ラブライブ!~アウトローと、虹とトキメキの女神達~ (弐式水戦)
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プロローグ

 アメリカ合衆国カリフォルニア州のとある都市、ベンチュラ・ベイ。

 住宅街や工業地帯、山岳地帯等6つの区からなるこの都市はストリートレーサーの聖地の1つとして有名で、様々な改造が施されたスポーツカーが、毎晩爆音や煙を上げながら都市のあちこちを走り回り、時には警察とのカーチェイスが繰り広げられる事もある。

 

 そんな彼等によって毎晩お祭り騒ぎ状態なこの都市だが、今夜はやけに静かだった。

 走り回るスポーツカーも普段と比べるとかなり少なく、見かけたとしてもレースをする訳でもなく、単にドライブ中なのか、はたまた何処かへ向かっているのか、兎に角普段からは想像出来ない程に大人しいものだ。

 ストリートレーサー達を警戒してパトカーで巡回したり待ち伏せをしている警察官や近隣住民も、普段からは考えられない程の静けさに、一体何があったのかと首を傾げている。

 

 そんな彼等の疑問の答えは、ベンチュラ・ベイの中心地にしてレーサー達にとっての始まりの地、バーンウッドに存在する大きな建物にあった。

 

 

 そこは本来、このバーンウッドをホームとしているとあるストリートレースチームのたまり場兼メンバーのガレージなのだが、時折そのガレージのオーナー、トラビスが開くパーティーの会場としても使われている。

 そして今日、そこであるパーティーが開かれていた。

……いや。今回の場合は、パーティーと言うよりはライブと言った方が適切かもしれない。

 

 

 

《The next song is………》

 

 建物の奥に作られた簡易ステージ。そこでは12人の少女達が、建物内につけられたイルミネーションやスポットライトの光。そして、彼女等のパフォーマンスを見に来た観客達からの歓声を浴びながら踊っている。

 殆んどのメンバーにとっては初の異国の地でのライブであるにもかかわらず彼女等に緊張の色は無く、この瞬間を全力で楽しんでいた。勿論、観客達も。

 

「まさか、此方に戻っても彼奴等のライブを見る事になるなんてな………流石に予想外だったぜ」

 

 そんな彼女等を見つめながら、彼、長門(ながと) 紅夜(こうや)は感慨深げに呟いた。

 初めて彼女等と出会った頃は、こうなるとは夢にも思っていなかった。何なら、1度きりの関係で終わるものだとばかり考えてもいた。それが何だかんだでズルズルと関係は続き、そして今、こうしてアメリカまでついてきてライブまでやっているというのだから驚きだ。

 

「そうね。アタシ等と騒いでた頃のアンタなら、こうなるなんて絶対考えなかったでしょうね」

 

 紅夜の呟きに答えたのは、彼に届く程の高身長に褐色肌を持った少女、アレクサンドラ・デッカードだった。

 

「それにしても、今までダンスやバンド演奏する事は何度もあったけど、日本のスクールアイドルがやって来るなんて……一体、誰が想像出来ただろうな?」

「誰も出来やしないわよ。そもそもこの町がそんな奴等の来るような場所じゃないって事くらい、アンタも分かってるでしょ?」

「ククッ………ああ、嫌って程にな」

 

 クスクスと笑いながら言う紅夜。そんな彼の前では、このイベントを計画した張本人が両手に何本ものペンライトを持ってはしゃいでいる。

 

「……………」

「ねえ、紅夜。ちょっと考えたんだけどさ」

「ん?どうした?」

 

 不意に神妙な面持ちで口を開いたアレクサンドラに、紅夜は視線を向ける。

 

「今日までさ、色々あったじゃない?日本でいじめられてた時から今日までの、約7年間」

「……ああ、そうだな」

 

 そう言って紅夜が思い浮かべたのは、未だ小学生の頃の記憶。自分が少々特殊な体質や容姿を持って生まれたがために理不尽な境遇を強いられてきた、忌まわしき過去。

 

「理不尽な理由でいじめられて、それに耐えられなくなってやり返したら化け物扱いされて」

「……ああ、それで人間不信になっちまってな。親父や彼奴等には、かなり迷惑掛けちまったモンだ」

「仕方ないわよ。あんな目に遭わされたら誰だってそうなるわ」

 

 苦笑混じりに言う紅夜にそう返し、アレクサンドラは続けた。

 

「んで、パパの勧めでアメリカ(こっち)でアタシ等と暮らすようになって、何とか家族とか幼馴染み達と和解して」

「そのまま此所に残ってお前等と走り屋兼バント結成して、毎晩騒ぎまくって、そうしていたら高校最後の1年を日本(あっち)で過ごす事になって」

「留学先でスクールアイドルのマネージャーなんて大層な役目任されたりしちゃってね」

 

 まるで確認するかのように、これまで紅夜が巻き込まれてきた出来事を言い合う2人。そんな彼等を置き去りにしたまま、ライブは進んでいく。

 

「ホント、イベント盛り沢山な1年間だったわよね。こういうのって物語の世界でしか起きないものだとばかり思ってたけど、案外、現実世界でも起きる時は起きるものね」

「そうだな………それで?結局のところ何が言いたいんだよレナ?」

「そうね……あんま上手くは言えないんだけど」

 

 話の結論を求める紅夜にそう前置きし、アレクサンドラが結論を言おうとした時だった。

 

「紅夜く~ん!レナちゃ~ん!」

 

 突然耳に飛び込んできた、2人を呼ぶ声。そちらへ視線を向けると、踊りを終えた12人と、先程まではしゃいでいた少女がステージから此方を見ていた。

 

「皆で写真撮るんだってさ!2人も来なよ!」

「……だってさ。どうする紅夜?」

 

 そう言われた紅夜は、やれやれと首を振った。だが、その表情に呆れた様子は無く、寧ろ笑顔が浮かんでいる。

 

「じゃあ、続きは写真撮ってから聞かせてもらうとするぜ」

「フフッ、了解!」

 

 そうして2人揃って歩き出すと、1人の男が声を上げた。

 

「さあさあ皆さんお立合い!我等がヒーローのお通りだ!」

 

 その一言で観客達が一斉に振り向き、歓声を上げる。

 今日のライブのために駆け付けた紅夜のチームメイトやこの町の走り屋達に加え、態々日本から飛んできた紅夜の家族や幼馴染み達が、まるで最初から打ち合わせしていたかのように花道を作り、そこを2人が通り抜けていく。

 

「早く早く!此方だよ!」

「皆準備OKだよ~」

「ささっ、紅夜先輩。レナ先輩も。中央へどうぞ!」

「ああ、分かった分かった」

「はいは~い!」

 

 そんなやり取りを交わしていると、カメラを持った男が前に出た。

 

「皆で撮るから、ホラ寄って寄って!」

 

 彼がそう言うと、紅夜やアレクサンドラ、そして13人の少女達が身を寄せ合う。するとゾロゾロと足音が聞こえ、幼馴染みや他のチームメイト達までやって来た。

 

「お、おい………」

 

 あくまでも自分達だけの撮影だった筈だが、紅夜は何も言わなかった。

 未だスペースに余裕はあるし、どうせ撮るなら多い方が良い。

 

「じゃあ撮るよ!さん、はいっ!」

 

 その後、紅夜達の掛け声と共にフラッシュが弾けシャッターが切られる。

 この瞬間に浮かべていた紅夜の表情は、幸せに満ちていた。

 

 

 撮影後、一行がこれまでの頑張りを労ったり現地の若者達との交流を楽しんでる中、紅夜はアレクサンドラとの話を終え、こっそりと建物から抜け出してきた。

 外の駐車場には今回のイベントのためにやって来た走り屋達の車が置かれているのだが、その隅に目を向けると、2台の車が置かれている。

 これ等2台共、紅夜の愛車だ。

 

「よう、寂しかったかお前等?」

 

 愛車にそう語りかけた紅夜は2台の間に収まると、各々のボンネットに手をついて夜空を見上げる。

 

「いやはやホント、色々と濃い1年だったよな……」

 

 懐かしむように呟く紅夜。

 彼の脳裏に浮かぶのは、この1年間の留学生活だ。

 

 当時は『家族との約束だから行かなければならない』という義務感しか持っておらず、楽しみなんてものは全く考えていなかった。目立たずひっそりと1年を過ごし、さっさとアメリカに帰ろうと思っており、当然、そこで新たな友人を作ろうなんて考えは微塵も無かった。

 しかし、そこで経験した様々な出会いや交流は、そんな彼の心に大きな変化をもたらした。

 

「コイツも、もう必要無くなったんだよな」

 

 そう呟きながらポケットから取り出したのは、黒い眼帯。かつて、公共の場に出る時は必ず身につけ、コンプレックスである左目を隠すために使っていたこれも、今ではただのアクセサリーだ。

 

「……………」

 

 再び眼帯をポケットに突っ込んだ紅夜は、大きく体を伸ばす。

 その時、一瞬だけ目を瞑った彼の脳裏に、再び様々な場面が映し出された。

 それは全て、スクールアイドル同好会との思い出だった。

 

 練習風景や個人のライブ、全員でのライブ……………それら全て、このベンチュラ・ベイでの日々に負けない、最高の思い出だった。

 

「そういや彼奴、ライブやるたびに何度も『トキメく』って言ってたが…………今こうしてみると、彼奴の気持ちもよく分かるなぁ」

「紅夜!」

 

 すると、ガレージからアレクサンドラが出てくる。

 

「よお、レナ。どうした?」

「『どうした?』じゃないわよ。アンタが何時まで経っても戻らないから呼びに来たの。もうそろそろ皆帰るみたいだから、最後にアンタ等から一言ってトラビスが」

「成る程な……って、アンタ()って事は、彼奴も?」

「ええ、そうよ。さっきから『紅夜君通訳して~!』喚いてるわ」

「ククッ、そうかそうか……んじゃ黄昏タイムはここらでお終いだな。お客さん達にスピーチしなきゃだし」

 

 その答えに満足したのか、アレクサンドラは先に戻っていく。そして紅夜も、ゆっくりとガレージへ向けて歩き出す。

 

「それにしても、トキメキか………成る程、俺も感じたのかもしれねぇな。そのトキメキってヤツを」

 

 今もガレージで助けを求めているであろう、日本に居た頃の相棒がよく口にしていた単語を呟きながら、紅夜は再び思い浮かべた。

 

 

 

 これまで殻に閉じこもり、アンダーグラウンドな世界しか知らなかった自分を変えてくれた、たった1年間の、トキメキに満ちた留学生活を。



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第1話~アウトロー、新たな舞台に降り立つ~

 何回も書き直してやっと書けた……

 てか、タイトルの割に殆んど紅夜と父・豪希のやり取りだったな今回。


 4月──

 

 それは新たな生活の始まりの月であり、世の学生や新社会人達は、これから始まる新しい生活への期待に胸を膨らませていることだろう。

 その中でも学生、ひいては中学から高校、高校から大学といったように1ランク上の学校へと進学した生徒達は、尚更今後の生活を楽しみにしている筈だ。

 

 外へ出れば満開の桜が見られ、風に吹かれて舞い散る花びらが、まるで彼等の新たなスタートを祝福しているようにも感じられる。

 

 

 

 さて、そんな世間では新たなスタートへの期待や決意と言った前向きな気持ちを持った者達が多い中、紅夜は浮かない顔をしていた。

 一応彼も、この4月から新たな生活を始めようとしているのだが……

 

「はぁ~……遂にこの日が来てしまったか」

 

 その生活の舞台へと車で向かう道中、助手席に座った紅夜は頬杖をつき、そして大きな溜め息を1つ。

 これが家を出てから何度目の溜め息なのか、最早覚えていなかった。

 

「そう悲観するなよ紅夜。確かに不安なのは分かるが、昔とは違うんだ。その歳で人の体質や見た目を馬鹿にするような餓鬼は殆んど居ねぇよ」

 

 運転席に座る父、豪希(ごうき)はそう言って、彼の頭をワシャワシャと撫で回す。

 出掛ける前に母、深雪(みゆき)が嬉しそうに整えた髪が若干乱れるものの、今の紅夜にそんなものを気にしている余裕など無かった。

 

「だと良いがな……」

 

 バックミラー越しに自分の姿を見る紅夜。彼の見た目は、他人と比べると少々変わっていた。

 

 シミ1つ無い肌やポニーテールに纏められた長い髪は、雪のように……いや、そもそも色というものを忘れてしまったかのように白く、その鋭い右目はルビーのように赤い。そして左目を覆い隠す黒い眼帯の下には、右目とは逆にサファイアのような青い目が開かれている。

 

 勘の良い方、あるいはそういうものに対する知識を持っている方は、これだけで彼がどう変わっているか理解出来ただろう。

 そう、紅夜は先天性白皮症(アルビノ)虹彩異色症(オッドアイ)という中々レアな体質を持っていたのだ。

 

 これだけ聞けば、ただ珍しいと思うだけで話は終わるだろう。だが、問題はそこではない。

 小学校時代の彼は、この体質が原因でいじめを受けていたのだ。

 

 そもそもいじめというのは、その殆んどがくだらない理由から起こる。

 自分達より優れているからという嫉妬や、逆に劣っているからという優越感。他にも考え方や見た目、文化、言語が違うからという排他的な考えからも、いじめというものは起こってしまう。

 そして紅夜は、不運にもそういう考えを持つ連中のターゲットになってしまったのだ。

 

 最初は肌が真っ白だから、目の色が左右で違うから気持ち悪いという陰口だけだった。しかし次第にエスカレートしていき、彼を病人や障害者扱いして差別的な暴言を浴びせる者も現れた。

 しかも教員は事なかれ主義なのか大して助けようとはせず、更に当時の隣人もこういった特異体質に理解が無く、『薄気味悪い』、『忌み子』等と心無い暴言を浴びせ、紅夜の心を徐々に摩耗させていった。

 

 勿論、身内や幼馴染み達は彼を守ろうとした。しかし、周囲から向けられる悪意は、彼等の力でカバーするにはあまりにも大きすぎた。

 その結果、耐えきれなくなった紅夜は遂に暴力騒ぎを起こしてしまい、一時期は新聞にも取り上げられていた。

 しかし、人間というのは時として薄汚い事を考えるもので、彼をいじめた連中は責任を逃れようと、口々に『ちょっとからかっていただけだ』と言い募り、教員も彼等の肩を持って被害者である筈の紅夜を異常者扱いしたのである。

 そして、誰も信用出来なくなった紅夜は部屋へ引き籠ってしまい、誰とも口を利かなくなった。

 

 その後、旅行で訪れていた豪希の友人であり、アレクサンドラの父であるブライアンや家族の説得を受け、彼は心の傷の療養と人間関係のリセットという名目でアメリカへ渡り、そこでの生活を経て何とかこれまで拒絶していた家族や幼馴染み達との和解を果たしたが、それ以外の人間へ対する行き過ぎた警戒心は未だに健在なのだ。

 

「……なぁ、紅夜」

 

 暫く鏡に映る自分の姿を見つめた後に再び大きな溜め息をついた紅夜に、豪希が語り掛ける。

 

「確かにお前は、他の奴等と比べたら変わった見た目をしてる。それは事実だ。だがな、だからってお前が排除される義理は無い。アルビノだろうが何だろうが、お前が長門紅夜という1人の人間である事に変わりは無いんだからな」

「…………」

「それにな。そもそもこういうのは巡り合わせ、つまりは1種の運なんだよ。あの頃のお前は、その巡り合わせが悪かっただけなんだ。現に、アメリカの学校じゃあそんな扱いは受けなかったんだろ?」

 

 確かに豪希の言う通り、あの理不尽な扱いをアメリカで受ける事は無かった。

 勿論、アルビノやオッドアイというレアな体質や姿から好奇の目で見られる事はあったが、逆に言えばその程度だ。あの時のように気持ち悪がられて病人扱いを受けたり、近所の大人から心無い暴言を吐かれる事も無い。

 それに、その好奇の視線も暫くすればパタッと無くなり、普通の一般生徒として接してくるようになった。

 

 アルビノだから、オッドアイだからと特別扱いされる事も無ければ腫れ物のように扱われる事も無く、1度、彼の他人を寄せ付けようとしない態度を疑問に思った生徒がアレクサンドラから彼の過去を聞いた際には、皆が彼の境遇に激怒した。

 『どうしてこんな事が出来るんだ』と。

 担任も怒っていた。『苦しんでいる生徒を平気で見捨てられる人間なんて、教師失格だ』と。そう言っていたのだ。

 

「まぁ、そもそもアメリカは色々な国からの移民が多かったりするから、多少変わった姿しててもすんなり受け入れられるのかもしれんが……日本にだって、そういう体質に理解がある奴は居る。いや、むしろそっちの方が大部分だ。あのクソ野郎共みてぇな差別的な考えしてる奴の方が少ねぇんだよ」

 

 そんな話をしている内に、彼等の目的地が見えてくる。ヒラヒラと舞い散る桜の花びらに歓迎されながらやって来る生徒を見守りつつ、その建物は静かに新たな仲間を迎え入れようとしていた。

 

「……っと、もう着いちまったか」

 

 豪希はそう言って、路肩に寄せて車を止める。そして後部座席に置かれた鞄を紅夜に渡した。

 

「兎に角だ。さっきも言ったが、そんなに悲観する事は無い。この歳になって見た目で人を差別するような餓鬼は居ねぇからな。それに……」

 

 そこで一旦言葉を区切った豪希は、チラリと建物に目をやり、再び息子へと視線を戻した。

 

「あの学校には頼れる幼馴染みが居るし、家に帰れば俺達家族が居るんだ。何も心配せず、堂々と乗り込んでこい!何があろうと、お前には俺等がついてるからよ!」

 

 再び紅夜の頭をワシャワシャと撫で回す豪希。

 紅夜はそんな彼を暫く見つめた後、車から降りる。

 

「……行ってくるよ」

 

 そして短くそう言うと、学校へ向けて歩き出した。

 

「おう、行ってきな!」

 

 そんな息子の背中にエールを送り、豪希は去っていった。

 そのパールホワイトの車が見えなくなるまで見送った紅夜は、自分の新たな生活の舞台へと向き直る。

 視線を上に向ければ、アーチ状のゲートにつけられたこの建物の名前が書かれたプレートが目に留まる。

 

 虹ヶ咲学園。それが、紅夜の新たな生活の舞台だ。

 

「ねぇ、あの人って……?」

「さぁ?あんな人見た事無いし……転校生じゃないの?」

「見て、肌真っ白だよ…!」

 

 呆然と立っている彼に、他の生徒達はヒソヒソと囁き合いながら敷地内に入っていく。

 

「さて、今日の予定はっと……」

 

 そんな彼女等の視線や声をまるっと無視した紅夜は、ポケットから取り出したメモ用紙を開いてこれから予定を確認する。

 他の生徒とは違い、彼の扱いは留学生だ。いきなり教室へ向かう訳にはいかないのである。

 

「えっと、先ずは職員室に行って担任と顔合わせか……よしっ」

 

 確認を終え、アーチを潜る紅夜。遂に、彼は新たな生活の舞台であるこの学校へと足を踏み入れたのだ。

 

「ホラ、早く早く!」

「待ってよ~、そんなに急がなくても十分間に合うってば~!」

 

 桜並木を眺めながら歩いていると、後ろからパタパタと走ってきた2人の女子生徒に追い越される。

 1人は毛先が緑のグラデーションになったツインテールの少女で、もう1人はライトピンクの髪を右サイドでシニヨンに纏めた少女だった。

 

「やれやれ、時間的に未だ急ぐ必要も無いだろうに……」

 

 苦笑混じりにそう呟き、紅夜は目的地である職員室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 この時の紅夜も、彼を追い越した少女達も、後に自分達が深く関わり合う事になるとは、夢にも思っていなかった。




 如何でしょうか?

