殺人の美学 (羊飼い)
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序章

作者がスプラッター描写を練習するための作品。
なぜ、ヒロアカでこんなものを作ったと言われるほど、そのような描写が多分に含まれます。
エログロに慣れていない方は、お気をつけください。


 死柄木弔は久しぶりに喉に胃液が競り上がる感覚に蝕まれた。

 彼の目の前には、今もなお上映される猟奇的な映像。ノイズひとつ入っていない動画像に、首を掻きむしりたい衝動に駆られる。気持ち悪い、と唾棄するのは簡単だ。今すぐ己の個性を使い、大きさ14インチもあるテレビを、灰を潰すように消してしまえばいい。

 けれど死柄木はそうしなかった。いや、できなかった。

 現在、死柄木は先生と呼ばれる男の指示でこれを見ている。男は死柄木に「最後まで見るんだよ」と、教育という名の命令を下していた。

 

「先生、これに何の意味があるんだよ」

 

 我慢の限界点に達した死柄木は、とうとう止めるのではなく、意図を探ることにシフトした。

 目線は一応、生理的嫌悪を催す映像に釘付けされている。

 死柄木の言葉が結び終わったと同時、テレビの中では、爪が剥がれた若い女が泣き叫んでいた。どうやら石壁で出来た井戸の中を、素手だけで登ろうとしたらしい。女の剥がれた爪が、中腹あたりの壁に血とともに付着していた。

 

『映像自体に意味はないよ。単なる娯楽さ。少し弔には早かったようだね』

 

 先生——と呼ばれた男が、電話口から声を発した。喜色に富んだ声色から察するに、先生はこの映像を楽しんでいる。人の趣味嗜好に口を出すつもりもないが、死柄木には理解できないものであることは確かだ。

 スプラッター描写が苦手という訳ではない。ただ悪趣味極まりないやり口に、吐き気を催すのである。こんなものを見て喜ぶのは、それこそチャイルドポルノやら、トーチャーポルノを好む変態だけである。今流れている映像を作成した人物も、その系統だろうことは容易に推測できた。

 

「こんな悪趣味なものを、ただの気まぐれで見せたっていうのか」

『そうだよ』

「ふざけるなよ、先生。雄英襲撃も近いんだ」

 

 死柄木は声に怒気を孕ませ、沸々と湧き上がる怒りの感情を隠そうともしない。

 ここにきてようやく、死柄木の視線が命乞いをする女から外れた。最後に見えたのは、女がホースの水を上から掛けられ、溺死寸前まで追い込まれるシーンだ。意味もなく見せられていたと知った今、これ以上の茶番に付き合うのも馬鹿らしいと感じた。先生も死柄木が鑑賞をやめた事に文句は言わなかった。

 

『勘違いさせない為に一応言っておくけど、僕は真面目な話をしているよ』

「……」

 

 どこが、という言葉が死柄木の喉奥に押し込められた。

 

『本題はこの映像を作成した人物さ。気にならないかい?』

「気になるかよ、見ず知らずの変態のことなんて」

 

 さっきと違い、今度はスムーズに言葉が出た。映像に向き直ってみれば、女の着ているシャツがべったりと濡れており、扇情的な体付きを露わになっている。もはや叫ぶ気力すら残っていないらしい。顔を下に向け、鼻水とも涎とも気管に入った水ともとれるナニかが、盛大にぶち撒けられた。先生もちょうど同じシーンを見ていたのか、汚いね、と短く言う。

 

『彼は僕と同じイカれた人間だぜ? 普通の人間であれば、ここまで酷いことは出来ない。人というのは倫理観や道徳という、目に見えないストッパーがかけられているからね。でも、彼は違う。元々、そんなものが無かったかのように生きている。

 可笑しいだろう? 笑えると思わないかい?

