キララはリア充にあらず (トリケラプラス)
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キララ入職日 外出 1日目

 

【挿絵表示】

 

私、極東出身のゲームの上手い学生、キララはほんとうに珍しくロドスで割り当てられた自室から外出していた。

 部屋の外はロドスのオペレーターさんや私みたいに鉱石病の治療を受けに来た人たちでごったがえしてた。

 

 ……正直、こういう人がうようよいる空間は苦手、何か見られてる気がするしよくない噂も立てられているような気がする。なる早で今日の外出の目的を済ませて部屋に直帰しよ。うん。

 

外出の目的っていうのは購買で発売されているはずの新作ゲーム、ホライゾンハンター4。携帯ゲーム機に対応した狩ゲーで私も昔から好きでプレイしてる。最もウタゲと違って非リアな私は一緒にやる相手がいなくて全クエスト一人でクリアしたんだけどね……一緒に連れ歩ける猫型ロボットは可愛くて孤独が随分癒されたな。耳パーツがなくてカラーリングがDLC買わないと青から変更できないのはどうかと思うけど。

  そうやってゲームのことに思いを馳せて周りのことを出来るだけ気にしないようにしてたんだけど長くは続かなかった。歩く私の耳に届いたのは困惑した声。

 

「あら?なぜかしら?上手くいかない……」

 

 ロドスの職員さんっぽいお姉さんがカフェでノートパソコンを前にをあーでもないこーでもないって言いながら弄ってた。大変そうだな~でも私関係ないし。そう思って通り過ぎようとしてたんだけど。

 

 「どうしようかしら画面が真っ青になってしまったわ。もしかして壊れたの!?私なにもしてないのに!?まずいわね……また支援部の人達に怒られてしまうかも……」

 

 思わず立ち止まってしまった。

 ってダメダメ何考えてんのさ私!?手伝おうとか思った?ムリムリムリ私だよ?声かけたところで戸惑われるだけだよ。ここは悪いけど早く購買にいこう。何とかするかもだし……。

 気付けば私の足は動いていた。ブルースクリーンを起こしたっぽいお姉さんの元へ恐る恐る一歩一歩近づいていった。心臓がバクバク鳴ってる。今なら引き返せる。引き返せるったら!頭は必死に止めるのに震える足は止まらない。ああ!もうついちゃった。

 「あら?私に何かようかしら?」

 お姉さんが私に気付いた。やばいやばいやばいって。でもここまで来たらもう覚悟を決めるしかない!私は大きく息を吸って言った。

 

 「ぱ、ぱぴょこん!そうさ……えと……なんでもないです……」

 

 声が上ずったやってしまったぱひょこんってなんだよ!変に誤魔化しちゃったし。お姉さんもぽかーんとしてるよ!ああ……消えたい。変な気起こすんじゃなかった。もうゲーム買ったら一月は部屋出ない!

 「もしかしたらパソコンの操作を手伝ってくれるのかしら?違ったらごめんなさいね」 救いの神キタ!今ので読み取ってくれるとかお姉さんコミュ力高すぎ。さてはこの人ウタゲと同族か?声をかけたのをちょっと後悔するけどひとまず返事しなきゃ。

 

「そう……です」

 

「ほんとう!……ありがとう助かるわ。私はメテオ。よろしくね」

 

 「き、キララです」

 

蚊の羽音見たいな声量だったけどお姉さんは聞き取ってくれた。そしてパソコンの画面を見せてくれる。わー雲一つない空みたいに画面が青い。

 

 「この状態なんだけどどうにかできるかしら?」

 

 「見事にブルースクリーンになってますね。こういう時はしばらく待って何ともならなかったら再起動しましょう」

 

 私たちは少し画面の前で待機した後、パソコンの再起動を試みた。これで直ってくれたらいいけど。

 

 「ああよかった。ちゃんと動いてる……ありがとう助かったわ。あなたパソコン詳しいのね」

 

 「い、いえ……大したことはしてない……です」

 

 ほんとうに大したことはしてないのにメテオさんはとても喜んでくれて私は何だか顔が熱くてむずかゆい。死ぬ。

 

 「それじゃあ私はここらへんで……」

 

 「あっ……」

 

 そそくさと立ち去ろうするとメテオさんは大人びた雰囲気に似合わぬ捨てられた子犬のような顔を見せた。いや、見たところクランタっぽいんだけどそれはそれ。とにかく凄く立ち去ることに罪悪感がある。仕方なくとどまることにした。

 

 「えっと……もう少しお手伝いしましょうか?」

 

 「ごめんさいね。お願いするわ。私パソコンはダメで」

 

 みたいですねーと心の中で思いつつ私は操作を手伝っていく。メテオさんの機械音痴は相当で少し目を放したら凄いコトになって大変だったけど何とか目的は達成できた。お礼におごってもらったコーヒーとデザートはいつも部屋で一人で食べてるお菓子とコーラより美味しい気がした。

 

 「ごちそうさまでした。じゃあ私はコレで……」

 

 「ありがとう凄く助かったわ。そうだ、今度寄港先でBBQ会を開く予定があるの是非あなたも誘わせて」

 

 「わ、わ~楽しみだな~」

 

 初対面の人にBBQ誘われた……!?やっぱりリア充のオーラを持った人は違う!BBQかあ。漫画とかでしかみたことないなあ。お肉美味しいのかなあ。……いやいや、メテオさんも社交辞令で言ってるだけで別に職員でもない私を本気で誘おうとか思ってないでしょ。私の馬鹿。

 その日はゲームを買ったら直ぐに部屋に戻ったけど疲れて直ぐ寝ちゃった。久しぶりの外出はやっぱり凄く疲れた。でも不思議と夢見は悪くなかったんだ。

 



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外出2日目

    

 「やば、もう始まっちゃう。う~ん、仕方ない効率重視!」

私はかなり焦っていた。だってホライゾンハンター4の時限式クエストの始まる時間だったから。本当はもっと早くに部屋に戻ってる予定だったんだけど色々とあってこんな時間に。迷った結果自室に戻るよりも休憩室に入って素材が美味しいクエストを限界まで回ることにした。他にも人はいたけど気配を消せば大丈夫……きっと声とかかけられないって。

 ゲームを起動してクエストを受注。いざ、いざ。フィールドについた私のキャラクターは縦横無尽に駆け回りこのクエスト限定の巨大メカモンスターを狩っていく。うひょぉ~素材が美味い美味い。運営さんマジ感謝だよね~。って私がゲームに没頭していると声はかけられなかったけどなんとなく凄い視線を感じたんだ。というか体に何か当たってるような……

 気のせい気のせいと素材を集めようとするけど駄目だ。やっぱり気になる。だってどんどん圧が強くなってるもん!?気のせいじゃないよこれ!耐えかねて画面から目を離すと視線の正体は直ぐにわかった。だって。凄く見てるもん。見てるっていうか、覗き込んでるもんゲーム画面!

 覗き込んでる人は隣に座ってた女の人だ。布で最低限だけ隠したほぼ半裸のトンデモなくエッロい恰好をしてる。そのせいでおっぱいが肩のところに当たってて不味い。ウタゲの時とはボリュームと弾力が異なるけどこれはこれで……何考えてるんの私!?

 尻尾的に多分フィディアだと思うお姉さんは私が気付いたことに気付いていないようでしきりに画面の映像を眺めてる。このままじゃ居心地が悪すぎるよ。私は勇気を出して声をかけた。

 「あ……あのぉ、な、何かごよう……です、か?」

 「…………」

 ダメだ!私の声が小さすぎるのか相手の集中力が高すぎるのか全然聴こえてないっぽい。仕方ない。頑張れ私~!

