本栖高校野外活動サークル△ (sonoda)
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一話

主人公の名前に深い意味はありません。




「なああき、守矢くんって知っとる?」

「ああ。例の転校生だろ? 割と有名だから知ってるぞ」

 

守矢コウタロウは二学期から山梨県立本栖高校に転校してきた転校生だ。

夏休み明けではなく、二学期が始まって少したってからの転校と時期的に珍しいということもあって、割と顔が知られている――――。

 

「毎日この世界に絶望したみたいな顔してるってので有名だよな。他にも、体力お化け、静岡に表情筋を忘れてきた男、静岡に表情筋を忘れてきた体力お化け……話題に事欠かない奴だ。ま、普通に会話は出来るけどな」

 

――――それが好意的かどうかはさておいて。

 

「なんや、もう話したことあったん?」

「まあ挨拶程度だけどな。てかイヌ子、お前こそ同じクラスなんだから喋ったことくらいあるだろ?」

「同じクラスどころか、隣の席やで守矢くん」

「マジか、すごい偶然もあったもんだな。……で、その守矢がどうしたんだよ」

 

オデコツインテ眼鏡という属性過多気味の少女、大垣千明はそう親友の少女、犬山あおいに問いかける。彼女もまた、太眉サイドテール巨乳関西弁というこれでもかと属性を持つ少女である。

もし仮に乙女の秘密的な内容の告白だったとしても、ここは野クルの部室。誰に聞かれる心配もない。

 

「……ここだけの話、守矢くんがなんであないな顔してるか気にならん?」

 

聞かれる心配はないのだが、あおいはズイッと顔を寄せ、心なしか声のトーンを落として聞いてくる。

 

「……それは、気になるな」

「私な、席お隣さんやし、今日思い切って聞いてみたんよ」

「聞かせてもらおうじゃないか」

 

千明のその言葉に、あおいは待ってましたとばかりに表情を変えると、こほんと一つ息をついて話し始めた。

 

「守矢くんが静岡から越してきたことは知ってると思うから省くけどな、何でも、随分急な引っ越しやったらしいわ。守矢くん本人も直前になって聞いたって言ってたし」

「ほうほう。それで?」

「ここで思い出して欲しいんは、守矢くんの名前や。ああ、苗字の方な。――守矢、ってあんまり聞かん名前やと思わん?」

「まあ、確かにあたしらの周りにはいないな。漢字的にも諏訪大社関係でしか聞いたことない」

「そう! そうなんよ! まさに守矢くんの家は古くは諏訪大社の神官で、古い家柄なんや。せやから、昔ながらの風習とかもあってな。そういう関係なのか、守矢くんには許嫁がいるらしいねん。それも、お互いに想いあってる」

「い、許嫁ぇ!?」

 

思わず千明は聞き返してしまう。

 

今日日そんな話が本当にあるだろうか? いやでも、確かにイヌ子の話にはよく分からない信ぴょう性があるしな……。いやいや、でもそんな話あるわけ……

 

が、一応顔も名前も知っている同級生の思わぬ色恋沙汰に、花も恥じらうJKの千明は正直興味津々だった。つい前のめりで聞き入ってしまう。

 

「つ、続けてくれ」

「それでな、その許嫁の子って言うのは、守矢くんの幼馴染の女の子らしいんやけど」

「幼馴染! 許嫁!」

 

少女漫画でしかみないような単語と設定に、千明は興味を通り越して興奮していた。

 

「ここまで言えば、そろそろ察しがつくんとちゃう?」

「あっ、引っ越し……」

「あき正解! お互いに好き合っていた二人は、ある日離れ離れになってしまうんや! しかも突然に!」

「く、くぅ~~~ッ!! それで守矢の奴はあんなドラクエの腐った死体みたいな表情してたんだな! 泣かせる話じゃねえか!」

 

あおいの話に聞き入っていた千明は、転校生のコウタロウを取り巻く環境を理解すると、思わず涙ぐんで共感した。

守矢コウタロウは古い家系の人間で、地元に幼馴染で許嫁を残して転校してきた。愛する人に会えない悲しさから、毎日あんな絶望しきった顔をしていた……と。

 

「イヌ子、そうと分かればあたしはあいつを放っておけねえ! なんとか慰めてやろうじゃないか!」

「まあウソやけどな」

「………………は?」

 

さらっと告げるあおいの目はめっちゃ泳いでいた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、つらい……」

 

白い息が夜の闇に消えていく。

本日何度目になるか分からない溜息を吐くと、俺は落下防止の柵に体を預けた。

 

ここは本栖湖。湖畔から本栖みちに合流する道りの、ちょうど合流部近く。数台分の駐車場をはじめ公衆トイレや自動販売機があって、この辺りを走るサイクリストやライダー達のちょうどいい休憩場所になっている。

少し下るとキャンプ場があって、シーズンになると随分にぎわうらしい。

 

ちなみに高校からは割と近いが俺の家からは凄く遠い。

 

何で俺がここにいるか言えば、「なでしこに会えるかもしれない」となんとなく思ったからだ。虫の知らせ的な。

何を馬鹿なと自分でも思う。なでしこは浜松にいた時の幼馴染で、今俺がいるのは山梨である。いくら彼女が富士山が好きだからと言って、わざわざ本栖湖くんだりまで来ることは無いだろうに、何故だか俺はこうして本栖湖までチャリを飛ばしてきていた。

 

「はあ、なでしこロスがつらい……」

 

俺と彼女は別に付き合っていたわけでも、ましてや(あるわけがないが)許嫁とかではもちろんない。ただ、いつも一緒にいた存在が突然いなくなるのが、こうもつらいとは思わなかった。もう一人幼馴染がいるが、もちろんそいつに会えないのもつらい。

 

電話すればよくねと思うかもしれないが、驚くことなかれ。なでしこはスマホ持ってないのだ。少なくとも俺が転校する時点では無かった。家が隣同士だったから連絡の必要が薄かったし、そもそも俺もこっちに来て初めて買ってもらったし。

普通買うなら転校する前だよね。別れる級友たちと涙を呑んで連絡先交換するって心情が分からんかったんだなうちの親。

 

そんなわけで、現在俺のスマホには浜松に居た頃の友人の連絡先は無い。というかこっちでの同級生の連絡先も殆んどない。あるのは隣の席の犬山と、他数人だけだ。別に俺は人と話すのが苦手とか自己紹介でやらかしたとか言う訳では無いのだが、何故かちょっと避けられてる気がする。多分梨っ子はみんなシャイ。それか静岡の民の俺を(富士山を争う)敵国のスパイだと思ってるに違いない。

 

「……お。綺麗な富士山」

 

ふと顔をあげれば、先ほどまで雲に覆われていた富士山が視界に映った。

11月の冷涼な夜の空気の中、山の中の満天の星空をバックに雄大にそびえる富士山を見ていると、なんだか少し荒んだ心が洗われるようだった。

 

「なでしこも、どっかで見てんのかな。……まあ浜松からじゃ全然見えんか」

 

自販機で買った缶コーヒー片手に、富士山を見るのが好きだった彼女に思いをはせる。

 

「帰るか」

 

飲み干した缶コーヒーを捨てるために、公衆トイレ横のごみ箱に向かう。

結局なでしこには会えなかった。まあ会えるとは思っていなかったが。

 

「……ん?」

 

さっきは気付かなかったが、トイレ横のベンチの前に、自転車が一台倒れているのが見える。

赤いミニベロだ。持ち主は十中八九これでここまで来たんだろうが、よくもまあこんな暗い中本栖みちを上ってきたものだ(ブーメラン)。

 

トイレには誰もいる気配がないので、恐らく湖畔まで行っているのだろう。倒れてるし、まあ一応立たせといてやるか。ライトもつけっぱで電池もったないしな。

 

そう思い、分かり易いように常夜灯の光が当たる位置に直して置いておいた。

 

「なんかこのチャリなでしこのに似てるんだよな……。まあ偶然だろうけど」

 

置き忘れの赤いミニベロに思う所はありつつも、自分の自転車に跨って夜の道を下り始めた。

 

帰りは下りだから楽だ。

なんて思うやつは是非とも夜に自転車で本栖みちを下ってみるがいい。超怖いから。街灯ないくせに急こう配でヘアピンカーブが連続するとか、軽く殺しにかかってる。間違いない。

 

しかも、滅多に車が通らない夜の本栖みちなのに、さっき対向車が一台通ってライトめっちゃ眩しかった。なでしこの姉妹である桜さんと同じ日産ラシーンだ。きっと桜さんならドライブがてらとか言いながら山梨まで来ることもありえなくはないし(希望的観測)、つい気を取られてしまった。

まあライト眩しすぎて運転席なんか見えなかったが。

 

(……寒いし肉まんでも買って帰るか)

 

そう俺はかぶりを振って視線を道路に戻すと、ぐっとペダルを踏みこみ、残り数十キロの道のりを進み始めるのだった。

 

 

 

 

(トマト缶一つ、コンソメ一個、野菜はあらかじめカットしておく…と)

 

放課後。

本栖高校の一年生教室外の廊下では、教室を出た志摩リンが『はじめてのアウトドアめし~簡単レシピ100選~』という本を片手に歩いていた。

彼女は図書委員であり、向かう先も図書室なのだが、その道中も本を読んでいるあたり筋金入りだ。

 

(コッヘル一個あればできるのか。今度やってみようかな、いい加減インスタントラーメンも飽きたし)

 

ラーメンと言えば、思い出すのは三日前の本栖湖キャンプ場で出会った少女…各務原なでしこのこと。

千円札の絵のモデルになったという本栖湖の富士山を見るために、南部町から自転車で来たという剛の者だ。結果疲れて寝落ちして、一人で帰れなくなって、紆余曲折あってリンと交流を深め、連絡先を登録する流れになった。去り際に、「今度はちゃんとキャンプをしよう」と告げられ、リンとしても誘うか誘うまいか迷っている最中だ。

 

(あいつウマそうに食ってたな……)

 

純真で、思ったことを全力で表現するなでしこは、ころころと表情が変わる。

美味しいものを食べた時も、表情いっぱい使って美味しさを表現するため、なでしこが食べると何でもおいしそうに感じるのだ。

 

ちなみにコウタロウの趣味はなでしこに美味しいものを食べさせることである。

 

『また一緒に、キャンプしようねっ!』

(……)

 

リンの頭に、去り際のなでしこのセリフがリフレインする。

 

(一回ぐらい誘った方がいいのだろうか)

 

と、数メートル先の角から桃色の髪を後ろでふわりと二つにまとめた少女と黒髪の少年がこちらに駆けてくるが、互いに別のことに気を取られていて気付かない。

 

(……暖かくなるまでまだいいか)

「ぶしつとうっ、ぶしつとうっ」

「落ち着けなでしこ、そっちじゃないから」

 

少年少女が互いをきちんと認識できるのは、もう少し先である。

 

 

 

 

へやキャン△

 

「えっ、なでしこホントに本栖湖居たの!?」

「えへへ、コウくんのお母さんに聞いたら本栖湖に行ったって。お姉ちゃんも本栖湖の富士山は綺麗だって言うし、ちょうどいいなって……」

「追いかけてきてたのかー……。俺が本栖湖一周して変に時間潰してなきゃ会えてたな……」

「入れ違いになったんだね…でもでも、本栖湖で運命的な出会いをしたんだよー」

「何ィ!?」

「女の子だよ?」

「……よかった」

「ふふ。その子ね――――

 

 



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二話

――その日、本栖高校一年(の一部)の間に激震が走った。

 

「い、イヌ子……見たか? いや、そういえばお前は隣の席だったな。当然見たか…」

「何なら私が一番びっくりしたで……」

「なんたって(だって)……」

「「守矢(くん)の顔が死んでない!!」」

 

 

なでしことリンがニアミスする一日前の話である。

 

両親によって各務原家が山梨に越してくる(しかも近所である)ことを聞いたコウタロウは、それはもう荒れに荒れた。狂喜乱舞した。本栖湖から帰宅したその足で伝えられたため、喜びのあまりそのまま自転車で甲府まで走ったくらいだ。ちなみにコウタロウの家から甲府まで片道60kmある。

 

聞けば、なでしこは明日本栖高校に転校してくるらしい。

コウタロウの表情筋が復活した瞬間だった。

 

 

「教室入って挨拶したら、『おはよう犬山』てめっちゃニコーいうてたで。一瞬誰やと思ったわ。ただの笑顔の守矢くんやった。初めて見た。あんな顔するんやな守矢くん。今までよう分からんかったけど結構カッコよかった」

「お、落ち着けイヌ子」

 

狭い部室で並んで座り、肩を揺さぶりながら、今まで何とも思っていなかった同級生の意外な一面を知りちょっとクラッと来ている親友を正気に戻す千明。

仕切りなおすようにコホンと一つ咳払い。

 

「問題は、どうして守矢が急に表情を取り戻したかだよな。この土日に一体何があったんだ……」

「あ、私知っとるで」

「何ィッ!?」

「まあ隣の席やしな。思い切って聞いてみたんよ」

「おお! 流石イヌ子! ぜひ聞かせてくれ……って、あれ? この流れどっかで」

 

前にも同じような展開があったぞと小首をかしげる千明をスルーして、あおいはズイッと顔を寄せ、心なしか声のトーンを落として話し始めた。

 

 

「実はな、守矢くんの離れ離れになっとった幼馴染がこっちに引っ越してくるんやて。しかもうちの高校に」

「守矢の幼馴染? それって……」

「そう! 許嫁の子や!」

「いやお前それウソって言ったじゃん」

「あれー?」

 

はあとため息を吐く千明。まあこの親友はホラこそ吹くが、ホラを吹いているときは決まって目が泳ぐため分かり易いと言えば分かり易い。

 

「……ん? イヌ子の目が泳いでない? つまり本当なのか?」

「まあ許嫁とかその辺の話はウソやけど、それ以外は大体ホンマやで」

「何ィ!?」

 

さっき聞いたし、と付け加えるあおい。

つまり、だ。千明は考える。

 

転校初日から守矢の顔が死んでたのは本当に幼馴染と離れ離れになったからで、今日守矢の表情が生きてた(しかも常時笑顔)のは、この土日の間に例の幼馴染がこっちに転校してくると知ったから、ってわけか。

 

なるほどな……。

うん、なるほど……。

 

「なあイヌ子」

「なんやあき」

「その話聞いて思ったんだけどさ」

「ああ。多分私も同じこと思っとるわ」

「じゃ、せーので言うか」

「ええで」

「せーのっ」

 

「「守矢(くん)その幼馴染のこと好きすぎじゃね(ちゃう)?」」

 

 

 

 

「なんて思ってはいたが……。十中八九、守矢の隣にいるのが例の幼馴染だよな」

 

時間は巻き戻り、リンとなでしこがニアミスしてから少し経った辺り。

 

先の日曜日に感動の再会を果たしたコウタロウとなでしこは、互いに涙を流してひしと抱き合い、その愛を確かめ合った……などということは無く、普通に再会を喜び合った。まあお互い泣いたが。その日の夜は各務原家と守矢家合同で引っ越し祝いで盛り上がり、月曜を挟んで今日なでしこは無事本栖高校に転校してきた。

最近買ってもらったというなでしこのスマホにはきちんとコウタロウの連絡先が入っているし、コウタロウは常時なでしこが一番上に来るように即ピン止めした。

 

そして、なでしこの本栖湖でのリンとの出会いを聞いてそのワンタッチの差にコウタロウは悔し涙を流すというどうでもいい一幕を挟んで、キャンプに興味が出たという彼女の話に、二人はこうして野外活動サークル、通称『野クル』に足を運んでいたのだった。

 

今、二人はうなぎの寝床の様な狭さの部室の中を興味深げに見まわしている。

 

「……」

 

のを、じーっと見ている千明。

 

(入りづれぇ……)

 

千明はコウタロウやなでしことクラスが違うため、二人が一緒にいるのを見るのはこれが初めてだ。が、今ではもう二人の間に入っていくのは相当厳しかった。新幹線の自由席で三人掛けの座席で座ってるカップルが何故か空けてる真ん中の席に座り込むレベルで厳しかった。

 

「あき~、図書室からビバークの新刊借りてきたよ」

 

あおいが野クルの部室の扉の隙間からこっそりと中を覗き込んでいる千明を発見する。

さながら不審者である。

 

「なにやっとるの……」

 

 

 

 

「へー? 本栖湖で行き倒れていたところを?」

「くそっ、俺がついていれば……!」

「謎のキャンプ少女に助けられ?」

「誰だよそいつマジでありがとうございます!」

「ラーメンまでごちそうになったと」

「俺が食べさせたかったんだぜ……!」

「守矢くんちょっと黙ろか」

 

なでしこが千明たちに本栖湖での出来事を話す合間合間に、こぶしを握り締めて悔しがるコウタロウにとうとうあおいがツッコミを入れた。

 

「えへへ、でも同じ本栖湖で夜の富士山は一緒に見れたんだよね? すっごくキレイだったなあ……」

「同じって言っても俺は駐車場の辺りでだったけどな」

「なるほどなあ。それでアウトドアに興味出て、うちらのサークルに来てくれたんねー」

 

うんうんとなでしこが頷く。

 

なでしこのその反応に、うーんと千明は腕を組んで眉を寄せる。

 

「でもせっかく来てもらって悪いんだけど、ウチ部員募集してないんだよね」

「あ、そうなんだ……」

 

千明のその言葉にシュンと項垂れるなでしこ。

 

「安心しろなでしこ! こうなれば俺らもアウトドアサークル立ち上げるんだ。何、このサークルだって部員数は二人、俺たちも二人。何も問題はない!」

「おおっ! 流石だよコウくん!」

「その名も、『キャンプ界隈を大いに盛り上げる各務原なでしこの団』略してKOK団!」

「おーっ! なんだか聞いたことあるような名前だ!」

「まあパクったからな」

「ええっ!? 真似はだめだよぅ」

「しかもKOKじゃなくてCOKだしな」

「ほえ? C?」

「え?」

 

(あたし、守矢があんなテンション高いとこ初めて見るぞ)

(割とノリがいいのは知っとったけど、やっぱ幼馴染相手やと違うな……。なんかちょっと悔しいわ)

 

コウタロウとなでしこの浜松コンビが盛り上がる一方で、千明とあおいの山梨コンビはひそひそと声を潜めて話し合っていた。

 

「それはそうと、なんで入部断るんよ?」

「だって部室超狭くなるじゃん」

「人が増えたら「部」に昇格して大きな部室もらえるやん」

「――!」

 

尚、なでしこたちは二人のひそひそ話を聞いているのだが、それには気づかない千明たち。

 

「コウくんコウくん、私たち入れてくれるかなあ……?」

「安心しろなでしこ。この流れは恐らくいける感じの流れだ」

 

「何人になったら昇格するんだっけ?」

「たしか4人以上」

「ちょうどじゃないか……!」

 

千明の頭の中では、今とは比べ物にならないくらい大きな部室で「ラジオ体操よゆう!!」と叫んで跳ね回る自身が妄想されていた。

 

そして。

 

「実は君たちのような逸材を待っていたのだよ」

「「わー」」

「クッキーとか食う?」

「わーい!」

 

そういうわけで、なでしこたちは野クルに受け入れられたのだった。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

「コウくん!!」

「なでしこ!!」

 

「「会いたかった!!」」

 

引っ越し先の各務原家の玄関前では、だばーと涙を流した二人がひしと抱き合っていた。

 

今日は日曜日。

各務原家が越してきたのは昨日の出来事だが、昨夜はなでしこが引っ越し早々迷子になりかける事件があったり、喜び勇んだコウタロウが甲府市まで行ってしまうなどいろいろと立て込んでいたため、今ようやく二人は面と向かって再会を果たしたのだった。

 

「コウタロウ君。また娘たち共々よろしく頼むよ」

「うちの子のこと、よろしくね?」

「修一郎さん、静香さん」

 

二人が互いの連絡先などを登録していると、奥からなでしこの両親が顔を出した。

 

「勿論ですよ! こちらこそ今後とも宜しくお願いします」

 

まさか山梨に越してくるとは思ってもいなかったが、またこうして会えたのだ。よろしくするのは当然である。

 

「いやあ、それを聞けて良かった。なでしこには君が必要だからね! アッハッハッハ!!」

「そんなそんな、恐れ多いですよ!」

「そうかい? …いや実はね、ここだけの話、コウタロウ君が持ってきてくれてた海山の幸。あれすごく楽しみだったんだよー!! また持ってきてくれたりしないかな?」

「あー、さてはそれ目当てで越してきましたね??」

「ばれた?」

「バレバレですよー」

「「アッハッハッハッハッハッハッ!!」」

 

 

 

 

「コウタロウくんってホント世渡り上手よね……」

 

猟友会とかに口利きができるのも納得だわ……。

玄関先で父親と笑いあう弟分を見ながら、桜はそう思った。

 

 



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三話

「それじゃあ改めて、私は犬山あおい。こっちは大垣千明」

「よろしくな」

 

野クルの二人が先んじて名乗ると、浜松コンビもそれに続く。

 

「各務原なでしこです! よろしくねー」

 

えへへと笑いながら自己紹介を済ませるなでしこ。

そこで、何かに気付いたようにはっと顔をあげた。

 

「あっ、こっちはコウく…じゃなくて、守矢コウタロウくんだよ!!」

「うん、知っとる」

「知ってるぞー」

「少なくともなでしこより数か月は長くこっちにいるぞ俺」

「そうでした……えへへ。あおいちゃんが千明ちゃんの紹介もしてたから、つい……」

 

恥ずかしそうにはにかむなでしこ。

癒される。可愛いは正義である。はっきり分かんだね。コウタロウは人知れず萌えた。

 

「「野クルへようこそー!!」」

「ありがとーっ!!」

「とー」

 

場が和んだところで、千明とあおいが文字通りもろ手を挙げて二人を歓迎する。

が、

 

「ふがっ」

「ヴんッ」

 

どすっ、という擬音と共に、千明の上がった手があおいの顔に、あおいの膝が立ち上がった千明のレバーに入った。

 

「うお、大丈夫か?」

「だ、大丈夫だ。問題ない……」

「心配してくれてありがとなー」

「なんでこの部室、こんなに幅が……」

「狭いかって?」

 

二人の様子を見ていたなでしこが、棚を含めれば人一人通るのがやっとというレベルの横幅を誇る野クルの部室に眉を寄せる。

 

「もともとここ、使っとらん用具入れだったんよ」

「用具入れ……」

「うん。あと、四月にうちらが作ったばかりのサークルで部員も二人しかおらんし」

「だが問題ないぞ守矢に各務原……」

 

二人に説明するあおいの後ろで眼鏡を光らせる千明。

 

「部室がいくら狭かろうがあたしらの活動場所は結局『外』だ!」

「「「たしかに」」」

 

声がハモる三人。

納得過ぎる答えだが、だとしたら部員募集の件どうしてだ千明。

 

「それに、各務原達が入ってくれるお蔭で、この狭い部室ともおさらばだ!!」

「「「たしかに!!!」」」

 

明るく声がそろう。

確かに狭いより広い方がいいに決まっている。大は小を兼ねるのだ。

 

 

 

 

そのままの勢いで外に向かう野クル一行。

外での活動ということで、全員ジャージである。道中は自然、野クルの活動について話が盛り上がる。

 

「なあ、野クルって普段何してるんだ?」

「いつもは落ち葉焚きだな」

「おちばたき……?」

「校内の落ち葉とか枝とか燃やして、コーヒー飲んだりしとるんよ」

「他には?」

「アウトドア雑誌読んだり……」

「アウトドア雑誌読んで、キャンプに想いを馳せたりしてるな」

「「えー……」」

「あからさまにがっかりすんな浜松コンビ」

「あ、ラーメンもあるで」

「「わーい」」

「ただのラーメン好きじゃねえか」

「失礼な。俺はラーメンではなくラーメンに喜ぶなでしこにだな」

「ただの幼馴染好きじゃねえか」

 

と、ここで四人は外に着いた。

眼前にはごみ一つ落ちていない綺麗な校庭。

 

「……落ち葉何もないよ?」

「昨日焚き火したからな」

「じゃあ何のために外出たんだよ。わざわざ着替えてまで」

「「「……」」」

 

 

結局部室に戻ってきた一行。

 

「……」

 

想像していた野外活動サークルの活動と現実のギャップに、少し気落ちしているなでしこ。

そんな彼女を見て、残る三人はひそひそと話を始める。新入部員のテンションが低いと焦るものである。コウタロウも新入部員なのだが、もともと知り合いだったためか何故かノリは野クル側だった。

 

「お、おい守矢。各務原のテンション何とかしろよ! 幼馴染だろ」

「なでしこは食べるのが好きだから、何か食べ物があれば機嫌よくなると思う。できれば甘いやつがいいな、しっかりめの。パフェとか」

「そんなもんあるわけないだろ」

「生憎今の俺はこの冷凍の鹿肉しかなくてな」

「何でそんなもん持ってんだよ!」

「各務原家にお裾分けするために昨日猟友会にだな」

「お前のパイプどうなってんの!?」

「あき、守矢くん。これは?」

 

そう言ってあおいが持ってきたのは、キャンプ関連の雑誌だった。

 

「……犬山。いくらなでしこが好き嫌いの無い良い子だからって、流石に本を食べさせるのはどうかと思う」

「……イヌ子。本は食べ物じゃないぞ?」

「なんでやねん! 普通に読むために決まってるやろ!」

「「あ、そっかぁ」」

 

ぽんと手を打つ千明とコウタロウ。

意外と相性いいんかこの眼鏡コンビ……。あおいは呟くと、件の雑誌を持ってなでしこの隣に腰かけた。

 

「各務原ちゃん、キャンプ道具の本見る? テント特集回」

「みるっ!!」

 

アウトドアっぽいものに触れて、すこぶるテンションが良くなるなでしこ。雑誌を受け取るや、キラキラしながら目を通している。

 

「お。テンション上がったぞ」

「流石犬山だな。ぐれいとぐれいと」

「えへへ。せやろー」

 

千明とコウタロウ、あおいの三人ははグッと手を握り合った。三人の信頼度がちょっと上がった。

 

 

「ねえねえ、あおいちゃん。この「自立式」と「非自立式」ってなに?」

「それはなー」

 

なでしこが読んでいた雑誌の内容をとなりに座るあおいに質問する傍らで、何それとばかりにコウタロウもなでしことは反対側から雑誌に目を落とす。

 

「自立式は、フレームがあって、ペグや張り綱が無くても立てるテント。非自立式は、立てるにはペグや張り綱が必要なテント。非自立式はフレームが無い分コンパクトにできる。500mlペットボトルと同じくらいの大きさのまである。……って書いてあるよ」

「へ~、そんなに小っちゃくなるんだ!」

「畳むの大変そうだな……」

「じゃあ、私と二人で使おーよ! そしたら私畳むのやるよ!!」

「おお、なら俺は美味しい食材を集めてこよう。新鮮な鹿肉とか」

「いつもすまないねえ」

「それは言わない約束ですじゃよ」

「「おほほほほほほ」」

「……なんやこの幼馴染コンビ」

 

呆れるあおいの隣で、ちょっと待てと千明が口を開いた。

 

「いや冷静に考えてうちにはテント一つしかないし、守矢はいちおう男だし、守矢用とあたしら用で二つは欲しい。でも一つのテントに三人は狭そうだから、各務原と使ってもらうのはある意味ベストなのでは……?」

「「たしかに……!!」」

 

なでしことあおいから同意の声が漏れる。

そういえばと冷静に考えればその通りだ。あおいも千明も付き合ってもいない男子と一緒に寝るのはどうかと思うし、その点仲のいい幼馴染である二人ならば問題ない気がする。

 

「いやダメだろ。どう考えても」

 

桜さんに殺されるわ。コウタロウが冷静にツッコんだ。

 

「さっきは流れで二人で使うみたいなこと言っちゃったけど、別々にすべきだ」

「私は気にしないよ?」

「俺が気にするんだよ。例えばほら、桜さんが知らない男の人と一緒のベッドで一晩明かしたって聞いたら不安になるしそいつ死ねって思うだろ? そういうこと」

「それは……そうだけど。でもコウくんは知らない男の人じゃないし」

「なでしこも女の子なんだから、簡単にそういうことは言っちゃいけません。兎に角、必要なら俺は自分の分はちゃんと用意するから」

 

二人のやり取りに、千明はほうと眉をあげた。

 

「なあイヌ子、守矢って意外とちゃんとしてんだな。自分で言っといてあれだけど、いくら幼馴染とはいえ各務原と寝るって言ってたら多分引いてたぞあたしは」

「せやろ。ある程度人柄は知ってるから、男の子だけど入部に反対しなかったんやで」

「そういやイヌ子って守矢の連絡先を知る数少ない本栖生の一人だったな……」

「なんやそれ。聞いたら普通に教えてくれたで」

「まあ、そうだけどさ」

 

コウタロウは決して嫌われているわけではない。むしろその逆。興味を持たれていると言っていい。

が、何分転校してから最近まで顔が死んでいたため、話しかけづらいオーラがにじみ出ていた。それこそ隣の席や配属された委員会でよく顔を会わせるような人間でなければ、コウタロウと話す機会は無かった。連絡先など言わずもがなである。本人は自身から噴き出る負のオーラに気付いていないため、話しかけられれば割と普段通りに話すのだが。

 

しかし、それはもう今は昔の話。

なでしこの転校と共に負のオーラが消し飛んだコウタロウは、今やすっかり表情も元に戻っている。話しかけづらいオーラは無く、誰にでもフレンドリーである。

好青年だったと知られ、溢れる話題性も相まって今本栖高生(一部)の間では有名人である。

 

「そうだ大垣、さっきテントが一つあるって」

「ん? おお、あるぞ。確かこの辺に……」

 

そういって千明は棚の中をごそごそ探し始める。

 

「あった!!」

「「おおーっ」」

 

なでしことコウタロウは畳まれている実物のテントを見るのは初めてだ。歓声が漏れる。

 

「それ夏休みにキャンプやろうとしてネットで注文したのに9月に届いて、ほったらかしになっとった激安テントやないの」

「……」←¥980

 

威勢よくテントを掲げた千明にあおいが現実を突きつける。

 

「きゅうひゃくはちじゅうえん……」

「ケータイの月額料金みたいな値段だな……」

 

驚きのプライスというか、値段のちゃちさに二人の肩が下がる。

少なくともなでしこたちが見ていた雑誌のテントの様な華やかさは期待しない方がいいだろう。

そんな二人の反応に、千明が口を挟んだ。

 

「お前ら、その本に載ってるテントの価格を読み上げてみろ?」

「「価格?」」

 

そういえばテントの部分ばっかりで、価格の辺りは見てなかったなと、二人してのぞき込む。

 

「3万9千円」

「4万5千円」

「5万4千円」

「6万円」

「8万円」

「おおぅ……、バイト代何か月分だよ……」

「め、目がちかちかしてきた……」

 

二人の反応に満足げに頷く千明。

 

「だろ? これくらいしか買えるの無かったんだよ!!」

「確かにどれも学生にはハードル高い価格だよな」

 

キャンプ雑誌をめくりながら、他の道具にも目を通してコウタロウが同意した。

自分はバイト代から捻出可能なので近々で困ることはなさそうだが、なでしこは道具とか大丈夫だろうか? あの気さくなパパさんのことだから、なでしこが本気で欲しがったら買ってくれるとは思うけど……。

いつだって幼馴染のことを考えてしまうコウタロウをよそに、広げられた980円のテントを見ていたあおいがぽんと手を打った。

 

「せっかくやし、実際に組み立ててみいひん?」

「やるやるっ!」

「どうせすることないしな」

「よーし。じゃあ再び外に行くぞー!」

「「「おー」」」

 

元気よく声を返すと、四人は外に向かった。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

「守矢くんおはよー」

「犬山か。おはよう」

「昨日は大変やったな。転校早々委員会に入らされるなんて」

「まあ楽そうだしいいかなって。それに、放課後バイトくらいしかやることないし」

「もうバイト先決めたん!? 早すぎひん?」

「俺の心のスキマを埋めるには何かしらやった方がいいと思ってな……」

「そんな喪黒福造みたいな理由で……」

「…犬山って意外とネタが通じるんだな」

「まあ人並みにはなー。あ、そうだ。折角お隣になったんやし、連絡先交換しない?」

「是非とも。…同級生では犬山が第一号だな」

「えっ、本当!?」

「ああ。最近買ってもらったばっかでな。なぜか皆交換しようぜって空気にならないし」

(それは守矢くんの顔が死んでるからみんな遠慮してるだけやで……)

 

 

 



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四話

視点は切り替わって、同時刻の図書室。

 

「斉藤。守矢って知ってる?」

「守矢コウタロウくんでしょ? 知ってるよ、割と有名だし」

 

カウンター内で自身の髪をいじっていた恵那に、本から顔を上げずにリンは問いかけた。

 

(有名なのか……)

 

別に深い意味は無い。同じ図書委員として、一番身近な男子生徒である彼の様子がここ数日…しいて言えば昨日から少し違ったため、何となく話題に出しただけだ。

 

図書委員などはこれといって特別な仕事は無いため割と楽なのだが、今のリンのようにカウンターで貸し出しと返却の窓口として放課後時間をつぶされてしまうため人気は無い。転校生のコウタロウは、これ幸いとばかりに空いていたポストに突っ込まれた形で図書委員にされてしまった。

 

互いに本が好きで、他人に干渉しすぎない性格ということもあって、二、三度一緒に業務をこなすあたりで自然に連絡先を交換した。今では互いにお勧めの本を貸し借りしあう程度には仲がいい。

 

「リンが男子の話するなんて珍しいね。もしかして……リンにも春?」

「ちがう。ただ最近ちょっと変わった、っていうか……」

 

あー、と返す恵那。

心当たりはめっちゃある。話題に事欠かない人物と言う意味で、恵那はコウタロウのことが気になっていた。

 

「確かに、昨日から凄い明るくなったというか、元気になったよね。マラソン大会に加えてまた一つ話題が増えたってクラスの子も言ってた」

「そうそれ……ってマラソン大会で何したんだよあいつ」

 

昨日の放課後、かつてない穏やかな明るい表情で「明日の当番代わってくれ」と頼まれたときは、「なんだこいつ!?」と思わず言葉が漏れた。

コウタロウが明るくなった原因はなでしこなのだが、それは二人が知る由もない。

 

先月にあった山梨マラソン大会(フルマラソンの部)では、偶々通りがかった彼が選手と間違えられ成り行きで出場するも先頭集団をぶっちぎってゴールするというインパクトある(?)記録を残したため、一部生徒と陸上部顧問の間で盛り上がった。

他にも、富士川に流される猫を発見するや南部橋から飛び込むがあれはどうみてもただのぬいぐるみだったとか、眼鏡をかけているのに視力検査をしたら視力2.0あったとか、夜遅くに甲府市内(本栖高校辺りから60km離れている)を自転車で爆走する姿を見たとか、泣いてる子供に飴を与えていたとか、話題に事欠かない男である。

 

「なんでだろうねー。あ、そういえば今日静岡から転校生が来たって言ってたけど、もしかしてその子が関係してるのかな。偶然知り合いだったとか」

 

恵那が顎に人差し指をやって考えるが、すぐにリンはないないと手を振った。

 

「静岡だって広いんだから、そんな偶然あるわけないでしょ」

「まあそうだよねー」

 

結論を求めた話題でもないため、そのまま話は流れ、人もまばらな放課後の図書室は穏やかな時間が流れていく。

 

「あ。噂をすれば、あそこにいるのコウタロウくんじゃない?」

 

と、恵那が窓の外を指さす。

つられてその方を見れば、確かにジャージ姿のコウタロウが数人の生徒たちと中庭で何やら作業をしていた。ここ数年ですっかりと見慣れたポールだったり、フライシートだったりを持っているところから察するに、テントを設営しようとしているのだろうか。

 

(……あ)

 

その中に、見覚えのある顔が一つ。

つい数日前に結構衝撃的な出会いをした、どこかぽやぽやした雰囲気の少女。

 

(あいつ、ここの生徒だったのか……)

 

静岡から引っ越してきたばかりと言っていたし、件の転校生は彼女で間違いないだろう。

自身もアウトドアを嗜む者として、野クルの存在は知っていた。ノリはあまり好きではないが……。そのメンバーと彼女が一緒にいるということは、野クルに加入したのだろうと推測できる。

 

しかし、なぜそこにコウタロウがいるのか。彼は図書委員会以外にどこにも属していなかったと記憶しているが。しかも彼以外全員女子。

 

「ふふふ、あの子た…コウタロウくんが気になるの?」

「別にちが…いま何で言い直した?」

 

つい目で追っていたのがばれたのか、微笑んだ恵那にからかわれる。

ふいと目をそらして窓を向くと、設営に苦戦している四人の姿が目に入った。

 

 

 

 

「誰にでもわかる! テントの設営講座ー!」

「いえーい!」

「あたしについてこーい!」

「いえーい!!」

 

中庭に移動した野クル一行。

意気揚々と千明が宣言するが、帰ってくる声はなでしこのもの一つ。

頬を膨らませて文句を言う。

 

「なんだよ二人ともー。ノリ悪いぞー?」

「思いっきり説明書見ながら講座って言われても」

「そもそもうちらこのテント立てるん初めてやん」

 

二人からジトッと目を向けられると、千明はふいと横を向く。

 

「…………さあ各務原! 早速設営に取り掛かろうジャナイカ」

「おー!」

「逃げたな」

「逃げよったな」

 

 

~誰にでも分かるテント設営~

 

①平らでペグが刺さる柔らかい地面を探します

 

②場所が決まったらそこにテント本体を広げ

 

③畳んであるポールを伸ばします

 

④テント上部のスリーブにポールを通し

 

⑤ポールの端をテント本体の四隅にある穴に固定し……

 

「ん?」

 

手順⑤の段階で、コウタロウの対角線にいる千明からくぐもった声が聞こえた。

 

「どうした?」

「はまらんぞ……」

 

どうやらポールの長さが足りないらしく、千明によりぐぐぐとポールが引っ張られテントがたわむ。

 

⑤四隅にある穴に固定……

 

「これ長さ合ってんのか……?」

「こっちははまってるから少しくらい引っ張って大丈夫だぞ」

「了解、だっ……!」

 

⑤固定……

 

「ぐぐぐぐぐ……!」

「お、おい大丈夫かこれ……。ポールが釣りキチ三平みたいになってるぞ」

「釣りキチ三平て。守矢くんいくつやねん」

 

釣竿の如くたわむポールに、コウタロウから思わず心配の声が漏れた。

両隣のなでしことあおいもポールの行く末を心配そうに見守る。

 

そして。

 

バキィッ!!

 

折れた。

 

 

 

 

「「「ぎゃーーーーっ!!」」」

 

 

「あ。棒が折れちゃったよ」

 

その様子を一部始終見ていた図書室組の恵那が思わずつぶやいた。

中庭の様子は良く見えるため、リンたちと同じく外の顛末を見ていた図書室の生徒達は、大なり小なり同じようなことを思っていた。

 

「まあポールがあんだけ釣りキチ三平みたいになってたら、そりゃ折れるよ」

「釣りキチ三平って……。リンいくつ?」

「いくつ、って……」

 

それはこの間コウタロウにお勧めされた漫画なのであって……。

リンは咄嗟にそう言おうとしたが、からかわれそうなので止めておいた。

恵那も深掘りはせず、話はすぐ次に移る。

 

「テントって、あの棒折れたらどうするの? 買い替え?」

「まあ…メーカー送って修理かな。でもポール修理用パイプってのがあれば、応急修理することもできるけどね」

 

ポール修理用パイプは、折れた個所にパイプをかぶせてその周りをテープで固定して使う。

基本的にテントにはこれが付属しているのだが、千明たちが買ったようなネットのリーズナブルな奴にはついていないこともあるので注意が必要である。

 

「まあ、あればだけど」

「こういうの?」

「何で持ってんだよ」

「そこの落とし物箱に入ってたよ」

 

恵那の手には、まさにポール修理用パイプが握られていた。

何故そんなものが学校の図書室の落とし物入れにあるのかは疑問である。

 

「リン、これ持ってって助けてあげなよ。あーいうの得意じゃん」

「えぇ……」

「うわーすげー嫌そうな顔」

 

恵那の提案に露骨に顔をしかめるリン。

 

「激しい「喜び」はいらない…、そのかわり深い「絶望」もない……、そんな「植物の心」のような人生を送りたいソロキャン少女は、ああいうノリの場所には近づかないのだ」

「ちが…わなくもないけど。いいから斉藤行ってきてよ」

「はいはい。じゃ、私が行って助けてくんね」

「うい」

 

そういってリンは外に向かう恵那を見送ると、再び本に目を落とした。

 

(おせっかいやきのスピードワ…斉藤め。しかし、あいつまさか同じ学校だったとは……。見つかったらめんどくさそうだから気をつけよう)

 

……これがフラグだということにリンはまだ気づけていなかった。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

ある日の図書室。

 

「守矢くーん、これお願いするわ」

「お会計百億万円になります。ローンも可」

「そんな払えへんわ。というか図書室やろここ」

「はいはいっと。手続き終わったから持ってっていいぞ」

「ありがとなー」

 

 

「…守矢。今の誰?」

「志摩。見てたのか…恥ず」

「いいから」

「さっきの奴は犬山あおい。同じクラスの」

「ふーん……。仲いいんだ?」

「んー、どうかな。でも隣の席ではある」

「…………今度、なんかお勧めの本貸してよ」

「マンガでもいい? ちょっと古いけど面白いのあってさ」

「いいよ」

「じゃ明日持ってくるわ」

「…待ってる」

 








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五話





一方そのころ、中庭の野クル一行は。

 

「どどどどどうしようコウくんポール折れちゃったよ!?」

「落ち着けなでしこ」

「あわわわわどうしよう守矢あたしのせいでポール折れちまった……!」

「落ち着け大垣別にお前のせいじゃないから」

「守矢くんこれ直せたりせえへんかな?」

「おちつ……犬山は落ち着いてた」

 

唯一のテントの破損にパニックを起こすものが数名。

まさか一度も日の目を見ることも無く、こうも早くにお別れの可能性が出てくるとは、テント側も予想外である。

 

「直すって……折れたとこテープかなんかでぐるぐる巻きにするとか? 絆創膏ならあるぞ」

「流石に絆創膏じゃポールは直らんわ……。てか守矢くん女子力高いな」

「昔はなでしこがよく転んでな。その名残」

「ああー、想像つくわー」

 

あおいは、取り出したハンカチでなでしこの涙をぬぐうコウタロウと自然になすがままにされるなでしこを見て、ほんまに仲ええなあと感心半分呆れ半分。

 

「ほらなでしこ、ちーんして」

「コウくんありがとぉ」

「大垣も。別にお前のせいじゃないからそう落ち込むなって」

「守矢ぁ……」

「二人とも飴ちゃん食べる?」

「「食べるー!」」

 

(完全に保護者や……)

 

二人に金太郎飴を与えているコウタロウ。

その表情は完全に親が子供に対するそれである。

 

「なあなあ、テントどうしよか? 980円とはいえ無くなったら痛手やわ」

「そうだよなあ。メーカーに送って修理しようにも、相当時間かかるよなきっと」

「なんせ注文してから届くのに四か月近くかかっとるメーカーやしな」

「「はあ……」」

 

ただでさえお金が無いというのに、更なる出費の予感にあおいとコウタロウはそろって肩を落とした。

と。

 

「お困りのようだね四人とも」

「お、斉藤」

「斉藤さんや」

「……?」

「どうした? 野外活動サークルと名乗っておきながらテント一つろくに立てられないあたしらを笑いに来たか?」

「あはは、ちがうよー」

 

ちょっと見ててと、先のポール修理用パイプとテープを使い折れたポールの修復を始める恵那の数歩後ろで、リン経由で恵那を知っているコウタロウがなでしこに小声で軽く他者紹介をしてあげていた。

 

「コウくんコウくん、あの子は?」

「俺もそこまで仲いいわけじゃないから詳しくは知らんけど、彼女は斉藤恵那。俺らと同じ一年で、ペットの犬をこよなく愛するやつだ」

「へえー、ワンちゃん飼ってるんだ!」

「頼んだら見せてくれるぞ。あとで聞いてみたらどうだ?」

「そうするー」

 

と、ここでポールの修理が完了。

後ろでハラハラしながら作業を眺めていた四人に、恵那がふわりと振り返る。

 

「直ったよー」

「「「「おー!!」」」」

 

ポールが直れば後は丁寧に組み立てるだけである。

数分も立たないうちに、テントは無事組みあがった。

 

「980円テント、何とか完成ー!!」

「やったー!」

「うおー!」

 

初テントにテンションの上がったなでしことコウタロウが、真っ先にテントに突っ込んでいく。

 

「980円だけどちゃんとテントしてるよー」

「やだこれ…なにこれ…………もう俺ここに住むわ」

「気持ちは分かるが少し落ち着け浜松コンビ」

「さっきと逆やなー」

 

負けじとテントに入り込んて行く千明を横目にあおいは目を細めた。

そのまま横を向くと、にこにこと笑顔の恵那が目に入る。今回のMVPは彼女だろう。彼女がいなければ、まだ使ってもいないテントとお別れする羽目になるところだった。

 

「斉藤さんありがとねー、助かったわ。でも、ようあんなこと知っとったね? テント持っとるの?」

「あ、ちがうちがう。あそこの子に聞いたの」

「「「あそこの子?」」」

 

恵那の声につられ、テントから三人の顔がのぞく。

そのまま指さす方を見れば。

 

(……おい斉藤)

 

図書室のカウンターからこちらを見ていたリンと目が合った。

そして。

 

「あーーーーーーっ!!」

「うお、どうしたなでしこ?」

「あの子! キャンプ場で会ったの!!」

「何ィ!?」 

 

少年少女は、こうして再会を果たした。

 

「おー。しまりんじゃん」

 

同じくリンの方を見た千明が名前を呟けば、食いつくようになでしこが反応した。

 

「しまりん!?」

「ゆるキャラみたいな言い方やめえや」

「志摩は苗字、名前はリンだよー」

「リンちゃん!!」

 

本栖湖で出会った少女の名前を知ったなでしこは、一目散にリンめがけて駆けていく。

 

「リンちゃーーーんっ! 同じ学校だったんだーーっ!!?」

 

なでしこの勢いは止まらない。10数メートルの距離を減速することなく駆け抜け……

 

「この間はありがと――――ぶッ」

 

当然、外と内とを隔てる窓に激突した。

そのままずるするとずり落ちていく様が、図書室からは良く見えた。

 

「な、なでしこォ!?」

 

コウタロウが慌てて駆け寄っていく。

 

負傷した幼馴染をその場で介抱しているコウタロウの様子から、大事には至っていないことが分かる。とりあえずリンを含めた四人は、うずくまるなでしこと患部をさすってあげているコウタロウのもとに向かった。

 

「ふふ、コウタロウくん達面白いね。リンが気になるはずだ」

「「えっ……?」」

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

ある日の休み時間。

一年生の階の廊下では、何やら手荷物を持ったコウタロウとリンが対面していた。

 

「この度はなでしこを助けていただきまして誠にありがとうございました」

「なんだこいつ。てかなにこれ」

「まあまあ、そう言わずに取り合えず受け取ってくれって。つまらないものですが」

「ちょっと守矢…!」

「じゃな! また放課後」

「……行っちゃったし」

 

私は走り去って行った守矢をぼうっと見送った後、半ば強引に渡してきた菓子折りを見る。

 

『うなぎパイ』

 

……そういやあいつ出身浜松だっけな。

 

 

次の休み時間

 

「この度は助けていただきほんとうにありがとうございました!」

「……どっかで見たぞこの光景」

「これ、つまらないものですがうちの親が持ってけって。改めて、ありがとねリンちゃん!」

「そんな、キウイ貰ったし……」

「いいから貰って! すっごく美味しんだよそれ! …って、あ!!」

 

次移動教室だったー! と嵐のように去って行くなでしこの後姿をぼうっと見送った後、手渡された菓子折りを見て見る。

 

『うなぎパイ』

 

 

……おいまじか

 

 



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六話

偉大なる先駆者兄貴に敬意を。





 

「……ない。…ない。……ない。……なーいっ!」

 

数日後。

良く晴れた土曜の午前の各務原家では、次女のなでしこが庭の倉庫の中身をひっくり返して探し物をしていた。

 

これも違うあれも違うと手当たり次第にポイポイと放り投げ、辺りには何かの工具やらビーチボールやらシャベルやらが散乱している。

 

そんな倉庫で悪戦苦闘するなでしこに、近づく影が一つ。

 

「なでしこ」

 

背後から聞き馴染んだ声が聞こえる。

作業の手を止めて振り返れば、最近再会を果たした幼馴染の姿。

 

「コウくん!」

「おっと、…よしよし」

「えへへぇ……」

 

手に持っていた探し物とは異なる雑貨(なぜかブリキのロボット)を放り投げ、一目散に声の人物に走り寄るなでしこ。

喜色を浮かべて抱き着けば、幼馴染は優しく抱き留めてくれる。

なでしこはコウタロウの匂いに包まれながら頭を撫でられるのが好きだった。何となく子供っぽいと分かっているため、二人だけの時しかやらないが。

 

「…で、呼ばれて来たけど。どうしたんだ?」

 

放っておけばいつまでも撫でているし向こうも引っ付いていると分かっているので、心を鬼にして一旦引き離す。呼ばれてきたが、今日は午後からバイトがあるのであまり長くはいられない。

 

「あ、うん。あのね、お姉ちゃんが家におっきいテントがあったかもって言ってたから、探して一緒に設営しようと思ったんだ」

「それでこんな散らかってるのか」

「うん。まあ全然見つからないんだけどね」

 

なるほどと一つ頷き、コウタロウも倉庫の中を見てみることに。

 

「なでしこ、これは?」

「それは…釣竿だ」

「これは?」

「それは……釣竿だね」

「これも?」

「それも釣竿だよ」

「釣竿多くね!?」

「お父さんが釣り好きなんだよ。ほら、よく一緒に浜名湖に釣りに行ったよね」

「確かに連れてってもらったな。そうか、修一郎さんそんなに釣り好きだったのか……」

 

山梨では海釣りするのは一苦労だなと思いながら、出した釣竿を戻していく。

 

「ん…? あ。あった、テント!!」

 

とったどーと言わんばかりに獲物を掲げるなでしこ。

全部釣竿を出したおかげか、奥に立てかけてあったテントを発見できた。

 

「やったな。早速テント立ててみようぜ!」

「うん!」

 

 

そして。

 

 

「……なんか、違くね?」

「……うん。なんか違う」

 

完成したテントを前に二人は首をかしげる。

 

各務原家で見つけたテントは、三辺が大胆に空いている、いわゆるサンシェードテントと呼ばれるもので、主に川辺やプールサイドで使われる。が、二人にそんな知識は当然無い。

漠然と、数日前野クルで立てたテントとはどう見ても違うことは分かる。

 

「まあ、せっかく立てたし入ってみる?」

「賛成です!」

 

肩を寄せ合って中敷きも何もない地面にちょこんと座りこむ。

 

そんな二人に、11月の風が容赦なく吹き付ける。風を防御できる壁はサンシェードテントにはなく、二人はもろに冷たい風を浴びた。

 

「うぅ……、さむさむ」

「このテントじゃ、キャンプどころじゃねえな……」

 

寒さに身震いするなでしこに上着を羽織らせつつ、もはや疑うべくもない事実を口にした。

こんなんで冬にキャンプをしたら間違いなく凍死する。

 

…ブーンブーン

 

「あ。コウくん通知来てるよ。誰から?」

「斉藤からだ」

 

【リン、今日はここでキャンプしてるみたいだよー。】

【https://fumotocampsite】

 

コウタロウが添付されているURLをタップすると、麓キャンプ場の公式サイトが立ち上がった。

そのままキャンプ場の景色や位置情報などを見る二人。

 

「ふおー! 富士山だぁ……」

「確かにここからだと良く見えるだろうなー」

「私たち浜松に居ても山梨に来ても、お家からだと富士山見えないもんね」

「な。でもその方が特別感あっていいんじゃないか?」

「おお確かに! いいこと言うじゃないかコウくん」

「フフフ、あたぼうよ。俺の富士山にかける愛は誰にも負けないんだぜ」

「むー! 悔しいー!」

「ははは」

 

富士山、キャンプ、リンと、なでしこの頭の中で本日の予定が組みあがっていく。

と、二人の様子を見ていた各務原家の長女、桜がリビングの窓を開け顔をのぞかせた。

 

「……あんたら、見てるこっちが寒いから中入んなさい」

「「はーい」」

 

忘れていたが、二人ともアウターは羽織っておらず、普段着のままである。

なでしこはすぐそこの倉庫に用があったため、コウタロウは各務原家がすぐ近くのためまあいいかと着の身着のままで。しかも上着はなでしこに羽織らせているため、余計に寒い。

桜の言葉はもっともであった。

 

二人は手早くテントと散らかったものを倉庫に片付けると、足早に家の中に入った。

 

 

 

 

各務原家で昼飯をご馳走になった俺は、食後のまったりとした時間をリビングで楽しんでいた。あと少ししたらバイトだけど。

 

「いつもありがとうねコウタロウくん」

「鹿とマッシュルームのアヒージョ美味しかった……!」

「それは何よりです」

 

俺の趣味の一つは、なでしこに美味しいものを食べさせることだ。

美味しそうに食べるなでしこが好きだし、こっちも嬉しい。

しかし、こちとら高校生と言う身の上。高級食材だとか、遠地にある食材なんかはどうしても手に入らない。

 

そのため目を付けたのが、猟友会と食肉加工所である。

人気のあるイノシシなんかはあまり手に入らないが、可食部が少ないシカなどは意外とそのまま廃棄されることが多い。流通するのは、狩猟される全体の一割ほどだ。

猟師の方は討伐証明に尻尾だけあればいいし、こちらで解体すれば加工所も手間が要らない。二者の間に入ってちょろっと頼み込んだら、快く譲ってくれることになった。勿論解体した際に出る廃棄物なんかは加工所で処理している。

 

そんな風に、俺が各務原家に「おすそ分け」をするようになって久しい。

浜松に居た頃は漁業組合とかにもお話しにいって新鮮な魚を貰っていたが、山梨では難しいのがネックである。ぐぐぐ、なでしこに海の幸を食べさせられない……。

 

「毎度のことでもう慣れたけど、無理しないでね。普通、高校生が猟友会に口きいて分けてもらうなんて有り得ないんだから」

「いやあ、あはは。なでしこの為ですから」

 

美味しいもの食べて笑っててほしいからね。

三人分のお茶を淹れに行ったついでにお菓子を物色しているなでしこを見ながら、俺は目じりが下がり、桜さんはため息をついた。

 

「あの子ほっとくと直ぐ太るし……」

「ああ。あの時は大変でしたね……」

「コウタロウくんでも大変って言葉出るのね。まあランニングで70kmも走るのは流石に―――」

「なでしこが辛そうで俺まで辛くて大変でした」

「ああ、そういう……」

 

あの時とは、中学三年の夏休みである。

毎日食っちゃ寝してゴロゴロしていたなでしこに桜さんがしびれを切らし、強制的にダイエットが始まったのだ。その内容は自転車で毎日浜名湖を一周するというもの。コースにもよるが大体一周75kmくらい。

 

昔から体力には自信のあった俺は、自転車でひぃこら言いながら走るなでしこの後ろで原チャリに乗りながら檄を飛ばす桜さんの後ろを、走ってついて行っていた。休憩の度に差し入れをするのが俺の役割である。

 

そんな桜ブートキャンプを乗り越えたなでしこは今のようにすらっとした体形に生まれ変わり、体力もついた。俺としてはまるまるっとしてて美味しそうに飯を食うなでしこも好きだったが……。

 

「でも、アウトドアしてればリバウンドすることも無いと思います。別にしてもいいけど」

「コウタロウくんは見た目で判断しないからホントいい子よね……」

 

桜さんは何をどう控えめに言っても美人である。少なくとも俺が今まで会った中では一番。

大学生ということもあって、言い寄られることが多いのだろう。感慨深げにため息をついた。

 

「なでしこはなでしこですから」

「……あの子のこと、よろしくね」

「もちろん」

 

どういう意味かは分からないが、なでしこのことならばと強くうなずいておいた。

とそこに、三人分のお茶(多分静岡茶)と、ポテトチップスポッキー個装のバームクーヘンチョコパイエトセトラを持ったなでしこが帰ってきた。

お茶に口をつける。はーこれこれ。

 

「何の話してたの?」

「……アンタの話だよこの豚野郎!!」

「ひえー! やめれー」

 

助けてコウくんとなでしこが悲鳴を上げるが、あれは桜さんの照れ隠しである。甘んじて受け入れろ、なでしこよ。

 

仲のいい各務原姉妹の喧騒を肴に、俺はまた一口お茶を飲んだ。

 

 

 




主人公は割とフィジカルモンスターです。

判明している奇行。
・橋の上から川に飛び込む
・自転車で夜の山を片道60km走る
・表情一つ変えずにマラソン大会優勝
・なでしこの乗る自転車に合わせたペースで浜名湖一周走れる←NEW!



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七話

へやキャンは不評でしたらやめます。



同日の、場所は変わってリンのいる麓キャンプ場。

 

「ふじさん……」

 

夕日に照らされピンクめいてきた富士山をぼうっと見つめれば、頭に浮かぶのは先日の出来事。

 

 

『この間はありがとう! 同じ学校だったんだね!!』

『あ、そうだリンちゃん! 私たちと一緒に野外活動サークルやろ……う』

 

 

あの時は一人キャンプの時間が脅かされるのがなんか嫌で、つい顔に出てしまった。

転校生…各務原なでしこのシュンとした顔が思い起こされ、私は少し罪悪感を感じてしまっていた。

 

各務原なでしこといえば、思い出すのは同じ図書委員で割と仲のいい男子、守矢コウタロウのことだ。

守矢との関係を聞いたときはびっくりしたけど……。幼馴染と転校先で再会とかどんなラブコメだよ。

普段無表情と言うか、顔が死んでる守矢があいつの前だとあんな顔するんだって知って、なんか少し変な感じした。

 

「私だけだと、思ってたんだけどな」

 

守矢が転校してきたとき、少し話題になった。いろんな意味であいつの見た目が衝撃的だったからだ。それからだんだんよく分からない噂が出回り、あいつは「クールな転校生」から「変人で顔が死んでるけどかっこいい転校生」にジョブチェンジした。

 

でも、あいつは進んで友好関係を広げたりはしなかった。周りも興味はあるくせに殆んど話しかけたりはしてなかったし。

 

……私だけだと思ってたんだ。

 

同じ委員会になって、ちょっと他の人より話す機会があって。連絡先を交換して、お互いお勧めの本を教えあったりして。

ここまで仲良くなった男子なんて初めてだったから、舞い上がってたのかもしれない。

他の人が話しかけたくても叶わない人と、仲がいい自分に酔っていただけなのかもしれない。

 

「私だけが特別じゃ、無かったんだ」

 

自分にとって特別な誰かでも、その人にとって自分はそうでない、なんて。

 

「……って、特別って。そういうんじゃないし」

 

……誰に言い訳してんだろ私。

別に恋愛感情があるわけではないけど、何となくこのもやもやは気持ちが悪い。

それに、だからといってあいつと仲がいい各務原なでしこのことが嫌いとかいう訳でもない。そもそも私は守矢のこと好きじゃないし。全然。

 

「…ンちゃーん」

 

もう……分かったって。

 

「りんちゃーん」

「だから分かったっての!」

 

なでしこの幻聴まで聞こえるとは、相当考え込んでしまっていたようだ。お前のことはむしろ割りと好意的に見てるから安心してくれ。

独り言と分かっていても、つい大きな声で反応してしまった。

 

「やっぱりリンちゃんだー」

「ふおっ!?」

 

大きな荷物を抱えたなでしこが実際に立っており、思わず変な声が出た。

びっくりした。幻聴に反応したら本人いたとか……。

 

「なな、なんでこんなところに??」

 

いつもの笑顔でニコニコ笑うなでしこに、心臓をバクバク言わせながら訊ねた。

 

「うへへ。斉藤さんが教えてくれたんだー」

 

またあいつか。

 

「まあ本当はコウくんに斉藤さんが教えて、それを私が教えてもらったんだけどね」

 

またあいつらか。

 

やつら二人は互いはそこまで仲がいい訳ではなかったはずだけど、私に何かしらの影響を与えてくるという点で物凄く似通っている。

もし守矢の性別が女になって身長も縮めて物腰も柔らかくして誰とでも仲良くできて犬が好きで寒いのに弱かったら斉藤になるな。……いやそれはもうほぼ別人だ。

 

「リンちゃん。晩御飯もう食べちゃった?」

「あ、いや。いま四時半だしまだだけど」

 

私が答えると、目いっぱいの笑顔を咲かせてよかったと安堵するなでしこ。

……そういう顔するから、嫌いになれないんだよ。

 

なでしこは荷物をいったん地面に置くと、底の方から大きめの土鍋を取り出して言い放った。

 

「リンちゃん! 今からお鍋、やろう!!」

 

その荷物全部食材だったのか……。

 

 

 

 

なでしこが作ってくれたのは、浜松餃子をふんだんに使った(50個入れてた)坦々餃子鍋だった。

見た目は真っ赤ですごく辛そうだけど、食べてみるとそうでもなくて、美味しい。体の芯からポカポカ温まる、どこか家庭的で安心できる料理だった。

 

(なでしこ、料理上手なんだな)

 

「あっ!!」

 

急になでしこから声が上がったので、どうしたのと目線で聞いてみる。

 

「ご飯忘れたー……。シメの雑炊美味しいのに……!」

「いやそんな食えんし」

 

びっくりした。

大きめのバスケットの中身全部食材だったし、餃子50個入りのを全部入れてたし、何となく予想はついたけど、めっちゃ大食いなんだなこいつ。

……守矢ってたくさん食べる子が好きなのかな。

 

 

はっ!? いかんいかん。何考えてるんだ私! 別に守矢は関係ないだろ。

 

「……あのさ」

「んー?」

 

せっかくなでしこが目の前にいるんだし、言いたいことは早めに言っておきたい。

無理矢理思考を逸らすことにした私は、かねてから思っていたことを口にする。

 

「この間は、ごめん」

「このあいだ? なんだっけ?」

 

鍋の出汁をすすりながら、本当に何だったか忘れたような顔で聞き返してきた。

 

「サークル誘ってくれたのになんていうか、すごい嫌そうな顔したから……」

 

自分が思っていることを口に出すのは存外こっぱずかしくて、思わず目線が逸れ頭を掻いてしまう。

といかこれで思い出してくれなかったらどうしよう。「ほら数日前の放課後に……」とかさらに具体的な説明しなきゃならんことになったら死ぬぞ私は。

 

「あー……。私も何だかテンション上がっちゃって、無理に誘ってごめんなさい……」

「いやそれは……」

 

確かにちょっと興奮気味に言われたけど、決して謝るようなことではない。

にもかかわらずきちんと謝れるこの子は、根っから悪いやつではないのだろう。いや、それは会った時から分かってたけど。

 

「あの後あおいちゃんに言われたんだよ。リンちゃんはグループでわいわいするより、静かにキャンプする方が好きなんじゃないかって」

「それはまあ……そうなんだけど」

 

あおい……、犬山さんか。たまに守矢との会話の中で出てくる人だ。

気遣いのできるいい人だったんだな……。

 

私の反応を見て、なでしこは穏やかな、本当に穏やかな微笑みを浮かべると、優しい声で提案してくれた。

 

「じゃあ、またやろうよまったりお鍋キャンプ。そんで気が向いたらみんなでキャンプしよう?」

「……分かったよ」

 

そんな顔で言われたら、断れない。

皆でキャンプする方向に舵を切られてしまった……。

私がなでしこの名操舵士ぶりに戦慄している間に、あ、と声を上げ彼女は続けた。

 

「って言っても、野クルでキャンプする日はまだまだ遠そうだけどね。道具何にもないから」

 

そう言ってがつがつと鍋を食べ始める。

 

気付けば、鍋は汁一滴残さず空になっていた。

結構大きめの鍋のはずだったけど、どんだけ食べるんだよ……。全く、その食べっぷりには呆れるほかない。

 

「ポテチあるけど食べるー?」

「まだ食うか」

 

食後のデザートと言わんばかりに徳用のポテトチップスを取り出したなでしこを見て、私は呆れを通り越して最早感嘆した。

 

 

 

 

辺りはすっかり暮れなずみ、ブランケットにくるまりながら二人並んで富士山を眺める。スマホから流れるラジオの音楽が、仄かに聞こえてきていた。

 

食後の穏やかな時間を過ごしていた中。

 

「あ。そういえば、コウくんがキャンプ用品のことリンちゃんに聞きたいって言ってたけど、二人ってそんな仲良かったんだ?」

 

来たな何となく答えづらい質問。

私としては、守矢は唯一個人的に連絡先を知ってる男子だし、割とよく話すし、最近は私の前でも笑うようになったし、仲がいいと言えなくもない、けど……。

 

(向こうはどう思ってるのかな……)

 

自分ばっかり特別に思っていても、相手がそうでない事なんて多々あることだ。

守矢の特別は明らかになでしこだし、私なんかが仲いいなんて言っていいのかな……。

 

そんな私の心情を知ってか知らずか、なでしこは空を見ながら口を開いた。

 

「コウくんね、よくリンちゃんのこと話すんだ。趣味の合う奴だって」

「え?」

「私、難しい本読むの得意じゃないから、コウくんが話す本の内容とかよく分かんないことが多いの。でも、リンちゃんは本の貸し借りができるくらい話の分かる奴だって。リンちゃんがいたから退屈じゃなかったって、嬉しそうに話すの。……なんだか少し妬けちゃうくらいに」

「……そっか」

 

守矢が私に向ける感情となでしこに向けるものは違う。

けど、確かに私は守矢の特別だったんだ……。

 

私の知らない所であいつが私のことをそんな風に思っていたことが、存外にうれしくて。

 

「私と守矢ね……」

 

気付けば私は。

 

「仲いいよ。結構」

 

そう言っていた。

 

 

……でも、守矢から私の話を聞いてるのに、どうしてわざわざ仲がいいかなんて聞いてきたのだろう?

 

やっぱなでしこって守矢のこと……。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

 

「大変だァァー――ッ!!」

 

ガラガラ、と血相を変えた少年により引き戸のドアが勢いよく開け放たれた。

 

「コウくん」

「守矢じゃん。どうした?」

「どしたんそんなえらい血相変えて?」

 

うなぎの寝床の様な細長い部屋にある縦長の棚に腰かけてキャンプ雑誌に目を通していた少女達が、一体何事とそろって顔を入り口の少年に向ける。

 

「俺の…俺の眼鏡がどっかに行っちまった!!」

 

悲痛な表情でそう叫ぶ少年…守矢コウタロウに、野クルの三人は三様に反応する。

 

「大変だ! 探さなきゃだよ!」

「ほんま守矢くんってたまにドジるなあ」

「……え?」

 

幼馴染の危機に居ても立っても居られないなでしこがコウタロウの手を引き教室を出たことで、四人は廊下を進みながら話を続ける。

 

「それで、眼鏡はいつから無くなったん? 最後にかけてたのは?」

「図書室で本読むときに外したから、その時かも」

「そのまま置いてきちゃったのかなあ」

「……いや、めがね…え?」

 

あおいとなでしこに促されるまま直前の記憶をたどっていくコウタロウ。

 

図書室に着くと、早速捜索を開始する。

 

「この辺に座ってたんやろ?」

「ああ。あるとすればこの辺」

「うーん、無いなあー……」

「だね……。あ、リンちゃんに聞いてみようよ! 落とし物で届いてるかもしれないし!」

「ええー……」

 

放課後で人も閑散としている図書室の一角に、なでしこに呼ばれてリンが姿を現した。

 

「聞いたよ。眼鏡がどっか行ったんだって? 落とし物にはなかったし、私も手伝う」

「すまん、助かる」

「いいって。困ったときはお互い様だし」

「……」

 

リンが加わり五人で図書館中をくまなく調べるが、ついに眼鏡が見つかることは無い。さほどの広さは無い本栖高校の学校図書館、五人で探せば見落としは無い。

 

「図書室にはないねえ……」

「守矢、図書室の前はどこにいたの?」

「うー-ん……」

「……」

 

リンに訊ねられ、記憶をたどるコウタロウ。

 

「何してたかなあ……」

 

 

――いや、頭にかけてるじゃん。

 

千明はずっっと前から思っていた。

 

事実コウタロウは現在進行形で頭に眼鏡をかけている。そのせいで本人には見えないが、周りから見れば一目瞭然である。千明自身も眼鏡をかけているため、頭にあげた時なんかはたまにどこにやったか分からなくなる時があるのは共感できる。何となく言うタイミングを逃してここまで来てしまったが、どうして誰もそれを指摘しないのだろう。

 

「あ、そうだ。一階の自販機でジュース買ったわ」

「一階ね」

 

千明が困惑する間にも話は進んでいき、図書委員で図書室を動けないリンと一旦別れ、四人は一階自販機前まで移動する。

 

「自販機前にも落ちてないなあ」

「下にもないよー」

「上にもないな」

 

――あるわけないだろ頭に乗っかってんだから。というか自販機の上にはいかないだろどうやっても。自販機じゃなくて自分の頭の上を探せよ。

 

「そうだ、西棟にも行ってた」

「ええー」

 

――あ、そうか。そういうノリなんだな? 分かってて敢えてノってるのか、そうかそういうことだったのか。ようやく理解できた。ふふん、この名探偵大垣にかかればこのくらいのノリ、分かって当然ナゾ解明。

 

ピコン、と天啓を得たかのように閃いた千明をよそに、西棟に向かい始める一行。

 

「西棟なんて何しに行っとったん?」

「あそこ夕方は薄暗くて怖いから私苦手なんだよね……」

 

――となると、だ。ツッコむタイミングが非常に重要だな。下手に長引かせても面白くないし、もうそろそろバシッと決めてやるか。お前眼鏡頭にかけとるやないかーい! ふふ、これだな!

 

三人より一歩後ろの位置で千明がそうほくそ笑むと、抜き足差し足でコウタロウに接近する。別に音を殺す意味は無い。

 

「お前め「あーッ!! コウくん眼鏡頭に乗ってるよ!!?」

「えっ」

「あ、ほんまや」

 

無常なるかな、千明渾身のツッコミはなでしこによってかき消された。

しかもなでしことあおいの反応から、すべて自身の勘違いであったことが分かる。

 

「あはは、コウくんったらドジだねー」

「ほんまやなー。でも無くしてなくて良かったわ」

「「「あははははははは」」」

「わ、笑うなァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 



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八話

感想頂きました。本当に嬉しいです!
ありがとうございます!





「ねえ。なでしこはさ、守矢とは幼馴染なんだよね」

 

辺りはもう暮れ、頭上には月が明るく見える麓キャンプ場。

先の意趣返しと言うわけではないが、私は思い切って今度はなでしこに守矢との関係を聞いて見ることにした。

あいつに幼馴染がいることも、その子が原因でいつも表情が暗かったことも、私は知らなかった。だから、知りたいと思ったんだ。

 

「そうだよー。静岡にいた時はね、家がお隣さん同士で、ちっちゃい時からずーっと一緒だったんだ」

 

にこにこと楽しそうに守矢のことを話すなでしこ。

本当ならあいつもここに連れて来たかったんだけど、生憎バイトで来られなかったと聞いた。……もしあいつがいたらこんな話は出来なかっただろうし、寧ろよかったまである。

いつかはその、と、友達として私の好きなことを知って欲しいって言うのはある、けど。

 

それにしても、となでしこの言葉を聞いて思う。

 

「転校先で再会するなんて、すごい偶然だよね。皆言ってる」

 

守矢となでしこの関係がこの一週間で明るみに出るにつれ、本栖生の話題をかっさらった。どんなラブコメだよって。…私もそう思う。

いわく、守矢が静岡に忘れてきたのは表情筋ではなく幼馴染だったとか、あなたは大変なものを静岡に置いてきました…自分の幼馴染ですとか、二人の関係を揶揄するものが多い。

 

からかわれるのは大変だとは思う。でも、他の人とそんな運命的な絆で結ばれてなくてもいいじゃないか……。

 

ぼうっと月明かりに照らされる富士山のシルエットを眺め続けていると、隣から困ったように笑う声が聞こえた。

 

「あはは…そうだね。……でも、たぶん偶然じゃないんだ」

「え?」

 

なでしこの言葉の意味が分からず、思わず聞き返してしまう。

 

「私ね、コウくんが引っ越しちゃった後、寂しくて悲しくて、毎日泣いてた。友達とか、お姉ちゃんやお母さん、お父さんにも、きっとすごく心配かけたと思う」

 

でも、となでしこは続ける。

 

「ある日突然、お父さんが山梨に引っ越すって。またコウくんと会えるんだぞって。三人とも何も言わなかったけど、私のために決めてくれたんだなーって何となく分かって。……コウくんのお父さんとうちのお父さん同じ会社で働いてるから、もしかしたら本当に偶然かもしれないけどね」

「すごいな各務原家……」

「……一生家族みんなに頭上がらないね、私」

 

守矢もなでしこがいない間相当参ってた――顔に出てる――し、なでしこも守矢がいない間はそんな状態だったなんて、依存しすぎだろ。もうほんとお前ら……。

 

「ほんとに守矢のこと好きなんだね」

「うん。好き。私はコウくんのこと、大好きだよ。…………って、このことはぜったいぜったい誰にも言っちゃだめだよ!? 約束だからね!!」

 

ほう、と本当に慈しむような、愛おしそうな表情で胸の内を告白したなでしこにぽけっと見とれていたのもつかの間。

何を言ったのか気付いた様子で慌て出し、最早隠す意味などないと思う事実を秘密にするよう求めてきた。

 

「分かってるよ、大丈夫。誰にも言わない」

 

言う意味が無いし。

恐らく今本栖高校で一番“面白くない”恋バナではないだろうか。誰に言っても同じ反応するんじゃないかな。「ねえ、各務原って守矢のこと好きらしいよ」「うん知ってる」って。なでしこの底抜けに明るく朗らかな性格のせいで、皆生暖かい目で見守ってるけど。

 

それに、なでしこは守矢のことを完全に異性として好きなんだろうけど、いまいち守矢がどう思ってるか分からないんだよね。特別に思ってるのは確かなんだけど、なんか保護者目線と言うか。

……もし守矢も異性としてなでしこを特別視してたら、こんなに冷静でいられないに決まってる。

 

(って、だから私は守矢のこと好きとかじゃないんだってば!! あくまで仲のいい男子として……!)

 

「ありがとリンちゃん……ふふ、何だか眠くなってきちゃった……」

 

百面相する私を穏やかな顔で眺めながら、お礼を言った。

いやこれ穏やかって言うかただ眠たげな表情ってだけだ。

 

「明日の日の出見るんでしょ? 今日はもう寝なよ」

 

先ほど朝霧と富士山の幻想的な風景について話したばかりだ。

 

「うん…そうしようかな。日の出って、なんじだっけ?」

 

水平線上ではなく、富士山の山稜分高さがあるから、通常より少しだけ遅いのがこの辺りの特徴である。私はスマホを見ながら答えた。

 

「六時ぐらいかな」

「起きれるかなあ……」

「私は寝てるかな」

 

誰かさんと話した内容がインパクト強すぎて、しばらくは寝られる気がしなかった。

というか絶対寝袋の中で思い出してしまう自信がある。

 

「…目覚ましかけて見よっか、ふじさん」

 

そういうなでしこの声はもうほとんど微睡みの中にある。

本当に、こいつのふにゃふにゃした笑顔を見てると色々考える自分が馬鹿らしくなってくる。

 

でも、少しくらい意地悪してもいいよね。だってそっちは私より何歩も前にいるんだからさ。

そう心の中で言い訳すると、もう目がほとんど空いていないなでしこに言った。

 

「…やだ、ねてる。おこすなよ」

 

 

 

待てよ。こいつ車中泊って言ったけど、どうやって戻る気だ……?