 世界総人口の8割がなんらかの特異体質である、この超人社会で、生まれ落ちてはいけない存在なんだ』

 

 やけに雄弁に、滑らかに、快弁に先生は述べる。楽しくて愉しくて仕方ないと言った様子だ。電話口で話していても、それは死柄木に伝わってくる。まるで悪魔の鼻歌のようだ。

 だからこそ死柄木は面白くなかった。顔も知らない人間が、ここまで持ち上げられている事実に腹が立った。作成者がやっているのは、女を井戸に閉じ込めて嬲っているだけの動画撮影だ。仇敵であるオールマイトを殺した訳でもないのに、先生は同族を見つけたと言わんばかりに喜んでいる。親を取られた子供のように、死柄木は嫉妬の感情が腹の底で燃えるのを感じた。

 呼応するかの如く、映像のシーンが少し飛ぶ。さっきまで濡れていた女のシャツは乾いており、かわりに土埃がやけに目立っていた。今度はなにが始まるんだと思い、死柄木が目を細めれば、井戸の中に明かりが投げ込まれた。

 

『そこからが傑作だよ』

 

 先生の軽快な口調と同じく、映像の中で陽気なポップミュージックが流れ始めた。耳をそば立ててみれば、微かに男の鼻歌らしきものが聞こえる。想像していたより女性寄りの声域だ。

 明かりが降ってきたせいか、閉じ込められた女は眩しそうに目を手で覆っていた。普段、暗い所にいるせいで、目が焼けるように痛いのが、画面越しからでも分かる。数秒前の映像と違い、女は声を荒げることはしなかった。

 そうして始まったのが、大人しい女への長棒での打撃。腕を打たれ、脚を叩かれ、乱れた髪が絡まっては無遠慮に引っ張られる。女は突かれる度、ぴくぴくとエビのように体を跳ねさせた。小さく開けられた口からは、オットセイのような低いうめき声を漏らすばかりである。柔らかな肉を超え、骨にまで届いた鈍い音が、繰り返しマイクによって拾われていた。

 

「これが面白いのか、先生」

『ああ。人の脆さが綺麗に撮れている』

 

 ここまでくると死柄木にすらもお手上げの芸術性だ。先生は高く評価しているらしいが、死柄木にはただの汚物にしか見えない。ゲーム感覚で人を殺すことはできても、映像のように楽しもうなどとは一切思えなかった。

 

「そういう談義がしたいなら、悪いけど他を当たってくれ」

 

 話は終わりだ、と死柄木はようやくテレビの電源を落とす。これ以上あれを見続ければ、寝心地が最悪になるのは確定だ。脳裏に張り付いた女の無気力な表情。死柄木に倦怠感を与えるには十分な効果があった。

 

『まぁ、待てよ。話はまだ終わりじゃないさ』

 

 さっさと寝たい、と思っていた矢先、先生が言った。

 

「……まさかとは思うけど、あの作成者を実行犯に引き入れようと思ってないよな」

『よく分かったね。そのまさかだよ』

「冗談じゃない。俺をあんな変態と組ませるのか?」

『教え子が慧眼を持って僕も鼻が高い。彼の異常性は平和の象徴を揺さぶるのに効果的だ』

 

 死柄木は苛立ちのあまり唇を噛み締める。不快感という装飾が身を包み、嫌悪という矛が先生に向けられた。それでもなお、先生は余裕を崩さない。子供を諭す父親のように、優しい声で死柄木を抱擁してみせた。

 

『彼の異常性は君に必要だ。君は彼を制御できなくてはならない。でなければ、平和の象徴を殺すことなんて夢のまた夢だ。この程度のことで嫌悪感を示していては、この先が思いやられる』

「けどよ、先生」

 

 死柄木の口がそこで縫い付けられるように閉じた。

 

『——いいかい、この世にはなんの躊躇もなく、なんの罪悪感も感じず、なんの誇りすら持たずに人を弄び殺す者がいる。ヒーローという者は、総じて彼のような人間が苦手だ。誰からも好かれる”正義”の奴隷が、ヒーローという者だからね。ヒーローは決して自分が標的にされようと、罪なき者を護ために身を粉にしなくては気が済まない。きっと彼は君の剣となり、君の盾となり、君の糧となるだろう。この僕が言うんだから間違いない。同じくイカれた人間だからこそ、僕は彼の有用性を説くのさ』

 

 先生はそこで一拍おく。

 

『もう一度言うよ。彼の異常性は君に必要だ』

 

