残火の章 (風梨)
しおりを挟む

プロローグ

風梨と申します。
よろしくお願いします。






 

 

 

 火花が舞っていた。

 チリチリと空気を焦がすそれも、燃ゆる側から空に儚く掻き消えていく。

 その光景の中で、吐息が口から漏れては白く染まった。

 

 季節は冬。

 辺りは時刻が夕暮れである事とは関係なく(くれない)に染まっている。折り重なった死体から流れ出る、血が発色する鮮烈な赤だった。

 色合いの温度感は寒々しい。空気の冷たさも相まって、深々と伝わってくるようだった。

 

 それらと同じように心も冷めていた。

 戦の興奮など感じておらず、虚しさだけが心の空隙を埋めている。

 いや、それは埋めているとは言えないかもしれない。だから、正確に言うならばただただ欠けているのだろう。

 大切な暦が一部欠けたように。

 あるべきものが失われているかのように。

 

 白息は、止まらない。

 

 ──『残火の章』

 

 

 

 心の冷たさとは裏腹に、男の身体は興奮を保ったように熱かった。

 殺し殺されの戦火の熱を纏ったように異常な熱量を持っていた。

 

 かつて誰かが言っていた。

 感情の渦巻く戦場はこの世の縮図だと。

 もし仮にその言葉が真理であるのなら、この世に救いなどあるだろうか。

 柄にもなく、幼い頃(・・・)のようにそんなことを考えてしまうほどその熱量は異常だった。

 

 戦国時代。

 のちにそう呼ばれる時代の、数多ある戦場の一つに立ちながら、そして。

 まだ名付けられていないはずの、その名称を知る男は握った刀を──血継限界で生み出した刃骨(じんこつ)を握り砕いた。

 刀は骨片となって散って、蓄えた熱を放出しながら火花の一部となって掻き消える。

 そんな武器と共に殺意も納めつつ、男は空を見上げた。

 

 暖かな日の光が地平から空を染め上げている。 

 地面に這う目覚めるような『血の赤』とは程遠い、穏やかな空が広がっていた。

 その光景は、いつか見た前世(・・)の空と変わりない。

 

「……随分と遠くまで来たもんだ」

 

 その距離とは常人には考えられない概念でもあった。

 とどのつまり、前世と今世の違いだった。

 

「生まれ変わって早20余年。忍びの才能があったは良いが、こんな時代に生まれて生き残ったのは奇跡だな」

 

 誰も聞いていない。誰も生きていない戦火の中心で、そう溢した。

 立っているのは戦火の渦中だった場所だ。

 刀や槍、旗が地面に突き刺さり、泥で汚れて地に横たわっている。

 そしてその持ち主であった者たちが、死屍累々と夥しい数の死体と成り果てて地面を埋めている。

 

 その全てが、己で切り捨てたものたちだ。

 『切り札』を使うまでもなく、刃骨と忍術だけで片がついた。

 それらを見て、特徴的な麻呂眉を伏せながら考える。

 

 平和な前世の価値観は既にない。

 殺さなければ殺される。

 実力のない幼い頃からそう教え込まれた身体は、その才能もあって今日まで自分を生き残らせ続けた。

 そうでなければ、今頃自分の死体が土に還っていることだろう。

 いくら才能があっても、そこに意思が伴わなければ生き残れない。

 それほどに今は険しい時代だ。

 

 特殊な血継限界。

 生まれ持った才能。

 肉体的な強さ。

 そして後天的に身につけざるを得なかった忍びとしての価値観。

 それら全てが合わさって、この場の光景を作り出していた。

 

 そしてそれを見ても、何も感じないことに麻呂眉を伏せていた。

 

「『かぐや一族』ねぇ、ほんとに、なんで生まれ変わったんだか」

 

 前世とはまるで異なる身体を動かして、『かぐや一族』の現頭首である『ウヅキ』はその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

「──ウヅキ様、ウヅキ様。起きてください」

 

「んぁ、ヒミコか」

 

「またご依頼ですよ。何でも相手方はあの千手であるとか。頭首のお力が必要ですので起きてください」

 

 ある術の反動で、一月の大半を寝て過ごす。

 ウヅキはそういった状況にあった。

 出来るなら無限に眠っていたいところであるが、頭首としての役目を果たさない訳にはいかない。

 寝ぼけていた頭を瞬時に覚醒させて、風呂に入って飯を食いながら依頼内容を確認する。

 

「何々。『うちは』と『千手』の開戦が間近、か。そこに横槍を入れよということか。……なるほど、『かぐや一族』との繋がりを示唆させて戦略的に優位を取るつもりか」

 

「恐らくは。現在『うちは』『千手』の両当主が率いる二大巨頭に正面から対抗できるのは、ウヅキ様しか居ませんから。『うちは』と『千手』は水と油。手を結ぶ事はありえません。それゆえ、我ら『かぐや一族』を引き入れた方が勝ちます。引く手数多といった現況です」

 

「戦は気が進まんな、我ら一族が残りさえすれば良い。蝙蝠になるつもりはないが、さらに譲歩を引き出すか?」

 

「お辞めになった方がよろしいかと。大名もいささか『新参者』であるこちらの力量を軽視している感がございます。加えて日和見が過ぎると反感を買いましょう。再び柱間と一騎打ちを演じるのが良案かと存じます」

 

 ヒミコの知恵は『かぐや一族』の中でも有数のものだ。

 戦バカが比較的多い一族の中で、非常に頼りになる存在だった。

 そんな彼女の進言を聞き入れないはずもなく、ウヅキは穏やかに頷いた。

 

「ふむ、左様か。……あいわかった。戦支度をしよう」

 

「ご理解、感謝致します」

 

「『鬼火』を使うことになろう。いつも通りだ。戦衆(いくさしゅう)にオレの側へ近寄り過ぎるなと伝達しておけ」

 

「畏まりましてございます」

 

 静々と、着物をはためかせてヒミコが頭を下げた。

 艶やかな黒くて(・・・)長い髪がハラリと垂れる。

 首筋から覗くうなじの白さが際立っていた。

 

 ヒミコという知恵者であり、妹であり、嫁でもある女性の美しさを感じつつ、ウヅキは守らねばならない、という想いを一際強く念じて立ち上がった。

 一族のため。何より愛する家族のため。

 強い立場を得るために、ウヅキは戦場に向かう。

 例えそれが、かつての友と殺し合うことになろうとも。

 

 千手柱間。うちはマダラ。『かぐや一族』のウヅキ。

 かつて互いが領分を超えて協力し合おうとした過去は薄れて久しい。

 あの頃とは違う。

 立場の変わった其々が、成長した分だけ目標を変えつつ戦場であいまみえる。

 

 ウヅキは知らない。

 千手柱間という名を知っていても、うちはマダラという名を知っていても。

 戦国時代という名称を知っていても、隠れ里を作ったのがその二人であるとは知らない。

 偶発的な記憶の欠落が、そしてかつて見た友との『縁』と『夢』が絶たれる光景を見た衝撃が、ウヅキに現状の維持という戦略を選ばせていた。

『千手』と『うちは』の、決して埋まらない溝を直視してしまったが故に。恨み恐れ合う両一族の姿に、手を取り合うことが不可能と感じてしまったが故に。

 何よりも信頼する女性が不可能と断じているが故に、ウヅキは今日も戦場に赴く。

 

 

 軍太鼓が鳴り響いていた。

 この時代の忍びの戦闘は軍事行動に他ならず、一族単位ではあるが、それは軍隊と軍隊の衝突であった。

 

 かぐや一族は軍足など履かない。

 簡素な衣服を身に着けるのみである。

 何せその血継限界・屍骨脈は並の鎧よりも硬く強靭であり、扱える者は女子供を含む一族全てが戦闘民族という際立った強さを誇る。

 ウヅキの方針で女子供はある条件を満たさぬ限り戦場には出て来ないが、それでも驚異的な戦力の軍勢を率いていた。

 

 その中にあって『神子』と呼ばれる精鋭のみが白装束を纏う。

 ウヅキ自らの骨から生成した糸で編まれた装束であり、その強度は尋常ではない。

 そんな白装束の集団の先頭に立ち、同じく白装束を纏ってウヅキは戦場の真っ只中を平然と歩いていた。

 

 『千手一族』もその気配を敏感に感じ取って応じる。

 身に着けた軍足を鳴らしながら声を張り上げて周りに知らせて回る。

 

「残り火が出たぞぉ!!」

 

「鬼火!! 鬼火が出たぞ! 水遁使いを呼べ!!」

 

 有象無象の声には応じない。

 ウヅキは静かに印を組む。

 寅の印と呼ばれるそれは、火遁に属する印であった。

 次いで呟いた。

 

 

「──『残火(ざんか)』」

 

 

 血継限界である屍骨脈。

 その原型である『大筒木かぐや』が用いる『共殺の灰骨』を再現しようと試行して、しかし再現出来なかった失敗作の一つ。

 火の性質変化を屍骨脈に加えた術が『残火』だ。

 

 骨の内部から発せられる高温が表面に滲み出る。

 屍骨脈を熱に強く鍛え上げたため、融解点は非常に高く溶けず、火が斑模様に滲むそれはまるで残り火のようだった。

 ゆえに『残火(ざんか)』と名付けた。

 

 身体が熱せられたように湯気立つ。

 常に睡眠を強いられるほどの術。

 燃え種となる『朽ちぬ灰骨』を維持し、骨を強化する要領で『肉体を骨化』し耐性まで引き上げたウヅキに熱による支障は起こらない。

 

 左肩に、右手の甲を添えて親指の付け根を当てる。

 人差し指から小指に向けて、指の一つ一つを順番に丁寧に折り畳んでいく。

 その動きに合わせて左肩がひとりでに不自然な盛り上がりを見せる。

 

 隆起した肩からは白い骨が見え始め、徐々に赤熱した部分が顔を出す。

 剥き出しの肩から蒸気が吹き出しているにも構わず、折り畳まれた指が肩骨を掴む。

 同時に指が焦げる音が響くが、ウヅキの再生能力と耐性を持ってすれば痛痒はない。

 左肩から威勢良く骨を引き抜けば、五本の指に握られた刃骨が湯気を上げた。

 

 取り出されたのは斑に赤熱した白く美しい刀だった。

 形状は持ち手以外、刀と変わりない。

 抜き出す際に成形したためだ。

 鋭利な刃を赤熱が彩っている。

 

 ウヅキは熱い呼気を吐き、呟いた。

 

「──『残火刃骨(ざんかじんこつ)』」

 

 抜き去った勢いのまま刃骨を振る。

 虚空に火花が散り咲き、それを合図にするかのように双方共が駆け出し激突した。

 

 

 

「湯気を止めるな! 水遁を浴びせ続けろ!!」

 

 『千手一族』の一人の男が大きく叫び指示を出す。

 重い甲冑を物ともせず俊敏に動く様は武士(もののふ)に相応しい姿だった。

 そんな数多の戦歴を重ねる男も、鋭く警戒した眼差しで眼前から迫りくる『かぐや一族』を、ひいてはその先頭に立つ『かぐや一族』頭首を睨め付ける。

 

 度重なる戦乱において、『かぐや一族』は警戒に値する一族ではあったが、この数年でその評価は数段上に激変していた。

 即ち怨敵である『うちは』に匹敵するほどの警戒対象へと、その危険度を著しく引き上げていた。

 その蜂起人であるのが、先頭で全身から湯気を上げる男。

 ウヅキであった。

 

 千手頭首である柱間とも互角に渡り合う力量はとてもではないが、一介の忍びに抑えられるものではない。

 そして柱間がたどり着くまでに何としても避けなければならない事。

 

 それが湯気を止めない事だった。

 

「『鬼火』を出させるな!!」

 

 その理由は明確だ

 初見の際は、その場にいた『千手一族』の8割が死傷するという途轍もない被害を生み出した術。

『鬼火』と呼ばれるそれを防ぐためだった。

 

 ウヅキがその場に佇むだけで味方が倒れてゆく絶望的な状況の再現をさせぬために、男は指揮を取り続けた。

 

 

 

 

 あえて手加減を加えるような戦いの最中。

 とある男の気配を感じ取って、ウヅキは先ほどと異なる術の名を口にした。

 

「──『残火灯骨(ざんかとうこつ)』」

 

 薄い膜状の骨が、皮膚と白装束を突き破って表皮に這い何層もの殻を生み出す。

 層は顔にまで及んで『兎』染みた面を形作った。

 

残火灯骨(ざんかとうこつ)

 赤熱する骨の鎧と仮面を纏う防御用の術だった。

 白い着物装束の上に分厚い骨で作られた鎧を纏い、万全の状態で待ち受ける。

 

 ウヅキは通常の状態であってもかすり傷一つ負う事はない。

 屍骨脈は攻撃にも防御にも発展できる有用な血継限界であるがゆえだ。

 そのウヅキが警戒して防御を固めるほどの相手の襲来。

 

 

『ザンッ』と戦場に降り立つ軽快な音が鳴った。

 

 その男の登場は場の空気を一変させるに十分過ぎる。それに耐えうるだけの存在感と名声、そしてカリスマ性があった。

 顔に仙術の隈取りを浮かべて、凄まじい速さで駆け抜けてきたであろう疲労を滲ませながらも人々を安心させる笑みを絶やさないそんな男。

 

 ──千手柱間の到着だった。

 

 この男がいれば大丈夫。

 そう根拠なく思ってしまうほどの風格を纏っていた。

 

 場に着き、即座に首を左右に振って状況を確認すると、指導者としては致命的なほどに感情を表情に出しながらも、どこか憎めない調子で声を大にして千手の男に向けて言う。

 

「──む、待たせたか! すまん。うちはとの戦線を片付けるのにな! ちと梃子摺った。……よくぞ抑えたぞ! ここからはオレに任せろ」

 

「柱間様! ……お任せ致し申す」

 

 喜ばしい到着。

 その安心感を滲ませて、しかし時間稼ぎしか出来なかった己を責めて、喜びと苦々しさが混じる半々の表情で『千手一族』の男が柱間に場所を譲った。

 柱間が前線に出る。

 その一歩だけで、『かぐや一族』の警戒度は最高潮に至った。

 

 ウヅキはその動揺を右手を軽く上げる事で瞬時に収める。

 己が居る。そう示す仕草に『かぐや一族』の者たちも鎮まり、己の当主の言葉を待った。

 

 

「柱間か。もはや遠慮は無用。ヒミコ、散ってくれ」

 

「はっ! ご武運を」

 

『神子』として側近で仕えていた、嫁であり妹であり知恵者でもあるヒミコが真っ先に応じる。

 この場におけるナンバー2に倣って、『かぐや一族』は総勢が一斉に散開して下がった。

『千手一族』もその動きに呼応して双方共に多勢が下がり、戦いが起こるにしても遠方での小競り合いに留まる。

 

『千手一族』と『かぐや一族』がぶつかり合う時の、よくある光景だった。

 お互いに恨みはある。

 しかし、頭目同士の戦闘規模があまりにも規格外すぎるゆえに援護不可能。

 周囲はほぼ停戦に近い状態となる。

 何せお互いの頭のどちらかが勝てば、それだけで戦の趨勢が決する。

 無用な被害を避けるべく、互いに言葉を交わさずに決めた暗黙の了解だった。

 つまり、それが成り立つほどの、どちらが勝ってもおかしくない激戦が常という事である。

 

 柱間が先に口を開いた。

 

「……ゆくぞ、ウヅキ」

 

「来い、柱間」

 

 初動は同時だった。

 両者共に印の少ない術を主とする。

 ウヅキの屍骨脈に至っては印は不要だが、性質変化を加えるために多少の印を必要とする。

 それゆえ術が発動するのは、初動と同じく同時だった。

 

「──『仙法・真数千手(しんすうせんじゅ)』」

 

「──『鬼火・残火双角(ざんかそうかく)』」

 

『鬼火・残火双角』はウヅキの頭蓋に二つの角が生える。

 さながら『チャクラ』の始祖を彷彿とさせる、先祖返りのごとく伸びる赤く染まるその角が生えた時。

 

 ──周囲の水分が消し飛んだ。

 

 あまりの熱量にウヅキが纏った鎧に罅が入り一回り小さくなり、涙のように仮面がひび割れた。

 握る刃骨は黒く炭のように染まり、刀身の周囲を歪めるほどの熱量を放ちながらも自壊せず、力無き者なら目視するだけで目が焼かれそうな存在感を放った。

 

 そして、ウヅキの湯気は止まった。

 風すら凪いだ無音の空間が生まれる。

 

 空気すら消滅したかのような静寂と共に、かつて戦場に居た『千手一族』の8割を死傷させるという凄惨な爪痕を残した凶悪な忍術が顕現した。

 

 対する柱間は山をも優に超える大きさの、千の手を持った巨大な観音を生み出し、遥かな頭上から小さなウヅキを見下ろす。

 

 柱間の表情に油断はない。

 真剣に口元が結ばれ、その眼光はただ一点ウヅキのみを睨めている。

 幾たびも戦い、過去を含めてとてもよく知る人物。

 その人型に収まった『小さな太陽』とでも表現すべき熱量の塊を相手にして、質量の多寡で優位を取れたなどと思い上がることは出来ない。

 さらには『木遁』とウヅキの『鬼火』は相性が良くない。

 水分を一瞬で蒸発どころか消滅させられてしまい、柱間の『木遁』ですら一瞬しか保たないためだ。

 

 今日こそは決着を着ける、と心に決意を秘めながら柱間は印を結んだ。

 

『極限の熱量』と『無限の質量』のぶつかり合い。

 そう形容すべき戦いの火蓋が落とされた。

 

 

 

 ──『地尽(ちじん)残火一刀(ざんかいっとう)

 

 仕掛けたのはウヅキからであった。

 一振りの黒炭と化した刃骨を両手に握り、熱だけを纏った一刀で『木遁』で作られた観音に切り込んでゆく。

 まるで抵抗なく切り裂いたウヅキは障害などないように樹の根を跳びながら頂上に居座る柱間を目指して樹を登る。

 

 どれほどの物量を押し付けられようと瞬く間すらなく木遁が萎びて溶けて消えてゆく。

 

 炎を纏わない一刀が、その刀身に秘めた熱量だけで周囲の『木遁』から水を奪い、消滅させていた。

 例外は柱間のチャクラが多量に注がれた近寄るだけでは『瞬時に』消滅しない『木遁』のみであり、ウヅキは明確に邪魔になるそれらを切り裂いて突き進む。

 

 いかに柱間と言えども、一度に使えるチャクラに限界はある。

 練り術と化すまでに掛かる時間は瞬きほどで十分。

 しかし、それだけの隙があればウヅキにとって一手分の猶予が得られる。

 その猶予を使い、邪魔な木遁を切り払って進んでゆく様は正しく『鬼』であり、割れて涙を流す『兎』の仮面は『悪鬼』と呼称したくなるほどに恐ろしさを滲ませる。

 

 突き進むウヅキに対して、柱間も負けじとチャクラを練る。

 ウヅキが優勢と言えど、柱間の生み出す的確な『木遁』を瞬時に突破できる程ではない。

 薄紙を破くが如き凄まじい速度での侵攻であるが、柱間にはウヅキが薄紙を破る間の猶予がある。

 

 あまりに僅かしかない時間でも、後の世で『忍の神』とまで呼ばれる柱間にとっては十分すぎるほどの時間だった。

 

「──『木遁・皆布袋(ほてい)の術』『水遁・大瀑布(だいばくふ)』」

 

 凄まじい速度の印で二つの術を完成させる。

『木遁・皆布袋の術』は地中から生じる木人の手で対象を押さえ込む術だ。

 柱間基準での『多め』のチャクラを込められた掌が一斉にウヅキに殺到し包み込む。

 破られるまでの間が1秒にも満たない。

 その間に到達した大量の水がウヅキの頭上、柱間から降り注ぎ、水蒸気すら生じさせず水が掻き消える。

 

 しかし、大量の水でウヅキは視界が遮られ、僅か数歩分遅れる。

 それは一連の中で最も大きなウヅキの隙となった。

 柱間は即座に予定通りの印を組む。

 弟である扉間に助言を求め、新たに作ったこの世で最も火に強いであろう木遁術だった。

 

「──『木遁・雷樹林降誕(らいじゅりんこうたん)』」

 電荷を帯びた木遁が夥しい量で生み出されウヅキに襲いかかる。

 度重なる実験を経て、遥か未来で絶対に気体化しないとまで言われる水を帯びた木遁が、天才扉間の協力の元で生み出されていた。

 しかし、勝算を感じる手札であったその術ですらウヅキに対しては無力。

 

『小さな太陽』という表現が的確すぎるほど馬鹿げた熱量を帯びたウヅキには、扉間が協力して生み出した秘伝の水ですら効果がない。

 半ば予期していたのだろう。

 それを見て柱間はやはりか、とでも言いたげな快活な笑いで受け入れた。

 

「むぅ! これでも持たぬか! 相も変わらず途轍もない熱量ぞ!」

 

 そんな熱量に相対していながらも、柱間が木遁のように消滅することはない。

 柱間細胞と呼ばれる未知の細胞の成果であるのか、柱間は唯一生身でウヅキの鬼火と相対でき得る存在だった。

 あるいは魂の強度とでも呼ぶべきものが理由かもしれない。

 

 柱間は、笑いながらも手は緩めない。

 初めて目にする『木遁』に若干怯んだウヅキの様子を見逃さない。

 決め手は既に生み出している。

 全力のチャクラを込めて、背後に生み出した観音の真数を動かすべく力を込め──

 

「『頂上──」

 

 そして事実。

 怯んだウヅキはそれを逆手にとって切り札を切る。

 虚偽ではないため、柱間には見抜けない。

 試行を重ねて再現された必殺の一撃が射出されようとしていた。

 

「『共殺の──」

 

 両者ともに必殺。

 どちらが勝るか、大きな趨勢を決する局面。

 

 そんな盤面に場外から乱入者が現れる。

『己を忘れるな』とでも言うかのように、ウヅキに生身でなければ相対できる唯一者が、この激戦に参戦するため飛翔していた。

 音速で迫り来る、薄黒く染まった半透明な刃がウヅキを捉える。

 

 ウヅキの持ち味は熱量である。

 素早さではない。

 不意打ちであったこともあって、感覚で気付き体勢を整えるのが限界であったため、『兎』の面の下で表情を歪めながら黒い刃に吹き飛ばされる。

 直線距離で山にまで吹き飛び、衝撃と発する熱量で山の半分が消し飛んだ。

 

 山が崩落する轟音の鳴る中、戦いに乱入してウヅキに一撃を叩き込んだ『最強の一角』は赤い万華鏡の瞳をギラつかせる。

 浮遊する、薄黒い甲冑を纏った『第四形態・須佐能乎』の内部には『うちは』の扇を背に携えた男が両腕を組んで仁王立っていた。

 

「──ふん。未完成ならまだしも、オレの精神体である『須佐能乎』がお前の微熱如きで溶けるか。……そしてウヅキの微熱に押されるなど鍛え方が足りんな、柱間ァ!」

 

「おお、マダラ。お主も来たか! そうは言うが、オレの『木遁』とウヅキの『鬼火』は相性が悪すぎるぞ」

 

 ここに、忍界最強の3人が出揃った。

 そしてこの3人が集えば三竦みとなる。

 

 マダラはウヅキに優勢であり、ウヅキは柱間に優勢であり、柱間はマダラに優勢である。

 有利不利がハッキリと決まっており、それを打開する策はこの時点で誰も保持していない。

 その結果として、またもや三竦みで殴り合って地形を変えるのみに留まって時間切れで3名共が撤退を決める。

 

「ちっ、今日のところはこの辺で勘弁してやる。柱間ァ! 顔を洗って待っていろ。……ウヅキもな」

 

「お前が参戦しなければ、オレは柱間に勝っている。引っ込んでいろ、マダラ」

 

「ふん、このうちはマダラを差し置いて柱間を倒すなど許さん。柱間を倒すのはこのオレしか居らんのだからな。お前が引っ込め、ウヅキ」

 

「はっはっは! 仕方あるまい! 今日はこれにて引き上げようぞ! ……また会おうぞ、ウヅキ、マダラ。そして出来れば、次は戦場でないことを望みたい」

 

 返答は沈黙だった。

 その最後の言葉に対する回答を、両者共に持ち得無い。

 マダラは千手に対する強い恨みを持った一族を休戦に纏めることが出来ず、ウヅキは既に夢を諦めている。

 かつて幼少の3人で語り合った、隠れ里を作るという夢物語。

 

 それが形になるのは、これより5年以上の歳月を要した。

 

 

 

「──イズナ」

 

 閉じ切った和室の中だった。

 

 部屋の主の心境を反映したかのように薄暗い闇が広がっていた。

 燭台の灯は消えており、蝋燭は縮んで蝋の跡が残るだけになっていた。

 

 布団に横たわる弟の右手を、男は両膝を着いて両の手で強く強く握る。

 うちはマダラだった。

 致命傷を負って横たわる最愛の弟イズナの名を呼び、悲痛に染まった声を漏らす。

 

「イズナ、イズナ……! オレを置いて逝くな……!!」

 

 涙は枯れていた。

 長い時間、ひたすらに流し続けたから。

 

 当主に涙は許されない。

 それでも止まらぬ涙を隠すため、マダラはたった一人で最期を迎えようとする弟を看取っていた。

 乾燥し切った瞳が痛みを発する。

 涙が通った後が煩わしいほどに目元を痙攣(ひきつ)らせる。

 

 誰にも見せられない姿だった。

 そして、それほどまでの醜態を晒さざるを得ないほどイズナの状態は悪い。

 今にも死に絶えそうな容体であり、一族の医師も長くないと首を振る状態だった。

 

 望みはない。

 イズナは、ここで死ぬ。

 

「……兄さん」

 

「!? イズナ、ここにいるぞ。兄ちゃんはすぐ側にいる」

 

「……ごめん。扉間に。油断はしていなかったのに」

 

「言うな。あれが卑劣な策を弄したのだろう。お前は悪くない……、そうだ。お前は悪くない……」

 

「……兄さん、お願いがあるんだ」

 

「なんだ? 聞かせてくれ、お前の願いなら何でも叶えよう」

 

「俺の目を、使ってくれよ。せめてそれくらいは残したいんだ……。『うちは』は益々劣勢になると思う……。もう、俺は長くはないけど、一族を守るために、最期のお願いだよ。……俺の目で、俺の代わりに、一族を守って欲しい。兄さんなら、出来るだろ?」

 

「……イズナ」

 

 死期を悟った弟の言葉に、マダラは胸を劈く悲鳴を抑える事に必死だった。

 枯れたはずの涙すら湧いてくる。

 

 ──わかった。

 そう、口にする事は簡単だ。

 しかしそれを口にすればギリギリで維持している最後の気力が、糸が切れてイズナが逝ってしまう事がマダラには手にとるように理解できた。

 それゆえに口をつぐむ。

 

 言ってやりたい。せめて安心させてやるべきではないか? 

 そういう『兄』としての思いと、少しでも長く、1秒でも多くの時間を弟と過ごしたい『マダラ』としての我儘が鬩ぎ合っていた。

 そんな心が削り取られそうな空間に、乱入者が現れる。

 白装束を着たマダラもよく知る男だった。

 

「──失礼する」

 

「……貴様、どうやってここまで入ってきた……?」

 

 美麗な顔立ちに麻呂眉を描いた人物。

 マダラに匹敵するほどの実力者。

 『かぐや一族』のウヅキが、そこに立っていた。

 

 すぐ側に『うちは一族』の医師がおり、こちらを伺うように上目遣いで見てくる姿があった。

 マダラは今の今まで保持していた慟哭を形を変えて表現するように、鬼のような形相と眼力で睨みつけた。

 

「貴様ァ……、何のつもりだ……?」

 

 下手な返答は即座に命を刈り取ると言わんばかりの、せめてもの慈悲として言い分を聞いてから殺すとでも言いたげな言葉に医師は震え上がった。それでも、ここで無様に頭を下げてはウヅキを呼んだ意味がない。勇気を振り絞るように、医師は喉を引き攣らせて甲高い声を上げた。

 

「か、風の噂程度でも治せる手段があるなら行え、という御命令通りにお連れしたまでです!! ……『薬神』として名高いウヅキ殿ならば、あるいはと思い……。お叱りはお受けします。ですが、ですが、どうか!! かの御仁ならイズナ様をお救い出来るかもしれないのです……!!」

 

 その言葉に触れて、マダラは殺気を発しながらウヅキを見る。

 平然とした調子で近づこうとするウヅキを目で制する。

 

「お前にそんな特技があると? 聞いたこともない。虚言の類か?」

 

「虚言を弄して、死に掛けの人間にわざわざ会いに来ると思うか? 助ける気がないならオレは帰るぞ」

 

「……助けられると言うのか? この状態のイズナを?」

 

「本人次第だ。時間がない。マダラ、お前が選べ。オレの治療を受けさせて延命の可能性に賭けるか、このまま看取るか。二つに一つだ」

 

 考えるまでもない選択だ。

 延命の余地があるなら藁にもすがる思いで賭けたい。何に換えてもイズナを救えるのなら惜しくはない。

 だが、ウヅキは善意だけの男ではない。

 長い付き合いでそれは理解している。

 ゆえに、マダラは尋ねた。

 

「望みは何だ?」

 

「……治療が先だ。言っただろう、二つに一つだ。もちろん、治療に成功すればオレの願いは叶えてもらう。嫌なら無理にとは言わん」

 

 もし仮に己の命を求められたとしたら、どうであろうか。

 マダラは即答する。是非もない事だと。

 弟が生き残るのであれば、悪魔にすら魂を売ろう。

 己は何を怯んでいる。うちはマダラ。何に変えても助けると、そう思ったばかりではないか。

 どれほどの代償を払う事になろうとも、弟は助ける。

 マダラが決意を固めて、同意を頷きで示してその場を空けた。

 

 すぐさまウヅキが脇に座り込み、治療を開始する。

 血継限界を使った治療。とだけ聞かされ、目にする事は許容出来ないと部屋を追い出され、待つ事数刻。

 無限にも思える時間の中で、やはり最期を看取るべきだったのではないか、と後悔が占めるように成った頃。

 襖が開き、奥からウヅキが姿を現した。

 

「治療は成功だ。『うちは』の生命力なら、3日もすれば満足に動けるようになるだろう。オレの願いはその頃に叶えてもらう、今日はこのまま帰る事にする。弟についてやれ、マダラ」

 

「ほ、本当に……? 本当に助かったのか!?」

 

 見てみろ、とでも言いたげに首を傾げて奥を示すウヅキの仕草に、マダラは駆け出した。

 (ふすま)を過ぎて横たわるイズナの側に駆け寄れば、規則正しく寝息を立てるイズナの姿があった。

 致命傷であったはずの傷は綺麗に塞がっており、跡形もなく治っている。

 信じられず、写輪眼を発動させた上で傷跡を指でなぞるが、幻術などでは断じてなかった。

 本当に、治療されている。

 イズナのチャクラも安定しており、これなら3日後には動けるようになるという見立ても嘘ではないだろう。

 

「……何という事だ。オレは、夢でも見ているのか……?」

 

 3日後に願いを聞きに来る。

 そんなウヅキの言葉も忘れるほど、マダラはイズナの側にずっと座り続けた。

 

 

 3日後。

 ウヅキの願いを聞いたマダラは苦渋の顔で決断し、それを受け入れた。

 イズナが猛烈に反対したが弟の死際を垣間見たマダラにその意見を取り入れる余裕はない。

 自分の負傷が原因ということで、イズナはウヅキを鋭く恨みを篭った目で睨んでいたが、それすら許容してマダラは決断する。

 それは即ち、3つの一族による同盟の締結だった。

 

 しかし、ウヅキが己と同じように夢を諦めていた事をマダラは語られずとも察していた。

 そんな男の心境の変化に訝しい目を抑えることは出来ない。

 むしろ、腹ワタを見せ合う関係となるのであれば、ここで聞かねばならないことだ。

 そう、語るように仕向けるマダラに対して、ウヅキは眉を顰めながらも告げた。

 

「柱間が、度々提案してきたことではあった。第三勢力である己が仲介すれば同盟が成る、協力してくれ、とな。だが、オレは『うちは』と『千手』の溝を思えば容易に同意することはできなかった」

 

「そうだ。お前が想像するよりもずっとその溝は大きい」

 

「だろうな。だから、オレも世迷言として受け入れなかった。すぐに破綻する同盟など意味がないからな」

 

「そのお前が、変化したキッカケはなんだ?」

 

「……子が、産まれるのだ。我が子だ。──オレは思った。このままこの子が育てば、数年もすれば戦場に出さねばならんだろう。オレの子だからと特別扱いはできん。すると、どうだ?愚かしい事に戦争を止める手段を模索する己に気がついた。手から溢れそうな我が子の命を認識して、ようやく尻に火がついた。この同盟が永続するかどうか、五分ではある。しかし、僅かでも戦争のない時間を作れるのであれば、とそう思いオレは柱間の提案に初めて同意した。理由を語るなら、こんなところだ」

 

 その思いに、マダラはイズナを失いかけた現実を思い出し、僅かな親近感をウヅキに抱いた。

 治療のためとはいえ、敵対する『うちは』の集落に殺される可能性すら考慮して訪れた事に、マダラの中で整合性が取れた。

 不信を向けていた瞳をほんの少し、少しだけ薄れさせてウヅキを見つめる自分に気がついた。

 すると自然に浮かぶのは感謝の念だ。

 

「……ふん」

 

 もちろん、マダラがその言葉を口にすることはなかったが。

 あのマダラが否定の言葉を投げかけないだけで十分。

 確かにそれは心境の変化の兆しだった。

 

 

 

「──これより休戦協定を結ぶ。『かぐや一族』のウヅキが仲添え人を務める。よろしいな?」

 

「『うちは』に否はない」

 

「無論! 『千手』も異存ない」

 

「よろしい。では、双方の当主は前へ。和解の印として握手を。えー、ごほん。──これより病める時、健やかなる時……」

 

「おい、それは祝言か? ふざけた真似をするな」

 

「はっはっは! それだけ喜ばしい事だ! オレは一向に構わんぞ!」

 

「馬鹿馬鹿しい。休戦協定は成った。……柱間、いいからその手を離せ」

 

「何を言う! こういうものはしっかりとだな……」

 

「ええい! 離せ! 男と触れ合う趣味はない!」

 

 その光景を、うちはイズナ、千手扉間。『かぐや一族』のヒミコが見守る中、暖かな日差しが差し込んでいた。

 これからの未来を知らせるような、穏やかな天気の一日だった。

 

 

 

 そこから、隠れ里が作られるまで時間はそう掛からなかった。

 嬉々とした柱間を主導とし、『うちは』『かぐや一族』も協力して急速に戦乱は収まってゆく。

 最強の三つの一族が組んだ同盟に戦争を仕掛ける無謀な一族はおらず、何の邪魔も入らない。

 火の国と手を組み、国と里が同等の立場で組織する枠組みが作られ、ついに隠れ里は成った。

 

 初代火影。

 その立場の者に柱間はマダラを推し、マダラはウヅキを推し、ウヅキは柱間を推した。

 またもや三竦みか、と笑い合いながら詳細を詰めていく3人の姿はかつての幼少の頃を思い出させる光景だった。

 

 柱間はマダラに里の者を兄弟と思って欲しい。

 マダラはイズナを救われた恩をウヅキに感じている。

 ウヅキは夢を忘れず、常に厳しい環境でもブレなかった柱間こそ長に相応しいと思っていた。

 

 そして民意はウヅキと柱間で二分された。

 自身の骨を砕き、治療に用いるウヅキは『薬神』としての異名もあったゆえに支持が多かった。

『うちはイズナ』を救ったのもその薬の効能だった。

 柱間はそのカリスマ性と隠れ里を作った貢献度の高さから屈指の人気を誇った。

 

 ウヅキはその支持を、宗教の自由を認めることと引き換えに降りた。

『かぐや信仰』と呼ばれるものが『かぐや一族』にはあった。

 宗教と国家の癒着にはあまり良い印象のないウヅキは信仰の自由と引き換えに火影の立場を降りる。

 

