騎士団の雑用係 (技巧ナイフ。)
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騎士団の雑用係

半年ぶり、気まぐれに原神を開いて単発ガチャを引いたら1発目に雷電将軍が降臨!

ちょっとしたリハビリと思いつきで書いてみました。
楽しんでくれたら幸いです。


「おぃ〜す。おはようございまーす」

 

 西風騎士団代理団長のジンは、ノックもせず軽い挨拶と共にあくび混じりで入ってきた男を睨みつける。

 

「『おはよう』じゃない、ノア。この時間の挨拶は『こんにちは』が適切だ」

「うっ…あまりデカい声出さんで下さい。こちとら二日酔いなんですから。あ、コーヒー貰いますね」

 

 ノアと呼ばれた男は悪びれる様子もなく、ジンの執務机に置かれた飲みかけのコーヒーを無断で煽った。そして、すぐに思いっきり顔を顰める。

 

「不っ味い……」

 

 ペッペッ、と舌を出すその姿は、人の飲み物を無断で拝借した者とは思えない不遜ぶりである。しかし、男———ノアの反応はもっともだ。

 なにせジンが飲んでいたコーヒーは、日が昇る前に淹れたもの。現時刻はそれから6時間は経っている。

 コーヒーは冷めて酸化し、もはや雑味と酸味の暴力と化していた。

 

 自分のコーヒーを盗られたことには思うところがあるジンだが、ノアの反応に少し溜飲が降りる。

 

「で、なんの用だ。見ての通り私は忙しいんだが?」

「いやね、代理団長? ちょっと報告しておかないとならない事がありまして」

「珍しいな。お前から騎士団の仕事の話が出るとは」

「なんですかぁ。まるで普段は酒と女の話しかしないみたいな言い方は〜」

「そこまで言ってはいないが、自覚があるなら直してほしいところだな。……で、報告したいこととは?」

「あ〜っと、アレです。今日の早朝に、アビス教団がこっそりこのモンドん中に侵入するらしいっすよ」

「はぁ⁉︎」

 

 モンド———風が酒の香りを吹き流し、花を揺らす街。西風騎士団が守護する都市だ。

 

「…………ノア」

「うい?」

「……今の時間を言ってみろ」

「11時45分」

「お前、『早朝』の意味を知っているか?」

「朝早くですね。それが何か?」

「報告遅すぎるだろう‼︎」

 

 ジンの叱責に、ノアは耳を塞いで頭を押さえた。

 

「だいたい、どこでその情報を聞いた?」

「おえ…吐きそう。……酒場ですよ酒場。ちょっと顔に傷があったり脛に傷があったりするお兄さん達が出入りするタイプの」

 

 今度はジンが頭を押さえる番だった。言いたいことは色々ある。

 仮にも騎士がそんな酒場に出入りするな。

 脛に傷がある男はとりあえず捕まえろ。

 ていうか翌日も仕事があるなら二日酔いになるほど呑むな。

 

 なにより———

 

「既にアビス教団がこのモンドの中に侵入しているということだろう!」

「ですね。そしてこちらが、侵入したアビスくんです」

 

 ヒョイ。ドスン。ノアが雑なアンダースローで投げたのは、赤色の3頭身。

 

「酒場の帰りに見つけたのでシバいておきました」

 

 グッ! と締まりの無い顔でサムズアップを決めるノアに、またもジンは頭を抱えた。

 

「はぁ……そいつ以外に侵入したアビス教団の者は?」

「いないそうっす。水責めして聞き出したんで、間違い無いですよ。んで、こいつどうします?」

「何故侵入したのかは聞いたか?」

「なにやら以前『お友達』がモンドに入ったみたいなんですけど、そいつが行方不明になったから探しに来たそうですよ」

「あぁ、たぶんアレかな。『闇夜の英雄』の時の」

「そういえば、前にありましたね。で、こいつどうします? 処します?」

 

 言い方はともかく、騎士団としてアビス教団に対する対処は正しい。

 だが怯えて床に蹲るアビスの魔術師を見ていると、さすがの代理団長も情が湧いてくる。

 

「実害は無かったんだ。2度とモンド城に近付かないように警告してから解放してやればいいだろう」

「え〜、実害はありましたよ? 俺の睡眠時間を削りました。というわけで処しましょう」

「や・め・ろ」

 

 ジンの言葉にノアはつまらなそうに口を尖らせ、呼び出した一般騎士にアビス教団の者を任せた。

 

 ふぅーと、ため息をこぼす。この男が来てから、ドッと疲労が増した。

 とりあえず一息と傍らのコーヒーカップに手を伸ばせば、中身は空だ。この疲労の元凶たるあほんだらが先ほど飲んでしまったので。

 

「あ、代理団長。これあげます」

 

 その言葉と共にノアは空のコーヒーカップをどけ、代わりにどこからともなく取り出したカップを置いた。

 カップからは落ち着いた優しい香りが湯気と共に鼻孔をくすぐってくる。

 

「いつもコーヒーばかりじゃお腹荒れちゃいますからね。“ほうじ茶”ですよ」

「あ、あぁ。ありがとう」

「んじゃ、俺は仕事に……ハァ…仕事に行きますね」

 

 がっくり肩を落として部屋を出て行こうとする姿は騎士としていかがなものか。

 代理団長として一言くれてやろうかと席を立つと、何かを察したらしく素早く部屋を出て行った。

 

 ノアが出て行った扉をぼんやりと眺めながら、ジンはゆっくりと椅子に腰を戻す。

 覇気が無く、毎晩呑んだくれているノアの姿を思い出し、ジンは憂鬱気なため息を1つ。

 

「……昔のアナタは騎士の鑑だったじゃないですか」

 

廃神騎士(はいじんきし)』ノア。それは西風騎士団ならば誰もが目標とすべき、男であった。

 少なくとも、今の『()()騎士』と揶揄される姿とは天地の差がある。

 その事実にジンはもう一度深いため息をこぼして、彼が淹れてくれたほうじ茶に口をつけるのであった。

 

 

 

 お説教が飛んできそうな空気を察して素早く部屋を出ると、俺の目の前に小さな赤色が飛び出して来た。

 

「あっ、ノアおじちゃん!」

「お、クレーちゃん。おじちゃんじゃなくて…?」

「お兄ちゃん!」

「はい、よくできました」

 

 ポケットから出した飴玉を持って屈むと、嬉しそうにクレーちゃんが口を開けた。その中にポイっと飴玉を放り込む。おぉ! 幸せそう。

 

 この天使のように可愛い女の子はクレー。幼いながらも俺と同じく西風騎士団に所属する騎士さん。確か称号は『火花騎士』だったかな。

 趣味は爆弾でお魚をどかーんすること。天使のような笑顔で悪魔のような所業を平然と行い、よく反省室にぶち込まれてる。別名『反省室の主』。

 

 そんな彼女と俺は結構仲良しさんだ。よく反省室でご一緒するため。

 

「ノアおじちゃんはジン団長の部屋で何してたの?」

「ちょっとしたおしゃべりだよ」

「そうなの? クレー、さっきおじちゃんと同じ隊の人がおじちゃん探してるの見たよ?」

「……休憩が長くなっちゃったからかな」

 

 クレーちゃんから目を逸らし、なんとかそれだけ捻り出しておいた。

 すると、彼女の目がじと〜と細められる。

 

「もしかして、おサボり?」

「違う違う。俺の隊のみんなは俺の分までお仕事頑張ってくれたから、俺もみんなの分まで休憩してただけなんだよ」

「そっか! おじさんえらい!」

「でしょ? クレーちゃんも俺みたいに助け合える同僚を見つけられるといいね」

「うん!」

 

 よし。なんとか名誉守れた(丸め込めた)

 

「それはそうとさ、クレーちゃん。ちょ〜っと頼み事があるんだけどぉ〜」

 

 ヘラヘラ笑いを浮かべてクレーちゃんの視線に合わせるように屈み、彼女の特徴的なエルフ耳に口を寄せる俺。

 くすぐったそうに「うひっ」と愛らしい声が漏れた。

 

「ノアお兄ちゃん、ちょっと今困っててさぁ。助けてほしいんだわ?」

「いいよ! クレーにできることならなんでもする!」

「やっぱり君はいい子だねぇ。頭の硬い他の連中とは違うよ」

 

 おまけで彼女の口にもう一個飴玉をポイ。

 

 まったく…この子の優しさには涙がちょちょぎれそうになる。騎士団の奴らはみんな、誇りだの名誉だのを笠に立てて正論でぶん殴ってくるんだからロクでもない。

 ぜひともクレーちゃんには余計な知恵を付けず、このまま純粋に育ってほしいものだ。

 

 俺は小さな爆弾天使の前に、親指と人差し指で作った丸を見せつけた。

 

「お兄さんね、お仕事頑張ったせいで朝から何も食べてないんだよ。でね、いざお財布を開いたら、あら大変! モラが20枚しか無いじゃありませんか! もうお腹ペコペコでねぇ……」

「かわいそう……」

 

 と、わざとらしくひもじい表情を作ってお腹を押さえてみると、ナデナデ。俺の頭を背伸びしたクレーちゃんが撫でてくれた。

 

「つきましては、太陽のような情熱と包容力を持った『火花騎士』クレー殿にお昼ごはんを奢っていただきたいな〜と。ついでにモラを少し分けていただきたいな〜と。へへへ……」

 

 女に金を(たか)る時の心得その1。ちょっと甘える。

 

 その辺の女をよく知らないお坊ちゃん達は、男の強いところを見せれば女を惹きつけられるとタカを括っている。確かにそれもアリだが、それだけだと思っているなら30点だ。

 

 ここでワンステップ上に行くために必要なのは、強さだけで無く弱さも見せることだ。

『この人は私がいないとダメなんだ』『この人を支えてあげたい』。そう思わせることで、愛想尽かされるのを先延ばしにできる。あくまで先延ばしにできるだけで、いつかは尽かされるけどね。

 

 さてさて。どれくらい貰えるかな、と腹の中で舌なめずりをしていると……ガチャ。

 俺の後方———つまり団長室の扉がゆっくりと開かれた。

 

「…………」

 

 扉側に視線を向けると、わお! 侮蔑と軽蔑とその他諸々のネガティブな感情をごった煮にしたような目をする我らが代理団長様が。

 

「お前……こんな小さな子にまで借金しようとしてるのか?」

「お言葉ですが代理団長。借金じゃありません。貰おうとしてるんです」

「なお悪い‼︎」

 

 うひぃ……代理団長の声が二日酔いの頭に響くぅ……。

 

「はぁ……わかりましたよ。貰うんじゃなくて、借金にすればいいんでしょう?」

「何も分かってないだろう! そもそも騎士ともあろう者がそんな安易に金を借りようとするな!」

「ジン団長! あんまりおじちゃんを怒らないであげて!」

「そうだそうだ! あんまり俺を怒らないであげて!」

「クレーは黙っていなさい! あとお前は便乗するな! 恥ずかしくないのか⁉︎」

「俺の羞恥心なら、とうの昔に殉職しましたさ!」

 

 おっ、我ながら今良いことを言った気がする。

 お亡くなりになった俺の羞恥心の為に、これから弔い酒でも買いに行こうかな。

 

「いやまぁ、聞いてくださいよ。別に俺だって意味も無く金を借りようってわけじゃないんですよ? これはクレーちゃんの為のお勉強です」

「勉強?」

「イエス! お金の貸し借りに関するお勉強。人に金を貸すとどうなるか。そんな相手がダメ人間なら? 積極的に踏み倒そうとするようなクズなら? そういった勉強ですよ」

「語るに落ちたな。今はっきりと踏み倒すって宣言しただろ」

「だ・か・ら、便宜上“貰う”って言ったんじゃないですか」

「屁理屈を……っ!」

 

 ビキッ。麗しの代理団長の額に青筋が浮かぶ。あらやだ、そんなにイライラしちゃって。きっと寝不足なんだね。

 とはいえ超絶怖いので、俺は小さく屈んでクレーちゃんの背中に隠れることに。

 その意図を察したらしく、クレーちゃんも両手を広げて俺を守るように立ち塞がってくれた。いい子すぎて泣けてきた。涙出ないけど。

 

「どきなさい、クレー。今日という今日はそいつにお灸を据えなくては気が済まない」

「ど、どかないもん! おじちゃんはクレーが守る!」

「そして俺はクレーちゃんに守られる!」

「……おい」

「「 ひぃ⁉︎ 」」

 

 あまりの形相にクレー要塞陥落。か弱い俺はクレーちゃんと抱き合い恐怖に震えるしかない。やっべ超怖ぇ! 

 

 これは反省室送りかな。なんか暇つぶしの道具あったっけ、と心配しながら怯えるクレーちゃんを盾にしていると———ズイ。なにやら封筒を差し出された。

 

「ハァ……。これをやるから、クレーに集るのはやめなさい」

 

 封筒を受け取ろうとした瞬間捕縛されるのではと警戒していると、代理団長は封筒をフリフリ。すると中からはチャリンチャリンと金属音が! 

 

 この音は、みんな大好き、モラの音。

 

「先ほどのアビスの件に対する時間外手当だ。これをやるから、そんな小さな女の子に小遣いを貰おうとするな。みっともない」

「へっへっへ〜そういうことなら先に言ってくださいよ〜。ビビっちまったじゃないですか、マイ、フェア、代理団長様〜」

 

 やったぜ! こんなことなら、今度は適当にヒルチャール拉致って来て同じこと言ってみようかな。

 

「よし、クレーちゃん! 今回は年上としてお兄ちゃんがお昼ごはんを奢ってあげよう。何が食べたい?」

「お魚! 湖でどかーんしたお魚食べたい!」

「なるほど! それならお金使わなくて済むね! クレーちゃんは経済管理のできる良いお嫁さんになるよ。魚に合うとなると白ワインだね!」

「えへへ〜! じゃあ早く行こ!」

「行くな! そして良識のある大人なら、まずクレーのやることを止めろ! そしてサラッと勤務中に酒を呑もうとするな!」

 

 なんか代理団長が言ってる。きっと仲間に入りたいのだろう。

 

 なんとなくブチギレてる彼女の姿を尻目に、俺はクレーちゃんを肩車して走り出した。

 向かうはモンド城前に広がる湖、シードル湖。そこでクレーちゃんが作る魚料理をつまみに白ワインを呑む! 

 くぅ〜! 考えただけでヨダレが止まらん! 明るいうちから呑む酒は最高だぜ‼︎







はい、いかがでしたか?ダメ人間系主人公は書いてて楽しいです。

見切り発車で書き始めたので、キャラの口調に違和感があったり、物語に矛盾があったらごめんなさい。
一応キャラストーリーなど読みながら書いてるのでその辺りは気を付けていますが、何かあれば教えてくれると助かります。


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お魚どかーんの後は偵察騎士と共に

「ウサギ伯爵、出撃」の言い方、好き。


 この世界には、神の目というものが存在する。

 それ手のひらサイズのブローチのような形状のソレは、選ばれし者の前に突然現れ、一般人とは比べ物にならない並外れた身体能力と『元素力』と呼ばれる特殊な権能を与える。

 この神の目を持つ者は神に魅入られ、そして神になる資格があるとも言われている。

 

 ……まぁ、神の目を持たない———いや、()()()()()()俺には関係の無いことだけどね。

 

 

 

 

「どんどん行くよー!」

「やっちゃえ! クレーちゃん!」

「どっかーん‼︎」

 

 ド派手な爆発がシードル湖から巻き起こり、哀れなお魚さん達が宙を舞う光景に、俺は白ワインをラッパ呑みしながら手を叩いていた。

 それに気を良くしたのか、クレーちゃんはさらにお手製の爆弾———ボンボン爆弾を湖へ投げ込んでいく。

 その繰り返し。

 

 見るものが見れば、最悪の悪循環かもしれない。でも、俺からすれば花見酒ならぬ()()酒だ。

 ここには綺麗なお姉さんもいないし飲んでるワインは安物だが、華々しいものを鑑賞しながら呑む酒も十分美味い。

 

「はい、おじちゃん! 魚香トースト焼けたよ!」

「んん〜! さすがクレーちゃん。気が利くねぇ」

 

 皿にも乗せず、ポンと渡されたのはクレーちゃんのオリジナル料理。

 ここに来る前、彼女を肩に乗せながらモンド城内の飲食店『鹿狩り』で買った小麦粉、トマト、玉ねぎ、牛乳で作られた出来立てのトーストは、意外にも酒に合う。元の料理は“漁師トースト”と言って店でも数量限定で売られているものだ。“魚”という文字が入ってるくせに、魚を使っていないのはそこそこ謎だが。

 だからと言って、別に文句はない。幼女に飯を作らせたあげく、その飯にケチをつけるほど人の心を捨てたつもりはないし。そもそも普通に美味い。

 

 しかし、せっかく魚に合わせて白ワインを買ったのに魚料理が食えないのも寂しい。

 なので哀れにも爆殺されてプカプカ浮いてる魚を何匹か取り、コショウと一緒に鍋へin。

 少し待てば、野趣のある“チ虎魚焼き”の完成だ。やっぱり酒にはこういった問答無用の濃い味が合うね。

 

(そういえばチ虎魚焼きのオリジナル料理を作ってくれた子、元気かな……)

 

 ふと、璃月で世話になったお偉いさんを思い出した。確か料理名が“九死に一生の焼き魚”だったか。

 初めて会った時は嫌われ、別れ際は蛇蝎の如く嫌われたけど、料理は美味かったな。見た目最悪だったが。

 

 閑話休題。

 

「はい、クレーちゃんも」

「わーい!」

 

 漁香トーストのお返しにと渡せば、クレーちゃんはすぐにかぶりついた。可愛い。変な連中が思わず誘拐したくなっちまいそうなくらい可愛い。

 育ち盛りのせいか、よく食べる。どかーんされたお魚さん達も本望だろう。

 

 左手に魚。右手に酒瓶。それを交互に口へ含んでいると、クレーちゃんが魚の油でギトギトになったお口の周りもそのままに、こちらを見上げていた。

 

「ねえねえ。お酒って美味しいの?」

「もちろん。この世に酒が無かったら、たぶん人類は戦争で滅んでるよ」

「クレーも飲んでみたい!」

「ダ〜メ。お酒はもう少し大人になってから。子どものうちに飲んでも良いことないよ」

「そうなの?」

「そうなの。5歳の時から飲んでる俺が言うんだから間違いない」

「…も、もし子どもの内に飲んだら、どーなっちゃうの?」

 

 大人からすれば馬鹿げた質問だが、それを子どもらしく戦々恐々と尋ねる。そんなクレーちゃんの曇りなき眼を見つめていると、俺の中にちょっとした悪戯心を湧いてきた。

 

「もし飲んだら……」

「もし…飲んだら……?」

「俺みたいになっちゃうんだよ!」

「嫌だ! クレーお酒いらない!」

「…………」

 

 俺は心に深い傷を負った。

 

 

 

 さてさて。ピクニックみたいになっていたが、一応俺は今も仕事中の身。クレーちゃんは知らない。

 そして仕事とは結果を持ち帰るものであり、組織とは独断専行を許さない。それをするには、正当な理由が必要だ。

 

 既に俺は自己判断で隊の連中と別行動をしている。それを正当化する為の理由を探さなければならない。

 

 が、すぐにそれは見つかった。

 

「Gyaa!」

「Mi !」

「dada」

 

 仮面を付けた上半身裸の部族———ヒルチャールだ。形は人と似ているし、独自の言語を持つが基本的に人類の敵である。

 そいつらが群れを作って街道から見える位置にえっちらおっちらと監視塔を作ってやがる。

 

(ちょうどいいや)

 

 あいつらシバいて手柄にすれば、このピクニックも仕事として認められる。

 そこそこ数が多いし、神の目を持っていない俺1人なら苦戦したかもだけど、今はクレーちゃんがいるしな。

 この子がいれば、あの程度の数は有象無象だ。さっきのお魚さんみたく爆殺してくれる。

 

「クレーちゃん。あれ、見えるかい?」

「うん? あっ! ヒルチャールだ!」

「あいつら、どかーんして来てもらっていい? もちろん俺も手伝うからさ」

「うん!」

 

 元気に頷いたクレーちゃんは法器と呼ばれる本型の武器を取り出して、すぐにそちらへテッテッと走って行っちまう。

 さすが神の目の所有者。足速いな! 

 

「dada⁉︎」

「いっくよー!」

「yaaaa‼︎」

 

 あ〜あ。可哀想に。

 ヒルチャール達は逃げる間なく、クレーちゃんの炎元素を載せた爆弾各種にどかーんされて吹っ飛ばされてるよ。へっ、汚ねぇ花火だ。

 

 とはいえ、俺も見ているだけってわけにもいかない。一応適当に働かないとな。

 運良く群れから少し離れた場所にいたヒルチャールがこちらに逃げて来たので、えいや。

 俺も反省室でクレーちゃんから教わったお手製の爆弾を投げて応戦する。

 

 神の目を持つ連中にとっては雑兵でも、俺からすれば危険極まりない魔物だ。奴らが振り回す棍棒に当たれば昏倒するし、当たりどころが悪けりゃ死んじまう。

 なので本来は槍を使うところ、俺は遠くから撃退できるように爆弾で戦うことにしていた。とりゃー。

 

 ヒルチャール掃討はクレーちゃんのおかげで1分もかからず終わったよ。神の目様様だな。

 特に怪我した様子もないクレーちゃんが戦果を誇るように笑顔でこちらへ手を振ってくるので、こちらも振り返してあげる。

 すると———彼女の笑顔が瞬時に別のものへ変わる。

 

「おじちゃん! 後ろ‼︎」

 

 振り向けばそこには、俺の1.5倍はある体躯のヒルチャールがいた。ヒルチャール暴徒だ。クソッ、こいつも群れから離れてたのか…っ! 

 手には刃の部分が赤熱化している巨大な斧———炎斧が握られている…やべぇ! 

 振りかぶられる巨大な斧に、肝が冷える。あんなもん頭に振り下ろされたら、右半身と左半身でキスできるようになっちまう。

 

 この距離だと、クレーちゃんからの助けは期待できない。あの子の爆弾だと、近くにいる俺まで巻き添えになっちまう。

 

(やるしかない……か!)

 

 俺はヒルチャール暴徒から距離を取るように真後ろへ飛びながら、互いの中間地点に持っていた爆弾を投げる。

 爆発。爆風をモロに食いながらも、それを利用してさらに距離を取ることができた。よし! 

 

「Gyaaaaa‼︎」

 

 ヒルチャール暴徒が吠える。それは自分の群れを爆破されたことの怒りなのか、獲物に逃げられたことへの怒りかは分からない。俺、ヒルチャール語できないし。

 とはいえ、クレーちゃんがこちらに来るまで約10秒。それまでこの神の目も持たない一般人よりは多少マシな程度の貧弱な体であのドデカい炎斧に対処しなけりゃならない。

 

 拳を握り、構える。元々は璃月港で習った補助的な技術だが……やってみせるさ。

 

「Guoooo‼︎」

 

 一吠えしたヒルチャール暴徒は斧を脇構えにして突っ込んでくる。そして俺の目の前で上体を水平に倒して、突っ込む慣性を乗せた重々しい一撃を振り下ろしてきやがった。

 

「っ!」

 

 それを半歩横にズレて紙一重で躱す。落ち着いて観察すれば、そんな大振りは騎士団の誰でも避けられる。この巨体が突っ込んでくる恐怖に目を逸らさなければ。

 地面に斧が食い込んだ瞬間、奴の手首を掴みながらヌルリと———代理団長曰く、スライムのようなヌメヌメした動き———で敢えて(ふところ)に入り込む。

 コツは間合いを詰めるんじゃなくて、()()イメージ。

 ここまで入り込めば、あとは簡単。“震脚”と呼ばれる地面を割る勢いで力強く踏み込み、その動きで生まれた反作用と体重を乗せて、掬い上げるような肘打ちをヒルチャール暴徒の脇腹に叩き込んでやった。

 何千何万と反復したこの一連の動作は、根を張るように俺の体に染み付いている———裡門頂肘。

 

 ———ズッッッンッ‼︎

 

「……ま、これが限界だわな」

 

 人間相手なら致命傷を負わせられる自信はあるが、流石に相手が悪かった。この程度で倒れてくれるなら、誰も恐れやしない。

 苦し気に呻いたヒルチャール暴徒は数歩たたらを踏むに留まり、怒りのこもった目で俺を睨み付けた。

 

 うん。無理。1発で倒せるわけ無いやろがい! 

