旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~ (愛川蓮)
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第1章
第一話


(よる)白虎(バイフー)……どうっすか?」

 あたいは都からの付き合いである側近中の側近の『元』退魔士崩れの男と大陸から権力争いに敗れて流れ着いた所を保護した大陸の退魔士一族の人間の一人である女の子にあたいの考えが当たってるかどうかを訊ねるっす。

 

「……あー、こっから先の林の中にモグリの退魔士崩れとしちゃあ上等な結界が張ってあった。まあ、結界に隙間があって妖気が駄々漏れになってたんだが……わざとらしくな」

「十中八九、そいつらは『クロ』ね。金稼ぎの為に仕留めた『中妖(ちゅうよう)』の死体をわざと放置して他の妖を呼び寄せようとしていたようね……ふざけた奴等」

「……やっぱりっすか」

 二人があたいが考えた中でも最悪の答えを返して来たことにあたいは頭を抱えるっす。

 

 こんなんだから『正規の退魔士(あたいたち)』は民からの信用が薄いんすよねぇ……

 

「大変デース!」

「どうしたっすか、『アリシア』?」

 あたいは血相を変えて走ってきた西方からある妖を殺すために集団移住してきて個人的に交流のある退魔士一族の女の子にそう聞いたっす。

 

「食い荒らされてた中妖の死体に残ってた妖気を確認したデスけど……食い荒らしたのは『大妖(たいよう)』デス!」

「え、ここら辺にいるのって中妖じゃなかったんすか?」

「「「……え?」」」

 あたいの言葉に3人が『どういう事だ?』という顔になるっす。

 

「いや、近くで『伴部(ともべ)』さん達『下人衆(げにんしゅう)』が妖退治をしてるんすよ。退魔士崩れ達を捕まえたら手伝おうと思ったんすけど……」

「数は?」

「四個班だから……20人っすね」

「……それ、嵌められたんじゃねぇか?」

「やっぱり、そうっすよねぇ……」

「因みに退魔士崩れ達も意気揚々と狩りにいってマス」

 ……え~と、つまり大妖にとっては大量の(かも)がネギを背負ってやって来たと。

 

「………………全員、急いで走るっすよぉぉぉぉぉ! アリシア、案内をお願いするっす!」

「了解デス!」

 あたい達はアリシアの先導の下に身の程を知らずに大妖に挑もうとしているバカ達とあたいのお付きもいる下人達を慌てて助けに向かったっす。

 

 ────────────────────

 

 満月の夜だった。青白く真ん丸の大きな月が森に覆われた大山をほんのりと照らし出していた。

 

「………」

 俺達は身体に密着した森に隠れるための香を染み込ませた黒衣に身を包み、顔を隠す仮面を被って殆ど人の手が加えられる事もないその森を駆ける。言葉は発しない。沈黙のまま、足音も立てず、特殊な呼吸法を使う事で息を荒らげる事もなく、まるでトップアスリートの如き速度で舗装もされていない道を進んでいた。

 

 

「……っ!!」

 先頭に立つ仲間がそれに気付き手信号で合図する。同時に俺達は疾走するのを止めて各々物陰に隠れた。そして、見る。その巨大な影を。

 

「………」

 大樹の陰に隠れた俺はゆっくりと『それ』の影を覗きこむ。同時に息を呑んだ。

 

 

 漆黒の巨大な影が月明かりに照らし出されてその姿をはっきりとさせていく。全長は……一〇メートルはあるかも知れない。数人の恐怖に怯えた人間の前で唸り声をあげるは白銀の毛に覆われた巨大な狼だった。

 

 ……明らかにそれが自然界のものでないのは分かった。どうやっても普通に考えれば地上で狼がこれ程巨大になるまで成長出来る筈もない。いや、そんな理屈はどうでも良い。そのような理屈を労さずとも一目で俺には、俺達にはそれがこの世ならざるものである事が分かっていた。

 

 俺達には見えた。奴の身体から溢れるどす黒い光が。あの糞共が言うには『妖気』と言ったか? 禍々しく、吐き気を催すそれを身に纏うは目の前の化け物がただの生物ではなくこの世の摂理から外れた存在……『妖』である事を意味していた。そして……

 

(糞が!! 事前情報と違うじゃねぇか……!! こりゃあ、どう見ても中妖じゃねぇ! 大妖だろが!!)

 俺はそんな『隠行衆(おんぎょうしゅう)』の雑でしかない仕事に舌打ちをしたくなるが抑える。そんな事をすれば確実に俺たちの居場所を把握して襲い掛かってくるからだ。

 もっとも……その前に奴の前にいる連中が襲われるだろうが。

 

(ありゃあ、モグリか……? そういや、モグリが妖退治をしたにもかかわらず行方不明者が出てるからなんとかしてくれって依頼が来たって言ってたな)

 俺はあの糞ったれな一族の何だかんだあって俺がお付きとなることになった原作にはいない『3人目の姫(・・・・・)』が言っていた事を思い出す。

 

「……」

 思い出しながら俺は首にかけた御守りに思わず触れる。主経由であの地雷しかないパワー系ゴリラ姫から受け取ったそれは、受け取った以上着けない訳にはいかないので念のために調べて呪術的な効果はないと事は分かっていたが……癪ではあるがこれなら主に言って本当に効能のある御守りでもねだった方が良かったかも知れない。

 

(運が悪い……いや、もしかして嵌められたか……?)

 その可能性もなくはない。あの糞っ垂れな一族の事だ。原作で主人公にしてきた所業から見てあっても可笑しくない。家柄が良い主人公様ですらあの扱いだったのだ。ましてや身分卑しき俺相手ならこれくらいの事……

 

 

(だとしたら仲間には悪い事をしたな)

 別に同行する下人衆の間で殊更友情がある訳ではない。原作を見れば分かるが心を殺し、冷徹に、機械の如く戦うように『調教』されたのが俺達下人衆である。嵌められなくても消耗も激しいので顔見知りも少ない。実際俺の顔見知りで今も生きているのは三人に一人だ。

 

 だとしても、彼らが俺のせいで巻き添えを受けた事実は変わらないが。

 

 

 最前列の下人組の班長が手信号で新たな指示を出す。……モグリ達は囮に使うみたいだな。

 それに従い俺達は各々に武器を引き抜く。刀に弓矢に槍……それらは月明かりを反射しないように炭を塗って、更に金属と血の臭いがしないように薬草を塗っていた。そしてその上には毒薬、しかも無味無臭のである。これらも全て目の前の化け物対策である。中妖迄ならばこれで誤魔化し切れるのだが……大妖相手は初めてなのでこれで行けるかは分からない。因みに俺の手にする武器は槍だ。

 

 既に他の班も化け物を包囲している筈である。一班五人前後の下人衆が四個班、中妖相手ならばこれでも十分……とは行かぬまでも余程の事がなければ壊滅する事はない。だが……

 

『グオオオォォォ……ッッ!!!』

「う、うあ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 妖が一歩踏み出すと、モグリの一人が恐怖に耐えきれなくなったのか背中を向けて俺達のいる方向に……

 

「っ、散開!」

 班長の言葉とほぼ同時に凄まじい衝撃がモグリ達とその延長線上にいる俺達に襲い掛かる。

 

「ぐっ……糞、こんな所で気絶出来るかっ……!!」

 俺は遠のく意識を無理矢理覚醒させて転がる身体を、その体勢を立て直す。こんな所で意識を失ったらそれこそ死しかない事を俺は分かっていた。

 

 

「痛っ……畜生、一発でこれかよ……!!?」

 俺は立ち上がると共に周囲の惨状に臍を噛む。俺と咄嗟に反応できた班員一名(確か久住(くずみ)だった筈だ)以外の班員とモグリ達は全員死んでいた。それも惨たらしく、人の形を殆ど保っていなかった。恐らくは大狼の尾の一撃によるものだろう。凄まじいその一撃は大狼の前にいたモグリ達と俺達が隠れる木々や岩ごと吹き飛ばしたのだ。

 

 尾に直接触れた者は上半身が消し飛んでおり、奇跡的に尾の直撃を受けなかった者もその余波で飛んできた砕けた岩や木々の破片に体をズタズタに引き裂かれていた。

 俺達が生きていたのは奇跡に近い。……まあ、俺は尾を振られた際の突風で地面に叩き付けられた時に左肩が外れたらしいが。

 

「く……伴部、大丈夫か!?」

「なんとかな……左肩は外れたらしいが……」

 久住が俺の心配をしながら、立ち上がって刀を構える。

 

「奇襲は失敗、か……」

「他の三個班は既に戦ってる。お前も肩をはめたらすぐに……」

「でぇいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺達がそんな事を話していると、場違いな程の気合をいれた声が森の中に響き渡る。

 

「この声は……」

 俺が大狼の方を見ると、そこには戦っていた残りの三個班……いや、既に五人が大狼に殺されていて二個班になっていた。その生き残りの班員の一人に振り下ろされた足を薙刀で受け止めて弾き返すオレンジ色の髪を背中で括り、頬に横の線が鼻まで届く十字の傷を負った拳法着を着た少女がいた。

 

「大丈夫っすか!?」

 そこにいたのは、俺の主でありヒロイン達に次ぐ警戒対象である原作ゲームに存在しない『鬼月(おにつき)家』の三の姫……『鬼月(あさひ)』だった。

 

 ──────────────

 

 間に合った。間に合ったけど……! 

 

(八人も犠牲者を出しちゃうなんて……!)

 あたいは自分の勘の鈍さを本気で呪いたくなる。けど……立ち止まってる暇はないっすよね! 

 

「下人衆のみんなはあたいの指揮下に入ってもらうっすよ! 各員は武器と陰陽術で援護を! 『玉鋼(たまがね)』、『呪印(じゅいん)』……出番っすよ!」

 あたいの腰に取り付けてある蝶の形に切り取られた鉄色と紫色のお札が一斉に飛び立ち、鉄色が生き残っている下人達の武器に紫色が同じく腕にくっついていくっす。

 

 するとさっきまで効かなかった下人達の陰陽術が大狼の妖力による中和を無効化して直撃し、武器は大狼の毛皮を易々と切り裂き皮膚に傷を刻み込んでいったっす。

 

 玉鋼と呪印はあたいが中妖でも無効化される時には無効化されちゃう下人達の武器や陰陽術をどうにか強化できないかと頭を捻って考えた際に思い付いた式神でその能力は一定時間の間、あたいの霊力を貸し出すことで下人達の武器や陰陽術を強化する事っす。

 …………まあ、あたいの霊力が義理の姉の一人と同じ位多いから出来る芸当なんすけどね。

 

『グワオォォォ……!?』

「夜、アリシア! 追撃を!」

「おっしゃあ!」

「Kill、Freaks!」

 今まで毛ほども効かなかった攻撃が急に効き始めた事に大狼が驚愕している隙をついてあたいの指示を受けて夜が跳躍をすると、手にはめた籠手で思いっきり大狼の顔を殴り飛ばし、アリシアが鞘から取り出した両刃の剣に光を纏わせて大狼の右前足を豆腐でも斬るかの様に切り飛ばした。

 

『!?!?!?』

「白虎、足止め!」

(わん)家、封式三型……『影縫い(かげぬい)』!」

『グオ!?』

 足の一本を切り飛ばされた事で痛みで声にならない鳴き声をあげながら無茶苦茶に暴れようとした大狼の影に向かって白虎が投げた(ひょう)が呪符を地面に張り付けると、大狼は突如として動きを止めたっす。

 

「霊力がごりごり減ってるから、そう長くは保てないかも……」

「それでも十分っすよ! 全員、総攻撃!」

 あたいの号令一下で下人達とあたい達は全員で攻撃を仕掛けるっす。

 大狼はその時に漸く解放されたのか、すぐさま迎撃をしようとするっすけど……

 

「遅せえんだよぉ!」

 夜の渾身の一撃を鼻っ面に喰らって顔を跳ねあげられ……

 

「大人しく、くたばり、やがれ……デぇぇぇぇぇス!」

 勢いのままに突進してきたアリシアに右後ろ足を切られたことで転倒し、苦し紛れに振るおうとした尾も根本から斬られ……

 

「行くぞ! 旭様に後れをとるな!」

 左肩を無理矢理はめたと思われる伴部さんを先駆けとした下人達の攻撃で更に傷を増やし……

 

「これで……止めっす!」

 あたいが渾身の力を込めて振るった薙刀が呆気なく大狼の首を断ち切った。

 

「…………ふい~」

 あたいは大狼の首が飛んで地面に『ズシン!』と音をたてながら落ちるのを見た後で額の汗を拭うっす。

 ……今思うと半人前の退魔士四人と下人十二人で大妖に挑むって、ちょっと可笑しいっすよね。

 

「旭様、いと貴き貴方様が直々にこの場所に御出向きになり助太刀頂けた事、身に余る光栄。恐縮の至りで御座います」

「そんな事は言わなくても良いんすよ、伴部さん。あたいは相談役様の昔の恩人が紹介してくれたのと当主様の昔の恩人の娘だからって、『お情けで鬼月の姫になった霊力が過剰にあるだけの元村娘の下人擬きや半妖達を率いるお山の大将』に過ぎないっすよ」

 あたいは畏まって礼を述べる伴部さんに前に本家の人間達が言っていた陰口を自嘲気味に言いながら手をヒラヒラと振って……妖気!? 

 

 あたいが慌てて振り向くと、そこには大口を開けて此方に迫る大狼の……頭が上空から降ってきた大剣に貫かれて縫い止められたっす。

 

「あっ……」

 あたいがその剣の主が誰だかを気付くと同時に、気恥ずかしさで顔が熱くなるっす。

 

「旭、油断し過ぎだ」

 完全に息の根の止まった大狼の頭部の上に立っていたのは、伴部さんと同年代の黒髪の幼そうだけど同性のあたいから見ても絶世の美少女……動きやすそうな男物の和服を着込むその人は手に持つその人とほぼ同じ位の大きさの大剣に背後を照らし出す満月も相まって実に幻想的に見えたっす。

 

「……ごめんなさい、(ひな)姉」

 その人の名前は『鬼月雛』。この場にはいないもう一人の義理の姉ともどもあたいが追い付き、隣に立ちたいお人っす。

 

「でも、助けてくれて助かったっす」

「別に、仕事帰りにそれなりに強い妖力を感じたから来ただけだ。……それにしてもこれは酷いものだな。隠行衆の奴ら、伝える情報を間違えたのか? 下人衆だけで挑むにはこの数は少なすぎる」

「そうなんすよねぇ……モグリ達のうっかりでここら辺に住んでた大妖が来ちゃったみたいなんすけど、何処をどうしたら大妖が中妖に見えるんすかね?」

 あたいが周囲にあるモグリ達や下人達だった物に眉を顰める雛姉に隠行衆の情報の間違いを告げると、雛姉は鼻白み、そして何かを察した顔つきになるっす。

 

「……旭、お前のお付きの下人を連れて私に同行しろ。此度の苦戦の原因は隠行衆によるものだと言う証人が必要だから。彼の口から長老方に御報告させなさい」

「了解っす」

 あたいは伴部さんを除いた生き残りの下人達と夜達にモグリ達と大狼、死んでしまった下人達の死体などの処理と残っているなら遺品を回収するように指示を出すと、何故か頭を抱えている伴部さんと一緒に雛姉の近くに行くっす。

 

 あたいが雛姉の近くに行くと次の瞬間には雛姉の傍らには巨大な龍……雛姉の従えている最上級の式神『黄曜(こうよう)』がいたっす。突如、何の前触れもなく現れた強大な神霊力を纏う神々しい神獣にあたいは目を輝かせ、伴部さんは息を呑む。雛姉はそんな龍に当然のように乗り移るっす。

 

「んじゃ、あたいも……『飛鷹(ひよう)』!」

 あたいは巨大な鷹の式神を呼び出すと、その上に伴部さんと一緒に乗るっす。

 

「それでは行くぞ」

「うっす! 飛ばしておくっすよ!」

 ……まあ、格も能力も違いすぎるから飛ばしても置いていかれるだけなんすけどね。

 

(姉御様と仲が良くて、ゴリラ姫に見捨てられないでいるだけの才能に拗らせババアに多少は気に掛けられるだけの性格の善人……こんなハイスペックなキャラクター、『闇夜の蛍(あのゲーム)』にいたか? あの鬱ゲーにこんな奴がいたら速攻でヤンデレ達や妖達に……ん?)

 あたいが式神の能力の差で雛姉に置いていかれていると、伴部さんが青ざめた顔で懐をまさぐっていたっす。

 

「どうしたっすか?」

「……いえ、旭様経由でもらった御守りをなくしたようです」

「もー、ダメっすよなくしちゃあ、あたいが怒られ……あれ?」

 ……………………あたいに、渡されたのも、なくなってるっす。

 

「……夜達が拾ってくれるのを祈るしかないっすね」

「……拾ってなかったら?」

「あたいが矢面に立って怒られるっすよ」

 あたい達は伴部さんに興味を持っているもう一人の義理の姉の顔を思い浮かべながら「「はぁ」」と溜め息を吐いたっす。

 

 ────────────────────

 

「………」

 星星が輝く空、そこを突き進む一頭の龍、そしてその頭にしがみつく一人の凛々しい少女……扶桑国が妖退治の名家『鬼月家』の直系の娘は手元にある2つの御守りを一瞥する。

 

 それが何なのかを彼女は知っている。あの無邪気で天真爛漫で、身勝手で気分屋の妹があの下人に下賜し、義理の妹に手渡したものだ。あの何でも貰えるのを当然と勘違いした、人を見下した女がよりによって……

 

 

「よりによってこんな気味が悪くて品のないものをあいつに………」

 ぼおっ、と次の瞬間には巧妙に偽装を施した精神操作と千里眼の呪いがかけられた下人の持っていた御守りは彼女の手元で生じた青白い炎の前に術式ごと焼き尽くされていた。

 

「旭も旭だ。何故こんな品を……いや、あいつの事だ、どうせ奴があげた品を何時もの調子で受け取ったのだろうな」

 自分と同じ農民出身の無邪気で天真爛漫で、何処までも誰かの為に頑張れるが故に腹違いの妹に騙されやすい義理の妹の顔を思い浮かべながらもう1つの御守り……巧妙に偽装を施した千里眼の呪いと御守りに込められた分の霊力を引き出せる術式がそれを覆い隠すように施されていた旭の分の御守りを弄ぶ。

 

「…………」

 彼女は弄んでいた物を懐に仕舞うと手に残った僅かな灰を汚いものとでも言うように放り捨てた。鬼月家の長女は、そのまま夜空を駆ける。そして、考える。彼を嵌め、謀殺しようとした奴が誰かを、そしてそんな身の程知らずの愚か者をどう処分しようかを。

 

「旭、私は信じているぞ。あいつを……■■を幸せに出来るのは私だと言ってくれると」

 彼女は愚か者の処分方法を考えながら、伴部が旭のお付きの下人になった時に旭が彼女と妹に持ち掛けた『賭け』を思い出して呟く。

 

「『(あおい)』、他のものはこれまで通り幾らでもくれてやる。土地も、金も、家も、全部くれてやる。だから……」

 妹に対する怨念とも呼べるような事を言いながら……最後に一瞬沈黙して、彼女は良く響く声音で呟く。

 

「あいつは私のものだ……! 賭けに勝つのは、私だ……!」

 夜のように静かな声音には、しかしドロドロとした劣情と激情が染み出していた……




次回もお楽しみに!


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第二話

ひええ……あっちゅうまにお気に入り70件超……ご、ご期待に応えられるように頑張ります……


 雛姉に若干遅れて帰還したあたい達は直ぐ様長老衆が集う和室へと歩いて行くっす。

 

「伴部さん、取り敢えず手柄はあたいらと下人衆で半分ずつにするっすよ」

「しかし……」

「しかしも糞もないっすよ。どうせ、あたいらも下人衆も等しく嘲るんすから……だったら手柄を半分にしても問題ないっすよ」

「相変わらず大変だね」

 それでもなにか言いたげな伴部さんを目で制するとあたいらの側でてくてくと歩く女の子(どういうわけかこの家で見えてんのは子供以外ではあたい位っすけど)に目配せで挨拶をしながら、長老衆が集う部屋の前にやって来たっす。

「……見えてくれるだけでも嬉しいよ」

 

「……失礼します」

 あたいは出来る限り平静な気持ちで襖を開けると、障子は閉じられ、窓もないために昼間なのに異様に薄暗い和室の中で高級そうな和装で身を包む男女……鬼月家の長老衆の皆様方が列を作っていたっす。

 上座……当主が座る席もあるにはあるんすけど、今は諸事情で当主が臥せってるんでいないんすよね。(だからこそ、後継者争いがぐだってるんすけど……)

 

「ちょうどよかった。旭、下人……伴部だったか。お前達からもう一度長老衆に説明をしてくれ」

「……り、んん。いえ、わかりました」

「……は」

 あたい達の近くにいた雛姉の言葉にあたいは危うく『了解っす!』と返事しそうになったのを慌てて無難なのに直すと、伴部さんと一緒に昨夜の大狼との対峙から此処に至るまでの経緯を説明したっす。

 

「『大妖』相手に下人共が二十人で当たって山猿の率いる下人擬きがいなければ、倒せぬとは……それも下人共では殆ど手傷も負わせられんとは情けない」

 列の一角から尊大で嗄れた声が響く。それはあたいやあたいの仲間達、果ては伴部さんの死んだ仲間達や生き残った仲間達までも嘲る言葉だった。あたいは室内に充満する霊力の濃度も無視して本気でそいつに怒鳴りたかったすけど……伴部さんも平伏して耐えてるんすから、あたいも耐えないとっすね。

 

 同時に多かれ少なかれ、下人衆に対する侮蔑やあたいの率いる衆……雛姉や葵姉が設立させてくれた『旭衆』に対する苛立ちも多少は見えてるっすね。

 なんせ、八百年も続く名家である鬼月家(この家)に霊力だけが飛びきり多いだけの元村娘なんて穢らわしい(自分で言ってて泣けてきたっす)血筋の人間が率いる南蛮や大陸からの商売敵(退魔士)がいて、果ては半妖や歴史が浅い一族からの人間、元モグリの人間で構成された退魔士集団が壊滅もせずに居座ってるのは苛立って当たり前っすけどね。

 

 ……下人擬きなんて言ってるのは下人衆が一族の私生児や人手不足の解消、被支配層からでた霊力持ちや異能持ちを有効活用するためにどっかの退魔士一族が思いついて、あっという間に国中の退魔士達に広がった『道具』だからなんすよね。

 

 精々が『小妖』に対しては単独で、『中妖』相手には集団で相手とする事を主眼として幼少時から一族に忠誠を誓うように教育(洗脳)し、反乱や逃亡を防止するために呪いを掛けて、最低限の霊力と異能、その他の秘技を叩き込んだ消耗品の道具、それが伴部さん達下人衆っす。

 ……だからこそ、あたいはそんな下人衆達を、消耗されるあの人達を救って幸せにしたいんすよね。(まあ、本当に性格とか罪状がどうしようもなくてあたい達が捕まえて下人衆に叩き込んだモグリ達は除くっすけど)

「旭は本当に昔から変わらないよね」

 

「そう嘲っている場合ではないでしょう? 長老方は此度の事態の深刻さを御理解頂けないのでしょうか?」

「……貴方がそれを言うの?」

 室内を満たす嘲笑を力強く、意志に満ちた声音が掻き消した。跪くあたい達の傍らで佇む雛姉はその禁欲的で生真面目な性格に相応しく深刻な表情を浮かべて言葉を続けるっす。

 

「幾ら下人衆とは言えそうそう補填出来るものでは無いことは長老方も理解している筈、下手をすれば班を四つとも失うという被害を受けるかもしれませんでした。ましてやそれがたかが『大妖』相手によるものであると思えば一族の被った損失は甚大でしたでしょう。ならば、それを防いだ旭衆や彼らと共に大妖の討伐を果たした彼らを悪し様には言えないでしょう」

 雛姉は淡々と、だけど鋭くその事実を長老衆に指摘する。

 

 そうなんすよね、下人衆はそんなにホイホイと育成できるもんじゃないんすよねぇ……費用は兎も角、一定の才能がある人を妖とある程度は戦える様に鍛え上げるのって時間が必要なんすよね。

 

 特に下人衆達を大量に消耗する相手……『凶妖(きょうよう)』の異能等を調べる実験要員や戦闘本番の陽動や囮、後方支援っすね。一族の第一線の退魔士の生還率を上げる貴重な戦闘要員をたかが大妖相手にこれ程の消費しそうになる……見方によっては笑っている場合じゃないんすよね。

 

「しかも、この生き残りや旭の言によれば此度の任務の失態は隠行衆の事前調査の不足にあると言わざるを得ません。大妖を中妖と見間違えるなぞ……『宇右衛門(うえもん)』様、僭越ながら貴方の家臣は何をしているのですか?」

「彼以外を見捨てようとしたくせに」

 雛姉が非難するような視線で居並ぶ長老衆の一人を睨み付ける。薄暗くてあんまり見えないけど髪の毛は薄く、でっぷりと太った豚のような男の人は突然の非難に狼狽えるっす。

 

「ぬっ……雛よ、よりによって儂を非難すると言うのか? 一族切っての忠臣にして御主の叔父であるこの宇右衛門をか?」

「だからこそです。宇右衛門様程のお方とは言え事実は事実、かような事態を繰り返さぬためにもここで有耶無耶には出来ないのです」

「自分の事は棚にあげるのね?」

 ん~……毎度思うっすけど、あの子……『座敷わらし』ちゃんって雛姉に対しては何故か冷淡な視線を向けるんすよねぇ……

 

「儂の指導に問題があったというのか、お前は! なんと言う恩知らずだ! 草葉の陰で兄上が泣いておるわ!」

「っ……!? そのような物言いで煙に巻くのは止めて頂きたい……!!」

 あ、ヤバイ。雛姉と宇右衛門義叔父様の口論がそろそろ剣呑な雰囲気に……

 

「ま、まぁまぁ……二人とも落ち着いて。こんなところで大喧嘩なんて、どこの家が見てるかわからないですよ?」

「旭の言うとおりね……御二人ともみっともないわよぅ?」

「あなただってみっともないわよ」

 二人の仲裁をしようとしたあたいに同意したのは鈴の音がなるような声だった。雛姉は不愉快そうに、他の長老衆達はある者は怯え、ある者は軽蔑し、またある者はうっとりとした表情でその声の主に視線を向けてるっす。あたいも緊張しながらその人に視線を向ける。

 

 豪奢な絹地を桔梗色に染め上げた打掛が真っ先に目に入るっす。金糸で鮮やかに彩られた花々の紋様は精密で、それだけで職人の労が忍ばれるっすね。(まあ、あたいは動きやすさ重視っすから要らないんすけどね)

 上座の直ぐ左の場所で脇息に肘をつき、漆塗りの煙管を手にした美女がそこにいた。身体の輪郭が分かりにくい服装でありながらその肉感的な体型が良く分かるように見える。長い烏の濡れ羽色の髪は下ろされ、鼈甲の簪を縫っていた。何処か退廃的な雰囲気を醸し出す見た目二十代前半に見える妖艶な美女……

 

(に、見えるんすよねぇ……)

 実際は子供を四人も産んでて孫までいるんすよね……まあ、基本的に退魔士は霊力で肉体の衰えをある程度はコントロール出来るんで年齢と見た目が釣り合わないこともあるみたいなんすけどね。

 

「誉れある鬼月の者達がそんな声を荒げては良い恥じ晒しというもの。一応結界を張っているとは言え、旭の言うとおり、何処でどんな家に『視』られているか分かったものではないのよぅ? もう少し鬼月の人間である意識を持ちなさい。ね?」

「くすくすくす」

 子供を窘めるようにその人は……鬼月家前々当主の妻である『鬼月胡蝶(こちょう)』様は二人に語りかけたっす。いや、正確には宇右衛門様()雛姉()にっすね。

 

「下人、報告御苦労でした。もう結構、下がりなさい」

 

 胡蝶様が煙管を吹きながらそう言って伴部さんを下がらせる。……あたいも下がるべきっすかね? 

 

「では、あ……私もこの辺で」

「あっ、私も」

「雛、貴女にはまだ昨夜与えた仕事について聞く事があるから此処に残りなさい。旭は葵から与えられた仕事の報告でしょう?」

「はい」

「良い気味」

 あたいの言葉で一緒に立ち上がろうとした雛姉は胡蝶様の言葉で制止をされたっす。

 

「……承知しました」

 生真面目な雛姉は僅かに沈黙するけど、直ぐに要請を承諾したっす。一瞬、部屋が寒くなった気がするけど……

 

「あ、そうだ。旭……これ、落としてたぞ」

 そう言って雛姉が手渡して来たのは首にかける紐が切れた御守り……って、あたいがなくしたのじゃないっすか!? 

 

「雛姉様、ありがとうございます」

「お礼なんて言わなくても良いのに」

 あたいは雛姉に礼を言うと、それを受け取って長老衆に深々とお辞儀をすると、そそくさと退出したっす。

 

「あ~……緊張した」

(旭、いきなりで悪いが換わってくれ)

 あたいが緊張でバクバクと脈打っている心臓を押さえていると、あたいの頭の中から声が聞こえたっす。

 

(別に良いけど……どうしたっすか?)

(定期的のだよ)

(ああ、なるほど……)

 あたいは頭の中の声に合点がいって、すぐに『彼女』に換わるっす。

 

 ────────────────────

 

「伴部」

「は……ぶ!?」

「あ」

 その言葉に俺が振り返ると、べしんと護符が俺の額に叩き付けられた。

 

「何時もの『厄抜き』だ。少し大人しくしてろ」

 そう言ったのは、活発で天真爛漫を地で行く鬼月旭とは別の冷静で何処か研究者然とした表情で俺を観察するような視線……鬼月旭を警戒するもう1つの要因、鬼月旭のもう1つの人格『鬼月夕陽(ゆうひ)』だ。

 

 こいつ、何時もは「旭の人生は旭の物だ。所詮、私は旭の辛い記憶を封じる為の寄生虫だからな」と言って出てこないが(イレギュラー気味に介入してきたゴリラ姫の一件等で鬼月旭が意識を失うような危機に陥ればその限りではないが)……どういう訳か俺の事を観察しており時折旭と換わっては『厄抜き』と称して護符を俺の額に叩き付けてくるのだ。

 

「……終わった。これで暫くは大丈夫だろう」

「……本当に邪魔な寄生虫だね」

 鬼月夕陽はどす黒く染まった護符を真ん中に『封』と書かれた包み紙に入れると、すぐに鬼月旭に換わろうとして……「あ~……」と呻き声をあげた。

 

「……寝てる」

「一晩中寝ないようにしてたからな」

「ああ。今は寝させておいてやろう」

 鬼月夕陽は何処か優しそうな笑顔で胸を擦り……ふと何かに気付いたかの様にある一点に目を向ける。

 

 俺もまた漂い始めた香の香りに緊張し、緊張を和らげるために一拍置いて深呼吸をする。ここから先の展開は大体分かっている。だからこれは覚悟を決めるためのある種の気付けである。

 

「……葵姫か」

「あら、旭……今は夕陽かしら? 伴部共々お帰りなさい。仕事はどうだったかしら?」

 鬼月夕陽の言葉と共に俺達の目の前には当然のように背の低い少女が満面の笑みで立っていた。年は十代の半ばより少し下だろうか? 桃色の和服に身を包み、両手を後ろで結んで屈託のないその笑みを見せるその姿は無邪気で汚れを知らぬ無垢な子供を思わせた。ガワだけは。

 

 俺達が今いる廊下は一本道で、隠れるような場所はなにもない。……俺の五感が認知できる範囲ではだが。

 

「…………」

 原作での彼女の被害妄想ぶり妄執ぶり、気性の激しさを思い返した俺は、取り敢えずこの場で一番安全牌な言葉を選び出して俺は口にする。

 

「御習得中の隠行の術、大変御上達したようで感嘆致しました。葵姫様」

「ああ。私も気付くのに時間がかかって消去法で考えざるをえなかったからな」

 膝を屈し、恭しく、俺は今現在のストレスの元凶にそう伝えた。

 鬼月葵、恐らくは『闇夜の蛍』を初見のプレイヤーの監禁エンドのお相手第一位であろう、可愛らしい気狂い娘が俺達の目の前にいた……




次回もお楽しみに!


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第三話

平日には仕事がありますので更新は遅れますが、着実に更新いたします。


 私、鬼月夕陽は目の前で座っている旭のもう一人の義理の姉である鬼月葵姫について考えていた。

 

 髪の色は桃色(いや、桜色か?)で何処か寝惚けたような、夢見心地の目をしており、どっちかと言うと細身な雛姫に対して肉付きが良い。……旭は常日頃から「雛姉みたいなかっこよさと葵姉みたいな体を手に入れたいっす!」と言っているが、今の所は絶望的だろう。

 

 ただ……こいつ、性格はかなり悪い。一言で表すとすれば唯我独尊、あるいは傍若無人といった所か。外見に似合わず気分屋で我が儘、自信家で毒舌、そして独善的……何よりも妖との戦いを生業としている鬼月家でも最強格とも言える才能を有している。それ故に努力をしておらず、また努力をしてなくても凄まじい強さを誇っていたのだが……努力に努力を重ねた旭に何度か敗北をしたせいで多少は努力の大切さもわかったようだがな。

 

 まあ、そんな才能の塊なせいでそこらの普通の努力をする俗物な凡人共の事は殆ど興味を抱いておらず、尖った性格や優秀な、あるいは特別な者達でなければ名前すら覚えようとしない性格破綻者だ。

 

 ……とは言え、この権力闘争等が日常茶飯事な鬼月家ではかなり面倒な立場だ。二人の父親……昏睡している現当主は葵姫の母と政略結婚をする前に小作人の娘……雛姫の母親と駆け落ちをしており、それで産まれたのが雛姫だ。つまり雛姫と葵姫は異母姉妹ということになる。

 

 で、問題は此処からだ。二人の父親は雛姫を溺愛しており(旭が鬼月家の養子になる前に起こった事件が雛姫を狙ったものだと判明すると血の粛清を引き起こした程らしい)それ故に有り余る才能を有し、最上級の妖とも渡り合える様な葵姫を放っておく筈もない。

 

 名目上は実地訓練……真の目的は葵姫の抹殺だったのだろうな。弱い『小妖(しょうよう)』しかいないという嘘をつき、実際は大量の妖がいる場所に放り込まれた。

 それを偶然知った旭はなんと、持てるだけの装備やお札、習いたての式神術まで使って葵姫を助けに向かったのだ。

 

 で、運良く(いや、悪くか?)遭遇したのだ。よりにもよって、葵姫の父が送り込んだ刺客が葵姫を神経毒で痺れさせ、止めを刺そうとする場面に。

 

「あら? この私を前にして考え事なんて良い度胸をしてるじゃない」

「ん? ああ……少し、『あの時』の事を考えていてな」

「…………ああ、あの時の」

 話を戻そう。旭は葵姫に止めを刺そうとする刺客に「葵姉に、何をしてるんすか……お前らぁぁぁぁぁ!」と不意打ちをかまし、葵姫を庇った……所で葵姫を追ってきた妖達(中妖どころか大妖までいる群れだった)が襲来し、刺客達を食い殺したのだ。

 

 で、旭はたった一人で葵姫を庇いながら必死に戦うも敗れ、哀れにも二人揃って妖に身を汚される……寸前で現れたのが私の側で控えている伴部だ。

 

 こいつ、何時から準備していたのか閃光玉だの煙玉だの臭い玉だのを大量に使って妖達の五感を麻痺させ、大混乱に陥れた所で神経毒に痺れて動けない葵姫を背負って、共に逃げ出したのだ。

 

 そこから三日間は凄まじい激闘の連発だった。神経毒でろくに動けない葵姫を庇いながら追撃に追撃を重ねてくる妖達を相手に必死の戦いを繰り広げたのだ。まあ、最終日に二人揃ってとんでもない凡ミスを犯して完全包囲をされた時には本気で死ぬかもしれないと思ったが……旭と伴部(恐らくだが葵姫も)の救出に現れた雛姫と神経毒が抜けた葵姫のコンビが妖達をあっという間に蹴散らし、葬り去ったことで九死に一生を得たのだ(旭も伴部もズタボロで生死の境をさ迷ったが、なんとか帰還できた)。

 

 この経験+その時に二人の伴部に向ける(重すぎる)感情を知った旭は下手をすれば伴部を巡って殺し合いになりかねない二人の仲をどうにか決裂させない為に伴部を自身のお付きとして行動を共にさせる事で二人との接近を出来る限り減らし、更に『賭け』を提案したのだ。

 

 その『賭け』の内容は……『雛姫か葵姫、旭(まあ、可能性は低いだろうが)の誰かがが当主となった時に伴部を一番幸せに出来る方に伴部を譲る』という伴部を景品にしたものだ。因みに、万が一にもどちらも相応しくないと判断したり旭が謀殺されたり、雛姫と葵姫のどちらかが殺された場合は胡蝶様経由で最も伴部を幸せにできる第三者に伴部を譲る事にしている。

 

「つれないわねぇ、もっと狼狽えて返事してくれても良いものでしょうに。それとも私ってそんなに異性から見て魅力ないのかしら?」

「彼は私のものだよ?」

 おっと、考え事をしている間に葵姫の話のターゲットが伴部に向いた様だな。……うん、旭が葵姫みたいな体を手に入れたいと言うのもわかるような気がする。仮面であんまりわからんが伴部も揺れる胸を見てるし。

 

「そのような事は御座いません。人々が言うには姫様の美しさは天女の如く神々しく、その美貌は千里先でも輝くと評判、断じて魅力がないなどという事はないかと」

「昔からお世辞が上手だったよね」

 世間一般で語られてる評判そのままか……まあ、答えなかったら答えなかったらで不評を買うだろうから仕方ないと言えば仕方ないのか? 

 

「あら? 誉めてくれてたのね、嬉しいわ。人づての話ではなくて貴方の個人的な意見だったらもっと参考になったのだけれど」

「ぶりっこ」

 案の定、若干不快そうだな……だが、ただの悪ふざけの演技だな。相変わらず性格の悪い奴だ。

 

「姫様の質問に対して返答するならば私の一個人の意見ではなくより広範な者達の意見こそ目的にかなうもの、噂や渾名はその点で言えば俗物的ではありますが一定の指標にはなるかと」

「ああ、それに伴部みたいな下人が個人的な意見でお前を評したらお前の派閥の人間に『無礼者!』って言われて謀殺されてもおかしくないからな」

 伴部が実にそれらしく取り繕った一般論を言い、私は苦笑いをしながら補足する。なんせ、こいつの派閥の人間はこいつの美貌や才能に崇拝と言っても良い感情を抱いているのも要るんだ。そんな一般論で自分を守るのも悪いことではない。

 

「そう、詰まらない意見ね。……貴方はいつもそう」

「お前達はいつもそうだ」

 葵姫は脇息の上で肘をついて頬杖しながら伴部を見やる。伴部を探るようなその瞳は瞳術の可能性も考えたのか、伴部は直ぐ様に違和感ないように自然な所作で仮面の下越しに視線を逸らしてその術中に嵌まるのを回避する。

 ……違和感と言えば、伴部もそうなんだよな……葵姫の騒動の際の装備と言い、雛姫や葵姫に対する言動と言い何となく性格とかを『知ってる』感が否めないのだ。

 ……葵姫の騒動で最後の最後で妖達に完全包囲をされた時に雛姫が助けに来た時も後ろに旭がいたにもかかわらず「何で姉御様が此処に……!?」とか思わず言って動揺してたしな。後、旭を初めて見たときも旭が去っていった後でブツブツと何か呟いていた様な気がする。

 

「……そうそう、ずっと思っていたのだけれど伴部、貴方この前私が旭経由で与えてあげた御守りはどうしたのかしら? 常に身につけるように命じた筈よ?」

「くすくすくす……燃えちゃったみたいだよ?」

 逃げた伴部に対して暫しの沈黙の後、葵姫は思い出したような言い草で……そして何処か嘘臭い口調でその事を指摘した。

 

「あ~……それに関しては私からの仮説は良いか?」

 伴部が弁明をすると確実に可虐性を含んだもの言いをしそうなので、先手を売って仮説を言うことにする。

 

「私たちはあの後で帰ってしまったから、わからないのだが……仮説としては三つ。1つ、大妖を倒した際に下敷きになった。これならば、夜達が大妖を退かせば見つかるから大丈夫だ。二つ、戦闘中の衝撃で首から外れて木々に引っ掛かった。これは良く見ていれば見つかるかもしれないが、探さなければ見つからない所に引っ掛かってるかもしれないから見つかる確率は半々と言った所だろうな。三つ、大妖の攻撃の余波で消し飛んだ。これでは見つからないだろうな……この世にないんだからな」

「……はぁ、仕方無いわね。夕陽の推察に免じて今回だけは許してあげても良いわよ。代わりに、暫く旭と一緒にこの部屋に来なさい。暇な時間にもの探しの呪いを教えてあげるわ。光栄に思うことね」

「嫌われるのが怖い癖に」

 心底仕方なさそうな溜め息と共に上から目線でそんな事を言われた。……まあ、仕方あるまい。

 

「おっと……そろそろ飯を食って『里』に帰らないと夜になってしまう。……伴部、一緒に行くぞ」

「……は」

「泥棒猫」

 私が一番の警戒対象(座敷わらし)を一別しながらそう言うと、座敷わらしは憎々しげな顔で私を見ていた。……こいつ、油断してるとすぐに伴部に『厄』を擦り付けようとしてくるからな。定期的に屋敷を離れていないと伴部に厄が根付いて危険なんだ……最低でも允職になるまでは時折里に避難をさせてもらおう。

 

 ──────────────ー

 

 悠然とした動きの夕陽と何処か憔悴した動きの伴部が障子を開けて退出をするのとほぼ同時に襖ががらりと開き、彼女にとって一番の()が入ってくる。

 

「旭は?」

「ああ、彼と一緒にご飯を食べに行ったわ。その後、里に帰ってしまうみたい」

「そうか……で? あいつに渡した『あれ(・・)』はどういうつもりだ?」

「あら、あれは苦境に絶望して諦めてしまわないように精神を奮い立たせるためだけのものよ? 監視の術式も同様よ。あくまで「彼」の奮闘を見守るためのものに過ぎないわ。そうしないと見守れないもの」

「守られていたくせに」

 葵は怒気を滲ませて詰め寄る雛に飄々とした態度で応戦する。……まあ、同時に雛に対する殺気も滲み出ていたが。

 

 数十秒ほど、二人は怒気と殺気が渦巻かせながら睨みあっていたが……やがて、二人とも息を吐きながらお互いに座り直す。

 

「……今は殺り合うつもりはないさ」

「私もよ。全く、あの子が自分が悪党になるにもかかわらずにお付きにするもんだから面倒な事になったわ……思わず憎んじゃったじゃない」

「殺し合えば良いのに」

 そう。二人は旭が伴部をお付きにし、賭けを提案して暫くの間は彼女に対して憎悪をしていた。

 雛は本気で惚れている幼馴染みを毛嫌いしている妹との賭けの景品にしたことに、葵は自分を裏切って彼をお付きにしたことに対してだ。

 ……だが、その時の旭の態度に違和感を覚えた二人は人を使ったり式神で監視したりして旭の真意を探り……その狙いについて知ると、旭(夕陽)の好感度を高めるための行動を開始したのだ。

 

「……で? 何時まで見ている気だ?」

「私達二人掛かりで消されたいのかしら?」

 二人は天井裏にいるであろう相手に殺気を飛ばすと、天井裏に留まっていた妖力が静かに去っていくのを彼女達は把握する。

 

「全く奴め。伴部だけでなく旭にまで唾をつけるとはな……」

「ま、あの『鬼』ならしょうがないんじゃないかしら? 実際に旭は英雄の素質があるし、ね」

 彼女達の言っている存在とはある意味目的は同じであるが、二人に馴れ合う積もりは全くない。ましてや、愛した男だけでなく自分達を無条件で姉と慕っている少女まで狙っていると為ればなおさらである。

 

「葵、結界術は勉強しろ。幾らなんでもあっさり抜かれ過ぎだ」

「後、屋敷の結界や警備を見直す必要があるわね。何あっさりと侵入されてるのよ……」

 二人は侵入した相手について頭を抱えながら話し合い……最後にこう言った。

 

「協力はしてやる。しかし……最後に勝つのは私だ。あいつを……伴部を幸せにするのは、私だ……!」

「ええ。私も協力はするわ。でも、勝つのは……私よ。彼を幸せにして、添い遂げるのは……私よ」

「彼は私のものだ」

 そう宣う彼女達の表情は恋する乙女のようで、そしてその瞳は底無しの穴のようにどんよりと暗く曇っていた……




次回もお楽しみに!


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第四話

原作にはないオリジナルの回です


「いや~……一週間ぶりに里のみんなに会えるっすね~」

 俺は今、鬼月旭の使役する巨大な鷹の式神に乗って鬼月旭が率いる集団である旭衆が住んでいる里に向かって飛行していた。

 

(そもそも、こいつはどうして俺をお付きにしたんだ……?)

 

 俺がこいつに出会ったのは、俺が姉御様の世話役から下人に落ちてすぐの頃の事だったと思う。

 あの姉御様しか見ていない鬼月家現当主『鬼月幽牲(ゆうせい)為時(ためとき)』が突如としてゴリラ姫クラスの霊力があるだけの村娘の少女を養子として引き取るという噂を聞いたとき、俺は原作にはない展開を疑問に思って屋敷の警備の任務のついでにその少女を確認しようしたんだ。

 

 俺が見回っていた庭で姉御様と和やかに話しているオレンジ色の髪の少女……鬼月旭がそこにいた。

 その時に姉御様に見付けられ、その視線で俺に気付いた鬼月旭に話し掛けられたのが俺とこいつの最初の接点だったと思う。

 

 次に接点が出来たのは偶々ゴリラ姫の警護をしていた時だと思う。

 稽古を(才能ゆえにあっさりと)終えて暇そうにしていたゴリラ姫のもとに、将棋盤を持って鬼月旭が現れたのだ。最初はすげなくあしらわれていたが、懲りずに話し掛けた事で「……一局だけよ?」と才能以外見ていないゴリラ姫にしては寛容な意見と共に将棋を始め……才能の差で完膚なきまでゴリラ姫が鬼月旭を叩き潰した。

 その時にゴリラ姫に投げ付けられた言葉が原因で目茶苦茶泣きそうになっていたが、それを堪えて「次は負けないっすからね!」と涙目で将棋盤を抱えて部屋に帰って行った。

 

 ……それからも姉御様と和やかにかつ楽しそうに話す姿とゴリラ姫に稽古や遊びを挑んでは完膚なきまで叩き潰されるというのが何回も起こったので、年上の退魔士との任務に同行していた時にコッソリと理由を聞いてみたのだ。

 

 すると鬼月旭は少し考えて……「あのままだと……雛姉も葵姉も幸せになれないと思うんすよね」と答えた。

 鬼月旭は「雛姉は何処か寂しそうだったっす。たくさんの人に囲まれてたけど、本当はただ一人の……本当に大切な人と一緒にいたいんだと思うんす。だから、少しでもその人が戻ってくるまでの代わりをしたいんす。葵姉はもっと単純すね。葵姉は色んな人に崇拝されてるけど、それは才能に目を焼かれちゃった人だからなんすよ。つまり、葵姉本人は見られてないんす。だから、才能に目を焼かれていない……あたいみたいに、葵姉をちゃんと人間として見てる人がいるんすよって稽古とかに勝って言ってあげたいんすよね……まあ、今の所は負けっぱなしっすけどね」と微笑みながらそう言ったのだ。

 

 ……その行動が功を奏しているのかどうかはわからないが、鬼月旭が間に入る事で以前は互いに無視しあっていたゴリラ姫と姉御様は鬼月旭と一緒にいる間は少しは話をするようになっていた。

 

 更に、様々な人(その中には何故か今も生きているゴリラ姫の母親や拗らせババアも含まれている)のアドバイスや必死の努力をした結果……薙刀の稽古で鬼月旭がゴリラ姫を下し、ゴリラ姫に世の中は才能だけじゃないし、自分の様にゴリラ姫をちゃんと個人として見ているのだと言うことを伝え……その日からゴリラ姫は鬼月旭に対する毒舌を(多少は)抑え、姉として接する様になった。

 

(極めつけはあの姉御様バカの為時がゴリラ姫を謀殺しようとした時のだろうな)

 あの姉御様しか見ていない男の事だ、恩人の娘だろうが誰だろうが万が一にでも姉御様の対抗馬にさせない為の工作だろう。あの男は鬼月旭が近くにいる場所でゴリラ姫を罠に嵌めて殺す事を洩らし、彼女に助けに向かわせたのだ。

 

 最低でもゴリラ姫共々処女喪失による次期当主争いからの脱落、最高の結果でゴリラ姫諸とも妖に殺される事を想定していたのであろうが……俺がゴリラ姫の護衛として同行していたのがある意味で命運を分けた。

 

 暗殺に乱入した鬼月旭が奇襲してきた化け者共に膝を屈し、そのままゴリラ姫共々化物共による輪姦パーティーが始まる直前に俺が前もって準備していた煙幕玉に閃光玉、臭い玉を使用、化物共の五感を麻痺させた所で鬼月旭の手を取り、ゴリラ姫をおぶって全速力でその場から避難したのだ。……まあ、救出する前に重傷を食らったんだが。

 

 そこから神経毒でろくに動けないゴリラ姫を庇いながら三日三晩追ってくる化け者共から共に逃げ続け、最後は毒の抜けたゴリラ姫と何故かやって来た姉御様が原作ゲームではあり得ないタッグを組んで化け者共を纏めてワンパンで葬り去った事で俺達は揃って助かった。……いや、俺も鬼月旭も割とズタボロだったけど。

 

 それからどういう訳か俺は鬼月旭によってお付きに任命され、何故か視線に鬼月旭に対する殺意が混じりつつあった姉御様とゴリラ姫から逃れさせる為か上洛の際に共に都に行かされ……そこで『松重(まつしげ)道硯(どうげん)』を憎むモグリの陰陽師を新たに雇ったり、『妖母(ようぼ)』を殺すために海を渡ってきて都で情報収集していた南蛮の退魔士一族の一派と大陸王朝が崩壊してから乱立している小国家郡の一国家で起きた政争に敗れて食い扶持を求めてこの国の都まで落ち延びてきた大陸からの退魔士一族の残党との些細な行き違いから起こりかけた都を舞台にした抗争を防ぐために都を東西奔走するはめになったり、その二つの家の子供達と共に主家のどら息子のせいで山賊と化そうとしていた元は大名家に使えていた武士団と戦うはめになったりと原作ゲームにはないすさまじい騒動に巻き込まれた。

 なお、抗争寸前だった二家と山賊化した武士団は最終的にほぼ全員が『(たちばな)商会』の護衛として雇われるというオチがついた。

 

(いや、前日譚の『佳世(かよ)ちゃんの両親脳味噌プリン事件』を思えばそう悪いことではないか?)

 そして、鬼月家に帰ってきた鬼月旭はモグリやはぐれの捕縛を主軸とした何でも屋としての側面を持つ衆を作らせてほしいと長老衆に頼み……姉御様とゴリラ姫の鶴の一声で結成されたのが旭衆というわけだ。

 

「伴部さーん、着陸するから飛鷹に掴まるっすよ~」

 俺はその声に意識を引き戻し、鷹の式神の背中にしがみつくと……ずしんと軽い振動と共に、式神が地面に着陸した。

 

「ただいま……」

「おかえりなさい、旭さま!」

「ぐぇ!?」

「こら、『夜狐(やこ)』! ダメデスよ、いきなり突撃をしちゃあ! 旭、大丈夫デスか?」

 式神から降りた直後に突撃してきた狐耳の生えた半妖の少女によって鳩尾に頭突きをくらい、女性として出しちゃいけない声を出して悶絶する鬼月旭に近寄って来たのは金髪の髪にシスター服を着た少女……件の妖母を殺すために海を渡ってきた一族『クロイツ家』の末娘である『アリシア・クロイツ』だ。

 

「旭、悪い! 夜狐を抑えられなかった俺の責任だわ」

『旭さま~!』

 そう言って数人の半妖の子供達と一緒に走りよってきたのは例の道硯翁を憎悪し、殺すために行動している『夜』と名乗っているモグリの陰陽師だ。

 こいつは半妖達を積極的に保護しており、現在は鬼月旭に突撃してきた少女も含めて十二、三人ほどがこいつの世話になっている。

 

 因みに、保護している理由は霊力を持っていたが故に捨てられて孤児となっていたこいつと友人達を拾ってくれた上に陰陽術を手解きしてくれたのが狸の半妖の女性だったかららしい。

 ……だからこそ、養母が罪に問われ、自分達と同じ孤児達が半妖になる切っ掛けになった道硯翁を許す事が出来ず復讐戦に打って出たのだが……返り討ちにあい死にかけていた所を鬼月旭に拾われ、復讐の為の牙を研ぐために雇われているらしい。

 

「伴部、覚悟! そして、今度こそ家訓にならってあなたを私の婿に!」

「妹をたぶらかす下人め、死ね!」

「だから、何でそうやって何時も襲い掛かって来るんだお前らは!?」

「白虎も『黒虎(ヘイフー)』も何やってんすか!?」

「何時ものだろ? つーかよ……白虎の奴、何時か姫さん達に殺されるんじゃないか?」

「そうなった場合が恐ろしいデスね……」

 俺は俺でトンファーと青竜刀を持って襲い掛かって来る兄妹の攻撃を必死に捌きながら降りた時に渡された短槍で応戦する。

 

 こいつらは大陸から落ち延びてきた退魔士一族『(わん)家』の長男長女のコンビであり、抗争を止めるために王家が根城にしている場所を訪れた際に攻撃され激闘の末に倒したら何故か白虎からは赤い顔をされながら「家訓だから」とこいつの婿扱いをされ(昨日の妖退治の時の様な場所では空気を読んで言わないが)、それを断り続けていたら今度は黒虎から殺意を持たれて攻撃をされているんだ。

 

 ……恐らくだが、旭衆の里がかなり屋敷から離れた場所にあるのは鬼月旭に対する嫌がらせとあわよくばこいつらが開拓の途中で死んでほしいという願望が合わさった場所を選んだんだろうな。

 

 まあ、戦闘出来る奴はどいつもこいつも中妖なら返り討ちにするし大妖でも力を合わせれば打倒できる力量はあるし、鬼月旭に救われたりこいつの度量に感服して下ったり、住んでた村が滅ぶ寸前で行き場のない奴が来たりで徐々に発展しつつあるんだがな。

 

 ……昔から思うが、やっぱりこいつ(鬼月旭)この世界(闇夜の蛍)にはちょっとイレギュラー過ぎるキャラクターなんだよな。

 姉御様とゴリラ姫を多少なりとも和解させられるだけのコミュ力に、手が血塗れになる程の努力の必要はあったとはいえゴリラ姫を打倒出来るだけの能力に優秀な人材を確保出来るほどの人脈……正直、別のゲームだったらメインヒロインでもおかしくないんだが……鬱ゲーの闇夜の蛍では病んだ場合が恐ろしい。

 主人公君を旭衆や人脈を使って監視し、コミュ力を使って言葉巧みに恋敵を破滅に追いやり、果ては鍛え上げた実力で主人公君を殺す……考えるだけでこれだけの恐ろしい展開が思い浮かぶ。はっきり言ってそうならないで欲しい(確実に俺を巻き込むだろうし)。

 

(もしも主人公君と気があうのなら、すぐに病むヒロイン達のメンタルをケアする主人公君の相棒として活躍してほしい所ではあるな)

 なんせ、こいつの人脈や戦力は有効活用をすれば原作においての主人公君が受けることになる理不尽展開をなんとか出来る確率も上がるからな。

 

「原作が始まるまで、こいつが歪まないようにしないとなぁ……」

「? 伴部さん、何か言ったすか?」

「いえ、何でもありません」

 俺は何時もの様に俺をそっちのけで喧嘩を開始した白虎と黒虎の兄妹を仲裁するために動き出した鬼月旭を見ながらそう呟いた……

 

 数日後、俺は新たな任務で旭衆はその任務地の近くにある村からの依頼で共闘をする事になる……

 

 ────────────────────

 

 夜……草木も眠る丑三つ時。

 その時刻の山の中で轟音と共に何かが木々を折りながら吹っ飛んで来た。

 

「ぐにゃ!?」

「ぐばぁ!?」

 それは尾が四本ある巨大な猫と白い体毛の巨大な狒々だった。彼らはこの近辺で縄張り争いをする大妖であり、相手と雌雄を決するべく自身の配下全てを率いて来たのだが……その軍勢は全てたった一人の『鬼』によって粉砕され、彼ら自身もまた圧倒されていた。

 

「ば、バカな……幾ら鬼とはいえ、儂らの軍勢がたった一体に……!?」

「な、なんなのよあいつは……! あれだけの軍勢を整えるのに、どれだけ時間がかかったと思ってんのよ……!」

「……こんな所で縄張り争いをしている様な小物じゃこの程度か……まぁ、あんまり強くてあいつらが死んだら俺が困るから難易度調整の為に連れていくのはこれぐらいが丁度良いか」

 そこにいたのは、青い美女だった。青い長髪に同じく蒼い瞳、着こむは托鉢坊主を思わせる意匠の僧侶の衣服……手には、巨大な錨を携えていた。

 ……そして、笠を被っている頭部には彼女の種族()を示す二本の太い傷だらけの角があった。

 

「貴様、何者じゃ……!」

「ん? 俺かい? 俺の名は……」

 狒々の言葉に鬼の美女が答え、その名にそれなり以上に知識を蓄えていた狒々の顔が急速に青ざめていく。

 

「ば、バカな……何故じゃ、何故お主が、いや……あなた様の様な大物が……!?」

「な、何よ!? この鬼はそんなに……」

「さて、時間も無限にあるわけじゃないんだ……俺に逆らえないようになるまで徹底的に上下関係を叩き込んでやるよ」

 完全に腰の引けている狒々とそれに焦る化け猫に鬼はニコニコと笑いながら近付き……鬼の腕力で殴打する音と狒々と化け猫の絶叫が辺り一面に響き渡った。

 

「ふぅ。まあ、こんなもんか……」

 完全に心を折られてひれ伏している狒々と化け猫の前で鬼は息を吐き……すぐに狂気的な笑みを浮かべる。

 

「今回はどっちが成長をするかな~……俺が最初に認めた英雄(伴部)か、俺の最後()を変えてみせると豪語した英雄()か……俺としてはどっちも成長してほしいけどな~」

 彼女の見据える未来には槍を携えた英雄となる下人の男とその相棒として薙刀を構える英雄となる退魔士の少女と対峙する己の姿。

 だが、同時に思い浮かぶのは薙刀を構えた退魔士の少女に調伏され式神となった事で彼女を慕う数多の人間達や彼女のお付きの下人と共に並び立つ己の姿。

 

「どっちの道に進むにせよ……二人とも、俺を失望させてくれるなよ?」

 鬼……名を『赤髪碧童子(せきはつそうどうじ)』と言う……は、そう呟きながら狒々と化け猫を従えて歩み始めるのだった……




次回もお楽しみに!


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第五話

 八ツ半時……あたい達は白く深い霧に覆われた森に来ていた。それこそ一寸先すら見えるか怪しい深い、深い霧に覆われた森に……

 

(そんでもって森だっていうのに、獣どころか虫の一匹もいないんすもんね……しかも、ご丁寧に濃い妖気が漂ってるし……これは大当たりっすね)

 あたい達は伴部さんを先頭にした五人の下人衆と下人達に囲まれている退魔士と一緒に霧の中をゆっくりと進んでいるっす。

 

「旭、これは……」

「大当たりかもしれないっすよ。アリシア、『ローラン』、白虎、黒虎……何時でも動ける様に準備をしとくっすよ」

「了解デス。『術式』も準備しとくデスよ」

「了解した。警戒は厳重にしておこう」

「了解。白虎とローラン、警戒は頼んだぞ」

「この濃い妖気の中でどれくらい警戒の術が効くのかわからないけど……やってみる」

 あたいは今回連れてきた四人にそう伝えながら今回の依頼を思い出す。

 

 依頼は鬼月家本家の屋敷から山を五、六程越えた先の国境付近の山間部の近場の村の一つからで、内容は『ここ最近森に狩りに出た猟師や樵が次々と行方不明になっているので調査をしてそれが妖や山賊の仕業なら退治してほしい』というものだったっす。

 

 んで、調査にやって来たんすけど……丁度別の村から依頼されてきた退魔士……(義理の)親戚であたいの弓術の師の一人の『鬼月綾香(あやか)』こと綾姉に共同戦線を組むことを提案されてそれを了承したら、一緒に出向く事になったっす。

 

 ……綾姉の話によると先行した隠行衆二名は送ったきり式神一つ送らずに帰ってこなかったようっす。

 

(ということは事は相手は最低でも大妖……最悪の場合、凶妖の可能性も考えていた方が良いって事っすね)

 あたいはちらりと恐らく主力である綾姉と綾姉の支援兼囮として行動を共にしている伴部さん達下人衆一個班を見るっす。

 大妖だった場合はまだどうにかなるかもしれないっすけど、凶妖だった場合は即時撤退も考えなきゃいけないっすね。……まあ、前提条件として霧をなんとかしなきゃいけないっすけど。

 

「ローラン、磁石は?」

「案の定狂ってて役にもたたん。黒虎、目印は?」

「……見事にぐるぐる回らされてるな。念のために鬼月家の連中とは離れた場所につけた目印がある」

 あたいがアリシアの兄である『ローラン・クロイツ』に持ってきた方位磁石の方向を尋ねると、ローランは溜め息をつきながらぐるぐると回って一定の方向を指さない方位磁石を見せ、黒虎は目印としてつけた傷を指差すっす。

 

 基本的に妖と対峙する時は、五感は頼りにならないんすよね。視覚、嗅覚、聴覚、触覚は勿論の事、味覚まで全力で集中しないとやっていけないっすし、いつの間にか欺かれている可能性も考えて警戒しないといけないんすよね。

 

 だからこそ、道具とかに頼るんすけど……今回の様に役にたたないことが多いんすよね。まあ、今回の場合は『多分、凶妖は薄いかな?』程度には役にたってるんすけどね。凶妖ならもっと狡猾かつ悪辣に迷わせて来るっすからね。

 

「……やはりもう『妖』の術中に嵌まってしまっているのでしょうか?」

 綾姉が目印を調べているあたい達と伴部さんに馬に乗ったまま近付いて来て、そう言うっす。

 綾姉は何処か不安げで、緊張した面持ちの銀髪の女の子っす。その服装は退魔士らしく動きやすい(脇とかを露出した)和服に身を包んでて、手元には(ある意味当たり前っすけど)弓矢を携えているっすね。その弓は神木を削って作られてて、その弦は龍の髭を張った逸品っす。因みに、あたいの弓矢はその兄弟とも言える弓で綾姉があたいにくれた物っすね。

 ……あたいと二歳違い(綾姉は十四歳。あたいは十二歳っす)なのに露出してる脇から横乳が見えるくらいに実ってるっす。……不公平っす。

 

 性格は臆病で気負いやすくて、だけど身分に関係なく優しくてお姉ちゃん気質っす。実際、一族だけじゃなくて家人の子供等からも年上のお姉さんとして慕われているんす(当然、あたいも雛姉や葵姉程じゃないにしても慕ってるっす)。

 

「? 伴部さん、どうかしましたか?」

「……いえ、少し考え事をしておりました」

 ……? 何を考えてたんすかね……あ、この状況から抜け出すための方法っすかね? 

 あ、綾姉が伴部さんの事を名前で呼んだっすけど、これって退魔士全体から見て珍しい事なんすよね。雛姉や葵姉……どころか鬼月家ほぼ全員が下人の一人一人の顔や名前なんて覚えてないっすからね(なお、雛姉や葵姉、胡蝶様の場合、伴部さんは除くっすけど)。あたいもなるだけ覚えようとしてるんすけど……仮面を被られると、どうしても混乱しちゃんすよねぇ……そういう面でも綾姉は善良なんすよね。本来なら消耗品の下人さん達が相手ですら対等に接する事が出来るんすから。

 

「……」

「?」

 伴部さんの視線に気付いたのか、綾姉は首を傾げる。……後、隠行衆に所属している綾姉の幼馴染みであたいと顔見知りの『葉山(はやま)』さんの事もあるっすから、綾姉だけは絶対に逃がさないとっすね。

 

「……恐らくそうでしょう。ですが、そこまで悲観したものでもありません。賢い『妖』であればもっと狡猾な筈です。相手はそこまで頭が回る訳ではないようです。あるいは能力の活用出来る幅が狭いのでしょう」

「あたいもそう思うっす。これなら凶妖じゃなくて、大妖くらいなんじゃないっすかね?」

 伴部さんの言葉にあたいも同意して、予想できる相手の力量を言うっす。だって、凶妖レベルに賢い妖だったら磁石を狂わせてぐるぐる回らて迷わせるんじゃなくて針をゆっくりと動かして誘導すれば良い話だし、目印も排除する筈っすからね。

 ……てか、凶妖なら霧なんて作らずに幻術で偽りの世界を見せられてる筈っすしね。

 

「では……」

「だからって、油断は大敵っすよ?」

「旭様の言うとおり油断は禁物です。この霧、視界が悪く奴らの接近にも気づきにくい。特に綾香様と今回の旭様の戦いは遠距離向きのもの、となればこの状況は楽観は出来ないかと」

「は、はい……」

 あたいと伴部さんの言葉ですぐにしょんぼりとする綾姉。直ぐに調子に乗って失敗するのが綾姉の悪い癖なんすよね……あたいも調子に乗って失敗しちゃう事もあるけど、それは日常生活でだけっす。表裏がない性格は魅力的だけど(あたいもそれに救われた部分もあるっすし)……少なくともこの仕事をしている上では油断はあってはならない過失なんすよね。

 

 それはそれとして……

「やっぱり綾姉は可愛いっすね」

「な……! と、年上のお姉さんをからかうんじゃありません!」

 あたいがけらけらと笑いながら言うと、綾姉は顔を赤くして逃げ回るあたいを追いかけるっす。……うん、完全に目下のあたいや伴部さんに指摘されて恐縮する綾姉って可愛いっすよね。

 

(ひのえ)柏木(かしわぎ)は天幕を張れ。朝霧(あさぎり)は綾香様と旭様の側に。平群(ひらむれ)、お前は俺と……」

 伴部さんがこんな状況に陥った際の定石通りに陣を作ろうとして……あたい達はそんな悠長な事をしている場合じゃないと理解をする羽目になったっす。

 え? 何故かって? だって……最後尾にいた伴部さんの次くらいに強そうな感じのした下人さんがもう何処にも居なかったからっす。

 

「……総員、周囲警戒! 綾姉、後ろと左は任せてっす!」

「なら前と右は任せて!」

「各員、綾香様と旭様の周囲を囲み警戒……!!」

 あたい達の言葉を聞いて、下人衆と旭衆の人員が交互に四方八方を警戒する形で武器を抜いて、周囲を囲み塩を蒔いて簡易の結界を構築すると、あたいと綾姉はその中心で弓を手に取るっす。

 

 伴部さんは葵姉から教わった簡単な式神の作り方に沿って紙を動物の形に切り揃えると、自分の血液で呪文を書いてそれを地面にばら蒔いたっす。

 すると、紙はポンッと音をたてて式札を目の辺りに貼った栗鼠になったっす。

 

「あ、あのっ、その式神では塗る血が多すぎでは……」

「承知しております。これは斥候用のものではありません」

 綾姉の言葉に伴部さんはそう言うっす。……確かに、斥候用だったらもう少し塗る量を抑える筈っすよね。

 

(……って、事はあれは囮用っすね)

 あたいは伴部さんの言葉の意味を瞬時に捉えて、矢筒から矢を出して弓を構えるっす。

 

「綾姉、準備しとくっすよ」

 あたいの言葉で伴部さんが何をしたいのか悟ったのか、綾姉も矢筒から矢を出して弓を構えるっす。

 

 すると……伴部さんが無言で左に指を向けたので、あたいが弓に霊力を込めて矢を射ると断末魔の悲鳴すら残さずそこにいた(多分中妖くらいの)化け猪の頭の骨と脳漿が石榴のように弾けて周囲に飛び散ったっす。

 その死骸に周囲の犬やら虫やらの小妖が群がるっすけど……あたいと綾姉が射た細かく雨霰のように降り注ぐ光の矢によって切り裂かれていくっす。

 

「綾香様、続いて正面から三体、猿が来ます……!!」

 伴部さんの言葉に綾姉は即座に三本の矢を射って事前の情報がなければ人にも見えたそれの腹に当たると硬い毛皮と皮下脂肪、そして妖力で保護された身体を上と下で真っ二つに引き裂く形で倒したっす。

 

「……各員、雑魚が来たぞ。綾香様達を御守り申し上げろ」

「来るぞ! 旭達を守れ!」

 あたいと綾姉が四方八方に矢の嵐を放っていると、伴部さんが淡々と下人さん達に命じ、同じくローランがみんなに命令をしたっす。

 同時に霧の中から散発的に現れる小柄な妖……小妖を各々が持つ武器で切り伏せていったっす。

 

 因みに、妖には小妖、中妖、大妖、凶妖の区分があるっすけど、その他にもなりかけで中途半端な『幼妖(ようよう)』って言うのがあるっす。それらが時間をかけて霊脈から霊力を奪ったり、他の妖や霊力を持っている人を喰らって徐々に成長をすることで進化していって……最終的に生きてる災害とも言うべき凶妖に進化するっす。

 

 でも、そこまで成長できる個体は稀っすね。あたい達、退魔士は妖がいる可能性があるところには積極的に狩りに行くし、見付けた妖は片っ端から皆殺しにしているからっす。

 だからこそ、妖の九割は幼妖や小妖で下人でも対処は可能なんすよね。

 

 だから……

「丙さん、危ないっす!」

「……!? 旭様、申し訳ありません!」

 あたいが中妖の大熊に襲われそうになった丙さんを大熊を倒して救うと、丙さんは小妖を切り捨てながらお礼を言ってきたっす。

 

「このままだと、不味いっすね……」

 あたいは数が多すぎて押されてきた状況に歯噛みをするっす。一応、あたいは近接戦闘用に刀を持ってるんすけど……綾姉は弓矢だけっす。そして……弓矢は絶望的に近接戦闘が苦手なんすよね……

 

「アリシア! 『マーキング』は!?」

「もう終わってるデス!」

「ローラン、霊力の練り込みは!?」

「何時でもいける……!」

「なら、良し! 綾姉、下人の皆さん! 切り札を切るから、少しの間耐えてほしいっす! 白虎、黒虎!」

「心得た」

「わかった! ローラン、アリシア……一撃で仕留めろ!」

 あたいの言葉に「何言ってんだこいつ!?」的な視線を飛ばす伴部さんを無視して、あたい達は術式を準備する二人の援護の為に弓を背中に背負うと刀を抜いて妖達と切り結ぶっす。

 

 それから、かれこれ少しぐらいたって……

「準備完了だ……! 凪ぎ払うぞ!」

「何時でもいけるデスよぉぉぉぉぉ!」

 ローランの持っている大剣から光が迸り、アリシアの持っている二本目の剣に刻まれている刻印が妖しく光輝いたっす。

 

「全員、伏せて!」

「『輝ける剣よ……それは世界をも滅ぼす終焉の剣よ、我が呼び声に応えて全てを打ち払え』! 『聖剣術式(せいけんじゅつしき)』・第七番……『レーヴァンテイン』!」

「『邪竜を打倒せし我が猟犬よ……我が敵の匂いを辿り、かの者を撃ち抜き我に勝利をもたらせ』! ……Kill、Freaks! 『聖剣術式』・第十番……『フルンディング』!」

 あたいが全員に伏せるように言うと同時にローランが持っている大剣を振るい、迸る光が周囲にいた全ての妖を打ち払い、焼き払い、切り滅ぼしたっす。

 アリシアは剣を投げると投げられた剣はまるで光の流れ星の様になって、その射線上にいた妖達を撃ち抜きながら突き進み……少しして遠くで腹から来る轟音が響いたっす。

 

「……手応え、あり! しかし……倒すことは出来なかったようデス」

「あ、あれは一体……!?」

「クロイツ家謹製の秘術だそうっす」

 確か、言い伝えや伝説に記されている聖剣の力を術式という形で限定的に再現した物……だったすかね? 

 

「なんにせよ、チャンスっすよ! 周囲にいた妖はほぼ全滅寸前だし、霧も薄まってきたっすしね! いざ、本丸!」

「あ、うん。皆さん、行きましょう!」

『……ふふ、迷いなく仲間を信じてその力に頼る……それでこそ旭だよなぁ。じゃあ、難易度調整をさせてもらおうか』

 あたい達が手傷を負った妖を倒すために進もうとして……刹那、耳元で囁くような、楽しむような、それでいて粘ついた声が響いたっす。これって……! 

 

『かあぁぁぁぁぁ!』

『にゃあぁぁぁぁぁ!』

 あたいと伴部さんが嫌な予感と共にほぼ同時に構えると、薄まった霧の中から理性を失っているらしい大きな狒々と尾が四本の化け猫が飛び出してきたっす。

 

「ぐぅ!?」

「うあ!?」

「旭ちゃん、伴部さん!」

 あたいと伴部さんはその攻撃を受け止めたものの、吹き飛ばされ木に叩きつけられたっす。

 それを心配して綾姉が走りよってこようとしてるっすけど……

 

「綾姉、作戦変更! 一旦撤退して、態勢を整えてっす! 大妖が複数いるんじゃ霊力を使い果たしてるローランとアリシアは足手まといっすからね! せめて日を跨いで、霊力をある程度回復させてほしいっす!」

「で、でも……」

「でももくそもないっすよ! 黒虎!」

「了解した……! 旭、下人! 死ぬなよ!」

 あたいが黒虎に声をかけると、黒虎は綾姉を肩に担ぎ上げて仲間や下人さん達と一緒に走り去って行ったっす。

 

「伴部さん、立てるっすか!?」

「なんとか……!」

 あたいは伴部さんに手を貸しつつ、化け猫と狒々に向き直るっす。

 

 ……せめて、一匹は倒したいっすね。

 

「行くっすよ!」

 あたいは刀を使って飛び掛かってきた化け猫を受け流すと、そのまま殴りかかってきた狒々の腕を切り捨てるっす。狒々は悲鳴をあげるけど、もう片方の腕で凪ぎ払いを仕掛けてきたのを避けて親指と小指を切り裂くっす。

 

「なめるな!」

 伴部さんはあたいに受け流された勢いそのままにのし掛かろうとする化け猫に爪を伸ばしてある人差し指と中指に霊力を流してそのまま目潰しを食らわせたっす。悲鳴をあげてのたうち回る化け猫にそのまま葵姉から渡された短刀を心臓に叩き込むと、それを引き抜いて今度は眉間に刺突を打ち込み止めを刺したっす。

 

「よっし……あ」

「旭様!」

 あたいは狒々の蹴りを避けて……木の根っこに引っ掛かって、ひっくり返りそうになったのを近くにいた伴部さんが受け止めるけど、あたい達は態勢を崩して根っこの近くにあった縦穴洞窟に落ちていった……

 

 

「……良く生きてたっすね、あたいら」

「幸か不幸か……悪運は良いようですね」

 あたい達はずぶ濡れの状態で岩の間にいたっす。

 

 縦穴洞窟に落ちたときには本気で死を覚悟したんすけど……運良く地底湖に通じている縦穴だったみたいで、九死に一生を得たあたい達は地上には戻らず(狒々が出待ちしてるかもしれないっすからね)洞窟の奥に退避して現在いる岩の間で野宿をすることにしたんす。

 

「あの、伴部さん……あの声って……」

「……恐らく、旭様の思うとおりかと」

 やっぱり。あの囁き声にそれと同時に現れた大妖……どう考えても『あの人(いや、鬼っすかね?)』の仕業っすね。

 

「……寝ますか」

「……そうっすね」

 あたいは濡れたせいで破れそうなお札を慎重に使って結界を構築し、伴部さんもあわせてお塩を使うことでその内側に簡易的な結界を張るとあたい達は刀と槍を持ったまま岩を背にして眠り始めたっす……

 

 ────────────────────

 

 丑三つ時、化物達が一日で一番気性が荒くなり、力を増す時間、それは現れた。

 

 黒い霧だった。瘴気とも言うべきかも知れない。明らかに善くない妖気の奔流……それは半人前の張った結界と下人風情が見よう見真似で張った結界を容易に擦り抜け、お札は燃え落ち、邪気避けの塩は腐さって無力化されてしまう。

 

 そして黒い瘴気は下人と旭を見つけると、次第に一ヶ所に固まり、それは人のシルエットにも似た影を作り出す。

 

『…………』

 数秒程、影は向かい合う形で寝付く下人と旭を見つめると、ゆっくりと歩み始める。そして最初に下人の目の前に来ると、そのまま影は下人の顔に近づき……

 

「しっ!」

「ふ!」

『おっと』

 寝たふりをしていたあたいはこっそりと影に近付いて首に向けて居合い抜きをし、同じく寝たふりをしていた伴部さんは槍を首筋に向けて突きだしたっすけど、影はそれをあっさりと受け流しあたい達と対峙する形になるっす。

 

『おいおい、酷いじゃないか? 折角俺様がお手製の妙薬を飲ませてやろうというのにさ』

 男勝りな口調でドス黒い妖力を放つ影は語りかけてくるっす。友好的な口調ではあるんすけど……妖の言葉は元々信用出来ないものだし、この人についてはその正体を知ればまずその言葉を聞こうともせずに逃げるか殺しに来るかのどちらかになるんすよね。……まぁ、余程高名な退魔士でなければ返り討ちにされて食われるのがオチになるんすけどね。

 

「……毎度思うが、お前も何で趣味と違う俺になんて近付いて来るんだ? 左手の薬指くらいならもう食べても良いから。一生俺に近づかないでくれるか?」

「あたいとしてはこの人が興味を持ってくれるのならそれでも良いんすけどね。……前に言ったことを実行しやくすなるっすし」

「酷い言い様だな? 別に俺の目的はお前達を食べる事じゃないぞ? もっとお互い友好的にいこうじゃないか」

 影は凝縮するように集まり、明確に人の形を取り出して、そして色がつき始めるっす。

 そこにいたのは青い美女だったっす。青い長髪に同じく蒼い瞳、着こむは托鉢坊主を思わせる意匠の僧侶の衣服……だけど、その染め色は碧い。頭には笠をしているがそれは彼女の出自を隠すためのものっす。長身で線は細く、しかし程々に胸元が曲線を描く。……羨ましくなんかないっすからね! 

 そして何より悪目立ちするのは彼女が背中に背負っている巨大な錨……

 

「どの口で言ってやがる。これまで散々食って来た癖によ」

「そこにかんしては同感すね」

 何時か越えたい目標の一つではあるし、彼女の究極の目的を否定したいのもあるんすけど人を食った事にかんしては許せないんすよね。

 

「さてさて、腹は減ってないか? 握り飯くらいしかないが携帯していてね。一緒に食べないか? 君達下人がいつも食べている玄米じゃない、旭が何時も食べてるような銀舎利だ」

 にこにこと、その人は当然のようにあたい達の目の前に座り込む。そして笠を脱いだっす。……頭から曲線を描いた二本の太い傷だらけの角が見えるっす。

 ……そういえば銀舎利はどっから盗んできたんすか? 

 

「ほら、食べるが良い。具は梅に昆布に鰹、どれも旨いぞ? 遠慮なく食うが良い。あ、喉が渇いたのかな? 水筒も用意しているぞ?」

 ははは、と余裕のある、人の良さそうな笑みを浮かべて卑怯で卑劣で、傲慢で身勝手で、だけどどこまでも純粋に自分を討伐してくれる英雄を求める()はそう言ったっす。

 

 赤髪碧童子……それが大昔帝直々に討伐の勅命が発せられる程に都で悪名を轟かせた凶妖であり、あたいが苦難を乗り越えて調伏することでその思想を終わらせたい鬼の名前っす。




次回もお楽しみに!


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第六話

 赤髪碧童子……今から千年近く前、この国……『扶桑国(ふそうこく)』の都に攻めいり巣くった四体の凶悪な凶妖である『四凶』が一体、その巣くっていた場所から「右京の青蛮鬼」の異名で呼ばれた大鬼っす。ただ、あたい達の前にいるのは本人曰くその『残骸』なんすよね。

 

 元々は大陸で相当暴れていた妖だったみたいで(黒虎や白虎達の一族にも凶悪な鬼として言い伝えられてたっす)、その後、海を渡ってからは都や近隣の村を従えた有象無象の妖達と共に右京を文字通り『食い荒らした』という恐ろしい存在だったっす。

 

 でも、時の帝によって集められた高名な陰陽師や武士、僧侶からなる『退魔七士』達によって配下は皆殺しにされ、本人も何度も手足を引き千切られて、内臓を引き摺りだされ、首を何度も切り落とされと、文字通りズタボロになって必死になって逃げ出したらしいっす。

 ……あたいが鬼月家に来るまでに住んでいた村にいたあたいの一族の昔話にはこの追われた後の逸話があったんすけど……今は言わなくても良いっすね。

 

「やれやれ、人が折角用意してあげた食事を無視するなんて、君達も困った奴らだね? 人の善意は素直に受け入れたらどうだい?」

「大昔から、化物から食べ物を貰うのは危険だって言い伝えがあるからな。ましてや大嘘つきな『鬼』の用意したものなんざ何が入っているか知れたものじゃない」

「あたいもお腹が空いてるんで正直食べたいところなんすけど……伴部さんの言うとおり、妖のご飯を食べてその伴侶になっちゃった逸話って結構あるっすからね。それに安易に手を出して『英雄じゃない』って、判定を食らいたくないんすよ」

「おやおや、毎度の事ながら随分と警戒されている事だね? 俺としては常に君達に敬意礼節をもって接している積もりなんだが……流石にこういう時ですら敵意しかない視線を向けられるのは悲しいな。人間というのはこういう怖くて辛い時は人肌を求めるって聞くのだが?」

「そうだな、人肌だったら求めていたかもな」

「いや、それが適用されるのは男女だけっす……あたいは女っすよ? ……あ、そう言えば麓の村で貰って後で食べようと思ってた沢庵を背負い袋に入れてたの忘れてたっす。伴部さん、一緒に食べましょうよ」

「なんでそんなもの背負ってたんですか……しかも、丸々一本」

 伴部さんが呆れながらもあたいが刀で切り分けた沢庵を口にいれ始めると、背中に背負う大重量の錨を無視すれば托鉢僧にも見える出で立ちの赤髪碧童子は、苦笑して肩を竦めつつ男座りのまま目の前に用意した笹の葉でくるんだ握り飯を自分で頬張りつつ面白げに、そして無警戒であたい達を見続けるっす。

 

「「……」」

 一方、あたい達は岩を背にして刀と槍を何時でも持てるように傍らに置いて、沢庵をぽりぽりと食べつつ最大限に警戒するっす。

 ……うん、緊張感が全然ないっすね。それでも五感は総動員して一挙一動を注目するっす。但しその瞳だけは瞳術にかからないために直視はしないっす。出来れば言葉も言霊術への警戒のために聞きたくもないんすけど……流石にそれは周囲の物音を警戒する必要もあるために出来ないんすよね。

 

(……やっぱり、今でもあたいや伴部さんの事を自分を殺しうる英雄だと考えてるんすよね?)

 だからこそ、大妖を二体もけしかけるなんて真似をしてきたと思うんすよね。……だからこそ、あたいはそれすらも自分の糧にしてあなたに勝ちたいと思うんすよ。

 

「何が目的だ? どうしてここに貴様がいる? 何故俺に付きまとう?」

 それは伴部さんの心からの問いかけだったっす。

 

「貴様の目的は以前散々聞かされた。だったらこんな所で俺の相手しているよりもやる事があるだろう? こうしている間だって何処かで才能に満ちた英雄様が生まれているかも知れないぞ?」

 いや、伴部さんって自分が考えるよりも英雄的な素質を持ってるっすよ? 今は弱いだけで諦めない心もどんな困難な状況でも知恵を振り絞る姿も、必死に己を鍛えるところも……全部がこの人が求める英雄の条件に当てはまるんすよ。

 

 ……あたいや伴部さんはこの人の目的を(半ば一方的に)聞かされていたっす。

 この人は時代に取り残された妖っす。かつては莫大な力を持ち妖の軍勢を率いていたその力は間違いなくこの国でも五本の指に入るものだった筈なんすよ。そう、かつては。

 

 時代は移ろい行くものっす。長い時の中でかつてはその名をほしいままにした彼女も、それは過去の栄光へと成り下がってるっす。今でもその力は強大ではあるんすけど……それでもかつてのような力はなくて、軍勢もないし、だからこそ悪名も轟く事はないんす。それどころか妖について記述された記録では自身の力を過信して退魔七士達に追われた間抜けな妖として記されているんす。完全に笑い者なんすよね。

 ……あたいの知ってる昔話ではあたいのご先祖様達を節目節目に守ってくれた心優しい鬼なんて言われてるんすけど、この事を言うと赤髪碧童子は露骨に話題を反らすし、伴部さんは「んなアホな」と言いたそうな顔になるんすよね。

 

 ……話がそれたっすね。笑い者として伝えられている赤髪碧童子っすけど、だからって復讐を仕掛ける事は出来ないんすよね。あたい達人間が千年前に比べて遥かに強くなったからっす。退魔士達が互いに婚姻してその力を増していっただけじゃなくて人間という種族自体が増えて、技術が発展して、さらに妖殺しのノウハウも向上したからなんすよ。

 それに五百年前の『人妖大乱(じんようたいらん)』で都は術式的な要塞みたいな場所になってるんす。大乱後の新街なら兎も角、目標たりうる都の中心部……特に政治の中心部である内裏に侵入するなんて(全盛期なら兎も角)今のこの人には絶対に無理だし、よしんば侵入出来たとしても帝を守護する扶桑国でも最高位の実力を有する高名な退魔士、陰陽師、僧侶に巫女、武士達がいるっすから弱体化してるんじゃ一矢報いれるかどうかもわからないんすよね。

 

 そして、下手に知性があるために長い時を生きて時代の移ろいも見てたからこそ、赤髪碧童子という妖は理解しちゃったんすよね。最早自身が過去の遺物となりつつある事を、そして滅びるべき時を見逃したって事を。

 

 かつて自身と共に都を恐怖の底に落とし、街路に文字通りの死体の山を築き上げた四凶もこの人以外は退魔七士に討たれていって、それ以外の地方で悪名を轟かせた有名で長き時間を生きた妖達も一体また一体と討伐されていって、ましてや国中、いや大陸からすらも妖の軍勢をかき集めて人妖大乱と呼ばれる程に人間達との全面戦争を引き起こした『空亡(くうぼう)』すら時の英傑によって封じられたっす。

 

 もうこの人と同じかそれ以上に古く、強大な妖は少なくともこの扶桑の国ではそう多くはいないっす。妖という存在は未だに人間達にとっては強大な脅威であるはあるんすけど、大昔程じゃないっす。そして百年や二百年なら兎も角、次の千年後には恐らく妖は人間の脅威じゃなくなっているかもしれないっす。だからこそ……

 

「おいおい、前にも教えてやっただろう? 俺があの屋敷に紛れていたのは俺をぶっ殺せる程の英傑を探しての事さ」

 赤髪碧童子は頬杖をして飄々と嘯くっす。そう、この人の願いはとんでもなく迷惑で、自分勝手なものなんすけど……だからこそ純粋な願いなんすよ。

 

 過去の同胞達は英傑達の好敵手として討たれていったっす。そして討った英傑達と共に永遠に歴史に名を残しているっす。

 

 ならば、最早忘れられようとし、過去の物と成り果てようしている自身もまたかつての同胞達のように名を残したい。それが英傑達の輝かしい功績の一部分となっても、時代の流れに取り残されて何時の日か有象無象として『処理』される時代が来る前に、まだ妖が妖として人々から恐怖し、恐れられている内に、英傑に討たれる事で自身の存在を残したい……それがこの人が鬼月家に使用人の一人として潜入していた理由っす。

 なんでも自分を討ち取るに値する者がいるかを探して扶桑の国の北に根を張る鬼月家を調査していたようっす。あたいや伴部さんと会ったのも、あたい達が正体を知ったのもほんの偶然だったんすけどね。

 

「本当に鬼は身勝手だな? 殺されたいだけならば都にでも突撃すれば良いだろうに。よりによって死に舞台に我が儘やケチを付けるとは」

「いやいやだからこそさ。俺は鬼だからね。死ぬにしてもそれに相応しい舞台があるというものさ。流石に記録書に二、三行で記述されるだけの最期なんて物寂しくて味気がないだろう? どうせ死ぬのなら出来るだけ劇的な場面で死にたいっていうのが人の情……いや、鬼の情というべきかな?」

 楽しげにそう嘯いて瞼を閉じ笑みを浮かべる赤髪碧童子。その表情の意味をあたいは知ってるっす。これは相対している稀代の英傑と血を血で洗う死闘を繰り広げ、最期は力及ばずその首を切り落とされる瞬間を想像してるって事を。

 

 だけど……

「やっぱり、あたいは嫌っす」

「!?」

 あたいがそれにワクワクしている赤髪碧童子に悲しそうにそう呟くと、伴部さんはそんなあたいの言葉に物凄く焦ったような顔になるっす。

 うん、まあ理解は出来るんすよね。下手をすれば殺されるかもしれないっすし。

 

 でも……

「あたいは顔見知りが……ううん、あたいにとって越えるべき壁の一人があたいのその後の活躍を見ずに死んじゃうのは、その理不尽に振り回された人間としては『ふざけんな!』って気持ちになるんすよ。その理不尽に振り回された分をあんたを式神として調伏して、あたいがしわくちゃのお婆ちゃんになって死ぬまで一緒にいて……その分の人生……この場合は鬼生っすかね? 全部を英雄譚の相棒として語り継がれる位の事をさせないと、あたいとしては割に合わないんすよ」

 あたいが自分の感じている気持ちを全部真剣な思いで言うと、赤髪碧童子はふっと、微笑みながらあたいの頭をかなり加減してグシャグシャと撫でながらこう言ったっす。

 

「やれやれ、本当に『あいつ』の娘だよなぁ……いや、『彼女の子孫』とも言うべきか? 俺の考えを否定しながらそんな事を言う奴なんて普通はいないぞ……どっかの誰かさんも見習ってほしいよ」

 赤髪碧童子はそう言いながら伴部さんを見て「よよよ」と嘘泣きをするっす。伴部さんはそれをげんなりとした顔で見てると、今度は嘘泣きを止めて「はぁ」と溜め息を吐いたっす。

 

(旭!)

「夕陽、どう……し、たん……?」

 あたいがいきなり話し掛けてきた夕陽に応答をしてると、急に視界がくらりと揺れ出したっす。更に頭痛がして、眠気が強烈になっていくっす。

 

 横を見ると、伴部さんも同じようにふらついてるっす。

 

「おやおや? お疲れかい? ははは、今日は大変だったからな。途中で睡眠の邪魔をしてしまったし、何だったら俺が夜の番をしてやろうかい?」

「まさ、か……!?」

 あたいが赤髪碧童子のその楽しげな表情に何をしたのかを気付くと、あたいの鼻は漸く何かの甘い匂いを捉えたっす。

 

「てめぇ、まさか……吸引式の睡眠薬か何かを……!」

 伴部さんが片膝をつきながらそう言うと、あたいは重い瞼を擦りながら刀を持ち上げようとするっすけど……ダメ、だ……眠気で、力が……

 

「いやはや、意外と粘ったよな。この手、意外と手練れはあっさり引っ掛かるんだよ。ここまで粘るのは驚きだ。あ、そういえば……伴部は個人的に薬師衆(やくししゅう)の知り合いから毒とか貰って耐性つけているんだっけ? 旭の方は……無意識に霊力で防御してたのかな?」

「て…めぇ……何を……」

「何で、伴部さんが……そういう特訓をしてる事を……知って、るんすか……? それに、何で……」

 あたいは眠気に耐えながら、こんなことをする意味を尋ねるっすけど……もう、意識が……

 

「さてさて、そんな事はどうでも良い事だろう? それより無理は良くないな。健康重視の鬼からの忠告だ、身体の欲求には素直になるべきだよ? なぁに、寝ている間に取って食いはしないから安心する事さ」

 赤髪碧童子の言葉にあたいの意識はだんだんと暗闇の中に落ちて行くっす。

 

「御休みなさい、二人とも。良い夢を見れる事を祈っているよ?」

「うる…さ…い…ばけも……いつ…ぶっ…ころ………」

「いつ…か、ぜっ、たい……に……」

 あたい達は捨て台詞も完全には言えずに意識が完全に途絶えたっす……

 

 ────────────────────

 

「せあ!」

「よっと」

「ちいぃぃぃぃ!」

 夕陽は即座に跳ね起きると、旭が意識を落とす前に持っていた刀で目の前の鬼に対して刺突を行う。……が、鬼もそれを読んでいたのかあっさりと受け止めて投げ飛ばすと、夕陽は壁に叩き付けられる寸前で空中に結界を張ってそれを足場に跳躍し、鬼に向けて刀を振るう。

 

「やれやれ……なんで旭を休ませないんだい?」

「そんなもの、お前が信用できないからに決まってるだろう!」

 夕陽は呆れた表情でそう呟く鬼に苛立ち混じりの視線を向けながら連続で刀で斬りかかるが、鬼はそれを右へ左へと巧みに受け流す。

 

「大体……! お前は何故、旭にまで唾をつける!? お前を殺す英雄は伴部だけで充分だろうが! 有り様も、行動もどれもお前が求めるに足る物だ! この上、何故旭にまでその手を伸ばす!?」

「おいおい、旭が聴いたら怒るぜ? 『伴部さんを見捨てるんすか!』ってな」

「私は旭の幸せを願ってるんでなぁぁぁぁぁ!」

 キレ気味にそう言った夕陽は大上段の構えで鬼に斬りかかるが……

 

「隙ありだな」

「しまっ……がは!?」

 その一撃を横に避け、がら空きの腹に手加減に手加減を重ねた拳を叩き込むと夕陽は岩壁に強かに叩き付けられる。

 

「お休み」

「く、そ……」

 夕陽は憎々しげな表情で鬼を見るが、徐々にその表情は柔らかくなり「すー、すー」と寝息をたて始める。

 

「やれやれ、相変わらず実力はまだまだだな。でも、それは悔しがる事じゃない。最初は誰だってそうさ」

 鬼はそう言って旭をゆっくりとお姫様抱っこで抱き上げると、同じく寝ている伴部の側にそっと寝かせる。そこまでの所作は壊れ物を扱うように慎重で、繊細だった。彼女は自分の握力では本気になったら人の体の骨なぞ簡単に壊してしまう事を何千という経験から良く良く理解していた。

 

「そうさ、伴部を気に入ったのはその人格やあり方が俺の好みだったからさ」

 鬼は同じくらい慎重で、繊細な動きで伴部の頬を愛おしそうに撫でる。

 

「旭は……あいつの、鬼の俺を『友人』だなんて呼ぶ女の娘で……俺のやり方に真っ向から異を唱えるなんて真似をしてきたのはこいつが初めてだからさ。何より、俺を『心優しい』なんてほざけるあの女の子孫だからな」

 鬼はすやすやと気持ち良さそうに寝ている旭にニコニコと微笑みながら、そう呟く。

 

「旭……お前や伴部を見て思ったよ。俺を殺す英雄英傑を探すよりも、育てる方がずっと楽しいし、確実だ」

 鬼は想像する。何の才もなく、血統もなく、天運もなき存在……伴部が血反吐を吐きながら高みに上り詰める姿を。伴部が名もなき存在から万人に認められる英傑になるその姿を。そして、その英傑へと上り詰める伴部の最初の英雄譚の相手が自分である情景を。

 同じく想像する。数多の人間達の教えを受け継いだ旭が艱難辛苦を乗り越えながら高みに上り詰める姿を。旭が一部を除いた退魔士達から蔑まれる存在から万人に認められる英傑になるその姿を。そして、その英傑へと上り詰める彼女の最初の英雄譚の相手が自分である情景を。

 

 空想する。名もなき、虐げられていた弱者……伴部が圧倒的強者に食らいつき、食い下がり、絶望の中で力と知恵と勇気を総動員して、細い勝機を掴み取る瞬間を。

 同じく空想する。旭が自分が英雄たり得ないと思っていた者達を束ね、自分達に足りないところを補い合いながら自身に食い下がり、旭がそれらと共に自分に勝利する瞬間を。

 

 妄想する。千年先でも伝えられる壮絶な必死の覚悟で死力を尽くした死闘の末に、弱者であった筈の者の研鑽され、計算された一撃が自身の心の臓を的確に貫く刻を。

 同じく妄想する。千年先でも伝えられる旭と彼女の仲間達の数多の思いと努力によって束ねられた結束の一撃が自身の渾身の一撃を打ち砕き、打ち倒す姿を。

 

 英雄が伴部の場合は、伴部によって自分の骸から首が切り落とされる、大衆の面前で晒される。多くの人々がその瞬間英雄の誕生を目にするだろう。そして稀代の怪物を殺す程の実力者であれば、下人程度の立場に納まる事なぞない。最後は多くの物語がそうであるように高貴な立場の女性と結ばれてめでたしめでたしだ。

 

 英雄が旭の場合は、全力で旭は自分を調伏して式神としての契約を結ぶだろう。そして稀代の怪物を従えた英雄は彼女を慕い、協力する数多の者達や自分と共に凄まじき数の英雄譚を築き上げるだろう。最後は……『家族と共に自身の生涯を振り返りながら死ぬ』だろうか? 

 

 素晴らしい、実に素晴らしい。最高の舞台ではないか? 正に時代を越えて語り継がれるだろう事は間違いない。その素晴らしい物語の礎となれるなぞ、妖冥利に尽きるではないか? 鬼は恍惚の表情を浮かべる。

 

「だけど……」

『本当にそれで良いのだろうか?』と思う自分がいてしまう。人間の寿命は妖に比べれば短く、儚い。伴部が血反吐を吐き、苦しみつつ英雄となって天寿を全うしても尚物足りないだろう、旭が必死の努力と仲間との結束の果てに英雄となって天寿を全うしてしまってもまだ物足りないだろう。

 

「なら、いっそのこと……まぁどっちも食べてくれないんだけどさ」

 足下に残る握り飯の残りを見てぼやく鬼。妖の食べ物を食べた者は妖になるというのは有名な言い伝えだ。ましてや鬼の体液が入っていれば尚更。無論一度や二度では駄目だろうが何十何百と食べさせれば……

 

「それは、許さんぞ……!」

「……寝言で注意するかい」

 気絶した状態でも炎の術を行使して握り飯の残りを焼却する夕陽の根性に鬼は苦笑いをする。

 

「……まあ、良いさ。時間はまだあるんだからね」

 鬼はそう言って二人の寝顔を笑顔で見つめる。そして、二人の耳元にこう囁いた。

 

「だからさ……二人とも、俺を失望させてくれるなよ?」

 ぺろり、と鬼は二人の耳をねぶるように一舐めずつした。それは何処か犬のマーキングにも似ていた……




次回もお楽しみに!


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第七話

「旭。今日から此処が、あんたの住む家だ。……多分だけどね」

 そう言って、あたいを助けてくれたお婆ちゃんはあたいの手を引きながら大きなお屋敷に入っていく。

 

(これって、あたいが初めて鬼月家に来た時のっすよね? てか、お婆ちゃん……多分ってなんすか、多分って)

 まあ、胡蝶様が自分を恩師だって思ってるかどうかもわからないし、あたいのお父さんが当主様の恩人だったからって(お母さんも関係者らしかったんすけど、どういう関係だったんすかね?)、受け入れてくれるとは限らないのはわかるんすけどね……

 

 それで、当主様と胡蝶様に面談は叶ったんすけど……そこから先はドロドロした大人の話し合いだからと言うことであたいはお婆ちゃん達によって部屋から出されたんすよね。

 

 何で、暇潰しに屋敷を見回ってたら……雛姉に出会ったんす。

 

「……誰?」

 雛姉は深い絶望と後悔と、罪悪感に苛まれていて……このままだと壊れてしまいそうなほど儚かったっす。

 

「わた……ううん。あたいは、旭っす。ひょっとしたら妹になるかもしれないっす。……あの、どうしてそんなに……悲しそうなんすか?」

「お前には、わからないよ。好きな人に酷いことを言って、その人を苦難の道に引き入れてしまった私の気持ちなんて……」

「好い気味。彼を奪おうとした罰」

 そう言って、雛姉は話は終わりだとばかりに離れようとして……あたいはその服の裾をそっと握ったっす。

 

「……離して」

「……だったら、あたいが側にいるっすよ」

「お前じゃ、あいつの……■■の代わりには……」

「うん。それは、良くわかってるっす。でも……何時かその人が帰って来た時にそんな悲しい気持ちを抱えたままだったら、お姉さんが壊れちゃうっすよ。だから、あたいが支えるっす。その時が来たら、その人に代われる様にお姉さんが壊れない様に」

「壊れちゃえば良いんだよ、そんな奴」

 あたいがそう言うと、雛姉はあたいの言葉に目を泳がせつつも何処か泣きそうな表情でこう言ったっす。

 

「……本当に離れない?」

「うっす」

「掌も返さない?」

「? もちろんっす」

「私の『計画』とかも漏らさない?」

「当たり前っす」

 そこまでを真剣に言って……雛姉は漸くあたいに向き直ったっす。

 

「私は……雛、鬼月雛。よろしくね、旭」

「了解っす!」

 そう言って、あたい達は握手をしたっす。

 

(今思えば、凄い口約束をしたっすねぇ……)

 にしても、『計画』ってなんなんすかね……? 

 

 あ、今度は鬼月家に入ってから……葵姉に薙刀の稽古でやっとこさ勝ったところっすね。

 

「……葵姉」

「……何? 貴方みたいな無才でバカの癖に、私に「孤独なんすね」なんて言ってくる様な子が私を馬鹿にしに来たの?」

「その子を馬鹿にするな人格破綻者」

 涙目で凄まじい毒舌を言って、あたいの側から逃げようとする葵姉。

 

(今にして思うと、あれって当主様の愛情を得るために必死に頑張ってたのに普段からバカにしてるあたいに負けたせいで『嫌われる!』って思ってたんすよね)

 実際には『あの人』、雛姉しか見てなかったわけっすけど。いや、あたいもあの人の真意を雛姉経由で知った時には愕然としたっすよ。因みに雛姉はその事を知った際に「私は貴方が嫌いだ! あいつを下人に落とした事も、旭を陥れた事も、そうやって私の気持ちを知らないで後継者争いを謀略で解決しようとしたことも……全てが、大っ嫌いだ! もう、私は貴方を父とは思わない!」って面と向かって罵倒したらしいっす。

 

「だって、孤独で……可哀想っすよ」

「まだ言うの!? 私は……」

「だって、誰もが葵姉の事を見てくれないんすから」

「え……」

 あたいの言ったことに葵姉は呆けた表情になるっす。まあ、そうっすよね……自分の才能に目を焼かれて言い寄ってくる人ばかりしかいなかったから、だからあたいも『そういう人』だと思っちゃったんすよね。

 

「葵姉は色んな人に才能のせいで人を見るような目で見られて、それで疑り深くなっちゃったんすよね? だから、あたいの事も『そういう人』って思ったんすよね?」

「……そうよ。貴方は違うって言うの?」

 あたいの言葉に葵姉は訝しげに、何処か見下したような視線を向けるっす。

 

「あたいが葵姉に何度酷いことを言われたって食いついたのは、こう言いたかったからっすよ。『世の中才能だけじゃない』って。だって、才能がないあたいでも頑張って、努力して色んな人に支えてもらって……そうやって、葵姉を越えられたんすから」

 そう言って、あたいは葵姉の側に座って葵姉の手を握るっす。

 

「それに、あたいは葵姉の才能を素直に尊敬してるだけっす。あたいは、葵姉をちゃんと見てるっすよ……葵姉は結構意地っ張りで、毒舌で興味のない人を無視しちゃう様な人っすけど……本当は誰かに愛されたい寂しがり屋っす」

「そ、そう……」

 あたいがそう言うと、葵姉はあたいを見た後でちょっと赤らめた顔を隠すように顔を背けてこう言ったっす。

 

「……ありがとう」

「やっと、葵姉の素直な言葉が聞けたっす」

 あたいはにぱっと笑って葵姉に微笑んで……

 

 ────────────────────

 

「おや? 二人とも起きたのかい? お早うというべきかな? おっと……?」

 あたいが目を覚ますと、そこには赤髪碧童子がいて……伴部さんが殆ど反射的に槍を打ち込み、それをスレスレで回避したっす。

 

「酷いじゃないか。起きてそうそう槍で突かれる謂われなんかないんだけどな?」

「貴様が鬼なだけで十分だな。そもそも記憶が怪しいがてめぇ、睡眠薬使ったな?」

「ところで、あたいは節々がちょっと痛いんすけど……」

「ああ、それは夕陽が旭を守る為に俺を攻撃してきたからね……身を守る為に戦ったから多分その後遺症だね」

 う~ん……あたいを守る為に戦ったのなら、怒るに怒れないっすねぇ……

 

 伴部さんは体をまさぐったりして、赤髪碧童子が『摘まみ食い』をしていないかどうかを確認してるっす。

 

「相変わらず用心深い事だね。そこまで信用がないのかい?」

「鬼を信用する奴なんているかよ」

「そりゃ、そうっすけど……この人は信用出来るっすよ? なんせ、『食べて良い』って言われても一宿一飯の恩で生け贄に捧げられそうになったあたいの御先祖様を……」

「おや、今日は良い天気だ」

 また露骨に話題を逸らしたっすね……まあ、確かに霧は完全に晴れてるっすね。

 

「昨日の奴は旭の仲間の攻撃で大分痛め付けられてたからね。多分、まだ蹲ってるんだろうよ」

「そりゃ、良いことを聞いたっす」

 昨日負わせた手傷が回復していないって事は、一気に攻めて畳み掛けられるっすからね。

 

「あの飛んできた剣は未だに刺さってるからね。俺が難易度調整の為に連れてきた狒々にも抜けないもんだから、かなり苛立ってたよ」

「やはり、昨日の大妖達は貴様の仕業か」

 難易度調整って……あたいか伴部さんだけだったら、妖に蹴りを一発いれて援護してくれたんすかね? 

 

「ああ。そうそう、君達の相手の妖は少なくとも人の形をしてなかった。それに動きも悪かったな。鈍過ぎて手下共に自分を運ばせていたよ」

「………」

「おいおい、疑うなよ? いくら嘘つきな鬼でも四六時中嘘を吐くかよ」

 ……まあ、確かに。っと、すれば……人の形をしてなくて、動きが悪くて重くて霧を吐く妖と言えば……『あれ』っすね。

 

「蛤……『(しん)』っすかね?」

「あの化蛤が一番の候補か」

 あたい達が成長して凶妖になれば霧で相手の親しい人や恐怖するものの幻覚を作って翻弄してくる厄介な妖の名前を言うと、にんまりと笑ってそれが正解だと示してくれたっす。

 

(綾姉の性格から考えて、伴部さんやあたいが行方不明の段階でそのまま置いていくなんて事はないっすね。それに、アリシアのフルンディングの『仕掛け』もあるっすし。綾姉は昨日は精細を欠いていたっすけど……それは、単独の任務だったからっすね)

 あたいだって、旭衆と一緒にいなかったら緊張とかで精細を欠くかもしれないっすからね。

 

「まずは合流を……っ!?」

 あたいと伴部さんは邪悪な気配を感じて慌てて岩の陰に隠れ、赤髪碧童子は楽しげな表情を浮かべて黒い妖気となって霧散するっす。

 

 あたい達は慎重に音をたてないようにしながら顔を出して……頭を抱えたくなったっす。

 

「なんて間の悪い。そりゃ、貝だから水辺には来るかもしれないっすけど……」

 洞窟の中を妖の軍勢が行軍していたっす。そして、その列の中央には一際特異で目を惹くシュコーと呼吸するかのように白い霧を吐き出す、突き刺さった剣を中心に殻がひび割れて中から青い体液を染み出るように流す大きな牛車程の大きさはあろう蛤とその側で用心棒の如く控えている大きな狒々がいたっす。蛤は多数の化物に背負われながら洞窟湖に向けてゆっくりと進んでいるっす。

 

(不味いっすね……)

 あたいの構想としては、どうにか綾姉達と合流して探索。そっから退治っていう流れだったんすけど……これじゃあ、何時見つかるかわからないんすよね……

 

 今目の前で百鬼夜行している妖の大名行列は、あたい達にとって余りに鬼門過ぎたっす。

 

(数は……三十頭位っすね。昨日のレーヴァンテインが効いたんすかね? ……奇襲で一気に倒すのも計算に入れるべきっすね)

 あたいは蛤達にばれない様に息を潜めながら蛤達に従っている妖の数を数えると、あたいは自分達に出来ることを考えながら……

 

「ふん、臭うわい……臭い臭い人間(えさ)の臭いがなぁ!」

 あたいと伴部さんは顔を見合わせて……即座に隠れていた岩の影からあたいは背中に背負った弓を手に取り、伴部さんは地面に置いた槍を持って左右に転がると……狒々が何時の間にか手に持っていた刀で岩を切り裂いたのが略同時だったっす。

 

「伴部さん! 狒々と雑魚はあたいが受け持ったっす! 伴部さんは蜃を! 玉鋼、呪印!」

「了解しました……!」

 あたいは伴部さんに指示を出しながら、昨日は殆ど奇襲だった為に使えなかった玉鋼と呪印を展開して伴部さんのサポートをする。

 

「通すなぁ! 二匹ともぶち殺せぇい!」

「させないっすよぉ!」

 狒々が手に持った刀をあたいに振り下ろしながら咆哮するけど、あたいはそれを回避しながら矢筒から取り出した矢をつがえて伴部さんの方に向かおうとした雑魚を撃ち抜くっす。

 

「ほらほら、美味しい餌は此方すよぉ!」

 あたいは意図的に霊力を垂れ流しながら矢を連続で射る事で雑魚を引き付けると同時に、狒々に対して牽制を入れ……てえぇぇぇぇぇ!? 

 

 あたいは自分に向かって狒々が投げて来た鉄球を横っ飛びに回避すると、すぐに弓を構えようとするけど……狒々は肩にある『何か』から連続で鉄球を取り出すとそれを投げて来るっす。

 

「く、支援が……! うわぁ……」

「くかかかか……! あの化け猫めへの切り札として用意した急造の妖じゃったが……存外使えるではないか……!」

 狒々はそう言うと人の顔がついた芋虫と言うべき妖から今度は槍を取り出して……

 

「はいっ!?」

「ちょっ……!?」

「む……? 何を……ぐへぇ!?」

 あたいは蜃の取った行動を見たことで慌てて狒々の前から逃げ出すと、狒々は何がなんだかわからない感じだったぽいっすけど……次の瞬間、触手を地面に刺して大跳躍した蜃に吹っ飛ばされたっす。

 

 ……後で調べて知った事っすけど、貝って触手があるし、種類によっては跳躍能力凄いらしいっすよ。ましてや妖ともなればあの跳躍力も当然っすね。

 

「はぁはぁ、あの野郎、俺を挟み潰す気だったな……!?」

「多分、あたいも……げ!?」

 あたいが伴部さんと合流して背後の蜃と壁に叩き付けられた狒々を見ながら武器を構え直すけど……蜃は貝のヒモに当たる部分にずらりと真っ黒な眼球で無機質な、しかし何処か怒りを湛えた黒眼の視線をあたい達に集中させていたっす。

 

「あれって、瞳術……!?」

「ひっ……!?」

 瞬間、あたい達の足が動かなくなる。より正確に言えば途中で蜃の目からあたい達の目を逸らしたために瞳術による催眠が中途半端にかかり足だけが動かなくなっただけっすね。けどそこに伴部さんには蜃の触手による攻撃が、あたいには狒々が構えた槍が突き出されるっす。

 

「く、こんのぉ!」

「ぐ……おおお!」

 あたいは手に持った矢であたいの足と伴部さんの足を突き刺すと、その痛みで催眠が解けて動ける様になった足でそれぞれの攻撃を回避するっす。

 けど、伴部さんには触手による連続攻撃が、あたいには槍による連続突きが殺到するっす。

 

「ああああぁぁぁっ!!? 糞がぁ!!」

「く……がふ!?」

 伴部さんは槍で応戦するけど幾ら強化していても数には勝てず槍を奪われて足を刺され、あたいは弓で弾きながら攻撃を防ぐけど狒々が攻撃に変化を加えて、柄での横凪ぎの攻撃を食らった事で壁に叩き付けられたっす。

 

「死ねい!」

「まだだぁ!」

 あたいは跳ね起きながら繰り出された槍を回避して、狒々の顔面に矢を投げつけ目を潰すっす。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!? こ、この小娘がぁ!」

「ぎ……まだまだぁ!」

 狒々は槍を放り捨てて、片手で潰れた目を庇いながらもう片方の手の爪で斬撃を繰り出して来てそれがあたいの脇腹を少し斬るっす。けど……こんな事で怯めるかぁ! 

 

「くたばれい、餌風情がぁ!」

「人間……なめんなぁ!」

 あたいは握り拳であたいを叩き潰しにかかる狒々の攻撃を避けて、少しずつ弓に溜め込んでいた霊力をつがえた矢に流してそれを狒々に向けて放ったっす。

 

「ば、バカなぁぁぁぁぁ!?」

 至近距離から炸裂した矢は狒々の腹部を抉り取り、上下に分断して上半身は壁に吹っ飛び、下半身は地底湖に沈没して行ったっす。

 

(伴部さんは!?)

「人間なめんなよ貝風情が……!!」

 あたいが伴部さんの無事を祈りながら蜃の方を見ると、そこには伴部さんが足に霊力を流しながらフルンディングに使われたアリシアの剣に蹴りを入れる事でアリシアの剣を通じて蜃に直接霊力を叩き込む光景が目に入ったっす。

 

「もう……いいから死んどけ……!!!」

 そのまま肩まで傷口に入り込む程、短刀を更に傷口深くに捩じ込んだっす。

 

 そうして少したつと……形容もつかない声で哭き、必死に暴れていた蜃はゆっくりと動きが鈍くなり……そしてぐたりと沈黙したっす。

 

「……なんとか、倒したっすね」

「ええ……此処からどうしましょうか」

 あたいがふらつく伴部さんを支えると、伴部さんは溜め息を吐きながら目の前にいる残党達を見るっすけど……あ。

 

「伴部さん、もう大丈夫っすよ」

「は……?」

「「Kill、Freaks!」」

「「王家()式四型……『轟雷陣(ごうらいじん)』!」」

「旭ちゃん、伴部さん!」

 あたいがそう言うと、フルンディングに施されたマーキングを辿って来たであろうみんなが口々にそう言いながら残党達を殲滅したっす。

 

「旭ちゃん、大丈夫!?」

「大丈夫っすよ……ちょっと、脇腹とか足が痛いけど……」

「無茶をしちゃダメだよ! 急いで治療しなきゃ!」

「ああ、でもやらなきゃいけないことが……」

(殺った!)

 そう言っていると、がら空きの背後から上半身だけになった狒々の一撃が……

 

「来ると思ってたっすよ」

「な……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 あたいに来るけど、前回の大狼の件で学習していたあたいはそれを避けて抜いていた刀でその首を切り落とし、そのまま頭部を一刀両断にしたっす。

 

『ふふふ……合格おめでとう。また会おうぜ』

 多分それを見ていた赤髪碧童子があたいと伴部さんにしか聞こえない言葉でそう言ってたっす……

 

 ────────────────────

 

「……痛いな」

「そりゃ、足が穴だらけっすからね」

 あたい達は妖の死骸の処理をしているみんなを見ながら、伴部さんは傷の治療をあたいは狒々が連れていた人頭芋虫をあたいの式神として調伏していたっす。

 

「っ……!!」

 伴部さんは噛み物で痛みを堪えつつ、同時に薬物(薬師衆が芥子から抽出した成分を秘伝の方法で依存性を抑えつつ濃縮したもの)でそれを誤魔化しながら、傷口を自分で縫い合わせていき、それが終わったら糸を切って、酒精を吹き掛けて消毒してから包帯を巻いていくっす。

 

「ん~……体感的には小妖ってところっすけど……貯蔵容量多いっすね~便利な式神を手にいれたっすね」

 あたいはそれを痛そうな感じに見ながら人頭芋虫……『蔵丸(くらまる)』の想定外の貯蔵容量にうきうきとしながらお札に蔵丸を収納したっす。

 

「あ、あの大丈夫ですか伴部さん……?」

 伴部さんの手術作業を心底不安そうに見ていた綾姉がそう尋ねたっす。

 

「問題はありません。化膿はしないように注意しましたから。それよりも迎えはそろそろでしょうか?」

「え? あ、はい。式神が戻って来たのでそろそろだと思います」

 綾姉が戻ってきた式神を手に持ちながらそう言うっす。……本当に綾姉は面倒見が良いっすね。流石は夕陽の『伴部さんを大事にしてくれそうな人物の順位』で二位にあげられる事だけはあるっすね(因みに第一位は『ゆかちゃん』こと『赤穂(あこう)(ゆかり)』と佳世ちゃんこと『橘佳世』ちゃんと佳世ちゃんの『義理の姉(・・・・)』の紗世(さよ)姉こと『橘紗世』の同率らしいっす)。

 

「それにしても、何か不思議ですね」

「何がでしょう?」

「お面がないので。下人衆の方々って常にお面しているので中々どんな人か分からなくて。伴部さんは結構印象的な事もあって分かるんですが……想像していたよりも若いんですね!」

「あ、それはあたいもそう思ったっす」

 現在の伴部さんはお面を蜃に割られたせいで顔が露出してるんすよね……あれ? そう言えば、この目元の辺りとかどっかで……確か、旭衆の最初の仕事で訪れた『蛍夜(ほとよ)』の里で会った『あの子』の世話役と似ているような……? 

 

「綾香様、到着しました」

「分かりました。どうやら来たみたいですね!」

 あたいがそんな事を考えていると、今回同行していて生き残った下人の一人が報告してくると安堵した表情で綾姉はその出迎えを見やるっす。森の向こうから数人の供連れと共に近付いて来る牛車が見えたっす。どうやら仕事帰りらしいっすね。

 

「って、あの牛車は……」

 あたいは牛車の出で立ちを見てそれが誰のものなのかを理解して、奇妙な縁を感じたっす。今回も一緒に帰ることになりそうっすね。

 

「此方の申し出、受け入れて下さって幸いです。姫様」

 綾姉と残る下人達、そして旭衆のみんなは目の前で停車した牛車に向けて頭を下げてそう謝意を示すっす。

 

「怪我人が出たらしいな。宜しい、此方も仕事帰りだ。屋敷からそう遠くもない、怪我人と……旭だけならば運んでいってやろう」

 その男勝りで端正な声はついこの前も聞いているっす。牛車から颯爽と降りた人影は木に横たわる伴部さんと木にもたれ掛かっているあたいの目の前に来ると、そのまま伴部さんを見下ろして口を開くっす。

 

「この前以来だな。今回も一緒に来てもらう事になりそうだな?」

「……情けない話でありますが、どうやらそのようです」

「あはは……なんか、ごめんす」

 凛々しい黒髪のその人の言葉に伴部さんは下人らしく淡々と答える。その人はその言葉に目を細めてただ静かに伴部さんを、正確には伴部さんの怪我の具合を見定めていたっす。

 

 まあ、誰だかは言わなくてもわかるっすよね? ……雛姉っす。




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集1

自己紹介
「あたいは鬼月旭っす! よろしくっすよ、蛍夜さん!」

ちょっとしたデートイベント時での吐露
「あたいにとって、雛姉と葵姉は目標なんすよ……だから、頑張って二人に追い付きたいんす」

病んだ雛が旭を殺害した際の台詞
「え…雛、姉……?」

病んだ葵が旭を殺害した際の台詞
「葵、姉……どう、し…て……」


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第八話

 牛車と言えば多くの者が平安時代に公家が乗っていた物を想像するだろう。

 

 史実においては中国の古事もあって貴人の乗るものとして平安時代から室町時代の中頃まで使われた牛車は、当然ながら和風ファンタジーをテイストした『闇夜の蛍』でも登場しているし、古くからの退魔士の家系であり、自らを神話の時代から続く由緒ある血統であると誇示している(無論嘘っぱちだ)鬼月家もまたそれを日常的に使用している。

 

 とは言え、それは現実の牛車とは似て非なるものである。

 

 まず牛が違う。牛車を引く二頭の牛は肌が青く、その頭部からは角が生えていた。元々は夔牛(きぎゅう)という霊獣を先祖に持つ個体であるらしいが世代交代を続けていく内に血が薄まり、今となっては前述の他に知能が高く人の言葉をある程度解する程度のものでしかないらしいが。

 

 牛車自体は豪奢で煌びやかであるが俺からすればそれ以上にその高度に組まれた術式の方が目を引く。十枚ばかりの結界に呪い返しに防音、腐食止め、強度の強化……ざっと目にしただけでも一ダース以上の術式があらゆる状況からでも中の人間を保護するように、そして各々が干渉しないように緻密にかつ慎重に組まれている事が分かる。

 

 ましてや中に至っては退魔士達が長年の実験を行い編み出した人工的な器物の『妖化(ようか)』の技術を使う事で『迷い家(まよいが)』と化している事が一番目を引く事実であった。

 

 元ネタは遠野物語等で伝わる訪れる者に富を授ける山中の謎の家であるがこの世界では微妙に違う。

 

『闇夜の蛍』の舞台は北陸東北をモデルにしているが此方の世界における迷い家は当然のように妖である。しかも大妖ないし凶妖クラスの厄介者だ。

 

 簡単にイメージするなら某ジブリの動く城を思い浮かべれば良い。本体は悪魔……ではないが意識を持つ妖力の塊のようなもので、建物は付属品、建物どころか周囲の土地まで支配するマップボス、いやマップそのものがボスのような奴だ。

 

 人間を噂や幻惑で屋敷に案内し、対象は恍惚状態のままでその身体を霊力そのものとして分解して吸収してしまう食虫植物みたいな質の悪い代物だ。しかも幻惑や催眠が効かない相手には屋敷自体が牙を向く。迷い家の中はある種の結界により異界化しているらしく、それこそ明らかに空間が現実の面積よりも広く時間の流れも異常だ。物理法則すら限定的な改変が可能で無数の罠もあって迷いこんだ人間は大迷宮の中で永久にさ迷い発狂する事になる。

 

 ……いや、一流の退魔士なら態態屋敷に入ってそんな遊びに付き合わずマップ攻撃で仕止めるけど。この戦術を考案した退魔七士が一人寛仁上人が言っている、「態態相手と同じ舞台で戦う必要はない」って。けど、流石に近距離無双な鬼や大入道相手に決闘を申し込んで平地に誘い出してから山に登って目からプロトンビーム撃ち込んで回避不能な嵌め殺しするのはどうなんだろう(合理主義な鬼月夕陽もこの点は呆れてたしな)。

 

 ……話が逸れた。兎も角も退魔士達、特に実例の『迷い家』が多く棲息(?)している北部の退魔士一族はそれの特性とその有用性を良く理解していた。そして研究に研究を重ねて、更に一部の家々はそれを人工的に『製造』する事に成功していた。

 

 故にその技術を流用した牛車は実際の大きさも然る事ながらその内部空間は更に十倍以上の広さを誇り、更には複数の独立した空間と繋がっていた。もし化物や賊が中の者を襲おうとしても中を無理矢理開いたら現れるのは別の独立空間に閉じ込めていた鬼月家が調伏(洗脳)した妖の群れである。無論、牛車自体が燃やされたら中の者も閉じ込められるがそもそも一撃で強化され迷い家化した牛車を破壊するなぞかなり難しい。

 

 因みにこれは鬼月家の屋敷も同様で、更には人工的かつ非人道的な実験で生み出された茶髪ポニーテールのシャイな座敷わらしなんかもいたりする(鬼月旭と夕陽には見えているらしい……)。攻略可能キャラではなくちょいキャラではあるが外伝小説で彼女が生まれてからその境遇と最期の経緯なんかも触れられたりしている。……取り敢えず鬼月家って糞だわ。

 

 さて、前置きが長くなったのは謝ろう。まぁ、そういう訳で仮に牛車に相乗りするとしてもその中は結構広々としている。その上、下手すれば切り替えた別の空間内で待機していても良いのだ。いや、寧ろそちらの方が普通なのだろう。退魔士本家の娘とたかが一下人の関係からすればそちらの方が遥かに当然だ。

 

 故にだ、故に本来ならばこのような状況は有り得なかった。

 

「どうした? 折角寝床も用意してやったのだ。遠慮する事はない。横になっておく事だ。傷の具合は承知している。そのような体勢では傷口が開こう?」

「いや、雛姉……流石に寝るための布団があっても雛姉の目の前で寝る度胸は流石にないと思うんすけど……」

「旭様の言うとおりです。幾ら事情があるとしてもこのような非礼は……」

「いや、旭……お前の目の前で寝るのは良いのか……?」

 同乗する同い年の少女の淡々とした言に、鬼月旭が何処か呆れながらツッコミ、それに便乗して俺は膝を屈して頭を下げながら答える。仮面はなく、故に足や肩を襲う激痛は薬師衆の麻酔を使ってもまだ相当の痛みではあったがそれを表情に出す訳にもいかなかった。可能な限り無表情を浮かべる顔は、しかし額に汗が浮かび上がる。

 

(糞、本当に面倒な事になった……!!)