 

 

 

 

 

 

後日。

 

「二人とも見て見てー!」

 

連休が明け、月曜日の放課後。

野クルの部室では、先に来ていた千明とあおいに水戸黄門の印籠よろしくスマホを掲げるなでしこがいた。

 

「ふじさん撮って来たよー!」

 

そう言って、なでしこが朝日が昇る富士山を背景にリンと二人で映る写真を見せた。

 

「あれ、しまりんじゃん」

「おー、二人で行って来たんやねぇ」

「えへへ、そうなの~」

 

二人してなでしこのスマホをのぞき込む。

と、スマホから顔を上げ、怪訝な顔をしてコウタロウを見た。

 

「守矢くんは見いひんの?」

「いつものお前らしくない。なでしこの写真だぞ?」

「ああ。その写真は昨日20回くらい見たな」

「「ああ、なるほど」」

 

キャンプから帰ったなでしこは、その足で守矢家まで赴き、お土産と共にキャンプでの出来事をマシンガンの如くコウタロウに聞かせ続けた。

身振り手振りで頑張って伝えようとするなでしこにコウタロウは甘く、話が二巡目に突入しても黙ってうんうんと聞いていた。

 

「このキャンプ場から見える富士山すごかったー」

「うんうん」

「それでね、ここの道の駅で富士山見ながらアイス食べて――」

「うんうん」

 

現に今も21回目の話と写真を笑顔で聞いていた。

 

「なあイヌ子。人って同じ話を20数回されてもまだあんな穏やかな顔できるんだな……」

「あれは完全に孫の話を聞くおじいちゃんや……」

 

「それで――」

 

なでしこはセーターの裾をグイッと上げる。

 

「お、おい――」

 

男がいるんだぞと千明が止めに入るがもう遅い。

 

「富士山Tシャツとマスコットも買っちゃったよ~!」

 

なでしこは制服の下に着ていた「富士山スキー。」と書かれたTシャツを大胆にも見せた。

 

「なんだ……びっくりさせるなよ」

「富士山尽くしやね」

 

肩を落とす千明と、まあこうなるだろうなと確信していたあおいが二様の反応を見せる。

 

「驚くのはまだ早いぞ!」

 

なでしこの後ろに控えていたコウタロウがそう叫んだかと思うと、おもむろに制服のワイシャツを脱ぎ始める。

 

「なッ!?」

「ももも守矢くん!? あああああかんてそんな……!」

 

コウタロウの突然すぎる行動に、千明は顔が紅潮して目を見開き、あおいはテンパるあまり隙間が空きまくってる手で目を隠す。

 

そんな間にもコウタロウのワイシャツがはらりと床に落ちた。

 

「「はわわわ……!!」」

 

二人とも顔を真っ赤にして目を回す。しかし視線だけはしっかとコウタロウをとらえていた。

 

そして。

 

「富士山Tシャツだ!」

 

コウタロウはドヤ顔でなでしこと揃いの「富士山スキー。」と書かれたTシャツを見せびらかした。

 

「「…………」」

 

いや、まあ……。

コウタロウがそんな人間ではないと分かっていながらも、心のどこかですこーし期待していた年頃の女子高生である二人。

期待が外れた残念さと、そんな期待をしていた自分に対する羞恥心などいろんな感情が混ざり合った表情でただ顔を隠し所在なさげに立っていた。

 

「……どうした二人とも?」

「どうしたんだろうね?」

 

そこに、そんなことまるで思ってもいないとばかりの目でコウタロウとなでしこそろって首をかしげる。

 

二人の羞恥心は限界だった。

 

「「……きえてなくなりたい」」

 

 

野クルは今日も平常運転である。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

マラソン後のあおいとコウタロウのトーク画面。

 

【守矢くん今日凄かったなー。ぶっちぎりで優勝しとったやん】

【いや優勝賞品が舘山寺温泉二泊三日だって言うから、ついな】

【ああ、そういえば地元浜松やんな】

【そうそう。まあ、結局貰えなかったけど】

【え。なんでなん? ぶっちぎりやったやん】

【だって俺出場の申し込みとかしてないし】

【何で走ってたの!?】

【大会本部の前通りかかったらなんか係の人に連行されてな。なんかめっちゃ俺と似てる人と間違えたらしい】

【あー……それで一人だけド普段着やったの……】

『コウタロウがGパンにパーカー&スニーカー姿でゴールする写真』

【なんでそんなものが】

【これうちの陸上部の誰かが撮ったの学校中に拡散されとるよ】

【なんでことだ……】

【陸上部の先生めっちゃ目ギラギラしとったで】

【ヒエッ、気を付けよ……】

 

 



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九話

11月も中旬に差し掛かったある日の放課後。

誰もいない図書室では、リンがスマホの写真を眺めていた。

 

それは、富士山と広大な芝だったり、人懐っこい柴犬だったり、人の顔に見える建物だったり。そして、餃子鍋だったり、富士山を背景に写るなでしこだったり、二人のツーショットだったりした。

 

先日の麓キャンプ場での写真だ。キャンプではずっと一人だったリンは、誰かとキャンプするならこんな感じなのだろうかと思い返し、感慨にふけっていた。

 

(ワイワイするのは苦手だけど、あいつと一緒なら楽しかったな……。守矢のことも少し知れたし)

 

と、そんなリンに近づく影が一つ。

 

「さっきから何ニヤニヤしてんの?」

「っ!?」

 

ビクッとあからさまに手に持ったスマホを放り投げ、わたわたと何度かお手玉して何とかキャッチ。

セーフとほっと息をついて、突然声をかけてきた人物、恵那に振り返る。

 

「…な、なんでもない」

「何かあるときの言い方じゃんそれ」

 

これは追及を避けられないと判断したリンは、一部を隠して白状した。

 

「――――そっかそっか。なでしこちゃんとキャンプしたんだー」

「お前の差し金だろ。守矢経由でなでしこに知らせるとか凝ったことしやがって」

 

思ったのと違ったなあと恵那は心の中で思う。まあ、あのメッセージでコウタロウがリンのところまで行っていたら、自分が色々と手を焼く必要などないわけだが。

 

「ふふ、どうかなー?」

「確信犯だこいつ……」

「ね、今週はどこか行くの?」

「…………」

 

ジト目を向けられる。先日居場所を教えたことが相当響いてるようだ。

楽しかったくせにという言葉を飲み込んで、恵那は約束した。

 

「もう誰にも言わないからー」

「……長野行ってみようかと思ってる。今週バイトだから来週」

「ふーん。諏訪神社行ったり?」

「…………別に」

「ふふ、そっか」

 

別に諏訪神社と彼は関係ないのに、分かっててもゆかりあるとこが気になるんだなあ……。

この自分の気持ちに鈍感で、クールぶってるけどいまいちなりきれない親友のために、もうちょっとお節介を焼こうと決めた恵那だった。

 

 

 

 

一方本栖高校の校庭の一角では、野クルのメンバーが集合して落ち葉焚きをしていた。

 

なお、部への昇格の件で登山部の大町先生に確認を取ったところ、四人ではなく五人だったということが判明した。それを聞いた千明は膝から崩れ落ちた。さもありなん。

しばらくは狭い部室のままである。

 

「よーしお前らよく聞け。野クルも四人になったことだ」

 

そんな中、すっくと立ちあがった千明に三人の目が集まる。

 

「これから本格的に『冬キャン』の準備を始める!!」

 

こぶしを握って宣言した。

 

「オス!」

「おす!」

「押忍!」

 

ノリのいい部員の反応に千明は満足げに頷く。

と、手を大きく上げたなでしこから早速質問が飛んでくる。

 

「ぶちょう! いつキャンプやるんですかっ!?」

「うむ。これから決めてくぞー」

 

千明が答えると、間髪入れずに再度質問が。

 

「ぶちょう! どこでキャンプやるんですかっ!?」

「それも今から決めるぞ。落ち着けー」

「ぶちょう!! おやつh――」

「おまえちょっと黙ってろや」

 

口の前で人差し指でばってんを作って黙るなでしこを見て、あおいとコウタロウはそれぞれ、ちょっと前に同じようなこと言ったな(言われたな)としみじみ思った。

 

 

 

 

「じゃあ持ってくもの、私がメモってくから挙げてなー」

「「「おー!」」」

 

ベンチに座ったあおいがそう告げると、三人は元気よく拳を上げた。

 

「……ん? でもテントと寝袋と食糧だけあれば足りるんじゃね?」

 

外で夜を越すという観点から見れば冷気を凌げるものと生存に必要なだけの食糧というのはその通りなのだが、誰もそんなサバイバルじみたキャンプは求めていない。

早速千明からツッコミが入った。

 

「守矢お前、どんだけ寂しいキャンプするつもりなんだよ。キャンプっつーかサバイバルじゃねーか」

「そうだよコウくん! キャンプは楽しいんだよ!」

「流石経験者やなあ、実感があるわ」

「そうだよな、なでしこは車中泊だけどキャンプしてんだよな」

「うん、そうだよー」

 

経験者と言う言葉に反応したコウタロウ。ふむと考えこみ、口を開く。

 

「……よく考えたら四月から半年以上野クルにいる大垣と犬山がキャンプ未経験で、入部二週間のなでしこがキャンプ経験あるってのもおかしな話だよな」

「「ゔっ……」」

 

コウタロウの真っ当な指摘に思わず白目をむいた二人。

もっとも、千明は小さい頃にキャンプの経験があるのだが、そんなものは四捨五入すれば経験ゼロである。

 

「ま、まあ、にしてももうちょっと必要なもんはあるよな。着替えとか」

 

あからさまに話題を逸らした千明だが、その言葉にはたと気付く。

冬だし一日二日着替えなくても問題ないと思ってしまったが、女子からすれば着替えないなんて有り得ないだろう。なるほどなとコウタロウは膝を叩いた。

 

「化粧品と歯磨きセットとかね」

「あとランタンと懐中電灯」

「マンガとおかし!」

「…ウクレレとハンモック」

「わんことフリスビー!」

「ちくわ大明神」

「別に持ってくのは自由やけど……って誰や今の」

 

さらっと滑り込ませたが、きちんと拾ってくれるとは流石犬山。コウタロウはあおいの評価を一段階挙げた。

 

まあ、四人しかいないので誰が言ったかなど一目瞭然なのだが。一人うんうんと納得するコウタロウは三人がジト目を送っていることに気付かなかった。

 

 

「……最低限必要なもの言うたら、こんなところかな」

 

さらさらとメモに記入していくあおい。

その筆運びに迷いはなく、何が必要なのかきちんと把握していることが分かる。伊達にビバークの新刊を持ってきていない。

 

「ほー。どれどれ」

 

メモをのぞき込む三人。

そこには、

 

・テント

・シュラフ(寝袋)

・着替え

・洗面用具

・調理用具と食器

・焚き火道具

・ゴミ袋

・トイレットペーパー

・救急セット

・ランプ類

・レジャーシート、サンダル

 

「結構あるねー」

「なー。確かにゴミ袋とか救急セットとかは無いと困りそうだ」

 

他にも、サンダルだったり携帯充電器だったりと、意外と出先でないと困るものが多いのがキャンプである。特にサンダルはつっかけとして一足あると便利である。

 

「テントは980円テントがあるからええとして」

「待てイヌ子。流石にテント一つに四人は入らんし守矢は男だ」

「私は気にしないのにー」

「あ、うちも気にしないで」

 

あおいと目くばせしたコウタロウが眉をあげて言う。

 

「俺も気にならんな」

「えっ」

「あきは気にするみたいやし、今度あき用の一人テント買い行こか」

「えっえっ?」

「三人で寝るの楽しみだねー!」

「「ねー」」

 

なでしこは何も気づかず純粋に三人で寝られることを楽しみにしているのだが、あとの二人は完全に確信犯である。

信じていた親友と最近仲良くなった男子部員の突然の豹変に混乱して頭が追い付かない千明は、とんでもないことを口にする。

 

「あ、あたしも守矢と寝る!!」

「あきそれは……」

「いやあ付き合ってもないのにそれは流石に……」

「えっ、でもさっき三人で寝るって」

「ウソやで」

「普通に冗談」

「お前らーーーっ!!!」

 

てへぺろと舌を出す二人の目はめっちゃ泳いでいた。

 

 

 

 

「じゃあ気を取り直して持ってくもの再開するでー」

「待て待て。結局テントの数が足りんぞ」

 

若干まだ顔の赤い千明が待ったをかける。

 

「あ、それなんだけど。どの道俺用に必要になるだろうから、キャンプまでに買っとくわ。バイト代いくらかあるし」

「そうだな。そうすりゃ守矢のテントにアタシらの荷物詰め込んどけるし」

「リンちゃんがいつでも相談してって言ってたよ!」

「お、助かる」

 

最初から自分のテントは必要になると思っていたコウタロウ。先はノリに乗ったが、きちんと買うつもりでいた。

それに、先日各務原家でテントを発見しており、最悪間に合わなくなったらそれを借りようと思っていた。

 

「ならテントはOKやね。次は、えーっとカセットコンロ……」

「はいっ! うちにあるよ! リンちゃんとキャンプで使った実績があります!」

「コンロもOKと」

 

野クルは万年金欠である。現時点でバイトをしているのがコウタロウだけと、金銭面で非常に余裕がない。

当然キャンプ用のコンパクトコンロがあるはずもなく、家庭用のカセットコンロを使うことに。

 

「ランタンは防災用のがうちにあったな。LEDのでっかいやつ」

「これもOK…」

 

ちなみにキャンプで使うランタンは吊り下げられて明るさが調節できると便利である。

ここまでキャンプ用でなくとも代用可能であったが、焚き火道具の欄を見ながらあおいが訊ねる。

 

「焚き火セットはどうする?」

「ホムセンか100均でいいんじゃね?」

 

確かにホームセンターや100均に行けば見つかるだろう。最近では100均で炭や焼き肉の網まで買えるらしい。安いし、手軽に済むならそれに越したことは無い。

 

が、と山梨に住む二人は思う。

この辺りにはないんだけどね、と。さらには100均のある甲府まで行くのめんどくさ、と。

 

「焚き火セットはうちにあるぞ。夏にバーベキューで使ったから間違いない」

「「ナイス守矢(くん)!!」」

 

ノータイムで二人からサムズアップを返され若干頬が上がった。

夏と言えば、まだコウタロウは静岡にいた時期だ。バーベキューの単語に覚えがあったなでしこが思い出した。

 

「あー、あたご川でやったやつ! お肉美味しかったねぇ」

「やっぱ各務原家も一緒だったか……」

「これで焚き火セットもOKやな。で、あとは……」

 

 

一行は部室まで移動する。

 

 

「これやな」

「他の道具はほぼOKなんだけどなー」

 

四人がのぞき込む視線の先には、きちんと袋に入れられたシュラフが転がっている。

 

「うちら夏用のシュラフしか持っとらんのよね……」

「やっぱネックはこれだよな」

 

うーんと考え込む千明とあおいに、夏用と冬用がどう違うのかいまいちわかっていないなでしこが首をかしげる。

 

「夏用だとどうなるの?」

「死ぬ」

「死!?」

「最悪の場合だけどな」

「いや、低体温症を舐めちゃいかんぞなでしこ。末端に血が通わなくなると最悪切断なんてこともあり得るんだ……」

「切断!? ひぃぃ……」

 

死とか切断だとか言って殊更になでしこの恐怖心をあおるメガネ二人。

リアクションがいいとついやり過ぎてしまうあれである。もっともコウタロウは、なでしこが怖がるとひしと抱き着いてくるから狙ってやった部分はあるが。

 

「こらそこの眼鏡コンビ。なでしこちゃんいじめて愉悦すな」

「「あいたっ」」

 

あおいに丸めた雑誌で頭をはたかれる。

 

「なでしこちゃん、キャンプ道具の本読む? シュラフ特集のやつ」

「よむーーっ」

 

(なあ大垣。犬山って意外と面倒見良いよな。おかん気質てやつ?)

(まあイヌ子は妹居るしな)

(へえ。きっと犬山に似て可愛いんだろうな)

(……!?)

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

~教室~

「どうしたのリン? 外なんか見てたそがれちゃって」

「いや……、あそこに守矢がいたから」

「……」

 

~教室(別日)~

「嬉しそうだね、なんかあった?」

「別に嬉しそうではないけど」

「じゃあ、なんかあった?」

「いや……、昨日バイト先に守矢が来た」

「……」

 

~図書室~

「なあ斉藤、犬山さんってどんな人か分かる?」

「うーん、クラス違うし詳しくは分かんないけど、かわいい子だよね。スタイル良いし」

「ふーん」

「どうしたの急に? 仲良くなりたいとか?」

「いや……、守矢がよく話してるから」

「……」

 

~図書室(別日)~

「あれ、リンがマンガ読んでるの珍しいね」

「いや……、守矢が面白いって言うから」

「……」

 

~四話冒頭~

「リンにも春?」

「ちがう」

 

(自分の気持ちに気が付かないにもほどがあるよリン……)

 

「……?」

 

 

 

 

 



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十話

10話目なのに主人公がほんへでヒロインと会話してないSSがあるってまじ??(このSS)




(守矢って割とそういうことズバッと言っちゃうタイプの人間だったんだな……)

(え、大垣基準だと犬山って可愛くないに分類されんの?)

(そうとは言ってないだろ! ……さらっとイヌ子が可愛いとか言うから面食らったって言うか)

(ああ……。癖になってんだ、思ったこと言うの)

(キルア構文やめい。……で?)

(でって何さ)

(あたしは守矢から見てどうなのよ? 言ってみ?)

(うむ……。『パッション』『ちゃんみお』とかいう単語しか思い浮かばんな)

(パッションは分かるが…ちゃんみおって何だよ。あたしは千明だぞ)

(さあ……)

 

シュラフ特集のアウトドア雑誌を読んでいるなでしことあおいが顔を見合わせる。

 

「あおいちゃん。二人って仲良かったんだね」

「なんか波長合うみたいやな。やっぱ眼鏡かけとる同士やからやろか」

 

千明とコウタロウの距離が縮まったのは野クルに入部してからだが、あおいはこの二週間余りの間に二人の相性がいいことを見抜いていた。主にギャグキャラとして。

 

「あ、コウくんの眼鏡って伊達なんだよ。知ってた?」

「えっ!? 初耳や……。いやそういえば視力検査で2.0だったとか噂聞いたな。あれ裸眼やったんか……」

「静岡にいたときはかけてなかったんだ。なんかね、転校先でキャラに埋没しないようにかけ始めたんだって」

「ええ……」

 

キャラ付の為やとしたら思いっきり努力の方向性間違えとるで守矢くん……。

そもそもあんたそんなん無くてもめっちゃキャラ立っとるわ。

 

未だ千明と何事かささやきあうコウタロウを呆れた目で見ていると、はっとした顔になったなでしこが急に慌て出した。

 

「どしたんなでしこちゃん?」

「この話は誰にも言うなって言われてたんだったよ……。卒業式の時にドッキリするからって」

「ネタが薄いわ守矢くん……」

 

運動もできるし、授業中ノートもしっかり取っているし、結構何でもできる人だと思っていたが、意外とポンコツなのかもしれない。ちょっとだけコウタロウに対して見方が変わったあおいだった。

 

「あ。あおいちゃん、これ見てー」

「どれどれ」

 

シュラフ特集のアウトドア雑誌の一部分を指さしてあおいに訊ねるなでしこ。

小声で話し合っていたメガネコンビも、何事かとのぞき込んできた。

 

「化学繊維とダウンの二種類あるけど、どっちがいいの?」

「それなー、まあ細かい違いはあるけど……」

 

・ダウン

コンパクトに圧縮できる。

乾きにくいため、洗濯が手間。

高い。

 

・化学繊維

ダウンに比べ重くかさばる。

乾きやすいため洗濯しやすい。

安い。

 

「大まかにこんな感じやね」

「「へえー」」

 

あおいの分かり易い説明にアウトドア初心者の二人から納得のため息が漏れる。

さらに、とあおいは続ける。

 

「夏用は入ってる中綿が少ないけど、冬用は暖かくするため中綿がぎっしり入っとるやん? だから冬用は圧縮に優れたダウンの方がコンパクトに収納できてええんやけど……」

「けど?」

 

あおいが二人にズイッと顔を寄せる。

 

「同じ耐寒温度で化繊のものより2~3諭吉ほどお高くなっとります」

「「ごふっ」」

 

なでしことコウタロウの二人は¥マークが頭に刺さる幻覚を見た。本当にキャンプ用品は「あれ、一桁間違ってるのかな?」と思ってしまうくらいあれもこれも高い。

完全に大人の趣味である。

 

「コウくん…ゆきちがたくさん見えるよ……」

「ああ…それは近い将来俺たちの財布から旅立つであろう諭吉さんだ……」

 

目を回して虚空に向かい敬礼をしだす二人。

先ほど顔を寄せた際思ったよりコウタロウと距離が近くて内心どぎまぎしていたあおいが、若干距離を取って言った。

 

「そういえば、西部開拓時代のカウボーイは野宿するとき朝まで焚き火して気温が上がってから寝とったらしいで」

「なるほど、暖を取って夜をやり過ごすのもありだな。焚き火の他だと暖まる方法は――」

 

犬山って博識だなと感心する一方で、千明のその言葉に思い思いの方法を提案していく二人。

 

「使い捨てカイロ」

「湯たんぽ」

「温泉」

「激辛スープ」

「…おしくらまんじゅう」

「かんぷまさつ?」

「……プロレスごっこ!」

「いやないなら無理に出さんでいいわ」

 

終盤はひねり出すような表情だった二人。しかもあまり現実的ではない。

 

「…あ。コウくん!!」

「はいはいコウタロウですよ」

 

思い出したとばかりに叫んで隣のコウタロウの腕を取るなでしこ。

 

「唐突にいちゃつくのやめろ? 心が痛い。主にあたしの」

「ちがうよ!? 暖まる方法! コウくんと寝るとすっごく暖かいんだよ!」

「やっぱいちゃついてるだけじゃねえか」

「ちがくて! コウくんからだ鍛えてるから体温高いんだって。だからあったかいんだよ!」

 

ふんすと力説するなでしこにジト目を送る千明。

お前もなんか言ってやれとあおいの方を見れば、

 

「……聞かせてもらおうやないの」

「イヌ子!?」

 

裏切られた!? とばかりに思わず目を剥いて親友を見る。

が、そこにいたのは普段とはちょっと違う目付きをしたあおいだった。

 

「守矢くん。体を鍛えているというのはほんまですか?」

「急に敬語……? まあ本当だけど」

 

別に深い理由があるわけではないが、コウタロウは体を鍛えている。

元来体力お化けで、運動センスに優れる彼は常人とかかけ離れた体の構造をしているのか、チートともいうべき鍛え抜かれた体を持っている。

 

が、それを知る者は各務原家と彼個人と極めて仲のいい友人くらいなものである。

 

「ちょっと、お腹触ってええ?」

「…いいけど」

 

そう許可を取って、あおいはコウタロウのお腹周りに手を這わせる。

 

「っ!?」

 

瞬間、あおいに電撃が走った。

 

――一瞬、鉄かなんかを触ったのかと思った……。なんやこれ、人の腹筋ってここまで質量を持てるもんなん!? 服の上からでも割れてるのが分かるわ。指埋まる……。 体格がいいとは思ってたけど、まさかここまでとは思わんかったわ……!! 

 

「……もういいか?」

 

――これ、脱いだらどうなるんやろ……

 

自身の腹をさすりながら俯いたまま若干鼻息が荒いあおいに、ちょっと引きつつコウタロウは言った。

が、あおいは手を離さない。

 

「…犬山?」

「……」

「おーい?」

「……はっ」

 

二度目の呼びかけで、はっと顔をあげたあおい。

至近距離で自分をのぞき込んでいたコウタロウと目が合う。自分の手は未だ彼の体に触れたままで――

 

「っ!?」

 

ざ、と顔を紅潮させ距離を取る。何かが無性に恥ずかしくて、今はコウタロウと目を合わせられる気がしなかった。今まで生きてきて、人並みに恋愛だとか異性というものに興味はあるつもりだが、今日この時ほど強く意識したことは無かった。

うつむきがちにちらちらと目線を送ってしまうが、コウタロウはただ困惑した表情を見せるだけである。

 

そんなあおいの反応を見て、千明はごくりと唾を飲む。

聞こえないようにひそひそとなでしこに話しかける。

 

「な、なあなでしこ。イヌ子のあの反応……守矢の体って、そんな凄いの?」

「凄いんだよ…あのね、デコボコに指が埋まるの」

「ゆ、指が!?」

「うん。コウくんが全部脱いだとこは見たことないけど、腹筋とか腕とかはカッチカチだったよ。やっぱり男の子だから私たちとは違うんだね」

 

千明は父以外の男の体なんて見たことがないが、それでも男が全員それほど筋肉があるとは思わない。

思わずコウタロウの裸体を想像してしまい、喉を鳴らしてしまう。

 

「な、なあ守矢。あたしも――」

「なんか変な空気になったけど、俺男だし一緒に寝るとか有り得んくね?」

「あ、確かにそうだね。そういえばテントも別々だったよ」

「せせせせせやな!! そ、そんなんなったら色々耐えられる気せんわ……」

「――ソウダネ」

 

彼女らだって華の女子高生。異性に興味があるのは当然である。

そんないたいけな彼女らを流れとは言え筋肉フェチの世界に誘うなんて、コウタロウ、恐ろしい子……!

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン…

 

「じゃまたね、リン」

「うい」

 

終業のチャイムが鳴る。

恵那と別れを告げたリンは、がらりと引き戸を開け図書室から出た。

 

(寒っ)

 

暖房とストーブで火照った体に廊下の冷気が堪える。

 

(もうすぐ12月か……)

 

なでしこが転校してきてから二週間が経つ。

そして、コウタロウが野クルに入ってからも二週間である。

 

(…最近はあいつ、来なくなったな。いや、仕事の時はいるけど)

 

委員会に野クルと二足の草鞋を履くコウタロウが、放課後図書室に足を運ぶ回数は目に見えて減った。以前は図書室に来て本を読んだり勉強していることが多かった。加えて、普段から人がまばらな図書室である。

何となく同じ空間にいることが心地よく感じていたリンにとって、一緒にいる時間が減った現状を心のどこかで憂いてた。

 

もっとも、本人は自覚してはいないが。

 

(キャンプ用品について聞きたいって言ってたのに、全然聞いてこないし……)

 

まあ聞いたのはなでしこ伝手だが。

明日は当番が一緒の日である。その時にさりげなく聞いてみよう。

 

足取りが軽くなったリンは、来る長野へのキャンプ計画について思いを馳せる。

 

(あっちはどのくらい寒いんだろうな。…冬の通行止めでもう通れない道もあるみたいだし、来週を逃したら4月まで通れない)

 

長野など寒い地域では、登山口にアクセスする林道、国道、県道、市道などが冬季閉鎖される。解除予定日は道によってまちまちだが、おおよそ11月半ば~4月頭まで閉鎖されることが多い。マイカーなどで旅行に行く際は注意が必要である。

 

(あの山は霧も出やすいんだっけ…。あれ、熊とか出るって書いてあった気も……)

 

リンが冬の山の厳しさにだんだんと不安が募って来た時、

 

ヴーー、ヴーー

 

(守矢、となでしこ)

 

携帯に通知が入る。

メッセージアプリを開けば、差出人には守矢コウタロウ、各務原なでしこの文字。

 

『宅配便でーす』

『生ものですのでお早めにお召し上がりくださーい』

〈写真〉

 

写真には、ばっちり梱包され、さらには「ナマモノ」だの「上向き注意」だの「要冷蔵」だのとステッカーの貼られた千明が映っていた。

 

「……何やってんだあいつら」

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

……毎朝、同じ車両に乗り合わせる女の子がいる。ああいや、別になでしこのことではない。

 

 

通学時間のほとんどは、その子に話しかけるきっかけを考えることに費やされる。

 

毎日彼女だけを見つめていた。

あの子のことが気になって仕方が無かった。

何故なら……

 

 

 

ホクロから、毛が生えているから!!!

 

 

(言いてぇ! 超言いてぇ!!)

 

首の後ろのとこのホクロから毛が生えてますよって!!

だが俺に、そんな勇気は無かった……。

 

 

そうやって後悔している間に、彼女は降りて行ってしまう。

 

(クッ、また言えなかった…!)

 

 

 

 

「って訳だ。どう思う?」

「……それ、女子の私に言う?」

 

今日は図書委員の仕事があったため、志摩に相談してみることにした。

彼女は口数も多くないし、表情もあまり変わらないためクールとみられることが多いが、話してみると意外とノリがいいし面倒見がよく良い奴である。

きっと何か助言をくれるに違いない。

 

「いやまあ、こんな相談できるのお前くらいしかいないし」

「そうなんだ…………。まあ守矢って友達少ないもんね」

「一言多いぞ」

「ふふ、ごめん」

 

そう言うと志摩はうーんと考え込んで、やがてアドバイスをくれた。

 

「言わない方がいいと思う」

「……やっぱり?」

 

まあ普通そうだ。

でも、でも俺は……!

 

「確かに女子の体をいろいろ言うのはあれだけど……」

「やめときなって。そんな親切心は絶対伝わらない」

「……」

 

いやそもそも親切心なのか……? と考えだした志摩を横目に、俺は黙ったまま棚の整頓作業に戻った。

 

 

 

 

翌朝。

 

(確かにヤバい。いきなり「ホクロに毛が生えてますよ」なんて言う男、俺なら殴る)

 

それに、「何こいつ! 私に気があるの!? キモイ!」と思われるだろうし。俺にメリットが全くない!

……いや下心がないとは言えんが。

 

(だが、それがなんだ。なんとしても今日は言う)

 

俺はそう決意を固め、彼女が立つ扉付近まで移動する。

 

(絶対に…なんと、しても……)

 

真後ろのポジションに陣取り、つり革を掴んだ。

 

(うわやっべぇ! 近い近い近い!! 無理無理無理!)

 

が、思ったよりも近づいていた距離に反射的に顔をそむけてしまう。

 

(助けてなでしこ! やっぱ無理だ俺には。駄目だこりゃ! 諦める! 明日から電車の時間ずらす!)

 

そう心の中で畳みかけた時、あることに気付いた。

 

(……あれ? ちょっと待て、何かおかしくないか? ……おかしいぞこれ!)

 

そう、思えばこのホクロ毛。こんだけ目立つのになぜこんなになるまでほっといたんだ。

まず周りの人間が誰か指摘するはずだろう。

 

誰も言わなかったのか…これを?

 

言う人が…誰か、誰も……?

 

(ひょっとしてこの人)

 

気付く。

 

(友達がいない?)

 

気付く。

 

(このホクロ毛は、孤独である証拠?)

 

この人…誰からも見てもらえないのか……?

誰も……?

 

 

電車が止まる。

いつも彼女が降りる駅だ。

 

彼女が歩きだす。孤独な、彼女が――――

 

 

「待って」

 

ピクリと彼女の動きが止まった。

駅の喧騒の中、こちらを振り向いた。

 

(いや、俺がいた。もう俺個人がどうこうの話ではなくなった。この胸糞悪いホクロ毛だけは、刺し違えてでもとってしまわなければいけないと思った)

 

よし……!!

 

「…ホクロから毛が生えてる」

 

「――っ!!?」

 

彼女は一瞬目を大きく見開くと、そののちに顔を真っ赤にして自身の首元を手で押さえた。

 

「……っ」

「……」

 

くっ…! どう出る?

客観的に見て、俺はただのヤバいやつである。初対面の女の子にホクロ毛が映えてるなんて言う男はセクハラで訴えられてもおかしくない。

 

俺は判決を告げられる被告人のような気持で立っていた。

 

「…フッ、フフフ……!」

 

と、突然彼女が笑い出した。

 

そして。

 

「どうもありがとう」

 

どこか恥ずかしがった気配の残る、それでも一切の穢れが無い笑顔で、そういった。

 

 

 

……

以上が、こんなくだらないことに真剣に悩んでいた愚かな男の話である。

 

 

 

 

「え、お前ら一緒に登校してんじゃないの?」

「なでしこが朝弱くてな。俺が先に出ることが多い」

「私は一緒に行きたいのに~!」

「なら朝もっと早く起きろ」

「せやな~。守矢くん見張っとらんと、女の子追っかけて違う駅で降りかねんしな~?」

「なっ、犬山お前見て……!?」

「コウくんどういうこと!?」

 

 

 



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十一話

あと一人の評価で色が付くんだ!

読者の皆ー、オラに評価を分けてくれーッ!



「二人ともお疲れ。どうだった? バイトの面接」

 

夕方。

富士川と早川が交わる辺り。52号線沿いの商業区画の駐車場で、ドラッグストアから出てきたコウタロウが一仕事終えた表情の千明とあおいに声をかけた。

そのまま買って来たお茶を手渡す。

 

「「採用!」」

 

ありがとうと礼を言って受け取ると、笑顔でサムズアップ。

千明は酒屋『酒の川本』に、あおいはスーパー『ゼブラ』にそれぞれバイト先が決まったようだ。コウタロウは嬉しそうに笑顔をこぼす。

 

「良かった良かった。片方受かって片方落ちたとかいう事態にならなくて」

「確かにそれはつらいな……。二重の意味で」

「中々バイト募集してるとこなかったもんな。ほんま、コウタロウくん紹介してくれて助かったわ」

「まあ偶々だけどな」

 

そう。何を隠そう、スーパー、ドラッグストア、酒屋がTの字になるように立ち並ぶこの商業区画のアルバイト情報を提供したのはコウタロウなのだ。

事の発端は、経済的に困窮している野クルの現状を憂いた千明とあおいが、コウタロウのバイト先でアルバイトを募集していないか訊ねたこと。生憎募集はしていなかったため、代わりに隣店に聞き込んで情報を得たというわけだ。

 

「いやー、それにしても、この三店舗それぞれに野クルメンバーが働いているって凄くないか?」

「「確かに」」

 

コウタロウはドラッグストアでバイトをしていた。転校してすぐに働き始めたが、隣の大型スーパーに客を吸われ、あまり忙しくはない。そういう意味ではあおいは商売敵になるが、お互いバイトの身なので全く意識はしていない。

 

「ククク、いずれこの辺り一帯を野クルの支配下に置いてやるズラ……」

「部員の数が足りんな」

「ただのバイトが何言うとるん」

「お前らの心ないツッコミが痛いぜ……」

 

三人は駅の方に向かって歩きだす。

とはいっても、千明とあおいの家はこの近辺のため、電車に乗るのはコウタロウだけだ。二人は見送りである。

 

「お前んち確か南部町だろ? よくここまでバイト来るよな~」

「あの辺全然バイトの募集ないからなあ」

「コウタロウくん家からこの辺て20km位あるよな。電車乗っても30分はかかるで」

「まあ電車使うと時間かかるけど、休みの日はチャリで来てるしそこまで大変じゃないぞ」

「……なああき。なんか会話が嚙み合ってない気するん私だけ?」

「奇遇だな。あたしもだ」

 

フィジカルモンスターコウタロウは、自転車で家から15分ほどでバイト先に着くことができる。車かな?

 

「兎に角、これで取り合えず活動資金は確保できそうだな」

 

自身の肉体が常人のそれとはかけ離れていると自覚があるコウタロウは、こほんと咳払いをして話題を変えた。

 

「おう。折角新入部員も入ったことだしな」

「今年こそキャンプしよな」

「「「おー!!」」」

 

なお、コウタロウはその新入部員である。

 

 

 

「あ。コウタロウお前、結局テント買ったんか?」

「週末に志摩とアウトドアショップ見てくる予定だ。アドバイス欲しくて」

「デートかお前!?」

「ちげえ」

「アウトドアショップって、身延駅のとこの?」

「お、知ってたか犬山」

「ふふ。実はあそこなー――――」

「デートなんだろ!? なんとか言えコウタロウ!!」

「ちげえ」

 

 

 

 

「それで二人ともコウくんの呼び方変わったんだね」

 

昨日のバイトの一件から、千明とあおいはコウタロウの呼び方を変えていた理由をなでしこに話した。

 

「まあ付き合いも長いしな。なでしこちゃんは名前呼びなのに、コウタロウくんだけずっと苗字呼びなのもって思って」

「イヌ子はコウタロウメル友勢の初期メンバーだしな」

「ふふん。初期メンバーどころか、私コウタロウくんと初めて連絡先を交換した女子なんやで?」

「「何!?」」

 

ドヤ顔で自慢するあおいに、面白いように食いつく二人。

コウタロウは委員会の仕事で今はいない。内緒話(ガールズトーク)し放題である。

 

「あたし絶対なでしこが一番最初だと思ってたぜ……」

「私、こっちに来る直前までスマホ持ってなかったんだよ……」

 

心底残念そうな表情をするなでしこ。

それを見てちょっぴり優越感を感じつつ、しかしいかんいかんと首を振るあおい。

 

「そんなこと気にせんでも、コウタロウくんはなでしこちゃんのこと大事に思てるよ?」

「うぅ……。コウくんの一番はぜんぶ私がよかったよぅ……」

「「……」」

 

なでしこの言葉を聞いたあおいが頬を染めながら手をパタパタさせて扇ぐ。

 

「あ、あかん。ストレート過ぎてなんやこっちまで恥ずかしなってきた…」

「ほんとそれ。静岡民って思ったことストレートに言っちゃう県民性なのかな……」

 

コウタロウ然りなでしこ然り…。

千明は遠い目で呟いた。

 

 

 

 

場所は変わって図書室。

 

例の如く閑散とした室内には、今はリンとコウタロウ、図書委員の二人しかいなかった。

そろそろ完全下校時刻。夕日が差し込む中、コウタロウは書棚の整理、リンは定位置のカウンター内で読書しながら、時折視線を唯一の男子生徒に向けたりしていた。

 

と、コウタロウは動いていていた手をぴたりと止め、思い出したような声音でカウンターの方を向く。

 

「そうだ志摩。前も言ったけどちょっと付き合ってほしいんーーー

「!? くぁwせdrftgyふじこlp!?」

「…おっと。ちょっと待て今どうやって発音した!?」

 

ぼん、と顔が上気。唐突すぎる言葉にリンがあからさまに動揺し、持っていた本を放り投げた。

運動能力に関しては恐らく人類、いや銀河ギリギリぶっちぎりの凄い奴のコウタロウが難なくキャッチし、カウンターに近づいてくる。

 

「どっ、どどどどどういう…!!?」

 

リンは混乱していた。

 

――何故このタイミングで告白!? い、いやシチュエーションとしては割と全然理想的ではあるんだけど……! でもいきなりすぎるし、私たち知り合ったばっかだし……って、あれ。そうでもないぞ? むしろ守矢と一番付き合い長くて深いの私じゃね?(なでしこは除く)

あれ? もしかして意外と妥当なタイミングなのかこれ?

……あれ?

 

自然とリンの頭の中では晴れて恋人になったコウタロウとの生活が夢想される。

放課後委員会が終わって二人で帰ってみたり、一緒にキャンプに行ってみたり、同じテントの中で互いにドキドキして眠れない夜を過ごしてみたり……

 

――って、いや違う! 私は守矢のこと好きじゃないし……!! そもそも、なでしこはどうすんだよ。あいつ追っかけて山梨まで来てんだぞ、同意もなしに付き合うなんてそんなこと……。

 

……リンは混乱していた。

 

「志摩? こないだ言ったアウトドアショップに付き合ってほしいって話なんだけど、聞こえてるかー?」

 

もしもーしと、内心テンパりまくるリンの前で手を振る。

が、今のリンに聞こえるはずもなく、しかも心の声がだだ洩れていた。

 

「いやだから私は守矢のこと好きとかじゃないから……!」

「お、おう……。唐突嫌い宣言は割と傷つくぞ……」

「へぁ!? 聞こえて……?」

「な、なんかごめんな。志摩って話しやすいし、一緒に居て楽だから当番合わせてたんだけど、今度から変えてもらうから……」

 

コウタロウからしたら、本の貸し借りとかしてるし、好きとはいかないまでもいい印象は持ってくれているのかなと思っていたくらいだったので、かなりショックである。

メガネの奥で精神にクリティカルダメージを受けていた。何なら泣きそうだった。助けてなでしこ。

 

「!? ち、違…、嫌いとかじゃなくて……」

 

リンからしてもショックである。

何がどう聞こえていたかは分からないが、何故だか私があいつのことを嫌いだということになっている。そんなわけないだろ! 嫌いな奴と当番一緒にしたりましてや本の貸し借りなんてするわけない!

クールな表情の裏で精神にクリティカルダメージを受けていた。というか表情崩れていた。助けてなでしこ…!

 

「……」

「……」

 

気まずい沈黙が流れていた。

お互い初めてこいつ(あいつ)といて沈黙が気まずいなんて思ったな。と感じていた。空気が重い。

 

「……あの」

 

先に限界が来たのはリンだった。

 

「その、お前のこと…全然、嫌いとかじゃ、ないから……!!」

「……お、おう」

「それだけ……っ!!!」

「うお、志摩!?」

 

真っ赤な顔で俯いたまま絞り出すようにそう言うと、ついに限界を超えたのか、荷物をひっつかんで走り去ってしまう。

 

 

後には呆然と立ち尽くすコウタロウのみが残された。

 

 

「ええ……?」

 

彼からすれば、前々から話していた件について確認しようとしたらいきなり「あなたのこと好きではありません」と告げられ、告げられたかと思ったら撤回され、そして言った本人は帰ってしまうという、ハリウッド映画もびっくりな急展開である。

 

「……取り合えず、閉める作業は終わらせないと」

 

そう言って、本来二人でやる作業を一人開始した。

 

 

結局、コウタロウが帰ったのは完全下校時刻を過ぎた頃になった。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

その日の夜。なでしことコウタロウのトーク画面。

 

【コウくん今日遅かったね。校門であきちゃん達と待ってたけど、なかなか来ないから先に帰っちゃったよー】

【すまん。委員会でいろいろあって】

【図書委員で何かあったの?】

【なんか志摩がな……】

【リンちゃん? リンちゃんがどうかしたの?】

【俺のことを嫌いじゃないということが分かった】

【どういうこと??】

【さあ……】

 

 

 

 

 







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十二話

評価バーに色がアアアアアアアアアァァァァァッ!!!!!(歓喜)



あとは…感想やな!(チラ見



【冬用シュラフ、赤に決めた!】

 

いよいよ野クル初キャンプを来週末に控えた金曜の夜。

ピコン、と通知が入ったのでスマホを確認すれば、なでしこが野クルのグループルームに送信していた。

同時送信しているリンクをタップしてみれば、「POLER BEAR, SLEEPING BAG color: 」の文字。 値段も手ごろで、体感温度も-10度までとゆるキャン勢の俺たちにはぴったりなシュラフ。今日の放課後にみんなでこれにしようと決めたやつだ。

 

なるほど、なでしこは赤を選んだわけか。

 

「正直俺も赤がよかったけど、被るのはなあ……。次点で黄色に――」

 

ピコンと通知。

 

【あたしは野クルイエローだ!】

 

「……」

 

ふむ。まあ黄色は大垣の方が似合うか。じゃあ俺はなでしこと対になるように青に――

 

ピコンと通知。

 

【私、野クルブルーやで】

 

「……」

 

とっとっと、と文字を入力する。

 

【お前ら狙ってやってる?】

【?? なにが?】

【どうしたんコウタロウくん?】

【コウくん色何にするー?】

 

まあそうだよな、狙ってやってたら怖いわ。そんなわけが無かった。

なでしこの文面に、結局色どうしようかと暫し逡巡。

つつ、とカラーバリエーションをスワイプしていると、一番下に少し毛色の違うものがあった。

 

「……これにしよ」

 

【この三色のストライプが入ってるスペシャルエディションってのにするわ。ちょい高いけど】

【おお! 流石バイト戦士、余裕あるなー】

【ねえあおいちゃん、この三色って】

【…ふふふ、コウタロウくんええとこあるやん】

 

コウタロウが選んだのは、素色をベースに赤青黄色の三色のストライプが映えるシュラフだった。

 

 

 

 

 

 

二日後の週末の午後。

 

各務原家のガレージ前では、倉庫から引っ張り出してきたロッキングチェアを前になでしこが目を輝かせていた。

 

「ふおおおおお!! うちにこんなのあったんだねー」

「引っ越しの時運んだでしょそれ…」

「そうだっけー?」

 

早速腰かけてゆらゆらとその座り心地に酔いしれるなでしこの傍らで、姉の桜(探すのに付き合わされた)がため息とともにそう言った。

 

「私この後出かけるんだから、使ったら戻しときなさいよ」

「ふぁーい。どこに行くのー?」

「んー、詳しくは決めてないけど、甲府市内かしら」

「……そういえば珍しくおめかししてるね。もしかして彼氏できたの?」

 

そうは聞くが、この姉は恋人ができたとしてそれを吹聴するような性格ではない。しかし自分は妹として絶対に気付く自信があった。故に、お遊び半分で訊ねる。

 

「違うわおバカ。…とにかく、いいから壊さないようにねそれ」

 

が、妙に会話をたたもうとする。……怪しい。

 

「……なんだか怪しいなあ。ねね、誰と行くの?」

「いいじゃない別に誰と出かけても」

 

ふいとそっぽを向く姉。

隠し事をしている時の癖だ。伊達に十何年妹をやっていない。

 

「ふぅーん? 誰かと行くのはそうなんだ?」

「なっ……カマかけたわね……!」

「友達なら友達って言えばいいのに。……本当に彼氏できたの?」

「……」

「えっ? ほ、ほんとうなの……?」

 

なでしこのその言葉に、ついに桜は折れた。

はあとため息を一つ吐いて、白状した。

 

「………………コウタロウくんよ」

 

その発言に、その人物の名前に、がばっと立ち上がり驚愕に目を見開くなでしこ。

 

「えぇーっ!? な、なんでお姉ちゃんがコウくんと!??」

 

どうしてコウタロウと桜が一緒に出掛けるなんてことになったのだろう。おめかししてるところを見るに異性として意識はしているだろうし、やはりデートだろうか?

言い知れない不安感が首をもたげる。

まさか実の姉に最愛の人を取られるなんて……。いつの間に姉と付き合っていたのだろう。いや、昔から二人は仲が良かったし、自然な流れでそういう関係になっていてもおかしくない。……そういえばこの間同じテントで寝るという話になった時、お姉ちゃんに殺されるって言って断られた。それって、こういうことだったのだろうか。つまりその時から……?

 

なでしこはあからさまに狼狽したまま桜を向いた。

 

と、視線の先にはだから言いたくなかったと言わんばかりに、はあとまた一つため息を吐く姉の姿が。

 

「落ち着きなさい。別に付き合ってるわけじゃないわよ。ただいつもお世話になってるじゃない? そのお礼。どこか連れて行ってあげようと思って」

「な、なんだ。よかったぁ……」

 

桜の言葉は真実である。

事実、各務原家は毎度コウタロウから「おすそ分け」として色々な食材を貰っていた。お礼としてお菓子や夕食を振舞ったりしているのだが、何分「おすそ分け」の品が品だけに(野生動物の肉をはじめきのこや山菜など山の幸をこれでもかという量)、十分に返せているかと言われると首をかしげざるを得ない。

 

コウタロウ本人は何の見返りも求めていない(しいて言うならなでしこの笑顔)ため、お礼を一言添えるくらいで問題ないのだが、そうは問屋は下ろさないのが常識人の各務原家並びに桜であった。

 

今日はこれから桜の車で甲府市内まで繰り出してコウタロウをもてなす予定だ。

有り体に言えばデートである。

 

「まあ、コウタロウくんなら喜んで付き合うけど」

「だ、だめだよっ!! コウくんはだめなの!!」

「……冗談よ。安心しな」

 

愛妹の涙さえ浮かぶ必死な表情に、思わず眉根が下がる。

本当にコウタロウを奪う気はない。その気ならそもそも山梨まで付いてきていないのだ。桜は妹の幸せを願っていた。

……まあ、向こうからどうしてもと言われたらやぶさかでないが。

 

「じゃあ本当に時間だから。私は行くわね」

「うん……」

「もう。本当に大丈夫だから」

「うん、分かった……。いってらっしゃい」

「行ってきます」

 

少しだけしょんぼりモードのなでしこを残して、桜は車に乗り込むと守矢宅まで向かった。

 

 

 

 

「……よし!」

 

意を決した表情でなでしこが携帯の画面に指を這わせる。

 

【コウくん。いまどこ?】

 

少し経って返信。

 

【今日は桜さんと出かける予定。今車の中ー】

〈写真〉

 

タップして写真を開けば、信号待ちの間に撮ったのか、微かに笑みを浮かべてピースサインをする姉と幼馴染のツーショット。

先の姉との会話のせいで、なんだか彼の様子もいつもより上機嫌に見えて、殊更に胸がきゅっと締め付けられた。

そんな内心を隠すように、いつものように茶化してメッセージを送信する。

 

【遅くなるまえには帰ってくるのじゃぞ?】

【勿論。お土産買ってくるからなー】

 

「えっと、【たのしみにしてるね…】」

 

と、なでしこがそう書ききる前に連続してコウタロウから通知が入る。

 

【あんま携帯ばっか触るのも失礼だし、そろそろ電源切るな。また後で】

【…うん。後でね】

 

それを機に既読が付かなくなる。

誰かといるときにスマホばっかり触っているのは同行者を不快にさせる。そういう意味でコウタロウの桜への気遣いは素晴らしいのだが、なでしこからしたら面白くない。

 

「……こんな時まで優しくなくていいのに」

 

しかし、一時とは言えコウタロウと会話ができてちょっとだけ機嫌が直るなでしこ。ちょろい女だぜ……。

思い直す。そもそも、あの幼馴染が浮気をするはずがないのだ。心配は杞憂であった。別に二人は付き合って無いが。

 

ヴーー、ヴーー…

 

と、しばらくコウタロウとのトーク画面を眺めていると、一件通知が入る。

 

「リンちゃんだ」

 

【もとすこなう】

〈写真〉

 

写真を開けば、いつぞや見た富士山が映っていた。

どうやらあの時のあの場所でデイキャンプをしているようだ。

 

「今日は本栖湖でまったりかー。いいなあ」

 

穏やかな日差しの中、週末の午後を湖畔でゆっくり過ごしているであろう友人に思いを馳せる。……ぴこん、といいアイデアが浮かんだ。

 

「そうだ!!」

 

言うが早いか、なでしこはロッキングチェアとひざ丈の高さの小さなちゃぶ台、そしてお菓子を持つと、すぐ近くの富士川まで走り出した。

 

 

 

 

ヴーー、ヴーー…

 

富士川の河川敷というナイスロケーションでなでしこがプチキャンプ気分に浸りながらアウトドア用品雑誌に目を通していると、またも通知が入る。

 

「お、今度はあきちゃんだ」

 

 

【野クル初キャンプ地決まったぞ!】

 

 

「おおおお!!」

 

この間の冬キャン計画の際に決めていたのは日程だけで、場所は追って千明が調べるという話になっていた。今、遂に野クル初キャンプが動き出すのだ……!

 

【どこのキャンプ場に泊まるの?】

【それは来週のお楽しみ。一番いいサイト予約したった!】

【流石あきちゃん!】

【クク…赤子の手をひねるより簡単だったわ!!】

 

 

「冬用シュラフも買ったし、初めてのテント泊キャンプ……」

 

いよいよ現実味を帯びてきた野クルでのキャンプ。

 

「みんなで焚き火して夜更かしして……」

 

大好きな友人と幼馴染と共に囲む焚き火や、キャンプご飯、夜は遅くまでおしゃべりして。

旅行は準備している時が一番楽しいと言うが、まさになでしこは今一番楽しい時間を味わっていた。

 

(はぁーーー、今から楽しみーーー!)

 

キャンプを想像しながらゆっくりとロッキングチェアに背をうずめる。

そして。

 

「すぴーー……」

 

午後の陽気とお菓子でいい具合に満足したお腹、そして極めつけに夢想するに相応しいキャンプの話題と、何となく目を閉じればそのまま睡眠コース一直線だった。

 

 

 

夜。

 

「……」

「zzz……」

 

「……」

「んむぅ」

「起きろ寝坊助」

「……んぅ。お姉ちゃん…? あと五分……」

 

コウタロウと夕食を済ませて帰ってきた桜が、河川敷でロッキングチェアから大きく寝違えたなでしこを発見。

そばにあった雑誌を丸めむぎゅうと頬に押し付けてなでしこを起こした。が、寝起きが弱いなでしこは中々起きてこない。起きるというかもう夜なのだが。

寝ぼけたままの妹の耳元で、『必殺技』を囁く。

 

「今日はコウタロウくんがうちでご飯食べてくって」

「コウくんが!? わ、起きる起きる!!」

「冗談よ」

 

「がーん…!!」

 

 

なお、同時刻本栖湖でなでしこと同じように寝過ごしたリンが、真っ暗闇の中半泣きになって家路に就いたのは別のお話。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

「そういえば冬用シュラフは買ったけど、コウタロウはテントどうした?」

「土曜にアウトドアショップに志摩と行ったんだけど、おすすめのが無くてな。日曜に甲府まで行って買って来た」

「コウタロウくんのことやから、またチャリのが速いー言うて自転車で行ったんやろ?」

「ほんとよくテント自転車に積んで甲府から走ったよな~」

「いや車で行ったぞ」

「は? いやいやお前免許持ってないだろ」

「ああ、なでしこのお姉さんに連れてってもらった」

「……それだけか?」

「映画見て市内回って、夜飯ご馳走になって夜景見て帰ってきた」

「「なにその理想的なデートプラン」」

 

(なあ、二日連続で違う女とデートって……)

(コウタロウくん意外とすけこましやな)

 

 

 



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十三話

たくさん評価頂けたので投稿ペースが上がりました。
(評価もペースも)止まるんじゃねえぞ……!


感想お待ちしてます!!


「二人とも遅れてごめんーーーっ!!」

 

休日の山梨駅のホームから、なでしこが勢いよく飛び出してきた。

その少し後ろには、小走りのコウタロウが続く。

 

「おー来た来た」

 

リュックを背負い、その上に寝袋を担ぐなでしこと、なでしこと同様の荷物に加え両肩から大きめのバッグを二つ下げる重装備のコウタロウが申し訳なさそうに謝る。

 

「すまん。甲府駅で迷ってな……」

「ごめんね……」

「えーよえーよ。まったり行こかー」

「時間も十分あるしな。……でも、コウタロウが迷うなんてなんか意外だぜ」

「確かに。いろんなことつつがなくこなせそうなイメージやわ」

 

千明やあおいの言う通り、コウタロウは割と何でもできるタイプだ。

しかし彼とて一応人間。分からないことは分からないものである。

 

「浜松は全然電車通らないから、乗り換えとか慣れてないんだよね…」

「ああ。自転車移動が基本だったから……」

 

浜松には私鉄が南北にちょろっと通っているだけで、他の主要都市のように網目状に張り巡っていない。マイカー移動が基本であり、学生は大概自転車かバスを使う。

そのため、同じ駅内でJR身延線と中央本線が行き交うような乗り換えには不慣れだった。

 

「まあコウタロウならどこ行くにも自転車で十分だもんな……」

「まあな」

「肯定しちゃったよ」

「立ち話もあれやし、そろそろ行こかー」

 

あおいの言葉に、全員が頷く。

 

「よし。んじゃー今日の目的地『イーストウッドキャンプ場』へ…しゅっぱーつ!!」

「「「おーーっ!!」」」

 

 

 

 

四人は駅を離れ、目的地に向け「富士塚通り」を歩きだす。

 

「あきちゃん、今日泊まるところってどんなとこなの?」

「よく聞いてくれた!」

 

なでしこのその疑問に、千明は眼鏡を光らせて答える。

 

「薪がタダで温泉が近くて夜景がきれいで、一泊1000円!! …ってゆーナイスなキャンプ場らしい」

「何そのキャンプ場に欲しい要素全部詰め込みましたみたいな場所」

「欲張りセットやね」

「夜景も温泉も楽しみだねー」

 

恐るべきは千明のリサーチ力である。

三人の住む場所からは少し遠いが、ここまで環境がいいキャンプ場も早々ないだろう。あおいが欲張りセットと言ったが、まさにその通りである。

 

「そうだなでしこ。夕飯は任せてって言ってたけど、何作んの?」

「言われた通りパックご飯は持ってきたでー」

 

千明とあおいの質問に、残る二人はさっと目くばせをする。コウタロウはなでしこが何を作るかは知っているようだ。

 

「それは」

「夜の」

「「お楽しみ!!」」

「ヒントはキャンプっぽいごはんだよ!」

「あっ、なでしこそれ言ったら――」

「カレーとか?」

「……お、お楽しみだよ!!」

「……あちゃ~」

 

(カレーか)

(カレーやな)

 

キャンプっぽいごはんと言えばカレーなのは全国共通認識である。

秘密はあっさりばれた。

 

残る疑問は何故コウタロウがカレーだということを知っていたのかである。千明は肩を組んで引っ張ってくると、ひそひそと話を始めた。

 

(というか何でコウタロウは知ってたんだよ)

(なんでも何も、何作るのって聞いたらカレーだよって昨日)

(ええ……)

(その後、しまった! みたいな顔してたけど)

(嘘つくん下手やなあなでしこちゃん……)

 

 

なるほどねともろもろの事情を把握したため、気を取り直してキャンプ地へ向かう。

駅からは約4km。徒歩で50分ほどの距離である。ちょっとした遠足気分だ。

 

話題は自然と、圧倒的大荷物のコウタロウへ向かう。

 

「そういえばコウタロウくんめっちゃ荷物持ってるけど大丈夫なん?」

「何をそんなに持ってきてんだ?」

 

あおい達は言った後で、そういえばこの人体力お化けだったと思いなおす。恐らく心配は無用だろうが、もしきついようだったら手伝ってあげるつもりでいた。

 

「あ、コウくんのその荷物、半分私のなんだー」

「誤解の無いように言っておくが、俺が勝手に持ってるだけだからな」

「いやなでしこがお前に持たせてるとかは思わないから大丈夫」

「まあなでしこちゃんが『コウくん、持ちなさい』とか言ってたらそれはそれでおもろいけど」

「確かに」

 

なでしこも人並み以上に体力があるためコウタロウが持たなくても問題は無かったが、なでしこ保護者勢でしかも男のコウタロウが、自分より多い荷物を持っているなでしこを手伝わないはずが無かった。

 

「で、その大荷物は結局何が入ってるんだよ」

「えーと、土鍋とガスコンロ、替えのガスで一つ。あとは全部食べ物だよ」

「……あたしら一泊の予定だよな? うちの親が週末にまとめて買ってくる量くらいあるんだけどそれ」

「これがなでしこクオリティだ」

「なんでコウタロウくんがドヤ顔なん……」

 

そんなに大量の荷物を持っても平気そうなコウタロウの顔に、なにをしたらこの人は疲れるんだろうと疑問を抱えつつ一応訊ねてみた。

 

「この先坂だけど大丈夫か? まあ大丈夫だろうけど」

「こういうキャリーカートあった方が疲れへんよ? まあ要らんやろけど」

「まあ心配ないな」

「「知ってた」」

 

だろうねと予想していた通りの答えに口をそろえる二人。

山梨での噂に加え、なでしこからも地元での武勇伝(?)を散々聞かされていたため、これくらいでは最早何とも思わなくなっていた。流石に70kmを自転車の速度で走れると聞いたらもう「そういう奴なんだなあ」と納得せざるを得ない。

 

「何なら疲れたら言えよ? 二人の荷物くらいは持てるから」

 

加えてこれである。

 

「あ、あかん。頼りになりすぎる……!」

「かつてこれほどまでに心強い荷物持ちがいただろうか……!」

 

信頼と実績の伴った男らしすぎる言葉に、ちょっとだけクラッと来た二人だった。

 

 

 

 

「「わーーっ!」」

 

千明が言ったように、キャンプ場へと続く道が坂になって暫し。

コウタロウはともかく…なでしこと彼の二人は、まるで坂道など苦にもならないとばかりに斜面を駆けていた。紅葉に染まる街路樹をバックに二人で記念撮影を始める始末だ。

 

「……なあイヌ子」

「…なに?」

「静岡っ子って、皆あんな体力お化けなのかな?」

「どんな魔境やねん静岡。あの二人が特別なだけやろ…たぶん」

 

如何せん静岡の民に対する知識が無さすぎるため断言はできないが、多分きっとそう。

あんなフィジカルモンスターが一山いくらといてたまるか。

 

「コウくんコウくん、紅葉綺麗だねーっ」

「ハイカラだな」

 

「……なでしこの荷物もあたしらより全然多いもんな」

「せやな……」

「もう荷物あいつらに全部持ってもらわねーか? コウタロウも言ってたじゃんか」

「いやそんな直ぐ頼るんはどうよ……。笛吹公園まで600mやし、そこでいったん休憩せーへん?」

「…だなー」

 

魔境の民の二人と違い、一般的な女子高生としての体力しか持ち合わせていない千明とあおいは、ひぃこら言いながらしんどそうに「600m…」とその先に続く道を見た。

 

「こっちだよーっ」

「おーい」

 

あれ?壁かな? と思わず二度見してしまうような急こう配の坂の上で、手を振っている二人が見えた。

 

「……」

 

無言でプラカードに何事か書き込み始める千明。

 

『笛吹公園まで乗せてください!』

 

「おーい、こっちだよーっ」

「おいまてあいつヒッチハイクしようとしてないか?」

 

 

 

 

なんてことがあり。

 

ようやく……

 

 

「うわぁーーーっ!! すごい眺めだよここっ!!」

「すごいな……」

「まあ結構有名な夜景スポットだしな」

 

笛吹公園内の市内が一望できる展望スポットでなでしこが目を輝かせる。

山を一つ挟んで見える富士山を背景に広がる一面の光景に、コウタロウも目を見開いて感動していた。

 

「ねえねえ、写真とろ! 写真!!」

「よしきた」

 

二人の疲れ知らずさには、最早呆れるほかない。

千明とあおいは若干苦笑いで映った。

 

「オイ見ろなでしこ、こっちも絶景だ!」

「ほんとだ!? キャーッ」

 

「本当に元気な子じゃのう…」

「ワシらも昔はああじゃった…」

 

呆れを通り越して老人化していた。

ベンチに腰掛け日向ぼっこするみたいに穏やかに二人を見守る。

子犬のようにはしゃぎまわる二人の声が聞こえてくる。

 

「あ、コウくん見て見て」

「んー? どれどれ…『おすすめメニュー 季節のフルーツパフェ、りんごソフト――』」

 

老人化していた二人が、ピクリと反応する。

 

「……中でスイーツ食べれるみたいだな」

「スイーツ! 食べたい!!」

「なら行くか。俺二人に声かけて――」

 

「「うおおおおおおおおっ!!!」」

 

「――うわ、すげえ勢いでこっち来た」

 

乙女がスイーツにかけるパッションを前に、坂道の疲れなどは吹き飛ぶのだった。

 

 

 

 

『んまぁ~~~!!!』

 

店内に四人の至福の声がこだました。

 

千明とあおいを疲れから即座に復活させた魔法のワード「スイーツ」を味わいに、四人は笛吹公園内のカフェ、「Orchard Kitchen」に足を運んでいた。

 

それぞれ、季節のパフェ、りんごソフト、レモンソフト、ぶどうソフトに舌鼓を打つ。

 

「疲れとると甘いもんがウマーやなぁ」

「暖房きいてる店内で食うアイスウマー」

「炬燵で食うアイスみたいに背徳的なうまさだよな」

「あ、それ私も思ったよー」

 

それぞれが自身の注文したスイーツを味わうが、どんなものであれ人が食べているものは何だかすごくおいしそうに見えるものである。

 

なでしこが言った。

 

「コウくん、一口ちょうだい?」

「いいぞー」

「ん~! レモンソフトもおいひいねえ…」

 

そう言って自然に口を開けるなでしこと、自分のスプーンで自然になでしこに食べさせるコウタロウ。

二人にとってはなんてことはない。いつものやり取りだった。

が、いつもと違うのは一つ。

 

「流石なでしこ、自然な流れであーんしてもらうなんてアタシたちにできないことを平然とやってのける……」

「しびれる憧れるー」

 

ここに男子と触れ合った経験のほとんどない女子二名がいたこと。

 

その二人の視線を受けて、何を思ったのかコウタロウ。

なでしこにした様に、こちらにスプーンを向けてくる

 

「お前らも食う? ほらあーん」

「「!?」」

 

その言動に目を見開く二人。

驚愕のあまりなでしこを見たるが、「おいしいんだよー」とにこにこと笑うばかり。全然気にも留めていない様子。

 

(おおおおい噓だろこいつ! 男女の距離感バグってんのか!?)

(……いや)

(イヌ子……?)

(よう見てあき。コウタロウくんのあの表情、なでしこちゃんに向けてんのと全く一緒や! つまり、全然私らのこと意識してないんやで!!)

(な、何ィ!? ……それはそれで腹立つな)

(せやろ? …だから、私は行くで)

(ま、まさかイヌ子お前……)

(骨は、拾ってな……!)

(イヌ子ォーー!!)

 

何のことは無い。ただ食べさせてもらうだけである。

 

しかし、向こうは意識していないとはいえ、気になる男子にあーんをしてもらうというのは、年頃の乙女としてめっちゃ緊張するもの。

高鳴る心臓と、紅潮する自身の頬は敢えて無視して、あおいは意を決して戦場に向かった。

 

「じ、じゃあもらうな? あ、あーん……」

 

キスをするわけではあるまいに、思わず目をつぶって彼に口を寄せる。

 

「おう。あーん」

 

と、口の中に弾けるレモンの香り。

目を開ければ、いつもの彼の顔がどうだったと言わんばかりに問いかけてくる。

 

「おいしい?」

「………………うん」

 

なんだか目を合わせられなくて、思わずキャスケットのつばを下げる。

 

味なんて、分かるわけが無かった。

 

 

 

「え? なにこれ」

「あおいちゃんどうしたのかな? 顔真っ赤だよ?」

「それには触れてあげるな」

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

「犬山って服のセンスいいよな」

「え、何々どしたん? 褒めてくれるなんて珍しいやん」

「そうでもないだろ。……いや、そう言えば私服見たの初めてだなって」

「確かにせやな。いつも制服だったし」

「だろ? 大垣もユニセックスな感じ似合ってるし、犬山のその感じ、俺すげえ好きだわ」

「すきっ……!?」

「え、うん。ファッションがな」

「せ、せやな。ファッションがな……」

「何々、どしたの二人とも?」

「あーえっと、いやな、犬山の眉毛が可愛いなって話」

「あー。確かにいろんなもの貫通するよな、イヌ子の眉毛」

「野クル七不思議だねっ」

「あとの六つは無いけどな」

「いやお前の武勇伝は十分ランクインするだろ」

 

 

(コウタロウくんがすけこましな理由分かった気がする……)

 

 

 



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十四話

評価が止まらないどころか、総合日間ランキング8位だってよ…
嬉しすぎてスクショしちゃいました。

皆様、本当にありがとうございます!
これからもどうぞよろしくお願いします!!


笛吹公園内のカフェから何とか尻の根っこを引きはがし、四人はキャンプ場よりも先に温泉に来ていた。

その道中、駐車場から続く温泉入り口の立て看板を見たなでしこがつぶやく。

 

「ほっとけや温泉だって。おもしろい名前ー」

「いいじゃないかどんな名前だって。ほっといてやれよ。…ほっとけや温泉だけに!」

「……あきちゃん」

「あき、ないわー」

「温泉入るからってわざわざ冷えさせなくていいんだぞ?」

「……お、お前らーーっ!!」

 

千明のギャグは華麗にスルーされ、残る三人はスタスタと荷物を置くため休憩所に向かった。

憤慨しながら追いかける千明。

 

「お、お前ら最近あたしの扱い雑じゃないか!?」

「右の方が空いてるみたいやな」

「早いとこ荷物置いて温泉行こうぜ」

「さんせーい!」

「せめて話は聞いて!?」

 

涙目になった千明が流石に可哀想なので、三人は笑いながら冗談冗談となだめにかかる。

 

「ほら大垣、座布団どうぞ」

「あき、ストーブ持ってきたで」

「あきちゃん、マッサージするよ!」

 

「お前ら……。気持ちは嬉しいが、ここでくつろいだら尻に根が張るなんてレベルじゃなく二度と『起きて』帰れないことは明白だぞ…本気か?」

 

現に今、暖かい部屋にいるだけでもう既に「あ、もうここに住むわ」と思考停止しかけているのだ。その上温泉に浸かった客を完全に堕としにかかる悪魔の刺客(座布団・ストーブ・マッサージ)を仕向けられたら、100%墜ちる自信があった。

 

「大丈夫や。あきが寝ちゃったらその分までうちらが温泉堪能してくるから」

「任せろ」

 

ぐ、とサムズアップを返すあおいとコウタロウ。

 

「二人ともあたしをイジッてそんなに楽しいか?」

「「すごく」」

「いい笑顔だなコンチクショウ!!」

 

そんな風に三人がじゃれあう中、リンからの通知に反応していたなでしこ。

30分ほど前に送っていたメッセージに、今返信が来た。

 

【リンちゃんは今日どこ行ってるの??】

【ここだよ】

【http://live/kiri/cam.php?1】

 

(アドレスだ)

 

どうやらバイクに乗っていたらしく、返事が遅れたようだ。

返事と共に送信されていたURLをタップしてみる。

 

(霧ヶ峰カメラ?)

 

URLを開けば、県道40号線ビーナスラインを映すライブカメラ、霧ヶ峰カメラが立ち上がった。

 

「ん?」

 

そして、目を凝らせば。

 

「んんー??」

「なでしこ、誰から?」

 

先ほどからスマホをじっと見つめるばかりのなでしこを不審がって、コウタロウも彼女のスマホを覗き込む。

と、

 

「あーーーっ!! リンちゃんだこれーーっ!!」

「っ、みみがぁ……!」

 

至近距離で叫ばれ耳がキーンと打ち震えるコウタロウはさておき。霧ヶ峰カメラの端には、こちらに向かって手を振るリンの姿があった。

 

「なでしこ、どうした?」

 

なでしこの大声に反応した千明が、視界の端で悶絶するコウタロウを敢えて無視して様子を問いかけてきた。

いや、敢えて無視どころか邪魔だとばかりにごろんと転がして壁に寄せた。ぐおおと苦悶の声が漏れる。先の意趣返しである。

 

「リンちゃんが、テレビに映ってるんだよーーっ!!」

 

テレビではなく、ライブカメラである。

なでしこはすわ大変だと言わんばかりにリンが映る霧ヶ峰カメラの映像を見せる。

どれどれーと寄ってきたあおいは、コウタロウの頭部側に移動し自然な流れで彼の頭を自身の膝の上にもたれさせた。

 

「ホントや。志摩さん、今霧ヶ峰におるんねー」

「霧ヶ峰って確か長野の諏訪湖の辺りの高原だよな」

「あおいちゃん、そこ代わるよー」

「今めちゃ寒いはずだけど大丈夫なのか?」

「あ、ほんまー? ならお願いするわ」

「いや膝枕してもらわんでも大丈夫だわ」

「えー!! あおいちゃんばっかりずるいよ」

「……ねえ聞いてる?」

 

 

「見えてるよな? 返事がない……」

 

その一方で、一向に返事が来ないリンはしばらくライブカメラの前で手を振り続けていた。

待たされ続ける彼女がようやく出発できたのは、しばらく振り続けた後コウタロウから【話に夢中で返事忘れかけてるからもういいぞ。車危ないし】とメッセージが来てからである。

 

 

 

 

時間は少し巻き戻って、正午の少し前。

 

長野へ向けて150kmの道のりをまだ早い早朝に出発したリンは、県道40号線ビーナスライン沿いの山小屋カフェ「マツボックリヒュッテ」に愛車のビーノを停め、少し早い昼食を決め込んでいた。

 

(麓キャンプ場では2000円の利用料に怯み薪代をケチった私だけど……)

 

メニューの値段設定を睨む。

 

(今はバイト代が入ったばかり!! 金はあるんや!)

 

「ボルシチセット一つ。ドリンクはキャラメルマキアートで」

「かしこまりました」

 

ボルシチ(ドリンクセット)1300円と、カフェプライスとしては割と良心的な値段設定で助かった。

いつぞやクラスの女子生徒が言っていたが、おしゃれカフェの強気値段設定は味ではなくおしゃれさに金を払っているんだと。あとSNS映え。

 

今のところ多くの女子高生がやっているようなSNSはやっていないしやるつもりもないリンには、理解しがたいものだった。コウタロウにも話したが、「コメダなら同じ値段で3倍量が食える」とのこと。

 

(まあ大食いなでしこと行くんだったら、そうなるよな)

 

私とは行ったことないけど、と呟く。

 

(そういえば守矢とちゃんと遊びに行ったのって、こないだが初めてだったんだよな)

 

先週の土曜に身延駅前のアウトドアショップ「かりぶー」に行ったのを思い出す。

昼過ぎに駅前で待ち合わせて、予算の範囲内でテントと小物などキャンプに必要そうなものを一緒に選んだわけだが、何となく自分が使っているものと同じものを勧めた。

別に他意はない。だって、実際使って良いと感じたものなのだから。

 

テントは残念ながら在庫が無かったが、翌日守矢から送られてきた写真には、自分が使っているのと同じ「ムーンライト3型」を手に笑う彼が映っていた。多分親と一緒に甲府市内まで行ったのだろう。

別に他のテントでもいいだろうに、そこまでして自分と同じものを使ってくれようとするなんて……。

 

まあ、お揃いだということは伝えてないのだが。だって恥ずかしいし。

 

「お待たせしましたー」

「っ……。ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞ」

 

頬が緩むリンの前に、注文していたボルシチセットが運ばれてくる。

思わず持っていたスマホを落としそうになるが何とかセーフ。瞬時に表情を切り替え、いつものクールしまりんにもどった。

 

兎にも角にも、料理が来たからには食べなければ。

リンは手を合わせると、心の中でいただきますと唱え、ボルシチを口に運んだ。

 

(~~~~!!)

 

うまい……。冷えた体にしみわたるぜ……。

寒い日に、100km近く走ってきて冷えた体。温かい店内で温かいボルシチを食べるこの幸福と言ったらない。

 

【寒い日のボルシチうまー】

【写真】

 

この感動は是非とも分かち合わねば。

早速、友人達にそれぞれ写真と共にメッセージを送った。

 

(そうだ。あいつのお土産何買ってこう…)

 

鍋のお返しもあるし。

そう言って思い出すのは、なでしこの顔。元々麓キャンプ場での鍋は、本栖湖でのカレーメンのお返しという話だったのだが、キウイも貰っていたし、カレーメン1個じゃ釣り合わないよなとリンは思っていた。

 

ちらと店内を見れば、レジ付近にマグや小物、Tシャツなどの品が目に入る。

 

(雑貨とか……? いや、食べ物のほうが喜びそう…ってか喜ぶだろ)

 

よくわからない食べ物(多分なんかのモチ)を渡され目を輝かせて喜ぶなでしこが目に浮かんだ。お土産は諏訪辺りの食べ物にしよ。リンはそう決めた。

 

(守矢はいつも通り、その辺の道の駅で売ってる剣とか龍とかのじゃらじゃらしたやつでいいか)

 

小学生男子が喜びそうなお土産のチョイスだが、別にコウタロウはそんなものを欲しがってるわけではない。

ただリンが彼のためにと品物を悩むのが恥ずかしいので、いつもそういった大きくなって貰うと扱いに困るシリーズが彼のお土産として選ばれるのだった。

コウタロウは友人の感性を疑っていた。

 

【ボルシチ! おいしそー!!】

 

と、先のメッセージに返信。

こちらはなでしこだ。

 

【寒い日に食べるアイスうまー】

【写真】

 

同じような文言でかぶせてきたのはコウタロウ。

彼らが笛吹公園内のカフェで一服しているのはカフェに入る前になでしこから送られてきたメッセージで既に知っているのだが、そうとは知らず自慢げに写真を送ってくる友人に少し頬が緩んだ。なんかかわいいなこいつ。

 

【そこ、笛吹公園のカフェでしょ】

【何で知ってんの? エスパー?】

【ふふ、実はキサマの体にGPSを埋め込ませてもらった】

【な、なんだってー!】

【これでお前がいつどこで何をしているのか筒抜けってわけだ】

【汚いぞ、怪人シマリーン!】

【は? 誰が怪人だ】

【お前から始めたじゃんか……】

 

ひとしきりコウタロウとメッセージで戯れると、なでしこから新着通知が入る。

 

【リンちゃんは今日どこ行ってるの??】

 

「【長野のすわ…】いや待てよ……」

 

メッセージを送る前に、ぴこーんとナイスアイディアが思い浮かんだリン。

気持ち急いでボルシチセットを食べ始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

「……」

「……」

 

『次は~甲斐大島、甲斐大島~』

 

「……」

「……」

 

通学の電車内にて、俺は今人生でトップレベルに気まずい思いをしていた。

 

だって……

 

ちらと横を見る。

 

「……?」

 

少女が。

あの時のホクロ毛の少女が、何故か少し離れた俺の隣からこちらを観察していた。

 

何? なんだ? なんで何もしゃべらないんだ?

口汚く俺を罵ったり、恥かかせやがってと罵倒を浴びせればいい物を、どうして黙ったままなんだ?

 

(くそ、それもこれも委員会の朝当番を急に交代させられたせいだ。恨むぞ志摩……)

 

そう。あの一件以来、この名も知らぬ少女と顔を会わせるのが嫌で仕方のなかった俺は、なでしこが起きるまで待つことにし、電車の時間をずらしたのだ。

 

しばらくはそれで問題なかったのだが、今日こうして再会を果たしてしまった。

 

さっき初めて目が会った時なんか凄かった。めっちゃ目見開いて三度見位されたぞ。どんだけ恨まれてんだよ俺……。

 

『次は――』

 

「……」

「……」

 

気まずすぎる……。

 

むしろ、俺からしゃべりかけた方がいいのか……? いやでも何で?

挨拶するような関係でもないし、かと言って謝るのもどうだ……?

 

くそ、どうしたらいいか全くわからん……。誰でもいいから助けてくれ! この状況を救ってくれ!!

 

と、プシューと電車のドアが開く。

 

「あれ、コウタロウくんやないの。電車の時間戻したん?」

「!? い、犬山っ!!」

 

そこに、見知った顔が現れる。

九死に一生を得た…! 今は彼女が窮地を救う天使に見えるぞ……!

 

俺はがばっと立ち上がると、呆然とするホクロの少女をよそに犬山の手を掴んだ。

 

「ど、どうしたん急に?」

「会いたかった!! さあ行こうすぐ行こう今すぐ行こう!!」

「えっ? えっ? 会いたかったてどういう事!?」

「いいから! 俺と一緒に来てくれ頼むお願い何でもしまむら!」

 

そう言ってぐいぐい犬山を引っ張って隣の隣の車両まで移動した。

 

「助かったぜ……」

「どういうことなん……」

 

 

一方残された少女はというと。

 

「……ぐすん」

 

ちょっと泣いた。

 

 

 



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幕間 エイプリルフール

エイプリルフールネタなので、本編とは時系列が異なります。


今日は誰が何と言おうと4月1日。いいね?






「ねえねえ、みんなの好きなタイプってどんなの?」

 

いつものように野クルの狭い部室で四人が駄弁っていると、唐突になでしこがそう聞いてきた。

 

「俺の好きなタイプはだな――」

 

ふむと皆が一様に悩んだり考える中、即座にコウタロウが口を開きかける。が、慌てた様子の千明が割って入った。

 

「ちょちょちょ、なんでそんなノータイムで答えようとすんだよ! 男女の距離感バグってんのか!?」

「いいだろ別に減るもんじゃないし」

「減るだろ! あたしらのメンタルが! お前そういうのはなんかこう、駆け引き的なものが入り混じる恋愛頭脳戦がさあ……」

 

というか普通に恥ずかしくないのか? それともあたしらのことは全く眼中にないからか、と頭を抱える千明。

 

「というかコウタロウくんのタイプってなでしこちゃんじゃないん?」

「そうそれ! あたしも思った!! というか全校生徒が思ってる!」

「えへへぇ……」

 

傍から見れば「えっ、付き合ってないのあの二人!?」と言われるくらい距離が近いしバックグラウンドがあるなでしことコウタロウだが、現在二人は恋人関係にはない。

 

なでしこは言わずもがな、彼女の転校の前後のコウタロウの変わりようを見ても憎からず彼女を想っているのは明らかで、さらにそれが男女とくれば、もうタイプもくそもないのでは。というのが二人の見解だった。

だが、予想に反してコウタロウの口からは否定の意。

 

「確かになでしこは俺のタイプにかなり近い。けど、残念ながら100%ではない」

「なん、やて……!?」

「マジかよ……!」

「じ、じゃあコウくんのタイプってどんなの!?」

 

三者とも大なり小なり驚いている中、一人冷静なコウタロウはまあ落ち着けと言葉を区切る。

 

「では…第一回、チキチキ! 俺のタイプは何でしょなクイズ~!!」

 

「「「……」」」

 

よく分からないノリが始まり、少し空気が固まる。

 

「さ、作戦ターイム」

「許可する」

 

千明は残る二人を連れて部室の入り口付近に移動した。

コウタロウに背を向け、ひそひそ声で話し始める。

 

(お、おいコウタロウの奴どうしたんだよ一体…? 普段から割とぶっ飛んでるけど、今日は輪をかけておかしいぞ!?)