 

 というわけで、俺はもう一度後ろに飛んで爆弾を投げさらに距離を取ってやる。ここまでくれば安心だ。そろそろクレーちゃんがここに着く頃だろ。

 と、気を抜いた瞬間。

 

「ふぎゃ⁉︎」

 

 俺の後方で可愛らしい悲鳴が聞こえた。見ると、クレーちゃんが……コケ…てる……だとっ⁉︎

 

「嘘やん」

「Gyaaaaaaaa‼︎」

 

 ヒルチャール暴徒は炎斧の柄先を両手で持ち、グルングルン回転しながら近付いてくる。

 本格的にピンチ。これはもう奥の手しかないとポケットに手を突っ込んで()()を使おうとした時———

 

「———ウサギ伯爵、出撃!」

 

 少女の声が響き、ヒルチャール暴徒の前にウサギのぬいぐるみが踊りながら現れた。

 この緊迫した状況に相応しくないコミカルな動きを見せるウサギにターゲットを変えたらしく、ヒルチャール暴徒は斧を振り回しながらそちらへと近付いていく。

 

「下がって! 2人とも!」

 

 素早く身を翻し、クレーちゃんを脇に抱えてダッシュ。同時にヒルチャール暴徒へ炎の矢が集中豪雨。

 いつも思うけど、この矢ってどうやって生み出してんだろね。まぁ、大体の不可思議なことは『神の目を持ってるから』で解決するんだけど。

 

「2人とも怪我はない?」

 

 炎元素が乗っていた為、消し炭となったヒルチャール暴徒にザマァと思っていると、空から赤色の美少女が降りてきた。

 

 ……俺、今日赤色に縁ありすぎじゃね? 早朝のアビスから始まって、クレーちゃん、ヒルチャール暴徒炎斧、そしてこの女の子———アンバーちゃん。

 

「いや〜助かったよ。危なく三枚おろしになるとこだったわ」

「もう! そんな事言って、ノア先輩ならなんとかできたでしょ?」

「なんとかならなかったからあの状況だったんだけど……」

 

 油断していたと言われればそうだが、こちとら神の目なんて上等な物は持ってないんだ。

 状況が悪かった。以上! 

 

「まぁ、とにかく助かった。さすがは西風騎士団唯一の『偵察騎士』だ」

「煽てたって何も出ないよーだ。それにわたしがこの近くを偵察してたのは、シードル湖で爆発音がしたって報告があったからなんだけど?」

 

 アンバーちゃんの目が、俺からクレーちゃんへ。

 その視線を受けて、クレーちゃんはダラダラ汗を流しながら早口で捲し立てる。

 

「クレー何も知らないよ! 湖でお魚どかーんとかしてないもん!」

「ふ〜ん……」

「ノア何も知らないよ! 湖でお魚どかーんするところ見ながらお酒呑んでないもん!」

「あんまりこういう事言いたくないけど、ノア先輩の裏声って汚いね」

「裏声汚いって何⁉︎」

 

 たぶん酒焼けのせいだと思うけど、アンバーちゃんくらいの年頃の子の暴言って1番心に来るんだよね……。

 

「ま、いいや! 2人とも無事で本当に良かった!」

 

 ニコッと、彼女は太陽にも負けない笑顔を俺たちに向けてくれる。

 その顔に、俺もヘラヘラ笑いを返しておくよ。

 この子は西風騎士団の中でもあんまり騎士の誇りとか気にする方じゃないわけだから、俺も少し気が楽だよ。そそっかしいところはあるけど、アンバーちゃんの人柄を知ればそれも笑って流せる程度のものでしかない。

 なにより、騎士団の中でも俺に無利子でお金を借してくれちゃう超絶いい子だ。いつかお酒を奢ってあげよう。その為にはお金が必要なんで、別の人から借りなきゃならないが。

 

 アンバーちゃんの助けは仕事のうちだから本来は礼を言うだけでいいんだけど、それだと俺が納得できない。

 彼女に限ってそんな事は無いと思うけど、この借りを返せとか言われて無理難題を押し付けられてもたまんないしな。少なくとも、俺が逆の立場ならこの件を利用して借金チャラにしてもらうし。

 

「アンバーちゃんは昼飯食べた? 良かったら作るよ?」

 

 てなわけで、安直だけど食事でお礼を済まそう。

 ちょうど良いことにクレーちゃんがどかーんした魚が余ってるしな。これ使って適当なものを作ればいいだろう。

 

「やった! ちょうど食べようと思ってたんだ〜!」

「そいつは良かった。よし、クレーちゃん。アンバーちゃんにとびきり美味しいご飯を作ってあげて!」

「わかった! すぐできるから待っててね、アンバーお姉ちゃん!」

「あ…ノア先輩が作るんじゃないんだ……」

「男の手料理なんかより、女の子のほうがいいでしょ?」

 

 意気揚々と幼女に飯を作らせる俺へ、アンバーちゃんドン引きなご様子。

 

「大体、男の触った飯なんて汚くて食えたもんじゃないよ。やっぱり飯は女が作らないと。『僕食べる人、あなた作る人』って言葉知らない?」

「それ、女性の人権団体と一悶着あった標語じゃなかったっけ?」

「あったね〜」

「ていうか、ノア先輩の作るご飯普通に美味しいよ?」

「あれ? 作ってあげたことあったっけ?」

「うん! まだわたしが新米の頃」

 

 あ〜あったなぁ。偵察騎士なんていう廃れて久しいものになろうとして、スタミナ切れで空から落ちたこの子を捜索した時だ。

 確か足を怪我して動けないまま、ヒルチャールとかその他諸々の魔物から隠れてたんだったか。

 そのせいで発見が遅れて、丸一日何も食べてないこの子をたまたま仕事サボろうとして茂みに入った俺が見つけたんだ。

 そんで近場のヒルチャールの集落から鍋強奪して、その場で適当に作ってあげたんだっけ。何作ったかも忘れちまったなぁ。

 

「あれはお腹が空いてたからでしょ? 空腹は最高のスパイスだし。なんなら極限まで腹減ってる時は、その辺の雑草だって美味しく感じるもんだよ?」

「……実体験?」

「うん、実体験」

「えっと……本当に困った時はわたしに言ってくれれば食事くらい作ってあげるよ?」

「お、マジで!」

「うん、マジマジ」

 

 小っちゃいお手々で頑張ってお料理するクレーちゃんを眺めながら、アンバーちゃんはにこりと笑いかけてくれる。

 ……うん、これはあれだな。経験不足のお坊っちゃんだと、勘違いしちゃうやつだわ。この笑顔は一体何人の男の純情を無自覚に踏み躙ってきたのか。ぜひ酒の肴に聞きたいもんだね。

 人の不幸は蜜の味。酒が格段に美味くなる! 

 

「んまぁ困ってるといえば、ちょ〜っとばかりまたお金を都合してほしいんだけどなぁ」

「それはダーメ! ジンさんにも、ノア先輩にお金貸すなら、まず返済が終わってからって言われてるんだから」

「……なんで代理団長は人の個人的な借金にまで口出すんだよ」

「騎士団のほぼ全員から借りてるからじゃない?」

「なるほど」

 

 仕方ない。今度は璃月の人から借りよう。あの仕事が生き甲斐とかいうワーカーホリックな半人半仙なら売るほど金ありそうだし。

 次の借用先を考えていると、クレーちゃんの明るい声が上がる。

 

「アンバーお姉ちゃん! できたよ!」

「わあ! ありがとう!」

 

 元気にこちらへ寄越されるのは、クレーちゃんお馴染み漁香トースト。

 そんな素振りはなかったけどかなりお腹が空いていたらしく、お礼もそこそこにアンバーちゃんはかぶりついた。

 しかし、忘れちゃいけない。いくら焼いたとはいえ、パンとは口の中の水分を吸うもの。そんなものにがっつけば、当然———

 

「ムグゥッ…⁉︎ンッ! ンンン〜ッッ⁉︎」

 

 喉に詰まる。

 

「お、お姉ちゃん⁉︎大丈夫⁉︎」

「んっ! んん!」

 

 苦しそうに踠きながら、アンバーちゃんは必死にコップを傾ける仕草をしている。飲み物か。

 えっと……あ、あった。手近なものはこれしかないし、これでいいか。

 俺は持っていたビンの蓋を開けてアンバーちゃんに渡してやる。

 それを慌てて飲むアンバーちゃん。

 

「ぷはぁ! 助かったぁ……って、これお酒じゃん!」

 

 はい、白ワインです。俺からしたらほとんど水みたいなもんだから、実質水だね。

 が、ここで俺は1つ良いことを思いついた。

 

「あれあれ〜? アンバーちゃ〜ん? 西風騎士団が誇る唯一の偵察騎士が仕事中に飲酒とはいただけませんな〜?」

「ノアおじちゃん…すっごい悪い顔してる」

「こ、これは仕方ないじゃん! 不可抗力だよ!」

「不可抗力ならお酒を飲んでもいいんですか〜?」

「ダ、ダメだけど……あのっ…」

「と・こ・ろ・で〜、ちょっとお願いがあるんだよね〜?」

「お願い……?」

 

 アンバーちゃんは少し上を向いてこの状況でされるであろう、俺の“お願い”の内容を考えている様子。

 

 不可抗力とはいえ酒を飲まされた。

 これを言いふらされると、偵察騎士としての立場が危うい。

 しかもそれを知っているのは西風騎士団の中でも女癖には悪い意味で定評のある男。

 

 その事実から何を導き出したのか分からないけど、アンバーちゃんは顔を急速に青くしたり赤くしたりしてる。

 さらに腕で全身を守るように抱き締めて……おい。絶対これ誤解されてるでしょ。

 

「あの…今はクレーがいるから……」

「俺とクレーちゃんがシードル湖でお魚どかーんしてたの黙っててね?」

 

 早口で捲し立てておいた。

 

 

 

 後日、この光景を見ていたクレーちゃんが会話の流れの意味をそのまま代理団長に尋ねたようで……うん。なんかすごい性犯罪者を見るような目を向けられたよ。

 サボりを誤魔化そうとしただけなのに。







はい、いかがでしたか? 分かる人には分かったと思いますが、ノアが使ったのは八極拳です。璃月って中国がモチーフだし、ファデュイも風拳とかいるし、まぁアリだよね☆

アンバーってお酒強いのかな…?
自分の中では、お酒飲んでるエウルアの横でちびちびツマミだけ食べてるイメージです。


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嫌われ者達は杯と笑みを交わして

エウルア回。デザイン、声、来歴、全てがドストライクです。
なお、この感想は原神の全キャラに当てはまる。


「ふあ〜……やっと終わったぁ」

「あら?」

 

 時刻は夕方。いつも通り反省室からあくび混じりに退室すると、たまたま通りかかった同僚の1人と目が合った。

 

「おっ、エウルアちゃん。本部で会うのは珍しいね」

 

 青空を反射する雪解け水のような髪色をした女騎士の名前はエウルア・ローレンス。『波花騎士』の称号を持つ西風騎士団遊撃小隊小隊長様だ。

 遊撃小隊というだけあって、彼女の活動範囲は基本的にモンド城の外。ましてや騎士団本部に来ることなんて珍しく、さらに言えばここで顔を合わせるなんてのはレア中のレアだ。

 

「明日は休みだから報告に来たの。……君、また何かやらかしたのかしら?」

「大したことじゃないよ。ちょっと俺をからかってきたクソガキがいてね。ズボン脱がして広場の噴水に放り込んでやったら、騎士団にチクられちまったんだよ」

「子ども相手に何やってるのよ……」

「ま、流石に冗談」

「そ、そうよね。いくら君でも、そんな大人気(おとなげ)ないことしないものね」

「本当はパンイチまで剥いて放り込んでやった」

 

 ズボンだけ脱がすなんて、大人の俺がそんな甘っちょろいことするわけないやろがい。

 しかし、これに関して俺は悪くないと徹底的に抗議したい。

 

 いつも通り仕事をサボって『鹿狩り』でテイクアウトした飯を食ってたところに、遊んでいたクソガキのボールが直撃した。当然俺の飯は台無し。

 まぁ、その時点で素直に謝れば持ってる小遣いを全部巻き上げるだけで許してやったもんだが、そのクソガキは俺を舐め腐っていやがった。

 

『あっ! この間チャック全開でバーバラお姉ちゃんに「お金貸してくれ〜」って泣いてたダメダメ騎士じゃん! ダッセェーの!』

 

 俺は激怒した。必ずや、この軽佻浮薄なクソガキを懲らしめなければならぬと決意した。

 

 そんなこんなで事の経緯を話し終える頃には、エウルアちゃんは社会のゴミを見るような熱い視線を向けてきていた。よせやい。

 

「まぁそんなことより、だ。明日休みなら、これから俺と飲みに行かない? 奢るよ」

「今の出来事を『そんなこと』で片付けられる人間性には疑問しか浮かばないけど……奢る? 君が?」

「うん。俺が」

 

 立場的にはエウルアちゃんは俺より上だが、騎士団に入った順番で言うなら俺のほうが圧倒的に早い。ここは先輩らしく、お仕事頑張ってきた後輩に奢ってやろうではないか。

 

「……君、アンバーにお酒飲ませて何かいかがわしい交換条件を提示したそうじゃない」

「…………」

「もしかして、私にも同じことしようとしてないわよね?」

 

 俺は両手で顔を覆った。閉じた視界には、日頃の鬱憤を俺で晴らそうと高笑いする代理団長の姿が浮かぶ。

 アンバーちゃんとエウルアちゃんは親友と言っても良いほどに仲が良い。日頃は塩対応だけど、エウルアちゃんがアンバーちゃんを大事に思っているのは今の態度を見れば一目瞭然だ。

 

 ここはとにかく円滑な人間関係の為にも、俺の名誉の為にも、そして何より俺の名・誉! の為にも、弁明しておく必要があるだろう。

 

「そもそもそれ自体が誤解だよ」

「ふぅん。じゃあお酒は飲ませてないのね?」

「飲ませた」

「交換条件は?」

「出した」

「最っ低……」

「交換条件の内容を聞いてから断定してもらいたいんだけど……」

 

 このまま性犯罪者を見るような目を向けられるのはいたたまれないし、今夜の飲みに彼女を誘えないのは俺としても不都合だ。

 てなわけで、俺はアンバーちゃんがお酒を飲むことになった経緯とそこ理由を事細かに伝えておく。

 しかし、話し終えてもまだエウルアちゃんの目には疑いの色が残っていた。

 

「本当だって! 今度クレーちゃんかアンバーちゃんにでも確認してくれればいいから!」

「……はぁ。分かったわ、とりあえず信じてあげる」

「俺ってそんなに信用ない?」

「日頃の行いを顧みなさい。……で、どこのお店で奢ってくれるのかしら。エンジェルズシェア? それともキャッツテール?」

「いや、どっちもツケが溜まりすぎて出禁になってる」

「さっさと払いなさいよ。じゃあどこのお店?」

「ちょっとした隠れ家的なところを見つけたんだ。一度着替えて、改めて広場の噴水に集合しよう」

「……変なことしたら銀氷にして砕いてやるんだから」

「殺意高くね?」

 

 ていうか騎士団内でも一二を争うレベルで強いエウルアちゃんに変なことできる奴とか、はたしてモンドにいるのか? 

 

 

 

 酒場で向かい合う私服姿のエウルアちゃんは、かすかに頬を膨らまして見るからに不機嫌そうだ。その理由は2つある。

 まず1つ。

 

「気にすることないって。いつも言われてることだろ?」

「別に。慣れてるもの」

 

 エウルアちゃんの姓名でもあるローレンス家。それはモンドに住む人なら誰でも知っているものであり、ほぼ全ての者が忌み嫌う旧貴族の名前だ。

 詳細は省くが、言ってしまえばローレンス家はモンド人の敵。そして騎士団はその敵を倒した正義の味方というのが一般的な認識になる。

 一応ローレンス家と騎士団は敵対関係にあるわけだが、じゃあそのローレンス家のエウルアちゃんが騎士団にいて問題ないのか。もちろん大問題だ。

 彼女が入団した時は騎士団から即刻除名するべきという署名運動があったし、ローレンス家はローレンス家で騎士団本部に乗り込んできた。

 結果としては騎士団の大団長や他の偉い人たちが入団を認めて収束したけど、当然それで全てが終わったわけではない。

 

 まぁ、言ってしまえばエウルアちゃんは俺と待ち合わせをしている間に街の連中から心ない言葉を浴びせられたわけだ。

 チッ。私服に着替えてたからわからないと思ったんだけどなぁ。特徴的な髪色や眉目秀麗な顔面が仇になったわけだ。

 で、まずそれが不機嫌な理由の1つ。そしてもう1つは———

 

「なんでこんなボロ布被らないといけないのよ……」

「それ被るだけでタダ酒飲めるんだから、我慢してくれよ。な?」

「奢るなんて言っておいてタダのところに連れてくるなんて……この恨み、覚えておくから」

「はいはい。いつでも“復讐”に来てくれて構わないよ」

 

 ボロ布を被ったエウルアちゃんは八つ当たり気味にグラスの中の酒を一気に呷った。

 

 ちなみにエウルアちゃんの被るボロ布は俺が作ったもので、見た目はダニやらノミやらシラミやらが住み着いてそうで小汚い。

 実際はそういう風に仕立てただけで、赤ん坊が口に入れても問題ないくらいには清潔だけどね。

 昔取った杵柄ってやつだ。以前璃月で舞台の小道具を作った経験があるので、ちょっとした工作は得意だったりする。

 

「大体、なんなのよこのお店。明らかに危ないところじゃないの」

 

 エウルアちゃんが周りに視線を巡らせながら声を潜めて文句を言う。

 彼女の視線の先には、俺たち以外の客たち。どう見てもさっきまで地べたに座っていましたと言わんばかりに汚らしい。

 まぁ、その意見はもっともだ。そもそもこの酒場の立地自体、知る人ぞ知るって感じだし。

 

「気にしない気にしない。ほら、せっかくタダなんだし、そんな眉間に皺寄せて飲むのももったいないだろ? それにこの店のルールには『他の客とは関わらない』ってあるんだ」

「……ふん。そうね。他のお店に行っても、大体は誰かにいじわる言われるし」

「ひどいよなぁ。別にエウルアちゃんが何かしたわけじゃないのに」

 

 ローレンス家とモンドとの軋轢の発端は遡れば1000年前にもなる。

 当然今モンドで暮らしている人は生まれてないし、当時生きていた人々は漏れなく死んじまってる。苦しんだ側も苦しめた側も、みんな仲良く墓の下だ。

 結局のところ、エウルアちゃんへの風当たりは歴史の残骸でしかない。

 迷惑な話だよ。1000年も前のことで、どうして今生きている人間が振り回されなくちゃいけないんだ。

 

「ご先祖様も、そういういざこざにはケリ着けてから死んでほしいもんだ」

「罪人の血を引いて生まれること。それ自体が1つの罪なのよ」

「誰もそんな高尚な考え持ってないよ。叩きやすい人間がいるから、寄ってたかって叩いてるだけさ」

「そんなこと……」

「人間は自分がやられて嫌なことを人にするのが大好きな生き物だぜ?」

 

 別に説教するつもりはない。そもそも俺は人に説教できるほど上等な生き方なんてしてないし、エウルアちゃんの方がよっぽど気高い生き様を示してる。

 だからこれは、ただ俺が彼女に聞いて欲しい———言い換えれば、ただの愚痴でしかない。酒の席に愚痴は付きもんだろ。

 

「それにさ、罪人の血を引いて生まれることが罪なんてそんな悲しいこと言わないでよ。生まれてきたのが悪いみたいじゃんか」

 

 ここで1発肩を抱き寄せるくらいするのが男としての礼儀だろうが……それを“変なこと”判定されて銀氷にされた末に砕かれちゃ堪らない。

 なので、ここは何もせず彼女が口を開くまで酒を飲む。うん。次は少しシャープなのを頼もうかな。

 そんなことを考えていると、エウルアちゃんが酔いの回った甘い呂律でボソッ。

 

「……覚えておくんだから」

「うん? 何を?」

「私の覚悟を“悲しいこと”って一まとめにした恨み、覚えておくんだから」

「あらら。復讐されちゃう?」

「とびっきりの復讐をしてあげるわ。覚えてなさい」

「そう。じゃあその復讐の時は、せめて酒も一緒にあると嬉しいんだけどな」

 

 ま、復讐なんて物騒な言葉のわりに緩んだ顔をしてるので本気じゃないんだろう。……本気じゃないよね? なんか急に不安になってきた。俺、エウルアちゃんと喧嘩になったら一方的にボコられる自信しかないよ? 