 俺はそう思いつつ、痛みを誤魔化すために頭を下げたが視線だけは周囲を観察する(なお、鬼月旭は心配そうな表情でちらちらと俺を見ていた)。

 

 迷い家の現実改変によって精々六畳分である筈の牛車の中は三十畳余りの大部屋となっていた。しかも足下は畳で御丁寧にも牛車の出入口には靴置き場がある仕様である。

 

 姉御様は座布団の上で正座していた。前には漆塗りに金箔で紋様を描いた文台、その上にはこれまた高そうな硯箱があり、手元には何か書状が置かれていた。どうやら執務をしていたらしい。

 鬼月旭は座布団の上で胡座……をかきそうになりながら必死に正座をしていた(前にゴリラ姫の前でうっかり正座から胡座に移行してしまった時に正座を覚えられるようにと『言霊(ことだま)術』で一昼夜正座をさせられて漏らした事があるからだ)。前にはそれなりに年代物の文台(時折姉御様及びゴリラ姫と同乗することがあるらしく、乗せて貰っているらしい)、その上には姉御様から貰って以来鬼月旭が使っている愛用の硯箱(筆はゴリラ姫からだ)があり、手元には日誌兼帳簿(旭衆の一日毎の収入と依頼の推移やそれにおいての諸経費が書かれている物)が置かれていた。……どうやら、此度の依頼の経緯やかかった費用を計算していたらしい。

 

 背後の壁には掛け軸、そこから右に視線をずらせば見事な屏風絵、左に視線を向ければ絹を染め上げた几帳に脇息が置かれていた。その他周囲を見渡せば棚があり、刀剣類を置いた台座があり、その他煌びやかな調度品が置かれていた。

 

「相変わらず牛車での旅なのに豪華っすね……」

「……言っておくが、私の趣味ではない。私は野宿でも構わなかったのだがな……さりとて誉れある鬼月の直系が外で寝るのも外聞が悪いらしくてな」

「あ~……確かに。雛姉って、名君って誉れ高い『玉楼帝(ぎょくろうてい)』みたいな感じっすね」

「ん? まあ、憧れている人間の一人ではあるな。彼の様な質実剛健な人間でありたい……と、私は思っているよ」

 鬼月旭が牛車の中の豪華さに呆れていると、姉御様は苦笑いをしながら同意して鬼月旭の告げた百年前くらいの帝の名に微笑みながらそう答えた。

 

(……姉御様って、結構スムーズに笑える様になったよな。鬼月旭のお陰かね?)

 俺は苦笑いや微笑みをスムーズに出来る姉御様に内心で感心する。闇夜の蛍では笑うことに馴れておらず、主人公君との交流の果てに少しずつ馴れていく……というイベントもあったからな。

 

「伴部さーん。なんか雛姉に対して失礼な事を考えてないっすか?」

「いえ……滅相もない事でございます」

 エスパーかよ!? いや、失礼な事は本当に考えていないが……

 

「そう言えば……確かお前と旭は今回綾香に同行中は野宿だったか?」

「まあ、そーっすね。てか、旭衆は仕事全般が野宿っす」

「はい、その通りで御座います」

 俺は感情を晒さないように淡々と答える。無論、途上に宿場町や村があればそちらに宿泊したが、そういうものがない場合は当然のように野宿をした。鬼月綾香は下人衆に比べれば遥かに実力は上であるが、それでも一族の末端であり、力も一族全体では余り強い方ではない。迷い家化した牛車なぞ使える立場にないので彼女も我々下人同様野宿する事になる。

 

 まぁ、それでも立場が違うので野宿の準備や食事は此方で用意するし、我々はその辺りで交替で警戒しながら雑魚寝するのに対して彼女は天幕があってぐっすり眠れるのだが。うん、途中天幕張るのを手伝おうとして失敗して白虎から怒られて『しゅん』としたり見張りもやろうとして眠たくなって頭こくこくしててアリシアに怒られて『しゅん』としてたの可愛い。

 

 因みに旭衆は基本的に低い立場だし、鬼月旭も元々は村娘であるために牛車は(基本的には)使えない。なので基本は我々と同じ雑魚寝である。……流石に男女別に寝てはいるが。

 

「……そうか。牛車に乗るのもか?」

「護衛として控える事はありましたが、入室した事は御座いません。何せ下人でありますので」

 これまで鬼月家一族の幾人かに護衛として随行を命じられた経験はある。しかし、同行する女中や側用人であれば兎も角、下人程度が護衛は勿論その他如何なる理由でも牛車に乗せられる事はなかった。それは俺個人に限らず、下人全体での扱いである。まぁ、非公式に乗った者は幾人かいるだろうけども。

 

「そうか。ならば今回は貴様にとっても初めての経験か」

 筆を止めて、何処か愉快そうな表情を浮かべて姉御様は更に言葉を続ける。

 

 

「この牛車は防音だ。外の音は聞こえるが中の音はしない代物、外を警戒するならば態態耳を澄まさんでも良い。そもそもお前は重傷の上、疲労困憊だろう? 私もそんな者にいちいち礼儀は求めん。早く怪我が治るように努力するのが最善の行いの筈だ。違うか?」

「まあ、それもそうなんすけどねぇ……」

 鬼月旭も同意したとおり、姉御様の主張自体は合理的ではあった。成る程、それは認めよう。しかし……

 

「……では、せめて敷物はもう少し離れた場所に御願いしたいと思います」

「さっきも言ったけど、雛姉の目の前で寝る度胸は流石にないと思うっすよ?」

 鬼月旭も言ったとおり、流石に執務中の姉御様の目の前数メートル先で横になるとか罰ゲームだろう!? 

 

 最初は「迷い家」が内蔵する幾つかの別空間で休息を取ると俺は考えていた。そうではなく護衛も兼ねてと同じ空間内に滞在するとしても別室、同室としてもせめて横になる場所は部屋の隅だろうと思ったよ。

 

 いや、本家の長女が仕事する目の前で寝るとか論外だろうが!! こんなの一目でも見られたら詰みだ。余りに無礼過ぎるし、そうでなくてもひねくれた噂話でもされかねない。それに……

 

「……主より先に寝るのも無礼でございますので」

「……む」

 一応は俺の主である鬼月旭より先に寝るのも割りとアウトの部類である。本人は「所詮、あたいは元村娘っすから」とフランクに対応するが、それでも義理とは言え本家の末娘。それよりも先に寝たとあればどんな事を言われるかわかったものではない。

 

「ん~……じゃあ、あたいが寝れば寝るんすね? 雛姉、出来たんで確認お願いするっす」

「わかった。……ふむ、計算も出来てる、誤字脱字もなし……良くできてるな」

「そりゃあ、こういうのの書き方は雛姉や葵姉、思水様に叩き込まれて、計算は宇右衛門様に叩き込まれたっすからね……間違えたら申し訳がたたないっすよ」

 鬼月旭の言葉に姉御様は「それもそうか」と苦笑いをする。そうなんだよな、こいつって姉御様やゴリラ姫、拗らせババア以外にもデブ衛門や下人衆頭である『鬼月思水(しすい)』ともある程度の交流はあるんだよな……だからこそ、こいつや旭衆を目の敵にしている長老衆も迂闊には手を出せないのだ。

 

「それじゃあ、あたいは寝させてもらうっすよ……伴部さん、敷物移動させるっすね」

 そう言って鬼月旭は敷物を出来る限り姉御様から離れた場所(それでも視界内だが……)に置き、姉御様の前に用意した布団には自分が入る。

 

「それじゃあ、おや…す、み……」

 そのまま「すー、すー……」と寝息をたてる鬼月旭に頭を抱えてしまう。どんだけ寝付きが良いんだよ……

 

「さて、旭は寝たんだ。お前も寝たらどうだ?」

「……では、お言葉に甘えて」

 姉御様の言葉に俺は内心で溜め息を吐きながら敷物の方に移動する。

 

「っ……」

 右足の痛みに無表情で耐える。糞、やっぱり表情変えずにいるのムズいわ。屋敷に戻ったら真っ先に仮面の支給してもらおう。

 

 刃先を布で覆った槍を手元に置いて、何時でも護衛の任を果たせるように俺は座り込んだまま眠気に身を任せる。

 

(少なくとも摘まみ食いの可能性がないだけ洞窟よりはマシだな)

 予想以上に疲労していたのだろう、俺は重い瞼をゆっくりと閉じていき、睡魔に身を任せていた。

 

「お休み、■■、旭。良い夢を」

 意識を完全に失う直前、幼馴染みに懐かしい名前で主ともども呼び掛けられた気がした。

 夢か現か判断つかなかったが、少なくともそれは何処ぞの気狂い鬼のそれと違い不愉快ではなかった……

 

 ────────────────────

 

 ……あぁ、折角の機会だったのにまた碌に話も出来ずに寝させてしまったな。鬼月雛は広い部屋の片隅で何時でも警戒出来る体勢で寝入る幼馴染みと自身に気を使いながら眠る義妹を見つめてそう思った。そして思うのだ、自分はまだまだ力不足だと。

 

 彼は唯一無二の存在だった。母が死に、父とは会えなくなった彼女は広い屋敷の中で頼れる者もおらずに一人だった。

 

 ……いや、正確には世話役の大人や遊び相手の子供はいた。しかしそれは彼女の求める者ではなかった。大人達はよそよそしく頼れる程信用出来なかったし、遊び相手の子供達は農村生まれの彼女とは感性が余りに違い過ぎた。

 

 そんな時に連れて来られたのが彼だった。同じ農村生まれ、それでいて貧しい村だったからか働き者で、世話焼きで、此方に合わせてくれる少年は彼女にとって唯一頼りになり、信頼出来る存在だった。子供ながらに拙くも好いていたといって良い。別に鬼月の家の権力なぞ興味もなかった雛は家出してこの頼りになる少年と一緒に畑でも耕して暮らそうとでも空想していたくらいだ。何なら遊び半分で実際に計画について話し合ったくらいだ。無論、彼方も遊び程度にしか思ってなかっただろうがそれでも彼女にとってはそれが楽しかった。

 

 それが変わってしまったのは一つには陰謀で化物に殺されかけて力に目覚めた事だった。それによって彼女を取り巻く環境は一変した。いや、それ以上に……

 

「そうだ、それは問題じゃない。本当の問題は私自身の愚かさだ……」

 鬼月雛は瞼を閉じて思い出す。自分の取り巻く環境が変わった事、自分が命を狙われている事、自分におもねる大人が大量に寄ってきた事、それが幼く愚かな彼女には余りにも怖くて……だからいつも頼りになる少年に助けを望んだのだ。屋敷から逃げたいと。

 

 それがいけなかったのだろう。余りに不用意な発言だった。少年が即決で自分の助けに応じてくれなかったというだけで彼女は少年に失望して詰って、泣いて、その場から去った。その次の日には少年は彼女の世話役から追放されていた。

 

「……そうさ、それに絶望して苦しんでいたところに現れたのが……旭、お前だった」

 自分のせいで彼は追放され、下人衆に落とされた。それを後悔し、絶望し、己を苦しめ続けていた所に代わりでも良い、代わるその時まで自分が支えてみせると言って手を差し出してくれたのが目の前で寝ている義妹なのだ。

 

「だからこそ、あの男を今でも許せない……!」

 自分が大切にしている義妹を自身の競合相手にしない為に葵や未だに思いを寄せている下人もろとも謀殺するためにわざと彼女が近くにいる時に話した……旭が『当主様に嵌められた葵姉を助けてくるっす!』と書き置きを残して飛び出していたのを見て慌ててやって来た自身に悪びれずに告げた父に言った言葉は完全なる本心である。

 ふざけるな、そんな事の為にあの子を……旭と■■を殺そうとしたのか。『自分の為』を免罪符にして、自分を救ってくれた者達を殺すというのか……その気持ちが爆発して出たのがあの男に対する苛烈な発言だったのだ。

 

「……その後でお祖母様の助けがなければお前達を救えなかったというのは、腹が立つ話だがな」

 父に暴言を言って部屋を飛び出した自身に旭達の現在地を告げ、そこまでの道案内の式神を出した若作りの祖母には感謝はしている……時折、彼を見る目が何処か怪しかったのには目を瞑ればだが。

 

「あの時は肝が冷えたな……全く、毒が抜けるならもう少し早く抜ければよかったものを……」

 駆け付けた自分がみた光景……それは、全身が血塗れの伴部が限界を迎えて倒れ伏し、同じく血塗れの旭が顔に一閃をくらって自分の特徴にしている鼻から上を横切る傷を作った場面だったからだ。

 それに半狂乱になった自身が乱入するのとほぼ同時に毒の抜けた葵と共に妖達と向き合い……それを凪ぎ払い、どうにか二人を助け出して……そして、旭に手酷く裏切られた……かに思えた。

 

「本当に情けない話だ。お前は、私達が殺し合わないように自分が憎まれ役を買って出たというのにな」

 彼をお付きにして、葵との賭けの景品にした。それが、どれだけ腹が立ちどれ程旭を憎んだかわからなかった。だが、祖母が言った「あの時の旭の言動の意味を二人で考えなさい」と溜め息混じりで言われた事で冷静になれ……旭の監視の為につけた式神で旭の真意を知った事でそれは己の勘違いだったとわかったのだ。

 

「■■、旭……『許してくれ』とは言わない。だが、もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ」

 この十年余り、彼女はひたすらに学び、鍛え、力をつけた。戦いだけではない。財力も教養も、派閥も、それはただひたすらに彼と義妹を助けたいからだ。彼らを救い出したいからだ。

 

「お前達が自由に生きれる様に、頑張るから。全てを終わらせてみせるから……」

 彼女は懺悔するように、謝罪するように震えた声で呟く。自分達のせいで大切な青年が苦しみ、義妹は自分達のために青年を死なせない為に苦しんでいる事に彼女は耐えられなかった。

 

「そこから助け出してやる。だから……だから………」

 だからせめて、全てが終わったら二人とも、静かに私と一緒に暮らしてくれ。そのための脅威からは、その存在からは私が全力で守るから。

 

「それがたとえ、誰が相手であっても………」

 そう告げる彼女の瞳には、聖母のごとき慈愛の光と……狂気にも似た激情の炎が揃っていた……




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集2『夕陽編』

自己紹介
「私は夕陽……ただの夕陽だ。私は旭に寄生する寄生虫に過ぎんからな」

主人公への脅し
「もしも旭を幸せに出来ないと判断させてみろ……お前を、殺す」

主人公の悪堕ちがバレた場合
「そうか……お前は、そういう奴だったか」→即座に主人公の心臓を手刀で貫く冷徹な表情の夕陽のCGが映る。

旭エンド時
「旭をあいつを支えてくれて、ありがとう……」


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章末

 ……これは、夢っすね。

 

 あの時、葵姉と雛姉が共闘をした時の夢っす。

 

「つぁ……!」

 あたいは既にボロボロの体を酷使し、手にした薙刀で右にいた妖を切り捨てながら後ろの妖に石突で攻撃し、左にいた妖に呪符を投げつけて攻撃する。

 

「が……!?」

「伴部さん!?」

 あたいが伴部さんの苦悶の声に反応すると、そこには妖の攻撃を受けてあたい以上にボロボロな伴部さんが遂に倒れ伏す光景だったっす。

 

「貰ったぁ!」

「しま……うあぁぁぁぁぁ!?」

 あたいが伴部さんに気を取られた隙を突かれて、妖の内の一体の攻撃があたいの顔の真ん中を切り裂きその血が目に入る。

 

(不味い……! このままだと……)

「死ねぇぇぇぇぇ!」

『グアァァァァァ!』

『シャアァァァァァ!』

『ブルルゥゥゥゥゥ!』

 血に目を潰され、完全に身動きを止めたあたいに妖達の攻撃が……

 

「■■、旭!」

「なん……!?」

『『グオ……』』

 届く前にあたいを呼ぶ声が聴こえ、攻撃を加えようとした妖達が全て断末魔の声すらあげずに焼き払われたっす。

 

「旭、旭! しっかりしろ!」

「……雛、姉…?」

「嘘だろ……!? なんで、姉御様が此処に……!?」

 あたいが此処にはいない筈の雛姉の声に問い掛けると、ぼやけた視界に見える雛姉の顔は凄く泣いていそうな顔になってたっす。

 

「ああ、良かった……お前や、■■が死んでいたらどんなに……」

「そこに、葵、姉も……入れてくれると、嬉しいんす、けどね……」

「あら……嬉しい事を言ってくれるじゃない」

 あたいは疲労と傷の痛みで途切れ途切れになりながら苦笑いをしていると、その声と共に雛姉に襲い掛かろうとしていた妖が扇から放たれた風でバラバラにされたっす。

 

「葵姉……」

「……旭、伴部も良く頑張ったわね……後は私に任せなさい」

「……お前にだけは負けん」

 そう言って雛姉と葵姉はあたい達を挟むように立ち、刀と扇をそれぞれ構えるっす。

 

「……私達は、今怒ってるんだ」

「ええ、だから貴方達程度にそんな時間はかけられないの。だから……」

 二人はそう言って、霊力を溜めるとそのまま妖達に放ったっす。

 

「一撃で決める」

「一撃で決めてあげる」

 そしてその言葉と共に放たれた一撃は、包囲していた妖達を全て消し飛ばし……それを見て緊張が一気に抜けたあたいは……そのまま意識を失ったっす。

 

 それから……

 

「旭、起きろ。屋敷だぞ」

「ふえ……?」

 あたいは牛車内で目を擦りながら起き上がるっす。

 

 あたいの目の前には、にこにこと微笑んでいる雛姉の姿が……あ~着いたんすか。

 

「雛姉、此処までありがとうっす」

「……雛様、此処までお連れしていたただきありがとうございます」

「いいや、可愛い義妹と怪我人の為さ。礼には及ばない」

「それ以外興味のないくせに」

 あたいと伴部さんがお礼を述べると、雛姉は微笑みながらそれにこたえそのまま颯爽と去って行ったっす。

 

「くぁ~……やっぱり、雛姉ってああいう冷静な感じが格好良いっす。何時かはあたいもああいう風になりたいっすねぇ……」

(今のままだと、クールって言うより可愛いって感じになりそうだけどな)

「旭は変わらなくても充分良いのに」

 あたいがそれに痺れていると、伴部さんは何処か呆れた様な視線と座敷わらしちゃんからの不満そうな視線があたいに刺さってるっす。

 

「旭様、お帰りなさいませ」

「あ、(ゆい)ちゃん」

 あたい達にそう言って近付いてきたのは三年前鬼月家に家人として所属している『葛葉(かつらば)』家の次期当主で旭衆に所属している『葛葉唯』ちゃん。あたいにとっては同い年で唯一あたいに仕えていくれている家人っす。

 

「どうしたんすか?」

「いえ、伴部さんには葵様からの伝言です。『戻ったら、すぐに私の部屋に来なさい』だそうです。旭様には……」

 唯ちゃんはあたいの腕を掴むと、引き摺り出すっす。

 

「此処最近、肌や髪を手入れしていない旭様をお風呂に入れる為です」

「ちょっ、ま……!? なんでいきなり……!? 何時もは二、三週間は先なのに……伴部さ~ん! また後で~!」

「………………はあ、行くか」

「旭も貴方も大変だよね」

 あたいは唯ちゃんに引き摺られながら伴部さんにそう言ったっす……

 

 ────────────────────

 

「う~……ちょっとくらい、肌や髪の手入れをしなくても人間は死なないのに……」

「人間は死ななくても鬼月家の品性は問われます!」

 あたいは唯ちゃんに引き摺られてあたいに与えられてる部屋に備えられている風呂場に放り込まれ、唯ちゃん主導のお手入れをされていたっす。

 

「全く……雑用衆や女中の間でも旭様は残念がられているんですよ? 磨けば綺麗になるだとか、着ている物を改めれば可愛く見えるのにとか……色々言われているんですよ?」

「いやいや……それはありえないっすよ。だって、あたいはこんなちんちくりんだし、顔にはこんな十字の傷まであるんすよ? 可愛くなんて……」

「いいえ……傷は化粧とかで誤魔化せるし、可愛く着飾るのに体格なんか関係はありません。と、言うか旭様って積極的に他人と関わるのに自分の事になるとへたれますよね」

「あうう……」

 あたいは唯ちゃんの言葉に怯みながら体を石鹸で洗うっす。

 

「そう言えば……どうして急に肌や髪の手入れの話になったんすか? 普通はもう二、三週間くらいして『髪が痛んできてるかも?』ってくらいの時にすっ飛んで来るのに」

「もう少し髪や肌に気を使って欲しいのですが……実は、葵様に都行きの話が出ていましてそれで葵様が同行する人間に旭様を要求したんです。それで旭様の身嗜みを整える事になりまして。これが終わったら都に着ていく着物選びに入りますよ」

「うへぇ……今日は忙しくなりそうっすね」

 にしても都かぁ……沙世姉や佳世ちゃん、旭衆都組(というか、アリシアや白虎、黒虎とかの一部の人間を除いたクロイツ家及び王家一同と元山賊武士団)は元気っすかねぇ。時折手紙でやり取りをしてるんすけど、最近だと元陰陽寮頭の弟子が入ったとかで仕事の拡大もしてるって話っすね。

 

「って、ゆかちゃんや(むらさき)姉も来るんすか?」

「赤穂家も来るのは当然でしょう。参勤……んん、都行きは基本的に全退魔士家と大名の義務なんですから」

「そういやそうっすね」

 あたいは唯ちゃんの言葉に頷きながら、髪を櫛でとかしていくっす。

 

「まあ、雛様も来るのですが」

「あれ? 雛姉もっすか?」

「ええ、多分……葵様が都に行っている隙に雛様に手柄を取らせ、都で官位を賜らせる事で雛様こそが鬼月家の跡取りだという大義名分とする為の雛様派の計略かと。因みに討伐するのは『牛鬼(ぎゅうき)』だとか」

 牛鬼かぁ……牛鬼!? 

 

「……空亡軍の大幹部の一人じゃないっすか! 大丈夫なんすか、雛姉は!?」

「大丈夫ですよ。思水様が同行しますし、何より雛様もお強いですから……風の噂によると、牛鬼もかなり弱体化してるらしいですし」

「そりゃ、そうっすけど……心配っすよぉ……」

 あたいはお香が焚かれた着物を着ながら溜め息を吐いたっす。

 

「あ、そうそう」

「ん? どうし……」

「逃げ出さない様に……都に着ていく着物選びは女中達が旭様を着物が置いてある部屋まで連れていきますので、悪しからず」

「あひゃあぁぁぁぁぁ!?」

 あたいは逃げ出すためにこっそりと襖を開けたら……待ち構えていた女中達に捕縛されて連れていかれたっす……

 

「……全く、そこまで予想通りだったなんて」

 少女はそう溜め息を吐きながら女中達に引き摺られていった己の主に呆れる。なんせ、三年前、見張りが自分一人だった時に着物選びを面倒くさがって逃げ出した前科があるので今回は女中達に応援を頼んだのだが……案の定、逃げ出そうとしていたのは呆れる他ない。

 

「はあ、よりにもよって『闇夜の蛍(鬱ゲー)』の世界に転生したからどうなるかと思ったけど……あんな奴がいるんなら大丈夫……だと、良いなぁ」

 少女はそう思いながら足で集めた情報の精査を開始する。

 

(確か、本来ならゴリラ姫は妖達に三日三晩汚されたせいで次期当主の最前線から脱落する……筈だったんだけど、旭と伴部……つーか、あの下人も十中八九転生者よね。によって(心は兎も角)体は清らかなままだから継承権は残ってて、姉御様と陣取り合戦中。で、旭は……まあ、次期当主の座には興味はないんだけど……若手の退魔士達からは人気があるからなぁ)

 そう。旭はその努力家の面とどんな相手とも一定以上に仲良くなれる面から若手の退魔士達からは可愛がられており、良く冗談として「旭に当主になって欲しい」と言われているのだ。

 

(ただ、姉御様もゴリラ姫も二人揃って旭と伴部に執着してるんだよなぁ……そこら辺が余計な騒ぎの源にならなきゃ良いけど……所々で原作以上の疫ネタになりそうな部分も出てきたし)

 少女の考えているとおり、雛と葵は旭と伴部に執着しつつあり旭や伴部を謀殺しようとした者は容赦なく粛清している。これに不満を持っている者も少なからずおり、これが火種となる可能性も充分にあるのである。

 

(沙世さんとも連絡を取りたいんだけどなぁ……でも、前日譚の『狐児悲運譚(こじひうんたん)』の描写からいって多分同行してるだろうし……ああ、もう! 原作を変えたいと思ったのは私達だけど、やることが多すぎる……だって言うのに、転生したのは僅か三代前にやっとこさ退魔士になれた浅すぎる歴史の退魔士一家だし……)

 少女は自身と同じ転生者であり、妹の橘佳世や義理の両親の幸せを願って原作を(自分の手の届く範囲で)変えたいと願っている少女を思いながらこれからやるべき事を考えて頭を抱える。

 

 そして、少女はふと考える。

(……転生者が三人もいるって事は……他にもいて、原作からあんまり物語を変えたくないって連中もいるんじゃ……?)

 少女は最悪の可能性も考えて身震いをするのだった……

 

 ────────────────────

 

「……闇夜の蛍」

 夜の暗闇の中……そこにいた少年の言葉で木々の間から身を隠していた者達が現れる。

 

「……『烏』、『白鷺』、『燕』、『獅子』、『狛犬』」

『いるぜ』

『此処に』

『おう』

『いるよ、『蛍』』

『ああ』

 少年が呼び掛けると少年の近くにいた烏、白鷺、燕、ライオン、狛犬……の形をした式神が声を出す。

 

「現在の状況はどうだ?」

『相変わらず原作に向けてまっしぐらだぜ。……ちょっと変わってる部分はあるけどな』

『橘商会に義理の娘が居て、更にその少女の嘆願によって原作よりも戦力は増えてます。原作通りの軍勢なら『狐璃白綺(こりしらき)』は返り討ちでしょうね』

「そっちの方はお前らが戦力を増やすんだろう?」

『ええ、とりあえず僕の転移術で連れてきて烏の口八丁で騙した妖の軍勢ならなんとか原作通りまで持っていけるでしょう。……橘佳世には申し訳ないですが、義理の姉は殺しますし両親には原作通り死んでもらいます』

『ま、しょーがねねえよ。これも俺達が生き延びるためだ』

「……」

『……』

 少年の言葉に外道な発言をしながら白鷺と烏は見張っていた橘商会の事を話す。

 

 ……少年と燕の式神の不快そうな感じにはまるで気付いてなかったが。

 

『鬼月家の方はゴリラ姫が処女のままのせいか内紛の種が出来上がりつつあるぜ、このままじゃ原作以上の死者が出かねない。さっさとどうにかしないとな』

『ち、だからあの旭とかいう小娘と伴部とかいう下人をさっさと殺してりゃ良かったんだよ。そうすりゃこんな事には……』

『『ゴリラ姫の処女喪失事件で死にそうだから放っておこうぜ』とか言ってたのは誰ですかね?』

『うるせえ!』

 狛犬の言葉に烏が苛立ったような発言をし、それを白鷺が茶化すような発言に烏が激怒する。

 

「烏に白鷺、喧嘩なら他所でやれ。獅子、他の所は?」

『水路の方は徐々に行方不明者が増えてるが……同時にクロイツ家と王家の連中が警護を買って出てるから妖母の方の軍勢は原作よりも少なくなるかもしれん』

『……悪い、謀略をしくじった俺の責任だ』

『燕は悪くねえよ。悪いのは都を縦横無尽に走り回って引っ掻き回したあの小娘()だ』

 少年の言葉に獅子の報告に燕は(明らかに演技とわかる)謝罪をするが、烏が気にするなと燕の肩を器用に叩く。

 

「燕、お前の所は?」

『……赤穂家は原作通り……いや、紫とイレギュラー……(ゆかり)だったかな? そいつと切磋琢磨してるから、原作よりも戦闘能力は上がるかもしれん』

『死亡フラグの戦闘能力が上がった所で対した役にはたたないとは思いますけどね』

「……」

『……』

 燕の言葉に白鷺は冷淡な台詞を吐き、その発言に少年と燕は心底軽蔑したような視線で白鷺を見る。

 

『そーいやよ、蛍。お前の所は……原作主人公様はどうなんだよ?』

「……『兄貴(・・)』だったら問題ねえよ。ちょっとばかり性格が違う『鈴音(すずね)』と仲が良いのを除けば原作通りだからな」

『そりゃ良かった。原作主人公様が原作通りじゃなかったらどうしようかと思ったぜ』

『『彼』がいないと始まりませんからねぇ……栄光を手にしてもらわないと困るんですよ』

 烏の質問に少年は含みをいれた言葉を言い、その発言に烏はほっとした様子で白鷺はねっとりとした嫉妬も含んだ言葉でそれに安心した。

 

「……そろそろ夕飯時だし、怪しまれるかもしれないから解散だ」

『おーらい』

『了解』

『わかった』

『俺も家族が呼んでるからな』

『了解だ』

 少年がそう言って解散を宣言すると、式神達もそれに答えてボッと燃え尽きる。

 

「はぁ、烏野郎とロリコン白鷺はどうやって排除すっかなぁ……」

 少年はそう愚痴りながら家への帰り道を歩み出す。

 

「此処がどういう世界だか知りたくて話をあわせてあいつらの仲間になったんだが……原作通りに行くとかなんとか言っても、俺達がいる時点で大きく変わってるての。結局、それは自分の知っている物語から変わるのが怖いから逃げてるだけだろうが……燕はまだ変わる可能性も見据えて動いてるからまだ兎も角残りの四人は惰性で動いてるだけだな、こりゃ」

 少年は溜め息を吐きながら更に愚痴りだす。

 

「ロリコン白鷺は橘佳世って言う女の子を自分の(ヒロイン)にしたいだけだし、烏野郎に至っちゃ憑依術で美味しいところだけを頂くつもりらしいからな……はてさて、どうやって……」

「『(けい)』、何処を歩いていたのさ! そろそろ晩御飯だよ!」

「あ……悪い、『姉貴』」

 愚痴っていた少年……『蛍夜(ほとよ)螢』は姉の『ちょっと怒ってます!』という口調に謝りながら心の中で原作主人公を頼りにしている仲間達に苦笑いをする。

 

(そもそも……原作主人公が()になってる時点で変わってるよな、この世界は)

 螢は姉……『蛍夜(たまき)』の後について家へ向かいながらそう思うのだった……




次回もお楽しみに!


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第2章
第九話


「おおぉぉぉぉぉ!」

 雨が降る夜の路地裏で咆哮と共に放たれた拳が巨大な一角熊の式神の眉間に叩き込まれる。

 

『グオ……!?』

「ああァァァァァ!」

『グ……ガ、グオォ……オ』

 普通の熊にとっての急所である眉間に拳を打ち込まれた事で怯んだ所で更に連続で眉間に叩き込まれた事で遂に白目を向き倒れ伏した。

 

「なんとまあ……呆れた男じゃな。そんなやり方で『源武(げんぶ)』を倒すとはのう……」

「次は、てめぇの番だ……爺!」

 自身の腕の関節を強引に外し無理矢理リーチを伸ばした拳でカウンターを食らわせるという無茶苦茶な策を実行し、そしてそれを実際に成功させた目の前の青年に老人は呆れ果てた顔で言い、青年は殺意に満ちた顔で老人にそう吠える。

 

「……ふん、あの女の為に随分と気張るではないか。あやつに恩でも売って朝廷へのコネにするためか?」

「ちげえよ……俺みたいな無茶で無謀なガキを拾って、才能あるからとてめえの術まで教えて、ついでに俺の妹や仲間まで拾ってくれた特異なババアの……あいつへの恩返しの為だ!」

 老人の言葉に青年は殺意を滲ませながら歩みを進める。

 

「ババアの無罪を認めさせるために、ババアやてめえの実験のせいで半妖になったガキどもの前で土下座しながらくたばれや、爺ぃぃぃぃぃ!」

 咆哮と共に青年は突撃し…………

 

「ふん、やはりガキじゃな」

「あ、が……」

 老人が展開していた見えない針状の結界に自ら突っ込み、ほぼ全身から血を流しながら倒れ伏した。

 

「ふむ……激突寸前で気付き、咄嗟に結界を張ったか。この結界に突っ込んだにしては随分と血の量が少ないと思ったが……これは存外有望株だったのかもしれんのう……」

「あ、ぐ……が……」

「……まあ、放っておいても死ぬか。ほれ、源武……起きんか」

 老人は血塗れになって倒れ伏す青年を少しばかり驚いたような目で見ていたが、すぐに興味をなくし、倒れ伏している己の式神を起こすと何処かへと去っていった。

 

(……情けねえ、敵の実力も測れねえで何が……敵討ちだ)

 青年は徐々に意識が薄れていくのを感じながら自分の行動を自嘲する。

 

(ああ、これが走馬灯ってやつなんだろうな……俺の人生が、どんどん映し出されるじゃねえか……)

 自身が産まれ、霊力があるとわかって危うく妖への生け贄にされそうになり妹とともに必死で逃げた幼少期、都へ逃げ出し同じような境遇の少年少女と共にスリや乞食をして過ごし、養母に拾われた少年期、そして養母と修行をしながら過ごした今までの時間……

 

(おふ、くろ……みんな……悪い……い、な……)

「確か、こっちから霊力が……って、ちょっと! 大丈夫っすか!?」

 青年が意識を失う瞬間、誰かの声が路地裏に響いて……

 

「夜、起きろ」

「……ん? おお、朝か」

「ああ、起きるのはお前が最後だ」

 青年……夜は目を覚ますと、そこには金髪のカソックを着た青年……ローランと真面目そうな武人の青年『鳥谷(とりたに)有吾(ゆうご)』がおり今まで見ていたのが三年前の夢だったことを知った。

 

「にしても、今日で都には着くんだよな?」

「ああ。俺達が世話になる『逢見(おうみ)』家に挨拶してそれからは自由に行動して良いそうだ……まあ、『鬼月家の評判を落とすような真似はするな』と釘は刺されているがな」

「……そうか」

 夜はローランの言葉に頭をバリバリと掻きながら夢の内容を思いだし、都にいる養母と大切な友人達、そして養母が大切にしている半妖の家族達に思いを馳せ……同時にこうも思った。

 

「……どの面下げて帰れると思ってんだ」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもねえ」

 夜がそんな自嘲気味な言葉を言うと、有吾は聞き返すが夜はそれを何でもないという体で手を振りながらそう答えた……

 

 ────────────────────

 

 上洛……原作ゲーム『闇夜の蛍』ではゲームの進行のある時期までに規定の水準まで能力値を向上させる事で上洛に同行する事が出来る。

 

 この作品の舞台たる扶桑国は都を中核とした中央を帝と公家を中心とした朝廷が統治し、地方の統治は世俗を中心に治める大名と妖等の超常現象に対処する退魔士一族の二重権力で支配されている。

 

 上洛は朝廷が大名や退魔士一族に対して課す義務の一つである。三年に一度上洛した彼らは半年間内裏への参勤と都の守護を命じられる事になる。

 

 鬼月家もまた定期的に一族からの代表と手勢を率いて入洛しており、ゲーム中盤でこの上洛予定が来る事になっており、この際の主人公のステータスや友好関係、好感度によって上洛に同行するか否か、誰が上洛して留守にするか留まるかが変わり、それによってストーリーが大きく分岐する。おう、姉御様とゴリラ姫の姉妹の内、仲良くなった方が上洛して留守中にもう片方との好感度をカンストさせたら凄え修羅場が見れるぜ……?(白目)

 

(つまり、今回の上洛は原作スタートの丁度二年半前か……)

「ん……? 伴部さん?」

 上洛が三年に一度、主人公が鬼月家に引き取られてから上洛イベント開始まで半年である事を思えばゲームスタートまでの残り時間は明らかだ。

 

 ……とは言え、生きる上での仕方ない行動であったにしろ俺や鬼月旭のせいで既に僅かながらとは言え原作から初期設定や状況が乖離している。

 

「おーい、伴部さーん」

 このままゲームが素直にスタートするかは分からないし、スタートしたとしても殆んどがバッドエンドなルートをどう回避するか、あるいは利用して逃げるかが問題だ。上手く服従と監視の呪いから解放されても場合によってはこの国自体がぐちゃぐちゃになりかねない。本当にこのゲームの難易度は畜生だなおい。

 

「伴部さん、あたいの話を聞いてるっすか?」

「え? な、何用で御座いましょうか……?」

 突然かけられた声に俺は我に返り、能面越しに声の主に視線を向ける。

 

 部屋の隅で膝をついて控える俺の視界に映りこむのは畳の敷かれた広々とした部屋……その上座で正座する少女の直ぐ手元には和琴が鎮座していた。その弦に触れていた手を離して膝の上に乗せるオレンジ色の髪の少女は物凄く不満そうな顔で、その少女の仕えの黒髪の少女が『あちゃー』という顔で此方を見ていた。

 

「人が演奏してるのに他の事を考えるなんてちょっと失礼っすよ? なんか班長になってから伴部さんって、冷たくないっすか?」

「いえ、決してそのような事は。都での懸念事項等について愚考していただけの由で御座います」

 頬を膨らませて『怒ってます!』と主張する少女に俺はそれに対して当然のような内容を含めて謝罪の意を伝える。

 

 牛車(迷い家化済み)三両、その他に荷運び等の馬車が三両、退魔士は代表含み四人、彼らを世話する雑人は一〇名同行する。そして隠行衆が五名、下人一二名、薬師衆等その他衆六名、旭衆六人、臨時雇いの人足が三〇名余り……数だけで見れば下位の大名に匹敵する規模の隊列は霊力や異能持ちが多い事もあり、妖達にとってはご馳走だ。整備されているとは言え、特に山道は未だに妖が現れて商人や旅人を襲う。山賊だっているだろう。

 

「心配してくれるのは嬉しいっすけど……下人衆の班長とは言え、伴部さんがどうにか出来る範囲の事は多分、宇右衛門様や葵姉にあたいでも対処出来るっすからね」

(……この時期の都での懸念事項……やっぱり『狐児悲運譚』での出来事の事よね)

 目の前の少女はこそば痒い様なそれでいて感謝している表情でそう言って、微笑みを浮かべる。

 

 実際問題、俺の実力は所詮は下人である。目の前の年下の少女やゴリラ姫は当然として今回の代表たるあのデブい叔父相手でも戦う事があれば一ミリも勝機はない。そんな彼らが後手に回る内容を俺如きがどう出来ようか? そうでなくても凶妖でも出てこない限りは同行する退魔士によって道中襲ってくる化物なぞ即殺されている。お陰様で下人の班長たる俺は仕事もせずに目の前の少女の護衛兼お喋り相手兼琴の演奏の聴き手でいられる訳だ。

 

 尤も、それも都に入るまでの事ではあるが。この時期の都に訪れるなんて婉曲的な自殺行為だぞ……? 

 

(いや、どうにか出来なきゃ死ぬだけなんだけどな?)

(どうにかしないと佳世ちゃんや沙世さんが辛い目にあって、私も巻き込まれて死にそうになるかもしれないし……絶対に対処しないと)

「? 伴部さん、唯ちゃんも何を考えてるんすか?」

 原作ゲームや外伝の漫画・小説等の媒体に基づけば、今回の上洛のタイミングは非常に不味い。正確にはゴリラ様やデブ、鬼月旭や旭衆は強いので大丈夫だろうが下手すれば俺は巻き添えで死にかねない。そして何より問題なのはそんな魔境であると理解していても、あの書き下ろし小説を読んでしまえば都に入る以上は何かしなければ後味が悪すぎる事だ。

 

(問題は俺に自由な時間があるか、あったとしてどうすれば良いか、か……)

(私にはそれなりに自由な時間があるから、対処の為の準備は出来るけど……最悪、借りたくはないけど……道硯翁の手でも借りないと対処出来ないかもなぁ……)

「おーい、二人ともー」

『アイテム屋佳世ちゃん両親の脳味噌プリン案件』やら『新街の孤児院で起こる踊り食いパーティー』を知っている以上は無視するには罪悪感が強すぎるし、それ以上にストーリー上困る。ないならない方が良い案件ばかりだ。

 

 そうでなくてもあの『女狐(・・)』のゲーム本編での糞具合は鬼月家と良い勝負である。碧子も大概だがあっちは一応本編の範囲内ならヘイトは少ない……しかし糞女狐の外道さはゲーム販売時から既にヘイトの対象だった。性格が腐りきった悪女だった。一応少しだけ、本当に少しだけ擁護的な設定もあったがそれでは誤魔化しきれないくらいには畜生だ。殺せる時ならば(可能性が低くても)やってしまった方が良いかも知れないと考えてしまう。

 

 実際は、そう軽いノリで渡れる橋ではないのだがね……

 

「二人とも、何か考えてることがあるんなら聞くっすよ?」

「姫様、その………」

「あ、旭様……すいません」

「良いっすよ。……でも、誤魔化すのはなしっすよ? 伴部さんは能面越しでも何か悩んでる事が仕草でわかるし、唯ちゃんも何かを凄く心配してるのがわかるっすからね」

 そう言って鬼月旭は少し考えると、「二人の雰囲気がこれから都に行くのに『陰鬱』って感じなんすよね……本当に何が心配なんすか?」と何処か奇妙そうな様子でそう言った。

 まぁ、流石に都での生活にわくわくする事はあっても陰鬱になるものは珍しいだろう。人妖大乱の時代なら兎も角、この時代都程安全な場所は他にない。

 

「あたいに出来ることがあるなら、手伝うっすよ?」

「いえ、それは……」

「えっと……」

 鬼月旭の言葉に俺はつい黙ってしまう。こいつに手伝ってもらうのは俺も考えたが、こいつは姉御様やゴリラ姫に対して誤魔化しや嘘が下手くそだ。手伝ってもらうには俺の前世の事とかを話さないといけない(何故そんな事を知ってるのかと理由を言わなければならないからだ)。こいつ経由で姉御様やゴリラ姫……最悪の場合、鬼月家の長老衆に俺の事がバレた時の事を考えると二の足を踏まずにはいられない。

 

「「………」」

「ん~……言えない事があるならしょうがないっすね。誰だって秘密にしたいことの一つや二つはあるからっすね」

 俺の僅かな沈黙に、鬼月旭は『しょうがないなぁ』という顔で呟く。助かるには助かるが、同時に罪悪感がわくのも確かだ。

 

「あ、そうそう……宇右衛門様の許可は取ってあるから、二人とも向こうでは出来る限り自由行動をしても良いっすよ。……流石に鬼月家の評判を落とすような真似はダメっすけどね」

 鬼月旭は今思い出したという体で俺の単独行動の許可を出してくれる。

 

「御意に」

「仰せのままに」

 俺は深々と、感謝を込めて頭を下げた。俺を信頼してくれた鬼月旭のお陰で少なくない命が救われ、原作主人公の幾つかのバッドエンドが回避され、何よりも俺の生存率が上がったのだから……

 

「旭様、到着致しました。今から入門の準備に入ります」

 俺が謝意を示した時、丁度牛車の簾を上げて雑人が報告する。俺は能面越しに目配せすれば鬼月旭は頷きながらそれを認可した。

 

 一礼の後、俺は牛車の簾から外へと降りる。そしてそれが視界に映りこんだ。

 

 それは荘厳な城門だった。青々しく、秋になれば黄金色に染まるであろう豊かな田園を区切るように都正面に建てられた木製の大門。多くの牛車や馬車、人足等がその門へと長大な列を為して並び、都の近衛兵がそれを監督していた。羅城門……それ自体が幾重もの防護術式が付加され要塞化された城門である。

 人だかりが海を割るように別れていく。鬼月家の牛車と人の列はそれを当然のように享受して門へと向かう。名家たる退魔士一族が商人や出稼ぎ農民と共に門に並ぶなぞ有り得ない。俺もまた牛車の傍らで護衛として控えながらその列に続く。

 

「……さて、来てしまった以上はやるしかないな」

 俺は腹を括って覚悟を決める。危険ではあるが……その分のリターンが期待出来る以上はやるしかない。

 

 脳内で時系列を整理していき、まず最優先すべき事を俺は導き出す。

 

 この都で真っ先に行うべき事は分かっている。それは即ち忌々しいド畜生女狐の復活と強化を阻止する事である。即ち……新街の外れに存在する孤児院での踊り食い、そして院長たる元陰陽寮頭『吾妻(あがつま)雲雀(ひばり)』が人質を取られるという卑怯な手段によって無抵抗のまま食い殺される事を阻止する事だった。

 

 ……ただ、気になることが一つある。

 

「あの側仕えは何を考えてたんだ……?」

 何やら不安そうな顔をしていた葛葉唯の存在を思い出しながら俺は門を潜るのだった。

 

 ────────────────────

 

「……此処も変わらねえなぁ」

 夜は新街の雑踏を団子等を食べ、露店商を冷やかしながら歩く。

 

「……もう少しで孤児院なんだ、が……戻るか」

 夜はもう少しで里帰りをする……所で頭を掻きながら来た道を戻ろうとして……その声を聞いた。

 

『いたい……こわい……たすけて………』

「……悲鳴?」

 その消え入りそうな弱々しい声に夜は気付くと、即座に走りだし聞こえた路地裏に入るとそこには何かを庇う男女と向かい合うがらの悪い男達がいた。

 

「……おい、なにしてんだ」

「よ、夜……!? ああ、もう! 伴部さんと被って動揺してるのに更に面倒な事になる……!」

「ああ!? ……ひい!?」

「声をかけんな! 化物を庇う……げげ!?」

「よ、よよよ、夜!?」

「い、生きてたのかよ!?」

「此処までビビられるような事をしてたのかこいつ……?」

「おお、生きてたぜ」

「「「し、失礼しましたー!」」」

 夜が声をかけてきたのに気付いた男達はあっという間に逃げ散った。

 

「……んで、お前らはお前らで何してんだ?」

 そう言って夜は向かい合っていた男女に声をかける……何故なら黒い外套を羽織った男女はそれぞれ槍と刀を先程まで庇っていた頭から『狐耳(・・)』を生やし、臀部に『狐の尾(・・・)』を生やした白髪の少女に向けていたからだ。

 

「……彼女は後に災いを招きます。だからこそ、排除をしないといけません」

「ほー……そんな、『躊躇ってます!』みたいな感じの話し方をしてる奴がんなことを言っても説得力がねぇぜ」

 そう言って夜は拳を構え……「Uooooo!」その声と共に黒い影の拳が男女に向けて降り下ろされた。

 

「じぇ、『ジェイ』か!?」

「Oh! Brother!」

「肩借りるよ!」

「今度は『(まお)』かよ!?」

「!? あんた……夜!」

 夜はその肌の黒さから見世物扱いを受けていたのを助け出した南蛮生まれの友人の名を言うと、今度は悪質な手品師のもとでこき使われていたのを助け出した大陸生まれの友人が両手に持ったナイフを投擲し、男女を牽制する。

 

「猫、ジェイ! 無事か!」

「猫さん、ジェイさん!」

「おふく……ババアに『(はな)』かよ……」

「……夜か!?」

「うそ、兄貴!?」

「く……! 此処で来るなんて……」

「逃げるぞ! 後、お前の事も説明してもらうぞ!」

「あ、待ちやが……「この……馬鹿兄貴! 今まで何処ほっつき歩いてた!」ぐええ!?」

「待っ……くっ!?」

 夜が最も会いたくない養母と実の妹が走ってきたのを見て男女はその場から霊力を使った跳躍をして近場の家の屋根に着地しそのまま足音もなく、重さも感じられぬように屋根から屋根を駆けてその場から全速力で逃走する男女を追いかけようとした夜は少女……花の飛び蹴りをくらって地面に倒れ、養母……吾妻雲雀も彼らを追跡しようとしたが、思い直すと直ぐに彼女は地面で打ち捨てられたようにボロボロの服に、見える範囲で体中に痣を作って倒れ伏す子供の元に駆け寄る。

 

「てめえ、この……何しやがる!」

「うっさい! 勝手に敵討ちに行くような馬鹿兄貴なんてこれで十分だバーカ!」

「Stop、Stop! 兄妹喧嘩はヨクナイヨ!」

「ジェイ、こいつらはこれが平常運転だよ。いい加減に慣れな……本当に変わらないねこいつら」

 いきなり蹴られた事で遠慮をなくした夜は即座に妹の花に飛び掛かり、花もそれに応戦し殴りあいの喧嘩になってそれに慌てるジェイに呆れながらも懐かしい光景に猫が微笑む。

 

「夜、花。そこまでにしておけ……この子を孤児院まで連れていくぞ」

 そう言って吾妻が少女を背負うと、夜以外のメンバーは家路に着き夜は彼女達とは反対の方向に歩こうとする。

 

「兄貴……?」

「……今さらどの面下げて戻れるんだよ」

「夜……そうか。お前がそう思うならそれで良い」

 花が夜の言葉に複雑な顔になるが、吾妻はそんな夜に微笑みながらこう言った。

 

「お前が生きていて、良かった」

「……そいつの様子を見に、孤児院には行ってやるよ……またな」

 そう言って夜は逢見家の屋敷のある旧街方向へと歩き始めた。

 

「そういや、ありゃ誰だったんだ?」

 あの二人が誰だったのかを疑問に思いながら……




次回もお楽しみに!


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第十話

 少女は夢を見ていた。懐かしく、そして後悔に彩られた夢を。

 

「ん? 兄貴、どうしたのこんな時間に外に出る準備をして」

「ああ、花か。まあ、ちょっと出掛けなきゃいけねえ用事が出来てな……お袋には内緒な?」

「ふーん……ま、良いけど。すぐに帰ってきてよね。ジェイさんや猫さんも手伝ってくれるとはいえ、子供達は育ち盛りなんだからさ」

 少女……花は自身の実の兄である夜が夜中であるにもかかわらず笠を纏い、外に出る準備をしている事を疑問に思いながら問いかけると、夜は苦笑いをしながらそう言いその言葉に花もそれ以上の追求をせずにすぐに戻ってくるように兄に言う。

 

「わーてるよ……なあ、花」

「ん? なに?」

「……俺がいなくなっても、ガキどもやお袋の事を頼むぜ」

「なーに言ってんのよ、兄貴はこの孤児院の大黒柱の一人なんだからそんな弱気でどうすんの!」

 花が珍しく弱気な兄の背中を叩くと、夜はふっと笑って……

 

「そーだな……んじゃ、行ってくる」

「ん、行ってらっしゃい」

 花は孤児院から出ていく兄の背中を見送り……そして、兄が帰ってくる事はなかった。

 

「……朝、かぁ」

 花は最悪な夢から目を覚まし、ゆるゆると起き上がると外から響き渡る烏や鶏の鳴き声が次第に寝ぼけから目覚めた耳元に届いて来た。そのまま朝仕度のために起き上がろうとして彼女はそれに気付く。

 

「あちゃあ……先生、何時も通りです」

「ん? ……やれやれ、寝相が悪い奴らだな。ほら、服を離しなさい」

「そーよ、あたし達は朝の準備をしないといけないんだから」

 花は頭を掻きながら自身の近くで起きていた自身の陰陽術の師であり、養母でもある吾妻雲雀にそう言うと、吾妻雲雀も苦笑いをしながら、優しく布団に潜り込んで彼女達の服を掴んでいる子供達をあやす。年は皆十歳にはなっていないだろう。決して大きくない部屋の空間を有効活用するために横にも上にも下にも布団を敷いていたのだが……こんなに皆で集まっても狭苦しいだろうに。ましてや今は夏だ。

 

「汗をかいてもいいのか? ほら、皆それぞれの布団で寝なさい」

「汗をかいたら喉も渇くし、滅多にないけど風邪をひくわよ?」

 そう言って彼女達は『角』が生えていたり、『羽』が生えていたり、あるいは『獣耳』があったりする寝惚けた幼い子供達を窘めて、それぞれの場所へと寝かし直させる。

 

 

「いや……おかあさんと花ねえもいっしょ……ねんねしよ?」

「……んー」

 特に駄々を捏ねる幼い子達が嫌々と眠たそうにしながら彼女達の衣服を掴み、すがり付くように抱き着く。吾妻雲雀はそんな子供に慈愛の笑みを浮かべつつも困ったように言い含める。

 

「よしよし、可愛い子だな。けど私達はこれからご飯を作らないといけないんだ。だからな? 今日の夜寝る時は添い寝してやるから今は一人で寝られるだろう?」

「そうそう。さっきも言ったけど、あたし達はこれから朝ご飯を作らないといけないのよ。ご飯が手抜きだったり、朝ご飯抜きは嫌でしょ?」

 頭を撫でてあやして、どうにか言いくるめると彼女達は漸く朝仕度に入る事が出来る。まず最初に行うのは神棚の水を差し替えて祈りを捧げる事だ。この神棚はこの建物を守るちょっとした結界の要であり、邪気や不幸に対しても多少の効果はある。特に子供の病気を祓うのにはうってつけだ。妖気を浄化し、退ける効果もある。

 

 次いで庭先の畑や家畜小屋の確認、水撒きに餌やりをし、その後自分達の身支度をしてから吾妻雲雀は頭に生えた『狸耳』とふくよかで丸みのある『尻尾』を幻術で消し去ると、二人の人間が門を開けて入ってきた。

 

「ただいま~……たく、ぶつくさと陰口叩いて……」

「Mam、Sister……水汲み、終わったヨ」

 そう言って大柄な体格の黒人の男性と何やら不機嫌そうな表情の大陸人の女性が水の入った桶を二人に差し出した。

 

「ジェイさん、猫さん……すいません」

「良いノ、良いノ。力仕事ハ俺の仕事ダロ?」

「あたしは鍛練からの帰り道で水汲みに行くこいつと会ってね、ついでにあたしも水汲みをしたんだよ」

 黒人の男性の『ジェイ』と大陸人の女性の『猫』にそう謝る花にジェイは陽気にそう言い、猫はそう言って花に謝る必要はないと言った。

 

「にしても……『体がデカくて邪魔になるから』って、自分で庭の隅に掘っ立て小屋を作って寝てるジェイさんは兎も角……猫さんはどうやってこの子達が服を掴んでる状況から抜け出したんですか?」

「……これでも手品師の弟子だったからね。抜け出すための工夫は学んでるんだよ」

 猫は花の質問に「昔とった杵柄だよ」と言って瓶に水を注ぎ込むと、四人は漸く朝食の用意にはいる。

 

「確か米は……これは今日中に米屋にいかんとならんな」

「あっちゃ~……ほとんど空ですね……」

 炊事場で米櫃の中身を見ながら嘆息する吾妻と花。米櫃の中にあるのは雑穀米である。流石に食べ盛りの子供を十人以上育てているとなると食費も馬鹿にならず白い米を食べさせてやる事も滅多に出来なかった。

 

「はは、職場にいた頃は毎日食べていたのだがな……」

「吾妻先生、今日は食べれますよ。ジェイ、持ってきな」

「オウ」

 子供達に白い米も食べさせてやれない事実に嘆く吾妻に猫がそう言い、ジェイが少しばかり離れると……米俵を担いだジェイが現れ、米俵の中には一食分の白米が入っていた。

 

「これは……何処から持ってきたんだ?」

「へっへーん! 私たち、旭衆の都組に入ったの知ってますよね? そのお給金の中から三人で出しあって今日の晩御飯分の白米を確保したんです。……まあ、殆どブッ飛びましたけど」

「たまには贅沢をさせてあげないとね。あの子達も食べ盛りなんだし」

「あの子達ハ俺達全員にとってのsisterとbrotherヨ。俺達ガ頑張って美味しいものを食べさせないトネ」

「……三人とも、ありがとう」

 驚く吾妻に花達は誇らしそうにそう言い、吾妻はそんな三人に微笑んだ後頭を下げた。三人は照れた様子で頭を掻くと、四人は気を取り直して朝食の準備を再開するも

 

「ジェイ、あんまり強く研ぐなよ」

「OK。力加減ハいい加減わかったからネ」

 雑穀を研いで、釜に入れれば竈に火をつけて蒸していく。同時に葱と細切れにした油揚げの味噌汁を作り、朝収穫した卵を溶いて中に追加する。

 

「良いのが収穫できて良かったですね」

「あの子達の頑張りだろうね」

 夏は茄子と胡瓜の収穫の季節である。前者は少し前に収穫し終えて漬物に、後者は瑞々しく肥えたものが朝収穫出来たので子供でも食べやすく切ってから味噌をつけて食べる事になる。

 

「こら、起きろ!」

「起きなっての!」

「ほら、お前達、起きなさい」

「WakeUP! 朝ダよ!」

「「「「「やー!」」」」」

 凡そ二時間余り、食事の用意が出来てから彼女達は子供達を布団から引き摺り出す。少し前まで自分達と離れたくないといやいや言っていた子供達はしかし今は布団から出るのを拒絶し、彼女達を悪の手先のように罵る。その調子の良さに彼女達は辟易しつつも彼ら彼女らの朝仕度を手伝い、漸く辰の五つ時(午前八時)を過ぎた頃合いに全員を卓袱台の前に座らせる事に成功する。

 

「では頂くとしようか? さぁ、手を合わせよう」

「「頂きます」」

「イタダキマス」

「「「「「頂きまーす!」」」」」

 吾妻がにこりと微笑みながら頂きますの合図をすれば花と猫、ジェイが続き子供達も彼女達に続いて拙い口調で同じく宣言する。そしてその後は堰を切ったようにがつがつと必死に目の前の朝食を食べていく。吾妻もまたそんな彼ら彼女らの姿を一瞥して小さく、慈愛に満ちた笑みを浮かべると茶碗を手にしてゆっくりと味わうように飯を口に運んでいった。

 

 食事を終えて、年長組は後片付けの手伝いをして、年少組は部屋や庭先で遊ぶ中、吾妻は寺子屋へ、花達は旭衆都組新街支部へと出勤するための仕度を始める。神社仏閣の多い門の内側の旧街とは違い、新街は人口こそ旧街に引けは取らないが元は大乱で生じた難民が勝手に居着いて出来た街だ。朝廷は最終的にその存在を認めたものの、無秩序かつ場当たり的に作られた街は各種のインフラが不足しており、その生活水準は旧街に比べれば劣り日雇いや肉体労働者が多く、危険地帯とは言わずとも治安は宜しいとは言えない。

 だからこそ治安を担当する者達が必要だと考えた旭衆都組の者達は一部のメンバーを新街に留め、何でも屋兼自警団を営む新街支部を設立したのである。

 

 花達は吾妻が働いている寺子屋の仕事を気に入っているのも知っているし、何より自分達の稼いでいる金額は彼女が蓄えている財産で補える金額であるのも知っている。

 だが、今の家族達が大人になって羽ばたいた後の吾妻の余生の分まで残るかは怪しいため、恩人たる彼女のために花達は働いているのだ。

 

「おかーさま、花ねえたちも……いっちゃうの?」

 そう舌足らずの口調で尋ねるのは先程まで庭先で仲間と追いかけっこしていた幼女だった。尤も、ただの幼女に蜥蜴の尻尾は生えていないだろうが。

 

「いつも通り夕方には帰ってくるさ。それまで皆と一緒にお留守番をしてくれるな? お腹が空いたら皆で飯櫃の飯でも食べるといい。ただ食べ過ぎるなよ? 今日は帰りに団子でも買ってくるから楽しみにしてくれ」

「あたし達も仕事が長引かなければそのくらいには帰るから、ね? それから、今夜は白米だから」

 若干泣きそうな幼女をそう慰め、年長組の子供達に任せると共に家の鍵をかける事や知らない人達についていかない事等を念入りに注意しておく。一応留守の守りに式神を何体か体現させておくので問題はない筈だが……

 

 吾妻が幻術で耳と尻尾を隠した後、そうして子供達に見送られながら吾妻達は孤児院を兼ねる自宅から外出した。そしてそのまま舗装もされていない道新街の雑然とした道を、吾妻は新街の外れにある寺へ、花達は元々はクロイツ家が本拠にしていた別の寺へと別れて向かう。

 

「おはようございます、支部長!」

「Boss、goodmorning!」

「おはようございます」

「む。花にジェイに猫か……おはよう、早速で悪いが仕事だ」

 花達が元気に挨拶をすると、都組新街支部の支部長である『王飛龍(ふぇいろん)』が三人にそう言う。

 

「なにかあったんですか?」

「ああ、何でも都に攻めいろうとした狐がいたらしくてな……」

「What!? 大丈夫なのカヨ!?」

「それについては都の退魔士とかに撃退されたらしい。が、散り散りになった残党がいてな。それで新街に入り込んだのがいるらしいので退治してくれるように屋台の店主達や茶屋の店主達に頼まれた」

 花の質問に飛龍がそう言うと、ジェイが慌てるも飛龍はそれを制して依頼の概要を言う。

 

「……衛兵達は?」

「……一応新街の警備の増員を要請してみたが……旧街を警備するので手一杯だから、無理だそうだ」

「ち、新街や近隣の村は見捨てるってことかい……朝廷の腐敗も進んでるって事だね」

「猫、聴かれたらヤバイって!」

 猫の発言に飛龍が溜め息を吐きながら言った言葉に朝廷の思惑を知った猫はそのやり方を吐き捨てると、花は慌てて猫の口を塞いだ。

 

「とは言え、日頃の仕事もあるんだ……妖達が活性化する夜までは潜伏して動かんだろう。しばらくの間は昼の仕事は減らして、夜の警備に専念をしてくれ。霊力の無い人間をその分昼の仕事に回しておく」

「了解」

「Allright」

「はい!」

 飛龍の言葉に三人は頷くと、飛龍が差し出した三人の分の昼の仕事を終えるために走り出した。

 

「それじゃあ、お疲れさま!」

「また夜に来ます」

「マタ、明日」

 仕事を終えた彼らが報告をし、その分の給金を貰うと彼らはその足で帰路に着く。

 昼過ぎを過ぎて空が夕焼けに赤く染まり始め、地上は暗くなり始める頃……

 

「あ、師匠。師匠も帰りですか?」

「ん? ああ。お前達も今帰りか?」

「はい」

「アア」

 彼らは同じく帰路についていた吾妻を見つけ、近付くとぼんやりとしていた吾妻は彼らに向き直りながらそう言った。

 

「……どうしました? なんか、ぼんやりとしてましたけど?」

「ん? ああ、ちょっと考え事をな……」

「……何かありました?」

「いや、良いんだ。それよりも団子でも買ってやる約束をしてたからな……米も無かったし、買わねばなるまい」

「ア~確か二」

 四人はそう言いながら米屋に向かい、米屋で雑穀米を枡で袋に注いでもらうと、そのまま売店が並ぶ表通りに足を踏み入れる。

 

 新街の表通りは城壁で囲まれた旧街に比べて遥かに雑然としてはいるがその人の多さと賑やかさでは負けていない。いや、ある意味では中流層以上ばかりが住む旧街に比べて活気に溢れていた。

 

 居酒屋に煮売り屋、うどん屋に鰌汁屋、天麩羅屋台、茶漬け屋台に塩焼き売り、田楽売りに水果売り、氷売り等が大声を上げて通行人に宣伝する。様々な食べ物の食欲をそそる匂いが彼方此方で漂う。都から出稼ぎに来たばかりの田舎者であれば縁日か何かでもあるのかと思うかも知れない。実際は都ではこれくらいの賑わいはいつもの事だ。

 

「相変わらず騒がしいねぇ……」

「デモ、俺ハ好きダゼ? こう、活気に溢れている感じハヨ」

「あたしもそう思う」

 三人はそう言いながら吾妻の後を追って居酒屋と茶漬け屋台に挟まれた団子屋の屋台にやって来た。中年の禿げ頭の男が団扇で暑さを堪えつつ網で団子に程好い焼き目が出来れば砂糖醤油等に浸して味をつけていく。

 

「売れ行きはどうかな、店主?」

「おお、先生方ですか? ぼちぼちです……と言いたい所ですがねぇ」

 吾妻が声を掛ければ店主は陽性の笑みを浮かべて恭しく挨拶する。彼の息子も三日に一度程の割合で吾妻が働いている寺子屋で勉強をしていた。

 

「何かあったのか?」

「いえね? 話だと昨日くらいに妖が都に攻めてきたそうなんですよ。それは御上が撃退したらしいんですがね、その生き残りが何体か街に紛れているとかで……明日や明後日には噂も広がるでしょうからそうなると客も減りそうでしてねぇ」

「そこについては、あたし達も色んな屋台とかお店の人達に要請を受けたから明日から対処する予定だよ」

「お、そりゃ助かる!」

 花の言葉に少しばかり思い悩んだ顔から明るい表情になる団子屋の店主。新街に暮らす多くの人々と同様に団子屋の店主も然程裕福な方ではない。客が減ればそれだけで生活が困窮しかねない。日銭で暮らすという訳ではないが新街の住民達にとっては何日も収入が減るなり無くなるなりすれば大問題だった。

 

「では、私は店主に売り上げで協力してやろうか。団子をくれ。そうだな……二六本、砂糖醤油に餡を十三本ずつで頼む」

「へい、先生。今すぐ用意しますよ!」

(……ん? 先生の分は?)

 人好きのする笑みを浮かべながらみたらしと餡の串団子を笹の葉で包んでいく店主。

 

「ん? 店主、数え間違いかな。二本多い」

「先生の所の餓鬼は十人にそちらの三人でしょう? 一人二本なら先生の分がねぇ。おまけですよ」

(やっぱり自分の分はいれてなかったか)

(師匠って本当にそういうところがあるよね……)

「しかし……」

「構いやしませんよ。……気分を悪くするかも知れませんがね。あの餓鬼共は余り好きじゃありませんが、先生本人にはこの街の奴らも世話になりっぱなしですからね」

(……わかってる事とは言エ、腹タダシイ話ダゼ)

 流石に陰陽寮の頭である事は知られていないにしろ、数年前にこの街に来た吾妻という女性が所謂呪いの類に明るい役所勤めの人間である事くらいは知っている者は少なくなかった。教師が不足する寺子屋で教師をして、簡単な御守りや薬の類いを隣人に教え、ましてや忌々しい半妖の化物共を引き取ってくれるのだから彼女に対して悪意のある人間はいない。

 ……だからこそ、彼女の弟子たる三人はそんな彼らの半妖に対する偏見に腹を据えかねているし吾妻が愛情をもって接している家族を貶されると、苛つくのだ。

 

「そうか。……では有り難く頂こう」

 団子二六本分の代金を払い、吾妻は笑みを浮かべて謝意を伝える。そこには明確な感謝の気持ちがあったのは間違いない。……同時に複雑な感情が渦巻いていたのも事実ではあるが。

 

 

(私もあの子達の同類だと知っても、彼らは同じように接してくれるのだろうかな……?)

(……師匠)

 吾妻が思い浮かべた事はわからないでも、彼女の弟子たる花達は内心では複雑な思いをしているであろう彼女を気遣うのであった。

 

「……今のは、悲鳴?」

「ソレジャ、俺が跳んで確かめてミルヨ。方角ハ?」

 すっかり夜になった帰り道、吾妻がそう言うと……ジェイは彼女の指差した方角を見ながら、身体強化をして空を跳び……すぐに深刻そうな顔で降りてきた。

 

「多分、孤児院のbrother達ト同じ子が武器を向けられてたヨ! 俺ハ助けに行く!」

「だあ、もう! 勝手に突っ込むんじゃないよ!」

「猫さん、ジェイさん! ああ、もう!」

「お前達、落ち着け!」

 そう言ってジェイが空を跳んで行くと慌てて猫がそれを追って屋根に跳び移って走り出し、それを追って花と吾妻は走り出す。

 

「猫、ジェイ! 無事か!」

「猫さん、ジェイさん!」

「おふく……ババアに花かよ……」

「……夜か!?」

「うそ、兄貴!?」

 そして、彼女達が悲鳴の聞こえた場所に入ると、そこには認識阻害の外套を羽織った二人の男女と対峙するジェイ、猫……行方不明になっていた花の兄の夜がいた。

 

(兄貴……生きてた! 生きてて良かった!)

 彼女は兄が生きていた事に喜ぶ。だが……

 

(此方の気も知らないで……! 何処で何をしてたこいつ……!)

 兄がいなくなってから兄の部屋を探った際に、兄は養母が陰陽寮から追い出される原因になった男に復讐をしに行ったことを知った彼女にとっては少しばかり腹が立っていた。

 

「あ、待ちやが……「この……馬鹿兄貴! 今まで何処ほっつき歩いてた!」ぐええ!?」

 その怒りを込めて、花は容赦なく逃げ出した男女を追おうとする兄に跳び蹴りを決めた。

 

 それから、兄と殴りあいの喧嘩を終え、今度こそ師匠達と帰路についた花はこう思った。

 

(何時か、また兄貴と暮らせたら良いな)

 ……と。

 

「……ヤバい。介入するタイミングに失敗した」

「どうしましょう、これから」

 闇夜の中、誰にも聞こえない場所で、二人の転生したモブ戦闘員と側仕えは事態がややこしくなった事に絶望の声を上げていた。




次回もお楽しみに!


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第十一話

「葵姉……なんだか、内裏の様子がおかしくないっすか?」

「あら、旭も気付いたの?」

 あたい達が朝廷の方々への挨拶のために内裏を訪れると、なんか物々しい警備になっているのに気付いて葵姉に言うと……葵姉も気付いていたのかそう言ったっす。

 

「おお、旭じゃないか!」

「あ、『多々良(たたら)』さん」

 あたいが声に気付いて振り向くと、そこには三年前のクロイツ家と王家の抗争未遂事件の際に色々と協力をしてくれた陰陽師の『多々良康平(こうへい)』さんがいたっす。

 

「久々だな。今回の上洛にも同行してきたのか?」

「今回は葵姉と宇右衛門様の付き添いっす。葵姉、此方は三年前に世話になった多々良康平さんっす」

「お初にお目にかかります、高名な葵姫にお会いできて嬉しい限りです」

「……そう」

 あたいが多々良さんを紹介するも、葵姉は素っ気ない感じで歩いていったっす。

 

「ははは……陰陽師仲間の噂通り、凡人には目もくれないか」

「どんな噂なのか気になる所なんすけど……あたいも行かせてもらうっすね」

「おう。また後でな」

「うっす」

 あたいは多々良さんの言葉に手を振りながら葵姉の後を追いかけていくっす。

 

「そう言えば、多々良さん。どうして内裏の警備がこんなに厳しいんすか?」

「ええ、随分と物々しい警備だったわね」

 あたい達が内裏にいる貴族の方々などに挨拶をした後、丁度警備を交代した多々良さんに本当に異様な警備について訊ねたっす。

 

 なんせ、完全武装した近衛兵に四方に詰める武士団、多々良さんみたいな陰陽寮の異能者まで動員して警備にあたってて異常を感じたっすね……まるで、今にも襲撃があるかもしれないって帝や貴族の方々が考えているみたいだったっす。

 

「あ~……旭や葵姫には良いか。実はな、先日身の程を知らずに攻め込もうとした狐がいたんだが……そいつを撃退した際に当直の陰陽師達がドジをして分け身が新街に潜伏したらしいんだよ。それで念のために内裏や旧街の警備を増員してるんだ」

 辺りを見回した多々良さんはそう言って頭を掻くっす。

 

「……あれ? そうすると、新街の方は?」

「手薄だ。ついでに言うなら、武士と退魔士、衛兵の方も旧街優先だ」

「……完全に新街を見捨てる気っすね」

「有象無象の民草は切り捨てても構わない、という事かしらね。まぁ朝廷らしい考え方ではあるわね」

「葵姉、しー!」

 あたいが葵姉のぶっちゃけた発言に慌てて口を塞ぐと、葵姉は楽しそうな目であたいを見るっす。

 まあ、確かに内裏を優先して守るのはしょうがない側面もあるんすよね……なんせ、内裏の地下には扶桑国でも最大の霊脈が眠ってるっすからね。これが妖に奪われたら扶桑国は完全に崩壊するっす。だからこそ、内裏を優先して守るのはわかるんすけど……五百年前ならいざ知らず、今は戦力にも国力にも余裕があるんだから民草に犠牲は少ないに越したことはないのに……

 

(はあ、都組や夜達に新街の狐退治を任せるしかないっすね)

 まあ、あたいもあたいで空いてる時間を利用して狐とかの情報を収集する必要があるっすね。

 

 あたいは今後の予定を考えながら多々良さんと別れた後、葵姉と一緒に牛車に乗って内裏を離れたっす。

 

 ──────────────────

 

「それにしても、お前もそうだったとはな……」

「私も半信半疑だったんだけどね……本当に同類(転生者)だとは思わなかったわ」

 俺は目の前にいる女……鬼月旭の側仕えである葛葉唯と本腰を据えて話していた。

 

 こいつ……葛葉唯は吾妻雲雀達とある程度離れると、周りを見渡して警戒をした後でこう言ったのだ。

『闇夜の蛍』、と。その作品を知っているのは同類しかいないと考えつつ、警戒した俺も姉御様の事やゴリラ姫に関する事を聞くと、流れる水の様に答えたので漸く警戒を解いて話をしているのだ。

 

「で、お前の目的も『あの女狐(狐璃白綺)』の復活の阻止か?」

「それ+で『アイテム屋佳世ちゃん両親の脳味噌プリン案件』の阻止ね。協力者……って言うか、同類が橘商会にいるから佳世ちゃんを不幸にさせたくないのよね」

「三人目は佳世ちゃんのファンか?」

「ううん。義理の姉」

「マジかよ……」

 俺は葛葉唯の言葉に天を仰ぎつつ溜め息を吐く。本当に面倒な事態になったものだ。

 

「まあ、本体……って言うか女狐の核の部分は暫くの間は放置ね。吾妻雲雀達に保護されたのなら、下手に手を出すとあたし達の命が危ないわ」

「……だな」

 俺達は新街の中でも一際高い建物の屋根の上で隠行と認識阻害の呪いをかけた外套……俺のは鬼月旭経由で渡された謎のゴリラ餞別品仕様、葛葉唯のは代々呪具を作る家系だったとかで自作の物だ……で姿と気配を隠した俺達は溜め息を吐く。

 

 小説によるとあの女狐はくたばる直前に自身の魂を幾つもの分身に分け身した事が描写されている。小説通りに物事が進むとするならばその分身達が都の、特に朝廷の警戒が薄い新街を中心に幾つもの事件を引き起こす事になるだろう。そして、化け狐は少しずつ力を取り戻し、集まり、融合し、最後はメインディッシュとなる惨劇と共に以前よりも更に強大な妖として復活する事になる筈だ。

 

 俺達の立場からすれば後々の事も考えてこの復活劇は阻止したかった。そして、そのためには復活の核となり、メインディッシュが踊り食いされる切っ掛けとなる件の分け身をどうにかする必要があったのだが……

 

「核に手を出せないのなら、復活の為のオードブルを減らすべきよね……」

 葛葉唯はそう言いながら、式神の雀と視界を共有した事で捕捉した目標に向けて短刀を投擲する。投擲された短刀は何も気付かずに子供をあやしていた母親に襲い掛かろうとした狐の首をはねる事で始末する。

 

 葛葉唯の言うとおり、一度あの吾妻雲雀に保護された以上下手な接触は避けるべきだ。最終的には関わらない選択肢はないにしろ、今は目前の課題から解決するべきだろう。

 

「即ち、雑魚狩りって訳だ……!!」

 次の瞬間、俺も式神の蝙蝠と視界を共有した事で捕捉した目標に向けて全力で槍を投擲した。

 

 霊力で強化された膂力で投げ出された槍は下っぱ時代のそれよりも若干質が良く、更に刃先に霊力を纏わせていた。空を切る音と共に突き進むそれは次の瞬間呑んだくれの男を背後から食い殺そうとしていた化け狐の頭を粉砕した。頭の上半分が肉片となり、くらくらと四つ足をさ迷わせて倒れる死骸。尚、呑んだくれは背後で起きた事に何も気付いておらず千鳥足で暗い道を進んでいた。呑気なものである。

 

 

「死骸の処理は面倒だな……とは言え放置も出来んからなぁ」

「ああ、そっちの方は大丈夫みたいよ?」

 隠行術を以て跳躍して屋根づたいに音も立てずに駆ける俺がぼやいていると、並走している葛葉唯が下を指差す。

 

「あれ……また狐が死んでる。一体どうなってるの……?」

「今はどうでも良いでしょ。とっとと、処分わよ」

「アア」

 そこにはあの分け身を保護した三人組が狐の死骸を処理していたり……

 

「いたぞ、狐だ!」

「ぶっ殺せ!」

 他の霊力持ちが狐自体に対処する光景が広がっていた。

 

「旭衆都組新街支部の面々が処理をしてくれるからね。暫くの間は大丈夫よ」

「暫くということは……」

「隠れられた場合が厄介なのよね……」

「おや? お困りかな? だったら俺が手助けをしてやってもいいんだよ?」

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

「うぉ!?」

 耳元で響くその粘りつくような言葉に咄嗟に跳躍して俺は距離を取ろうと……したが、葛葉唯が声にならない悲鳴とともに俺にしがみついてきた。

 

「おいおい、そんな嫌な顔で距離を取ろうとしてくれるなよ? 傷つくじゃないか」

「鬼がこの程度で傷つく訳ねぇだろが……!!」

「な、ななな…なんで、鬼が此処に……!? って、言うか……もしかして私達の会話も……!?」

「ん? ああ、それは聞いてないよ。伴部にもプライベートは必要だろうしね」

「どの口でほざきやがる……!」

 おちゃらけた口調で笑みを浮かべる托鉢僧のコスプレをした化物に友好度皆無の口調でそう言い返す。当の鬼女は肩を竦めてやれやれと小さく呟く。

 

「どうやら狐の処理の方法にお困りの様子。なので人生の先達たる御姉さんからすれば助け船の一つか二つ出してやっても良いと思っていてね?」

 そう嘯き地面に倒れるこいつが仕留めたと思わしき化け狐の死骸の前でしゃがむ鬼。そのまま破壊された頭に白い手を伸ばし、クチャクチャと潰れた脳味噌を弄び……一摘まみすると伸ばした舌の上に乗せて此方を見やる。その仕草はグロテスクであるが同時に艶かしさを感じさせた。

 

「気色悪ぅ……」

「おいおい、酷い言い様だな。……ふむ、まぁ味は悪くないかな? どうだい、この死骸一つ俺が買おうか?」   

「……何?」

「へ……?」

 とりあえず俺から放れた葛葉唯の言った言葉を軽く流しながらそう言う鬼に俺達は怪訝な表情を浮かべる。

 そんな俺達の怪訝な表情に楽しげに口元を歪める鬼。舌を口の中に戻してごくり、と味見した肉塊を飲み込んでから話を続ける。

 

「なぁに、そんな悪い話じゃないさ。みーんな幸せになれるウィンウィンな話さ」

「あんたみたいな奴のウィンウィンなんて信用出来ないっつの」

 色気なんて微塵もない服装の癖に、ウインクに舌を小さく出した大鬼のその姿は異様な程扇情的に見えた。 

 

「何やらお前さん達はこいつらに御執心のようだからな、俺が狐共を集めてやる。お前達は彼処で狐退治をしている奴等と一緒にそれを処理して、こっそりと俺にくれれば良い。どうだい? 悪い条件じゃないだろう?」

「まあ、表向きの条件は悪くはないわね。だけど……」

 鬼の言葉を聞いていた葛葉唯は頷きながらも俺と一緒にこう言った。

 

「鬼の提案程信用出来ないものなんかねぇよ」

「鬼の提案程信用出来ないものなんかないわよ」

 大嘘つきである鬼の提案に乗るのは大馬鹿者だ。論ずるに値しない。

 

「……即答とは傷つくなぁ。毎回の事ながら人の善意を無下にするのは伴部の悪い癖だと思うんだけどね?」

「善意ね、そもそも人ではないだろうが」

「おや? ははは、成る程確かに。これは一本取られたかな?」

 愉快げに笑いながらも鬼が『摘まみ食い』する度にボリ、グチャ、ゴリゴリ、と顔をしかめたくなる擬音が響く。

 

「ふぅ、ご馳走様でした。流石化け狐だね。小妖にしては結構良い味だ」

「残飯はちゃんと片付けなさいよ」

 内臓や骨まで含めて粗方食い荒らした鬼は口元に赤い血を付着させたまま満足そうに手を合わせる。足元の残飯のグロテスクさもあって中々にシュールな光景だった。というか結局食ってるじゃねぇかよ。

 

「ふふふ、そう怒らなくても良いだろうに。次からはお邪魔はしないからさ。けど、肉の処理に困ったらいつでも呼んでくれても構わないよ? 君と俺の仲だからね」

「友情の欠片も無さそうな仲だな」

「君は直ぐそう言うね。俺だって女の子だから素っ気なく扱われると悲しいんだけどね……」

「そもそも傷付く心なんて持ってるのかしらね、あんた」

「ははは、旭にも強くツッコメる君らしい言葉だねぇ」

 全く悲しそうに見えない顔ですぅ、と消えていく鬼。妖気の風に変わる事も、影に潜る事も、霧に変わる事すら出来る鬼は気配を消す事も姿を消す事も簡単だった。正にストーキングに最適な能力だな。原作ゲームでもこれでトイレ中や入浴中も、文字通り四六時中主人公をストーカーしていたに違いない。気持ち悪い能力な事だ。

 

「あんたも旭もとんでもないのに目をつけられたわね」

「……まあな。とはいえ、メインディッシュを防ぐための当てがない訳でもないがな」

「……道硯翁の事? 危ないんじゃないの?」

 葛葉唯が俺の頭の中に浮かんでいる人物を言い当てる。

 葛葉唯の言うとおり、原作の描写から見て危険もあるから余り御近づきしたい訳ではないが……この際だ、コネクションのためにも接触してみるしかない、か。

 

「糞ったれ、だからこの時期の都なんて来たくなかったんだよ……!!」

「同感。でも、来たからには変えるために動くしかないのよね!」

「わかってる!」

 俺達はそう毒づきつつも跳躍して再度屋根越しに都の新街を駆ける。上空に展開させていた式神が別の狐の分け身を捕捉したからだ。手間はかかるが動くしかない。奴らを強くさせてやる義理はないし、何の罪もない一般人が食い殺されるのを見殺しに出来る程俺は神経は図太くはなかったから……

 

『……ふふふ、良いね良いね。そういう価値観、実に人間らしくて、英雄らしくて、俺の好みだよ?』

 暗い暗い都の闇夜の中で、自身の提案を『期待通り』に一蹴された化物は『お気に入り』の人間の一人のその在り方に満面の笑みを浮かべて囁いていた。尤も、仮に伴部が彼女の提案を受け入れていればその瞬間彼女の熱情は冷めていただろうが。化物の好意を易々と受け入れる人間なぞ彼女の求める『英雄』ではない。

 

『旭の側仕えは……俺にビビった所は『英雄』じゃあないな。でも、旭の間違えた所をちゃんと指摘してそれを変えるのは、英雄の仲間にふさわしいところだな』

 そう言って化物は自身に怯えてへっぴり腰になりながらも己の目を見て言葉を言っていた少女を思い出しながら微笑む。

 

『さぁ、どうやら大変そうだけど頑張ってくれたまえよ? か弱く幼気な人間達らしく、血反吐を吐いて、苦悩して、恐怖して、血を流して、それでも歯を食いしばって前に進んでくれる事を期待するよ』

 ……そうすれば俺も少しは梃入れしてあげるからさ、と最後に悪戯っ子のように楽しげに鬼は呟く。

 闇夜の中で伴部を観察するその眼差しは恋する乙女のようで、慈愛に満ちた母親のようで、愉悦と快楽の虜になった雌のようで、何よりもご馳走を前にした獣のようで……

 

 ──────────────────

 

「本当、下品な鬼ね。……旭の側仕えはこっそりと呪い殺してやろうかしら? 

「葵姉、何か言ったっすか?」

 あたいは何かを小さく呟いた葵姉に訊ねると、葵姉は扇子で口元を隠した後ころころと鈴の音のような笑い声を上げるっす。

 

「なんでもないわ。っで、どうしたのかしら?」

 なんでもないように言った後で、話しかけたあたいに対して葵姉はそう言ったっす。

 

「あ~……ちょっと、厠に行くから、『嘉一(かいち)』様や宇右衛門様にあたいの居場所とかを聞かれたらそう言ってほしいんすよ」

 あたいは今は宇右衛門様に話しかけているこれから半年間世話になる逢見家の当主である『逢見嘉一』様を見ながら葵姉にそう言ったっす。

 

「……はぁ、出来るだけ早く戻って来なさい」

「恩にきるっす」

 あたいは葵姉にお礼を言うと、そそくさと急ぎ足で厠に向かうっす。

 

「ふ~……間に合った~」

 あたいは厠から出ると、一息を吐きながら戻ろうとして……金髪の憂い気な女の子を見て足を止めたっす。

 

「『カサンドラ』さん。どうかしたんすか?」

「あ。旭さん……」

『カサンドラ・バークレー』さんはあたいが連れてきた旭衆の六人の内、女性班の最後の一人で(残りの二人はアリシアと白虎っす)その異能からこの国に逃げてきた女の子っす。

 カサンドラさんの一族は、代々予知の異能を使えるんすけど……その異能で野望を打ち砕かれた凶妖の手で『子々孫々に至るまで予知を信じてもらえず、またそれを巡っての争い事に巻き込まれる』という呪いをかけられたんすよね。

 結果、カサンドラさんの一族は一人、また一人と死んでいきとうとうカサンドラさん一人だけになっちゃったんす。

 

 ただ、どういう訳かあたいと伴部さんには予知を信じない呪いが通じなくてカサンドラさんの予知を信じた結果クロイツ家や王家の抗争を阻止できたり、山賊武士団を復讐から解放できたりしたんで重宝してるんすよ。

 

「もしかして、予知っすか?」

「ええ。内容は橘商会の商会長の家紋に襲い掛かる白い狐、それを防ぐ太陽の少女と影の男女、紫の蛇と縁が紫の鏡。そんな二人に襲い掛かる黒い靄に包まれた烏と白鷺、それを祓う桃色の風よ」

「相変わらず抽象的っすねぇ……」

 橘商会の家紋に襲い掛かる白い狐っていうのは……佳世ちゃんの家族がピンチって事じゃないっすか!? 

 で、それを庇う太陽の少女は多分あたいで、影の男女……誰なんすかね? 

 紫の蛇……は、紫姉で縁が紫の鏡はゆかちゃんすね。二人ともそれに関した妖刀を持ってるし。

 桃色の風……は十中八九葵姉っすね。基本的に扇から風を巻き起こして戦うのが葵姉の戦い方っすからね。

 でも、黒い靄に包まれた烏と白鷺って……? 

 

「って、考えるのは後で言いっすね。カサンドラさん、教えてくれてありがとうっす」

「ええ、私も聞いてもらえて嬉しいわ」

 あたいはカサンドラさんに手を振ると、小走りで歓待の場へと走り出したっす……

 

 

 




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集3『旭編2』

主人公への好意(普通)
「蛍夜君の事は友達として好きっすよ?」

主人公への好意(デレ)
「えへへ……環君。好きっすよ」

主人公への好意(病み)
「くすくす……環君の一番はあたいっすよね? まあ、雛姉も葵姉も大切っすから、側室にはするっすけどね」

旭エンド時
「環君……大好きっす! 一生、側にいて欲しいっすよ!」→満面の笑顔で主人公に抱きつくCGが映る。


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第十二話

 少女は夢を見ていた。

 少女は暗い暗い、一寸の先も見えない闇の中でただ一人歩んでいた。

 

 少女の目の前に、血塗れの死体が現れる。それは、必死に何かを庇ったかのような傷で倒れている男女だった。

 

「おとうさん、おかあさん……」

 それは少女の実の両親で……

 

「はぁー……はぁー……」

 少女……橘商会商会長の(義理の)長女である『橘沙世』はそこで目が覚めた。

 

「……嫌な夢。実の両親が、私を庇って妖に食われた夢を見るなんてね」

 沙世は未だに己を縛り付ける悪夢に呻きながらそう言い、心を落ち着けようと宿屋での己の部屋の座敷へ出る。

 

「まだ、夜かぁ……夜明けまで、もうちょいかな?」

 沙世は座敷に座って沈み始めている月を見て、夜が明け始めた時刻だと感じた。

 

「たはは……今更ながら、時計がないって辛いなぁ……お腹とか、太陽や月の動きで時刻を把握しなきゃいけないんだもん」

 沙世はそう言ってこの世界ではまだ一部の人間しか所持できていない文明の機器を思い、如何に前世の自分が恵まれていたかを知る。

 

「……あいつの、唯の話だと明日に起こるんだよね……『例の騒動』」

 彼女は三年前に出会った同じ転生者仲間の少女によって知らされていた。

 妖によって実の両親を失い、更に両親の店を心無い親戚達に奪われ危うくその親戚達に弄ばれそうになっていた自身と養子縁組をして救ってくれた実の両親と親友であった義理の両親が死に、その娘で義理である筈の自身を実の姉のように慕ってくれる義妹が不幸のどん底に陥れらる事件が明日起こるのだという事を。

 

「にしても……佳世みたいな幼い子をそんな不幸などん底に陥れるって、闇夜の蛍(元ゲー)は成人指定のゲームかっつーの」

 沙世は唯によって知らされたそのゲームの前日譚の内容を思い出しながら、その凄惨さや展開からどう考えても『成人指定(R-18)』かもと思って、ぶつくさと文句を言い……気配を感じた。

 

「……誰!?」

「……俺だよ」

 沙世は咄嗟に護身用に持っていた小太刀を構えるも、そこにいた女性を見てほっと一息を吐く。

 

「『入鹿(いるか)』さんでしたか……って、事は近くに『神威(かむい)』さんも?」

「ああ、いるぜ」

 女性……入鹿は彼女が目下の所、義母や義妹を邪な目で見ていて、不幸のどん底に陥れる人物の筆頭であると考えている義父の叔父をちょこまかと嗅ぎ回っていた沙世を始末するために先程名を言われた神威や彼女の師である『龍飛(りゅうひ)』と共に現れたのだが……色々とあった末に出された彼女の提案を考慮すべく、見逃してくれたのだ。

 

「っで、返事は?」

「……受けるんだそうだ。報酬は橘商会の保守派の一部が懐に納めている不正な金だろ?」

「ええ、それもほぼ全部です。でも、最大の目標のは持ってちゃダメですよ? あれは保守派とのいざこざで朝廷に追求された時の為の保険金の一部にしますから」

「わかった。……何時決行するんだ?」

「入鹿さん達が不正の証拠を全部探し終えた時……と、言いたいところなんですが何時何が起きるかわかりません。何時でも行動できるように証拠探しと持ち出しは平行して行ってください」

「ああ、龍飛にもそう伝えておくよ」

 そう言って入鹿が闇夜の中に消えると、沙世は「ふう」と息を吐いた。

 

「よし。これで、万が一の事が起きたときの備えは出来た。……佳世の後見人になってくれる人もいるしね」

 沙世の脳裏には自身の事を「沙世姉」と言って慕ってくれる義妹の友人の事を思い出しながら微笑む。

 

「戦力は唯の言う『原作の前日譚』よりも増してる……けど、万が一って事もあるから……」

 沙世は普段から肌身離さずに持っている首飾りをきゅっと握る。

 

「いざという時は、私が犠牲になってでも助ける」

 沙世は首飾りを買ったときに言われた使い方を思い出しながら、悲壮な顔で決意を呟いた。

 

 ──────────────────

 

「おかしい」

 そう呟いたのは、橘商会の隊列の護衛についてるクロイツ家の長女の『アリス・クロイツ』である。

 

「なんだ、この微量な妖気は……何処から漂ってくる?」

 アリスは馬を隊列から離れないようにしながら走らせ……彼女の妹であり、魔術師兼陰陽師でもある『リリシア・クロイツ』が結界を張った彼女達や王家から派遣された二人が眉を潜めた荷物の前に行き……妖気の出所がその荷物からである事を確認した。

 

「な……こ、これは……!? リリシア!」

「姉さん、どうしたの? 今読書中……え? 嘘、なにこれ……結界が張り替えられてる!? どうして……」

「言ってる場合か! 私は『景季(かげすえ)』殿と『敏隆(はるたか)』殿に事の次第を伝えてくる! お前は『黒龍(へいろん)』と『白龍(ばいろん)』に何時でも応戦出来るように伝えるんだ!」

「わ、わかったわ!」

 アリスの言葉で読書中だったリリシアに声をかけると、リリシアは不満気に振り向き……己が学んだ魔術と扶桑国で学んだ陰陽術を混ぜ合わせて作り上げた結界が杜撰な物に張り替えられている事に気が付き『警戒していたのに何故……!?』と戸惑うも、アリスの言葉で慌てて他の荷物の護衛に勤めていた二人に緊急事態を伝えに行き、アリスも伝えに行こうとして……

 

「!? そこにいるのは誰だ!?」

『けけけけ! 伝えられて警戒されるわけにはいかないんでなぁ! おらよ!』

 アリスが気配に振り向くと、そこには目に式札が貼られた烏天狗がおり……烏天狗が手に持った導火線のついた筒の様な物を投げると、そこから青い光が空中に咲き乱れ……そこかしこから妖気が溢れだした。

 

 ──────────────────

 

「急ぐっすよ、飛鷹! 沙世姉と佳世ちゃんとアリスさんと……」

「ストップ、ストップ! 旭、ストップデス! 紫と唯がお腹の物をリバースしそうデス!」

「後、アリシアが振り落とされそうです……!」

「え……?」

 あたいは式神やカサンドラさんの予知から得られた情報、そして橘商会の人達から聞き出した取引の場所から都までの道筋の中で最も妖が襲い掛かれそうな場所に向かって飛鷹を飛ばしているんすけど、アリシアと鳥谷さんの声に飛鷹の速度を緩めてから振り向くと……そこには青ざめた顔で口を押さえている唯ちゃんと紫姉こと『赤穂(むらさき)』、飛鷹を全速力で急がせていた為かバランスを崩した際に落ちそうになったのを鳥谷さんが掴んでいたことで辛うじて落下を免れていて、やっとこさ上に上がれたアリシアがいたっす。

 

「……ごめんなさいっす」

「う、うっぷ……よ、よいのです。旭は友達想いですから、佳世を救うために全速力で移動をしていたんですよね……?」

「それ、でも……限度が、あり…うっぷ、ます。一人だけ…うう、なら兎も角……今回は人が数名乗っているんですから…おえっぷ、もっと注意してください」

「唯の言うとおりね。あなたの友達が心配なのはわかるけど……だからと言って戦力を減らすのはダメよ?」

 あたいが謝ると、紫姉は青ざめた顔で許してくれたけど、唯ちゃんは口から出かかっている物を飲み込みながらあたいの間違いを指摘して、巨大な鷲の霊獣『安土(あづち)』に乗って追い付いてきた葵姉がそれに頷きながらそう言ったっす。

 

「以後気を付けるっす」

「ええ、気を付けなさい」

 あたいが頷きながらそう言うと、葵姉は扇で口元を隠しながらそう言い……あ、見えてきた。

 

「あれっすね、橘商会の隊列は」

 あたいは都から数里程離れた街道を進む荷馬車(正確には馬だけでなく牛もいるっすね)の列を見つめるっす。数は……馬車だけでも三十はあるっすね。小荷駄も含めれば三倍になるかも知れないっす。行者や人夫が数十名、それに護衛が同じく数十名はいるっす。中には退魔士や呪術師、武士とかの霊力を持っている人もいるっす。

 

「とは言え、旭の仲間を除けば質は其ほどでもないわねぇ」

「そうなんすよねぇ……」

 葵姉とこの場にはいない雛姉みたいな一流の退魔士からしたらショボいとしか言いようがないんすよね。

 まあ、多くの場合で不良退魔士やモグリの呪術師は力が弱くて居にくいから実家から家出した人やトラブルを起こした人、農民とかが密かに霊力に目覚めた場合が殆んどなんすよ。地力が元々弱くて、しかもノウハウも不足してるから実力は低くても仕方無いんすよね。

 ……最近だと、クロイツ家や王家の退魔士、呪術師達と元山賊武士団が鍛えてるんで橘商会の護衛達は中妖十匹程度ならなんとか撃退できるっぽいんすけどね。

 

「それにあの荷物……あらあら、あんな物を運べばそりゃあ狐も来るわよねぇ。一応封印の結界はしているようだけど、やはり素人ね。少し妖力が漏れてるわ」

「え……あ、あり得ないデス! あの隊列にはリリシア姉様がいるデス! 魔術と陰陽術を学んだリリシア姉様があんな雑な結界を……」

 アリシアが葵姉に反論しようとして……青い光が空中に咲き乱れたかと思うと、妖の団体が『三つ(・・)』ほど現れたっす。

 右からは牛の頭の筋骨粒々の男の大妖に率いられた同じく牛頭の妖の群れ、左からは同じく大妖の鬼に率いられた雑多な妖の群れ、そして後方からはカサンドラさんの予言通り、狐の大妖に率いられた化け狐の群れだったっす。

 

「な……!?」

「女狐の群れだけじゃない……!? どうなってるの!?」

 ん~……でも、連携が取れてないっすね。狐達は武士や退魔士達を無力化しようとしてるぽいっすけど、それを他の二つが何も考えずに暴れているせいで意図せずに邪魔してるんすよね。

 あ、今商隊を包囲しようと動いてた狐達が無造作に振るわれた牛頭の妖の拳や腕にぶっ飛ばされたっす。

 

「貴方達の言った通りになったわね。新街でやんちゃしてる狐ってあれの事?」

「……は、ははっ! 旭様のお許しを得て動いておりました所、此度の襲撃について把握が出来ました。しかも相手はあの橘商会、恩を売るに越した事はないかと」

「あたいはカサンドラさんの予言で狐についてはわかってたんで、それを元にして今回の襲撃場所を把握したんすけど……二つほど妖の群れが増えてるのは予想外っすよ」

 葵姉に話題を振られた安土に乗っている伴部さん(傍には伴部さんにくっつく様に白虎がいるっす。……葵姉の視線が時折人を呪い殺せそうなくらいに怖いっす)が動揺しながらも報告し、あたいは下の戦況を見ながらそう言うっす。

 もしかして、カサンドラさんの言ってた黒い靄に包まれた烏と白鷺ってあいつらを連れてきた妖なんすかね……? 

 

「……そろそろ降りないと、死人が出る」

「ゆかちゃんの言うとおりっすね……行くっすよ!」

「死人が増えた後の方が恩を着せやすいと思うのだけれど……まぁ、良いわ」

「旭、紫! 従姉様(おねえさま)に恥ずかしくないような戦いをしなさい!」

 安土に乗っているゆかちゃんの言葉にあたいは思考を中断して、蔵丸から愛用の薙刀を取り出すっす。

 因みに、ゆかちゃんが紫姉と同じ名前なのは本家に対して対抗心を燃やしている分家が勝てるかもしれない人間の名前を付けて「同じ名前なのに分家に負けるとは情けない(意訳)」ってな感じで自分達の自尊心を満たすための名付けなんすよね(最終的に最悪の場合には命を落とす禁忌の妖刀を使わせていたことにキレた紫姉の家族達が分家を叩きのめしてゆかちゃんの親権をぶん取った事でゆかちゃんは家の使命から解放されたっす)。

 

 あたい達はそれぞれの霊獣から一歩踏み出し……おっと、忘れてたっす。

 

「伴部、夜……白虎。分かってるでしょうけど、貴方達は安土が着陸してから降りなさい」

「アリシアと唯ちゃんと鳥谷さんもっすよ。あたいや葵姉の霊力による保護が出来るのはあたい達以外には一人くらいっすからね」

 あたいは伴部さん達にそう言ってから落下して……

 

 地面に足をしっかりと踏みしめるっす……あ、足が痛い……! でも、怯んでる場合じゃないっすよ! 

 

『な、なんで此処にゴリラ姫や死亡フラグが……!?』

「隙あり!」

『ちぃ、くそが!』

「援軍……しかも、正規の退魔士!」

「一気に押し返す!」

「大技の準備を……!」

『く……させません! (何故、何故何故何故!? 何故気紛れなゴリラ姫が橘商会の援軍に来る!?)』

「なんと……お前達、援軍が来たぞ! もう一息だ……押し返せ!」

 殆どの人や妖がいきなり現れたあたい達に唖然とした表情を浮かべていたのに対して、アリスさんはあたい達が来たのを見た瞬間には自身を釘付けにしていた烏天狗(多分、調伏された式神っすね)に攻勢を仕掛け、白龍と黒龍の姉妹が好機とばかりに霊力を多く消費する技の使用を開始し、リリシアさんが妨害していた白鷺(此方も式神っす……って、なんで式神が妨害してんすか!?)を他の退魔士や呪術師に任せて大技を使うための詠唱を開始し、鳥谷さんの父親である『鳥谷敏隆』さんが武士団を奮い立たせたっす。

 

「さぁ、暇潰しくらいには楽しませなさいな」

「もう、お前らの好き勝手にはさせないっすよ!」

「さあ、妖ども覚悟しなさい!」

「……斬る」

 伴部さん達や唯ちゃん達を乗せた安土と飛鷹が着陸した振動と共に、あたい達は口々にそう言ったっす。

 

 ──────────────────

 

 襲撃してきた妖の総数は優に百を越えていた。そのうち半数近くが中妖クラスの化物である。唯人の兵士であれば完全武装しても最低十人いなければ対抗すら出来ない化物だ。それが多数現れた時点で一部を除いた商会の護衛達の処理能力を越えていた。

 更に言えば、化け狐以外の戦力を連れてきた二人の介入者(イレギュラー)によってそれを凪ぎ払える可能性のある戦力が釘付けにされていたのも痛手であった。

 

「馬鹿な!? 何故都のすぐ近くでこんな……!?」

「景季殿! 急ぎ指示を……長くはもちませぬ……!」

 荷馬車の一つに乗り込んでいた橘商会の商会長である橘景季は護衛の武士団の団長である鳥谷敏隆が護衛として彼が乗っている荷馬車に襲い掛かる化け物達を必死に捌く傍らで隊列に指示を飛ばしていく。可能な限り車と奉公人を逃がそうと唾を飛ばしながら必死に叫ぶ。

 

「く……アリス殿はどうした!」

「烏天狗に抑え込まれてます! 此方には来れません!」

「龍姉妹は!」

「右側の鬼の率いる群れと交戦中です! 援軍は無理です!」

「リリシア殿は!」

「大規模魔術を使おうとしたところ、白鷺の式神に妨害されています!」

 敏隆は矢継ぎ早にこの状況を打破できるであろう仲間達の事を尋ねるが、返ってきたのは抑え込まれているという絶望的な答えだけだった。

 

「く……なんとしてももちこたえろ! 都の近くだ、必ずや援軍が来る! (だが、アリス殿の受け取った書状に書かれていた退魔士や陰陽師、武士が内裏と内京を集中して守っているという言葉……下手をすれば援軍は来ぬか……)」

 敏隆の考えは的を射ていた。都の目と鼻の先で朝廷から命じられた荷物も運んでいる大商会の隊列が襲われるに任せるなぞ本来ならば有り得ない事だから。そう、本来ならば。

 

 朝廷が内裏と内京の警備を強めたという事は相対的にそれ以外の場所の警備が緩んでいる事を意味する。ましてや橘商会はそこらの商会よりも余程護衛が充実していた。していたが故に自衛可能と思われて逆にそちらへの意識が緩んでいた。

 

 故に、敏隆は恩人たる旭の名誉の為にまた雇い主である景季の命や彼の家族の安全の為に命を賭けてでも突破する決意を固め……

 

 地震のような衝撃と共に少し遠くから妖の悲鳴が上がる。

 

「な、何だ……!? 何が起きた!!?」

「え、援軍です! た、退魔士達が化け狐共を次々と屠っています……!!」

「なんと……お前達、援軍が来たぞ! もう一息だ……押し返せ!」

 景季の質問に人足が答える。その応答の意味を理解すると同時に敏隆は決死の覚悟で応戦している部下達を奮い立たせる。

 

「お父様……?」

「おじさん……」

「佳世に沙世か!? 馬車の中でお母さんと隠れていろ。安心しなさい、助けが来たからな!!」

 背後から聞こえる不安そうな声に景季は振り向きつつ安心させるようにそう呼び掛ける。母親に抱かれ、怯えた表情をした金髪の少女と悲壮な表情をした黒髪の少女は父の言葉に頷いて答える。

 

 しかし楽観するのはまだ早かった。次の瞬間、彼らの乗っていた馬車の馬の首が飛んだ。馬車を引いていたのは二頭いたがそのどちらも首が宙を飛ぶ……

 

「な……く、化け狐か!」

「邪魔じゃ!」

「ぐあ……!?」

 何時の間にか接近していた化け狐に鳥谷は驚愕するも景季達を守ろうと斬りかかるが……降り下ろした刀は四本ある尾の内の一つの一振りで半ばからへし折られ、もう一つの一撃で近くの荷馬車に叩き込まれた。

 

「鳥谷さん!」

「お姉様、お父様とお母様が!」

「どうしたの……ああ!?」

 護衛の大将である敏隆が吹き飛ばされた事を心配する沙世に佳世の焦る声と共に振り向き……義理の両親の絶望的な状況に愕然とする。

 

 義母は右足が着物の上からでも分かる程痛々しい怪我をしており、義父は馬車から飛び出した荷物によって両足が下敷きとなっていた。どちらも適切な治療をすれば治らない事は無かろうが……どの道今はそんな余裕はない。

 

「うぐっ……くっ、沙世に佳世、お前達は無事か!? 怪我はないのか!?」

 苦し気に尋ねる父親の声に首を縦に振って肯定する沙世と佳世。そしてそのまま少女達は父親を助けようと重い荷物を小さな手で必死に持ち上げようとする。無論、荷物は寸とも動かぬが。

 

「二人とも、馬車の中に、荷物の中に隠れなさい! 助けが来るまでその中にいるのよ……!」

「……やっぱり、これしかないよね」

 義母の悲壮な顔に沙世は義母を、義父を、そして最愛の義妹を見て首飾りをぎゅっと握りしめて、化け狐の元に走る。

 

「ほお……? 自ら餌になりに来るとは猿にしては殊勝な奴よ……苦しまずに死なせてくれるわ!」

 沙世は首飾り……人妖大乱時に作られ、霊力のある人間が妖に食べられた際に内部に溜め込まれた所有者の霊力を爆発させるという簡易的な人間爆弾生成装置を握り締め、こう思った。

 

「(お義父さん、お義母さん……佳世。今までありがとう。私は、幸せでした)」

「お姉さま────────!」

 狐が大口を開けて自身を喰らいに来るのを見ながら、沙世は瞳を閉じて微笑み……何時までも来ない衝撃にゆっくりと目を開ける。

 

「糞こら、こいつ、一発で柄が捻じ曲がってるじゃねぇかよ。これ本当に下っぱの時の物よりも上等な代物なんだよな……?」

「一応はね! てか、なにやってんですか沙世様!」

 彼女の目の前には怪物に立ち塞がるように立つ、化け狐の牙の一撃でいびつに捻曲がった槍の柄を仮面越しに一瞥して、心底げんなりとした声を上げる人影達がいた。




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集4『佳世編』

※旭がいる場合の佳世は旭が景季の生前に橘商会の支店を旭衆の里に作らせていた事で景季の死後支店長として佳世を里に来させて匿った設定です。

挨拶
「いらっしゃいませ、橘商会旭衆支店へようこそ! 私は支店長の橘佳世です!」

決意
「今は小さな支店の支店長だけど、何時かは本店を……お母様とお父様のお店を取り返す……!」

佳世ルート時のクエスト『橘商会奪還作戦』時の台詞
「お店を取り戻すまで後少し……環さん、旭ちゃん……お願いします」

佳世エンド時
「今までありがとうございました! ……これからは、夫婦としてよろしくお願いいたします、ね?」


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第十三話

 正直な話を言えば、俺達はこの時楽をしようと考えていた。

 

 考えれば当然だ。ゴリラ様や鬼月旭を中心に四人も正規の退魔士がいるんだ、幾ら百近くもいるとはいえ、妖の群れなぞ敵ではない。戦闘と気負いする必要もなく、適当に戦えばあっという間に皆殺しに出来るだろう。ゴリラ様達が橘商会に恩を売るならば本人達が目立つ方が良いこともある。俺達がでしゃばる必要はない。

 

 だが、だがである。俺達はこの時点で油断していた。少しでも考えれば簡単な事なのだ。あの加虐趣味の気紛れ屋な妹ゴリラが可愛がっている義妹の頼みとはいえ、素直に申し出に従ってくれる訳が無いことを。つまり……

 

「遊んでやがる……」

「遊んでるわねぇ……」

 俺達は唯人の従者や雑役達に襲い掛かる中妖クラスの狐やミノタウロス、小妖を夜や鳥谷有吾、橘商会の護衛達と一緒に相手にしながら小さく呟いた。

 

 白虎の妹達と共に激しく鬼と打ち合う鬼月旭、大妖クラスのミノタウロスと義妹や白虎と連携を取りながら斬り結ぶ赤穂紫に比べれば、ゴリラ様は圧倒的であった。

 

 扇をふわりと振れば嵐が巻き起こり化物達を吹き飛ばす光景は圧倒的ではある。あるが……それだけだ。本当ならばあくびしながらその風の刃だけで化物を細切れに出来るだろうに、やる事は文字通り吹き飛ばすだけであった。明らかに適当に……いや、寧ろ彼女の実力ならば適当にしてももっと凄まじい破壊を生み出せるだろう。彼女にとってはあれほど手加減するとなると適当にやるよりも遥かに力加減が難しい。

 

「とっとと始末してくれたら俺達も楽なのにな……って、おい。マジかよ!?」

「まっず……!」

 俺達はそれを視界に収めると顔をしかめた。俺の視線の先には横転した馬車、それに恐らくは怪我をして動けない身なりの良い夫婦、人型の姿をした化け物、そして首飾りを握りしめてそれに向かって走り出す少女とそんな少女に呆然となる少女……おい、馬鹿! 何で佳世ちゃん馬車の中隠れてないの!? あと、あいつは誰だ!? 

 

「沙世!? 一体、何…を? 嘘、あれって……」

「あれが三人目か……って、おい。どうした?」

「……設定集や一族の資料で読んだことがあるわ。あれは『相殺の首飾り(そうさつのくびかざり)』。一言で言うなら、簡易人間爆弾生成装置よ」

 ……化け物に特攻して佳世ちゃん達を救おうってのか!? そんなん、佳世ちゃんに余計なトラウマを残すだけだろうが! 

 

「沙世姉! 駄目っす!」

「逃げるな、この野郎! 俺の体の火照りを冷まさせろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「邪魔っすよぉ!」

 鬼月旭は首飾りに気が付いたのか慌てて助けようとするが、戦闘に興奮している鬼に阻まれて助けられない。

 

「沙世! ダメ!」

「白虎、まだ牛頭を倒せてない!」

「抜ければ被害が出ます!」

「く、うう……!」

 白虎も一族を雇ってもらっている恩があるからか助けに行こうとするが、大妖クラスのミノタウロスと打ち合っている赤穂義姉妹に正論を言われ、助けに向かえなかった。

 

「ちぃ、姫さんはっ……!!?」

「……なんか、あんたの方を見て笑ってるんだけど?」

 視界をゴリラ姫に向ける。はは、まだ遊んでやがるわ。というか、あの笑みであいつの企み読めて来たわ。

 

「あーはいはい! いいさ、やりますよ! やればいいんだろう……!!?」

「沙世は大切な転生者仲間だもの、助けないとね!」

 俺はゴリラの意地の悪い御要望通り、葛葉唯は転生者仲間を助けるために近くにいた狐を蹴り飛ばすと槍と刀を構えて化け狐と橘沙世の間に躍り出て化け狐の顎の一撃を寸前で槍で受け止めた。

 

 

「ぐおっ……!? 重っ!!?」

 同時に来る激しい圧力に俺は歯を食い縛り必死に耐える。が、次の瞬間に化け物の牙の一撃を前に鉄製で出来ている筈の槍がゴキ、という嫌な音と共に捻曲がっていた。

 

「糞こら、こいつ、一発で柄が捻じ曲がってるじゃねぇかよ。これ本当に下っぱの時の物よりも上等な代物なんだよな……?」

「一応はね! てか、なにやってんですか沙世様!」

 はは、ウケルウケル。班長支給の装備は下っぱよりは質が良い筈なのにな。洒落にならねぇぞ……!!? 

 

 噛み付きを防がれた化け狐は一端引き下がったと思えば今度は鋭い爪の生えた前足を振り上げて……

 

「どおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「おうわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「飛っべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

『ブモオぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』

「ぐべぁ!?」

 殴りかかろうとして、着物の襟を掴んだ鬼月旭に投げ飛ばされた鬼と白虎の全力の蹴りを受けて吹っ飛んできたミノタウロスが激突して団子状態になった。

 

「沙世姉、大丈夫っすか!?」

「あ……うん。なんとか」

「伴部、唯! 今の内に沙世様達を!」

「わかった!」

「今のうちに商会長方をお助けしろ……!!」

 慌てて駆け付けて来た鬼月旭が無事を確認すると、緊張感が途切れたのか腰を抜かす橘沙世。それを見た白虎の指示で俺は戦闘に気付いて駆けつけて来た数名の商会所属の退魔士や人足に橘沙世の避難と会長達の救助を命じる。本来ならば俺に命令権なぞ皆無で反発されそうではあるが……この非常時、しかも相手が三下とは言え大妖相手ともなれば呆気ないくらいに簡単に俺の申し出に従い彼らは上司を助けに向かう。うん、あんな化け物と戦いたくないよね、凄く分かる。

 

「よし、これで……うおっ!?」

「こんのぉ!」

「!? これは……」

「さっきの牛頭の首!?」

 次の瞬間に感じた殺気に俺は咄嗟に折れかけた槍を捨てて腰元から短刀を抜いて身体の左側で構えていた。コンマ数秒後に影が見えたと思えば鬼月旭が薙刀を振るってそれを吹き飛ばし……そこにあったのは鬼や化け狐と一緒に団子になっていたミノタウロスの首だった。

 

「鬼や狐は何処……ぐう!?」

「が……!?」

 次の瞬間、俺と白虎は近場に止まっていた馬車の荷台に叩きつけられていた。

 

「ひぐっ……あがっ…!? おうぇ!!?」

「かふ、けふ…ぐう……!」

 強烈な衝撃と激痛に俺達は胃液と血を同時に吐いていた。そのまま地面に倒れる俺は、痛みと衝撃によって脳震盪を起こして暫しの間何が起きたのか把握すら出来なかった。

 

「くぅ……化け狐!」

 すぐに立ち上がった白虎はトンファーを構えながら化け狐に向き直る。って、事は……

 

「中々やるじゃねえか! それじゃあ、今度は此方の番だあぁぁぁぁぁ!」

「上等っすよぉ! さっきも言ったけど、赤髪碧童子を倒すための予行演習にしてやるっすよ!」

「ああ、もう! やれば良いんでしょう、やれば!」

 俺が目線だけで周囲を見渡すと、そこには身の丈程もある刀を豪快に振り回す鬼と斬り結ぶ鬼月旭と葛葉唯の姿があった。

 

「死ね!」

「伴部!」

 そう言って白虎が俺の体を抱えると、横に転がって降り下ろされた化け狐の尾を避けた。

 

「すまん!」

「気にしない。婿を助けるのは妻の役目」

「だから、俺はお前の婿じゃない!」

 このやり取りを後何回すれば良いんだ、俺は……

 

「って、考えている場合じゃないか……行け!」

 次の瞬間、俺がゴリラ様の式神を降りた際に出していた式神の鷲が二羽、俺の命に従って高度から一気に、そして垂直に化け狐に向けて爪を立てながら急降下する。

 

 式神が狙うのは化け狐の頭部、正確には眼球部分である。他の場所は妖力と毛皮と脂肪で防がれる。俺の召喚出来る雑魚い式神程度では相手にダメージを与えるにはそこを狙う以外に選択肢はなかった。

 

「ふん、小賢し……「はあ!」ぐうお!?」

 尾の一振りは、次の瞬間には直上から襲いかかった二羽の式神を引き裂き……その瞬間に合わせて肉薄した白虎の一撃が化け狐の喉に炸裂した。

 喉に突き刺さるように叩きつけられたトンファーの打撃は厚い毛皮と脂肪に阻まれて対した痛手は与えられなかったが……化け狐を咳き込ませて怯ませるには十分だった。

 

「ゴホ……」

「せあぁぁぁぁぁ!」

「ぐ、が……ぎい、あ……!?」

 数歩下がってゴホゴホと苦しそうに咳を吐き、目に涙を浮かべる化け狐に更なる連撃を叩き込む白虎。

 

「ゴ………くう! お、おのれぇ!」

「正直こいつを使うのは不本意なんだけどな……!!」

「な……!?」

 そう言って尾の一撃を食らわそうとする化け狐だが、隠行術やクロイツ家経由で仕込まれた魔術等を活用して忍び寄っていた俺のゴリラ様製の短刀による不意打ちが尾の全てを根本から切り落とした。

 

「ぎ……ぎいぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 尾が……妾の尾がぁぁぁぁぁ!? 雑魚風情が! 許さぬぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「隙ありっすよぉ!」

「げびぃ!?」

 化け狐は下人である俺風情に尾を全て切り落とされた事に激怒しながら後ろ足で俺を蹴ろうとして……鬼月旭の飛び蹴りを横っ面にもらい、ひっくり返った。

 

「旭、鬼は?」

「夜やアリシア達が引き受けてくれたっす。あたいとしてはもう少し戦いたかったんだけど……夜達が『不意打ちの危険もあるあの化け狐を仕留めろ。それからじっくりとやれば良い』って、言われたんで」

 そう言って鬼月旭は薙刀を化け狐に向けながらそう言う。

 

「こ、この……猿ごとき、があぁぁぁぁぁ!」

「隙だらけ!」

「王家封式三型、影縫い!」

「ぬあ……!?」

 周囲に狐火を従え、殺意に満ち溢れた目で俺達を見ていた化け狐だったが……白虎の妹である龍姉妹の影縫いで体の動きを封じ込められる。

 

「これで終わりっすよぉ!」

「覚悟!」

「くたばりやがれ……!」

 そのまま鬼月旭が薙刀で首を、白虎がトンファーに霊力の刃を纏わせて眉間を、俺が短刀を構えて心臓を狙って武器を繰り出し……

 

『させるかよぉ!』

『この……下人にイレギュラー風情がぁ! よくも佳世ちゃんとのフラグ建てを邪魔してくれたなぁ!』

『……はぁ。仕方ない、か』

 烏天狗と白鷺の式神といきなり現れた燕の式神によってその全てが弾かれた。

 

「な……!?」

「え……!?」

(まさか、コイツら……!?)

「死ね……!」

 俺がコイツらの正体を察するも、血走った目の化け狐の狐火による一撃が致命的な隙をさらした俺達を……

 

「あら駄目じゃないの。そんなことをしちゃあ」

「ギャ……!?」

 焼き尽くす寸前、恐らく術式も使わず、ただ単に力学的に運動エネルギーを付与された……つまりは蹴りあげられただけの握り拳大の石が音速を超える速度で化け狐の顔面に激突した。仰け反る妖はそれにより妖術の展開を阻害され、火の玉が幻のように消え失せる。

 

「それと……邪魔をしてくれたお邪魔虫は退場しなさいな」

『な……』

『へ……』

『く……!』

 更に、俺達を狙って攻撃しようとした式神達が風の刃によって塵一つ残さずに切り刻まれる。

 

 余りに突然の事で場の目撃者は唖然としていた。俺と鬼月旭だけがその実行犯が誰なのかを察しており、声の方向に視線を向ける。

 

「葵姉!」

 そこにはニコニコと心底楽しそうな顔で扇を扇ぐゴリラ様がいらっしゃった。それだけならば着込む和服と本人の美貌、それを照らし出す月明かりも相まって幻想的だろう。

 尤も、足下には文字通り原型すら留めぬ血塗れの肉塊と化した化け物どもの死骸が散乱しているのを無視する必要があったがね……

 

 ──────────────────

 

 鬼月葵は扇子を振り回して、化物共を吹き飛ばし、弄びつつその光景に満足していた。

 

「別に狙った訳ではないでしょうけれど、相変わらず絶妙な瞬間に顔を突っ込むなんて愉快な事ねぇ」

 遠目に見える伴部達と狐の相対を鑑賞しながら葵はくすくすくす、と楽し気に声を漏らす。彼からすれば予め恩を着せるためなのだから商会の家族を助けるのを優先すると思っていたのかも知れないが……とんでもない。彼女にとっては商会に対する恩着せなぞオマケでしかない。彼女にとってはそれよりも遥かに優先するべき事があり、そしてそれは正に目の前で起こっていた。

 

「あらあら、罪作りな事。妬けちゃうわ。あんなちっちゃい子達までたぶらかすなんて、悪い男」

 葵は目を細めて見据えるのは護衛らしい雇われ退魔士や人足に助けられ、避難する少女達の姿。黒髪の少女は文字通り命の危険しかなく、今まさに現在進行形で破壊が生み出されている恐ろしいそれを、しかし熱に浮かされたように凝視していた。その目には見覚えがあった。それと良く似た目をしていた事が彼女にもあるのだから。

 金髪の少女は恋い焦がれ、思い慕う人を見るような目で伴部を凝視していた。その目にも見覚えがあった。それと良く似た目を、不愉快だが義妹のお陰で(彼女が賭けに勝利した時には側室にしようかと思う程度には)大切になりつつある腹違いの姉の目を彼女は知っていたからだ。

 

「ふふふ、これはまた成長が楽しみ」

 鬼月葵は嘲るようにも、慈しむようにも聞こえる声で誰にも聞こえない程に小さく彼女の『英雄』の一人に向けて囁いた。(彼女にとってのもう一人の『英雄』は彼女が不快に思っている鬼と闘うための予行演習として別の鬼と激しく斬り結んでいる)

 

(そうよ、そうやって成長しなさい。名声を手に入れなさい。英雄へと至りなさい。そうする事で貴方は漸く私が傍らに控えるに値する存在に昇華出来るのだから。ほら、観客の皆様方、とくとご覧なさいな。たかが下人が知恵と工夫を凝らして、紙一重で死を回避しつつ必死に戦い、勝利を掴み取ろうとする姿を!)

