更木剣八に転生したら剣ちゃん(幼女)だったんだが (凜としたBTQ)
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更木剣八に転生したら剣ちゃん(幼女)だったんだが

 俺の名前は更木剣八。

 

 最強の戦闘集団と名高い護廷十一番隊隊長にして、あの藍染惣右介が警戒し、ユーハバッハが特記戦力として注目した、歴代最強の"剣八"となる予定の幼女だ。

 

 そう、幼女だ。

 

 いや更木剣八は二メートルを超える大柄で獰猛な顔をした獣のような男だろ!って思ったそこのあなた。

 うん。完全に同意だよ。だが幼女だ。幼女で間違っていない。

 

 しかも生まれて数百年経っているのに幼女の姿のままという筋金入りの黒髪美幼女だ。

 護廷十一番隊副隊長、草鹿(くさじし)やちるとほとんど同じくらいの背丈で、ツル・ペタ・ロリの三拍子が揃っている。

 

 俺もどうしてこうなったのかわからん。そんなことは神だの霊王だのKBT〇T(風評被害)だのに聞いてくれ。

 

 とにかく俺はなんやかんやあってようやく護廷十三隊十一番隊隊長に就任し、念願の自分の住処(隊首室)を手に入れた。

 なのでこれからは机に置いてあった日記帳に、俺のこれまでのことを記していこうと思う。これはその前書きだ。

 まぁまず今俺が一番言いたいのはこれだ。

 

 あぁ^~布団が気持ちええんじゃぁ^~。

 

 ここまでほんとに辛かった。綺麗な布団とか何百年ぶりだよ。

 流魂街では藁か草の上で寝てたからね。やちるとくっついて寝てたから寒くはなかったけど。後はたまに弓親が反物を敷いてくれたかな。

 そんな生活だったからか、布団がまじで気持ちいい。この感動は前書きにしっかり残しておこう。

 

 と、危ない危ない。こんなことしているとまじで一日中ゴロゴロしちまうからな。今日はこれまでのことを日記に書くんだった。

 

 そうだなぁ……正確な日付とかは覚えてないから、そこらへんはざっくりでいいか。これからちゃんと書けばいいしな。

 初心忘れるべからず。誰に見られるわけでもないんだ。思ったこと、感じたことを書き殴っていこうと思う。

 まずはそうだな……俺がこの世界で前世の記憶を思い出したところからにしようか。

 

 

 

 

 

 

 『とある修羅との出会い』

 

 

 

 

 何をとち狂ったのか現実で死んだ俺はこの"BLEACH"の世界に転生した。

 

 そう、気が付いたら俺は綺麗な長い黒髪が特徴の目つきの悪い幼女になっていたのだ。

 

 赤ん坊の頃の記憶はないが、これまでどうやって生きてきたかはおぼろげに覚えており、物心ついた段階で転生前の記憶が突然蘇ったような感覚だった。

 どうやら今までは襲ってくる大人達を返り討ちにして奪った食べ物で食いつないできたみたいだ。

 

 まぁそんなことはどうでもいい。とにかく俺は"BLEACH"世界に転生して幼女となった。

 

 いわゆるオリ主転生ってやつだな。

 

 "流魂街"や"更木"という単語から、俺が転生した先が"BLEACH"世界であること、尸魂界(ソウルソサエティ)の流魂街、それも最も治安が悪いことで有名な"更木"で生まれたということがわかった。

 流魂街ガチャ大外れじゃん……なんて絶望していたのだが、そんな思考は襲ってきたガラの悪い野盗共を俺が瞬殺したところで吹き飛んだ。

 

 え、俺めっちゃ強くね。

 

 霊圧も戦闘能力もめっちゃ高い。

 霊圧を少し解放するだけで相手は怯み、獣のような動きで次々と敵を斬り殺していく様は無双ゲーのそれだった。

 まさにちぎっては投げ、ちぎっては投げという言い方が相応しい無双っぷりだ。

 

 どうやら物心つく前の俺としての記憶と身体が戦い方を覚えているらしい。

 そんな前世の俺と今世の俺が混ざり合った感覚もあって不思議と殺しの罪悪感とかは感じなかった。

 こんな殺伐とした世紀末ワールドの流魂街、更木で倫理観とか考えている暇はないからね。仕方ないね。

 

 そんなこんなで自分の強さを自覚した俺は当初の不安もやわらいでいき、チート戦闘力にウキウキしながら野盗共を狩って生活していたのだが……あるときその人と出会った。

 

 「……初代十一番隊隊長、卯ノ花八千流」

 

 俺がつくりあげた死体の山の先に、その人がいた。

 護廷十一番隊の原型を作り上げた人にして、古今東西あらゆる流派を修めた証である"八千流(やちる)"の名を冠する初代隊長。

 

 ────卯ノ花八千流。

 

 俺が咄嗟に口に出た言葉を抑えようと手を動かしたとき、彼女の視線がこちらを射抜いているのに気付いた。

 

 そこからは酷かった。

 

 問答無用の殺し合い。

 俺の姿を見て凄惨な笑みを浮かべた卯ノ花さんは、俺に弁明の余地も与えずに襲い掛かってきた。

 

 いくら俺がチート戦闘力を持っているからといってもこっちは生まれて間もない幼女だ。

 少し目つきは悪いがいたいけな黒髪幼女に突然襲い掛かってくるとか何なんだ? 幼女虐待なの?

 

 ……とか何とか当時の俺は思っていたけど、今思い返してみるとこのとき俺は目の前の卯ノ花さんにビビりすぎて霊圧を全力放出していた気がする。おそらくそれが原因だろう。

 

 卯ノ花さんとの戦いは苛烈を極めたけど、結果として勝ったのは俺だった。

 

 いやめっっっちゃ強かった。

 どこから斬っても受け流されるし、襲い来る太刀筋は無駄の一切ない必殺の一太刀。

 たまに攻撃が通ったとしても回道で回復してはすぐに斬りかかってくる始末。

 

 何このクソゲー、負けイベかよ。そんな悪態をつくくらい強かったんだが、霊圧は俺の方が上だった。

 

 死神の戦いは霊圧の戦いと言われるほど、霊圧というのは重要だ。

 相手との霊圧に差があれば能力が通じなかったり、何もせず霊圧の威圧のみで膝を折らせることもできる。

 ゲームでいうレベルみたいなもんだな。ほら、レベル差補正によってダメージが変わるゲームとかあるだろ?

 あれをさらに強くしたような感じだ。霊圧に差があればそれだけ有利になることができる。

 

 だから剣技でも耐久力でも負けている俺は唯一勝っている霊圧を活かしたゴリ押し戦法──肉を切らせて骨を断つ捨て身の特攻──で何とか倒した。

 

 あー、まじで強かった。今までチート戦闘力が強すぎてまともに戦いになんてなることがなかったから、俺にとってこれが初めての命がけの戦いだった。

 すごいしんどかったが……何だろう、今まで俺TUEEEしていたときの百倍楽しかった。

 

 元々俺は無双ゲーの爽快感よりも死にゲーの緊張感の方が好みな質だったのだが……まさか命の取り合いでもヒャッハーするようなバーサーカーだとは知らなかった。

 これもこんな北斗の拳のような世紀末空間に生まれた弊害なのかなぁ……。

 これからはもう少し戦闘のときは縛りプレイでもして緊張感を加えていこうかな。

 

 そんなことを考えていると、倒れている卯ノ花さんがこちらを悲しそうな顔で見ていたので、何だか居た堪れなくなった俺はその場をそそくさと立ち去った。

 

 そりゃそうだよね。チート転生者とはいえ幼女に負けたらそんな顔にもなるわ。

 謝って許されることではないが、どうか気を落とさずにいてほしい。

 

 でも一つだけ……貴女のその強い在り方に、俺がどうしようもなく憧れてしまったことだけは、許してください。

 

 

 

 

 

 

 『草鹿やちるとの出会い』

 

 

 

 

 卯ノ花さんとの熱い戦いが忘れられなかった俺は流魂街のゴロツキ相手に霊圧を極限まで抑えながら戦ったりしていたのだが、どうにも心が躍らなかった。

 

 最早癖となっているくらい相手に合わせて霊圧を抑える技術は上手くなったのだが、同時に俺の霊圧もまた天井知らずに成長していっており、今では限界まで抑えてもただのゴロツキ相手じゃ戦いにならないくらいまで膨れ上がってしまったのだ。

 

 ちなみに俺の姿は相変わらず幼女のままだ。

 ご飯は優しい人達(ゴロツキ)から丁重に頂いて三食毎日食べているというのに、成長のきざしが全く見えない。

 栄養が全て霊圧にいってんの?ってくらい身長が伸びない。

 ここ数年で伸びた身長は1cmあるかないかだろうか。

 

 このまま見た目が完全に幼女のまま成長が止まるとなると辛すぎる。前世込みでもいい大人の年齢だというのに。

 

 いやでも原作の日番谷冬獅郎とか猿柿ひよりとかの例を見ると、死神は身体の成長が人間と比べてかなり遅いだろうことが窺えた。

 俺はまだ死神ではないが、魂魄全体がそういう傾向にあるのならまだ希望はある……はずだ。

 精神年齢も肉体年齢に引っ張られている傾向にあった気がするが……大丈夫、俺は大人だ。

 決してたまに手に入る金平糖でテンション爆上がりしたことなんかない。ないったらないんだ。

 

 そんなこんなで身長以外は成長中の俺は退屈な毎日を過ごしながら日課のゴロツキ狩りを行っていると……ある日俺が殺した山賊共とその被害者の死体に混じって、ピンク髪の赤子が横たわっていることに気づいた。

 

 ────いや、草鹿やちるじゃん。

 

 俺の朧げな原作知識にこんな場面があったような気がする。

 そう、あれは更木剣八の回想シーンで、そこには獰猛で獣のような剣八と、無邪気で天真爛漫な草鹿やちるという対照的な二人がどのようにして出会ったのかが簡潔に描かれていた。

 

 【死体の山から赤ん坊が這いずって近づき、男の刀へ触れていく】

 

 「……どっからきた、ガキ」

 

 脳裏に原作のあの情景が浮かぶ。

 

 気づけばそんな言葉が口をついていた。

 いやお前もガキだろって言われたらぐぅの音も出ないんだけど、精神的には大人のつもりだ。

 だからこの言葉が咄嗟に出たのは自然なことだろう。

 

 【ぺたぺたと無邪気に刀を触る赤ん坊を眺めていた男は、幼子へ問いを投げかける】

 

 「刀だぞ。怖くねーのか」

 

 舌ったらずな俺の声が山中に響きわたる。

 

 「人を殺す道具だ」

 

 辺りは俺が殺した山賊の血と臓物が一面に広がり、赤ん坊がいるべきではない地獄のような有様だった。

 

 「てめーも死ぬぞ」

 

 だけど目の前の彼女は笑っていた。

 

 何が楽しいのかにこにこと。

 

 ここに転がっている全員、俺が殺したというのに。

 

 いつのまにか赤ん坊は刀ではなく、俺の指を掴んでいた。

 

 「……ぁ」

 

 そのときの俺の顔は酷いことになっていたと思う。

 

 転生してから今日まで、俺は人の悪意しか見てこなかった。

 

 救いなんて何もない。

 男は殺され、女は嬲られ、弱い者から死んでいく。

 

 怨嗟の悲鳴と絶望の慟哭が耳を離れず、ひたすら憂さ晴らしのように戦いを繰り返す日々。

 

 助けた男は、その夜襲ってきた。

 

 救った女は、その場で自害した。

 

 殺さないと生き残れなかった。

 だから敵を殺した。

 

 何も感じない自分に恐怖した。

 だから前世の己を殺した。

 

 戦いは好きだ。

 強い奴との命の取り合いは、俺がこの世界で生きているということを実感させてくれる。

 

 でも、どれだけ殺しても。俺の心の本当の渇きが満たされることはなかった。

 

 「や、ちる……っ!」

 

 俺は赤子を抱きしめていた。

 

 大切に、宝物を触るように。丁寧に丁寧に、抱きしめていた。

 

 もう俺は自分の正体に気づいている。

 

 草鹿やちるは、更木剣八の斬魄刀だ。

 