 そして『木ノ葉』の里の初代火影には『千手柱間』が就任し、一時の平穏を享受する事となった。

 

 そして紆余曲折を経て。

 

 

 

 

 隠れ里が作られた刻限から、マダラとウヅキが相打ちに倒れるまで十数年。

 

 そして『終末の谷』での戦いから60余年の月日が経過した。

 

 

 

 

 暗い。

 仄暗い。

 

 わかるのはただそれだけだった。

 思考する余地すらなく、揺蕩う意識は時間感覚を曖昧にする。

 一瞬であるようにも、永遠であるようにも感じられた。

 

 微睡む意識は覚醒する。

 冷たかった。

 はじめに感じた感覚は冷たさだった。

 雨粒が顔を叩く感覚があった。

 

 背中から、地面に倒れ込んでいる。

 感触から落下による衝撃で背骨が折れ、大小の骨が骨折している事まで感知できた。

 思考はままならない。

 あまりにも鈍かったが、それを許容するだけの状況は用意されていた。

 

 指を動かす。動いた。

 足。動かない。背骨から神経が途切れている。

 何となくで、いつものように屍骨脈を用いて修復する。

 結果はすぐに反映されて足にも感覚が戻り折れていた骨は全て再生された。

 余波で皮膚にもあった傷が治る。

 

 身体を万全に治せば、気になるのは状況だった。

 一息をついて見上げれば、空は曇天で雨が降り注いでいた。

 

 手をついて身体を起こす。

 地面に腰を着いて、記憶を掘り返すが全くわからない。

 確か、『マダラ』と相打ったはず、とぼんやりとだが思い出せた。

 

 しかし、周囲は最後に見た光景とはまるで違う。

『うちは』の二人も、柱間も居ない。

 

 混乱する状況の中で、ふと頭痛がした。

 痛みに慣れているはずのウヅキが顔を顰めるほどの鈍痛で、経験したことのない類の痛みだった。

 それを契機に、自分のものではない記憶が流れ込んでくる。

 

「──ああ、そうか。また転生したか」

 

 ウヅキは、君麻呂と名前を変えて再び生まれ変わっていた。

 降り頻る雨の中で、分厚い雲で覆われた空を見上げながらウヅキ──いや、『君麻呂』は小さな声を溢した。

 

「隠れてないで、出てきたらどうだ?」

 

「……さすがは『かぐや一族』か。今の落下で死なぬとは、驚きだ」

 

「その気配。雲隠れの忍びか。木ノ葉に戦争でも仕掛けに来たか」

 

「……何のことかわからんな」

 

「隠さなくてもいい。その雷遁の気配はよく覚えている」

 

「……世迷言を。大人しく着いてきてもらおうか」

 

「状況はよくわからんが、まぁ貴様らなら構わないだろう。……殺しても、な」

 

 君麻呂は印を結ぶ。

 肉体の持ち主は知り得ない寅の印。

 ウヅキの記憶を持ち、必須の性質変化を持ち、『かぐや一族』の血継限界があれば可能な術。

 

 「──『残火』」

 

 『木ノ葉』に再び『残り火』が芽吹いた。

 

 

 





『かぐや一族』を題材にした二次創作が読みたくて書きました。
メインの小説の息抜きに書いていましたら、こちらも書きたくなってしまって(当初は短編予定が・・・)連載で載せました。
次の更新はかなり遅くなると思いますが、メインの方が中々苦戦しているのでどうなることか・・・。

どちらにせよ、楽しみながらがんばりますのでよろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心火

多くの感想、高評価に感謝します。

約8000文字。


 

 

 

「──火影様、報告は以上です」

 

 『木ノ葉の里』にある、最も高い位置にある部屋。

 その一室で報告を受けながら、煙を吹かせる年老いた男が悩ましげに顎を触る。

 男は『火影』と描かれた朱色の笠を被っており、決めかねるように沈黙を続けていた。

 

 報告のため部屋を訪れていた『忍』はそれを黙って見守る。

 『忍』自身としても、到底信じられないような気持ちであったから、それを直接目にしたことのある火影が思案に()けるのも無理からぬ事とわかっていた。

 

 静かに。

 静かに時間だけが過ぎる。

 

 秒針の針だけが、経過する1秒を刻んでいた。

 

 

 唐突に、火影──猿飛ヒルゼンは眼前の『忍』に問うた。

 未だ信じられぬという想いの滲んだ声音だった。

 

「ミナト。間違いないのじゃな? 間違いなく、ウヅキ様の『残火』であると?」

 

 火影のその問いに『忍』──波風ミナトは力強く頷いて答えた。

 

「はい。『かぐや一族』の者に確認してもらいましたから、間違いありません」

 

「そうか。……そうか、あの術が蘇るか」

 

 唸りを上げる。

 含まれる声音に、喜びはない。

 代わりに開けてはならぬ箱を開けてしまった女が如き慚愧の念が籠っていた。

 

 『残火の術』

 それは『かぐや一族』の中でも極一部の者しか使う事が出来ない超高等忍術だ。

 ただ『使える』と一口で言ってもそれは実戦レベルではなく、火の耐性を上げる、体温を上げる、骨や身体から火を出す、など『忍者』としては常識的な範囲に留まり、『残火』ですらウヅキのように扱うことは出来ない。

 言わずもがな、発展系である『鬼火』は修得者0名である。

 

 そして『かぐや一族』はウヅキに対する信仰の念から、『残火』とはその低レベルの術を意味しない。

 ウヅキと同等に使いこなせた場合のみ『残火』と呼ぶ。

 だからこそ、『残火』の名を担う若人は今まで現れなかった。

 

 しかしその話は過去のモノとなった。

 報告を聞けば、実戦レベルで『残火』を使い熟す者が現れたことは疑いようもない。

 火影はそこまで正確に理解していた。

 

 その上で。

 ──深い深い唸り声を上げていた。

 

 

 ミナトは怪訝に思う。

 現在戦争中であるから、その子供が戦場に駆り出されてしまう心配はあるだろう。

 もしそうなってしまう事があれば大人として止めねばならないとも強く思う。

 

 しかし、状況としては『戦国三英傑』の内一人が現代に蘇ったようなものだ。

 歓迎こそすれ忌避するモノとは考えられない。

 火影の様子から重大な問題があると察する事は出来たが、その理由までは思い当らなかった。

 

 さらに数瞬考えるが思いつかない。

 ミナトは素直に力不足を認め、直接言葉で確認することとした。

 

「何かご懸念があるのでしょうか?」

 

 その言葉で火影──ヒルゼンはミナトを置いて一人考え込んだ事を察した。

 当時。

 つまり、『戦国時代』を知らないミナトには推測出来ない結論に自分だけが到達している。

 前提情報が不足しているのだ。

 そこまで思い至って口を開いた。

 

「うむ……。あの術に関してどこまで知っておる?」

 

「そう、ですね。全盛期は『山を溶かし、地を焦がし、天を泣かせた』と云われた、とかでしょうか」

 

 言いながら、ミナトはあまりに物を知らない自分に苦笑いした。

 何せこの内容は『お伽話』だ。

 正確性に欠けているし、何より里の子供でも知っている事を言ってしまった。

 

 もっと他にあるだろう、と。

 いつものように『ため息』を吐かれながら言われるかと思えば、まるで違った。

 火影は一つだけ頷いた。

 ミナトのその反応を予期していたように。

 

「うむ、やはりそうか。……そうじゃな、ミナト。次期火影たるお主も知っておくべきか。それはな、誇張のない事実よ。いや、実際にはもっと凄まじい。荒唐無稽に語られてはおるが、全て真実だ。ワシもこの目で見た事がある」

 

「……そんな、まさか」

 

 驚きを露わにするミナトに、さらに重要な真実を伝えるか迷う。

 この情報を知るものは『かぐや一族』と火影のみ。

 ダンゾウすら知らぬ、特大の秘匿情報。

 かの『戦国三英傑』その内の一人が、まだ生きている(・・・・・)真実を。

 一瞬だけ逡巡し、そしてまだ早いと心の内に仕舞い込んだ。

 

「真だ。そして、その『お伽話』が事実である事を知る者はワシだけではない。ゆえに懸念は一つよ。……他里の警戒を誘わねばよいのだが」

 

 懸念を恐れるように、ヒルゼンは厳しい顔で続けた。

 

「……まぁ少なくとも岩隠れのオオノキ。砂隠れのチヨ婆は過剰に反応するか」

 

「土影と砂の相談役ですか。確か両名共にかなりのご高齢だとか」

 

「当事者はあの方の恐ろしさを。いや、あの術の凄まじさをよく知っておる。甘く見てもらう事は期待できん。若葉を摘む事に抵抗もなかろう。岩と砂。秘匿できねば死に物狂いで残り火が『鬼火』となる前に潰しに来かねん」

 

「……秘匿できますか?」

 

「難しいやもしれん。が、やらねばなるまい。露見すれば最悪、五大国の里が余さず敵に回るじゃろう。忍界大戦の終わりが見えたこの時世。全てが引っ繰り返る恐れすらある」

 

「それほど、ですか」

 

「敵も味方も、期待や恐れで早まった判断をする可能性は否定できん。……もう一度言うぞ。『山を溶かし、地を焦がし、天を泣かせた』逸話。これ全て誇張のない事実。その認識で考えよ。良いな?」

 

「……わかりました。肝に銘じます」

 

「実際に可能であるかどうかは重要ではない。……『ウヅキ様の再来』。その可能性がある、それだけで他里が警戒するには十分よ」

 

「そう、ですね。未熟な『残火の術』だからこそ警戒を持たれてしまう、と」

 

「左様。今のうちに潰してしまえ、とな。……ふ、ありえぬ話ではあるが、もしあのお方が本当に起きて(・・・)くださるなら。他里は手出し出来ぬ。手を出せば国ごと滅びると知っておる。……あの方が刻んだ爪痕はあまりにも大きい。だからこそ他里の警戒も、な」

 

 して、その子の名は何と言ったか。

 火影がそう続けミナトはゆっくりと答えた。

 

 君麻呂くん、です。

 

 

 

 

 

 

 やってしまった。

 

 随分と『古風』な畳が敷かれて障子が貼られた和が溢れる一室。

 いわゆるお屋敷の中でもかなり上位の者が使う部屋。

 そんな広々とした部屋の一角には敷布団が敷かれており、その上で横になりながら、噂される張本人である君麻呂──ウヅキは『寝たフリ』をしながら、後悔の念に苛まれていた。

 

 意識が戦闘に寄りすぎていた。

 今になって思えばそう冷静に判断できる。

 意識の連続性としては、あの『マダラ』と戦った直後なのだ。

 多少昂っていてもしょうがない事だったと自分に言い訳をしながら、けれど『イイ歳』のおっさんが調子に乗った事実は変わらないために、気を取り直しては凹み続けるという器用なことを繰り返していた。

 

 殺した感覚と従えていた人数からして、あの『雲隠れの忍』は柱間の制度でいうところの上忍程度の実力者であろう。

 上忍は意外と少ない。

 かなり前時代の感覚なので誤りがあるかもしれないが、戦場の十や二十を重ねなければ成れない。

 希少な人材だ。

 絞り出せる情報を思えば殺すのが惜しいほどに。

 

 もしも扉間やヒミコが生きていれば、情報を引き出す前に殺すとは何事か、とクドクドと説教されること間違いなしの失態だ。

『残火』を使ったのは百歩譲って許されたとしても、少なくとも殺さず、生け捕りにすべきだった。

 その類の後悔だ。

 

 ただまぁ殺し殺されは日常的だった。

 なので、次があったら殺さず捕らえるように。

 最終的にはそういう結論に纏まるだろうと思っていたが、どうやら想定があまりに甘かったらしい。

 事態は斜め上に展開した。

 

 具体的に言えば、まず『かぐや一族』が激怒した。

 

 君麻呂(一族の子供)が襲われたのだから当たり前、とは言えない。

 何せ戦時だ。

 悲しい事実ではあるが、戦時ともなれば子供の命一つに付き合っていられないのが現実だ。

『かぐや一族』の上層部が、そんな『戦国時代』なら出来て当然だったはずの非情な判断すら出来ないのかと少し怪訝を覚えたが、激怒した理由を聞けばウヅキも納得した。

 

 ウヅキ──この場合は君麻呂といった方が正しいかもしれないが、『かぐや一族の子供』が雲隠れの忍を『残火』で一蹴したことが重要だった。

 『戦国時代』に残した逸話には事欠かない事もあってか、『かぐや一族』のウヅキに対する印象は非常に脚色されていた。

 ヒミコも面白がって色々と手を回していたのも理由であろうが、『ウヅキの再来』という言葉はこの上ない称賛の言葉になるわけだ。

 

 

 そうなった結果、今回残ったのは『未来の当主』を他里に狙われて危うく失うところであったという事実だ。

 

 それは『かぐや一族』の命運を、未来を奪おうとした罪に等しい。

 ここで黙って引き下がれば『かぐや一族』の面子が丸潰れである。

 ウヅキの影響で多少気性が穏やかになったと言えど、あの(・・)『戦国時代』において戦闘民族とまで云われた『かぐや一族』である。

 再来の噂はあっという間に広まって、事件を知って上層部どころか一族全体が激怒した。

 

 つまり、今まで政争から距離を置いて中立派を保っていた『かぐや一族』の総力を挙げての参戦秒読みである。

 そうなれば戦線拡大は不可避だ。

 

 そこに待ったを掛けたのが今代の火影であった。

『ウヅキの再来』と認めてはならない、と言い出したのである。

 

 敷布団に横たわって『寝たフリ』を続けるウヅキの前では、カンカンに怒った『神子服』の女性が『ウヅキ様再来うんぬん』と火影の笠を被った老人に対して捲し立てていた。

 報復を、であるとか。

 賠償を、であるとか。

 舐め腐りやがって目に物見せてやる、であるとか随分お冠だ。

 

 だが、火影の言い分を聞けば納得できない話でもない。

 現況としては戦争が終結する寸前であるらしい。であれば、余計な火種は歓迎できない気持ちも、あの時代を知る身として理解できる。

 ウヅキが大戦中に刻んだ爪痕を思えば、火影が懸念する他里が『将来の芽(君麻呂)』を摘もうとする判断に誤りはないとウヅキも思う。

 

 しかし、あの卑劣漢。

 扉間ならば、即断でこう言うだろう。

 

 いいだろう。『かぐや一族』の護衛を山ほど付けて戦場に放り込め、と。

 

 かつてのウヅキが率いた白装束の軍団。

 『白鬼(はくき)』を幻視させる事を目的として。

 

 その際に実際の実力は重要ではない。

 幻視させ恐れさせ、トラウマを刺激してやれば良い具合に踊ってくれるだろう、と言いながら完璧にヘイト管理をして見せるだろう。

 扉間は用量、用法を守りさえすれば、どんな劇薬も特効薬に変えてしまう程の才覚の持ち主だった。

 他里の『骨の髄まで刻まれたトラウマ』を刺激する事に躊躇を覚えるような生半可な男ではないし、加減を誤ることも想像しにくい。

 効果的と判断すれば敵の死体すら活用する男である。

 

 柱間ならば『ウヅキの再来』を大歓迎した上で、苦戦はするであろうが持ち前のカリスマ性で『かぐや一族』を鎮静化させ、場合によっては納得させただろう。

 報復に関しても否とは言わない。

 柱間は勘違いされやすいが、理想論だけの男ではない。

 現実を直視しながらも理想論を捨てない稀有な男であり、報復に正当性があれば何らかの形で渋々認めるだろう。

 

 そして『かぐや一族』も形を変えて報復ができるのであれば、戦争に拘る事はない。

 もちろん、報復が十全に機能して溜飲を下げることが出来たならば、の話ではあるが。

 

 それと比べてしまうと、どうしても『新たな影』からの提案は頼りない。

 あるいは論外と言わざるを得ないものだった。

 鎮痛な面持ちで火影の笠を脇に置き、老爺(ろうや)は頭を下げた。

 

「わかってくれ。もしここでウヅキ様の再来が知れれば、必ず他里を刺激する。それは木ノ葉を預かる者として許容できんことなのだ」

 

 ──交渉の基本はメリットとデメリットを釣り合わせる事だ。

 天秤がどちらに傾いても今後に支障が出る。

 

 交渉相手にメリットを生み出しすぎれば舐められる。

 デメリットを生み出せば恨まれる。

 その利害を調整する能力こそ、長にとって最も重要とされる能力の一つであり、腕の見せ所であるのだから当然だ。

 

 だのに、火影の話を聞いていれば、具体的な報復はしたくない。自分にできる事ならなんでもする。という提案しかしておらず、それはもはや交渉ですらなく懇願だ。

 

(戦争終結。努力しているのだろう、気持ちはわかる。オレもかつては願った事だ。だが、これでは内部に新たな火種を抱えるであろうに。まぁオレも人様の事をどういう言えるほどの交渉上手ではないのだが。全てヒミコ頼りであったし)

 

 人徳はあるのだろうと、話を聞いている分には感じる。

 誠実に接する人柄を好ましくも思う。

 だからこそ、惜しい。

 裏を見て管理する人材との信頼関係さえ築けていれば、先代を超える事も十分可能であっただろうに。

 とある気配(・・)を感じながら、ウヅキはそう思った。

 

 ウヅキは戦闘を熟すが感知タイプでもあった。

 骨伝道を応用して行う特殊な感知。

 そこに加えてチャクラの質も変える通常の感知を合わせる。

 

 忍ぶことを忘れたような『マダラ』と『柱間』の相手をする戦闘中は滅多に使う事がなかったが、並の感知タイプを優に超える精度と範囲を保持していた。

 君麻呂の身体となったことで著しく精度、範囲が落ちていたがそれでもその気配(・・・・)を感知する事は容易かった。

 じっとりとした粘り気のある視線。

 息を殺し慣れた忍びの気配だ。

 

(恐らくは裏側の手の者。その者はこの会話を盗み聴かなければならない程の立場に追い込まれている、か。効率厨の扉間が知ればあまりの非効率さに嘆くであろうな)

 

 ウヅキは感覚的にではあるが、正確に状況を把握しつつあった。

 戦場で培った勘働き。

 ヒミコとの会話により得た知恵者の見識。

 多少であれ里の運営に関わった経験。

 特に、扉間に政治面でズタボロに『駄目出し』されたほろ苦い経験(扉間への悪口が捗る一因)が奇跡的に噛み合って推測は正確さを増した。

 

 ウヅキが推測を重ねる中でも、火影は言葉を続けていた。

 

「──すまん。里のためを思って、この条件を飲んでくれ」

 

「有り得ません。君麻呂はまだ4歳です。そんな小さな子を他里から隠すためだけに僻地に追いやるなんて! ましてや、この子は『ウヅキ様の再来』です! 待望の才児を得た『かぐや一族』にそんな扱いをしてあなたが無事でいられるとでも? ウヅキ様に倣って政治に不干渉を貫いていると言えど、我々も黙っていませんよ」

 

「僻地であることは認めよう。しかし、保護の体制を整え不便もさせん。わしに出来る事であれば全て飲もう。……頼む。この通りだ」

 

「あなたの下げる頭に、それほどの価値があるとお思いで……? あなたが人格者であることは認めましょう。隠すことをせぬ、その誠実さも。しかし、『かぐや一族』の代表として、ましてやウヅキ様の『直系の孫』として。そして君麻呂の叔母としても。そのようなことは許容出来ません。ですから、もうあなたとお話しすることはございません。お引き取りを」

 

 毅然とした態度には一族を率いる自負が満ちている。

 一族は良い当主に恵まれたようだが、ウヅキとしては少し気になる言葉があった。

 

(孫・・・だと・・・?)

 

 言われて探れば、確かに遠い昔に見た『ヒヨリ』の面影があった。

 初見で察せなかったことに恥いる気持ちもあったが、何よりも気持ちは温かい。

 

(立派になったものだ。当主とはかく在らねばならぬ)

 

 心情としてはかぐや一族寄りのウヅキではあるが……、今代の火影に対する同情もない訳ではない。

 終戦したい気持ちは痛いほどに理解できるからだ。

 

 つまり、政治的に考えればこれ以上の損失を避けるため損切りを行い終戦したい『厭戦(えんせん):火影派閥』

 ウヅキが宣言した宗教を理由に政治不干渉を貫く『中立:かぐや派閥』

 そして、最大限の譲歩を引き出し戦勝国となりたい『好戦:裏の者派閥』におおまかに別れているのだろう。

 

 落ち着きを取り戻して、状況の大凡を把握できたウヅキの感知が新たな人物の来訪を察知する。

 『寝たフリ』を続けたまま、タイミングのあまり良さにウヅキはやはりと確信を深くする。

 

(裏の者で間違いなかろう、交渉の決裂をあえて待ったか。中々悪質な性格をしているが、それでこそよ。どれ、顔を拝んでやるか)

 

 ウヅキは、先も述べたように感知タイプでもある。

 それも通常の方法ではなく、血継限界・屍骨脈を用いたウヅキ特有の術だ。

 骨伝導で諸々わかるという謎感覚がイマイチ理解が得られなかった事もあって引き継がれずに失伝していた。

 

 ゆえに『裏の者』は対策が万全ではなかった。

 まさか振動だけで動きや数だけではなく、その他も察知する者が居るなど想像すらしていなかった。

 その、腕にはめ込まれた『写輪眼』を、察知されることなど思慮外。

 青天の霹靂と言わざるを得ない。

 

 『裏の者』──志村ダンゾウは『写輪眼』を察知された事に気がつかず、交渉のなんたるかを『火影』に見せつけるために悠々と歩みを進める。

 その交渉を目にしたウヅキが『裏の者』の評価をさらに高める未来も、もしかしたら存在したかもしれない。

 しかし、それは叶うことのない未来だった。

 

 

 ウヅキは『裏』の重要性を理解している。

 彼自身、非情な面を持っているし、その手を汚したことも一度や二度では足りない。

 汚れ仕事の必要性も理解している。

 避けたいとは思うが、躊躇するほどの善性も持ち合わせていない。

 戦乱の時代に、この世は単純な実力や綺麗事だけでは回らない事実を嫌と言うほど知っているから。

 

 だが、ウヅキは知っていた。

 

 かつて休戦協定を結んだ後の、争いがなくなった事を喜ぶ『うちは一族』のことを。

 

 其の隠しながらも喜び、僅かに涙に濡れた瞳と(こぼ)れた水滴を。

 

 とても。

 

 とてもよく知っていた。

 

 その休戦協定を仲介した時の懐かしい瞳が。

 

 平和への想いを共有した瞳が。

 

 ──感知した『写輪眼』と重なった。

 

 

 

 一瞬の出来事であった。

 

 君麻呂がゆらりと立ち上がる。

 『ゴキゴキ』と異音を立てながら成長し、20前後の姿で成長を止め──。

 周囲は思考が追いつかず、無音で一拍の間を置いた。

 

 次の瞬間、(おぞ)しいと感じるまでに研ぎ澄まされたチャクラが溢れ出る。

 理解できない事態に、その場に居た全ての者が恐怖と止め処ない不安に駆られる。

 

 しかし、ヒヨリだけは目を開き、両手で口を覆いながら心中に喜びを溢れさせた。

 その姿が『お婆様』から語られるがままの姿を体現していたから。脳裏に言葉が蘇る。

 

 その裸体(らたい)は『骨の鎧』で覆われていた。

 

 その相貌(そうぼう)は『兎』の面で隠されていた。

 

「──『残火刃骨(ざんか)』」

 

 ──其の身体(からだ)は『朽ちぬ灰骨』で出来ている。

 

 膨大な熱量が突如として出現し。

 右手で、左腕を握って文字通り肩ごと引き抜いて(・・・・・)刃骨と成し、隻腕となった君麻呂から底冷える凄まじい殺気の篭った『呼び声』が響いた。

 

「────」

 

 それは確かに声だった。

 しかし、その場の誰にも届かぬ声だった。

 

 ただの無言。

 鼓膜を振るわせる『音声』としては、何も語っていない。

 しかし、その場の者は確かに聞いた。

 『無音の呼び声』を。

 そこに込められた殺意はあまりにも深く深く、飲み込むような深みがあった。

 

 本物の殺意とは言葉ではない。

 行動で示される。

 

 君麻呂は──いや、ウヅキは。

 無言で御し難い程の激情を糧として、震える魂の赴くまま熱い息を吐いた。

 見据えるは、同胞の敵。

 後の事も思慮の外。

 ウヅキはただ全力で地面を踏み砕き駆け、一室に余波で熱風が吹き荒れた。

 

 

 




多くの感想、高評価に感謝します。
想像以上の応援があったため、皆様の想定よりも早く書き上げました。褒めてください。お願いします。
では。



ダンゾウ!死なないで!あなたの願いは、里を守る決意はこんな序盤で果ててしまうの!?


次回:ダンゾウ死す。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

必殺

お待たせしました。
約17000字
長いのでご注意ください。




 

 

 熱風の吹き荒れた一室。

 場所は君麻呂(ウヅキ)が突如として立ち上がり、疾風(はやて)の如く駆け抜けていった後の室内であった。

 家具は吹き飛び、熱によって発火した箇所は多数ある。

 木造の建築であることもあって放置すれば全焼しかねない。

 

 一瞬の炎嵐が過ぎ去って、室内──火影と、かぐや一族の現当主であるヒヨリが始動したのは同時だった。

 

「水遁・水鉄砲」

 

「水遁・湿散回転(しさんかいてん)

 

 水遁が部屋を湿らせ、強い炎には水が掛けられて沈下する。

 数秒で部屋は火事の恐れから脱して、2人の思考は本来の驚きへと戻る。

 つまり、急に現れた『ウヅキ』であろう人物に思考の焦点が移った。

 

 

 火影──猿飛ヒルゼンは軽く見渡して怪我人が居ないことを確認する。

 その場には、ヒヨリ、火影の他にも其々(それぞれ)の護衛などが居たが皆が一様に怪我などはない。

 

 そのことに一抹の安堵を抱きつつも些か不可解という感想が胸中に溢れた。

 ウヅキであったのなら、『残火』と言えどもこの程度の被害に収まったのは僥倖という他ないだろう。

 だが、彼はウヅキだ。容姿もさることながら、あの異質なチャクラを見間違えようもない。

 

 であるならば、考えられる理由は一つ。

 

(全盛期の十分の一・・・。いや、それ以下やもしれぬ)

 

 ウヅキがこれ以上ないほどに弱っているという事実だった。

 

 ヒルゼンは怪我人がいない理由をそう結論づけた。

 しかし、そうなると疑問がもたげてくる。

 

 報告では『かぐや一族の子供が『残火刃骨』を用いて他里上忍含める複数名を殺傷した』というものだった。

 ウヅキが蘇った、という報告ではない。

 

 思考を高速で回しながら『プロフェッサー』と呼ばれるほどの『忍』である火影はウヅキが去ってからすぐさま感知範囲を大きく広げていた。

 そしてウヅキが向かっているであろう場所にいる人物を把握し、困惑を深める。

『志村ダンゾウ』がそこには居た。

 本来いるはずもない人物。

 推測としては火影であるヒルゼンを追いかけてきたのであろうとは思うが、何故という思いが捨てきれない。

『残火』の件は口外禁止にしており、ダンゾウには教えて居ないからだ。

 

 まさか、とダンゾウが今回の一連の騒動に関わっているのかと思いヒヨリに目を向けるが、同じことを考えて居たであろうヒヨリが静かに、けれどしっかりとした仕草で首を横に振る。懸念が杞憂であった事を察し僅か安堵するが、依然として問題は解決しない。

 

 理由は不明であるが、ダンゾウがこの場に参加しようとして居た事は疑いようがなく。

 結論として情報が漏洩していることになるが、そんなことよりも、何よりウヅキであろう人物の行動理由がわからない。

 

 まさか尋常でない感知精度で『写輪眼』に感づいたなどとは想像すらしておらず、ヒルゼンの思考は混迷を極めた。

 故により詳しく知っているであろう者に、新たな情報を求める事も必然だった。

 

「……詳しく聞かせてもらおう」

 

 『かぐや一族』現当主であり、『かぐや信仰』最高位祭司。

 ウヅキの孫であり、今回大戦にて『百公(びゃくこう)』との名を知らしめた怪物。

 白髪しかいない『かぐや一族』の中にあって、かつてのウヅキの嫁であるヒミコの面影を色濃く残す黒髪美女。

 ヒヨリに対して目を向ける。

 

 火影笠の下には、先ほどまで懇願していた人物とは思えない鋭い眼光をした老人がいた。

 覇気が漲っていた。

 三代目火影。

 『プロフェッサー』と呼ばれ、全ての忍術を扱うとされる『忍』

 その名は伊達では無い。

 平和のため、己の頭を下げる時とは異なり、明確に里の危険を認識したヒルゼンの発する気配に対してはヒヨリも今までの拒絶姿勢を改めざるを得ない。

 ヒヨリは背筋を伸ばし火影と視線で干戈を交える。

 凛とした調子で『かぐや一族』の当主として恥ずかしく無い姿だった。

 

「お答えしたいところですが、残念ながら私からも語れることはありません。私も、君麻呂がウヅキ様であったなど想像すらしていませんでした」

 

「あの姿とチャクラ。そして『残火の術』。ここまで出揃えば他人と思うのが難しい。……ヒヨリよ。本当に偽りはないのじゃな? あの方が『眠りから覚めていた』などという大事。お主が気がつかぬはずがあるまい」

 

「当主としての名に懸けて、嘘偽りはございません。御堂に行きましょう、確かめねばなりません。どちらが(・・・・)本物のウヅキ様であるのか、あるいは、『どちらも本物』なのか」

 

「……お主としても想定外、ということか。仕方あるまい。急ぐぞ」

 

 情報が不足している。

 何よりも優先すべきは『里を守る』こと。

 ダンゾウの存在に後ろ髪を引かれながら、ヒルゼンは即座に最速で駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 ウヅキの腑は燃えていた。

 憤怒の念が渦巻き、腑が煮え繰り返る程の情念を持っているのも勿論だが、比喩ではなく、物理的に熱で溶けてもいた。

 

 誰も実践にて使えるレベルでの習得が出来なかった術。

 その理由がそこに合った。

 

 『熱量』を抱え込むとはつまり、超高温に常に晒される事と同意義だ。

 

 その際に必須となるのが、その苦しみに耐える事が可能な精神力。

 屍骨脈の才能。

 肉体の強靭さ。

 強い再生能力。

 性質変化。

 これら全てを併せ持つ必要がある。

 

 そしてその準備とは一朝一夕で成り立つ簡単な物ではない。

 ウヅキですら制御するのに2年の月日を要した程である。

 

 ましてや、今まで『残火』を使ったことのない子供が使えばどうなるか、など。

 戦国時代において、ウヅキが一月の大半を床に着いて居た事を思えば容易に想像がつく。

 即ち、内臓は溶けて爛れ落ち、身体から水分が蒸発して危険域に突入し、骨は熱に耐えきれず朽ちる。

 

 それでも。

 ウヅキは止まらなかった。

 

 内臓は爛れる度に再生。

 失った水分は水遁を応用して補充し保湿。

 骨は朽ちる度に作り直した。

 

 破壊と再生を繰り返す全身を苛む激痛は想像を絶する程である。

 

 

 それすら軽視していた。

 尋常でなく激怒している自分を客観視しつつ、ウヅキは駆けた。

 冷静になるつもりはない。

 意味もない。

 ただこの度し難い激情をぶつける事しか願っていない。

 どれほどの激痛を引き換えにしようと、ウヅキは己が信念のため駆け抜けた。

 

 

 呼気は熱を帯び、慣れていない身体が悲鳴を上げる。

 

 前途した理由も無論あるが、無理な成長も祟って居た。

 成長の原理は遺伝子情報の読み取りである。

 君麻呂の体内にあったウヅキの遺伝子を読み取る事で急激に成長させた。

 

 それはウヅキの容貌に恐ろしいほど似通うという結果となって返ってきたが、それ以上に消耗が激しかった。

 加えて『朽ちぬ灰骨』の生成にまで手を回したものだから、文字通りウヅキの体内は『火の車』だった。

 そこまでの負担を抱えた肉体が、思うように動かせるわけもない。

 

 

 脳は静かに滑らかな思考をする。

 

 柱間やマダラと互角以上に渡り合っていた全盛期と比較すれば、当時の『50分の1』も火力を発揮できないだろう。

 是非もない事だった。

 一瞬で終わらせるつもりはないのだから、加減を間違える恐れがない事が有難いとすら思った。

 

 全盛期の肉体でこれほどの激情に駆られて加減を間違えたのなら、それはもはや『木ノ葉の里』が消滅しかねない。

 弱くなった事で思うがままに感情を吐き出せる事をメリットにすら感じながらウヅキは刃骨を握る。

 

 

 本来の50分の1。

 片腕を失っている。

 肉体が思うように動かせない。

 強制成長させた負荷がある。

 熱によって継続的にダメージを負っている。

 

 しかし、それでも負ける要素は皆無であった。

 まさしく格が違う。

 たかが複数の枷が付き、実力が50分の1になっているだけだ。

 『戦国最強』の一角の名はその程度で陰るものではない。

 

 久方ぶりに『屍骨脈』で戦う事になりそうだ、と。

 ウヅキの思考は冷徹に判断した。

 

 

 

 その頃。

 ダンゾウは控室から報告を受けてその足を廊下へと進めたところだった。

 上位の者が生活する区画は程々に遠い位置に作られているため、ウヅキの気配との距離はまだ十分にあった。

 それゆえ慌てることもなく冷静に見定める。

 感知タイプではないため勘頼りではある。

 しかし、ダンゾウは己に向かってくる気配に心当たりがなく、困惑しながらも控えさせていた感知担当の『根の者』に確認する。

 

「これは、何者だ?」

 

「申し訳ございません。情報がないため私も定かではなく……」

 

「ふむ、立った場所からして『かぐや一族』の本家の者か? これ程の禍々しい戦力を隠していたのなら、問い詰めねばなるまいな」

 

 新たな交渉のカードを手に入れた。

 その程度の軽い気持ちで待ち受けたダンゾウではあったが、距離が狭まり該当の人物が視界に映った瞬間にその余裕は崩れ去った。

 

 身体の表面に滲み出る赤熱した斑模様。

『骨の鎧』を纏い、『兎』の面に覆われた姿。

 その左腕はなく隻腕で、右手には左腕が変形したであろう『残火刃骨』を握っている。

 差異はある。

 腕の失せた姿は初めて見る。

 しかし、その特徴的な全体像は半世紀近く前に戦場で見た覚えがあった。

 

「──ウヅキ様……?」

 

 幻術。

 本来の姿に幻術を被せてこちらの動揺を誘っている。

 真っ先に浮かんだその可能性を潰すため、ダンゾウは即座に隠していた右目を露わにした。

 その瞳は『写輪眼』

 3つ巴を刻む代物だった。

 それはつまり、本来の持ち主が至るまで瞳力を強める経緯があった事に他ならず、その瞳はかつての同僚であった『うちはカガミ』から奪ったものであった。

 

 見た結果は白。

 幻術ではなく本物であった。

 動揺して然るべき事実を前に、ダンゾウは迅速だった。

 即座に右腕の封を破って、木製の『拘束具』が地に落ちる。

 包帯が解ける。

 その下からは無数の『写輪眼』が白日の元に晒された。

 

 それにも構わず両手で印を組み『根の者』に前に出るよう指示を出して自らは後ろに下がる。

 

 今回ダンゾウが連れている者は2名。

 『山中一族』の者と『風魔一族』の者だった。

 山中一族は感知と『秘伝忍術』に優れる。

 風魔一族は『写輪眼』こそ持って居ないが『うちは』の遠縁の一族に当たり、その中でも優秀な男だった。

 それぞれ得意忍術で迎え撃つ。

 

 ダンゾウが風遁。

 風魔が火遁。

 山中は秘伝忍術・心転身を。

 

 息をするかのような自然なコンビネーションで完璧なタイミングで放つ。

 

「火遁・豪火球の術」

 

「風遁・大突破」

 

「──心転身」

 

 ダンゾウたちから忍術が放たれる一瞬前。

 ウヅキは右手に握る唯一の武器である『残火刃骨』をクナイのように放った。

 飛翔速度は遅い(・・)

 

 クナイが着弾するよりも先にダンゾウ達の忍術が完成し、まず生み出された火遁が放たれ、すぐ後ろから風遁が押し出す。

 性質を合わせ、大火力となった火遁が勢いを増し、緩慢な動作で避ける仕草を見せるウヅキに着弾した。

 着弾し爆炎が上がるのとほぼ同時。

 煙を切り裂くように鋭く飛んできていた『残火刃骨』をダンゾウは半歩下がる事で避け、横目で刃が背後に通り過ぎ地面に突き刺さった事を確認する。

 ──骨のクナイには仕掛けがあった。

 『写輪眼』を持っているにも関わらず、ダンゾウはその仕掛けを見逃した。

 

(……お粗末な攻撃だ。ウヅキ様ではないのか? いや、油断はならん。念のため印を結んでおくか)

 

 卯・亥・未。

 順に結ぶ印は、辛うじて間に合った。

 

 放った忍術の着弾を確認し、『山中一族』の『心転身』が追撃に入る。

 その場に居れば、当たればウヅキですら抗えない術だ。

 この程度か、と拍子抜けするダンゾウ。

 

 

 

 その気の抜けた胸が。

 ──背後から突き破られた。

 

 

 胸から飛び出る左腕(ひだりうで)が、ダンゾウの心臓を鷲掴み外気に晒していた。

 飛び散る鮮血の中央で生々しく脈打つ心臓が本物である事を主張し続ける。

 

「……ぐふッ、何……?」

 

『写輪眼』で見れば、その腕も心臓も本物である。

 急ぎ火遁の着弾点を見れば、そこには抜け殻であろう『骨』が残っていた。

 主人を失った骨が焼ける匂いすら漂う。

 変則的な身代わりの術であることが分かった。

 

 つまり、一瞬で背後に瞬間移動された事となる。

 

(……バカな! 扉間様考案の『飛雷神』をも超える時空間忍術だと? 発動時間。印。マーキングもない! ありえぬ、どういうカラクリだ?!)