(うーーん……)

(と、とにかくコウくんのタイプは知っとかなきゃだよ)

(それもそうか……ってそれはお前だけだろ)

(クイズって言ってたから、人数は多い方がいいんだよ!)

(正論だ……!)

(まあやってみてもええんちゃう? うちらにデメリット無いし)

(二人がそう言うなら……)

 

参加するという方向で結論が出た三人は、コウタロウに向き直る。

 

「お、結論は出たっぽいな」

「おうよ! やってやろうじゃねえか、そのクイズとやらを!!」

 

千明は半分やけくそで、あおいはどこか飄々とした顔で、そしてなでしこは決死の表情で気合十分にこぶしを握った。

 

「それでは、まず本日の献立は『守矢コウタロウの好みの異性』ですね。おそらくあまり需要は無いかと思われますが、世界のどこかにいるであろう私のファンのためにお送りしていきたいと思いまーす」

「おい今献立って言ったぞ。クイズじゃなくて料理番組的な何かが始まろうとしてるんだけど」

「本日のゲストはこの方。ミスター梨っ子の大垣千明さんです! 拍手~」

「あたしはそっち側なのかよ!」

 

コウタロウにつられ、あおいとなでしこから「わ、わー」と戸惑いつつも拍手が漏れる。

その光景に満足そうにうなずくと、では次とさっさと進行していく。

手元には紙が用意され、イラストと共に進行していくようだ。流石に料理番組のセットは用意できないから仕方がない。

 

「まず、なでしこを用意します」

 

紙にはデフォルメされたなでしこが描かれる。割と絵がうまい。

 

「いよいよクイズどこいったんだよ」

「落ち着け大垣、大丈夫ださらにひと手間加えるから」

「一体それの何が大丈夫なんだ……」

「なでしこちゃんが食材扱いなのにはツッコまんのかい」

「わ、私ひと手間加えられてどうなっちゃうんだろう……」

「純粋か」

 

クイズはどこに行ったのかという千明の言葉は華麗に無視され、調理は次のステップへ。

 

「なでしこをベースに、性格に斉藤を1、志摩を3の割合で加え弱火でコトコト煮込みます」

 

なでしこと、恵那、リン(しっかり恵那の三倍の大きさ)が鍋に向かって矢印で伸びている。

冷静に見るとちょっとグロテスクな絵である。

 

「本格的に料理じゃねえか! クイズはどこに行ったんだよ!!」

「よく煮詰まったら、犬山みをよく加えて、すこーし引き延ばします。ここ大事ですからね」

 

紙には新しくなでしこをベースにちょっとクール成分を足され、(どこがとは言わないが)スタイルがよくなり身長も伸びたキャラがデフォルメされていた。

 

「犬山みて」

「無視すんなよ!」

「……んん?」

 

というか、今まで出た素材って知り合いばっかだな。あたしらって割とコウタロウの好みに近かったのか……? いや、でもあたしがまだ出てきてない……。なんかもやもやする。

 

コウタロウは一向に外野の言葉を拾うことはせず、次が最後の工程ですとメガネをクイッと上げる。

 

「最後に、大垣をそっと添えて完成だ」

 

さっと一筆描き足すと、堂々と完成を告げた。

 

「アタシ成分メガネだけかい!!」

 

完成されたイラストを覗き込んだ千明が真っ先にツッコんだ。

続けて、あおい、なでしこもイラストを見る。

 

「……これお姉ちゃんでは?」

「コウタロウくん器用やな…って、ほんまや。これ桜さんにめっちゃ似とる」

「えっ、どれどれ……ホントだ! なでしこ姉にクリソツじゃねえか」

 

確かに、イラストのキャラはなでしこの姉、各務原桜に似ていた。

 

「お前ら、さっきのレシピを思い出してみろ」

「レシピて」

「うーん……」

 

なでしこ達は反芻するように、コウタロウの言ったレシピを思い出していく。

 

「確か、私をベースにリンちゃんと恵那ちゃんを3:1で加えて――」

「今んとこクールだけど面倒見のいいなでしこだな」

 

「その後、私みが加えられて、身長が伸びたな」

「クールで面倒みよくてスタイルのいい私だね」

 

「最後に、あたし成分(メガネ)添えて完成」

「クールで面倒みよくてスタイルのいいメガネを掛けたなでしこちゃんやな」

 

「「「……」」」

 

「「「それお姉ちゃん(桜さん)(なでしこ姉)じゃん!!!」」」

 

三人は結論に至った。

と同時に、その元凶に詰め寄っていく。

 

「コウくん!? お、お姉ちゃんが好みのタイプなの!!? や、やっぱりこないだ二人で行ってたのはデートなの!?」

「ホントのところはどうなんー」

「コウタロウお前! もうちょっとアタシ成分入れろや!! メガネだけは納得できんぞ!?」

 

聖徳太子が如く至近距離で詰め寄られ、それでもコウタロウは冷静さを崩さない。不自然なほどに。

まあ待て落ち着けと手で制し、こほんと息を一つ。

 

 

「ウソだぞ」

 

その唐突過ぎる言葉に、一瞬ぽかんと間が空いた。

 

「だからな、全部ウソだったんだ。ほら今日何月何日?」

「「……へぁ??」」

 

いまだに目が点状態から抜け出せない二人に向け、今度はあおいがスマホの画面と共に説明した。

 

「今日はな、4月1日。エイプリルフールや」

「「え、エイプリルフール……」」

「そう。企業なんかもウソ企画やってたりする、一年に一回堂々とウソをつける日やで」

「ま、犬山には途中から気付かれてたっぽいけどな」

 

ホラを吹くことに関しては一家言あるあおいに言わせれば、なんならいつもよりぶっ飛び方がずれていた時点で疑っていたくらいである。

 

ようやく理解が追い付てきたなでしこが、安堵の息をこぼす。

 

「な、なんだぁ……。じゃあお姉ちゃんがタイプって言うのもウソだったんだね……?」

「そもそも俺見た目で判断しないしな」

「そっか、そうだよね……よかったよぅ」

 

若干涙目のなでしこが、もう離さないとばかりにコウタロウにひしとしがみついた。

やれやれと優しく頭を撫でる。

 

「ま、まああたしも最初から気付いてたけどな!」

「バレバレのウソつくんやめえや」

 

と。

唐突に、「そういえば」とあおいが口を開いた。

 

「コウタロウくん。こないだの告白の返事やけど、OKやで」

「「「え?」」」

「末永くよろしくなー」

「「「えっ……!?」」」

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

なでしこの場合

 

「私の好きなタイプはね、優しくて、温かくて、頼りになって……」

「あ、もういいです」

「なんでぇっ!?」

「そんな一点を見ながら言われてもなあ……」

(なでしこの周りにそういう男がはびこらないように気を付けよう)

 

千明の場合

 

「あたしのタイプかー」

「あ、もういいです」

「何でだよっ!! もっと興味持とう!?」

「えー? 大垣の好みなんてどうせイケメンとかだろ?」

「ち、違わい!」

「あきちゃんのタイプかぁ……あおいちゃん知ってる?」

「話の合う人」

「「ほぉ……」」

「ガチの奴やめろや!!!」

 

あおいの場合

 

「イヌ子の場合は何言ってもホラで済まされそうだからな……」

「「確かに」」

「失礼な。私かて好きなタイプの一つ二つあるよ」

「どんなのどんなの??」

「せやなぁ……うーん……」

「もったいぶらずに教えろよー」

「うーん……。……私のことをずっと好きでいてくれる人、かな」

「「「……っ」」」

「えっ、ちょっ、何なん三人とも!?」

 

 

 

 



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十五話

活動報告に挿絵が置いてありますが、特別深い意味はありません









「ふー。いい湯だった……」

 

ほっとけや温泉はあちらの湯(本日の男湯)から出ると、火照った体に冬の冷たい空気が心地いい。

そのままベンチでぐでーっと座って三人を待つことにした。

 

「なんだ、ここで飯も食えるのかー」

 

少し離れた所で、券売機と受け渡しカウンターが見える。美味しそうな匂いにつられ、ふらふらと行ってみることに。

 

券売機の前に立って、メニュー表示を眺める。

結構色々あるな。温泉上がりに飯が食えるこの幸福よ……

 

「月見そばと巨峰ソーダにしよ……」

 

飯食いながら待てばいいや。

そのまま脳死で券売機のボタンを押そうとした時だった。

 

ヴーー…ヴーー……

 

携帯が着信を知らせてきた。

 

「なでしこからだ」

 

【湯冷めしちゃうから荷物置いた休憩所にいるよー】

 

どうやら休憩所に向かったらしい。道理で姿が見えないはずだ。俺より先に出ていたとは。長風呂派が仇になったな……。まあ休憩所にいるなら、俺もなでしこ達と一緒に飯食えばいいか。

 

……ん? なでしこ?

 

今日の予定と共に単語が思い浮かんでいく。

なでしこ。キャンプ。カレー…

 

…………あ。

 

「この後キャンプご飯じゃねえか!! なでしこ飯食えなくなるとこだったわ!」

 

俺の突然の大声に、周囲の注目が集まってしまった。

家族連れや、女子大生と思しきグループ、電車少女とカウンターの兄ちゃんにすいませーんと謝りつつ、自身の行動について顧みる。

 

温泉が気持ち良すぎて思考停止してた。完全に流れで食券買っちゃうところだったわ。温泉恐ろしいな……。

 

さて、俺もさっさとなでしこたちのとこ行かなきゃ。

くるりと踵を返す。

 

「おんたま揚げおいしいよ~、買ってって~」

 

……。

 

「おんたま揚げは買っていこう! そうしよう!」

 

俺はおんたま揚げを四つ買うと、なでしこ達が待つ休憩所に向かった。

 

 

 

 

「ってもう食ってるし!!」

 

休憩所内にコウタロウの声が響いた。幸い野クルの他に誰もいないので問題ないが、普通は迷惑になるのでやめておこう。

 

「おかわり持ってきてくれてサンキューコウタロウ」

「ちょうどもう一個くらい食べたいと思ってたんよ~」

「ついに私の考えてることが分かるようになったんだねぃコウくん……」

 

湯上り+温かい室内+ふかふかの座布団という三コンボの前にあえなく撃沈した野クル三人娘が、机に体を預けだらりとした表情で、追加のおんたま揚げを持ってきた形になってしまったコウタロウに笑いかけた。

 

コウタロウ自身気を利かせたは気を利かせたが、別におかわりとして持ってきたつもりはなく、なんなら「もう食ったならいらないじゃん」とすら思っていた。しかし、友人三人のゆるーい笑顔を見ているとそんなことを言う気も失せ、結局一つ息をついて渡した。

 

「ほら。一人一個百億万円な、ローンも可」

「ふふ、そんな払えへんよー」

「あたしらそんな高級なもん食ってたのかー」

「コウくんすきー」

 

三人が三人とも、湯上りのまったりした空気感にやられ、思ったことがそのまま口に出てしまっているが、それを気に止めるような雰囲気でもなかった。

コウタロウもはいはいと言って全員の発言を流すと、導かれるままになでしこの隣に腰を下ろす。

 

「いただきまーす」

 

三人は既に一度目のいただきますをしていたが、コウタロウに合わせて二個目の一口を頬張った。

 

「んまぃ……」

「だよねぇ」

 

予想外のおいしさに思わず目じりが下がる。

 

「とろける黄身と、カリッと揚がった塩味がすげえ合うな。卵揚げただけなのに美味すぎる…、考えた奴天才かよ……」

「食レポ得意か」

「これ湯上りに食ったらあかんやつや~」

 

至福の表情を浮かべたあおいが、ぽふんと体を倒した。

 

(……巨峰だ)

 

隣で峰々が鳴動すれば、嫌でも目に入ってしまう。

先ほど巨峰ソーダを飲み損ねたからかもしれない。何の下心もなく、コウタロウはあおいを見てそう思った。

 

「うん、あかんやつや~!」

 

あおいの言葉に続き、なでしこも座布団を枕に倒れ込む。

あおい、なでしことくれば、野クルの部長は黙っていない。

 

「あかんあかーん」

 

コウタロウ以外の三人が、湯上りの温泉客を堕としにかかる悪魔の刺客の手に落ちた。

ふにゃりとした顔でおんたま揚げを頬張る姿は、非常に愛らしい。

 

(乗るしかない、このビッグウエーブに)

 

遂に、コウタロウも誘惑に負け体を倒した。

流石に雰囲気を察して前向きに、だが。

 

「コウくんもこっちおいでよー」

「せやかて工藤」

「あかんてあかーん」

「ほら和葉もこう言ってるし」

「誰がやねーん」

『アハハハハハ……』

 

ゆったりとした空気の中、四人の笑い声が響いた。

 

 

 

 

一方そのころ、一人バイクを走らせるリンは、目的地である高ボッチ高原を遂に目と鼻の先にしていた。

 

(頂上からは松本市とか諏訪湖、富士山まで一望できるらしい。雪降る前に免許取れてよかった…!)

 

塩尻側からの道は、道幅が狭く車幅の広い車だと離合に苦労するだろう。

バイク万歳と、頂上まで9キロの道をひた走る。

 

 

『高ボッチ高原へあと一キロ』という標識を、この先に待つであろう絶景を期待しながら通り過ぎた。ゴールはもうすぐそこだ。

 

 

じゃり、とブーツが地面を踏む音。数時間ぶりに足を下ろした気がする。

まだエンジンの温かさが残る愛車のセンタースタンドを立て、見晴らしのいい場所まで幽鬼のようにフラフラと歩く。

 

そして。

 

(っ着いたーー!! 150キロ、走り切ったーーーっ!!)

 

腕を大きく上げ、万歳と目標達成を喜ぶ。

声に出すタイプではないリンだったが、内心では浮かれぶりが隠しきれていない。元々割とノリがよく愉快な性格をしているからだ。現に一人だと今みたいにガッツポーズを取ってはしゃいじゃったりする。

 

(ふう……。のどかなとこだな)

 

そこには文字通り緑以外何もなく、夏になれば放牧されるのかな程度の感想しか出てこない。自分の住んでいる場所も田舎なので、草原風景に関して思うところはないのだ。

 

(さてと。寒いし温泉行こ)

 

故に、一面のクソミドリには早々にサヨナラを告げ、リンはバイクにまたがり温泉へ向かった。道中なでしこからメッセージが入っており、野クルメンバーで温泉に入るとのこと。

気温二度の中ひたすらバイクを走らせるリンは、何があっても自分も温泉に入ると誓ったのだ。

 

だがしかし。

 

『10月をもって閉店いたしました。 高ボッチ鉱泉』

 

「おいまじか」

 

高ボッチ高原を出て6キロも走らせたというのに、この仕打ちである。

リンは己の不運とついでにコウタロウを呪った。

 

(温泉……)

 

温泉に入れぬ無念を抱えたまま、来た道を引き返す。展望台からの松本市の景色はそう言えばまだ見ていない。

アルプスパノラマ展望台に着くと、広がる松本市の絶景に目を移す。

 

だがしかし。

 

「曇っててなんも見えねー……」

 

遥か眼下の松本市は雲に覆われ、雲(松本市)しか見えない。

わざわざ六キロの道のりを戻って来たのに、この仕打ちである。

リンはこの踏んだり蹴ったりな状況と、あとついでにコウタロウを呪った。

 

目を腐らせながら振り返れば、

 

『高ボッチ山頂へ。400m』

 

という案内が。

 

「折角来たし、一応登っとくか……」

 

ここまで来たのだ。あと400mの道のりくらいなんだというのか。

もう半ばやけくそである。

山頂に向けて歩きだした。

 

(ぼっちでボッチ山登り……か)

 

リンが免許を取った際に判明した、コウタロウも普通二輪免許を持っていた事件を思い出す。なんでも、親戚がバイクを譲ってくれたことがきっかけで「これあれば浜松に行けるんじゃね?」と思い立って取得に至ったそうだ。結局行けずじまいで、そうこうしているうちになでしこの方から引っ越してきたためほとんど乗る機会は無かったそうだが。

 

(まあ教習所紹介してくれて助かったけど……ちょっと安くなったし)

 

リンはリンで、本以外の二人を結ぶ接点に若干気が焦って今回のキャンプにコウタロウを誘ったのだが、冬の山に片道150キロ行軍という内容を告げると普通に断られた。そもそも彼は満足にキャンプ道具を持っていない。当然だった。

 

(……と、もうか。頂上すぐだな)

 

先週の出来事を回想して肩を落としているうちに、いつの間にか400m登り切っていたらしい。

標高1664.9mと、ここが山頂であることを告げる立て看板が目に入った。

 

その数字を見つめ、富士山って何メートルだったけなと何とはなしに横を向けば。

 

「……!」

 

午後の斜陽に照らされ輝く諏訪湖と、諏訪市の街並みが大パノラマで目に飛び込んでくる。

 

「何だよ…こっちはバッチリ見えてんじゃん……」

 

そのまましばしのあいだ、リンはぼうっと景色を見入っていた。

遠目にだが湖の向こうには諏訪大社が見える。

 

(……うん)

 

その景色に何か感じ入るものがあったのか、先の気落ちした空気は無く。

 

(守矢はツーリングに誘えばいい! 温泉は帰りに入ればいい!)

 

よし、と決意新たに眼下の絶景に向かって拳を固く振り上げた。

 

(それより今日は温まるキャンプご飯、作るぞーーっ!!)

 

 

 

 

時刻はリンが新たに決意をたぎらせた数十分後。

野クル一向のいるほっとけや温泉では。

 

『zzz……』

 

四人が四人とも、悪魔の刺客たちに完全敗北を喫していた。

 

ヴーー…ヴーー……

 

「……んぅ?」

 

と、コウタロウの腕を勝手に枕にして眠っていたなでしこがスマホの着信により目を開けた。

コウタロウのスマホの着信である。寝ぼけているのか、寝ぼけまなこのまま彼のスマホのロック画面を解除し、メッセージアプリを立ち上げる。

 

【ボッチ山で食べるスープパスタうまー】16:09

【写真】

 

写真をタップすれば、コッヘルに入ったリン手製のスープパスタが。

リンは同じ文面でなでしこにも送っているが、同じ文面ならコウタロウのスマホで見ても一緒なのでノープロブレムである。

 

「リンちゃんスープパスタ作ったのかー」

 

おいしそうと、うとうとしながらぼうっと思う。

と同時に、時刻表示も目に入る。

 

【16:09】

 

「…………」

 

なでしこが叫ぶ。

 

「皆起きて!! もう四時過ぎてるよっ!!?」

 

キャンプ場にチェックインすると告げてある時間が昼過ぎごろなので、既に大遅刻だ。

なでしこの声に飛び起きた千明も叫ぶ。

 

「思いっきり寝過ごしたーーッ!!?」

「…ぅおっ!? なんだ何事だ!?」

 

千明の声に、連鎖的にコウタロウも目を覚ます。

 

「あかんて………ウくん。…ふふふ」

 

あおいだけが未だ幸せそうな寝顔をさらしていた。

どんな夢を見ているのかは、彼女以外は誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

『ぁ間もなく~、電車まいりゃっす…』

 

 

「…おい。うそだろ……?」

 

夜もすっかり更けた頃。バイトが終わり、無人駅のホームに立ったその時事件は起きた。

 

「まさかとは思うが……」

 

そろりそろりと、抜き足差し足で目標に接近していく。

 

見覚えのある制服。

見覚えのある髪型。

そして、見覚えのある……首筋のホクロ!

 

「zzz…zzz……」

 

少女が!

あのときのホクロの少女改めて電車少女が!!

 

この寒空の下、駅のホームのベンチで眠っていた……。

 

「……えぇ」

 

流石に俺でも動揺を隠しきれない。そもそも彼女がいつも降りていた駅はここではないじゃないか。それがどうしたってこんな場所にいるんだ……?

 

いやまあ想像はつきますよ? ここは何もない田舎だ。この駅は割と栄えている52号線沿線に続く300号線から一番近い駅。恐らく友達かなんかと遊んだ帰りとかだろう。そんで疲れて眠っちまったわけだ。

 

 

ここで俺に取れる選択肢は二つ。

 

・無視を決め込む。現実は厳しい

・起こしてあげる。尚その後の空気については考えないものとする

 

 

個人的な心情から上を選びたいところだが、この寒い中果たして女の子を放置していいものか俺の良心が痛む。

かといって、下は論外だ。わざわざ地獄の空気を作りに行くほどお人好しでもない。

 

電車ももう来るし、決断は迅速にしなければ……!

 

「くっ、俺はどうしたら……!! …助けてなでしこ」

 

と、いつぞやなでしこの家で震える彼女に上着を羽織らせたことを思い出した。

 

「それだっ!」

 

そうと決まれば、早速俺はブレザーを脱ぐと、眠りこける電車少女に掛けてあげた。

 

「zzz……」

「よし……!」

 

完壁ではないだろうか。

これで良心の呵責が痛むことなく、堂々と無視を決め込むことができる。俺も別に寒くないし、ウィンウィンである。

 

『電車、到着しました~駆け込み乗車は――』

 

俺は意気揚々と電車に乗り込んだ。

 

 

 

 

「あ。どうやって返してもらったらいいんだこれ……?」

 

 

 

 



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十六話

「もう日が暮れ始めてるよっ!?」

「キャンプ場まではどのくらいあるんだ?」

「大体一キロ!」

「結構ある…!!」

 

休憩所で寝過ごし、大幅に遅刻した四人。

慌ただしく、ほったらかし温泉からキャンプ場へと向かう。

そんな中。

 

「おんたま揚げ揚げたてだよー。買ってって~」

 

『……』

 

ぴたりと動きが止まる。

顔を見合わせる四人。うむと頷き合う。

 

そして。

 

 

「まいどー」

 

 

「急ぐぞお前らっ!!」

「「「おーっ!!」」」

 

 

 

 

 

ほったらかし温泉を後にして、富士塚通りへ戻り、イーストウッドキャンプ場への道を進む一行。

 

辺りの道路脇には木々が生い茂り、山肌が直に覗く。足元の舗装路もおぼつかない。

辛うじて道、路…?と呼べなくもない有様だ。

 

「なーあきー」

「なあ大垣」

「ねえあきちゃん」

 

三人が口をそろえて言う。

 

「「「こっちで合ってるの?」」」

 

加えて、ほっとけや温泉から出た時は登っていたのに、先ほどから道は下っていた。

三人が不安を覚えるのも当然と言える。

 

「んー、地図ではこっちになってんだけどなぁ……」

 

先導しスマホの地図アプリとにらめっこしながら、千明が自信なさげに答えた。

 

「日も暮れてきたし」

「ちょっと暗いね……」

「黄昏時ってやつだな」

 

夕方と呼ぶには薄暗すぎる山道。

四人の他に人気は無く、時折木々のさざめきと野生動物の鳴き声が聞こえるのみだ。

 

「「……」」

 

心細くなったのか、なでしこは、千明の隣でスマホを覗き込むコウタロウと少しだけ距離を詰めた。きゅ、と袖口をつまむ。

あおいは千明の方に寄ろうとして少し逡巡して、やっぱり千明に近寄った。

 

「私、暗い森って苦手なんだよね……」

「林間キャンプ場全部NGじゃねえか」

 

おっかなびっくりと言った様子のなでしこ。

寿司屋に行ってさあ食べるぞという時に「自分魚介ダメで……」と言うようなものである。すかさず千明がツッコんだ。

 

「なでしこは森に限らず暗い所苦手なんだよな」

「コウくん! もう、あえて言わなかったのにー…」

 

変に意地を張ったなでしこが頬を膨らませる。

その反応が既に肯定してしまっているようなもので、あーと頷き納得する千明とあおい。

 

「なでしこちゃんホラー映画とか苦手そうやもんなぁ」

「んで夜トイレ行けなくてコウタロウについてきてもらってそう」

 

うんうんと頷きあう二人に、コウタロウは笑顔で答える。

 

「二人とも……正解!」

「「やっぱり~」」

「もう! コウくんっ!!」

「「「ハハハハハ」」」

 

なでしこが憤慨する様が全然似合ってなくて、またどこか可愛らしくて。三人は思わず声をあげて笑った。

 

「……って。もしかしてあれじゃね?」

 

千明が前の方を指さした。

つられてその先を見る。

 

【イーストウッド キャ…】

 

随分と古ぼけた看板で、後ろの方は掠れて文字が読めない。

その有様を見た一行は口をそろえた。

 

『ンプ場だ(や)』

 

 

 

 

作務衣のナイスミドル管理人に遅れたことを謝り、チェックインを済ませた一行は、キャンプサイトの中を予約した場所に向かって進んでいた。

 

「あきちゃん、どこにテント立てるの?」

「ふ…こっちだ。ついてきな! 各務原隊員!」

「了解であります! 隊長!」

 

小走りで駆けていく二人の後を、普通に歩きながらついていくあおいとコウタロウ。

なお二人の荷物はコウタロウが持っている。

 

「管理人さんのリビングスペースめちゃ良かったよな」

「なー。余生はあんな感じでゆったり過ごしたいわー」

「不労所得憧れる」

「なら、将来野クルの皆でキャンプ場造って暮らさへん?」

「そういうのもいいな」

「約束やで」

「気が早え……」

 

妙に確信をもって言うなあとコウタロウ。

と、前方でこちらに向かって大きく手を振る先行二人の姿が映る。

どうやら景色を見るのを一緒に楽しむため待っているらしく、しきりに手が揺れる。

 

あおいとコウタロウは顔を見合わせると、二人して駆けだした。

 

 

そして。

 

「待たせたなお前ら! ここだーーっ!」

「「「おーーーっ!!」」」

 

三人から感嘆の声が上がる。

眼下に広がる笛吹市の景色。辺りを山で囲まれる市街と、それを縦断するように走るJR中央本線。

空気が澄んでいるため遠くまではっきり見ることができる。流石に富士山は見えないが。

 

「最高やないのー!」

「ちょっと高い方が見晴らし良いと思って、二段目にしたんだよー」

「ナイスと言わざるを得ない。悔しい! 大垣相手なのにっ!」

「あたしのことなんだと思ってんだよ」

「オデコメガネ」

「お前もメガネだろうが!」

「俺のは度入ってないから」

「何で掛けてんだよ!? そう言えばメガネ無くしたって言った時も普通に歩き回ってたな!! もう外せそれ!」

 

なんだとうと取っ組み合う(互いの眼鏡を外し合う)二人をよそに、なでしこはカシャカシャとスマホで景色を撮影することに余念がなく、あおいはスルーを決め込みテント設営のために準備にかかっていた。

なでしこも手伝うためすぐにあおいに続けば、一度立てたという経験もあっててきぱきと野クル激安テントが組みあがっていく。

 

「二人とも、じゃれ合ってないでテントとか準備せな日暮れてまうでー」

「「はっ、そうだった」」

 

その言葉に互いに手を止め、準備に取り掛かり始める二人。なでしことあおいが一つテントを立てているので、残る彼らはコウタロウのテントを協力して設営することに。

 

「とは言っても、テント立てて荷物中に突っ込んだらもう終わりだけどな」

「何も道具無いもんな、あたしら……」

 

通常であれば、テントを立てて、その後で寝袋マットを敷いたりチェアやテーブルを組み立てたり屋外ランタン用のポールを立てたりと、小道具や火起こし、料理に時間を割くが、われらが野クルは万年金欠。

今回のキャンプにおいてイスやテーブルなど用意できるはずもなかった。

 

そして、今回一行が持っているテントは野クルの激安テント一つと、コウタロウが先日購入したテントの二つ。直ぐに準備は終わると予想された。が……

 

「これがしまりんのおすすめテントかー。…ん?」

「どうした?」

「なんかこれ、あたしらのテントと違くないか?」

「テントに違いなんてあるのか?」

「ほら見てみろこれ。ポール通す穴が無い」

「はあ? そんなわけ……ホントだ」

 

コウタロウのテントを広げていざ設営しようと思った矢先である。二人にはポール破損事件でのテント設営経験しかなく、従って野クルテント――スリーブ式でないものも初めてなのだ。

 

「どうすんだこれ。テント立てらんないぞこれ」

「オイオイオイ、死ぬわ俺」

 

二人の様子に、野クルのテントを立て終えたなでしことあおいも何事と寄ってくる。

 

「どうしたのコウくん?」

「ああ。もしかしたら俺、そっちのテントにお邪魔するかもしれない」

「四人も入らんわ。吊り下げ式テントごときで大げさやで…」

「「「吊り下げ式?」」」

 

聞きなれない言葉に三人が三人とも首をかしげる。

やっぱ知らんかったか…とあおいはこめかみに手をやると、こほんと一つ咳払いをして説明を始めた。

 

 

テントには、主に本体をフレームに吊るして設営する「吊り下げ式」と、本体のスリーブにポールを通して設営する「スリーブ式」の二つがある。

本当にざっくり違いを説明すれば、強度が高いが設営がめんどくさい「スリーブ式」、設営、撤収が楽だが低強度「吊り下げ式」といったところ。

 

「……って感じやな」

 

キャンプ雑誌やウェブサイトなど、人知れず知識を蓄えていたあおいによって二種のテントの違いが説明される。伊達にビバークの新刊を借りてきていないのだ。

その博識ぶりに、おおと三人は色めき立つ。

 

「なるほど。それにしても、犬山は何でも知ってるなぁ」

「何でもは知らんよ。知ってることだけ」

「イヌ子がいれば、一先ず安心だな!」

「ね。早速テント立ててみようよ!」

「じゃあ犬山えもん。吊り下げ式の立て方教えt――」

「あ。知ってるだけやから立て方とか実践的なとこは分からんで」

「「「えぇ……」」」

 

 

結局、探し出した説明書を見ながら立てた。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

【こーたろー】

【あーやのー】

【見てよこれ】

【写真】

【え、バイクじゃないですか。どうしたよこれ?】

【へへ、こーたろのに憧れちゃってさ】

【ほー。それで、買っちったわけですか】

【買っちったわけです】

【そうかー。写真見せただけだけど、よもや買っちゃうなんてなー】

【これで一緒にツーリング行けるじゃん?】

【そうだな、楽しみだ】

【今度の冬休み帰ってくるでしょ? その時行こ。来ないなら私がそっち行くから】

【当然帰るって。じゃあ俺はバイク乗って浜松戻ればいい訳だな?】

【うん。約束ね】

【おうともさ】

 

 

 



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十七話

感想どちゃくそ嬉しいです。ありがとうございます。
ついでに評価とここすきもしてくれると嬉しすぎて死にます。




『完成ーー!!』

 

四人の前に二つのテントが並ぶ。

 

「コウくんのテント一番乗りー! わはーーーっ!」

「あたしもあたしもー!!」

 

コウタロウのテント設営に当たり難航したが、付属している説明書を見ながら何とか完成した。

物珍しさもあってか、早速なでしこと千明がテントの中に突っ込んでいく。なお主はまだ足を踏み入れてない模様。

持ち主を差し置いて足を踏み入れた二人は、テント内で大の字になったり転がったりとはしゃぎまくる。

 

残る二人はその様子をレジャーシートに並んで腰を下ろしながら見守っていた。

 

「ちょっと手間取ったな。夕日が出てる」

「せやね。まー、コウタロウくん家で一回練習してればスムーズやったけどなー?」

 

にやにやと皮肉気にあおいが語り掛ける。

うっ、と苦い顔をしながら答えるコウタロウ。

 

「テントなんて全部同じだろうと思ってたから……すまん」

「えーよえーよ。責める気なんて無いし。それより、しょんぼりコウタロウが見れてラッキーやわ」

「くっ、なでしこにしか見せたことないのに……!」

「なら私はレア顔見た二号さんやな」

「そうだけれども……言い方よ」

「え? 言い方??」

「分かってなかったのか……」

 

二号さんとかお二号とか、色々誤解を招く言い方にドキリとするコウタロウ。しかも別になでしこが正妻ではないし。

が、何のことか本当に分からないといった表情で小首をかしげるあおいを見て、安堵の(?)ため息が出た。

 

 

と、そこに作務衣のナイスミドル管理人が大きめのウォーターサーバーを抱えて現れる。

 

「水はここに置けばいいかい?」

 

林間キャンプ場などでは、共用の水道が通っていないことがある。

そのため必要に応じてこうして管理人が運んでくれるのだ。

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

並んで座る二人と、二つのテントを見て然り顔の管理人。

 

「カップルで来たのかい。仲いいねぇ」

「いやちが――」

「そうなんですー! 私の友達も一緒に」

 

コウタロウが普通に訂正しようとした瞬間に、がしっと腕を組まれ二の句が遮られる。

あおいの意味不明な行動に、眉と顔を寄せて話しかけた。

 

(おいどうしたんだよいきなり)

(よう考えてみコウタロウくん。うちらの男女比ぶっ壊れてんで? 男一人と女三人って変に邪推されるより、カップル一組とその友達って思ってもらった方がええやん?)

(た、確かに……)

 

思わずコウタロウが納得しかけ、でもそれなら別になでしこでいいよなと思う間に、管理人の声に反応した千明となでしこがぱたぱたとテントから出てくる。

組んでいた腕がぱっと離された。

 

「あ、水ありがとうございます! ここにお願いします!」

「わあ、ここから水使うんだー」

「うん、よいしょ…。これが、飲料水と火消し用のじょうろね」

 

管理人は転がっていた膝丈ほどの丸太に飲料水のサーバーを置く。高低差ができたことにより、コックをひねれば水が入れ易くなった。

 

「焚き火は寝る前に必ず水をかけて完全に消すこと。直ぐそこが森だから危ないからね」

 

簡単な注意事項の説明に、ふむと頷く四人。

ガイダンスは続き、薪の説明へ。

薪置き場まで移動していく一行。

 

「薪は自由に使ってもらって構わないけど……」

 

(やっほう! 使い放題だぜー!)

(全く気前のいい伊達男、略してマダオだな)

(サングラスも掛けてたら完ぺきだったね!)

(作務衣は割と惜しいよな。衣装的に)

(マダオいじりは流石に管理人さんが可哀そうや。そろそろやめたげて…)

 

無料の大量の薪を前にはしゃぐ四人。特に千明となでしこ。

 

「……キャンプファイヤーじゃないから丁寧に焚き火してね」

『はい……』

 

マジでダンディな大人の男、略してマダオに注意を受けてしまった一行だった。

 

 

 

 

その他もろもろの注意事項を説明し終えたマダオはリビングスペースに戻っていった。

 

どのくらい薪が必要か分からないので、一行は取り合えず薪を一抱え分コウタロウに持たせてテントの場所へ戻る。

 

「なあ、管理人さん去り際に意味深な視線送って来てたけど、どういうことだ?」

「私も思ったー。なんか、コウくんとあおいちゃんの方見てたよ?」

「それはな。『テントの中でも薪のとこでもはしゃいでた二人をしっかり見とけよ』って意味の視線やで」

「「うっ…」」

 

心当たりのある二人は声を詰まらせる。

まあ実際は先のあおいの発言が原因だろうが、何となく空気を読んでコウタロウもそれっぽいことを言っておく。

 

「……俺らのしっかり者オーラがそうさせたんだろうな」

「オイ待て。お前はどっちかと言えばこちら側だろ??」

「裏切るなんてひどいわコウくん! そんな子に育てた覚えはありませんよ!」

「なでしこは誰目線なんだよ」

 

千明からしたらコウタロウは基本ボケキャラという認識なのか、納得がいかない様子。

しかし、彼がはっちゃけるのは気心の知れた相手であることが多い。年上相手やあまり知らない者相手では割と常識人である。外面がいいとも言う。

 

「ちょうどテント着いたし、早速火起こししよ?」

「お、そうだな」

 

コウタロウが抱えていた薪を地面に下ろした。

薪を一本手に取り感慨深げにつぶやく。

 

「火起こしかー。なでしこ、小学校の林間学校以来だな」

「かわな野外活動センター行ったよねぇ……」

「地元民にしか分からんようなネタはやめろ」

「なんや、二人は火おこしの経験あるん?」

 

確かにキャンプの経験は無い二人だが、林間学校やバーベキューで火起こしや飯盒炊飯などの経験はあった。小学生時代をしみじみと思い出しながら二人が答える。

 

「ふっ、火起こしのコウくんなんて呼ばれていた時期もあったな……」

「なんやそれ」

「お前やっぱこっち側だろ」

 

コウタロウの要領を得ない説明では分からんと、千明とあおいの二人はなでしこを向いた。

 

「あのね、私たちの班、コウくんが火を担当して、私が料理を担当したんだけどね。いちばん早くカレーを作り終わったんだー」

「へー、それは凄いな」

「で、どのくらい早かったんだ?」

「んー……、私たちが食べ終わったころに、他の皆の火が点いてたかなあ?」

「多分そんな感じだった」

「「ええ……」」

 

それカレーちゃんと火通ってたかとツッコみたくなる二人。

何のことは無く、コウタロウが鉈で薪をスライスして火をつけやすくしただけである(なおスピード)。なでしこはそれを見越して早め早めで下ごしらえをしただけだ(なお信頼感)。

他の班員は見る間に仕上がっていく薪とカレーの具材と二人の連携を見ているだけだったという。

 

「そんな訳で、火起こしならお任せあれって訳だ」

 

よほど自信があるのか、そう言ってドヤ顔コウタロウがサムズアップ。

 

「あ、でも今日は着火剤あるから必要ないかも」

「えっ」

「鉈も無いしなー」

「えっ……」

 

着火剤があればライターで火をつけるだけでいいし、鉈が無ければ薪を割ることは出来ない。

 

「俺の存在意義……」

「こ、コウくん!?」

 

と膝から崩れ落ちネガティブ入ってしまうコウタロウに、慌ててなでしこがフォローに入る。

別にいつものことだと、そんな二人は放っておいて千明は何やら薪に細工を始める。

 

「あき、何やっとるんそれ?」

「ああ。せっかくだしウッドキャンドルやろうと思って」

「ウッドキャンドル?」

 

ウッドキャンドルとは、輪切りにした丸太に切り込みを入れ着火剤を詰めて、蝋燭のように燃やす焚き火の方法だ。『スウェーデントーチ』や『木こりのろうそく』とも呼ばれる。

 

「薪をこうやってまとめて、針金でぐるぐる巻くだろー。そして、中に着火剤を入れれば、ほれ」

「ほんまや! それっぽいそれっぽい」

 

確かに見た目はほとんどそのものだ。

むしろ、薪になっているおかげで空気の通りがいいため良く燃えるかもしれない。流石野クルの部長なだけある。あおいはちょっと見直した。

 

「あとは着火剤に火を……ってあれ?」

「どしたん?」

 

ポケットの中身をごそごそやり出す千明を不審がって、あおいが訊ねる。

冷汗を流しながら千明が答える。

 

「ライターわすれちった」

「ええ……」

 

まあ最悪ライターは無くても何とかなる。他のキャンパーに借りるなり、カセットコンロの火を移すなりと方法は取れる。

が、肝心なときに欲しいものが無いげんなり感があおいを襲った。上がった千明の評価がフラットに戻る。

 

「「お困りのようだね(な)二人とも!!」」

 

二人の様子を見ていたなでしことコウタロウが、この時を待ってたと言わんばかりの表情で戻って来た。何故かジョジョ立ちで。

二人は生粋のジャンプっ子であった。

 

「なんだ二人ともそのポーズは」

 

ゴゴゴゴ…と効果音が付きそうなそのポーズに、思わす千明がなんだと聞いてしまう。

欲しいセリフが聞けたと、浜松コンビが頷き合う。

 

「なんだかんだと聞かれたら!」

「答えてあげるが世の情け!」

「あっこれ長くなる奴や」

「…せ、世界の破壊をふせぐためっ」

「…世界の平和を守るため」

「愛と真実の悪を貫く!」

「ラブリーチャーミーな敵役」

「なでしこ!」

「コウタロウ!」

「キャンプ場をかけるわれらが野クルの二人にはっ」

「ホワイトホール白い明日が待ってるぜ!」

「「……」」

「「……」」

 

少しの間沈黙が下りる。

何かが足りない。最後の締め的な何かが。

例えるならそう、鍋をやったのに最後雑炊にしないで終わるだとか、こってりしたものを食べた後にアイスを食べないで終わるとか、そういう何となく後味の悪い感じが場を支配していた。

 

「……なでしこ、これあれだ。三人いないと駄目だやっぱ」

「そういえば今はアヤちゃんいないんだったね……」

 

(なあ、あの口ぶりだと静岡には最後の「にゃーんてにゃ」だけを言う奴がいたってのか……?)

(流石魔境静岡やな……)

 

山梨っ子の二人の中で、静岡がどんどん魔境と化していってしまっている。実際はちょっとしかヤバくないので安心してほしい。

 

「なんか変な空気になっちゃったし、もうちゃっちゃと火点けるか」

「わあ、私あれ見るの久しぶりだよー」

 

そう言ってスタスタウッドキャンドルに近づいていくコウタロウ。

その一挙手一投足を、ワクワクした目で見守るなでしこ。

 

そして。

 

バチィッッッ!!!

 

「「!!?」」

 

焚き木で木が一際爆ぜるような音が聞こえたかと思うと、着火剤には火がついていた。

思わずわが目を疑う千明とあおい。

 

「相変わらずすごいねー」

「多分だけど世界でこれ出来るの俺だけだと思う」

「……は? えっ?」

「コウタロウくん、今何やったん……? 私には指パッチンで火が付いたように見えたんやけど……」

 

千明は目の前で起きた出来事に理解が追い付かず、あおいも自分が見た光景が信じられなくて、恐る恐る訊ねてみる。

 

「「指パッチンだよ」」

 

まるで当たり前のことを言っているかのような二人の表情。

 

「コウくん指パッチンで火が起こせるんだよ」

「数ある特技の一つだな。全く使う機会無いけど」

「「ええ……」」

 

普通のことみたいに言うが、普通指パッチンで火は点かない。そう普通は。……普通?

あれ、とふと二人は思う。

 

こいつ(コウタロウ)、最初から普通じゃなかったと。

普通の人間は75kmを自転車と同速で走り続けられないし、車で30分かかる距離を自転車で15分では移動できない。今まで実際その所業を目の当たりにしたことは無かったが、こういうことなのかな、と。

 

そこまで思い返して、考える。

 

コウタロウならまあ……あり得るか。

 

「あー、そう思えば納得やわ」

「確かにな。なんだかんだ火も点いたし…って、つまりコウタロウいればもうライター要らねえじゃん! 便利!」

「これからはライター(コウタロウ)やね」

「コウくんなんでもできるもんね」

「人をびっくり人間扱いするな」

「いやお前は十分びっくり人間だろ」

 

その時は突然やって来た。

 

ばかっ……

 

『あっ……』

 

綺麗に四方に倒れる燃えた薪。

幸い四人とも少し離れた場所でしゃべっていたため、誰にも被害は無い。

 

原因は巻いていた針金が細いアルミ製だったこと。

本来丸太でやるウッドキャンドルは、その上に鍋を乗せることもできるのだが、ここでそれをやっていたらあわや大惨事になるところだった。夕食が無くなる的な意味で。

 

辺りには、燃え続ける薪と、微妙な空気だけが残った。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

【犬山、頼みがあるんだが】

【どしたん?】

【通学の電車でさ、とある人物から俺の上着を受け取って欲しいんだよ】

【ええけど……、どういうこと?】

【深くは聞かないでくれ……】

【まあいいわ。で、誰から貰えばいいの?】

【ああ、その人物の特徴はだな。首後ろのホクロから――】

 

 

数日後。

 

通学電車。

 

(……あの子やな)

 

コウタロウくんから頼まれた女の子の特徴に合致した子はすぐに見つかった。

というか、うちの学校の制服じゃない子がうちの学校の男性生徒の制服を抱えていれば嫌でも分かる。

 

きょろきょろと辺りを見回している彼女。きっとコウタロウくんを探しているのだろうが、残念ながら彼は最近なぜか電車の時間をずらしてしまったためこの電車にはいない。

 

(まあどんな理由があってこんなよう分からん事態になったのかは知らんけど、取り合えず制服は貰ってこないとまたコウタロウくんが先生に怒られるし)

 

世話の焼ける人である。

さっさと声かけて貰ってこなきゃ。

 

「……あの」

「っ!!?」

 

私が声をかけると、相手の少女は目を見開き驚愕の表情を浮かべこちらを見てくる。どことなく睨んできてるようで、ちょっと怖い。

……何かしてしまったのだろうか。

 

「あの、その制服、返してもらっていいですか?」

「!!?!? か、返しってって、あなたのじゃないですよね……?」

「まあそうなんやけど、持ち主に頼まれて」

「……やっぱり、そうだったんだ」

 

きっ、と睨んだかと思うと、すぐに肩を落としてしょんぼりとした様子になる。

情緒が安定しない子だなあとぼんやり思っていると、手に軽い重さの感触。

 

「……これ。守矢さんにお返しします。本当は、直接渡したかったけど」

「あれ、名前知っとったんや」

「……刺繡入ってますし。彼、一人だけ上着着てなかったし。私にやさしくしてくれるの、あの人だけだし……」

 

だんだん言葉はしりすぼみになっていくが、その表情や仕草から何となく察せられた。

 

(あー、なるほどなぁー……。そういう……)

 

何があったかは分からないけど、あのすけこましのことだから、まあそういうことなのだろう。何があったのかは知らないが。教えてくれないし。

 

「こんなかわいい彼女さんがいるのに、私、舞い上がっちゃってばかみたい」

「…え? 彼女?」

 

聞き覚えのない単語に思わず聞き返してしまう。別に私は彼と付き合ってない。

が、相手には聞こえなかったようで。

 

「それでは確かに渡しましたので。失礼します」

「あ、ちょっと……」

 

折よく電車のドアが開き、降りて行ってしまう彼女。

 

……彼女が誤解しているのは確実だ。

 

「どうしよ……」

 

 

 

 

学校。

 

「コウタロウくん、これ」

「おー!! ありがとな犬山!」

「いや、うん……なんかごめん」

「え? なにが??」

「何でもない……」

「ん、なんか内ポケに入ってんな」

「!? な、何が!?」

「クローバーの栞だ。…何故」

「……」

 

 

 

 

 

クローバーの花言葉:私のものになって

 

 

 



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十八話

映画で大人になったみんなのことがすこーしだけ分かるようになりましたね。
今から楽しみです。







「暗くなってきたし、気を取り直して晩ごはん作るよー!」

「おーっ!!」

(カレーか)

(カレーやな)

 

一抱えほどの土鍋を手に、なでしこが料理の準備に取り掛かる。

一応何を作るかは秘密という事になっているので、食材などは土鍋に入れて隠していた。

 

「今日はなんと……一味違う煮込みカレーだよ!」

「やっぱりカレーやー」

「カレーやー」

「ひゅーっ、なでしこ、ひゅーっ!!」

「こいつアイドルのライブかなんかと勘違いしてるんか?」

 

なでしこは、食べることはもちろん料理を作るのも好きだ。

その好き加減は日常の範囲にとどまらず、家族そろって「cook recipe」というブログで料理とそのレシピを公開するほどである。

各務原家四人のそれぞれ個性あるレシピに、割と人気のブログだ。

 

「あらかじめ切っておいた具材を、ルウを溶かしたお湯に入れて煮込むだけなんだよー」

 

そう言ってぽいぽい具材を入れていく。

 

「はえー、簡単やなあ」

「お。このルウうちでも使ってる奴だ」

 

中には簡易キッチンという耳を疑うようなキャンプ道具も存在するらしいが、現状は地べたにレジャーシートを敷いただけという状態。

包丁を持ってくるのも危ないし、具材はあらかじめ切ってタッパー詰めして持ってきていた。

 

ちなみに今回使う具材は、

・ジャガイモ

・人参

・玉ねぎ

・オクラ

・なす

・ニンニク

・豚肉

 

である。

ルウを入れる前に豚肉とニンニクを先にさっと炒めてから作り始めるとおいしいよ。豚肉じゃなくて牛のブロック肉にするとほろほろ煮込み牛肉カレーになるよ。

 

「コウくんと食べるときは辛口のルウも混ぜるんだけど、辛いのは好みが分かれるから今日は普通くらいの辛さだよ」

「流石気配りのできる女なでしこ」

「えへへぇ」

 

コウタロウに褒められ(?)、ふにゃりと表情が崩れるなでしこ。ちょろい。

具材は入れ終わり、あとは蓋をしてしばらく待つだけである。

煮込んでいる間、会話は自然カレーの辛さ談議に。

 

「コウタロウくん辛いの好きなんねー」

「得意ではないんだけどな、好きだけど。キムチとか飲みもん無いと食えんし」

「コウタロウは舌がお子ちゃまだな!」

「でもあきは熱いのなかなか食えんやん」

「ふ、お前は舌が猫だな」

「にゃにおう!!」

「…コウくんも猫舌だよね?」

「あっなでしこお前!」

「子ども舌で猫舌なんかお前……」

「子猫舌やな」

「なっ……!!」

「コウタロウが子猫舌って……子猫って……。似合わねー!!」

「子猫…ふふっ、か、かわいいよコウくん…!! ふふっ……!」

「お、お前らーーっ!!」

 

コウタロウは子猫舌だった。

 

 

 

 

そして、二十分ほど煮込めば、煮込みカレーの完成である。

なでしこ謹製カレーのえもいわれぬ匂いが広がる。お腹が空いてくる匂いだ。

 

「完成だよ!」

「カレーのいい匂い!」

「ほんとに煮込んでるだけだったな」

「なー。お手軽レシピや」

「誰でも手軽になでしこカレー!」

「うへへ、カンタンでもおいしいよー」

「おかわり百杯!」

「コウタロウくんうるさい」

 

無駄にテンションの高いコウタロウにあおいのツッコミが飛んだ。

 

カレーができれば、あとはお米である。

四人はそれぞれ持ち寄ったパックご飯をお皿によそう。

ちなみに千明とあおいはパック一つ、なでしこはその三倍である。コウタロウも同じだ。

 

「コウタロウは男子だからまあ分かるが……」

「なでしこちゃんいっぱい食べるなあ……」

 

意気揚々と三つのパックを取り出したなでしこを見て、呆れを通り越して最早感嘆する二人。

 

信玄餅を山のように食べていたところから何となく察していたが、なでしこはかなり大食いだった。元々食べるのが大好きなうえに、家族を始めコウタロウが際限なく食べさせるものだから、大食いに拍車が掛かったのだ。

その結果が中学三年までのまるまるなでしこなのだが、誰にも悪意が無いから仕方がない。

 

「美味しいから大丈夫だよー」

「なんだよその謎理論は」

 

にこにこしながらなでしこが言う。

美味しいから大丈夫とは、とあるアイドルが提唱した謎理論である。深夜にラーメンを食べたくなった時、ダイエット中ケーキをどうしても食べたくなった時。なでしこの心の支えとなった言葉だ。本当に大丈夫かどうかは知らない。

 

「まあまあ、ホントに美味しいから食ってみろって」

「確かにすごい美味しそうな匂いするね」

「絶対ご飯足りなくなるから。ほら大垣も」

「いや美味しそうなのは疑ってないんだけど。まあ食べるか」

「じゃあ、皆でいただきますだね!」

 

そういったなでしこに合わせて、キャンプ場に四人の声が揃う。

 

そして、ぱくりと一口。

 

「「…うまっ!!」」

「えへへー、やった!」

「美味…! 圧倒的美味……!」

 

多分に漏れず、なでしこ飯に目を輝かせる。

どこか不思議な風味と共に食欲をそそるカレーに、一口二口とスプーンが進む。

 

「確かにこれはご飯足りんくなりそうやー」

「そういうと思って、おかわりをご用意しております」

 

こちらに、とさっと追加のごはんパックを取り出すコウタロウ。

もちろんなでしこのお代わり分は別にある。

 

「流石やなあ。褒めてつかわすー」

「ありがたき幸せ」

 

さっ、と臣下の礼を取るコウタロウ。

続けてなでしこが彼の名前を呼ぶ。

 

「コウくんー」

「こちら飲み物と福神漬けでございます」

「くるしゅうない!」

「ははーっ」

 

ささっ、と臣下の礼を取るコウタロウ。

その様子を横で見ていた千明も、ははーんとしたり顔でコウタロウを呼ぶ。

 

「コウタロウコウタロウ、あたしも褒めてつかわす!」

「さっさと食え大垣」

「態度の差!!」

 

さらっと辛辣な言葉を投げるコウタロウ。

もちろんおふざけである。その証拠に千明は涙目である。おふざけとは。

 

「冗談冗談。おかわりも飲み物もあるから」

「コウタロウ……」

 

一転して優し気なコウタロウの言葉に、今度は逆の意味で涙目の千明。

 

「いくらなんでもちょろすぎるであき……」

「じ、冗談に決まってるだろ! ……しっかしこれ、なんか不思議な味だな。何が入ってるんだ?」

 

かなり強引な話題転換にジト目を向けるが、なでしこは目を輝かせて説明を始めた。

 

「よくぞ聞いてくれました! 実はね、これが入ってるんだー」

 

そう言って、ある調味料を取り出す。

…それは。

 

「とんこつラーメンの粉末スープか!」

「ほー、ラーメン屋さんの豚骨カレーってやつだ」

 

言われてみれば、なるほどと納得できる味である。

とんこつラーメン独特の濃い風味と、まろやかさがカレーによく合う。隠し味とは斯くあるべきである。さすがは料理一家。三人は舌をまいた。

 

「とんこつラーメン作った次の日、余ってる粉末スープを使ってよくこれ作るんだー」

「深夜ラーメンの余りってことか」

「……美味しいから大丈夫だよ?」

 

深夜にラーメンもケーキバイキングも焼肉食べ放題も、美味しいから大丈夫である。

現に、なでしこは太っていないので実際問題大丈夫なのである。大丈夫。

 

「ちなみに、あたしんちは肉じゃがを次の日カレーにしてるぞ」

「お。変身カレーだな」

「うちはおでんカレーやー」

「えー、おでんー?」

「和風だしが効いてうまいんやてー。牛すじ入っとるし」

「へぇー、今度やってみるよー」

 

早速「cook recipe」に一品加わりそうな予感である。もちろんブックマーク登録しているコウタロウは、更新されたら作ってみようと決めた。

 

と、各務原家、大垣家、犬山家の変身カレー事情と来た今の流れ。

もちろん次は守矢家のカレーが気になるところ。

早速千明が訊ねる。

 

「コウタロウんちでは何作った後にカレーにするんだ?」

「うちは犬山んちとちょっと似てるな。煮つけやった後にその出汁を使ってカレーにすることが多い。ぶり大根とか美味しいぞ」

「コウくんの料理もおいしいんだよ!」

「なでしこには及ばんけどな。うちは料理は当番制だし、慣れてるだけだ」

 

二人のその会話に聞いた千明達に衝撃走る。

 

(お、おいイヌ子。コウタロウ料理もできるのか……? しかも上手らしい)

(薄々気付いとったけど、かなりハイスペックやなコウタロウくん……!)

 

コウタロウ料理男子説に、普段家で料理しない系女子の二人はショックを受けていた。

そして決めた。これからは家で料理作るの手伝おう、と。

と同時に想った。いつかコウタロウの料理食べてみたい、と……。

 

まあ後者は割と近い将来叶うのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 

へやキャン△

 

10年後…

 

とあるキャンプ場の駐輪場。

どっどっど、と大型バイク独特の芯に響くようなエンジン音が止まる。

 

「懐かしいな、ここ。クリスマスキャンプ以来か……」

 

祖父譲りのトライアンフから降り、ヘルメットを取って現れたのは、リン。

今は名古屋の出版社で編集者として働いている。

 

「みんなもう始めてるかな」

 

大きな荷物などはいいやと、一つだけ小さいものを持ってキャンプ場へ向かう。

だいぶ暗いが、見えないことも無い。リンの足取りはしっかりしていた。

 

 

 

「おー、リン! ひっさしぶりだなあ」

「志摩さーん」

「リンー、久しぶりー!」

 

少し歩けば、見知った顔ぶれが6人用の囲炉裏型ウッドテーブルを囲んでいた。

 

「皆久しぶり。…遅くなってごめんね、高速混んでて」

「名古屋から寒かったやろー?」

 

そう言って、あおいが温かい飲み物を手渡してくれた。ありがとうと言って受け取る。

彼女は、今は山梨で小学校の先生だったはずだ。面倒見のいいところは変わっていない。

 

「いつものことだよ。昔から、どこに行くにもバイクだったし」

 

そう言って、用意してあった椅子に腰掛ける。

……対面には既に赤ら顔の千明が。

 

「千明、顔真っ赤じゃない」

「んぉ?」

「いつから飲んでるの?」

「んにゃ、まだグラス半分ズラー」

 

酒よっわ。

酔っているので本当のことを言っているかは怪しいが、本当だとすれば下戸もいいとこだなと思う。確か仕事終わりに居酒屋行くのが楽しみとか言ってなかったか……?

 

ふと辺りを見回すが、まだ二人人数が足りない。やはりあの二人だ。

 

「なでしことコウタロウは、まだ?」

「なでしこちゃんからもうすぐ着くって連絡あったよ」

 

横からあおいがそう答える。

 

「コウタロウは?」

「ふふふ、気になるの?」

 

斉藤が学生時代と変わらない表情で訊ねてくる。

私は、正直に答えた。

 

「まあね」

 

私がそう答えると、何故だか三人が笑ったような気がした。後ろに何かあるのか……?

疑問に思って振り向こうとした次の瞬間。

 

「だーれだ!」

「っ!!?」

 

急に視界が暗くなる。

思わず肩がすくむ…が、この声、この手の形、出会いがしらのこのやり方。

 

答えは一つしかなかった。

 

「…コウタロウ」

 

私は、彼の名前を呼んだ。

 

私の、最愛の人の名前を。

 

 

「正解。……久しぶりだな、リン」

 

 

ニカッと笑い、軽く手をあげる彼。

 

その手には、きらりと光る指輪がどうしようもなく映えていた。

ぎゅ、と心臓が締め付けられるような錯覚を覚える。

 

彼は私の最愛の人。

でも、決して私のものにはならない。

 

 

どうしてあの時何も伝えなかったのだろう。

どうして私を選んでくれなかったんだろう。

どうして彼女を選んだんだろう。

どうして……――

 

そんな心を押し殺して、私は普段の声音を取り繕った。

 

「久しぶりだね、コウタロウ」

 

私はうまく笑えていただろうか。

不安になり、ぎゅ、とポケットの中の物に触れた。

 

「――ンちゃーん! みんなーーっ!!」

 

と。

向こうから、駆けてくる影。

コウタロウが来たのだから、当然いるだろう。なでしこがこちらに向かって手を振りながら笑顔を浮かべて駆けてくる。

 

彼と彼女は変わらない。本当に、いつも一緒だった。今も昔も。きっとこれからも。

 

「…なでしこ」

 

私は、影に向かって歩きだす。

そう、いつも一緒。いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもッ!!!!! 

 

 

どうして私じゃないの?

 

 

 

す、とポケットから手を出した。

 

なでしこの姿がだんだんとはっきり見えてくる。

変わらない笑顔。こちらに向かって振られる左手。彼と同じものが光る指。

 

……ああ、羨ましいなあ。

 

私の指にはなにもない。

あるのは、鈍く光るこのナイフだけ。

 

ねえ。コウタロウ。知ってた? 私、あなたのこと好きだったんだ。

ねえ。なでしこ。知ってた? 私、コウタロウのこと好きだったの。

 

なんて。今更言っても遅いか。

 

……ああ、妬ましいなあ。

 

近づく彼我の距離。

 

「リンちゃ――

 

その距離がゼロになった時。

 

どす…

 

私は、握っていたものを思いっきり突き立てた。

 

「――ぇ

 

耳をつんざくような悲鳴、広がる鮮血。彼の声。

 

ねえ、私はうまく笑えてるかな。

 

 

 

 

「――っは!!?」

 

がばりと飛び起きた。

まだ薄暗い。びっしょりと汗をかいている。いやな汗だ。

 

「夢か……」

 

 

夢だった。

 




夢です。



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十九話





夜。

 

「テント狭ッ!!」

 

二つ並んだテントの片方から千明の叫び声が聞こえてきた。

テント内では女子三人が川の字になって寝袋にくるまっており、そのスペースはお世辞にも十分とは言えない。むしろ、肩と肩が干渉して寝づらいほどだ。

 

「説明書には三人まで使用可能って書いてあったのにな……」

「荷物は全部コウくんの方に置いててもこれだもんね……」

 

あおいとなでしこが頷く。

 

通常、テントに記載されている使用人数は、最大人数の半分が快適に使用可能な人数だという。野クルの激安テントの最大使用人数は3人なので、荷物も含めて1.5人が快適に使用するのに適した人数と言える。

 

まあ要するに、現在のテント内は普通に定員オーバーであった。超狭い。

 

「こうなったら向こうのテントに一人移動するしかないか……」

「コウタロウくんのテントに……」

 

千明とあおいはごくりと唾を飲む。

 

正直に言って、コウタロウと一緒に寝たいかと言われれば、答えはイエスである。

誰だって魅力的な異性とは距離を近づけたいに決まっている。コウタロウがどんな人間かはこのひと月で十分すぎるほど知った。幼馴染馬鹿で体力お化けだが、親しみやすく優しい、魅力的な同級生だ。何となくだが、今後彼以上の男なんて現れないのではという予感に似た直感すらある。確実に言えるのは、彼を超える身体能力を持つ人間には出会えない。

 

まあそれ以上に年頃なので異性に興味津々なのだが。

 

だがしかし。

 

千明は隣を。あおいは2つ隣を見やる。

 

「? どうしたの二人とも?」

 

(ここでなでしこ以外がコウタロウのテントに行くのは、あまりにも不自然…! まさに私、彼に興味ありますと言っているようなもの……!!)

(悪手…! 圧倒的悪手……!!)

 

ざわ…ざわ……

 

3人以外はいないが、そんな効果音が聞こえてきそうな空気感が張り詰めていた。

なでしこは全く気付かずぽけっとしている。

 

(くっ、コウタロウのテントには行きたいっ! でも、言い出すのはなんか嫌だっ…!)

 

どうしたらいいんだと、千明の視界がぐにゃぁ~と曲がる。

事実、八方ふさがりであった……! どちらかを得るにはどちらかをあきらめるしかないっ…、二兎を追う者は一兎をも得ず…! 至極当然の摂理……!

 

(はっ……! あき、こういうのはどう?)

 

あおいが何かを閃くまでは……っ!!

 

「じゃあ、誰が一人抜けるかはじゃんけんで決めよか!」

「!!」

「お~!」

 

(イヌ子、ナイスすぎるぞお前ってやつは……!!)

(ふふん。せやろ?)

 

光明…! それは暗闇の中現れた、一筋の光……!!

 

じゃんけん!!

 

公平さを保ちつつ、さらに『誰かが抜ける』という罰則感を持たせることで、コウタロウのもとに行くことに対するやましさと特別感を見事打ち消すナイスな策。

イヌ子は策士であった。伊達にビバークの新刊を持ってきていない。

 

「でも、二人ともコウくんのとこ行くの緊張しちゃうんじゃない? 私行くよ?」

 

なでしこはしょっちゅうコウタロウ宅に赴いて遊んだりしてるし、お泊りなども普通にしていたため、これくらいで動揺したりしない。

純粋に千明とあおいを気遣う意味で提案してくる。

 

「なでしこ、大丈夫だ。こういうゲーム性があるのが一番楽しいんじゃないか!」

「せやでなでしこちゃん! キャンプの醍醐味ってやつや!」

「二人とも……、そうだね! やろう、じゃんけん!!」

 

むん、と気合を入れなおしているなでしこの横で、危なかったと二人は見えない汗を拭う。

このままでは普通になでしこが一番乗りするところだった。何が一番なのかは分からないが。

 

「じゃあ、いくぞ。文句なしの一回勝負な」

「「うん」」

 

異議なしと、二人がこくりと頷く。

 

「じゃーんけーん…!」

 

「「「ぽいっ!!」」」

 

 

……

 

 

 

そして。

 

「あれ。どうしたこんな時間に」

「えへへー、テントが狭くて……。来ちゃった」

「……まあ薄々感じてたわ。あれ、これ三人で寝るのきつくね? って。敢えて言わなかったけど」

「それって、私が来るって分かってたから?」

「いや、こっちが何も言わなきゃ窮屈なまま寝てくれるかなって」

「もー! コウくんっ!」

 

コウタロウの言葉に、ぷんすか頬を膨らませるなでしこ。ごめんごめんと笑いながら彼女の頭を撫でる。二人だけの空間のため、自然と身を寄せ合う。二人のいつもの距離感だった。

 

そう。選ばれたのはなでしこだった。

選ばれたというか勝ち取ったというべきか。内心めっちゃ悔しがる二人をよそに、ニコニコ顔でコウタロウのテントに入って来た。

もっとも、なでしこは今回勝っただけで、次はどうなるかは分からない。二人にはぜひ諦めないでいて欲しいものだ。

 

「コウくん、二人で寝るの久しぶりだね」

「言い方ァ!」

「うぇへへ……。まあ寝袋は別だけど、こうやって並んで寝るの。高校生になってからはお泊りとかしなくなっちゃったし」

 

しんみりとした声音でなでしこがつぶやく。

これにはツッコミで上半身を起こしていたコウタロウも、ふむと息一つ。

 

「まあ、高校生になったら流石にな。綾乃も言ってただろ? 付き合ってもないのに男女でお泊りとか意味分からん何だお前ら爆発しろって。……あれ、もしかしてこれ貶されてたのか?」

「むぅ……。アヤちゃんだってお泊り会来てたくせに……」

「あ、確かに。そういえば俺一人リビングで寝たの思い出したわ。……あいつ全然説得力ねえじゃねえか」

「そうだよ全然説得力ないよ!」

「そうだ、怒れなでしこ! ……さあ続けて。土岐綾乃を許すなー」

「アヤちゃんをゆるすなー!」

「おしるこ食えー」

「おしるこ食えー!」

 

そう言って二人して今はここにいない幼馴染にプンプン怒り始める。なでしこはともかくコウタロウが怒る理由は欠片も見つからないが、まあ何となく怒っていた。ごめんよ綾乃。あとおしるこ食べて。だって土岐綾乃ちゃんおしるこ好きそうだから。

 

と。

 

【起きてる?】

 

コウタロウの携帯が震え、通知を知らせた。

 

「誰から?」

「志摩だ。起きてるかって」

 

メッセージ画面をなでしこに見せた後、二人して画面を覗き込んで返信を打ち始める。

 

【起きてるぞ】

【そっちはどんな感じ?】

 

「ふむ」

 

意外と面倒見がよくて優しい彼女のことだ。おすすめのキャンプ道具を買ったし、使い心地とか色々気になるのだろう。

 

実際使っている写真があった方がいいよなと、コウタロウがテント内を撮影するためカメラを構える。

と、自然、隣で寝袋から顔を出すなでしこが映る。

 

「…そうだ。なでしこ、ピース」

「ぴーす!」

 

笑顔でピースするなでしことリンおすすめの道具たちを画角に収め、カシャリとシャッターが切られる。

撮った写真を確認し、満足げのコウタロウ。

 

「リンちゃんに送るの?」

「もう送ったんだぜ」

 

【こんな感じ】

【写真】

 

【なんでなでしこがいるの?】

【テント二つしかなくてさ、女子の方が狭すぎたって】

【……まあ、そうなるか】

【え……もしかして俺、やっちゃいました?】

【やっちゃってるね】

 

「オイ見ろなでしこ。志摩のこの反応、やっぱ男女が一緒に寝るのは良くないんだ」

「……リンちゃんはコウくんちでお泊りしたことないよね?」

「もちろんないぞ」

「それなら説得力あるね!」

「説得力あるな」

「ならセーフだね!」

「ああ、セーフだ」

「なら、お泊りは付き合ってからにします!」

「おお、偉い! 流石なでしこ!」

「えへへー」

「……ん? なんかおかしくね」

 

などと頭の悪い会話をする二人の裏で、リンはコウタロウをツーリングに誘う決意を新たに固めていた。

今日は野クルでキャンプしているのは知っていたが、流石にテントが狭くて二人で寝るとかは予想外である。普通にショックを受けていた。

 

そうとは露知らぬコウタロウ。

 

「なあなでしこ。志摩から【お土産覚えとけよ】ってメッセージ来てから、一向に返事が来ないんだけど。あいつのお土産いつも意味分かんねえ上にこの宣言とか怖すぎる……」

 

リンはコウタロウへのお土産は、恥ずかしいのでいつも小学生男子がセレクトするようなドラゴンだとか剣だとかをモチーフにしたじゃらじゃらしたやつを適当に選んでいた。

コウタロウは、そういった類のお土産を渡されるたびに割と本気で友人の感性を疑っていた。ほぼ初対面の恵那にその件を相談したのがいい証拠である。

 

「いつもどんなの貰ってたの?」

「俺の家のカギとか、自転車とかバイクのカギ見たことあるだろ? あれについてるやつ」

「あー、あのじゃらじゃらしたやつ!」

 

なでしこは、思い出したと手をポンと叩く。

 

コウタロウはコウタロウで、数少ない友人から折角もらったものを無下にできなくて、その使い道に迷いに迷った挙句、仕方なくキーホルダーとして活用していた。もうそろそろつけるようなカギが無いので勘弁してほしい。流石に通学バッグに付けるわけにはいかないのだ。この歳であれを衆目に晒すとか、軽く拷問である。

 

「昔コウくんも私にくれたことあったし、ああいうの好きなのかと思ってたよー」

 

なでしこのその発言に、かぁとコウタロウの顔が赤くなる。

 

「違うんだ! 違うんだよなでしこ! あれは志摩から貰ったから仕方なく……!!」

「別に変じゃないよ? 男の子なんだなぁって」

「そう思ってくれる天使はなでしこだけだよ……」

「そうかなぁ……」

 

二人の夜は更けていく。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

夏。浜松某所。

 

(道に迷ったな……。回線の影響かここは電波が通らないし、この辺りの方に道を聞くしかないか)

 

トライアンフにまたがる壮年の男は、繋がらない携帯のナビアプリを閉じると、ため息を吐いた。

ともあれ、こういうトラブルも旅の醍醐味である。時間はあるのだから、そう慌てることも無い。

 

「フンフンフフーンフンフフー、フレデリカ~」

 

と、折よく地元の高校のものであろう制服を着た少女が一人通りかかる。

壮年の男――新城肇は、ナイスタイミングとバイクから降り、彼女に向かう。

 

「お嬢さん」

「んぉ? ……なんですか?」

 

こちらに気付いた少女が鼻歌をやめて顔を向けてきた。

顔立ちはまだどこかあどけなく、中学生か、高校一二年生だろう。自身の孫と同じくらいの少女だ。思わず肇の態度も柔らかくなる。

 

「ちょっといいかな。道を聞きたくて――」

「あー、すいません。知らないおじさんにはついていくなって友達に言われててですね……」

「道を聞きたいだけなんだが……」

 

申し訳なさそうに少女。

 

「常套句じゃないですか、それ……。いや疑ってるとかじゃないんですけどね」

「ふむ……。なら、知らないおじいさんならいいんじゃないか?」 

 

そう言ってヘルメットを外し、おじいさんの証…白髪とダンディ溢れる口ひげを見せる。

というかフルフェイスヘルメットをかぶった男が道を聞いてきたら誰だって警戒するに決まっていた。女子高生なら猶更。

 

「おー……。いやでも、男はみんなケダモノだって友達が」

 

一瞬警戒心が和らぎ逡巡しかけるが、よほどその友達の言うことが大事なのか、目の前のどこかおしるこが好きそうな少女は引かない。

 

と、そこに。

 

「あ、綾乃だ。おーい」

「コウタロ!」

 

向こうからおしるこ少女…土岐綾乃に声をかけ近寄ってくる少年の姿が。

コウタロと呼ばれた少年…守矢コウタロウはどうやら彼女を探していたようで、少し汗ばんでいる。

肇からすれば、道を聞けるならだれでもいい。目標をコウタロウに変更して、声をかけた。

 

「この子の友達かい? ちょっといいかな……」

「すいません、知らない男にはついて行かないようにしてるんです」

「知らないおじいさんならいいだろう?」

「男はみんなケダモノです。皆にもそう言ってる」

「君が元凶か。というか、君も男だろう……」

 

肇がここで足止めを食らっているのはコウタロウが原因だった。

 

(ほら行こうぜ綾乃。知らないじいさんより知ってるなでしこだ。パパさんが夜バーベキューやるから来いって)

(……でも、あのおじいさん本当にいいの? なんかホントに困ってるっぽいよ)

(……)

 

所在なさげに立っている肇を見る。

まあ、銃でも持ち出されない限りは綾乃を守り切れるかと判断したコウタロウ。

 

「あの、すいません。確かに用件も聞かずに突っぱねるのは良くないですし……」

「! おお、そうか。いや実は、道案内をだね――」

 

 

肇は、バイクと並走して道案内をするコウタロウのおかげで無事にキャンプ場まで着くことができた。

 

 

 




肇(フッ……、流石は魔境静岡だな……)




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二十話

原作二巻、野クルの初キャンプ編が終わります






 

深夜。

 

その後ひとしきりお喋りに興じた二人だが、コウタロウは早々に眠りについてしまった。

昼間図らずしも仮眠を取ったのが効いたのか、残されたなでしこは、しばらくは隣で眠りこける想い人の頬をつついたりして時間をつぶしていたが、それにもいい加減限界がある。このままではつつきすぎて穴が開いてしまうかもと指を止め、もぞもぞと寝袋の中で寝返りを打つ。

 

そんな中で、ぴこんと頭に思い浮かぶ。

 

「そうだ、リンちゃん今何してるかな」

 

先ほどまで幼馴染とメッセージでやり取りしていたが、曰く既読がつかなくなって久しいらしい。彼女の本日の移動行程を考えればもう寝ていてもおかしくはないが、一応メッセージを送ってみることに。

 

【リンちゃんまだ起きてる?】

【ねてる】

 

「返信はやっ」

 

送るや否や、即座に返信。

思わずツッコんでしまう。

 

自身の声でコウタロウが起きなかったか確認しほっとしてから、返信を打ち始める。

 

【今何やってるの?】

【超寒くていもむしになってる】

【私も今いもむしだよー。冬用シュラフって暖かいんだね】

【カイロ足元に入れるともっと暖かいよ】

【ホント? やってみるよー】

 

「カイロカイロ……」

 

とは言うものの、カイロなんて持ってきていない。

どうしようかと悩んだその時、そういえば幼馴染がポケットにカイロ入れて寝てたなと思い出す。

 

「……」

「……zzz」

「……あった!」

「zz…うーん……」

 

なでしこは 使い捨てカイロを 一つ得た !

コウタロウは 体感温度が 少し下がった !

 

想い人からカイロを強奪したなでしこは、早速足元に入れてみる。

 

「おお、確かに暖かい」

 

ただこの暖かさはコウタロウの犠牲の上に成り立っていることを忘れてはいけない。

カイロの温かさを試したなでしこは、きちんと元あったところに戻すことに。使ったものは返すことができる、えらいこなでしこなのだ。

 

【そいえば温泉行ったらつぶれてた……】

【OH……】

【明日絶対温泉はいる!! 超はいる!!】

【超がんばってねリンちゃん!!】

 

文面からもリンの決意が伝わってくる。

冬山での温泉の期待値はそれだけ大きいのだ。さもありなん。

 

【そういえば、守矢はもう寝たの?】

【うん。ちょっと前に寝ちゃった】

【写真】

 

そう言って何の気なしに、隣でぐーすか眠るコウタロウの写真を添付するなでしこ。

 

【あれ、リンちゃん?】

 

【おーい。寝ちゃったー??】

 

画面の向こうのリンの慌てようは、後々思い返すに「ソロでよかったランキング」堂々の一位である。寝ちゃったどころか逆に寝られなくしてしまったことになでしこは気付かない。なでしこ、罪な女……!