 一応本作は無印版アウトローのIFバージョンなので、文章や展開に無印版と似たような点が幾つか出てくると思いますが、なるべく本作のオリジナルも出せるように頑張りたいと思います。

 感想ございましたら、暇な時にでも書いてくれると嬉しいです。
 では。


Ps.感想をユーザー限定から非ユーザーでも書けるように変更しました(今更)


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第2話~アウトローと妹と幼馴染み~

 今回は紅夜の妹である綾と幼馴染み達の登場です。

 それにしても、何気に無印版アウトローより綾の事しっかり書いてるなこの作品。


 あれから時間は流れ、今は昼休み。3年のとある教室には、机に突っ伏す紅夜の姿があった。

 

「(あぁ~、マジ疲れた……こんなに疲れるのは久し振りだな……)」

 

 心の内でそう呟く彼が思い浮かべたのは、この学校に足を踏み入れてから今に至るまでの数時間の流れだ。

 

 先ずは職員室で担任との顔合わせを行い、教室へ向かう。そして朝のHRで挨拶をする。

 ここまでは転校生や留学生であれば誰もが通る道であり、紅夜としても、ここまでの流れには何1つとしておかしな部分は無いと思っている。だが問題はその後だ。

 

 どうやらこの虹ヶ咲学園では、留学生自体はそれ程珍しくはないものの、その殆んどがこの学校の専攻学科の1つである国際交流学科へ所属してしまうらしい。そんな中、日本人とは言えアメリカからの留学生が別の学科へとやって来たのだから、クラスは一気に盛り上がった。

 その後の休み時間ではお決まりの質問タイムとなり、紅夜は波のように押し寄せてくる生徒達の対応に追われる羽目になった。

 更に、これだけではなく、その後の専攻授業において紅夜が実力を発揮すると、また更にクラスが沸き上がり、再び質問タイムへと突入する。

 最早朝のHRから昼休みになるまで、彼がリラックス出来る時間は無かったと言っても過言ではないだろう。

 

 悪意を向けてくる人間が居なかっただけ未だマシなのだが、せめて新入りがリラックスする時間くらいは寄越せと言いたかった。

 

「(しかもこの学校、女多すぎだろ……何処のアニメの世界だっての)」

 

 そして極めつけには、この学校の男女比だ。

 具体的な比率は不明だが、少なくとも男子が全校生徒の内のほんの一握りしか居ないという事は確かだ。

 それは休み時間に押し寄せてきた生徒や、移動教室の際に軽く覗いた他のクラスの様子から確認出来た。

 

「(まぁ仕方無いか、此所ってつい最近まで女子校だったみたいだしな……ったく、別に廃校になりそうな気配も無いのに、なんで共学化なんてしたんだか)」

 

 そんな事を考えている間にも、彼の腹は減っていく。

 

「(このままボーッとしてても状況は変わらねぇしな……そろそろ、飯食うか)」

 

 そうして体を起こし、鞄から弁当箱を取り出した時だった。

 

「あの、長門君……ちょっと良いかな?」

 

 突然、1人の女子生徒が恐る恐るといった様子で話し掛けてくる。

 

「……?どうかしたのか?」

「実は、長門君にお客さんが来てて……」

「……お客さん?」

 

 鸚鵡返しに聞き返した紅夜が廊下へ視線を向けると、そこには見知った人物が立っていた。

 それは、黄緑のロングヘアにスレンダーな体型が特徴の少女だった。

 

「兄様!」

 

 視線が合うと、その少女は駆け出す。生徒や机の間を縫うように進んでくると、そのまま紅夜に抱きついた。

 

「おっと……おいおい、教室走っちゃ危ねぇだろ。(あや)

 

 飛び込んできた少女を受け止め、紅夜はそう言った。

 

 彼女は長門 綾と言い、2人のやり取りから分かるように紅夜の妹だ。

 今年この虹ヶ咲学園に入学してきた1年生で、所属している学科は、料理や衣服といった、小中学校でいう家庭科に該当するものを重点的に学ぶライフデザイン学科だ。

 

「だって兄様、お父さんと2人で先に行っちゃうんだもの!どうせ学校同じなんだから連れていってくれたって良いのに……」

 

 どうやら、自分だけ1人で登校するに事になったのが不満だったらしい。頬を膨らませて拗ねる妹に、紅夜は『すまんすまん』と苦笑混じりに言いながら頭を撫でる。すると、最初は不満げだった彼女の表情も見る見るうちに気持ちよさそうなものへと変わっていった。

 

「……っと。それはそれとして、今日はどうしたんだ?」

「あっ、そうだったわね」

 

 綾は漸く紅夜から離れると、彼の手を掴んだ。

 

「兄様を学食に連れていこうと思って来たのよ」

「学食?……あぁ」

 

 2人揃って弁当を持っているのに態々学食へ行こうとする綾に首を傾げる紅夜だったが、直ぐにその意味を理解した。

 

「彼奴等だな?」

「ええ、だから早く行きましょうよ。皆楽しみにしてるわ!」

 

 そうして駆け出した綾に引っ張られるようにして、教室を飛び出していく紅夜。

 あまりにも急すぎる流れについていけなかったのか、クラスメイト達は呆然と、彼等が出ていったドアを眺めているのだった。

 

 その後、学食であるカフェレインボーへやって来た彼等を待っていたのは、既に7人分の席を確保していた幼馴染み達による歓迎だった。

 

「いやぁ~。これで俺達幼馴染みグループ、全員集合だな!」

 

 そう嬉しそうに言うのは、首元まで伸びた黒髪に龍の如く鋭い紫色の瞳を持つ青年だった。

 情報処理学科3年、篝火 大河(かがりび たいが)である。

 その隣では、同じく情報処理学科に所属する少女、不知火 蓮華(しらぬい れんか)が同感だとばかりにウンウンと相槌を打っており、そのロングストレートの黒髪を揺らしている。

 

「ああ。こうして全員揃って学校に通うっての、ずっと夢見てきたもんな。やっと叶ったぜ」

 

 次に発言したのは、大河よりやや短めの黒髪に赤い目をした青年、普通科3年の辻堂 達哉(つじどう たつや)だった。

 先程の大河と比べれば言い方こそ落ち着いているものの、その表情は嬉しさに満ちており、こうして自分達全員が集まれた事を喜んでいるのが分かる。

 

「そうそう。私なんて、七夕のお願い事で『皆で同じ学校行けますように』ってずっと書いてたもん!やっぱり願いが叶うって嬉しいよね!」

 

 そんな達哉の意見に賛同したのは、綾と同じライフデザイン学科に所属する草薙 雅(くさなぎ みやび)だ。

 彼女は桃色のツインテールと頭頂部のアホ毛をピョコピョコと揺らしながら、無邪気にそう言った。

 

「雅ったら、毎年デパートの七夕イベントに行っては短冊に書いてたものね。それで店員さんや他のお客さん達にも覚えられちゃって……」

 

 そう言ってクスクスと微笑を溢しているのは、長い銀髪を紅夜と同じポニーテールに纏めた、ライトブラウンの切れ長の目が特徴の少女だった。

 国際交流学科3年、北条 瑠璃(ほうじょう るり)。紅夜達幼馴染みグループのNo.2のような存在であり、今は紅夜がアメリカで暮らしているために代理でリーダーの地位に収まっていた。

 

「でもまぁ、こうして来てくれて本当に良かったわ。このまま貴方だけ別の学校で卒業するなんて寂しいもの」

 

 そう言って紅夜に寄り掛かる瑠璃。

 普段なら達哉や大河辺りがヒューヒューと冷やかしの口笛を飛ばしてくるのだが、今回はそれが無い。皆、彼女の意見に同意なのだ。

 

「皆……ありがとな」

「ハハッ、礼なんて言うなよ水臭ぇ」

「そうそう。私達だって、たった1年だけでもこうして来てくれて嬉しいもん!」

 

 達哉や雅の言葉に頷く幼馴染み達。彼等は紅夜が里帰りしてくると、何時もこうして暖かく彼を出迎えていた。

 そんな彼等に、紅夜は思わず目頭が熱くなる。

 

「ちょ、おいおい紅夜。こんなの何時もやってる事なのに何泣いてんだよ」

「ば、バカ!泣いてねぇよ!」

 

 そう強がりながらグシグシと目を擦る紅夜の姿に、思わず笑いを溢す綾や幼馴染み達。

 

「まあ何はともあれ、こうして皆揃ったんだから楽しい1年にしていきましょう」

「だな。紅夜も日本(こっち)で高校最後の1年過ごすのは不本意かもしれねぇけど、何かあったら何時でも相談乗っから、あんま難しい事は考えねぇで過ごしてくれよな!」

「ああ」

 

 蓮華や大河の言葉に紅夜が頷くと、瑠璃が徐にコップを掲げる。

 

「さて、それじゃあ改めて乾杯しましょうか。綾の入学と、私達グループがまた、こうして同じ学校に通える事を祝って!」

「「「「「「おう!」」」」」」

 

 すると、他の6人もコップを掲げる。

 普段のようにジュースは入っておらず、そもそも空になっているものもあるが、そんな事はこの際どうだって良かった。

 

「「「「「「「乾杯!」」」」」」」

 

 誰が言い出す訳でもなく、互いに掲げたコップを打ち付ける7人。

 

 それから予鈴が鳴るまでの間、カフェレインボーの一角では7人の男女の楽しそうな笑い声が響いていた。




 次回、漸く原作キャラを本格的に登場させます。

 一応1話でもそれらしいキャラを出していましたが、此方は容姿だけだったし、プロローグだと容姿すら書いてませんでしたからね。

 さて、誰が出るのやら……?


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第3話~アウトローの演奏会と生徒会長との邂逅~

 漸く書けた~!

 さて、今回はタイトル通り、あの全校生徒の名前を覚えているという記憶力チート級のお方が登場します。

 一応前にも原作キャラは出していますが、名前付きで登場するのは彼女が初めてですね。
 あの2人も出したいけど、残念ながら登場するのは後の方になるかなぁ……


 放課後、紅夜と綾は幼馴染み達から校内の案内を受けていた。

 

 留学初日である紅夜は言うまでもないが、綾も今年入学してきたばかりの新入りで、何処に何の教室があるのかは未だ把握しきれていない。

 そこで紅夜の案内も兼ねて、綾にも各教室の位置のおさらいをしておこうという話になったのである。

 

 既に一通りの案内は終わったようだが、校内があまりにも広いためか大分時間が経っており、今では部活動や生徒会等に所属する生徒くらいしか残っている生徒は居なくなっていた。

 

「……よし、これで校舎内は一通り廻ったわね」

 

 案内を終えた瑠璃が、校内の地図が載ったパンフレットを閉じて振り向く。

 

「取り敢えず案内はこれで終わりだけど、何か質問はあるかしら?」

「……質問って訳じゃないけど、1つ言いたい事があるんだが」

「ええ、何でも言ってちょうだいな」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、紅夜に続きを促す瑠璃。

 だが、その顔は彼が次に言う事を何と無く悟っているように見える。それは、達哉や雅達幼馴染みグループも同じだった。

 

「…………」

 

 紅夜は一旦辺りを見回し、自分達以外に誰も居ない事を確認すると、深呼吸を1つ。そして閉じられた目をカッと見開き、その声を響かせた。

 

「デカ過ぎんだろこの学校!ワンチャンそこらのデパートよりデカいわ!」

「予想通りのリアクションをありがとう」

 

 淡々とした口調で言う瑠璃。その隣では、達哉や雅、大河の3人が腹を抱えて笑い転げていた。

 

 見る者によっては大袈裟とも言えるような反応を見せた紅夜だが、彼がこんな事を言うのは無理もない事だった。

 何せ、この虹ヶ咲学園は中高一貫校であり、尚且つ1学年あたりの生徒数は約1000人と言われている。つまり、単純計算で高等部だけでも約3000人、中等部も合わせると約6000人もの生徒が在籍している事になるのだ。

 これだけの生徒を収容するとなれば、敷地は勿論だが校舎も大きくなるのは当然の事なのだが、これまでの学校生活でここまで大きな校舎を見た事が無い紅夜からすれば、この学校の規模は明らかに異常だった。

 

「まぁ、紅夜の気持ちも分かるわよ。私達だって最初に見た時は学校には見えなかったもの」

「ええ、何かのイベント会場と間違えてるんじゃないかと思ったわ。校舎の形も、私達が知ってる学校のそれとは違ってたものね」

 

 クスクスと微笑を浮かべながら、瑠璃と蓮華がフォローを入れる。

 

 彼女等の言う通り、この虹ヶ咲学園は世間でイメージされているような学校の校舎とはかけ離れた造りや大きさを持ち、その姿から此所が学校だと気づかず、何かのイベント会場と勘違いする者も居た。

 実際、過去にはイベント会場と勘違いした一般人が校内に入ろうとするというハプニングも起きていたらしい。

 勿論、その人物は周囲の雰囲気から直ぐに違うと気づいて出ていったのだが、そのような出来事があっても仕方無いと言える程に、この学校の姿は他校と比べてかなり変わっていたのだ。

 

「そういや俺等が1年の頃、迷子になって授業に遅刻しそうになった奴が居たな。まぁ、何とか間に合ったらしいけど」

「あっ、私のクラスにもそういう子居たよ」

 

 落ち着きを取り戻した達哉と雅が、思い出したかのようにそう言った。やはり慣れない内は、こうして迷子になる生徒の1人や2人は出てくるようだ。

 

「まぁ取り敢えず、いきなり全部覚えるのは無理でしょうから、先ずは今後の授業で使う教室だけでも覚えておくと良いわね。コレあげるから」

 

 そう言って、瑠璃は持っていたパンフレットを紅夜に差し出した。

 

「……その使いそうな教室だけでもそれなりの数があるんですがそれは」

 

 パンフレットを受け取った紅夜は、そう言ってガックリと項垂れてしまった。

 

 

 その後、何とか紅夜を立ち直らせて靴箱へと向かう一行だったが、紅夜がある教室の前で足を止め、残りの6人も同じように立ち止まった。

 

「……ん?何だ紅夜、音楽室が気になるのか?」

「そういやお前、選んだ学科音楽科だよな。アメリカでもレナ達とバンドとかダンスやってたって言ってたし」

 

 男性陣2人がそう言った。

 

 今更ではあるが、この学校へ留学してくるにあたって紅夜が選んだ学科は音楽科だ。

 というのも、自らが住むアメリカ、カリフォルニア州の都市の1つであるベンチュラ・ベイでストリートレースに明け暮れていた紅夜の、レース以外の数少ない趣味が音楽なのだ。

 

 アメリカではアレクサンドラ達とストリートレースに没頭していた彼だが、彼女の父であるブライアンから『レース以外にも1つくらいは趣味を作っておけ』と言われたのもあり、彼等で考えた結果浮かび上がったのが音楽で、その後はストリートレースと並行してバンドやダンスを始めたのだ。

 元々高いセンスがあったのかほんの僅かな期間で腕を上げており、今となっては、彼等のライブはベンチュラ・ベイの目玉イベントの1つになりつつあった。

 紅夜が日本へ発つ前にも彼等はライブを行ったのだが、その時は暫く彼等のライブが見られなくなるというのもあって、あちこちの走り屋や若者が会場にやって来て、結果ストリートレースが殆んど行われないという状況に警官が首を傾げる事態になっていたらしい。

 

「…………」

「そんなに気になるなら、ちょっと覗いてみたらどうだ?」

 

 じっと音楽室のドアを見つめる紅夜に、大河が言う。

 

「良いのか?」

「別に盗みに入る訳でもないんだから良いんじゃねぇの?鍵が開いてたらの話だけど」

 

 彼はそう言いながらドアに近づき、取っ手に手を掛ける。

 どうせ開いていないだろうと思いながら軽く引くと、カラカラと音を立ててドアが開いた。

 

「……開いてる」

 

 予想外の結果に、大河は目を皿のように丸くする。

 

「先に誰か使ってたのかな?」

「だろうな。流石に授業終わってからずっと鍵開けっぱなしにするってのは、不用心が過ぎるってモンだ」

 

 達哉と雅がそう言った。

 

 そのまま中へと足を踏み入れると、だだっ広い空間が彼等を出迎える。

 

「それにしても、流石はデカい校舎や充実した設備持ってるだけあるな。この部屋も広いし、あっちの楽器は何れも新品同様だし」

 

 そう言って達哉が指差したのは、後方のケースに入った様々な楽器だった。

 流石につい最近買ったばかりの新品という訳ではないだろうが、そう見えてもおかしくない程に輝きを放っていた。

 それから一行は数分程室内を探検していたが、そこであるものを見つけた。

 

 壁際に置かれた、白いシーツを被った何か。それは机にしては大きすぎる上に、掛けてあるシーツが不自然に盛り上がっている。

 

 紅夜がそのシーツを剥ぎ取ると、その正体が判明した。ピアノ程の大きさは無いが、そこそこ大きめの鍵盤楽器だった。

 3段構成の鍵盤に、ピアノにしては明らかに多すぎるペダルやスイッチ。

 楽器にある程度詳しい方なら、これだけで何があったのか分かるだろう。そう、シーツの中にあったのはエレクトーンだった。

 

「へぇ、この学校ってエレクトーンも置いてたんだね」

 

 意外そうに言った雅は、何かを閃いたように紅夜に向き直った。 

 

「ねぇ紅夜君、せっかくだしコレで何か弾いてみてよ!」

 

 エレクトーンを指差す雅。他の面々も、彼女の意見に賛同する。

 

「そうね。何時もメールで送られてきたのを見たり聞きたりするだけだったし、こうして楽器もあるんだから、生で聞いてみたいわ」

「兄様の生演奏、私も聞きたい!」

「俺等にもバンドやダンス始めさせた腕前、拝見させてもらおうじゃねぇの!」

 

 紅夜の生演奏を聞くのが初めてというのもあって、本人が同意していないのも構わず盛り上がる瑠璃達。

 

「あぁ、分かった分かった。弾くからちょっと落ち着け」

 

 まるで玩具をねだる子供のように言い寄ってくる6人をどうにか宥め、紅夜は演奏の準備に取り掛かる。

 椅子に座って電源を入れると、慣れた手つきで音の具合を確認し、調節していく。そして一通り準備を済ませると、未だか未だかと待ちわびている観客達へ目を向け、挑戦的な笑みを向けて言った。

 

「初っぱなから本気でやってやる。精々ブッ倒れんなよ!」

 

 そうして、紅夜は鍵盤へ手を振り下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、今日の分はこれで終わりですね」

 

 その頃、生徒会室では1人の女子生徒が書類整理を終えたところだった。

 両サイドから下ろした三つ編みに縁の四角い眼鏡という、如何にもな委員長タイプの少女だ。

 

 名は中川 菜々(なかがわ なな)と言い、この虹ヶ咲学園の生徒会長だ。

……と言っても、これは表向きの顔であり、もう1つの顔も持っているのだが、それは今は伏せておこう。

 

「さて、後は此所の戸締まりを済ませて、校内の見回りっと……」

 

 書類を片付け、鞄を持って生徒会室を後にした菜々は、ドアの鍵を閉めて校舎内を歩き回る。

 基本的に、部活動等に所属していない生徒は直ぐに帰っていくのだが、中には用も無いのに下校時刻まで残っているような物好きも一定数居る。

 

「……ん?」

 

 そんな生徒達に帰宅するよう呼び掛けながら歩いていると、何処からか楽器の音色や歌声が聞こえてくる。

 

「(方向からすると、音楽室?でも、今日は誰も申請には来ていない筈……)」

 

 この学校では、生徒は授業や部活動以外でも音楽室や講堂を利用出来るが、その際には生徒会から許可を貰わなければならないという決まりがある。しかし、今日はそういった申請は1件も来ていない

 恐らくその規則を知らないか、面倒臭がって申請をしなかった生徒が使っているのだろうと予測しながら、彼女は音楽室へと歩みを進める。

 そして音楽室へ辿り着くと、ドアの小窓を覗いて無断使用の犯人を見る。

 

「(……思ったより大人数ですね。1人か、多くても2人くらいだろうと思っていましたが)」

 

 小窓から見えたのは、エレクトーンを弾いてい髪の長い白髪の生徒と、その周りを囲む6人の男女だ。

 思ったより人数が多かった事に驚きながらも、無断使用の件を注意すべく音楽室へ乗り込もうとした時だった。

 

「ッ!?」

 

 まるで彼女が来るのを待っていたとばかりのタイミングで始まった曲。それを聞いた瞬間、彼女の体は雷にでも打たれたかのように硬直する。

 

「(な、何なのですか……この感覚は!?)」

 

 今まで音楽は何度も聞いてきたし、とある事情から自分が歌う事もあったが、これ程までに衝撃を受けたのは初めてだった。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 壁に凭れ掛かり、胸のリボンを掴んで荒い呼吸を繰り返す菜々。

 何とか呼吸を整えながら再び小窓を覗くと、体や髪を振り回しながら狂ったようにエレクトーンを弾く白髪の生徒が目に留まる。

 その周りでは、他の6人がライブハウスの観客のように盛り上がっていた。

 客はたったの6人、そして会場はがらんとした音楽室だというのに、菜々には、そこが満員のライブ会場のように見えていた。

 此所からでも、鼓膜を突き破らんばかりの歓声やライブハウス特有の熱気が、爆風のように襲い掛かってくる。

 

「(す、凄い……1人で弾いているだけなのに、何て迫力……!)」

 

 菜々は、最早無断使用の件を注意するという当初の目的を忘れ、聞こえてくる音楽の虜になっていた。

 生徒会長という立場もあって何とか持ちこたえているものの、心の中では何人もの小さな菜々達がワーキャー歓声を上げて跳ね回っている。

 

 それからじっと見つめること数分。漸く曲が終わり、菜々は緊張の糸が切れたようにヘナヘナと廊下に座り込んだ。

 

 するとドアが開き、1人の男子生徒が姿を現した。

 紅夜だった。

 

「ん?お前は……」

 

 その声に菜々も気づき、声の主を見上げる。

 ルビーのように真っ赤な瞳に見つめられ、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えながらも、言葉を絞り出した。

 

「……音楽科、3年の……長門、紅夜さん……ですね……?」

「ああ、そうだが……お前大丈夫なのか?何かやたら疲れてるみたいだが」

 

 何故名乗ってもいないのに自分の名前を知っているのか疑問に思う紅夜だったが、それよりも全力疾走した直後のように呼吸を乱している事に、心配そうな表情を浮かべる。

 

「だ、大丈夫です……」

 

 そう答えた菜々がヨロヨロと立ち上がると、異変に気づいた他の面子がワラワラとやって来た。

 そしてメンバーを代表するかのように、瑠璃が声を掛ける。

 

「あら、誰かと思えば生徒会長さんじゃない。こんな所で何をしているの?」

「…国際交流学科3年、北条瑠璃さんですか……別に、大した用ではありません。そろそろ下校時刻ですので、見回りをしていたんです」

 

 菜々が答えると、瑠璃は壁に掛けられた時計を見て思い出したように言った。

 

「ああ、もうそんな時間なのね。演奏に夢中で気づかなかったわ」

「つか、そもそも案内終わった時点でそこそこ時間経ってたもんな」

「仕方無いよ。だってこの学校凄く広いし」

 

 達哉と雅が言葉を付け加え、他の面子も相槌を打った。

 