 彼女が見えるということは……彼女と出会うということは、そういうことだ。

 

 俺は────更木剣八(ざらきけんぱち)だ。

 

 「……八千流(やちる)。オレがただ一人こうありたいと願う人の名だ。お前にやる」

 

 斬魄刀は持ち主の魂、その写し身だ。もう一人の自分といってもいい。

 

 持ち主と似るわけではないが、両者は魂で繋がっており斬魄刀は主のことを誰よりも近くで見守り続けている。

 

 やちるは俺のことを、ずっと見守ってくれていたのだ。

 俺が見つけられなかっただけで、傍にいてくれたのだ。

 

 ────俺は一人じゃ、なかったんだ。

 

 「オレは剣八。代々最も強い死神に与えられる名だ。オレは今日からその名を名乗る」

 

 これは誓いだ。

 

 俺は本物の剣八よりも弱いだろう。

 

 孤独を恐れ、手にした温もりに涙を流すなんて真似、彼は絶対にしない。

 

 彼が現れる場面は誰よりも頼もしくて、安心できて────そして強かった。

 

 俺はそんな"剣八"になる。そう、魂に誓う。

 

 なぜ俺が更木剣八として生まれたのかなんてどうでもいい。

 原作の記憶が指し示す、いずれ尸魂界(ソウルソサエティ)に訪れるであろう過酷な未来もどうだっていい。

 

 俺がしたいこと、心から叫ぶ本能は────。

 

 草鹿やちるの、"剣八"となることだ。

 

 

 

 

 

 

 ────剣ちゃん。

 

 俺の腕の中から、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 「剣ちゃん!」

 

 「うひゃぁ!?」

 

 突然背中から抱き着かれた俺は驚きのあまり変な声が出てしまう。

 

 ここは隊首室で、誰も入るなと隊には言い聞かせていたから完全に油断していた。

 

 しかもオサレで恥ずかしいポエミーを書いていた最中だったため、羞恥のあまり変な声になる始末。

 

 唯一の救いは咄嗟に自然な仕草で日記帖を閉じ懐にしまえたことか。

 

 自分で自分を褒めてやりたいくらいの完璧な証拠隠滅だ。

 

 「あはは! 剣ちゃんがかわいい声出してる! 珍しいもの見ちゃった!」

 

 「……やちる。おまえ今は女性死神協会の会合に参加しているんじゃなかったのか? 何でここにいる」

 

 「ゆみちーにお願いしてこっちきちゃった! 今日は剣ちゃんと一緒にいたい!」

 

 おい弓親てめー男だろ。何当然の如く女性死神協会に代理で出席してるんだ。

 

 普段なにかと理由をつけて俺に可愛らしい着物や装飾を押し付けてくる面倒ごとの多い部下の強行に俺は頭を抱えた。

 

 「……まぁいい。いやよくねーがそれはこの際もういい。それで、何でオレが隊首室にいるってわかったんだ? いつもなら道場の方にいるってのに」

 

 「だって剣ちゃん、私がいないときに隊首室でこそこそ何かしてるってつるりんが言ってたもん!」

 

 あのハゲ次会ったらシメる。

 

 一角には隊首室前の見張りを頼んでいたってのに、余裕で通しているじゃねえか。

 

 しかも余計な情報までやちるに与えやがって。

 

 「あー、隊長。そっちに副隊長が行きまし」

 

 「一角てめぇ!」

 

 「グハァッ!?」

 

 入口からひょこっと顔を出した禿げ頭に問答無用で机の上の文鎮を投げつける。

 

 文鎮は一角のスキンヘッドへと綺麗に吸い込まれ、カコーンと子気味いい音を立てて衝突した。

 

 「何すんですか隊長!」

 

 「オレは誰も入れるなって言ったよな? それはやちるも含めてだ」

 

 「あはは! 除夜の鐘みたい!」

 

 やちるが腹を抱えて笑っているのを見て、一角が青筋をピキピキと立てて凄い形相で歯を食いしばっている。

 

 俺が無言で一角を睨んでいると、ばつが悪そうにこちらを見た一角は寂しい頭をぽりぽりとかきながら口を開いた。

 

 「いや隊長無理ですよ。俺が副隊長を止めれるわけないじゃないですか。大人しく白状した方が身のためですって」

 

 そんな無責任なことを言ってくれる一角。

 

 言えるわけねーだろうが。これまでの人生をポエムを混ぜながら日記に書いていた、なんて言えるわけねーだろうが。

 そんな辱めを受けたら恥ずかしくて死ぬ自信がある。

 剣八が自身の黒歴史に悶えて死ぬとか、そんな歴代最悪な死に方ごめんだ。

 

 「ほら何を隠してるのか言っちゃいなよ剣ちゃん。つるりんもこう言ってるよ?」

 

 ヒョイ、と肩に頭を乗せて寄りかかってきたやちるが、俺の顔の真横で囁く。

 

 やちるが寄りかかってきたことによって少し揺れた俺の髪先から、チリンチリンと心地の良い鈴の音が隊首室に響き渡った。

 

 「……はぁ。べつに隠してなんかねーよ。ほら」

 

 「……え?」

 

 そういって俺が机の引き出しから取り出したのは一本の簪。

 胡蝶蘭(こちょうらん)の花を模った、やちるへの手作りの贈り物だった。

 

 「今日は二月十二日だろ。だから、それやるよ」

 

 二月十二日は俺とやちるが出会った日だ。

 自身の生まれた日を知らないやちるはその日を誕生日とし、隊長となって生活が落ち着いてきた俺は、今までの分も込めて初めてのプレゼントを用意することにした。

 

 卯ノ花さんに作り方を教わり、少しずつ作っていた。

 

 それが今日、日記を書く直前にようやく完成した。

 

 「へー、上手いもんですね。隊長がこんな器用な真似できるなんて知りませんでしたよ」

 

 横から覗き込んできた一角が俺の作った簪を見て感嘆の声をあげる。

 

 何気に失礼なことを言っているこのハゲ頭は後でしばくとして、俺はやちるが簪を渡してからずっと俯いて動かなくなっていることに気づいた。

 

 「……やちる?」

 

 もしかして気に入らなかったのだろうか。

 

 俺みたいなガサツな女が作った不出来な簪よりも、店に売ってるような煌びやかで華々しいものの方が良かったのだろうか。

 

 そんな不安に駆られて声をかけると、やちるは俯いたまま凄い勢いで俺の小さな胸に飛び込んできた。

 

 「剣ちゃん!! 私すっっっっっっごく嬉しい!!!!」

 

 下を見ると、満開の花のようなとびきりの笑顔でこちらを見上げているやちるの顔が目に入った。

 

 心なしか声が少し震えており、その可愛らしい目尻には光るものが溜まっているのが見えた。

 

 「……ぁあ。気に入ったのなら良かった」

 

 やちるの純粋な笑顔を受け、俺は気恥ずかしさのあまりそっぽを向いてぶっきらぼうに答えてしまう。

 

 しかしそっぽを向いた先には、ニヤニヤ顔でこちらを見つめるハゲ頭がいた。

 

 「んじゃ、俺はお邪魔みたいなんで飯にでも行ってきます。このままここにいたらまた弓親の野郎に睨まれちまうんで」

 

 ────百合の間に挟まるハゲは殺していい。

 

 そんな弓親の声が幻聴となって聞こえた気がした。

 

 「ちょ、ちが……ッ!? おい待て一角! おいッ!?」

 

 必死に捕まえようと手を伸ばすも、がっしりと俺の身体を抱きしめて離さないやちるに阻まれる。

 パタンと襖が閉じる音と共に、伸ばした俺の手は虚しく空をきった。

 

 「はぁ……」

 

 「? 剣ちゃんどうしたの?」

 

 「……何でもねーよ」

 

 一角とのやり取りを不思議そうに見ていたやちるが小首を傾げて問いかけてくる。

 

 やちるは弓親や一角がどういう理由で俺達のことを揶揄っているのかわかっていないから、俺だけ余計に疲労が溜まっていく。

 弓親の野郎は揶揄っているというのとはまた別の気もするが。

 

 ……やちるが気にしていないのに俺だけ気にするのも馬鹿馬鹿しい。

 いやそもそも俺も気になんかしていないけど。

 一角が揶揄ってきたことに腹を立ててただけだし。

 

 ……とにかく一角の野郎は後で必ずもう一回しばこう。

 

 「……ねえ、剣ちゃん」

 

 「ん。なんだ?」

 

 俺の平らな胸の中にもぞもぞと顔を埋めて抱きつきながら、甘えた声色でやちるが尋ねてくる。

 

 俺は目の前の桃色の髪を優しく手で梳いて、彼女が続けるを待った。

 

 「……あのね、今日……一緒に寝てもいい?」

 

 覗き込むように俺を見上げて聞いてくるやちる。

 そんな愛らしい姿を見て、俺は自分の心臓の音が聞こえていないかという内心の不安を誤魔化すようにぶっきらぼうに答えた。

 

 「……好きにしろ」

 

 ────今日は特別だからな。

 

 無意識にそんな言葉が漏れると、やちるは華が咲くような笑顔を返してくれた。

 

 

 

 

 

 翌日。隊長を起こしに行ったきり戻ってこない同僚を探しにいった一角は────隊首室の中で幸せそうに向かい合って眠る二人の少女と、部屋の前で鼻血を出し悶絶死している弓親の姿を発見した。

 




続……かない。


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剣ちゃんと一角

続いた……だと……?



 俺には憧れの人がいる。

 

 その人は誰よりも強かった。

 

 馬鹿みたいにでかい霊圧も、馬鹿みたいに重い剣圧も、そんな些細なことがどうでも良くなるくらいの強さを持っていた。

 

 その人は戦いを愛していた。

 本気を出せば誰一人足元にも及ばない強さを持ちながら、相手に合わせて常に対等な戦いを挑んでいた。

 

 生きるか死ぬかのギリギリの戦い。

 その幼い容貌も相まって痛々しく思えてしまうほどボロボロになりながらも、その表情はまるで友達と遊ぶ(わらべ)のように愉しげなものだった。

 

 ……何故そこまでして戦おうとする?

 ……何がこの餓鬼をここまで突き動かしている?

 

 殺人の狂喜か?

 勝利への陶酔か?

 自身の力に対する絶対的な自信か?

 

 いや違う。

 そんなものじゃない。

 そんな下らないものじゃない。

 

 その真意を知ったのは、俺が件の少女と戦って敗れたときだった。

 

 「負けを認めて死にたがるな! 死んで初めて負けを認めろ!」

 

 餓鬼が何を生意気なこと言いやがって。

 

 一瞬そんな言葉が脳裏を過ぎったが、そんな考えは少女の顔を見た瞬間に吹き飛んだ。

 

 「負けてそれでも死に損ねたら、そいつはてめーがツイてただけのことだ。

 ────そん時は生き延びることだけ考えろ!」

 

 少女は笑っていた(泣いていた)

 

 その表情には、彼女のこれまでの全てが詰まっていた。

 

 戦いとは、少女の生き様(すべて)だった。

 

 敗北の生き恥だとか、勝者の責務だとか、そんな上っ面の考えが全部頭から消し飛んだ。

 

 俺は、自分が負けた瞬間が死ぬときだと思っていた。

 それが漢としての戦いの作法だと思っていた。

 

 彼女は違った。

 戦いの作法だとか礼儀だとかよりも、もっと大事なものがあると言った。

 

 戦い続けろと。

 斬り合い続けろと。

 その刹那の中で生き───そして死ねと。

 

 戦いこそが────生涯の全てなのだと。

 

 その日、俺は戦いに敗れた。

 

 だけど俺は負けなかった(死ななかった)

 俺が負ける(死ぬ)のはどういう時か、もう既に決めていた。

 

 あの人が、俺の世界だ。

 

 あの人の後ろに立つことが、俺の全てだ。

 

 戦って戦って戦って。

 そんでいつかあの人のために死ねれば、それは

 

 

 

 

 ────最高に、ツイてるじゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 「んで、一角。何か弁明は?」

 

 俺は激怒した。

 

 必ずかの邪智暴虐なハゲを斬らねばならぬと決意した。

 

 俺には隊律がわからぬ。俺は更木の浮浪児である。剣を振り、野盗から物を奪って暮らしてきた。

 