 

 そんな不安に駆られながら、つまみの追加を注文してしばらく。

 エウルアちゃんがソワソワした様子を見せる。ふむ。

 

「トイレならあっちだよ」

「違うわよ! レディに対してその対応は最悪じゃない⁉︎」

「解せぬ」

 

 恥ずかしくて言い出せないだろうから、きっかけをあげたのに。

 

「1つ……君に聞きたいことを思い出したの」

「彼女ならいないぜ。ちなみに好きなタイプは清楚で純情で甘やかしてくれるお姉さんタイプ。浮気は月に30回まで許してくれる心の広い人が良いと思ってる」

「君の好みに興味はないし、今改めて君がクズだってことを再確認したわ」

「えぇー……他にエウルアちゃんが俺に聞きたいことってなんかある?」

「———ご両親のことよ」

 

 瞬間、俺の表情が凍ったのが自分でも分かった。分かったから……なんとかいつも通りのヘラヘラ笑いに戻すことができたよ。

 

「……モンドのみんなを恨んでないの?」

「恨んでないさ。あの2人は死んで当然だったんだ……死んでほしくなかったけどな」

 

 俺の両親とモンド人。どちらが悪かったかと問われれば、100人が100人とも俺の両親と答えるだろう。

 確かにあの2人は死んで当然のことをした。ただ……それでも俺には優しかった。

 誰もが目を逸らすような悪逆非道の下痢グソ野郎だったかもしれないけど、少なくとも俺にとっては良い親だったから。

 

「……ごめんなさい。お酒の席で聞くような話題じゃなかったわね」

「この恨み、忘れないから!」

「裏声汚いってよく言われない?」

「この間アンバーちゃんに言われたよ。あの子にも聞いたけど、裏声汚いってどういう意味なの?」

 

 シラけちまった空気をエウルアちゃんのモノマネで打開しようとしたら、想像以上のチクチク言葉を投げつけられた。

 それにお互い小さく笑い合って、飲み直しの空気となったその時だ。

 

「おいおいおーい! 見せつけてくれんじゃねぇかよ〜!」

 

 三下感丸出しの口上と共に、他の席で飲んでた客が無断で相席してきやがった。

 

「昔話をしながら慰め合いですか〜? おっ、よく見たら美人じゃん! 良かったら今度は俺と()()()()()よ〜」

 

 酒臭い息を吐きながら、その客は下卑た表情を浮かべて馴れ馴れしくエウルアちゃんの肩に手を回す。

 エウルアちゃんが俺を睨みつけてくる。店のルールはどうしたんだ、って言いたげだな。

 

(ハァ……もう少し堪能したかったけど、仕方ないか)

 

 俺はテーブルの酒瓶にちょびっと残ってた酒をラッパ飲みで干してから———ガシャーン‼︎

 死なない程度に加減しながらも、エウルアちゃんの肩に手を回してたアホンダラの頭に叩きつけてやった。

 

「ちょっ、ちょっと⁉︎」

「エウルアちゃん。もうそのボロ布とっていいよ」

「はぁ⁉︎それより、これ大丈夫なの⁉︎騎士団が一般人に暴力なんて……」

「大丈夫。ここにいる客、()()()じゃ()()()()()

「それって……」

「はーいご開帳〜」

 

 未だ状況が飲み込めていないエウルアちゃんが被るボロ布を、俺が取ってあげる。

 露になる、晴天のような髪と気高さ溢れる端正な顔立ち。それを見た他の客は思っくそ顔を顰めた。

 

「クソッ! なんでここに波花騎士が!」

「何故だ⁉︎なんでここに騎士団がいる⁉︎」

「どこのバカがヘマしやがった! ちくしょー!」

 

 動揺。しかもそれはローレンス家であるエウルアちゃんを見たモンド人の反応とは明らかに違う。

 あーあ。もう少し隠せばいいのに。それはどう見たって悪役の———()()()のリアクションだろ。

 

「あぁ、そういうこと。君、私を騙したのね?」

「騙したなんて人聞き悪い。誘う時に言ったでしょ? ()()()()()()ってさ」

 

 文字通り、悪い奴らの隠れ家だったわけだ。

 

「さてと……んじゃ、ちょっと残業していこうか。エウルアちゃん?」

 

 エウルアちゃんと同系色の髪色をした璃月の秘書さんを真似て、そんなことを言ってみる。

 対して彼女は深いため息を溢して、俺に向けて一言。

 

「この恨み、覚えておくわ」

 

 

 

 今から時計の短針を半周ちょっと巻き戻した頃。

 クソガキを噴水にぶち込んでスッキリしていたところを、俺は深刻そうな顔をしたエンジェルズシェアのバーテンダー、チャールズさんに呼び止められた。

 

「お前に頼みがあるんだ……」

 

 10年以上もエンジェルズシェアでバーテンダーを務める彼のそんな顔は初めて見る。モンド1の酒場のバーテンダーにそんな湿気った面をさせるなんて、一体何があったのか。

 気になった俺は、人払いされたエンジェルズシェアの中に招かれて話を聞くことにした。

 中にはチャールズさんの他にエンジェルズシェアのオーナーである赤髪の色男、ディルック・ラグヴィンドが立っていた。

 ちなみにこいつは昔騎士団に所属していて、元後輩だ。とんでもなく優秀で俺より先に出世しそうだったので、何度もその足を引っ張ってやろうとしたが、ことごとくが無駄になったのは苦い思い出だよ。

 

「んで、頼みってのはなんだい? あぁもちろんいつも世話になってるチャールズさんの頼みだ。内容に関わらず引き受けさせてもらうつもりだよ。……ただ、ねぇ?」

 

 俺はヘラヘラ笑いながら人差し指と親指で丸を作って、ディルックとチャールズさんの前でユラユラ。

 説明するまでもなく、報酬の話だ。

 

「はぁ……可能な限りは譲歩してやる。何が望みだ?」

「ツケ、チャラにしてくれない?」

「ダメだ」

「えぇ〜。じゃあ出禁の解除は?」

「……お前1人の時はダメだ。誰かと一緒なら認めよう」

 

 報酬の話で時間を取る気は無いのか、ディルックにそれだけ言われてぶった切られた。

 チッ……まぁいいか。モンド1の酒が恋しくて仕方なかったところだしな。

 俺は承諾の意味を込めて頷き、カウンターを指でトントン。

 仕事ができるチャールズさんは何も言わずに蒲公英(ダンディライオン)酒を出してくれた。

 

「へへっ…やっぱこれだよなぁ」

 

 久しぶりに飲むモンドの名酒はやっぱり美味い。目を瞑り、モンドの風を感じさせる口当たりを心ゆくまで堪能してから本題に入ることにした。

 

「で、頼みってのは?」

「最近、夜中に路地の方で良くない連中が酒盛りをしているんだ」

「良くない連中ねぇ……」

「怪しいと思って僕も調べてみたんだが、どうやら宝盗団らしい。そいつらが何者かの手引きによってモンドに入り込み、大規模な事をやらかそうと準備しているようなんだ」

「回りくどいな。お前ならその『何者』ってのにも当たりが付いてんだろ?」

 

 ディルックの情報網は時に騎士団を凌ぐ。そんな奴が、中途半端な情報しかないなんてあり得ない。

 

「宝盗団を集めたのはファデュイ。そしてファデュイと繋がっているのは———ローレンス家だ」

「あれ? ローレンス家って確か捕まってなかったっけ?」

「シューベルト・ローレンスはな。だが、それ以外は別だ。いくらモンド中からの嫌われ者だとしても、何もしてない人間を捕まえることはできない」

「つまり、以前は何もしてなかったローレンス家が動いたと」

 

 まぁ、貴族は面子を重んじるって言うしな。やられっぱなしでいられないからって暴走したんだろ。

 ある程度の事情は分かった。その上で、俺には1つ疑問がある。

 

「なんで騎士団なり冒険者協会なりにこの情報を持っていかないんだ? いくら元身内とはいえ今のお前は一般人だろ。誰も無下に扱わないはずだぜ?」

「この件が表沙汰になれば、遅かれ早かれエウルアの耳に入る。彼女はローレンス家がモンドに牙を向ければ、自身で抹殺するつもりだ。いくら傲慢極まりない旧貴族であっても、彼女に自身の一族を殺させるのは忍びない。……あんな事(家族殺し)は、やらないに越したことないんだ。お前なら分かるだろう?」

「……そうだな」

 

 どんな下痢グソ野郎であっても、やっぱり血の繋がりがあれば情も湧く。

 ここまで弱音1つ吐かずに頑張ってきたあの子が背負うには、その業はあまりに重すぎるな。

 

「いくらローレンス家とはいえ、彼らだけでは何もできない。事件を起こされる前にその手段を潰しておけば、この件を闇に葬ることができる」

「なるほどな」

「僕はファデュイを潰す。宝盗団はお前に任せた」

「あいよ。……と、その前に最後の質問」

「……なにか」

「なんで俺なんだ? エウルアちゃんの為なら、って連中はお前だって知ってるだろ?」

「あぁなんだ。そんな事か」

 

 ディルックはケロッとした顔で言い放つ。

 

「お前なら万が一があっても罪悪感を覚えることはないからだが?」

 

 少しは覚えろや。

 

 

 

 

 他の客改め、宝盗団を全員シバき倒すのは5分もかからなかった。

 どうもこの酒場は営業前にオーナーになるはずだった人が失踪して、そのまま空き家になったもの。

 だからバーテンダーも客も、みーんな宝盗団。カモフラージュの為に最低限酒場としての体面を保ってただけらしい。

 ま、どうせ今夜で閉店ならってわけで潰す前に店にある酒をたらふく飲んでやったわけだが……やっぱり蒲公英(ダンディライオン)酒の方が美味いな。

 

 まぁ、とりあえず大立ち回りは終わった。俺の近接短打を得意とする拳法もこの狭い酒場とは相性が良かったし、なにより一緒に戦ってるのは我が騎士団が誇る波花騎士。

 所詮は下請けの下請けに利用されたコソ泥に負ける道理はない。

 

 問題は———

 

「で、説明してくれるかしら?」

 

 その波花騎士が大変ブチギレてることだ。やっべ超怖ぇ‼︎

 

「いやぁ……ほら! こいつら悪い連中だけど、ここにある酒に罪はないじゃん? だから証拠物件として抑えられる前に飲んであげるのが酒好きのモンド人としての責務かと思ってさ! ね?」

「…………ふんっ!」

「ひぃ…っ⁉︎」

 

 エウルアちゃんが力むと、拘束された宝盗団の連中が瞬時に氷漬けになった。彼女の扱う氷元素による元素反応、“凍結”だ

 それから何も言わずに俯いているので、これは俺も宝盗団と一緒に氷像の仲間入りを果たすかとビビっていると———スッ。

 

 エウルアが優雅な所作でこちらへ手を差し伸べてくる。まるで騎士が令嬢をダンスに誘うように。実際はどっちも騎士だけど。

 

「……復讐よ」

「はい?」

「一曲踊りなさい。それで今夜の復讐をまとめて精算してあげる」

「話の流れが全くわからんのだけど……」

 

 何故この流れで踊ることに? あれかな? 酔っ払ってるのかな? 

 ……ま、いいか。エウルアちゃんの言い分を信じるなら、踊れば今夜騙して残業させたことは水に流してくれるらしいし。

 

「Shall we dance? ———忌み嫌われた罪人の手、君は掴めるかしら?」

「廃人騎士と揶揄される俺で良ければ、喜んで」

 

 挑発的な笑みに応えるよう、俺は彼女のたおやかな手を取った。

 

 そして、どちらからともなく罪人と廃人は舞い踊る。

 場所は埃臭いバー。観客はブサイクな氷像たち。曲は澄んだ彼女の鼻歌。

 

「今度はちゃんとしたお店で奢りなさい?」

「それも復讐?」

「いいえ。これは———()()()()

 

 キラキラとした笑顔を振りまいて、エウルアちゃんと俺はターンを切る。確かここからは連続ターンだったっけ。

 ついていくのがやっとだけど、そこはなんとか踏ん張って…踏ん張って……踏ん張って………あ、やべ……

 

「おぼろろろろろろろろろろろろろろっ‼︎」

 

 俺も、胃の中のキラキラをぶち撒けた。

 

 ……いや、酒飲んだ後に連続ターンはきついって…。

 

 

 

 それから休暇が終わるまで、エウルアちゃんは口をきいてくれなかった。

 出禁が解除されたエンジェルズシェアではしっかり奢らされだけどな。







はい、いかがでしたか? ちょっとシリアスも混ざりましたが、基本ギャグがこの小説のモットーです!

さらっとディルックも登場しましたが、彼の口調に違和感などあれば教えてくれると助かります。


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似た者姉妹だけど言われなきゃわからん

はい、バーバラ回です!フラグは立ちません(断言)


 風神像。それはこの街のどこからでも見ることができる、モンドの象徴にして名所。

 その足元には、モンドを一望できる高台がある。

 

 彼女と親密になるきっかけはと問われれば、間違いなくこの場所だった。

 

 その日俺は朝焼けに照らされながら風神像の前で酒を飲んでいた。

 理由は簡単。女にモテたいからだ。

 モンド人は男女問わず酒好き。そして酒に合う雰囲気はハードボイルド。

 俺はハードボイルドを演出する為、あたかも風を愛でるように風神像の前で1人、星を眺めながら酒瓶を傾けていた。

 その姿ははたから見れば、ハードボイルドそのものだったことだろう。風に揺れる髪と無精髭。緩めたシャツの襟元から覗く鍛えられた胸板。そして酒精に酔い、細められる目。

 そんな俺を見た女が100人いれば、きっと120人がほんのり陰のある魅力的な姿にオチていたに違いない。

 

 しかしその晩、女は誰一人来なかった。よく考えたら、次の日は平日。それ以前に、こんな夜中に女が1人でホイホイ出歩くわけがない。

 あの晩俺が酔っていたのは、酒ではなく自分自身だったのかもしれない。

 

 そんな簡単なことにも気付かず、俺は酒を呷る。おっと朝日が昇ってきたようだ。

 すると、俺の後ろ———風神像を挟んだ反対側から少女の歌が聴こえてきた。

 誰だか分からないが、ここにはちょっと悪い大人がいる。まだまだお子様が出歩く時間じゃないぜ、子猫ちゃん? 

 しかしここで悪戯心が湧いちまうんだから、やっぱり俺は罪な男だ。

 

 大人の男の色気でからかってやろうと、その子猫ちゃんに振り向いてウインクしようとした時———

 

「おぼろろろろろろろろろろろろッ!」

「きゃあぁぁぁ‼︎風神様の像がぁーーー‼︎」

 

 一晩中酒を飲み続けていた俺は胃の中のキラキラを風神像にぶち撒け、少女の美声が高台に響く。

 

 おっと……さっき言ったことは訂正しないといけないようだ。

 彼女———牧師兼アイドルのバーバラちゃんと親密になった場所は風神像の足元。

 

 きっかけは———吐瀉物だった。

 

 

 

「ノアさん。どうしたの?」

「いや、バーバラちゃんとこうやって仲良くなれたのは風神様の加護のおかげかなって」

「あれをそんな美談でまとめないで欲しいんだけど……」

「水元素って便利なんだよなぁ。触れなくても洗い流せるんだから」

「神の目をあんな使い方したの、最初で最後だよ」

 

 今日の俺の予定は西風大聖堂のお掃除だ。

 いや、なんで騎士団の俺が聖堂の掃除なんかしなきゃならないのか。まぁ、代理団長直々の命令なんだから仕方ない。

 

 1週間ほど前、俺は迷える子羊に救いの手を差し伸べてくださる牧師様のバーバラちゃんにズボンのチャック全開でお金を借りにきた。

 それをどっかで耳にしたらしい我らが代理団長様は、烈火の如くお怒り。

 モンド城を囲む城壁の上から、風元素でシードル湖に叩き落とされたよ。しかもどこかで取っ捕まえて来たのか、炎スライムと一緒に。

 ちなみに、炎スライムが持つ炎元素に風元素を当てると“拡散”という元素反応が起こる。

 俺は炎元素の拡散に巻き込まれ、シードル湖に落ちる頃には服が燃え尽きて全裸になってたよ。その後なんとか死ぬ気で対岸まで泳いだ俺は、そのまま全裸でシードル湖を迂回し、清泉町を通り過ぎ、モンド城まで戻ってきた。門番してた騎士団に公然猥褻で捕まりかけたけど。

 

 ここで考えた。いつもなら誰から金を借りようと面倒くさい小言で済ませる代理団長が、何故バーバラちゃんに借りようとした時に限ってそんなにブチギレたのか。

 聡明叡智な俺は、すぐに答えを導き出した。

 

 ———チャック全開だったからだ! 

 

 なので今度はちゃんとズボンのチャックを閉めてお金を借りに行ったわけだが……何故か炎スライムに加えて雷スライムも付けてシードル湖に叩き落とされた。ちなみに炎元素に雷元素を当てると、“過負荷”という元素反応が起こり超絶痛い。……クソッ、パワハラ上司め。いつかセクハラで対抗してやる。

 

「それで迷惑かけたお詫びとして、今日1日大聖堂のお掃除を命じられたんだよね?」

「そうなんだよ〜。なんで代理団長って俺にあんなに当たり強いのかな? どう思う?」

「どう思うって言われても……」

「たぶんね、俺の気を引きたくて意地悪してると思うんだよ」

「いや、そんな小さな男の子じゃないんだから……」

 

 ちなみに今は聖堂前の階段に座って1時間に1回の休憩タイム。まったく……昼間に働くと体調が悪くなるぜ。

 ていうか1時間に1回休憩くれるとか、もしかして西風教会ってめちゃくちゃホワイトなのか。

 

「それで、ノアさん。何か飲む?」

「酒」

「それ以外で」

 

 しかも、バーバラちゃんは休憩の度に飲み物をくれようとしてくれる。

 牧師兼アイドルなんていう、崇拝する側なのかされる側なのかよく分からない立場の子だけど、こんな心優しい子がいるんだからまだまだモンドも捨てたもんじゃない。

 人の顔見る度に「貸した金返せ」とか訳の分からない事を言う連中とは月とスッポンのクソくらい差があるよ。

 

 と言っても、飲み物は1時間前にもいただいてるのでさほど喉が渇いてるわけでもない。なので何か別のものを頼もうかと顎に手を当てていると、バーバラちゃんがモジモジしだした。

 

「もし良かったらなんだけど……スパイシードリンクはどう?」

「いらない。あれ辛いじゃん」

「でも疲れてるなら香辛料は良い疲労回復になると思うんだけどなぁ…?」

「いらない」

「そっかぁ……」

 

 シュンと肩を落とすバーバラちゃんに、こちらを遠巻きに見ていた民衆が俺を睨みつけてきやがる。なに見とんじゃい。

 バーバラちゃんオススメのスパイシードリンクは、『絶雲の唐辛子』という激辛香辛料とスイートフラワーを混ぜて作った彼女特製のジュースだ。

 アイドルの彼女特製という触れ込みは効果が見込めそうなもんだが、それでも尚流行っていない。理由は簡単で、モンド人の口に合わないほど『絶雲の唐辛子』が辛すぎるためだ。

 あんな困ったら香辛料をぶち込むような璃月料理で使われるものを飲み物にしちまうんだから、この子もモンドの女の例に漏れず変な子なのかもしれない。

 

 それからまたもモジモジし出したバーバラちゃん。一瞬トイレかとも思ったが、ここでそれを指摘するのはレディに対して失礼ということを大剣の一撃と共にエウルアちゃんから教わったので、黙って言葉を待つ。

 それからバーバラちゃんは意を決したように拳を握り、少し遠慮がちな様子で口を開いた。

 

「あのね、ノアさん。少し相談があるんだけどいいかな……?」

「あー! ダメダメ騎士がバーバラお姉ちゃんに付きまとってる〜! やーい! 今日はチャック開いてねぇのかよ〜‼︎チャックナイト〜‼︎」

「上等だクソガキがぁ‼︎てめぇ、今日という今日は許さねぇ! 全裸で風神像に吊るしてモンドの新たな観光名所として華々しくデビューさせてやらぁーーー‼︎」

「ちょっ…えぇ⁉︎やめなよあんな小さな子に!」」

 

 腰にしがみついてクソガキを追いかけようとする俺を止めるバーバラちゃんのせいで、残念ながら取り逃がしちまったよ。クソッ。

 あのガキには、いつかバーバラちゃん特製スパイシードリンクをケツに流し込んで新たな性癖の扉を開けてやろうと心に誓った。

 

 

 

「で、さっき何か言いかけなかった?」

「あ、うん……」

 

 なんかドン引きしてるバーバラちゃんに、クソガキのせいで中断してしまった話の続きを促すことに。

 

「あのね…相談があるんだけど、乗ってくれる?」

「悪いなバーバラちゃん。俺、何度浮気をしても笑顔で許してくれて一生養ってくれるおっとりお姉さんタイプが好みなんだ。あ、もちろんバーバラちゃんがダメってわけじゃないぜ? ただ、もう少し……」

「最近アイドルの活動が行き詰まってるの」

「あ、はい」

 

 俺の言葉ガン無視で相談内容を告げられる。

 

「そういうのって、俺じゃなくてもっとアイドルに詳しい人に聞くものじゃないの?」

「私以上に詳しい人なんていないもん。『アイドル』って言葉自体、アリス様が持ち込んだ雑誌に書いてあったものを私が勝手に解釈してやってることだし」

「じゃあ俺も無理じゃね? てか、相談に乗れる人いないよね」

「ただほら、ノアさんって他の人と違うでしょ? ……色々な意味で」

 

 最後にボソッと何か付け加えられた気がするが、バーバラちゃんのような女の子に『他の人と違う』と言われて喜ばない男はいないだろう。それは俺も例外じゃない。

 

 そして、バーバラちゃんの言いたいことはなんとなく分かった。

 女というものを知り尽くした経験豊富な俺からすれば、彼女の相談事の真意は読み切ったも同然だ。

 女というものは、相談と称して“頼み事”をしてくるもの。さらに、その“頼み事”は直接的な表現を避けてくる。

 

 何故なら、()()()()()()()()

 

 “察してほしい事”を正確に察することができるのか。それが男としての腕の見せ所であり、今回俺は既にバーバラちゃんの言いたいことを完全に理解していた。つまり———

 

「———つまり、俺とアイドルユニットを組みたいってことか」

「違うわよ?」

「任せろって。いつも笑顔で恋愛禁止を守ってればそれはもうアイドルだろ?」

「だから違うってば! ノアさんのアイドルに対する認識ざっくりし過ぎじゃない?」

「安心してくれ。裏では枕営業から賄賂まで全て完璧にこなすから」

「何1つ安心できないから⁉︎ていうか私そんないかがわしい事、バルバトス様に誓ってしてないからね‼︎」

 

 えぇーそういうの無いの〜? ガッカリだわ。

 

「ハァ……じゃあ何が聞きたいの?」

「そんな露骨に残念そうにしないでよ……。私はただ忌憚のない意見がほしいだけ」

「そもそも具体的に何に行き詰まってるのさ」

 

 アイドルとは、歌と踊りを用いてキモいオタク———通称キモオタ共に媚びて金を巻き上げる職業だったはず。

 ならば予想される彼女の悩みは3つ。

 

 歌が上手くならない。

 踊りが上手くならない。

 キモオタ共の金払いが悪い。

 

 あれ? バーバラちゃんって金貰ってるんだっけ? まぁいいや。

 

「なんだかね、最近ライブをしても前より盛り上がらない気がするのよ」

「つまりキモオタ…じゃなくてモンドの連中のノリが悪くなってると」

「ううん。モンドのみんなが悪いわけじゃないの。私がもっと早いペースで新曲を作れれば良いんだけど……やっぱり祈祷牧師のお仕事が忙しくて…あ、でもこれじゃ言い訳になっちゃうかな……?」

 

 確かにバーバラちゃんの曲のレパートリーは然程多いわけじゃない。熱心なファンじゃなくてもモンド人ならある程度は歌えるだろう。

 だったら曲数を増やすってのは1番確実な解決方法かもしれない。

 

 しかし、それだとあまりにもバーバラちゃん自身の負担が大きすぎる。

 

「バーバラちゃん。金額と客の相関関係って知ってる?」

「あっ…へ? いきなりなんの話?」

「金額が高いほど客の民度は高くなって、逆に金額が安いと客の民度も低くなるってやつなんだけど、聞いたことない?」

「なんとなく聞いたことある気がするけど……もしかしてノアさん?」

 

 イエス! 

 

「ライブでは高額な見物料を取ろう!」

「だ、ダメだよそんなの! それだとみんなを癒せない! 応援してくれる人達の中には小さい子だっているんだよ!」

「だからなんじゃい」

「なんじゃいって……と、とにかく! お金取るのはダメ!」

 

 えぇ〜良い考えだと思ったのになぁ。

 

(高い金払ってでもライブを観たいって連中なら、毎回脳内血管がぶった切れるほど盛り上がるだろうし、そうなればバーバラちゃんの悩みは消える。さらに金も儲かる。メリットだらけ。ついでにこの案の使用料としていくらか俺の懐にも入れてくれたら万々歳なんだがなぁ……)

 

 顎に手を当てて我ながら今の案の素晴らしさに感嘆していると、ワタワタとバーバラちゃんが慌て出した。どした? 