 「あ、の!何かごようで!すか!?」

 よ、よかった今度は気付いてくれたみたい。おかげで休憩室にいた他の人たちの視線が一斉にこっち向いたけど……はい、陳謝。

 とにかく半裸のお姉さんは目をパチクリさせると私の顔を見て口を開いた。

 「ああ、すまない。私はエンジニア部のユーネクテスだ。お前の持っているゲーム機、の映像が気になってな。見入ってしまった。そこに写っている巨大なロボは何というものなのだ?」

 やっぱりというかユーネクテスさんはゲームに興味深々のようだ。それなら私のやることは一つ。

 「これはホライゾンハンター4っていって巨大なメカモンスターを狩ってそのパーツを奪って武器を強化して更に強いメカモンスターたちを倒していくってゲームのシリーズ最新作なんです出て来るメカモンスターはシリーズ最多の72種で新武器やステージも大量追加でBGMもめちゃアガるっていうか─」

 ここまで言って気付いた。早口めっちゃキモイなって。だって久しぶりに自分の好きな奴に触れられたから。オタクってやつはこれだからさ~。って私は心の中で自分に処刑判決を出してたんだけど向こうの反応は悪くなくて。

 「72種類!?こんなのがそんなにいるのか!?」

 ユーネクテスさんは目をキラキラさせてこっちに詰め寄ってくる。だからオッパイ当たってるって。ごめんなさい。

 「そ、そうです……顔近いです……」

 その言葉でやっと気づいてくれたのか柔らかい感触は離れた。

 「ああ、すまない。実は新しいマシーンのデザイン案に悩んでいてな。どうしたものかと思っていたところでこのメカが目に飛び込んで来たんだ」

 なるほどね。確かにホライゾンハンターのメカモンスターデザインはゲーマーの間でも秀逸ともてはやされている。そこにアイディアの元を求めるのは仕方無理からぬことかもしれない。それなら私のやることは一つだ。

 「あの……やってみます?ホラハン4」

 布教だ。マニアは常に初心者が興味を示した瞬間を見逃さない。そうして新たな人口を増やすのだ。これは義務と言ってもいい。ユーネクテスさんは驚いたみたいだけど声色は悪くなく。

 「!?いいのか!?」

 「操作わからなかったら教えますから。どぞ」

 新しいデータを作ってゲーム機を渡す。ゲーム内のムービーに逐一新鮮な驚きを見せるユーネクテスさんに私もこんな時期があったなぁって思う。操作できるようになったら一通りの基本操作を教えて進めて貰った。

 「む、武器の強化にパーツが足りないと言われたぞ」

 「あー、それはギャルペッコのパーツが必要みたい。もうちょっとしたら出てくるはず」

 「足を引きずり始めた。鹵獲タイミングはこれでいいのか?」

 「OK。よっしゃ捕獲成功ー!」

 ユーネクテスさんはみるみる内に操作が上手くなっていった。もしてもしかするとこれは凄い才能の持ち主を見つけてしまったのでは?私たちはしばらくマンツーマンでホラハン4を楽しんだ。

 「ふう、ゲームは始めてだったがこれは中々に楽しいな。ありがとう。私も買ってやるとするか」

 「本当!?やった布教成功じゃん!」

 「布教……?」

 ユーネクテスさんはよく分かってないようだがこれは喜ばしいことだった。時限クエストを棒に振った買いがあったものだ。私は久々に浮かれていた。だけど私の気分を浮かれさすのはこれだけじゃあとどまらないかった。ユーネクテスさんが情報端末を私の前に翳してくる。

 「これは?」

 「私がこれを買った後もお前に教授を頼みたくてな。連絡先を交換してくれないか?」

 「ま、マジで?」

 これは……俗に言うフレンド申請ってやつじゃあないの!?ホラハン歴7年目にしてついにリアルで協力プレイする時が来たってことなの!?

 「いやか?」

 「いやいやいやいやいやいやじゃないです!しよ!フレンド申請!」

 「フレンド申請?」

 私はユーネクテスと連絡先を交換してそれからたまにホラハン4で協力プレイするようになった。ユーネクテスの操作の腕前は最初に会った時から比べると別人のような動きでもはや私より上手いんじゃ……ってレベルだった。一狩を追えてユーネクテスがいう。

 「なあ。前から疑問だったんだが」

 『なに?』

 「どうして目の前にいるのにチャットの文字で返事をするんだ?」

 『そっちの方が雰囲気が出るから』

 「そういうものか……」

 ホントはそっちの方が気楽だからだ。最初の時は初心者布教のチャンスに舞いあがっていたけど冷静になってみるとやっぱり会話で喋るのは色々と抵抗がある。だからもう少し、もう少しだけこのままでいさせて欲しい。あ、やられた。

 「ちょっと今の攻撃理不尽だろ!?」

 「お、声が出たな」

 いつか四人プレイとかもできるのかな?なんてね。

 



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外出3日目

 

♦ 

 「ウワ~!ミーボが脱走した~!?ちょっと、誰か捕まえてー!」

 そんな声が聞こえて来た時も外出の最中だった。私が声にビクっとなりつつも後ろに振り返ると視界の奥でエンジニアっぽい女の人がメカメカしい犬っぽいロボを4頭ぐらい追いかけてた。もっと言うなら彼女らは私の方に迫って来てた。まじか。

 「そこの人~ミーボを捕まえて~!お礼はするから~!!」

 嘘。私!?違うよね。そう思って周りを見回すけど誰もいない。嘘でしょ。

 そうこうしてるうちにミーボ?は私のすぐ側まで来ていた。ええいままよ。私は覚悟を決めて触手を振るった1、2、3、4。一匹残らず確保。やば、今の漫画のワンシーンみたいだったくない?

 触手でロボたちを持っていると直ぐに飼い主?の女の人が駆けよってくる。

 「いやー、ありがとう。新しいAIを試してみたらミーボたちが急に逃げ出しちゃってどうしたもんかと困ってたんだよね。私メイヤー。あなたは?」

 「あ、キララ……です。ミーボ返しますね」

 「キララ……ああ、ユーネクテスが言ってた子」

 触手の拘束を緩めてミーボを一匹一匹メイヤーさんに返していく。抵抗するミーボたちは見た目の割りに力が強くて飼い主は大変だろうな~って思ってたら最後の一匹が身じろぎした時に変なものが押された感覚がしたんだ。

 ポチ。そんな擬音を感じ取った私は何故かスゴーク嫌な予感を感じた。見ればメイヤーさんは青い顔をして叫んだ。

 「それ自爆スイッチ!逃げてー!?」

 「やっぱりぃ~!?」

 思わず全力でミーボを放り投げてダッシュ。これまでのイケてない人生が走馬灯のように頭を巡ったね。

 「ミーボー!!!」

 メイヤーさんの悲痛な叫びと共に背後で爆発。

 爆風で前にこけちゃったけど黒焦げになるのは回避した。いっそなってみたらネタになったかな?いやいやそんなコミカルな感じじゃ済まんでしょ。

 そんなことを考えていると別の方向に逃げていたメイヤーさんと残りのミーボたちが駆け寄って来た。メイヤーさんは心配そうに。

 「大丈夫!?怪我無い!?」

 「大丈夫……です」

 ほんとは少し膝を擦りむいたんだけど自己治癒のアーツで治したから問題ない。それよりも問題なのは。

 「あの……ミーボ。ごめん、なさい。私が変なとこ触らなかったら……」

 あの場に居合わせたのが私じゃなかったらミーボは爆発しなかったかもしれない。漫画みたいに決まったな。なんて調子に乗らなければよかった。きっと高いし大事なものだった……と思う。どうしようどうしようどうしよう。

 「なーにいってんの。おかげでこの子たちは助かったんだよ。あのまま止まらなかったらもっと良くないところで爆発してたかもしれないし。ミーボのボディはまた作り直せばいいんだよ。ありがとう!」

 「はい……」

 優しい人で良かった……安心して一気に体の力が抜けちゃって座り込んだ。もう調子に乗るのは止めよう。

 地面にへたりこんだ私にメイヤーさんは声をかけた。

 「そうだ。何かお礼をしないとね……うーん、すぐには無理だけどー。このミーボと同じようなカワウソ型ロボを後で贈るよ。当然自爆スイッチはなしの鑑賞ようね」

 「え……そんな悪いし」

 ミーボ、カワウソだったんだ……ソイヤソイヤじゃん。それはともかくそんな高そうなもの貰えない。やんわりと断ろうと思ったけどメイヤーさんは笑って言った。

 「いいのいいの。丁度AIの学習パターンサンプルが欲しかったし。実験に付き合うと思って、ね。エサも散歩いらないからさ~」

 結局押し切られて数日後自室にミーボが届いた。動くのが面倒な時にものを運んできてくれるしゲームをやったり漫画を読んでる時は隣で身を寄せて来る。結構可愛いやつだ。ちょっと寂しいと思うときが減ったような気がする。

 



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外出 4日目 完

 なんだか外出する度に何かが起きている気がする。中でも今日は飛びきりやばい。追われてるんだ、私。

 私をチェイスして来てるのは漫画とかで絶対信用しちゃ駄目っぽいマスクをつけた男だが女だかもわからない人?だった。部屋に帰ろうとしたら部屋の前立っていたこの人は私を見かけとズンズンと無言で歩いてくる。めちゃくちゃ怖い。私がその場から逃げ出す素振りを見せるとその人は歩きから走りに切り替えてきた。以降私は全力で逃げている。

 ロドスの制服を着てるから多分大丈夫……だと思いたいんだけど無言で追って来るのは何故!?何で喋らないの!?