 

リンから返事が来たのは、数分してからだった。

 

【こっち星空と夜景が凄いよ】

 

「夜景かー」

 

夜景と聞けば、昼間の笛吹公園の景色と共に千明の言葉がリフレインする。

確かあそこは、有名な夜景スポットと言っていたはずだ。

 

「……そうだっ」

 

【リンちゃん、しばらく起きてて!!】

【ん? ういー】

 

がばりと寝袋から起きると、リンへの返信もそこそこに隣の幼馴染を揺り起こしにかかるなでしこ。笛吹公園までの道のりの暗さを考えれば、彼以上に安心できる相手はいない。

 

「コウくんコウくん、起きて!」

「うーん……やめろ…それは私のおいなりさんだ……zzz」

「そ、それは寝言なの?」

「zzz…待て志摩……流石に俺でもそれは死ぬ……」

「リンちゃんに何されてるのコウくん……。起きてよー!」

「zzz……」

「全然起きない……」

 

しかし、コウタロウはなんだかよく分からない夢を見るのに忙しい。

時折苦し気に顔をしかめるものの、一向に起きる気配はない。

 

「むー……。コウくんのばか」

 

いくら揺すっても叩いても鼻をつまんでみても耳元で愛を囁いてみても、全く起きないコウタロウ。

むくれたなでしこは、頼る相手を変えるべく隣のテントに向かう。

 

「あきちゃん、あおいちゃん、もう寝ちゃった?」

「すー……」

「すぴー……」

 

返ってくるのは安らかな寝息のみ。

 

「寝ちゃったか……」

 

無理もない。初めてのキャンプ、初めて尽くしで色々疲れたのだろう。加えてもう12時を回っている。良い子は寝る時間である。

 

「コウくん、は…やっぱり寝てるかー……」

 

最後にもう一度だけコウタロウを見るが、相変わらず顔をしかめて寝たままだ。一体どんな夢を見ているのだろうか。

 

それならば、もう誰かに頼ることは出来ない。無理に起こそうとはしないなでしこの優しさがにじみ出ていた。

きゅ、とマフラーを締めなおす。

 

「しかたない…一人で行こう!」

 

ランタンを手に、決意を固める。

 

「……」

 

目の前には、まだ日があった時間でさえ薄暗かった林道。

もう真っ暗である。灯りは一切ない。まさしく闇、一寸先すら見えない。

 

「ひいぃ、暗いよぉ……」

 

頼れるのは自分が手に持つランタンの灯りのみ。

ひたすらに暗い道をおっかなびっくり進む。

 

「ひぐぅ…助けてコウくん……」

 

恐怖心へのカンフル剤代わりに幼馴染の名を呟く。

が、残念ながらそのコウタロウは夢の中である。

 

「ひえぇ……」

 

「うひぃ……」

 

 

そして。

 

 

「暗いとこ抜けたー……」

 

ふーっ、と大きく息をついて体の力を抜く。

ようやく街灯の無い林道を抜けた。あとは、行きも通った舗装された道幅も広い道を下るだけだ。

 

「リンちゃん待たせてるから早くしないとっ」

 

思えば一人でこんな体験をするのは初めてなのだ。ここまでくれば、もうちょっとしたワクワク気分も相まる。

なでしこはぱたぱたと笛吹公園まで小走りで進む。

 

 

 

 

 

「ついた……」

 

息を弾ませながら、笛吹公園の昼間の場所より少し高い展望台に到着した。

少しでも高い所からと、腕を伸ばしてカメラを構える。

 

「よしっ」

 

カシャ、と深夜の公園にシャッター音が鳴った。

 

 

 

 

ヴーー、ヴーー…

 

場所は変わって、長野県は高ボッチ高原。

 

「やっときた……」

 

なでしこに待っててと言われたので待っていたが、もう30分ほど経った。

あと少し待ちぼうけを食らっていたら寝るところであったリンは、何事だったのかと眠い目をこすりつつスマホを開いた。

 

【写真】

 

「……!!」

 

そこに映っていたのは、笛吹市の夜景。いや、端まで見れば山梨市、甲州市まで入るだろう。市内全域を山に囲まれる山梨県の特性上、街の光が密集している。冬の澄んだ空気の中、満天の星空と甲府盆地の夜景が映えていた。

 

「……綺麗」

 

つ、となでしこ宛にメッセージ。

 

【ちょっと待ってて】

 

いそいそと防寒着を纏い始めるリン。

眠気などもうどこかに消えていた。

 

 

 

 

ヴーー、ヴーー…

 

【ちょっと待ってて】

 

「? どうしたんだろリンちゃん」

 

遠く離れたなでしこには、画面の向こうのリンの思惑が分かるべくもない。

取り合えず言われた通りに待ってみることに。

 

「やっぱり夜は寒いな……」

 

汗が冷えて体温が下がる。

夜景を眺めながら、もう一枚着て来ればよかったと少し後悔気味のなでしこ。

まあ、出先で「あれがあればこれがあれば」と後悔するのはよくある話だ。もうどうしようもないのである。

 

「あ、いた! なでしこ!!」

「コウくん!?」

 

連れがいなければ、だが。

 

突然のコウタロウの出没に目を丸くして驚くなでしこ。

当然である。さっきはあれほど起こしても起きなかったのに、どうして?

 

「変な夢見て飛び起きたら、隣にいないから……。トイレにも居なかったし、心配で探してた。居てくれてよかった……」

 

そう言ってほっと胸をなでおろす。

起きたら隣に居るはずの人がいないというのは割と恐怖である。

コウタロウの場合、それがなでしこだったら輪をかけて不安だ。彼の起き抜けの慌てようは、「周りに人がいなくてよかったランキング」堂々の一位である。

相当焦っていたのか、靴は片方サンダルだし、マフラーなんて巻いてないし、メガネは掛けていない。まあメガネは無くても問題ないのだが。

 

「急にいなくなってごめんね、不安にさせちゃった……?」

「いやいいんだ。見つかったし。それに、本当にいなくなったなんて思ってなかったし」

 

彼の起き抜けの慌てようはry

 

不安なときに仲のいい人物への対人距離が近くなるのは彼の癖である。

それはなでしこも分かっていたようで、いつもより半歩近い彼我の距離に頬が緩む。寒さなどはもう気にならない。

 

「ふふっ…」

 

想い人に心配されるのは存外悪くないなと、わるなでしこが顔を覗かせた瞬間である。

まあ多分今後は出てこない。よいこえらいこなでしこなので。

 

「そういえば、どうしてこんな所に? 夜景見に来たのか?」

「あ、それはね――」

 

ヴーー、ヴーー…

 

【お返し】

【写真】

 

と、ここでリンから写真と共にメッセージ。

 

二人して覗き込む。

 

「「……!!」」

 

そこに映っていたのは、高ボッチ高原から望む諏訪市の夜景。

市内の真ん中に諏訪湖、その外縁に沿って街の光が煌々と集う。山梨と同じく、市内は南アルプスに囲まれ、冬の澄んだ空気に映える。そして、南に走る光をたどれば、今なでしこ達がいる山梨に続いていく。

 

 

ほぅ、と送られてきた写真に見入るなでしこ。

リンからの文面と、前後のメッセージから事情を察したコウタロウは、彼女を邪魔することなく数歩後ろで彼なりに夜景に感じ入っていた。

 

暫しの後に、なでしこは写真から眼前の大パノラマに視線を移す。

ゆっくりと市内を一望した後、まるで漏れ出たようにつぶやく。

 

「……きれいだね」

 

遠くリンも同じように夜景に見入っているのだろうか。

 

それは分からない。

だが、数歩後ろでなでしこを見守るコウタロウには、彼女とリンが重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

リンの「ソロでよかったランキング」一位

 

【そういえば、守矢はもう寝たの?】

【うん。ちょっと前に寝ちゃった】

【写真】

 

「写真? 何のだ――!!?!?」

 

驚きの余りスマホが手の中で乱舞した。

数度お手玉した後、何とかキャッチ。

 

「こ、これ……」

 

見間違いではない。コウタロウの寝顔写真である。

 

リンは普段から写真を撮る方ではないし、もちろんコウタロウとのツーショットはおろか写真などない。別に欲しくないし。

そもそも、同級生の寝顔写真など普通撮る機会は無い。

 

「…………」

 

長考。

 

「べ、別にこれはただ珍しいからってだけで、全然他意なんて無い、全く無い、これっぽっちも……」

 

誰も聞いているわけではないが、誰かに言い訳をしつつリンは震える手で「保存」ボタンに触れた。

 

高まる心臓が平常運転に戻るまで、数分の時を有した。

 

 

コウタロウの「周りに人がいなくてよかったランキング」一位

 

「…うわあっ!?」

 

がばりと飛び起きる。

変な夢を見た。志摩に襲われる夢だ。大人になった俺たちがどっかのキャンプ場で、みんな集まってる時に刺された…気がする。

というか何でこんな夢見てんだよ俺……。なんか恨みでも買ったか……?

 

と、起き抜けの景色が普段と違うことに違和感。

 

「あ、そうか。今野クルでキャンプに来てんだった」

 

同級生だけでこんなキャンプなんて初めてで、柄にもなく浮かれてしまった挙句、早々に寝てしまったのか。

今日の行程を思い出していく。

カレー食べて、皆で焚き火囲んで色々話して、寝るときにテント狭いからってなでしこがこっち来て――なでしこ?

 

隣を見る。

 

「――――っ!!?!!?」

 

いない。

 

なでしこがいない。

 

隣に居るはずの、なでしこが――

 

「なでしこっ!?」

 

テントの中で転びそうになりながらも俺は慌てて外に出ると、一目散に駆けだした。

 

 

 

過去を思い返す二人。

 

「「恥ずかしい……」」

 

 

 

 

 



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二十一話

最近ゆるキャンss界隈がすこし活気づいてきて嬉しい。









 

 

キーンコーンカーンコーン…

 

翌週の月曜日の放課後、図書室にてリンが一人読書に耽っていた。

遠くに聞こえるチャイムは耳に入っていたようで、のっそりとした動作で本から顔が上がる。

 

(はぁ……。そろそろ閉めなきゃだけど)

 

ぱたんと本を閉じ、言葉とは裏腹に、ぐでーとカウンターに突っ伏すリン。

図書室内に設置された達磨ストーブが、石油を燃やす独特の音をあげていた。

 

(暖かくて出られん……)

 

放課後で一人静かに快適な部屋で過ごすこの時間は、ある種の贅沢だ。中々腰が上がらない。

 

まあ今は誰もいないし、チャイム鳴ったけど少しくらいはいいか。

 

そう心の中で言い訳すると、リンはもう少しこのまま、ぐでっと束の間の休息を享受することにした。

 

(はー、今年もあと1か月ちょっとか……)

 

壁に掛けてある日めくりカレンダーを見れば、もう11月も終わりである。

何となく思考は沈み、つい先日の長野でのキャンプを思い出す。

 

原付バイクでの初めての遠出。

ビーナスラインをひたすら進み、途中隠れ家的喫茶店でボルシチを食べ。

夜は諏訪の夜景に見入り、何となくなでしこのことを思った。同じような景色を見ているのかな、と。

 

そして翌日曜は、諏訪神社に参りコウタロウへのお土産を買って(別に他意はない)、高島城をはじめ諏訪市を観光し。その後ようやく念願の温泉に浸かり寒さを癒して帰ってきたのだった。

 

(長野よかったなぁ……。いろいろ回れたし、温泉気持ちよかったし)

 

帰りに湯冷めしたけど、と呟く。

折角温まっても、諏訪の名所「片倉館」から山梨身延まではまだ100キロほどある。その道のりをバイクで走るのだから、湯冷めするのは当然だ。バイク乗りの宿命である。

 

そして、

 

「お土産渡そうと思ってたのに、放課後になってしまった……」

 

自身のカバンの中身を見てため息。

 

コウタロウには、諏訪神社で買った交通安全のお守り。自分と同じようにバイクに乗るというのだから、まあ渡しても問題ないだろうと購入した。ちなみに自分用にも同じものを一つ買っている。

なでしこには、観光の途中見つけた店で買った生チョコまんじゅう。彼女に関しては、物よりも食べ物の方が喜ぶだろうと思い、期間限定だし何となくおいしそうだから購入してきた。

 

(クラス違うけど、どこかで見かけると思ったんだけどな)

 

なでしこに関してはそうだが、コウタロウは今日同じ当番だったのに、急に休むと連絡があって会えずじまいなのだ。野クルで反省会をするらしく、そちらを優先するとのこと。

 

(あいつ、仕事を何だと思ってんだ。……しばらく当番被ることないのに)

 

そう言って、ここにはいない彼を思ってカバンの中から取り出したお守りを指で弄んでいると、生チョコまんじゅうの奥に見慣れない物体が見える。

 

「あれ。何だこれ?」

 

取り出して確認してみるが、こんなものを入れた記憶が無い。

 

大きめのハードカバーほどの大きさの段ボール包装された物。何かの荷物だろうが……

と、ここでリンに電流走る。

 

「……あー」

 

そういえばと、朝出がけに母親から弁当と一緒に渡され、寝ぼけたままカバンに入れた記憶が蘇った。

 

「朝お母さんから受け取ってそのまま持ってきちゃったのか。何で出がけに渡すかな……」

 

それはその通りである。

まあどこの母ちゃんだってだいたい同じに忙しいのだ。完璧な存在ではない。だから夕飯のメニューに文句つけるのやめなさい。

 

「で、何だっけこれ」

 

とは言いつつ、リンの体は既に開封作業に移っていた。

丁寧にガムテープをはがし、綺麗に開封していく。

 

「お。これか」

 

中から出てきたのは、ジッパー付きの袋に入ったままのコンパクト焚き火グリルだった。

長野に行く前に注文したもので、封を開けてみればその大きさは単行本ほど。想像より少しだけ小さかった。完全にソロキャン用である。

 

「だ、誰もいないよな……」

 

新しいキャンプギアが手に入ったリンは、心躍らせながら早速組み立ててみようと辺りを見回す。

放課後だしいないとは思うが、一応。

 

「誰もいないぞ」

「そうだよな、誰もいな……何でいるの」

 

その肯定意見に一瞬安心しかけるが、誰もいないのに自分以外の声がするはずもない。

リンはジト目と共にその声の主、守矢コウタロウに振り向いた。

 

「いや、日誌に一応名前は書いとかないと、後で委員長に勝手に休んだのばれた時怒られるじゃんか」

「お前……」

 

コウタロウの登場にちょっとだけどきりとしたリンだが、案外しょうもない理由で図書室に訪れていた友人に脱力する。そんなリンを見てか、たははーとおどけて笑う彼。椅子を引っ張ってきてカウンター越しに対面して座る。

 

「そういえば気になってたんだけど……何それ?」

 

カウンターに置かれた板状の金属を指さして言う。

 

「ああこれ? ちょっと待ってて」

 

説明するより見せた方が早いと、てきぱきと手際よくコンパクト焚き火グリルを組み立てていくリン。

 

作業はすぐに完成した。

 

「どうよこれ?」

 

組みあがった焚き火グリルを掲げ、コウタロウに自慢げに見せるリン。

 

「どうって……なんだこれは。賽銭箱か?」

「なんでそうなる……」

 

が、彼から返ってきた反応は芳しくなかった。

 

確かに、何も知らない人が見れば焚き火グリル上部の網目は賽銭を入れるにちょうどいいスリットに見えるし、その形状とたたずまいはまさしく神社にある賽銭箱のそれである。

コウタロウの意見ももっともだった。

 

そんな彼に、リンは懇切丁寧にこれはコンパクト焚き火グリルというキャンプギアで、直火禁止のキャンプ場で焚き火とか、炭火を使って美味しい料理ができるだとか、正しい知識を語っていった。

 

「なるほどな。つまりキャンプで焼き肉が食えるってことか」

「まあそういうこと」

 

違うけどあってる。

 

とはいえ、キャンプ中に焼肉ができるのは高校生という身分の彼らにとっては途方もなく素晴らしいことだ。

 

「「キャンプでYAKINIKU……」」

 

二人して、手元にあった「ソトメシ」というアウトドア料理本の「キャンプでがっつり肉レシピ」のページを覗き込み、まだ見ぬ焼肉に思いとよだれを馳せる。ちなみにソトメシは現在第十二巻である。すごくどうでもいい。

 

「俺さ、この世で興奮することいろいろあるけど、一番はキャンプで焼き肉することだと思う」

「間違いないね」

「……分かってるじゃん」

「ふふ」

「あ、またニヤニヤしてるー」

「!!?」

「お、斉藤」

 

と、ここで恵那が姿を現した。

唐突に声を掛けられ、びくりとリンは思わずソトメシを放り投げる。が、危なげなくコウタロウがキャッチ。

 

「おー。コウタロウくんナイスキャッチ」

「それほどでもある」

 

恵那がぱちぱちと手を叩き、素直に称賛。

コウタロウと恵那は、実は面と向かって話した回数はあまりなく、そこまで互いのことを知っているわけではない。が、互いに何となく波長の合う相手だというのは認識していた。

それ故かは分からないが、恵那は早々にコウタロウを下の名前で呼び始めていたのだった。

 

「斉藤、何しに来たの?」

「リンの顔見に来ただけだよ。……あ、なにこれ?」

 

そう言って、恵那はカウンターに置いてあったコンパクト焚き火グリルを手に取る。

 

「メタル賽銭箱?」

「違うわ」

 

リンの鋭いツッコミが飛んだ。なにせ2回目である。そんなに賽銭箱みあるかな……。

 

ちなみに、検索で「メタル賽銭箱」と入力してもきちんとコンパクト焚き火グリルのページに飛ぶことができる。恵那の影響力恐るべし。

 

 

少女説明中……

 

 

「ふーん、焚き火ってこういうのでやるんだ」

「それは小さいやつだけどね」

 

コウタロウの頭には焼肉の台としかインプットされなかったが、これは焚き火台として使うのが本来の用途である。まあ、焚き火をしたら食べ物を焼きたくなるのは人間のサガか。

 

「こういうのでやる焼き肉屋さんとかあるよね」

「そうなの?」

「あー、火の国とかな」

「ひのくに?」

「守矢、それ確か浜松のローカルのやつだよ」

「えっ、そうなの!? そういやこの辺で見ないなと……」

 

正確には、浜松、磐田、袋井にかけて展開する焼き肉チェーンである。精肉店直営の美味しいお肉が手ごろな値段でいただけるナイスなお店だ。

火の国といいさわやかといい、浜松界隈は肉の聖地か……?

 

「えー、何か気になるなそこ。……あ、そうだ! 二人はバイクあるんだから、今度二人で行ってこればいいじゃん」

「えっ」

「お、いいなぁそれ」

「えっ?」

「先週志摩の誘い断っちゃったし、お詫びもかねて浜松ツーリングどうだ?」

「でも、ここから浜松まで結構遠いんじゃありませんか?」

「確かにそうですね。大体150kmくらいでしょうか」

「わ〜結構しますね! その距離だと日帰りは難しいし、高校生には厳しそうかな……」

 

恵那がテレビショッピングのアシスタントが如く合の手を入れる。

乗っかるコウタロウ。

 

「ご安心ください! 今ならなんと、うちのじいちゃんの家に宿泊できます! 宿泊費の節約になりますよ~」

「わー、お得!!」

「ちょ、ちょっといきなり通販番組始めないで……!」

 

さっきから情報量が多すぎていっぱいいっぱいである。

確かにコウタロウとはツーリングに行きたいと思っていたが、まさか彼の祖父の家で一緒に泊まるなんて話になるとは誰が予想できようか。

そもそも遠いのではという恵那の質問に対する答えになっていないではないか。そんなところまで通販番組によせなくていい。別に自分は平気だけど!

 

 

オーバーヒート気味のリンは、何とか答えを出すべく頭を回転させる。

そして。

 

「か、考えさせてください……」

 

そうひねり出すのがやっとだった。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

とある休み時間。

 

「へー、じゃあお正月はバイク乗って浜松帰るんねー」

「ああ、久しぶりに会う奴とツーリングに行く予定」

「ええなぁ……」

「免許取っても、バイクって高いし敷居高いもんな。俺も親戚から貰ってなきゃ乗ろうとか思わなかったし」

「あ、自分では別にええんよ。後ろに乗ってみたいなって」

「ほー。なら今度どっか行くか? 犬山がよければだけど」

「い、いいの? 行きたい行きたい!」

「おー、よかった。楽しみだな」

「せやね! うわー、どこ連れってってもらおかな……」

「また予定合ったら教えてくれ」

「うん! 近いうちに言うわー」

 

 









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二十二話

今年のゴールデンウィークは雨ばっかりですね。ほんとじめじめしてて洗濯物干せないし外出たくなくなるし、嫌になります。


(……斉藤、あの件はどうなった?)

(フフフ。抜かりなく、だよ)

(流石過ぎる! ありがとう!)

(どういたしましてー)

 

そんな不穏な会話がコウタロウと恵那の間で交わされる。

何のことは無い。お土産の件である。

 

かねてよりリンからのお土産に対しその正気を疑っていたコウタロウだったが、先日の【お土産覚えとけよ】発言を受け、これはまずいと恵那に助けを求めていた。

リンとしても本気で変なものをあげるつもりは無かったが、いつも通りでいいかくらいの気持ちでいた。しかしそこに恵那からのメッセージ【お揃いのお守りとかどう?】である。リンの決断は早かった。

 

今回お土産がきちんとお土産しているのは、恵那のおかげなのだ。……もっとも、今までのお土産もこれ以上ないくらいの「お土産」ではあるが。

 

なお、コウタロウは具体的な品物は分かっていない。前と同じようなものではないとだけ聞いていた。

 

「それ。まだなでしこちゃんに渡してないの?」

 

カウンター越しに恵那がリンのカバンを見て呟く。

リンと恵那はクラスが同じだし、二人の仲なので事情は把握している。

 

「ん……。意外と会うタイミング無くて」

 

どこかで会うだろうと思っていたが、そうならずに結局放課後である。

何となく前髪をいじりながらリンが言った。

 

「コウタロウくん、なでしこちゃん部室にまだいた?」

「あー、どうだろ。先帰ってって言って来たからな。まあいるとはと思うけど……」

「だってリン、行ってくれば?」

「あそこはノリが苦手」

「うん知ってる」

 

その辺りが勧誘を断った理由でもある。ノリが苦手というか、苦手なのはほぼ千明なのだが。お労しや千明……。

 

「あ、そだ守矢。はいこれ」

 

まるで今思い出したかのように、手でいじっていたお守りを無造作に手渡す。

リンからのお土産は、いつもだいたいこんな感じで手渡される。そして、その中身を見たコウタロウが微妙な顔をするまでがセットである。

しかし、今回は違った。

 

「お。諏訪大社のお守りか。しかも交通安全」

「……いやなら返してよ」

「んなわけ。ありがとな、志摩。大事にする」

「…………ん」

 

こっ恥ずかしくてふいとそっぽを向くリンと、初めて実用的な(?)お土産を貰えて感動しているコウタロウ。早速バイクのカギに付けようと決めた。

恵那はリンの様子を見てひたすらニヤニヤしている。奥手な親友のフォローをするのが楽しみなのだ。人の恋路は応援してなんぼである。

 

「守矢さ、ついでにこれ、なでしこに渡してきてよ」

「「いやいやいや、志摩(リン)が渡してあげなよ」」

 

そのままの流れでずいと生チョコまんじゅうを差し出してくるリンに、他二人の声が重なる。

 

「折角長野に行って買って来たんだから」

 

と恵那。

 

「志摩が直接渡した方が喜ぶって。ソースは俺」

 

とコウタロウ。

 

二人の意見に、むうと考え込むリン。

直接渡した方がいいのは分かる。が、何となく自分から会いに行くのは恥ずかしい。

うむむと唸り、リンが出した答えは、

 

「今年中には渡す」

「「いや賞味期限」」

 

生菓子だろと息の合ったツッコミが入る。

……本当に相性がいいのはコウタロウと恵那なのかもしれない。

 

「じゃ、私そろそろ帰るよ」

 

空気が弛緩し始めた気を見計らって、恵那が席を立つ。

このままダラダラしていれば、帰ると言い出しづらいし、そんな空気にはならなかっただろう。彼女はこういった空気を読むのもうまい。

 

「うい」

「またな、斉藤」

「うん、じゃあね二人とも」

 

そう言って扉に吸い込まれていく恵那。

と、言い残したことがあるのか、最後に顔だけ出して二人に向いた。

 

「そうだ、明日のお昼はそれ使ってここで焼き肉やろうね。お肉買ってくるから」

「大惨事だわ」

「やるなら校庭行こうな」

「…そういう問題でもないだろ」

「えー、学校で焼き肉とか憧れないか?」

「わかるわかるー」

「お前ら割と思考回路似てるよな……」

 

二人の反応に、くすりと微笑む恵那。

今度こそ最後に、お土産を早く渡すようにリンに告げると、去って行った。

 

残された二人。

後には、一人分抜けた熱量の残滓が漂っているようで、しかしどことなく寂寥感がある。

何とはなしに沈黙が下りる中。

 

「さて、それじゃ俺らも帰るか」

「うん。この本だけ片してくるから、ちょっと待ってて」

 

りょうかーいと気の抜けた返事を背中で聞きながら、リンは数冊本を抱えて図書室の奥の棚へと進んでいく。

今日は久しぶりに二人で帰れそうだと、その足取りは軽かった。

 

(お土産、日持ちするやつにすればよかったな。クッキーとか――

――な”っ!?」

 

人が倒れている。

 

倒れている女子生徒の下半身を発見したリンは、驚愕のあまり変な声が漏れた。思わず持っていた本を取り落としそうになる。

 

よく見れば別に切断されているわけはなく、上半身は本棚の陰になっていて見えないだけだ。まあこの高校でそんな凄惨な事件が起こるはずもないのだが。

 

恐る恐る近づいてみる。

 

(……なでしこ)

 

それは寝ているなでしこだった。どうしてこんな所に? 心配させやがって。というか、なでしこがいたら二人で帰れなくなるのでは?

 

「……」

「zzz……」

 

自身の様々な想いとは裏腹にぐーすか眠りこける彼女をジトッと見つめ、

 

「ふがっ」

 

げしりと蹴づいた。

 

 

 

 

「いやー、皆が楽しそうに話してたからなんか入っていけなくて……」

 

そういってえへへと笑うなでしこ。

カウンターの定位置にて、3人が膝を寄せている。

先ほどまで帰る雰囲気だったが、なでしこの登場によりそれは霧散していた。ほがらかなでしこである。

 

「コウくん、さっきは何話してたの?」

「……」

「コウくん?」

 

そう訊ねられるが、コウタロウはリンを見つめるばかり。

 

(……渡せってことか)

 

アイコンタクトで通じ合ったリンは、はあと一つため息をつき、カバンからお土産を取り出した。

 

「なでしこ。これ、長野のお土産」

 

少し恥ずかしそうに頬を染め、生チョコまんじゅうを手渡す。

これにはにっこり顔のコウタロウ。

 

「えっ! おみやげ!? 私に!?」

「生菓子だから早く食べなよ」

 

ふおおおおとあからさまに喜ぶなでしこ。

これにはコウタロウも満面の笑み。

 

「ありがとうリンちゃん! 大事にするよー!!」

「いや食えよ」

 

お守りとかじゃないんだからさ。心中ツッコむリン。

 

「見て見てコウくん! リンちゃんからお土産もらっちゃったー!!」

「よかったなぁ」

「うん!」

 

コウタロウは横でずっと見ていたし、なんならずっと前からお土産について知っていたが、それでもなでしこは嬉しそうに目を輝かせていた。

 

その想像を寸分たがわぬリアクションに、リンは頬が緩む。……何となくコウタロウの気持ちが分かった気がする。

 

一方そのコウタロウは、常時頬が緩みっぱなしだった。

 

「うわー、おいしそうだなぁ……。リンちゃん、ちょっと食べてみていい!?」

「え? うん」

 

リンがそう答えるや否や、早速開封にかかる。

そして個装を剥がし、一口頬張るなでしこ。

 

「ん~~~~~~っ!!」

 

そのおいしさに感動する中、ふと見た視線の先に気になるものが。

 

「む、なにこれ? ミニ賽銭箱?」

「お前もか」

「見えるよなーそれ。分かる分かる」

 

 

以下同じ流れで本来の用途を教える。

 

 

「へぇー! これで料理とか焼き肉とかできるんだ……!」

「あと焚き火もな」

「焚き火も!」

 

この辺りの思考回路はやはりコウタロウと似ているようで、まずは食べ物関連のものであるとインプットされたようだ。間違ってはいない。

 

「焼き肉とか聞こえたけど、このことだったんだね。確かに火の国のやつみたい」

「こんな感じので焼いてたよな」

「浜松民の中では最早定番なのかそれ……」

 

うんうんと頷き合うコウタロウとなでしこに、呆れ顔のリン。

そこまで焼き肉と言うならと、ある提案をしてみる。

 

「あのさ、それで今度肉焼いてみる?」

「ここ(図書室)でか?」

「斉藤の言ったことは忘れろ」

 

余計な茶々が入ったが、なでしこは元気よくうなずいた。

 

「うん! やる!! やろうよ、焼き肉キャンプ!!」

「あ、いやキャンプという訳じゃ……」

 

流石に図書室でやったりはしないが、どこか焚き火ができる場所でデイキャンプなりピクニックなりと思っていたリン。

その言葉はなでしこによりあえなく遮られる。

 

「そうだ!! リンちゃん今週の土日ひま!?」

「まあバイトは無いけど……」

「今度は私がいいキャンプ場探してみるよ! 野クルの名にかけて!!」

 

目を輝かせて、そう決意するなでしこ。

彼女の中ではもう決定事項のようで、さっそくがんばるぞーと気合を入れている。

 

(もうすぐ期末試験だって分かってんのかな……)

 

二週間後はもう期末試験である。忘れているのか自信があるのか、心配する様子を見せず何の肉にしようかなとうきうき顔で悩みだすなでしこを見ていると、リンの中で諸々の心配が霧散していく。

 

(まあ、いいか)

 

と、先ほどからスケジュール帳を開いて固まっているコウタロウが目に入る。

そう言えば、彼は参加するのだろうか? ……え? 参加するの? 一緒に?

 

(よ、よくない可能性でてきたかも……)

 

「もちろんコウくんは参加だよ? けってーい!」

「まってなでしこ心の準備させて……!」

 

スケジュール帳の日曜の欄には、赤文字で「バイト9時~17時」の文字が映える。

さわがしい二人をよそに、コウタロウはスケジュール帳をぱたりと閉じた。

 

「………………店長に相談してみっかぁ」

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

【店長。今週の日曜休ませてください】

【無理! その日こないだ入ったばっかの子と守矢君だけだから絶対無理!】

【ちょっと、日曜の最繁期にバイト二人に任せるとか大丈夫なんですか?】

【大丈夫よ。うちお客さんとか殆どゼブラに吸われて来ないし。いざとなったら薬剤師の方いるし】

【でももう一人は新人さんなんでしょ? 会ったことないし。それは流石に駄目じゃないですか? 駄目に決まってる】

【何としてでも休みたいという意思を感じるわね……。大丈夫よ、守矢君いるし何とかなるなる! ……休ませないわよ?】

【ぐぐぐ……わかりました】

【よろしくねん】

 

スタンプが続いて、会話が途切れる。

暗くなったスマホの画面には、顔をしかめた自分の顔が映っていた。

 

「OH……。どうしようキャンプ行けねえじゃん」

 

だが、こればっかりは仕方なしだ。死ぬほど無念だが、なでしこと志摩に残念だったとお祈りメールを送ることに。

 

と、ぴこんとそれぞれ別の着信が入る。

 

「ん……。大垣と犬山か」

 

【聞いたぞお前バイク乗ってるんだって? 土曜暇ならあたしをキャンプ場に連れてけー!!(下見)】

【土曜日にあきがキャンプ場の下見に行く言うてるんやけど、もしよかったら私のシフト終わったらそこ連れてってくれへん? バイクの後ろ乗りたーい】

 

「ええ……」

 

どちらを選んでも角が立つんじゃないのかこれ……?

助けてなでしこ……。

 

 

 



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二十三話

電車少女の名前決まりました。
候補を頂いた皆様、本当にありがとうございました!

そのうちひょっこり出てきます。





 

「リンちゃん、食材はどこで買ってく?」

 

土曜日。

昼下がりの車の中で、助手席からなでしこの声が聞こえてくる。

なでしことリンの乗る日産ラシーンは、桜の運転で今、とあるキャンプ場に向かっていた。

 

「この先にゼブラってスーパーがあるよ」

「じゃそこにしよう」

「それどの辺りにあるの? 52号沿い?」

 

本日の運転手を務める桜がリンに問いかけた。

リンの家から県道300号線を北上するのではなく、52号線をぐるっと回ってゆっくりとキャンプ場に向かう道のりのつもりだ。52号線は各務原家の辺りも通っているものの、この辺りの地理には疎い。

 

「あ、はい。52を右折して5分くらいのところです」

「了解」

 

そう言ってハンドルを切る桜。

友人の年上の姉妹という少し緊張する相手とのやり取りを終え、ふうと一息。

 

それにしても、運転席を見てリンは思う。

 

(しかし、なでしこのお姉さんって美人だよなぁ……)

 

いつぞやコウタロウが評した通り、桜は相当顔がいい。いや顔もいい。

大学やそれ以外で声をかけられることはしょっちゅうだし、気だるげでクールな表情や仕草、しかし滲み出るその優しさから、非常にファンは多い。

ちなみにコウタロウの初恋の相手でもある。

 

桜をじっと見つめた後、反対側を見るリン。桜とは対照的にゆるーい雰囲気を纏うなでしこが助手席に座っている。

 

(……こっちはなんかムニョムニョしてるけど)

 

もうなんか食ってるし……。

だがなでしこはなでしこで、今の体型になった中学三年生の辺りからは男子にモテだしていた。まるっとしていたころは見向きもしなかったのに、現金な連中である。本人はずっとただ一人しか眼中にないのだが。

 

なでしこと桜。顔立ちは似ているのに、どうしてこうも印象が違うのだろうか。

 

(というか、小さい時からこんな顔面偏差値高い人たちに囲まれてた守矢って、相手に求めるレベルも底上げされてるんじゃ……?)

 

要らない心配をするリンをよそに、車はスーパーゼブラに向けて進んでいく。

 

 

 

 

土曜の昼という客入りもピークの時間帯のゼブラの駐車場に、何とか桜の車が停まった。

桜は早速買い出しのために車を降りていくなでしこに向かって声を掛ける。

 

「なでしこ、ついでにコーヒー買ってきて。甘いやつ」

 

はーいという声を聞きながら、桜の目線は隣のドラッグストアに移る。

 

(……あれ。あそこ、確かコウタロウ君のバイト先よね?)

 

ふむと一つ頷き、再度なでしこに声を掛けた。

 

「ごめんなでしこ、やっぱり自分で行くわ」

「うん? 分かったー」

 

ゼブラに入っていく二人を見送ってから、桜も歩き始めた。

……隣のドラッグストアに。

 

 

なお、コウタロウの働くドラッグストアに行ったはいいが今日はシフトが違ったため会えなかったし、ドラッグストアの駐車場はがら空きだった。

 

 

 

 

「あれっ!?」

 

一方そのころ、スーパーゼブラ内では、なでしことリンが思わぬ人物に遭遇していた。

 

「あおいちゃん!!」

 

コウタロウの紹介で、ここゼブラでバイトをしていたあおい。要領のいい彼女は、他従業員からの覚えもよく、てきぱきとレジ打ちの仕事をこなしていた。

 

二人に気付き、笑顔で手を振る。

 

「いらっしゃいませー」

「ここでバイトしてたんだねー」

「先週からなー」

 

コウタロウをはじめあおいと千明がバイトをしていることは知っていたが、どこでしているかまでは知らなかったなでしこが、ほうと感心の吐息を漏らす。

同級生がしっかりと仕事をこなす姿というのは、新鮮に映るものである。

 

「今から四尾連湖行くん?」

「うん! 写真いっぱい撮ってくるね」

「たのむわー」

 

清算が終わる。

入って一週間ほどで会話をしながらレジ打ちがこなせる彼女は相当に手練れである。

加えて、他のパート、アルバイトのおばちゃんたちと比べて若く顔立ちが整っておりスタイルのいいあおいのレジには、心なしか列が長めに連なっていた。男ばかりだ。

 

「じゃあ、気いつけてなー」

「うん! またね、あおいちゃん」

「犬山さん、バイト頑張ってね」

「うん。志摩さんもキャンプ楽しんできてなー」

 

ばいばーいと朗らかに笑って二人を見送るあおい。

今日のこの後の予定を考えれば、自然と目じりも下がる。ルンルン気分で次の男性客の清算を始めた。

 

 

車内に戻った二人。すでに桜は戻って来ており、運転席で微糖の缶コーヒーをすすっていた。

 

「あおいちゃん、ここでバイトしてたんだね」

「そうだね。たしか、守矢は隣のドラッグストアでバイトしてたと思ったけど、あいつの紹介とかかな」

「えっ!!? コウくんあそこでバイトしてたの!?」

「え、うん。……知らなかったの?」

「教えてくれなかったんだよぅ……」

 

がーんという効果音が聞こえてきそうなくらいに、目を見開いて驚くなでしこ。

なんでなでしこにバイト先を教えないでいたのか疑問に思いつつ、自分には教えてくれた事実にちょっぴり嬉しいリン。

 

なでしこの衝撃はもっともだし、リンの疑問には桜が答えた。

 

「あんたに教えると、暇さえあれば来そうだから教えないでくれって言ってたわよ」

「た、確かに行くけど……。って、お姉ちゃんも知ってたの!?」

 

行くんだ……とリンが呆れる横で、本当に自分だけ知らされていなかったことに輪をかけてショックを受けるなでしこ。涙目であった。

 

「まあここってうちから遠いし、コウタロウ君も心配だったんじゃないの? あんたのこと」

「あ、そっかぁ。コウくん私のこと心配してくれてたんだ……うぇへへ」

「「……」」

 

桜の適当なフォローに、ふにゃりと頬を緩めて嬉しがるなでしこ。

事実その通りなのだが、あまりにもちょろすぎる妹に桜は引いた。リンもちょっと呆れていた。

 

再び走り出して暫し。

温かく快適な車内で、原付バイクとの違いを思い知っているリン。

本当は来るはずだったもう一人のメンバーに思いを馳せる。

 

今日はコウタロウはいない。

明日早くからバイトがあるからと、本当に残念そうに断られてしまった。

 

「コウくん来れなくて残念だったね……」

「バイトだって言ってたししょうがないよ。急だったし」

 

コウタロウが来れないと分かった時の少しの安堵感と、でもやっぱり感じる寂しさや残念さを飲み込んで、今日の最終目的地についてリンは訊ねた。

 

「そういえばさ、四尾連湖キャンプ場なんてよく知ってたね」

「あ、うん。実はね……」

 

そう言って、なでしこは先日の野クルでの出来事を話し出す。

 

 

 

 

「――ってことがあったんだよ」

「……」

「へー、今週はしまりんとキャンプ行くのか」

「しまりんって言うとゆるキャラみたいやな」

「……」

「ていうか二週連続ってストロングスタイルだなおまえ」

「えへへ」

「……」

 

(で、なんだってコウタロウはこんな落ち込んでんだ?)

(日曜バイトで二人とキャンプ行けないんやて)

(あーね……)

 

ホントに暇さえあれば一緒にいるよなと、落ち込むコウタロウに寄り添うように座るなでしこを見て千明は思う。ちなみに、なでしこコウタロウの二人が下に座り、千明とあおいの二人が上の棚に腰かけている。彼が上を向いてきたら殺す気でいる。

 

とはいえ落ち込んでるのはらしくないし、今度気分転換にどこか誘ってやろうと決めた。

 

「あきちゃんあおいちゃん、どこかいいキャンプ場ないかな?」

「んー。この辺富士山と富士五湖のおかげでええキャンプ場だらけやしなー」

「確かになー」

 

後述されるが、湖には湖畔キャンプ場、富士山麓には芝生キャンプ場や林間キャンプ場が。

山梨はその地形から、おおいにキャンプ場に恵まれていた。

 

「キャンプ場ってどんな種類があるの?」

「せやなー、ざっくり分けると……」

 

① 林間キャンプ場

「キャンプ場のイメージってだいたいこれだよな」

 

② 臨海キャンプ場

「冬は寒そうだねぇ」

「あと山梨には絶対に無いな。望もうにも不可能」

「こいつ復活したと思ったら急に山梨ディスって来たんだけど?? 戦争か? ん?」

「ギルティやな」

 

③ 芝生キャンプ場

「麓キャンプ場がこれだったよー」

「牧場をキャンプ場にしとるところもあるんよ」

「志摩が行ってた長野のキャンプ場もこれだな」

 

④ 河川・湖畔キャンプ場

「五湖周辺はだいだいこれやな」

 

⑤ 展望キャンプ場

「イーストウッドとかだな」

「よかったよねぇ」

「「「そうだねぇ」」」

 

 

ちなみに、とあおいが付け加える。

 

「イーストウッドは林間×展望でもあるんよね」

「たしかに!」

 

キャンプサイトからの景色と、夜の森を抜けた記憶を思い出したなでしこが納得顔で頷く。

 

「いくつか複合させてもいいなら、将来的には林間×臨海×芝生×河川湖畔×展望キャンプ場とか造りたいわ」

「欲張りセットやめーや」

 

出来たらええけど、と呆れ顔のあおいの隣で千明が口を開いた。

 

「そうだ、富士五湖って昔は富士八湖だったって知ってるかお前ら?」

「何や都市伝説?」

「何それだんだん増えてくシステム? それなら浜松には松島十湖て人がいてだな……」

「あー、俳句の! 学校で強制的に十湖賞に応募したの覚えてるよ。懐かしいねぇ」

「そうでもしなきゃ応募人数が集まらないんだろうな……」

「だから地元民にしか分からんネタはやめろって。しかもそれ富士山関係ねえじゃん。人の名前じゃん」

 

いつもこいつら(主にコウタロウ)のせいで話逸れんな……とジト目で睨みつつ、こほんと息を整える千明。

 

「富士八湖は実際の話でな、そのうちのとある湖にキャンプ場があるらしい」

「ほう」

 

上を見ないように、しかし話には身を乗り出すコウタロウ。

俺が上に行った方がよくねという素朴な意見は胸のうちにしまっておく。

 

「その名も……シビレ湖」

「痺れ湖?」

「何それ電気ウナギとかいそう」

 

千明は静岡コンビのぽけっとした疑問にズバッと答える。

 

「違う! こうだ」

 

そう言って、設置してある小さな黒板に『四尾連湖』と書き込む。

ちなみに、四尾連湖の名前の由来は、伝承に伝わる湖の神が四つの尾を連ねた龍であることだとされる。非常に中二心をくすぐる存在だ。

それと、黒板下にいるわんこはさっきあおいが描いた。

 

「地元住民くらいにしかあまり知られていない所で、湖には謎の巨大魚が生息し……」

 

藤原弘、探検隊が飛んできそうな信憑性の薄い千明の説明は続く。

 

「管理棟のテラスには、謎の激ウマBBQが!! …あるとかないとか」

「激ウマ!?」

「前々から調査せねばと思っていたのだが、なにせ謎が多いものでな……」

 

純粋で何でも信じてしまうなでしこのリアクションに気をよくした千明。

真剣な表情でメガネをくいとあげ、迫真の演技である。

 

(……一応聞くけど、本当の話?)

(んなわけあるかい)

(だよね)

 

「各務原隊員!! 現地調査を頼めるかね!?」

「わかりました! 隊長っ!!」

 

 

 

 

「……って」

「なんだその小芝居」

 

えへへとはにかむなでしこ。

 

二人を乗せた車は、四尾連湖キャンプ場に向かう。目的地まであと少しである。

 

 

 

 

視点は戻って、スーパーゼブラ。

 

「あおいちゃん、今日はもう上がり?」

 

ゼブラ内のバックヤードの従業員室では、退勤のタイムカードを押したあおいがロッカー前で自身のバンダナを外したところだった。

話しかけてくれた社員のおばちゃんに向き直る。

 

「はい、お先に失礼します」

「お疲れ様、明日もよろしくね」

「はいー」

 

部屋から出ていくおばちゃんを見送ると、スマホに通知が。

 

【キャンプ場、到着!】

【写真】

 

とある林間キャンプ場のテントサイトで自撮りをして映る千明の写真と共に、到着を告げるメッセージ。

 

「あきもう着いたんや」

 

ロッカーにもたれ、返信を打つ。

まだ彼から通知が来ないということは、しばらく時間に余裕はある。

 

【どんな感じなん?】

【けっこう広いぞ! キャンプサイトもたくさんある】

【下見たのむでー】

【んむぁかせろ!】

 

くすりと微笑む。

そして、いそいそとエプロンを外し――

 

【どこにいる?】

「ちょっとちょっとあおいちゃん!」

 

スマホに通知が来るのと、先のおばちゃんがなにやら口角をあげて入ってくるのは同時だった。

 

「どうしたんです?」

「あおいちゃんって、もしかしてコウタロウ君と付き合ってるの!?」

「え、ええ? べつにそんなことないですけど……」

「もう! とぼけちゃって! 隠さなくていいのよ!」

「ええ……?」

 

にやにやとした笑みを浮かべて、しまいには肘で軽く小突いてくる始末だ。

ちなみにこのおばちゃんはあおいの面接を担当した人であり、コウタロウに乞われてバイトを募集していると教えてくれた人でもある。

 

「今コウタロウ君が来てね、あおいちゃんはいますかって! どうしたのって聞いたら、これから二人で出かけるらしいじゃないの! 若いっていいわねぇ!!」

「いやあの……」

 

人の色恋には興味津々を通り越してお節介を焼きたくなるのがおばちゃんという生き物である。

 

「コウタロウ君ってホントいい子だし、あおいちゃんが相手ならおばさんも安心よ! まあまあ、これは皆にも教えてあげなきゃ!!」

 

そういって本人を差し置いてはしゃぐおばちゃんは、呆然とするあおいをよそにサイドバックヤードから出ていった。

 

「あのだから……もういいです」

 

コウタロウはその容姿と物腰の良さ()から、マダムたちに大いに人気がある。

そのためこうしてバイトもできるのだが、いかんせんその結果がこれでは肩も下がる。

 

これは大変なことになったぞと思いながら、でもまあいいやと半ば諦めムードであおいは着替えを始めた。

 

彼のもとに向かうために。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

「もー、泣くなってなでしこ。会えなくなるわけじゃないんだからさ」

 

「はいはい。会いに行くし向こうに来てもいいから」

 

「はー……。約束な、約束。絶対また会いに来る」

 

 

「……綾乃。なでしこのこと、頼むな」

「お前にも、ぜったい会いに行くから」

 

 

私は自室のベッドで一人、ごろんと仰向けに寝転んだ。

こうして一人になるとつい思い出すのは、最後に見たあいつの記憶。

 

結局、よろしくと頼まれたなでしこに私は何もすることができなかったし、彼女は彼女でコウタロのいる山梨に行ってしまった。

今は向こうで二人仲良くしているのだろうか。

こっちにいた時みたいに。

……私だけがいないけど。

 

 

コウタロと直接会ったのは、もう何か月前になるだろう。

今でこそなでしこ経由で連絡先を知れたからいいものの、連絡もつかない数か月は本当に不安だったし寂しかった。

 

なでしこ。私だってそっちに行きたかったよ……?

 

コウタロ、どうして置いてくの?

 

寂しいよ……。

 

 

 

【綾乃】

 

スマホが振動し、通知を告げた。

差出人を見れば、よく見知った男の子の名前。

 

「こうたろ……」

 

【なになに? どしたの】

【いやなんか急に話したくなって。電話していい?】

 

その文面を見ると、なんだかこみ上げてくるものがあって。

このままじゃまともに話せない。

 

【三分待って】

【さてはお前ウルトラマンだな? 仕事を済ませてからってことだろ? 今日はどんな仕事だよ、言っとくけどカップ麺を作るのは仕事じゃないぞ?】

【いいから!!】

【はーい】

 

離れていても、確かに繋がっている。その事実が無性にうれしくて。

 

私はぐしぐしと涙を拭うと、緩む頬を何とか押さえつけ通話ボタンに手をかけた。

 

 

 





綾乃ちゃんすき……




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二十四話

ゆるキャンSS界隈が活気づいてきてますね。嬉しい限りです(満面の笑み)






 

時刻は夕方。

だんだんと日が沈みかけ、湖畔にも暖色の色が落ち始めた頃。

着火剤に火がつかず難航するリンに、なでしこが隣のキャンパーを呼びに行ったのと同時刻。

 

二輪免許を持つ者は誰もが教習所で聞いた重厚なエンジン音が、四尾連湖キャンプ場の駐車場で止まった。

 

「ふいー、着いた着いた」

 

ヘルメットを取って現れたのは、コウタロウ。

親戚から譲り受けたホンダの名車、CB400SFから降り、そのまま湖畔まで移動する。

 

「なでしこ達のテントは…あれだな」

 

遥か前方を見て友人たちのキャンプサイトを特定すると、いたずらな笑みを受けべて歩きだした。

 

 

 

 

そのころ対岸では。

 

「むむむ……。着火剤全部使ったのに全然つかん……」

 

リンが眉間にしわを寄せて、中々ついてくれない着火剤と炭を睨みつけていた。

動画だと簡単に出来ているのに、実際やってみると全く思い通りに行かないなんてよくあること。それも初めて使うものであれば尚更である。

 

と、そんな風にずもももも…と負のオーラがにじみ出るリンに近づく影が一つ。

 

「動画とかだとすぐついてるのになぜ――」

「だーれだ!」

「わひゃうっ!!?」

 

聞き覚えのある声と共に、唐突に自身の視界が何か人肌の様なもので真っ暗になった。

思わず変な声が出て、手に持っていたコンパクト焚き火グリルを取り落としてしまう。

 

その声の人物に心当たりをつけつつ、いやでもまさかとは思い(違ったら違ったでそれこそ事案だが)、恐る恐る背後の人間の名前を呼ぶリン。

 

「…も、守矢?」

「……ファイナル、アンサー?」

 

あーこの声と態度で確信した。守矢で間違いない。

安心と共に、強張っていた体から力が抜ける。そして急に始まったミリオネアごっこ。

 

ため息交じりに付き合ってやることにする。

 

「ファイナルアンサー」

「ライフラインを使うなら今ですよ?」

「使わんし使ったとしてどうやるんだよ。オーディエンスいないしそもそも選択肢ないし電話しても伝わらんから意味無いし! 守矢コウタロウでファイナルアンサー」

「っ~~~~……、正解!」

 

長い溜めと共に正解を告げられると、視界が明るくなる。

 

ジト目と共に振り返れば、いたずらが成功した子供のように無邪気に笑うコウタロウの姿があった。

その視線が既に物語っていたのか、リンが何か言う前にコウタロウが口を開く。

 

「サプライズで来ましたー。びっくりした?」

「急に目隠しされたらびっくりするでしょ、驚かせないでよほんと……」

 

ほうっと胸をなでおろすリン。

ともあれ、相手がコウタロウでよかった。不審者であったら恐らく抵抗する間もなく事件になっていただろう。まあ誘拐する前にだーれだをしてくる不審者がいるとも思えないが。

 

「で、何してたんだ? 落ちてるそれから察するに、火熾しの最中か?」

 

リンが取りこぼしたコンパクト焚き火グリルを指さしてコウタロウが訊ねる。

 

「まあそんなとこ」

 

正確には、火熾ししようとして全くつかずに途方に暮れていた最中なのだが、何となくコウタロウの前で正直に白状するのが躊躇われて、リンは少し強がった。

へえと感心しながら、リンの周囲と焚き火グリルの中を覗き込んでコウタロウ。

 

「この賽銭箱使う時は着火剤要らないんだな。こないだの時は使ったけど、使わないタイプもあるのか」

「うっ……」

 

コンパクト焚き火グリルを賽銭箱呼ばわりしていることはさておき、早速虚勢がばれそうな気配に思わずどもる。着火剤が要らないシーンなんてほぼ無い。

 

どう言い繕ったものかリンが思考を巡らせていると、

 

「リンちゃん! ベテランさん呼んできt――コウくんっ!!?」

「ど、どうも、隣の者です」

「」

 

誤魔化しが通用しない状況に王手が掛かり、リンは白目をむいた。

 

 

 

 

「なるほど。炭に火がうまくつかなかったんだ?」

「…………はい」

「ぜ、全然よくあることだよ! だから気にしないで!?」

 

結局コウタロウに火がうまくつけられなかったことがばれてしまい、凹むリン。

 

そんな様子を見て火が熾せなかったのがそんなにショックだったのかと、慌ててフォローを入れる隣人キャンパー。黒髪をショートカットにしており男性的な見た目をしているが女性である。名を鳥羽涼子という。

流石ベテランだけあって、コンパクト焚き火グリルの炭を見聞すると、直ぐに火がつかない原因が判明する。

 

「チクワ炭使ったんだね。この備長炭は普通の炭より火がつき難いんだよ」

 

備長炭は日本最高峰の炭と呼ばれるだけあって、炭の密度が高く火がつきにくい。その反面、一度火がつけば長時間安定して燃え続ける。他にも、浄水効果、空気清浄効果、調湿効果、消臭効果、マイナスイオン効果、遠赤外線放出効果、電磁波吸収効果がある。

なんだそのてんこ盛り効果は。後半はいらんだろ……。

 

ちょっと待っててと言い残し、涼子は自身のテントの方に走って行く。

 

「まあまあ、火がつきづらい炭っぽいし、しゃーなしだ。気にすんなよ」

「そうだよ! 私なんか普通の炭でも火熾しできないもん!」

 

涼子と同じく火が熾せなかったことで凹んでいると思っている二人が落ち込むリンを励ます。実際はちょっと違うのだが、コウタロウは理解していない様子。

考えてみれば、本人が分かってないならそういうことにしておいた方がいいと思い直す。

 

リンの復活は早かった。

 

「うん。これは仕方ない。だって初めて使うやつだし。しょーがない」

「お、おうともさ!」

「そうだよ仕方ないよ!」

 

とここで、涼子が何やら手に持って戻って来た。

 

「お待たせ、これ使えば簡単に火がつくから」

 

そう言って取り出したのは、成形炭。

おが屑や炭の粉末を固めた炭で、ライターやコウタロウの指パッチンで簡単に火がつく。火持ちは流石に備長炭には及ばないが、成形炭のみでのバーベキューでも十分である。そして安い。

 

早速リンの焚き火グリルに成形炭を置き、ガス式のチャッカマンで火をつける。

 

「ホントだ! すぐついちゃったよ」

「確かに。しかし、このタイプは流石に俺じゃ火は点かんな……」

「俺じゃ、ってどういうこと守矢?」

「あとで見せたげる」

「……?」

 

言葉通りにあっという間に火が燃え移り、三人から感嘆の声が漏れる。

 

「しばらくすると…ああ、こんな風に全体が赤くなるから、火ばさみで砕いてまんべんなく広げる。あとはその上にこの備長炭を並べて、火がつくのを待つだけだよ」

 

打って変わってスムーズに行われる火熾しに、身を乗り出して見入ってしまう三人。

涼子はそんな初々しい様子に微笑みながら、火がつくまでの間三人に話しかける。

 

「三人でキャンプしてるの? 中…学生かな?」

「そうですっ!」

「いや高校生です」

「虚をついて小学生です」

「いやそれは無理があるだろ」

「あ、あはは……」

 

三人が三人ともてんでばらばらのことを言っている状態に、思わず苦笑い。

 

「あの、本当に高校生です」

「へえ、この季節に珍しいね」

「キャンプって夏のイメージですよね」

「そうそう。それに、冬用の装備ってどうしても高くなっちゃうし」

「でもっ、私、冬キャン大好きです!」

「冬にしかしたことないけどな」

「あはは、分かるよ……っと、火がついたね」

 

と、成形炭の中心部の空洞を火が通る独特の音をあげながら、コンパクト焚き火グリル内ではきちんと火が熾っていた。

 

「ほんとだついたー!」

「一時はどうなることかと……」

「あの、本当にありがとうございますっ」

 

リンに続いて、三人がぺこりと頭を下げる。

あははと笑いながら、お礼を受け取る涼子。

 

「じゃあ、これで。……三人で仲良くキャンプ楽しんで」

 

そう言って笑いかけると、手を振って自分のテントに戻って行った。

そのクールな様と、仕事の出来を感慨深げに振り返る三人。

 

「出来る男だ……」

「必殺火熾し人だねぇ」

「え? 女の人だったろ」

「「え?」」

 

涼子の姿や態度から、見事に男性だと勘違いしていた女子二人が信じられないといった顔でコウタロウを見つめる。

 

「いやいや、男の人でしょ。何言ってんの守矢」

「そうだよ! だってカップルで来てたんだよ?」

「いーや、あれは女の人だったね。俺のセンサーがそう言ってる。こないだトイレのスリッパに反応して絶望しかけたけど、まだまだ大丈夫なはずだから間違いない」

「何言ってんだこいつ」

 

リンのツッコミが飛ぶ。

 

「ま、訳分からんこと言ってる守矢は置いといて、早速肉焼くか」

「絶対女の人なのに……!」

「うん、焼こーーっ!!」

「ていうかさっき何で中学生って噓ついたんだ?」

「若く見られて嬉しかったんじゃよ」

「出たな田舎のおばあちゃん」

 

リンががさごそとスーパーの袋から串物のパックを取り出したのを見計らって、コウタロウは席を立ちあがる。

 

本来彼は、あおいと千明とキャンプ場の下見に行った帰り(二人は女子同士一緒に帰ってしまった)にちょうどいいからと顔を出しただけに過ぎない。もちろん泊まることはしないし、せっかく二人が買い込んだ食料を自身に割くことも無いと思っていた。

 

「じゃ、俺はそろそろ帰るわ。…二人とも楽しんでな」

 

彼としても若干名残惜しそうにそう言う。

が、そうは二人の問屋が卸さなかった。

 

「えー、コウくんも食べていきなよぅ」

「そうだよ。せっかく来てくれたんだし。なでしこが冗談みたいにたくさん買ってたから、量のことは心配しないで」

 

なでしこがコウタロウの腕を引き、リンもこちらに手招きをする。

二人の言葉が無理を言っているものではないと分かると、コウタロウも息を一つ吐いて喜色を露わに座り込んだ。

 

「お言葉に甘えて、ご相伴に預からせてもらうわ。……楽しみだったんだよこれー!」

「ふふん、コウくんの好きなネギまたくさん買ってあるんだよー」

「流石なでしこ分かってる!」

「守矢。この世に興奮すること色々あるけど、私、一番はこうして友達と一緒にキャンプご飯食べることだと思う」

「間違いないね」

「「「えへへへへ」」」

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

とあるキャンプ場

 

「それでさー、マジでダンディな大人の男、略してマダオに肉分けてもらったんだよ。『肉、食うかい?』って。美味かったなー」

「へえ、そんな親切な人おったんやね」

「今時そんな気前のいい人がいるんだな」

「行く先々で飴ちゃん配ってるコウタロウくんが言うんそれ?」

 

大垣と無事に合流し、三人でぶらぶらキャンプ場を見て回っていたら、あっという間に一周回り切れてしまった。

各所写真も撮ったし、十分に下見は出来ただろうと今は帰路の途中である。そろそろ駐車場だ。

 

「あ、そだ。行きはイヌ子が乗ったんだし、帰りはあたし乗っけてくれよ」

「おー。いいz――」

「あき止めとき」

 

バイクが見えてきた辺りで、大垣がそう言って来た。もちろんこちらはOKである。

が、妙に強い口調で犬山に遮られる。

 

「どうしてだよ?」

「バイク乗ってヘルメット被るとな……髪型めっちゃ崩れる! めっちゃ崩れる!!」

「まじか」

「……大事なことだから二回言ったな」

 

アニメの世界とかだと、いくらヘルメットを被っても髪型が崩れることは無い。コナンの平治とか和葉しかり。というかヘルメット以前にどうなってんのあの髪の毛は。

多分やつらの髪の毛は形状記憶合金でできてる。

 

しかし残念ながらここ現実では、髪が圧迫されれば髪型はヘタるし高校生探偵も高校生怪盗もいない。

事前に犬山には言っていたので、いま彼女は持ってきていたキャスケット帽で誤魔化しているが、ヘルメットを取って手鏡を覗き込んだ時の表情は凄かった。顔真っ赤にして見るなって言って、普通に殴られたからね俺。

やっぱ女子なだけあって、身だしなみには敏感なんだと思った。

 

「せやから、コウタロウくんの後ろに乗っけてもらうのは全くおすすめせんわ」

「そっかー……。まあ確かに、あのイヌ子がそこまで言うなら、そうだよなぁ」

 

人一倍女の子らしい犬山が鬼気迫ってそう言う姿に感化されたのか、大垣も「なら止めとくか」と諦めムードである。

 

「帰りは私も一緒だし、大人しく電車とバスで帰ろか」

「そうだな、そうするか。……コウタロウ、すまんけど――」

 

そう言って、申し訳なさそうに謝ってくる大垣。

 

「全然いいって。女子なんだから、髪型とか気にして当然だよな。むしろこっちもその辺気配れなくてすまんかった」

「ありがとな。……じゃ、また学校で!」

「おー! またな」

「もう後ろに女の子とか乗っけたらあかんよ? 私ならともかく」

「おう、気を付ける。犬山も気を付けて帰れよ」

「うん。またね」

 

そう言って手を振って帰っていく二人を見送る。

普通に二人乗りを拒否られた俺は、思いのほか余った時間をどうすべきか暫し考え。

 

「……そうだ!」

 

マップアプリで四尾連湖キャンプ場が意外と近い距離にあると分かると、にやりと笑みを浮かべたのだった。

 

 

 






主人公の乗っているバイクに深い意味は全くなく、私の好きなバイクというだけです。


また、本作に違法行為を助長する意図は決してありません。


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二十五話

100000UA突破しました。十万ってすごいですよね。どのくらい凄いかと言うと、静岡県の三島市の人口と同じくらいです。三島市民が全員この小説を読んでいると考えると……凄いですね(語彙力)




 

「ただいまー」

 

場所は変わって、なでしこ達とは隣のキャンプサイト。二人で使用するには大きめの、薪ストーブ完備のテントが見える。煙突からはもくもくと煙が上がる。

必殺火熾し人・涼子はその仕事を終え、そんな自身のテントに戻って来ていた。前室のダイニングスペースで腰かけると、早速先のことを話し始める。

 

「さっきのあの子、三人でキャンプしてるんだってさ。高校生らしいよ」

 

そういって目の前の赤ら顔の女性、自身の姉に話しかけるも、この呑兵衛から返ってくるのはビールをあおるぐびぐびという効果音のみ。

割といつものことなのでこのくらいでは何とも思わない。

 

「あ、そうそう。しかも、男の子一人に女の子二人の男女三人なんだよ。仲いいよねえ」

 

カン、というスチール缶をテーブルに叩きつける音が響く。

 

「あらへあいむひおひおっにほんまへおひあんはうぇア!!」

 

何を言っているのかこれっぽっちも分からない。

 

「ちょっといない間に泥酔するのやめてよ、お姉ちゃん……」

 

涼子の姉、美波は、三度の飯よりアルコールが好きな典型的な呑兵衛であった。

そんなぐでぐでの酔っ払いが声を荒げたのは、高校生の男女がキャンプに来ているという風紀的問題を指摘してか。それともただの酔っ払いの気まぐれか。

 

それは本人にしか分からないし、その本人も酔っぱらっていて一晩寝たら忘れる。

 

 

 

 

場所は戻って、なでしこ達のキャンプサイト。

 

「えーと、昆布出汁つゆに、人参、白菜、長ネギ、豆腐一丁と……」

「鱈の切り身に塩のすり込み終りやした!」

 

レジャーシートの上では、鍋、焚き火グリルでの豚串、そしてコッヘルにはパックのごはん(麦飯)という、お隣のダイニングスペースもかくやという調理場が展開されていた。どこに居ても良い匂いが漂ってくる。

 

そんな中、出汁をきちんととった鍋の中に具材を入れていたなでしこに、せめて何かさせてくれと頼み込んだコウタロウが、鱈の切り身を恭しく差し出していた。

 

「うむ! くるしゅうない、ちこうよれ!」

「ははー」

 

そういって首を垂れるコウタロウの頭を撫でるなでしこ。

撫でるなでしこに撫でられるコウタロウ。普段とポジションが逆ながらも、二人はまんざらでもなかった。

 

「ありがたき幸せ」

「うむ! これからもはげむがよい」

「ははー」

 

(なんだこれ……)

 

二人のノリを目の当たりにしたリンが呆れた視線を向ける。

しかし、目ざとくその視線に気づくコウタロウ。何を勘違いしたのか、ちょいちょいとリンに向かって手招き。

 

「何、どうしたの?」

「いやなに、志摩だけ撫でられないのも不公平だと思ってな。お前のことは俺が撫でようと思って。その後志摩がなでしこを撫でれば、三すくみになるだろ? ポケモンの火水草みたいな」

「守矢……」

 

正直後半は意味分からんが、そんなに物欲しそうな顔をしていただろうか。

別に、二人の関係は知ってたし、今更これくらいのことで心動かされたりはしない。そりゃあ、私だって女の子の端くれだし、そういう乙女チックなことに憧れが無いと言ったらうそになるが……。

でも、不思議と守矢に触れられるのは嫌な気はしない。他の男子だったら絶対嫌なのに。

思えば、誰かの頭を撫でるとか撫でられるとか、もうずいぶん久しぶりな気がする。チクワ以来?

相手がこいつなら、いいかな……。

 

 

だが、それはそれとして。

 

「いや普通に魚触った手でとか嫌だから」

「がーん……」

 

いやそうだろ。魚臭い手で髪の毛を触れれるのに抵抗ない女子なんていない。

 

「まあ、そういうわけだから。だ、だから……私が撫で――」

「豚串がファイヤーしてるよリンちゃんっ!!」

 

目線を下にぽしょぽしょと小さく呟かれたリンのその言葉は、なでしこの焦った声によって搔き消された。

 

「うおっ、ホントだ!! 志摩、トングトング!」

「わ、分かったっ」

 

見れば、フランベもかくやという程に本当に焚き火グリルから火が高く上がっていた。

これにはさすがに焦るリン。

おずおずと差し出された手が、方向を変えがしりとトングを掴んだ。

そのまま流れるような動作で掴んだ豚串を、手際よくコウタロウが差し出した大皿に一旦避ける。

 

「「「せ、セーフ…!」」」

 

三人の声が重なり、ふうと一息。

 

「あぶなかったな……」

「せっかくの肉が炭になるところだった……」

「豚肉は油出るからねぇ」

 

様子を見ていたなでしこが、リンを見て口を開く。

 

「リンちゃん、『火』強すぎない?」

「……確かに。ちょっと炭抜いとくか」

 

焚き火グリルでは、当然ながら火力調整ボタンなどは無いため、場所ごとに炭の量で火力を調整する。特に冬などは焼いた物をお皿に出しておくとすぐに冷めてしまうので、保温ゾーンを作っておくと便利だ。

ただ、リンのようなコンパクトタイプだとそこまで細かな火力調節が利かないのが難点である。

 

 

だんだんと日も暮れ始め、辺りが薄暗くなりかけてきた。

ポールに吊るされたランタンの光が煌々と輝き、光に魅せられた虫たちが集まってくる。

 

そんな、ふと降りた静寂のとばりのまにまに、コウタロウがぽつりと呟いた。

 

「そういえばさ。この辺りには牛鬼のお化けが出るって噂、知って――」

「守矢、それもうやったから」

「こわくないよ!」

「えー」

 

なでしこと、あわよくばリンをビビらせようと厳かに話し始めたコウタロウだったが、生憎その流れは二人が到着してすぐに行われていた。

頼みの(?)なでしこに至っても、丑三つ時前に寝るという対策に気付きけろりとしている始末。

はじめの雰囲気は何処へやら、露骨にテンションを下げるコウタロウ。

 

「……でもさ、その話の詳細は知らないわけだろ?」

「それは、まあ」

「え……?」

 

リンとしても、あくまでそういう噂があるというのを知っていたくらいで、詳しいことは分からない。あくまでホラー系の話にビビるなでしこというくだりをやっただけに過ぎない。

 

「鍋ができるまで時間もあるし、毛布にでも包まりながら暇つぶし程度に聞いてくれよ」

 

そう言ってなでしこの大荷物から一枚ブランケットを取り出すと、リンに渡すコウタロウ。

リンとしても確かに時間も興味もある。答えは早かった。

 

「まあ、いいけど」

「えっ……」

 

この後の展開を悟り、リンとは対照的に表情が消えうせ始めるなでしこに、もう一枚のブランケットかけると、コウタロウは厳かに話し始める。

 

「昔むか――」

「ひぃぃぃっ!!!」

「いや早えよ」

 

がばりとコウタロウに飛びつくなでしこに、リンのツッコミが飛んだ。

フライングにもほどがあるだろ。まだ何も言ってないよ……。

 

「も、もうやめようよぉ……!」

 

コウタロウの腕の中で、もはや涙目になっているなでしこ。

安心させるようになでしこを撫でながら、いい笑顔でコウタロウが言った。

 

「よしやめよう」

「お前……」

 

こいつ最初からなでしこを怖がらせたかっただけかよ……。

呆れ顔でそう思った。

しかし、自分は割と興味があるのだ。聞きたいと思っていたのに、これではお預けもいい所である。

 

後で絶対聞き出そうと心に決め、そろそろいいかなと鍋の蓋に手をかけるなでしこを見た。

いや絶対まだだろ――

 

「よし煮えてる! プチ鱈鍋できたよー!」

「おいしそうすぎる。毎日食べたい」

「えへへ。いいよー」

 

まじかよ煮えてるのかよ。

 

どうやら思いのほか時間がたっていたようだ。

鍋ができたのならと、自身の手元の焚き火グリルを見やる。

 

「こっちも焼けたよ」

 

ぱちぱちと油のはねる音と共に、じゅうじゅうと得も言われぬにおいが鼻腔をくすぐる。

焼き色も加減がちょうどよく、まさしく食べごろであった。

 

「ふおおおおおおっ、お肉だーーーっ!!」

「ひゃっほーう!! 待ちかねたぜーー!」

 

肉の前に人はテンションが上がるのは宿命である。

焼き肉と聞いて心躍らないのは、焼き肉店で働く過労死気味の店長か菜食主義者くらいである。

 

勿論そのどちらでもない二人は、テンション爆上がりである。目はキラキラを通り越してぎらぎらと輝き、口からはよだれが溢れる。汚い。

 

そんな二人と呆れを通り越して最早ちょっと引きつつ、リンがある提案をしようと口を開く。

 

「二人とも、これさ……」

「「いっただっきまーす」」

「ちょっと待っ……いやちょっと待てこの腹ペコども!!」

 

 

 

 

またまた場所は変わって、再度お隣のキャンプサイト。

 

姉の突然のお寿司食べたい宣言により、作りすぎてしまったジャンバラヤをぱくつきながら涼子がその姉に向かって口を開く。

 

「私心配だよ。お姉ちゃんが先生やっていけるかさ」

 

もっともである。

今のところ見る影もないが、美波の職業は教師であった。意外! それ(職業)は教師!

 

「しつれいな! 教育実習でも結構評判よかったのよ」

「ビールもちこんでお昼に一杯やりそうだし」

「やんないわよ」

 

意外なことに、そのあたりはわきまえている様子である。意外というか当たり前なのだが。

もしかして先の声を荒げたのも、教師ゆえの倫理観からだったりするのだろうか。

 

「はっ!? ノンアルならもしや……」

「倫理的にNGだと思う」

 

どうやら勘違いだったようだ。

ちなみに、水筒にそういった類のジュースなどを入れて持っていくのも止めておいた方がいい。匂いがこびりついて取れなくなる。

 

「あのー」

「こんばんは」

「夜分にすいません」

 

と、手に使い捨ての紙皿を持った三人が現れた。

三人の顔に見覚えのある涼子が迎え入れる。

 

「ああ、さっきの! いらっしゃい」

「あの、さっきはありがとうございました」

「これ、よかったら食べてください!」

 

そう言ってなでしこリンが手に持っていた料理をテーブルに並べるなか、妙に気取った顔でコウタロウが呟いた。

 

「明日またここに来てください。本当の鱈鍋と豚串ってやつを教えてあげますよ」

「今教えてるとこだろ。全部が意味分かんねえよ。そもそも明日お前いないし」

 

コウタロウは美味しんぼ読者であった。

 

「あ、あはは……面白いね彼……」

 

苦笑いの涼子。

とは言え、当のその料理を覗き込めば、一転して表情が明るくなる。

 

「うわぁ、ありがとう! 美味しそうだね」

 

素直な感想が述べられる。

こうも喜んでもらえると、差し出した側としても嬉しいものがある。火おこしを手伝ってもらったお礼とは言え、三人から笑みが漏れる。まあコウタロウは鱈に塩をもみ込んだだけだが。

 

再度お礼を告げ、立ち去ろうとする三人に涼子がストップをかけた。

 

「あ、ちょっと待って。これ持って行ってよ」

 

そう言って差し出されたのは、ほくほくのジャンバラヤ。

必殺火熾し人は料理も堪能のようで、見るからにおいしそうである。思わずごくりとのどが鳴る。

 

「うわーーいい匂いだぁ」

「こんなに頂いていいんですか?」

「いいのいいの。ちょっと多く作り過ぎちゃったから」

「ありがとうございますっ」

 

バン、とテーブルが鳴る音が響く。

 

「ちょっとあんたたち!!」

 

なんだとみんなして音の方を振り返れば、赤ら顔の美波が、今しがた打ち付けたであろう日本酒の一升瓶を掲げていた。

 

「これも持っ――」

「酔っ払いは気にしなくていいからね!!」

 

仮にも教師である。これは未成年飲酒をほう助するのをストップした涼子のナイスアシスト。酔っ払いはあとでお礼を言った方がいいが多分寝たら忘れる。

 

「ありがとうございましたー!」

「ジャンバラヤありがたく頂きますね」

「ふふ、本当のジャンバラヤってやつは教えてくれないのかな?」

「残念ながら明日いないので……」

「いたら教える気だったんだ……」

「ほら守矢ふざけないの、行くよ。……すいません、変な奴で。では」

 

こんどこそ、最後にとしっかりお礼をして去って行く三人を見送る。

 

姿が見えなくなるまで見送ると、早速持ってきてくれた料理に手をつける。

 

「ンまいっ!!」

「さっぱりだけどほんのり一味が効いてて美味しいね。ふふ、確かにこれは本物かも」

「鍋にはハイボールが合うんでゃむしゃむしゃむしゃむしゃ」

 

アルコールで痛めつけた臓腑には、温かい汁物が無性に効くもの。むしゃむしゃと鱈鍋をかきこむ。

それでもなおアルコールへの欲が止まらない姉に、涼子も眉根が下がる。

 

「……いい子たちだったね。面白い子もいるし」

 

また一口とだし汁とすすり、先の三人を思い浮かべる。

 

「高校生って聞いてるけど、もしかして本栖高校の生徒だったりして」

 

なでしこ、リン、コウタロウは本栖高校の生徒である。それは今彼女らが知ることは無いし、三人もまさか美波が教師だとも思わない。

だが。

 

「んん?」

 

酔っ払いのお姉さん。鳥羽美波と再会する日も、そう遠くないのかもしれない。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

「犬山さんや」

「なになに? どしたんコウタロウくん」

「こないだの二人乗りの件なんだけどさ」

「うん……えっ!?」

 

(ま、まさか私だけって言ったこと掘り返そうとしてる!? うわめっちゃ恥ずかしい! 何であんなこと言ったのって聞かれたらどう返したらええの!? ぜんっぜん分からん! たすけてあき……!!)