 ……内心でそう宣う彼女は明らかに上機嫌であっただろう。

 

 最も……

(……相変わらず憎たらしい女。まあ、思いの強さは認めてやらないでもないけど……彼は私の夫よ)

 伴部の隣に立って共に戦う彼の妻を自称する大陸の少女には殺意混じりの思いを向けていたが。

 

「……いつも詰めは甘い人だから、こうやって見守らないとね?」

 恋人に向けてのようにも、子供に向けてのようにも思える言い草で鬼月葵は言葉を締めくくった。そして、そこで一旦顔を険しくするのは事態が変わったためだ。白虎の妹達によって隙を作った化け狐を伴部達が仕留めようとして……その瞬間に身の程知らずのお邪魔虫達が彼らの攻撃を弾いた事で逆に彼らが隙をさらしてしまったからだ。

 

「仕方無いわね。今回はここまで、ね」

 ……少々物足りないが、取り敢えず今回はこれで見納めだろう。欲をかくと元も子もなくなるのだから。他者がどう思っているかは兎も角、彼女は自分が控えめな性格だと信じていた。

 

 彼女は足元に転がっていた手頃な大きさの石っころを見つければそれを蹴りあげた。霊力を調整して、あの狐が死なない程度に手加減して蹴り飛ばす。石は弧を描いて狐の頭に命中、その片目を吹き飛ばした。悲鳴を上げる化け狐。

 

「あら駄目じゃないの。そんなことをしちゃあ」

 最愛の彼と可愛い義妹を二人とも焼き払う積もりか? ……声に出さずに彼女は宣う。全く、雑魚の分際で此方を困らせないで欲しい。

 

 そして……

「それと……邪魔をしてくれたお邪魔虫は退場しなさいな」

 身の程を知らずに彼らを邪魔してくれた五月蝿い蝿達をこの世から抹消する。近くに術者がいなかった為に式神を消し飛ばすだけで済ませたが、今後も邪魔をするようなら地の果てまで追い詰めて殺そう……と、彼女は内心でそう思っていた。

 

「葵姉!」

「ウグ……グウウゥゥゥゥ……!!」

 喜びと気恥ずかしさの混ざったような顔で此方を見る義妹に続いて片目が潰れて血を流しながら狐は葵を鋭い形相で睨み付ける。殺意を込めた視線は、しかし彼女にとっては一欠片の恐怖も感じられない。当然だ、あの程度の眼光なぞこれまで幾度も見てきた。いや、もっと恐ろしく、悪意と憎しみに満ちたものすら……ならば何故あんな可愛らしい視線に怯えよう? 

 

「ふふふ、そんなに潤んだ瞳で見ないで頂戴。可愛がりたくなるでしょうに」

「死ね、雌が!!」

 次の瞬間放たれたのは咆哮だった。いや、咆哮というのには少々物騒かも知れない。それは音の暴風だった。咆哮の衝撃波は真っ直ぐに鬼月の次女に向けて放たれて、途中にあった壊れた馬車は文字通りバラバラに砕け散る。たかが音と思って油断すれば唯人であればその衝撃だけで肉片と化すだろう。

 

「『御鏡返し(みかがみがえし)』」

「な……」

 しかし……その言葉と共に鏡と見紛う様な刀に音の暴風は飲み込まれた。驚愕する狐にそれを成した少女は気だるげに刀を振るう。

 

「御返し」

「な……ギャイン!?」

 その刀……赤穂(ゆかり)が持つ赤穂本家に伝わる妖刀『赤穂討魔十本刀(あこうとうまじゅっぽんがたな)』が一振り『御鏡写丸(みかがみうつしまる)』から所有者の霊力も付与された事で倍増した威力の音の暴風が叩き込まれて狐は絶叫をあげる。

 

「相変わらず無茶苦茶な刀だな……」

「まあ、刀が写した妖術とかを刀に封印した上でそれを射った本人に向けて確実に打ち返す絶対反射の妖刀っすからね……しかも、所有者の霊力も付与して威力も跳ね上げるし……」

 義妹と伴部が刀の事でひそひそと話していたが、葵はふんと鼻を鳴らす。

 

(興味は無いわね)

 心底興味のなさそうな様子の葵に気付いたのか、旭は苦笑いをしていた。

 

「ぎ、が……!!」

「食らい付きなさい、『首削ぎ丸(くびそぎまる)』!」

「ぎゃあ!?」

 今度は喧しい従妹の持つ妖刀であるこれも赤穂討魔十本刀の一振りである『根切り首削ぎ丸(ねきりくびそぎまる)』の捕食形態に左の前足を食い千切られてひっくり返った。

 

「グ、お、おのれぇぇぇぇ……!!」

 化け狐は苦渋に満ちた咆哮を上げる。同時に周囲の戦場から数頭の化け狐が音もなく踊り出て……

 

「そうはさせないっすよぉ!」

 義妹の渾身の一撃でその全てが一掃された。義妹は瞬時に殲滅の為の攻撃は出来ないが、溜めを行う時間があれば、この程度の化け物など一掃できるだけの攻撃は出来るのだ。それを信じていたからこそ、葵は指一本たりとも迎撃に動かなかった。

 

「葵様、旭様……!!」

 直後、伴部から投擲された短刀と折れた槍の穂先が隠行術で彼女と旭の目の前まで迫ってきていた化け狐の頭を貫いてこれを一撃で絶命させた。

 

「伴部さん、ありがとうっす」

「………余計な御世話よ? あの程度の雑魚相手に、私が手傷を負うと思った?」

「そこは素直にお礼を言ってほしいんすけどねぇ……」

 呆れた表情の義妹を目で制しながら、不敵で不遜な態度で彼女は横入りの一撃を放った伴部に声をかける。能面を被った伴部は膝を折って口を開く。

 

「姫様達の実力は承知しております。差し出がましい真似を致しました事お許し下さいませ。……しかし、妖相手に油断は禁物ですので」

 淡々と、事務的な口調で伴部は答える。

 

「そう。……逃げたわね」

「牛頭と鬼の方の群れはアリスさんやリリシアさんの大技で掃討したっぽいんすけど……狐と鬼には逃げられたぽいっすね」

 扇子で口元を隠しながら葵は指摘し、旭は頭を抱えながらそう言う。先程の三下の化け狐の襲撃はあの(元)四尾の大妖が逃げるための目眩ましであったらしく、あの巨体はいつの間にか消え失せていた。狐らしく逃げ隠れはたかが大妖の癖に達者なようであった。

鬼の方は身体能力に任せて全速力で逃げ出したらしく、遠くに走り去る豆粒の様な影が見えていた。

 

「従姉様、追いますか?」

「逃げに徹した妖を追うのは隠行衆でも難しいわ。捨て置きなさい」

 血気に逸る従妹を嗜めながら葵は旭を見る。旭は溜め息を吐きながら、空を見ていた。

 

「夜が明けて来たっすねぇ……」

 気付けば夜の闇は夜明けの光が昇り始めていた。青紫色に染まり始める空、山の合間から日の光が僅かに頭を出して戦いが終わった街道を照らし始める。

 どうやら、他の三下の化け狐共も逃げ出したようでもう周囲で戦闘の音は聞こえない。

 

「……行きましょう。会長も流石に怪我の手当てくらいは終わっている筈よ。荷物の管理について色々と言いたい事もあるし、顔を見せてお話をしなくちゃね?」

「あたいも、沙世姉に文句を言いに行くっす。……でも、荷物の件は多分だけどあの式神達の仕業っすよ?」

 意地悪そうに笑みを浮かべた葵に旭はそう注意し、二人は空に待機させていた霊獣達にそのまま周辺警戒を命じると踵を返す。

 

「旭様。お供致します」

「伴部さん、佳世ちゃんのお世話を頼むっす。 あたいは沙世姉に文句を言うんで」

「……承知いたしました」

 投擲した短刀を回収した後、歩き始めた義妹の後ろに控えるも命令された事にげんなりとする伴部。

 

 そんな会話をする旭に若干の嫉妬と羨望、伴部の本当の名前を知る腹違いの姉に対する何とも言えぬ苛立ちと劣等感、自身が愛する男の本当の名前を知らない事に対する悲しみの感情を抱くが、葵はそんな事は露とも見せない。

 

 だが、葵はこうも考える。

(今は良いわ。今はまだこの関係で……この距離感で良いの。距離を縮めるまでまだまだ何年も時間はあるもの。本物の名前を識る機会も、その名前を呼ぶ機会も、だから……)

 

「お礼は纏めていつか……そのうちに、ね?」

「葵姉、何か言ったっすか?」

「いいえ、別に」

 旭の問いを扇子で隠して誤魔化した彼女の口元はこれまでとは違い優しく、柔らかそうにつり上がっていた。




次回もお楽しみに!

因みに、紫(むらさき)が首削ぎ丸の捕食形態を使いこなせているのは紫(ゆかり)と色々あった際に伴部や旭と共に首削ぎ丸をわからせ(物理)したからです。


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第十四話

 それは、平和そうな光景だった。

 

「あ、兄さん」

 そう言って、顔立ちの良い綺麗な女性がニコニコと笑って夜を受け入れる。

 

「よう、●●。◼◼と……あいつはいるか?」

「相変わらず、あの人は嫌ってるのねぇ……◼◼はあの人と一緒に本を読んでるんだけど……寝ちゃったみたいね」

(これ、俺視点の夢か)

 夜は勝手に動く口や体に困惑するも、直前に寝具の中に入ったのを思いだしこれが夢であると確信した。

 

「ああ、義兄上(あにうえ)。三日ぶりですね」

「やめろ。気性が穏やかな奴とはいえ、()に兄呼ばわりされる筋合いはねえよ」

「本当は認めてるくせに」

「うっせぇ!」

 そこにいたのは、白髪に狐耳を生やし、臀部から五尾の狐の尾を生やした穏やかな表情の青年が眠っている娘と思われる狐の半妖を膝に乗せていた。

 

「にしてもよぉ……お前、大丈夫かよ? ●●が◼◼を孕んだ際に尾を一本、無事に生まれさせる為に一本、俺や●●を助けるために二本……その分だけ妖気を消耗してんだろ? それに、妖怪も人間も食ってねえんだから……」

「ええ、徐々にですが妖気も消費しています。……ですが、私が生きていた『証』を……妖狐であった私を救ってくれた大切な女性との間に残せたというだけで満足なんです」

「ふふ……」

(仲、良いんだな)

 そんな、穏やかで大切な日々……夜はそんな三人(娘を入れれば四人だが)の関係に微笑み……場面が急変する。

 

 血塗れで倒れる青年、下卑た表情のまま飛んでいく上半身、それを唖然とした表情で見ている村人と思われる男達と半妖の少女……その視線の先には黒髪の狐耳を生やし、九本の尾を持つ化け狐がいた。

 

 化け狐が村人達を殲滅している隙に半妖の少女を抱き抱える青年だったが、即座に化け狐の狐火で足を焼かれてひっくり返る。

 

 何事かを話す化け狐や半妖の少女とそれを庇う青年。そして……

 

「おじさん、守ってくれて……ありがとう」

「よせ、ダメだ……」

「そして、さようなら」

「行く、な……」

(……おいおい、似すぎだろ)

 青年を救うために化け狐に着いていく事を選び、涙目で微笑んでいた半妖の少女は……あの日、夜が出会い養母達が連れていった半妖の少女に……ひどく、似ていた……

 

「……なんだったんだ、あの夢」

 夢から覚めて起き上がった夜は頭を掻きながら、水飲み場の水を飲む。そのまま、二度寝の為に部屋に戻ろうとして……ふと、誰かの喘ぎ声が聞こえた。

 

「ぜひー、ぜひー……み、水……」

「こ、小烏丸(こがらすまる)……? どうしたんだよ?」

 庭に倒れ伏しながら水を求めていたのは、旭衆の一人で烏天狗の半妖であり、主に伝令役を務めている人間だったからだ。

 

「ふぅ、生き返った……じゃない! 旭様にご報告をしなければ!」

「今、何時だと思ってんだ、おめえは」

 夜が差し出した水を飲んでスッキリとした小烏丸は思い出したように走り出そうとして……夜の脳天を狙ってのチョップを受けて地に沈む。

 

「うう……しかし、朗報なのですぐに報告しないと……」

「あん? ……そういや、お前って一の姫さんの牛鬼退治に伝令役として同行してたな……朗報って言うと、まさか」

「ああ、その……まさかだ」

「急いで旭の所に行くぞ。……静かにな」

「……うむ」

 二人はそそくさと旭の部屋に行って、彼女を起こして報告をすると……旭が大きな声で喜びを表現しようとしたために慌ててそれを止めた。

 

 そして、朝に旭の口から報告がなされ……逢見家では歓喜等の声が響いたが、桃色髪の少女だけは苦虫を噛み潰したかの様な表情だったという……

 

 ──────────────────

 

「ふっふのふ~ん!」

「旭ちゃん、ご機嫌ですね」

「そりゃあそうっすよ! だって、雛姉が討伐をしたのは牛鬼っすよ、牛鬼! 官位は確実だし、何より雛姉の強さが証明されたのが嬉しいんす!」

「その件で葵姫は苦虫を噛み潰したかの様な顔デシたけどね……」

 あたいは佳世ちゃんやアリシア達と一緒に夜の実家の孤児院に向けて歩いていたっす。当初は橘商会の牛車で行くって話になりそうだったんすけど……牛車でやって来たら、相手が「何事!?」と驚きそうだし何よりもそんな風に身分を見せびらかすような真似はしたくはないんで佳世ちゃん共々変装して歩きで向かってるんす。

 

 因みに案内人の夜なんすけど……

「……………………」

 さっきからずっと黙りなんすよねぇ……

 

「夜、どうかしたのか?」

「……ん? ああ、わりぃ。ちょっと考え事をな」

 そんな夜を心配したのか、佳世ちゃんの護衛役(並ぶと本当の姉妹みたいだから、便利なんすよ)として来ていたアリスさんが話しかけるんすけど……夜は何でもないように笑って誤魔化しながら歩みを早めたっす。

 因みに、アリスさんは夜に惚れてるっす。理由は……三年前の王家とクロイツ家の抗争未遂事件の際に抗争未遂の根本的な原因を探っていたアリスさんが殺されそうになった際に夜が助けたからなんすよね。

 その時にアリスさんが持ってきた資料と王家の人達から得た情報のお陰で、自分達の目的……都での大規模な抗争をネタに今も権勢を誇っている左大臣を蹴落とす為の口実にしようとしていた当時の右大臣と右大臣と結託して抗争を起こしたどさくさ紛れにクロイツ家を扶桑国に仕える退魔士家の一員にして、妖母の捜索と妖根絶の為の足掛かりにしようとしていた当時のクロイツ家の当主……アリシア達のお爺ちゃんが犯人だってわかったんすよね(それと共に抗争を大きくしようとしていたモグリもいたんすけど、逃げられちゃったんすよねぇ……)。

 

「そう言えば、沙世姉はどうなったんすか?」

「えっと、お父様もお母様も凄い怒ったんですけど……理由を聞いたらお父様が号泣して、お姉様を抱き締めちゃいました。……その後で私やお母様も抱き締めたんですけど」

「光景が目に浮かぶっすね」

 なんせ、景季さんって奥さんにも、佳世ちゃんにも沙世姉にもデレデレっすからね……正直に言うと、ちょっとキモいくらいに。

 

「それと旭ちゃん……その、お話があるんですけど……」

「伴部さんを『買い取りたい』っていうのは無しっすよ。あたいは人を売り買いするのってあんまり好きじゃないんで」

「違いますよ! お姉様と一緒に伴部さんと出掛けたいから、宇右衛門様とかけあってくれる様に頼みたいんですよ!」

「あ~……ごめんす」

「まあ、三年前に言ったのは失言でしたけど……」

 三年前、山賊武士団の団長の鳥谷さんは自分達の目的……北土土着の凶妖『なまはげ』の監視がなあなあになっていたり、それに関する不正や横流しの告発を握り潰し、あまつさえそれらを自分に擦り付けた主家のどら息子に対する報復となまはげの件を朝廷に訴える為の資金にするために佳世ちゃんを人質にして身代金を要求したんすよね。

 それであたいや伴部さん、アリシアや白虎達と一緒に佳世ちゃんを救出に向かって……山賊武士団の根城に出現した妖の群れの攻撃から伴部さんが佳世ちゃんを庇って、その際にお面が壊れて見えた素顔を見て佳世ちゃんは一目惚れしたんすよね。

 それであたいに「幾らで譲ってくれますか?」なんて事を言われたんで思わず平手打ちしちゃったんすよね。沙世姉が佳世ちゃんを諭してくれなかったら、折角出来た友達を失うところだったっすよ……

 

 因みになまはげの件は朝廷が握り潰される……様に見えたんすけど、北土の退魔士や大名の権威を下げるのに役立つと思ったのか、不正や横流しを行っていた郡司達の多くは罷免。郡司達から賄賂を受け取っていた大名家の重臣達は死罪もしくは島流し。監視をなあなあにしていた各退魔士家(鬼月家も含むっす……)には帝直々の御言葉(お説教)が賜れたっすよ。

 

「着いたぞ、此処だ」

「此処が夜の育った孤児院か……」

 っと、着いたっすね。

 

「それじゃあ、開けるっすよ」

「……ん? ああ、ちょっと待て……ババアの奴、結界の条件をちょっと変えやがったな? あいつらが招き入れなけりゃ入れねえ様になってる」

「え、じゃあ入れないんじゃ……」

「だったら……」

 あたいが門を叩くと、門が少しだけ開いて……夜を見た瞬間に一気に開いてあたいの顔面に門が叩きつけられたっす。

 

「ぶぎゃ!?」

「ちょっと、あんたら!? 誰かにぶつけ……兄貴!」

「夜、来たのか」

「来ちゃ悪いのかよ?」

「いや……良く帰ってきたな」

「「「「夜にいちゃ~ん!」」」」

「うおっと……久々だな、お前ら」

 あたいが鼻を押さえて踞っていると、夜に似た顔立ちの女の子と穏やかそうな女の人、元気な半妖の子供達が夜に向かってきたっす。

 

「花、猫とジェイは?」

「お仕事でいない。あたしは夜の任務があるから昼の仕事は休みなの」

「そうか……猫やジェイの好きそうな本や食い物を買ってきたんだがなぁ……」

「食べ物は生物じゃなければ後でも食べられるし、本は後で渡しておくわ」

「おう、頼むな」

「任せて」

「よ、夜! その親しそうにしている女は……!?」

 夜に似た顔立ちの女の子と親しそうに話している夜に焦りを覚えたのか、アリスさんが必死の形相で話しかけたっす。

 

「ん? ああ、こいつは俺の妹の花だ」

「そ、そうか……」

「ふ~ん……あたしは兄貴の妹の花です。これからよろしく」

 花さんはアリスさんにそう言った後、にやにやと笑いながら夜に向き直ると……

 

「つーか、兄貴……こんな綺麗な人にあたしと話した位で慌てられる様な関係なんだ?」

「うえ……いや、その……」

「? どういう意味だそりゃ?」

「お前な……!」

「アリス姉様……」

 そう言ってアリスさんの事を茶化す花さんに首を傾げる夜に気恥ずかしさで真っ赤にしていたアリスさんが今度は怒りで真っ赤になってそれをみたアリシアが呆れていたっす。

 

「んで、此方の……ババア、もう人の目がないんだから幻術は良いだろ」

「それもそうだな」

 そう言って、女の人が二、三言呟くと狸の耳と尾が現れたっす。

 

「こいつが俺の育ての親の吾妻雲雀。見ての通り、狸の半妖だ」

「ちょっと、兄貴! 師匠に向かってこいつは……」

「いや、良いんだ。あくまでも戻らないための口調だからな」

「……ちぇ、これだからババアはやりにくいぜ」

 吾妻さんの言葉に夜はぶっきらぼうにそう言ったっす。微笑ましいっすねぇ……

 

「あれ、あの子は……」

 佳世ちゃんが何かに気付いたのか、ある場所を見つめるっす。そこには、あたい達が持ってきたお菓子を食べようと集まっている半妖の子供達とはちょっとくらい離れた場所でそんな子供達を見ていたっす。

 

「ババア。あの狐って、あの時の……」

「ああ。ほら、(しろ)。お前も来なさい」

「……は、はい」

 吾妻さんの呼び掛けで白って呼ばれた女の子がおっかなびっくりに寄ってきて……

 

「あ……」

「あ……お、おい……いきなりどうした」

 夜を見た途端に涙目になったかと思うと、ぎゅっと夜に抱き付いたっす。

 

「白……? あたしの時も思ったけど、どうしたのよ?」

「あ……ご、ごめんなさい! なんだか、花さんと夜さんを見たら、懐かしい気持ちになってつい……」

「そ、そうか……」

 白ちゃんは顔を真っ赤にして夜から放れると、あたいが差し出した金平糖を手に持って食べだしたっす。

 

「あ……美味しいです」

「ふふ、どんどん食べて良いっすよ……!?」

 あたいがにっこりと微笑んだ白ちゃんに釣られて笑っていると……この微弱な、あたいにしか気付かせない様な感じの妖気って……! 

 

「……佳世ちゃん、ちょっとばかりこの孤児院の周りの警戒に行ってくるっす。あ、夜達には何も言わないでほしいっすよ」

「え、旭ちゃん……?」

 あたいは佳世ちゃんにそう言いながら、門を飛び越えて外に出たっす。

 

 ──────────────────

 

「……出てきて良いっすよ」

『おや、気づいていたのかい?』

 あたいがそう言うと、あたいの前に黒い霞……赤髪碧童子が現れてそう言ったっす。

 

「で、何の用っすか? 戦いたいって言うのなら、離れた場所でするっすよ?」

『おいおい……血気盛んなのは良いことだけど、まだまだ未熟な旭と戦っても英雄譚にはならないさ。今日は渡したいものがあってね』

 そう言って赤髪碧童子は一枚の地図をあたいに渡してきたっす。

 

「……これは?」

『旭の側仕えや伴部が地図の印のついてる地点に行こうとしているみたいだからね。旭が絡める様のサービスさ。……ああ、夜は連れていかない方が良いかもね』

「え? 何でっすか?」

『仇と関係がある人物のいる場所だからね』

「ああ……なるほど、良くわかったっすよ」

 確実に怒り狂って殴りかかるのが目に浮かぶっす。にしても……

 

「やっぱり、あんたって面倒見が良いっすね。確か、霊力があったから人妖大乱に参加したあたいのご先祖に訓練を……」

『それじゃあ、俺は此処で。お前や伴部の英雄譚の始まりを妨害した式神(ハエ)の本体見付けて潰さないといけないからね』

 あたいがそう言うと、そそくさと赤髪碧童子は何処かに行っちゃったっす。……むぅ、また話を反らされたっす。本当に恥ずかしがりやっすね。

 

 でも……

「なんで、あの式神達は邪魔をしたんすかね?」

 あたいは首を傾げながら孤児院に向かって歩きだしたっす。

 

 ──────────────────

 

「くっそ、があぁぁぁぁぁ! あんの糞下人にモブがぁぁぁぁぁ! 僕の佳世ちゃん(ヒロイン)にあんな熱っぽい視線で見られやがってぇぇぇぇぇ!」

「うるせえぞ、白鷺! 俺だって腸が煮え繰り返ってるんだよ!」

 そう言って、荒れ狂う陰陽師然とした青年を山伏然とした青年がイライラしながら押さえる。

 

「それより、このままだと狐璃白綺は復活出来ねえぞ。どうすんだよ?」

 実際問題、彼らが所属している一味の目的にとって今回の事態はイレギュラーなのだ。

 本来は狐璃白綺は橘商会の商会長夫婦や護衛の人間達、荷物を喰らいその後で孤児院にいる自身の分け身や孤児の半妖、吾妻雲雀達を喰らうことで原作の強さを持つ妖へと変貌するのである。

 それを旭や伴部、葵の参戦によって橘商会の襲撃は妨害され、配下や尾、足を失ったことでそれを癒すために妖気を多く使ったことで逆に弱体化してしまったのだ。

 

『由々しき事態だな』

「くそ、俺が唆した鬼も逃げたせいで実働戦力が『今の(・・)』体が使える陰陽術だけだ」

 蛍の式神の全然由々しく思ってすらいない言葉に気付かずに己の最後の戦力である式神達のいる札を並べる。

 

「こうなれば、仕方ありません。今は狐璃白綺を復活させることに全力を尽くしましょう。……数週間後の孤児院襲撃は成功させないといけませんね」

「ああ、絶対にだ。孤児やそれと幸せに過ごしていた分け身には悪いが、犠牲になってもらおう」

 そう言って、青年達はガシッと握手をする。

 

『…………』

 その裏で蛍……螢は凄まじく冷めた目でその握手を見ながら、こう思っていた。

 

(伴部に旭……だったっけ? 分け身や孤児達の事を頼むぜ。こんな奴ら(・・・・・)の仲間の俺が言うのもなんだが……それこそ、確定したイベント以外での死人なんざでねぇ方が良いからな)

 そんな事を考えながら、螢は戦略をねる烏と白鷺を見ながら二人の目の届かないところで溜め息を吐くのだった。




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集5『赤髪碧童子』編

鬼と旭『序』
「旭。お前を見てると思い出すよ。鬼の俺を『友達』なんて言った女をな。特に目が似てる」
「そ、そうなんすか!?」

鬼の夢
「俺の夢はな、稀代の英傑と血を血で洗う死闘を繰り広げて最期は力及ばずその首を切り落とされる事さ」
「そんなの……そんなの嫌っす!」

鬼と人と旭
「悪いけど、環君も赤髪碧童子さんも死なせないっす。全員が生きている未来を作らせてもらうっすよ!」
「なら……やって見せろ!」➡嬉々とした表情で錨を振るう赤髪碧童子と決死の覚悟で薙刀を振るう旭がぶつかり合うCGが映る

赤髪碧童子(旭if)エンド時
「さあ、俺の英雄……命令を頼むぜ?」
「みんなで、平和を取り戻すっすよ!」➡片方の目を式札で塞がれている赤髪碧童子と旭、様々な仲間達と共に救妖衆との最終決戦に挑むCGで〆


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第十五話

『闇夜の蛍』の前日譚『狐児悲運譚』における物語の流れはこうだ。

 

 都を守る退魔士達によってズタボロにされた所を、自らの魂を何十と切り刻む事でどうにか生き残った妖狐『狐璃白綺』。その分身達は都とその周辺で人食いに精を出す一方で唯一つ、特殊な分身を分けていた。それが自らの存在の根源たる『半妖』としての自分自身である。

 

 狐璃白綺は只の凶妖ではない。より正確には極めて珍しい半妖から凶妖にまで至った存在である。

 

 こればかりは流石に元陰陽寮の頭の吾妻雲雀も想定していなかっただろう。半妖という存在自体が決して多くはないし、半妖は人間に迫害され、妖にも食われやすい存在だ。凶妖どころか完全な妖に至る者すらまず殆んどいないし、そんな存在が分け身をした結果どうなるかなぞこれまで事例の報告もなかった筈だ。何よりも化け狸の半妖として相手の嘘や演技を見抜けるだけの観察眼があるからこそ足を掬われた。

 

 実際問題、白い狐の少女は何一つ嘘はついていなければ邪な考えなぞ全く抱いてもいない。凶妖としての、妖としての邪悪な部分から削ぎ落とされて、自身のこれまでの残虐な所業の記憶も引き継いでいない彼女は本質的に只の無垢な半妖の子供に過ぎない。

 

 しかし、同時に彼女は間違いなく九尾の凶妖狐璃白綺の分け身であった。故に彼女が何処にいるかを他の分身達は把握していた。尤も、残る分身達は当初、この情けない分身を捨て置く積もりでいたのだが……

 

 半妖としての、少女としての記憶と意識を保持するこの根源たる分身を、しかし他の妖としての分身達は疎んでいた。文字通り血反吐を吐く程の困難を切り抜けて凶妖にまで至った彼女らにとって脆弱で臆病で、泣き虫で弱気なただただ搾取されて虐げられるだけだったあの頃の自分は捨て去りたい恥部に過ぎない。本来ならばこの機会に自らの存在から切り離し、何処ぞで野垂れ死にしようと問題もなかった筈なのだ。事実、小説内では分裂したばかりで意識も記憶も曖昧な彼女はふらついた足取りで夜の新街を不用意に歩いた結果破落戸共に見付かりそのまま私刑にあってしまう。そして、本来ならば彼女はそこで死んでいた筈なのだ。

 

 半妖の少女が幼少期のように、初めて人を殺した時同様に謂れのない悪意に晒されて、私刑に遭い、死にかけた所を吾妻雲雀に助けられ孤児院の新しい住民となる……それが新たな悲劇の幕開けだった。

 

 考えても見ろ。そこらの人間と半妖、どちらが力を取り戻そうとしている妖にとって糧として有用か。ましてやそこに様々な理由があるとは言え一時は陰陽寮の頭にまで至った孤児院の院長がいれば一度捨てたこの分身に再び関心も持とうというものだ。

 

 そして、不運は重なる。吾妻雲雀は平和呆けをしていたが、それだけではない。いや、正確にはそれらの不運と状況を観察して狙われた以上考えが甘かったのも事実であるが全体を知る第三者からしてみれば確かにあの悲劇は不運が重なった結果だったのだ。

 

 吾妻雲雀が指定した結界の条件付けは長らく感想スレや考察サイトでも平和呆けしすぎた事によるガバとして指摘され、叩かれたがその後のファンブックや他の外伝作品によって設定が更に公開された後はそれも減った。『闇夜の蛍』及びそれに付随する作品世界においては彼女の行動は少なくとも界隈の一部で指摘された程にはお気楽な考えによるものではなかった事が判明したからだ。

 

 そもそも『闇夜の蛍』の世界においては妖が本当に存在するし、ましてや御守りや藁人形の呪い、おまじないの言葉にすら本当に加護がある世界観である。そんな世界においては誰かを家に上げるという行為は現実世界以上に重要な出来事であり、子供ですらそれくらいの事は理解している。ましてや、迫害やら人身売買や実験の対象になりかねない半妖の子供なら尚更だ。吾妻自身も良く躾をしている事もあり、子供だからといって適当に口八丁だけで家の中に招かれるなぞ到底不可能だ。

 

 同時に吾妻が結界に加えた条件はある意味妥当ではあった。妖力の有無やその容量で出入りの遮断はリスクがあった。前述のように孤児院を害する可能性があるのは妖だけではない。寧ろ、平時に危険なのは人間の方であるし、実際過去には襲撃もあった。人間であれば警戒しなくて良い訳ではない。

 

 それどころか妖力で区別してしまえば何かの拍子に子供達が孤児院から出てしまっては戻れなくなるし、あるいは他の半妖の子供が助けを求めても中に入れられなくなってしまう。実際に吾妻の保護した半妖の中には破落戸に襲われて逃げこんだ者や、人身売買の場から脱出した者もいるのだ。そんな子が吾妻雲雀が留守中に孤児院を頼って逃げこもうとして中に入れられなかったらどうなるか……

 

 何よりも、仮に孤児院に大人がいたとしても化け狐の侵入する策の前では無意味であっただろう。あのような外道過ぎる手段を使われたら大人が何人いても、十中八九侵入を許した筈だ。寧ろしっかりしていて真面目で、倫理観がある者程引っ掛かり易いかも知れない。

 

「そして誤って化物を招き入れた所で蹂躙されて踊り食い、しかもその後は………」

「口にするのも烏滸がましい事をするのよね……流石は今昏睡している為時に次ぐ『チートオリ主に速攻で処理される登場人物』だわ」

 俺と葛葉唯がそんな事を口にする。そう……現実ではなく、小説の文章としてですら嫌悪感を抱かせる内容。ましてやそれがこれから実際に起こり得る状況である事を思えば愉快ではない。

 

「あーあ……私やあんたがチートや仮面ライダーへの変身能力とかを持ってたらなぁ……」

「無い物ねだりをしてもしょうがないだろ……にしても、誰が俺にあんなに式神を引っ付けたんだ?」

(……どう考えてもあんたに恋をしている女達と……多分、雛に頼まれて旭がくっ付けたわね)

 俺は無い物ねだりをする葛葉唯を宥めつつ、ある人物への協力を要請するために屋敷を出る際にこいつが持っている『式神を発見する呪具』で見つけ出された式神達の主について頭を悩ませる。

 

「ねえ……やっぱり、旭に協力を要請しない? 夜が吾妻雲雀の孤児院の出身者ぽいし、言えば協力をしてくれるんじゃ……」

「それは前にも言ったが、リスクが高過ぎる。あいつは姉御様やゴリラ姫に対する嘘が下手くそ過ぎるからな。協力を要請しても絶対……とは言わないが『なんでそんな事を知ってるんすか?』なんて聞かれてみろ、答えを窮するのは目に見えてるだろ」

「う……あー、もう! ゴリラ姫が遊んでなかったら、原作尊守派の転生者がしゃしゃり出て来なかったら、あの女狐を速攻で始末出来て平和に過ごせたのに~!」

「……だな」

 きぃー!と怒る葛葉唯に俺も溜め息を吐く。化け狐との戦いで最後の最後に邪魔をしたのは原作を守る事で自分達の身の安全を守ろうとしている転生者達だろう(白鷺はそれだけじゃないだろうが……)ということは俺と葛葉唯は確信している。

 

 吾妻雲雀達に頼ろうにも、最初に出会したあの時の印象からしてサーチアンドデストロイされる可能性も少なからずあるので気軽に接触出来ない。では、ゴリラ姫に頼むか?という選択肢もない。連座とは言え不祥事で陰陽寮頭を引退させられた半妖を助ける理由なぞない。いや、そこまでなら交渉次第では不可能ではないかも知れないが……しかしながら鬼月家にとっても、ゴリラ姫にとっても孤児院の半妖の子供まで助ける義理はなく、当然ながらそれがなければ吾妻雲雀達と協力するのは不可能だ。

 

「まぁ、そういう事で選択肢は限られる訳だが……ははは、ある意味これは一番不味い選択をしたかな?」

「……腹をくくるしかないわね」

 外套で認識阻害した俺達は肩を竦めて苦笑いを浮かべる。場所は都の新街でも特に治安の悪い悪所、賭場は勿論脱税した塩や酒売り、無認可の屋台にモグリの呪術師の道具屋、舗装もされず、すえた臭いがして時たま死んだ動物や人間の死体が転がるぬかるんだ地面に佇むのは夜鷹の群れに柄の悪い無頼漢共……俺達はそんな町並みを一人の老人を尾行するように歩いていたのだが……

 

「……此処にいたんすね、松重……道硯! 蔵丸!」

「ふぉふぉふぉ、御客かね? にしては、随分と物騒なものを携えとるがの……」

「なんでいんのよ!?」

「なんでいるんだ!?」

 そう言って、老人……松重道硯に向けて薙刀を構えたのは、物凄い怒りの形相をする鬼月旭だった。

 待て待て待て! このままだと、最悪交渉が決裂……

 

「落ち着いて」

「ぐぇ!?」

 俺達が焦っていると、松重道硯が入ろうとした古書店から魔法使いが持ちそうな形の杖が飛び出してきて鬼月旭の眉間に直撃した。

 

「おお、リリシア。施術は終わったのか?」

「ええ。根治は無理だったけど……このまま施術を続けていけば、『牡丹(ぼたん)』さんは十年前後は生きられる筈よ。その間に『(ぬえ)』を打倒出来ればあるいは……」

「……そうか」

「リリシアさん、いきなり何をするんすか! それにこいつが何をしたのか、夜経由で知ってるっすよね!?」

「当然知っているわ。けど、初めて会ったときにも言ったはずよ? 私は『探求者』だって。西方式の魔術に大陸式の陰陽術は探求心の赴くままに会得したわ。後は、扶桑式の霊術だけ。で、師を探していたんだけど……たまたま道硯翁と出会ってね。彼の孫の治療をする代わりに、霊術を学んでいるのよ」

「それはそうっすけど……!」

 古書店から出てきたリリシアが道硯翁に報告をした後で、怒りの形相で詰め寄るがリリシアはこれをどこ吹く風と受け流す。

 

「……で、そこにいる二人もいい加減、出てきなさい」

「……でしょうね」

「やっぱり、ばれてたか……」

 リリシアが冷たい目で俺達を見ると、俺達も観念して身を隠していた場所から出る。

 

「え、その外套は……おっと」

「……お初にお目にかかります。彼の有名な陰陽寮の賢人、松重家の道硯翁にお会い出来た事感激の至りで御座います」

「……同じく」

 俺は内心の恐怖と動揺を抑えて、両手を組んで挨拶をする。そうだ、大丈夫だ。これくらいの事は元々想定……してないんだよな、畜生。……うぅ、お腹痛い。この前の狐との戦闘で肋骨折れかけてたんだぞ? 薬で痛み誤魔化すのも限界があるってのにな。

 

「朝廷の刺客、ではなかろうな。ここらの、素人に毛の生えたモグリ共よりかは心得はありそうだが……儂を殺すには全員に実力が無さすぎる。幾ら朝廷の馬鹿共でもよもや貴様達程度の刺客はよこすまいな」

 ニヤニヤと自身の考察を口にする老人。それはまるで俺に言い聞かせるような言い様だった。となると……

 

「「「……」」」

「……ふむ、言霊術を警戒したか。その判断は正しいぞよ? 今答えておればそのまま主は自然と自身の事について口にするように誘導されていたからの」

 愉快そうに老人は企みを認めた。言霊とも言うが言葉に力を込めて音から耳に、そして脳に響かせてある種の催眠状態に陥れる言霊術は一度気がつけば意識をはっきりとさせる事でその術中から逃れる事も出来るが、いざその場で使われているかの判断が難しい。相手が妙に長く、そして説明するように、ないし誘導するように会話を仕掛けて来たら最大限警戒が必要だ。俺の場合は口の周りを噛んでその痛みで意識をはっきりとさせる。痛みは脳の覚醒に丁度良い刺激であるし、口の中ならば血の臭いが外に漏れて妖を引き寄せにくい。

 

 ……後で口の中が口内炎になって困るけどな。傷口に塩塗っとかないとなぁ。

 

「……然る一族に仕える者であります。一族の名と、私の名について口にするのは御容赦下さいませ」

「同じく、然る一族で側仕えをしている者です。彼と同じく、一族の名と私の名については御容赦ください」

「そうであろうな。素性を知りながら儂相手に素直に名前を口にするのは阿呆よ」

「……そんな奴にへりくだる必要はないのに」

 くくく、とくぐもった笑い声を上げる老人に不満そうな顔で俺達を見る鬼月旭。

 

 ……道硯翁こと、元陰陽寮斎宮助兼理究院長である松重道硯は原作のゲーム及び幾つかの外伝作品に登場する悪役であり、助言キャラでもある。その実力は語るまでもない。チートクラスの人外が(ひし)めく陰陽寮で数十年の間そのナンバーツーに君臨していた実力は本人が本質的に戦闘よりも研究者気質である事を考慮しても一級であろう。所謂外道キャラではあるが同時にある意味ではこの世界において最も信念と義務感に満ちた存在でもある。故に今回俺達は接触を試みた。

 

「して、何用かな? 鬼月の三の姫に仕える側仕えと下人よ。態態主にすらも話さずに指名手配されておる儂に接触を図るなぞ暇潰しではあるまい?」

「………やっぱり、二人っすか」

「………」

(……バレてんじゃん)

 その発言に俺達は一瞬言葉を失った。おい、バレとるやんけ。……気付かない間に幻術にでもかかったか? 

 

 俺達の一瞬の沈黙に老人は楽しげに笑い、何時の間にか側に控えていた鬼熊に指で指示をした。ずしんずしんと大きな足音と共に下がる化け熊。

 

「声を上げたり不用意に否定しないだけマシかな? いやなに、先日商隊が襲われた事件を聞いておってな。式で少し探らせていただけの事よ」

「………翁に一つ、御依頼したい案件がある由にて」

「……師に? 貴方、正気? 普通は朝廷や夜に通報するのが常識の筈よ」

「リリシアさんの言うとおりっすよ! こんな外道に依頼をするとか、正気っすか!?」

 俺の言葉にリリシアが眉を潜め、鬼月旭がブチキレる。しかし、同時に鬼月旭達が知らなくて恐らくは俺達が知っているであろう事がひとつだけある。

 

 表向きの設定だけだと只の邪悪で利己的なマッドサイエンティストであるが……それは擬態だ。目の前の老人は実際は彼なりに正義を信じ、民草を愛する退魔士である事を忘れてはならない。

 

 ゲーム内では特に半妖や極一部の善良な妖、更には犯罪者とは言え人間相手にすらその酷い所業から主人公達から敵視される翁であるが彼自身は人間を極めて愛している……らしい。人間を守り、繁栄させる事を至上の目的として規定し、そのためならば自らの命すら惜しまない。

 

 逆に言えば彼にとって妖は当然として半妖、そして社会の足を引っ張る犯罪者等はどうなろうが構わないというスタンスだった。いや、前者二つに至っては将来的に皆殺しにしようとすら目論んでいる程だ。そしてそのための禁術の研究であり、その研究のために多くの半妖や犯罪者を実験の材料として来た。

 

 故に表面的な行いのみを見て只の利己的な外道として交渉したら痛い目にあう。幾ら金を積もうとも、利益を提示しようとも彼は民草の命や財産が脅かされるような事も、ましてや社会を混乱させるような事もしないし許さない。そこを勘違いすれば怒りに触れて呪い殺される事になろう。ある意味ではこいつも地雷キャラだ。ゲーム内でも終盤のルート選択次第で敵にも味方にもなる。

 

 そして、俺達はまさにその設定を利用しようとしていた。

 

「吾妻雲雀、御名前はご存知でありますね?」

「……ふむ、彼女か。確か今はこの街の外れで化物共を育てているそうだの? くくく、奴が追放された原因が距離があるとは言え同じ街にいようとはよもや奴も思っておるまいだろうな」

「今すぐ引きずって、吾妻さんや孤児院の子供達の目の前で首を切り落としても……!」

「落ち着いて」

 仙人を思わせる白い髭を擦りながら、思い出すように翁は答える。その表情は明確に愉悦に満ちていた。……その後ろでは今すぐにでも襲い掛かりそうな鬼月旭をリリシアが羽交い締めにして押さえ込んでいたが。

 

「はい。しかしながら元陰陽寮頭にてかの大乱を戦い抜いた功労者で御座います。半妖とは言え長年朝廷に、そして民草に尽くしたその功績は否定出来るものではありますまい」

「……人妖大乱の頃のあたいの先祖の事も知ってるんすかね?」

 俺は一般論で彼女の事を弁護する。……鬼月旭の先祖の事も(少し)気になるが、今は目の前の老人の事に集中だ。

 

「して、奴の話題が依頼と何の関係がある?」

「彼女に危険が迫っております。それも、命に関わる類いのものであります」

「………え?」

「………」

 俺の言葉に何か考え込むように沈黙する翁と驚愕する鬼月旭。一分程経過しただろうか? 沈黙が場を支配する中、彼は漸く口を開いた。

 

「鬼月の下人がこの時期に、先日の事件にここ最近街で徘徊する狐共、そして奴が最近拾った化物を思えば大体予想はつくな。しかしながら、あの程度の化物にあの女が不覚を取ると思っているのかな?」

「そうっすよ。そこの外道と同じ意見なのは嫌っすけど、どう考えても大妖の化け狐じゃ、逆立ちしたって吾妻さんには勝てっこないっすよ?」

 曲がりなりにも、元陰陽寮頭。凶妖だった時ですら都を守る退魔士達と碌に戦えなかった獣如きが彼女に勝てるのか? まともに考えれば論ずるに値しない戯れ言だ。しかし……

 

「はっきり申し上げましょう。吾妻雲雀は食われます。そして、あの孤児院の住民も全て。そこまで言えば貴方程聡明なお方であればその危険性は御理解頂ける筈です」

「……!? まさか、誰かの皮を被って擬態を!?」

 ……鬼月旭が葛葉唯の言葉に正解に一番近いことを言う。正解? 自分は幼少期の頃に化け、配下は孤児院の子供達の皮を被らせて安堵させて近寄らせてからの一斉奇襲だよ。

 

 次いでに言うなら、あの半妖達の中には相当貴重な妖の血を引く者も交ざっている。ましてや陰陽寮の元頭を食らえばどれだけの力が得られるか……下手すれば分け身をする前よりも強大な妖に生まれ変わるかもしれない。そうなればさしもの都の退魔士でも不用意に手を出せまい。

 

「……あの女が随分と甘かったのは事実であるがな。奴が頭になってから寮の空気は随分と弛緩したものだ」

「……て、事はあの化け狐を逃がした要因ってあんたのせいってことっすよね」

 翁は思い出すように口を開く。設定によれば彼女が、吾妻雲雀が陰陽寮頭に就任していた時代、所属する退魔士達の関係はかなり良かった事が設定されている。

 

 鬼月家がそうであるが退魔の一族は内部が殺伐としている事が少なくない。呪いが本当にある世界であり、あからさまに才能と血筋の差がある世界であるのだからさもありなんである。しかも、特に先手必勝とまではいかないが嵌め技や即死技も多いので余計その傾向が強い。(だからこそ姉御様の権能はかなり反則だったりする)

 

 陰陽寮でもその点は変わらず、互いに功績を巡って足の引っ張りあいがあるし、我が強い者も多く、切磋琢磨していると言えば聞こえは良いがかなり職場の空気は悪かったらしい。吾妻雲雀はその点で半妖としての苦い経験や年の功、顔の広さもあって寮内での仲介役、潤滑油役として活躍して寮内部の風紀の改善と協力と協調関係の構築で功績を立てていた。

 

 ……尤も、彼女が追放されてからは再び空気が悪くなったらしいが。忌々しい狐を逃したのも巡り巡れば退魔士達が実力は災害クラスなのに連携不足な事が原因だと制作スタッフは指摘していたりする。

 

「態態化物を肥やしてやり、貴重な戦力を失うのを放置してやる事もありますまい」

「私達は多くは望みません。ただ、ほんの僅かながら(それがし)達に協力をして頂きたいのです」

 俺達は膝を曲げて恭しく頭を下げる。年長者に対して協力を求める者として。

 

(ここで素直に協力を取り付けられれば最善なのだが………)

「……師よ、此処は協力をすべきかと。話の真偽はどうであれ、化け物の力を強くすることは貴方も望んでいない筈です」

「……正直、頼ってくれなかったのは気に入らないっすけど……あたいも協力するっす」

 鬼月旭とリリシアからの援護射撃に俺は内心でガッツポーズをする。

 

 しかし……

「安易に応じる、訳にはいかぬなぁ」

 ……そう簡単には問屋が卸さないのは想定していたさ。

 

「師よ、何故……この気配は!?」

「傍らに化物を侍らせた男の言葉をどこまで信用すると思う? ましてや相手は大嘘つきの鬼となればの」

「……そういや、あたいに地図とかをくれたのも赤髪碧童子っすよね」

「「っ………!!?」」

 俺達は外套に隠しつつ視線を横に向けて苦虫を噛む。おいおいおい、よりによってそれかよ……!! 

 

(いや、ある意味当然過ぎるな……!!)

(ちょっと、どーすんのよ!? 最悪、旭に土下座をして頼み込むわよ!?)

 一応隠れていないか調べてから出向いたのだが……どうやら、俺の目が節穴だったらしい。これは鍛練をやり直さないといけない、等と目の前に集まるドス黒い妖気を見ながら俺は思う。

 

「これは少し驚いたね。彼が随分と尾行を気にしていたから俺もかなり入念に隠行したんだけどなぁ。こんなあっさりと見つかるなんてね」

「……腐っても鯛。元とは言え、陰陽寮斎宮助兼理究院長なら出来るんじゃないっすかね?」

「成る程ねぇ……あ、ここからは少ーし恥ずかしいお話になるからね。ちょっと二人とも眠っていて欲しいな?」

「へ……」

「な……」

 次の瞬間、鬼月旭の背後に回り込んで首筋に手刀を食らわせた鬼が俺の首筋にも同じものを叩き込み……意識が途絶える直前、最後に見たのはすぐ目の前で楽しげに笑みを浮かべる鬼と、目を見開いて驚いた老人と俺の側に駆けつける鬼月夕陽の姿だった……

 

 ──────────────────

 

(くぅ!?)

 私は意識を失った旭と入れ替わると、身体強化の術式を起動して意識を失った伴部と腰を抜かしている唯を鬼の側から引き離して道硯翁のすぐ後ろに退避する。

 

「おいおい……そこまで全力で逃げなくても良いだろ?」

「前にも言ったが、信用できるか……!」

「……まさか驚いたな。貴様程の化物が、鬼月の三の姫は兎も角……只の下人相手に彼処まで手加減して慎重に意識を刈り取るとは」

 道硯翁が驚くのも無理はない。千年前にこのくそったれな碧鬼が都でどれだけの残虐な行いをしたのか……その記録ははっきりと残っている。民草に対して毎日一町単位で一人生け贄を選ばせる、食い殺した人間の骨で自分の屋敷を造る。内裏の結界が強固過ぎるために門の前に命乞いする民草を人質に並べて帝を脅迫する……そんな事はほんの余興に過ぎない。都を恐怖の底に追い落とした四凶の名は伊達ではないのだ。

 

「俺の英雄達に後遺症なんて出来たら困るからね。当然の行いさ」

「黙れ……!」

 そんな奴が……適当に振るうだけで人体が消し飛ぶ程の腕力を持つ鬼にとって相手の肉も骨も削らず、後遺症も作らずに意識を刈り取る衝撃を与えるのはどれだけ難しい事かは良く知っている。ましてやそうやって倒れた人間が頭を床にぶつけないように優しく抱き支えようとするなぞ、何よりもそんな相手を慈愛に満ちた目で見つめるその表情……到底あの悪名高い鬼と同一の存在とは思えないだろうな。……これも、私達の先祖達に影響された結果か? だとしたら、先祖達はこんな奴を助けるべきじゃなかったんだ! 

 

「やれやれ……そこまで『あいつ』に似た目で睨まれると、悲しくなるね」

「お前があの人を、旭の母親を語るな……!」

「語るさ。俺はあいつの……あの女曰く、『親友』だったらしいからさ。何より……旭の名付け親は俺なんだぜ?」

「痛いところをつくな……!」

 鬼は何処か寂しそうな表情でそう言うが、私は最大限の警戒と殺意を保ちつつ逃走の為の経路を探る。

 

「……その人間達に、随分と御執心なようだな。碧鬼よ」

「当然さ。彼らは俺の一番の御気に入りだからね。こういう時くらいは大切に扱おうとしなきゃ」

 翁が旭や伴部と鬼の関係を知ろうとするのは当然だろう。こいつらは地雷だらけで何を切っ掛けに怒り狂うかわからないからな……

 

「俺の英雄達さ」

 鬼は先ずは短くそう言った。

 

「俺には分かるんだよ。一目で分かった。彼らはきっと偉大な存在になれる。いや、なる。それこそ俺を討ち取れる程に、俺が討たれるに足る程にね。だってそうだろう? 彼らはね、これまで一度だって俺の期待を裏切らなかったんだからさ」

「ふん。それは、お前の身勝手な期待だろうが」

 続けて言われた言葉に私は口汚く罵る。少しでも期待から逸れれば殺しにかかる癖にな。

 

「俺はね、英雄譚の完成を見たいのさ。だからこそ彼らに協力しなきゃ、ね? あぁ、けど三人で昔みたいにはしゃぎまわるのも面白いなぁとか、旭の式神として一緒に英雄譚を完成させたりしたいなぁとか思ったりしてるんだ。まぁ、その辺りは彼らの気分次第だからね。俺が勝手に決めちゃ悪いだろうね」

「……旭は後者の方を選びたいだろうな」

 ……それが、旭の母親の願いでもあるのだから。

 

「成る程……」

「……鬼に魅入られたのね。二人とも、大変だわ」

 リリシアと翁が憐れみの目を向ける。……まあ、旭は「道硯(あんた)に憐れまれる筋合いはないっす!」と言うだろうが。

 

「あ、そうだった。はいこれ」

 ボキッ、というグロテスクな音が辺りに響く。そして鬼がぽいっと翁に何かを投げつけた。翁が式にした化け猫が口でそれを捕らえて主人の下に持ってくる。

 

「これは……」

「貴女の……指!?」

「依頼の代金兼彼が俺の手先なぞでない証拠、といった所かな? 普段は血反吐を吐いて頑張っているからねぇ。今回は俺のせいで話がややこしくなったようだから、その代金だよ。腐っても千年生きる鬼の一部だ、それなりに価値があると自負するけど?」

(……そこまでかよ)

 私は指を千切ってまで伴部の無実を証明する事に内心で舌打ちをする。

 

「……たかが人間のためにこれ程の事を。あの悪逆な鬼とは思えんの」

「その言い様は困るな。悪逆で残虐で、悪名高くないといざ衆目で討たれても誰も注目してくれないからね。これは口外無用でお願いさせて欲しいな?」

「私の先祖の事はどうするつもりだ、貴様は」

「そこは信用されてないから大丈夫」

 私の飽きれ気味に言った言葉に鬼は苦笑いをするが、何時の間にかすぐ側にいて伴部を私から奪いさると熊の式神に命令をして布団を敷かせると伴部を膝枕する。

 

「まぁ、そういう事でお願いだ。流石に俺もこれ以上の妥協は誇りのためには出来ないよ。後の細かい話は彼らとしてくれたまえ。どの道今回俺は端役だからね」

「いやいやいや……ええ~……」

 片目をつむってそう呑気に言い捨て、鬼はそれきり翁から興味をなくした。そのまま傍らで横たわる伴部の頭を優しく撫で上げ始める。

 

「……はぁ。しょうがない、道硯翁……話し合いを提案する」

「……これは仕方あるまい、かな?」

 道硯翁も髭を擦りながら仕方無く決心したらしい。伴部や旭に協力する事を。せざるを得ない事を。そして、伴部達を鍛え上げなければならぬ事を。それが、それこそが目の前の狂気に満ちた愛を胸に抱いた化物を殺せる数少ない機会である事を理解しただろうから。

 旭は道硯翁に鍛えられることを良しとしないだろうが……そこは宥めすかし、あの鬼に殺されるぞと脅してでも鍛練をさせよう。それが、旭が鬼との戦いで生き延びられる道なのだから……

 

 私はそう決意をしながら、唯やリリシアを交えて道硯翁との話し合いを開始したのだった……




次回もお楽しみに!


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第十六話

 多くの場合退魔の専門家によって呆気なく殺されるが、妖は元来強大な存在である。いや、退魔の専門家達でさえ古の昔は返り討ちにあう事の方が多かった程だ。

 

 今の時代こそ嵌め殺しや概念攻撃をしてくる一部の大妖、凶妖相手でなければ危なげなく虐殺出来る退魔士達であるが、それは力ある者同士で代を重ね続ける事で霊力を濃縮し、より強力な異能を獲得し、莫大な犠牲を下に化物退治のノウハウを得たから出来る事だ。

 

 代を重ねておらず、装備も二級三級品しか持たぬモグリの呪術師や下人では精々小妖相手に一対一で勝ち、中妖相手に確実に勝ちきるのに十人は必要といった程度の力しか持たず、それすら戦い方を知らぬ唯人相手には破格の力を持っているのだ。無論、同じく脆弱な霊力しか持たぬ武士の場合はその少ない霊力を全て身体能力向上のみに注ぎ込み、鉄の塊のような鎧と同じく鈍器の如き武器を扱う事で化物に対抗しているし、少量の霊力すら持たぬ朝廷の兵も数を揃えた上で火薬兵器を始めとした飛び道具を大量・集中運用する事で大抵の化物と辛うじてであるが対等に戦う事は出来る。

 

 逆に言えばそうでもしなければ唯人が単体や数体程度であれば兎も角妖の集団と戦うのは無謀を通り越して自殺行為に等しい。個体差こそあるが小妖の力すら訓練して武装を整えた一般の兵士とほぼ互角なのだから。

 

 故に深夜の都の新街、その悪所の一角に構えられていた酒場に幾人ものやくざ者の死体が散乱していようとも、彼らが碌に抵抗も出来ずに虐殺されていたとしても何も不思議はなかった。

 

「ふむ、少し脂っこくてしつこい味だが……まぁ、こんな場所にいる輩なぞこんなものか」

「け……どいつもこいつも弱っちいなぁ、おい。これならまだ昨日の夜に戦った退魔士達を探した方がましだったぜ……」

「あの戦闘のせいで妾達の潜伏がバレそうになったんじゃから、あんな派手な真似は二度とするな」

「わーてるよ……」

 がつがつと決して広くはない酒場の彼方此方で肉塊と化した人間に食いつき奪い合う狐共。そして唯二人、客席台に座り込む妖艶な五尾の狐人は手元にこびりついた血肉を一舐めして味の感想を述べ、その横でやくざ者達を拳だけで血祭りにあげた鬼は手応えのなさに深々と溜め息を吐いた。

 農民とは違い町人は、特にこんな場所に居座るやくざ者ともなれば肉食も随分と嗜むようで栄養価は兎も角味は余り宜しいとは言えない。とは言え、別に食事は二次的な目的に過ぎないのでこの際は仕方なかった。寧ろ本当の目的は……

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よう、六人か。ちと多いな」

(あね)さん、何するつもりだ?」

 酒場の隅でガタガタと震える生き残りの人間を数えてふむふむと考え込む妖狐に鬼は首を傾げる。それは到底先程十人を超える人間を数秒もせずに皆殺しにした者達とは思えなかった。

 

「ふむ、よし。お前だ」

「えっ……ひがっ!?」

「……ああ、皮を被る為か」

 選ばれた男が悲鳴を上げるよりも早くその命令に従った狐が喉に食い付きこれを噛み千切る。男は口から赤い泡を吹き出し、喉から大量の血液を噴き出しながら苦しみつつ息絶えた。

 

 悲鳴を上げる残りの生存者。しかしその声に気付く者はいない。この酒場には既に人払いと防音の妖術がかけられているからだ。

 

「五月蝿いな。少し静かにしたらどうだ、猿共が」

「目の前で人が死んだら誰でも悲鳴をあげるだろ。まあ、うるせえのは事実だけどな」

 ほんの一瞬、妖気を乗せた殺気を向ける。それだけで彼らは息を呑み、幾人かは気絶した。碌に妖と相対した事のない都の住民であると考えれば当然の結果であった。

 

「さてさて、これで準備は上々かな? ……この分だと明日はご馳走だな」

「姐さん、一人か二人位ならもらっても良いんだよな?」

「……ふん。まあな」

「そりゃよかった。偵察に向かった『あいつ』の遊び相手も出来るし……舎弟も出来るからな」

「お前も妹も確り働けよ、『黒角童子(こっかくどうじ)』」

「任せとけって」

 匙で『入れ物』から桃色の『柔肉』を掬いあげ赤い舌に乗せてその濃厚な脂と甘味を味わいながら、おぞましい笑みと共に化物は明日の獲物に思いを馳せ……自身と同じく半妖でありながら大妖にまで駆け上がった鬼にそう言った……

 

 ──────────────────

 

 青い空に日差しは未だに照りつけていたが、同時にそれは先日に競べればかなり和らいでいた。蝉の鳴き声も少なくなり、吹き上げる風は若干秋の涼しさを醸し出していた。 

 

 夏も終わりに近づき暑さが遠退いて来た文月の終わり頃のある一日、その日は本当ならば彼女達にとって普段と同じ日常となる筈だった。

 

「それじゃあ、私は仕事に行くからな? 皆、お利口にしているんだぞ? ……知らない人は中に入れちゃ駄目だからな? ……花、猫、ジェイ。留守は任せるぞ」

「OK、Mam」

「わかってますよ」

「非番で金を稼げない分は此方で貢献しますよ!」

「「「「はーい、わかったー!!」」」」

 吾妻雲雀が弟子と子供達に念押しするように言えば子供達は元気にそれに応じてくれる。無論、それは考えなしの口だけのものではない。半妖として彼ら、彼女らは自分達が外でどう扱われるのかを知っていたし、そうでなくても見知らぬ者を家に上げる危険性は重々承知していた。故にその声はその口調とは打って変わり心底真剣なものだった。

 

 吾妻が子供達の返答に微笑みながら頷く。と、彼ら彼女らの集まりから少し離れた場所から心配そうに、そして不安そうに自身を見やる白い少女の姿を認めた。その白い肌は普段以上に蒼白に思えた。

 

「白、どうしたの? 師匠の見送りを一緒にしようよ」

 花が膝を折って、子供と同じ視線になってから優しく白に手招きをする。

 

 若干動揺しつつも、少女はてくてくと花の下に来るとぎゅっと抱き着く。

 

「あのね? 今日ね、こわいゆめをみたの」

「そっか……」

 少女は震えながら呟く。彼女自身も既に殆ど覚えていないがそれが身の毛もよだつおぞましい夢であった事だけは覚えている。故に不安感からか彼女は吾妻が仕事に出掛ける事を怖がっていた。

 ……彼女の弟子達を軽んじている訳ではない。彼ら(特に花)も相応に信じてはいるが、一番安心出来るのは吾妻も含めて全員がいるときだった。

 

 ……一番の問題はそれが夢ではなかった事であるが。

 

「そうかそうか。それは辛いな。じゃあ今日は白のためにも出来るだけ早く帰る事にしようか」

「正夢になったら先生も辛いもんね」

「猫!」

 白を抱きしめ、その頭と背中を擦りながら吾妻はこの新しい家族を安心させるように声をかける。

 ……その後ろではつい現実的な言葉を言ってしまった猫を花がたしなめていた。

 

「ほんと……?」

「勿論だとも。けど、お仕事は休めないからね。その間は皆と一緒に我慢してくれるかい?」

「毎日の稼ぎハ大事だからネ」

 白は一瞬俯くが、直ぐに他の子供達の方を見て、彼ら彼女らがにっこりと笑顔を見せてくれれば遠慮がちにではあるが小さく頷いて吾妻の言を受け入れた。

 

「よしよし、良い子だな。お前達、まだ白はここに来て間もない。寂しくならないように良く面倒を見てやってくれ。……花、猫、ジェイ。くれぐれも宜しく頼むぞ」

 吾妻がそう言えば再度子供達が元気に返答してくれる。吾妻はそれに安堵すると漸く立ち上がり、次いで弟子達と共に結界等の綻びがないかを確認した後、子供達に見送られながら職場である寺子屋へと足を進めた。

 

 一方で、子供達は母親代わりでもある孤児院長がいなくなると兄と姉代わりである弟子達を誘ったりしてはしゃぎながら遊び始める。そこはやはり子供なのだろう。尤も、吾妻達もそれくらいの事は想定済みで限定的であるものの防音の機能を結界に付与してはいた。より正確に言えば外からの音は届くが中からの音が外に漏れないようにしていた。単純に子供の騒ぐ声が迷惑になりかねないし、何よりも孤児院の中の様子を教えて怪しい者達の注目を引く必要はない。

 

 そして子供達もそれを知っていたので周囲に気兼ねなく大声を叫びながら遊ぶ事が出来たのだ。

 

「白ちゃん、おままごとしよー!」

「えー、それよりもかくれんぼしようよ!」

「あんた達、師匠との約束を守ろうとするのは良いけど取り合わないの! 白が困ってるでしょ!」

 年長の子供達が白に駆け寄ってそう誘うのは吾妻のお願いもあって新しい仲間に寂しい思いをさせたくなかったためでもあるし、同時に彼ら自身も遊びたかったからだ。両手を各々逆方向に引っ張られて誘われて戸惑う狐の少女を見て慌てて引っ張っている手を花が剥がす。

 

「しろおねーちゃん、おほんよんで!!」

(あかね)……あんがと」

 そこに助け舟を出したのは蜥蜴のような尻尾をばたばたと機嫌良さそうに振るいながら本を手にした茜だった。尤も、彼女自身は助け舟を出した積もりはなく自身の欲求のままに行動しただけなのだが。

 

 孤児達の中で一番年下で、一番甘えん坊で、一番泣き虫な茜がそう言えば誰も文句は言えない。皆から妹のように可愛がられる彼女のお願いを無下には出来なかった。何よりも白は本人も何故かは分からないが孤児達の中で一番文字を読む事が出来ていた。となれば狐の少女がどの遊びを選ぶかは明白だ。

 

「うん、わかった。茜ちゃんいこう?」

「うんー!」

「やーれやれ……こりゃもうしばらくは茜の天下だね」

「だナ」

「もう……そう言っちゃあ可哀想だよ。まあ、あたしも思ったけど」

 白も孤児院の力関係を察しているので苦笑いをしながら縁側に座ったのを見て、弟子達はもうしばらくは白が積極的に遊ぶのは茜中心になりそうだなと同じく苦笑いをする。

 

 紙の大量生産が成されておらず、活字印刷の技術も未熟なために本は若干変色していた。恐らくは古本屋であろう、幾年か前に匿名で孤児院に寄贈された道徳教育のための教訓本であった。

 

「じゃあ今日はどの話がいい?」

「えっとね。おじぞうさんのはなしー!」

「食いしん坊さんめ……」

 白の質問に茜が元気良く答える。彼女の口にした話は笠掛地蔵のお話だ。単純にその話が好き、というよりか茜という少女は毎回食べ物が関係する話が好きなようで、それ故の選択のようだった。因みに、元々茜との読み聞かせが多かった花もそれを承知していたので微笑みながらも呆れていた。

 

 貧しい老夫妻が年の瀬に餅も買えず、雪の降る中で笠を町まで売りにいく。しかしながらおんぼろの田舎笠なぞ誰も気にも止めやしない。仕方無く家に帰ろうとすると雪を被ったお地蔵様を見つけ、これを憐れに思った老人は売れ残りの笠を与え、足りない一人には手拭いを代わりに被せた。夜、老夫妻が寝付いていれば物音が。二人が戸口を覗けばそこには米俵に野菜に魚、小判や布地が納められた箱が山のように積み上がっておりました。それは心優しく、善良な老夫妻に対する地蔵達の贈り物でした。

 

「さっていく地蔵達においのりをしたお爺さんとお婆さんは、こうしてすばらしい新年を迎えることが出来たのです。めでたしめでたし」

「ふーん」

「良くできました」

 優しく語り聞かせる白が話を終え、花がその読み聞かせを誉めると本の中の挿し絵を覗くようにじーと見ながら茜は新しい家族に尋ねる。

 

「白おねーちゃん。この家からね。すこしはなれたばしょにおじぞうさまがあるの」

「そうなの?」

「あ~……あそこか」

 茜の突然言い出した言葉に白は少しだけ困惑した表情で尋ね返す。まだ彼女は孤児院周辺の地理を理解仕切れていなかったが、把握していた花はあそこかと思いながら頷く。

 

「うん。それでね。今度ね。わたしかさつくりたいとおもうの。冬になってね。ゆきがふったらそのかさをおじぞうさまにあげたらこのおはなしみたいにごはんくれるかな?」

「えぇぇ……それは……どうなんだろう?」

「う~ん……毎日良い子にしてたら、くれるんじゃないかな?」

 付き合いは短いが既に妹のように思える茜の言葉に、流石に白もはっきりとは言い返せなかった。狐の少女は善良ではあったが、その脳裏の奥底では先程自分が語った話が所詮は物語に過ぎない事を理解していた。してしまっていたから。

 

 因みにその裏では「地蔵の姿を幻術で再現して前以て買い込んでいた食料を持ってくるってのはどうだい?」「俺は兎も角、一緒に寝てるMamとかは難しクネえか?」と茜の願いを叶えるべく猫とジェイがヒソヒソ話をしていた。

 

(そうだよ。たすけなんて……やさしくしても、よいこにしていても……)

 自分達は誰にも迷惑をかけていなかったのに。母と父の三人で村外れで畑を耕して静かに暮らしていただけなのに! それなのに……それなのに……!! 

 

(たすけをよんでもたったひとり(・・・・・・)しかきてくれなかった。よいことなんかしていても、していても。そうよ……だからわたしは………)

「白おねーちゃん?」

「ふぇ? え、えっとごめんね。茜ちゃん。何かあつくてぼーとしてて……」

 狐の少女は茜の声に我に返り、誤魔化すように答える。同時に彼女自身、自らが何を考えていたのかを不思議に思うのと同時に、花もまた毎晩見る白に似た娘のいた家族の夢を思い出して思案していた。

 

(もしかして、いまのって……)

(……もしかして、あの夢の事が関係しているの?)

 記憶が無いので分からないが、それが自身の存在の根底を司る要素であったように彼女には思えた。

 

(そもそも、わたしって誰? いや……何なんだろう?)

 記憶はなく、生まれた場所も思い出せない。その癖文字は読めるし、良く怖い夢を見る。それらが何の関係もない独立した要因であるとは思えない。そしてそれら個々の内容の中には明確に不穏なものもある。

 

「………」

 白い少女は内心でそれを恐れる。彼女にとってこの孤児院は大切な存在だ。過ごした時間は短くても安心して、穏やかに過ごせた場所だ。自分のせいでそんな場所を、そこにいる人々を危険な目に遭わせたくはなかった。

 

「……あのね、白おねーちゃん。わたしね。おもちだいすきなの」

 そんな白の様子をじっと見た後、唐突に茜は口を開きく。

 

「おもち、ですか……?」

「うん! おぞうににいれたらとってもおいしいの! あとね! あんことかね、きなことか、あ! さとうしょーゆもおいしいんだよ!!」

「そうね~……茜って、お餅が出ると狂喜乱舞するもんね。佳世ちゃんが持ってきたきな粉餅も一番食べてたし」

 若干目を輝かせて、口元に涎を滴ながら幼女は餅の美味しさを語るのを聞いて、花は愛しそうに茜の頭を撫でる。飽食の時代であれば兎も角、白米が未だに貴重なこの世界では餅米もまた贅沢品であるし、同時に餅は米の旨みを濃縮した食品だ。庶民にとって白米がご馳走という価値観に基づけば餅の価値は推して知るべしである。

 

「そ、そうなの……?」

 茜の喜び具合に僅かに引きつつも白はその先の話を促す。

 

「うん。けどね。この前のお正月はね。みんなでおもちたべたんだけどおかーさんだけたべなかったの」

「……そうなんだよね~、あたしやジェイさんが分けようとしても拒否しちゃったんだよね」

 その言葉を口にしながら茜は悲しそうな表情を浮かべた。

 

「おかーさんね。いつもわたしたちにごはんもわけちゃうの。おかーさんのほうがおおきいしおしごともあるからたべないといけないのに」

(……それだけ、茜達の事を愛してるんだよ)

(だからこそ、俺達ハ守るのサ。BrotherやSister達をね)

 そこまで言って茜は再度本を睨み付ける。そして鼻息荒くして宣言するのだ。「だからつぎのおしょうがつのためにおじぞうさまにかけるかさつくるの!」と。その言葉を聞いた弟子達は再びヒソヒソ話で相談を開始した。

 

「それでね、おもちたくさんもらうの! おねーちゃんもいっしょにつぎのおしょうがつはたべようね!」

 屈託のない笑顔で茜が口にした言葉に狐の少女ははっと息を呑み込む。目の前の妹のような少女が自身を気遣っての言葉である事を理解したから。そして、自分と一緒にこれからも暮らしたいと言ってくれた事に感動して、白は胸の奥が熱くなる。

 

「うん。そう……だね。みんないっしょにいれたらいいね」

 だから白は答える。そして肯定する。彼女もまたそれを心から望んでいたから。

 

 この時、殆ど全てを失っていた少女は、しかし確かに幸福の中にいた。同時に彼女はこのほんの小さな、しかし温かく大切な幸福を守りたいと子供心に決心していた。

 

 ……しかし、その幸福は長くは続かない。続く事はない。運命の刻は、絶望の時間は、惨劇の瞬間はもう直ぐそこにまで迫っていたのだから。

 

 ──────────────────

 

「……何かおかしくない?」

「……人の気配が、ない?」

「ナンだ……?」

 それは昼過ぎの事だった。それに気付いたのは、吾妻の弟子達だった。孤児院の周辺が張り巡らされた人払いの妖術によって人気が消えていたのだ。

 

 その甲高い、獣の断末魔のような悲鳴が響くと同時に子供達は肩を震わせて、殆ど同時にその声の方向を向いていた。

 

「えっ……? な、何? いまのこえ?」

「……マさか!?」

 ジェイと蹴鞠で遊んでいた子供の一人が不安そうに呟いた。同時に響くは激しく孤児院の戸口を叩く音。

 

「ひっ……!?」

「な、なに? だれ?」

「子供達は戸口に近づかないで!」

 その鬼気迫る激しい音に子供達は怯え、それを見た花は慌てて戸口に駆け寄ってその隙間から外の様子を伺う。

 

「お願いだ!! 誰か開けてくれ! 助けてくれ!! だ、誰もいないのか……!!?」

 戸口を数名の男達が絶望と恐怖に表情を歪ませながら叩いていた。同時に彼らの後方より響き渡るのはおぞましい妖の遠吠え。

 

「げ……」

 次の瞬間一人の男が虎よりも遥かに大きい化け狐に咥えられてそのまま戸口や地面に叩きつけられた。戸口に叩きつけられて手足がボキリとへし折れ、地面に叩きつけられて肉が引き裂かれる。

 

「……ジェイさん、猫さん! 戦闘準備! 陽太(ようた)久遠(くおん)! 年長組を率いて年少組を建物まで避難させて! 師匠から教えてもらった建物の結界の起動方法は覚えてるよね!?」

「OK!」

「わかった!」

「は、花姉ちゃん達は!?」

「あたし達は外の人達を助けてくる!」

 それを見た花は後ろを振り返ると残り二人の弟子に戦闘が起こることを告げ、年長組の中でもまとめ役の少年少女に残りの孤児達の退避を指示し、ジェイが慌てて持ってきたお札と小太刀を受け取るとそのまま戸口を開ける態勢に入る。

 

「一、二の三で開けますよ!」

「オウ!」

「わかった!」

「一、二の……三!」

 花が戸口を大開で開けるとジェイが飛び出して手にした錫杖を横殴りに振るって男達の一人に飛び掛かろうとした化け狐達を遠くに殴り飛ばし、続いて飛び出した猫が手に持った短剣を目や眉間に投げ付けて化け狐達を牽制する。

 最後に飛び出した花は周囲の建物に目配せをすると、残っていた男達四人を中に引き入れる。

 

 招き入れた後でお札を投げ付けて牽制し、戸口を閉めるとその後に殺到しようとした化け狐達が『招かれなかった』為に結界に弾かれて悲鳴をあげる。

 

「ふぅ~……」

「花ねえ、すごい!」

「ジェイお兄ちゃん、凄かった!」

「猫おねえちゃん、すごいみがるだったよ!」

「いや、なんで建物に入ってないのよ!?」

 花は息を吐きながら庭に腰を下ろすと、駆け寄ってくる孤児達に愕然とする。

 

「だ、だいじょうぶ……?」

「この中にはいったらあんしんだよ?」

「こわかった、ないてもいいよ?」

 何人かはぜいぜいと息する男四人に子供達は駆け寄ってそう語りかけようとする。

 

 男の一人が涙ながらに息を整えると、子供達の姿を視認し、若干驚きながらも子供達にむけて何かを口にしようとした。そして次の瞬間、傍らにいた三人の身体が……『破けた』。

 

「危な……ぐああ!?」

 咄嗟に猫が男を庇うが、振るわれた狐の尾によってもろともに遠くに吹っ飛ばされてしまった。

 

「猫さん!」

 花が悲鳴をあげ一瞬遅れて残る子供達も悲鳴を上げる。そして、その泣き声に身を包まれながら『彼女』は満面の笑みと共にその姿を現した。

 残りの二人の内『男の鬼』は若干不満そうな顔であり、『女の鬼』は思案顔であった。

 

 成る程、確かに幻術は使えぬし、嘘もつけないか。相当に良く出来た結界であるが、所詮はそれだけの事だ。どのようなものにも構造的な弱点は必ずある。今回の場合は一つに中に住まうのが子供やそれを大切にする大人である事はつけ入る隙がある事を意味した。

 

 無論、だからと言ってなめればほぼ確実に事は失敗するだろう。都をなめて痛い目にあい、商隊を襲うのに失敗してと本来の運命よりも遥かに弱体化し、かつ失敗続きの化け狐は冷徹かつ冷酷にその小細工を仕掛けた。

 

 ……結局、変化をしなければ、嘘を吐かなければ孤児院の警備の術式には引っ掛からないのだ。故に彼女は変化の術なぞ使わなかったし、嘘を子供に言わなかった。ただ、変化する代わりに剥いだばかりの『人間の皮』を被っただけだ。助けを呼んだのも嘘ではない。あのままであれば確かに同行する囮役の人間共は『食われていた』だろうから。

 

 妖は邪悪で、狡猾で、悪辣だ。そして小狡く物事の穴を突く。化け狐は悪所でいなくなっても問題ない人間達を生け捕りした後、そのうち三人の皮を生きたまま剥いで掏り変わった。その上で孤児院の直ぐ近くで彼らを放して追い立てて、わざと孤児院に助けを求めるように誘導した。変化の術も、嘘破りの術も擦り抜けて、善良な子供達が化物達から見ず知らずの人間が食われる所をあからさまに見せて、助けを求める彼らを結界の内側に招かせた。

 

 人皮を破り捨てて、どうやって入っていたのかも分からない巨大な人食い狐が姿を現す。残酷な笑みを浮かべて歪む口元と優越感を含んだ冷たい視線で化け狐は半妖の子供達を……柔らかく旨そうな獲物を見下ろす。

 それを庇おうとする残り二人の人間は鬼の半妖達に任せて自身はメインディッシュをいただこうと歩み始め……『ひゅーん』と音が響いた。

 

「……本当に来るなんて思わなかった」

「え……兄様! これは……」

 花が呆然とした表情でそう言い、女の鬼が愕然とした表情で兄の方を向き……時の声が響き渡った。

 

「かかれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「一匹残らずぶっ殺せぇぇぇぇぇ!」

「ここで狐狩りを終わらせてやらぁ!」

「な、な……なんじゃとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 そんな声と共に孤児院の周囲の建物から旭衆都組新街支部の面々が躍り出ると、孤児院の周囲で戸口が開くのを今か今かと待っていた狐達を血祭りにあげていく。

 それに化け狐が驚愕していると、今度は孤児院の建物から複数人の人間が現れる。

 

「「Kill、Freaks!」」

「ババアに留守を任されたんだ……てめぇら揃って生きて逃げられると思うなよ!?」

「いざ、参る!」

「子供達は宝……守り抜く!」

「行きますよ、(ゆかり)!」

「……ん!」

 アリシアとローランの兄妹、夜、有吾、白虎、赤穂義姉妹が各々の得物を手にとって妖達に襲い掛かる。

 

「はっはー! 面白くなってきたじゃねえか!」

「面白くない! 最悪の気分!」

「こ、こ、こ……この、猿、ども……がぁぁぁぁぁ!」

 鬼達がそう言いながら応戦を開始すると、ついに堪忍袋の尾が切れた化け狐は咆哮と共に己の分け身に飛び掛かる。

 他の者達はそれを阻もうとするが、予想以上に白と化け狐の距離が近かったために間に合わなかった……たった一人を除いて。

 

「白!」

「あ……」

 花が白を庇い……同時に、白はその記憶が甦る。そして絶望しながら理解したのだ。今、目の前で母に似た少女が食われそうになっているその原因たる者が誰なのかを。

 

「そんな………」

 嘆きと後悔と自己嫌悪から、殆ど反射的に彼女は小さくそう呟いた。ああ、こんな事ならば『あの時』死んでおけば良かった。こんな場所に長居しなければ良かった。さっさと一人になっておけば、一人で野垂れ死んでしまえば良かったのに……!! 

 

 しかし、全ては遅かった。遅すぎた。最早手遅れだ。その鋭い牙はコンマ数秒後には己を庇う少女の華奢な身体を突き立て、抉り取り、引き千切るだろう。少女は無力感に打ちひしがれる。そして母と同じく自身を庇って少女が死んでしまう……と、思われた次の瞬間だった。……突如突き立てられた長槍がその牙を食い止めたのは。

 

「えっ……?」

「は……?」

「な──!?」

「ぶっ飛べ!」

「ぶげぇ!?」

 呆然としていると、狐がオレンジ色の髪の少女に蹴り飛ばされる。次々に起こる事態に涙目の少女は何が起きたのか良く分からずに視線を移す。長槍の柄に沿って視線を動かし……その先端に佇む外套を着こんだ人影と自分達のすぐ側に現れた同じく外套を着こんだ人影を彼女は目撃した。

 

「……あぁ、うん。まぁそうだよな? そりゃあ二度目だから驚きやしないけどさ? はは……畜生!」

「まあ、ですよね~としか言えないわね」

 ……認識阻害の効果のある外套のせいで顔なんて全く見えない筈なのに、その人影達が槍がボロボロになった事に今まさに心底苦々しく引きつった表情を浮かべているのだろう事を狐の少女はその疲労と絶望感を含んだ一言からありありと読み取る事が出来た。




次回もお楽しみに!


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第十七話

「あらあら、これはまた随分と古典的で陳腐な手な事」

 上洛に際して逢見一族から借り受けた屋敷の一室で幼さと妖艶さを兼ね備えた桃色の少女は……鬼月葵は鏡台を通して見た小賢しい狐が結界を越えるために使った手法をそう評する。

 

 人の道徳心や善意につけ入る方法も、人体の一部を利用して結界を誤魔化す方法も、それをするのには相応の知性が必要なものの、特段変わった手段ではない。

 

 実の所、似たような手法は人妖大乱中には数多く報告されている。特に大乱中の妖側の大将軍の一人であり未だに討伐されていなずクロイツ家が血眼になって探している『妖母』なぞ、大乱の末期には食った人間を『素材』にして人間に擬態させた化物を大量に『産卵』した。お陰様で朝廷側は長年対妖用に特化せしめ研究・発展した結界術式を全て放棄して新体系で結界を構築しなければならなくなった程だ。それに比べればまだ可愛いくらいだ。

 

 恐らく同じくこの光景を式神越しに見ている鬼も似たような感想を抱く事であろう。あの鬼もかつて都で暴れていた際には今回の狐よりも遥かに悪質に人の心に付け入るやり方で内裏の結界を越えようとあの手この手を弄していたとされている。尤も、それを逆用した右大臣の卑劣な策に嵌められて半殺しになって逃げ出したのだが。

 

「……意地悪な子。私には何も言ってくれないなんて……まあ、私に『あまり借りを作るな』って夕陽が言ったんでしょうけど」

 葵は孤児院の周囲の建物から出てきて狐達を血祭りにあげる旭衆都組新街支部の面々と孤児院に入り込んだ化け狐達に襲い掛かる面々を見て苦笑いをうかべるが、すぐに義妹の同居人とも言うべき少女が助言をしたのだろうと推測を立てる。

 事実、この推測は正解である。橘商会の救援の際には旭が葵に参戦してくれる様に頼み込んだのだが……その際、「何か面白いものをお土産として頂戴ね?」と葵に頼まれてしまったためにこれ以上借りを作ると何をさせられるかわからないと思った夕陽が旭に「葵姫は誘うな」と言ったのである。

 

(問題は彼が結界を越える手段とこれだけの手勢を周囲に仕込む手段だったけれど……そういう事ね)

 伴部があの札付きの手配犯に接触した際には警戒もしたが……成る程、確かにあの妄執的な老人ならば半妖ばかりをかき集めた孤児院に何もしないなぞ有り得ない。いざという時の保険くらいは用意しているか。

 

「何処から情報を得たのか知らないけれど……確かに良い目の付け所よ」

 式神を通した情景が映りこむ鏡台を見ながら鬼月葵は自身の最愛の者の一人の判断にそう評価を下した。確かにあの老人は劇薬ではあるが有用だ。流石に彼女でも彼や旭に教えられる事には限度がある。鬼月葵は意欲さえあれば何でもそつなくこなせる才人ではあるがその本質はその一族の中でも群を抜いて強大な霊力を使った力押しである。いや、鬼月家自体が退魔の一族の中では霊力の高さで知られる家系であり、当然その技能も霊術の体系もそれを前提としたものが多い。霊力が葵程もある旭は兎も角、霊力の絶対量が不足する彼に適任とは言い難い。

 

 そう考えれば松重一族のあの老人は不本意ながら相性という面で最適であるのは事実だ。あの一族はそれなりに古いが……退魔士一族の中でという前提条件があるが……特段霊力が高い一族という訳ではない。肉弾戦も(比較的)得意ではない。

 

 その代わりに術式に対する理解が広く深い一族だ。基礎的で単純な術式でもそれらを応用して、あるいは組み合わせる事で、凶悪な使い方をする事でも知られている。ましてや陰陽寮の第二位の地位にいて禁術の研究にも手を染めていたあの翁である。鬼月家でも知らぬ技術を持っていても可笑しくない。

 

「最悪、関係が発覚しそうになれば私が動けば良い事ね。折角の機会、ここは好きにさせてあげるべきでしょうね」

 そう余裕綽々な態度で嘯いて彼女は鏡に視線を戻し……それに気付いた。

 

「あら」

 式神の視点を移動させて、彼女はそれらを見つける。そして、心底楽しげな笑みを浮かべた。

 

「良い瞳、使えそうね。それに二人とも手元にあれば面白そうだわ」

 そう言ってから、手元に置かれた菓子置きを引き寄せて、その上に置かれた羊羹の一つを爪楊枝で一刺し。そのまま当然のように、平然と高価なそれを口の中へと入れて濃厚で舌触りの良い甘さと風味を味わうと……直ぐ様、不愉快そうな表情になる。

 

「本当に無粋なこと……旭や伴部を殺しそうになったら、この手で消してあげるわ」

 彼女は最愛の義妹や青年と対峙する複数の特異な天狗や複数の鳥の式神を従えた山伏風の青年に向けて静かにそう宣言した。

 

 ──────────────────

 

 伴部さんに食事を邪魔され、あたいに顔を蹴られた化け狐は無茶苦茶怒っていたっす。

 

「貴様ら、何者……いや、この臭いは嗅いだ覚えがあるぞ? ……あの時の雑魚と雌か!!」

 化け狐は鼻でひくひくと臭いを嗅ぐと、あたい達の正体を悟ったっす。まあ、誤魔化すつもりなんて微塵もなかったんすけどね。

 

「ぐ、事前に調査をしていたのに……! どうやって結界を越えたの!? それに外で戦っている退魔士や建物の中からの人間達もどうやって!? 合図も何もなかったのに……!」

 女の子の鬼が金棒でトンファーを持って殴りかかる白虎と刀で斬りかかってくる有吾さんを捌きながら歯噛みをするっす。

 

 襲撃をかける以上当然ではあるんすけど、ある程度孤児院の内部や構成員については調査済みみたいっすね。だからこそ、周囲の建物に旭衆都組新街支部の退魔士達がいたことや夜達が建物から出てきたり、あたい達が建物の正門からやって来たことに困惑していたし、葵姉の存在も警戒をしてるっすね。

 

 因みに種明かしっすけど……新街支部や夜達は『最初から潜んでいた(・・・・・・・・・)』っすね。あたいが頼んでしてもらったカサンドラさんの予言で化け狐達が今日来ることを知ったあたい達は……松重道硯から貰ったお札に仕込まれていた『一時的に記憶から一定の会話を忘却する術式』で孤児院の人達に潜んでいる事を忘れて貰ったんすよ。

 因みに周囲の住民の皆様にはお金を渡して潜伏するための家を使うことを了承して貰ったっす。

 問題は吾妻さん達を説得する方法だったんすけど……鬼が退屈しのぎで新街支部の退魔士達と戦っていたお陰で妖が潜伏していることがわかって、それで夜が不安から新街支部やあたい達に孤児院の警護をしてもらうことを吾妻さんにお願いしてそれが了承された事で手間が省けたんすよね。

 

 後は伴部さんと唯ちゃんが入る方法だったんすけど……

 

「あんの外道……本に細工をしてたなんて……」

(元々、松重家は術式に関しては他の追随を許さんからな……流石に禁術混じりの言霊術とは思わなかったが)

 あの外道は吾妻さんに把握をされないように禁術で本の内容に言霊術を仕込んで、それを読んで聞き重ねる事で少しずつ時間を掛けて催眠を施していたんすよね。

 

 まあ、その隠匿性のために命じる事の出来る命令は事前に拵えた単純なものばかりなんすけど……だから必要な霊力は最小限で禁術なんで吾妻さんが知らなければ対応をできないんすよね。

 因みに大乱中ではこれを強化した術があって、朝廷側が負けた際に知性を持った妖がわざと残した資料を読んだら催眠にかかって同士討ちもしくは自爆させる為の術だったらしいっす。……だから、大元のこの術も禁術指定をくらったんすかね? 

 

 外道曰く、孤児院を焼き払う事になった際の保険の術であたい達を『招き入れ』てくれた茜ちゃんは術がきれると、涙目であたい達に仲間を助けてくれる様に懇願をしてきたんすよ。今は危ないからって事で隠れてもらっているっす。

 

「花さん! ジェイさんや猫さんと一緒に白ちゃんや他の子達を連れて建物内に避難してほしいっす! アリシアとローランは遊撃として妖達を牽制、紫姉とゆかちゃんは主攻として攻撃を! 白虎と有吾さん、伴部さんと唯ちゃんはその援護を! 夜は花さん達の護衛を頼むっす! 呪印、玉鋼!」

 あたいは指示を出すと呪印と玉鋼を展開して、全員の武器や術を強化するっす。

 

「わかったわ! 白、此方よ!」

「は、はい!」

「Brother、Sister、此方だヨ!」

「つぅ……ほら、あんたも来な!」

「す、すまない……」

「任せろ! ガキども、此方だ!」

 花さん達は夜と一緒に子供達を建物内に避難させ……

 

「ぶへぇ!?」

 ようとして、何かに激突したっす。

 

「な、なんだぁ……こいつは……!?」

「結界!? 師匠のじゃない……師匠なら、こんな雑な結界は敷かないだろうし……」

「……雑だけど、戦いの余波が来るところじゃ解除も出来ないだろうね」

「誰ガこんな事ヲ……!?」

 夜達はペタペタと結界を触りながらなんとか入ろうとして……!? 

 

「危ないっす!」

「ぬぉ!?」

「おらぁ!」

「ぐあ!?」

 あたいが花さんに飛びかかった槍を持った天狗を弾き飛ばし、夜がガリガリに痩せて肋が浮き出て背中に翼を生やした細身の天狗を裏拳で殴り倒したっす。

 

「こいつらは……!?」

「てめえら……! 人が見逃してやれば好き勝手に動きやがって……! 物語を無茶苦茶にするんなら、お前ら全員を此処で狐璃白綺の餌にしてやらぁ!」

 声の方向に目を向けると、そこには八ツ手を持った天狗と錫杖を持った天狗と複数の鳥の式神を従えた山伏風の男の人がそこにいたっす。

 

「あんたは誰っすか!? と言うか、物語って……?」

「ああ? ……俺の名は『烏野(からすの)(じん)』。で、物語っていうのは……そこの狐のガキも含めて孤児院のガキどもや吾妻雲雀が化け狐に食われて……」

「「「「くたばれ!」」」」

「うおお!?」

 烏野があたい達に対して説明をしていたところを怒り心頭の夜達が総出で攻撃を仕掛けたけど……全部、八ツ手を持った天狗の起こした風に吹き飛ばされちゃったっす。

 

 ……まあ、この男の言葉に怒ってるのは夜達だけじゃないっすけどね! 

 

「あんた……なに考えてんすか! この子達や吾妻さんが食われて化け狐が力を取り戻す……そんな、終わりかたをする物語なんて此方からごめんすよ! あんたも化け狐ももろともに倒してやるっすから、覚悟するっすよ!」

「やってみせろや、モブキャラ! やれ、『四情天狗(しじょうてんぐ)』! イレギュラーどもをぶち殺せ!」

「妾を無視するでないわ、猿どもがぁ! 黒角童子、『伊吹童子(いぶきどうじ)』……こやつらを殺せぇぇぇぇぇ!」

「あいよ、姐さん! おら、行くぜぇぇぇぇぇ!」

「はぁ……ぐだぐだ」

 あたい達は襲い掛かってくる四体の天狗や式神達、鬼や化け狐達との戦いを始めたっす。

 

 ──────────────────

 

「ちぃ! こんな事になるとはな!」

「楽勝だと思ったのに、なんでこんな事になるのよ!」

 俺は葛葉唯と共に化け狐に対峙しながら舌打ちをする。なんせ、旭衆都組新街支部が孤児院の外で鬼月旭も含む退魔士達が孤児院の中で化け狐達を殲滅する作戦は途中までは上手く行ったにも関わらず、原作尊守の転生者の介入のせいで完全な乱戦になったからだ。

 

「て、言うか。あの天狗達の元ネタって……」

「『鬼滅の刃』の『半天狗』だろうよ! 容姿や装備も似てるしな!」

 俺達は原作尊守の転生者の連れて来た天狗の元ネタを察知しながら化け狐から横凪ぎに振るわれた太く、長く、半ば音を置き去りにした尾の一撃を身体を伏せて寸前で回避した。やべぇ、今の直撃したら二人揃って上半身と下半身が泣き別れしてた……!! 

 

「やべ……!」

「うひゃあ!?」

 攻撃は終わらない。俺達が身体を伏せた所目掛けて放たれるのは音の形を取った暴力だった。先日ゴリラ様に向けたのと同様の、あるいはそれよりも強力な咆哮。目にも見えない破壊の嵐を、俺達は放たれる直前に身体を回転させて左右に分かれて距離を取る。同時に先程俺のいた場所の地面が爆音と同時に吹き飛んだ。多量の砂と土が宙を舞う。角度的に孤児達を守っている夜達の方向に向かわなかったのは幸運だな。

 

「ゴホ……!?」

 粉塵の中から投擲された槍が喉に直撃し、化け狐がたたらを踏む。それでも意に介さずに尾と前足を振るって周囲を牽制すると同時に周辺を嗅いで警戒をする。

 なにせ、前回では隙を突かれて己の尻尾を全て切り落とされたのだ、警戒をするのは当然である。別の武器を投擲してくるか? それとも粉塵に紛れて接近してくるか? 式神で陽動でもしてくるか? 別方向に分かれた女と共に攻撃してくるか……? 

 

「そこか……!?」

 粉塵に紛れて漂ってくる臭いから逆算して狐はそちらを攻撃する。鞭のように振るわれる尾が前後からうっすらと現れた影をその直後に貫いた。だが……

 

「これは……ちぃ、また式神か!」

 貫かれた人形はしかし外套を着こんだ人間達ではなく、不恰好な歩く案山子に過ぎなかった。『ポンッ!』と白煙と共にただの紙に戻る式神。

 

「何度も何度も小賢しい真似を……「んじゃ、さらに小賢しい真似をしてあげるわ!」ぐおっ……!!?」

 狐は罵倒を吐いたと同時に投擲された物体が破裂し白煙を発生させる。その瞬間、狐は鼻腔と目元に激痛を感じてのたうち回った。涙を流し、咳き込む。それは式神から発生した白煙と投擲された物体が原因だった。

 

 白煙の正体は気化した催涙剤と刺激剤だった。薬草を磨り潰して、あるいは発酵させて、混ぜ合わせたそれは、特殊加工した火薬と共に陶製の鋳物の中に詰め込まれている。そして微量の霊力を注がれると火薬は発熱し始め、薬品を気体に蒸散させる……という仕組みだ。しかも今回のものは鬼月家の抱える薬師衆の新作、その試作品だ。幾ら数百年生きる妖狐でも受けた事がないだろう部類の刺激の筈だった。

 しかも、葛葉唯はそれを更に圧縮した煙玉を投擲したからな……暫くは鼻も目も役にはたたないだろう。

 

「ぐおおおぉぉぉ……こんな小細工でぇ……!! ふざけるなよ小僧と小娘がぁ!!」

「姐さん!」

「行かせないっすよぉ!」

「伴部と唯の邪魔はさせない!」

 相手の接近を許さないように涙を流しながら尾を乱雑に振るい接近を警戒する狐。鼻が利かず、粉塵と涙で視界も不明瞭、しかも結界に閉じ込められて動ける範囲が限定されている以上、それが彼女に出来る最善の策だった。

 男の鬼が此方に来ようとしていたが、鬼月旭と白虎の二人が食い止めているため此方には来れそうもないな。

 

「だからこそ……行け、貴様ら」

「行って」

 荷物を背負った式神の鼠が数頭、地面を這うように駆け、荷物を持った同じく式神の雀が数羽、地面すれすれに飛ぶ。相手が人間相手に尾を振るっているために地を這う矮小な鼠や地面すれすれに飛んでいる矮小な雀の存在に気付かなかった。

 

 そして、鼠と雀共が狐の足元まで寄った時、漸くその気配に狐は気付いた。

 

「何? 鼠と雀だっ……」

 そこまで口にした瞬間、鼠と雀は爆発した。正確には式神達が背負っていた爆薬が、だ。刺激剤のお陰で火薬の臭いに気づけなかったのだろう。薬師衆の知り合いから個人的に受け取っていた低品質の火薬(葛葉唯は自身の家が呪具の作成の傍ら作っていたそれなりの品質のだが)、それだけならば爆発の威力もたかが知れている。故に竹筒に尖らせた小石や葛葉唯が持ってきていた刃物系の呪具の作成の際に失敗した呪具の破片を詰めて手榴弾のように運用した。狙いは臓器等が密集して警戒の薄い腹部。そして……漸く俺達も動く。

 

 隠行で密かに背後に回っていた俺達は、再び左右に分かれて霊力で脚力を強化して一気に距離を詰めに行く。途中で腹から血を流した化け狐は俺達の存在に気付いて振り向きながら狐火を放つが、それは式神をぶつけて幾つかは無力化、残りは直撃寸前で正面に盾役の人形の式神を発現させて受け止めさせる。粉塵と白煙の中で燃え盛る人形の姿に一瞬とは言え化け狐は俺達を仕止めたと勘違いした。その刹那の油断を突くように俺達は攻める。

 

「……いや、まだかっ!!」

 その気配に気付いた狐は今度は正面を向いて尾を振るう。振るわれた尾は当然のように粉塵のように正面から突っ込んできた数頭の烏の式神を切り刻んだ。しかし、それが陽動なのは明らかだった。

 

「っ!? やはり此方が……」

「本命だよ……!!」

「終わらせてもらうわ……!」

 咄嗟に振るわれた狐尾が真横を通りすぎた。空を切る音と共に俺の身体の左側の外套が削れて生地が風に乗って吹き飛ぶ。いや、身体自体も少し削れたか、鈍い痛みが左腕や左足から感じた。だが、ここまで懐に入り込めば……!! 

 

『いい加減にしろ、クソモブがぁ! 下人風情が目立つんじゃない!』

「な!?」

 俺は横合いから突撃してきた白鷺の一撃で態勢を崩される。だが、まだ……! 

 

「伴部! この……! 終われぇぇぇぇぇ!」

 葛葉唯の渾身の刺突が化け狐に……

 

「『偽術(ぎじゅつ)激涙刺突(げきるいしとつ)』」

「え……きゃあぁぁぁぁぁ!?」

 直撃する前に槍を持った天狗から放たれた三又の槍状の衝撃波を受けて吹き飛ばされた。

 待て、確かあの天狗は分け身を守っていた夜が戦っていた奴だぞ……!? 

 

 俺が嫌な予感を感じて振り向くと、そこには血塗れで倒れている夜とほんのりと焼けた臭いのする花が倒れ伏しており、その前では錫杖を持った天狗がぐったりとした分け身を小脇に抱えて此方に向けて歩いていた。

 

「嘘だろ……!?」

「現実じゃ……!」

 その声に俺は振り向いた。そこにいたのは此方を憎悪の表情で睨み付ける血の滲んだ白服を着込む女……銀色の長い髪に宝石のように輝く青い瞳をしたそれは間違いなくゲーム内において主人公を何度も襲ったあの狐璃白綺その者であった。

 

(不味い……!!)

 俺が地面を蹴りあげその場を退避しようとしたのと衝撃が襲ったのはほぼ同時だった。

 

「がはっ……!?」

 叩きつけられた裏拳を、以前のように直撃する寸前に跳躍と衣服の下に仕込んだ籠手で威力を削るが、前回よりも遥かに強力な一撃の衝撃を殺しきれる訳もない。そのまま葛葉唯の近くの地面に叩きつけられる。あ、今骨から変な音聴こえた。

 

「おえっ……!? げほっ……!!?」

「伴、部……ごめ、ん……」

 俺は諸に攻撃を受けて傷を負って苦しげな葛葉唯の声を聞きながら、地面に血と胃液と内容物の混合物を吐き出した。

 

(ヤバい。前回の時は多少の打撲で誤魔化せたが……今の一撃を受け止めた左腕、間違いなく折れた……!!)

 立ち上がった俺はぶらんぶらんと揺れる左腕を見て苦笑いを浮かべる。糞、油断した。相手は腐っても元凶妖だっていうのにな……!! 

 

 俺は痛み止め……と言えば聞こえが良いがある種の麻薬類を丸薬にした物を飲み込む。これで多少痛みは誤魔化せる……といいなぁ。

 

 人の姿に成り済ます妖狐の姿を見て、俺は観察する。腹部の衣服は赤く染まっている。相手の息も荒く、よく見れば汗も流れている。やはり下手に肉弾戦するよりも火薬を使った方が効率的か。

 

「とは言え完全な不意討ちですら戦闘向きでない大妖を仕止め切れないか……!!」

「情け、ないわね……」

 俺は短刀を構えて葛葉唯を庇いながら苦虫を噛む。一応この時に備えて色々シミュレーションはしてきた。相手に先手先手を打つ事で選択肢を狭めさせて戦いの主導権を握る。下手に化物に自由な動きをさせたくなかった故の行動はしかし最後の最後で破綻した。

 

「フゥー、フゥー……よもや、下人と半人前の退魔士如きにここまで手玉にとられるとはな……!!」

 腹部から流れる血を手で押さえつけながら、獣のような唸り声を上げる化物。その表情には明確な焦りが垣間見えた。たかが路傍の石程度の価値しかない俺相手にここまで追い詰められるのは想定外だったらしい。無論、旭衆の作戦や俺達が入った後で結界を張った退魔士等、何処かに隙を見せたと同時に自分を襲撃してくる存在がいないか警戒していたのも一因だろう。俺達に対して意識を集中させ、全力で挑めなかったのは化物が此方が仕掛けた罠の数々に見事に嵌まった要因だ。

 

 しかし、それもどうやらここまでのようだ。恐らくここまで俺達が追い込まれても、幾度となく致命的な隙があっても何らの介入もなかった事から彼方もそろそろ此方の策の品切れに気付いていると考えるべきだ。

 

「地を這う虫は虫らしくしておけば良いものを……!! 私に! この強大な力を持つ私に立ちはだかりこのような屈辱を……!! 許さんぞ猿どもがぁ!!」

 重傷を負っているとは思えぬ程の禍々しい妖力を身に纏い、此方を睨み付ける化け狐。

 

「猿猿五月蝿いぞ、狐が。来いよ、毛皮を剥いで敷物にしてやる」

「弱、い……奴ほど、良く、吠え…るってね……!」

「言わせておけば……!!」

 俺達の挑発に目を見開き怒り狂う化物。そうだ、お前さんは短気で感情の起伏が激しいからな。こんな安い挑発でも乗ってくれると思ってたよ……!! 

 

「ふん、腹ただしいほど的確な罵倒じゃな……しかし、無意味じゃ」

「弱いというのは本当に哀しいのぅ。そうするしか、策はないんじゃからな」

 そう言って、化け狐の前に分け身を小脇に抱えてた錫杖を持った天狗と槍を持った天狗が立ち塞がる。

 

(……マジかよ)

 俺は苦虫を噛み潰したかの様な気分でその様子を見る。

 

「狐璃白綺、とっととそいつを食っちまえよ。そんで、そいつらを殲滅しちまえ」

「……ふん、同族を裏切る猿に言われんでもないわ」

 原作尊守の転生者にそう言われて、己の前に放り出された分け身を化け狐は食い殺そうと……

 

「……『白狐降霊戦器(はくここうれいせんき)』、『一尾の籠手(いちびのこて)狐幻(こげん)』!」

「……『白狐降霊戦衣(はくここうれいせんい)』、『一尾の型(いちびのかた)狐炎幻想(こえんげんそう)』!」

「がはぁ!?」

 した瞬間……化け狐の土手っ腹に純白の籠手を装備した夜の拳が炸裂し、花から放たれた炎で吹き飛ばされた。

 

「ば、馬鹿な……その、術に……籠手は……!?」

「俺の先祖やお前の親父さんに誓ったんだ……此処でお前を止めるぜ、狐璃白綺! いいや、■■よぉ!」

「あんたを止めて、この子と幸せに過ごさせる……それが、あたしの役目だ!」

 何故か愕然とする化け狐に純白の籠手を装備した夜と人になった化け狐を模した霊力で出来た衣を纏った花がそう宣言した……




次回もお楽しみに!


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第十八話

今回は遅れて申し訳ありません!


 ………時は若干遡る事になる。

 

「哀しいのぅ……弱いせいで、何も守れずに死ぬのだから」

「が……!?」

 自身の腹から熱い痛みが走る。夜はそれが己の腹に槍を突き刺されたからだと理解した。

 

(畜…生……!)

「い、いやぁ! 夜さん、花さん!」

「喧しいわ」

「あぐ……」

 白が錫杖を持った天狗に殴られて気を失わされるのを見ながら、夜は意識を急速に失わせ……

 

「……この夢かよ」

 気が付けば、白に似た少女が黒い化け狐によって連れ拐われた後の場所にいた。

 

 半妖の姪を連れていかれた事で少しの間呆然としていた男だったが、やがてふらふらと姪の囮となった妹や義弟の妖が逃げた方向へと歩きだした。

 

 そして、そこでも絶望を味わうことになる。

 血塗れで倒れ伏した妹、上半身や頭部の消し飛んだ村人達や村人達が雇ったモグリやはぐれの退魔士の死体……純白の毛並みを今も流れる血で汚す虫の息の五尾の化け狐がそこにいた。

 

「おい……嘘、だろ……なあ、●●……目を、開けろよ」

「義兄上……申し訳、ありません。あれ、だけ……死なせないと言った…にも関わらず、結局、私は……」

「……いや、良いよ。俺も、■■を守れなかったんだからな……悪い、黒い化け狐に連れてかれた」

「……!? その、化け狐の…名前は?」

「……気紛れに名乗ったんだろうが、『狐璃黒麗(こりこくれい)』だそうだ」

 男がその名を告げると、狐は苦笑いをしながらこう言った。

 

「と、すると……■■の名前は、『狐璃白綺(・・・・)』に…変えられたんですかね?」

「……ああ。……って、なんでわかるんだ?」

「そりゃ、その…化け狐が、私の……『実の姉(・・・)』だからですよ。狐璃白綺(その名)は私が、捨てた…名です」

「なんだとぉ!?」

(はぁ!?)

 まさかの展開に夜と男は同時に驚く。

 

「私は……姉と殺しあいをしましてね…理由は、空亡が敗れた後でやって来た姉の勧誘を断った事です。昔から、人を食って力を増すよりも研究をするのが性に合ってましたから……」

「……そうか」

 狐の途切れ途切れの独白に、男は頷く。

 

「それが姉には気に食わなかったらしく……殺しあいになって、死にかけた時、薄れゆく意識の中で…思ったんです。何も残せていない、と」

 狐は何処か苦しげで、寂しげな様子でそう言う。

 

「だからこそ、あなたの妹に……妻にあって、あの子を残せた。生きていた『証』をこの世に残せた……それだけで良いんです。どんな形でも、あの子が……■■が生きているだけで良いんです」

「……俺は、良くねえよ。あいつは、俺の姪で●●の娘だ。完全な妖なんかにしてたまるかよ」

 狐は男の言葉を予測していたのか、苦笑いをしながら男に向けて話しかける。

 

「でしたら…私の魂を、取り込んで……下さい」

「いきなりどうしたよ?」

 狐の言葉に男は訝しげな表情になる。

 

「魂は妖気や霊力の塊です。下手をすれば、あなたは半妖になってしまいますが……運が良ければ……」

「霊力を得て、あいつを追える……か」

「運が悪くて何も得られなくても、恐らくですが子孫に受け継がれます。そうすれば……」

「子孫に丸投げかよ、くそったれめ……」

 男は狐の言葉に毒づくが、少し目を閉じて考えると……決意をした表情でこう言った。

 

「……でも、他に選択肢はないし……今更恐れる俺じゃねえよ」

「……感謝します」

 男の言葉に狐は微笑んだ後で目を閉じ、そこから溢れでた妖気の塊が男を覆い……

 

「そして、五百年後にお前らが産まれた訳だ」

 その言葉に夜が振り向くと、そこには微笑む男がいた。

 

「て、事は……花も同じ夢を見てるのか」

「ああ。で、アイツから説明を受けてる。お前はアイツの研究が形になった武具を、花はアイツの術を受け継いでるからな」

「そうかよ」

 夜がそう返事をすると、男は複雑そうな顔でこう言った。

 

「……悪いな、五百年前の負債を子孫のお前らに託してよ」

 その言葉に夜は笑いながらこう言った。

 

「なーに言ってんだよ。だいたい、大切な姪を救いたいって気持ちは伝わったからな。白の……あいつの親父さんの為にも、あんたの為にも……妖狐としてのあいつもこっち(人間側)に引きずり戻してやるよ」

「……ああ、ありがとうよ。んで、武具の説明だが……」

 夜は男にそう言った後、男から武具の説明を受け……そして、時は現在へと戻る。

 

 ────────────────────

 

「ば、馬鹿な……その、術に……籠手は……!?」

「俺の先祖やお前の親父さんに誓ったんだ……此処でお前を止めるぜ、狐璃白綺! いいや、■■よぉ!」

「あんたを止めて、この子と幸せに過ごさせる……それが、あたしの役目だ!」

 何故か愕然とする化け狐に純白の籠手を装備した夜と人になった化け狐を模した霊力で出来た衣を纏った花がそう宣言した……瞬間、槍を持った天狗と錫杖を持った天狗が二人に襲い掛かった。

 

「哀しいのぅ……その様なこけおどしを持っても死ぬのだからなぁ!」

「腹ただしい……死ぬが良い、死に損ないが!」

 そして、槍が夜の心臓を穿ち、錫杖から放たれた電撃が花を焼き尽くした……

 

「おらよ!」

「な……ぐばぁ!?」

「狐炎幻想・『花吹雪(はなふぶき)』!」

「馬鹿な……ぐああ!?」

 かと思いきや、後ろから現れた二人の攻撃が天狗達を吹き飛ばした。

 

「どうなってんだ……!?」

「知らない、わよ…今の内に白を、分け身を……」

 俺達は何故か致命傷を食らっても死角から現れる二人にがむしゃらに攻撃する天狗達と不愉快そうにそれを見ている化け狐を警戒しながら分け身を回収するために動こうとして……

 

「……そこじゃ!」

「うお!?」

「く……読まれてたのね……!」

 その瞬間、なにかを目敏く察知した化け狐が尾を振るうと……俺たちと同じく隠行で隠れていたのか分け身の近くにいた二人が慌ててそれを防御した。

 

「やはりな……! 狐幻も狐炎幻想も原理は違うが、共に術や武具のみを現実の物として使うことで相手に一人相撲を取らせ翻弄するもの……何処かに隠れていると思って警戒して正解だったわ……!」

 化け狐は憎々しげな目で二人を見ながらこう吠えた。

 

「しかし……それは、父上の物じゃ……! 父上が研究して、父上が完成させた物じゃ……! 一尾たりとも猿風情が使って良い物ではないわぁ!」

 そう言って、化け狐は咆哮と共に二人に襲いかかる。

 

「つーか、父上って……」

「原作と違って、あの化け狐を母親に孕ませた父親も一緒に生活してたのかよ……!?」

 俺達が原作の化け狐との違いに驚いていると、二人も化け狐に対して啖呵を切る。

 

「は! てめぇの親父が託しそうな相手がいるだろうが! たった一人な!」

「その様な相手な、ど……まさか、馬鹿な……いや、そんな……!」

「まさかでもなんでもないわよ! あたし達は、あんたをあんたの家族を唯一救おうとしたあんたの叔父さんの子孫よ! あんたを救うために、あんたを人の側に戻すために五百年もの間、その血が受け継がれていたのよ!」

「う、ぐ……(いな)! 否否否! 私は、妾は! 最早、過去など切り捨てた! 叔父など関係ないわぁ!」

「親父さんの事で拘ってる時点で破綻してるだろうがぁ!」

 そう言って、狐火を放つ化け狐に狐火を籠手で殴り落としながら夜が肉薄し……

 

「させるかよ……!」

「が……!?」

「あんたもよ!」

「馬鹿な……!?」

 夜達の後ろから襲いかかろうとした天狗達の心臓を突き刺した後、首を切り落とした。

 

「な……! て、てめぇら……! モブの癖に調子に……!」

「はぉ!?」

「な……ひぃ!?」

 そんな展開に原作尊守の転生者が怒り……それが自分の側に落ちてきた完全に干からびて皮と骨だけになった肋の浮き出た天狗を見て悲鳴をあげた。

 

「へ……! 俺ハ、これでも、呪術師、なん…ダゼ……! あれだけ、俺ノ、血を浴びてんだ……呪殺するには、充分……ダッタ、な……」

「て、てめえぇぇぇぇぇ! こいつら造るためににどんだけコストをかけたと……!」

 血塗れの状態でそう言うジェイと呼ばれた大男の言葉に地団駄を踏みながら原作尊守の転生者は怒ろうとして……

 

「種も仕掛けも……」

「楽しそうだのう! お主の自殺が……」

「あんたの死以外、ございませんってね」

「な……ぎゃあぁぁぁぁぁ!?」

「へ……?」

 その声に首を向けるとそこには二つの箱があり、その内の一つから猫と呼ばれた傷だらけの女が歩きながら出ると、無数の短剣がもう一つの箱に箱が隠れて見えないほど突き刺さり、箱が消えると全身中に短剣が刺さった八ツ手を持った天狗がどちゃりと崩れ落ちた。

 

「ば、馬鹿な……そんな……俺の俺の最高戦力が、四情天狗が、そんな……く、くそがぁ! 全員、動くな……「「「「えい!」」」」ぐべ!?」

 他の式神も旭衆や赤穂義姉妹、何故か鬼の兄妹も加わっての乱戦で蹴散らされている状況に完全に混乱したのか、分け身を人質にしようとした原作尊守の転生者の頭に忍び寄っていた半妖の孤児達が手に持った木の枝が一斉に降り下ろされ、ノックアウトされた。

 

「姐さん! もう横槍の心配はねえよ! 思いっきりやれ!」

「……『正々堂々を座右の銘にしてる』とかほざくお主の事じゃから、そうするとは思ってたわ」

 叩きのめした式神を足で踏みながらそんな風に言う男の鬼に化け狐は呆れた様にそう言った。

 

「……行くぞ!」

「ええ!」

「甘いわ!」

 化け狐と向き合った後で夜と花はそう言って走り出し、化け狐はそれを二つの尾を振って迎撃しようとするが……

 

「狐幻!」

「狐炎幻想・陽炎(かげろう)!」

「ちぃ……! がは!?」

 二人の姿がぶれて尾がそれを通り過ぎ、そのまま肉薄した二人の一撃が化け狐の脇腹と鳩尾に炸裂し吹き飛ばされる。

 

「ぐ……今の一撃、貴様ら……手加減したな!?」

「当たり前だ。お前を人側に引きずり戻すんだからな」

「死んでもらっちゃ困るのよ」

「ほざけ!」

 そう言って化け狐は狐火を広範囲にばら蒔くことで二人を牽制し……

 

「後、あんたたちも戦うの禁止!」

「体がボロボロみてぇだからな……それ以上は無理すんな。後、白を殺そうとしたことは秘密にしておいてやる

 援護に向かおうとした俺達二人を二人はやんわりと止め……つーか、夜にはあの時に会ったのが俺達ってバレてんじゃん……

 

「そもそも……! 猿の側に引きずり戻すとはどういう意味じゃ! 妾は生きるために、力を得るために猿どもを殺し、食らった……最早、人の側に戻るなど不可能じゃ!」

「それを決めるのは、お前じゃねえ!」

「あんたの親父も人を食ったりはしたけど……あんたの母親と会って、あんたを残す事が出来た……人を食った妖だからって、それを受け止めて前に進ませる人がいれば変われる事が出来るんだ! だから、あんただって……」

「減らず口を……!」

「……こ、黒麗御姉様の事がそんなに忘れられないの?」

 その言葉を聞いて、化け狐は額に青筋を浮かべてそれを問いかけた少女に殺意を向ける。

 

「貴様のような呑気な餓鬼に何が分かるか!!」

 狐璃白綺は叫ぶ。そうだ、弱い事は罪だ。この世は地獄だ。地獄よりも地獄だ。善人がおらず、悪人のみが落とされる地獄よりも余程に!! 

 

 だから……だからあの時私達は御姉様を……!! 

 

「……食ったのね。だからあんたは、九尾になれた」

「……姐さん」

「……そうじゃ。だから、だから……! 妾は高みへと至る! 御姉様との約束の為に!」

 その咆哮と共に化け狐は幾つもの狐火を夜と花に放ち、五つの尾を二人に槍のごとく放った。

 

「だったら……!」

「それも含めて、てめぇを引きずり戻してやるよ! 人の側で高みへと至りやがれ! そうすりゃあ、お前の御姉様との約束も果たせるだろうが!」

「ほざけぇ!」

「やば……」

「不味……!」

 尾の内の二つを回避し、前進する二人だがそれを見越したかの様な狐火の弾幕が二人を……

 

「首削ぎ丸!」

「影縫い!」

「なんじゃと!?」

「ごめん、ありがとう!」

「この礼は後で返すぜ!」

 焼き尽くす前に、その狐火の弾幕を赤穂紫が放った首削ぎ丸の捕食形態が食い散らかし、二人が回避した尾を白虎が影縫いで動けなくした事で二人は薄くなった弾幕を通って更に肉薄する。

 

「まだじゃ!」

 化け狐は未だに動く三本の尾を振るって二人を弾き飛ばそうとするが……

 

「飛んでけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ん、なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ぶっ飛びやがれ、デぇぇぇぇぇス!」

「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「な……!?」

 その内の二本は鬼月旭とアリシアが投げ飛ばした鬼の兄妹が激突したことで狙いが狂い、二人の側の地面にめり込む。

 

 残りの一本は……

 

「ぐうぅぅぅぅぅ!」

「い、痛い……でも、前進しなさい!」

「あんたら……!?」

「行くぞ!」

「く……下人に雑魚風情がぁ!」

 俺と葛葉唯が力を振り絞って二人の前に立ち、その一撃を防いだことで完全に化け狐への道が開ける。

 二人は更に前進して止めの一撃を……

 

「げ……兄貴、これ……!」

「ああ、こいつ……幻術を……!」

「今度こそ、死ね……!」

 拳一つ分離れた場所に化け狐はおり、二人が最後の一撃を叩き込む為に振りかぶったところで狐火が……放たれる前に、複数の霊力が纏まった狐火が化け狐を押し込んだ。

 

「な……!?」

「そのひとたちを……ころすな!!」

 足を子鹿のように震わせて、耳と尻尾を丸めて怯えながら、仲間に支えられながら小さな半妖の少女は……白と呼ばれる狐璃白綺の根源たる少女はもう一人の自分に対して気丈にもそう叫んだのだった。

 

「あんがと、白! 狐炎幻想・焔纏(ほむらまとい)

「ぶち抜けぇぇぇぇぇ!」

「馬鹿、な……」

 様々な仲間に支えられ、その手助けを受けたその一撃は……化け狐の腹部に突き刺さり、化け狐の意識を奪い去った……

 

 ────────────────────

 

「白ちゃんの説得、成功すると良いっすね」

「……だな」

 あたいは鬼の兄妹の兄の方である黒角童子と話ながら、目を覚ました化け狐……狐璃白綺さんと白ちゃんが話しているのを見ていたっす。

 

 因みに、狐璃白綺さんの過去は白ちゃん経由で確認していて孤児院の子達は狐璃白綺さんの事も含めて白ちゃんを受け入れるって言ってるし、アリシアや紫姉とかは「人を食った事は受け入れられないけど、境遇は同情する(意訳)」って事であたいが提案したことは受け入れられたんすよね。

 

「ところで聞きたいんすけど、赤髪碧童子の名を出したら闘志が燃え上がってる時があったんすけど……あの鬼と何かあったんすか?」

 あたいが戦っている時に感じたことを聞くと、黒角童子は「あ~……」と呻きながらこう言ったっす。

 

「まあ、俺と妹……伊吹の復讐対象であるくそ野郎……百年前に俺達の母親を無責任に孕ませて、伊吹を孕んだ段階で『半妖を二人も産んだ奴の末路が見たい』って下衆根性で放り出した奴を殺したからだよ。復讐対象を取られたから、なし崩し的に狙うしかなかったんだよなぁ……それを知った時点では、他に生き方を選べなかったし」

「……赤髪碧童子は何が原因でその鬼を殺したんすかね?」

「俺達が捕まえてくそ野郎が死んだことを聞き出した妖の話だと通りがかりのある村で霊力をたくさん持ってたガキを殺して食おうとして、そのガキを必死に守っていた親父と母親を殺したところで怒り狂った様子でやって来た赤髪碧童子に一撃で撲殺されたんだと」

 あたいが疑問に思っている事を尋ねると、黒角童子がそう言って……唐突に、あたいは妙な記憶が甦ったっす。

 

 血塗れで倒れる男の人、沙世姉が持っていた首飾りと同じものが起こした閃光と共に消える女の人、そして涙を流しながらあたいを見る女の鬼……

 

「おーい、大将。どうかしたか~?」

「え、あ……ご、ごめん。ちょっとボーッとしてたっす」

(ええい、余計な事を……! 下手をすれば旭の3歳の頃の記憶が呼び起こされたかもしれないんだぞ……!)

