび太さんのバカ!バカ!バカ!」

 

ポカポカとのび太を叩く静香。

その痛みを1つ1つ受けるたびに、のび太の中では自らの考えの愚かしさを感じ、同時に静香に対する罪悪感がこみ上げてくる。

それ以上に、実の母親やドラえもんすらも逃げ出した虫スカンに立ち向かってまで踏み込んで来てくれた静香の優しさと勇気に感謝の気持ちがこみ上げてくる。

 

(はぁ………人の苦労も知らずに呑気な事で………)

 

取り敢えずの山場は超えたと判断した本部は、緊急事態を解除。玲雄はそれを聞いて『さとりヘルメット』を脱ごうとした所で。

 

『のび太さん、本当に危なっかしくて見ていられないわ。あたしがよく見ていないと………』

(おや?)

 

静香の心の声を聞き、未来の静香の事を思い出す。

源静香は母性本能が人一倍強いという事に。

本来ののび太と静香の関係は、ゆっくりと、そして確実に自然消滅していったものだった。

今回の場合はのび太が一気に事を進めようとした事で、静香の母性を余計に刺激し、逆の結果になったようだ。

 

(これ以上は野暮だよね………通常運転に戻るか………)

 

玲雄は『さとりヘルメット』を脱ぎ、『どこでも窓』をガラッと開け、投げ捨てた。

 

 

その夜。

のび太とドラえもんは物干し台から屋根へ上がり、揃って寝転んでいた。

 

「しずかちゃんに怒られちゃったよ。へへ………」

 

呑気に言いながら、「今夜は星がキレイだね」と伸びをする。

 

「呑気な物だ………あれから大変だったって言うのに………」

『玲雄さん。『星がキレイですね』』

「うん。本当にそう思うよ。大変だっただけに今夜は本当に星がキレイだ………」

『サヤカちゃん………レオに『明治時代の文豪』の詩的言い回しが通じる訳が無いだろ?』※5

「???」

 

スネトのツッコミにサヤカが『そうよね………』とため息をつくが、スネトが言うように現場組の脳筋に通用するわけもなく。

一方でドラえもんとのび太の会話は続く。

 

「しずかちゃんに嫌われるのは、また今度にするよ」

「その方が良いかもね」

 

第三者から見れば愚かとしか思えないのび太の行動。

しかし、未来組とドラえもんはわかっていた。

自分の為ではなく、他人の為に動ける………心根の底から良いやつ。それがのび太なのだと。

 

(こんな騒動がしょっちゅうじゃ、堪らないけれどね。そう言えば今回の事でどんな結果に変わったんだろう)

 

今回の事で成長したのび太と感じたドラえもんは、タイムテレビを取り出す。そこに映っていたのは………。

 

(ウソ………だろ?)

 

目まぐるしくタイムテレビの映像が移り変わっていた。

ジャイ子との家族写真と、のび太にそっくりな子供のお尻を叩いている大人の静香の姿の映像が………。

信じられないことに、この日は野比のび太にとってターニング・ポイントとなっていた。

完全に安定していないものの、のび太と静香が結婚する未来に変わるというものが、与太話では無くなってきた。

 

(まさか………こんな事が………ん!?)

 

更に、これまで希薄だったチェックカードの光が、強くなる。

 

(うぐっ!?)

 

玲雄から少し、力が抜けていくのを感じる。

 

(あとどのくらい………僕に時間が残されているんだろう………)

 

不安を感じている玲雄をよそに、ドラえもんとのび太は仲良くジャレついていた。

二人の仲は、この時初めて親友となっていた………。

 

 

本部。

 

「戻ったわ」

「お帰り。アンテナの回収は終わった?」

「バレていたのね………」

 

サヤカの手にあるのは『自信ぐらつ機』のアンテナに似たものだった。

『虫の知らせアラーム・改』

『自信ぐらつ機』に『虫の知らせアラーム』の機能を搭載させたスネトが『天才ヘルメット』を使用して作った改造ひみつ道具だ。

虫の知らせアラームが感知した危機察知を電波にしてアンテナをつけた者に不安として知らせる物だ。

ナビゲーションが上手くいかない時の為に作成した物だが、サヤカはそれを入浴中の静香に付けていた。

 

「のび太さんが変な事を考えたならば、それを止められるのは静香おばあちゃんだけだと思ったからよ。勘が鋭い静香おばあちゃんならば、きっとのび太さんの危険を感じ取ってくれると思ったから………」

「それに気が付く君も、十分すぎるほど堪か冴えていると思うけどね………それよりも、君の体にも異常が起きてないかな?」

「………それが分かっていると言うことは、ヤッパリ………」

 