 けれども人の窃盗には、人一倍敏感であった。

 

 「ちょ、ちょっと待って下さいよ隊長! 隊長の大事にしていたあんころ餅を食べたのは俺じゃないですって! 濡れ衣なんです!」

 

 「あー? じゃあ誰が食ったつーんだよ。弓親は着物漁りに外に出てるし、一番怪しいやちるはオレと一緒に道場にいた。隊の中でこの二人以外に隊首室に入ってオレの餅を食うような奴なんかお前以外考えられねーんだけどな」

 

 そう言って俺は一角を半目で睨む。

 

 傍目から見ればジト目の幼女がスキンヘッドの強面相手に健気にも強気な態度で反抗しているように見えるだろう。

 

 俺が霊圧で威圧し刀の鯉口に指をかけていなければ、だが。

 

 「今日俺は自室で髪を剃ってたんですよ! そんなことしてる暇なかったですって! 第一、副隊長じゃないんですからそんな食い意地の張ったガキみたいな真似しませんて」

 

 「あはは! つるりん嘘ついてる! だって剃る髪ないじゃん!」

 

 「んだとテメェ!?」

 

 やちるが一角の頭を指差してケラケラと笑いながら言う。

 

 俺の背中に抱きつきそのまま肩から身を乗り出して笑うやちるに対し、一角は目が飛び出さんばかりの怒り心頭の表情で反論していた。

 

 「……はぁ。埒があかねーな。ひとまず一角の髪のことは置いといて」

 

 「置くものないけどね!」

 

 「…………」

 

 一角の顔が凄いことになっていた。

 

 「……とにかく一角。お前はオレの餅食った奴を見つけてこい。そうすればお前の疑いも晴れるし、オレも斬る奴が見つかってスッキリって訳だ」

 

 うんうん。まさにうぃんうぃんの関係だな。

 

 一角が滅茶苦茶不満そうにしているけど、俺はまだお前のこと疑っているからな!

 

 前に俺が買った羊羹をお前がつまみ食いしたこと、まだ忘れてねーからな!

 

 「……はぁ、わかりましたよ。でも隊長達も犯人探して下さいよ? 俺だけこんなことに駆り出されるなんて嫌ですからね」

 

 「……わぁってるよ」

 

 「任せてつるりん! 剣ちゃんのあんころ餅を食べた悪いやつはあたしが捕まえるから!」

 

 「うぉっ!? ちょ、引っ張るなやちる!」

 

 後ろから飛び出して俺の手を握り、パタパタと駆け出すやちるに引っ張られて部屋の出口に向かう。

 

 部屋を出る直前に「お前も来い」と一角を睨みつけると、俺達のやりとりを見て静かに笑みを溢していた偉丈夫は肩をすくめながらも何も言わずに付いていった。

 

 

 

 〜とある平隊士の証言〜

 

 

 

 「へ? 隊長の部屋に誰か行ったかですか? そういえば隊同士の連絡だとかで他所の隊士がうちに来てたような……」

 

 そういって顎髭に手をあてながら答えるおっさんの前に俺達は立っていた。

 

 確か荒巻なんとかって名前だったが、そんなことはどうでも良くなるくらいの重要情報が飛び出してきた。

 

 「……そいつが誰かわかるか?」

 

 「へぁっ!? たたた、隊長!? へ、へへ……今日も大変可愛らしいお姿で……」

 

 「次くだらねー世辞言ったらてめーの首が飛ぶからな」

 

 「えぇ!?」

 

 勿論物理的にな。

 

 「ダメだよマキマキ。剣ちゃんに可愛いって言うとすぐに照れちゃうんだから」

 

 「やちるは少し黙ってろ!」

 

 照れてる訳じゃねえよ。隊長としての威厳のために言ってるんだよ。

 おい、お前も「照れ隠しなんですかこれ……?」とか言ってるんじゃねえ。

 一角も笑ってねえで止めろ。

 

 半目で睨み続けていると、一角は観念したように肩をすくめて口を挟んだ。

 

 「くく……おいお前。隊長の質問に答えろ。その連絡に来た隊士ってのはどこの隊のモンだ」

 

 腕を組んでガンを飛ばしながら尋ねる一角に、先程とはうって変わってマキマキとやらが怯んだ様子でおずおずと答えた。

 

 「ぁ……ええと……確か十三番隊だったと思います。女の隊士でした……」

 

 十三番隊か。あそこは隊長である浮竹の性格も相まって比較的温厚で真面目な隊士が多いところだ。わざわざ俺の部屋に入って餅を盗むなんて真似はしないだろう。

 

 しかし他の隊士が訪ねていたとわかったのは大きな前進だ。

 その隊士に聞けば何か手がかりがわかるかもしれない。俺の餅食った奴はまじ許さん。

 

 「だそうですよ。どうします隊長」

 

 「……そうか。引き留めて悪かったな。一角はここで聞き込みを続けろ。まだ訓練が終わってねーのにサボりに来た隊士共は道場に放り込んどけ。やちる、十三番隊舎に行くぞ」

 

 「わかった! それじゃあねヒゲチョロ! つるりん!」

 

 一角にお前もサボるなよと視線で釘を刺しつつ、俺は元気よく手を振るやちるの手を引き隊舎から出ていく。

 

 去り際に後ろを向くと、斬魄刀“鬼灯丸(ほおずきまる)”を肩に担いだ一角が騒ぎを聞きつけて集まりつつあった隊士達に活を入れているところだった。

 

 「てめぇら! サボってねえで道場に戻りやがれ! じゃねえと隊長がまた直々に稽古つけに行くぞ!」

 

 そう一角が一喝すると、ゾロゾロと野次馬に来ていた隊士達は青褪めた表情で蜘蛛の子を散らすように去っていく。

 

 中には「それはそれで有り……」と呟く輩も居たが、他の隊士が無理矢理引きずっていた。

 

 ……え? 俺の稽古ってこんな嫌がられてるの? 滅茶苦茶優しく教えているつもりだったんだが……。

 

 と、そんな部下達の態度に内心ちょっぴり寂しくなる俺だった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 「ハァ……聞き込みっつってもなぁ……」

 

 隊長が俺に十一番隊舎の聞き込みを任せてから数刻。

 

 何人かの隊士に聞いてみたが特にこれといった手がかりがあるわけでもなく、これ以上は手詰まりな感じがしてきたところで俺は道場の縁側に座り一人茶を飲んでいた。

 

 「隊長は妙なところで食い意地があるからなぁ……。甘味が絡むと特に」

 

 ずず、と茶を啜る音だけが静かに響く。

 

 そうしてどうしたもんかと考えていると、後ろから近づいて来た人物に声をかけられた。

 

 「一角さん。どうしたんですか、こんなところで」

 

 「……恋次か。いいとこに来たな、まぁ座れ。実はな────」

 

 阿散井恋次(あばらいれんじ)

 少し前に五番隊からうちに来て、今では俺が戦い方を教えてやっている弟子のような立ち位置の後輩だ。

 

 俺に戦い方を教えて欲しいとしつこく迫ってくるので事情を聞けば、こいつは朽木隊長を倒すことを目標としているらしい。

 

 それがどれだけ難しいことなのかはこいつ自身が一番良くわかっている。だがこいつは本気だった。

 

 だからだろうか。俺が気まぐれにも戦い方なんかをこいつに教えてやっているのは。

 

 ……確か十三番隊の朽木ルキアちゃんつったか。

 

 野暮な事を聞く気はねえが、朽木隊長を倒すのはこいつにとっては大事な事なんだろう。

 それこそ命を懸けてもいいって思えるほどに。

 

 「……更木隊長が? 案外子供らしいところもあるんすね」

 

 「それ隊長に言うなよ? 子供扱いすると機嫌悪くなるからなあの人」

 

 隊長が実は子供っぽいなんて今に限った話じゃない。

 

 俺が流魂街で弓親と一緒に隊長に付いて行ったときからそうだった。

 いつも野盗共から奪うのは甘味か金平糖だったからな。

 それを言うと怒るのも昔からだ。

 

 「更木隊長ってもっと怖い人だと思ってましたよ。初めて見かけたときは霊圧にあてられて動けなくなりましたし……」

 

 「五番隊のときと印象が違うのも仕方ねえよ。隊長はうちの隊のモンには霊圧で威圧しねえからな。まぁ、警戒心の強い猫みたいなもんだ」

 

 隊長はその見た目に反して他の隊では恐れられている。

 

 昔から幼い外見が原因で侮られることの多かった隊長は、出会った相手に霊圧で威圧する癖がついていた。

 それが原因で容姿とは裏腹に他の隊からかなり怖がられてしまっている。

 むしろその幼い容姿が逆に恐ろしさを増しているようだ。

 

 だけど十一番隊の隊士にそこまで怖がる者はいない。

 

 隊長は一度身内だと思った奴には威圧しないからな。

 

 少なくとも十一番隊の奴らは隊長にとって身内に近いものなんだろう。

 

 「……一角さん。一つ聞いても良いですか」

 

 そういって茶を啜る手を止めて俺を見る恋次。

 その様子に俺も口元に持っていこうとした湯呑みを戻し、横目で続きを言うよう促した。

 

 「一角さんはどうして更木隊長の下にいるんですか? 更木隊長が強いのはわかりますけど、一角さんなら他の隊の隊長だって────ッ!」

 

 「恋次」

 

 俺は顔を上げて詰め寄ってくる恋次に、目を向けないまま名前を呼んで続きを遮る。

 そして湯呑みの中で揺らぐ水面を眺めながら俺はゆっくりと口を開いた。

 

 「俺が護廷十三隊にいるのは、あの人が隊長をやっているからだ」

 

 淡々と、しかし重く響く言葉が続いて出た。

 

 「俺はあの人に憧れている。どうしようもなく、焦がれている。あの人の生き様に、強さに、純粋さに」

 

 戦いを求道する生き様に。

 全てを圧倒する強さに。

 ────無垢な幼子のような、その純粋さに。

 

 「────魅せられちまったんだ」

 

 そう、俺はあの日隊長に魅入っちまったんだ。

 

 涙を流しながら笑って生きろと言う子供に、俺の心はどうしようなく震えちまった。

 

 生き様に対する憧憬よりも、強さに対する崇敬よりも。

 

 俺はただ、あの人の笑顔に────

 

 「だから俺があの人の下から離れることは絶対にねえ。あの人のために戦い、そして死ぬ。それが斑目一角()の全てだ」

 

 万感の思いを込めて告げる俺に、恋次はそれ以上何も言わなかった。

 

 ただ一言「わかりました」と言い、静かに腰を上げた。

 

 「俺も手伝いますよ。俺はまだ更木隊長のことをあまり知らないですけど……これから少しずつ知りたいと思いましたから」

 

 立ち上がった恋次はそう穏やかに笑いながら言った。

 そんな恋次の顔を見て気恥ずかしくなった俺は、頭をかきながらも隊舎の中に戻るため重い腰を上げた。

 

 「……チッ。あーめんどくせえな。隊長が戻ってきたら一緒に文句言いに行くからお前も付いて来いよ恋次」

 

 えぇ!? と言いながら後ろをついてくる後輩と共に歩き出した俺は、今の平和な暮らしも存外悪くねえなと心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 後日、隊長のあんころ餅を食べた犯人は見つかった。

 犯人はモコモコ────草鹿副隊長の斬魄刀“三歩剣獣”の一体だったのだが……そのモコモコは罰として更木隊長に一日抱き枕の刑に処された。隊長も副隊長には甘いからな。

 

 隊長の反対からモコモコに抱きついていた副隊長は終始楽しげな様子だったが────騒ぎを聞きつけた弓親がモコモコを斬り殺そうとしたりして一悶着あったのはまた別の話だ。

 

 

 




というわけで剣ちゃんと一角のお話でした。

個人的に一角はBLEACHで一番好きです。(ハゲで卍解壊れてるけど)

三歩剣獣については原作でも良くわからんちんだったので勝手に考察しています。
やちるちゃんからモコモコが離れることが出来るかは不明だけど……ままエアロ!

感想・誤字報告・お気に入り登録ありがとうございました!