(今のって、一体……)

 因みに、黒角童子があたいの事を『大将』呼びなのは黒角童子と伊吹童子の兄妹は自分達を殺しにくる人は殺してても、人を食ってはなかったんすよ(曰く、『そこまで同じところに落ちるつもりはない!』だそうっす)。

 

 だから、贖罪や監視の意味も含めて旭衆に誘って受け入れられたんすよね。

 

「あ、あの……旭様。終わりました」

「白ちゃん……で、結果はどうっすか?」

「……一応は受け入れてくれそうです」

「そうっすか……」

 あたいは白ちゃんの安堵した様子から提案が受け入れらたって予感はしてたんすよね。

 

 提案って言うのは、あたいの式神として狐璃白綺さんを調伏するってことなんすよ。

 本来、調伏って言うのはその妖の意識を完全に奪うものなんすけど……夕陽が術式に手を加えてくれて、意識を保ちながら式に出来る術式を作ってくれたんすよね。(夕陽曰く、『手間のかかる本道式の超簡易版』との事っす)

 

 ……まあ、それを使えるのが大妖以上(中妖以下だと基本的に自我を持ってるのが半妖以外いないんで……)だったんで今まで死蔵されてたんすけどね。

 

「後は朝廷に対する言い訳っすねぇ……無難に『危険だけど、うまく使えばすばらしい働きをしてくれる筈』って言って調伏を正当化するしかないっすね……」

(だな……)

 白ちゃんが自分を殴る蹴るしていた暴漢達から救ってくれた恩人って事で、伴部さんと唯ちゃんにお礼を言いに行くのを見ながらあたいは朝廷に対する言い訳を考えて……

 

「え……!? な、なんで縛られてんだ!? てか、此処何処だよ!?」

 孤児院の柱に縛り付けられた烏野が慌てながら変な事を言い始めたっす。

 

「ああ? てめえが物語が何だとか言いながらガキどもを妖に食わせようとしたからだろうが!」

「へあ!? お、俺……そんな事をしてねえよ! 大体、数ヵ月前にいきなり現れた変な奴に『俺の体になれよ!』なんて変な事を言われてから全然記憶がねえんだよ!」

 夜が拳を鳴らしながらの言葉にそんな事を喚く烏野……え? どういう事っすか? 

 

「……そろそろ外の方も終わってるだろうから、いれるね」

 そう言って白虎が戸口を開けて……

 

「いかん……! 白虎、開けるな!」

『この糞どもがぁぁぁぁぁ!』

「え……? きゃあぁぁぁぁぁ!?」

 飛龍さんが慌てて白虎を止めるけど、既に遅く何かが白虎を撥ね飛ばしながら入ってきたっす。

 

 それは……幾つもの狐の死体を組み合わせたかのようなグロテスクでおぞましい九尾の狐だったっす。

 

『くそモブにイレギュラーどもめ……! 覚悟しやがれ!』

「その声……あんたは!?」

「あ、あいつだ……! 俺の体を乗っ取った奴の声だ!」

 あたいと烏野が屍狐の声に反応すると同時に、あたいは咄嗟に薙刀を体の横に出して……腕と肋骨が折れる感覚と共に狐璃白綺さんの側に弾き飛ばされたっす。

 

(防御してこれって……!)

『狐璃白綺! そのイレギュラーを食って回復しろ! その間にお前の分け身も食って力を取り戻せ! 残りの雑魚やイレギュラー、ガキどもは俺が殺してお前に捧げてやるからよぉ!』

 あたいが恐らく狐璃白綺さんが従えていた残るすべての化け狐達の死体や妖気を無理矢理より集めたであろう屍狐の無茶苦茶な怪力に驚いていると、屍狐……多分烏野の体を憑依術で乗っ取っていた人間がそう言ったっす。

 

「……何故、妾にそこまで固執する」

『ああ!? てめえがこの物語で力を取り戻さなきゃ原作が……この先の物語が狂っちまうんだよ! でなけりゃてめえみてえな外道狐なんぞ誰が手助けするか!』

 狐璃白綺さんの静かな言葉に屍狐はそんな最低な事を言いながらバカ笑いをするっす。

 

「そうか……では、断る」

『……は?』

「貴様の言いなりになるよりも……こやつや黒角童子達に分け身……叔父上の子孫達と一緒にいた方が気持ちが良さそうだと、思ったからな……」

 狐璃白綺さんの言葉に屍狐はプルプルと震え……そして、殺意をあたいに向けるっす。

 

『この……! この糞イレギュラーがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! てめえなんぞ、此処で退場……』

「退場するのは……」

『うごぺ!?』

「貴方よ。妹を痛め付けてくれた代金は……」

『だがば!?』

「「貴様(貴方)の首で代用させてもらう(もらおうかしら?)」」

『がぎゃばあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 その声と共に屍狐は吹き飛ばされたっす。雛姉の踵落としと葵姉の裏拳、最後に二人同時に放った掌底の一撃で空気を切る音を奏でながら孤児院の土壁が崩れる程の勢いで殴り飛ばされたっす。

 

「……み、見事な御手前で御座います。雛姫様、葵姫様」

「雛姉も葵姉も凄いっす! あたいも何時かはその領域に辿り着くっす!」

 ふらつきながらそう言う伴部さんと一緒にあたいは雛姉と葵姉を褒め称えるっす。本当に、何時かは二人の領域に辿り着きたいっす。

 

「あらそう。独創性の欠片もない誉め言葉有り難う。さて、貴方達には色々と言いたい事はあるのだけれど……まずは面倒な獣の始末からつけようかしらね?」

「ありがとう、二人とも……今は休んでていてくれ。この獣をすぐに始末してしまうから」

 まるでこの場の主役であるかのように優雅に扇を広げ、刀を構えた雛姉と葵姉は笑みを浮かべながらそう言ったっす。

 




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集6『赤穂紫』編
※旭がいる場合の世界では旭と紫(ゆかり)がいるために死亡フラグは多少減少しています。

旭との模擬戦
紫「行きますよ、旭!」
旭「了解っすよ、紫姉!」

無自覚協奏曲
紫「えっと、あの……蛍夜環を見ていると、胸がなにやら高鳴るのです。病気でしょうか?」
紫(ゆかり)「私も時々ある。環の笑顔を見ていると、胸がキュッてなる」
旭「あたいもそうなんすよね~環君と話していると、こう……心が温かくなるんすよね~」
佳世(三人揃って恋心を自覚してないんですね……)

紫(ゆかり)ヤンデレ時の死亡演出
紫「ゆ、紫……?」
紫(ゆかり)「これで、私はあなた。あなたは私……」→己の刀で紫を突き刺しながら微笑みを浮かべる義姉と全く同じ装いをした紫(ゆかり)のCGが写る。

紫エンド(赤穂義姉妹同時攻略エンド)
紫「さあ、行きますよ環!」
紫(ゆかり)「これからは、宜しく。私達の旦那様」
旭「まさか二人と揃って娶るなんて思わなかったっすよ、環君」


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第十九話

 ………時は再び遡る事になる。

 

 結界によって先程まで起こっていた轟く轟音も、ましてや粉塵も、灼熱の業火も漏れ出さなかった孤児院……その直ぐ外の戸口前にて三人の人物が相対していた。

 

「これはこれは彼の高名な北土が旧家鬼月家の、美貌と才能で名高い雛姫様と葵姫様でありましょうか? お初にお目にかかります」

「あらあら、詰まらない世辞を有り難う。此方こそ栄えある陰陽寮の次席にして深淵の知と名高い松重家の翁とお会い出来た事光栄の至りだわ」

「そして、同時に重罪人でもあるな」

 一人は雑然とした外街には似合わない豪奢な衣装に身を包み、扇を扇ぎつつ、今一人は質素な男装に身を包み、腰の刀に手をかけて牽制し、最後の一人は周囲に縛呪の札で動きを封じた有象無象の化け狐共に囲まれながら互いを一瞥し。そして微笑む。

 

「して、此度は何用でこのような都の外れにお越しになられたのでありましょうや? 都見物であれば余程姫君達の興味の引く名所がありましょう。幾つかお教え致しましょうや?」

「御厚意感謝するわ。けれどお生憎様、私はそこらの俗物とは訳が違うの。そんないつでも見られるものよりずっと良い楽しみを先程まで見ていたわ」

「私も先程まで見ていた妹に知らされてね。労いの言葉を義妹達にかけようと思って葵と一緒に来たところさ」

 葵はくすくすくす、と小鳥の囀ずりに似た声で笑い、雛は大きな戦いを終えた想い人と義妹を労うということを言いながら微笑む……目の前の老人は姉妹の視線が時折互いを牽制しあう様に交錯しているのに気付いていた。

 

「ほぅ、ではかような風流もない薄汚い外街なぞ出向かずとも、その楽しみを鑑賞し続けるが宜しいでしょうに。それとも、姫君達にはその装束を土埃で汚してでも此処に来なければ理由でも御座いましたかな?」

「………ほざきなさい。老い耄れが」

「黙れ……!」

 余りに小さな呟き……それと同時に周囲の空気がずしん、と明確に重みを増し、周囲の空間に炎が舞い踊った。縛呪の術式で全身が動かない有象無象の狐共が鳴き声も上げずに震え、炎を見て怯える。瞬間、これまで隠行で隠れていた角の生えた大熊と翁の弟子の少女がその姿を現して庇うように翁の前に出た。……どっちもかなり萎縮していたが。

 

(これはこれは……その歳でこれ程の殺気を放つとはな)

 顔にこそ出さぬが翁は内心で深く瞠目していた。精々十も幾らか越えた程度と十代半ばの小娘達、それがここまで膨大な霊力を見えない殺意として同じ人に向けようとは! 

 

(確かに退魔士という存在は身内争いが多いとは言え……やはり北土の輩は怖いものだな)

 一般的に都から見て西の地と東の地に居を構える退魔士達は比較的弱小な者が多いとされている。

 

 それは既に土地が切り開かれ開発が進み、それによって強き妖がおらず退魔士達も本業以外に手を出して俗化しているのも一因だが、最大の理由は大乱の時代にまで遡る。

 

 当時から既に開発が進み農工業が発展していたが故にこれらの土地を人間側の生産能力に打撃を与えるべく妖共が大軍で以って侵攻し、現地の退魔士達と激戦を繰り広げた結果、古い家々の多くが一族郎党根刮ぎ断絶したり、あるいは生き残ったとしても末端の者達ばかりとなったためだ。退魔の才能は代を重ねる程により太くなる事を思えば多くの有望な退魔士を失った西土や東土の家々が弱体化するのは当然の結果であろう。

 

 一方で大乱時代辺境であるが故に戦火が比較的及ばなかった北土や南土は大乱の時代こそ田舎者やら若輩者共と嘲られた退魔士一族が封じられた場所であったが、今となっては未だに多くの妖と相対する事で実戦経験の豊富な、大乱以前から続く一族が多くある地である。そして鬼月の一族はそんな北土の一族の中でも特に古い家、その直系ともなればさもありなん。尤も、一番の驚きは……

 

「ほほほ、余り老人を虐めないで欲しいのですがの。どうやら儂と姫君達の目的は完全にとは言わぬまでも部分的には重なる様子。そう怖い顔をしなくても宜しいでしょう?」

 翁は微笑みながらこの場に鬼月の姫達が来た理由、その核心を突く。

 

「私達のどちらが一言でも口にすれば貴方は追われる身である事は承知よね?」

「勿論ですとも。しかしながらそれは有り得ぬ事でしょうな。……少なくとも当面の間は」

「そうね、当面の間はね」

「いや、旭の方はまだ良いが伴部は……しかし、あいつが苦難を乗り越えるためには必要な事……か」

 三人共放出する霊力を抑え、虚飾にまみれた……というよりは殆ど形式しかない……友好的な笑み(雛のみ悩みも混じっていたが)を浮かべる。そうだ、今はまだ敵対するべき時ではない。老人にとってはあの鬼に寵愛されてしまった男と三の姫が碧鬼を殺し切るまでは、姫君達にとっては愛する青年と大切な義妹がより高みに昇るまでは、そしてこの相対を何処かで見ているだろう鬼からしてもそれは好都合なので何らの文句もなかった。

 

「さてさて。では姫君達、御入場為されるが宜しい。あれらにとってもこのような枯れた爺よりも絶世の美女達が駆け付けた方が嬉しいでしょうな。……どうやら、困難も訪れたようですからな」

 そう嘯いて杖をこんこん、と軽快に鳴らせば次の瞬間孤児院の戸口が開く。それは吾妻の張った結界を無理矢理抉じ開けた事を意味していた。

 同時に旭と持たせた千里眼付きの御守りと旭に貼り付けた式神を通じて見た景色から翁の言った『困難』について把握した二人は折角、想い人と義妹と義妹の仲間達が綺麗に終わらせた舞台を壊して駄作へと変えようとする不粋な乱入者に殺気を向ける。

 

 翁の行いは本来ならば悪手である。ここまで無理矢理に結界を抉じ開ければ流石に張った者にも分かってしまうのだから。実際問題、この老人が態々寄贈した本に言霊の呪文を仕込んだ理由は奇襲的な意味合いもあるが結界を力づくで開く手間と、それにより吾妻本人に気取られた後の対応を惜しんだからだ。

 

 逆に言えば、翁の行動は最早その必要性が薄いからこその行いでもあった。既に結界の中では相当な騒動になっている。あの狸女も孤児院で何事かが生じている事に勘づいているだろう……というより実際に上空に飛ばした式神からそれは確認済みだ(尤も、嫌がらせの様な遅延策で遅れてさせられていたようだが……)。このまま翁が院内での騒ぎに介入して彼女と出会せば余り愉快でない事態となろう。それよりは……

 

「貴方のご要望は聞き入れたわ。……これからも良い関係でありたいものね」

「もしも、旭やあいつを裏切ってみろ……その時は生きていることを後悔させてやる。……だからこそ、良い関係であり続けたいな」

「全くですな」

 老人の返答を待つ前に桃色と黒髪の少女達は土煙と共に消えていた。同時に老人の周囲で捕縛されていた化け狐共が一斉にその首を切り落とされ、体を焼き尽くされて絶命する。

 

「……ふむ、やはり化物染みているな」

 髭を擦りながら瞬時に血の海と炭の野原と化した周囲を見て呆れ気味に老人はぼやく。膨大な霊力をどか食いしての所業は必ずしも効率的とは言えないが故にそれを力ずくで実現して見せる少女達の力は老人をして驚嘆に値する代物であったのだ。

 

『………』

 ……そしてそんな驚き呆れる翁の背後を睨む影が一つ。隠行によって息を潜めて隠れていた生き残りの化け狐であった。どうやら他の個体よりもとりわけ隠行が巧妙なようで、そのまま化け狐は辛うじて燃え残った仲間の死骸に紛れて翁に近付き……一撃の下に老人を食い殺そうと音もなく飛び掛かった。

 

 ……同時に翁の弟子が正面に針状に展開させた透明な結界に口から跳び込んで即死したが。

 

「少々詰めは甘そうだがの。……にしても、随分とまぁ御執心な事じゃて」

「ええ」

 結界を解除しながら翁と弟子は件の下人と姫を思い返す。どちゃりと背後から地面に落ちる肉の塊の音が響くがそんなものは彼らにとっては何の関心もない。あるのは自分達が相当面倒な人物達と関わってしまった事に関する嘆息のみである。

 

 鬼に気に入られるだけでも不幸中の不幸であるのに、その上あんな化物染みた娘達にまで……あの幼さと若さであれだけの力と殺気を放てる娘達の人生がまともであろう筈もない。そしてそんな娘達があれほどに執着するとなると……一体何があったのだか。

 

「鬼だけでも面倒なのだがな。この分だと下手したら他にも厄介事を抱え込んでいても可笑しくないの」

「ですね……特に『鬼月の黒蝶婦』とかを落としていたら面倒どころではありませんね」

「想像したくもないのぅ……」

 不用意に扱えばどんな藪蛇をつつく事になるか分かったものではない。とは言え放置しても平和に事が進むとは言えない訳で……となれば結局話は最初に戻る事になろう。

 

「やれやれ、一体どのような星の下に生まれればあのような業を背負う事になるのだかな」

「……妹の主人とお付きに幸あれ……ね」

 老人と少女の呟いた言葉は妙にその場で木霊していた……

 

 ────────────────────

 

 颯爽と、まるで物語の主人公のように最高のタイミングで現れた雛姉と葵姉を見たあたいはこう思ったっす。

 

(やっぱり、雛姉と葵姉は格好良いっす!)

 だって、こんな舞台が最高に整った展開で登場するなんてそれこそ神様が雛姉と葵姉を愛しているとしか思えないっすよ。……何時かは、あたいも同じようなタイミングで登場できる様になりたいっす。

 

『な、なんで……なんでお前らが、一緒にいるんだよぉぉぉぉぉ……? お前らの仲は、最悪じゃねえかよぉ……!』

「さて……あら、今のじゃあ少し威力が不足したかしら?」

「さっさと倒れておけば、楽になれたのにな……」

『げぱぎゅあ!?』

 土壁にめり込んだズタボロの屍狐……その姿は無理矢理繋ぎ合わせた部分から血や妖気がダバダバと流れ落ち、肉はぐじゅぐじゅに腐りつつあるよりグロテスクな姿になってたんすけど……戦意は未だに残ってたっす。

 だけど、それも次の瞬間に放たれた風の刃と炎の波によって無に帰されたっす。雛姉と葵姉が離れた場所から振るう刀と扇、それに連動して屍狐の全身を切り裂く不可視の刃とその体を焼き払う紅蓮の炎。

 

「これで止め、かしら?」

『ち、畜生……! 覚えて、いろよ……!』

 葵姉がそう言うと、ひょいと扇を手にした腕を捻る。その動きと同時に屍狐の首がずるりと切り落とされたっす。地面にぼとりと落ちる獣の首、首と泣き別れした身体の断面からは思いの外血は吹き出さなかったっす。既に全身から多くの血が流れていたからっすね。

 

「腐った物は焼いて清めるに限る」

 雛姉がそう言うと、手にした刀の切っ先を倒れ伏した屍狐に向けたっす。切っ先を向けられた屍狐の死体が燃え始めると、そこから妖気が清められる様に消えていって……最後には燃え滓と首以外は屍狐がいた痕跡はなくなっていたっす。

 

「……さて、旭の方はまだ兎も角……伴部の方は随分とまぁ無残で惨めな姿になったわねぇ?」

「葵、旭も利き腕と肋骨が折れてるんだぞ。……まあ、伴部の方が重症だと言うのは同感だが」

「雛姉、葵姉。唯ちゃんも同じくらいズタボロだってことを忘れてるっすよ!? それと、ごめんなさいっす……」

 あたいはごく自然に唯ちゃんを無視して伴部さんの怪我の事を言う雛姉と葵姉に突っ込みつつ、伴部さんに大怪我をさせてしまった事を謝るっす。

 

「謝るな。伴部の役割を考えれば、こうなるのは予想出来たからな」

「お姉様の言う通りよ。いつもの事だから慣れっこだわ。それはそうと……お土産の見繕いは出来たかしら?」

「あ……」

 やばい、全然用意できてないっす……沙世姉や佳世ちゃんの手助けを得て葵姉が満足しそうな物を手に入れようとしたんすけど……正直に言ってどれも葵姉の期待を満たさなそうなんすよねぇ……

 

「ごめんなさい。葵姉が満足しそうな物がわからなくて、まだ用意を出来てないっす」

(ルート次第ではトラウマ突かれて化物共にプライドへし折りから分からさせプレイ、主人公の目の前でハイライトオフ異種姦プレイ公開させられる癖に……あ、そう言えば俺と鬼月旭のせいでトラウマフラグへし折られてたわ)

「ねぇ、伴部。貴方今私について酷い事考えてなかったかしら?」

「伴部さん、葵姉に対して失礼な事を考えなかったっすか?」

「滅相もないことです」

 伴部さんの感情を込めてない言葉に僅かに不愉快そうに目を細めるけど、しかし直ぐに葵姉は視線を別の方向に向けるっす。

 

「まぁ、良いわ。ならお土産は私の指定のもので良いわね?」

 葵姉の視線を辿ると、そこにはズタボロのジェイさんと猫さんを介抱する孤児院の子供達と白ちゃんと花さん、夜と手持ちぶさたな狐璃白綺さんの姿……その視線は花さんと白ちゃんを捉えていたっす。

 

「葵姉、もしかして……」

「あら? 駄目かしら?」

「駄目と言うよりは、土産物としては斜め上過ぎるぞ葵……」

 葵姉のあっけらかんとした言葉に呆れたように突っ込む雛姉。

 まあ、一部の人には(腹の立つことに)人間も商品に入るんだけど……また面倒な事になりそうっすね……

 

 あたいは内心で溜め息を吐きながら、今度こそ狐璃白綺さんの調伏をするために立ち上がって……

 

 良く良く考えればここで油断するべきじゃなかったっす。だって、烏野と行動を共にしていた式神が伴部さんを攻撃してから、何処にもいなかったんすから……

 

『この……腐れイレギュラーがぁぁぁぁぁ! 死ねぇぇぇぇぇ!』

 そう言って、式神達の死体の中から刀を持った白鷺を天狗にしたような式神が現れて走り出したっす。

 

「なぁっ……!?」

「嘘……!?」

 あたいと伴部さんがまさかの展開に驚くのも束の間、あたい達はその進行方向から誰を狙っているかを理解したっす。

 

「おい! 逃げろっ!! 早く……!!」

「夜! 狙いは花さんっす!」

「なんだと……!? 野郎、叩きのめしてやらぁ!」

 白鷺天狗の狙いが花さんだとわかったあたい達が夜に警告をすると、夜は狐幻を装備して即座に殴りかかったけど……

 

「って、こいつは幻術かよ!? 花、そっちに行ったぞ!」

「へ……!?」

 夜の攻撃を幻術で回避した白鷺を見て夜が花さんに警告をするけど、花さんと直線上に白ちゃんがいるから避けられそうにないっすね……! 

 

「だったら!」

 あたいが身体強化で花さんと白鷺天狗の間に割り込み、伴部さんは最後の力を振り絞って投擲された短刀が背中に深々と刺さったけど……なんか、にやついてないっすか? 

 

『バカめ……! 僕の狙いはお前だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

「バカはあんたっすよ……!」

 あたいは折れた腕も無理矢理動かして、両腕で薙刀を握って白鷺天狗を迎撃……

 

「『護法結界第三等(ごほうけっかいだいさんとう)亀甲紋(きっこうもん)』」

 しようとしていたら、流暢な口調が場に響いたっす。同時に白鷺天狗が突きだした刀が空中で止まっていたっす。

 

「って、これは……」

「これ、師匠の……」

 良く見ると、これってあたいと子供達を覆うように展開された水晶のように透き通る結界が白鷺天狗の刀を止めてるんすね。子供達は唖然としてるけど、花さんと夜、ジェイさん、猫さんは『勝った!』と言うような表情で笑っていたっす。

 

「『縛法結界第四等(ばくほうけっかいだいよんとう)重ね箱(かさねばこ)』、そして……『破法結界第六等(はほうけっかいだいろくとう)無間炎獄(むげんえんごく)』」

『ば、馬鹿な……』

 白鷺天狗はこれから起こる事を察してか何かをしようとしてたっす。けど、次の瞬間には三重の結界に閉じ込められて、次いで火遁の属性が付与された結界は真っ赤に染まるっす。ううん、多分これは地獄の炎が結界の中で渦巻いているんすね。

 

 事は一瞬で終わったっす。焼死どころか死骸すら残らなかったっす。結界が解除された時、そこにあったのは……僅かな灰と白鷺天狗の背中に突き刺さっていた短刀だけで、灰はすぐに風に飛ばされ、短刀はカラン、と地面に落ちて印象的に鳴り響いたっす。

 

 足音がした。静かな足音は、しかし圧倒的な存在感を放っていたっす。

 

「済まない。遅れた……済まないが、事の顛末を聞いても良いかな?」

「おせえけど、最高のタイミングだったよ。お袋……」

 子供らを庇うように現れた人影……鋭い眼光で此方を見据える吾妻さんは、市井の民と変わらぬ服装でありながら、陰陽寮頭の地位に相応しい、堂々とした態度でそうあたい達を追及したっす。

 

 ──────────────────

 

「成る程、貴女の言い分は理解した。だが……」

 戦闘で随分と荒れちゃった孤児院。その庭先で相対する吾妻さんは葵姉の言い分に対して歯切れの悪い表情を浮かべていたっす。

 

 都に上洛した退魔士の義務として化け狐の討伐に動き、その上で分身に引き寄せられて孤児院をモグリや半妖と共に襲い、護衛していた旭衆が危機に陥ったので救出に来た……端的に今回の出来事の主体になっていた葵姉が口にしたのはそういう内容なんすよ。しかしその説明に吾妻さんは納得し切れずにいたっす。

 

 まあ、最初に護衛していたあたい達が白ちゃんが分け身だって事に気付いたのは終わってからだし……嘘は言ってないんすよね、嘘は。

 

「あら、此方の言い分を信じないの? 彼の元陰陽寮頭も下衆に交じっているせいで何事でも勘繰るようになったのかしら? 証人ならばそこの童達や弟子共に尋ねれば良いでしょうに」

「葵、話がややこしくなるから挑発をするんじゃない……」

 何処か嘲るように葵姉が言うと、雛姉がその言葉に頭を抱えたっす。うん、完全に挑発してるっすね……因みに、紫姉とゆかちゃんは烏野に乗っ取られていた男と狐璃白綺さんに利用されていた男の護衛兼監視、アリシアとローランは黒角童子と伊吹童子の監視をしていたっす。

 

「お前達、どうなんだ?」

 伊達に歳は食ってないようで、吾妻さんは自身からすれば赤子同然の葵姉の挑発に乗る事はなかったっす。此方を警戒しつつも子供達に対して同じ視線にまで身を屈めてから優しく(弟子の花さん達も含めて)尋ねたっす。尤も、聞かれた子供らの返答(弟子以外)は少々困ったものだったんすけど……

 

「えっとね、助けた人がね。がばって破れて中からおっきなきつねがでてきたの」

「そこのね、お顔みえないおにいちゃんとそばにいるおねえちゃんがね。こわいきつねさんとねすっごいはやさでたたかってたの」

「うえぇぇ、はたけやけちゃったぁ……」

「むらさきおねえちゃんとゆかりおねえちゃん、かっこよかったよ!」

「あさひおねえちゃんとおにのおにいちゃんはねすごいたたかいをくりひろげてたの」

「あのきれいなおねえちゃんたちとってもつよかったよ!!」

「マあ、俺達だけじゃBrotherやSister達を守れなかったのは確かダネ……何時かはMamや旭達が居なくても戦エル様にならないとネ」

「悔しいけど、そこはまだまだ独り立ち出来ない身だってことは自覚したよ……でも、諦める気はないさ」

「最後の雛様と葵様に至っちゃ、片手間に倒してたしなぁ……何時かは追い付くけどね」

 わいのわいの、先程化物に殺されかけていて、大泣きしていた筈の子供達は吾妻さんの足下に集まっては次々と脈絡なく言葉を口にしていくんすけど……子供達からしたら母親代わりの吾妻さんに必死に説明している積もりなんでしょうけど……やっぱり子供だとその言葉は要領を得ない、または説明不足で、あるいは余りにも脚色が加えられ過ぎていたんすよね。

 同時に花さん達は、自分達の無力感を噛み締めながらも前向きに吾妻さんにそう宣言をしていたっす。

 

「あぁ、そうそう。今回の騒ぎ、随分と迷惑をかけたようね? 家の修理なりなんなりは任せてくれて宜しくてよ? 後で修理費について遣いを送るから。それに、何ならこれからは私達個人として孤児院に寄付しても宜しくてよ?」

「それまでの間は旭衆都組新街支部が押さえてある場所の一つを仮の孤児院として使ってほしいっす」

 必死に子供らの話を聞いて要点だけを密かに分析して纏めていた吾妻さんに対して葵姉とあたいは狙ったように申し出るっす。

 ……これからの事を考えると、気が重いっすけどね。

 

「それは助かるが……いや待て。何が狙いだ?」

 咄嗟に葵姉の言葉に噛みつく吾妻さんだったけど……もう遅いんすよ。と、いうよりも……元より結果は明らかだったのかも知れないっす。

 

「狙いだなんて失敬な。寧ろ、厄介事を代わりに受け入れて上げようというのに。……ねぇ、そこの狐?」

「葵、私達が悪人の様に見えるからそれはやめろ」

 扇を広げて、勝ち誇ったように葵姉が語りかけ、雛姉はそんな葵姉を嗜める。吾妻さんは葵姉の言葉に目を見開き、序でに吾妻さんの足下に群がっていた子供達や事態を見守っていた花さん達も一斉にその方向を見るっす。即ち、吾妻さん達から距離を取るように一人佇んでいた白い狐の少女……白ちゃんっす。

 

「白、お前………」

「吾妻先生、わたし……」

「……すまぬ、妾のせいだ」

 白ちゃんの複雑そうで沈痛な表情とその妖としての大本である狐璃白綺さんの謝罪を見て吾妻さんは全てを察したみたいっす。

 

「貴様ら、この子に何を吹き込んだ……!?」

「ちげえよ、お袋! いや、葵姫が吹き込んだのは間違いじゃねえけど……でも、選んだのは、白だ」

「夜? 葵姉を擁護するなら、最後までしてほしかったんすけど?」

 幾ら自分が嘲笑されようとも意に介さなかった元陰陽寮頭は、この瞬間明確にあたい達に殺意を向けたっす。でも、それを抑えたのは……夜だったっす。

 

「夜……何を言っている?」

「お袋……さっきの話で聞いてたろ? 俺、花、白……それと狐璃白綺は五百年前で繋がってるってよ」

「よ、夜さんの言うとおりです。お話はおききしたでしょう? わたしの出自は……」

「あぁ。しかし、白はあそこにいる邪悪で残酷な妖の根源であってもそのものではない、そうだろう……?」

「……ああ」

 辛い表情を浮かべる白ちゃんと夜に吾妻さんはそう答えるっす。白ちゃんは確かに凶妖の魂の一部ではあるし、根源ではあるっす。しかしながらだからと言って白ちゃんと狐璃白綺さんは別物っす。

 

 だけど……

「危険視は避けられねぇ、妖としての側面は殆ど狐璃白綺の方に持ってかれてるって言っても……こいつが旭の式神になって監視をされてるって言っても根源は根源だ。何時かは狐璃白綺の様になっても可笑しくねえって朝廷がやって来るかもしれないってのは、仕えてたお袋が一番理解してるだろ?」

 幾千年も昔から人間を食らう妖達が跋扈するこの世で、扶桑国が尚も続いて来た理由は朝廷が冷酷で卑劣であるが故っす。

 

 大多数の人間は化物よりも遥かに弱いっす。故に人は寄り集まり国を作ったし、そしてその維持のためにはどのような手段も使い、危険の芽はこれを摘んできたっす。都を襲った四凶に対して右大臣はその身を張って罠を仕掛けたし、大乱の際には全体のために一部の民草を生け贄にし、囮にも使ったっす。

 

 ましてや白ちゃんの様な半妖の子供一人を都を襲った化け狐の復活を完全に封じるために白ちゃん処刑する事には何の抵抗も見せずにやるっすね。

 

「それは……」

「抗議でもする? 陰陽寮頭の頃ならば兎も角、今の貴女は孤児院を開くただの半妖でしょう? 朝廷に助けを求めるだけの伝がおあり? 却って悪い意味で注目されてしまうだろう事は貴女なら分かるでしょう?」

「葵……いや、まあその通りだが……」

「弱味につけ込んでるのに堂々と言えるのは、凄いっす……」

 吾妻さんは元から半妖という事で公家衆からの受けは良くはなかったみたいっす。少なくとも殊更親しくはないんすよね。しかも、宮仕えを辞して歳月が経っていて、その上で半妖ばかり集めた孤児院を経営している事が広まれば下手すれば他の子らにまで危害が加えられかねないんすよね……その弱味につけ込んでいる事を考えると、凄い心苦しいっす……

 

「しろおねーちゃんどこかいっちゃうの?」

 一番の甘えん坊である茜ちゃんが舌足らずの口でそう呟くと、そのまま駆け出して白ちゃんの所まで来ると不安そうに抱きつくっす。次いで次々と子供達が同じように近付いて来てわいのわいのと騒ぎ出ちたっす。

 

「どうしていっちゃうの?」

「そうだよいっしょにいよーよ!」

「そうだよ。どこかいっちゃうなんてだめだよ!!」

「ぼくたちのこときらいになっちゃった?」

 皆が皆、心底心配そうに話し出して、白ちゃんは困惑して、困り果てた様子であたい達を見るっす。それを止めたのは子供達の母親代わりである吾妻さんだったっす。

 

「こら、お前達。白が困っているだろう? ……気持ちは変わらないのか?」

「………先生、ここはとてもよい場所でした。みんなといっしょに過ごせたのは短かったけれど……幸せでした。だけど……」

 白ちゃんは先ず自分の側に立っているもう一人の自分である狐璃白綺さんを、次にあたいと伴部さんを一瞥したっす。

 

「迷惑になると思っているのか?」

「否定はできません。だけど……先生はゆるしてくれるかもしれませんが、わたしは……」

「白……」

「……くそ。権力ってのは……どうして、私から大切なものを奪うんだ……」

 白ちゃんは吾妻の言葉を否定はしなかったっす。人は霞を食べて生きてはいけないっす。衣食住がなければ生きていけないし、生きるだけでも楽ではないこの世界では他者の善意だけを頼れないっす。

 

 ましてや半妖を引き取る孤児院なんて助けてくれる変わり者は少ないんすよね。勿論それも理由かもしれないっす。だけど……それだけじゃない、それだけが理由じゃないっす。

 

 たとえ、邪悪で残虐な妖としての側面をあたい達と切り捨てたと言っても、本人からすればそれだけで割り切れるものじゃないし、自責の念を捨てる事も出来やしないっす。

 

「それに……あの人達についていきたい理由もあるんです。ですから……」

「白………」

「雛姉、葵姉を」

「葵、空気を読め」

「もご……」

 空気を読まずに何かを言おうとした葵姉の口をあたいと雛姉で押さえつける。いや、本当に良い所なんで……そういうのは止めてほしいんすけど? 

 

「師匠……あたしも行こうと思います」

「……花? 何言ってんだ、お前は!?」

 花さんの言葉に夜が驚くけど、花さんは意にも介さずに吾妻さんにこう言うっす。

 

「白だけを行かせたら、旭や雛姫に仕えるならまだしも葵姫に仕える事になったらどんな無茶ぶりをされるかわかったもんじゃないでしょ? だったら、あたしも行ってその手助けをするのよ。万が一にも無体な事をされたら逃がせる様にね。それに……あいつに守られた恩を返したいし、ね」

「そうか、そうか……一発ぶん殴らせろ、伴部ぇぇぇぇぇ!」

「なんでそうなる!?」

「……馬鹿者。そこは、相変わらずか」

「ぐえ!?」

 花さんの言葉をどう解釈したのか、怒声をあげながら伴部さんに殴りかかろうとした夜を吾妻さんが叩き落としたっす。

 

「……お前達は、白を拾った際に側にいた者達だな?」

「……以前お会いした際は挨拶もなくその場を去り大変失礼致しました。私は旭姫様……鬼月家の姫君にお仕えする身の者です」

「同じく、旭姫にお仕えする家人です……その節は申し訳ございませんでした。あの時は殺気が凄かったもので……つい、ご無礼をはたらいてしまいました。ですが、その少女に危害を加えるつもりはありませんでした」

 ……およ? 伴部さんと唯ちゃんって、前に吾妻さんに会った事があるんすか? 

 

「……らしいな。その言葉は信じよう」

「感謝致します。此度の事に関しては様々な疑念もありましょう。ですが……一つ信じて頂きたいのは決して貴女方に対して害意もなければ悪意もないという事です」

「心配と懸念は理解致します。しかしながら此度の弁償、それに姫様達自らが足を運んだ事実、それを思えば決してそこの者達を無下に扱う事はありません。この都に滞在する間は定期的に顔見せもさせましょう。姫様達共々鬼月家の領に戻ってからは文も送らせましょう。如何でしょうか?」

「勿論、あたいも頑張るっすよ。白ちゃんに狐璃白綺さんが何かへんな事をしないように見張るし……まあ、そんな心配はもうないかもしれないっすけど。それから、家人とかに虐めらそうになったら助けるっすよ」

 あたい達の提案に吾妻さんは目を閉じて腕組みをした後で目を開きながらこう言ったっす。

 

「旭姫、あの狐と対峙した際、夜達にこの子らを連れて隠れるように言ったのはあなただったな? 妖退治は綺麗事ではない。ましてやあなたのような退魔士にとってはな。必要ならば囮にだって使うだろう。少なくとも葵姫の目的である白以外は隠れさせる理由はない筈。危険も理解していて何故だ?」

「……そんなの理由は一つだけっすよ。いやなんすよ、誰かを犠牲にして自分を助けるなんて方法は。誰も死なないのが一番最高の終わりかたじゃないっすか。それに、子供達を見捨てるなんて格好の悪い事は出来ないし」

 ……現実は、そう上手く行くことはないんすけどね。あたいの一番最初の妖退治みたいに。

 

「分かった。その言葉信じよう。だが……約束しろ。私は白と花の、この子達に限らず世話する子供達や弟子達皆の幸せを願っている。そして彼女達がより良い人生を歩めるようにあなた達に差し出すのだ。だから……説得をした貴様達がこの子が悲しい思いをしないように責任を持て」

 吾妻さんがあたい達に半ば脅迫めいた事を言ったっす。まあ、当然と言えば当然すね。吾妻さんからみたら、あたい達は大切な弟子や子供を奪いに来た人間だし。

 

「……承知致しました。吾妻様」

「……身命を賭して、お引き受けいたします」

「勿論っすよ。どんあ困難があろうとも、白ちゃんと花さんは守り抜くっす」

 当てられる殺気に伴部さんと唯ちゃんは緊張をしまくりながら、あたいは決意を新たにしてその言葉を受け入れるっす。

 

「……そうか。白、花」

「は、はい!」

「ふふ……っと、はい」

 吾妻さんの言葉に白ちゃんは慌てながら、花さんはそんな白ちゃんを微笑ましそうに見ながら答えたっす。

 

「そ、その……えっと……白と申しまひゅ! ふ、ふつつか者ではありますが……どうかよろしくお願いします!!」

「白、噛んでるわよ。あたしは、花。これから宜しくお願いするわ」

 モジモジと、子供らしく緊張しながら叫んで頭を下げる白ちゃんとそれに苦笑いをしながらそう言って頭を下げる花さん。白ちゃんの子供らしい初初しい様子に、伴部さんと唯ちゃんは外套越しに花さんと同じく苦笑いをしながら、優しげにこう言ったっす。

 

 その言葉は私ではなく姫様達に申し上げなさい、と。

 

「あ、『狐白(こはく)』さんもこれから宜しくお願いするっすよ」

「狐白?」

「狐璃白綺さんの式神としての名前っすよ。『狐』璃『白』綺だから、狐白。良い名前だと思うんすけど」

「……ふん」

 何でもないっていう風に装ってるっすけど、心の底では喜んでるっすね。尻尾が嬉しそうに動いてるんで。

 

「それじゃあ、黒角や伊吹、白ちゃんに花さん、狐白さんを連れて……帰るっすよ!」

 この日以来、あたいの小間使いとして白ちゃんが葵姉の小間使い達の中に花さんの姿が見られる様になり、旭衆には黒角童子と伊吹童子の姿が、あたいの式神として狐白さんの姿が見られる様になったっす。

 

「……ねえ、伴部」

「……なんだ」

「ゲームとは大幅に展開がずれそうだけど……頑張りましょ」

「ああ。……ここまで展開を変えた責任は持たなきゃな」

 そんな会話が帰路でなされていたのをあたいは知らなかったっす。




次回もお楽しみに!


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章末・前

 清麗の御世の十年、あるいは皇紀の一四四〇年葉月の七日の事であった。東西に四百丈余り、南北に五百丈余りの広さのある朝廷の中枢区たる大内裏、その長堂院にて三人の退魔士が式典に招かれた。

 

 より正確に言えばそこで朝廷より官位と共に褒賞を賜下された。与えられし官位は従六位と従七位。褒賞として与えられたのは銀二十斤に絹布六站、その他数点の金細工に調度品と前二人に与えられた物の半分の物品である。報酬の理由は人妖大乱時に暴れまわり、敗戦後も洞越山にて数多の民草の脅威となっていた牛鬼を征討しその遺骸を朝廷に献上した事、都と民草を襲った化け狐を征討せしめ、その首級を朝廷に献上した事……が後者は表向きの理由である。

 

 正確にはそれも理由ではあるが、それ以上に一種の口止め料であった。即ち、橘商会に朝廷が依頼していた荷物についての口止めの見返りである。

 

『さて、その荷物とは一体何だったのですか、宇右衛門殿?』

 深夜の都……逢見家から借りた屋敷の一角、明かりを消して月明かりだけが差し込む薄暗い部屋の中で座布団に座り込み脇息にその贅肉を凭れさせる鬼月宇右衛門にそう尋ねたのは燭台に止まる一頭の木菟(ミミズク)であった。否、木菟そのものではあるまい。その顔に当たる部分には血で『式』と記された札が貼られている。即ちそれは正確には木菟の姿を模した式神であった。

 

 鬼月宇右衛門の正面には数本の燭台が安置されていた。そして其々に木菟に(さぎ)(とんび)(かささぎ)……鳥類を模した式神達が止まる。宇右衛門はその式神の目を通じて此方を見やる者達の視線を明確に感じ取っていた。

 

 それは都に上洛した宇右衛門達と地元に残留した鬼月家の長老衆らによる会合であった。退魔士達は遠方とのリアルタイムでの会話にこのような式神を使う傾向があった。会合の最後の議題となったのは都に上洛した一族の次期当主候補の内二人の論功についてであった。

 

「此方が人脈を使い聞いた話によれば荷の中身は生け捕りした妖共だそうだが………嘘ではなかろうが、恐らくはそれだけが此度の褒美の理由では無かろうてな。流石にそれだけでは此度な褒美としては少々過分に過ぎよう」

 鬼月宇右衛門は頬と顎に蓄えられた贅肉を震わせながら自信を持って答える。それは何らの根拠もなき言葉ではなかった。

 

 表向きの裏事情としては極秘裏に陰陽寮が大内裏に持ち込む予定であった実験や研究用に持ち込もうとしていた生け捕り状態の妖共が橘商会が運んでいた荷物である……のは事実であろう。そしてそれが余り宜しくない内容である事もまた事実だ。

 

 都は四重の結界によって守られている。より正確に言えば外街以外の都全体を守る城壁の六種一二重結界、内京内でも特に豪商や公家、大名屋敷が軒を連ねる中京と呼ばれる地域を守る八種二四重の結界、そして政治中枢である大内裏を守る一〇種三三重の結界と最後帝の住まう内裏を守護する一二種三六重結界……呪術的に鉄壁に近いその結界網は当然ながら人の力ではどれだけの退魔士を集めても構築する事は不可能だ。よって莫大な霊力消費を賄うのは都の真下から溢れんばかりに放出される霊脈からの天然の霊力である。

 

 霊脈は限りなく無尽蔵に霊力を放出し、それは使い方次第では世界の理にすら干渉可能な代物だ。事実、朝廷はその使いきれないばかりの霊力を活用して都周辺の土地に毎年のように豊穣を与え、災害や疫病等の災厄その事象をそれが引き起こされる前に祓ってきた。逆に妖共にとってはそこに屯すればそれだけで通常の何倍何十倍もの速度でその存在の格を高めより強大な存在へと昇華する事が出来る特別な地でもあり、それ故に幾千年に渡り魑魅魍魎共は都の霊脈を狙ってきた。

 

 公家衆の穢れを忌み嫌う文化もあり、本来ならば都の……ましてや大内裏に生きた妖を搬入するのは御法度である。それを橘商会は朝廷の重役からの公の密命に従い相当弱らせて封印状態にしていたとは言え有象無象の妖共を都の中にまで運び込もうとしていたのだ。

 

 仮にこれが宮中に広く知られていればある種のスキャンダルになっていた事は間違いなく、下手すれば命じた者達は島流し、橘商会もまた追及を受けて相応の責を取らされる事になっただろう。成る程、ならばこの対応も理解出来る……が、それでもやはり過分過ぎる処遇である事は否定出来ない。

 

『確かに怪しい。今時の朝廷があのような大盤振る舞いをするなぞ……』

『山猿ならばわからんでもないがな……何せ、四年前に山猿に出来た大きな借りがある……二度もな』

 鳶の式神が嗄れた声で疑念を口にする。元より朝廷は心の底から退魔士を信用なぞしていない。ましてや今の摂政と言えばあの強欲な榊家の当主である。それがたかが妖一体にここまで豪勢な褒賞を与えるともなれば裏を勘繰りたくもなる。

 

 同時に、鵲が旭に対する嫌悪感を出しながらそれを口にする。四年前、前の右大臣が左大臣を蹴落とす為にクロイツ家に王家との都を巻き込む揉め事を起こさせようとした際にクロイツ家を扶桑国に仕える退魔士にすることを交渉の材料にしたのだが……右大臣がその約束を守る気がないと察したクロイツ家の前当主『ルード・クロイツ』はクロイツ家の過激派と共に都に攻め込み武力によるクーデターを起こそうとしたのだ。

 

 実行されれば大勢の民の犠牲と朝廷の権威に大きな傷がつく事態をクロイツ家の穏健派や王家、必死の訴えに動かされた一部の朝廷所属の退魔士と共に傷だらけになりながらもルード・クロイツを打倒することで終息させたのが旭(と伴部)である。

 

 また、土着の凶妖なまはげの監視の堕落や物資に関する不正、避難の形骸化を心配し意見した結果汚名を着せられた鳥谷敏隆率いる武士団はもしも自分達の訴えが朝廷に揉み消された場合、全ての資料や情報が都の民に暴露されるように一部の人間を都の市中に潜ませており、下手な手を打てば朝廷に対する信頼が失墜することは明白な事態を堂々と朝廷に報告し、クロイツ家に関するスキャンダルへの沈黙や不正に関する資料の譲渡の代わりに揉み消しを行わない様に交渉したのも旭である(台詞は旭から相談された宇右衛門が必死に考えたものだが)。

 

 元々、旭に与えられる褒賞は本来なら雛と葵に与えられる褒賞の八分の一で官位もなかったにも関わらず此処まで増えたのは朝廷にとって不味い情報を抱えている旭に対する口止め料の意味も含んでいると宇右衛門は考えている。

 

『あらあら、皆さん随分と剣呑な事ねぇ。折角我らが一族の葵と旭が過分な栄誉に浴したのですよ? もっと素直に喜んであげても良いじゃないですの。ねぇ、宇右衛門?』

 優美な白鷺の式神は他の式神を、次いで正面に座る宇右衛門を一瞥しながら同意を求めるようにほんわかとした、それでいて何処か猫撫で声で首を捻る。当の宇右衛門はそんな式神の、いやその向こう側から自身を見ているであろう人物に渋い表情を浮かべる。

 

「母上、事はそう単純なものではない事くらい御承知の筈。事は将来的な我ら鬼月家の繁栄にも関わる事ですぞ?」

 宇右衛門は自身の母……鬼月胡蝶に対してその楽観的な物言いに苦言を吐露する。政略結婚だったからか、この自身の子供らに対して然程愛着がなかったように思える母が厄介の塊のようなあの孫娘の姉妹や退魔士としては異端の義孫娘に対しては奇妙な程甘い事実に宇右衛門は言い様のない疑問しかなかった。

 

『左様です胡蝶様。我々からみて朝廷は距離が遠すぎます。多少の関わりは必要でしょうが余り彼らの謀に首を突っ込み過ぎるべきではないでしょう』

 木菟……鬼月思水の式神が宇右衛門の言葉に続く。鬼月家は常に都に駐在出来る訳ではない。寧ろ三年に一度の上洛を除けば都に滞在する者が一人もいない時も多いのだ。確かに貢納なり、贈与なりで朝廷に伝を作る事は必要であるが関わり過ぎて深入りするのは常に最新の宮中情勢を知る事が出来ぬ身では危険過ぎた。いつ宮中の勢力図が一変するか知れたものではない。……特に、旭の件があるために過激な人物が権力を握れば下手をすれば余計な情報を持っている旭を消すために鬼月家そのものを抹消する可能性も十分にあり得るためだ。

 

『そもそも、葵はどうして此度の案件に首を突っ込んだのだ? あれの性格からして此度のような話題に自身から首を捩じ込むなぞ余り想像がつかぬが……いや、あの山猿めが焚き付けたか?』

 中年だろうか、鵲の式神が難しそうな表情で呟く。あの面倒臭がりで気紛れで、気分屋の次女がこのような面倒事に自分から関わりたがるのはどうにも釈然としない所があった。

 

『宇右衛門殿、どうなのです? 姫達の動きに何か異変はありましたか?』

 木菟がホーホー、と鳴きながら尋ねる。此度の上洛に際して鬼月家の代表として鬼月宇右衛門が指名されたのは彼自身の広い人脈と才覚によるものだ。特に隠行衆頭として都の情報収集の役目を負っていた彼は同時に上洛に際しての随行人の監視も兼ねていた。

 

「どうもこうもない。一昔前ならば兎も角、今では葵の結界や隠行を抜くのは容易な事ではないわ。儂が直接やるならば兎も角隠行衆ではどうにもならん……とはいえ、旭が葵に頼み込んで化け狐との戦いに参戦させたのは事実らしいが」

 不快げに肘を叩きながら宇右衛門は憮然とした表情で答える。

 

 今の鬼月家にとって最も懸念するべき者の一人である鬼月葵は何を仕出かすのか分からぬ狂犬だ。

 

 寝たきりの廃人となって碌に当主としての職責を果たす事も叶わぬ当主幽牲とその正室にして赤穂家本家の菫の間に愛もなく産まれ、両親から興味も持たれず、その癖に膨大な霊力と退魔の才覚は十全に受け継いだ桃色の少女……それが鬼月葵だ。あるいはそこまでならばどうにでも事態を軟着陸させる事が出来たかも知れない。

 

 しかし……実父から間接的に殺されかけて、しかもそれが成功するどころか旭(と伴部)の決死の奮闘によって全く彼女の立場を傷つけず、あまつさえ却って御家騒動を激化させてしまったのは致命的であっただろう。

 

 霊力が(比較的)乏しく血筋が卑しく、しかし努力と異能によって退魔の家の当主として十分な力を持ち、何よりも父から寵愛される姉雛……それに対して葵は異能こそ受け継いでいないが姉よりも遥かに強大な霊力を有し、才能で上回り、何よりも血筋に文句のつけようがない娘であった。止めはこの姉妹の仲が険悪の一言に尽きる事、それは鬼月家の長老衆にとって悪夢に等しかった。下手すれば家を二分して殺し合いが始まりかねず、代を重ねる事でより強くなる退魔の家系にとってそれは一番家を衰退させる要因であるのだから。

 

 ……尤も、それが変化の兆しを見せたのはたのは旭がやって来てからだ。強大な霊力を有しながらも血筋が凄まじくややこしい(・・・・・)少女は義姉の雛と葵の間を飛び回り、険悪であった二人の仲を徐々にではあるが修復し始めたのだ。一時期はその旭をも憎悪していた二人ではあったが、今では義妹を可愛がる良き姉であろうとしている。

 

『やれやれ、当主のあのやらかし以前は才能に胡座を掻いて碌に鍛練すらしなかったものを……お陰様で話が面倒になったものだな』

 鳶の式神は舌打ちしながら吐き捨てる。この式神を使役している者は長老衆の中においては長女を推している者であった。

 

 この小さな会議に出席する者は何れも鬼月家において長老衆に属する身、それでいて長女か次女か、どちらを支持するかは別れるにしても身内争いは避けるべきと考えている穏健派によって構成されていた。そも、此度の上洛において鬼月葵が同行する事になったのもいつ殺し合いを始めるか分からぬ姉妹を引き離しつつ雛を後継者として後押しするための策であったのだが……

 

『も、申し訳ありませぬ……私の策が余計に火種を大きくしてしまったようで……』

 先程まで黙っていた雀の式神……此度の策を献策した為に会合に出席する事になった葛葉家当主『葛葉(つるぎ)』が冷や汗を流しながらひたすらに長老衆に対して頭を下げる。

 

『良いのだ。よもや葵が此度のような功績を立てる事になろうとは我々も思いもよらなかったからな。雛や山猿であれば兎も角、葵は自主的に務めを果たす性格ではなかった筈だからな……』

 平謝りをする雀の式神に鵲の式神は困りながら呟く。仕事熱心で向上心の強い長女や民の犠牲を嫌い、その平穏と安全の為に動く三女であれば此度の騒動に積極的に首を突っ込むのも可笑しくない。だが次女は違う。故に油断していた。まさか彼女が自分から自主的に動くとは。お陰で勢力間の緊張が余計に高まる事になってしまった。

 

『本当に面倒な事になりましたね。はてさて、どうするべきか。……そういえば葵姫と旭姫は此度の騒ぎで拾い物をしたとか?』

 思水の木菟が首を捻りながら尋ねる。

 

「ん? あぁ、その話か。うむ、話は聞いておろうが身の程知らずの化け狐が襲った孤児院の者達と化け狐の残骸の式であるらしい。孤児院の者は半妖の小娘と異能者の小娘のようだ。全く物好きな事だて」

 特に関心なさそうに宇右衛門は言い捨てる。雛、葵、旭が秘密にしていた事もあるが、流石に狐璃白綺という半妖から凶妖に上り詰め、そのまま半妖としての自分を切り分けた存在なぞ相当珍しいのでその真の出自までは想像も出来ないようだった。あるいはそれを知っていればそこを狙い姉妹の力関係を調整するために謀略を巡らしたであろうからその意味では三人の判断は正解ではあった。

 

『あら、それは初耳だわぁ。小娘って事は女の子なのかしら? 少し興味が湧くわね。此方に戻ったら一つ顔見せに来させようかしらねぇ?』

 甘ったるい声で反応するのは白鷺であった。その緊張感の無さそうな言い様に他の式神、そして宇右衛門は僅かに顔をしかめる。

 

『……さて、おおよその話は理解しました。起きた事は嘆いても仕方無いでしょう。この際事態を有効活用するべきでしょうね。宇右衛門殿、橘商会との伝は頼みましたよ?』

「うむ、そちらは承知済みだ。彼方の会長とは既に何度か顔を合わせておる。何かあれば葵ではなく、儂に面会するように印象付けする事は出来ておるわ。……尤も、旭の影響力は削れんがな」

 ふふふ、と機嫌良くしつつも内心で溜め息をしながら宇右衛門は答える。確かに直接商会長を助けたのは葵であるが葵はまだ鬼月家の代表ではなく、子供だ。単純なビジネスの話となれば当然宇右衛門の方に話を振るしかない。故にそこで可能な限り葵姫の影響力を削ぎ落とすのだ。

 しかし、旭の影響力は削れじまいだ。橘商会の商会長の愛娘達と親友であり、橘商会に雇われた身である旭衆都組がガッチリと食い込んでいるのだ、下手に影響力を削ごうとすれば逆に商会の不興を買いかねない。

 

『……では。今宵の会合はここまで、という事で宜しいかな?』

 鳶は周囲の他の出席者の様子を見ながら尋ねる。

 

「ふむ、構わぬぞ」

『俺もだ』

『私も此度話し合う内容はもうないかと』

『そうねぇ。確かにそろそろ御開きかしらねぇ?』

 鳶の申し出に出席者の同意する。最早これ以上語っても大した内容がない事は確認済みであった。

 

『宜しい。では諸君今宵も態態御苦労。各々に解散といくとしよう。……では』

 総意が決まった所で鳶は今宵の会合の終わりを宣言した。別れの挨拶とでも言うように鳶は一鳴き、同時に鳶の姿はすっと消えて顔に貼られていた血文字の札だけが残り……それも次の瞬間自壊するように発火して瞬時に焼き消えた。

 

『では、俺も失礼させて貰おうか』

 鵲が周囲を見渡した後青白い火球へと変わり、そのまま焼失、次いで木菟と雀も続くように消滅した。そして最後に白鷺が……思い出したかのように口を開く。

 

『あ、そうだったわぁ。ねぇ宇右衛門、尋ね忘れていたけれどあの子はどうしているのかしらぁ?』

「あの子、と申しますと?」

 白鷺の姿を借りた実母の言葉に首を捻る宇右衛門。

 

『ほらほら、あの子よ。葵が態態指名して連れて行った旭のお付きの……』

「……あぁ、アレですか」

 式神の説明に宇右衛門は漸く誰を指すのかを思い出す。

 

「旭の小間使いとして此度の案件に使われたようで、まぁ相も変わらず随分と大怪我をしたようですな。今は療養中ですよ」

 有象無象、仮面を装着して顔を見せず、私的な会話を交える事も滅多に無いが故に多くの鬼月家の者達は一々下人の区別なぞする事はない中で、その者は数少ない例外ではあった。

 

『あらあら、「また」なの?』

「全く悪運ばかり強い小僧な事です。良くもまぁあんな様で命を拾うものですな」

 私生活に関わる女中や雑人は、下人と違い顔を隠す事もなく、寧ろ私的な会話を交える場合も多いがために顔や名前を覚えられている場合も少なくはない。

 

 その意味で言えば本家の長女の世話役として迎え入れられて、当主の私的な理由で下人にまで落とされたという出自からあの男の事を覚えている者は一族の若者は兎も角、鬼月の大人の中にはその存在を覚えている者も少なくはなかった。ましてや直ぐ死ぬだろうと思われていたのが何度もぼろ切れのようになりながらも意地汚く生き残り、義理とはいえ本家の三女のお付き……良くも悪くも……の立場にあれば俗物で目下の者共に関心のない宇右衛門でもその存在を覚えていた。

 

『その物言いだと今回は随分と酷い怪我のようねぇ……と、いうことは旭もなのかしら?』

「……肋骨と利き腕の骨が折れてましてな。暫くは利き腕を動かすのは厳禁になってますな」

 一見すると呑気そうな口調で白鷺は……胡蝶の式神はぼやく。しかしながら雲を掴むような母の性格を知っている宇右衛門からすればその形式的にも見えるがそれでも相手の怪我の具合を心配する態度は十分驚きに値した。

 

「たかが下人と元村娘相手にまた随分と気にかけますな」

『可愛い義理の孫娘とその孫娘のお気に入りだもの。それに、あの子が雛の世話役の頃は母親代わりもしてあげたし、旭の式神術と舞いの師だもの。ついついねぇ』

 ふふふ、と上品に笑う白鷺。彼女はやんちゃだった孫娘を可愛がっていたし、その世話役で、まだまだ家族から引き離されるには少し早い幼い少年に対しても実の子か孫のように接して、可愛がっていた事を宇右衛門も昔見聞きしてはいた。

 旭に関しても幼い頃に両親を失い、鬼月家に養子に入ってからも一部の心ない人間に生まれと養子に入った経緯で蔑まれ、義姉二人との才能の差にもめげずに努力を重ね進み続ける彼女を気にかけ式神術と舞いを教えていることは知っている。とは言え……

 

「旭は兎も角、あやつは昔同様に世話役であればいざ知らず今はただの下人、賎しい身の者です。余り関わるのは宜しくありますまい。御注意下さりたいものですな」

 身分制度が厳然として存在している扶桑国において、それは当然のように注意しなければならない常識であり、教養であった。生きる事も簡単ではなく、富の流動性も低く、ましてや血統が重んじられるこの時代のこの国において目上であれ目下であれ身分の釣り合わぬ相手に対して分不相応に接するのは自身と相手双方にとって不幸にしかならないのだから。

 

『あらぁ、母親が盗られて拗ねているのかしらぁ?』

「御冗談はお止め頂きたいですな、母上。私は当然の事を言ったまでの事です。いくらアレが……」

『宇右衛門』

 自身の言葉を遮るように紡がれた自身の名に、鬼月宇右衛門は口を閉じる。閉じざるを得なかった。いつも通りの猫撫で声に、しかし強力な言霊の力が込められている事に即座に彼は気付いた。仮に返答の声を口にすれば次の瞬間には彼はその影響を受ける事になろう。

 

(にしても式神越しにこれ程の言霊術を使うとは……!)

 流石に鬼月家の本家に嫁いだ身なだけはあるというべきか。発動条件がシビアで、決して効率が良い訳ではない言霊術を、まして式神を通して使ってくるとは……

 

『宇右衛門、良いですか可愛い我が子』

 白鷺が燭台から降りててくてくと彼の元に近づく。そしてその純白の身体を揺らして彼の下に来ればその長い首を伸ばして息子に頬擦りして親愛の情を示す。それは正に母親が息子に対して向ける無償の愛情であった。

 

『都は此方とは気候も水も違います。確かに美物は多くあるでしょうが食べ過ぎには注意するのよ? お酒もです。仕事柄必要でしょうが飲み過ぎてはなりません。……返事は?』

 その子供を叱り付けるような最後の少し厳しげな言い方に僅かに肩を震わせて、しかし無言のままに肯定する。

 

『それに夜更かしも行けませんよ? 宴会も程々の時間に切り上げなさい。それに室内に籠りきって汗をかかないのも宜しくないわ。毎日ある程度は日の光を浴びなさい。分かりましたね?』

 だんまりしながら宇右衛門は母の申し出に頷く。その姿に満足したのか白鷺は満足げに、慈愛に満ちた瞳で肥満体の息子を見、そして数歩離れる。

 

『また次の会合まで元気でいてくださいね? 母は貴方の健康をお祈りしておりますよ?』

 そういって最後に残った式神も自ら炎を発して数秒の内に燃え尽きた。式神の燃え滓を暫し見つめた後、はぁと緊張が解れるように息を吐く宇右衛門。

 

「……近頃は一層面倒になったものだな」

 元々気紛れでふとした事で態度がコロコロと豹変する繊細で気難しい性格である事は幼い頃から知ってはいた。しかしながら……ここ最近は特に情緒が不安定であるように宇右衛門には思われた。一体何があの人の癇に障るのか判断がつきかねていた。

 

「……あるいは若作りしていても歳という事かも知れんな」

 いくら霊力によって肉体を活性化出来るとしても限界がある。特に精神面は顕著だ。半妖ならば兎も角、元来長命ではない人間ではガワをどれだけ取り繕っても思考の硬直化は遅滞させる事は出来ても防ぎきる事は出来ないのだ。

 

「むぅ、だとすれば厄介だの。……おい、誰ぞおらぬか!」

 宇右衛門は額に浮かんだ脂汗を袖で拭うと障子を開き、防音効果も付与した結界も解除して使用人を呼ぶ。汗をかいて喉が渇いたと砂糖と氷入りのお茶を持ってくるように叫ぶ。そして襟首を開いて手元に置いてあった団扇を扇ぐ。

 

「全く、何を考えているのやら……」

 最後の、燃え尽きる前に見えた泥のように濁った式神の瞳を思い出しながら宇右衛門は首を捻った。この世界において一般的な価値観を有する彼はそれが意味するものをついぞ思い至る事が出来なかった……

 

 ──────────

 

「……そう、あの子達はまた大怪我したのね。可哀想な事、せめて介抱くらいしてあげられたら良いのだけれど」

 北土にあるが故に夏夜であっても蒸し暑さもない鬼月家の屋敷……その北殿の一室で煙管を吹かすのは長い黒髪を垂らし右目の目元に泣き黒子をした艶やかな女であった。甘ったるい、しかし母親が我が子に対してそうするように心配そうな声で彼女は呟く。

 

「はあ、雛も葵もまだまだ子供ね。どっちも身勝手で自己中心的過ぎるわ。まぁあの年頃の女の子なら仕方無いのかも知れないのだけれど……旭も旭で民や誰かが不幸になりそうだからって矢鱈と危険な問題に首を突っ込むのはなんとかしてほしいわね」

 それを加味しても残念ながら淑女としては三人とも不合格と言わざるを得ない、と女は頬に触れながら自身の孫娘達を評して溜め息を吐く。因みにどうやら貼り付いているらしい鬼は論外である。

 

 あの孫娘らは気付いていないであろうがあの子が下人に落ちてから、旭が養子に来てから、何度自身が裏で手を回して来た事か。本来ならば下の孫娘を貶める陰謀に巻き込まれる前に二人とも何処ぞで食い殺されていた筈だろうし、それ以降もあの二人が一族で力を持つ迄と旭衆が力をつける迄の間に何度あの二人が死にかけていた事か……彼女はそれを思い返して嘆息する。自分勝手で派手に動いてくれるものだ。お陰で此方が煩わされる。

 

「それでも上手くいっているのはあの子達の頑張りのお陰なのでしょうねぇ」

 幾ら此方が危険を抑えるように手を回しても死ぬ時は死ぬ。しかし……幸運な事に彼女はあの少年の頭が決して悪くない事も、必要ならば努力も出来るし堪え忍ぶ事も出来る事を知っていた。そして、旭はどれ程苦しい状況下でも諦める事はないし、旭の心の中にいる自称『旭の寄生虫』の少女は状況を俯瞰してみることが出来る為にどれ程苦しい状況下でも冷静な判断が出来る事も知っていた。

 

 だからこそ彼女はあの子達を信じて裏方に回り続けて有形無形の支援に徹してきたのだ。無理矢理にでも保護する事で悪目立ちしてしまえばそれこそあの二人を苦しめ、危険に晒す事になるから。何だかんだ言って心優しいあの子と全力で義理の家族を慕っている旭の事だ、疎遠になってしまったとしても、義理だとしても家族を人質に取られたらどうしようもあるまい。あの人達のように。

 

「そうよ、もうあの時のような事はもうご免だわ」

 昔の記憶を思い返し、彼女は目を細め剣呑な口調で呟く。もう大切なものは一つも失いたくない。だからこそ本当ならば大切に仕舞って手元に置きたい衝動を抑えつけて堪え忍ぶのだ。もう安易な行動で取り返しのつかない事になりたくはなかった。

 

 そうだ。全てはこんな家に生まれてしまったせいだ。分家の当主の妾腹に生まれて、その癖に正妻の子供らよりもより濃く力を受け継いだのが全ての不幸の始まりだった。

 幼い頃に母は正妻の謀によって自分の代わりに毒殺された。目の前で苦しみのたうち回るその姿は今でも思い出せる。

 

 父親に放置されて、腹違いの兄弟や正妻にも疎まれていた彼女の幼い頃の心の支えは兄のように慕い、そして初恋だった下人の少年と母親と旧知の仲で護衛として雇われ、自衛のために式神術を教えてくれたはぐれの女性だった。子供心にいつか添い遂げようと願っていた彼と師として人間として尊敬していた女性は、しかし彼女もろとも罠に嵌まった。家族を人質にされた彼は抵抗も許されず、せめてものように自分を庇って目の前で妖に食い殺され、女性は妹と妹の嫁ぎ先の家族を人質に取られて彼を食った妖と単独で戦わされて重症を負い、それを理由に護衛を解雇されたことで彼女から引き剥がされた。

 

 腹違いの兄が当主となると腫れ物扱いで家に軟禁された。そのまま死ぬまで座敷牢で生きるのだろうと覚悟して、二十歳になるかどうかという歳で既に疲れきっていた彼女はいっそ出家しようかと思った時にその身に宿る力だけを目当てに二回り以上歳の離れた本家の当主の後妻に宛てがわれた。当然愛もない冷たい結婚……彼女は泣く事も出来ずに、義務的に処女を散らした

 

 止めは初めて生まれた息子だ。一族の力を受け継げなかった最初の子供を、しかし彼女はそれでも精一杯に愛した。それをあの男は……! 

 

「あの時はこんな家、いっそ無くなってしまえばとも思ったのだけれどね。けど……」

 あの男がくたばって、息子らに家の全てを押し付けた彼女はその身に宿る霊力のせいで無駄に長い余生を安穏と、惰性に生きる筈だった。もう一族の面倒事に関わるのはご免だったのだ。残る人生くらい自分だけのために使いたかった。それが一変したのはあの子を見てからだった。

 

 初めて見た瞬間彼女は自身の目を疑った。そう、初恋のあの人を彷彿とさせたその風貌に。そして、実際に話して見ればその印象は更に補強される。教養はなかったが頭は悪くなかったし、善良で、面倒見が良く、何よりも一族で孤立気味だった上の孫娘に接する態度は正に昔自分に対してそうしてくれたあの人そっくりだった。

 

 一度あの人の面影を重ね合わせて愛着を持ってしまえば、後はこの小汚い貧農の生まれであるその子が愛しくて愛しくて仕方なかった。自身の子や孫と同じように彼女は可愛がった。いや、本当の子や孫があの忌々しい男と憎々しい鬼月の血筋である事を思えば胸の内にある愛情はそれ以上だっただろう。

 

「そうそう師匠が旭を連れてきた時も、大変だったわね」

 あの子がトラウマをほじくり返される形で下人に落ちてすぐの頃、唐突に音信不通だった女性がやって来た時は驚いたし女性が生きていてくれた事に喜んだりしたものだ。

 

 数十年ぶりに再開した女性は最後に見たときよりも一回りも二回りも小さく見えたが、それでも元気そうだった。しかし、旭を鬼月家の養子にするために連れてきたのは老いには勝てずに死期を悟った為であること、旅先で出会った友人夫婦の娘を託せそうなのが友人夫婦の話から当主が友人夫婦に恩があり、弟子である自身がいるこの家しかないと思ったからだと女性は言った。

 

 女性が「でなけりゃこんな家に連れてこないよ」と吐き捨てたのは彼女にとってはある種、胸がすく思いであった。

 

 旭が養子になった後、生まれを理由に蔑まれ傷付きながらも義理の姉達や生まれを気にせずに自分に寄り添ってくれる人々(綾香や宇右衛門、思水などだ)の為にもがむしゃらに強くなろうとしていた彼女を心配し、式神術や舞いを教えたのだ。……その時、これが普通の親子関係なのかと無邪気に微笑む旭を見ながら思ってしまった。

 

「……葵が救われたのを見た時は、思わず嫉妬しちゃったわね」

 下の孫娘と恩人の娘である旭をも陥れる為に仕掛けられたあの罠に旭が殴り込みをかけあの子が巻き込まれた為に、いざという時は助けてあげようと思っていたが……いざその一幕を式神越しに見た時、彼女の抱いた感情は安堵と感激と羨望と嫉妬であった。

 

 そう、それは彼女の有り得たかも知れない未来であったのだから。そして、だからこそ彼女は苛立ちを覚えるのだ。彼女が羨み、望んだ可能性を掴んだ旭を除く孫娘達が、それだけに満足せず、それ以上のものを望んでいる事実に。それくらいなら……

 

「ふふふ、なんてね」

 こみ上がってきた感情をそう嘯く事で彼女は誤魔化した。もしその感情に、その本音に気付いてしまったら、認めてしまったら自制出来るか分からなかったから。彼女も流石に孫娘達相手にそこまでの事はしたくはなかった。……少なくとも今はまだ。

 

 彼女の名前こそは鬼月胡蝶……鬼月家の分家に生を受けて以来、その人生の中で大切なものを失い続けてきた女である。

 

「本音で言えば旭と一緒になってほしいんだけれど……貴方が迎え入れられた時には、これまで出来なかった分まで沢山可愛がって……甘えさせてあげますね?」

 彼女にとって最早、あの子や旭は自身の子や孫と同じなのだから。あるいはそれ以上か……

 

「ふふ…ふふふふふ…………」

 彼女は、その霊力で維持した妖艶な美貌を月明かりで照らしながら、より妖艶な笑みを浮かべた。その瞳は泥のように濁りきっており、狂気と妄執に満ちていた………




次回もお楽しみに!


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章末・後

今回はオリジナルの話です。


「と、ゆー訳で……第一回『転生者会議』を始めます!」

「どういう訳だよ……」

「あはは……」

 療養をしている俺の所に同じ転生者の橘沙世を連れてきた葛葉唯が唐突にそう言った事に俺はあきれ果て、橘沙世は苦笑いをしながら葛葉唯を見ていた。

 

「いやさ、『狐児悲運譚』がハッピーエンドで終わったじゃない? それでさ、変わっている部分の確認や原作尊守派への対策とか『闇夜の蛍』について知らない沙世の為の説明会をしようかな~って思って。あ、式神で聞かれたりするのは心配しないで。式神対策の呪具を持ってきてあるから」

「なるほどな……」

 葛葉唯の言葉に俺はなるほどと頷く。化け狐……狐白に橘商会の商隊が襲われた際に助けてくれたお礼を持ってきた橘沙世が来たから護衛ついでに此処で説明とかもしようって訳だな。

 

「でも、佳世や旭ちゃん……鬼月家の人とかに見られる心配はない?」

「そこは大丈夫。佳世ちゃんは旭が護衛としてアリスとリリシアとアリシアを伴って新街の食べ歩きに連れていってるし、姉御様()ゴリラ姫()は紫と(ゆかり)に連れられて歌舞伎を見に行っているわ。デブ衛門(宇右衛門)は橘商会との交渉に行ってるし、翁との訓練は殆ど夜だから居候している鬼に聞かれる心配はなし……つまり、今は聞かれる心配はないのよ」

「ゴリラにデブって、殆ど悪口じゃないかな……」

 葛葉唯が鬼月家の行動を言うが、橘沙世はゴリラ姫とデブ衛門の渾名についてツッコんでいた。

 

「で、聞きたいんですけど……『闇夜の蛍』って、どういうゲームなんですか? 私なりに考えてR18っていうのは推測出来たんだけど……」

「その推測はあってる。ジャンルは和風ダークファンタジーよ」

「ダークファンタジーでR18……という事は……」

「ご明察。エログロ有りだ」

 俺達の言葉に橘沙世は「やっぱり……」と頭を抱える。が、闇夜の蛍のヤバさは此処からが本番だ。

 

「それでストーリーだけど……主人公はデフォルトネームで『蛍夜環』ね。元々は極平凡な村で庄屋の子供として暮らしていたの。優しい両親に仲の良い兄弟姉妹……だけど、ある日その運命は大きく狂わされる事になるのよ」

「……妖ですね?」

「ああ。その中でも特別に凶悪な凶妖に襲われ、村人や家族が皆殺しにされて最後に自分が殺される……という時に強力な異能の力に目覚めてその凶妖を返り討ちにする事に成功するんだ」

「それ……凄い異能じゃないですか!?」

「そ。いくら異能が遺伝しやすいし、交配によって強化をされるからって元々農家の子供が小妖とかなら兎も角、凶妖を殺せるだけの異能を持つのはあり得ないって事で鬼月家に引き取られた主人公は家族の復讐と人々を守るために退魔士を目指す……そこで彼は自身の異能、出生の秘密、そして『鬼月家』を始めとした退魔士や朝廷の闇を知る事になる……というのが大まかなストーリーよ」

「へ~……お話の始まりを聞いただけでも良くできたシナリオですね……」

 俺達が話したプロローグの部分に橘沙世はシナリオの完成度の高さに頷く。

 

「まあ、ダークファンタジーだから矢鱈と人が死ぬんだけどね」

「……あ、やっぱり」

「しかも戦闘のバランスも結構キツいしな。基本的に『妖』なんて普通の人間には手に負えない連中ばかり、しかもネームド付きの奴らに至っては設定だけで分かるが主人公やヒロイン達でなければまず勝てないような初見殺し能力持ちやレベルを上げてどころかカンストさせてから物理で殴って来るような奴ばかりだ」

「えぇぇ……」

 橘沙世がげんなりとした表情になるが、俺達はそれを気にせずに話を進める。

 

「更に言うなら愛憎や権力闘争のせいで人間関係がギッスギスのドロッドロでヒロイン達も地雷だらけのヤンデレばかりだし、バッドエンドルートも豊富だし……」

「さっきも言ったとおりエログロイベントも多数だしな。妖の襲撃のせいでさっきまで話していた女性キャラの頭が粉砕されたり、生きたまま丸のみにされたりな」

「え?」

「しかもその程度ならまだマシで下手に異能持ちが多いから化け物に異種姦されるシーンがやけに多いんだ。特に精神的に来たのは中盤の綾香ちゃんの『ハラボテチェストバスター』だな」

「あ~……あれかぁ。あれは心に来るわよねぇ。私が来たのはゴリラ姫の『いただきます』ね……愛した人を殺してその内蔵を食べるのはダークな作品じゃ王道だけど精神的に来るわぁ……」

「ああ……来るなぁ……」

「ハラボテチェストバスター!? いただきます!?」

 俺達が想い出を言っていると、橘沙世はドン引きしながら悲鳴をあげた。

 

「それに沙世の友人の赤穂紫は絶対死ぬ運命だし。ちょっと主人公との仲をのろけた瞬間に尊敬してるゴリラ姫に拳で鳩尾ぶち抜かれた展開なんて思わずorzになったわよ?」

「ああ、俺が来たのは若作りババアに嵌められて妖の苗床になって心が壊れた挙げ句に家族にこれ以上苦しませるくらいならって介錯されたところだな」

「ひぇぇ……よ、良く売れましたね、そんな地雷ゲー……」

 俺達が和やかに語っていると、壁際に後退していた橘沙世が闇夜の蛍が何故売れたかを聞く。

 

「ああ……あのゲーム、最初は炎上商法だったのよねぇ……最初は鬱ゲーだって事を隠して売ってたし」

「ただ……クオリティは高かったんだよ。キャラ絵が良いだけでなくて背景や戦闘描写も滅茶苦茶凝ってたんだ。キャラ絵は有名イラストレーターに依頼してたし、声優もエロゲーでは有名どころを起用してたしな」

「BGMとかも凝ってたし、ストーリーも鬱い部分を除くと破綻も矛盾もなくて、寧ろ物語としては良かったのよ。それらが批判の部分を駆逐して大ヒットしたのよね……」

「えっと……もしかして、メディア化したり?」

「漫画化、アニメ化は言うに及ばず、外伝小説の発売やスピンオフの販売に各種コラボ商品も売られたわね」

「ついでに言うなら、国内だけでなく海外でも有名なゲームメーカーのスタッフまで熱烈なファンになってその会社から外伝としてTPSゲームが発売されたな……俺も前世の頃は派生作品は網羅したし、二次創作にも手を出してた」

「あたしもよ」

 俺達が「「あっはっは」」と笑いあっていると、橘沙世は「なんだろう、この疎外感……」と呟いていたので慌てて話題を修正する。

 

「因みにバッドエンドルートを辿ると、小さくても鬼月家滅亡……最悪の場合は扶桑国そのものが地上から消えるわ」

「え……!? ということは……」

「ハッピーエンドを迎えないかぎり佳世ちゃんは死ぬ……かもしれない」

「絶対に主人公さんにはハッピーエンドを迎えさせないといけませんね……!」

 俺達の言葉でやる気を燃やす橘沙世に注意する点を考えながら発言する。

 

「それと絶対に入らせたくないのはダース・タマキルートだな」

「ダース・タマキ……ダース……まさか、闇堕ち?」

「正解。だけど、ただの闇堕ちじゃないわ。ヒロインを含む主要人物や朝廷の重要人物皆殺しのジェノサイドルートよ」

「なんでそんな展開に!?」

 まさかの展開に腰を抜かす橘沙世。……うん、そうだよね。そう思うよね。俺も最初にダース・タマキルートに入った時は同じことを思った。

 

「まあ、一言で言うなら……製作陣がど畜生だったからかな?」

「え?」

「あのルート、突入する前のクエストにこれでもかと民に大勢の犠牲がでるクエストが多くて主人公君が曇るし、朝廷や退魔士に対して不信感が募るからな……家族を失った悲しみと民への犠牲に対する罪悪感を忘れるために力に溺れた事、都で宮鷹(みやたか)家のマジカル魔羅棒君と悪友になったせいで刹那的になった事、最後に左大臣に禁術の魅力を説かれた事で暗黒面に堕ちていくんだよな……」

「え!? 左大臣様が!? てか、マジカル魔羅棒君!?」

「最終的に左大臣の正体を突き止めた陰陽寮頭の部隊が襲い掛かるんだけど……暗黒面に堕ちつつあった主人公に邪魔されて、その隙を突かれて左大臣にどっかの暗黒卿宜しく「無限のっ、法力をっ、食らえぇぇぇ!!!」されて壊滅しちゃうのよ……」

「それで、闇に堕ちちゃうんですね……拭いきれない過ちを犯したから、後戻り出来なくなって……鬼月家と朝廷を潰す事に」

「メス堕ちも加えてな」

「そこは知りたくなかったです……でも、確かに入らせたくないですね」

 顔をひくつかせながらも、橘沙世はダース・タマキルートのヤバさを認識したらしく俺達に向かって決意を持った表情で頷く。

 

「で、次に原作からの解離点だけど……最初に変わってるのは旭と旭衆の存在よねぇ……」

「え? 闇夜の蛍に旭ちゃん達っていないんですか?」

「いないんだよなぁ……あの足を引っ張ろうとする他人を引き摺りながら一緒に光に向かって突っ走る鬼月旭がいたら、ダース・タマキルートとか無いような気がするんだよな……」

 寧ろ、闇に堕ちた主人公君を引き摺りあげそうな気がする(鬼月旭とあんまり仲良くしてなかった上で闇堕ちしたなら鬼月夕陽に密かに殺されそうだが……)。何しろ、本来なら険悪を通り越して憎悪まで行き着きそうな姉御様とゴリラ姫の仲をそれなり以上に修復したんだ、心が壊れそうな主人公君だって助け出してみせるだろう。

 

「で、話の続きだけど……原作、ファンディスクに私が網羅した二次創作や同人作品全てに鬼月旭、クロイツ家、王家、吾妻雲雀の弟子達に山賊武士団は影も形も無いのよね。いたら闇夜の蛍の原作開始時点での状況も結構変わってるだろうし……何より狐児悲運譚で原作尊守派の横槍とかもないから、狐璃白綺を返り討ちに出来るだろうしね」

「その場合はあいつ、人間に負けたことに対して錯乱しながら自爆するだろ。確か、あいつが仲間にならない場合はそんなルートがあったぞ」

「え? 仲間になることもあるんですか?」

「うん、白の状態でね。そういや、そうね。その時の仲間やステータスによってはそのまま主人公が狐璃白綺もろとも爆死しちゃうけど……周回プレイをしてるとあっさりと防がれて絶望の表情を浮かべながら死ぬのよね」

 因みにパーティーに姉御様を連れてると異能で自爆術式ごと焼き払われ、ゴリラ姫だと自爆術式を起動する前に顔をぶち抜かれて殺される。いや、本当に姉御様もゴリラ姫もチートだわ。

 

「次は伴部と旭の活躍でゴリラ姫の処女が守られてる事よね」

「ええっと、葵様って原作では処女じゃないんですか?」

「ああ、姉御様馬鹿の実の父親の罠に嵌められてな。小妖しかいないって騙されて中妖や大妖もいる場所に放り込まれた挙げ句、父親の刺客に痺れ薬で体を動けなくされた事で妖達に三日三晩凌辱されるんだよ」

「知りたくなかったですよ、そんな情報。って、事は伴部さんはその陰謀に下人として巻き込まれて……旭ちゃんはどうして巻き込まれたんですか?」

「件の馬鹿親父が姉御様との競合相手にならないように旭の性格を利用して自分から突撃するように仕向けたのよ。最高の結果で死亡、運良く生き残っても処女を失ってるから継承権は失ってる……どっちに転んでも姉御様の利になる筈だったんだけど、伴部は生き残る為に旭は自分の大切な義理の姉の一人の為に奮闘をした結果、自分の父に絶縁を叩き付けた姉御様と父親が確実に仕留めるために使われた麻痺薬の効果が切れたゴリラ姫が協力して妖の群れを倒しちゃって失敗に終わったのよね」

「……そして、旭ちゃんは療養の為に都に来て私や佳世と友人になったんですね?」

 俺達の言葉を聞いて三年前に鬼月旭が都に来た経緯を言う。

 

「まあね。で、最後に……狐児悲運譚で死ぬ運命にあった橘商会の商会長夫婦や吾妻雲雀に孤児院の子供達が生き残って、狐璃白綺が改心して味方になった事よね」

「佳世を救う上ではハッピーエンドを迎えられたって訳ですね」

「だな。……佳世ちゃんって、原作では闇が漂う台詞が満載だったからな、その佳世ちゃんの両親が助かって本当に良かった」

「え?」

「そうね、覚えてる範囲でも『泥水は啜ってきた。屈辱も耐えた。恥辱だって甘んじて受け入れたの。それもお父さんのお店を守るためだったから……』とか『男も妖も変わらないわよ。どっちも所詮本能だけで生きている獣よ。獣同士で殺しあって良い気味よね?』とか『あらデートの誘い? あは、冗談よ。……どの道今夜は商会の糞爺共に呼ばれているから無理なのだけどね……』とかがあったわね」

「あの糞爺……! 証拠を見つけたら、粗末な股間もあの爺が任されている店も徹底的に叩き潰す……! 

 葛葉唯が佳世ちゃんの闇深い台詞をあげると、橘沙世は全身から殺気を吹き上がらせながら小声で恐ろしいことを呟いていた。

 

「そ、それじゃあ原作尊守派の転生者の対策について話し合いましょう!」

 橘沙世の殺気に気圧されたのか、慌てて葛葉唯は話題を変えた。

 

「って、言ってもわかってるのは三人はいることと一人は憑依術が上手い位だぞ?」

「それでもいると思っているのと思わないのとじゃ整えるべき対策が違うでしょ? まあ、基本的には高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変な対処をすることになるんだけどね……」

「要するに行き当たりばったりのアドリブってやつですね?」

「そうね」

 橘沙世の見も蓋もない発言に葛葉唯は苦笑いをしながらそう呟く。まあ、そうなるよなぁ……原作に関係する場所に出没するのだとしても、結局は戦闘で現れるだろうからな……

 

「……ん? なんか結界に引っ掛かった……」

「伴部! 私と子作りをして!」

「いきなりやって来て何を言ってるんだ、お前は!?」

 葛葉唯の言葉が終わる前に、何やら涙目の白虎が無茶苦茶な事を言いながら入ってくる。

 

「白龍が『姉様に惚れられておきながら手を出さない不埒者を成敗します!』って息巻いてて、黒龍が『そもそも偶然で白虎姉に勝ったアイツは白虎姉の夫として認めない。私がアイツを殺して白虎姉を解放する』って言い出して……それで、伴部と子作りをすれば二人とも伴部を認めてくれると思って……」

「だからって、あたしやお客様の沙世様が居る場で言うことじゃないでしょ……」

 白虎がポツポツと話す内容に呆れ返りながら葛葉唯は頭を抱える。

 

「うん、そこは謝る。でも、伴部の周りには雛様や葵様みたいな美人が多いし、佳世も伴部の事を狙ってるし、旭も今は恋愛については無関心だけど、もしも伴部を好きになったら本当に勝ち目が無くなっちゃうから……それで……」

「? 何故姫様達の事が出るんだ?」

 俺は白虎の口に出した名に首を傾げる。何故そこで姉御様やゴリラ姫、佳世ちゃんに鬼月旭の事が出るんだ? 

 

(……こいつの恋愛関係の事も議案にするべきだったからしらね?)

(もしかして……この人って、意外と朴念仁?)

「だから、伴部……私と子供を作って!」

「だから、落ち着け……!」

 何故か俺を見ながら思案顔になる葛葉唯と呆れたように俺を見る橘沙世に疑問を抱きながら俺を押し倒そうとする白虎と格闘を開始するのだった……

 

 ────────ー

 

『ああぁぁぁぁぁ! あのイレギュラーにモブどもがあぁぁぁぁぁ!』

『五月蝿い……』

(良い気味だな)

 夜、何時もの定例会議で荒れ狂う白鷺に燕は耳の位置を翼で塞ぎながら溜め息をつき、螢も無様をさらす白鷺を鼻で笑いながらも本題に移る。

 

「それじゃあ、話題を移すぞ。今回の前日譚……あ~……なんだったっけ?」

『狐児悲運譚だ』

「そう、それ。それがどうなったかを話してくれないか、白鷺?」

『失敗も失敗、大失敗だ! 最初の橘商会の襲撃はイレギュラーどもの奮戦とこんな問題には目も向けない筈のゴリラ姫に蹴散らされて失敗! 起死回生の孤児院襲撃もあの化け狐の叔父の子孫だとか言う都合の良いイレギュラーどもと根源の分け身の説得のせいで化け狐が改心して旭衆とかいうイレギュラー集団の一員になるとかいうくそ展開だ! ふざけるな!』

(俺的には最高のハッピーエンドだけどね)

 荒れ狂う白鷺に螢は内心で舌を出して微笑みながら……ふと、何故か来ていないもう一人の当事者を思い出す。

 

「そういや、白鷺。烏はどうした?」

『ああ!? ……そういえば、来てないな……燕、烏は今何処に居るんだい? 式神の同時操作は君の十八番だろう?』

『……ああ、ちょっと待ってろ。……ん? これは……ありゃ、どっちに転んでも烏は死ぬな』

「……何があったんだ?」

 白鷺の言葉に燕は数瞬沈黙して……すぐに出した物騒な言葉に螢は恐る恐る燕に尋ねた。

 

『どうにも、俺らが最初に化け狐への止めを妨害したのが気に入らなかったらしく、碧子に旧街中を追いかけ回されてるんだが……逃げてる先に西洋方面にしかいない筈の吸血鬼の集団がいるから碧子に叩き潰されるか、吸血鬼に干からびるまで吸われるか……まあ、死ぬなって』

「俺達の事は知られないだろうな……?」

『そこは安心しろ、何故か転生者は記憶を覗き見る術や魂に問い掛ける術への耐性があるし……万が一見られても意味のない言葉の羅列しか見えないらしい』

「ふーん……」

 燕の言葉に不安になった螢の言葉を否定するように獅子がそう言う。

 

『あ、吸血鬼の手下に見えるゾンビの軍勢に烏の本体が群がられた』

「……燕、吸血鬼が何処に行くのかを見てくれ。他の連中は場合によってはそれへの対処するために行けるやつは都へ行く準備を」

『了解』

『僕は何時でも行ける』

『わかった』

『承知した』

 螢がそう言うと、式神達はボッと燃え尽きて解散となった。

 

「……はぁ。吸血鬼かぁ……どうやって此処に上陸したんだよ」

 螢は「これも俺達が転生した影響かぁ?」とぼやきながら家路に……ついたところで何かをぶち抜くような音と「わぁー!?」という姉の驚いた声と「きゃーっ!?」という絹を裂いたような悲鳴が聞こえた。

 

「……姉貴、今の悲鳴は……って、誰?」

「すいません、ご先祖様! 部屋の天井を壊しちゃって~!」

「謝らないで良いから! その前に頭の傷を治療させて!」

 慌てて姉の部屋に駆け付けた螢が見たのは……どう見て考えても『セーラー服(・・・・・)』にしか見えない服を着込んだ頭に木の破片が刺さっている姉に似た髪色の少女が血塗れになりながらどう見ても業物そうな刀を放り出して姉に向かって土下座をし、それに困惑しながらも少女を治療しようとする姉の姿だった。

 

(……転生系の次は、タイムスリップ系のご登場かよ。まさか、向こうの方にもいないだろうな?)

 螢は「千客万来とはこの事か?」と思いながら集まってくる家族や家人にどう説明しようかな?とがやがやと言う声を聞きながら考えるのだった……




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集7『夕陽編2』

戦闘開始台詞
「さて……旭を守るため、全力を尽くさせてもらおう」

自身への好意の答え(普通)
「……こんな寄生虫に話し掛ける物好きなんぞ、お前くらいだぞ」

自身への好意の答え(デレ)
「何故、お前と話していると心が安らぐんだろうな」

自身への葛藤
「私は、旭を守るための……ああ、それでも、それでも私は、アイツを……!」

夕陽エンド(悲恋エンド)時
「環、大好きだ。それでも……私は消えるよ。旭を守るためにな」➡涙を流しながら、笑顔で主人公を見るCGが映る。

夕陽エンド(人体錬成エンド)時
夕陽「あ~……その、なんだ。不束者だが……宜しく、頼む」
旭「あたいの方も、宜しくっすよ……夕陽!」
夕陽「ええい、抱き付くな!」➡笑顔で抱き付く旭と困った顔で怒りながらも微笑む夕陽のCGが映る。


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第3章
第二十話


 烏こと烏野仁の本体は必死に逃げながら思っていた。

 

(何故だ、何故こうなった!?)

 彼は疲労で重い足を必死に動かしながら後ろを見て……後悔した。

 

「おいおい、逃げんなよ。俺と殺り合おうぜ……?」

 そこには彼が恐れている原作の攻略キャラクター(ヤンデレヒロイン)の一人、赤髪碧童子がにこやかな……しかし、殺意に満ち溢れた笑みで付かず離れずで追ってきていたからだ。

 

(なんで、なんであいつが……あんなモブやイレギュラーどもを邪魔した位で……!)

 それは彼とつるんでいる白鷺が橘佳世の側にいるために橘商会の保守派の重鎮の下に護衛として潜伏しているので旧街にいて手が出せず、燕は自身の霊力を巧みに隠して彼が作った式神の霊力から居場所を辿れなかった為であり、式神の霊力から居場所を辿られた挙げ句、憑依術を強くするために新街に潜伏していた彼が狙われるのは必然だったのだ。

 

「ぐあ!? く、くそ……! 」

 疲労と余所見で足が縺れた烏は倒れ、慌てて立ち上がろうとするが……

 

「やあ……鬼ごっこは終わったみたいだね」

「ぐええ!?」

 そう言って赤髪碧童子は烏の前に錨を降り下ろして退路を塞ぎながら、彼の背を踏みにじった。

 

「じゃあ……死ね」

「ま、待ってくれ! お、俺と取引をしないか!?」

 にこやかな笑みから一転し、殺意に満ち溢れた虚無の顔で烏の頭部に向けて錨を叩き付けようとした赤髪碧童子に烏は必死に交渉を持ちかけた。

 

「お前と取引することは……」

「お、お前にとっても有益な話だ! あんな、伴部とかいう下人や旭なんていうモブよりもよっぽどお前が好みそうな英雄が生まれているんだ!」

「………………ふーん……っで? そいつはどういう風に英雄になるんだい?」

 烏が伴部や旭(彼女が認めた英雄)を侮辱した時点で既に赤髪碧童子の殺意が増大しているにも関わらず彼女が聞き返した事で『助かった!』と思ったのか、烏は饒舌に喋り始める。

 

「あ、ああ! 今は平凡な村の人間だが、三年後には凶妖すらも葬れる強大な異能に目覚める! 育ち方にもよるが最終的には、妖母やあの空亡だって葬れる強さを得るんだ!」

「へ~……そいつは凄い。確かに俺が観察しがいのある英雄だなぁ……旭や伴部に出会う前だったら(・・・・・・・)

「……へ?」

 烏の話した内容に頷きながらも赤髪碧童子はゆっくりと彼の最後の希望を断ち切る言葉を言いはなった。

 

「うん、確かに俺が望みうる英雄に届きそうな人間だね。それは認めるよ。あの子狂いや空亡を倒せるなんて凄い奴じゃないか……でも、俺にとってはもう価値が……いや、旭が俺にとっての英雄になった場合は旭の仲間として一緒に戦わせるのもありかな? だから、さ。俺の英雄を伴部と旭を侮辱した奴が紹介した時点で、俺にとっては必要ないんだ……だから、死ね」

「あ、あ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「おっと」

 赤髪碧童子がそう言った事で恐怖が限界に達したのか、烏は絶叫と共に背中に太鼓を背負った天狗の式神を出すと式神から放たれた樹木を赤髪碧童子が避けた隙をついて逃げ出した。

 

「まだ式神を残してたのかあいつ……邪魔だよ」

 赤髪碧童子は弱い大妖程度でしかない式神をあっさりと殴り潰すと、そのまま烏を追いかけようとして……

 

「ア、アア……アァ……ニ、ニク……」

「グ……グイ、モ…ノ……」

「ニ、ニク…イ。イギテル、ヤツ……」

「え……な、なんだこいつら……あ、何をする!? や、止め……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「……は?」

 烏の逃走経路の先から現れた人の死体が妖気を纏った様な妖が大量に現れて彼を捕食し始めた事に赤髪碧童子は眉を潜め……自身に向かってきた妖は容赦なく叩き潰す。

 

「うぉい!? 何をやっとるんじゃ屍鬼(グール)ども! そやつから母上や空亡を討つという奴の情報を……あ~あ、手遅れか」

「母上、お下がりを」

「……強そうな妖がいる」

 赤髪碧童子が声に気付いてあっという間に骨と化していく烏の死体から目を上げると、そこには西洋の貴族の衣装を着た金髪に赤目の古風な喋り方をする小柄な少女とその少女を守るように左右にいる同じ衣装の銀髪赤目の青年と紅髪に赤目の少女とその後ろに控える複数の気配だった。

 

「お前……子狂いの子供の一人の吸血鬼じゃないか。何をしに来たんだ?」

「うげぇ……お主か、赤髪碧童子。……西方でちと問題が発生してな母上に助力を頼みに来たんじゃよ」

「……知り合い?」

「知り合いではないわ! この英雄馬鹿は妾が五百年前の人妖大乱の時に参加した時に母上にとんでもない暴言にを言った人間を殺そうとした際に戦闘になってな……その時には妾の軍勢が殲滅されたんで命からがら逃げたんじゃよ」

「つまり……敵ということですか」

「下手に攻撃をするなよ。いくらお主が公爵(デューク)だからといっても、こいつにやられたら再生に時間がかかるぞ」

 赤髪碧童子の質問に嫌そうな顔になりながらも答えた金髪赤目の少女に紅髪赤目の少女が知り合いかと尋ねるが……金髪赤目の少女が怒りながら言ったことで銀髪赤目の青年が立ち塞がるが、金髪赤目の少女はそれをやんわりと止めた。

 

「ま、そういう訳じゃ。お主とやり合うつもりはないので……さらばじゃ」

 金髪赤目の少女はそう言うと、二人や屍鬼、残りの気配と共に影に潜り込むとそのまま赤髪碧童子から離れて行った。

 

「やれやれ、狐の次は吸血鬼……下手をすればあの子狂いか。旭や伴部も大変だねぇ……」

 赤髪碧童子は期待と恋を同居させた様な表情をしながらも……その瞳は泥沼の様に濁りきっていた。

 

「今回も期待に応えてくれよ? 俺も今回は手助けしてやるから、さ」

 そう言って鬼は己の体を霧に変えると、己が勝手に居候している古本屋へと戻って行った。

 

 ──────────

 

 時は進み、我々の知っている現代に似た時代……この時代では科学技術の発展によって旭や旭衆等の退魔士達の存在や赤髪碧童子等の妖の存在は非科学的だとして既にお伽噺や伝説上の存在とみられていた。

 

 しかし……泥棒の種が無くならない様に、どれ程科学技術が発展しようとも闇は無くならない。

 そのほんの少しの闇の中に潜んでいた弱小だが狡猾な知恵を持っていた妖達はその中で人々を辱しめ、数を増やし力も増して何時かまた只人を支配しようと暗躍をしていた。

 

 昔からの資料で妖達が潜伏している事を退魔士の子孫や扶桑国の政府も知っており、妖退治をしているのだが……それらの存在を生意気だと感じている只人の妖への内応や、そもそも退魔士達の血筋が薄れている為の弱体化等によって搦め手で撃破され、男性の退魔士は殺され、女性の退魔士の場合は苗床や辱しめの対象にされる事が多かった。

 しかし、闇が深ければ深いほどそうであるが故に輝く光もまたあるのだ……

 

 扶桑国の首都の某所にある高級ホテルの隠し部屋。

 そこでは妖や妖に取り入っている人間達が集まり、捕らえられた退魔士や只人の女性達をオークションで売り買いをしていた。

 

 しかし……何時もとは勝手が違っていた。何故ならば本来は出来レースで買われる筈の退魔士や只人の女性達がたった一人に全て買われているからだ。

 

「く、くそ! 十億だ!」

「魂付きで、二百億」

「んが!?」

「ひゃ、二百一億、二百一億円はいらっしゃいませんか!? ……いらっしゃいませんね。エントリー番号十八番は二番のお客様が落札いたしました!」

 三段腹の首まで脂肪に埋まっている男性の金額の二十倍の値段を言った金髪の少女に怯えた表情で震えていた金髪のミッション系の退魔士の育成校に通っていた少女が買われる。

 

「さ、流石は橘コンツェルンの次期総裁……太っ腹ですなぁ……」

「噂では橘コンツェルンは小国の国家予算分も稼いでいるんだとか……」

 そんな無双劇を繰り広げる少女にヒソヒソと下卑た男達が話すが、少女は何処吹く風と耳飾りを動かし……にこりと微笑んだ。

 

 直後に隠し部屋の扉が弾かれる様に開かれ、そこから完全武装の警官隊が押し寄せる。

 

「人間は動くな、妖は死ね! 退魔七課だ! 妖対処法第七条に基づいて、人間は逮捕し妖は処分する!」

 その言葉と共に片目が魔眼の青年が逃げ出そうとする両者を睨むと、只人はまるで金縛りにあったかの様に動きを止め……妖はそれと同時に針金か何かのようにネジ曲がり、血を垂れ流すオブジェと化した。

 

「ひ、ひぃ!?」

 そんな妖にとっての虐殺現場と化したオークション会場から一人の男が慌てて設けられていた隠し扉から逃げ出す。

 彼は複数ある退魔士養成学院の用務員達の内、退魔士達に不満のある者達を纏め上げて退魔士達の名簿や任務の詳細などを横流しして不当な利益をあげていた人間である。捕まれば今まで吸ってきた甘い汁の報いを受けるとわかっている為にお得意様達(大妖達)が自慢していた隠し通路から逃げようとしたのだが……

 

「逃げんなよ、屑野郎」

「ぶげぇ!?」

 出口までやって来た男が目の前から繰り出されたヤクザキックを受けて吹き飛ばされる。男は慌てて立ち上がりながら前を見て……愕然とした。

 

 そこには首や上半身、下半身を無くしたお得意様達やその護衛の妖達の死体が転がっており、その先には登り行く太陽の印が入った腕章を身に付けた複数の男女と和装に白毛の狐耳の美女が立っていたからだ。

 

「年貢の納め時だぜ? 大人しく、法の裁きを受けな」

「あ、旭衆……!?」

 その先頭にいるオレンジ色の髪をポニーテールにしている青年がにこやかに笑いながらも拳を鳴らしながら近付き……青年達の組織に気付いた男は青年が放った拳が眼前に迫ってきた段階で意識を失った。

 

「うーし……これで妖どもも暫くは静かにしてるだろ」

白夜(びゃくや)、あまり油断をするな。足元を掬われるぞ?」

紫音(しおん)の言う通りよ? さっきまでの闘いでも、油断して攻撃を受けそうになったじゃない」

「……雛子(ひなこ)。わかってるよ……たく、雛子も紫音も細けえなぁ……」

 オレンジ髪の青年『鬼月白夜』は桃色の髪をうなじで纏めている青年『鬼月紫音』と黒髪を三編みにしている少女『鬼月雛子』からの注意にふて腐れながらもノックアウトした男の腕と足に手錠をかけ……ふと気付いた事を狐耳の女性に問い掛ける。

 

「白先生、九恩(くおん)は?」

「ああ、赤穂君でしたら橘さんの所に……」

「あいつは……ベタ惚れだからって小百合(さゆり)の所には退魔課のおっさん達がいるから大丈夫なのによぉ……」

「あはは……」

 女性……美しく成長し九尾となった白は困ったように『赤穂九恩』が恋人の『橘小百合』の所に行ったと言うと、白夜は溜め息を吐きながら呆れ果て、そんな白夜に白は苦笑いをした。

 

環奈(かんな)、怪我はないな?」

「うん。大丈夫だよ、遠矢(とうや)君。何時も心配してくれてありがとう」

「それは、お前がどんくさいからで……」

「兄さん、純情青春恋愛も早めに終わらせてくださいよ? 環奈さんって、意外と人気者なんですから……」

真矢(まや)!」

 ほんわかな雰囲気を出す少女『蛍夜環奈』を黒髪の眼鏡の青年『鬼月遠矢』が気遣うとそんな遠矢を銀髪を腰まで伸ばした遠矢の妹の『鬼月真矢』がからかい、遠矢はそんな真矢を追いかけ回す。

 

「あ~クロイツと王、吾妻達の方はどうよ?」

「そちらの方は別の隠し通路から逃げ出した妖を追撃しているみたいですけど……もうすぐ鎮圧できるみたいです」

「おっし! それじゃあ俺達も……」

 仲間内では何時ものノリで行われている追いかけっこに白夜は呆れながらも仲間達と共に残りを片付けようと動こうとして……それに気付いた。

 

「なんだ、これ……魔法陣?」

「これ、白先生以外の全員が対象……!?」

「全員、退避を……!」

「悪い、今戻った……! 首削ぎ丸!」

 紫音の言葉と共に全員が魔法陣の外へ逃げ出そうとするが、そこに戻って来た紫色の髪の青年……赤穂九恩が脊髄反射的に己が受け継いだ妖刀を魔法陣に叩き付けると魔法陣は『待ってました!』と言わんばかりに光輝いた。

 

「あれ……? もしかして、俺……やっちまった?」

「完全無欠にその通りだ、バカヤロー!」

「皆さん!」

 完全に自分のせいで事態を悪化させた事に気付いた九恩が額から冷や汗を流し、そんな九恩に白夜が飛び蹴りを叩き込み……白が教え子兼大切な人達の子孫を助けようと妖術を行使するが間に合わず、白夜達は一段と輝いた魔法陣に飲まれてその場から消え去った……同時刻に同じ現象が複数起こっていたのだが……その原因及び結果は誰にもわかっていなかった……

 

 ────────ー

 時は皇紀の一四四〇年へと戻る。

 

「おかしいっすね~」

 あたいは少しばかり苛立ちながら、伴部さんと伴部さんを迎えに行かせた白ちゃんを待っていたっす。

 

「おかしいって……何がだよ?」

「いや、一緒に鍛練をした時間的にも距離的にもそろそろ伴部さんと白ちゃんが来てもおかしくないのに来ないんすよ」

「いや、それ多分だけど白の毛皮のせいで布団か抱き枕代わりにされてる光景が目に浮かぶぞ」

「あ……」

 あたいがおかしいと思っている事を夜に言うと、夜は呆れながらあたいにそう言ったっす。

 

「つーか、服装からしてこの時間から何処に行くんだよ? 幾らなんでも早すぎるだろ」

「ん~夜には話しても良いっすよね。まあ、今回の外出は紫姉から葵姉が逃げるために朝一で出てすれ違おうって魂胆なんすよ」

「あ~……今日は気分じゃなかったのか」

 まあ、そういう事っす。にしても……葵姉が変わってくれて良かったっすよ。前までは気分じゃなくても紫姉の事なんて路傍の石位にしか見てなかったし……まあ、紫姉も紫姉で相手の事を考えない早口が原因で葵姉から嫌がられてたんすけどね……

 

「確か、(ゆかり)がある種の緩衝材になってるお陰で取り敢えず話は聞いてくれる様になったんだったか?」

「後、あたいが葵との稽古で勝ったからっすよ」

 ゆかちゃんが紫姉の矢継ぎ早な早口をある程度抑えてくれる様になったのと、あたいが葵姉に薙刀の稽古で勝って多少は凡人にも目を向けてくれる様になったお陰で紫姉も無視をされる事が減ったんすよね(それでも五回に三回は話を聞かないけど……)。

 

「ま、それならしょうがねーか。俺が伴部を連れてきてやるよ」

「頼むっす。痺れを切らした葵姉を花さんが抑えてられるのも限界があるんすよね。葵姉が伴部さんの所に行ったら……最悪、白虎と葵姉、雛姉との血みどろの殺しあいに発展するっすよ」

「あいつ、今日も伴部の所に夜這いに行ったのかよ……」

 あたいが大真面目に行った言葉に夜は心底呆れながら伴部さんのいる下人用に逢見家が建てた掘っ立て小屋に向かって行ったっす。

 

「後は……間に合わなかった場合の葵姉への謝罪や、今日は伴部さんを葵姉が独占しちゃった事に対する雛姉への説明を考えなきゃいけないっすね……」

 あたいがその事で頭を抱えていると……

 

「なんすか、この変な霊力?」

 あたいが妙な霊力を感じて上を見ると……上空に男の人と女の人がって、えぇぇぇぇぇ!? 

 

「なんで、いきなり人がって……言ってる場合じゃないっす!」

 あたいは式神用のお札を取り出すと、それを地面に叩きつけるっす。

 

「出番すよ、『澄影(ちょうえい)』!」

 あたいがその名を告げると、式神はその意味を察したのかあたいの体は空に打ち上げられたっす。

 

 因みに、澄影って本来は葵姉の所有する本道式なんすけど都にいる間だけ「何かあったら使いなさい」って事で貸して貰えたんすよね。

 

「大丈夫っすか!?」

「このままじゃ、地面の染みにって……うわ!?」

「どうすれば、貴方は……!?」

 あたいが男の人と女の人と同じ高さまで打ち上げられると、いきなり現れたあたいに二人は驚きの声をあげたっす。

 でも、見たこともない衣装っすね……何処の国の人なんすかね? 

 

「って、言ってる場合じゃない……空天(くうてん)!」

 あたいがその名を告げると、あたい達の体が落ちるのが急激に遅くなったっす。

 

 空天は気体が空気中の妖気や霊力を吸収して生まれた妖で(アリシア曰く『精霊』の誕生経緯に似てるんだとか)偶々あたいが出会って、霊力を分け与えたらなつかれて式神になっちゃったんすよね。

 因みに能力は気体を自在に操れる事なんすけど……範囲が調節しにくい上に集中力も必要で、しかも霊力も結構使っちゃうんで緊急の場面だと使いにくいんすよね……あたいとしてはもっと活躍させたいんすけどね。

 

「もう大丈夫っすよ。地面まで降りたら、なんで空から落ちて来たのか……「でー!? 避けろぉぉぉぉぉ!」ふえ……ぶ!?」

 あたいが二人ににこやかに笑いながら話を聞くための準備をしようとして……悲鳴が聞こえたから、上を見ると、そこには二人と同じ服を着た刀を腰に携えた男の人の額があたいの額と激突したっす。

 

(不味……空天の調節が…!)

 あたいは必死に空天の能力を維持しようとして……あれ? なんか、あたいと一緒に空天を維持している人がいるような……? 

 

「……空天に顔の十字の傷、まさか……貴方が」

「だろうな」

 あたいが周囲を見渡すと、そこには空天に霊力を分け与えて能力を維持してくれている二人がいたっす。

 と、言うか……この人達って、退魔士……? でも、こんな人達は北土にはいないから……東か、西の人っすかね? 

 

「いって~わ、悪い……」

「あんたが間が悪いのは、何時もの事よ九恩」

「地面に降りたら説教だからな……?」

「ひええ……」

 後から落ちてきた男の人と知り合いなのか、二人はわりと怒りながら男の人を見るっす。

 でも、男の人が腰に携えてる刀の鞘って紫姉の根切り首削ぎ丸の鞘に似ている様な……? 

 

「着地っと……空天、澄影もご苦労様っす」

 あたい達は地面に軟着陸をすると、式神達を札に戻して三人に向き直るっす。

 

「それじゃあ、どうして空から落ちて来たのかを説明してもらえるっすか?」

「その前に都のど真ん中で本道式を展開したお馬鹿な妹の説教をさせてもらおうかしら?」

「何を考えてるんだ、お前は……!」

「……あ」

 あたいが声に振り向くと、そこには物凄く怒ってる雛姉と葵姉がいたっす。

 

「旭、今の霊力はなんだぁ!?」

「旭様、ご無事ですか!?」

「旭!」

「ふぇぇ……皆さん、待ってください……」

「旭様、大丈夫ですか!?」

 あたいがどう説明しようかと迷っていると夜を先頭に伴部さん、少し着崩した部屋着を着た白虎、少し遅れて白ちゃんを連れた唯ちゃんが来たっす。

 

「えっと……大丈夫なんすけどね」

 あたいが雛姉と葵姉の前で正座しているのを見ると、伴部さんと唯ちゃんを除いた全員が納得した様な顔で呆れていたっす。

 

(ちょっと、伴部!? あれって、どう考えても現代の衣装よね!?)

(ブレザーにセーラー服だからな……と、言うよりもどうも桃色髪の男はゴリラ姫に黒髪の女は姉御様に、もう一人は赤穂紫に似てないか……?)

(そう言えば……)

 あたいが正座をしながら雛姉と葵姉から怒られていると、伴部さんと唯ちゃんは慌てながら内緒話をしていたっす。

 此処最近は伴部さんと唯ちゃんって、仲が良いんすよね……何が切っ掛けで仲良く……ん? この霊力は……

 

「へぶ!?」

「んげ!?」

「「白夜!?」」

「「旭!」」

 あたいは頭部から伝わってきた衝撃で目の前に火花が飛び散り……段々と意識が遠退いて行くっす。

 

「旭、大丈夫か……って、白眼をむいてるぞ!?」

「今の一撃で気絶したの……!?」

「みたいですね……」

「白夜は相変わらずの石頭だな……」

「てめえ、九恩! この野郎!」

「ぶげ!? 白夜、てめえ……いきなりそれかぁ!」

「うるせえ! 誰のせいでこうなってると思ってんだこの野郎!」

「なにおう!」

「ちょっと、あんた達!?」

「何も知らない人達の前で喧嘩をするな! 見苦しい!」

 薄れ行く意識の中で、あたいと同じ色の髪の男の人が紫姉と同じ色の男の人に飛び掛かって取っ組み合いになり、それを雛姉に似た感じの女の人と葵姉に似た感じの男の人が止めようとして……

 

(何か、旭衆で喧嘩が起きた時の状況に似てるっすね)

 あたいはそんなことを思いながら気を失ったっす。

 

 因みに、起きた時に聞いた話っすけど喧嘩は最終的に怒った雛姉と葵姉の一撃で二人が殴り倒された事で終わったらしいっす。




次回もお楽しみに!


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第二十一話

「うう……まだ痛い……」

「あ、旭様……大丈夫ですか?」

「白ちゃん……まあ、大丈夫っすよ。こんなの幼い頃に洒落にならない事をしておばあちゃんに拳骨食らったときに比べれば屁でもないっす」

 あたいが朝御飯を食べながら気絶する原因になった頭のたんこぶを擦っていると、白ちゃんが心配そうに話しかけてきたから何でもない風に話すっす。

 

 実際、あたいがお父さんとお母さんを蘇らせたいって思って、おばあちゃんが持っていた資料に記されていた禁じられている呪具の中でも最悪の呪具の反魂香(はんごんこう)を調べていた時に鬼気迫る顔であたいの頭に降り下ろされたおばあちゃんの拳骨に比べたら痛くないんすよね……

 

「それにしても、旭様達の子孫が来るなんて……」

「そうっすよねぇ……あたいとしては、旭衆が未来でもあることにほっとしたっすね」

 あたいは(葵姉によって強制的にあたいや葵姉、雛姉と一緒に朝御飯を食べさせられている)伴部さんの隣で綺麗な正座をして食べてる紫音さんと雛子さん……雛姉と葵姉の手で柱に縛られてその様子を後ろから見せられている白夜さんと九恩さんを見ながら苦笑いをするっす(因みに四人が此処にいるのは、より詳細な話を聞くためなんすよね)。

 

 あたいが起きてから聞いたんすけど、紫音さんは葵姉の雛子さんは雛姉の、九恩さんは紫姉で白夜さんはあたいの子孫らしいっす。

 でも……雛姉や葵姉が伴部さんを諦めて別の男の人の子供を産みそうにないから、あたいはどっちかに決めずに伴部さんを譲ったんすかね……? 

 

(私としては、最下位ギリギリのあの二人の子孫があんなにまともそうなのが驚きだぞ)

(ちょっと、夕陽!?)

 あたいがいきなりヤバい事を言い出した夕陽にツッコムっす。

 

 因みに、夕陽は綾姉とか一部を除いた鬼月家の人達は軒並み「どいつもこいつも……特に女達は伴部を幸せに出来そうにない」って事で低い順位にしてるんすよね……あたいとしては、ずっと伴部さんを思い続けた雛姉や伴部さんの為に一念発起して努力を続けている葵姉の気持ちを叶えたいんすけどねぇ……

 

「あ、白ちゃん。白夜さんと九恩さんにこれを持っていってほしいっす」

「え、あ……はい!」

 あたいは豪華すぎる朝御飯の内の一部を漆塗りのお椀に分けると、白ちゃんに柱に縛り付けられてる二人に持っていかせるっす。

 

 ……二人とも、ご飯を食べてる紫音さんと雛子さんを羨ましそうな目で見てるんで哀れに思ったんすよ。

 

「あ、あの……旭様に言われて、ご飯をお持ちしました」

「あ……すんません、白先生」

「やっぱり、白先生の子供時代だよなぁ……この子。表情とか、そういうのだけでもそう思うぜ」

「ふえ!?」

 紫音さんや雛子さんによると、白ちゃんは紫音さん達がいた時代では紫音さん達のいる教え処で先生をしているみたいなんすよ(容姿は狐白さんのキツい目を柔らかくしたような感じらしいっす)。

 

(それから……伴部さん、唯ちゃん。お願いするっす)

 あたいがこっそりと目配せをすると、二人ともそれに気付いてくれて白ちゃんに話しかけてくれたっす。

 

「白、あたしと伴部の朝御飯を分けてあげる」

「ひゃっ……!? で、ですが……あ」

 唯ちゃんの提案を断ろうとした(八つ当たり気味な)葵姉の命令で朝御飯を抜きにされた白ちゃんのお腹から小さく空腹を知らせる音が鳴って、白ちゃんは顔を真っ赤にしたっす。

 

 でも……伴部さんを独占できる時間が取れなくなったからって幾らなんでも八つ当たりが過ぎるっすよ、葵姉(と言うか、白ちゃんはあたいの側仕えだし……断れないあたいも情けないけど)。

 因みに雛姉は葵姉を睨んだ後で、葵姉に対して『ざまぁみろ』と言いたげな顔で笑ってたんすよね……

 

「小さな女の子のお腹を鳴らしてるのに食べてたら、食べてる私達も罪悪感が強いのよ。伴部、あなたの汁物と私のご飯の半分を白ちゃんに食べさせるわよ」

「分かった」

「えっと……けど……」

「遠慮するな。吾妻殿との約束もある。……俺は殺されたくない」

 白ちゃんは唯ちゃんが自分のご飯の半分と伴部さんの汁物を膳に載せて渡そうとするのを遠慮するけど、伴部さんはそう言って後押しをしたっす。

 

 実際問題、白ちゃんを空腹のままにしたと知られたら結構過保護な吾妻さんにあたい達は三人揃って呪い殺されそうなんすよね……そもそも白ちゃんが八つ当たり気味に朝御飯抜きを言い渡された時も花さんや夜がキレてたし。

 

「うぅ……」

「食べても良いっすよ」

(元々、そのつもりで向こうに行かせたのだしな)

 白ちゃんがちらりとあたいの方を見てあたいの判断を尋ねて来たから、あたいはそう言って唯ちゃんが差し出した物を食べることを許可したっす。

 

「旭様の許可もでた事ですし、食べなさい」

「焦る事はないがさっさと食べて仕事に戻れ」

 唯ちゃんと伴部さんの方を向き直り不安げに上目遣いする白ちゃんに唯ちゃんが膳を差し出し、伴部さんがそう命じると白ちゃんはコクコクと首を振って味噌汁を啜り出し、ご飯を食べ始めるっす。ああやって美味しそうに食べてる姿って、あたいも楽しくなっちゃうっすね。

 

「ふぅ……おいしい」

 意外と早く味噌汁を飲みきり、ご飯を食べ終えると満足そうに小さく溜め息を吐いた白ちゃんはそう言うと、ぺろりと小さい赤い舌が唇を舐めたっす。

 

 ……うん、こういうちょっとした所作が矢鱈と可愛らしくて年不相応に色っぽい所を見ちゃうと妖艶さで有名な妖狐の血が混じってるって実感しちゃうっすね。

 

「じゃあ、戻ってきてほしいっすよ」

「あ、は……はい!」

 あたいがそう言うと、白ちゃんは足早にあたいの側に戻って来たっす。

 

(でも……白ちゃんが受け入れられて良かったっす)

(懸念されていた妬みなどによる苛めも無かったしな。……まあ、継承権が低い旭の側仕えだからってのもあるだろうが)

(それは言わない約束っすよ……)

 実際、白ちゃんがあたいの側仕えとしてやって来た最初の日々はあたい達三人や花さん、夜は白ちゃんが半妖だって言う理由で苛められないか、酷いことを言われないかって警戒をしてたんだけど……白ちゃんの生来の愛らしさから女中達からの評判は良くてそれが巡り巡って雑用人達からも可愛がられてるんすよね。

 まあ、あたいが雛姉や葵姉に比べて次期当主の座から遠いのもあると思うけど……

 

「……そういえば、旭姫様。僭越ながらお尋ねしても宜しいでしょうか?」

 あたいがそう思っていると伴部さんがあたいの方を向いてそう言ってきたっす。

 

「どうしたんすか?」

「早朝のお呼び出し、御求めに応じる事が出来ず申し訳御座いません。して、此度は一体如何なる案件だったのでしょうか?」

 あ~……そう言えば伴部さんにはどんな用件かを説明してなかったっすね(屋敷から出た後で葵姉が話す算段だったんすよ)。

 

「ああ、それは……」

「旭、私が話すから良いわ。本当ならとっとと身支度して裏口から牛車で出ようかと思ってたのよ。何時も話を聞くのは面倒くさいし、かといってぞんざいに扱うと旭が哀しみそうだしね。あ~あ、夜から聞いたけど貴方が旭の側仕えや白虎と厭らしいお遊びをしてなかったら朝一に入り違って誤魔化せたでしょうに……まあ、あの子の目を反らす為の『囮』がいて助かったわ」

「? それはどういう………」

「葵姉、囮って……?」

(こいつは……!)

「葵、お前まさか……」

 あたいと伴部さんが同時に聞こうとして、遠くから響いてくる足音に気付いた。

 それは、焦りと心配がいり混じったような駆け足で途切れ途切れに聞こえる会話はあたいの心配をしてて……あ、もしかして囮って……

 

「旭、大丈夫ですか!? なにやら襲撃があったと!」

「大丈夫?」

 襖が開けられると、そこには心配そうな表情の紫姉とゆかちゃんの姿があったっす。

 ……葵姉、囮ってあたいや白夜さん達の事っすね……ん? 他に三つほど足音が……って、この声は……! 