「演奏……そう言えば、皆さん盛り上がってましたね」

「そりゃそうさ、紅夜の生演奏なんて滅多に聞けねぇからな!」

「それに紅夜君、ダンスも踊れるもんね!しかも自分で振り付け考えたりして!」

 

 そんな雅の言葉に一瞬眉が動いた菜々だが、一先ずその事は脇に置いて本題に入る。

 

「まぁ、それはそれとして……皆さん、音楽室の使用許可は取ってますか?」

「……使用許可?」

 

 菜々からの質問に、紅夜が首を傾げる。

 他の面々も、同じような反応を見せていた。

 

「あ、あの……使用許可って?」

 

 綾がおずおずと手を挙げて訊ねると、菜々は音楽室を利用するに際の規則を説明した。

 

「そうだったのか……すまないな、全然知らなくて」

 

 紅夜が詫び、他の面々もパラパラと謝罪した。

 

「北条さん達が知らなかったというのは気になりますが……まぁ、そちらのお二人はこの学校に来て間が無いのもありますからね……一先ず今回の件に関しては、特別に目を瞑っておきましょう」

「……良いのか?」

「ええ。ですが次から利用する際には、ちゃんと申請書を出してくださいね?生徒会室に来ていただければ、私か他のメンバーが対応しますので」

「……分かった、次からはそうさせてもらう」

「りょーかい!」

「ええ、次は気を付けるわ」

 

 紅夜達が納得すると、菜々は満足したように頷いた。

 

「さて、もう時間ですので、皆さんも早めに下校してくださいね。戸締まりは私がやっておきますので」

 

 そう言うと、7人は音楽室に戻って片付けを済ませ、各々の荷物を持って出てくる。

 

「……あっ、長門紅夜さん。ちょっとよろしいですか?」

「……?何だ?」

 

 そして帰ろうとする中、最後尾を歩いていた紅夜を呼び止めた菜々は、彼に駆け寄って言った。

 

「先程弾いていた曲ですが、あれは……?」

「ああ、別に大したものじゃない。殆んどネットで聞いたのをそのまま弾いただけだ。幾つかはオリジナルだがな」

「お、オリジナル……?という事は、貴方が?」

「……ああ、俺が作った曲だ」

「そう、ですか……」

 

 そうして、何か考え始める菜々。どうかしたのかと紅夜は首を傾げるが、彼女は何でもないと、首を横に振った。

 

 

 そうして紅夜は、待っていた他の面々と合流して帰っていき、後には菜々1人が残される。彼女はドアの小窓から、白いシーツが掛けられたエレクトーンを見ると、再び紅夜達が歩いていった方へと目を向ける。

 

「……あんな人が、同好会に入ってくれたら」

 

 がらんとした廊下に、彼女のそんな呟きが吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、学校を出た紅夜達は……

 

「なあ達哉、あの生徒会長って、なんで俺の事知ってたんだ?挨拶した覚え無いんだが」

「……あぁ、そういや紅夜は知らなかったよな。実は此所の生徒会長って、全校生徒のフルネームや学年、学科まで全部覚えてるらしいんだよ。勿論、顔もセットでな」

「……は?」

 

 紅夜は絶句した。

 案内をしてもらっていた時に、この学校の生徒数については聞かされている。

 つまりこの学校の生徒会長は、高等部だけでも約3000人もの生徒の顔や名前、そして所属学科まで覚えているという事になるのだ。

 

「……どんな改造したらそこまで覚えられるんだよ。ある意味スゲーな、この学校の生徒会長ってのは」

 

 呆れたら良いのか尊敬したら良いのか分からないといった様子で、紅夜は右手で覆った顔を左右に振るのだった。



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第4話~アウトローとスクールアイドル同好会・前編~

 漸く書けました~


 紅夜と菜々の邂逅から暫く経ち、4月も下旬に差し掛かっていた。この時期になると、進学・進級による新たな学校生活に対する緊張も解れ、生徒達は新たに出来た友人と、休み時間や放課後を共に過ごしていることだろう。

 また、生徒の、特に新入生の中には部活動や同好会に所属し、その部で出来た新たな仲間と共に青春を謳歌する者も現れ、校内ではそんな彼等の声が日々飛び交っている。

 

 そんなこの虹ヶ咲学園の部室棟では、今日も今日とて部活動や同好会へ向かう生徒でごった返していた。

 何せ生徒数や学校の規模が大きければ、当然部活動や同好会の数も増えるもので、現時点でその数は100を超えるとすら言われている。

 それ故に部室棟の規模もかなりのもので、案内板やエスカレーター、エレベーターが設置されているなど、その姿はまるでターミナル駅。新入生や留学生等、この学校に慣れていない生徒からすれば、自分達の目当ての部室へ向かうのも一苦労である。

 

 さて、こうして部室棟も賑わう中、とある同好会が活動を始めようとしていた。

 

 

 その名も、スクールアイドル同好会。

 

 近年日本で人気になっているご当地アイドルの学校版とも言えるコンテンツ、スクールアイドルとしての活動を行う同好会だ。

 この虹ヶ咲学園ではつい最近発足したばかりの同好会で、2年の優木(ゆうき) せつ()という女子生徒を筆頭に、1年と3年が各2人ずつの計5人で活動している。

 

「……とまぁ、これが本日のスケジュールになります」

 

 スケジュールが書かれたホワイトボードの前に立ったせつ菜が、そう言ってペンを置いた。

 

「おぉ~、今日からステップの練習かぁ……今までは柔軟とかばかりだったから、これで本格的にスクールアイドルとしての練習が始まるって感じがするねぇ……」

 

 間延びしたような口調でそう言ったのは、ロングヘアの茶髪におっとりした雰囲気を纏う女子生徒だった。

 ライフデザイン学科3年、近江 彼方(このえ かなた)である。

 

「彼方さん、柔軟や体力作りだって立派な活動ですよ?スクールアイドルって、お客さんからすればただ歌や躍りを披露しているだけですけど、パフォーマーからすればかなりのハードワークなんですから、それについていけるだけの体作りをしておくのは重要な事です」

 

 彼方を窘めたのは、焦げ茶色の髪を黄色のリボンでポニーテールにした少女だった。名を桜坂(おうさか) しずくと言い、国際交流学科所属の1年生だ。

 元々は女優志望で、その下積みとして演劇部に所属していたが、『演劇の幅を広げたい』という考えもあり、この同好会と掛け持ちしていた。

 

「しず子の言う通りですよ彼方先輩。そうやって基礎練を甘く見てると、足元掬われちゃいますからね~?何なら、そのままかすみん達が置いてきぼりにしちゃいますよ~?」

 

 しずくに同調してからかうように言ったのは、中須(なかす) かすみ。

 普通科に所属する1年生で、ベージュのショートボブが特徴の小柄な少女だ。

 

「むむっ、それは困るなぁ~。じゃあ、そうならないように彼方ちゃんも頑張らなきゃね~」

 

 そんな彼女等のやり取りを、三つ編みの赤毛を両肩から垂らした少女が微笑ましそうに眺めていた。

 

 エマ・ヴェルデ。学年は彼方と同じ3年生で、所属学科はしずくと同じ国際交流学科だ。

 そして今年、『スクールアイドルをやりたい』という理由で、遥々スイスからこの虹ヶ咲学園にやって来た留学生である。

 

「さぁ皆さん、暢気にお喋りしてる暇はありませんよ?早速屋上で練習開始です!」

「「「「おぉ~!」」」」

 

 そうして屋上へ向かった彼女等は、スケジュールに従って練習を始める。

 せつ菜の掛け声に合わせてステップを踏み、一通りすると小休止。この繰り返しである。

 そして、何度目かの小休止の最中、かすみが異変に気づいた。

 

「……?」

「かすみちゃん、どうしたの?そんなキョロキョロして」

 

 やたら周囲を見回すかすみを不思議に思ったのか、エマが訊ねる。

 

「ん~……かすみんの気のせいかもしれないですけど、さっきから音が聞こえてくるんですよ」

「音?」

 

 首を傾げながらも、耳を澄ますエマ。すると、校内の喧騒に混じって小さく音色らしい音が聞こえてきた。

 

「あっ、ホントだ。私にも聞こえるよ」

「何かの楽器みたいですね………音楽系の部活動じゃないでしょうか?」

「でも、それならもっと大きな音で聞こえてくる筈じゃないかな~?」

 

 そうして、しずくや彼方も首を傾げる。そんな彼女等の疑問を解消したのは、せつ菜だった。

 

「多分、あの人でしょうね……」

「…?せつ菜ちゃん、何か知ってるの?」

 

 その呟きを聞いたエマが聞き返し、首を傾げていた他の3人も彼女の方へ向き直る。

 

「はい。と言っても、知ってると言うよりは人から聞いたと言った方が適切ですが……」

 

 そう前置きして、せつ菜はこの音色を出している人物について語った。

 

 勘の良い方は、彼女が言う人物が誰を指しているのかは直ぐ分かるだろう。そう、紅夜だ。

 菜々との邂逅から約3週間。彼は週に2、3回という頻度で音楽室を利用していたのだから、申請する際に生徒会の人間と話すのは勿論だが、他の生徒がその様子を見ていても、何らおかしな事ではない。

 

「……それで生徒会長が言うには、初めて彼の演奏を聞いた時は雷の直撃を受けたような感覚に襲われたとか……」

 

 それを聞いて一瞬言葉を失う4人だったが、かすみとしずくが辛うじて言葉を絞り出す。

 

「か、雷に打たれたような感覚って……」

「それだけ、その長門紅夜って人の演奏が凄かったって事でしょうね……」

「はい。生徒会長も、あんな気持ちになったのは初めてだと言ってました」

 

 そんなやり取りを交わしていると、かすみ達はある事を思う。

 

 

──実際に近くで演奏を聞いたら、何れ程のものなのか?と……

 

 

 そんな彼女等の気持ちを察したのか、せつ菜はこんな事を言い出した。

 

「……良い機会ですし、1度聞きに行ってみませんか?」

「えっ、良いんですか!?」

 

 その提案にかすみがいち早く食い付き、しずくや彼方、そしてエマの3人もせつ菜の方を向く。

 

「ええ。私達も何時かは自分達の曲を作って踊る訳ですから、他の方の曲を聞くというのは、決して無駄な事ではありません。それに……」

「それに……何?」

 

 一旦言葉を区切ったせつ菜に聞き返すエマ。

 かすみ達もじっと、彼女の次の言葉を待っていた。

 

「話によると、彼は曲作り以外にもダンスの振り付けも出来るようで……もしかしたら、そちらの方でもヒントが得られるかもしれません」

「おぉ~!コレはまたとんでもない優良物件ではないか~!」

「そんな凄い人がこの学校に居たなんて、かすみん感激ですぅ~!」

 

 紅夜が歌や演奏のみならず、ダンスまで出来るという情報に興奮するかすみと彼方。

 

「その紅夜君って子が同好会に入ってくれたら、彼方ちゃん達も一気にレベルアップ出来そうだよね~」

「そうです!コレは見逃せませんね!」

 

 そう言って盛り上がる2人だが、不安そうな表情を浮かべたしずくが口を挟んだ。

 

「……もしかして2人共、長門先輩を勧誘するつもりですか?」

「そりゃそうだよ!音楽科で、作曲もダンスも出来て、しかも生徒会長が驚くくらいの演奏が出来る男子が居るなんて聞かされたら、そんなの勧誘しない方がおかしいってモンだよ!」

 

 愚問と言わんばかりに答えるかすみに、彼方がウンウンと相槌を打つ。

 

「私も、長門先輩って人がそんなに上手なら入ってほしいとは思うけど、いきなり押し掛けて勧誘しても入ってもらえるかどうか……」

「私もしずくちゃんの言う通りだと思うな。紅夜君って子からすれば私達は赤の他人だから、いきなり押し掛けて勧誘しても、先ず戸惑うんじゃないかな?」

 

 紅夜の勧誘に乗り気な2人に対して、しずくやエマは慎重な意見を述べた。

 確かに彼女等の言う通り、紅夜とスクールアイドル同好会の面々は赤の他人だ。そんな彼からすれば、音楽室で気分良く演奏している時に突然スクールアイドル同好会を名乗る謎の集団が押し掛けて勧誘してくるのだから、困惑するのは当然だろう。

 

「むぅ、それはそうかもしれませんけど……」

 

 しずく達の意見を受けたかすみはそう言うが、せっかく見つけた逸材を逃したくないのか、その表情は何処か不満げだ。

 

「因みに、せつ菜ちゃんはどう思ってるの~?」

 

 ここで言い出しっぺであるせつ菜に彼方が意見を求め、他の3人も話を中断し、彼女の意見に耳を傾ける。

 

「そうですね……」

 

 そう言って暫く考えた後、1つ頷いてから口を開いた。

 

「確かに私も、彼が加わってくれれば心強いと思います。ですがしずくさん達の意見も無視出来ません。お二人の言う通り、彼にとって私達は赤の他人である訳ですからね」

 

 やはり彼女も、紅夜の勧誘には賛成のようだ。しかし、しずくやエマの意見も事実。

 しかも紅夜に関する情報は、あくまでも()()()()()()()()に過ぎない。

 勧誘する、しない云々を言い合う前に、先ずは自分達の目で確かめるべきだろう。

 

「取り敢えず、今回は少し覗くだけにして、勧誘するかどうかはその後で考えましょう」

 

 そう言って、せつ菜は部室のドアを開ける。

 

「さあ、先ずは音楽室に行きましょう。早くしないと彼が帰ってしまうかもしれません」

 

 こうして、同好会メンバーは部室を後にして音楽室を目指す。

 暫く歩いて音楽室の表札が見えてくると、同時に音楽が聞こえてきた。

 

「良かった、未だ居るみたいですね」

 

 せつ菜が安心したように言う。

 それから一行はドア付近にまで来ると、ドアの窓からそっと室内を覗く。

 そこにはエレクトーンに向かって座る紅夜と、傍にもう1人、彼の幼馴染みの1人である北条瑠璃が立っていた。

 

「あっ、北条さんだ」

 

 同学年で、且つ同じ国際交流学科所属のエマが呟いた。

 

「エマさん、知り合いですか?」

「うん、同じクラスなの。あまり話した事は無いけどね……」

 

 訊ねてきたせつ菜にそう言って苦笑を浮かべるエマ。その傍らでは、かすみがドアの小窓から様子を窺っていた。

 

「ん~……何か話してるみたいですが、何も聞こえませんね」

 

 そう呟いたかすみは、ドアを少しだけ開けようとする。

 

「ちょっ、かすみさん!気づかれちゃうよ!」

「大丈夫だって、ほんの少し開けるだけ!」

 

 止めようとしたしずくにそう言って、かすみは音を立てないように注意しつつ、少しだけドアを開ける。

 すると、2人のやり取りが聞こえてきた。

 どうやら先程まで紅夜が弾いていた曲について話しているようだ。

 

「……と、こんな感じでどうだ?」

「ええ、バッチリよ。ありがとう紅夜」

 

 そう言って笑みを浮かべる瑠璃。同好会メンバーからは彼女の横顔しか見えないが、その優雅な佇まいに、かすみ達は思わず見惚れていた。

 

「それにしても、ダンスの振り付けだけでなく作曲や編曲も出来るなんて……流石、態々音楽科を選んだだけあるわね」

「まぁ、俺の数少ない趣味だからな。趣味が少ない分とことん打ち込めたよ。で、そのなれの果てがコレだ」

「別に良いじゃない。好きこそ物の上手なれって言葉があるくらいだし、そのお陰で私達も助かってるんだから、そんな無駄な事みたいに言う必要は無いわ」

「だと良いがな」

 

 そう言ってケラケラ笑う紅夜。

 

 彼が曲作りのみならず自分でダンスの振り付けまで考えられるという事に、かすみの目が輝く。

 

「さて、じゃあ最後に1曲だけ弾いて終わるとするか」

 

 首を左右に倒しながら、紅夜はそう言った。

 

「あら、もう?未だ時間あるわよ?」

「レナ達と通話する約束してるんだよ」

 

 不思議そうに首を傾げながら時計を指差す瑠璃だったが、紅夜の答えに納得したように頷いた。

 

「さて、じゃあ最後の曲は……コイツにするか」

 

 取り出したスマホの画面を暫くスクロールしていた紅夜は、やがて最後の1曲を決めてスマホを脇に置く。

 そして、目を瞑って暫く沈黙した後、カッと見開いて鍵盤に指を振り下ろす。

 

「「「「「……ッ!?」」」」」

 

 その瞬間、ドアの隙間から様子を見ていた同好会メンバー全員に衝撃が走った。

 

 テンポはそこまで速くはなく、寧ろ少し遅いとすら感じさせるが、決してだらしなさは感じられない。

 始まりと同時に聞こえてくる力強い重低音や男性にしては澄んだ歌声が、彼女等の体を芯まで震わせた。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 最早曲の感想など考える暇も無く、ひたすら紅夜の演奏に聞き入る5人。

 それから紅夜が弾き終えても暫く動けなかったが、2人が会話を始めて少しすると、漸く我に帰った。

 

「……それで紅夜、明日はどうするの?」

「そうだな……」

 

 後頭部で両手を組んだ紅夜は、そう呟きながら椅子を前後に揺らす。

 

 話によると、明日は瑠璃や綾を含めた何時ものメンバーが全員用事があって集まれず、紅夜1人になってしまうらしい。

 

「明日は集まれそうにないし、また今日みたいに音楽室で遊ぶとするか」

「その()()で演奏してる曲のクオリティは洒落にならないくらい高いけどね」

 

 瑠璃はそう言ってクスクスと笑った。

 

 その後は2人が帰り支度を始めたのもあり、せつ菜達同好会メンバーはそそくさと部室へ帰ってきた。

 

「……いやぁ~、凄い演奏でしたねぇ!何と言うか、こう……上手く言えないけど、兎に角凄いです!」

 

 帰ってくるや否や、先程までの沈黙から復活したかすみが興奮したように言う。

 

「確かに。彼方ちゃんも、あの演奏で眠気が吹っ飛んじゃったよ~。今なら徹夜だって出来そうだねぇ~」

「はいっ!情熱や音楽が大好きって気持ちが伝わってきました!」

 

 彼方に同調するように言うせつ菜。その瞳は、まるで長年欲しがっていた玩具を勝手もらった子供のように輝いていた。

 

「そうですね、たった1曲であんなにも感動したのは初めてです。あの人が加わってくれれば、もっとパフォーマンスの幅が広がる筈ですっ」

「私も、スイスで聞いたスクールアイドルの曲を思い出しちゃったよ~」

 

 先程まで消極的だったしずくやエマも、今ではすっかり乗り気だ。

 

「……では、決まりですね」

 

 せつ菜の言葉に全員が頷いた。

 

「では明日、早速彼とコンタクトを取ってみましょう。大勢で押し掛けても困惑させてしまうでしょうから、私が行ってきます」

 

 それからせつ菜が続けて言うには、そのまま勧誘するより体験入部してもらい、自分達の事をある程度知ってもらった上で勧誘しようというものだ。

 いきなり勧誘するより効果が期待出来るというのは全員納得したようで、反対意見は出なかった。

 

「それでは明日、作戦決行です!」

「「「「おぉ~!」」」」

 

 紅夜勧誘作戦の結構を決め、今日の同好会の活動は終わりを告げるのだった。

 

 

 

 その頃、自分がターゲットにされているなど夢にも思っていない紅夜は……

 

「ぶえっくし!!」

「あら、風邪?」

「そうじゃないと思うが……誰か俺の噂でもしてんのかねぇ……?」

 

 音楽室の戸締まりを終え、暢気に瑠璃と下校していたという。




 予定より長引くので、前・中・後に分ける事にしました。


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第5話~アウトローとスクールアイドル同好会・中編~

 翌日の放課後。せつ菜達スクールアイドル同好会は、紅夜の勧誘計画を実行に移していた。

 計画では、かすみ達は4人は部室で待機し、せつ菜が音楽室に居るであろう紅夜を呼んでくるという流れとなっていた。

 

 普通なら、見ず知らずの男に女1人で会いに行くというのは危険だと思うだろうが、先日は瑠璃と2人きりで音楽室に居た事や、そこで仲良さげに会話していた事から、少なくとも彼が女性に暴力を振るうような人間ではない事が分かったため、せつ菜1人でも問題無いだろうと判断したのだ。

 それに彼女自身、以前からスクールアイドルとして活動していたためにそれなりの体力はついている。仮に襲われたとして、迎え撃つ事は出来なくても隙をついて逃げるくらいなら出来るし、そもそも今は放課後になったばかりで、生徒も未だ大勢残っているため、下手に手出しする事は出来ないだろうと考えてもいた。

 

「それでは皆さん。私は長門紅夜さんを呼んできますので、此所で待機していてくださいね」

 

 そう言って部室を出たせつ菜は、他の生徒に見られないようにしながら音楽室へと急ぐ。

 これは、紅夜を勧誘しに行くのを邪魔されないようにするというのもあるが、彼女が同好会メンバーにすら伝えていない、ある秘密があるためなのだが、それは一先ず割愛させていただこう。

 

「(でも、やっぱり堂々と歩けないのは不便ですね……その分移動するのに時間も掛かってしまいますし……)」

 

 常に周囲を気にしながら歩き、時には空き教室や物陰に隠れたり迂回しながら進む。何も知らない者からすればただの不審者だが、彼女からすればやむを得ない行為だった。

 

 我ながら面倒な立場を得てしまったものだと感じながら、せつ菜は音楽室を目指して進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着っと……さて、予定通り来たのは良いが、何して遊ぼうかねぇ?」

 