続きは────無月


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剣ちゃんの髪にある鈴って毎朝付けるの大変だよね

 続いた……だと……?

 日間4位だった事実に震える((((;゚Д゚))))

 感想・評価・誤字報告ありがとうございます!
 やっぱり感想貰えると嬉しいよねって(´・ω・`)

 今日は第三回コロナワクチンの副作用でお仕事お休みのためカキカキ執筆できました。
 節々が痛え……。

 それでは拙いですが続きをどうぞ!


 更木剣八()の朝は早い。

 

 まず朝四時に起きて布団を片付けてから身支度をするのだが、この身支度が滅茶苦茶時間がかかる。

 

 顔を洗い歯磨きをしてうがいをした後、鏡台に向かって髪を結うところから俺の一日は始まっていく。

 

 しかしこの髪を結う時間。これが滅茶苦茶時間がかかる。

 

 俺の髪は外側に跳ねるような癖のある黒髪なのだが、この髪を跳ねっ毛に合わせて丁寧に一束一束結っていき、その髪先に鈴をつける作業をしていく。

 この一つ一つ丁寧に鈴をつけていく作業でどうしても身支度に時間を要するのだ。

 

 え? じゃあ鈴なんかつけなければいいじゃんって?

 

 うん。そうだね。その通りだよ。

 でも原作で更木剣八が付けてたんだから一度付けてみようと思うじゃん?

 

 そんな出来心で鈴を付けたのが間違いだった。

 

 まず俺が一人で鏡を見ながら髪に鈴を付けようと四苦八苦していたら、弓親が俺を起こしに部屋に来て現場を目撃。

 その後は俺が身嗜みを整えていたという事実に感激した弓親が有無を言わさぬ勢いで俺の髪を結いあげ、そのままセットした俺の容姿を隊士達に自慢しに行ったのだ。

 

 それも十一番隊のみに止まらず他の隊士にまで自慢し始め、他の隊長達────四番隊隊長の卯ノ花さんまでもが俺の様子を見に来やがった。

 

 昔の件もあり俺も頭の上がらない卯ノ花さんは、嫌がる俺の頭をひとしきり撫でた後に「可愛らしいので今後とも継続していきましょう」と爆弾を投下。

 

 その意見に賛成してしれっと頭を撫でようとしてきた京楽をぶん殴っていると、騒ぎに気づいたやちるが到着し俺の髪型を見てベタ褒めしてきた。

 そしてやちるが褒めてくれたことで多少溜飲の下がった俺は「まぁ別にいいか」とその意見を了承してしまう。

 そう、そこで俺は了承してしまった。

 

 そして次の日から、話を聞いた弓親がウキウキの様子で俺の髪を結いに来るようになった。

 

 いやまぁ俺一人で結うのは限界があるし有難いことではあるんだが……ぶっちゃけ朝早くからテンション高くてうざい。

 朝っぱらから廊下走って勢い良く扉開けてくるなよ。朝四時だよ? 普通に近所迷惑なんだが? やちるが起きたらどうすんの? 次から瞬歩で行きますじゃねーよ。普通に歩いてこい。

 早朝にも関わらずニコニコで手伝いにくる弓親と俺のテンション差がすごい。低血圧で目が死んでる俺とは住む世界が違うわ……。

 

 まぁ、そういうわけもあって俺は早起きになった。

 何回か面倒くさくてやらないこともあったが、その度にやちるが残念そうにするので仕方なく毎朝髪をセットしている。

 今も半分寝ぼけた状態の俺の髪を弓親に結ってもらっているところだ。

 

 「ふんふふんふーん♪」

 

 そんなご機嫌な鼻歌が俺の後ろから聞こえてくるが、朝早く起こされてテンションの低い俺はツッコむ余力もない。

 もうどうにでもなーれと諦め半分の俺とは裏腹に、背後で髪を結っている弓親は鏡に映った俺の姿を見て光悦とした笑みを浮かべていた。

 

 「あぁ……寝ぼけ(まなこ)の隊長も美しい……」

 

 頬に手を添えて顔を赤らめる美青年────綾瀬川弓親は、熱い吐息をこぼしながら呟いた。

 端から見れば完全に事案である。

 二番隊に通報しようかと真面目に考えていると、半目で睨む俺を見た弓親は何を勘違いしたのか満面の笑みを返してきた。

 

 「大丈夫ですよ隊長。気が散ってる訳ではないので安心してください。隊長の鴉の濡羽のように美しい黒髪は、僕が万全の状態に整えて差し上げますから!」

 

 そう言って鼻息荒く俺の髪を櫛で梳いていく弓親。

 

 いやそうじゃねえから。

 気が散ってるかを心配してる訳じゃねえから。

 むしろ気にも留めずにこのまま放置してくれていいから。

 

 そんなことを考えている間に、弓親は鏡に呆れた表情で映っている俺の髪を梳かし終え、手に持つ鈴を真剣な表情で付けていった。

 

 そのまるでガラス細工を扱うかのような丁重な手つきで俺の髪を一束一束結っていく仕草からは、俺への深い親愛の情が感じ取れる。

 

 流魂街にいたときから色々と俺に構ってくるうるさい奴だが……俺は邪険に扱うことはあっても弓親のことは嫌いじゃなかった。

 

 町から追い出され外で野宿しようとする俺を見かねて、自分の持っている着物を布団として敷いたり着替えの用意や洗濯をしてくれた。

 

 事あるごとに俺にハイカラな着物を着せようとしてくることや、布教と称して他の奴に俺の美しさ自慢をするのは勘弁して欲しいが……長いこと続けてたホームレスのような生活から抜け出せたのは弓親がいてくれたおかげだ。

 

 だから弓親の俺に対する奇行も嫌がる素振りはすれども本心で嫌がっている訳ではない。

 長い付き合いからいつのまにか一角と弓親の存在は、俺の中でやちるに次いで特別な存在となっていた。

 

 まぁそういうわけで俺は弓親のことを信頼しているし、髪を任せるのもやぶさかではない。

 死んでも本人には言わないんだけどな。

 言えばこの変態が喜んで調子に乗るだけだ。

 

 「あぁ……この透き通るようにきめ細かくサラサラな髪……! 艶のあり瑞々しい柔肌を覗かせる首元……! この美しさを上手く表現できる言葉が見つからない……!」

 

 額に手を当て天井を見上げながら声高々に叫ぶ弓親。

 

 うん、俺が何か言うまでもなく勝手にテンション上がってやがる。

 俺の髪を触っただけで大袈裟なんだよなぁ……。

 というかまだみんな寝てるんだから静かにしようね?

 

 「……弓親」

 

 「縛道で結界を張っているので大丈夫ですよ。隊長とのこの時間は誰にも邪魔させませんから」

 

 俺が名前を呼ぶと、弓親はすぐに言いたいことを察してそう答えた。

 こいつ、俺のことが関わらなければ察しがいいな……!

 

 それに縛道か。そういえば弓親は鬼道が上手いんだったな。

 俺は鬼道に関してはからっきしだから何とも羨ましいものだ。

 俺もせっかく異世界に生まれ変わったんだから手から炎をドカーン!とか重力でズドーン!ってしてみたかったなぁ……。

 

 「弓親は普段、鬼道を使わねーよな。あんなに上手いのに」

 

 「うちの隊風に合ってないですからね。僕が舐められるだけなら百歩譲っていいですけど、そのせいで一緒にいる隊長まで舐められでもしたら自分で自分を許せませんから。それに、隊長は鬼道……特に破道を見ると羨ましそうな顔をしますしね」

 

 「うっ……そんな顔に出てたか……」

 

 マジかよ普通に恥ずかしいんだが……。

 だって仕方ないだろ。他の奴らは派手に魔法ちっくな攻撃してる中、俺だけ刀でぶった斬るだけだよ?

 別にそれが嫌って訳ではないんだけど、隣の芝は青く見えるもの。

 脳筋剣士が魔法使いを見て魔法いいなぁ……って思うのはごく自然なことなのだ。詠唱がかっこいいなら尚更である。

 

 「今でも思い出せる……詠唱を噛んで赤面する隊長はとても愛らしかった……! どうです!? 前みたいに僕が教えてあげますのでもう一度こっそり練習しませんか!」

 

 「ぜっっったいにやらん!」

 

 あれは黒歴史だ。俺に鬼道の才能がないことはわかったしもう二度とやらん。

 黒棺の詠唱をしようとして噛み噛みになったことなんてなかったし、そのあと一番台の簡単な破道すら噛んで失敗したことなんてなかった。

 なかったったらなかった!

 

 「かつて流魂街で“鬼童(おにわらわ)”と恐れられた隊長の異名を取り戻す良い機会ですよ? ほら、読みを変えれば同じですし」

 

 「なんか上手いこと言ったみてーな顔してるけど、お前はオレが詠唱を噛むところを見たいだけだろ。というか恥ずかしいからその呼び名は忘れろ」

 

 野盗を殺しまくっていたせいで色んな奴らから恨みを買っていた結果付けられた呼び名だ。その名前のせいで危険人物として町に入れなくなるわ行商も逃げるわで散々な目にあった。まぁ襲い掛かってくる奴らは減ったから悪いことばかりではなかったけど、異名とか普通に恥ずかしいからやめて欲しい。

 

 「……それにどっちかって言うと化け物って呼ばれることの方が多かっただろ。オレにはそっちの方が似合ってる」

 

 「────隊長、自分をそんな風に卑下するのはやめて下さい。流石の僕でも怒りますよ」

 

 これまでとは一転して急に真面目な表情となった弓親が、髪を結っていた手を止めて俺をじっと見つめながら言った。

 

 その目は真剣そのものであり、分からず屋の子供を諌めるような慈愛の視線が俺の心にじくじくと突き刺さっていく。

 

 静寂が場を支配すること少し。

 やがて沈黙に耐えきれなくなった俺は親に叱られた(わらべ)のように俯きながらも、か細い声で返事をした。

 

 「…………ごめん」

 

 「わかってくれればいいんです。それに安心してください。そんなことを宣う畜生共はもうこの世にいませんので」

 

 しれっと聞き捨てならない恐ろしい事を言われた気がしたが、先ほどの発言の罪悪感から深く追求できずに視線を逸らしてしまう。

 

 弓親はそっぽを向くように横を向いた俺の頭を優しく撫でると、パンッと手を叩いて場の空気を切り替えるように立ち上がった。

 

 「さて、これで完成です。お疲れ様でした隊長。今日も美しく仕上がりましたよ!」

 

 茶化すようにパチッとウィンクをして微笑む弓親と俺の視線が鏡ごしにあう。

 少し気恥ずかしさが残りつつも俺はゆっくりと立ち上がると、背中越しにチリンと涼しげな音が静かな隊首室へと鳴り響いた。

 

 「……そうか。いつもありがとな弓親。俺はやちるを起こしに行ってくるが、お前はどうする?」

 

 俺は自身の身嗜みを整えることにあまり積極的ではないが、代わりにいつも身の回りの世話を焼いてくれる弓親には感謝している。

 まぁたまに鬱陶しいときもあるが、それはご愛嬌というやつだろう。

 ……いや思い返せば割と鬱陶しいことの方が多いな。というか半分くらいはこいつの趣味で勝手に着飾らされている訳だし。フリフリのゴスロリドレスとかどっから持ってきたんだよ。

 

 「僕は自室で機織(はたお)りの続きでもしますよ。次に隊長が着る洋風衣装を製作しなければいけないので」

 

 「いや着ないからな? 着るなんて一言も言ってないからな? というか前持ってきたアレお前が自作してたのかよ」

 

 和風が主体の尸魂界(ソウル・ソサエティ)に何で西洋風のゴスロリドレスがあるんだよって思ってたけど、お前が作ったのかよ。

 

 最近やたらと現世での任務を受けたがってたのはそれが理由か。

 碌なこと学んで来ないなこいつ。

 

 「フッ、照れている隊長も美しい……。それではまた朝餉の時間に」

 

 そう言って弓親は微笑を浮かべながら隊首室から出て行った。

 なんか勘違いされている気がするが、深く構ってもこっちが疲れるだけだしもう放っとくことにした。

 

 しかしまた着せ替えさせられるのか……やちるの分もちゃんと作ってくれることだけが救いだな。

 

 

 