 

 その答えはダンゾウの背後にあった。

 地面に突き刺さった『腕を模した刃骨』から、ウヅキが生えて(・・・)いる。

 ちょうど『ズルズル』とその身体を生成し終えて五体満足(・・・・)で、二本の足で地面を踏みしめた。失せていた片腕すらも再生されている。

 

 話は簡単だった。

 投げられた『残火刃骨』は避けやすいように速度を落として放たれていた。

 狙った着弾点に刺されば、ダンゾウの裏が取れるように。

 

「──『写輪眼』を持ちながら、刃骨内部のチャクラすら見切れぬか。豚に真珠だな」

 

 新たな左腕でダンゾウの心臓を握りながらウヅキは静かにそう告げた。

 

 ウヅキが戦国最強の一角であったのは『鬼火』だけが理由ではない。

 

 ありとあらゆる『技術』や『才能』そして『肉体』が歴代最高水準を遥かに超えていた故だった。

 でなければ『鬼火』を覚えて居ない時に、若干13歳で戦闘民族『かぐや一族』の当主にはなれない。

 

 そう。

『鬼火』を作り上げたのは対柱間を目的としたものであり、ウヅキ本来の実力は更に幅広い。

 第一『残火』は『共殺の灰骨』を修めるための失敗作の一つでしかなく、ウヅキは生来全ての『性質変化』を備えている。

 つまりそれは最低でも(・・・・)後4つの『屍骨脈の性質変化』を保持していることに他ならない。

『残火』は失敗作の中でも有用であったために最も発展させた『性質変化』であることは間違いないが、ウヅキをそれだけの男と侮るのは些か愚か過ぎる。

 

 そんな事実をダンゾウは知り得ない。

 彼が知るウヅキは戦場を焦土と化す怪物染みた姿だけだった。

 皮肉にも『全盛期の怪物』を知るからこその『熱量』以外に対する油断があった。

 

「……『かぐや一族』は生み出した骨の内部を移動できたはず。その術の応用と言う訳か……!」

 

「さて、種明かしをする気はない。──同胞の『写輪眼』を返してもらうぞ」

 

 確実に命を握っている。

 自らの骨を砕き延命させることも可能。

 その判断の中でも油断せず情報を開示しないウヅキに対して、ダンゾウは笑った。

 

「『木ノ葉の里を守る』。その大義のための犠牲よ。『うちは一族』も初代様も、死してなお『木ノ葉』のため使われる事を喜んでいよう。……そしてまだ終わりではない」

 

 ダンゾウが幻術であったかのように薄れ、消えた。

 握っていた心臓の感触も夢幻であったかのように失せた。

 その現実を前に無言を貫くウヅキを、ダンゾウは少し離れた家屋(かおく)の上から見下ろす。

 

 ダンゾウは、鋭く油断なくその男を睨めた。

 

(……姿形はウヅキ様。話し方も、話す内容もウヅキ様に近いように思える。が、『マダラ』と相打ち亡くなったはずだ。ワシですら墓所を暴く事を出来なんだが、遺体は『かぐや一族』の御堂に祀られているはず。どうして生きてここに居る?)

 

 終末の谷での戦い。

 表向きは柱間がマダラと戦い単独で勝利した事になっているが、真実は違う。

 

『かぐや一族』のウヅキと『うちはマダラ』の激闘こそが真実。

 その事実は『木ノ葉』の中でも一部の者だけが知っている情報だが、ダンゾウはそのことを知っていた。

 

(命を失う技と引き換えにマダラを打ち倒したと聞いておる。語られた内容が偽りであったか……? いや、考えにくいな。そもそも生きていたのであれば、何故このタイミングで表に出てくる? 終戦も間近であるというのに、他里を刺激するだけだ。戦を嫌うウヅキ様の性格を思えば度し難い。ワシを狙う理由もわからぬ)

 

「……情報が足りぬ」

 

 つまるところ、思考はそこに集約される。

 ダンゾウは情報集積のため、何より生存のため。

 右腕の『写輪眼』を使い切る事すら考慮に入れる。

 

 時間を置けば騒ぎに気がついた『かぐや一族』はもちろん、事前に非公式会談を行っている火影も合流する事だろう。

 そこまで生き残れば、如何様にも言い逃れできる。

 

 この腕の『写輪眼』とて、実際がどうであれ(・・・・・・・・)戦場で同意を得て集めたと言い張れば『根』を支配する自分を追求できぬとダンゾウは確信していた。

『根』の重要性を理解する火影ならば、死体から採取したならばギリギリ許容できる、と判断するだろう。

 その証拠となる根回しも既に終えている。

 火影の甘さは誰よりもダンゾウが知っていたから、その確信にブレはない。

 

 思考を一瞬で纏め上げて余裕を取り戻したダンゾウの眼下で、ウヅキが、心臓を握っていた左掌を開閉する。

 その、現実が幻となった感触を確かめるように。

 

「──イザナギか。・・・もう十分だ。つくづくオレの神経を逆撫でする男よ。瞳の光は『うちは』にとって自尊心の結晶のようなもの。それを失うイザナギを使う際、『うちは』の者がどれほどの悲痛と引き換えに発動させていた事か。……それを消耗品のように扱うなど、万死に値する」

 

 ──もう、貴様は終われ。

 

 そんな声と共にウヅキが爆発した。

 比喩ではなく、肉体が弾け飛んだ。

 自爆かと思えばそうではない。

 

 ダンゾウは即座に『写輪眼』を使って『膨張しながら飛んでくる骨片』を見切り回避に専念する。

 桁違いの面攻撃だった。

 爆心地から鋭い骨片が撒き散らされ、数千にまで砕けた骨片が意思を持ったように膨張する。

 欠片が槍となり砲弾となり、周囲に次々と襲い掛かる。

『写輪眼』を持ってしても回避が限界。

 その結果にまでは推測が至らなかった。

 

 骨片という()は爆発の勢いで周囲に広がり、一帯が瞬く間に『枯れ木』を模した骨で埋め尽くされた。

 

 その中央。

 最も大きな『骨の巨木』の上で両腕を組みながらウヅキ(・・・)が睥睨していた。

 疑いようもない。

 こんなデタラメな術を編み出す人物など、疑り深いダンゾウですら断言する。

 あの戦国を生き抜いた英傑の一人で間違いない、と。

 

 

「──『枯枝(かれえだ)の舞』。いや、『骨樹林降誕(こつじゅりんこうたん)』といったところか? 柱間の二番煎じでしかないが、まぁ良かろう」

 

 二番煎じ。

 その言葉はオリジナルに劣るから言うのだ。

 瞬く間に広がる『枯れ木』の密林は柱間の『木遁・樹海降誕』とほぼ同等。

 

 論理的な思考は必要ない。

 ダンゾウの感覚は間違いなく目の前の人物がウヅキであると告げていた。

 

 襲われた理由は察する他ないが、ダンゾウは容易に正解にたどり着く。『写輪眼』に対しての言及されたことを思い返し、恐らくは腕の『写輪眼』に感づかれたのだろう、と察する。

 

(些か拙い、か)

 

 ウヅキが激怒し襲ってきた理由が『写輪眼』であるならこの場での言い訳は無意味でも、法的な保護があれば、根回しが功を奏して確実に生き残れるだろう。

 だが、目の前の感情的な相手に対して『法』が効力を持つか疑問だ。

 故にダンゾウが選んだのは『法』が効果を発揮する相手を待つ一手。

 

 つまり、時間稼ぎだ。

 

「ウヅキ様、でしたか。何故(なにゆえ)現代に蘇られたのです? もしも遣り残された事があるなら、このダンゾウが叶えましょうぞ」

 

 意味のない質問も『生き残る』ための一手だった。

 それは会話をして時間を稼ぐ意図しか存在せず、ウヅキに答える義理はない。

 

「ならば望もう。今すぐ、その命をオレに差し出せ。ただでは殺さぬ。惨たらしく殺してやろう」

 

 しかし、ウヅキはあっさりと答えた。

 何故なら時間稼ぎは無意味であるから。

 

 どのような状況。

 どのような理由。

 どのような過去。

 どのような障害。

 どのような信念があれども、必ず殺す。

 

 つまり、『必殺』である。

 

『一族の守護』

 

 ただそれだけに『人生』を懸けた圧倒的な自負心と使命から滲み出る覚悟を前に、時間稼ぎによる延命、『法』による制裁逃れなど無意味である。

 仮に『初代火影』が蘇り立ち塞がったとしても、一切陰りなく殺意を燃やすであろう。

 かつての戦国と同じように。

 

 そのようなウヅキを前に策謀で生き残ろうとするダンゾウはもはや、ただの『道化』でしかない。

 

「ほぉ、それは飲めぬご提案ですな。平和を愛するウヅキ様ともあろうお方が、そのように凄惨な事を仰るとは思いませなんだ。先ほどの提案は忘れて頂きたい」

 

「耳障りな声だ。して、そうこう話している内に貴様の部下は捕らえたが。時間稼ぎはもう終わりだ」

 

「……そうですな、再開と行きますかな。胸をお借りしましょうぞ」

 

「喋るな下郎が」

 

 始まる戦い。しかしそれは、秒数を経るごとにウヅキ有利に傾いてゆく、あまりにも特殊な戦いだった。

 当初50分の1と判断していた肉体も適応を続ける事で戦闘の中で急激に力を取り戻す。

 

 簡単には殺さぬ、とウヅキは思い、ダンゾウは時間が稼げればそれで良かった。

 双方の思惑が一致し、ダンゾウは何度も死に至りながらイザナギによって生存を続けた。

 ダンゾウの腕に埋め込まれた8個目の『写輪眼』が閉じた時。

 ウヅキの実力は肉体上限である、本来の10分の1にまで戻っていた。

 

 戦闘開始時と比較して単純に5倍である。

 ただでさえ存在しなかったダンゾウの勝率はもはや考える価値もない。

 

 そこにダンゾウが待望する乱入者が現れる。

 急ぎ駆け抜けたためか、火影の笠はない。

 黒い戦装束を身に纏い、如意棒を構える姿は臨戦体制であった。

 少し遅れてヒヨリも地に足をつけた。

 

「双方そこまで!! この場は火影たるワシが預かる。これ以上の余計な真似は許さん。……例えウヅキ様であっても、許しませぬ」

 

 鋭く断言する火影。

 その笠はなくとも気迫漲る言葉を前に──。

 

「無理だな。お前にオレは止められん」

 

 ──ウヅキは容易に拒絶した。

 

「この弱体化したオレですら、貴様の命を燃やしても届かぬ。そのことは理解していよう?」

 

「命に変えても止めましょう。もう戦国の世ではないのです。『法』による統治をなくせば『力』は容易く自らを滅ぼしますぞ」

 

「であろうな。だが、許さん。そこの男は、オレが殺す」

 

 漲る殺意は、一切陰らない。

 共に来たヒヨリを目にしても一瞥のみ。

 絶対的な覇者。つまりは暴君の気配を滲ませるウヅキに、火影は口泡を飛ばしながら続ける。

 

「それが暴君への道であると何故理解できぬのですか!」

 

「阿呆。理解しておるわ、その上で突き進む。我が戦国はそうであった」

 

「ですから、それが時代遅れだと申しておるのです……!」

 

「ならば、力を示せ。それが全てとは言わぬが、それを言うだけの『資格』は持っているのだろうな? 力なき言葉ほど滑稽なものはないぞ、猿飛」

 

「……覚えておいででしたか」

 

「随分と歳を取ったな。気づくのが遅れたわ。……では、ゆくぞ?」

 

「何故、何故わかってくださらぬのです・・・!!」

 

 ウヅキにとって火影とは千手柱間であった。

『里』とは弱き者を守るための、子供や孫を守るための『枠組み』であった。

 今の火影が『うちは』の犠牲を受け入れるというのであれば、それはもはや『友』と目指した『里』ではない。

 

 犠牲は必要である。

 だが、それは『こんな形』にされる同胞を許容する事ではない。

 『木ノ葉』を潰し、同胞と『かぐや一族』を率いて守る。

 場合によってはその選択肢を考慮に入れるほど『夢を穢された』と感じるウヅキの感情は昂った。

 

 一触即発。

 その事態に介入したのはこの場で唯一のウヅキの身内だった。

 静かで、しかし拒絶の出来ぬ芯のある声だった。

 

「お爺さま」

 

 声と共に一歩だけ前に出る。

 それは参戦するとも受け取れるものであり、さすがのウヅキも僅かな躊躇が生まれた。

 ヒヨリを視線で見遣り、言い聞かせるように続ける。

 

「……ヒヨリ、下がっておれ。子供の出る幕ではない」

 

「ほほ、この歳で子供扱いされるのは嬉しいのですが、残念ながらもう子供ではありませぬ」

 

「……何をいうか。子や孫は幾つになっても子供に見えるものよ」

 

「ありがたきお言葉ですが、いまは『かぐや一族』を預かる者として、当主としてお話ししております。聞いていただけませぬか?」

 

 その真剣でありながら相手を思う瞳は、かつての嫁であるヒミコを彷彿とさせる。

 ウヅキが感情的になった際に、宥めるように言い聞かせてきたあの瞳だった。

 だが、その瞳に見つめられても今回ばかりは心中の憤怒が収まる事を知らなかった。

 

 溢れ返る赫怒を、止める事は難しい。

 改めて殺害の意思を固めたウヅキは一度目を閉じる。

 そして、再び開いたウヅキの眼下から発せられた『熱量』は怒りを示すかのように兎面にヒビを入れた。

 

「……ならぬ。此奴は『写輪眼』を身体に埋め込んでおった。加えて柱間の気配もする。外道の類よ、ここで殺さねばならぬ」

 

 ウヅキの発言を聞き、火影とヒヨリは庇ったような形となっている、背後のダンゾウに視線を向けた。

 そこには無言で立ち、右目と右腕の『写輪眼』をギラつかせるダンゾウが居た。

 冤罪ではない。

 それは火影に大きな衝撃を齎したが、しかし、思想はどうあれ『木ノ葉』を守るために動くダンゾウを裏の事情を考慮し殺す事はできないと考える火影。

 

 それに対してヒヨリはただ一つ頷き、発言しようとするダンゾウを目で制する。

 味方と思って居たヒヨリに火影は『ぎょっ』と目を向ける。

 

「無論でございます。此奴は殺すべきでしょう。ウヅキ様が手を汚さずとも、一族総出でも殺しましょう。しかし、殺し方というものがございますれば、ご相談できればと存じます」

 

 静々と、美しい立居姿で着物をはためかせてヒヨリ(・・・)が頭を下げた。

 艶やかな黒くて(・・・)長い髪がハラリと垂れる。

 首筋から覗くうなじの白さが際立っていた。

 

 その姿に、ウヅキはかつての『最愛の嫁』を幻視した。

 一瞬だけ思考が飛躍する。

 

 ヒミコは、最愛の家族はもう居ない(逝去している)だろう。

『かぐや一族』としては欠陥を抱える女だった。

 戦闘能力が高く寿命が長いとされる『かぐや一族』ではあったが、その傾向がある者は皆髪が白い。

 ヒミコは黒髪で、ウヅキの父親が戯れに一族以外から生ませた子供だった。

 そんな妹は迫害されて育っていた。

 『前世の価値観』を捨てきれぬ時分の己が、そんな『ヒミコ』を救うために『夢』を抱き破れ、それでも当主となって守った過去を追憶し。

 

『兎面』の下で、一滴の涙だけを零した。

 

 

 ここに来てウヅキは冷徹な思考を取り戻す。

『感情任せに動いてはなりませぬ、ウヅキ様は旗となり、策謀は私にお任せを』そう言って笑っていた嫁と相談する際は理解力が何よりも求められたから。

 感情的なままでは思考が回せぬという判断であった。

 

 殺すことはやめない。

 

 だが、話を聞くくらいなら、殺し方を決めるくらいならば良いだろう。

 自らの中で折り合いを付けたウヅキが頷いた。

 

「……あいわかった。猿飛、オレが引いたとは思わぬ事だ」

 

「わかっております。ご温情に感謝を」

 

「話を聞こう。……猿飛、貴様は喋るな」

 

 真っ先に口を開こうとした火影の機先を制し、ウヅキはヒヨリに視線を向けた。

 頷き察したようにヒヨリが口を開く。

 つまり、ウヅキを止めた立役者であり、この場における話し合いのキッカケを作った者が仕切るべき。

 そういう類の視線だった。

 

「では、私が。まず確認したいのですが、ウヅキ様でお間違いないのですね? 最期のご記憶はございますか?」

 

「あぁ、オレは生前ウヅキと名乗っておった。恐らくお主らが思う人物であろう。最期の記憶は、マダラと相打った場面までだな。いや、その後に柱間と話した後、か」

 

 そこからヒヨリによる説明と質問が続いた。

 纏めると、三代目火影は『志村ダンゾウ』の悪行は知らず、しかしダンゾウは悪行ではなく秘密裏に譲り受けたものであり、証拠も存在すると述べた。

 故に黙って居た事は謝罪するが、断じて『法』に触れてもおらず、『暗部』として『木ノ葉』を守るためにしか使用して居ないと堂々と言った。

 それがまた、ウヅキの静かな火線に触れた。

 

「ほぉ、居座る『獅子身中の虫』とは貴様のことよ」

 

「お待ちくだされ、此奴の言う事が確かなら『法』に触れておりませぬ。また『暗部』を取りまとめて来た功績もある。とくれば、減罪の余地はあるかと」

 

 ダンゾウの予想した通り、ヒルゼンは保守的であるが故にダンゾウを庇った。

 状況に変化を加えたくない一念。

 戦争を終結に導くためには必須であった故に考え直す事が出来なかった。

 しかしそれは、席について居たウヅキを再び立ち上がらせるのに十分な理由となった。

 

「ならん。もう一度だけ言おう。この男は、オレ手ずから殺す」

 

「お爺さま。ご提案がございますれば、何卒」

 

「……聞こう」

 

 どうにもお爺さまと呼ばれると機先を削がれる。

 僅かにむず痒いが、思考に影響はない。

 

「私としても皆様としても、『木ノ葉』の存続に否はないかと思われます。もちろん、例外(・・)もありますが基本的には」

 

 視線で火影とダンゾウを見遣り、まるで『かぐや一族』の離反を匂わせる発言で牽制を行う。

 こちらが納得せねば最悪がありえると、認識させるためだ。

 会話の主導権をたったそれだけで握ったヒヨリは続ける。

 

「故にこそ、ダンゾウを処理した後の話を致しましょう。ヒルゼン様が懸念されているのは、ダンゾウ亡き後の『根』や裏側の管理に関してかと思われますが、お爺さまであれば問題ないでしょう?」

 

「……む?」

 

 はて。何のことだ? 

 ウヅキの疑問にも考慮せず、立て板に水のようにツラツラとヒヨリは続けた。

 

「罪を犯した者を『法』を介さず処断する。お爺さまであれば、この影響がどれほどのものかご理解頂けているかと思います。まさかここまで聞いた後に『後の事も思慮の外』だなんて何も考えておられないはずもございませぬ」

 

「……もちろんだ」

 

 ダラダラと背中に冷汗が流れるのは気のせいか。

 つい先ほど『後の事も思慮の外』だなんて考えていたとは言えるわけもない。

 

「である故に、お爺さまはダンゾウ処断後に起きる問題に対する責任を取る覚悟は十分にあるかと思われます。つまり、『戦国』の価値観を持つ者。裏の者としては十分な頭目と成り得るかと」

 

「む?」

 

 気がつけば言質を取られ。

 予想外のことを言われたウヅキは反応が遅れた。

 そんなウヅキに構わずヒヨリは言葉を続ける。

 

「ヒルゼン様。ご懸念の大半はこの一手で解消されるのでは? お爺さまの名声を知らぬ者はおりませぬし、反発は少ないかと思われます」

 

 その言葉にヒルゼンは沈黙する。

 つまり、ダンゾウを処断する代わりとしてウヅキが根の頭目として座るということだ。人選としては申し分がない。

 だが、ヒルゼンは首を横に振った。

 

「……いや、確かにそれであれば、一時的に裏側の問題は解決するじゃろう。しかし、ウヅキ様では逆に名声が高すぎる。次期火影に推す声は遮れまい。特に『火の国』からの圧力は間違いなく掛かるじゃろう。そうなれば裏はまたガタガタに崩れかねん」

 

 その反対意見を聞き、嬉しげにヒヨリは微笑んだ。

 

「でしょう。『裏の頭領』として一部の者に開示するとしても、あるいは『ウヅキ様』ではないと偽って頭領に座ったとしても、お爺さまを隠蔽をするのは困難です。あまりに存在感がありますから、十中八九そうなるでしょう」

 

 『コロコロ』と笑うヒヨリは火影のその返答すら予想していた。

 淀みなく続ける。

 

「では、『仮の頭』を立てると考えましょう。今回であれば、その適任がおります」

 

「……まさかお主。いや、それは扉間様ですら」

 

「問題ないでしょう、彼らの不満は『疎外感』に他なりません。拗ねた子供のような方達ですから、誠意を持って心を砕けば理解してくださいます。特に今回は『ウヅキ様』がいますから、彼らの壁に楔を入れるには十分過ぎます」

 

 扉間ですら懸念を覚えて避けた事。

 つまり、うちは一族を政治の中枢に据えるということ。

 感情的になりやすい『うちは』を可能な限り中枢から遠ざけるという木ノ葉の暗黙の了解を真っ向から破るかのような意見。

 それは根の管理をうちは一族に一任するという、常識から外れた提案だった。

 

 驚きを表情に見せながら、しかし思考は止めずにヒルゼンは考える。

 

 確かに『うちは一族』に対する配慮として、ダンゾウを処断し謝罪と今後の防止策として『うちは一族』が裏側の頭目に付く事は考慮に入れても良いかもしれない。

 だが、火影として里全体の利益を見る必要があるヒルゼンには選べない選択肢だ。

 現在『木ノ葉の里』の治安部隊は『うちは一族』が担っている。

 それに加えて裏をも任せるとなれば、権力があまりに増大しすぎる。何よりも共通認識があるからこそ、暗黙の了解となっていたのだ。

 うちは一族は憎しみの感情が強すぎる、と。

 

 ヒルゼンは周囲と違い、それが深い愛ゆえであると知っている。

 だが、だからと言って憎しみの感情が強いという周囲の意見が間違っているとは思っていない。むしろ深い愛ゆえに憎しみを抱くのだろう、という納得すら抱いているのだから。

 

 その偏見とも言うべき考えが、ヒルゼンの瞳を曇らせる。

 

「……『うちは一族』に権力が集中しすぎますな。加えて『うちは一族』と『かぐや一族』。この両一族が直接的に繋がるとなれば、必ず妨害工作が行われ、想定している実現は不可能に近いでしょう」

 

『戦国三強の一族』

 そのうち二つが結びつく事は独裁政権の成立すら危ぶまれる。

『かぐや一族』が政治不干渉を貫いているとはいえ、それは『過去の偉人』が決めた事だ。

 現在もそうであると盲信する者は少ないだろう。

 

 もちろん『かぐや一族』を政治的に批判する事はその名声も相まって困難を極める。

 それ故に割りを食うのは『うちは一族』だ。

 下手をすれば目の前で油揚げを攫われる事に成りかねず、そうなれば『うちは一族』の爆発も危ぶまれた。

 

 そういったヒルゼンの懸念にもヒヨリは『ケロリ』とした表情のまま続けた。

 

「でしょうね。加えて私も『かぐや一族』悲願であるウヅキ様を他所にくれてやる……おっと。お渡しするつもりもございません」

 

「……」

 

 ちょっと身の置き場がなくなってきたウヅキが身動ぎした。

 ヒルゼンはその言葉に頷いた。

 

「なるほど、『かぐや一族』の当主として迎える訳ですか」

 

「そうです。そうすればウヅキ様の前例が最大限に生きます」

 

 二人は同時に告げた。

 

「「政治不干渉」」

 

「『里』を作った際の、あまりにも有名な話です。一族の結びつきによる権力の増大に対する懸念は最小限にまで抑えられるでしょう。『うちは一族』に裏側の頭目を実質的に任せ、ウヅキ様は名前だけを貸す。加えて『政治不干渉』を改めて宣言していただき、『かぐや一族』当主となって頂く。これにて表立った批判は難しく成り、妨害工作も対処可能な範囲になるでしょう。……ウヅキ様が我が一族(・・・・)の当主となるためであれば、『かぐや一族』も全力を尽くしますから」

 

『かぐや一族』に実質的な権力はない。

 だが、『かぐや信仰』の影響力は非常に強い。

『ニコリ』とした笑みには、表と裏を併せ持つ、一族を率いてきた凄みが滲んでいた。

 

 

 

 ヒヨリの提案はヒルゼンの懸念を十分に解消するものだった。

 しかし、終戦に関しても譲る事はできない。

 

 そも『雲隠れの忍』が『木ノ葉』に進入できたのも『感知部隊』の存在を踏まえれば不可解に極まる。

 登録されて居ないチャクラを感知する結界。

 これを潜る事は五影と言えど不可能だ。

 つまり、許可した者がおり、それは誰であろうヒルゼンその人だった。

 

 終戦の仮条約を結んだその足で里の者を攫おうとしたのだ。その結果が君麻呂を狙い返り討ちに合うという何ともお粗末な結果である。

 忍びらしい一手と言えるが、褒められる行為ではない。

 失敗に終わっている以上『雲隠れ』に対して譲歩を促す事は可能になるだろう。

 交渉は難航するであろうが、ヒルゼンはこの戦争を一刻も早く収めたかった。

『黄色い閃光』という新たな火影候補が生まれた今だからこそ、自分がこの『戦争の責任』を背負って退陣する事が可能であるから。

 

 深く考える。

『他里』が行うであろう、様々な交渉。考慮。提案。取引。利害関係。力関係。火の国の意向。

 全てを踏まえて。

 それでも『ウヅキ』一人で引っ繰り返って好転する事実に苦笑いした。

 

『木ノ葉の里』では英雄とされるウヅキであるが、他里から見れば違った視点となる。

 かつての大戦で刻んだ爪痕。

 つまり、『単騎で雷土風水の4国順番に宣戦布告し勝利した事実』を前には、あらゆる交渉は無意味だ。

 無論、それは終戦を見据えて世間への影響を抑えるため秘密裏に行われたが、その際についた異名。

 

『灼道』『城門砕き』

 果てには『大陸崩し』とまで云われ恐れられた影響力は尋常ではない。

 

 つまり、ウヅキが『かぐや一族』当主となった時点で『他里』は戦力的にも戦略的にも詰みである。

 たった一人の戦力が四カ国を、いや。

 五大国の戦力を上回る。

 それはもはや『神』とでも呼ぶしかないが、当人であるウヅキは唐突に孫から当主の座を奪いそうな状況に困惑の気配を滲ませて居るが、やはり、どことなく身の置き場がなさそうにしていた。

 

 

 ダンゾウはその会話を静かに聞いて居た。

 釈明も、言い訳も、主張も、全ては無意味とばかりに無言を貫いた。

 聞きながら、理に叶うとは思っていた。

 だが、『根』の管理を、裏側を支配し続けた己以上の適役があの『うちは一族』にいるとは到底思えない。

 裏側を飲み下すというのは、並大抵の意思で為せる事ではないからだ。

 己こそが真に『木ノ葉の里』を守ってきたという自負を抱いているダンゾウを、その程度の理で納得させるなど不可能である。

 

 だが、ダンゾウは何も言わない。

 

 場はヒヨリに支配されている。

 今何を告げても不利としかならず、かつ唯一の命綱であった火影は頼りにならない。

 結論として、己はここで死ぬ。

 そこまで理解しながら、ダンゾウは動かない。

 

 ダンゾウは聡い。

 聡いからこそ裏側の重要性を理解し、硬軟を巧みに使い分け、これまで生きてきた。

 外道な真似をしても言い逃れ続けてきた。

 

 ウヅキという『鬼札』には己が指摘する今回の欠陥を全て無効化されてしまうこともあっさりと理解した。

 無駄は好まない。

 だからこそ、死際にこそ遺す言葉があると沈黙を続けていた。

 その『言葉の価値』を高めるためだけに。

 

 ──だがそれは、あまりにも目論見外れだった。

 

「……よろしいですかな? では、この老いぼれの腹を捌いて見せましょうぞ」

 

「……ダンゾウ」

 

「言うな、ヒルゼン。『根』にワシ以上の適任はおるまい、これから貴様が苦労すればいいだけよ」

 

「……お主のやり方が正しかったとは言えん。だが、『木ノ葉の里』を守る理念だけは共有しておると思っておった。ワシはお前のことが嫌いではなかった。その信念だけは、認めているつもりだ」

 

 今生の別れという喜劇を繰り広げる両名を見てウヅキが鼻で笑う。

 

 信念。

 それは、そう言えば全てが正当化される都合の良い言葉ではない。

 ブレず、曲がらず、己が道を貫いた者にこそ相応しく、ダンゾウには到底似つかわしくない言葉だ。

 外道。

 ダンゾウに着せるべき言葉はただこの一言のみである。

 卑劣ですらない。

 眉をしかめるほど悪臭を放つ所業を積み重ねた上にある外道。

 同胞を『道具』とすら化し利用して貫いた意思など、外道と呼ぶ他ない。

 あまりに道理を履き違えている。

 

「天晴れだと? 外道に堕ちた時点で無価値よ。どれほどの美酒であれ糞が混ざれば価値など皆無。百害あって一理なく、棄てるしかあるまい。腹など切らせぬ。お前は先刻告げたように、オレ自らが殺してやる」

 

 無造作に近づき、ウヅキはダンゾウの『写輪眼』の埋め込まれた右腕を切断する。

 千切れ飛んだ腕をヒヨリに放り投げて、切断面に指を差し込んだ。

 歯を食いしばるダンゾウはそれでも語らない。

 だが。

 

 ──最期の言葉をまとも(・・・)に遺せると思うなど、ウヅキを舐めすぎている。

 

「オレが『薬神』と呼ばれていた事は知っているな。治す事ができると言う事は、壊すことも可能と言う事だ。……つまり、今からお前を内側から壊す。全身の細胞が崩壊する感覚を、想像を絶する痛みを余す事なく感じさせてやる。意識すら途絶えさせぬ」

 

 言い放って、ウヅキはチャクラを練った。

 治療のためには相手の遺伝情報を手に入れる必要がある。

 傷口から溢れる血液で今回は事足りた。

 練り上げられた『ナノマシン』にも似た骨片がダンゾウの体内に侵入する。

 

 治す事ではなく、壊す事を目的として。

 

 感じられる中で最大級の激痛がダンゾウの脳内に響き渡った。

 もはや意識を保つことすら不可能であり、精神は一瞬で崩壊する。そのレベルの激痛。

 しかしその限界ギリギリを見極められ、ダンゾウは自意識を保ちながら、十分に激痛を堪能する事が可能だった。

 

 全身から汁と言う汁が滲み出る。

 耳からは脳が溶けたように白い液体すら溢れた。

 血涙を流し、血管は裂け、体内は精密かつ暴力的に破壊される。

 

 身体は痙攣し震え、意味ある言葉を語ることすら不可能。

 ウヅキの支えなしに座ることすらできない。

 まさしく生き地獄の中であっても、いや、であるからこそダンゾウはその言葉を遺した。

 意図していなかった、言葉を。

 

「『ヒル』……このは……『ゼン』…………『に』…………『勝』……マモ……マ『ち』…………『た』……『かった』」

 

『木ノ葉の里』を守る。

 その一言をダンゾウは残すつもりだった。

 それは引いては火影となること。

 そして、何よりもダンゾウの本音は別にあった。

 

 ──猿飛ヒルゼンに勝ちたかった。

 昔から事あるごとに突っかかった。

 歳が近かったのもある。

 常に自分の先を行く姿を見るたびに負けてたまるかと奮起した。

 苛立った。悔しかった。

 何より羨ましかった。妬ましかった。

 己よりも先に進む、その姿が。

 死際になって、ようやく自覚したその根幹。

 剥き出しの精神を見て、ウヅキは呟いた。

 

「阿呆が。気づくのが遅すぎるわ」

 

 ウヅキは、右手に握る『残火刃骨』を深々と差し込んだ。

 背中を刃が突き抜ける。

 赤熱が解放され、ダンゾウの遺体は業火に焼ける。

 殺害の証拠として切断された頭部が『ゴロリ』と零れ落ち、ウヅキはそれを左手で掬い上げた。

 

「犯した罪を贖う事は出来ぬ。外道に堕ちたのなら、それ以上の罪を重ねぬ内に引導を渡す。地獄に落ちるがいい。志村ダンゾウ」

 

 ウヅキが語りかける頭部は、壮絶な死顔(しにがお)を浮かべていた。

 その契機を最期にダンゾウの身体は事切れた。

 

 

 

 

 ウヅキから預かったダンゾウの頭部と右腕をヒルゼンに預けて、ヒヨリは続けた。

 

「無視しても宜しいのに。ウヅキ様はほんにお優しい」

 

「ヒヨリ、黙っておれ」

 

「ふふ、はい。畏まりましてございます」

 

 では、と告げたヒヨリは惚れ惚れするような艶を滲ませて微笑んだ。

 まるで夢を見る少女のような雰囲気で、ほわほわと。

 

「──あなた様の『お役目』と『お名前』を伺っても?」

 

 このタイミングでの言い回し。

 何を言わせたいのか理解して、ウヅキは仕方がないとばかりに一息ついた。

 陰って居た『残火』を再熱させる。

 滲み出る熱量はボロボロと鎧を剥がし、内側にあるウヅキを顕にした。

 自らの骨で編んだ白装束を身に着け、両腕を組み、威風堂々とした美麗な麻呂眉の面立ちで告げた。

 

「──『かぐや一族』当主。ウヅキである」

 

 そう。

 厳かに断言した。

 

 

 




私こと風梨。
現在病院に入院しております。3回ほど呼吸出来ませんでしたが元気です。
看護師さん5人掛かりで助けてくださいました。感謝します。
更新できてよかった。

今まで全ての感想に返信を心がけていたのですが、更新速度上げたいので控えようと思っております。
楽しいのですがお休みを丸一日使っちゃうのです。
感想嬉し過ぎるので返せないの申し訳ないです。
なので、感想送りたいけど、更新速度下がるのやだなぁと思ってらっしゃった方が居ましたら心配せずどしどし下さい。
風梨の燃料にさせていただくので、更新速度上がります。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始動

思ったより早く書き上がったため投稿。
約12000字




 

 

 

「──のぉ綱手。先生はなんでワシらを前線から呼び戻した?ワシが思うに、さすがにそんな余裕はどこにもないと思うんだがのぅ」

 

『木ノ葉隠れの里』

 その最も高い建物内部で、連れ立って歩いている男女がいた。

 二人がたった今通り過ぎた廊下の窓からは、外にある歴代火影の顔の彫られた『顔岩』がよく見えた。

 

 一人は高身長にガタイの良い大男で、白髪のトゲトゲした髪の毛を多く蓄えており、その額には何故か『油』と書かれた額当てを着けていた。

 

 もう一人は美女だった。

 グラマスな体型で女性にしては高身長である。

 豊満な胸元は男性の視線を集めること間違いなく、透き通った白い肌は20代と言われても納得できる美しさを保っていた。

 その美しい方の女──綱手が、男からの言葉に苛立たしげに舌を鳴らす。

 

「ちっ、うるさい。私が知ってたらこうまでイライラしてる訳がないだろうが。このバカ。唐変木」

 

「ガハハ、相変わらずキッツイのぅ。……思うに、大蛇丸の事じゃねーかとは思うんだが、お前さんはどう思う?」

 

「……奴が里を抜けた、という噂のことか」

 

「おうとも。前線のワシらまで話が通るくらい知れ渡っとる。公然の秘密みてーなだもんだろうのー」

 

 顎を摩りながら白い大きな髪を『ユサユサ』と揺らしながら大男──自来也は言う。

 

「ぶん殴って連れ戻してこいとか、そういう話じゃねーかとワシは睨んどる」

 

「……ふん。アイツのことなんて知ったことじゃない。私は、一刻も早く前線に戻る必要がある。こんな私でもまだ救える命があるんだ。それがわからない三代目じゃないと思ってたのに」

 

「……お前さんはよくやっとると、ワシは思うがのう」

 

「うるさい」

 

「こりゃ敵わん」

 

 (おど)けたように笑う自来也を睨みつけ、綱手は腹の底からため息を吐いた。

 

「まったく、これで大した用事でなければ、自来也。覚悟してもらうぞ」

 

「……え? ワシ?」

 

『ズカズカ』と進んでいく綱手の後を追って、自来也は走った。

 慌てた様子を表情にありありと浮かべながら、少し情けない顔で大声を上げた。

 

「おいおいおい、そりゃないんじゃねーかのぉ!?」

 

 

 

 

「──と、いう段取りになっております。いかがですかな?」

 

「よかろう。……これならお前に任せて良さそうだな」

 

「さすがにこの席に座るのも長いですからな。これ以上ダメ出しされては立ち直れぬ所でした」

 

『カラカラ』と快活な笑いを浮かべるヒルゼンに対して、ウヅキは少し真剣な面持ちで続けた。

 

「猿飛。奴の一件はお前にも責任の一端があるとオレは思うておる。だが、同時にお前の努力、頑張りも認めておる。それゆえに安心せよ。もうお前を責めはせぬ」

 

 気を遣っての言葉だった。

 ウヅキとて当主の難しさ、辛さはよくわかっている。

 火影ともなれば、その当主たちを纏め上げる必要がある。

 難易度もひとしおだ。

 だからこそ言葉にしておくべきと思った。

 

「……感謝いたします。ウヅキ様」

 

 柔らかな笑みを浮かべたヒルゼンの対して、ウヅキは笑いかけて頷いた。

 もう、これで二人にダンゾウの事での確執はなくなった。

 

 そのタイミングで部屋を叩くノック音が響いた。

 恐らくは予定していた者たちが到着したのだろう。

 ウヅキが軽く感知すれば2名が扉の前で待っていることが把握できた。

 

「客人が来たようだ。入れてやってはどうだ?」

 

「おぉ、そうですな。入って良いぞ。──自来也、綱手」

 

 その声と共に扉が開かれる。

 入室してきたのは白髪の大男──自来也と美女──綱手だった。

 ウヅキの視線は双方の額に向かっていた。

 

 自来也は『油』と書かれた額当てをしている。

(『油』? なんでそんな額当てを?)