 時は少しだけ遡り、せつ菜が部室を出た頃。何も知らない紅夜は予定通り音楽室を訪れていた。

 近くにあった机に荷物を置くと、室内を見回していく。

 と言っても、置かれてある楽器はピアノとエレクトーンくらいだ。後方のケースにも楽器は置かれているが、流石にそれらを使うと後々面倒な事になるだろう。

 

「う~ん……」

 

 ピアノに凭れ掛かって腕を組み、どうしたものかと考える紅夜だったが、そこである事を思い付いた。

 

「(そう言えば俺、この学校に来てから1回も踊った事無いな……)」 

 

 編入してから今日に至るまで何度も音楽室を利用している紅夜だが、やる事はエレクトーンかピアノを弾くだけで踊った事は無かった。

 そもそも躍りまで授業に組み込まれている訳ではないので態々音楽室に来てまで踊る必要は無いのだが、長い間やっていないと、体はその感覚を忘れてしまうものだ。

 

「……せっかくだし、何曲か踊っておくか。あんまドタドタさせなきゃ怒られもしねぇだろ」

 

 そう呟き、一旦廊下に出て此方に来る生徒が誰も居ない事を確認した紅夜は、今日の授業で使ったジャージにそそくさと着替える。そして鞄からワイヤレススピーカーを取り出して机に置き、スマホを操作して接続した。

 

「さてさて、最初の曲は………コレで良いか」

 

 そしてダウンロードされた曲を再生し、紅夜は1人ダンスを始める。

 それから何曲か踊って休憩を挟んでいる時、1人の女子生徒が音楽室の前に立った。せつ菜だ。

 部室を出てから他の生徒に見つからないように進んだ事で思いの外時間が掛かったが、遂に音楽室に辿り着いたのだ。

 

「ふぅ、やっと音楽室に着きました……」

 

 表札へと視線を向けて改めて音楽室へ辿り着いた事を確認し、安堵の溜め息をついたせつ菜は、早速ドアの小窓から中を覗き込む。すると、椅子に座ってスマホを弄る紅夜の姿が目に留まった。

 始めは休憩中かと思ったが、ふと壁に置かれているエレクトーンへ目を向けるとシーツを被ったままになっており、ピアノを弾いた痕跡も確認出来なかった。

 それに彼の様子から、今さっき来たばかりにも見えない。

 

「(何もしていない……?それに、何故ジャージなんて……)」

 

 そう疑問に感じるせつ菜だったが、机に置かれているスピーカーが目に留まる。それに加えて彼がジャージ姿である事から、先程まで踊っていたのだと悟った。

 

「(移動に時間を掛けすぎましたか……せっかく彼の躍りが見られるチャンスだったのに……)」

 

 そう思ったせつ菜は、一先ず当初の予定通り声を掛けようと、音楽室へ入ろうとする。だが彼女が入るより先に、再び紅夜が動いた。

 

「さてと、それじゃあ次は何の曲にしましょうかね~っと……」

 

 どうやら未だ踊るつもりのようで、スマホを操作しながら立ち上がってそう呟く。

 そして、暫く画面とにらめっこした後、漸く決まったのか小さく頷いた。

 

「よし。さっきまではアレンジ曲ばっか使ってたし、今回は俺の作った曲で踊ってみるか」

 

 そして準備を済ませた紅夜はスマホの再生ボタンを押し、スピーカーから流れてきた曲に合わせて踊り出した。

 

「…………」

 

 アップテンポで激しい曲想というのもあって動きも大きく、長いポニーテールの白髪を振り回しながら楽しそうに踊る彼の姿に、思わず見惚れるせつ菜。

 それだけでなく、曲も細かい部分まで作り込まれており、目だけでなく耳でも魅了される。

 そんな彼女の鼓動は高鳴り、今すぐ音楽室へ突撃したい衝動が襲ってくる。

 

「(駄目です………今入ったら、彼の邪魔になってしまうのに……!)」

 

 せつ菜は胸をぎゅっと掴み、この沸き上がる衝動を何とか押さえようとする。

 

「(せめて、この曲が終わるまで……!)」

 

 そうして必死に衝動を押さえている彼女を他所に彼の躍りも進んでいき、遂に終わりを迎える。

 

「……ッ!」

 

 アウトロの部分で側方宙返りや回し蹴り等のアクロバティックな動きを見せ、一番最後の音に合わせてポーズを決める紅夜。

 それと同時に、せつ菜の我慢も遂に限界を迎える。

 

「(もう……我慢出来ません!)」

 

 せつ菜は押さえきれなくなった衝動に任せ、ドアを勢い良く開け放つ。

 ガラガラと大きな音を立てながらスライドしたドアは、枠に叩きつけられて更に大きな音を響かせた。

 

「ッ!?な、何だお前……?」

 

 これまで誰も見ていないと思って自分1人の時間を楽しんでいた紅夜は、突然の来訪者にかなり驚いた様子で振り向く。しかし直ぐに冷静さを取り戻し、警戒の目を向けながら声を掛けようとするが、それよりもせつ菜の行動が早かった。

 

「凄い、凄いです!長門紅夜さん!」

「……?何故、俺の名前を──」

 

 デジャヴを感じながらも自分の名を知っている理由を問い質そうとする紅夜だが、せつ菜はそれを遮るように詰め寄り、彼の両手を握る。

 

「曲は短いのに細かい部分までしっかり作り込まれていて、何より情熱的で!」

 

 まるで念願の玩具を手に入れた子供のように目を輝かせながら、先程のパフォーマンスの感想を述べる。

 

「それに躍りの振り付けも曲にマッチしていて!もう……大好きです!」

「お、おう……それは、何より」

 

 自分より遥かに小柄であるためか、目一杯背伸びをして顔を近づけてくるせつ菜。紅夜はその勢いに圧倒されつつ、何とか言葉を返す。

 

「……取り敢えずお前の気持ちは分かったが、何時までそうしているつもりなんだ?流石に近すぎだと思うんだが」

「えっ?……ッ!?す、すみません!」

 

 何を言っているんだとばかりに首を傾げるせつ菜だったが、やがて自分の視界一杯に映る紅夜の顔からかなり近づけていた事を自覚し、顔を赤く染めながら離れた。

 紅夜は漸く離れた事に安堵しながら、再び質問をする。

 

「……それで、結局お前は何者なんだ?少なくともお前みたいな知り合いは居なかった筈だが」

「あっ、そうでしたね!」

 

 そう言って、せつ菜は『コホンッ』と咳払いした後に佇まいを直した。

 

「改めまして、スクールアイドル同好会部長をしています、優木せつ菜と申します!」

「はぁ……」

 

 自分で聞いておいて失礼な反応だと自覚しつつも大して興味も無さそうに頷く紅夜だが、彼女の台詞の中に気になる単語を見つける。

 

「スクールアイドル……?」

「はいっ!ご存知ありませんか?最近の日本の流行りなんですよ!」

「……生憎、ここ数年はアメリカで暮らしていたからな。今の日本の流行りなんて知ってる訳無いだろ」

 

 どうでも良さそうに返事を返す紅夜。

 一応、家族や瑠璃達幼馴染みグループと交わした約束で定期的に日本に帰ってはいるものの、基本的には自宅で家族と過ごすか幼馴染み達と遊んでいるため、そう言ったエンタメ事情には疎いのだ。

 とは言え、紅夜は自分の興味が無いものには見向きもせず、余程大事な事でもなければ直ぐに忘れてしまうため、仮にスクールアイドルについて知る機会があったとしても数日経てば記憶から抹消されているだろう。

 

「……それで、そのスクールアイドル同好会の部長とやらが、俺に何の用があるんだ?と言うか、そもそも何故俺の名前を知っていた?」

「それは私が………じゃなくて、生徒会長に聞いたんです。実は昨日、練習中に音楽室から楽器の音色や歌声が聞こえていたものですから、ちょっと気になって見に行こうとしていた時に偶然会いまして」

 

 せつ菜はそう答えた。

 一瞬何かを言いかけていたのが気になるが、紅夜は一先ずスルーする。

 

「そうか……」

 

 この学校の音楽室には防音装備が施されているのだが、当時の紅夜は換気のために窓を開けた状態で曲を流していた。しかも、それなりに音量を出した状態で。

 もしそれが同好会の活動の妨げになっていたなら謝ろうと思っていたのだが、音楽室に入ってきた時の反応や今の態度を見るに、苦情を言いに来た訳ではなさそうだ。

 

「それでですね。先程言っていた用件についてなのですが……」

 

 漸く一番聞きたかった話題になり、紅夜は耳を傾ける。

 すると、せつ菜は徐に彼に歩み寄ると、両手を握って言った。

 

「長門紅夜さん、貴方を我がスクールアイドル同好会へ招待しに来たのです!」

「……はぁ?」

 

 少しの沈黙の後に彼の口から漏れ出たのは、そんな間の抜けた声だった。

 

「俺を……スクールアイドル同好会に?」

「はいっ!」

 

 『ペカー』という擬音語が合いそうな笑みを浮かべて頷くせつ菜。

 

「昨日の曲も然ることながら、先程のダンスも見事で、貴方の音楽に対する情熱が凄く伝わってきたんです!そんな人が仲間になってくれれば、一緒に上を目指せると思いまして!」

「…………」

 

 褒められているためか、紅夜は面映ゆそうに頬を掻いた。

 

 音楽が趣味なのは事実だが、それはあくまでもストリートレースの次だ。どちらに熱を入れているかと問われれば、勿論ストリートレースと答える。

 それに加えて、昨日弾いていた曲も今日のダンスも、全てこれまでのものをそのまま使っただけであり、本人としては、楽しんではいたもののそこまで本気を出したつもりは無かった。

 だが、子供のように目を輝かせながらマシンガンの如く感想を叩きつけてくる彼女を見ていると、悪い気はしない。

 

「(でもなぁ……)」

 

 ここで、紅夜の表情が曇る。

 

 せつ菜が此所へ来た目的は、自分をスクールアイドル同好会に招待する事。そして先程言っていた『仲間になってくれれば』という言葉から、自分を勧誘しに来たという事は容易に想像出来る。寧ろこれで想像出来ない者は朴念仁だと言っても過言ではないだろう。

 褒められるだけなら未だ良いが、勧誘されるとなれば話は変わってくる。

 

 彼もアイドルとして活動するのか、はたまた彼女等のマネージャー的なポジションとなるのかは不明だが、少なくともアメリカの仲間達や幼馴染み以外の人間とつるもうとは思えなかった。

 

「(取り敢えず、断っておくか)」

 

 そう心の中で決めた紅夜だが、ずっと黙り込んでいるのに痺れを切らしたのか、せつ菜は彼の手を掴んで走り出した。

 

「ちょっ、おい待て!何処へ行くつもりだ!?」

「勿論、スクールアイドル同好会の部室です!」

 

 困惑しながら行き先を問い質す紅夜にそう答えたせつ菜は、他の生徒に見られようが知った事かと言わんばかりに廊下を突き進んでいく。

 抵抗しようにも思いの外強い力で引っ張られ、結局紅夜はスクールアイドル同好会の部室へと連行されていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「せつ菜先輩、遅いですねぇ……」

 

 スクールアイドル同好会の部室では、残りのメンバーがせつ菜の帰りを待っていた。

 彼女を送り出してから、4人は柔軟等の室内で出来るような軽い運動をしたりして時間を潰していたのだが、せつ菜が中々帰ってこない事で退屈したのか、椅子に座ったかすみが足をプラプラさせながら呟く。

 

「まぁ、彼方ちゃん達の部室って、結構端っこの方にあるからね~。移動に時間が掛かるのは仕方無いよ~」

「それにしたって遅いですよぉ。普通に音楽室に行って連れてくるだけなんだし……」

「まあまあ、かすみちゃん。もしかしたら説得に時間が掛かってるのかもしれないし、もう少しだけ待ってみよう?」

 

 そう言って宥めるエマに同調するかのように、しずくが相槌を打つ。

 

「果報は寝て待てって言葉もあるんだし、ここはお昼寝でもしながら待とうではないか~」

「いや、彼方先輩はいっつも寝てるじゃないですか!」

「おぉ~、中々のナイスツッコミを入れられてしまったぜ」

 

 そんな漫才みたいなやり取りを交わす2人に、他の面々は思わず微笑を浮かべる。

 だがその時、突然部室のドアが勢い良く開き、紅夜の手を引いたせつ菜が現れた。

 

「お待たせしました!長門紅夜さんをお連れしましたよ!」

 

 その声を受けて一斉に振り向くかすみ達。そして紅夜の姿を視界に捉えると、『おぉー!』と歓声を上げて立ち上がった。

 

「ようこそ、スクールアイドル同好会へ!」

「来てくれるの待ってたよ~」

 

 始めから紅夜の勧誘に乗り気だったかすみや彼方が、そう言って駆け寄る。そして彼の顔を覗き込み、何やら評価をつけ始めた。

 

「ほうほう。あの時は後ろ姿と横顔しか見えませんでしたが、こんな顔してたんですねぇ~……」

「カッコいいと美人さんを足したような感じのお顔だねぇ~」

「いやどんな顔だよ……って、ちょっと待て。あの時って何の事だ?」

 

 その問いに『あっ』と声を漏らすかすみ。他の面子も『しまった!』と言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「まさかとは思うが、お前等……」

「ちちち、違うんですよ先輩!?別に、かすみん達は女の人に演奏聞かせてたのを盗み聞きしてた訳じゃなくてですね──」

「未だ何も言ってないんだが?」

 

 淡々とした口調で返され、何も言えなくなるかすみ。

 

「……まぁ、別に後ろめたい事してた訳じゃないから、聞かれたところで大して困るような事は無いんだがな」

 

 溜め息混じりにそう言うと、その言葉から彼が怒っていないと分かって安心したのか、同好会メンバーも安堵の溜め息をついていた。

 

「んんっ!まぁ、何はともあれ……改めまして、長門紅夜さん!」

 

 そうして紅夜の前へ横1列に並んだせつ菜達は、声を揃えて言った。

 

「「「「「ようこそ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会へ!!」」」」」

「(俺『入る』なんて一言も言ってないし、そもそも入部する気も無いんだけどな……)」

 

 そう思いつつも、この歓迎ムードの中では中々言い出せず、『ああ……』と短く返事を返すしかない紅夜であった。



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第6話~アウトローとスクールアイドル同好会・後編~

 大変長らくお待たせしました。最新話です。

 かなり久々ですが、文章とか大丈夫かな……


「(やれやれ、音楽室で遊んでたらこんな事になるとは………俺、変な夢でも見てんのかな?)」

 

 スクールアイドル同好会部室にて、部屋の中央に置かれた椅子に座らされた紅夜は、未だに自分が置かれている状況が信じられずにいた。

 

 暇潰しのためにやって来た音楽室で踊って遊んでいたところ、突然乗り込んできたスクールアイドル同好会部長を名乗る女子生徒、優木せつ菜に半ば強引に連れ出されたのだ。彼がこう思うのは無理もないだろう。

 

「さて。紅夜さんに来ていただけたところで、先ずは自己紹介といきましょうか!」

 

 そんな紅夜を余所に、同好会メンバーは話を進めていく。どうやら自己紹介をするつもりのようで、一行は紅夜の目の前に並んだ。

 

「では最初に──」

「はいはいっ!先ずはかすみんがいきます!」

 

 せつ菜を遮ってトップバッターに立候補したのは、かすみだった。彼女は自信満々な様子で前に出ると、自己紹介を始める。

 

「初めまして、紅夜先輩!この同好会期待の新人スクールアイドル、中須かすみです!気軽に、かすみんって呼んでくださいねっ!」

「……はあ、どうも」

 

 そう言って顔を近づけ、ウインクしてみせるかすみ。

 本人の容姿もあって、スクールアイドル好きな人間にはそこそこ受けるだろうが、紅夜はスクールアイドルに興味がある訳でもなく、更にこういうキャピキャピしたような人間を相手にした事が無いため、反応に困っていた。

 それを見かねたのか、しずくが呆れたような表情と共に出てきてかすみを諌める。

 

「かすみさん、先輩が困ってるよ?と言うか、そんな大層な人でもないでしょ?」

「むぅ~、しず子!余計な事言わないでよ!」

 

 水を差された事にかすみが文句を垂れるが、しずくは無視して自己紹介を始めた。

 

「国際交流学科1年の、桜坂しずくです。よろしくお願いしますね、紅夜先輩」

「……ああ」

 

 先程よりはまともな自己紹介に安堵した様子で頷く紅夜。すると、彼方が話に入ってきた。

 

「しずくちゃんはねぇ~。演劇部と掛け持ちしてるんだよ~」

「……掛け持ち?」

「はい。私女優になりたくて……それで演劇部に入ってるんですけど、スクールアイドル同好会での活動を演劇での表現に活かせないかなと思いまして」

「ほう……」

 

 未だ1年生であるにもかかわらず既にしっかりしたビジョンを持っている事に、紅夜は素直に感心した。

 

「(と言うか、国際交流学科って事は瑠璃と同じか……まぁコイツは1年で向こうは3年だが)」

「じゃあ、次は同じ学科繋がりでエマさんの番ですね!」

 

 そんなせつ菜の言葉を合図に、エマが前に出てくる。

 

「国際交流学科3年の、エマ・ヴェルデです。よろしくね、紅夜君」

「ああ……名前からすると、海外から?」

「うん!」

「エマさんは、スクールアイドルになるためにスイスから来たんですよ」

 

 しずくが補足すると、紅夜は目を丸くした。

 

「スイスって……これはまた随分遠くから来たんだな。しかも、その目的が言語とか文化を学ぶためじゃなくて、"スクールアイドルになるため"なんて」

「えへへ……実は小さい頃、日本のスクールアイドルの動画を見たんだけど、その時に心がポカポカして……私も、そんなアイドルになりたいなと思って、日本に来たんだ~」

「な、成る程……」

 

 『何てチャレンジ精神とフットワークなんだ』と、紅夜は思った。

 留学の目的は、その殆んどが語学や文化を学ぶ事だ。そんな中で、スクールアイドルになるために留学してくるケースは聞いた事が無い。

 それに彼女の日本語は、同じ日本人と話しているかのように流暢だ。それなりの期間はあったとは言え、余程勉強したのだろう。

 

「それじゃあ、次は彼方ちゃんだね~」

 

 そうして次に前へ出たのは彼方だ。

 

「ライフデザイン学科フードデザイン専攻の、近江彼方ちゃんで~す。よろしくね、紅夜君」

「……ああ」

 

 最早聞いているだけで眠くなりそうな、間延びした口調で自己紹介をする彼方。

 紅夜も思わず出そうになった欠伸を噛み殺しながら、返事を返した。

 

「おやおや?もしかして紅夜君、おねむなのかな?」

 

 間の抜けたような振る舞いに反して意外と鋭いのか、彼方はそう訊ねてくる。

 

「……ああ、主にお前の喋り方のせいでな」

 

 その返答に暫く呆然とする彼方だったが、やがてクスクスと笑った。

 

「いやぁ~、たまに言われるんだよね~。『聞いてて眠くなりそうだ』って」

「確かに、彼方先輩ってよく部室で寝てますもんね~」

「それに、私の膝を枕にする事もあるよね」

 

 すると、かすみやエマも話に加わってくる。

 

「うんうん。エマちゃんの膝枕、とっても気持ち良いんだよ~。もうずっと彼方ちゃんの枕になってほしいくらいだね~」

「そ、そこまでなのか……」

 

 個性の塊である同好会メンバーに翻弄され、調子が狂う紅夜。そんな彼の心境を察したのか、せつ菜が咳払いと共に軌道修正を試みた。

 

「えー、ちょっと話が脱線してしまいましたが、最後に私の自己紹介ですね!」

「いや、お前音楽室で思いっきり名乗ってたから別にしなくても良いんだが……」

 

 そう呟く紅夜だったが、聞こえていないのか、それとも敢えて無視しているのか、せつ菜は自己紹介を始めた。

 

「スクールアイドル同好会部長、2年の優木せつ菜です!」

 

 今にも『ペカー!』という音が聞こえてきそうな屈託の無い笑顔で、彼女は名乗る。

 他の4人のような会話は無くシンプルなものだったが、紅夜にはそれで十分だった。

 

「それでは顔合わせも終わりましたし、早速活動を始めましょうか!」

 

 そうして移動を始める5人に連れられるようにして、紅夜も部室を後にする。

 彼女らの活動場所である屋上へと向かう最中、紅夜はせつ菜から説明を受けた。

 

 どうやら、今回はスクールアイドル同好会の活動体験という事で、実際に彼女等と一緒に練習をするらしい。

 

「じゃあ、先ずは昨日のステップのおさらいから始めましょう。紅夜さんも無理をせず、少しずつで良いのでついてきてくださいね?」

「あ、ああ。分かった」

 

 こうして、練習が始まった。

 

 

 

 

 

 それから数十分が経ったが、結論から言えば、紅夜は彼女等のステップを瞬く間にマスターしていた。

 ダンスに関してはアメリカでそれなりに練習を重ねてきたのもあり、彼女等のステップは大して難しいものではなく、寧ろ5人と共にステップを踏みながら周囲を観察し、誰のどこが出来ているのか、はたまたどこが出来ていないのかを分析し、指摘出来るくらいには余裕があった。

 

「凄いですね、紅夜さん!ついさっき始めたばかりなのに、もうそこまで出来るなんて!」

 

 興奮した様子で寄ってくるせつ菜。キラキラと輝いているその瞳は、まるで自分の見立てに狂いは無かったと言わんばかりだ。

 

「べ、別にこれくらい……」

 