 そうしてやちるがゴスロリドレス衣装を着て微笑む姿を思い浮かべた俺は、自分が恥ずかしいのを我慢してでも見る価値はあるな、と考えながら愛しい少女の眠る部屋へと歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 「……隊長も、昔と比べて随分変わった」

 

 綺麗なおかっぱ頭を揺らし、右眉に付けた孔雀の羽のようなエクステを顰めた美青年────綾瀬川弓親は誰もいない廊下で独り言ちた。

 

 その視線は先ほどまで自身が髪を整えた少女のいた部屋の方向へと向けられ、優しい温かな光を宿していた。

 

 「まさか隊長が僕に髪を触らせてくれるなんてね。あの頃は思いもしなかったな」

 

 流魂街にいた頃にはあんな風に軽口を言い合うこともなかった。

 周囲全てを敵として警戒し、出会った当初はその髪に触れようとするものなら問答無用で斬りかかられたものだ。

 

 そんな彼女が今では借りてきた猫のように大人しくなり、その髪に触れても嫌そうな素振りは見せるも時折気持ちよさそうに目を細めて身を委ねてくれる。

 

 自身に対する少女の信頼に胸の奥が温かくなる様子を感じながらも、その反面、少女がこれまで生きていた過酷な人生に胸が詰まる思いをしていた。

 

 「……化け物、ね」

 

 かつて己がまだ流魂街にいた頃。

 獣のように獰猛で理性がなく、その童子が歩いた先は屍山血河が生まれると街中に悪名が轟いていた“鬼童”────更木剣八。

 

 その噂は自身の耳にも届き、化け物と呼ばれ恐れられている子供へと会いに行った一角に付いていく形で、弓親はその少女と出会った。

 

 弓親が少女と出会い、最初に感じたものは嫉妬だった。

 

 襤褸の服を纏いながらも生来の容姿の良さによりその美しさを損なうことなく、逆に強調されて思わず目を向けてしまうほどの美貌。

 

 下町では最強と名高い用心棒であった一角を、その底を見せることなく簡単に打倒してしまうほどの戦いの才能。

 

 自分より美しいものの存在を許せない弓親が、少女に嫉妬の念を向けてしまうのは必然のことだった。

 

 しかし同時に弓親は、少女に対し憧憬の念も感じていた。

 

 『……君は何故、そうまでして戦うんだい。その容姿なら町でも働き手が見つかるだろう。なのに何故、戦場に身を置く』

 

 『……あ? くだらねーな。戦うのに理由なんてあるかよ。……でもそうだな、強いて云うなら』

 

 ────オレが、更木剣八(オレ)だからだ。

 

 その迷いのない堂々たる姿に、過酷な世界に身を置きながらも懸命に生きてきた少女のこれまでの人生を見た気がした。

 

 まるでこの荒れ果てた流魂街で咲く、気高くも儚い一輪の花のようだと思った。

 

 そう、少女は花のようだった。

 丹精に愛を込められて育てられた鮮やかな色合いの花ではなく、荒野の中で野晒(のざら)しに咲く誰の目にも留まらない一輪の花。

 

 その美しさを誰も知らない。

 その生き様を誰も知らない。

 その愛おしさを誰も知らない。

 

 ────ならば、僕だけは誰よりもその美しさを知ろう。

 ────誰よりも近くで、少女の生涯を見守ろう。

 ────誰からも愛されなかった少女を、誰よりも愛してあげよう。

 

 綾瀬川弓親は自身が慕う幼くも気高い少女へと誓う。

 そして少女の幸福を誰よりも願い、少女の救いとなったもう一人の子供へと感謝した。

 

 「美しいね。あぁ、本当に」

 

 弓親はピンク髪の少女と一緒にいるときの尊敬する上司の表情を思い浮かべ、朗らかな笑みを溢す。

 

 あの二人のまるで本当の姉妹のような仲の良さを見ていると、自身の心が洗われるようだった。

 

 「────変わったのは僕も同じ、か」

 

 少なくともここまで他者を気にかけるなんてことは自身の美のみを追求していた昔の自分ならあり得なかっただろうと、弓親は己の変化に肩を竦める。

 

 それは己よりも美しく尊いものを目にした結果生まれた、新たな生き甲斐であり誇りでもあった。

 

 「今頃は隊長が副隊長を起こしている頃合いか。僕も早く隊長達に贈る着物を完成させないとね」

 

 

 

 

 数刻後、朝餉の時間になっても一向に現れない隊長達の様子を見に行った弓親は、お互いの手を握り幸せそうに眠っている隊長達の姿を目にした。

 そしてその日の十一番隊舎では、機織りを爆速で動かし叫び声をあげる弓親の姿が目撃された。

 




 
 はい。という訳で弓親と剣ちゃんのお話でした。
 やちるちゃん成分が少なくて申し訳ない……ユルシテ

 TSロリ作品もっと増えろ……増えろ……。
 
 ネタがなくなってきたのでそろそろ茶度の霊圧します。
 
 


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剣ちゃんは剣を両手で握ると強くなるって言ってたけどそれってほんとにござるかぁ?

 茶渡の霊圧が……ついたり消えたりした……?

 唐突にふと閃いた! したので初投稿です。
 


 「ぺぇいッ!」

 

 「あいたぁッ!?」

 

 ゴツンッ! と杖と頭が衝突した鈍い音が道場内に響き渡る。

 

 木刀が宙を舞い床に落ちたその先には、涙目で頭を抱えながら老人を睨みつける幼女がいた。

 

 そう、何を隠そう現在進行形で虐待を受けている幼女こそこの俺、更木剣八だ。

 

 ここは護廷十三隊一番隊隊舎にある一角、山本元柳斎重國が所有する道場の室内だ。

 

 そこで俺は週に一度無理やり習わされている剣道の修行に来ていたのだった。

 毎週毎週飽きもせず逃げる俺を無理やり拉致して連れていく山本の爺さんには怒りを通り越して最早呆れるほどだ。

 

 なーんで嫌がる幼女に無理やり習い事させるんですかねぇ?

 幼女虐待で訴えるよ? 訴訟も辞さないよ? あーそういやこの時期もう四十六室全員死んでるんだったか意味ねーや!

 

 そんな悪態を心の中でついても爺さんの鬼の修行が優しくなることはない。

 むしろこんなことを考えているなんてバレたら素振りの量を倍にされる可能性があった。

 

 だから俺は内心の不満を心に押し殺し、せめてもの抵抗として爺さんをキッと睨みつけた。

 オラァ! さっさと俺を解放しねえと現世の児童福祉法が黙ってねえぞ!

 

 けんちゃんは じじいに にらみつけるを した!

 

 「傲るなよ小童。おぬし程度の力でこの儂を斬れると思うてか」

 

 じいさんは なにか かんちがいをした!

 

 いやそういう意味じゃねーから!?

 全然木刀が当たんなくてイライラしてたのは確かだけど、俺が怒っているのは勝手に拉致して修行を強制させられていることに対してだから!

 

 そもそも俺の体質的に木刀なんて生ぬるいもんは合ってないんだよ。

 なんていうか、やる気:絶不調って感じになる。

 というかそもそも修行とか練習自体が性格的に向いていない。

 

 俺は実戦で強くなっていくタイプなんだ。

 言うなれば戦いの中で成長していく主人公系幼女。

 理論とか型とか小難しいこと考えるよりも本能に従って剣を振る方が性に合っているし強いのだ。

 

 「その獣のような野蛮な剣を少しは真面(まとも)なものにするつもりじゃったが……これは予想以上に骨が折れそうじゃわい」

 

 はぁ、と溜息をついてその長くて白い顎髭を触りながら呟く爺さん。

 

 溜息をつきたいのはこっちだわ!

 余計なお世話だっつーの!

 別に今までこのスタイルで困ったことなかったんだからこのままでもいいじゃんか!

 

 「山じいは更木隊長の剣に正義を教えたいのさ。僕らにそう教えてくれたようにね」

 

 そういって俺の頭にポンッと手をのせてきたのは、俺の修行を見学しに来たのだろう女物の羽織を着た中年の優男────八番隊隊長、京楽春水だ。

 

 俺は眼帯を付けていない方の目でジロリと、まるで変態を見るような目つきで睨みつけながら、頭にのせられた手を嫌そうに振り払い言った。

 

 「正義とかくだらねー。戦いに正義も糞もあるかよ。あるのは殺すか殺されるかの二つに一つだろーが」

 

 そう吐き捨てるように言う俺の姿を見た京楽は、いつもの飄々とした顔を崩し少し悲しげに表情を歪めた。

 そしてどこか哀れむような目で俺の方を見ると、少しの沈黙の後にゆっくりと口を開いて答えた。

 

 「そうだねぇ……確かに戦いは所詮殺し合いだからね。だけれど、剣を握るということはそれだけじゃ足りないのさ……そうだろ? 山じい」

 

 「…………」

 

 京楽の言葉に目を閉じながら沈黙を貫く山本の爺さん。

 その皺の多い巌のように厳格な表情は、言葉こそ発しなかったが京楽の問いに対して沈黙という形で肯定していた。

 

 「そうだな。確かに更木隊長は強い。護廷十三隊の中でも強さという点において右に出るものはいないだろう。……だがその強さは何のためにある? 敵を殺すためか? 敵に殺されないためか? あるいは、戦いそのものを楽しむためか?」

 

 一連の話を聞いていたのだろう。そういって京楽の後ろから出てきたのは、長い白髪を隊長羽織の先まで伸ばしたもう一人の優男────十三番隊隊長、浮竹十四郎だった。

 

 浮竹は俺と目線を合わせるようにしゃがみこむと、まるで聞き分けのない子供を諭すように丁寧に、しかし誤魔化しは許さないといった真剣な声色で問いかけてきた。

 

 「敵を殺すだけならば毒を使えばいい。敵に殺されないためならば戦場へ赴かなければいい。戦いそのものを楽しむためならば……そこまでの強さは必要ないだろう」

 

 「……オレは別に強さを求めて強くなったわけじゃねーよ」

 

 確かに俺は戦いそのものを楽しむ傾向がある。

 そしてそうするためには俺の強さが邪魔になっているということも皮肉にもまた事実だった。

 別に俺は強くなろうとして強くなったんじゃない。いつの間にか勝手に強くなったんだ。

 手加減するのも大変だし別に強さなんか必要じゃない。

 

 「────本当にそうかの」

 

 今まで沈黙を貫き京楽達の話を聞いていた爺さんが、薄っすらと目を開けて俺の目を見ながら尋ねてきた。

 

 その顔はやはり京楽や浮竹達と同じく幼子を叱る親のような優し気な表情で……その雰囲気に俺はどこかむず痒さと恥ずかしさを感じてぶっきらぼうに答えた。

 

 「そうだよ。だからオレが強くなったことに理由なんかねーよ」

 

 「おぬしが戦うときに、しないことが一つある」

 

 爺さんはゆっくりと移動して俺の少し前に立つと、()()()()()()()()()を正眼に構えながら霊圧を解放して続けた。

 

 「剣を捨てることだけは絶対にしないんじゃよ」

 

 「先生ッ!!」

 

 「山じいッ!?」

 

 瞬歩で懐まで迫り放ってきた一閃は、速く無駄のない斬撃だった。

 

 俺は咄嗟に腰に佩いていた斬魄刀を抜いて袈裟斬りを正面から受け止めると、抑えていた霊圧を解放し満面の笑みで爺さんに斬りかかるため前に出た。

 

 「ハハハハハッ!! そうだ!! それだよじじい!!」

 

 俺の笑い声を合図に、火花が散るような怒涛の連撃が爺さんと俺の間を舞い踊る。

 金属と金属が打ち合う轟音が道場に響き渡り、膨大な霊圧が重力のような圧力を伴って周囲一帯を覆った。

 

 「たまんねえなッ!!」

 

 蕾のような形をした鍔の俺の斬魄刀が縦横無尽に振るわれ、道場内に暴虐の限りを尽くしていく。

 

 水を得た魚のように歓喜と興奮を全身で表しながら、久々の格上との全力の殺し合いに本能が闘争の愉悦へと理性を誘っていく感覚に身を委ねる。

 

