天才は夢を見ない (小池蒼司)
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前菜
Prologue
名前:
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誕生日 7月15日
血液型 A型
身長 160cm
好きなこと 猫の動画を見る
実家は有名なフランス料理店で、父親がフランスで日本人初の三ツ星を獲得した。
幼い頃から厨房に立ち、優れた嗅覚や味覚は幼いながらに大人顔負けで能力を発揮していた。
周りからは天才と呼ばれ、後に神の舌を持つと崇められる薙切えりなと同等の地位を得る。
___________
ーーカタリ、
用意された銀のナイフとフォークが触れ、音が響いた。
大きな会場に満員とも言える観客達。この人だかりにも関わらずやけに静かなのは、目の前に出された料理を作った"
突如として始まった料理バトル、ここではそれを食戟と言うのだが___その食戟の為に集められた審査員たちは全員、料理を前に唾を飲み込んだ。
「どうぞ、お召し上がりください」
尾崎の一言を皮切りに審査員たちはまるで飢えている獣のように一斉に食事を始める。その様子は観客達がどよめくほどに異様であった。
「ポワレ、と言いましたね。ポワレは普通なら魚が多いのでは」
審査員の一人が震える手を抑えながら尾崎に質問した。ずっと食べ続けていたい。質問なんてしている暇などない、そんな気持ちからくる震えは禁断症状、いや中毒症状とも言える。
尾崎は審査員を一瞥した後答えた。
「ポワレとは今でこそ魚などが多いですが元々は肉料理に使われる調理法です。今回私がそれを選んだのは、その肉にあります」
ポワレとは、下味をつけた魚や肉を適量の油でカリッと焼く調理方法であり、フランス料理の定番だ。
今回尾崎が使った肉は鶏モモ肉。柔らかい肉と柑橘系のソース。ほんのり甘い香りが会場内に漂っていて、それも食欲をそそる要因の一つだった。
「ん〜美味い!この鶏皮がポワレによって引き立ってる、それに……このソース、オレンジ?」
「ソースは不知火を使った柑橘系のものです」
不知火、デコポンとも呼ばれる柑橘系の一種だ。
審査員達はふむ、とまた一口口に運び味わった。
「不知火は春が旬でこの時期が一番香りがたちます。採れたては甘みより酸味が強く、ソースにするにはちょうど良かったので」
「確かに、甘いソースより酸味の強い方がこの肉には合う気がする、とても美味しいわ…」
「ありがとうございます」
審査員の穏やかな表情を見て、尾崎は軽く一礼をする。それはもはや勝ちを確信した瞬間でもあった。
しかし、隣で結果を待っていた対戦相手であるエンドウはわなわなと震えた後、「どうしてなんだよ!」と突然叫び散らかした。
「どうして、とは」
「お前、入学したばかりなのになんでそんなもんが作れんだよ……教えてくれよ、なんでお前の作る料理はそんなに美味そうなんだ」
エンドウは瞳を潤ませ、その場に立ち崩れた。結果はまだ出ていないというのに、空気はすっかり尾崎の勝利が確定している。
尾崎はそっとエンドウの目の前に立つと、顔色ひとつ変えず返答してやった。
「貴方に教えることなんてない。覚えて帰っていいのは……私の名前と、私の作った料理の味。それだけ」
相手はハッとして前を向いた。尾崎はそこへ予め用意しておいた自身のポワレを差し出す。
食ってみろ、と言わんばかりの視線にエンドウは恐る恐る手を伸ばし、口に運んだ。
その瞬間だった。
「っっっっっっつ!!!!!!!!」
口に入れた瞬間感じる鶏皮のパリっと感。そして鶏肉のジューシーな肉汁と爽やかな柑橘系の香りがアクセントになって、まるで口の中は春に風にそよがれながら散歩をするカップルのようだった。
エンドウは自然と溢れる涙を流しながら料理を口に運び続けた。
そんなエンドウを見ながら、呆れた表情を浮かべて尾崎は続ける。
「ねぇ、私が周りからなんて呼ばれてるか知ってて食戟を挑んできたの?」