 『大した事じゃない』と言葉を続けようとする紅夜だが、そこへかすみが割り込んでくる。

 

「いやいや、せつ菜先輩の言う通り凄いですよ紅夜先輩!かすみん達だって、昨日始めたばかりだから未だ自分のステップで精一杯なのに」

「そうですよ、先輩。私達だって未だそこまで余裕は無いのに、既に他の皆の様子まで見れるくらいのレベルに到達してるなんて」

 

 かすみの意見にしずくが追随すると、エマや彼方もうんうんと相槌を打つ。

 

「ここまでのレベルになってて、しかも曲も作れるって事は、やっぱり沢山練習してきたんでしょ?それって、よっぽど歌や躍りが好きじゃないと出来ないよ!」

「それに、こうして練習してると、まるでずっと前から一緒に活動してたみたいに思えてきちゃったよ」

 

 その屈託の無い笑顔から、彼女等の意見が本心から来ていると悟った紅夜は、面映ゆそうに頬を掻いた。

 

 

 

 その後も同好会の活動体験は暫く続いたが、時間というのは時としてあっという間に流れてしまうもので、気づけば日が傾き始めていた。

 

「おや、もうこんな時間ですか……」

「何だか、あっという間だったね」

「彼方ちゃん、もう少し練習していたいよ………」

 

 空が赤らんでいくのに気付いたせつ菜がそう言うと、エマや彼方が名残惜しそうに言う。

 かすみやしずくも同じ意見のようでもう少し続けたそうにしているが、残念ながら何時までも残っている訳にはいかない。 

 各々門限もあるし、何より下校時刻が迫ってきているのだ。

 

 一応、申請すれば泊り込む事も可能だが、今日いきなり言っても通らないだろう。

 

「……名残惜しいですが、体験はここまでですね」

 

 そう言ったせつ菜は、次に紅夜の方を向いた。

 

「紅夜さん。今日は体験に来ていただき、ありがとうございました」

「あ、ああ……此方こそ、良い体験をさせてもらったよ」

 

 音楽室で遊んでいたところに押しかけられた上に強引に連れてこられた同好会だったが、いざ体験に参加してみると案外楽しかったのもあり、紅夜はそう言った。

 しかし、同時に彼の心には別の感情も芽生えていた。

 

 予想が正しければ、今回こうして自分を連れてきた目的は同好会への勧誘だ。体験をさせたのも、そのための布石のつもりだろう。

 

「(でもなぁ……)」

 

 彼女等の勢いに押されたとはいえ、流されるがまま体験に参加しておいて失礼だとは自覚しつつも、紅夜は、もし本当に勧誘されても受けようという気にはならなかった。

 

 思い出されるのは、忌まわしい過去。友達だと思っていた連中は皆、自分の容姿が気持ち悪いと排除しようとした。

 勿論、今はもう高校生になったのだから、以前豪希が言っていたように容姿を理由にいじめをしようとするような事はほぼ無いと言って良いだろうし、それが分からない程、紅夜も馬鹿ではない。

 だが、頭で理解しているからと言って、じゃあ受け入れられるかと聞かれれば、答えはNOだ。

 

 それに彼は、そもそもこれ以上新たな繋がりを作ろうとは思っていなかった。

 家族や幼馴染み、昔一緒に遊んでいた知り合い、そしてアメリカの走り屋仲間達。それだけ居れば、もう十分だったのだ。

 

「紅夜さん?……紅夜さん!」

「うおっ!?」

 

 気づけば、せつ菜が顔を近づけてきていた。

 

「どうしました?急に黙り込んで……」

「何度呼んでも何も言わないから、彼方ちゃん心配しちゃったよ」

「大丈夫?もしかして疲れちゃった?」

「……ああ、いや、すまない。ちょっと考え事をしていてな……それで、何だって?」

 

 心配そうに声を掛けてくる彼女等にそう言って、用件を聞き直す紅夜。

 とは言え、先述のように大体の予想はついているが、念のためである。

 

「では、改めて……長門紅夜さん、スクールアイドル同好会に入っていただけませんか?」

「(……やっぱり勧誘してきたか)」

 

 予想通りの結果に内心溜め息をつく紅夜。そんな彼に、せつ菜は言葉を続ける。

 

「今回の体験で、改めて確信したんです。貴方が同好会に入ってくれれば、私達はもっと高みを目指せると。ラブライブに勝ち、スクールアイドルが大好きだという気持ちを、情熱を、ファンの皆さんに伝えられると!」

 

 そう力説するせつ菜に、他の4人も相槌を打つ。

 

「あれだけ出来るという事は、貴方も歌やダンスが大好きな筈。一緒に、その思いをファンの皆さんに伝えてみませんか!」 

 

 せつ菜はそう言って、手を差し伸べた。

 

「…………」

 

 勧誘される身としては、彼女の言葉はこの上なく嬉しいものだ。それだけ自分の技術を高く買っているという事であるのと同時に、信頼されているという事でもある。

 これが普通の人間であれば、間違いなく二つ返事で了承するだろう。だが、それはあくまでも普通の人間であればの話であり、訳ありである紅夜が相手となれば話は別だ。

 

「…………」

「紅夜さん?」

「紅夜先輩、どうしました?」

 

 差し出された手を見つめながら沈黙する紅夜に、首を傾げる同好会メンバー。

 そんな彼女等を視界に映しながら、彼はずっと考えていた。

 

 果たして自分は、彼女等と共にやっていけるのか?彼女等を信頼しても良いのか?と……

 

 もしその申し出を受ければ、家族や幼馴染み、そしてアメリカの走り屋仲間達は少なくとも否定はしないだろう。いや、寧ろ喜ぶ筈だ。

 何せ、あの一件があって以来限られた人間としか付き合いを持たなくなった紅夜に、新たな友人が出来るのだ。これを喜ばない筈が無いだろう。

 

 それに紅夜自身も、このまま永遠に人間不信を引き摺っている訳にはいかないという事は頭では理解していた。

 それに、あれはもう5年も前の話だ。既に連中は、幼馴染み達によって自分がやられた以上の報復を受けて再起不能になっていると聞かされている上に、そもそも高校生にもなって、見た目の違いを理由にいじめをするような情けない者は殆んど居ないだろう。

 たとえ眼帯を外してオッドアイを見せたところで、多少驚かれはするだろうがそれだけで終わり、後は一般人と変わらず接してもらえる筈だ。

 

 しかし人間というのは不器用なもので、頭で理解しているからといって、心が納得しているとは限らない。

 紅夜の場合は正にそれだ。

 

 これまでの過去を乗り越え、新しい人間関係を作れるようにならなければならない。もうあの時のような連中に出会う可能性は殆んど無いと頭では分かっていても、差し伸べられた手を取れない。

 

「……ッ」

 

 その手を取ろうとすると、脳裏に浮かぶのは自分を裏切った連中の顔。

 友達だと思っていた彼等は、あっさりと自分を裏切った。

 

「(クソッ……)」

 

 僅かに入っていた力を失い、だらりと垂れ下がる手。

 そして紅夜は、静かに首を横に振った。

 

「……すまないが、お断りさせてもらう」

「えっ……?」

 

 その返答に唖然とするせつ菜。他の面子も、彼が断った事に驚いているようだった。

 

「ど、どうしてですか先輩!?何かかすみん達に駄目なところでも──」

「そうじゃない」

 

 自分達に至らないところがあるのかと問い質そうとするかすみに、紅夜は言葉を被せる。

 

「……俺は、本当に信用出来る仲間としかこういう事はしないって決めているんだ。悪いが、お前等と組んで活動したとして、上手くやっていけるビジョンが浮かばない」

「そんな……」

 

 言葉こそ選んでいるが、拒絶されているという事は確かだ。その事に同好会メンバーはショックを隠せない。

 

「で、でも!それは未だ私達が出会ったばかりだからです!これから一緒に活動していけば、きっと──」

「いいや、悪いが無理だ」

 

 分かり合える筈だと必死に説得しようとするせつ菜だが、紅夜は尚も首を横に振る。

 

「こういうのはチームプレーだろう?なら、信頼関係が何れだけ大事なのかは言わなくても分かる筈だ。他人が信頼出来ない人間を入れても、良い事なんて1つも無い」

「そ、それは……」

 

 せつ菜は何も言えなかった。

 勿論、自分達は紅夜に対して酷い扱いをする気は無い。同じステージに立とうが裏方に回ろうが、同じ同好会の仲間として接していくつもりだ。

 しかし、当人にそのつもりが無いとなれば、チームとしてやっていけないのも事実だ。

 

「……まぁ、そういう事だ」

 

 これ以上言葉が出てこなくなったのを確認すると、紅夜は話を締め括る。

 

「せっかく体験入部させてもらったのに悪いが、今回の話は無かった事にしてくれ」

「ッ!ま、待ってくださ……!」

 

 立ち去ろうとする紅夜を引き留めようとせつ菜が手を伸ばした瞬間、彼のスマホが鳴る。

 

「……誰だ?」

 

 スマホを取り出し、電話の主を確認する。

 画面には、大河の名前が表示されていた。

 

「……良いか?」

 

 せつ菜に視線を向けて訊ねる紅夜。それに彼女が頷くと、彼は電話を繋げた。

 

「……もしもし」

『紅夜か?俺、大河だけど』

「そんなの画面見りゃ分かるよ……てか、お前今日は用事があるって言ってなかったか?」

『ああ、それか?それなら終わったよ。ちょっとした居残りみたいなモンだったからな……って、俺の事は良いんだよ俺の事は』

「……?」

 

 それなら何の用で電話を寄越してきたんだと、紅夜は首を傾げる。すると、スマホからは大河の心配そうな声が聞こえてきた。

 

『お前、今何処に居るんだ?さっきから副会長さんがプリプリしながら探してたぞ。もうすぐ下校時刻なのに、お前が音楽室に荷物置きっぱなしのまま戻ってこないって』

「……あっ」

 

 そう。今でこそこうしてスクールアイドル同好会の体験に参加していたが、そもそも彼は音楽室を借りていたのだ。連れてきた張本人であるせつ菜も、会話が聞こえていたのか『ヤベッ』と言わんばかりに口元を押さえている。

 

『何だ?もしかしてお前、荷物置きっぱにしてるの忘れてそのまま帰ったとか?』

「いや、流石にそんな事しねぇよ……」

『んじゃどうしたんだ?何か急用でも出来たとか?』

「あ~、それはだな……」

 

 そう返しながら、彼は上手い言い訳を考える。

 普通にスクールアイドル同好会に勧誘されていたと答えれば話はそれで終わるのだろうが、何故かそれを言うのは憚られたのだ。

 そして、不意に思い付いた内容を口にした。

 

「じ、実は、遊んでる時に具合悪くなってな。さっきまでずっと保健室に居たんだよ」

『え、そうだったのか?』

 

 すると、大河は信じられないとでも言うような口振りで聞き返してきた。

 

「あ、ああ。何か急に気持ち悪くなってな。それで暫くベッドとお友達って訳よ」

『……成る程、ソイツは大変だったな』

 

 流石に体調不良を持ち出されて疑う訳にもいかないと思ったのか、大河はそれ以上言及しようとはしなかった。

 

『それで、今は?』

「ボチボチ戻ろうとしてるところだよ。ちょっと歩いて気分を落ち着かせてたからな」

『そっか。それは、邪魔して悪かったよ』

「いや、良いさ。お前からの連絡が無かったら、時間忘れてウロウロしてただろうし。ちょうど良かったんだよ」

 

 それから彼等は、音楽室や荷物をどうするかを話し合った。

 どうやら彼等が話している間に副会長が戻ってきたらしく、彼女も交えて話した結果、下校時刻が近づいているのもあって戸締まりは副会長が行い、紅夜の荷物は大河が回収し、校門で合流するという事で話は纏まった。

 

『じゃあ、後でな』

「ああ」

 

 一通り話した紅夜は、通話を切って同好会メンバーに向き直る。

 

「……という訳でな。悪いが、もう行かなきゃ。スクールアイドル活動、上手くいくよう祈ってるよ」

 

 そう言うと、紅夜は屋上から去っていく。

 後には、呆然とする同好会メンバーが残されていた。 

 

 

 

 それから約束通り大河と合流した紅夜は、彼と共に家路につく。

 

「……それで?実際のところどうなんだ?」

 

 暫く歩くと、不意に大河がそんな事を言い出した。

 

「どうって?」

「音楽室に居なかった理由だよ。あれ、嘘なんだろ?」

 

 第三者からすれば、仮にも体調を崩していた者を仮病扱いするのかと批判されそうな言い方だが、紅夜は小さく溜め息をついた。

 

「流石は我が幼馴染み、電話越しでも見抜いてくるか」

「そりゃそうさ。どこまで散歩してたのかは知らんが、お前走ってきたろ。その時点で具合悪かったのが嘘だって直ぐ分かったよ……で、実際は何処で何してたんだ?」

「……実はな」

 

 それから紅夜は、音楽室で遊んでいた時の事を話した。そしてスクールアイドル同好会やせつ菜の事を話すと、大河は驚いていた。

 

「マジかよ、お前あの優木せつ菜に会ったのか?しかも同好会に勧誘されたって?」

「ああ、そうだけど……そんなに凄いのか?彼奴に会った事が」

「そりゃそうさ。何せ校内校外問わず人気だし、都市伝説みたいな存在でもあるからな。曰く、『校内で姿を見た者は居ない』なんて言われてる程だし」

 

 その言葉に、紅夜は『はぁ?』と聞き返す。

 

「前者は未だ分かるけど、『校内で姿を見た者は居ない』だぁ?そりゃまた大袈裟な……」

「いやいや、それが大袈裟な話でもないらしいんだよ」

 

 そう言うと、大河はとあるエピソードを語り始めた。

 

 

 それは、彼女が有名になり始めた頃。とある新聞部員が彼女の正体を突き止めるべく学校中を回り、優木せつ菜に関する聞き込み調査を行ったらしい。

 だが、どの学年、どのクラスに聞いても、インタビューを受けた生徒は皆が口を揃えてこう言ったのだ。

 

 

――うちのクラスに優木せつ菜は居ない。

 

 

 例え彼女が自身の存在を秘密にするよう頼んでいたとしても、『人の口に戸は立てられぬ』という言葉があるように全ての人間の口を封じるのは不可能だ。

 そもそも、この学校には高等部だけでも約3000人もの生徒が居るのだから、口を滑らせる者の1人や2人居てもおかしくはない。いや、寧ろ居ない方が不自然というものだ。

 そして、結局彼女の正体は分からないまま調査は打ち切りとなってしまい、その事から生徒達の間では、やれ『保健室登校の生徒』だの『この学校の生徒を偽った部外者』だの、挙句の果てには『志半ばで亡くなったスクールアイドルの幽霊』だの、様々な説が飛び交っているというのだ。

 

「マジかよ……俺、そんな奴に目ぇつけられてたんだな」

 

 ただの物好きだと思っていた少女が実はとんでもない人物だった事に衝撃を受ける紅夜。

 

「ところで、なんで奴は紅夜の事知ってたんだ?どっかで会ったのか?」

「……いや、中川から聞いたらしい」

「中川?……ああ、生徒会長か。確かに彼奴、1度お前の演奏聞いてたしな」

 

 紅夜の答えに納得したかのように、大河は頷いた。

 

「それに優木の奴、前に俺と瑠璃が曲の打ち合わせしてるの聞いてたらしいんだよ。他の4人も引き連れて」

「成る程、それでお前に興味持ったって訳か……じゃあ、勧誘もさぞかし熱心だったろうな」

「熱心かどうかは分からんが、少なくとも全員乗り気みたいだったよ」

「だろうな」

 

 大河は笑いながら頷いた。

 

 他の留学生は基本的に国際交流学科へ編入すると言われている中で態々音楽科に編入するだけあって、彼の音楽スキルはかなりのものだ。

 作詞作曲は勿論、ダンスの振り付けを考えるのもお手の物。しかもバンド演奏で扱う楽器も一通り扱えるのだ。それだけの人材なら、音楽系の部活動は放っておかないだろう。

 勿論、せつ菜達のようなスクールアイドルも。

 

「それで、勧誘されたってんなら返事は……って、んなモン聞くまでもねぇか」

「……………」

「未だ、怖いか?」

 

 その問いに小さく頷いた紅夜は、『すまん』と謝罪の言葉を口にした。

 

「謝んなよ紅夜。あんな事があったんだ、引き摺るのは仕方ねぇ事よ」

 

 そう言って、大河は紅夜の肩を優しく叩く。

 

「………分かってはいるんだよ。もう彼奴等は居ねぇし、そもそも5年も経ってるんだから、いい加減変わらなきゃいけないって。でも――」

「あ~、やめやめ!そういうのは無しだって前に言ったろ」

 

 そう言って紅夜の言葉を遮る大河。

 

「良いか紅夜、別にこの日までにトラウマ克服しろって設定してる訳じゃねぇし、そもそもトラウマってのはそうやって期限付きで治すモンでもねぇんだ。少しずつ、お前のペースで取り戻していきゃ良いんだよ。そのためなら、俺等幾らでも手ぇ貸してやっからな!」

「ああ…………ありがとよ」

「おう!」

 

 そうして頷き合った2人は、口直しに来るゴールデンウイークの予定を話しながら帰っていく。その時の紅夜の顔は、先程よりも明るかった。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「勧誘作戦、失敗しちゃったね……」

「そうだね。今日の体験が楽しくなかったって訳じゃなさそうだけど……」

 

 時間は少し遡り、大河と合流した紅夜が学校から出た頃。せつ菜達スクールアイドル同好会の面々は、部室に戻って帰り支度を進めているところだった。

 

 彼方とエマが残念そうに言う傍らでは、しずくとかすみが先程の紅夜の言葉について考えていた。

 

「『本当に信用出来る仲間としかしない』って、あれはどういう意味なんでしょう?」

「さあ?かすみんにも分かんないよ……そもそも、この同好会だって未だ始めたばかりなんだし」

 

 そう、このスクールアイドル同好会は今年発足したばかりであり、それまではせつ菜がソロで活動していた。

 かすみ達も以前からの友人だった訳ではなく、同好会に入って出会った。そのため、彼女等5人の信頼関係も未だ発展途上という事である。

 そんな中で信頼がどうのこうの言われても困るというのが、かすみの考えだった。

 

「そうだよね……」

 

 そう言って俯いてしまうしずく。

 

 勧誘を断られた事自体は未だ良いとしても、あの時の紅夜は、『お前等を信頼出来ない』と拒絶した。その事に、彼女等は大なり小なりショックを受けていたのだ。

 

 徐々に部室内の雰囲気が暗くなっていくが、そこでせつ菜が手を打ち鳴らす。

 

「皆さん、取り敢えずそのくらいにしておきましょう」

 

 4人の視線が集まると、せつ菜は口を開いた。

 

「今回は残念な結果に終わってしまいましたが、何時までも引き摺っていても仕方ありません」

「そ、それはそうですけどぉ……」

 

 分かりきった事だが、だからと言ってすんなり受け入れられるかはまた別問題。微妙な反応を見せるかすみに、せつ菜は更に続けた。

 

「それに、信頼されていないのなら、信頼されるようになれば良いんです。私達の活動も、未だ始まったばかり。なら、今後の活動次第で………」

「成る程~。彼方ちゃん達の活動が紅夜君の目に留まれば、考えを変えてくれるかもしれないって事だね~?」

「そういう事です」

 

 その言葉にせつ菜が頷くと、他の面々もそれならと立ち直る。

 

「確かに、今が駄目だったからと言ってもうチャンスが無いという訳でもありませんからね」

「それなら、私もやれそうな気がするよ」

「仕方無いですねぇ~。なら、かすみんの可愛さで、紅夜先輩をメロメロにしてあげますよ!」

 

 2人のやり取りに、他のメンバーも続々と調子を取り戻していく。

 

「では皆さん、明日からもっと忙しくなりますが、頑張っていきましょう!」

「「「「おぉー!」」」」

 

 こうして決意を新たに、同好会は再出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、その僅か3週間後。このスクールアイドル同好会が崩壊する事になるとは、今の彼女等には知る由も無かったのだった。




 次回はGWの話で、そこで原作キャラを2人くらい出す予定です。


 さてさて、誰が出るかな……?