 

 前世の記憶は薄れて久しくもうほとんどアヤフヤだ。

 それ故に思い出せず少し困惑した。

 

 続いて綱手の額。

 菱形のマークがちょこんと描かれている。

 そのマークに何故かどことない親近感を覚えたりしながら、ウヅキは二人の入室を見ていた。

 

「失礼するのぅ。っと、そちらの御仁は初めまして、か? 中々の美男じゃねーのよ。ま! ワシ程じゃないがのう」

 

「失礼する。──そうだな。後半は全否定するが、私も見た事がない。三代目、私たちをわざわざ前線から呼び戻すほどの理由が、コイツにあるのか?」

 

 開閉早々に軽口を叩いた自来也。

 いきなり喧嘩腰で会話を始める綱手。

 あんまりにもあんまりな両名の弟子にヒルゼンが思わず呻いた。

 

「お主ら、誰に向かってその減らず口を()いておる……」

 

 頭が痛そうに抱え込むヒルゼンに、ウヅキは笑った。

 ぶっちゃけ気にしていなかった。

 記憶は薄れているが、前世の価値観を持っていた人間である。

 こういうところは比較的フレンドリーだった。

 そういう意味ではウヅキは柱間に近いとも言える。

 

「此奴らが、猿飛の弟子か」

 

「……左様です。まったくもってお恥ずかしい限りですが、2人ともワシの弟子です」

 

 ウヅキは改めて両名を見定めた。

 チャクラの質を重点的に見ていけば、なるほど、強者であることがわかった。

 

 自来也に関しては恐らく仙術を使ったことがあるであろう軌跡すら見える。

 噴出する活火山が如き旺盛なチャクラだ。

 

 綱手に関しては千手一族特有の感覚があった。

 生命力に満ち溢れた森が如き雄大なチャクラである。

 

 そして二人の顔立ち。

 幾つもの修羅場を潜った者特有にスレていた。

 確認し終えてウヅキは一つ頷いた。

 

「ふむ、悪くないチャクラだ。それなりに修羅場も潜っておる。初見で相違ないぞ。オレの名は『かぐや一族』のウヅキという。此度は改めて『かぐや一族』を率いる立場となった。よしなに頼む」

 

 ウヅキとしては可笑しな事を言ったつもりがない。

 だが、その一言で場は静まった。

 静寂が場を支配している。

 

 それは『何言ってんのこの人』という間だ。

 思わず両名からの、冗談のつもりなのか、と刺すような視線がヒルゼンに注がれるが、ヒルゼンは無言で頭を縦に振った後に言った。

 

「偽りない。真実であるとワシが保証する」

 

 その一言で両名の疑念は爆発した。

 

「いやいやいや、先生! それはさすがに無茶があるんじゃねーかのぉ! 何年前に死んだ? 50年? 60年? それはさすがにワシでも笑えませんって!」

 

「……まさか、本当に? いや、『かぐや一族』は長命ではあるが、さすがに生きている筈がない。第一既に亡くなっていたはずだ」

 

『ガヤガヤ』と騒ぎ立てる両名を見て、一つ息を吐いたヒルゼンが覇気を込めて告げた。

 それ以上を許さん、とする意気の篭った声だった。

 

「気持ちは理解する。じゃが、それ以上の言葉を重ねる事は許さん。……ここに居られるのは『戦国三英傑』その人である」

 

「うむ、相違ない。オレがウヅキだ」

 

 あんまりにも自然に言う、『どーん』とした立ち姿の麻呂眉の面立ちをした美丈夫がそこに立っていた。

 偽っている感じはしない。

 それは両名も感じていた。

 火影の後押しもある。

 だが、内容が突拍子もなさすぎた。

 信じるには後一歩が不足している。

 

 信じる? いや、無理だって。

 そう視線で言い合う2人の無言の沈黙が再び場を支配した。

 ヒルゼンがため息を吐いた。

 

「はぁ。……まぁ信じがたいのもわかる。ですから、ウヅキ様。証拠を二人に見せてやって頂けませんか」

 

「む? そうか? ……そうか」

 

 言われて疑問符を浮かべて、その後自分に覇気がないからではないか、と気がつき少し落ち込んだ様子のウヅキが一息を吸った。

 見せるならばあの術しかないだろう。

 込める気迫は劣るが、『熱量』は数日前のダンゾウの時とは段違い。

 かつて『極限の熱量』とも称された術の一端が開示された。

 

「──『残火(ざんか)』」

 

 一言と共に身体から立ち上った、その熱のオーラは美しかった。

 薄い赤色に揺らめいている。

 皮膚の表面を煌めく暗紅色(あんこうしょく)に染め上げ、瞳の奥は炎が灯ったように揺らいだ。

 続けて、右掌を左肩に添えて告げる。

 

「『残火刃骨(ざんかじんこつ)』」

 

 素早く肩骨から取り出した刃骨は、今回は戦闘目的ではないにせよ癖で鋭利に変形されており、表面を飾る鋭い刃と斑模様に散らばった赤熱色は調和が取れて工芸品が如く美しい。

 ゆったりとした仕草で刃を振り払えば、火花が虚空に散った。

 

「これでどうだ。……まだと言うなら模擬戦でもやるか?」

 

 両名共が呆気に取られていた。

 言葉だけでは、信じきれないだけだった。

 火影の言葉を疑っていた訳ではないため、この結果を見せられればすんなりと理解した。

 ああ、この人が『あの』ウヅキなのだと。

 少しだけ困ったような顔でそう言ったウヅキの前で、綱手が『ワタワタ』と両手と首を横に振った。

 

「い、いや!! まさか本当とは思わず……! 大変失礼をしました。私は千手柱間様の孫で、千手綱手という。先程は大変なご無礼を申しました。……申し訳ございません」

 

 言った後に頭を下げた綱手に続いて、横に立っていた白くて大きな髪を蓄える大男。

 自来也がアホヅラで続けた。

 

「……え? マジですかい、猿飛先生」

 

「だから、何度もそう言っただろうが、このバカ弟子が……」

 

 つい昔の口調に戻るほど。

 本当に痛そうにヒルゼンが頭を抱えた。

 そしてちょっとした夫婦漫才が始まろうとしていた。

 拳を握ってプルプルと震わせた綱手が、耐えきれんとばかりに叫んだ。

 

「さっさと謝れこのボンクラが!!」

 

「あいたぁ!!」

 

 綱手の一声と共に放たれた剛力の拳骨が自来也の後頭部を殴打し、その勢いのまま頭を『ワシィ』と掴み込んで無理やり下げさせた。

 

「ほんっとうに申し訳ございません、ウヅキ様!! この馬鹿、自来也は昔っからこんな調子で、後で私からもシメておきます。申し訳ございません!」

 

「あー、構わん。それより物凄い音だったが。おい、生きておるか?」

 

「あいたたた、なんとか生きております」

 

 当の自来也はもう慣れたものなのか、多少頭をさする程度で平然としていた。

 中々に鍛え上げられているらしい。

 いや、そんなところを鍛えてもとは思うのだが、ひとまず無事を確認できてウヅキは安堵して下手人である綱手の方を向いた。

 

「……そうか。綱手よ、あまり頭部は殴るものではないぞ? 危険だ」

 

「あ、いや、申し訳ございません……」

 

 なぜ私が、という表情で謝罪を続けた綱手だったが、すぐ横で『ニヤっ』と笑った自来也と目があった。

 次の瞬間。

 青筋を額に浮かべた綱手に鬼のような形相で『ギロリ』と睨まれた自来也が慌てて続けた。

 

「と、ところで! ……ウヅキ様が蘇られたというのは驚くべき事ですが、一体どんな秘術を使ったのです? それは『死者蘇生』すら可能とするものなのですか?」

 

 その一言で、ありえない可能性に光明が差した綱手が顔を上げる。

 僅か期待に濡れた表情に少しバツが悪い気持ちでウヅキは首を横に振った。

 

「いや、オレは死んだという事にされていただけで、実際には生きていたに過ぎん。蘇ったわけではないのだ」

 

 実際はどうあれ、そういうことになった。

 御堂に安置されていたウヅキの肉体を確認した後。

 ヒルゼン、ヒヨリ、ウヅキの3名で決めた結論だった。

 ただし君麻呂に関しては、本当に『死者蘇生』を実現してしまったために、現在は最大級の秘匿情報となっている。

 誰彼構わず使える便利な術ではない故に。

 

「そうでしたか。ということは、今まで何をされて居たのです? いや、ワシはこれでも物書きにでもなろうかと思ってまして、話しの種にでもなればと思い聞かせて頂きましたので、まぁ無理にとは言いません」

 

 そんな自来也の質問に、ウヅキは何でもないように言った。

 

「うむ、寝ておった」

 

「……寝て、らっしゃった?」

 

「そうだ。50、60年程な。マダラとやりあった故に傷が深かったのだ」

 

「ウヅキ様、それ以上は」

 

 機先を制すヒルゼンの言葉にウヅキは頷いた。

 建前としてカバーストーリーは作ってあるが、ボロが出ないとも限らない。

 可能な限り秘匿するのが良いとしていた。

 

「む、そうだな。すまん、機密でな。これ以上は話せん。聞いてくれるな」

 

「おぉそうでしたか。 これは大変失礼をしました! では、改めて『三忍』が一人、自来也と申します。先程はご無礼を。謝罪します」

 

「ウヅキである。よしなに頼む」

 

 ちゃっかりと謝罪と挨拶まで済ませた自来也を、綱手だけが『ジト目』で睨んでいたが、話を整えるべく咳払いをしたヒルゼンが話を引き継ぐ。

 

「──さて、話もまとまったな。今回お主らを呼んだのは他でもない、このウヅキ様を紹介するためであるが、無論それだけでお主らを前線からは外さん。まぁもう前線ではないのだが。……これから『木ノ葉』ひいては今回大戦における重要な作戦に関して説明する。失敗は許されん。よいな?」

 

 僅かに疑問符を浮かべながらも、重々しく両名が頷いたのを確認しヒルゼンは続ける。

 

「まず、最終目標とするのは『終戦』である」

 

 覇気を漲らせ、ヒルゼンは己が願望を叶えるための作戦の説明を開始した。

 

 第一戦略目標。

『停戦』

 第二戦略目標。

『交渉』

 第三戦略目標。

『終戦』

 

 今回の作戦は大まかにこの3つに別れる。

 第一目標に関しては既に実施解決済みである。

 自来也達は火急的速やかな移動を求められたため情報を持って居なかったが、現在『火の国』との戦線を抱える全国が暫定的な『停戦』に入っている。

 現在戦線を抱えて居ないが、国境を面した国家に対しても既に周知済みである。

 これは圧倒的な武力を背景とした宣告であるため、破られる恐れはほぼない。

 虚偽と判断される恐れもない。

『火の国』から宣告されたそれは信頼度が高い情報であり、虚偽であった場合は国の威信が低下するためだ。

 

 自来也と綱手が求められるのは、第二戦略目標である『交渉』における交渉人(ネゴシエーター)としての役割──ではなく『ネームバリュー』である。

『三忍』という肩書は有効であるため、それを利用するための抜擢(ばってき)であった。

 無論、その他異名を持つ『忍』も参加する。

 そしてそれだけの『格』を持った交渉相手は無論のこと、他の五大国である。

『雷の国』『土の国』『風の国』『水の国』

 そして我らが『火の国』

 

 それら全ての『隠れ里』代表が集まる『五影会談』に出席し、『終戦』の協定を結ぶための交渉を行う。

 求められるのは少数精鋭であった。

 

 

「──なるほどのぉ。それだけ名のある忍を動員できるカラクリが、ウヅキ様という訳ですか」

 

「そうだ。ウヅキ様がおるからこそ強行出来る。『灼道』の異名はそれだけ重い」

 

 重々しく頷いたヒルゼンに対して、自来也が頭を『ポリポリ』と掻きながら申し訳なさそうに告げた。

 

「あー、その『灼道』ってのをワシは聞いたことがないと言いますか、その。──なあ?」

 

「……奇遇だな、私もだ。それほど重い異名なのですか?」

 

 疑問を浮かべる両名にヒルゼンは頷いた。

 第一次大戦の異名。

 それも表向きは『木ノ葉』主導ではない作戦。

 加えて各国がこぞって隠したがった異名。

 様々な事情が重なって情報が隠されていたために、知らないのは仕方がない部分がある。

 

「そうじゃな。お主らが知らぬのも無理はあるまい。ワシからあえて触れる事もなかったが、他国はもっと知られたくない話であったからな。話しておこう」

 

 ヒルゼンは静かに語り出した。

 第一次忍界大戦の壮絶な異名の逸話を。

 

 

 

 

 

 同時刻、土の国某所。

 『岩隠れの里』のとある一室でその報告を受けた老人は、持っていた湯飲みを机に叩きつけて叫んだ。

 叩きつけられた勢いで空中に飛散したお茶など気にもして居られないとばかりの剣幕だった。

 

「──バカな!!!! ワシは信じんぜい! あの怪物が蘇ったなんぞありえん!! ハッタリじゃぜ!!」

 

「その、土影様。火の国からの公式情報なので、間違いはありえないかと……」

 

 メガネを掛けた苦労人の雰囲気漂う姿の男性に対して、『くわっ』と目をかっぴらいて土影──『両天秤のオオノキ』は力のかぎりに叫んだ。

 

「信じん!! 嘘じゃぜ!!」

 

 そのバカでかい声を聞いて、娘である『桃ツチ』は耳を思わず塞いで続けた。

 

「うっさ。お父ちゃん、嘘じゃないって言ってんじゃん。っていうか、本当だからなんだって話でしょ。過去の偉人が蘇った程度で何狼狽(うろたえ)てんのよ。ってか生きてたってだけで蘇った訳でもないらしいし、驚異でも何でもなくない? 絶対ヨッボヨボの爺だって。そりゃ、一応念の為に強い『忍』が一人増えたくらいの警戒はしなきゃなんないけどさ。それだけじゃん。焦りすぎだって」

 

『のほほん』と宣う娘に対してオオノキは『むすっ』と口を結んだ。

 

「お前は何もわかっとらん。あの怪物がどれほど恐ろしいか……。思い出すだけでも震えてくるわ」

 

「ただの歳でしょ」

 

「違うわい!!」

 

『くわっ』と続けたオオノキは思い出すように唸り出した。

 脳裏に映るのは第一次大戦の記憶だった。

 ブルリと身体が震える。

 あの、全てを溶かして粉砕していった『化け物』の姿を思い出して。

 

「忘れもしない第一次大戦の話じゃぜ。うちはマダラも奴は奴でとんでもない怪物じゃったが、『灼道』のウヅキ。あれは別格じゃぜ」

 

「ふーん、『戦国三強』って言っても差があるのね」

 

「違う。あれは、格下殺しの怪物ってだけじゃぜ。あんなのとやりあって勝ち越すマダラの方が怪物かも知れんがな……」

 

 奴がただ立ち尽くすだけで仲間が死んでいった、とオオノキは溢した。

 

「……毒って事?」

 

「それも違う。奴の異名は『灼道』。これは、『木ノ葉』外縁部から伸びる4つの道を指すんじゃぜ。まぁ『水の国』は海までで途切れとるが、そのまま海中を歩いて『水の国』にまで行ったって言うんじゃぜ。まるで意味不明じゃぜ」

 

 オオノキは当時を思い返す。

 第一次忍界大戦。

 国家間の戦争に『隠れ里』が戦力として正式に換算され、大規模な戦闘が増えた時代だった。

 忍術というのは複数人で使えば使うほど効力を増す。

 土遁であれば、無論容易ではないが、山ほどのサイズの巨岩を降らせる事すら可能となる。

 それ故の変化だった。

 

 煮詰まった戦況を打破すべく、『木ノ葉』の鬼才千手扉間が考案したとされる作戦は、まず成功不可能な荒唐無稽なものだった。

 何とたった一人を一時的に『木ノ葉』から追放し、無所属とさせた上で『単騎で雷土風水の4国順番に宣戦布告』させたのだ。

 その人物こそが『ウヅキ』だった。

 

 ウヅキは作戦通りにたった一人で順番に宣戦布告し、わざわざ一国毎に『木ノ葉』外縁部からそれぞれの国の国境にまで足を運び、そして国境にある砦の城門を粉砕するだけして占拠も略奪もせず帰って行った。

 ちなみに目標とする国家にたどり着くまでの道中にあった国はそのまま当然のように正面突破されて話題にも上らなかった。

 この作戦を聞いたウヅキが思ったのは、『前世で例えるならド派手な『ピンポンダッシュ』だな』である。

 

 無論、そのような舐められた真似をされた各国首脳は宣戦布告時点で激怒した。

 何せどこからどう通ってどこにお邪魔します、といった作戦内容すら布告文に記載していたのだから当然である。

 各国はそれぞれが持つ突出した戦力をこぞって通り道や目標の砦に送り込み、通れるものなら通ってみろとばかりに威圧し攻撃した。

 

 その結果は、全てが防衛失敗。

 1回目、2回目と布告通りの結果が出される度にまだ布告を受けて居ない国は次第に恐慌し始める始末だった。

 そして当然のように4回全て防衛失敗に終わり、ウヅキにはその通った後についた焼け焦げた道から『灼道』という異名が。

 砕かれた無残な城門から『城門砕き』と。

 

 そして、奴は大陸すら滅ぼせるのではないか、と誰かが言った言葉や、大陸中の国々が震撼した事から『大陸崩し』の異名を得た。

 そこまで語り終えたオオノキは静かに続ける。

 もはやここに至っては娘も固唾を飲んで見守っていた。

 それがもし本当なら、そんな『化け物』と今後戦う必要があるのだから。

 

「……その間、奴が受けた傷はない。全て無傷でやり遂げおった。一度目以降の3国は影すら参戦したんじゃぜ? 雷影に関しちゃ死ぬ寸前まで行ったって話じゃぜ。それでも何もできずに終わった。奴がひとたび本気を出せば、容易く国が滅ぶと誰もが思ったものじゃぜ」

 

 当事者だからこそ知るウヅキの恐ろしさを、そう言って口端に滲ませた。

 

 

 ところ変わって『雷の国』某所。

 『雲隠れの里』

 『岩隠れ』のオオノキと同じように報告を聞き、知っている限りの情報を吐き出し終えていた。

 そして、雷の笠を目の前の机に置いた黒い肌の大男──雷影エーが呟いた。

 

「──当時の雷影様の話じゃあ、奴が治療したからこそ一命を取り止めたらしい。そのとき、奴はこう言っていたそうだ。『悪いな、扉間の糞野郎の依頼でなければ傷一つくらい受けてやっても良かったのだが、他所の名声だけは決して高めるなと厳命されている。命もできる限り奪うな、とな』……だそうだ。完全に舐め腐ってやがる。国との喧嘩ですら、奴にとっちゃ格下とのお遊びでしかなかったって話だ」

 

 雲隠れの相談役。

 年老いた爺のうちの一人が頷いた。

 ヨボヨボであるが、その分だけ歳と知を重ねている。

 雲隠れでも数少ない第一次大戦を知る人物だった。

 

「左様。あの御仁は、『灼道』は別格。もしも現代に蘇ったのならば真偽を確かめるためにも席に着く必要がある。そしてもし本当であったなら、また、『火の国』の一強が続くのぅ」

 

「うるさい。オレが何とかする」

 

「威勢だけじゃ何にもならんわい」

 

「なんだと!!?」

 

 立ち上がり激昂した雷影を宥める雲隠れの会議室は大荒れに荒れた。

 

「とゆーか、ワシらの使節団帰ってこんし、時既に遅しで逆鱗に触れてないかの……?」

 

 そんな中でそんな聡い事実に気がついた者も居たが、話題にのぼるのはまだ少し先のことである。

 

 

 

 

「──そんな過去があったのですか」

 

「到底信じられないが、当人がここにいるんだ。信じるしかないな……」

 

 自来也と綱手はその話を聞いて深刻に考え込んだが、ヒルゼンは軽く首を振った。

 懸念もあるのだから。

 

「随分と昔の話だ。お主らが知らぬのも無理はない。加えて今のウヅキ様はかなり弱体化されておる。具体的には、全盛期の約10分の1であるそうだ。同じことが可能であるかはわからぬ」

 

 両名に続き、深刻な表情を浮かべたヒルゼンの言葉に対して、ウヅキは『きょとん』とした顔で否定した。

 まるで大したことでもないと言うように。

 

「いや? 同じことはもう(・・)できるぞ?」

 

「……ぬ?」

 

「ヒルゼンの言うあの時は、あー。『寝惚けて』おったからな」

 

 それが隠語であることはヒルゼンにだけ伝わった。

 ヒルゼンは必死に思い出す。

 そうだ。

 あの後に御堂に行った時、確かこう言ってなかっただろうか。

『オレの生前の身体を取り込めさえすれば、全盛期と変わらんのだが』と。

 まさかと思いウヅキを見つめれば、まるで肯定するかのように頷きが返ってきた。

 

 つまり、あの『魂は抜けているがまだ生きていた身体』を、既に取り込み終えた、ということであろう。

『怪物』

 その二文字がヒルゼンの脳裏に浮かび、しかしこの方であれば可能だろうとも思わされた。

 恐らくあの時に実施しなかったのは、ウヅキの体内にまだ残っていた『君麻呂の因子』と『魂』をあるがまま残すため。

 君麻呂を蘇生し終えてしまえば懸念は消える。

 

「……さすがですな」

 

 苦笑いすら浮かべながら、ヒルゼンはそう言うしかない。

 その言葉に対してウヅキは『ニヤリ』と笑って答えた。

 

「当主だからな」

 

 いや、それは絶対に違う。

 そんなことをヒルゼンが思っている中、自来也と綱手は安堵の息を吐いた。

 とんでも無い『切り札』があると聞かされたと思ったら、それが空手形と言われ、しかし実は空手形ではなかった、と言われた両名の心持ちはさながらジェットコースターだった。

 

「まったく、猿飛先生。驚かせんでください。ただのハッタリかと思ったじゃありませんか」

 

「今回ばかりは私も自来也に同感だ。三代目、もう少し言い方があったと思いますが」

 

「はは、すまんすまん。ワシもちと『ボケた』かもしれん」

 

 わざとらしく隠語を使うが弟子たちに気がついた様子はない。

 まさか今の今までヒルゼンすら知らなかったとは思っておらず、しっかりしてください、などと言い合った。

 

「さて、そう言う事情でお主らを呼んだ訳じゃ。行ってくれるな?」

 

「もちろんですとも。前線が安定しているなら、ワシが断る理由なんぞありませんから」

 

「ああ、そうだな。私も医療部隊に合流せずともいいだろう。……無論予断を許さぬ患者はいるだろうが、今から私が戻っても足手纏いだろうからな」

 

 沈痛な面持ちで顔を伏せる綱手に、ヒルゼンは優しく微笑み掛けた。

 血液恐怖症であるにも関わらず、医療忍術ならば多少の力になれると前線の医療現場にまで足を運び、震えながら時には涙すら浮かべながらも必死に治療を続けた弟子の事を、少しでも楽にさせてやるために。

 

「そのことなら安心するが良い。ウヅキ様が『骨分身』を送ってくださっておる。じきに『木ノ葉』から重・軽傷患者は居なくなる」

 

「うむ。とはいえ、オレに掛かりきりでは医療が発達せぬから今回限りになるだろうが、前線にも多めにチャクラを持たせて走らせた。お主たちが会った伝令と同時に走らせた故、今頃は治療も終わっていよう。さすがに手足は生やせんが」

 

『薬神』

 その異名を思い出した綱手は肩を震わせて喜んだ。

 本当に心からの喜びだった。

 これで、少しでも救われる者が増えると。

 己と同じ境遇となる者を減らすことが出来ると純粋に喜んだ。

 

「本当ですか! それは、前線の者に代わってお礼申し上げます……!!」

 

「構わぬ。当然のことだ」

 

 鷹揚に頷いたウヅキに、ふと今気がついた自来也が続いた。

 

「ところで、他には誰が参加するんです?」

 

「うむ。考えておるのが『瞬身のシスイ』『黄色い閃光』『日向一族のヒアシ』そしてこのワシ、三代目火影を予定しておる」

 

「ほぉそりゃあすごい。錚々たる顔ぶれってもんじゃないですか」

 

「うむ。それだけ今回はワシも本気ということよ。無論、その他護衛、後方支援や感知タイプの『忍』などを編成するがそこは当然じゃな」

 

「でしょうとも。腕がなります。場所はいずこで?」

 

「まだ調整が済んでおらず本決まりではないが、『滝の国』が用意する手筈となっておる」

 

「『滝の国』か、なるほどのぅ。5大国の中間地点ですか」

 

「左様。むろん先も言ったが本決まりではない。日程なども未定だが、お主らを前線に置いておく理由もないので呼び寄せた。もう一つ、重大な報告もある。恐らく最も驚くじゃろう」

 

「まだあるんです? って猿飛先生。さすがにもう驚きませんって。ウヅキ様が蘇ったよりも驚くってどんな事件ですか」

 

「ははっ、まったくだ。それを超えることなんてそうそうない……」

 

「ダンゾウがな、死におった」

 

「「ええー!!?」」

 

「これが生首じゃ」

 

「「うおぉ!!?」」

 

 全く同じ表情。

 そして全く同じリアクションを浮かべた両名の弟子を見てヒルゼンは微笑ましく思った。

 

「お主ら仲良いな」

 

「でしょう?」

 

 その言葉に対して咄嗟に『ニヒル』に笑って斜に構える自来也を押しのけて綱手が机を叩いた。

『ミシリ』と嫌な音を机が立ててヒルゼンも思わず顔をしかめた。

 

「先生! いったい誰がダンゾウを!?」

 

 続けて、自来也が復活して綱手に続いた。

 

「いやまったくだのぉ! 猿飛先生! これは誰だって驚きますよ!! 誰がやったんです!?」

 

 その綱手と自来也の言葉に、ウヅキが一歩前に出た。

 厳かに、そして静かに断言した。

 

「オレが殺した。此奴は『うちは一族』の眼球を右腕に嵌め込んで利用しておった。故に処断した」

 

「……この外道。そこまで堕ちていたか」

 

 侮蔑の視線と言葉を投げる綱手に、ヒルゼンは頷きを返した。

 自来也は苦々しい顔で唸った。

 

「ワシも許可をした上で、ワシの目の前で処刑した。故にこれは内部抗争などではない。被害も皆無。先にそれを伝えておく」

 

「……わかりました。しかし、『根』を解体する訳にもいかないのでは?」

 

「そうじゃ、後釜には『うちは一族』に座ってもらうよう打診を予定しておる」

 

「では、未だ空席と」

 

「うむ。ウヅキ様がな、二つ名持ちの『忍』と各一族当主には全員通達してから打診すべきと申された。それが筋であると」

 

『チラリ』とウヅキを伺う視線をヒルゼンが投げる。

 引き受けてウヅキが頷いて続けた。

 

「そうだ。まぁ今思えば戦国の倣いでしかなかったが。強者には伝えておくものだ」

 

「……そうですか。わかりました、私に否はありません」

 

「うむ。まぁ通達だけであるがな。さて、ひとまずの連絡事項は以上となる。また追って連絡するので里からは出ぬように。では解散」

 

 その一声で綱手と自来也の両名は退出していき、そうしてこの場にはウヅキとヒルゼンだけが残った。

 僅かな沈黙。

 そして、『ふぅ』と息を吐いたヒルゼンから確認するように質問が入った。

 ウヅキはそれを、窓の外にある『顔岩』を見ながら聞いた。

 

「ウヅキ様。いつの間に全盛期の力を取り戻されていたのですか?」

 

「む? あぁ今日の朝にな。やってみたら出来たわ。むろん取り込み中である故に今すぐとはいかぬが、じきに戻るだろう。具体的にはそうだな、1週間くらいか?」

 

 1週間。

 その期間を聞いて、ヒルゼンは予定をある程組み直す事を検討して居た思考を破棄した。

 それだけの短期間で実力を取り戻せるこの人は、やはりどこかおかしい、と半ば呆れて。

 しかし、不思議と安心感を抱きながら笑った。

 

「……そうですか。やはり規格外ですな」

 

「そうか?」

 

「そうですとも。ところで、扉間様の禁術は本当に使われませぬので?」

 

「あぁダンゾウか。情報があれば有用だろうが『穢土転生』はせぬ。魂だけは焼き殺した刃骨に封印済みであるから、解除せねば復活できぬし、何よりオレはあの術が好かん。あの卑劣者に頼るのは癪だし、何より道理から外れておる」

 

 その意見にヒルゼンは『ほっ』と息を吐いた。

 

「ワシと同じ意見で安心しました」

 

「ふん、同じでない者が異常なのよ。お互い正常ということだな、猿飛」

 

「そうですな。禁術は禁術として扱いましょうぞ」

 

「あぁ。──では行くか」

 

「行きましょう」

 

 そうして最後の二つ名持ちに通達を終えた二人は、予定通りに『うちは一族』居住区へと足を向けた。

 裏側。

 いわゆる『根』である、その頭領を正式に打診するために。

 

 

 




まずは心配させてしまった皆様に対して謝罪を。

先日の息が出来ない話ですが、あれは本当です。
この文章も病院の部屋の中で書いてます。
しかし、過換気。
つまりは過呼吸に該当する『息が出来ない』であったので、死ぬほど苦しいですが、まぁまず死にません。身体が痙攣して全身硬直したりもしますが、基本死にません。

ただ死ぬほど苦しいだけです。
全く問題なし。
人間生きてりゃなんとかなるもんです。

なので、その点はご安心くださいませ。
ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。

ちなみに『死者蘇生』出来るのは今作中君麻呂が唯一無二でこれが最後です。
かつ君麻呂もこの1回が最後で、もしもう一回作中で死ねば『死者蘇生』不可ですので、何でもありだけど本当に何でもありではないので、ご安心ください。
あ、いや。ウヅキは転生条件揃えばまた君麻呂に転生出来ちゃうか・・・。
まぁそれはさておき。

ではでは。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

打診

約9000字



 

 

「──お初お目にかかります。うちは一族が当主。うちはフガクと申します」

 

 ウヅキの前で、まだ30程だろうか。

 若年と呼べるほどの若い男が正座しながら堂々と名乗っていた。

 言葉遣いこそ丁寧であるが、頭は下げていない。

 創始者の一人でもあるウヅキに対するには横暴とも呼べる振る舞いだったが、ウヅキは笑って受け入れていた。

 

 当主同士に優劣はない。

 故に頭を下げる必要はないという強気な意思表示は好ましい。

 ウヅキが胡座をかき、両手を両膝の上に置きながら返答した。

 

「『かぐや一族』が当主。ウヅキである。此度は一つ提案に参った。話をするが、良いか?」

 

「もちろんです。お話を伺いましょう」

 

 フガクは頷く。

 事前に『全当主に対して』通達はしているのだから、内容はフガクも知っている。

 が、そんなことは関係がない。

 公式の会談で伝えてこそ意味がある内容だからだ。

 

 ウヅキが両の拳を握りしめて畳に押し当てる。

 前に向きながら、ここだけの話という雰囲気で顔を前に寄せた。

 無論、形だけではあるが。

 

「話というのは他でもない。木ノ葉上層部の裏組織。『根』のトップであった志村ダンゾウ。此奴が『うちは一族』の眼球を私的に用いていた事件が発端である。非人道的すぎた故に、そちらに相談せず、こちらで既に処断済みであることは謝罪しよう。しかし、必要なことであったとまず理解してもらいたい。……これらが証拠だ」