その言葉を聞いた瞬間、エンドウはピタッと食べる手を止めた。
「…….お前、まさか」
尾崎は睨みを利かせ言った。
「知らないなんて言わせない、……"天才"の名前は伊達じゃないのよ」
ーーこうして、その日の食戟は終了した。
遠月茶寮料理學園 、そこへ君臨する絶対的女王___
"天才"こと氷結の女王、尾崎凛。
これは彼女が一人の料理人として生きていく物語である。
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1.紀ノ国寧々with天才
1.紀ノ国寧々with天才
ーー才能があれば来なくていいんだ
紀ノ国寧々は前に一つだけある空席を眺めながらそう思った。
遠月茶寮料理學園 、ここの厳しい授業に着いていくには一日でも休むと即退学。そんな中で休みやサボりなどを行う生徒はいない、はずだった。
「尾崎凛、またアイツ休みか」
「この前も授業サボってたよな」
「いいなぁ才能あるやつは自由にできて」
通常の学校に比べ、一クラスの人数が少ないこの学園では一つでも空席があると目立つ。
そのせいか、生徒達からの標的に選ばれるのは一瞬だった。
(尾崎凛……中等部からいるけど実際に会ったことない、かも)
紀ノ国はクラスメイトの愚痴を流しながら頭の中で尾崎がどんな人物なのか想像した。
噂程度にしか知らないが、フレンチの巨匠尾崎裕次郎の孫で父親は日本人で初の三ツ星シェフ。幼い頃から鋭い嗅覚、味覚を持ちその才能は大人顔負けのものであると……そこまでは誰もが知っている彼女の情報だ。
それに加えて紀ノ国が聞いたのは
・何があっても笑わない
・人を見下している
・氷のように冷たい態度
・先生も逆らえない程の権力を持っている
等、同じ学年の人間なのか疑う噂だった。
別にそれを信じている訳ではないが、中等部の頃から学園で好き勝手している彼女にいい印象はない。ましてや天才などと呼ばれている人間と仲良くするつもりもない。どうせ、傲慢で自己中心的な女性なのだろう。
そんなことを考えていた時、教室の扉が開かれた。そこに立っていたのはこのクラスを担当している教師、水原だった。彼女はいつも通り淡々とHRを始めようとしたその時、一人の生徒が手を挙げた。
「あの、今日も尾崎さんがいないんですけど」
それは紀ノ国の隣の席にいる女子生徒、小日向だった。
彼女もまた、尾崎の噂を聞いており心配しているようだったが、水原は表情を変えずに答える。
「あぁ、気にしなくていいぞ。あいつはそういう奴だからな」
「そういう奴って……高等部に上がってから一度も来てないんですよ!?実習授業にも出てないし……」
「まぁ落ち着け、そのうち来るさ。じゃあHRを始めるぞ」
まるで話を早く終えたいかのように、そのままはぐらかされ小日向の質問は終了した。紀ノ国はしょげる小日向を気にもとめなかったが、それから少し心がモヤモヤするのを感じていた。
結局その後、水原は何も説明せずにHRを終え、何事もなく日常が過ぎる。
そして放課後、紀ノ国はその日に出された課題をこなすため図書室に向かった。しかしそこには先客がいたようで、机の上に大量の本が積み上げられていた。
「おや、君も今から勉強かい?」
「一色慧……」
その声は同じ学年で幼馴染の一色慧だった。彼は遠月の中でも成績優秀であり、特に和食に関しては右に出る者はいないと言われている。だが、紀ノ国は少し彼が苦手であった。
幼い頃から知っている仲だからこそ分かる彼の部分が紀ノ国にとっては屈辱的に感じていた。
そんな彼を見て紀ノ国は溜息をつく。
「あなたこそ、こんな所で何をしてるの?図書室で勉強なんて柄じゃないと思うけど」
「あぁ、そうだね。ただ僕は本を返しに来ただけだよ」
そう言って一色は山積みになっていた本を全て返すと鞄を持った。どうやら帰るらしい。
「そろそろ帰ろうと思ってたんだ。良かったら一緒に帰らないかい?」
「遠慮しておくわ。まだ課題終わってないもの」