 

「あっ! あっ! ご、ごめんなさい! 相談してるのは私なのに、出してもらった提案を頭から否定しちゃって……」

 

 どうやら黙り込んだ俺を見て、アイデアを一蹴されて気を悪くしたと思い込んだみたいだ。どんだけ心狭いと思われてんの。

 

「別に怒ってないさ。これはバーバラちゃんの相談なんだから、君が納得出来ないなら神の天啓だって否定していいんだよ」

「ひゃんっ…」

 

 安心させるため、彼女のツインテールの間に手を置いて撫で撫で。

 その瞬間、遠巻きにこちらを見ている男性陣は血の涙を流しながら殺意が。女性陣からはバーバラちゃんへ同情の視線がそれぞれ送られてくる。女性陣にウインクで神対応したら中指立てられた。解せぬ。

 それはそうと男性陣の予想通りのレスポンスに満足した俺は、勝ち誇った笑みを送り返して本題に戻ろうとした、その時だ。

 

(レスポンス……反応かぁ)

 

 ふと、俺の聡明にして賢者もかくやという頭脳にピコンと光が灯る。

 

「バーバラちゃん。短いフレーズでいいから、少し歌ってみてくれないか?」

「え? わ、わかった!」

 

 バーバラちゃんは立ち上がり、俺の前に立って息を吸う。

 すると、アイドルが歌うと見た周囲の人間が集まってこようとするので一睨み。(たか)ってくんじゃねぇ。逆に俺がモラ集るぞ、という意味を込めて。

 

「ラン♪ ラララーンラーン♪ ラララーンラーン♪ ……キラ⭐︎」

 

 左手を翳すようにしてニッコリ笑顔。それを俺だけが独占しているという状況に優越感を感じながら、自分の案がいけるのではないかと考える。

 

「もう一回お願い。今度はちょっと俺も喋るけど、気にしないでね」

「うん」

 

 この案で重要なのはタイミングだ。大丈夫。俺ならできる。タイミングを測ってカウンターを入れるなんて、騎士団で山ほどやってきたんだ。

 それに比べれば簡単さ。

 はいせーの、と手でキュー出し。バーバラちゃんが歌い出す。

 

「ラン♪」

「はい!」

「ラララーンラーン♪」

「はい!」

「ラララーンラーン♪」

「はい、せーの……!」

「キラ⭐︎」

 

 よし、完璧。

 

「今の……()()()()?」

「そう。これをキモオタ……じゃなくてファンの中に定着させれば、勝手に盛り上がるんじゃないか?」

 

 酒の席ではよくあることだ。さらに場に一体感も生まれるし、タイミングも大事なのでバーバラちゃんの歌に集中するだろう。

 

「これは人生の先輩としての意見だけどさ、バーバラちゃん。人間どんなに頑張っても1人で出来ることなんてたかが知れてるんだよ。だから上手くいかない時、自分だけが頑張れば良いなんて安直に考えちゃダメだぜ?」

 

 ニコッと笑い、もう一度バーバラちゃんの頭に手を置く。ふっ…決まった。

 

「待て待て待て! さっきから見ていれば、誰の許可を得てバーバラ様に気安く触ってるんだ‼︎」

「アルバートさん⁉︎」

「お、出たなモンドのキモオタ代表」

「うるさい! モンドのダメ人間代表!」

 

 突然飛び出して来て俺とバーバラちゃんの間に割って入ってきたのは、見た目は青年、中身はストーカー———つまりただのストーカーであるアルバートだ。

 

「ぼ、僕は認めないからな! そんな下品な合いの手、バーバラ様の洗礼相応しくない! たとえ風神が許しても、バーバラファンクラブ会長たる僕が許さない!」

「ふぅん。じゃあどうするって言うんだ?」

 

 俺は掌に拳をペシペシ。

 

「ひぃ⁉︎な、なんだよ! 騎士団が民に暴力振るうって言うのか!」

「安心しろ。ちゃんと適当な罪状をでっち上げてやる」

「お、汚職だ! そんなの職権濫用じゃないか!」

「うるせぇ! 職権濫用が怖くて騎士団が務まるか!」

 

 容赦無くアルバートの顔面へ掌底を打ち込んでやる。

 騎士が一般人に手を上げるのはご法度だが、まぁ相手がアルバートなら許してくれるだろう。こいつは西風騎士団、西風教会のどちらからもマークされてる危険人物だからな。

 国家権力に逆らったことを死ぬほど後悔させてやるぜ! ヒャッハー! 

 

「ホントに殴った⁉︎……いや待てよ。さっきバーバラ様の頭を撫でていた手の平で殴られたんだから……ハッ! これは実質、僕がバーバラ様の頭に頬ずりしたことになるんじゃないか⁉︎」

「…………」

 

 こいつやべぇ……。

 

 

 

「はぁ……なんでお前は行く先々で問題ばかり起こすのだ?」

「いや、アルバートの件に関してはたぶん俺に正義があると思いますよ? 代理団長」

 

 あれから俺とアルバートは合いの手を入れるかどうかを肉体言語で話し合い、最終的には俺が勝ったことで試しにファンクラブの連中で練習してみるという結末に落ち着いた。

 ただの一般人のクセに、意外な粘りを見せたアルバートには驚かされたよ。流石にモンド人相手に拳を使うわけにはいかないから掌底打ちでシバいたけど、自分から当たりに来てるのが分かった時はだいぶ怖かった……。

 

「それより代理団長。俺1つ気付いたことがあるんだけど、いいすか?」

「なんだ?」

「なんで俺がバーバラちゃんに金借りに行った時、チャック全開であろうとなかろうと、いつもより厳しい処罰をしてきたのか。ずっと考えてて、なんとなく気付いちまったんすよ」

「……そうか」

 

 これに気付いた時、正直聞くかどうかは迷った。

 わざわざ聞く必要なんて無いんじゃないか。静かに何もなかったことにしておくのが部下として正しい選択なんじゃないか、ってな。

 同時に、今まで気付いてやれなかったことに申し訳なさすら感じた。

 それでも、やっぱり気付いたなら確認しておくべきだろう。

 

 だって代理団長は俺の上司で、俺は代理団長の部下で、だけど先輩で———代理団長は俺の後輩なんだから。

 

 だから、どこかバツの悪そうな彼女に俺は問う。

 

()()ちゃ()()。あんたさ……」

「……あぁ」

「———俺のパンツが見たかったんだろ?」

「………………………………………は?」

「いや、(みな)まで言わなくていい。ちゃんと分かってるから」

 

 ずっと不思議だった。バーバラちゃんに金を借りに行った時、ズボンのチャックが開いてても閉まってても代理団長は激怒していた。当初は何がそこまでいけなかったのか分からなかったさ。でもな。

 代理団長は俺のパンツが見たかった。こう考えれば全ての辻褄が合うことに俺は気付いちまったんだ。

 

「いくら清廉潔白を心掛けていても、代理団長だって人間だもんな。()()()()欲求が溜まることだってあるさ。常に溜まってる俺が言うんだから間違いない」

 

 つまりバーバラちゃんだけに俺がパンツ見せたのが気に入らなかった———要は嫉妬だったんだ。

 

「なんだかんだ偉くなっても可愛い奴だな、ジンちゃんは! 別に誰かに言いふらしたりしねぇよ。流石に俺だってそのくらいの分別はあるさ。だから———2人だけのひ・み・つ・だ・ぞ⭐︎」

 

 ちょん。隠してた性癖がバレて恥ずかしいのか、俯きプルプル震えてる代理団長のほっぺを小突いてやったら、ガタン。おもむろに立ち上がった。そして前髪で表情を隠したままバシンと俺の肩に両手を置く。わお! 大胆! 

 だが構わないさ。可愛い後輩のためだ。一肌だろうとズボンだろうといくらでも脱いでやるよ。

 

「……お前は私からとんでもないものを盗んでいった。何か分かるか?」

「初恋とか?」

「私の平常心だ」

 

 すると代理団長は部屋を出て行った。どこ行くんだ? 

 足音に耳を澄ましていると、すぐ隣の部屋の前で止まった。確か団長室の隣は反省室だったはずだが、何か用でもあったのか? 

 

『クレー。入るぞ』

『わわっ! ジン団長! く、クレー、ちゃんと反省してるよ。ばばば爆弾なんて作ってないよ!』

『そうか。偉いな。それはそうと、クレーの爆弾をいくつか貰えないだろうか』

『いいよ! ジン団長もどかーんするの?』

『あぁ。特大のゴミをどかーんしてくる』

 

 ふむ。どうやら代理団長は俺を部屋に招く前に掃除をするのか。そういうところを気にするとは、意外と乙女だな。

 と、上司にして後輩の新たな一面に微笑ましい気持ちでいると団長室に戻ってきた。

 おやおや? 代理団長、緊張で無表情になっちまってるよ。

 

「よし。行くぞ、ノア」

 

 そう言って代理団長が親指で示したのは、モンド城城壁の上だった。

 

 

 

 その後、俺は炎スライムと雷スライムに加えてクレーちゃんの爆弾と一緒に風元素でシードル湖に叩き落とされた。

 もはや元素反応とか関係なしに、ただただ痛かったです。







はい、いかがでしたか? アルバートくんの変態度が少し上がりましたが、耐久度も上げたので問題ないでしょう(?)

ちなみにオリ主はアホなので2人が姉妹だと気付いていませんし、たぶん今後も気付きません。アホなので(2回目)



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メイドとシスターでレッツ、カチコミ! 前編

今回はノエルとロサリア回です。ノエルちゃんには初心者応援ガチャからお世話になっております。
ロサリアさんはバーバラ回の時に入れたかったけど、長くなったのでこちらで活躍してもらいましょう!


 それは早朝のこと。

 

「———というわけ。頼んでいいかしら?」

 

 西風大聖堂の椅子に俺と並んで座るシスター———ロサリアちゃんは紫煙を燻らせながら俺と返答を待っている。

 いやシスターが煙草とかいいのかよ、とか、そもそも聖堂の中で煙草吸うなよ、とか。

 そういった注意をする人は周囲にいない。ていうか、何度注意してもやめないので誰も注意しなくなった。たぶん俺と彼女の共通点だろう。

 

 不健康にすら見える白い肌と鋭い目つきはちょっと聖職者には見えないが、たぶんそれは彼女の過去とか色々関わってくるのかもしれない。昔は地元でブイブイ言わせてた元ヤンなのかもと俺は予想してる。

 

「……何か失礼なこと考えてない?」

「いやまったく。いつも助かってるよ。愛してるぜ、ロサリアちゃん!」

 

 ちゅっ、とお礼としてほっぺにキスをしてやった。不良シスターというど、聖職者にこういうことをすると背徳感でゾクゾクくる。

 

「っ⁉︎」

 

 一瞬何もかもからやる気を失っているような目を見開き———フッと姿を消した。次の瞬間、俺の首には何やら布が巻かれてグググググッ。

 

「死ねっ! 死ねっ! 君に懺悔の時間は必要ないわ!」

「あかんあかんあかん! ちょっ、マジごめんって!」

 

 どうやら瞬時に俺の背後を取った彼女は、被っていたウィンプルで首を絞め上げるという暗殺者みたいなことをやってきているようだ。

 

「きゃあぁーーー⁉︎えっ⁉︎ロサリアさん何してるの⁉︎」

「助けてくれバーバラちゃん! こちらの情緒不安定なヤニカスシスターのせいで聖堂内が血の海になっちまう!」

「大丈夫。絞殺で血は出ないわ」

「そういう問題じゃないから! ほ、ほら! ノアさんを放してあげて!」

「チッ……」

 

 舌打ちを1つ漏らして、なんとか解放してもらった。ほとんど危険人物だろ、この人。

 

「もう……なんでこんな事になったの?」

「ロサリアちゃんに良い事を教えてもらってね。お礼にほっぺへちゅーしたら怒り出したんだよ。なぁ、これって俺が悪いと思うか?」

「一から十までノアさんが悪いと思うけど……」

「そっかぁ。やっぱりちゅーするなら唇だよな。よし、ロサリアちゃん目を瞑っ……冗談だ。冗談だからその振り上げた長椅子を置いてほしい。ほら、10モラあげるから」

 

 横薙ぎに振われる長椅子を、バーバラちゃんと並んで屈んで避ける。どうやら交渉の余地はないらしい。

 俺はダウナー系暴力シスターから逃げるように大聖堂を飛び出した。

 

「こんなに感情剥き出しのロサリアさん初めて見たかも……」

 

 何やら驚き(おのの)くバーバラちゃんの呟きが聞こえたが、俺はやっぱりロサリアちゃんは元ヤンだと確信する。

 

 

 

 俺はちょっと早めの昼休憩を取る為に、団長室を訪れていた。理由は簡単。

 

「おぃ〜っす、代理団長。昼飯代ちょーだい? あ、これコーヒーのおかわりね」

 

 お小遣いを貰うためだ。ちなみにコーヒーは賄賂代わり。騎士団の備品だけど。

 この間、何が気に入らなかったのかは未だに分からないが、エウルアちゃんにしこたま奢らされて俺の財布の中は閑古鳥がぴーちくばーちく鳴いている状態だ。せっかくエンジェルズシェアの出禁が解除されたのに、また最速で出禁食らうところだったよ。

 

「お前なぁ……まず借りたものを返すのが先じゃないのか? 私が一体いくら貸してると思っている?」

「いやいや、代理団長。『金は天下の回りもの』って言葉、知ってます?」

「なんだ急に。それくらい知ってる。金銭は世の中を巡るという意味だろう」

「金は使う為にあるものでしょう? でも、代理団長は仕事仕事で金を貯め込むだけで使おうとしない。つまり世の中に巡らないわけですよ」

「むっ……」

 

 普段から働き詰めで、色々なところから休めと言われている代理団長は俺の言葉に口を噤んだ。

 

「そして、金が巡らないということは不景気の前兆だ。そうすれば貧困が蔓延する。代理団長はモンドの民が貧しさの果てに飢え死にするのが見たいんですか?」

「そ、そんなわけあるか! 私の目の黒いうちは、誰も飢え死になんてさせない!」

「でしょう? でも代理団長は仕事で金を使う時間がない。だから俺が代わりに金を使ってモンドを貧困から救おうってわけですよ。俺の言いたいこと、わかります?」

 

 コーヒーを淹れながら考えた我ながら隙のない理論武装に内心惚れ惚れしていると、代理団長はジト〜と冷たい目を向けてきやがる。

 

「……お前、そんな子どもみたいな屁理屈を言ってて恥ずかしくないのか?」

「な、なんですか? 俺の言ってること、間違ってますか?」

「間違ってはいないが、私が金を使わない程度で傾くほどモンドの経済状況は脆弱じゃない」

「傾いてるじゃないですか。俺の経済状況が」

「自己責任だろう」

 

 まったくのど正論に、今度は俺が口を噤む番だった。クソッ……これだからブルジョワは。

 モンドの経済格差を憂いながら俺と代理団長が睨み合う中———コンコン。控えめなノックが団長室内に響く。

 代理団長が「どうぞ」と返事をすると、銀髪ボブカットの可憐な少女メイドが入ってきた。

 

「失礼します、ジン団長。コーヒーのおかわりはいかがですか……あら?」

「あぁ、ノエルか。すまない、既にこのバカが持ってきてくれたからおかわりは必要ないよ。ありがとう」

「このバカって……。あ、じゃあ俺がコーヒー貰っていいかな?」

「はい、もちろんです」

 

 西風騎士団が誇る騎士見習いのメイド———ノエルちゃんの登場に団長室内のトゲトゲしい空気がやんわりと和む。

 ふんわりと広がるコーヒーの香りは、それだけで俺が淹れたものとは別格であることを悟らせるよ。代理団長はそっちが飲みたいと言わんばかりに羨ましそうな目をしてる。

 それでも残さず俺が淹れたコーヒーを飲んでくれるところは、さすがと言えるけど。その優しさをモラに還元してほしい。

 

 優雅な所作の中、それでも手際良くコーヒーを淹れる様をじっと見られていたノエルちゃんは恥ずかしそうに口を開いた。

 

「お、お二人は何を話し合っていたのでしょう? 廊下まで声が漏れていましたよ」

「あぁ。こいつが昼食代をせびりにきたことに対して、少し説教をしていたんだ」

「ノアさまが……? 失礼ですがノアさま、お財布の事情が芳しくないのですか?」

 

 コーヒーがすぐ冷めないように温められたカップを渡してくれながら、ノエルちゃんは純粋な目で首を傾げてる。うっ…その純粋さか眩しい。

 

「まぁね。でもどうやら代理団長はくれないらしいし……はぁ、仕方ない。鹿狩りで匂いだけでも嗅いでくるよ」

「やめろみっともない!」

「あれもダメ。これもダメ。まったく代理団長は文句ばっかりだな?」

「誰のせいだと思ってる!」

「そ、その! 僭越ながら、私にノアさまのご昼食を作らせてもらえないでしょうか?」

 

 険悪になりそうな空気を察したらしいノエルちゃんは、そんな提案をしてくれる。

 

「ノエル。私には代理団長として騎士団の皆を守る義務がある。まだ見習いとはいえ、君に寄生虫を寄生させることを看過できない」

「しかし困っている人を助けるのは騎士としての責務です! 私には、ノアさまがひもじい思いをしてることが我慢なりません」

 

 寄生虫呼びに対してまったく疑問を持たず反論するノエルちゃんには色々言いたいが、それはそれ。

 確か彼女は代理団長に憧れていたはずだが、まさか言い返すとは思わなかった。

 それは代理団長も同じらしく、言葉を詰まらせている。その姿を了承と見たのか、ノエルちゃんは俺に笑顔で問いかけてくれる。

 

「ノアさま。何かリクエストがあれば遠慮なくおっしゃってください」

「あ、あーそうだなぁ……腹に溜まるならなんでもいいよ。ノエルちゃんに任せる」

 

 そう返すと、ノエルちゃんは嬉しそうに目を輝かせた。なんで? 

 

「はい! お任せください! なんでも私にお任せください!」

 

 そのまま見事なカーテシーで一礼して団長室を出て行った。もちろん代理団長に反論した無礼への謝罪も忘れていない。

 俺たちはノエルちゃんの出て行った扉をボーっと見ていた。

 

「あの子、本当にいい子だよなぁ」

「あぁ。無理をしていないかいつも心配になる」

「下手したらその辺の一般騎士より優秀だぜ? モンド城内の知名度、バーバラちゃん並みだし」

「困った時に彼女の名前を叫ぶと現れるという都市伝説もあるくらいだ。お前も少しは見習ったほうがいいんじゃないか?」

 

 挑戦的なことを言ってくる代理団長に言い返してやろうかとも思ったが……やめておこう。

 なんかノエルちゃんの淹れてくれたコーヒー飲んでたらそんな気分じゃなくなっちまった。

 

「まぁ、確かにな。ノエルちゃんを見てたら、俺も少しは正規騎士として真面目に頑張ろうって思えてきたよ」

「っ‼︎そ、そうか。その心意気、(ゆめ)忘れるな」

「んじゃ休憩いってくるわ」

「……おい」

 

 

 

 昼食はパンケーキだった。しかも女学生など若い女の子が洒落たカフェで友達とおしゃべりしながら食べるような、ファンシーなやつ。ノエルちゃんの得意料理“ふわふわパンケーキ”。

 それを、俺のような男が食べるのは……うん、なんという羞恥プレイ。

 騎士団本部の食堂でふわふわパンケーキを食す俺を、他の連中はクスクス笑いながら見てたよ。

 笑ってた奴ら、全員顔覚えたからな。今度城内を見回りしてる時に後ろからズボン下ろしてやるぜ。

 閑話休題。

 

「ほ、本当によろしいのでしょうか? 私のような若輩者が、正規騎士であるノアさまと行動を共にするなんて」

「代理団長が言うんだからいいんじゃないか。何かあったら責任は代理団長に押し付ければいいし」

 

 緊張した面持ちで隣を歩くノエルちゃんは、落ち着かない様子でソワソワしてるよ。

 というのも、意外なことに彼女は騎士団の入団試験を7度も落ちてる。普通なら諦めるところだが、ノエルちゃんの騎士団への憧れはそんなもので折れることなく次の試験に向けて日々努力しているらしい。

 正直、見習いの身でありながら騎士団の中でもこの子はズバ抜けて優秀だと思うけど、どうやら他人への行き過ぎた奉仕の精神が試験に落ちている原因とのことだ。

 

 有名な話だと、モンド一過酷と呼ばれる雪山“ドラゴンスパイン”で三日三晩遭難者を捜索した挙句、高熱で寝込んでしまったらしい。

 今はそういう事態に陥らないよう、騎兵隊長のガイアが仕事を調整してるみたいだ。

 他人を守るという行為は、まず自分を守れなければ成り立たない。だからまずは自分を守ることを教えてほしいと代理団長に頼まれて、今日1日彼女を連れ歩くことになった。

 なんで俺なのかと聞けば、自己保身に走ることにかけて騎士団の中で俺の右に出る者はいないとのことだ。よせやい。

 

「まぁ、ノエルちゃんが期待してるほど騎士の仕事なんて華やかなものじゃないぜ? 大体は見回りや立番で1日が終わるし」

「いえ! それを行う騎士1人1人の尽力がモンドに平和をもたらしていることを私は知っています。華やかである必要はありません。そこに騎士がいること。ただそれだけで、皆さんの平穏は守られているのです」

 

 キラキラとした尊敬の眼差しが眩しい。なんだこの純真無垢なメイドは。危うく浄化されそうになったぞ。

 

「それで…その……本日のノアさまの見回りルートはどのように?」

「主に酒場周辺を軽く回ってから、夕方あたりに清泉町あたりまで足を伸ばしてみようと思う」

「わぁ! 城内だけでなく、城外の皆様まで守ろうという意志、感服致しました!」

 

 酒場周辺を見回るのは良い酒が入ってないか聞き込む為だし、城外に出るのはサボりやすいからなんだけど……。

 なんか、何をやってもノエルちゃんの理想の騎士像に結び付けられてやりづらいなぁ。

 

「はぁ……そんなに畏まる必要は無いぜ? ノエルちゃんだって、俺が周りからなんて呼ばれているか知ってるだろ?」

「存じていますが……ですがあれは! 騎士であるノアさまに対してあまりにも失礼だと思います!」

「でも間違ってないだろ?」

 

 廃神騎士にして廃人騎士。騎士団のロクでなし。何も間違ってないし、誰も嘘は言ってない。

 この子のような真っ直ぐな性根を持った子に、俺が一体何を教えられるって言うんだ。

 

「確かに、今のノアさまを表す言葉としては一部……一部? 適切な表現かもしれません。でも、昔のノアさまは違ったじゃありませんか! だからあなたは……私が憧れた騎士様の1人です」

「昔は昔。今は今。どれだけ偉大なことを成し遂げたとしても、今がダメならそれはもうただのダメ人間だよ」

「違います‼︎」

 

 突然のノエルちゃんの大声に、周囲の視線がこちらへ集まる

 

「それは違います! 昔があるから今があるのです! ノアさまが守った平和があるから、それを連綿と繋ぐことができたはずです‼︎」

「俺が守ったのはいつだって小さな平和だよ」

「平和に大きいも小さいもありません! ノアさまが守らなければ、幸せになれなかった人はいるんですから」

「…………」

「……あっ! も、申し訳ございません! 私、先輩になんて無礼なことを……」

 

 慌てて頭を下げるノエルちゃん。

 まさか、未だにこんな事を言われるとは思わなかった。そしてなにより、この子がみんなから好かれる理由が分かった気がする。

 

「……君は、意外と頑固だな」

「よく言われます。うぅ……申し訳ないです」

 

 ぷるぷる震える彼女に、俺は頭を上げるように言う。

 

(憧れの騎士なんて……久しぶりに言われた気がするな)

 

 誰に言われたかは覚えてない。忘れたと言うより抜け落ちたという感覚に近いが、この原因はよく分からん。そして分からんものは考えない。無駄だからな。

 それより今は、こんな俺に憧れてくれた見習い騎士メイドにして、未来の後輩ちゃんを見るべきなんだろう。

 

「あの…お叱りならなんなりと」

「叱らないさ。今ノエルちゃんを叱ったら、偉大な俺を否定することになるだろ?」

「でも、見習いの分際で生意気な口を……」

「あとここで叱ったら、たぶん街中から袋叩きに合う」

 

 どちらかと言うとこっちが本音だ。

 だってほら……顔を上げて見てごらん。周囲のみんなの目を。『これ以上ノエルをいじめたら打ち首獄門』って訴えてきてる。殺意がすごい。

 どっちかと言うと騎士団の俺は打ち首獄門にする側のはずなのに。

 

 さて逃げようと考えていると———ジィーと俺のズボンからチャックを下ろす音。

 見下ろすとそこには、いつの間にか忍び寄っていたいつものクソガキの姿があった。

 

「おいチャックナイト! チャック全開のくせにノエルいじめんなよな!」

 

 それだけ言い残して、クソガキは逃亡。

 ふっ、だが残念だったな。今は俺を尊敬する随分奇特な後輩の前だ。尊敬される先輩として、取り乱すわけにはいかない。

 なので俺は璃月にいた頃、劇団で習ったよく通る声でクソガキの背中に言ってやる。

 

「おいクソガキ! 今度てめぇの家に俺が読み古したエロ本を着払いで送ってやるからな!」

「はぁ⁉︎大人気ねぇぞチャックナイトぉ‼︎」

「バカが! 人を散々バカにしたツケは自分で払うんだな!」

 

 あのガキが家にいない時間は把握済み。せいぜい親に見られて家庭内で腫れ物に触るような気まずい空気に晒されるがいい! 

 

「ノアさま……さすがにそれは人として引きます」

 

 なんだか裏切られたような気分になった。

 

 

 

 それからは当初の予定通り酒場を中心に見回り、少しだけ酒を呑み、ノエルちゃんには黙っておいてもらう賄賂としてぶどうジュースを奢ってあげた。

 その時のノエルちゃんの目には、もはや尊敬の眼差しなど一欠片も無かったように思えたが別に気にしない。

 

「いいかノエルちゃん。1つ、騎士として良いことを教えてあげるよ」

「良いこと……ですか?」

「騎士として、って言うより組織で出世する方法だな」

「私、出世にはあまり興味は……」

「いやいや! 出世するといい事尽くめだぞ? 重要な場での発言力が手に入る」

 

 俺は騎士団の中でも所属年数はそこそこ長いが、不思議なことに発言力というものが皆無だ。

 そのせいで代理団長からはパンツを見せるようにとセクハラを受けたり、エウルアちゃんからは酒を奢らされるパワハラを受けている。なんてひどい連中なんだ! 俺が何をしたって言うんだ! 