 走っていたら直ぐに足が重くなってきて息が上がって来る。もっと運動しておけばよかった。そうだ、今度ミーボを散歩に連れていってやるのもいいかもしれない。

 そんな風に現実逃避していたら気付けば行き止まりに追い込まれていた。逃げらんない!?と、思ったんだけど私を追ってきた人も凄く息が上がってる。運動不足はお互いさまみたいだ。これなら隙をついて逃げられるかも。でも一か八かに出る前に聞いておくことがある。

 

 「ちょっと……ハァ、まじで……ハァ……何……?」

 

 「…………」

 

 マスクの人は息を整えると小さな声で言葉を返した。その人が言うには自分はドクターといってロドスの指揮を執る人物らしい。私に用があって今日部屋を訪ねるとメッセージを送っていたらしい。私はメッセージを確認してなかった。ごめん。

 

 「…………」

 

 ドクターは私に沢山のオペレーターたちが助けられ感謝しているってことを伝えてくれた。そんな大したことやった覚えがないんだけど。ヤバ。今凄く顔が赤いかも。

 そのことを踏まえてドクターは私にオペレーターとしてロドスの一員にならないかと誘ってくれた。私の力が、ロドスに必要なんだって。

 なにソレ。マジで言ってる?私だよ?重い、重いって……断ろう。そう思ったんだけど。思ったんだけどさ。何でかちょっとここに来てからのことを思い出しちゃった。外に出る度いろいろあったけど。毎回誰かがこんな私を頼ってくれて。ありがとう。っていってくれた。その度にちょっとだけ私の心はあったかくなった。

 もし、もし本当にこの人達が私の力が必要で。私の……私の中身まで受け入れてくれるんだったら……。

 私の答えは決まっていた。ウタゲもいるしね。

 数日後。ドクターの執務室にドクターとエーギルの少女、キララがいた。今日は彼女のロドスへの入職日だった。

 キララはドクターの前でぶっきらぼうにあいさつをした。

 

 「……キララです、よろしくおねがいします。……えーっと、特に用件がないなら、もう行っていい?っえ、だめ?伝えることがある?」

 

 「…………」

 

 その日の夜、ロドスは寄港した先でキララの入職祝いを兼ねてBBQ会が開かれることになった。キララ曰くこんなにも落ち着かなくて、疲れながらご飯を食べたことはないと、またこれほど美味く感じた食事もなかったという。 




これにてキララ入職日は完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
キララが主人公の二次創作をシリーズ化することにしたので明日よりキララとソラとフィリオプシスアイドルユニット活動する話を連載します。


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アイドルユニット甘光の軌跡 1話

3月18日までガチャの星5枠でピックアップされていたキララとソラとフィリオプシスが三人でアイドル活動するお話です。




 ロドス・アイランド。鉱石病と日々闘うこの製薬会社においても通常の企業と同様に福利厚生として定期的なレクリエーションが存在する。基本的に多くのオペレーターたちに待ち望まれているイベントであるが例外もまた存在する。今ベンチに座っている特殊オペレーターの任につくキララもその一人だ。

 

 「お、ドクターからメッセージだ。漫画の感想かな?……仕事の話だったらダルいな。え~と何々……ゲ」

 

 キララは情報端末を手にその可憐な雰囲気を台無しにするような引き攣った顔を見せた。そして送られてきたメッセージを読み進めるごとにワナワナと震え、みるみるうちに顔色を悪くしていった。

 

 「レクリエーションの出し物をチームで用意しろって……!?しかも全員知らない人じゃん。本気で言ってる……?」

 

 ひとまずドクターには抗議のスタンプを送っておく。しかし決定が覆ることはないのだろう。キララは気を重くしながらもどうにかこの降って湧いた業務をどうにかするために思考する。

 キララの膝元に置かれた情報端末の画面にはチームメイトの名が記されていた。

 Fチーム キララ・ソラ・フィリオプシス

 ロドス内の小さな会議室にて三人のオペレーターが顔を見合わせていた。特殊オペレーターキララ、補助オペレーターソラ、医療オペレーターフィリオプシス。彼女らは普段から会話を交わす仲ではない。それどころか任務でも同行したこともない面々であった。そんな彼女らがいざ会議と言っても円滑な話し合いなどできはしない。会話には役割が必要であった。

 フィリオプシスがホワイトボードの前に立ち淡々とした声を上げる。

 

 「会議の進行管理権限を入手しました。これよりレクリエーションFチームの出し物会議を開始します。フィリオプシスからはラーメン屋台の出店を提案します。キララさんは何がよいと思われますか」

 

 「ウェ!?」

 

 不意に言葉を向けられキララはびくりと肩を上下させる。それに驚いたソラもまた身を竦めフィリオプシスのは身は細くなった。

 他のメンバーにも動揺を与えたことに居心地の悪さと妙なおかしさを感じながら顔を赤くしたキララは咳払いを一つする。

 

 「う、うん……レクにそんなスゴイ期待してる人もいないと思うし。みんながパーッと楽しめたらいいんだよね。ウマブラの大会とか……どう?」

 

 ウマブラとは、大乱走ウマッシュブラザーズの略称である。長距離を爆弾や狙撃などの何でもありな妨害付きで走破するというレースゲームでプレイヤーキャラクターはいずれもカジミエーシュの騎士競技で優秀な成績を収めたクランタたちである。なおロドスの重装オペレーターにして元カジミエーシュ騎士であった二アールもまたプレイヤーキャラクターとして登録されている。もっともあまりに性能が高すぎるために公式大会では使用禁止の制限がかけられているのだが。

 言ってはみたもののそれほど自分の案が通ると思っていないのかキララは発言が終わると着席し目を逸らす。それをこれ以上の意見はないと判断したフィリオプシスは次の班員に目を向けていた。意見者は既に手を上げている。

 

 「ウマブラ、記録しました。それでは次、ソラさんお願いします」

 

 促されたソラは手を上げたまま勢いよく立ち上がる。

 

 「はーい!あたしはFチームのみんなでライブをやりたいな!」

 

 天真爛漫に発せられた実にアイドルらしい意見に対しフィリオプシスは淡々と記録を取りキララは殺人事件に巻き込まれたような表情を見せた。

 青い顔のままキララがおずおずと手を上げフィリオプシスが促す。

 

 「……えーと……私らが……ていうかその私もアイドルするの?マジ?」

 

 歯切れの悪いキララの確認にソラはハキハキと答えた。

 

 「そうだよー。あたし一回ユニット活動やってみたかったんだけど事務所がなかなか許可してくれなくて」

 

 仕方なさそうに笑うソラの言葉にフィリオプシスは表情を変えないまま首を傾げる。

 

 「疑問、それでは今回も許可は下りないのでは?」

 

 「ん~今回は規模的に小さいし公に配信されるわけじゃないからイメージ戦略がどうこうっていうのも大丈夫じゃないかな~。それに止めろって言われてもやるよ。事務所の言う通りに動くだけじゃやりたいことも全然できないしね!」

 

 フィリオプシスは首を戻し平手に拳の底をポンと当てて言った。

 

 「納得しました。ユニット活動というとソラさんのようなフリルの多いコスチュームをフィリオプシスも着用することが可能なのでしょうか」

 

 「そうだね~!やっぱりユニット活動と言えばお揃いの衣装だよね!!デザインどうしよう?可愛いのがいいよね!」

 

 「はい、ここはやはりバイビークさんに相談するのが最適かと」

 

 「ちょ、ちょいちょいちょっと待って、マジでやる流れライブ?決まり!?ねー、ちょっと考え直さない!?」

 

 既に出しものが決まったような流れにキララは大慌てで言葉を挟むが二人の意志は固かった。

 

 「却下です、フィリオプシスは既にライブにおける振り付け、衣装、演出、物販に至るまで計算を開始しています。この流れはドクターものであっても停止コマンドを受け付けません」

 

 「経験者な分あたしがしっかりリードするから!大変だと思うけど絶対楽しいよ!!」

 

 ヒートアップする二人に押されキララは視線を下に向け提案する。

 

 「じゃあ、私設営やるからライブには二人で……」

 

 後ろ向きなキララの手を身を乗り出したソラが引き揚げるように取った。

 

 「キララちゃんと一緒にライブやりたいんだよ!可愛いしみんなも喜ぶって!」

 

 「そ、そんなこと……」

 

 「肯定。キララさんは客観的に評価してかなり可憐な容貌をしていると言えます」

 

 美少女二人から可愛いと直球で褒められキララは茹で蛸のように顔を真っ赤に染め上げると蚊のないたような声でまたも反論を投げかける。

 

 「私、運動も人前も得意じゃないし……アイドルなんてゲームでしか経験ない……しかもプロデュースする側」

 

 そんなキララのなけなしの反論もソラは明るく蹴散らしていく。

 

 「あ、もしかしてあのアイドルゲーム?凄いリアルなんだってね~。それやってるならむしろ普通の人より詳しいじゃない!いけるいけるって!」

 

 「情報のアップデートがなされました。キララさんはアイドル先駆者なのですね。フィリオプシスにも知識を共有していただきたいです」

 

 「あ~……うー……」

 

 逃げ道を次々に塞がれ頭を抱えて唸るキララ。額を机にくっつけたその脳裏によぎるのはこれまでの人生とウタゲ、ロドスに来て出来た友人たちそしてドクターの顔だった。

 もし自分がこの仕事をやりきったとしたら、彼女らは……もしかするともしかするとなのだが。先程のように可愛いと言ってくれるだろうか?