「相変わらず真面目だねぇ君は。もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないかな」
紀ノ国はそう言われると、ギロリと彼を睨みつける。すると一色は両手を上げ、降参のポーズをとった。
そんなやり取りをしていると、ふと図書室の入口から視線を感じた。
その方向を見ると、そこには制服姿の少女が立っていた。
少女は紀ノ国を見つけると、ゆっくりとこちらに向かってくる。
ーーその顔には見覚えがなかったが、なんとなくそれが誰なのか紀ノ国には分かった。
(あれは……)
その少女は、肩より少し長い紫色の髪を揺らしてこちらへ歩いてくる。彼女の名前は確か…… そこまで考えたところで一色が先に口を開く。
「やぁ尾崎くん、珍しいね」
その少女の名前は、尾崎凛だった。
紀ノ国が彼女について知っていることは、名前と容姿、それと噂程度。実際に会うのは初めてだった。
(この人が……)
紀ノ国は目の前にいる彼女が本当に噂通りの人物なのか、少し興味があった。
しかし彼女は紀ノ国に目もくれず、そのままスタスタと歩き出す。
その様子に紀ノ国は違和感を覚えた。
(私には挨拶すらしないの……?)
今までそんな経験がなかった紀ノ国は少し戸惑ったが、すぐに冷静になる。
きっと噂通りの人物なのだから、他人に興味がないのだろう。
「ははは、相変わらず彼女は冷たいな」
一色の笑いを無視し、きっと彼女はそういう人なんだと紀ノ国は思い込み、近くの机へと赴いた。
「……それじゃあ、私は課題を終わらせてくるから」
紀ノ国はそう言うと、課題に取り掛かった。
しかし、紀ノ国の頭の中には先程の彼女の態度が引っかかっていた。
(どうしてあの人はあんな態度を取ったのかしら)
紀ノ国は彼女の態度が気になり、課題を進める手が止まってしまった。
「彼女が気になるのかい?」
「別に。噂通りの人みたいだし、興味ないわ」
本当はどこか彼女に惹かれている。気になっている。天才と呼ばれ授業にも出ずその実態を知りたい。けれど、それを一色に言ったところで何になるだろうか。
そんな様子を見ていた一色は不思議そうな顔をしていたが、すぐに納得したようににこやかな笑みを浮かべた。
そして彼は帰る前に、もう一度紀ノ国に声をかける。
「君たちは似ているかもしれない」
その言葉の意味がわからなかった。紀ノ国は眉間にシワを寄せ、首を傾げる。
そんな彼女に微笑むと、彼はそのまま図書室を出て行った。
紀ノ国は課題を進めながらも、頭の中は尾崎の事ばかり考えていた。
彼女は一体どんな人間なのだろう。
彼女は何故、人と関わらないのだろう。
彼女は……何を考えているのだろう。
◇
次の日、紀ノ国はいつものように教室に入ると自分の席に座った。
教室にはまだ誰もおらず、静寂だけが教室を支配していた。
紀ノ国は席に座り、鞄から教科書を取り出す。今日は実習授業がある為、早めに来て準備をしていたのだ。
その時、教室の扉が開かれ一人の女子生徒が入ってきた。
その姿を見た瞬間、紀ノ国の心臓がドクンと跳ね上がる。それはあまりにも美しく、妖艶で、それでいて神秘的なオーラを放っていたからだ。
その女子生徒は真っ直ぐこちらへ向かってきた。そして紀ノ国の前で立ち止まると、うっすらと微笑んだ。よく見ないと分からないくらいの変化だが、それは確かに笑っていた。小さな微笑みはまるで天使のような美しさで、紀ノ国の顔が熱くなるのを感じる。
そして少女はゆっくりと口を開いた。
「おはよう。」
「え、えぇ……おはよう」
突然話しかけられた事に驚きながら、紀ノ国は返事をする。
その少女、ーー尾崎凛は自分の席に座ると黙ったまま準備を始めた。
紀ノ国はそんな彼女を横目にチラリと見る。
(綺麗な髪……それに肌も白くて、スタイルも……)
紀ノ国は改めて彼女を見て、その美貌に見惚れてしまう。
すると、彼女の方からも視線を感じそちらを見ると彼女と目が合った。
紀ノ国は慌てて目を逸らす。
(まさか、ずっと私の事を見てたの……!?)