 なので自分の身を守る為にも、出世はしておいて損が無いのだ。

 

「出世の基本は3つ。自分の手柄はできるだけ誇張して伝えること。自分のミスは極力誤魔化すこと。人のミスはとことんまで糾弾すること。ほら、メモメモ!」

「は、はい! 自分の手柄は……はっ! こ、これはダメな気がします!」

「大丈夫大丈夫。ほら、一回だけやってみ? すっごく楽だからさ」

 

 まるで年端もいかない少女をイケナイ遊びに誘惑する悪い大人になった気分だ。

 

(と、時間だな)

 

 酒場の壁掛け時計を見ると、そろそろ夕方。清泉町に行く時間だ。

 ノエルちゃんのぶどうジュースをチルドカップに移してもらい、俺たちは城門を出た。

 ノエルちゃんと2人で出るところを見た門番から誘拐犯を見るような目を向けられたのがとてつもなく不服だったが、そこは我慢の子。

 

「あの、ノアさま? どうしてわざわざこの時間に清泉町へ?」

「それはもちろん、騎士としての務めを果たす為」

「……そう言ってまたお仕事をサボるつもりですか?」

 

 ジト目を向けてくるノエルちゃん。ふむ。今日半日一緒に過ごして、随分と俺のことを分かってきたみたいだな。

 

「いや、正真正銘ここからは騎士団の仕事だよ」

「見回り……ですか? しかし以前あの辺りの魔物はアンバーさまが退治したと聞きましたが」

「残念ながら魔物じゃないんだなぁ」

「と言いますと、宝盗団などでしょうか?」

「正解」

 

 頷くと、分かりやすくノエルちゃんの顔が強張った。

 

「あるスジから今晩、清泉町に宝盗団が襲撃を仕掛けると情報が入ってね。それを阻止する」

「そ、それは一大事じゃありませんか⁉︎なぜ騎士団に言わないんですか?」

「理由は色々あるけど、端的に言えば『みんなの生活を守る為』だな」

「どういう意味でしょう?」

 

 清泉町は主に狩人が暮らす小規模な町だ。狩人の仕事には基本的に朝から夜まで仕事などという区切りが無い。労働時間は獲物次第だ。

 だからわざわざ守りも十分なモンド城内ではなく、すぐに狩りへ出られるように校外に居を構えている。

 

「もし清泉町の人が宝盗団の襲撃に遭えばどうなる?」

「それは……モンド城内に避難するしかないかと」

「だが残念ながら、モンド城内に清泉町全員を養うリソースは無い」

「……っ⁉︎」

 

 もちろん襲撃で何人か殺されるだろうが、それは今言う必要が無い。わざわざしたくもない想像をノエルちゃんにさせるメリットなんて無いからな。

 

「だから秘密裏に俺たちで片を付ける。清泉町で暮らす連中には、今晩もいつもと同じ夜を過ごしてもらわないといけない」

 

 避難民の流入はどうしても治安の悪化を招く。

 リソースは無いと言ったが、どちらかと言えばこっちの方が重要だ。狩人なんて、血の気の多い奴らばっかりだしな。

 

「まぁ、だからさ。ノエルちゃん風に言うなら『戦場のお掃除の時間です!』ってところか」

「ノアさま……まずはノアさまの裏声をお掃除したほうがいいと思います」

「汚いってか? 汚いって言いたいんだな?」

「その……はい」

 

 なんか遠慮が無くなってきたなぁ。まぁ、これくらいの方がやりやすいか。

 

「頼りにしてるよ。君がいるなら百人力だ」

 

 文字通りの意味でな。







はい、いかがでしたか? なんだかんだで頑固なノエルちゃん。意外とノアとは相性が良かったり?

ちょっと長くなりそうだったので、前後編にしていきます。今回はメイン2人だからいいよね……?


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メイドとシスターでレッツ、カチコミ! 後編

戦闘シーン書くと長くなる……。


 ちょっと時間は遡って早朝。徹夜で飲み明かして帰宅した俺の部屋の扉には、1枚の上品な手紙が挟まっていた。

 内容は簡単。『西風大聖堂まで来るように』とのことだ。こんな事をする相手は1人しかいないので、適当に空いてる酒場からつまみを数種類テイクアウトしてから向かう。

 

「よお。待った?」

「とてもね。君はいつ来るか分からないから」

「悪い悪い。ほら、つまみ買って来たから許してくれって」

「……お酒は?」

「てっきり用意してくれてると思ったんだけど……え、ないの?」

「ハァ……甲斐性なし」

「朝っぱらから呼び出しといてその言い草はどうなんだ……」

 

 大聖堂の出入り口に1番近い椅子の隅っこに座っていたロサリアちゃんは、つまらなさそうに煙草に火をつけて吸い始めた。

 

「で、ロサリアちゃんが呼び出したってことは、また何か情報が入ったのか?」

「そんなところ」

 

 突然だが、規律違反まみれの俺が何故今まで騎士団をクビにならなかったのか。それはひとえに、彼女の協力あってのことだ。

 聖職者としてあるまじき態度とおっぱいのロサリアちゃんだが、実はアカツキワイナリーのオーナー、ディルックと並ぶほどの情報通。

 どこから得ているのか分からないが、騎士団や冒険者協会に入ってない情報を仕入れてくる。しかも、そこそこ危ない案件を。

 

「この間のアビスの魔術師の情報は助かったよ。おかげで時間外手当が貰えた」

「それでワインの1本でも買ってくるのが礼儀だと思うけど?」

「残念。我が騎士団が誇る赤色騎士2人の昼飯になっちまった」

「相変わらずの恩知らずね」

「わざわざ嫌味を言う為によんだのか?」

「まさか。私はそんなに暇じゃないわよ」

「そうだな。教会のみんなが合唱してる時に煙草を吸ったり、みんなが奉仕活動をしてる時に煙草を吸ったり、みんなが祈りを捧げている時に煙草を吸ったり、この上なくご多忙の様子だとバーバラちゃんからは聞いてるよ」

「……ふん」

 

 ちなみにそういう意味では俺も多忙だ。どうやって仕事をサボろうか、日頃から創意工夫に明け暮れている。

 だって仕事中に飲む酒が1番美味いんだから仕方ない。

 

「……本題に入るわね。君、海乱鬼(かいらぎ)って知ってるかしら?」

「知らん」

「でしょうね」

 

 じゃあ聞くなし。

 

「それなら『稲妻』は流石に分かるわね?」

「年がら年中雷が落ちまくってる鎖国中の島国だろ? 昔、璃月から船で行ったよ。辿り着く前に落雷で沈没したけど」

「よく生きてたわね……。まぁ、“海乱鬼”というのは主にその稲妻で活動している賊よ」

「宝盗団みたいなもん?」

「宝盗団は宝盗団でいるらしいけど、認識としては同じようなものね。稲妻には野伏衆って言って、鍛錬を積んだ浪人がソレに近い活動をしてるわけ。海乱鬼は野伏衆のまとめ役よ」

「はいはい。ザックリだけど海乱鬼についてはなんとなく分かった。で、そいつがここら一帯に現れたってところかな?」

「そうね。稲妻から脱獄したのか漂流して流れ着いたのかは分からないけど、今はこの辺りを根城にしていた宝盗団をまとめ上げて清泉町近くに潜伏してるらしいわ」

「それはそれは。遠路はるばるやって来たのに、大変なこった」

「集まった宝盗団の規模は40人」

「40人ッ⁉︎」

「声が大きい」

 

 バシンっと頭を引っ叩かれた。でも、俺がデカい声を出すのも無理が無いと思う。

 なにせ、宝盗団は多くても1グループに8人程度。実態がコソ泥である以上、あまり大人数で固まると足がついて活動しにくくなるからな。

 泥棒の基本はヒット&アウェイ。盗んだら即離れるが鉄則だ。

 だから騎士団の宝盗団への対策もサーチ&デストロイ。見つけ次第、即壊滅としている。

 

 だがこれは逆に言えば、その基本を覆してでも連中は何かやらかすつもりということだ。

 潜伏場所は清泉町近く。だったら考えられるのは1つしかない。

 

「……清泉町への襲撃か」

「まぁ、それが妥当なところでしょうね」

「でも、あそこ(清泉町)に住んでるのは狩人ばっかりだろ? むしろ返り討ちに遭う可能性すらあるはずだ」

「馬鹿ね。狩人が狩りをする上で1番気を付けないといけないことがなんだか、いくら頭の悪い君でも分かるでしょ?」

「……っ! あぁ、そうか」

 

 狩人が狩りをする上で1番気を付けないといけないこと———()()()()()だ。

 それはベテランであればあるほど身に染み付いているもの。狩人はほとんど本能的に武器を人には向けられない。

 

「加えて、海乱鬼は元素力も扱えるの。万が一反撃してくるならば、海乱鬼が文字通りの矢面に立つって寸法でしょうね」

「神の目持ちかよ……」

 

 稲妻の神様ってのは、とんだ節穴らしい。よくそんな小悪党を見出したな。

 

「流石にそれは俺1人じゃ無理だな。アビスの魔術師一体ならまだしも、規模がデカすぎだ」

「だから今回は私も行くわ」

「作戦でもあるのか? いくら相手が不摂生だからって副流煙で倒そうってのは無理があるぞ…熱っつ⁉︎」

 

 俺のフェロモン出まくりの二の腕に煙草を押し付けられた。皆さんご存知の根性焼き。やっぱロサリアちゃん元ヤンだろ。

 

「簡単よ。()の襲撃直前に私が奇襲する。逃げ出した連中は君が仕留める」

「作戦と呼ぶのもおこがましい程に脳筋だな」

「君が捕まえた分は騎士団に引き渡せば手柄になるでしょ?」

「出来高制ってことか……」

 

 ハァ……。俺、出来高制って嫌いなんだよなぁ。頑張らないといけないし。

 

 がっくり肩を落としていると、ガチャ。聖堂の扉が開き、誰かが入ってきた。

 モンドの朝が始まるな。

 

「———というわけ。頼んでいいかしら?」

 

 俺は了承と情報提供のお礼としてほっぺにキスをしたんだが……何故かめちゃくちゃ怒られた。

 たぶんヤニが切れたんだな。

 

 

 

 そして時刻は戻り、()()

 

 伝令係の男が砂埃だらけの小汚い格好で、大声を張り上げながら駆けていた。

 

「伝令! 伝令ぃ! 武装したメイドとシスターが殴り込みに来やがったぁ‼︎」

 

 周りにはいかにもな人相をした厳つい男たちが、地面に腰を下ろして焚き火を囲っている。

 彼らは男の言葉に一瞬キョトンとしたが、すぐにドッと笑い出した。

 

「何言ってんだおめぇ!」

「酔っ払ってんのかぁー? これから一仕事って時に飲んでんじゃねぇよ!」

「ほ、本当なんだ! 清泉町の方から仲間達を倒しながらこっちに向かって来てる! 早く応援に来てくれよぉ!」

 

 仲間達の嘲笑にも構わず、男は情けない声で縋るように声を上げる。

 その様子に茶化していた面々も、これが酔っ払いの戯言でもなければおふざけでも無いと悟ったようだ。

 しかしどうしたものかと、周囲の男たちの視線は1番奥———赤い兜を被った異質な雰囲気の男に注がれる。

 

「……全員武器を取れ」

 

 低い、地鳴りのような声だった。決して大きな声量ではなかったにも関わらず、赤兜の声は戸惑いのざわめきの中でも一人一人の耳にしっかりと届く。

 赤兜の男———海乱鬼。異国から来た武芸者にして、神の目を持つ男。

 本来ならば烏合の衆でしかない宝盗団を、己の力量のみで纏め上げた実力者だ。

 

「……案内しろ。迎え撃つ」

 

 海乱鬼は腰に太刀を佩き、兜の下から鋭い眼光を伝令係に向けた。

 ただ見られただけ。しかしそれだけで、伝令係はすくみ上がってしまう。

 もう一度、海乱鬼は周囲に視線を向ける。

 

「……二度目だ。武器を取れ」

 

 一言。それだけで今にも殺されそうな青い顔になりながら各々は武器を手にした。

 全員が武器を手にしたことを確認すると、伝令係が案内する。

 驚いたことに、殴り込みに来たというメイドはすぐそこまで迫って来ていた。

 

「あなたがここのまとめ役ですか?」

「……いかにも。我からも質問させてもらおう。これは貴様がやったのか、小娘?」

 

 海乱鬼は両手剣を握るメイドの少女、ノエルの周囲で死屍累々と倒れ伏す宝盗団に視線を巡らせながら問いただす。

 

「僭越ながら、襲って来られましたので」

「……なるほど。所詮は烏合の衆と思っておったが、その細腕に倒されるとは……これでは雀以下だ」

「あなたがどこから来たかは問いません。投降してください」

「……断る」

 

 海乱鬼の目は、ノエルを静かに見据えていた。

 ある境地にまで到達した達人は、対峙しただけで相手の力量を推し量れると言う。

 この海乱鬼は、まさしくその境地に立つ者だ。

 

「……なるほど。まさかその(よわい)にしてそれほどの実力に至っているとはな。あの落雷を掻い潜って海の外に出た甲斐があるというもの」

 

 海乱鬼の鋭い眼光が、獰猛な三日月を象った。そして太刀の鯉口を切る。

 

「……名乗れ、小娘。一人の武を極める者として、立ち合いを求む」

 

 抜刀。反った片刃は月光の煌めきをノエルに向ける。

 

「西風騎士団見習いメイド、ノエルと申します」

「……然り。その名乗り、立ち合いの合意と受け取った」

「1つ、約束をしてください」

「……聞こう」

「私があなたを倒したら、他の宝盗団の皆さんと共に大人しくお縄につくと」

「……承知した」

 

 一瞬の迷いもなく、海乱鬼は頷いた。

 それに事の成り行きを黙って見守っていた宝盗団はざわめきを立てる。いくら自分達を統率する者とはいえ、行く末まで決められることには納得いかないようだ。

 そしてざわめきが徐々に怒号へと変わろうとした時———

 

「———黙れ」

 

 ただ一言。しかしその場にいた宝盗団の全員が、首を抑えた。

 一瞬だが、確かに見えた。自分たちが斬首される幻覚を確かに見た。いや、見せられた。

 

「……貴様らの生殺与奪は我が手中にある。生かすも殺すも我の自由だ。文句があるのであれば、貴様らが抵抗すれば良いだけの話」

 

 できるのであれば、とそれだけ言うと海乱鬼は今一度ノエルを見据える。

 

「……なんだ? 言いたいことでもあるのか?」

 

 苛立ち混じりの声は、命知らずにも後ろへ寄ってきた男———伝令係に向けられたものだった。

 この場にいる誰もが、次の瞬間にも伝令係の首が飛ぶのを予想したことだろう。

 

「んじゃ、1つだけ」

 

 伝令係の男は冷や汗を流しながら、大きく息を吸い込み———

 

 

 

「———死にくされゴミカスがぁ‼︎」

「ホウッ⁉︎」

 

 背後から全力で海乱鬼の股間を蹴り上げた。

 

 

 

 

「ハーハッハッハッハ‼︎ほら〜どうしたどうした〜? 圧倒的強者感出しておいて金的1発でダウンですか〜?」

「なっ…ガッ…き、貴様……なぜ……あふんッ⁉︎」

「所詮は剣振ってるだけの脳筋おサルだな! 変装にも気付かなかったか?」

 

 伝令係の男———俺は股間を両手で抑えて膝を突く海乱鬼の兜を片手で掴み、もう一方ので奴が握っていた太刀を首に添える。

 そして抑えている手の上から何度も股間を蹴り上げて抵抗させないようにするのも忘れない。いや、別にいいんだよ? 反撃の為に手を離しても? 

 自分のタマと玉がどうなってもいいならね? 

 

「西風騎士団『廃神騎士』ノア、敵大将討ち取ったり〜! コソ泥どもぉ! 約束通り大人しくお縄につきやがれぇ!」

 

 無力化した海乱鬼の首に添えた太刀をギラギラさせながら大声で呼びかける。

 へっ、こいつは宝盗団がノエルちゃんに勝つ切り札中の切り札だからな。人質に取られれば何もできまい。

 

「て、てめぇ! それは騎士としてどうなんだよぉ!」

「何言ってんだカスども! こんな男前がお前らコソ泥の一味なわけねぇだろー? 一目見て気付かなかった自分たちのガラス玉以下なお目々を呪うんだな!」

「そんな悪人面の騎士がいるかぁ!」

「てめぇの顔は宝盗団より宝盗団なんだよ!」

「一目見て、『こいつは将来宝盗団の柱になる!』と思った俺の期待を返しやがれぇ!」

 

 これでも璃月の舞台で何度か宝盗団の役をやったからな。俺のプロ顔負けの演技力に騙されたな。

 まぁ、負け犬の遠吠えは放っておこう。

 

「さぁいけ、ノエルちゃん! こいつ(海乱鬼)の股間を蹴り続ける限りあいつらは抵抗できない! 蹂躙するんだ!」

「な、なんだか人として凄く大事なものを失いそうなのですが……」

 

 頬をほんのり染めて躊躇うノエルちゃん。

 相手は悪名高き宝盗団だ。何を躊躇う必要があると言うのだろう? 

 

(あぁそうか)

 

 ここで俺は、ノエルちゃんという人物を分かっていなかったことを自覚した。

 そうだ……ノエルちゃんは本来、暴力的なことを嫌う心優しい子だ。そんな子がたとえ宝盗団でも、無抵抗の相手を一方的に痛めつけるのは良心が痛むに違いない。

 ここは先輩として、一肌脱ぐしかないな。

 

「ごめんな、ノエルちゃん。配慮が足りなかった」

「いえ、わがままを言ってしまって申し訳ありません」

「んじゃ俺があいつらシバき倒してくるから、ノエルちゃんはこいつの股間を蹴っておいてね。ちなみに金的のコツは……」

「戦場のお掃除の時間です!」

「危ねぇ⁉︎」

 

 ここはノエルちゃんに金的祭りを任せようと思ったら、突如元素爆発を発動。彼女の持つ大剣に岩元素を纏わせて、刀身を伸ばしグルンと大きく一振り。慌てて屈む。

 俺たちを取り囲むだけ取り囲んで何もできなかった宝盗団の連中を大きく吹っ飛ばした。

 

 それからはノエルちゃんの一方的な蹂躙だった。あの子、華奢は体躯のくせしてヤバいくらいの怪力の持ち主だからな。

 本来は大男でも扱いに苦労する両手剣を軽々振って、宝盗団の連中をシバき倒してるよ。何故か顔を真っ赤にして涙目だけど、やっぱり辛いのかな。

 

「確かバーバラちゃんが仲良かったし、ノエルちゃんが好きなもの何か聞いておこう……」

 

 後輩のアフターフォローも仕事のうちだ。そんな事を思いながら、自分自身の勤労っぷりに拍手喝采が止まらない。あと海乱鬼の金的蹴りも止まらない———ぐしゃ。

 

「ぐしゃ?」

 

 なにやら海乱鬼の股間からあってはならない感触が足に伝わったんだけど……とっ⁉︎

 

(こいつ……ッ!)

 

「むん!」

 

 この野郎……股間を守るのやめて、俺の太刀を持つ方の手首を掴みやがったぞ。汚ねぇな! 

 さらに手首を捻りながらブンと投げ飛ばされる。組討術(くみうちじゅつ)だ。

 

 体を地面に強打しないように受け身を取り、即座に持っていた奴の太刀をポイ。ノエルちゃんの振るう両手剣の軌道に投げ捨てて、そのまま破壊してもらう。もし奪われた厄介極まりない。

 

「根性見せるじゃん。痛くないの?」

「……この程度の痛みで屈していては、稲妻で生きることなど到底できない」

「どんな修羅の国だよ」

 

 服の上からでも分かる赤く染まった股間はあまりに痛々しいが、俺が注目するのは奴の全身。()る気だ。

 両手を開いてこちらに向ける構えから、恐らく投げ技や関節技主体だろう。たぶん本来は太刀を持っていることが前提のもの。武器を持つ手を壊さず、さらに武器を持ったままでも使えるってのは投げや関節技の利点でもあるからな。

 

「……ここまでコケにされたのは初めてだ。騎士とは誇り高いものではないのか?」

「部屋の(ほこり)と間違えて捨てちまったよ。そんなもん」

「……度し難い」

 

 意外とお喋りなこいつに付き合う理由は無い。人質として使えなくなった時点で、宝盗団の連中がノエルちゃんに反撃を始めやがった。特に気にすることなくぶっ飛ばされてるけど。

 

 まるで氷上を滑るかのように一切の脚運びを排した一歩———活歩で一気に距離を詰める。

 そして奴の手を下から跳ね上げて懐に入り、その勢いのまま肘打ちを刺し込む———攉打頂肘(かくだちょうちゅう)

 しかし、驚異的な反射神経で半歩下がって避けられる。さすがは神の目所有者。身体能力の差は歴然か。

 

「ふうっ!」

「っと、危ない」

 

 返し技として炎を纏った両手刀が俺の肩口を狙って振り下ろされてきた。

 それが当たるより早く、足を伸ばして関節蹴り。反応されたせいで砕くまでには至らなかったが、手刀打ちのキャンセルには成功した。

 

 攻防は続く。たぶんこいつの組討術は当て身(打撃)を入れて重心を崩し、そこから投げに繋ぐタイプだな。1発でも当たれば、その時点で決着まで持ち込まれる。

 

 喉目掛けて放たれた貫手を躱し、体側(たいそく)に回り込んで肘打ち———外門頂肘(がいもんちょうちゅう)。さらに股間を打ち上げる掌底打ち。

 

(クソッ……反応がいいな)

 

 俺の知ってる神の目所有者に比べても、こいつの反応速度は早い。それに、俺の拳法が近接短打を得意とするのもバレてきてるな。

 どうも手刀や貫手、さらに足刀と距離を取った打撃技で対抗してきてやがる。

 ……だったら———ボン! 

 俺はポケットから取り出した指の間に挟まるサイズの小型爆弾を投げつけてやった。

 

「小癪なッ」

 

 海乱鬼の体勢が崩れたところに、さらに足元へ爆弾を投擲。砂埃を立てて視界を塞いでやり、背中全面を使った体当たり———鉄山靠(てつざんこう)で吹っ飛ばしてやった。

 

「……小賢しいな。絡め手ばかりで勝負を決めに来ないとは」

「いや、もういい。お前の動きは完全に理解した。次の1発で決めるよ」

 

 そもそも俺の拳法は一撃必殺のロマン拳法だからな。奴の言うようにわざわざ絡め手ばかり使ったのは、カッコよく1発で倒せるかわからなかったからだ。

 空を見上げれば、星々が光っている。()()()だ。

 

「ノエルちゃん! 俺のほう見て! 今からカッコいいことするから!」

「えぇ⁉︎ちょ、今は無理です! 彼らを逃してしまいます……ノアさま!」

 

 よそ見したのを好機と見たのか、炎元素を纏う首を刈り取る勢いの手刀で不意打ちされた。

 それはパシっと頭上に弾き、再びノエルちゃんに視線を向ける。

 

「大丈夫大丈夫! あと、もうそいつら逃してもいいよ!」

「えっ、えっ、ノアさま⁉︎えぇぇ⁉︎」

 

 俺の指示にお返事はせず、ノエルちゃんはこちらを見て素っ頓狂な声をあげてるよ。まぁ、これを初めて見るなら無理もないか。

 俺は海乱鬼を()()()()()、全ての攻撃を捌いてるんだから。

 ———聴頸(ちょうけい)。相手に触れた瞬間、次の動作を読み取る防技。これさえ使えば、こういった曲芸も可能なんだな。すごいだろう? 