 そんな未来を想像して、直ぐにそれを否定してそれでもその可能性を否定しきれず唸る。ひとしきり小声で言い訳を並べて。そして意を決したように顔を上げた。

 

 「……わかったやるよ。これでいい?」

 

 「やったー!!」

 

 「全会一致。これにて決定ということですね」

 

 出し物が無事に決まったことで盛り上がるFチームのメンバー。そんな中ソラは二人に手を差し出すとこういった。

 

 「えへへ。これからよろしくね。頑張ろ!」

 

 「こちらこそ。フィリオプシスをよろしくお願いします」

 

 「あー……うん。よろしく~」

 

 初対面の相手でも物怖じせずにグイグイとコミュニケーションを取りにくるソラと独特の空気と圧を持つフィリオプシスにキララはどこか親友であるウタゲを思い出していた。

 

 「それじゃ私らのユニット名なんにする?」

 

 「あ、それ決めなきゃ。可愛いのがいいよね」

 

 「データベースを検索。提案なのですが神座次郎というのはいかがでしょうか」

 

 「「それはちょっと……」」

 

 Fチームもとい甘光(アマテラス)の活動がこの日から始まったのだった。

 

 



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アイドル活動2日目

 「それじゃあいくよ!スマイル~」

 

 『スマイルー』

 

 会議室内で三人の少女、臨時ユニットアマテラスのメンバーが向き合って笑顔を作る。始めに手本を見せたソラはプロとして申し分のない花のような笑顔を見せるも続く二人は。

 

 「キララちゃん!?顔が引き攣ってる引き攣ってる!ていうか目が凄い方向向いてるよ!?どういう感情の表情なの!?」

 

 「い、陰キャスマイル……?」

 

 羞恥と不慣れにより極東の正月に行われる福笑いのような貌になっているキララと。

 

 「フィリオプシスさんは全然表情変わってないよ!?」

 

 「エラー、この行動は非常に困難だと判断できます。」

 

 普段の無表情から一切表情が動かないフィリオプシス。

 アイドルとして必須要素ともいえる笑顔が全く作れない二人に内心頭を抱えるソラであったが直ぐに気を取り直し対策を考える。

 

 「確かに最初から笑顔を作るっていうのは難しいよね。あたしも最初の頃全然だったし。そういう時はどうしたんだったかな~。あっ」

 

 「何か思ついたの?」

 

 「うん!あたしが新人の頃にやってたことでね。家族や友達みたいな大切な人を思い出すんだ!あたしはテキサスさんを……」

 

 記憶の中の美化されたテキサスに恍惚しているソラを他所に二人はそれぞれ身近な人々を思い出そうとする。 

フィリオプシスはデータベースから大切な人にアクセスしようとした。それは記憶の薄れた家族の顔ではなくライン生命の頃から付き合いのあった二人。共に今のフィリオプシスを作り上げて来たサイレンスとこちらをフィリ姉フィリ姉と妹のようについて回る無邪気なイフリータだ。

 彼女らの顔を思い出した時。フィリオプシスは己を制御する信号に変化が起きたことを検知した。

 

 「確認を願います、フィリオプシスは今、笑えていますか?」

 

 フィリオプシスは微笑んでいた。直ぐに過ぎ去る秋のような儚さを孕んだ微笑みは幻想的な美しさを持っており。それを正面から受けたソラとキララは顔を抑え。

 

 「凄い!完璧だよフィリオプシスさん!まぶしすぎだって!」

 

 「ちょーマブイよ。……ヤバ、これあと私だけじゃん!?……ちょ、ちょっと待って!」

 

 一人取り残されたことによる焦りを得たキララは必死に大切な人に思いを馳せる。故郷の家族、ロドスに来てからの知り合い。そして、ウタゲ。親友との思い出を回想する。

あれはキララが中学に入って少し立ってからのことだった。放課後ノートを片付けようとした時に声をかけられたのだ。

 

 「ねえ。授業中に何書いてたの?ちょっと見せてよ~」

 

 「ぁ……え……見てた?」

 

 しまったとそう思った。そしてこの後キモイとかなんとか言われてクラス中に噂されるんだ。終わった……とそうマッハで諦観していたのだが相手の反応は違った。

 

 「ハハハハ何その反応~、ウケル。よく見たらアンタ可愛いじゃん。アタシ、ウタゲ。よろしく~」

 

 「へ?あ……キララ、よろしく……」

 

 思えば返って来た反応が予想よりも好意的なものだったため反動で警戒がかなり薄れたのだろう。流れでノートの端に描いていた落書きを見せることになった。

 

 「お~ウマイじゃ~ん。何、漫画家目指してんの?」

 

 「いや、これは趣味「ノート綺麗に取れてんね~。3限目の時に居眠りしてたから現国ちょっと写させてくれない?」

 

 「あ、ハイ。どうぞ」

 

 言葉を喰われたキララはおずおずとノートを差し出した。

 

 「あんがと~、そうだ写してる間暇っしょ?アタシ描いててもいいよ。なんて「じゃあ描く」

 

 「マジ?まいっか~」

 

 そうしてウタゲがノートを写し終わるまで二人で机に向っていた。しばらくするとウタゲは大きく伸びをすると傍らのキララに視線を向ける。

 

 「写し終わったよ、ありがとね。そっちは……」

 

 ノートを返しキララの手元を確認するそこに描かれていたのは。

 

 「アタシこんなに胸デカく見えてんの?マジ?」

 

 「え?ダメだった?」

 

 そこそこ上手くそして胸が若干誇張されているウタゲがいた。当時から発育のよかった彼女はキララからみると大層巨乳に映ったのだろう。ちなみに現在になるとウタゲのバストサイズはこの絵を遥かに凌駕しているのだが未だにこのネタでウタゲはキララを時折弄っている。

 それからしばらくの時が経った放課後。キララは校門で待つウタゲに駆け寄った。

 

 「ごめん……待った?」

 

 「いいよ、別に。つーか今の台詞彼氏みたいでウケんね。まーこれからデートすんのは変わりないんだけどね」

 

 「デ!?」

 

 縁遠い言葉が使われたことに激しく狼狽するキララを見てウタゲが笑っているとその背に野太い声がかけられる。

 

 「女同士でデートすんなら俺らと一緒に……へぶ!?」

 

 「エエ~!?」

 

 ウタゲは持っていた護身用の刀の鞘で声をかけて来た無粋な男の鼻っ柱を文字通り折った。これには隣にいた男も驚き。

 

 「親友ー!?おのれ何してくれと……ぐほぁー!?」

 

 ウタゲは鞘を生き残った方の男の鳩尾に叩き込んだ。二つの骸がウタゲの前に転がった。

 ウタゲは事態についていけずオロオロとしているキララを尻目に鞘を男たちに幾度も振り下ろす。

 

 「ウザッ!ウザッ!誰もアンタたちみたいな空気読めないモブ求めてないっつーのウザッ!」

 

 「う、ウタゲ……もうその辺に」

 

 「おいおいやってくれたな嬢ちゃん」

 

 声のする方向に振り返ると空気読めない男たちより輪をかけて空気が読めず、一回り年が上そうな男たちが立っていた。

 

 「そいつらは俺のしゃて「ウッザ!!」イ~!?!」

 

 「兄貴~!!」

 

 やはり鞘が叩き込まれて兄貴たちは瞬殺された。結局その後切れたウタゲに引き連れられ町の番格やヤクザ崩れを日が暮れるまで狩り続ける羽目になった。

 そんなウタゲとの思い出を元にキララは笑顔を作った。

 

 「ど、どう?」

 

 「エラー、判断に困ります」

 

 「どういう感情の表情なの……!?」

 

 「ええ……」

 

 キララの表情は先より生き生きとした。しかしながら引き攣ってもいた非常に形容しづらい表情になっていた。キララは回想を経て改めて思う。リア充って怖い生き物だ、と。

 ともあれ大切な人を思い出す作戦は半分失敗した。次の一手をどうするか。三人は頭を悩ませる。

 ソラは同じように必死に思考を巡らせるキララを見て思う。

 ──キララちゃん今も可愛いけど笑ったらもっとも可愛いと思うんだけどなぁ。

 恐らく人前で笑うという経験が少ないというのもあるのだろう。それならばもっと三人で打ち解けることを優先したほうがいいか。とそこまで考えたところである。

 

 「あ、ドクターからメッセージ。ちょっとごめん」

 

 キララの情報端末にメッセージの着信を告げる効果音が鳴った。三人は一時思考を中断してキララがメッセージを確認する。

 

 「ふんふん……や、やった……!布教成功~!!やっぱ『マグナクリムゾン』の敵も味方もTUEEEEE感ははまるよねー!うんうん……最新刊は来週でる……っと!送信!」

 