紀ノ国は動揺し、頬を赤く染めた。
それから数分後、続々とクラスメイト達が登校してくる。
紀ノ国の周りには人が集まり、会話が始まる。誰も尾崎の事には触れなかった。いや、触れられなかった。噂通りと言うべきか、紀ノ国からみても冷たいオーラは感じていて朝の挨拶が夢だったかのように思う。
しかし紀ノ国は、彼女の事が気になって仕方がなかった。
(どうしよう……私、変な子だと思われてるかな……。でも、どうしても気になるのよ……!)
紀ノ国はどうにかして、話ができないかと考えた。昨日一色に言われたからではなく、今日を逃すともう二度と彼女と話せない気がしたからだ。
しかし、彼女は誰とも会話をする気がないのかクラスメイトに話しかけられてもまともな返事はしなかった。そんな所に紀ノ国が話しかけられる訳もなく、あっという間に実習授業の時間がやってきた。
今日の授業は、2人組でのペアワークだった。男女関わらずそれぞれ二人ずつのグループを作り、お題に沿った料理を提供する。そして最後にその料理を食した教員が評価をつけるというものだった。紀ノ国が相手を探すと、既に何人かのクラスメイトが集まっておりその中には尾崎の姿もあった。
(あの子…)
ポツンと一人立つ尾崎をクラスメイト達は避けるようにして会話をしている。少しイラッとしたが、今はそんな事を言っている場合ではない。
この様子じゃ他の人にとられる心配もないが、紀ノ国は急いで彼女の元へ向かった。
「ねぇ、私と一緒に組まない?」
「……」
紀ノ国は勇気を出して尾崎に話しかけたが、彼女は無言のまま紀ノ国を見つめていた。
「……私じゃダメかしら」
「別にいいけど」
「ありがとう」
素っ気ない返事だったが、紀ノ国は喜びを抑えて見えないようにギュッと手の甲を抓った。尾崎は気にせず淡々と準備を進める。
「お題は?」
尾崎の一言で紀ノ國は黒板を見る。今日のお題は『豆乳』だ。
この実習授業を取り仕切るのは担任である水原香代子。乳製品のスペシャリストで妹はイタリア料理店のシェフをしている。味に関しては厳しいだろう。しかし、豆乳は乳製品ではないのにこのお題を出すとは。そう思いつつも、紀ノ国はレシピを考える。
大豆から作る豆腐は低カロリーで健康にも良く、女性にも人気の高い食材だ。豆乳に拘らなければ湯葉などもある。あくまでお題は豆乳で、豆乳を出せばいいわけじゃない。
「紀ノ國、さん。私が考えたレシピで良ければ手伝ってくれないかしら」
悩んでいると、隣にいた尾崎がぎこちなく声をかけてきた。紀ノ国は驚いた表情を見せるが、そのレシピを聞くと提案を受け入れた。
尾崎が提案したメニューは、紀ノ国にとってとても魅力的なものだった。
尾崎は紀ノ国の反応を見ると、手際よく調理器具を並べ支度をする。その速さに目を疑った。
材料の用意から下ごしらえまでこの速さでできるならば、それはプロしかいない。紀ノ国も負けじと作業を進めていく。彼女の指示は的確であり、無駄がなく、効率が良い。
「オートミールは少し砕いて」
「わかった」
「ベリーは添える程度でいい」
二人の息は料理が完成する頃にはピッタリになっていた。他の生徒も自分の作業を止めて二人を観ているくらいには、芸術の域に達していた。
「……できた」
二人は完成した料理を水原の元へ運ぶと、すぐに審査が始まった。
「待ってたよあんた達の料理!珍しい組み合わせだとは思ったけどいいコンビなんじゃない?それに、早めに完成したにしては、最後に持ってくるなんて何か狙いがあるのかしら」