 

「伴部さん、危ない!」

「……くたばれ!」

「天誅!」

「白龍、何処で学んだのそんな言葉……!?」

「うお……!?」

 あたいが蔵丸から薙刀を取り出して振るうと、必死に止めようとした白虎を振り切った白龍と黒龍が伴部さんに向かって投げつけられた鏢の大半を叩き落とし、伴部さんも残りの鏢の中でも急所に当たりそうな物を膳を盾にして防いだっす。

 

「……はあ」

「お前たちな……!」

「「ふぎゃ!?」」

 そして、呆れた表情の葵姉と怒った雛姉が投擲した扇と箸が白龍と黒龍の眉間に当たり二人は揃ってひっくり返ったっす。

 

 ──────────

 

「信じられません」

「そりゃそうだ」

 ぐだぐだな朝御飯を終えて膳が片付けられるとあたいは紫姉とゆかちゃんに白夜さん達が未来から来たあたい達の子孫だって事とかを言うと、紫姉は白夜さん達を胡散臭そうな物を見る顔で否定して白夜さんもそれに同意したっす。

 

 因みに、葵姉と雛姉に吹っ飛ばされた白龍と黒龍は白虎から拳骨を食らった後で地面に正座をしてあたい達の話を聞いているっす。

 

「……まあ、証拠はあるんだけどね。九恩、『あれ』を見せてあげて」

「あ、そっか。これは世界に一本しかないもんな」

 雛子さんがこの後起こる紫姉の混乱を想像した様な渋い顔で九恩さんにそう言うと、九恩さんは縛られた状態から器用に腰に携えていた刀を取り出して紫姉に差し出したっす。

 

「? これが何だ、と……は? こ、これは……」

「……嘘」

 紫姉がそれを受け取ると、刀の感じから何かを察したのか刀を鞘から抜いて……紫姉もゆかちゃんも凍り付いたっす。……あたいが九恩さんの携えている刀が『紫姉の刀に似ている』ってのは、間違ってなかったみたいっすね。

 

「あら」

「なるほどな……」

 雛姉と葵姉もそれで完全に理解したのか、紫音さん達を何処か嬉しそうな顔で見てたっす。

 

「マジで……」

「本当に子孫なのか……」

 伴部さんと唯ちゃんは何故か頭を抱えていたっす。

 

 だって……九恩さんが差し出したのは紫姉の刀である『根切り首削ぎ丸(・・・・・・・)』だったんすから……

 

「……成る程、精巧な偽物でもありませんね。まあ、信じてあげましょう」

「すんません、俺達もこんなに動揺する手段は使いたくなかったんですけど……」

「構いません。これでも使わなければ信じなかったでしょうから」

 そう言って紫姉は動揺をどうにか抑えながら九恩さんに刀を返すと、九恩さんが紫姉に頭を下げながら謝罪をすると紫姉は気にするなと言ったっす。

 

「そういや、気になった事があったんすけど……紫音さん、雛子さんの御先祖……つまり、葵姉と雛姉なんすけど、二人のお婿さんって誰なんすか?」

(今聞くことか、それは!?)

 あたいの質問に夕陽が愕然としていると、紫音さんと雛子さん、白夜さんは質問に苦笑いをしながらこう言ったっす。

 

「あ~……悪い、答えられない」

「それも未来が変わるのが恐いから……とかじゃなくて、私達にもわからないからなの」

「何せ、この時代で起こる大事件が終わった後の時代を経て鬼月家も含む退魔士達は徐々に権利とかを削られていってな……それで資料等も紛失してしまい、見つからないんだ」

「雛子と紫音はまだ良いよ。『ひょっとしたらこいつじゃないか?』って候補が一人しかいないんだから。俺なんてあんたの夫の候補に二人いるんだぜ?」

「え、そうなんすか?」

 あたいの夫になる人の候補が二人……つまり、二人の男の人を好きになるって事なのか、それとも……

 

「「……」」

(……候補の一人は伴部だとして、後の一人は誰だ?)

 雛姉と葵姉が意味深な視線をあたいに向けていて、夕陽は何故か訳のわからない事を考えてるっす。あたいにとって、伴部さんは頼りになる兄貴分みたいなものなんすけどねぇ……

 

「まあ、九恩の先祖の赤穂紫や小百合の先祖の橘佳世、小百合の親戚の『柚子(ゆず)』の先祖の橘紗世に『道虎(たおふー)』の先祖の白虎、『椿(つばき)』の先祖の松重牡丹……どういう訳か今あげた人達の夫って、今でも判明してないんだよなぁ……」

「資料を紛失したのもあるけど……数少ない現存している資料にもあんまり多く記述されてないのよね。特徴的な活躍が無かったのか、それとも出身が卑しいから多くの事を各退魔家が書き記さなかったのか……」

 ふーん……あ。

 

「葵姉、雛姉。お茶が冷めてるんで、あたいが皆のお茶を淹れて来るっすよ」

「あら、殊勝な態度じゃない。でも、それはしなくて良いわ」

「お前がそうやって茶の淹れ方を教えたんだろうが……!」

 あたいの発言に葵姉はニコニコと笑いながらそう言うと、雛姉はそんな葵姉を睨みながら頭を抱えていたっす。

 葵姉は将棋とかの遊びが終わったりした時にお茶が冷めてたりすると、あたいに淹れさせてたんすけど(遊びを受けてあげた礼にって事らしいっす)……不味いから始まってどうしてそうなったかを丁寧に教えてくれたお陰であたいはお茶の淹れ方がわかるようになったんすよね(雛姉にそう言ったら凄く渋い顔になったっんよね……)。

 

「伴部、新しいものを淹れて来て頂戴」

「女中をお呼びすれば良いのでしょうか?」

「いいえ? 貴方が淹れてくるの。あぁ、序でに旭のもお願いね?」

 そう言って葵姉はごく自然な感じで伴部さんに全員分の湯飲みを渡したっす。

 ……伴部さんが淹れたお茶を飲みたいのもあるみたいだけど、伴部さんに対する嫌がらせも混じってるっすね、この命令。

 

 使い捨て上等で何処の馬の骨とも知れぬ出自の下人は賎しい存在っす。公家の屋敷で働く女中達からすればそんな小汚ない奴が自分達の仕事場に顔を出すなぞ嫌がるんだろうなぁ……まあ、だからといって断れないのが下人の悲しいところなんすけどね……

 

「……承知、致しました」

 伴部さんが湯飲みを盆に載せると隠行の技術も応用して立ち上がり、歩き、障子を開けて、退出する。その間、殆ど無音だったっす。

 

(下人としての技術を無駄に活用してるな……)

「なんつーか……あれを見てると第二次人妖大乱後に下人の制度が朝廷によって廃止された理由がわかるな……」

「まあ、そのせいで退魔士の損耗がはね上がって没落する退魔士家もあったんだから大変だよな……」

 夕陽の言葉に苦笑いをしてると、出ていった伴部さんを見て白夜さん達がひそひそと言った事にあたいはひっそりとほくそ笑んだっす。

 

(そっか……下人の制度は廃止されるんすね)

(まあ、それで退魔士の損失も増えたらしいが……無駄に妖怪に殺される奴がいない分、悲劇も減るだろうな)

 あたいと夕陽がそう思っていると、唐突にある気配を感じたっす。あたいは気配を感じた肩の辺りを見ると、そこには一匹の蜂鳥が止まっていて……

 

「ごめんなさい、ちょっと厠に行ってくるっす」

「早めに戻ってこい」

「はい」

 あたいはそう言って部屋から出て、周囲に人がいない場所まで行くと蜂鳥の形をした式神を手に乗せてそれに声をかける。

 

「牡丹ちゃん、どうしたんすか?」

『……相変わらず無警戒に話しかけますね。私が式神に言霊術を仕込んでいたらどうするつもりだったんですか?』

「そんなことをしないって信じてるんで」

 あたいがそう言うと、蜂鳥の式神はほんの少しの間黙りになるっす。

 牡丹ちゃんこと松重牡丹とは三年前の王家とクロイツ家の抗争未遂事件を探っていた際に出会って、色々と手を貸して貰ったんすけど……先日の狐白の騒動の際に(いやいやだけど……)クソ爺の弟子になったんだから、多少の贈り物くらいはしといた方が良いと思ったんでそれを持って古書店に行ったらばったりと店先であったんすよね。で、それで名字も知ったんすよ。

 

(そもそも、リリシアが牡丹の名を言った時点で気付け)

(それは言わないでほしいっすよ……)

 あたいは夕陽の呆れ混じりの言葉にそんなことを思いながら苦笑いをするっす。

 因みに、牡丹ちゃんがあたいに手を貸してくれたのはクソ爺が不穏な気配を感じて色々と探ろうと式神や牡丹ちゃんを使っていたら真相に迫ろうとしているあたいがいたから手を貸せとクソ爺から指示が来たからだそうっす(クソ爺はクソ爺で終盤にあたい達がルード・クロイツやルード・クロイツに半ば洗脳染みた教育をされていて敵対していたアリシアと戦っていた頃に抗争を激化させようとしたモグリを叩きのめして撤退させたそうっす)。

 

『え、もしかして牡丹様の親友として伝えられている旭様と話してるんでございますか? だったら私も話したいです!』

「へ? 牡丹ちゃん、どうしたんすか?」

『椿、勝手に私の式神の操作を奪わないでください』

 いきなり幼そうな声が式神から聞こえたかと思うと、すぐに牡丹ちゃんの声に戻ったっす。

 ……ところで、さっき聞いた名前が聞こえたんすけど。

 

「あの、さっき聴こえた声の子に聞くんすけど……君って知り合いに鬼月家の人がいないっすか?」

『旭様、そちらに白夜様がいるんですか!? 良かったぁ……婚約者の白夜様と離ればなれになって心細かったんです……』

『だから勝手に式神の操作を奪わないでください! 旭、それから話を脱線させないでください。話が進みません!』

 あたいが椿ちゃんに向かって声をかけると、式神から安堵したような声と若干のイラつきが入った牡丹ちゃんの声が聴こえたっす。

 ……てか、白夜さんと椿ちゃんって婚約者なんすね。聴こえた声から白夜さんよりも二、三周りくらい幼いっぽいすけど……まあ、宇右衛門様と小鼓(こつづ)ね……小鼓様の例があるっすから頑張るっすよ。

 

『いい加減、うるさい』

『きゃいん!?』

 式神の向こうから拳骨の音が響いたかと思うと、椿ちゃんの小さな悲鳴が聞こえてきたっす。

 

「……牡丹ちゃん、椿ちゃんは大丈夫っすか?」

『……ええ、まあ。ついさっき、勝手に居候している鬼に殴られて目を回しながら気絶して静かになりましたが。いきなり現れて色々と騒ぐから大変でした』

 そう言う牡丹ちゃんの声には疲労と、何処か嬉しそうな気持ちが混じっていたっす。

 

「っで、真面目な話っすけど……なんの用事っすか?」

『……あの狐達は何か怪しい動きをしていませんか?』

「ああ……やっぱりその話っすか。今の所は怪しい動きはないっすよ」

 牡丹ちゃんの質問にあたいは頷きながら答えるっす。

 狐達っていうのは狐白さんと白ちゃんの事で、二人が共謀して鬼月家を嵌めようとしてるんじゃないかとクソ爺は考えているっぽいすね。

 

 ……まあ、妖怪は善悪の区別なく全部殺すなんて考えているクソ爺の思考回路からすれば都を攻めようとした妖の狐白さんやその根源である半妖の白ちゃんを警戒して探るのは当然すね。

 

『……妖は卑怯で卑劣ですから。私は、旭や佳代があの狐達によって傷付く位ならその悪い根を断ちます』

「心配をしてくれるのは嬉しいけど、白ちゃんの態度は演技じゃなさそうだし……狐白さんの穏やかな感じも嘘じゃなさそうっすよ」

 あたいは心配そうな口調でそう言う牡丹ちゃんに苦笑いをしながら力強く答えるっす。だって、狐白さんや白ちゃんの夜や花さんとの間にある絆やあたいに対する態度は信頼出来そうな感じっすからね。

 

『……だから、心配なんですよ。旭は他人を信頼するのが早すぎるんです。王家とクロイツ家の騒動でそれで痛い目をみそうになったのを忘れましたか?』

「う……それでも、信じなきゃ何にもならないっすよ」

 あたいは牡丹ちゃんと協力して両家の抗争を止めようとした際に質の悪い情報屋を信頼して、危うく人買いに売られそうになって夜と牡丹ちゃんに助けられた事を言われて目を逸らしながらそう言う。

 実際、退魔士は人を疑わないとやっていけないっていうのはわかってるんすけどねぇ……それでも他人を信頼したいって言うのは、身勝手すかね? 

 

『それはある意味間違ってないんじゃないかなぁ? 『あいつ』の一族も何度も無条件に人を信じては痛い目にあっていても、それでも突き進んで結果を残すんだからね』

 唐突に蜂鳥から粘っこい、女の人の声が聴こえたっす。

 

「赤髪碧童子さん、もしかして中継用の式神を奪い取ったんすか?」

『おや、伴部は疑う事から入ったのに旭はあっさりと受け入れるんだね』

「そりゃ、最近ばったりと会ったっすからねぇ……」

 牡丹ちゃんと一緒に古書店に入ったら店の奥から出てきて「やぁ」と手をあげながら挨拶をした時には心底驚いたっすよ。

 

「で、何の用っすか? あたいはそろそろ雛姉達の所に戻らないと……」

『ん? ああ、暇な時で良いから古書店に来てよ。良いものをあげるからさ。あ、罠の心配はしなくていいよ? 前回の御祝いみたいなものさ』

「ん~……色々と気にはなるんすけど、安易に受けて赤髪碧童子さんの判定に引っ掛かるのも怖いんすよねぇ……」

『ははは、そういうのを心配している時点で合格さ。じゃあ、待ってるから』

『あ!? 勝手に式神を処分しないで……』

 あたいが赤髪碧童子さんの声と共に避けると、蜂鳥の式神は小さな火の塊になって燃えかすとなって散っていったっす。

 

「赤髪碧童子さんの贈り物って、なんなんすかねぇ……?」

(知らん。が、警戒はしておけよ? あの鬼は何を仕掛けるかわかったもんじゃない)

(わかってるっすよ)

 あたいは赤髪碧童子さんが送ろうとしている物の正体を考えながら部屋に戻ったっす。

 

 ……部屋に戻ると何故か白龍や黒龍と白夜さんと伴部さんが組んで模擬戦をすることになっていて、大混乱をするはめになったっす。




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集7『雛編』

旭に対する思い
雛「旭は大切な妹だな。この家で寂しくしていた私に明るく照らしてくれた太陽だ」
旭「ひ、雛姉!? ち、ちょっと照れるっすよ~……」

旭、主人公との共闘
雛「旭、環……背中は任せたぞ!」
旭「了解っすよ! 雛姉も後ろは心配しないでほしいっす!」→背中合わせで戦う雛と旭のCGが映る。

雛&旭エンド(旭メイン時)
雛「さあ、二人とも……行こうか」
旭「了解っす! 雛姉や環君となら、火の中だろうが水の中だろうが怖いものなしっす!」→扶桑国外行きの船の甲板上で水平線を共に見る雛と旭のCGが映る。

雛&旭エンド(雛メイン時)
雛「旭、環……これからも一緒に私を支えてくれ」
旭「勿論すよ! 当主になった雛姉を支えるってあたい達は誓ったんっすよ! 勿論、葵姉もっすよ?」→当主となった雛の微笑みにウィンクをする旭のCGが映る。


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第二十二話

遅れて申し訳ありません!


 何故、伴部が白夜と組んで白龍及び黒龍の姉妹と模擬戦をすることになったのか。それは旭が牡丹と話をしていた時間まで遡らないといけない。

 

「……白龍、黒龍。何であんな事をしたの?」

 白虎は自身の制止を振り切って旭や義姉達の居る目の前で伴部に向かって攻撃を仕掛けた自身の従姉妹を咎める様に話を聞く。

 

「……あいつは、あの時白虎姉のトンファーが砕けてなければ頭をかち割られていた程度の実力なのに、それなのに運で勝って白虎姉の婚約者になったから……私が殺す事で目を覚まさせてあげようと思って」

「「………………」」

 雛と葵の視線が黒龍の伴部を貶す様な言葉の数々に絶対零度の冷たい視線になりつつあるのを知らずに、黒龍は最後に「あんな弱い奴を側近として置いてる旭の気が知れない」と言った事で二人の殺意は最高潮になろうとしていた。

 

「白龍は?」

「……私は、黒龍と違って白虎姉様が伴部に負けてその婚約者になった事に対しては理解はしている」

「白龍!?」

「ほう……」

「……へえ」

 まさかの言葉に黒龍が愕然とし、雛と葵はその発言に少し驚く。

 

「黒龍。あの時、白虎姉様や黒虎兄様と一緒に旭や夜、伴部と戦っていたのは覚えているな?」

「え……う、うん」

 黒龍は姉の言葉に疑問符を浮かべながら頷く。

 

「その時、旭達は入れ替わり立ち代わり戦っていたんだが……旭達は入れ替わる時に私達の武器それぞれに武器破壊の技をかけていたんだ」

「え……そ、そうだったの?」

「ああ。旭と夜は位置の関係で実力的には三人の中で一番弱い伴部と向かい合う白虎姉様のトンファーへは特に念入りに武器破壊を撃ち込まれていたんだ。つまり……」

「白虎姉のトンファーが砕けたのは偶然じゃない……」

「ああ……あの二人の技とそれが起こるのを信じて必死に白虎姉様の攻撃を凌いでいた伴部の作戦勝ちだよ」

 白龍の説明に黒龍は不満そうにムスッとした顔でそっぽを向いた。

 

 ……そんな白龍に白虎は首を傾げながら疑問を口にする。

 

「確かにそうだったんだけど……その話、誰から聞いたの? それに伴部を認めているなら、どうして攻撃したの?」

「あ、話は旭から聞いたんです。白虎姉様が何故下人の伴部に負けたのかを知りたかったので」

 最初の質問に答えた白龍は息を整えると、二番目の質問にかなりの苛立ちを込めながらこう言った。

 

「私が伴部に苛立つのは、必死に想いを伝えている白虎姉様に手を出さない……白虎姉様と子作りをしないことです」

 その言葉を言った瞬間……雛と葵は光を失った目で白虎を睨み付け、紫は子作りの部分で顔が真っ赤になる。

 

 それに気付かず、白龍は更に語気を強める。

 

「そりゃ、旭に佳世や紗世、紫様みたいに可愛らしい人や葵様みたいに美しい人、雛様や(ゆかり)みたいに凛々しい人がいるのなら目移りをするのはわかります。ええ、私が伴部の立場でも思わず目移りをしてしまうでしょう。しかし! 白虎姉様もそれに負けないくらい美人だし、何より伴部の心を射止めるために色々と試行錯誤をしています! まあ、基本的には倒して婚約を結ぼうとしていたようですが……此処に来てからはそれとない気遣いや訓練が終わった後に軽食を届けたり、狐に手傷を負わされて動けなかった時は介護までしていたし、果ては夜這いまでしたにも関わらず……何故、あの男は白虎姉様に手を出さないのですか!」

「何で、それを全部知ってるの……!?」

「ああ、逢見家の女中に白虎姉様を応援している人がいまして。その人に全部聞きました」

「あわわわ……!」

「「…………」」

 顔を真っ赤にしながら手で覆う白虎を雛と葵は泥沼の様な暗い瞳かつ無表情で見ているが、葵が手に持っている扇がみしみしと音をたてており、雛は側に置いてある刀に手をかけておりそれを抜き放つ寸前であった。

 因みに紫は可愛らしいと言われた事に頬を赤くし、(ゆかり)はそんな義姉に呆れていた。

 

「おい、これヤバくないか……?」

「いざという時は、俺達で止めるぞ……!」

「私達で止められるかしら……?」

「でも、なんとか止めないと道虎の存在が消えちまうぞ……」

 そんな様子の雛と葵に白夜達はひそひそと話し合いながらいざという時は止めようとしていたが……

 

「姫様、お客様方、御申し付け通り茶を淹れて参りました」

「……御苦労様、入りなさいな」

 その声と共に伴部が隠行術を応用して静かに障子を開き……

 

「消えろ、雑魚下人風情がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「天……誅ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「危ねえ……蔵丸!」

 白龍と黒龍は伴部が来るや否や巻物から青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)方天画戟(ほうてんがげき)を取り出して斬りかかるとそれを白夜が蔵丸から直接装備したメカニカルな小手で柄の部分を弾く事で軌道を反らした。

 

「……邪魔をするな! その下人は絶対に消すんだ!」

「その鈍感の性根を叩き直すのを邪魔するなら容赦はしない!」

「なんでそうなる……!?」

 二人の凶行に雛と葵は殺意をさらに強めるが、二人はそれを無視しつつ二人の攻撃を止めた白夜に武器を向けながら止めた理由を聞く。

 

「いや、まあ……キレる理由もわからんわけでも無いんだけどよ……だからって、二人がかりで一人に襲い掛かるのはフェアじゃねえだろ」

「待て、姫様達の前で襲い掛かるのも不味いだろ」

 白夜が止めた理由に伴部は呻きながらツッコミをきめる。

 

「まあ、要するに……だ。俺と伴部さんが組んでこの屋敷の庭であんたらと戦うならイーブンだ」

「此処は逢見家の屋敷で暴れるのは……」

「それなら問題ないわ。何が起きても私とお姉様が上手く取り繕って上げるから。あるいは貴方が大人しく斬られるなら庭も荒れずに済むわよ?」

「葵、何を考えている!?」

 葵の言葉に愕然とした雛の言葉をBGMにしつつ、伴部は内心で「冗談じゃねぇよ」と毒づきながら白から受け取って九恩が投げた班長用長槍(三代目)を空中でキャッチする。

 

「……手加減無用で殺す」

「流血沙汰は止めろ。白虎姉様や旭の名誉に関わる」

「ち、だったら再起不能にして鬼月家に処理させる」

「待て、戦うならルールが必要だろ」

「ストップだ」

 そう言って白龍と黒龍は各々の武器を構えると同時に伴部達に襲い……掛かろうとして紫音と雛子に止められた。

 

 ──────────

 

「と、いう訳なのです」

「なにをどうしたらそうなるんすか……」

 あたいは紫姉の説明と今すぐ伴部さんと白夜さんに襲い掛からんばかりに戦意をたぎらせている白龍と黒龍を見て頭を抱えるっす。

 

 いやまあ、ずっと伴部さんを思ってる雛姉や葵姉の気持ちも甲斐甲斐しく世話をする白虎の想いを受け止めない伴部さんもどうかとは思うんすけど……だからって、襲い掛かる白龍も白龍だし、一族の家訓を無視して伴部さんを殺しに来る黒龍も黒龍っすよ。

 後、葵姉はなんでそんな二人と伴部さんと白夜さんの模擬戦の許可を……もしかして、二人を伴部さんの成長の為の当て馬にするつもりっすか? 

 

「まあ、白夜さんの実力をみたいなと思ってたし渡りに船っすね」

 あたいは白龍や黒龍と向かい合っている白夜さんを見ると、準備運動をし終えると腕に着けてある変な小手をいじっていたっす。

 

「紫音さん。あれって、何すか?」

「ん? ああ、あれは白夜の親友で葛葉唯の子孫の葛葉(れん)が作った『機巧霊具(きこうれいぐ)』だ。能力は……まあ、見ていればわかる」

 そう言って、紫音さんは伴部さん達の方に向き直ったっす。

 

(唯の子孫……か)

(期待はできそうっすね)

 あたいと夕陽はそんな事を思いながら同じく向き直るっす。

 

「双方、準備は出来たな? ルールを再度言うが殺しは無し、周りの植物を傷付けるのもダメ、建物に損傷を与えるのはご法度だ」

 雛子さんの言葉に伴部さん達は頷くとそれぞれの武器を構えるっす。

 ……でも、これって白龍と黒龍にとってはかなり不利な様な気がするっす。何せ二人とも得物は長柄だし、王家の人達が良く使う投擲系の武器もかなり制限されるんすよね。

 

「それでは、始め!」

「先ずは、お前からだ! 方天画戟・『斬式』!」

 雛子さんの言葉と同時に白龍は方天画戟を巨大な大剣に変形させて白夜さんに斬りかかったっす。

 ……白龍の方天画戟は霊力を流し込む事で切ることに特化した大剣、突く事を主眼においた矛、叩き潰す事を目的とした槌、近づくものを薙ぎ払う為の斧、身軽であるがゆえに敵の攻撃を払って防げる棒の五つの形態に変換出来る王家秘蔵の武具なんすよね。

 

「『吠えろ、風よ』!」

「うわぁ!?」

 白夜さんは小手を横薙ぎに振るうと、そこから風の衝撃波が発生して白龍を吹き飛ばしたっす。

 

「あれが白夜さんの武器の能力っすか?」

「いや、あれだけではない。あれには……」

「それがお前の武器か……ならば、こうだ!」

 白龍はそう言うと、大剣を横薙ぎに振るって……その一撃は白夜さんを吹き飛ばすどころか、白夜さんが両断されたっす。

 

「な、何故両断されて……「おらあ!」がふ!?」

 白夜さんが両断されたのを見て慌てていた白龍を地面の下から現れた白夜さんに殴り飛ばされたっす。

 そして、両断された方は……水になって地面に染み込んでいったっす。

 

「あれが蓮が白夜専用に作った武具の1つ『五行丸(ごぎょうまる)』の力だ。五行丸は陰陽五行の力を付与していてな、ああして様々な事が出来る」

「ほえ~……ところで紫音さん。白夜さんって、もしかして……」

「……気付いたか。あいつは霊力はあるんだが適正があるのが身体強化の術だけでな、それを補うために蓮が色々と作ってるんだ」

 ふーん……あたいと唯ちゃんの血筋は未来でも仲が良いんすね! 

 

「『刃を赤熱せよ』、青龍!」

「うおお!?」

 おっと、黒龍と伴部さんの方も始まってるっすね。

 黒龍が刃が赤くなっている青龍偃月刀を伴部さんに向けて振るい伴部さんが横っ飛びに避けると……切っ先が触れた地面が蒸発したっす。

 

「……殺しは無しだと言ってたと思うが?」

「安心して、殺すつもりはない。あなたの腕と足をくっ付けられないくらいにバラバラの再起不能にして鬼月家にあなたを処理させるつもりだから!」

「俺は死にたくないんでな!」

 そう言って、伴部さんは青龍偃月刀を持っている腕に向かって槍の突きを放って……

 

「『我に風を纏わせよ』、青龍!」

「く!?」

 その瞬間、風を纏った黒龍によって弾かれてその反動を利用して横に転がると……さっきまで伴部さんがいた所を横薙ぎに青龍偃月刀が通過したっす。

 

 ……黒龍の持っている青龍偃月刀は昔の王家の当主が大陸で暴れていた龍の凶妖を叩きのめしてそれを封じ込めた、白龍の方天画戟同様に王家秘蔵の武具なんすよね。

 因みに、封じ込められた凶妖は王家の伝承によると『口よりは業火と激流を吐き、咆哮で万物を自在に操り、飛べば大嵐を呼び、ほんの少し身動ぎしただけで大地震が起こる』っていう凄い化け物で、卓越した人はその力を自在に扱えるんすよね……黒龍はまだ刃や自分に力を付与できるだけなんすけどね。

 

「やっぱり、大したことない。お前なんかが、白虎姉に勝った事自体が間違い……わ!?」

 そう言って、黒龍は伴部さんを追撃しようとして……何かに足を取られてひっくり返ったっす。あれは……小さな硝子玉? 

 

「小細工を……あぐ!?」

 黒龍は慌てて立ち上がろうとするけど、そのたんびに硝子玉に足を取られてゴロゴロと転がるっす。

 

「あいつにいきなり『ビー玉』を渡された時はどうしようかと思ったが……案外使えるもんだな」

 伴部さんが驚いた様な顔でそう言ったっす。……あれって、白夜さんが渡した物なんすね。

 

「くう……仕切り直し! 『我を浮かせよ』、青龍!」

 黒龍がそう言うと、青龍偃月刀から発生した風が黒龍を浮かし、さらに硝子玉を黒龍の周りから弾き飛ばしたっす。

 

「これで小細工も効かない! 『鎌鼬を吹かせよ』、青龍!」

 黒龍がそう言うと、青龍偃月刀から風の刃が発生して伴部さんに殺到したっす。

 

「ぐう!」

「な!?」

 それに対し、伴部さんは致命傷になるものを槍で弾きながら突進したっす。

 

「この……」

「は!」

「小細工は効かないと言った!」

 伴部さんを迎撃しようとした黒龍に向かって伴部さんが小袋を投げると、黒龍はそれを赤熱させた青龍偃月刀で切り裂いて……あれ? 

 

「な……こ、金平糖!?」

 黒龍の言うとおり小袋の中に入っていたのはただの金平糖で、それに気をとられていた黒龍は伴部さんへの迎撃が致命的に遅れて……

 

「黒龍!」

「おわあ!?」

「うお!?」

 そこに方天画戟を巻物にしまって白夜さんと格闘戦をしていた白龍が白夜さんを投げ飛ばして伴部さんを黒龍から引き離したっす。

 

「白龍、ごめん助かった」

「気にするな。妹を助けるのは姉の役目だ」

 そう言って白龍と黒龍は武器と拳を構えて……あ。

 

「さあ、続きを……」

「その前に……橘商会で説教だ。白龍に黒龍」

 その言葉を聞いた二人は硬直し、続いて『ぎぎぎ……』と音が付きそうな感じで振り向くと……そこには物凄く怒っている壮年の男の人がいたっす。

 

「お、叔父さん……ふぎゃ!?」

「叔父様……むぎゅ!?」

「父さん……」

「一月振りだな、白虎。伴部殿、鬼月家の姫君方……此度は私の姪達が迷惑をかけました。以降はこのような事が無いように確りと言い聞かせます」

 二人をあっという間に気絶させてあたい達に頭を下げたのは、王家の現当主で白虎と黒虎の父親の『紅虎(ほんふー)』さん。この人は伴部さんを認めていて、二人の仲を見守ってるんすよね。

 

「……はあ、白ける結果になったわね」

「それは申し訳ありませんな。しかし、勝手に白虎の思い人である伴部殿を襲いに行った姪達を止めなければ我が家の責任にもなるので」

 葵姉の残念そうな……そして、目的が成功しなかった事に対する苛立ちをのせて紅虎さんを睨み付けたけど……紅虎さんはそれを笑って流したっす。

 

「それでは私達はこれで」

 そう言って紅虎さんは二人を担いで橘商会の方に帰って行ったっす。

 

「……だー! 不完全燃焼だぁー!」

 白夜さんは地面に大の字になりながらそう言ったっす……

 

 ──────────

 

「この前は災難だったわね」

「ああ……」

 俺は苦笑いをしながらそう言ってきた葛葉唯に溜め息を吐きながらそう答えた。

 

 俺達は都の一角、都を十字に貫く主要通りの一つである朱雀通りに面したその屋敷が橘商会の本店であり、そして橘家の屋敷の前で橘家の当主に招かれたゴリラ姫やデブ衛門を牛車の側で待っていた。

 

 ……なぜか鬼月旭は別の用事があった様で、鬼月白夜達を連れて何処かに行ってしまったが。

 

「でも、白虎の気持ちに中々応えないあんたも悪いのよ? 断るなり、思いに応えるなりすれば白龍達も納得してただろうしね」

「う……」

 俺はその言葉に呻きながらジト目で俺を見る葛葉唯から目をそらした。

 

 ……白虎が本気で俺に恋心を向けているのは、ここ1ヶ月で理解はしていた。していたのだが……やっぱりこの世界(闇夜の蛍)だと何時、何どき何処で死亡フラグが立つかわかったもんじゃない。

 

 だから……

「多分だが……思いに答えるとしたら原作後だろうな」

「何年待たせる気よ……下手をすると白虎が病むわよ? てか、その前に黒虎や白龍達に八つ裂きにされるかも……(若しくはゴリラ姫か姉御様に監禁される、ね)」

「嫌な事ばかり言わないでくれ……」

「事実でしょ」

 俺は冷淡に反応した葛葉唯に溜め息を吐きながら何時ものように瞑想を開始する。術式、特に隠行の研鑽において瞑想は有効な修行方法だった。平常心を無理矢理保ち、思考をクリアにし、物事を客観化して、気配を限りなく希薄にするこの行為はこのような待ち時間では十分に効果のある修行方法であった。

 

 尤も………どうやら今回もこの修行は途中で打ち切りになりそうだったが。

 

「……御嬢様方、大変失礼ながら何をしておいででしょうか?」

「はい。伴部さんがいつ反応してくれるのか待ってました!!」

「か、佳世……ダメだよ、お仕事の邪魔をしたら……」

「あはは……」

 牛車の傍らで佇んでいた俺は遂に反応して仕方無しに声をかける。すれば文字通り目の前で彼女は義姉の控えめな制止を無視しながら、パッと花が咲くような笑顔を見せてくれた。

 

 その出で立ちは大正時代を思わせるような和洋折衷な袴姿、顔の造形は南蛮の血の影響からか印象的だった。幼げな、金髪碧眼の御人形を思わせる美少女で、何処か太陽や向日葵を連想させる。

 もう一人の出で立ちは前者と同じく大正時代を思わせるような和洋折衷な袴姿。しかし顔は扶桑系の顔らしく、儚げで日本人形を思わせる美少女で、先程とは逆に月や百合を連想させる。

 

 ……その屈託のない笑みと大和撫子な佇まいは下人の荒んだ心には毒だな。どうぞ何処か別の場所に行ってその愛嬌やある元気な笑顔や気配りの出来る優しさを皆に振りまいて欲しいものだ。というか行けやこら。

 

「まぁ、連れない人ですね。そんな事仰らないで下さい。私、悲しくて泣いちゃいます!」

「御嬢様は向日葵のようにとても逞しくありますので、私程度の者の言葉でお泣きになられる事はないかと」

「ごめん、佳世。私もそう思う」

「御姉様まで!? もう! 私、本当に泣いちゃいそうです!」

 俺の淡々とした返答と義姉からのまさかの肯定に子供らしく口を尖らせて、頬を膨らませて心外だとばかりに拗ねる少女。けど君、実際身体使ってでも乗っ取られたお店を取り戻そうとするくらいには肝据わってるよね? 

 

「あら、そんなに御見つめになられて何かありましたか? ……私に惚れちゃいました?」

「か、佳世~迷惑にならない様に離れようよ……」

 俺がジト目なのに気付いているのかいないのか、橘商会会長橘景季の一人娘である佳世……橘佳世は相変わらず何が楽しいのか分からない頬を少し赤く染めてニコリとした笑みを浮かべながら此方を見上げ、義姉で転生者仲間の橘紗世の必死な訴えも黙殺しながら見つめていた。

 

「で、伴部になんの用? 遊び相手なら仕事があるから無理だし、旭ならいないわよ?」

「あ、そちらなら牡丹ちゃんから話を聞いたので大丈夫です」

 葛葉唯の言葉に佳世ちゃんはニコニコと微笑みながらそう言う。

 

 ……そう言えば、三年前のクロイツ家過激派との決戦でアリシアが寝返る切っ掛けになったのはあいつが佳世ちゃんを連れてきたからだったな。アリシアはどうにも肉体的にも精神的にも危険な術を使おうとしたようだが、紆余曲折を経て友達になった旭や佳世ちゃん、松重牡丹の説得で思いとどまって、最終的には過激派を打ち砕くのに協力してくれたんだよな。

 

「今日は伴部さんに提案をしに来ました」

「提案……で、ございますか?」

「はい、それは……」

 俺が怪訝な顔でそう聞くと、佳世ちゃんは笑いながらこう言った。

 

「伴部さん、下人衆から旭衆に移って都組に来ませんか?」

「は? そ、それはどういう……?」

「えっと……つまりですね、佳世が伴部さんの鬼月家における立場を旭ちゃんに下人衆から旭衆に移してくれる様に頼み込むつもりなんです。で、それから都組に入って橘商会に来ないかって言ってるんです」

「今なら私と御姉様が伴部さんのお嫁になりますよ?」

「私まで巻き込まないで!?」

 俺は顔を真っ赤にしてわたわたと慌てて佳世ちゃんを追い掛け回す橘紗世をみながら顎に手を当てて考える。

 

 実は『下人衆を抜けて旭衆に入らないか?』というのは鬼月旭から常に打診されている事だ。理由は鬼月旭曰く「それなりに戦闘経験があって、それなり以上に能力のある人って貴重なんすよ」と言っていたが……まあ、毎回危険な目に合う俺を哀れんでのことだろう。あいつ、下人衆に対して同情をしているようだし(同情できない理由で下人にされた連中にはその限りではないが……)。

 

 ただ、そのその試みは今のところ成功していない。下人衆頭の鬼月思水に俺を「旭衆に移籍させてほしい」と打診しては断られているらしい。……まあ、当然の事だけどな。俺がやらかした事は鬼月家にとっては腹が立つことだし、厄介な下人を野放しにしないためや変な前例を作らない為にも俺を抜けさせない様に長老衆が根回しもしているだろうしな……

 

「長老衆なら、心配はありません。根回しの為のお金なら……」

「折角の申し出だけど、断らせてもらうわ」

「うひゃあ!?」

 何時の間にかいたゴリラ姫が佳世ちゃんの言葉を遮りながらそう言った。

 

「……私は伴部さんに聞いてたんですけど?」

「ええ、知ってるわ。伴部は旭のお付きではあるけど、同時に鬼月家の財産だもの。私が断っても良いでしょう?」

「む~……!」

「佳世、失礼だよ」

 ゴリラ姫の傍若無人な態度と言葉に佳世ちゃんは頬を膨らませて睨み付けるが、それを橘紗世はさりげなく佳世ちゃんを庇う様に前に出てそれを嗜めた。

 

「……姫様、随分早い御戻りで御座いますが、何事か御座いましたか?」

「えぇ、少し面白い申し出があったから一言教えて上げようと思ってね」

 俺の質問にゴリラ姫はころころと笑いながらそう言う。

 

「申し出、とありましたか? 一体どのような案件でありましょう?」

「大した内容ではない雑用よ。ただ……丁度受け入れるだけの理由があったからね」

 そう言って加虐的な笑みを浮かべるゴリラ様。その言い様に俺はこの前の白龍、黒龍姉妹との手合わせが中止された時の様子を思い出す。あ、大体予想がついて来たわ。

 

「流石に手合わせで怪我は宜しくないらしいのよ。だから、ね? 今回相手にするのはいつも通りよ。……そういう事で、旭衆の都組と一緒に軽く溝掃除でもしてきなさいな」

「え゛……」

 その言葉に葛葉唯は凍り付き、俺も表情が強ばっていくのを感じる。

 

 ゴリラ姫が悠然と宣う言葉はその通りの意味であった。それはつまりは妖退治の仕事………原作ゲームの都ルートでも初期クエストとして解放されていた都の地下に広がる下水道に巣くう雑魚妖共の駆除任務である。そして……

 

「……はは、マジかよ」

「伴部、多分だけど100パー旭も行くと思うから……生き延びるために全力で共闘しましょう」

 俺は葛葉唯の真剣な表情と言葉に小さく頷きながら、面の下で顔をて絶望に満ちた声で呟いた。一見すれば確かにそれは都地下の雑魚狩りクエストであった。しかし、その実それが多くのプレイヤーを嵌めた初見殺しの罠クエストであると知っていたのだから………




次回もお楽しみに!


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第二十三話

「旭、なんで新街の方に来たんだよ? 今日は友人の佳世に呼ばれてたんだろ?」

 新街の裏路地を歩きながら白夜さんがあたいに質問をしてきたっす。

 

「ん~質問に答えると、近日中に来るように言われてて……それで来れるのが今日くらいだったんすよね。他の日は行事だとか、内裏の警備だとかの仕事があったんで」

「……呼んだのは、旭が後の日誌に『大切な戦友』と書いた赤髪碧童子の方? それとも、旭の親友って伝わってる松重牡丹の方?」

「前者っすね」

 ……あたいって、日誌に大切な戦友って書くくらいに赤髪碧童子さんを慕うんすね。と、言うことはあたいは赤髪碧童子さんを調伏に成功したんすかね? 

 

「しかし……この路地、『松重古書店』に通じる路地に似ている様な……?」

「マジで? いや、椿はあの場にいなかったし……」

 紫音さんの言葉に白夜さんが冷や汗を垂らすけど、すぐに気を取り直したっす。……白夜さんって、椿ちゃんをどう思ってるんすかね? 

 

「白夜さんって、さっき名前の出た椿ちゃんを嫌ってるんすか?」

「ううん。白夜も嫌ってはないんだけど……暴走特急並みに真っ直ぐ過ぎる椿の思いをもて余してるのよね」

「伴部さんが白虎の思いに戸惑ってるのと一緒すね」

 そうこうしている間に牡丹ちゃんと赤髪碧童子さんがいる古書店に到着……

 

「白夜様ー!!!!」

「ぐばぁ!?」

 した途端に白夜さんは鳩尾に牡丹ちゃんに似た髪色の元気な女の子の突撃を食らって近くのボロ家の壁に叩きつけられたっす。

 

「つ、椿!? お前、なんでいるんだ!?」

「愛の奇跡ですよ! 婚約者の白夜様を思う私の気持ちが、時空を超えたんですよ!」

「こ、婚約者じゃねえよ!」

「相変わらず照れ屋さんなんですから!」

「ちげえよ!」

 白夜さんが椿ちゃんを必死に押し退けようともがいてるけど……椿ちゃんが全力で抱きついているせいで引き離せないみたいっすね。

 

「椿、何をして……ああ、その男が旭の子孫を自称している男で、椿の婚約者ですか」

「お前の先祖にまで言ってんのかよ!?」

「だって、事実ですから!」

 そう言って元気に笑う椿ちゃんに白夜さんは困り顔になって「俺なんかよりもお前に相応しい奴は入ると思うんだけどなぁ……クロイツ家の『アルト』とかはお前とほぼ同い年だからお似合いだと思うぜ?」と言うと、椿ちゃんは頬を膨らませて更に強く抱きついたっす。

 

「まあとりあえず、白夜さんは一旦無視するとして……」

「無視すんなよ!?」

「牡丹ちゃん、赤髪碧童子さんは何処に……」

 あたいは白夜さんの抗議を無視しながら、牡丹ちゃんに赤髪碧童子さんの居場所を……! 

 

「そこ!」

「おっと……腕を上げたじゃないか」

 あたいが後ろを振り向きながら薙刀を振るうと、何時の間にか後ろにいた赤髪碧童子さんはけらけらと笑いながらそう言ったっす。

 

「い、何時の間に……!?」

「これが伝説に伝えられる凶妖の力の一端……!?」

 いきなり現れた赤髪碧童子さんに戦く雛子さんと紫音さん、未だに椿ちゃんに押し倒されている白夜さんを赤髪碧童子さんは品定めをする様な顔で見て……溜め息を吐くとこう言ったっす。

 

「悪くはないんだけど……旭や伴部と比べると劣るなぁ……」

「悪かったな! 俺達の時代では精々が大妖しかいないんだよ。しかも、大半が直接戦闘が弱いやつで戦闘力が高いのも若いし」

「古い武闘派の大妖はほぼ全員が俺達の時代では『第二次人妖大乱』と呼ばれる戦いで扶桑国の凶妖逹と一緒かそれから少し後に討ち取られ、国外のも扶桑国の外に遠征に出た旭衆と協力した諸外国に討ち取られたからな。俺達の世代では凶妖は殆ど伝説の存在だ」

 ふえ~そんな事が……って、あたい逹って扶桑国の外にも飛び出すんすか!? 

 

「ふーん……まあ、実力差があっても戦おうとするのは流石は旭やその姉逹の子孫ってところかな?」

 あたいが周囲を見ると、雛子さんは鍔に弾丸が入った変な筒を着けた刀を構えていて、紫音さんは扇と鋼線を、白夜さんは椿ちゃんを庇いながら小太刀を構えていたっす。

 

「三人とも武器を下ろしてほしいっす。赤髪碧童子さん、あたいを呼び出した理由を教えてほしいっすよ」

「ん? ああ、前に言ったろ? 『良いものをあげるからさ』ってさ。はい」

 そう言って、赤髪碧童子さんはあたいに向かって何かを投げ渡してきたっす。

 

「わっと! これは……お守り? てか、これ二つあるんすけど……」

「もう一つは伴部の分だよ。一千年も生きた鬼が思いを込めながら作ったお守りだよ。ご利益はあると思うぜ?」

「持ってたら鬼に変化するとか、そんな呪いはかかってないっすよね?」

「安心してください。その鬼が作っている段階でも旭が来る前にも呪いがかけられていないかどうかは確りと確認しましたので」

「やれやれ……そこまで怪しむのかい?」

 牡丹ちゃんがそう言うと、赤髪碧童子さんは肩を竦めながら苦笑いを浮かべてそう言ったっす。

 

「でも、怪しまずに受け取ったら受け取ったらで英雄に相応しくないって感じで殺すんすよね?」

「まあね」

(理不尽で気紛れのくそ鬼め)

 赤髪碧童子さんの悪びれない言葉に夕陽は不満げな声で毒づいたっす。

 

「ああ、そうそう。今、下水道には面倒な奴がいるから注意しときなよ?」

「? まあ、警戒はしとくっすよ」

 あたいはニヤニヤと笑いながらそう言った赤髪碧童子さんに首を傾げながら逢見家の屋敷への帰路についたっす。

 

 それから数日後、あたい逹は下水道の大掃除の為に橘商会に入ったっす。

 

 ──────────

 

「それにしても、此処まで集まるとは……」

「まあ、そうっすね……」

 俺の言葉に鬼月旭は頷きながらそう言った。

 

 現在、橘商会の旭衆都組に与えられた屋敷には旭衆都組の他にクロイツ家が呼び掛けた他の商会や公家逹が雇った傭兵逹が集結していた。

 

 実際、上下水道は都市にとってある種の生命線である。生活する上で水は必要なものであるし、大人口が一ヶ所で生活すれば当然廃棄される汚水の量は膨大だ。大量の汚水をただただ無計画に垂れ流せば疫病の元になるために如何にそれを都市部から離れた場所に浄化して捨てるかは現実の世界の都市でも重要視されていた。

 

 扶桑国の都はこの国で最も上下水道が整備されている。霊脈の恩恵もあって地下水と河川から安全な飲料水や生活用水を確保する事に成功している。それらは井戸や治水設備等の上水道によって都の全域によって供給され、都の内側に限定すれば銭湯が幾つも経営されていて庶民でも入浴出来る程に水資源は豊かだ。

 

 一方、廃棄する汚水については、此方の処理も意外にも進んでいる。都の地下には上水道とは別に鉛と石と煉瓦で造られた広大な下水道が整備されており、そこを伝って都からかなり離れた地に汚水は廃棄される。

 

 いや、『それ垂れ流しでは?』って突っ込みは無しだ。確かに部分的にかつ局所的には現代並みの技術があるにはあるがそれでも平均すればこの世界の、そしてこの国の技術レベルは精々が中近世レベルを越える事はない。高度な濾過・浄化技術は無い訳ではないが発展途上だ。正直ローマ並みの上下水道があるだけかなりマシと思うべきだろう。少なくとも歩いている時に上から汚水がぶちまけられる事はない。

 

 そしてそんな都の水道を管理するのはある種の利権でもある。

 

 井戸水の使用は街単位で税がかかり、銭湯もまた経営者と使用者双方に税がかけられる。というか公営の銭湯まである程だ。当然ながら公共の福祉のためではなく歳入にするためだ。水洗式の厠にかけられる厠税なんてものすらあり、この税収を増やすために朝廷は一時期都の厠全てを水洗式にしよう等という馬鹿げた計画を立てた程だ。水道管理は金の成る木だ。

 

 ……そして同時に広大過ぎる水道の管理は費用もまた膨大でもあった。

 

 現実の多くの中近世の非民主主義国家が夜警国家的な小さな政府であったように、扶桑国もまたどちらかと言えば小さな政府だ。というか国防や食料生産に予算ガン振りしないと化物共のせいで国が滅ぶ。民草の福祉なんて気にしてられないのだ………

 

 橘商会は幾つかある都の水道利権を朝廷から賃借した団体の一つだ。他の公家や商会と共に人足や傭兵を雇い、水道の管理運営を担っていた。問題はここ数ヶ月の間に何度か清掃や補修のために下水道の奥へと足を踏み入れた人足が戻って来なくなった事だろう。その後二回程クロイツ家と王家以外で構成された傭兵の一団を送り込んだが同じく連絡が途絶えた。

 

「だからこそ、何かが入ると考えた景季さんは旭衆都組と鬼月家に探索と、異変の原因が妖の場合には討伐を依頼したんすよね?」

「ええ。まあ、その後クロイツ家の提案で管理を委託されている他の商会や公家にも声を掛けて『大掃除』をする事になったんです」

「何故かクロイツ家は非戦闘員を除いた全戦力を動員してるんすよね……『アーサー』さんも下水道の掃除で、なんでこんなに燃えてるんすかね?」

(そりゃまあ……)

(クロイツ家の連中の『最終目標』を思うとな……)

 俺と葛葉唯は鬼月旭がクロイツ家の現当主がたかが下水道の掃除で何故一族の戦闘員を全員投入するのかわからないと言う風に首を傾げているのを見ながら密かに溜め息を吐いた。

 

 そう。俺逹は知っている。この案件の原因を。そしてその危険性を。それこそこの地下水道で行われているのはバッドエンド中のバッドエンドに関わる事案なのだから。

 

 原作のゲーム『闇夜の蛍』の都ルートにて、真っ先に参加可能な初期クエストでありながら、その実受けたら確実にゲームオーバーとなる確殺クエスト……それがこの地下水道の調査任務である。

 

「旭、貴方もいましたか」

「旭も参加するんだ」

「紫姉! ゆかちゃんも参加するんすか?」

「ええ。友である佳世や紗世が困っているのなら、それを助けないのは名折れです」

「義兄さん逹や義父さんには反対されたけど、出来る限り妖退治の経験を積みたいって言ったら聞いてくれた。……同時に何かあったら助けに来るだろうけど」

「相変わらず過保護なんすね……」

 俺達は赤穂家の義姉妹も参加しているのを見て内心で頭を抱える。

 

 先程も言ったとおり原作のゲーム『闇夜の蛍』の都ルートにて、真っ先に参加可能な初期クエストでありながら、その実受けたら確実にゲームオーバーとなる確殺クエスト……それがこの地下水道の調査任務である。

 

 そして同時に………この任務は人妖大乱において最も悪名を馳せた化物の一体であり、クロイツ家の獲物である『妖母』が直接その姿を現す数少ないイベントであり、赤穂紫にとって最も残酷なバッドエンドの一つである「妖化された上で家族に斬り殺される」という末路を迎えるルートがおこりえるクエストだからだ。

 

(因果関係かね? 佳世ちゃん逹と友達だからって、下水道に潜らなくても良いだろうに……)

(まあ、最悪の場合は赤穂紫のチートな家族が救援に来てくれるとポジティブに考えれば気が楽よ)

(なるほどな……)

 俺と葛葉唯は互いにアイコンタクトを取りながらこれからどうするかを考え……

 

「皆さん、静粛に。これより、『大掃除』の概要を説明いたします」

 声に気付いて顔を上げると、そこには眼鏡を掛けてカソックを着た金髪の優しそうな男が集まっている傭兵と俺達の前に立っていた。

 

 こいつがクロイツ家の現当主であり、アリシア逹の実の父親であるアーサー・クロイツだ。

 

「先ずは情報を纏めますと、下水道の奥には人を失踪させる『何か』がおりそれによって下水道の点検や清掃を行っている人足逹が行方不明になるというのが数ヶ月間も続いています。さて……これを踏まえて私が提案をするのは、各地にある下水道の出口全てから班に別れて侵入し各個に最奥を目指し、原因の特定と可能なら排除をする事です。我々で難しいなら、朝廷に討伐を依頼するように雇い主に掛け合いましょう。命は惜しいですからね」

 アーサー・クロイツの言葉に集った傭兵逹は少しばかり笑う。

 

「意見はありませんね? では、各班の班員ですが……」

 アーサー・クロイツは名を言って班を決めていくが……矢張と言うべきか各班には最低一人はクロイツ家の人間が存在していた。

 

 にしても……どうやって、クロイツ家は下水道に妖母がいるって悟ったんだ? 

 

 ──────────

 

「ローラン、アリシア、少しばかり話せませんか?」

「どうしました?」

「パパ……どうしたんデスか?」

 作戦会議が終わり、後は明日の実行日に備えて準備をするだけの為に解散するとアーサー・クロイツは末娘のアリシアとアリシアのすぐ上の兄のローランに声を掛けた。

 

「いや、我が家にとって重大な事実が判明したからね。話をしなければと思ってね」

「……旭」

「離れても良いデスか?」

「良いっすよ。何時もは離ればなれにさせちゃってるから、親子水入らずで話してほしいっすよ」

「感謝デス」

「わかった」

 そう言ってローランとアリシアは旭逹から離れると、父と共に橘商会から貰い受けたクロイツ家の屋敷に入ると……壮絶なまでの熱量が二人を覆った。

 

「こ、これは……」

「一体……!?」

 そこには久しく使っていなかった妖退治の為の本気の道具や武具を整備する鍛冶師や術師、瞑想をしながら猛る思いを深める者、本気の鍛練をする者や殺気をたぎらせながら模擬戦をする者逹など凄まじいまでの人員が戦意を高揚させていた。

 

「……妖母の最古の子供の一人にして我らの本家にとっての『裏切り者(・・・・)』が来たことが確認されました」

「!? それって……」

「本家の『ローゼンクロイツ家』の最高傑作と名高くも、戦友が本国の西方帝国の皇族や貴族の嫉妬で魔女の汚名を着せられて火炙りにされた事で絶望したが故に妖母の『転生』に自ら委ねたというあの……!?」

 アリシアとローランは驚愕すると、アーサーは頷きながらその名を言った。

 

「……二人の想像のとおり、絶望から吸血鬼へと変生し、帝国を内部から堕落させ崩壊へと導いた人間……『アリア・ローゼンクロイツ』です。五百年前の人妖大乱以降に妖母の死が確認されていない以上、彼女が来たのは母親を連れ戻すためでしょう。そして、彼女が最後に確認されたのは下水道の出口の前です。つまり……」

「下水道に奴は…妖母はいる……!」

「ええ。これは『聖戦』です。我らが先祖の無念をこれまでの旅路の成果を示す時が来ました」

「……!」

 アリシアとローランは父に向けて真剣な顔で居住まいを正す。

 

「……聖戦が終われば後は貴方逹の自由です。私は本家に報告をするために戻りますが、一族の者逹には自身で決めて自分の人生を過ごしてほしいです」

「パパ……」

 アリシアは父の言葉に寂しさを覚えるが、父の想いに己の居場所……淡い恋心を抱いた黒虎や親友の旭や牡丹、佳世と紗世の姉妹がおり、大切な仲間逹のいるこの国を離れたくないという想いを持ったが故にアリシアはこの地に留まることを決意していた。

 

(だからこそ……私の全てを賭けるデス)

 アリシアはそう思いながら、敬愛していた祖父によって背中に彫られた天使の羽と羽の中心を貫くように彫られた生命の樹の紋様に霊力を集中しながら絶対に勝つという決意をした。

 

 ──────────

 

「ぶえっくし!?」

「まあ、どうしました? 風邪ですか? ……でしたら、母が肌で暖めてあげましょうか?」

「……何百年も生きてるのに母上に甘えるのは下に示しがつかんし、結構キツいので……遠慮する」

「あら、そう? 母は何時でも待ってますよ」

 下水道で妖としての母と対面をしていた吸血鬼……『アリア・ローゼンクロイツ』はくしゃみをしたことで心配した妖母に顔を赤くしながら「こほん」と一息吐いた。

 

「それで、さっきの話じゃが……矢張、西方に戻ってきてほしいのじゃ。最近、其処らの魔女狩り狂いの騎士国家郡や植民地に逃げ去った腰抜けの亡命政府とは違う骨のある国が台頭をし始めておってな。国が小さな内に始末をしたいんで、ほぼ無尽蔵の兵力を供与出来る母上に来てほしいのじゃ」

「う~ん……可愛い娘の貴女の頼みなら二つ返事で受けたいんだけど、空ちゃんから頼まれた仕事もあるから……」

「むう……あの有名な凶妖の頼みなら、仕方がない……か」

 母の言葉にアリアは頭を抱えながら、目標を見付ける。

 

「む……母上、居ましたぞ」

「うふふふ、あらぁ。何処にいく積もりなのかしらぁ?」

 二人の目の前には刀を手に持ったモグリの退魔士がおり、二人を見て刀を構えるが……顔が絶望に染まり、刀を取り落とした。

 

「ふん。実力差をよーく、思い知ったようじゃな」

「アリア、そう言ってはいけませんよ? 貴女の弟になる子なんですから」

「母上の能力で妾に弟や妹が何人いると思ってるんじゃ……」

 アリアは母の天然発言に呆れながら完全に心をへし折られた男に近付いていく。

 

「うふふ、怖がらなくて良いのですよ? 大丈夫、大丈夫……さぁ、貴方も今日から私の愛しくて大切な家族、可愛い子供よ? さぁ、よしよし………」

 優しく、囁くような、それでいて妙に反響した声だった。耳の中に入り込み、脳を麻痺させるような甘ったるく、柔らかな声を響かせながら妖母はモグリの頭を豊かで柔らかい胸元に愛情一杯に抱き抱えられて頭を撫でられても、男は最早何も抵抗も、反応も出来なかった。

 

「か……ぞく………?」

「はい。そうよ? 貴方もこれから家族になるのよぅ? そうすれば怖くないわぁ。安心して、皆家族だから怖いものなんてないわよ? 何かあればお母さんがどうにかしてあげるわ。だから何も心配しなくて良いのよ?」

「かあ……さ、ん……?」

「無駄な事を……」

 男は虚ろな目で身動ぎをするが、そんな男にアリアは冷めた目で見つめる。

 

「大丈夫よ? 皆会えるわ。直ぐに会えるようになるわぁ。皆家族になるのだから、何も恐れる事も、怖がる事もないのよ?」

「みんな……?」

「えぇ、そうよ。皆、皆、今度こそは。だから……」

 優しく包容する妖母は男に向かって口元を吊り上げる。そして心底優しく囁いた。

 

「だから、貴方も私が産み直して上げるわね?」

 むしゃむしゃ、もぐもぐ、ぐちゃぐちゃと。むしゃむしゃ、もぐもぐ、ぐちゃぐちゃと。むしゃむしゃ、もぐもぐ、ぐちゃぐちゃと。むしゃむしゃ、もぐもぐ、ぐちゃぐちゃと。むしゃむしゃ、もぐもぐ、ぐちゃぐちゃと。むしゃむしゃ、もぐもぐ、ぐちゃぐちゃと………咀嚼音が辺りに響く。

 

「……相も変わらずに凶悪な能力じゃな。だからこそ、あの男が信じられんのじゃ」

 咀嚼音が響く中でアリアの脳内には『俺のお袋は、俺を股から捻り出してくれたお袋だけだ! てめえみてえな、化け物じゃねえんだよ……消えろ、お節介ババア!』と言って、母の能力を受けていながらそれを否定して斬りかかった乱暴に髪をうなじで括った『オレンジ色の髪』の男が浮かび……

 

「そして、同じものを感じたあやつとあやつの国も危険じゃと判断したのじゃ……新たなる西方帝国を作り上げる危険性のある、あの国を……な」

 同時に西方で建国された、只人も魔女も半妖も本当に善良な妖さえも受け入れると国の方針を定めた国王の姿を思い出しながら、そう呟いた。




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集8『葵編』

旭に対する思い
葵「ちょっとお馬鹿だけど……大切な妹よ?」
旭「葵姉、嬉しいけど一言多いっすよ?」

傷だらけの少女
葵「あれは……私の罪よ」←傷だらけの旭の体をみながら辛そうな表情の葵のCGが映る

葵&旭エンド(旭メイン時)
旭「葵姉、環君……次は何処に行くっすか?」
葵「旭が決めて良いわ。貴女と環が選んだ所なら何処にでも行くわ」←笑顔で旭や環と歩く葵のCGが映る。

葵&旭エンド(葵メイン時)
「環、これからも旭ともどもよろしくね? 『私達』の旦那様?」
「あ、葵姉!? それって、どういう意味っすか!?」←葵の発言に葵に慌てて詰め寄る旭のCGが映る。


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第二十四話

「ごめんなさい……」

 あたいは人の皮を被った妖を切る。

 

「ごめんなさい……」

 また人の皮を被った妖を切る。

 

「ごめんなさい……」

 あたいが無責任な事を言っておいて、守れなかった人達の残骸を切る。

 

「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 切って、切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って……

 

 

「はー……はー……!」

 あたいは汗をびっしょりとかいた状態で跳ね起きていたっす。

 

(久しぶりだな、『あの時(対魔士としての初仕事)』の夢を見るのは)

「……そう、すね」

 あたいは夕陽の言葉に力なく微笑みながら水飲み場に来て……そこで、何処か険しそうな顔をしたカサンドラさんと鉢合わせしたっす。

 

「カサンドラさん、どうしたんすか?」

「旭……今までの経験上『これ』はしないとは思いますが、聞いてください。今日の下水道の妖退治には参加しないでください」

「? どうしたんすか、急に……もしかして、何か予知したんすか?」

 あたいの言葉にカサンドラさんは弱々しく微笑みながら、その内容を言ってくれたっす。

 

「……太陽と月を覆う二つの黒い影、一つは緑がかった黒でもう一つは黒の中に光る紅い目。それによって黒く染まった太陽と月は不死鳥と桃色の風を消し飛ばし、その後……この都を黒い影達と共に崩壊させていました」

「……滅茶苦茶不吉な予知っすね」

 太陽はあたいだとして月は……伴部さんすかね? それが黒く染まるって事は黒い影達は何らかの洗脳能力を持っていて、それによって操られたあたい達は不死鳥と桃色の風……つまり、雛姉と葵姉を殺して都まで崩壊させると……本当に不吉な予知っすよ。

 

「お願いです。旭、貴方と伴部は参加をしないでください。もしも貴方達が参加してそうなってしまったら、私は私は……」

 あたいは再び誰も予知を信じてくれず孤独に過ごす事に怯えているカサンドラさんの肩を背伸びして、『ポン』っと叩いたっす、

 

「大丈夫っすよ、カサンドラさん。あたいも伴部さんも無事に帰って来るっすよ。だって……あたい達は覆せない筈だった予知をひっくり返したんすからね」

「旭……」

 あたいの言葉にカサンドラさんは『ハッ』とした感じで顔を上げたっす。

 

 三年前のカサンドラさんの予知は要約すると『王家とクロイツ家の抗争で新街が消し飛ぶ』、『ルード・クロイツ率いるクロイツ家過激派の反乱で都が火の海になる』、『誘拐された佳世ちゃんが山賊武士団もろとも妖に食われる』の三つだったっす。でも、抗争はあたいや伴部さん、夜に王家とクロイツ家穏健派の努力で回避されて、ルード・クロイツの反乱はあたいと夜や伴部さん、土壇場であたいの話を信じてくれた多々良さん達や王家、クロイツ家穏健派の連合軍の参戦、果ては佳世ちゃんとあたい、牡丹ちゃんに説得されたアリシアの離反によって未遂で終結。最後の佳世ちゃん誘拐事件も伴部さんと白虎が佳世ちゃんを保護してくれたり、紫姉との壮絶な死闘を繰り広げた結果正気に戻ったゆかちゃんや妖刀を真の意味で従えた紫姉の参戦、山賊武士団の協力によって(怪我人は出たけど)全員無事に生きて帰れたっす。

 

「だから……今回だってきっと未来は良い方向に返られるっすよ」

 あたいがそう締め括るとカサンドラさんはちょっと驚いた後で微笑みながらこう言ったっす。

 

「その底無しにも見える程の前向きな考え方が、他の未来を引き寄せるのね。実はもう一つ予知がでていたの」

「え、そうなんすか?」

「ええ、此処最近は私の予知に二つ目の予知が出ることがあるの。予知の内容は碧い鬼の影、轟々と真逆の方向に流れる河。そこから飛び出す不死鳥の雛と桃色の狼、紫色の蛇とそれらを従えるオレンジ色の龍と天使と白と黒の龍を従えた白い虎が太陽と月に覆い被さろうとする黒い影達を太陽と月の中にほんの少し影達の欠片を残して追い払っていたわ」

「本当に抽象的な内容っすねぇ……」

(内容は理解できるな。鬼の影は恐らく赤髪碧童子のお守り、真逆の方向に流れる河は未来から来たと言う白夜達だろう。天使と白黒の龍を従えた虎はアリシアと龍姉妹、白虎だろうな。……影達が旭と伴部に欠片を残すのはわからんがな)

 夕陽の考察に成る程と頷きながらあたいはカサンドラさんに言葉を紡ぐっす。

 

「そんなわけで、大掃除に備えて寝とくっすよ。カサンドラさん、お休みなさいっす」

「ええ……お休みなさい、旭。よい夢を」

 あたいはカサンドラさんに手を振りながら寝室に向かったっす。

 

「……そう、未来は返られる。それは、旭……貴女が示してくれたのよ」

 旭が去った後で、カサンドラは庭にでて星空を見ながら目を閉じる。

 

 浮かぶのは、絶望と諦観に染まった目で妖達とともにこの国を蹂躙する少女の姿。

 

 彼女は母と共にこの国に来た時にこれを見てしまったが故にこの国の民を救う為に奮闘し……呪いによってペテン師と罵られ、あまつさえ母まで失った彼女は絶望と共に国を出ようとした時に出会ったのが旭と伴部であり、そして……

 

「旭、ごめんなさい。実は、一つだけ嘘をついていたの……最近(・・)じゃなくて二つ目の予知が出るのは、出会ってからなの」

 カサンドラは再度目を閉じると、浮かぶのはもう一つの未来。それは件の少女と伴部を両脇に控えさせた旭が巨大な黒い影と自身を含む数多の仲間達と共に対峙する予知だった。これは旭と出会った時から見ている予知であり、未だに未来が確定していない証拠であった。

 

「未だに浮かぶということは、まだ未来は確定していない。彼女達は死なないって事ね」

 カサンドラはそう言って微笑むと、己も眠るべく与えられている寝室へと向かっていった……

 

 ──────────

 

「さてと……そろそろ作戦開始時刻っすね」

「……は」

 俺は鬼月旭の言葉に相槌をうちながら周囲の俺達の班の人員を確認する。

 

 俺達の班の人員は鬼月旭、俺、葛葉唯、白虎に鬼月白夜と鬼月雛子、アリシアだ。

 隣には赤穂紫と赤穂(ゆかり)の姉妹に率いられる夜、白龍と黒龍の姉妹に鳥谷有吾、鬼月紫音と赤穂九恩にアリス・クロイツの班がいた。

 

 因みに、龍姉妹は俺に対して凄まじいまでの威圧的な視線を向けていた。

 

「旭様、質問があるのですが」

「どうしたんすか?」

 俺は視線から逃れるために鬼月旭に疑問に思っていることを聞いてみる。

 

「何故、白夜様達が此処に?」

「あ~……どうもどっかの商会や公家が先走ったみたいで、あたいと紫姉の班の人員が足りなくなっちゃったんすよ。それで白夜さん達が立候補してくれて……」

 そのままなし崩しで班員になったと……

 

「旭様、夜さん、唯さん、伴部さん……その、お気をつけてください……!」

「兄貴、旭様達も気をつけてね」

 ゴリラ様と姉御様がいる牛車の側でそう答えるのは白丁姿の白と花であった。白は尻尾と耳をしなしなとさせて花と一緒に心底心配そうに此方を見やる姿は演技には見えない。……演技だったら流石に少しショックだわ。

 

「任せとけって。必ず戻る」

「大丈夫っすよ! 危なくなったら逃げるんで!」

「……あぁ。分かっている。危険を感じたら情報だけ集めて戻る積もりだ。旭様の言うように心配する事はない」

「……私達だけじゃ無理だったら、他の班と協力して戻ってくるから」

 本当は心配よりも依頼を受けたゴリラ様を姉御様と一緒に説得して欲しかったが流石にそれを詰る程俺も子供ではない。立場上絶対的な上下関係があるのは彼女も同様なのだ。その心配の言葉だけ素直に受け取り安心させる言葉を口にするのが年上の役目だろう。……いや、正確にはこの半妖の小娘の方が年上なのだろうけど。

 

「旭、お前と伴部が持っている御守りの入手経路は後でじっくりと説明してもらうぞ」

「ええ、私もお姉様も土壇場になって気付いたから何も言わないけど……何で御守りからあの女(赤髪碧童子)の気配がするのかしらねぇ……?」

「……はい」

 鬼月旭は鬼月旭で数日前に俺に渡してきた御守りについて姉御様やゴリラ様にじっくりと尋問される事がわかったせいで、かなり青ざめた顔になっていた。

 

(……そりゃあの鬼の手作りの御守りをもってるんじゃなぁ)

(だからって、持ってないとあんたと旭が殺されるわよ)

(だよなぁ……)

 だからこそ、あの鬼は超弩級の地雷女なんだしな……

 

 俺は主から手渡された鬼が作ったと言う御守りを思い出しながら溜め息を吐いた。

 

「……始まったようデスね」

 そう言ってアリシアが鬼月旭を見ると鬼月旭は頬を『バシン!』と叩くと、脇差しを腰に備えて手には各々提灯を手にしている明らかに堅気ではない雰囲気の案内役の人足達と俺達に声をかける。

 

「行くっすよ!」

「出陣です!」

 俺達は鬼月旭と赤穂紫の号令に答えると、下水道へと突入した……

 

 下水道の中は想定よりも存外に広かった。煉瓦造りの半円状、あるいはアーチ状の通路、その中心部に生活排水が流れ、通路の両端にはそれぞれ人が三人並んでも余裕がある程度の足場が続いていた。流石に灯りはないようで、数名の案内役の雑用が提灯を手にして前方天井、背後……隙や物影の出来ないように周囲を照らす。

 

「存外に臭わないのだな?」

 反対側の通路を歩く赤穂紫は先行する案内役に尋ねる。どうやら下水道という事でもっと酷い臭いを想定したらしい。

 

「あー、ここの排水は風呂とかのが中心でね。それにここに来る前に消毒薬をぶちまけられてますからね。まだまだこの辺りは言う程汚くはありませんよ」

「奥に行けば行く程汚い……つまり、妖が発生する原因にもなる穢れが多いって事っすね?」

 皮肉げに語る先頭の案内役。続くように他の者らが冷笑する。つまりはここから奥は更に酷い場所だ、と言っているに等しかった。……が、鬼月旭はそんな態度に怒るでもなく「みんな、注意するっすよ!」と警戒するように発言した。

 

「流石は旭の嬢ちゃん、豪胆だぜ……」

 そう言ったのは俺達の側の案内役の一人の孫六(まごろく)だった。

 こいつは三年前にこいつの妹が人攫いに拐われた際に質の悪い情報屋(売り飛ばした後で夜に顔が変形する位にボコボコにされたらしいが……)に同じ人攫いに売り飛ばされかけたが脱走した鬼月旭や人攫いに抵抗してボコボコにされた孫六と出会って事情を知った夜や松重牡丹によって救われた為にその恩を返すために今回の依頼に同行しているらしい。

 

 ……皮肉を皮肉と気付かずに笑顔で「注意してくれてありがとうっすよ!」と言う鬼月旭に他の案内人は内心では苛ついているみたいだけどな。

 

 因みに案内人達が赤穂紫を冷笑したのは、扶桑国の建国の前まで遡る。

 

 自分達を帝家や公家達と共に神話の時代の神々の子孫と称する退魔士一族の多くは、しかしその実は被差別階級がその源流である事は秘密である。

 

 考えてみれば簡単に導き出せる答えだ。俺もそうだが初期の霊力持ちは霊力があるとしても微弱であり、小妖相手ですら油断したら殺される程度の力しかない。いや、この原作の時代ならば妖相手の戦い方や鍛練のノウハウが豊富に残っている事を思えば、そんなものがなく、ましてや技術レベルの低さから武器の質も一層粗悪だった当時はそれ以上に絶望的だった事だろう。

 

 下手に霊力があるせいで化物共を呼び寄せる霊力持ちが、まだ国という概念がなく精々が村や里単位……人口にして数十から数千人……のコミュニティしかない古代においては災いを呼び寄せる、あるいは化物に魅いられた穢れた存在として差別され、排斥される存在として扱われたのもある意味道理であろう。

 

 彼らの扱いは悲惨を極めた。生まれた瞬間に殺されるのは当然として、家族ごとコミュニティを追放されたり、あるいは知性ある凶妖に屈服した村や里では生け贄として育てた霊力持ちの子供を定期的に差し出したりなんて例すらあったらしい。というかゲーム発売から五年もしてから発行された扶桑国建国の裏側を舞台としたスピンオフ小説でその辺りについてはかなり詳細に設定が明かされた。

 

 スピンオフ小説でも触れられたがコミュニティを追放された霊力持ちの者達は仲間同士で集まり、襲いかかる妖相手に自衛し、仲間同士で子孫を残した。それによって急速に力を強め、そして何時しか里や村相手に妖退治の依頼を受ける傭兵紛いの仕事をこなす様になると差別され、同時に畏怖される流浪の一族と化した。これが最初期の退魔士一族であるとされている。

 

 一四〇〇年余り前、何処からともなく現れたある男が、今では央土と呼ばれる凶妖共──それどころかその先の存在である神格的な存在すら複数跋扈して霊地を奪い合う地獄のような地方で、各所に隠れるように点在する里や村の長達をその口で束ね、最も強力な霊脈が流れる地を人外の化物共から奪い取り街を建設して国を立てた。それが半ば神話的な存在である初代帝であり、帝を支える公家衆の始祖であり、都であり、扶桑国である。

 

 当時圧倒的な戦力差があった扶桑国と妖……それでありながら霊脈を扶桑国が奪取出来たのは初代帝の圧倒的なカリスマもあるし、初代右大臣とその傘下にある隠行衆の命懸けの暗躍による情報操作とそれによる有力な妖共の潰し合い、あるいは人間に育てられた善良な天狗の少女の活躍もあるが、一番の決め手は扶桑国が差別されて行き場もなくさ迷っていた各地の妖退治の一族達の引き抜きをした事にある。

 

 彼らを支配者側に組み込み、妖達との戦いにかつてない規模で動員する事で扶桑国は辛うじて都を、その下に流れる霊脈を妖共から奪い取る事に成功し、退魔士達は土地と身分と名誉を手に入れて支配者の側へと組み込まれた。

 

 そして扶桑国の安定期に入るとその権威の維持──被差別階級に譲歩して権力を与えたなぞ口が裂けても言えない──のために情報統制によって極一部を除いて退魔士達が元々迫害された集団であった知識は抹消された。それこそ退魔士自身ですら殆どの一族はその事実を忘れ去っているし、公家衆も正三位以上の、建国以来の名家中の名家以外はその事を忘れてしまい下層の新参の家では退魔士の血統と婚姻を結んでいる家すら珍しくない程だ。

 

 

 数少ない真実を知る者達が同じ被差別階級に属する者達である。

 

 より正確には彼らも殆どが伝承で聞いているだけであり、殆どは半信半疑で確証を持っている者は極一部である。ただ、差別されている立場としては鼻持ちならない退魔士共が実は自分達同様の排斥される存在であったと言う『真実』は実に都合が良く、愉快で、故に彼らはその伝承を心の奥底で『信じて』いた。そして職業選択の自由がなく偏見と差別が当然の時代において地下下水道の案内役を担う手合いと言えば………

 

(確か原作だとそこら辺の人間の醜い感情を利用されるんだよなぁ)

 人妖大乱の時もそうだが、妖共は卑怯で卑劣で、狡猾だ。人間に対して素の力で上回る癖に人間の心の隙間に潜り込んで罠にかけることを好む。

 

 そして大乱時代に比べてかなり平和呆けした原作の時間軸ではそれが大いに力を発揮して、大乱時代の妖共の残党たる救妖衆は昔に比べて遥かに戦力的に弱体化しているにもかかわらずルート次第では扶桑国を崩壊させる事にすら成功するのだ。

 

 ……というかそれすら全て大乱の中盤に敗北の可能性に気付いた空亡が事前に計画していた策というのがね。いや、自分が封印される事すら想定してその後の指示や対策してるとかあいつマジ頭可笑しいわ。

 

「例の行方不明者が出たのもこの更に奥っすか?」

「……あぁ。この先は道がかなり入り組むからな。はぐれたら地上に出られる保証はない。俺らからはぐれねぇ事だ」

「みんな、はぐれないように気をつけるっすよ!」

(成る程)

 俺達の側の先頭の案内人の言葉を聞いた鬼月旭の注意に白虎達は頷き、俺は面の下から目を細めて内心で先導役らの言葉の裏の意味を察する。つまり彼らがくたばった場合も地上に戻れなくなるので全力で守れ、という事だ。保身もばっちりか。まぁ、そうでなければこんな危険な役目を引き受けないか……

 

 どれ程進んだだろうか? 次第に地下水道はその暗さを増していき、提灯で照らしても十歩も見えないくらいにほの暗い闇が広がっていた。粘度の高い水の流れる音が、時たま鼠か虫であろう鳴き声と這いずる音が微かに響く。

 

 次第に強くなる何とも言えない臭い……銭湯の排水が多く含まれている事も原因だろう、次第に空気中の湿度が高くなり場は重苦しくなる。言葉数が少なくなり、遂には誰も話さなくなる。

 

 無言のままに俺達は進む。するとふと先導役が足を止めた。ほぼ同時に俺達も足を止めていた。暗闇にその姿が見えなくても気配には全員気付いていたからだ。

 

 ちゅちゅ、と鼠の鳴き声が響く。俺は狭い地下水道での戦闘のために用意した短槍……その穂先は片鎌だ……を構える。恐らくは他の者達も各々の武器を引き抜いている事だろう。

 

 気配の音は次第に大きくなる。そして……提灯の灯りに照らされてその醜い姿が露になる。

 

『ちゅ……ちゅ………!!』

 思わず俺ですらその見た目に顔をしかめた。それは大柄な溝鼠だった。大型の猫程の大きさはあろう、全身ヘドロにまみれた赤目の鼠は、しかしその顎は四つに裂けていた。二本の舌が蚯蚓のようにのたうち、身体にはギョロギョロと数個の目玉が生えて蠢いていた。明らかにまともな生物ではなかった。

 

「しっ!」

 次の瞬間、突進した鬼月旭の振るった二つの小太刀によって幼妖の溝鼠は体を四分割にされて下水の中に突っ込んだ。ピクピクと蠢く化物はしかし数秒後にはズブズブと汚水の中に沈みこむ……

 

「ふう……さ、先に進むっすよ」

 鬼月旭の言葉を聴きながらこっそりと式神で横を見ると、赤穂紫も最小の動きで蝙蝠の幼妖を一撃で仕留めていて「此処から先は気を引き締めないと……」と呟いていた。

 

(おい、これって……)

(旭のお陰でしょうね。原作では基本的には此処が初陣だったから……最初で最後(・・・・・)の、ね)

 本来ならゲームのほぼ全期間、全イベントで死亡ルートがある彼女は、このクエストでの台詞の一つに「あ、妖を実際に仕留めるのは初めてでしたが……存外簡単なものですね?」と言うのがあるのだが……これは死亡ルートでの発言であった。あのルートではこの地下水道クエストが初陣だったからな……(そして彼女にとって最初で最後の妖退治となる) 

 

 本来ならあんまり妖退治の経験を積んでいない筈だったのだが……佳世ちゃん誘拐事件で大量に集まっていた人間の気配に釣られてやって来た妖の群れと戦った事、現在は義妹である(ゆかり)が自身の扱う妖刀に意識を乗っ取られた事で赤穂紫を殺す気で攻撃された結果甘さをある程度は捨てられた事、義妹や鬼月旭という切磋琢磨し合える存在が出来た事で腕前が原作よりも上がった結果赤穂紫の家族も渋々ながら妖退治に同行する事を許可したらしい。

 

「伴部さーん、唯ちゃーん! 先に言っちゃうっすよー?」

「ヤバ……行きましょ」

「……ああ」

 俺達は鬼月旭の呼び掛けを聞いて、慌てて走り出す。

 

 ……心の中にある焦燥感に蓋をしながらだが。

 

 ──────────

 

「む、これは……」

「どうしました、アリア?」

 アリアがなにかを感づいた様な顔になったのをみて、妖母は顔に手を当てて何があったのかを聞く。

 

「母上、侵入者じゃ。それも多数の、な」

「あら……退魔士?」

「いや、モグリの傭兵達じゃ。恐らくは此処のメンテナンスの為に訪れていた人足達を小妖や幼妖達が食ったからじゃろうな……此処を見つかったら不味いのう……」

「あらそう……私達の存在が地上にバレたら大変な事になっちゃうわね」

 何処か気の抜けた口調で妖母はぼやいた。実際、都の地下に彼女達のような存在がいるとなれば朝廷は全力でそれの駆除を試みる事だろう。そして、幾ら化物共の母であろうとも、今のように単独で、アリアの眷属達もいるとはいえ子供らの頭数も揃わぬ内に朝廷が本気で潰しにかかられては楽観出来ない事態に陥るだろう。少なくとも「今の」彼女達に勝機はほぼない。

 

 

「あらあら……困ったわねぇ。このままだと空ちゃんに怒られちゃうわぁ」

 一応、今の計画が御破算した際の代わりの計画は幾つか事前に伝えられてはいるものの、それはそれとして妖母は「友人」からの叱責を想像して頬に手をやって陰鬱な溜め息を吐く。その憂いを秘めた表情はそれだけで強力な「魅了」の権能を放っていた。

 

 そして、彼女の娘であるアリアも母が怒られるのは本意ではないのである。

 

「母上、心配には及びませぬ。入ってきた者達を全員始末し、母上に献上いたしましょう……」

「あら、頼もしいわね」

 アリアの言葉にニコニコと微笑む妖母を見てアリアもまた微笑むが、すぐに気を取り直して生まれ変わった己が一から産み落とした一族達や一族達が作り出した眷属達、母が産んで今現在目覚めている『弟妹』達に指示を出す。

 

「出陣じゃ! 誰一人として生かして地上に帰すでないぞ!」

 闇に蠢く化け物達はその号令を聞くと同時に動き始めた……




次回もお楽しみに!


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第二十五話

中々投稿速度が安定しない……


 半妖の白狐の少女……白はそわそわと牛車の御簾からちらりと外の景色を見た。

 

 未だに仄暗い地下水道の入口から人の気配は感じ取れず、それは五感が人間より遥かに鋭敏な獣の半妖たる彼女からしても同様だった。心配そうな表情を浮かべて尻尾と耳を萎れさせる少女。

 

「白」

「ふえ!?」

 そんな白に花は主に用意された菓子を白の口の中に入れ、白は驚きながらそれを咀嚼し始める。

 

「あらあら、そんなに二人が心配なのかしら?」

「葵、お前もだろう?」

「お姉さまもでしょう?」

 そわそわしている白に葵が茶化すように言うが、そんな葵も同じだろうと言う雛に葵もそう返すが……そんな二人の視線はバチバチと火花を散らしていた。

 

「あの……葵姫様、雛姫様。質問したい事があるのですが……」

「ええ、別に良いわよ」

「良いぞ。それと、花。この牛車は外からは見えず声も聞こえないから敬語は無理にしなくても良い」

「あんがと、雛姫様。それじゃあ聞くけど……」

 花の言葉に対して葵は興味なさげに花が淹れた茶を飲み、雛も菓子を口に運ぶ。

 

「凄く失礼かも知れないけど……二人とも、伴部の事を好きでしょ?」

 そして、花の言葉で二人は少しばかり凍り付き、白は花の余りにも直球な質問に目を剥く。

 

 雛と葵はまさかの質問に動きを止めていたものの、気を取り直してその質問に答え始める。

 

「……ええ、好きよ。どんなに高価な着物や物を贈られても彼を譲りたくないわね」

「私もだ。初めてあった時からずっと……ずっと、あいつの事を見ていたんだから……」

「やっぱり……狐白さんの騒動の時の旭に向ける視線とは違う熱っぽい視線だから『もしかして?』って、思ったのよね」

 花は二人の答えを聞くとうんうんと頷き、次の言葉を紡ぐ。

 

「でもさ、好きなら好きでどうして白虎みたいに想いを遂げるために行動をしようとしないの?」

 花の口から出た名前に二人は表情を一瞬険しくしたが、すぐに気を取り直す様に話始めた。

 

「確かに花の言う通りなんだが……私は一度それをやってあいつを下人衆に落とす切っ掛けになってしまったからな。慎重になるしかないんだ」

「そうねぇ……何処かの誰かさんが伴部を下人衆に送り込む様な事をしなければ旭も苦労をせずにすんだでしょうに」

 嘲るような目で雛を見る葵に雛も睨み返すが、言葉は悪いが葵の言う通りだと思っているのかその視線は少し弱々しかった。

 

「まあ、確かに鬼月家は大きな家だから色んなしがらみがあるんだろうけど……少なくとも好意があることを示さないと白虎や佳世達に伴部をかっさらわれるわよ?」

「……ほう?」

「……何故かしら?」

 そう言う花を見る二人の目が暗く淀んだ目になっているのに気が付いた白は思わず震え上がるが、花は気付かずに話を続ける。

 

「姫様達の行動は伴部に好意を気付いてもらう前提の言っちゃ悪いけど、受け身なヤツでしょ? それって、そういうのに敏感な人は気付きやすいけど、気付かない人は気付かないのよね。対して白虎や佳世達の行動は伴部に好意を持ってもらう事を前提に据えたものだから気付かれ易いのよね。実際に伴部も白虎の思いに気付いてはいるみたいだし……まあ、もて余し気味みたいだけど」

 花の言葉に雛と葵は自身と伴部の行動を思い起こし、思い当たる節があるのか二人は揃って溜め息を吐いた。

 

「本当に意地悪な男……少しでも意識させてあげないとね」

「……少し危険だが、旭に伴部の単独警護で出掛けさせてくれるように交渉をするか」

 二人はそう言うと、目の前に座っている自分達に助言をしてくれた花と今でもそわそわとしている白に視線を向ける。

 

 そう。あの時、旭に調伏された悪辣で残酷な化け狐から彼に守られた時の白狐の少女と目の前の少女の表情を見ていた葵と伴部に対する態度で雛は確信していたからだ。白はまだまだ幼く心が発達していないが故に、花は孤児達の世話があったためそれ(・・)に目を向ける余裕がなかった為に余り意識はしていないだろうが、あれは間違いなく………

 

「……本当、酷い男よね」

「女たらしめ……まあ、そういう所も含めてあいつなんだからな」

 そう罵倒する少女達の口元は、しかし愉悦と恍惚の笑みに歪んでいた。

 

 ……正しく、それは愛に狂った女のそれであった。

 

 ──────────

 

「……!?」

「伴部さん、どうかしたんすか?」

「い、いえ。何やら悪寒が……」

「確かに悪寒を感じそうなくらい、何かの大きな気配を感じるんすけど、一体何処から……」

 俺が唐突に感じた悪寒に震えると鬼月旭はそれに同意しつつ考察をするが……俺と葛葉唯はその大きな気配の正体を知っている。

 

 原作ゲーム『闇夜の蛍』はバラエティー豊かな多種多様のバッドエンドが用意されているが、正直な所主人公とその周囲だけがエグイ目にあうだけならばかなり有情な方であったりする。

 

 三桁に届くのではとも言われる絶望に満ちたバッドエンドルートの半分近くでは、主人公達がくたばるだけに留まらず、扶桑国そのものが崩壊する。

 

 そのパターンの幾つかでは地下水道から一斉に沸き出した大量の妖共が崩壊の一因を担う。何らかの対策も取らなければゲーム終盤にて地下水道から溢れ出てきた万を越える数の妖共が都のあちこちで蜂起する。内裏や内京は近衛兵や上洛している武士団や退魔士達によって防備が整っているため被害を出しつつも最終的に妖共を殲滅するが……都に住まう者の大多数、つまり中流以下の民衆は相当数がこの蜂起によって食い殺される事になる。

 

 ……というか態態逃げる民衆が次々と残虐に食い殺されていくシーンを十分かけたムービーにしなくて良いと思うの。エログロどころかグログロバイオレンスなんだけど? 何でそこだけ劇場版クオリティで製作するの? 

 

 そしてこの襲撃において大量の妖を揃えたのが都の地下水道に長年潜伏していたかつての空亡率いる人外の軍勢共の最高幹部が一体にしてクロイツ家の獲物であり、作中では一貫して『妖母』とのみ呼称される妖を産み、育み、従わせる能力を持つ存在である。

 

 外伝やその他の媒体でもビジュアルこそあるが名称は『妖母』としか記されていないこの化物の正体はファンの間でも長年議論が為された。少ない記述を読み取るに元々は遥か南蛮の地にあった西方帝国から戦いに敗れ扶桑国に流れ着いたらしい事、元々は上位の神格的な立場から零落した存在であるらしい事、更には妖としては最初期に発生した存在であるらしい事等から、その能力や性格も伏せてモデルはギリシャ神話のガイア辺りではないかと考察されている(だからこそ西方の退魔士であるクロイツ家が追いかけ回しているんだろうし)。

 

 ………その正体は兎も角としても、その力は凶悪であり、その人格は作中でも上位を争うぶっ飛び具合を誇る性格破綻者である。そして、ヒロインフラグのない純粋な敵キャラでもある。

 

 いや、サービスシーンは沢山あるんだよ。そもそも上半身全裸なので常にサービスシーンみたいなものだ。しかし、逆説的に言えばサービスシーンはそれだけだ。

 

 原作主人公がこのおぞましい化物と関わるとなるとほぼ確実に催眠によって妖母に甘えながら頭からむしゃむしゃされるグロシーンとなる。百歩譲ってマシなパターンでも主人公が妖母によって触手プレイされた上で彼女の子供達によって獣姦虫姦輪姦大凌辱パーティーさせられて男なのに牝堕ちさせられる。おう、誰得だよ。

 

 そして何よりぶっ飛んでいるのが性格だ。彼女の母性愛は本物ではあるが……その愛の形は余りにも歪で、異様でおぞましい。話が通じているように見えて全く通じないその価値観は相対的に碧鬼や白狐がまともに思えるレベルである。お陰様で薄い本関係でもマニアック過ぎる趣向な作品ばかり作られている有り様で………止めろ、性癖歪めさせるな。

 

 さて、問題はこれからの事である。こうしている間にもより深く地下水道を進むのはクロイツ家の連中がいる旭衆を含めても百人前後の傭兵やそれらを案内する数十人の人足達……当然ながらこの状態のままで妖母をどうにかするのは非現実的過ぎる選択だった。それこそ……

 

「……」

 さっきから無言のままのアリシアが下水の中から現れた巨大な蚯蚓の化物を斬撃で細切れにする。限りなく中妖に近かったそれは本来ならば最低十人の兵士で挑まないとならないのを目の前の少女はあっさりと倒した。しかし、それでも……

 

(それこそ、数がいて鬼月旭やアリシアの様な正規の退魔士がいたとしても、な)

 彼女達の力を鑑賞しつつも、俺は辛辣に断言する。

 

 確かに鬼月旭の率いる旭衆は強い。流石にゴリラ姫や姉御様、原作に出てくる強者ポジションの退魔士達には能力や経験は劣るがそれでも尚彼女達の実力はモグリは勿論、そこらの数代の歴史しかない退魔士一族なぞでは到底対抗も出来ないだけのものである事に間違いはない。ない、が………それでもあの気狂い妖の軍勢を相手取るには体力も霊力も数も圧倒的に足りなさすぎる。

 

(まあ、主人公と赤穂紫しかいかない原作よりは遥かに増しだがな)

 原作では主人公と赤穂紫がこの地下水道探索を行うとほぼ無限湧きしてくる妖共に物量で圧殺される。一時期はこのクエストをクリアしようとレベルカンスト装備最大強化アイテム保有MAXで依頼を受ける検証動画が動画サイトにアップされまくったが、結局は無駄だった。

 

 倒しても倒しても現れる妖の大軍、しかも後続集団程強力になっていき、検証動画の終盤に至ると主人公勢とほぼパラメーターが同格の敵が大量にエンカウントしてきた。あるいは裏技を見つけて一気に『妖母』様の目の前まで行く隠しルートを見つけた猛者もいたがそれも製作陣の悪意の想定内だ。うん、戦闘すら許されずにバッドエンドムービー始まるとか意味分かんねぇ(しかも無駄にクオリティ高いしエロティックだった)。

 

「伴部、どうかしたの?」

 何時の間にか側にいた白虎が声をかけた事で俺は現実に意識を戻す。目の前には心配そうな表情で此方を見やる俺の妻を自称する退魔士の少女……

 

「悪い、考え事をしてた」

「そう……具合が悪ければ何時でも言って。旭に休んでもらう様に交渉をしてみるから」

 俺の言葉に白虎は微笑みながらそう言う。毎度思うが、それは俺に向けるべきじゃない笑顔だと思うんだがな……

 

(とは言え……断るにせよ、思いを受け止めるにせよ、俺に対する白虎の恋心への答えはちゃんと出さないとな)

 白虎(こいつ)(黒虎)妹達(白龍と黒龍)に殺されない為にもな……

 

 俺はこてんと首を傾げながら俺を見る白虎の視線とジト目で俺を見る葛葉唯の視線から逃れる為と安全の確認を取る為に一度背後を振り向いておくことにした。一応後ろには案内役が一人いるが念のための行動だった。

 

(まぁ、この手のダンジョンでは後ろの奴から消されるのは定番だしな)

 半分冗談気味にそう思いながら俺は振り向きながら背後の案内役に声をかけた。

 

 ……次の瞬間、俺が見たのは周りに何かの燃え滓が落ちている腰を抜かした案内役と視線を上に向け、眉間にシワを寄せて刀を抜いて構えていた鬼月雛子の姿だった。

 

「……全員、上を警戒して! 何かいる!」

 鬼月雛子の言葉で全員が上を警戒しながら鬼月雛子の所まで撤退し……

 

『来るぞ』

『来ます!』

『びゃ、白夜様、上から来ます!』

 耳元でその助言が響いたのと、俺と鬼月白夜が襲撃を察知して迎撃をしたのがほぼ同時だった。刹那、霊力で強化された短槍と小手を振るい、俺達は真上から飛び込んできた赤黒いそれを短槍と風の刃で数体切り捨てる。

 

「っ……!? ちぃ!!」

「うお……!?」

 大の男の腕程の太さがあろう長い紐状のそれは体を半分にされながらも切断された双方がうねうねと粘膜に覆われた身体をくねらせて更に襲いかかる。咄嗟に短槍と拳を叩きつけて下水の中にぶちこむ。糞、こいつは……!! 

 

「糸蚯蚓先輩かよ……!!」

「冗談じゃないわよ……!?」

 俺と葛葉唯は天井の壁一面に張り付きグロテスクな肉の塊のようになっているそいつらを見て吐き捨てる。奴らは原作ゲームファンにとって尊敬と嫌悪の両方を集める醜い化物だった。

 

 この地下水道等でエンカウントしてくる、妖母の眷族の一つたるこの糸蚯蚓を模した妖は精々が小妖、相当大柄な個体ですら中妖が限度の格しかないが、真に恐るべきはその数と繁殖能力だ。有性無性、卵生の癖に分裂や寄生、同族だろうが異種族相手だろうがお構い無くあらゆる方法での繁殖行為が可能で一体残ればそこからあっという間に増えまくる。

 

 原作ゲームにおいては救妖衆の使役する雑魚妖としてゲームの全期間を通じて登場、初期ステータスの主人公にすらワンパンされるが兎に角数ばかり多かった。そしてそれ以上に注目するべき点は多くのプレイヤーの性癖を歪めに来た妖だという事だろう。

 

 ……うん、エロゲーお約束の謎の服だけ溶かす白濁色の粘液を吐き出すだけじゃ飽きたらず、そのまま穴という穴に入り込んで快楽神経刺激からの触手プレイからのアヘ顔産卵プレイのコンボとはたまげたなぁ……ははは、『闇夜の蛍』の同人誌界隈でのエンカウント率の高さもあって先輩扱いされるのも残当である。

 

「って、笑えねぇんだよ!!」

「数が多い……!」

 天井から次々と剥がれ落ちながら襲いかかって来る赤黒い触手を切り捨てながら叫ぶ。女性ならまだこいつは産卵プレイをしたがるので尊厳的な意味では死ぬが生物学的に死亡する確率は低い。だが、相手が男性は冗談抜きでヤバイ。皮膚を突き破って寄生して、その内側に卵を産んで来やがるのだから。全身寄生された奴なんて悲惨だ。どれくらい酷いかと言えば祟り神ごっこが出来る位には酷い。つまり………

 

「旭様、ここは一旦退きましょう……!!」

「当たり前っすよ! 一旦退いて紫姉達と合流するっすよ!」

 そう言って俺達は適度に戦いながら撤退を開始し……

 

「嘘だろおい!?」

「旭、あなたの方にも!?」

「もしかしてて、紫姉達の方にもいたんすか!?」

 同じような判断を下したらしい赤穂紫達が俺達と同じように蚯蚓の化物と戦いながらやって来ていた。

 

「ひぃ……向こうからも来やがった……!!」

「こ、こっちからもだ!?」

 案内役達が悲鳴を上げて叫ぶ。その方向に視線を向ければ俺達の退路を断つように入り組んだ地下水道の横道から大量の化け蚯蚓が躍り出てきていた。小さいものは縄程度の、大きいものは牛の首程はあろうかという太さの蚯蚓が数百、数千と集まり一つの生物のようになって蠢き、此方へと突撃してくる。

 

「か、囲まれた!?」

「も、もうダメだ……」

 俺達が焦っていると、案内役達は完全に絶望した表情になり……

 

「……『精霊の樹(セフィロト・エレメンティア)』、起動(アクティベート)

「『太陽より賜りし聖剣よ……邪智奸佞を巡らせし悪鬼羅刹を討つ焔を顕したまえ』……聖剣術式、二番!」

「雛子!」

霊魂珠(れいこんじゅ)、装填!」

「狐白さん、夜!」

「任された!」

「白狐降霊戦器、『二尾(にび)の太刀・狐徹(こてつ)』……」

 アリシアが前の群れに、アリスが後ろの群れに、鬼月雛子が左の群れに、夜と狐白が右の群れに向かい……

 

武装再現(アムディア)、『灼爛殲鬼(カマエル)(メギド)』!」

「『ガラティーン』!」

「『滅却炎斬波(めっきゃくえんざんは)』!」

「燃えよ!」

「『無限連斬(むげんれんざん)』!」

 次の瞬間、四方に放たれた炎と斬撃が全ての化け蚯蚓を焼き払い、凪払い、この世から焼失させた。

 

「……嘘だろ?」

「……へ? てか、アリシアが使ったのって……マジで?」

 いくら初期ステータスの主人公がワンパンで倒せる敵だと言っても限度があるだろ。あれを全部一辺に倒せるって、どんな火力だよ……

 

「……旭、私とアリス姉様は此処でお別れデス。私達は奥に向かうから、旭は小妖とはいえあり得ない数の妖が潜んでいたことを伝えて下さい。アリス姉様、行きましょう」

「……ああ。夜、じゃあな」

「アリシア!? アリスさんも……って、もういない!?」

 アリシアとアリスはそう言って俺達から離れて走り出す。鬼月旭はそんな二人を「なに考えてるんすか!」と追い掛けそれに「やれやれ」、「嬢ちゃん、落ち着け闇雲に走ったらヤバいぞ!」と言いながら狐白と孫六が慌てて着いていった。

 

「……これは」

「私達も行かなきゃヤバいでしょうね」

 葛葉唯が親指で首を斬る仕草をする。……まあ、だろうな。義妹を見捨てるなんて真似をしたら下手をしなくても姉御様やゴリラ姫に殺される。

 

「それで……夜。お前と紫音様が首根っこを掴んでいる案内役と雛子様が助けた案内役以外の連中はどうした?」

「……脱兎の如く逃げやがったよ」

 漫画とかだったら怒りの四つ角が出ているであろう苛立ち紛れの声を出しながら夜は自身が捕まえていた案内役を放り出すと「出るまでの間は死ぬ気で護衛してやる。ただし……もう一回逃げようとしたら容赦はしねえ」と、殺気混じりの脅しを受けて捕まっていた案内役は青ざめた顔でぶんぶんと首を縦に振り、鬼月紫音に捕まっている案内役もガタガタ震えながら「逃げようとしなきゃよかった……」とガックリと肩を落としていた。

 

「で、なんで貴方は逃げようとしなかったの?」

「ん? ああ……小妖とはいえ、あんなにいるんじゃ逃げてもどっかに入るのに喰われるかもしれないだろ? だったら、まだ退魔士様達の側にいた方が生き残れるだろうと思ってな」

 雛子の言葉に案内役は肩を竦めながらそう言った。

 

「それじゃあ、行きましょう。早くしなければ旭に追い付きません」

 赤穂紫の言葉と共に俺達は歩きだそうとして……!? 

 

「危ない!」

「下がれ、下からなにか迫り出して来るぞ!」

 俺、白虎、葛葉唯、赤穂紫、鬼月白夜、赤穂九恩が前に夜、赤穂(ゆかり)、鬼月紫音、鬼月雛子、白龍と黒龍、鳥谷有吾は後ろに下がる事で迫り出して来た何かを回避した。

 

 回避したそれは……無数の糸蚯蚓と人肉をおぞましく融合させたうねうねと蠢く壁だった。

 

「な、何ですかこれは……!?」

「俺達を分断するための壁かよ……」

 俺達はまさかの展開に頭を抱えながらも何処かで合流できるだろうと検討をつけて鬼月旭がクロイツ家の姉妹を追い掛けていった先へと歩み出した。

 

 ……退路を失った事に対する焦燥や不安を押し隠しながらだが。

 

 ──────────

 

「はあ、はあ……た、退魔士なんかと心中なんざ出きるか……!」

「ああ、そうだな……!」

 旭や伴部達を見捨てた案内役達は今まで居た場所に最も近い出口を目指しながら必死に走っていた。

 

 時折、後ろや上に目を向けて妖がいないかどうかを確認して……

 

「ぶへえ!?」

 先頭を走っていた案内役が何かに激突する。

 

 他のメンバーが何事かと前を見ると、そこには伴部達を分断した蠢く壁があった。

 

「こんな所に壁なんか無かったぞ……!?」

「どう考えても小妖や中妖の仕業じゃねえ、もっと大きな……おい、何時までそれにぶつかったまま……」

 壁に激突した態勢のままの仲間を引き寄せ……そこにあったのは、体の前半分を食い付くされた死体であった。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぎゃ!?」

 悲鳴をあげた案内役は壁から飛んで来た触手に足を刺されて引き摺られると……

 

「や、止めろ! た、助け……ギャアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 仲間達に助けを求めたのも束の間、そのまま蠢く壁に断末魔の悲鳴をあげながら飲み込まれていった。

 

「ひ、ひいぃぃぃぃぃ!?」

「こ、此処はダメだ! 別の……」

『ア、アア…ニグ、だ……!』

『シャアぁぁぁぁぁ……!』

「さあ、新鮮な肉を食わせろ!」

 慌てて別の出口を目指そうとした案内役達に多種多様な妖達が一斉に襲いかかった。

 

「ひ、ひぃ……た、助け……」

 ある案内役には人の死体が動いているが似合う妖に群がられて貪り喰われ……

 

「や、止め……」

 ある案内役は牛並みもある大きさのゴキブリの妖の突撃に巻き込まれて挽き肉にされ……

 

「あ、あがが……ぼげ……」

「うめえ、うめえ」

 またある案内役は頭が狼になった妖に頭からバリバリと貪られた。

 

「うわーお、肉片も残らなかったな」

「しょうがないわよぉ……所詮は案内役の人足が数人だし、あの子達は大食漢だもの」

 そう言いながら現れたのは貴族の衣装を着ていてもなお隠せぬチャラついた雰囲気を持つ吸血鬼と豊満な肉体を惜しげもなく晒すように衣装を着崩している吸血鬼であった。

 

「そういやよ、『リーナ』。お前、今回の討伐隊で好みの奴いたか? 俺は紫髪の気の強そうな女が好みなんだが」

「『ラール』兄さん……そんなんだから、お母さんの子供の中でも最古参に近いのに男爵(バロン)のままなのよ? あ、私はオレンジ髪の男の子が好みね」

「お前もだろうよ」

 そんなグロテスクな場面が繰り広げられている場で朗らかかつ楽しそうにそう言うのは『ラール・ローゼンクロイツ』と『リーナ・ローゼンクロイツ』。当たり前だが吸血鬼である。

 

「っと、次に行くべき場所が示されたぜ」

「それじゃあ行きましょ」

 そう言って二人は眷属達や母の異形の弟妹達を連れて次の獲物へと向かう。

 

 ……討伐隊は一部を除いて静かに、しかし確実に狩られつつあった。




次回もお楽しみに!


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第二十六話

投稿時間を早めたい……後、そろそろタグも増やした方が良いか?


 あたいがゆっくりと目を開けると目の前には泣きそうな茶髪の女の子の顔と天井。そこはやっと見慣れてきた鬼月家が用意してくれたあたいの部屋だったっす。

 

「旭……良かった。起きてくれたんだ」

「……夕陽、あたいは何れくらい寝てたっすか?」

(3日だな)

 ……そんなに寝てたんすか。雛姉や葵姉、座敷わらしちゃんや胡蝶様達に凄い心配をかけたかもしれないっすね。

 

「まあ、それよりも気になる人がいるんすけどね……いでで!?」

(何をする気だ、お前は!?)

「旭、動いちゃダメ!」

 あたいは痛みに呻きながらも起き上がって薬師衆におけるあたいの師からもらった薬作りの道具を手に取ると、ふらつく足取りで薬草入れに向かう。

 

「いや……あたい達よりも大怪我してる人がいるんすよ? だったら、助けてもらった分は助けないと」

「彼を助けようとしてるの?」

(あの下人……伴部だったか。あいつに対する薬を作るのか?)

「そうっす。まあ、飲み薬はまだ難しいんで軟膏になるんすけどね……」

 あたいは切り傷や打ち身、骨折に効く薬草を選んで薬をすりおろす為の道具に……

 

「……何をしてるのかしら?」

「……ああ、彼と旭の部屋を覗いてたんだね。この卑しい若作りは」

 あたいが声に振り向くと、そこには安堵と呆れを混ぜたような表情の胡蝶様が立っていたっす。

 

「いやあ、あたい以上に大怪我をしている伴部さんの為に軟膏を作ろうと思って……」

「はぁ……貴女も怪我人なのよ? 本当は動いてはダメなのに、そんな無茶をして……」

 そう言って胡蝶様はあたいに小さな包み紙を差し出してきたっす。

 

「これは……?」

「私が作った薬。本来なら旭に飲ませようと持ってきたのよ」

 あたいは包み紙を受け取ると、そこには丸薬が二個入っていたっす。

 

「胡蝶様、ありがとうござい……あいだだだ!?」

「あれ? そう言えば旭って彼が何処にいるか知ってるっけ?」

 あたいがそれを持って伴部さんの所へ行こうとしたら、胡蝶様はそんなあたいの肩を優しく叩いて止めたっす。

 

「な、何をするんすか……」

「あの子が何処にいるかもわからないのに、どうやって行く気なのかしら?」

「あ……」

「やっぱり何処にいるのか考えてなかったんだ……」

 呆れたような声であたいにそう言った胡蝶様はお札を出すと、そのお札は案山子みたいな簡易式になったっす。

 

「それにあなたは傷だらけだもの……そんな体じゃあの子の所に行くまでに倒れちゃうわ。これに背負われていきなさい」

「胡蝶様……ありがとうございます。でも、どうしてこんなに親切にしてくれるんすか?」

「彼が初恋の人に似てて、旭に自分勝手な母性を抱いているからだよ」

 あたいの質問に胡蝶様は微笑むと、こう言ったっす。

 

「あの子が雛の世話係だった頃から可愛がっていたし……貴方は大切な弟子だもの。お世話をするのは当然でしょう?」

「そ、そうなんすか……」

「嘘ばっかり」

 あたいは同性でも引き寄せられそうな妖艶な笑顔に頬が熱くなるのを感じながら、簡易式の背中に乗るっす。

 

「それじゃあ、行ってくるっす」

「ええ、行ってらっしゃい」

「私も彼の所に行こうっと」

 あたいが胡蝶様にそう言うと、簡易式はゆっくりと歩き始めたっす。

 そして……あたいは、雛姉と葵姉の歪みを知ることになるっす。

 

 ──────────

 

『この辺りは索敵する限りは周囲に妖共の気配はない。一先ずは安心する事だな』

『……旭も近くにいます。一休みをする前に合流をするべきでしょうね』

 耳元で囁かれるその言葉に俺は脱力して深く呼吸をした。

 

 退路を断たれ、先行した鬼月旭を追って俺達は時折襲ってくる妖を迎撃しながら下水道を進んでいたんだが……漸く一息つけそうだな。

 

「の、喉乾いて来やがった……白夜、水筒出してくれ」

「あいよ、蔵丸。……全員分あるから貰ってくれ」

「……私の分はありますので」

「……ありがたく受け取っておきます」

 赤穂九恩の求めに応じた鬼月白夜が蔵丸から俺達全員分の竹筒を取り出して渡してきた。

 

「ふう……白夜、水や食料はどんくらい持ってきたんだ?」

「念のために、3日3晩は彷徨わされても大丈夫な量を蔵丸に放り込んである」

「ず、随分と用意が良いのですね……私は直ぐに終わると考えて碌に準備もしていませんでした」

 水を飲んだ赤穂九恩の確認に答えた鬼月白夜事に若干の驚きを含んだ口調で赤穂紫は呟く。これは俺も驚いていた。

 

 この地下水道で遭難する可能性は原作ゲームからの情報の時点で十分有り得る展開だった。というか糸蚯蚓共の濁流を切り抜けたら大体ゲームでも案内役がいなくなったりして迷子になる展開が多かった(そういう意味では夜や鬼月雛子の活躍によって案内人が残ったのは運が良かった)。

 

 その上でゲームならば飢え死にする事はなくとも実際に広大な地下で迷子になると考えれば……何日も地下水道を飲まず食わずでさ迷い歩く訳にはいかないし、また実力的に考えると最低でも今回の案件から生き残るには赤穂紫や鬼月旭達の生存と協力が必要なのは言うまでもない。そのために彼女達の分の水や食料も事前に用意するのは俺や鬼月旭の側仕えである葛葉唯の立場からすれば当然だった。備えあれば憂い無しとは良く言ったものである。

 

 だが、これは俺や葛葉唯が原作を知っている転生者だからこそ可能な芸当だ。いくら未来から来たとはいえ、何の知識もない鬼月白夜達が出来るのはなんでだ……? 

 

「……まあ、俺らの時代にも伝わっている旭衆の日誌があるからなんだよ。それで、この日に大変な事があるのはわかってたからな。出来る限りの準備はしてたんだ」

(成る程な)

 俺は鬼月白夜の言葉に合点がいった。鬼月旭は旭衆の日誌にはかなりの情報を書き込むからな……それらを読み込めば準備も可能か……

 

「と言うことは、この騒動の元凶も……?」

「ところがだ……時間がたって旭衆が一度解散した際に日誌もバラバラに散らばっちまってな。集まってる部分はとばしとばしなもんでこの依頼も受けた経緯と終わった後で旭が大変な事になったっていう話だけなんだよな……」

 赤穂紫の疑問にたいして肩を竦めながら鬼月白夜が言ったことに俺は思わず脱力してしまう……それだとわからないのと一緒だろ……

 

「おわぁ!?」

 そう言って俺達が差し掛かった曲がり角から孫六が転がり出てくる。

 

「だりゃあ!」

 その直後、狐火を受けて吹き飛んできた中妖なりかけの蜥蜴の小妖を鬼月旭が曲がり角から飛び出しながら小太刀で切り捨てた。

 

「も~……アリシア達を見失って気が立ってるのに……!」

『その前に、妖が大量にいるのに勝手に先行している旭も大概です!』

「いだだだだ!?」

 イラつきを抑えていない鬼月旭に松重牡丹の式神である蜂鳥がくちばしでどつき回し、鬼月旭は頭を押さえて逃げ回った。

 

「……では、これからどうしますか?」

 制裁を終えて、多少は気が済んだのか鬼月旭の肩に止まった松重牡丹の式神を見ながら俺は鬼月旭にこれからどうするかを聞く。

 

「ん~……アリシア達は探したいけど、この状況も放ってはおけないし……だけど、準備不足のまま進むのは危険だからアリシア達と合流は出来たらで良いんで……一旦地上に戻って報告をするっすよ」

 鬼月旭の答えに俺は内心でホッと一息を吐く。こいつの性格からアリシア達を探し続けるなんて言いかねなかったからな。

 

「孫六さん、此処から一番近い出口は何処っすか?」

「ああ、それなら此方だ。着いてきてくれ」

 孫六はそう言って俺達の先頭に立って歩き始める。俺達は孫六の前に何時でも立てるように準備をしながらその後を追い始めた。

 

「にしても……小妖とはいえ、なんで都に妖があんなにいるんすかね……?」

『そこはわしも疑問に思ったことじゃ。元より地下水道は穢れが強く妖共が集まりやすいのは自明。故に霊脈を誘導して地下水道に霊力が流れぬようにしておる筈。小妖ばかりとは言え、あれだけの化物共が群れを作るなぞあり得ん事じゃ』

『確かに。霊脈が近くを流れている関係上発生するのを完全に抑えられないとはいえ、あれ程増えたのには理由があるはず……』

 鬼月旭と松重牡丹、老退魔士は疑問を吐露する。特大の霊脈の真上であり、穢れが溜まる地下水道……妖共にとっては絶好の立地である。故に人間側も工夫を凝らす。

 

 霊脈から流れる膨大な力を誘導して地下水道に流れぬようにしていた。また主だった水道への出入口には探知用の結界を張り巡らせてあるために強力な、あるいは多数の妖が侵入すれば直ぐに察知可能だ。取り零した多少の霊力こそ地下水道に流れこんでいるだろうがあれだけの妖共が群れを作る事なぞ普通は不可能である。

 

(そう、妖母さえいなければな……!)

 俺は知っている。それもこれもあの理不尽な超再生お化けのせいだ。

 

 妖母の能力は大きく分けて二つ、反則なレベルの再生能力、そして『産み直し』だ。

 

 一つ目については言うまでもないだろう。そも、妖母が大乱後も討伐されず、陰陽寮に気付かれずに地下水道で潜伏する事が出来たのはその再生能力のお陰だ。幾人もの退魔士のチート攻撃でも殺しきれず、更には自身を一時的に小妖レベルまで弱体化させる事で探知結界をすり抜けて地下水道に入り込み、一度地下の奥深くまで潜れば少ない地脈の霊力で最盛期には遥かに劣るものの急速に自身の力を回復して見せた。

 

 今一つの能力、単に『産み直し』と称されるそれが地下水道で妖の大群を作り出せた理由だ。

 

『妖母』は人間を含むあらゆる生物を摂食し、そして妖として『誕生』させる事が出来る。

 

 その力は凶悪の一言しかない。短期間の内に妖の軍勢を作り出せるその能力は大乱時代は元より、原作ゲームにおいても虫や鼠しかおらず、霊力も不足する地下水道内で大量の妖を産み出し得た。しかも素材が優秀であれば優秀な程より強力な妖を産み出す事が出来るとあって大乱中空亡の参謀役であり同じく大軍を産み出す能力を有していた「貘」と並んで朝廷の最優先討伐対象とされていた。

 

「旭様、疑念は分かりますがこのまま調査はご免ですよ? 流石に何があるか分からない中で準備もなしに調査はご免です」

「わかってるっすよ。次に来るのは朝廷所属の退魔士と一緒にっすよ」

 俺は老退魔士に対する含みももたせながら言うと、鬼月旭は肩を竦めながらそう言った。実際は俺と葛葉唯には原因が分かっているが……どの道俺達の実力と人脈ではどうにもならない問題だった。どうしてたかが数ヶ月都に滞在しているだけの下人と側仕えが数百年行方の知らない妖母の居場所知っているんだよ。

 

『その程度の事は承知しておる。だが……儂がいた頃ならばこのような異常があれば直ぐに察知していただろうに、最近の陰陽寮は随分と仕事が雑になったものだのう』

「原因の一端はあんたっすよね……!?」

 嘆息したように式神の向こう側で溜め息を吐く翁。彼の気持ちは分かるがそこはある意味筋違いであろう。寧ろ陰陽寮の形としては今の情報共有をせず、互いに猜疑心を持ち足の引っ張りあいをしているような状況の方が普通なのだ。

 

 玉楼帝が他にも純粋な実力者は幾人もいた中で態態陰陽寮頭に吾妻雲雀を任命したのはその顔の広さと性格、潤滑剤としての役割からだ。そして翁が陰陽寮に所属したのは吾妻が既に陰陽寮頭に就任した後の事だ。その所属期間の全期を通じて彼女がトップとして組織を運用していた頃を思えば今の陰陽寮が仕事が遅く感じてしまうのはある意味仕方無い事であった。

 ……まあ、同時に吾妻雲雀が陰陽寮を叩き出される切っ掛けになった翁に鬼月旭が小声でキレるのもわかるのだが。吾妻雲雀がいたら、もう少し戦力がいただろうしな。

 

「あの、旭様。気になることがあったのですが」

 出口に向かって歩いていると、葛葉唯が意を決した様に鬼月旭に話し掛けた。

 

「唯ちゃん、どうしたんすか?」

「いえ、先程の妖の群れに追い込まれた時にアリシア様の使った術式が他のクロイツ家の術式とは違うような気がして……それについて聞きたかったんです」

 葛葉唯の言葉に鬼月旭ら「う~ん」と唸ると頬を掻きながらこう言った。

 

「あれは『精霊の樹』って名前の術式なんすけど……それを成立させる為の過程がアリシアから聞いたあたいもちょっと信じられないものだったんすよね」

 アリシアから話を聞いた鬼月旭がそう言いながら経緯を言う。

 

「アリシアの祖父のルード・クロイツが若い頃、時間を遡る事で人妖大乱での妖側の敗北をなかったことにしようと時空を渡る魔術を研究していた魔女がいたみたいなんすよ」

「でも、そうなってないって事は未然に防げたって事か?」

 鬼月白夜の合いの手に鬼月旭は頷きながら話を続ける。

 

「まあ、その企てはすんでの所で気付いたクロイツ家の討伐隊によって防がれたみたいなんすけど……ルード・クロイツは魔女が悪足掻きで発動した魔術に巻き込まれて一週間行方不明になってたみたいなんすよ。それで、一週間後に見つかって何処に行ってたのかって話になったんすけど……信じられない話だったんすよね」

 鬼月旭は一息吐いて、その先を紡いだ。

 

「なんでも、『天宮市』っていう場所で『鉄の車』だとか、『鉄の馬』だとか『天をつく建物』を見たとか言い出した上になんか錯乱してたみたいで打ち切られたみたいなんすよね」

「鉄の車と鉄の馬って……自動車とバイクか?」

「天をつく建物はビルだな。……ってことは、未来に跳んだのか? いや、でも扶桑国に天宮市なんて街はない筈だし……」

「まじかぁ……いや、アリシアの使った武器から予想はしたけど『デアラ』の世界にとんだのかぁ……下手したら他にも他作品からの人間もいたりするんじゃ……」

 葛葉唯は鬼月旭が発した街の名前に心当たりがあるらしく、頭を抱えていた。

 

 俺達はかなり後で知ることになるのだが……件の魔女は目的としていた時間にはついたみたいだが、戦闘の衝撃で魔術にバグが生じていたらしく同じく跳ばされていた『別の世界の住人』に倒されて結局目標は叶わなかったらしい。

 

「そんで、ルード・クロイツはその街で出会った人達の形見とも言える物を使って精霊の樹を作ったみたいなんすけ、ど……紫姉、白夜さん……二人の隣に立ってる人達は誰っすか?」

 俺達が鬼月旭の質問に疑問を抱いて赤穂紫や鬼月白夜のいる場所を見ると……そこには、赤穂紫の髪を弄くりながらその顔をじっくりと見る貴族の衣装を着ていてもなお隠せぬチャラついた雰囲気を持つ男と鬼月白夜の顔をじっくりと見るゴリラ姫に勝るとも劣らない豊満な肉体を惜しげもなく晒すように衣装を着崩している女がいた。

 

「おっと、バレたか」

「あらぁ、見つかっちゃったわねぇ……」

「な、ななな……何者ですか、貴方は!」

「うおぉぉ!?」

 咄嗟に二人は各々の武器を使って二人を振り払うが、二人はコウモリに分裂してそれを回避すると、俺達の前にコウモリを再結集させて人の形を再び取った。

 

「あの避け方は……! 白夜、やべえぞ……吸血鬼だ!」

「げぇ……銀の弾丸や陽光を溜め込んだ武器とかないんだぜ……!」

(なんで吸血鬼なんて西方でのポピュラーな妖怪が此処にいるのよ……!? 可笑しいでしょ!)

(冗談じゃねえぞ……!?)

 俺達が各々の武器を構えてみるが……赤穂九恩が呻きながら言ったことに俺と葛葉唯は臍を噛む。

 

 吸血鬼と言えばヨーロッパ圏における代表的な妖であり、それは闇夜の蛍の世界観でも健在だ。

 

 しかも、基本的には小妖的な立ち位置のレッサーでさえ半端な中妖を上回る戦闘力を持ち、それを従える爵位級に至っては(ピンキリではあるが)凶妖という西方方面では人狼に次ぐ最強の妖だ。なんだってこんな所にいるんだ……!? 