 

 脇に控えていた、持ってきていたダンゾウの右腕と頭部を、お盆に乗せた上で差し出す。

 その苦悶に歪んだ顔と冒涜的な右腕を目にしても、フガクに動揺はない。

 淡々と失礼、とだけ述べて写輪眼を開眼させる。

 じっくりとダンゾウを確認し、そして確認が終わった後に重々しく頷いた。

 

「間違いなく志村ダンゾウでしょう。そして、この右腕の写輪眼は『うちは一族』のもので間違いない。……一族の者に代わり、お返し下さった事に感謝する」

 

 やはり頭は下げない。

 しかし、目礼をしながらの言葉に滲む感謝の気持ちは伝わる。

 

 ここでの感謝とは、謝罪を受け入れるという意味合いである。

 ダンゾウの右腕と頭部と引き換えに、『うちは一族』と『木ノ葉の里』の間での禍根を残さないという宣言でもある。

 怒りはあるだろう。

 しかし、ここで揉めるメリットがない。

 下手人は既に処断されており、責任の所在を里に求めるのは可能ではあるものの、非常に難しい。

 何故なら『志村ダンゾウ』と現火影が、表ではさておき、事実上の反目をし合っていた事は周知の事実。

 改善策も事前に伝達されている。

 この状態でさらに不満を述べるなど、百害あって一利なしである。

 ほぼ確実に『かぐや一族』と現火影からの不興を買うのだから、その判断は通常考えられない。

 

 それ故にウヅキと火影も問題なく謝罪が通るとは思っていたが、それでも一つ目の関門を突破したことで少しばかり場の空気が弛緩した。

 座りながらも、弛緩した空気を締め直すように佇まいを改めて正し、ウヅキが頷きながら続けた。

 

「いや、心中お察しする。だが、二度とこのような事件を起こしてはならぬと、オレは考える。これは火影も同意している」

 

「いかにも。ワシも同意見だ」

 

 ウヅキに続き、ヒルゼンも頷く。

 予定調和であったため、フガクからも深い追求はない。

 そのまま続けられた。

 

「それ故に、『うちは一族』に新たな暗部組織を創設してもらい、木ノ葉の裏側を掌握してもらいたい。今回の本題はこちらにあるが、如何か?」

 

 その問いかけに対して、フガクは厳しい表情の沈黙で答えた。

 数秒の間を置き、そして開かれた口からの言葉は、表情から察せられた通りのあまり好意的とは言えない回答だった。

 

「……お心遣いは感謝する。だが、『うちは一族』を預かる者として容易には決められぬ事だ」

 

 正式な打診は今回が初めてである。

 しかし、事前に全ての当主に対して内々(うちうち)に通達している内容でもある。

 つまり、この返答が意味するのは、3日という時間があっても、一族内部で意見が纏まらなかったという返答である。

 『ヒヨリの懸念』が当たったやも知れぬと思いながら、さらに話を引き出すためにウヅキは会話を続ける。

 

「であろう。察するに、一族の負担が増えてしまう事を懸念しているかと思うが、如何か?」

 

 一族の負担。

 この言葉は色んな受け取り方が可能である。

 例えば人員的な問題。

 現在は戦争中である。

 どこも人手不足であるから、人員不足を理由に新しい仕事を抱え込む事に懸念を示す事は十分に言い訳として成り立つ。

 ウヅキは表向きとしては、そういった意味合いで告げた。

 

 しかし、裏の意味合いとしては異なる。

 ヒヨリが唱えた懸念。

 それは、負の感情が『うちは一族』に集まりすぎる点にあった。

 警備部隊というのは、安全を守るという重要な役目である。

 自尊心の高い『うちは一族』を満足させるに足る役割だ。

 

 しかし、取締るという事はマイナスのイメージがどうしても付き纏う。

 そこに彼らの秘密主義や『うちは一族』の身内以外に厳しいとも取れる態度から誤解が生まれかねず、既に『木ノ葉の里』では『うちは一族』に対するあまり良くない類の声が噴出している。

 

 衆愚政治という言葉があるが、民衆とは基本的に安易な方向に誘導されてしまう質がある。

 この場合の安易な方向とは、本質を見誤り、表面的な部分しか伝わらずに誤解が広まるという意味である。

 

 つまり、里を守るための『うちは一族』の努力が『傲慢』『権力の悪用』や『里の者を虐げている』という印象になっている恐れが十分に高い事を意味する。

 プライドの高い『うちは一族』が、権力を悪用する恐れはあまり考えられない。

 しかしそれは深い理解がなければ辿りつかない結論であり、噂で広まる事を期待するには少し無理がある。

 

 そんな状況下で、裏側。

 つまりは暗部の管理まで『うちは一族』に権限を渡した場合に、怪しい事があればそれは『うちは一族』の仕業だ、という処にまで印象が悪化しかねない。

 そして『うちはフガク』がその懸念に気がつかない訳がない。

 

 権力が増す事を歓迎する『うちは一族』の者は多いだろう。

 しかし、『うちはフガク』の懸念に賛同する『うちは一族』もまた多いはず。

 そうなった場合は最悪『うちは一族』が内部分裂しかねず、内戦に発展する恐れすらあるとヒヨリは懸念を示した。

 

 そしてウヅキはそんな事を狙っていないが、『木ノ葉』やウヅキが『うちは一族』に対して、内部分裂の工作を仕掛けていると受け取られる場合もあり得るとヒヨリは告げていた。

 

 幸いにして、フガクの様子からそこまで印象は悪化していないように思われる。

 ダンゾウの死体を最初に見せた事。

 ウヅキと火影が同時に顔を見せた事で、多少であれ信用を得た結果であった。

 

 このように、様々な懸念点がある。

 しかし、上記の懸念を公式会談でそのまま伝えては、逆に印象が悪化しかねない。

 極論ではあるが、当主であるのに一族を纏められていないと指摘するのと同意義であるからだ。

 故にオブラートに包んで、色々な意味で受け取れる言葉を投げかけた。

 

『一族の負担が増えてしまう事を懸念しているかと思うが、如何か?』と。

 

 フガクはその気遣いを十二分に理解した。

 そして、だからこそ、あえて内情を開示した。

 

「そうですな。『一族の負担』が増えるのはもちろんですが、いやはや私も若年であるからか、内部を纏め切れておらず。みなで意見を出し合って決めたいと思う故に、しばしお時間をいただきたい」

 

 内部を纏め切れていない。

 そこまでフガクが明言したのであれば、ヒヨリの懸念がズバリ的中したと考えて良い。

 ウヅキはそう判断し、火影──ヒルゼンに視線を投げた。

 

 それは予定通りの提案をするが良いか、という最終的な確認を意味する視線であり、ヒルゼンは当然の様に頷いた。

 

 この頷きはフガクに見せるためものでしかない。

 公式会談中であるために、一部の一族を贔屓する発言を火影たるヒルゼンが残す事は出来ない。

 しかし、形として残らないものであれば、暗黙的に頷きを返す事で、ヒルゼンも了承しているとフガクに伝える事ができる。

 

 そんな面倒くさい前提を行って、ウヅキは口を開いた。

 

「少し話が変わる。これは『かぐや一族』当主としての提案であるが、息抜きも兼ねて『かぐや大祭』に参加しては如何か? ──いやはや、オレも当主に復帰したばかりでな、一つ余興でも打ち上げようかと思うておる。そこで『うちは一族』の力も借りてみたくてな。どうだ、一緒にやらぬか」

 

 この時代の能芸とは、いわゆる舞台、歌や舞などの芸能である。

 つまり、身も蓋もない話であるが、楽しい催しである芸事を通して『うちは一族』は怖い一族じゃないよ、と民衆に知らしめる目的がある。

 改善策として提案したのはヒヨリであったが、これを聞いた時ウヅキが思ったのは『うちは一族アイドル化計画』であった。

 

 あんまりな物言いだが、的を射ている。

 

 眉目秀麗(びもくしゅうれい)な者が揃う『うちは一族』である。

『かぐや一族』は白髪の者が主であるから、もし黒髪の『うちは一族』が参加するのなら一目瞭然でハッキリする。

 その上である程度愛想の良い者を選び、芸事をやらせればイメージ戦略としては十分だろう。

 

 そして芸事の中でウヅキが『うちは一族』に関しての協力を表明して、『かぐや一族』と『うちは一族』の関係が良好である事をハッキリと示せば、ウヅキの名声を利用して『うちは一族』の印象改善に役立てる事もできる。

 

 あとは定期的にこういった催しを行っておけば、『うちは一族』に対する印象が悪化の一途を辿る恐れは非常に低くなる。

 顔を見るだけでも、人というのは安心するものであるから、効果としては十分に期待できた。

 セキュリティ面に関しては今回、目を瞑っている。

 

 生産者の顔、ではないが、どういった者たちが里を守ってくれているのか、を知る事で民衆は安心する。

 民衆からの反応を得る事で、『うちは一族』も里中から認められている認識を持つ事ができる。

 結果として、双方ともに精神的に安定を得る。

 

 これは非常に大きい。

 あの『うちは一族』の帰属意識を『木ノ葉の里』に向ける、という意味合いなら、扉間の発案の『警務部隊』よりも効果的である。

 

 双方が丸く収まる手段ではあるが、懸念点は『うちは』と『かぐや』両一族が深く結びついてしまう点にある。

 それを、火影たるヒルゼンは了承した。

 事がここに到れば致し方なしとした。

 終戦にウヅキが協力的であったこともあって、まとまった話だった。

 もちろん、両一族の繋がりを警戒する木ノ葉内部や『火の国』上層部からの妨害工作などが行われるだろう。

 他里が関わってくる恐れもある。

 

 しかし、それはヒヨリが完全に制御すると断言した。

『かぐや信仰』最高位司祭。

 その権限をフル活用することを朗らかに宣言した。

 

 故に心配なく提案できる、という腹案であった。

 しかし、さすがのフガクも芸事と急に言われても、という思いが滲み出ており、表情には困惑が強い。

 芸事を通して、民衆の不安を解消してソレが結果的に『うちは一族』が抱かれるであろう『負の感情』という懸念を解消する事に繋がるとは、想像すらしていない様子だった。

 

「芸事……ですか? いや、しかし、『うちは一族』も神社はありますが、そういった技能を持った集団は抱えておらず」

 

 少し困惑気味にそう言うフガクに、苦笑いしながらウヅキが続ける。

 

「いや、無論そういう話ではない。『うちは一族』から、協力を願えればと思うのだ。例えば、当主同士の武舞(ぶぶ)や、忍術を用いた芸などを考えておる」

 

 ヒヨリの考えの中では『かぐや舞踊』や祭事に『うちは一族』を参加させる、というささやかなモノであったが。

 

 しかし、ウヅキの脳内にあったのはサーカス集団のイメージだった。

 忍者の基準で言えば、前世のサーカス程度の技能は軽く練習すれば容易(たやす)い。

 しかし、一般人から見れば圧巻の芸になるであろうというウヅキの読みだった。

 火遁で火を吹くだけでもエンターテイメント性は非常に高い。

 そこに忍者の身体能力なども加えて、性質変化も多種多様に加えれば、軽く十や二十の絶技とも呼べる芸は思いつく。

 

『戦力』としてしか見られたことのなかった忍者に対しての新しい観点。

 期せずして終戦後の新たな産業を切り開こうとしているウヅキの言葉に、疑問を浮かべながらもフガクは幾つかの質問を行い。

 

 結果として『かぐや一族』と『うちは一族』の協賛で『かぐや大祭』にて芸能を行う事に決まった。

 

 とはいえ、ウヅキは五大国との終戦交渉にも同行する必要がある。

 そのため『かぐや大祭』の日程の調整が急がれるが、しかし、民衆の多くが参加しなければ、閑散としてしまえば効果は半減どころか逆効果でしかない。

 

 幸いにして『停戦祝い』という名目が存在したために上層部とも掛け合い、民間に現在停戦が行われている事を広く周知する目的での『かぐや大祭』の開催許可を取り付けて、大々的に祭りを執り行うこととなった。

 戦費が切迫する中であったために多方面からの批判も相次いだが、費用という面では、ウヅキの規格外な治療という『切り札』があったために、『火の国』上層部に位置する者たちの治療を条件に費用の融資を取り付け、また『かぐや信仰』への寄付という形での融資なども広く募集して、僅か1週間という大忙しのスケジュールで1週間後に『かぐや大祭』の開催が決定した。

 

 つまり、『うちは一族』が正式な打診を受けて僅か2週間後には『かぐや大祭』が開催される運びとなった。

 

 これに慌てふためいて準備に追われたのは当然のことながら『うちは一族』である。

『かぐや大祭』

 歴とした『木ノ葉』に根付く伝統的なお祭りであり、祭事の格としては最上位に位置する。

 当然の如く、参加を許される、芸を披露する事が許される者は『かぐや一族』の中でも魅せる技術に特化した者ばかりである。

『奉納祭』とも呼ばれる祭事で舞える事は『かぐや一族』の中でも非常に名誉のある仕事であった。

 そのため競争率が尋常でなく高い。

 一族総勢がこの舞台で舞うために競って技術を磨くため、その舞は一生に一度は必ず見る価値があると云われる程であった。

 

 そんな者たちに混じって、素人集団が芸を披露する。

 命じられた『うちは一族』の者が阿鼻叫喚の騒ぎとなるのも無理はなく、小さな頃から見たことのある舞台に立てる喜びよりも、あんな凄い舞台に立てるわけがない、という動揺や不安の方が大きいほどだった。

 

 それほどに『かぐや大祭』の知名度、格は高い。

 何せ『木ノ葉の里』に限らず、『火の国』や他国からもこの祭りだけを目的とした旅行客が訪れるほどの賑わいをみせるのだから、その緊張は押して測るべしである。

 

 普段の任務や戦場などとは、まるで違う種類の緊張感。

 失敗しても命は失わないが、それ以上に一族の名に傷を付けるかも知れないという、あまりに恐ろしい想像は『うちは一族』と言えども身を竦ませる程だった。

 

 

 

 ウヅキも蘇って日が浅い。

 まさか50、60年前は適当な思いつきで『かぐや一族』の伝統芸能を残しておこう、くらいの軽い気持ちで開いていたお祭りが、洗練に洗練を重ねて、こんなにも大規模な影響力を及ぼしているとは想像すらしていなかった。

 規模の大きさを聞いたときは目を見開いて驚いたほどだ。

 

 だが、驚きはあったものの、それからのウヅキの行動に影響を及ぼすほどではなかった。

 いくら祭りが大きくなろうが、やることは同じ。

『忍』の世界に芸という概念を持ち込むだけであるのだから、むしろ世界初となれば大規模に盛大に行った方が良いとすら思っていた。

 

 だが、ウヅキの視点と『うちは一族』の視点は同一ではない。

 軽く熟せる程度の提案というウヅキの認識と、死に物狂いで修練しなければ達成できない任務である、と焦る『うちは一族』の認識。

 その差異は非常に大きく、極論を言ってしまえば、のほほんとしたウヅキに『うちは一族』の者が詰め寄るほどに話は切迫した。

 結果として、残り1週間でウヅキが付きっきりで稽古を付ける事となった。

 

 そんな話を聞いたヒヨリは普段通りに、着物の袖を摘みながら口元に当てて『ほほ』と笑っていた。

 半ば予想出来た結果である。

 故に焦りはなくむしろ楽しんでいる様子ですらあった。

 

「ウヅキ様。この流れも予期はしておりましたが。しかしあの子達に付き合わずとも良いかと。『うちは一族』の者が上手く舞えずとも、芸が失敗に終われど。今回は民に寄り添う事が目的でございますれば。あの『うちは一族』が失敗を恐れず果敢に挑戦し、その上で失敗する姿を見せる事も、これもまたイメージ戦略としては有効でございます。何もウヅキ様が付き合わずともよいのに。必ず成功させる必要はございませんよ?」

 

 大局を見据えるヒヨリからすれば、表舞台に『うちは一族』を立たせるだけで目的は達せられる。

 故に成否に関しては、あまり気にしていなかった。

 重要なのは事が終わった後に流れる噂話を意図した方向に制御する事こそ肝要であり、芸事の成否はあくまで余興に過ぎないとすら考えていた。

 

 その視点と推測は正しい。

 事実、成否に関わらずヒヨリ、というよりも『かぐや一族』の情報操作能力を持ってすれば、今回のイメージ戦略は既に成功が確約されていると言っても過言ではない。

 その下準備も終えており、祖母譲りの有能さを際立たせているヒヨリであったが、ウヅキは首を横に振って甘さを指摘した。

 その視点は成否ではなく、過程にあったため、ヒヨリが特に気にしていない部分であった。

 

「いや。甘い、甘いぞヒヨリ。『うちは一族』のプライドの高さを甘くみておる。奴らは失敗を他人に見られることなど絶対に許容せぬ、そうなるくらいなら死に物狂いで事前に訓練するであろう。残り日数の七日七晩程度なら寝ずに平気で訓練する姿が目に浮かぶわ……。発案者であるオレが管理せねばならん。隈を浮かべた死相の見える忍者を舞台に立たせる訳にはいかんだろう?」

 

「……そうですか? まぁ仰ることも一理ございますが、芸の案だけ渡して、後はフガクに任せてしまえばよいのに」

 

「うむ、あのマダラの一族だぞ。絶対にそうなるとオレは確信する。あと、オレ個人としても芸を楽しみたいのだ」

 

「まぁ」

 

 『ほほ』と笑いながら、いまいち『世界初』に挑戦する漢の浪漫を理解していなさそうなヒヨリのことは置いておき、ウヅキは腕を組みながら決心する。

 この世界で初めての大道芸集団の創設。

 目に浮かぶのは、賞賛の雨霰(あめあられ)を浴びる光景。

 忍術と優れた身体能力があれば、十分に実現可能だ。

 

「やるしかあるまい、大丈夫だ。忍者であれば軽くこなせる内容でしかないからな。……だが、途方もない難易度にした方が『うちは一族』も喜ぶだろうか?」

 

 うんうんと一人頷きを繰り返すウヅキのことを、おっとりした表情で眺めるヒヨリ。

 やめてくれ、と切実に止める者は残念ながらこの場にはおらず。

 ここに、ウヅキ主催地獄のサーカス団訓練開催が決定された。

 

 

 

 

 

 

 

「──なんやかんやで、もう本番ですか。……本当に大丈夫なんですかね……?」

 

 顔立ちが整っていて、実力のある者。

 当然『二つ名持ち』が含まれないはずもなく。

 うちは一の実力者とも名高い『うちはシスイ』も団員として選出されていた。

 

 弱冠15歳である。

 その齢で『瞬身』の二つ名に見劣りしない凄まじい技量を見せつけてはいたが、あくまで大道芸の一環だ。

 自分では出来て当たり前の事を少し魅せる様にアレンジしたに過ぎず。

 もちろん、芸事の稽古はみっちりと仕込まれたために、このシスイですら大の字で寝そべってその日の終わりを迎える程であったが。

 それでも大道芸などした事がないために、本当にこれで大丈夫なのか、という不安が拭えないシスイであった。

 

 そんな不安な気持ちの滲んだ声を受けて、ウヅキは快活に笑った。

 

「わからん!!」

 

 ウヅキがあんまりにも堂々と言うものだから、シスイは頷きそうになったが、内容は無責任にも程がある。

 思わず二度見して、その後にドン引きの表情を露わにしたシスイに、ポリポリと頬を掻きながらウヅキは続けた。

 

「いや、本当にわからんのだ。何せこの世界で初めての試みであろうからな」

 

「えぇ……」

 

 初めてだから、予想出来ない。

 その理由は理解できる。

 しかし、理解できることと、納得できる事は別だ。

 この不安な気持ちをどうすればよいのかと持て余してしまう。

 

 シスイが少し背後を見れば、同じように不安な表情をした一族の者達が控えていた。

 これが戦争であれば、皆真剣な表情で任務に挑むだろう。

 だが、今回は大道芸である。

 気の抜けるような気もするし、緊張するような気もする。

 

 シスイ自身も己がどういった心境なのかイマイチ釈然としない程だった。

 そのため、さすがに気持ちの整え方がわからない。

 覚悟の決めようがないとも言える。

 

 そんなうちは一族の様子を見て、しかしウヅキは自信ありげに笑った。

 

「ああ、確かにわからん。だが、先駆者とはそういうものではないか。己が努力は裏切らぬ、今日までに身に付けた技を披露すれば、自ずと結果は出てこよう。事がここに到れば出し切るしかないのだ。やるか、やらぬか、『うちは』の精鋭たちよ。どちらを選ぶ?」

 

 挑発的とも取れるウヅキの発言。

 プライドの高い『うちは一族』が『やらぬ』という選択肢を選ぶ事はありえない。

 だが、『やる』にしても、踏ん切りがつかないのは変わらない。

 顔を見合わせる一族の者たちの中で、唯一平常心を保っていた少年。

 いや、幼年の男の子がキッカケを作った。

 

『うちはイタチ』

 最年少での参加を推奨された鬼才である。

 僅か1週間で、一から全てを覚えた怪物は周りの事など気にしないとばかりに身体の筋を伸ばしながら、事もなさげに発言した。

 

「ウヅキ様に鍛えて頂きました。『うちは一族』の名に懸けて、僕は己に出来ることを、教わったことをやるだけ、です」

 

 その頼もしい姿にシスイは苦笑し、ウヅキは面白げに口角を上げて笑った。

 

 幼年の男の子がやる気になっているのに、大人衆はこの体たらく。

 そんな事は許容出来ないとばかりに、自然と一族の意思が『やる』という方向性で固まった。

『やる』と決めれば、元は戦場での猛者共である。

 不安の色は瞬く間に消えて、各々が身体の状態を確かめるように入念に手入れを始める。

 

 その中にあって、初めから冷静さを保っていた4歳児が際立っていた。

 幼年の子供──『うちはイタチ』を眺めながら、ふと面白い案を思いついたウヅキは『うちは一族』に声を掛けて『かぐや一族』の居住区に足を進めた。

 ウヅキが蘇ったキッカケであり、ちょうど『うちはイタチ』と同年代である『君麻呂』が住む場所に向かって。

 

 

 その数刻後。

 

 ──『かぐや大祭』の始まりを告げる花火が、夜空に向けて盛大に打ち上げられた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大祭

約15000字



 

 

『かぐや大祭』

 

 それは3日間に渡って行われる行事である。

 初日は始まりを告げる鐘を鳴らし、大通りを神輿を担いだ『かぐや一族』と一緒に参加希望者が練り歩く。

 各々が思い思いの格好で参加するため混沌としているが、それもまた醍醐味である。

 

『かぐや神社』から神輿が担がれて『木ノ葉の里』を一周すればお祭りの開始だ。

 

『かぐや神社』の前にある『かぐや広場』に篝火が焚かれて、盛大な炎が立ち上る。

 神輿は広場の高見台に設置され、炎に照らされた神輿を誰でも見る事ができる。

 

 出店が立ち並び、初日は比較的穏やかに過ぎていく。

 区画によって営業時間が異なるが、移動さえすれば何時でも出店を練り歩く事が出来る。

『かぐや広場』は常に炎が灯っているから、夜でも昼でも神輿の周囲は明るく見る事が可能だ。

 

 しかし、祭りらしいイベントが行われるのは主に夜である。

 理由はウヅキがそう決めたからである。

 本人曰く『夜の方が映えるだろう?』とのことではあるが、それがいまだに引き継がれている理由は先人の言葉というだけではなく、確かに炎を背にした舞台の方が見栄えが良いからだろう。

 

 そして1日目は前夜祭の位置付けである。

 夜に舞や舞台などは行われず、簡単なキャンプファイヤー会場として広場が開放されている。

 一般市民などが思い思いに好き勝手に踊れる時間は防犯上限られてはいるが、それでも十分楽しめるだけの時間が開放されていた。

 

 つまり、初日には芸事はなく、『芸』という意味での『祭り本番』は2日目からとなる。

 

 

 

 2日目の夜。

 花火が打ち上げられて舞台の幕が上がる。

 無数の星が浮かんだ夜空に、赤青緑と色とりどりの花火が上がった。

 舞台からも多色の火花が吹き出して幕が上がってゆく。

 

 

 一族の中で最も技量に優れると認められた者だけがこの場で最初に踊る事を許される。

 幕が上がり切れば、その舞台に立つのはたった一人だった。

 華美な装飾の施されたウサギの面を身につけた神子服の女が緩やかに、そして艶やかな一礼を披露して、ついに舞台が始まった。

『かぐや舞踊』と呼ばれる舞が披露され、笛と弦楽器の音色の響き渡る中、火の粉に照らされながら楽しげに舞い踊る『兎面の女性(ヒヨリ)』を眺めて、民たちは思い思いにその舞を楽しむ。

 

 一生に一度は必ず見る価値がある、と云われる舞。

『かぐや一族』の伝統的で超人的で軽やかな舞と音楽を楽しんだ後は、簡単な歌が披露される。

 

『かぐや歌』と呼ばれるそれは、太古の昔に存在した『(うさぎ)の女神』のことを伝える唄だった。

 

 

かつて女神生まれけり

大地の争いを収め、神の如き力で争いを生む軍勢を退けり

安寧を齎した女神を、民は崇めけり

長き安寧の中で、印を授かる唯一の一族生まれけり

名を、かぐや一族と申す

 

 

 その(くだり)から始まる歌。

 

 内容は、善政を敷いていた女神が『鬼』となり、眠りについたところで終わる。

 締め括りは、いつか蘇る女神のため、かぐや一族は脈々と力を受け継いでいる、となっている。

 そして、総括として。

 そのような過去から学びを得て、かぐや一族は驕らずにこれからも繁栄を目指してゆく、と。

 

 長老や当主のみが引き継いでいる、真相の秘められた『裏番』もあるがそれはこの場では歌われない。

 

 朗々と祝いの席に相応しい歌のみが詠われ、そして改めて花火が天高くに打ち上げられた。

 

 

 

 本来なら複数名での『かぐや舞踊』や寸劇、演劇が行われるタイミングではあるが、今回は『うちは一族』と『かぐや一族』の協賛での、アクション演劇が披露された。

 

 

 事前に通達されていたとはいえ、例年と違うスケジュールは会場にどよめきを生んだ。

兎面の女(ヒヨリ)』が緩やかな一礼で舞台を去った後。

 その穴を埋めるように、次々と舞台上に狐面を顔側面に着けた『うちは一族』の中でも顔の良い者たちが立ち並んだ。

 

 その中心人物として、『うちはシスイ』が人好きのする笑顔を浮かべて、舞台上からこれからの予定を端的に伝えて、民衆の喝采の中で舞台が始まった。

 シスイが宙に放り投げた複数の『煙玉』と『閃光玉』(効果を抑えて花火っぽく調整済み)に対して、火遁・鳳仙花で火を灯して、落ちてくる玉がシスイを覆い隠すようなタイミングで、シスイは満面の笑みで開演を高らかに宣言した。

 

 ボフンと煙玉がはじけて、閃光玉が色とりどりの光を放って、シスイが瞬身でその場を去る。

 民衆からすれば一瞬で消えたようにしか見えず、しかしそんな動揺をする前に、煙玉を払って別の『うちは一族』の者が新たな忍術を放ってゆく。

 

 

 舞台の始まりだった。

 

 お客を楽しませられるように、簡単なストーリー説明から始まる。

 今から始まるのはとある男たちの生き様を描いた物語である、と。

 

 立体的な音響を用いて──もちろん全て肉声だが──圧倒的な肺活量で朗々とストーリーが語られる中でも忍術による芸は続く。

 昔々あるところに、幾つもの『忍の集落』があった。

 そんな文言から始まる作られたストーリーもあって、観客は舞台に集中した。

 

 まずは争い合う者たち。

 ただ戦争後ということもあるので、かなりオブラートに包んだ芸を意識していた。

 

 火遁を用いた芸としては、大規模な火遁・豪火球を複数名で天に打ち上げ、着弾点で待機した忍が火球を割って出てきたように演出する。

 鳳仙花の術で花びらの形に形態変化させて周囲を舞わせたり、打ち上げたり。

 動物を模した炎が辺りを駆け回り、龍を模した超巨大な炎と戦う演出なども行った。

 披露されるド派手な忍術(芸用に調整済み)は観衆の関心を集めて、事あるごとに歓声や感嘆の声、驚きの声などが上がった。

 

 身体能力を生かした芸も披露された。

 信じられないような速度と立体的な軌道で──本人達からすれば非常に緩やかな速度だが──舞台上のオブジェクトを駆け抜けて、時には天井などに吸着して、アクロバットな動きで超高度で高速の新体操染みた芸や体術などを披露した。

 あえてハラハラさせるような、そんな挙動を意識した事もあって飽きられる事もなく舞台の熱は高まるばかりだった。

 

 体術だけでなく、忍術を使った応酬もあった。

 魅せるために手加減だったり、演出だったりを加えた術を披露した。

 

 特に向かい合った双方が放った、割と本気の火遁・豪火球が舞台の中央で相殺された際などは、悲鳴にも近い歓声が響き渡ったほどに盛況を迎えた。

 

 そして、規模は小さいが大盛況を迎えた演目として、弱冠4歳の『うちはイタチ』と『君麻呂』の武舞(ぶぶ)が挙げられた。

 ストーリー枠としては、若いウヅキと若いマダラを意識していた。

 若かりし時の対立する二人の当主、という設定だ。

 

 周囲では小競り合いに見せる大人たちの交錯や、忍術を用いた演出で出来る限り派手に工夫していたこともあるし、また己よりも小さな子供が、圧倒的な速度で戦い合う姿は観衆を感心させ、そして忍の凄さと重要性を再認識させた。

 

 幸いな事に子供が戦い合う凄惨さは感じさせなかった。

 それは何よりも、二人が楽しそうに競い合っていたからであり、武器はあえて木で作られた物で行ったからでもあった。

 チャンバラごっこの延長線にある遊戯。

 そういった印象を与えた事で、舞台の雰囲気は見守るといったような空気感が漂っていたのだった。

 

 二人が精一杯の汗を流した後、客席に一礼する時などは拍手万雷が送られて。

 イタチも君麻呂も、二人とも少し照れ臭そうに笑っていた。

 

 そして本日のメインイベントが始まりを告げる。

『かぐや一族』当主であり、創始者の一人でもある『ウヅキ』と、『うちは一族』を率いる現在のうちは当主。『うちはフガク』の武舞(ぶぶ)開演である。

 演目としては最終決戦。

 先ほど出てきた若い二人の成長した姿である、というストーリーだ。

 

 戦いは壮絶を極めた。

 今までの戦いはあえて力量を抑えていた事もあって、二人はある程度本気で戦った。

 そうすることで、やはり当主は凄い、という印象を与えるためだった。

 目にも止まらぬ速度の応酬。

 何合もの打ち合いを行い、二人が離れて距離を取った時など、大歓声が客席から溢れたほどだった。

 デモンストレーションの一環としてウヅキは『残火』を。

 フガクは『写輪眼』を使って応酬する。

 

 戦いの流れの中で、ウヅキがわざと落とした刃骨をフガクが拾い、お互いに刃骨を激しく打ち合わせる。

 何合もの打ち合わせの中で、ウヅキが視線で合図する。

 フガクも視線で頷きを返す。

 

 そのタイミングで刃骨が双方ともに砕けた。

 徒手に切り替えて、殴打が応酬される。

 

 殴り合い、蹴り合い、しばらくの応酬を続けた後にお互いの蹴りが宙で激突する。

 衝撃波すら伴って舞台を揺らした後の静寂。

 

 音響での状況説明が行われ、お互いの力を認め合った二人は共に一族を盛り立ててゆく、という流れで和解の印を組む。

 民衆はその印を知らないが、場内に響く音声の説明でそれを理解して、平和を長らく望んでいた民衆から、これからの明るい未来に対する展望もあって大歓声が上がった。

 

 その後はお互いにゆったりと姿勢を正して、客席に向けて一礼した。

 

 再び沸き上がる歓声。

 舞台を揺らすような歓声の中で、フガクとウヅキは外向きの笑顔ではあったが、満足げに微笑んでいた。

 

 そこからは余興として──ウヅキにとっては本命であるが──ウヅキ発案の普通っぽいサーカス芸が披露された。

 玉乗りであるとか、綱渡りであるとか、壁走りであるとか、わざわざ水遁で水を張った後の水上芸であるとか、様々である。

 そういった芸も観衆には目新しいものとして映っており、大盛況の内に『うちは一族』と『かぐや一族』の協賛で行われた舞台は幕を閉じた。

 

 

 

 

 そして。

 祭りを終えた『うちは』の集落の中には穏やかな時間が流れていた。

 酒盛りをしながら、笑い声は絶えない。

『かぐや一族』も加わって、戦時中では考えられないほどの盛大な宴を行なっていた。

 久々に訪れた安寧の時を享受(きょうじゅ)するように、参加する者みんなが笑顔を見せていた。

 

 祭りは終わった。

 3日間にも渡る祭りは大成功の内に収束していた。

 後片付けの時間もそこそこに終わらせ、いわゆる『打ち上げ』として今度は『うちは一族』の住む境内(けいだい)で、二人の男が騒ぐ一族の者たちを眺めながら美味い酒を酌み交わしていた。

 

 

 

「──どうだ、フガク。気は晴れたか」

 

 その声の主はウヅキだった。

 (さかずき)を片手に胡座を組みながら、縁側に座っている。

 空に出ている月を見ながらの月見酒でもあって、美味げに酒を口に運んでいた。

 

 ウヅキが声を掛けたのはその横に座る、黒髪の男だった。

 同じように縁側に腰掛けて胡座を組み、また同じように(さかずき)を傾けていた。

 

 黒髪の男──フガクは1週間ほど前に提案された、ウヅキの言葉を思い返す。

 

『息抜きも兼ねて『かぐや大祭』に参加しては如何か?』

 

 そういえば、そういう名目であったとウヅキを見ながら、目を『パチクリ』させた後にフガクが忍び笑いを漏らした。

『くっくっく』と心底面白げて、自分はそんなお題目を忘れるほど必死に取り組んでいたのかと思えば可笑しくもあった。

 

 初めは困惑ばかりだった。

 当主であるフガクも強制参加させられ、日夜ウヅキに扱かれる日々。

 1週間という短い間であったがその経験はフガクとしても得難い、そして久しい経験だった。

 

 和気藹々と。

 殺す事を目的とせず、戦場の事が頭に一切過ぎらない、平和な訓練であったから。

 とはいえ、過酷な訓練ではあったから、そういった意味での死線は何度か乗り越えたが、その程度なら許容範囲である。

 思い返せばいい経験だったと笑えるくらいだ。

 

 過去を思い返した後、ふと『返答をせねば』と我に返ったフガクの脳裏によぎったのは、少し悪戯を含んだ言葉だった。

 心なしか口角を上げながら、意味ありげに視線を向けてから口を開いた。

 その口調は心境と同じように(かろ)やかだった。

 

「ええ、そうですね。あの過酷な訓練から解放されると思えば、心が羽のように(かろ)やかですとも」

 

「ほほう、言うではないか。うちは一族でも厳しかったか?」

 

「ははは、そうですね。あの程度なら厳しくない、と言い張るには少し無理のある姿を一族の(みな)が晒しましたから。この私も含めてね」

 

「そうか、そうだな。そんな姿もよーく覚えておる」

 

 腕を組みながら『しみじみ』と言うウヅキに対して、フガクは酒を飲みながら楽しげに笑った。

 

「ははは、それは出来れば忘れていただきたいですね。何せあまりにもお恥ずかしい醜態ですから」

 

 そんなフガクに向かって、ウヅキが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 忘れてないぞ、と表情で語るような子供っぽい顔だった。

 

「──ああ、シスイ共々シゴいてやった後に大の字で息荒く倒れておったからな」

 

 具体的に、恥ずかしい時の姿を暴露されてフガクは思わず苦笑いを浮かべた。

 気恥ずかしい様子で、指摘されても仕方がないと思っているような、緩い雰囲気だった。

 