 しかし俺の斬撃を防戦一方とばかりに弾いている山本の爺さんは、ある一点のみをただ見据えて酷く冷静な目をして落ち着いていた。

 

 「……あぁ?」

 

 興奮冷めやらぬ俺とは対照的な落ち着いた爺さんの様子に疑問を覚えその視線の先を追うと、俺は爺さんの狙いに気づいてすぐに振りかぶっていた刀を止めた。

 

 同時に今までとは比べ物にならないほどの殺意と怒りを含んだ霊圧をぶつけ、どういうことかと射殺すような視線で爺さんに尋ねた。

 

 「どういうことだじじい……テメー、()()()()()()を狙ってやがったな?」

 

 爺さんは戦闘中ずっと俺の()()()()()()()()斬魄刀をじっと見据えて、一点のみ負荷がかかるよう守勢の動きに回り淡々と斬魄刀を折るためだけに動いていた。

 

 無論、超高密度の霊圧で刀を保護するように周囲を覆っている俺の斬魄刀を折ることなぞ容易にできることではないが、このまま斬り合い続けるうちに山本のじいさんが斬魄刀の解放を行った場合、それも絶対とは言い切れない。

 

 このまま最後まで戦い続けていたい気持ちはあるが、爺さんの狙いが俺の斬魄刀を折ることだと知った今その真意を問い質さずにはいられなかった。

 

 「言うたじゃろう。おぬしは剣を捨てることだけは絶対にしないとな」

 

 その言葉を聞いて、止めにかかろうと動いていた京楽達は納得の表情を浮かべて元居た位置へと戻っていく。

 

 後に残されたのは不完全燃焼で放置され訳もわからず状況を理解できていない不機嫌な俺と、物わかりの悪い教え子に呆れたといったような様子で溜息をつく山本の爺さんだけだった。

 

 「その手入れの行き届いた綺麗な斬魄刀を見ればわかると思うんだけどねぇ……。少し言いかえてみようか。更木隊長にとって大切なものってなんだい?」

 

 京楽は女物の着物を揺らし肩を竦めると、やれやれといった態度で俺の頭に手を置き尋ねてきた。

 

 京楽のこういうところが嫌いだ。いつもいつも俺のことを子供扱いして保護者面で接してきやがる。

 護廷のためなら悪行に手を染めることすら厭わない冷徹さを持ちながらも、常日頃の彼は誰よりも人の心の機微を見抜くことが上手く、女子供には特に優しい情の厚い男であることをよく知っている。

 だからこそ余計に質が悪い。

 その優しさは俺にとって甘い毒のようなものだ。

 俺がこの手で護ると決めたのはただ一人(一刀)。これ以上瀞霊廷(ここ)にいたら大切なものが増えてしまいそうで、この小さな手から大切なものが零れ落ちてしまいそうで怖かった。

 

 「オレは……」

 

 「強さというのは何かを護るために手に入れるものだ。それは秩序であったり、友であったり────誇りであったりと人それぞれだが……自分だけの正義がそこにある」

 

 目線を合わせるようにしゃがみ込み俺の目を見つめながら言う浮竹の言葉には何処か重みがあった。

 ……浮竹の正義もそこにあるのだろうか?

 

 ふとそんなことを考えていると、斬魄刀を杖に戻した爺さんが杖でコツコツと床を叩き注目を集め、ゆっくりと奥の椅子に腰かけておもむろに口を開いた。

 

 「確かにおぬしは噂に違わぬ悪童よ。じゃがそれだけでないことなぞ、一度(ひとたび)刃を交わせばわかるもの」

 

 伊達に千年生きておらぬ、と呟きながら静かに目を閉じる山本の爺さん。

 先に攻撃されたとはいえ、総隊長に対し殺意を含んだ剣を向けることなど護廷の隊士として到底許されることではない。

 それなのに爺さんはまるで子供の悪戯をいなしたかのような軽い態度で話を続け、それどころか俺の顔を見つめると険のない柔らかな視線を向けてきた。

 

 「正義を(ないがし)ろにする者を儂は許さぬ。じゃがおぬしの剣からは確かな信念────おぬしだけの正義が伝わってきた。……(ようや)く少しは自覚できたようじゃの」

 

 椅子に腰を下ろしそのダンブルドアみたいな髭を撫でながら、静かだが不思議と場に通るその老齢な声を響かせて爺さんは言った。

 

 ……俺だけの正義? そんな大層なもん、俺の剣にはない。

 俺はいつも斬りたい物だけを斬り、斬りたい者だけを斬ってきた。

 

 もし俺の剣に何かあるのだとしたらそれは……剣八としての、やちるの剣八としての……矜持だけだ。

 

 「なるほど……矜持ねえ。いやはや、草鹿副隊長は更木隊長に愛されてるようで羨ましいよ」

 

 「ふむ。誰かのために剣を振ることは誇らしいことだ。俺は更木隊長のその正義を応援するぞ」

 

 どうやら思っていたことが口に出ていたようだ。京楽と浮竹が矢継ぎ早に俺の言葉を肯定してくる。

 

 というか正義じゃねーって言ってんだろ!

 正義とか信念とかそんなむず痒いもんじゃないっつーの!

 俺はただやちるの剣八として強く在りたいってだけで……あれ?

 

 ……そうか。

 俺は強く在ろうとして、その結果強くなっていたのか。

 

 原作の剣八のように強く、本物の剣八よりも強く。

 そう在りたいと願って、俺は剣を握り続けていたんだったな。

 

 ……俺が覚えている原作知識は、この千年の放浪生活のせいでもうその殆どが朧げなものとなっている。

 

 だけど一つだけ。

 とある未来で起こり得る別れの出来事だけは、鮮明に覚えていた。

 

 「……おぬしがその刀を大事そうに扱うのも……その斬魄刀の“名”を決して呼ばぬことも、その矜持に関する故……ということかの」

 

 俺は自分の斬魄刀の名を知っている。

 それが原作知識から来る反則的なものだったとしても、知っていることはまさしく事実だった。

 

 ……おそらくやちるも、俺が彼女の本当の名前を知っているということに気づいている。

 それでも俺が何も言わない様子を見て、やちるも何も言わずにただの“草鹿やちる”として生きてくれていた。

 

 ────怖かったのだ、俺は。

 

 原作では更木剣八が斬魄刀の名を叫んだ出来事の後……“草鹿やちる”という少女は尸魂界(ソウルソサエティ)の何処にも居なくなっていた。

 

 そう、居なくなっていたのだ。

 

 おそらく、彼女は更木剣八の斬魄刀として還るべき場所に還ったのだろう。

 

 それが彼女の望みだったのかもしれない。

 彼女の名を呼ぶことが、彼女にとって本当の意味での幸せになるのかもしれない。

 

 ……俺のやっていることは唯の我儘だ。駄々を捏ねる子供の言い分でしかないのだろう。

 

 それでも俺は……オレは……。

 

 ────やちるとずっと一緒に居たいと。そう思わずにはいられなかったんだ。

 

 「────オレの斬魄刀に、名はねえ。これから先も、呼ぶつもりはねえ。だから……だからこそオレは……強くならなきゃいけないんだ」

 

 未熟な己自身に誓うよう、一言一言自分が紡いだ言葉を噛み締めながら、俺は山本の爺さんの目を見て宣言した。

 

 そんな俺の言葉を受けた爺さんは、暫く俺の瞳をじっと見つめた後にフッと穏やかに微笑むと、まるで孫を見るかのような優しげな表情をして口を開いた。

 

 「────その言葉、嘘偽りなしとこの山本元柳斎重國が受け取った。ほれ、いつまでそこに突っ立っておる。稽古の続きじゃ。そこな棒を早く拾わんか」

 

 そういっていつもの調子に戻った爺さんは、杖で床に落ちた木刀を指しながら俺に素振りの続きをしろと目で促してくる。

 

 柄にもなく熱く語ってしまった俺は、先ほどまで怒っていたことも忘れて、羞恥に顔を赤くしながら渋々と木刀を拾い片手で構えた。

 

 「ぺぇいッ!」

 

 「あいたぁッ!?」

 

 そして再び頭を杖で殴られるのだった。

 

 「何度言えばわかるのじゃ! 剣は両手で構えろと()うとろうに!」

 

 「るせーじじい! 別に片手も両手も変わんねーだろうが!」

 

 言い争う俺と爺さんの声が道場に響き渡る。

 それを見て酒を飲みながら笑う京楽と、微笑ましげに頷く浮竹の両名が俺の視界の端に映った。

 

 

 

 

 ちなみにブチギレた俺が斬魄刀を両手に構えると霊圧が倍くらいに膨れあがった。

 何で斬魄刀を両手で握ったときにだけ霊圧が上がるのかと爺さんに聞くと、俺が両手で触れることで斬魄刀が喜び、無意識の内に力を貸してくれているかららしい。なんだよそれ可愛いかよ。

 

 その日、隊首室に戻った俺はなんかやたらと機嫌のいいやちるにせがまれてお風呂で一緒に洗いっこしていると、敷居を挟んだ男湯の方から弓親らしき人物の叫び声と一角らしき人物の悲鳴が聞こえた気がしたが……まぁ気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 




 というわけで剣ちゃん剣道編でした。
 剣は両手で振った方が強い(確信)

 この小説では勝手な解釈として、剣を両手で握ると剣ちゃんがいつもよりたくさん斬魄刀(やちるちゃん)を触ってくれた結果、やちるちゃんが喜んで剣ちゃんの霊圧が跳ね上がる、という解釈をしています。
 原作の剣ちゃんは何で両手で剣を握るとギアが上がったんだ……?

 原作でいう剣ちゃんと一護が戦ったときの最後のような現象ですね。
 斬魄刀と共に戦うというやつです。始解はしませんが()
 光(やちるちゃん)と闇(剣ちゃん)が合わさり最強に見える。

 閃きとチャドの霊圧が消えたので失踪します。


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剣ちゃんはさいきょーだけど泣きたいときがあってもいいじゃない



 だって女の子だもん。







 

 「……悪い……もう一度、言ってくれるか……?」

 

 十一番隊隊首室。

 数多いる護廷十三隊の隊員の中でもその頂点に君臨している十三の隊長のみにしか使用を許されていない執務室内に、場違いな幼い少女の声が響き渡った。

 

 「……はい。この度、十三番隊所属の志波海燕(しばかいえん)副隊長が殉職いたしました。それに伴う隊葬の執り行いについて日程を────」

 

 俺は言葉の意味をすぐに理解することができなくて……そして理解したときにはもうどうしようもなくて。話を続ける隊士の言葉が耳に入らなかった。

 

 志波海燕。

 

 彼はこのBLEACHの世界において、ヒロインの一人である朽木ルキアの過去に関わる重要な人物だ。

 

 今は没落したが元五大貴族の一つ、志波家出身であり十三番隊副隊長という高い地位にありながらも(おご)ることなく誰にでも平等に接するその人当たりの良さから、十三隊各隊士からの人望も厚い将来有望な副隊長として彼は登場した。

 

 ツンツンとはねた黒髪に垂れ目が特徴的で、BLEACHの主人公、黒崎一護とその容姿が瓜二つなものであることからも、彼がこの世界において重要な立ち位置にいたことがわかる。

 

 このBLEACHという物語において、敵の死は多くあれど反対に味方の死というものは極端に少ない。

 少年誌なのだから当然だと言えばそれまでだが、味方陣営の中で明確な死の描写があったのは一般隊士達くらいであり、主要人物が死ぬことはほとんどなかった……はずだ。

 

 そして志波海燕はその数少ない例────藍染惣右介の策謀によって殺された犠牲者の一人だ。

 

 海燕は任務で妻が殉職したという報告を受けてその現場へと向かい……誇りをかけて一対一で戦った彼は、斬魄刀を消滅させられ、虚の能力によりその身体を乗っ取られてしまう。

 

 その様子を全て見ていたのが海燕と共に現場に向かった十三番隊隊士の一人、朽木ルキアであり、虚に乗っ取られた海燕を殺して最後を看取ったのも彼女だった。

 

 そこでルキアは海燕から心の在り処について教えられ、彼の意志と想いを受け継いでいく。

 ルキアは大切な人を殺した罪の意識で心を傷つけながらも、それでも海燕が残した心を胸に抱き、懸命に生きていくこととなる。

 

 それが、俺が思い出した原作知識。

 

 今の今まで忘れていた、前世の記憶。

 

 ……手遅れになってから思い出した、意味のない未来(過去)の知識だった。

 

 「……あの、更木隊長? 何か報告に不備でもあったでしょうか?」

 

 「…………いや、何でもない。報告はわかった。もう下がっていいぞ」

 

 俺は俯いていた顔を表にあげ、何事もなかったかのように表情を取り繕いながら報告に来た隊士を下がらせた。

 

 ぱたり、と襖が閉まる音が鳴り、隊首室に静寂が続く。

 そこには自分への怒りと、後悔と、やるせなさで項垂れた、一人の幼い子供だけが残っていた。

 

 ……平穏な日々に浸って腑抜けていた?