続く。




※1
虫スカン
説明通り、誰からも嫌われる薬。
原作、STAND BY MEドラえもんでは飲み薬だったが、わさドラアニメでは何故か香水タイプの霧吹き薬。どうしてわさドラアニメだけがタイプの違う薬だったのかは不明。
なお、同じ飲み薬ではあるものの、元作では錠剤タイプでSTAND BY MEでは液状に変わっている。
なお、別作品でも『ゴーストスイーパー美上 極楽大作戦』のネタを使った事もあるが、似たような効果がある魔法薬が登場し、サブ主人公の横島と、そのライバルを(殺人的な意味で)苦しめたケースがあった。(原液をそのまま飲んだ為、作成者本人ですら嫌悪感を打ち消す事が出来なかった点も虫スカンと同じ)

※2
ニクメナイン
本文でもある通り、『虫スカン』と同型の瓶に入っている薬。
効果は全く逆の物で、瓶の形状から考察するに互いが互いの効果を打ち消す為のセットで使用するカウンター薬だと思われる。

※3
原作漫画準拠
玉子の発言に関しては、完全に原作のセリフを使用。

※4
しかしドラえもん!テメェはダメだ!
ジョジョ風になってしまいましたが。

※5
『ザ・スター』と夏目漱石
あなたに憧れていますという言葉の意味を星に込め、夏目漱石が和訳したと言われている、『アイ・ラブ・ユー』を詩的に表現。
『星が綺麗ですね』は愛の告白の隠語を含めている。
『小説版STAND BY MEドラえもん』で、のび太がドラえもんに対して『星がキレイだね』と言っているが、捉えようによってはドラえもんに………
もちろん、のび太にしても玲雄にしてもそんな知識があるわけもなく………

『虫の知らせアラーム・改(自信ぐらつ機改造電波タイプ)』
本作オリジナルの改造ひみつ道具。
虫スカンとかけて『虫』シリーズの洒落として出してみました。
前話で玲雄が『JBG』の効果で源家の浴室に飛んでいったのも、虫の知らせアラーム・改を仕掛けに行ったついでに吹きかけていたという訳です。
サヤカのエロトラブル予測察知能力は『虫の知らせアラーム』クラスに受信いたします。もはや勘が鋭いとかの領域を超えています。

『STAND BY MEドラえもん』編の前半の山場、しずちゃんさようなら回はこれで終わりです。
次からは『のび太の結婚前夜』編へと進みます。『のび太の結婚前夜』についてはのぶドラバージョンで進むかも知れません。


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のび太の結婚前夜編と雪山のロマンスダイジェスト

雪山のロマンス………は、割愛してお送りします。
また、のび太の結婚前夜についての進行は「STAND BY MEドラえもん」でいくか、のぶドラ劇場版「のび太の結婚前夜」でいくかをアンケートしていますので、よければ投票お願い致します。


青空が澄み渡るある日の街中の交差点にのび太はいた。

信号待ちをしていたが青に変わり、通りゃんせのBGMと共に歩行者の波が動き出す。

のび太もその流れに乗って歩きなから、ウキウキと笑顔を浮かべている。

その手には「どらや」と書かれたビニール袋がぶら下がっている。

 

「ドラえもん喜ぶぞー!早く帰ろっと」

 

のび太は横断歩道を歩きながら、ビニール袋を開けて独り言を言う。

ドラえもんがやってきてから数日。のび太とドラえもんの仲は日を追うごとに良くなっていった。

「どらや」はのび太が住む町の中では美味しいと評判の店で、のび太の脳裏には喜ぶ彼の顔が浮かんでいた。

そんな彼とすれ違うように風呂敷を首に回して背負った老婆とすれ違う。

 

「あっ!」

 

老婆に気が付いたのび太は歩行者用の信号の方に目を向けると、青信号は点滅を開始していた。

 

「信号が変わりそうだ」

 

のび太は老婆の風呂敷を少し持ち上げ、老婆にかかる負担を小さくする。

 

「大丈夫ですか?」

「すまないねぇ………」

 

のび太は老婆の補助をしながら横断歩道を渡りきる。

 

「ありがとう、ボウヤ」

 

老婆は振り返り、笑顔をのび太に向ける。

 

「あなたは良いお婿さんになるよ。じゃあね」

 

互いにいい気分になって別れるのび太と老婆。

多少のお世辞もあったのだろうが、往来が多い中で、唯一助けてくれた優しい少年に対する感謝の言葉の大部分は老婆の本心からだろう。

 

「イヤァ〜。お婿さんだなんてぇ」

 

老婆に褒められ、すっかりその気になってしまったのび太は、顔を真っ赤に染め、わかり易いほどデレェ〜っと顔を崩す。

元々しまりのない顔が余計にしまりがなくなってしまっている。

静香との幸せな結婚生活を送っている妄想でもしているのだろうか?