 

「そういえば俺、まだ免許取って一年経ってないからそもそも二人乗りができなかったんだわ」

「……ふぇ?」

「前はたまたま見つからなかったけど、流石に法律違反は良くないしな」

「う、うん……せやな。うん……」

「自転車とかなら俺も犬山も持ってるし、今度サイクリングでも行く?」

「サイクリングかー、まあ高校生やしそんなもんか」

「そうそう。身の丈に合ったもので行こうぜ」

「その身の丈に合ったもので甲府まで行くような人に誘われると警戒するわー」

「……いつも思ってたけど、何でそれ知ってるの?」

「さあなー?」

 

 

 







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二十六話


実際にキャンプ場で途中参加が認められるかも、挙句の果てに宿泊が認められるかも、ちょっと分かりません。たぶんダメなんじゃないかな……
よい子は事前に伝えた情報をきちんと守りましょう。土壇場での仕様変更は誰も幸せになりません、まじで。

※少々手直しして再投稿しました。紛らわしくて申し訳ありませんでした。




 

「「「いただきますっ!!」」」

 

なでしこ達のキャンプサイトでは所狭しと並んだキャンプご飯を前に、三人が舌鼓を打っていた。

 

「ジャンバラヤおいしい!!」

「これが本物ってやつか……」

「んー、おにくもおいひいよぅ!」

 

(うまそうに食うなぁ)

 

にこにこと嬉しそうに料理を頬張るなでしこに、思わず目じりが下がるリン。

これはコウタロウが甘やかすのも分かる気がする。

 

「三つ葉の香りが何とも言えねえや……!」

「三つ葉なんか入ってないだろ」

 

劇画チックにコウタロウが何か言うが、華麗に切り捨てなでしこ達のために追加で肉を焼き始める。

 

「お肉適当に焼いてっていいから」

「わかりまひたっ!!」

 

焼けた肉をコウタロウに配ると、自身は鱈鍋に口をつける。

はふはふと熱を冷まし、飲み込めばお次は出汁。

 

(鱈にさっぱり昆布つゆ合うな……)

 

「お前の次のセリフは、『染みる……』と言う」

「染みる……はっ」

 

いつの間に人の心を読めるようになったのだろうか。いくら身体能力が人間やめてるとは言え、超能力まで身に着けるのはやめて欲しい。そのうち波紋とかスタンドとか言い出しそうで怖い。

そんな感情をこめてじとりと見れば、彼の苦笑が返ってくる。

 

「いやそんな顔してたから、ついな」

「む……」

 

顔に出てたのか。確かに油断してたかも。

それに、この鱈鍋が美味しいのが悪い。私は悪くない。

 

「本当はポン酢があるともっとおいしいんだけど、忘れちゃって……」

「いや十分うまい」

 

なでしこがそう言ってたははと笑うが、これだけでもおいしいのに、さらにおいしくなったら私は味覚の暴力にやられちまうかもしれない。むしろ無くてよかったまである。

 

「守矢、ポン酢とか持ってないの?」

 

無くても全く構わないが、なんかこいつに聞けば大抵のことは何とかなる印象が強くて、冗談半分で訊ねてみた。

普通に「あるぞ」って言ってぽんと出しそう。ポン酢だけに。

 

「いやあるわけないだろ。俺はドラえもんか」

 

そもそもちょっと寄っただけだし、と豚肉をぱくつきながら続ける。

予想に反して、至極真っ当なことを真顔で言われた。いや当たり前なんだけど、なんかムカつく。まったく、肝心な時に役に立たないやつだ。

 

「はあ……肝心な時に守矢はだめだな」

「むむむ……よろしいならば戦争だ。ゆけ、豚たち!」

 

やれやれと首を振ってそう言ってやれば、これでもかという量の豚串(串から外したやつ)を取り分けてきた。

が、そんなもんは効かん。私はそれを豚串のせご飯として頬張った。

 

うまい……うますぎる……。

 

「守矢、おかわり」

「なん、だと……!?」

「リンちゃん、カルビじゃんじゃん行くよーっ!!」

「「乗せすぎ」」

 

もさっといった具合に焚き火グリルに乗せられたカルビを前に、私と守矢の声が重なった。

 

 

 

 

日はすっかりと暮れ、キャンプ場には夜のとばりが下りる。

 

私たち3人は、シメの炭火焼ハンバーグを平らげ(平らげたのはほぼなでしこだが)、残った備長炭で焚き火を囲んでいた。

 

原初の叡智なだけあって、火というのは見ているだけでなんだが心が休まる気がする。

夜の湖畔のゆったりとした時間の中で、薪が時折はぜるぱちぱちという音だけが辺りにこだましていた。

 

少し瞼が重くなってきた。

となりで、守矢が動く気配がする。

あ、そうか。そういえば、今日あいつは泊まらないんだっけ……。

帰る準備してるのかな。もうお別れか……。

なんか、やだな……。

 

「……ねえ」

 

気付けば口が動いていた。

 

「二人はさ、山梨来る前はどこに住んでたの?」

 

守矢が浮かした腰を再び沈める。

よかった。大した話題じゃないけど、それでももう少し時間を稼ぐことは出来そうだ。

 

「浜松の西の方だよ」

「浜名湖のすぐ近くだな」

「天気がいいと、あそこからでも富士山が見えるんだー」

「ちっちゃいけどな」

「ふふ、うん。だから、本栖湖で初めて大きな富士山見れたときは嬉しかったなぁ」

 

二人が、懐かしむように話し出す。

きっと、思い描く景色は同じなんだろうな。同じ場所で生まれて、同じ場所で育って。二人はずっと、同じ場所にいる。

……それがちょっと、羨ましい。いや自分で振った話題なんだけどさ。

 

「ん? なでしこ富士山ちゃんと見たのって本栖湖が初めてだったのか?」

「え、うん。そうだよ?」

「山梨来るとき、清水の辺りで見えなかった? 俺はそこで見た記憶あるけど」

「……寝てました」

「なるほど」

「……だから頑張って自転車こいで見に行ったんだよー」

 

眠気でぼうっとしてきた頭で、何となく二人を見つめる。

二人の会話を聞いて、思った。

来るときに富士山を見ていたら、私と本栖湖で会うことも無かったのかな。

なでしこと会っていなかったら、こうしてキャンプに一緒に行くことも無かったのかな。

守矢との関係も、違ってたのかな……。

 

……いいや。

かぶりを振った。

 

初対面がどうであれ、きっとわたしとなでしこは何処かで会っていただろうし、私と守矢の関係も、今とさほど変わっていないだろう。

何でもない話をして、笑いあって、からかいあって。休みの日に偶に遊びに行くような、そんな関係。

 

今はまだ、この感情に名前を付けるのが怖いけど。いつかきっと……。

 

再会時のことについて何やら話している私の友人と、私の……友人を見ていると、そう思えて仕方が無かった。

 

そんな視線に気づいたのか、柔らかい表情でなでしこが声を掛けてきてくれた。

 

「リンちゃん、眠そうだね」

「うん……だいぶ」

「もう休んどけ、肩貸してやるから。ほら」

「うん……」

 

もういい加減瞼が重い。寝たい。

眠気の時特有のぽやぽやした頭で、なんだか安心するような匂いに包まれながら、自分のテントに潜り込み始める。

 

「リンちゃん、私もそっちのテントで寝ていいですか……?」

「やだ。せまい」

「牛のお化け出たらこわいよぅ……」

「そんなのファンタジーだファンタジー」

「FFだな」

「うるさい」

「ごめん」

 

寝袋を引っ張り出してもう寝る準備に入っていると、外から守矢の声が聞こえてきた。

 

「なでしこが志摩のテント行くなら、俺もうなでしこのテントで寝ようかな。今から帰るのだるいし、つかれたし………」

「ほんと!? やたっ、コウくんと一緒っ! ……あ、でもコウくんバイトあるんじゃないの? 大丈夫?」

「早起きしてそのままバイト先行くわ。幸い制服とか向こうのロッカーにあるし、冬場だから汗もそんなにかかないだろうし」

「私は一緒に居られたら何でもいいよー」

「じゃあ俺、管理人さんのとこ行ってお金払ってくる」

「いってらっしゃーい」

 

そう言って、守矢は足早に去って行った。

……なんかすごいこと言ってた気がする。なし崩し的に、守矢も泊まることになったみたいだ。別にそれはいい。むしろちょっと嬉しいくらい。

 

でも、待て。

 

重たい頭を何とか回して考える。

守矢も一緒にキャンプするってことは、怖がりなでしこは当然一緒に寝ようとするだろ。一つのテントで。まあ怖がりじゃなくてもそうするだろうけど。

 

それはだめだ。

 

テントから首だけ出して、眠気でしょぼしょぼの目のまま何とかテントの前にいるなでしこに話しかける。

 

「なでしこ。一緒に寝よ」

「えっ、いいの?」

「うん。……あー、そういえば、キャンプで誰かと寝たことなかったから」

「……っ、リンちゃん!!」

 

嬉しそうに抱き着いてくるなでしこを適当にいなし、なでしこが寝袋を並べるのをぼんやり眺めた。

化粧水をぱしゃぱしゃとつけ、いざと寝袋にくるまったあたりで守矢が戻ってきた足音がした。

 

がばりと跳ね起きてテントから顔だけ出すなでしこ。ぶんぶん揺れるしっぱを幻視した。

 

犬だ。なでしこ犬……。

 

「なでしこ。管理人さんの許可とれたし、こっちのテント使わせてもらうな」

「うんっ。どうぞお使いください!」

「おう。そんじゃ、おやすみ」

「おやすみ!」

「志摩も、おやすみ」

「……おやすみ」

 

なでしこが戻ってくる。

大好きな人と寝る前に話せたのがそんなに嬉しいのか、幸せそうな顔で寝袋に潜り込んだ。

 

……まあ、分かるけど。

おやすみって言ってもらえるのって、なんかいいな。

……えへへ。

 

 

 

 

もぐりこんで即行寝たのか、隣のテントの明かりはもうついていない。

夜の静寂と暗さと、隣で感じるなでしこの息遣い。そして、直ぐ近くにいる守矢の存在が無性に心地よかった。

 

恐らくまだ起きているであろうなでしこに語り掛ける。

 

「なでしこ」

「んー?」

「キャンプ誘ってくれて、ありがと。……今度は、私から誘うよ」

「……うんっ」

 

 

 

 

深夜。

ぱちりとリンの目が覚めた。

 

もぞもぞと寝袋から這い出し、そういえば隣に人がいたと思い出す。

なでしこを起こさないよう慎重にテントから出ると、目的地までの夜道を歩きだす。

 

(水分摂りすぎた……。トイレトイレ)

 

目的を済ませて、改めて夜の四尾連湖に見入る。

本栖湖よりは大きくないぶん、一目でその全貌が見渡せる。山間に囲まれ、照らすのは夜空の月明かりのみ。おぼろげに雲が薄くたなびき、まさしく夜景といえた。

 

「キレイ……」

 

思わずほうとため息が漏れる。

 

「麓も高ボッチもよかったけど、やっぱり湖畔のキャンプが好きだな……」

 

初めて本栖湖でキャンプした時を思い返す。

あの時はまったく勝手がわからず苦労ばかりしたが、それでも今はいい思い出。

そんな思い出も、いい意味で景色が似ている湖畔キャンプ場だからか、臨場的に思い起こされた。

 

と。

 

ヴォオオオオ……

ヴォエエエエエェェ……

 

直ぐ近くから、不気味な、そうまるで腹の底から何かがせりあがってくるような、そんな苦し気なうめき声が聞こえてきた。

 

思い出すのは、ご飯の時に聞きだした、コウタロウの話。ここ四尾連湖にまつわる民謡である。二人の兄弟武士が、命を犠牲にして討伐したという牛鬼のお話。

 

(……ま、まさか)

 

いまだに苦悶の、そう怨嗟の様な呻きが聞こえる。

ゆっくりと音の方を振り返るリン。

 

「ヴェ…!!」

「ッ!!??!?」

 

そのシルエット。

2足歩行で、角が大きく突き出たそのシルエットを見た瞬間、リンは声にもならない叫びと共に、脱兎の如く逃げ出した。

 

 

 

「……んぉ?」

 

無論、そこに居たのは木の陰に重なるような位置で胃の内容物をリバースしていた鳥羽美波教諭(予定)であったが、それはリンには知る由もない。

 

 

 

「はぁ…っ、はぁっ……!」

 

テントの前までダッシュで戻ってきたリン。

肩を上下させ、荒い息と共に呼吸を整える。

 

(ほ、ホントに出たッ! ホントに出たッ!!)

 

生まれてこの方そういったものについて人並みに興味を持ってきたリンであったが、それはそんなもの居るわけが無いという前提の上。今まで面白半分で触れてきた。

が、今日「本物」を見た。見てしまった。

 

今、こうしている間にも、その夜闇の向こうから牛鬼のお化けが自分を追って来ているかもしれない。そう思ってしまえば、途端にすべてが怖くなる。風で揺れる水面も、打ち寄せる波の音も、がさがさと音を立てる木の葉も、全部全部。

 

底なしの沼の如くずぶずぶと思考は沈み、震え涙目になりながらも、リンの頭は正常に働いていた。

 

「……っ!!」

 

リンは寝袋をひったくるようにして鷲掴むと、蹴破るような勢いで隣のテントに飛び込んだ。なでしこへの心配とか最早そんな余裕は無かった。

すなわち、コウタロウの隣に。

間違いなくこの場で最も安全な場所に。

 

「ふーっ……! ふーっ……!」

 

彼に赤子のようにしがみつき、無理矢理目を閉じてリンは眠りについた。

 

 

 

 

翌早朝。

 

「すぅー………」

「なんでいんの???」

 

目が覚めたらリンに抱き着かれていたコウタロウの困惑は、想像に難くない。

 

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

『コウタロウくん、こないだの件なんやけど』

『何の件だっけ? 歴史の田原先生が電撃結婚からの産休のコンボ決めた件?』

『いやそれもビックリしたけどちゃうわ。サイクリングの件』

『あーはいはいなるほど。そんで、どうした?』

『身延駅前に、アウトドアショップできたやん? そこに下見がてらサイクリングどうかなって思って』

『お、いいじゃん。犬山ん家からもそんなに距離ないし、ちょうどいいと思う』

『ほんま? なら今度行こ?』

『おっけー。予定空けとくわ』

『あ、でもうちの自転車あんま触ってないからちょっと心配やわ。大丈夫かな』

『なら軽く整備がてら、犬山ん家行くわ。そっから行こうぜ。駄目っぽかったら電車で行けばいいし』

『助かるわー。ありがとなコウタロウくん』

『なんのこれしき』

 

 

 

 

当日。

 

約束の通り犬山家の前まで来たが、そういえば俺犬山ん家来るの初めてだな。

……ん? というかなでしこと綾乃以外の女子の家が初めてでは?

 

「あかん緊張してきた……」

 

なんか意識すればするほど緊張してくる。

変な関西弁が出てくるくらいには緊張してきた。

 

ま、まずは、ノックしてもしもーし。

 

「……」

 

じゃねえわ。

インターホンを押さねば。

 

ぴんぽーん

 

小気味いい音が響き、しばしの後にぱたぱたと家の中から音が聞こえてきた。犬山だろうか? 別に見られて困るでもないが、何となく居住まいを正した。

続いてガラガラと玄関の引き戸が開き、

 

「はーい……誰?」

 

顔をのぞかせたのは、犬山を一回り小さくしたような少女だった。

 

……ふむ。一瞬なにか超常的なパワーで犬山が小っちゃくなったのかと思ったが、そんなことはあり得ない。キャンプ中に謎の煙に包まれて25年前にタイムスリップするくらい荒唐無稽である。

この子は噂に聞く犬山の妹さんだろう。噂にしか聞いたことないけど。主に大垣からの。

 

「俺は君の姉ちゃんのクラスメイトでな。お姉ちゃん呼んでくれるか? 今日約束があってな」

 

しゃがんで目線を合わせそう言う。

が、犬山(妹)が何か言う前に、慌てた様子の犬山(姉)が奥から現れた。

 

「ち、ちょっとあかり! 出んといてって言うたやろ!」

「えー? だってあおいちゃんお化粧してて出られんかったやんかー。そういえば何でいつもより気合も時間も掛けてん?」

「そ、そういうことは言わんでええの! ごめんコウタロウくん、もうちょっと待っててっ!」

 

そう言って、また慌ただしく奥に引っ込んでいく犬山(姉)。

 

「コウタロウくん……? もしかして、兄ちゃん守矢コウタロウくん?」

「その通り。そしてそういう君は、ジョナサン・ジョースター」

「うちは犬山あかりですよ?」

「マジレスやめてよ」

「まあまあ。で、ほんとのほんとにコウタロウくんなん?」

「ほんとのほんとにコウタロウくんだぞ」

「なるほどなあー……」

 

俺が守矢コウタロウだと分かると、何故だかにやにやと笑みだすあかりちゃん。物珍しさからか、その表情のままと俺の周りを回って観察しだす。

……その顔には非常に見覚えがある。人をからかう時の犬山と同じ顔だ。姉妹だからやっぱ似てる、そんな思考のよそで、俺の目線ははあかりちゃんをとらえて離さなかった。

 

人が言葉を発する前、意識的にせよ無意識的にせよ、一呼吸入れることが多い。

そしてそれは、目の前の少女も同じであり。

 

――この先を言わせたらまずい。非常にめんどくさいことになる。

そんな直感が走ったのと、少女が目いっぱいの笑みを浮かべて口を開くのは同時だった。

 

家の中の方にくるりと反転する少女。

慌てて追いかける俺。

 

果たして。

 

「ばあちゃんばあちゃん! あおいちゃんが彼氏連れて来たーーっ!!!」

 

家の中からものすごい音がするのを聞きながら、俺はただ立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 



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二十七話

映画公開まで秒読みですね。
もちろん皆、行くよなあ?




 

「はぁーーっ」

 

12月に入り、いよいよ冬の寒さも本格化してきた。

弾む吐く息も白まってきて、無意識に袖を伸ばしてしまう時期だ。

首にはマフラーを巻いてるし、膝丈より少し上のスカートから出る足にはニーソ。肌の露出を限界まで抑えた完全防備ファッションである。マスクとサングラスがあれば完璧。

 

(…あき、見せたいもんがある言うてたけど、何なんやろ?)

 

運動部の掛け声を背に、部室棟に向かって歩くあおい。

いつもよりも活気が無いように感じるのは、この寒さのせいだろうか。それとも、そろそろ始まるテストが憂鬱だからか。

自分は普段から予復習をしてるのでそこまで心配はないが、そういえば千明はいつもぎりぎりまで対策をしない人だったのを思い出した。……自分の友人は大丈夫だろうか?

 

「犬山ー」

 

と、ここ数か月ですっかり聞き馴染んだ声に振り返れば、クラスで隣の席にして野クルの部員、そして今ちょっと気になる男子、守矢コウタロウが笑顔で手を振り歩いてくる。

とくんと少し鼓動が早くなったのを、誤魔化すように笑顔で手を振り返す。

 

「コウタロウくんやん。もう委員会終わったの?」

「ああ、テスト期間だからな。いつもより早めに閉めるんだとさ。そんで帰ろうとしたら大垣から呼ばれて」

 

どうやら彼も部室棟に向かうようで、二人並んで歩きだす。

 

「なるほどな、コウタロウくんもあきに呼ばれたんか」

 

コウタロウが差し出してきた携帯のトーク画面を見て、なるほどと納得顔のあおい。

彼はそれに頷きながら、普段なら隣に居るはずの人物がいないことに若干の申し訳なさを含めた口調で呟いた。

 

「なでしこが居ないのはあれだけど、流石にUターンして戻って来いとは言えんしな……」

 

コウタロウくんが言えば尻尾振って戻ってきそうやけどなー、とは口に出さないがあおいは内心思った。予想というか、もはや確定的事実であろうその光景を思い浮かべ、目を細める。でも、今は二人なのだから他の子の話はしないで欲しい。

 

「それにしても、一体何だろうな。大垣の要件って」

「な。見せたいものがあるらしいけど、もうそろそろテストやし正直はよ帰りたいわー。……ね、一緒に帰ってまう?」

「いくら何でも大垣が可哀そうすぎるだろ……。てか、その言いぶりからして犬山ももしかしてテスト不安だったりするのか?」

「……犬山もってことは、コウタロウくんは不安なん?」

「いや。俺じゃなくてなでしこがな。それで今日は早めに帰らせた」

「あー……。まあコウタロウくんはいつも真面目に授業受けてるし心配ないか」

「自慢じゃないが俺は文系科目ならだれにも負ける気がしない」

「思いっきり自慢やーん。私はこれと言って苦手な科目ないなー」

 

雑談を交わしつつ、二人は階段を上がり廊下を歩き、野クルの部室前へ到着した。

あおいが戸に手をかけ、がらりと引き開ける。

 

「あきー。おる、か……」

「呼ばれたからきた、ぞ……」

 

戸の隙間から中の様子を覗き込んだ二人の声が揃って詰まる。

 

そこに居たのは、部室に常備してあった寝袋に包まり、身動きが取れないまま床でばたつく千明の姿だった。

 

「「いもむしがのたうってる……」」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「何やってんだよ……」

 

一人では抜け出せなくなっていた千明を救助し、寝袋をたたみながら呆れた様子でコウタロウがため息を吐いた。

したたかに背中を打ち付けたらしく、うずくまって自身の背をさする千明に、あおいもしゃがみこんで訊ねる。

 

「ていうか、見せたいもんって何なん?」

「おう待ってたぞ二人とも! これを見ろー!!」

 

あおいのその問いかけに元気を取り戻した千明が、すっくと姿勢を直し、バッグから威勢よく目的のものを取り出し――

 

「……」

 

「……」

 

「……あっ」

 

(木の皿落とした)

(木のお皿落としてもうた)

 

「……よし」

 

(結構遠くまで転がってったな)

(拾うのわちゃわちゃしとったね)

 

「バァーン!!」

 

準備に割と長い時間をかけ、目的のものを設置し終えた。

三人の前には、テーブルの上にネイティブ柄のランチョンマットを掛け、その上にスキレットと木のお皿、そして同じ素材のスプーンとフォークが並べられた。

 

「いやバァーン言われても準備してるん丸見えやったし」

「一回落としたしなこれ」

 

二人はツッコミながらも、置かれた品物にそれぞれ手を伸ばし、しげしげと眺め始める。

 

「ふーん、ミニテーブルに木の食器……」

「あとスキレットかー。どしたんこれ?」

 

互いの手に持ったものを交換して、こんこんと軽く叩いてみたり、触感を確かめる二人に、千明はこほんと一つ息を吐き話し始めた。

 

「この前イーストウッド行ったとき、私らの下にキャンパー居たろ?」

「うん」

「あー車で来てたカップルな」

 

もう二週間前になるのかとあおいはしみじみと思い出し、自身を客観視できないコウタロウは仲睦まじい様子だったカップルに対する嫉みがにじみ出た口調で返した。

 

「彼彼女らはオシャレなテーブルやイスで寛ぎ、オフを満喫していた……」

「しかもカップルでな」

「……」

「その通りだ……。そして、それに比べてあたしらはどうだ? レジャーシート一枚で地べたに座り、寒さに凍え、薪は破裂するしなでしこは大食いだしコウタロウは指パッチンで火点けるし……」

 

千明の脳裏には、レジャーシートの上にろうそくが一本立てられ、寒さに凍えながらそれを囲うように寄り添って座る四人が夢想されていた。

そのあまりにも哀れな様子に、四人とも忸怩の涙を流している。

 

「あまりにもじゃねえか……!」

「いやもっと楽しそうにしとったし後半意味分からんし」

「あーなるほどな、そんで一式そろえてみた訳か」

 

まあ、野クルの金欠具合からくる装備の貧弱さ加減はよく知るところである。

確かにベテランキャンパーと比べると、あまりにもと言うのにも頷ける部分はあるかとコウタロウが納得顔で同意を返せば、くわっと勢いよく身を乗り出した千明に肩を揺すられた。

 

「その通りだ!! 私を無礼(なめ)るなよ小僧!!!」

「あき、近い近い」

「何でキレられてんの俺?」

 

あおいによって千明がコウタロウから引きはがされると、持っていたスキレットを眺めていたコウタロウが疑問を口にする。

 

「揃えたのはいいが、結構したんじゃないのか?」

「確かに、7~8千円くらいしそうやな」

「あー」

 

キャンプ道具がもれなく高価だという事は身に染みて分かっている三人。

しかし、そういえば先月のバイト代があるはずだし、それで買ったのだろうかと当然の疑問を口にした。

 

「いや、こんなもんだったな」

 

・スキレット    …460円

・なべしき     …190円

・木のボウル    …700円

・スプーン&フォーク…各90円

・テーブル     …470円

・ランチョンマット …370円     

計2370円

 

「安っ」

「お値段以上だな」

 

そのイイ感じの見た目とは裏腹に、予想外に手ごろな値段に思わず目を見開いて驚く二人。

同じような感じのものをキャンプ用品店で揃えようとしたら、十倍くらいするのではないだろうか。誇張抜きで。

 

へえと感心の声を漏らし、改めて道具をしげしげ見始めるあおいとコウタロウに、ランチョンマットをばさりと払った千明がその種明かしを始めた。

 

「ま、つーかこれ机じゃなくてキッチンラックなんだよな」

「いやいやそんな訳ある……ほんまや!」

「……関西人このノリ好きだよな(偏見)」

 

……もっとも、あおいが関西人かは物議が醸されるが。

 

「ぶっちゃけ、木皿と鉄鍋とネイティブ柄の布があればオシャレキャンプなんだと思う」

「ざっくりしとるなー」

「わかるわかる。LOGOSとかで道具揃えたいもんなー」

「色合いええよなー」

「いつかスキレットで肉焼いて食うんだ。そんで言いたい、『肉、食うかい?』って」

「誰に言うんだよそれ」

「……お前?」

「何故に疑問形」

「まあみんなでキャンプ行ってるってことやな」

 

 

 

 

「そういえばさ、今日なでしこは? お前とセットで来るもんだと思ったんだけど」

 

ひと段落ついてから、基本的に二人でいることが多いコウタロウに、その片割れがいないことを疑問に思った千明が訊ねた。

どうせ二人一緒にいるのだからと、メッセージもコウタロウにしか送っていないほどだから、普段の彼らの様子は言わずもがなである。

 

「テス勉するから帰ったってさっきコウタロウくんが言うとったで」

「まあ赤点は無いだろうけど、するに越したことは無いからな」

「言うとるであき」

「ぐぐぐ……」

 

と、ここで千明の携帯からメッセージの着信音が鳴った。

これ幸いとばかりに飛びつく。

 

「あ、とか話してたらそのなでしこからだぞ!」

 

 

『あきちゃん! にわとりが散歩してる!!』

【写真】

『ねこー』

【写真】

 

 

写真には、それぞれ道路を歩く一匹のにわとりと、塀の上の瓦でのんびりくつろぐ猫が写っている。

 

「あいつ、俺に送ると尻叩かれるの分かってるから大垣に送ってるな……」

「なかなか狡猾やな……」

 

千明は勉強してなさそうだと判断したから、というのもあるんやろなぁとあおいはしみじみ思った。まあ事実なのだが。

千明の携帯を覗き込めば、下校しながら出会うもの出会うものを取り留めもなく送っているらしく、続々と写真が送られてくる。

 

 

『わんこー』

【写真】

『ねえねえ、このわんこなんかコウくんに似てない?? 目がキッてなってるとことか!』

【写真】

『ダブルわんこ!』

【写真】

 

 

「「「……」」」

 

一枚目は散歩中の尻尾ふりふり柴犬、二枚目は何やらご機嫌斜めの大型犬の写真。三枚目は散歩中の二匹のチワワが。

犬のエンカウント率高すぎではないだろうか。

 

(な、なでしこォ! 本人いる! 本人いるからそんなこと言ってくんなァァァ!!)

(で、でもちょっと分かる気がする……かわいい)

(し、辛辣なでしこだ……俺のことそんなふうに思ってたんか……)

(コウタロウがメンタルにダメージ受けてる! 効果は抜群だ!!)

 

「て、ていうか、部活やっとる場合やないんやないの!?」

 

決して悪口ではないのだが、本人のいない所でいろいろ言われてるのがばれた時のような空気感を払拭すべく、あおいが口を開いた。

テス勉せなと続ける。

 

「あーだめだめ、前日ならんと尻に火がつかんタイプなんだわあたし」

「俺も数学に関しては割とそうだな。今更感あるし定義定理さらうくらいしかしない」

「わかるー」

「そんなもん分かるな赤点ギリギリあき。…コウタロウくんは今度うちで勉強会な。異論反論抗議質問口答えは認めません」

「お、横暴だ……」

「ご愁傷様だな、コウタロウ……」

 

なむなむと千明が手を合わせる間にも、なでしこからの着信は続く。

 

 

『軽トラわんこー』

【写真】

『わんこーーーーぅ! 君のことは忘れないよー!!』

【写真】

『Byつなよし』

【写真】

 

『帰って勉強しろ、つなよし』

 

 

「……お前、そう言うからには帰ったらテス勉するんだろうな?」

 

送った文面を見たコウタロウが半眼で問えば、そっぽを向いて口笛を吹きだす千明。

 

「知らんよ? あとで慌てても」

「フフフ、テスト直前に最大限のパフォーマンスを爆発させる……! それがあたしの勉強法だ!!」

 

大ぶりな動作で解説する千明。

 

(はっ、今のって、一学期も、中学の時も何度も聞いたセリフや……)

 

そのセリフをトリガーに、芋づる式に記憶が思い起こされる。そのセリフの後にいい点を取れたためしがないことも、かと言って赤点を取った記憶もないことも。

 

(もしかしてこれ、帰れなくなるパターンじゃ……?)

 

いつもの流れを察し、一人戦慄するあおい。

そんな彼女の懸念をよそに、眼鏡コンビは何やら話し始めていた。

 

「お前それただの一夜漬けじゃねえか。そんなもん勉強法とは言わんぞ」

「お前だってしてるじゃねえか!」

「俺はそれで点取れますし?」

「こ、こいつ……! お前はこっち側だと思ってたのに……!!」

「残念だったな。わたしの戦闘力(文系科目に限る)は53万です」

「もうだめだぁ、おしまいだぁ……」

「……そ、そんなだったら、この後勉強会でもするか? 幸い苦手科目なしの犬山もいることだし、文系科目なら俺が教えられるし」

「…………まあそれなら」

 

と、あおいの意識が戻るころには帰るという方向に舵が切られていたのだった。

 

「さ、それなら帰るか」

(ほっ……。よく分からんけど今回は帰れそうや)

 

安堵のため息をつきながら、出した小道具たちを片付け始める三人。

 

「早速木皿でスープ飲んじゃおー」

「勉強しろお前は」

 

ふと手に取ったその木皿の裏面を見て見れば、使用上の注意の欄が目に入る。

 

「ん、でもこのお皿、熱いのダメって書いてあるで?」

 

熱いスープは飲めないねと、何気なくそう言った。

 

「ンん!!?」

「え、まじで?」

 

千明は驚いた様子で駆けよってきて、手に持っていたスプーンとフォークを持ったまま木皿の裏面の使用上の注意を覗き込む。コウタロウもそれに続く。

重なるようにして説明書きを読み始める二人に、知れずあおいの眉が寄った。

 

「ホントだ…。熱い料理がダメ、匂いの強い料理ダメ熱湯がダメ、水に浸けておくのもダメ……」

「電子レンジも食洗器もダメだってな」

「こんなの何に使えばいいんだよっ!!!」

 

ピシャァァアンと雷をバックに千明がツッコむ。

こういった食器は、乾きものを入れておくといい。要はおつまみのお皿である。

が、そんなものは高校生の彼女らには縁の遠いもので。

 

「こう…サンドイッチ乗せるとか?」

「何だそのマヌケな使い方」

「あ、木のお皿にサンドイッチ乗ってる。興奮してきたな」

「それはサンドウィッチマン」

「ウィーン」

「続けるのかよ、そんで一体どこに入ったんだお前は」

「いらっしゃいませこんにちは! いらっしゃいませこんにちは!」

「ブックオフか」

「何でイヌ子は続きが分かるの!? 以心伝心か!」

 

コウタロウのせいで変な方向に脱線しながらも。

 

「と、まあそんな訳で、俺もサンドイッチ乗せる案には賛成だな」

「どんな訳があったのか欠片も分からんが、そんな用途にしか使えんとなると700円がメチャ高く感じてくるな……」

 

なんで熱いのがダメなのかと、千明が携帯を取り出し調べ始める。

 

 

 

 

「お、あったあった」

「んー?」

「どれどれ」

 

 

再度千明の携帯画面に三人の目が集まる。

 

熱いものがダメと書かれている木皿は、汚れ防止のためにラッカー塗料が表面に塗られているため、熱湯などを注ぐと熱で塗料がとけてしまうとのこと。

 

「『サラダなどに使いましょう』やて」

「あながちサンドイッチは外れてなかったな。まあ見栄えは悪いけど」

「塗料がとけるのが問題なら、ヤスリで磨いて剥がせばよくないか?」

「あ。手作り木皿でオリーブオイル塗って仕上げるとか、何かで読んだことあるわ」

「それだっ!!!」

 

あおいのその言葉に、天啓を得たと言わんばかりの表情でびしりと指をさす千明。

目をキラキラと輝かせて言った。

 

「今からやるぞ!! ヤスリがけ&オイル塗り!!」

「えぇーー……テスト明けでええやん」

「お前……べんき――」

「そんなもんは知らん!!!」

「えぇ……」

 

とは言いつつも、うきうきで張り切って先陣を行く千明にしっかりとついていく二人だった。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

死んだと思った。

 

温かく朗らかに周りを照らす光がついえて真っ暗闇に一人取り残される感覚。

立っている足場が崩れて、自身すらも液体となってしみていくような感覚。

 

いつまでもそこにあると思っていたものが急にいなくなる喪失感に、俺はただ呆然と立ち尽くすことしか出来無かった。

 

 

「いや転校ごときで大げさすぎ」

 

幼馴染の土岐綾乃がばしりと頭をはたいた。

 

「痛い」

「コウぐぅん……!! や“だよ”お“……!!」

「なでしこもあんまコウタロに引っ付かないの」

「だっでぇ……」

 

綾乃がもう一人の幼馴染、なでしこを俺から引っぺがした。腰回りにあった温もりが薄れていく。

が、一時的に俺から離れたなでしこは、すんすんと幾らか嗚咽をあげると、また俺に引っ付いてきた。それを見た綾乃はため息一つ。

 

「はあ……」

 

まあ俺となでしこは二人で一つみたいなとこあるからね、仕方ない。

俺はぐずぐずとしゃくりを上げ続ける幼馴染を撫でてあげた。

 

今日は俺の引っ越し当日。

何を思ったのかうちの親には、ほんとに直前まで引っ越しするという事を聞かされなかった。スマホも買ってくれないし、引っ越しとか言う重要なことも教えてくれないし、もしかして俺、親に存在認知されてないのでは。

 

「泣くなってなでしこ。別に会えなくなるわけじゃないんだからさ」

 

ハンカチで目じりをそっと拭う。

しばらくの間なすがままにされていたなでしこは、俺がハンカチをしまうと、ぎゅっとしがみついてきた。またか。

 

「やだもん……。コウくん、やだよぉ……」

 

縋りつくように、いやいやと顔を振る姿を見てしまうと、言葉にできない苦しさが胸の底から這い上がってくるようで。

本当に今までの日常とは離れてしまうのだと、実感してしまう。

 

「はいはい。俺も会いに行くし、向こうに来てもいいから」

 

貰い泣きというわけではないが、なんだかそのままいると、こっちまでこみ上げるものがあって、強がってそれを隠した。

 

「約束だよ? ほんとだよ?」

「はー……。ああ、約束。絶対また会いに来る」

「うん……」

 

こみ上げるそれを、彼女には見せたくなくて。

適当な理由をつけていったん離れると、逃げるように家の中に入った。

 

家具などはもうすでに運び出して、がらんとした空間となってしまったかつての我が家。

自室だった場所に入ると、壁にもたれた。

もうこうしてここに居られるのもこれで最後と思うとやはり、寂しさを感じてしまう。

つうと、熱いものが頰を伝った、

 

「コウタロ」

 

ノック音と共に、綾乃が入って来る。

こちらの返事を聞かずにドアを開けるのは彼女の悪い癖だ。

気付かれないように目じりを拭う。

 

「綾乃か。どうした?」

「はいこれ」

 

そう言って渡されたのは、彼女のハンカチ。

ポケットから取り出したところを見るに選別の品とかではないようだが。

 

意図が分からず困惑していると、綾乃は仕方ないという風に肩をすくめるた。

 

「涙、拭きなよ。……なでしこが泣いたらあんたがいるけど、あんたが泣いたときは誰が涙拭くのよ」

 

言葉と共に近寄ってくると、ぶっきらぼうにごしごしと目じりを拭かれた。

知らず、涙があふれていたらしい。

……その大雑把さが、今はなんだか心地よかった。

 

「ほんと、何でもできるように見えて、結構強がりだよね。コウタロは」

 

そう言って、綾乃は背中に手を回してくる。

互いの距離がゼロになり、胸辺りに感じる彼女の吐息と、髪の毛が少しこそばゆい。

 

「さっきと逆だな」

「うるさい。いーの、もう少しだけ……ね」

 

普段から飄々としている彼女。その時だけ、なんだかとても儚く脆く見えて。

俺は、赤子をあやすように綾乃の背中をぽんぽんと叩く。

 

……強がりはお前もだろ。

 

「……綾乃」

「んー?」

「なでしこのこと、頼むな」

「ん」

「お前にも、ぜったい会いに行くから」

「うん……待ってる」

 

 





次回最終回(予定)


どのくらいの確率で最終回になるかというと、箱の中に猫と毒ガスを入れて猫が生きてる状態くらいの確率で最終回です。


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二十八話



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最終回のイメージ画







 

「ふわあぁ……」

 

だんだんと夕日に照らされだす本栖高校最寄り駅のホームにて、なでしこが一人大きなあくびを漏らした。

閑散としたホームには他に誰の姿も見受けられない。あれだけ寄り道をすれば当然である。

 

コウタロウとは委員会があるから、そしてテスト勉強をしろと言われ学校で別れ、部活も熱心なところ以外はテスト期間はお休み。

 

(明後日からテストかぁ)

 

自身の成績は、悪くもなく良くもなく、まあまあと言ったところ。

テスト勉強と言っても、彼が隣にいないのにどうして集中できよう。なのに、先に帰れなんて。私の成績が下がってもいいのか。

なでしこは、自分を最優先してくれない彼にちょっぴりむくれつつ電車を待つ。

 

(テストが終わったら冬休みだ……)

 

冬の寒さが厳しい地域の学校は、その他の地域と比べて冬休みが長い。その逆もまた然りなのだが、比較的年中温暖な浜松は、冬休みも夏休みも特別長いということは無かった。

 

(浜松より冬休み長いってなんか嬉しい)

 

学生にとって長期休暇は胸躍るもの。

なでしこの頭の中では、年越しそばに除夜の鐘、初日の出におせちなど、冬休みのメインイベントたちが浮かんでは消えてを繰り返していた。無論隣にはコウタロウの姿がある。

 

(お正月は今年もおばあちゃん家かな。コウくん家はどうするんだろう? 帰るとは言ってたから、一緒にいれるとは思うけど……)

 

守矢家も正月はコウタロウの祖父の家で過ごす予定である。もっとも、彼自身はバイクで前乗りして幼馴染の土岐綾乃と過ごすという個人的な計画を立てているのだが、どうやらなでしこには言っていない様子。たぶん普通に忘れてる。

 

(アヤちゃんにも久しぶりに会いたいな……)

 

浜松のことを考えれば、どうしても綾乃を思わずにはいられない。

メッセージでやり取りは続けているが、会うのは数か月ぶりになるのだ。自然、なでしこの顔も綻んだ。

 

(あ、でもその前にクリスマス――)

 

大好きな人と二人きりで過ごしたいという思いがちらと顔を覗かせる。

だがそれでも脳裏に浮かんだのは。

 

(そうだっ!!)

 

なでしこは、ある提案をすべくメッセージアプリの野クルのグループルームを呼び出した。

 

 

 

 

放課後の理科室にて。

 

「はい! 今日は木皿の塗装はがしと、スキレットのシーズニングを行いまーす」

「スキレットのシーズニング初耳なんだが」

「仕事増えとるやないか」

「ここテストに出まーす」

「聞けよ」

「はい聞こえませーん」

「聞こえとるやん」

 

理科室の教卓で黒板を背に、いつの間に用意したのか白衣と白ちょび髭という博士!スタイルで千明が実験開始を宣言した。

カセットコンロにヤスリ、オリーブオイル、そしてミカンを準備しながらあおいとコウタロウが呆れた顔でツッコミを入れる。

 

シーズニングとは、表面に付いたサビ止めを落としオリーブオイルを馴染ませる、鉄鍋を買ったら最初に行う慣らし作業である。簡単に工程を説明すれば、しっかりと洗った後、空焼きしてオイルを塗ってを繰り返す作業を行う。その際、取っ手が超熱くなるので超気をつけなければいけない。

 

バチンと音を立て、家庭科室から借りてきたちょっと古いカセットコンロを点ける。

ゆらゆらと揺れる火力高めの火を見つめながら、他愛もない雑談に興じる三人。

 

「そういえば歴史の田原先生産休するんやてなー」

「聞いた聞いた。まさか教師一筋の田原ちゃんがなー」

 

今回あおいとコウタロウが作業に必要な道具を借りて回ってきたのは、単純に優等生が言った方が赤点ギリギリの千明よりスムーズに事が運ぶと判断されたためだ。結果は見てのとおりである。

 

「電撃結婚だったよな」

「せやなー、あんときは驚いたわ」

「現国の平塚先生なんか特にびっくりしてたな。やっぱ同じアラサー同士シンパシーとか感じてたのかな……」

「ひっくり返ってたもんな……あたしリアルであんな驚き方する人初めて見た」

「もう誰か貰ってやれよあの人……」

 

三人が三人とも、美人だし面倒見もよく生徒想いなのになぜか結婚できない女教師を思い浮かべ、はあとため息を吐いた。

 

「電撃産休」

「電撃新婚生活」

「電撃子育て」

「……結婚かー。あれだよな、よく25歳までにはって言うよな」

「あー確かに。……私もそのくらいにはしたいわー」

「25って言うと、あたしら10年後か。何してるんだろな」

 

何とは無しのコウタロウの発言に、それぞれが10年後を思い浮かべる。

が、しばらくして自分の将来が全く思い浮かばないコウタロウは早々に諦めると、特に深い意味もなく隣に座るあおいにを見つめ言う。

 

「犬山はあれだな、教師とか合ってそうだな。面倒見いいし優しいし」

「えー? ふふ、ほんまー?」

「わかるわかる。イヌ子教えるの上手いもんな」

「将来子供は犬山の学校に預けよう」

「ちょ、やめーや恥ずかしいわ! …嬉しいけど!!」

「お、珍しくイヌ子が恥ずかしがってんな」

「だ、だってコウタロウくんが子供とか言うから……!」

 

子供という単語に、何となく自分と彼を想像してしまったあおい。きっとかわいいんだろうなと思いかけ、はたと思考をストップさせた。

自分の周りにコウタロウ以外の男子があまりいないのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、なんだかこっぱずかしくなり、ほんのり赤い顔であおいが止め止めと手を振った。

 

自分だけ意識しているのが何だか悔しくて。お返しとばかりに、彼の将来予想を言ってみる。

 

「コウタロウくんの職業はちょっと思いつかんけど、…こ、この先ずっと付き合いある気するなー?」

「ふむ……?」

 

そう言って考え込むコウタロウに、なんだかすごく恥ずかしいことを言ったような気がして。

慌てて否定の意を告げるあおい。

 

「な、何となくやけどな!? 何となくやで!? ほんまに大した意味は……!」

「いやそういえば、この学校来て最初に仲良くなったの犬山だったしな。たぶんそういう縁があるんだと思う。うん、ずっと続いてほしいな、この縁」

「ひ、ひゃい……」

 

普通に肯定されてしまった。ちょっと攻めたつもりが、思わぬ返り討ちに合ってしまったあおい。

どういう意味で彼は言ったのだろう。……まあ文字通りの意味だろうが、世が世の文豪なら今のはもう告白である。

違うことは分かっているのに、なんだか目を合わせるのが躊躇われて、うつむきがちに出された声は炎の音にかき消されて。

きっとこの顔の熱さは、コンロの火のせいに違いない。

 

「なあなあ、あたしは? あたしはどうしてると思う?」

 

互いの将来を予想するのは存外に楽しいらしく、千明が興味津々な様子で身を乗り出して聞いてくる。

コウタロウは変わらず、あおいはナイスタイミングとばかりに首を振って邪念を振り払った。

 

「大垣か。大垣は…うーん……、何か会社員、って感じじゃないし……」

「た、確かにあきがスーツきっちり着てるの想像できんな」

「ただまあ明るいしいると楽しいし、人の輪の中にいるんだろうなー」

「うんうん!」

「そうだな、なんか仕事帰りに居酒屋で飲んだくれてそうだ」

「うんう……ってそれ仕事じゃねえじゃん。酔っ払いじゃん。ただのまるでダメな大人、略してマダオじゃん」

「でも、凄い想像できるわ……!」

「イヌ子まで……」

 

それが事実か否かは、まだ分からない。

 

「話変わるけどさ、この前キャンプした時結構歩いたじゃんか」

「ん? うん」

「この前…あー歩いたな」

 

そういえば野クルの皆で行ったのは二週間前だったなと、つい先日もなし崩し的にキャンプをしてしまったコウタロウが思い出すように目を細める。

 

先週の土日になでしことリンとキャンプをしたと言う話は、同じく日曜にシフトに入っていた千明あおいの二人に「あの後どうしたの?」と詰められあっさりばれた。なぜかは分からないが二人にジュースをおごった。

 

「後で調べたら笛吹公園までバス出てたわ。しかも片道100円」

「えっ!! そうなん!?」

「安っ!」

 

ジュッという熱された金属に肉が触れる音がした。

 

「きゃっ!!」

 

熱されたスキレットの柄の部分に指先が触れてしまい、やけどを負うあおい。ひぃーと涙目で患部を水で冷やし始める。

 

「大丈夫か?」

「うん……なんとか」

「犬山がやけど……まるでホットドッグだな」

「コウタロウくん嫌いや」

「何でっ!?」

「いやこれはコウタロウが悪い」

 

程度の低いダジャレにあおいはツーンとそっぽを向き、千明は呆れた目を向ける。

耐えかねたコウタロウは手を合わせてすまんと謝った。

 

「……怒ってへんよ。あと、嫌い言うのもウソやし」

「おう、ありがとな」

「ま、コウタロウのボケはたまに明後日の方向にぶっ飛ぶからな」

 

あたしがフォローしてやらんと、と呟きつつ、あおいと持つのを交代したスキレットにオリーブオイルを垂らしていく。

 

「オイルこのくらいか?」

「そんなもんやないの?」

「もうちょっと高いとこから高低差つけて垂らした方がいいんじゃないか?」

「それすんのもこみちくらいだろ」

 

と、

 

「三人で何の実験してるの?」

 

偶々理科室の前を通りがかり、知り合いが何やら作業にいそしんでいるのを発見した恵那が、ひょっこりと顔をのぞかせた。

 

「あ、斉藤さん」

「お、さいと――」

 

ジュッ、と熱された金属に肉が触れる音がした。

 

「ぎゃーっ!!」

 

先に同じく、スキレットの柄の部分に指が触れてしまった千明。

短い悲鳴と共に、反射的にスキレットを放り投げる。

 

超高温に熱された鉄の塊。

熱くなくとも、金属が上から落ちてきたら危険なうえに、今はそれがやけどするほどに熱くなっている。

 

危ない――

 

三人が三人ともそう本能的に感じ、しかし咄嗟に動くことができず。ぎゅ、と強く目をつぶる。この後の惨状を見ないように、自分に落ちてこないことも祈るように。

 

 

が、誰かの頭に鈍器がぶつかる鈍い音も、熱で肉が焦げる音も匂いも、そのまま床に落ちる甲高い音も聞こえない。

 

「ほい」

 

代わりに、お菓子を手渡すような気軽さあふれる危機感のかけらも感じさせない声音が聞こえ、恐る恐る目を開ける。

すると、なんの危なげもなく空中で回転するスキレットの柄の熱くない部分を親指と人差し指でつまんでキャッチするコウタロウが目に入った。

 

そのまま流れるような動作でコンロの上に戻す。

 

「「「お、おぉ~」」」

 

女性陣から歓声の声が漏れる。

 

「さ、流石コウタロウくんやな……」

「ありがとなコウタロウ、助かったぜ……」

「ほんとキャッチするの上手だよねー」

「まあこのくらいは誰でもできる」

「「「それは無理」」」

 

逸般人コウタロウの言に、いやいやと苦笑いで首を振る三人。

ここになでしこが居れば、コウタロウは箸で羽虫をキャッチできるだとか、工事現場から落ちてきた鋼材をキャッチしてそのまま現場まで運んであげただとかいうエピソードが飛んでくるところだが、生憎彼女は今はいないため、そこまで広がることは無かった。

 

 

 

 

「へえー、鉄フライパンって使う前こういうことするんだ」

 

あおいも千明も指を負傷したため、代打としてもろもろの説明を受けた恵那がスキレットのシーズニング作業を買って出た。

 

今はミカンの皮を炒めている。先ほどコウタロウが職員室で貰って来たものだ。

ちなみに、指を負傷している女子二人の代わりにコウタロウが皮を剥いた。中身は今もきゅもきゅと頬張っている千明とあおいの口の中である。

 

「なんか面白いね」

 

軽く袖をまくり、慣れた手つきで菜箸を操る恵那をコウタロウはぼうっと眺める。

視線に気づいた恵那が、ふわりと笑って問いかけた。

 

「ふふ、なあに?」

「いや、なんか手慣れてるなって」

「たまに家で料理手伝ったりするからね」

「へえ」

「そういうコウタロウくんは、料理するの?」

「まあぼちぼちだな。たぶん斉藤ほどじゃない」

「得意料理は?」

「卵かけごはん」

「あはは、それ誰でもできるやつじゃん」

 

頬杖をついて、穏やかな表情で恵那を見つめるコウタロウと、あくまで自然体でいる恵那。

場所が場所なら、長年同棲したカップルの様な雰囲気だ。

 

二人のそれぞれ隣にいる千明とあおいは、ようやくミカンが口の中から無くなり、そんなふたりのただならぬ様子について小声で話し出す。

 

(な、なあイヌ子。コウタロウと斉藤ってそんなに接点無かったよな……?)

(…………)

(イヌ子?)

(うぇっ? …あ、ああ、せやな。確かにあんま話してるの見たことないな)

(だよな……)

 

実際は何のことは無く、コウタロウはただ感心しているだけで、恵那は基本誰に対しても自然体的でいるからである。

 

あおいと千明が疑惑の視線を送る間にも、シーズニング作業は進んでいき。

 

炒まった後は、お湯を沸かして、たわしでしっかりと洗う。

そして、最後にもう一度空焼きをしてオイルを薄く塗れば、完成である。

 

「「おおーー」」

 

ぴかーとはいかないが、何となく使い込まれた小ぎれいさが出たスキレットを前に、千明コウタロウを除く二人から感嘆の声が上がる。

 

「こっちもできたぞ」

 

物珍しさから完成したスキレットをまじまじと眺める二人に、隣から千明の声が掛かった。

 

「ほれ!」

 

そういって、ヤスリがけを終え、スキレットと同じく薄くオイルを塗った木皿が差し出される。

 

「おー、オイル塗ると味が出るね」

「まあ後半ヤスリがけしてたんほとんどコウタロウくんやったけどな」

「し、仕方ないだろ指やけどしちゃったんだから!」

 

ヴーー…ヴーー……

 

まあまあとコウタロウが千明をなだめていると、野クルメンバーの携帯にそろってメッセージ通知が入った。

 

「お」

「ん」

「なでしこからだ」

 

代表して千明が携帯を開けば、残りのメンバーがどれどれとのぞき込んだ。

 

『テスト終わったらみんなでクリスマスキャンプやりませんかっ!!』

【写真】

 

そこにはクリスマスキャンプの提案を告げる文面と、写真には赤白のニット帽に、白のマフラーを口元にやってサンタクロースめいた格好のなでしこが写っていた。

 

「クリスマスキャンプやて」

「ナイス提案だな」

「なでしこサンタだね」

「そうだね」

 

確かにクリスマスは完全に冬休みに入ってからなので、キャンプをするには都合がいいだろう。

千明はおおむね賛成なようで参加に意欲的だし、コウタロウは何か予定あったっけと思案しており、恵那は如何にリンをそこに放り込むかを考えだし。

そしてあおいはというと。

 

「私はクリスマスはコウタロウくん(彼氏)と過ごすからムリやなー」

 

自然な流れでコウタロウの手を引き、腕を絡める。

そのまま頭を彼の肩に預け、幸せそうに微笑んで、ちらと恵那を流し見た。

 

「ふぅん?」

「なっ!!?」

「ふぁっ!!?」

 

恵那は意外とばかりに肩が上がり、千明とコウタロウは驚愕の余り目を見開いて動揺する。

 

「って、何でお前も驚いてんだ!!」

 

何故だか自分と同じかそれ以上にびっくりした様子のコウタロウに、千明が詰め寄った。

付き合ってる事実を本人が知らないとはこれ如何に。

 

「だって俺も今初めて聞いたし!!」

「なんじゃそりゃ!?」

「あれれ」

「説明しろコウタロウ! お前イヌ子の彼氏なんか!? どうなんだ、何とか言え!」

「こっちが聞きたいんですけど! あれ、俺犬山と付き合ってたっけ!? 全然記憶ないけどお付き合いしてましたっけ!!?」

「知らねーよこのすけこまし! あほばかまぬけ! 敵! 女の敵!!」

「記憶にございません!! 記憶にございません!!」

「ウソやでー」

 

なぜだか取っ組み合いを始める千明とコウタロウの喧騒の中で、さらりと告げるあおい。

その一言に、コウタロウに馬乗りになり眼鏡を外した千明、外されたコウタロウ、それを面白そうに見ていた恵那が、首だけ動かしてあおいを向く。

 

「「「……よかった!」」」

 

それぞれがそれぞれの思いを込めて、そうつぶやいた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「……斉藤さんは、シロやな」

 

 

 

 

内船駅。

 

ヴーー…ヴーー……

 

家の最寄駅から出たなでしこのスクールバック内の携帯が通知を知らせた。

野クルのグループのものだと通知を確認し、メッセージアプリを開く。

 

「!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「みんなでキャンプできるのは嬉しいけど……」

 

写真の端でひょっこりと写り込む幼馴染に目が釘付けになる。

 

「コウくん……なんでそこにいるの……?」

 

自分の知らない所で他の女と仲良くしているコウタロウを見つめ、なでしこの足は自分の家とは別方向を向いた。

 

 

 

 

へやキャン△

 

夕暮れも深まったころ。

 

あのあと斉藤をキャンプに誘い、それとなく保留になったあたりで解散し、二人と別れ家路についた俺。

特別約束をしていた訳ではないが、テスト期間は決まってなでしこと一緒にテスト勉強をしていたため、彼女は恐らく今日もそのつもりでいるだろう。自分でなでしこを帰しておきながら、なんだかんだこうして遅れてしまったことに申し訳なさを感じつつ、急いで内船駅から出ると、猛ダッシュで家へ向かう。

 

「ただいまっ」

 

あっという間に玄関に到着し、玄関を開ける。

駐車場に車が無いという事は、両親は未だ帰ってきていないのだろう。

 

……あれ、なら何で玄関の鍵が開いてるの?

 

「お帰りコウくん」

 

仁王立ちしながら腕を組んで、普段とは違うニコニコとした笑顔を浮かべて俺を出迎えてくれた幼馴染がそこにはいた。

 

「お、おう……。ただいまなでしこ……」

 

冷汗が流れた。

おかしい。いや別になでしこが我が家にいることは割といつものことだからそれではなく、こんなにも私不機嫌です!と言わんばかりの態度の我が幼馴染だ。

 

確かに今日はちょっと仲間外れっぽくなってしまったが……。

 

「な、なでしこ……?」

「つーん」

 

おかしい。だって自分で言ってるもん。自分の口でつーんとか言ってるもん。普通擬音として出るものだよそれ。

明らかに機嫌がよろしくないのだろうが、そもそも怒り慣れていないのもあって、ただ可愛いという印象しかない。おかしい。

 

とりあえずいつまでも玄関にいるわけにもいかず、恐る恐るローファーを脱いで廊下に上がる。そして、ゆっくりとした動作でなでしこの前まで歩く。

なんでこんな慎重なんだよ俺、ここ自分の家だろ……。

 

「ん!」

 

触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、何故だか抜き足差し足でなでしこの前を通り過ぎようとすれば、頬を膨らませた彼女が両手を広げて通せんぼをしてくる。

ど、どうしろと……?

 

「ん!!」

「え、ええ……?」

 

そのまま手を広げながら、一歩詰め寄ってくる彼女。訳が分からず困惑する俺。

もしかして俺をこの家から排除しようとしてる? ブルドーザー的に押し出そうとしてる?

 

「ん! 抱っこ!!」

「ええ……」

 

どうやら違ったらしい。抱擁を求めていたようで、なるほど言われてみればそういうポーズだ。予想外過ぎる。

とはいうものの、困惑しつつも無防備に身を差し出してくるなでしこをぎゅっと抱きしめた。

そうして互いの距離が無くなれば、彼女の腕は背に回されるかと思いきや俺の顔を両手で捉え。

 

「なでしこ?」

「……コウくん」

「ん?」

 

少しうるんだ彼女の目の中に、俺が写ったと思ったその時。

 

「……ん」

「っんん!!?」

 

彼女と俺が重なった。

 

 

 







どうして最終回にする必要があるんですか()

もともと、アニメ8話のあおいちゃん彼氏事件のネタを扱ってみたくてSS書き始めた部分もあり、それが出てくる今回の話で一応の区切りにするつもりでした。とか思ってたらやっぱり似たようなネタは既にやってる方がいて、勝手にシンパシー感じたりもしていたのですが……。

ですが、やっぱり皆可愛い過ぎてもう頭おかしくなりそうなのでもう少し続けたいと思います。

(映画も公開間近でモチベーションもあるし10年後を書くまで)俺は止まんねぇからよ、お前ら(評価感想)が止まんねえ限り、この先を俺は書き続けるぞ! だからよ、(評価感想)止まるんじゃねえぞ……

まじでお騒がせしてすいませんでしたッッ!!
引き続き拙作をよろしくお願いします!!!




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幕間 10年後の彼は 春

映画観てきました。
マジで尊過ぎて、一人感じ入っていたら一緒に行った友人のこと忘れて家に帰って来てました。最高。さいこうすぎてなんもいえねえです。みんなみろ

というわけで映画になぞらえて10年後の主人公の姿を描いてみました。映画のネタバレは(ほぼ)含みませんのであしからず。
まあ端的に言えば主人公inのんのんびよりです。のんのんびよりを知らない方は、申し訳ありませんが本編に戻るまでしばしお待ちください。

春夏秋冬の四部作の予定です。またこの予定は急遽変更するかもです。


【挿絵表示】

イメージ図




 

ここは小中併設校「旭丘分校」。

全校生徒5名、一面の緑、道路には牛横断注意の標識、バスは五時間に一本というど田舎にある、小さな学校だ。

 

そして。

 

「あ、カタカナなのん。にゃんぱすー」

「コータロおはよー」

「宮内先生と違ってコウタロウは早くていいね」

「おはよう、先生と呼べ先生と。……ってれんげ、入学式は明日だろ」

「なんかれんちょん予行演習したいんだってさ」

「……なるほど。まあとりあえずれんげは教室入っちゃダメだからな」

「なんでなん?」

「明日のお楽しみ」

「ふふ、帰るとき呼びに行くから遊んでて」

「分かったのーん」

 

教師となった俺の勤務先である。

 

 

 

 

山梨の大学で教師の資格を得た俺は、母校での教育実習を終え、そのままそこに勤めることに――はならず、なぜだかこうして超ど田舎の分校に赴任してきていた。

 

なんでも、男手が必要らしいとか、過疎改善の一環だとか、とにかく人手が足りんとかよく分からん理由を言われた気がしたが、俺の地元も身延も田舎だったしまあいいだろと思ってたらこれである。想像の5倍くらい田舎だった。まあここ、~町とかじゃなくて~村だしね。同僚の宮内先生が時速50kmで走れば1時間後にちょうど50km先に着くと言っていたので走って確かめたがマジだった。信号ないってヤバすぎだろ……。

 

「あ、コウタロウ。おはよ、早いね~」

 

とそこに、どこかゆるい雰囲気をまとった糸目の女性、宮内一穂こと宮内先生が出勤してきた。ちなみに余裕で予鈴の時間である。

 

「俺が早いんじゃなくてお前が遅いんだよ……」

 

教職員二名の我が校には職員会議や残業、モンペへの対応、部活顧問などと言った面倒事は存在しないため、とにかく緩い。この人授業中普通に寝てるからね。教師がだぞ。いくら基本自習とは言えさあ……。

 

「いやー、コウタロウがいてくれるから、ついのんびりしちゃってね。今朝なんかも大寝坊だよー、あっはっは」

「……」

「いたっ、やめれやめれ、ひっぱらないで~」

「はあ……俺は新しく入ってくる子の準備してくるから、一時間目は頼むぞ」

「は~い行ってきます」

 

そうして職員室内のハンガー掛けに掛けてあった自身の白衣を羽織ると、ゆったりとした足取りで彼女は出ていった。

行ってらっしゃいとそれを見送ると、俺はマグカップのコーヒーをすすりつつ手元の資料に手を伸ばした。

 

「どれどれ。ふーん、一条蛍、新小5、女子……」

 

事前に送付されている転校生の情報。

かれこれもう数年ここに勤めているが、正直こんな辺鄙な所に転校してくる奴がいるとは思わんかった。しかも東京から。

まあ俺も割と人のこと言えないけど。宮内先生はここが地元だけど、俺は引っ越してきたからな。彼女は俺の一個下の後輩でもあり、しかしてこの村では住人としては先輩であるのだ。

 

一条蛍の転校日はまだ少し先だが、小5の分のテキストの発注や、新しくなる連絡網の整理、学習に必要な道具をそろえないといかん。

 

それと雨漏りで腐ってる床の建て替えとか。去年は卓が一個穴開けたしな。

そんなもん業者に頼めとか思うが、金かかるし、工事で教室が使えなくなるのは困る。それに、材料となる木材は宮内先生の所有する山からいくらでも採っていいと許可を貰ってるので、もう俺がやった方がはやい。高校大学、そして今に至るまでキャンプをはじめとしたアウトドアにどっぷりはまったこともあって、こうしたことは得意なのである。

 

「キャンプかあ」

 

そう言って思い出すのは、高校の同級生たちの顔。

あいつらとも、もうずいぶん会ってないような気がする。

全員揃ったのはまだ学生の時だったから、三年位前だろうか。個人個人とはちょくちょく飲みに行ったりしてるんだけど、全員揃うのはあまりない。

逆に、あおいとは同じ大学で教職とってて、最後まで付き合いがあった。実習先も同じだったし。同じ職業だし、何かと話しやすくて俺が山梨に戻る度に会ってる。まあこっちが緩すぎて教師あるあるみたいなの俺が分からんのはつらいけど。

 

リンは名古屋の出版社に勤めてて、距離的に一番遠い。

こないだ会った時は飲み過ぎて記憶が無いが、何があったか聞いても教えてくれない。酒に弱い自分が憎い。

 

恵那は横浜でペットサロンで働いている。ちくわは実家にいるらしく、連休になるとよく帰省しているそうで、そうなれば自然会う回数が増える。あおいと三人での見に行くことも多い。

 

千明はちょっと前に東京のイベント会社辞めて山梨に戻ったって連絡あった。それきり会ってないし、久しぶりに会いたいな。今度連絡とってみるか。

 

綾乃は浜松の大型バイクショップで働いてるな。バイクを買うきっかけを与えてしまっただけに、そこまで好きが高じているのは嬉しい。長距離ツーリングに行くときは必ず顔を出してるし、ちょくちょく顔を会わせてる。

 

そして、もう一人の幼馴染だが――

 

「なでしこ……」

 

ほうと一息ついて、彼女の名を呟く。

 

なでしこは、めっちゃよく来る。

というかほぼ毎週会ってる。社会人になってアウトドアに適した四駆を購入し、暇さえあればうちに来ている。俺も軽トラ買ったのでなでしこの家はよく行く。

 

東京は昭島市のアウトドアショップで働く彼女だが、意外なことにここ旭丘からはそこまで距離は無い。たぶん山梨帰るのと同じくらいではないだろうか? でもひかげは新幹線使っても6時間かかったとかいうし、なんか飛行機使って来る距離とか言う情報もあるし、よく分からんな。本当にどこなんだここは。

 

 

 

 

数年前。宮内家にて。

 

「……ねえねえ。この人だれなん? ねえねえの彼氏なのん?」

「違うよー。この人はウチの大学の先輩。この人の恋人に立候補しようとしたら、命がいくつあっても足りないよ」

「守矢コウタロウだ。前にも会ったことあるんだが、流石に覚えてないか。…春から入れ替わりで旭丘分校の先生になる。よろしくな」

「コウタロウ、れんげはまだ三歳だよ」

「コウタロウ……お名前がカタカナなのんなー」

「まあちょっと珍しいよね」

「確かにな。まああんま深く考えられた名前じゃないし」

「じゃあこれからはカタカナって呼ぶことにしますん」

「いや別にいいけど……」

「カタカナー」

「んー?」

「……なんだか初めて会った気がしないのん。あんていかんがあります」

「れんちょんが三歳にしてナンパを……!!」

「いやただの事実だろ」

 

 

 

 

無事に蛍が転校してきて、クラスメイト…れんげ、夏海、小鞠たちとも仲良くなれたようだ。都会っ子がこんな田舎になじめるかと少し心配していたが、無用な心配だったようで安心した。さすがは子供と言ったところだろうか、心の壁が無い。たぶんエヴァに乗ったらATフィールド張れなくて人類終わる。

 

そして、今はGW。

明日、なでしことキャンプに行くための準備をしていた俺の携帯に、宮内家…れんげから電話がかかってきた。

 

 

『……――今から家でみんなで宿題するん。カタカナも来て欲しいん』

「えらいじゃんか。分かった、そういうことならすぐ行く」

『待ってるのん』

「おー、あとでな」

 

GW前のテストの結果が芳しくなかったため、多めに宿題を出したのだが、早速勉強会をするようだ。あの夏海も参加するようで、生徒の成長を窺えてすこし嬉しくなった。

あらかた準備も終わっているので、財布と携帯だけひっつかむと、俺は近所の宮内家まで足を伸ばすのだった。

 

 

 

そのころ宮内家では。

 

「れんちょん~、テレビのリモコンとってきて~」

 

とか。

 

「ケーキ食べる? あ、嘘そんなのないわ。コウタロウに買いに行ってもらおかな」

 

とか。

 

「よし、ウチは寝る! 分からないところあったらいつでも叩き起こしてくれーぃ」

 

とか。

 

れんげの姉、一穂がとにかく怠惰を極めていた。別に休みだから特別だらけているとかそういう訳ではなく、割と普段通りの平常運転だった。

いくら説得しても直らない、そんな姉の姿に呆れた目線を向けるれんげ。

 

「ねえねえ、そこで寝られると邪魔なのん……」

「あ、ここで勉強会するのね」

「…結局やる気ないんな、もうお布団行って寝てきた方がいいん」

「えぇ~、れんちょん連れてって~」

 

先は深夜まで生徒用のプリントを作っていたと知り、すこし見直したが、結局これである。

アイマスクを外すことすらめんどくさがる姉に、れんげの中で自分が皆のやる気を出させるという決意が固まったその時。

 

「お邪魔しまーす。おーい、一穂、れんげー、いるかー?」

 

物心ついた時から聞き馴染んだ声が聞こえた。

昔のことなので何故そう呼び始めたかは覚えていないが、自分がカタカナと呼ぶ人物は一人しかいない。そんなあだ名の人間が早々いてたまるかだが。

 

彼ならこの姉を何とかできるかもしれない。

そう思い、れんげが玄関に向かって何か口を開きかけ、

 

「む、その声はコウタロウ」

 

が、れんげが何か言うより早く、一穂は声のする方へ走って行った。

無論、アイマスクは外して。

 

「ねえねえ……」

 

呆れてものも言えないれんげの横で、玄関からは縋りつく対象をれんげからコウタロウに変更した一穂が、寝室に連れて行けと彼の腰にしがみついていた。

 

「お前、俺のとこに来るまでの距離で寝室行けただろ!」

「いいじゃん連れてってよ~、可愛い後輩の頼みだろ~」

「かわいい後輩は自分のことをかわいい後輩とか言わないんだよ」

「あ、なんかこの格好ケンタウロスみたいじゃない? ケンタウロス。ひひーん……あれ、ケンタウロスって馬だったっけ?」

「聞けよ」

 

そんな宮内家前の道路では、蛍、夏海、小鞠、卓の四人が並んで歩いて宮内家に向かっていた。

休日だからとお昼まで寝ており、少し眠たげな様子の夏海が口を開く。

 

「ふぁーあ、せっかくの連休なのに何で勉強しないといけないのさ。家でゴロゴロしよーぜー」

「もー、ぐーたらしてまた成績下がったらお母さんに怒られるよ?」

「でもさ、いつもだらしないかず姉もちゃんと社会人してるんだから、何とかなると思うんだよね」

「確かにそうだけどさ……」

 

何か反論したい小鞠だったが、事実その通りなので何とも言えない。

が、先生と言えば一穂と対になるような存在がいた。

二人の横で並んで歩く蛍が、手を合わせてその人物を思い起こす。

 

「で、でもコウタロウさんはちゃんとしてるじゃないですか」

 

蛍にとってコウタロウは、転校時の相談からもろもろの手続きまで面倒を見てくれた記憶が新しく、頼りになると言った印象が強い。

年若く、普段の態度も近しいものであるため、何度か「お兄ちゃんが居たらこんな感じなのだろうか」と思ってしまう。先生呼び出来ないのはそのためだ。

 

「あーコータロは割とぶっ飛んでるからなー」

「うん、まともではないよね」

 

が、先輩たちの意見はそうでもないようで。

 

「え、あの、どういう……?」

「普通の人間は直径何メートルの木を一人で伐採して一人で持ち運びして一人で加工して校舎の建て替えとかしないし」

「人間やめてるよねー、まあ畑の手伝いの時とかすごい助かるけど」

「え、ええ……」

 

まだ転校して日が浅く、彼の異常なフィジカルを知らない蛍が困惑する。そのうち嫌でも分かる。

 

「あ、噂をすればあそこにコウタロウさんと宮内せんs……」

 

そして、ケンタウロスケンタウロスと謎テンションではしゃぐ一穂たちを見た夏海たちが、知らずやる気を出すのだった。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

とある居酒屋。

 

仕事終わりの社会人たちがその疲れをいやすべくアルコールにおぼれる、そんな中で、一つの個室では、社会人となって久しぶりに顔を合わせた野クルメンバーたちが酒を片手に会話に花を咲かせていた。

 

「んにゃ~、ほんっと久しぶりだよなあこうして全員揃うの!」

「千明それ何回も聞いた」

「社会人になって、予定も合いづらくなったしねー」

 

並んで座る千明、リン、恵那がしみじみと呟いた。

特に、一番住む場所も遠くなってしまい中々会うことがないリンは、久しぶり顔を会わせる友人たち、そして向かいのコウタロウをじっと見つめた。

 

「コウタロウとあおいは、今は学校の先生やってるんだっけ?」

「せやでー。私は山梨で小学校、コウタロウくんは旭丘分校て言う小中併設校でなー」

「超がつくくらい田舎だけどな。いいとこだよ。生徒数も多くないし、のんびりやってる」

「それは……ちょっとうらやましいな」

 

出版社で編集者として多忙な毎日を送るリンが、ほうと息をついた。毎日通勤ラッシュで電車に揺られ、残業続きの毎日は、正直少しだけしんどいものがある。

もし、もしも彼と結婚すれば、田舎でゆっくり暮せたりするのだろうか。結婚を意識してもおかしくない年齢だし、相手は一人しか考えられないし……。

 

「何にもないとこだけど、休みの日はなでしこが来てくれるしな」

「えへへぇ……」

 

お酒に火照った顔で、ふにゃりと表情を崩して彼に微笑むなでしこ。嬉しそうに彼の腕を取る。酔いが回ってからは終始こんな感じだ。お酒に弱く、もう既に潰れかかっている。

本当に変わらないな、この二人は。高校生の時からずっと一緒だ。

でも、私の方が一歩リードしてるに決まってる。だってあの時……。

……まあとにかく、よゆうなのである。

 

「確かコウタロウん家は、田舎でメチャ安だったからってけっこう広いんだっけ」

「しかも元々あった家をリフォームしただけだぜ。前任のばあちゃんが丸々くれたからな」

「あと一人どころか、家族で住んでも問題ないくらいやったなー。ねえねえコウタロウくん、部屋とか余っとるん?」

「余裕で余ってる。てか持て余してる。何なら部屋の一つはもうなでしこにあげてるくらいだし」

「ふーん……」

 

前任の教師が住んでいた家を譲り受けたコウタロウは、一軒家住まいである。しかも田舎サイズなので大きい。

連休になればよくなでしこが来るので、もう部屋を一つ彼女用にしていたくらいだ。

 

「なら、もし何かあって今の家に住めなくなったらコウタロウくんの家に行けばいいね」

「「「確かにー!」」」

「人の家をシェルター扱いするのやめろ。てかまず実家に行けよ」

 

とは言いつつ、まんざらでもない顔のコウタロウ。もともとの気質と、教師という職に就いたことも相まって、頼られることが好きになっていた。

それが関係の深い友人誰であれば尚更。

 

「リンは仕事どうだ? 営業から編集部に移ったって聞いたけど」

「大変だよ、毎日凄い忙しい。企画もなかなか通らないし……。頼りになる先輩がいてくれるから、何とかなってるって感じ」

「頼りになる先輩……? 志摩隊員! それはもしかして男か!?」

 

レモンサワーを飲みつつ、漏れ出るかのようにそう吐き出したリンのその言葉に、隣の千明が食いついた。肩を組んでぐいっと顔を寄せる。酒くさい。完全に酔っ払いである。

 

「まあ、男の人だけど」

「「「!!?」」」

「リン……お前まさか」

「リンにも、新しい春……?」

「やっぱり職場なんか……」

 

そう詰め寄ってくる友人たち。それは、近くにいる男性がずっとコウタロウだけだった私への意外性だったり、驚愕だったり、職場の出会いへの嫉妬だったりするのだろうか。

 

嫉妬、か。

……ちらりと向かいを見た。

 

「……ふーん。リンの頼りになる先輩…ふーん……男なんだ……」

 

なんかめっちゃビールあおってる……!

お酒弱いからってあんまり飲んでなかったのに!

 

え、これって、そういう…嫉妬、してくれてるって、ことだよな……?

そんなのだって、……両想いじゃん!

 

「……ふへ」

 

酔いのせいで、いつもより緩めの頬、火照っていくのが分かる。心臓もいつもよりどくどく言ってるのが聞こえる。

やば、ちょっとこれ嬉しいかもしれん……。

 

言いたい!

超言いたい!!

 

安心しろって。私が好きなのはお前だけだって!

 

によによと勝手に下がる目じりや、ゆるんでいく頬をなんとか抑える。が、たぶん抑えきれてない。だって嬉しいんだもん。しかたない。

 

ふへへ、いつ言ってやろうかなあ。でも、もう少し奴のあの表情を見ていたい気もするなあ……。

 

ふふふ……

 

 

 

(リン…そんなに愛おしそうに微笑んで……そんなにその先輩のこと好きなんか)

(コウタロウくんから鞍替えかー。まあ、職場恋愛もよくあるもんね! 応援するよ、リン!)

(とりあえず一人減ったな……)

 

 

 



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幕間 10年後の彼は 夏①


夏もう一話続きます。

のんのんびより大好き人間なので書いていたい気持ちはあるのですが(元々夏編では映画版を書くつもりでしたがあまりの長さに断念した)、正直四話やるのは無謀が過ぎた……。夏が終わったらしれっと本編に戻ってるかもですが許して。

映画見て大人になったみんなを高校生に戻すためにアニメをもう一周しないといかん……


 

一条蛍です。

ここに来て、初めての夏が来ました。蝉の声はすごく元気いっぱいだし、太陽はじりじり暑いけど、気持ちのいい風が吹くからクーラーが無くても大丈夫。

 

そして私は、毎日早起きして……

 

 

朝とはいえ照り付ける太陽の陽ざしと、元気に鳴く蝉の声が降り注ぐ中。

神社の境内では、村の学生たち(五人)が、おおむね元気にラジオ体操に励んでいた。夏海だけは眠そうにあくびをかみ殺している。

 

『――体を横に曲げる運動。いち、に、さん、し――……』

 

夏海、小鞠、卓の母の雪子が、カセットラジオの横で音声の指示通りきちんと体を動かす五人を見守って――

 

「もっちょろけー…だんしんぐっ!!」

 

腰の入った全身旋回運動の後に、ぴたっと止まって左手は腰、右手は人差し指を天高くつきだしたペルソナ4ダンシングオールナイトポーズを繰り出すれんげ。

 

――まあ体は横に曲げてたけど。と、あくまで型にはまらないれんげをぽかんと見ていた。

 

雪子以外の三人(卓は動じることなく体操を続けていた)が、体を動かすのをやめ同じくぽかんとした目線を投げかけた。遠くにラジオの機械音声が聞こえる。

 

「……ふふん。どうですか、ウチのだんすは?」

 

れんげは同じポーズのまま、ドヤ顔で隣の夏海に聞いた。

 

「これ、ダンスじゃなくて体操だけどね」

 

 

 

 

その後ラジオ体操はつつがなく終了し、監督係の雪子が出席カードにハンコを押せば、各自帰宅となるのが通例である。

蛍の分を済ませ、れんげのカードに判を押しながら困った顔で雪子が言う。

 

「こういうのはかずちゃん達の役目だと思うんだけどねぇー」

 

流石にラジオ体操まで教師の仕事の範疇に加えるのはどうかという意見もあるが、これは町内会の催しなので近所に住む二人は普通に仕事の範疇だった。なんならたった五人の面倒くらい普段から見ろという見方もある。片方は身内だし。

 

そんな二人が何故いないのかというと。

 

「ねえねえは今日も寝てるのん」

 

一穂の怠惰ぶりをよく知る雪子の眉間にしわが寄った。

が、反対に仕事はきちんとこなす好青年というイメージのコウタロウがいない理由も気になる。

 

「コウタロウ君は?」

「ねえねえと一緒に寝てるのん」

「あ、あら……」

「「!!?」」

 

れんげのその発言に、後ろで並んでいた夏海と小鞠がぼん、と顔を赤らめる。

年頃の男女が一緒に寝ているとは、つまりそういうことで。

あの二人、前々から距離感が近いと思っていたが、まさかそういう……?