 

「ぐ、ぬぅぅ……っ‼︎」

「ほら、もっと気合入れて頑張れ頑張れ。神の目持ってるんだろ?」

「舐めるなぁ‼︎」

「ノエルちゃん! 突然だけど、なんで俺が『廃神騎士』なんて呼ばれてるか知ってる?」

 

 両手を使うのも面倒になってきたので、片手で捌くことにした。奴が疲れてきたのか、俺が慣れてきたのか、これでも全然余裕だね。炎元素のせいでめちゃくちゃ熱いけど。

 

「今教えてあげるよ。そんなボンクラ共は放っておいて見てな」

「は、はい!」

「粋がるなよぉ……!」

 

 もはや子ども同然にあしらわれて怒り心頭の海乱鬼さん。おやおや、お顔が真っ赤っか! 炎元素を使うようだし、これ以上怒らせたら本当に顔から火を噴くかもな。

 ノエルちゃんが相手していた宝盗団の連中は流石に敵わないと分かって逃げ出したが、まぁ問題ないだろう。怖〜いヤニカスシスターが仕留めるはずだし。

 それより今は、後輩に良いところを見せるのが先だ。

 

「璃月で知り合った妖魔退治のショタガキが言ってたよ。『神の目は盲目的に頼ってはいけない』ってな。まったくもってその通りだ」

 

 強者を求めてモンドまで来たみたいな事を言ってたが、結局のところこいつは『神の目』に頼りきりだ。反応速度だけはピカイチだが、それだって才能の一部に過ぎない。

 

「いくら神から認められたって言ってもさ、所詮は与えられた物だろ? それを土台にした力を“実力”と呼ぶなんて、あまりにもダサい」

「だ、黙れ!」

「おっと危ない。……だからまぁ、うん。俺が『廃神騎士』って呼ばれてるのはさ、『神の目』を持つ奴らを悉くシバき倒してきたからなんだよね」

 

『神の目』は、常人には到底敵わない身体能力と元素力という権能を与える。

 でもやっぱり、その力を振るうのは神じゃない。人間だ。

 

「相手が人間なら、やりようはいくらでもあるんだよ」

「黙れ黙れ黙れ!」

 

 俺の『廃神騎士』という称号は、西風騎士団現団長ファルカから送られたもの。

 こと対人戦に於いて俺は『神の目』を凌駕する。だから『廃神』。『神の目』すら、俺の前では役立たずの廃品にまで堕ちる。

 

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇぇ‼︎」

 

 あまりにもあっさりあしらわれ過ぎて冷静さを失ったらしい。突如居合い斬りのように手刀が放たれたが、俺は敢えて踏み込みカウンターの縦拳を突き出す。

 冲捶(ちゅうすい)———基本中の基本にあたる一撃。その拳は、八方の極遠に達する威をもって敵門を打ち開く。

 

 故に、

 

「……我が八極に二の打ち要らず。一つあればこと足りる、てな」

 

 糸が切れた人形のように倒れ伏す海乱鬼へ、残心の吐気でそれだけ伝えておいた。

 

 

 

 ズルズルと人を引き摺る音だけが木霊する星空の下。俺は意識の無い宝盗団連中を5人まとめて運ぶノエルちゃんを見る。

 

「で、どうだった? これが正規騎士の仕事だけど」

 

 俺たちは清泉町の人達を守った。でも当の守った人達は、俺たちが戦ったことすら知らないだろう。

 騎士になるってことはこういうことだ。色々と面倒くさいくせに、感謝されることすらないことだってある。

 それでも君は騎士になりたいか、と。俺はアンダースローで5人まとめてぶん投げてる彼女に問い掛ける。

 

「それでも私は騎士を目指します。それに、『誰も知らない』なんてことはありませんよ」

「いやまぁ、確かに代理団長とかには報告するから事務的に労いの言葉は貰えるけどさ……」

「いいえ。違います」

 

 ノエルちゃんは首を振って否定する。その目には確かな根拠があるようだ。

 

「———私が知っています。私が見ています。ノアさまが騎士としての務めを果たす様を、私はしかと見届けました。そして……」

 

 ———ノアさまが私を見てくれていました。

 

「そうだな。うん、確かにそうだ」

「はい!」

 

 その笑顔は、きっと天上で輝くどの星々よりも綺麗で……だから。俺はずっと躊躇っていたことを告げると決めた。

 だってこんなに良い雰囲気なんだ。ここで言わなきゃ後悔するに決まってる。

 

「なぁノエルちゃん。俺と結婚しない?」

「へ? ……えぇぇぇぇぇぇ⁉︎」

 

 ノエルちゃんは一瞬キョトンと目を丸くしたが、俺の言ってる意味を咀嚼するように理解するとみるみる顔を真っ赤にしていく。

 赤くなった両頬をおさえる為に担いでいた宝盗団5人がドサっと地面に落とされた。哀れ、コソ泥共よ。

 

「な、なぜ突然そのような…っ、い、いえ! 決してノアさまがダメというわけでは……でも私には騎士になるとっ! それにそういった事はよく分からないですし⁉︎」

「落ち着け。何言ってるかまったくわからん」

 

 めちゃくちゃテンパるじゃん。そんなに不思議かな? 

 

「その……本気、なのですか?」

 

 俺から顔を背けてほっぺを抑え、右往左往していたノエルちゃんはおそるおそるといった様子できいてくる。

 流石に俺もこんな事を冗談で言ったりはしない。なのでしっかり頷こうとした———その時。

 

「愛の告白は、頼んだことをしっかりできるようになってからにしてくれないかしら?」

「ん? ……と、危ねぇ!」

 

 上から聞き覚えのある氷のように冷たい声音と一緒に宝盗団が降ってきた。飛んでくる人間って普通に凶器だからね。

 

「チッ、惜しい」

「惜しいじゃねぇよ。舌打ちをするな舌打ちを」

「メイドに告白する前に、私に謝罪するのが先なんじゃない? 解釈の違いなんて発生しようがないほど簡潔に伝えたつもりなんだけど?」

 

 足元に転がってる宝盗団の顔をよく見れば、さっきノエルちゃんから逃げた奴らだな。

 元々はロサリアちゃんがこの一味に突っ込み、俺が取り逃した奴らの残党狩りをする予定だったけど、それが俺の独断で変わったことにプンプンしてるのか? 

 それともあれか? 

 

「悪いなロサリアちゃん。俺、ロサリアちゃんのことは酒飲み仲間としか見れてなかったよ。まさか君が俺のこと好きだったなんて……」

「殺す」

 

 風切り音と共にどデカい槍が突き出された。仮にもシスターがなんでそんな危険物持ってるのかは謎だが、彼女もモンドの女だ。槍くらい持つだろう。

 とりあえず槍を躱して、追撃されない為にノエルちゃんの後ろに隠れる。

 

「やべーよノエルちゃん。この不良シスター、『あなたが私のものにならないなら、あなたを殺して私も死ぬ』みたいな展開に持ち込んできたよ」

「今のは明らかにノアさまが挑発したように見えたのですが……」

「これはツンデレってやつだぜ? なんだかんだ言って、ロサリアちゃんは俺のこと好きで好きで仕方ないんだ。ほら、メモメモ」

「え、えっと……」

「どきなさい、ノエル。その男は風神ブットバースの名の下に私が断罪するわ。地獄に落とすとも言うわね」

 

 殺意てんこ盛りのシスターと俺の間で、ノエルちゃんは見てて可哀想なくらい戸惑ってるよ。

 てかシスターが地獄に落とすとか言うな。

 

「言っておくけどノエル。そいつにあなたが守る価値なんて無いわよ」

「そんなことないだろ! 俺はノエルちゃんと結婚するまで死ぬ気はない! さぁノエルちゃん! 俺を守ってくれ!」

「その……どうしましょう……?」

「ならあなた、なんでノエルと結婚したいのか言ってみなさい」

「んなもん、ノエルちゃんなら喜んで養ってくれるからに決まってるだろ‼︎」

 

 前に代理団長から聞いたが、ノエルちゃんの幸せとは他人が幸せになることらしい。

 誰かのお手伝いをすることを至上の喜びとするノエルちゃんは明らかにダメ男製造機だ。しかも素直で純粋。こんなの、悪い虫が寄ってくるに決まってるだろう。

 だったら悪い虫が付く前に、俺が彼女とくっ付けば全てが解決する。完璧。

 

「ノエルちゃんは俺を支えられて幸せ。俺もノエルちゃんに支えられて幸せ。誰も不幸にならないこの結婚を、シスターであるロサリアちゃんが邪魔するのか?」

「なんでその考えを真顔で口にした上で私を悪者のように言えるのか、この上なく謎だわ……」

「もし邪魔をするというなら……ロサリアちゃん。俺は君を倒すよ」

 

 何故か俺の熱い決意表明と反比例するようにノエルちゃんの目が冷め切っていたが、きっと戦闘で疲れたんだろう。お疲れ様。

 

「なんかもうシスターとか風神とか関係無く、1人の女として君をぶん殴るわ。いい?」

「来いよロサリアちゃん。槍なんか捨ててかかって来い」

 

 なんだかものすごく会話が噛み合ってない気もするが、たぶんお互い戦闘後で気分が高揚してたからだろうな。

 この日、俺とロサリアちゃんは初めて戦った。普通に負けた。

 ノエルちゃんは転がってる宝盗団を1人で1箇所にまとめてくれていたよ。ありがとね。

 

 後日、何故か西風教会を中心に俺がノエルちゃんに『男の股間を蹴るように命じ、拒否したので彼女の大事なモノを奪った』という噂が立った。

 ほとんど事実なんだけど、明らかに悪意と語弊がある。しかし見事に騙された騎士団内のノエルちゃん推し共に、俺はシードル湖へと叩き落とされたが……まぁ、これは語る必要もないか。







はい、いかがでしたか? もちろんノエルちゃんにはフラれました。

『廃神騎士』という称号に関して、今回明かしたのも1つの由来であって全てではありませんので悪しからず。皆さんの考察をいつも楽しみにさせていただいております!

次回は少しオリキャラとか男性キャラを出していこうと思います。


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雑用係のとある1日

オリキャラオンリー回。


 西風騎士団本部。そのすぐそばの訓練場で俺は訓練用の槍を持った3人の部下と対峙していた。

 男が2人。女が1人。まだあどけなさが残る少年少女だが、それでも立派な正規騎士たちだ。……まぁ、立派なのは立場だけだけど。

 

「ずりーよ! 俺だってアンバーさんと一緒に飯食いたかった! てなわけで死ねぇ‼︎」

 

 最高に私怨まみれの口上で槍を突き出してくるのは、横幅が俺の倍はあるデブ———バブル。元アンバーちゃんのストーカーだ。

 なんでも街道でヒルチャールに襲われたところをアンバーちゃんに救われ、なんやかんやあって付き纏っていたらしい。俺も何度かストーカー時代のこいつをシメた記憶があるよ。バブル自身は騎士団のメンバーを“アンバーちゃん”と“それ以外”でしか見分けられないから覚えてないらしいけど。

 ちなみになんでそんな不審者が騎士団の正規騎士になれたかと言うと、モンド唯一の偵察騎士で飛行チャンピオンであるアンバーちゃんに文字通り付き纏ったから。体型に見合わず、意外にも風の翼の扱いが達者で偵察騎士の候補としてその腕前が認められたとのことだ。

 バブル曰く、ストーキングのコツは『7%の技術と3%の愛。残った90%が全て執念なんだ』とのことだ。危険人物過ぎる……。

 アンバーちゃんへのリスペクトなのか、いつも赤い服を着てるんだが……体型のせいでファデュイ先遣隊の重衛士に見える。水銃や氷銃みたいに青色だったらマジで騎士団に狩られてただろうな。

 

「僕はそれよりも、バーバラ様の頭を気安く触ってたていうのが許せませんけど…ねっ‼︎」

 

 バブルの突きに合わせて俺の側頭部目掛けて薙ぎ払ってくるのは、メガネを掛けた痩せっぽちの出っ歯———キース。

 こいつはバーバラファンクラブの会員であり、騎士団でどんな緊急事態が起ころうともバーバラちゃんの洗礼(ライブ)があればそちらを優先する、プライベート第一主義の超現代人だ。

 騎士団に入団したのも、バーバラちゃんの所属する西風教会が西風騎士団の管轄下にあるので、騎士という立場を利用してお近付きになる為。こんな危ないファンをよく入団させたなと思うが、常人よりも耳が良い上に助けを呼ぶ声がどこから上がったの正確に分かるらしい。その精度はなんとノエルちゃん並み。

 本人曰く、『バーバラ様の洗礼を高純度で授かるために肉体が進化した』とのことだ。ドルオタってすごい。

 

「でもさ、それだけやってフラグが一切立たないって逆にすごいよね!」

 

 バブルとキースの同時攻撃を捌いた俺へ、背後から槍で足払いという狡い技を仕掛けてくるのは見た目だけなら真面目清楚系の紅一点———グレイ。特技は尾行と変装。

 この美少女、俺の見立てではこの3人の中で1番ヤバい。

 

「ま、ストーカーとドルオタの言うことなんて気にすることないよ! この2人、頭の中ほとんど犯罪者じゃん!」

「んだとグレイ! テメーに言われたかねぇんだよ!」

「バブル氏に激しく同意です! グレイ氏がそれを言いますか?」

「えぇ〜! 私はただ、女の子から授乳プレイされながら女の子に授乳プレイしたいだけだもん!」

 

 この真面目清楚系、中身が完全に肉食系サイコレズだった。いや、性癖は人それぞれだから強く否定はしないけど、この女はマジで危ない。

 バブルとキースを足して2を掛けたような奴だと俺は思ってるよ。

 だってこいつ、任務中であれ美人が通りかかったら跡を付けて住所まで突き止めるし。いつ捕まる側になるか分かったもんじゃない。

 

「だぁーうるさい‼︎ゴミ、クズ、カス! 俺を囲んだ状態で喧嘩すんじゃねぇ!」

 

 とまぁ、こんな感じに人格やら勤務態度に問題のある荷物どもをまとめた西風騎士団の番外部隊———通称『掃き溜め部隊』で、俺は隊長を務めている。

 俺を含めて全員集団行動ができないあほんだらなので、特に小隊として固まって動くこともないため、こうやって月に一度は集まって戦闘訓練する日を設けているわけだが……。

 

 とはいえ、各々の得意分野は戦闘じゃない。

 バブルは偵察。キースは聞き込み全般。グレイは尾行と変装。そして俺は雑用。

 なので戦闘訓練は30分程度でパッパと切り上げ、俺たちは技術共有という名目で適当な酒場に入る。へへっ、ここの支払いは経費で落ちるからな。食べ放題に飲み放題だぜ。

 

「そういえば隊長氏。ノエル氏に告ったって本当なんですか?」

「あ、私も聞いた! しかもフラれたんでしょ!」

「いや〜上手くいくと思ったんだけどな? 俺とノエルちゃん、相性良いと思わないか?」

「だけど隊長の好みってノエルさんじゃないよな? 確か年上好きじゃなかったっけ?」

「正直浮気を許してくれる美人なら誰でもいい。お小遣いくれるなら尚良き」

「ど畜生じゃん」

「そういうバブルはどうなんだよ。アンバーちゃんと距離縮んだ?」

「なんか最近よくファデュイと間違えられて弓で射られるようになったんだが、これって脈アリってことだよな?」

「どこがだよ……」

「たぶん俺のハートを射止めようとしてるんだと思う!」

「お前の心臓(ハート)を射止めようとしてるんだろ。別の意味で脈を止める為に」

「なるほど。つまり俺のことが好きと」

「痩せてからほざきなよ! デブ!」

 

 容赦無いグレイの言葉に、しかしバブルは屈しないようだ。グレイの皿に乗っていたツマミを強奪し、まとめて口の中に放り込む。

 

「あー! 隊長今の見た⁉︎バブルが私の盗ったよ!」

「おいバブル。全部取るな。俺も欲しかったんだから」

「食べたいなら自分で注文すればいいじゃん!」

 

 俺とこいつらは一回り近く年が離れているが、それでもそういった垣根は無い。キースはデフォで敬語だが、それ以外の2人にはそういった畏まった態度もしないように言い含めている。

 理由は1つ。たぶん覚えられないから。

 

 悲しいほどにバカな部下に呆れていると、突然皿がガタガタ揺れ出した。どうやらテーブルの下で脛の蹴り合いが勃発しているようだ。

 鬱陶しいので俺が2人の脛に蹴りを入れて黙らせる。テーブルに突っ伏して痛みに悶絶しているバカ共をよそに、今度は静かに目を閉じているキースへと目を向けた。

 

「こういう揉め事を起こさない点で言えば、お前が1番手が掛からないな」

「“壁に耳あり障子に目あり”という諺が稲妻にあるそうです。誰がどこで聞いてるかわかりませんから。もしバーバラ様に僕がその2人と同類のように見られていたら、自害を選びますね」

「そもそもキースはバーバラちゃんから認知されてないだろ」

「なにを言いますか! 以前の洗礼の時、ファンサービスとしてバーバラ様は僕ら下々の者に手を振ってくださいました‼︎その時僕と目が合っていた時間が他の者よりも0.042秒も長かったのですぞ! これはもはや、認知されたと言って問題なし!」

「誤差だろその数値は……」

 

 まぁ、それでもキースは3人の中でまともな方だな。根本的なところでヘタレなので、いざバーバラちゃんを前にしたらどもりまくってたし。そこをバブルとグレイに冷やかされて珍しくキレてたっけ。

 

「オタクは妄想力たくましいよなぁ」

「ストーカーよりはマシだと思いますが?」

「バカか。認知されてない有象無象より、認知されてるストーカーの方がマシに決まってんだろ?」

「いや、ストーキングは俺に苦情がくるからやめてくれない? マジで」

 

 いや、凄いんだよ? いつもモンド中を飛び回ってるアンバーちゃんに付き纏えるって確かに凄いんだけど、やってる事が人として終わってるんだわ。

 

「本当に男ってバカだよね〜! 女の子の気持ちをまったく理解できてない! 私が女の子代表として教えてあげようか?」

「お前が女の子代表とか軽々しく言うな。世界の女の子を敵に回すぞ」

「なんでよぉ! これでも可愛いって評判なんだよ! 私の中で!」

「見た目だけならそれこそ騎士団の中でも一、ニを争えるんだろうが、中身のヤバさを自覚したほうがいいぞ」

「やっぱりさ、男ってだけでもう悪だよね」

「「「 死ね 」」」

 

 隊員全員から中指を立てられても得意げなグレイのお口は止まらない。ホントなんなのこいつ……。

 

「はぁーあ。同じ部隊に女の子欲しいなぁ」

「まず来ないだろう」

「なんでなんで⁉︎やっぱりオタクとストーカーがいる部隊は人気ないの?」

「たぶんな」

「えっ。俺この前ジン団長にそのこと聞いたら、隊長の部下になるくらいなら死を選ぶってのが大半だからって聞いたけど」

「僕も聞きましたよ。……隊長、もしかしてセクハラとかしてるんですか?」

「心外だな。そんなのするわけないだろ」

 

 これでも騎士として最低限のラインは弁えてるつもりだ。俺がセクハラをするのは代理団長だけさ。

 

「でも私、隊長のことカッコいいって言ってる人知ってるよ」

「お、マジで? 誰だれ?」

「スクロースが言ってた。あと最近酒場で仲良くなったヴィオラも!」

 

 ヴィオラちゃんはともかく、スクロースちゃんなら俺も知ってる。錬金術師の眼鏡っ子だ。確か専門分野は『生物錬金』という、生物の“改造”に主眼を置いた研究をしてたっけ。

 詳しいことは分からんが、一応騎士団所属なのでたまに雑用を頼まれることがある。

 

「意外なところが来たな。あの子人見知りっぽいから、あんまり会話らしい会話したことなかったんだけどなぁ」

「なんかね、眼鏡外して100mくらい遠目から見たらカッコいいって言ってたよ!」

「あの眼鏡っ子……持ってる眼鏡のレンズ、右側だけ全部抜いたろうかな」

「ひどいよね。だから私ね、スクロースに言ってやったんだ」

 

 ……なんだ。良いところあるじゃんか。ただの肉食系サイコレズだと思ってたが、案外こいつも隊長である俺を慕ってくれてるのかもな。ちょっと感動。

 

「———隊長は300mくらい遠目じゃないとカッコよくない!って」

 

 こいつに期待した俺がバカだったわ。

 

「ほらよグレイ、あーんしろ。食べさせてやるから」

「えへへ〜私のフォロー完璧だったでしょ? ついでに肩も揉んで…もごっ⁉︎ちょっ! 入んない入んない! 私の口、そんな量のおつまみ入んないよ‼︎」

「まだまだいけるって。ほら、あーん」

「むぐうううう! ふぐううううううう!」

「おっと酒が足りないか?」

「ごぼごぼごぼごぼ⁉︎」

 

 酒瓶を直接口に突っ込んで飲ませてやる俺、超優しい。女の子と授乳プレイしたいとか言ってたし、ちょうどいいだろう。

 おっぱいも酒瓶も大して変わらん。俺どっちも好きだし。

 

「お前らがツマミばっかり食うから無くなっちまったよ」

「明らかにグレイばかりが食べてるように見えましたよ?」

「食い意地張ってるな」

「しかも本人は文字通り酒に溺れてて気づいてねぇな」

「品性のかけらもない」

 

 男の味方はやっぱり男。瓶で口を塞いでるのをいい事に、俺たち3人はグレイを総口撃だ。

 

「んっっっぐ! ひどい! なんで私にばっかりイジワルするのさ! もうそんな事言う隊長には、ヴィオラのこと紹介してあげないからね!」

「しかし容姿端麗なお前には、少し欠点があった方が親しみやすいよな。俺は好きだぜ、そういうところ」

「えぇ〜もう隊長褒めすぎだよぉ〜! もしかして私のこと狙ってる? このケ・ダ・モ・ノ♡」

 

 脳みそゲテモノの美少女は悪戯っ子な笑みで俺の頬をツン。……法律無かったら殺してところだが、ここはヴィオラちゃんとの繋ぎの為にグッと我慢だ。

 ヴィオラちゃんと知り合いになったらこいつはシードル湖に投棄しよう。うんそうしよう。

 

「で、ヴィオラちゃんってどんな子なんだ?」

「ん〜? 普段は酒場で働いてるんだけど、聞き上手で気分良くおしゃべりさせてくれるタイプだよ。おっとり系っていうよりは、さっぱり系の性格かな」

「なるほど。おっぱいはでかいか?」

「でかい! 96はあるってさ」

「素晴らしい! えらいぞグレイ。あとで『鹿狩り』のテイクアウトを奢ってやるよ」

「それも嬉しいけど、私も女の子紹介してほしいな〜。モンドの子は最近飽きてきたから璃月の子がいい!」

 

 なんか最高にゲスい発言が聞こえたが、まぁいいや。ここはギブ&テイクだな。

 

「璃月か。しばらく行ってないし、まとまった休みが取れたら行こうと思ってたんだよなぁ。その時一緒に来るか?」

「隊長と2人っきりか……ちょっと怖いな」

「安心しろ。たとえ世界で女がお前だけになったとしても、絶対に手を出さない自信がある」

 

 俺の断言に、バブルとキースもうんうんと頷いてくれた。

 容姿こそ平均を大きく上回っているが、それ以外が大きく下回っているので、どうしても女として見れない。というかグレイを女として見たら、それは男としての敗北だというのが俺たち3人の共通認識だ。

 

「それはそれでちょっと不満かも…。いや、私も男に触られるとか絶対無理だからいいんだけどさ」

「で、どんな子がいいんだ?」

「う〜ん……おとなしい子! おとなしめのお姉さんタイプがいい!」

「おとなしめのお姉さんタイプ……あぁ、いたな。山小屋で一人暮らししてる子だ」

 

 まぁ、“普段は”という注釈こそ付くが、あのちょっとボンヤリした鶴みたいな子なら条件にもピッタリだな。

 育ての親であるマジもんの鶴に挨拶くらいはしとかなきゃならんが。

 