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第7話~アウトローとギャルと無表情~

大変長らくお待たせいたしました(待ってた人が居るかは聞いちゃいけない)、最新話です。
 漸く虹ヶ咲版アウトローで書きたかった話の1つが書きあがりました。

 さて、今回のお話では、無印版で登場したオリキャラに加え、原作キャラ2人が新たに登場します。


 それが誰かは……まあ、タイトルでお察しの通りです。


「んん……何か重い」

 

 ある日の朝、温もりと共に圧し掛かってくる重みに紅夜は目を覚ます。

 ぼやけていた視界が少しずつはっきりしてくると、かぶっている布団が不自然に盛り上がっている事に気づいた。

 

「……まさかとは思うが」

 

 掛け布団を捲ると、そこには幸せそうに眠る綾の姿があった。

 

「やっぱり綾か……ったく、何時までも甘えん坊だな。お前は」

 

 呆れたようにそう言いながらも、妹の頭を優しく撫でてやる紅夜。

 実は、彼女がこうして潜り込んでくるのは今日が初めてではなかった。それどころか、日本に来てからはほぼ毎日潜り込んできていた。

 

 元々お兄ちゃん子だった綾だが、紅夜がいじめで人間不信になってからは暫くふれ合いが出来ずにいた。その反動からか、和解後はこれまでより更に甘えてくるようになったのだ。

 帰省中は基本的に傍を離れようとせず、幼馴染み達と出掛けた時は彼の隣を巡って瑠璃と争う事もあり、就寝時はしょっちゅう布団に潜り込んでくる。

 

 本来ならば『兄離れしろ』と言うべきなのかもしれないが、彼女がこうなった原因が自分にあるため、紅夜もあまり強くは言えないのが現状だった。

 

「やれやれ、俺も人の事言えねぇな」

 

 そう苦笑混じりに呟きながら紅夜が思い浮かべたのは、今もアメリカの何処かでいちゃついているであろうとある仲良し兄妹の姿だ。

 あの2人の仲の良さは紅夜と綾のそれを上回っており、何時も一緒に寝ているばかりか、時には風呂まで一緒というのだから驚きだ。最早兄妹と言うよりは、同棲しているバカップルと言った方が適切だろう。

 

「ホント、なんで兄妹として生まれてきたんだろうな。あの2人」

 

 紅夜は再び呟いた。

 

 その後は綾が起きたのもあり、兄妹揃ってリビングに降りる。そこには、既に豪希と深雪が居た。

 

「あら、こうちゃん。それに綾ちゃんも、お早う」

「よう、2人共。今日も相変わらず仲良いな」

 

 兄妹がリビングに入ると、2人がそう言って出迎える。

 

「お早う親父、お袋」

「おはよ~」

 

 そうして家族が揃うとテーブルに朝食が並ぶのだが、この時、一際幸せそうな表情を浮かべる者が居た。

 

「ん~、やっぱり家族皆で食べるご飯は良いものね。これが1年続くなんて……」

 

 深雪だ。朝食を口に運ぶ夫や2人の子供の様子を見ながら、彼女は幸せそうに言う。

 

「お袋、その台詞言うの何回目だよ……」

「まあまあ、良いじゃねぇか紅夜」

 

 何度も聞かされてきた台詞に紅夜がぼやくと、豪希がそう言った。

 過去のいじめがあってからというもの、彼等長門家は数年間、紅夜抜きで過ごす事を余儀なくされてきた。和解後はアメリカへの残留を許す際に交わした約束で定期的に帰省してきているものの、年2回しかない上に滞在期間は長くても2週間弱。

 そんな彼が1年間滞在するのだから、夫や我が子を溺愛している深雪が喜ぶのは無理もない事だ。

 

「それもそうだが紅夜。今日からゴールデンウィークな訳だが、どう過ごすかは決めてるのか?」

 

 話題を変えようとしたのか、不意に豪希がそんな事を訊ねた。

 そう。以前のスクールアイドル同好会との邂逅から数日が経ち、世間ではゴールデンウィークに入っていたのだ。

 一部の会社では9連休なのだが、紅夜達学生は5連休だ。

 

「特に決めてないな……綾は?」

「私も特に決めてはいないわね。でも、取り敢えず今日は友達と遊びに行く予定よ」

 

 話題を振られた綾はそう答えた。

 

「…………」

 

 連休全ての予定どころか今日何をするかも決めていない紅夜は、残りの食事を口に運びながらもどうしたものかと首を捻る。そして完食した頃になって、漸く閃いた。

 

「そうだ、彼奴に会いに行こう。ここ暫くは会いに行く余裕も無かったしな」

 

 そうと決まれば即実行とばかりに、紅夜は行動を起こした。

 電話でとある人物に連絡を入れて準備を済ませ、意気揚々と出掛けていく。 

 

「……やれやれ、相変わらずの行動の早さだな。小さい頃から何も変わってねぇ」

「まあまあ、それがあの子の良いところよ」

 

 苦笑混じりに呟く豪希に深雪が言う。

 綾もその意見に同意のようで、うんうんと相槌を打つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅から歩いて約10分、紅夜は目的地に到着した。

 彼がやって来たのは、自動車の整備工場。

 といっても、ただの整備工場ではなくチューニングショップも兼ねているため、建物の大きさもかなりのものだ。

 中を覗き込むと、修理の途中と思われる2台のスポーツカーともう1台、グレーのシートを被った車が置かれている。

 

「おーい、おっちゃん!来たぜ!」

 

 まるで大好きな祖父母の家に遊びに来た孫のように無邪気な表情で中へ呼び掛ける紅夜。すると、奥から筋骨隆々とした40代くらいの男が現れた。

 

 彼の名は氷室 龍一(ひむろ りゅういち)と言い、このチューニングショップ兼整備工場のオーナーであり、紅夜達の理解者の1人だ。

 

「よぉ~、待ってたぜ長坊!」

 

 そう言って、彼は熊のように大きな手で紅夜の頭を撫で回す。出掛ける前に深雪が整えた髪が一瞬にしてぐちゃぐちゃになるが、紅夜は慣れているのか、それとも諦めているのか抵抗せず、されるがままだ。

 因みに、こうして乱雑に撫でられて髪がぐちゃぐちゃになるのを嫌って、綾を含めた女性陣が彼に撫でられるのを避けているのは余談である。

 

「おっちゃん、彼奴は?」

「ああ、ちゃんと元気にしてるぜ」

 

 そう言って豪快にシートを剥ぎ取る龍一。すると、黒いボンネットにシルバーのボディを持つスポーツカーが姿を現した。

 

 Nissan Silvia S15 Spec R、それがこの車の名前だ。

 そして、紅夜の愛車でもある。

 

 何を隠そう、彼はアメリカで活動しているストリートレースチームのリーダーであり、リアフェンダーにはチーム名である"MAD RUN"のデカールが貼られている。

 

「~~っ!暫くぶりだな、Silvia!」

 

 紅夜は感極まった様子で愛車に抱きつく。

 

「ホント、車好きだよな長坊は。態々アメリカから持ってくるだけのことはあるぜ」

 

 幸せそうな表情でボンネットに頬を擦り付ける紅夜を見ながら、龍一は笑った。

 

 実は、紅夜は今回の留学にあたって、アメリカからこの車を持ってきていたのだ。

 

 アメリカでは、日本よりも車社会の色合いが強く、州によっては16歳から免許の取得が可能で、紅夜の住む都市、ベンチュラ・ベイがあるカリフォルニア州がその1つに該当する。

 とは言え、日本で運転するには国際免許が必要なのだが、それは日本で自動車免許が取得可能となる18歳にならなければならず、未だ17歳である紅夜は取得が出来ない。そのため、国際免許取得まで龍一の工場に預け、愛車の世話を頼んでいたのだ。

 

「長坊、ソイツに構うのは良いが、あんまやり過ぎんなよ?じゃないと、向こう帰った時に拗ねた彼奴にお出迎えされる事になるぜ?」

「Rを猫みてぇに言うなよおっちゃん」

 

 紅夜はそう返した。

 そう、彼はこの歳にして車を2台所有しているのだ。

 そのもう1台の車の名は、Nissan Skyline GT-R Vspec BNR34。アメリカの有名なレース映画でも度々登場したスポーツカーだ。

 国内外問わず人気な上に頭数も減っているために希少価値が高く、日本の中古車サイトでも安くて1000万円、高いと2000万や3000万もの金が動くプレミアマシンでもある。

 

「悪い悪い。でも本当の事だろ?」

「……まあ、否定はしねぇけどな」

 

 2人がそんな話をしていると、今度はパールホワイトのボディや所々の赤いライン、フロントグリルのエンブレムが特徴のスポーツカー、Nissan GT-R Nismoが敷地内に入ってくる。

 

「あれは……おっちゃんが呼んだのか?」

「ああ、俺は俺で見なきゃいけねぇモンがあるからな」

 

 そう言って、龍一は残りの2台、Mitsubishi Lancer Evolution ⅨとToyota Supra SZ-Rを指さした。

 この2台は、達哉と大河の車になる事が決まっており、今はそのためのレストア中だ。

 

「大分出来てきてるよな……完成までもうすぐってとこか?」

「ああ、実は昨日も泊まり込みでやっててな。今はそこで寝てるよ」

 

 そう言うと、龍一は敷地の隅にあるプレハブを指差した。

 

「今年の夏休み明けには終わる予定だから、楽しみにしてろよ!」

 

 そうしている間にGT-RがSilviaの隣で動きを止め、運転席から若い青年が降りてきた。

 風宮 翔(かざみや しょう)。紅夜達が未だ幼かった頃によく一緒に遊んでおり、彼等の事情を知る昔馴染みの1人だ。

 

「おいす~、坊ちゃん。元気してた?」

「よっす、翔兄!何とか元気にやってるよ」

 

 そう言ってハイタッチを交わす2人。

 

「よう、待ってたぜ翔!今日は34じゃなくて35で来たんだな」

 

 すると、翔は『またか……』と溜め息混じりに呟き、龍一へと視線を向ける。

 

「あのなぁ氷室のダンナ、俺のRは34じゃなくて324だって何時も言ってんだろ~?」

「おっと、そうだったな!忘れてたぜ!」

「いや絶対ワザとだろ。てかこのやり取りも何回目だっつーの」

 

 そんな彼等のやり取りを笑いながら見る紅夜。

 因みに、324とは紅夜のR34の2つ前のモデルであるR32にR34のフロントバンパーを装着した、通称R324の事で、前からパッと見ただけでは中々見分けられない事から、よくこのネタで弄られていた。

 

「……まあ、今は良い。それよりやらなきゃいけない事があるしな」

 

 そう言って、翔は手を差し出す。

 

「おいダンナ、鍵貸してくれ。坊っちゃんのお出掛けついでに運動させるんだからさ」

「あいよ!」

 

 龍一は、予めポケットに入れていたSilviaの鍵を取り出して翔に手渡す。鍵を受け散った翔は即座にSilviaのロックを解除し、紅夜に向き直った。

 

「じゃあ坊ちゃん、早速行くか」

「おう、頼んだぜ翔兄!」

 

 そうして2人は車に乗り込むとドライブに繰り出していく。

 

「……さて、じゃあ彼奴等叩き起こしてくるとしますかね」

 

 大型のGTウィングにトランク中央部のデカールが特徴的なSilviaの後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、龍一は今もプレハブの中で寝ているであろう未来のオーナー達を起こしに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅夜と翔がドライブを始めた頃、とあるマンションから1人の少女が出てきた。

 癖のあるピンクの髪に小柄な体、そして感情の動きを殆んど感じさせない、正に能面と言っても過言ではない顔。顔つきは可愛らしく、その姿から黙って立っていれば人形のようにも見える。

 

 彼女の名は天王寺 璃奈といい、この年に虹ヶ咲学園高等部の情報処理学科に入った、中等部からの内部進学生だ。

 この日はとある人物との待ち合わせのため、ジョイポリスへ向かう事になっているのだ。

 

「(……まさか、こんな事になるなんて)」

 

 璃心の内でそう呟いた璃奈はふと足を止め、近くに会ったコンビニの窓の一部を曇らせて笑った口を描いた。そして窓に映る自分の姿と見比べ、小さく溜め息をついた。

 

 彼女にとって、この能面のような顔はコンプレックスだった。

 昔から感情を表に出したり気持ちを言葉にするのが苦手であったために周囲に馴染めず、今まで友達と呼べる存在は居なかった。

 高等部に進学してからもそれは変わっておらず、決していじめられたり避けられている訳ではないものの、未だクラスメイトとは殆んど会話していない。

 とは言え、別に友人は要らないと考えている訳ではなく寧ろ友人を欲しており、何時も、やれ『一緒に帰ろう』、『寄り道していこう』等と楽しそうに過ごすくクラスメイトを眺める日々だった。

 何度か、その中に交ざろうとした事はある。しかし、その感情の起伏に乏しい顔や声、そしてシャイな性格が邪魔をする。

 

 

──友達になりたい。

──自分も仲間に入れてほしい。

 

 

 そんな原稿用紙1行分にも満たない簡単な言葉が、後一歩のところで出てこない。

 そうしている内に世間はゴールデンウイークへと突入し、このままで大丈夫なのかと考えていた。

 

 そんなある日、彼女に声を掛けてくる物好きが現れた。それが、今回の待ち合わせ相手だ。

 

「おーい、りなりー!お待たせ~!」

 

 あれから暫く移動し、待ち合わせ場所に到着して数分が経ったところで、少女の明るい声が聞こえてくる。その声の主はポニーテールの金髪を揺らし、大きく手を振りながら駆け寄ってくる。

 

 宮下 愛、璃奈と同じ情報処理学科に所属する2年生だ。

 所謂ギャルのような見た目だが性格は活発で人懐っこく、初対面の人間が相手でも構わず話し掛けにいくために学内では学年や学科を問わず友人が多い。

 そして彼女こそ、今こうして璃奈が出掛けるきっかけを作った人物である。

 

「いやぁ~、ゴメンね。何か今日やたら赤信号に引っ掛かっちゃってさ」

「……ううん、大丈夫。私も今来たところだから」

 

 璃奈はそう言って、ポケットからクーポン券を取り出して1枚を手渡す。

 

「サンキュー、りなりー」

 

 上機嫌で受け取った愛は目の前に立つ建物を見据えた。

 

「さぁ~て、今度こそあのゲームをクリアするよ!」

「……うん!」

 

 そうして2人は、意気揚々と入っていく。

 その先で更なる出会いが待っている事を、彼女等は未だ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 璃奈と愛がジョイポリスを楽しみ始めた頃、紅夜と翔を乗せたSilviaはお台場を流していた。

 

「ふぅ~、お台場到着!」

 

 赤信号で停車すると、運転手の翔が大きく体を伸ばした。

 

「翔兄も、大分コイツの扱いに慣れてきたんじゃないか?上手くなってきたじゃねぇか」

「だと良いがなぁ……」

 

 翔は後頭部で手を組んだ。

 

 実は、紅夜や彼の走り屋仲間の車には、足回りやハンドリング等が各々専用に調整されており、各々のオーナー以外の人間には非常に扱いにくいピーキーマシンでもあるのだ。

 

「初めて乗った時なんて、まるで教習所習い始めた時みたいだったしな。あれが一般道だったらマジ終わってたぜ」

 

 当時、何度もエンストさせたり飛び出しそうになった事を思い出したのかゲッソリしたように呟く翔に、紅夜は苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、俺もよく言われてたからな。『どうやってこんなの手懐けたんだ』ってさ」

「そりゃそうだよ。お前のマシン、お前じゃなきゃ殆んど真っ直ぐさえ走らねぇんだからさ。こないだ俺1人で乗った時なんて怖くて工場の周り1周して終わったからな」

「あはは……まあ、俺が国際免許取るまでのオイルとかの劣化防止のために乗ってもらうだけだし、

そこまで遠出しろとかサーキットで飛ばしてこいなんて無茶は言わないよ」

 

 その後も世間話をしながらお台場を走り回る一行だったが、段々退屈さを感じるようになっていった。

 幾ら車を走らせるのが好きとは言え、せっかく観光名所の1つであるお台場へやって来たのだ。

 何処かで遊んで行っても罰は当たらないだろう。

 

「なぁ、坊ちゃん。ちょっと寄り道していかねぇか?」

 

 そう言ってある施設を指さす翔。そこは、偶然にも璃奈と愛が入っていったジョイポリスだった。

 

「あそこのゲーセンエリアがリニューアルしたらしくてさ。おまけに……」

 

 すると、翔は車内に2人きりにもかかわらず紅夜に耳打ちした。

 

「あるんだってよ、DHR」

「……何ですと?」

 

 紅夜の目が変わった。

 

 DHRとは、アーケードレースゲーム『DEAD HEAT RUN』の略称だ。

 日本やアメリカ、ヨーロッパの国々に実在する車を駆り、世界各国のレース場や高速道路、峠や都市でのストリートレースが楽しめるのだ。

 実写さながらのグラフィックやハンドリングもさることながら、ギアチェンジをドライバー自身が行うMTモードでは、普通のゲームセンターに置かれているようなゲームなら有り得ないクラッチ操作までついてくるため、一部のファンから絶大な人気を集めていたのだ。

 しかもこのゲームは全世界のゲームセンターに存在し、データカードも各国で買い直す必要が無いというのだから驚きだ。

 

「日本に来てからというもの、ずっと運転どころかハンドルすら握ってなかったんだ、フラストレーション溜まってんだろぉ?なら、ちょっとここらで発散させていこうぜ」

「……ああ、そうだな」

 

 不敵な笑みと共に紅夜が頷くと、翔は近くの駐車場に車を停め、暫くぶりの地面を踏みしめる。

 

「それじゃあ、行くぞ。坊ちゃん!」

「おう!」

 

 こうして2人はジョイポリスへと向かっていく。

 

 中へ足を踏み入れると、既に人でごった返していた。

 

「うわぁ、人だらけだ……」

「仕方ねぇよ。何せ今日から5連休なんだ、暫くこんなのが続くぜ?」

「だよな……まあ、俺は俺のやりたい事さえ出来ればどうでも良いんだが」

 

 その後、2人せっかく来たのだからと適当なアトラクションに参加し、とうとうお目当てのゲームへとやって来た。

 それなりに人気なだけあって筐体の数も多く、8台の筐体が4台ずつ、向かい合うように設置されていた。

 

「さてと坊ちゃん、やり合おうか。あれからこのゲームはやり込んでんだ。簡単には負けねぇぜ?」

「ああ、上等だ。MAD RUNリーダーの意地を見せてやる」

 

 幸運にも、ゲーム機には2人分の空きがある。紅夜達はすかさず空いた筐体のシートに腰を下ろすと、コインを投入してデータカードを翳し、機械を操作していく。

 そして店内対戦モードを選択し、各々が使用するマシンを選び、次に希望するコースや時間帯等の条件を選択する。

 そして、どちらの選んだ組み合わせでレースを行うか機械が選別を始めた瞬間、突然画面がフリーズしたかと思いきや火花の演出と共に『挑戦者現る!』という文字がデカデカと表示される。

 

「あれ?俺と翔兄だけの筈じゃ……?」

「その筈だけど……あっ!」

 

 すると、翔は何かを思い出したかのように声を上げた。

 

「悪い坊っちゃん、オープンのままだったわ」

 

 このゲームでは、プレイヤーが応募を締め切らなかった場合、レースが始まっても一定時間は他のプレイヤーが乱入する事が出来るようになっており、翔はその設定を切り忘れていたのだ。

 

「何やってんだ翔兄……」

 

 苦笑混じりに言う紅夜だが、直ぐに気持ちを切り替える。

 見たところ、恐らく乱入者は向かいの筐体を使っている。ならば、兎に角今回のレースは乱入者を無視し、あくまでも自分と翔の間で勝負を行い、終われば即退散すれば良いのだ。

 

 そうしている間に、画面には各プレイヤーの名前と使用する車種が表示される。

 

 紅夜こと『ZEPHYR2』の使用車種はR34、翔こと『SH4W』はR324だ。

 

「何だ坊ちゃん、Silviaじゃねぇのな」

「まあな。Rは向こうに置いてきちまったから、せめてこういう時くらいは使ってやらねぇと」

 

 そう言って、紅夜は画面に視線を向けた。

 

「さてさて、気になるお相手は誰かな?」

 

 そして、表示された残りの2人の名前と車種は次のようになった。

 

 

 『I☆SUN』

 Mazda RX-7 Spirit R

 

 『りな♥️LEE』

 Mazda MX-5

 

 

「ほぉ~う、FDにRoadsterか……見事にNissanとMazdaに揃っちまったな。余程Mazdaが好きなのか、ただの偶然か」

 

 その後、各々が改めて希望するコースを選択しルーレットで今回のレース会場が決まる。

 今回は決められたルートを走って1位を決めるスプリントレースで、繁華街から峠の頂上までがゴールのようだ。

 

「(何か、バーンウッドからクレセント山脈までみたいなルートだな)」

 

 そうしている間にも画面は切り替わり、各車がスタート位置についた。

 

「おっ、向こうさんのFDってG-FACEのエアロ付けてんのか。中々見る目あるな」

「俺はOrigin派だがな」

 

 画面に映るRX-7はオレンジのボディに紫や赤のラインが入り、所々に星のデカールが貼られた明るい雰囲気を感じさせるカスタマイズが施されており、対するRoadsterはピンク一色に加えて外観もそこまで派手ではなく、元々車体が小柄なのも相まって可愛らしい印象を与えるものだった。

 とはいえ、2人は手加減するつもりは無い。これだけのカスタマイズが施されているのだ、少なくとも今日始めたばかりの一見さんではないだろう。

 それに、そもそも今回は紅夜と翔の1VS1で対戦する予定だったのだ。新たな挑戦者さんには悪いが、タイミングが悪かったと納得してもらうしかないだろう。

 

 

「さあ、坊ちゃん、始まるぞ」

 

 画面にカウントダウンが表示されると、紅夜も翔もギアを1速に入れる。

 

「りなりー、お互い頑張ろうね!」

「うん……!」

 

 ちょうど反対側では、愛や璃奈もやる気を滾らせている。そしてカウントがゼロになると……

 

「「しゃあ行けぇぇぇ!!」」

「レッツゴー!」

「……っ!」

 

 4人のマシンがロケットの如く飛び出し、レースが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、レースは紅夜の勝利に終わった。スタートするや否や。2人は後ろのMazda2台を置き去りにしてのデッドヒートを繰り広げたのだ。

 ゲーム、実車共に重量級マシンな上、組み込まれたシステムの影響でドリフトが難しいとされているGT-Rで豪快にドリフトする姿や、そもそもレースゲームであるにもかかわらず実車で行っているかのようなシフトチェンジやハンドル捌きに見物人がワラワラとやって来て、レースが終わると拍手まで巻き起こっていた程だ。

 

「いやぁ~。まさかあんな事になるなんてな!」

 