 メッセージが機嫌をよくするものだったのかキララは突然テンションを上げる。その様にソラもフィリオプシスもあっけに取られるも途中であることに気付く。

 

 「わっ、ご、ごめん。なんか……テンション上がっちゃって」

 

 「問題ありません、それよりも重要なことがあります」

 

 「重要なこと?そ、そだよね早く笑顔の作り方どうにかしなきゃ……」

 

 「それだよ!キララちゃんさっきスゴイいい笑顔になってたよ!」

 

 「え、マジ?」

 

 己が既に課題をクリアしていたことが信じられない様子のキララに対してフィリオプシスが言った。

 

 「本気と書いてマジです、フィリオプシスは先ほどドクターからのメッセージを読まれたキララさんの顔が綻ぶのを確認しました」

 

 「すっごい可愛かったよ!これならいけるね!次からドクターのことを思い出して笑顔になってみよう!」

 

 「ちょ、ちょっと凄い釈然としないんだけど……違うから!別にドクターがどうこうじゃなくて同好の士が増えたのが嬉しかっただけっていうか理解を示してくれたのが嬉しかっただけっていうか~」

 

 褒める二人にキララは頬を染めて早口の弁明を行う。これが終わればまた笑顔の特訓が再開される。だが今度は確かなコツを掴んでいるきっと上手くいくだろう。

 

 



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アイドル活動3日目

 ロドス内部には当然のことながら娯楽施設も完備されている。甘光のメンバーたちが今いる場所もその一つ。カラオケルームだ。三人は歌唱トレーニングの一環としてここに来ていた。

 今はちょうどキララが歌い終わったところだ。採点システムに表示される点数は92点。かなりの高得点だ。

 歌い終わり額の汗を拭うキララに二人が拍手を送る。

 

 「賞賛します、フィリオプシスの身体がリズムを刻みました」

 

 「キララ歌上手なんだね!さっきのこぶしとか凄い良かった」

 

 「ま、まあね。ヒトカラとか結構行ってたから……あ、今の妖怪船上のオライオンのオープニングね。チェックしといて!っと次は……」

 

 キララは次の歌い手へとマイクを渡すために曲の目録を確認しようとする。その前に歌い手が挙手する。

 

 「喉起動、フィリオプシスの番です。それでは一曲お付き合い願います」

 

 流れて来た清廉なメロディラインはフィリオプシスの印象と声によく合ったものだった。一分のミスなのない音程にところどころで加えられていくテクニックに次々と点数は加算され最終的に到達した点数は。

 100点。言うまでもなく満点である。

 歌い終わったフィリオプシスが一礼すると残りの二人は拍手と共に感嘆の声をあげる。

 

 「ヤッバ。パーフェクトじゃん。音ゲーもそうだけどこんなのできる奴いるんだ……」

 

 「え、ちょっと凄すぎない!?私もこんな点数とったことないんだけど!こ……これは現役プロとして負けてられないかも……よーし、やるぞ~」

 

 勢い勇んで次なる曲に挑むアイドル。聴く人の感情を揺さぶる可憐な歌声に採点機械は……。

 99点。淡々と点数を刻んだ。

 

 「負けた~!!」

 

 ソラは勢いよく頭を抱えしゃがみ込むとそのまま次の歌い手であるキララにマイクを渡した。

 

 「ま、まあ所詮機械の採点だし……」

 

 「優越、フィリオプシス、勝利を収めました。勝てば官軍です」

 

 「フィリオプシス!?」

 

 その後も4時間に渡って彼女らは歌い尽くした。途中フィリオプシスが眠りについたが二人は何も言わずに宿舎までおぶって帰ったという。

 

 

「だぁーっかれた~!もう無理!ギブ。スタミナなくなったわ。閉店閉店~」

 

 鏡張りのレッスンルームのフロアで汗に濡れたキララがフロアに尻もちをつく。するとその首元にひんやりとした感触が当たりキララはビクリと肩を振るわせる。振り返ればソラが缶ジュースを押し当てている。

 

 「お疲れ~。はい、オラ・オーラ」

 

 「サンク~ス」

 

 プルタブを引っ張り開けるとプシュっという炭酸特有の音が鳴る。キララは数拍待ってから缶に口を付けた。

 

 「んぁ~これこれ~ついでにポテチでもあったら最高なんだけどな~」

 

 「アイドルにポテトチップスは天敵!本番までは我慢我慢!」

 

 「ハイハイ」

 

 キララは半分程飲みきると触手で缶を床へと置く。

 

 「や~全然振り付けのパターン覚えらんないわ。死にゲーのパターン覚えるほうがよっぽど楽だって。どんだけの無理ゲーよコレ……」

 

 「キララの場合は触手がある分やることが多いからね難しいと思うよ~」

 

 「あ~、めんどい。触手代わってくれ~」

 

 キララはこれ以上の運動を拒否するように背中から床へと倒れ込み手足と触手を放り投げた。そしてこの部屋で寝転がっているもう一人を横目に見る。

 

 「フィリオプシスは何か速攻で振りつけ覚えちゃったよね。記憶力良すぎか!」

 

 「あはは、凄いよね~。ちょっと……いやかなり運動不足なのが難だけど体力つければいいパフォーマンスできるよもちろんキララもね」

 

 「だるいけど……まあ、がんばる」

 

 キララとソラはそのまま好きな音楽について話に花を咲かせる。するとタイマーの音が鳴った。休憩時間の終わりだ。ソラが立ち上がり、それに続いてゆっくりとキララが気だるげそうに身を起こす。

 

 「さ、第二セット始めますか!」

 

 「もーちょっと休憩したかったな~。けどしゃーない。まずはフィリオプシスを起こそうか」

 

 「起きてくれるかな?」

 

 「どーだろ」

 

 そういいつつフィリオプシスの元までやってくると彼女の寝顔が良く見える。

 

 「……Zzzzz……スリープモード継続中……Zzzzz……再起動までにあと五分かかります」

 

 フィリオプシスの鮮明な寝言に二人は顔を見合わせ同時に疑問を口にする。

 

 「「寝てるん……だよね?」」

 

 寝言の宣言通りフィリオプシスは五分後に起床し。十全なパフォーマンスを発揮する。それに負けじと二人も奮起し。一日で彼女たちのパフォーマンスは大きく向上した。



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アイドル活動4日目

 以降も彼女たちは本番に向けて数多くの努力を重ねた。それはボイストレーニングやダンスレッスンといった単純に自身のパフォーマンスを高めるための訓練だけに留まらなかった。

 ある時は裁縫室で作業を始めようとしているバイビークにキララが背後から声をかけ。

 

 「あ、あのぅ」

 

 「きゃっ!?キララ……さん?わ、私になにか御用でしょうか……?あ……もしや服飾に関することでしょうか!?」

 

 不意の声かけに若干怯えを見せたと思うと次の瞬間には食い入るように用件を問うバイビークの気迫に圧されたキララはおずおずと自身の要件を切り出した。

 

 「あ~……うん、実はそうなんだ「やはり!どのようなデザインをお好みでしょうか!?キララさんは普段スカート丈の短いデザインを着ていらっしゃ……」

 

 怒涛の勢いで叩き込まれるバイビークの言葉に呑まれつつあったキララであったがなんとか持ち直し要望を告げる。

 

 「ちょ、ちょっとタンマ!作って欲しい……てのは……その~アイドル系の衣装で、資料はこんな感じで……着るのは私だけじゃくなくて三人なんだ」

 

 「なるほど。申し訳ありません……私、少し先走り過ぎてしまいましたね……では、衣装の希望と用途を詳しくきかせていただけますか?」

 

 「うん、実は今度の出し物で……」

 

 またある時は消防設備を点検し終えたショウにフィリオプシスが。

 

 「失礼、ショウさん、フィリオプシスにお時間をいただけますでしょうか」

 

 「これはフィリオプシスさん。小官に何か御用でしょうでしょうか。小官に力になれることでしたら全霊で応えさせていただく所存であります(早口)」

 

 小柄なショウは聴きとるのも困難な早口で頼もしい言葉を返した。フィリオプシスは小さく頷き言葉を続ける。

 

 「今度のレクリエーションにおいてステージの設営を依頼したいのです」

 

 「なるほどそれはなんとも大掛かりな!であれば確かに小官の領分ですね。詳細をお聞かせください!(早口)」

 

 楽曲に関する事柄はソラがヴィグナへと声をかけた。

 

 「ヴィグナお願い!今度のライブの演奏ヴィグナたちに担当して欲しいの!」

 

 ヴィグナの前で手を合わせるソラであったがヴィグナの反応は煮え切らないものだった。

 

 「そうはいってもね。あたしたちの音楽ってロックよ?アイドル系のあなたたちと合うかしら……」

 

 「そこをなんとか!」

 

 ヴィグナは組んだ腕を解きソラへと向き直り。

 