「……初日のあれは、我が身の未熟さを痛感しました。──しかし今思えば『芸』とは関係なかったような気もするのですが、何故(なにゆえ)でしょう?」

 

「何を言う。実力を正確に見極めるには実践が一番である事は、お前も同意見だろう? つまりはそういうことだ」

 

「……なるほど、合点がいきました。だから私たち二人だけ、やたらめったら厳しかったのですね」

 

 内心では会話を楽しみながら。

 形だけの渋面(じゅうめん)を見せるフガクに、ウヅキは微笑んだ。

 

「実力に応じての手加減は心得ておる。さすがは『うちは当主』と『うちは』に瞬身ありと謳われたシスイだな。オレも少しばかり本気になったわ」

 

「ご冗談を。あなたが本気になれば、私たちは消炭しか残りませんよ」

 

「うーむ、『残火』以外では、本当に少しばかり本気を出したのだぞ? 自信を持って良い、オレが保証しよう」

 

「そこまで言われてしまえば、素直に喜んでおきましょう」

 

「うむ。そうするのが良い」

 

 そのまま二人で笑い合い、話題は一人の子供へと移った。

 

 

「ところで、お前の息子だが、イタチと言ったか。……あれは逸材だ。マダラに勝るとも劣らぬかもしれん」

 

「……それほどですか」

 

 少し真剣にそう言ったウヅキに、少し不安げな色を見せたフガク。

 ふと察して『いやいや』とウヅキが首を振った。

 

「ああ。……いや、懸念を抱いているのではないぞ? オレが知るのはもう少し成長した後のマダラではあるが、性格こそ違えどその資質は類稀なものを感じる。良い息子を持ったな」

 

 ウヅキのその言葉に含みがないと理解したのだろう。

 フガクはその表情を緩めて、思い出すように視線を宙に漂わせて、その後にウヅキに向かって微笑んだ。

 

「……有り難く、お言葉頂戴します。愚息も喜ぶでしょう。ウヅキ様のことを尊敬しておりましたから」

 

「そうか? ……ふむ、そう言われると悪い気はせんな」

 

 僅かに頬を緩めるウヅキ。

 話題が息子のこととなったので、フガクも以前から気になっていた事に関しても確認しておく。

 もし可能なら、良きライバルとなって欲しいという願いだった。

 

「ところで。ウヅキ様の曽孫である、あの『君麻呂』と言いましたか。あの子も凄まじい技量ですね。イタチとあの子が切磋琢磨すれば、より高みへと近づけるでしょう」

 

「そう思うか。実はな、オレもそう思うておったのだ。あの二人がいずれ『木ノ葉』を担う時が来るやもしれん」

 

 未来の想像をして、嬉しげに笑うウヅキに対して。

 ウヅキもまんざらではなさそうだと知って、息子の未来に少しばかり安堵しながら。

 

 けれど、フガクの気持ち全ては晴れない。

 フガクは少し声を潜めながら別の懸念を伝えた。

 これが叶わねば、また悲劇が訪れるであろうから。

 

「……戦争は、終結しそうですか」

 

 そんなフガクの懸念にウヅキが端的な言葉で答えた。

 強く。明確な言葉で。

 

止める。──このオレの名に懸けてもな」

 

 (さかずき)を持ちながらも腕を組み、毅然(きぜん)と間髪すら入れずに答えるウヅキの回答に、フガクは安堵するように笑みを浮かべた。

 

「であれば、安心してお待ちできますね。……どうか、供をするシスイをよろしくお願いします。あれは優秀な男ですが、まだ若い。至らぬところもあるかと思いますから」

 

「あいわかった。目を離さぬようにしよう。……ところでな、『うちは一族』の当主であるフガクには改めて伝えねばならぬことがある」

 

 安堵してすぐということもあって、その緊張感をフガクは強く感じ取った。

 ウヅキの雰囲気が変わった事を見取って、フガクは佇まいを正して、僅かに身体をウヅキに向ける。

 表情は僅かに怪訝な色が混じりながら、真剣な声音でフガクは聞いた。

 

「何でしょう?」

 

 フガクの、重要な話題であるという判断は正しかった。

 しかし、それはフガクが『既知の事実』でもあった。

 鎮痛な面持ちでウヅキが続けた。

 そして、ウヅキは語りながらその表情を能面とした。

 

「……マダラを殺したのは、いや。惨殺したのは、柱間ではない。このオレだ。……己を抑え切れぬ故に、須佐能乎ごとその胸を貫き殺した。まず生きてはおらんだろう」

 

『うちは一族』の頭領を殺したのが自分である、と告白するウヅキの表情は『能面』であった。

 とある事実を深く思い返した故に。

 

 ウヅキが己を失う程の激怒を顕にした、そのキッカケはマダラが作ったもので間違いない。

 それが到底許せぬ行為だったのも、間違いない。

 

 しかしそれでも、一族を預かる者として私怨に支配された事が肯定される訳ではない。

 ウヅキは一人の親の前に、『かぐや一族』全員の命を預かる者であるのだから。

 

 そんなウヅキを気遣うように、静かにフガクが答える。

 ウヅキにとっては予想外のその答えを。

 

「──そのことですが。存じております」

 

「……ぬ?」

 

 自らの盃に向けていた視線をフガクへと移し、少し『きょとん』とした表情を見せるウヅキにそのままフガクは説明を続けた。

 

「先代から、真実を口伝で引き継いでおります。……うちは最強の兄弟が『木ノ葉』に対して反旗を翻し、マダラはウヅキ様が。イズナは柱間様が殺した、と」

 

「……そうか。あの後にイズナも逝ったか」

 

「そう聞いております」

 

「……そうか」

 

 哀愁を漂わせる横顔で、ウヅキが静かに杯を傾けた。

 喉を酒が通り過ぎる嚥下の音が鳴る。

 

 マダラは優しい男だった。

 そんな男が何故、あんなにも変質してしまったのか、今となっては真相は闇の中である。

 

 あの事件は思い出すだけでも、胸が張り裂けるほどの痛みを感じる。

 だが、戦国はそれが常だった。

 もう、ウヅキはそんな痛みに慣れすぎていた。

 故にこそ、かつての友を殺した責任を取らねばならないと、痛みを理解して受け入れながらも、その思考は私情に寄っていた。

 友を手にかけた罪悪感を、少しでも軽くするために。

 何よりもそれ以上に走る『大切な息子』を失くした胸の痛みを、義務感で上書きするように。

 

 一呼吸を置いたウヅキは前提として言わねばならなかった事を言い終えたことで、本来言いたかった事を、口に出した。

 

「言いたかったのは、マダラを殺した責任を負うつもりがあると言う事だ。『かぐや一族』のみならず『うちは一族』もオレが守ろう」

 

「……」

 

 ウヅキの提案。

 それは誇りなき者であれば、諸手を上げて歓迎する提案だろう。

 だが、フガクは若年ながら一族を守って来た自負がある。

『うちは一族』を守ってきた、率いてきたという強烈な自負だ。

 それは一族に対しての誇りを持つフガクも当然のように持っていたから、その提案は容易に頷けるものではない。

 

 加えてもう一つ、不安があった。

 

 フガクは一旦沈黙で答えて、勢いよく盃を呷った。

 空にした後に、しばらく盃の底を眺める。

 白い陶磁器の輝きが、僅かにフガクの顔を映し出して揺らいでいた。

 

 それは迷いだった。

 

 聞くべきか、聞かざるべきか。

 フガクは口に出そうともするが、『君子危うきに近寄らず』と言う諺を思い出し、辛うじてその衝動を堪えた。

 

 聞きたかったことは『うちは一族』に対して、ウヅキは本当に含むところがないのかという疑問だった。

 何故なら、終末の谷での戦いにて、死者にはもう一人の重要な人物が含まれる。

 

 その者は、他でもない。

『ウヅキの一人息子』であったから。

 

天泣灰燼(てんきゅうかいじん)』と呼ばれる、光が大陸全てを覆ったとも怖れられた、未曾有の天変地異が起きたキッカケである。

 口伝では『うちはマダラ』が、かの御仁(ウヅキ)の一人息子を拐い、目の前で殺した、と伝わっている。

 

 もし自分であれば。

 想像してしまえば到底許せない。

 思い浮かべるだけで腹の底からグツグツとした怒りが込み上げる程。

 そんな経験を経たウヅキが、果たして『うちは一族』に対して何の含みもないと言い切れるだろうか?

 

 フガクは目を瞑って思考に没入した。

 

 これまでのウヅキの言動。仕草。余すことなく全てを思い返す。

 

 一族に対する含みがあるのなら、必ず害意が現れる。

 しかし、微かな害意も感じられなかった、この1週間を。

 

 そして、空の盃をウヅキに差し出す。

 注いでくれとでも言いたげな仕草に、少し困惑しつつもウヅキは酒瓶を手に取って、注ぐそぶりを見せるが、その酒が杯に注がれる前に。

 フガクが力強い視線で言葉を告げた。

 

 それはウヅキを『信じる』という覚悟のこもった言葉だったが、内容はフガクの誇りを反映した故に。

 

 断固たる覚悟で、ウヅキの提案を『断った』。

 

「お気持ちだけ、受け取っておきます。『うちは一族』の当主はこの私、うちはフガクです。一族を守るのはこの私の役目。お任せ頂きたい」

 

「……いや、失礼をした。……オレとしたことが、傲慢にも幾らか目を曇らせたようだ。……任せるとも。『うちは一族』当主たるフガクに全てを任せよう」

 

 フガクは断りながらも、ウヅキに対する含みはない事を伝えるように盃を差し出したままだった。

 それを見てウヅキが薄く笑う。

 察した故の笑みでもあり、フガクの誇りを勘案に入れていなかった己に対する自嘲気味な笑みでもあった。

 己が全てを守れば良いなどと、ただの傲慢でしかなかったと過去の自分を戒めるように。

 

 ウヅキはゆっくりと丁寧に、フガクの盃に酒を注いだ。

『トクトク』と美酒が盃に注がれる音が静寂の中で鳴った。

 

 注がれたそれを、フガクは一気に呷った。

 喉を焼く酒精を感じ、腹に落ちたその熱を感じ、腹に決めた覚悟を刻み込むように、熱を身体に残しながら息を吐いた。

 

 フガクは覚悟を決める。

 もし仮にウヅキが『うちは一族』を陥れようとするなら、この先の道を少しズラすだけで容易に叶うだろう。

 何故なら、フガクの懸念である裏側を采配することでのデメリットを膨らませるだけで、『うちは一族』は窮地に陥りかねないからだ。

 

 だが、フガクはウヅキを、ひいては『かぐや一族』。

 そして『木ノ葉の里』と『火影』を信じた。

 

 信じる心とは、強さの表れである。

 そしてフガクは強い心の持ち主だった。

『本来の』未来で、死ぬ寸前『うちはイタチ』にサスケを託した時のように。

 

 心に決めた男は、飲み干した盃をそのままに、視線をウヅキに向けた。

 力強くも爛々と輝き、男の目をしたフガクが、男臭く微笑を浮かべながら、かつての提案に対しての『回答』を示した。

 

「……そして、この『木ノ葉』の大樹。その裏側を守るという大役。承りました。正式にはまた会談にてお話ししますが、まずは私の覚悟を、あなたに知っておいて貰いたい。……ウヅキ様。『うちは一族』の当主として、あなたと火影様の提案を信じて、私は一族を率いましょう」

 

 ウヅキはその覚悟を確かに受け取った。

 多くの言葉は必要ない。

 信じるに足る、男を見せた新たなる『うちは当主』に対して言葉少なにウヅキは答えた。

 内心の信頼をその声音に深く滲ませて。

 

「……『木ノ葉』を任せるぞ、フガク」

 

「はっ、必ずやご期待に応えてみせましょう。『うちは』の家紋に懸けて」

 

「よろしく頼む」

 

 二人の男は野太い笑みを浮かべ合って頷いた。

 

 ウヅキの中に、『うちは一族』に対する含みはない。

 何故なら、それが戦国の常であったから。

 清濁を合わせ飲む当主とは、身に降りかかる『悲劇』も許容せねばならぬ立場に置かれる。

 むしろ当時激昂した自分を抑えねばならないところであったが、深い愛故にそれは叶わなかった。

 

 痛みを知り、それを乗り越え、ウヅキは生きる。

 戦国の世を超えて。

 

 

 

 

 

 そんな夜が明けて次の日。

 ウヅキの元に急報が飛び込んできた。

 

「──申し上げます!! 自来也様が、ご危篤!! 至急病棟までお越しいただきたいと綱手様より御通達です!!」

 

 食っていた、膳にある沢庵を箸で持ち上げた姿で、思わず静止してしまうほどのあまりにも急すぎる凶報であった。

 すぐさま再起動したウヅキが横で膳を共にしていたヒヨリに対しても視線と言葉を向ける。

 

「──あいわかった。ヒヨリ、お前も来い」

 

「畏まりましてございます」

 

 詳しい事情を聞く手間すら惜しいとすぐさまウヅキは駆け出し、感知域を最大にまで拡大させた。

 生前に近い実力を。

 いや、それすらも超えている。

 取り込んだ生前の身体は、死ぬ前。

 あまりの赫怒によってより深く『先祖返り』していた故に。

 

 昔以上の感覚を取り戻したウヅキの感知範囲は音の届く範囲全てである。

 つまり、約半径10km圏内は精度に差があれども全て感知できる。

 その怪物染みた能力がすぐさま自来也と綱手を捉えて、自来也が非常に危険な状態であることを察した。

 

 一瞬だけ最速たる『切り札』の一つを使う事すら考慮するが、リスクを考えて自重する。

 加えて今の状態でも全力で駆け抜ければ5分足らずで辿り着ける。

 それなら十分に間に合うと判断。

 

 里の建造物を跳び移りながら、計算通りの速度で現場に到着したウヅキを迎えたのは、全身に毒々しい紫色の斑点を浮かべて苦悶の表情を浮かべる自来也の姿だった。

 幸いにして五体満足であるが、身体中に大小様々な傷が残っている。

 重症に違いなく、場合によっては命すら危うい。

 何より毒を食らってから時間が経ち過ぎている。

 

 一瞬でそこまでの判断を下すが、現時点で自来也の治療を続ける綱手の姿を見て、より詳しい状況確認を求めて声を掛けた。

 

「──綱手」

 

 その一言で察した綱手が医療忍術で自来也の治療を続けながらも流れるように説明した。

 

「──状況はよくない。死ぬ可能性すらある……! 多種多様な毒で元凶を複雑化されて、一つを解毒した場合に他の毒が身体中に回る! 迂闊に解毒も出来ないように作られている。毒と毒を何とか割合を合わせて抵抗させているが、予断が許されん。私の医療忍術だと、自来也の免疫を引き上げる事しか出来ず、自来也自身の力で毒に耐えられたとしても予断を許さぬ状況が3日3晩は掛かる。加えて出血も多い状態だ。このままでは、自来也の体力次第では本当に死ぬ……!! ……この、明らかに私を意識した毒の構成成分。あのクソ野郎……。本気で殺すつもりか!」

 

「状況は判った。代われ、里の有事に繋がる怖れがある故にオレがやる」

 

「……任せて、いいのか?」

 

 緊急事態。

 それ故の敬語をかなぐり捨てた綱手の、刺すような力強い視線にもウヅキが動じることはない。

『しっかり』と頷きで答える。

 

「70、80年近く前に開発した術である故、まぁ信じられんのはわかるが、任せておけ。死んでないなら何とかなる」

 

 そう言われれば信じるしかない。

 綱手はウヅキに場所を譲って、そして驚愕を表情に浮かべることになった。

 

 ウヅキの治療は尋常ではない精度のチャクラコントロールを用いた力技での治療であった。

 まず自来也の遺伝情報を読み取った骨細胞を作り出して拒絶反応を予防する。

 その後に粉状にして体内に摂取させて、内外から治療を開始する。

 これにより外部からでは手が届かない箇所に対しても効果的に治療を開始できる。

 

 体内で確認できた毒の元凶は6種。

 全てを同時に解毒していくことはウヅキでも不可能であるため、排出に切り替える。

 体内を回る血管に乗って、ウヅキの骨細胞が自来也の全身を巡る。

 

 元凶の位置を正確に捕捉した後は、常識外れの作業が始まる。

 異常を引き起こす成分を骨細胞が取り込み、起こった異常に対しても、抜けた穴を埋めるように骨細胞が次々に自来也の細胞へと変化して身体の状態を元の状態へと引き戻す。

 

 それを繰り返せば、残るのは自来也の健康な肉体のみである。

 

 集め切った毒素はそれらを取り込んだ骨細胞を針状に形態変化させて、血管から皮膚を突き破らせて体外に排出する。

 幾つもある針の全てを回収して、その後に傷を塞いでしまえば治療完了である。

 

 ウヅキにしか出来ぬ、前人未到の治療。

 それを目にした綱手は『ぽかん』と口を開けて見守るしかなかった。

 尋常ではない精度の感知、チャクラコントロール、遠隔操作技術、粉末状の骨を操作する技量、生体に関する知識、治療センス、そして特殊な血継限界。

 そのどれが欠けても成し得ない世界最高峰の治療である。

 

 それを僅か30分足らずで終えて、ウヅキは一息を吐いた。

 

「よし、後は置いておけばよかろう。……詳しい話を聞かせて貰うぞ?」

 

 血で汚れた手を布で拭きながら、ウヅキは冷徹な視線を、下手人に心当たりのある様子の綱手に向けた。

 その瞳は自分に対しての『冷たさ』ではないと理解しながらも、綱手が思わず身構えてしまうほどの零度感を伴っていた。

 しかし、綱手はその程度で固まるほど柔な女ではない。

 表では平然としながら、己の推測をウヅキに告げた。

 

「……大蛇丸。私が思うに、奴の仕業としか考えられん」

 

「確か、お主ら2人と同じく三忍と称された者の内の一人だったか」

 

 記憶を探るように視線を漂わせるウヅキに、綱手が一度頷いた。

 

「その通りだ。……あー、です」

 

 今更ながら、敬語が外れていた事に気が付いて『はっ』としてそう続けた綱手に、ウヅキは首を傾げて何という事もないように続けた。

 

「敬語はいらんぞ? まぁ公式会談なら別だがな」

 

「あー、そう言ってもらえると助かる。どーも昔から畏ったのが苦手でな。ええっと、そう。その大蛇丸だ」

 

「根拠は、先ほどボヤいていたが毒か」

 

「そうだ。──明らかに私を意識した毒だった。私なら、どんな毒だろうが即座に解析して特効薬を作り出せる。だが、解毒した結果として悪化するような毒に対しては患者の抵抗力に頼るしかなくなる。そして、そんな特殊な毒は一朝一夕で作り出せるような、簡単な代物ではない。長年研究する時間があり、なおかつ私に対しての切り札にもなり得るような毒を生成する者……。思いつく限りは奴だけだ」

 

「一理ある。ならば、その線で捜査するか……、この時期に仕掛けてくるとは馬鹿な男だ。オレが動くとは考えなかったか?」

 

「ウヅキ様でも、奴を捉えるのは困難だろう。アイツのしぶとさはゴキブリ以上だ。……あと、もちろん、自来也に確認を取る必要もある。捜査に動くのは、自来也が目を覚ましてからでも遅くはないだろう。恐らく目覚めるのに時間はそんなに──」

 

 

 綱手がそう続けるのを遮るように、身を横たえていた白髪の男が起き上がった。

 無理やりに笑顔を浮かべてはいたが、後遺症故かその頬は引きつっている。

 

「──その必要はないのぉ」

 

「……自来也!」

 

「あいや、すまんな綱手……。ウヅキ様も、お手を煩わせましたかな。たはは、ワシとした事がまんまと一杯食わされました」

 

「良い、必要な事だ。だが、お前ほどの男の身に起きた事。何があった?」

 

「……その前に、一つご提案が。この場に猿飛先生を呼んでも構いませんか? ワシとしても、火影に最優先に報告すべきと考えておりますからのぉ」

 

「……一理ある。仕方あるまい。では、ヒルゼンが来るまでオレはここで待つ」

 

 控えていた忍を走らせて、ヒルゼンが来る前の時間。

 少し猶予があると思ったのだろう。

 そして、ある意図を含ませて。

 ヒヨリが着物の袖で口元を隠して『ニコニコ』と笑いながら、綱手に話しかけていた。

 

「ところで、綱手姫。先日の祭りは如何でしたか? 私としては大盛況であったと胸を撫で下ろしているところでございますが、姫にも楽しんで頂けましたでしょうか?」

 

 そんな普段と何も変わらない調子のヒヨリに呆れたような表情を見せながら綱手が答えた。

 

「お前は、相変わらずマイペースというか、なんというか。いつも通りだな……」

 

「ええ、ええ。こんな時だからこそ、普段通りを保たねば。ですからウヅキ様、そのようにお顔を顰めては、周囲に要らぬ詮索をさせますよ?」

 

 ヒヨリの意図は少しばかり気の立ったウヅキを宥める事だった。

 以前のダンゾウのようにいきなり殺す、とはならないだろうが、それでも念の為に声を掛けた。

 あと、大好きなお爺ちゃんに構いたいという意図もあったが。

 

「……む。そんなに顰めていたか?」

 

「怖いお顔をされておりました。ほら、リラックスしてくださいまし。……そうだ、肩をお揉みしましょう」

 

 相変わらずの『ニコニコ』と心底楽しそうな笑顔を浮かべるヒヨリに肩を揉まれながら、少し気恥ずかしげに、でも嬉しそうに頬を緩めるウヅキの姿を見て、綱手と自来也はなんだかなーと思った。

 その姿は孫にデレデレするお爺ちゃんにしか見えない。

『灼道』の異名を持つ偉人であるとは、その姿からは到底連想できず。

 

 家族仲が良いと思えば良いのだろうか、と二人が結論づけた辺りで──綱手はお爺ちゃん(柱間)を思い出し──急ぎ駆けつけた火影──ヒルゼンが病室のドアを潜った。

 その面持ちは『キリリ』と鋭さを滲ませて、火影らしい風格を漂わせていた。

 

「──火急であると聞いた。……あの、えー。ウヅキ様?」

 

 そんな火影が目にしたのが、孫に肩を揉まれて、溶けたように表情を緩ませるウヅキであったから、混乱もひとしおだった。

 然もありなん、と自来也と綱手が頷き、ヒヨリは肩揉みを続けながら『ニコニコ』と笑った。

 ウヅキは相変わらずの表情だった。

 

 

 

 

 

「──なるほど。では、大蛇丸で間違いないのじゃな?」

 

 その後に気を取り直して自来也からの聴取が始まった。

 内容をまとめれば『自来也は独自に大蛇丸を追いかけて、祭りに際して里に忍び込んだ大蛇丸と遭遇して一騎討ちするが敗北してこの状態に陥った』というものだった。

 他国からも人を受け入れた関係上、警備が緩むのは致し方ない部分もある。

 加えてあの大蛇丸が相手であれば、侵入を防げなかったのも道理だった。

 

 綱手が、真っ先に不明点の指摘をした。

 

「だが、何が目的だ? 里抜けしてまだそれほど経っていないはずだ。……この短期間で変わった事といえば、ウヅキ様が蘇ったことくらいだと、私は思っているが、もしやそれが目的か?」

 

「十分に考えられるのぉ、何せ奴と遭遇したのは『かぐや一族』の住む区域からかなり近い。奴が痕跡を残しているとも思えんから、ここからは憶測になるが……、御堂に用があった、とは考えられんかのう? 普段は強固すぎて近づけない御堂にも、祭りが終わって緩んだ際であれば近づけると踏んだのやもしれんからのう」

 

「ヒヨリ、結界は破られていたのか?」

 

「……いえ。しかし、あれは生体認証のようなものですから、然るべき人物であれば何の反応もなく通過は可能です。そして、普段であれば警備の者を常駐させていますが、あの昨夜は人員が不足したために、普段と比べてかなり力量の劣る者を配置しました。……そして、その者と昨夜から連絡が途絶えております」

 

「その線が濃厚か」

 

「現時点では最も可能性が高いと推測致します」

 

「あー、つかぬことを聞くが、あの御堂には何がある? 奴が目をつけるくらいだ、何か重要な物が保存されてたりするとは思うのだがのう?」

 

「オレの死体だ」

 

「「……ぬぇ?」」

 

「……あの、ウヅキ様。それは極秘です」

 

「……そういえば、そうだったか」

 

「はい」

 

 微妙な空気が広がったが、『ゴホン』と火影が気を取り直して続けた。

 

「……えー、まぁ中身はそう。ウヅキ様の死体じゃった。そうですな?」

 

「ああ、2週間前まではな。今はオレの骨分身を死体に模した意識のない亡骸が入っているが、影分身とは違って本体には情報が反映されんからな……。どうなっているかオレもわからん」

 

「……ウヅキ様の『あのご遺体』でなくてよかった、と思うべきでしょうな」

 

「まぁそうだな。アレはさすがに余人には見せられん」

 

「ほほほ、私はアレもアレで好きですが」

 

「……お前はそう言うじゃろうな」

 

 三人でワイワイと意見を交わし合うのを見て、少し除け者にされた自来也と綱手が詳しい話を聞きたそうに見るが、火影は首を横に振った。

 

「すまんが、こればっかりはお主らにも伝えられぬ。理由はわかっているな?」

 

 知る者が増えれば、それだけ情報漏洩の恐れが増える。

 加えて、此度の件は様々な憶測を生みかねないために秘匿しなければならない。

 それ故のヒルゼンの言葉に、理屈では納得した二人が平然と頷いた。

 

 詳しくは聞かない。

 それを守れぬようでは『忍』足り得ない。

 本来なら二人も知りたいとすら表情に出さなかったが、今回は事が事であることと、ヒルゼンがいるからこその多少の甘えが表に出た結果だった。

 

 知りたい欲をすぐさま消した二人に対して、ヒルゼンは頷きを返して今後の方針を告げた。

 

「──大蛇丸の狙いがわからぬ以上、これより里の警備を最大にまで引き上げる。しばし窮屈な思いをするが、五影会談も控えている以上は警戒すべきである。追手を差し向ける事もせぬ。それが他里に影響を及ぼす可能性も否定できぬし、何より会談中は重要な任務を控えるのが暗黙の了解。邪推をされたくはない。不信を抱かれる心配事は排除すべきである」

 

 火影の言である。

 ウヅキも含めて、全員がその言葉を清聴する。

 

「故に、ここからは『五影会談』に参加内定者の外部への移動を全て禁ずる。今までは控えるように、という程度であったが、事ここに到れば致し方あるまい。──良いな?」

 

 その言葉は自来也に対して強く向けられていた。

 苦々しい顔をしながらも、自来也は頷いて同意を示した。

 己の短慮が今回の事態を招いたと理解しているが故の頷きだった。

 少なくとも一人ではなくツーマンセル以上で動くべきであったのに、大蛇丸は己が止めなければいけないという思いに駆られての行動は『忍』として恥ずべきことである。

 それがたとえ、友を想っての行動であったとしても。

 

 ヒルゼンも弟子である大蛇丸に思うところはある。

 自来也の心境に理解も示す。

 それ故にそれ以上の問い詰める言葉は続けず、話を先に進めた。

 

「──では、『五影会談』に向けての話し合いもこの場で持とう。ある程度は暫定した。会場は『(あま)の国』──『雨隠れの里』で行うことが決まった」

 

 その決定に、自来也はかつての弟子達を思い出して『あんぐり』と大口を開けて唖然とした。

 

 

 






活動報告に、NARUTO時系列について、載せております。
まだ空論でしかありませんが、今後作るかもしれません。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五影会談

約13000字
大変長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

前回:ウヅキ転生>ダンゾウを断罪>お祭り開催成功>うちはフガクの裏側就任決定>大蛇丸侵入するも自来也単騎で挑み撃退失敗>五影会談が『雨隠れ』で開催決定。


 

 

『木ノ葉の里』

 

 言わずと知れた五大国の内の一国である『火の国』に属する隠れ里であり、大陸有数の戦力を抱える里である。

 しかし、この大陸では未だ終戦しておらず、戦禍の傷跡も残ることもあって割ける人員に対する影響は大きい。

 それでもウヅキという『鬼札』を用いた停戦中であるという事もあって、人員は多めに用意することが可能だった。

 

 

『あ』と『ん』の描かれた門の前に、『五影会談』に参加することを目的とした集団が集まっていた。

 総勢20名の忍達。いずれも名のある忍である。

 

 通常の『五影会談』では影と随伴者2名という縛りはあるが、今回は停戦して間も無くという事もあり、各国が暗殺を警戒した故の人員増加であった。

 それは立場を同じくする他の五大国への警戒でもあるが、それ以上の警戒対象は『抜け忍』や五大国以外の忍である。

 

 恨みというものはどこで燻っているか、察知する事が難しい。

 戦争中であれば尚のことだ。

 また、いずれかの大国が表向きは素知らぬ顔をして『傭兵』に依頼する事もないと言い切れない。

 停戦会談が必定。しかし、万が一の場合のリスクが高すぎる。

 

 それ故の特例であった。

 

『木ノ葉』に限って言えば、前回大戦で二代目火影である『千手扉間』が会談に赴き、暗殺されている事実もある。慎重を期して万全の体制を整えるのは当然とも言えた。

 

 主なメンバーは──。

 

『火影』ヒルゼン

『瞬身』シスイ

『黄色い閃光』ミナト

『双極』ヒアシ

『三忍』自来也

『三忍』綱手

 

 錚々たる面々。

 小国程度なら一日足らずで落とせる戦力が集結していた。

 

 そしてここに『灼道』ウヅキが参加する。

 戦力に換算すれば、単騎で一国どころか、五大国以上という規格外。

 

 いずれの国から見ても、例えそれが会談に赴くための通過のみであれ、緊張感を伴う事が必定の戦闘集団が自里の者に見送られて、万全の体制を整えて出発した。

 

 

 

 

 木ノ葉を発った集団は森を駆け抜けていた。

 鬱蒼としげる木々は戦禍から辛うじて逃れたのか、その生を謳歌している。

 その丈夫な幹や枝を踏み『忍』らしく高速で木々を駆け抜ける。『木ノ葉の里』から出発して少し進んだ辺りのことだった。綱手が自来也に横に来ると、ふと思い出したかのように問いかけた。

 

「──ところで、自来也。確かお前の弟子が雨隠れにいたと思うが、連絡は取っているのか?」

 

 同じように移動する自来也が、少し思い悩むように顎に手を当てる。

 記憶を探るまでもないほど、近頃はそのことばかりを考えていた。

 だから、その沈黙は記憶を探る目的ではなく、どう説明すべきか少し迷ったからだった。

 あるいは、気になる事を話しておくべきかという逡巡があった。

 チラリと背後を見れば、火影の笠を乗せる『先生』が集団の後方を走っている。

 集団の最後尾はもっとも技量に優れる者が走るからこその配置だった。その横には、安全性に万全を期すようにウヅキも駆けていた。

 

 ──それを見て、言うべきであると自来也は判断した。

 まずは綱手の言葉に答えるべく口を開いた。

 

「……いや。連絡は取っておらんのォ。ただ風の噂で、幾つか名を売ったと聞いたが、あの国は今どうなっているのやら。何せ情報が外部に全くと言っていいほど出てこん国柄だからのォ。ワシも情報集めには難儀して、正確なところはわからんというのが正直なところだ」

 

 綱手への回答としては、ここまでだった。

 自来也は視線を意識的に背後に向ける。

 

「……そして『その点』を加味するとまた違った見え方になる。そもそもが、閉鎖主義で知られている『雨隠れ』が五影会談を受け入れたという時点で何やらキナ臭いのォ。そうは思いませんか、猿飛先生」

 

 声を掛けられて、後方を進んでいたヒルゼンが僅かばかり速度を上げて自来也と並走する。最後尾にはそのままウヅキが付いた。

 そして周囲にも聞こえるように声量を上げてヒルゼンが答える。不要な疑念は相手への警戒心を生み、またこちらの士気を下げかねないと言う判断だった。

 そんな話題を話し出した自来也には少し厳しい視線を向けながら。

 

「それに関しては問題あるまい。もし何か問題が起これば、すぐさま『雨隠れ』が戦場と成りかねん。何せ各国が手練を20名も率いておる。脱出は容易だろう。ただでさえ勝率が低いと言うのに、失敗に終われば早晩に『雨隠れ』は崩れる。何故なら、あの国は『岩』『木ノ葉』『砂』に囲まれておる。下手な動きをすれば、必ず三国が本腰を入れる。ならば自明じゃ、簡単に『雨隠れ』が潰れる。これは確定事項。あの『山椒魚の半蔵』がそのような簡単な読みが出来ず、愚かな判断をするとは思えん。それ故、お前の心配は杞憂でしかあるまい」

 

 一理ある。いや、理しかない、と言うべきか。

 自来也は己の中で整合性が取れない。薄ぼんやりとした懸念が拭えなかった。

 

「それは、そうなんですが……。何となく違和感がありまして」

 

 ヒルゼンの説明は何故『出来ないのか』という根拠を述べたに過ぎない。

 何故『受け入れたのか』に関しての言葉ではない事もあって、自来也は心配を払拭できないでいた。

 

 そんな自来也に向けて、ウヅキが後方から薄い笑みを浮かべて言葉を投げてきた。

 尊大とも言えるが、絶大な安心感を齎す言葉を。

 

「案ずるな。もし罠があろうが、このオレが食い破る。故に忠告しておくが、まぁ本当に最悪の場合だが。もしオレが『本気』を出したなら、オレからすぐさま離れることだ。手加減の出来ん術である故、不用意に近寄れば溶けて死ぬぞ」

 

「……いや、まっこと恐ろしい」

 

『たはは』とウヅキのみんなを安心させるための冗談を笑う自来也だったが、それを一緒に聞いていたヒルゼンは真顔だった。

 その顔を自来也は横目で見て言葉の本質を察する。

 これ、冗談じゃねぇと。

「マジですか」と視線だけでヒルゼンに問いかければ、真顔のまま頷かれた。

 

 絶対怒らせないように、『本気』を出させないようにしよう。

 

 物凄い冷や汗を流しながら心に決めた自来也と『木ノ葉』の一行は『雨隠れの里』を目指して進み続けた。

 そんな会話で、自来也は己の懸念をひとまず胸の内に収めながら。

 

 

 

 

 

 

「──ほぅお前さんが三代目風影か。『磁遁』を使うと聞いとるぜ」

 

 会話の切口を作ったのは、初老の老人だった。

 小さな身なりで腰掛けているが、彼の前には『土』と書かれた笠が置いてある。大国である土の国に属する忍里。『岩隠れの里』を率いる証だった。

 

 そんな『土影』の言葉に答えるのは『風』と書かれた笠を目の前に置き、腰掛ける男。同じく大国である風の国に属する『砂隠れの里』の長である。

 重々しく、やはり聞かれるかと思いながら風影──羅砂は言葉を吐いた。

 

「……いや、違う。オレは四代目風影だ」

 

「はぁ? 代替わりしたとは聞いとらんぜ。風影はいつの間にそんなに軽くなった?」

 

「……風影が変わったのは事実。それを知らないとは、随分とお粗末な情報網をお持ちのようだな。土影殿」

 

「くかか、若造がいいよるぜ。口だけじゃないといいが。頼りない影が居るなら、ワシらが戦争を続ける理由にはなっても、止める理由にならんぜ」

 

 喧嘩腰でいびる『土影』を止めたのは、『影』ですらない『とある国』の護衛の一人だった。

 この場には『影』とその背後に二名までの随員が許されている。『火影』の背後に立った男。言わずと知れた『戦国三強の一角』が会話を遮断した。

 

「──オオノキの小僧か。歳を食って身体に脂が乗ったようには見えんが、舌には随分と脂が乗っているように見受ける」

 

「……身体に、脂が乗っとるように見えんのか? そりゃ、とんだ節穴じゃぜ。ワシは今が最盛期だっての。──そういうお前さんは、昔と姿が変わっとらんじゃねーの。若作りの秘訣でも教えてもらいてーもんじゃぜ。なぁ『灼道』ウヅキよ」