 あの後、やれ『テクニックを教えてくれ』だの『自分とも対戦してくれ』だのと押し寄せてくるゲーマー連中の中からどうにか脱出した2人は、ラウンジコーナーに避難していた。

 

「ああ、高々ゲームであんなにも詰め寄られるなんてな」

 

 そう言いかけた紅夜は、ジト目を翔に向ける。

 

「しかも翔兄、俺がアメリカで走り屋やってる事までバラしやがって……」

「悪い悪い。コイツはこんなにもスゲーんだぜって自慢したくなっちまってな」

「そんなに自慢してぇなら自分の35とか324の自慢しとけよ。ったく……」

 

 そう言って、翔に買わせたジュースを飲み干して容器をゴミ箱目掛けて蹴飛ばす紅夜。

 クルクルと回転した容器は、奇麗な放物線を描いてゴミ箱に吸い込まれていった。

 

「さて坊ちゃん、これからどうする?どっかで飯食って、また走り回るか?」

 

 不意に、翔が壁に掛けられた時計を見てそう言った。

 時刻は11時、そろそろ昼食の事を考えても良い時間帯だ。

 

「そうだな、良い時間だしそれで」

 

 紅夜が納得して立ち上がろうとした、その時だった。

 

「あーっ、やっと見つけた!」

 

 振り向くと、そこには愛と璃奈が居た。

 

「……何だ彼奴等?」

「多分、さっきゲームで対戦した奴等じゃねぇのか?態々探しに来るとはご苦労なこった」

 

 そうしている間に、2人は此方へ近づいてくる。

 

「ねぇねぇ、お兄さん達だよね?さっきアタシ達と対戦してたのって!」

「……………」

「ああ、そうだが?」

 

 翔の予想通り、2人は自分達に用があるようだ。

 そして、近くの席に腰を下ろす。

 

「いやぁ~、あのゲーム前から結構やり込んでたのに、あんなあっさり追い抜かれてそのままゴールされるなんて思ってなかったからさ、ちょっとお話してみたいなって思ってたんだ。ねっ、りなりー?」

 

 その問いにこくんと頷く璃奈。

 

「本当に、凄かった……です」

「……………」

「そっかそっか。ソイツは光栄だな」

 

 翔はそう言って笑った。

 

「でもよお嬢さん、俺もそうだがコイツのテクも中々のモンだったろ?」

「確かに、最初しか見えなかったけど凄い動きしてたよね。君の車!」

「……このゲーム、結構やってるの?」

 

 璃奈がそう訊ねる。

 

「……まあ、一応な」

「何なら、実車も乗り回してるぜ?それもあん時使ってたのと同じヤツ」

 

 翔のカミングアウトに驚く2人。

 

「ちょっ、翔兄……」

「へぇーっ、君車持ってるんだ!しかもさっきのと同じって事はスポーツカーだよね?」

「……ああ。ついでに言うと2台ある」

「その歳で2台持ち!?ヤバッ!」

 

 どうせ知られたからと自分が2台持っている事も話すと、愛は驚く。隣に座る璃奈も目を丸くしており、『お金持ち……』と小さく呟いていた。

 

「………ところで、そろそろお嬢さん達が何者なのか聞かせちゃくれないかな?」

 

 すると、愛は『それもそうだね!』と返事を返し、名乗った。

 

「アタシは虹ヶ咲学園高等部情報処理学科2年、宮下愛だよっ」

「1年の天王寺璃奈、です……」

 

 先に自己紹介をした愛に璃奈も続く。

 

「虹ヶ咲?へぇ~。じゃあ坊ちゃんの後輩って事か」

「「坊ちゃん?」」

 

 揃って首を傾げる愛と璃奈。

 

「ああ、坊ちゃんってのはコイツの事で………」

 

 すると、紅夜は溜め息をつきながら翔の肩を小突いて遮る。

 

「翔兄、あんま俺等の事は」

「別に良いじゃねぇか、今更だし。それに、向こうに名乗ってもらって此方が名乗らないってのは、フェアじゃねぇだろ?」

「それはそうだけど………」

 

 渋る紅夜だったが、翔に促されると再び溜め息をつき、名乗った

 

「………音楽家3年の長門紅夜だ」

「紅夜?珍しい名前だね。愛さん虹ヶ咲には上級生の友達も居るけど、その名前は聞いた事無いな」

「まぁ、留学してきたからな。アメリカから」

「アメリカから?ヤバッ!」

 

 アメリカからの留学生が日本人だった、という中々珍しい状況にテンションが上がる愛。

 それから暫く話している内に時間は流れ、もう1時を回ってしまっていた。

 

「翔兄、そろそろ行こうぜ。もう12時どころか1時だ」

「おっと、もうそんな時間か……それじゃあ行くか」

「えぇ~、もう行っちゃうの?」

 

 2人が立ち上がると、愛がつまらなさそうに言う。

 その不満げな顔には『もっと遊ぼうよ』と書かれており、隣にちょこんと座っている璃奈も、何処となく寂しそうに見えた。

 

「まあ、此処に寄ったのもついでみたいなモンだしな……」

 

 そう言いかけたところである事を閃いた翔は、紅夜に言った

 

「坊ちゃん、せっかくだしそのままその子等と遊んできたらどうだ」

「はぁ!?マジで言ってんのかよ翔兄!?」

 

 人間不信が完治していない人間を今日知り合ったばかりの女2人組とつるませるという常軌を逸した行動に、紅夜は思わず声を上げる。

 

「てか、彼奴は?Silviaはどうすんだよ!?おまけに帰りは!?」

「ちゃんと世話しとくし、帰る時は呼んでくれたら直ぐ行くって」

 

 そう言うと、翔は彼の耳に顔を近づける。

 

「それに良い機会だ、何時もと違う面子と遊ぶってのを体験してみろよ。どうせ学校でもお嬢達としかつるんでねぇんだろ?」

 

 そう言われると、紅夜は何も言えなくなる。

 翔は『やっぱりな』と溜め息混じりに呟き、立ち上がった。

 

「まあ、そんな訳でだ。たまには普段つるまねぇような奴と遊んでみろ。少しは見える世界が変わる筈さ」

 

そう言うと、今度は愛達に声を掛ける。

 

「……と言う訳でお嬢さん方、ちょっとの間、コイツの遊び相手になってやってくんねぇかな?」

 

 『どういう訳だ』と内心ツッコミを入れた紅夜は、チラリと2人を見る。

 何かのツアーやレクリエーションではないのだから、今時珍しい、初対面の相手にここまでフレンドリーに話し掛けてくるような彼女等でも、得体の知れない人間と行動を共にするのは嫌だろう。

 そう思っていた紅夜だったが………

 

「うん、良いよ!せっかく知り合えたんだし!」

 

 あろうことか、愛は二つ返事で了承したではないか。しかも、隣で話を聞いていた璃奈もこくんと頷いている。

 

「ちょっ、おい宮下。お前正気か!?完全な赤の他人だぞ!?後天王寺、お前も良いのか!?」

 

 動揺を隠さず言う紅夜だが、2人は寧ろ、何故そんな反応をするのかとばかりに首を傾げている。

 

「愛さんは良いよ?てか、せっかく知り合えたんだし時間も未だあるんだから、もっと遊ぼうよ!」

「……私も、もっと遊びたい」

「……………」

 

 紅夜は言葉を失った。

 

「(コイツ等、まるでレナみたいだな……)」

 

 紅夜が思い浮かべたのは、自分がアメリカに移って初めて友と認めた人物にして居候先の一人娘である褐色肌の少女、アレクサンドラ・デッカードの姿だった。

 

「それにさぁ」

 

 不意に、愛が続ける。

 

「偶然とは言え一緒にゲームやったし、お互いに名前も教え合ったんだから、もう友達っしょ?そんな気後れしなくても良いって!」

 

 『ホラ、行こう!』と手を差し伸べる愛。

 

「……………」

 

 ふと翔に目を向けると、彼も頷く。

 

「……本当に、まるでレナの再来だな」

「それか、昔の坊ちゃんの再来だな」

 

 そう言い合うと、紅夜は観念したかのように溜め息をつき、その手を取った。

 

 

 

 

 その後、一旦翔と別れた3人は、昼食を摂ってお台場観光を開始した。

 その際中、愛は何処に膨大な話題を蓄えていたのかと思う程に終始喋りっぱなしであり、更に紅夜は、アメリカでの暮らしも根掘り葉掘り聞かれていた。

 

 勿論、『学生生活の傍らストリートレースやってました』なんて馬鹿正直に答える訳にもいかず、一先ず仲間とバンドやダンスをやっていた事だけを伝え、車についても『知り合いの解体場に転がっていたのを譲ってもらった』と言って誤魔化した。

 とは言え、所有している車が車であるために少々無理のある理由なのだが、彼女等がそこまで車に詳しくない事が幸いし、深入りされる事は無かった。

 

 

 

 そんなこんなで過ごしている内に、すっかり夕方になってしまった。

 

「あ~あ、もうこんな時間か。もっと遊びたかったなぁ」

 

 頭の後ろで両手を組み、つまらなさそうに言う愛。

 だが紅夜からすれば赤の他人とのお台場ツアーというある種の拷問から解放された事に安堵していた。

 

「(どうせなら、瑠璃達誘えば良かったかな……)」

 

 紅に染まる空を見ながら、紅夜は心の内で呟いた。

 

 そうしている内に、一行は愛の実家である飲食店『もんじゃ みやした』に着いた。璃奈はこのまま泊っていくらしく、ここで解散となる。

 

「せっかくだしご飯食べていけば良いのに~」

「……それは、また別の機会にな」

 

 ただでさえ他人と昼食を共にした上に数時間もお台場観光をする羽目になって精神的に疲れているというのに、その相手の実家で夕食を食べるなど追い打ちもいいところ。

 紅夜は一先ず、そう言って断った。

 

「では、俺はそろそろお暇させてもらうよ。じゃあな」

 

 そう言って立ち去ろうとする紅夜だったが、愛の『待った』の一言で引き留められる。

 

「どうした?」

「せっかくだし、連絡先交換しようよ。またこうやって遊ぼ!」

「………は?」

 

 紅夜にとって、それは信じられない誘いだった。

 

「(コイツ警戒心ってモンが無いのか?同じ学校とは言えクラスも学年も違う、しかも初対面の男の連絡先なんて普通聞いてこねぇだろ)」

「あ、私もしたい」

「(天王寺、お前もか……無表情の割に積極的だな。お台場歩き回ってた時も、コイツもそこそこ話し掛けてきたし)」

 

 そんな2人に呆れとも尊敬とも言える感情を抱く紅夜。

 このままだと埒が明かないため、渋々応じる事にした。

 

「よっしゃ、これからじゃんじゃんメッセするから!このゴールデンウイーク中は、寝かせないぞ?」

「私も、もっと話したい」

「………勘弁してくれ」

 

 紅夜はガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 その後、2人と別れた紅夜は翔に連絡を入れて合流し、帰宅する。

 そして今日の出来事を報告すると、深雪や豪希は驚きながらも、彼に新しい友達が出来たと喜んでいた。

 彼としてはそんなつもりは無いのだが、喜んでいる2人を見ると言おうにも言えなくなり、逃げるように自室へ戻る。

 

 そしてベッドに身を投げ出し、天井を見上げた。

 

 

「新しい友達、か………そんなの、もう要らないんだがな」

 

 そっと目を瞑った紅夜は、外に漏れないようにそう呟いた。

 

 

 

 

 そんな彼には、今後も彼女等と関わっていく事になるなど知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、その日の夜。

 愛や璃奈から届くメッセージの嵐に耐えかねた紅夜が通知をオフにして眠ると、翌朝数百にもなるメッセージが届いていた事にドン引きしたという。




 オリキャラと原作キャラをいっぺんに出したらスゲー長くなった。多分文字数だと過去最多かも……


 まあ、それはそれとして、次は誰を出そうかな……


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第8話~アウトローと幼馴染み達の一幕~

 一先ずGW編はこれで終わりかな


 愛や璃奈との邂逅から1日空け、ゴールデンウイーク3日目。紅夜と綾はある所を目指して歩いていた。

 

「んぅ~!久々に皆で集まるわね!」

 

 紅夜に抱き着いた綾が、器用に体を伸ばしながら言った。

 実は昨日、久々に幼馴染みグループ全員で集まろうと瑠璃から連絡が入り、今はその集合場所に向かっている最中なのだ。

 

「おいおい。久々って言うが、学校じゃ昼休みに何度も集まってるだろ?都合が合えば登下校だってしてるんだし」

「それはそうだけど、あくまでも学校がある日の事でしょ?此方はプライベートなんだから別物なのよ!」

 

 そんなやり取りを交わしながら歩みを進めること15分、2人は目的の場所に到着した。

 彼等がやって来たのは、待ち合わせ場所としてはお馴染みの公園でもなければ喫茶店やコンビニでもない、ましてや、彼等のグループの誰かの家でもない。

 

「……今更だし長年此処で遊んでてこんな事言うのも変な話だけど、解体場で集まるって中々変わってるわよね、私達」

「ああ。本っ当に今更だが同意するよ」

 

 そう。彼等がやって来たのは車の解体場。中を覗けば、山積みにされた車のボディや大きなパーツ。正に『車の墓場』と呼ぶに相応しい光景だった。

 

「あっ、紅夜君!それに綾ちゃんも!」

 

 中に進んでいくと、上から声が掛けられる。見上げると、そこには雅が座っていた。

 彼女は軽い身のこなしで2人の前に降り立ち、無邪気な笑みを向けた。

 

「ヤッホー、2人共!ゴールデンウィーク満喫しちゃってる~?」

「ええ!」

「お陰様でな……お前も元気そうじゃねぇか」

「そりゃそうだよ!だって5連休だよ?5連休!楽しまなきゃ損でしょ!」

 

 やはり誰でも連休は嬉しいもので、雅も楽しそうだ。

 

「雅、お仕事の方はどうなの?」

「明日撮影に行くよ。可愛く決めてくるから、雑誌出たら買ってね?」

 

 そう言って、雅は2人に向けてウインクした。

 このやり取りから分かるように、雅は学生でありながらモデルとして活躍していた。

 というのも、未だ彼女等が中学生の頃、女子メンバーだけで遊んでいたところに事務所の人間から声を掛けられたのだ。

 当初はお洒落への興味はあってもモデルになろうとは思っていなかったために拒否したのだが、熱心なスカウトや提示された待遇もあり、受ける事にしたのだ。

 

「勿論買うわ!ねっ、兄様?」

「いや、俺男だし、そもそもお洒落とか興味無いんだけど……」

 

 そんなやり取りを交わしている内に瑠璃や他の面子も集まり、何時もの集会が始まる。

 と言っても、各自で持ってきたゲームで対戦したり世間話をするだけなのだが。

 

 

「……そういや紅夜、あの事言わなくて良いのか?」

 

 不意に大河が紅夜に話題を振ると、他の連中も何事かと視線を向ける。

 

「あの事って?」

「ホラ、優木せつ菜に会った上に勧誘されたって話だよ」

 

 すると、メンバーの中にどよめきが広がる。

 基本的にスクールアイドルには大して興味が無い彼女等でも優木せつ菜の噂については知っているようで、紅夜が彼女に会ったというのはかなり大きなニュースのようだ。

 

「ちょっと紅夜、それ本当なの!?」

 

 先に口を開いたのは瑠璃だった。

 

「まあな。ちょっと前に音楽室で遊んでたらいきなり乗り込んできて、そのままスクールアイドル同好会の部室まで連れてかれたんだよ」

「ついでに言うと、ソイツ前にお前と曲の打ち合わせしてるの聞いてたみたいだぜ?他のメンバーも引き連れてさ」

 

 大河が補足する。

 

「そう……」

「瑠璃、気づかなかったの?」

 

 そう問い掛けてくる綾に、瑠璃は頷いた。

 そもそも、彼女等は盗み聞きしているのがバレないよう、ドアを開ける時も僅かしか開けなかった上に物音も立てないようにしていたのだ、これで気づけというのが無理と言うものだろう。

 

「いやぁ~。それにしても、まさかこの学校の都市伝説扱いされてる優木せつ菜ちゃんが会いに来るなんて……流石は紅夜君だね!」

「いや、どういう意味だよ……」

 

 紅夜が溜め息混じりにツッコミを入れた。

 

「だって、学校中どころか外にもファンが居るせつ菜ちゃんが自分から会いに来たんでしょ?それって凄い事じゃん!」

「……まぁ、そうなのかもしれんが」

 

 紅夜はいまいち乗り気ではなかった。

 どんなに有名人だとしても、興味が無かったら向こうから会いに来られたところで大して嬉しいとも思わない。

 どうせ有名人が会いに来るのなら、走り屋やレース業界の人間に来てほしかったと、紅夜は内心呟いた。

 

 それから彼は、スクールアイドル同好会に連れていかれてからの事を話した。勿論、その後の彼女等からの勧誘を断った事も。

 

「そう……」

 

 その事を聞いた瑠璃は、短く言った。

 他の面子も紅夜の事情を知っているため、あまり多くは語らない。

 

「まあ、あれよ。別に勧誘断ったところで潰れてしまうような連中じゃないだろうし、変に気に病む必要は無いわよ」

 

 蓮華はそう言って、軽く紅夜の肩を叩いた。

 

 そのやり取りで僅かに空気が淀み始める一行だが、そこでこの空気を変えるべく、達哉が口を開いた。

 

「それもそうだけどさ、これ見ろよ」

 

 そう言ってリュックから取り出したパソコンの電源を入れ、手早く操作していく達哉。

 そして最終的に彼が開いたのは、動画サイトWeTubeだった。

 

「……?WeTubeがどうかしたのか?」

 

 意図が分からず首を傾げる紅夜に、達哉は画面を見るよう促す。

 瑠璃達は勿論、綾までもが、事情を知っているのか同じように視線で促してくる。

 

「…………」

 

 言われるがままにパソコンを自らの正面に向けると、紅夜は漸く理解した。

 

「コレって、もしかして………!」

「そう、俺等のチャンネルさ!」

 

 立ち上がった達哉が誇らしげに両腕を広げて言った。

 

「へぇ~、お前等WeTube始めたのか」

「ええ、ちょっと興味が湧いてね。初めて貴方のバンド演奏の映像を見た時にやってみようと思って、始める事にしたのよ」

 

 そう答える瑠璃の隣では、達哉が当時の事を思い出したのか、少し疲れたように首を左右に倒しながら言った。

 

「それまで大変だったんだぜ?何せ俺等はこれに加えて、マシンのレストアもあったからな」

 

 口ではそう言うも、表情は楽しそうな達哉。

 

「まっ、それでも楽しかったし、ただ何となく過ごすよりはよっぽど充実してたぜ!」

「ええ。紅夜が里帰りしてくるまでの、良い暇潰しにもなったしね」

 

 大河や蓮華も言葉を続けた。

 

「それにしても、綾もやってたんだな。今まで全く気付かなかったよ」

「そりゃ、時が来るまで秘密にするって決めてたからね」

 

 綾はそう言って、女性陣とウィンクを交わした。

 

 そんなの彼等のやり取りを聞きながら、チャンネルを見る紅夜。

 始めたばかりなのか、未だ動画は1つも投稿されていない。

 

「……未だ真っ新なんだな、このチャンネル」

「まぁな。動画自体はあるけど、今までは仲間内だけに留めてたし」

「チャンネル作ったのもつい最近だしね~」

 

 達哉と雅が答えるが、そこで紅夜にはちょっとした疑問が湧いた。

 

「じゃあ、最初の動画は何にするんだ?今までの動画から選ぶのか?」

 

 すると、他の面々の表情が変わった。その顔は、あたかも『よくぞ聞いてくれた』とでも語っているかのようなものだった。

 

「……?」

「実はな……」

 

 何事かと首を傾げる紅夜に、達哉はある話を持ち掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~っと」

 

 あの後、集会を終えて帰宅した紅夜はベッドに身を投げ出し、天井を見上げた。

 

「いやはや、まさかあんな事になるとはな……」

 

 そう呟く紅夜が思い浮かべたのは、先程の集会で達哉から持ち掛けられた、ある話だ。

 

「彼奴等も考えたモンだ。お台場でライブをやって、その動画を第1号として投稿するなんてな……てか、先ずはよく許可が降りたモンだとでも言うべきか?」

 

 そう。達哉から持ち掛けられたのは、今月の下旬にお台場のダイバーシティでお披露目ライブをするというのだ。

 本来なら、彼等のような何の実績も無い駆け出しWeTuberグループの申請など歯牙にも掛けないだろうが、彼等で交渉しにいったところあっさり許可が下りたそうだ。

 

「向こうがこういうのに寛容なのか、それとも瑠璃や雅達みたいなのが居るからか……分からんな」

 

 有名な売れっ子モデルである雅と、これまでは語らなかったが国内でも有名な名家である北条家や不知火家の娘である瑠璃と蓮華。

 彼女等を交渉人として出せば、大抵の人間は頷くしかない。

 果たして今回はどちらなのだろうかと、紅夜は苦笑を浮かべた。

 

 だが、そんな事よりも驚いた事が1つある。

 それは、お披露目ライブの曲に紅夜が作曲したものを使わせてほしいと言われた事だ。

 

 彼等もまた、バンド演奏やダンスをやっていくにあたってそれなりに作曲の心得がある。

 だが、どうせなら紅夜が作った曲でやりたいというのが彼等の意見だった。

 更に言えば、先日瑠璃と打ち合わせをした時の曲も、そのお披露目ライブのための曲だったらしい。

 てっきり仲間内で演奏するための曲だと思っていたために切り出された時にはかなり驚いたが、同時に嬉しくもあった。

 たとえ別々のチームとして活動していても、同じ舞台に立てなくても、こうして繋がっていられるのだ。

 