「はい。あります」
相変わらず淡々と答える尾崎。
そして、出された料理を見て水原は思わず笑う。
「なるほど、デザートってわけね。」
尾崎はコクリと小さくうなずく。
そして、料理を口に入れた水原はゆっくりと口を開く。
「ん、んっまぁぁぁ!!」
水原は蕩けた顔でそう叫んだ。
その言葉に、教室中が静まり返った。
その叫びに紀ノ国は目を大きく見開いた。水原が料理をこんなに美味しそうに食べて蕩けているのを初めて見たからだ。
「ベリーのパルフェ、最初見た時は大したことないように思ったけど……オートミールと豆乳。それからこれは……カスタード?卵なんて用意してないのにどうやって」
そこまで言って、ハッとした様子の水原は慌てて手で口を覆い驚いた様子を見せた
「もしかして……卵を使わずにカスタードクリームを作ったって言うの!?」
クラスメイト達は皆、興味津々と言った感じでこちらを見ており、そんな周りを他所に尾崎は淡々と話を続けた。
「はい。豆乳と米粉、それからメープルシロップで作ったカスタードクリームです」
「豆乳の風味を残しつつベリーの甘みを際立たせるヘルシーなパルフェ。最後に出したのもデザートってのだけが理由じゃないんでしょ?」
「はい……紀ノ國さんがどうせなら女性が食べやすい胃に優しいデザートをと提案してくれたので」
突然名前を出され困惑する紀ノ國。確かにその提案をしたのは紀ノ國だ。尾崎が「ね」と無表情ながらに同意を求めてくると、紀ノ國は、はい。と答えた。
「……すごいわ。まさかここまで完璧に仕上げてくるとは思わなかった。合格よ!」
そう言った瞬間、クラスが一気に盛り上がる。紀ノ國も嬉しかった。今まで、誰かと協力する事などなかったから。
紀ノ國は尾崎に話しかけようとしたが、彼女は既に席に戻っており、話しかけられなかった。
(もう少し、彼女と話をしたかったんだけど……。でも、まあいいわ)
紀ノ国は、尾崎との会話を思い出していた。
彼女は誰とも仲良くするつもりはないと言っていたけど、本当は違うんじゃないかと思ったのだ。
紀ノ国は、彼女が自分と同じ匂いを感じた。だからもっと知りたいと思った。
(いつか、彼女と友達になれたらいいな)
紀ノ國は、いつの間にかそんな事を思っていた。
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2.一色慧with天才
もしこの世に天才がいるのだとしたら、きっと皆が口を揃えてこの名を呼ぶだろう。
「ま、まさに天才だ……"
ある者は尾崎を天才と呼び、ある者は
「ケッ、親の七光りってやつだろ。あいつの手腕は大したものじゃない」
と強気に見下す。
「天才、ね……あいつに勝てたらこの学園のトップに立てるのか」
「バカね、この学園のトップは十傑第一席___十傑に入らなきゃ意味ないんだから」
そしてある者は、密かに十傑への憧れを見せていた
◇
世界規模で名門校である遠月茶寮料理學園 。料理学校というにはあまりにも残酷で、在籍したという事実だけでも将来が保証される厳しい学園。
卒業生のほとんどは名の知れた有名な料理人であり、この学園に通うもののほとんどは優れた腕を持っている。
そんな遠月学園に、今年もまた優秀な生徒が入学した___
「やぁ、この前の食戟凄かったね!」
高等部の進級式が終わりしばらく。ある日の放課後、調理場で突然声をかけられた尾崎は目の前でにこやかな笑顔を浮かべる男を見ると、気にもとめず調理の片付けを続けた。