デレデレの顔のまま、帰宅しようと横断歩道を渡ろうとしたところで気が付く。

元々信号が点滅したことに気がついて老婆を助けたのだ。

 

「ん?赤になっちゃった………」

 

信号はすっかり赤へと変わってしまっていた。

丸々一回分、信号待ちを余計にしなければならなくなったのび太であったが、そんな事は気にしていなかった。良い事をした後の清々しい心地に比べれば、信号の待ち時間が増えたことなど些細な事だ………と。

 

 

いまだにデレデレクネクネと一人タコ踊りをしているのび太の姿を、背後の雑居ビルから見下ろす存在がいた。

毎度お馴染み特殊任務中のタイムパトロール隊員、日野玲雄と剛田タケルである。

 

「いつまでクネクネしているんだ?アイツは………」

 

タケルの言う通り、傍から見ていれば気持ちが悪い表情と仕草をしているのび太。まだ幼い子供だから微笑ましいものなのだが、これが成人した男の仕草だった場合、良くて怪訝な顔をされ、悪ければ通報されてしまうだろう。

それほどのび太のクネクネは不審者そのものの動きであったのだが、タケルの表情はすこし優しげだ。

 

「勉強もダメ、運動もダメ、芸術的なところも壊滅的………根性もないし、ケンカも弱い。数字的なモノは軒並み悪い人だけれど………こういうさり気ない優しいところがあるから、のび太君は憎めないんだよな」

 

玲雄達がドラえもんやのび太の行動を見守るようになってから短くない時が流れた。

それなりの時間を見守ってきた彼らには、既に野比のび太の人となりは理解してきているし、一方的であるとは言え愛着も湧いてくる。

玲雄が言うように、のび太は何をやらせても上手くいかない。当初はコレが自分の先祖だと思いたくなくなる程に欠点だらけだ。

しかし、そののんびりとした性格はどこか憎めない。

そして、最大ののび太の良い所は基本的にどこまでもお人好しであるところだ。

そういった所は今回の老婆に対する優しさであるところだろう。

 

「そうだな。色々迷惑をかけられるけど、のび太は良い奴だ」

 

最近では他のチームメンバーもそれがわかってきているのか、『刷りこみたまご』の時のようなワリとシャレにならない行動を起こしたとしても、『バカだなぁ………のび太は………』程度で本気で怒り心頭になる事はない。

最近では距離が縮み、遠慮がなくなったドラえもんが、時折「おまっ!そこまで言う!?気持ちはわかるけど!」と言いたくなる毒舌が炸裂するので、それでスカッとしているのかも知れないが。※1

信号が青になり、ルンルンと鼻歌を混ぜて小躍りしながらのび太は横断歩道を渡る。

今日も東練馬は平和だった。

 

 

 

『虫スカン事件』の夜、野比のび太の未来は源静香と結婚する未来にかわった………と思われていたが、実際は少し違った。

ジャイ子と結ばれる未来と静香と結ばれる未来は、実は微妙な匙加減でどちらに傾くか分からないシーソー状態だった。

そこでのび太は静香との婚約した少し前の様子をタイムテレビで見たのび太。

そこには静香に雪山登山へ誘われていた青年のび太の姿が映っていた。青年のび太はそれを断る。

そして登山当日、大人静香は一緒に遊びに来ていた友人達とはぐれてしまい、遭難寸前していた。

肝心の青年のび太は運悪く風邪をひいていてダウン。

そこで少年のび太は『タイム風呂敷』を使用して大人のび太になりきり、静香を救出し、好感度を稼ごうとする作戦を立てる。

いつもの見切り発車なのだが、結果は………やはりいつも通りであった。

そもそも、遭難者の救助などという行為は大人でも簡単な事ではない。山岳救助隊という専門のプロが存在するほどだ。

それが知識も専門訓練を受けていない素人………しかも中身が子供………更に失礼な事を言えば『あの』のび太が救助に向かったところで結果はお察しと言うところだ。

格好良く大人静香を救助するどころか、見事にのび太の自滅のオンパレード。逆に静香に助けられてしまう始末だった。

しかし、その時静香は言った。

『本当にのび太さんは変わらないわね。放っておいたらどうなってしまうんだろうってハラハラしちゃう。良いわ。この間の話、オッケーよ』………と。

後にわかるが、それは雪山登山の少し前に青年のび太が静香にプロポーズをしており、静香はそのプロポーズを受け入れたという内容だった。

言った直後、静香は倒れてしまう。その時、少年のび太はそこにはいない青年のび太に呼び掛ける。『この時の事を思い出せ!』っと叫ぶ。

その時、本当にのび太の声が届いたのか、スノーモービルに乗った青年のび太が現れ、静香を救出することに成功する。

もちろん、この時青年のび太を動かしたのは玲雄達だったのは言うまでもない。※2

後日、タイムテレビで改めて静香と青年のび太の婚約のやり取りの様子を見ていたのび太達(と玲雄達)。静香は『あたし、のび太さんと結婚するわ。そばに付いていないと、危なっかしくて見ていられないなら………』と、静香の逆プロポーズのような形が映っていた。