 

「おいおい……そう睨むなよ、俺はただ単に新しい嫁にしようと思ってる女が俺に相応しいかどうかを確認に来ただけだぜ? まあ、合格だけどな。血は旨そうだし、器量も良さそうだしな」

「~~~~~!」

「おっと……はは、照れ隠しも可愛いな」

「私も新しい夫を見極めに来ただけよぉ? ま、兄さん同様に合格だけどね」

『白夜様は私の夫です!』

 そう言って何時の間にか俺達の側にいた男の吸血鬼が赤穂紫の手の甲にキスをしながら言いつつも顔を真っ赤にした赤穂紫の斬撃を軽く回避し、鬼月白夜の側に寄っていた女の吸血鬼は鬼月白夜の側を飛び回っている翡翠の式神に目の付近をつつかれそうになったために不満そうな顔で下がっていった。

 

「此処であったのも何かの縁だ。名前を教えてくれよ」

『何も答えさせるな』

『言霊術です』

 俺と鬼月旭は翁と松重牡丹の言葉と同時に反射的に吸血鬼に対して罵倒の言葉を紡ごうとした赤穂紫と鬼月白夜の口を塞ぐ。

 二人はちょっと驚いた様な顔をしたが……すぐに言霊術に思い至ったのか感謝の顔で頭を下げてきた。

 

「……ち、引っ掛からなかったか」

「う~ん……久々に良さそうな子達だったから無傷で手に入れたかったんだけど……仕方ないわねぇ」

 吸血鬼達がそう言った直後二人の背後から様々な妖の声が響き渡った。

 

「……っ、数が多い……みんな、逃げるっすよ! 孫六さん、上手く撒ける道を!」

「わかった。此方だ!」

「またな~! 今度はベッドの中で互いに愛し合おうぜ~!」

「逃げきって見せて、ね?」

 そう言って手を振る吸血鬼達を尻目に俺達は決死の逃亡劇を開始した……

 

 ──────────

 

「あのバカ兄貴達は……! 本当に理性を下半身に吸われてるんだから!」

「『メイナ』、どうしたのじゃ?」

 地面に手をついている吸血鬼『メイナ・ローゼンクロイツ』が口汚く罵ったのをみてアリアは彼女に近寄る。

 

「母さん……別に、ラールとリーナがまたやらかしたのよ」

「またか……」

「問題児なのですか?」

 メイナの言葉に頭を抱えたアリアに妖母は首を傾げながら質問をする。

 

「妾の子供では古参で強いには強いんじゃが……興味を持った異性には手加減をしてしまう悪癖があってな、そのせいで何度も足元を掬われたのに未だに治らんのじゃ。……まあ、妾の憎しみに影響されたせいで殺戮バカになってしまった『ヴラド』や拷問で流された血で満たした風呂に浸かるのが趣味になってしまった『カーミラ』よりは家族思いで優しいんじゃがな」

 妖母の質問に答えながら寂しさと後悔が綯交ぜになった顔になったアリアを見て妖母は彼女を抱き締める。

 

「母上……」

「アリア、自分を責めてはいけませんよ? 誰だって失敗はするものなのです。それを次にいかしなさい」

「……はい」

 己の頭を撫でながらの妖母の言葉にアリアはふっと微笑むと母の腕の中から逃れる。

 

「母上、先程は申し訳ありませぬ。少しばかり取り乱しておりました」

「いえいえ、母は何時でも頼ってくれるのを待ってますよ」

 そう言った妖母に苦笑いをしつつも、アリアは下水道に眷属を張り巡らしている子供達に声をかけた。

 

「『クレア』、『アルバ』。何か動きはないか」

「……一部がおばあちゃんを追ってきたと思わしき退魔士の一族に蹴散らされている以外は順調に討伐隊を狩ってる」

「ラール兄さんとリーナ姉さんが目を付けた連中は全力で逃げ回ってるね」

 彼女の子供達の中でも新参ではあるがいきなりトップクラスの爵位である公爵になった『クレア・ローゼンクロイツ』と『アルバ・ローゼンクロイツ』の言葉にアリアは少し考え事をすると、二人に向き直ってこう言った。

 

「では、ラールとリーナが目をつけた連中は妾が捕まえて来るとするか。久々に体を動かしたいしな」

「……あの国に潜入してた時に魂を憑依させてた人形をぶっ壊されたせいで精神にダメージを負ってたもんね」

「うむ。そのリハビリでもある」

 メイナの言葉にケラケラと笑いながらアリアはすぐに獰猛な笑みを浮かべながらこう言った。

 

「さて……簡単には壊れてくれるなよ?」

 母のそんな姿に畏怖と感動を覚えつつもアルバはクレアに話し掛ける。

 

「クレア。ラール兄さんではないですが、討伐隊で気になる異性は誰ですか? そろそろ貴方も花婿が欲しいかと思いまして」

「……ラール兄さんが目をつけた女の所にいる下人。何か気になる。そう言うアルバは? そろそろ花嫁を見つけても良い頃でしょ?」

「……私はオレンジ髪の少女が気になりますね」

 旭達に危機が迫っていた。




次回もお楽しみに!


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第二十七話

遅くなりましたが、投稿です!


「旭、もう動いて大丈夫なのか?」

「なんで貴方もいるのかしら?」

「なんで此処にいるの?」

 あたいが胡蝶様の式神の背中の上でうとうとしていたら、誰かに話し掛けられたので顔を上げてみると……そこにはある部屋の前に心配そうな顔をした雛姉と呆れたような葵姉がいたっす。

 

「雛姉、心配してくれてありがとうっす。まだ痛むけど、動けない程じゃないっす。葵姉、あたい達を助けてくれた伴部さんに治療薬を届けたかったんで此処に来たんすよ。……まあ、胡蝶様が式神を貸してくれたからこれたんすけどね」

 あたいがそう言うと、雛姉と葵姉は若干警戒する様な目付きになったっす。……あ、そっか。

 

「伴部さんには感謝や心配の感情しかないっすよ。二人が警戒している感情(恋心)はないんで安心してほしいっす」

「私は恋心を抱いてほしいんだけどなぁ……」

 何故かあたいを残念そうな顔で見つめる座敷わらしちゃんに内心で首を傾げながらあたい達は伴部さんがいる室内に入ったっす。

 

 あたいが室内に入ると、そこには全身血の滲んだ全身包帯姿の男の人……粗末な敷物の上で呻いている伴部さんだったっす。

 

「……伴部さん。3日前まではありがとうっすよ。伴部さんがいたから、あたいも葵姉も無事……とは言い難い怪我したけど帰れたんすからね」

「私は彼にも旭にもあんな人格破綻者の為に怪我をしてほしくなかったんだけどね」

 あたいはお礼を言いながら水筒を開けて、持ってきたお茶碗の中に水を入れて丸薬を溶かして伴部さんの口に……っと。

 

「雛姉……葵姉でも良いんすけど、伴部さんを抱き上げてくれないっすか? 下手をすると伴部さんが窒息しちゃうんで」

「私が支えられたら良かったのに……!」

 あたいは不満そうな顔の座敷わらしちゃんに内心で苦笑いを浮かべながら雛姉と葵姉に呼び掛けると、雛姉はあたいが持っているもう一つの丸薬に目を向けていたっす。

 

「旭、それは御祖母様の作った薬か?」

「え、なんでわかるんすか?」

「ん~旭がまだ作れないからじゃないかな?」

「旭の薬作りの腕前じゃあまだ作れないからじゃないかしら?」

 あたいが雛姉に問い掛けると、葵姉は溜め息を吐きながらそう言ったっす。

 

「旭、それはあなたが二回に分けて飲みなさい」

「でも……」

「……私達も薬を持ってるんだ」

「……わかったっす」

 雛姉と葵姉が手に持っている薬を見せるとあたいは納得するっす。薬も過ぎれば毒になっちゃうすからね、二人が飲ませるならあたいは気持ちだけで十分かもしれないっすね。

 

「それじゃあ、失礼して……~~~~~~!?」

 にっがあ!? なんすか、この薬!? 滅茶苦茶苦いっす! 

 

(……どうやら寝ている時に無意識の内に循環させている霊力を使って傷を治癒する力を強める薬のようだが……材料の時点でかなり苦いし、それを取り除こうとすると薬の効能が薄れてしまうようだな)

 夕陽、冷静に薬の成分を解析をしないでほしいっす! 

 

「旭、暴れるな。傷が開いたらどうする」

「旭に触れるな、裏切り者」

 あたいがあまりの苦さに七転八倒していると雛姉があたいを膝の上に抱き上げてくれたっす。

 

「ひ、雛姉……ありがとうっすよ」

「いや、良いんだ。お前を抱き締めていないと、葵を殺したくなってしまうからな」

「え?」

 あたいが雛姉の言葉に疑問符を浮かべていると、葵姉は伴部さんの上に乗って……

 

「……死なせはしないわ、絶対に。貴方は私の特別なのだから」

 そう言って、葵姉は瓶の中の薬を口に含むと……

 

「ふえ!?」

(ぶっ!?)

「…………」

「…………」

 葵姉は伴部さんの血塗れの頬に触れて顔を近付けると……その唇に接吻をしたっす。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ふふっ、許さないわ。私を置いていくなんて………許せる訳がない。約束を破るなんて許さない……っ!」

 思わぬ事態にあたいが顔を赤らめていると、葵姉はそう言いながら何十秒もつけていた唇を引き離しながらそう言って……

 

(旭……後ろを見るなよ)

(はい?)

 あたいは夕陽のいきなりの警告に眉を潜めながら雛姉の方を向いて……え? 

 

「…………………………」

「彼は、私のものだ」

 そこには暗く淀んだヘドロの様な瞳の雛姉が無言で伴部さんの上に乗っている葵姉を睨んでいて……しかも、あたいに回している腕にも力が……

 

「いだだだ!?」

「……あ。す、すまない。少し力を入れてしまった」

「……お姉さま。代わるわ」

 あたいが体の痛みに悲鳴をあげたら正気を取り戻したかの様に雛姉は慌ててあたいに謝ってくれて、葵姉も伴部さんの上からどいて雛姉の代わりに抱き上げてくれたっす。……あ、後頭部に葵姉の柔らかいものが。

 

「葵姉、ごめんなさいっす」

「謝らなくても良いわ。お姉さまを嫉妬させた私も悪いもの」

「お前もあの裏切り者も旭や彼に触れる権利はないくせに」

 あたいが痛みに悲鳴をあげたせいで伴部さんと離れるしかなかった葵姉に謝ると、葵姉はそう言ってあたいの頭を撫でてくれたっす。

 

「……■■。すまない、私のせいだ。私が浅慮だったせいでお前や旭にこんな怪我をおわせてしまった」

 そう言って雛姉は伴部さんの頭を膝に乗せ、薬を口に含むと……

 

(やっぱり……)

(やはりな)

「…………」

「…………」

 雛姉は伴部さんの唇に接吻をしたっす。

 

「……あら?」

 葵姉は何かに気付いたように顔を上げると、あたいを床に座らせてから襖まで行ってそれを開けたっす。

 

「………そこで何をしているのかしら?」

「ひっ……!?」

 そこには怯えた表情の紫姉がいたっす。……あたいと葵姉のお見舞いに来たんすかね? 

 

「あ、あう……あ………」

「………貴方はここに来ていない」

「……え?」

 怯える紫姉に葵姉は優しく……でも、霊力を放出して威圧しながらそう言うっす。

 

「貴方はこの部屋に来ていない。貴方は何も見ていない……分かった?」

「えっ……その………」

「分かった?」

 有無を言わせぬ葵姉の言葉にあたいはこのままだと葵姉が紫姉を壊してしまうと思って残りの薬を飲み干すと、痛みに顔をしかめながら紫姉の所に行くっす。

 

「雛姉、葵姉。あたいの目的は叶えられたんで、あたいは戻るっすよ」

「そう」

「養生するようにな。お前はすぐに無茶をするんだからな」

「私はもうちょっと此処にいようっと」

 あたいがそう言うと、雛姉と葵姉は光のない狂った様な瞳をあたいに向けてそう言ったっす。

 

「……旭。お従姉様は、その」

「……恋をしたんだと思うんす」

(その中でも質の悪い形でな。……まあ、雛姫もだが)

 そう。あたいは雛姉が伴部さんに恋をしているのは知っていたっす。でも、まさか彼処まで拗らせていた上に葵姉まで拗らせちゃうなんて……このままじゃあ……

 

「誰もが不幸になっちゃうっすよ」

(私は座敷わらしの様子も気になったんだがな)

「?」

 あたいは夕陽の言葉に困惑をしながらある決意をしたっす。

 

「例え、雛姉や葵姉に殺されても……二人の殺しあいだけは避けないといけない。なら……あたいのやるべき事は……!」

「旭、危険な事はしないでくださいね?」

「それは二人次第っすよ」

 まあ、十中八九恨まれると思うんすけどね……

 

 あたいは心配そうな紫姉に微笑みながらどうやって二人から伴部さんを引き離すかを夕陽と相談していたっす。

 

 ──────────

 

 どれだけ走ったのだろうか? 日の光もなく、時計の類いも手元にない状態ではどれだけの時間が経過したのか判断がしにくい。相応に鍛えている筈の俺ですら汗で衣類がぐっしょりと濡れて、死にそうな程息切れする位には走り続けたのでそれなりの時間は経たのは間違いないが………

 

「ぜぇ、ぜぇ……な、なんとか逃げ切れたっすね……」

 鬼月旭が疲れはてた様子で周囲を見ながらそう言った。

 

 ……まあ、疲れているのはこいつだけではないがな。さっきも言ったように相応に鍛えている筈の俺ですら息切れをしているんだ。全員が疲れはてていた。

 

「ち、ちくしょう……狼頭が匂いで追ってきているのに気付いていなかったせいで体力を大量に消費しちまった……」

「だ、誰もはぐれなかったのが奇跡ですね……」

 鬼月白夜と赤穂紫の言うとおり、妖達の先頭にたって俺達を追いかけ回していた妖が匂いを辿っていたせいで延々と追いかけ回されたからな……(因みに狼頭は妖達の行動に気付いた狐白と協力した鬼月旭によって倒された)。誰かがはぐれるかもしれないと思っていたが、鬼月旭が声かけを怠らなかった為にどうにかこうにかはぐれずにすんだ

 

「孫六さん、此処が何処かわかるっすか?」

「ん? え~と……お、この印が此処にあるから……出口は此方だな」

 鬼月旭が孫六に出口を聞くと、孫六は周囲を見渡して然り気無く掘られている印を見ると、そこから出口への方向を導きだした。

 

「そういやこの印はなんだ?」

「ああ、俺ら案内役が広い下水道で迷子にならないように出口の近くや迷いやすい場所を抜けられる様に最初の仕事でどんな印があるかを叩き込まれるんだ」

「ふーん……さて、と……さぁ、行くっすよ」

 赤穂九恩の質問に孫六が快く答えると鬼月旭はゆっくりと起き上がると、俺達に出発を宣言した。

 

『今のところは化け物どもの気配は感じられぬが……注意はしておくといい』

『ええ。あの様な妖がいる以上、油断は禁物です』

 耳元で俺と鬼月旭にそう囁く老退魔士とその孫に俺達は頷きながら歩を進める。

 

 ……因みに、老退魔士の子孫の少女は鬼月白夜の周りを警戒する様に飛びながら鬼月白夜にひっきりなしに話し掛けていた。

 

 それから数十分もしただろうか? 俺達は孫六の先導に従いながら、歩んでいた俺達は漸く出口に……

 

「そろそろ出口に……」

『……む?』

『これは……?』

『白夜様、何か変……』

「……!? 孫六さん、伏せて!」

 何かを感じ取った鬼月旭が孫六を伏せさせると、それを見た俺達も慌てて伏せる。

 

 すると……

『いかん、下が……』

『旭、逃げ……』

『白夜様、これ……』

 さっきまで俺達が立っていた所に飛んできた大量の血の短剣が式神達を貫き、そのまま短剣は形を崩すと血で出来た壁になり俺達の退路を封鎖した。

 

「こ、これは……!?」

「ふむ……今のを避けるか。存外優秀じゃな」

 白虎が驚いていると、暗闇から一人の少女が現れる。俺達の前に現れたその少女の容姿はさっき会ったあの二人よりも若かったが……あの二人よりも濃密な妖気に吐き気をもよおしそうだった。

 

「な、何者です!」

 足をガクガクと震わせている赤穂紫の言葉に少女は立ち止まって手に顎をあてると、名前を口にした。

 

「妾の名はアリア・ローゼンクロイツ。まあ、お主に求婚したバカ息子とそこのガキに求婚したバカ娘の母親じゃよ」

「アリア・ローゼンクロイツ……!?」

「旧西方帝国が滅びる要因を作り、数多の吸血鬼の血族の先祖になった吸血鬼の聖母……! まじで実在してたのかよ!?」

「む? お主ら、妾の事を知っておったのか? はて……妾は五百年前にしかこの国には来たことはないんじゃが……まあ、家族にすればわかるか」

 その言葉を言い終えるかいなかのタイミングで俺と葛葉唯は同時に煙玉を投げて視界を塞ぐと即座に俺は短槍で突き、葛葉唯は刀で斬りかかり……二人纏めて吹き飛ばされた。

 

「不意討ちを卑怯とは言わぬが……不躾じゃぞ、貴様ら」

 アリア・ローゼンクロイツの手元には見事な装飾の付いた鞘付きの剣があり、あれの一撃で吹き飛ばされたというのはわかるんだが……幾らなんでも早すぎだろ……! 

 

「……どうにか突破するっすよ! 紫姉と白虎はあたいと一緒に前衛を、伴部さんと唯ちゃんはその援護を、狐白さんは狐火や幻術での撹乱を、白夜さんと九恩さんは孫六さん達の護衛をお願いするっす!」

「なかなか良い指揮をする。それなりの場数を潜っているようじゃな」

「その余裕が何時まで続くか見物ですね!」

「悪いけど、押し通らせてもらう!」

 鬼月旭の指示にアリア・ローゼンクロイツは感心したように頷くが、そう言いつつも赤穂紫と白虎の左右からの攻撃を細腕一本で防いでいた。

 

「く……行け!」

「GO!」

「下人の方の式神……妾のいた地域の魔術も含んでいるな? 下人とは思えぬ芸達者ぶりじゃの」

 俺と葛葉唯が同時に鷹と梟の簡易式をアリア・ローゼンクロイツに向けて解き放つがアリア・ローゼンクロイツはあっさりと迎撃した上に俺の方の式に付与していた麻痺の魔術をあっさりと見切って躱した。

 

「そこじゃ!」

「隙あり!」

「っと、少しばかり下人に注目しすぎたか」

 そこに狐白の援護を受けた鬼月旭が小太刀で連撃仕掛けるが、これも鞘で弾かれてしまった。

 

「中々やるのう……少しギアを上げていくか。『シェイド・エッジ』!」

 その言葉と共に俺達の足下から飛び出した影の刃を躱して俺は肉薄……「伴部!」「うお!?」しようとして天上から飛び出してきた影の刃を白虎が抱き付いた事で回避した。

 

「そこら中が影だらけ故にな、気を抜くなよ? 『シェイド・バット』、『ブラッド・チェイン』!」

 そう言うと、今度は影で出来た蝙蝠の大群と血で出来た鎖が俺達に襲い掛かってくる。

 

「くそったれが!」

「なめるな!」

「……伴部、旭! 大技を使います、少しばかり守ってください!」

「紫姉……わかったっすよ!」

 そう言って、技を放つ為に霊力を溜め始めた赤穂紫を見て鬼月旭はそれを信じることにしたのか、果敢にアリア・ローゼンクロイツに立ち向かって行く。

 

「バカが、今の話を聞いて妾が何もせぬと思うか! 『ブラッド・ビースト』、『シェイド・ナイフ』!」

 アリア・ローゼンクロイツは呆れたようにそう言って血で出来た獣と影で出来た大量のナイフをけしかけてくるが、鬼月旭、白虎が武器で迎撃し、狐白が狐火で俺は短槍を回転させる事で弾き飛ばし、葛葉唯は結界を展開する事で赤穂紫を守る。

 

 ……そんな膠着状態が二、三分程続いたが……ついにその時が来た。

 

「伴部、旭、白虎、唯……ありがとうございます……行きますよ、『破魔・剣技一閃』!」

 そこから溜めに溜めた霊力が突きと共に衝撃波として放たれ……

 

「はぁぁ……『ブラッド・ウェ』……」

「破魔・剣技一閃!」

「へあ……ぬおぉぉぉぉぉ!?」

 間髪を容れずに赤穂九恩から放たれた二発目が赤穂紫が放った一発目と重なり、威力と速度が強化された状態でアリア・ローゼンクロイツに炸裂した。

 

「よっしゃあ! 奇襲成功だぜ!」

「やはり使えましたか。同じ刀に同じ血筋……もしやと思って声に出して良かったです」

 やはりわざわざ喋ったのは赤穂九恩に合わせさせる為の合図だったようだ。

 

「もー! そんな作戦なら先に言ってほしかったすよ!」

「しょうがないでしょう、先に話すと作戦が漏れる危険性があったんですから……ですが、倒せはしないまでも行動不能には……」

「お母様!」

「母さん!」

(……やべえ奴らが来やがった)

 俺達は各々の武器を構えながら……「いやはや……してやられたわい」俺達が声に振り向くと、そこには無傷のアリア・ローゼンクロイツがそこにいた。

 

「な、何故あれを喰らって無傷で……!?」

「ん? ああ、そりゃあ咄嗟に鞘で防御をしたからな。お陰で鞘が壊れてしまったわ……まあ、都合は良かったがな」

 そう言ってアリア・ローゼンクロイツは壊れた鞘から剣を引き抜き……途端に神々しい迄の霊力が下水道に舞い踊った。

 

「「……は?」」

 俺達は唖然とした様子でアリア・ローゼンクロイツを見る。妖気と霊力は水と油で同時に使えはしない筈だ……だが、アリア・ローゼンクロイツはどういう訳か、その中で平然としていた。

 

「『主に身を捧げし友よ……焔と共に我が鎧となりて、共に敵を討たん』……燃え盛れ、『エクスカリバー・ラ・ピュセル』」

 アリア・ローゼンクロイツの言葉と共に手に持つ黄金の剣から焔が舞い上がってその体を包むと……その中から完全武装したアリア・ローゼンクロイツが背中に悲しげな表情の焔の女性を従えて歩みでて来た。

 

 唐突に俺の視界が切り替わる。

 

 処刑台の上に立たされる金髪の女、そんな女を引き立てる役人に泣きながらすがり付くアリア・ローゼンクロイツ……女に火がつけられ、女は泣きわめくアリアに微笑みながら「貴女はもう大丈夫です」と言った後「主よ、この身を捧げます」と言って燃え尽きる。時間が立ち、女の遺灰の前で立ち尽くしていたアリア・ローゼンクロイツは狂気の表情で黄金の剣を突き立て……

 

「……『ジャネット』。お主はまだ、妾に微笑んでくれぬのだな」

「今の光景は一体なんだったんすか……?」

(今のはなんだ……?)

 悲しそうな表情で焔の女を見つめるアリア・ローゼンクロイツを見ながら鬼月旭と俺は困惑していたが、すぐに気を取り直して戦闘を……

 

「さて……鞘を壊した褒美じゃ。妾の本気の一撃をお見せしよう」

((見せなくていい!))

 俺と葛葉唯の思いを知ってか知らずか……アリア・ローゼンクロイツは大上段に燃え盛る黄金の剣を構え……

 

「退避────!」

「ちょっと、お母様! 私達の獲物を燃やしたら承知しないわよ!?」

 そんなことを言いながら逃げたす二人を尻目に俺達は全力で防御をするが……正直無理ゲーだな。

 

「アポロン……ディザスター!」

 振り下ろされた剣から放たれた焔が俺が最後にみた光景だった……

 

 ──────────

 

「なんと……本当に生き残りおった」

 アリアは焔が荒れ狂った先を見てあきれ果てる。そこにはズタボロで気絶していたが……確かに息のある旭達がそこにいた。

 

「母さん、流石にあれを放つのは不味いと思うんだけどなあ!?」

「下手をすれば私達も死んでたわよ!?」

「ふん、勝手をした罰じゃ。きっちりと理解をしておけ」

 そう言って抗議をするラールとリーナを制したアリアは気絶した旭達に近寄ると、それを血で出来た獣達や異形の弟妹達に手早く乗せていく。

 

「行くぞ。母上にこ奴らの処遇を聞く」

「ヘイヘイ……」

「ハ~イ……」

 母の言葉に不満タラタラだが、ラールとリーナはそう言って母の後ろをついて行った。

 ……その場には旭達を庇って灰になった式神達がおり、それぞれの持ち主に旭達の危機を伝えたのは言うまでもない。




次回もお楽しみに!


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第二十八話

遅れに遅れて投稿です……


 暗くて、見慣れない場所だけど、何故か懐かしい感じのする場所にあたいはゆらゆらと浮かんでいたっす。

 

(此処は何処っすか?)

 あたいは、アリア・ローゼンクロイツの一撃で気絶して……

 

「信じられないなぁ……もうすぐ私が母親になるなんて」

「毎度の事だけど、君達の一族ってなんで親になるとその反応をするんだろうね……」

(これ……赤髪碧童子さん?)

 でも、あの値踏みをするような口調じゃなくて何処か呆れていそうな優しそうな声だったっす。って事は、もう一方の声は……

 

「ねぇ、(あお)。この子、女の子なんだけどさ……名前を考えてくれない?」

 ……あたいのお母さんの発言に赤髪碧童子さんが『ゴン!』と頭を何かにぶつけた音が響いたっす。

 

「あのさぁ……俺は鬼で、君の産まれる千年前位に恐ろしい凶妖として伝わっている妖だよ? そいつに我が子の名付け親になってもらおうとするって何を考えてるんだい?」

「え? 私は単純に碧を友達だと思ってるから名付け親になって欲しいんだけど? それに……」

 呆れに若干の怒りを含んだ声でお母さんに質問をした赤髪碧童子にお母さんはあっけらかんとした口調でそう言いながら……

 

「私のお腹の中にいるこの子が碧の望んでいた英雄になってくれるかもしれないでしょ? まあ、私的にはそれを否定して一緒に戦ってほしいんだけどね」

「……君はどうして俺に死んでほしくないんだい?」

 お母さんの言葉に疑問符を浮かべている赤髪碧童子さんにお母さんはさらに言葉を重ねたっす。

 

「だって、私達一族にとって碧はご先祖様の命の恩人だし、私にとっても碧は親友だもん。妖だろうとなんだろうと、親友に死んでほしくないのは人として当然でしょ?」

「……君達の一族って、本当に俺に対して甘いよね」

 赤髪碧童子さんはそう言うと、小さな声で「……旭」っと呟いたっす。

 

「? 碧、なんて言ったの?」

「旭って言ったんだよ。名付け親になってほしいって言ったのは君だろ?」

「旭、旭か……ありがとう碧! 旭、早くお母さんやお父さんに顔を見せてね」

 お母さんはそうあたいに声をかけて……

 

『旭、私もお父さんも貴女を見守っているわ。だから……五百年前のご先祖様がはね除けた『誘い』に負けないで』

 あたいの意識はその声と共に目覚めて行ったっす。

 

 ──────────

 

「「っ!?」」

「雛姫様、葵姫様もどうしたの!?」

「ど、どうしたんですか!?」

 突如として立ち上がって牛車を飛び出した雛と葵の二人に花と白の二人は慌てて二人を追って牛車を飛び出した。

 

「……伴部と旭に張り付けておいた式神との繋がりが途絶えた」

「え!? それってつまり……」

「下水道で問題があったって事よ」

 その言葉に花は愕然としながら白に向けて指示をとばす。

 

「白、あんたは耳と尻尾を隠して陰陽寮に行って多々良さんって人に応援を要請してきて。旭の話だと、その人が一番話を聞いてくれそうだからね」

「は、花さんは?」

「私は姫様達と一緒に兄貴や旭、伴部さん達を助けに行ってくるわ」

「……わかりました。お気を付けて」

 花の言葉にこくりと頷いた白は幻術で狐耳と尻尾を隠すと全速力で走って行った。

 

「……余計な真似をしてくれたわね」

「余計な真似でも戦力は多い方が良いでしょ? 伴部さんや旭を守る為にはね」

「そのとおりだな」

 不満そうな顔をした葵を嗜める様に言った花に同意しつつ雛は刀を抜く。

 

「んじゃ、私が先行しますから姫様達は私についてきてください。白狐降霊戦衣、『二尾の型(にびのかた)狐風楽想(こふうがくそう)』!」

 花がその名を告げると、花の周りを風が吹き荒れる。花は耳をすますと、そのまま走り出す。

 

「旭姫様と伴部さんの声が聴こえた……最短距離でそこに向かいますよ!」

「任せた!」

「そんなことを言って道に迷わないでね?」

 花の言葉に雛はそれを信頼し、葵は茶化しながらもその先導に従い走り出す。

 

「今だ、殺れ!」

 それを見て待ってましたとばかりに入り口で待ち伏せていたレッサーに率いられた妖達が……

 

「邪魔だ!」

「散りなさい羽虫が」

「どけぇ! 狐風楽想・『突風刃(とっぷうば)』!」

「あべ……!?」

 踊りかかった瞬間に雛に焼かれ、葵と花から放たれた風の刃でバラバラに切り刻まれた。

 

 そのまま三人は大切な人間達を助ける為に下水道を走り始めた……

 

 ──────────

 

 あたいが起きると、壮絶な妖気に少しばかり吐き気を催したっす。

 

 そこにいたのはあたいと伴部さんを凝視する、深淵を見つめるような翡翠色の瞳を持った女の人。でも、その瞳は明確に狂気の色が垣間見えていたっす。

 

「あら、起きましたか? それは良かったわぁ。二人とも何時までも目覚めないものだからどうしようかと困り果てていたの。人間の皆さんって脆いのが多いでしょう? アリアが手加減し間違えたのかと思って心配していたのよ?」

「母上、妾がそんなへまをすると思うか?」

 あたいや伴部さんの頬を心配そうに撫でる(妖のアリア・ローゼンクロイツといる時点で)十中八九妖の女の人にアリア・ローゼンクロイツは不満そうにそう言ったっす。

 因みにアリア・ローゼンクロイツの後ろには滅茶苦茶不満そうな二人の吸血鬼があたいと伴部さんをみていたっす。

 

 妖の容姿は優しそうで、一目見るだけで本能的に母性を感じさせる魅力的で包容力に富んだ美貌を纏っていたっす。その容姿に長い髪を垂らして上半身に一糸も纏わぬその姿は一見扇情的で背徳的でありながら、同時に神々しさも感じさせていたっす。だけど、その下半身を見ればそんな印象は一変するっす。

 

 ……女の人の下半身は巨大な肉の塊だったっす。肉饅頭のような肥大な肉の塊……そこからは出鱈目のように様々な生物を模した手足が生えていて、おぞましさを感じさせるその醜い姿は白く線の細い上半身との対照性も相まって一層不気味に思えてくるっす。

 

(夕陽、此処は?)

(恐らくだが、妖どもの秘密基地と言った所だろうな。……最悪な事にアリア・ローゼンクロイツの口ぶりからして、目の前にいる『こいつ』はクロイツ家が血眼になって捜している妖母だ)

 身動きが出来ない上に、目の前には人妖大乱時の最大の標的の一人ってどんな状況……

 

「げ……」

 あたいが何か出来ないかを探るために周囲を見ると、下水道そのものの異様でヤバイ光景が目に入りこんだっす。

 

 壁中にぬめぬめとした何かが貼り付いていて、それには無数の卵が産み付けられていたっす。しかも……床だけじゃなくて、壁や天井にも、何百、あるいは何千か、心臓のように鼓動するそれ自体が生物のようなものから鳥類や爬虫類のような殻の卵に、あるいは虫のそれのようなもの、汚水溜まりの中には蛙の卵のようなものが無数に浮かんでいたっす。正直、見るだけで鳥肌ものの凄まじい光景っすよ……

 

「ここは…まさか………」

「ふふふ、ここはですね? 子育ての御部屋なのですよ。ここで可愛い坊や達を産んで、大切に育てあげているの」

 あたいの側で拘束されていた伴部さんの殆ど独り言のような呟きに対して低く、何処までも優しい口調で女の姿をした人外の化物は答えたっす。

 

「旭様、無事だったんだな!」

「孫六……この状況でそれはねえだろ……」

「ひぃぃぃぃ!? た、助けてくれ!!? 誰か!! 助けてくれぇぇぇ!!」

 あたいがその声に振り向くと、そこには孫六さんや案内役達が身体を半分程埋められて拘束されていたっす。

 

 孫六さん達の近くには紫姉と白夜さんが同じように拘束されていたっす。此方もどうやら五体満足なのは良かったんだけど……意識を失っているようでぐったりとしていたっす。

 

 ……問題は紫姉と白夜さんに気がある吸血鬼が近くにいる事なんすよね。

 

 あたいと伴部さんの近くには唯ちゃんと白虎、九恩さんが拘束されていて、三人は目覚めていてどうにか逆転出来ないかと周囲を探っていたっす。

 

 とは言っても……

(拘束されてるんじゃあ……!)

 あたいは左腕と右足以外を拘束している肉のような粘性の物質に内心で溜め息を吐いたっす。

 

(まあ、拘束をされていなくても逃げ出すのは至難の技だろうがな)

(そうっすよねぇ……)

 凶妖であるアリア・ローゼンクロイツに妖母、凶妖級の妖気もある吸血鬼達に妖母が産んだと思われる妖達……逃げるにせよ、一矢報いるにせよ確実に袋叩きにされるっすね。

 

「んっ……こ、ここ……はっ……? ひっ!!?」

「マジか……」

 あたいが最悪の状況に頭を抱えていると、さっきまで気を失っていた紫姉と白夜さんが目を覚まして、同時に事態を把握して紫姉は悲鳴を上げ、白夜さんは溜め息を吐くっす。紫姉は右左と首を動かして、あたい達の姿を見つけると一瞬安堵したような表情を浮かべ、しかし直ぐに絶望したように顔を青くさせるっす。

 

「こ、これは……一体……!? い、嫌っ……た、助けて……!! 嫌っ……!!?」

「落ち着けよ。俺達はこれから『家族』になるんだぜ?」

「あ……」

 紫姉が悲鳴をあげていると……軽薄そうな吸血鬼が紫姉の顔を見つめ、紫姉の瞳が赤く染まるととろんとした顔になって動きを止めたっす。

 

「紫姉!?」

「ラール……珍しいな、お主が魅了の魔法を使うとは」

「……まーな、なんか気になるんだよなこいつ」

「ふーん……」

 あたいが悲鳴をあげるとアリア・ローゼンクロイツの疑問に吸血鬼が頭をボリボリと掻きながら答え、それを羨ましいくらいに豊満な吸血鬼がニヤニヤと笑いながらそう言ったっす。

 

「もう、子供の大声は元気な証ですよ? それを魅了で無理やり落ち着かせるなんて……貴方達も、あの子みたいに元気で大きな声で鳴いてくれても良いのですよ?」

 妖母からのあからさまに狂った善意の言葉混じりの言葉に伴部さんは無理やり笑顔を浮かべながら答えたっす。

 

「それは生きの良い獲物だと分かるからか? あんたは何者だ? まぁ、都の地下をこんな模様替えしている輩な時点で碌な奴では無さそうだが……?」

(時間稼ぎだな)

(でしょうね)

 時間稼ぎをする事は賛成っすけど……このままじゃ食われる事を伸ばすくらいにしかならない……! 

 

「口の聞き方を知らんようじゃな……!」

「アリア?」

「……」

「この子がごめんなさいね? 貴方も焦って沢山質問をしなくてもちゃーんと答えてあげますから。慌てない慌てない」

 伴部さんの挑発に怒ったアリア・ローゼンクロイツが影から刃を出そうとしたけど、怒ってすらいない妖母の言葉で不満そうな顔をしながら影の刃を消したっす。

 

「……そうですね、やっぱり母親としては子供の元気な姿が一番ですからね。その意味では彼方の女の子はとても元気が良くて、私としてはとても嬉しいものです。それに比べて貴方達や向こうの三人は……少し静か過ぎて些か困りましたが、ちゃんとお話が出来る程には元気があるようで安心しましたよ?」

「ああ、そうっすか……」

 あたいは妖母の言葉に呆れながら溜め息を吐くっす。

 

「さて、次の質問でしたか? えーと……あぁ、私が誰かでしたね? 見ての通り、私は貴方達の母親……「旭や伴部達にはお前みたいな気狂いな母親なんていらないんデス!」あら?」

 いきなり『ダァン!』という発砲音が響き妖母の二の腕から血を流したかと思うと、右手に銃身の長い銃、左手に銃身の短い銃を持ったアリシアが妖母に向かって両手に持った銃を乱射しながら現れたっす。

 

 あたいはあの三年前にあの2つの銃を持ったアリシアにボコボコにされたんすよね。確か、名前は……

 

「さあ、『刻々帝(ザフキエル)』……行くデスよ!」

 そうそう、そんな名前だったっす。能力はまるで時間を加速させたかのような超高速移動だったっすね。いや~……三年前の戦いの時は手も足も出なかったんすよね。

 

「貴様は!」

「まだまだ!」

 そう言ってアリア・ローゼンクロイツはまた鞘に納められているエクスカリバーを横凪ぎに振るうとアリシアはそれを短い銃身の銃で受け流して、銃身の長い銃で手近な妖を撃ち殺したっす。

 

「悪いですが……」

「私もアルバもちょっとイラついてるから貴方を殺してストレスを解消させてもらう」

「くぅ!?」

 続いてアリシアの両側から不満そうな顔だった吸血鬼達が襲いかかるけど、アリシアはそれに対して両手の銃を撃つことで牽制し、攻撃が遅れたのを利用して前に転がる事で回避するっす。

 

「旭、今行くデス!」

 アリシアはそう言うと、襲い掛かる妖や攻撃を避けたり撃ち落としたり、受け流しながら接近するけど……なんであの高速移動をしないんすか!? 

 

「悪いが……」

「アリシア、後ろ!」

「な……!?」

「後方不注意よ?」

 あたい達まで後少しというところで紫姉達の側にいた吸血鬼達の攻撃がアリシアに直撃し、アリシアの右腕と左足が吹き飛んだっす。

 

「あ、アリシア……!?」

「ぐ、分身体(わたし)は此処までデスか……後は任せましたよ、本体(わたし)!」

 そのままアリシアは妖の群れの中に消えて……今なんか変なことを言っていた様な……? 

 

「任されましたよ、分身体(わたし)! 『時を喰らう城にありし時の双銃よ、我が身にその全てを降ろし……全ての敵を打ち払う弾丸となれ』! 精霊の樹、『完全再現(フルディアス)』! 『神威霊装・三番(エロヒム)』……刻々帝!」

 その言葉と共に現れたのは綺麗な金髪を左右非対称の結び方で結び、赤と黒のドレスを纏い、左目が金色の時計の文字盤になったアリシアがアリスさんやローラン、アーサーさん達と一緒に突入してきたっす。

 

(……言っちゃ悪いけど、完全に『時崎(ときざき)狂三(くるみ)』のコスプレよね。つーか、さっきのアリシアは刻々帝の『八の弾(ヘット)』の分身か)

 クロイツ家の戦力があれだけいるなら、あたいが抜け出る隙も出てくる……筈! てか、どうにか右腕は出せたっす……

 

「貴様ら……クロイツ家の者達か! 此処で貴様らの旅路を全滅という形で終わらせてくれる!」

「終わらせるのは同感ですが……それは我々の全滅ではなく人類を裏切り、人々に恐怖を植え付けたお前とお前を産み出した堕ちた地母神の死によってです!」

「まぁまぁ……我が子同士がそんなに争うことはありませんよ、ね?」

 互いの武器を向けあうアーサーさんとアリア・ローゼンクロイツの話にわって入った妖母から魅了の妖気が放たれて……

 

「リリシア!」

「了解……!」

 アーサーさんの言葉と共にリリシアさんが他の魔術師の仲間と一緒に杖を地面に突き立てると、そこから光の線が現れてアーサーさん達を囲むとそれは光の壁になったっす。

 

「……あら?」

「……正直言って、二回か三回位しか防げない。早めに決めて」

「それだけで十分です! 総員、聖戦である! 堕ちた地母神、裏切り者とその一族の者達を討ち取れ!」

「母上の魅了を防げるとはな……だが、討ち取られるのは貴様らじゃたわけがぁ!」

 妖母の意外そうな顔を見たアーサーさんの号令と共にクロイツ家の退魔師達は吸血鬼と妖の連合軍に襲い掛かり、相手の方もアリア・ローゼンクロイツの突撃と共に戦闘を開始したっす。

 

「早く此処から抜け出して援護をしないと……!」

「旭様。援護の前に一緒に捕まった他の人達も助けませんと」

「わかってるっすよ!」

 あたいは伴部さんの言葉に返事をしながら抜け出そうとして……あいたぁ!? 

 

「アリシア、助けるなら先に言ってほしいっすよ!」

「助けたんだから文句は言わないでほしいデス!」

 あたいは霊力を纏った銃弾であたい達が捕まっていた粘液を破壊して助けたアリシアに顔面から叩き付けられたせいで痛む鼻を擦りながら……何かくる! 

 

『シャアアァァァァァァ!!!!』

「あひゃあ!?」

「うお!?」

 あたいと伴部さんはさっき産まれたと思われる妖母の産んだ妖の攻撃を避けて……はえ? 

 

「………………………あ」

「げ……」

「坊や、食べてはいけませんよ? 食べ物は彼処にタンとありますから」

 あたい達の目の前にいた妖母はあたい達に襲い掛かってきた妖にクロイツ家と吸血鬼達の大乱戦の方向を指差すと、妖は咆哮をあげながら走り去って……その後、妖母はあたい達をまじまじと見たっす。

 

(旭、飲まれるな!)

「貴方は……可哀想に。魂が絶望と約束に囚われて、壊れかけているのね」

 夕陽の言葉で身構えたあたいは、妖母の言葉で凍り付いたっす。

 

「何を、何を言って……」

「隠さなくても良いのですよ? 母は子供の事をなんでも知っていますから」

 あたいが反論を言おうとすると、妖母はあたいと伴部さんに近寄りながらそう言うっす。

 

「仮面をつけたこの子は逃げる事も、目を逸らす事も、逃避する事も出来ず、その上誰にも理解される事もなく、孤独に生きるしか出来ない子。対して貴方は幸せを奪われた絶望を知ったゆえに傷付き、それでも大切な人達との約束を果たす為にその傷を気付かないフリをして心を傷付けている子だと」

「う、あ……」

(一方は伴部だとわかるが……こいつの秘密は何なんだ!?)

 あたいは妖母の言葉に心を揺さぶられ、その誘惑に必死に耐えながら蔵丸から武器を取り出そうとして……

 

「あ……」

「よしよし、二人とも良くこれまで頑張りましたね? もう良いのですよ? もう頑張らなくても、苦しまなくても良いのですよ?」

 あたい達の目の前に立っていた『母』は先ず伴部さんを続いてあたいを抱き締めて頭を撫でたっす。

 

 あたいは、染み渡るその言葉にゆっくりと心を『母』に預ける。

 

「旭、下人……それにのっては駄目です!」

「伴部、旭も駄目!」

「二人ともしっかりしなさいよ!」

「旭、しっかりするデス!」

「おい、待て……冗談だろ!?」

「不味いっておい!」

(旭、目を覚ませ!)

 誰かがあたいに呼び掛けるけど……

 

「ふふふ、我慢しなくても良いのですよ? 甘えても良いのですよ? 泣いても良いのですよ? 感情に従うのは生き物として当然の、自然そのものの行動なのですから。そして『母親』として、私がどうして子供が甘えてすがり付くのを拒絶しましょうか?」

 あたいと伴部さんは『母』の言葉に今まで必死に押し殺していた涙を流しながら『母』にすがり付くっす。

 

「あ……うぅぅ………ぐっ…………!?」

「う、ぁぁ……うう……」

「はいはい、大丈夫ですよ? もう大丈夫。もう何も心配しなくても良いですよ? 『母』はここにおりますから、ね?」

 あたいはすがり付く『母』の温もりに身をゆだね……

 

「何を、あんな、『自称母』に……負けそうに、なってんだ……バカ子孫がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ふぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 あたいはいきなり頬を殴られた衝撃に目を白黒させながら吹っ飛ばされて……あれ? 

 

「こ、此処は何処っすか?」

「お前の精神世界だよ、バカ子孫」

「なにおう!?」

 あたいが悪口に目を上げると、そこにはあたいと同じ髪色の髪を乱暴そうにうなじで括った男の人がそこにいたっす。

 

「あんたは誰っすか。あたいは、あたいはあの人に……「旭」「旭様」ふえ?」

 あたいは『母』への思いを吐露しようとして……誰かがあたいを抱き締め、誰かがあたいの頭を撫でてくれたっす。

 

 ……これ、は。この声は……!? 

 

「お母さん、『小柚子(こゆず)』ちゃん……」

 死んだあたいのお母さんとあたいの初任務の際に大丈夫だと、助けてみせると言っておきながら死なせてしまった村人の女の子がいたっす。

 

「お母さん、お父さんは? それに小柚子ちゃんは、どうして……」

「あの人は今回は私とこの子に譲ってくれたの。『母』に対抗するなら実母しかいないって」

「私の場合は旭様を救えるのは私だけだと言われまして」

 お母さんと小柚子ちゃんはそう言いながらあたいを見据えるっす。

 

「旭、あんな全ての親から子供を奪う自称母親に負けちゃダメよ? だって、貴方の親は私とあの人だし……何よりも碧を倒して救う英雄になるんでしょ?」

「死んだらいの一番に私の所に来て、一杯武勇伝を聞かせてくれるんですよね? だったら、こんな所で終われないじゃないですか」

「……あ」

 あたいは二人の言葉にハッとしながら、『母』……じゃない、妖母の洗脳染みた言葉から解放されていくのを感じるっす。

 

「ごめんなさいっす」

「良いのよ。丁度、もう一人の娘も来たようだし」

「?」

「旭!」

 あたいがその言葉を疑問に思っていると、あたいに対して呼び掛ける声に振り向き……納得したっす。

 

「夕陽……その、ごめんなさいっす」

「……寿命が縮んだぞ、馬鹿者が」

 あたいが顔を真っ青にして走りよってきた夕陽に謝ると、夕陽は溜め息を吐きながらそう言ったっす。

 

「んじゃあ、お前達を送り返すぞ! あの化け物ババアに目に物を見せてやれ!」

「いや……」

「お前は、誰だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 あたいと夕陽はそう言いながら……意識が、急速に戻って……

 

 ──────────

 

「ふざけるな…………っ!」

「……!」

「あ、あら?」

 戦場にいた誰もが唖然としていた。

 

 完全に妖母に魅了され、後は食われるだけだった二人の人間……伴部と旭が突如として妖母を手に持ったそれぞれの短刀……伴部は幾重にも呪いを重ねがけされた鮮やかな桜の紋様が刻まれた金箔と漆の柄の短刀で旭もまた幾重にも呪いを重ねがけされた鮮やかな鳳凰の紋様が刻まれた金箔と漆の柄の短刀で刺していたからだ。

 

「ど、どうして……?」

 怒りではなく、困惑と悲しみをもって呟くように尋ねた。それに答えるように、先程まで胸に抱き締められていた人間達はその顔をゆっくりと上げた。そして、口を開いた。

 

「ふざけるなっ!! 俺のっ……俺の家族の記憶を塗り潰そうとするんじゃねぇぞ!! 人の家族を奪うなっ………!!」

「あたいの家族はあたいを産んでくれたお母さんとお父さん……そして、雛姉や葵姉、胡蝶様に宇右衛門様、思水様に綾姉……色んな大切な人がいる鬼月家だけっす! それは、あたいの大切な家族は……絶対に奪わせない!」

 涙に顔を濡らして、震える声で、しかし明確な殺意と憎悪と怒りを込めて青年と少女は叫んだ。そして……胸元と脇腹に突き刺した短刀を無理矢理に引き抜く。白い肌から吹き出す赤い血漿が青年達の顔を濡ら……す前に金髪のドレスを着た二人の『少女達(分身達)』がそれを被った。

 

「ば、馬鹿な……この光景は、『あの時』と同じ……!?」

「行かせるか!」

「「「行かせないデスよ!」」」

「ええい、どけぇ!」

 アリアは完全に五百年前と一致した構図に呆然としながらも母と少女達の間に割り込もうとするが、アーサーとアリシア『達』はそれを必死に防ぐ。

 

 そして……

「坊や達……? 一体何を………」

「母親面するな、化物がっ………!!」

「お前なんかが、『他人の子』を『他人の家族』を奪うお前なんかが……『母親』を名乗るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 何も聞くつもりはなかった。次の瞬間、青年と少女によって振り下ろされた鋭い短刀の刃は、確かに堕ちた地母神の左目を突き刺し、喉を切り裂いていた………




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集9『白編』

挨拶
白「ふ、ふちゅちゅか者ですが、よろしくお願いいたします!」
花「噛んでる噛んでる」
夜「まーた、背負う気かよ……お前も旭も背中の大きさはどうなってんだ?」

思い(恋)を自覚する時
花「白は、さ。環の事を好きなんだよ」
白「でも、私は……」
旭「元が凶妖がどうとか、関係ないっすよ。誰かを好きになるっていうのはそういう事っすよ」

過去を超える
白「私は、過去を……貴女(狐璃白綺)を超えます!」
狐璃白綺「やってみせろ、雑魚があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」←五尾に成長した白と怨念から甦った狐璃白綺が激突するCGが映る。

白エンドafter『時を超えた場所で』
白「旭様、環さん……私と環さんや旭様の子孫達は今日も元気に過ごしてますよ……」←桜の下で遊ぶ子供達を見守る九尾の白が映るCGで〆


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第二十九話

お、遅れに遅れてしまった……


 妖母の顔面に叩き付けた伴部さんと一緒に喉元に短刀を叩き付けた所であたいは完全に妖母の妖術の影響から脱していたっす。お母さんと会え、誓いを再確認した事であたいは新たな決意を胸に一気に喉に当てた短刀を振り切った。

 

 あたいが喉を掻き切り、伴部さんが左目に深く刺し入れた短刀を引き抜くと、そこから血が飛び散り……

 

「旭!」

「伴部さん!」

 あたいは『二人の』アリシアに蹴り飛ばされ、血はその二人にかかったっす。

 

「「本体(わたし)!!」」

分身体達(二人とも)……ありがとうデス」

 その二人をアリシアは感謝と苦しみが合わさったかのような表情で撃ち殺したっす。

 

「が、ひゅ……!?」

 喉を切られた影響か、妖母は苦しそうに喉を抑えるけど……目に叩き込まれた伴部さんの短刀も喉元をかっ切ったあたいの短刀も全然致命傷になってないっすね……あたいと伴部さんの手持ちの霊具の中で一番の物を選択したんだけどなぁ……

 

(落ち込んでいる場合か! 来るぞ!)

「きっさまらぁぁぁぁぁ! 母上の優しさをはね除けた上にその蛮行……楽に死ねると思うなぁぁぁぁぁ!」

「げふぁ!?」

「ぎゃいん!?」

 あたいが夕陽の注意にヤバイと思ったのも束の間、あたいと伴部さんは怒り狂ったアリア・ローゼンクロイツの拳で纏めて殴り飛ばされたっす。

 

「ぐぅ……馬鹿力め……!」

「死ね……!」

 伴部さんは殴り飛ばされた影響で肋骨が折れたのか脇腹を抑えながら起き上がるけど、そこに目を血走らせたアリア・ローゼンクロイツが剣で殴り掛かり……その一撃はあたいと伴部さんの首にかけられていた御守りから影が飛び出してそれを防いだっす。

 

「ぐ、この影は……あの英雄狂い(赤髪碧童子)か!」

 伴部さんへの一撃を防いだのは黒い巨大な錨を持った頭に角がある黒い鬼……どう考えても、赤髪碧童子さんの影っすね。

 

「伴部さん! 伴部さんは唯ちゃんと白虎、九恩さんを! あたいは紫姉と白夜さん、孫六さん達を助けるっす!」

「承知いたしました……!」

 あたいはアリア・ローゼンクロイツの一撃が防がれた隙を突いて立ち上がると、伴部さんは唯ちゃん達の方へと向かい走り出す。

 

「行かせるかよ!」

「あの子は私の家族になるのよ……あの三人までは見逃してあげるからそれで手をうちなさい!」

「呪印、玉鋼!」

 紫姉と白夜さんに好意を抱いている吸血鬼達が行く手を塞ぎ攻撃をしてくるけど、あたいはそれを呪印と玉鋼のもう一つの使い方であるあたいの使う結界の強化にあてる。

 

「蔵丸、狐白さん!」

「承知した!」

「きゃあ!?」

「お前、式神だったのかよ!?」

「ここっす!」

 あたいが式札の中に避難させていた狐白さんに蔵丸から出した長柄戦斧を持たせると、狐白さんはそれを振るって吸血鬼達を牽制した隙を突いて軽薄そうな男の吸血鬼の股下をくぐり……

 

「これでも……食らえ!」

「○※☆$□£$《¤!?」

「ら、ラール兄さん!?」

 その股間を殴って足止めをすると、地面に落ちていた紫姉の根切り首削ぎ丸を拾って……

 

「紫姉、白夜さん!」

「旭、ありがとうございます!」

「反撃開始だぁ!」

 紫姉と白夜さんを捕らえている粘膜を切り捨てた後……

 

「あ、ありがてぇ……」

「助かったぜ、旭様!」

「す、すまねぇ……」

 返す刀で孫六さん達案内役を助け出したっす。因みに、伴部さんの方は何処から飛んできたのかわからない鷺の式神が伴部さんを援護してくれたお陰で白虎達を助け出せていたっす。

 

「アーサー様! 我らの剣が届きません……! 

「く……! これが伝説の強さ、か……総員、撤退せよ! 我らの目的はならずとも、生きていれば必ずや達成する機会がある! 今は退いて、態勢を立て直せ!」

「全員逃すなぁ! 八つ裂きにして下水道に捨ててしまえ!」

 アーサーさんの言葉と共に撤退をしようとしたあたい達に妖達の追撃が……

 

「王家拳法秘伝、『四聖獣拳(しせいじゅうけん)』。『青龍(せいりゅう)の型』……『青龍の咆哮(せいりゅうのほうこう)』!」

((見た目完全に北斗剛掌波!))

 白虎の構えから放たれた青い衝撃波が有象無象の妖達を吹き飛ばし後続も躊躇させたっす。

 

「アーサーさん、殿は引き受けるっす! アーサーさん達は急いで雛姉や葵姉達を連れてきてほしいっす!」

「しかし……」

「早く!」

「……承知しました! ですが、無茶はしないでください」

 そう言ってアーサーさん達はあたい達と分かれて逃走を開始したっす。

 

「……みんな、あたいに付き合わせてごめんなさいっす」

「もう何時もの事なので慣れました」

「……主の思いを汲むのが私の役目ですので」

「あいつらの内、二人は旭と伴部をもう二人が紫や旭の子孫を狙ってるから倒したかったしね」

「旭は無茶する性格デスからね」

「あんたを死なせたら俺が産まれないし……何より扶桑国がピンチになるからな。付き合うしかねえだろ」

「同感だな」

「妾はお主の式神であるし、何よりお主は白の主じゃ。見捨てる事はできぬ」

 あたいはみんなの言葉に自分の気持ちを再確認して頬を叩き、短刀を構え直して……

 

「どっからでも……掛かってこい!」

 追撃してきた妖達と戦闘を開始したっす。

 

 ──────────

 

 多々良康平にとってその半人前の退魔士との出会いは彼の人生を一変させる物だった。

 

 彼は一言で言うなら中途半端な陰陽師だった。生まれは低い地位ではあったが貴族の次男坊であり、元退魔士の家系であったが故に先祖返りで退魔士としての才能に恵まれた彼は厄介払い兼家の格を上げるために陰陽寮に叩き込まれたのである。

 そんな訳で彼は「程々にやって適当な地位につければ良いや」と良く言えば『分を弁えた』、悪く言えば『諦めた』思考回路で勤めていた(まあ、上位の陰陽師や退魔士の強さがブッ飛んでいた為に心が折れたのもあるが……)。

 

「お願いっすよ! 話を信じてほしいんすよ!」

「ええい、その様な世迷い言を信じれる筈がなかろう!」

 しかし……三年前、直属の上司に必死に話している少女を上司から任された……と、言うより押し付けられた。

 

 少女……旭の話は実際、にわかには信じられない様な話だった。

 

 何せ右大臣が左大臣を蹴落とす為に外国の退魔士一族を扶桑国お抱えの退魔士にすると嘘をついて雇った上に他の外国の退魔士一族と新街を焼き払う様な戦闘を繰り広げさせようとした挙げ句、右大臣の嘘に気付いた右大臣の方についていた退魔士一族の長が一族の中でも過激な者を率いて朝廷を転覆させようとしている……等という話をされても信じられるかと言われれば微妙な話ではある。が、旭の必死さから彼は疑いながらも自分と同じように上位の退魔士や陰陽師達の人外染みた強さに腐っていた同僚達に声をかけて旭から言われた地点に近付いて……

 

 彼らは見た。たった三人で数十人にも及ぶ見たこともない術式を扱う退魔士の一団を相手に大立ち回りを繰り広げる旭達を、血塗れになりズタボロになりながらも敵わぬ敵に対して必死に食い下がる凡人達の姿を……

 

 尚、この時王家やクロイツ家穏健派は連合を組んで旭と共にクロイツ家過激派と戦おうとしていたのだが、旭がこれ以上王家を騒動に巻き込むことに罪悪感を感じたこと、下手をしなくても同族との殺しあいを演じることになってしまうクロイツ家穏健派の人間達(特に可愛がっていた末妹のアリシアであろうと切ると悲壮な決意を胸に秘めていたアリスやローラン)を気遣った事によって伴部や夜と共に迎え撃ったのである。

 

 結果、自分達の不真面目さや旭を信じなかった事を恥じた多々良達は全力で旭達に協力し……

 

「……夢か」

 多々良は先程まで昼寝をするために寝っ転がっていた屋根裏部屋(彼や彼同様に腐っていた面子がサボり用にこっそりと掃除したり物資を整えたりした結果彼らの休憩部屋とかしている)から出ると、午後の仕事をするために仕事場に向かい……

 

「多々良、何かお前に会いに女の子が来てるが……」

「わかった……特徴は?」

「白い髪に青い目の女の子なんだが……」

「その特徴は……最近旭のお付きになった白だな。すぐに行く」

 向かっている途中で友人に白が来ているのが伝えられ、慌てて向かう。

 

 因みに狐白の騒動の時に多々良達を中心とする陰陽寮の人間を誘わなかったのは正規の退魔士や陰陽師達が孤児院周辺を彷徨いていると狐白が警戒して来ないかもしれないと旭が思った為である。

 

「待たせてすまない。要件はなんだ?」

「あ、あのあの……旭様と伴部さん達を助けてください!」

「……はぁ?」

 その後、テンパっていて説明が彼方此方に散らばってしまう白の話を脱線した部分は聞き流し、理解できる部分は確りと聞き分けた多々良は此度も旭とその相棒的な立場である下人の青年がまた面倒事に巻き込まれた事に苦笑をしながらも己の仲間達が仕事をしている仕事場へと走り出す。

 

「おーい、お前ら。緊急事態だ、下水道で何か問題が発生しているらしい。そこで旭や伴部、夜達が行方不明らしい」

 そう言って仲間達に呼び掛けるとある陰陽師は「またかよ……」と呆れ、またある陰陽師は「上の許可は取らなくて良いのか?」と質問し「そんなの後だろ。今は民の生活の安全を守るのが先だろ」とそれに対しての答えが出た。

 

「んじゃあ、出撃だ。上には……事後承諾って形で了承してもらおう。装備を整えたら最寄りの下水道の入り口に集合だ」

 多々良がそう言うと、彼の同僚達は地図を広げたり装備を取りに行ったりしてにわかに騒がしくなる。

 

「あ、あの……旭様と伴部さん達の事を宜しくお願いいたします」

「任せとけ。旭達には俺達も恩があるからな。恩返しの為にもあいつには死んでほしくないんだよ」

 多々良は心配そうにそう言う白の頭を撫でながらそう言い、自分の愛用の武具を取りに走り出した。

 

 ──────────

 

 あたい達は追撃をしてくる妖達を必死に防ぎながら撤退を進めていたっす。

 

「孫六さん、出口はまだっすか!?」

「さっき通った道から逆算して……もうちょいだ!」

「そもそも、妖達を連れては帰れませんよ!?」

 あたいが孫六さんに尋ねた事に飛び掛かってきた妖を切り捨てながら紫姉がツッコミをいれたっす。

 

「わかってるっすよ! でも、妖達を全滅させた後にすぐに帰れるのと帰れないのとじゃあ出るやる気も違うんじゃないかと思うんすよ!」

「それはそうだけど、その前に雛子や紫音達を探さないと不味いだろ!」

「ああ! そうだったっす!」

 あたいは此処に来るまでの大騒動で夜達の事をすっかり忘れていた事にやっと気付いたっす。

 

「『白虎の型(びゃっこのかた)』。『白虎斬風爪(びゃっこざんふうそう)』、『白虎旋風脚(びゃっこせんぷうきゃく)』!」

 その近くでは、白虎が爪に見立てた指による横凪から放たれた風の刃で妖を切り捨てながらその勢いを利用した風を纏った回し蹴りで多くの妖を蹴散らしていたっす。

 

「ん……? 旭、危ないデス!」

「ふえ……? 『このクソモブがあぁぁぁぁぁ!』むぎゅ!?」

 あたいがアリシアの警告で振り向いた時にはもう遅く聞いた覚えのある声の屍の妖があたいの首を絞めて来たっす。

 

「お前……烏野!? どうしてこんな所に……」

『お前のせいで本体が死んだからだよぉぉぉぉぉ! お前さえいなけりゃあぁぁぁぁぁ、死ななかったんだぁぁぁぁぁ!』

「そんなの因果応報……自業自得っすよ! 悪いことをしたんだから、そのツケを払うのは当然っすよ!」

『黙れぇぇぇぇぇ……死ねぇぇぇぇぇ!』

「旭……こんな時に時間切れデスか!?」

 烏野は逆恨みの声を出しながらあたいの首を絞める強さを上げ……アリシアは慌てて助けに来るけど、アリシアの身を包んでいたドレスが煙の様に消えて元のアリシアに戻っちゃったっす。

 

「か……は……」

『死ね死ね死ね! 俺が死んだんだからお前も死ね! 死んで俺を……「うるさい。魂ごと消え去れ」ぼげぇ!?』

「ふぎゃ!?」

 あたいは烏野に首を絞められて意識を失いかけたけど……冷徹な声と共に烏野の悲鳴が聞こえたかと思うと、あたいは下水道の地面に尻餅をついたっす。

 

「立てますか?」

「あ、ありがとう……あ」

 あたいが見たのは……あたいに向けて手を差し出す銀色の髪に赤い瞳の豪華な服を着た吸血鬼。

 

「こんの……!」

「『動かないでください』」

「んな……!?」

 あたいが手を振り払いながら立ち上がろうとすると、吸血鬼の声と共にあたいの体が岩のように動かなくなったっす。これ、言霊……!? いや、もっと別の……! 

 

「旭!」

「ダ~メ。貴方の相手は私よ?」

「げぇ!? お前もいたのかよ!」

「酷いわねぇ……」

 あたいを助けようと駆け寄ってきた白夜さんは白夜さんに興味を持っている吸血鬼が背後から抱き締めたっす。

 

「く……! 貴方には屈しません!」

「悪いけど、屈してもらうぜ?」

 紫姉は紫姉で紫姉に興味を持っている吸血鬼と戦ってるけど……明らかに今の紫姉じゃ勝てないっすね。実力が違いすぎるっす……

 

「……貴方を、私の婿に」

「またそのパターンかよ!?」

「伴部は私の婿!」

「だから、お前の婿でもない!」

 伴部さんの方は白虎と一緒に伴部さんを見ていた吸血鬼と戦闘をしていて此方に来れそうになかったっす。

 

「く、この……! あたいに何をするつもりっすか!」

「貴女の血を吸って、私の花嫁として母さんの血族にするんです。まあ、それは彼処で紫色の髪の人を圧倒しているラール兄さんや翁の面を着けている彼に迫っているクレアも同じですが」

「そんなの旭にも紫にも、伴部達にもはいらないんデスよ!」

 吸血鬼の言葉にアリシアがキレ気味に反応してくれたけど、さっき産まれた妖に邪魔をされてあたいを掴んでいる吸血鬼の所まで来れそうにないし、九恩さんも狐白さんも来れそうにないし……このままじゃあ……

 

「では……」

「く、うう……!?」

「……もらった」

「しまっ……!?」

「伴部!」

「そんじゃあ……」

「あ、ああ……」

「さ、私と……」

「誰がなるかよ……!」

 あたい達四人に吸血鬼達の牙が……

 

「『転空(てんくう)』!」

「『滅炎刃波(めつえんじんは)』!」

「『水面斬(みなもぎり)』!」

「狐徹!」

 あたいは何時の間にか紫音さんの腕の中にいて、伴部さんに迫っていた吸血鬼には雛子さんが放った炎の刃を咄嗟に避けた事で距離が離れて、紫姉の動きを封じて首に噛みつこうとしていた吸血鬼は下水道の水面から現れたゆかちゃんの斬撃を避けた事で尻餅をついた紫姉をゆかちゃんが助け出し、白夜さんの方は夜が狐徹の斬撃で牽制した後でおもいっきり拳で殴り飛ばして無理矢理距離を離したっす。

 

 周りの妖も黒龍や白龍、鳥谷さんが蹴散らしている事で余裕が生まれた九恩さんや狐白さんが大技を使い始めた事で掃討が開始されたっす。

 

『びゃ、白夜様! 大丈夫ですか!? 噛まれませんでした!?』

「……椿、お前が連れて来たのか」

『はい!』

 夜達を連れてきたのは椿ちゃんみたいっすね……正直、感謝しかないっす。

 

「此処だ、此処だ! 旭達がいたぞ!」

 あたいが声に上を向くと、そこには多々良さん達が下水道の出入口から顔を覗かせていたっす。

 

「……まだ、これから。援軍に来た連中は実力的には大したことはない。全員倒してしまえば……!」

『いや。全員、退け』

「お母様!?」

 援軍が来たのを見ても戦意を滾らせていた吸血鬼達を制したのは一匹の蝙蝠から発せられたアリア・ローゼンクロイツの声だったっす。

 

「お母様、何故……」

『メイルからの報告じゃ。メイルの作り出した迷宮を造作もなく踏破する集団が二つ程あった。一つは女子のみの集団じゃが、恐ろしく強く並みの妖では歯が立たぬ。もう一つは恐ろしく強い気配の刀を持つ剣客の集団で恐らくは赤穂家の人間じゃろうな。片方だけでもお主らが苦戦は必至なのに両方来たら壊滅するのが目に見えてるのに戦わせるバカがいるか。とっとと戻ってこい。此処は放棄する』

 アリア・ローゼンクロイツの説明に吸血鬼達は苦々しい顔になるけど、すぐに気を取り直して撤退を開始したっす。

 

「これはあたい達の勝ち……『シャアァァァァァ!』な、訳ないっすよね!」

 あたいは周辺から総出で襲いかかってくる妖の一撃を防ぎながら戦いを……

 

「紫、(ゆかり)、旭……伏せよ!」

「消えなさい、羽虫が」

「失せろ!」

 しようとした時に、聞こえた声に慌てて身を伏せて……次の瞬間、剣風と風、滅却の炎が舞い踊って一瞬で妖達が制圧をされたっす。

 

「雛姉、葵姉!」

「お父様、お兄様方も!」

「花!」

 慌てて駆け寄ってきたのは雛姉や葵姉、花さんだけじゃなくて紫姉やゆかちゃんを心配してやって来たと思われる紫姉のお父さんや紫姉のお兄さん達もいたっす。

 

「雛姉、葵姉……心配かけてごめんなさいっす」

「別に良いわ。ちょっと傷だらけだけど、生きてはいるんだもの」

「葵、少しは旭を労え。……良く頑張ったな」

 あたいは頭を撫でてくれる雛姉の手の暖かみに目を細めて……!? 

 

「紫姉!」

「え……きゃあぁぁ!?」

「悪いが、楔は撃ち込ませてもらうぜ!」

 あたいが警告の声をあげるけど間に合わずに撤退していなかった吸血鬼が紫姉を空中に連れていったかと思うと、その首に牙を突き立てたっす。

 

「く、うう……あああ!?」

「紫姉!」

 あたいが吸血鬼に血を吸われている紫姉を助けるために飛び上がろうとし、て……何か首に刺さって……!? 

 

「全く……無自覚とはいえ、恋に狂ったバカ息子程手に負えぬ人材はおらんな。まあ……」

「白虎!」

「え……伴部!」

 あたいが声に振り向くと、そこには背中から生やした管をあたいと白虎に向けて放ち、あたいの首筋には過たずして突き刺さり、白虎のは慌てて割ってはいった伴部さんの肩に……違う、あれは伴部さんに刺すための攻撃っすね!? 

 

「直接母上の子になるのが嫌ならば……選ばせてやろう。妾の子になるか、母上の子になるかを……じっくりとな」

 そう言って酷薄そうに笑ったアリア・ローゼンクロイツはあたいの体に何かを注いで……あたいの意思はそれが妖母の血にアリア・ローゼンクロイツ自身の霊力と妖気を混ぜた物だと気付いた瞬間に意識を失ったっす。




次回もお楽しみに!

……次はもうちょい早く投稿したいなぁ


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第三十話

今回も遅れてしまった……


「「伴部、旭!」」

「「「紫!」」」

「旭……伴部!」

「何で雛姫と葵姫は伴部の名前の方が先に出るわけ!?」

「今は関係ないデスよ! 『シャイン・エッジ』!」

 ラールの奇襲によって吸血された紫に絶叫をあげる赤穂家の面々とアリアの攻撃によって妖母とアリアの妖気が混ざった血を撃ち込まれた旭と伴部が倒れ伏すのを見て雛、葵、白虎が悲鳴をあげる。

 ……旭よりも先に伴部に対して心配するような悲鳴をあげた姉二人(雛と葵)に花がツッコミをいれたが、アリシアはそれを振り払いながらアリアに対して光の短剣を投げて牽制を入れながら斬りかかる。

 

「甘いわ! ……ラール、惚れた女にみとれるのはその位にして此方へ来い!」

「……わかったよ」

 短剣とアリシアを弾いたアリアは血を吸われた影響で荒い息を吐いている紫を愛おしそうに見つめるラールにキレ気味にそう言い、ラールは不満そうになりながらも紫を地面に下ろし……即座に回避行動を取った。

 

「貴様、よくも紫を!」

「許さん、殺してやる!」

「うおぉぉぉ!?」

 ラールに対する殺意を口にしながら妖刀で斬りかかる赤穂家の面々にラールは必死に逃げ惑う。その間に(ゆかり)と赤穂家の当主、アリシアはラールが地面に下ろした紫に慌てて近づく。

 

「紫! 目を開けて、お願い!」

「紫、確りしろ!」

「傷口を見せてクダサイ! ……これは!?」

 顔を青ざめさせながら紫を揺する二人を制してアリシアが紫の首筋を見ると……そこには牙の跡がなく、イバラに囲まれた十字架で出来た紋様が浮かんでいた。

 

花嫁の刻印(ヴァンパイアサイン)……!」

「それはなんだ?」

 赤穂家の当主は難しそうな顔を浮かべたアリシアに疑問の声をあげる。

 

「……爵位持ちの吸血鬼が戯れの為や自分が手に入れたいと思って噛み付いた異性に打ち込む刻印デス。噛まれたのが一度だけなら問題はないんデスけど……二度目からは夜の方が調子が良くなり、三度目は他者の血を欲する様になり、四度目は太陽を極端に怖がるようになる上に他者の血を吸わなければ体調が悪くなるようになり……五度目で完全に最初に噛んだ吸血鬼の伴侶と成り果てるデス」

「ならば、此処でコイツを討てば紫は救われるということだな!」

「義兄様方、援護します!」

「悪いけど、死ぬわけにはいかねぇなあ!」

 アリシアの言葉に赤穂家の面々はラールに苛烈な攻撃を開始し、(ゆかり)もまた自身を救ってくれた義理の姉を救うべく、義兄達と連携してラールに襲い掛かるがラールはそんな彼らの攻撃を必死にではあるがそれらを防いでいた。

 

「……貴方は行かないんデスね?」

「……ああ。彼女達の戦闘の余波から紫を守らねばならないからな」

「確かにそうデスね……」

 そう言って赤穂家の当主とアリシアはその向こうの凄まじい激闘に目を向けた。

 

 そこには滅却の炎を刀に纏わせて振るう雛と扇を手に持って全てを切り刻む風を発生させながら格闘戦を仕掛ける葵、四聖獣をモチーフにした拳法で戦う白虎がアリアと戦闘を繰り広げていた。

 戦っていない面々の内、霊力を扱える面々は結界を張ることで倒れた旭や伴部、非戦闘員への流れ弾を(必死に)防いでいた。

 

「はあぁぁぁぁぁ!」

「せい!」

 雛が滅却の炎を振るうとアリアはエクスカリバーから光の防壁を発生させて防ぎ……

 

「!? ちぃ!」

「消えなさい」

「なめるな!」

「……!」

 あっさりと炎に侵食されて防壁が破られると、横っ飛びに回避するがそこに冷徹な表情の葵が扇を振るい風が襲い掛かるが……アリアはそれをエクスカリバーから発生させた光の斬撃で全てを掻き消し葵に接近するも、葵は裏拳で光の斬撃を弾き飛ばし光の斬撃は下水道の壁を大きく切り裂く。

 

「切り刻んでくれるわ!」

「『玄武の型(げんぶのかた)』、『玄武吸腕(げんぶきゅうわん)』!」

「なんと!?」

「そこから『玄武放弾(げんぶほうだん)』!」

「ええい、ジャネット!」

 雛達を切り裂かんとアリアは下水道の通路全てを覆う程の光の斬撃を多数放つが、白虎は亀甲紋を発生させた腕を振るうとそれらは全て消え去り、そのまま白虎の放ってきた光の砲撃を焔の聖女が振るう槍で弾き飛ばした。

 

「……このままでは埒があかぬか……ラール、さっさと妾の下に来い! ずらかるぞ!」

「へいへい……それじゃあ、あばよ!」

「逃がさ……何!?」

 アリアの苛立ち混じりの言葉にラールは答えながら飛び上がり……赤穂家の面々の一人が剣風を放つがラールはそれを蝙蝠に分裂することで(幾らか撃墜されたが)回避した。

 

「よっと、待たせて悪いな」

「ふん。まあ、女に軽薄なお主が本気になれる女が出来ただけでも良しとするし……あやつらにも『楔』を打てたしな。では、逃げさせてもらうとしよう」

「逃がすと思う?」

 アリアの言葉に葵(口には出さないが雛と白虎も)は殺意を撒き散らしながらアリア達へと一歩歩み寄るが……

 

「悪いが……逃げさせてもらう。まあ、エクスカリバー単体での突破は難しいだろうから小細工を使わせてもらうがな!」

 アリアは不敵に笑いながら焔の聖女から焔で出来た槍を貰うと、それを一振して……槍から焔が取り払われると漆黒の旗が広がり、禍々しさと神々しさを掛け合わせた旗槍へと姿を変えた。

 

「持ち逃げしたエクスカリバーだけでなく、『聖者と加護の御旗(ホーリー・オブ・フラッグ)』……ローゼンクロイツ家の誇る神器を妖側に奪わせるなんて……!」

「……元は妾がジャネットに渡した物じゃ。それに、これは聖者の御旗が変貌した姿。名は『復讐と神罰の御旗(アベンジ・ペイン・フラッグ)』と言う」

 苦々しげなアリシアにそう言いながら旗を地面に突き刺すとそこから漆黒の焔が舞い踊り、アリア達と葵達を隔てる壁となる。

 

「この程度の焔など……何!?」

「……嘘でしょ?」

 雛が事も無げに焔を燃やそうとして……焔の壁は滅却の炎を受けてもびくともせずにその異能の力の強さを(良くも悪くも)理解している雛も葵も愕然とする。

 

「……これでも先祖がエクスカリバーもろとも神から授かった神器じゃ。幾ら概念までも燃やす異能だとしても、簡単には燃やせぬわ」

 アリアは驚愕している雛と葵をせせら笑うと「では、さらばじゃ。次に会う時はそやつらが妾か母上の子になって連れ帰る時じゃろう」と言いながら堂々と立ち去っていった。

 

「待て!」

 雛はそう言って最大出力の滅却の炎を焔の壁にぶつけ、焼き尽くすが……既にアリア達はいなくなっていた。

 

「くそ……!」

「お姉様、落ち着いて。花とかが怯えてるわ。……それで、貴方達は旭達に何をしようとしているのかしら?」

「おっと……見破られたか」

 雛が周囲に滅却の炎を撒き散らし、葵はそれを宥めながら旭に刀を向けていた多々良に風の刃を放つ事で牽制をした。

 

「な……てめぇ、何で旭を殺そうとしてんだよ!?」

「……あいつの話じゃ、旭とその御付きはアイツに妖化するような何かを撃ち込まれたんだろ? だったら、被害を出す前に殺すのが退魔士って仕事なんじゃねぇのか?」

「それは貴方が決める事じゃないし、旭が殺される事を望むと思う?」

「旭が今のを聞いたら、『妖になって雛姉や葵姉、民の迷惑になるくらいなら殺して欲しいっす』とか言いそうだけどな」

 夜が多々良にキレながら狐徹を構えて怒鳴ると、多々良は淡々と旭に刀を向けた理由を言い、葵が多々良を威圧しながら反論をするが多々良の言葉で雛と共に「……言うわね」、「旭が言いそうな言葉だな……」と溜め息を吐いた。

 

「まあ、ソイツは赤穂家のご令嬢もそうだけどな?」

「……それは紫を殺すという意味で合っているな」

「……ああ」

 多々良の言葉に赤穂家の面々は殺気だった表情で各々の刀を構えて陰陽師達に戦闘態勢を取る。

 

 一触即発の空気に全員が身構えるが、そこにわって入る人間がいた。

 

「あ、あ~……意見、言っても良いか?」

「ん? お前は誰……髪の色から旭の子孫だっていう鬼月白夜か。どうしたんだ?」

「いや、さ……あんた達の判断も間違ってるわけじゃないんだよ。恩人だからって躊躇ってたら、死ぬかもしれないんだからな」

 多々良は白夜のその言葉に怪訝そうな表情になるが、白夜は気にせずに話を続ける。

 

「だけど、俺がこうしているようにまだ旭は死ぬ運命じゃないと思うんだよ。もしもこの時に死んでいるなら、第二次人妖大乱で旭衆は活躍出来てない筈だしな」

「……つまり、あるかもしれない活躍の為に未来の危機は見逃せって事か?」

「あんたも旭達の事は殺したくないんだろ?」

「……」

 多々良は白夜の言葉に憮然とした表情になった後……ふっと笑って刀を下ろす。

 

「撤収だ。旭達は助けたし、上に下水道に巣くっている妖達の事を報告しないとな」

「……良いのか?」

「ああ。本当にいざという時は雛様や葵様が始末をつけるだろうし……正直に言って、旭や伴部があのまま妖になるわけがないだろうし、な」

 刀を下ろした多々良がそう言うと、仲間が旭達に目を向けながらそう聞くが多々良は肩を竦めながら下水道を出ていった。

 

「……ふぅ。緊張したぜ」

「良くやったわ。流石は旭の子孫ね」

「……大した度胸だな。下手をすればお前が殺されてたぞ?」

「……旭衆の日誌で多々良さんの性格は把握してたし、その後の事も書かれてたからそう判断しただけだよ。……本当なら阻止したかったんだけどな」

「相手は凶妖だ。生き残れただけでも幸運だったぞ」

 汗を拭いながら一息吐く白夜に葵と雛が誉め、白夜はそれに肩を竦め……すぐに苦笑いをした。

 

「ところで……あれは良いのか?」

「何が……あら?」

「あいつは……!」

 雛と葵が白夜の指の方向に目を向けると、そこには伴部を抱えて上に向かおうとしている白虎がおり二人は伴部を取り返すべく走り出した。

 

「……良いのか?」

「流石に殺しはしねぇだろ。それに……白虎の妹達も助けるだろうしな」

 誰が伴部を連れていくかで揉めに揉めている三人の合間を縫って彼を背負った夜(側には旭を背負った花がいる)が上に上がるのを見ながら白夜達も地上に向けて進む為に歩き始めた。

 

 ──────────

 

 都から離れたある山地……地下水道の汚水が吐き捨てられる事になっていたその通路の出口で鬼は待ち構えていた。

 

「あら、これはこれは碧鬼ちゃんじゃないですか? 随分と懐かしいですね? 再会は何時ぶりの事でしたでしょうか? もしかして、寂しくなって久々に母に会いたくなりましたか?」

「ははは、相変わらずこいつ話通じないなぁ。真性でイカれているね」

「……殺すぞ?」

 無数の怪異の群れと共に地下水道から現れた『母』の第一声を、修験僧の出で立ちに笠を被った碧鬼は皮肉げな表情で言い捨て吸血鬼の王はそんな鬼に黄金の剣を向けた。

 

「ふふふ、照れ屋さんなのですね、貴女は。そんな恥ずかしがらずとも母は何時でも何処でも、喜んで子供達を迎えてあげますよ? ほら、ぎゅっとしてあげましょうか?」

「気持ち悪いんだよ、ババア。そんな事のために俺が貴様のような気違いに会いに来たとでも思ってるのか?」

「死ね」

 心からの善意でそう宣う『妖母』を、碧鬼が罵倒した瞬間に飛んできた光の斬撃を錨で弾きながら鬼は尋ねる。

 

「用件は分かっているだろう? ちと聞かせて貰えないかな? 態態あんた程の妖がまた何でこんな夜逃げみたいな事をしているんだ? しかもこの時期に」

「これから死ぬ貴様にそんなの知る権利があるかぁ!」

「お前には聞いてないよ」

「……アリア、止めなさいな」

 そう言って襲い掛かってくる吸血鬼を捌いた後、その理由の大半を分かっていても、それでも尚鬼は期待を込めて問う。そして『妖母』はそんな鬼の身勝手な質問に喜んで答えた。

 

「アリアが失礼しちゃいましたね。そうですね……実は坊や達が、少し反抗期みたいでしてね? ……もしかして気になるのかな?」

「勿論だとも。教えて貰っても良いよな?」

 その言葉に鬼は口元を裂けそうな程に歪めて答えた。その美貌に浮かべるは喜悦の笑み。そしてそれは『妖母』の短くて、しかし要件を押さえた説明によってより凄惨なものとなる。

 

「ふふふ……ふふふふふ………くふふふふふふっ!!! それはそれは、また何とも素晴らしい話じゃあないか? 最高だよ!! ふふふ、そうか、二人揃ってババアの甘言を振り切ったとは! 相変わらず楽しませてくれるなぁ!!!」

「妾にとってはトラウマの再現じゃ……!」

 話を聞き進めていくと共に、鬼はその笑顔を一層歪め、吸血鬼の殺意に満ちた発言を無視しながら気味の悪い程邪悪な笑い声を上げる。

 

 当然だ、この誰それ構わず母親面する化物の言葉は魅了と魅惑の暴力だ。その甘言を一度聴けば多幸感と安心感とで碌に思考する事も、ましてやその快楽を振り切る事も容易ではなかろうに、それを………!! 

 

「ぐふふ……あぁ!! やっぱりアイツらは期待通りの人間達だよ!! そうだ、そうだとも! そうでないと! 私を! 殺す!! 英雄達は!!! そうでないと………!!!!」

「……おい、そう言えばお主からなんか雌の臭いがするんじゃが……何処ぞで自慰でもしたか?」

 何処か芝居がかった、酔うような仕草で鬼は叫ぶ。その顔は自身の期待通りの、いやそれ以上の結果を出した未来の英雄の活躍に恍惚の表情を浮かべていた。ついでに言えば『妖母』の顔を彼女の御気に入り達が突き刺した話を聞いた時には思わず『イって』いた。法衣で見えないが鬼の下の下着はその時に完全にぐちょぐちょに濡れそぼっていたのだ。

 ……そういう意味ではアリアの質問はある意味的を射ていた。

 

 顔だけは美女を装う化物のその快楽に浸った表情は何処までも魅惑的で魅力的であった……が、『妖母』と吸血鬼の周りに侍る妖達(吸血鬼の子を除いて)はその姿に寧ろ怯える。興奮した鬼の出す強烈な匂いに有象無象の怪異共は恐怖していたからだ。鬼の体臭なんて嗅げば大抵の妖はどれ程遠くから匂ってきたものであろうとも、それを感じた瞬間に即座にその場から全力で逃走するものだ。

 

 それが、妖の中でも一際強欲で身勝手で我儘で狡猾な『鬼』という存在であった。

 

「……ところで、あの時妾の攻撃を防いだ影はお主の分霊か?」

「ん? ああ、そうだよ?」

「あらあら、確かにあの坊や達には沢山式神が張り付いていたのはアリアの口から聞いていましたし、動きに見覚えがあったので予想はしていましたけれど……まさか本当に貴女の分霊がいたのは驚きましたよ?」

 まさか手助けをする程に入れ込んでいるとは……碧鬼の性格と好みを良く知る『妖母』は、其ほどまでにあの青年と少女に彼女が入れ込んでいる事実に素直に驚いていた。同時に、彼女自身もまたそれ故に一層『我が子』への愛情と愛着を強め………

 

「おいおい、冗談は止してくれよ。何で俺のための英雄達を自分の餓鬼扱いしているんだ? そんな来歴、設定してないんだがな? ……特に旭には、ね」

『妖母』の思考に対してそう吐き捨てる碧鬼。そう、そんな経歴、碧鬼は認める積もりはなかった(特に親友を自称していた人物の忘れ形見である旭)。当然だ、彼らは彼女を討ち果たして英雄となる二人なのだから(……旭は認めないだろうが)。そこに『妖母』なぞが入り込む余地なぞない。それでは……それでは彼女は『妖母』の前のただの前座ではないか! そんな事認められる訳がない!! 

 

「それからさ……吸血鬼。お前、アイツらを妖母と自分の妖気で『汚した』よな?」

 そして何よりも、碧鬼は此度の一件で一番気に入らない事実について指摘する。何時しか碧鬼の顔の右半分には影が差していた。右目が鬼火のように赤く、紅く輝く……その口調も、様子も剣呑であり、妖気が荒ぶり、唯人でも分かる程に恐々しい殺気が垂れ流されている。

 

 そうだ、長年自分を討ち果たす理想の英雄を探し続けていた碧鬼にとってそれこそ何よりも気に入らず、そして許せぬのはその事であった。そのような因子を、そのような要素を彼女は構想していなかった。

 

 故に問い詰める。その内容次第では、折角見出だした英雄を諦める必要もあったが……

 

「ああ。あやつらは母上の腹から戻るのは嫌じゃそうだからな……ならば、体を作り変えるしかあるまい? ま、時間は掛かるし母上の子か妾の子になるかは分からぬが……どっちにしても大したことはあるまい」

 アリアは常人ならば失禁して失神しそうな特大の殺気を向けられているにもかかわらず、そんな鬼をせせら笑いながら凄絶なまでの霊力と妖気を迸らせながら黄金の剣を構え、焔の聖女を出現させる。

 

「……そうか。時間はかかるのか。それに……うん。まぁ、これ迄色々此方の期待に応えてくれたんだ。少し位は大目に見て上げないとな?」

「……傲慢で嘘つきで残虐で独善な鬼が随分とまあ、寛大な事じゃなぁ?」

 碧鬼はアリアの言葉を吟味して考える。そして、最終的には二人を『許した』。

 

 アリアの言うとおり、それは鬼という独善の塊としては驚く程に寛大な決定であった。たかが人間相手に、それが不可抗力であろうとも少しでも自身の計画から外れるような要因があれば他の鬼ならば大いに憤慨していただろうから。

 

 ……無論、その判断には碧鬼なりに自分勝手な思惑があるのだが。

 

 ……さて、それは兎も角として、碧鬼は『妖母』と吸血鬼を許した訳ではない。いや、許せる訳がない。自身の獲物を、英雄を、御気に入り相手と親友の忘れ形見に勝手にちょっかいを出され、挙げ句の果てには汚されて、奪われるなぞ冗談ではない。冗談ではないのだ。

 

「まぁ、そういう訳で………取リ敢エズ、オ前ラ死ネヨ?」

 次の瞬間、異形の姿に変貌した碧鬼は殆ど瞬間移動のような挙動で『妖母』に向かって突貫していた。『妖母』の頭を吹き飛ばそうとして振り上げられる白い足………それは同じく瞬間移動の様な挙動で回り込んだアリアの聖剣に受け止められ、弾き飛ばされた。

 

「あらあら、貴女も反抗期なのかしら? 良いでしょう。ふふふ……何でしたらもう一度母のお腹に帰りますか? 次はあの子達と一緒に産んであげても良いですよ?」

「母上、空気を呼んでくれませんか?」

「ブチコロスゾ、クソババア!!」

「やってみろ、くそ鬼が。捻り潰してお握りにしてくれるわ!」

 自身が殺されかけた直後であると言うのにそんな呑気でイカれた事を言う元地母神……その世迷い言に対して人を装った姿をかなぐり捨てた鬼は絶叫にも似た禍々しく獰猛しく、怒りに満ち満ちた咆哮を叫び襲いかかり、吸血鬼はそれに対して焔の聖女と彼女の子と有象無象の妖を従え、聖剣を振るって応戦を開始する。

 

 山林に爆音が轟いた。

 

 ……この数日後、地下水道の大規模な掃討と捜索を実施した多々良を中心とする陰陽寮の退魔士達の一隊は、この地下水道の出口にて数千からなる妖の散乱死体の山(吸血鬼はレッサー以外は確認出来なかった)を発見する事となったのであった。




次回もお楽しみに!

……出来れば次回は年内、最悪でも新年の3日以内に投稿したい。


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章末・前

今年最後の更新!


 それは俺にとって想定外とも言える少女との出会いの記憶だった。

 

「伴部、知ってるか? 当主様が養子をとったそうだ」

(……はあ!?)

 俺は今はもういない同期のその言葉に顔には出さなくても動揺をしていた。

 何せ、姉御様馬鹿で自身の娘であるにも関わらずにゴリラ姫を罠にはめた筈の為時が養子をとったからだ。

 

「……既に雛様や葵様がおられるのに、なんで養子をとったんだ?」

 俺は内心の動揺を隠しながら同期に詳細を尋ねる。

 

「ああ、俺も偶々聴いただけだから詳しくは知らないんだが……何でも、昔に当主様が世話になった人物の娘を御意見役の師が連れてきて話し合いの末に養子になる事が決まったらしい。……決定打になったのは、その人間が葵様並みの霊力を持っていたからみたいだけどな」

「……そうか」

 ……まあ、為時は姉御様の母親と駆け落ちをして兄が死んで当主になるまでは農民として生活をしていたんだ。その間に世話になった人間がいても可笑しくはないが……平民産まれでゴリラ姫並みの霊力って、普通じゃねぇぞ……? 

 

 しかも、若作りババアの師匠ね……まあ、あの若作りババアにも未熟な時期があるんだ。そういうのがいるのも当然か。

 

「そう言えば、養子になる娘の名前はなんて言うんだ?」

「ああ……確か、旭だったな」

(鬼月旭……ね)

 俺は原作にはない展開や人物の登場に内心で頭を抱えながら訓練に向けて歩き出した。

 

 ……それから数日後、俺はそいつと遭遇した。

 

「雛姉、此処がわからないんすけど……」

「ん? ああ、此処は少し間違えやすい部分なんだ。こうすると……」

「わぁ……ありがとうっす!」

「そんな奴にお礼を言う必要はないのに……」

 それは屋敷の見回り中だった。俺が見回っていると、話し声が聴こえたので寄ってみたんだが……そこにはオレンジ色の髪を背中で括った活発そうな原作で見たことのない少女が姉御様と和やかそうに話していた。

 

「あ……」

「? 雛姉、どうしたんすか?」

「くすくすくす……貴女のせいでああなっちゃった彼を見てどう思ったのかな?」

 姉御様は俺に気付くと泣きそうな顔になり、それを少女が不思議そうに見ながら周りを見渡して俺を見つけるとその足で俺に近づいてくる。

 

「えっと……下人さん。雛姉が気になるみたいなんで、一緒に来てくれないっすか?」

「……は」

 俺はこいつが鬼月旭だろうと検討をつけると、それに従って手を掴まれて姉御様の所まで来させられる。

 

「……なんで連れてきちゃうの?」

「雛姉、気になってた下人さんを連れてきたっすよ」

「連れてくる必要はなかったんだけどな……」

 姉御様はそんな少女に呆れたような顔で頭を撫でると、俺に顔を向ける。

 

「下人……お前の名はなんという?」

「……伴部でございます、雛様」

「……そうか、見回り中に旭が失礼したな。行っても良い」

「は……」

 俺は姉御様の言葉に内心でほっとしながら、二人から離れる。

 

「……絶対に助けて見せるからな、■■」

(夕陽、あの人が……)

(多分、雛姫の思い人だろうな)

「彼は私のものだ」

 その後ろではそんな事を言われていたのが聞こえたが、そんな事は無視して見回りに戻る。

 

 今思えば、これが原作には存在しない第三の姫である鬼月旭に振り回される切っ掛けに……!? 

 

 俺が気配を感じて目を開けるとそこには……俺に馬乗りになり顔に向けて自分の顔を下ろしている白虎が目の前にいた。

 

(夢……)

「伴部……」

 じゃないな。どう考えても目の前の白虎の顔は現実だ。

 

「……何してんだお前は」

「……もう少しだったのに」

何がもう少しだったのかしら? 

ああ。全くもってその通りだな

 俺は白虎を両手で押し留めて溜め息を吐きながら何をしていたのか尋ねる、白虎は俺が起きたことに残念そうな顔に……なると同時に跳び下がると先程まで白虎がいた場所を姉御様の居合いとゴリラ姫の裏拳が通過した。

 

 俺がその事に驚いて起き上がろうとすると……

 

「あ……うっ、ぐっ…………!?」

 身体中に激痛が走っていた。全身重度の筋肉痛といって良い程の痛み……それこそ指一本動かすのも辛かった。金縛りになったような感覚に俺は陥る。

 ……良く腕を上げられたな。痛みを自覚する前だったからか? 

 

 俺が自分に呆れていると、次いでやって来るのは頭痛だった。頭が割れそうな、脳の奥底から来るズキズキと脈打つような鈍痛に俺は歯を食い縛り耐える。

 

 ここで俺は熱と寒さを感じた。まるで風邪を拗らせたかのように身体の内側が熱く、その癖寒さも感じていた。吐き気がして、ここで漸く俺は上半身が全身包帯まみれで同時に汗でぐっしょりと濡れていた事に気付く。

 

 最後に来たのは倦怠感と徒労感だった。身体が鉛のように重く感じられた。骨の一本一本が、関節の一つ一つが磨耗しつくしたような感覚に陥った。猛烈な眠気が再度俺を眠りの国に誘う。それは抗い難い誘惑だった。

 

 それでも俺は本能的にその欲求を抑えつける。その程度の誘惑に耐えられぬようでは妖の幻術には抗えないからだ。直前の記憶が曖昧な俺は事態を把握するために視線だけでも動かして周囲の様子を確認する。

 

 天井があった。木材の天井……つまりここが何処かの室内である事を意味していた。

 

 次いで障子を視界に収め、暗くて良く分からないが掛軸や調度品の類いを確認する。布団と枕は羽毛だった。となればここは寝室………? 

 

(いや、待て)

 あの調度品や掛け軸には見覚えがある。あれは鬼月旭の寝室にあった物だ。と、いうことは……

 

(此処は……鬼月旭の寝室、か? だが……)

 何故ここに自分がいる? 何故自分はここで寝ていた? 下人に過ぎない自分がこんな場所で寝ているなぞ許されない筈なのに……? そもそも、(俺に恋をしている白虎は兎も角)何故此処に姉御様とゴリラ姫がいる……? 

 

「うっ……ぐっ…。がぁっ………!?」

「伴部、動くな」

「動いちゃ駄目よ、傷が開くわ」

 痛みと睡魔により朦朧する意識の中で俺は更なる情報を集めようと痛む身体を左右に揺らし、もう一度両手を動かそうとしてその一層激しい痛みに悲鳴を上げる。それと同時に俺の頭の上から姉御様の声が、真横からゴリラ姫の声が聞こえる。

 

「ぐ、うぅ……雛様、葵様…下水道は、あの妖達はどう、なって……」

「んん…いぎ、あが……づぅ!?」

「旭!」

 俺が姉御様やゴリラ姫にあれからどうなったのかを聞こうとして……聞きなれた声の呻き声が聴こえたので声のしてきた方を見ると、鬼月旭が俺の隣で包帯まみれで寝ていてその側に白虎が慌てて駆け寄った。

 

「あ、白虎……此処、あたい…の、部屋っすか?」

「うん。旭と伴部がアリア・ローゼンクロイツに刺されて倒れたのを夜と花が此処まで運んでくれたの」

 痛みで口が動かないのか、鬼月旭の途切れ途切れの言葉に白虎は涙ぐみながら話す。

 

 ……こりゃ、結構な数に心配をかけたっぽい……ん? なんだ、この地響きみたいな足音……まさか!? 

 

「旭、起きたのか!?」

「旭様、伴部さん!」

「旭姫、伴部!」

「旭、伴部!」

「二人とも起きたのか!」

「二人とも、良かったデス!」

「大将、下人……起きたんだな!」

「良かったぁ!」

「ちょっと、待……!?」

「お前達、落ち着……あ」

「げぇ!?」

「旭様……」

「予想通りになったわね……」

「んギャアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「「「旭!?」」」

(やっぱりこうなったか……)

 出入り口側で寝ていた鬼月旭が雪崩れ込んできた仲間達によって揉みくちゃにされたせいで激痛が発生して悲鳴をあげる中、俺は深々と溜め息を吐いた。

 

 ──────────

 

「全く……危うい所は越えたというのに、また意識がない状態に逆戻りする所だったぞ……」

「慕うのも良いけど、相手の状態は良く見なさいな?」

「本当にそう」

「「「申し訳ございませんでした!」」」

「あはは、気にしてないんで……」

「少しは気にしてください」

 俺は鬼月旭への抱きつきを姉御様、ゴリラ姫、白虎に物理的に止められ軽い者は頭にデカイたんこぶを乗せ、重い者は鼻血だの青痣だのを顔にこさえた面々の土下座を苦笑いで受け流している鬼月旭に内心で頭を抱えながらツッコミをいれた。

 

「所で雛姉、葵姉……あれから何日くらいたったんすか? それと、下水道にいた妖母達はどうなったんすか? 紫姉は無事っすか? そもそもあたいらはなんで此処に?」

「そう一辺に聞くな、順番に話す。そうだな……お前達は5日程意識がなかった」

 姉御様が鬼月旭の沢山の質問に苦笑いをしながらそう答える。……そんなに寝てたのか。

 

「次に下水道の妖達だけど……逃げたわ。痕跡は『何かいた』程度まで消されてた上に、追跡も困難な位に妖気も抑え込まれてたから陰陽寮に倒される可能性も低いわね。……まあ、軍勢は大幅に減ったらしいけど」

(だろうな)

 ゴリラ姫の言葉に俺は内心で頷く。場所が割れたのに逃げ出さないのは馬鹿のすることだし、原作よりも戦力も少ないから迎え撃つ事もせずに逃げるのは当然だろう。……軍勢が大幅に減ったのは何でだ? 

 

「……紫は無事。ちょっと噛みつかれた回数に応じた爆弾を付けられたけど、至って健康」

「そっすか……」

 鬼月旭は白虎の話から赤穂紫の生存を知って、ホッと息を吐く。……姉御様とゴリラ姫はその話に納得はいってなさそうではあるが。

 

「次に何故此処にいるかだが……夜と花が逢見家の屋敷までお前と伴部を運んだんだ。……まあ、お陰で屋敷は上へ下への大騒ぎになったがな」

「そりゃ、下水道にあたいが傷だらけになるような妖がいるってわかったんだから、そうなるっすよね。……所で雛姉、葵姉……もう1つ気になることがあるんすよ」

 最後に姉御様の言葉で質問への答えが出ると、鬼月旭は真面目な顔になりながらその話題を口にした。

 

「……あたいと伴部さんはどの位妖に近付いてる(・・・・・・・)んすか?」

 その話題を口にした瞬間、姉御様とゴリラ姫、旭衆の面々が苦しそうな顔になる。

 

「此処、何十もの人払いの術式と結界を重ねてるっすよね? 後、あたいと伴部さんにも偽装の術式が十重二十重に掛けられてるし……これって、あたい達が妖に近付いてるから宇右衛門様にも見られないようにしてるんすね?」

「……正解よ」

 鬼月旭の言葉をゴリラ姫が溜め息を吐きながら肯定した時点で俺は自身の身体を見つめる。

 

 ……今はまだ人間の身体だが……恐らく、薄皮一枚下は妖と化しているんだろうな。

 

(よくもまぁ、始末されなかったもんだ)

 陰陽寮の人間がいた時点で俺も鬼月旭も纏めて始末されても可笑しくなかった。泳がせているだけだったり、珍しい症例なので理究衆(りきゅうしゅう)を伴ってくる為に帰しただけかもしれないが……

 

「今のところは小康状態だ。私と葵が協力して薬を作ってお前と伴部に飲ませたんだ。……それでも妖化を食い止めるのが精一杯なんだがな」

(マジかよ!?)

 姉御様の言葉に俺は心底驚く。原作では協力の『きょ』の字すら見せなかった姉御様とゴリラ姫が協力して作るって……それだけ鬼月旭(義妹)が大切だという事なのだろう。

 

「妖化を抑える薬なんて存在したんすね……」

「根治ではないけどね。材料もかなり希少なのもあるんだけど……確保しやすいのもあって助かったわ」

「それってなんなんすか?」

「……高い霊力を持った人間の血」

「あ~……」

 白虎の言葉で合点がいった。姉御様にゴリラ姫、少し劣るが白虎に子孫組に夜に花……高い霊力を持った人間の血なんて採取し放題だな。

 

「他の素材はどうしたんすか?」

『私が届けたのよ』

「あ、胡蝶様……下水道の時と今回の手助けありがとうございました」

『いえいえ、可愛い孫娘達の為ですもの。この程度では足りないぐらいよ』

 何時の間にか鬼月旭の側にいた若作りババアの白鷺の式神に鬼月旭は笑顔で礼を言うと、式神は鈴が鳴るような喋り方でそれを受けとる。

 

「……葵様、失礼ながら質問したいことがあります」

「……どうしたのかしら?」

 俺はゴリラ姫に対して疑問に思ったことを質問する。

 

「いえ……葵様は何故私も助けようとしたのでしょうか?」

 俺はそこら辺は本気で疑問に思っていた。俺に鬼月旭程の才能や霊力は無く、興味も薄い義妹付きの下人なんぞ助ける義理はゴリラ姫にはないからだ。……三年前に助けてもらった義理があったのだとしても、それは鬼月旭を介した様々な道具の受け渡し等でとっくの昔にチャラになっているだろう。

 

(なによりも、地雷系ゴリラだからな……)

 どんな事が死亡フラグへの導火線になるかわからない以上、そこら辺の疑問は解消した方が良いだろう。

 

「……………………」

 ゴリラ姫は少しばかり黙った後、恥ずかしげに顔を赤らめてもじもじと動きながらこう言った。

 

「それはね、伴部。私はあなたの事が……」

「ま、まさか!?」

「駄目!」

「行っちゃ駄目だからね……!」

 何故かゴリラ姫の言葉を姉御様と白虎が妨げようとしたが、花が二人の前に立ち塞がる事で邪魔をする。

 

「好き……って、言ったらどうするかしら?」

 顔を真っ赤にして目をそらしたゴリラ姫がそれを言った瞬間、周りの面々(鬼月旭、姉御様、白虎、若作りババアは除く)がギャグマンガなら『ドンガラガッシャーン!』と音がなりそうな勢いでずっこけた。

 

「そうじゃないでしょ、そうじゃー!」

「ま、まだ恥ずかしいのよ……!」

 姉御様と白虎の二人を防いでいたせいでズタボロになっていた花が着物の襟足を掴んでガクガクと揺するが、ゴリラ姫は顔を真っ赤にしたまま目をそらして小声で何かを言っていたが、俺の側にいるにも関わらず余りにも小さくて聞き取れなかった。

 

「伴部さん。それで……もしも葵姉が伴部さんを好きだって言ったらどうするんすか?」

 鬼月旭がそんなゴリラ姫に苦笑いをしながら、そんなことを言う。……ふむ、ゴリラ姫が俺に対して好意を告げたら、か。

 

「……私が見た夢か幻、葵様が酔っている……妖が化けているも考えますね」

 俺がそう言うと鬼月旭は布団に突っ伏し、姉御様と白虎は頭を抱え、ゴリラ姫は手に持った扇を強く握り締め、若作りババアの式神は器用に苦笑いをうかべ、周りの面々はまたしてもずっこけた。

 

「つぅ……ゆ、夢や幻はまだ兎も角……残りの2つはなんでっすか?」

 俺の言葉で布団に突っ伏していた鬼月旭は若干傷が痛むのか呻きながら、そう聞いてくる。

 

「それは……葵様が私に対して好意を持つなどあり得ないからです」

「……理由を聞いても良いっすか?」

「理由としては私には葵様が好意を持つような才能等皆無だからです。葵様は才能を持つ人間を寵愛する気があります。私は葵様から式神や物探しの術等を習いましたが、その習得の遅さに少々呆れられまして……」

「……当主様に嵌められた件で好意を持たれたとは考えないんすか?」

 若干の苛立ちも混じった感じの言葉を鬼月旭はそう言うが、それを考えてもなぁ……

 

「それに関しては只人ならばありえましょうが、葵様にはあり得ますまい。寧ろ、旭様への感謝との兼任でしょう」

 実際にその印として俺が愛用しているゴリラ姫製の短刀や様々な霊具が鬼月旭経由で届けられるんだろうし。

 

「……今までの私の態度が彼の鈍感の原因なのね」

「葵、その……私の幼馴染みが本当にすまない」

「……伴部のその鈍感さには助かる時もあるけど……これは、ない」

『あの人もそう言うことを言っては良く師匠に殴られてたわね……』

 ゴリラ姫は溜め息を吐き、姉御様は何故かゴリラ姫に土下座をして、白虎は何故か俺を見て呆れ、若作りババアは何処か懐かしそうな顔でその光景を見ていて……ん? 

 

「旭様……?」

 鬼月旭は何故か握り拳を作っており、その瞳も怒りで溢れていた。

 

「……伴部さん。あたいは伴部さんの事は友人として(・・・・・)大好きだし、人間性も信頼してはいるっすよ(だからこそ、雛姉や葵姉を託せるって思ったんだし)」

 そう言った後で鬼月旭は「でも……」と付け加えた後、こう言った。

 

「そういう鈍感すぎる所は本気で怒ってるんすよ? 途中で日酔った葵姉も悪いとはいえ……夢や幻はまだ兎も角として、葵姉が酔っ払ってるや妖が化けているは本当にないっすよ……」

「あ、あの……旭様……?」

 俺はだんだんと声が低くなる鬼月旭にそこはかとない不安を抱きながらそれを押し留めようとして……

 

「一辺、医者に、その変な解釈をする頭を……診て、もら……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ぐばぁ!?」

 俺は滅茶苦茶怒った様子の鬼月旭の全力の右ストレートを顔面に叩き込まれた。

 

「ふん!」

「旭、やり過ぎ……なのか?」

「普段だったらやり過ぎだけど、今回の例では正しいかも……」

「……正直、私は気が済んだわ」

『そこら辺も師匠そっくりね、旭は……』

 薄れつつある意識の中で、鬼月旭は怒った様子で布団に入り、そんな鬼月旭に姉御様は首を傾げながらそう言い、白虎は溜め息を吐きながらそれを肯定し、ゴリラ姫は何故か笑顔になり、若作りババアは鬼月旭の行動を笑って見ていた。

 

「……自業自得だな」

「うむ」

「女の敵に相応しい一撃デス。……主よ、かの人間の罪と鈍感を赦したまえ」

「昨日でた予言はこういうことだったのね……」

「伴部さん……」

「何やってんだか……」

「やれやれ……」

「協力者だけど、そういうところは治しなさいよ……」

(なんでだよ……)

 旭衆の俺に対する同情の無さに俺は不満を覚えながら意識を失った。

 

「……本当にあれが私達の先祖と結婚できるのか?」

「このままだと、全く気付かないような気がするんだが……」

「なんでか下水道にあった旭衆の日誌の一部分によると、そこら辺は旭もキレまくってたらしいな……」

「今後を期待ってやつか……」

 そんなことを子孫組が話していたのを俺達は知らなかった。




次回も早く投稿したいなぁ……次回もお楽しみに&良いお年を!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭衆がいた場合のキャッチコピー

『例え蛍の光が光らぬ闇夜が訪れても、旭は昇る』


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章末・中

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします!


「あ……あアぁァアぁ!?』

「みんな気を付けろ、また旭が起きたぞ!」

「しかも変異しつつある!」

「旭、薬が出きるまでは寝ててください!」

 深夜の逢見家から旭に与えられた部屋で旭衆の面々が顔の一部分を妖に変化しながら起き上がる旭を部屋から出さないために総出で気絶させて無理矢理寝かせる。

 

「くっそ……伴部は時々の癖に旭は頻繁に起きやがって……」

「お陰で休む暇がないわね。まあ、全面的にあの妖が悪いんだけどね……」

「まあな……」

 夜と花が旭の隣で寝ており、同じく妖化しながら起き上がっては総出で物理的に寝かせている伴部との違いにボヤキながらも浅い呼吸を繰り返しながらも無意識に妖化に耐えている旭の頬を撫でる。

 

「ガァアぁァ!』

「今度は伴部か! ……葵様、薬はまだですか!?」

「……大分出来上がってきたわ。後は御姉様とあの泥棒猫待ちよ」

 起き上がって暴れようとする伴部を唯が呪具で抑え込みながら薬を煎じている葵にそう尋ね、葵は煎じている薬の分量や材料を見比べながら最後の材料を確保しようとしている雛と白虎の事を言う。

 

(うわっちゃあ……伴部が白虎を庇ったせいで妖化しそうになってるせいで余計にゴリラ姫の白虎に対する敵意が増してるなぁ……それは、姉御様もだけど)

 唯は伴部に強制的に昏倒させる呪具を叩き込んで眠らせながら白虎に対する敵意を隠していない葵に内心で頭を抱える。

 

 屋敷に帰った直後、旭の怪我を見て大騒ぎになった屋敷の人間達の隙を突いて総出で幾十にも結界と人払いの術を重ねた。それこそ上洛団の代表たる宇右衛門でも簡単には破れない程厳重に、だ。旭達の状態を見られたら取り返しがつかなかっただろうからだ。

 

 良くて監禁封印、普通であれば殺処分、最悪は理究衆によって実験動物にされて二人揃って死ぬよりも恐ろしい目に遭う所であった。ましてやあの『妖母』とその直系の吸血鬼の力によって変異させられた被験体なぞ滅多に手に入るものではない。原作でも身震いしたあの狂人連中に知られればどうなるか……唯の予想では雛と葵は最悪伴部と旭の異変を目にした人間をその場で死体も残さずに殺害する事すら想定していたと考えている。幸か不幸か、若しくは唯や旭衆の願いが通じたのか、そのような事態は起こらなかったが……

 

 とはいえ無事に旭の自室に保護してもその後が問題だった。止血と傷口の縫い合わせ自体はどうにかなったが、体内に侵入した濃厚で濃密な化物の体液はゆっくりと、しかし確実に二人の身体を変質させていった。

 

 それはさながら芋虫が蛹の中でその身体を溶かして蝶に変貌するように、身体を内部から作り替えていく……旭の自室で寝かせた時点でおおよそ全身の一割程度であろうか? 恐らくは侵入したのは二人が刺された首筋と肩、そこから広がるように、脈打つように、犯すように異形に作り替えられていた。

 

 唯も妖化を食い止め、延命する秘薬自体はあるのは知っているが……それはあくまでもそれは延命であり、根治ではない。あるいは朝廷の禁術の類いならば探せばあるかも知れないが……どちらにしろ今すぐにそれを発見し、調合するのは二人の状態を考えると絶対に無理な事だ。

 

 ましてや、延命の秘薬すらその材料はかなり入手困難な代物だ。ようは妖化しつつある肉体を人間のそれに再度作り替えるのである。妖化が体内に侵入した妖力によるものであれば当然それに相反するだけの霊力が必要な訳だが……様々な材料の中でも、特に霊力の高い人間の血液やら心臓やらなぞそう簡単に得られるものではない

 

 かといって低級な材料で代用というのも、有象無象の雑魚妖の体液によるものなら兎も角、その起源が堕ちた神族であるとも伝わるあのおぞましい『妖母』とその直系の吸血鬼のそれとなれば中途半端な代物では多少の効果があるかも怪しい。

 

 だからこそ……雛と葵は遠回しに白虎に「伴部と旭を助ける為に自殺して霊力の高い人間の血液と心臓(お前の血液や心臓)を寄越せ」と告げたのだ。

 

 その言葉でそもそも自分が回避できていれば伴部はこんな苦しみを味わう事は無かったという自責の念にかられていた白虎が本当に自身の心臓を抉り出そうとするのを旭衆の面々が止めていた際に薬の材料を持ってやって来た人物によってどうにかこうにか白虎の自己犠牲をとめることができたのである。

 

「……雛様の心臓を持ってきた」

「……御姉様はどうしたのかしら?」

「吹き出した血の後始末と貧血で少し休んでる。一、二回程失敗して、血を流しすぎたから」

(つーか、よくよく考えたら……姉御様の心臓を使った方が犠牲も少ないし、確保もしやすいのよね)

 やって来た人物……胡蝶の式神に理路整然と論破された事で薬を煎じるのを葵が、心臓と血液の確保を雛が、変化しつつある旭達を取り押さえて部屋から出さないようにする役目を旭衆がそれぞれ担当することになったのだ。

 

 そもそも、薬作りの腕前はあらゆる事に天才的な葵が相応しく、その材料で最も入手が難しい霊力の高い人間の血液や心臓は霊力がありさえすれば死すらも無力化する異能を持つ雛が適任であり、その間に旭達を足止めするのは人数がいる旭衆が担当するのは当然の事だった。

 

「まあ、なんにせよ……胡蝶様、ありがとうございました。お陰で白虎も自殺させずにすみましたし……」

『あらぁ、私は大切な義理の孫娘の旭やその旭の御付きのこの子、旭のお友達の為に当然の事をしたまでよ?』

(どの口が言うのやら……)

 当主の策略に気付いていたにも関わらず、実の孫娘()を見殺しにしようとした祖母(胡蝶)に対して内心で呆れながら旭の容態を見ていると……

 

「……戻ったぞ」

 血が大量に出たにも関わらず、顔色が普段のまんまの雛が部屋の扉を開けて入ってくる。

 

「葵、薬はどうだ?」

「今、出来たわ」

 葵は二人分の煎じた薬をお椀に乗せて差し出す。

 

「本来は丸薬なんだけど……今回は液状のまま使うわ」

「まあ、そりゃそうですよね」

 唯は葵の言葉に頷きながらお椀を受けとると、それを伴部と旭の口の中に二人が噎せない量で少しずつ流し込む。

 ……因みに伴部に薬を飲ませるのを誰にするかで恋する乙女達(雛、葵、白虎)が揉めそうになったため、旭の親友であり伴部ともそれなりの付き合いのある唯が飲ませる事が胡蝶の鶴の一声で決まったために唯はヤンデレ達(雛と葵)に光のない目で睨まれたせいで生きた心地がせず、白虎は泣きそうな目で見ていたせいで罪悪感にかられてしまった。

 

 すると……荒い息だった二人の呼吸が柔らかくなり、変化しつつあった顔も元の顔へと戻っていった。

 

「……はぁ~、効いたみたいね」

「うん……良かった。本当に良かった……」

 とりあえずは二人が助かった事に唯は息を吐き、白虎は涙を浮かべる。周りの旭衆の面々も互いの肩を叩きあったり、安堵の息を吐くものもいた。

 

「………ねぇ、さっきから疑念に思っていたのだけれどお祖母様。貴女は一体何を考えて私達に助け船を送っているの? 今回の事、他の爺共の了承を得ている訳でもないのでしょう?」

「……それは私も気になっていた所だ。旭の分だけならまだ鬼月家の体裁の為だと思えるのだが……それだと伴部の分まで煎じれる量を送るわけがない」

 葵と雛はそんな旭衆を尻目に胡蝶に対して探る様に尋ねる。そう、その通りなのだ。今回の助け船なぞ、本来ならば許される事ではない筈なのだ。義理とはいえ本家の人間である旭までなら兎も角、たかが下人一人相手にここまで葵が執着する事も、雛が自分の腹を捌く事も、どちらも鬼月の家の歴史と体面を思えばやって良い事ではない。それをこの若作り婆は……何故自分達の味方をする? 

 

『あら? そんなに不思議な事かしら? 私は鬼月の長老である前に貴女達のお祖母ちゃんよ? 可愛い孫達を可愛がる事も、その御願いを叶える事も、お祖母ちゃんとしては当然の事、違うかしら?』

「「どの口が!」」

 そんな白々しい事を言う胡蝶に雛と葵は冷徹な眼を向けるが、胡蝶はそんな二人の視線を飄々と受け流す。

 

『では、年寄りはそろそろ立ち去りましょう。……あぁ。伝えるべき事、でしたね。宇右衛門については私から話は通しましたから安心して下さいね? ちゃんと言い訳の内容は作りましたから此方から一々口にする必要はありません。それと……赤穂の家には後程見舞いにいくのを忘れぬように。彼処は末の娘達を溺愛していますし、朝廷に対して口裏を合わせる為にも顔は見せなさい。此方から予定は入れましたから。最後に次の薬の材料ですが、遅くとも廿日後に送りますからね?』

「……至れり尽くせり、ありがとうございます」

『素直な言葉をありがとう』

 唯のそんな言葉にそう言いながら、胡蝶の式神は燃え尽きる。

 

(安心したら、眠くなって来たわね)

 唯は自身の瞼がだんだんと重くなって来たのを感じる。

 

「……交代で経過を観察しましょう。一回目は夜と花がお願い」

「了解」

「わかったわ。……雛姫様、葵姫様。今は私達が彼らを見ているので、お休みを。寝るのも彼らを救うための仕事ですので」

「……わかったわ」

「……何かあったら起こしてくれ」

 そう言って全員が旭の部屋から近い場所に向かって行き、そこで寝始めた……

 

 ──────────ー

 俺が怒り心頭の鬼月旭に殴られてから一週間後……

 

「はい、第二回転生者会議を始めます」

「また唐突だな……」

「あはは……」

 俺はまたしても唐突に開かれた会議に乾いた笑いを浮かべる他なかった。

 因みに、今回も橘沙世が俺の見舞いに来た際の護衛と言う名目で葛葉唯も此処に来ている。

 

「でも……今度は下人用の小屋じゃなくて、旭ちゃんの部屋なんだよね? 会議なんて出来るの?」

「とりあえずは大丈夫よ。旭はリハビリ訓練中だし、姉御様とゴリラ姫はその付き添いで旭衆のみんなは依頼で方々に散ってていないし、デブ衛門は新しく利権に食い込んだ下水道の事で出掛けてるから暫くは此方によってくることはないわ」

「そうなんですか……」

 葛葉唯の言葉に橘沙世が頷く。

 

「今回の議題は一週間調べてみてわかった事の報告と今回の依頼で原作から変わった事……それから、伴部と旭に付与された爆弾についてよ」

「えっと……何がわかったんですか?」

 葛葉唯が議題を言うと橘沙世が何がわかったのかについて聞く。

 

「……最初にわかったのは、クロイツ家の前当主であるルード・クロイツが転移したのがデアラ……『デート・ア・ライブ』の世界って事よ」

「え、なんでそこでデアラの事が出てくるんですか?」

 いきなり出てきた闇夜の蛍に関係ない作品の話題に橘沙世は首を傾げるが、葛葉唯はそれを制しながら次の言葉を紡ぐ。

 

「本来なら闇夜の蛍には絡まないんだけどね……どうにも、人妖大乱での妖の敗北を時間を遡る事で防ごうとした妖側の魔女がいたみたいで……それを防いだ際にデアラの世界に飛ばされたみたい」

「時間改変系の魔法ですか……あれ? それでなんで世界の壁を超えちゃったんですか?」

「そっちについてはまだわからないわ。……それで、ひょっとしてって思って、実家の方から持ってきた古文書をもう一回最初から読んだんだけど……これがビンゴ。魔女の魔法が暴走して闇夜の蛍以外の作品から色んな作品の人間が人妖大乱時に人間側で戦ったみたい」

 葛葉唯はそう言いながら表紙が読めないくらいにボロボロの本を取り出すと、栞のついている部分を捲りその一点を指す。

 

「これは『奇怪なる刀を振るいし黒装束の剣士、あらゆる妖を撃ち抜く純白の弓兵、妖化をも癒す結界と治癒の術士、剛力を誇りし鉄拳の拳士』ってのがあるでしょ? こんな表現をされる四人と言えば……」

「……BLEACH(ブリーチ)の主要人物四人か」

正解(エサクタ)って所ね。他の登場人物も来ている可能性はあるけど、解読できる範囲ではこの四人がいたって言う事実が重要なのよ。次に……」

 次に葛葉唯が指し示したのは、『自在に動く下駄を振るい、髪の毛を飛ばし、白き妖気で妖を撃ちし妖あり』と『黄金の狼の鎧を着込みし卓越した剣士』という部分が書かれていた。これは……

 

「ゲゲゲの鬼太郎の鬼太郎と……」

牙狼(がろ)……か。どの作品のかはわからんが」

「正解。この他にも色々いるっぽいけど……あたしが解読できた範囲ではこの三作品が精一杯だったのよ」

 俺達は人妖大乱時の凄まじくカオスな展開を思い浮かべ……疑問がわいてきた。

 

「なんでこれを報告したんだ? 意味があまり……」

「……下手をしたら、闇夜の蛍の原作に他の世界の人間がやって来て原作の展開を変える可能性があるって意味よ。知っていて心構えが出来るのと、心構えが出来なくてパニックるよりはマシって事」

(ああ、そういう事か)

 俺は葛葉唯の言葉を聞いて成る程と思う。別の世界の人間が原作に介入したせいで原作から変わっている部分があってもパニックにならずに済み、パニックにならない事から下手な動きをして死亡フラグを建てずにすむ……と、いうことだな。

 

「成る程……確かにその通りですね」

「んじゃ、次の話題ね。次は今回の依頼での原作から変化した事だけど……妖母が下水道から落ち延びた事で都の真下から妖が急襲して都の住人が大勢死ぬ……なんて展開が避けられたのは大きいわね」

「え゙!? ほ、本当ですか……!?」

 葛葉唯の言葉に橘沙世は凍り付きながらそう言うが……

 

「マジなんだよなぁ……内容としては地下水道から溢れ出てきた万を越える数の妖が都のあちこちで蜂起する。内裏や内京は近衛兵や上洛している武士団や退魔士達によって防備が整っているため被害を出しつつも最終的に妖共を殲滅するが……都に住まう者の大多数、つまり中流以下の民衆は相当数がこの蜂起によって食い殺される事になるんだ」

「しかも、逃げる民衆を次々と残虐に食い殺していくシーンを十分かけたムービーで見せられるのよね……私、リアルで吐いたし、暫くの間は肉が食えなくなったわよ」

「完全にエログロどころかグログロバイオレンスだからな……本当、なんであそこは劇場版クオリティで製作したんだろうな……」

「ひぇぇ……」

 俺と葛葉唯が遠い目で鬼畜過ぎる製作者陣が作り上げたグロい内容に思いを馳せていると、橘沙世はドン引きしたような顔で振るえていた。

 

「と、まぁ……妖母が下水道にいると、こんな扶桑国崩壊もののバッドエンドが発生するのよ。だから、今回の騒動で妖母を追い出せたのはラッキーだったわね」

「さっきの話を聞いただけでそれがわかるんですから本当にヤバい奴なんですね、妖母って……」

「まぁね……」

「ああ……」

 原作をやっていたからこそあの化け物のヤバさを知っている俺達はそれを認識してくれた橘沙世に安堵する。

 

「それで最後の議題だけど……その妖母とその娘の吸血鬼のせいで旭と伴部に爆弾を押し付けられたのよね」

「? 爆弾って?」

 最後の議題に橘沙世が首を傾げるが、葛葉唯は俺をちらりと見る。言うかどうかは俺の判断に任せたみたいだな。

 

「……俺も鬼月旭もあの化け物の娘の吸血鬼の攻撃で化け物の血と吸血鬼の妖気を撃ち込まれてな……そのせいで妖化仕掛けたんだ」

「ええ!? 大丈夫だったんですか!?」

「大丈夫じゃないわよ。二人とも薬で押さえなきゃ、妖になってたかもしれないんだから」

 俺と葛葉唯の言葉に橘沙世は驚きながらも……「やっぱり佳世の言うとおり、二人とも戦いから遠ざけないとダメだよね」と小声で何かを呟いていたが、何を言ったかまでは聞こえなかった。

 

「だから、完治には妖母と吸血鬼の両方を倒さないといけないんだけどね……」

「橘商会や商会の持つ情報網を使いたいの?」

「まあね。流石に下人の伴部やろくな情報網を持っていないあたしじゃ、逃げ回ってる妖母達を追えないから……どんな些細な情報でも良いから渡してほしいんだけど」

「わかりました。私の命の恩人や佳世の親友の為ですから……」

 葛葉唯の頼みに橘沙世は笑顔で了承してくれた。……受けてくれて良かった。でないと、俺達は砂漠の中で落とした砂糖を探すような状況になりかねなかったからな……

 

「んじゃあ、会議も終わったし……」

「伴部さ~~ん!」

 葛葉唯が話を終えるのを待っていたかの様なタイミングで満面の笑みの鬼月旭が杖を突きながら現れた。

 

「旭様……どうしたのですか?」

「いや~女心がわからない伴部さんにぴったりな依頼を受けたんすよ~」

(ぐぅ……)

 ……あのゴリラ姫への返答から一週間、鬼月旭は俺に対して『女心がわからない』と枕詞を付けてチクチクと嫌味を言うようになった。

 

 ……まあ、上手くゴリラ姫の冗談をあしらえなかった俺も俺なんだが。

 

「えっと~歩けるようになったら伴部さんが『一人で』都を見て回る雛姉と葵姉と紫姉とゆかちゃんと白虎と……後、白ちゃんと花さんを一週間一人ずつ護衛をしてほしいんすよ。あ、因みに行く場所は伴部さんに任せるそうっすよ?」

「は? へ……はぁ!?」

 花や白は兎も角、なんでその面子を一週間で一人ずつ俺一人で護衛をしなけりゃならないんだ!? しかも、行く場所は俺が決めろって……どういう事だよ!? 