「さすが隊長! 私、女の子紹介してくれる時の隊長だけは大好きだよ!」

「はは、よせよ。それよりこれからヴィオラちゃんのところに案内してくれ」

「わお! 隊長、手が早〜い!」

「たりめーだろ。———バブルとキースはどうする? お前らの自慢の隊長がモテモテのところ見ていくか?」

「俺はパス。明日も朝からアンバーさんに付き纏わないといけないねぇし」

「右に同じく。僕はこれからファンクラブでミーティングがあるので、ここでお暇させていただきますよ」

 

 ちぇ、つれないなぁ。巨乳侍らしてウハウハなところを見せびらかしたかったのに。

 

「了解。んじゃ、とりあえず店出るか。注文したのに来てない物とかないよな?」

「「「 なーし! 」」」

 

 元気なお返事で大変よろしい。

 しっかり騎士団名義で領収書を切った俺たちは、その酒場を後にした。

 

 

 

 

 酒場の前でバブルとキースとは別れ、俺はグレイにヴィオラちゃんの元へと案内してもらうことに。

 

「隊長ご機嫌だね〜」

「そりゃあな。なぁ、髪型とか変じゃないよな? あっ、髭くらい剃ってくれば良かった……」

「素の姿が1番だよ! …あ、ここだよ!」

 

 どうやら今の時間、ヴィオラちゃんは仕事中らしい。なので今回は客としてお邪魔する形になる。

 まぁ、プライベートの付き合いに行くまでは段階を踏まないとだしな。

 この店は指名した店員が卓に着いてくれて、そこでおしゃべりしながら酒を飲めるというのが売りなんだそうだ。

 そういうのって色々トラブルがありそうだけど……その時は俺が守ってやればいいか。

 

 さっき飲んだ酒が回ってるのか、グレイが元気いっぱいに店の扉を開ける。

 

「おっ邪魔しま〜す! ヴィオラ〜! 私んとこの隊長連れて来たよ〜!」

 

 店は敢えてそうしてるのか、うっすらと暗い。ちょっといかがわしい雰囲気なのはアレだが、心の距離を縮めるには悪くないか。

 

「えぇ⁉︎ちょっとやだ! もうグレイったら、来るなら事前に言ってヨ!」

 

 グレイの視線の先、カウンターの奥から扇情的なドレスを纏ったヴィオラちゃんと思しき人が嬉し恥ずかしな様子で出迎えてくれる。

 

「あの…ちゃんと会うのは初めましてですよネ……?」

 

 短いスカートからハイヒールまで伸びる足のラインが美しい。

 グレイからはおっぱいがデカいとしか聞いてなかったが、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 そして何より目を引くのは、大きく開かれた胸元から覗く谷間。ふむ……これは見事な96のおっぱい———もとい、はち切れそうな大胸筋。

 

「ヴィオラです。……だけど、隊長さんには本名の方で呼んでほしいから、特別に本名教えちゃうネ?」

 

 ヴィオラちゃんは嬉しそうに俺の耳へ顔を寄せて、

 

「……アンドリューって言うの。よ・ろ・し・く♡」

 

 最後にフゥと息を吹き掛けてきた。

 

「いや〜今日も筋肉キレてるね! ヴィオラ、ナイスバルク!」

「もー! 隊長さんの前でやめてよぉ〜」

 

 そう言いながらもヴィオラちゃん改めアンドリューは手慣れた様子でポージング———サイドチェストと言うらしい。

 既に店の中にいた客からは歓声が上がる。

 

「……おいグレイ。なんだこの人外魔境は」

「へ? マッスルオカマバーだよ? ヴィオラはここのナンバーワン」

「ちなみに聞くが、何がナンバーワンなんだ?」

「それはもちろんおっぱいが。ほら見てよ、大胸筋が歩いてる」

「最近は上腕三頭筋にも力を入れてるのヨ! 2つの意味デ」

「……あ、はい」

 

 それから俺はアンドリューの筋肉を特等席で見せつけられながら酒を飲むという、あまりにも理解し難い状況に陥ったんだが……うん、意外にも初めてのオカマバーは楽しかった。ナイスバルク。







はい、いかがでしたか?ちょっとした羽休みでした。……え、男性キャラが出てこなかった?あのカオス空間にぶち込むのは無理です(断言)

今回出てきた部下3人組は、話に絡むので名前だけでも覚えてあげてください。
赤色デブのストーカー———バブル。
ガリガリ眼鏡のバーバラファン———キース。
頭おかしい筆頭の美少女レズ———グレイ。

ちなみにグレイを書いてる時が1番筆が乗りました。


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図書と責任とバーベキュー

リサちゃん回。この子、マジで難しすぎる。


 場所はお馴染み西風騎士団団長室。

 そこでクレーちゃん、俺、バブル、キース、グレイは並んで代理団長からお説教を受けていた。

 

「ごめんなさいジン団長!」

「「「 隊長に命令されました 」」」

「この部下どもに頼まれました」

 

 ちゃんと謝れる幼女に反して、社会人組は罪をなすりつけ合う。なんと醜い。

 

「「「「 …………っ 」」」」

 

 そして胸ぐらを掴み合う俺たち。掴み合うって言ってもクレーちゃんを除いた3対1だけど。もちろん俺は1の方。

 なんだこいつら。“部下の手柄は上司の手柄。上司のミスは部下のミス”という言葉を知らないのか? 

 

「ひどいよ隊長! 誘ったの隊長じゃん!」

 

 3人を代表してグレイが抗議の声を上げる。チッ、クレーちゃんの手前、生物学的には女のこいつを殴るわけにはいかない。無駄な知恵を回しやがって。

 

「それに私が隊に配属した時、『どんな失敗も俺が庇ってやる』って言ってくれたじゃん!」

「それはお前が可愛い顔してたからツバ付けとこうと思っただけだよ。蓋を開けてみたら中身がとんでもねぇゲテモノじゃねえか。詐欺だろこんなの」

「詐欺はこっちのセリフだよ! あの時はチョロいのが隊長になってラッキーって思ったのに!」

 

 一切反省することなく白熱する責任の押し付け合いは、代理団長の冷え切った一言で強制的に幕を閉じた。

 

「お前らはどうして怒られているか、本当に分かっているのか?」

「「「「 はい! 」」」」

「何故返事だけはそんなに良いんだ……?」

 

 何を言ってるんだ代理団長。返事は社会人の基本だろ。

 

 そこに、コンコンと団長室の扉がノックされる。代理団長に来客だな。…ということは、この長いお説教も終わりだ。やったぜ。

 

「失礼。ジン、少し図書館の蔵書について話したいことが……あら?」

「あっ! リサおば……」

「リサさん! こんにちは!」

 

 入ってきたのは西風騎士団の図書館司書を務める魔性のセクシーストッキングこと、リサ・ミンツちゃん。昔はスメール教令院という頭良さそうな学校で天才と持て囃され、大体なんでも知ってる凄い人だ。

 クレーちゃんがおばさん呼ばわりしそうになったが、実際おばさんということはない。詳しい年齢を聞こうとすると文字通り雷が落ちるの知らんけど。たぶんジン代理団長と同年代だろうな。

 

 それはそうとグレイ、ナイスカバー。リサちゃんに一瞬睨まれたクレーちゃんはめちゃくちゃ怯えてるけど、もし『おばさん』と言い切っていたら俺たち全員地獄を見ていたところだったよ。

 

「もしかしてお邪魔だったかしら?」

「いやいやいやいや! どうぞ座ってください、リサ女史」

「もしよろしければお茶淹れてきますぜ?」

「あ、椅子が無いね! 私で良ければ椅子になるよ!」

 

 救いの手を逃すものかと、部下3人は見事な連携でリサちゃんを団長室に留めることに成功。我が部下ながら、自己保身という面で見れば騎士団の中でもトップクラスの実力を持つと言っても過言ではない。まあ、俺には敵わないがな。

 

「えっと……わたくし、ここにいてもいいのかしら?」

「言っておくが、リサが私を窘めてくれると思ったら大間違いだからな。彼女はそういった面倒事を嫌うことを知らないわけではないだろう?」

「聞いてくれよリサちゃん。代理団長がひどいんだ」

「私を悪者にしようとするな!」

「でも俺はただ……クレーちゃんがひもじい想いをしてるんじゃないかと思ってやっただけですよ。言っちまえば、そう! 奉仕の精神!」

「お前に1番似合わない言葉が出てきたな」

 

 仮にも騎士団に所属してるのだから、最低限の奉仕の精神は持ち合わせているつもりなんだけどな。使うかどうかは別として。

 俺はクレーちゃんの背後に回り、肩に手を置いて弁護することに。

 

「だって可哀想だろ! 朝から晩まで反省室に監禁され、1日の自由を奪われる。あまつさえ、反省文を書かせるなんていう労働を科す! そんな非道を、あんたはこんな小さな子に強いるのか!」

「ひ、人聞きの悪い言い方をするな! そもそもクレーが性懲りも無く湖で爆弾を使わなければ反省室に入れられることもないんだ」

「3日連続で反省室にぶち込まれたら反省くらいできるだろ」

「反省できていないから3日連続で反省室に入る羽目になっているんだ」

「それでもクレーちゃんくらいの年頃にとって、外での活動は成長に不可欠だ」

「それに関してはその通りだと思う。だから今日は昼には出て良いと言っておいた」

「だが、それだとお腹を空かしているだろ? すぐにでも何か食べたいはずだ」

「まぁ、そうだろうな」

「だったら! ———反省室でバーベキューすることの何がダメだって言うんだ!」

 

 俺たち5人が怒られている理由がこれだ。

 

 最初は単純に、反省室の掃除をすることから始まった。いつもの雑用だな。

 掃除のため反省室に入ったら、いたのは案の定クレーちゃん。本日の反省はお昼で終わりだと言うので相手をしてあげていた。掃除は後でノエルちゃんに頼めば人知れずやってくれるし。

 そして時間になったので、2人で昼飯でも食べに行こうということになったのだが、ここで俺に問題が起きたわけだ。

 

『あ、焼きたての肉超食いてぇ』

 

 そういう時、あるよね。

 もちろん鹿狩りに行けば肉料理はある。しかし、この時間は昼時とあってめちゃくちゃ混んでることだろう。だいぶ待たされる。

 ならばと、俺の天才的な頭脳は閃いた。“頼めないなら、自分で焼けばいいじゃない”と。

 しかし、ここでまた別の問題が発生した。

 

 モンドの建築物は岩作りだが、支柱部分は木製だ。その上年がら年中風が吹いてるので、屋外での火の扱いには少々面倒な手続きがある。

 

 ならば簡単だ。屋外で焼けないなら、屋内で焼けばいい。

 

「だから反省室でやったと?」

「イエス! いや、迷ったよ? 団長室か図書館か反省室か、どこで焼こうかなって。んで、結局1番人が来なさそうな反省室に決めたってわけだ」

「お前は……っ」

「そんなに怒らないでくださいよ〜」

「すぅ…はぁ……。わかった。じゃあお前は次からどうするんだ?」

 

 深呼吸で落ち着きを取り戻した代理団長は、まるで幼い子どもに反省を促すような尋ね方をしてくるよ。忘れてるかもだけど、俺あんたより年上よ? 

 とはいえ、あまりここで長話をしても仕方ないしな。今回の反省点を告げて、このお説教は終わりにしてもらうとするか。

 

「次からはちゃんと代理団長も誘うよ。だから機嫌直してくれって。な?」

 

 代理団長からブチッという何かが切れる音がした直後から、何故か俺の記憶は飛んだ。

 

 

 

 

「で、俺はあと半日、リサちゃんのお手伝いをすることになったと?」

「あなたならわざわざ教える必要もないから」

 

 気付いたら図書館にいた。うん、マジで記憶ないわ。

 左頬に鈍い痛みがあるところから、たぶん代理団長にぶん殴られたね。最近彼女の俺に対する暴力がどんどん容赦無くなってる気がするよ。

 

「クレーちゃん達は?」

「反省室の掃除よ。煙たいわ焼いたお肉の匂いがついてるわでどうしようもなくなってたもの」

「まだ肉余ってたんだけどなぁ……」

 

 あの連中のことだ。どうせ最後は自分たちが掃除するんだから、余ってる肉も全部焼いちまおうってことで懲りずにバーベキュー再開してるだろう。チッ、肉買ったの俺なのに。

 

「まぁ、過ぎたことはしゃーないか。んで、俺は何すればいいんだ? また返却期限が過ぎた本の回収か?」

 

 図書館司書のリサちゃんの仕事は多岐にわたる。

 蔵書の管理はもちろん、本の貸し借りに関する手続きや彼女の知識を求めて訪れた客の相手、さらには昼寝にアフタヌーンティー。最後の2つは仕事じゃないかもしれないが、これを邪魔するとブチギレるのでその認識でいた方が安全だ。美人がキレると怖いからな。

 ちなみに俺が挙げた返却期限が過ぎた本の回収は、以前にも頼まれたことがある。

 リサちゃんは面倒くさがりなので、極力仕事は図書館から出ずに済ませたいらしいが、これに関してはどうしても借りた本人の元に出向かないといけないからな。それに対して、生まれも育ちもモンドの俺は本を借りた人間の名前さえ教えてもらえればある程度どこにいるか察しがつくので、重宝されてるってわけだ。

 

「借りたもんを返さないって最低だよな」

「あなたに貸したお金の返済期限はとうに過ぎてるのだけど?」

「過ぎたことをあーだこーだ言うのは良くないぞ?」」

「都合の良いこと。……あぁ、あと今は返却期限切れの本は無いから安心なさい」

「なんだ残念。本の延滞を理由に借金減らせるのに」

「……それ、普通に公私混同なのだけど?」

「借りたもん返さない奴が悪い」

「鏡って知ってるかしら?」

 

 俺が毎日30分は見惚れてるもんだな。

 

「で、本の取り立てが無いなら俺は一体何をすればいいんだ?」

「新しく蔵書しようと思っているリストの記入を頼もうと思っていたの。書き出すのが面倒なのよね、あれ」

「あー確かにな。書式とか無駄に凝り固まってるし。何冊くらいあるの?」

「約400冊」

「そっか。また今度な」

 

 図書館を後にしようとドアノブを掴むと———バチィ! 髪が逆立つほどの静電気が奔る。

 

「次逃げようとしたらショック死させるわよ」

「手伝い断っただけで命の危機⁉︎」

「大丈夫。もれなく蘇生もセットで付いてくるから」

「じゃあ最初から殺さないでほしいんだけど……」

「はい?」

「なんでもないです!」

 

 大人しそうに見えても、やっぱりリサちゃんも騎士団の一員。

 暴力を背景にした交渉の上手なこと。一応俺、君の先輩なんだけどなぁ……。

 でもこういうタイプが怒らせると1番怖いし、素直に言うこと聞いとくか。

 

 蔵書予定の本をリストに書き込むというのは以前からちょいちょい請け負っている。といっても、多くても大体20冊程度だったけどな。

 俺はリサちゃんの執務机に椅子を持って来て、彼女と向かい合うように座る。そこには既に専用の用紙とペン、あと簡素なアフタヌーンティーセットが置かれていた。

 

「んで、なんでまたそんなに本を増やすんだよ」

 

 リサちゃんのなんとも言えない美声が紡ぐ本のタイトルを用紙に書き込みながら、邪魔にならないタイミングで質問。

 流石に一気に400冊は異常すぎるからな。ちなみにタイトルを言うリサちゃんは本を読んでいるが、それはまた別物らしい。

 視線を手元の本に固定したまま、リサちゃんは言う。

 

「可愛い子ちゃんのことは知ってるかしら?」

「可愛い子ちゃん? ……あぁ、『栄誉騎士』か」

「そう。あの子記憶が無いみたいだし、この世界のことをもっと知れれば旅の助けになるかなって思ったのよ」

「リサちゃんが教えてやればいいじゃん」

「それも魅力的だけど、どうしても時間がかかるから。それなら空いた時間に本で情報を得られた方がお互い楽でしょ? 幸い可愛い子ちゃんは旅人だから時間はたっぷりあるわけだもの」

「……意外だな。リサちゃんがただの一個人にそこまで肩入れするなんて」

 

 実を言うと、なんでリサちゃんが騎士団に入ったのか俺は理解出来ていない。代理団長やエウルアちゃんとはお茶会はするみたいだし、なんだかんだでアンバーちゃんやクレーちゃんみたいな後輩の面倒見もいいけど、彼女は根本的に他人に興味が無いように見えるんだ。

 まぁ、天才なんて大体そんなもんだろうけどさ。

 

「……そうね。なんでかしら」

「あ、自分でも分かってないんだ。ならいいや」

「あら、自分から聞いたのに?」

「天才のリサちゃんが自分でも分かっていないことを無理に聞こうとしたら、絶対に面倒じゃん。面倒は嫌だろ?」

「おっしゃる通り」

 

 ペラリと読んでいる本のページを捲りながら、リサちゃんはふと壁掛け時計に目をやった。

 

「そろそろアフタヌーンティーの時間ね」

「いや、さっきからずっと飲んでただろ」

「あれは読書のお供。アフタヌーンティーとは別物よ」

「あっそ」

「…………」

「なんだよ」

 

 会話してる時は一切こちらに向いていなかった若竹色の瞳が、今はじっと俺の顔を捉えていた。たぶん俺の顔に見惚れているんだろう。モテる男は辛いぜ。

 

「淹れてきてくれないかしら。わたくし、本の続きが気になってしまって」

 

 違った。普通にパシらせようとしてるだけだったわ。

 

「リサちゃんが淹れた方が美味いんじゃないか?」

「それはそうかもしれないけれど、せっかく使えるものがあるなら使わないと」

「悪いな。俺は美人の顔を見るのに忙しい」

「それってわたくしのことかしら?」

「もちろん。瞬きするのすら億劫になるほどだよ」

「なら、ティータイム中はわたくしを見ていて構わないわ」

 

 面倒くさがりが2人揃うと、当然ながらこういった相手を使い走りにしようとする舌戦が勃発する。

 お互い相手に気を遣っているようで、実際のところ意地でも相手にお茶を淹れさせようとしているわけだ。

 しかし、頭の回転で俺がリサちゃんに勝てる道理は無く……俺は笑顔で手を振るリサちゃんに見送られて騎士団本部の厨房に向かう羽目になった。……このまま逃げちゃおうかな。

 

 

 

「ほら、お待たせ」

「あら? これって……チャイ?」

 

 執務机に置かれたティーカップから漂う香りに、リサちゃんは思わずといった様子で本から顔を上げた。

 

「正確には“チャイもどき”だな。ミルクティーにそれっぽい香辛料を振りかけただけだよ」

「ふふ……懐かしいわね。でもどうしてチャイなの?」

「スメールだとよく飲まれるってどっかで聞いてな。それに、俺にとってもこれは思い出の味なんだよ」

「あなたの思い出の味……?」

「璃月のな。あっちで暮らし始めたばかりの時は、香辛料に慣れなくて毎日腹壊しててさ。それを見かねたのか、世話になってた飯屋の店主が腹を慣らすために作ってくれたのがコレなんだ」

 

 元気かなぁ、卯師匠とその娘さん。特に娘さんの方は食材を求めてたまにモンドの近くまで来るって言うし、機会があれば会いたいな。

 

「スメールの飲み物が、モンド育ちのあなたを璃月の食文化に馴染ませたのね」

「そう聞くと奇妙な縁にも思えるな」

「味の保証は?」

「ここに持ってくる前に代理団長とクレーちゃんで実験したから大丈夫なはず」

 

 加えてバカ3人にも淹れてやったが、あいつらは胃に入ればなんでも良いのでコメントには期待していない。

 

「璃月で思い出したんだけど、1つ聞いてもいいかな?」

「わたくしに答えられることであれば。ただ、璃月に関してはあなたの方が詳しいと思うのだけど」

「いや、璃月についてじゃないよ。俺自身のことなんだけど———」

 

 

 

 

 ———()()()()()()()()()()()()()()()? ()

 

 

 

 

「…………」

 

 リサちゃんは答えない。ただ無表情のまま、その知性溢れる瞳で俺を射抜くのみ。

 

 いやまぁ、奇妙な質問をしてる自覚はあるよ。なんで俺自身のことを、同僚とはいえ赤の他人であるリサちゃんに聞いてるのか。

 でも、リサちゃんはなんでも知ってる人だからな。この機会に、ずっと気になっていたことを解決しておきたい。

 

 図書館の静寂だけが無言の間を埋める中、リサちゃんは瞬きを1つ。それは葛藤を掃いて捨てたかのように見えた。

 

「それは、わたくしが答えないといけないことかしら?」

「誰も教えてくれないんだよ。代理団長も、ディルックも、ガイアもな」

「ならそれが答えなのではなくて? 教えないのか、教えられないのか。どちらなのかは、流石のあなたにも見当が付いているでしょう?」

 

 璃月での生活は覚えている。老舗が幅を利かせる璃月の飲食業界で、新進気鋭として名高い万民堂で住み込みで働きながら劇団で手伝いをして生活費を稼ぎ、空いた時間は万民堂の娘さんと一緒に武術の修行をする。

 娘さんの武術の師匠が璃月では顔が広いことから、その縁で多くの人と知り合った。

 怠惰を嫌うお偉いさんからは当然嫌われ、その秘書からは何故か残業に付き合わされ、その賃金に関して揉めた為に法律家に相談し、最終的に葬儀屋の手伝いまでさせられた。

 忙しくも充実した毎日だったし、なんだかんだで楽しかったさ。

 

 ……でも、そもそもどうして西風騎士団の俺が長期間もモンドを離れて璃月でそんな生活を送っていたのか。

 その原因が、不思議と記憶の中には見当たらないんだ。

 

「たぶん教えられないんだろうっていうのは察しがついてるよ。この質問をすると、みんな同情するような顔をするしな」

「…………」

「そう。ちょうど今のリサちゃんみたいに」

「……ごめんなさい」

「謝ることじゃないさ」

 

 モンドにおいて、騎士団の地位はそれなりに高い。それはノエルちゃんのような見習いや、クレーちゃんみたいな幼女でも同じ。

 なにより、今モンドに残っているメンバーの中では比較的古参にあたる俺なんかは、やろうと思えばかなりの融通を利かせられる。やらんけど。

 

 そんな俺がわりと本気で探ってもわからないということは、知らない方がいいことなんだろうな。だったらこれ以上探るのは、リサちゃんにとっても迷惑だろうし。

 璃月のお転婆も言ってたっけな。『知らない方がいいことは、知らない方がいい』って。

 

「よし! さっさと片付けちまおうぜ。あと何冊だっけ?」

「256冊ね」

「もう明日でいい?」

「ダメよ。引き受けた以上、責任を持って終わらせなさい」

「俺、『責任』って言葉きら〜い」

「奇遇ね。わたくしもよ。責任と面倒は同意義語だもの」

「今更ながら、面倒を人に押し付けるのはどうかと思うぜ?」

「わたくしもこう見えて忙しいのよ」

「無責任な」

「あら? 責任って言葉が嫌いなんじゃなかったかしら?」

「人に言うのは好きなんだよ」

「最悪ね」

「お互い様じゃい」

 

 軽口を叩きながら、俺たちは小さく笑みを交わし合う。

 人に言えないことは誰にだってある。それを隠すことを一方的に不誠実だと断言はしないし、開示するように強要するつもりもない。

 リサちゃんからすれば秘密を知ると言うことは相手の面倒に踏み込むことだからってものもあるんだろうけど、それだけじゃないってのはなんとなく分かるよ。そんな彼女の回り道な優しさが、今は心地良い。

 

 と、いつもミステリアスはヴェールで本心を隠してるリサちゃんのことをほんの少し知れたことに優越感を感じていると———バァン! 

 図書館の扉が乱暴に開ける音が、優美なリサちゃんの額に青筋を生み出した。チッ、せっかく良い雰囲気たったのに……って、あれ? なんか変な匂いすんぞ? 