 ……流魂街での過酷な日々との差に平和ボケしていた?

 

 ああ、そうだ。その通りだ。

 俺は今のこのぬるま湯のような毎日に安堵していた。

 

 一角がいて、弓親がいて、卯ノ花さんがいて。

 山本の爺さんがしごいてきて、それを浮竹が見守っていて、京楽は揶揄ってきて。

 そしてやちるが笑いかけてくれる。

 

 そんな当たり前の日常がどうしようもなく心地良くて。

 こんな毎日がずっと続けばいいのにと、そう思って。

 ────これから先の未来(こと)なんか、考えないように逃げていたんだ。

 

 ……今は、誰とも会いたくない気分だった。

 

 「……オレは聖人じゃねー」

 

 そうだ。俺は聖人でも主人公でも何でもない。

 ただの転生しただけの一般人だ。

 更木剣八という最強クラスの肉体に転生してはいるが、その魂は凡人の域をでていない。

 

 俺には、黒崎一護のように山ほどの人を救うことなんてできない。

 俺は身の回りにいるほんの一握りの大切な人達が平穏に過ごしてくれればそれでいいと思っている。

 

 見知らぬ誰かを護るのは主人公の役割だ。

 俺の力は護ることより殺すことの方が向いている。

 

 だから、俺が誰かを護るために広げる手は……ほんの一握りのためにとっておく。

 

 自分の知らぬところで誰が死のうと、俺には関係のない話だ。

 

 「知っていただろうが……ッ!」

 

 原作知識という名の、この世界の未来の知識が俺にはあった。

 

 この千年の間にその大半は記憶の彼方に消えてしまったが……それでもすべてを忘れたわけじゃない。

 

 大切なことは覚えているつもりだった。

 俺とやちるに関することはすべて覚えていた。

 でもそれは……俺にとって大切なことだったからだ。

 

 志波海燕の死も、それによる朽木ルキアの葛藤も。

 俺にとっては今の今まで、ただの物語(フィクション)でしかなかったのだ。

 

 だから……簡単に忘れていた。

 

 「……知りたくなんか、なかった」

 

 誰かが聞いたら、俺に責任はないと慰めてくれるのかもしれない。

 忘れてしまうのは仕方がないことだと、優しく諭してくれるのかもしれない。

 

 でも俺は……この世界で唯一救えない未来を救えたかもしれなかった俺は────そう簡単に割り切ることなんてできなかった。

 

 この世界が物語(フィクション)ではなく現実だということを、俺は知っているから。

 

 「────剣ちゃん?」

 

 声が聞こえた。

 

 鈴の音が鳴るような、幼い少女の声だ。

 

 誰よりも愛おしくて、誰よりも大切な。

 そして今最も声を聞きたくなかった(聞きたかった)、少女の声が聞こえた。

 

 「……泣いてるの?」

 

 俯いていた俺の視界にピンク色の髪が入り込む。

 

 まるで割れ物を扱うかのように慎重に、そして心の奥底から俺のことを心配してくれていることがわかる慈愛に満ち溢れたその問いかけは、俺の壊れかけの心に酷く染み渡った。

 

 「……泣いてねーよ」

 

 「ウソ。剣ちゃん泣いてる。剣ちゃんって昔から意外と泣き虫なところあるから」

 

 ────流魂街にいた頃はよく襲われている人を助けようとして、間に合わなくて泣いてたよね。

 

 そんなことを言いながら近づいてくるやちるは、いつの間にか俺の正面に座っていた。

 昔を思い出すように懐かしそうに呟くその姿は、不思議と少しだけいつもより大人びて見えた。

 

 「他にも助けた人が次の日生きることを諦めちゃったときとか。裏切られても平気なのに、剣ちゃんは変なところで思い込むよね」

 

 優しい瞳で俺を見つめているやちる。

 彼女の小さな手が俺の頭に触れ、ゆっくりと俺の黒髪を撫でていった。  

 

 「剣ちゃんが泣くときは、自分で自分を傷つけているとき。自分のことが許せないとき。いつも一人で抱えこもうとする、そんな剣ちゃんを見るのがあたしはいつも嫌だった」

 

 やちるの小さな身体が俺の頭を包み込む。

 ふとした拍子に壊れないようにそっと、大切なものに触れるように、優しく手を添えて撫でてくれるその温かさに、少しだけ心が安らいでいった。

 

 「剣ちゃんは一人じゃないよ。だから傷つくときは一緒。でも、剣ちゃんはあたしが傷つくのは嫌でしょ?」

 

 そう言って俺と額を合わせながら見つめてくるやちるの表情は、まるで悪戯っ子のような、可愛らしくも優しい笑みを浮かべていた。

 

 「────だから一緒にいるよ。一緒なら、泣いても痛くないでしょ?」

 

 何かの堰が切れるような音がして、俺はやちるの腕の中で幼子のように人目も憚らず泣いた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 「あのときの剣ちゃんかわいかったなー。泣きたいのに我慢して、でも夜にあたしが寝た後はひとりで泣いていて。あたしが抱き返すと、剣ちゃんはもっと泣いちゃって」

 

 「……お前だって泣いてたろーが」

 

 ひとしきり泣いてすっきりした後、やちるは俺が反論しないのをいいことに恥ずかしい秘密を言いたい放題言ってくれていた。

 そんなやちるにムッとした俺は、せめてもの反撃に墓場まで内緒にすると約束していたやちるの秘密を暴露した。

 

 「お前その日は抱き着いて寝てきた癖におねしょまでしやがっただろーが。次の日川まで洗濯しに行くの大変だったんだからな」

 

 「あ、あれは剣ちゃんが泣いてたからあたしも悲しくて泣いてたの! それにおねしょはあたしじゃなくて剣ちゃんだもん! 絶対! ぜーったいそう!」

 

 「じゃあ何でお前が抱き着いてたところだけオレの着物が濡れていたんだよ。しかもやちるの股下のところから広がる形で」

 

 「あー! 剣ちゃんそういうこと言うんだー! せっかく慰めてあげたのに! でりかしーなしだよ!」

 

 ぷりぷりという擬音が聞こえてきそうな様子で両手を挙げて怒りを表すやちるに、俺は自然と笑みを浮かべていた。

 その天真爛漫で自由な彼女の姿に、先ほどまで暗闇だった世界に光が差したような気がした。

 

 「デリカシーの意味わかって言ってるのか……?」

 

 「知ってるよ! 現世のお菓子の名前でしょ! 家まで配達してきてくれるお菓子! 剣ちゃんが欲しがってもわけてあーげない」

 

 可愛らしくそっぽを向き、腰に手を当てながら不満をアピールするやちる。

 そんなやちるの姿を見て、俺は心の底から温かいものが湧き上がってくるのを感じた。

 

 俺のことを心配して来てくれたのが嬉しかった。

 俺のことを元気づけるためにわざと揶揄うような態度でいてくれたことが嬉しかった。

 何も聞かずに、ただ俺の傍にいてくれたことが嬉しかった。

 

 「……やちる」

 

 「ん。なぁに剣ちゃん」

 

 あぁ、そうだ。誓っただろうが。

 俺はこいつの、やちるの剣八になるって。

 

 俺のこの小さな両手は。

 やちるのために振るうって。

 

 「……ありがとな」

 

 更木剣八(あの人)なら、きっと振り返らない。

 

 死んだ隊士の骸を背後に、ただひたすら敵を斬り続けるのだろう。

 

 後悔して立ち止まる暇があるのなら、前に進んで戦うことを選ぶのだろう。

 

 俺には藍染惣右介の策謀や、ユーハバッハの侵攻を事前に防ぐことなんて器用な真似はできない。

 俺に残っている原作知識はもう既に断片的なものでしかなく、まともな対策なんてできるものではない。

 こんな穴だらけで朧げな知識を元に原作を改変するなんてこと、俺には怖くてできない。三界全ての命運が懸かっているのだ。俺にはその責任を背負えない。

 

 俺は策謀家ではないし、頭を使うことは苦手だ。

 二次創作の有能なオリ主みたいに全てを救うなんて真似、できやしない。

 

 俺に出来ることはただ────剣八として強く在り続け、やちるの敵を斬ることだけだ。

 

 破面(アランカル)も、完現術者(フルブリンガー)も、星十字騎士団(シュテルンリッター)も。

 藍染も、月島も、ユーハバッハも。

 やちるの敵として立ちふさがるのなら、斬って殺してそれで仕舞いだ。

 

 「うん!」

 

 ごちゃごちゃと後悔するのは更木剣八()に合っていない。結局俺がすることに変わりはないんだ。

 俺は目の前の幸せを手放さないようにしっかりと掴み、その片手間でできることをしていけばいい。

 

 そうだな……まずは、朽木ルキアと少し話でもしてみるか。

 

 

 

 俺は満面の笑みで返事を返してくれるやちるを見て、この笑顔だけはどんなことをしてでも護り通してみせると、改めて自分自身へと誓った。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 というわけで、よわよわ剣ちゃんとそれを支えるやちるちゃんでした。

 転生者でも1000年経ってたら原作知識忘れちゃうのも仕方ない……仕方ないよね?

 剣ちゃんの原作知識は朧げで、ソウルソサエティ編までの話は大まかに覚えていますが破面編以降はほとんど覚えてない感じです。
 破面編以降は今回みたいにふとしたきっかけで思い出すくらいですね。
 十刃だとグリムジョー・ジャガージャックとアーロニーロ・アルルエリの名前しか覚えてません。ノイトラェ……。
 語呂も名前もオサレだからね。仕方ないね。

 ちなみに例外として、やちるちゃんに関する部分だけはしっかり覚えています。

 
 
 そしてオーバーロードの新巻が今月末発売されるので失踪します(ダイマ)

 


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剣ちゃんとルキアってあんまり絡みないけどやちるちゃんと同じ外ハネショートだし相性は良さそう

 ────外ハネショートに悪い奴はいねえ(唐突な性癖の開示)




 私は孤独だった。

 

 私のことを養子にした四大貴族の一つである朽木家では流魂街出身というその出自から腫れ物のような扱いをされ、私が朽木家へ養子となったことで幼少の頃から共に過ごした友である恋次には距離をおかれた。

 

 真央霊術院(しんおうれいじゅついん)を卒業した後、十三番隊に配属されてもそれは同じだった。

 

 朽木家という名を恐れ、新米である自分にへりくだる先輩隊士。

 同期の隊士達は皆逃げるように傍を離れ、貴族という立場から私は入隊した後もまともに仕事すらさせて貰えなかった。

 

 まるで人形だと思った。

 愛でられ、机の隅に置かれ、いつの間にか忘れ去られるような、そんな哀れな人形のようだと私は私自身のことを思った。

 

 私は弱かった。

 

 真央霊術院(しんおうれいじゅついん)でも成績で劣る私は恋次と別の組になり、新たにできた友と楽しそうに語らう恋次の後ろ姿を見た私は自身の心の弱さに気づいた。

 

 昔みたいにもう、声を張り上げることができなくなっていた。

 叱咤されても言い返せないほど、自分に自信がもてなくなっていた。

 先を行く友を見て、喜びではなく悲しみを覚える自分に嫌悪した。

 

 私が養子となった朽木家は四大貴族と呼ばれる尸魂界(ソウルソサエティ)の中でも有数の名家だ。

 

 現当主であり私の義兄でもある白哉兄様は護廷十三隊六番隊隊長を務めるほどの実力者であり、その強さも霊圧も四大貴族の朽木家の名に恥じぬ才気溢れるものだった。

 

 そんな兄に対して私はどうか。

 

 霊圧も、斬術も、白打も、歩法も。名家である朽木家の名に泥を塗ってしまうほど劣っている。

 唯一鬼道は得意だが、それも霊術院の頃の話。護廷隊の中では並程度の実力でしかなかった。

 私は自分が死神としての才能がないことに気づいていた。

 

 けれど、それでも良かった。才能がないのならその分努力すればいい。

 朽木家の名に恥じぬよう、これから強くなるために努力しようと奮起することができた。

 

 そう思って入隊したのだが……周りは私にそんなものを求めていなかった。

 

 ────朽木さんはそこにいていいよ。

 ────朽木さんは何もしなくていいよ。

 

 強くなろうと思い入った先で、私の居場所はなかった。

 周囲の皆は私を特別扱いした。その扱いも、朽木家の養子となった以上仕方のないことだと自分に言い聞かせた。自分に嘘をついた。

 そんな自分が、凄く嫌だった。

 心の弱さに、飲み込まれそうだった。

 

 私は本当に、護廷十三隊(ここ)に居て良いのだろうか。

 私の心は何処にある?