 

(その面子とデートをして女心を少しは学べって事なんだろうけど……伴部の鈍感さを治すためとはいえ、とんでもない荒療治を考えたものね)

「あ、旭様……鬼月家や赤穂家の令嬢が如何に都といえど下人一人の護衛というのは……」

「宇右衛門様がそう言ったけど、胡蝶様に丸め込まれてたっす」

(デブ衛門、もう少し頑張れよ! 何、若作りババアに丸め込まれてるんだよ!?)

 何故か呆れたような視線を向ける葛葉唯に内心で首を傾げながらも反論をするが……その逃げ道を若作りババアはあっさりと封鎖をしていた。

 

「と、言うわけで……歩けるようになるまで、雛姉達を楽しませられるような順路を考えておくっすよ!」

(マジかよ……!?)

 滅茶苦茶楽しそうな笑顔でそう告げた鬼月旭に俺は絶望を感じながら先ずは姉御様との順路を考え始めるのだった。




次回もお楽しみに!


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章末・後

今回も比較的早く更新できました!


「全く、今更ながら随分と暴れてくれたものだの。あの化物は」

 扶桑国が外街、その一角に佇む万年閉店中の古書店に潜伏する退魔士の老人は荒れ果てた自宅の内部を見て嘆息する。

 

 半ば禁術化している空間拡張の結界によって外観からは信じられない程の広さを持つ古書店は、しかしその内部は散々に荒れ果てていた。並ぶ本棚は悉く倒されていて、そこに納められていた大量の書物はぶちまけまれていた。しかもその内の少なくない数が裂かれ、破かれ、切り刻まれ、燃やし尽くされていたときていて、バラバラに粉砕された妖共の肉片と血が壁やら家具やらにへばりつく。とどめは荒れ果てた部屋の中心部に鎮座する血にまみれた仰向けになって倒れる巨大な熊の怪物の姿で………

 

「防音効果の結界を張っていて正解だったの。これだけ暴れておれば騒音も相当なものだったろうて」

「そんな風に他人事みたいに言わないで下さいよお爺様。御願いしますから片付けを手伝って下さいな」

「そうですよ。只でさえ荒れ果ててるんですから!」

 嘆息しながら近場の書物の山に腰掛ける道硯に向けて舶来物の安楽椅子に腰かけてあれこれと人形の簡易式達を使役し、荒れ果てた部屋の片付けをさせていた牡丹とその側の座布団に座って簡易式を動かす事で手伝っていた椿はジト目で文句を垂れた。

 

「そうは言ってもな。ふむ、まずはこいつを起こすとするかの。……ほれ、さっさと起きんか木偶の坊め」

 翁はそう嘯きながら、衣服の袖から物理的に考えて明らかに入っている筈のない長い杖を引き抜くと、いそいそと歩き始め、部屋の中心部でぶっ倒れたままの大熊……式神として使役している鬼熊の元に辿り着くと容赦なくその頭を数回打ち付ける。

 

『グルルルルル……………』

 空中から見えない糸で操られているかのように起き上がる鬼熊の源武。良く見れば力なく唸る熊の怪物の左腕はその肩部からごっそりと引き千切られていた。あの忌々しい碧鬼がこの店を飛び出そうとした時に止めようとして受けた傷であった。

 

「本当、大変でしたね。あの碧鬼、急に叫びだしては都に突っ込もうとするなんて………」

「そりゃあ、自分の選んだ英雄と親友の娘が妖母に拐われそうになったら半狂乱にもなるんじゃないですか?」

「待ちなさい、椿……親友って、誰と誰がですか?」

「赤髪碧童子さんと旭様の母親ですけど? ……あ、今も赤髪碧童子さんは旭様の家系を守り神として見守ってるんですよ!」

「……えぇ?」

 式神にふっ飛んだ鬼熊の腕を運ばせながら、椿の話を聞いて『何をどうしたら嘘つきで残酷な鬼が人と親友になれるのだろうか?』と考えながら牡丹は嘆息する。椿はまだ兎も角……そもそもがあの鬼がここに居候していたのが可笑しいのだ。ましてやあれほど狂乱して暴れるなぞ……それもこれも親友の少女と彼女に仕えているあの素性も知れない怪しい青年と少女が祖父の弟子になったせいだ。

 

 三年前からの知り合いである鬼月家の何処か訳有り気味な下人の青年とその主であり、牡丹の親友である少女を四六時中簡易式神で尾行していたあの悪名高き赤髪碧童子が、しかしその式神が破壊される瞬間何かを悟ったようでいきなり狂乱した瞬間を牡丹は鮮烈に記憶していた。

 

 それからが大騒ぎであった。あからさまに妖気を垂れ流し、この店から出て都に突っ込もうとする鬼を牡丹と椿は翁が使役する本道式(式神化した霊獣や妖)、それに室内に仕掛けていた無数の罠で以て捕獲しようとしたが……腐っても相手はあの碧鬼である。無駄に力があるせいで止めるのも命懸けであり、事実完全には止めきれなかった。

 

 結局囮役の本道式の大半を物理的に無力化してくれた所をどうにか翁の捕縛結界……事前準備に数ヶ月の時間を要する代物だ……で捕らえる事は出来たが、それとて時間稼ぎにしかならない。

 

 展開した瞬間にゴリゴリと凄まじい勢いで結界を削られたが……元より翁はこの碧鬼をこの程度の準備で止めきれるとは思っていなかったようだった。僅かに生まれた時間の間に翁はその弁舌でどうにか鬼を宥めて、辛うじてこのまま都……正確にはその下の地下水道……に突っ込むのだけは阻止した。代わりに何処かに飛んでいってしまったが。

 

「構わんよ。化物同士で殺し合ってくれるならば問題あるまい。出来ればそのまま共倒れしてくれれば万々歳ではあるがの」

「共倒れされると私達も困るんですけど……」

 式神達が千切れた腕を鬼熊の傷口に押し付ければ翁はぺしぺしとその接着面に杖を数回叩きつける。同時に懐から何十枚と護札が飛び出して傷口を包むように貼り付く。本道式は甦った腕の痛覚に不機嫌そうに唸り声を上げる。

 

「………それで、お爺様としてはあれと旭はどう処理する積もりなのですか? あんな得体の知れないもの、野放しには出来ないと思いますけれど?」

 牡丹は旭の名前を呼ぶ際には声のトーンが凄まじく低くなっているのを自覚しながら膝の猫又の喉を擦り、鬼熊の腕を運んできた式神達に別の仕事を割り振ると祖父に向けて尋ねる。そうだ、目下の課題はそれだ。

 

「元々気味の悪い男でしたけど、よりによってあの化物の血を取り込んで、しかも一線級の退魔士の心臓まで……正直、危険な因子はさっさと処理してしまった方が良いのでは? ……凄まじく不本意ですが、旭もろとも」

「ご先祖様!?」

 驚愕する椿の言葉を牡丹は黙殺する。『妖母』と言えば、この扶桑国内で封印も討伐もされずに現存する化物の中では五本の指に入る厄ネタだ。何せ元は海の向こう出身の堕ちた神である。その上態態『産み直し』ではなく血を媒介しての妖化となれば………

 

 ましてや変異を食い止める秘薬で以て誤魔化しているようであるが根治は出来ぬと来ている。寧ろ時間を掛ければ掛ける程肉体が妖化に馴染み、いざ均衡が崩れた際の急激な変貌でどうなるか知れたものではない。薮蛇になる前に薮ごと全て焼き払ってしまった方が安全ではないか……? と、理屈の上では牡丹も理解してはいるのだが……本心では親友を死なせたくないと思っている自分がいるのも理解しており、どうにか助けられないかと考えてしまってもいるのだ。

 

「ならぬ。確かにあのまま放置しても問題の先送りであろうがな。しかし、薮ごと蛇を燃やすとして此方にまで延焼せぬとは断言出来ん。今はするべきではなかろうて」

「あ……雛様と葵様に赤髪碧童子さん、旭衆の皆様も爆発しますね」

 しかし孫娘の意見を翁は否定する。それは甘さでも優しさでもなく、危険性を天秤に掛けた上での冷徹な判断であった。あの青年と少女を殺処分する事自体は難しくはなかろうが、椿の言うように鬼月の姉妹や祖母、少女が率いている集団、それに碧鬼がどんな行動に出るか分からない。処分するのは危険過ぎる。……少なくとも今は。

 

「それに利用価値はあるからな。せめて鬼を始末するまでは潰れてもらっては敵わん。……とは言え、儂も妖化を根治するだけの秘薬の製法はとんと知らぬからのぅ。困ったものだ。色々と調べ直さぬといかぬか」

「う~……私の家から数冊ほど此処に来てたらなぁ……」

 翁は自身の白い髭をなぞり、椿は両親が集めた本の中にあった書物の事を思い出しながら心底困り果てたようにぼやく。

 

 正確には都に保管されている禁術の類いには恐らくは製法くらいは記述されている筈だ。しかし、翁が陰陽寮に勤務していた際研究していたのは主に妖魔の者共を封じ、滅ぼす類いのものが中心であり、治療技術の類いには殆ど関心なぞなかった。特に妖化の進む人間を治療する事柄に関しては。

 

 当たり前だ、延命ですら本来ならば馬鹿馬鹿しい程に入手困難な材料……一線級の退魔士の心の臓等……を必要とするのだ。ましてや根治なぞ、必要な材料はそれ以上に入手困難であり、割に合わない代物であろう事は分かりきっていた。態態そんなもの使ってまで治療するなら、いっその事殺してしまった方が遥かに安上がりであろう。とは言え、希望は薄くても翁は何もせずに放置する選択はないようであった。

 

「……驚きました。まさかお爺様が態態そんな事のために時間を使うなんて。旭はまだ鬼月家に恩を売るためだと解釈する事ができるのですが……たかが下人の伴部にもそこまで手間をかける積もりなのですか?」

「え、なんでそれで驚くんですか?」

 疑問の声をあげる椿を無視しながら牡丹は祖父にそう問いかける。当然だ、打算的で、合理的で、功利的、何よりも冷徹な思考をする祖父が鬼月家の三女である旭は兎も角、得体の知れぬ下人である伴部の為にそこまで動く積もりである事に牡丹は心から驚いていた。一瞬祖父が洗脳されたか殺されて誰かが皮を被っているのではと疑った程だ。

 

「ふむ、意外かの?」

「お爺様にしては甘過ぎます」

「人間としては当然なんじゃないでしょうか?」

 若干顔を顰めて尋ねる祖父の言葉に対してお気楽な発言をする椿に「余程平和な時代なんでしょうね」と牡丹は思う。同時に祖父への不信感から若干警戒を上げる。禁術の究明のために生きた人間や半妖を何人も残虐な実験材料にするというおぞましい所業故、朝廷から追放された老退魔士にしては言う事が緩過ぎるように牡丹には思えた。

 

「……そうだな、確かに自身で口にした後であるが、寛容かも知れぬな。警戒を上げるのは正しい判断ではあるの」

「???」

 ふむふむ、とそれとなく戦闘態勢を執る孫娘に対して翁は寧ろ感心するとともに自身の口にした言葉について考え込む。確かに甘い。我ながらあのような不自然な在り方の人間に対して甘過ぎるのだ。……同時に孫娘の子孫の警戒心の無さにも内心では呆れていたが。

 

 翁は性善説なぞ信じていない。人は根元的に性悪な存在だ。自らの命のため、利益のためならば他者を見捨てて苦しめる事すら厭わぬ存在であると確信していた。無論だからとて彼は別に人という存在を蔑視している訳でなければ失望している訳でもない。野の獣共や邪悪な化物共と違い、人は唯一縛り付け、締め付け、躾る事で自らを律する事が出来る万物の霊長であると信じている。

 

 故に不自然なのだ、あの青年は。青年は学もなき貧農に生まれ出て、苦難と苦悩と苦痛ばかりしかないこの不条理な世に翻弄されて……無知蒙昧な唯人であれば全てに諦念するか、あるいは卑屈で粗野で浅ましくなるか位しか有り得ぬ事、それをあの青年は………

 

「確かに不自然ではあるな。だが………」

「………?」

 はぁ、と小さく哀愁を込めた溜め息に孫娘は怪訝な表情を浮かべ困惑した事に翁は気付いていた。そして苦笑する。そうだ、甘い。甘過ぎる。それは分かっている。分かっているのだ。しかし、それでも………

 

「お母さ──ーん!」

「ぐぇ!?」

 次の瞬間、件の碧鬼が何かに追突されて転がり込んでくる。

 

「凄い、凄い! 五百年位前のお母さんだ!」

 碧鬼に追突した雛子と似たような制服を着た少女は碧鬼から悪辣な性格を抜いて天真爛漫に置き換えたかの様な碧鬼に良く似た鬼の半妖であった。

 

「俺に娘はいないんだけどなぁ……」

「『碧花(へきか)』ちゃん!」

「あ、椿ちゃん!」

「椿……その鬼の半妖は何者です?」

 少女の言葉にぼやく碧鬼を遮って、椿が少女に駆け寄ると少女もまた椿に駆け寄った。それを見て牡丹は嫌な予感を感じ取って椿に少女は何者かを問い掛け……

 

「あ、私の親友で赤髪碧童子さんと伴部さんの娘である……」

「『碧花旭童子(へきかきょくどうじ)』です! よろしくお願いします、牡丹師匠(・・)!」

「「はい?」」

「なんと……」

 伴部が聞けば嘔吐するか、現実逃避をし旭が聞けば大混乱を起こしかねない爆弾情報をぶちまけた椿と碧花旭童子に碧鬼と牡丹は同時にすっとんきょうな声をあげてしまいは翁は自身の子孫が半妖と親友な事と赤髪碧童子と伴部に娘が出来ることに呆然としていた。

 

 そして……

(何故、未来で下人が鬼と子を作ったとわかっただけで……これ程、胸が痛むのでしょうか?)

 三年前の佳世の誘拐事件の時、妖に襲われ、伴部に佳世共々庇われた際に彼女に無意識に生まれていた感情(恋心)に彼女が気付くのは……これより三年後の事である。

 

 ────────ー

 

『ぐふ、ぐふふふ……!』

「白鷺、いきなりで悪いが……どうした?」

 螢はいきなり気色の悪い声で笑う白鷺にドン引きしながら尋ねた。

 

『ん? ああ……いよいよ、佳世ちゃんの心からあのイレギュラーや下人を抹消して僕の嫁にするための作戦が始まりそうでね……それで興奮しちゃってね』

「……そうかよ、それでも笑うのは後にして報告会に移るぞ」

『わかってるよ』

 そんな白鷺の言葉に内心でげんなりとしながら彼を嗜めると、他の面々に向き直る。

 

「それで……妖母は都の下水道から完全に出ていったのか?」

『それは間違いない。式神達を下水道の隅々に行き渡らせたけど……妖母もましてや奴が産んだ妖も全ていなかった』

「そうか。下水道であいつらが倒してくれたら良かったんだけどな……」

『まあ、あれは出会ったら死ぬ一種の舞台装置だからな……死ぬ姿は想像できん』

 燕の報告に螢は溜め息を吐くが、獅子はそんな螢にそう言って慰める。

 

「んで……確か妖母って、放置してると都に甚大な被害を出すんだよな?」

『ああ、エンディングによってはそのまま扶桑国滅亡一直線になり得る程な』

「まあ、それが避けられたのは良いことだったのか?」

『まあ、そうだね。そういう意味ではあのイレギュラーどもも良くやって来れたって感じかな?』

 狛犬の言葉に螢がそう言うと、白鷺は器用に肩を竦めながらそう言って感謝していない感謝を旭衆に対してする。

 

『そう言えば、螢……主人公の子孫はどんな感じなんだ?』

「ああ、環奈はおっとりしててマイペースな感じだったんだけど……人懐っこいからすぐに環や家の奴らと馴染んで仲良くやってるよ。……鈴音とも良くガールズトークをしてるしな」

 螢は燕の言葉に環奈の顔やその様子を思い浮かべつつ、含みも持たせて応える。

 

『そうか……まあ、ひょっとしたらグッドエンディングを迎えたかもってわかっただけでも良しとしよう』

「まあ、そうだな」

 狛犬の言葉に頷きながら、(だから物語を知らねえんだよ、俺は)と内心で思っていた。

 

『そう言えば、蛍。主人公君のお相手は誰なんだい?』

「『タイムパラドックス』って、知ってるか?」

 白鷺の質問に対して螢は肩を竦めながらそう言うと、他の面々はそれで押し黙った。

 

『……まあ、良い。次の集まりでは僕が橘商会の長になって君達の資金源になって会議に出よう』

 白鷺がそう言って消えると、他の式神達も燃えて消えた。

 

「環の相手……か」

 螢は最後に白鷺に言われた事を思い出しながら、家路を歩み始める。

 

「……にしても、環奈の言った事は本当なのかよ?」

 螢は環奈が家に来て、環の夫は誰なのかをそれとなく聞いた際に言われた事に疑問に思う。

 

「そりゃ、ガキの頃にはそんな事を言った事はあるけどよ……」

 螢は昔の頃に環と話した子供の約束を思いながら呟いた。

 

「……俺が環と結婚して子孫を残せるわけがないだろうがよ。実の姉弟(・・・・)が、さ」

 自分が子供心に思い、今も想ってはいるが己と環の関係が故に仕舞い込んだ恋心を自嘲しながら歩き出した。

 

 ……螢がそう結論づけて環に対して弟として接したが故に家族が言えなかった姉の真実を知って彼がorzになり、旭や環奈の友人達に呆れられる蛍夜の郷の存亡を巡る大事件が起こるまで……後三年であった。

 

 ──────────

 

『………あぁ、彼女は失敗したのですね?』

 深海のような永遠の闇の中でその声は木霊のように響いた。それは美しい少女のもののようにも、しかし感情が何処までも欠落していて人理の外のものの声のようにも聞こえた。次いで嘆息するような溜め息が続く。

 

 

『元々彼女には余り期待はしていませんでしたが………そうですか。……えぇ、そうですね。では他の方々の頑張りに期待するべきでしょうね』

 元より認識も目的も、合っているようで合っていない相手だったのだ。神というのはいつもそうだ。話が通じるようで究極的には全てが自己完結している。故に然程彼女には期待はしていなかった。何ならこのまま後は好きに動いてくれても構わなかった。どうせ、計画はそう大きく狂うまい。

 

『さて、もうそろそろだろうか? ……えぇ。それが良いでしょうね。どうせ指の一つも動かせないのですし。今はまだ……えぇ、ではもう一眠りさせて貰いましょう』

『それ』は淡々と、まるで誰かと話すようにそう嘯くと再び闇の中で沈黙する。まるでその存在そのものが闇の中に溶け行き、消え去るように………

 

 誰も足を踏み入れる事のない都の地下深く、奥深くの監獄で囁かれたその言葉は何処までも鳴り響く。仄暗い地の底で反響する。

 

 しかしながら、同時に反響する中でその声音は形を変えていく。そして、門番達の詰めるその監獄の入口まで届く頃には、それは最早只の風の音と化して、誰もその意味を解する事はなかった……

 

「……『士道(しどう)』。僕は、俺は……どうすれば良かったんだ」

 それと同時刻、己の家の罪を全て背負ってこの監獄の門番の一人となった南蛮の老人……身体は三十代程だが。は、自身が異世界に跳んだ際に親友兼戦友となり、共に災害にも例えられる少女達(精霊達)との戦争(デート)を駆け抜けた青年を思いながら、今までの己の生き方を考え……ふと、目を上に向ける。

 

「バカな、これは……この霊力は……!?」

 老人は上から感じた懐かしい霊力に喜びながらも、跳んだ異世界で彼が最後に戦った(精霊)によって存在を消された筈だと狼狽していた。

 

 その頃、旧都の外れで……

 

「シドーは、みんなは……何処に行ったのだ!?」

「此処は、まさか……」

 夜色の長髪をハーフアップに結い上げている少女が最愛の少年や大切な友人達を捜すために金髪にカソックを着たアリシアに似た容姿の少年と一緒に都を走り回っていたのだが……彼らが旭達と出会い、橘商会を巡る大騒動に巻き込まれるのはそれから少し先の話である。




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集10『胡蝶編』

旭に対する思い
胡蝶「大切な義理の孫娘ね」
旭「あたいにとっても胡蝶様は大切な人で尊敬すべき師匠っす!」

モヤモヤへの言葉
旭「環君を見てると、モヤモヤして……それで、つい……」
胡蝶「そう……それは、貴方にとって大切な感情なのよ?」
旭「……はいっす」

見るべきものは……
旭「今、胡蝶様が見るべきなのは……死んでしまった胡蝶様の最初の子やおばあちゃんじゃない! 環君やあたいっていう、生きている人間なんすよ!」
胡蝶「私、は……」←項垂れる胡蝶の着物を掴んで怒鳴る旭のCGが映る。

胡蝶&旭エンド(旭メイン時)
胡蝶「旭……幸せになってね?」
旭「当たり前っすよ!」←環の妻になった旭と語り合う胡蝶のCGで締め。

胡蝶&旭エンド(胡蝶メイン時)
旭「…………」
胡蝶「旭……貴女が起きるまで私も環も待っているわ。だから……貴女も絶対に戻ってきて……」←最終決戦で全力を出しすぎたが故に意識を失った旭を胡蝶が抱き締めるCGが映る。


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第4章
第三十一話


「……そうですか。いよいよ、叔父様が動きますか」

 深夜の都の旧街の中でも外れにあるあばら家の中で橘商会の義理の長女である橘沙世は共犯者達と話し合っていた。

 

「ああ。あんたとあんたの妹の思い人である下人を拷問して、下水道で見た妖は橘商会が都に持ってこようとして逃がしちまった妖だって自白させろってよ」

「いや、まあ……確かに好意はあるんですけど……」

 そう沙世に言ったのは、狐白の橘商会への襲撃前夜でも会っていた入鹿であった。

 

「ふざけた話ですね。そもそも、妖を貴族と陰陽寮の依頼に見せ掛けて都まで運ばせたのは叔父様でしょうに……!」

「……だが、実際に運んできた商隊を率いていたのが商会長の橘景季である以上責任は商会長が背負うことになる」

「そして商会長が妖を都の下水道に住まわせてしまった罰を受けた後で橘倉吉(くらよし)率いる保守派が橘商会を牛耳る……それが保守派の作戦ですね」

 怒りを滲ませた言葉で叔父を詰る沙世に事実を話したのは入鹿の師であり、この場にいる三人のリーダー的な存在である龍飛。その後の橘商会の保守派のシナリオを言ったのは、龍飛と入鹿を都に引き込んだ神威であった。

 

「龍飛さん、神威さん、入鹿さん……保守派に対する諜報活動及び、此処までの協力ありがとうございます」

 沙世は彼らに向き直り、先ずは感謝を述べると懐から包みを取り出した後で頭を下げる。

 

「まだまだ商売人としても交渉人としても未熟者である私ですが……どうか、橘商会の膿を取り除くための戦いに、孤児になった私を暖かく迎え入れてくれた家族を守るための戦いに最後まで力を貸してください」

 向こうの失策もあったとは言え、自身が商売人としても彼らと交渉するには人生も足りていなくても手を貸してくれた彼等に対して自身が出しうる範囲のお金を差し出して助力をこう。

 

 ……そんな沙世に入鹿は苦笑いを浮かべながら、沙世の頭を撫でる。

 

「俺らに対して頭を下げんなよ。それに……商会の実権を握ったら俺と龍飛を密かに殺そうとする奴らなんて、此方から願い下げだ」

 そう、龍飛達が沙世に寝返ったのは沙世を始末しようとした際に倉吉達が橘商会の実権を景季から奪った後で入鹿と龍飛を殺そうと相談していたのを偶然聞いてしまったからだ。

 

「ありがとうございます。では、作戦の実行時の行動ですが……」

 沙世はそう言って居直ると、作戦を実行した際の行動を入鹿達と議論を開始する。

 

 ……その最中、沙世は義理の両親や義妹、義妹の親友や思い人を脳裏に浮かべながらこう思った

 

(私は、大切な人達を守る。例え、私の命が失われたしても……!)

 

 それから数日後……

 

「が……!?」

 あたいの胸から刀が飛び出す。それが引き抜かれ、あたいの心臓付近から血が大量に噴き出す。

 

「あんた……なん…で、が…ふ!? ……こん…な……!?」

「あ、はは……あっははははは! やった、やったぞ! くそイレギュラーを殺した! 殺してやったぞ! ひゃははは!」

 倒れたあたいを見下ろすその男は狂喜的な高笑いをしながら恐ろしい事を言い出したっす。

 

「この調子で、佳世ちゃんを誑かすロリコン下人とアホ義姉も掃除(・・)しないとねぇ!」

「!? ま、待…て……! うあぁぁ!?」

「……ま、止めは刺さなくても良いか。どうせ、僕の式神か解き放った妖に食い殺されるし。待っててね、佳世ちゃん!」

 あたいが男を止めるために伸ばした腕に刀を刺した後で、下卑た笑いを浮かべながら歩き出す男……

 

(佳世ちゃん、沙世姉、伴部…さん……)

 血が抜けすぎたのか、頭がボーッとする……

 

(どうして…こう、なったんす……かね……?)

 あたいはのたのたと腕に刺さった刀を抜き、それを支えに立ち上がって、ゆっくりと歩きだしながら、事の始まりを思い出していく……

 

 ────────ー

 

 扶桑国が央土に構える都、その空は曇天でしんしん、と静かに雪が降っていた。小さな粉雪は土の上に落ちると共にしゅっと溶けてしまい地面を濡らしていく。

 

「……くしゅん!」

 人や車両が激しく往き来する都の出入りを管理する大門、それを一歩越えたあたいが最初に感じたのが痛みすら感じそうになる肌寒さだったっす。余りの寒さにくしゃみをしながら身震いをする。

 

 都の壁の内側が膨大な霊力によって夏は涼しく冬は温かく管理されているのに対して、その壁の外側は正に自然の厳しさそのものっす。今の時期は師走の月、冬も本格的に厳しくなり、山間の集落であれば今頃降雪によって外界との交流が完全に断たれる時期でもあるっす。

 

 多くの場合山間や離島の村では冬には村人総出で食糧をかき集めどうにかして冬を越えようとするのだけど……いざ雪融けの季節になって旅人なり行商人なりが出向けば村が全滅していた、なんて事は珍しくないっす。あるいは人間同様餓えた妖に襲撃されて村人全員が妖の腹の中、なんて事も起こり得る事態なんすよね。

 

(まあ、だからこそ結成してからの師走の月には旭衆総動員で近隣に中妖までは防ぐ結界のお札や薪、食料を運んで回ってるんすよね)

 偽善だって言われるかもしれないけど……それでも、民の犠牲を避けたいんすよね。

 

「あ、あの………旭様、伴部さん……こんな時に、すみません………」

 その声に振り向くと、そこには狐耳を笠で隠し、藁の上着で尻尾を隠した白ちゃんが恐る恐るといった表情であたいと伴部さんを見上げていたっす。

 

「いや、別に気にする事はないが……」

「そうっすよ、気にする事なんてないっすよ」

「だけど………」

 白ちゃんは申し訳なさそうにあたいや伴部さんの包帯に覆われた腕を見るっす。

 

「それに怪我のせいで宮仕えが免除されてたせいで暇だったんで……渡りに船だったんすよ」

「付き添いは吾妻との約束だからな。当然の義務を果たすだけの事だ。それに仕事はあった方が良い。流石にただ飯食いは気まずいしな」

 ……あの下水道の掃討作戦から1ヶ月、高い霊薬まで使って伴部さんを歩ける様にしてから行われた一週間の(アリシア曰く)『でーと』作戦が終わり、暇になっていたあたいは伴部さんと一緒にいた白ちゃんから孤児院への訪問に行かないかと誘われたんで行くことにしたんすよ。

 

「にしても……伴部さん、都の男の人達に凄い睨まれてたっすね」

「誰のせいだと……!」

「まあ、そこら辺は想定外だったんすけど……睨まれたくなかったら、ちゃんと鈍感を治すっすよ」

 あたいは新街に通じる門に着くまでの間に伴部さんを都の男の人達が睨んでいた事を言うと、伴部さんは苦々しげな顔であたいを見たけど……だったら、ちゃんと白虎の思いに応えるか雛姉や葵姉の思いに気付けば良いのに。

 因みに、伴部さんが都の男の人達に睨まれてたのは一週間の間に雛姉、葵姉、紫姉、ゆかちゃん、白虎に花さん、白ちゃんと取っ替え引っ替えで『でーと』させたせいみたいなんすよね……

 

(だから、伴部が睨まれてたのが旭のせいって言うのは正しい)

(そうなんすよねぇ……後で何かしらのお詫びはしなきゃいけないすよね)

 あたいは夕陽の言葉に溜め息を吐きながら孤児院への道を歩むっす。

 

「それよりも土産は持ったか? 落とすなよ? 代わりはないぞ?」

「あ……は、はい! 落とさないようにきちんと持っておきます!!」

 伴部さんのそんな言葉に白ちゃんは粗末な風呂敷に包まれた荷物……吾妻さんの孤児院に向かう際の機嫌取りの為の手土産を抱き抱えるように持ったっす。

 

 同じ都と言っても妖や犯罪者等の侵入を防ぐ目的もあり、城壁と衛兵と結界によって出入りを管理された内京に比べて、外街はかなり乱雑で、雑多っす。

 

 元々が大乱で生じた難民が勝手に入植した事もあって内京と違って区画整備なんてされていないっす。しかも、四方の土から出稼ぎ農民……それどころか荘園等から逃げた小作農や貧民、犯罪者、クロイツ家や王家みたいな外国人、その他くそ爺のような訳ありな人物が好き勝手に住み着くようになったせいで、建物の様式すら統一されていないんすよ。

 

 ……まあ、逆説的に言うとそんな公権力から半分無視されているような街を歩くあたいと伴部さんと白ちゃんは正直悪目立ちしてたっす。悪目立ちはするけど……この際は仕方ないっすね。退魔士や公家の人間である事を証明すれば余計なちょっかいをかけられる可能性は低いんすよ。……だから、じろじろと不躾な視線で見られるのはもう諦めるしかないっすね。

 

 雑多で小汚く、だけどある意味では活気と賑わいに溢れた外街を更に一刻程大通りに沿って進んでいく。次第に建物が少なくなり、風景に田畑が交じり始めた頃に目的地に辿り着いたっす。

 

 それは屋敷だったっす。土壁で四方を囲んだ木材建築の武家屋敷に近いっすね。にしても……

 

(葵姉……幾らなんでも、やり過ぎっすよ)

 あたいは大袈裟な程までに豪華になった孤児院に苦笑いをしながら……! 

 

「伴部さん!」

「旭様……まさか!?」

「伴部さん、旭様もどうしたんですか?」

 あたいと伴部さんは白ちゃんを後ろに庇うと、あたいは蔵丸から愛用の薙刀を取り出し、伴部さんは葵姉製の短刀を構えて……

 

「ふふ、俺を感じたら即座に戦闘態勢に入るのは正しいけど……今の俺は旧友に会いに来ただけだから、そう構えなくてもいいよ。……それと碧花、止まれ」

「ふぐ!?」

「……誰が旧友だ、誰が」

 そこには買い物帰りだと思われる吾妻さんと……何処か馴れ馴れしく吾妻さんの肩に手を起きながら、自分に似た鬼の半妖の女の子の襟首を掴んで止める赤髪碧童子さんがいたっす。

 

「み、みんな! これ、お土産……!?」

「はい、ストーップ!」

 白ちゃんが風呂敷を開いて持ってきた芋羊羮を見せつけた瞬間、孤児院の子供達が雪崩のように白ちゃんに押し寄せ……ようとして鬼の半妖の女の子に押さえ込まれたっす。年長組も年少組もなく目を輝かせて、口元から涎を垂らして芋羊羮のもとに突っ込んでるんすけど……女の子はそれを華麗に捌きながら子供達を怪我させる事なく白ちゃんから離れさせるっす。

 

「す、凄い……」

「あの鬼の半妖は一体……」

「こら、お前達っ!! はしゃぐのも良いがその前に御礼を言いなさい!!」

「あんた達! 騒ぐのは良いけど、白が帰ってきたんだから良い子にしな!」

「Stop!」

 あたいと伴部さんがそれに呆然としていると……芋羊羮に興奮する子供達とそれを捌く鬼の半妖さんはいきなりその叱責にびくりと肩をすくませたっす。子供達が視線を声の先に向ければそこには腕を組み硬い表情を浮かべる吾妻さんと猫さんとジェイさんが立っていたっす。

 

「はぁ……まずはお土産を持ってきてくれた白と客人達に有り難うだけでも伝えなさい。人の好意を無下にするものではないぞ? な?」

「まぁまぁ、雲雀……子供が元気なのは良いことじゃないか」

「それはそうなんだが……お前には言わせたくないな」

 吾妻さんの言葉を茶化す様に言う赤髪碧童子さんに吾妻さんは深々と溜め息を吐きながらそう言ったっす。

 

「あの~……吾妻さんと赤髪碧童子さんって、どんな関係なんすか?」

「この英雄馬鹿に旭姫の先祖諸とも散々な目にあわされた」

「おいおい……窮地に陥ったら、助けてあげたじゃないか」

 そんな赤髪碧童子さんの反論に吾妻さんは「お前が私達を助けた回数の数十倍は迷惑をかけられたがな」と皮肉げにそう言ったっす。

 

 そんな吾妻さんの様子に最初は怯えていた子供達は互いに顔を合わせると、おずおずとあたい達の方を見たっす。

 

「え、えっと……その、お土産ありがとうございます!!」

 年長の子供の一人が音頭を取って頭を下げれば続くように他の子らも感謝の声を上げてお礼を言ったっす。

 うんうん、これも吾妻さん達の教育の成果っすね。

 

「俺達は唯の付き添いだ。礼を言われる立場じゃない。……白、その菓子を選んだのはお前だ。返事してやりなさい」

 伴部さんがそう言うと、吾妻さんの叱責と赤髪碧童子さんとの言い合い、子供達のお礼にポカンとした表情を見せていた白ちゃんにそう勧める。伴部さんの言葉に我に返った白ちゃんは若干困惑するけど、伴部さんが再度勧めると少々恥ずかしげに頷いて子供達のお礼に応じるっす。

 

「え、えっとね……気にしてないからね! そんな余り心配しなくてもいいよ!? その、皆が嬉しそうで良かったから……え、えへへ、みんなで仲良く食べよう?」

「……あの女狐の義妹だったにしては優しいじゃないか」

「お母さん、白先生と狐白さんは別なんだから当然じゃないですか!」

 白ちゃんの言葉にそう言った赤髪碧童子さんに鬼の半妖の女の子はそう反、論……!? 

 

「「「お母さん!?」」」

「……うん、まあね。旭の子孫達と同じところから来た俺の娘の……」

「碧花旭童子と申します! 宜しくお願いします、旭様! それと……お父さん!」

 そう言って、碧花旭童子さんは伴部さんに抱き付いて……え? 

 

「……お父さん?」

「はい! 私は、お母さんとお父さんの娘なんです!」

(まさか、あの鬼と伴部の娘とはな……)

 あたいが恐る恐る聞くと、凄く良い笑顔で碧花旭童子さんはそう言ったっす。

 

「ええ……」

「う、ヴえ゙ぇ゙ぇ゙ぇぇェェェ………!!!???」

「ええぇぇぇぇっ!? 伴部さん、何で吐くんすか!?」

(いや、吐いて当たり前だろ! あの鬼と娘をつくるんだぞ!?)

 あたいが吐いた伴部さんに驚くと、夕陽が赤髪碧童子さんに失礼な事を言う。

 

「……それはそれで傷付くなぁ」

「お、お父さん大丈夫!?」

「言ってる場合か! ジェイ、水持ってこい!」

「お、OK!」

「と、伴部さん!?」

「気持ちはわからんでもないが……庭先で吐くな」

 ああ、もう! 色々とグダグダな訪問になってきたっす! 

 

 ────────ー

 

「伴部さん、幾らなんでも吐くのは不味いっすよ」

「まあ、それはそうですが……」

 俺達は孤児院でのグダグダな騒動を終えた後、芋羊羹を吾妻雲雀や弟子達、孤児達や鬼、鬼の娘と共に食べた後で雑用もこなした後、帰路に着いていた。

 

 ……にしても、あの鬼と俺の娘って……はは、質の悪い話だな。未来の俺はどんな状況であの鬼と『そういう事』をしたんだ? 

 

 ……あの鬼の半妖の言葉を嘘だと断言出来なかったのは、あの半妖に抱き付かれた際に父性の様なものを感じてしまったからだ。

 

「それにしても、吾妻さんにはあっさりとバレたっすね。あたい達の状況」

 鬼月旭は自分の手を見ながら、俺達が吾妻雲雀に言われた事をぼそりと呟く。

 

 ……そうなんだよなぁ。まあ、最悪の状況ではないだけ増しだな。

 

「不味い延命の薬を飲んでいるとはいえ、あたい達も早く強くなってあの化け物達を倒すっすよ。……でないと、あたいは雛姉や葵姉に迷惑をかけちゃうかもしれないんで」

 鬼月旭は俺を見ると、微笑んみながらそう言う。

 

「……ええ、俺も死ぬ気はありませんから」

 ……鬼月旭の言うとおりだ。俺は生きたい。原作を最後まで生き延びた後で何をするかはわからないが……それでも死ぬのはごめんだ。

 

(だが、旭衆や姉御様、ゴリラ姫……それらを総動員しても勝てるかどうか……)

 何せ、妖母にその直系の娘だからな……

 

「白ちゃんもごめんなさいっすよ。本当は吾妻さん達といたい筈だったのに……」

 重い雰囲気になりそうなのを察したのか、鬼月旭はそう言って白に向き直る。吾妻雲雀や弟子達は然程気にしてなかったが餓鬼共からは随分とブーイングを浴びせられた。年少組は泣きじゃくりながら白の服の袖を引っ張って帰るのを阻止しようとしていた程だ。白も随分と楽しそうに過ごしていたので鬼月旭や俺の判断に不満を抱いたのは想像に難くない。

 

 それに、鬼月家の上洛と役務もそろそろ期限だ。そうなると白は俺や鬼月旭と一緒に北土の本家に行かざるを得ない。そうなると、何か特別な理由がない限り彼女が再び孤児院を訪れる事が出来るのは三年後になる筈だ。心残りがあるに違いなかった。

 

「い、いえっ、あ、その……確かにみんなとご飯は食べたかったですけど、理由は分かるから納得はできます。それに…………」 

 鬼月旭の言葉を若干慌てたように否定する妖狐の少女。そして両手の掌を擦るように重ねて迷ったような表情を見せるが……数秒後にはにっこりと健気な笑みを見せて顔を上げる。

 

「そ、それに……! 私、姫様や伴部さんとご飯食べるのも大好きですから!!」

「白ちゃん……お礼に晩御飯のおかずを言っちゃうっすね。今夜は煮浸しっすよ!」

 その言葉に微笑んだ鬼月旭の話に白はあからさまに目を見開き、輝かせた。口元から涎が垂れそうになり、慌てて啜り出す。流石化け狐、油揚げ好き過ぎるな。

 

「旭様、伴部さん!! は、早く御屋敷に戻りましょう! もう日が暮れてますから! ねっ? ねっ!?」

「白ちゃん、慌てないっすよ!」

 先程までの遠慮がちな態度はどこへやら、此方の法服の袖を掴み、急いで帰宅を急かす白であった。全く、調子の良い奴だ。

 

(……傍から見たら、姉妹にでも見られそうだな)

 仲睦まじく歩む鬼月旭と白の二人を見ながら、俺は妹の事を思い出していた。

 

(あいつは、『雪音(ゆきね)』は今何処で何をしているんだろうな?)

「伴部さーん! 早くしないとあたいや白ちゃんとはぐれちゃうっすよー!」

「……今、行きます」

 俺が離ればなれになった今世の妹を思っていたら、鬼月旭の声で立ち止まっていたのに気付き慌てて追いかけた。

 

 ……妹の、雪音の衝撃的な所在を知るのは、それから三年後の事だった。

 

 都の大門、それを潜った直ぐ先の都の広場で、それは待ち伏せるように鎮座していた。周囲に雑人数名と護衛……アリス・クロイツと龍姉妹を侍らせた四頭立ての大きな牛車はどんな人物が乗っているのかは一目瞭然でわかった。

 

「……あれって、橘商会の……佳世ちゃんっすかね?」

「恐らくは」

 鬼月旭のお見舞いに来たが、留守だったので屋敷の人間に何処に行ったかを聞いて此処に来たってところか? 

 

「あら? これはこれは奇遇ですね、旭ちゃんに伴部さん! 御体の方はもう大丈夫なのですか?」

「やっぱり佳世ちゃんだったん……んん?」

 牛車の物見窓から此方を見やる異国情緒のある可愛らしい商家の娘。その気分屋で無邪気そうな笑みを一瞥した鬼月旭は微妙そうな顔になる。

 

「……どうしたんですか?」

「いや……佳世ちゃん、ちょっと失礼」

 鬼月旭は物見窓まで近付くと、佳世ちゃんの匂いを嗅いだ後で納得した顔になる。

 

「容姿は佳世ちゃんに良く似てたけど、微妙に使ってるお香の匂いがキツいっすよ。佳世ちゃんの子孫の人っすか?」

「流石は旭ちゃんですね、正解です!」

 鬼月旭の言葉にいたずらっ子の様な笑顔で先程の少女の隣に佳世ちゃんが現れる。……随分と似ている子孫だな? 

 

「で、この子は誰っすか?」

「この子は私の子孫で……」

「小百合~~~!」

「止まれ、この馬鹿!」

 佳世ちゃんが子孫の名前を言おうとした瞬間、道の向こうから突っ走ってくる赤穂九恩とそれを止めようとする鬼月白夜がやって来て……

 

「ふん!」

「げえ!?」

 雑人の中に紛れていた橘沙世に何処と無く似ている少女に蹴り倒された。

 

「……柚子も来ていたのか」

「うん」

「……面倒な事になりそうだ」

 白夜の言葉に俺は無意識にそう呟いていた……




次回もお楽しみに!


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第三十二話

 多分、傍目からすると異様な光景であっただろう。整然と区画整理され碁盤の目のように広がる都、その通りを一台の牛車と七人一組の人影が並びながら進む。

 

 いや、そこまでならば何らの問題もない。問題は幾人かの女中と下男を侍らせた豪奢な牛車に刻まれたその家紋と、何よりも中の人物の常識から逸脱気味と言わざるを得ない行動であった。

 

 扶桑国において五本と言わずとも確実に十本の指に入り、特に舶来品等、海外貿易のみで言えば三本の指に入る大商会で知られる橘商会、その商会の所属である事を意味するとともにその商会長を世襲する橘家そのものをも表す橘の家紋が牛車には堂々と金字で飾られていた。

 

 当然のように海の向こうの珍品が多く集まり、商会の本店が構えられている都で、この家紋はそれだけで絶大な権威を持つ。殿上人や大大名であれば兎も角、形ばかりで碌な荘園も持たぬ貧乏公家や百人程度の武士団しか動員出来ない零細大名家程度であればすごすごと道を譲ってしまう程だ。

 

 今一つ衆目の注目を与え、そして同時に見る者に奇異な印象を与えるのはその牛車に乗り込んでいる少女と牛車と並んで歩いている少女の奇行とも、暴挙とも言うべき行いだろう。

 

 牛車に乗り込む少女は橘商会の商会長の娘である橘佳世である。この国では珍しい鮮やかな蜂蜜色の髪と翡翠を思わせる瞳……西方の南蛮人を思わせる異国情緒溢れる色白で可愛らしい顔立ち、着込むのは南蛮の意匠も盛り込んだ緑色を基調とした袴。橘の家にちなんだのか仄かに柑橘系の甘い香りがするのは香水のためだろうな。おおよそ珍しさしかないそんな人物が牛車の物見窓を開けて顔を見せれば確かにそれだけでも注目を浴びるだろうな。高貴な女性は不特定多数の面前で不必要に顔を見せびらかさないものだから、その衝撃は一入だろう。

 

 牛車と並んで歩いているのは八百年も続く名家である鬼月家に養子に入って都でも有名になりつつある集団『旭衆』の長を勤めており、私が寄生している人間である鬼月旭だ。本来なら佳世に勝るとも劣らない程の大勢の下男や女中、護衛を引き連れて牛車に入って移動していなければならないんだが……旭本人が体の調子を見るためや寝たきりの間に衰えた体への訓練、何よりも孤児院の人間達への好奇の視線を避けるために伴部や白を伴って徒歩で行ったんだ。(まあ、そのせいで伴部が殺意や怒りの籠った目で都の男達に睨まれたわけだが)

 

「やっぱりそのお面、可愛くありませんね? やっぱりお外し為さったら如何ですか? 視界も宜しくないでしょう、足下が危ないのでは?」

「佳世ちゃん、伴部さんのお面は仕事の為の道具っすよ。下人衆を抜けられてないのに外せるわけがないじゃないっすか」

「その御提案については旭様の言うとおりです。私はただの下人ですので」

「それは残念です」

 ましてや普通の一般人から見て雲の上の御嬢様な彼女が物見窓を全開まで開けて、親友である旭は兎も角、下人の伴部と白丁の白に笑顔で殆ど一方的に話しかけていれば悪い意味で周囲の耳目も惹くのは自明の理だろう。しかもその会話の内容が義務的な内容ではなくて明確に私的なものであれば……

 

「うわあ……悪目立ちしてらぁ」

「……まあ、しょうがないんだけどな」

「佳世様が旭様に話し掛けるならまだしも……伴部さんにも積極的に話し掛けてるんだもんね」

「……伴部さんは何故、都中の男達に睨まれているんだ?」

 私達と共に牛車の横を歩いている白夜達が周囲の視線に苦笑いをする。……沙世の子孫だと思われる少女の質問には男子は二人揃って顔をそらしたが。いや、本当に伴部には埋め合わせを考えんとな。

 

 とは言え……旭経由で屋敷に帰るには遠回りになるのを承知で一行を中央の大通りから外れるよう進言して正解だったな。今ですら擦れ違う度に人々からの好奇や疑念、驚愕、あるいは(伴部に対する)憎悪や嫌悪……様々な感情を向けられていると言うのに、これが渋滞気味な朱雀通りだったらどうなっていたのやら……

 

 ……嫉妬もない訳ではないだろうが、そもそもこの国は身分社会であり成り上がるどころか生きるのもやっとで、その上娯楽も少ない。そんな中で格上の相手に目をかけられた格下の人間……伴部は悪目立ちし過ぎる。先週の『でぇと作戦』を経たせいで分を弁えず、卑しくも世間知らずの御嬢様や鬼月家、赤穂家の姫君達に取り入る卑劣漢に見えない事もないし、仮に違ったとしても奴らには構わない事である。

 

 ……真実も、実情も、実際も、そんな事は重要ではないのだ。ただこの苦しい世の中において憂さ晴らしの、八つ当たりの対象が欲しいだけなのだ。そして今の伴部はその対象として絶好過ぎる。

 

「そうそう、先日の事についてはかねがね聞いていますよ? 御父様が随分と御迷惑をかけたそうですね?」

 佳世の語る先日の事……それは地下水道での一件を意味しているのは明らかだな。

 

 ……地下水道の一件は箝口令が敷かれ、当然のように旭衆や伴部には朝廷の使者から口封じの呪いを掛けられた。朝廷の立場としては旭や紫、伴部の報告に対して懐疑的であるようだったが、それでも『妖母』ではなくても何かがいたと理解しており、極秘に退魔士を動員して地下水道の残敵を掃討している……というのは旭が雛姫や葵姫から聞いた話だ。

 

 朝廷からしたら『妖母』が足下にいたなんて信じたく無かろうし、殺した妖共にしてもその大半は紫や旭衆、雛姫や葵姫、赤穂家の剣士達に肉片残らず消し飛ばされたり、あるいは共食いで消費されたのだろう。物的証拠は隠滅されたといって良い。

 

 あるいは一部の退魔士の異能を使い記憶を覗く、という手段も必ずしも万能ではない。元より記憶は曖昧なものであり、時間が経過すればする程それは顕著となる。

 

 退魔士の使うそれは覗かれる側がそう思い込めば記憶を覗く側もそのような曖昧な記憶を閲覧する事になる欠点があった。あるいは偽の記憶を捩じ込まれていればそれはそれで意味がない。更に言えば記憶を覗く事で精神的、人格的な悪影響を受ける事すら有り得た。

 

 何よりも記憶を見られるなぞ相手に丸裸にされて洗いざらいの秘め事全てを吐かされるのと同意だ。これ程の恥辱はない。一族の秘伝の技や秘密も知られかねない。大罪でも犯さぬ限り退魔士は無論、公家や大名とて記憶を覗かれる行為は拒否するものであり、それは認められている。

 

 当然ながら、地下水道での目撃者の内、一番発言の信用度の高い紫の記憶を覗くのは親族一同で大反対するだろう。とは言え生き残った孫六を含む案内役達の記憶を覗くなぞ、身分制度の強固なこの国では退魔士側から願い下げだろうな。穢れが移ると鳥肌を立たせながら拒否するだろう。

 

 旭は……長老達の内、旭を毛嫌いしている者は諸手を挙げて賛成するだろうが、雛姫や葵姫、御意見役が大反対をするだろうな(と言うか、実際にそうなったらしい)。

 確実に記憶を覗く手段がないわけではないが……その対象である伴部は雛姫や葵姫が頑強に抵抗しているので大丈夫だろう。……伴部は雛姫は兎も角、葵姫に関しては義妹の持っている玩具を『壊され』たくはないからだと誤解をしているらしいが(それを聞いて旭が怒って、葵姫が伴部に恋をしている事を言おうとして葵姫に折檻された)。

 

(まぁ、それはそうとして……)

 この場で佳世がそれに触れたとなると次の狙いは………

 

「態態私に謝罪の言付けは必要御座いません。既に鬼月家には景季様より使者が遣わされております。佳世様がここで改めて謝罪の御言葉を口にせずとも宜しいかと」

「そうっすよ。景季さんが頭を下げたんだから、佳世ちゃんがそれをする必要はないっすよ」

「安心してください。私が謝罪するのは鬼月ではありません。親友である旭ちゃんと……」

 謝罪は不要だと言った旭や伴部に対して佳世は伴部をチラリと見た後でその言葉を……

 

「佳世、それは不味いぞ。お鶴が私をお目付け役にしたのは、それを避けるためなんだからな!」

十香(とおか)さん、いきなり割り込まないでくださいよ!」

「んが!?」

「伴部さん!?」

 旭達が歩いている反対側に立っていた若い女中が佳世の言葉を遮り……容姿を見た瞬間、伴部がずっこけた。

 

「あれ、新しい女中さんっすか?」

「はい。お鶴はちょっと腰が……」

「あ~~……」

 佳世付きの老女中の腰の話題が出ると、旭は目をそらす。なんせ、その女中が腰に爆弾を抱えたのは三年前に旭が金で伴部を買おうとした佳世にキレて頬を叩いた際に怒って薙刀を持って旭を追いかけ回したからだ。

 

「に、女中さん! 名前はなんて言うんすか?」

「私か? 私は『夜刀神(やとがみ)十香』だ。宜しく頼む」

 女中に対して負い目も持っている手前、余計な事を佳世に言われる前に話を遮った女中に名を聞くが……その名前、ルード・クロイツが言ってた名前の一人だな。

 

「あれ? それって……」

「ああ……錯乱していた際の妄言だと一蹴していたお祖父様の話に出てきた人間の一人だ。……小百合様や柚子様と一緒にやって来たアリシアの子孫もあわせて、今日のクロイツ家は上へ下への大騒ぎだったぞ」

「アルトも来てるのか……」

「私はルードの家族があんなにいたのに驚きだったぞ」

 ……アリスが疲れている様に見えたのは、その騒動があったからか。

 

「そういや、小百合はどうして橘商会の牛車に乗っていたんだ?」

「ああ、佳世様に『旭ちゃんが私と勘違いをするか、賭けをしませんか?』って、誘われたんですよ。まあ、賭けにならないから純粋に試しただけなんですが……」

「私は未来の橘商会の事を聞けただけでも満足でしたよ? あ、そうだ! 旭ちゃん、このまま逢見の屋敷までお帰りになるのですか? 何だったら伴部さんや白ちゃんと一緒に屋敷まで牛車で送っても良いですよ? どうですか?」

 白夜の質問に小百合が答えると、佳世はそれに対してくすくすと笑った後、名案を思い付いたようにころりと表情を変えると首を傾げて提案する。

 

 まだまだ幼く、無邪気そうな物言いであるがその声や表情、仕草の一つ一つが異国情緒溢れる美貌も相まって同性の私から見ても蠱惑的で魅力的で魅惑的で、しかしながら一歩引いて考えるとある種のあざとさすら感じてしまう。問題はその何処までが演技で何処までが素なのかだが………

 

「宜しいのですか? 彼女は……」

「狐白さんの根源なんですよね? でも、旭ちゃんと仲良く接しているのは演技じゃないでしょうし……何よりも旭ちゃんが信じてるのなら、私も信じなきゃダメじゃないですか!」

 伴部が白を理由に乗車するのを断ろうとするが……まあ、旭の親友で孤児院にも一緒に言ってる時点で半妖に対して差別的な偏見など持つ筈がない。それに狐白の件の顛末も知ってるからな、今さら白を乗せるのを恐れるわけがないので……詰めが甘いな、伴部。

 

「ん~佳世、三人も乗ると狭くはないか?」

「夜刀神、『様』を付けろ」

「あ~……あたいや白ちゃんは兎も角、体格的に伴部さんも入ると狭いっすね」

「あ」

 夜刀神と旭の言葉に今気付いたのか、佳世が『唖然』とした顔になる。……楽をするために牛車に乗せるのにその牛車の中が狭くちゃ話にならんからな。

 

「うう……旭ちゃんの馬鹿」

「ごめんなさい……」

 恨めしそうな佳世の言葉に旭は目をそらしながら謝る。

 

「……佳世様、今更言うまでもありませんがこのように何時までも憚られるような行いは為さらないで下さい。余りお父上を困らせるべきではありませんよ?」

 そんな佳世に畳み掛ける様に伴部はそう言う。まあ、確かにそうだな。佳世が家の牛車を並走させて家畜や奴隷よりはマシ程度の人間とだらだら会話していたなんて話、景季さんにとっては噂でも広がって欲しくはないだろう。それだけこの国では身分の壁は厚く、体面が重視されている。

 

「それでしたら良い解決方法がありますよ、伴部さん? 私がお父様に言って伴部さんを………」

「佳世ちゃん、お金で買い取るって言うなら次は拳で殴るっすよ?」

「違いますよ!? 旭衆の都組に移して貰うんですよ! まあ、長老達に対して袖の下は送って貰いますけど……

「あ、そっちすか」

 佳世が良い考えを思い付いたと言うような表情で案をだそうとしたが、旭が拳を握り締めながら怒りを込めた言葉を呟くと、佳世はそう言って反論する。……小声で言った事は旭には言わないでおこう。伴部を下人衆から抜け出させる為には御意見役を除く長老達を黙らせないといけないからな。

 

「……ん? 抜け出させる……? 待って、これなら……! 佳世ちゃん、ちょっと耳を貸して欲しいっす」

「? わかりました」

 そう言って旭は空天でほんの少しだけ浮き上がると佳世の耳の付近に顔を寄せ、今考えたらしい作戦を言う。

 

 ……かなりの遠回りかつ運任せで、伴部が旭や旭衆の補助ありとは言え英雄的な活躍をしなけりゃ成立しない策だが……成功すれば確かに下人衆から旭衆への移籍は可能になるな。

 

「まあ! それは確かに大変な策ですね。わかりました、お父様に言って多少は援助させていただきますね。で、旭ちゃん。見返りなんですけど……」

「わかってるっすよ」

 そう言ってチラリと伴部を見る佳世に旭は苦笑いをしながらそれを了承する。……伴部、どうやらお前はまた『でぇと』をすることになりそうだな。

 

「……佳世様、旭様と一緒に何を企んでいるのですか?」

「ふふふ、秘密です! 楽しみにして下さいね?」

「内緒っすよ!」

 伴部の質問に佳世は無邪気に笑いながら、旭は苦笑いをしながらそう答える。

 

 そんな事をしている内に、私達は若築橋の前に迄辿り着く。広大な都には何本かの川が流れており、縦に十丈半、横幅三丈余りあるこの若築橋は丁度公家衆の屋敷の集まる区画と中流平民の集まる区画を分ける境界だ。平民が足を踏み入れる事自体は許されているが、橋の両岸には小屋があって、槍を携えた兵士が背筋をのばして佇み、こそ泥等怪しい者なぞが入ればこれを捕らえる事となっている(旭衆都組も時折手伝っているらしい)。

 

「……では、今回はこれくらいにさせてもらいましょうか。旭ちゃん、期待させてもらいますね?」

「了解っすよ」

 物見窓から身を乗り出して、ニコニコと幼い愛らしさと美しさを兼ね備えた笑顔を見せて佳世は旭に対して約束を取り付ける。その笑顔はあざといが、魔性と言って良い程だった。……正直、女でも特殊な趣味を持っていればそれに対してみとれてしまいそうだな。

 

「……すみません、伴部さん。何か失礼な事考えてましたか?」

「恐らく気のせいではないかと」

 何か失礼な事を考えていたらしい伴部に対して首を傾げて怪訝な表情を浮かべる佳世に淡々と伴部は応じる。何を考えていたのかは知らんが、失礼な事は考えないようにしてほしいんだがな……

 

「……まぁ、良いでしょう。それでは皆さん、失礼致しますね? また後日……」

「佳世ちゃん、また後日っす」

 何処か納得いかない、という表情を浮かべつつも佳世はニッコリと笑みを見せて一礼する。旭もそれに対して一礼し、伴部と白、未来組は旭に習って一礼をする。

 ……小百合と柚子も此方に来ることになったんだよな。まあ、未来に帰る事になった際に一塊になってないと不味いという理由もあるらしいが。

 物見窓が閉じられた音が響いた。牛車がゆっくりと動き出して目の前を通過していく。一瞬牛車の傍に控える護衛の下男が舌打ちしたような音が聞こえたが気にしないでおこう。

 

「……行きましたか」

「うん、行った……って、わぁ!? さ、沙世姉!?」

 佳世が話声が聴こえない程遠くに行ったのを確認してから出てきた沙世に旭は思わず驚いてしまう。

 

「ご、ごめんね? 佳世にはちょっと聴かれたくない話をしたかったから……」

「佳世ちゃんに聴かれたくない話……?」

「……旭ちゃん、伴部さんに皆さん。これからも佳世と仲良くしてください」

「いや、それは当たり前っすけど……」

 なんの話をされるのかと思ったら、余りにも旭にとっては当たり前の話だったので私は思わず呆れてしまう。

 

「うん、わかってる。でも……幼い時から見てきたけど、佳世は本当は寂しがり屋なんだ。けど……」

「あ~……橘商会の一人娘だもんな……」

「そう言えば、小百合も橘コンツェルンの娘だからって凄い気を遣われたりしてたもんな……」

「そうなんですよね……」

 ……確かに、未来ではどうか知らんが……現在の扶桑国は島国根性で村社会で階級社会だ。そこに南蛮系の血を引き継ぐ佳世は唯でさえ浮いた存在だ。ましてや父親たる景季さんは若くして橘商会を盛り立てた才人ではあるが……同時にその強引で昔からの伝統や因習を無視したやり方は少なくない反発もある。商売敵からの嫉妬もあるだろう(大体、旭と佳世が出会った切っ掛けは商売敵が佳世を人質に取ることで重要な取引を破談させようとしたからだ)。

 

 故に佳世は浮く。どうしても浮いてしまう。そうなるとやはり中々友人が出来ない(仲の良い沙世は義理の姉だし)。で、景季さんはそれに対する謝罪の意味もあって甘やかせてしまう、という訳だ。

 

「けど、旭ちゃんっていう友達が出来てから初恋もして、子孫が来たお陰で夢も出来て……だから、旭ちゃんも伴部さんも私が佳世の側からいなくなっても全力で支えてあげてください」

「何を言ってんすか! 沙世姉も佳世ちゃんとずっと一緒すよ!」

 そんな旭の言葉に沙世は微笑むが……笑顔には不穏な空気を纏っているな。まるで、役割を終えたら自分が橘商会から追い出されるのを確信しているかの様だ。ただ、な……沙世。子孫の柚子が『橘』の名字を名乗ってる時点でお前の予感は絶対に外れているぞ。

 

「……沙世様。碌な学もないたかが一下人の浅知恵でありますし、沙世様には深い思慮がおありなのかも知れません。ですが佳世様御自身のためにも、佳世様の一時の感情のままに振る舞わせるのは宜しくないだろう、と」

「伴部さん!?」

 そんな沙世の言葉に伴部は進言をする。

 

「何せ歳が歳です。恐らくは半分も本気ではないでしょう。お遊びのようなものです。一時の感情のために佳世様に要らぬ噂が纏わることが宜しくないのは自明でありましょう。どうぞ御再考下さいますよう」

「……三年っす」

「旭様?」

 佳世の事を思っての言葉なのだろうが……その言葉は悪手だぞ馬鹿たれ。

 

「三年っすよ! 佳世ちゃんが伴部さんを恋い焦がれていたのは! あたいに対して送ってくる手紙にもそれが書かれてて、葵姉や雛姉、白虎が伴部さんの側にいるからずっと不安だって文面からわかって……それなのに、それなのに……! 白虎の思いには答えず、雛姉や葵姉、佳世ちゃんの気持ちにも気付かない伴部さんなんて、もう知らないっす! 何処へでも行っちゃえ!」

「あ、旭様!?」

「旭ちゃん!?」

「おい、これは……」

「日誌にも書かれていた騒動だな……」

「……泣いてましたね」

 旭は泣きながらそう叫ぶと脇目も振らずに逢見家の屋敷へ走り出す。

 

「旭、お帰りなさ、い……?」

「旭……?」

(やれやれ……これは、長引きそうだ)

 何故か屋敷の前にいた雛姫や葵姫にも気付かずに走り抜ける旭に私は心の中で溜め息を吐く。

 

 伴部の鈍感ぶりに腹を立てていて、自分が何時、何処で妖化するかわからず不安になっていて、雛姫や葵姫にそれで負担を掛けていて……それが原因で精神的に不安定になっていたからだろうな……恐らくだが、都にいる間は『何か』が起きない限りは旭は伴部を絶対に許さないだろうな……

 

 私は旭が激怒した理由を推測しながら、どうしたもんかと思った……

 

「くっ、くっくっ。イレギュラーと下人の連携にヒビが出来たぞ……佳世ちゃんの心の中からあの二人を消し去るなら、これを利用しない手はないなぁ……」

 そんな旭が伴部に激怒して暴言をぶちかました現場を遠目で見ていた人間がいたこと。それが原因で旭や伴部。佳世や沙世、佳世付きになった新任の女中にアリシアの子孫が橘商会の覇権を巡る騒動に巻き込まれ……そして、旭や伴部に大問題が起きるなど、この時の私は知る事すらなかった……




次回もお楽しみに!


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第三十三話

 橘商会の会長、橘景季は自身の専門外の事であれば兎も角、決して商売人として無能ではない。寧ろ相当優秀な部類に入るだろう。

 

 宮中の権力抗争に破れての都落ち。落ちぶれた公家衆として衰退する筈だった橘家は、しかしその血筋から来る信用と人脈で当初は基本的な米に元々の一族の出生地であった漁村の海産物や塩を、直ぐ後にその延長として舶来品を取り扱う商家として再興した。以来数百年、扶桑国内でも十の指に入るだけの豪商としての地位を確立するに至る。

 

 ……しかし栄枯盛衰は世の常であり、停滞は即ち衰退へと繋がるものである。現状維持と既得特権の死守のみに奔走して胡座を掻いていた橘家は、実の所父親が事業の失敗の衝撃で血管が千切れて急死し橘景季が若くしてお飾り当主となった時には債務が利潤を上回り、しかも国内外問わず競合する古豪商家に新進気鋭の新興商家によってその権益が相当切り崩されていた。それを一代にして、再び盛り返した景季の実力は決して馬鹿にされるべきではない。

 

 大商家の当主として就任した彼が最初に行ったのは名称の改称だった。海塩屋という名称から橘商会に名称を変更した。それは経営の心機一転を決意しての事だ。

 

 無論ただ看板をすげ替えただけでは意味がない。内部改革にも彼は熱心だった。彼の事業再編や資産管理方法の変更、内部の贈賄や癒着等の腐敗の一掃はそれだけでも彼が非凡な商人である事を証明していた。

 

 特に人材収集と教育は目を見張るものがあっただろう。元より舶来品の取り扱いが主力な事もあったが、彼は現地の事情や文化に詳しい、あるいは技能を持つ大陸人や南蛮人を積極的に雇い入れ、しかも必要であれば商会の幹部に躊躇なく引き抜いた。一部の者達は扶桑国風の「屋号」から南蛮風の「商会」という名称に変更したのはこのためであったと語る者もいる。

 

 同時に同じ扶桑国人の教育も大きく転換した。これまで多くの商家では五人に二人が残れば幸運と言われた丁稚奉公で店員を雇用していたのを、彼は南蛮の言葉で言う所のマニュアル化を中心により先進的な指導教育体制を採用して、同時に待遇を改善した。

 

 別に雇用人を思っての事ではなく優秀な人材の確保や多くの商家で問題となっていた奉公人の逃亡や汚職、引き抜き防止、教育費用の低減と期間の短縮のためである。

 

 一族直系の彼を傀儡として操ろうとしていた一族の保守派、それに父や祖父の代からの商会幹部の反対を膝詰めで説得し、あるいは強制的な引退等で強引に推し進めたその行動力、改革案の鋭い先見性と思い切りの良さ、その急進的過ぎる改革をもっても尚商会を分裂させずに纏め上げ、これまでの商売相手の信頼を失わず繋ぎ止め、それどころかその規模を拡張せしめた統率力に話術……橘景季の商売人としての実力を疑う者は最早内外に殆んどいない。

 

 ……無論、商売人として一流でも、それ以外の分野……特に私人としても完璧である保証はない。どのような人間にも欠点というべきものはあるものだ。彼もまたその例外ではない。

 

 彼の欠点は大きく分けて二点挙げられよう。一つは彼の妻である。

 

 橘景季は腐っても豪商橘家の跡取りな事もあって幼少時代から幾人も許嫁の候補はいたし、彼が二十歳になる前に急遽当主に祭り上げられた際には同じ豪商だけでなく、公家や大名家からも見合いの申し出があり、一族の者達も誰それが良かろうと勧めたものだ。……彼はその全てを断ったが。

 

 最終的に改革と大掃除、橘商会の復権の後、彼が妻に迎えたのは幼い頃から商会本店で奉公人として、看板娘として働いていた南蛮移民の少女である。これはある者は南蛮系の従業員の信任を得るためとも、下手に有力者の娘を妻にする事で他家の影響や口出しを許すのを阻止するためだとも噂しているが……何にせよ何処の馬の骨とも知れぬ女を妻にした事が少なくない者達の顰蹙を買ってしまったのは事実だ。

 

 そして今一つの理由、それは………橘景季がその商売人としての狡猾さ、計算高さからは信じられなくなる程に自身の一人娘と養子であり親友にして盟友だった商人の忘れ形見の少女に対して余りにも駄々甘過ぎた事であった……

 

 ──────────

 

 師走の月のある昼頃、仕事の合間の時間を縫って商館から併設された橘家の和洋折衷の屋敷の廊下を一人の男が誰かを探しながら進む。

 

「佳世~、沙世~何処かな? 顔を見せておくれ~? パパが素敵な贈り物を持って来たぞ~?」

「なあ、『アルト』……あれは本当に店長なのか? 何時もと違いすぎるぞ……」

「『商会長』だよ、夜刀神さん。まあ、確かにドン引きもんだけどさ……あれもあの人の側面でしょ」

 髭面の中年の男がニコニコ顔で腰を曲げて、猫なで声でそんな事を言いながら屋敷中を彷徨き回る姿は正直な所ドン引きものであった。しかし、屋敷に勤める女中も、雑人も、男に対して誰も何も言えないし言わない。ただ顔をひきつらせるだけだ。下手な事を言って解雇されたくない。娘達の事になるとこの優秀なキレ者商人の理性と知性は全く信用出来なかった。

 

 佳世と沙世の子孫である小百合と柚子の口利きで橘商会の女中として雇われた十香とアリシアの子孫であり、従業員兼旭衆として雇われた『アルト・クロイツ』はそんな彼に対して引き気味になりながらもヒソヒソと話をしていた。

 

 アルトの言うとおり、橘商会を一代で再興させた橘景季の、これが私人としての姿であった。その手にあるのは大陸様式の絵柄で彩られた絹布、着物なり何なりに使えば良く映えるだろう。懇意にしている大陸商人からの贈与品である。売ればこれだけで平民の家族が十年は食べていけよう逸品だ。

 

 しかしながら、普段から時間があれば理由もなく娘達にあれもこれもと高級品や珍品を買っては贈る景季にとって、これは特段に特別な品という訳ではない。つい先週も彼は大粒の真珠を贅沢に使った首飾りを佳世に同じく大粒の真珠を贅沢に使った腕飾りを沙世に贈っていたのだ。

 

 

「会長、そろそろ御時間です。近衛中将殿との商談が……」

「佳世~? 沙世~? 何処に隠れているんだい? 御願いだから姿を見せておくれ~!」

「あぁ、もう! この人はこれだから……!」

「諦めよ、何時もの事だ……」

 手首に巻いた南蛮式ゼンマイ時計の針を一瞥した後、大陸人と扶桑国人の混血である秘書は頭を抱え、そんな秘書の肩を景季の護衛を勤めている鳥谷敏隆は諦め気味にポンと叩く。

 

 この会長は決して馬鹿でも無能でもないのだ。商人としては確かに優秀なのだ。ましてや出島の遊郭で客と遊女の子として雑用として働かされていた自分を雇い、色眼鏡で見ずに実力を見定め、今では帳簿の管理を任せる程に信用してくれている恩義のある大人物だ。それは分かる。分かるが………

 

(とは言え限度があるだろうに………)

 はぁ、と何処までも疲れた溜め息を吐く秘書。他所の私財と店の金を混同する豪商達とは違い、ちゃんと私的な支払いは個人資産に限定してはいる。その辺りの分別はある人なのだ。……それでもやはり幼い娘がいきなり理由も話さず千両箱を一個丸々中身ごとおねだりして二つ返事で蔵から持って来させるのはどうなのだろうか? せめて用途くらい尋ねて欲しいのだが。

 

 ましてや彼が正に娘達に贈ろうとしている三反分の絹布。何処ぞの大大名なり大臣なりの夫人やら娘やらにでも売り込めば最低でも百両以上の値はつくだろうそれを彼は微塵も思わず娘に贈ろうとしているのだ。これまで贈った分すら満足に使いきれていないというのに……親馬鹿にも程があるというものだ。

 

「むむむ、可笑しい。普段ならそろそろ出てきても良い筈なのに。一体何故だ? 何かあの子達が腹を立てるような事でもしたか……?」

「あ~……」

 何時まで経ってもやって来ないし見つからない娘達の姿に景季も流石に訝むように険しい表情を浮かべる。その表情は普段商談をしている時のように険しく引き締まっていた。つまりは、今の彼は大口の商談をしている時や他家の謀略への対処を考案している時と同じくらい集中して真剣に娘の行方を考え込んでいた。

 要は、完全に能力の無駄遣いであった。

 

 それに対して敏隆は佳世が親友である旭にだした依頼を思い出しながら景季から目をそらす。なにせ、親馬鹿の景季が『それ』を知ってしまえばショックで寝込みかねないからだ。

 

「あら? 女中が言うから来て見れば……貴方、これは一体何事ですか?」

「奥方様……夜刀神、お前が連れてきたのか?」

「うむ。お鶴がこんな時には『奥方様を連れてきなさい』と言ったのだ」

 そこに廊下の奥から十香に連れられて異国風の紋様が描かれた和服に身を包む夫人が姿を現す。蜂蜜色の髪に碧みがかった翡翠色の瞳が垂れ目がちに夫を見つめる。異国風の整った顔立ち……橘夫人の事、橘彩衣である。

 

 出自としては南蛮移民の二世であり、亡き両親こそ扶桑国外の生まれであるが彼女は扶桑国生まれの扶桑国暮らし、ましてや扶桑国以外の言葉も話せない存在であり、顔立ち以外は生粋の扶桑国人とは殆んど変わらないと言えた。その美貌から商会の看板娘としては働いていた時は大人気で、幾人もの貴公子から側室や妾の誘いがあった事、それらを受け流して景季の求婚を二つ返事で受け入れた事は世間でも有名であった。

 

「あぁ、彩衣か!? 佳世と沙世が何処にいるか知らないか? 探しているんだが見つからなくてな………」

「おお! 何時か、私もシドーとあんな感じの事が出来るだろうか……?」

 挨拶代わりのハグを当然のようにした後、景季は心底心配そうに娘の行方が何処かを尋ねる。その言葉にうんうんと妻は頷いた後、ぱぁっと看板娘時代に多くの顧客達を魅了した笑みを浮かべて夫の疑問に答えた。

 

「安心して下さい、貴方。何も問題はありませんよ? ………あの子達なら少し御忍びデートしているだけですからね!」

 何の問題もないように宣った夫人の言葉に次の瞬間場の空気が凍った。何なら夫は硬直しながら手元の絹布をぼとりと力なく床に落としていた。……その表情は完全に感情を消し去っていた。場に流れる重苦し過ぎる沈黙。

 

「か、景季殿……?」

「あ、ヤバい」

 動かなくなった景季を揺する敏隆を見ながら霊視で景季を見ていたアルトが顔を凍り付かせる。

 

「どうしたんだ?」

「いや……景季さん、魂が天に召されようとしてる」

 そんなアルトの言葉にやって来たアーサーや紅虎が景季を見て……そして、それが本当だとわかった瞬間に騒ぎが起きる。

 

「か、景季殿ぉぉぉぉぉ! お気を確かにぃぃぃぃぃ!?」

「天に召されるには速すぎますよ!?」

「網、網ー!」

「その前に術で魂を捕まえろー!」

「いや、その前に奥方様! なんで言っちゃったんですか!」

 右往左往する退魔士達や女中、雑人を見ながら秘書は遠い目で嘆息し項垂れ、確信するのだ。「あぁ、今日一日これで潰れたな」、と………

 

 

 

「…………」

 そして、そんな光景に居合わせた屋敷の雑人の一人が、冷たい表情で静かにその場を立ち去り、自室に隠していた伝書鳩に伝言を括って放……

 

「確保」

「が!?」

「夜刀神さん」

「う、うむ……」

 す前にリリシアに叩きのめされてリリシアが伝書鳩に別の伝言を括って放した姿を、誰も目にする事はなく、新米の女中と従業員が抜け出したのを誰も知らなかった。

 

 ──────────

 

 師走時にしては晴れ渡った空模様だった。冷え込みはするがそれも都の結界の内側であれば其ほどのものでもない。寧ろ程好く涼しくて外出日和とも言えよう。都に住まう民草にとっては良き天気である事だろう。そう、都の民草にとっては。

 

「憂鬱だ………」

「伴部、それは失礼」

 それが、この日の朝に目が覚めてからずっと俺が感じていた感情である。遂にこの日が来てしまったかと俺は逢見家の屋敷の端の縁側で項垂れる。……そして、そんな俺に茶菓子を差し出す白虎に溜め息を吐きながらそれを受けとる。

 

「しかし、旦那。そう悪い話でもねぇんでしょう? 費用は全て彼方持ちだそうじゃねぇですかい? 普段なら出来ない贅沢が出来る良い機会じゃねぇですかい?」

 そんな俺にそう訝るように語りかけるのは孫六だった。

 

 俺よりも何歳か年上のこの日焼けした痩せ気味の、しかし筋肉質なこの男はあの地下水道での一件以降、地下水道が立ち入り禁止になって職にあぶれていた所を他の案内人諸とも旭衆に雇われて、今では家族や仲間と共に旭が自腹を切って建てた敷地の隅のそれなりに豪華な小屋に住み込みながら働いている。身に着ける服装は当時と同じ木綿ではあるが、支度金が出たようで襤褸切れのような汚れまみれのお古から一応新品のそれに代わっている。

 

 ……この引き抜きは恐らくは俺と鬼月旭の身体に関してが理由であろう。彼の立場からしてその発言が信用出来ないとしても一応の保険として手元に確保している、といった所か(まあ、そんなの関係無しに雇った可能性もあるが)。というか今更ではあるが年上相手に旦那旦那言われても違和感しかないな。

 

「気楽に言ってくれるな。自由奔放お嬢様達の護衛役だぞ? そんなの気を抜いてやれるか」

 先方からデ……宇右衛門に送られた達筆な手紙の内容は婉曲的で形式的で、長々としていたが九割方省略すればようは「姉と一緒に御忍びで町遊びをしたいので護衛一人貸してくれ」である。しかもこれまた事細かに条件設定しての実質俺の名指し指名である。加えて先日の地下水道の件での迷惑料も兼ねたレンタル費用に千両箱丸ごと投げつけて来られてはあの守銭奴の豚がノーを口にする筈もない。

 

「が、頑張って下さい伴部さん!」

 あわあわと、心配そうに、慰めるように白狐の半妖が宣う。

 

「ん、あぁ……それよりもお前さんこそ頑張れよ? 何せ今日の姫様はカリカリしてるからな」

「今日というか、ここ最近はずっとイライラしてる」

「まあ、そうなんだが……」

 白虎の言うとおりであの暴言の後、鬼月夕陽に何かを言われたのか俺は逢見家の屋敷に入れてはいるが……鬼月旭の目は完全に俺に対して敵対的な物へと変貌していた。言葉は恐ろしく刺々しく、以前は無邪気に接していたにも関わらず今ではガン無視だ。

 

「お前が何を思ってあの発言をしたのかはわからない。しかし……旭にとってはお前が親友の恋心を無碍にし、義姉達の好意には気付かず、白虎の思いに胡座をかいてる最低野郎に見えてしまったんだろうな。……とはいえ、お前は此処に至るまで毎回何かしらの騒動に巻き込まれていたから、そういう予防線を引いたんだろうけどな」

 心に籠ってしまった鬼月旭と入れ替わっていた鬼月夕陽は苦笑いをしながらそう言いつつ、「まあ、雛姫の言葉や葵姫に関する騒動のせいでお前に対して理想像的なものを抱いてしまったのもある」と言った後で「旭がすまなかった」と謝ってはくれたが……

 

(まさか、な……)

 世話役を勤めていた姉御様は兎も角、あの傍若無人なゴリラ姫が俺に好意なんて……

 

「伴部さん、そろそろ佳世達が来るデスよ」

 俺が物思いに耽っていると、アリシアがそう言って走りよってくる。

 

 太陽の昇る位置からしてそろそろと思ってはいた。ぶっちゃけかなり不本意ではあるが……仕事なんて基本そんなものだ。労働は美徳であっても楽しいものではない。

 

「あぁ、そうだ。白、今の内に渡しておくぞ? ほれ、この前は済まなかったな。大事に食べろよ?」

「私からも、白龍と黒龍がごめんなさい」

 思い出したようにそう言うと、俺は懐から菓子袋を取り出すと白に手渡す。中にあるのは金柑の飴で、この前あの商会の御嬢様相手の言い訳の出汁に使おうとしたお詫びである。チョイスは冬なので風邪に備えてだ。

 

 ……因みに代金は今日の仕事のために宇右衛門に手渡された臨時収入からだ。千両も貰ったのに一両どころかその半分も俺の手元に来ないとかブラック企業かな? え? 臨時収入あるだけ喜べ? やっぱり封建社会って糞だわ、革命起こさなきゃ(使命感)。

 

「って何馬鹿な事考えてるんだろうな、俺」

「はい……?」

「いや何、世の中金が全てだなって話さ」

「確かに大事な要素ではあると思うけど……」

 首を傾げる白と孫六、何か言いたげな白虎に俺はそう言い捨てて、アリシアと一緒にやって来たお迎えの雑人に一礼すると共に歩き始める。まぁ、働かざる者食うべからずって事さね……

 

 ──────────

 

「あ、伴部さん! 今日はお日柄も良くて、外出に絶好の日ですね!」

「伴部さん。今日は佳世共々、宜しくお願いいたします」

 逢見家の屋敷の裏口で、いけしゃあしゃあと少女は宣った。目立たぬように紋章もない牛車、そこから降りた橘佳世と橘沙世は雑人に呼ばれて顔を出した俺に対してにこりとあざとい笑みを浮かべる。

 

 御忍びで都を練り歩く彼女達の姿は、所謂垂衣姿と呼ばれる出で立ちであった。

 

 市女笠を被り、そこに縫われた白い垂衣が少女達の印象的で特徴的な風貌を白地の下に薄く隠していた。冬の寒さから首元を守るようにマフラーのような懸け帯が巻かれていて橘佳世は緑を基調とした和装に身を包み、橘沙世は青を基調とした和装に身を包んでいる。靴は舶来品を取り扱う商会の娘らしく草履ではなくて毛皮のブーツだった。一見すれば着飾ったそこそこ裕福な家の町娘の姉妹と言った所か。全く、とまでは行かぬが少なくとも堂々と橘紋の牛車に乗って市場に繰り出すのに比べれば百倍マシな姿であろう。何よりも……悔しいが良く似合う。

 

「はい。そのようですね」

 取り敢えず当たり障りのない返答をするオレである。するとむぅ、と栗鼠のように頬を膨らませて商家の御嬢様は拗ねる。

 

「そこは『良くお似合いですね佳世』か『良くお似合いですね沙世』って言うのが正解ですよ! 何なら顔を赤くしたり嘆息しながら言えば完璧です!」

「佳世。無理を言って付き合ってくれるんだから、そんなに注文をつけちゃダメ」

「御姉様、折角のお忍びデート何ですからそう言っても良いじゃないですか!」

 沙世の嗜めをむー、と非難の眼差しを向ける佳世。そしてそのまま俺の出で立ちを見て一層不満げな表情を見せる。

 

「その姿は何ですか? 折角の私や御姉様とのデートなのに風情も趣もありませんよ?」

「私用ですので。後デートではなく物見でしょう」

「それはそうなんですけど……」

 そして俺の役目は公式にはお目付役兼護衛兼荷運びだ。

 

 そして護衛役という表向きの役割のある俺の出で立ちは実に目立たぬように工夫されたものだった。笠を被っているのは当然として認識阻害の外套で顔立ちや声が欺瞞されていた。印象に残りにくくする事で仮に佳世と沙世の身分がバレたとしても俺が何処の誰なのかが分からないようになっている。まぁ、下人相手にさっきから馴れ馴れしい口調で話しかける彼女への配慮だ。

 

 尚、彼女は自分や姉とのデートと宣ったが実際はそんな馬鹿げた事はない。下人風情だけの護衛なぞ論外だ。実際は宇右衛門が隠行衆を監視に放っているし、恐らく彼方さんからも遠目から尾行している護衛がいる事であろうし、旭衆もバッチリと配置されているだろう。何かあれば大問題なのだから俺一人に全てを任せるなんて有り得ない。事実俺は『自身で要請した』ものとは別にうっすらと、本当にうっすらとだが視線を感じていた。意識してなければ気づけない程のものではあるが………ただ、俺を睨むような視線は橘商会からの護衛の龍姉妹……黒龍からだろう。

 

「序でに言いますと御嬢様達のお名前は柚と桜ですし、自分の呼び名は権兵衛ですのでお忘れなきよう」

 この世界では名前は重要な意味を持つ。そして階級社会である。有力者とその子弟の名を下下の者らは重ならないように避けるし、逆に親しき者はそれに肖る。

 

 当然ながら都において佳世と沙世の名前を持つ少女は限りなく少なく、ましてや御嬢様等と口にする訳にはいかない。「柚」と「桜」、それが今日限りのこの御嬢様達の名前だ。

 

「権兵衛って適当過ぎませんか? 名無しの権兵衛から取りましたよね、そのお名前?」

「ですが一般的で可笑しくない名前ですので。印象にも残りません」

「私の『桜』や佳世の『柚』みたいにですね?」

 英語圏でのジョン・ドゥや独語圏ハンス・シュミットと同じように何処にでもいるありきたりな名前として名無しの権兵衛という言い方が前世の日本であったし、それはこの世界でも同一である。

 

「ですけれど余りに味気無さすぎですよ……」

「それはそうだけど、伴部さんもお仕事だから」

 沙世に宥められるも不満を隠す気もなく呟く佳世である。そんな事言われてもねぇ、文句ならデ……宇右衛門らにでも言って欲しい。俺は命令に従うだけで、細々とした計画を立てたのは彼らだ。

 

(とは言え、このままだと何時まで経っても拗ねるだろうしな……)

 小さく嘆息する俺の脳裏に過るのは千両箱の中の小判を数えながら俺に命令していた宇右衛門と俺の隣で俺を睨み付ける鬼月旭の姿である。この御嬢様達に傷一つ付けずに御忍びでの物見を最大限お楽しみ願うのが俺に課せられた仕事だ。当然ながらあからさまに不満げな態度をされたら俺が困る。後々監視役から報告も受けるだろうしな。

 

 だからこそ、ご機嫌取りのためにこんな接待も必要となる。

 

「御嬢様。いえ、柚。失礼を」

 極自然に監視役から陰になるだろう場所に移動した後、俺は恭しく膝をついて次いで海の向こうの騎士のように彼女の白く細い腕を手袋越しに掴んだ。

 

「えっ……?」

「わお」

 非礼と言われても言い逃れ出来ないその行動を、流石に想定していなかったようでびくっと佳世は驚いて、若干呆けた表情で此方を見つめる。

 

「御要望を全て受け入れるのは難しい事お許し下さいませ。代わりに今日は最大限お楽しみ頂けるように可能な限りの歓待はさせて貰います。どうぞ御容赦を」

 態と演技がかったような態度で彼女の手の甲に顔を近づける。……流石に口付けまではしないがね。

 

 何はともあれ彼女は俺を(玩具として)気に入っており、そして同時に設定集や短編SSでの彼女が恋愛小説や舶来の騎士道物語が好物なのも知っていた。ならばこのように半分道化染みているとは言え彼女の好みのやり方で嘆願すれば恐らくは……そして幸いな事にその読みは正解であった。

 

「……むぅ、約束ですからね?」

「はい、お誓い致しましょう」

「良かったわね、佳世……じゃなくて、柚」

 暫しの沈黙の後、渋々と、しかし若干楽しそうに、浮わついた声で沙世に頭を撫でられながら御嬢様は答えた。一応平静を装っているが多分内心は子供らしく興奮していると思う。余り好感度を上げるのも良くないのだが、仕方無い。兎も角も、機嫌を直してくれて一安心であった。

 

「それはそうとその外套も似合いませんね? その被り物だけでもお脱ぎになったらどうでしょう?」

「いえ、結構です」

「だから、お仕事に必要なんだってば」

 取り敢えず、あからさまにかつ自然な所作で口より先に手が伸びて来ていたので、俺はさっと彼女のその腕を擦り抜けるように回避したのであった………

 

「……あんな気遣いが出来るのなら、先にやるっすよ」

(刺されだっても、何もならん。それに、あんなに激しい言葉遣いをしたのを後悔して謝る機会を逸していたのも知っているぞ)

「むぐ……」

 伴部さんの佳世ちゃんに対する気遣いで苛立っていたあたいが苦笑い気味の声でそう言う夕陽に渋い顔をしていると、遊び人風の装いの夜、町娘の装いの花さんと白虎、佳世ちゃんや沙世姉と同じ格好をしたアリシアがやって来たっす。

 

「んじゃ、行ってくるぜ」

「気を付けるっすよ。白夜さん達も先行してるんで、時には合流しての尾行もしてほしいっす。それと……あの下人が佳世ちゃんや沙世姉に不埒な真似をしたら斬っても良いっすよ!」

「その言い方、いい加減疲れないデスか? 旭の怒りは長くは続かないんですから、早く謝れば良いんデスよ」

「兎に角! 佳世ちゃんと沙世姉に危険が及ばない様に頼むっすよ!」

「了解。それから伴部も助ける」

 あたいはアリシアの言葉に目をそらしながらそう言うと白虎は夜達と苦笑いをしながら出ていったっす。

 

「……夕陽」

(……なんだ?)

「このままで、良いんすかね?」

(なんでだ?)

「……胸騒ぎがするんすよ」

(……私もだ)

 その胸騒ぎの意味をあたい達はまだ知らなかった……




次回もお楽しみに!

蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集11『佳世編2』

デートへのお誘い

佳世「環さん、明日は一緒に環さんが着る衣服を買いに行きませんか?」
旭「んじゃ、あたいはこれで~」←旭、画面から『そそくさ~』と退場

旭への思い

佳世「旭ちゃんは私の大切な親友で命の恩人なんです」
旭「あたいも佳世ちゃんは大好きな親友っすよ!」

佳世エンドafter『絶対の信頼』

佳世「大丈夫。決戦に向かったのは、貴方達のお父さんと……私の大切な親友ですから」←都に迫る救妖衆に怯える子供達を宥めながら大切な人達を思う佳世のCGで締め。


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第三十四話

五万UA突破! 感謝です!


 広大な都の中でも、特に中流平民層の住まう邸宅が集中するのは内京の中でも東部から南部……東京と南京と呼ばれる地域である。

 

 いや、より正確に言えば北が公家衆や大名、豪商の屋敷や蔵、政府関連施設が集まり西が職人街や工房が密集する工業地帯となっているので必然的に東と南にそれ以外の民衆と彼らの利用する施設を集めるしかなかったというべきか。地理的に南部と東部が守りにくい事も無関係ではあるまい。まぁ。流石に見殺しという訳にもいかないので都の南と東側には出城代わりに有事に立て籠れる寺社仏閣の類いが多く建築されてはいるが。

 

 ……話が少し逸れたな。ようは此度の護衛相手である橘佳世と橘沙世にとって北京の市場は幾度も足を運んだ事があり、職人街としての趣の強い西京もまた婦女子の遊ぶ舞台としては相応しくない。つまり此度彼女達が訪れる場所となると都の東か南か、という事になる。つまりは………

 

「はぁ……牛車で何度か通りがかった事はありますけど、直に歩いて見るとまた雰囲気も違って来るものですね?」

「旭ちゃんと一緒に来たときも基本は牛車の中だったもんね」

 市女笠の隙間から外の様子を窺いながら佳世は感嘆するようにそう呟き、沙世はそんな佳世に微笑みながらそう言う。

 

 朝廷が認可した東西南北の市場の内、最も広大で雑然とし、しかし活気に満ちているのが東市である。都の住民の大多数を占める庶民の需要を満たすためなのだからさもありなんだ。

 

 碁盤の目のように整理された区画では米屋に八百屋、魚屋、呉服店に書店、床屋、薬屋、湯屋、花屋、大衆食堂に居酒屋、その他雑貨屋に露店……生活必需品から贅沢品、遠国や舶来の珍品まで、様々な商品が所狭しと並べられた店が立ち並ぶ。行商人は街道を商品片手に練り歩き客引きを行っていた。人が多いが都の治安を司る検非違使の兵が定期的に巡回もするので治安も悪くない。

 

 とは言え、やはりそれは都の平民らの基準であり、特に北京に密集する公家や大名家、退魔士、豪商らにとってはこの国で一番繁栄する東市すら好んで行きたがるような良い場所とは言い難い。故に佳世もまた牛車で通りがかる事はあれどどうやらこのようにして通りを直に歩いて見物する事は初めてのようだった。まぁ、牛車だと家紋見た瞬間通行人がどっと道開けて黙りこむからなぁ。

 

「最初は何処を見て回りましょうか、柚?」

「甲斐性がありませんよ? 御自身で宣言したのですから先導くらいして下さい。それに……旭ちゃん主導で雛姫様や葵姫様達とデートした事は知ってるんですよ?」

「あはは……」

 俺が尋ねると少女は市女笠の下からでも分かるくらいにむっ、とした口調で命令する。これはこれは……流石に反論は出来んな。てか、既に鬼月旭の連続デートの事を知っていたのか……

 

(とは言えなぁ………)

 俺は彼女の期待、それに監視役らの事も考えて改めて予定を考える。

 

 彼女……橘佳世にとっては此度の外出は恐らく色々と期待して、楽しみにしていた事であろう。これは色恋的な意味ではなくて純粋に娯楽的な意味においてである。

 

 豪商の家に生まれた彼女は大名家や公家のように公的な身分がある訳ではない。それでも実質的な扱いはそれに準ずるものであっただろう。

 

 ましてや父親は過保護と来れば……これまでも変装して下市民(とは言え都の内に住まう時点でこの国の人間としては中流以上なのだが)に交じって遊んだ経験があるかも知れない。だが恐らくは立場や責任もあって余り自由に遊ばせなかった筈だ。橘沙世の言葉を借りれば父親たる商会長の不興を買ってまで彼女に自由を与えなかっただろう。当たり障りのない物見見物で終わった筈だ(鬼月旭もそこら辺はどうにも出来なかっただろうしな)。

 

(同じようにしてやっても良いが………)

 どうせ鬼月家の都での上洛と警護の役務もそろそろ終わりなのだ。後一月もすれば一部の留守番組を残して鬼月の領地に戻る事になる。適当に応対してそのままおさらばしてやるという手もあるにはある。だが……

 

(……まさかとは思うが俺のせいで主人公の足を引っ張りたくはねぇしなぁ)

 親友である鬼月旭やストッパーである沙世の存在によって可能性は高くないが俺のせいで彼女の鬼月家への当たりが強くなる事も有り得た。何気に希少アイテムの取り揃えが良いんだよなぁ、橘商会。

 

 そうでなくても下手に不興を買うと娘に甘甘な父親が鬼月家や旭衆にあれやこれやと圧力をかけて来かねない。そうなるとあの家における俺の立場が厳しくなり、無駄に死亡フラグが立ちかねない。

 

 いや、それだけならまだ良い。問題はそれが波及してエンカウントしてきた主人公との接触とサポートが難しくなる可能性だ。それは不味い。流石に主人公が達磨になったり監禁されたりした後になると俺の実力では助ける事は不可能だ。主人公にはこの国を救って貰うしかないし、そのためには彼に立ちまくるフラグを芽の内に摘みまくるしかないのだ。サポートが困難になるのは避けねばならない。

 

「そうですね。僭越ながらそうさせて頂きましょう。では、最初は………あそこ等、どうでしょうか?」

「ああ、芝居小屋ですね?」

 思考実験の果てに予定を組み上げた俺は、一先ず芝居小屋を指差してそう宣ったのだった。

 

 芸能というものは古来より時の権力者にとって政治的な意味合いを持つ存在である。

 

 史実を見れば分かるが元より芸能は祭事的、儀式的なものであり、時代とともに簡略化や世俗化、大衆化して娯楽と化していった。その一方で権力者はそれら娯楽が民衆の勤労意欲を失わせ、時として権力批判に繋がるために弾圧し、しかし時代を経るに従い受容されて逆に国家の保護を受ける文化となった例も少なくない。

 

 そしてそれはこの世界におけるこの国、扶桑国も例外ではなかった。

 

 古来から続く儀式的側面の強い雅楽や神楽が朝廷から保護されて好まれているのに比べ、この国ではそれ以外の芸能は一段低く見られる傾向があった。辛うじて歴史的偉業や神話を下地にした能が公家や大名家に容認されているくらいであろうか。滑稽劇としての側面が強い猿楽や人間臭い内容や風刺の側面が強い歌舞伎は世俗的過ぎて少なくとも表向きは有力者が好む事を認める事はほぼほぼない。それどころか内容次第では摘発する例もある。

 

 それでも上に政策あれば下に対策あり、と言うように史実のそれ同様に遂に御上もこの手の娯楽を完全に摘発は出来なかった。娯楽が少ない時代である。庶民の数少ない楽しみであり、不満のガス抜きとして歌舞伎の存在を否定して抹消仕切れなかったのも一因だろう。

 

 そして何よりも、御上の中にも歌舞伎を密かに楽しむ者も少なくなかったのだ。

 

(で、あんな出で立ちで見に来る訳か……)

 広い歌舞伎座の客席、そこにぽつりぽつりと虚無僧笠や市女笠を被った集団が座っていた。市女笠で顔を隠す少女や夫人にそれらを守るように囲むのはきりっと背筋を伸ばして傍らに刀を置く男連中である。恐らくは何処ぞの大名家の者らであろう。御当主様の娘や妻とその護衛、あるいは秘密の恋人や浮気相手なんて事も有り得るかも知れない。服装の家紋が無いのは何処の家の者か知られたくないからだろう。

 

 ……辺りを軽く見回すと、龍姉妹や未来組、夜と花の兄妹に白虎とアリシアのコンビもいたが。

 

 ……現代における映画鑑賞に近い歌舞伎座での演目が俺が佳世と沙世に最初に勧めたものであった。

 

 無論、歌舞伎とは言え内容は千差万別であり何でも良い訳ではない。流石に騒がしく下世話過ぎる内容のものは好ましくはあるまい。客人の層も考えて、女性向けの恋愛を主軸に置いた内容をチョイスした。そうすれば客人も女性が多くなり騒がしさも薄れると考えたためだ。まぁ、沙世が見たいと小声で言ったものではあるが。

 

(……楽しんでくれてはいるようだな)

 芝居の内容に集中しているようで、先程から一言も話さず御行儀良く観劇している佳世と沙世をちらりと俺は覗きこむ。物語のストーリーは身分違いの恋物語で、謎解きで客を煙に巻く美しい遊女の謎解きを初めて解いた高貴な青年とのやり取りが主な物語なんだが……何故かこの物語の話題になると吾妻雲雀は遠い目をするんだよなぁ……てか、こんな内容の芝居は原作にはなかったぞ? 

 

(それに、ちと眉唾物だしな)

 なにせ、遊女の相手が朝廷の腐敗に思い悩む帝の息子って辺りがな……

 

 そも、身分違いな恋をしている時点でこの歌舞伎の内容は十分過ぎる程この世界の常識ではファンタジーだった。この世界では自由恋愛も、ましてや身分の釣り合わない者同士で結ばれるのは異例中の異例であり、例え双方が想いあっていたとしても、大抵その先には不幸しかないのだ。……そう、例えば姉御様の両親のように、な? 

 

「……いや、そういえばこいつの両親はそうだったか」

 ふと、傍らの佳世と沙世の両親の事を思い浮かべる。そして先程の意見を撤回するべきか思い悩んだ。少なくとも彼女達の両親について言えば親馬鹿ながら優秀な父親が上手く立ち回って家族を守っていた事は外伝その他の媒体からも察する事は出来たから。まぁ、流石にそんな父親でも脳味噌プリンしてくる狐にはどうにもならなかったがね。残念ながら暴力には勝てないからね、仕方ないね。

 

(で、それを回避したらこんな馬鹿げた役回りか。世の中どう回るか分からないものだよなぁ)

 はぁ、と傍らの少女達に気付かれぬ程に小さく思わず溜め息を吐く。まぁ、だからといって天涯孤独になった幼い佳世が爺共の慰みものやらお偉いさん相手の接待役(意味深)を強いられ、挙げ句には性夜の白濁サンタな薄い本ネタにされるのを放置しろってのも後味が悪過ぎる。脱力しそうではあるが後悔はしていなかった。いや、したくなかった。

 

 ……さて、転生前の感性で言えば生々しく、この世界における感性で言えば砂糖菓子のように甘く、男の俺にとっては少々苦痛なお芝居はそれ自体は一刻程で終わった。時間が短いのはこの歌舞伎を見に来る者達の客層を考えて敢えてであろう。

 

(最後はどっちかと言うと、ビターエンドって感じか?)

 最後は遊女から抜け出て故郷の村で農民になっていた女が帝となった青年と再会をするも、互いの立場を考えて『再会出来た事は嬉しいが、貴方と私は違う道を行っている。愛していたという事実を胸に生きてほしい』という意味の歌を送り、互いに自分達の道を行く……というエンディングだった。

 

「……どうして、愛し合っている二人が身分の違いで結ばれる事がなかったんでしょうか? ……悲しいです」

 多くの庶民らに紛れて芝居小屋を出てから何処か泣きそうな顔で佳世はそう言う。……身分が違っても、愛し合って結婚した両親を知っているからこその疑問なんだろうな。

 

「……身分が違ったからこそじゃないかな?」

「御姉様……?」

 そんな佳世の疑問に沙世はゆっくりと話し始める。

 

「互いの身分が違うから、その身分のせいで自身の大切な人の足を引っ張りたくないから……だから、あの人は自身の意思で遊郭から出て愛した人の前から姿を消したんだと思う。……例え、それがその人の身勝手だとしても」

 沙世は自身の胸に手をやってそう言った後で「なんて、ね。あれはお話だから、こう解釈できるって言いたかったの」と顔を赤らめながらそう言った。

 

『中々に見事な解釈ですね。話を考えた人間にとっては良き客でしょうね』

「……そういう解釈もあるんですね。権兵衛さん、お次はどのような予定なのですか?」

 都の内だからこそ、滅多な事はあり得ぬとは理解していたが……念のために松重の翁に支援を頼んだ結果、その役目を担うことになった牡丹がそう呟き、佳世も目を閉じて義姉の解釈に納得した後で次の目的地について尋ねてくる。……さてさて、次の候補地ねぇ。

 

「そろそろ小腹が空いて来た頃ですね。休憩も兼ねて何処かの店にでも入りたい所ですが………そうですね。不躾な質問ですが柚と桜は好き嫌いはありますか?」

「好き嫌い、ですか? そうですね………納豆ですとか梅干しは余り口に合いませんかね?」

「私は基本的にはなんでも食べられますが……」

 佳世の口からでた食材はどちらも和食の鉄板かつ外人の嫌がる御約束の面子である。そして、ぶっちゃけると俺も余り好きではない。奇遇だな。

 

「正直自分も余り好きな方ではありませんね。ではその辺りも考慮しますと………そうですね。折角の都ですし、私も少し贅沢したい所です。あのお店にしましょうか」

「……美味しいのに」

 何処か残念そうな沙世の言葉を無視しながら俺はきょろきょろと通りを歩きながら視線を動かし、そして選んだのは歌舞伎小屋から少し距離を置いた所にある料亭……というよりかは大衆食堂というべき店であった。

 

 ──────────

 

「ん~! 美味っしい!」

「これからも尾行を続けんだから、あんまり食い過ぎるなよ?」

 伴部達が大衆食堂で食事を注文している近くの机で花と夜も昼食を食べていた。

 

「にしても……天麩羅蕎麦や鰻を食べた事がないなんて、人生を半分は損してるわよね」

「そうだな」

 花は鰻重の鰻の蒲焼きを食べながら残念そうに言い、夜はそんな妹の同情を含んだ言葉に苦笑いをしながら同意した。

 

「……って、蕎麦を音を立てさせないように食べる子を初めて見たわ」

「おい、人の食い方に文句をつけんなよ」

「文句じゃなくて、純粋に驚いてるだけ」

 佳世が音を立てない様に蕎麦を食べるのを見て興味深そうに見る花を夜が嗜めると、花はそう反論する。

 

「っと、んじゃあ食後の……あ、向こうも団子を食べるみたい」

「みたらしか……良い選択なんじゃねえか? ……沙世は兎も角、佳世が食いきれるかは怪しいけどな」

「確かに……あ」

 そう言って食後に団子を食べようとする二人だったが……二人が食べきれるか心配していた佳世が伴部に「はい、あーんして下さい!」と言った事で表情が凍り付いた。

 

「……葵姫様、激怒してるんだろうなぁ」

「雛姫様も怒ってんだろうよ。園遊会に行ってなきゃ、今頃二人とも足止めをしようとする旭を引き摺ってでも乱入して場をぶち壊しにしてるぜ?」

「だよねぇ……」

 冷や汗を滴しながら宇右衛門が手を回して遠ざけられた伴部を思う二人の姫君を思い浮かべながら、同じように尾行をしている人間を見ると……そこには、佳世が差し出した団子を食べている伴部を涙目で見る白虎とそんな彼女に苦笑いをしているアリシアがいた。

 

「……白虎の思いをもて余してるのはわかるけど、なんで伴部って佳世様や姫様達の想いに気付かないんだろ?」

「そこは俺も不思議なんだよなぁ……なんか、『別の人物に興味が向くだろう』とか『この人が俺に想いを向けるわけがない』とか『俺を玩具として見てる』とか思ってんじゃねえのか?」

「うっわあ……それ、腹立つ勘違いだわぁ」

 涙目で伴部を見ている白虎から目をそらし、食堂を出る伴部達を追跡しながら、花と夜は『伴部が何故恋心に疎いか』の理由を考えながら歩き……ふと、夜は何かに気付いた。

 

(……隠行衆と黒龍と白龍率いる橘商会の護衛達の気配が、ない?)

「兄貴、早くしないと伴部達を見失うよ!」

「え、ああ! わかった!」

 不穏な気配に眉を潜める夜だったが、花の急かすような言葉に慌てて走り出した。

 

 ──────────

 

「ん~、大衆食堂っすか……あたいもそこは佳世ちゃんには行かせてあげられなかったんで、感謝っすよ。と……下人さん」

(まあ、基本的に佳世や沙世を連れ歩く時はクロイツ家や王家以外の護衛を撒く都合上ゆっくり腰を落ち着けて食べる大衆食堂に連れていくのは無理で、歩きながら食べる事が出来る屋台物が中心だったからな……まあ、佳世には新鮮だったみたいだが)

「そういう意味ではお手柄っすよ、と……下人さん」

(…………)

 あたいが伴部さんが歌舞伎を見た後に行く場所に昼食を食べながら式神で見て感謝をするっす。

 

 ……てか、夕陽。何か言いたいことがあるなら聞くっすよ? 

 

(いや、なんでもない。……それにしても、何故芝居小屋では式神の視覚を私に譲渡したんだ?)

「え? お金を払わずに芝居を見るのは、芝居小屋に失礼じゃないっすか。だったら、普段は芝居を見れない夕陽に見てほしかったんすよ。……まあ、これも失礼かもしれないけど」

(確かに普段芝居を見る時は私も旭との視覚の共有を切ってはいるが……)

 夕陽があたいの言葉に呆れた様な口調でそう言うっす。

 

 ……でも

「あたいが芝居小屋に行った時に見た『雷刃隊血風譚(らいはたいけっぷうたん)』も沙世姉が見たいって言った芝居も……なんで、お母さんが寝物語で言ってくれたご先祖様のお話に似てるんだろ?」

(話の最後は違うがな。五百年前は英傑と一緒に讃えられるではなく、英傑は一人で良いという考えで姿を眩ませ、百年前は相手の子を妊娠して産んで育てたらしいからな……流石に、帝の皇子は法螺だろうが)

 あたいは人妖大乱時に時の英傑と一緒に活躍したと言われる退魔士集団の戦いを芝居にした活劇譚や沙世姉が見たいと言った芝居の内容があたいがぐずった時にお母さんが聞かせてくれたご先祖様達の物語の内、五百年前と百年前のご先祖様の話に似ている事に首を傾げ……

 

「(あ)」

 佳世ちゃんが伴部さんに団子を差し出して、それを食べさせて……

 

「あ、旭様……内裏の方から何やら殺気が……」

「……雛姉と葵姉っすね」

(雛姫と葵姫が自分達が出来ない事をされてキレない理由はないしな……)

 あたいの側に控えていた白ちゃんが震え、あたいと夕陽も一瞬だけ内裏から立ち上った殺気を誰が発生させたかを理解していたっす。

 

「にしても……景季さんと彩衣さんって、毎回あんな事をしてるんすね」

(仲が宜しくて良き事だな……ははは)

「あははは……」

 あたい達は佳世ちゃんと沙世姉、伴部さんのでーとが終わった後のあたいに対する雛姉や葵姉の怒りと殺気の迫力を考えない為に話をそらして……あれ? 

 

「夕陽、隠行衆は何処にいるんすか? ちゃんと護衛と監視がされてるかどうか心配なんで」

(ん? ああ、なら少しばかり探知の範囲を……は?)

 あたいが夕陽に式神を利用した探知術の範囲を広げて貰おうと声をかけたら、夕陽は何故か困惑したっす。

 

「どうしたんすか?」

(……隠行衆どころか、白龍や黒龍の率いる橘商会の護衛が誰もいない)

「え?」

(いや、『いない』は語弊があるな。正確に言うなら、白龍や黒龍を含む全員が新街の一角にいる)

 なんでそこに……まさか!? 

 

「敵の襲撃っすか!?」

(恐らくな……どうする? でぇとを中止させて佳世と沙世を守るように夜達や伴部に言うか?)

「ん……ぐ……」

 あたいは夕陽の提案に言葉を詰まらせる。……本音で言えば、それが一番良いってのはわかってる。でも……

 

(佳世ちゃんは今日のでーとを楽しみにしてた。それを中止させるなんて……でも、佳世ちゃんと沙世姉の安全には変えられないし……)

 あたいの頭の中でグルグルと考えが回り、大混乱に陥る。佳世ちゃんや沙世姉の笑顔か、それとも佳世ちゃんと沙世姉の安全か。どっちにすれば……

 

(……『悩むな!』とは言わん。しかし、お前が早めに選択をしなければ最悪の場合は犠牲者が出るぞ)

「う~……あー、もう! 黒角さん、伊吹さん!」

「大将、どうかしたか?」

「どうしたの?」

「問題が発生したっす! 新街に行って、白龍達の援護を! それが終わったら、佳世ちゃんと沙世姉の護衛をお願いするっす!」

「あいよ!」

「了解!」

 あたいの指示に黒角童子さんと伊吹童子さんは武器を持って走っていったっす。

 

「夕陽、あたいの側にいる式神を旭衆と伴部さんに動向させてる全式神と同調! 全員にこの事態を通達するっす!」

(つまり、でぇとは中止か。……伴部への呼び方も戻ったな)

「緊急事態だからっすよ! 後、でーとは中止にはしないっすよ!」

(なんだと!?)

 あたいの言葉に夕陽が驚く。だけど……

 

「みんなを信じてるし……何よりも佳世ちゃんや沙世姉の悲しい顔を見たくないんで!」

(随分と自分勝手だが……まあ、それならそれで私が注意すればいいか)

 あたいの発言に夕陽は苦笑い気味の声を出しながら、全員の式神と同調させるっす。

 

「……あ、白ちゃんは万が一に備えて雛姉や葵姉、宇右衛門様に今回の事を報告に行ってほしいっす」

「は、はい!」

(まあ、雛姫や葵姫は何時もどおり式神で伴部を見ているんだろうがな)

「それは言わない約束!」

 あたいは白ちゃんに指示を出すと、夕陽の軽口を注意しながら全員に指示を出し始めた……




次回もお楽しみに!


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第三十五話

 旭と夕陽が事態に気付く少し前……新街の中でも街外れに位置する場所……そこでは、いきなりそこへ転移させられた白龍と黒龍の姉妹が襲撃者と戦闘をしていた。

 

「く! こいつら……強い!」

「転移させられる奴だけでなく、こんなに強い人間まで……と、いうより都の結界はどうしたんだ!?」

 白龍と黒龍はまるで西方のドレスの様な衣装を来て大剣を持った少女と右手に刀を持ち、左腕がまるごと狼の様な妖の腕になっている入鹿と対峙していた。

 

「くそ……へまこいたな。他の奴らは一発でおねんねしてたんだがな……」

「しょうがあるまい、次々と他の護衛が連絡出来ない事を怪しんでいた所を連れてきたんだ。警戒されて当然だろう」

 入鹿は転移した直後に奇襲を仕掛けたにも関わらず白龍には方天画戟の棍形態で受け流され、黒龍には青龍偃月刀から放たれる風で吹き飛ばされたのを苦々しい顔で呻き、少女は大剣を構えながらそれをフォローした。

 

「白龍、ここでこうしている間にも佳世達に危険が迫る。……私が大技を出して牽制をするからその間に身体強化をして逃走して」

「……わかった」

 黒龍の小声での言葉に白龍は小さく頷くと、襲撃者達に向き直る。

 

「『雷を落とせ』、青龍!」

「うお!?」

「く!?」

「ここだぁ!」

 黒龍が青龍偃月刀から雷撃を発生させて牽制をすると、白龍は棍を利用して棒高跳びの要領で二人を飛び越えて都に向かって走り出し……

 

(……? 何故私の姿が空中、に……!?)

 白龍は自身の姿が鏡の様に写し出されている事に気付き、慌てて止まろうとしたが間に合わず……激突した。

 

「白龍!?」

「隙あり!」

「しま……あぐ!?」

 鏡の様に透明な氷の壁に激突し、力なく崩れ落ちた白龍に黒龍は愕然としながら声をかけるがそれに合わせて飛び込んできた大剣を持った少女の大剣の腹による打撃によって近くの廃墟の壁が崩れる程の勢いで叩き付けられてノックアウトされてしまった。

 

「夜刀神さん、入鹿さん……終わりましたね」

「ああ。これで隠行衆や橘商会の護衛は殲滅した。後は旭衆や鬼月家の下人だが……そっちの方は沙世に飛び付いた『あいつ』と龍飛が確保してくれる事になってる」

 そう言って十香と入鹿に話し掛けたのは左手に右目に眼帯の様な装飾を着けた兎のパペットを身につけたアルトだった。

 

「にしてもよ……なんで、武器を再現したら出てくんのがその人形なんだ?」

「……先祖が書いた書物曰く『氷結傀儡(ザドキエル)』の『武装再現』で出せそうなのが『これ(パペット)』しかなかったからだそうです」

「うむ! 『四糸乃(よしの)』は自身が嫌な事は相手にも味わわせてはならないという信念を持っていたからな! メカメカ団に追いかけ回されても攻撃をせずに『よしのん』と一緒に逃げ回っていたんだ」

「よしのん……」

「け、戦わなきゃ欲しいもんは手に入らないのによ……」

 入鹿が微妙そうな表情でアルトが左手に装備しているパペットを指差し、アルトのパペットに関する解説に十香は誇らしそうに胸をはりながらそう言うとアルトは真顔でパペットを見つめ、入鹿は消極的なその少女のあり方に不満そうな顔になった。

 

「……まあ、いい。とっとと神威と合流しようぜ」

「わかりました」

「あ、ああ……なあ、アルト」

「何、十香さん?」

 入鹿が興味なさげに走り出し、アルトや十香もそれよりも遅れて走り出し……十香はアルトに悩ましげに尋ねる。

 

「私達は、本当にこんなことをして良いのか?」

「良くはないけど、橘商会の膿を完全に取り除くにはこういう汚い手も必要なんだよ。……まあ、沙世様の場合は覚悟きまりすぎだけどさ」

 十香のその言葉にアルトは沙世がしている覚悟に溜め息を吐きつつ……

 

(とりあえず、十香さんの仲間達に犯罪に巻き込んだのを誠心誠意謝ろう……)

 十香を今回の騒動に巻き込んだのを十香の友人達に謝ろうと決意していた。

 

 ──────────

 

 龍姉妹率いる橘商会と隠行衆の護衛達の壊滅を鬼月旭経由で知らされ、密かに警戒用の式神を放ちつつ大衆食堂での食事を終えた俺達は次いで軽い運動を兼ねて市場の探索を始めた。雑貨店や露店の商品を見て、冷やかしていた。そして、俺は運良く、あるいは運悪くとある原作ゲーム『闇夜の蛍』に登場するサブキャラクターに遭遇する事になった。

 

「わあぁ………伴部さん、桜御姉様、これ見て下さい! どうです!? 似合いますか?」

「柚、試着をするならお店の人に一言言ってからにしなさい」

「え……? あ、ご、ごめんなさい!」

 露店の一つの前で止まった佳世が市女笠の隙間から俺と沙世にその蜂蜜色の髪を、正確にはその髪に簪を挿していて、くるりと回って見せびらかす。橘の甘い香りが周囲にふんわりと広がった。……その後で沙世に注意されて警戒する表情で佳世を見ている店主に気付いて慌てて謝るはめになったが。

 

(まあ、盗みのプロであれば極自然な所作で商品をどさくさ紛れに盗む事も出来る状況だからな。沙世の言う通り、自分から疑惑を作る必要もなかろうに)

 せめて一言店主に断りを入れるべきだろう。その辺りの意識が低いのはやはり御嬢様という事か。しかも………

 

(……よりによってあいつかよ。アクが強い奴を見つけてくれるものだな)

 俺は内心で突っ込みを入れる。佳世は唯の露天雑貨店とでも思ったかも知れないが、良く良く見ればその事実に気付く事も出来るだろう。そう、露天に陳列している商品の多くがただの装飾目的の物ではない事に……というか俺は一目で分かった。俺は実際に目にする前からこの露店商の事をある程度知っていた。

 

「妹が勝手に商品を着けてしまい、申し訳ありませんでした」

「此方からも失礼、連れが勝手に商品をつけたようで。他意はないのですが……何か問題はありますか?」

「ん? なぁに、問題はねぇよ兄ちゃんに姉ちゃん。流石に餓鬼が商品身につけてはしゃぐ程度で盗み扱いはしねぇさ」

『あれ? 鱒鞍さんじゃないっすか』

「げ……」

 椅子に座る屈強そうな中年の露店商はにやにやとした笑みを浮かべて答える……が、俺の肩に止まっている鬼月旭の式神である岩燕を見た瞬間にその笑みが凍り付いた。

 

『旭、このモグリの呪具師と知り合いですか?』

『北土でモグリ達に呪具を売ってる人間がいるって聞いて旭衆総出で北土中を追いかけ回したんすよ。最終的に朝廷に突き出さない代わりに旭衆に二、三ヶ月に一回、呪具を卸す契約を結んだんすよ。まあ、只人やモグリ達にも身を守る為の呪具は卸しても良いって契約も同時に結んだけど……』

『まさか都の市場で白昼堂々と露店を開いているとは……検非違使共は何をしているのでしょうかね?』

「まさか、旭様の知り合いだったとはな。たく、焼きが回っちまったぜ……」

(マジかよ)

 俺は鬼月旭の予想外の人脈に内心で唖然とする。

 

 ゲーム内の一部のイベントと低い確率で各地にランダムで出現するこの行商人は先祖を貶められ、没落した退魔士の家だ。

 

 鱒鞍杜屋は設定上は良くいる旅の行商人をしながらも、副業的に裏では朝廷の認可も受けずに呪具の作成と販売を行っている霊力持ちの男であり、ゲーム内部においては所謂レアアイテムの類いを売ってくれる人物である。

 

 とは言え一部のルートを除けばランダムでの出現のために遭遇するのも困難であり、最初の内は攻略スレでもガセ情報扱いされていた程だ。どれくらい難しいかって某世界的人気を博するモンスター捕獲ゲームの初代マボロシ島の十倍くらいは難しい。尚、乱数調整なんて製作陣はとっくの昔に対策済みなので無駄だぞ? 

 

 尤も、その遭遇率の低さに似合うように購入出来るアイテム類も値こそ張るが効果はかなりのものだ。実際、以前触れた妖母様をぶっ殺すためのレベルカンスト完全武装した上での地下水道殴り込み実験をしたプロゲーマーは主人公達に対してこいつから買った激レアアイテムを複数装備させていた。……まぁ、そんだけやっても無理だったんですけどね? 