 「わかった……ちょっとみんなと話あってみるわ」

 

 「ホント!?ありがとう~!」

 

 「いってくおくけどあんまり期待しないでね!」

 

 来るステージに向けてそれぞれが動いていた。

 

 



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アイドル活動5日目

一部問題を抱えつつもそれなりに順調に進んでいたと思われた甘光の活動であったが思わぬ問題が発生することになる。それは甘光のダンストレーニングを終えた後のことだった。ダンスレッスン室を後にしようとする中フィリオプシスが唐突に切り出す。

 

 「皆さん、一ついいでしょうか。フィリオプシスは……」

 

 「「フィリオプシスは?」」

 

 感情の読み取りづらいフィリオプシスであったがそれでもこのときばかりは少しこの先の言葉を躊躇っているように見えた。

 

 「フィリオプシスは、ステージに立つことを断念し、裏方に回ろうと決定しました」

 

 「「……は?」」

 

 それは諦めの言葉だった。突然宣告された言葉を理解出来ず、受け止められず。二人はただ戸惑う。彼女らが何か次の言葉を放つ前にフィリオプシスは動く。

 

 「それではフィリオプシスは通常業務に戻ります」

 

 「待っ……」

 

 甘光の元を去るフィリオプシスを引き留めようとキララが腕を伸ばすがその手はすり抜け届かない。

 が、触手は届いた。

 

 「進行不能」

 

 「確保―!!」

 

 突然の触手の感触に身体を細くしたフィリオプシスをソラが抱き着いて動きを封じる。フィリオプシスの言い逃げは失敗した。

 

 「で、どういうことかな?」

 

 ソラとキララは二人でフィリオプシスを包囲して問いかける。鳥かごに囚われたフィリオプシスは冷や汗混じりに答えた。

 

 「提案、フィリオプシスの進路を塞ぐのは止めませんか?」

 

 「ダメ」

 

 「……」

 

 最早自分が逃げられぬ運命にあると理解したフィリオプシスは観念して己の思考を開示する。

 

 「フィリオプシスは、鉱石病の影響で種族特性が影響され前兆のない睡眠に陥る性質があります。ここまではお二人もご存じのはずです」

 

 「そうだね」

 

 「うん、そのことが関係あるんだね」

 

 これはチームを組んだ日に改めてフィリオプシスから開示された情報であった。この性質によって彼女の日常生活や業務が著しい影響を被っていることもだ。だから理解した気になっていた。

 

 「肯定、フィリオプシスはこの性質により各レッスンにおいてお二人にご迷惑をおかけすることも少なくありません」

 

 当然この性質が甘光の活動の際に発生しないという都合のよいことはなかった。フィリオプシスはレッスン中も不意に眠りにつきその度に一時中断してフィリオプシスを起こすなり体を痛めない場所に移してることが日常となっていた。だがそんなことは二人にとってはユニットとしての支え合いの一環でしかなかった。恐らくそれはフィリオプシスも理解しているのだろう。彼女が言葉を続ける。

 

 「それには留まらずフィリオプシスのパフォーマンスの成長曲線は緩やかなものとなっています。このままではフィリオプシスはステージの上で足を引っ張ってしまうのではないかと判断しました」

 

 「そんなこと……」

 

 確かに初期の習熟の速さに比して最近の成長速度は伸び悩んでいた。物覚えとセンスはよいものを持っているもののレッスン中の睡眠によってどうしても他の二人よりも練習時間が足りなくなっているのだ。それをカバーするために休暇中に自主練習に励んでいるがそれは他の二人も行っている。中々差は縮まらないとフィリオプシスは感じていた。とはいえ元がプロであるソラはともかくキララとの差は本人が気にするほど開いているとは二人も考えていなかった。キララに至ってはむしろ自分が追い付かねばとも考えていたほどである。だから二人にとってはフィリオプシスがそのように話すことが本当に意外に感じていたのだ。そして同時に彼女が諦めようとする理由には更に深いものがあるのだろうとも思い当っていた。ゆえにソラは聞く。

 

 「あたしは……あたしたちはフィリオプシスが気にしてることは気にしてない。だけどまだ何か吐き出せてないことがあるよね?それを……聞かせて」

 

 「それは……」

 

 フィリオプシスはソラを見上げたまましばしフリーズしたのち再起動を始めた。

 

 「データベースを再検索……検索完了まで15分………5%……15%……50%……90%」

 

 当初の予測よりも早くに思いあたったのかパーセンテージは途中から一足飛びに伸びていくそして100%を超えた時。フィリオプシスが告げる。

 

 「フィリオプシスは、怖いのでしょう。フィリオプシスのパフォーマンスの至らなさが、突発的に襲い来る眠気が……鉱石病が。皆で作り上げてきたステージを破壊してしまうのが」

 

 鉱石病と戦うロドスのオペレーターたちがほんのわずか羽を伸ばせるレクリエーション。それが鉱石病に由来する特性のせいで台無しになる。それは酷く皮肉なことだろう。

 

 「フィリオプシスは、このような体であっても可憐な服装で歌い、踊り、皆さまを楽しませられるのであれば。それはとても意義のある心躍ることだと最初は考えていました。ですが体質による阻害を感じるたび、甘光のステージを成功させるため多くの人が関わっていくにつれフィリオプシスは恐怖の感情を検知することが多くなりました。フィリオプシスはもしかするとこの舞台を壊してしまうのではないか……と」

 

 「それが……」

 

 「はい、フィリオプシスがステージに上がることを断念しようとした要因です」

 

 フィリオプシスはLancet-2を始めとしたクロージャ製のプラットフォーム以上に機械的な喋り方をする。ともすればそれが彼女の本質のようにも認識されるがそれは違う。彼女は実に人間的に多くを考えておりそれでいて自由だ。お茶目といってもいい。それ故に彼女の抱える悩みは切実だ。彼女が鉱石病の罹患者である以上このような不安からは完全に逃れきることは不可能だろう。そして鉱石病患者である現実は今の現状では変えることは不可能だ。

 

 「フィリオプシスの行動理由は以上です。それでは解放していただけ」

 

 「駄目!」

 

 フィリオプシスが最後まで言い終わる前にキララが叫び制止する。普段驚いたときとゲームをしているとき以外に大きな声を出さないキララの強い制止に言われたフィリオプシスはおろかソラもあろうことか発言者本人であるキララまでもがあっけに取られていた。

 

 「~ぁ、ダメっていうか……まだフィリオプシスには言わなきゃいけないことがるっていうか……えーと、ダメっていうのはそれだけじゃないっていうか……あ~~~!?こんなの慣れてないから全然纏まんない!なんなの!?リア充だったらもっと上手い言葉出てくんの!?」

 

 キララは最初しどろもどろにしていたがやがて自分の至らなさについて一度みた初見殺しを忘れて再度殺された時のように逆切れを起こした。

 自分はリア充という生き物とはほど遠い。生活圏には近くにいたけれど、それゆえ違うということがよくわかっている。だから彼女らのように上手くはやれない。だが上手くはやれなくとも運命を共にするパーティーメンバーは今、鉱石病という理不尽に、不安に苛まれている。甘光として、一人の鉱石病患者として不格好でも言葉を示さなければならない。

 

 「とにかく……ダメなんだ!」

 

 「エラー、言葉の意味を測りかねます」

 

 「ダメっていうのは……逃げちゃ駄目なんだってこと!ここで退いたら、止めたら。それこそ鉱石病に負けたってことになるじゃん……自由を奪われたってことになるでしょ!え、と……そりゃ……失敗するかもっていうのは、わかるよ。私もいっつもレッスンで失敗した時もベッドで横になった時も本番で失敗するかもって……そういう想像を……する」

 

 「あたしもそうだよ。本番っていうのはいつも何が起こるかわからない。どんな時でも最高のパフォーマンスをファンの人達に見せて上げないといけない。そういう心構えでいるべきだけど現実はそうはいかない。悔しいけど、自分ではどうしようもないことに襲われることだってあるよでも」

 

 仲間の言葉を引き継いでセンターは唯一のプロとして伝える。

 

 「それでもやりきらなくちゃいけないんだ。どんなミスでも予期せぬ事態でもそれを一つの演出として取り込んでお客さんは不安にさせないで笑顔でいてもらう。ステージをやりきるんだ。それがアイドルに必要なこと」

 

 「不安なのは私も同じっていうか……私たちはパーテ……ユニットなんだ。協力するのが、支え合うのがあたりまえなんだよ。だからさ、フィリオプシスが眠たくなったら私がカバーするし。だから、だからさ……代わりに私がヤバくなったら支えてよ。得意じゃんそういうの。マジで……頼むってぇ……あー、最悪涙でるとかダサ」

 

あまりに慣れないことをした影響か感極まったキララは涙を零しその場にへたり込んだ。そして同じ高さになったキララとフィリオプシスをソラが優しく抱き寄せる。

 

 「ごめんね。あたし言い出しっぺなのにユニットで活動出来るってなって舞いあがっちゃって……二人の不安に全然気づかなかった。気付かないようにしてたのかもしれない。もっとちゃんと話しておくべきだったのにね。ほんとにごめん……ごめんね~!!」

 

 優しく二人の背中をさするソラだったがこちらも徐々に溜っていた感情が決壊し大粒の涙を流し始める。

 フィリオプシスは甘光ユニット二人に大泣きされながら拘束され天を仰いでいたがしだいに自身の異常を検知していた。

 ──頬に液体が……これは、涙?