 

 その場の全員の視線が、ウヅキに集まる。

 それを受けて微笑みを浮かべるウヅキに圧されたように無言の間が広がった。

 

 五影会談。

 舞台は既に整っていた。

 

 火影。土影。水影。風影。雷影。

 それぞれの傘を円卓に置き、その背後にズラリと護衛が二名ずつ付いている。

 

 その中にあって最も注目を集めているのが、『影』ではなくその背後に数多居る護衛の内の()()だった。

 

 火影の背後に立つ二人の内一人。

 注目度の高さに苦笑いする『波風ミナト』の横に堂々と立つ男。

 

 ──『灼道』の異名を持つウヅキだった。

 

 

 ウヅキが会話を遮断し、反撃するようにオオノキがその名を呼んだ瞬間、場の緊張感が否応なく高まった。

 張り詰めるような緊迫感の中で、ほぼ全員の視線がたった一人に集中している。

 

 各国の『影』並びに護衛たちの視線を意に介さず、自然体のウヅキが『若造り』というオオノキの言葉を受けてキョトンとして、思い出すように上を眺めた。

 

 探る思考は死ぬ前の光景。かなり前のことだが、それしか比較対象がないのだから仕方がない。

 その結果として、今のウヅキの顔立ちから年齢を過去と比較すれば、生前よりも多少若々しい程だった。

 

「若作りか。確かに、オレの見た目はそう言われても不思議ないな……。しかし、お前は年相応に老け込んだな、幾つになった?」

 

「次で64になる。──ってそんなことはどうでもいい! これが普通じゃぜ!? お前がおかしすぎるんじゃぜ!?」

 

「……柱間も扉間も同じく相当老けにくかった。マダラもそうだったか……? そう言われれば、あまり実感がないような……? いや、なかったが、やはりそうなのか?」

 

「お前らが異常なんじゃぜ!」

 

 血を吐くように『ぎゃんぎゃん』と吠える土影と、記憶を手繰りながら平然と返答を返すウヅキの姿。

 そのあんまりの落差に場の空気が弛緩し掛けるが、次の瞬間。

 

 ──砕けるような轟音が鳴り響いた。

 殴打されたのはテーブル。

 

 あくまでも注目を集めることが目的であったのか、煙が立って多少の凹みはあるものの、テーブル自体は粉砕されていない。

 

 場の視線が音の鳴った方向へと移動する。

 そこには『雷』の笠が宙に舞い、それを片手で掴んで再びテーブルに乗せた四代目雷影エーの姿があった。

 

 その背後で護衛の二人が『あちゃー』とでも言いたそうに頭を押さえていた。

 

「いつから『五影会談』は老人の憩いの集まりになった? そんな下らない話をするために集まったのなら、帰れ。邪魔だ」

 

 雷影の意見に同調して、子供のような姿の四代目水影が腕を組みながら頷き、言葉を続けた。

 

「……同意見だな。端的に、必要なことだけ話せばいい。オレも老人同士のやり取りを見せられるのはうんざりしてたところだ。あくまでオレたちは国からの指示で停戦しているだけ。どこぞの意向だか知らないが、過去の幻影に怯えるばかりで話にならない」

 

 言葉を切った『水影』が、その瞳をウヅキに向けた。

 深い深い得体の知れない目だった。

 

「実際のところを確かめなきゃな。お前のことだよ『灼道』。……お前、本当に今も強いのか?」

 

 この場の、火影陣営以外の全員が聞きたかった事。

 しかし、その後の流れを考えれば誰も切り出せなかった話題だった。

 当然である。その話題を出せば、『お前自身が確かめろ』と生贄にされかねないのだから。

 

 それを四代目水影は何の遠慮もなく切り出した。

 小さな身体に鋭い視線を含ませて、ウヅキをしっかりと睨んでいた。

 その言葉を聞いて、いや。

 

『その目』を向けられて。

 何故か言いようのない『苛立ち』がウヅキの内心に浮かび上がった。理由はわからない。だが、ゾワリと背筋が震える。

 かつてのように。

 ()()()()()()()()()()、ウヅキは売り言葉に買い言葉を発した。

 

「──強さ、か。そうだな、端的に話す事を望んでいるのなら、教えてやろう。オレ一人でこの場の全員を相手取っても負ける気はせぬ。……誰からやる? それとも、全員で掛かってくるか?」

 

 

 会談場が、物理的に軋んだ。

 

 圧倒的な武威が、周囲に対して放たれた。

 猛虎を前にするが如く。

 この場、総勢の背筋にゾクゾクとした痺れが駆け抜ける。

 

 少し前に、『うちはフガク』に対して見せたチャクラ放出による威圧。

 それは本来の実力の十分の一以下だった。

 だが、現在のウヅキのチャクラはその本来の実力よりも()()()()()()()()()()()()

 

 その結果として訪れたのは、かつてあの千手柱間が『オレと同等かそれ以上』と称したチャクラの圧は、容易に周囲から言葉を発する機会を奪った。

 

 極寒の帳が降りたように総勢の身が固まる。

 それ即ち、たかがチャクラの放出だけで、『灼道』が健在であると各国に示した事に他ならない。

 

 

 その中にあっても最も早く立ち直ったのは、やはりと言うべきか『火影』だった。

 ──戦国時代。

 その価値観をそのまま現代に持ち込むのは非常に危険極まりない。

 ヒルゼンがその懸念に思い至って、武威を感じながら身体の内に焦りを滲ませた。

 

 あの時代ならば、食うか食われるかである。口だけの交渉など意味がない。舐められれば、それは一族の進退に関わる。弱気は損気。即ち弱気を見た時は『攻め時』。弱者は食い物になる時代であった故に。

 当時は緊迫感が極限にまで高まっていた故に、基本的な外交姿勢としてこのようなウヅキの言動や行動はむしろ緩い部類で、交渉前に一戦行うこともままあったため受け入れる土壌が出来上がっていたが、この現代では明らかな挑発、恐喝行為に他ならない。

 

 

 故に。

 ウヅキの軽くひと当てしておくか、という程度のただ一度の武威で、会談場の空気は氷点下の極限にまで冷えた。

 よもやこの場で『伝説』との開戦となるかもしれない、という焦りと緊張感の滲んだ静寂だった。それはウヅキの意図を超えて腕試しなどという規模ではなく、第三次忍界大戦を、規模を拡大した上で継続するという意味での開戦である。それを各国の影たちは連想していた。恐らくは火の国vs四大国という、それでも『火の国』が有利という、桁外れの規模の。矛は、ただ一人(ウヅキ)で十分であるのだから。

 

 

 戦国時代なら、まず初めに力を見せるつけるのは当然であった。

 力無き者の言葉に価値はない。

 殺さぬ程度に殴り合ってから、あるいは戦争でボコボコにした後から、ようやく交渉を始めるなどザラだった。

 それ故の、ウヅキとしては軽いつもりの武威もこの場においては危険な行動として受け止められた。

 

 ウヅキもバカではない。

 あまり宜しくない、その気配を感じ取る事は出来た。

 しかし、戦国の常識が邪魔をして、その思考は正解には辿り着けない。

 とはいえ、吐いた言葉は元に戻せないために堂々と言葉を切っていた。本心では、半ば遠い目をしていたが。

 

 ──数秒が無限にも感じられる時の中で、ヒルゼンは口を挟む決死の覚悟を決めた。

 何も言わずにいれば、再び開戦と成りかねない。その主導権を座視して逃すのは些か愚かすぎる。

 だが、理性で理解していても、その一言があまりに重い。

 

 選び取る次の発言によっては終戦はできても、ウヅキとの間に禍根が残りかねないからだ。自国の英雄であるウヅキに反感を抱かれるという、最悪の事態を招きかねない。その想像は歴戦を潜り抜けてきた人並み以上の人生経験を持つヒルゼンですら恐怖心を抱くに余りある。

 だが、それでも。

 ヒルゼンは場合によってはウヅキからの不興を買ってでも止めるべきと判断した。

 

 平和を求める心に嘘偽りなし。

 その信念だけがヒルゼンの口を開かせる。

 

 ──だが、ヒルゼンはそんな覚悟こそしているが、実は口を挟んでも何の問題もなかった。

 

 ウヅキの先ほどの発言。

 ひいては戦国時代における強気の姿勢は言ってしまえば全てポーズである。

 ウヅキは元々前世の価値観で動いていた人間である。

 そんな彼は戦国時代に慣れて適応してはいたが、元来穏やかな交渉、外交の方が性に合っている。戦争などもっての他である。

 怒り狂った場合はその限りではないが、今回は冷静な計算に基づいての行動だった。

 

 戦国時代に弱腰の外交姿勢では舐められて嫌な思いをすることが多かったので、強気な姿勢をデフォルトに変更したに過ぎない。

 現状の急激に冷えた空気にまたもやらかしたかと、真面目な顔の奥で冷や汗を流しているくらいである。

 

 故に、この場における火影の最適解とは口を挟む事だった。

 そうとは知らず、緊張感と覇気を込めたまま、ヒルゼンは厳然(げんぜん)と口を開いた。

 

「ウヅキ。誤解を招く発言は慎め」

 

 あまりにも勇気ある行動だった。

 口を挟むだけでも相当の覚悟が必要であるのに、あえての呼び捨てであった。

 創始者が相手であれば、現『火影』であれ、敬称を付けても何ら問題はない。むしろ推奨されるだろう。

 だというのに、あえてそう呼んだ。

 それだけヒルゼンが怒っている、と周囲とウヅキに示すための言動である。

 

 ウヅキも愚かではない。

 理由までは察せなくとも、周囲が何かしらの誤解をした、という点までは理解できる。

 呼び捨てにした理由までは正確に察することは出来なかったが、それ故にそれだけマズい事態であると察した。

 

 加えて空気が冷え切っていることも理解している。

 火影がこの先の対処の方向性を決めてくれたのだから、後は乗っかるだけだ。

 ウヅキは思考を急速に回す。

 ここで自分が取るべき行動を考える。戦国時代の価値観で動いてダメだった。ならば、次に参考とすべき価値観は前世である。

 泥を被る事になるか、と一瞬過ぎったが、己の発言の責任程度取れなくてどうするとも思考する。

 

 色々と混乱しながら、扉間や卑弥呼には数段劣るが、執政者として無能ではない(と思いたい)頭脳で考えて、ふと己の立場を思い出した。

 そう。

 今の己は『木ノ葉の里』に所属する、かぐや一族の頭領である。

 

 そこで不祥不承ながら引き下がる、火影を立てる、程度の行動ならば比較的周囲に対する衝撃は少なくて済んだのだが。

 

 幸か不幸か、前世の社会人生活の記憶が繋がった。

 ヒルゼン。つまりは上司。

 自分。つまりは部下。

 

 事の始まりは部下である自分の発言。それを上司が咎めている。

 そう認識すれば取るべき行動は自然に選択出来た。

 

 ただし、それはヒルゼンが目をひん剥くほどに驚愕する行動だった。

 

 

「はっ、火影様。このウヅキ、愚かしくも発言を致しました。申し訳ございません」

 

 ──周囲の目を憚る事のない、謝罪だった。

 まさかの平身低頭の、深々としたお辞儀付きの謝罪である。

 

 それでも普通はプライドが邪魔をして謝罪など出来ないが、ウヅキに関して言えば少し異なる。

 前世の価値観を引っ張ってきた事もあるが、それ以外にも要因がある。ウヅキは信頼した相手に対しては思いの外、素直なのだ。

 それは過去に嫁であるヒミコに従っていた事からも明らかではあるが、そんなことはこの場のヒルゼンを除いて誰も知らない。

 

 その結果として、周囲が逆の意味で再び凍りつくほどの急展開が起きたのだった。

 

 あの『灼道』が敬語で、頭を下げている。

 オオノキなんて、顎が外れるのではないかというくらい大口を開けて、凄まじい腰痛が走ったときのような顔で驚愕を貼り付けていた。思わず立ち上がってすらいた。

 それほどではないが、風影も、雷影も、そしてウヅキを疑って掛かっていた水影ですら目を見開いて、頬を引き攣らせて驚いた。

 

 

 期せずして、暴走列車のような怪物を『火影』が完全に御しているという印象を各国に与える事となったが、当人の火影は驚愕の表情を表に出さないよう、必死に抑えることだけで精一杯だった。

 そのために懸命の努力をする必要があった。

 

 誰よりもウヅキの凄まじさを知るからこそ、つい先日にダンゾウを処断した際にも見た覇王の如き苛烈な人柄を知っているからこそ、その驚きはこの場の誰よりも上だった。

 

 あの初代火影千手柱間に勝ち越しており、柱間当人に最も戦いたくない人物だったと言わしめる程の怪物。

 戦国三英傑の一人であり、『木ノ葉の里』の創設者の一人。生ける伝説。

 そんな偉人が、ヒルゼンに、衆目の中で。

 

 それも各国の影の目の前で、頭を下げている。いや、ヒルゼンが下げさせている。

 

 そう改めて認識した瞬間、ヒルゼンは自意識がフッ飛びそうだった。

 どう考えても凄まじくヤバイ。

 ふとヒルゼンの脳裏に過ぎったのは、この事実を後程知るであろう、ウヅキ大好きの前当主であるヒヨリの凄まじい怒気を帯びた笑顔だったがそれを掻き消す。

 

 ヒルゼンの予想では、不祥不承ながら引き下がってくれたら最良くらいの認識であったから、その予想が斜め上の方向に外れた衝撃も凄まじかった。

 

 

 ウヅキとしては、全く困らせるつもりがないのが厄介である。

 何せ一族を背負ってきた自負はあるが、偉人である自覚がない。

 

 カリスマでは柱間に劣り、知性では扉間に劣る。

 マダラには勝ち越す事が出来ず、友を引き戻す事も出来ず、道半ばで倒れた。

 ウヅキは自らをそう認識している。

 

 ウヅキはそう考えている、とヒルゼンも思い立ったからこそ、ヒルゼンはこの場の空気に耐えられた。

 もしこれが嫌がらせだったら凄まじく性格が悪すぎるので、そう思うしかないのだが。

 

 ただヒルゼンはこうも思う。

 いや、それ基準がバグっとる、と。

 

 それでも火影の名を長年背負った老骨である。

 表情を取り繕い、厳しく顔を作ってウヅキの謝罪に対して頷いた。

 

「……うむ、次から気をつけるように。皆様方もそれでよろしいですな?」

 

 文句など、あろうはずがない。

 先ほどの圧倒的な武威で、最も好戦的であった雷影ですらあまりの格の違いに沈黙した。

 その圧を浴びただけで勝てないと思わされた故に、彼の誇りはズタズタであったから。

 

 議場から沈黙が返ってくる事をしっかりと時間を掛けて確認をし終えて、ヒルゼンは頷いた。

 

「……よろしい。では、水影殿。無遠慮な発言はお互いに不幸を招くかと思われるが、いかがかな?」

 

 ヒルゼンの口は幸いにしていつも通りに回った。

 水を向けられた水影は、ウヅキの武威を経て尚も、『一人だけ』強気な笑みを浮かべていた。

 

「ほぉ、あの『ウヅキ』をそこまで御するか。中々の器量だな、火影」

 

 少し水影の口調が変わったことが気になったが、指摘する程の事でもないのでそのままヒルゼンは答える。

 

「それはどうも。して、いかがしますかな? もしまだ何かあるというのなら、この会談の後にお聞かせ願いたいものですな」

 

「ああ、オレはそれでいい。さっさと話を進めよう」

 

 自分から仕掛けておいて、随分とあっさりと引き下がる水影に怪訝な目を向けながらも、藪蛇になれば面倒である。

 武威を感じ取って引いたと思えば不思議はない。

 ヒルゼンがそれ以上の追求をすることはなかった。

 

 

 

 その後、一連の行動に関する相談のために時間が取られた。

 まだ始まってもいない『五影会談』ではあるが、空気があれほどに張り詰めれば、肩の力も抜きたくなる。

 いわゆる休憩時間だが、そこそこの時間を取ったおかげで二度も凍りついた場の空気はだいぶ温まってきた。

 

 それを見とって、この場における中立的な立場である男が口を開いた。

 

「──さて、そろそろよろしいかな? ……では、今更ではあるが、ここに五影会談の開催を宣言させて頂く。この場を預かるのはこのワシ、『山椒魚の半蔵』である。よしなに頼む」

 

 その一声に場の騒然さは自然と治まった。

『山椒魚の半蔵』

 忍界においても一目置かれる存在である。

 そして何より、この場における中立的な存在でもある。

 そんな者の不興をわざわざ買うのは愚かしい行動だ。

 この場に集まる影たちは当然、そこまで思慮できる者たちである故の静寂だった。

 

「では、水影殿、雷影殿の言もあったことだ。この半蔵の与太話に付き合わせるのも悪い。さっそくではあるが、本題に入らせてもらおう。──第三次忍界大戦。終戦するや否や? まずはそれぞれの影達から話を聞かせて頂こう。順序は右回りでよかろう、雷影殿から、よしなに頼む」

 

「ふん、雲隠れは継戦の意思がある。準備もな。だが、お前達が譲るのなら終戦に応じてやらんこともない。以上だ」

 

 彼は誇りを傷つけられた。

 だが、それと里の方針は別である。

 事前の情報収集で火影が終戦したがっているという情報を掴んでいる雷影に、規格外の武威を見せられただけで引くという選択肢はない。

 国と国の交渉事なら、まだ勝負の芽があると思いたい願望も含まれていたが、何よりここで火影の一声による終戦は今後の里同士のパワーバランスを考えて何としても避けたい事である故に。

 

「岩隠れも同様じゃぜ。もっとも、継戦の意思のない里があるとは思えんが」

 

 老練な土影も、雷影同様の判断だった。

 ウヅキの事は心底恐ろしいと思う。

 威圧を感じる限り、全盛期と変わりない。

 そんな化物と戦うなど言語道断である。

 しかし、ハッタリというモノはいつの時代も有効だ。

 あくまでも強気の姿勢を崩さない老骨は、影の椅子に座り続けて来た強かさを感じさせた。

 

「木ノ葉隠れは終戦を希望する」

 

 この一声に注目が集まるが、ヒルゼンは無関心を貫いた。

 言葉を切ったと、その仕草から判断した半蔵が次の影に視線で発言を促す。

 

「……砂隠れは継戦の意思がある。以上だ」

 

 他の二つの影が継戦の意を示している以上、風影もそれに倣う選択肢が有用である。

 国力として、どうしても土地柄故に他国に劣る『砂隠れ』を預かる者として失敗は出来ない。

 前三代目風影が失踪したばかりという不安材料も内部に抱える四代目風影の判断としては、その火影から譲歩を引き出すための意図も理解できる故に、影としての経験不足も相まって先人に倣うより他なかった。

 

「……はっ、くだらねー」

 

 水影はそう言って、口を閉ざして瞳も閉じる。

 侮蔑の含まれた口調から、半蔵は『火影』に対して向けられたものと判断した。

 

「なるほど。どうやら皆が戦意旺盛のようだ。我らのような小国からすれば歓迎したくない事態ではあるが、その点は何も言うまい。唯一の例外は火影殿であるが、何か発案はありますかな?」

 

「……発案、と呼べるものではないが。皆に聞きたいことがある。各国の影として選ばれた代表者諸君に、問わせて頂きたい」

 

 火影は円卓の真ん中に位置する。

 そのため周囲を見渡すのなら、右にぐるりと見渡した後に、左にぐるりと見渡すという2つの動作が必要になる。

 

 その間、周囲の影達は沈黙で応えた。

 唯一違う意見を述べた影に発言の機会を与えるという意思だった。

 その空気感を感じ取って、火影──ヒルゼンは一つ頷いた。

 

「何人、子供が死んだ? 何人、母親が死んだ? 何人の、戦う意志のない人々が死んだか。我ら大国に属する隠れ里の戦禍は戦地の民間人から、無関係な無垢な人々から、生活を奪い、親や夫、肉親を奪い、その果てに日々の糧すら得られず住処を追われ、路頭に迷う人々を何人生み出した? ……各国の代表者に問わせてもらおう。如何にしてその責任を取る? 何を大義として、これ以上の命を奪うと言うのか。……ワシは、もうそんな人々を見たくはない。故に、終戦を希望する」

 

 世迷言だ、と切り捨てるのは容易な発言である。

 幻想的ですらある。

 まるで現実感のない発言でもある。

 

 今の今まで戦争に加担してきた影の一人が何を言う。

 被害者からすれば、それ以外の意見などないだろう。

 

 加害者でもあり、被害者でもある各国の代表達はそれぞれの思惑を胸に秘めながらも、その問いに対して答える。

 先ほどと同じく雷影エーの発言から始まった。

 

「くだらん。我らが求めるのは雲隠れの、ひいては雷の国の利益のみ。戦争とはそういうものだ。力無き者が悪い、文句があるなら力を付ければいいだけの話だ」

 

「ま、雷影ほど極端な事を言うつもりはないがな、話の中身はそう外れてはおらんぜ。人様のことよりも自分のことを考えるのが当然。自分の事とは、つまり里の利益。情けを掛けては食われるだけじゃぜ。木の葉隠れにはまだまだ人様を気にする余裕があるって言いてえなら、勝手にしろと答えるしかねーぜ」

 

「砂隠れは、風の国は知っての通り、作物の育たぬ土地の多い国だ。各国の経済を見れば一目瞭然として、その差が明らかになる。故に戦って勝ち取らねばならない物が多くある。……砂隠れは引くつもりはない。他者を気遣う余裕など我が里にはない」

 

「……」

 

 その中で、唯一水影だけが沈黙した。

 怪訝な顔をしたのは半蔵だけではなかったが、場を仕切るのは半蔵である。

 周囲を代表して問いかけた。

 

「水影殿は、特に言うべき意見などはないのか? ないのなら、次に進めるが」

 

「くだらねーよ。本当にな」

 

 先を促されて、面倒臭そうに水影の口から出てきたのは、侮蔑の滲んだ言葉だった。

 しかしそれは火影に対してではなく。

 火影以外の三人の影達に向けられていた。

 

「まるで分かっていない。理解力が乏しすぎる。ここに『灼道』がいる時点で、この話し合いなど机上の空論にしか過ぎねーだろ。オオノキ、なんでお前までくだらねー茶番に乗ってる? 『灼道』の恐ろしさを骨の髄まで理解しているお前が、何故そんな発言がこの場で出来る? ありえねーとは思うが、さっきの火影の対応で気が抜けたか? だとしたら、あまりにも愚かしい老害だぜ」

 

「言ってくれるじゃねーのよ。そういうお前こそ、ウヅキの実力を疑っていたと思うが、ありゃワシの記憶違いか?」

 

「はっ、あんな質問なんざ裏の裏を読むまでもねぇよ。オレが聞いたのは、『今も』強いのかって質問だぞ。今までが弱いとは一言も言ってねぇ。……そして『灼道』は答えたじゃねーか。この場の全員同時に相手取れるって、圧倒的な武威でな。その時点でオレに戦意はねーよ。勝てない敵に挑むほど馬鹿じゃねーんでな」

 

 それは、後の国家間のバランスに対する影響力を考慮しなければ、それぞれの隠れ里の上位に位置する五大国の意向がなければ、各里が真っ先に選択する選択肢だった。

 

 多少でも譲歩を引き出すために、そして不利な条件を飲まされないようにあえてまだまだ戦意がある、と意思表示したがそれはポーズに過ぎない。

 本当ならすぐにでも降参するべき、というのが堅実な判断である。

 それだけ『灼道』の異名は重い。重すぎる。

 

 もし本当に、侵攻されれば。

 その恐怖は骨の髄まで各国に刻まれている。

 

 だがそれでも、4つの里が戦意を見せれば木ノ葉が譲歩するしかない事も計算に入れた上での提示だった。

 ヒルゼンがすぐにでも終戦したいのは少し情報を集めれば容易に判断できる。

 それ故の『雲』『岩』『砂』の判断と行動だったが、水影のあまりにも予想外な突然の戦意放棄に、場の流れは一気に傾いた。

 

 五大国の内、仮に2国が同盟を結び3国と争った場合。

 もっと具体的に述べるのなら『火』と『水』が結び、その他三国が合力して争った場合。

 その結末は考えるまでもなく『火』と『水』の勝利である。

 

『灼道』がいる時点で戦略も戦術も意味をなさない。

 開戦した時点でもはや敗北は必定。

 何せ単騎で首都を攻められた場合の防衛策が皆無だ。

 なのに勝てると考えられるのなら、その者は流血を心の底から望んでいるか、あるいは痴呆よりもタチが悪い愚者である。

 

 開戦は絶対に避けねばならない。

 それは表向きなんと言おうが、火の国以外の五大国の総意だった。

 

 それが、水影の一言で浮き彫りとなった。

 故の詰みである。

 水以外の三国は前提を覆した裏切り者へと強い反感を持つだろう。

 水影の、周囲の敵意にまるで意を解さない振る舞いは愚者の其れであったが、火影に恩を売るという意味では最上である。

 

 火影はそれに気がつかない程の暗君ではない。

 周囲を気にしながらも、火影は静かに水影に対して目礼した。

 

 火影が先制して、水影の発言に類する言葉を繋げることもできた。

 しかしそれはどう言い繕おうとも、力による高圧的な恐喝になってしまう。

 平和は維持できても、仮にウヅキがまた眠りにつく事になれば一気に事態は最悪へと傾れ込む。

 里を預かる者として、その選択は出来なかった。

 

 誰が始めに言及するか。

 政治においてそれは重要な意味合いを持つ故に。

 

「──では、改めて議題を提案しよう。詳細は後ほど詰めるが、終戦に同意する里は挙手をして頂くよう、この半蔵がお頼み申す」

 

 そして、満場一致での終戦が決定した。

 

 

 

 

 

「──いや、ウヅキ様が挑発した時はどうなるかと思いましたが、何とかなりましたね」

 

 カラッとした笑みを浮かべた金髪の男。

 ミナトがそう切り出して、火影であるヒルゼンが安堵を吐き出すように答えた。

 

「肝が冷えたわ。……して、ウヅキ様。本当によろしかったのですかな? あの後に弁明することもできましたが……」

 

「いや、構わん。オレの名声を下げる程度で納まるなら安いものだ。どうにも、こういう政治の話は好かんのでな、早く帰れるのなら帰りたいというのが本音だ。──世話をかけたな、すまん」

 

 ヘニャリと麻呂眉を下げる姿は苦手な政治に向き合うために精一杯脳みそを活発化させた故だったが、先ほど武威で威圧したとは思えないほどの覇気のなさだった。

 

「わはは、いやぁそれには全くもって同意見! この自来也も既に木ノ葉が恋しくなってのォ……」

 

「珍しく気が合うな、自来也。私も、どうにもこの里の気配は好かん。雨ばかり降るからか、湿気がな……」

 

「あー、谷間が蒸れ──ぐはァっ!!」

 

「黙れこのバカ!!」

 

 頬を羞恥心で赤らめた綱手と、張り手で紅葉を頬に刻んだ自来也との夫婦漫才で木ノ葉隠れの終戦遠征は幕を閉じたのだった。

 

 

「あのー、ウヅキ様。ちょっといいですか」

 

 夫婦漫才を始めた二人を置いて、シスイが近づいてくる。

 それを見て、ウヅキは疑問符を浮かべながらも頷いた。

 

「ん? シスイか、何かあったか」

 

「いえ、妙な気配を感じるといいますか……。雨隠れの中ですから、忍が居るのは当然なんですが、どうにも違和感があって」

 

「……違和感か」

 

「……はい。写輪眼なら、見抜けると思います」

 

 ここは敵地である。探るような真似をすれば、如何なる勘ぐりを受けるかわからない。

 写輪眼など最たる代物だ。幻術を掛けることができる特性もあって、仕掛けたと捉えられても弁明は難しい。

 シスイが違和感と呼ぶほどの存在も気になるが、問題を起こさない方が先決。

 何せ終戦が決まったのだ。ここからひっくり返すような真似は絶対に避けたい。

 

「……うぅむ。──気になるがやめておく」

 

「了解です」

 

 そうして、一行はそこから幾日かの交渉を経て『木ノ葉の里』に帰還する。

 無事に終戦という手土産を抱えての凱旋だった。

 

 

 

『──ペイン。会わなくてよかったの』

 

『ああ。気にはなるが、こちらから接触するのは、な。違和感の元に来るなら、話は別だったんだが……。まぁいい。いくぞ、小南。()()()が呼んでいる』

 

『……ええ。わかったわ』

 

 人知れず、影は消える。

 その身に革命の意思を秘めながら、静かに胎動するために。

 

『終戦、か。そんなものはまやかしだ。俺が、本当の痛みを世界に教えてやろう』

 

 五大国の終戦。

 その影響は計り知れないだろう。だが、それだけで全ての戦争が止まる訳ではない。小国同士の小競り合いは続き、大国間での代理戦争も続けられるだろう。

 血は流れ続ける。だからこそ、歩まねばならない。誰よりも痛みを知りながら、確固たる意思を持って。

 

『かぐや一族のウヅキ。今はお前が最強だろう。だが、いずれ世界が俺の名を知る時が来る……。このペインの名をな』

 

 この男が道化となるか。救世主となるか。はたまた正義を背負うか。

 それはまだ、誰にも分からない事だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑静

約7600字



 

 

「──ここ、は……?」

 

「ああ! 君麻呂様、目を覚ましたのですか!」

 

「……? あなたは……」

 

「そのままで構いません。医者を呼んでくるので、動かずに安静に!」

 

 寝起きで、未だトロンとした目つきだった君麻呂が首を捻る。

『ここはどこだろうか』

 そんなことを思いながらぼんやりとしたまま待っていれば、襖が再度開いて、医者らしき男が入ってくる。

 寝起きであるのと、逆光も相まって顔はよく見えなかった。

 

 

「──よく目を覚ましてくれた。どれ、オレが診てやる」

 

 そういって男は君麻呂の身体を触診してくる。

 医者というのだから、任せた方がいいだろうと無言で待っていれば、空いたままだった襖から先ほどと同じ声をした女が息を乱しながら、苦言というには畏れ多さを多分に含んだ声を上げた。

 

「う、ウヅキ様! 早すぎます……!」

 

「む、すまん。つい気が急いた故、許せ」

 

 ウヅキ。

 その言葉を聞いて、君麻呂は怪訝に思って顔を動かした。

 触診のためにしゃがみ込む医者であると思っていた人物と視線が交わった。

 

 整った顔立ちに、かぐや一族特有の麻呂眉。

 どことなく君麻呂に似ているが、それよりも精悍さと人形染みた美しさが目立つ風貌。

 

 その顔を知らない者は居ないだろう。

 御堂の中に奉られる、初代火影が精魂込めて造形したという木像と、そっくりな顔立ちだった。

 

「ウヅキ……様?」

 

「ああ、ウヅキという。お前のおかげでオレは再び命を拾った。感謝するぞ、君麻呂」

 

 人形染みた整った顔ではあった。

 けれど、確かな温かさを感じさせる笑みが、そこにはあって。じんわりと胸の奥が温かくなった。

 

 

 それから、本格的に目を覚ました君麻呂がようやく目の前の人物が『御神体』そのものであると気がつき、土下座した君麻呂をウヅキが慌てて止めさせるという一幕であったり、前当主であるヒヨリから直々にお褒めの言葉を賜ったり。

 かぐや大祭というお祭りを経て、友人を得たり。

 目覚めてから君麻呂の周囲は間断なく変化を続けていた。

 

 それはもう、目を覚ます前と後では雲泥の差で、今でもたまにこれが夢ではないかと思うこともある程だった。

 そう思い早朝から縁側で黄昏ていると、あの『かぐや大祭』を経て仲良くなった同年代の友人が顔を見せた。

 

 黒い髪に黒い瞳。幼いながら整った顔立ちに、年齢に似つかわしくない落ち着いた微笑みを浮かべている友人。

 

 

「──浮かない顔だな、君麻呂。そんな様子じゃ、今日のクナイ鍛錬はオレの勝ちだな」

 

「……イタチ」

 

 うちはイタチ。

 あのエリート一族といって良いうちは一族の中で、唯一弱年にも関わらず、大祭への参加を推薦された天才。

 年齢という意味では君麻呂も同じだが、しかし、その実力はイタチの方が一枚上手だった。大祭の最中は無様は見せられないと必死であったこともあって、気にならなかったが、今思えばよくこんな天才と肩を並べられたものだと思った。

 

 そんなイタチが、仕方なさそうに笑って君麻呂の横に腰掛けた。

 

「何かあったのか? しょうがない奴だ。今日の鍛錬はもう少し後にしてやるから、しばらくここで涼もう」

 

「……ああ、すまない。どうしても、違和感が拭えないんだ」

 

 イタチはそれを聞いても無言だった。

 無視している訳ではない。静かに、聞いてやると態度で示していた。

 

 それが今の君麻呂にとって一番有難い。滔々と一つの言葉を皮切りに堰を切ったように言葉が溢れた。

 

「ボクは、ウヅキ様のお役に立てたそうだ。何をしたか覚えていないし、理由を聞いても詳しくは教えてもらえなかった。──でも」

 

 ウヅキの再来。その名はあまりにも重い。

 君麻呂として見てもらえないと感じるほどに。

 

「……」

 

 イタチは黙って聞いていた。

 何も言わずに、ただ静かに。

 

「今が恵まれた立場だってことはわかってる。戦争だって終わりそうだし、ウヅキ様の再来として期待されてるのもわかる。ひもじい思いもしなくなった。鍛錬も付きっきりで見てもらえるようになった。……でもそれは、ボクがウヅキ様の再来だからなんだ。かぐや一族の君麻呂としては見てくれない。ボクを通して、みんなウヅキ様を見てる。──イタチ、君はどう思う?」

 

 堰を切って語られたのは、君麻呂の抱いていた不安だった。

 急に変わった周囲の環境。

 前当主であるヒヨリと、現当主であるウヅキから目をかけられている故の厚遇。

 

 失うことが怖かった。

 この環境に慣れ親しむことで自分という存在が消えてしまうような気がして、怖かった。そして失望されて今の環境を失うことも、怖かった。

 不安を吐露した君麻呂のことを見て、イタチは柔らかく微笑んでいた。いつもと変わらないイタチだった。

 

「……オレも、似たような事を考えた事がある。一応は頭領の息子だからな。『さすがオレの子だ』……そんな言葉が支えになっていたこともある」

 

 肩をすくめてイタチが続ける。

 

「なぁ君麻呂。もしオレが『火影』になりたいって言ったら、お前は笑うか?」

 

「笑うものか。君なら、いつかなれるだろう」

 

「そうか。……さっきの問いに答える前に一つ。君麻呂の夢を教えてくれ」

 

 促されて、君麻呂は考え込む。

 ひっそりと心の隅で思っていたこと。

 

「……話を聞くたびに思うんだ。ウヅキ様みたいになれたら、一族のみなを守れるんだろうって。知っているか? あの人はたった一人で、火の国以外の五大国に勝てるくらい強いんだ。興奮したヒヨリ様が話してたから、誇張かもしれないけど、それくらい強いんだ。……あと、これは内緒なんだけど、ボクにはウヅキ様に成れる、超えられる才能があるって、言われてる。……でも、そうなりたいけど、あんな風になれるとは思えない」

 

 現実が見えすぎていると、言い換えてもいいかも知れない。

 君麻呂は才能がある。有り余るほどの才能だった。

 だから、無邪気に自分がそんなに強くなれるなんて思うことができず、冷静に俯瞰してしまった。

 

 そんな思い悩む君麻呂に、イタチは微笑んだ。

 

「なれるだろ」

 

 なんていうこともないくらい簡単に、イタチはそう言って笑った。

 

「オレたちは、何にだって成れるんだ」

 

 根拠のない言葉だった。

 理路整然としたイタチらしくもない言葉で、意表を突かれた。

 

「昨晩、父上のところに『火影』様からの伝令が来たんだ。──終戦だって。凄いよ、ウヅキ様は。実質たった一人で戦争を終わらせたんだ。そんな有り得ない事が現実になってる。なら、オレたちが目指してもいない内から諦めるなんて、それこそ道理に合わないだろ。オレは火影を目指す。うちは一族からの初めての火影に、オレはなる」