 

「(お披露目ライブ、上手くいくと良いな……)」

 

 そう呟いた紅夜は静かに目を閉じ、暫しの眠りにつくのだった。



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第9話~アウトローの体験入部第2弾~

 ゴールデンウイークが明け、世間が再び学校・仕事モードに戻ったある日の放課後、紅夜は校内を1人歩き回っていた。

 これまでは瑠璃達のお披露目ライブに向けて付きっ切りで練習を見ていたが、たまには休暇を取り入れるべきだと考えたのもあり、今日1日は練習を休みにしたのだ。

 今頃は、各々好きなように過ごしていることだろう。

 

「それにしても、皆一気に上達したよな。未だ練習初めて1週間しか経ってないのに」

 

 あの日の集会を終えて帰宅し、夕食を終えた後、紅夜は直ぐに振り付けを考えて瑠璃達に披露し、本格的に練習を始めた。

 曲想も相まってかなり動きの激しい振り付けとなったものの、それまでにある程度場数を踏んできただけあって思いの外上達は早く、既に曲に合わせて通しで踊れる状態にまでなっていた。

 

「この調子なら、お披露目ライブには余裕で間に合いそうだな。流石は瑠璃達だぜ」

 

 適応力や身体能力の高さなら、そんじょそこらのスクールアイドルを遥かに上回るだろう。何なら、せつ菜達スクールアイドル同好会を差し置いて彼女等が虹ヶ咲学園のスクールアイドルとして認識されても何らおかしな事ではないし、それに興味を持った彼女等が勧誘に動く可能性も十分に有り得る。

 

「彼奴等、これから大変だろうな……まぁ、WeTubeに投稿するって言うくらいだから、それくらい覚悟の上だとは思うが」

 

 そんな事を呟きながらあてもなく歩き回っていると、何時の間にかとある建物の2階に来ていた。

 

「そういや、此所ってテラスがあるんだっけか……ちょっくら行ってみようかな」

 

 そうしてテラスへ出てきた紅夜は、『ほう……』と息をつく。

 

 建物自体大きいだけあって、テラスの広さもかなりのもの。それに、景色も悪くない。

 それに建物をぐるりと1周囲んでいるようで、まるでちょっとした遊歩道だ。

 

「こんな所で飯食ったり昼寝するのも良いな……それに、練習場所としても使えそうだ。自販機も中に結構あったし。明日からの練習場所は、此所に決まりだな」

 

 そうしてテラスを歩き回っていた、その時だった。

 

「駄目です、全然合ってませんでしたよ!もう1度です!!」

「……な、何だ?」

 

 曲がり角の向こうから、女子生徒の声が聞こえてくる。

 その言葉からダンスか何かの練習をしているようだが、熱が入り過ぎているのか、その声は励ましと言うより、最早怒号だった。

 

「随分とまぁ熱入ってんなぁ……まるで、この前テレビで見た何かの部活動の練習風景みてぇだ」

「ああっ、今のじゃ駄目です!もう1度!!」

「ていうかこの声、何か聞き覚えが……」

 

 紅夜の足は、自然とその声の主へ向けて歩き出す。そして曲がり角を曲がって声の主の正体を突き止めると、予想通りとでも言うような様子で呟いた。

 

「やっぱりお前だったのか、優木」

 

 彼の視線の先に居たのは、せつ菜達スクールアイドル同好会の面々だった。

 紅夜の声が聞こえたのか彼女等は振り向き、思わぬ客人の来訪に目を見開いていた。

 

「こ、紅夜さん!?どうして此所に!?」

 

 最初に声を上げたのは、やはりせつ菜だった。

 

「ああ。ちょっと散歩してたら、聞き覚えのある声が聞こえてな。やたら大声出てたから、気になって来てみたんだ」

「そうでしたか……すみません、五月蠅くして」

 

 すまなそうに言うせつ菜だが、紅夜は『気にするな』と手をヒラヒラ振った。

 

「別に謝る事じゃない。何もテラスで昼寝したり課題やってた訳でもないからな」

「昼寝って、何か彼方先輩みたいですね……」

「ものの例えだよ、中須」

 

 そう答えた紅夜は、せつ菜と残りの4人を交互に見た。

 

「見たところ……前にやったダンスの練習か?」

「はい。5月の下旬に、ダイバーシティでお披露目ライブをする事になりまして……」

「今はそれに向けて練習してるんだ」

 

 しずくとエマが説明してくれる。

 

「何?お前等も?」

 

 紅夜は驚いた。偶然にも彼女等は、瑠璃達と同時期にお披露目ライブをやろうとしていたのだ。

 

「どうしたの、紅夜君?」

「……いや。実は俺の友人達も、そこでお披露目ライブする事になっててな。時期が被ってたから、少し驚いただけだ」

「そう言えば、以前申請した時に同じ事を言われましたね。確か、BLITZ BULLET……でしたか?」

「何時申請したのか知らんが、よく他のグループの事まで覚えてられるな……ビンゴだよ優木、ソイツ等だ」

 

 紅夜が頷くと、せつ菜は『ああ!』と何かを思い出したように両手を合わせる。

 

「北条さん達ですよね?以前も音楽室で、大勢で騒いでましたし」

「ああ、その節は迷惑掛け……ん?お前なんでそこまで知ってるんだ?」

「……あっ」

 

 その瞬間、せつ菜は固まった。

 

「そ、それは。以前同好会の皆で紅夜さんの演奏を聞いた時に――」

「その時一緒だったのは瑠璃だけだし、彼奴等のチーム名言った記憶も無いんだが?」

「うぅ……」

 

 冷静にツッコミを返され、何も言えなくなるせつ菜。かすみ達も何事かと首を傾げるが、紅夜はそこまで深入りする気は無いのか、やがて『まあ良いや』と呟いた。

 

「それじゃあ、俺はこの辺でお暇するよ。これ以上邪魔したら悪いからな」

 

 そう言って来た道を戻っていく紅夜。

 

「あっ……」

 

 そんな彼の後ろ姿を見ながら、かすみは考えた。

 

「(紅夜先輩なら……っ!)」

 

 実は、以前の体験が終わってからというもの、練習がかなり厳しくなっていた。毎回ではないものの、こうしてせつ菜が声を荒らげる事が結構あり、かすみや他の面々は少しやりにくさを感じていたのだ。

 勿論、人に見せるためのパフォーマンスである上、紅夜に自分達へ興味を持ってもらうという目的も含まれているのだから、多少練習が厳しくなるのは仕方が無い事だし、それはかすみ自身もよく理解しているつもりだ。しかし、だからと言ってこうも怒鳴られてばかりでは、上がるモチベーションも上がらないというものである。

 

 そんな時、偶然とは言え紅夜がやって来た。考えを変えてくれたという訳ではなさそうだが、それでも彼の来訪は正に僥倖。彼に練習を見てもらい、自分達の練習のやり方に関して意見を出してもらえれば、せつ菜の考えも変わり、練習も少しはやりやすくなるのではないかと感じたのだ。

 

「しず子……」

 

 かすみは、隣に居るしずくへ視線を移す。ちょうど彼女も同じ事を考えていたらしく、かすみと目が合うと頷いた。

 

「よし……!」

 

 かすみも頷くと、既に歩き出していた紅夜に視線を向ける。

 

「待ってください。紅夜先輩!」

 

 そして紅夜の姿が曲がり角の向こうへ消えようとした瞬間、彼女は声を張り上げた。

 

「……?どうかしたのか?」

 

 彼の足が止まり、此方に戻ってくる。

 

「先輩、今までこうして散歩してたって事は、今日は特に予定とか無いんですよね?」

「ん?まあ、そういう事になるが……」

 

 その答えに、かすみの目に光が宿る。

 

「だったら!」

「ッ!?」

 

 また声を張り上げ、ずいっと顔を近づけたかすみは、ある頼み事をした。

 

「かすみん達の練習、見てくれませんか!?」

「……は?」

 

 紅夜の口からは、間の抜けた声が漏れ出す。

 

「か、かすみさん!そんな急に――」

「良いじゃないですか~。紅夜先輩も特にやる事無いって言ってますし、せつ菜先輩だって、また紅夜先輩と練習したいですよね?」

「そ、それは……」

 

 せつ菜は否定出来なかった。実際、以前紅夜を体験に連れてきた時も彼の勧誘にはかなり熱が入っており、断られても食い下がろうとしていた。

 今回の彼の来訪も、驚きはしたが心の何処かでは嬉しさも感じていた。

 あの時は断られたが、もしかしたら気が変わったのではないかと、僅かながら期待もしていた程だ。

 

「そうですね。偶然とは言え、せっかくまた会えた訳ですから、私も見ていただきたいです」

 

 そこへ、しずくも便乗する。

 

「確かに、せっかく来てくれたんだもん。また彼方ちゃん達とやろうよ~」

「どうかな、紅夜君?」

 

 1年生達の計画を知ってか知らずか、彼方やエマまでも参戦してきた。

 

「…………」

 

 どうしたものかと考える紅夜だが、彼女等の誘いを断ったところで、先程も言ったように特にやる事は無い。つまり、彼女等の誘いを断る理由が無いのだ。

 

「(……まあ、良い暇潰しが出来たと思えば良いか。無理して断る理由もねぇし)」 

 

 結論を出した紅夜は、小さく溜め息をついて言った。

 

「まぁ良いだろ、どうせ暇してたところだったしな」

 

 こうして、紅夜の体験入部第2弾が始まった。




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SS1~アウトローを心配する者達~

 お待たせ致しました。
 今回はベンチュラ・ベイでのお話になります。



 紅夜がスクールアイドル同好会の練習に巻き込まれている頃、舞台は変わってアメリカ。今の時刻は深夜の0時過ぎだ。

 多くの住人が眠りについているこの時間だが、ベンチュラ・ベイのストリートレーサー達にとっては、今こそがフィーバータイム。その証拠に、都市のあちこちではストリートレースが行われていた。

 改造された様々なスポーツカーが爆音と共に疾走し、それを追い掛けるパトカーのスピーカーからは警察官の怒鳴り声が聞こえてくる。

 

 さて、そんな今日も今日とてお祭り騒ぎなベンチュラ・ベイだが、この日は彼等の輪に入らない者達が居た。

 

 ベンチュラ・ベイ北部に位置しているクレセント山脈。その頂上で男女4人のグループが集まり、軽食片手に世間話に興じていた。

 彼等こそ、紅夜率いる走り屋チーム、MAD RUNのメンバーだ。全員が未だ18~19歳という若手ながらも、このベンチュラ・ベイでトップレベルの実力を持つチームであり、パーティーではバンド演奏やダンスを披露しているのもあって、走り屋や他の若者達からはベンチュラ・ベイの名物としても知られている。

 

「それにしても、今日も我等がベンチュラは賑やかだねぇ。音が此所まで聞こえてくるみたいだよ。ねっ、兄さん?」

 

 そう問い掛けるのは、後頭部で三つ編みにした黒髪と首元のロングスカーフが特徴の、何処となくくノ一を連想させる見た目の少女だった。

 

 名は如月 和美(きさらぎ かずみ)。黄色のHonda NSX Type Rを駆る女性ドライバーだ。

 そんな彼女からの問いに答えたのは、兄の(ぜろ)である。

 

「そりゃ、此処は走り屋の聖地の1つとして有名だからね。賑わうのは当然だよ」

「まっ、普通の人からすれば堪ったものじゃないでしょうけどね」

 

 そう言葉を付け加えたのは、ボリュームのあるロングヘアの金髪に碧眼、そしてグラマラスな体という、まるでアメリカ人女性のイメージをそのまま体現したような女性だった。

 エメラリア・アークライト。かつてはロイヤルパークやサウスポートで活動するソロのストリートレーサーで、MAD RUNの中では一番の新入りだ。

 とはいえ、加入から既に2年近く経過しており、今ではすっかりチームの一員として受け入れられている。また、1つしか違わないとは言えチームの中では最年長であり、いざという時には頼れる存在だ。

 

「でもさ、紅夜が前に走ってたって所……レッドビューカウンティ―だっけ?あそこよりは何倍もマシだと思うよ?何せあの町の車って、最早スポーツカーや高級車の皮被った戦闘車両だもん。ぶつけ合いなんて当たり前、クラッシュも日常茶飯事だって紅夜言ってたよね?」

「ああ、最早町中で行うデモリション・ダービーみたいなものさ。それと比べれば全然大人しいってモンだね」

「まっ、だからってこの町の人からすれば知ったこっちゃないだろうけど!」

 

 そう言って笑い合う3人だが、ふとエメラリアが思い出したようにこんな事を口にした。

 

「それにしても、紅夜はどうしてるのかしら……確かこの時間だと、日本は未だ昼頃の筈よね、レナ?」

 

 自らの愛車である、真っ黒のワイドボディに某エナジードリンクのエンブレムである3本の爪痕のデカールが多数貼られたChevrolet Camaro Z28に凭れた彼女は、同じようなバイナルグラフィックスが施された初期型のFord Mustangの運転席に座るアレクサンドラに声を掛ける。

 

「ええ、調べてみたら昼の3時過ぎみたいよ。もう放課後になってるだろうから、大方瑠璃達とでも遊んでるんじゃない?」

 

 時折交わすビデオ通話やチャットで、紅夜の大体の平日のスケジュールを把握しているアレクサンドラはそう答える。

 

「瑠璃達か……まぁ、紅夜と彼女等は幼馴染みだって話だし、気心も知れてるだろうからそれはそれで良いとは思うんだけどね……」

 

 何処となく浮かない様子で呟く零。他の3人も彼の心境を察してか、小さく溜め息をついた。

 4人が心配しているのは、紅夜が瑠璃達以外の生徒に対して壁を作り、孤立していないかという事だ。

 

 

 過去の一件から人間不信になり、当時は味方であった筈の身内や瑠璃達幼馴染みの面々すら拒絶していた紅夜。アレクサンドラや彼女の両親のお陰で何とか家族や幼馴染み達との和解を果たし、今でこそ、零や和美、エメラリアといった新たな仲間を受け入れ、そして他のベンチュラ・ベイのストリートレーサー達とも交流を持てるようにはなった。だが、それ以外の他人に対する行き過ぎた警戒心は未だに健在だ。

 

 アメリカの学校では、巡り合わせが良かったのか比較的過ごしやすそうだったものの、今は日本の学校に通っている。彼にとっては自分のような特異体質の人間には住みにくい場所だと、居場所なんて無かったのだと幼いながらに感じさせた、日本の学校にだ。

 今回の留学も、紅夜からすれば『高校最後の1年は日本で暮らす』という約束があったから仕方なく来ただけであり、本音を言えば、たとえ身内との約束でもあまり気乗りしないものだった。

 そのため、瑠璃達以外との交流を不要と決めつけて周囲に壁を作り、一人ぼっちになってはいないかと心配しているのだ。

 

 勿論、零達も紅夜と友人になる際に彼の過去については聞いているため、紅夜が他人に対して距離を置こうとする事に関しては仕方ないと思っているし、今すぐ、それも強制的にその性格を改めさせようと考えている訳ではない。しかし、だからといって何時までもこのままでいさせて良い訳ではないというのも事実だ。

 ストリートレーサーであれ何であれ、こうして社会で生きていく以上は嫌でも身内や友人以外の人間と関わらなければならない時は来るし、そもそも今の紅夜は、限られた状況下でないと本当の自分を出せない状態にある。

 他人が居る前では眼帯を外さず、本来の明るい性格を押し込めて不愛想に振る舞う。それも、本人の精神的にプラスには決してならないだろう。

 

「今回の留学で、少しでも完治に近づけたら良いんだけどね……」

 

 そう言って溜め息をつくアレクサンドラ。

 普段はマイペースで悪戯好きな和美も、この時ばかりは神妙な面持ちをしていた。

 

 

 その後あれこれと話した一行は、レースする気分にもなれず溜まり場であるバーンウッドのガレージへと戻る。

 

「よう、お前等もう戻ってきたのか」

「お帰り~」

 

 4人が中に入ると、かなり独特な髪形をした大柄な男、エマニュエルと、オーバーオール姿の女性、エイミーが出迎えた。この2人もまた、ベンチュラ・ベイで活動する走り屋だ。

 

「ああ、2人共。ただいま」

「おうおう、どうしたレナ?随分と覇気が無いじゃないか」

「愛しの紅夜が居なくて元気出ないとか?」

「……まあ、ちょっとね」

 

 そう答えたアレクサンドラは、先程のやり取りについて話す。

 エマニュエルやエイミーも紅夜の事情を知る者であるため、静かに話を聞いていた。

 

「成る程な……それについては、俺もお前達に同意するよ。彼奴はあまり乗り気じゃなかったみたいだが、今回の留学は何かしら意味があると俺も思うしな」

 

 彼も紅夜の人間不信に関しては思うところがあり、彼女の意見に賛同した。

 

「紅夜も一応、分かってはいる筈なんだ。『このままじゃいけない、変わらなきゃいけない』って。だけど……」

「ええ、分かってるわよ零。この手の問題は簡単には解決しないから、全く困ったモンよね」

 

 零の言葉に頷いたエイミーは、苦笑混じりに言った。

 

「そう言えば紅夜って、向こうの学校で何かの部活動に勧誘されたとか言ってなかったか?」

「ええ、スクールアイドル同好会って所にね。音楽室で曲弾きながら歌ってたのをそこの部員に聞かれてたみたいで、いきなり体験入部させられてからの勧誘って流れだったらしいわ」

「そりゃまた何とも強引な………でも、話的に断ったのよね?」

「そう。『本当に信頼出来る者としかやらない』ってね」

「……まぁ、紅夜の場合は過去が過去だから仕方無いっちゃ仕方無いし、そういう事はつまり、私等は信頼出来る人間として認識してるって訳だから喜ぶべきなんだろうけど……何だかねぇ」

 

 エイミーは素直には喜べなかった。自分達を信頼出来る存在として認識してくれているのは嬉しいし、紅夜が断る理由も、彼の事情を知っているために理解出来なくはないが、だからといってそのような対応の仕方は如何なものかと考えていた。

 そのスクールアイドル同好会の連中は紅夜の事情など知らない上、そもそも出会ったばかりなのだから信頼がどうのこうの言ったところで仕方が無いのだ。これを言われた同好会の連中も、さぞかし困惑しただろう。

 

「俺達みたいな走り屋じゃないが、歌やダンスが好きって共通点があるんだ。せっかくだし、ここらで新しい友達を作るってのもありなんじゃないかって思うんだがなぁ…………」

 

 そうして暫くの間、ガレージ内にどんよりした空気が流れる。それを打ち消したのは、新たな来客だった。

 

「よお、随分落ち込んでるみたいじゃないか」

 

 入って来たのは、黒のシャツに紺色の上着とジーンズ。そして赤い帽子をかぶった筋肉質な中年男性だった。このガレージのオーナー、トラビスだ。

 

「ああ、トラビス……実はね」

 

 それからアレクサンドラは、先程までのやり取りについて話す。だがトラビスは、エマニュエルやエイミーとは違い、然程深刻には考えていないような反応を見せた。

 

「まあ、お前等の気持ちは分からんでもないが、此所で俺達がああだこうだ言ったところで何も始まらないだろう。それに………」

 

 そう言いかけたトラビスは一旦天井を仰ぎ、再びアレクサンドラ達に向き直った。

 

「俺達が手を出さなくても、時が来たら案外あっさり解決するかもしれないぞ?」

「「「「「「え?」」」」」」

 

 その場に居る全員が、どういう事かと首を傾げる。

 彼も紅夜の事情は知っている筈なのに、何を根拠にそんな簡単に考えられるのか?

 

「良いか?世の中ってのは何でも巡り合わせだ。彼奴が初めて此所に来た時だって、最初はレナ意外とはあまりつるもうとしなかっただろ?レナ以外で挙げるとすれば、レッドビューカウンティーのゼファーくらいか」

「……まぁ、そうね」

 

 アレクサンドラは頷いた。

 

 因みにゼファーとは、今し方トラビスが言ったレッドビューカウンティーという海沿いの都市を拠点に活動するストリートレーサーで、紅夜にとっては走り屋の師匠のような存在だ。

 師匠と言っても、互いに合意の上で師弟関係を結んだ訳ではなく、自分の車を手に入れた紅夜が初めて参加したレースで1位を取った姿に才能を見出した彼が、強引にマシンごとレッドビューカウンティーへ連れて行って走りの技術を叩き込むという、何とも強引なやり口だったのだが。

 

「だが、何だかんだで俺達ともつるむようになって、今となっちゃ零達を加えてチームなんて組んでるんだ。だったら、日本でやっていける可能性だって十分あるんじゃないか?」

「そ、それは……そうかもしれないけど」

「まっ、暫くは様子を見るとしようじゃないか。彼奴だって心の底じゃ変わりたいって思ってる筈なんだ。ちょいときっかけさえ掴んでしまえば、後は上手くやっていけるさ」

 

 そう言って奥のスペースへと引っ込んでいくトラビスに、誰も言い返す者は居なかった。

 他の者が言えば無責任に聞こえるような言葉も、トラビスが言えば何故か謎の説得力を感じてしまうのだ。

 

 

 結局この日はレースに参加する気も起きなかったために解散となり、各々の家に帰っていく。

 

「きっかけ、か……紅夜が上手くものに出来れば良いけど」

 

 帰宅し、ベッドに潜り込んだアレクサンドラはそう呟き、その赤い瞳をゆっくり閉じるのだった。




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