 涙を流したのはいつ振りだろうか。無論寝起きなど生理的な要因ではフィリオプシスは現在でも涙を流す。だがこれはそういったことがらとは全く別の……

 

 「申請、二人とも、泣き止んでください。そうでないと……そうでなければ……」

 

 感情の動きによって涙を流すのは本当にいつ振りなのだろうか。心へと堆積したゴミデータがクリーンアップされていく。

 

 「涙が、止まってくれません」

 

 フィリオプシスは泣いた。三人の少女の涙はしばらくの間ロドスへと降り注いだ。

 

 



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アイドル活動6日目

 雨を止めたのは一通のメッセージだった。軽快な通知音を聞いたソラは自らの情報端末を確認する。すると目を見開き涙を拭う。

 

 「やった!ヴィグナたち協力してくれるって!!」

 

 「マジ!?やっ……たじゃん!あ~……でもぉ……」

 

 二人は恐る恐るフィリオプシスへと振り向く。だがその顔を見てすぐに安心した。

 

 「状況を把握、なるほどまた私たちのステージに関わる人が増えたのですね……」

 

 フィリオプシスはあの日初めてのレッスンで見せたように、美しく微笑んでいた。ならば彼女の答えは決まっている。

 レクリエーション当日。ステージの裏側にて甘光が待機していた。今日の甘光はいつもの恰好ではない。ステージ用に誂えられたバイビーク特製のアイドル衣装に身を包んでいた。

 衣装は白を基調としており大部分のデザインは共通していたがそれぞれの体格や種族特性を考慮した差異があった。また、各所にそれぞれの特徴を捉えた小物が縫い付けられておりそれらを見るだけで楽しい代物に仕上がっている。

 そんな衣装を身に纏い。ソラはマイクを持つ手を胸にあてユニットメンバーにいう。

 

 「とうとう来たね本番が……短い間だったけどこれまで特訓してきた全部を出し切ってロドスのみんなに笑顔を届けよう!」

 

 隣のフィリオプシスはソラの宣言を聞くと目を伏せ軽く頷いた。 

 

 「勿論です、フィリオプシス。全力のパフォーマンスでもって皆さんの期待に応えるつもりです。しかし、懸念事項としてフィリオプシスは先程から身体に軽い震動を検知しています」

 

 見ればフィリオプシスの手指は僅かに震えていた。その手を優しくソラが取る。柔らかな温かさがフィリオプシスへと伝わる。

 

 「うん、大丈夫。きっと上手くいくよ。なんでかそう思うんだ」

 

 「そーそー、今から気を張ったって仕方ないんだからさ。フィリオプシスはフィリオプシスらしくどーんと構えてればいいんだよ」

 

 「ソラ……キララ……」

 

 二人に声をかけられたことによってフィリオプシスの震えは既に止まっていた。あるいは言葉よりも目にしたもののインパクトが強かったせいもあるかもしれない。

 

 「ほんっと……緊張しても……仕方ないって。たかがめっちゃ多い人に見られながら音ゲーフルコン目指すようなもん……ウワッ想像しちゃった。あーヤバい……戻しそう……」

 

 「状況把握、キララの方がフリーズ寸前でしたね」

 

 「だめだめ衣装が汚れる~!?」

 

 キララはフィリオプシスの比ではない程に緊張していた。転圧機なみに震えるその姿は氷雪地帯に半袖で放り出された人のようだ。口元を抑えてキララは言う。

 

 「もうダメ。帰ろう……こんなとこに突っ込んでいくなんて非リアには無理だよ。みて、生まれたての小鹿みたいになってる」

 

 いそいそと帰り支度を始めようとするキララをソラとフィリオプシスが抱き捕まえる。

 

 「フィリオプシスはそのコマンドを受け付けません。フィリオプシスを助けてくれるのではなかったのですか?」

 

 「いやぁ……それはぁ……」

 

 「キララは今までちゃんとやってきたじゃん。だから自分を……あたしたちを信じて。ね」

 

 「ううううぅぅぅぅぅぅあ~~~~~何とかなれ~~!!」

 

 キララがヤケになったところでちょうど前の出し物の終わりを告げる。

 

 『さあ、続きましてはロドスに突如現れた期待のアイドルユニット 甘光(アマテラス)によるステージライブです!皆さん拍手で彼女たちを迎えましょう!』

 

 大きな拍手の音に包まれて三人は手を繋ぐ眼前にはステージがある。

 

 「じゃあ……みんな、行こう」

 

 「了承」

 

 「はあい」

 

 声をそろえて言う。

 

 「甘光ー!GO!!」

 

 そして少女たちは光りの届く場へと駆けて行った。

 

 



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アイドル活動7日目

 ステージ上に三人の少女が姿を現す。ループス?の少女を先頭に次いでリーベリ、遅れてエーギルの少女が持ち場に着く。

 全員の準備が出来たことを確認してセンターの少女、ソラが観客に呼び掛ける。

 

 「皆さん今日はステージを見に来てくれてありがとうございます!今日はユニット甘光として立っていますソラです」

 

 「こんばんは、フィリオプシスです」

 

 「き、キララ……です」

 

 全員の紹介が終わると再びソラが言葉を紡ぐ。

 

 「あたしたち甘光は最初はみんなバラバラだったんだけど。今日のために練習を重ねて結束を強めてきました。今日はそれを一杯見て欲しいです!」

 

 それぞれ種族も出身も職分もことなる少女たちが今この場では一つのユニットとして歓声を浴びていた。

 「聞いてくださいAmaterasu」

 

 照明が落とされ少女たちがスタートポジションへと移動した。

 暗闇を激音が切り裂く。イントロが始まったのだ。光がステージに戻り少女たちは己を果たし始める。

 

 「Ya!そこな道行くオオカミさん 見下げてないで見上げてみて そしたらホラ 私がいる」

 

 まずはセンターにして唯一のプロ、ソラが始める。ロック調の、しかしポップさの残る音に歌詞を乗せる。

 

 「一人の暗い道行も 明るく照らして」

 

 一人の時間はここで終わり。ここからは。 

 

 「「「let go!」」」

 

 甘光の時間だ。

 

 「「「君に届けるよ甘光 今なら辺りもよく見えるでしょ?Hello, world!」」」

 

 三つの歌唱が重なり響いていく。

 

 「「「進みだせ 自分の道 照らす明日を見つけよう 希望の光に進もう 歩み続ければ そばに仲間がいるよ」」」

 

 そう、彼女たちは共に進み舞台を作り上げていく。彼女たちだけではない。このロドスにいるもの全てがそうであった。

 

 「「「だから 下を向かないで 私を見て いつでもあなたを照らす甘光」」」

 

 一巡が終わりまた新たなる回始まる。ここで前に出て来るのは。

 

 「Hi!そこな道行くオオカミさんたち 調子はどうだい?悪くない?」

 

 キララだ。彼女は独特の甘い声をマイクに乗せ唄う。

 

 「それならいいね、楽しいね だけどそろそろお別れの時間 Sunset」

 

 キララのパフォーマンスは彼女の腰に存在する複数の触手も同時に稼働させたダンスだった。他のメンバー以上に集中力を要求される動きである上に彼女の不得意とする人前という環境が合わさり彼女の処理能力は限界を迎えている。そのため。

 

 「また明日ねって甘光 今なら一人も悪くないでしょー」

 

 強く踏み込んだ足元が滑った。

 

 ──ヤバッ……!ごめん!!