少年のび太はこの結果について不満を持っていたようで、ドラえもんは『もっとマシな未来になるように頑張るんだね』と言って締めくくられる。

しかし、玲雄達は知っている。のび太と静香の緊急事態だったという事もあり、当然虫スカン事件の時と同様に『非常事態対応』が適応される。

非常事態対応=あらゆるひみつ道具の使用が許される=さとりヘルメットの使用許可が下りる………という事になる。

静香が洞窟で『ハラハラしちゃう』と言っていたときの心情は、元々持っていた静香の強い母性本能をくすぐられた事による言葉通りの意味もあっただろう。

しかし、それ以上に危険を顧みずに静香を助けに現れてくれた、変わらないのび太の優しさが何よりも嬉しかった事が大きい。

実際に駆け付けたのは少年のび太だったのだが、最終的に(玲雄達が暗躍していたとはいえ)静香を救出したのは青年のび太だった。

玲雄達も陰ながら手助けをしたが、その手助けは青年のび太が過去の自分の行動を思い出させる事と、静香が遭難している地点にたどり着くまでの障害を排除しただけ。

実際に行動を起こす勇気を奮い立たせ、実行を決めたのは青年のび太自身だ。

素人がひみつ道具を使わず、少年のび太のように二次災害に見舞われる可能性がある中、行動を起こせる勇気を奮い立たせるのがどれほど難しいか………。

この頃ののび太は未来は簡単に変わってしまう事を知っていた。

自分が知っている過去の通りに事が起きているとは限らず、雪山に行っても徒労で終わってしまうかも知れない。

二次災害に巻き込まれるかも知れない。

最悪は静香もろとも………。

青年のび太はそれを考えなかった訳ではなかった。それでも行動に移すことが出来た。

静香は事実はどうあれ、野比のび太の本質に心から惹かれた。

『危なっかしくて見てられない』のび太だったからこそ、危険を顧みずに自分を助けに来てくれたのび太の優しさと、本当の勇気に心を奪われた。

もちろん玲雄、タケル、スネトの3人はこの結果に度肝を抜かされた。

しかし、サヤカだけは静香の心情を理解する。

サヤカ曰く。『もし、子供ののび太さんの目論見通りにしずかおばあちゃんを颯爽と救助する事が出来ていたら、結果は子供ののび太さんが考えていたのとは違った結果になっていたかも知れないわね。失敗ばかりしたからこそ、しずかおばあちゃんは惹かれたのよ』と言っていたが、玲雄達にわかるわけもなく………。

理由を聞いても、『女の勘よ。こういうのは理屈じゃないの。説明しても理解できないわ』と詳しく説明をしてもらえなかった。

 

『女の子が考える事って理解できないや』

 

と玲雄は首を捻ったが、それがわかるのならば、玲雄とサヤカの関係は大分違ったものだっただろう。良いか悪いかは別として。

結果はともかくとして、これでのび太と静香の未来はこれでより強く固まった。

それは玲雄の異変がより強くなることを意味するが………。

 

(まぁ、結果は受け入れるさ………どんな結果になっても)

 

この日、日野玲雄の運命が確定することになる事を、今は誰も知らない………。

日野玲雄に『幸せのドア』が開かれることは………果たして来るのだろうか?※3

 

続く




※1
意外に毒舌なドラえもん
原作のドラえもんは時折、「お前、慰めるどころかむしろトドメを刺してね?」と思える程の毒舌を炸裂させる時がある。
特に酷いのが、のび太が実力で100点をとった時の一言。
「ああっ!ついにカンニングしたか!」
おまっ、さすがにそこは褒めてやれよ!

※2
雪山のロマンス
STAND BY MEドラえもんでは青年のび太が都合よく現れた結末で終わった雪山のロマンス。
このご都合主義な結果に玲雄達をぶつけました。

※3
幸せのドア
映画、『のび太の結婚前夜』に使用された主題歌。
『何時間歩いても 話しても 温もりを感じる』
この歌詞から浮かび上がる情景を想像したとき、白い背景の並木道をゆっくりと話しながら、穏やかに散歩デートをしている大人のび太と大人静香の姿が浮かんで来ました。

それでは次回もよろしくお願い致します。


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