 

 そこで言葉を区切って、少し恥ずかしそうに頬を掻きながら、イタチは続けた。

 

「……だから、君麻呂。お前がオレの言葉を覚えておいてくれ。お前が覚えてくれている限り『うちはイタチ』はオレのことで、火影を目指す男だ」

 

「うん、わかった」

 

「よし。じゃあ、君麻呂のことはオレが覚えておいてやる。オレが覚えている限り、お前はウヅキ様の代わりじゃない。『君麻呂』だ」

 

 いつもは冷静な風貌なのに、今は目を細めて口元をニッと破顔させて笑っているイタチを見て、言いようのない安心感が溢れた。ただ一つの言葉で、視界が晴れたような心地だった。

 たった一人でいい。たった一人、自分を認めてくれる存在がいるだけで、こんなにも人は安心できるのだと。

 

 その日、君麻呂は学んだ。

 

 

 そして決めた。

 ──『火影』を支えられる存在になると。ウヅキのように、存在感だけで火影を助けられるほどの男になってみせると。

 

 強くなるんだ。身も心も。

 君麻呂は初めて、心の底から決心した。

 

 決意を秘めて真剣な表情で頷いた君麻呂だったが、そんな場面で同じように真面目な顔のイタチが続けた。

 

「──さっきの質問の答えだが、不安になるなら、それをかき消すくらい大きな目標を持てばいいと、オレは思う。オレは戦争の不安をそうやって解消したんだ」

 

「……イタチって、変なところで律儀というか、真面目だな」

 

「そうか?」

 

 キョトンとして首を傾げる姿は、天才と称される『うちはイタチ』にしてはあまりにも幼く見えて。

 クスクスと、君麻呂は心の赴くままに笑いを溢した。

 

 

 

 

 波風ミナトが自宅に戻ると、タタタと廊下を駆ける音が聞こえた。

 出発前にも聞いた足音のはずで、それもたったの1週間ほど前の事だ。なのに、里の『あ』と『ん』の門前では感じなかった『帰ってきた』という実感が急に湧き上がってくる。思わず頬を緩めながら玄関に座って靴を脱いでいると、背中側からぶつかるように勢いよく抱擁された。

 

「──おかえり! だってばね!」

 

「ああ、ただいま。大丈夫? 何か困った事とかなかった?」

 

「なーんにもなかったわ〜。もう平和そのものって感じだってばね。停戦してから、里の雰囲気も弛緩しちゃってるもの」

 

「そっか、ならよかった。それもこれも、ウヅキ様のお力だろうね」

 

 期待するように、少しだけ間を空けてクシナが呟いた。

 

「……もしかして、終戦?」

 

「うん。後々正式発表されるけどね、五影会談で満場一致で決まったよ」

 

 微笑んでそう言えば、妻であるクシナがぱぁっと顔を輝かせて、さらに強く抱きしめられた。

 ちょっと痛いくらいだったが、同じ気持ちなので、そのまま振り返って妻の身体を抱きしめる。

 

 一拍だけ時間をおいて、顔を上げたクシナが鼻息荒くして声を上げた。

 

「──よぉ〜し! そしたら産むわよ〜〜!! ほら、行くってばね!」

 

「ちょ、ちょっと、クシナ?!」

 

 引っ張られるままに、着替えもしない内に寝室に連れ込まれて。

 母は強し、というか。妻は強し、というか。そんな事を再確認させられたのだった。

 

 

 

 

 

「──何? 旅に出るだと?」

 

「おうとも。里のことはご歴々に任せて、ワシは予言の通り見聞を広めてこようかと思ってのォ」

 

 里のとある一角で、道ゆくベンチに腰掛けていた。

『予言の通り』

 自来也は以前、妙木山に棲まう蝦蟇仙人より予言を授けられていた。

 戦争となればさすがにそのような余裕はない。物書きである趣味も控えていたが、終戦となって、ウヅキも居る今となっては問題ないだろうという判断だった。

 

 そんな自来也の言葉を受けて、綱手も神妙に頷いた。

 

「……そうか。なら、私も里の外に出るか」

 

「お? おぉ? ま、まさかワシと一緒に!?」

 

「違う!! ……こんな様だ。まともに医療忍術も使えん体たらく。里に居ても無駄飯食らいで肩身が狭いだけだろう? ──シズネでも連れて、そこら中を回ってくるさ」

 

「……ま、いいんじゃねーかのォ」

 

「死ぬなよ、自来也」

 

「はっは、誰に言っとる。この自来也様がそう簡単にくたばる訳はないのォ、お前さんこそ死ぬなよ。……あと、賭け事だけはマジで止めといた方がいいのォ」

 

「ふん、余計なお世話だ」

 

 鼻を鳴らした綱手姫を見て、自来也は破顔しながら『かっか』と溌剌とした笑いを溢れさせた。

 ようやく訪れた、平和な時代の空気を感じながら。

 

 

 

 

 うちは集落。

 奥に位置する当主の家にて、一人の『忍』が報告に上がっていた。

 報告を受けるのは『うちはフガク』

 その対面に座すのは『うちはシスイ』だった。

 

 終戦確定の報は先に行っている。

 だから、その補完をするべく、流れを細部にわたって説明したという訳だった。

 

 聞き終えて終戦の内容を把握したフガクが、満足げに頷いた。

 

「──では、無事にやり遂げたか」

 

「はい。……ただし、途中で違和感を感じた件はご報告の通りで、原因は不明です」

 

 真面目なシスイらしく、そのことが心残りであるようだった。

 吐き出させるべきかとも思い、所感を聞いていなかった事もあって改めて問うた。

 

「……そうか。予想で構わんが、シスイ。お前はどう思った?」

 

「そう、ですね。あやふやですが、居るのに見えない。そんな感覚でした。ですが、写輪眼で見れば正体は掴めたかと思います」

 

「うむ。会談中に写輪眼を控えるのは良い判断だ。我々の瞳を警戒する者は多い。要らぬ警戒を引いただろう」

 

「はい。オレもそう思います。……これで、終戦ですね」

 

「ああ。これからは内部に向けて力を充実させる時期に入る。お前の力を借りることが増えるが、よろしく頼むぞ」

 

「はっ!」

 

 うちは頭領である『うちはフガク』に対して、シスイは深々と頭を下げた。

 裏側を管理する者として、これからは里の中枢に関わってくる事となる。多忙を極めるであろうが、それもやりがいのある事だ。

 フガクは重々しく頷きながら、これからの事に思いを馳せた。

 

 

 

 火影室。

 溜まった書類を確認して、サインを書いている火影の居る一室だった。

 1週間ほど、しかも不在時の対応なども決めていたとはいえ、仕事は溜まっている。それを忙しく処理していた。

 そんなところに、今後に関して話し合わねばならない男から、ドア越しに声が掛かった。

 

「──火影様、ミナトです」

 

「うむ、入れ。……む? 随分と疲れているように見えるが……」

 

「あー、はは。いえ。それより、お呼びと伺いましたが」

 

 先ほど別れた門前よりも、多少疲れが顔に出ているのが気になるが、まぁいいかと火影は流して本題を告げた。

 

「兼ねてより決まっていたことではあるが、ミナト。この終戦に関する仕事が片付き次第、ワシは退陣してお前に『火影』を譲る。その心構えをしておくように。まぁ今更ではあるし、お主にはわざわざ言うほどの事ではないが、形式上な」

 

「……はい。謹んで承ります」

 

「そう固くなるな。しばらくはワシも補佐するつもりじゃし、相談役のホムラとコハルも居る。……良いな、ミナト。『木ノ葉』の未来をお前に託すぞ」

 

「はい!!」

 

「良い返事じゃ。して、お前に話しておかねばならぬことが幾つかあるが、その中でも重要なものを今から伝える。口外してはならん、決してじゃ」

 

 コクリと頷いたミナトを見て、筆を止めたヒルゼンが立ち上がって、背後にある窓から里を見渡すように立った。

 見えるのは里の風景。既に薄暗い帷が街を包んでおり、家々に明かりが灯っている。

 

 その光景を目にしながら、重々しい口調で、ヒルゼンは口を開いた。

 

「──ウヅキ様の、秘密に関してである」

 

 息を呑むような沈黙が場を満たした。

 

 

 

 

「──おかえりなさいませ、ウヅキ様」

 

「ああ、今戻った。……やはり慣れぬ事は任せるに限るな……。ヒルゼンの奴に迷惑を掛けてしまったわ」

 

 苦笑いしながら、羽織を手渡す。

 自然な仕草で羽織を受け取って、柔らかい笑顔をヒヨリは浮かべた。

 

「ほほ、左様でございましたか。私でよろしければ、次回は手足となりましょう。して、首尾は如何でしたか?」

 

「……終戦は成った。しかし、オレは所詮、戦しか能のない男であると再確認したところだ」

 

 鎮痛な面持ち、と言えば良いか。

 終戦したというにはあまりにも喜びの色がなかった。

 

「……」

 

「彼奴には、柱間には二度目の生涯を懸けても敵う気がせぬ。──あの、己の頭一つを下げて協定を成した男には敵わんよ、本当にな」

 

 思い出されるのは戦国時代末期。最初に行われた五影会談の風景だった。

 会談に参加できるのは影と追加で一名のみであったから、こっそりと感知能力を使って盗み聞きしていた当時の事だ。瞼の裏に想い上がるのは、真摯に頭を下げる柱間の姿だった。

 

 当時の柱間の声が聞こえてくる。

 

『国は関係なく、忍が皆協力し合い助け合い……、心が一つとなる日が来ると夢見ている』

 

 机に額を擦り付けて、両手を脇に着いて、椅子に腰掛けながらではあるが、土下座と言って良い姿勢を見せながら言葉を紡いでいた。

 

『それがオレの思う……()()()。今日はその夢への第一歩にしていただきたいのだ……! どうか! どうか! どうか! どうか!』

 

 思い浮かぶ記憶を思えば、知らず目頭が熱くなる。

 やはりあの男しか、器ではなかったのだと思う。先日の己の醜態を思えばより一層その想いは増した。威圧でしか終戦を成せない己ではなく、柱間こそが現代に蘇るべきだったと。ヒルゼンに悪いと思う気持ちはあるが、しかし思う気持ちを止める事は出来ない。

 

「柱間……。今でもオレは、お前に蘇ってもらってさ。火影をやって貰いたいと思ってるよ」

 

 知らず、前世の口調が、幼き日の友人に向けた口調が出てくるほどに焦がれた様子で続けるウヅキを、風が吹いてその白髪を揺らした。

 

 

 

 木ノ葉が舞い散る日の一幕。

 

 終戦の報は未だ知らないながら、一般市民の日常は穏やかに流れてゆく。

 日が昇り、日が落ちて、眠りについて朝に目を覚ます。

 ご飯を食べて、会話して笑い合って、働き、我が子と語らい、技を高めて、一日一日を経過してゆく。

 明言しようのない有り触れた日常。

 

 けれど、得難い日常。

 それを知る人々は今日も穏やかな一日を過ごす。

 

 そんな彼らが終戦の報を知るのはもう間も無く後のこと。

 

 

 そして時が経ち。

 今、一つの時代が終わった。

 

 3代目『火影』猿飛ヒルゼンから、4代目『火影』波風ミナトに火の意志が受け継がれる。

 

 新しい息吹を感じながら、時代は進んでゆく。

 ──ミナトの妻である『クシナ』と、その友人である『うちはミコト』の懐妊が認められたのは、終戦が決定してから少ししての事だった。

 

 運命の歯車が、動き始めようとしていた。

 

 

 

『──兄さん』

 

『ああ、間も無く時が来る。──ウヅキ。恩はある。だが、使命を忘れた一族がこのマダラの邪魔をする事は許せぬ……』

 

 男は塵をその身から漏らしながら、忌々しげに、しかし口惜しげにそう呟いた。

 

 仮面を付けた最強の兄弟が、牙を剥かんと蠢いていた。

 

 

 

 また別の場所。そこでは三人の男女が居た。

 仮面の男が問いかける。その仮面に空けられた右目には写輪眼の輝きがあった。

 

『──ペイン。準備は整っているな?』

 

『ああ、今この時、痛みを世界に示そう。未だ習熟しているとは言い難いが、この輪廻眼の力を使って、な』

 

 仮面を付けた男と、輪廻の瞳を持った男が会話をする。

 その傍らには『天使』と呼ばれる女が寄り添っていた。

 

『ペイン……。いえ、長門。無理はしないで。これはあくまでも序章に過ぎないのだから』

 

『わかっている。だが、最強の一角を間接的とはいえ、落とすことに意味がある。……これは、避けては通れない道だ』

 

『……ええ。それでも、私は……』

 

『小南、心配のし過ぎだ。……ウヅキは、業腹ではあるが、あの兄弟に任せる。オレたちの仕事は、奴の防御を潜り抜け、木ノ葉を潰すことだ。行くぞ』

 

 そこで割り込むように片目の仮面の男が言葉を繋げた。

 

『ペイン。言っておくが、失敗は許されない。オレも当日はお前の助けには動けないだろう。成果を期待するぞ?』

 

『ああ、わかっている。……ところで、お前の名はマダラ、でいいのか?』

 

『そうだ。オレの名はマダラだ』

 

『……あの兄弟といい、お前といい、うちは一族は物事をややこしくするのが好きらしいな。──まぁいい、オレはオレの平和を成すだけだ』

 

 翻すマントに記される証は『赤き雲』だった。暁の夜明けを求めて、動き出す。

 それぞれの思惑を秘めながら、兄弟は、暁は、片目の男は、似通った目的を持ちながら最終地点を異とする中で、この時は全霊を懸けて挑む事となる。

 

 恐らくは、終末の谷での『暴走』を経てより強くなったであろう『化け物』との決戦に備えて。

 

 時は進む。辿り着くは十月十日。

 

 ──運命を背負う少年が産まれる日。

 

 

 

 






活動報告にて。

2023年11月7日追記。
君麻呂とイタチの会話部分の修正をしたいのですが、先に更新を優先しまする。
後ほど少し変化加えるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮面

約8000字


 

 

 

 遠い、遠い過去の記憶。

 微睡むような意識の中で『マダラ』はふと思い返す。

 あの、二人と出会った日のことを。

 

 

「──次こそ向こう岸に……」

 

 ポンポンと掌で水切り石を上空に放っては受け止める。

 場所はとある川辺だった。

 水幅が大きくて水量がそこそこある川で、願掛けをしながら水切りのために石を放っていた。

 

 そして、準備を整えて放とうとした時、背後から飛んできた石が、悠々と川を跳ねて横切り対岸に辿り着いた。

 

「……」

 

 少し警戒しながら振り向けば、そこにはおかっぱ黒髪の少年が立って、石を投げたであろう腕を振り切った姿勢で悪戯っぽく笑っていた。

 

「気持ち少し上に投げる感じ、コツとしては……」

 

 そのおかっぱの隣に『白髪麻呂眉の男』がニヤニヤと笑いながら立っていた。

 

「はは、そんなこと分かってるって顔してるぞ、コイツ」

 

「なんだお前ら……」

 

 げんなりしながら言えば、顔を見合わせた目の前の二人が、そっくりな仕草で頬を掻きながら苦笑いした。

 

「あー、まぁ水切りライバルってとこか?」

 

 白髪麻呂眉の男がそう言い、その後におかっぱが続いた。

 

「ん〜、そうだな! オレは届いたけど」

 

「誰だって聞いてんだコラ!」

 

 眉を怒らせて言えば、平然とした様子でおかっぱが答えた。

 

「名は柱間。性は訳あって言えんぞ、コイツは卯月。これがまた笑いのわからん奴でなー」

 

「はぁ? お前のセンスがオカシイっていつも言ってんだろーが」

 

「やれやれ、だぞ」

 

「……」

 

 ふーっと息を吐き出して肩をすくめる柱間の姿に、ビキビキと額に青筋を浮かべた卯月と呼ばれた男が怒りを発散するため一息吸って吐いた。

 その後に目敏く、掌に持ったままだったまだ投げられていない石を見て、小首を傾げる。

 

「投げねーのか」

 

「な、投げるに決まってんだろ! よく見てろ、次はいけっから」

 

 言われて、構えて放る。

 無意識に手裏剣術を使いながら、勢いよく石が放たれた。

 着水しては跳ねる石が、二度、三度と跳ねて、よし今度こそはと思った瞬間に、トプンと無惨な音を立てて水に沈んだ。

 

 なんとも言えない間が一瞬流れて、思わず吠えた。

 

「てめェら!! オレの後ろに立ってわざと気を散らしたなコラ!! 後ろに立たれっと小便が止まる繊細なタイプなんだよォ、オレは!!」

 

 そんな言い訳を受けて、ビクッと身体を震わせた柱間がしゃがみ込んで激凹みした。

 ズーンという擬音が聞こえてきそうなほど鎮痛な雰囲気だった。

 

「ご、ごめん……」

 

「い……いや、オレこそごめん。けど、そこまで落ち込むこたァねーだろ……」

 

 思わず謝れば、そこにニヤニヤと笑っている卯月が割り込んできた。

 

「言い訳なんかしてみっともない男だなぁ」

 

「はぁ?! じゃあてめーもやってみろや!」

 

「おっ、やってみるか」

 

 そう言って、卯月は手頃な石を拾って不可思議な動きで石を放り投げた。

 左腕を壁のように突っ張って、右腕で上から下に投げるという、川切りをするなら絶対にやってはいけない動作で放たれた石は当然のように、一回もはねることなく川底に沈んだ。

 

「「……」」

 

 何とも言えない沈黙が場を満たした。

 

「マジで何なんだよお前は!?」

 

「……いや、ごめん。変なこと言ってほんとごめん……」

 

 先ほどの焼き増しを見るように、ずーんと柱間の隣にしゃがみ込んで、激凹みし始めた卯月を見てギョッとしながら声を掛ける。

 

「お、おい……」

 

「「だって、お前にそんなウザイ自覚症状があるなんて思ってなかったから……」」

 

「何ハモってんだてめェら!?」

 

 ギャイギャイと喧しく言い合って、卯月が唐突に元気になって水切りに挑戦してまた失敗するということを繰り返したり。

 ずぅーんと凹んだままチクチクと嫌味な事を言い続けるウザイ柱間に噛み付いたり。

 

 そんなことを繰り返していると、川に一人の死体が流れてくる。

 忍装束を付けた男の死体だった。

 

 楽しんでいた熱も冷める。

 沈黙の中でその死体を眺めれば、凹んでいた柱間が立ち上がって()()()()()()()死体に近づいていった。

 

「……お前、忍か」

 

 そのまま視線を岸に残っていた卯月に向ければ、苦笑いをしながら足をすすめて、水の上に立ってみせた。

 コイツも忍。

 だが、この二人の身体的特徴は同じ一族であるとは思えない。

 先ほどの軽口を考えるに、稀有な友人関係と言えるだろう。

 

「……近いな。流れてきたか。ここもすぐ戦場になるぞ。お前……」

 

 呼びづらそうにこちらを見てきた柱間を察して、肩をすくめながら名乗ってやる。

 

「名はマダラだ。姓を見ず知らずの相手に口にしねぇのが、忍の掟だ」

 

「やっぱりな、お前も忍か。……卯月、今日はここまでだ。オレは行かなきゃならねェ」

 

「ああ、オレも行くよ」

 

 その言葉を皮切りに、柱間をはじめとして三人は三方へと散った。

 これが、マダラと。卯月、柱間の初めての出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 良く晴れた日だった。

 仮面を被った男は両の目の空いた隙間から、里の光景を眺める。

 

 足元には火影岩があって、いつの日かのように里を一望できている。

 広がる光景は見覚えのある、木ノ葉隠れの里。

 

 何かの感傷に浸るように、あるいはこれから滅ぼす里のことを思うように、ただ静かに眺めている。

 人々の生活が見える。笑顔が、喧騒が、子供や母親が見える。

 それらを眺めながら、仮面の男は。

 

 ──『うちはマダラ』はただ無言で佇み続けていた。

 背中に届くまで乱雑に伸ばされた黒髪が木ノ葉を揺らす風で靡いた。

 

 気がつけば、もう一人の男が姿を現していた。

 仮面を付けている。だが、マダラが塵を漏らしているのとは裏腹に、新たな人物にそのような様子はない。

 実在する肉体を所持している証だった。

 

 僅かに戸惑っている新たな仮面の男──『うちはイヅナ』がおずおずと声を掛ける。

 

「──兄さん」

 

「イヅナ、オレの背後に立つなと言っているだろう」

 

「ああ、ごめん。……何を見てるの?」

 

「いや、何。オレたちが去ってからの里を、こうして目にした事はなかったと思ってな。……ウヅキと戦ったあの日ですら、な」

 

「懐かしいね。ボクも兄さんも、お互いイザナギがなければ死んでたよ」

 

「扉間がオレたちの遺体を保存するであろうことは予定通りだった。オレたちが互いにウヅキと柱間の細胞を奪い死ぬ事も想定内。その細胞を使い、新たな力をオレたちが得る事も、想定内だった。……唯一の想定外があるとすれば、それはウヅキ。『暴走』した奴が、あまりにも()()()()事だ」

 

 天泣灰燼。

 そう呼ばれるほどの天変地異を引き起こした当時を思い出しながら、その根拠を続けようとする前にイヅナから声が掛かる。

 

「……兄さん、そろそろ時間だ」

 

「わかっている。……ウヅキ。お前はあまりにも中途半端だ。使命も果たせず、役者不足であるなら、永遠に眠っていろ。全てが終わるその日までな」

 

 

 仮面の奥で、万華鏡の瞳が煌めいた。

 

 

 

 

 

「──四代目火影ミナト……。人柱力から離れろ。でなければ、この子の寿命は1分で終わる」

 

 とある岩場に設けられた、隔離された一室だった。

 うずまきクシナ。いや、波風クシナの出産のために封印結界を施されたその場所は、通常であれば解除せねば侵入出来る筈がないというのに、その男はこの場に姿を現していた。

 

 ミナトの胸中に焦燥感が湧き上がる。

 だが、冷静さを失うことは出来ない。

 四代目火影となってまだ若年とはいえど、その名を背負ったからには無様を見せることはできない。何より最愛の妻とその子供の命が掛かっている。波風ミナトは内心で焦りが湧き立つのを感じながら、それでも努めて冷静さを維持して両手を前に翳した。

 

「待て! 落ち着いてくれ!」

 

「安心しろ、オレは最高に冷静だ」

 

 そして、後を追うように一人の男が結界の中に入ってくる。暗部の面を外して、両眼の写輪眼を輝かせる『うちはシスイ』だった。

 

「ミナトさんッ、すみません!」

 

「……シスイくん!?彼は、何者なんだ」

 

 少しでも情報が欲しい。結界の外で警護していたシスイなら何か情報を持っているかもしれない。そう考えての質問だったが、状況はそれを許さない。

 クシナから離れられず、その場に留まるミナトに業を煮やして仮面の男が言葉を続けた。

 

「言った筈だぞ、離れろ、とな」

 

 言葉と同時に放り投げる。

 ミナトの両眼は時が止まったかのように思える中で捉え続けていた。

 投げられたのは、やっとその顔をミナトに見せてくれた我が子。

 

 産衣に覆われたあまりにも小さな身体が宙に放られて、その落下地点にはクナイが煌めいている。

 

 反射的にだった。状況を考えれば、シスイに任せた方が良い。

 だが、ミナトの身体は反射的に瞬身を行い、我が子を抱え込んでいた。

 

「……ッ」

 

「さすがは黄色い閃光。だが、オレもバカじゃない。……次はどうかな?」

 

 ナルトを抱える事が出来た僅かな安堵の後、起爆札の起動する最悪な音が産衣から聞こえる。

 跳ぶ判断しかない。この場で爆破させればクシナに被害も及ぶ。

 

 ──飛雷神。

 

 ナルトを衣から離しつつ、飛雷神で跳んだミナトは転がるように家屋から飛び出した。

 爆破によって、転身先であった家屋が吹き飛ぶ。その爆風を我が身で遮断してナルトに届かないよう身を呈す。背中の向こう側から激しい爆風が吹き荒れるが、庇った甲斐もあってナルトは無傷。

 

 ほっと一息を吐いたが。

 次の瞬間には、ミナトはあまりにも鋭い眼光を宿した。

 

「無理矢理、飛雷神を使わされた……。あの場にはシスイくんがまだ残っているから、すぐにはクシナが害される心配はないと、思いたいが。けど、彼は九尾の封印式を知らない……。状況が変化する前に、早く戻らないと」

 

 それでも、ナルトをこの場に置いてはいけない。

 最寄りの拠点に飛雷神で飛び、ベッドにナルトを横たえる。そして再び飛雷神で飛んだ。

 

 

 

 

「──写輪眼!?」

 

 ミナトが飛雷神で飛んだ後の、洞窟内だった。

 シスイは、目の前の事実に動揺が隠せず、僅かな隙を晒す。

 目の前でミナトが飛雷神で跳び、仮面の男と1対1となったが、出産を終えたばかりで九尾の封印も完了していないクシナを守りながら、

 クナイで交錯する至近距離で見たその瞳は『うちは一族』固有の血継限界。

 

「そうだ。そして、お前の眼より、よく視えている」

 

「!?」

 

 ヌルリ、とクナイごと通り抜ける異様な術を前にして、しかし、シスイは遅れずに反応した。

 クシナに触れようとする男の真横。

 瞬身ですぐさまにクシナの側に戻って、クナイを振るう。頭部を狙う攻撃は透過されたが、クシナを狙った手も透過した。

 予想通りの光景に防衛策を組み立てつつ、距離を取った仮面の男から庇うように寝台の前に立つ。

 

「……結界を通り抜けたのも、その力か」

 

「判断が早いな。さすがは瞬身の名を持つ男か」

 

「何者だ。オレは幾度となく戦場で一族の者と背中を合わせてきたが、お前のような力を持った一族の者に心当たりがない。……だが、お前のその眼。その雰囲気。うちは以外の者が眼窩に写輪眼を嵌めている訳じゃないと、オレの感覚が言っている」

 

「ご名答。少し早いが、名乗らせてもらうか。──オレの名は『うちはマダラ』だ」

 

「……マダラ……だと……!?」

 

 その言葉に衝撃を受けると同時に、封印が砕け散る音が室内に響いた。

 驚き視線を向ければ、そこに新たな侵入者が二人。両者共に仮面を着けて、その眼窩に写輪眼の輝きを見せている。

 

「何を手こずっている。さっさと九尾の人柱力を移動させろ」

 

「まったくだね。こんな一族の末端一人片付けられないなんて、その名が廃るよ」

 

「……!?」

 

 3対1。一挙に不利となった状況に関わらず、シスイは引き続きクナイを構えて、その写輪眼を最大限に活かすべく瞳に力を込めた。

 ──だが。

 

 瞬身で真横に現れた新たな侵入者である二人に対する対処が、追いつかない。

 一人が先に攻撃を行ってシスイが対処した隙を突き、もう一人が蹴りを放った。

 五影を超える身体能力に加えて、完璧な連携。二人がかりの攻撃を避ける術はなく腹部を蹴りで強打されたシスイが壁に向かって飛んでいった。

 

「心構えは立派だが、実力が伴っていない。早死にするタイプだな」

 

「兄さん、さっさと人柱力を連れて行こう。──おい、お前の仕事だ」

 

「ああ、すぐにやる」

 

「……ま、まて……!」

 

「時間が惜しいが。お前を殺す程度の時間はある」

 

 長髪を靡かせる仮面の男が、貫手でシスイを殺害する寸前。

 ──黄色い閃光が瞬いた。

 

 空を切った己の指先を眺めて、仮面の奥でニヒルに表情を歪める。

 

「木ノ葉の黄色い閃光、か。なるほど、悪くない速度だ。……つくづくこの身体が恨めしいな」

 

 全盛期ならば殺せていた。

 そう内心で思いながら、長髪を靡かせる仮面の男は時空間忍術によって転移した。

 

 

 

「──っ!? ミナトさんっ!? なんでオレを!?」

 

「見過ごせる筈ないだろ? 大丈夫、クシナ『も』助ける。……だけど、少し助っ人が必要かもしれないね」

 

 ミナトが飛んだ先は火影室だった。

 窓から見える視線の先には、かぐや一族の集落が見えた。

 

 

 

 

「──む?」

 

「どうかなされましたか、ウヅキ様」

 

 嫌な空気だった。ピリピリと香る風は過去の戦禍を彷彿とさせた。

 鋭利になった感覚を広げる。感知タイプとなったウヅキの感覚は、それらの気配を明確に捉える。あまり感知したい類の反応ではない。

 ピクリと頬を反応させ、事態が既に只ならぬ状況であると理解する。

 

 解っている事ではある。

 だが、確認も含めて言葉にする。

 ──ウヅキが、本気を出せないという事実を。

 

「……ヒヨリ。オレが本気を出せば、里はどうなる?」

 

 間髪入れずにヒヨリが口を開いた。

 

「消し炭となります。君麻呂を除き、誰一人生き残らないでしょう」

 

「で、あろうな。攻め手はオレの弱みを良く理解しておる。里を守る限り、オレは本気を出せん。……故に、お前に任せるぞ」

 

「はっ、畏まりまして御座います。……敵は何処に?」

 

「うむ、この里だ」

 

 ウヅキの視線は一方向に向けられている。

 それは空中。何もない筈の場所に、木ノ葉の里の中央に輪廻の瞳を持つ男が両手を天に翳して立っていた。

 

 

 

「──痛みを、与えよう。神羅天……むっ」

 

 突如として飛来した骨の槍を、斥力の力を以って弾き返す。

 輪廻の瞳を持った男が地面の建造物の隙間に視線を向ければ、そこには()()()()の美女が佇んでいた。

 その身に純白の衣を羽織る姿は神々しさすら感じさせる。

 

「何者だ?」

 

「賊に名乗る名はありません。そう、言っても構いませんが、あえて名乗りましょう。──『百公(びゃくこう)』ヒヨリと申します。以後、お見知りおきを」

 

「……そうか。情報では()()()()であったと思うが、記憶違いか?」

 

「おや、それは随分と杜撰(ずさん)な情報収集ですこと」

 

「ふっ、いや。下らん事を言った。それがお前の『分身』か」

 

「・・・そうですね。油断させるには、私の名は些かに通り過ぎていますから」

 

 次の瞬間、四方八方から無数の骨の槍が飛んでくる。間断ない攻撃は斥力で弾くインターバルを考えれば最良の攻撃。

 空中では良い的だ。狙いを絞らせぬためにも下に落ちる。

 落下地点では、待っていたとばかりにヒヨリが佇んでいた。

 

 そして増える。人影が増え続ける。

 

 続々と姿を表すのは全く同じ姿をした瓜二つの存在。それが大凡『百名』。

 それぞれが独立したチャクラを持つ、意識を共有した人の群れが姿を現した。

 

 

『百公』

 その名は、ヒヨリが大戦中に『木ノ葉防衛の任』を担った末に付けられた名だった。

 かぐや一族が中立を保っていられたのも、政治力と宗教の特色、政教分離の考えによるものもあったが、何より。

 ヒヨリただ一人による防衛の戦果が、あまりにも多大である故であった。

 

 その数は名が表すように百名。

 全てが五影クラスの実力を持ち、さらに連携を取って襲いかかってくる悪夢である。

 その中に本体はおらず、決死の攻撃すら仕掛けてくる。そしてしばらく経てばひょっこりと復活している。

 

 仮にウヅキを『かぐや一族』最強の矛とするのであれば、ヒヨリは最強の盾。

 大戦中一度も抜かれたことのない、盾であった。

 

 情報を脳裏で反芻しながら輪廻の男──ペインが口を開いた。

 

「……分身の術の応用。そう聞いているが、影分身のようなものか」

 

「はてさて、種明かしは最期というのが、お約束でございますれば。──お命、頂戴いたします」

 

「その最期はお前のものになるだろう。──ペインは、一人ではないのだから」

 

 対抗するように、続々とその場に集うのは五名の輪廻眼を宿した人型たち。合わせて六名となった六道。

 僅かな静寂の後に、両者が駆ける。

 

 周囲では避難を誘導する人影があった。ヒヨリの分身たちが彼ら彼女らを守るように展開する。

 ペインは、その隙を突くように広範囲の攻撃を仕掛ける。

 

 ──輪廻眼を持つ者と、その血に『かぐや』の特徴を残す者とが、激突した。

 

 

 

 

 満月の夜だった。

 冷たい夜風が感じられる、どこか不安になるような夜だった。

 封印を解除するための呪印が刻まれた岩場の中央には『波風クシナ』が縛られて、その身から膨大なチャクラを溢れ出させている。

 

 その正面に立つ三人の男。

 内の一人が、その口を開いた。背に黒髪を大きくバサつかせる仮面の男。

 本来の『うちはマダラ』が、別の者に向けて名を呼んだ。

 

「──九尾如きに、これほど拘るのが不思議か? ()()()

 

「いや、意図は理解している。オレも感傷ではあるが、攻撃する意味を見出している。……だが、それほどウヅキという男を警戒すべきか、という意味なら少し疑問が残る」

 

 仮面の奥で口角を上げる。

 疑問。内容は安易に予想できるが、暇潰し程度にはなる会話だ。

 

「ほう、聞かせろ」

 

「あんたたち兄弟が警戒するほどとは思えん。加えて、あんたは穢土転生だろう? 何度だろうと蘇るのだから、警戒する意味がわからん」

 

「くっくっく。まぁそうなるか」

 

 心底面白そうに、『マダラ』は笑う。その疑問も理解できなくはないと思いながら、しかし訂正するために口を開いた。

 

「それは、些か過小評価と言わざるを得んな。穢土転生など使いたい部類の術ではないし、所詮この身体は紛い物。今のオレは生前の半分以下の実力しか出せまい。そして、確かにあの男は、オレが想定したよりも『弱い』が、奴が『本気』を出せば、この地上に勝てる者など存在しない。そして今回は、奴を倒すことを目的としていない。幾つか狙いはあるが、最も大きな狙いは──」

 

 語るところで、イヅナから声がかかる。

 緊張感と冷たさの滲んだ声だった。

 

「兄さん」

 

「おっと、さすがに速いな」

 

 笑みを形作ったまま、本物の『うちはマダラ』が振り返る。

 

 そこに立つのは、白髪白目の美丈夫。

 馴染み深い因縁の相手が、堂々と歩を進めていた。

 

「──やはりお前か、マダラ」

 

「久しいな、ウヅキ。息災(そくさい)で何よりだ」

 

「嫌味のつもりか。お前らしくもない」

 

「……そうした意図はない。許せ、些か気が昂っているらしい」

 

 仮面の下で笑みを浮かべるマラダに、ウヅキは続ける。

 内心では残念な気持ちよりも困惑が強い。一言で言うならば、何を今更、という気持ちだった。

 

「何故、木ノ葉を襲う? お前が欲しいものなど、里には残っていまい。今更火影の座に座りたい訳でもなかろう?」

 

「くっくっく。わからんか、ウヅキ」

 

 底から響くような声を漏らした。

 仮面に手を掛ける。外された面の中から顔を見せたのは、表面が剥がれ塵と成りながらも維持し続ける『穢土転生』の身体。

 

「──居るだろう、お前が。お前の存在そのものが、オレの計画には邪魔なのだ」

 

「……そう言われて、大人しく死んでやるほどオレは物分かりが良くないのでな。──もう一度、黄泉に送ってやる」

 

「そうだ、来い」

 

 沸々とした静かな怒りを湧き上がらせるウヅキを前にして、マダラが野太い笑みを浮かべた。

 

「──お前の新しい身体が、()()()()()()かな?」

 

 不吉な予言のように、マダラが口内で呟いた。

 

 

 

 

 








お待たせして申し訳ございません。
続きはさほどお待たせしないかな、と思いますが、長いとまた1ヶ月ほどお待たせしてしまうかもしれません・・・。





目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。