彼は一色慧という男で、中等部から遠月学園に在籍している。
「無視しないでくれよ、寂しいじゃないか」
「何の用」
「ちょっとした世間話さ。中等部の頃から一緒に頑張ってきた仲間として、この前の食戟のお祝いをしたいだけ……ってちょっとちょっと行かないで!」
尾崎はある程度片付いた調理場を確認し、そのまま去ろうとしたが、一色に引き止められ渋々戻ってきた。
尾崎も一色も極星寮という寮に住んでいる。別にここで話さなくとも帰ればタイミングはいくらでもあるはずだ。
「帰ればいつでも話せるのにって思ってるでしょ。君が人と話すような人間だったらね!尤も、僕の事が嫌いなだけかもしれないけど」
「……どうでもいい。用件だけ話して」
「だからお祝いをしたいんだってば」
おめでとう、とニコニコする一色に対して眉ひとつ動かさない尾崎。まさにシュールな絵面というべきか、調理場の静けさがよりそれを引き立たせている。
「君は天才と呼ばれる故に食戟を大量に申し込まれている。それなのにほとんど断っては気まぐれに受けては勝つ……うーんかっこいい!痺れるね」
「なに?バカにしてる?」
「まさか!天才と呼ばれる事の重圧はよく分かっているつもりだよ」
ははは、と笑う一色を横目に何を言っても無駄だと思ったのか尾崎は「それ、帰ってから話してもだめ?」と問いかけた。その言葉に一色は目を丸くすると、少し考えた後に笑顔でこう答えた。____もちろん、OKさ! そう言うと、2人は寮へと戻った。
◇
極星寮に着くや否や寮母のふみ緒に「ええええ!!凛あんたいつから人と帰ってくるようになったんだい!?」と驚かれ、寮に住み始めて1ヶ月程しか経っていないのにも関わらずこの言われようである。しかし、それは仕方のないことだ。というのも、今まで彼女は誰かと一緒に帰ってきたことなどなかったからだ。そもそも、人との関わり自体を避けていた彼女にとって、それは大きな変化であった。
「……これがしつこかった」
尾崎は一色を指差すとふみ緒はなるほどね、と乾いた笑いでそれを返した。
それからしばらくして、夕飯を食べ終えると早速話の続きと言わんばかりに一色が例の食戟について話し始めた。
食戟を受けたことに深い意味はない。
気分だと答える尾崎に、一色はお茶を啜りながら質問を投げかけた。どうしてあの時、勝負を受けようと思ったのか____と。
どうせ今日も話しかけてきたのはこの話がしたいからで、お祝いなんて全くの嘘なのだろう。それはわかった上で特に気にせず淡々と答える。
「ただ単に、暇つぶしになるかなと思って受けただけ」
その返答に一色は満足したのかうんうん、と大きく何度も首を縦に振った。
「なに」
「いやいや、君らしい回答だなと思ったのさ!」
「だから言ったでしょ、深い意味はないって」
「じゃあせっかくだからもう少し聞こうかな」
___何故、"相手"は君を選んだんだろうね?
一色の問いに尾崎は表情を変えず、しばらく考え込んだ後口を開いた。
「私が、一番強いから」
ーーそれだけ。
そう告げると、尾崎は自室へ戻っていった。
残された一色は、再び茶を口に含むと独り言のように呟く。
「……わざわざ君に挑むなんて無謀なこと、普通ならしないけどね」
挿絵はトレスしました
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