 

「昨日ねえねえが酔っぱらって、カタカナにお酒一杯飲ませてたん」

「「「あぁ、そういう……」」」

 

越谷母子の安堵の声が重なる。

どうやら心配は杞憂だったようだ。

雪子はコウタロウが酒に弱いことを知っていたし、そのことは唯一の男性教師が両親に家に招かれたときのことを覚えていた姉妹も把握していた。

 

「全くあの子は……。一度、ビシッと言ったらないかんね」

「言ってやって欲しいのん」

 

呆れた様子で雪子がそう言えば、姉の普段の堕落ぶりを身に染みて理解しているれんげが珍しく強くうなずいた。

 

そんな二人を見て、先生たちの思わぬスキャンダル疑惑から立ち直った越谷姉妹は、いずれ訪れるであろう一穂の不運(雪子からの雷)を予想し、顔を見合わせた。

 

「……朝の占い、『知人に災難が』だったんだよね」

「海行く前に、保護者がK.O.されないかな……。まあ最悪コータロいればいいけど」

「とばっちりくらいそうだよね」

「コータロが災難すぎる……」

 

結局どちらにも降りかかりそうな災難に、二人はため息を吐くのだった。

 

 

 

 

数年前。宮内家にて。

 

「いいかれんげ、問題だ。駄菓子屋から1つ10円のうまい棒を5本、1つ100円のチューパットを5本買いました。さて、合計金額はいくらでしょう」

「いやいや、まだれんげは三歳だよ? 百の位とか分かんないって」

「550円なのん」

「え」

「すごいぞれんげ、正解! おい一穂聞いたか今の! 三歳にしてもうこんな足し算ができるなんてれんげは天才か!?」

「確かに……。凄いなーれんげーうりうりー」

「ただいまー」

「お。ひかげおかえり」

「おっすお邪魔してる」

「姉ちゃん帰ってたんだ…って、げっ。なんでコウタロウ居んだよまたかよ帰れよ」

「ひかげ、先生にそんなこと言わないの」

「あーいいのいいの、ただのツンデレだから。こいつ俺のこと大好きだから。ねーひかげ」

「なっ、ぇ、は、はあっ!!? ぜ、全然ちげーし!!! むしろ大嫌いだし!! てか触んな!」

「な?」

「あ、うん……」

「それより聞けよひかげ、れんげがもう足し算できたんだよ。すごくね?」

「…………足し算くらい私もできたし」

「ふーん……。えーそうだったけー? あ、じゃあ問題。うちの山に木が1000本生えているとします。そこへコウタロウがやってきて、家を建てるからと木を100本引っこ抜いて行きました。さて、残りは何本でしょう?」

「おいおい、ひかげはまだ中一だぞ? 千の位とか分かるわけ……」

「分かるわ!!! 舐めるのもいい加減にしろよ!? 姉ちゃんも悪乗りするな!」

「「ごめーん」」

 

「……やれやれなんなー」

 

 

 

 

夏真っ盛り。

抜けるような青い空、遠くに浮かぶ白い雲、さんさんと輝ける太陽。そして、風と共に運ばれてくる潮の香り。砂浜に打ち付ける潮騒。

 

一行は、海に来ていた。

 

「海、来たねー」

「海、ですね……」

 

レンタルビーチパラソルの作る影の下には、レジャーシートに座る一穂と小鞠がいた。

一穂がクーラーボックスから冷えたキュウリを取り出し、丸かじりする横で、小鞠が感情のこもらない声でオウムを返す。

 

「てか、田舎だってのに何で海はこんなに人多いの?」

「多いですねー……」

 

同じくキュウリを取り出し、かじる。

 

「こんな田舎の海来たって、何もないってのにねぇ」

「里帰りの人とかじゃないですか……」

 

一穂達の視線の先には、れんげ、夏海、コウタロウが泳ぐのに飽きたのか砂で城を作って遊んでいた。無駄にクオリティが高く、遠巻きに写真を撮るものまでいる。

 

「こまちゃんは泳がんの?」

「……まだいいです」

 

そこに、シュノーケルを装着した卓が通りかかった。

夏海に手招きされ、そのまま寝かされる卓。

兄の顔に砂を盛り始める夏海。いたずらが顔に出ている。

何をしようとしているのか理解したコウタロウが、止めるでもなく卓に何かを尋ねていた。

 

「水着忘れたとか?」

「…………海眺めるのが好きなんで」

 

暫しの後に、顔に盛られた砂は超高クオリティでとあるアニメの美少女キャラクターになっていた。シュノーケルで空気口を確保しているため窒息の心配はない。

 

やり遂げたという表情で、額の汗を拭う仕草をするコウタロウ。

体は一般的な男子なのに、顔は本物と見まがうほどの彫刻となっている兄のギャップに、爆笑する夏海。一切抵抗しないのも拍車をかけて面白い。むしろどこか乗り気な感じさえあったレベル。

れんげは、コウタロウの神業もかくやという手さばきをずっと眺めていた。

 

「とか言いつつ、水着着ると中学生に見られないから嫌なんでしょー」

 

からかうような一穂の言葉。

がりっ、と豪快にキュウリがかじられた。

 

「そうですよ!!! …ぅ、せっかくそんなこと忘れて海満喫しようとしてたのに!!」

 

そのままリスもかくやというスピードでがりがりとキュウリをかじり続ける小鞠。

味もないのによく食べられるな……。

 

「あー……ごめんごめん。えー、こまちゃんって、今身長いくつだっけ?」

 

流石にコンプレックスという名の地雷を踏みぬいてしまった自覚はあるのか、何とかフォローすべく一穂が言葉を探す。

肝心な時に自分の先輩は役に立たないと、年甲斐もなく夏海たちとはしゃぐ彼をジトっと見た。まあコウタロウからしたら一切云われのないことではあるが。

 

キュウリをかじる手を止め、しょぼくれた様子で小鞠が告白する。

 

「140センチ無いくらいです……」

「でも周りに同い年がいないから分からないだけで、平均はそんなもんだよー」

 

嘘である

だがつとめて軽い様子で、手をひらひらさせて言う。こういうのはむしろ深刻な口調でない方がいいのだ。

 

「確か、14歳の平均は140センチくらいだったかなー」

「えっ、ほんとにっ!?」

 

嘯く一穂の言葉に、一転して明るい口調と表情で小鞠が訊ねる。

そのあまりの無邪気さに、逆にどもってしまう。

いや、もうここまで来たら貫き通すしかない。嘘が甘く優しいなら、真実は苦くて厳しいのだろう。知らぬ方がいい事実だってあるのだ。

 

「……やべえ、こりゃ口が裂けても明治時代のデータとは言えん」

「明治ッ!?」

「…あれ、言っちゃった?」

 

まあすぐににばれたが。

 

「私、明治の人よりちっさいの!? 140ってのもかなりサバ読んだのにっ!!」

 

案の定小鞠に肩を揺すられ詰め寄られる。

が、こまい彼女にそうされても、小動物が怒ってるような微笑ましさしか感じない。

肩を組んで落ち着かせる。

 

「まあ落ち着きなって。ほら、まだ中二だし、これからだよー。うん、すぐ大きくなるさ。……てか、サバ読んでたのかよ」

「うう……」

 

生徒の悩みをきちんと受け止め、優しい言葉をかけることができる彼女は、意外と教師に向いているのかもしれない。根っこは面倒見がよく優しい女性なのだ。

ちなみに、現在の14歳女子の平均身長は156・5センチ程度である。サバ読みを鑑みて20センチくらい差がある。果たして巻き返しは可能だろうか。

 

とそこに、

 

「すいませーん!」

「ん?」

 

向こうからこちらに駆けてくる影が一つ。

 

「水着着るの手間取って遅れちゃいましたっ」

 

手を振り現れたのは蛍だった。

髪はサイドで軽く束ね、青色のホルターネックビキニを身に纏い、パンツ部分には水着と同系統の薄水色のパレオをあしらう。普通小学五年生がビキニを着たりすれば、いわゆる「背伸び」感が拭えない所だが、蛍の発育(スタイル)の前に背伸びは窺えなかった。むしろ完全に着こなしていた。

どこがとは言わないが、今日来ている一行の女性の中でもトップのサイズを誇る。

 

「Oh……」

「ふにゃっ」

 

一穂はそんな小5()を認識すると、流れるような動作で腕の中の小鞠の目をふさいだ。

これは刺激が強すぎる。

 

「? 何してるんですか?」

 

そんな様子を見た蛍が、膝に手をやって身をかがめ不思議そうに聞いてくる。

十中八九無自覚だが、胸を寄せるポーズだ。小5にあるまじきバストが大きく谷間を作る。端的に言ってえっちである。

 

「い、いやあ、ちょっとしたゲームというか……。いないいない、ばぁ……」

 

そうして目隠しを外された小鞠が、現実(蛍)を直視してしまう。

 

「あぁぁぁぁ…ぁ………」

「……ね?」

「えっ?」

 

発育格差の前に崩れ落ちた小鞠と、いまいち状況がつかめない蛍の向こうからは、卓で遊んでいた二人が駆けて来た。コウタロウが後に続く。

そのうちの一人を見とがめると、一穂は鋭く指さして小鞠をなだめにかかる。

 

「のど乾いたー」

「じゅーすー」

「一穂ー、財布とっ……」

「見ろこまちゃん!! コウタロウの体を! 筋肉だよ筋肉!! 肉体美だよ!?」

「えっ何」

 

釣られて視線がコウタロウに集まる。

ボクサータイプの一般的な水着に、アロハシャツを着た、どこにでもいるような格好だ。

 

圧倒的質量の筋肉を除けば、だが。

 

フィジーカーのようなあくまでスリムな体に、大質量を閉じ込めたような彼の躰。近くにいると威圧感すら迸っているようだ。文字通り鋼の肉体である。

実際芸術的とすら言えるレベルであり、彼の人知を超えた身体能力を生み出す源がそこにはあった。先の写真を撮っていたものというのは、砂の城でなく彼の躰を狙ってのものである。

 

だが。

 

「そんなの見飽きたし……」

「あーうん。だよねぇ……」

「なんか知らんけど泣きそうなんだけど」

 

もう数年の付き合いになる彼女らにとっては、最初は驚きこそすれど、いまやコウタロウの躰は「当たり前」なのだ。新しい驚きはない。だって頼めば見せてくれるし触らせてくれる。

それは一穂も分かったようで、直ぐに話題を移し始める。が、絶望しきった小鞠の耳には入らない。

 

「ああ、そういえば飲み物だっけ……。飲み物なら、私買ってくるから……」

 

幽鬼の如くふらりと立ち上がる小鞠。

 

「い、いやすぐそこだし、ウチ行くよ?」

「いいんです、一人にしてください……」

 

そう掠れるような声音で呟くと、コウタロウが持っていた財布をもぎ取りふらふらと自販機の方へ歩いて行った。

 

「俺の金で買うのね……いやいいんだけどさ」

「ご、ごちになりまーす」

 

 

そして。

 

「……っ! …っ!!」

 

身近な異性の、超人的ともいえる肉体美に唐突にさらされた蛍が、赤面して鼻血を流し倒れたのは別のお話。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

数年前。あおいの下宿先。

 

「「かんぱーい!」」

 

各々が持つお酒の缶が触れ合い、様式美とばかりに喉を鳴らす音が続いた。

 

「っぷはー……」

「ふー……。そうそう、コウタロウくんも赴任先決まったんよね。結局どこになったの?」

 

大学も卒業を控えた年になり、互いに就職先の学校が決まったあおいとコウタロウは、二人きりでささやかなお祝いをしていた。他のメンバーはそれぞれ忙しくこれないとのことだ。

それならば仕方ない。各々の都合というものがあるのだ。仕方なく二人で自分の部屋でやろう。予定が決まった時、そうあおいはにっこり微笑んだ。

 

そんなあおいの疑問に、酒に強くない彼は、度数の低いチューハイを傾けながら歯切れが悪そうに答えた。

 

「どこ……うーん、どこなんだろう……。たぶん埼玉……?」

「なんやたぶんて」

「いや、旭丘分校って言う田舎の村の学校だって分かってるし、下見にも行ったんだけど、どこか分からないんだよな。確定していないっていうか、触れたらいけないっていうか……。なでしこの東京の方の家からあんまり離れてないってことは確かなんだけど」

「世にも奇妙な物語みたいな感じやな。あんま触れん方がいい?」

「ああ。たぶん世界の禁忌とかそんなん」

「なにそれ怖い」

 

そう言葉を濁す彼に眉根が寄るが、今度連れて行ってと頼んだら快くOKしてくれた。

来て欲しくないとかいう訳ではないようで、場所が分からないとは恐らく本当のことなのだろう。場所は分からないのに行くことは出来る。

……本当に禁忌なのだろうか?

 

「そうだ。場所って言えば、宮内って居ただろ? 一個下の」

「あーあのおっとりした感じの子。その子がどうかしたん?」

「俺の下宿先のアパートの隣人なんだけどさ」

「は?」

「いやここは怒るポイントじゃなくて……」

 

思わず低い声が出てしまった。

宮内一穂。二人でいた時に何度か声を掛けられたことがあったので記憶にあった。確か同じ教職も取っていたと思う。糸目でのんびりした雰囲気の、それでもどこか包容力のあるような、不思議な感じの後輩だ。彼の隣の部屋に住んでるのか……。もう四年一緒にいるのに知らなかった……。

 

「……で、その旭丘分校ってのは宮内の地元なんだと」

「は?」

「いやだから……」

 

それ、果たして偶然だろうか。

これが大規模な学校だったら、教師の数も多いし渋々納得できたかもしれない。でも、彼が赴任するのは分校だ。多くて数十人の生徒に対する教師の数は多くない。そんなところにわざわざ赴くというのも変だし、それがしかも隣に住む後輩の地元なんて……。

分からない。分からないが、宮内一穂の名前は覚えた。要注意人物として。

 

が、私が思い悩んでいる間にも、彼はペースを上げていたようで。

 

「あ、これうまいな。お酒と合う」

 

それはありがとう。また今度作って持って行ってあげるな。

 

「……あんま飲み過ぎたらあかんで」

 

お酒と一緒に色々のみ込んで、私が作った小料理を美味しそうに頬張る彼を、肘をついて見守る。

キャンプにはまって以来、料理を作るのは好きだし、こうして彼に食べてもらうのはもっと好きだ。いくらでも作ってあげたくなる。

 

「分かってるってー。なんか教師の数が足りないらしくてさー。住む場所も融通利かせてくれるって言うし、ラッキーって思って決めた。まあ想像の五倍くらい田舎だったけど」

「そんな適当に職場決めんといてよ……」

 

既にちょっと酔いが回っているらしく、普段のクールな表情は崩れ、火照った笑顔で衝撃的な事実を口にした。

思わずこめかみに手をやってしまう。

普段はしっかりしてるのに、こと自分のことになると途端にこうだ。

……本当に世話の焼ける人。

 

慣れた様子でリモコンをいじり、チャンネルを変更した番組を見ている彼の横顔を盗み見た。

 

出会ってもう何年になるだろう。

高校一年生の時に出会って、自分の気持ちに気付いて。

ちょこちょこアプローチをするものの、全く気付いてもらえず。いや気付いているのかもしれないが、全く態度は変わらなかった。私だけでなく、なでしこちゃん達への態度も、高校時代とさほど変化はない。

そして気付けば大学生活ももう終わりだ。

 

買って来たちょっと度数高めのサワーをあおる。

 

「あ、これ美味しい。コウタロウくん飲む?」

「おーじゃあ一口貰う」

 

ほらな。

普通ちょっとくらい意識してもええんやないの?

 

……鈍感でにぶちんなコウタロウくん(私の初恋の人)に、むうと頬が膨れる。

 

ねえ知ってる? 私、結構モテるんやで? 

告白だってよくされるし、連絡先を聞かれる事なんてざら。街中でナンパされることも、一度や二度じゃない。

 

でもね、一回も首を縦に振ったことは無いんよ?

 

だって、貴方が好きだから。本当に、どうしようもないくらい好きだから。

いつかなでしこちゃんも言っていたけど、私の初めてはぜんぶぜんぶ貴方にあげたいから。貴方の初めても、ぜんぶ私が欲しいから。

 

溢れる気持ちは止まらなくて。

 

「……好きやで」

 

思わず、ぽつりと出てしまった言葉。

言ってから慌てて口をふさぐが、もう遅い。

かあとお酒とは別に顔が熱を持っていくのが分かる。

 

彼がこちらを向いた。

 

……ど、どうしよう――

 

「え? ああ、俺もこの芸人好きなんだよな。わかるわかる、しっかり面白いし」

 

飛び出そうなくらいにドキドキと高鳴る心臓とは裏腹に、いつも通りの口調でテレビを指さす彼。一瞬何のことだか分からなくて、ぽかんとしてしまった。

 

……どうやら勘違いをしてくれたらしい。思わず安堵の息が漏れる。

 

「……ま、まあ私に言わせればまだまだやなー」

「どっちだよ。上げて落とすスタイルやめい」

「夫婦漫才師として旗揚げしてもええで? むしろそっちがいいかも」

「突然の進路変更! 就職先決まったばっかなのに!?」

「ふふふ」

 

まだ、もう少し。

こうして彼と笑いあう時間が愛おしくて。

 

少しずつでも、二人が近づいて行けるように。

まだ君のことは、独り占めできないから。

 

今夜は……おやすみ。

 

 

 










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幕間 10年後の彼は 夏②

本当は夏③まであるんですけどキリがいいので次回から本編に戻ろうかと思います。
それにしても映画効果凄いです。毎日新作映画やれ。












 

海の家の裏手の自動販売機前では、小鞠がコウタロウの金で人数分の飲み物を購入していた。人目もないため、ぶつくさ文句を言いながらジュースのボタンを押していく。

 

「はあ……。これだから海は嫌だったのに。街に繰り出した方が絶対よかったよ……」

 

自分たち子供の分は終え、大人二人はジュースよりは水やお茶の方がいいだろうと一番上の段に手を伸ばした。

 

「んーっ、んんーっ……」

 

が、届かない。

 

「ふんっ…! ふんっ……!」

 

背伸びでは届かないため、思いっきりジャンプして何とかボタンに指が届いた。ガコンガコンと、目当ての飲み物が取り出し口に落ちてくる。

しゃがんで買った飲み物を小脇に抱えながらぶう垂れる小鞠。

 

「この自販機無駄に土台高くない!?」

 

別にそんなことは無い。

 

「自販機まで私を馬鹿にしてるのか!」

 

自身の身長について少々過敏にならざるを得ない出来事があっただけに、いつにもまして荒んでいる。自販機にも一穂達にも、小鞠を馬鹿にする意図はない。

 

と、そんな彼女に近づく若い男二人。

 

「あ、ちょっとそこの君」

 

色黒で金髪の男と、後ろで目を光らせる眼鏡の男。

多少の警戒はしつつ、もしやナンパだろうかとどこかで膨らむちょっぴり嬉しい気持ち。

抱えたジュースで体を隠すようにして答える小鞠。

 

「……はい?」

 

男達が一歩距離を詰めた。

 

「ちょっと、いいかな?」

 

 

 

 

ビーチボールが天高く上がる。

 

砂浜を駆け素早く落下地点に回り込むと、夏海は両腕を構え、所謂オーバーの形でボールを弾いた。

 

「ほいっ」

 

ボールの先にはれんげ。

先に教えてもらった通りのやり方で、夏海と同じようにボールを返す。

 

「ふっ!」

 

そのまましばらくラリーは続いていく。

 

のを、パラソルの下で眺める一穂、蛍、コウタロウの三人。ちなみに卓は未だに顔だけ美少女彫刻のままだ。

 

「二人とも筋がいいな」

「夏海は運動神経いいの知ってたけど、れんちょんもなかなか上手だね」

「……」

「まあ教えることは教えたしな」

「そうだねえ」

「……えっと」

「ところでこのキュウリは味がないの何とかならんのか」

「まあ水分補給だと思って」

「……いや、あの」

 

キュウリやらトマトやらをむしゃむしゃしながら駄弁る教師二人。

そんなあくまで自然体な二人に、たまらず蛍が恐る恐るといった様子で口を開いた。

 

「どうしたの蛍?」

「あの、さっきの……いえ、そのぅ……」

 

頬を赤らめ隣に座る男性教師(半裸)をちらちらと見ながら、歯切れの悪い声で続ける。

 

「さっきの? …ああ、コウタロウがビーチボール破壊したこと?」

「……はい」

 

そう言えばそんなこともあったなと、のほほんと言った様子で思い出す一穂の言葉に、蛍が頷いた。

 

あれは、バレーボール経験者のコウタロウが体の動きなどを軽くレクチャーしていた時。

夏海たちに「アタックしてアタック!」と乞われ、生徒からの期待の眼差しにうきうきで砂浜を跳ね、綺麗な姿勢で弓の如く体を振り絞り利き手を振り下ろした瞬間の出来事である。

ごう、という風圧と共に張り詰めた巨大な風船が破裂するかのような、甲高くも籠るような響きを持った音が海辺に轟いたかと思うと、彼が打ったはずのボールは消滅していた。

何のことななく、コウタロウの剛腕が空気を切り裂きその衝撃は余すことなくボールに伝えられ、その強烈なインパクトに耐えきれなくなったボールがこの世からさよならバイバイしただけのことだ。後で普通に弁償した。

 

ちなみに学生時代助っ人で呼ばれたバレー部でも同じことをして出禁になった過去を持つ。

 

「……それについてはすまんかったと思ってる」

 

事が起こった時、周囲は一瞬ぽかんとしたものの、夏海をはじめ慣れている三人はまたかよーと呆れる程度であった。田舎の寛容さすごい。

一方そうはいかないのが、コウタロウ初心者の蛍である。周りが彼に「早くもう一個買って来いよー」と急かす中、何が起こったのが分からずぽかんとした表情のままだった。普通の人間は素振りでボールが破裂したりしないし、原付バイクの速度に合わせて浜名湖一周出来ないし、指パッチンで火を熾せないので当たり前の反応である。

 

「いえ……。コウタロウさんって、あの、凄いんですね。……色々」

 

理解しがたい現実を、無理矢理飲み込もうと蛍。

そう言えば少し前に先輩たちが言っていたなあ。「コウタロウは人間やめてるよねー」と……。

その時は何かの冗談かと思ったが、目の前の教師のちょっと常人とは思えない肉体だったり、先のボールの件だったりを見て、蛍はだんだん彼の異常性を理解しつつあった。

コウタロウ上級者の一穂が手をひらひらさせて言う。

 

「まーコウタロウはねえ……。そういう人なんだって飲み込むしかないよ」

「別にその、怖いとかそういう訳じゃないんですけど。なんというか常識の範囲外というか、一人だけ世界観が違うというか……」

 

バトル漫画でも難なく生き残れるポテンシャルを秘めているのが彼である。現代社会では全然役に立たない。

 

「ま、何もしなきゃこっちに危害を加えることも無いし、基本おおらかで優しいし面倒見良いし、無害無害。あ、でも逃げるときは背中見せちゃだめだよ? 襲ってくるから」

「俺は大型肉食獣か」

「でも狼ではあるじゃん」

「そうだけど」

 

うりうりーとコウタロウにじゃれつく一穂と、なすがままにされているコウタロウ。

 

猫の親子みたいだなあ。でも狼って何だろう? と、アダルティな内容は流石に分からない蛍の視線の端では、無事れんげのスパイクが見事夏海の顔面に突き刺さっていた。怒った夏海がれんげを追いかけ始める。

 

「あの、ところで、先輩遅くないですか……?」

 

蛍はそんな様子を見つめながらも、思い出したように周りをきょろきょろしながら、不安げな表情で口を開く。

 

「ふむ、そういやそうだね」

 

一穂が同意を見せれば、何事と追いかけっこをしていた夏海とれんげも近寄ってくる。

 

「えー、何してんのあのジュースは」

「一体全体俺の財布は何してんだ? お蔭で一穂に借金だぞ」

「自分の妹と生徒をジュースとか財布呼ばわりすんなよ……」

 

まあビーチボール代は確かに払ったけど、と一穂が真後ろ方向の海の家を振り返る。

すぐ目のつくところだが、小鞠の姿は見えない。

 

「確かに、もう三十分近く経ってるし、店も近くにあるし……」

「お、もしかしてナンパとかされてんのかな?」

「!?」

 

ナンパの文字に小鞠ガチ恋勢の蛍が変な声を漏らす。

 

「ナンパ? ないない。それは無いでしょ! まあ、誘拐とかならされそうだけど」

「……」

 

なーんてと夏海が冗談めかして笑う。確かに小鞠の体格では、(一般的な嗜好の者からは)ナンパはされないだろう。誘拐の方がしっくりくる。

が、その誘拐という単語に過剰に反応したものが一人。まあ飲み物をすぐそこに買いに行って三十分帰って来なかったら十分に誘拐を疑うべきだが。

 

「なーんt――」

「せ、先輩が…誘拐っ!?」

 

脳裏にその光景が浮かんだのか、蛍は涙目になって嘆き始める。

 

「じ、冗談だって……」

 

夏海がたしなめるが、もう遅い。

いくら体が成熟しているとはいえ(もう赤)、まだ彼女は小5。高ぶった感情のままに夏海に詰め寄る。

 

「でもっ、有り得なくはないじゃないですか! 先輩かわいいですし! ちっちゃいですし!! 持ち運びやすいですしっ!!」

「持ち運びっ!?」

 

小鞠の身長はサバを読んで140センチ無い程度と、およそ9歳女子と同じくらいである。ちなみに9歳女子の平均体重は約30キロ程度であることを鑑みて、彼女の体重もそう大差はないだろう。

平均男性のベンチプレスの1RM(Repetition Maximum:反復可能最大重量)が40キロだというから、コウタロウでなくとも割と余裕で持ち運びができそうである。

 

そういった実情的な情報だけでなく、彼女の内面的にも誘拐を可能にしうる心当たりがある夏海が、どこか青い顔で頬を掻き始める。

 

「あー…、あの姉ちゃんなら、アメ1つで誰にでもついていきそうだな……」

 

その場にいた全員が、アメを手渡す見知らぬ人に「アメ! くれるの!?」と目を輝かせてついていく小鞠を想像した。流石にそんなことはしないと思いたい。でもすごく簡単に想像できた。

 

容易に想像ができすぎるその光景に、いよいよもって小鞠誘拐説が現実味を帯びてきてしまった。耐え切れなくなった蛍がシャワーの様な涙を流し泣き始める。

 

「うわーん!! せん、せんぱいがゆうかいされちゃったぁ……!!」

 

そんな蛍の後ろでは、動揺した夏海がどうしようどうしようと頭を抱えて走り回っており。

蛍の横のれんげは漫画的表現の涙の流し方に関心の目を向けていた。

 

「ち、ちょっとみんな落ち着いて。冷静に考えよう」

 

混乱を極める状況下で、年長者の一穂が三人を嗜めた。流石は教師、冷静である。

取り合えず静かになった三人に、こほんと一つ咳払いをして話し始める。

 

「えー、まず、ね? 今回ウチは先生でなく、皆の友達として来てましてね? だから、こう、責任とか? そういうのは……ね?」

 

あからさまに保護者責任から逃れようとする自身の姉だったり教師だったりを見て、スン…と表情が抜けていく三人。

 

(あ、これ私たちが)

(しっかりしないと)

(もうだめかもしれないん)

 

「……ん? 三人って、コウタロウは? コウタロウはどこ行ったの!?」

 

そうだ、保護者は二人いたんだった。頼りにならないかず姉はほっといて、頼りになる方の先生は一体どこに行ったのだろう。

夏海のその言葉に、蛍も彼の姿を探し始める。

 

「ま、まさかコウタロウさんまで誘拐されたんじゃ……」

「「「それはない(のん)」」」

 

逆に誘拐犯を組織ごと壊滅させそうな人間である。彼を倒したかったら圧倒的質量の現代兵器を用意すべきだ。

 

「カタカナなら、ほたるんが泣き始めたくらいでこまちゃん探しに行ったのん」

 

常に彼を視界にとらえていたれんげが事もなげに言う。

れんげが慌てていないのも、彼を信頼してのことだろう。幼少期から面倒を見ていたこともあり、コウタロウへの信頼感は何気に駄菓子屋の楓に次いで高いのだ。なお姉。

 

「さ、流石コウタロウ……。頼りになりすぎる」

「ほんとですね……」

「な、なにさその目は」

 

事態を把握しすぐに行動に移した彼と、責任放棄を始めた彼女を見比べて、はあとため息をつく生徒たちなのだった。

 

 

 

とはいえ。

 

いくらコウタロウが頼りになるからと言って、それに甘んじているわけにはいかない。事実、まだ発見に至っていないのが現状である。

そんなわけで、荷物番になった一穂を除く三人は、小鞠を探して浜辺を駆けていた。

 

「せんぱーいっ!!」

 

「おーい!!」

「こまちゃーん!」

 

蛍は一人で、れんげと夏海は二人一組でそれぞれ浜辺の人の間を縫って探し始める。

 

「せんぱーい! どこですかーっ!!」

 

必死になって蛍は小鞠を呼び続ける。

 

「せんぱいっ!!」

 

それは例えポリゴミ箱の中。

 

「せんぱい!」

 

自販機の下。

 

「せんぱぁい…っ!! 居たら返事を……!」

 

自販機の取り出し口の中だろうと。

彼女は小鞠(のサイズ)を何だと思っているだろうか。

テンパるあまり奇天烈な探し方を始める蛍を、途中で合流したれんげは興味深そうに見ていた。

 

そして。

 

「蛍! れんちょん! どう!?」

「全然見つからないのん……」

 

海の家の前で落ち合った三人が、成果を報告しあう。が、芳しくない様子。

いくら探しても一向に見つかる気配のない自身の姉に、夏海は最悪な予想をしてしまう。

 

「まさか、もうどこかに連れていかれてるんじゃ……」

 

その結末は事実十分にありうるもので。

敬愛する先輩が犯罪に巻き込まれたかもというショックで、またも蛍の涙腺が崩壊しかける。

 

「うぅ…せんぱい……せんぱい……」

「わー蛍落ち着いて!!」

「大丈夫なのん、だってカタカナが――」

 

その時だった。

 

ピンポンパンポンという定番のメロディーが流れ、ビーチに音声が響く。

 

『迷子センターからのお知らせです。身長130センチ程度で、ロングの髪の毛、お名前、越谷小鞠ちゃんというお子様を――』

『お子様じゃないって言ってんじゃんっ!!!』

「「「……!」」」

 

キーンとハウリングを起こすその大声量は、まぎれもなく自分たちの姉で、友達で、先輩のものだった。

喜色を浮かべて顔を見合わせる三人。

 

『あ、やっぱいた。おーい小鞠、迎えに来たぞ』

 

と、放送のスイッチがそのままになっていたのか、続けてこれまたよく知る声。

誘拐の線も疑いつつ、迷子センターにいるだろうと当たりをつけ、そして無事正解していたコウタロウの声だ。

 

『コウタロウっ!! おそいおそいっ、来るのおそいよばかぁ……っ!!』

『おうっ……。ごめんごめん』

『ああよかった、小鞠ちゃんの保護者の方ですね?』

『はいそうです。……あの、こいつ本当に中学生ですよ』

『えっ』

 

 

 

 

「迷子じゃないのに迷子センター連れてかれた!! お母さんどこって言われた!! なんだこれ!!?」

 

コウタロウの背中でギャン泣きする小鞠。

不当に迷子扱いされたとはいえ、やはりどうしようもなく不安だったのは確かなようで、ひしとしがみついて離れない。

 

「無事でよかったです先輩……」

「よくないっ!」

「いやー大事にならなくてよかったねえ迷子ちゃん?」

「迷子じゃないって言ってんじゃん!!」

 

背中越しに食って掛かる小鞠。

そのさらに後ろでは、(流石に)放送を聞いて飛んできた一穂が迷子センターの係員に平謝りしていた。向こうも勘違いを謝罪し、無事一件落着である。

 

「さ、もういい時間だしそろそろ帰るか」

「そうなんなー」

「私も安心したからか、ちょっと疲れちゃいました」

「姉ちゃん、いい加減降りたら?」

「やだ。今日はずっとこのままでいるもん」

「そんなことしたらコータロが疲れ……ないか」

「まあ小鞠くらいだったらあと百人くらいは平気」

「イナバ物置か」

「やっぱりカタカナはすごいん」

 

なお、忘れられていた卓は帰る前に無事コウタロウに救出された。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

名古屋。とある出版社。

 

(あーまた企画通らなかった……)

 

先の企画会議のプレゼンが上手くいかなくて、のぼせるようにデスクの椅子に体をうずめた。今は部屋に私一人だし、誰かに見られる心配はない。

 

まだ編集部に異動になって日は浅いが、でもそんなこと言い訳にはならない。

とはいえ、自分で考えた企画が没になるというのは、なんだか自分自身まで否定されているようで正直メンタルにくる。結構つらい。

 

(うぼぁー……)

 

そのままずるずるとデスクに突っ伏した。

何となくスマホを開けば、待ち受けにはコウタロウとのツーショットが写る。

 

……あいつに何でもいいから何かの大会で優勝してもらって、その密着取材とか出来れば手っ取り早いんだろうなあ。格闘技の世界大会とか、世界陸上とか。とにかく数字を持ってるやつ。

 

そこまで考えて、しかしふるふると首を振る。

確かに、私が困ってるからと相談すれば彼は首を縦に振ってくれるだろう。けど、そんなんじゃだめだ。マッチポンプにもほどがあるし、何より私が私を許せない。

 

(……でも、会いたいな)

 

ここしばらく会っていない彼を思うと、どうしようもないくらい感情があふれてくる。

 

(会いたいよ、コウタロウ……)

 

……そうだ、取材と称してあいつの家まで行ってやろうかな。部屋余ってるって言ったし。

 

末期だなあと自分で自分に呆れながらも、それでも編集者としての自分は冷静に何がネタになるかを考えていた。何度か言ったことのあるあいつの住んでるところを思い描く。

そして。

 

(……なんもねえわ!)

 

少なくとも名古屋で需要になりそうなネタは、彼の住む田舎には見つからなかった。

一面自然だし、牛横断注意の標識とかあるし、時速50キロで走れば1時間後にきちんと50キロ先に着くし。地元の身延もなかなかに田舎だったと思うが、あそこほどではない。

 

(なんであんな辺鄙なとこに住んじゃうんだよ……。愛知で就職しろよ……)

 

画面の中の彼に悪態をつく。

もう何度同じことを言ったか分からないそれに、いつも彼は笑顔のままだ。まあ写真だし当たり前なんだけど。

 

「お? 誰それ志摩さんの彼氏?」

「っ!!?!?!!??」

 

後ろから唐突に声がした。

驚愕の余りスマホを放り投げてしまう。

 

「あッ――」

 

反射的に手を伸ばすがもう遅い。空に弧を描いた我がスマホは、何物にも遮られることなく地面に激突した。

 

恐る恐る拾い上げれば、バキバキに蜘蛛の巣が張っている。

その状態を認識し、しばし気まずい沈黙が下りた。

 

「……あの、何というか……ごめん」

 

後ろを振り返れば、ばつが悪そうに刈谷さんが謝っていた。心なしかもじゃもじゃ頭も縮んでみる。

 

「いえ、幸い電源はちゃんとつくので。それに、買い替えようと思ってましたし」

「お金は出すから……」

 

その言葉に嘘は無い。高校からずっと使っていたし、そろそろ新しいのにしなければと思っていたところだ。メジャーな機種じゃないし、だいぶ型落ちだし。

ただ、いろんな場所に行っていろんなものを撮ってきたこいつに思い入れが無いと言えばそれも噓になる。だってあいつも同じの使ってたから。

 

コウタロウだったらキャッチしてたのになあと。

なんでお前はここにいないんだと。

何でお前は……いてくれないんだと。

 

そう、割れた画面越しに悪態をついた。

 

 





リンちゃんの職場の先輩の刈谷氏が既婚者だとパンフレット見て知ってちょっとほっとしてしまった。映画鑑賞中は無いとは思いつつもオフィスラブの可能性にハラハラしてました。






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二十九話


映画見てみんなのイメージが大人で固定されちゃったのを原作とアニメを周回して高校生に戻したと思ったら「ゆるキャン△展」が大阪であると聞いて飛んで行ったらまた大人で固定されちゃって高校生に戻すために…というループにはまってたら遅くなりました。


10年後のなでしこ、コウタロウ、リン


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「テスト……おわったーーーっ!!」

 

期末テストも無事に終了し、野クルの皆で帰りの電車の中。

なでしこが大きく伸びをして解放感を全身で感じていた。

 

並んで座る他のメンバーも、学生生活における大きな山を越え、解放的な気分で微笑む。

 

「はー、あとは休みを待つばかりやぁ」 ←余裕

「テス勉でやったとこばっかでよかったなー」 ←余裕

「だねー」 ←それなり

「よゆうだったぜ!」 ←ギリギリ

 

若干一名不安を残す者がいるが、概ねテストの手ごたえは感じているようで、そのまま上機嫌で電車は進む。

 

そして。

 

「……あれ、二人とも降りなくてよかったの? 駅過ぎちゃったよ?」

 

いつも二人が降りる最寄り駅を過ぎたというのに、席を立つ様子のないあおいと千明に心配そうになでしこが訊ねた。

 

そんななでしこに、しかして他の三人はふっふっふと不敵に笑う。

がしりと隣のあおいが彼女の袖を掴んで言った。

 

「今からカリブーに行くで! なでしこちゃん!!」

「かりぶう……?」

 

 

 

 

身延駅。

 

駅前から富士川と平行に南北に延びる県道10号線は、歴史的な町並みを残しつつ観光地として栄えている。と思われがちだが、実は今のような和風のデザインになったのは1999年の区画整理の時である。が、対岸の身延中心部や久遠寺、南アルプスの登山客の最寄り駅として賑わっているのは間違いない。

しょうにん通りとも呼ばれるそこに、四人は降り立った。

 

「へえー、身延駅って降りたことなかったけど、こんな所だったんだねー」

 

物珍しそうに辺りをきょろきょろしながらなでしこ。

と、そのレトロな光景にどこか既視感を抱き、幼馴染を呼んだ。

 

「コウくんコウくん」

「ああ。新井の関所の通りに似てるよな」

「だよねっ」

 

テスト前の一件以来、ほんの少しだけいつもより距離がある幼馴染に、逃がさないと言うように一歩距離を詰めた。

一瞬ピクリとその表情が動くが、腕を絡めればため息交じりになすがままになった。勝利である。ぶい。

 

「……意識してんの俺だけかよ」

 

隣でぼそりと何か言うが、つとめて聞こえないふりをして。

こちらをじっと見つめていたあおいに向き直った。

 

「あおいちゃん、ここにカリブーってお店があるの?」

「せやで。商店街の端っこの方やけどなー」

「何のお店なの?」

「それは」

「着いてからの」

「お楽しみだぞなでしこ!」

 

既に下見で一度訪れている三人の息の合ったコンビネーションが決まった。

下見どころかコウタロウは一度そこでリンと買い物に来ており、スタンプカードまである。

 

ならば着くのを待とうとなでしこが視線を街並みにシフトすれば、『ほうとう』の文字ののぼりが。

ぱっと組んでいた手を放し、一目散にのぼりのお店まで駆けていく。

 

「これ知ってる! 野菜がたくさん入ったみそ煮うどん!!」

 

そして次に目に入ったのは、

 

「『みのぶまんじゅう』だって!! もしかして身延の名物かな!?」

 

興奮冷めやらぬと言った様子で報告してくる様は、非常に微笑ましい。

コウタロウは少し向こうを指さした。

 

「なでしこあれ見てみ」

「あ、犬だーーー!!」

 

目につく珍しいものすべてに駆けて行くなでしこ犬を見ていた三人は、それぞれ感想を漏らした。

 

「お前もな」

「元気な犬やなぁ」

「……」

「無言で写真撮るのやめーや」

「……」

「無言で撮ったなでしこちゃん送りつけてくるんやめ」

 

その後ひとしきりイッヌと戯れ、しょうにん通り商店街を北上してしばし。

自然な流れでコウタロウの隣に移動していたあおいが、ある建物を指さし後ろのなでしこに振り返る。

 

「着いたで! ここやここ」

 

アウトドア用品店独特の広めの敷地に、プレハブ調の建物の屋根には『OUTDOOR SPOT Caribou』の文字が映える。

それを見て目を見開いたなでしこが一歩躍り出た。

 

「カリブーってアウトドアのお店だったんだ!!」

「なでしこちゃん、アウトドア用品店来たことなかったやろ?」

「うん!」

「だからテスト明けに行こうって三人で話しとったんよ」

 

友人たちの思わぬサプライズに頬が緩むなでしこ。

 

「なんたってコウタロウはここのヘビーユーザーだからな!」

「そ、そうなのコウくん!?」

「初耳初耳」

 

千明がシュバッとコウタロウの隣に回り込むと、スタイリッシュに彼が財布からスタンプカードを取り出した。デュエリストの如くドローして指に挟む。

 

「ふっ、こういうことさ」

 

そのまま神のカードもかくやと言わんばかりに掲げて見せる。オシリスが来るぞ!!

 

「おおっ!!」

「そ、それはカリブーのスタンプカード……!」

 

なでしこが目を輝かせる横で、ん? と眉を寄せたあおいがそのカードを凝視する。

 

「ってスタンプ一個しか溜まってへんやん。どこがヘビーユーザーやねん」

 

まあ一回しか買い物行ってないしテントも無かったからほぼ何も買ってないので、当然である。

ジト目でメガネ二人を見れば、向こうも二人顔を見合わせた後何食わぬ顔で言った。

 

「あちゃー」

「ばれたかー」

「何やこの二人……」

「いやー、初アウトドア用品店に臨むなでしこを少しでもリラックスさせてやろうとな」

「リラックスて。そんな都会のブティックに入るでもないのに大袈裟な……」

 

呆れ顔であおいがツッコミを入れるのをよそに、ずいっと千明がなでしこに顔を寄せる。

 

「いいかなでしこ! 店内には高額商品が待ち構えている。ヤバいと思ったら速やかに外の空気を吸うんだぞ」

「わ、わかった」

 

何を言っているのかよく分からないが、その雰囲気に気圧されてなでしこが返事をする。

更にずいっと距離を詰める千明。その後ろにはコウタロウ。

 

「ここから先は危険だ。ちゃんとセーブしたか? HPMPは満タンか?」

「武器は装備しないと意味ないぞ。道具は持ち物にいれないと戦闘中使えないからな?」 

「せ、せーぶ……? どうぐ……?」

「さっさと入らんか」

 

茶番はさておき、早速店内に入る一行。

 

高い天井と、広い空間には所せましと商品が並び、一見雑多な印象を受ける。が、空間には余裕があり、手狭さは感じない。むしろ品数が多いことにより、いつ来てもまだ見ぬ品物を発見できるかもというワクワクに満ちた空間が広がっていた。

入ってすぐの店頭には季節にそった注目商品が並び、客を出迎える。

 

そんな中、一際目を惹くのは。

 

「あ、カリブーくんだ」

 

目の前には、大人の背丈を優に超える大きさの二足歩行のトナカイの人形。通称カリブーくんがいた。カリブーブランドの赤いアウターを装備している。

 

会うのは二度目のコウタロウが真っ先に抱き着きにかかるのを、カリブーくん初対面の三人が若干引いた目で見つめる。

 

「コウくん……」

「コウタロウくん……」

「高校生にもなってそれは無いぞコウタロウ……」

 

信じていたなでしこにまで裏切られちょっとショックを受けるコウタロウ。ちなみにリンにも同じような反応をされた。

が、負けじと言い返す。姿勢は変わらず抱き着いたままである。

 

「何を言う。ここに来たらまずカリブーくんに挨拶(肉体言語)するのがマナーなんだぞ」

「んなわけあるかい。騙されたらあかんでなでしこちゃん」

「コウくん……?」

「ヘビーユーザー、ウソ、ツカナイ」

「スタンプすかすかやった人がよく言うわ」

 

ほら行くよと、そのままずるずるとコウタロウはあおいに引きずられ店内に入っていく。なでしこも店内に目を輝かせながら二人に続く。

 

「……」

 

のを、見送るものが一人。

 

「行ったか……」

 

三人が店の奥に入ったのを確認し、周囲に誰もいないことを再三確認すると。

 

「カリブーくん……!!」

 

もふもふの手触りににんまりとする千明だった。

 

 

 

 

「でっけえテントだな……」

 

各々見たいところに散って行ってしばし。

なでしこが小物のキャンプギアのコーナー、犬山達がアウトドアファッションの辺りにいるのを見つつ、あちこちぶらつきながら俺は奥の展示スペースに来ていた。

 

テントやイスなど、実際に大きさや使用感などを確認できるそこで、俺はそのうちのひときわ大きなファミリー用テントを前に、しかしその思考はまとまらず。考えるのは幼馴染のことばかりだ。

 

「入ってみるか」

 

思い出すのは数日前のあの一件。それこそ小さい頃は拙い愛情表現の一環としてハグとかキスとかしていた覚えがあるが、今は互いに高校生である。幼いころとは違う、今になってすることの意味くらいは理解しているつもりだ。

 

なでしこが俺に向ける感情がただの親愛とは違うことも、流石に分かっている。

その気持ちが迷惑だとか嫌だとかは思わない。俺だって彼女に思い入れはあるし、転校先で再会したときは、もしかして運命かな? とか思ったりするくらいには普通の男の子的思考をしている。

 

しかし、高校生にもなって初恋を引き摺っているような俺が、果たして彼女の気持ちに応えられるのだろうか。その資格はあるのだろうか……。そもそも、俺が彼女を恋愛的な意味で好きかというtえなにこれめっちゃ快適やん。

 

「うそ、なにこれ。テント? 本当にテントなのこれ? めっちゃふかふかじゃん。床の硬さゼロじゃん。実家のごとき安心感じゃん」

 

そのあまりの快適さに、珍しくシリアス入っていた俺の思考をよそにごろりと寝転がってみる。

 

「なに…これ……。やだ、これ……。なんか……温いよ……?」

 

駄目だもうこれ俺ここに住むわ。

ここをキャンプ地とする。よし、ブランケット取って来よう。

 

 

なんて。

流石に嘘だ。店の商品でそんなことはしない。

まあ、そうやって誤魔化しちゃう程度には俺も意識してしまってるということだ。しかも当の本人はめっちゃケロッとしてるし! 全然意識してるように見えないし! 俺ってばめちゃくちゃ揺さぶりかけられてる。

 

一応テントからは出て、すぐ隣のロッキングチェアに腰かけてみる。

うお、何だこの座り心地。ここが全て遠き理想郷か……。

 

辺りをきょろきょろして、こちらを認めると抱える程服をもって向かってくる犬山をぼうっと見ながら考えた。

これ……考えても仕方なくね?

何か向こうも全然変わらないし、そもそも俺の気持ちの整理もできてないし、今まで通りでいいな。うん。ヨシ!(現場猫)

 

日本人としての圧倒的事なかれ主義がそう囁いた。

後回しという名の問題解決ができたため、思考はすっきりとクリアだ。うん、今なら何を言われても全力で遂行できるぞ。全力でお兄ちゃんだって遂行できる。

 

そして、男物のコーディネートと思われる服を手に抱えた犬山が到着した。

 

「いたいた。コウタロウくん、ちょっとこれ着てみいひん?」

「着る着る、全力で試着を遂行する」

「全然意味は分からんけどノリええとこ好きよ。ほなこっち来て!」

 

そう言って手を引かれ彼女についていく。

 

買う買わないは置いておいて、俺のファッションセンスは終わっているため、センスのいい犬山コーデは是非とも参考にしたいところだ。むしろありがたい。

 

と、軽く考えて俺は試着室まで行くのだった。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

東京某居酒屋にて。

 

「「かんぱーい!」」

 

カンとジョッキが触れ合う音がして、ビールの泡が揺れる。

そのままの流れるような動きで彼女はごくごくと喉を動かし、やがてジョッキが空になった。酒精のこもる息が漏れる。

 

「まだつまみもないのによくやるなあ」

 

テーブル席の対面に座る昔馴染み、大垣千明に呆れた目を向けた。

酒は嫌いじゃないが、俺は下戸だ。とてもじゃないが一気飲みは出来ない。普通の人間の身体能力は逸脱している自覚はあるが、どうやら神様は肝臓だけは普通並みの強さを与えてくれたようだ。

 

「んにゃあ、この一杯のために生きてるズラ!」

 

纏う雰囲気はすっかり大人になったが、やっぱり千明は千明のまま。

自分の分のお通しが無くなったのを見て、俺の小鉢に手が伸びる彼女を見てそう思った。

 

「にしても、お前が東京のこっちの方に来るなんて珍しいじゃん。なに、あたしに会いに来たの?」

 

いたずらな笑みを浮かべ、俺のお通しをぱくつきながらそう聞いてくる。

こいつの盗人具合にはもう慣れたのでもはや何も言わない。

 

「まあそうだな」

「えっ」

 

目を見開いたきょとん顔で固まる千明。

ぽろりと酢の物がこぼれる…のをキャッチできた。ちょっと行儀が悪いが床に落ちるよりはましだろう。

 

「だってお前、なんか仕事辞めるみたいなこと言ってたじゃん。話でも聞いたろと思ってな」

「そんなんでわざわざ……」

 

昨日電話口で、しかも向こうは酔っぱらってったぽいから覚えてないかもだが。

いくらキャリアアップの時代とは言え、今いる職場環境をバッサリと変える決断や覚悟、そして不安というのは生半可なものではないだろう。

友人としては、何かあったら頼って欲しいというのが本音である。まあもうあおいとかに相談してたら無駄足もいいとこだけど。

 

ふと前を見れば、アルコールのせいか火照った頬で千明がこちらを見つめていた。

あの千明が、ありもしない熱に浮かされたような、そんな表情をするなんて。

 

「……まあ、東京に出た教え子がちゃんとやってるかの確認のついでにな」

 

何だかその視線に耐えかねて、ふいと目線をずらしてそう嘯いてしまった。

すまんひかげ。明日何かおごる。

 

「な、なんだついでかよー! びっくりしたじゃねえかよもー!!」

 

一転していつもの調子に戻ると、席を飛び越えて俺をシメにかかる。

が、普通に返り討ちにあって大人しく席に戻った。

 

「ちぇー、乙女の純情を弄びやがって」

「はいはいすまんすまん。……そんで、もう大丈夫なのか?」

 

頼んだ品が運ばれてくるのを横目に訊ねる。

千明は二杯目のビールを軽くあおると、屈託なく笑った。

 

「ああ、大丈夫だよコウタロウ。もう踏ん切りはついてんだ。再就職先も決まってる」

「そっか」

「うん。ありがとな、心配してくれて」

「まあ友達だからな」

「ああ、そうだな! ……いよーし、今日はコウタロウの奢りじゃー! 飲むぞー!!」

 

……どうやら心配は無用だったようだ。

勢いよくオーダーを始める千明を眺めつつ、ホテルに財布を忘れてきたことをいつ言うべきか悩む俺だった。

 

 

 

 

「そういや千明お前髪型変えた?」

「ん? ああ変えた変えた。だってお前すきだろ? こういうの」

「うん好き」

「ならよし」

「「がはははは」」

 

以上酔っ払いの会話。

 

 





主人公「なでしこの気持ちには気づいている(キリッ)」

なお気付くまでに10数年の月日がかかる模様。




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三十話

7月の24日に投稿して布団に入って、目が覚めたら8月17日だったので実質連日投稿です






 

「お、来た来た」

 

あおいに手を引かれ試着室までやって来たコウタロウを千明が出迎えた。

その装いは来た時の物とは異なっており、制服の上に白黒の格子模様のポンチョを羽織り、頭には北欧の民族帽子(ロシアンハットだとかパイロットキャップ、シベリアンハットなど呼び方はいろいろある)を装備している。非常に耐寒性に優れていそうな服装だ。

 

「何だ大垣か。びっくりした、イヌイット的な原住民の方かと思った」

「お前それこの帽子だけ見て言ってるだろ」

 

如何にもびっくりした、というリアクションを取るコウタロウに、千明が北欧の原住民が被っていそうな帽子の耳当てをパタパタさせながらそう返した。

暖房の聞いた店内で冬装備は暑かったらしく、ふうと一息ついて帽子を外す。

 

「ああ、帽子外したらしっかり大垣だわ」

「何を着てもあたしはしっかり大垣千明だよ」

「いや、道でその格好のお前とすれ違っても分かる自信ない。絶対原住民的な人だと思うわ。お前はオデコというアイデンティティが消えたらただの美少女だっていう自覚持て」

「言ったなこのやろう」

 

そう言いつつ、千明は外した帽子をまた被る。目深い帽子によりアイデンティティが消え、ただの美少女が現れた(元から)

すると、予定調和と言わんばかりにコウタロウが騒ぎだした。

 

「あれ、大垣はどこ行った!? あ、すいませんカリブーの原住民の方、この辺にツインテオデコメガネが居ませんでしたか? なんか急にいなくなって」

 

帽子を外す。

 

「あ、大垣! ここにいたのか、心配したぞ。さっきまでカリブーの原住民の方がいたんだけどな…、あれ、その人はどこ行ったんだ?」

 

帽子を被る。

 

「大垣が消えた!! あ、原住民の方! 今までどこに……――」

「もうええわ!!」

「痛い」

 

あおいのツッコミにより永遠に続きそうな茶番が終わった。

 

「消えたり現れたり、その帽子はひみつ道具か! ひみつ道具の石ころ帽子か! 魔界大冒険で出てたやつ! って微妙に性能ちゃうわ!! …あきも悪乗りしない!」

「「ごめんなさい」」

 

指を立ててプンプン怒るあおいに、しゅんと項垂れつつ二人は、ツッコミの切れが凄いな…とひそかに感心していた。ドラえもん好きなんかな。

 

 

 

 

「コウタロウくん、開けるでー」

「おー」

 

ドラえもん好きのあおいセレクトのコーディネートを数着試し、そして値段に驚愕(アウトドア用品店のものは何でも高い。でも時給は安い)し、残すところ最後の一着。

カーテンの向こうではコウタロウの制服を手に抱えたあおいと千明、そして騒ぎ(?)を聞きつけたなでしこが少し前から彼のファッションショーを待っていた。

 

そして、言葉通りあおいによってカーテンが開けられる。

 

「「「おー」」」

「……いやそんな出待ちみたいな感じで居られると恥ずかしいわ」

 

身延ボーイズコレクション。トリを飾ったのは守矢コウタロウ氏と、ネイティブ柄のオーバーカーディガン。まあハナからトリまでずっと彼一人だが。

その生地は薄手で、前にはボタンが二つだけついており、アウトドア用としては耐寒性が少し心もとない。両用とはいかず、これは普段着としての一品である。

実際Tシャツ一枚にこれを羽織るだけでいいので、普段のファッションがぞんざいなコウタロウにはありがたいものである。でも流石に「富士山スキーTシャツ」と合わせるのはNG。

 

「うんうん、ワイシャツの上から着ても結構ええな。下は制服だからあれやけど」

「襟があってもこれなら似合いそうだね!」

「Tシャツの上に着るだけでオシャレになるとか最強かよ。値段も前のと比べると手ごろだし、買っちゃおうかな」

「ほんと? なら私も買おうかなぁ……今はお金ないけど」

「なでしこちゃんはもっと似合うのあるよー」

 

きゃいきゃいと女子二人の批評が始まる中、何やらそのカーディガンをじっと見ていた千明。目があおいの手に抱えられた服とを交互に行き来する。

 

(さっきイヌ子が着てたやつって、あれのレディースモデルだよな……)

 

きっとこっそりお揃いとして買うんだろうなあと、最近親友の気持ちを察し始めた千明は、さりげなくなでしこをブロックするあおいを生暖かい目で見るのだった。

 

 

その後は四人で店内を見て回り、天井に吊るされたカヤックを見たり、登山用の本格的なリュックの大きさに驚いたりして、店内奥の展示スペースまでやって来ていた。

 

「おっきなテントだねー」

「ファミリー用のええやつやなぁ」

 

視線は自然とひときわ大きなテントに向く。先ほどコウタロウがその快適さを体感したものだ。勝手知ったる彼は、一人吸い込まれるように再びテントの中に入っていく。

 

「非常に快適だ。例えるならそうだな、何というかまるでこう、母のお腹の中にいるような……」

「じゃま」

「いたい」

 

げしりと千明によってコウタロウが端に転がされた。

千明は空いたスペースに寝転ぶと、何度か寝返りを打ってその快適さを確かめて満足げに頷く。

 

「うん、これはいい。レビュー星5つ間違いなし」

「寝てたら急に蹴飛ばされた件について。これはレビュー荒れるぞ、星1待ったなし」

「ふむ。二人で寝ても全然余裕があるな」

「聞けよ」

 

胡乱げな目線を向けるコウタロウは華麗にスルーして、千明がテントの説明書きを読み始める。

 

「ふーん、6人用かー。……そだ、イヌ子となでしこも入って来いよ」

 

前室部分のロッキングチェアの座り心地を確かめていた二人に声を掛ければ、目に興味を浮かべテントに入ってくる。

 

「わ、こんな大きいテントはいるの私初めてだよ」

「確かに、そんな快適ならちょっと確かめてみたいわ」

 

最大使用可能人数6人ならば、快適に使用できる人数は4人ぐらいだろう。

ちょうどその人数で川の字になって寝てみる。

 

「4人で寝てもまだ結構スペースあるね」

「100人乗っても大丈夫だな」

「いや上に乗るなら一人でもアウトや」

「中だとしても100人は無理だし」

「うわーんなでしこ二人のツッコミが心なしか冷たい!」

「えへへ、よしよし」

 

幼馴染に泣きつく同級生を白い目で見つつ、一行はテントから這い出てくる。

当てもなくぶらつく道中で、隣同士になったあおいがコウタロウに口を寄せて何事か囁いた。

 

「同い年の女の子に縋りつくのはちょっと無いでコウタロウくん」

「うっ……正直自覚はしてた。でもなでしこ相手だから安心するっていうか」

「……あんまりせんほうがいいよ、もう高校生やし」

「正論過ぎて辛い……。あんたそこに愛はあるんか?」

「何言うとるん、愛しかないわ」

 

と、先頭を歩く千明となでしこがある一角で立ち止まった。つられて二人も立ち止まる。

 

「あ、そうだマットだ」

「マット?」

「ああ寝袋マット。次のキャンプまでに何とかしなきゃだよな」

 

寝袋やマット類などのキャンプ寝具が立ち並ぶこのコーナー。

物珍し気にマットを眺めるなでしこが、そのうちの1つを指さして訊ねる。

 

「卵のパックみたいな表面してるねこれ」

「雑誌でよく紹介されとるやつやな」

「生卵乗っけて踏んでも割れてませんってやつか」

「卵パックみたいって思ったけど、ホントに卵乗っけてたんだ……」

 

ちなみに、マットは大まかに分けるとフォームタイプ、エアタイプ、インフレータブルタイプの三つがある。それぞれフォームタイプはウレタンで出来た折り畳み式で、エアタイプは空気で膨らませるもの、インフレータブルタイプは中にスポンジも入っているエアマットだ。

 

インフレータブルはコンパクトかつ寝心地もいいが、空気を入れなければいけない分パンクすると使えない。フォームタイプは寝心地はいいが結構かさばるためツーリングキャンプには向かないかもしれない。どれも一長一短だが、共通するのはどれも買うと高い。

 

「……そんなわけで、結局うちらは600円の銀マットしか買えへんのやけどな」

「見慣れたバッドエンドだ」

「まあ銀マットでも切ればそこそこコンパクトにはなるけどな」

「最悪コウタロウに全部持ってもらえばいいしな」

「人を便利屋扱いするのやめろ。持つけど」

「持つんかい」

 

三人が立ち並ぶ値札の値段を前に肩を落とす中、振り返ったなでしこが疑問を口にした。

 

「でも、マットってそんなに必要かな? 寝袋だけでもフカフカで寝心地いいよ?」

「地面からの冷気を防ぐ効果もあるんだよ。これから気温はどんどん下がるし、冬キャンでマットは必需品だぞ」

「せやなあ、イーストウッドの時は底冷えして途中で起きてもうたし……」

「だよなー」

 

数週間前の出来事を思い出し、苦笑いを浮かべるあおいと千明。

そんな二人の反応に、目をぱちくりさせるなでしことコウタロウ。

首を傾げつつ顔を見合わせる。

 

「そんな寒かったっけ?」

「んー、私はぐっすり寝れたけど……」

「さ、流石魔境静岡の民だな」

「コウタロウくんはまだしも、なでしこちゃんもほんま強い子やで……」

 

 

 

 

「ただいまー」

「あ、おかえりなさーい」

「今日バイトだからまた出かけるね……って、何食べてるの?」

 

リンが帰宅して、何気なくリビングの母の方を見ると、何やら見慣れない菓子をぱくついているのが目に入った。

訊ねれば、ばれたか、という顔で母の咲が苦笑いを浮かべつつ手元のパッケージをこちらに見せてくる。

 

「うなぎパイ……? どうしたのこれ」

「あのね、お昼に守矢さんが差し入れてくれたの。息子がお世話になりましたって。ほんとに律儀でいい人よねぇ」

「こないだの四尾連湖の時の話?」

「そうそう、なでしこちゃんとコウタロウ君とキャンプしたんでしょう?」

 

なでしこと初めて会った時もうなぎパイをくれたこともあって、うちの家族は各務原家だけでなく守矢家とも面識がある。母親同士仲は良好のようで、たまに三人で出かけることもある。

というかうなぎパイくれすぎ。前回といい守矢家はうなぎパイを常備しているのだろうか。やっぱ浜松民はうなぎパイが無いと生きていけないのかな……? 前に浜松人の体は60パーセントが水分で残り40パーセントはうなぎパイで出来てるって言ってたし。

 

このペースで消費されていくとお父さんの分は残らないなと、夜に帰宅してくるであろう父親を憐れみつつ、私は個装のうなぎパイを一つ開けた。

私の分のお茶を入れに行くお母さんを見ていると、携帯に着信が入る。

 

(なでしこか)

 

『かりぶーなう!』

【写真】

 

アウトドア用品が立ち並ぶ店内をバックに自撮りするなでしこと、腕を組まされジト目で映り込む守矢の写真が添付されていた。

 

(かりぶー……あ、この間守矢と行った用品店)

 

相変わらず仲がいい様子にちょっとむっとしてしまうが、それでもそこに初めてあいつと一緒に行ったのは私だし、まあ引き分けみたいなものだろう。ぜんぜんくやしくない。

それより、ひと月に三回キャンプして今日は用品店にいるというなでしこ。一気にアウトドアにはまったなあと、たぶんそのきっかけを与えてしまっただけに、何だか嬉しい気持ちがある。

 

「テスト終わったし、キャンプ誘ってみようかな……」

「あら、もしかしてコウタロウ君を誘うの? リンったら大胆ねえ」

「!!?!?」

 

いつの間にか写真を覗き込んでいたお母さんが、からかうような視線を向けてくる。

驚愕の余り取り落としそうになるスマホを何とかキャッチして、慌てて画面を消した。

 

「ち、ちが……っ!! 誘おうとしたのはなでしこで……!!」

「へぇー? ふぅーん?」

 

ぜ、絶対信じてない……。

面白いものを見たと言うように、によによと微笑む母の視線に耐えかねて、私は着替えてくるとだけ言い残して逃げるように自室に戻った。

 

感情のままにどすどすと廊下を踏み鳴らしつつも、先の言葉を反芻する。

私が誘おうと脳裏に描いていたのは、本当はどっちだったのだろうか……?

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

ここは旭岡分校。

夏休みが終わって、二学期最初の登校日。

 

「すいません寝坊しました! …でもウチが悪いんじゃないんです! 起こしてくれなかった姉ちゃんが悪いんです!」

 

どたどたと廊下を走る音と、がらがらと教室の引き戸が勢いよく開かれ、慌てた様子の夏海が登校してきた。二の句には責任逃れを始める辺り、中々肝が大きい。

 

「……って、あれ?」

 

と、自身以外の生徒は全員揃っている教室を見渡して気付く。

 

「先生は?」

「今日は遅刻してるみたいです……」

 

蛍がそう返す。まあ今日はというか今日もというのが正しい。

 

「……ねえねえは布団の中であと五分だけを一時間以上繰り返していたので放っておきました」

「なんだそりゃ」

 

朝早くから両親が畑に出てしまうため、基本的に一穂を起こすのはれんげの仕事だ。

が、流石にれんげにも我慢の限界というものがある。というかこのままでは自分が遅刻しそうだったので置いてきた。

 

「あーそりゃ起きない先生が悪いよ。しゃーない先生だねえ」

 

特大のブーメランが刺さっているのに気づかないまま、夏海はふうと自身の席に腰を下ろす。そしてジト目を向ける姉に気付いた。

 

「あ、ねえさんチッス!」

「なんかむかつくな!!」

 

 

 

 

一穂が来ないので、仕方なく粘土遊びに興じる四人。

こねて柔らかくしながら、夏海が口を開いた。

 

「そういえばさ、コータロは今日どうしたの?」

 

今日も遅刻している一穂とは違い、一般的な社会人としての常識ある彼がここにいないというのは妙である。

 

「私も知らないんだよね。珍しいけど遅刻かなって思ってた。蛍は何か知ってる?」

「いえ……でも言われてみれば今までこんなことなかったですし、ちょっと心配ですね」

「遅刻をしてもまたかってスルーされるかず姉と、遅刻すると心配されるコータロ……」

「……一体どこで差がついたんだろうね」

 

どうやら三人は知らない様子。

となれば、自ずと視線はれんげに集まる。先生二人の片割れの家族という事もあるし、何か聞いているかもしれない。

れんげが口を開いた。

 

「カタカナなら、金曜日の夜に女の人と出かけたっきり帰って来てないのん」

「――な!?」

「えっ」

「はぁっ!?」

 

その衝撃的な発言に、夏海、蛍、小鞠がそれぞれ驚愕の声を漏らした。

ガタリと席を立った夏海がれんげの肩を揺さぶる。

 

「ちょっとれんちょん! それどういうことよ!? 女の人って誰? ウチの知ってる人!?」

「なっつん落ち着いてほしいん」

「これが落ち着いていられますか! コータロと結婚して一生養ってもらうというウチの将来計画が台無しになるかもしれない危機なんだよ!?」

「あんたそんなこと考えてたの……」

 

うぎゃーと吠える夏海に冷ややかな視線を向ける小鞠。

そんなことあるわけないだろとツッコミを入れつつ、しかしこんな田舎で彼以上の優良物件が存在しないことを鑑みるに、もしかして現実的に一番スマートな将来設計なのではと思ってしまう。

自分も彼のことは好きだし、むしろ割とアリではないだろうか……。

 

「コウタロウさんに女の人…………」

「蛍? どうしたの、顔真っ青だよ?」

「あっ、いえ何でもないです! それよりれんちゃん、その人ってどんな人か分かる?」

「いつもカタカナん家に来る都会の女なのん」

「と、都会の女……」

「あ、もしかしてほぼ毎週コウタロウの家に停まってる昭島ナンバーの車の人?」

 

都会の女というワードに心当たりがあったのか、小鞠が閃いたという顔でれんげに訊ねる。

23区外なのでぱっと見はよく分からない(失礼)が、昭島市は東京都にある都市である。かろうじて都会と言えなくもないかもしれない(失礼)

 

「その人ですん。ついでに言えば、キャンプ場造ってるから今日はゆーきゅうを取るってねえねえに言ってたのを聞きました」

 

ふんすとそう大事なことを後出ししてくるれんげに、他三人の肩が下がる。

 

「まってまってもうなんか情報が出過ぎてよく分かんなくなってきたんだけど」

「だよね……。東京の女の人と出かけただけじゃなくて、その上キャンプ場造ってるって言うのがもう意味わかんないし」

「ホント何なのあの人……」

「あ、あはは……。やっぱりすごいですね、色々と……」

 

取り合えず帰ってきたら東京の女について根掘り葉掘り聞いてやろうと決めた三人だった。

 

 



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三十一話

最近へやキャンの割合多い…多くない?
今回全体の半分くらいだよ。怠慢ですねコレは





「「「はぁ~~~」」」

「……」

 

ハイチェアタイプのアウトドアチェアに座る女子三人から至福の声が漏れる。

 

「やっぱキャンプイスいいよなぁー」

「せやなー」

「……」

「座るていうより埋まるて感じがええよなぁ」

「快適過ぎだよねー」

「……」

 

座面にゆとりがあるため、感覚としては本当に「埋まる」という方が近い。一度座ったら抜け出せなくなる、悪魔の刺客である。三人娘のお尻には根が張っており、もう簡単には立ち上がれない。

だがしかし、そんな女子たちに憮然とした視線を送るものが一人。

 

「……俺、座れてないんですけど」

「「「あー……」」」

「あーじゃないが」

 

イスに埋まってアウトドアテーブルを囲む女子勢を立ったまま見つめるコウタロウ。姿勢よく傍で直立する様は瀟洒な従者にも見えるが、その表情は眉根にしわが寄っている。

 

「そんなこと言ってもここにあるのは三つだけやし」

「悪いなコウタロウ、このイス三人用なんだ」

「その辺のちっちゃいイスとか持ってきたらええやん。私の隣空いてるよ」

「ふ、あたしらはちっちゃいイスに座るお前をこのハイチェアから見下ろしてるけどな!」

 

どこぞのお坊ちゃまの如くその座り心地を見せつけながら煽っていくスタイルの千明。中々いい性格をしている。あおいは単純に一人だけ座れない境遇に同情しているが、お尻に根が張っているのでイスは差し出せない。しかたない。

 

「……」

 

と、突如コウタロウが千明のイスの裏手に回る。

 

「ど、どうした? あ、実力行使はだめだぞ! 暴力反対!」

「……――か」

 

彼の膂力をもってすれば普通にイスごと持ち上げられそうだと危険を察知した千明が防御姿勢をとる。が、コウタロウはじっと何かを見つめ何事か呟くと、一瞥もくれずに踵を返して歩いて行ってしまった。

残された三人に沈黙が降りる。

 

「……もしかして怒らせちゃったかな?」

 

普段打てば響くようにボケたりツッコんだりしている千明とコウタロウだが、らしくない彼の先の様子に、戸惑い半分罪悪感半分といった様子で千明が呟いた。

いつものノリのつもりだったが、もしかしたらどこか彼の琴線に触れるところがあったのかもしれない。

 

案外友情が終わる瞬間なんて些細なことがきっかけなのだ。そしてそれは、往々にして前兆なく訪れるし、元には戻れないものである。

 

そう思うと途端に不安になってくる。あたしが一言座ってみろと言っていれば、こんなことにはなっていなかった。もしかしたらなんか本当に足とか痛めてて座りたかったとか具合悪かったとかだったかもしれないのに!

 

「あ、あたしちょっとあいつのとこ行って――」

「あ、すいません店員さん、これ下さい」

「――くる、え?」

 

がたりと椅子から立ち上がり彼は何処に行ったと振り返れば、何故だか店員を引き連れた彼がこちらを指さし立っていた。

 

「はい、1万5千円です」

「後でレジまで持って行きますから」

「畏まりました、変更等ございましたら全然仰ってくださいね」

「はーい」

「――え?」

「はっはっはっは! 残念だったな大垣、これでこのイスは名実ともに俺のものだ。分かったらさっさとそこをどけい!」

 

呆然とする千明をよそに彼女の座るイスを指さし購入宣言。

ドヤ顔を決めた。

 

「……まあ値札見た後ニヤっとしとったしそんなことだろうと」

「……なんだよあたしの勘違いかよ」

 

千明からは後ろにいるコウタロウの表情などは見えなかったが、あおいとなでしこの二人は彼が何を見て何をしようとしていたかは大方予想がついていた。

それにしても、後先考えずに購入を決めてしまうあたり、意外とアホなのかも知れない。そんなアホの守矢に、ちょいちょいと手招きしてなでしこ。

 

「このイス買っちゃうとテーブルも高さ合わせないといけなくなるよ?」

「あっ」

 

しまったと言わんばかりの顔で表情を引きつらせる。本当に千明への対抗心だけで動いていたようだ。

 

「コウタロウくん意外と抜けとるとこあるな」

「あほだな」

「大丈夫だよ! 私がついてます!!」

「……うう、店員さんにキャンセルって言ってくる」

 

尚、店員に購入をあきらめると伝えれば快く了承してくれたが、申し訳なさすぎるので例のカーディガンは絶対に買っていこうと決めたコウタロウだった。

 

 

 

 

「つーか一通り見て思ったが、キャンプって大人の趣味だよなあ」

「だよねえ」

「このイスにしたって1万5千円だしな」

「富士急行って一日遊んで使いきれるかどうかってところやな」

 

イスの購入を断念したコウタロウは依然立ったまま忌々し気にそのブツを睨めつけた。

隣で座るなでしこがうむむと考え込むように呟く。

 

「やっぱり働くようになるとバンバン買えちゃうものなのかな?」

「んー、まあ自由に使えるお金は増えるやろなぁ。社会人になると金銭感覚が十倍変わるって聞いたことあるし」

「じゅうばい」

「そんで社会人が決算期の怒りによって目覚めると伝説の企業戦士、超社会人になる」

「すーぱーしゃかいじん」

「大体戦闘力は通常時の50倍と言われているな」

「せんとうりょく」

「ただ最近は円安の影響か超社会人にもインフレが進んでいてな」

「えんやす」

「神とか普通にいるしな」

「社会人の神ってなんだ? 経団連会長とかか?」

「けいだんれん…?」

「GAFA(Google Apple Facebook Amazon)のCEOとかじゃね?」

「がっふぁ……?」

「あーそれなら金銭感覚10万倍とかあながち間違いじゃなさそう」

「あ、あおいちゃんん……」

 

例の如く悪ノリを始めるコウタロウと、それに乗っかる千明。いつものやり取りである。

さきほどちょっとギクシャクしてしまった(と思っているのは彼女だけだが)だけに、千明の顔がほころんだ。

 

「こらなでしこちゃん困らせるんやめ」

「「すいませんでした」」

 

そしてあおいにツッコまれるまでがワンパターン。

何でもないやり取りだが、こういう何でもなさが千明にとって何より好きな時間だった。

普段からクラスでも明るいキャラで通っている千明だが、流石にノリの中で肩を組んだり軽くたたいたりするような男子はいない。

そういう意味で、気安くてノリのいい彼といるのは楽しいのだ。話が合うともいう。

 

「ツッコミで叩かれて何ニヤニヤしてんだよお前、引くわー」

「違わい!!」

「ぐえー」

 

つい顔に出てしまっていたのを誤魔化すように、立ち上がってヘッドロックをかましてやった。まあ全然本気じゃないが。こいつも抜け出そうと思えばいつでも抜けられるのは分かってるし、ただのじゃれ合いだ。

 

あー、イヌ子がこいつのこと好きじゃなければなー……。

あたしだって……。

 

「そういえば、あきちゃんてどこでバイトしてるの?」

「んぁ?」

 

なでしこのその言葉に彼女の方を向く。

そう言えば言ってなかったっけ。

 

「イヌ子が働いてるスーパーの隣だぞ」

「酒屋さんやな」

「そして俺のドラッグストアの向かいでもある」

「そうだったんだ!!」

 

連なる三店舗それぞれに野クルの部員がいる状況が珍しいのか、なでしこが感嘆の声を上げた。

もうすっかりバイト戦士の千明だが、一人で求人を探していた時は見つからなくて大変だったなと万感の思いを込めて声を漏らす。

 

「この辺高校生バイトの求人少ないから、コウタロウには救われたな」

「ホントになぁ」

 

ほとんど縁故採用みたいなところがあったため、本当にコウタロウには頭が上がらない。

彼が居なかったら文字通り万年金欠になっていただろう。

 

(バイトかぁ……)

 

ため息交じりになでしこ。

思えば、いつの間にか自分以外の三人はバイトをしているという事実。

そこにちょっぴり寂しさを感じてしまう。

少し、自分もバイトをしてみたいと感じるようになった。理想はコウタロウと一緒の職場で働くことだ。彼と一緒に下校して、そのままバイトに行って。同じ場所で働いて、同じ時間に終わって一緒に帰る。

考えるだけで幸せで、嬉しくて。隣にいる彼を見て頬が緩む。

 

(それに……)

 

先ほどいいなと思って、値段を見て諦めたキャンドルガスランプが頭に浮かぶ。

バイトしたらあのガスランプも買えるだろうか。他にも、自分のお金だと思うと欲しいものが色々浮かんでは消える。そのほとんどは食べ物だが。

 

「あ、そうだバイトで思い出した。新しい歴史の先生!」

「あー、田原先生の代わりに来た……名前なんやったけ?」

「鳥羽ちゃんな。黒髪ロングで糸目の」

 

育休中の田原女史の代わりに本栖高校に配属された、鳥羽美波教諭。

新任であり、落ち着いた雰囲気で物腰も柔らかく、(主に男子から)すでに抜群の人気を誇っている女性教諭だ。

 

「そうそう」

「優しそうな先生だよね」

「綺麗だしな!」

「「「……」」」

「え、なに」

 

古今東西、若くて綺麗な女性教師に男子生徒は心ときめくものだが、いつだって女子はそれを冷めた目で見ていることを忘れてはいけない。

 

(コウタロウまさか年上好きなんかな。桜さんのこともあるし)

(スタイルなら負けてへんし……)

(むー……)

 

女子全員からジトッとした目を向けられ、流石にたじろぐコウタロウ。

わざとらしく声を上げて話題転換を図る。

 

「そ、それで! それでその鳥羽ちゃんがどうしたんだよ? まさか公務員なのにバイトしてるとか?」

「違う違う、そんな訳あるか。…あの先生ウチのバイト先で『グビ姉』ってあだ名付けられてんだよ実は」

 

特別隠すことでもないが、千明は若干声のトーンを落としてそう話す。

 

「毎日欠かさず夕方にふらっと現れビール六缶パックを買って帰るらしい」

「へー、めっちゃ酒好きなんやなー」

「あーそれで平塚先生落ち込んでたのか」

「え、なんで?」

「『若いのに飲み勝負で負けた』って。二年の男子生徒に泣きついてたの見たぞ」

「ええ……いろんな意味で何やっとるんあの人……」

「平塚先生だってまだ若いのにな……」

「ホントもう誰か貰ってやれよあの人……」

 

(……んー?)

 

と、三人がとある現国教諭について思いを馳せ、そしてため息をついている横で。

 

(鳥羽先生って、前にどこかで会ってる気が……)

 

(するような、しないような……)

 

なでしこがグビ姉を正しくグビ姉と認識するまで、あとしばし。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

先日山梨の実家に帰った際いつものように各務原家におすそ分けに行ったのだが、ゼクシィとかVOGUEとかウエディングブックとか結婚系の雑誌が置いてあって「桜さん結婚するのかなあ」なんて思っていたら「それはなでしこのだよ」と言われ、驚愕の余り相手を尋ねたところ「え?」みたいな不思議な顔してきょとんとされた。俺を指さして。

 

静香さん(なでしこママ)は「え、しないの?」みたいにむしろ向こうがびっくりしていたようで、空気が地獄だった。今のところ誰とも結婚は考えてない。少なくともれんげが卒業するまでは旭丘から離れることができない以上、田舎暮らしを強いることになってしまうのだ。日々楽しそうに働くなでしこに仕事辞めてなんて言えるわけがない。

 

って、あれ。なんでなでしこと結婚する前提みたいになってんだ?

……まあなでしこ以外に結婚できそうな相手なんかいないけど。職場に出会いないし。小中学生に手を出したら犯罪だし。

 

彼女も俺ももう25歳だし、結婚を考えてもおかしくない歳だ。同級生には結婚して子供だっているやつもいる。

俺も小さい頃のれんげとか、子供とかを見て自分の子供が欲しいと思わないでもない。

 

「でも、都合が悪すぎるよな……」

 

まあ即結婚とかにはならないとしても、仕事を抱える以上タイミングというものがある。片道何時間かけて職場に通うわけにもいかんし。

あれ? そういえば最近桜さんが完全リモートワークになったって言ってたな……。

 

「結婚……。結婚かぁー……うーん」

 

先は歳のことを言ったが、俺個人は全く考えていなかった。ここ片田舎でのんびり働いて、休みの日に友人たちとアウトドアを楽しむ今の生活が愛おしくて。そこから何か変えようという気持ちが起こらなかったのだ。

 

しかし、実際どうなんだろう。同世代の結婚に対する気持ちっていうのは。

 

「考えても分からん。聞いてみるか」

 

一瞬で思考を放り投げると、スマホのメッセージアプリを立ち上げる。

五十音順に並べられた連絡先で、一番上に来る彼女にまずは電話をかけてみることにした。

 

『――コウタロウくん? どしたんこんな時間に』

 

夜も遅い時間にもかかわらず、そう言って彼女、犬山あおいは弾むような声を電話口から聞かせてくれた。

 

『遅くにすまん。ちょっと聞きたいことがあって』

『なになに? どのくらい学習指導要領に合わせなあかんか分からんとか?』

『その辺はうち割とルーズだからな、あんまり聞かないでもらえると……。いや、全然プライベートな話』

 

現場独自の裁量で動きまくりだからな。まあそこがいいんだけど。やることやれば後は自由を具現化したような学校だしうち。

と、プライベートな話だと告げた途端、電話口で一瞬息をのむ音が聞こえた。一瞬だが。

 

『…ど、どうしたん?』

『いやな、結婚――』

『ッうん! もちろんええよ!!』

『――ってどうおも、え? 今なんて?』

『えっ? あっ……あ、ああああああ間違えたぁぁぁああぁぁあっ!!!』

 

プツン

 

絶叫が聞こえてきたかと思うと、電話が切れてしまった。

何度か掛け直すが出ない。

少しして、『数日はそっとしておいて』とメッセージが来た。

 

全然よく分からんが、最後の「間違えた」という言葉からして多分仕事で何か重大なミスをしたのではないだろうか。深夜まで残業してたんだなきっと。

 

うちはマジで取り返しのつかないレベルのやらかし以外は、もう保護者から誰も彼も顔見知りしかいないので、「ごめーん間違えちった。てへぺろ☆」とか言っとけば何とかなる。

でもあおいのとこはそうはいかないもんな、ご愁傷様です。今度飲みに誘ってやろう。

 

俺は画面越しになむなむと合掌すると、今度は千明に電話してみた。

リンにも聞きたいが、仕事忙しいって聞いたし、夜遅くに電話は良くないだろうと思って遠慮しておく。千明? どうせ飲んでるからええやろ!