 私は、何の為に十三隊(ここ)に居る。

 

『そんなもんお前。決まってんじゃねえか。“戦って”、“守るため”だろ!』

 

 そんなときだ。

 あの人と会ったのは。

 

 初対面なのに妙に馴れ馴れしくて、言いたいことをはっきり言ってきて、苦悩する私をその太陽のような笑顔で笑い飛ばしてきて。

 

 一緒に修行をつけてくれたのが、嬉しかった。

 修行の後に昼餉を共にするのが、密かな楽しみになっていた。

 

 空を見上げると、いつも見えていた雲が消えていた。

 そこには青い大空がどこまでも広がっていて、久しぶりに本物の空を見た気がした。

 

 太陽が、私を照らしていた。

 

 

 

 

 

『……全滅だそうだ。彼女の部隊は』

 

 唐突に。突然に。私の足元に影が差した。

 

 海燕殿には妻がいた。

 女の身で第三席にまで上りつめた女傑でありながら、聡明で優しく、美しい人だった。

 憧れた。あんな風になりたいと思った。

 ────私の理想だった。

 

 そんな人が、殉職したという報せだった。

 

 あれだけ晴れていた空は、いつのまにか雲で覆われていた。

 

 私は浮竹隊長と海燕殿と共に、その虚の棲み家へと行った。

 

『俺一人で行かせて下さい』

 

 何故。その時私は阻めなかったのだろう。

 

 『ああ……』

 

 彼の征く手を、命を懸けて。

 

『海燕殿!!』

 

 海燕殿の斬魄刀が消滅した。

 あれがあの虚の能力なのだろう。危険な能力だった。

 

 助けに行こうとした私の手を、浮竹隊長の手が掴んだ。

 

『海燕を助けて……それで奴の誇りはどうなる?』

 

 ──誇りが何だというのか。

 ──命に比べれば誇りなど、比べるべくもないものではないか!

 

 そういって手を払い飛び出そうとする私を、浮竹隊長は血が滲むような声で咎めた。

 

『……いいか、よく憶えておけ。戦いには二つあり、我々は戦いの中に身を置く限り、常にそれを見極めなければならない』

 

 そのときの浮竹隊長の表情は、自分自身へ言い聞かせているように私には見えた。

 

『命を守るための戦いと────誇りを……守るための戦いと……!』

 

 私はその言葉に、一歩も動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 海燕殿が殉職したあの日から、私は毎日のように修行場へと足を運んでいた。

 

 流魂街、犬吊(いぬづり)の片隅にある名もなき広場。

 それが私と海燕殿がいつも訪れていた修行場だった。

 

 あの人に鍛えてもらった場所。あの人と共に在れた場所。

 そんな思い出の場所は、今では私一人しか訪れる者がいなくなっていた。

 

 それがどこか寂しくて。けれどもどうしても離れられなくて。

 

 私は今日も、この場所に訪れた。

 

「よお」

 

 そんな私のもとに、散歩をするような気軽さでその人は来た。

 

 漆のように艶のある黒髪を無造作に跳ねさせ、毛先に結いつけられた美しい鈴の音が私の耳を打つ。

 

 ────護廷十三隊十一番隊長、更木剣八。

 

 多くの隊士が所属する護廷の中でもたった十三人しかいない隊長の一人にして十一代目剣八を襲名した、護廷最強の戦闘集団……十一番隊の隊長。

 

 その幼い容姿とは裏腹に戦いのときは剣八の名にふさわしい圧倒的な強さを誇り、護廷の中でも最強と名高い存在だ。

 私のような一般隊士が言葉を交わすことなどおこがましいと思えるほどの、雲の上の存在だった。

 

「更木隊長!? ど、どうして此処に……? 何か御用でしょうか……?」 

 

「ただの散歩だよ。オレは流魂街の出身だからな。……別にこの辺ブラついてても不思議じゃねーだろ」 

 

 いや凄く気になるんですが……。

 

 とは流石に言えず、これ以上追求するなという謎の圧が更木隊長にあったのでここでこの話は終わりにした。

 

 何故わざわざこんな場所に来たのか気にはなるが……藪をつついて鬼がでたらたまったものではない。

 それに彼女は隊長だ。平隊士である私なぞ、十把一絡げの存在でしかない。すぐに私に興味を失うだろう。

 特に強さを第一とする十一番隊の隊長ともなれば……尚更だ。

 

「それで、お前。浮竹んとこのやつだろ。名はなんつーんだ」

 

 よいしょ、という可愛らしい掛け声とともに、少し離れた切り株へ腰かけた更木隊長は眼帯をつけていない左目でこちらをじっと見つめながら尋ねてきた。

 

「え……? あ、はい! 朽木ルキアと申します」

 

「ふーん、ルキアっつーのか。オレは更木剣八だ。よろしくな。……鍛錬していたんだろ? オレのことは気にせず続けてていいぞ」

 

「え、いやその……。わ、わかりました!」

 

 できれば気になるのでこのまま去ってくれるとありがたいのですが……とか考えていたら、内心を察せられたのか不機嫌になった更木隊長の霊圧が私を襲った。

 

 象と蟻ほどの差のある剣吞な霊圧が一瞬全身を覆うも、とっさに返事をしたことですぐにその霊圧はすぐに穏やかなものへと切り替わった。

 

 しかし一瞬とはいえ更木隊長の霊圧に触れた私は、緊張のあまり鍛錬に身が入らず、思ったように身体が動かせなくなってしまう。

 そしてこのままではまずいと焦り、さらに泥沼へとハマる悪循環が生まれていく。

 

 他所とはいえ隊長に対し腑抜けた姿を晒してしまったことを恥じた私は……少しでも失態を挽回しようと唱えた双連蒼火墜(そうれんそうかつい)の鬼道が片手から暴発し────更木隊長が座っているところへと放ってしまった。 

 

「……ッ!? も、申し訳ございませんッ!!」

 

 私はすぐに更木隊長のもとへ駆け寄ると、土煙が晴れたその場所には……呆然とした様子で固まっている、傷一つない更木隊長がそこにいた。

 

「えぇ……」

 

 頬杖をつきながら思わずといった様子で呟く更木隊長に、私は慌てて身体を折り曲げ謝罪の意を示す。

 

 そんな無礼な行いをしてしまった私に対し更木隊長は片手をあげて「気にすんな」と言い放ったあと、座っていた切り株から腰を上げてブンブンと頭を振ることで髪についた砂埃を払っていった。

 

 その姿を見てまるで子犬のようだと思ってしまった私は悪くないだろう。

 そんな野性味溢れる可愛らしい姿を見て緊張がほぐれたのか、私は先程とは異なり、更木隊長に自然と声をかけることができた。

 

「申し訳ございません更木隊長……私が汚れを払いますので、あちらを向いて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、悪いな。こうでいいか?」

 

「はい、ありがとうございます。……更木隊長はお優しいのですね」

 

 私に非があるのは明らかなのに、何も言わないでいてくれる更木隊長。

 ここまでくれば、私に気を遣ってくれているのだろうということは理解していた。

 

 何故更木隊長が私に対して気を遣っているのか。

 実際に話してみるまで考えもしなかったが……心当たりは一つしかなかった。

 

「更木隊長は……海燕副隊長とは仲が良かったのですか?」

 

「……まぁ、悪くはなかったな。金平糖もよくくれたし。子供扱いしてくるのはムカついたが」

 

「海燕副隊長らしいですね。誰に対しても平等といいますか……。こんな私なんかにも良くしていただきました」

 

「……こんなとか言うなよ」

 

 そう言って手櫛で髪を整えていた私の方へ振り返り、更木隊長は真剣な表情で見つめてきた。

 

「自身を貶めるような言葉は、お前を信じてくれた者への侮辱だ」

 

 その言葉に私は何も言えなかった。

 その言葉に反論するということは、私に心を預けてくれた海燕殿への侮辱に等しい行為だと気づいたからだ。

 

「……わ、私は」

 

「────自分を許せない、か?」

 

 それでも何か言おうと口を開いた私は、更木隊長の一言でその先の言葉を失った。

 

「浮竹から聞いたよ。お前が最後を看取ったんだってな」

 

 心臓が早鐘を打つ。

 周囲から音が消え、更木隊長の髪に結われた鈴の音だけが、この静寂の中でやけに響いて聞こえた。

 

「奴の誇りを踏みにじってでも、助けるべきだったと考えているのか?」

 

 私は最後まで手を出さなかった。

 そして海燕殿の誇りは守られた。

 

 でも、それでも私は……あのときの行為が正しいものであったのか、その答えを出すことができないでいた。

 

「……わかりません。私は、助けに行くべきだったのでしょうか……」

 

「そんなのオレが知るかよ」

 

 俯く身体から縋りつくように声を絞り出た私に、更木隊長はあっけらかんとした表情で答える。

 そんな突き放すような言葉を聞き目を伏せる私に、更木隊長は「ただな」と続けてその口を開いた。

 

「強くなければ助けたい奴も助けられねえ。お前がもし次に誰かを助けたいと願う場面に出くわしたとき、どうするのかはわからねーが……身を挺して庇う必要のないくらいには強くならねーとな」

 

 そういってそっぽを向く更木隊長を見た私は一瞬きょとんとした顔をした後、自然と笑みが浮かんできた。

 

 なぜ更木隊長が十三番隊舎ではなくこんな流魂街のはずれにまでわざわざ足を運んでくれたのか気づいた私は、その不器用な優しさと激励に少しだけ胸のつっかえが取れたような気がした。

 

「────はい! あの、もしよろしければ私に稽古をつけていただけませんか?」

 

 私はこの少しの間で、自分の中の印象がガラリと変わった目の前の小さな隊長の優しさに感謝をする。

 そしてソワソワしながらこちらを見る更木隊長に苦笑しながら、前へ進むための一歩を踏み出そうと声をかけた。

 

「────ああ。いいぜ」

 

 そういって無垢な笑みを受かべる更木隊長を微笑ましく見ていた私は────この後の地獄の稽古に後悔することになるとは、まだ知る由もなかった。

 

 

 

 

 




 というわけでヒロインのルキアちゃんでした!

 正確には準主人公とのことですが、準主人公でありヒロインですね。
 尸魂界編のルキアちゃん曇らせで一体何人の性癖を歪ませたんだ……。市丸ェ……。
 雛森ちゃんといい……全く、許せませんね!(誉め言葉)
 筆者は曇らせは好きだけど耐性はないのでいつも致命傷を負いながら読んでいました。

 ちなみにルキアは原作同様一護を庇ってフィッシュボーンDさんにパクパクですわ!されます。
 (されないとBLEACHが始まらないからね。仕方ないね)
 ルキアは原作よりちょっとだけ強くなってますが、何故かフィッシュボーンDさんも原作より強くなってた感じですね。(一体何染の仕業なんだ……)

 そして潰えるチャドと話のネタの霊圧。
 続きを書くとしたら……ルキアちゃんがお兄様達に捕まったところからですかね。

 最近あつがなついので失踪します。(死語)
 
 


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