 

「大変だよ隊長! クレーの爆弾がバーベキューになって反省室がどかーんしちゃったぁ‼︎」

「何言ってるかまったく分からんがその状況に俺を引き込んで責任取らせようって言うのは分かったぞグレイ!」

「私達は急いで消火活動するから、責任はよろしくね!」

 

 それだけ言い残して、グレイはあせあせとバケツ片手に厨房へと向かっていった。

 どうやら扉を開けた瞬間から漂ってきていた異臭は、反省室がバーベキューされてる香りらしい。やっべぇ……。

 

 

 後日。俺たち番外部隊とクレーちゃんは半焼した反省室にぶち込まれ、復旧作業に勤しむのであった。







はい、いかがでしたか?少しだけノアの過去に触れました。リサちゃんメイン回はだいぶ難しい。

今後もリサちゃんは物語の導入としてちょいちょい登場する予定です。


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後輩で上司の彼女とピザを食む

はい、ジン回です。
ちなみに初めて当たった星5キャラだったりします。


「改めてルールの確認をしておこうか」

 

 訓練用に何振りも置いてある片手剣サイズの木剣を持った代理団長がよく通る声で告げてくる。

 場所は騎士団本部に併設された訓練場。普段通り仕事着の代理団長に反して、俺は肩当てや胸当てなど動きを妨げないよう最低限の防具を身に付けて訓練用の槍片手に対峙していた。

 

 事の発端は、数日前まで遡る。

 

 

 

「代理団長が何だって?」

 

 バカ、アホ、ボケ共がボンバーした焦げ臭い反省室を修繕している俺のところに、リサちゃんとバーバラちゃんが一緒にやってきた。

 ちなみにバーバラちゃんはまだ小さい頃、リサちゃんが面倒を見ていた時期があったので、この2人が並んでいるのは珍しいことであっても不思議じゃない。俺も何度か図書館でその様子見たことあるし。

 

「過労で倒れたの」

「そっか。まぁ、いつかそうなるとは思ってたけど」

「ノアさん、気付いてたの…?」

 

 非難するような視線を送ってくるバーバラちゃんに、俺は誤解だよと手のひらを前にして制する。

 

「騎士団にいたら誰だって分かるさ。むしろ今まで倒れなかったのが不思議なくらいだよ」

「それなら……!」

「はいそこまでよ、バーバラ。今日はノアを責め立てにきたわけではないでしょう?」

「う、うん……」

「その様子だと、原因は分かってるのか?」

 

 あれでも代理団長としての責務を全うするため、体調管理は怠っていなかった筈だ。それが今になってというのは、確かに気になるな。

 

「原因はあなたよ」

「……俺? なんで?」

「あなた、ノエルに結婚申し込んだでしょう?」

「やっぱりあの噂本当だったんだ……」

「そしてノエルの熱心なファンはノアを亡き者にしようと躍起になってるわね」

「知ってるよ。あれから何度シードル湖に落とされたことか…。ひどい話だよまったく」

「そうね。シードル湖はゴミ捨て場じゃないのに。水が汚れたらどうするのよ」

「今サラッと俺のことゴミ扱いしなかった? ねぇ?」

「わたくし、思ったのよ。騎士団の面倒事って大体あなたが原因だな…って」

「それは申し訳ないと思ってるけどさぁ」

「だからこれも良い機会かな、って」

 

 面倒事を排除する為なら手段を選ばないところ、流石っす。

 

「まぁ、とりあえず用心するよ。それで、俺がノエルちゃんにプロポーズしたことと代理団長の過労に何の関係があるんだ?」

「ノエルにとって、ジンとあなたはワンセットみたいな考え方をしていたみたいなのよ。だからジンとのコミュニュケーションもなんだかギクシャクしちゃって仕事が回らないのよ」

「……それって俺が悪いの?」

「どちらかと言うと、あなたを悪者にすれば丸く収まるってことね」

「聞いたかいバーバラちゃん? これが大人の世界だよ」

 

 誰かを悪者にしなければ物事の終止符を打てないとは。いつから人はこんなにも愚かしい存在になってしまったのか。

 俺は人類の足跡を嘆きながら傍らの酒を呷る。この状況で酒を飲む俺にバーバラちゃんはドン引きしているが、反省室の修繕なんて飲まなきゃやってられんのよ。

 

「で、でね? ここからが本題なんだけど、一応ジンを触診してみたらその……お尻の筋肉が固まっててね。最近はデスクワークばかりだったんじゃないかって思ったの」

「ふむ……最近デスクワークが増える出来事なんてあったっけ?」

「反省室半焼事件。清泉町の海乱鬼と宝盗団大量捕縛。あとは騎士団の1人が無意味に時間外労働するせいで発生した特別手当の書類。それと……」

 

 意地悪くリサちゃんが指折り数えて挙げる事件って、全部俺が関わってるやつじゃん。

 

「わ、わかった、わかったよ。つまりデスクワークを手伝えっていうお願いだな?」

「そんなことしたら余計に仕事が増えるでしょう。そっちの仕事は不本意ながらわたくしが引き継ぐから、あなたはあなたの出来ることをやりなさい」

 

 俺に出来ること……? 

 デスクワークで疲れた代理団長。お尻の筋肉が固まった可哀想な代理団長。そんな彼女に対して俺が出来ること……あぁ、なるほどね。

 

「つまり———代理団長のケツを揉めと?」

「なんでそうなるの⁉︎」

「ケツのマッサージしろってことだろ? 指圧マッサージは璃月で一通り学んだから安心していいよ。代理団長のケツは俺に任せろ」

「お姉ッ……ジンのケツを触るのはいくらノアさんでもダメだよ!」

「おいおいバーバラちゃん。仮にもアイドルが『ケツ』とか言うのはまずいだろ」

「〜〜〜っ!」

 

 白い頬を真っ赤にさせてパクパクする我らがモンドのアイドル。

 まぁ、この子も年頃だもんな。『ケツ』って言いたい時くらいあるよね。アイドルだってケツくらい言うさ。だって人類皆ケツあるんだし。

 

「んで、具体的に俺は何すればいいんだ? 出来るだけ分かりやすく、解釈の違いが一切出ないように教えてくれると助かる」

「デスクワークを控えさせる為の運動の相手、と言えばいいかしら」

「夜の?」

「昼の」

「あっそ」

 

 リサちゃんと俺のやりとりを聞いていたバーバラちゃんの顔がさらに真っ赤になる。さてはバーバラちゃん、むっつりだな? 

 

「了解了解。まぁ、一緒にランニングしたりストレッチしたりすればいいわけね」

「そういうこと。内容は任せるわ。ジンが乗り気になるものなら何でもOKよ」

 

 じゃあそういうことで〜と、伝えることだけ伝えたリサちゃんはさっさと焦げくさい反省室を出て行った。

 慌てて追いかけようとするバーバラちゃんも、一度俺に振り返って頭をペコリ。

 

「えっと、私からもお願いします。なんだかんだで、こういう事ってノアさんにしか頼めないから!」

 

 パタパタと出て行くバーバラちゃんを見送ってから、ふと俺は思考する。

 何故、バーバラちゃんがこんな事を頼んできたのか。……答えはすぐに出た。

 

「あ、これクレームじゃん」

 

 倒れれば西風教会に担ぎ込まれるし、その世話をするのはバーバラちゃん達だ。

 だけど代理団長———というか騎士団は言ってしまえば教会の上役。その代表に直接クレームを言うのは難しいから、それとなく俺から伝えてほしいってことか。

 まぁいいか。なんだかんだで原因は俺みたいだし、上司のケツのケアくらいやってやるさ。

 

 

 

「———どんな結末になっても恨みっこなしだ……って、ちゃんと聞いていたか?」

「ん? あぁ、聞いてたよ。えっと…ケツがなんだっけ?」

「そんな話はしていない!」

 

 キレる代理団長。どうやら相当ストレスが溜まってるみたいだな。

 

 彼女と話し合った結果、俺との運動は模擬戦となった。

 しかし、普通にやっても面白くない……てか普通にやったらただの私刑になるので合議の結果、色々と代理団長には縛りを付けることにした。

 

「まず、元素力は無し。単純な技術のみでの勝負とする。それを3回やって、私が3勝したらお前からジュース一本。お前が私に1勝でもできたら夕食を奢ること……この説明、もう3回目なのだが?」

「あぁ、そうだったな。すまない。じゃあ本気でいきますよっと」

「そのセリフも3回目だな」

 

 なんで同じやり取りを何度も繰り返しているのかというと、既に俺は2回負けているからだ。

 最初は剣で立ち向かったが、案の定ボロ負け。そもそも騎士団の代理団長にこの勝負は無謀だった。だって剣技が優れてるから代理団長にまで上り詰めてるわけだし。

 ならばと、2戦目は剣に加えて奇襲気味に拳法も織り交ぜたが焼け石に水。その程度の小細工で破れるほど甘くはなかったね。

 

 そして3度目は槍。ちなみに俺は元素力を必要とする法器以外の武器は一通り使える。これに関しては長年騎士団にいる経験だな。

 なので、剣での対処が難しい槍を選んだ。実を言うと俺の拳法は槍の前提技術なので相性が良かったりする。

 さらに、モンドの歴史的に剣術と比べて槍術の歴史は浅いからな。実際三大貴族の3人———ジン代理団長、エウルアちゃん、ディルック———全員剣術が主体だし。

 あとはまぁ、槍ならちょっとした隠し玉もあるしな。

 

「んじゃ、さっさと始めようぜ。最後に相応しいものをみせてあげますよ」

「相変わらず口だけは達者だな」

 

 下段に構えた槍を見据え、ニヤリと笑みを浮かべる代理団長。

 久しぶりの運動とあって、なんだかんだで楽しんでみるみたいだな。

 

 特に合図は無く、3度目の勝負が始まった。代理団長の鋭い踏み込みに合わせて、槍を突き出す。

 それを体捌きのみで躱す彼女には、流石としか言えないね。

 

「剣で槍に勝つには、3倍の技量がいるって言うんだけどなッ!」

「むっ…⁉︎」

 

 半歩下がり、訓練用に刃を潰した穂先とは逆側———石突と呼ばれる部位で牽制。クルッと胴回りで水平に1回転させて薙ぎ払う。

 驚きながらも突進の勢いを緩め、敢えて動きに緩急を付けた代理団長はスルッと掻い潜って来やがった。

 俺は胴から腕に槍を回し、遠心力を使った振り下ろし。同時に関節蹴り。

 

 攻撃は止めない。指先の最小限の力でさらに槍の回転速度を上げて、その合間を縫うように蹴りを繰り出す。

 

「曲芸だな」

「上手いもんだろ?」

 

 槍術というよりは棒術や杖術に近い技術だが、これが隠し玉だ。

 

 璃月の劇団で覚えた“魅せる技”。相手を叩きのめすのではなく、魅了する技術。

 魅せる技を戦闘技術に落とし込んだものといえば、エウルアちゃんの剣術がそれだな。彼女は舞踏だが、俺のは殺陣———舞台での戦闘シーンに使われるものをそのまま実戦向けに転用した。

 

 俺の上下前後左右全てを槍の回転で守り、突き込む蹴りで奇襲する。

 こういった長柄武器をブンブン振り回されるのは、相手からするとかなり圧を感じるからな。この槍による攻防一体の“線”に注目させて、蹴りという“点”で穿つ。

 並の相手なら神の目を所有していようと初見殺しくらいにはなるんだが……悲しいかな。相手は我らが西風騎士団の代理団長だ。

 

「面白い」

 

 普通に対応してきやがる。

 訓練であろうと、剣術のセオリー通りの防御を忘れていない。“受け止めるのでは無く受け流す”を忠実に守ってるな。

 

 彼女の剣術は俺のような奇を衒いまくったモノではなく、()()だ。

 元素力という切り札こそあるが、それに頼らない教科書通りの強さがある。

 この上ない天稟を持ちながらも、それに胡座をかかず積み重ね続けた努力が見える。言っちまえば、最上級の原石を匠の技によって磨き上げた宝石そのものだよ。

 それに比べれは、俺の技術はただ数が多いだけの石ころだ。癇癪起こした子どもがそこら辺にある物を闇雲に投げてるのと変わらない。

 

(でも、『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』って言うからな!)

 

 卑屈になりかけた気持ちを押し殺し、槍のリーチを活かして代理団長の美しい御御足(おみあし)を執拗に狙う。

 脛や(ふく)(はぎ)を打たれればそれだけで行動の幅を狭める。片手剣という速度が重要な武器であれば、それは顕著だろうな。

 

 しかし———ガッ! 槍を踏み付けて無理矢理止められた。そのまま当たり前のように()()()()()()してくる。

 

「終わりだ」

「まだまだぁ‼︎」

 

 俺は足刀蹴りの要領で乗っかっている代理団長ごと槍を蹴り上げた。

 いくら強いとは言え、代理団長は女。男の筋力に物を言わせれば持ち上げてひっくり返すなんて造作も無い……と思ってた時期が俺にもありました。

 

 代理団長はひっくり返されると分かった時点で自ら飛び上がり、俺の蹴り上げも推進力に加えてバック宙。空中で突き下ろしの構えを取る。どんなバランス感覚してんだよ⁉︎

 

 ———カカカカカカカカンッ‼︎

 

 元素力は禁止というルール上、いくら代理団長でも空中にいるならただの的。神速の八連突きを放つが、普通に全部捌かれた。

 

 千載一遇のチャンスを逃した俺に、着地した代理団長が詰めてくる。

 瞬時に片手剣の間合いまで入り込んだ彼女は、お返しと言わんばかりに三連突き———右肩、鳩尾、左肩を狙って来た。

 

「チッ……」

 

 俺は舌打ちしながら前後180°に足を思いっきり開き、ストンと体を落としてなんとか避けることに成功。

 

「むっ……!」

 

 腕、肩、首を使って槍を回し代理団長の胴体と顎を狙うが、顔を顰めてバックステップを切り距離を取られる。

 

(なるほど。これが嫌なのか)

 

 軟体動物が体をにょろにょろ波打たせるように足を動かして、今度はこちらから距離を詰める。

 その動きに心底気持ち悪そうな顔をされて少しだけ精神的なダメージを負ったが、今は気にしない。

 それよりも重要なのは、代理団長が嫌がったことだ。

 

 身長差の関係もあり、開脚状態で地面に座り込んでいる俺の高さは大体代理団長の腰くらい。そこから繰り出される槍の攻撃は、正当な剣術を学んできた彼女からすれば未知の領域だろう。

 

 しかし、この場合俺が警戒すべきは代理団長の学習能力だ。戦闘ともなれば、彼女はどのような攻撃にも対応してくる。……ほら、もう虎視眈々と反撃の隙を伺ってるよ。

 

「よっと!」

 

 なので俺は腕をクロスさせるようにして地面につき逆立ち。その(ねじ)れを解放するようにスピニング・キックを放って相手のリズムを崩す。

 さらに今度は逆立ち状態のままテケテケ歩き、()()()()()()()()()追い詰めていく。

 こんなお行儀の悪い戦い方は知らないだろ? グンヒルド家のお嬢さん? 

 

「気持ち悪いぞ!」

「チクチク言葉やめてくんないかな……っと、危ない」

 

 足払い———というより逆立ち状態だから手払いか? ———を掛けられそうになったので、腕力に任せてジャンプ。

 片膝裏で槍を挟んで地面に突き立て、ポールダンスのようにクルッと回り牽制の回し蹴りを1発。当然避けられるが、それでいい。

 仕切り直すようにお互いの間合いから出た俺たちは、それぞれ武器を構え直した。

 

(流石にネタが切れてきたな……)

 

 俺が今現在代理団長と互角に戦えているのは、ひとえに初見殺しを出し続けているからだ。それに加えて“元素力禁止”というルールと、そもそも彼女自身久しぶりの運動という要素も手伝っているのが大きい。

 でなければ、最初の一合であっという間におねんねさせられてたよ。

 

「どうした? 今のを続けていれば勝てたかもしれないぞ?」

「冗談。それで勝てたら幻滅もいいところですよ」

「では、大人しく降参するか?」

「それこそ冗談。今日あんたにジュース奢ったら、次の給料日まで狩りしてご飯集めないといけなくなっちまう」

「お前は一体どういう生活をしているんだ……?」

「給料日の度に色んな連中が『金返せ!』って無心してくるんだよ。心優しい俺は、そんな奴らを見捨てられなくてお金渡しちゃってるわけ」

「それは無心じゃない。“返済”という名の義務だ。覚えておけ」

 

 代理団長の冷たい目から逃げるように視線を逸らすと……あれま。

 いつの間にやら、訓練場の周りにはギャラリーがたくさん集まってるよ。そりゃまぁ、代理団長の剣術を直接見れるとあれば騎士団の連中は集まるだろうけどさ。

 でも、ギャラリーの目的は“剣術”というより“代理団長そのもの”って感じだな。一般人の、それも女性陣が圧倒的に多い。目にハート浮かべてるし。凛々しい代理団長は、男性より女性からの人気がえげつないのだ。

 

「ここで俺が勝ったら、代理団長の人気も俺が攫っちまうかね?」

「大きく出たな」

「最後の切り札があるからな。これを使えば、一撃くらいは入れられるだろ」

「いいだろう———正々堂々受けて立つ‼︎」

 

 視線を鋭く細め、どの教練本よりも完璧な構えを取る代理団長の姿に、ギャラリーの女性陣から黄色い悲鳴が上がる。

 

「そう言えばさ、代理団長に伝えないといけないことがあったんだった」

「……今でなければダメか?」

「あぁ———()じゃないと…なッ!」

 

 氷上を滑るように足捌きを一切排した踏み込み———活歩で一気に距離を詰める。

 本来の槍の間合いから一歩外。油断なく剣を構える代理団長へ———シャガァァァ‼︎

 流星と見間違(みまご)う速度の、我ながらこれ以上無いと思えるレベルの突きに、彼女は目を見開いてるよ。

 

 当然だな。俺は()()()()()()()()()()()、リーチを限界ギリギリまで伸ばしたんだから。

 槍の定石をガン無視した最後の初見殺しは———もちろん弾かれた。

 でも問題無い。俺は空中に置くようにして槍を手放している。そして、切り札の出しどころは今しかない! 

 

「バーバラちゃんがさ、『何度言っても倒れるまで働くジンなんてもう知らない!』って言ってたぜ」

「んな……っ⁉︎」

 

 かなり俺なりの意訳が入ったが、まぁバーバラちゃんからクレームが入ってたのは本当だしな。

 そして周囲にはバレてないと思っているようだが、代理団長はバーバラちゃんをかなり気に掛けている。もしかしたら隠れファンなのかもしれないが……まぁ、それは今は置いとこう。

 大事なのは、『気に掛けている相手から拒絶された』という事実だけだ。

 

 結果は……おっ、上々だな。槍を弾いた返す刀で俺を打ち据えようとしていたようだが、明らかに剣が鈍ってる。

 それでも振り下ろされてくる木剣へ、『(てん)』の化勁(かけい)———腕で螺旋を描き、その回転力で弾く。

 さらにヌルッとスライムのように懐へ入り込んでやった。

 

 そうして作り上げられたこの距離は、槍の間合いでもなく、剣の間合いでもない。

 徒手空拳がものを言うこの距離こそ、廃神騎士()の距離だ。

 この間合いであれば、どのような神の目を持っていようとそんな物は廃品でしかない。

 

 俺の指が代理団長の手首を絡め取る。さらに姿勢を落とし、彼女に肩を貸すようにして密着し———ズッッッン! 

 鮮やかなまでに六大開・頂肘(ちょうちゅう)が打ち込まれた。

 

 俺の勝ちだ。

 

 

 

 

 

 いつの間にか一大イベントと化していた模擬戦が終わり、俺たちは夕焼けに照らされたモンド城内を並んで歩いていた。

 

「おかしい……俺が勝った筈なのに」

「負けた身で言うのもアレだが、もう少し()()()も考えた方がいいんじゃないか?」

「あんた相手になりふり構ってられるかよ」

 

 見事代理団長から一本取った俺は、ギャラリーから拍手喝采を受けた……なんてことはなく。

 むしろその逆。ブーイングの嵐だった。

 

 いやまぁ、分かるよ? 

 片や才色兼備で清廉潔白な西風騎士団代理団長。

 片や女癖が悪くて常に不真面目な廃()騎士。

 

 応援されるのはどちらかなんて、考えるまでも無い。

 

「しかも減らず口で動揺を誘うのだからタチが悪い。……というか、あのバーバラの言葉は本当なのか?」

「俺の解釈が大分入ってるけど、概ね本当なんじゃないか? 今度会ったら本人に聞いてみなよ」

「ば、バーバラがそう言ったわけじゃないんだな⁉︎嘘じゃないな⁉︎」

「あ、うん……」

 

 代理団長の必死さにちょっと引きつつも、頷いておく。どんだけバーバラちゃん好きなんだよ。ちょっと怖いぞ。

 

「まぁそれはそれとしてだ。約束通り、夕飯奢ってくれるんだろ?」

「できれば休んでいる間に溜まった仕事を片付けたいのだが……」

「リサちゃんから今日は仕事禁止って言われてるだろ。本気でバーバラちゃんに怒られるぞ?」

「うぐっ……それはイヤだな。ハァ…わかった。店は決まってるのか?」

「『キャッツテール』がいいかな」

 

『エンジェルズシェア』の一押しがワインと言うならば、『キャッツテール』の一押しはカクテル。

 どんな材料を使っても極上のカクテルを作り出す、最高のバーテンダーがいるからな。今夜は甘い酒が飲みたい気分なんでね。

 

 しかし、『キャッツテール』の名前を出した途端に代理団長が呆れた目を向けてきやがる。なんじゃい。

 

「相変わらず酒のことしか頭にないのか」

「モンド人が酒好きで何が悪い。それに、酒が占める俺の脳の割合は3割くらいだよ」

「残りは?」

「金と女」

「最悪だな」

「ちなみに内訳は……」

「言わなくて良い。興味もない」

 

 あら寂しい。

 

「それに、マーガレットちゃんもあんたに会いたがってたぜ? 全然来てくれないって愚痴られた」

「それは行く時間を作れなくて……」

「ほらみろ。だったらこの機会に行けばいいじゃんか。それに……」

 

 まぁ、これが『キャッツテール』を選んだ1番の理由なんだが———

 

「———『キャッツテール』のピザ、好きだろ?」

「……っ⁉︎」

 

 すると、代理団長の目が天変地異を目撃したかのように見開かれた。

 

「……覚えて、いたのか」

「当然。昔はよく食べに行ったじゃん」

 

 まだ彼女が俺の後輩だった時の話だ。騎士団の仕事が終わった後に何度か『キャッツテール』で飯を食いに行くと、決まってピザを頼んでいたっけ。

 しまいには、注文しなくても店主のマーガレットちゃんが持ってくるようになってたな。毎回頼んでたのは無意識だったらしく、恥ずかしそうに赤くなってた姿は今でも鮮明に覚えてる。

 

 あれから何年も経って、多くのものが変わった。

 彼女は『獅牙(しが)騎士』と『蒲公英(ダンディライオン)騎士』の称号を獲得し、あっという間に出世した。

 俺はまぁ……()()()()()璃月で数年過ごし、今は廃人騎士なんて揶揄されながらダラダラ過ごしてる。

 

 思い返せば、あの頃から数え切れないものが変わった。それでも……

 

「ピザの味はあの頃から変わらず美味いままだぜ———()()ちゃ()()

「……そうか」

 

 それから俺たちはお互い黙って、『キャッツテール』までの道を歩いた。

 そして、『キャッツテール』の扉を開けばカランカランと小気味良い音と店内の猫たちがお出迎え。

 バーカウンターの奥で不満そうにシェイカーを振る、猫耳が生えた小さき天才バーテンダーと目が合う。

 

「よ、ディオナちゃん。席2人分空いてるかい?」

「あんたは出禁って言ったでしょ‼︎」

 

 ———バタン! 俺だけ追い出された。







はい、いかがでしたか?彼女とピザを食む(一緒にとは言ってない)

『エンジェルズシェア』は誰かと一緒なら入店可能。
『キャッツテール』は未だに出禁解除されてません。
詳しくは3話のエウルア回で(読促)

ちなみに模擬戦での勝因は、
1,そもそもジン団長が病み上がり
2,蓄積しまくった奇襲奇策の大盤振る舞い
3,バーバラちゃんの言葉を恣意的に解釈して揺さぶり
こんな感じです。ほとんどまぐれ勝ちですね。


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