 

『おっすコウタロウ! どうした?』

 

ワンコールで出た。

予想に反して、きちんと呂律が回っている。飲んでないのか?

 

『んにゃ、今から晩酌ズラ』

『よかった安心した。家か?』

『ああ、一人寂しく月見酒だぜ』

『こっちは曇ってて見えないなー。そうそう、聞きたいことがあってな』

『んー?』

『突然だけど、もし仮に、千明に結婚したいと思うような奴がいたとして――』

『ぶほッ!? …ゲホゲホ!!』

『わ、どうしたむせたか?』

『……っ、な、何でもない。続けて』

『そうか? じゃあ続けるけど。…でもその相手は超ど田舎に住んでて、結婚するなら今の仕事を辞めないといけないとする』

『…………うん』

『それでも、結婚したいと思うか?』

 

息をのむ声が聞こえる。

そして、しばしの沈黙。

何秒か、あるいは何分かの後に、先より幾分かたい声音が聞こえてきた。

 

『……これはあたしの個人的な意見だけどな』

『おう、全然いいぞ』

『たぶん、今の仕事を辞めることはしないと思う』

『それってつまり――』

『けど! そいつとは結婚する。結婚したいと思う。……だって、別に、夫婦になったからって一緒に住まないといけないわけじゃないだろ? そりゃずっと一緒に居たいとは思うけど、でも、あたしはきっと、仕事をしていたい人間だと思うから』

『そっか、ああ、そういう考えもあるよな……ああ、そうだよな』

 

千明のその言葉は、目から鱗だった。

そうだよ、何も一緒に住むことは必須じゃないんだ。それに俺だってずっとこっちにいなくてもいいし、相手だってずっと向こうに居なくてもいい。

 

一つの天啓を得たみたいに、すとんと納得できた。

 

『ありがとな、聞かせてくれて』

『まあそれはあたしの場合だからな! しっかり考えとけよ!! メチャ恥ずかしかったんだからな!!』

 

ブツリ

 

千明はそう大声でまくし立てると、電話を切ってしまった。

ブツ切りされること多いな……。

それにしても、

 

「しっかり考えるって、何を……?」

 

まあ考えても分からんもんは仕方ない。

 

千明のおかげで結婚への懸念事項がクリアされてしまった。どうしよう。もう待ったなしなのか? プロポーズした方がいいのか? いやでも指輪は? 両家に挨拶は? ていうかそもそも誰に?

 

いまだ悶々とする思考の中、庭の玉砂利を車のタイヤが踏みしめる音がした。

聞きなれたエンジン音が止まる。

 

「やべえなでしこ来た」

 

そういや今日金曜か。なら来るわ。

ばたんと車のドアが閉まる音と、軽快に砂利を踏むブーツの音。

がちゃりと玄関ドアが開いた。

 

「コウくーん、ただいまー!」

 

いつもの彼女の声。

俺は一旦思考を脳のすみっちょに追いやった。そもそも別にそこまで急ぎの話でもないのだ。

ぱたぱたと廊下を小走りで玄関まで進む。

 

上り框に腰かけブーツを脱いでいた彼女と目が合った。

お互い一週間ぶりの再会に、自然笑顔がこぼれる。

 

「おかえり、なでしこ」

 



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三十二話

200000UA超えました。すごいですね。これがどのくらい凄いのかというと、静岡市駿河区の人口と同じくらいです。駿河区民全員がこのSSを読んでると思うと…スゴイです。
目標は浜松市民全員にこのSSを読ませることです(無理)




ありがとうございましたという店員の声を背中で聞きながら、四人はカリブーを後にする。

西の空はすっかり茜色に染まっており、時刻はもう夕方。

 

「身延まんじゅう食って帰るかー」

「「「さんせー」」」

 

千明の提案に一も二もなく頷くと、四人は身延駅への道を歩き始めた。

 

「銀マット持ってもらってすまんなあ」

「いや全然いいぞこんくらい」

 

丸めて広がらないようにゴムで留めた、筒状の銀マットを二つ抱えたコウタロウ。

ふと何を思ったか片方を地面に立てて、倒れないようその両サイドに自分とあおいのスクールバッグを置いた。

神妙な顔でそのオブジェを眺め始めるコウタロウに嫌な予感がしつつも、無視するわけにもいかずあおいが訊ねる。

 

「コウタロウくん…何なんそれ?」

「何って、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲に決まってるだろう。自分で言うのもあれだが完成度高いぞ」

「決まってる訳あるか! これっぽちも知らんわそんなん。しかもアームストロング二回言うたし」

 

と、後ろでなでしこと駄弁っていた千明が二人に追い付き、目の前にあるオブジェに気付くと神妙な顔で見つめだした。

 

「どしたんあき」

「こ、これネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねえか! 完成度たけーなオイ」

「何で知っとるの!? も、もしかして知らないの私だけ……?」

 

はっ、と野クル唯一の良心、圧倒的純真女子ことなでしこを振り返るあおい。

彼女ならまだ毒されていないかもしれない! 「なにこれ?」ってツッコんでくれるかもしれない!

 

「あ、これ知ってるよ。ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲! 完成度高いねー」

「ふふん、そうだろうそうだろう」

「まさかこんなところで拝めるなんてなー」

「遅かったか……!」

 

まあなでしこは浜松時代に綾乃とコウタロウの英才教育()を受けているので、当然のごとく手遅れだった。

NAS砲の写真を撮ってリンと恵那に送り付け始めた三人を見ながら、ツッコミ切れる人間がいないと、あおいは眉間に手をやってため息を吐いた。

 

 

 

 

「身延まんじゅう一個65円、出来立てですよ~」

 

身延駅の向かい、富士川のすぐ横にある昔ながらのお店にて、四人は出来立ての身延まんじゅうにため息を漏らす。

 

「じゃ三個ください」

「私も三個で」

「俺は五個くらいにしとこ」

「じゃあ私は……十個ください!!」

 

身延まんじゅうは一個65円と侮るなかれ、その大きさは一口サイズにあらず。二口サイズ程度の大きさだ。男のコウタロウを差し置いてその倍の量を注文したなでしこに、他三人が感嘆の声を上げる。

 

「「「食うねぇー」」」

「えへへ、半分は家族のおみやげだよぅ」

「だとしても五個は食うのか……」

「口の中パサパサになるぞ。その覚悟はあるか?」

「ふふ、よかったらお茶もどうぞ」

『ありがとうございまーす!!』

 

 

それぞれ身延まんじゅうを購入し、店の外に出る。店の裏手には夕焼け空をバックに富士川が流れており、その景色を一望できるベンチがあった。

そこに三人が腰かけ、当然のごとくあぶれたコウタロウは端で佇む。別に悲しくない。

 

「ほら、コウタロウくん立っとるやないの。詰めて詰めて」

 

端に座る千明に、あおいがそう言いながら真ん中のなでしこをぎゅうぎゅう押し出し始めた。つられてあーれーと楽し気になでしこが千明を押し出せば、なんとか半人分スペースができた。

 

「ん、ここ座ったらええよ」

「かたじけねえ」

 

女子三人のスペースに無理くり入り込むのはどうなんだと思わないでもないコウタロウだったが、まあ折角自分のために空けてくれたしと、空いた部分にちょこんと腰を下ろした。

当然だがスペースが狭いため隣のあおいと肩が触れ合う。

 

「……」

「やっぱ狭い」

「あたしなんか見ろこれ、もうほとんど空気イスだぞこれ!」

「コウくーん狭いよー」

 

ぎゅうぎゅうという言葉はまさにこの状態を表していた。

あおいはかつてない密着具合に顔を真っ赤にして俯いたままだし、なでしこは二人に挟まれて苦しそうだし、千明はお尻の半分が座れてなかった。

 

これは流石にということで、コウタロウは立ったままでいることにした。別に疲れないし問題ない。

 

「じゃあ気を取り直して、まんじゅう食うか。早くしないと冷める」

 

千明のその言葉に、いただきまーすと声をそろえて身延まんじゅうを頬張った。

 

『まんじゅうウマー……』

「ちょうど出来立てってツイてるよな」

「ほんのり温かくてもちもちしてて美味しいねぇ」

 

出来たててほのかに温かく、薄皮に密度の高いこし餡がよく合う。気付いたらもう一個と手が伸びてしまうような、優しさを感じながらも病みつきになりそうな銘菓だ。

 

「はーやっぱり日本人ならまんじゅうとお茶ズラ」

 

ずず、と好意でもらった温かい緑茶をすすりながら千明がしみじみ呟いた。

しれっと先ほど買ったシベリアンハットを被っているが、誰にも突っ込まれなかった。

 

「あ、このお茶は静岡のだね」

「うそなでしこちゃんそんなん分かるん?」

 

千明に同意を示しながらお茶をすすったなでしこが、確信めいてそう呟く。

極まった静岡の民は五感が共鳴することで、触れるものが静岡産か否かを判別できるのだ()

 

「ふふん、コウくんなんかもっと詳しく産地が分かるんだよ。ね?」

「んまぁかせろ!」

 

そう言うが早いかなでしこはコウタロウの背後に回り込み、抱き着くように目を隠した。

 

「準備完了だよ。あおいちゃん、お茶あげてみて」

「うん」

「むぐっ……。…手に置いてくれるだけでいいんだけど。ふむふむ、これは……掛川産茶葉『きみくらの若摘』だな」

 

特に必要のない目隠しをされた状態であおいに紙コップのお茶を飲まされたコウタロウは、一瞬抗議の声を上げるが、すぐに味に集中し銘柄を答えてみせた。

 

「「「おお!!」」」

 

正直お茶の銘柄とか全然知らないし合ってるかどうかも全く分からないが、なんかすごいことをしたのには間違いないので、反射的に手を叩いて感嘆する三人。

 

「よし、ちょっと合ってるか聞いてくるわーっ!」

 

言いながらすでに走り出しているコウタロウ。

別に合っていようがいまいが正直どうでもいいが、まんじゅうをぱくつきながら彼を見送る。

騒がしい要因その1がいなくなったことで、しばし辺りには沈む夕日に照らされて、穏やかな空気が流れる。

 

「……決めたっ! 私もバイトしてキャンプ道具買いに来る!!」

 

一体彼の何が引き金になったのか、走り去った彼の背中を見つめなでしこがそう宣言した。

そうかと思えば、一転ほにゃりとした口調でまんじゅうを口に収め言う。

 

「そんで帰りに、また身延まんじゅう買いに来るよー」

 

そして今度こそは二人でこのベンチにきちんと腰かけ、暮れる夕日をロマンチックに眺めるのだ。まんじゅう片手に。

そんななでしこの心中は二人に伝わるべくもなく、穏やかに二人は彼女を見つめていた。

 

「あ。……全部食べちゃった」

 

紙袋を逆さにしても、何も落ちてこない。

一口また一口と頬張るうちに、十個全部平らげてしまっていたようだ。ついにお土産が無くなってしまった。

 

「ちょっと買ってくるーっ!!」

 

言いながらすでに走り出すなでしこ。

そんな元気いっぱいの彼女の背を、残された二人が見送る。

 

「バイト代が胃の中に消えるタイプやぁ」

「ズラぁ」

 

 

その後あおいも身延まんじゅうをリピートし、追いかけるように四人分のスクールバッグと銀マットを抱え千明がダッシュし、結局四人全員まんじゅうを買い直すのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

「「文化祭?」」

 

旭岡分校職員室にて、俺と一穂の声が重なった。

俺たち教師二人に相対する赤毛少女、夏海は快活に頷く。

 

「そうそう、今週の週末にやる予定なんだけど」

「やるのはもう決定なのか」

「えーだめなのー?」

「まあいいけど」

「やった! さっすがコータロ!」

 

ぴょんぴょんその場で飛び跳ねてバシバシ俺の肩を叩く夏海。

普通中学校でも文化祭はやらないし、高校に行ったらいずれやるだろうけど、こういった生徒の自主性を伸ばすような提案は断るべくもない。主催は自分でやるって言ってたし、いい経験になるのではないだろうか。

 

開催が許可されテンションが上がった夏海は、ぞんざいに礼を言うと足早に職員室から去って行った。

 

「コウタロウコウタロウ」

「ん」

 

ちょいちょいと一穂に手招きされ耳を寄せる。

 

「もしかしてその日、休日出勤しないとだめ……?」

 

俺はいい笑顔で頷いた。

 

「もちろん。しかも手当は出ないゾ! 完全にプライベート扱いだゾ!」

「う、うわああああ……ウチの惰眠を貪れる休日がぁ……ッ!」

「お前基本的に授業中毎日惰眠貪ってるだろ」

「う、ぐうの音も出ない」

「寝てる時はぐうぐう言ってるけどな」

 

 

 

 

どんどん、と秋晴れの空に連続して空砲が響いた。

 

「よく来てくれたな三人とも」

「いらっしゃーい」

 

『旭岡分校文化祭』という手作り感バッチリの横断幕が掲げられた入り口の前で、コウタロウと一穂が本日の招待客である駄菓子屋こと楓と、このみ、ひかげの三人を出迎えた。

 

「あ、おす」

「ここに来るのも久しぶりだなぁ」

「あたしは去年までいたからそんな感じはしないなー」

「今思えば、よくこんなぼろいとこに毎日通ってたもんだ」

 

少なくとも誰にとっても一年ぶり以上となる、自身の母校についてそれぞれが感想を漏らした。

ちなみに、コウタロウはひかげは勿論のこと、このみは受験学年である中三の時には担任だったし、楓とは幼いれんげを共に世話した仲である(ちょくちょく駄菓子も買う)ので、抜かりはない。何に対してのかは分からないが。

 

 

その後教室に通され、ケーキや飲み物のオーダーをし、小鞠とれんげの余興()を受けた四人。

ホストの生徒達は全員料理に取り掛かるため家庭科室に出払っており、正直暇を持て余していた。いや卓は一人イヌの格好をして隅に佇んでいるのだが。

 

「……ねえ、あれから何分経った?」

 

注文した品が一向に来ないことに不思議がってひかげが呟いた。

 

「二十分くらいだな」

「一穂さんなんかもう寝てるよ」

 

と、三人の視線が一応の責任者ということになっているコウタロウに向いた。大丈夫なのか? という眼差しだ。ちなみに今回の件は主催夏海とのことで、教師陣はほぼノータッチである。

 

「大丈夫に決まってるだろ。だって向こうには蛍がいるんだぞ」

「コウタロウくんの蛍ちゃんに対するその絶対の信頼は何なの……」

 

まあ小5とは思えないくらいしっかりしてるけど、とこのみがため息を吐いた。

だが、その場にいた全員が「確かに」と納得してしまったのは事実。もう少し待ってみることに。

 

「暇だなー」

「そうっすねー」

「ねえねえコウタロウくん、そんな暇だったら彼女さんの話してよ。毎週来てる人いるよね?」

「は? いや彼女なんて――」

「――はあッッ!!? か、彼女!? ど、どどどどういうことだよお前!!」

「うわうるさ」

 

突然差し込まれたこのみの爆弾発言に、血相を変えたひかげがコウタロウに飛び掛かるように詰め寄った。もうほとんど涙目で肩をゆさゆさ揺さぶる。

 

「あーあの東京ナンバーの車の人っすか」

「と、東京の女!? な、なんで…そんな…私だって……!!」

 

狭い地域なので、毎週のように見慣れない車が行き来していれば噂も知れるもの。

しかもそれはコウタロウの家に停まっており、乗っているのは女の人とくれば、色恋沙汰に乏しい若者の間ではいやでも耳に入ってくる。

まあそれが(にわかには信じがたいが)本当に恋人ではなく、仲のいい友人だと真実を知る者も少なくないし、このみはそっち側の人間なのだが、ひかげをからかうために敢えて煽ったようだった。

 

「こ、コウタロウ…っ、やぐぞく、したじゃんかぁっ……! ぐすっ……忘れたのかよぉ」

 

涙目というかマジ泣きである。

彼に飛び掛かり膝の上に着地すると、ギャン泣きしながらぽかぽかと胸板を叩きだした。

 

「あーもう泣くなって、覚えてるから。あれだろ、お前にイケメンで優しくて頼りになる年上の彼氏ができるまで誰とも付き合わないってやつだろ? 中学上がるときにした」

 

子供をあやすようにひかげの背中に手を回し、優しくさすってやる。

両手にすっぽりと収まった彼女は幾分落ち着きを取り戻し、すんすんとしゃくりを上げる程度には治まった。

 

(え、それって)

(まあ、そういうことだろ)

「ならなんでぇ……」

「だから、彼女じゃないってば。いねーよ恋人とか」

「…え、本当?」

「本当本当。そうだよな、このみ?」

「あはは、ばれちゃったか」

 

そうしてやっと騙されたと分かると、今度は逆の意味で顔を真っ赤にしてこのみを追いかけ始めた。

きゃーと嬉し気に叫び教室内を走り回るこのみ。

 

「はあ……疲れた」

「まあまあ、でもほんとに彼女いないんだったら、ひかげと付き合っちゃえばいいじゃないっすか。絶対いけますよ」

「アホか、高校生と付き合えるわけねーだろ。歳の差考えろ」

「えー? 一回りくらい全然ありじゃないっすか」

「なしだなし。そもそもあれは周囲に男がいなさ過ぎて感覚麻痺ってるだけだ。今は東京にいるし、そのうちちゃんと好きなやつの一人二人できるって。……じゃあ俺ちょっと料理見てくるから、頼んだぞ」

「うーい」

 

教室内の喧騒を背に去って行くコウタロウを見つめ、もしかしてあれで気付いてないのかと呆れつつ、宮内家の内部崩壊を危惧してれんげだけはあいつの毒牙にかからないよう気をつけないと、と決意を新たにする楓だった。

 



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三十三話

少し前にも同話を上げたのですが、大幅にというかほぼ書き直しました。




 

12月も半ばに差し掛かったある日の早朝。

リンは、愛車のビーノを走らせ、上伊那の陣馬形山キャンプ場を目指していた。

 

『リン、おはよー』

『お、こんな時間に起きてるなんて珍し』

『今から寝るんですー』

『遅っ』

『ふふふ。そんで今日はどこに行ってるの?』

『守矢と二人で上伊那』

『長野かーまた寒そ……って、二人!? コウタロウくんと二人!!?』

『何で二回言ったし』

 

リンがコウタロウと二人でキャンプに行っていることを告げると、ことさらに恵那が驚いた。びっくりしているであろう様子を表す絵文字が連続で送られてくる。そんなに意外か。

 

何を隠そう今回はリンとコウタロウの二人旅である。

冬の冷涼な空気が肌を刺す中、気を抜けば緩みそうになる頬を抑えるリンの後ろには、コウタロウのバイクが続く。互いにインカムは持っていなかったので、意思疎通はあらかじめ決めたハンドシグナルで行っている。

原付の制限速度に合わせてもらっていることに若干申し訳なさを感じるが、今のように車通りが全くないならあまり気にはならなかった。

 

『……リンには後でゆっくり話を聞くとして、なでしこちゃんはどうしたのよ? 確か二人でキャンプ行くって言ってなかったっけ?』

『あー……』

 

なでしことキャンプに行く。それは間違いではない。いやなかった。昨日までは。

 

そろそろ休憩いれるか、いやでもあいつ疲れてなさそうだよな、なんてぼやっと考えながら、私は今日にいたるまでを思い返していた。

 

 

 

 

二日前。

 

「もう試験休みか……」

 

毎学期末は、テストが終わったら一週間余り授業が休みになる。教師たちが採点や成績付けの業務で多忙になるためだ。

休み明けは数日学校に通ったらもう長期休暇に入るので、感覚的にはもう気分は冬休み。

 

私は、なでしこに電話を掛けていた。

 

この間のキャンプで、なでしこに今度キャンプに誘うと言っていたこともあって、この試験休みは誘うにはうってつけだ。

多少の世間話を挟んでそう告げてみると、

 

『――試験休みにキャンプ!? うん行く行く!!』

 

ノータイムで了承の意が返ってきた。

まだ何時かも言ってないのに。いや嬉しいけどさ。

 

「南部町にある川辺のキャンプ場なんだけど。自転車で行ける距離の」

『いいねー!!』

 

南部町と言えば、なでしこと守矢が住んでいる町だ。初めて本栖湖で会った時、自転車で南部町から来たって言われた時はびっくりしたっけ。

二人の具体的な住所は知らないが、もしかしたら近所かもしれない。流石にキャンプ場まで歩いてくるようなことは無いだろうけど。あいつじゃあるまいし。

 

『……ねえねえリンちゃん』

 

そんな風に普段行くことなんてない南部町に思いを馳せていると、電話口でこちらを窺うような声音が聞こえてくる。

 

「どうしたの?」

『えっとね、もう一人……誘っちゃダメかな?』

 

麓キャンプ場での出来事を覚えていてくれたのか、私がワイワイすることが得意でないのを察しつつも、そう訊ねてきた。

一瞬身構えるが、よく考えればなでしこが誰を誘いたがるかなんて想像つくし、あいつなら……まあ別に構わないし。私からは絶対言えんけど。

口からは、自然と言葉が出てきた。

 

「守矢でしょ? いいよ」

『リンちゃんは大人数で行くの――えっいいの!?』

「うん。まあ守矢とは……仲いいし」

『ありがとうリンちゃん!! じゃあコウくんには私から伝えとくね!』

 

テンションが爆上がりしたなでしこは、そう言って勢いよく電話を切った。

おい、まだ詳しいことは何も話してないんだけど……。まあ後でメッセージ送ればいいんだけどさ。

というか、やっぱ誘う相手は守矢だったな。

 

「……」

 

真っ暗になった携帯の画面には、上がる心拍数を何とか抑えようとしている私が映った。

そのまましばしにらめっこ。だんだんと事態がはっきり飲み込めてくる。

 

守矢とキャンプ行くことになった。

 

「……ふへへ」

 

たったそれだけだし、急だったとはいえ前回もそうだったし、なんならなでしこもいるしむしろそっちがメインだけど。

それでも、私の心臓の音は高鳴ったままやむことは無かった。

 

 

 

翌日。

 

『リンぢゃああぁぁあぁん風邪ひいだぁぁ……っ!!』

「だ、大丈夫?」

『ひぐぅうううごべぇんんんん……』

「謝らないで、キャンプはまた今度に――」

『ううん、わだしに構わず二人で行っで! わだしの屍をのりこえでぇえええ……っ!!』

「おい死ぬな」

 

・・・

・・

 

『――おいどうする? なでしこ風邪ひいちまったけど』

 

なでしこから電話がかかってきて、少ししてから。

私も掛けようと思っていたが、先に事情を聞いていたのだろう、守矢が電話口でそう言った。

 

十中八九、ホントに行くのか的な話だろう。

なでしこは二人で行ってきてと言っていたが、冷静になってみると色々恥ずかしいというか、覚悟がいる事態になってしまった。

二人で遊ぶことはあっても、泊まったことなど勿論ない。……四尾連湖の時のはノーカン。

いやそもそも、守矢は私と行くの嫌じゃないのだろうか? だ、だって高ボッチ高原行くとき断られてるし。行くのやめるとか言い出されたらどうしよう……。

電話口でオロオロし始める私をよそに、守矢は話し始める。

 

『なあなあ、俺いいこと思いついたんだけどさ、せっかく二人なんだから、ツーリングキャンプとかどうだ? こないだ一回断っちゃったしさ、リベンジ的な』

 

あっ全然嫌じゃなさそう。

期待感があふれるような声音で話す守矢を見ていると、変に心配していた自分が馬鹿らしくなってきた。全然向こうも乗り気じゃん。よかった……。

ええいままよと言うやつだ。折角なのだから、私も二人旅を楽しむことにした。

 

「な、ならさ、ちょっと気になってたキャンプ場があって――」

『お、いいじゃん! どこなんだそこ』

「上伊那の方なんだけど」

『うんう…ってまた遠いな』

「そこはほら、ちゃんと私がリードするから。任せて」

『流石先輩。じゃあ、すまんが色々任せちゃっていいか?』

「ふふ、うん。大船に乗った気でいてよ――」

 

 

 

 

『という訳』

『へえー? ふうーん?』

『……なんだよ』

『べっつにー? よかったじゃんリン、ずっとコウタロウくんとキャンプ行きたいって言ってたもんね』

『な、なにを……』

『そんじゃ邪魔すんのも悪いし、私はそろそろ寝るよー』

『寝たらお土産無しな』

『ギギギギ』

 

 

それ以降、恵那からメッセージが来ることは無くなった。本当に寝たのだろう。いやもう朝日が出ているので本来は起きてくる時間なのだが。

 

と、何とはなしにぼうっとコンビニの駐車場から見える南アルプス市の山々を見ていると、頬にじんわりと温かくて硬いものが当たる感触。

 

「……」

「よ、おまたせ」

 

首だけ動かして隣を見れば、コンビニから出てきたコウタロウが、缶コーヒー片手ににへらと笑いかけていた。もう片方の手には、おにぎりなど朝ご飯用の軽い食べ物が入ったレジ袋。

こちらも表情を緩めて、差し出された缶コーヒーを受け取る。

 

「ん、ありがと」

「それ微糖だけど、ブラックの方がいいか?」

「いや、こっちがいい」

「おう」

 

そのまま二人して並んでコーヒーをすすった。

冷えた体にじんわりと中から熱が伝わっていくようで、そのせいなのか、この空気感がなんだかとても心地が良かった。

道中も話せたらよかったんだけど、インカム高くて買えなかったし。それに、ずっと話しっぱなしよりも、こうして並んで静かに時間を過ごすほうが好きかもしれない。

 

並んで停まっている二台のバイクを見つめる。

 

「そう言えば、今日はあのおっきいやつじゃないんだな。あれ、教習所で見たやつ」

「あースーフォアな、今日は家で寝てるわ。これはずっと30キロで走らせるのはエンジンに悪いかもって言って、親父が貸してくれたやつ」

 

以前に写真で見たCB400SFではなく、コウタロウが指さすスーパーカブ110を見つめるリン。

父親が普段通勤で使っているものだと、続けて言った。

 

「原付でごめん……」

「まっっっったく気にしてないから安心しろ。むしろまったり行けた方が色々見れていい」

 

制限速度の違いは当初から申し訳なく思っていたが、気にしてないと明るく笑うコウタロウの様子は、本当に気にしているようには見えなくて、安心感からリンの表情も緩んだ。

 

そうして二人並んであれこれ話しながら軽く朝ごはんを食べ、それが終わった頃。

 

ヴーー…ヴーーー……

 

コウタロウの携帯に、電話がかかってきた。

 

「守矢、電話鳴ってるよ」

「ん…、俺ゴミ捨ててくるから出といてくれーぃ」

 

一瞬画面を確認したコウタロウが、軽い調子でリンに携帯を投げ渡す。

 

「えっ、っちょ、っとと……!」

 

ひらひらと手を振りコンビニに入っていく彼の後姿を見つめ、簡単に人に渡すなよ……と内心呆れつつ、でもちょっぴりの喜色をにじませて、その相手――なでしこからの電話に出た。

 

「もしもし」

『…あっコウく――じゃない誰!? …って、あ、リンちゃん! おはようございます!』

「おはよう。ふふ、ごめんね守矢じゃなくて。今ゴミ捨てに行ってて」

『むーー……! 今からでも私も行きたいよー!!』

「いや風邪だろ」

『ふふん! 実は――』

 

と、ここでコウタロウがリンの背後からにゅっと体を覗かせる。

 

「「え!? 風邪治ったの!?」」

『あっコウくんだ!! おはよー!』

 

電話口で重なる声を瞬時に聞き分けたなでしこが分かり易く声を弾ませた。

 

「おはよ。そんで、具合はもういいのか? 温かくしてるか? 食欲は? ご飯ちゃんと食べてる?」

「お前はなでしこの母親か」

『うん! もう熱も下がってて体調もいいよー。でも今日は家で寝てなさいって言われちゃった』

「「当たり前だろ」」

 

スピーカーモードにした1つの携帯を覗き込む二人が声をそろえた。

布団の中のぬくぬくなでしこがたははと笑う。

 

『それで、二人はどこに行ってるの?』

「上伊那のキャンプ場に向かってるよ」

『かみいな?』

「長野の南の方だ。諏訪の方までぐるっと回ってな」

『あ、バイクで行ってるんだ? いいないいなぁー』

 

自身ではバイクに乗ることも、(まだ)コウタロウの後ろに乗って行くこともできないツーリングキャンプに、心底羨ましそうな声を漏らす。

いつかはリンともグルキャンをしてみたくて、その一歩目としてリンと仲の良いコウタロウも誘ったのだが、彼と他の女の二人だけの時間という事を改めて認識すると、なんだか心がもやもやした。いけないいけないと、首を振って思考を飛ばす。

 

写真を送るから、と電話口でのリンの最後の言葉で切れた電話をぽすりと布団の上に放ると、自身も布団にうずくまった。

 

「おなかすいたな……」

 

呟きが一つ、部屋にこだました。

 

 

 

へやキャン△

 

ある日の休み時間。

 

「コウタロウくん」

「んー? どうした犬山?」

 

机に突っ伏してぐでっとしていると、隣の席の犬山から声が掛かった。

のそりと起き上がって顔を向ける。

 

「こないだ二人でサイクリング行く言うたやん?」

「おーあったなそう言えば。あの後結局サイクリングじゃなくて街行っただけだったやつ」

 

ひたすら犬山妹ことあかりちゃんに煽られまくったあの日を思い出して、互いに苦笑い。

あの時はもう二人して自転車乗る気分でもなくて、甲府まで行って映画見て飯食って帰ってきた。普通に楽しかったわ。

 

「なー。また行こなー…ってちゃうわ。その自転車なんだけど、ちょっと前に見たらタイヤパンクしてて……コウタロウくん直されへんかな?」

「ママチャリだっけ? できるぞ。これでも俺は転校してくる前は自転車修理の鬼と呼ばれていたことがあったらいいのになー」

「ただの願望やん」

 

ジト目でツッコミを頂戴した。

とは言うが、自転車は俺の普段の足という事もあって、シティサイクルからスポーツ車まで簡単な整備メンテくらいなら出来る。でないと出先で詰むし。自転車背負って走ると周囲の目が痛い。

 

「まあ後半は冗談。パンク修理くらいなら全然出来るから」

「本当? なら放課後うち来てやって欲しいんやけど……」

 

試験休みまでもう直ぐという事もあって、今日も短縮授業だ。バイトも委員会も野クルも無いし、放課後は時間に余裕があった。

断る理由も無いので二つ返事で了承した。

 

「いいぞ。そのまま行けばいいか? いったん帰ってからのがいい?」

「コウタロウくんさえよければ一緒に帰らん? パンク直すためだけに家帰るの手間やない? 工具みたいなんはうちにあるから、それ使ってくれたらええし」

「そうだな、じゃあそうさせてもらうわ」

「うん。じゃあ楽しみにしてるわ」

「つってももうすぐ放課後だけどな」

 

 

 

 

「あー! あおいちゃんがまたコウタロウくん連れて来とるー!!」

「こらあかり! 変なこと言わんの」

「斬新なおかえりの挨拶だな」

 

放課後。

犬山家に着くと、開口一番犬山妹がそう言って飛びついてくる。

顔を真っ赤にして怒る犬山から逃げるように俺の腰のあたりにしがみついてきたちびっ子の口に、常備している飴ちゃんを放り込んで黙らせた。

ふ、これぞ策士……。

 

「ふう……。あ、コウタロウくん適当に上がって寛いどって。今飲み物とか持ってくるし」

「え、タイヤ直したら直ぐ帰るつもりだけど」

「ええからええから」

 

そう言って犬山と、飴をカラコロさせたままついてくるあかりちゃんに挟まれ、客間らしき部屋まで通されてしまった。

犬山が奥の方に引っ込むと、そこには俺とあかりちゃんだけが残された。

 

「前々から思ってたけど犬山家は全体的に和風テイストなんだな。日本家屋って感じだ」

「なあなあコウタロウくん! コウタロウくんは好きな子おるん!?」

「めっちゃ唐突じゃんどうした? てか飴食い終わるの早」

「ええから答えて!」

 

まあこのくらいの子は脈絡なく話はあっち行ったりこっち行ったりするものだが、それにしたっていろいろすっ飛ばしすぎだ。

座布団に腰を下ろした俺の肩をゆさゆさしながらテンションの高いあかりちゃんに、現実ってやつを思い知らせてやる。

 

「うーん、それに答えるにはまだ好感度が足りんな。出直していらっしゃい」

「ええー、もう何回も遊んでるやろ! まだ駄目なん?」

「そうだなー」

 

そう言うと、少し考えこみ、

 

「じゃあ、あおいちゃんなら?」

「んー、犬山でもまだ足りんなー」

「じゃあなでしこちゃんなら?」

「んーそれなら…ってんん? なんでなでしこのこと知ってるの?」

 

急になでしこの名前が出てきてびっくりしてしまった。二人が知り合う機会は無かったと記憶しているが。俺は全く関知していないけど、なでしこも社交性高いし、いつの間にか知り合いとかだったりするのかだろうか?

いつの間にか膝の中に座り込んできた幼女に訝しげに訊ねる。

 

「だって、あおいちゃんいつも言ってるし。なでしこちゃんはライバルなんやて」

「ライバル? なんか競争してんのか?」

「私も分からんー」

 

二人して顔を見合わせ、首をかしげる。

何か俺の知らんところで二人は競い合ってるらしい。平塚先生がいつ結婚するのかダービーとか、鳥羽ちゃんに彼氏はいるのか否かとか、物騒なことでもない限りはなでしこを応援したいところだが……。

まあ分からんもんは分からんし、「なんか競ってんの?」とかデリカシーのかけらもないことを聞くつもりもない。

 

俺の手で勝手に遊び始めたあかりちゃんの頭に、俺も勝手に頭をぽすりと乗せ、完全にリラックスモードに入る。彼女の体温で温かいので、非常に快適だ。

何となく二人して沈黙を守るが、ゆるい空気が流れる。

……というか犬山来るのおそくね。

 

「なーコウタロウくん」

「んー?」

「ほんとは今日は何しに来たん?」

「犬山の自転車がな、パンクしたって言うから直しに来た」

「え、それ昨日の夜お父さんが直してたで?」

「え……まじ?」

「まじ」

「OH……」

 

俺の手を頬にあててオーマイガーみたいにリアクションを取るあかりちゃん。

と、襖がすうっと開き、申し訳なさそうな顔をした犬山が湯気の立った湯吞み片手に入ってきた。

 

「こ、コウタロウくん……実は」

「パンクもう直ってた?」

「パンクもう直って…え、何で知ってるん?」

「あかりちゃんがな」

「にひひ」

 

今度はちゃんと自分の手でピースサインをするあかりちゃん。ちゃんと自分の手でするってどういうことだよ。それが普通だわ。

 

さて、まあそんじゃすることも無くなったしお暇するかな。身延まんじゅう食って帰ろ。

膝の中の幼女を隣の座布団にどかし、よいしょと立ち上がる。

 

「それじゃ帰るわ」

「えー!!? やだやだ、コウタロウくんもうちょっと遊ぼ」

「関西の方ではお茶が出るともう帰れってことだって言ってたし」

「それはお茶漬けな。まあまあ、せっかく来てくれたんやし、もうちょっと休んで行ったらええやん。お婆ちゃんも奥で待っとるよ」

「出た犬山家必殺俺を帰さない三段構え」

 

まずはあかりちゃんがごね、犬山がまあまあと嗜め、最後に犬山お婆ちゃんがこちらを待ち構えてくるのだ。お婆ちゃんが出てきたらもう勝てないので、お言葉に甘えてもう少しいることにした。

あの婆さんすげえきりっとしてるのに平気な顔でホラ吹くから苦手なんだよな……。

 

 

結局その日は犬山家で夕飯をご馳走になって犬山父に車で送ってもらって家に帰った。

 

 



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三十四話

ゆるキャン△三期制作決定しましたね!!!(クソデカ声)
劇場版もアマプラで配信決定ですね!!!(クソデカ声)




 

朝日に照らされだした南アルプス市の閑散とした幹線道路を、県道20号線に入ってひたすら進む二人。辺りはすっかり山に囲まれる。

南アルプス街道とも呼ばれるその道は、南アルプスの山々にアタックする登山家たちにとって、同市からアクセスできる唯一の道でもある。随所に離合困難な道幅のカーブがあり、通行には注意が必要だ。

 

とはいえ、今は早朝。二人の転がすバイクの他に車の影は無く、快適に進むことができている。身を切るような寒さを除けば、だが。

 

(朝早く出て、ここまでで大体50キロってとこか)

 

マフラー持ってくればよかったと、襟が無いフライトジャケットを着込むコウタロウは、前を先導するように走るリンの小柄な背中を見つめる。ふんわりとしたマフラーが風にぱたぱたはためいていた。めっちゃうらやましい。

 

(本当、アクティブだよなあ……)

 

ほっこりとした顔でしみじみと思う。

普段学校でのリンを知る者は、彼女がまさか休日に一人でキャンプに出掛けるのが趣味だとは夢にも思わないだろう。

何を隠そう彼自身もリンと仲良くなる前は、彼女のイメージと言ったら、教室で本を読み廊下で本を読み図書室で本を読み、その合間に友達と話したり偶に奇抜なヘアスタイルをしていたりといった、おおよそアウトドアとは結び付かないという印象だった。ちなみに最後のは大体恵那のせいだし、そのせいでリンは校内でちょっと有名だった(本人の耳には一切入っていない)。

 

(ま、そんなこと言ったら、ちげーしとか言って否定しそうだけど…っと、ここは右曲がんのね)

 

リンはあくまでキャンプでまったりするのが好きなのであって、積極的に体を動かすのが好きというわけではないという。本栖湖まで自転車で行っていたという話を聞き、嘘つけと内心ツッコんだのはいつだっただろうか。

 

少し早めに右ウインカーを出し、丁寧にハンドサインでも右折を伝えてくれる同行者に苦笑しつつ、上方の青色の道路標識を見ると、「Mt南アルプス」「夜叉神峠」と言った文字が見えた。

 

リンとコウタロウの思考が重なる。

 

((夜叉神峠ってすげー名前だな))

 

 

(意外と山道の方が楽かもしれん)

 

警笛ならせの標識を横目で見つつ、リンはそう思った。

 

(ショートカットのコース選んで正解だったな。雪も全く積もってないし)

 

山梨県と長野県の間には南アルプスが南北に伸びており、伊那方面へ行くには諏訪まで迂回する必要がある。

が、昨日の夜、眠気を押して発見したこの県道20号線を通るルートは、なんと南アルプスの峰々を突っ切ることで30キロの近道に成功しているのだ。懸念されていた雪や路面の凍結も無いし、旅は順調そのものである。

 

ちょっぴり強がって任せてと言った手前なだけに、リンは若干鼻高々だった。

まあ昨日は眠すぎて具体的な周辺の観光スポットは調べ切れていないが。さっき正直に白状したら、笑って一緒に決めようと言ってくれたのでノープロブレムだ。さすが守矢。さすもり。

 

(お…頂上か?)

 

ぱっと道が開け、山中にしては広めの駐車場と「夜叉神ヒュッテ」と大きく文字の書かれた建物が見える。恐らく山荘かペンション的な施設だろう。

駐車場には既に車が何台か停まっており、如何にもここが頂上ですよ的な雰囲気が醸し出されていた。

 

ハンドシグナルで減速する旨を伝え、徐行し辺りを見回しながら進む。

 

(頂上っぽいな。…ってことは、もう折り返し地点か)

 

時計を確認すれば、時刻はまだまだ朝方。

予定では昼過ぎ頃に現地着のつもりだったが、この分だと予定より早く着くことができそうだ。

色々見て回れる時間が増えたと、自身の神がかったペース配分に頬が緩む。

 

(ふふ、どうだ守矢。この工程の順調さ……ってなんだ前を指さして)

 

思わずドヤ顔で後ろを振り返れば、前を見つめる彼がしきりに前方を指さしているのが目に入る。

 

釣られて振り向けば。

 

「何かあるn……」

 

あった。

 

道いっぱいに広がる黄色と黒のゲート。大きく張り出された通行止めの文字盤。

来るものは誰であろうと絶対に通さないマン(例外アリ)こと、冬季通行止めの皆さんだった。

 

「あちゃー……」

 

すぐ隣に止まったコウタロウからため息交じりの声が聞こえてきた。

メーターに項垂れて、絞り出すように吐き出す。

 

「……すっっっかり忘れてた」

「あーこれが雪国名物の」

「うん、冬季通行止め……」

「……お噂はかねがね」

 

「「はあ……」」

 

がっくりという音が聞こえてきそうなくらい、二人して首を垂れる。

 

(まじか、まじか……うわあぁぁやっちまったぁぁ……)

 

ことさらにリンが落ち込む。

この先はまず間違いなく来た道を引き返して、正規ルートに戻ることになるだろう。

そうなれば、ここまでの道のりにかかった時間と労力は全て無駄だったわけで。

一人だったならまだましだが、今回は違う。自身の不手際で同行者にまで迷惑をかけてしまったことに、リンは深い自己嫌悪に陥っていた。

 

「志摩、志摩ー!」

「んー……?」

 

後ろから声がするので振り向けば、携帯を構えたコウタロウ。画角が広めになっているが、パシャリと自撮り。

写真が満足いくものだったのか、画面を見て一つ頷き何やら携帯をいじり出した。

 

「何撮ったの?」

「ふ、『通行止めなう』ってなでしこに送った」

 

そういって先の写真を見せてきた。

通行止めのゲートをバックに、ピースサインのコウタロウと、ビーノにまたがり微妙な顔でこちらに振り向くリンが映っている。

 

「まあ圏外だったけどな!」

 

そう言って快活に笑った。

 

映りが悪いので正直に言えば消してほしかったが、若干傷心のリンには、気にする様子もなく明るく振舞うコウタロウの態度はどこかほっとするものがあって。

まあ送れてないならいいかと納得する。後で絶対撮り直すが。

 

そして、すうと一息ついて彼に向き合う。

 

「守矢、ごめん」

「え? すまん何が??」

「だってここ、通行止めだし……」

「あー大丈夫大丈夫。俺行き当たりばったりとか楽しめるタイプだから。むしろハプニングとか待ち望んでたまである」

「そんなもん待ち望むなよ。でも……ありがと」

 

二人並んでバイクを押して歩く。

そっぽを向きつつぶっきらぼうに放たれたリンの最後の言葉は、本人にも聞こえないくらい小さいものだったが、コウタロウはにっこりと笑みをつくった。

 

「ほれ、自販機あるし、ちょっと一息入れようぜ」

 

駐車場にバイクを置いたコウタロウが、今は開いていない夜叉神ヒュッテ入り口を指さした。

山の頂上という事もあって、稼働しているかという懸念もあったが、近寄ってみれば問題なく稼働中であった。

 

「ハプニングでちょっと精神的にダメージ受けてるメンタルよわよわしまりんには、特別に俺があったかい飲み物を奢ってやろう」

 

財布から小銭を取り出しつつ、ざあこと心なしか語尾に♡を付け、からかうように笑う。

 

「くっ、このメスガキめ! 私は屈しないぞ」

「そう言いつつしっかり紅茶花伝押すのな」

 

買った飲み物を手に、二人は夜叉神ヒュッテ入り口の階段に並んで腰を下ろす。

 

「「はぁー……」」

 

それぞれミルクティー、コーヒー片手に、ほうと息をついた。

二人分のひときわ白い息が静かな山の空気の中に弾んで、やがて一つに混ざって消えた。

 

「ミルクティーが染みる……」

「わざわざ寒い日に出かけて凍えて、温かい飲み物で温まって……」

「マッチポンプ?」

「そうそれ。些か自虐が過ぎてるけどな」

「私らに利無いしな」

「はーそんなこと考えたら温泉入りたくなってきた。温泉入ってマッチポンプしたい」

「なんだその使い方」

 

なら行くかとリンが呟き、何気なく隣を見て、あることに気付いた。

 

「あれ、そう言えば守矢、マフラーしてないの?」

「ああ、それね……忘れた。超忘れた」

「えぇ、超なになってんだよ……」

 

着ている黒色のフライトジャケットの襟を直し、首元の涼しさをアピールするコウタロウ。

彼の肉体でなかったら、恐らく我慢するのは困難だろう。そもそも冬にバイクに乗るだけでもまあ寒いのに、首元の防寒具が無いなんて正気を疑うレベルである。

 

とはいえ、いくら強靭な肉体とはいえ、寒いものは寒いようで。

 

「寒さで体調崩すとかは100パー無いけど、忘れたこと後悔するくらいには寒いな」

 

遠くを見つめそう言った。道中コンビニとかで買おうかと割と本気で悩んでいた。

 

「……はあ」

 

そんな彼をため息交じりに見つめるリン。

何を思ったか、自分が巻いているマフラーをしゅるしゅる外しだす。

 

「……ん」

 

そして、相手とは反対方向を向きながらも、今だ自分の体温が残るマフラーをずいと差し出した。

自分でもかなり恥ずかしいことをしている自覚はあるようで、かあと頬が熱を持つのが分かる。外気が低い分尚更だ。

 

「それだとお前が寒いだろ。受け取れないって」

「……私は、予備のとネックウォーマーもあるし平気だから」

「……まじ? ほんとにいいの?」

 

ぽすりと手に載せられたマフラーとリンの顔を見比べ、窺うように尋ねるコウタロウ。

 

「い、いいから使いなって! いいから!!」

 

紅潮する顔を隠すように俯きつつ、そう言って半ば無理矢理コウタロウの首に巻き付けた。

 

「俺の友達がイケメン過ぎる件について」

 

眼下で揺れるリンのニット帽を見つめながら、こういうことが自然にできるとモテるんだろうなあと、普段の自分の言動をすっぽり忘れて思うのだった。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

冬のある日。

 

野クルの部室では、千明たちを待っているなでしことコウタロウの二人きり。

なでしこが腰をかがめてガサゴソロッカーを漁る音と、コウタロウがロッカー上に腰かけ本のページをめくる紙擦れの音のみが、時折聞こえてきていた。

 

「お?」

「どした?」

 

ふと、あるものを手にしたなでしこが姿勢を上げて声を漏らした。

コウタロウも目線を紙の上から離し、なでしこの方を向く。

 

「……」

 

あるもの…松ぼっくりを手に載せ、ぐいと幼馴染の方に差し出してくる。もう片方の手には携帯を構えており、写真を撮る気は満々のようだ。

 

「え、なになに急に」

 

無言で差し出される松ぼっくりに困惑しつつも、ぱたりと本を閉じてそれを受け取るコウタロウ。

松ぼっくり手に当惑の表情を見せる彼をよそに、なでしこはロッカーからもう一つ松ぼっくりを手に取ると、よいしょとコウタロウの隣に腰かけた。

 

「ん!」

「んって……なに、俺も鼻に重ねればいいのか?」

「ん!」

「しりとりだったら速攻負けだな」

 

とは言いつつも、幼馴染の言うとおりに自分の鼻に松ぼっくりを重ねる。

そして互いに顔を寄せて、なでしこの携帯のカメラを見つめた。

 

ぱしゃり。

 

慣れた様子でなでしこがボタンを押し、シャッター音が部室に響いた。

画面を見て満足げになでしこが微笑む。

 

「えへへぇ」

「どれどれ」

 

撮れた写真を覗き込めば、鼻に松ぼっくりの腕を組んだ二人が仲良さげに写っている。行動は突飛だが、自撮り自体は普段通りの感じであった。

 

と、ここまで何も言わず付き合ったコウタロウだが、流石になでしこの意図が読めず、ここまでおとんしか喋っていない彼女に問いかける。

 

「で、何だったのこれ。松ぼっくりの妖精のまね?」

「ち、違うよ!? コアラだよぅ」

「なるほど……?」

 

まあ言われてみれば、鼻の感じはそう見えなくもない。

自身にもたれて松ぼっくりをぱしゃぱしゃしだしたなでしこをじっと見つめる。

 

「ふふ、キャンプの匂いする?」

 

にこにこ顔で、コウタロウの鼻に松ぼっくりを近づけてきた。

すんと鼻をならし、しばし松ぼっくりの香りを堪能する。

 

まるで一流のワインソムリエが口の中でワインの味や風味を反芻して味わうかのように、目をつむり松ぼっくりに感じ入るコウタロウ。

 

そして、ワクワク顔のなでしこを見つめ口を開いた。

 

「無臭」

 

なでしこがすてっとこける。

 

……何か月も乾燥した室内に放置されれば当然そうなる。さもありなん。

 

 



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三十五話

映画観たいのにまだ観れてない辛い。
きっと観たらまた大人編とかやりたくなっちゃうんだろうな……




 

「そういえばさ」

 

山頂の山荘「夜叉神ヒュッテ」入り口前の階段に並んで腰かけ、ぼうっと駐車場を眺めていたリンが口を開いた。

 

「なんでこんな所に車停まってるんだ?」

 

見れば、たしかに三、四台車が停まっていた。後ろの山荘は冬季休業中なので、そこの利用客というわけでも無さそうだ。車中に人の影もなく、無人である。

まさか幽霊ではと背中に冷たいものが走るリンの横で、ああと軽い調子でコウタロウが声を上げる。

 

「あそこの道行くと登山道になってんだよ。夜叉神峠とか鳳凰三山の」

 

そう言って奥の方にある登山道入り口を指さした。

釣られてみれば、確かに如何にも山入って行きますと言わんばかりの入り口が見える。

 

「ほんとだ」

「せっかくだし近くまで行ってみるか?」

「そうだな。わざわざこんなとこまで遠回りしたんだから、何もしないで帰るのはもったいない」

「転んでもただでは起きない精神いいね。流石シマリン」

「繋げて言うな」

 

そう言い合いながら、先ほど買った温かい飲み物片手に登山口まで歩いていく二人。

 

「『南アルプス国立公園・県立南アルプス巨摩自然公園 夜叉神峠・鳳凰三山登山口』だって」

 

駐車場からいよいよ山に入っていくという合間に建てられている看板を見上げ読み上げるリン。

別に大した感想は求めていないが、何となくコウタロウの方を向く。

 

「あ、俺ここ登ったことあるわ」

「え!?」

 

リンとしては、こんなところから登っていくのか~という初めて訪れる者同士ならではの共感を得たかった訳だが、さらっと事もなげにそう言い放つコウタロウに目を見開いて驚愕する。ちょっと飲み物こぼれた。

 

「いやな、うちの家系元々諏訪の神官らしくてさ、諏訪市に親戚とかいるんだよ。そいつに連れ回されてアタックしたことある。ってのを今思い出した」

「そ、そうだったんだ……」

「その時はここからじゃなかったけどな」

 

鳳凰三山は平均斜度や縦歩行時間など、初心者向けとは言い難い難易度の山々だが、過去に踏破経験があるという彼は流石というべきか、同行者の体力を褒めるべきか。

 

と、その同行者について気になったのか、恐る恐るといった様子でリンが訊ねる。

 

「ちなみに、その親戚ってどんな人なの?」

 

やっぱり、ザ・山男みたいな感じなのだろうか? なにせ彼と二人登山できるくらい体力お化けなのは確定なんだし。

 

「俺らと同い年の女子だな」

「え」

 

女子、という単語にぴしりと固まる。

年下でも年上でもなく、同級生の、女。親戚で昔から彼のことを知っていて、あちこち連れ回るくらいに仲がいい、同い年の女……。

 

「まあ神様が見えるとか言っちゃうやべー奴だけどな」

 

でも良い奴だよとコウタロウがからから笑って言うが、なんでまた女なんだよとか親戚ならセーフとかぶつぶつ繰り返すリンの耳には入らなかった。

コウタロウもコウタロウで、リンが付いてくるだろうと振り返ることなく階段に足を掛け登り始めた。

 

「お、熊出没注意だって」

 

十数段の石階段を上がると、東屋の前に掛けてある看板を指さすコウタロウ。

ぱたぱたと彼の傍まで寄り、その看板に目を通した。

 

『10月27日目撃情報アリ』 

 

(……まあこいつがいれば平気だろ)

 

付記してあるその目撃情報の新しさに冷たいものが背を流れるが、友人の圧倒的フィジカルという信頼感の前に恐怖感は氷解していった。自由狩猟(素手)で獣を仕留めてるとか言ってたし、熊くらい今更だろう。

というか本当にここまで来ると何かしらの能力の類なのではと思ってしまう。超人的な肉体を操る程度の能力みたいな。いやあるわけないけど。

 

ちらと隣人に一瞥をくれ、意識が彼に集中した時、

 

「おはようございます」

「!?」

「あ、どうも」

 

不意に、東屋の奥から凛と澄んだ声が掛かった。

突然のことにビクッと肩が震えるリンと、人がいるのが見えていたので普通に挨拶を返すコウタロウ。

 

隣で驚いた様子を見せた自分にからかうような目線を向ける彼は一旦無視して、どきどきと心臓が早鐘を打つ中リンも挨拶を返す。

 

「あなたがたも登山にいらしたんですか?」

 

サラサラの長い黒髪をストレートに下ろした、若くて綺麗なお姉さんだ。純和風を思わせながらもすらっと目鼻立ちが通っており、どこか儚げな印象を受ける。端的に言って美人だった。

 

(……また女の人)

 

自分が隣にいる以上この後何かあるわけでもないしさせるつもりもないが、リンは精一杯頑張って彼と距離を詰めた。ただ挨拶をしただけで向こうには邪な気持ちなど一切ないのだが。

 

じり、と半歩にも満たない距離を詰められたコウタロウはその訳の分からなさに怪訝な顔をしつつも、お姉さんと話し始めた。

 

「いえ、俺たちバイクで長野に行く途中なんです」

「あら、随分と遠くまで行かれるんですね」

「そうなんですよ。まあ冬の通行止めのせいで大分遠回りになっちゃったんですけどね」

「冬の通行止め?」

 

その言葉に首をかしげる山ガールのお姉さん。

まさかそれが何か知らないわけでもあるまいに、どういう事だろうと二人して顔を見合わせる。

 

「ここはマイカー規制で年中通行止めですよ?」

「「マイカー規制?」」

 

今度は二人が首を傾げ声をそろえる。

 

マイカー規制区間とは、観光地などの環境保全のため自家用車の通行を禁止し、代わりにシャトルバスなどを運航している区間のことだ。この辺りは公営の自然公園が広がっているため、基本的にこれ以上の通行は出来ないようになっている。

 

(じゃあいつ来てもバイクじゃ通れなかったってことか……)

 

自分のリサーチ不足にまたしても肩が落ちるリン。

とほほとため息を吐くと、気にするなとでも言うようにコウタロウが背中を軽く叩いてきた。

 

「気にしない気にしない」

「守矢……」

 

言うかのようにというか言った。

 

微笑ましい二人の様子を目を細めて眺めていたお姉さんが、ふと首をかしげ口を開く。

 

「お二人とも、バイクの荷台を見た限り大きな荷物を持っていたようでしたが、長野までは何をしに向かわれるのですか?」

 

立ち話もなんだとぽんぽんと隣に座るよう促され、二人並んで腰を下ろす。勿論間にはリンが座った。率先して座った。

 

「私たちキャンプに行くんです」

 

そう言って自分と彼とを指さす。

キャンプという答えは意外だったのか、お姉さんは一瞬まあと目を瞬かせた。

 

「こんな寒い中意外だって思います?」

「ええ、冬のキャンプ。最近はそう言った行楽も流行っているんですね。知りませんでした」

 

ずいと上半身だけ乗り出してにやり笑うコウタロウに、お姉さんがそう言って微笑んだ。

 

「い、いえ。一部の人がやってるだけと言うか……」

「ふふ、ならお二人はその一部の人というわけですね。確かに、キャンプは夏というイメージがありました」

「あ、俺もちょっと前まで、この人らなんでわざわざクソ寒い中外で過ごすんだろうもしかしてドМなのかなって思ってました」

「お前私のことそんな風に思ってたのかよ」

「あらあら」

 

観測史上最速の速さでリンがツッコんだ。

まあ寒い中なお寒い外に自分から出ておいて、温かくいるために高い装備を買いそろえる行為は、何も知らない人から見たら変態に見えるのかもしれない。

 

が、自分と彼とをつなぐ接点が、そう思われていたリンの衝撃は少なくない。心の隅でショックを受けていた。もしかして独りよがりだったのかなと、暗い方に思考が沈んでいく。

 

でも、とコウタロウが続ける。

 

「ここ最近、冬のキャンプの良さみたいなものを、こいつから教わりまして」

 

つらつらと、感情の読めない、けれどもどこか暖かな声音で、リンを指さす。

 

思い出せば、一番最初にキャンプをしたのは野クルで行ったイーストウッドキャンプ場だった。もちろん楽しかったし、また行きたいと思う。でもあの時は、部活の延長線上って感じでもあった。いや野外活動サークルだから間違ってないんだけど。

「キャンプ」の楽しさみたいなものを知ったのは、なでしこと志摩とでの四尾連湖だったんだ。この世で興奮すること色々あるけど、一番は友達とキャンプご飯食べることで間違いないからな。それを自覚したのが四尾連湖だった。

 

「それまでは割と流れでやってたとこもあったんですけど、そこから俺も好きになりました」

「……」

 

そういえば、守矢が野クルに入ったのもなでしこが居たからだったよな。アウトドアも嫌いではなかっただろうけど、特別好きだって話も聞かなかったし……。

 

ちょっぴり照れ臭そうに笑うコウタロウに、ふわりと微笑んでお姉さんが続きを促した。

 

「俺、今まで結構人に合わせて生きてきたんです。まあそいつが放っとけなかったってのもあるんですけど。だから、自分でこれが好き!みたいなのあんまなくて」

 

彼が言うそいつに、心当たりがあるリンがはっと顔を上げ隣に振り返る。

 

穏やかで、見たことないくらい優しい顔――まるで、なでしこにするみたいな表情のコウタロウと目が合った

 

「だから、感謝してるんです」

「――――っ」

 

一瞬目を見開き、頬に熱が迸っていくのを察知し即座に顔をそむけた。

朱がさす頬をネッグウォーマーで隠しながら、頭の中ではさっきのコウタロウの顔がぐるぐると思い起こされる。

 

 

……その表情が好きじゃなかった。

 

なでしこ(特別)だけに向けられる、その幸せそうな表情が。

 

図書室のカウンターで、校庭にいる野クルの部員の一人を見つめるその表情。

 

私は、それをただ眺めることしか出来なかったから。

 

私が声を掛ければ、あなたはいつもの表情に戻ってしまうから。

 

ねえ。あなたのその顔が、特別(なでしこ)だけに見せるものならさ。

 

今の私は、あなたの特別なのかな?

 

 

 

頭上でわー恥ずいこと言ったと守矢が慌てる声とお姉さんがそれを優しくたしなめる声が聞こえた気がするが、しばらく顔を上げられない私にはどうしようもないことだった。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

「なんだこれ? 松ぼっくり鼻人間か?」

「コアラだよぅ!?」

「い、言われてみれば……」

 

前回に続き野クルの部室では、何やらいつもとはどこか気の入り方が違うような気がしないでもない千明とあおいの二人を加え、四人揃ってなでしこの携帯の写真ギャラリーを眺めていた。

 

つ、とスワイプされた先には、先日作ったほうとうの写真が映る。

 

「あ、これほうとうやん」

 

一日に一回はほうとうを食べることで知られる(かは諸説ある)山梨県民のあおいが目ざとくほうとうに食いついた。

 

「うん、そうなんだ。ゆうべ初めて作ってみたの」

「ちなみに、もちろんそこにコウタロウは?」

「いたぞ(いたよ!)」

「おいしゅうございました」

「おそまつさまでございました」

「へーバターでアレンジするなんて、なでしこちゃんも一人前の梨っ子やなぁ」

「イヌ子のスルースキルが上がっている……!」

 

浜松コンビのノリをガン無視して、写真を見つめていたあおい。ほうとうがノーマルなものではなく、バターがトッピングされていることに気付いていた。

 

「えへへ、私ももう梨っ子かなあ」

 

あおいに褒められ(?)、ふにゃりと表情を崩すなでしこ。

が、その発言に待ったをかけるべくいやいやと千明が口を開き、

 

「ほうとうをアレンジしたくらいじゃあ、一端の梨っ子とは言え――

「――なでしこが山梨に寝取られた!?」

 

がたっと立ち上がり、顔面蒼白でそう叫ぶコウタロウにかき消された。普通にうるさい。

 

「ちょかぶせてくんなお前!」

「だ、だって生粋の静岡っ子だったなでしこが、たった数か月でもう梨っ子に……!! クッ…の、脳が破壊される……!」

「なんだその特に誰も得することのないNTRは」

「えーええやんなでしこちゃんはもう十分梨っ子や」

「イヌ子のスルースキル!!」

 

主にコウタロウのせいで想定されない事態に転がりつつある展開に、若干焦る千明。

が、そうとは知らない浜松コンビの二人。

 

「よ、よく分かんないけど、私はずっとコウくんと一緒だか――

「クソッ!! 俺とか綾乃が甘やかしすぎたばっかりになでしこが梨っ子に!!」

「お、おーいコウくーん……?」

「甘い……?」

 

と、はっとした表情で顔を上げる千明。

 

「そうだ! 笛吹の桃のごとく甘々なばっかりに、なでしこもお前も梨っ子になるのだー!!」

「勝沼のぶどうも忘れたらあかんで!」

「ど、どういうこと……?」

 

混沌を極める事態に混乱するなでしこ。正解。

 

「そういうことで二人とも! 梨っ子スタンプラリーは当然制覇したんだろうな?」

「うぇ、梨っ子スタンプラリー?」

「なんだそれは」

「ま・さ・か! コウタロウくん知らんのかいな??」

「……し、知ってらァ!」

「じゃあどんなのだよ?」

「……」

「すぐばれる噓つくんやめーや」

 

 





ちなみに親戚の女の子の名前は早苗です。
まあ登場することはありませんが。



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三十六話

 

「――へえ、お姉さん静岡の人なんですね!」

 

黙り込むリンをよそに山ガールのお姉さん(菊川昴という名前だと聞きだした)と会話に花を咲かせるコウタロウ。

出身地を聞いて、露骨にテンションが上がる。

 

「ええ。掛川という所から来ました」

「掛川! 近い! あ、俺も静岡出身なんです!」

「あら、世間は狭いですね。他県で静岡県出身の人と出会えるなんて。ちなみに、静岡のどちらなんですか?」

「浜松です! 掛川とは結構近いイメージありますね」

「そうですね、磐田市と袋井市を挟んで隣です」

「磐田も袋井も無いようなもんですし実質隣ですよ!」

「ふふふ、それは言い過ぎですよ」

 

昴もまた、偶然の出会いに手を合わせて喜んでいた。声にも喜色がにじむ。

取り敢えず彼は全磐田市民と袋井市民に土下座をした方がいい。というか本当に申し訳ない。

 

「掛川っていったら、やっぱりお茶が有名ですよね」

「そうなんです、よくご存じですね。……あ、もしよろしければ」

 

そう言って昴は自身のリュックの中に手を伸ばした。

何事とコウタロウがのぞき込む。

 

「これを持って行ってください」

 

そういって笑顔で手渡してきた。

 

「ほうじ茶には体を温める効果があるそうです。キャンプをされるとのことですし、夜はかなり冷え込みますので」

「え、いいんですか!? お姉さんの分は……」

 

おずおず受け取りながらも、昴自身の分が無くなってしまうのではと危惧するコウタロウ。ためらい、伏し目がちに彼女を見やる。

が、視線の先にはこころなしか先ほどよりも笑顔を深くした昴がいた。

 

「私たちの分はまだまだ持ってきていますので大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」

 

そう言って大量のお茶を取り出す昴。一体いくつそのリュックに詰め込んできたと言わんばかりの量に、コウタロウは若干引いた。

 

「そ、そうですか……では遠慮なく。すいません、何もお返しできるものが無くて」

「いえいえ、お気になさらないでください。ほんのおすそ分けですから」

「め、女神……! 山の女神か! おい志摩! ここに女神が降臨なすったぞ! 手ぇ合わせとけ、絶対ご利益あるから」

 

100%の善の心で微笑む昴に、リンを揺り起こして拝むことを強要するコウタロウ。困惑する昴をよそに、はっとリンが我に返った。

 

「なむなむ……ほら志摩も!」

「な、なむなむ……って何させるんだよ」

「ふふふ、守矢さんは面白い方ですね」

「いやあそれほどでも」

「……む」

 

いつの間にかなんだか仲の良い感じになってるコウタロウとお姉さんに、これ以上はまずいとリンは会話の主導権を握るべく昴に話を振ってみることに。

 

「あ、あの! 今から登られるんですか?」

「ええそうなんです。でも一緒に登る友人が中々来なくて」

「志摩それさっき聞いた」

「えっ、あ、すいません……」

「いえ――

「ごめんねぇ~! 降りるインター間違えちゃって」

 

昴が口を開きかけたその時、茶髪で眼鏡をかけた人のよさそうな女性が小走りで東屋に入ってきた。

 

「噂をすれば何とやらですね」

 

どうやら昴の待ち人であったらしく、その女性に軽く手を振る。

そして笑顔でリンとコウタロウに体を向けた。

 

「大丈夫ですよ、今こちらのお二人にお話し相手をしていただいてましたから」

「どうもお話相手その1です。そしてこっちが」

「お、お話相手その2です……」

「あらー、どうもー」

 

胸に手を当てきりっと自己紹介を始めたコウタロウと突然話を振られ恥じらいつつ話すリンに、昴の友人ことメガネのお姉さんもにっこりと微笑んだ。

 

 

そして、4人揃えば何とやらと言わんばかりにしばしの間会話を楽しんだリンとコウタロウ。登山道に入っていく二人を見送り、停めてあるバイクまで戻ってくる。

 

「思わずお茶をゲットしてしまったぜ」

「な。お姉さんには感謝しなきゃ」

 

手袋を装着し、ヘルメットとバイクに乗る準備をしながらだらだら話し始める。

 

「行き当たりばったりもいい旅の楽しみ方、か」

「そうそう、俺そういうの楽しめるタイプ」

「それはさっき聞いた」

「そうだった」

 

苦笑しながら、でもありがとうと気持ちを込めて彼を見た。まあそれはそれとして私抜きでお姉さんと喋ってたのはどうかと思うけど。私が野球選手だったらけつあな確定しているところだ。

 

彼と目が合い、頷き合う。

 

「よし、それじゃ仕切り直して」

「いざ鎌倉」

「なんでだよ遠いわ。武士か」

「いざ長野ー!!」

「あ、ちょ守矢!」

 

ツッコむリンにいたずらな笑みで返すと、コウタロウはそう言ってフライングスタートを切った。慌てて追いかけるリン。

 

(全く……。まあ、こういうのもいいか)

 

ふっと微笑む。

 

(いざ長野!!)

 

 

 

 

「あーようやく戻ってきたー」

「まあまあ時間はたっぷりあるし」

 

その後来た道を引き返し無事市内の方まで戻ってきた二人。

時間的にもちょうど開き始めたガソリンスタンドによって、小休憩の最中だ。

 

「にしても、守矢のそれ、燃費良いね」

「だろ。カブは燃費良すぎてガソリン無くなっても気づかないとか言うしな」

「いや分かるだろそれは」

 

物理的に走れなくなるんだからと、リンが呆れ顔で言うが、カブの燃費がいいのもまた事実。コウタロウは、今回の旅を往復しても一回給油するくらいで行けると目算していた。

 

まあ、燃費自体はリンのビーノも大して変わりはしないのだが。なんならタンク容量分ビーノの方がたくさん走るまである。

 

「あ、志摩みてみて」

「なに」

 

ガソリンスタンドのおじさんに二台分給油してもらっている最中に、暇を持て余したコウタロウが何かを発見。リンを手招きで呼ぶ。

 

「……わう?」

 

そこには、四肢を投げ出して全力でだらける犬がいた。

リードで繋がれているところを見るに、ここで飼われている犬なのだろう。

 

「豪快にだらけてやがる」

「ふふふ、この犬コロ、俺たちが何もしてこないと高を括ってやがるぜ。どうします親分?」

 

コウタロウがあくどい笑みを浮かべリンに訊ねてきた。

二人旅でテンションが高いリンは、にやりと笑い厳かに告げる。

 

「……守矢、やれ」

「了解!」

 

元気よくそう言ってコウタロウは、寝そべる犬を全力で撫でまわし始める。

彼に触れられて、犬も嬉しそうに声を上げた。寝そべりながら尻尾をぶんぶん揺らしている。

 

(……こいつ、何かに似てるんだよな)

 

そんな様子を見ていたリン。

 

(あー)

 

ぱしゃり。

一人と一匹が戯れる様子に見覚えがあったのか、無言で写真を一枚撮った。

 

 

 

 

ヴーーッ、ヴーーッ

 

場所は変わって、各務原家はなでしこの部屋。

通知を知らせる振動に、布団の中でなでしこがもぞもぞと携帯に手を伸ばした。

 

「んぅー……あ、リンちゃんからだ」

 

『完全に一致』

【写真】

【写真】

 

「……?」

 

そこには、コウタロウに撫でまわされて嬉しそうに尻尾を振るガソリンスタンドわんこと、同じく彼と一緒にいて嬉しそうななでしこが添付されていた。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

だんだんと空が暗くなってきた。

開けっ放しの窓からは生暖かい夏の夜風が入ってきて、カーテンを揺らしている。

 

「コウタロウくん……」

 

彼の温もりが消えたこの部屋。

寝苦しい夜が続く今の時期。気温自体はまだまだ高いはずなのに、なぜだか心にぽっかり穴が開いてしまったみたいだ。なんだかとても寒い。

暖めて欲しいのに、傍にいて欲しいのに。

 

「コウタロウくん……」

 

つうと涙が頬を伝う。

呼びかけたところで彼が戻ってくるはずもない。

 

彼が出て行ってから、どのくらい経っただろう? 24時間? もっとかな、よく分かんない。何だか外に出る気力もなくて、一歩も外には出ていない。

 

大学の友達からメッセージがきてるけど、それに返信することすら億劫だ。通知が鳴っては飛びつくよう携帯を開き誰からか確認して、無気力に手放す。そういう作業じみたことを繰り返している。

 

座椅子にうずくまったまま、テーブルの上の「あるもの」に目を向けた。

 

そこには、君の残り香があった。

 

君が好きなもので、私の嫌いなもの。

 

「コウタロウくん……たばこ忘れてる」

 

またじわりと涙があふれてくる。

 

20歳になって、いつの間にか吸い始めていたたばこ。

体に悪いよって言っても、そのうちやめるなんて言って躱して。

でもそんな私を気遣って、いつもベランダで吸ってた。

 

彼がたばこを吸いに行くと、私はいつも部屋に一人残されて。

ぽつんと揺れるカーテンを眺めるのが辛くて、一口ちょうだいなんて言って、追いかけてベランダで並んで寄り添ってた。でも彼は体に悪いって一本もくれなくて、そうして私が拗ねて、やっぱり寂しくなってまた甘えて。

 

そんな当たり前にあった日常が、今はもうない。

 

「……」

 

君が置いて行ったたばこを手に取ると、不意に夜風でふわりとカーテンが揺れた。

思わずベランダを見てしまう。

 

でもそこに、君はいなくて。

 

また一筋、涙が流れた。

 

 

もっとちゃんと私を見ててよ。もっとちゃんと、って。

 

その言葉が、君には重かったのかな。

それとも、私がたばこ嫌いだから?

 

君がいつも吸っているたばこ。

たばこっぽい匂いの中に、少し香る甘い匂い。

 

一本取り出し、火をつけた。

 

「けほッ……っ」

 

吸い方もよく分からなくて、思い切り吸い込んだ。

 

強い衝撃に喉が焼かれるような感じ。

思わず何度もせき込んでしまう。

 

何が平和の象徴だ。

箱に写る鳩を涙目で睨みつける。

 

でも、ほんのり香る君の匂い。

 

ああだめだ、また涙が出てきた。

 

 

「コウタロウくん……会いたいよ」

 

少し苦い君の匂いに、やっぱり泣けた。

 

 

 

 

数分後。

 

「おーい遊びに来たぞ……って何してんの犬山ァ!!?」

 

 

 

 

 

 





※別に彼とあおいちゃんは付き合っていません

へやキャンはコレサワ氏の「たばこ」という歌をベースにしました。初めて聞いた時から「これやりたい。てかやる」と思い続けて今回に至ります。
ちなみに箱にうつる鳩とは、ピースのことです。


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三十七話

磐田市民の皆さんには先に謝っておきます。
すいませんでしたァ!!