 それを最後に先生は電話を切った。あとは自分で考えろと言う事なのだろう。死柄木は気だるい有様を隠そうともせず、設置されたソファへ腰をおろす。

 数分、なにも喋らず壁のシミを数えていた死柄木は、なにを思ったか再度テレビをつけた。流れているのは当然、さっきまで行われていた女への拷問、そのクライマックス。作成者と思わしき男が包丁を片手に井戸の中へと降りていく。

 男は包丁を女に渡すと、こめかみの部分を指差して喋った。

『頭を刺せば、簡単に死ねる』

 中性的な声色からは想像もできない、おぞましいセリフ。女はそれを聞き、希望を見つけたのか一頻り笑い声をあげた。

 そうして女は立ち上がり、包丁の持ち手を壁に当て固定する。固定された包丁の刃先は、女のこめかみ部分の高さにあった。

 一心不乱に包丁へ頭を打ちつける女。頭蓋骨にまで到達しているのではないかと思わせるほど、女の勢いはいい。終始笑みを絶やさずに、男を見ながら死を切望する姿を見て、死柄木は自然と面白いと思ったのだった。

 

 

 

序章

 

 

 

 その男は人を殺すことが好きだった。

 いや、好きというには些か言葉が足りないような気もする。男は人間を嬲り、痛めつけ、その末に殺してしまうのだ。殺すことが目的ではない。ただ、結果的に殺してしまうから、殺すことが好きなんだと仮定した。

 最初に殺人を行ったのはいつだっただろうか。小学校の時だったような気もするし、中学の時だったような気もする。男のオリジンというものは、最早それほどまでに色褪せていた。

 

 ——男は拷問が好きだ。

 生きる希望を打ち捨てていく様は、見ていて胸がすくような気持ちになる。

 ——男は人間が好きだ。

 彼我問わず、生きている者は皆全て愛していると断言できるほどに。

 ——男は暴力が好きだ。

 骨に至る衝撃、鉄の匂い、糞尿が撒き散らされ痙攣する筋肉を肌で感じる瞬間など、言葉にならない。

 

 男にとって正義(ヒーロー)(ヴィラン)など、どうでもよかった。

 望んでいるものは常に一つ。人との触れ合いであり、希望と絶望を行き来する旅路のみである。人の狂気を活性化させ暴発させる時など絶頂すら覚える。本能のままに行動するのは獣のそれだが、男は確固たる理性のもと人を貶めた。

 人間であれば、男にとってその他は些事でしかない。年齢も、性別も、出身も、肌の色も、国籍も、身長も、役柄も、男にとってはどうでもよかった。

 故に、男は女が好きだ。

 死んだ後、生まれ落ちた姿となった女を抱きしめ貪るのが好きだ。恥丘に生えた陰毛を優しく剃り、膣口に瓶を差した時など興奮が止まらぬ。

 男は男も好きだ。

 飲めもしないワインを片手に、肝臓を豆と一緒に食うのは気持ちがいい。男の発達した頬肉を焚き火で炙り食した感動は、今でも忘れられない。

 

 男には美学があり、男に誇りはない。

 例え己が同じ目に遭おうとも、男は受け入れる気持ちでいるし、死を恐れてはいない。同年代の女子中学生をこっち側に引き込んだ際など、悪びれることすらせず、ただ暖かい開手を打って出迎えた。

 

 男は●●を望まない。そのような陳腐な言葉では満たされないから。男が欲するのは、総毛立つ人との触れ合いであり、それを叶えてくれる場所と手法。情け容赦ない手練手管を用い、篠突く雨でも落とせない惨劇をこの世に作り上げること。

 

「そろそろだ。準備しろ、変態2人」

 

 死柄木からの言葉に、男は笑い、男は微笑み、男は口角を吊り上げる。目の前にいる死柄木すらも魅了して、男は暗澹たる世界に光を差す。

 対して、変態2人と括られた女も獰悪に嗤う。男に腕を絡ませて、絶対に離さないようにと体を擦り付ける。男はそんな女を可愛らしそうに一瞥し、癖のあるクリーム色の髪を、そっと撫でた。

 

「行こっか、ヒミコちゃん」

「はい、行きましょう、にぃくん」

 

 雄英襲撃まであと数分。男は今日も生きている。



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