 

(まさかこんなタイミングでこいつと出会すとは思わなかったな。これがゲームならば大喜びだが……今の俺が会っても仕方ねぇしなぁ……てか、旭衆が高性能な呪具を持っているのはそれが理由か)

 彼が自作して販売するアイテム……呪具の性能こそゲーム終盤でも十分通用する代物であるが、値段も相応のもので、実際ゲーム序盤の手持ち金がない状態でこいつに出会したプレイヤーは逆に運気を使い果たしたと御通夜状態になるあり様だった。しかも、設定が設定のお陰で退魔士の下人なんて立場の俺なんて然程友好的な関係は期待出来まい。それこそ主人公くらいの表裏なく人間的に魅力的な奴でなければな。……鬼月旭も表裏がなく、人間的な魅力を持っているからこそ、旭衆に呪具を卸してるんだろうな。

 

『伴部さん、品質や呪いに関しては大丈夫っすよ。この人はそこら辺は徹底してるんで』

「ああ、旭様の言うとおりだ。俺だって商品の安全性くらいは考えてる。流石に商品を無断でつける程度で呪いはしねぇよ。それに、こいつは買い取り手の防犯対策にもなるんだぜ?」

 俺の沈黙を鬼月旭はどう考えたのか行商人を擁護し、行商人もそれに苦笑いをしながら、そう言った。

 

「ですが旭様……朝廷も陰陽寮も、呪具の流通に規制を掛けている事は理解していると思いますが?」

『むぐ……』

「……てめぇ、チクる積もりか? あぁ?」

「此方も見て見ぬ振りというのも難しい立場ですので……」

『でしょうね……』

 せめて見えない所でやってくれって話だよ。俺だって佳世が商品に触れなければ関わらなかったさ。難易度が高いとは言え主人公のレアアイテム入手ルートを潰したくはない。

 

 佳世と沙世がいるのでこの場で騒ぐ事はないが……検非違使共が来る前に商品を畳んでトンズラして欲しいのが本音の所だった。

 

「え、えっと伴……権兵衛さん?」

「権兵衛さん?」

 俺と行商人の間に流れる何処か剣呑な空気に気付いたのだろう、佳世と沙世が何処か不安そうでバツの悪そうな表情を浮かべて俺に呼び掛ける。しかしながら俺はそれに容易に反応する訳にも行かぬ訳で……

 

「……あー、へいへい。そんな剣呑な態度してくれるなよ、兄ちゃん? 御互い仕事でやってんだ。上手くやっていこうや。な?」

『あはは……確かにそうっすね』

 暫しの沈黙の後、行商人は降参するような態度でそう呼び掛ける。呼び掛けながら周囲を警戒するように見渡してそう俺を宥める。彼もまた此方の事情にある程度気付いたらしい。何せ先祖が元退魔士で、今でも呪具をモグリ共や旭衆に売ってる身だ。その方面の事情くらいは理解している筈である。

 

 その上で御上のため態態争う事なぞ馬鹿馬鹿しいと彼は主張しているようだった。生きるために働くのであって、そのための労働で互いに不必要に損するどころか傷つき、命を危険に晒すなぞ馬鹿馬鹿しい、と。まぁ、その主張はある意味では真理ではあるが……

 

「ほれ、その嬢ちゃんの髪飾りはまけてやるからよ? お口チャックで頼むよ、な? 何ならほれ、兄ちゃんと姉ちゃんにも一つくれてやるよ。……ほれ、これなんてどうだ?」

 そうやってにかっと笑うと揃えられている商品から適当なものを二つ定め、そのまま押し付け気味に俺と沙世の手の内に差し出す鱒鞍杜屋。ようは口止め料である。トンズラするから今すぐここで検非違使なり警羅共に通報してくれるな、という訳だ。

 

「……質は悪くは無さそうですね。しかし、この出来ならば内匠寮なり陰陽寮なりに仕事の口はありそうですが? 態態こんな場所で危険を犯してまで露店売り等と……」

『無理っすよ。あたいもそれを打診してみたんだけど……』

 手の内に押し付けられたそれ………腕珠と蝶の形の髪飾りを品定めして俺は尋ねた。恐らくは賄賂として見つかりにくいものをという事で隠しやすいそれは流石に露店でバラ売りしているだけあってゲーム中で主人公達に売っている激レアアイテムに比べれば遥かに質では劣る。しかし、それでも其処らのモグリが安かろう悪かろうで同業者や民草相手に大量生産している呪具よりかは遥かに良質であるのが分かった。これだけの質が良ければ朝廷でも働き口があっても可笑しくはないのだが……というか、良く考えたら行商人してるよりもその方が原作ゲームのストーリー的にも都合良くない? 朝廷陣営強化してくれよ。

 

「あ? 旭様にも言ったが、冗談は止してくれよ。宮仕えなんざ懲り懲りだね。あんな息苦しくて面倒な所で働くなら豚箱行きの方がマシさな」

『やっぱり……』

 しかしながら、俺の提案に対して最大限嫌悪感を滲ませて鱒鞍はそう答えた。……いやまぁ、お前さんの場合御先祖様が痛い目にあってるからな。余り期待はしてなかったさ。さて、それは兎も角として………

 

「………金は払いますよ。こういうのは教育に悪いですからね。それに、賄賂扱いされたくはない」

『……そういうもんすかね?』

 実際、金を払った方が良かろう。傍らの佳世に対する教育上の観点からしても、後々の追及に対しての言い訳としても。

 

 朝廷がいくら規制していても、モグリ共の作った御守りや護札の類いは市井のその需要の大きさと公的機関からの供給不足もあって税が掛けられていない非合法品が大量に出回り、実質摘発は不可能な状態だ。故に正直な所、それを買い取るだけあれば然程の罪にはならない。そんなので一々捕まえていては牢屋が満杯になる。精々が罰金程度であろう。

 

 それでも無料で、というのは流石に宜しくない。善意の第三者として非合法品と知らぬままに買った、という事にしておくのが丁度良い落とし所か。

 

「……まぁ、良いさね。たく、小銭稼ぎに市場に来たと思えばよりによってこんな訳ありな奴らに引っ掛かるとはなぁ。旭様に捕まってから運がねぇな俺も」

『それ、どういう意味っすか?』

 品物の材質は兎も角、術式的な意味での質に比べればお買い得と言える代金を受け取った行商人は深く嘆息するとトンズラするために露店の商品をかき集め始める。

 

「さて、さっき会ったばかりの俺が言うのも何だがお前さんも頑張るこったな。何やら大変そうだが……精々上手く世渡りしろよ?」

「それはどういう……」

『…………』

 商品を傍らに止めていた馬に載せこみながら呆れ半分、同情半分に嘯く行商人。その言い様のニュアンスに何とも言えぬ違和を感じつつも、それを尋ねる暇は無かった。彼に声をかける前に直ぐ側にまで来ていた少女が不満げな表情で俺の服の袖を掴んでいたからだ。

 

「……伴部さん」

「権兵衛です」

「呼んでも無視されたので」

「う~ん……確かに」

 心底不機嫌そうな態度の佳世は答える。……そう言えば何か俺を何度も呼んでたなぁ。姉とともに蚊帳の外にされて拗ねたと言った所か。

 

「……申し訳御座いません、柚」

「佳世です」

「佳世、迷惑は……」

「御姉様?」

「はい、ごめんなさい」

「……はい、佳世様。申しわ」

「『佳世』です」

「……佳世、申し訳御座いません」

 恭しく答える俺に対して、しかし佳世は更に不機嫌な表情を浮かべる。いや、流石に俺にもこれ以上は何が不満なのか分からんわ。

 

『ん~……多分だけど、他に良ささそうなのや沙世姉に合いそうなのががあったんじゃないっすか? それを買えなかった上に、勝手に伴部さんが買ったから不満……だとか?』

『疑問形の必要はありません。まさにそれです』

 耳元からの助言で俺も理解した。思えば最初に佳世は俺に見せびらかして来ていた。鬼月旭の言う通り、気に入ったものや沙世に似合いそうなのが数点あって、実際に着けてみたり、沙世に着けさせたりして第三者としての俺の意見を聞いてから商品を買おうとしたのだろう。それを似合うかどうかの質問を無視されて、名前を何度呼んでも無視されて、挙げ句に勝手に買われたら不愉快になるものなのかも知れない。

 

『かも、ではありません。間違いなくそうなります。誰だって自身が蔑ろにされるのは不快でしょうからね。ましてや今回の場合は』

『まあ、そうっすね』

 チクチク、と見えないように俺の耳をつつく蜂鳥。うん、痛いから止めて。

 

「権兵衛さん、いいましたよね? 私を満足いくまで楽しませてくれるって」

「柚、権兵衛さんってそんな断言したっけ?」

 沙世の言う通り、そこまで断言はしていない、と言うと怒るだろうなぁ……取り敢えずここは謝罪の一手だな。言いたい事があろうとも、言い訳せずに素直に下手に出るのが一番良い事もある。

 

「……申し訳御座いません。今後挽回しますのでどうぞ寛大な処置を御願い致します」

「伴部さん、謝ったら許して貰えると思ってませんか?」

「滅相も御座いません」

『目が泳いでるっすよ?』

 ごめんで済めば警察はいらないからな。とは言え、今回は警察呼ぶ案件でもないけど。

 

「むぅ………、張り合いがありませんね。そんなに素直に、それも淡々と謝られたらやりにくいじゃないですか!」

「そう拗ねないの」

 そう言って頬を膨らませて沙世に頭を撫でられながら佳世は拗ねる。

 

「貴女と喧嘩をする訳にはいきませんし、したいとも思いませんので。柚は違うのですか?」

「それは……違いますけどぅ。……分かりましたよ。じゃあ、これから減った私の好感度を挽回して下さいね?」

 若干不満げにしつつも佳世はそう俺に命じる。そして同時に先程買った髪飾りと沙世が貰った髪飾りを差し出した。

 

「柚……?」

「これは?」

「どうせですから着けて下さい。嫌ですか?」

「ふえ!?」

「いえ……」

 折角此方の誠意に応えてくれるのだ、ここで拒否して空気を悪くするのも宜しくない。俺は命令に従って受け取った髪飾りを佳世の黄金色の髪と沙世の黒髪に添えるように飾る。

 

「えへへ、似合いますか?」

「あの……似合ってますか?」

「はい。色合いの組み合わせは悪くはありませんよ」

 黄色と青色、赤と黒の組み合わせは元々色彩的に互いを映えさせる。佳世と沙世の髪の色に花と蝶を象っ髪飾りとは良く似合う。

 

「それは良かったです。では!」

「ゆ、柚……?」

 当然のようにガシッ、と佳世は俺と沙世の手を引っ張る。そして宣うのだ。

 

「では今度は、私が行き先を指定しますね! 一度行って見たかった所があるんです。……良いですよね?」

 首を傾げて可愛らしく、態とらしく、そして有無を言わせぬ雰囲気で少女は尋ねた。無論、元より選択肢はないし、先程の件を思えば尚更の事、故に……

 

「……貴女のお気に召すままに」

 見よう見真似で西方の騎士宜しく、恭しくそうお姫様の御言葉を快諾する以外の道は無さそうであった……

 

「……で、その行って見たかった場所がここか」

「権兵衛さん、この書店に何か?」

『この店って、夕陽があたいや佳世ちゃんにはまだ早いって言ってた様な……?』

 商家のお嬢様に手を引っ張られて連れ込まれたのは書店だった。都の一角に構える一軒の有り触れた書店……しかし俺は原作のゲームでも舞台の一つとしてこの場所を見知っていた。

 

 確か好感度やゲームの進行具合によって幾つかのキャラクターとここで出会して本編とは余り関係ない小イベントが発生する場所であった筈だ。表は普通の書店で、裏では御忍びの貴人も足を運ぶ頭悪い意味で訳ありな書籍を売ったり貸したりしている店である。

 

「それで? どうしてこのような場所に?」

「女中達が前に立ち話してたのを小耳に挟みまして、御父様や鶴は余り自由に本を読ませてくれないんです。ですから……」

『まあ、教育に悪い本も世の中にはあるから……』

『親として読ませたくないって気持ちはわかりますね』

 決して大きくはない両手を合わせてニコニコと笑顔を向ける佳世。あざとい御願いのポーズである。

 

「幾つか読んで見たかった物語があるんです。一緒に探してくれませんか?」

「……私は責任は持てませんよ?」

「あ、文字読めるんですね?」

「……ある程度は」

「ふふふ、それは良かったです」

「……私もこの際、幾つか買ってみようかな?」

『(農民出身だと聞いたが……何故文字を読める?)』

 佳世の言葉に俺は墓穴を掘った事に気付いた。これまで基本的に無学で戦闘以外の技能に乏しい下人としての立場をアピールしていたが、書籍の題名が読める程度には文字の読み書きが出来る事に気付かれたようだった。実に面倒な………

 

 江戸時代宜しくこの世界にも寺子屋があるにしろ、人口の大多数は農民で、寺子屋自体無料ではない。ましてや農村では子供だって貴重な労働力である。識字率は高いとは言えない。男女合わせても半分あれば良い方だろう。ましてや俺のような下人なんていう消耗品は本来………

 

 幸いこの扶桑国で使われる文字は崩し字が多く、言葉の使い回しが古めかしいものの日本語である事には相違ない。故に多少苦労しつつも前世の知識のお陰で俺は村にいた時から読み書きは出来たし、雛の雑用として雇われた時には貴人用の文法や書体の聞き齧り程度には手解きも受けた事があった。

 

「……柚」

「分かっていますよ。安心して下さい。ちゃんと紙に題名は書きました。これなら御父様達に言い訳出来ますよね?」

「あれ? 私の好きそうな本まで……」

「桜御姉様は私に遠慮しそうですから!」

 にっこりと笑顔でそう宣い、万年筆で題名の書かれた紙の切れ端を差し出される。用意が良い事で。

 鬼月家は兎も角、橘家に俺が曲がりなりにも文字が読める事はバレたくなかった。今回のように余り彼方側の教育方針に反する書籍を探すとなると題名が読めるとバレたら恨まれる。表向きは題名の「文字の形」で探したという事にしたい。本の題名の意味が分からなければ中身も分かりっこないのだから。

 

「感謝致します。……ではお探しの本を探すとしましょうか?」

 俺は恭しく感謝の意を伝え、そのまま彼女達と手分けして目的の本の捜索を開始した。

 

「にしてもこの面子は……未来に行き過ぎだろ」

『あわわわわ……』

 淡々と本棚を見ながら、そこに並ぶ書籍の題名を内心で読みながら俺は突っ込みを入れる。いや、確かに現実の文学でも身分差物は当然として、百合も男色物も相当な昔からジャンルとしてはあるが……TSに異種姦、年の差、おねショタ、催眠物まであるとは業が深い。道徳観念と貞操観念に全力で喧嘩を売ってやがる。

 

『匿名での朝廷批判や過激な風刺画付きの瓦版や献策書もあるようですが……大半は取るに足らない娯楽本ですね。呆れた事です。貴重な紙をこんな下らぬものに使うなぞ……』

「はは、いやはや……人の欲望に際限はねぇな」

『際限がないにも程があるっすよぉ!』

 肩に乗った蜂鳥の軽蔑を含んだ声と岩燕の気恥ずかしさ全開の悲鳴に俺は苦笑いで応じる。棚にみっちり、それどころか棚の上にまで崩れそうな程載せられた書籍……その半分は明らかに不健全な内容の代物だ……の山を見つつ俺は呆れる。確かに前世と違って簡単に書物を廃棄出来る程に安い訳ではないがなぁ……

 

(まぁ、誰だって娯楽は必要だからな)

 方向性は兎も角、仕事ばかりでは精神が摩耗するものだ。内容は内容ではあるが、賭博なり酒や女で身持ちを崩すよりかはマシだと思うべきであろう。そんな事を思いながら俺は棚から佳世のお探しの本を捜索するのを再開する。

 

 そして、角を曲がると……

 

「放すデス! こんなふしだらな本を扱う店は更地にしてやるデスよ!」

「落ち着いてください、アリシア!」

「流石にそれはダメ!」

「アリシア、落ち着いて!」

「不味いって!」

 ……何故か白虎と赤穂紫と赤穂(ゆかり)、葛葉唯の四人が顔を真っ赤にして猛り狂うアリシアを抑え込んでいた。

 

 ──────────

 

「げ、この店か……」

「どうしたんだよ、唯」

 唯は伴部達が入った店を見て顔を強ばらせると、白夜が不思議そうに尋ねた。

 

「あ~……表向きは普通の本やなんだけど、裏は結構頭の悪い本を扱ってる事で有名なのよね……」

「ふーん……んじゃ入るか」

「ダメ! 白夜達未来組とアリシアは外で見張って……」

「アリシア様は既に入ってるが……」

「アリシア────!? あんたはもっとダメ────!」

 紫音の言葉に慌てて唯は本屋の中に突撃する。

 

「ん~……佳世達は何処に…わひゃ!?」

「痛!?」

 本屋の通路でアリシアは佳世達を探していると、床に座り込んで本を読んでいた誰かに褄付いてしまう。

 

「ご、ごめんなさいデス! 大丈夫デスか!?」

「だ、大丈夫です……って、アリシアじゃないですか」

「え、あ……紫でしたか」

「紫、大丈夫……アリシア」

「アリシア、どうかしたの……紫に(ゆかり)

 アリシアが褄付いたのは、羽織を纏い髪飾りをつけて、薄く化粧をし、首にマフラーを巻いた紫であった。声を聞き付けて白虎や(ゆかり)もやって来たが、すぐに和やかになる。

 

「ここには何をしに来たんデスか?」

「え、え~と……あ、あの男との『でぇと』で私は色々と女らしくなかったと再認識しまして……それで服装等の勉強の為に本屋を巡ってまして……」

「で、私は紫の付き添いで一緒に。アリシア達は?」

「……貴方達を含む七人と『でーと』したことを知った佳世が沙世も巻き込んで伴部とお忍びでーとをしてるから、その護衛」

「成る程……では、佳世達は今此処に?」

「はいデス」

 アリシアの問いに紫達が何故此処にいるかを言い、(ゆかり)の問いに白虎は溜め息混じりに答えた。

 

「ただ……白龍や黒龍が率いる橘商会と隠行衆の護衛が壊滅してるから、ちょっとキナ臭くなってきた」

「なんですって? 何故、中止にしないのです?」

「旭が私達を信頼してるからデスよ」

「……それでも限度がある」

「はい。なので適当な所で切り上げる予定デス。あ、落とした本を拾、い……」

「アリシア! ……遅かった」

 アリシアは紫達の発言に答えながら床に落ちた本を拾い……そこに描かれていた過激すぎる絵に顔を真っ赤にして凍り付いた。

 

「………………『天より来たりし玉座よ』」

「それはダメ────ー!」

 顔を真っ赤にしたアリシアが詠唱を開始すると、慌てて唯達四人はアリシアを抑え込んだ。

 

「放すデス! こんなふしだらな本を扱う店は更地にしてやるデスよ!」

「落ち着いてください、アリシア!」

「流石にそれはダメ!」

「アリシア、落ち着いて!」

「不味いって!」

 そう言って暴れ狂うアリシアを総出で止めていると……

 

「……何してんだ?」

『なにやってんすか、五人とも?』

『……これは一体?』

「そんな事は良いから、アリシアを止めてぇぇぇぇぇ!」

 そしてそれを見ている伴部、旭、牡丹は呆れ返り、唯はそんな伴部達にアリシアの制止を願った……

 

 ──────────

 

「全くもう! 何をやってるんですか、アリシアは!」

「……はい、ごめんなさいデス」

 あれから少しして、どうにか暴れようとするアリシアを止めた後で騒ぎを聞き付けてやって来た佳世が『偶々本屋にやって来たアリシアが紫に褄付き、その際にアリシアが本の内容を見て暴走して俺や唯達に迷惑をかけた』と解釈した事で佳世による説教が始まっていた。

 

「そりゃ、アリシアは初心で『こういうもの』に耐性がないのはわかりますよ? だからって、店を吹っ飛ばそうとしないでください」

「はい……仰る通りデス」

 実際に大迷惑をかけた為にアリシアは黙って佳世の説教を……? なんだ、この微かに聴こえる何かは……? 

 

『これ、子守……』

『何故此処で……』

 突如として、鬼月旭と牡丹の式神達が沈黙した。

 

「大体……ふえ?」

「あ、柚……見つ、け……あれ?」

「佳世、沙世!?」

 更に、アリシアに説教をしていた佳世ややって来た沙世が突如として倒れ伏した。

 

「これは……!?」

「敵襲デス!」

「おい、外の只人達や白夜達が倒れたぞ!」

「全員寝てるだけだけど、なんかおか…し、い……あにゃ?」

「花!? どう、し…んが?」

 そう言って飛び込んできた花や夜が倒れた時点で他の人間達も寝てると理解したんだが……

 

「アリシア、白虎! 気を付け……既に手遅れか」

「てか、私と伴部以外は全員が寝てるわよ。……歌で寝る?」

 何かに気付いたのか、葛葉唯は歌の聴こえた方向を見る。そこには……子守唄を歌っているアイドルが着ていそうな淡い黄色を基調としたドレスを着た紫紺のロングヘアーの美少女がいた。

 

「やっぱり……『誘宵美九(いざよいみく)』! つまり…この現象は、『破軍歌姫(ガブリエル)』の『独奏(ソロ)』! ……子守唄は、『寝て』っていうある種の命……令、ぐう」

(ちく…しょう……がぁ!)

 そこまで説明したところで葛葉唯は寝てしまい……俺もその意識を途絶えさせた。

 

 

 伴部達が完全に寝てしまい……それを確認してから沙世はゆっくりと起き上がり、耳栓を外した。

 

「龍飛さん、ありがとうございます。お陰で寝ずにすみました」

「誘宵の能力を聞いて、音なら聴かなければ良いと理解をしたからな」

 沙世は耳栓を書店の店員に変装していた龍飛に投げ渡すと、次いで美九に向き直る。

 

「誘宵さん、ありがとうございました。手荒な手段を使わずにすみましたので……」

「いえいえ。お礼は沙世ちゃんにたっぷりとぉ……」

「さ、計画を第二段階に移しましょう!」

 美九の熱っぽい視線に身の危険を感じた沙世は即座に竜飛に計画を先に進める事を宣言し……寝ている佳世の頬をゆっくりと撫でる。

 

「ごめんね、佳世。楽しい時間を終わらせちゃって……でも、佳世や彩衣さん、景季さんを傷付ける人達を終わらせるには、この方法しかなかったから……だから、罪の報いは全てが終わったら、ちゃんと受けるよ……」

 寂しそうに愛おしそうに佳世の頬を撫でた沙世はやって来た神威や入鹿達に佳世と伴部を運ばせ、何処かへと去っていった……




次回もお楽しみに!


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第三十六話

「な、これは……!?」

(馬鹿な……式神が乗っ取られた、だと……!?)

 あたいと夕陽は式神との視界の共有があっさりと途切れた事に驚き……それと同時に部屋から飛び出ると、縁側を足場に跳躍して塀を飛び越えると本屋に向けて走り出した。

 

「旭、行ってはダメ! それをしたら、貴方は……!」

 そんなカサンドラさんの声は慌てていたあたいには届かなかった……

 

「夕陽、確か本屋はここら辺……って、本屋の周辺の人達全員が寝てるっす」

(ああ。周辺の憲兵が何事かとやって来ていたお陰で、只人は心配しなくても良いが……いたぞ、白夜達だ。奴等は自力で起きたらしい)

「良かった……白夜さん、何があったんすか?」

 あたいは道に寝ていた民達を踏まれたりしないように端の方に動かしたりしながら、夜達を起こしていた白夜さん達に話し掛けたっす。

 

「何もも糞も……いきなり子守唄が聴こえてきたかと思うと、強烈な眠気が襲ってきて……気が付いたら、伴部さん達はいなくなってたんだよ」

「っ……!」

(やはりか……)

 あたいは白夜さんの話に臍を噛みながら、指示を出し始める。

 

「アリシアと白虎は事の次第を橘商会に報告を! こんな事態になったのなら、都組も総動員して探すっすよ!」

「了解!」

「わかったデスよ!」

「夜と花さんは新街の方を回って探して欲しいっす! 端の方から丁寧に! 黒角さんや伊吹さんとも協力して!」

「わかった!」

「任せて!」

「鳥谷さん、紫音さんは都の北の方から白夜さんと雛子さん、九恩さんは南の方から捜索を!」

「承知!」

「わかりました!」

「任せろ!」

「わかった!」

「おう!」

 あたいが指示を出すとみんなは一斉に走り出したっす。

 

「旭、私達も行きます!」

「佳世や沙世、伴部を敵の手に渡したのは私達の醜態もあったから……だから、手伝う!」

「紫姉、ゆかちゃんも……わかたっす。紫姉達は唯ちゃんと一緒に西の方を探してほしいっす」

「わかりました! (ゆかり)、行きますよ!」

「って、旭様はどちらを?」

「あたいは東の蔵街の方面を探すっす。隠れる場所が豊富なんで」

 あたいは唯ちゃんにそう言うと、北へ向かって走り出したっす。

 

「さてと……先回りをするか」

 散開して伴部達を探し始める旭衆を尻目に一人の男が北へと向かったのを、誰も知らなかった……

 

 ──────────

 

「おい、起きろ!」

(ぐぅ!?)

 俺は何者かに顎を強かに蹴られて叩き起こされた。

 

「入鹿、やり過ぎだ」

「悪い。でも、いい加減起こさなきゃ話が進められないだろ」

「それはそうだがな……神威、貼り付いていた式神は処理出来たか?」

「勿論ですとも、随分と精巧で大柄でしたがね……所詮は本質は紙、全部あの様ですよ」

 俺が何が起こったのかを理解しようとしていると、嘲るような笑い声が響く。僅かに残る理性で俺がそちらに目を向けるとピクピクと痙攣するように床に倒れる幾体かのズタボロに切り刻まれた式神が垣間見えた。恐らくは監視や隠密行動よりも戦闘を意識した比較的大柄なそれらは若干震えてから此方を一瞥すると、次の瞬間には機能を停止してそのままぐったりと崩れ落ちる。

 

(はは……どれが、誰のだか知らねぇが……こんなに尾行してたのかよ。半ば分かっちゃ…いたが……ドン引きものだな、これ)

 俺は朦朧とする意識の中で冷笑する。思惑はそれぞれだろうし、化け狐の騒動の時に唯の式神探しの道具で見せつけられたものではあるが、改めて見ているとうんざりするものだ。

 

 何が笑えるかって予想はしていたが全く気配は感じ取れていなかった事だろう。我ながら間抜けな事だ。恐らくは純粋に護衛任務のために貼り付いていたのもあるだろうが……ストーキング式神共を一斉駆除してくれた事を意味するので清々している所がない訳でもない。

 

(……問題はそのまま俺を見逃してくれる訳ではないだろうという事だがな)

 そんな事を考えていると男達の一人が指を鳴らす。同時に青白い炎が発生して式神の残骸は灰塵に帰した。それは単なる炎ではないように思われた。恐らく式神(正確にはその残骸)を媒体にして居場所を特定されぬように「縁切り」を兼ねているのだろう。

 

「これで追跡は不可能って訳だな」

「ああ。後は縛り上げたこの二つだけだ」

 俺がその言葉に疑問を感じて辺りを見渡すと……そこには、霊力を一時的に封じる札で身動きが一切できない様にぐるぐる巻きにされた蜂鳥と岩燕がいた。

 

(……? 何故、あの二人のは身動きを封じるだけなんだ? それに、あのお嬢様達は……?)

 俺が相手の動きに疑問に感じながら、護衛対象を捜し……俺から余り放れていない場所に背中合わせの状態で縛り付けられていた。

 

 ……問題はアリシアを性転換させたような少年と夜刀神十香、誘宵美九も何故か縛られてる事だ(特に誘宵美九は雁字搦めにされて柱に縛り付けられていた)。

 

 そして、俺の方は霊力の流れを塞き止め、封じ込める加護が込められている荒縄で粗末な椅子に縛り付けられていた。……しかも、念入りに荒縄の上から更に護札が貼り付けられている。

 

「……そろそろ意識は戻ってきたか、鬼月の下人よ?」

 その言葉にぼんやりと、焦点の合わない瞳を動かす。そこにいたのは正面から此方を見下ろす人影。地味目の色の外套を着込んでいるその男は声の質から中年……四十前後の年頃に思える。重々しい口調だった。

 

「お、お前ら……は………?」

「ただの暴漢だ……って、言ったら満足か? ま、信じないだろうがな」

 俺の質問に対して位置的に俺の顎を蹴りあげて起こしたであろう二十代程度の若い男が俺をせせら笑いながらそう言った。

 

(……だろうな)

 でなけりゃお嬢様達の財布やゴリラ姫製の短刀を持ち逃げせずに拘束している筈がない。

 

「おい入鹿、止めろ。部下が失礼な物言いをしたな、許せ」

 厳かに手を上げて入鹿と呼ばれているせせら笑った青年を止め、俺に向けてそう宣う男。こいつがリーダー格、か? 

 

(原作キャラ……じゃねぇ、か)

 毎回都合良く原作ゲームのキャラクターに出会さなければならぬ理由がある訳でもない。故に相手が見知らぬ相手だからと言って何か可笑しい事がある訳もまたない。とは言え今の物言いは………

 

「……あぁ、此方の立場を言い忘れていたな? 弾正台所属、弾正官吏の竜飛だ」

 その単語……その意味を理解した瞬間、俺は内心で激しく動揺……

 

「っと、言いたい所だが……実際は橘商会保守派に雇われた傭兵の龍飛だ。そう緊張しなくていい」

 した瞬間にそれを悟っていたのか、竜飛と名乗った男はそう言って自身の本当の身分と名前を明かした。

 

「保守派のって、それはどういう……」

「ああ、橘商会の姫君に言うとすれば……橘商会の主導権争いにこの下人や使用人達、女は巻き込まれただけだ」

 佳世の言葉に龍飛は縛られている夜刀神十香達や誘宵美九、俺を指さしてそう言う。

 

「主導権争い……?」

「ああ。俺達の仕事は『下水道の事件の真相が妖母ではなく、橘商会が逃がしてしまった妖だった』と下人に拷問してでも白状させて商会長の橘景季を追い落とす為の足掛かりにする事だったんだが……雇い主が報酬を支払う気がないとわかってな。それで、『ある人物』の誘いに乗って景季派に寝返った」

「それなら、どうして私達や伴部さんを拐ったんですか!?」

 沙世の質問に何故か苦笑いをしながら答えた龍飛に佳世は身動ぎをしながら噛みつく。

 

「俺達に依頼した保守派を炙り出して犯人だとわからせる為だ。本当は奴がやっている不正を暴露するつもりだったが……思ったよりも根が深くてな、下手に暴露をすると橘商会が危ないために雇い主の命で此処に連れてきた」

 そう言って龍飛はすまなそうな目で俺を見ると、俺の肩に誰かが触れて……

 

「『ペイン・リマインド(傷よ、甦れ)』」

「あ、ぎ…う、が……あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 聞き覚えのある声が聴こえたかと思うと、凄まじい痛みと共に全身の傷口が蘇ったかの様に開いて俺を血塗れにする。

 

「おい、大丈夫なのか? 旭を除いた鬼月の姫君達の想い人である下人を再起不能にしたら、俺達が殺されるぞ」

「心配しないで。『リペア・オール(心を癒し、体を救え)』」

 俺が激痛に悶え苦しんでいると、激痛で軋みそうな心が軽くなり体の傷も軽く痛むだけになった。

 

「これである程度拷問したみたいになった」

「づ…う……お、お前も一枚噛んでたの、か……」

 俺の側に立っていたリリシアに怒りと殺意を込めた目で睨むもリリシアは何処吹く風と受け流した。

 

「リリシアさん、どうして……」

「……龍飛達の雇い主に頼まれた。保守派が橘商会を支配したら、私達も都から追い出されて秘術の探索に支障がでそうだし……何よりも、保守派の首魁は佳世と彩衣様の貞操を狙ってるからそれに腹を立てたのもある」

「ふえ!?」

 沙世の言葉にリリシアが若干の怒りを込めながら呟いた言葉に佳世が愕然とする。

 

(……マジかよ)

 いやまあ、原作での佳世ちゃんの発言や外伝での胸糞さ加減を考えたら保守派が権力を握ったらそうなるってのはわかるんだけどな……

 

「まあ、傷はどうにか拷問したみたいになったんだが……後は俺達に進捗を尋ねに来る監視役を誤魔化すために拷問をするフリをしなければならないという問題が残ってる……下人、上手く演技をしろよ?」

 神威と呼ばれた男がそう言いながら、部屋に置かれている様々な拷問器具を指差す。

 

(……成る程、な)

 俺はまだまだ苦しい時間は続きそうだと内心で溜め息を吐いた。

 

 龍飛達の偽りの所属である弾正台………固有名詞の語源としては実際の歴史における日本の律令体制時代に設置された政府機関の一つである。政府内の調査・監督を司る機関として設立されたものの干渉を厭う公家や他省庁の反対もありその実際の権限は限定的で、尚且つ検非違使の設立もあって早期に名誉職と化したとされる部署である。

 

 無論、それは正史における弾正台である。当然ながらこの世界における朝廷はその設立から今日に至るまでの歴史は全く別物であり、固有名詞こそ同じであるがその立ち位置も、その権限もまた違っていた。

 

 扶桑国における司法組織は大きく分類して刑部省と検非違使庁、そして弾正台の三つに分けられ、これ等は並立して存続している。

 

 朝廷の直轄領土における法律制定・審査・執行及び民衆に対する裁判と刑罰を刑部省は司る。現実における法務省と裁判所、刑務所を兼ねる組織と思えば良かろう。

 

 刑部省は獄卒を除けば殆んど武力を持たない。実際に罪人の捜索と捕縛を司るのは検非違使庁である。朝廷直轄領における警察組織と思えば良かろう。

 

 弾正台は上記二組織に比べて人員数では少数ではあるが、ある意味で最も恐ろしい組織である。

 

 弾正台は朝廷内省庁及び公家、大名家、退魔士一族、そして一部の豪商や豪族、及びその関係者相手の監査・監督・調査を司る。その対象もあって凡そ政治的な案件に対して関わるこの機関はそれ故に必要とあれば残虐な『尋問』を行う事も少なくない。

 

 いや、正確に言えば扶桑国は身分制度が厳しく、権力者への実力による『尋問』は流石に憚られる。故に実際の所その関係者……所謂部下や家臣に対して彼らの鋭い牙が剥かれる場合が多い。原作ゲームにおいてもルートによってはヒロイン(特に赤穂紫)や主人公がその被害に遭い、場合によってはバッドエンドする事にもなる……というのはゲーム及び公式設定集での設定である。

 

 そして………手加減された偽りのものとはいえ、今正にその『尋問』が俺に対して行使される事となった。

 

(縄は出来る限り緩めるから痛みに悲鳴をあげるフリをしてくれ)

「ぎぃ゙……!?」

「お、良い声で鳴くじゃねぇか、よっ!!」

 入鹿の小声に合わせて出したその声とともに入鹿は偽りの嗜虐の笑みを浮かべて俺の身体に括りつけた縄を縛り上げる。これは俺の手足を拘束する霊力阻害の加護のあるものではなく普通の縄だ。文字通り拷問縄とも言う拷問用の拘束方法である。本来なら縄の荒い表面が肉に食い込み、削り、圧迫感が血流を阻害し、肺をも締め付ける……んだが、もとが緩んでいる縄を普通に縛り上げるだけだから大丈夫だ。

 

 ……尚、原作ゲームでは特定のイベントをこなす事で男色肥満拷問官によって全裸亀甲縛りから三角木馬責め、挙げ句最後は薬漬けで掘られて牝堕ち、遊郭に売られて男娼になる場面が豊富なスチールによって無駄な程詳細に描写されるトラウマバッドエンドルートが存在したりもする。

 

「あ゙ぐっ゙がっ!!? ふぐっ!? う……ぐ…………」

 散々に身体を締め付けられた俺は絞められる直前の鶏のようなみっともない声を上げながら項垂れる……様に見せかける。

 

(どうやら、バレてはいないな。まあ、拷問を見たことがない素人だろうから当然だが……)

 俺は薄目を開けて多少ビビった表情で俺を見ている監視兼伝令役らしき男を見ながらそう思う。

 

「よぅし。次はこいつだ!!」

「ひっ……!?」

 大量の水が注がれた桶が目の前に置かれると何が起こるのかを察した俺は思わず恐怖に本気の悲鳴を漏らす。

 

(多少は本気でやらにゃならんからな……)

「お? 察しが良いな? それじゃあ、行くぜ……!」

 小声でそう呟いた後で入鹿は加虐的な言葉を良い、そして容赦なく水責めは開始される。

 

 最初の責めは五十数える間行われた。冷水が目一杯入った水桶、その水面から髪を引っ張って引き摺り出された俺に許された呼吸はほんの二、三回であった。直ぐに責めは再開される。今度は六十、その次は七十………

 

 十秒ずつ増える水責めが六回目、即ち百数えるまで水桶の中に沈められた俺は陸に上げられるとともに何度も何度も咳き込む。そして目眩がする俺の正面に龍飛が座りこみ尋ねる。

 

「さて質問だ。貴様は先日の地下水道での妖退治の依頼に参加していた、間違いないな?」

 その言葉に俺は小さく何度も頷く。

 

「その依頼は橘商会が会長、橘景季のものである。相違ないな?」

 その次の質問にも俺は再度頷く。そうだ、あれは橘景季がゴリラに提案してのものだった筈だ。

 

「報告によれば地下水道の中に潜んでいたのは彼の悪名高い妖魔が母とその娘の吸血鬼であるとか。それは事実か?」

 俺は頷く。俺はそうゴリラに報告したし、同じく地下水道に潜っていた赤穂紫や鬼月旭、旭衆も目撃して報告している。事の真偽をどう解釈するかは御上次第であるが既にそのように報告している以上それを否定する意味はここではない。

 

「……というのは嘘で、実態は橘景季が地下水道で秘密裏に飼育していた妖共が脱走して、その処分に奔走していたのが先日の一件の顛末、そうだな?」

「あぁ………あ?」

 一瞬そのまま頷きそうになった俺は、しかし直前にその言葉の意味を解してそれを止める演技をする。同時に何処からともなく鳴り響く舌打ち。そのまま俺の脇腹にイラついた様子の男からの蹴りが入れられる。

 

「がふ!? げふ、げ……は…!?」

「屑の下人風情が頑張るな! お前は聞かれた事に『ハイハイ』と頷いていれば良いのだ!」

「おい、止めろ。監視役が失礼したな、質問を続けよう」

 そう怒鳴った男に対して目線で牽制をいれた後で龍飛が再び話始める。

 

「出来過ぎな話とは思わんかね? 地下水道に彼の妖魔の母が潜伏していた? 馬鹿馬鹿しい事であろう? そのような大物が何故長年大人しく隠れていたのだ?」

「それはそうですけど……」

 龍飛の言葉に佳世が言葉を濁す。

 

「ましてや今年の夏には商会の隊列が狐の化物共に襲われたらしいが、これも出来過ぎだとは思わんかね? 都を往き来する商人共の隊列は無数にある。よりによって護衛の多い橘商会を何故襲う? それも都合良く鬼月の者らが救援に来たようだな? まるで最初から襲撃が分かっていたかのように、な」

(まあ、保守派が妖を運ぶ様に依頼をしたんだがな……)

 龍飛は俺の顔を、俺の瞳を覗きこむ。そして瞳を細めてそう宣った後、小声でぼやく。

 

 てか、前日譚で狐璃白綺…今は狐白に襲撃される切っ掛けになったあれはあわよくば妖に景季を殺して貰えるようにした保守派の謀略だったのか。

 

「さて取り調べを続けようか? 共に悪逆無道な橘商会の秘密を暴き、正義を白日の下に晒そうではないか。善良なる扶桑の国の良民として、な?」

「誰が悪逆ですか……!」

(よくもまあ、思ってもない事をペラペラと喋れるな……)

 俺は龍飛が喋っている事に内心では苦笑いをする……

 

「それ、喉が渇いただろう? たんと飲みやがれ……!!」

 その思考を遮りながら神威に水責めを再開され、俺は酸欠の苦しみを再び味わう事になったがな……

 

 ──────────

 

「……っち、旦那様に報告してくる!」

 拷問されても未だに此方の思ったことを話さない伴部に苛立った様子の監視役が去った後で龍飛達は伴部を水から引き上げ、縄を解いた。

 

「手加減したとはいえ、お前、根性あるなぁ……俺がこの種の仕事をしてからこれまでやった同じような下人達はあっさりと吐いてたぜ?」

「……ああ、そうかい」

 神威がそう言いながら伴部に顔を拭くための布を手渡し、伴部はそれに対してあまりありがたくなさそうな声でそれを受けとる。

 

「そういや、よ……爺の方はどうなんだ? この予定変更に対してよ? あの化物の命令とは言え突然横槍入れて路線変更されれば文句があるんじゃねぇのか? あの老い耄れ、無駄に面子を気にしてただろ?」

「上手く説得はしたらしい。流石に年を食っていないな。利に聡い商人をああもあっけなく丸め込むとは……役人というのは恐ろしいものだ。……俺達があの爺を裏切って景季派に着いたのもバレてたが、篩にかけるには良い機会だと笑ってたよ」

「……恐ろしいな」

 神威は入鹿からの質問に冷笑に近い笑みを漏らす。龍飛はその言い様に皮肉の感情を読み取っていた。この同胞、扶桑の国に潜り込んでから知らず知らずの内にその影響を受けているように思えた。

 

「あ、あの……旭ちゃんの名前を言っていましたけど、皆さんは旭ちゃんの知り合いなんですか?」

 佳世の言葉に入鹿は顔をひくつかせ、龍飛はそんな入鹿に溜め息を吐いた。

 

「……入鹿が旭衆に偽の依頼を出して蝦夷にある俺達の村に来るかどうかを仲間内で賭けをしていたんだが、実際にやって来たうえに偶々故郷を襲ってきた妖の退治を手伝ってくれてな。それで知り合った」

「俺はその後、龍飛からの拳骨にキツい訓練、挙げ句飯抜きにされたけどな」

 龍飛と入鹿の言葉に佳世は「旭ちゃんらしいなぁ……」と呟きながら、「その話をもっとお聞きしたいです!」と言った。

 

 

「良いぜ? ま、楽しめるかどうかは人それぞれだろうけど、な」

 入鹿はそう言いながら、昔の話をし始めた……




次回もお楽しみに!


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第三十七話

遅れて申し訳ありません!


(っで、蔵街に着いたわけだが……佳世達が閉じ込められている場所に心当たりがあるのか?)

「ないんで……片っ端から蔵に忍び込んで探すっすよ」

(日が暮れるわ! ……式神から辿れないのか?)

「それが……霊力が遮断されてるみたいで、探れないんすよ」

 あたいは蔵街に着いてから、どうやって佳世ちゃんや沙世姉、伴部さんを探すか頭を悩ませていると……

 

「すまない、君は旭衆の人間かな?」

 あたいが声に気付いて顔を上げるとそこには……何処か軽薄な笑みを浮かべた男がそこにいたっす。

 

「まあ、そうなんすけど……あんたは誰っすか?」

「ん? ああ、僕は『白鷺丸(しらさぎまる)』……橘商会幹部に雇われた陰陽師さ」

「ふーん……っで、なんの用っすか?」

 あたいは白鷺丸さんを訝しげな目で見ながら用を尋ねる。

 

「いやぁ、僕も雇われている幹部に言われて佳世お嬢様を護衛しようと思ってた矢先に拐われてね……だから、一緒に探さないかい? 幸いな事に、監禁場所に幾つか心当たりがあるんだ」

(夕陽……この人、信用できるっすか?)

(わからん。……が、手懸かりがない以上は提案を飲むべきだろうな)

 あたいは腕組をして悩むふりをしながら夕陽と相談して、頷きながら言うっす。

 

「わかったっすよ。案内をしてほしいっす」

「わかった……此方だよ」

 あたいは白鷺丸さんの先導に従って走り始めたっす。

 

 ……後で知ったんだけど、白鷺丸が案内した場所は佳世ちゃん達が居た場所から反対方向だったらしいっす。

 

 ──────────

 

「入鹿、知ってるか? 最近、面白い連中が現れたらしいぜ?」

 そんな事を入鹿の郷の仲間が入鹿に話したのは鬼月旭が旭衆を結成してから一年後の事だったらしい。

 

「あ? なんだよ、面白い連中って?」

「なんでも、扶桑の人間も俺達も関係なく安い報酬で依頼を引き受けては妖を退治してるんだってよ。そいつらに助けられた連中が話を少しずつ広げてるらしいぜ」

 旭衆の話を仲間から聴いて、入鹿は不満に思ったらしい。

 

「は! どーせ、最初はそうしておいて次第に扶桑国には安くて、俺達には法外な報酬を要求するんだろうぜ? やって来た扶桑の商人達みたいによ!」

 入鹿は扶桑国からやって来た商人達が蝦夷の民達に対して最初は友好的に接しておきながら、最終的に法外な値段で商品を売り付けた手法を例として出して反論をしたのだと言った。

 

「そうかぁ……? 山向こうの村の話じゃ、必死にかき集めた金を集めた事を誉めた上で一割だけしか受け取らなかったって話だぜ?」

「んなもん、後からどーとでも言えるだろうよ」

 その言葉にそう言うと、入鹿は少しだけ考えた後でこう言ったのだという。

 

「……んじゃあよ、俺がそいつらの化けの皮を剥いでやるよ」

「どうやってだよ?」

 仲間の疑問に入鹿は笑いながらこう言ったらしい。

 

「此処は結構辺境だろ? 偽の依頼を出して冬に此処に来る様に仕向けんだよ。冬はここら辺は雪に覆われて扶桑国の人間なんざ、来るわけがねぇ。それを理由に騙されてる連中に扶桑国の人間なんざ信用出来ないって言い触らしてやるんだよ」

「そんな上手くいくかぁ……?」

 入鹿の作戦に仲間は疑問に思いながらも、入鹿の話を聞き付けた周囲の仲間達がなんか面白そうだと金を賭ける事になり、最終的に偽の依頼を出したのだらしい。

 

 そして、その年の冬……

 

「にしても、今年は一段と雪に覆われてるなぁ……」

「想定外だけど、これなら余程の命知らずのバカでもない限りは扶桑国の連中なんて来ねえだろ!」

 その年の冬は例年よりも深い雪に覆われた為に入鹿は勝ちを確信したのか、高笑いをしていたらしいが……

 

「ぜぇ、ぜぇ……ご、ごめんなさい…此処って、近くに村がないっすか……?」

「つ、疲…れた、デス……」

「し、死ぬかと思った……」

「冬のこの地を甘く見てたぜ……」

「……へ?」

 明らかに武具とわかる包みを杖の様に突きながら冬用の重装備の鬼月旭達が息も絶え絶えになりながら、やって来たらしい。

 

「え、あ~……まあ、確かに俺らの郷が近くにあるけどよ……お前ら、商人か?」

 勝ちを確信した直後にやって来た為にそれを否定したいのもあって、そう尋ねたらしいが……

 

「ありがとうっすよ……あたいは、ってか、あたい達は冬にやって来る妖を退治してくれって依頼が出されてたんで来たんだけど……いやぁ、冬の蝦夷ってすごい雪が積もるんすね。道に迷って遭難しそうになること三回、雪崩に巻き込まれそうになること五回、吹雪にあって雪洞を掘ること二回もあった上に、食料が昨日で失くなっちゃって……漸く此処に来れたんすよ」

「つ、次からは……もう少し早めに来て準備をしましょうね……?」

 そう言って「あっはっは!」と笑う鬼月旭に疲れはてた様子の葛葉唯がそうツッコンだと入鹿は告げる。

 

「旭ちゃんらしいなぁ……」

「いや、冬の蝦夷地を嘗めすぎでしょ……」

 入鹿からの話に佳世はくすくすと笑い、沙世は鬼月旭の命知らずの行動に呆れ果てていた。

 

「話を続けるぜ」

 佳世と沙世の言葉に苦笑いをしながらそう告げる。

 

 話を終えた鬼月旭や疲労困憊の旭衆を見て入鹿が最初にしたことは……仲間と一緒に相談をすることだった。

 

「おい、本当に来たぞ!?」

「いや、元はと言えばお前があいつらを試そうって言うから……っで、依頼はどうするんだよ? 適当な妖の巣にでも案内するか?」

「本当に来るとは思わなかったから、適当な妖の巣なんてねえよ!」

「んじゃあ、『嘘の依頼を出しました』って謝るか?」

 そんな仲間の言葉に入鹿は「それはそれでなぁ……」とぼやいていたそうだが……

 

「お前達、すぐに来い! 妖の襲撃だ!」

 そこに入鹿達を呼びに来た龍飛が来たのだという。

 

「どうしたんだよ、龍飛? 小妖の襲撃なんて、何時もの事……」

「小妖じゃない……大妖に率いられた群れだ! どうやら、空腹に負けて徒党を成して来たようだ」

「マジかよ!?」

 龍飛の言葉に入鹿は驚きながら龍飛に着いていき……

 

「あたい達も一緒に行くっすよ!」

「了解デス!」

「たく……しょうがねぇなあ!」

「やっぱり……」

 鬼月旭達も一緒に着いていったようだ。(まあ、当然だろうが)

 

「お前達は扶桑国の退魔士か……金はだせんぞ?」

「お金は結構すよ! 吹雪とか雪崩で近くの村に足止めされた際の妖退治や商人を護衛した際のお金で依頼の2、3回分のお金は貯まっちゃったんで!」

「そうか……行くぞ!」

 龍飛と鬼月旭はそう話すと、腕が異様に発達した熊の様な大妖とそれに率いられた小妖の群れと戦いに突入したらしい。

 

「んで、それを倒した後で偽の依頼を出した事が旭経由で龍飛にバレてよ……しこたま殴られた上に飯抜きで夜通し死ぬかと思うほどの訓練を食らったんだよ……」

 そう言った後で入鹿は「二度とやりたくねぇ」とぼやいていた。

 

「……旭ちゃんはどうして即決で蝦夷に行ったんですか?」

 佳世はそんな疑問をポツリと漏らす。……まあ、当然だな。蝦夷……前世では北海道に位置する場所は今の段階ではほぼ未開拓だ。冬には雪が積もる極寒の大地に道なき道、少しでも整備してある街道から離れると活きの良い妖が襲ってくる嫌なおまけ付き……普通なら命知らず若い商人くらいしか行かない場所だ。

 

「……旭曰く、『あたいや皆の手や足が届く範囲で助けられる命を見捨てたくないからっすよ』だってよ」

 入鹿はそう言った後で「ところでよ……」と一拍置いた後で俺に聞いてきた。

 

「何をどうしたらあの旭があんなにキレるんだよ? 見てて訳がわからなかったぞ……」

「あ、それは私も気になってました」

 入鹿は訝しげに佳世は純粋に鬼月旭と俺との関係への不安から何故鬼月旭が俺に対してキレた理由を尋ねる。

 

「理由は俺にもわかりませんが……」

 俺は鬼月旭がキレた原因と夕陽に言われた事を二人に説明する。

 

「あのよ、言っちゃ悪いかもしれねぇけど……鬼月の姫さん達はお前の事を好きだぞ?」

 ……説明を終えたところで、溜め息を吐きながら入鹿が訳もわからない事を言い出した。

 

「……何を、言っている?」

「いや、よ。まず、一の姫がお前を好きになりそうな理由は考えられるな?」

「……まあ、な」

 姉御様の世話係を任されていた頃に一緒に遊んでたし、遊びで鬼月家からの脱走計画を練った事もある。

 

 しかし……

「俺が雛様を見捨てて逃げた辺りで百年の恋も覚めそうなんだがな」

「恋する乙女を舐めないで下さい! 例え一時的に覚めたとしても、また恋をします!」

「お嬢様の言う通りだな。寧ろ、一時の激情でお前を下人に落とした事を後悔していたかもしれんぞ?」

 姉御様が俺に対して恋をしていないとする言葉に佳世が強く否定し、龍飛がそれを補填した。

 

「……それは、そうかもしれんが」

「それに、お前を救う為に敵対関係にある二の姫と協力したんだよな? 嫌ってる相手の為にそんなことをするか?」

「旭様の次いでの可能性もあるぞ?」

「だったら、旭の分だけしか作らねえだろうよ」

 俺の言葉を神威は呆れたような顔で否定する。

 

「次に二の姫がお前を好きになる理由はわかるよな?」

「数年前の謀略の件なら、旭様にも言ったがあれは旭様への礼の次いで……」

「だったら、お前に直接術を指導したり化け狐の件で助けに来たりしないだろ」

「……お気に入りの玩具を助けに来ただけだろ。それに旭様と一緒に無理難題を言い付けられた事も一度や二度じゃない」

 俺の言葉に入鹿は「旭がキレた理由もわかるような気がするぜ……」と呆れていた。

 

「あの~」

 俺達がそんな話をしていると、さっきまで黙っていた誘宵美九が話し掛けてきた。

 

「その人、好きな人程苛めたくなる人なんじゃないですかぁ? だからこそ、その人が慌てるような難題を言うんじゃないのかと……」

 ゴリラ姫の本質の一端ではあるな。だが、しかし……

 

「あの才能しか見ていない葵様があの事件で救ったとはいえ、俺に引かれるなど……」

「……なあ、さっきから聞いていたのだが……伴部、お前は一の姫が伴部を好きだというのは疑問に思いながら受け入れられるのに何故葵に関してはそうも警戒心を抱いているんだ?」

「……は?」

 俺はそんな夜刀神十香の言葉に疑問を抱いて……ふと、気付く。

 

(確かに姉御様はゴリラ姫に比べてまともで平等な性格だが……ぶっ飛んだバッドエンドがない訳じゃない。確か、主人公君を自分もろとも異能で焼いて心中するなんてのもあった筈だ)

 特に上洛前に仲良くしておいて、上洛中にゴリラ姫と仲良くしていた場合に良く起きたバッドエンドだ。

 

(だから、警戒すべきなんだが……何故、俺は姉御様に警戒心を抱かなかった……?)

 俺は夜刀神十香の言葉から端を発したその疑問を深く考えようとして……

 

「来た」

 リリシアの言葉でその疑問を考えるのを中断する。

 

「……ついに来たんですね? 私を拐う様に言った人が」

「その通りだ、お嬢様。入鹿、念のために下人を強く縛っとけ。……いざと言う時の為に縄を切れる道具も渡しておけ」

「わかった。……ホラよ、これを使え」

「元はと言えば俺のだぞ……」

 俺は縄を少しばかりキツく縛りながら入鹿が手渡してきた小さな刃物で縄に少しずつ切れ込みをいれていく。

 

 足音が複数聞こえる。……どうやら護衛も多数連れているようだな。

 

「そ、そんな……どうして貴方が!?」

 佳世の驚愕の声と共に現れたのは……

 

 ──────────

 創業家たる橘家の分家筋の生まれにして、商会が幹部の一人、北土及び東土と央土間の交易を監督する橘倉吉は決して無能でも先見の明がない訳でもなかった。

 

 甥に当たる橘景季の商会を立て直すための幹部粛清は当然身内にも及んでいたし、その中を生き残り曲がりなりにも広大な北土と東土での商売の全権を預かっているこの七十一歳の経験と実績豊かな老商人はその地位について以来自身の管轄内で赤字を出した事もない。特に北土からの獣毛や鮭や鱈、昆布等の海産物、東土からの砂金や木材輸入では莫大な利益を商会にもたらしている。

 

 そう、有能……優秀な商人である事は事実であった。しかし、幾ら優秀といって人格的に高潔である保証もなければ、優秀な商人同士で分かり合える保証もない。

 

 老商人は朝廷からの禁則事項として固く戒められている北狄や東夷……合わせて蝦夷とも称する……と手を結びその特産品を入手し、あるいは同じく北や東の土産品を得ようとする同業者を蛮族らに襲わせて妨害せしめ、その引き換えに武器や雑貨を売り捌いて裏帳簿で莫大な資産を得ていた。

 

 いや、それどころか朝廷が監視の目の届かない事を良い事にこれ等辺境の地で捕らえた妖共を養い、開拓村を襲わせて、肥えたそれらの血肉を裏で売買してすらいた。更には表では開拓村や朝廷に武器を売り、用心棒の斡旋で利益を貪っていたのだから最早仏をも恐れぬ所業というべきか。

 

 尤も、この老商人からすればそれらの所業に対して危険こそ承知していても、罪悪感なぞ一切感じてはいなかった。商会の金や商品を私的に流用して贅沢三昧していた追放された幹部達よりも自らが遥かに高潔だと彼は信じていた。商人が信奉するのは金銭であり、尊ぶべきは契約で、それ以外は塵芥同然なのだ。

 

 故に橘景季がその所業に勘づき始め、秘密裏の内に自身を追放し裏での商売から撤収しようとした時のこの老人の失望と怒りは想像を絶していたし、同時に自身の立場の危うさを自覚した時、その防衛本能は身内であろうと一切容赦呵責のないものであった。

 

 利益を分かちあっていた朝廷の高官との相談後、この老商人は丁度朝廷とのいざこざを起こしていた東夷から下手人を借り受け、橘景季の失脚がための計画を開始した。普段こそ無意味に彼女達の警備は厳しいものの、隙がない訳でもない。特に彼女達が希に御忍びで庶民共の街に出掛けるのを倉吉は知っていたし、その際にはどうしても警備が薄くなる事も把握していた。

 

 そしてあの男は優秀だが溺愛する娘の事となると途端に計算が出来なくなる人物である。故に一度その娘を人質にして見せれば後は煮るなり焼くなりは思いのままだ。根回しは十分、彼には裏で貯めた莫大な資産がある。先日、地下水道で面倒な騒ぎがあったのも幸いだ。その収拾に意識が向いている今が好機、全てを闇に葬って会長の椅子を得る事も可能だろう。

 

 そう、全ては順調で、何も問題はない筈だったのだ。しかし………

 

「本当に問題はないのだろうな? 退魔士共……特にあの山猿までこの件に巻き込むなぞ………」

 内裏の一角で老人は件の利益を分かちあっていた官吏……弾正台少弼に問う。客人を持て成すために差し出された舶来の南蛮茶器に注がれた紅色の茶の水面が震えていた。そこに映る自身の姿はこれ迄にない程に不安に満ちていた。

 

「これはこれは異な事を。これまでも極刑物の取引を幾度も成し遂げて来た会長らしくない御言葉ですな?」

 木造三階建ての國衙の執務室、その窓辺から広がる内裏を一瞥した後、傍らに吊るされた鳥籠の中に飼われている大鳥の頭を優しく撫でつつその男は嘯く。

 

 年は三十路くらいだろうか? 理知的で端正で、温和な雰囲気を醸し出す男は朝廷の高級官吏の衣装に身を包んでいた。

 

 その一応の安定とともに腐敗が始まり久しい扶桑国にて各省庁の長官は名家が箔をつける名誉職になりつつあった。そんな状況で実際に実務と実権を握り大臣らと政務を行うのは次官以下の官吏達である。そして弾正台の第三位、実質的な第二位たる役名が「弾正台少弼」の立場である。故にその執務室は機密保持のために防音障壁の結界が張られており、その会話は例え窓辺越しであろうがその内容が聞こえる事はない。そのためこのような危険な会話も可能な訳であるが……

 

「余り窓辺で話してくれんでくれぬか? 確かに声は聞こえぬが、口元が動かぬ訳でもなかろう……?」

 倉吉は懇願するように要求する。確かに声は聞こえぬが、遠くから読唇すればある程度は何を話しているのか発覚する可能性はあった。この老商は恐れ知らずではあったが無謀ではない。今日の今日まで危険な橋を渡ってこれたのはこの用心深さのお陰だ。

 

「これは失礼を……しかしながら今日という日が娘達を拐かすのに絶好の日取りだったのは事実でしょう? ましてや事態の発覚を遅らせるためにもお目付け役共を放置する手はありますまい?」

「それはそうだが………それでも生かす意味は無かろう? 随行するその護衛もさっさと殺せば良かろうに」

 既に密かに同行していた隠行衆や橘商会の護衛は始末したという。にもかかわらず傍らについて随行していたという鬼月の下人の方を未だ生かしたまま捕らえている必要性が倉吉には今一つ理解出来なかった。

 

「いやいや、鬼月と言えば北土が退魔の名家。それがこの時節に旭衆以外で景季と接近するのです。何かあると考えるのが普通というもの……ならば念入りに、そう念入りに調べなければなりますまい」

 相も変わらず鳴き声をあげる鳥の頭を指で撫でつつ、少弼は冷笑とともに嘯いた。これには老商も否定は出来ない。都で蠢いていた狐の化物しかり、地下水道での妖騒ぎしかり、どちらも橘商会に関わりあり、何よりも橘景季の失脚の可能性があった出来事だ。それを回避せしめたのが鬼月家と旭衆であり、一枚噛んでいる事もまた倉吉も把握している。そして北土は彼の縄張りだ。

 

「此方の得た情報によると娘さん達の護衛は丁度その二件の際に動員された下人だとか。しかも鬼月の三の姫直轄の手駒とも聞きます。ならば始末する前に尋問の一つや二つ、構わんでしょう?」

「うぅむ………」

 否定は出来ない。出来ないが……しかし倉吉は何とも歯切れの悪い返事しか出来なかった。

 

 ……暫く周囲を支配する沈黙。老商は普段の大胆不敵にして余裕泰然とした姿はどこえやら、落ち着かないように貧乏揺すりをして、キョロキョロと視線を泳がす。そして、半ば無理矢理気味に話題を作り上げて口を開く。

 

「その鳥、先程から随分と世話を焼いているようだな。以前ここに来た際には見なかったが………」

「えぇ。然る貴婦人が我が子のために、と贈られましてね。珍しいでしょう?」

 それは賄賂の一種であると倉吉は受け取る。公然と、とする程に腐ってはないがあの手この手で言葉を変えた賄賂がこの国の行政に蔓延していた。特に公家にしろ、大名家にしろ、退魔の一族にしろ、一族の誰かしらが朝廷の役職を得て出仕すればその身内が隠然とした便宜を引き出すためにこのように上司らや同僚、挙げ句には部下達にまで有象無象の「粗品」を送りつけて来るものだった。

 

「見たところ……洋鵡、かの? 南国の鳥だった筈、いやはやこのような鮮やかな色合いのものは初めて見ましたな。物珍しさからして売れば五十両にはなろうて。ははは、珍しい、いや本当にまた……………」

 そういって乾いた笑い声を上げる倉吉。しかしその笑い方には力なく、空虚で、かなり無理をしているのが一目で分かった。そして直ぐにそんな笑い声も木霊するように消えていき……再び沈黙が訪れる。

 

「……御気持ちは分かりますがね、倉吉殿。そう焦る事はありません。追及の手筈は整えておりますし、万一にも逃走される事は有り得ません。蛮族にしては随分と質の良い手合いが送られましたし、私も念のために一人駒を送りつけたではないですか。しかも、旭衆都組からの裏切り者もいる、何を恐れる事がありましょう?」

 半ば同情したような口調で、そして安心させるように少弼は倉吉に語りかけた。そして実際問題、その言葉は何らの裏づけのない無責任な慰めではない。

 

 この官吏は蛮族や裏の手の者達からの要望で幾人もの人物を朝廷の手足に雇い入れていた。特に此度はその一環で弾正台に潜り込ませていた蝦夷の間者を援軍として都に潜入した下手人二名に合流させていた。到底下人程度で勝てる相手ではない。何も恐れる事はない。

 ……問題はその三人がとっくの昔に倉吉を裏切っている事とリリシアの裏切りが虚偽だという事だが、官吏はそれを倉吉には倉吉を篩にかける意味もあって言っていない。

 

「それとも……大姪の事が気になりますかな?」

「っ……!?」

 官吏の言葉に鋭い眼光をもって倉吉は応える。その眼光には怒りが込められていたが、同時にそれは動揺も含んでおり、官吏の言葉を裏付けるものであった。

 

「聞いた話によれば此度の護衛は大姪さんご自身で指名されたとか、何やら随分と御執心だそうで………」

「儂も暇ではないっ!! そろそろ行かせてもらうぞ……!!」

「それは結構、見送りを付けましょう。どうぞお気をつけて下さいませ」

 何処から仕入れたか知れぬ噂を口ずさめば不機嫌そうに声を荒げてそう叫ぶ倉吉。対して歯に衣着せぬ物言いで官吏は答える。その余裕綽々の物言いに一層倉吉は神経を逆撫でされた。

 

「……貴様、裏切るなよ? 儂が何らの対策もしていないとでも思うているか?」

 最悪社会的に、法的に道連れにする用意は幾重にもしてある。そうでなければ此度の企てにこの男を加える事はない。老商はあくまでも用心深く、狡猾だった。

 ……最も、その狡猾が裏目に出たことで蝦夷の三人が裏切る切っ掛けにもなったのだが。

 

「御信用頂けないのであればどうぞ、心行くまで保険を掛けて下さいませ。それで貴方の心の安寧が得られるのであれば幸いです」

「………ふんっ」

 心底不愉快そうに鼻を鳴らして、忌々しげに商人は客室より立ち去る。その姿を賑やかな微笑みで官吏は見送った。勢い良く扉が閉められる。そして部屋に訪れる静寂………

 

「……どうやら男の嫉妬というのは醜いもの、というのは本当らしいね」

 弾正台の少弼はその表情は変えず、しかし何処か無機質な口調で宣った。商売となると冷徹にして冷静な人間ではあるが……そんな人物でもこの手の話題となると平静ではいられないものらしい。

 

「全くもって感情というものは度しがたいものだね。人間にしろ、妖にしろ、ね?」

「ドシガタイモノダ! ドシガタイモノダ!」

 鳥籠の中の洋鵡が反芻するように鳴く。その言い様は何処か嘲りの感情が見てとれた。否、事実この畜生は嘲笑っていたのだ。

 

「……やれやれ、余り興奮しないでくれるかな? 口が裂けてるよ?」

 官吏が大人が子供を叱りつけるかのように指摘する。……洋鵡の口は四つに裂けていた。刃のような牙が生えた顎、その喉奥から飛び出すように小さな、しかし間違いなく眼球のない人間の赤ん坊のような顔がその醜悪な姿を覗かせる。

 

 本当に困ったものだ、あの老人がこの部屋にいる間押さえておくのが面倒だった。頭が悪過ぎると此方の意図どころか威圧すら理解していない場合もある。勝手な事をせぬように牽制しておくのも一苦労だ。

 

「言う事を聞きなさい。さもないとご飯はお預けだよ?」

 微笑みながら吐かれた言葉は底冷えするような何処までも冷たい忠告で、警告だった。

 

「…………」

 洋鵡に欺瞞した化物はちらりと眼球のない顔で官吏を一瞥する。数秒後、それはズズズと涎を滴らせながらその口を閉じた。官吏が瞬きをした次の瞬間にはそこにいたのは唯の可愛らしい洋鵡でしかなかった。

 

「……やれやれ、彼女ももう少し頭の回るのを寄越してくれれば良いのに。こんな鳥頭じゃなくてね」

 かつての旧友にして、生きとし生けるものらを愛する妖魔の母に対して困り果てたように彼は嘆息した。最後に「手紙」を寄越したのは何百年前だろうか? 

 

「久方ぶりの連絡と思えばこんな出来損ないとは……随分と慌てて産んだようだね」

 材料の質次第とは言え、身の腹の中である程度知能や造形、能力を操作出来るというのに寄越してきたのは伝令としては出来損ない四歩手前のようなこの小妖である。

 

 明らかな急造品……そして送ってきた内容は新しい息子と娘の自慢話八割、娘とのじゃれ合い一割、地下水道での計画の放棄と娘の吸血鬼との合流、今後の行動について一割と来ていた。色々と言いたい事はあるが………やはり一番注目するのはあれにいたく気にいられてしまった人間達の話であろう。

 

 あらゆる命を対等に愛する……即ち羽虫と人間を同様の水準で慈しむ事が出来る……妖魔の母がここまで、ただの人間の二人についてはっきり認識し、必死に語り、強く執着するのは付き合いの長い彼にすら意外過ぎる事態であった。

 

「カワイイボウヤ! ジマンノムスメ! メニイレテモイタクナイ! タベチャイタイクライ!」

 母親から仕込まれた文言を、伝言役は片言で何度も何度も叫ぶ。彼女が覚えるまで根気よく言い聞かせたのだろうが、残念ながら鳥頭のこれは発音は兎も角その言葉の意味まで理解してはいまい。男は肩をすくませる。

 

「やれやれ……全く、良くもまぁあれ程呑気に子供の自慢話が出来るものだよ」

 元より扱いにくい彼女であるから、大して期待していた訳ではないが………計画が露見して都の地下から撤収する事になった事への謝罪の言葉なぞ殆んどなかったのは神経が実に太い事だ(寧ろ彼女の娘の吸血鬼がこの小妖の足に結び付けて送ってきた手紙の方がよっぽど謝っていた)。

 

「………まぁ、私も人の事は言えないかな?」

 そう宣いつつ男は懐から袋を取り出し、その中身を取り出す。袋の中から出てきたのは……指と一房の髪だった。第一関節の辺りで切断された人の指と紐で括られたオレンジ色の髪………

 

「まぁ、この姿もそろそろ、怪しまれ始めていたからね。どうせなら掻き回せるだけ掻き回すのに丁度良い機会だ。その序でと考えれば、ね?」

 バタバタと興奮するように翼を広げて「ご飯」をねだる鳥籠の中の怪物。そんな怪物に無感動に「指」をつつかせながら男は嘯いた。

 

 結界の内に、そしてこの国の上層部に潜入を果たす事一世紀余りである。

 

 以来彼はかつての命令に従い自らの役目を果たし続けてきた。幾人もの人間に姿を変えて、掏り替わり、でっち上げてこの国の屋台骨を気付かれぬように少しずつ、そう少しずつ腐らせてきた。その中には敢えて殺されて見せた事も少なくなく、此度の配役もまたそのように終わらせる積もりだ。

 

 その意味では僥倖だった。今回の陰謀なぞ、寧ろ露見した方がこの国の動揺を誘える。そしてどうせならば彼女が御執心の「坊や」と「娘」にちょっかいをかけて見るのも悪くはない。それに………

 

「既に二度も、私達の企みを邪魔したんだ。今回が三度目、少しくらいは痛い目にあって貰わないとね……?」

 そう語りながらにこにこと朗らかながら、人当たりの良さそうな優しい笑みを浮かべる男。そんな彼の身体から伸びる影が異様な程に大きく、禍々しく、そして明らかに人のそれではなかった事を、しかしそれを見た者は眼前の鸚鵡以外にこの場にはいなかった………




如何でしたか? 次回もお楽しみに!


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第三十八話

遅れに遅れて申し訳ございませんでした!


「ん~此処もダメっすね」

 あたいは白鷺丸さんと一緒に橘商会に対して敵対的な人間が所有している蔵を中心に佳世ちゃん達を探してるんだけど……見つからないっす。

 

「やれやれ……本当に手強い敵だねぇ」

「そうっすね……」

(……やはり胡散臭いな、こいつ)

 夕陽は白鷺丸さんの喋り方や仕草に胡散臭さを感じているみたいで警戒をしていたっす。

 ……あたいも怪しさは感じてはいるんすよね。

 

 とはいえ……

(他に手掛かりがないんすよねぇ……)

(そうなんだよなぁ……)

 あたい達は溜め息を吐いて……

 

(ん?)

(どうしたん……あれ?)

 あたいは夕陽の言葉に違和感を感じ……すぐにそれが何かを理解したっす。

 

(式神との繋がりが回復してる!?)

(式神との視覚を繋いで佳世達が何処にいるかを探れ!)

(わかってるっすよ!)

 あたいはつい先程まで繋がりが断たれていた佳世ちゃん達につかせていた式神との視覚を共有するっす。

 

(此処は……橘商会の蔵の一つっすよね?)

(ああ。……完全に反対の方向だな)

 てか、蔵街に着いた時にすぐ近くにいたっすよ!? 

 

(……それと、入鹿達がいるぞ)

(あ、本当だ)

 伴部さんの側には3年前に依頼を出した入鹿さんとその師匠の龍飛さんがいたっす。

 

 って、事は……

 

(拐ったのは、入鹿さん達なんすかね?)

(多分だがな。そして、恐らくだが依頼人は保守派の誰かだろうな。でなけりゃ、橘商会の蔵を使えん)

 あたいと夕陽は式神から送られてきた映像から誰が犯人かをあたりをつけて……はにゃ? 

 

(なんで、リリシアさんが……?)

(それに何故アリシアの子孫や夜刀神が縛られているんだ?)

 あたい達が訳のわからない事態に混乱していると……

 

(誰か来たぞ)

(黒幕っすね! さあ、正体は誰っすか!)

 あたい達はやって来た人間に注目して……

 

(この人は……!?)

(なる程な)

 やって来たのは……

 

 ────────

 

「そ、そんな……どうして貴方が!?」

 佳世の驚愕の声と共に現れたのは七十代前半くらいの老人だった。

 

「……やはり」

 沙世がポツリとそう呟こうとして……よってきた老人に腹蹴りを叩き込まれた。

 

「あがっ……!? お゙ゔぇ゙……!!??」

「御姉様!? 倉吉の叔父様、やめてくださ……あぐ!?」

「喚くな、小娘に孤児が」

 腹蹴りをくらった影響で激しく咳き込む沙世を見て、佳世は慌ててそれを止めようとするが……それに対して侮蔑と、嫌悪と、言い様のない感情が混合された色の身内に向けるべきでない瞳をしている老人にビンタをもらうことで倒れ伏した。

 

「さて……たかが下人に景季の悪事(・・)を吐かせるのに随分と時間がかかるではないか」

「それは申し訳ございません。しかし、こいつは俺がこの家業を初めて以来の難敵でしてね」

 老人の嘲りに対して神威は肩を竦めながら苦笑いを……

 

「がふ!?」

「は、下人風情が英雄ぶるんじゃねえよ!」

「さっさと吐いちまいな!」

「そしたら楽にしてやるからよ!」

「あぎ、あが、が……!?」

 俺に対しては老人の護衛達が殴る蹴るの暴行を加えてくる。

 くっそ、今の衝撃で刃物が……! 

 

「……おい、止めさせろ。あいつを殺したら面倒な事になる」

「ふん……おい」

 老人が龍飛の言葉に不満そうにしながら暴行を止めさせる。

 

「さて……鬼月の下人よ、話をしようではないか」

 暴行を受けた際に何処かで切れたのか、血が目に入ってくる中で老人は俺を見下すような目で話を始めた。

 

「お主が景季の悪事を吐いたら褒美をやろうではないか。金、女、下人からの脱却……好きな物をくれてやる」

「……」

 俺は老人の提案を受け入れるか思案するふりをしながら橘商会の重鎮だと思われる老人が何故商会長を嵌めようとするのかを考える。

 

「く、倉吉の叔父様……何故こんな事を?」

「……景季さんにやっている悪事を探られたからだよ」

 佳世の老人への質問に吐き捨てる様に言ったのは沙世だった。

 

「悪事……?」

「……この爺は朝廷からの禁則事項として固く戒められている蝦夷と手を結んでその特産品を入手するならまだしも、同じ北や東の土産品を得ようとする商人を雇った人間に襲わせて妨害して利益を独占するわ、引き換えに武器や雑貨を売り捌いて裏帳簿で莫大な資産を得ているわ」

 沙世は心底見下げ果てた者を見るような目で老人を見ながら話を始める。

 

「それだけじゃ飽きたらずに朝廷が監視の目の届かない事を良い事に辺境の地で捕らえた妖達を養って、開拓村を襲わせて、肥えたそれらの血肉を裏で売買してすらいるわ。しかも表では開拓村や朝廷に武器を売って、用心棒の斡旋で利益を貪っているんだから笑っちゃうわよね……最近では都組の奮闘で用心棒の斡旋は閑古鳥がないてるみたいだけど」

 良い気味だと言いたげな目で沙世は続けてこう言った。

 

「それと……お父さんとお母さんを殺した妖はこの爺が差し向けたみたいね。お父さんは景季さんの親友で景季さんに潰されて今はないお父さんの海鮮問屋の改革を阻止する為にあの屑どもが頼んだみたい」

「な、なんて事を……」

 憎々しげな目でそう言う沙世に佳世は信じられない者を見るような目で老人を見つめる。

 

「……良く調べたではないか」

 老人は沙世の言葉に忍び笑いをしつつも、勝ち誇った様な顔で言葉を続けた。

 

「しかし、こうして儂に捕らえられていては何もならぬなぁ……儂の罪を述べたところで頼れる下人は縛られておるし、たかが使用人では何もできまい」

「あ、げふ……か、は……」

 老人はニヤニヤと笑いながらがら空きの沙世の腹に蹴りをいれた。

 

「それと……貴方がお父さんを殺したのは、もう一つ理由があるんですよね? それも知ってますよ?」

「ほう? 申してみよ」

 沙世の睨み付けながらの言葉に老人はニヤニヤ笑いのままそれを促し……その言葉で凍り付く事になった。

 

「お父さんを殺した理由は、景季さんが彩衣さんに告白する前に貴方のもとに妾に来るように彩衣さんを説得してほしいって彩衣さんの乳兄妹だったお父さんに頼んだ際に手酷く断られた事ですよね? 確か……『古くさい因習や下らない上に醜い偏見で自分を騙す奴に大事な妹分をやれるか!』でしたっけ? いやぁ、まさにその通りですね。確か、彩衣さんや佳世の事を『橘商会を腐らせる魔女ども』って陰口を叩いてましたよね? 自身の恋心に気付かずに景季さんや彩衣さん、佳世に嫉妬や下らない偏見で八つ当たりをする時点で貴方の……が!?」

 そこまで言った所で沙世は顔面に憤怒の表情の老人の蹴りを受け、喉を絞められる。

 ……もう少し、だな。

 

「黙れ、孤児風情が! 貴様に……貴様に何がわかる! 継承の関係上本家に近いとは言え、若造が商会の頂点にたった事、部外者を大量に捩じ込み仕事を変えた事、あまつさえあの様な余所者の寄生虫の魔女の血を入れるなど……あやつも死んで当然だったわ! 儂に対してあの様な罵倒を加えるなど許されんわ!」

「ぐ、う……!?」

「御姉様! やめて……やめてください!」

「喧しい! 貴様ら、この小娘を『接待』してやれ」

 老人の一言で下卑た顔をした護衛達が佳世へ歩み寄ろうとして……縄が切れた! 

 

「下人風情が言わせてもらうが……お前に商会長の器があるとは思えんな」

「同感だ!」

「ぎゃあ!?」

 俺が立ち上がって佳世に寄っていた護衛に蹴りを入れると、入鹿もまた沙世の首を絞めていた老人を殴り飛ばした。

 

「き、貴様……何をする!?」

「やれやれ……大丈夫か、沙世?」

「入鹿さん……ありがとうございます」

 入鹿が沙世を助け起こすと、沙世はそんな入鹿に微笑みながら衣服を整える。

 

「……リリシアさん、『鏡』は完璧ですか?」

「ええ、バッチリとこいつの自白や醜い計画が橘商会中に映し出してるわ」

 沙世がそう言ってリリシアを見るとリリシアは己の魔術で隠していたデカイ姿見を出現させ、不敵に笑う。

 

 ……実はクロイツ家は鏡や水面に術をかけて通信機代わりにすることが結構ある。まあ、式神が時間がかかるのもあるが。

 

「な、貴様らどういう……!?」

「悪いな、依頼者どの。俺達は依頼人を鞍替えしたんだ。橘商会を掌握した暁には密かに俺と入鹿を口封じしようとしていたお前から……」

 老人の焦りの入った言葉に龍飛はそう言いながら沙世の隣に立つ。

 

「俺達の実力を認め、お前が提示した以上の金を提示してくれた橘沙世にな」

「え? お、御姉様が龍飛さん達の依頼者だったんですか?」

 龍飛の言葉に佳世は唖然としながら沙世に問いかける。

 

「うん。黙っててそして伴部さんとのデートをぶち壊してごめんね。この報いは、この爺を奉行所に突き出した後で確りと受け入れるから……」

「この……孤児がぁぁぁぁぁ!」

 老人は懐から短銃を取り出すと、それを射ち……俺はそれを叩き落とした。

 

「と、伴部さん?」

「沙世様、失礼を承知で言わせて貰います。貴方はバカですか?」

「はい?」

 俺の言葉に沙世は唖然とした顔になるが……俺はそれを無視しながら言葉を続ける。

 

「沙世様が受けようとしている報いが何かは知りませんが……それで橘商会を去った場合、佳世様は『自分を守るために大好きな義姉がいなくなってしまった』と思って傷ついてしまいます」

「あ……」

 俺の言葉でそれに思い至ったのか沙世は顔を青ざめさせる。

 

「だからこそ、沙世様は報いを受けても橘商会にはいるべきです。例え後ろ指を指されようとも、恨まれようとも……佳世様の笑顔を守るために沙世様は留まるべきです。それに……佳世様と沙世様には笑顔が似合いますから」

「……!」

 ……思わずクサイ台詞を言ってしまったが、沙世は知り合いで転生者仲間だからな。幸せになってほしいし、これからも俺や唯を支援してもらう為にも橘商会にはいてほしいんだ。

 

「この……下人に蛮族どもが! 許さ……」

「許さないのは……」

「私達の方です!」

「ぐばぁ!?」

 その言葉と共に老人が後ろから蹴り飛ばされた。入って来たのは札を構えた橘小百合とレイピアを持った橘柚子だった。

 

「小百合ちゃん、柚子さん!?」

「佳世様、大丈夫ですか!」

「小百合、柚子も間に合ったか」

「いきなりアルトに話された時にはどうなるかと思ったが……無事で何よりだ」

 さっきまで縛られていた男がそう言って共に立ち並ぶと、橘柚子は不敵に笑ってレイピアを構える。

 

「この……! 小娘を除いた連中を撃ち殺せ!」

 老人がそう言うと、護衛達は懐から短銃を……

 

「『それ、捨ててくださ~い』!」

「うむ」

「「「は~い!」」」

 取り出した護衛達や老人は誘宵美九の言葉に従って、短銃を投げ捨てた。

 

「き、貴様ら何をしている!?」

「いや、館長こそ……「おらぁ!」ぎゃあ!?」

 短銃を投げ捨てた事に驚愕している隙を突いて入鹿が飛び掛かり……俺達はそれを鏑矢にして(佳世、沙世、誘宵美九は除いて)老人達に襲い掛かった。

 

 ────────────

 

「…………」

 橘商会の部屋の一つで景季は怒髪天突くを体現したような怒気を発しながら鏡に映るその映像を見ていた。

 

「……会長、かなりキレてますね」

「それはそうだろう。不正をしていた上に開拓村に対する妖の襲撃にその妖の肉の売買……佳世様を狙っただけでなくあの様な外道な事をしていたと知ればああもなろう」

「彩衣様や佳世様を魔女呼ばわりした事や沙世様を孤児呼ばわりした事、沙世様の実の両親を謀殺した事も激怒する要因だろうな。……正直に言うと怒りの大半はそれだと思うがな」

 アーサー、敏隆、紅虎の旭衆都組の長達は殺気だつ景季を見て冷や汗を流しているが、彼らの瞳も十二分に怒りを宿していた。

 

 当たり前だ、妖と戦う退魔士や武士たる彼らにとって妖を利用する事は考えただけでも身の毛がよだつと言うのに妖を只人に襲わせたり、その肉を売買するなど到底許せる事ではなかった。

 

「アーサー殿、敏隆殿、紅虎殿……都組や傭兵達を率いて今すぐに蔵街へと向かい、あの男を捕縛してくだされ」

「……会長は何を?」

「私はあの男を除いた保守派に釘を刺しに行きます。あの男を庇ったり、助ける事のないように、と」

「沙世様はどう致します? 佳世様や橘商会を思っての事とは言え、背信行為を働いたのも事実ですが……」

 景季の命令にアーサー達は頷くが、一方で景季に倉吉の背信行為を報告せずこの様な行為を働いた沙世に対する処遇をアーサーが聞く。

 

「沙世に関しては此方に佳世と共に連れてきてくだされ。彼女と話をする必要がありますし……彼女をどうするかを決めなければなりませぬから」

「わかりました」

 アーサーは一礼をして退出すると、敏隆と紅虎も武士団と王家の退魔士達の下へと向かっていった。

 

「……沙世」

 景季は自身の盟友にして親友であり、彩衣の乳兄妹だった青年の忘れ形見たる少女の名前を呟きながら逃れえない罪を犯した人間を裁くために歩きだした。

 

 ────────────

 

 まあ、瞬殺だった。老人の護衛は恐ろしく手早く片付けられた。

 

 ある人間は入鹿の刀で腕を切り落とされてのたうち回り、ある人間は龍飛の独特な拳法で喉を潰されて気絶しており、ある人間は神威の術によって地面に首だけを出して埋められており、ある人間は夜神十香によってピクトグラムのごとく壁にめり込んでいたりと死屍累々を体現したような状況になっていた。

 

「……倉吉叔父様がいません!」

 佳世がそう言うと、俺達は周囲を見渡し……本当にいねえ。俺達が暴れてる隙に逃げやがったな!? 

 

「追いましょう! 逃げられたら厄介な事になります!」

 沙世の言葉と共に俺達は外へと出る。

 

「…………は?」

 俺達は外に出た瞬間に何故か呆然としていた老人に追い付いた……のは良いんだが、俺達もまた呆然とすることになった。

 

 何故なら……

 

 

 それから十数分後、

 

「誰か……」

「ぐ……」

 佳世は着物を血で染めた沙世を膝枕し、涙目になりながら願う。

 

「旭、伴部……止まれ、止まってくれ!」

「止まりなさい、二人とも!」

 雛と葵は必死に攻撃してくるそれらに応戦をしながら吠える。

 

「まだ来ますヨぉぉぉぉ!?」

「あの野郎、一体どれだけ呼び寄せやがったぁ!?」

 旭衆や入鹿と龍飛、十香達が半狂乱になりながら押し寄せる妖達を必死に捌く。

 

「まだかよ!?」

「今必死でやってるわよ! どんだけ大量に工程が必要なのよこの霊具!」

 それらの様子に焦った様子の白夜の言葉に唯は四聖獣が描かれた棒の様な霊具の固定を外していく。

 

 そして……

「誰か」

「殺す、佳世ちゃんを沙世姉を伴部さんを……守るためにあたいがみんなを守るために殺すんだ」

「ああ、全てを殺そう。お主の敵を、全て!」

「ええ、哀れな人間達に救済()を」

 天を舞う背中に血で出来た蝙蝠の羽と光で出来た翼を持ち、血で出来た無数の球体を従えた旭と旭に付き従う様に飛ぶ旭に良く似た少女達……

 

「誰か、旭ちゃんと伴部さんを……止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

『グオオオオオ!』

「と、言うわけで……死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 地を駆ける異形となった伴部の咆哮が交差して旭と殺し会う中で、佳世の悲痛の叫びが燃え盛る蔵街の中で木霊した……




如何でしたか?
次回もお楽しみに!


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第三十九話

一月以上も遅れてすいませんでした!


「……このくそ爺、許せない……!」

(だな……!)

 あたいは佳世ちゃんと沙世姉を連れさらい、でーとを台無しにしたくそ爺の犯罪に腹を立てていたっす。

 

 蝦夷と交易をして特産品を入手するのはまだ良いっす。そんくらいなら、利益を求める商人らしいってことで許せるから……

 

 でも、そこから先……商人を盗賊に見せ掛けて襲わせた事、妖を飼育して開拓村を襲わせた上に肥えたらその血肉を売買した事、沙世姉の実の親を謀殺した事、佳世ちゃんや彩衣さんを橘商会を腐らせる魔女呼ばわりした事は……

 

「絶対に許さないっすよ……!」

(すぐに伴部達の援護……に? なんか焦げ臭くないか?)

「あれ、言われてみれば……へ?」

 あたいは夕陽に言われた事で焦げ臭いのに気付いて周りを見渡して……蔵街のあたいがいる周辺が燃え盛っていたっす。

 

「こ、これは……!?」

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 あたいが周囲の状況に唖然としていると、悲鳴が聴こえたのでそこに向かうと……そこには、人足と見られる人達が妖に襲われていたっす。

 

「危ない!」

 あたいは薙刀を蔵丸から取り出すと、それを振るって人足達を襲っていた小妖を斬り倒す。

 

「大丈夫っすか!?」

「な、なんとか……」

「そりゃ良かった……じゃない! 何が起きたんすか!? 何で都に妖が……」

「俺達に聞かれてもわからねえよ! 何処からともなく急に現れたんだよ!」

(旭……物陰に何かあるぞ)

 あたいが人足に何が起きたかを聴くと、人足達も何が起きたのかがわからないと叫び、夕陽の言葉で示された場所に行くと……

 

「……お札って、これは!?」

(ああ。転移の札に……妖誘導の札だ)

 そこには本来なら殲滅の為の大規模な術に中妖や小妖達を誘き寄せる為にしか使ってはいけない札が転移の為の札と一緒に張られていたっす。

 

「つまり、これは……」

(人為的な妖の出現……だけじゃないぞ、周りを見ろ!)

「げ!?」

 あたいが周りを見ると、結界が壁の様に蔵街の周辺を囲っていくっす。

 

「あたい達に追われない様にするなら結界くらいしかいらない筈……妖は一体、誰が……!?」

(どうやら、佳世を狙っているのはあの爺だけじゃなかったらしいな……)

 あーもう! 本当にやることが一杯すね! 

 

(全員の式神に視界及び情報の共有!)

「旭衆総員に連絡! 佳世ちゃん達は東土側の蔵街にいるっす! 誘拐の主犯は橘倉吉、動機は自身の犯罪を景季さんに押し付ける事による橘商会の乗っ取り及び自身の罪の隠蔽! なお、蔵街には妖誘導の札と転移の札で多数の小妖や中妖がやって来ている上に、結界もあるんでそれに対する道具も持ってくること!」

 あたいは指示を終えると、死角から飛び掛かってきた中妖を切り捨て白鷺丸さんを捜そうと辺りを見回して……

 

「が……!?」

(旭!?)

 あたいの左胸から刀が飛び出す。それが引き抜かれ、あたいの左胸から血が大量に噴き出す。

 

 あたいが振り向くとそこにいたのは……血の滴る刀を手に持ち狂喜の笑みを見せる白鷺丸さん。

 

 そのまま白鷺丸さんはあたいに刀を袈裟懸けに振り下ろし、あたいはその一撃でうつ伏せに倒れる。

 

「あんた……なん…で、が…ふ!? ……こん…な……!?」

「あ、はは……あっははははは! やった、やったぞ! くそイレギュラーを殺した! 殺してやったぞ! ひゃははは!」

 倒れたあたいを見下ろす白鷺丸さんは狂喜的な高笑いをしながら恐ろしい事を言い出したっす。

 

「この調子で、佳世ちゃんを誑かすロリコン下人とアホ義姉も掃除(・・)しないとねぇ!」

 こいつ、伴部さんや沙世姉も殺す気で……!? 

 

「!? ま、待…て……! 「しつこいなぁ!」うあぁぁ!?」

 あたいが白鷺丸を止めるために腕を伸ばすと、手に持った刀であたいの腕を刺して地面に縫い止めた。

 

「……ま、止めは刺さなくても良いか。どうせ、僕の式神か解き放った妖に食い殺されるし。待っててね、佳世ちゃん!」

 蔵街に妖を解き放ったのも、こいつか……! 

 

(佳世ちゃん、沙世姉、伴部…さん……)

 血が抜けすぎたのか、頭がボーッとする……

 

(そんな、この傷じゃあ……!?)

 ……夕陽の声が、遠くに聴こえる。

 

 あたいはのたのたと腕に刺さった刀を抜き、それを支えに立ち上がって、ゆっくりと歩きだす。

 

(まあまあ、可哀想に……すぐに助けてあげますからね?)

(ふん、妾と母上の力を貸してやる。まあ、ほんの少しだけだがな……さて、どうなるかな?)

 ……だれカのコエがいやにいんしょうてき二きこえる

 

 あたいは、オソいかかってくるあやかシをドウにかたおしながら、アルイテ……

 

 そこには、アタマがはんぶんはじけてたおれているおとこのヒトとたおれふすすうにんのヒトタチと……なきながらアトズサル佳世ちゃんと血を流して佳世ちゃんを庇おうとする沙世姉と、沙世姉にたいしてカタナをふりおろそうとする……

 

「なにを、してるん……すか……」

 あたいは、そのグズに……

 

 ──────────

 

 俺達が蔵の外に出ると、何故か呆然としていた老人に追い付いた……のは良いんだが、俺達もまた呆然とすることになった。

 

 何故なら……そこら中にいる中妖や小妖によって蔵街が燃えていたからだ。

 しかも、丁寧に結界が張ってあって中から逃げられないようになっている。

 

「え? え? ど、どうして燃えて……? しかも、なんで妖が!?」

「おい、爺! お前の策か!?」

 佳世が蔵街の惨状に動揺していると、入鹿が老人の首を締め上げながら問い詰める。

 

「ち、違う! 貴様らや景季からの追手を防ぐための結界は雇っている退魔士に仕掛けさせたが、妖は知らん! 儂ではない!」

 入鹿に締め上げられながら老人は必死に弁明するが……嘘ではないな。そもそもこの老人に蔵街を焼きつくす程の妖を出す理由がない。

 

 つまり……

「他の誰かの仕業かよ……!」

「佳世様、館長! ご無事で何よりです!」

 俺が更に面倒な事になりそうな気配を感じて頭を抱えていると、モグリの退魔士らしき優男が刀を持って此方にやってきた。

 

「し、白鷺丸か!? これは一体全体どういう……!?」

「わかりませんが、何者かが仕掛けたのは確かです! 佳世様達を捜しに来た旭様とは手分けして……」

「……嘘だな」

 老人の言葉に白鷺丸と呼ばれた優男が弁明をしようとして……鼻を引くつかせた入鹿がその言葉に待ったをかけた。

 

「入鹿さん、どうしたんですか?」

「旭が佳世様を捜しに来たのは本当なんだろうが……手分けしてってのは嘘だろ?」

「何を根拠に……」

 入鹿の言葉に佳世が首を傾げ、白鷺丸が反論をしようとするが……入鹿は頭を掻きながら核心を告げた。

 

「お前、臭うんだよ。魔除けの藤の花の匂いが混じった血の臭いがな」

「……え?」

 藤の花の匂い……そう言えば、鬼月旭は「佳世ちゃんが『仲直りに!』って、くれたんで」と言って藤の花が入った匂袋を常に身に付けていたが……!? おい、待て! つまり……!? 

 

「………………っち、獣ってのは、本当に鼻がきくな」

 そう言って白鷺丸はそうするのが自然であるかの様に短筒を引き抜いて……狙いは、沙世か! 

 

「お前、死ねよ。ロリコン下人」

 沙世を庇うように動いた俺に対して下卑た笑いを浮かべた白鷺丸が短筒を放つと……俺の意識は、消えた。

 

 ──────────

 

「えっ………?」

 橘佳世が目の前で生じた事象を理解するのは数秒の時間を要した。

 

 彼女にとってこの日はこれまでの人生の中でも余りに濃厚過ぎる一日であった。半ばお遊びと分かっていても柄にもなく朝早く義姉に起こされる前に目が覚めて、身嗜みを整えて化粧をして、そうしてお昼頃になってからは義姉と一緒に意中の人間と御忍びのデート……それが実質的に唯の護衛であったとしても佳世は構わなかった。

 

 どうせその内に何処か良家の子息と見合いをしていつの間にか結婚しているのだ。せめて一度くらいは意中の人間とデートをしてみたかった。

 

 其ほど期待してなかった事もあるが、少なくともデートの前半は彼女にとって思った以上に楽しかったのは認めるしかない。

 

 流石に自身の心が読める訳でも無かろうが、伴部が絶妙に佳世や沙世と興味があった、やってみたかった、理想としていた物事を良く要点を押さえて実践してみせてくれたのは嬉しかった。この日の「デート」はこれまで彼女の親友としてきた御忍びでのお出掛けよりも遥かに自由で、遥かに楽しくて……確かに満足していたのだ。少なくともあの瞬間までは。

 

 デートの後半、佳世が書店に行きたいと思ったのは、ちょっとした出来心で、ちょっとした悪戯心で、ちょっとした遊び心から来たものだった。確かに五月蝿い老女中や両親に知られる事なく興味ある本が欲しがった事もあるが、この書店に向かうという行為自体が一種の自己投影であった。

 

 彼女の読んだ事のある恋愛小説に書店を舞台にした場面があって、佳世は自身がやってみたかった事半分、自身を楽しませてくれた伴部に対する御褒美扱い半分にその場面を再現してみたかったのだ。佳世は自身の顔立ちが世間一般で価値あるものとして扱われている事を良く良く自覚していた。

 

 ………その直ぐ後に始まった非日常的な経験を彼女は忘れる事はないだろうと確信していた。

 

 伴部への拷問が始まれば偽りのものとはいえ、佳世は完全に怯えていた。おおよそ暴力沙汰とは無縁だった彼女にとってその光景は刺激が強過ぎた。半ば狂乱状態にあっても佳世は愚かではない。龍飛の言葉によって、父を追い落とそうとする幼い身で必死に考え……よりによって犯人が大叔父の老人な上に様々な不正や義姉の実の両親を謀殺するという暴挙、自身や母に歪んだ恋心を向けていたという予想を遥かに上回る事態に思考を停止してしまった。

 

 更に義姉が襲撃者達を寝返らせていた上に老人の策謀を利用して炙り出しをする等と更に混乱する事態になってしまったが……直後に義姉を庇った伴部に対して義姉が無事で良かったという安心感と義姉に対するほんの少しの嫉妬心を抱いてしまって自己嫌悪に陥ったものの、やっぱり自分は伴部を好きなのだと理解してしまった。

 

 そう、確かに佳世は恋をしているのだ。三年前に自覚をもち、それで親友と喧嘩になり、最終的には自身の思いを肯定してくれた親友の付き人が……発砲音とともに義姉を庇った佳世にとって愛しい青年の頭が弾けた。頭から飛び散った何か温かいものが頬に当たったのを佳世は気付く。しかし……彼女の意識はひたすらに目の前の光景にのみ集中していた。

 

「あ……あぁ……ぁ…………」

 同じく温かいものを被った義姉の声が妙に響く。……それは、佳世も同じ様に声を出していたからだと今気付いた。

 

「い、いい、い…い……いやああぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「伴部、さん…いや……いやああぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 全てを理解したとともに、佳世と沙世は気が狂ったような金切り声を上げていた。いや、理性は理解しても心が認めるのを拒否していた。拒絶していた。

 

「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「入鹿、神威……奴を殺せ!」

「わかってる!」

「全く、とんでもない展開になったな!」

 義姉に雇われた三人や新人の女中達が彼を銃で撃った男に同時に飛び掛かった隙を突いて佳世と沙世は彼のもとに駆け走っていた。そして近付いた事でより鮮明になった惨状に佳世と沙世は更に顔を青ざめさせて、目を見開く。

 

 頭に出来た傷は深刻だった。弾丸はその頭を明確に打ち砕いた。頭頂部からやや右斜めに着弾した鉛弾はその表皮を引き裂いただけでなく頭蓋骨を吹き飛ばした。砕け散った白い破片はあるものはそのまま桃色の中身に捻りこんでいて、あるものはそのまま中身を巻き込んで地面に散乱していた。

 

 虫の息……そう、正に虫の息だった。限りなく死んでいた。死んでないが死んでいるも同然の状況だった。

 

 余りに血生臭く、余りに凄惨で、余りに衝撃的過ぎるその光景は、特に相手が幼心に仄かで、しかし明確に好意を意識していた青年であるが故により一層悲惨で………

 

「伴部さん!? 伴部さん!! 伴部さんっ……!!?」

「嘘、なんで、どうして……」

 半狂乱になって佳世と沙世が行ったのは地面に飛び立った骨肉をかき集める事だった。文字通り甘やかされて箸より重たいものを持った事のないか細く白い指先で必死の形相で佳世と沙世は青年のぐちょぐちょとなった血肉を拾い集める。その手が真っ赤に染まっている事すら自覚出来ずに。

 

「嘘っ! 嘘嘘嘘! 嘘ですよね!? そんな……どうして!? いやです! いや、いやあぁぁ!!?」

 泣き叫びながら佳世はひたすらに彼の一部を集める。彼女達自身最早何をしているのか分からなかった。しかし、彼のために何か出来る事がしたくて、このままだと彼が死んでしまう事は分かっていて、このままだと彼が二度と戻らないような気がしていて、だから………

 

「旭ちゃん、伴部さんが伴部さんが……!」

 己の側にいる親友の式神に必死に語りかける。親友が来てくれれば、きっとなんとかなると思って。しかし……その思いは即座に打ち砕かれた。

 

「無駄だよ、佳世ちゃん……あのイレギュラーは死んだから」

「な……!? うあぁ!?」

「どうやって……きゃあ!?」

「……ぇ?」

 義姉と自身の子孫を弾き飛ばした男の言葉に佳世は呆然となった。

 

「な、何を……言って……?」

「いやさぁ、偶然を装ってあのイレギュラーに接近して佳世ちゃんの近くから引き離した後で……後ろから『グサリ!』と刺して……そのまま放置してきたから見てないけど……心臓を刺してやったし、今頃は失血死して呼び寄せた妖連中に食われて骨も残ってないんじゃないかな? ま、原作にいない分際で佳世ちゃんの親友になったり、僕らの邪魔をしまくった報いだから、自業自得だけどね! アハハハハハハハハハハハ!」

 死んだ……死んだ? 親友が、旭が……様々な過酷な騒動を命懸けで駆け抜けて、生き抜いた彼女が……? 目の前で狂った様に笑う青年の言葉に佳世は目の前が、真っ暗になるような感覚を味わう。

 

「なん、で……こんな、こんなの計画には……!? 原、作……まさか!?」

 沙世は青年の言葉に何かに気が付いたように顔を上げ……青年に肩を撃たれた。

 

「あぐ!?」

「御姉様!」

「うるさいよ、くそ女。そもそも佳世ちゃんにはあのイレギュラーも、そこのロリコン下人もお前の様な自称姉もいらない……僕の様なイケメンで彼女を幸せに出来る人間が……」

「訳のわからねえ事を言ってんじゃねえ!」

 次の瞬間、何故か突然現れた妖や結界を破ってきた入鹿に青年は蹴り飛ばされ、妖の腕を心臓に突き刺された。

 

「が……!?」

「よし……なぁ!?」

 心臓を突き刺した事で入鹿は誇るように笑うが……なんと青年が神威に変わっていた。

 

「な、何をやってんだ…バカ、野…郎……」

「か、神威……!? な、なんで……さっきまで……」

「全く……だから、獣は嫌いなんだ」

「入鹿さん、後ろ!」

「まさか、『鏡花水月(きょうかすいげつ)』……!?」

「錯覚だよ」

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 神威を貫いた事に動揺した入鹿を霊術で吹き飛ばし、男は佳世達に少しずつ迫る。

 

「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

「逃げるなよ。お前には、佳世ちゃんからくそ女やイレギュラー、ロリコン下人を殺して奪った大悪党にならなきゃいけないんだから」

「ぎゃっ!?」

 悲鳴をあげて逃げようとした倉吉を青年はいつの間にか手に持っていた二本目の刀で斬るが……何故か傷がなかった。

 

「まさか、『ブック・オブ・ジ・エンド』!? ……さては、それで佳世の命の恩人って過去を挟み込む気ね……!」

「正解♪ さ、佳世ちゃん……これで斬られて、下らない連中の事なんて忘れて僕のお嫁さんになろうか」

 青年は気持ち悪い笑みを浮かべてゆっくりと佳世に寄ってくる。

 

「いや……」

「させるか……!」

 佳世は斬られまいと後退り、沙世は短刀を手に決死の覚悟で青年の前に立ち塞がる。

 

「邪魔だなあ……死ねよ」

 青年は刀を構え、沙世を斬り殺そうとする。

 ……その後は、偽りの恋心を植え付けられ彼女の大切なものを奪った彼の妻にされてしまうのだろうと佳世は何処か冷静に考えていた。

 

(いや……)

 嫌だ、こんな人間の妻になるのだけは死んでも嫌だと心が悲鳴をあげる。

 

(助けて……)

 彼女の脳裏に浮かぶのは、愛しい青年と共に自身を救ってくれた親友の少女の姿。

 

(助けて……)

 自身の願いを汲み取り、時には両親に一緒に怒られてくれた親友、自身を父の商売敵の魔の手から救ってくれた親友、自身の危機には必ず駆け付けてくれた……

 

「助けて、旭ちゃん……」

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 そのか細い悲鳴が聞こえない位の咆哮と共に刀が振り下ろされ……

 

「なにを、してるん……すか……」

 刀を持っていた腕の一つが薙刀に斬り飛ばされた。

 

「…………ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? ぼ、僕の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ「うるさい」ぶげぇ!?」

「あ、旭ちゃん……そんな!?」

「あさ、ひ……」

 青年を蹴り飛ばした旭は満身創痍だった。左肩は妖の牙で肉を抉り取られ、左腕はそれによって地面に着いていた。右肩も妖の爪が突き刺さったままであり、両足も左足は皮で辛うじて繋がっている様な有り様になり、右足も切り傷だらけであった。顔や髪も血塗れであり、致命傷としか見えないような刺し傷からは今も血が流れ出ていた。

 

「旭……ちゃん。ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい! 私のわがままのせいで……伴部さんの事も本当にごめんなさい!」

「旭、う、そ……あ……あぁ、あ……」

「だい、じょう…ぶ、すよ……」

 泣きながら旭に抱き付く佳世の懺悔の言葉と沙世の絶望の声に旭は途切れ途切れに話ながら辛うじて無事だった(それでも血塗れだが)右手で佳世の頭を撫でる。

 

「まも…る、から……伴、部さん……も、佳…世、ちゃん、も……沙、世……姉、も……まも、る……から」

「な、なんで生きてんだよ! 大人しく死ねよ、イレギュラー!」

 何故か五体満足になっていた青年が刀を振るい……それが旭の背中から生えた血で出来た蝙蝠の翼と光で出来た翼が防いだ。

 

「……は?」

「だから、協力して…もら、う……っすよ」

「おお、もう妾達を出せるのか……本体(わらわ)

「了解。本体(わたし)の指示には従います」

 次の瞬間、まるで全てが巻き戻るかの様に傷が治っていく旭の側に髪を血の様な深紅で染めた蝙蝠の翼を生やした古風な話し方をする旭に良く似た少女と髪を雪の様な純白に染めた光の翼を生やした感情を持たないかのような話し方をするこれまた旭に良く似た少女が現れた。

 

 

「あんたも、一緒に戦ってくれるんすね」

「え?」

「何が……?」

「へ……ぶげあ!?」

 傷が治り、血塗れだった体も血が手品か何かの様に消えていく旭の言葉と共に青年が殴り飛ばされる。

 ………腕であった。巨大な腕であった。まるで鎌のような鋭い爪の生えた五本の指に、魚の鱗のような外殻に包まれた鈍色の巨大な腕。それは五本の指をカタカタと昆虫のように蠢かしていた。その腕の先に視線を移せばそこにいたのは撃ち殺されて倒れたままの鬼月の下人の死骸。

 

「ば、バカな……へあ?」

 ………死骸が起き上がった。まるで上方から糸で吊るされた操り人形のような異様な立ち上がりかたで。粉砕された頭から中身を溢しながら。先程まで何らの変哲もなかった今一つの腕は、しかし一瞬後には同じく異形化していた。今一つのそれと同じように鎌のように鋭い五本の爪の生えた巨大な腕に………そして、変化はそれだけではない。

 

「え、これ……な、なんですか~!?」

 めきめきと、筋繊維が肥大化し、膨張していく。その足はいつの間にか猪のように頑強で筋肉質になっていた。蹄が出来ていて、灰色の獣毛が皮膚を覆い隠すように伸びていた。

 

「な、なんだ……?」

 バキバキという骨が砕けるような音とともに首が伸びる。頭部の傷口が泡立ちながら盛り上がる肉によって塞がっていく。

 

「これは……!?」

 頭蓋骨は変形していた。異様に首の長い馬か、あるいは龍にも似た形状の細長い頭、夜中であるが故に吐き出された吐息が白くたなびく。その歯は既に人間のものではなく、寧ろ牙と呼んだ方が良いくらいに鋭利だった。

 

「小百合、下がって!」

「な、何なんですか……!?」

 ……最早その彼の形状は人間から大きく乖離していた。

 

「待て待て待て! ヤバくないか……!?」

「旭、伴部……」

『旭、下人……』

 その闇夜色の髪の毛は何時しか頭部から頸椎に沿って鬣のように長く伸びている。余りに長く伸びてしまっていたせいで目元が隠れてしまっていた。しかし、僅かな隙間からは確かに妖しく光る紅色の眼光が青年を覗いていた。

 

「さあ……」

「さあ」

「始めましょう」

 それは、血で出来た無数の球体と自身に似た少女を従えて天を舞う旭も同じ眼光をしていた。

 

 ………狂気と、野生と、本能と、ほんの僅かな理性の光が混濁した虚ろな眼光だった。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「踊り狂おうぞ、お主の無様で不恰好で惨めな踊りを妾に見せよ!」

本体(わたし)に捧ぐ、救済()への殺戮劇を」

『グオ゙オ゙オ゙オ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙!!!!』

 月夜の空に何処までも醜く、何処までも疎ましく、何処までもおぞましい怪物達の咆哮が鳴り響いたのだった………




更新していない間も読んでくれた人達には感謝しかありません……

これからも頑張ります!

次回もお楽しみに!


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第四十話

いやほんと遅れてすいません!


「遂に正体を表したな化け物め! 佳世ちゃんはこの僕が……「喧しい!」ぶがべあ!?」

 最初に仕掛けたのは深紅の髪の旭であった。

 

 彼女はなにかを喋っている白鷺丸を蹴り飛ばすと、旭が蔵丸から出して彼女に渡した刀を振るって血で出来た斬撃を飛ばすと白鷺丸の両足を切り落とし、そのまま血で出来た杭を作り出して白鷺丸を串刺しにした。

 

「おい、流石に下手過ぎ(弱すぎ)じゃろ。踊り(戦い)もまともに……「妖気(わたし)!」うおっと!」

 その余りにも悲惨な有り様に愚痴を言おうとした深紅の髪の旭に純白の髪の旭が警告し、深紅の髪の旭は白鷺丸が振るった二本の刀を回避した。

 

「おいおい……なんで回復しとるんじゃ?」

「そういえば、本体(わたし)が奴の腕を斬った際も腕が治っていました。もしかしたら、あの刀の内のどちらかの……」

「お前らぁ……僕が喋って「グウウウウウゥゥゥ……ギャオォォォォ!!!!」げぼげ……「そのままくたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」あばぎゃあ!?」

 二人の旭が白鷺丸が回復したカラクリを考察していると立ち上がった後で格好をつけようとした白鷺丸を変化した伴部が殴り飛ばし、変化した旭が光の剣と血で出来た槍を大量に降らせた。

 

「……考えなくても、む?」

「……あれを凌ぎますか」

 二人の旭が容赦のないコンビネーションを叩き込んだ二人に呆れるが、光の剣と血で出来た槍が桜の花びらのごとき何かに切り刻まれて消滅したのを見て戦闘態勢を維持する。

 

「お前ら、いい加減にしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 僕の台詞を邪魔すんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 白鷺丸はそう吠えると、桜の花びらを刀に戻した後で最初の刀に瞬時に変更して変化旭と変化伴部に斬りかかる。

 

「……ち、さっさと死んで「そこには、『罠』があるぞ!」下手な……な!?」

 白鷺丸の斬撃を回避した変化旭は白鷺丸のそんな発言を下手な脅しをしたと判断し、斬りかかろうとして……次の瞬間、結界に囲まれるが変化伴部がその結界を殴り壊した。

 

「……助かったっすよ。見知らぬ誰かさん」

「…………」

「無視すんな!」

 変化旭は自分を助けてくれた変化伴部に礼を言うが、変化伴部はそれを無視して白鷺丸に飛び掛かり変化旭も遅れて飛び掛かる。

 

 次の瞬間、二人は揃って落とし穴に墜落し、そこから出ると変化旭が手をついた地面に何時の間にか置かれていた転移の札から複数の妖が出現するが……二人は即座にそれらを血祭りにあげた。

 

「獣はこれだから知性が足りない……そこら中が僕の「貴様のではなくて、その刀の能力じゃろうが」「全くです」へあ?」

 どういう訳かそこら中にある罠や転送されてくる妖を対処している二人を嘲笑おうとして……深紅旭が右腕の刀を蹴りあげると、純白旭がそれを光の砲撃で塵も残さずに破壊した。

 

「な、てめえら! 僕の……「やかましいっすよぉ!」もげえ!?」

 白鷺丸は自慢の刀を破壊された事に怒りの声をあげたが、変化旭はそれに目をくれずに飛び蹴りを炸裂させた。

 

「このまま……」

「くう……!?」

「死ね!」

 変化旭はそのまま白鷺丸の喉に薙刀を突き立てるが……その姿が変化伴部へと変わっていた。

 

「あれ? なんでだろ?」

「錯覚……」

「グガァァァァァァァァァァ!」

「ぶげ!?」

「あばぎゃあ!?」

 変化旭が首を傾げている後ろで白鷺丸が格好をつけた台詞を言おうとするが、変化伴部は変化旭もろともに白鷺丸を殴り飛ばした。

 

「いぎ……肋骨が折れた。けど……今度こそ死ねぇ!」

「グオアァァァァァァァァァァ!」

「!?」

「んげ!?」

 変化旭は殴られた部分を抑えながら骨で出来た棘を背中から飛び出させ、変化伴部は白鷺丸の顔面に向けて殴りかかるが、それが直撃したのは深紅旭であった。

 

「あれ? また……」

「錯……」

「何すんじゃ、クソたわけどもぉ!」

「ぐばらへ!?」

「んげぼ!?」

「グオ!?」

 変化旭はまたしても白鷺丸でなかった事に首を傾げるが、深紅旭はまた格好をつけた台詞を言おうとした変化旭と変化伴部を白鷺丸と一緒に血の塊で出来た砲撃を連続で放って吹き飛ばした。

 

「あ、旭ちゃん……?」

「殆ど同士討ち……」

 その有り様に佳世と沙世は唖然とするが、白鷺丸が吹き飛ばされた所に態勢を整えた変化旭、変化伴部、翼で飛んだ深紅旭が同時に攻撃を繰り出し、それが直撃したが……

 

「痛いです……」

「あー、もう! 何で三回もあいつじゃなくて、違う人なんすか!」

 そこには変化伴部に両足をもぎ取られ、変化旭に右腕を斬られ、深紅旭に喉を抉られた純白旭がそこにおり、旭はそんな状態に地団駄を踏み……

 

「s……」

「……全員纏めて、お返しです。『ヘブンズ・レイ』!」

「んぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「グギャオ!?」

「うぎゃあ!?」

「「きゃあ!?」」

「牡丹、結界を!」

『わかってます!』

「くうう!?」

「ちぃぃ!」

「ぐ!?」

「うおお!?」

「ひゃああ!?」

「「うわぁ!?」」

 そんな変化旭達の近くにいた白鷺丸や変化旭達に向けて純白旭が手を掲げると、巨大な光の輪が発生しそこから発生した神気を含んだ光線が辺り一体に降り注ぎ、光線を受けた物体を焼き払い、切り刻んだ。

 変化旭、変化伴部、深紅旭に白鷺丸はそれをもろに食らって吹き飛ばされ、佳世、沙世は悲鳴をあげて互いを庇い合い、小百合、柚子、リリシアと牡丹の四人が必死に佳代と沙世を守り、龍飛、入鹿、美九、十香とアルトは必死に回避する。周辺にいた妖は……大半は回避する事が出来ずに全てが切り刻まれ、焼き払われた。

 

「ふう……スッキリしました」

「このバカ! 妾と本体(わらわ達)を妖やあのガキもろとも殺す気かぁ!」

「何で佳世ちゃん達を巻き込みそうな攻撃を放ってんすか!」

「あだ!?」

 スッキリとした表情でそう言った純白旭に憤慨した深紅旭と変化旭が同時に飛び蹴りを叩き込み、吹き飛ばした。

 

「……そもそもはアイツの力で私を誤認した妖気と本体(私達)やあの妖も悪いと思いますが?」

「それはそうだけど……」

「お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! さっきから僕の台詞を邪魔すんじゃねえよ! お前らは僕の人生の「人が話してる最中に口を挟まないで欲しいんすよ!」ぶげ!?」

 純白旭のその言葉に変化旭はバツが悪そうに顔をそらし、そこに煤まみれになった白鷺丸が襲い掛かってくるが……変化旭はそれに対してカウンターの回し蹴りをノールックで叩き込んだ。

 

「く、くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 咲き狂え、『瑠璃色孔雀(るりいろくじゃく)』!」

「うわ!?」

「ぬ!?」

「これは……?」

「グル……?」

 吹き飛ばされ白鷺丸は転がって起き上がると、刀身が孔雀の羽を思わせる色鮮やかな蔓状に分裂した刀を取り出して変化旭達を縛り上げた。

 

「あ、旭ちゃん、伴部さん!」

「この刀は相手に蔓を絡みつかせて縛り上げ、その霊力を根こそぎ奪い取ることのできる能力を持つ武器だ! お前らの命は蔓に付いている百合の花が咲いた時が最後……「んなまどろっこしい武器であたいらを殺せる訳がないっすよ!」「全くじゃ」「ですね」「グギャぁ!」ぶへら!?」

 長々と武器の能力を解説していた白鷺丸に縛っている蔓を引きちぎった変化旭達や変化伴部の攻撃を受けて再び吹き飛んだ。

 

「こ、この屑どもが……! 良いだろう! 僕もほん「うるさい!」ぶげ!?」

 白鷺丸が何かを言おうとした直後に変化旭からの右ストレートが腹部に突き刺さる。

 

「だから、「えい」ぐば!?」

 飛び込んできた純白旭に鳩尾を殴られ、

 

「いい加減に「だったら抵抗せい」あばぐげ!?」

 深紅旭が広げた翼と血で出来た球体に滅多打ちにされ、

 

「k、ぎゃああ!?」

 変化伴部に無言で左腕をへし折られる……白鷺丸はまさに一方的な蹂躙に曝されていた。

 

「ふ……ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! お前らは主人公の僕にぶちのめされて、佳世ちゃんが僕に惚れる為のかませ犬で雑魚でなきゃいけないんだよ! そんなお前らが僕を殴るなんて……あり得ないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 白鷺丸はそう言って刀を取り出すと、そこから莫大な霊力が発生する。

 

(ばん)か……げぴ!?」

妖気と神気(あたい達)

「承知」

「はい」

「ばべら!?」

 何かを言おうとした瞬間、白鷺丸は彼を殴り飛ばした旭の命令で追撃してきた深紅旭に刀をへし折られ、純白旭の光の翼から放たれた光の針で針ネズミにされて地面に崩れ落ちた。

 

「な、なん……で!? 本気を、出し……て……?」

「いや……初見殺しをしようとしたらそれを防ぐのは、退魔士の『基本』っすよ? 悠長に準備してるんなら、それは初動から潰さないと」

「…………!?」

 ボロボロになって、息も絶え絶えな白鷺丸に変化旭は座り込んで彼の目を見ながらあっけらかんとそう言った。

 

「さて……と。佳世ちゃんや沙世姉を待たせる訳にはいかないんで……とっとと終わらせるっすよ」

 変化旭はそう言って血の翼と光の翼を自身の前に結集させてやって来た深紅旭や純白旭と共に手を翳すと、そこに膨大な霊力、妖気、神気を混ぜた光の球体を作り出す。

 

「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

「……さようなら!」

 最早恥も外聞もなく悲鳴をあげて逃げ出した白鷺丸に向けて変化旭はそのまま白鷺丸に向けて球体から巨大な光線を放ち……その直線上にあるものを纏めて消し飛ばした。

 

「う、嘘……?」

「もう、損害がどうとか言えるレベルじゃないけど……旭ちゃんが無事で良かった」

 あらゆるものを消し飛ばした光線に唖然としている沙世を抱き締めながら、佳世は『スッとした!』と言いたげな表情の旭を見ながらそう呟く。

 

 そう後は旭や伴部が元に戻り、蔵街が壊滅した原因を倒れている倉吉に押し付けて……

 

 佳世がそう考えていると……次の瞬間、佳世と沙世は目の前に現れた何かに押し倒された。

 

「え……? きゃあ!?」

「な、何が……? と、伴部さん!?」

 二人が目を白黒させながら上を見ると、そこには色欲に満ちた男の眼と極上の餌を見るような獣の目を同居させて二人を見据える変化伴部がそこにいた。

 

『ま、まさか……!?』

「二人を食べる……いや、その前に二人を汚す気!?」

 リリシアの言葉に変化旭達を除いた面々が慌てて変化伴部を止めるべく襲い掛かり……

 

「グガァァァァァァァァァァ!」

「……!? 止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 変化伴部が発した咆哮と共に巻き起こった衝撃波やそれに連れられて怯えたように自分達に向かって突撃してくる妖達を見て、龍飛は慌てて攻撃を停止して迎撃を開始する。

 

 それによって邪魔物を寄せ付けなくした変化伴部はゆっくりとそれを喰らおうと二人を交互に見つめる。

 

「と、伴部……さん。せ、せめて……痛く無いようにお願いします……」

「御姉様!? まさか、また自分が……!?」

 沙世の懇願する様な声に佳世が沙世の意図を悟って声をかけるが、既に変化伴部は沙世に狙いを定めてその爪を……

 

「……何をしてるんすか?」

「ギャオ!?」

 振るおうとした時、それが地獄から響くような声と共に振るわれた薙刀に根本からへし折られ、変化伴部は光と血の球体に吹き飛ばされた。

 

「……一緒に戦ったから、見逃してあげたのに……佳世ちゃんや沙世姉を汚したり、殺すって言うんなら……覚悟は出来てんだろうなぁぁぁぁ!?

「あ、旭ちゃん……待ってください! あれは、あれは伴部さん……」

「ダメ、佳世! 今の旭には届いてない!」

 変化旭は殺意に満ち溢れた表情で佳世と沙世の言葉を聴かずに変化伴部に襲い掛か……

 

「伴部、旭……止まりなさい」

「伴部、旭も止まれ」

「「!?」」

 ろうとして、変化旭と変化伴部は二人の間に放たれた風と炎で互いに分断された。

 

「……雛姉、葵姉」

「あらあら、これはまた随分とやんちゃしたものね? こんなに散らかしちゃって……」

「これは散らかしたとかそんな領域ではないんだが……まあ、良いか」

 変化旭の不満げな声に雛と葵は意にも介さずにそう言う。

 

「……なんの用っすか? あたいは佳世ちゃんや沙世姉を襲った『あれ』を倒さないといけないんだけど……」

「落ち着きなさい。あれは伴部よ? 殺したら貴方は戻った後で後悔するわよ?」

 旭のイライラした様な声に葵は鈴の転がるような声でそう落ち着かせる。

 

「そうだ。お前も私や葵だけでなく、ああなった伴部と戦うのは分が悪いだろう? だから、止める為に協力してほしいんだ」

「……(伴部さんって、あんな姿だったっけ(・・・・・・・・・)?)」

 雛の言葉に変化旭は考え込むような表情で義姉達や滅却の炎で囲まれた変化伴部を交互に見て……

 

 次の瞬間、雛が展開していた滅却の炎が突如として『消えた(・・・)』。

 

「……答えは出たっすね」

「御姉様、なんで消して……!?」

「違う! これは、消された……!?」

 突如の事態に変化旭は薙刀を構え直し、雛と葵は事態に対処が遅れる。

 

「く、くくく……そうだ! そ、そのまま……殺し「余計な真似をするんじゃないわよ!」ぐば!?」

 右腕がなくなり、服や体もズタボロになった白鷺丸は二人に対して勝ち誇った様な表情でそう言うが、次の瞬間には唯に蹴り飛ばされて完全に沈黙した。

 

妖気に神気(あたい達)、行くっすよ! あいつ(変化伴部)をぶち殺す!」

「承知した! さあ、踊り狂おう(殺し合おう)ぞ……互いが死に果てるまで!」

「了承。対象を救済()します」

 変化旭は深紅旭や純白旭を伴って変化伴部に襲い掛かり……

 

「旭衆、総力をあげて二人の殺し合いも蔵街から出ていこうとする妖も止めて! あたしも準備するから!」

「「「了解!」」」

「伴部、旭……絶対に止める!」

「よりによってこの状況かよ、くそ!」

 唯は連れてきた旭衆にそう指示を出すと、持ってきた包みを出して呪具の準備に入り……

 

「葵!」

「わかってるわ!」

 雛と葵は変化旭と変化伴部の殺し合いを止めるべく走り出す。

 

 そして、この騒動において最後の死闘が始まった……




本当に遅れてすいませんでした……あ、エタる気はないので、どんなに遅れても続けます。

次回もお楽しみに!


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