そして早苗さんもう出ないと言ったな、あれは嘘だ。



 

「なるほどなー」

 

午後を回った各務原家はなでしこの部屋。

そこでは、リンとコウタロウに観光地をナビして遊んでいたなでしこと千明の姿があった。

なでしこから二人がキャンプに出立した経緯を聞いた千明がうんうんと頷く。

 

「二人は風邪を引いたなでしこを元気づけるため、冬の極寒キャンプへ旅立ったわけか……」

「まあそんな感じ? なのかな?」

「まさに病気の少年を励ますため野球選手がホームランを打つと約束する系のイイハナシだなぁ」

「ホームラン……?」

 

千明のたとえにいまいちピンと来ていないなでしこはさておき、千明は指をピンと立て呟いた。

 

「にしても、コウタロウとしまりんって結構仲いいよな。聞けば委員会も同じらしいじゃんか」

「そうなんだよーちょっと妬けちゃうよね」

 

口を尖らせたなでしこがぼすっと布団に突っ伏しながらそう返す。

千明はそれはどっちにだと言いかけ、やめた。もう少し探りを入れてみることにする。

 

「コウタロウってさ、そういや見るたびに違う女といるよな。まあ基本はなでしこといることが多いけど」

「確かに。コウくんの教室覗いても大体あおいちゃんと喋ってるよ」

「まじかよ、あいつ男友達いるんか……?」

「そう言えば私、コウくんが他の男の子と遊んでるの見たことないかも……」

「放課後は基本的にあたしらと一緒。それ以外では委員会でしまりん、バイトという生活……。望むべくもない、か」

「コウくん……」

 

他の同級生と仲を深める機会がないことが判明した彼に、少々の同情の念が湧いた。が、二秒で消し飛んだ。

 

「まああいつなら大丈夫だろ! コミュ強だし世渡り上手だし」

「うんうん。悪い噂とかも聞かないしね!」

 

まああってもお前には聞こえんようにするだろうけどなと内心ではツッコみつつ、事実そんな話もないので心配はしていない。

というか、気になるのはもっとほかのところだ。つまり、コウタロウが他の女といることになでしこはどう思っているのか。

 

「そこんとこはどうなんだよお前。やっぱ正妻の余裕ってか?」

「うぇ!? 正妻……」

 

わたわたと分かり易くうろたえるなでしこに、内心痛む胸には蓋をしてからかうような笑みを浮かべる千明。

 

「そりゃそうだろ。あんな分かり易いのお前らくらいだぞ」

「……うぅ、まあコウくん一途だから浮気なんてしない、けど」

 

だんだん尻すぼみになるなでしこの反応に、そういえばこうやって踏み込むのは初めてだったと気付いた。

目の前のなでしこは言わずもがな、最近ではイヌ子もなんだか怪しいし、ここは攻めるべきだろう。自分でも意外なくらい身を乗り出して千明は聞きに徹する。

 

「けど?」

「コウくんの正妻? というか好きな人は、多分私じゃないから……」

「……え?」

 

たははと普段とは打って変わって空元気に笑うなでしこの表情は、どこか寂し気で。

ちょっと踏み込み過ぎたとか、引き際を誤ったとか思うよりも前に、その意外過ぎる告白に、千明はしばし呆然とするのだった。

 

 

 

 

一方その頃リンとコウタロウ。

 

だだっ広い駐車場に、ぽつんと止まるバイクが二台。

エンジンを止め、ヘルメットを億劫そうに外す二人。

 

「ふーっ」

「いやー遠かった遠かった」

「最後に休憩したのが下諏訪だったし、50kmくらいか」

「でも着いたな、ここが……」

 

お互い財布や携帯など貴重品だけを掴むと、境内前まで歩いてきて両手を上げる。

 

「「光前寺ー!!」」

 

珍しくテンションの高いリンに、彼女の方を向いてニヤッとするコウタロウと、今更ながらあからさまにはしゃいでいた自分に気付き頬を染めそっぽを向くリン。

 

「どったの今日テンションたけーじゃん」

「……うるさい」

「なに、そんなにわんこ好きだったのお前? ここがわんこ寺だからテンション上がってんのか?」

「うるさいうるさい! ほら行くぞ!」

「へーい」

 

なんだか無性に恥ずかしくて、それを隠すようにずんずん歩き始める。

それに続くように、ニヤニヤ顔のコウタロウが後を追った。

 

「でも光前寺ってなーんか聞き覚えがあるんだよなぁ」

 

駐車場から接続する光前寺仁王門をくぐると直線的な石畳の参道が伸びており、左右には石垣と杉並木が立ち並ぶ。

 

「うおーでけーすげー」

 

両脇の壮大な杉並木を見上げたコウタロウが感嘆のため息を漏らした。

 

「守矢の語彙力が死んでる件」

「じゃあ志摩の感想はどうなんだよ」

「でけーすげー」

「お前のも死んでるじゃねえか」

 

ちなみに、今は明るいため分かりにくいが、石垣の間からはヒカリゴケを見ることができる。現在は参拝客も少なく、静かで隔世的な雰囲気を味わえていた。

 

午後のあたたかな日が杉並木の間を陽射し、石畳に模様を付ける中、二人は歩く。

 

「駐車場に車全然なかったから薄々思ってたけど、人全然いねえな」

「今日は世間的には平日だからね」

「そういやそうだった。学生ってすばらしい! 永遠に働きたくない」

「わかる」

「……志摩、将来的に俺を養う気はないか」

「やだ」

「だよなー」

 

コウタロウのダメ人間発言を華麗に流し、リンは辺りを見渡す。

と、石畳に気になる注意書きを見つけた。

 

「え”」

「えーなになに、『熊・猪等の野生動物が出没することがあります…』と」

「……出んの? 境内に??」

「猪が出たら今夜はぼたん鍋だな」

「獲る気かよ」

「熊猪は狩ったことあるからヘーキヘーキ」

「まじかよこいつ」

 

手をひらひらさせて事もなげにそう言い放つコウタロウ。

その圧倒的捕食者目線に若干リンが引きつつ、やっぱり不安から少しだけ彼と距離を詰めて参道を歩いていく。

 

杉並木を抜け、三門をくぐると、ぱっと開けた境内が広がる。直線正面には階段を上がって少し高くなっているが本堂が佇んでおり、左手には三重塔、右手には経蔵。天然記念物にも指定される光前寺庭園は左後ろ側に広がっている。

 

「で、わんこはどこだ? 祀られてるわんこは?」

「参拝もそこそこにそれかよ。わんこ大好き人間め」

 

と、リンのその態度に呆れつつ、これだろと背後を指さすコウタロウ。

彼の指さす先には、本堂の軒下に鎮座するわんこ(Lv100)が。

ワクワク顔でリンが見やるが、だんだんと顔が曇っていく。

 

「……厳つい系か」

「寺社仏閣にゆるふわ系わんこを期待する方が酷だろ」

「まあそりゃそうか」

 

何気なくコウタロウが視線を移した先には、光前寺の霊犬伝説の概説があった。

2人して目を通してみる。

 

霊犬早太郎。

700年ほど前に光前寺で飼われていた山犬であり、静岡県磐田市の見附村で神の名をかたり人身御供を取っていた化け猿(老ヒヒ)を退治するため、はるばる信州から出張しに行ったというベビーフェイス・ワンコ。

 

「ふーん……この早太郎を祀ってるのか」

 

傍らの像を見つめ呟くリンの横で、目を見開いたコウタロウが声を上げた。

 

「あーーっ!! 思い出した!!」

「な、なんだよいきなり大声出して」

 

突然の大声にびっくりして肩を上げたリン。

ジト目で睨むリンとは対照的に、どこか興奮冷めやらぬ様子でコウタロウが早太郎像をしきりに指差し口を開いた。

 

「このわんこしっぺいだよしっぺい!」

「? まあしっぺい太郎って書いてあるけど」

「しっぺい太郎はしっぺい太郎でも、イメージキャラの方のしっぺいだよ、磐田市の!」

 

そう言って静岡県磐田市のPRマスコットキャラクターである「しっぺい」をスマホの画面に表示させた。

 

「か、かわいいじゃねえかよ……」

「だろ!? ってそうじゃない! なーんか聞き覚えあったと思ったら、しっぺい太郎伝説の光前寺だったのか! いやーなでしこに言われた時からずっと引っかかってたんだよ。やっとスッキリした」

「あーまあ浜松市と磐田市近いし聞き覚えあったってことか」

「いやしっぺい太郎飼ってた光前寺がある駒ヶ根市はともかく呼んだだけの磐田市が我が物顔でしっぺい太郎をイメージキャラに使ってんのが気に食わんくて覚えてた」

「お前いつか絶対怒られるぞ」

「だってそうだろ!? こいつプロフィールで『ぼくの住んでる磐田市のこと…』って言ってんだぞ! お前住んでたのは駒ケ根市だろうが! 駒ケ根の光前寺だろうが!」

「あー今全磐田市民敵に回したからな」

「ぐぐぐ……」

 

納得のいっていない顔のコウタロウはさておき、全磐田市民には先んじて謝罪をしておく。誠に申し訳ない。

が、あらゆる方向に損しかないゆるキャラ談義は続く。

 

「というかそれ言い出したら浜松市の家康くんだってそうだろ」

「なにがだよ」

「徳川家康がいたのは駿府だろ、静岡市の。生まれたのだって愛知だし」

「ちげーし、家康は浜松のものだし! てか実際20年くらい住んでたし! 単身赴任先を在住地とか偽っちゃう磐田と一緒にすんな!」

 

このままだと磐田市民に叩かれそうなので閑話休題。

 

「――だから、家康は浜松のものだしジュビロだってららぽだって浜松のなんだよ。分かったか?」

「もう分かったから。それ以上はやめとけ。ほら、温泉行って落ち着こ? な?」

「……ウン、オレ、オンセン、イク」

「唐突なバーサーカーやめろ」

 

バーサーカーコウタロウをリンがなだめすかして帰路に就く二人。

なでしこナビに近くの温泉を聞こうと思うリンに、デフォルメされた早太郎のおみくじが目に留まった。思わず足が止まる。

 

「うん? …ああ、早太郎おみくじ。500円だってよ、どうする?」

「かわいいけど……500円はちょっとなあ」

「ほーん……」

 

先の厳つい系の早太郎とのギャップもあり、余計に可愛いその佇まいを前にぐぬぬと考え込むリン。500円はおみくじにしては少々値が張るが、整列したそのわんこたちがつぶらな瞳でじいっとこちらを見てくると、如何とも足が前に動かない。

 

と、隣でコウタロウがひょいと一体をつまんで持ち上げた。

 

「ま、俺は買うけどな」

「え」

 

彼はそう言って手のひら大のわんこを手の中で弄ぶと、売り場の巫女さんの方に向かっていってしまった。

 

「ま、待って守矢。私も…私も買うからっ」

 

 

 

 

「小吉。……まあそんなもんか」

 

おみくじを確認したリンがぼそりと呟いた。

 

(待ち人…難しいが諦めなければ吉。……か)

 

真っ先に目を通したその欄には、少々手厳しい言葉。

その文言にがっくりと肩を落としつつ、傍らのコウタロウを見やった。

 

「志摩は小吉か。俺も小吉だったわ」

 

せーので見せ合った結果には、互いに同じ運勢があった。

それはなんとなく嬉しいが、自分の待ち人を見ると思わずぶすりといった表情になってしまう。本当にこいつは人の気も知らないで……。

 

「しかも待ち人なんて『諦めるが吉』だってよ。なめてんのかこいつ。犬だけに」

「えっ」

「ん?」

「いや……なんでもない」

 

意外ともいえるその結果に、図らずも声が漏れてしまった。

どういうことだろうか。諦めるが吉って、じゃあ守矢の好きな人って、なでしこじゃない、のか……? なでしこだったら両想いのはずだし。なら誰……?

 

思考がぐるぐると頭を回るリンをよそに、その結果を気にするでもなくコウタロウがからから笑った。

 

「ま、所詮占いだしな。運勢なんて行動次第でどうにでもなるってな。犬っころごときに俺の趨勢を決められてたまるかってんだ」

 

そう言って手の中のしっぺい太郎を指でピンと弾き笑う。

そんな様子に、毒気を抜かれたようにリンもふっと微笑んだ。

 

「……それもそうか」

 

とはいいつつ二人しておみくじ掛けにおみくじを結び、メッセージアプリでなでしこに報告までは既定の流れだった。

 

『祀られてた犬は厳つかったけど犬みくじはかわいかったよ』

『小吉コンビなう』

【写真】

『犬みくじカワイイ! こっちは今あきちゃんがほうとう作ってくれてる最中だよー』

【写真】

 

コウタロウからは、小吉のおみくじ片手の二人のツーショット。なでしこはほうとうをつくるエプロン姿の千明の写真。

 

そんな写真を見ながら駄弁りつつ、駐車場まで戻ってきた二人は、バイクに乗り込む準備をしつつ話し続ける。

 

「そういやこっち来てほうとう食べたことなかったな」

「まじか。守矢おまえそれ浜松行ってうなぎ食べないのと同じくらい大罪だぞ」

「そりゃまずいな。どっか店入ったらほうとう頼もうぜ」

「……もしよかったらさ、今度家に食べに来なよ」

「え? いやいやそんな悪いだろ」

「だ、ダメならいいから! うちがダメなら山梨戻ったら二人で食べに行こうよ」

「そうだな、そうしようか」

「……ん、約束な」

「おう、約束」

 

と、ほうとうを食べる約束を取り付けたところで、コウタロウのお腹からぐうと音が鳴った。二人して顔を見合わせる。

 

「飯の話してたらお腹空いてきた」

「……遅めだけどお昼食べ行くか」

「お、ほうとう行く?」

「それは山梨戻ったら」

 

何となくおかしくて二人してはにかみあうと、そのタイミングで二人の携帯が通知を知らせてきた。

 

「大垣からだ」

「なんて?」

 

『おすすめの温泉見つけたぜー』

『ナイスと言わざるを得ない』

『近い方は610円、遠い方は370円だ』

『じゃ遠い方で』

『あいーここだZE http://maps.com/geroonsen…』

 

どれどれと二人してそのURLをタップしてみる。

 

『岐阜県 下呂温泉……』

 

「「……」」

 

「岐阜じゃねえか」

「遠すぎるわ」

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

いつかの夏休み。

 

俺は、夏休みを利用して、母方の親戚の家のある長野県に遊びに来ていた。

毎年のことだったが、何でもうちの母親は半ば勘当気味に実家を出てきたらしく、俺はこうして1人っきりで親戚の家まで来ないといけない。今でこそ慣れたものだが、小学生時分の時に1人で行かせるには少々遠すぎるのではと思う。

 

いくら避暑地の代名詞ともいえる長野とはいえ、夏は暑い。

シャツの下にじっとりと汗をかきながら、俺は待ち合わせをしている親戚を待っていた。

 

「……ん?」

 

夏休みで平日とは言え、そこそこ人がいる駅前の広場の中で、妙に目立つ存在が目を引いた。

ぱっと見は子供であり、紫のエプロン風の着物にカエルの刺繍、その下には白の留袖。目を引くのはかなり大きめのバケツ帽子である。なんか目玉みたいな飾り付いてるし……。

 

「迷子か……?」

 

駅前の噴水の脇にしゃがみ込み、道行く人を眺めているように見える。

 

あ、目が合った。

 

「……!」

 

まあ目が合ったものは仕方がない。迷子だったら声かけないわけにもいかんしな。

俺はポケットの中に金太郎飴の在庫があることを確認すると、その金髪幼女のもとへ足を向けた。

 

「よう嬢ちゃん、どうした? 誰か待ってるのか?」

 

彼女と同じく噴水脇に座り込み、目線を合わせてそう訊ねる。

すると、彼女は何が嬉しいのか顔をほころばせこちらを向いた。

 

「んーん。待ってたけど、もう来ちゃった」

「なんだよかった。迷子じゃなかったか」

「まあどっちかというと、迷子はコウタロウの方だしね」

 

そう言っていたずらに笑う。

 

「え? なんで俺の名前知って――

「不審者ぁーーーっ!!!」

「ぶべらっ!!?」

 

と、背後からの強い衝撃により、俺の体は飛沫を上げ噴水の中に沈んだ。

突然のことに思いっきり水を飲んでしまいむせつつも、突然のテロ行為に断固として抵抗すべく犯人を睨みつける。

 

「ゲホゲホッ……。いきなりご挨拶だな早苗ェ……」

「神さ…あー、小さい女の子に話しかける男は須らく不審者ですよ、コウタロウ」

「誰か分かってんじゃねえか! …分かってなくてもやるなよ!」

 

差し出された手を掴んで噴水から這い上がる。

突然に俺を蹴り飛ばした不審者、東風谷早苗はやり切ったと言わんばかりのすがすがしい表情を浮かべると、いつもの脇だし巫女服とは違うラフな装いに、夏の涼風を思い起こされる綺麗な緑髪を揺らした。

 

「って、あれ。さっきの幼女は?」

 

昼間の広場で突然に男を蹴り飛ばした女と蹴り飛ばされた男は相当に目立っており、いつの間にやら衆目を集めている。

キョロキョロと周囲を見るが、先の金髪幼女の姿はどこにもない。

 

「え? あー、先に帰ったんじゃないですか?」

「先に帰ったって、お前知り合いだったのか?」

「うぇ、ああ、まあそんな感じです。知り合いというか、家族的な?」

「家族!? え、ってことは俺とも親戚だってことか? うそ、全然見おぼえなかった」

 

なんだかいまいち的を得ない早苗の説明に引っかかるところはあるが、あんな親戚いただろうか? まあ親戚の集まりとか行けたことないけど。主に家の母親のせいで。

 

「コウタロウは知らなくても、諏訪子さ…あの子はずっとあなたのこと知ってますよ。ずっとね」

「へえ、あのこ諏訪子ちゃんって言うのね。今度会ったら飴ちゃんあげよ……あ」

「どうしたんです? 早くうち行きましょうよ」

 

諏訪子ちゃんに飴ちゃんをあげたいとポケットの中をまさぐって、ぐしょ濡れの金太郎飴がべとっとした感触と共に手に当たった。

それを掴んで早苗の眼前に突きつける。

 

「……これ」

「……」

 

ふいっと目線を逸らす早苗。

 

「……弁償な」

「……はい」

 

逃げないようにがしりと掴んだ早苗の手を離さないまま、俺たちは早苗の家、守矢神社に向かうのだった。

 





謝罪とお詫び

へやキャンの内容何にしようか悩みに悩んだ挙句、東方ネタを扱ってしまったことをお詫びさせてください。ゆるキャンをメインで扱いつつも、私のやりたいことばっかやってて散らかってしまうのではと危惧せずにはいられないのですが、すでにのんのんびよりもやっちゃったし、「今更だしいいか!」と楽観してしまった結果がこれです。全部アイデア浮かばない私が悪いです。許してください何でも島村。なんかもう何やっても叩かれるのではと、むしろ逆に開き直った結果ですね。うーんこの腐れメンタル。

原作キャラと関わらないしクロスオーバータグ必要なのか分からないので取り敢えずそのままでいこうと思いますが、必要に決まってんだろこのタコ!と言われれば即付けます。重ねて申し訳ない。



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三十八話

感想来ないどころか評価が右肩下がりだけど投稿するんだぜ。



 

光前寺からほど近い、「駒ケ根の湯」。国民宿舎と併設されており、宿泊者は割安で温泉に浸かることができる。今回二人は温泉のみの利用だが、公営施設なだけあって、太田川沿いの一等地を広く占めており、耳をすませば清流のせせらぎが聞こえ来る、閑静な雰囲気のナイスな温泉である。

 

「はぁーーー……」

 

そんな駒ケ根の湯の女湯側の露天風呂では、広いお湯を独り占め状態のリンが大きく伸びをして気持ちよさそうにため息をついていた。

内湯には数人人影があるが、冬という事もあってか外の露天風呂にはリン1人。誰に気兼ねするでもなく、温泉で火照った表情と共にほうっとリラックスできる。

 

(凍えてた体が一気にふやける感じ……)

 

個人的には、露天風呂の神髄は冬にこそあると思う。体の外気に触れる部分は冷たく、温泉に浸かっている部分はあたたかいというコントラストがたまらない。

 

(寒い日にわざわざ出かけて凍えといて、温泉で温まる……)

 

姿勢を直そうと膝立ちになると、ざばりとお湯が落ちる音ともに、リンの白磁を思わせる白い肢体からつうとお湯が伝う。火照った躰は扇情的ともいえる色気に満ちているが、誰もいないこの場所。リンはその体を惜しげもなくさらしている。というか見られたら羞恥で死ぬ。

 

座りやすいポジションで再び浸かると、頭の中を空っぽにしてただお湯の感触を味わいつつ、熱にあてられたようなふやけた表情で何気なしに空を見上げた。

 

(マッチポンプマッチポンプ)

 

そのまま目をつぶり、しばしその雰囲気を楽しむ。

と、

 

『うおー! 誰もいねえ貸切風呂だぁー!!』

 

隣の浴場からものすごく聞き覚えのあるそんな声がして、思わずため息がこぼれた。

 

「はあ……台無し」

 

 

 

 

流石にわきまえたのか最初の一声以降隣の浴場から声が聞こえてくることも無く、安心してリンはしばしの間雪を被った駒ヶ根連峰を眺めていた。

 

(あんなのに登る人もいるんだよな。すごいよなぁ……)

 

遥か先にそびえる山々はどれも標高が高く、3000メートル級が続くという。ロープウェイを使えば初心者でも十分に挑戦できると言うが、ロープウェイなしで臨もうとすると相応のレベルが要求される山々だ。

 

なんて思っていると、

 

『あんなのに登る人もいるのか……すげえな』

「ふふっ。同じこと言ってる」

 

自分と全く同じ反応をしているのが聞こえてきて、図らずも頬が緩んだ。何となくそれが嬉しくて、誤魔化すようにぱしゃぱしゃとお湯を顔に掛ける。

気が緩んでいるのは向こうも同じなのか、それとも声が響くからか、彼の声は続く。

 

『登山といえば、さっきのお姉さん綺麗だったなー……』

「む」

 

聞き耳を立てていたリンの耳に、聞き捨てならない声が届いた。十中八九、先のお茶をくれたお姉さんのことだろう。確か菊川昴さんという名前だった。確かに綺麗な人だったけど……。

むっとして柵越しに男湯の方を睨みつける。

 

『やっぱ登山は男のロマンだよなぁ。夢と山はデカければデカいほどいい……』

(何言ってんだこいつ)

 

独り言とは得てしてそういうものだが、思うままに口から言葉が出ているらしい彼に心の中でツッコミつつ、ふと目線を自身の胸のあたりに持ってくる。

 

「……」

 

山というか、丘がそこにはあった。

 

(デカければデカいほどいい……)

 

何となく胸に手を当てると、先のコウタロウの言葉がリフレインしてきた。

別に彼は胸の話はしていないのだが。

 

(やっぱり男子って大きい方がいいのかな……。犬山さんとかスタイル良いし……)

 

言わずもがな、あおいは男子に人気がある。基本的に誰にでも優しく話しやすい性格もさることながら、その抜群のスタイルの良さのためだ。

そしてそんなあおいは、コウタロウと一緒にいることが多い。

 

「……」

 

再び自身の丘を見やる。

 

(……やめよう。むなしいだけだ)

 

これ以上あれこれ詮索しても無益だと判断したリン。

まだ何か言っているだろうかと聞き耳を立てるが、もう何も聞こえる気配はない。ならばと当初の目的通り温泉をじっくり楽しむことにして、肩までお湯につかり出した。

 

(あーーヤバい。本格的に動きたくなくなってきたぞ……)

 

リンとコウタロウが温泉に浸かっている間、彼らの携帯のメッセージアプリではなでしこと千明の二人がリンたちの昼ご飯についてあれこれ紛糾しているが、それは知る由もない。

 

そうして一人静かに温泉を楽しんだ頃。

だんだんとのぼせ始めてきたかなあと自覚しはじめたリン。

 

(そろそろ出るか……)

 

自分は髪を乾かすのにも時間がかかるし、コウタロウをあまり待たせるのもよくないだろうと、ガラガラと引き戸を開け脱衣所に向かう。

 

露天風呂には人の気配が消え、静けさだけが残った。

 

と、隣の浴場から声が聞こえてくる。

 

『あー……桜さんと登山とか行きてえなぁ……』

ぽつりと、誰に聞こえるでもなくそう声が響いた。

 

 

 

 

「あれ。守矢がいない」

 

早すぎたかとぼやくリンの姿は、併設される食堂スペースにあった。

ならば適当なところで待っていようと、湯上りで火照り若干ぽやぽやした思考のまま、流されるように奥の座敷に座り込みスマホを開くと、尚も侃々諤々の昼ご飯論争の他に、コウタロウからも連絡がきていた。

 

『今出た』

 

送られてきた時間を見るに、リンよりも先に上がったようだ。

 

「なんだもう出てるのか。どこにいるんだよ」

「お、志摩も上がったな」

「うわ、びっくりした。守矢いたのか……」

 

リンが辺りを見回すのと、そう声がかかるのは同時だった。

声の主を見れば、なんだかしたり顔でピースサインを送っているコウタロウの姿。

 

「どしたの」

「いや、さっきまで食堂のおばちゃん達と話してたんだけどさ」

「いないと思ったらそんなことしてたのかよ」

「食券のとこに居たら、何食べるのって聞かれたからその流れでな」

 

そんなことあるのかと思うリンだが、今の食堂内の自分たちしかいないという閑散ぶりと、コウタロウのマダムキラーぶりが合わさればそう言うこともあるのかもしれないと納得した。

私なら絶対出来ないけど、とぼやく。

 

「そしたらさ、ソースカツ丼食べるならおまけしてくれるって! 味噌汁とご飯のみならず、千切りキャベツもおかわり無料券を勝ち取って来たぜ」

「まじかよすげえな」

「へへん」

 

ドヤ顔でコウタロウが後ろにサムズアップすると、カウンターから顔をのぞかせていたおばちゃんもそれに返してきていた。満面の笑みで。というか私はそんなに食えんのだが……。

一体何を話せばそうなるのか気になるところだが、まあ別にそれほど興味は無かったのであいさつ程度にリンも会釈を返し二人して食券売り場まで向かう。

 

「私はミニソースかつ丼にしよ」

「げ、これ入浴セット券だとミニサイズしか頼めないのか」

 

リンが迷いなくボタンを押す横では、大盛サイズのソースかつ丼を頼む気満々だったコウタロウが愕然と項垂れていた。悔し気に声を漏らす。

 

「ぐぬぬ……」

「いやお代わりできるんだからいいだろ」

「う……まあそれもそうか。これ以上を望んだら罰が当たる」

「そういうこと」

 

そうして二人して同じものを頼むと、先の座敷に戻ってくる。

メッセージアプリを開くと、相も変わらずなでしこと千明が言い争っていた。

 

『伊那のローメンだ!!』

『駒ケ根のソースかつ!!』

『『ぐぬぬ』』

『なでしこのくせに生意気な!』

『あきちゃんのがんこー!』

 

「おいあの二人まだ揉めてるぞ」

「ローメンもおいしそうだけどもうここから動きたくない」

「な」

 

そうしてしばし二人の論争に見入っていた二人のもとに、お待ちかねの物が運ばれてくる。湯上がりでぼうっとしていると、時間が経つのはあっという間だ。

 

「はいお待たせ。こっちがコウタロウ君で、こっちはお友達の分ね」

 

と、先のサムズアップおばちゃんがミニとは名ばかりのサイズのソースかつ丼を置いて行く。明らかに大盛サイズだ。

怪訝な顔を返す二人。

 

「あの、これ」

「お、おばちゃんこれ……」

「いいのいいの! 若いんだからいっぱい食べないと。それに、今日お客さん少ないし、余ったら捨てなきゃなんだから!」

 

どうやら食券売り場での二人の会話を聞いていたらしく、少々のリップサービスをしてくれたようだ。

おばちゃんはそう言ってウインクを返した。

 

「あ、ありがとうございます」

「いいのよー」

「ありがとうございます! おばちゃん愛してるぜ!」

「あら嬉しい。私もよ」

「厨房のおばちゃん達も愛してるー!!」

「「「私もよー!」」」

(なんだこれ……)

 

リンはマダムたちとコウタロウの茶番に引きつつ、コウタロウってすごい、改めてそう思った。

 

その後二人してひとしきりお礼を言うと、にこやかにおばちゃんは戻って行った。

思わぬ気遣いにほくほく顔のコウタロウと、目の前に置かれた大盛りのミニソースかつ丼をパシャリと写真に収めるリン。

 

『ミニソースかつ丼(ミニとは言ってない)きたー』

【写真】

『『えっ!?』』

『守矢が食堂のおばちゃん達を落として大盛りになった』

『『えっ!!?』』

 

「おいなでしこに変なこと言うのやめろ」

「事実だろ。愛してるとか言ったし返ってきたし。もうおばちゃん達と結婚しろよ」

「それは捨てがたいが、俺の愛は全ての女性たちに注がれるものだからな」

「ルパン三世か」

 

なら私にも分けろよとリンはジトっと彼を見つめつつ割り箸を割った。

いただきますと手を合わせてソースかつ丼に口を付ける。

 

「ん、ウマい……」

「うマーベラス!」

「サンドのネタやめろ。ソースかつ丼とサンドウィッチごっちゃになるだろ」

「いやそうはならんだろ……」

 

とはいえ美味しいのは確か。ソースの染みたしっとり目のカツがご飯としんなりめのキャベツにめちゃくちゃ合う。名古屋でもソースカツは有名だが、こちらのソースは名古屋のものほど主張が強くないのがグッドだ。キャベツがあるのも高ポイントである。

湯上りのほかほか状態で、温かい室内で小川のせせらぎを聞きながらうまい飯を食べる。リンは今ソースカツだけでなく、最上級の幸せもかみしめているのだ。

 

「大盛食べきれるか自信なかったけど、これならいけそう」

「おばちゃんおかわり!!」

「早えよ」

 

爆速で一杯目を平らげたコウタロウがお代わりを貰いに厨房まで駆けて行った。

まあコウタロウだし仕方がないと半ば諦め、リンはもう一口カツを頬ばる。

 

(普通のとんかつソースよりまろやかで甘い……。ソースだけ売ってないかな)

 

コウタロウがおばちゃんに頼めば購入できそうな気がしてならなくて、やっぱソースはいいやと思い直す。おばちゃん相手でもいちゃいちゃされると嫌だ。

というか、口説くならおばちゃんじゃなくてまず私だろ。二人きりでキャンプ来てるのに、何とも思わないのかあいつは。私はこんなに意識してるってのに。

もしや熟女好きとかそんなことないよな流石に……。ないよ、な……?

 

と、さっきからがつがつうるさい彼の方をちらと見て……

 

「……わう?」

(い、犬!? 犬が、私のサラダを……!)

 

気付けばコウタロウの姿はなく、白い犬が無我夢中で自分のサラダを頬張っていた。がつがつ食ってたのはこいつか。

一瞬コウタロウが犬に化けた!? と錯覚するが流石にそんなことは無い。が、厨房の方を見ても彼の姿はおろかおばちゃんたちの気配もない。

一体どういう事かとリンがいぶかしんでいる中、

 

「コウタロウや、腹ごしらえは済んだかのぅ?」

「ワフッ」

 

と、どこか聞き覚えのある声に振り返れば、旅僧の装いのなでしこが立っていた。白いちょび髭まで着けて。というか犬の名前。

 

「……何やってんだなでしこ」

 

よもやコウタロウを追ってここまで来たかと戦慄するが、そう思うにはいささか様子が違うし犬の名前。

なでしこ(?)は答える。

 

「ワシらはこれから静岡の磐田に行くんじゃ」

「磐田?」

「磐田に村人を苦しめるたいそう悪い化け猿がおってな、そいつをこのコウタロウと懲らしめに行くんじゃよ」

「そこは早太郎じゃないのかよ」

「何を言う。コウタロウはコウタロウじゃ。ねーコウくん」

「わふ!」

「おい素が出てるぞ」

 

というかコウタロウは本当に犬設定なのかよ。そいつにサラダ食われたと思うとなんかムカついてくるんだけど。

 

「ほいじゃワシらはこれで。またのうリンちゃん」

「ワフッ!」

 

そういってなでしこ(?)とコウタロウ(?)は踵を返し歩きだす。

 

「何、エビかつ丼を食わせろ? もう、さっき大盛りソースかつ丼食べたばっかりだよ? …あっ、こらコウくん! だめだよそんな今は……! 磐田まで我慢してで豚足カレー食べよ? ねっ?」

 

あれ、待てよ。コウタロウ(?)が行っちゃうのはおかしいだろ。だってあいつは私と一緒に来てるんだから。いくらなでしこでもそれはだめ……!

 

手を伸ばす。

 

待って。待ってよ守矢! 私を置いてかないでよ! 

 

手を伸ばす。

何で行こうとするの? 私よりなでしこがいいの!? やめてよ! 私以外のところに、行かないでよ……!!

 

「待って、待ってってば! 守矢!! ねえっ!!」

 

声は、届かない。

 

 

 

 

「………あ」

「お、やっと起きた」

 

ぱちりと目を開けると、困ったような笑みを浮かべたコウタロウが視界に写った。

寝ぼけ眼のまま両手を伸ばし彼の頬をムニムニといじる。

 

「……ちゃんと人間だ」

「まあ生憎生まれた時から二足歩行だな」

 

あれでもはいはいの時は四足歩行なのかとコウタロウが悩みだす横で、ほっとした表情を浮かべるリン。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

自分の前におかれた食器が空になっているところを見るに、どうやら食べ終えた後満腹の余り眠気が来たのだろう。

 

「寝ちゃってたのか。守矢、今何時……」

 

言い終わる前に、すっかり暗くなっている窓の外が視界に入り、冷汗が流れ始める。

思わずごくりと唾を飲み、祈るように彼の二の句に聞き入るリン。

 

「17時少し前ってとこ」

「……!?」

 

残念ながら神はいなかったようだ。

リンの体から、血の気がさあっと引いてくるのが分かった。

 

今17時。

外、暗い。

まだ、キャンプ場、着いてない。

キャンプ場、遠い。

 

「守矢……!」

「荷物ならここにある」

 

焦るリンに、コウタロウは一纏めにしてあった二人分の荷物から、彼女の分を手渡した。謎の手際の良さを発揮する彼だが、今はナイスと言わざる得ない。ナイス!!

リンはむんずとひったくるようにそれを掴むと、一目散に駆けだした。

 

「守矢ダッシュ!! 全速!!」

「おうともさ!」

 

そして過去最速でバイクに乗る準備を済ませると、後ろをついてくる彼への合図もそこそこにアクセルをぶん回した。

 

「思いっきり寝過ごしたーーーっ!!!」

(わんこそばみてえにお代わりし続けてたら時間経つの忘れてたとは言えないよなあ……)

 

リンの魂の叫びともいえる今日一番の大声の裏では、抗えない食欲による罪悪感にかられるコウタロウがいたのだった。

 

 

 

 

へやキャン△

 

私には、仲の良い男の子が一人いる。と言っても、親戚の子ではあるんだけど。

 

守矢神社の当代の風祝として、少々人とは違った力を持つ私とは打って変わって、そういった力は持たない彼だけど、その代わりか身体能力はずば抜けている。

神奈子様が言うには、現人神としての器の片割れらしい。巫女としての能力面では私が、肉体面では彼が、というように私たちはそれぞれ別の側面で文字通り人間ではない。

 

「おー諏訪子ちゃんそんなことまで知ってんのかー。すごいなあ」

「えへへーでしょー?」

 

最も、彼にその自覚は一切ないんだけど。というかこないだまで神奈子様や諏訪子様を認識できてなかったし。

何故急に見えるようになったのかは謎だ。成長期だからかな?

 

「じゃあそんな偉い諏訪子ちゃんには飴ちゃんをあげよう。一昨日早苗に弁償させたやつ」

「わーいコウタロウ大好き!」

 

翻って私は、幼い頃から人と違った能力があることを自覚していたし、神奈子様達両柱も知覚できていた。今やお二人ともすっかり家族だ。

とはいえ、建御名方神たる神奈子様と、土着神の頂点たる諏訪子様という神性にあてられ続けた私は、普通の人とのギャップに悩むこともあった。ほら、見えないものが見えたりとかそういうの。

そういう悩んでた時期に、そんなの全然関係ないと言うようにこっちに踏み込んでくるコウタロウには、実はけっこう感謝していたりする。

 

「そういやその帽子の目玉って本物? なんかすげえ目が合うんだけど」

「あ、気になっちゃう?」

「私、気になります!」

 

する、のだが……。

 

「ふふ、そこまで言われたらしょうがないね、コウタロウには特別に教えてあげよう」

「お、まじかやった! さっすが諏訪子ちゃんだ――

「不敬者ーーーっ!!!」

「ぶべらっ!!?」

 

私の華麗なドロップキックが、極大の不敬を連発する愚か者の背中に直撃した。ずざざ、と前のめりに神社の境内の土とキスをする。だいぶ熱いベーゼだ。私は絶対したくない。

ちなみにけがの心配とかはしていない。大丈夫、彼 最強(フィジカル面で)だから。

 

「いきなり何すんだよ!」

「一昨日からずーーーっと言ってますけど、そこにおわすのは神様なんです! 神様! そんな諏訪子様に向かって、畏れ多くもちゃん付けしたり膝の上に座らせたり……。不敬が過ぎますよコウタロウ!」

 

最初は驚くかもと思って隠そうとしたけど、まあ主に私のボロが出過ぎたことが原因であっさり白状して既に二日。

ばれたらもう仕方ないかと開き直り、お二人について懇々と説明しても全く聞き入れようとしないのだ。というか態度を改めようとしない。

 

「だって、なあ……?」

「ん~?」

 

そう言ってぶっきらぼうに諏訪子様の頭を撫で始めるコウタロウ。

そこ! 諏訪子様も振り払ったりしてください! なすがままにされない! 気持ちよさそうに目を細めない!

 

「神奈子様も何か言ってやってくださいよ!」

 

このままでは埒が明かないと、神社の軒先に座り込んでこちらを眺めていたもう一柱、八坂神奈子様に向き直った。

 

「え? あー、まあコウタロウがそれでいいならいいよ」

「流石姐さんだぜ」

「言うに事欠いてこの男は!!」

「うわ、どうどう落ち着けって早苗」

 

お祓い棒で殴り出した私をコウタロウが止めにかかった。

くっ、流石にフィジカルじゃ勝てないか……!

 

「いや俺だって二人? 二柱? が神様だって疑ってるわけじゃない。姐さんの後ろの注連縄とか明らかに物理法則無視してるし、なんか二人とも圧が違うし」

「ならなんで」

「いやほら、諏訪子ちゃんなんか初対面が『迷子かな』だったからさ、今更態度は変えづらいって言うか」

 

一応申し訳なくは思っているのか、目線をずらして頬を掻く仕草を見せる。

ま、まあ諏訪子様に関しては見た目も相応に幼いから、分からないことも無い、けど。

 

「あたしなんて、初対面の第一声が『あの爆乳の姉ちゃん誰』だったからな! こりゃあ笑うわ!」

 

思い出してもまだ面白いのか、そう言って神奈子様が豪快に笑った。

 

「ほんとにあの時はぶっ殺してやろうかと思いましたこいつ。リアルに殺意湧きましたよ」

「あ、あん時は面と向かっては言ってなかったじゃないすか! 早苗にこそこそっと聞いただけで……」

「ぶっころ!!」

「怖いこと言うなよ! お前の殺意は割と本気で叶っちゃうかもしれないだろ」

「あー……コウタロウならフィジカルで何とかなりますよ」

「適当ぬかすな」

「まあ死なない程度に呪うくらいで勘弁してあげます」

「呪うのは確定じゃねーかふざけんな!」

「む、やりますか?」

「いいだろう、決着つけてやる」

「受けて立ちますよこのフィジカルチート! 体力お化け!」

「言ったな? 吐いた唾は吞めねえぞこの腋出し巫女! アホの子!」

「なっ、どこ見てんですか変態! えっち! 女たらし! 女の敵!」

「お前のなんか見るか! 俺は年上好きなんだよ!」

 

ぐぬぬといつもの言い争い始める二人をしり目に、二柱の神は感慨深げにつぶやく。

 

「……でも、よかったねえ。コウタロウがちゃんとあたしらのこと見れて」

「うん。これで、もう心残りはないよ」

「早苗には申し訳ないが、こればっかりはどうしようもない、か」

「ああ。最後にコウタロウと触れ合えて、本当に良かった。大切な子孫だからね、それだけが悔いだった」

「あの子が帰ったら、だったね」

「ああ……あの子が返った後、あたしらはもうここにはいない。誰の記憶にも残らないさ」

「幻想郷、か……。どんなところだろうねえ」

 

どこか寂し気な二人の会話は、終ぞ誰に聞こえるでもなく閑散とした神社の静寂に消えていった。

 



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三十九話

家が火事になってて遅れました。



日がすっかり傾き暗くなった南部町は各務原家では、なでしこと千明がお菓子をぱくつきながら部屋で駄弁っていた。

夕飯には千明特製(笑)のほうとうが振舞われ、二人のお腹は充電完了である。

 

「……で、さっきは何となく有耶無耶になっちまったけど、コウタロウの好きな人について聞かせてもらおうかぁ!」

 

メガネを爛々と光らせ興味津々といった様子で身を乗り出す千明とは対照的に、なでしこはたははと苦笑を漏らした。

 

「う、うーん……そ、そうだあきちゃん! 今度のキャンプの作戦会議しなきゃじゃない!?」

「そんな露骨な話題逸らしに乗るあたしと思ってか? いやまあそれもするけど」

「うぅ……」

「ようし分かった! コウタロウの好きな人を言ってくれたら、あたしの好きな人も暴露しようじゃないか! 出血大サービスだ!」

 

同級生の恋バナという青春イベントを前に千明のテンションは上がっており、恐らく後から後悔する系の交換条件まで提示し始める始末。ベッドの中で悶える姿が目に浮かぶ。

そんな様子に逃れられないと悟ったのか、はたまた千明の好きな人に興味があったのか、なでしこはこくりと頷くとぽしょぽしょと話し出す。

 

「わかったよぅ……」

「ならばよし」

「……中学生の時にね、コウくんが同級生の女の子から告白されてるとこを偶々見ちゃったことがあって」

「ほうほう」

「もちろんその子と付き合ったりはしてないんだけど、その時『好きな人がいるから』って言ってて」

「ほー……」

 

それはお前のことでは? と千明は言いかけるが、話の腰を折らないためそのまま聞き入る。

 

「でね、その後で私さり気なく聞いてみたの。『コウくんって好きな人とかいる?』って。そしたら……」

「そ、そしたら?」

「『未だに初恋を引きずってる』って」

 

ほうと物憂げに息を吐くなでしこ。

 

「コウくんの初恋って幼稚園の時だってのは知ってたし、私たち小さい時からずっと一緒だったから、もしかしてもしかしたら私のことなのかなって思ったんだけど。……違ったの」

「ごくり……」

 

そんな彼女の様子は普段のぽわぽわしたものとは打って変わっていて、ギャップに吞まれそうになる。思わず固唾をのんで続きを促す。

 

「いたんだよ。私以外にも、ずっと一緒だった人が。そういえば小さいときはべったりだった人が!」

 

ぽつりぽつりと明らかになる事実に、千明はもう飲み込んだつばを反芻する勢いでいた。過去最高に嚥下している。明日は筋肉痛だ。

 

「その人ってまさか……」

「お姉ちゃんだよ」

「………………う、おー……」

 

今明かされる衝撃の真実に、言葉が出ない。

千明は眼鏡を取って目頭を揉むと、一息つくように天井を仰ぎ見た。

 

思い返してみればコウタロウには年上好き的な気配はあった。

 

なでしこをはじめ、コウタロウの周りには可愛い女子が多い。しまりんだって斉藤だって、イヌ子なんか勿論のこと同じ女子目線で見ても可愛い。イヌ子の破壊的ともいえるおっぱいに靡いてないと確信した時はホモ説を疑ったが、そうかと思えば新任の鳥羽先生には妙にテンションが高い。鳥羽ちゃんとか呼ぶしやたら美人美人言うし。流石に本人の前じゃ言わんが。

 

奴がなでしこの可愛さにもしまりんのクールさにも斉藤のからかい上手にもイヌ子のおっぱいにもうんともすんとも言わないのは、つまり年上が好きだったから……?

 

「だ、だけどさ、少なくともそれは中学までの話だろ? 今の時点でどうかは分からないぞ!」

「そうなんだけどね。だから多分って言ったんだけど、コウくん一途だから……!!」

 

何年とため込んできたもどかしさや、姉とコウタロウに対する感情がないまぜになって語勢が荒ぶるなでしこ。

 

「ほんっとにあの人はもう! 私の気も知らないで今日なんかリンちゃんと二人でキャンプ行っちゃうし!! ……行って来てって言ったのは私なんだけど! もお……もうっ!」

 

語勢につられテンションも高ぶり、内心とは裏腹の行動をしてしまった自分への感情を持て余す。でも乱暴なことは出来ないので枕に顔をうずめてベッドにダイブするにとどまった。

なでしこの体重分、ベッドがぽふりと揺れる。

そうしてしばし足をバタバタさせて鬱憤を発散させたかと思えば、ぱたりと糸が切れたように動かなくなり、しばしの沈黙。

 

「……でも好き」

 

枕に伏していたが、その声は十分に聞こえるもので。

 

「……何かこっちまで恥ずかしくなってくるんだけど。……というか、コウタロウの好きな人だけ聞ければよかったんだけど」

 

まあ知ってたけど。とは口が裂けても言わない。

 

「……」

「……」

「……あきちゃん」

「……なんだ?」

「……誰にも言わないでね」

「……うん」

 

思った方とは違う方向に着地した恋バナ。

なでしこの心の内をこれでもかと聞かされた千明までも、顔を赤らめて押し黙ってしまうのだった。

 

 

 

 

「守矢ほんっとごめん!」

 

同時刻。

17時を少し回った長野県は駒ケ根市のとあるコンビニ駐車場では、焦った表情を浮かべたリンがコウタロウに頭を下げていた。

 

「私が寝落ちしちゃったばっかりに……」

「まあそれは全然いいが、コンビニ寄る時は言ってくれな。ウインカー出さずに曲がるもんだから俺AKIRAみたいになったわ。多分効果音ギャアアアアとか出てた」

 

車線とは垂直方向に急旋回し駐車場にダイナミックエントリーしたコウタロウ。

いやそれはイニシャルDかとぼやく彼とは対照的に、リンは半分涙目で再び頭を下げる。

 

今回のキャンプは計画の段階から自分が一任すると宣言しており、旅慣れしている自分を見てもらいたかったのに、夜叉神峠では冬季通行止めに引っかかるし、駒ヶ根でもこうして寝坊して大幅に時間をロスしてしまう羽目になってしまった。情けなくて泣きそうだ。

 

「ほんとごめん……」

「あー……ほんと気にしてないし。俺のせいでもあるんだけどな」

 

お代わりしまくってたし、目の前ですやすや眠りこけるリンを眺めていたらついつい時間を忘れてしまったのだ。つまりは自分も悪い。そんなことは恥ずかしいので言わないが、どうやら彼女は罪悪感を感じているようだ。

 

どうしたものかと首に手をやると、ふと妙案が思いついた。

 

「よし分かった! 汝の罪をすべて許そうではないか。我に肉まんを捧げよ」

 

あんまり事態を重くさせ過ぎてもめんどくさいし、ふざけ半分で荘厳に告げてみた。

彼女が何を思ってコンビニに寄ったのかはまだ分からないが、どうせ寄ったならホットスナックでも食べたいところだった。

 

「そ、そんなことでいいの……?」

「もちろんだぞよ。俺肉まん好き。汝、我に肉まんを捧げよ」

「は、ははーっ」

「くるしゅうない。ほら、さっさと買って行こうぜ」

 

気にしてないと言うようにポンとリンの背中を叩くと、強張っていたリンの表情も心なしか緩んだ気がする。

そのまま二人並んで自動ドアをくぐれば、目当ての物はすぐそこにあった。

 

「お、あったあった。ジューシー豚まん。一個しかないけど」

「仕方ないか……すいません、ジューシー豚まん一つ下さい」

 

他の種類の肉まんはまだまだあるが、ジューシー豚まんだけ狙ったように一つしかない。

なぜだか残念そうにリンが呟くが、意を決して献上用に一つ注文した。

 

「150円です」

「丁度で。……ほら守矢行こ」

「あ、すいませんこっちの普通の豚まん一つお願いします」

「えっ」

「130円です」

「交通IC…は俺ナイスパスしか持ってねえわ。現金で」

「まいどー」

 

コンビニを出た二人の手には、それぞれ豚まんが握られている。

 

「なんで守矢も買ったし。1人で二つも食う気かよ」

 

さっきあんだけ食ったのにと、リンがジト目を向ける。

 

「まあまあ。これを、こうするだろ」

 

そう言って、互いの手に持つ豚まんを交換した。

リンの手にはコウタロウが買った普通の豚まん(130円)。コウタロウの手にはリンが買ったジューシー豚まん(150円)。

 

「お前の買った高級豚まんは俺への供物としてささげられた。俺はそのお礼に普通の豚まんを下賜した。はいこれで互いの罪は消えた! 以後俺もお前も気にする必要なし!」

 

にやりと微笑むコウタロウ。恥ずかしかったのか隠すように肉まんにかぶりついて――

 

「あ待って食うな」

「――っとぉ。ど、どうして?」

「向こうで食べよ。てか元々そのつもりだった」

「そうだったのか。ならばよし」

 

そう納得し、一枚豚まんの写真を撮るとさっさとバイクに向かっていくコウタロウ。

 

「守矢」

「ん――痛っ。何でぶったし」

「……内緒!」

「え、理不尽」

 

その背中を見てリンはふっと微笑み近づくと、彼の背中を小突くのだった。

 

 

 

 

『バイト終わったー』

『お仕事お疲れ様ー!』

『ありがとー、なでしこちゃんカゼ大丈夫なん?』

『もう治りましたっ!』

『よかった~、強い子なでしこやー』

『そんで今あきちゃんとキャンプの作戦会議してるよー』

『カゼ引きなでしこにほうとうアタック食らわせてやったぜ!』

『なんやあき見舞いにいっとったんか』

 

白い息が冬の夜空に消えていくのをぼんやり眺めながら歩く。

バイト終わりに歩くこの道にも、もうすっかり慣れたものだ。最初のころは街灯りもなく街灯もまばらで暗いこの道はちょっと怖かったが、千明やコウタロウと帰っているうちにいつの間にか平気になった。千明はまだしも、何も言わず彼が一緒に帰っていてくれたのは嬉しかった。だって、彼の家は反対方向だ。

 

コウタロウと言えば、今日はリンと二人で長野までキャンプに行っているらしい。

先ほど肉まんを自慢する旨のメッセージが来て事の顛末を知った。

誰にも聞こえないあおいの呟きが夜に消える。

 

「……ええなあ」

 

メッセージアプリの彼のアイコンを指で軽く弾く。

トーク履歴は先ほどで止まっており、既読が付かない。恐らくバイクに乗っているのだと推測できた。

 

未送信のまま残っている文字入力欄。

送信ボタンをタップするだけで、この文は彼に送られてしまう。何度も逡巡し、指を出したり引っ込めたりを繰り返して。

 

「……はあ」

 

やっぱり勇気が出なくて、彼とのトーク画面を閉じて先ほどのグループチャットを開いた。

 

『せや、今度のキャンプにええもん持ってけるかもしれんで』

『何っ!? 新しいキャンプ道具買ったのか!?』

『んー、道具ではないんよねー』

『なになにー??』

『詳しくは休み明けに教えるわー! またなー』

 

暗くなったスマホの画面に、街灯に照らされた自分の輪郭がうっすらと映った。

スマホを閉じると、急に寒さが顔をもたげたように感じられ、思わすぶるりと身震いしてしまう。

 

「うー、寒ぅーー……」

 

何となく、肉まんが頭に思い浮かぶ。

思うところはあるけれど、やっぱりこの気持ちに嘘はない。

 

「せや、肉まん買って帰ろ」

 

それはきっと、あの人のせいに違いなかった。

 

 

 

へやキャン△

 

それはとある月曜日の四限目のチャイムが鳴った頃だった。

 

「すいません遅れました!!」

 

がらりと教室の扉が開き、慌ただしくコウタロウが現れた。珍しく息を切らしており、その様子に歴史を担当していた鳥羽教諭も心配そうに声を掛ける。普段優等生で通っているため尚更だった。

 

「守矢君、何かあったんですか?」

「すいません。昨日諏訪の山奥で遭難しかけちゃって……」

「何があったんですか!?」

「今日の朝ようやく山から下りれたので、ダッシュで学校来ました」

「諏訪から走って今着くんですか!?」

「いやほんと、すいませんでした。すぐ席着きます」

 

尚も事の顛末を追求したげな鳥羽女史の視線を背中に受け、コウタロウは自分の席に着席した。新任の彼女は半ば冗談なのかと追及をあきらめ授業を再開するが、クラスメイトは慣れたもので「いつものことだ」と言わんばかりだ。

 

「……~っ」

 

最も隣の席のあおいは、聞きたくてしょうがないという風にそわそわしているが。

 

その後もつつがなく授業は進行し、あっという間に放課後。

 

 

 

 

「――ってことがあったんよ」

「へえ、珍しいなコウタロウが遅刻なんて」

 

野クルの部室では、今現在いない黒一点のコウタロウを除く女子三人が肩を寄せ合って先の件について話していた。

 

「訳を聞いてもはぐらかすし、なでしこちゃんならなんか知ってると思ってな」

「お、そうだな。コウタロウのことなら基本的に何でも知ってるでお馴染みなでしこ。そこんとこどうなんだ? 理由聞いてたりしないか?」

 

二人の視線を受け、うむむと眉根を寄せるなでしこ。

 

「昨日一昨日家にもいなかったの。理由聞いても、探し物だーって」

「あ、そうそうそう言っとった。何を探してるかは教えてくれんかったけど」

「私もだよー。何してたんだろうね?」

「なでしこも知らないんじゃお手上げだなー。……あいつのことだし、また違う女のとこだったり――」

 

千明がそう茶化して言うのと、なでしこが口火を切るのは同時だった。

 

「それはないよ」

「お、おう……」

「んー、じゃあ親戚とかは? 法事とか。…でもせやったらそう言うか」

 

なでしこのかつてない剣幕に若干気圧される千明の横で、あおいの案が降って消えた。

法事であるならば、わざわざごまかしたりする必要はない。それに、探し物と言っていたのは嘘ではないのだろう。何をかは言わないらしいが。

 

「コウくん諏訪に親戚なんていたかなぁ……聞いたことないけど」

「案外忘れてるだけかもしれないぞー」

「それはないよ」

「お、おう……」

 

千明がそう茶化して言うのとなでしこが口火を切るのは同時以下略。

 

三人娘の談義は続く。

 

 

 

 

一方そのころコウタロウ。

 

「失礼しまーす。大町先生……っていない」

 

職員室を見渡し、目当ての人物がいなかったことに肩を落とし、踵を返そうとした時。

 

「守矢君。どうしました? 何か御用ですか?」

 

振り向けば、新任で男子人気抜群の鳥羽美波教諭がこちらを呼んでいた。

 

「鳥羽ちゃん……でも大丈夫かこの際」

「鳥羽先生です。何回言ったら分かるんですか……」

 

何度目になるか分からないやり取りに、ため息を吐く鳥羽教諭。とは言うが、なんだかドラマの教師と生徒のやり取りっぽくて実はまんざらでもなかったりするのは内緒だ。

二人は鳥羽教諭のデスクまで向かう。

 

「それで、何か用があったんですよね?」

「実は、校庭でキャンプ道具使う許可が欲しくて。いつもは大町先生に言ってたんですけど」

「キャンプ道具?」

「はい。あ、でも全然危なくないですよ。火とかも使わないし、校庭の隅っこの方で邪魔にならないようにするんで!」

「うーん……まあそれならいいですけど……」

「やった、ありがとう鳥羽ちゃん! これで遅刻せずに済みます」

「遅刻……?」

 

疑問符の残る鳥羽教諭を残し、許可が下りたとコウタロウは足取りも軽く職員室を出て行く。

その勢いにしばらくフリーズしていた鳥羽美波女史だったが、自分に対する言葉遣いを除けば普段優等生の彼の言う事だし、危なくないならばと考えるのをやめた。

 

 

 

 

次の日。

 

「守矢君! 何であんなことをしたんですか!?」

 

朝から呼び出されていたコウタロウの姿は職員室にあった。

HR前の鳥羽教諭のデスクには、昨日の放課後と同じようにコウタロウが直立していた。昨日と違うのは、温厚な鳥羽教諭が珍しく声を荒げていることくらいだ。

 

「だって鳥羽ちゃんがいいって言うから!」

「いくらなんでも校庭にテント張って一晩明かすなんて思わないでしょ!! しかも見つかりにくい校舎裏で!」

「で、でも遅刻しなかったじゃないですか」

「そういう問題じゃありません!!」

「ひえ、すいませんでしたァ!」

 

以後コウタロウは、温厚で優しい鳥羽先生をキレさせた唯一の生徒として語り継がれることになるが、それは別のお話。

 





主人公が諏訪まで言ってたのは、とある親戚を探してたからです。諸事情あって彼女のことは誰も覚えてません。学校にテント張ったのはわざわざ家から行って帰って学校行くよりも早いからですね。

まあ全く本編には関係ないです。


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四十話

火事のこと、皆さん心配くださりありがとうございます。
幸いにも私含め誰にもけがなどさせなかったこと、本当に運がよかったです。事後処理のごたごたが収まりかけてるので、投稿も頑張ります。むん!




時刻は午後6時20分。

陣馬形山キャンプ場まで500メートルといった夜の山道。街灯も街灯りもこの辺りには無く、真っ暗な中、バイクのヘッドライトだけを頼りに進んでいたリンとコウタロウだった

が……

 

「ま、まじか……」

「ここまで来ると笑えてくるなもう。取り敢えずなでしこ達に送ったろ」

「何でお前はそんなウキウキなんだよ」

「だってこんなハプニングだらけなことあるか? 絶対後でいい思い出になるやつじゃん」

「そう思ってくれてるのは嬉しいけどさ……」

 

少しは危機感というものをだな、とリンがぼやく。

緊迫感のかけらもない彼の態度だが、おそらくこちらがあまり罪悪感を感じないようにしてくれているというのが分かるため、何も言えなくなる。というか多分性格的にもそんな焦るタイプではないし。

 

そう。二人は今、本日二度目の通行止めに遭っていた。

前回の夜叉神峠での冬季大規模閉鎖とは異なり、今回のものは看板付きバリケードがポツンと道の端に置き忘れられたかのようにあるだけだが、その意味には変わりはない。通行止めったら通行止めなのだ。

 

とはいえ、あまり深刻になりすぎても却って同行者に迷惑をかけるだけだ。リンはほうと息をつくと、気持ちを切り替えるようにコウタロウに訊ねた。

 

「ヘイ守矢、ここからキャンプ場までの迂回路を検索して」

「すいません、分かりません」

「なんでだよ。しろよ」

 

携帯の向こうでパニックに陥るなでしこをどうどうと落ち着かせていたコウタロウが、ノリよく機械じみた抑揚のない声で反応した。

 

「しょうがねえなあ(悟空)……お、でたぁ(ドラえもんバトルドーム)」

「野沢雅子と大山のぶ代上手すぎだろ……」

「キャンプ場まで29㎞、こっから大体3時間でとこだな。3時間!?」

 

自分の言葉にオウム返ししてしまうほどに、ここからの迂回路は遠かった。現在二人は正規ルートとして駒ケ根市から210号線に入り時計回りに回って来た訳だが、迂回路は一旦駒ケ根まで戻って、山の中を南下しなくてはいけないのだ。

 

「今が6時25分だから、思いっきり9時過ぎるぞ……」

 

先ほどはコウタロウにつられて楽観視していたリンだったが、迂回路の遠大さにがっくりと肩を落とす。流石にキャンプ場到着9時は前代未聞だろう。着いてテント建てて急いでご飯を食べて終りだ。ゆっくり一息つく暇もない。

 

「……」

「無言で写真撮るな」

「いやつい」

 

バリケード前で項垂れるリンをカメラに収めたコウタロウ。

ごめんごめんと謝りつつなでしこ達のグループルームに送信していた。

 

「どうする? もうここをキャンプ地とするか?」

「いやまだだ。夜叉神峠みたいにナビが間違っててほかに道があるという可能性も……」

 

一縷の望みに掛けてリンがスマホを操作するも、その結果は芳しくない様子。

 

「ない、かあ……」

 

再びがっくりと肩を落とすリン。

どうにも、残り500メートルが惜しい。約30キロを3時間かけていくくらいなら、もういっそのこと歩いて向かいたいくらいだ。

 

でも荷物重いしなあ……あ?

 

同行者を見やる。目が合った。

その何でも聞いてくれそうな曇りなき眼に吸い寄せられるように、リンは口を開いていた。

 

「……守矢さ、ここにバイク置いてもう歩いてかない?」

 

現実的にはやるべきでないことだが、山の中だしバイクは道路の隅の方に止めておけば大丈夫だろうと、疲れと焦りで思考が鈍っているリンは考えていた。

 

コウタロウはうーんと顎に手を当て考える。普通に良くないし、そうするくらいなら自分がバイクを担いで進むかなんて返そうとしていた。が、言う前にリンの携帯が鳴る。

 

「ん…大垣からだ」

「ほー、どうしたんだろうな」

 

このタイミングで電話がかかってくるということは、コウタロウが送ったメッセージと写真を見ていたに違いない。

スピーカーモードにして彼にも聞こえるように電話を取った。

 

「もしもし」

『あ、しまりん? 電波繋がってよかったー』

 

開口一番、電話の向こうからは安堵の声が漏れる。

続く千明からは、驚きの事実が告げられた。

 

『そこの通行止め多分そのまま通れると思うぞ』

「「え?」」

「通れる……って思いっきり看板あるけど」

『それ、多分置きっぱなしになってるやつだ』

「ホントかなあ(ゴロリ)」

「守矢ちょっと黙ってて」

「しゅん……」

 

今大事な話してるんだからと、子供に叱る母親のような声音でリンが無駄にうまいコウタロウの声真似をバッサリと一刀両断した。これは普通にコウタロウが悪い。

 

『ははは。まあ、騙されたと思って進んでみてよ。もし通れなくて引き返してもロスは少ないだろ?』

 

くれぐれもゆっくりなーと言い残し、電話は切られた。

 

千明のことを疑うわけではないが、仮に通行止めが本当であった場合、バイクを押して戻るのは結構な手間である。できればそんなロスは避けたいところ。しかし、自分で言っておいてなんだが、リンはもう疲れに疲れ切っていた。できれば動きたくない。

と、ここにはリンのほかにもう一人、体力を持て余した人物がいることを忘れてはいけない。

 

「守矢」

「おう、2分で戻る」

 

リンの目くばせですべてを察したコウタロウが、音もなく夜の闇に消えた。

何のことは無く、ただダッシュで様子を見に行っただけだが。

その所作はまるで忍を彷彿とさせるものがあり、多分2分で戻るというのも冗談でもなんでもないのだろう。

頼もしすぎる相棒に思わずため息が漏れた。

 

「相変わらずすご……」

 

やることも無くなったリンは、本当に二分で戻れるかスマホで測り始めるのだった。

 

 

そして。

 

 

「戻ったぞ」

「1分30秒。まじかよこいつ」

 

ストップウォッチのボタンを押してきっかり90秒後にコウタロウが戻ってきた。息を切らせた様子もなく、常人ならそのタイムから、実はすぐそこが通行止めだったのではと思ってしまう程だ。

 

「で、どうだった?」

「ああ、大垣の言うとおりまじでキャンプ場まで抜けられた。道中危険な感じもない」

 

バイクに乗って行けそうだと告げられ、リンはほうっと肩の荷が下りたように安堵のため息を漏らす。

 

「さ、そうと分かれば早速行こうぜ」

 

バイクのイグニッションを回しながら彼が言う。

リンはこくりと頷き、今度はコウタロウを先頭に二人は進み始めるのだった。

 

 

 

 

へやキャン△

 

それはとある休日の午後のことだった。

 

いつものように富士川に沿って家方面に自転車を走らせ南下していると、甲斐大島駅辺りで見知った顔を見つけた。

カラッと晴れた日曜の午後で、風も気持ちよくバイト終わりという事もあって若干気分がよかった俺は、自転車を止め何となく話しかけてみることにした。

 

「おっす、ちくわに斉藤」

「んー? あ、コウタロウくん。おっすー」

「わんわんっ……ワフッ」

 

斉藤がふわりと振り向き、主人につられ名前を呼ばれた小さき獣が一目散に俺目掛け走り出し……リードの限界がきて硬直した。

 

「あはは、ちくわはコウタロウくんが好きだねー」

 

愛犬の様子に斉藤が苦笑うと、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

リード圏内に来た愛い奴をわしゃわしゃしながら彼女に向き直った。

 

「散歩か?」

「うん、さっき家出たとこ。コウタロウくんは?」

「俺はバイト帰り。見知った犬を見つけたから声を掛けた」

「あはは、そこは私じゃないんだ」

「何を言う。いつだってわんこが主役だ。知ってるか? かの徳川幕府5代将軍は犬将軍とまで呼ばれてたんだぞ。ここだけの話、あれは犬が好きだからって訳じゃなくて、実際犬だったらしいぞ。犬が天下取ってんだこの国は。なーちくわ?」

「わんっ」

「ほら」

 

しゃがんでちくわを撫でながら顔だけ斉藤に向ける。

まあそんなわんころも俺の撫でテクの前では形無しだけどな。ほらこれ、もうお腹出しちゃってまあ! かわいいやつめ。

 

「ほら、じゃないでしょ。なでしこちゃんは騙せても私はそうはいかないよ?」

 

くすくすと微笑みながら斉藤もしゃがんでちくわを撫で始める。

くそ、騙されなかったか。こないだ犬山と頑張って考えたのに。まあ自分で「ほら」って言っちゃったしな。しょうがないか。

 

「今のウソ、もしかして犬山さんと考えた?」

「そんなことまで分かるのか。斉藤は何でも知ってるな」

「何でもは知らないよ。知ってることだけ」

 

二人並んでちくわを快楽の渦に沈めていると、ふと思い出したように彼女が口を開いた。

 

「そういえばコウタロウくん今日は暇?」

「ああ。各務原家は家族で出かけるらしくてな。予定はない」

 

なんなら各務原家と我が家の両親が出かけてる。なんでも父親たちの職場の知り合いが店出したらしく、オープン記念に行くんだと。俺はバイトがあったからハブられた。解せん。

まあ桜さんは最後まで車出してくれると言ってくれたが。さすがに悪いので断った。

 

「そっか。ならさ、乗っけてよ、それ」

 

斉藤はそう言って後方に停めてあった俺の愛機、まなみ号こと自転車を指さした。

いつもはクロスバイクことまなみ号マークⅡであちこち出掛けていた俺だが、ホイールの換装に伴うスプロケット交換がまだ終わっていないため、今日はママチャリのまなみ号でバイトまで行っていた。

そう言う意味で、今日でなければニケツは出来なかったわけだ。あれ、ちくわもいるから3人か?

 

断る理由も無いし、自然と頷いていた。

 

「いいぞ。お客さん方、どちらまで参りましょう?」

「やった。こういうのなんか青春って感じがして憧れてたんだよねー」

 

斉藤は嬉しそうに微笑むと、富士川公園まで、と告げる。

そうしてあっという間にちくわを肩掛けのバッグに収納すると、ちょこんとまなみ号の荷台に腰を下ろした。

 

富士川公園って結構距離あるんですけどそれは。

多分ここから10数キロくらいだ。

 

「あそこドッグランがあるらしくてさ、一回ちくわと行ってみたかったんだよねー」

「わふっ」

 

俺がジト目を向けていると、ほわっと笑ってそんなことを宣った。ちくわも嬉しそうに鳴いた。

 

あ、確信犯だこれ。完全に都合のいい足として利用しようとしてる。

にこにこ顔の斉藤を見てそう思った。

 

「コウタロウくんなら余裕でしょ?」

「まあそうだけど」

「ならよし。れっつごー!」

「わんわんわーん」

「……」

 

まあこんな日もあるか。

時間はあるし、いい暇つぶしになる。そう思い直した俺はまなみ号にまたがると、ぐいとペダルを踏みこむのだった。

 

流石斉藤、同級生男子を足に使うなんて、恐ろしい子……!

 

 

 

 

富士川公園のドッグランに着いた俺たちは、ちくわを解放。はしゃぎまわるモフモフを、二人並んでベンチに腰掛け眺めていた。

 

「そうだ。ずっと気になってたんだけどさ、コウタロウくんって好きな人とかいるの?」

 

今思い出したかのような声音に、顔だけ振り向いて彼女を見つめる。斉藤の目には迫真さが見て取れた。うーんと考え込む。

 

実は俺と斉藤はそこまで仲良くない。というか、あまり接点がない。勿論会えばあいさつくらいはするが、そもそも志摩を挟んだ時くらいしか会話が無いのだ。時折メッセージアプリで何事か話すときはあるが、大体志摩関連である。

 

そんな奴と普通恋バナするだろうか。いやしないだろう。

 

「あー……まだ自分でもよく分かってないんだけど、初恋を引きずってる感はずっとある」

「そっかー」

 

と思っていた時期がありました私にも。

なんか斉藤の持つ独特の雰囲気と言うか、まあこいつは誰かに吹聴するような奴ではないと分かっているのもあってか、それとも単に俺の口が軽いだけか。

何故だかするすると言葉が出てきていた。もしかしてこいつ新手のスタンド使いか?

 

「なでしこちゃんのことはどう思ってるの?」

「これ以上ないくらい大事に思ってる」

「うわーすげーストレート」

 

なでしこのことに関しては自分でもびっくりするくらい即答できてしまった。恥ずかしい。

 

斉藤は頬を赤らめて手でパタパタ顔を扇ぐと、三度質問を繰り返してきた。

 

「じゃあ、好き?」

「うーーーーん……」

 

長考。

彼女が俺に向ける感情は分かり易いくらい分かり易いため、流石に分かっているつもりだが……。もちろんなでしこは大事だし好きである。それでも、恋愛感情なのかといわれると自分でもよく分からない。そもそも、桜さんに対する気持ちがまだはっきりしていない。時間が解決してくれると言うが、十数年腐らせてきたこの感情はたぶん振られでもしないとすっきりしないのではと思ってしまう。というか何故さっさと告白しないんだ俺は。

 

「フラれるの分かり切ってるからなぁ……」

 

はあと長いため息を吐いた。

怖いんだきっと。それがどんなものにせよ、「結果」が出てしまうのが。どう転ぶにしたって、俺と「彼女」の関係が変わってしまう。その事実が。

 

(なでしこちゃん……のことではないよねきっと。フラれるわけないし。なら例の初恋の人ってことか。誰なんだろ……?)

 

「「はあ……」」

 

リンも大変だなあと、恵那は恵那でため息を吐く休日の午後だった。

 

 





 感想書いてくれると嬉しいなあ!!


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四十一話

今回からへやキャン独自路線突っ走ります。


 

『無事キャンプ場に着けたよ。ありがと助かった』

『よかったー!』

『なー言ったろー? あたしすげえ!!』

 

徐行運転で無事に陣馬形山キャンプ場に到着したリンとコウタロウ。

その報告と情報提供に感謝する旨のメッセージを送ると、すぐになでしこ達から返信があった。その文面にふっと薄く微笑む。

 

「……守矢も、ありがとな色々」

「どういたしまして!」

 

そして、到着時から何かもの待ち顔でこちらをちらちら窺っていた同行者にも感謝を告げる。事実本当に彼には感謝している。なんなら付き合ってもいい。

 

満面の笑みで返事を返すコウタロウの反応を見るに、リンのその言葉待ちだった様子。

大型犬みたいだなあとぼんやり思って、もしコウタロウが犬だったらと想像してしまい、慌てて思考を止める。なんだか無性に恥ずかしかった。

 

「まあ相棒だからな。このくらいどうってことない」

「相棒……いいねそれ」

「だろ」

 

そういいながらにやっと笑い、自身の荷物とリンの荷物をひょいと担ぐコウタロウ。

 

「あ、ちょ守矢」

「いいってことよ。相棒だから」

 

少々大荷物とは言えいつもは自分一人で持っていたし、反射的に手を伸ばしてしまう。しかしコウタロウはにべもなく歩き始めてしまった。

リンはなんだか悪いような気もしたが、存外に相棒という響きが心地よくて、小走りで彼の隣に走り寄るとそのまま並んで歩きだした。

 

「守矢」

「んー?」

「いいね、相棒って」

「相棒イコール荷物持ちのことではないからな??」

「そのまま設営も頼むぞ、相棒」

「お前の中の相棒は小間使いか何かか?」

 

……零れそうになる笑みを隠しながら。

 

 

 

 

「この辺にするか」

 

キャンプサイトには二人の他に誰の姿もなく、貸切状態だった。真冬に山の上のキャンプ場にわざわざ来るもの好きはそう多くない。

ひゅうひゅうと冬の風が吹きつける寒空の下、リンは一人設営のためグラウンドシートを広げ始める。コウタロウはトイレに行っているためいない。

ポールを組み立てるのにも慣れたもので、手際がいい。あっという間に骨組みが完成した。

 

(守矢が帰ってくる前に出来たら、あいつのテントも建てといてやろうかな)

 

同じやつだから勝手も分かるし、と続ける。

 

持ってきているのは朝の時点で気づいていたが、その時は努めて意識しないようにしていた。向こうも何も言ってこなかったし。

だが、こうして無造作に置かれた自分と同じテントを見ると、なんだか嬉しいような恥ずかしいような、こみ上げてくるものがあった。カリブーに一緒に行ったことを思い出し、口をもにょもにょさせてにやけるのをこらえる。

 

(……あれ? シートが無い)

 

びゅうと一際強い冬風が吹き、ふと意識を戻して隣を見ると、先ほど地面に置いておいたグラウンドシートが無くなっている。

 

「しまった、風で飛んだのか」

 

あまり遠くへ飛んで行かれるとまずい。そこらに転がってクシャッとなっているシートを拾い上げ、手早くインナーキャノピーを骨組みに吊り下げていく。

 

「ふう、後はペグ打って――

 

と、風がびゅうとさらに一際強く吹きすさぶ。

目の前のテントがゆらりとたわんだかと思うと、一瞬の後にごろごろ転がっていく。

 

「なっ……」

 

機転を利かせグラウンドシートが飛ばないように足で押さえていただけに、追いかける初動が遅れてしまった。

童話のおむすびもかくやというスピードで風下に転がっていくテント。それはあっという間にリンのいる場所を離れ、風下、つまりはトイレの方に向かっていく。

そして。

 

「やっぱ寒いとトイレが近くなるな。……歳か――ぶべっ!?」

 

折よくトイレから出てきたコウタロウに直撃した。

 

「あー守矢……」

 

気の毒そうな、それでいて安堵の声が混じるリンの呟きが風に消えた。

 

 

 

 

「なー寒いとトイレ近くなるよなやっぱ」

「そうだけどそんな話私以外の女子の前ですんなよ? デリカシーないなほんと」

「や、志摩話しやすいからさ。相棒だし」

「それ言えば何でも許されるわけじゃないぞ全く……」

「相棒、あったけえ飲み物飲みたい」

「はいはい今淹れるっての」

「相棒、お姉さんから貰ったほうじ茶どこやったっけ?」

「ここにあるよ。お前の荷物漁った」

「相棒、今度の委員会の当番休んでいい?」

「それはだめ」

「えー」

 

そんな会話をする二人の姿は、キャンプ場内の展望台にあった。

協力してテントの設営をした後。他に誰もいないので、上にクッカーなどを持ち込んでお茶をしようというリンの提案に1も2もなく同意したコウタロウ。

並んでキャンプチェアに腰かけテーブルにクッカーや肉まんなどを並べ、標高1445mから望む信州の夜景に見入る。冬の山の空気は冷涼で肌を刺すようだが、それでもここからの景色は格別だった。ソロで諏訪に行った時もよかったが、こうして並んでみる夜景もいい。リンは隣でぎこちない手付きでクッカーでお湯を沸かそうとするコウタロウを横目で見てそう思った。

 

「……ああ、もう、そうじゃないよ」

「お、すまん助かる」

 

彼の方のクッカーでお湯を沸かしている間、リンはホットサンドメーカーを取り出しとある料理の準備を始める。

 

「両面にバターを塗って、肉まんを挟んでプレス……」

「これ絶対うまいやつ~」

 

隣でCMソングを歌い始めた奴はとりあえず放置して、軽く焦げ目がつくまで焼いていく。

 

「完成」

「うひょー美味そう。それで肉まん食うなって言ったわけか」

「そ。これ前からやってみたかったんだ」

「バター塗ってるからモチッとした豚まんもいい感じに焼けてるし、何よりこの匂いがたまらん。どこで知ったんだこれ?」

「『cook recipe』っていう料理ブログ。色んなジャンルのレシピあって最近ちょくちょく見てる」

「『cook recipe』ね……」

 

リンがキャンプ飯に興味を持ちだしてから見つけたブログだが、もちろんコウタロウは知っている。だって各務原家がやってるブログだし。

だがそれを今言うのはなんだかもったいない気がして、言うのはやめておいた。もっと面白そうなときに言うべきだ。何も知らないリンがなでしこの前でブログのことをべた褒めしてる時とか。

 

「お、お湯も沸いた。ほうじ茶淹れるか」

「ん、頼む。お前の肉まんも貸して」

「ほれ。食うなよ」

「食わねえよなでしこじゃないんだから」

「ははは確かにあー美味い。え、ウマいなこれ」

「お前が食うのかよ!」

 

がばりと横を向けば、先に焼いておいた分(ちょっといい豚まん)を齧っているコウタロウが目に入る。ふざけるなそれは私の豚まんだ。

一緒に食べようと思っていたのもあり、フライングされ憮然とした表情で手を伸ばして取り返そうとする。

 

「ちょっ守矢それ私の――むぐ」

 

サクサクパリパリの表面に、豚まんの餡の豊潤な旨味が口いっぱいに広がる。

突然のことに目を白黒させる私に、守矢はいたずらが成功した子供のように無邪気に笑う。

 

「な? 美味しいだろ?」

「……うん」

 

遅ればせてそれがあーんだったことに気付き、何も言えなくなるリンだった。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

「好きです。付き合ってください」

 

自分に向けてなら何度かは聞いたことのあるこのセリフ。

俺が初めて口にしたのは確か、20歳になった日だったように思う。もっと子供のころにも拙いながらそういった類の言葉を吐いた覚えがあるが、所詮子供の言と流されたように記憶している。そこから何となく大人になればあの人と釣り合える気がして、20の誕生日に思いを伝えたんだ。

 

「……ごめんなさい」

 

そうして、あの時も断られたんだっけ。

十何年と温め続けた思いが拒絶されて、あの時は相当ショックを受けた。それがきっかけでたばこを吸うようになったくらいだ。いや、薄々は分かっていたんだけど。あの時は若かったから、何の根拠もなく大丈夫だと決めつけていたんだ。

 

「きっとあなたには、もっと相応しい人がいると思うから……」

 

あの時と一言一句違わない台詞。

でも、心なしか5年前より苦しそうな表情で、俺の初恋の相手。桜さんは俺を振った。

 

 

 

 

25にもなれば、結婚する同級生がちらほら現れる。最近は晩婚化が進み25歳で結婚というのは早い方ではあるが、俺も友人の結婚式に参列した記憶は新しいものだ。

 

「はあー……」

 

生徒達の帰った校舎。その裏に隠すように設置してある灰皿でたばこの火をもみ消すと、深いため息を吐いた。

 

桜さんに振られてから幾月が経過し、流石にもう切り替えてはいる。そもそも、いつまでもうじうじだらだらしてる俺の未練を吹っ切るために玉砕覚悟で臨んだ告白でもある。

 

ただ、五年前にも言われたあのセリフ。それが頭から離れない。

それが誰のことを指しているのか分からない訳はない。というか少なくとも四人には最初のセリフ言われてるし。あの時は桜さんを理由に断ったが、子供の頃とも、弁え始めた頃とも、将来を見据える今になっても、想いが届かないとなっては素直に引き下がるしかない。というか桜さん普通に彼氏いそうだし。実際いたら発狂しそうなので聞いてはないけど。

 

「とはいえ、だ」

 

二本目に火を点ける。

サビ残だし誰に文句を言われるでもない。

 

多分だが四人のうち誰を選んでも付き合うことができるだろう。もし仮に彼女らに既に気になる人ないし彼氏がいたとて、もう俺が何を言う資格はない。それは受け入れるべきことだ。誠に勝手ながらちょっとショックではあるが。

 

「なでしこに関してはそれはないか……」

 

遠距離を感じさせないペースで会っている彼女の事を思う。

それがどんなベクトルであるかは置いておいて、四人のうち一番大きい感情を抱いているのは間違いなくなでしこだ。なにせ一番付き合いが長い。漠然とだが俺がいなくなったら闇落ちするのではと思うくらい目いっぱいの好意を伝えてくれている。

 

「いやいやなんだよそれ。キモいこと考えてんじゃねえぞ俺……!」

 

本命に振られたから行けそうな四人から選びますって完全にヤバいだろ。クズ男の思考だ。アンタそこに愛はあるんかって女将さん怒鳴り込んでくるぞ。

 

「まず一番大事にしないといけないのは、向こうがどう思ってるか。そんで俺は誰を好きになるのかってことだ……よな」

 

正直に言って、桜さんに抱いていた感情と同レベルで好きになることは難しい。

いくら吹っ切れたとはいえ、そんな簡単にハイ切り替わりましたじゃあ次行ってみようとはならない。機械じゃないんだから。

 

ただ、こんな俺を好きでいてくれ続けた人でしか、俺が好きになることは無いようにも感じる。今後は恋愛対象であるという前提で、あいつらと接していくだけだ。

 

「よし」

 

三本目に手を伸ばし、やめる。

幸い俺らは25歳。世間的にはまだまだ若いと言われる年齢だ。晩婚化の影響で結婚でもそう。

さんざん待たせておいて本当に申し訳ないが、もうちょっとわがままを言わせてくれ。もう少しだけ待っていてくれ。絶対に、誰にも文句言わせない答えを出すからさ。

 

そう……

 

「俺たちの冒険は、ここからだ!!」

 

 

(なーに騒いでんだあいつは)

 

 




まだ完結しません


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