 

 対応しきれずキララは後ろ向きに倒れ込む。

 

 「Goodnight!」

 

 その背を後ろから上がってきたフィリオプシスが背で受けとめる。そのまま二人は一回転の後パフォーマンスに戻っていった。三人で重ねるパートだったがソラがその分声を張って盛り上げたこともあり幸い客席に動揺の声はない。

 

 「「「キラキラ光る星空の下コノハのベッドでスヤスヤ 夢の中でも一緒のパーティ 夜通し元気に騒いじゃおう!」」」

 

 一度崩れかけたもののこれまでの練習の成果か彼女たちの本番強さからか。直ぐに立て直し再び騒ぐ。

 

 「「「姿は見えなくてもあなたの心にいるよいつでもあなたを照らす甘光」」」

 

 2つの巡りを終えついにクライマックスへと突入する。これまでとことなりメロディアスな旋律と共に声を届けるのは。フィリオプシス。

 

 「例えどんな困難に押しつぶされそうでも 一人じゃない そんなの仲間と分け合った涙で洗い流そう」

 

 彼女は透き通った歌声を響かせながらあの日のことを思い出す。数年ぶりに誰かと泣き合ったあの日のことを。歌に感情が、記憶が入る。

 

 「雨が上がればほらまた私が照らしてあげる」

 

 「「「甘光」」」

 

 揃った。ここから先どうあってもこのステージはこれで終わる。一切の悔いを残さぬよう三人は声を上げる。

 

 「「「世界を照らそう甘光 今は苦い世界でも いつかは甘くおいしくね」」」

 

 世界が本当にそうなっていけばいいと。自分達の手でそうしていくのだという意志を持って唄う。

 

 「「「だから 上を向いて歩もう みんなと一緒に進もう」」」

 

 それはどこか誓いの言葉のようで。だからこそここに集まるものたちに深く届いた。

 

 「「「いつでもあなたを照らす甘光」」」

 

 音が止み。一瞬の静寂に包まれた次の瞬間。会場は割れんばかりの拍手によって包まれた。

 

 



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アイドル活動 最終日

 曲が終わり。三人がステージの中央へと集まっていく。ステージの締めを行わなければならない。しかしこの時、フィリオプシスは既に限界を迎えていた。

 極度の緊張と激しい運動はフィリオプシスを襲う眠気を促進していたのだ。鉱石病によってもたらされた症状が今この時に牙を向いた。

 

 ──まだ、スリープモードに陥るわけには。最後までやり切らねば。

 

 二人に、もっと多くの人に迷惑がかかる。それ以上に自身に悔いが残る。そんな感情で必死に抗うもフィリオプシスの意識は徐々に遠くなっていった。彼女が最後に聞いたのは会場のざわめき声ではなく。

 

 「大丈夫だから」

 

 仲間の声だった。

 キララをセンターに三人は揃って深く一礼をする。それに対し再び万雷の拍手が送られ照明が落とされる。ユニット甘光のステージは終わりを迎えた。

 

 レクリエーションから数日。ロドスの会議室の一室では甘光が再び集合していた。

 飲み物をいれた紙コップを掲げてソラがいう。

 

 「それじゃあステージの成功を祝して!」

 

 「「「かんぱ~い!!」」」

 

 彼女らは机の上に大量の菓子とジュースを置いて歓談を楽しむ。今日は甘光の打ち上げ会だったのだ。

 キララは携帯ゲーム機でゲームをプレイしながらポテトチップスとコーラを楽しむ。

 

 「あ~やっぱこれなんだよね~恋しかった~」

 

 「あんまりポテチばっかり食べてたら体型変わっちゃうよ~」

 

 「もう維持しなくても問題ないじゃんさ~」

 

 「リミッター解除、フィリオプシス、暴飲暴食を実行します」

 

 「も~」

 

 そのように会話を楽しむ中、ポテトチップスを飲むように一気食いしたフィリオプシスがキララの前にやってくるじっとキララの方を見つめる。視線に耐え切れなくなるとキララは問う。

 

 「え~と……どしたの?ゲーム、やる?興味あんの?マジ?」

 

 「いえそうではないのです」

 

 「違うのか~」

 

 期待と違うことに思わず肩を落とすキララだったが直ぐに気を取り直す。

 

 「じゃ何?」

 

 「礼」

 

 その場でフィリオプシスは体を折りキララに対し礼をする。非常に整った完璧ともいえる一礼だった。だがそれを受けたキララはあっけに取られ椅子ごと後ろにひっくり返りそうになる。なった。

 

 「いった~。え、何?何何わたしなんかやっちゃいました?え、ほんとに?」

 

 「閉幕の時です。キララは眠りに落ちる私の身体を支え。最後の礼まで私に行わせたと、ソラから聞いています。ありがとうございます。お陰でフィリオプシスは最後までフィリオプシスをやり遂げることができました」

 

 そこまで聞いてようやくキララは得心がいった。確かに最後の集合の際にフィリオプシスが限界が来ていることを察したキララはその触手でフィリオプシスの身体を支え、その動作を補助した。そして照明が落ちた後は観客にバレないように裏手まで運んだのだ。

 だがそれは特段感謝されるようなことではないと思う。なぜなら。

 

 「……別に、私も途中思いっきりミスしかけて助けられたんだし……おあいこじゃん。ていうか私たちはパーティなんだから当たり前ってそういう話したよね?したっけ!?」

 

 「それでも。フィリオプシスはあの時の言葉が果たされたことが、きっと嬉しくてたまらないのです」

 

 微笑むフィリオプシスに顔を赤く染めキララは頭を抱え悩む。

 

 「あ~……うー……ん。どう返せばいいんだよぅ」

 

 「どういたしまして、でいいんだよ」

 

 「どーいたしまして」

 

 ソラから出された助け舟に乗って場を切り抜けたキララは再びゲームに視線を落とす。そしてライブ当日のことを思い出す。

 あの日のことはそれほど覚えていない。覚えているには情報の圧力が強すぎた。一斉にこちらに視線を向ける観客たち、体を揺らす音、高鳴る鼓動。ウタゲやドクターたちが自分を見てるかなんて探す余裕は全くなかった。

 一応終わった後の撮影会で二人が見てたということは嫌というほど理解した。恥ずかしい。特にウタゲはアレからしきりにライブ中の写真を他のオペレーターに共有している。やはりリア充は怖ろしい生物だとキララは再認識する。

 本当にこのレクリエーション会は大変だったとキララはそう思う。人付き合いスキル0の自分が始めて話す相手と組み合わせられ挙句の果てに選ばれた出し物はアイドルだ。自分のような非リア充がアイドルという時点で無理を重ねすぎている。その無理を通すために繰り返したレッスンや食事制限は本当にしんどかった。できればもうやりたくないと思う。

 とはいえ、とはいえだ。悪くは……なかった。辛く、しんどい戦いだったが何も得なかったとは決して言えない。

 ウタゲやドクターには本当に恥ずかしかったが、可愛いとそういってもらえた。他のオペレーターにも褒めて貰えた。こんな体験はそうそうない。未だに心が熱に浮かされている。

 それに何よりも仲間として……ユニットとして活動を共にした二人だ。これほどまでに一つの物事に向って努力を重ね励まし合い、感情を素直にぶつけたのは始めてだ。人間関係はからっきしと自称するキララにとってこれは快挙といえた。正直少し自分がリア充に近づけたのではないかという錯覚すら覚えたほどだ。

 だからというわけではないが。今日でこの関係が終わるということに一抹の寂しさを覚えているのは事実だ。練習はきつい。あんまり人前に出たくない。だけどもだけれどもこのまま解散すればまた距離が遠のいてしまうのだろう。それはやはり嫌なのだ。

 おのずとキララは口を開いていた。

 

 「あ、あのさ…「提案なのですが、甘光のユニット活動、続けませんか?」

 

 キララの言葉を喰ってフィリオプシスが先んじていた。

 

 「ライブの後からイフリータから『フィリ姉フィリ姉あの衣装オレサマも着たい』だのまた衣装を着て踊っているところを見たいと要請されておりサイレンスさんからも『貴重な運動不足解消の機会だからいいんじゃないかな』と言われているのです。フィリオプシスとしても活動の継続に意欲的なのですが皆さんいかがでしょうか」

 

 フィリオプシスの率直な欲求にソラは手を叩き喜び同意した。

 

 「もっちろん!あたしも一回じゃすっごいもったいないと思ってたんだ!事務所が何か言って来るかもだけど絶対説得してやるんだから!」

 

 これで二人が同意した残るは一人。二人の視線は最後の一人へと向けられた。

 仲間の期待の視線を受けたキララは思わず目を逸らしてしまう。期待が重かったのではない。自分と同じことをみなが考えていことが何だか嬉しくてむず痒く。それを素直に認めるのがなんだか悔しかったのだ。口元は気を付けないと緩んでしまう。それがバレるのが嫌で少し溜めてから話す。

 

 「ま……まあ、皆がそんなにやりたいんだったら。私もやってもいいけど。です」

 

 次の瞬間、キララの元に二人が殺到する。キララは少し苦しかったが少しも嫌な気分はなくされるがままに天を仰ぐ。この二人やウタゲ、ドクターと一緒なら……これから更に多くの人々と共にこうして歩んでいけるのなら、鉱石病を始めとした酷いことが一杯のこの世界も甘く希望の光りに満ちた世界に変えていけるのではないかとそう思った。

 でもそれはもっと先の話。ひとまず今は。

 

 「次のライブの計画を練ろ~!」

 

 「「おー!」」

 

甘光はこれからもみなと共に歩んでいく。

 




これにてアイドル編終了です。
ストックが切れたので次回以降の更新はしばらく途切れますがまた書けたら投稿を再開します。


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